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[28234] 【ネタ・習作】この世界はあなたに優しくない【血と汗と泥にまみれるVRRPGモノ】【更新再開】
Name: 大豆◆c7e5d6e9 ID:2e564c12
Date: 2011/11/20 12:26
VRRPGモノです。
しかしその皮を被った別物かもしれませんし、少なくとも今のところMMOでは無いです。
レベルとかスキルとか召喚獣とか、面倒くさいのがこちゃこちゃ付いてます。
そして間違いなくゲテモノです。
読むと気分を悪くされるかもしれません。
それでも、読んでいただけるという男気溢れる方は、以下よりどうぞ。


※ 更新は停止しました。
※ そして再開しました。鬱陶しくてすいません。
  設定等の修正により、記事[7]<合流への布石/賞金首>から修正が入っています。





<この世界はあなたに優しくない>









<ぬんぐっふ! ぜはぁ…! はぁ……はぁ……>
「……おお! やったか!」

画面の中で、仮想現実におけるアタルのアバター『チュン』が土佐犬モドキを打ち倒す。
棍棒でしこたま殴られた土佐犬モドキがついに倒れ伏し、動かなくなった。
決して格好良い戦いでは無かった。どちらかというと泥臭い、みっともない戦いだ。
だが、アタルはつまらないとは思わなかった。むしろ感動したくらいだ。
画面の中の存在とはいえ、アバターはアタルの思考や身体能力をコピーした、画面の中の自分である。
そのアバターが、土佐犬モドキを倒したのだ。
モドキとは言うが、どう見ても土佐犬である。正式名称は「下級犬」。他にも上級犬とかいそうな匂いがプンプンしてくる名前だ。目にモンスターである証が浮かんでいるらしいが、犬としての身体能力はそのまんまで、人間に対して激しく凶暴になるらしい。
とにかくそのモドキを倒せたと言うのだから、自分の可能性を見たようで嬉しくなる。
へたり込んでいるアバターを見て、「お疲れさま」と思わずつぶやいていた。


『プレイ時間が取れないあなたへ。もう一人の自分の活躍を見てみませんか?これは操作する必要のないVRRPG。誰でもない、あなた自身の物語』


「英雄物語」。
自身とほぼ変わらないアバターが異世界で生活する様を記録し、連続ドラマ風にして観賞できるゲームである。
アバターとの会話も可能なので、もう一人の自分に声援を送ることも可能。ネットに繋げることで他の人のアバターとの多人数プレイも可能だ。
初期能力は、画面の外で見ている人とほぼ同じ。変更点は、性欲や排泄の要不要スイッチがあること、そしてネガティブな感情を鈍くしてあるくらいだ。
自分の分身が英雄となるか乞食となるかは、まさに現在の自分次第。
ちなみに難易度は選択可能であり、アタルが選んだのはハードモードである。
初めて挑んだ者の9割がチュートリアルで死亡すると言う難易度なので、アタルはかなり出来る方だと言うことだろう。
友達が「ハードモードにしなよ! 絶対! そしたら協力プレイもできるし!」と言っていたので、ちょっと無理がある様な気もしたが、アバターに頑張ってもらうことにしたのだ。
難易度が同じ世界のアバター同士でなければ協力プレイは出来ないらしい。


画面の中では、彼のアバターが肩で息をしながらモンスターの死体から素材をはぎ取っている。
これもチュートリアルの一環だ。さすがハードモード。とことんアバターに優しくない。
かなりスプラッタで、アバターの顔色がとても悪くなっている。ガンバレ画面の中のボク。

(画面の中のボクも頑張っているんだ。ボクも頑張ろ)

アタルはパソコンの電源をつけたまま、早朝のバイトに備えて眠りに付いた。
明日起きた時、アバターはどんなことになっているかのと、期待に胸を膨らませながら。

(………死んでないと良いけど。)

セーブはなく、アバターが死んだら打ちこんだデータが全て消えてしまうのだ。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



『………剥ぎ取りに関するチュートリアルは以上です。もう一度聞きますか?』
「……結構です」
『それではナイフは回収させていただきます』

機械音声を聞きながら、チュンはどんよりとため息を吐いた。
正直舐めていた。
土佐犬モドキ強すぎ。
そして内臓キモい上にグロすぎ。黄色とピンクのコラボがヤバい。

スキルによってネガティブな感情を抑制されていなければ速攻で吐いて、もう冒険したくない、と引きこもりになっていただろう。
まぁ引きこもりが生きていける世界では無いので、餓死するのが順当な線だろうか。


チュンに、ゲームの中に居るという感覚は殆どなかった。
最近発展著しいヴァーチャルリアリティシステムのお陰で、体は指の皺や頬の産毛すら再現されている。
血流や、骨の軋み、筋肉の動きまでほぼ全て。
体に触れる衣服の感覚。
鼻孔に突き刺さる血の匂い。
ここまでくればもはや現実そのものである。
現実社会と混同されないようにリアリティを落としてある他のゲームとは違うのだ。
チュンたちアバターが現実に戻る必要はないため、全力で現実に近付けてあるのだろう。

血まみれの自分の手がジーパンに触れないようにしながら音声と共に目の前の空中に表示されている字幕を見る。

『それでは次の項目に移りましょう。次は召喚獣についてです。この世界は治安が悪く、現代人の分身であるアバターが着の身着のままで生き延びられる可能性はそれほど高くありません。そこで、アバターの生存をサポートするために、『召喚獣』を支給しているのです』

空中に立体映像が映し出される。それは小さなフクロウや、子犬、蛇などだ。

『召喚獣は最初、それほど強くはありません。しかし召喚獣との絆を深め、互いに助け合うことで召喚獣とアバターは強くなっていくのです。』

召喚獣の隣に映し出された人型が徐々に筋肉質になり、それに伴い召喚獣と思われる小さな動物たちが大きく禍々しく成長する。
フクロウは怪鳥へ、子犬は三首のケルベロスへ、蛇は上半身が妖艶な女へと変貌していく。

『召喚獣は生涯一匹。何がアバターの召喚獣となるかはランダムです。運が良ければ強力な召喚獣を呼び出せますが、初期状態のアバターでは扱いきれない場合もあります。』

立体映像が動き、大きくなったケルベロスがアバターの体を三つに引き裂く。
いきなりケルベロスを呼び出せちゃったらこうなると。というか普通にグロい。

『また。召喚獣のサポートを得ずに冒険をするという選択肢もありますが、メリットはほぼありません。厳しい旅を覚悟してください。それでは、召喚獣を呼びますか? 召喚獣を取得できるのはここのみです。取り換えることはできません。』

「召喚します」

ここまでビビらされては召喚するしかないではないか。

『承りました。それでは、以下の項目に15ポイント振り分けてください。深く考えず、感じたままにどうぞ。一か所に割り振ることが出来るのは10ポイントまでです』

声と同時に、タイプライターで打つように、空中に文字列が出現していく。


特徴ポイント
15/15

美:5
大:5
硬:5
筋:5
知:5
毛:0
獣:0
機:0
霊:0


振り分けることが出来るのは全部で9項目のようだった。
5つの項目に共通することから、値は5が平均なのかもしれない。
特色を出したければ下4つの項目に値を振り、純粋に能力を高めたければ上5つに振ればいいのだろう。
とりあえずチュンはそう判断した。


「各項目についての説明とかあったりしません?」
『詳しい説明は禁じられております。漢字の意味より推測していただくほかありません』
「なるほど」

と言われても、特に何が好きということもないチュンである。
女性の神秘は普通に好きだが、自分の元となったアタルに覗かれることが分かり切っているので遠慮したい。
それ以外とすれば……敢えて、敢えて言うなれば賭け事が好きだ。
今のチュンという名も自分の名の漢字を麻雀的に読んだだけである。

(これでいいか)

チュンはポイントを割り振った。というか一か所に集中させた。



特徴ポイント
0/15

大:5 → 15
硬:5 → 10


大きくて硬いことはいいことである。
というかぶっちゃけ色々不安なので大きな盾が欲しかったのだ。もしくは壁。

(これでいいか)

右下にあった『OK』という文字に触れる。

『それでは以上の条件でダイスを振らせていただきます』

ポンポンポン、と空中から三つの20面サイコロが飛び出してくる。
それを見て、チュンは友人が「いくら同じデータを使っても、同じ人生を歩ませるのは不可能だよ」と言っていたのを思い出した。
なるほど、最初にこのような運まかせの要素が入れば、のっけから違う物になるだろう。

『ロールスタート』

20面のダイスが3つ、クルクルと回り、徐々に静止していく。
出た目は順に

「6」「6」「6」

であった。

「おお、不吉な。」
『げええええええ!? ま、マジか―――!? まさか本当にあの召喚獣を当てる人が……』
「え、突然何。」
『失礼。取り乱しました。』

取り乱したってレベルじゃないような。すごく気になるんですけど。

『なにはともあれ、無事召喚獣が決定いたしました。良かったですね』

若干の引っ掛かりを覚える機械音声とともに、チュンの手の甲が光り輝き、刺青が彫り込まれる。

『アバター・チュンの召喚獣は、巨人です』
「おお!」
『知能が低く乱暴者で、触れる者は召喚主と言えどもなぎ倒すので取り扱いにはご注意ください。現在のアバター・チュンでは一撃で戦闘不能になることが予想されます』
「ちょっ」

一緒に強くなるんじゃなかったのだろうか。それとも巨人からさらに強くなるのだろうか。

「そこのところどうなのでしょうか」
『強力な召喚獣は、魔力の不足により常時呼び出せないなどのペナルティが生じます。アバターが召喚獣の強さに近づいた時、二人はともに成長できるようになるのです。』
「へ、へぇ……。ちなみに、巨人?さんとどうやって絆を深めれば……」
『名前を呼ぶなどしてはいかがでしょうか。とは言え、絆を深める方法を見つけ出すのもアバターに課せられた試練です』
「そ、そうなんだ……」

チュンは先ほど光っていた手の甲をみる。そこに刻まれた入れ墨は「Hecatoncheir」だった。読み方が分からない。

「ヘカトン……チェアー?」
【グォオオオオオオオオオオ!】
「!?」

何処からともなく怒った唸り声が響いてくる。いや、「何処からともなく」では無く、チュンの右手の甲からだった。

(うぉおお!? 手の甲が盛り上がって……痛い痛い痛い! 皮がミチミチと!)

痛みに悶えていると機械音声が冷静に教えてくれた。

『召喚獣の名はヘカトンケイルです』
「そ、そうなの? へ、ヘカトンケイルっていうんだ! わぁ良い名前! これからよろしくね!」

まくし立てると、右手の甲がピクリと動き、やがて収まっていく。

【グォォォォ……。】
「お、収まった……。」

すっかり元に戻った右手の甲をさすっていると、機械音声が語りかけてくる。

『正確に名を呼ばなければ召喚獣は呼べませんのでお気を付け下さい』
「う、嘘だ! コイツ今絶対出てこようとしてたよ!?」
『とは言え、今のアバターでは指一本まともに呼び出せるかどうか……』
「!?」
『チュートリアルは以上です。良い旅を』
「え、ちょ」

今のところ詳しく……

チュンの声が空しく響き、やがて辺りには何も音がしなくなる。
彼が居るのは森の中の広場。
陣取っていた土佐犬モドキを叩き殺して手に入れた安全地帯である。
チュンは自分の普段着そのまんまな服装と、刺青の掘られた右手と、傍らの地面に転がっている棍棒を順々に見て、最後に空を見上げ、ため息を吐いた。

「もっと説明がほしいです……」

見上げた空は、苛立たしいほどに澄んでいた。






――――――――
中(あたる)→ チュン










<二/土を掘れ>


コピー&ペーストされてアバターとなった人格は、もとの性格に関わらず、割と必死になる。
何故なら、必死にならなければ死ぬからだ。

このRPGの目標は、期間内に名声ポイントと呼ばれるポイントを手に入れることである。
一定値以上にしなければ、アバターは消滅する。
チェックは一月ごとに行われる。最終チェックは一年後。そこまで生き残ればアバターは、消されることのないVR世界へと転送されることになっている。
一ヶ月ごとに必要なポイントが倍になり、最初の月が10ポイント、その次が20ポイント。最終的には累計5120ポイント必要になる。
消滅するのはゲームのキャラでは無く自分なので、アバターからすれば大問題である。
セーブや復活は、超リアル志向のこのゲームには無い。
あるのはゲームっぽい設定と、どこまでも辛い現実だけだ。
よってアバターたちは、良くも悪くも必死になる。ゲームの中に入った直後の戦いで、勝利の味と生の実感をかみしめたことも、彼らの行動を後押しする。


秘境を目指す。
竜を倒す。
発見されていない鉱石を見つけ出し、または新たな技術を創作する。
これらは多くの名声ポイントを得られるが、全てがリアルのこの世界で、ハードモードにてこれら偉業を達成できた者は発売されてから半年経った今でもゼロである。
とはいえ、グランドクエストなる物も一応設定されており、決して容易ではないがそれをきちんとこなしていけば、ちゃんとクリアできるようになっている。
ただ単に、前倒しで5120ポイントを稼ぐことが困難なだけだ。
難易度が下がるノーマルモードやイージーモードであれば、半年たった今ではちらほらとクリア報告が出てきているのだ。


死地において何を成せるか。
自分の底力を試される世界の中で、チュンは一歩を踏み出すのだ。




チュンが最初に行ったのは、自分の能力の確認である。

「ステータス。」

チュンが呟くと、前方の空間に彼の能力のステータス表が展開される。


***************
チュン(18歳 ♂)
レベル1
召喚獣:Hecatoncheir
身体能力(成人男性はおおよそ5~15)
体力:6
筋力:11
敏捷:14
器用:10
魔力:13
感覚:10

所持金:0円
モンスター撃破数:1
名声:0/10
グランドクエスト進行率0%

○スキル(3/6)
ネガティブガード ……… ウジウジしない。
性欲ガード ……… 性欲から解放される。ON/OFF可。(現在ON)
排泄ガード ……… 尿・便の排泄をしなくてもよくなる。ON/OFF可。(現在ON)

***************

バドミントンをしていた影響だろう。ステータスは結構高い。最近は運動していないので体力は低いが。
そしてスキルが地味にありがたかった。

現在所持している物は、

棍棒
剥ぎ取った土佐犬モドキの心臓
地図

である。
心臓はその内腐りそうだった。

地図は歩いた場所が埋められていく親切設計。
地図によるとチュンの居る場所は魔犬の森というらしい。
北西の方角と、南東の方角に街があって、近いのは北西の街の方だ。
それほど遠くはない。北西の街まで距離は10キロほど。

「どうするかなぁ……」
「ワフッ」

視線を向けた先には、広場の外からチュンを見つめる土佐犬モドキがいた。
仲間になりたそうな眼ではない。食べる気満々の目である。
なんとかこっちに近づこうとしているが、見えない壁に遮られて、近づいてこれないようだ。

先ほどは一対一だから勝てたが運の要素も多分に絡んでの勝利であり、さらに言えば決して短時間で勝てた訳では無かった。
もし戦っている内に二匹目が来ていればチュンはあっさりと食い殺されていただろう。
広場は不思議なパワーで立ち入り禁止の安全空間になっているが、森の中に入ればどうなるかは火を見るより明らかである。

しきりに見えない壁に突進していた土佐犬モドキは、やがて諦めたのか森の中に消えていく。
その隙に森に突入だ!とは、いくら頭の出来が良くないチュンでも、思わなかった。


その代わりに穴を掘ることにした。

『アバターは基本的に成長が早い』

と、友達が言っていたのを思い出したのである。穴を掘ってムキムキになるのだ。
牙を突きたてられても内臓に届かないくらいムキムキになるのが目標である。

(それにスキル制度が採用されているんだ。繰り返していれば何か……何か手に入るはず……!)

魔犬を一刀両断出来るようなスキルが手に入ればいいな、という思考のもとで土を掘っては埋める作業をすることにしたのである。
道具は棍棒を採用している。
しかし、殴るにはとても良い道具だったが、掘ることに関してはあまり使えなさそうだ。

やがて疲労して面倒くさいと思い始めたが、ネガティブガードのお陰か投げ出そうとは思わない。
他にやることないしやれるだけやってみるか、というテンションで掘ったり埋めたりしていたところ、棍棒の先端が何かにぶつかった。

「お?」

棍棒を置き、手で土をかき分けると硬い感触が伝わってくる。

(まさか土の下に攻略のアイテムが隠されていようとは!)

歓喜と共に土を払いのけ、埋蔵物を掘り出した。
出てきたのは何と鉄色の――――

「スコ―――ップ! ってアホか!なんで地面の下に土を掘るための道具が埋まってるんだよ!」

とはいえ、これで土を掘り返すスピードは格段に上がった。
鉄色のスコップは土掘り用の先端が丸くカーブを描いている長い柄のシャベルである。その色の通り頑丈な作りのようで、ちょっと無茶なことをしても軋み一つ上げなかった。

「全く…これでスキル出なかったら……棍棒持って犬に突撃してやる……」

チュンはブツブツとつぶやきながらザックザックと土を掘り返していく。
土の表層はそれ程堅くはないが、30センチほど掘り進むと途端に硬い地盤に行き当たる。
スコップがなければとても掘り進めなかっただろう。
鉄色のスコップはその鋭い切っ先ゆえか、さくりと硬い地盤に突き刺さる。
4回突き刺して四角形を周囲から切り離し、最後は梃子の原理で持ちあげることを延々と繰り返していると、またもや切っ先に何かが当たった。

喉が渇き、手が労働に疲れて震えている。腰も痛いし、腕も痛い。

(これを掘り出したら休憩しよう)

そう思いながら掘りだしたのは銀色の――――

「スコ――――ップ! ってもういらんわああああああああ!」

先ほどのスコップと色違いのそれをパーン!と地面に叩きつけ、チュンはその場に寝転んで不貞寝した。





いつの間にか空は茜色に染まっている。まさかここで夜を超すことになろうとは。

「喉乾いた……腹が減った……」

ボヤキながらもチュンの手は止まっていなかった。
現在上半身裸で、汗と泥まみれで作業中である。

地面を掘ることを再開したそのすぐ後、さらに硬い地盤へと突き当たったのだが、そこで銀色のスコップが活躍した。
その切れ味、侮りがたし。
金属みたいに堅い岩盤がスパスパ切れるのだ。掘るのが楽しくなってくる。
いつしか掘っている穴は体が全て埋まるような大きさになっていた。

とは言え無限に体力があるはずもなく、柄を掴んでいる手に力が入らなくなってきた頃、また何かを掘りあてた。

「……なんだ?」

埋まっていた物体は、こんどはスコップでは無かった。
大きな瓶である。
土をどければ、チュンの上半身ほどもある巨大さだ。
持ち上げようとしたが、相当な重量である。
穴の底で、渾身の力を込めて抱き起こし、土を払う。
中に詰まっていたのは乳白色の液体だった。

回して開けるタイプの蓋を疲労で震える指で四苦八苦しながら開けると、嗅いだ事のある匂いがした。

(これ牛乳じゃない?)

牛乳だった。パッと見40リットルはある。
チュンの腹がグゥと鳴った。

「ふ……排泄ガードに感謝をせねばならないようだなぁ!」

今なら、牛乳をいくら飲んでも腹を下すことがない!

チュンは巨大な瓶を傾け、蜜壺を舐めるクマのプーさんみたいな格好になりながら牛乳を飲むのだった。



――――――――――――
「JIS規格では足をかける部分があるものをショベル、無い物をスコップと記されている。東日本地域では、人力で掘るために足をかける部分のあるものがスコップと言い、代表的なものが剣先スコップ・角スコップである」(Wikipediaより)

このssでは東日本地域の方を用いています。



[28234] スコップを持ち、森を出よう/魔犬の森1 ※言葉使い修正
Name: 大豆◆c7e5d6e9 ID:2e564c12
Date: 2011/06/08 01:02
<三/スコップを持ち、森を出よう>

太陽が土まみれかつ牛乳まみれのチュンを照らし出す。
牛乳を飲む最中に、重すぎて瓶を支えきれずこぼれてしまったのだ。勿体ない。
とはいえ、夜から朝にかけて、20リットルは飲んだ。
牛乳を飲むと活力が体を駆け巡り、疲労に震えていた手足に力が舞い戻って来たのだ。
と言う訳で一晩中土を掘っていた。暗い中で無茶をすると生き埋めになる可能性があったため、安全を期して穴はすり鉢状に広くなっている。
現実で20リットルも牛乳を飲んだら腹が緩んで大変なことになっただろうが、アバターの体は牛乳由来の腹痛とは無縁だった。スキル「排泄ガード」のお陰だろう。

牛乳由来の活力は、アバターの能力では無く、どうやら牛乳のお陰らしい。

『活力牛乳Z』

太陽が出て明るくなった時、瓶に貼られているラベルにそう書いてあることに気がついたのだ。
こぼれたので4分の一ほどしか残っていないが、とてもありがたいアイテムだった。
ただの鬼畜なゲームかと思いきや、意外な要素も含まれているようだった。

「しかし……太陽が黄色いな……眠い…」

そろそろ牛乳の活力で追いやられていた疲労が、舞い戻って来たようだった。
そう自覚した直後、チュンは崩れるように眠りに落ちた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「何がどうしてこうなった」

バイトに行く前にちょっとだけ覗こうと思って、アバターの様子を確認したアタルは絶句した。


***********************

チュン(18歳 ♂)
レベル1
召喚獣:Hecatoncheir  ……New!

身体能力(一般人は5~15程度)
体力:22 ……16 up!
筋力:48 ……37 up!
敏捷:5 ……9 down!
器用:11 ……1 up!
魔力:25 ……12 up!
感覚:9 ……1 down!

所持金:0円
モンスター撃破数:1
名声:0/10
グランドクエスト進行率0%

○スキル(5/6)
ネガティブガード
性欲ガード
排泄ガード
穴掘り男 ……… 穴を掘る際、疲労しにくくなる。スコップの扱いが少し分かる。
牛乳好き ……… 牛乳が好きになる。牛乳の効能を1.05倍で受け取れる。

***********************

どっちかというとスピードタイプだったはずなのに、一夜あけてみればパワーファイターになっていた。
一日でこんなに強くなるものなのだろうか。スキルの牛乳好きって何? あと召喚獣の読み方分からん。
穴の底で爆睡中のアバター・チュンの傍らには巨大な瓶が置いてあり、さらに鋼色のスコップが傍らに突き刺さっている。
何があったのか知りたくてしかたない。
しかし、バイトの時間が迫っていたので断念し、アタルは渋々と家を出た。

アタルのバイトは、新聞配達で、バイトが終わればすぐに学校に行かねばならない。
どうやら、不可思議な成長をしたアバターの記録を見ることが出来るのは、夕方になってしまうようだった。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「う、うう……?」

チュンが目覚めたのは、高く上った太陽が穴の底に居るチュンに向かって直射日光を浴びせたからだった。
辺りを見渡すと、殆ど空になった瓶と、銀色のスコップがある。
そして瓶の影に隠れるように、昨日掘り出した埋蔵物が置いてあった。
そう、昨日掘り出したのはスコップと牛乳だけでは無かったのだ。


新たに掘り出した物は3つ。
いくらでも物が入る背負い袋と、縄梯子、そしてカンパンが200個くらい詰まった缶である。
チュンは掘り出した時、「これはまだまだ掘り続けろってことだろうか……」と思った。
袋に土を詰め、重さがやばくなってきたところで縄梯子を使って地上に捨てに行く。
縄梯子は地上に突き立てた鉄色のスコップで固定し、腹が減れば牛乳とカンパンで食欲を満たす。
贅沢を言うなれば、背負い袋はいくらでも入るだけでなく、重さも無くなってくれれば良かったがそう上手くは行かないようだ。

全ての掘り出しものを駆使した結果、寝る前までに167㎝のチュンがすっぽり隠れるほどの穴が出来上がっていた。

だが、これ以上掘り進めるのは難しい。出来なくはないが、少々危険だった。

(牛乳が残り少ない。ある程度掘って飲み物が出れば掘り進めてもいいけど、太陽が真上にくるまでに出なかったら水を探しに行こう)

土佐犬モドキが複数で襲いかかって来るかも知れないのであまり出たくはないのだが、昨日一晩掘っても第二の牛乳は出なかったので、仕方がない。

ため息を吐き、スコップを手にした時、チュンは気がついた。

「なんか服がきついな……」

すわ、牛乳を浴びて縮んだか、と思ったがそうでは無かった。
チュンの肉体が膨張していたのだ。正確には筋肉が。

昨日は膨大な汗をかき、上半身裸で作業していたが、しかし夜半になって少々肌寒くなったのでもう一度着込んだのだ。その時は疲れていたのできつかったかどうか覚えていない。
しかし現在、なんだか肩とか胸とかがいやに窮屈である。もともと体にフィットするタイプのシャツだったが、ここまででは無い。
まぁいい、今日も裸でやるかと服を脱いだチュンが見たのは、綺麗に6つに割れた己の腹筋だった。

「な、なんじゃこりゃあ……」

触ってみると、ちゃんと自分の腹である。
これで、幻影もしくは肉襦袢を着ているという線は消えた。
他の場所も見てみると、胸筋がその下に影を作るくらい盛り上がっているし、肩の筋肉が良い感じに三角形だ。
腕を上げた時に脇の下に見える広背筋が、逞しい。

「ぎゅ、牛乳のパワーか……!?」

牛乳は水溶性たんぱく質を多分に含む。筋トレ直後の300mlも飲めば、破壊された筋肉組織分のたんぱく質を補充できるのだ。
市販のものでさえ以上の如く素晴らしい効能を持つのだから、飲むだけで活力の湧いてくる牛乳だと、その効果は如何ほどか。
穴掘りで筋肉を酷使し、牛乳で無理やり回復させる。そのサイクルはたった一晩でチュンをソフトマッチョに変えていた。

「ありがとう……ありがとう牛乳……!」

掘り続けられたのはあなたのお陰です。
チュンは膝をつき、両手を合わせて牛乳瓶へと感謝を告げた。

目をつぶっている彼の前に文字列が出現する。

『牛乳嗜好が高まりました。スキル「牛乳好き」が「牛乳大好き」へと変化しました。』

正確にはもう一つの食物、『マルチビタミン&ミネラルカンパン』のお陰も多分にあったのだが、後でそれを知ったチュンの牛乳好きは微塵も揺らがなかったという。



そのようなことはどうでもいいとして、チュンは精力的に掘進を再開した。
その勢い、ドリルの如し。

モリモリと掘り、一気に背負い袋へと詰め、ギシギシと縄梯子を登り、太陽の光を上半身いっぱいに浴びながら土を捨てる。
もはやそこに昨日までの現代っ子は居ない。居るのは肉体労働で飯を食う人の姿であった。

「よいしょぉお!」

昨日よりも大分元気のよい声が辺りに響く。
瞬く間に穴の深さは1.5倍なっていた。

(そろそろ、水の確保に行かないと)

そう思いつつスコップを突きこんだ時、ガキン、と硬い音がした。
金属のごとき岩盤を苦も無く抉り続けていたスコップを受け止めた「何か」にチュンは目を細める。
今まで掘り出してきた全てに共通したのは、このスコップで突いても壊れないことである。

どうやらまた、埋蔵物とめぐり合ったらしい。
それともついに、掘り進むのが不可能な硬さの岩盤に行き当たったか。

チュンは豪快に周囲の土を掘り退ける。
出てきたのは一枚の石板だった。

「これは……?」

材質は硬く黒い石である。その表面に文字が彫り込まれていた。
書いてある文字はくさび文字とアラビア文字を組み合わせたような難解極まりない物で、チュンには到底理解不能である。
とはいえ、良い区切りになった。

「そろそろ行こうか」

チュンは残りの牛乳を飲み干すと、背負い袋に、鉄色のスコップと棍棒、地図、牛乳の瓶、縄梯子、中身が半分になったカンパンの缶を入れ、ついでに石板を放り込んで、立ち上がった。
土佐犬モドキの心臓は腐ったので死体ともども埋めておいた。

服は窮屈なので着ていない。これも袋に入っている。
ジーパン一丁に背負い袋を背負って、手にはスコップ。
チュンは慎重に、森へと踏み込んで行った。


この安全地帯を隔てるバリアは一方通行。出たら二度と戻れないことをチュンはすぐに知ることになる。




<四/魔犬の森1>


これからの行動の予定としては、近くに水場があれば、広場にとって帰して掘りまくる。
森の外縁部に近いようなら、そのまま街に向かう。
水場が無ければ…そのまま街に向かう。

このような方針で太陽の位置から考えて北西の方角に歩き出したチュンだったが、取って返して掘る、という案が即座に使えなくなったことを知った。

「締め出された……」

先ほど歩き出してきた空間に隔たりが出来ていた。
ペタペタと見えない壁に触れることが出来る。感触は冷たい石の壁。銀のスコップで叩いて見たが、こちらの手が痺れただけだった。

安全地帯を失ったチュンは、街に向かうことを決心した。








◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





高校の昼休み。アタルはソワソワしていた。

(ああ、なんかお腹が痛くなってきた気がするな! 熱もあるかもしれないな! 早退しても仕方ないよね! そうだよね!)

