FC 第四節「スーパーソレノイド機関」
第三十七話 シンジ、凶弾に倒れる!
<ツァイスの街 中央工房>
中央工房でもエリカ博士が姿を消してしまった事は知れ渡っており、エステル達についてきたティータは励ましの声を掛けられていた。
ヨシュアは受付の人に頼んでマードック工房長の面会の許可を取る。
工房長室に居たマードック工房長はティータの顔を見るなり謝り出す。
「すまない、私がエリカ博士を煙たがって少しの間でも居なくなってくれればと女神様に祈ってしまったから悪いんだ! でも信じて欲しい、私はエリカ博士の才能は認めているし、心の底から嫌っているわけじゃない、たまには休みが欲しかっただけなんだ!」
「あ、あのう……マードックおじさん?」
突然マードック工房長に土下座されたティータは困惑していた。
「祈っただけで気にするなんて、内罰的にも程があるわね」
そんなマードック工房長の姿を見て、アスカはあきれたようにため息をついた。
「ヨシュア、マードックさんに聞けばエリカ博士の行方が分かるって事は、もしかして誘拐したのはマードックさんなの?」
「ええっ、そうなんですか!?」
「ち、違う、私はそんな事していない!」
エステルの微妙にずれた発言を冷静さを失っていたティータが信じてしまいそうになり、マードック工房長は必死に否定した。
ウンザリとした表情でヨシュアはため息をついた後、マードック工房長に尋ねる。
「そうじゃないよエステル、マードックさん、昨日市内に出入りした運送業者の一覧を見せて下さい」
「運送業者……まさか、エリカ博士はコンテナに載せられて運び出されたと言うのかね!?」
「はい」
ヨシュアはマードック工房長の言葉に強くうなずいた。
答えに納得したエステルは感心したように声をもらす。
「なるほど、いつも見慣れている運送業者の人なら大きな荷物を運んでいても街の人達に怪しまられなかったのね」
「その通りだ」
エステルの言葉にアガットは首を縦に振った。
マードック工房長が運送業者の出入り記録を調べると、昨日から今日にかけて街の外へ出た運送業者は2社あった。
運送業者の行き先はヴォルフ砦とレイストン軍事要塞だった。
「ヴォルフ砦か、マズイな」
「はい」
アガットの意見にヨシュアも同意してうなずいた。
ヴォルフ砦はツァイス地方とカルバード共和国の国境を結ぶ門である。
エリカ博士が国外に連れ出されてしまったら、自分達で追跡するのは困難になる。
「ちっ、ヴォルフ砦に急ぐぞ」
「待って、もう片方はどうするの?」
走り出そうとしたアガットをアスカが呼び止めた。
「じゃあ、二手に分かれるしかねえな。俺はエステルとヨシュアを連れてヴォルフ砦に向かった運送業者の足取りを追う」
「アタシとシンジはレイストン軍事要塞に向かうわ」
「私は引き続きツァイスの街の中に手掛かりが無いか探してみよう」
アガットの提案を聞いてアスカとマードック工房長がそう答えた。
自分の名前が呼ばれなかったティータが不安そうにアガットに尋ねる。
「えっと、私は……?」
「お前は街でおとなしくしていろ」
アガットに言われたティータはしつこく食い下がる。
「でも、私もアガットさん達の手伝いがしたいです!」
「いいか、お前は遊撃士じゃねえんだ。俺達は民間人を連れて行く余裕なんざねえ」
アガットがそう断言すると、ティータは青い顔になってうつむいてしまった。
「もしかしたらまだ運搬車に追い付けるかもしれねえ、早く行くぞ」
「はい」
「ティータ、ごめんね!」
アガットとヨシュアとエステルは急いで工房長室を出て行った。
「それじゃ、アタシ達もレイストン要塞に行きましょうか」
「うん」
マードック工房長にあいさつをして部屋を出て行こうとしたアスカのスカートのすそをティータがつかんで引き止める。
「アスカお姉ちゃん、お願いします、私も連れてってください」
「アガットさんに言われたじゃない、街の外に連れていけないって」
「だけど、私はお母さんがさらわれたのにじっとしているなんて嫌なんです」
アスカにまで断られて落ち込んでしまったティータに助け船を出したのはシンジだった。
