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第二話、始まりの日、夜編
「うぇえ、もうこんな時間かよ…………士郎、直りそうか?」

「待てって、今『解析』してるところなんだから」


学校に帰ってから、士郎がストーブの修理を頼まれていた
……イヤイヤ、普通の学生にストーブ修理技術なんて持ってねーだろ
なんで頼むのかね?
なんかもう日が沈んで、月が見え始めてきたし
ここまで手間かけさせやがって
士郎が『魔術師』じゃなかったら無理な話だぞ


「……よし、この部品が壊れてるのか。あとこの回線も切れてるし……」

「本当に便利だよな。お前の『解析』と『強化』って」

「これが使えるのも武蔵のおかげだよ。お前も『魔術師』じゃなかったら一々『魔術回路』作り直してたし」


実は俺達は『魔術師』だ
とは言ってもそんなに色々できるわけじゃない
俺なんかは『風』を起こしたりする程度だし、士郎は
物体の構造を魔力で補助する『強化』
物体の構造を魔力で把握する『解析』
あともう一つ、ある魔術が使える

……まぁ、それは効率が悪いらしいが、たまに使ってたりしている
士郎はこっちが得意らしいしな

しかもこいつ、『魔術回路』を一回作ったら、また新しく作るなんていうこともしてた
普通は一回作ったら二回目からはそこに魔力を流し込むだけで済むんだけど……
見つけるの遅かったら死んでたかもしれない
それくらい危険な事をやってんだよこいつは


「士郎、あれちゃんと着けてるか?」

「あぁ、着けてるぞ。……橙子さんって凄いな。俺も今度会ってみようかな」

「や、やめとけ‼滅多なことを言うんじゃ無いよ‼お前にはまだ早すぎる‼」

「…………一体どんな人だよ」


士郎が今身につけているのは、橙子さんからもらった『魔力封じ』の指輪だ
実際に魔力を封じるのでは無くて、これをつけていると『魔術回路』を持っていることがばれなくなるというもの
普通の生活を送りたいから、魔術師だと知られないほうが都合がいいだろう。と思ったからだ

……ただ、貰ったはいいけど、死ぬかと思った

元々は、士郎が魔術師であることを隠すための道具を探していただけだったんだ
で、探していく内に橙子さんのところに辿り着いたというわけだが……

……できれば、二度は行きたくない
この指輪を貰うだけでそうとうやばかった
下手すりゃ死んでた

なんとか貰って、帰ろうとしたときに『今度は、その士郎とかいう奴も連れてこい。お前のことがそれなりに気に入ったんでな、少なからずとはいえ鍛えてやる』とか言われた

俺にはそれが死刑宣告にしか聞こえなかった

なんせ、こんな小道具 (俺からしたらとんでもないものだが、橙子さんがそう言っていたのでそう言う)
を貰うだけであの世が見えかけたんだ
鍛えるとなると、マジで何回か死ぬかもしれない
んなところに士郎を連れていけるかよ

……とは言っても、士郎は行きたがるんだろうな
封印指定されてる魔術師に教わる絶好の機会だからな……
はぁ……俺、努力嫌いなんだよな……


「あ、ついでにそこの鉄パイプ『強化』しといてくれ。あと自分の足にもかけておく事を薦める」

「は?なんでさ?」

「いや、何でって……」


瞬間、何かの音が耳に入った
その何かがとんでもない速さで飛んで来た
それは、間違いなく士郎の顔面を狙っている
俺は、手に持っている鞄で、それを防いだ


「なんか狙われてるっぽいし。ってあァァァァァァァァア‼鞄に穴空いてやがるゥゥゥゥゥゥゥウ‼」

「何⁉一体なんでだ⁉」


修理をやめて士郎が飛び上がる
即座に自分の足に『強化』をかけるあたりは流石だ
よく見ると、俺の鞄に杭が刺さってる
これを投擲したのか……

しかし……俺の鞄に穴あけるたぁいい度胸じゃねぇの
仕返ししてやりたいのだが、この杭の速さからしてまともに戦闘しても返り討ちだ
そこで近くの教室の下にある小窓を蹴破ると鞄から杭を引き抜き、柱に固結びする