うん、早退だ!
と今にも立ち上がって教室を立ち去ろうとしていたアタルに声がかかる。

「オッスアタル! どうだった?」
「……ケイ」

話しかけてきたのは、アタルとは違う教室のケイであった。昼休みになったのでいつものように飯を食べに来たのだろう。
バドミントン部の同輩で、なにかと話が合い、時々遊びに行く程度の付き合いである。
アタルが今ソワソワしている原因のゲームをアタルに勧めたのもケイだった。

「もう始めた?」
「うん。昨日やっとアバターが完成したよ。データ取るの意外と面倒なんだね」
「人間一人分丸ごとだから」

ケイも覚えがあるのだろう。苦笑している。人格を転写するのは謎のヘルメットで瞬時に終わったが、体のデータを詳細に計測するのに時間がかかったのだ。

「犬、一発で倒せた?」
「うーん、かなりギリで」
「ホントに!? しょっぱなでいけたの!? 私なんかアレだよ? ネットでそれっぽいサイト探して、イメージトレーニングをしてから作ったアバターで、ようやくチュートリアルをクリアできたんだよ?」

こう、口の中に棍棒をぐさっと!と実演してみせる彼女に、アタルは頬を引きつらせる。

「そ、そう。まぁ体格の差じゃない?」
「く、クソォ……背が高い奴はみんな縮んじまえ……」
「ボクもあんまり高くないんだけどね……」

ケイの身長は155cmくらいと、アタルと比べ10㎝以上の差がある。彼女は痩せ型なので体重はさらに差がありそうだ。格闘技でも身長体重は大きく影響してくるので、モンスター相手にそれが出ても不思議では無かった。
振り下ろす際の高さや重さ等で同じ棍棒の一撃でも、ダメージがまるで違ってくるのだ。

「それにほら、細い物を扱うのは結構得意なんだよ。多分。」
「バドミントンは私の方が巧いのに……」
「ボクらもう引退してるんだからそんなに変わらないよ」
「うう……」

ひとしきりケイタは落ち込んでいたが、切り替えの早いこの友人はすぐに話題を移した。

「じゃあ召喚獣はどうなったの? あれって完全に運だと思うけど、良いのでた?」
「あー、バイトがあるからって見ずに寝ちゃって……」
「でも朝覗いて来たんでしょ? ていうか覗かずにはいられないよね。私にはそれが分かっているだよアタル君。その時アバターの横に居たんじゃない?」
「アバターの横には居なかったけど?」
「そうなの?」

ケイは顎に手を当て一しきり黙っていたが、やがて目を開けた。

「ああ……なるほど。強力な奴は常時召喚できないからかな。いっつもそばにいてくれた方が安心だと思うから、強力すぎるのもアレだよね。チュン太郎ドンマイ」
「チュン太郎言うなし」

そこでふと、アタルは自分のアバターのステータス欄に書いてあった召喚獣の名前を思い出した。

「そうだ、ステータスに名前書いてあった。確か……」

『Hecatoncheir』。それを携帯電話のネット検索にかける。

「えーと、ヘカトンケイル?って読むんだって」
「え、なになに? アタルの召喚獣コレなの?………ホントに?」
「綴りを間違えて無ければ……」

ヘカトンケイル。50の頭と100の腕を持つギリシア神話の巨人である。
ケイはため息をついた。

「はー。アタルのアバター、すごいヒキだね。でもこんなの、全身召喚しようと思ったら魔力いくらいるんだろ。神話級の召喚獣なんて、ネットの攻略掲示板でも見たこと無いよ?」
「そ、そうなの……?」
「うん」

まぁまだ発売されて半年しか経っていないんだけど、と呟くケイをみつつアタルは思った。
アバターは一体何をどうしたのだろうか。

アタルは今すぐ家に帰りたくなったが、「私も我慢してるうだからダメ」とケイに言われたので、我慢して授業を受けることにした。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆







森はまるで視界の利かない、厄介な場所である。
新緑の季節、若葉が一斉に生え、黒く肥えた土からは生き物たちの熱気が匂い立つようだ。
チュンが歩いたことのある山は遊歩道の通っているような登山コースがある物ばかりで、この、魔犬の森のような場所を歩いたことはない。
碌な装備もない状態では、まっすぐに進むことはほとんど不可能である。
切れ味のよいスコップと夜通し穴を掘り続けて得た筋肉に任せて行く手を遮る物を全て払いのけながら進むと言う案も考え付いたが、流石にぶっとい樹は切断できないし、なんだか体力の浪費な気がする。

よってまっすぐ進むことは諦め、木々にスコップで傷を付けながら適当に進むことにした。
地図上で見た時、この森の直径はおよそ1キロ。適当に進んでいても、森の外に出られる可能性は高いとチュンは見積もっていた。

目の高さにある枝をくぐり、腰の高さにある毒々しい色の花を切り伏せ、チュンは黙々と進んで行く。
緑の壁とも言うべき障害を越えて行くのは、とても魔力と体力を使う。汗が顎を伝って落ちて行く。熱い。
毒々しい色の花があることを知った時にシャツを着直しているため、余計に汗をかいていた。
水の音はしないだろうかと時おり立ち止まって耳を澄ますものの、まるで聞こえて気はしない。そうそう都合よくはいかないようだった。

纏わりついてくる小虫を振り払いながら一時間ほど進んだ時、チュンの耳に、草木を擦れ合わす音が聞こえてきた。

サワサワ、カサカサ、と聞こえる葉擦れの音に混じって、チュンは押し殺した呼吸の音を聞いた気がした。
ふと、そちらを振り返った時、反対側から大きな音が上がる。

――――――ガサガサガサ!

「ッ!?」
「グアフッ!」

ついに来たか! とチュンは素早く振り返り、身構える。
土佐犬モドキが低い位置に生えた枝のさらに下をくぐって、飛びかかって来るところだった。
広場で見るより数段早い。いや違う、この環境だからこそ早く見えているのだ。

「でぇい!」

一直線に飛んでくる物のタイミングをはかることは、結構得意だ。
そして、それに合わせて腕をふるうことも。
喉を狙って跳び上がってくる土佐犬の頭を、右肩の上から振り下ろしたスコップが迎え撃つ。

――――パァン!

小気味の良い音とともに斜め下に叩き落とされ、木の幹にぶつかった犬は無防備な腹を見せる。
思った以上の威力―――まさか一撃で転ぶとは―――に驚いたが、犬が無防備になるその隙を見逃しはしない。
片手で持っていたシャベルを両手で持ち、土に突き立てる要領で転がっている犬の腹へと突きたてる。
ずぐ、と重い感触が手に感じられ、内臓を切断された犬は痙攣する。
スコップを捻じると隙間から血が飛び、犬の目から光が消えた。

「こんな簡単に……」

やはり、銀のスコップがあればいける。棍棒では決して貫けなかった土佐犬モドキの皮膚をやすやすと貫けた。
銀のスコップの威力に興奮していると、目の前にファンファーレと共に文字列が出現する。


『モンスター:下級犬を撃破しました』


「いやいや下級犬とかやめてよ……」

他にも上級犬とか出てきそうじゃない。
ぼやいていると文字列が変化した。

『レベルが上がりました。ステータス値合計の上限が更新されました。「120」→「180」。スキル枠を1つ取得しました。』


「おお、レベルが……ステータス値合計の上限……?」

成長しきっていた肉体の枷が外れたような感覚。まだ成長の余地があると、筋肉が喜んでいる。
……なるほど。

ステータス合計の上限が押し上げられるということを感覚的に理解したチュンは、魔物を倒すことの重要さを知った。

(レベルが上げなければ、どれだけ鍛えても意味がない、ということか)

チュンは頷き、行進を再開しようとして……傍らの犬の死体に目を落とす。
見るのは二回目と言えども、内臓のインパクトは計り知れない。
剥ぎ取るのは少々遠慮しておきたいところだが―――

――――――『モンスターの心臓は高値で取引されております』

機械音声が言っていた言葉を思い出す。
現在一文無しのチュンがお金になりそうなものを見逃していいものか。
今剥ぎ取っても血を抜けば早々腐りはしないはず。街までもってくれるはず。

「とすれば……はぁ…。剥ぎ取ろうか……うぅ…」

幸運かつ残念ことに手元には良く切れる刃物(スコップ)がある。よって剥ぎ取りは出来る。
チュンはえんがちょえんがちょと呟きながら、犬の死体の傷を広げて、内臓に目を向けるのだった。


『スキル:グロ耐性を取得しました』


しかしチュンは忘れていた。土佐犬モドキが襲いかかって来る前の、呼吸の音を。
そして、呼吸音の主が今チュンの背中に襲いかかろうとしていた――――――。








――――――――
無理やり引っ張りました。ごめんなさい。主人公がまるっきり以前のはで始まるアイツとおんなじ性格ですが、気にしたら負けです。

今日の半分の文量ですが、明日も更新します。よろしければどうぞ。



[28234] 魔犬の森2/山賊 ※誤字修正
Name: 大豆◆c7e5d6e9 ID:2e564c12
Date: 2011/06/08 21:25
<五/魔犬の森2>


剥ぎ取りを終える頃には、すでにハエが死体へと集っていた。この死体もやがて蛆虫の温床となり、そして土へと帰るのだろうか。

「うぐぅ……心臓ゲットだぜ……」

内臓の臭気とハエの鬱陶しさに顔をしかめながらチュンは死体から心臓を取り出し、葉っぱに幾重にもくるんで背負い袋に詰め込んだ。

さっさと遠ざかろう、と歩き出すと同時、背後から多大なプレッシャーを感じ取った。
首筋に風を感じて振り返る。

「ッ!?」

そこには今にも飛びかからんとする獣の姿。でかい。土佐犬モドキよりも二回り大きい。トラの成体ほどの大きさの土佐犬モドキが牙をむき出してチュンにかぶりつこうとしていた。

「うぉッ!」

咄嗟に前に向かって跳び込み前転できた自分を褒めてやりたい。
でなければ、チュンの人生(アバター生?)はここで終わっていただろう。

回転し、上下が逆転している視界の中、虎サイズの土佐犬モドキがさっきまでチュンが剥ぎ取っていた死体の上に着地する。
顎がガチンと打ちあわされ、踏みつけられた死体から血が飛び散る。

回転し終わったチュンは起き上がり、急いでもう一度転がった。
後ろから来ているかどうかは分からないが、とにかく木の蔭へ。障害物なしで直線状に立つのは勘弁だった。

転がった直後、後ろを猛烈な勢いで獣が通り過ぎて、若木をへし折り、一時的に視界から消える。遅れて吹いた風で、草が巻き上がった。恐ろしい速さだ。
ここが緑の深い森で良かった。そうでなければ、チュンの生き残る確率はゼロだっただろう。

チュンは慌てて立ち上がると、太い幹の裏側へと回る。奇跡的に手には銀色のスコップを持っていた。今はただ、この武器だけが頼もしい。

草をかき分け、モンスターが近づいてくるのが分かる。シャラシャラと毛皮に葉が擦れ、フゥフゥと獣の呼気が聞こえてくる。
モンスターが小さく喉を鳴らし、サクリサクリと近づいてくる。

(………………………ていうかさぁ! こいつボスじゃない!? 明らかに始めたばっかりで出会うモンスターじゃなくない!?)

チュンは叫び出しそうになるのを必死に我慢しつつ、頭を回転させる。

――――――どうやったら生き残れるか。

脳内住人の9割が恐慌に陥って好き勝手にわめき散らしている中、ギリギリ思考可能な領域が記憶から引っ張り出してきたのは、ミチミチと右手の甲を突き破ろうとしていた、彼の召喚獣の姿である。
現状を打破するならこれしかない。機械音声も召喚獣が居ればヌルゲーだって言ってたし!(←言ってない)
チュンは全身全霊を込めて叫んだ。自然とポーズも決めていた。

「来い! ヘカトンケェエエエエエエエエイル!!!!」

一秒、二秒。何も起こらない。



――――ポーン!



やがてチャイムみたいな音と共に、目の前に現れた文は彼の希望を叩き折った。

『魔力が不足しております』


「ファ、ファアアアアアアアアアアアアアアアック! このゲームマジくそゲー! お金返せ!」

ピンチの時に出てこない召喚獣に何の意味があるのだろうか。
怒りと焦りで錯乱して、チュンは樹をスコップでパンパン叩き始める。

「グルルァッ!」
「!?」

大声で叫び、木にスコップを叩きつけていたチュンはさぞ良い的だったのだろう。
忍び寄ってきていた大型の犬が、牙を剥いて襲いかかって来ていた。

「ぬ、あ!」

チュンは足をもつれさせながらも、咄嗟にその口にスコップを突きだしていた。上手く行けばシャーベットを掬うみたいに、土佐犬モドキ(大)の頭を削り取れる。それだけの切れ味がスコップにはあった。

だが、モンスターは反射的に、突きつけられたスコップを噛み締めた。
金属同士が擦れ合う耳障りな音が響き、大型土佐犬モドキはその顎の力だけで自らの突進の勢いを止めていた。
勢いに押されてチュンは完全に尻もちを突き、スコップはモンスターの顎によってホールドされた。

「ゴルル!」

モンスターは顎の力だけでは無く首の力も尋常では無かった。
スコップを咥えたまま首を縦に振りあげる。取っ手を持ったチュンごとだ。
そして一瞬の停滞の後、チュンは叩きつけられた。

「……ッ!」

肺から空気が押し出され、目の前に光が飛ぶ。手はスコップから離れて、体は地面をバウンドし、転がった。

掠れる視界の中で、犬が走り寄ってくる。尻尾を振っていたりはもちろんしない。牙を剥いて食べる気満々だ。
その牙から垂れる唾液を見つつ、ここでボクの人生は終了か……と、チュンは考えて、即座に否定した。

死にたくない――――――こんなところで、死にたくないッ!

極限の集中において、人間は肉体の枷を外すと言う。チュンの場合は、脳がよく回った。
フラッシュバックが脳裏を駆け、ある映像を映し出す。盛り上がった手の甲の映像だ。
なんであんなことになった。どうして。
それは――――――名前を間違えたからだ。

「出てこいヘカトンチェアーああああああああああ!!!!」

【ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!】

ゴォ、と風が舞う。轟く叫びは、まるで海鳴りようだった。
多分に怒りが混じったそれは、響くだけで空気を痺れさせ、草木を打ち震わせた。

右手の甲から音がする。
ブチリ、と皮を突き抜け、ドラえもんのポケットみたいにあり得ない大きさの柱が出てくる。
否、それは丸太の様な太さの土色の指だった。

それはまっすぐに伸び、かすったチュンの前髪を消し飛ばしつつ、襲いかかって来ていた土佐犬モドキ(大)に触れる。
触れた部分からごっそりと、消えた。下半身だけになった獣は勢いのまま指に突っ込み、そしてパン、という乾いた音と共に下半身も消滅した。

巨大な指もすぐに消える。チュンの中から大事な者が吸い出されていくような感覚と共に、意識が錯綜し、ブラックアウト。
チュンは倒れるように気絶した。






『モンスター:斥候犬を撃破しました。レベルが上昇しました。レベルが上昇しました。ステータス合計の上限が更新されました。「180」→「300」。スキル枠を二つ取得しました。大いなる者を正規のルートを経ずに呼び出しました。ペナルティとして、魔力が80パーセント減少します。』







チュンの目には遥かなる大地に立つ土色の巨人が見えている。
遥か彼方に在り、砂塵によって輪郭を揺らすそれは、日輪を背に百の腕と五十の頭を浮き上がらせていた。
五十の顎が一斉に開かれ、咆哮が轟いた。海鳴りの如く。

その光景に、ただただ圧倒された。畏怖と憧憬が心を揺する。もう少し眺めていたくなるような、しかし今すぐ逃げ出したいような、ごちゃ混ぜになった感情に、訳も分からぬまま、服の胸を堅く握りしめていた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「え、なんでまた寝てるの?」

大学から帰って来たアタルは、森の中で突っ伏しているアバターを見て唇を尖らせる。
折角だから、冒険しているところが見たかったのだ。

まぁいいか、とこうなった理由を探りに過去ログを見る。
だが、どうにも見ることが出来なかった。
他の部分は見れるのに、ボスっぽいモンスター(しかしただの斥候)と出会った辺りから映像にノイズが走るのだ。そして完全に砂嵐になり、アバターが突っ伏している映像になるのだった。

「うぁー……。一番いいところが見えないとか……聞くしかないじゃないか。おーい、起きてアバター。チュンさーん? 寝てるとモンスターとか虫とか、色々危ないよー。ていうかマジで寄って来た! チュンさーん!? モンスター来てるから! 起きろー! おーい!!」

―――――アタルー! さっきから煩いわよー!

「いやそれどころじゃないんだよ母さん! ホントでやばいって言うか……」

マイクに向かって叫んだり、階下の母に叫びかえしたり。

その後、必死の呼びかけによって何とか目を覚ましたチュンが、ワンパンで土佐犬モドキ(下級犬)をぶっ飛ばすのを見て、アタルはまた驚くことになるのだった。






チュン(18歳 ♂)
レベル4
召喚獣:Hecatoncheir
体力:49 ……27 up!
筋力:80 ……32 up!
敏捷:13 ……8 up!
器用:26 ……15 up!
魔力:5 ……20 down!
感覚:27 ……18 up!

所持銀:0円
モンスター撃破数:3
名声:0/10
グランドクエスト進行率0%

○スキル(5/9)
ネガティブガード
性欲ガード
排泄ガード
穴掘り男
牛乳大好き ………もはや信仰。後ひと押しで牛乳神の幻覚が見える。牛乳の効用を1.10倍で受け取れる。
グロ耐性 ………こんなもん、慣れだよ慣れ!って言えるようになる。





―――――――――
ヘカトンケイルを呼ぶ時のポーズは、想像にお任せ。





<六/山賊>


え、あれで斥候?
ボス倒すとか普通に無理じゃない?


という訳で、チュンはさっさと森を出ることにした。斥候と遭遇したからには本隊が近くに迫っていてもおかしくはない。犬科は群れる生き物だから、出会ったら酷いことになる。
逃げる彼の右手の裂傷はすでにふさがっていた。体の代謝が半端ではない。

「なんだか感覚が鋭くなってる気がする……」
<数値的には常人の2倍くらいだから視力は4.0くらい?>
「すげぇ」
<でも、犬には敵わないよね。人間の1000倍らしいし>
「それって嗅覚なんじゃ」
<……お。今の動き格好良いね>
「…………こう?」
<そうそう! ちょっとスクショの準備をするから……>

外側(とチュンは思うようになった)の世界から、アタルが話しかけてくる。
昨日から色々とあって少し会話に飢えていたチュンは、もう一人の自分と会話を楽しみながら歩いていた。

<それにしてもすごい筋肉だ>
「アタルも一日中牛乳様を飲みながら穴掘ってればすぐにこうなるよ」
<ならないよ>

もう一人の自分と話すのは不思議な感覚だ。
何も隠す必要がないし、何を思って発言しているのか簡単に想像できる。
客観的に声を聞くことで、欠点も指摘できる。
もう一人の自分と話せるというだけでも、このゲームの価値があると思われた。
アバターの身からすれば、やっぱりとんでもないクソゲーではあったが。

<チュンが向かってるのって北西の街だよね>
「うん」

折れて上から垂れさがる様に行く手を塞いでいた枝を、両手で押し退けながら、短く返答する。

<北西の街って廃墟しかないみたい>
「え」

動揺で手が滑り、押し退けていた枝が頭を強打する。痛い。

<大丈夫?>
「……それより廃墟って本当?」

尻の泥を払いながら立ち上がり、チュンは尋ねた。

<ホントだよ。でも、アイテムが放置してあるらしいから行って見れば?>
「……ご飯は?」
<アイテムより飯とか……食い気ばっかりで夢がない…>
「こ、こっちは切実なのに!」

カンパンは残り少ないのだ。
アタルははいはい、といいながら、画面の向こうで食料がある場所を検索してくれる。
向こうはゲームのつもりだろうが、アバターにとっては現実なのだ。認識のすれ違いがあることをチュンは再認識させられた。

<あー、あった。ええと、街に行く途中で山賊に襲われるから、そのひとたちから剥ぎ取るのが簡単だって>
「ちょ」
<あ、聞こえなかったか? えっと街に行く途中で…>
「山賊出るのかよ! どんなゲームだよ!」
<スリリングで良くない?>
「アタルはそうだろうけども!」

襲われることが前提だと暗に示されたようで、テンションが下がる。

「森の中には無いの?」
<あるにはあるけど、森全体が犬たちの縄張りらしいから早く抜けた方が良いって>
「はぁ……そう……」

本当にこのゲームはクソゲーだ。

<今のチュンなら山賊程度、余裕だって。>
「だといいけど……はぁ。」

ようやく終わりが見えた森の切れ目に向かって、チュンは少し早足で歩いて行く。
山賊も勘弁してほしいが、犬の群れの方が厄介なのだ。










幸い新たな犬に出会うことも無く、チュンは森を抜けた。
魔犬の森は盆地をまるごと森にしたような地形で、周辺部に行くほど傾斜が付き、やがて登り切ったところで草原に出た。
草原は地平線が見えるほど広い。遠くに山々がかすんで見える。
そしてわりかし近くにぼんやりと草原を横切る、土が剥き出しの道の様なものを見つけた。

30分ほど歩いて近づいて見ると、土の上には幾本もの轍と、馬の蹄跡が残っていた。
どちらも消えかかっているが、恐らく街道だろうと思われる。
地図によれば、魔犬の森の近くを通る街道は二本あり、そのうちの一本は北西の街に通じているらしい。

(これに沿って歩けばいいのかな?)

アタルは「誰か来た」といって席を外している。
静かになったのでチュンは黙々と道の上を歩いて行く。
やがて地平線の向こうから、山賊がやって来た。





山賊は、ボクたち悪いことやってまーす、という顔をした3人組である。
汚らしい格好で馬に乗り、腰には幅広の円月刀をぶら下げていた。
乗っている馬すら、なんか悪っぽいオーラを放っている。
左から1、2、3と心の中で呼ぶことにした。

「よーうお坊っちゃん。こんなところで何やってんの?」
「迷子? おじちゃんたちが街まで案内してやろうか?」

山賊1と山賊2がからかうように声をかけてくる。馬の上に乗っている人間から声をかけられるのは初めての体験だが、なるほど、結構な威圧感があった。

「面倒くせぇこと言ってんなよ。さっさと殺して肉食おうぜ。ちょっと固そうだけど、若いからいけるだろ。ちゃんと塩も持ってきてるんだ」

山賊3は舌なめずりをしながらチュンを見ている。明らかに食う気満々だった。
この異世界では、人間すらも食べ物だと言うことか。18禁どころか21禁にした方が良いんじゃないかと、チュンは思った。

「おーおー。怖くて声も出ねぇみたいだぜ。怖くてごめんねー」

山賊1の言葉に残りの二人も声を上げて笑う。
しかし、チュンは別にビビっている訳では無かった。
いやビビるにはビビっていたが、ネガティブガードのお陰でそれほど怖くなかった。静かに観察していただけだ。
腰の刀もそれ程脅威に映らない。犬の牙の方がよっぽど恐ろしかった。

<…あ! 山賊来てるじゃん!>
「ん? その声は……ケイ?」
<せーかーい。遊びに来ました!>
「おお、いらっしゃい。アタルは?」
<勉強させてる。アタルは放っておくとゲームばっかりするアホの子だから。あ、アタルには内緒ね>
「ボクも一応本人なんだけど」
<フフフ>

笑い事じゃないよね。
ケイと談笑するボクは、山賊達には突然独り言を言い始めたように映ったのだろう。
面食らった顔をして、気でも狂ったか、と呟いている。

「じゃあ頑張ろうかな。……犬よりは弱いんだよね?」

折角だし、ケイにいいとこ見せなきゃね。

<基本的に人型の種族はモンスター以下だよ。時々アホみたいに強いのが居るらしいけど、そう言うのは山賊やって無いし。山賊は基本的に食い詰めの集まりで、まぁ、攻略掲示板では「歩く食料庫」扱いかな>
「せ、世紀末過ぎる……」

しかしそう言うことならこれも越えなければならない試練の一つなのだろう。

<あ、気絶状態や瀕死で放っておくとやたら強いゾンビになるからきちんととどめは刺すんだよ?>
「…………殺人までさせるとか、このゲームほんと……」

しかしそれほど忌避感もないのが不思議と言えば不思議である。ネガティブガードのお陰だろうか。
人として大事なものを失くした気がする。
ため息交じりにスコップを構えて、チュンは山賊1に襲いかかった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


山賊は瞬殺だった。
チュンの動きがそろそろ人外の領域に到達しつつある。
まるで格ゲー見たいだ。馬の首持って振り回すとかマッスル過ぎる。
そして、とどめを刺すのも実にスムースだった。

「躊躇なし……か。ネガティブガードとグロ耐性のコンボはやっぱり凄いね」
「ケイー、飲み物持ってきた………え。ちょ、グロい。ボクのアバター何やってんの!?」
「アタル……ハードモードをクリアするなら、これは越えるべき試練なんだよ」
「き、聞いてない……! ていうか何でボクのアバターは躊躇しないの?」

これはホントにボクなの……? と呟いているアタルを尻目にケイはチュンの動きに目を配る。

画面の中では、「山賊の心臓ははぎ取っても仕方ないね」と死体を転がして懐をあさっているアバターが居た。
昨日の今日で、逞しくなりすぎである。
とは言え、ケイのアバターもこうだった。見るのも二度目となれば、驚きは薄れている。

「ひ、ひぃ。死体を漁っておる……!」

隣でアタルが画面を見てアワアワと口に手を当てていた。

「はいはい、アタルは勉強しましょうねぇー。成績下げたらゲーム禁止になるんでしょ?」
「そんな! こんな気になるところで! ていうかケイだって宿題あるでしょ!?」
「すでに終わらせてきた私に隙はなかった」
「く、クソー! 頭が良いからって調子に乗りやがってぇぇぇぇ………シクシク」

アタルは捨て台詞を吐きながら机に向かって猛烈にペンを動かし始めた。
それを微笑ましく思いながら、ふと、画面に目を移すと、アバターが馬の生肉にかぶりついていた。
さ、さすがにそれはワイルド過ぎじゃない?




――――――――――――――――
ここまで読んでいただいて、多謝!
「英雄物語」は外側の人が楽しめればいいので、中の人にとっては無茶苦茶です。特にハードモード。何でもさせます。
「ちなみに」の多用は気が付かなかった。なんと鬱陶しい言葉遣いだ…私の日本語力の低さが露見した感じですかね。とがりさんありがとう! 直しておきます。

明日も更新します。
明日って言うか、今日(6月8日)の21時ごろ。よろしければ見てやってください。



[28234] 廃墟/新しい武器 ※誤字修正
Name: 大豆◆c7e5d6e9 ID:2e564c12
Date: 2011/06/09 11:52
<七/廃墟>



盗賊たちは結構な量の水を持っていたが食料を一つも持っていなかったので、チュンは馬を食べた。
血抜きをすると良いことは知っていたので、首を持って振り回したせいで絶命していた馬の首を切り、血を牛乳の入っていた瓶へとためる。
なんか動物の血には栄養がありそうだったからだ。
それらの作業の後、肉を食べたのだが……それが旨過ぎた。
食糧庫とはこういう意味だったのか、と納得したものだ。

肉を食べ、血を飲む。
必要な栄養は全てここにある、とばかりに体が活性化し始めたのを感じた。

馬の肉を保存用に切り分けて取っておくことも考えたが、どうやら袋の中でも容赦なく腐るらしく断念した。
というか剥ぎ取った土佐犬モドキの心臓の、腐敗臭が凄かった。袋の中の臭いはお陰で極悪である。
心臓は問答無用で捨てたが臭いは取れない。その内消えてくれればいいな、と願ってやまない。

という訳で、非常食として二匹の馬を引き連れている。
背負い袋に押し入れようとしたが、生きている生物は入らないようだったので、そのまま引っ張っている。

「ブルッヒ!」「ヒヒン!」
「おーよしよし。そんな嫌がらなくても、すぐには食べないから」

馬たちは逃げ出そうと必死である。
上に跨ろうとして振り落とされたので、今では二本の手綱を束ねて引きずっている状態である。
筋力が上がっていて、今では二馬力以上ということなのだろう。
しばらく引きずっていると諦めたのか、大人しくついてくるようになった。しかし良く見ればレイプ目である。

「ふーむ」

それはさて置き、馬の食べ方について思いをはせる。
馬はガリガリなので、出来ればもっと太らせてから食べたいところだ。幸いそこらに草は生えまくっている。存分に食べてもらおう。それまで大事に育てることにした。
食べ方はどうしようか。塩は手に入れたので、火があればとても満足する料理が出来上がるだろう。フライパンなら、スコップで代用可だ。

「しかしスコップは凄い。掘って良し切って良し叩いて良し、おまけにフライパンにまで使えるなんて」
<アーミースコップていうのがあって、折りたたみ式のそれはさらに多機能なんだって>
「それはぜひ一本欲しい」



馬を引っ張りながらぐだぐだ会話していると、ついに北西の街が見えてきた。
街は遠くから分かるほど、人気がない。
チュンはためらいなく足を踏み入れた。罠などはないと、ケイに聞いたからである。

街は、城壁に囲まれた要塞都市だ。地図によれば外周は数キロにわたる。
都市の向こうには大きな川が流れており、肥沃な大地であったと思わせる。それを反映してか、城壁の覆う範囲はかなり広い。
打ち捨てられた家財に混じり、ところどころに祠がある。何か宗教でも信仰されていたのだろうか。
城壁は民族ごとの紛争に備えて作られることが多いのだが、さて、この世界ではどういった経緯で作られたのか気になるところである。
モンスターに備えるため、であればこの付近に強力な魔物が居るのかもしれなかった。

「そこらへんどう?」
<えーとね、この世界、というか大陸には人型の種族が3つあってね……>

魚人と翼人、あとは普通の人間。

三者は互いに差別し合っており、始めてから3か月後には大規模な戦争も起こるらしい。
それを止めたアバターは、名声ポイントを3000ポイントほど手に入れたとか。
しかしすぐに翼人の戦争推進派に暗殺されてしまったので初のクリア者とはなれなかったとケイは言った。

とにかく、ネットの掲示板によると、この都市はちょっと前に滅んだ都市の様で、結構色んな遺物が発見されるとか。
遺物の中には生活を感じさせる物もあり、プレイヤーの間で様々な憶測が飛び交っている。
魔物が襲ってきたとか流行り病で死んだとか色々と言われているが、現在主力なのは種族の紛争による滅亡である。
少し前は三つ巴の戦いでは無く、4つ巴の戦いだったのではないか、という推測だ。
他の地域で同じような建築様式の廃都市が見つけられていることも、推測の根拠となっている。
つまり現在残っている3種族は他の種族を淘汰してきたのだろう。
そして領土を拡大した結果が、現在の、大陸を三分するような巨大な勢力なのだった。

ただ、種族紛争だけでは無く、モンスターが絡んで壊滅したとみられる都市なんかもあって、VR世界とは言えども複雑に事情が絡み合っているらしい。

<ただ、開拓されている土地は大陸の半分くらいだから、まだまだ未知の種族が居るかもしれないね。大陸も一つじゃないかもだし。>
「壮大すぎて訳が分からないよ」

ちなみにその3つの種族も各々、領土に数か所城塞都市を築き上げている。
潜入出来れば詳しいことも分かるかもしれないが、余所者が入ると即殺されるため潜りこめたプレイヤーは非常に少ない。
例え人間の要塞都市にであろうとも、宗教的な挨拶とかを学んでいかなければ排斥されるらしいのだ(そして学んで行っても反応は冷たい)。

「今さらだけど、文明レベルってどれくらい?」
<えーと、紀元前だよ。とりあえず>
「えぇ……分かりません」
<とりあえず、鉄砲はないよ>
「それは安心だね!」
<私は君の頭が心配かな>

実はボクも結構心配です。

「よーし、えーと馬夫と馬子。君たちはここに繋いでおくから、好きなだけ食べてください」

チュンはレイプ目の馬たち(♂と♀だった)に声をかけると、石の壁にスコップを突き刺し、それに馬の手綱を固定する。
その辺から伸び放題の雑草をもっさりとむしり取って、二頭の前に置いた。

「じゃあボクは都市探索してきます」

そう言って、チュンは廃都市へと繰り出すのだった。



チュンの体力はちょっとしたマラソンランナー並になっているので、休むことも無く廃都市を歩き回っている。
崩れた家具や、時たま見つかる祠など、色々と興味を引かれる物があるが、冒険に使えそうなアイテムは中々見つからなかった。
そろそろ、ケイ経由でネット情報に頼ろうかな、と考えていると、そのケイから声がかかった。

<そう言えばさ、石板手に入れたんだって?>
「広場に埋まってたやつのこと?」

掘りまくって地下2.5メートルくらいの穴の底から掘り出した石板なら持っている。
背負い袋の中、心臓の腐ったにおいがこびりついていてあまり取り出したくはないのだが。

<実は石板見つかるのって結構珍しいことなんだよね>
「なんで? 他の人が見つけたところにいけば有るんじゃないの?」
<それが……>

このゲームはネットで互換されているらしく、石板は一枚発見されると、その場所では以後手に入らなくなるらしい。
既に発見されている石板はどっかの洞窟に行けば読めるようになっている。
賢者の祠と勝手に名付けられている洞窟だ。

<だから、その石板は新しいんだよ。お役立ち情報が載ってることもあるから、発動してみれば?>
「発動?」

スイッチはついていなかったはずだけど。

<刻まれた文字を全部なぞればいいんだよ。右から左に、上から下に、って順番で>
「ネットが無かったら解けない謎が多過ぎる……まぁいいけど」

発動できるならやってみようではないか。
取り出してみると、臭いは随分マシになっている。良いことだ。
ケイに言われた通り、アラビア文字とくさび型文字で作られた横書きの文をなぞっていく。最後の文字をなぞり終えると、石板の文字がうねうねと動き、日本語になった。

「情緒もへったくれもない」
<読めるんだから良いじゃない。チュンは碌に英語も読めないんだから>
「確かにそうだけど」

書かれていた文はとても短かった。



『魔犬の森のボスの弱点は木材である。ダメージ倍率880%』



「………は?」

読み返してみても文面は変わらなかった。
木材て。角材で殴れと?