「別に大丈夫じゃないかな、僕達は軍事要塞の人に話を聞きに行くだけだし」
シンジに説得されたアスカはティータを見ながら思い悩んだ表情になった。
ティータとシンジは拝むような視線をアスカに送りつづけた。
しばらくして根負けした顔になってため息をつく。
「そうね、このままティータを独りにさせておく方が何をしでかすか分からないし心配だわ」
アスカの言葉を聞いたティータの表情が明るくなる。
「ありがとう、シンジお兄ちゃん、アスカお姉ちゃん!」
こうしてシンジとアスカはティータを連れてレイストン要塞に向かう事になった。
<ツァイス地方 トラット平原>
ヴォルフ砦に向かったエステル達は、その途中の街道でコンテナを積んだ運搬車が立ち往生しているのを発見した。
これが調査対象の運送業者なのではないかと思ったエステル達は緊張した顔で目配せをした後、ゆっくりと運搬車に近づいて行った。
「こんな所でどうしたんだ?」
「あっ、実はエンジンのトラブルで運搬車が動かなくなってしまいまして」
アガットに声を掛けられた運送業者の男性はそう答えた。
「それは大変ですね、僕達に何か力になれることがあったら協力しますよ」
ヨシュアが助力を申し出ると、運送業者の男性の顔色が変わる。
「あ、大丈夫です、遊撃士の方にご迷惑を掛けるわけには行きませんから」
「だけどお兄さんは一人だけなんでしょう?」
「今、仲間が街の方へエンジンを直すための部品を買いに行っている所なんですよ」
エステルに尋ねられた運送業者の男性は愛想笑いを浮かべながら答えた。
「でも修理している間、魔獣が襲って来ないように見張る人が居た方が良いわよね?」
「そうだね、エンジンに使われている七耀石に魔獣が引き寄せられるかもしれないし」
「いやいや、手伝って頂く必要はありませんよ」
エステルとヨシュアが運搬車に近づこうとすると、運送業者の男性はあわててさえぎった。
「ずいぶん大きなコンテナだが何を運んでいるんだ?」
「別にたいした物ではないですよ」
アガットに尋ねられた運送業者の男性はそう言ってごまかそうとした。
「ねえ、このコンテナの中から物音が聞こえて来る気がするんだけど」
いつの間にかコンテナにへばりついていたエステルが報告すると、アガットとヨシュアの顔つきが険しくなる。
「お前らが誘拐犯だったのか!」
アガットが凄むと運送業者の男性は真っ青になり、エステル達に背を向けて逃げようとした。
「逃がしませんよ」
ヨシュアが素早い動きで運送業者の男性の前に立ち塞がった。
退路を完全に塞がれると、運送業者の男は腰を抜かして座り込んでしまった。
「観念するんだな」
「すいません、ほんの出来心だったんです……」
アガットに対して運送業者の男性は謝った。
しかし、ヨシュアは厳しく運送業者の男性を追及する。
「あなた達の犯行は計画的な物のはずです。そうですよね? 人をさらうんですから」
「えっ、そんな事はしてません……」
ヨシュアの言葉に震え上がった運送業者の男性は慌ててコンテナの鍵を開けた。
すると中には白・青・ピンクの3色の毛を生やしたヒツジンが鉄格子のおりに入れられて閉じ込められていた。
「珍しい色のヒツジンだったので捕まえて故郷に持ち帰って見せ物にしようと思っていたんです」
「何だ、まぎらわしい事しやがって」
肩すかしを食らわされたアガットは疲れた顔でため息をついた。
「アガットさん、どうしましょう?」
「あーそうだな、密猟も密輸も犯罪には違いは無え。街までこいつを連行して仲間を捕まえるか」
ヨシュアが指示を仰ぐと、アガットは事務的な口調でそう答えた。
「このヒツジンはどうするの?」
「放せば勝手に野に帰るだろ」
エステルが尋ねると、アガットはあまり興味が無さそうに答えた。
返事を聞いたエステルは観念してうなだれている運送業者の男性から鍵を受け取り、鉄格子の鍵を開けて捕らえられていたヒツジンを解放する。
「暗くて狭くて怖かったでしょう? もう大丈夫よ」
エステルが笑顔でヒツジンに話し掛けると、ヒツジンは魔獣とは思えないつぶらな瞳でエステルを見つめ返し、素早い動きでエステルに抱きついた!