「何やってんだ⁉早く逃げるぞ!」

「時間稼ぎだ‼ついでにこれも‼」


巻き取られる鎖がピンとしなり、柱がギシギシと音を立てる。
俺は、鞄から『あるもの』を取り出すと杭と鎖にたっぷりとそれを掛ける。


「よし!」

「よし!じゃねえ‼お前は何でんなもん掛けてんだよ‼」

「このままやられっぱなしでいられるか‼まともに戦ったら勝てないから、これぐらいで許してやる!」

「いやだからって『瞬間接着剤』なんてつけても意味ねぇだろ‼」


俺が掛けたのは『瞬間接着剤』だ
これで少しは嫌がってくれはしないだろうか
柱が限界を迎え、杭と鎖が激しく跳ね回りながらドアの向こうに消える


 そして、数秒後……


「キャーーーッ‼」


女性の悲鳴が辺りに響いた
音源は間違いなく杭と鎖が戻って行った方向
……まさかこうも上手くいくとは


「ふ……見ろ。敵は女だ」


ドヤ顔をする俺に対して、頭を抱える士郎
情報はいつの時代でも重要だからな。集めて置いて損はない
そう思っていたら、また悲鳴が聞こえてきた


「あぁ‼封印に接着剤が⁉」

「しかも、何かを封印する能力もあるっぽい」


つーことは魔術師関係か?
士郎は頭痛でもするのか頭を抱えてるし
……なんもしなくても情報が手に入るなぁ
そして、今度は、ドアの辺りがビシビシと石化していく


「石化能力もあるみたいだぞ」


今度は士郎は目眩を引き起こす
……いやー、凄いな『瞬間接着剤』
まさか相手の能力まで分かるなんてなぁ


「…………なぁ武蔵、その接着剤なんなんだ……?ただの接着剤にはそこまで効果はないだろ?」

「ん?あぁ、これな、俺の魔力を流し込んであんだよ」

「やっぱりか、どんな効果だ?」


そりゃ、ただの接着剤であそこまでの惨事にはならんだろ
さすがに気づいたか
つっても、普通に見てたら市販の接着剤にしか見えねぇけどな


「こいつの効果は、『誰かがこいつを塗った武器に触れたら、そいつの武装を強制的に解除する』ってやつだ。俺はこれを『廃刀令』って呼んでる」


俺が説明すると、士郎が感心したように頷く
とは言っても、俺が作れる魔術的な道具なんてこれくらいしかないけどな


「……うわぁ、便利だなそれ」

「いや、不便だろ」

「なんでさ?」

「相手の武器にどうやってこれを塗るんだよ」

「……あ」


今の攻撃だけ例外だ
戦ってる最中に相手の武器に触ることなんて不可能に近い
だからといって、自分の武器につけておいて相手の武器につけようとしても、まず自分の武器が吹っ飛ぶ
だから通常は使えない代物だ
……でも、いくら武装が剥がされたからって、声を出すやつがいるかね?
そう考えると、相手の性格が浮き彫りになってきた
士郎をみると、頷き返してくる
…………やはり、お前もそう思うか



「しかし、これだけは言える。敵は…………

ドジっ子だ」

「間違いなくな」


言い合って、俺達は二手に別れた










学校の外、そこには二つの赤い影があった
一人はこの学校では知らぬ者はいない『ミス・パーフェクト』こと『遠坂 凛』
もうひとりは、紅い外套を身に纏った屈強な男だ
この二人は今回の『聖杯戦争』に参加しているマスターとサーヴァントだ
見回りのためと、このところ学校に『結界』を張ろうとしている人間を探しだすため夜中の学校を訪れた