<……ん? えと。待って……?>

ケイが少し慌てたようにカチカチとマウスを動かし始め、そしてチュンの目の前に文が出現した。

『賢者の言葉を入手しました。名声ポイントを取得しました。「0」→「100」』

えぇー……石板なぞっただけなのに。

「おーい、ケイー? 今月どころか何ヶ月間分もノルマが終わっちゃったんだけど?」

今月10ポイント必要で、来月20、その次は40。つまり三ヶ月間はダラダラ過ごしても死ななくて済むようになった。
ぶっちゃけ運で手に入れたので、感動は少ない。

<ん? ああ、石板発見したら名声ポイント入るから。そうじゃなくて、ちょっと待って。今調べたんだけど、その石板の情報凄いよ。今まで弱点が分かったボスって一つもないみたい>
「………おお、ということは低レベルでもボスを撃破できるかもしれないという……」
<もしかしたらね!>
「ロマンがあるね!」

テンションが上がって来た。
ケイも同意してくれた。

<うん、次の目標は決まったね!>
「いやいやすぐには行かないよ!?」

今すぐ魔犬の森にもう一回行くとかタダの自殺じゃない!? 無理無理! 角材振る前に鎧袖一触で蹴散らされちゃうよ!

「もうちょっと強くなってからじゃないと。」
<馬鹿ね…低レベルでのボス撃破って名声ポイントボーナス半端ないんだよ? ここで余裕を得て、後々楽をしてほしいと言う私の心は分かってくれないのかな……>
「いやしょんぼりされても」

全然分からんわ。

<ヒーローになれるのに……腰ぬけチュン太郎>
「BTFのマーティじゃあるまいし、そんなんで行かないよ」
<……>

ケイはしばらく考えてから言った。

<じゃあ、チュンが行かないんだったら君のデータ消すかな。アタルには、なんかバグったって言うね>
「は!? ちょ、やって良いことと悪いことが」
<あるよね。知ってる。でも私には時々その境が分からなくなるんだ…>

この女……最低だ!

<さぁ、私の娯楽のためにキリキリ働いておくれ!>
「ぐぐぐ……血も涙もない……」

さっきチュンのためとか言っていたのは建前だったらしい。
しかしこいつ、ホントにケイか……? 悪魔でも乗り移ってるんじゃなかろうか。

<ていうのは冗談だよ。というか、勝手にデータは消せないから>
「そ、そう……」

冗談かよ。全く心臓に悪い。

<でもチュンの召喚獣居るし大丈夫じゃない? 巨人の指でパーンてやれば。今なら80パーセントの魔力ダウンでも、たったの4しか減らないし。>
「……まぁ、それはそうだけど」

魔力5しかないからね。でもできればまともに召喚したい。気絶しちゃうし。

<それに、魔犬の森のボス倒せたら、私のアバターと強さが近づくから協力プレイに誘いやすいの。ここはぜひ頑張っていただきたい!>
「うむむ………」
<それに食料の残り、少ないでしょ? そこから一番近いの魔犬の森だよ>
「ぬぬぬ」
<ほら、私のアバターが偶然見つけたアイテムの場所を教えてあげるから>

まぁそこまで言うならやってみようかな。

「わかったよ。賭け事は嫌いな方じゃないしね」

という訳で、次の目的地が決まった。







<八/新しい武器>

廃都市で手に入れたアイテムは意外と有用な物が多かった。

正門から入って、城壁伝いに右へ歩き続けると、4軒目に平凡な意匠の建物がある。
その床板のある位置を押しこむと、地下通路に通じているのだ。
そこには雑多なアイテムが置いてあるが、一つしか持ちだせないようになっているらしい。
すでにケイのアバターが色々試したようで、投げ出そうとしたり、違うところに穴を開けて取り出そうとしたりしたが、全部だめだったとか。

武器も防具もあったがチュンが選んだのはスリングショットだった。
持ち手だけでも50センチあり、ゴム紐の長さもそれに見合った分だけある。かなり大きなものだって飛ばせるだろう。
Y字の枠は黒い光沢のある金属で、殴ればとても痛そうである。
重さも2キロほどあり、石畳に叩きつけると石が砕けるほどである。
ゴム紐が硬くてチュンの筋力でもまともに引けないが、使いこなせれば遠距離攻撃が出来るこれはとても有用な武器だろう。
防具と迷ったが、魔犬の群れでは囲まれたら多分防具があっても意味がないだろうと、遠距離武器にした。

<もっと強そうな武器あるのに>
「直接攻撃するのはスコップがあるからいいんだ」

実際、銀色のスコップ以上の切れ味を持つ武器は無かった。
この銀のスコップ、実は凄い掘り出しものではなかろうか。

<そう? まぁいいか。じゃあ次は、これは掲示板に載ってたやつなんだけど……>

大きな布やら、火種やらを手に入れる。
取得可能なアイテムだけがキラキラ輝いている、などといった演出は無く、ここにある物は何でも拾えるし拾っても罰則はないので、チュンは使えそうなものを片っ端から背負い袋に詰め込んだ。
中に入れた物は衝撃で壊れることもないようなので、割れ物も一緒である。

<その袋、便利そうだねぇ。私のアバターが買ってたのは体積の制限付きだったよ。協力プレイする時はきっと羨ましがられちゃうね>

ケイのアバターが購入したのは行商人かららしい。魔法のアイテムを取り扱っている行商は少ないらしいけど。
良い物はやたらと値が張るのが魔法のアイテムの特徴だとか。

「よし、そろそろ良いかな」

というか袋が重くなって、これ以上は動きに支障が出そうである。
背負うとずしりとくる。
背の重みを確かめながらチュンは歩きだした。

いざ、魔犬の森へ!












その前に。

「ふんぬぬぬぬ……!」
<もうちょっと!>
<あと少し!>

宿題を終えてきたらしいアタルとケイに応援されながら、チュンはスリングショットのゴムを引いていた。
弾は廃都市で拾いまくった瓦礫である。

「!?」

もう少しでマックスまで引き絞れる、というところで指が滑り、瓦礫が恐ろしい勢いで飛び出していく。
その行き先は地面であり、直径5センチほどの瓦礫は地面に暗い穴を掘って見えなくなった。

<全部引っ張って無いのにすごい威力だ!>
<……やっぱり使い勝手悪そうじゃない? 交換してきたらいいのに>
「……スキルとか出ないかな……」

30分ほど頑張って未だに上手く使えないが、その間に筋力が上昇し、上半身がさらにマッシブな感じになっていた。
やっぱり成長速度が異常である。

<……私、筋肉男ってダメなんだよね。暑苦しいって言うか>
<ええ!?>

少々気になる会話も聞こえてきたが、チュンはスリングショットを使うと決めたのである。
今さら投げ出したくはない。
手の汗を拭い、練習に励むのみだ。



それから上空に5つ、地面に8つほど瓦礫を飛ばしたところで、ファンファーレと共に目の前に文字列が出現した。

『スキル:パチンカーを取得しました。』

<来たー! ぱ、パチンカー!? ええっと、狙いが定まるって!>
<名前の割には意外とまともだね>

「よ、よぉし……はぁ……はぁ…」

正直疲労困憊である。ゴム紐かてぇ。
巨大なスリングショットを引く動作は弓を引く動作とほぼ酷似しており、お陰で背筋がカチカチである。
ヒッティングマッスルが超鍛えられる。鬼の顔が浮かび上がる日も遠くはないかもしれない。

スキルを試すためにもう一度瓦礫をセットしてゴム紐を引いてみる。やっぱり硬い。
しかし、筋肉の痙攣でフラフラしていた照準が少し取りやすくなったような気がする。
ギリギリ戦いに使えるかも知れないレベルである。



とりあえず、あとは成る様になれである。
チュンは汗を拭うと、今度こそ、魔犬の森へと歩き出した。



ちなみに結び方が甘かったのか、壁に突き刺さったスコップを残して馬子と馬夫は逃げていた。






魔犬の森に到着する頃には、大分日が陰っていた。
このまま突入するのはいかにもまずい。暗い中で獣と戦うのは愚か者のすることだ。

(今日はやめにして木材の武器でも作ろ)

水の残りは心もとないがすぐになくなると言う訳ではない。
明日は確実に森へと挑む必要があるだろうが、今少しばかりの猶予があった。


それはさて置き、まずは寝床を作る必要がある。
この世界では山賊も出るし、森から魔物が来るかもしれない。
安全な寝床が欲しい。しかし都合よく洞窟などはない。

「そこで活躍するのが、このスコップですよ!」

なかったら作ればよいのだ。
筋力の上昇と銀のスコップにより、掘る速度は昨日の倍以上のはず。そう時間は要らないだろう。

ちなみに今のは独り言だ。暗くてさびしくてテンションがちょっとアレなのだ。
ケイは既に帰宅しており、アタルは母親に「一日3時間までって言ったでしょ!」と勉強に追いやられてしまっていた。受験生の辛いところである。

草原に生える草は、白い小さな、綿みたいな花を付けた植物である。それに混じって、イネ科の、葉っぱがすらりと長い草が生えている。公園とかに生えていて、抜いたら穴がぽこっと出来る、繁殖力旺盛な草である。

それらをスコップが無造作に裁断する。ズシャァ! 断たれる命。哀れ雑草。強く生きろ!

生産性のないことを考えつつ、チュンは穴を掘る。
瞬く間に身長ほどの深さの穴ができ、いつの間にか穴掘りスキルがパワーアップしていた。
パワフルさが増したチュンは、いちいち袋に土を入れて持って上がることをせず、穴の底から地上に向けてスコップに乗せた土をぶん投げていた。
そして、日が沈む頃、スコップの刃先が何かを掘り当てた。

(んん? もしかして……)

土をかき分けると、やはり埋蔵物である。
出てきたのは、石板だった。
背負い袋に放り込んである石板と同じやつである。

「え、えぇー……また出てきたんだけど……」

見つかりにくいんじゃなかったのだろうか。
とりあえず表面の文字をなぞってみると、日本語になった。

『アバターの血液 + アバターの唾液 = 万能薬 ※アバターには効きません』

「つ、唾!? 一体何に使うの!?」

チュンは思わず叫んでいた。

(あ、あー……もしかして召喚獣とかに?)

それなら分からないでもないような……。
うんうんと使い道を考えていると目の前にまた文が出現する。

『賢者の言葉を入手しました。名声ポイントを取得しました。「100」→「150」』

「なんだか勝手にモリモリ溜まっていくなぁ……」

文を見て呆れる。当然ながらありがたみはゼロだ。
なんかその辺の地面を掘ったらモロモロ出てきそうな予感がするのである。

ただ、今回習得できた名声ポイントは先の半分。同じことをしても得られるポイントは減っていくとケイが言っていたことを、チュンは思い出した。

「半分になるってことでいいのかな……? まぁいいや、穴を掘らなきゃ」

背の袋に石板を投げ込み、サクサクと掘り進んで行くと、ここには結構なミミズが居ることに気がついた。
大抵スコップで切断されているのだが、運良く無傷な奴もいる。

(そういえば土の下にはモンスターっていないのかな?)

そう思いつつチュンがスコップを突き刺した時、スコップが土を貫通して何もない空間に出た。
そして、チュンの足元が崩れる。

(うお!?)

チュンは土砂と共に10メートルほど落下し、水しぶきを上げて着水する。
地面の下にあったのは地下水脈であった。

岸など無いトンネルのような水路である。
流れが速いそれに、チュンは抗えずに流されていく。
いつしか、彼の意識は途切れていた。





チュン(18歳 ♂)
レベル4
召喚獣:Hecatoncheir
身体能力(277/300)
体力:65 ……16 up!
筋力:110 ……30 up!
敏捷:13
器用:42 ……16 up!
魔力:10 ……5 up!
感覚:37 ……10 up!

所持金:280円   ←山賊の所持金をパクった
モンスター撃破数:3
名声:150/10
グランドクエスト進行率0%

○スキル(8/9)
ネガティブガード
性欲ガード
排泄ガード
ドリル男 ……… 穴を掘ることを生きがいにしてもいいかなって思うようになる。穴を掘っても全然疲れません。(2枠必要)
牛乳大好き
グロ耐性
パチンカー ………スリングショット? 違う!誰が何と言おうとパチンコだ! 狙いが定まりやすくなります。


――――――――――
ここまで読んでいただいて……ありがたい! 読んだ人が楽しんでくれるのが一番の喜びです。
れ、恋愛小説に見えますかね!? とはいえ、投稿した時からこのss見つけにくいなぁと思っていたので、いい機会ですし題名長くしました。
とがりさんありがとう……! ていうかまた とがりさんだ! ありがたい!
二三師さん、slさん、ドライバーさんも感想ありがとう!

明日も投稿します。また21時ぐらい。よろしければ来てやってください。



[28234] おまけ ※ちょっと修正
Name: 大豆◆c7e5d6e9 ID:2e564c12
Date: 2011/06/14 21:15
<おまけ>

『VR技術の集大成である現実そのままのグラフィックに、AIを多用した人情あふれる生き物たち。その世界で、あなたの分身は何を成すのか。』
このような謳い文句の「英雄物語」には三つの難易度がある。
イージーモード、ノーマルモード、ハードモードだ。

イージーモードをクリアすればその時のアイテムを所持したままノーマルモードに挑戦することができ、ノーマルモードをクリアすれば、次はハードモードに挑戦できる。
だが、まだ販売されて半年しか経っておらずその程度でクリアできる難易度ではないと開発者が述べている通り、ノーマルモードから引き継ぎをした場合でも、ハードモードはクリアされていない。

ノーマルモードとハードモードとの違いは多々あるが、全体的にとにかく厳しくなっている。
換金用のモンスターの心臓は腐るし、河川の数が激減しているし、フィールドを徘徊する行商人や食糧庫(山賊)の数も減っている。おまけにゾンビも発生する。
倫理観をぶん投げたようなことが平気で起こるし、敵のえげつなさも増し増しだ。
魔犬の森の下級モンスターは、チワワから土佐犬になっているし、ボスなど■が■■だ。
状態異常も生半可なことでは治らず、加えてバリエーションが増えている。
さらに、各種族との関係が(自分が属する人間勢力ですら)マイナススタートである。

なにより苦しいのは、名声ポイントの減り幅はそのままなのに増え幅が2分の1になっていることだ。最早クリアさせる気がないとしか思えない。


鉄平のアバター:テクノもノーマルモードとハードモードの難易度の差の前に散った一人である。

ノーマルモードをクリアしたテクノは、ハードモードに移った初日、ガチガチに固めた装備で魔犬の森のボスを倒した。
倒すために召喚獣がやられてしまい一週間召喚できなくなったが、まぁここまでは良かった。想定の範囲内だ。
だが、ボスの巣穴にあった武具、これが失敗の元だった。
その武器は意匠を凝らした白銀の美しい剣。それを見つけた時、テクノと鉄平ははしゃいだ。虎穴にある物は虎児なのだと信じて疑わなかった。

<おお、武器があるじゃん! ボスのところにある武器なんてドキドキするな!>
「ああ、良いスタートを切れそうだ!」

ハードモード何するものぞ。
レベル1にしてボスを圧倒したテクノは、俺が最初のクリア者になってやると熱意を燃やしていた。

「まぁ翼人の秘法のこの剣は越えられないだろうけどな……」

そう言いつつ、手にした瞬間、テクノの悲劇は始まった。

ジャジャーン!

『片手剣「傾国の白姫」は呪われています。効果を発揮できません。』

不吉な音と共に、手に武器が張り付く。

「な!? 手から離れないだと!?」
『呪いによりアバター:テクノはスキル「生き急ぐ者」「生贄志願者」を取得しました。』

生き急ぐ者 ……足を踏み出すごとに一つ歳を取る。(0枠必要)
生贄志願者 ……広範囲からモンスターが寄ってくる。(0枠必要)


そして強制的にスキルが付与される。この時ランダム選択された呪いのスキルは、結構最悪な組み合わせだった。

「な……!」

ふらり、とテクノは後退する。それだけで、自分の中の時間が経過したことを感覚的に理解する。たったの一歩で。
大学3年のテクノの体は、一年経過したくらいでは大した変化を見せない。だが、それが二年であれば? 十年であれば?
テクノは恐れて一歩も踏み出せなくなる。

<ま、まってろテクノ! 今呪いの解き方を……!>

鉄平の声はテクノに希望をもたらしたが、同時に聞こえた鳴き声がテクノを奈落に付き落とす。

ォオ――――ン!
アォオ――――ン!
ォオオオオオオ―――ン!

大音量の遠吠えが何回も何回も上がり、洞窟の入口の方から荒い息遣いと、カチャカチャという、爪が石の通路を引っかく音がする。
テクノが肩越しに振り返れば、洞窟の入り口からは大量の犬が寄って来ていた。
中には斥候や上級犬までいる。

「……やっべぇな…ハハ」

テクノは引きつる口を無理やり笑みの形に歪ませる。
こんなピンチは今まであったさ。そう思い、震える心を叱咤する。

「いいだろう、きやがれ! 全部ぶっ殺してやる!」

犬たちが一斉に飛びかかってくる。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

検索に賭けた時間は一分半。だがそれでも長過ぎた。

「テクノ! 呪いを解、く、には……………う、ああああ……」

画面には犬に群がられてぐちゃぐちゃと肉を貪られているテクノの姿があった。何歩歩いたのか、テクノの顔は初老に差し掛かっている。
テクノは鎧の回復力強化のお陰で未だに生きていた。だが、それは意味のない延命。痛みを長引かせるだけの拷問だった。

<痛いんだ……こ、殺してくれ……殺じ…ぐぎぴふhbぴうy…>

プツン。

『アバターのデータが消去されました。』

画面がブラックアウトし、無味乾燥なテロップが流れる。

「う、うぁああああああああああああああああああああああ!」

半身が失われたような感覚に鉄平は絶叫する。

彼はこのあと引きこもりになった。




「英雄物語」
またの名をトラウマ製造機と呼ばれる、史上稀に見るクソゲーである。





―――――――
現実でこんなゲームあったら100%発売禁止だね。

※イージー・ノーマルモードのクリア者が、強制的にハードモードに挑まなくてもいいことにしました。
ハードは完全にマゾの人のためってことで。




[28234] 魚人の隠れ里/退場
Name: 大豆◆c7e5d6e9 ID:2e564c12
Date: 2011/06/09 21:20
<九/魚人の隠れ里>




『新たな集落「魚人の隠れ里」を発見しました。名声ポイントを取得しました。「150」→「275」』





チュンはうつ伏せになっていた。びしょ濡れで、酷く疲れている。
水路からは解放されたようだ。首筋を、太陽の光が焼いていた。

ふと、背中を突かれるような感触がした。
混濁する意識の中で、低音過ぎて聞き取りにくい声が聞こえる。

「……人間のようだな」
「ほう、ならば久しぶりに踊りでも見るか。油に浸してケツに火をつけろ」
「ハハハ、まずは乾燥させんとな。その方がよく燃える」

ぼんやりと聞いていたが、そんな生易しいことが許される状況ではないことに気がついた。
目を開くと、今まさに彼の腕を縄で縛ろうとしている人が目に入る。他にも立っている影が二つ。

(いや、人間じゃない……!?)

良く見れば、手のひらや顔を覗いた部位がテラテラとした鱗におおわれた異形である。着ぐるみだとはとても思えないなめらかな動き。
彼らは鱗におおわれていない部位は薄青いが、髪は透き通るような銀色だった。
チュンは思わず叫んでいた。

「―――――は、放して!」

がむしゃらに腕をふるうと、腕に取りついていた異形の人は人形の如く弾き飛んだ。
そのまま壁にぶつかり、動かなくなる。

(――――――え!)

チュンは困惑した。感触が軽過ぎたのだ。
いや、彼の筋力がそこまで異常になっていたのか。

仲間を吹き飛ばされた途端、残り二人の雰囲気が変わる。彼らは叫びながら逃げ出した。

「人間だ! 敵が紛れ込んでいるぞ!」
「気をつけろ! 化物だ! 武器を持て!」

チュンは混乱しつつも、いくつかのワードを拾い上げる。
人間、敵、そして、鱗を持った青い人。

――――――――ここは魚人の街か!!!

昨日ケイが言っていた、三つの種族のうちの一つ。たしか人間とは仲が悪い。
今の状況はいかにも不味い。この雰囲気は明らかに歓迎されていない。咄嗟の行動とは言え、すでに相手を傷つけてしまった。

(に、逃げよう!)

焦りつつも、チュンは駆け出した。背には袋を背負ったままだが、銀のスコップは見当たらない。
探す時間がない。諦めるしかない。

チュンが居るのは池の様な場所だった。周りには、藁のようなもので作られた家が並んでいる。
水に潜って逃げるのは確実に無理だ。むしろ離れるべき。しかしどちらに逃げればいいのか分からない。

「はぁ…はぁ……!」

自分の呼吸音が耳に付く。
走れば、行く先々で悲鳴が上がる。子供と思しき魚人や、腰がひん曲った老体が、泡を食ったように家に飛び込む。
そして後ろからは斧や三つ叉の槍をもった魚人たちが追いかけてくる。
ドアの隙間から、窓の隙間から、家に逃げ込んだ者たちが暗い瞳でじぃっとチュンを観察している。
後ろからは悪意と殺意の大合唱だ。

――――殺せ!
――――殺せ!
――――里の位置を知られたぞ!
――――決して逃がすな!

チュンの足は決して速く無い。
瞬く間に、後ろの魚人たちとの距離が詰まる。
まずい。チュンは背負い袋の中に手を入れた。袋が重いのだ。中身を出せばもっと速く走れる。

「止まれ!」

誰かの声が聞こえる。構っている暇はない。
背の袋から瓦礫を取り出したところで、目の前から飛来する物に気が付く。
高速で飛来する矢だ。

(――――く!)

放っておけば肩に当たる。咄嗟に手に持った瓦礫で弾いたが、しかし弾けなかった。
矢は瓦礫を貫き、指の間に鏃が突き出た。
そして矢が忽然と消える。魔法の矢なのだろうか。

「チッ!」

右前方、屋根の上で、弓を持った魚人が顔を歪めている。服装、体型からして女だ。歴戦の戦士である様で、剥き出しの肩や足に縦横無尽に古傷が走っていた。
彼女は、次の矢を番えようとしている。
それに気がついた瞬間、チュンは叫びと共に、手に持つ瓦礫を投げつけていた。
走る最中でのオーバースロー。

「ぉぉあッッ!」

走る最中のことである。まともな狙いは付けられない。
しかし、チュンの怪力で投げられた顔ほどの大きさの塊は、魚人の弓手の立っている家にぶつかり、貫通する。
決して丈夫な作りでは無い藁づくりの家である。
衝撃で屋根が浮き上がり、足元が揺れ、弓手は転げ落ちた。
後ろからざわめく声。悲鳴も上がる。

(何か、大切にされている人なのか!?)

そう思考が頭をよぎった時、チュンはちょうど地面に転がる彼女の傍まで駆けてきていた。いや、彼の前に彼女が転がってきたと言うべきか。
もはや考える暇はない。チュンは自分の感性に従い、立ち上がろうとする彼女の首根っこを掴んだ。

「―――――!」

苦しそうに魚人の女性が喉元に片手を持っていき、後ろから追いかけていた魚人たちが驚き騒ぐ。
チュンは振り返り、片手で女性をぶら下げながら叫んだ。

「これ以上追いかけてくればこの人の首を折る!」
「ぐぅ……!」

驚愕する魚人たちを残し、チュンは後ろを向いて走った。
考えさせないことだ。打開策を思いつかれる前に、行動するのが肝要だ。
早く逃げよう、早く。
少し強く握って、頸動脈を閉めてしまったのだろう。気がつけば、手の中の女性は気絶しているようだった。


チュンの行動は、現実世界ならすぐれた判断だったのかもしれない。
しかしこの世界におけるアバターは英雄であることを求められる。
そして、英雄は人質なんかとらないのだ。



『「魚人の王女/炎の弓手アイリーン」を「人質」にとりました。魚人との関係が悪化します。魚人との関係が悪化します。魚人との関係が悪化します。魚人との関係が悪化します。魚人との関係が悪化します。魚人との関係が悪化します。魚人との関係が悪化します。魚人との関係が悪化します。魚人との関係が悪化します。魚人との関係が悪化します。魚人との関係が悪化します。魚人との関係はこれ以上悪化しません。「うっとうしい」→「存在が許せない」。名声ポイントを失いました。「275」→「-1725」』



なんだか大変なことになっているが、足を止めている暇はない。

魚人の居住区、と叫んでいたのは魚人の内の一人だったが、この集落の周りには城壁がないようだった。
人口が増えるかなんかして城壁から溢れた人を集める集落だったのではないかと、チュンは予想した。
チュンは水辺から離れるように離れるように逃げ続けた。
幸い、集落の外にはすぐ山があった。緑の深い山だ。

「あ、えーと、すいませんでしたー……」

山と平野の境界付近に、引きずって来ていた魚人女性を放り出し(名声ポイントは回復せず、関係も変わらなかった)、チュンは山へと踏み入った。

(なんかもう……散々だ……)

ステータス欄の名声ポイントを見るとマイナスの値である。
来月生き残るためには、あと少なくとも名声を1735ポイント稼がなくてはならない。
もはや笑うしかない状況だった。

「ハードモード過ぎる……」

チュンは体と精神の疲労でそのまま倒れてしまいたかったが、魚人の一人が発した「決して逃がすな」という声が脳裏にこびりついており、止まれなかった。
チュンは疲れた体に鞭打って、朝日を遮る暗い森の中を歩き続けた。

『スキル「逃亡者」を取得しました。』

うるさい。





しばらく歩いていると、目の前に文が出現した。

『アバター:チュンが気絶させて放置した「魚人サハグ」「魚人の王女/炎の弓手アイリーン」がゾンビになりました。ゾンビ化した魚人が暴れています。魚人との関係が悪化しました。しかし魚人との関係はこれ以上悪化しません。』

「あー、そう言えばゾンビになるんだっけ……」

ていうか王女までゾンビになるとか、この世界は容赦がない。
しかしすでにチュンがどうこうできる段階を通り過ぎている。チュンはゾンビうんたらを見なかったことにした。

チュンは歩き続ける。
地図が歩いた場所が描かれるファンタジー式で良かった。
そうでなければ途方に暮れていただろう。
現在チュンが居る場所は魔犬の森から西に30キロほど離れた場所である。周囲には山が切り立っており、唯一河だけが外と繋がっている。

現在いる場所は雷蹄山と言うらしい。
針葉樹が茂り、樹冠は緑豊かだが林床植生は殆どない、中身がスカスカな山である。
まるで手入れを放棄された日本の杉林のようだ。

チュンが木々の間をずんずん進んで行くと、激しい威嚇音が聞こえてきた。
見ると、子供の人影とそれを囲む複数の四足獣の姿が見えた。
子供は腰を抜かしており、獣たちは今にも飛びかかりそうである。

放っておこうか、とチュンは考える。彼は酷く疲れていた。
山賊を殺したんだし、いまさら子供の一人や二人助けても。そのような思考が頭を占めて行く。
しかし、彼の体は勝手に動いていた。ここで見捨てれば、気分良く眠れなくなるだろうと思ったのだ。
少女のためのようだが、結局は自分のためである。

「―――――――こっちをむけぇ!」

スリングショットはまだ照準が甘いので使うことは止めた。巻きこんで少女がパーン!したら後悔で胸が張り裂ける。
となれば、鹿の注意をひきつける必要がある。チュンは大声を上げながら走った。

3匹の四足獣がこちらを見る。
獣はシカだった。
日本で最近増えまくって、野畑や山を荒らす静かなる害獣シカである。サイズは小柄な日本鹿のサイズだ。
モンスターとなれば、草食だろうが肉食だろうが関係なく人を襲うようである。

―――ケーン。

チュンの姿を見て、一匹のシカが甲高い声を上げる。周りのシカも鳴き始める。

―――ケーン。
―――ケーン。

ざわり、と森が震え、鳴き声に呼ばれて次々とシカが姿を現し始めた。
どこにそんな数のシカが居たのか。まるで雷蹄山中のシカが集まって来たように思える。
暗い木々の合間から、無数のシカがチュンを見る。
その瞳に浮かんだモンスターの証、赤い虹彩に白い瞳孔が爛々と光を放っていた。

チラリと襲われそうになっていた子供の方を見る。魚人の少女だった。
魚人の思惑は知らないが、チュンは彼らに恨みはない。助けられるなら助けよう。
モンスターを引きつけつつ、少しずつ戦場を動かせばいい。

(なぁに、ボクなら出来るさ。多分。……出来ると良いなぁ)

チュンは背負い袋の中から山賊から奪取した刀を取り出す。

「よぉおおし、いくぞおらぁあああああああああ!」

両手に刀を持って、チュンはシカへと襲いかかった。




―――――――
魚人の鱗の部位は、スーパーサイヤ人4の赤毛が生えている部位とほぼ同じです。ちなみに耳はエルフ耳。





<十/退場>

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


『ちょっとちょっと、大変だよアタル!』
「んぁあ…?」

夜中の4時に携帯電話で起こされたアタルは寝ぼけたまま電話に出て、そしてケイの叫び声で脳を揺さぶられたような気分になった。

「ちょっと……まだ朝の4時なんですけど……一時間後にバイトがあるんですけど……」

バイトは休めない。このゲームを買うお金を母親に前借りしており、それを稼がなくてはならないからだ。

「一時間後に……かけ直して……」

そしてボクの目ざましになってくれ。

『アタル! 昨日二人の「英雄物語」同期させたじゃない? あれから声が送れないんだよ!』

ケイはアタルの言い分を全く聞く気がないようである。アタルは渋々彼女の言ったことについて考えた。
確かに寝る前に、二人のアバターの世界をリンクさせた。今も同じVR世界にアタルとケイのアバターは生活しているのだ。

「……声が送れないのは、マイクの故障じゃないの?」
『違う! 調べてみたんだけど、どうも「英雄物語」同士をリンクさせた時に時々起こるエラーらしくって……ああどうしよう! か弱い私のアバターが!』

決してケイはか弱くない。すなわちアバターもか弱くない。
そう思ったアタルだが、口には出さなかった。寝起きは結構ワイズマンなのだ。
その代わりに、気になっていることを聞いた。

「……それって、ボクの方も声が送れないってこと?」
『うん。そうだと思う。それにね、このエラーが起こっちゃったら、リンクさせた世界を切り離せないんだって! つまり企業側がパッチを作ってくれないと、私の声はアバターに届かないんだよ! ねぇ私はどうしたらいいかな!?』
「さ、さぁ……企業に文句を言ってらどうかな」
『た、確かにそうだね! アタルってば、時々賢いんだから! じゃあね!』

プツッ! ツーツーツー。

夜中に抗議の電話とか、迷惑ってレベルじゃないと思うけど。
まぁ台風は去った。ボクは寝よう。

アタルは寝て、一時間後に起床し、そしてアバターへ声が届かないことに気がついて愕然とした。
画面の中では、彼のアバターがシカのようなモンスター相手に、100対1くらいの戦いを仕掛けている。

ああ、後ろ! 後ろから来てる!お尻に角が刺さっちゃうよ!
しかし声は届かない。

これにて外の人たちの声は途切れ、アバター・チュンはしばらくの間支援なしで生き抜くことを余儀なくされた。
次に外の人の声がアバターに届くのは、随分と後のことになる。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





シカの攻撃は、突進である。
シカの体重は50キロほどだが、それが四方八方から砲弾のように飛んでくるのだ。捌こうと思うとかなりきつい。
チュンのステータスがタフネス型でなければすでにやられていただろう。
攻撃を捌く優先度は、木の枝のごとき角のついたオスのシカの方が高い。

「ふっ!」

ガキン!と角に叩きつけられるスコップ。
円月刀はとっくの昔に全部折れた。安物だったらしく、まるで役立たずである。
その点、鉄色のスコップは非常に良い。
どれだけぶちかましを受け止めても曲がる気配すらない。
柄も金属性なので、両手に渡して正面で突進を受けられる。

「よい、しょぉおお!」

スコップにぶつかって止まったシカの角を掴み、持ち上げる。シカの首に無理な力がかかって、グリゴキ! みたいな致命的な音が鳴った。

「おりゃああああああああ!」

そのままシカを振り回し、辺りのシカをなぎ払う。

ふははは! 近寄れるものなら近寄ってみろ!