「何をするんだ!」
ヨシュアが顔色を変えて武器を構えると、ヒツジンは驚いて逃げ出して行った。
エステルは少しあきれた様子でヨシュアに声を掛ける。
「まったくヨシュアってば、脅かす事は無いじゃない」
「ご、ごめん」
そうは言っても、あっさりとエステルに抱きついたヒツジンに嫉妬せずにはいられないヨシュアだった。
<ツァイス地方 レイストン要塞>
エステル達がトラット平原で運送業者の男性と出会っていたころ、アスカ達は道中何事も無くレイストン要塞の門の前に到着した。
リベール王国軍の司令部がある本拠地だけあって、その迫力はアスカ達を圧倒させた。
しかしツァイス市を出た運送業者が申請の通りレイストン要塞に着いたのか確認しなければならない。
門番の兵士に準遊撃士の紋章を見せて事情を話すと、責任者が直接会って話をすると返答があり、要塞の門が開かれて行く。
要塞の門は二重の分厚い鉄板で造られていて、重い鉄板は人の手で動かす事が出来ないので導力を使って動かしているようだ。
そして要塞の中からリシャール大佐とカノーネ大尉が姿を現す。
「おや、君達とはボースの街で会ったね」
「お久しぶりです」
リシャール大佐に声を掛けられたシンジ達は頭を下げた。
「エリカ女史が姿を消してしまった件はマードック工房長から聞いたよ、巡回している軍の兵士にも手掛かりを見つけたら報告するように伝えておこう」
「あの、それについてアタシ達は聞きたい事があって来たんですけど」
「何だね?」
シンジがたどたどしい口調で運送業者に変装してエリカ博士を誘拐した犯人がレイストン要塞に来たかもしれないと説明すると、カノーネは怒って言い返す。
「それでは私達が誘拐犯だと言うのですか!」
「いえ、僕達は運送業者が要塞に来たのか知りたくて話を聞きに来たんです」
カノーネの迫力に圧されたシンジが少し怯えた口調で弁解すると、リシャールがカノーネを手で制して落ち着いた口調で話す。
「運送業者は要塞に来て荷物を置いて行ったよ、だから事件には関わりが無いと思う」
「そうですか」
「他を当たるしかないわね」
リシャールの話を聞いてシンジとアスカは疲れた顔でため息をついた。
ティータもひどく落ち込んでしまい、アスカに手を引かれないと動けないほどだった。
「それでは、我々は失礼するよ」
「お忙しい所、ありがとうございました」
要塞の中に入って行ったリシャール達を見送ったアスカ達の前でおかしな事が起こった。
閉じ始めた要塞の門の動きが途中で止まってしまったのだ。
不思議そうに門を見つめるアスカ達の前に、リシャールとカノーネが再び姿を現す。
「どうやら門の開閉装置の調子が悪いようだな」
「それは大変ですね」
そう言ってシンジとアスカは立ち去ろうとしたが、ティータが思い詰めた表情で門を見つめている事に気がつく。
「ティータ、早く行くわよ」
「あ、はい」
アスカに声を掛けられて、ティータは歩き出した。
何か気になるのか、ティータは何度も要塞の方を振り返っていた。
そしてその帰り道、アスカ達は物影から出て来た黒装束の兵士に遭遇した。
「誘拐事件についてかぎ回るのは止めてもらおうか」
「突然出て来て何を言ってるのよ、ティータのママを探すのを止めるなんて出来るわけがないじゃない!」
アスカが怒って言い返すと、黒装束の兵士は銃を構えて、アスカに狙いを定めた!
「アスカ、危ない!」
シンジはそう叫びアスカに背中から覆いかぶさってアスカをかばった。
そのタイミングで黒装束の兵士が持っていた銃が鳴る!
放たれた銃弾はシンジの二の腕をかすめ、シンジは痛みを感じて苦しそうな顔でうめき声を上げた。
「シンジ!」
シンジが銃弾によって服の上から筋状に傷ついたのを見てアスカが悲鳴を上げた。
「大丈夫、かすっただけだから大した傷じゃないよ」
ティータも不安そうに撃たれたシンジの傷跡を見る。
アスカとティータをを心配させないようにシンジはそう言って微笑んだ。
「よくもやってくれたわね!」
怒りに燃えたアスカが振り返ると、黒装束の兵士は手りゅう弾のようなものを取り出し、地面に向かって投げつけた!