……訪れたのだが、その二人はたった今校舎内から聞こえて来たサーヴァントのものであろう悲鳴を聞いて全力で脱力していた
特に『接着剤が⁉』あたりで


「……何でよ?何で接着剤で相手の『サーヴァント』の能力が分かるのよ?」


凛は思いっきり項垂れている。
その姿からは優等生としての気品が全く感じられない
傍らの男も憔悴し切っている。


「誰が使ったのかは分からないが、サーヴァントの戦闘に接着剤を用いるなど……」


妙な戦略に頭痛が増す男
そりゃそうだ。今までの有名な決闘や戦争では接着剤なんてものを使用する人間なんていない
というより、そんなことを考える人間がいない


「情報が手に入って喜ぶ所なのに、素直に喜べない……」

「安心しろ。私もだ」


このとき、
何やら納得が行かない事が多すぎて、気落ちするが気を取り直して行こう
そう凛が思い、再び上を見上げると何か黒い影が迫ってくる


「ちょ、ちょっと退いてくれェェェェェェエ‼」

「んな⁉」


その影は真っ直ぐ凛の隣にいたアーチャーに落ちてきた
しかしさすがはサーヴァント、ギリギリでその影からの奇襲を相手に視認される前に霊体化してかわす
それでもビックリしたのか、アーチャーの額には少しだけ冷や汗が浮かんでいた
影は着地し、立ち上がって未だに呆然としている凛達に向かう


「あ、あれ?遠坂じゃないか?どうしてこんな夜中に学校に来てるんだ?」

「え、衛宮君?」


思いがけない人物が落ちて来た

凛からすると、まさか魔術師でもない人物が落ちてくるとは思えなかったから
凛の中では『衛宮士郎』は『魔術回路』を持っている人物ではないと定義されている
昔の一から『魔術回路』を作り直していた士郎なら普通にしててもばれなかっただろうが、今は『魔力封じ』をつけている
これならば、高位の魔術師でも気付かないだろう


「あ、遠坂、早くここから逃げたほうが良い。なにか不審人物が学校にいる。まるで人間じゃないように強いぞ」

「衛宮君はそいつから逃げてきたの?」

「おう、マジで死ぬかと思った」


……サーヴァントから逃げといて、死ぬかと思ったでよく済ませられたわね……
凛はその考えにようやく至った
今、士郎が校舎から落ちてきたということは、あのサーヴァントと交戦していたのはこの少年だということだ
通常、サーヴァントに狙われて、生きながらえる人間がいるはずがないのだから
しかも、魔力を感じられない、ただの人間である士郎には尚のこと不可能だ

とにかく、この少年は先ほどのサーヴァントの情報を少しは知っているかもしれない
どうにかして情報を引き出すべきだ
そう考えた凛は士郎に尋ねる


「今の悲鳴は衛宮君がやったの?」

「……どういう意味だ?遠坂」

「あなたがさっきの悲鳴の持ち主と戦ったのかって意味よ」

「…………は?」


今の台詞を聞いて、士郎は驚いた顔をした
凛が一体どうしたのかと聞こうと士郎に近づくと、その分彼も間合いをあける
その顔に徐々に警戒の色を浮かべながら…………


「……衛宮君?どうして逃げるのかしら?」

「……その質問に答える前に、俺も聞きたいことがある」


ついには、士郎がどこから攻撃されても対応できるような体勢をとり始める

凛は戸惑った。

アーチャーは霊体化していて見られていない
自分の魔力の隠蔽も完璧だ
敵意を抱かせるような口調にもならなかったはず

…………一体どうして


「…………いいわよ。なにかしら?」


大丈夫、バレるはずがない
そう言い聞かせる凛だったが、次の士郎の発言を聞いて思い知らされる

自分の血に伝わる、もはや呪いの域に達した特性を


「……普通、女の悲鳴を聞いたら、そいつが不審人物に襲われたと思うだろ?どうしてそいつが不審人物だと分かったんだ?」

「!!!!!」


うっかりしていた
確かに女性の悲鳴は『何も知らなければ』被害にあったものだと考えるのが自然だ
それなのに、迷うことも無く『女性と交戦した』なんて聞くはずがない
故に士郎は不審に思ったのだ


「……遠坂、お前何か知ってるのか?」

「うっ……」


言葉につまる凛
答えられないのだから仕方が無いことだ
答えてしまうと、自らが魔術師であることをバラしてしまうことになるのだから

しかし、次の瞬間士郎の姿が消えた
その数刻後に風が凪ぐ
ふと見ると、そこには霊体化を解いたアーチャーが士郎に斬りかかっている姿があった
それを瞬時に避けて、凛の視界から外れたのだろう