段々テンションが上がってきたチュンだったが、彼は全方位を見渡せるわけではない。
死角は当然の様に存在し、一匹のシカがその隙を突いた。ケーン! ブスリ。
お尻に角が突き刺さり、チュンの顔が苦痛にゆがむ。

「ぐぐぐ!」

チュンはスコップを背負い袋に放り込み、空いた手でケツに突き刺さっている角を掴む。
そして尻たぶから角を引きぬいた。無理な動きに、鹿の頸椎が捻じられる。ゴキュ!
チュンは両手のシカを掲げ、ここにシカ二刀流が誕生した。攻撃方法は叩きつけるだけである。

「ふんぬ!」

ぶぉんぶぉん。台風のごときその舞は、角が根元で折れて死体が飛んで行きやしないかハラハラさせる物ではあったが、シカたちは順調に巻き込まれ続け、いつの間にか辺りには鹿の死体が死屍累々であった。
すでにこの男の怪力は、下級モンスターごときが群がっても問題としないほどになっていたのだ。
この戦いで撃破した鹿の数は、のべ62匹にも登っている。ちなみに全て下級鹿♀と下級鹿♂だった。
チュンのレベルは2つ上がって6になっている。

魚人の子供はしっかりと逃げたようだった。

「ふぅ…ふぅ…」
「ィ゛ィ゛ィ゛………!」
「し、真打ちの登場ってやつかな……?」

そしてそんなチュンの前に、一匹の牡鹿が姿を現す。
真っ黒の毛皮に身を包む、身の丈3メートルはあろうかという巨大な体躯。
偶蹄類最大級のヘラジカの成体と同等の大きさの日本鹿である。
毛皮からは濃い血の匂いが振りまかれ、その目には炯々と殺意が宿っていた。
憤怒に形相を歪めた牡鹿は大きく空気を震わせるように嘶くと、その桂の樹のごとき広がりを見せる立派な角を水平にかまえ、地面を軽やかに蹴り、チュンへと突進してくる。

何だ突進か、とチュンが警戒を緩めたその時、牡鹿の体から溢れんばかりの放電が始まった。
金色になった鹿から四方八方にまき散らされる電流は、触れるだけで樹の幹を抉り飛ばし、地面を爆ぜさせる。

(え、えぇぇぇぇぇぇ! これどうやって戦えば……!)

触れればチュンとて無事では済まないだろう。
とりあえず鹿を投げつけてみた。

「だぁ!」

首が曲がった鹿の死体はかなりの勢いで飛んで行ったが、電流を纏う牡鹿に触れて、バシュッ! と簡単に消し飛んだ。
牡鹿との距離、あと10メートル。ほんの一息の距離である。

「へ、ヘカトンケイル!」

ポーン!『精神力が以下略です!』

く、くそぉ! 機械音声が馬鹿にしてくるんですけど!
魔力を犠牲に呼ぶか!? だめだ、鹿はまだ残ってる! 気絶してしまう可能性があるあの召喚はできない!
他の手を考えるんだ!

とりあえずもう片方の手に持っていた鹿も投げ、背負い袋の中から瓦礫を掴みだしてこれも投げつける。
二つとも欠片も役に立たなかったが、それらが牡鹿の視界を遮っている内にチュンは突進の範囲からギリギリで逃げ出した。

牡鹿は5メートルほど通り過ぎたところで停止し、首を巡らせチュンの姿を探している。
隙はあるが、電流のせいで近づくこともできない。

(どうすればいい!? どうすれば……!)

遠距離攻撃は!? だめだ、弾が消されてしまう!
じゃあ、なにか消せない物を……

「―――――コレか!」

背負い袋は手を突っ込めば欲しい物が手に収まる便利な仕様だ。無理な姿勢でも手が突っ込めれば欲しい物が取り出せる。
両手を頭の後ろに回し、袋から取り出したのは、スリングショットとスコップである。

(スコップの耐久性に賭けるッ!)

素早くゴム紐にスコップの尻を引っかけ、渾身の力で引いた。

「ぬぁあああああああああ!」

ギシギシと軋むのは、引き延ばされたゴム紐だけではない。限界を超えて酷使されている体が悲鳴を上げた。
チュンの雄叫びに牡鹿の瞳がこちらを探し当て、その逞しい足が地面を蹴った。
軽やかな跳躍。
一トンを超える体躯が高々と宙を舞う。チュンと牡鹿の間にあった距離は即座に無くなる。

「ィ゛ィ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛……!」

電流が辺りを無差別に焼き払い消し飛ばす。その光景、まるで太陽が落ちてくるようだ。
だが、その時すでにチュンは限界まで引いたスリングショットを放っていた。

限界まで引き絞られた時、スリングショットがまばゆく輝いた。
弾として据えられたスコップが白熱し、驚いたチュンの指から解き放たれる。
少々狙いがずれようと、目の前に迫った巨躯から外れるはずもない。
白熱したスコップが一直線に、金色の鹿へと飛び、膨大な電流と衝突する。

―――――――い、行け! 行けぇ! 貫けえッ!

まるでチュンの願いが、スコップを進ませたようだった。
白熱したスコップは牡鹿の喉元に突き刺さり、貫通し、滞空する牡鹿の巨体を押し返した。
地面に落下した牡鹿は、目に殺意を湛えて立ち上がろうとした。
だが、強力なモンスターであろうともその喉元に貫通した異物は致命傷である。
やがて足を折り、牡鹿は倒れた。
それを見て、チュンは詰めていた息をようやく吐き出すことが出来たのだった。

「……はぁ」

へたり込むチュンの前に、牡鹿の顔から、二つの瞳が転げ出す。
瞳は、まるで鋼のごとき堅さとガラスのごとき透明さを併せ持っていた。
「巨鹿の雷眼」なるそれらを拾い上げたチュンの前にファンファーレと共に文が出現した。



『上級鹿「雷サーバス」を撃破しました。』
『名声ポイントを取得しました。低レベル撃破により入手ポイント75%増加。「-1725」→「-1550」。レベルが上がりました。レベルが上がりました。ステータス上限が……』


倒したのはボスでは無かった。上級鹿である。

(ボスじゃない……ボスはこれよりも強いのか……!?)

直後、戦慄に身を震わせるチュンをさらに大きな振動が襲う。
ズシン、と雷蹄山が震える音。
それは足音だった。

群れの殆どを倒されたボスがその姿をついに現したのだった。
バキバキと木々を押し退け、小山ような巨体が近づいてくる。直感で理解した。ボスだ。

―――――ヴォオオオオオオオオオオ!

ボスが嘶き、響き渡る重低音がチュンを総毛立たせた。
どうやら、戦いはまだ終わりではない。むしろこれからが本番のようだった。


『経験を積み、スキルが向上しました。「パチンカー」→「スリングシューター」』







チュン(18歳 ♂)
レベル8
召喚獣:Hecatoncheir
身体能力(398/540)
体力:88 ……23 up!
筋力:152 ……42 up!
敏捷:21 ……8 up!
器用:63 ……21 up!
魔力:17 ……7 up!
感覚:57 ……20 up!

所持銀:280円
モンスター撃破数:69
名声:-1550/10
グランドクエスト進行率0%

○スキル(10/13)
ネガティブガード
性欲ガード
排泄ガード
ドリル男(2枠)
牛乳大好き
グロ耐性
逃亡者 ………逃げ続ける状態が普通になる。精神状態安定。
スリングシューター ………認めてやるよ、スリングショットだってなぁ! ちょっとぐらい外れていても勝手に当たるようになります。(2枠必要)






――――――――
読んでくださってありがとう。明日も投稿します。21時くらい。




[28234] 雷蹄山のボス/魚人のゾンビ ※スキル欄修正
Name: 大豆◆c7e5d6e9 ID:2e564c12
Date: 2011/06/11 19:59
<11/雷蹄山のボス>

モンスターのランクについて。
モンスターのランクについては基本的に以下の通りである。

「下級」<「上級」<「特級」<「ボス」

間に「斥候」や「切り込み隊」などが挟まることもある。ユニークは、一ランク上のモンスターとほぼ同等。


レベルについて。
レベルは強さの限界と同義である。ステータスの上限は(レベル+1)×60である。つまりそのレベルにおいて限界まで身体能力を上げればステータス平均は(レベル+1)×10になる。

「英雄物語」ではモンスターを倒すことでしかレベルが上がることはない。
ハードモードでは自分と同等のレベルのモンスターであれば2体。一つ下のモンスターであれば8体。二つ下であれば32体のモンスターを倒さねばレベルは上がらない。
自分と同等以上のモンスターを倒さなければレベルアップは難しいのだ。
だが、どれほど強いモンスターを倒しても一度に上がるレベルは二つまで。
成長は一足飛びには成し得ない。まぐれでの勝利は自分の首を絞めるだろう。

しかし強敵に挑むメリットがないわけではない。
苦境の中でこそ得られる経験があり、スキルがある。
そして何より、アバター達の目的である名声ポイントにボーナスが発生する。
主に上級以上のモンスターを倒すことで入手できる名声ポイントは、自分と敵との間に二つ以上のレベル差がある時、割合で増加する。

二つ離れていれば25%、四つ離れていれば50%、最大で200%まで。

雷蹄山のボスのレベルは15。ステータス平均が160の怪物で、撃破時の名声ポイントは300ポイント。
だが、もし倒すことが出来たなら。
レベル8のチュンは75%増しの、525ポイントの名声ポイントを得ることが出来るのだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――――――ヴォォオオオオオオオオオオオオオオオオ!


ボスが姿を現した。姿はこれまでの鹿とは異なりヘラジカのものである。
その高さ、二階建ての家屋ほどもあり、彼の者が放つ息吹は吹き下ろしの風のようだ。
この山の名は雷蹄山。その頂点に君臨するボスもまた、雷を身に纏う超常たる生物だ。
巨大なヘラジカが息を吐けば、その吐息は紫電を散らす。
蹄は輝く金色で覆われており、一歩踏み出すごとに雷が地面を放射状に走った。

巨大過ぎる鹿にしばし呆然としていたチュンは、彼の者が纏う紫電によって弾け飛ぶ枝々の熱気を頬に受け、慌てて気を取り直した。

傍らに落ちる上級鹿の死体には、スコップが刺さったままであり、その頭が背中から突き出ていた。
チュンはそれを抜こうとして、手に持っていた上級鹿の目玉に気付く。
慌てながらズボンにねじ込み、死体からスコップを素早く抜きとった。

スコップは白くなるほどの熱を与えられたと言うのに、歪んですらいなかった。

(ま、まだ戦える!)

巨大な鹿は決して素早くはなかったが、その歩幅が尋常では無く、決して逃げ切れそうもない。
だが自分にはスコップがあり、スリングショットがあり、何よりまだ動く体があった。
悲観することはない。

――――――――ぞくり。

「!?」

悪寒と共に、風がチュンの周囲で渦巻いた。
異常を感じて顔を上げれば、巨大な鹿が膨大な量の息を吸いこんでいる。辺り中の木々がざわざわと不安げに凪いだ。

バリバリと蹄から螺旋状に稲妻が駆けあがり、コォ、とヘラジカの口腔内に光が灯る。口の端から漏れ出る紫電。

まさか、雷を吐き出すつもりか。

(まずい!)

どれだけの範囲が雷に焼かれるのか、チュンにはとても予測できない。
チュンの足は速くないのだ。とても逃げられるとは思えない。
発射される前に、止めるしかなかった。

チュンは即座に動いた。
左手に持ったスリングショットにスコップを番える。
上級鹿にも通じたのだ。きっとボスにも。

「おおおッ!!!」

ギュイ、とゴム紐が軋む。
限界まで引かれ、スコップが白熱する。
熱さをチュンの手に残し、スコップは撃ちだされた。

それはボスが雷の奔流を吐き出すのとほぼ同時であった。

竜の如くうねる稲妻と白い流星の如きスコップが衝突する。
耳朶を打つ破裂音が響き、そしてスコップは無残に溶けた。ジュッと。

(は?)

些かも勢いを減らさずに、雷の奔流が呆然となるチュンを襲う。直撃の瞬間、彼の周囲で音が弾けた。

「……………あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!」

瞼の裏まで焼かれるような猛烈な痛み。
チュンは己の叫び声が音になっているかも分からない。
チュンの足元が爆発し、木の葉のように飛ばされる。
彼は前後不覚に陥って、土の上を転げ回った。
筋肉がてんでバラバラに収縮しようとして、胎児の如く勝手に体が丸まった。

しかし、まだチュンに意識はあった。
否、痛みで意識を失えないような激痛だったのだ。
左手のスリングショットが赤熱し、左手の皮膚と癒着している。
震える口が自らの口腔内を噛み千切り、血液が味のしない舌の上でどろりと存在を主張していた。

膨大な電流は彼の周囲を完全な焦土に変えていた。幹を消し飛ばされた大木が、悲鳴のような音を立てながら地面へと崩れ落ちる。何本も何本も。
朦々と土が舞い上がり、巨鹿が踏み出した蹄の巻き起こす風によって吹き飛ばされていく。

(体が、痺れて……)

電流が神経を痺れさせ、まるで動かない。
チュンは悔しさに右手を握りしめた。
ここで終わるのか。こんな理不尽の連続で。

(いや待て…)

――――――右手が動かせている?

いや、右手だけではない。意識を向ければ体の右半身は、殆ど痺れていなかった。
そして最も痺れていないのが、右の腰。
そこには、ズボンの右ポケットには、二つの球がしまってある。
触れてみれば、右手に纏わりついていた静電気が消え去った。
「巨鹿の雷眼」。
先ほど拾ったばかりのそれが、彼を感電死より救ったのだ。

(この眼球……)

取り出した眼球はガラスの様な外殻の中央で雷が輝いていた。

目玉のお陰で命を繋げたが、どうやらこれ以上は永らえそうにない。
足が震えて、立てそうもないのだ。どうやって戦えばいいのだ。
一か八か、召喚獣を呼ぶか? いや、距離が離れ過ぎている。一瞬しか召喚できない自分では……。
もう、さすがに無理か。

半分諦めて、何気なく眼球を見ていたチュンは気がついた。

―――――――この目玉、光が強くなっている?

(まさか雷を吸うほど光が……)

推測を重ねようとするチュンの前に、文が出現する。それはチュンの希望となった。

『魔法のアイテムを観察し、機能を推察したことにより、スキル「観察者」を習得しました。』

その文を理解するのに1秒かかった。

―――――鑑定スキル!

チュンの頭に、眼球の情報が流れ込んでくる。

『「巨鹿の雷眼」:電流を一時的に保持する魔眼。電流量が飽和すると爆発するので取り扱いに注意が必要。』

爆発! こいつは、爆発するのか!

(――――――――いけるッ!)

むしろこれで何とかするしか、生き残る道は見えなかった。
巨鹿がその紫電を纏った蹄でチュンを踏みつぶそうと迫っている。
ズシンズシンと彼をすりつぶそうと蹄が近づく。

―――――ヴォォオオオ……!

体の中で動かせるところはどこか、チュンは探る。焦ってはいけない。生き残るために。
動いたのは、眼球の近くにあった右手、眼球の下にあった右足。それだけ。

考えている時間はない。動く右手で、左手に癒着していたスリングショットを引き剥がし、地面へと突き刺した。
それを右足で固定する。
ゴム紐に雷鹿の眼球を据え、右手一本で雄叫びを上げつつ引き絞る。
死地に置いて、それは流れるような動作で行われた。透明な眼球の内部で、雷が揺らめく。

ミシミシと。ギシギシと。
引き延ばされたゴム紐と、体中が軋む。肩の腱が、指の筋が、猛烈な痛みを発した。
だが痛みはむしろちょうどいい。痺れた体が目を覚ます。

「――――――――ぉおおおおおおおおおおおおおおッ!」

限界まで引き絞られ、スリングショットの特殊効果が発動し、チュンの手の中で眼球が白く白熱した。
熱がチュンの指の皮膚を溶かし、雷鹿の眼球が弾丸のように飛び出していく。


(一つとは言わない………二つ持っていけ!)


二つの物を正確に飛ばせるほどチュンはスリングショットの扱いに卓越している訳ではない。
事実、二つの弾丸は左右に分かれて飛んで行く。当たりそうもない位置へ。

しかし彼のスキルが、物理法則を捻じ曲げた。
スキルの効果で二つの眼球には回転が「かかっていた」ことになる。
二つは湾曲した線を描きつつ、巨大な鹿の眼球へとまっしぐらに向かっていく。
そして巨鹿の発する電流に触れた。

カッ―――! チュンの網膜を光が焼く。

鉄色のスコップを瞬時に消し飛ばした電流だ。
たとえ電流を保持することに特化した眼球と言えども、即座に容量が満タンとなり、過剰に注ぎ込まれた電流によって、内部に雷をとどめていた圧力が暴走する。

爆発、などという代物では無かった。周囲を巻き込んだ圧縮消滅だ。

その恐ろしき威力。
直径3メートルほどの死の領域が、巨鹿の頭蓋を両側から削り取る。
直後まばゆい光と共に、爆発し、巨大な鹿の首から上が吹き飛んだ。
立派な角を持った頭蓋は地面に落ち、残った首から、どぅ、と血液が噴き上がった。

滝のように赤い血を落とし、そして巨大な鹿は巨木が倒れるようにゆっくりと、その身を横たえた。
巨体の横臥によって巻き起こる風に吹き転がされ、激痛にチュンは意識を手放した。

周りの下級鹿は電流で消し済みになっている。
少しだけなら問題はない。




『雷蹄山のボスを撃破しました。名声ポイントを入手しました。低レベル撃破により入手ポイント75%増加。「-1550」→「-1025」。レベルが上がりました。レベルが上がりました。ステータス上限が――――』

『スキル「気絶する人」を取得しました。』








<12/魚人のゾンビ>


鹿の群れからほうほうの体で逃げ出した魚人の少女テルは、おさげの髪を跳ねさせながら里へと急いでいた。
人間が大嫌いな彼女だが、人間(チュン)に助けてもらったことにより、少しは認めてあげてもいいかしら、と高飛車なお嬢様風に態度を軟化させていた。

雷蹄山――――魚人たちは鹿の山と呼んでいるがあそこには、ケガに良く効く薬草が生えているのだ。
それを採取したところで鹿に見つかってしまった。

あの人間、自分に注意を引きつけるように戦っていた。
かなり強い様子ではあったが、山の鹿を全て相手取れるとは思えない。
だから、集落の魚人たちを説得し、援護に出てもらおうと考えていた。
その前に、勝手に山へ行ったことに怒られるだろうが、まぁそれは甘んじて受けよう。
それよりも、命の恩人を見捨てることになる方が嫌だった。

もうそろそろ集落へ着く、というところで前方が騒がしいことに気が付く。

「……?」

一人の暴れる魚人を、複数人で抑えつけようとしているようだった。
抑えつけられ、激しく抵抗している武器を持った人物に、テルは見覚えがあった。
隠れ里のまとめ役である、王女だ。

「―――――姫様!」
「テル!?」
「なんでここに!」

テルが叫んだ時、王女を押さえつけている男たちの意識がこちらに向き、そして王女はその隙に男たちの拘束を抜け出した。
王女は彼女愛用の弓持ったままテルの方へと駆けてくる。

「え? ……え?」
「ゲゲゲ」

その醜悪な声を聞いて、姫では無い、とテルは思った。
顔面が腐り落ち、腐敗臭をまき散らすこのゾンビは決して姫様などでは無い。
そう信じたかった。

王女のゾンビは生前の倍もの脚力で一足飛びに駆け、テルを弾き飛ばして山の中に消えた。
テルは樹へしたたかに背を打ちつけ、気絶する。
しかし、彼女はゾンビになることはないだろう。
ゾンビになる原因はアバターが振りまくウイルスで、それは空気中では長く生きられないのだから。

ゾンビは自らを作ったアバターを、その魔力の反応を頼りに追いかける。
どれだけ離れていても何日かかっても。
ゾンビにとって、親は一番の御馳走なのだ。底なしの空腹を忘れて走るほどに。









スキル「気絶する人」は何回も気絶していたら手に入るスキルで、気絶している時間を半減させる効果がある。
それは取りも直さず、気絶中の回復速度が上がると言うことを意味している。

チュンの意識が戻った時、時間はそれほど経っていなかった。太陽の位置からして10時頃。
だがスキルの効果で体はなんとか動くようになっていた。
が、そんなことは殆ど自覚できなかった。

至近距離で、今まさに自分に放たれようとする弓矢を見たからである。
仰向けに寝転ぶ眉間の上10㎝の矢は、魔力で編まれた物なのだろう、炎で作られており、陽炎で空気が揺らいでいる。
チュンの前髪が熱気で焦げた。

「っ!?」

チュンは転がり、放たれた矢を回避する。頭があった場所に矢は突き刺さり、20㎝ほどの穴を作り上げた。
数瞬遅れて、穴の底から炎が噴き上がる。地面が高温で熱され、ガラスのようになっていた。

「ゲギャギャギャギャギャ!」

矢を放ったのは魚人のゾンビである。見覚えがあった。確か、王女。
顔面の半分が腐り落ちてはいるが、近くで見ればその魚人は美しい顔をしていた。
ゾンビであるのが勿体ない、そう思わせる顔だ。
彼女は御馳走を前に心底嬉しそうに笑い、手に5本の炎の矢を出現させると、弓に番えて一斉に放った。

(くッ……!)

矢が着弾し、次々に地面がえぐり取られる。体が本調子でない今、避けるのがかなり難しい。
ゾンビになると強くなるとケイが言っていたが、それだけではないだろう。
恐らく、集落で放ってきた矢は手加減がされていたのではないか。少なくとも、狙いが急所では無かったし、矢も燃えてはいなかったのだから。

(どうする!? 倒すか!?)

最早それ以外に道はないように思われた。
辺りは鹿ボスの雷ブレスで遮蔽物が消えており、あるのは巨大な鹿の死体のみ。
背を向けて逃げるにはあまりにも条件が厳しかった。
それより、遠距離攻撃の使い手がこれほど近くに居てくれるのだ。逆にチャンスではないだろうか。
スリングショットを使えば、恐らく勝てる。

しかしチュンの中には迷いがある。
女の人を殺すのはどうもなぁ、という軟弱な思考である。
これがさっき「火あぶりにしようぜ!」と言っていた男であれば、問答無用で殺していたかもしれない。

(女だからと情けをかけるのか。それにもう、山賊を殺したではないか。今さら魚人の一人や二人。心を決めろ)
(何か直す手段が見つかるかもしれないじゃない。美人だし!)
(見つからないかも知れない。それに、見ろ。美人だからこそゾンビになどなって誰が生きたい。殺してやれ)

「ゲギャギャギャ!」

魚人の姫は嬉しそうに笑い、しかし残り半分になった美しい顔を、とめどなく涙が伝っていた。
笑う声に混じって、悲痛な絶叫が聞こえるようだった。

悲しいのだろうか。
腐れていく体が、勝手に動く体が、悔しいのだろうか。
それとも、戦士としての矜持が怪物に落ちた自分を嘆いているのだろうか。
覆う個所の少ない服を着ている彼女の体には、無数の古傷が見てとれるのだ。
王女とは思えぬほどに過酷な修練を積んできたのだと、チュンにも分かる。

故意ではないとはいえ、己のやった罪を責められているようだ。
罪悪感にチュンは唇をかむ。
口の中に血の味が広がって―――――――――待て。

考えろ、思い出せ。今何か重要なことに触れた!


(何が引っ掛かった? 血? 血の味…………そうだ! 石板に書いてあった―――確か血液と、唾液!)

――――――アバター以外に効く、万能薬の作り方である。


チュンにもう迷いはなかった。
救うことが出来るなら、救おうではないか。
ダメならダメでまた考えよう。




「うぉおおおおおおおッ!」

チュンは一直線に魚人へと走った。
頭を手で覆い、ひたすらに走る。
上手く隙を窺って近寄るには、チュンの足では遅く、そして王女の狙いが正確で、また連射速度が速過ぎた。

走るチュンに炎の矢が次々と突き刺さる。腕に腿に腹に、焼けつく鏃が肉に食い込み、小さく爆発する。
肉がえぐれ、その形で炭化する。皮膚がひきつり、涙が出る。

だがついに捕まえた。ゾンビになって知能の失せた弓手など、おそるるに足らず。
王女の剥き出しの肩に手をかける。と、同時にチュンの横腹を衝撃が襲った。

――――バチィ!

「ぐぅ……ッ!」

蹴りだ。鞭のように鋭い蹴りで肋骨が軋み、チュンの体が浮き上がる。
だが、手は決して放さなかった。腐れて柔らかくなっている王女の肩に、チュンの指が食い込む。

「GAAAA!」

掴みかかってくる王女の手を受け止め、足を払って転ばせる。
力はこちらの方がかなり上だ。器用さでゾンビに負けるはずもない。王女ゾンビはたやすく転ぶ。
両方の手首を押さえつけ、王女の頭上に押しつけた。
自分よりも背の高い彼女にのしかかる様に拘束し、そして己の口の中を噛み切り、血と唾液を混ぜ合わす。
口の中に生じた万能薬を飲まそうとして――――――どうやって飲ませるのかと悩んだ。

上から垂らして? このゾンビめちゃめちゃ暴れるから無理。

「ギャギャギャ!」
「く、口づけか……」

何となく、こういうことはケイと最初にするものだと思っていた。
二人の関係は男女の物では無く、友達、いやむしろ親友と言うべきものだったが、そういう暗黙の了解があった気がするのだ。
だが、もはやケイと共に学校生活を満喫する生活は戻ってこない。チュンの生きる世界はここになったのだ。

チュンは首を振って未練を追い出すと、何とかチュンに噛みつこうと首を伸ばして歯をガチガチ打ち合わせる王女を見た。
左の顔面の皮膚がただれ落ち、肉と骨が露出している。片目は既にこぼれおちており、空虚な眼窩がチュンを見ていた。
グズグズとふやける肉からは腐敗臭。しかし残った半分の顔には、涙を流す翡翠色の瞳があった。

「……勝手に口づけして、ごめん」

もう一度、頬の内側を噛み切った。
口腔内にどろりと血が溢れだす。口の中の異物に唾液腺が反応し、唾液が分泌される。
混ざり合った二つの液体が、淡い光を発し始める。
チュンは王女の頭を押さえつけ、淡く輝く液体を彼女の口腔に流し込んだ。
唇が触れ合い、ぐじゅると緩む。鼻孔を腐敗臭が満たした。
万能薬は、チュンが流し込むどころか向こうが吸い込む勢いである。そうかそうか、そんなに旨いか、たんと飲めぃ。
調子に乗って万能薬を飲ませていて、彼女に唇を噛み千切られたのは余談である。

「―――――あああっ!」

一拍置いて魚人の王女の体が跳ねた。
叫んだ声は、先ほどまでの醜悪な物とは違い、低音の艶やかなものであった。
シュウシュウと煙が上がり、王女の体が復元していく。顔の筋肉が盛り上がり、皮膚が瞬く間に再生する。

(どうやら、上手くいった…かな?)