湧き起こった黒い煙に巻き込まれたアスカ達は激しくせきこんだ。
そして煙が晴れた後、黒装束の兵士は姿を消していた。
「煙幕弾を使うなんて……」
「逃げ足の速いやつね!」
ティータとアスカは辺りを見回したが、黒装束の兵士は見つからない。
シンジも怪我をしてしまったので、アスカ達は黒装束の兵士の追跡をあきらめて街へと戻る事にした。
<ツァイスの街 遊撃士協会>
アスカ達がツァイスの街へ帰った時、ちょうどエステル達が遊撃士協会のキリカにヒツジンを捕らえた運送業者の男性について報告をしていた所だった。
ちなみに運送業者の男性の仲間については他の遊撃士が捕まえてくれる事になった。
エステル達の話を聞いたアスカ達は失望のため息をついてから自分達がレイストン要塞へ行って聞き込みをした結果を簡単に話した。
「エステル達の方も空振りだったって事は、せっかく手掛かりを見つけたと思ったのに振り出しに戻っちゃったって事ね」
「お母さん……」
アスカがそう言うと、ティータも悲しそうな顔でつぶやいた。
しかし、アガットは断定的な口調でアスカの結論を否定する。
「いや、レイストン要塞に向かった運送業者の方の疑いはまだ完全に晴れたわけじゃねえ」
「でもリシャールさんは堂々とアタシ達の質問に答えたし、事件に関係無いと思うけど」
アガットの言葉に驚きながらもアスカは改めて自分の意見を主張した。
「やっぱりアスカ達が要塞に聞き込みに行った帰りに襲われた点は見過ごせないよ」
「それにツァイスの街からレイストン要塞への荷物の運送は、リベール軍の警備艇の整備をするために派遣される飛行船『ライプニッツ号』が日常的に行ってるはずよ」
「じゃあ何でわざわざ導力車でコンテナをレイストン要塞に運び込んだのかしら?」
さらにヨシュアが怪しい点を挙げ、続けてキリカも不審な点を述べるといよいよアスカもレイストン要塞に向かった運送業者の方に疑いを持ったようだ。
「もしかして、走査を避けるためなのかもしれないです」
「どういう事?」
「飛行船に積み込まれるコンテナは危険物の持ち込みを避けるためにあらゆる検査を受けるのよ、生物探知器もその1つね」
ティータの言葉に対してアスカが説明を求めると、代わりにキリカが答えた。
「だけどリシャールさん達が誘拐だなんて、あたしには信じられない。父さんと親しい人だったみたいだし」
エステル達もボースの街でリシャール大佐と会った事があり、その時は王国軍の兵士に絡まれたエステル達を助けてくれたのだった。
そうした印象を踏まえるとそう言ったエステルの意見も正しいように思えてヨシュアは悩んだ表情になる。
「もう少し決め手になる証拠が無いと……」
ヨシュアの言葉を聞いたティータがおずおずと意見を述べる。
「あの、私達が要塞から帰る時に門が閉じなかったのは、あの黒いオーブメントが引き起こした導力停止現象のせいだと思うんです」
「要塞の中に無くなったオーブメントがあるって事?」
「それならエリカさんも要塞に居る可能性も高いね」
アスカの疑いの声にヨシュアも確信をもったように強くうなずいた。
「そうと決まれば要塞に行きましょう、エリカさんを助け出すのよ!」
「でも、あなた達が追及しても門前払いされるのが落ちよ」
エステルは興奮してそう言ったがキリカは冷静だった。
「何か良い手が無いかしら……」
アスカがそうつぶやいて思案を巡らせようとした所でシンジが大きな音を立てて床に倒れた。
「シンジ!?」
「おい、どうした?」
アガットがシンジを助け起こすと苦しそうに息をするシンジは額に大量の汗を浮かべ、唇は紫色に変色していた。
そして顔色は青いを通り越して白に近くなっている。
「これは毒物が体の中に入ってしまったみたいね」
「もしかして、シンジお兄ちゃんを撃った銃の弾に毒があったんですか!?」
シンジの容体を見たキリカがそう診断を下すと、青い顔をしたティータがそう叫んだ。
アガットがシンジの服の袖をめくりあげると傷口の辺りが紫色に変色していた。
「アタシ、自分が考えるのに夢中になってばかりでシンジがこんなになるまで気が付かなかったなんて……」
「別にアスカが悪いわけじゃないよ、だからしっかりして!」
ショックを受け目まいを感じて倒れそうになるアスカをエステルが支えた。
エステル達は要塞に乗り込むための話し合いを一時中断し、アガットがシンジを背負って中央工房の医務室のベッドまで運んだのだった。
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