いや、それよりも気にかけなければいけないことがあった
何も命令していないのに、アーチャーが士郎に攻撃をしていることだ
即座に凛はアーチャーに静止の声をかける


「うおっ⁉っつあ‼いきなりなにするんだ⁉」

「アーチャー‼やめなさい‼」

「……おやおや、魔術というのは秘匿されるべきでは無かったのかね?それにどちらにしても生かしておいて良いものでもあるまい」


一旦手を止めて、アーチャーは凛に尋ねる
それでも両手に持っている陰陽剣は士郎に向けたままだ
アーチャーの言うことに納得のいかないのか凛が反論する


「なんでよ⁉サーヴァントについて何か分かるかもしれないじゃない‼」

「この小僧が一般人である場合、口封じをしなければならない。情報を引き出すにしても、素人目から見た状況が参考になるとは思えない
また、魔術師である場合、尚のこと生かしてはおけんだろう。それこそ『聖杯戦争』に関わっている可能性が高い。

……情報一つより、マスターの命を奪える方が破格だと思わんかね?」


士郎に聞き覚えのない言葉が聞こえてくる
『聖杯戦争』?『マスター』?『サーヴァント』?
何のことだよ、訳が分からない

だが、今はコイツから逃げることを優先して考えなければいけない
……しかし、どうやって?
さっきは武蔵がいたから何とかなったが、今は居ない
隙をみて逃げようと思っても、コイツの注意は完全にこちらを向いている
武器になりそうな物も持っていない
八方ふさがりか…………

…………仕方がない
『あれ』を使うか……


「…………『投影開始』」


相手に聞こえないくらいの声で呪文を呟く
とは言っても、あくまで暗示みたいなものだからさほど意味はない
それでも、俺にとっては必要なもの


俺が使える魔術は三つある

一つ目は、物体の構造を魔力で補助する『強化』
二つ目は、物体の構造を魔力で把握する『解析』

そして、


「…………『投影完了』」

「なに…………⁉」

「……え、嘘……?」


三つ目は、物体の構造を魔力で模倣する『投影』だ

コイツが持っている双剣を『解析』し、出来損ないだが『投影』した
……やっぱり穴だらけだな……構造がしっかりしていない
でもこの際文句は言ってられない
俺は剣を構えて対峙する


「……衛宮君、あなたが『魔術師』だったなんてね」

「俺からしたら、遠坂が『魔術師』だったことに驚いたぞ」

「……あらあら、私は一応冬木のセカンドオーナーなんですけど?」

「そいつは悪かったな。今度菓子折りでも持ってくよ…………生きてたらな」


事情は分からないが、逃げるためには手段は選んでられない
しかし、遠坂が『魔術師』とは気付かなかったぞ
軽口を叩いて時間を数える
……そろそろか


「……なぜ、貴様がそれを使える?」

「なんだよ?文句あんのかよ?」

「……微妙に歴史がずれているのか……」


なにかぼやき始めたコイツを尻目に、その方向に持っていた剣を投げる
自ら武器を捨てるなんて、バカのやることに見えるだろう
だが、考えあってのものだ

ソイツは容易く、その剣を避けるとバカにしたような笑みを浮かべてくる
……なんかスッゲーイラつくんだけど


「ふん、やはり貴様はバカのようだな。そんな攻撃が当たると思っているのか?」

「…………バカはあんただ」

「何……?」


ソイツの背後で、『アイツ』がその剣を受け取るのを確認する
……タイミングバッチリだなおい
訝しげな顔をしたままアーチャーがこちらを見ている今がチャンスだ
行け‼


「だらっしゃァァァァァァ‼」

「ぬ、ぬぉ⁉」


打ち合わせ通り、校舎から出てくる武蔵に向かって剣を渡す
そしてそのまま、武蔵はコイツに剣を振るう
さすがのコイツも慌ててその斬撃を受け止める
その瞬間に、武蔵は剣を手放し、俺は足に『強化』の魔術をかけ、その場から全力で逃げる

早くしないと、あの女も襲ってくるかもしれない
限界を超えて自宅まで疾走する


「クソッ!待て‼」

「待てと言われて待つ奴があるかァァァァァ‼……あぁ畜生‼士郎、魔術使うぞ‼」

「おう!でも出来れば早めで頼む‼」


やっぱりあの赤い奴は追ってくるか……
今の俺たちは、世界記録を余裕で塗り替えるくらい速いんだけどなぁ
アイツは一体何なんだ?