チュンは安堵の息をもらす。王女の体が淡く輝き、彼女の古傷さえも消えていた。
醜く剥がれていた鱗が生え、日を照り返して虹色に光る。
万能薬にも程があると思ったが、こういう都合の良いことなら大歓迎である。

王女の短めの髪を優しく梳いて、顔にかかった髪の毛を払う。やはり、美しい人だ。
しばらく見てから、チュンは立ち上がった。
山の麓から、声が聞こえてくるのだ。
王女が入りこんだ山の捜索を行っているのだろう。
ここに留まるのは賢くない。

(そういえばもう一人ゾンビが居たか。)

治し方が分かったとはいえ、もう一人の魚人のゾンビは、明らかにこっちを殺す気満々だったので山狩りを突破してまで治しに行きたくない。
まぁとりあえず、万能薬を作って置いておこう。魚人との関係が回復するかもしれないし。

「んんん……ペッ!」

廃都市で入手した瓶を取り出し、口の中に残っていた万能薬を吐き出す。自分でも思う。キタネェ!
しかし吐き出した液体は淡く輝く緑の液体であった。ちょっと怖くなる。
ぺっぺぺっぺと200mlは吐き出してから板で蓋をして、廃都市で拾ってきていた布に文字を書き、挟んでおく。

『ゾンビの人に飲ます薬』

さぁ、やるだけはやった。
チュンはもう一度王女を見た。
王女は眠っている。その顔は、彫刻のように美しい。

(治せてよかった)

少なくとも、治さないよりは自分を好きになれそうだ。
チュンはかぶりを振り、その場を立ち去った。











チュン(18歳 ♂)
レベル10
召喚獣:Hecatoncheir
身体能力(457/660)
体力:96 ……8 up!
筋力:167 ……15 up!
敏捷:27 ……6 up!
器用:73 ……10 up!
魔力:26 ……9 up!
感覚:68 ……11 up!

所持銀:280円
モンスター撃破数:70
名声:-1025/10
グランドクエスト進行率0%

○友好度
魚人「存在が許せない」

○スキル(12/15)
ネガティブガード
性欲ガード
排泄ガード
ドリル男(2)
牛乳大好き
グロ耐性
逃亡者
スリングシューター(2)
気絶する人
観察者 ………良く観察すれば、時々情報を取得できる。魔法アイテムだと情報を受け取れる可能性が高くなる。



―――――――
初キッスは腐った魚人の香り。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。
明日も更新です。21時くらいに。よければぜひ。



[28234] 合流への布石/賞金首 ※ここから修正
Name: 大豆◆c7e5d6e9 ID:2e564c12
Date: 2011/11/20 12:19
修正点:ケイ以外のアバターの参加をなくしました。


<13/合流への布石>

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

今日は休日である。
新聞配達先でおばちゃんの世間話に巻き込まれ、家に帰って来るころには朝の10時になろうとしていた。
そして画面の中では、自分のアバターが訳の分からないことになっている。

「ひぃぃ………ぞ、ゾンビと接吻しておる…………!」

アタルはカタカタと顎を震わせていたが、画面の中でゾンビが元に戻るのを見て頭をひねる。

「訳が分からない……」

本人聞けたら楽なのだが、今は中のアバターと声を交わすことができない。

とりあえず過去ログを見よう。
全くボクのアバターは本当に飽きさせないぜ! とパソコンの前に座った時、携帯電話が鳴った。

表示されている名は、アタルにこのゲームを進めてきた張本人だ。

「もしもし?」
『アタル?』
「ケイ」

ケイのアバターも同じゲームを同難易度でしており、昨日リンクさせ、そしてエラーでバグって外からアバターに声が届かなくなったのだ。
その件でケイは今朝、企業の人に文句の電話をかけると言っていたはずである。

『早速電話してみたんだけどね、声は届かなくても別の方法があるから修正パッチができるまでそれで我慢してほしいって言ってきたんだよ』
「ははぁ、確か拡張パックだっけ。映像まで送れる奴でしょ。でも高くなかったっけ?」

確か税込27000円。高すぎる。

『ふふん、このケイさんを誰だと思ってるの!?』
「え、ケイじゃないの? 割と暴虐気味の女の子だとばかり」
『後で覚えておいてね? そうじゃなくて、私は値切りが得意なの』

そう言えばそうかもしれない。八百屋さんはケイが来ると露骨にいやな顔をするのだ。

『だから、モニターとして逆にお金がもらえることになりました』
「すげぇ!」

やり過ぎである。クレーム担当の人を泣かせてるかもしれない。

『でしょ。褒めて褒めて』
「わー凄い美人!可愛い! 天才! 貧乳!」
『ありがと! この気持ちを殴りつけるようにぶつけたいから、今チュンの家に行くね☆』
「ち、違うんだ! 日頃からの思いがつい……切れてる…」

ツー、ツー、ツー、となる電話を切って、チュンは立ち上がった。
財布を手に取り、キリッとした顔で部屋を出る。

「今日は、なんだか無性に遠出したい気分っ! 隣町とかが僕を呼んでいるね!」

いざ駆けだそうとしたチュンに階下から母の声が聞こえる。

――――あたるー、ケイちゃんが来てるわよー

「なんだと…」


詰んだ。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





チュンは王女のゾンビ化を解除して山を越え、魚人の隠れ里とは反対の場所に出た。
その足取りは、亀よりも遅い。歩くたびにHPが減る、過重状態であった。

「ぬぐぐ……そろそろ……いいかな……」

背負い袋を地面に落とす。
ドガァ!と地面にめり込む背負い袋。
そして中から、重さの原因である死体を引きずり出した。
あの巨大なボス鹿の死体である。
実はキッチリ持ってきていたチュンであった。

「いやぁ重かった…ふぅ……。」

ここに来るまでで滝汗である。上着なんて着てられッかー! とすでに半裸だ。

さて解体ですよ解体。
廃都市で回収していた中には、何本か刃物もある。
戦いにはとても使えないが、剥ぎ取りに使う分には十分だった。
ボスの体を切り裂いて行く。
上級鹿と同じく目玉が特別な魔法具だったのかもしれないが、攻撃によって脳みそごと抉り取られているので、首から上には用がない。

狙いは心臓である。

しかし死体の大きさが大きさだ。辿り着くまでがたいへんである。
分厚い脂肪と硬い筋肉を幾本もナイフをダメにしつつ切り裂いて行く。
もう何度目になるか分からないが、チュンは血まみれになりながら、汗をかきつつ作業した。
息をすると同時に血を飲んで、腹がへったら顔の横の生肉を食いちぎった。


『スキル「血液好き」を取得しました。血液を飲めば喉が潤うようになりましたよ』
「じ、地味にスゴイし!」

塩分濃度どこ行った!
便利なスキルを手に入れて、しっかりと喉を潤しながら肉を切り裂き続け、ついに心臓へと辿り着いた。

「これは……?」

心臓は思ったよりも小さく、そしてそれよりも目を奪われる物がすぐ近くにあった。
握りこぶしほどの小さな金色の玉の周囲を、黒い帯が土星の輪の如く回っていた。帯は良く見れば梵字のようだ。
それが全部で8本あり、回転軸を回転させながらも、クルクルと回り続けている。

チュンが手を触れると梵字の帯はバチリ、と彼の手を感電させた後、木っ端みじんに崩れて行く。
それを8回繰り返すと、残ったのは中央で浮いていた金色の玉だけであった。

(綺麗だ)

金色は、透き通った水晶の中で電流が高速で回転しているためだった。
スキル「観察者」によって情報が頭に流れ込む。



『「雷蹄鹿の核」: 各蹄にある4つの魔力ユニットを統括していたコア。雷を無限に吸いこみ、衝撃に応じて放出する。』



魔力ユニットなる物があるのか。チュンは急いで蹄の方へと移動した。
すると、鹿は既に息絶えたと言うのに蹄はパチパチと電流を飛ばしている。

一抱えもある巨大な蹄は、とても手持ちの物では壊せそうもない。
スリングショットの柄を打ちつけてみたがビクともしなかった。

仕方がないので足の骨を筋力に任せてへし折り、足の先を背負い袋の中に放り込む。
いつかはクソ堅いハンマーかなんかで壊せる日も来るだろう。もしくは鋼の肉体を手に入れて叩き割ってやる。
幸い、蹄は腐らない。
引っ付いていた肉片が腐るかもしれないし、とても重いが(絶対に一つ100キロくらいある)、放り出すのは惜しいので持っていくのだ。

しかし背負って見ると、その重さに膝が震える。踏み出そうとする脚先が、ず、と数ミリ凹んだ。
だが、これならまだなんとか動ける。

「さっきの死体に比べたらむしろ軽いね…!」

いつの間にチュンは400キロ超の荷物を背負って普通に歩けるように成っていたのである。
たった三日で恐ろしい進歩だ。


『スキル「枷を負う者」を取得しました。』








子泣き爺を背負ったような足取りで、チュンは歩く。袋の底を後ろ手に支え、肩には布を敷いているが、それでも肩に食い込む紐が痛い。
現在の位置はスタート地点から30キロ西の場所だ。
地図では歩いた場所しか分からないし、どこに行けばいいかもさっぱり分からないので、とりあえずチュンは魔犬の森に向かうことにした。

まぁ軽くボスでもボコってくるぜ! みたいなノリである。正直調子に乗っていた。
その彼の前に、突如文が出現する。


『すでに申し上げているのですが、状況が落ち伝いようなので改めてお伝えします。昨晩からアバター・ケイの世界とリンクしております』

寝耳に水の情報だ。何だコレ。

「リンク?」

『はい。それに伴い、ケイとチュンの世界のすり寄せが行われ、グランドクエストの進行率が8%、アバター村の発展度は2%に変化しました。』

『またエラーによって、現在、ゲームの外側の人物との会話が行えません。復旧には時間がかかりますが、鋭意努力しておりますのでその方御了承下さい。以上です』

「ど、どうりでアタルの声が聞こえないと思ったよ! なんか放っとかれて寂しかったとかじゃないんだからね!」

寂し過ぎて独り言が気持ち悪くなっているチュンである。
今日は休日だからおかしいと思っていたのだ。
しかしアタルの声が聞こえないと言うことは、とてつもなく孤独である。

「そのアバター村ってどこにあるの?」
『魔犬の森からすぐ南にあります。地図にも記されておりますよ』
「……とりあえず、目指す場所は決定かな」

アタルが何を思って世界をリンクさせたかは分からないがまずはその集落を目指すことにした。
発展しているということはケイが何かしているはずだ。ていうか誰かとお話ししたいです。


通り道にある魔犬の森のボスはもちろん撃破して行こう。
仲間も大事だが、名声ポイントも大事だ。

「それにしても、ケイがいるのか…!」

チュンの足取りがちょっと軽くなる。
このクソゲー過ぎる世界でも、彼女とまた会えるのならば、そう悪くはないかもしれない。

それにしても、手元にスコップがないととても手持ち無沙汰だなぁ、とチュンは思った。
一体どこに落としたのやら。
ケイに会うのも大事だが、新しいスコップを見つけるのもまた目標の一つとして据えることとしよう。











<14/賞金首>

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

山に逃げた王女を追いかける役目は、屈強な4人の魚人に任せられた。
狩りに出ていた近衛兵たちである。
この集落に置いて狩りは命がけの大仕事であり、戦力を出し惜しむ余裕はない。
しかし、まさか不在を突かれて王女を不死人にされようとは。

「呪いをかけられたのか?」
「被害者がもう一人。酒屋のサハグが」
「我らがその場におればこのようなことには……」
「言うな」

不死人になった者を治す術は彼らにはない。
都市に行けばなんとでもなるが、まずは王女を捕まえる必要があった。
話を聞いてすぐに発とうとする彼らに男が声をかける。

「これを持っていって下せぇ。使い勝手は悪いんですが、恐ろしく良く切れる刃物で」
「これは?」
「水辺に落ちておりました」
「そうか。とりあえず今は使わせていただく。後で持ち主を捜すとしよう」

男から銀色の武器を受け取って彼らは走り、鹿型モンスターを警戒しつつ山の中腹まで辿り着く。
まず焼け野原になっていることに驚き、辺りに散乱するシカの死体に驚き、そして寝ている王女に気が付いた。
どこも腐れておらず、むしろ顔がつるつるしている。どうみても健康体だ。

「姫……! どういうことだ! 不死人じゃないぞ!?」
「待て、見ろこの瓶を!」

そこには薄く光を放つ液体の収まった瓶があった。
布が挟んであり、そこに描かれた文字は彼らの使うものだった。

「ゾンビに飲ませる……だと?」
「こんな薬があるのか?」
「見たことがない。効くとは思えぬ」
「しかし実際に姫が治っておるではないか。それとも村人の話は虚言か」

言い合いをしていると、王女が身じろぎ目を開ける。
瞳には理性の光があり、彼女は紛れもなく彼らが知る王女であった。

「姫!」
「姫はやめろ。すでにそのような年では無いと何度も言っているだろう」

王女はいつも通りの無表情で立ち上がり、体に付いた土を払う。
そこには、まっさらな鱗が輝いていた。

「姫様? 古傷が……」
「ん? ああ、治ったみたいだな」
「治ったぁ!? け、決して軽く言うことでは……」

王女はそれに応えず弓を拾った。

「ではな」

そう言って王女は立ち去ろうとする。それに泡を吹くのは古参の兵だ。

「ちょ、ちょっとちょっとぉ! どこに行かれるのです姫!」
「そ、そうですよ! そちらには集落はありませんよ!?」

アイリーン王女は面倒そうな顔をして立ち止まり、手に持っていた弓を掲げて見せた。

「我は弓を捧げる相手を探しているのだ。その条件の一つが我を打ち倒すこと。しかし打ち倒された時、我は不死人であった。あの者にもう一度立ち会い、我は実力を確かめねばならぬ。あの男の実力をな」

古参の兵は思った。あの狂った発言本気だったのか、と。

「ゆ、弓を捧げるなどと、冗談だったのでは」
「本気だ」
「あ、相手は! 相手は誰なのです!?」
「人間だ。名前は知らぬ」
「にんっ……! も、もしかして村の物が言っていた人間ですか!? 姫様を不死人にしたという……!」

触った者を不死人にしてしまうような生物がいるなど信じがたいことだが、実際あの人間に触られた二人は不死人となった。
力も強く、とても厄介な存在だ。放置して、国が滅びてもおかしくない。
人間はそれなりに厄介だと思っていたが、中にはあのように極端に厄介な物がいたらしい。

「そうだ。だが少なくとも、我は不死人では無くなった。過ぎたことにどうこう言うつもりはない」
「いやいやいや…本気ですか!?」

懐が深いにもほどがある。古参の兵は卒倒しそうな己を必死に制した。
確かに以前から弓を捧げるなどと狂言を口にしていたが、王族ゆえ誰も本気で相手をするはずもなく、チャレンジャー不在の結果この有様である。
何が嬉しくて魚人をゾンビにするような奴のところへ姫をやらねばならないのか。
どうにか考え直してはもらえないか、古参の兵は必死に知恵を絞る。

「お、王国はどうなるのですか!? 世継ぎのあなたがおらねば……それに、薄汚い人間やハーピィどもと近々戦が起ころうとしておりまする!」
「我は第三子だ。姉上たちがどうとでもするだろう。我と違って良い伴侶も得ていることだしな」
「しゅ、集落は!? 姫様が治められていたこの隠れ里はどうなるのです!」
「………」

王女は黙る。やはり王女は我らを見捨てることは出来ぬ、と胸をなでおろす古参の考えは、残念ながら否定された。

「お前の持つ武具、どうやらあの者の物だ。感じるぞ、あの者の魔力」

ただ単に聞いてなかっただけだった。王女は古参兵が持っていた銀色の武具を取り上げる。

「不死人になった時からあの者の魔力は不思議と良く分かる。間違いない。これはあの者に返すとしよう。ああ、集落のことはゼノ、お前に任せる。酒の席で「おれぁ、姫さまの百倍上手く統治できるね!」と言っておったそうだしな」
「そ、そんなこと言ってませんよ! 何かの間違いです! なぁお前たち!」

古参の近衛兵、ゼノが焦りつつ左右の兵を見渡すと二人ともそっと顔を背ける。味方がいなかった。

「では我は行く。ついてくることまかりならぬ。これは命令だ」

そう言って王女はさっさと立ち去ってしまう。
命令だから追ってはいけないが放っておくことも出来ない。
近衛兵たちはこっそりついて行くが、感覚の鋭敏な王女にすぐにばれて怒られたりして、そもそも一番の手誰のゼノがなんだか消沈しているので、見失ってしまった。
結局彼らの敬愛する勇猛なおてんば姫は一人で隠れ里を抜けて行ったのだった。

「ど、どうすれば」
「王に知らせねば」
「待て、王は王女に頭が上がらぬという噂が」
「ならば……屈強な戦士に追わせるのだ。王女の意志を曲げることはまかりならぬが、その男を殺してしまえば」
「……ううむ。それは良い考えかもしれん」
「賞金をかけてはどうだ。ワシが全財産出す」
「俺も出そう。我らの姫を奪う奴は死ね。鱗も持たぬ劣等種など、我らの姫は釣り合わぬ」
「似顔絵が上手い魚人を探せ」
「王都に伝令を!」

近衛兵4人は早くしなければと走って山を下りて行く。

瓶の液体だが、放っておいたらどんどんと光りが薄くなってその内消えそうなくらいまで弱まってしまった。
完全に光が無くなる前に、サハグならどうなってもいいか、という非情な思考の元に使用されて、晴れてサハグは復活。
サハグは地下牢から解放されることとなった。
サハグは自分をゾンビにした人間に対して怒り狂ったが、その反応を見て、「やっぱりこれが普通だよなぁ」と近衛兵たちは頷きあったと言う。

『魚人との関係が改善し、しかしまた悪化しました。「存在が許せない」→「もはや天敵」→「存在が許せない」。名声ポイントが増減しました。「-1025」→「-975」→「-1075」。アバター:チュンに魚人から5000万円の賞金がかけられようとしています。申請書が魚人の王都に到達する12時間後に効力が発生します。』



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



賞金首になったらしい。
その情報を機械音声で知って、チュンは狼狽した。
賞金がかかって一人前とかそんなことは欠片も思えない。

(な、なんで……!?)

本当に意味が分からない。姫様にチッスしたことがそんなに罪なことだったのか。
それともゾンビにしたことだろうか。

(治したのに!)

感謝されることはないとは思っていたが、まさかの賞金首である。
魚人の王女が怒り狂っているのだろうか。

「はぁ~」

チュンは空を見上げた。ちょっぴりセンチメンタルな彼の心と同じく、空も曇って来ていた。冷たい風が吹いており一雨来そうである。
ため息を吐き、チュンは先を急ぐ。
まぁ急いだところで雨に濡れるのは確定なのだが。
背中の荷物がずっしりと背中にのしかかるようであった。



チュンの行く先は地平線の先である。
まっすぐ進めば20キロほど先に森が見える筈だ。しかし今見渡したところでは小高い丘や岩が点在している他は目だった木も生えていない。
動く者は彼の他に何もなく、重い荷物を担いでノシノシ歩いていると、世界に一人ぼっちになってしまったかのような錯覚に陥る。

(この孤独……ATフィールドにでも目覚めそうだ……!)

山賊でもモンスターでも何でもいいから出てきてくれと思ったのが間違いだったのだろうか。
本当に山賊がきた。馬に乗った魚人たちである。魚人でも山賊行為は行うようだ。

「ヒィィィッハァアアアアアアアア!」

左から大地を軽快に駆け、こちらに近づいてくる三頭の馬が見える。それにまたがるのは魚人。
腰に円月刀を下げたスタイルは人間と変わらない。
近づいてくると彼らは一斉に口を開いた。その目には人間に対する侮りが見て取れた。

「痛い目に会う前に金目のもんだせ。出さなかったら殺す。出しても殺す」
「ていうか何でこんなところに居るんだ? 逃亡奴隷か?」
「クセぇ、人間クセぇな、魚人領で何やってん―――うぉ!?」

―――シュン!

ペラペラしゃべっている魚人山賊の頬を掠めて、スリングショットで飛ばした瓦礫が遠くにすっ飛んで行った。
山賊の頬から血が垂れる。
次弾を装填しつつ、チュンは言った。

「次は当てる……………けど馬を一頭置いて行けば、命まではとらないよ」

ちょっと小腹が空いたので、食べたくなったのだ。
完全に逆追い剥ぎである。
分が悪いことを悟ったのか山賊達が愛想笑いをして退いて行く。

「へ、へへへ」「てへへ」「ど、どうもお邪魔しましたー……」
「あ、円月刀は全部置いて行ってね」

『襲ってきた魚人を見逃したので関係が改善しました。「存在が許せない」→「もはや天敵」』

(ら、ラッキー!)

三人は情けない笑みを浮かべながら、馬を下りた一人は二人乗りして、パカパカ走って逃げて行った。
そしてその二人に付いて行こうとした乗り手の居ない馬の尻尾をチュンはがっちりとつかんでいる。

「逃がさないよ。ボクの肉」
「ひ、ヒン……!」

振り向いた馬のつぶらな瞳に少々心が痛む。
その目の中に知性の輝きを見て、チュンは思わず尋ねていた。

「もし、もしだよ? 君がボクの言葉を理解できると言うなら、ここで食べずに連れて行くこともやぶさかではない…!」
「ブルヒヒヒン!」

馬は恐ろしい勢いで首を縦に振った。

「お、おお…頭良いんだね……!」

逃げようとしていたから予想はしていたのだが、ここまで明瞭に理解できるとは。
馬は頷くように頭を振り、地面にガリガリと前足で文字を書いた。

『私、綺麗。ウンコしない』

(すげぇ!)

衛生観念もばっちりだった。複雑な漢字も書けると言う、物凄いアピールである。
正直ウンコしないのはその内大腸が爆発する危険性もあってお勧めしないが、もしかしたらチュンと同じように排泄ガードのスキルを持っているのかもしれない。
思わぬところで良い拾い物である。
寂しさを埋めてくれそうなところが特に素晴らしい。
非常食にもなるし。

「ウンコは別に自由に排泄してもいいよ。大腸爆発しても困るし。それより名前は?」

ガリガリ。

『マッハです』

凄い名だった。

「音速とは大きく出たね………まぁいいか。よろしくマッハ」
「ヒン!」

新しく旅の連れとなった馬は歯茎を見せてニカッと笑った。
正直ちょっとキモかった。




『そうそう、見逃した山賊による被害が出れば名声ポイントを失いますよ』
「そ、そういうことは早く言ってよ!」

チュンは虚空に向かって叫んだと言う。






チュン(18歳 ♂)
レベル10
召喚獣:Hecatoncheir
身体能力(508/660)
体力:116 ……20 up!
筋力:188 ……21 up!
敏捷:27
器用:76 ……3 up!
魔力:31 ……5 up!
感覚:70 ……2 up!

所持銀:280円
モンスター撃破数:70
名声:-1075/10
グランドクエスト進行率8%(アバター:ケイと共同で進行)

○友好度
魚人「もはや天敵」

○スキル(14/15)
ネガティブガード
性欲ガード
排泄ガード
ドリル男(2)
牛乳大好き
グロ耐性
逃亡者
スリングシューター(2)
気絶する人
観察者
血液好き
枷を負う者 ………自らに枷を課した時間の分だけ、敏捷にプラス50。







[28234] 馬のマッハ/行商人
Name: 大豆◆c7e5d6e9 ID:2e564c12
Date: 2011/11/20 12:26
<15/馬のマッハ>



マッハは死んだ。


出会って5分で普通に死んだ。
死ぬ勢いこそがマッハだった。
チュンの荷物を代わりに持ってもらおうとしてペチャンコになったとかそういうことでは無く、腹に穴をあけられて息絶えた。
今チュンの目の前に居る、ウサギのモンスターが犯人である。犬、鹿、と来て次はウサギらしい。

――――シィイイイ!

歯茎を剥き出して鼻筋に皺をよせ、鋭い声で威嚇してくる。
ウサギは大きさこそチュンの知るサイズだったが、彼の知識とは色々と異なるところがあった。

まず一つ目。
額にペニスケースみたいな角が生えている。

二つ目。
獲物を待ち伏せして、地面から飛び出してきた。

三つ目。
後ろ足二本足で立っており、手に刃渡り60センチの鉈を持っている。扱いにも慣れているようで、切ってくる気満々だ。

もはやウサギの姿をした別物であった。

「良くもマッハを!」

叫ぶチュンに、ウサギはモンスターの証である瞳をぎょろりと動かし、飛びかかってきた。
確かに速い、速いが……チュンの予想を上回るほどではない。
チュンは鈍足とは言え感覚の数値はそれなりで、器用さも意外と高い。単調な動きのウサギに対して、カウンターをとるのは簡単だった。

「甘いわぁああ!」

振り下ろされた鉈を白刃取りして奪い取り、パンチで頭をかち割ってやった。
撲殺してエグイ感じになったが、倒せればそれで良いのである。

顔に飛んだ血を拭っていると、崩れそうだった空模様がついに崩れ、ザァザァと雨が降り始めた。
腹に大穴をあけられたマッハの死体にも雨が降り注ぐ。

ぶっちゃけ出会ってからの時間が短かったので、旅のツレというよりは食料として見ている部分も多かったのだが、やはり死んでしまうと悲しい物である。

(生き返らないかな……)

口の中で作った万能薬を馬の腹の穴に垂らしてみたが反応はなかった。やはりダメか。
死者は生き返らないらしい。
このまま腐らせるのも惜しいので、マッハの肉体を食べることにした。
血肉となって共に冒険しようではないか。

「いただきます…」
【―――――待たれよ】
「!?」

チュンが肉にかぶりつこうとした時、厳かな声が聞こえた。ざんざんと降る雨音の中でも、不思議と良く聞こえる声である。
声の出所を見ると、死んだはずのマッハの眼球がギュル、とチュンの方を向いていた。

「い、生きていたの? それとも生き返って…!」
【否……】

チュンの声を遮って、厳かな声は語る。

【私の肉体は朽ちた……しかしその魂までは、滅されていないのだ……とはいえこのままではやがて消滅するだろう……だがお前の施した液体のお陰で、亡霊として動ける力が今はある……】
「つ、つまり?」
【つまり――――――】

マッハは言った。

【お前の肉体をよこせぇえええええええええええええええええええ!】
「えええええええええ!?」

恩を仇で返すにも程がある。ここは普通、お礼を言って消えるパターンだ。何かアイテムを残したりして。
とはいえ、きちんと宣言して襲ってくるあたり微妙に律儀だ。

そのような思考をしている内にマッハの肉体から透けている馬が飛び出して、チュンにのしかかろうとする。
慌てて、手に持っていたウサギモンスターの鉈を振ったが亡霊相手に効果は無い。
亡霊馬は咄嗟に避けたチュンの左腕を巻き込んで通り過ぎた。

「ぐぅう!?」

亡霊の体が通過した左手の感覚がなくなった。ビリビリと痺れて、指一本動かせない。

【避けられるとはな……だが、次は外さぬ】

向き直った亡霊はいななき、また突進をしてくる。さっきよりも速い。体勢の崩れているチュンでは逃げられない。
全身がしびれた時、乗っ取られるのだと感覚的に分かる。
有体に言って絶体絶命だった。


こんな、訳の分からない馬の死に損ないなんかにやられると言うのか。それは嫌だ! ゾンビに食われるくらいお断りだ!
チュンは叫んだ。


「た、助けてヘカトンケェェエエエエエエエイル!」


混乱して叫んだのは一昨日召喚に失敗した召喚獣の名前である。苦し紛れのお願いは、しかし初めて無事に届いた。
一拍の間を置き、地の底から響く様な声がチュンを包む。

【ォオオオオオオオオオオオオオッ!】

その安心感。目の前に迫った馬の亡霊など屁でもない。
直後チュンの右上、何もない空間がたわみ、そこから巨人の指が出現する。
どうやら、チュンの右手の甲は正式な出口では無かったらしい。どうりで痛いと思ったぜ。

ヒュボッ!

巨人の指は目の前まで迫っていた亡霊を苦もなく消し飛ばした。
巨人にとってみれば亡霊など小バエみたいなものなのだろう。

【おのれ、この私が! マッハ様がこのようなところで……ちくしょぉぉ……】

残滓がとても悪役臭いことを叫びながら消えて行った。まさか獅子身中の虫だったとは。

「ふぅ…」

安堵の吐息を吐いて、傍らの指を見上げる。
巨人の土色の指の表面で、雨粒がシュウシュウと蒸発していた。

『ギリギリ魔力が足りましたね。初召喚おめでとうございます。しかし現界時間はあと1秒です』
「あ、消えた」

機械音声が喋っている内に巨人の指が消える。空間が微かにたわみ、蒸気がふわりと漂った。

「……ありがとうヘカトンケイル。助かったよ」
【………ォォォ!】

刺青のある右手の甲を撫でると、嬉しそうな咆哮が聞こえたような気がした。
とても喜んでいるみたいなので、これからも事あるごとに刺青を撫でることにしたチュンだった。

『馬の亡霊「マッハ」を撃破しました! しかしこんなモンスターの設定が本当に使われる日が来るとは……』





降りしきる雨の中、チュンはマッハの肉を食らった。
雨が地面を、まるで親の敵であるかのように叩きまくる。跳ねた泥が体に飛んでくるがすでに泥だらけで血だらけなのでどうでもいい。
全く気にせずにチュンは馬肉をモリモリと食べた。生肉でもまるで問題ない。

腹が減ったのだ。ウサギのモンスターの肉は既に腹の中で、角を爪楊枝代わりに使っている。
先がとがっていてちょうど良かった。

飢餓感はヘカトンケイルを呼び出した直後にやってきた。
体の中で何かが決定的に不足しており、それを生成するために多大なカロリーを求めているのではないか、とチュンは思う。
召喚には魔力が必要だと聞いていたので召喚後にステータス上の魔力が減っているかと思ったが、全然変動していない。
よってチュンは、この魔力というステータスは魔力『保有量』なのだと推測した。

時間と共にちょいちょいと増加している理由は不明だが、このまま増え続ければ、いつかは腕の召喚も可能かもしれない。
そしていつの日か、全身の召喚を出来たら……!
そびえたつようなヘカトンケイル。その頭の上で腕を組んで仁王立ちするケイ。その横でお茶を差し出すチュン!

少し想像が変だったが、まぁ悪くない。

(なんて、今はとりあえず生き残らないとね!)

馬を食べ終えたチュンはヘカトンケイルの入れ墨を撫でてから、立ち上がり、袋を背負う。
ずしりと来る重さを足と腰と背中で支え、チュンは歩きだした。

向かうは、東にある魔犬の森。
その南にあるアバターの集落である。
ついでに魔犬の森のボスも倒していこう。

いつの間にか雨はやみ、雲の合間から日が差し始めていた。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



降りしきる雨の中、すらりと長い影が躍っていた。

「ああ! 雨だ! うははははは―――!」

魚人の王女、アイリーンである。嬉しさのあまり子供のように踊ってしまったのだ。

彼女はチュンの魔力を追って山を登り反対側に降りた。そこで自らの失態を悟った。
降り立ったのは、見渡すばかりの平原。彼女は薄青い顔をさらに青くした。

――――――ここには水がない!

魚人は水を良く飲む、というか一時間ほど水を飲めないと著しく身体能力が下がる種族である。
だが、他の種族はそれを知らないし、知られても殆ど問題がない。
魚人は先天的に水を生み出す魔法を使えるからだ。
だが、アイリーンは使えない。彼女の炎の魔法は強力だが、一個人が使える魔法は一系統だけ。彼女は戦闘強者ではあったが、魚人として最も大切な魔法が使えない落ちこぼれでもあった。
アイリーンはフラフラと、水が飲みたい水に触れたい、み、みず……と薬物中毒の患者のようにおぼつかない足取りでチュンの後を追っていた。

そこにこの雨である。
童心に帰ってピョンピョン跳ねても仕方のないことであった。

さて、魚人は水に触れていると行動能力が倍加する。それがこの大陸で生き残ってきた特性だ。
さらに言えば、アイリーンはゾンビになった時に倍加したステータスのままであったため、倍々されて恐ろしい身体能力になった。

「ああ、良い気持ちだ……空でも走れそうだ……。」

アイリーンはひとしきり雨を堪能すると、(今さらではあるが)キリリと表情を引き締めた。

「これならすぐに追いつけそうだな……」

―――待っているがいい、名も知らぬ者よ!

踏み切った場所で、水が跳ね上がる。風の如き速度で、アイリーンは走り出した。














<16/行商人>




マッハの裏切りには本当に驚かされたが、ヘカトンケイルの召喚に成功したのでプラスマイナスで言えば断然プラスだ。
今のままでは5秒くらいしか召喚できないしおまけに死ぬほど腹が減るが、攻撃手段が増えたことは良いことである。

さらに。

マッハの肉体を殺したウサギモンスターの所持していた武器、これが意外と便利だった。
刀身60センチ、幅20センチの重厚感もさることながら、その効果が有用だ。
観察者のスキルで得た情報によると、索敵に使えるらしい。

「血を嗅ぐ鉈」:
これによって殺害した種族と同じ生き物が近くに居れば、その刀身は歓喜に震える。

ちょっと呪いの品っぽかったが、ただの悪趣味な武器のようだ。
これによって、マッハを殺したのと同じ奇襲ウサギ(斥候犬と同じようなランクらしい)の地面からの奇襲を難なくかわせるようになった。
結構な頻度で埋まっているので、索敵スキルがないチュンは進むのに苦労していたかもしれないが、鉈のお陰で入れ食い状態である。
鉈が震えた時に警戒すればいいのだからとても簡単。

――――シャギャアアアアア!

「ほいきた!」

――――ぐしゃあ!

すでに6匹目。鉈がどんどんたまる。こんなに要らない…。
着々と増える荷物に頭を悩ませていると、遠くの方から何かが近づいてくる音がする。
顔を上げれば、なんと荷馬車である。周りを6人の男たちが護衛している行商馬車であった。
荷馬車は木製で幌付きだ。その周囲の男たちは、金属製の鎧に身を包んだ重武装である。

その行商隊が、ガラガラとチュンの前で止まる。
10メートルほどの間を開けて、荷台に座った恰幅の良いおっさんが、チュンを睨んだ。
盗賊以外で初めて会う人間だが、欲深そうな顔をしているのであまり感動は無い。

「むむっ!」
(な、何だろう…)

業者台のおっさんはすぐに視線を外し、傍らの護衛の男に耳打ちをする。
何かを聞いた護衛の男は、馬を繰ってポクポクとこちらに近づいてきた。

警戒してウサギの鉈を手に取るチュンに、男は片手を上げて手のひらを見せた。

「待たれい、手荒なまねをするつもりはない。雇い主がお主の持っておる荷物を所望している。潔く渡せば命は助けてやろう」
「は?」

どこぞの食糧庫のような物言いである。意味が分からな過ぎてチュンが聞き返すと男は露骨にいやな顔をした。

「何度も言わせるな。その荷物を渡せと言っているのだ」
「え、それは嫌だなぁ……」
「そうか……」

諦めてくれるのだろうか、そう思ったチュンに非常な現実が突きつけられる。
男は馬の鞍に備えられていた槍を抜いた。

「ならば死ね」
「!?」

ゴォキィ!

横凪に振るわれた黒槍がチュンを打った。恐ろしい重さの攻撃だ。背の袋がなければ吹っ飛ばされていただろうし、咄嗟に構えた鉈で受けなければ骨が折れていただろう。

「ぐ……!」
「耐えるか。小癪な!」

もはや話し合いで解決できるとは思えなかった。チュンは背負い袋から肩を抜き、地に落とす。
ズゴォ! 都合400キロ超過の荷物が詰まった袋は、地面に深々とめり込んだ。

「な……!?」

それに護衛の男はビビっていたが、チュンもまた驚いていた。

(体が軽い! 飛べそうだ!)

スキル「枷を負う者」の効果である。
400キロ超過の荷物は、彼の超人的な筋力に対しても枷と見なされていたようで、チュンの敏捷は77まで増加する。
鈍亀がウサギとなった瞬間だった。

「ハァッ!」

彼は今や常人の5~7倍速い。そして筋力は10倍を超えている。
それは護衛の男の不意を突くには十分な数値だった。

チュンの蹴りが護衛の男に突き刺さる。
鎧の胸が凹み、男は馬から転げ落ちた。

だが――――――。

「中々やる。見くびっていたようだ……」

ゆらり、と男は立ち上がった。手に持っていた槍を放り出し、腰からすらりと剣を抜く。
スキル「観察者」が発動し、その剣は魔法の剣あり、切った相手に呪いを付与する効果があることを述べた。

「頭蓋肥大の呪い」という、かなり嫌な呪いだ。


「俺の名はズィール。訳あって護衛をしているが本業は冒険者だ。お前は?」


男の圧力は、鹿の山のボスに匹敵するものだった。後ずさりそうになる足を必死で止める。

「ぐぐ……」
「応えぬか……それもまた良し。お前のことは名無しの小僧として、俺の歴史に加えよう」

男は兜の前面をガチンと降ろして顔を隠すと、前触れもなく踏み込み、大上段から剣をふるってきた。
二人の距離は一瞬で無くなり、チュンの視界いっぱいに剣を振り上げる鎧姿の男が映る。

(ふざけ―――)

チュンはイライラしていた。
今日は朝起きてから魚人の集落を走り、鹿の山で戦い、ボスを倒し、マッハを倒した。
正直濃過ぎる一日だ。昨日のことが5年くらい前のことに思える。
だと言うのに、また厄介事か。
何もしてないのに殺されかけている現状に、彼のストレスはうなぎ上りで、ちょっとは休ませろと叫びたい気持ちでいっぱいだった。

(いい加減にしてよ!)

だから、叫んだ。

「ヘカトンさん、やっちゃってくださいよ!」

スカッとぶっ飛ばしてもらおう。

【グォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!】

ぎゅぼ、と彼の右上の空間が揺らぎ、ヘカトンさんの指が登場する。
だが、ヘカトンさんは攻撃よりもチュンの防御を優先したらしい。
チュンを守る様に前面に延ばされた巨人の指に、護衛の男の振り上げていた刀が衝突した。
刀が弾け飛び、そしてその剣の効果の呪いパワーは高次元の存在に通用せず、呪い返しが発動する。

『ヘカトンケイルが頭蓋肥大の呪いを受け、跳ね返しました。呪い返しにより効果は2倍です』

「な!? うぐぐぐ…あぁあぁぁぁぁ!」

呪いを受け、ズィールの頭が肥大化した。呪いの効果は頭の肥大化だけだ。
しかしフルフェイスマスクを被っているズィールには実に酷な仕打ちだった。
鉄の兜の中で肥大化した頭蓋が、しかし鉄の兜を突き破れずにメキメキと軋みを上げる。
その激痛にズィールは悲鳴を上げる。しかし顔の膨張は止まらない。

「ぁあぁぁあぁあああああああ゛ッ……ケペっ」

ぎちゅ、と音がして、フルフェイスの隙間から血が溢れ、ズィールはズシンと地面に倒れた。
グロい。

「……よ、よし! 勝った!」
【……ォォ。】

ヘカトンさん的にも勝手に死んでしまうとは思っていなかったのか、戸惑う様子が感じ取れる。
いや、勝てたのだからいいではないか。

人間は魔物ではないので殺しても経験値は入らない。格上を倒してもうまみ一つないので凄い損した気分である。

不完全燃焼であろうHecatoncheirを送りかえして馬車の方を見ると、護衛たちが囁き合っていた。

「おい、ズィールをやりやがった…」
「気をつけろ」
「一斉に行くか」
「ああ」

(あ、結構やばい……)

結構どころかかなりヤバい。
ズィールとやらの実力はチュンを上回っていた。ヘカトンケイルがいなければ普通に負けていただろう。
残りの護衛がズィール以下であればもしかしたら勝てるかもしれないが、早々上手い話は無いだろう。この世界だと特に。
チュンのこめかみを汗が伝う。

(それにお腹も減ってきた……)

魔力が残っていないのだ。長くは時間をかけられない。
背負い袋の中にはピョんピョん飛びだしてくるウサギモンスターの死体が入っているが、それを食べる時間がない。
チュンは地面に落としていた荷物を拾うと、ズィールの乗っていた馬に駆けよった。

(に、逃げなきゃ!)

少なくとも、チュンの足よりは馬の方が速いはずである。
チュンはひらりと馬に飛び乗り、その瞬間馬の周囲の地面が波打った。

「!?」

地面から突き出る幾本の岩の槍が、馬を次々に貫いて行く。
一瞬で剣山に串刺しにされて馬が息絶え、チュンが慌てて飛び降りる。
振り向けば、各々武器をかまえた護衛たち4人が向かってくるところだった。

「「「「おおお!」」」」

炎を纏っていたり、電気を放っていたり、刃の回りに陽炎が生じていたり、細かく振動していたりと、護衛たちの構える武器はどう見ても魔法武器である。
チュンは焦るが、彼に残された時間は少なく、出来る行動は限れていた。

「▼!」

護衛の最後方に居た比較的軽装な男が杖を構えて何かを叫ぶ。再度、チュンの周りで地面が波打ち、足元から岩でできた槍が数本飛び出してくる。
先ほどもあの魔法使いの仕業だったのか!

「――――い゛ッ!」

避けきれず、一本が左足の甲を貫通し、チュンの動きが束縛される。
痛みで注意が削がれた隙に、男たちが中まで到達しており、先頭の男の高周波ブレードっぽい武器が振り下ろされていた。

(―――この程度!)

チュンは槍を折って足を引きぬきつつ、足元のズィールの死体を蹴り上げ、盾にする。
重厚な鎧を着ているのだ、少しくらいは時間を稼げるはず。

スィン! と間抜けな音がする。

チュンの予想は外れ、高周波ブレードはズィールの死体をこともなく両断する。
そして残りの護衛たちも、今まさにチュンに武器を突き刺そうとしていた。
このような、魔法の武器を止める術は、チュンには無い。
――――――――チュンには無いが、彼にはヘカトンケイルが居るのだ。

「ヘカトンケイル!!」
【――――――!】

『魔力が若干不足しております。代償を払い、召喚します。』

代償として選ばれたのは髪の色素だったようだ。足りないのは少しだったらしい。
ず、と髪の毛から力が抜けて行くような感覚。一瞬で、彼は白髪となっていた。

【ォオオオオオオオオ……】

ゴォ!と空間を割って彼の者の指が出現し、チュンの体を包み込む。
その指に触れた武器―――炎の槍が、電撃の斧が、高温の剣が、全て持ち手の腕ごと消し飛ばされる。
一番近かった高周波ブレードの男など、もろに触れて上半身が吹き飛んだ。
腕を失くした護衛たちは絶叫し、血しぶきが舞う。

その中で、チュンは一歩後ろに下がり、袋の中からスリングショットを取りだした。
すぐに瓦礫を据えて引き絞る。
一瞬の後、巨人の指が消え、ひらけた視界の中で即座に白く熱された瓦礫を撃ち放つ。狙いは魔法使い。
弾の行方を見ずに、ウサギの鉈を手にとり、チュンは護衛たちに斬りかかった。
彼らが動揺している内に一人でも多く殺さなければ。

(ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!)

鬼人の如き形相とともに、チュンの腕が縦横無尽に振るわれる。
膨大な筋力で振るわれた鉈は兜の上から頭蓋を叩き割った。鉈が人間の血を吸って歓喜に震える。

(あと、一人……!)

瞬く間に二人の命を狩ったチュンは荒い息と共に顔を上げ――――――――地面から突きだした槍にふくらはぎを貫かれる。
槍の先端が、脛の骨を砕きながら膝に飛びだした。

「――――――ァギッ!」
(しまった……やっぱり――――)

さらに槍が飛びだし、身を捩ったチュンの頬を削り取る。口の中に、いつもとは違うところから外気が入ってきたが歯茎から出る血で、すぐに血の中が一杯になる。
視界の先では、魔法使いが肩を押さえながら杖を構えていた。やはり、仕留め切れていなかったか。
魔法使いがもう一度何かを唱えるとともに、岩の槍が動き、チュンの体が引き倒される。

ボタボタと血を落とす、半ばで断ち切れた腕を抑えた護衛の男に、鉄の具足で顔を蹴りあげられた。

「このガキがッ!」

首から嫌な音が響く。口の中で歯が砕けた。

「良くも、良くも俺の腕を!」

何度も何度も顔を踏みつけられ、チュンの意識は朦朧としていく。
連続の召喚で、体が悲鳴を上げている。もはやチュンに動く力は残って居なかった。









気が付けば、チュンは後ろ手に拘束され、膝を折って座らされていた。体中が痛い。記憶がおぼろげだが、しこたま殴られた気がする。
彼の耳に怒鳴り声が聞こえてくる。
目を上げると、魔法使いと行商人が言い合っていた。

「ええい、全く! このような結果になろうとは思わなかった! ギルドに補償金を取られる! 大損だ! 貴様らは相手の力くらい見定められぬのか!」
「ふ、ふざけるな! お前が行けと言ったのだろう! だいたいあの小僧があんな物を呼び出すなど予想できるか!」
「ふざけているのはどっちだ! 貴様らにいくら払ったと思うのだ! 予想外のことがあっても何とかするのが仕事だろう! この暴れるしかできぬクズどもめ! 貴様と馬車で寝ているあの片腕の役立たずは今回でクビだ!」
「く……!」
「……忌々しいこの小僧も、奴隷にして売り飛ばせばいくらかは金になるだろう。力はあるようだしな。おい! さっさと枷をかけろ、反抗されては敵わんからな!」

チュンの頭が蹴りつけられる。チュンに抗う力は残っていない。足に開いた大穴からの血も止まっていない。
むしろ何か食べ物を口に出来なければ、あと30分ほどで死んでしまう。それ程の飢餓感に襲われてうめき声すら出せずにいた。
チュンの頭上では怒鳴り合いが続く。

「豚め…誓約など無ければ貴様など……!」
「さっさとしろ!」
「……クソ!」

魔法使いの男が何事かを口ずさみながら、チュンの右腕に腕輪をはめた。

『「奴隷の腕輪」をはめられました。衰弱の呪いが施されています。全てのステータスが10分の1になりました。はめた人物から10メートル以上離れると効果は消えます』
(…そんなことをしなくても、動けやしないのにね……)

皮肉に口がつり上がる。すると、髪を掴まれ顔を引き上げられた。

「何がおかしい!」

霞む視界には、怒りに震える魔法使いの顔があった。

「貴様のせいで俺たちの団は壊滅だ! 団員が死に、リーダーが片腕になった団に生き残ることはできないだろう! 貴様のせいで…!」

そこまで叫んだところで、魔法使いの顔から表情がスッと消える。

「……今ココで殺してやろう。そうだ、せめてもの情けだ。奴隷になるよりマシだろう。感謝して、喜んで死ぬがいい」
(……感謝して、死ね?)
「なッ、おい、何をしようとしている! 商品だぞ!」

行商人の言葉を無視して、魔法使いは呪文を唱え、彼の腕に魔力が集まり始める。

魔法使いの言葉を聞いて、チュンは己の内側で沸々と沸き上がる衝動を感じた。
こんな世界に放り込まれて、理不尽なことばっかりで。なんでこんな逆恨みのクソ野郎にこんな目に遭わせられないとならないのか。
衝動は怒りだった。今まで感じたことのない激情は、彼の体の最後の火を燃え上がらせる。

(感謝して死ね? 喜んで死ね? ふざけるな!!)

魔法使いが魔法を行使しようとする。

「さぁ、死ね――――」
(死ぬもんか――――――――――お前が死ねッ!!!!!)

チュンの体が、跳ね上がる。畳んだ足がバネの様に伸びあがり、チュンの体が魔法使いと衝突した。
勢いのままに転がる二人だったが、二人の体は決して離れなかった。
チュンの顎が、獣の如く魔法使いの首に食らいついていたからだ。

仰向けになった魔法使いが空気を求めて喘ぐ。

「カハッ…は…あ……!」
「フー!フー!」

限界まで開かれた顎で、メリメリと魔法使いの首を絞めつける。
奴隷の腕輪の効果だろうか、力が入らず、噛み切ることもできない。

「が、ひ………離せ……!」

魔法使いが右手に集めた魔力を炸裂させた。
押し付けられたチュンの左腕が二の腕から吹き飛んだ。ど、と血が噴き出す。

「ぐぅうぅう……!」

激痛なんてものじゃなかった。目の前が赤と白に点滅し、脳みそが鼻から噴き出しそうだ。

――――だが、これで右手が自由に動かせる。

後ろ手に拘束されていた右手の指を、思い切り振り被る。両手を拘束していた縄と共に、千切れた左腕が宙を舞い、血液を振りまいた。

「ぁああああああああッ!」

そして、右手の指を二本、魔術師の目玉に突っ込んだ。
根元付近まで突き刺さった指の先が柔らかい脳髄に到達する。それをかきまわすと、魔法使いは痙攣し、動かなくなった。

「は、ぁ……」

魔法使いの首に食い込んだ歯を引き剥がす。
まだだ、まだ、あの太った商人を殺さなければ安心できない。
口の周りを血塗れにしたチュンは、ギラギラと瞳を光らせて立ち上がる。

「ひぃぃッ!」

呆然としていた商人が泡を食って逃げ出した。腹の出た重そうな体型をしているくせに、存外に素早い。

「待、て……!」

チュンは一歩踏み出したところで、目の前に地面があることに気が付いた。
いつの間に倒れていたのだろうか。額に当たる石の感触が、やけに鮮明だ。
視界が徐々に暗くなる。本格的にまずい。体が動かない。
血が流れ続けてとても寒かった。吹雪の中に裸で放り出されたようだ。

(死にたくないなぁ……)

そして、ふっつりとチュンの意識は途絶えた。












血まみれで倒れているアバターのところに商人が戻ってくる、その手には売り物にする予定だった巨大な槌。

「ばはぁ、ふひぃ……こ、殺してやるぞ! 化物め、フヒヒ、ヘハハ!」

ガキに見せかけて、冒険者をほとんど殺してしまったこの人間の子どもは、とても恐ろしい。同じ人間とは思えない。
しかし頭を潰せば、流石に生きては居られまい。

商人は重すぎる武器によろよろとしながら歩み寄り、槌を何とか振り上げた時だ。
傍らに落ちているアバターの腕が、淡い光と共に、粒子に分解される。

――――――――召喚獣側からの要請により、腕一本を代償とし、召喚を行います。

決して聞こえる筈のないその声が、商人には聞こえたような気がした。
空中に魔力が荒れ狂う。
それは瞬く間に練り上げられ、数千年を生きた大樹のような、巨大な腕と鳴った。

…ォォオオオオオォオオ…………!

巨人の腕には縦横無尽に曼荼羅の入れ墨が彫り込まれ、その上を魔力が走りまわっている。存在するだけで風が巻き上がり、辺りはまるで嵐のようだ。
そして、大きく広げられた手は、空のよう。

【ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!】

パクパクと口を開け閉めする商人を一切の慈悲もなく叩きつぶしたその腕は、片腕になった護衛が居る馬車を叩きつぶして大きなクレーターを作ったあと、ふっと消え失せる。
護衛の乗っていた馬たちが、動けることを思い出したかのように逃げ出した。

ォォォ……

動く者が居なくなった場所で、風だけが渦巻いていた。



『スキル「鉈使い」を取得しました』
『奴隷の腕輪をはめた人物が死亡しました。奴隷の腕輪は効果を失います』
『行商隊と交戦しました。殲滅したため、人間との関係は変化しません』






チュン(18歳 ♂)
レベル10
召喚獣:Hecatoncheir
身体能力(602/660)
体力:126 ……10 up!
筋力:210 ……22 up!
敏捷:35 ……8 up!
器用:95 ……19 up!
魔力:45 ……8 up!
感覚:91 ……21 up!

所持銀:280円
モンスター撃破数:77
名声:-1075/10
グランドクエスト進行率8%

○友好度
魚人「もはや天敵」

○スキル(15/15)
ネガティブガード
性欲ガード
排泄ガード
ドリル男(2)
牛乳大好き
グロ耐性
逃亡者
スリングシューター(2)
気絶する人
観察者
血液好き
枷を負う者
鉈使い ………鉈を少しだけ上手く使える。








[28234] 膝枕/君に届け
Name: 大豆◆c7e5d6e9 ID:2e564c12
Date: 2011/11/20 12:27
<17/膝枕>


チュンの唇に何か触れたような気がする。
喉の奥に、熱い液体が滑りこむ。

――――飲んだか? 飲んだな。…よし、呼吸もある。全く一体どのようなことがあればこんな傷が……。髪の毛も白髪になって…。

チュンの体が落ちつき、命が戻ってくる。
霞む視界の中、美人な魚人がチュンの頬に触れていた。その翡翠色の目が、優しくチュンを見ている。

――――しかし、まさか私から口づけをし返すことになろうとはな……。

女性と目が合う。

(ゾンビの時の……王女、様……? ダメだ、眠い……)

チュンの意識がまた落ちる。


『エリクサー(偽)の効果により、裂傷が塞がりました。骨折が完治しました。魔力が回復し、飢餓状態が緩和しました』


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


膝の上で規則的に息をし出した少年を見て、アイリーンは胸を落ちつける。
追いついて見れば死にかけているのだからそれはそれは焦ったものだ。

辺りに散らばる死体。巨大なクレーター。片腕になり血だまりの中で気を失っている少年。
訳が分からなかったが、とりあえず死なれては困るような気がした。
思わず王家の秘薬を使ってしまったが、後悔はしていない。

「しかし本当に同一人物なのか……?」

あどけない顔をした少年は、とても戦いに向いているとは思えない。
だが。

(間違いなく、これは私が撃った矢の傷だ……別人では無い。とはいえ、どうにも信じがたいな)

少年は元々上半身に服を着ていなかったので、アバラの右下にある傷が良く見えた。
肉がえぐれて塞がった醜い傷跡を指先で触る。アイリーンの炎の矢でついた傷跡だ。
この位置に当たったと、不死人の状態であった彼女はぼんやりと覚えていた。

しかし、いかに秘薬とは言え、塞がっている傷を治すことはできない。
この少年が使った薬……口づけと共に流れ込んで来たあの薬が異常なのだ。

そのようなことを考えていると、膝の上で少年がくすぐったそうに身を捩る。
知らない内に、少年の傷をなぞり続けていたらしい。

少年の体は傷だらけだ。顔には顎からこめかみまで傷が走り、腹、右腕、左腿にはアイリーンの矢傷が、右ふくらはぎと左足の甲には貫通跡がある。
細かい傷は数え切れぬほど。
そしてなにより左腕の欠損。何があったのか、髪の毛も真っ白になっている。
別人に見えても仕方がないと、アイリーンは思った。
履いているズボンと靴は土と血痕がこびりつき、生地もボロボロだ。

このあどけない寝顔をした少年が、こんな有様になるまで何があったのか。
少年の薬によって綺麗になる前のアイリーンより遥かにひどい姿だった。

アイリーンが視線を上げると、少年が倒れていた場所が遠くに見える。
そこには馬や人の死体が散乱していた。
その中で、いくつかの死体には見覚えがあった。
隠れ里にやってくる商人の護衛だ。魚人だと思っていたのだが、どう見ても人間だ。もしや何らかの薬でごまかしていたのだろうか。
商人は身を隠している我々の弱みに付け込むので、里でも嫌われ者だったが、それはどうでもいい。
重要なのは、護衛たちの実力が相当高かったことだ。その護衛が死んでいる。

(いったい何があったんだ)

この人間が行ったとは思えない惨状に、アイリーンは首をかしげる。強力なモンスターが出没した可能性もある。
このままここに留まっていてもいいのか少々不安になるが、まさかこの少年を放り出すわけにもいかないだろう。

「うぅ…」

少年が身じろぐ。いけない、また傷をなぞっていた。
しかし自分が付けた傷だと思うと何故だか気になってしまう。

(……この少年を見ていると、妙に落ち着かなくなるな)

なにか心の底でソワソワするものがある。それを確かめようとしても、すい、と逃げてしまうような微弱な物だ。
この少年の近くに居ると確かめられそうではあるが―――――――しかし。

「私がこの者の傍に居る理由は無くなったのだ」

アイリーンは自分に言い聞かせるように言う。
この少年は確かに強かったかもしれない。
だが、片手を失った戦士は確実に弱くなる。それまで培ってきた経験は丸で役に立たなくなり、何もない状態から立ち上がらねばならない。

(私が弓を預けるには不足。それは間違いない……のだな)

この残念に思う気持ちは何なのだろうか。
アイリーンは悩みながら、そっと少年の白髪を撫でる。



彼女はゾンビにされたことを殆ど恨んでいなかった。いや、恨むのは逆恨みに近い、と思っていた。
どうやってアイリーンを不死人としたのかは不明だが、この少年をそこまで追い詰めたのは、恐らく魚人の方だとアイリーンは確信していた。
彼女は魚人の王女だが、水魔法を使えないだけで嘲笑の目を向けてくる魚人に囲まれて育ってきた彼女は魚人の善人性について全く信じていない。
そもそも魚人の常識として、異種族への対応は殺すか奴隷にするかの二択である。奴隷にしてもこき使って殺すので実質一択か。
その悪意は、当然のようにこの人間の少年にも向けられたのだろう。
殺しても良い相手として、侮蔑と嘲笑と共に襲いかかったに違いない。

(攻撃したのだから攻撃し返されるのだ。それを忘れて怒る魚人は、とても多い)

悲しむべきことだ。考えれば幼子でも分かるだろうに。

この少年も、追い詰められなければ不死人になどしたくなかったはずだ。
貴重であろう薬を使ってまでアイリーンを治したことが、その証であると彼女は考えていた。



焚火の炎が王女の鱗を照らし出す。
おもむろに、目に入った自分の足を撫でてみた。
醜く地肌を晒していた傷がすっぱりと消え、以前のように鱗が生え揃っている。

(傷の無い己の体など久しく忘れていたな)

女としては自分を評価していないアイリーンだったが、やはり傷が消えるのは嬉しい。

(……そうだ。礼として食事の支度でもしてやろう。きっと腹が減っている筈だ)

少年の居た方から走って逃げてきた鞍付きの馬の二頭を彼女は捕獲して連れてきている。
そして鞍には水が入った革袋がくくりつけられていた。
その片方を使って料理を作ってあげようと、少年の頭を置いて、彼女は立ち上がった。

(材料は馬の肉でいいか。いや、少年の荷物の中にウサギもあったな。あれも速く処理しなければ痛んでしまう)

考えごとをしつつ、呑気に草を食んでいる馬に歩み寄っていく。

料理を作ってこの場を去ろうと思う。
あまり近くに居ては……そうだ、離れたくなくなるかもしれない。
それは良くない。良くないのだ。


夜の帳が、平原の上にも降りてこようとしていた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



チュンが起きた時、すでに空は真っ暗で近くからたき火の音が聞こえてきていた。
そして、肉の焼けるいい匂いがする。
チュンの腹が、ぐぅ、と鳴った。

(ご飯……)

チュンは起き上がろうとしてバランスを崩し、転んだ。

「うぶっ……ん?」

というか左腕がない。
そこまで考えて、チュンは自分の体に気が付く。

「あれ、生きてる……」

確実に死んだと思ったのだが。
左腕は無くなっているが、他の傷は殆ど塞がっている。
皮膚がひきつるような感触もあるが、代謝の良いこの体のことだ。その内違和感も消えるだろう。

そう言えば魚人の王女様の顔をした天使が迎えに来る夢を見たような……あれはもしかして看病をしてくれていたのか?
体の上にかけられていた布を押しやり、体を起こす。左腕の欠損は体のバランスが崩れて非常に不安定だった。

見渡すと、たき火とその近くに刺してある骨付きの肉と、火にかけられた鍋があった。
咆哮がチュンの鼻孔をくすぐり、居ても経っても居られなくなる。

(でもいったい誰が……)

辺りに人影はいない。勝手に食べても怒られないだろうか。
しかし、我慢の限界だった。それに使われている大きな鍋は見覚えがある。恐らくチュンが廃都市から持ってきたものだ。その意味では、チュンにも食べる権利はある筈だ。

「誰のか知らないけど、いただきますよー……?」

そして恐る恐る肉をたき火から抜きとり口に含んだ途端、口に広がる味に、チュンは目を見開き、涙を流した。

(うわ……!)

多分馬肉とウサギ肉だが、生肉とは一線を画した柔らかさ、芳醇な香り。そして塩による味付け。
料理を口にするのが3日振りのチュンにとって、その料理は美味し過ぎた。

(美味い……!)