「行くぞ、『追い風』‼」

「助かる武蔵‼ところで、あのお前が相手してた奴はどうした?」


武蔵の魔術の効果で、後ろから風で押されて速度が上がる
そして走りながら先ほどから気になっていたことを尋ねる
あの最初に襲ってきた女性はどうなったのか
まくことができたのだろうか
それとも……

言ってたら、上空からさっきと同じ杭が飛んでくる
……なるほど、これが答えか


「いや、武器なしとかマジで無理だから。アイツは絶対人間じゃない」

「……だろうな。遠坂の連れてる奴も似たタイプの奴らしいし」

「……マジかよ」


まさか冬木が人外が闊歩する町とは思いもよらなかった
どうしてこうなった、俺達は普通に暮らしていただけなのに


「仕方ない、一旦家に戻って俺の刀を取ってこよう。その剣よりかはマシだろ」

「……まあそうだろうな」


俺の再び『投影』した双剣を見て武蔵が言う
そういえば武蔵は刀を二本持ってたな
あれは確か、俺達が初めて会ったときから腰につけてたような……


「とか言ってる間に家だ。二手に別れるぞ……とは言っても互いに狙われてる相手が違うんだよな」


俺は何故かは知らないが、あの赤い奴に追われている
武蔵はさっきの『廃刀令』のせいでもう一人に狙われている
……作意を感じるな


「それじゃあ士郎‼生きてたらまた会おう‼」

「縁起でもないこと言うなよ!」


そうだ……俺はこんなところで死んではいけない!
俺には叶えなければいけない『理想』があるんだ!
そのためにもくたばってる場合じゃない‼

必死で俺は庭へと逃げていった






side 武蔵




「……おいおい、ここまで追ってきますか?俺生まれて初めてだわ、こんな美人に追いかけられるなんて」

「それは光栄ですね、このようなデカイだけの女にお世辞とはいえ嬉しいものです」

「…………今のあんたの台詞、世界の女性の大半を敵にまわしたぞ?あんたが美人じゃなかったらこの世には醜女しか生存してねぇわ」


家の中まで入ってきますか……
俺を追い詰めるためか、目の前に立ちふさがる女を見ながら考える
普通に不法侵入じゃねぇか、ってかそれ以前に殺人未遂か
俺の唯一と言っていい、誰にでも勝てる自信のある軽口も本気で言ってんのかかわされる
少なくとも俺はこいつ以上の美人を見たことはない


「……さて、それはさておき、貴方には死んでもらいます」

「いやー、あんたほどの美人に殺されるならある意味本望かもなぁ。……でも何の説明もなく殺されるのは納得できねぇよ」

「貴方が知る必要はありません」



そういい、ジャラリと音がした
またもあの鎖かよ……
瞬間に、杭が俺目がけて飛来する
だが…………


「はっ!この程度なら避けれるわい‼ほらっ!ほいっ!せいっ!」


それでも俺には当たりはしない
俺の『眼』は動体視力が半端ないからな、このくらいならまだ見切れる
これについてはこいつも予想外なのか連続して放ってくる
隙を見て後退し、目当てのものがある部屋まで近づいていく
そうだ……もう少しだ……


「くっ!……いいかげん当たりなさい‼」

「当たってたまるか‼死ぬわ‼」


イライラさせながらも、ようやく辿り着いた
よーし、このまま……


「もらったァァァァァ‼」

「しまった⁉」


なんとか刀を手に入れられた
しかし、これで戦えるかどうか……


「な‼……それは……」

「あぁ?これがどうかしたのかよ?」


俺が刀を構えると先程よりも驚いた反応を見せる女
……ただの刀だろ?
なんで、そんな『弱点』とか『天敵』に出会ったような顔をしてんだ


「…………これは迂闊でした。貴方がそれを持っているなら、なおのこと貴方を倒さなければいけませんね」

「だーかーらー…………」


今のですっげえ苛立った
いきなり命を狙われて、なんの説明もない状態が続いて自分で思ってたよりもフラストレーションが溜まっていたらしい
だから、つい壁を叩いて叫んだ