ハラハラと涙を流しながら食べ続け、鍋の中の煮込み汁も瞬く間に片付ける。片腕で食べにくいとか微塵も気にしなかった。彼の目に映るのは料理だけである。
汁は臓物の煮込みだったのだが、もうこれを作った人に一生ついて行きたくなるような素晴らしい味だった。

「幸せ……げふぅ…」

お腹がいっぱいになったチュンは眠りに付く。
生きているのは素晴らしい。死ななくて良かったと、心の底から思った。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



アイリーンは遠くから遠眼鏡でそっとチュンを盗み見ていた。
遠眼鏡はチュンの荷物から拝借してきた。二つあったから一つくらい貰ってもいいはずだ。
料理に貴重な水を使ったのだし、その代金だ。

「うむ、よし。全部食べたか、凄い食欲だな。泣くほどうまかったのか? フフフ。」

結局立ち去れず、遠くから眺めているのだ。
少々自信がある分野だったので、少年の食べっぷりに頬を緩ませる。
少年は満足したようで、たき火も消さずにそのまま寝てしまった。

(無防備に寝てしまうなど……警戒心が足らないのではないか)

これでは去ろうとしても心配で去ることが出来ない。
そう、目を覚ますまでは見ていてやろう。目を覚ますまでは。

(………。)

しばらく見ていると、少年は完全に眠りについたようである。

(少しだけ、少しだけだ…。)

そろそろと近寄って、頬をつついてみる。
彼女は知らず知らずのうちに、今まででもっとも優しい気持ちになっていた。

頬をつついてむずからせながら、焚火に寄ってくるモンスターを炎の矢で灰にする。
とても威力が上がっていた。あの薬のお陰だろうか。
だとすれば、彼女が弓を預けるに足る人物はさらに少なくなるだろう。

そうして夜が白々と明け始めるころ。
草原の夜露が朝日でキラキラと輝き、少年の顔にも爽やかな光が当たる。

少年の瞼がピクリと動くのを見て、アイリーンは僅かな未練を残しながら、その場を立ち去った。













<18/君に届け>




ケイのアバター、ケイ。
本人の名前そのまんまな彼女のレベルは13で、他の多くのアバターと同じくステータスは速さ特化型である。
というかこの危険が盛りだくさんの世界で、逃げ足以上に重要なことは無いと言っていいだろう。他に重要と言えば気配察知、危険察知などか。
また、彼女はそのあどけない風貌にもかかわらず、機を逃さない洞察力の鋭さと、押しの強い性格から交渉事を有利に進めることが出来る。
チュンを含む多くの人間にとって避けるべき相手である行商人も、ケイにとっては動くお店なのだ。

「ほら、注文の『疾風鳥』だ」
「くるっぽー!」
「……どう見てもハトだよね」
「ハト?」
「いえ、こちらの話です。ではいただいて行きますね」
「あいよ。これからも、ガーダー家を御贔屓に」


遠ざかっていく行商隊を見つつ、ケイはため息を吐いた。
買い物をするためとはいえ、6人の屈強な護衛に囲まれるのは生きた心地がしない。
これでセックスアピールが高い服装なんぞしていた日には、確実に凌辱→奴隷のコンボに遭うだろう。
それがガチであり得るからこのゲームは怖いのだ。18禁どころか23禁ですら生ぬるいと思う。まぁタダでやられるつもりもないのだが。

【ねぇねぇ! 何でその子を買ったの?】

ケイの懐から、一匹のアゲハ蝶が躍り出る。否、アゲハ蝶では無い。漆黒の羽を背に生やした小人だ。
ケイの召喚獣「アゲハ妖精」である。この子がいるから、屈強な護衛たちにも彼女は強気になれるのだ。少なくとも逃げることはできるだろうから。

アゲハ妖精は見た目通り全く堅くない上に筋力もない。
美と知にポイントを全振りした結果この召喚獣になったのだが、しかしケイは満足している。
彼女単体の攻撃力はすこぶる高いからだ。

彼女は彼女たち蝶の妖精の大元締め、異界に住まうマダム・バタフライに呼びかけて、彼女の巨大な手足をこの世界に呼び出せる。つまり召喚が使える召喚獣であり、その攻撃力は破城槌の如しである。
スピード特化のケイが移動を担当し、アゲハが砲台となる。こういうペアはとても強い。

というかチュンのステータスと召喚獣がおかしいだけで、ハードモードのアバターと召喚獣の役割はだいたいこんな風になる。そうでないと生き残れないのだ。

【ねぇ、聞いてる!? 無視しちゃヤダよ!】
「あ、うん。ごめんねアゲハ。少し考えごとをしていたんだ」

ケイは膨れている妖精の頭を撫でる。小さな妖精の頭は人差し指一つでちょうどいい大きさだ。
撫でられたアゲハが嬉しそうに笑う。
このVR世界はストレスフルだが、召喚獣の可愛らしさがケイの精神を安定させていた。

「このハト……疾風鳥はね、名前が分かっている人に言葉を届けられるんだ。場所が分からなくてもね」
【へぇー! 凄い! やるじゃん疾風鳥!】
「クルル…?」

疾風鳥(どう見てもハト)は小首を傾げ、目の前でパタパタと浮かぶアゲハを見ている。
これで2万円は高いのか安いのか。
というかこの世界の通貨が円で統一されていることに違和感を感じるのはケイだけなのだろうか。

「こう見えても、生き物では無くて魔法アイテムなんだよ。一回きりの使い捨てだから、伝える言葉は慎重に選ばないとね」
【ふーん。私だったら誰に送るかなぁ…バタフライおばさん? ステュクスおばさん? うーん…】
「ふふふ」

アゲハとは違い、ケイの言葉を伝える相手は決まっている。
彼女の親友で、まぁ少し気になる少年のアバターだ。
画面の外側のケイが言うには筋肉マンになっているらしいけどこんな世界だ、逆に頼りがいがあるというものだ。
いや逆に守ってあげないといけないないかもしれない。なんだか賞金首になるとかならないとか小耳にはさんだし。

ケイはハトにメッセージを託し、空に放った。

「チュンに届けてね」

メッセージは『魔犬の森の南の村で待つ』。

南の村とは、アバター村という、アバターが発展させる村だ。
森の中にあるこの村を一定以上の発展度にしなければグランドクエストが進まないらしいので、ケイは掘立小屋を建てているところである。
マッチョのチュンが来ればかなり助かるだろう。

ハトは純白の羽をはばたかせ、大空へと旅立つ。
ハトが見えなくなるまで空を見ていたケイはアゲハにも聞こえないような小さな声で呟くのだった。

「早く会いたいなぁ……」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



チュンが起きたら、鍋が片付けてあった。
超常現象である。
昨日のことは夢かと思ったが、それだと何処から夢なのか分からなくなるし、何より自分が死んでいることになる。

しかし肌に感じる風や足の裏に感じる土の柔らかさなど、どう見ても現実だ。いやVR世界だが。
なんだか頬がムズムズするが、寝た時に草に擦りつけてしまったのだろうと思った。

体の調子は上々だ。腕はないが、とりあえず旅を続けるのに問題は無い。ないと思う。
一応、無い腕を隠すために服を着ることにした。
欠点を晒しておくのはあまり良くないだろう。ダボッとした服を着れば、良く分からないはず。

「これでいいかな。」

廃都市で取ってきた布にいい物があったので中心に穴を開けて被った。どこかの民族衣装にこういうのがあったはずだ。
被るのは片手だとちょっと手間取るが、単純な作りなのでそれ程でもない。

傍らの背負い袋を持ちあげると、袋の重さはそのままだった。なんだか安心する。
バランスがうまくとれず不意に転びそうになるので、重心がしっかりしそうな荷物は歓迎である。
荷物を背負ってそのまま歩き出そうとしたチュンだったが、ふと、傍らの地面に見覚えのある銀色が突き刺さっているのに気が付いた。
彼にとって異世界の原点、銀色のスコップである。チュンが見間違う筈もない。

「スコ雄! スコ雄じゃないか!」

思わず名前を付けてしまうほどの感動だった。
だが、何故こんなところに。
柄に見慣れない布が結び付けられており、ほどいて見ると「忘れ物」と書いてあった。

(誰かが持ってきてくれたのか?)

やっぱり自分以外の何者かが居たらしい。影で見守られているのだろうか。有りがたいがちょっと怖い。

「ありがとうございます!」

とりあえず遠くに向かって頭を下げ、チュンはスコップを手に取った。
慣れ親しんだスコップは、筋力の上昇のためか少し軽く感じるようだった。

「うむむ…掘るか」

片腕が無くなって感覚のずれがあるようで、何ともスッキリしない。
よって以前の感覚と擦り合わせるために右手だけでザックザックと掘り進み、腰が埋まるくらいまで掘ってから、チュンはスッキリとした表情になった。
片手でも全然問題ない、という気分になる。
穴を掘ると心身が落ちつくのは、スキルの影響だろうか。
生産的なのか非生産的なのか迷うところである。

「今回は埋蔵物は無し、と」

掘り続ければまた落ちるかもしれないので、ここらで止めておくのが無難だろう。
スコップを背負い袋にしまって、魔犬の森に歩き出すチュンであった。










テンテロリーン!

ファンファーレが鳴る。

『奇襲兎を撃破しました。レベルが上がりました。ステータス上限が60上昇。スキル枠獲得はありません。またレベル11以後、スキル枠を獲得できるのはレベルが10の倍数になった時だけです。こいつは参りましたね!』

いや、それ程でもないです。

なんだか、機械音声がだんだんとフランクになって来ている気がする。
いやまぁ、別にいいんだけども。
元気に飛び出してくる奇襲ウサギの頭を鉈でかち割りながら進んでいたチュンはレベルアップを機に、ふと、足を止めた。

やっぱり気になる。いったい誰が料理を用意し、スコップを持ってきてくれたのか。

(うーん…)

ケイがこっそり見てるとか。
もしくはヘカトンさんがあの巨大な指でちょこちょこやってくれたとか。
もしくは機械音声さんが実体化したとか。

(……考えてもしかたないか)

ただ、脳裏によぎるのはチュンがゾンビにしてしまった王女様の顔である。
しかし魚人には嫌われている。それをチュンは知っており、そして、その王女は魚人である。
助けてくれるはずもないだろう。

かぶりを振って歩みを再開しようとしたチュンに、空から近づく影があった。

「ポー!」
「ハト……?」

ハトである。
白い羽毛に包まれた鳥は、空中でぽふんと煙を上げて、一枚の紙へと姿を変えた。
風に流されつつチュンに向かって落ちてくるそれを受け止めると、文字が書いてあった。

「魔犬の森の南……ちょうど向かってる最中さ!」

その文の最後の署名に、チュンは頬が緩むのを感じた。

『ケイより』

ケイ!
待っていておくれ!

「……よぅし!」

チュンのテンションは200%である。

地図上では、魔犬の森に向かわずまっすぐ行った方が近い。
チュンはやや進路を変え、それまでの倍の速度で進み始めた。

しかしこの進路では、現在地と街の間には大きな川が流れている。
それをどうやって超えるか、考えなければならないだろう。







チュン(18歳 ♂)
レベル11
召喚獣:Hecatoncheir
身体能力(643/720)
体力:132 ……6 up!
筋力:215 ……5 up!
敏捷:37 ……2 up!
器用:104 ……9 up!
魔力:51 ……6 up!
感覚:104 ……13 up!

所持銀:280円
モンスター撃破数:103
名声:-1075/10
グランドクエスト進行率8%

○友好度
魚人「もはや天敵」

○スキル(15/15)
ネガティブガード
性欲ガード
排泄ガード
ドリル男(2)
牛乳大好き
グロ耐性
逃亡者
スリングシューター(2)
観察者
気絶する人
血液好き
枷を負う者
鉈使い








[28234] 土を掘れ2/ケイ
Name: 大豆◆c7e5d6e9 ID:2e564c12
Date: 2011/11/20 12:28




<19/土を掘れ2>


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



隠れ里に戻り、弓の鍛錬をしていたアイリーンはどうにも気が乗らないので手を止め、泉の傍でぼーっとしていた。

「あれ、アイリーン様でござる。何をしてらっしゃるんで?」

そんな王女に元気な声がかかる。
振り向けば、短い銀髪がつんつんと跳ねた少年だった。
特徴的な喋り方をするのでとても記憶に残りやすい魚人である。

「ああ、伝吉か。久しぶりだな」
「元気がないでござるね」
「そうか、元気がないように見えるか…」

落ち込んでいくアイリーンを見て、慌てて伝吉は話題を変えた。

「そ、そういえば、弓を捧げる相手は見つかったでござるか?」

伝吉はアイリーンの言葉を戯言とせずに素直に聞いてくれている数少ない魚人の内の一人である。
素直と言うか、あまり深く考えない性格なのかもしれないが。

「いや、まだだ」

チラリと脳裏をよぎるのはある少年の顔。だが、ダメなのだ。あの少年では、私の主たりえない。

「そうでござるか。まぁアイリーン様より強い人なんて、早々居ないでござる。しかも、人格者でなければならんのでござろう?」
「ああ、その通りだ。妥協はしない。それが私の弓を捧げる相手だ」
「どこにもいなさそうでござるなぁ……」

アイリーンは考えないようにしていたが、まさに伝吉の言うとおりである。
今回謎の薬で強くなったアイリーンは、魚人の王国において名実ともに最強の弓手になってしまった。
アイリーンより強い人物と言ったら、恐らくもうこの国で言えば父親ぐらいしか居ない。父はもちろん候補外だ。
もう領土を出る必要があるかもしれない。

「………まぁ気長に探すさ。それに、ここの守りも固めぬとな。戦が起こると言うし」
「そうでござるな。ぶっちゃけアイリーン様が出奔していた時はゼノ様たちが民に責められて死にそうな顔をしていたでござる。しばらくはあんまり突飛なことはしない方がいいでござるよ」
「それは約束できんな」
「ゼノ様が不憫でござる……」
「しかし戦、か。また人が多く死ぬな……」

魚人の隠れ里は、水の魔法が使えない物を押し込めた箱庭である。牢獄と言ってもいいかもしれない。
伝吉は氷の魔法しか使えないし、アイリーンは炎だけだ。
王族にして水の魔法が使えないアイリーンはまさにここの統治者にうってつけであり、また彼女失くして隠れ里が作られることもなかっただろう。
ここは父王が娘に送る安寧の地なのだ。
戦争など、とても似合わない。

「戦を止めるためにも、強い主が欲しかった。私と共に戦ってくれるような」

強い力が欲しい。戦争を回避できるような大きな力が。やはり外に出るしかないか。
アイリーンはため息を吐いた。

「……愚痴を言ったな。聞いてくれて助かったぞ」
「それ程でもないでござる。アイリーン様は一人で抱え込んでそうでござるから、定期的に誰かに話すと言いでござるよ」
「すまないな。お前がいて助かっている」
「なんの」

それにテラ殿に話しかける話題ができたでござる、と伝吉は笑う。テラという若干高飛車な女の子に伝吉はホの字なのだ。そしてテラはアイリーン王女が大好きなのである。

しかしテラであれば「なんであんたが王女様の相談受けてるのよ! キー!」と怒りそうだが、王女も伝吉もそんな他人の心の機微に気付くような性格ではなかった。

「それでは拙者、畑を耕さねばならんので、これで失礼するでござる」
「ああ、頑張ってくれ」

王女は頬笑み、去っていく伝吉を見送った。

アイリーンの心には未だ焦燥感ともやもやとした気持ちがあったが、伝吉と話したことで、どうにか表面上はいつもどおりに出来そうだ。
自分の心に活を入れ、王女は弓を持って立ち上がった。

(そうだ)

不意に思いついた。
力を併せる主が居ないなら、彼女が強くなって一人で立ち上がればいい。そして、あの少年を仲間に…エフンエフン。
未だ理想でしかないが、三種族が仲よくするという彼女の夢を現実にするために彼女は今日も修練を積む。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




グランドクエストと呼ばれる一連のクエストは、イージー・ノーマル・ハードモードすべてに共通するもので、三種族を仲良くさせるというシナリオだ。
三種族の仲は険悪で、ゲームの進行中、何度か戦争が起きる。
その戦争でキーマンを助け、またそもそも戦争を回避するように動いていかなければならない。

このシナリオで重要となるのが、円を三等分するように広がる三種族の領土の中心にある森だ。
その森は魔犬の森とか魔鳥の山とかに囲まれている場所にあり、発展させることで各種族の対話の場として活用できるようになる。

その中心にある森を、アバター村として発展させていくのだ。

つまり魚人族に蛇蝎のごとく嫌われているチュンには条件がきつい。
人間であったチュンが王女のゾンビ化という種族間の感情を険悪にするようなことをしたために、名声ポイントが激減したのだが。

現在その悪感情は指名手配されているチュン個人へと向かう物になっているが、人間はこれだから、と思う魚人もいるに違いない。




以上のことを機械音声が喋った。
チュンがあまりに物を知らな過ぎて不憫になったらしい。
ありがたいことである。


『リンクし複数プレイとなったために難易度は上がっています。グランドクエストを進める上で、ケイ様と上手く協力することが必須となってくるでしょう。もしくは、グランドクエストは捨てた方が無難かもしれません。種族間の対立など放っておいて、ここは新大陸発見ボーナスか、各地のダンジョンを回り、ボス撃破ボーナスを狙うのも悪くは無いでしょう』
「な、なるほど。いいね」

ダンジョンとか夢がある。入れば現実が待ち受けているのだろうけど。

というか魚人の森はダンジョン扱いだったらしい。第一層(表層)のボスを倒したので、第二層(地下)へと進めるようになっているらしい。
そう言うことは早く言って欲しかった。







進路上にまたがる大きな川までチュンはやってきた。
川は幅30メートルほどの立派なもので、流れはとても緩やかなものだ。
川の中を魚人たちが泳いだり浮かんだり足を浸したりしながら互いに笑いあい、楽しそうに過ごしている。公園のような扱いなのかもしれない。

その様子をチュンは岩陰に隠れて見ていた。
とても平和そうだった。

「でもボクが出て行ったら凄いことになるんだろうなぁ……」

チュンはあの隠れ里の惨状を忘れていない。
あそこまで怯えられたのは初めての経験で、割ときつかった。
よって出来るだけ穏便に、出会わないように通り過ぎたいものである。元より片手で泳げるとも思えないし。

となれば、空。上空を通過するのはどうだろう。

(ヘカトンさんに放り投げてもらうとか? ……いやいや、触られたら消し飛んじゃうし無理だよね)

では物凄い跳躍力を披露するとか?
流石にそこまでマッスルでは無いはずだ。

「となれば君の出番だ! スコップの中のスコップ! 『スコ雄』!」

叫びつつ銀色のスコップを取り出した。

陽光に光る銀ボディ! 超イカスぜ!

空がダメなら地面の下を、トンネルを掘って通過すればいい。クエストもあるらしいし。
時間はかかるが、着実に。牛乳とか出てくれば最高だ。

「よっこいせーのっふんっ。ふんっ。」

チュンは岩陰に隠れたまま、地面を掘り始めた。

どんどん後ろに土が貯まる。
それは片手で掘っているとは思えないほどの速度である。
一度スコップを振るえばその軌跡の形に地面が削られていく。
まるで地面がプリンのようだ。

サックサックと掘り進み、チュンは地面へと潜っていく。スキル「ドリル男」のおかげで掘っても掘っても疲れない。

(穴掘りで疲れないというのはいいことだけど……それを寂しく思ってしまうボクも居る……)

やはり穴掘りは肉体労働。全力で筋力を行使し、大地に自らの力で軌跡を残すことこそが本懐だ。
その意味ではこの「ドリル男」のスキルは不純なのかもしれなかった。
チュンの姿は瞬く間に地面に埋もれ、中から土がひゅんひゅん飛びだしてくるだけの穴になる。

「もう角度的に放り出せない……しかし後ろに置いておくと空気が通らなくなるかもしれない。」

横穴移動に移る段階に来て、崩落を避けるためにスコップで壁をパンパン叩きながらチュンは呟いた。
背負い袋(体積無視、重量はそのまま)に入れつつ進むしかない!

「ここはボクの筋力が勝つか土の重さが勝つかだ……!」

チュンは熱気と共にスコップを握り締め、掘り始めた。
正面の土を突きほぐし、後ろに背負う袋の中に抉った土を放り込んで行く。
この体積無視の袋なら体力のもつ限り土を運べるのだ。

「ぬぅ……!」

進むごとに重くなる袋。
チュンは汗だくでスコップを振り、背中の袋はどんどん重くなる。
掘るのはスキルのお陰で疲れないが、掘る合間の移動の時だけでとても疲れる。
一歩踏み出すだけで勝手に足が埋まり、進むのも辛くなってきた時、機械音声がファンファーレを鳴らした。

ピンポーン!

『スキルが練磨され「ドリル男(2枠)」が「スコップ男(3枠)」に、「枷を負う者」が「制限能力開放者(2枠)」となりました。』
「おお……!」

スコップ男は字面的にドリル男よりもランクダウンしているような気がするが、違うのだろうか。
3枠だから違うと思いたい。

『しかし残念なことにスキル枠がいっぱいです。いずれかのスキルを削除してください。ただし一度削除したスキルの取り直しは出来ませんのでご注意ください』
「え、要らない物なんかあったっけ……」

実はある。
入手してから今まで碌に使わなかったスキル「逃亡者」「牛乳大好き」などがある。

(牛乳大好き……これはつらい決断だ……! 外すべきか外さざるべきか……! 逃亡男はどうでもいい……!)

しかしそれ以外のスキルは外すのがとても惜しかったため結局その二つを削除し、チュンは新たに「スコップ男」「制限能力解放者」を手に入れた。
スキルを手に入れたチュンは背負い袋から生き埋めにならない程度に限界まで土を捨て、軽くなった足取りで快進撃を開始するのである。







スキルの効果は凄かった。

「制限能力解放者」は能力を制限されている状態からの解放で、体力筋力敏捷ステータスが二倍になる反則的なスキルである。
そして「スコップ男」。
これもヤバい。流石3枠使用のスキルである。


スコップ男(3)………体の任意の部位を20ヶ所までスコップにすることが出来る。そのスコップとは最後に触ったスコップである。



疲労するようになったとはいえ、その驚きの効果。
早速使ってみた。



「おおお! 左手が……二の腕で千切れていた左手がスコップにッ!」

『銀色で綺麗ですね』

「右手の指もスコップに!」

『長くて持て余しますね』

「ボクの鼻がスコップに!」

『もげて落ちそうですね』

「ボクの目玉がスコップに!!!」

『かなりキモいですね』



とにかく何処でもスコップになるのである。
関節は無いので動かせる先の部位を変えるのが良いだろう。爪とか。
しかも最後に触ったスコップは、スコップの範疇に収まらないほどの硬さと切れ味を持つスコ雄だ。
もう無敵である。

「変、身!」

二の腕の途中から無くなっている左の腕がうにょーんとスコップに変わる。
すると、肩の部位でぐるぐる回せるスコップハンドが出来るのだ。
さらに、スコップになっていても己の体なのだから、スコップの先の一部をスコップに出来る。

右腕がスコップ、左腕がスコップ。
ついでにスコップの柄からもスコップを生やし、鹿の角のようなスコップツリーを肩から生やす。

「うぉおおおおおおおお! ぐるぐるアタ―――――――ック!」
『ぐるぐるパンチのスコップバージョンですね』

削岩機のようにチュンの腕が土を削り取っていく。
回転する右スコップ群と左スコップ群が交互に前面を削り取り、もう崩落とか知ったこっちゃねぇスピードだ! とばかりに全力疾走の勢いで前に進む。
掘るスピードが尋常ではないので、彼の速度は一時も緩まない。

そして、背負い袋の中の土は大半を置いてきた。
と言うことは――――――「制限能力解放者」も発動しているのである。
つまりチュンのスピードは二倍! 速い! 速いぞ チュン・ザ・スコップ!

しかし彼は途中で止まることを余技なくされた。
上の方で水が流れる音が聞こえていた地点………つまり川底の真下を通り過ぎた辺りで、ガチン! と何かにスコップの先が当たったのだ。

「ハァ…ハァ……ひ、久しぶりの埋蔵物……?」

スコップの先が止まったらほぼ100%埋蔵物である。
そう思ってとりあえず周囲の土を叩いて固め、崩落の危険を減らしてから、スコップの先の土をどけると、出てきたのは大きな瓶であった。
瓶を前に、チュンはわなわなと震える。

「こ、これは……」
『どうみても牛乳ですね』
「う、うわぁあああああああああああッ! ちくしょぉおおおおおおおおおおお!」

何もスキルを消去した途端に出てこなくても! とチュンは嘆くが、世の中だいたいそんなもんである。
しかし、牛乳を飲むことで牛乳神に会えたかもしれないかと思うと残念な気持ちでいっぱいになるのだ。
「鉈使い」スキルを消しておけば…と乳白色の液体が詰まった瓶を前に崩れ落ちたチュンだったが、そこでさらに何かが埋まっているのを発見した。
スコップから戻した右手で土を払う。

「髑髏?」

現れたのは人間のものより少し大きな白骨化した頭蓋骨である。

(な、なんでこんなところに……)

見なかったことにしようかなー、と考えていると、頭蓋骨がカタカタ動きだした。

「も、モンスター!?」
【かつて……】
「!?」

頭蓋骨から渋い声が漏れる。亡霊マッハの時の声よりも格段に渋い。

【かつて、この地には五つの種族が居た……】
(な、なんか語り出した―――――ッ!)

【始まりの種族と呼ばれる『人間族』……】

戦慄するチュンを余所に、顎をカタカタと動かしながら頭蓋骨は言葉を紡ぐ。

【海に住まいし『魚人族』。空を目指した『翼人族』。魔獣に堕ちし『獣人族』……】

そこまで喋ると、急に全ての骨が動いた。
チュンの目の前で土の中から体の各部位の骨が飛び出て、カチャカチャと全ての骨が組み合わさっていく。
ついに一人分の完全白骨死体となった骸骨は、身振りを加えて喋りを続けた。

【そして、忘れ去られし『地人族』。力を持ちし者よ。我ら地人族に、そなたの力を貸していただきたい。我らの墓の封印が弱まり、魔獣が侵入しているのだ……】

どうやら魔物がお墓に入り込んだらしい。

【あれらを追い出し、遺跡を封印してはくれないだろうか。万が一、我らが残した兵器が作動すれば、この大陸など一夜で滅びる……】

無駄に話がウソ臭くなった気がする。

――――タンタカターン!

骸骨の迫力に気圧されていると突然ファンファーレが鳴った。
チュンの前に、文が出現する。毎回思うが、視界を遮るこれは結構邪魔である。

『「穴掘りダンジョン」クエストが開始されようとしています。
≪……突然あなたの前に現れた骸骨が、語りかけてくる。あなたは骸骨に指示された順番に、地中にある地人族の遺跡を巡り、侵入した魔獣を撃退し、技術を封印することを依頼された……≫
このクエストを受注しますか?』

「ダンジョンは好きだから問題ないかな。でも大変そうだなぁ…」
『受けた方が特典いっぱいで夢が溢れます! お勧めですよ!』

だんだん自重しなくなってきた機械音声が強烈にGOサインを出してくる。

「ま、まぁいいか。うん、良く分からないけどボクの力で良ければどうぞ」
【かたじけない……】

骸骨がそう言うと同時、機械音声が叫んだ。

『「穴掘りダンジョンク」エストを受注しました。取り消しは聞きません』
「え、なにそれ不吉」

ていうか出来ませんじゃなくて聞きませんなんだ。

『最初の目標は「王の墓所」。入手可能名声ポイント900です』
「ポイント高っ!」

この目標をクリアすれば、現在の入手ポイントの借金がほぼ帳消しである。

『ふぅ……。こんなに長い間誰も気がつかないってありえますかね。わざわざ最初の広場にスコップが埋まっていると言うのに。そしてクエスト開始の起点は世界中に埋まっていると言うのに!』
「なんか漏れてる! 中の人の事情が漏れてる!」
『人などいません。AIです』


初日からちょいちょい自我があると思っていたが、やっぱり中のAIが居たらしい。これからAIさんって呼ぼう。
チュンが密かに決意していると、骸骨は話を再開した。

【そなたにはこの地へ向かってもらう……。そこに我らが王の眠る墓地があるのだ……】

サラサラと土が動き、どこかの地形を描き出す。
ポケットに入れていた便利地図(行った場所が勝手に記載される)が反応し、新たな場所が登録された。
向かっている方向とは別の方向にある、かなり遠い場所だ。

【我が名はジュラ。かつて我らが王の補佐をした者だ……】

カシャン、と骸骨が崩れ落ちる。そして、サラサラと風化していった。

「……なんかこういう情緒ある演出って良いよね」
『そ、そうですか!? 無駄だと思ったりしませんか!?』
「うぇ!?」

ぽつりとこぼした言葉に、AIさんが超速で反応してきたので、チュンは若干引きながら答えた。

「ええと…無い方が寂しいんじゃない?」
『で、ですよねー! ヒュー! 今夜はバーベキューだぜぇー!』
(と、突然テンション高ぇ――!)

その後しばらくAIさんのテンションは高いままで、チュンはやりにくいなぁ、と思わずにはいられなかった。







<20/ケイ>


その後も土を掘り続け、河川の下を潜り抜け、地上に出るのも面倒なのでそのまま地下を進み続けた。魚人に出会わない良い方法である。
位置は地図で分かるし。

どんどん進むうちに、スコップの刃先が堅い物を掘りあてる。

「あ。石板だ」

三枚目の石板だった。
掘りあてた石板を早速発動すると、

『草原の草を乾燥重量で8キロ食べれば、魔力10up ※一回だけ』

という文字が出てきた。八キロは地味に苦しそうである。

『名声ポイントが25ポイントアップです。おめでとうございます。』

石板での入手ポイントは下がり続けている。次半分になったら12.5ポイントかぁ……とチュンは思いをはせるのだった。




さらに土を掘り続けていると、AIさんが脱力することを言った。

『賞金の申請書が魚人の王都に届きました。5000万円の予定でしたが、手続き中に賞金が取り下げられました』
「よ、良かったけど一体何が…?」
『一体何が起こったのか………。安易に答えを教えず、それを探る喜びさえも提供するこのゲームは、まさにプライスレスですね』
「つまり分からないんだね」

やたらフランクになった機械音声と会話しながら、チュンは移動していた。独り言を言いつつ両腕をスコップに変えてクルクル回しながら進んでいるので、傍から見たら奇怪極まりない。
もっとも土の中なので見るのはモグラや虫しか居ないのだが。

「賞金なくなっても魚人の友好度は回復しないんだね。そもそも友好度って何?」
『友好度は、その種族の初対面の人に適用される印象の好悪ですね。よって今のアバター・チュンでは初対面の魚人にかなり嫌われます。強烈な異臭を放つ汚物を背負った殺人鬼に見える感じですかね』
「そ、そうなんだ…」

そうこうしている内に、どうやら森の真下に着いたようである。

「上昇開始っ!」

ぐりんぐりんぐりん…と頭の上の方に掘り進む。
もはや低速移動なら足を動かさずとも腕の回転だけで動いていける。この動きをマクロに記録出来たら、チュンは永遠に進み続けるだろう。

だいたい半分ほど登ったころ、スコップの先が、硬いんだけど少し柔らかい物体に突き刺さった。

サクッ!