「その理由を説明しろって言ってんだろうがァァァァァァ!!!!!」





その時、俺の横の床が光りだした




怒りで周りが見えていない俺は、後ろで何か起こっているのに気付かない




そして、瞬く間に女は二本の赤い槍によって拘束されていた
その槍の持ち主を見ると、二人の男が何時の間にかそこに居た……………え?あ、あれ?はい⁉


「え、何が………………アレ?ちょっと待って、ちょっと待ってアレ?コレ夢だよね、絶対夢だよねアレ?夢じゃなきゃおかしいよねアレ?つーかだとすれば俺の深層心理どうなってるんだアレ?アレ?アレ?つーか“アレ?”ってなんだっけアレ?」

「…………召喚されて、いきなりマスターがゲシュタルト崩壊してんだけど…………」


あまりに突然に二人の男が現れたから、怒りがすっかり消え去ってしまい、混乱するばかりの俺
それを、呆れた目で眺めてくる一人の男
その青年は突きつけている赤い槍を持って全身青のボディスーツのような服を着ているという妙な格好
しかし、呆れているにも関わらず、女からは全く警戒を解いていないのが分かるあたり相当な手練れなのだろう
……え?いやマジでなんなの⁉


「まー、召喚された時は『サーヴァント・ランサー、召喚に応じ参上した。お前が俺のマスターか?』とか聞くんだけどよ…………」


軽く言った後、即座に目つきを鋭くして女を睨む
よく見ると、もう一方の男と同じようなボディスーツに革鎧を身に付けていて、姉ちゃんに向けている赤い槍の他に、黄色の槍を持った男も射殺さんばかりに女を凝視している
その男には泣き黒子もついていて、普段ならばそれもあいまって異性を惹きつけるような容貌なのだろうが、今は阿修羅の如く顔を歪ませているため、より一層恐怖心を相手に植え付ける顔をしていた


「この状況を見る限り、その質問をする必要もなさそうだな……!」

「貴様……我が主に手を出すとは…………覚悟はできているんだろうな⁉」

「クッ…………まさか、もう参加者になるとは…………‼」


なんか女が、悔いたような声を出して呻き始め、二本の槍のを持っているやつが、赤い色の槍をさらに突きつける
……って‼


「ちょ、ちょおストぉぉぉぉぉぉップ!!!!!俺には何がなんだかさっぱりだ‼何で俺は殺されなきゃいけないの?何でお前らいきなり現れてるの⁉何でその姉ちゃんを殺そうとしてんだァァァァァァ‼⁇」


このままだったらこの場は血みどろになって、あら嫌だ奥さんお隣さんで殺人事件がおきたらしいわよ?あらそうなの、ひどい世の中になったものね、そんなお隣さん消えてしまったらいいのに。そうよね、オホホホホーみたいな噂が流れちまう‼
今まで円滑に関係を結んできたって言うのにそれは困る‼


「あ、あのお二人さん。そのお姉さんを放してやってくれません?家んなかでそんなスプラッタ映像を流すというのはヤバイから」

「……なぁアンタ、どういう状況か分かってるのか?」


さっきよりさらに呆れた顔をする青年
……いや、分かってるつもりだけど……どういう状況かとか、俺がおかしいってこととか……
でも俺は、ちょっと魔術が使えるだけの平和主義な日本人だから常軌を逸した話にはついていけないといいますか……


「あ、あのよ姉ちゃん。二度と俺達を襲わないって約束してくんない?そしたら逃がしてあげても良いけど……」

「な……!し、正気ですか⁉」

「だまらっしゃい‼殺しはよくありません‼つーかどうなってんのか分かんねえと処分も決められん‼」


……多分、士郎だったら同じ様なことを言うと思う
だから良いんだよ‼
つーかなんかもう面倒くさい‼


「……本当に逃がしてくれるんですか?」

「そっちが約束守るんならな。今度やったら絶対許さねえけど」

「…………分かりました。もう貴方達を襲わないと約束します」

「よし、それじゃあ行ってよし‼」

「おいマスター‼こいつ絶対約束守らねぇぞ⁉」


……五月蝿いな。助けてもらっておいて言うのもあれだけど
いいじゃん‼俺復讐とか報復とか嫌いなんだし‼
俺なら殺されたとしても、そいつを祟ってやろうとかは思わないだろうし
…………まぁ、罰を与えたり、ダチが危ない目にあってる時はめちゃくちゃ怒るかもしんねぇけど
少なくとも、俺個人の問題なら気にしないの‼


「いいって、いいって。それよりも士郎の方が心配だ。そっちの援護に向かうぞ」

「…………っはぁ~……わぁったよ、ほらとっとと行け」

「我が主の寛大な心に感謝するんだな」

「……ありがとうございます。それでは……」


言い残して、女は何処かに消え去った

…………っはーーーー!‼‼緊張した‼
いきなり殺人現場に出くわすところだった‼
……あ、こいつらに礼いわねぇと……


「……あー、助けてくれてありがとう。それと勝手に逃がしてすまんかった」

「あぁ、もう良いって。俺もあんな勝ち方好きじゃねぇし」

「俺は、主の命に従うのみです」


……真逆だな、こいつら
かたや、軽い感じのラフな兄ちゃん
かたや、堅い感じの愚直な兄ちゃん
…………どういうこった?


「で、聞いておきたいことが……」

「何だよ?」

「俺達に答えられるなら何なりと」

「お前らだれ?」

「「…………え?」」


…………あれ?なんで固まってんの?
俺、そんなに変なこと聞いたっけ?
何で俺が知っていること前提で話が進んでるわけ?


「……いやぁ、召喚されて最初の質問がそれってなぁ……」

「も、もしや、俺では不服であると仰りたいのですか⁉」

「ち、違う違う‼マジで俺には何が起こっているのか分かってないんだよ⁉さっきから訳もわからず襲われたり、殺されそうだったり、士郎が赤い奴に切りかかられたり……」


そこまで言って思い出した
士郎はどうなった⁉
俺はどうにかなったみたいだが、あいつはどうか分からん‼
助けに行かないと‼


「ちょっと兄ちゃん達!俺の親友が襲われてるから助けてやってくれよ!てゆうかマジでホンマどうかお願いします‼」

「な、何……⁉土下座までのプロセスが0,2秒だと⁉速すぎるぞ!」

「主‼何故我々に頭を下げるのですか⁉」


何か言ってるが、なりふり構ってらんない
俺のささやかな幸せを壊したくないんだ‼
士郎が強いことは分かってるけど、『アレ』は別格だ
勝てるとは思えない
だから、今はこいつらに頼むしかない
そうやって頭を下げてると、軽い感じの兄ちゃんが慌てて話しかけてきた


「つーかお前、俺のマスターなんだから普通に命令してくれりゃいいんだよ‼」

「よし分かった、お前ら士郎を全力で助けろ‼」

「変わり身までも速い‼」

「こっちだ‼急げ‼」

「分かりました主‼」

「チッ……ったく、しょうがねぇなぁ……」


そうと知ったら話は早い
命令すりゃいいだけなんだし
即座に立ち上がり二人を連れて表に出る

…………無事でいてくれよ、士郎





side 士郎



「……はぁっ!…………はぁっ!」

「…………しぶとい奴だ。これほどまでもつとは思わなかったぞ」


俺は庭で、出来損ないの陰陽剣を振るって、赤い外套を身に纏った男と応戦している
……とはいっても、ジリ貧だ
じょじょに俺にはコイツの剣を捌き切れなくなってきている
このままだったら、あっという間に■されてしまうだろう
こっちが必死だってのに、相手は汗一つかきやしない
……くっ!また来やがった‼


「……何故だ。何故貴様はここまで戦える」

「へっ!生憎とこっちは親友の馬鹿騒ぎにいっつも巻き込まれてるんでな、それでいくらかは鍛えられてんじゃないのか⁉」

「……『魔術』の行使も滞っていない。それどころか、出来損ないとはいえ『投影』まで…………」


昔、武蔵に『魔術回路』を開けてもらったからな
そんときは1本だったが、今では13本まで開けられる
一応、あと14本あるみたいだが現段階では使用できない
それでも、『強化』も『解析』も使えるから十分だけど


「……それに、『親友』だと?そんなもの…………」

「余所見してんじゃねェェェェ‼」


なにかブツブツ言ってるが、好機と思い一気に攻める
普段武蔵の練習相手になってるから、ある程度は太刀筋が読めるのがこんな所で役に立つとは……
だが、相手は更に上らしく反撃をしてきた


「貴様如きが私に勝てると思うな‼」

「んなもん、やってみねぇと分かんねえだろうが‼」

「ならば、今見せてやる‼」

「う⁉グハッ‼」


打ち合っていると、突然相手が蹴りを繰り出してくる
それをまともに食らった俺は、土蔵まで吹き飛ばされた
っつーー‼今ので肋骨が2、3本やられたみたいだ……
しかも剣まで折られちまったし……
すごく痛い……でも痛みに気を配ってる余裕は無い‼

何とか立ち上がった俺は折れてしまった剣を再び『投影』し始めるが……
次の瞬間、床が発光し、魔法陣を浮かび上がらせていた
な、なんだ⁉俺が『魔術』を使ったからか⁉今までは何も起こらなかったのに⁈

魔力が満ちた魔法陣は、朝の光のように土蔵を照らす
俺はとっさに凄まじい光を両手で遮った。

光の収束と共に、そこには一人の甲冑を着けた少女が、神話の絵から抜け出したように威風堂々と立っていた
金毛の髪を束ね綺麗な顔立ちをした少女は、ゆっくりと瞳を開くと目の前にいる俺を見据える
そして、落ち着いた口調で口を開いた


「問おう、貴方が私のマスターか?」

「…………え?」

「サーヴァント・セイバー、召喚に応じ参上しました。これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある。マスター、ご指示を」

「言ってる場合ではないぞ、セイバー。もう敵がそこまで来てるんだからさ」


途中、セイバーの言葉を遮る様に一人の男性が声を出した
それに気づいた俺と少女ーーセイバーはそちらの方に顔を向ける

赤い外套を着けた青年が、座り込んでいた
暗闇のせいで顔がよく見えないが、白い髪をそのままにしていることが分かる
男が立ち上がり、俺の方まで近づいてくるとその顔がよく見えた
そして、俺は驚愕する



その青年は、先ほどから俺を襲っている男と瓜二つだったからだ


「っと、早い所外にいる奴なんとかしないとな。マスターは俺の後ろに隠れといてくれ」

「え?ちょ、ちょっと‼」


制止の声も聞かず、青年は外へと飛び出して行った



side アーチャー




「何故だ…………」


私は、思わず言葉を漏らした
目の前には自分の復讐(やつあたり)するべき相手ーー衛宮士郎と、かつて巡り合った高潔な騎士王ーーセイバーが土倉の前に立っている
本来ならこの場には、あの青き槍兵がいるべきだが好都合だ
このほうが、面倒ごとがなくていい
とっとと復讐を済ませてしまえばいいのだ

でも、それができない
射程距離には問題はない、元々こちらは弓兵だ。そんなものあってないようなものだ
ならばセイバーの存在?
それも違う。全力でやればセイバーは倒せずとも未熟者であるマスターは簡単に殺せる
ならばなぜしないのか

…………なぜなら


「何故私がそこにいる‼」


私とまるで姿が同じ人物がいたのだから

しかも私の持っている『干将 莫耶』と全く同じものを取り出して
その男は軽く笑って私に言う


「悪いけどな、俺はお前じゃない」

「黙れ‼貴様が英霊になるには『守護者』以外ではあり得ない話しだ‼
あの地獄を味わって、なぜその小僧を殺さない‼」

「……はぁ、まるでガキの癇癪だな。こんな風に見えてたのか。
…………言っとくけどな」


男は溜息をつき、呆れたようにこちらを見る
それさえも私には信じられなかった

どうして貴様はそうも『人間』であるかのような行動をとるんだ

『私』であるなら、そのような振る舞いはできるはずがないのに

私の戸惑いを知ってか、男は『私』との決定的な差異を突きつける


「俺は、お前の様に今までのことを後悔してない。お前が自分の今までを後悔してる限り、お前は絶対に俺には勝てない」

「抜かせ‼」

「そうくるか……ならば」


俺は激昂し、男に斬りかかる
それは自分の後悔を否定されたからか
勝手に自分の人生を酷いものだと決めつけたからか
それとも……

自分が持てなかったものを持っている『自分』に対しての妬みなのか

男は剣を受け流すと、私に剣を向けて完全な離別を示す


「このサーヴァント『マスター』が相手してやる‼かかってきやがれ‼」


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