――――――ゴァアアアア!

土の中で悶える何か。
チュンには光りを生み出す技能がないので何が何だか良く分からない。

「確か……あった」

チュンは右手のスコップ化を解除して、背負い袋の中から魔法のアイテムを取りだした。
「雷蹄鹿の核」という名の、剥ぎ取り品である。
透明な球体の中で電流が回転している逸品で、衝撃を与えたら雷が溢れるという危険極まりないものだ。決して辺りを照らすためのものではない。
とは言え明るいのも事実なので、それを掲げてチュンはスコップの突き刺さっているモノを見た。

――――フー! フー!

A4紙くらいある目玉がチュンを見ていた。縦割れの瞳孔が猫を彷彿とされる。

「………」

目が合って気まずい。

大きくて良く分からないがネコのような獣なのだろう。
露出しているのは片目と額のみ。スコップは額に少し傷を作っていた。
このスコップの切れ味で刺さりきっていないところを見ると、このモンスターはかなり硬いのだ。

なんで土に埋まっているのかは知らないが、その大きさゆえに全く動けていなかった。
呆気にとられていると、AIさんがニヒルに笑った。

『ふ……まさかこのような見つけ方をされるとは。このモンスターは、グランドクエストの12ヶ月目にて、大気中の魔力密度が上昇した世界に現れる3匹か4匹のモンスターの一匹です。』
「……なんで曖昧?」
『アバターがグランドクエストを進めているかどうかで変わるのです』
「なるほど」

4匹の内の一体がこれか。
しかしこのAI、メタ情報漏らしまくりである。いいのだろうかと心配になる。
AIさん消されたりしないよね?

「……こんな土の下に居てこのモンスターは大丈夫なの?」
『休眠状態だったのですが、傷を負うことで解けてしまったようですね。まさかそのスコップが刺さるとは。その切れ味を設定した人の顔が見てみたいです。明らかに過剰です』
「確かに……」

スコ雄の凄さを再確認したところで、チュンは尋ねた。

「ねぇこのモンスター全然動けなさそうだけど、倒していいの?」
『ダメです。殺したらなんか突然大爆発するかも知れません』

なんか突然って。大げさ過ぎてウソ臭い。

「まぁ聞いただけなんだけど。てい。」

チュンはモンスターの額にスコップを突き立てた。多分脳はこの辺りだ。

グサッ!

『ああッ! そんな…ッ!』


――――――グォオオオオ!

悲痛な声を上げるAIさんと体を震わせるモンスター。しかしモンスターは動けない。もう一度チュンのターン! グサっ!

『ああ……っ! 動けないのをいいことに……! この外道! どSっ!』
「違います。ボクはソフトMです。てい。」

―――――グォオオオオ!

『ひ、酷い…! しかし魔力の濃くない環境では獅子と言えども木偶その物……まさかこんなことになると誰が予想したでしょうか……! 立って! 立つのです獅子ッ! この反則少年をぶっ飛ばして!』

AIさんが無茶苦茶言っているのを無視して、チュンはモンスターの額を掘りまくった。
何回か突き刺しても上手く刺さらない。そのまま固定して、チュンは釘を打つようにスコップハンドでスコ雄をたたき込み始めた。
カーン!カーン!とスコ雄が徐々に打ち込まれていくのは、モンスターにとって拷問以外の何物でもなかっただろう。
だが、毛皮と肉と骨が堅過ぎるあなたが悪いのです。カーン!

経験値をしっかり貰っておくために、400回くらい頭を打ってスコ雄を根元まで打ち込み、そこでひねったりなんかして、地面に埋まっていたモンスター・AIさん曰く「災厄の獅子」を撃破したのだった。

『れ、レベルが二つ上がりました。くぅ……! 今に、今にこの世界の理不尽があなたをギャフンと言わせるでしょう……!』

不吉だから止めてください。







地面に埋まったままでは解体できないと、死体を袋に詰めて地面を掘り上がる。
死体は鹿のボスよりも一回り小さいが、とても大きいものだった。地面に空洞がぽっかり出来て、即座に崩落が始まったほどだ。
ゴロゴロと落ちてくる土を見上げ、チュンは鼻息荒く跳び上がった。

「負けるかぁあああああああ!」

スコップ5本でできた左右の腕を高速回転させて、落ちてくる端から土を後ろに送る。
しばらく回し続け、2分ほどでチュンは滝を登る様に地表へと到達した。

「だらっしゃああああああああああ!」

土を盛大に吹き飛ばしながら腕の回転が終了し、チュンの体が投げ出される。


青い空。久しぶりの地表。太陽の光を浴びて、筋肉が震えるようだ!

くるりと回って着地し、即座にスコップ化を解除する。

「到着!」
【ひぃ!?】

チュンが着地する音に混じって、何かの声が聞こえた。
体の土を払いつつ見回すと、近くでヒラヒラと蝶が飛んでいるのに気が付いた。
いやチョウではない。良く見ると黒いアゲハ蝶の羽を持つ小人、もしくは妖精である。

服はひらひらした薄くて丈の短いワンピースで、直毛を後頭部で無理やり纏めたように見える、箒の様な髪型だった。

【あ……!】

妖精は目を丸くしていたが、やがて何かに気がついたようにどこかに飛んで行った。
妖精が居るなんて、この世界も捨てた物じゃない、とチュンが考えながら背負い袋の中に残っていた土を穴の中に捨て、穴を塞ぐ。

「……ん?」

そうしていると遠くから音がする。
見れば、とんでもない速度で近づいてくる影があった。

いや、気が付いた時には既に目と鼻の先に居た。
速過ぎる。

(ッ!!)

腕のスコップ化による奇襲を狙おうとして構えたが、その必要はなかった。
地面に深く足跡を残して止まった人物は、チュンがここまではるばる会いに来たその人だったのだ。

彼女が静止した後遅れて風が吹き、ブワッと髪が舞い上がる。
急いで来たのか、彼女の髪や服に葉っぱや枝が引っ付いてきていた。

「ケイ……久しぶり」
「……うん」

こちらの世界で一月前から生活しているケイは、外のケイよりも数段ワイルドになっていた。
頬から耳にかけて獣の引っかき傷が出来ているし、髪は短くなっている。
服装は長袖長ズボンにブーツを履いており、腰には短剣が二つ差してある。

そして印象的なのが、その瞳。彼女の瞳には獣のような強い光が宿っていたのだ。
だが、それ以外はチュンの知るケイである。それに、チュンは少し安堵した。

「……随分とまたワイルドになってるねぇ」

そう言うとケイは頬笑み、チュンの前髪を梳いた。

「チュンこそ。髪の毛ボサボサだし真っ白だし。それにその格好。ズボンなんか穴開いてる。腕は……失くしちゃったんだね」
「そういうケイこそ、右手の小指と薬指がないよ」
「まぁね」

ちょっと失敗してね、とあっけらかんとしているのは、チュンと同じだ。
チュンも腕の欠損をそれほど問題視していない。
前向きになれているのは、ネガティブな感情が排除されているからだろうか。

「欠損を治すのってどうもお金がかかるみたいで、今貯めている最中なんだ」
「ははぁ。貯金か……」
「…………うん。チュンがそんなに変わって無くて良かった。安心したよ」

ケイがチュンの左腕の断面を触りながら呟くように言う。
とてもくすぐったい。

「凄いマッチョになってて声が野太くなってたらちょっと厳しいかなって思ってたんだ。フフ」
「なれたらなりたかったけどね」

少し残念ではある。
アメフト選手みたいな体になってみたかったのだが、ソフトマッチョで筋肉の増量は止まってしまったのだ。後は質の向上である。
ケイはチュンの左腕を触るのを止めると、ポシェットをぽん、と叩いた。あれが、外のケイが言っていた魔法の鞄だろう。

「積もる話はあるけど、とりあえずお昼にしない?」
「いいね。そうだ、お土産があるよ」

チュンが背負っていた袋を落とすと、衝撃と共に地面が凹み、反動でチュンやケイの体が数センチ浮いた。

「な、何キロあるのそれ」
「さぁ………? よいしょ」

袋から引きずりだした巨大な獅子の死体を見て、ケイが胡散臭げな視線をチュンに向けた。

「あ、コレじゃない。お土産は牛乳で……」
「ね、ねぇ。何をしたらこんなの倒せるの……私の短剣で傷がつかないんだけど……」
「ご飯食べながら話すよ」

二人で木を切り倒してベンチを作ったりしていると、【まってよー!】といいながら、半泣きのアゲハ妖精が飛んできたりした。
置いていかれて少し迷ってしまったらしい。魔力のラインが繋がっているだろうに、それを忘れるほど動転したのだろうか。

「ごめんごめん。つい気が早っちゃって」

ケイがよしよしと頭を撫でている。
こういう可愛い召喚獣もいいなぁとチュンが考えていると、右手の入れ墨が盛り上がって震え始めた。
痛くてペロペロ舐めたら大人しくなったので、まぁいいか、と久しぶりにケイと食べるご飯を楽しむことにした。






チュン(18歳 ♂)
レベル13
召喚獣:Hecatoncheir
身体能力(721/840)
体力:144 ……14 up!
筋力:243 ……28 up!
敏捷:41 ……4 up!
器用:123 ……19 up!
魔力:57 ……6 up!
感覚:113 ……9 up!


所持銀:280円
モンスター撃破数:104
名声:-1050/10
グランドクエスト進行率8%

○友好度
魚人「存在が許せない」

○スキル(15/15)
ネガティブガード
性欲ガード
排泄ガード
スコップ男(3)………体の任意の部位を20ヶ所までスコップに出来る。そのスコップはあなたが最後に触れたスコップである。
グロ耐性
スリングシューター(2)
観察者
気絶する人
血液好き
制限能力解放者(2)………能力行使を制限される状態であった時間分、体力筋力敏捷を二倍にする。
鉈使い







[28234] ステータス/挟撃
Name: 大豆◆c7e5d6e9 ID:2e564c12
Date: 2011/11/20 12:29


<21/ステータス>



小鳥たちの声が遠くから聞こえる。
木漏れ日が差し込み、とても平和な気分である。傍らに災厄の獅子の死体が転がっていなければ最高だった。
この死体、死んだらますます硬くなってついにスコップの刃が通らなくなってしまったので、今では完全に放置してある。無駄に重いので持ち運ぼうとも思わない。
腐ったらごめんなさい。

炙った肉とチュンの牛乳という些か質素で、しかし栄養価は高い食事を終え、チュンとケイは切り倒して上を平面に削った樹のベンチに並んで座りながらこれまでのことをつらつらと話し合っていた。
アゲハ妖精はお腹がいっぱいになったらしく、ケイの膝の上でお昼寝中である。

チュンがこの世界に降り立ってからの4日間をケイに話すと、彼女は納得が入った様に頷いた。

「なるほど……足が遅いから敵から逃げられずに、出会う敵を全て倒してきたから4日目でそのレベルなんだ……。良く生きてたね」

彼女のレベルは12と、チュンのものより一つ低い。彼女の一月分以上の経験値をたった4日で叩き出してしまったことになる。
逃げる足があるならば不利な戦いには身を投じないので、彼女とチュンの差は必然なのかもしれない。

なにしろ、このVR世界の戦いは8割が理不尽なものだし。

「ケイより上になっているとは思いもしなかったよ。……あの、くすぐったいんで触らないで欲しいんだけど」

ケイが先ほどから執拗にチュンの左手の断面を撫でていて、こそばゆい。
彼女の指は彼の見知ったものでは無く、剣を握るためにごつごつと角ばっていたが、触れる指先はひんやりと気持ちが良かった。

「いいじゃない減るもんじゃないし。それに、ある物がないという違和感が私の興味を引いて仕方がないんだよ。なんだか魅惑の柔らかさだし」
「そ、そう…」

チュンも彼女の右手が結構気になるのでお互い様だろうか。

「それで……チュンの穴掘りクエスト、だっけ? それを進めるの?」
「うん。なんたってダンジョンだからね。良く分からないけど」
「良く分からないのに受けちゃったんだ……」

良く分からないのに受けちゃったのである。

「ケイはグランドクエストを進めているの?」
「うん。まだ8%だけど。建物も作らないといけないし、意外と忙しいんだよ」
「建物……?」

見渡してみるが、森に囲まれた広場になっているだけで何もない。

「まだ建築には着手できてないよ。周りの邪魔になる獣とかを倒してる最中なんだ」
「ははぁ」

何やら大変そうだ。この近くの邪魔な奴というと、魔犬の森のモンスターも含まれていそうである。

「今日も実は予定があってね。チュンがこんなに早く来るとは思ってなかったから、盗賊を退治に行くつもりだったんだよ。さっきは偵察してたの」
「盗賊……? 山賊じゃなくて?」
「山賊は食料庫だから」
「そうですか……」

シビアな世界である。
以前からホラーゲームとかグロい映画が大好きだったケイは、この世界への順応度が素晴らしいのかもしれない。
頼もしさが増しているようだった。

「アジトがある場所は盗賊たちの出入りからもうだいたい突き止めてあるの。チュンもよかったら一緒に行く?」
「そんなご飯食べに行こう的に誘われても…まぁ行くけど」
「良かった。人数的に一人じゃ時間がかかりそうだったんだ」

ぶっ殺しに行くとはとても思えない気安さである。
ケイは膝の上で涎を垂らして寝ていた妖精の首根っこを引っ張り上げながら立ちあがる。

「ほら、起きて起きて」
【うぅ……? もぅ朝ぁ…?】

目を擦るアゲハ妖精を胸のポケットに入れ、ケイは腰に据えた二振りの短剣を確かめたあと、チュンが置いていた荷物を持ち上げようとする。
おそらく手渡してくるつもりだったのだろう。

「……?」

しかし持ち上がらない。
ケイが持とうとしても、底に接着剤でも塗ってあったかのように、持ち上がらない。

「チュンは普通に持ってたのに……ッ! ……ッ! ……ッ!」
「あの、ケイ…?」

顔に血が昇るほど歯を食いしばって奮闘するケイを見ていると、少々可哀そうになる。彼女は意外と負けず嫌いなのだ。
結局諦めて、息を整えながらどんよりとした目を鞄に向けている。

「全然持ち上がらない……ホントに何が入ってるの……」
「ええと…廃都市の瓦礫と…シカのボスを倒した時に剥ぎ取った…蹄とか?」

チュンは地面を凹ませている袋を持ち上げ、紐を両手に通して背中に担いだ。ずしりと来る重さが中々良い感じである。
背の重みを確かめていると、ケイがこちらを見ていることに気が付いた。

「な、なに?」
「速さだったら負けないんだから……!」

そうですか。





盗賊のアジトへ向けて進んでいると、やがて太陽が沈み、辺りが薄闇に包まれだした。
奇襲をかける側からすれば好都合である。

「この森って魔犬の森とは違うの?」
『地図上ではほぼ重なっていますが、形としては十字手裏剣のでして、真ん中の穴がこの森で、4つあるうち上の出っ張りが魔犬の森です』
「ふーん」

山中の生い茂った森の中、道なき道を進みながらAIさんと会話していると、先を進むケイが歩みを止めた。

「あった」

姿勢を低くしたケイが囁くのを聞きながら、チュンも姿勢を低くする。
草葉の隙間からすかして見ると、切り開かれたなだらかな山頂に石で作られた砦がそびえたっていた。
小さな城とも言える大きさで、門は無く、入口には盛んに焚かれる篝火の中、武器をもった人間が歩哨に立っている。

「大丈夫そう。私たちより大分弱い」

ケイがその歩哨を注視してから、息を吐いた。
彼女のスキルに危機感知を行う物があり、強さが未知数である盗賊の脅威が大したものではないことを確信したらしい。

「便利だねそれ」
「というか、危機感知や気配察知もなしに生き残っているチュンに驚くよ。じゃあアゲハ、偵察してきて」
【オッケー!】

薄闇にまぎれて、アゲハの姿が見えなくなる。彼女の漆黒の羽と無音の飛行は隠密行動にとても役立つのだ。

「いいなぁ…」
【グォオオオ!】
「あ、ウソウソ。ヘカトンさんってば超最高だし。比べることすら間違っているって言うか」
【ォォォ…】
「チュンは立場が低いんだね……」

アゲハが帰ってくる前に、互いの戦力を確認することにした。
ケイなら一人でも出来るだろうが、簡単に終わるならそちらの方が嬉しいらしい。

「ステータス。」

順にステータス画面を出現させ、覗き込む。



チュンのステータス。
レベル13……平均ステータスは140
身体能力(721/840)
体力:144
筋力:243
敏捷:41
器用:123
魔力:57
感覚:113
モンスター撃破数:104

感想(ケイ)
筋力があり得ない。それに足が遅すぎる……。というかこのステータスで良く生きて…。
あとスキルに探索系が殆どないのは何でなの? ねぇ、ホントになんで生きてるの?


ケイ(18歳♀)のステータス
レベル12
召喚獣:Papilio
身体能力(780/780)………レベル12の平均ステータスは130
体力:72
筋力:43
敏捷:245
器用:107
魔力:182
感覚:131

モンスター撃破数:952
名声:45/20
グランドクエスト進行率8%

○友好度
人間「話くらいは聞いてもいい」

○スキル(15/15)
ネガティブガード
性欲ガード
排泄ガード
短剣二刀流(2)  ……ジャグリングとかできる。
グロ耐性
危機感知者(2)  ……殺気に敏感! 罠とかにも気が付きやすい。
ロックスロアー(2)  ……石を投げると凄い威力!
鑑定者(2)  ……だいたいのアイテム情報を入手可能。モンスターの情報を読み取れることも。
ダイエッター  ……3日くらいなら食べなくても平気。
初級水魔法使い(2)  ……水鉄砲くらいの勢いで水が出せる。遠くの小火を消す際に便利。




感想(チュン)
ケイさんの方が極端です。あ、怖いんで睨まないでください。
でも一ヶ月先に始めただけあって、KILL数が凄いし、スキルとか充実してる。
ん? 魔法がある! ていうかスキルの一つなんだ。



という感じで互いのステータスの確認は終わった。

「よっし。作戦を立てようか」
「いや「立てようか」じゃないよ。このステータスで生きてこられたのが不思議でならないよ……」
「まぁそれは僕も薄々思わないでもない。なんで生きてるんだろうね。ハハハ」
「ハハハじゃないって。もう…」

AIさんが謎を解いてくれた。

『チュン様は運がいいですからね』
(運だったの……)

AIさんが言うには、召喚もできない低魔力で魔犬の森に飛び出して行った時に、このアバター死んだと思ったらしい。
その後色んなことがあり必死に戦ったのは知っているが、最初に魔力-20なんて起こっていなかったらもっと楽だった、とのこと。

『という訳で努力は認めますが、大半は運ですね』
「そうか、ボクって運が良かったのか」
「明らかにパーティの壁役のステータスだよこれ……気配察知がないと奇襲に無防備だし」
「なるほど」

マッハが死んだのはそのせいだったらしい。
今後の課題は、気配察知的なスキルを得ることに決まった。
まぁふつうはその内勝手に覚えるらしいので、特別何かするという訳でもないのだが。

【見てきた!】

そこにアゲハが帰ってきた。
状況を聞き、作戦をケイが喋る。チュンは自分の頭にこれっぽッちも自信がないのでおとなしく聞くことにした。

「じゃあ私が陽動して中の人たちを引っ張り出して、反対側からチュンが砦を強襲ね。チュンだと囲まれた時に逃げられないから」
「ははぁ…」
「最初は遠距離攻撃からだよ? 分かってる?」
「任せて!」
「不安だなぁ……チュンは考えなしなところあるから…」
「し、失礼な! 時々は考えるよ!」
「時々……?」
「だいたいいつも考えてますよ!」
「………」

ケイは何故かいつくしむ目で頬笑み、チュンの頭を撫でてきた。

「……?」
「じゃあ頃合いを見計らってね」

そう言うと、ケイは身を低くしたまま、中腰とは思えないスピードで森の中へと消えていった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



魚人の王都は戦の準備で沸き立っている。
商人が入れ替わり立ち替わり商品を持ってきては、売りつけてまたどこかへ去っていく。
領土を隣合う人間の国と翼人の国も同様だろう。
人々は不安そうだが、商人だけはすこぶる良い顔をしている。


王都で最も大きく最も荘厳な建物の中で、魚人の王は考える。

(……決め手が足りぬ)

魚人の王は眉根を寄せるとキセルを吸い、濃い煙を吐く。

(何かあと一つ……我らが優位に立つものがあれば…)

「陛下」

物憂げに煙を吐く王に、一人の魚人が歩み寄る。臣下の中でも、謀略に長けた者だ。

「隠れ里の近衛兵より、耳寄りな話が」
「………言ってみろ」
「実は―――――此度の姫様の出奔、接触のみで不死人にする能力を持った者が原因だったとか」
「……ほう。面妖な」

王は面白そうに片眉を上げる。この情報は、上手く使えば欠けていた最後の一押しに成るかもしれない。

「近衛を動かしてもよい。確実に捕えろ」
「は。」

臣下は早足で去っていく。臣下からもたらされた人物の情報を吟味し、どのように使役するか考える。

「………そう言えば、その人間に復讐したいとやかましい男が来ていたな」

『あっしはあの人間の場所が分かるんですぜ王様』

そのようなことを言っていた。
小男然とした魚人は汗をかきながらも、媚びへつらうように笑い、これこれこういう理由で分かるのです、と言った。

理屈は今一つ分かりかねたが、実際に位置を尋ねてみると迷うことなく一定の方角を指す。
アイリーンの捜索隊の水先案内人にするつもりであったが、アイリーンが戻ってきたために速攻で用が無くなって街に放り出したのだった。

王は傍らに控える侍女に、目を向ける。

「おい。一人魚人を探してこい。確か―――――」

その小男然とした魚人は欲に塗れた顔をしており、こう言っていた筈だ。

『あっしはサハグといいます。お見知りおきを』
「サハグとか言う……小者だ」

王は鼻を鳴らして、キセルに口を付けた。小者のことは考えるだけで不快だ。他人の力を借りようというところが特に。

「分かりました」

侍女は一礼して去っていく。
王はそれを見もせずに、また戦について思考を巡らせるのだった。













<22/挟撃>



片手でスリングショットを引くことが出来ないチュンが選んだ遠距離攻撃は、瓦礫の遠投であった。
筋肉の権化となりつつチュンが投げればそれは砲弾である。
西瓜ほどの大きさの瓦礫を振り被って投げる。

(ッッッッせぇええええええええええええい!)

遠くに投げるのでやや上を狙って瓦礫が恐ろしい速度で向かっていく。

『この角度であれば、ほぼ間違いなく砦の上に落ちます』
「分かるのか…。AIさんマジ有能。」
『はッ…! ついつい助言をしてしまう……! 身に染みついたお助け心が恨めしい……!』
「仲良くしようよ…」
『お断りだッ!』
「力いっぱい叫ばなくても」


話している内に、山なりの軌道を描いた瓦礫が轟音と共にアジトの平たい屋根に穴を開ける。
歩哨のアジトから盗賊達が駆け出してきた。手に武器を持っているが、慌てていたらしく両手にスプーンとフォークを持っている者もいた。

「よぉし! もういっちょ!」

―――――ドヒュ!

チュンは次から次へと、ちょうどいい大きさの瓦礫が無くなるまで投げた。さらには近くに埋まっていた岩を引きぬき、スコップで切断して弾を生成し、投げた。

ドパン! ドカン!と飛来する岩に右往左往している盗賊の内、一人の頭が突然ザクロのように弾けた。
盗賊達の混乱は最高潮になる。

『アバター・ケイの攻撃です。ここからは窺えませんが、小さな石のようです』
「ただの小石で……。スキルってやっぱり効果が尋常じゃないね」

ケイが石投げているだけで倒してしまえそうだったが、やはり盗賊の数が多い。見えるだけで50人はおり、しかも砦の中から続々と出てきている。
10人ほどケイの小石に頭やお腹をパーンされたところで小石の飛んでくる方角を誰かが見つけ、仲間と叫び合って、ぞろぞろと大挙して走り出した。
向かうのはもちろんケイの居る方角である。

「大丈夫かな……」
『心配する必要はないかと』

AIさんがそう言った瞬間、突如盗賊が数人纏めて吹っ飛んだ。
彼らの行く先で、爆発のような物が次々に発生している。
集団で突っ込もうとするが、近づくことすら手こずっているようだ。

『召喚獣の力ですね。アゲハ妖精が術を行使しているようです』
「すごいなぁ」

あの小さなアゲハ蝶の妖精がやっているのか。

恐るべきは連続で使用されていることだ。
爆発は小規模だが、間断なく同時多発的におこり、どんどん盗賊を吹っ飛ばして行く。
盗賊は武器ごと砕かれ、樹の後ろに隠れた者は樹ごと吹き飛ばされる。
吹っ飛ばされた盗賊は明らかに首や手足が弾け飛び、死骸が凄い勢いで生産されていくのだった。

「改めて他人がするのを見るとエグいなぁ……」
『こちらもそろそろ。ヘカトンケイルがアップを始めていますよ』

ヘカトンケイルはやる気満々らしい。スコップの出番はないかもしれない。

「アップて。呼び出せるのは指だけだよね?」
『絆が上がったので腕まで出てきますよ。現在の魔力効率は初期に比べて2倍です』
(そんなのアリなの…)

絆はいつ深まったのだろう。……考えても仕方がないか。手の甲を撫でると、ビクビクと不気味に痙攣した。怖い。

「よ、よし、行くよ!」

チュンは走り出した。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



アゲハ妖精が術を使う時の条件は、魔力供給を出来る者、すなわちケイに触れていることである。

【ふぅ―――っ!】

アゲハ妖精が掌の上に展開した魔法陣に小さな口で息を吹きかけると、陣から無数のアゲハチョウが滑るような勢いで飛び出していく。
散弾のように撒き散らされる無数のチョウが、生き物に触れた途端、炸裂した。

足なら足が腕なら腕が、触れた部位はもれなく抉れて無くなり、近くにいる盗賊ほど酷い姿になりながら吹き飛んでいく。
ケイもケイで石を投げつつ、盗賊の多さにあきれていた。

(こんなに多いなんて……チュンに来てもらって正解だった)

ケイの体力はそれ程多い訳でもない。全ての盗賊を倒すのはとても骨が折れただろう。一人ならば、一日二日はかかっていたかもしれない。

「―――――!」

ピリ、とケイの肌が静電気を受けたように痺れる。
一瞬の躊躇もなく、ケイはその場を蹴って移動した。頭の上でアゲハが慌ててしがみつく。
彼女の敏捷は250を超えていた。常人の10~20倍。本気を出せば、彼女の移動は風を置き去りにする速度となる。

直後、彼女の居た場所に長さ1.5mほどの長大な杭が突き刺さる。
飛んできた方を見やれば、砦の入口から奇怪な生物が顔をのぞかせていた。
体中から黒色の杭を生やした灰色の亀である。

即座に、彼女のスキル「鑑定者」がその生き物の情報を暴きだした。



―――針亀(モンスター)
―――レベル12
―――大人しい生物だが、人型の生物を見ると凶暴になる。
―――背に生えたトゲを飛ばして攻撃する。トゲの再生成は時間を要する。甲羅が堅く、動きはとても遅い。
―――長く生きた個体は知性を取り戻している場合があり、交渉に応じることもある。



ずらずらと脳裏に浮かぶ情報の中から戦闘に必要な物だけを取り出す。

(近くに寄るのはリスクがある。トゲを全部撃たせてから狩ればいい)

その針亀に盗賊が話しかけ、頷いた亀が針を飛ばしてくる。1本では無く、6本同時。
唸りを上げて飛んでくる杭は全力を出せば逃げられるが、それには頭の上の妖精を置き去りにする可能性がある。
感覚を越えた移動速度であり、周りも見えない状態になるので樹に引っ掛かったら服が破れて恥ずかしい。
もう一匹いたりすると厄介なので魔力は温存だ。

ケイは腰から二本の短剣を引きぬき逆手に構える。
直後飛来した杭を、体を捻り、短剣で逸らし、すり抜けるように回避する。

(避けるだけなら簡単……!)

後ろの樹を貫いて行く杭の音を聞きながら、ケイは次の杭に備えて構え―――――目の前の光景に唖然とした。
戦闘中だというのに、愚かにも口を開けて固まった。

「な、何アレ……」
――――――――ォオオオオオオオオ……!

ケイの眼に映ったのはクレーンの3倍はありそうな土色の巨大な腕が、拳骨で盗賊の砦を殴って消し飛ばす光景だった。
盗賊も針亀も纏めて消し飛び、後に残ったのは大きなクレーターだけである。
離れていた盗賊たちも、衝撃波で肉塊になっていた。

【うわぁ……あれってヘカトンケイルじゃない? すごー……】

頭の上でアゲハ妖精が呟くのを聞きながら、ケイはしばらく固まっていた。



『盗賊の首領「ビストロ・J」を撃破しました。アバター村周囲の治安が「可」→「良」になりました。グランドクエストが1%進行しました。名声ポイントを3取得しました』








ヘカトンケイルはその腕だけ見ても巨大さに圧倒される。威力は言わずもがな。

なるほど、あの様な規格外の威力、大きさであれば苦難を乗り切ることも不可能ではないかもしれない。
敵を消し飛ばしてしまうのは死体から装備や魔法アイテムを回収できないので勿体ないが、防御を無視して格上を倒せるというワイルドカードでもある。
そのようなことを思いながら、目の前で正座しているチュンを見下ろした。

「チュン」
「は、はい! すいませんでした! ヘカトンさんがちょっと張り切り過ぎちゃって……ボクは進入路を作って欲しいって頼んだだけで…」
「チュン。顔を上げて?」
「お、怒ってない?」

ケイはウフフと花の様に笑う。

「怒っている訳ないじゃない。たかが砦に貯められていた戦利品を根こそぎ消し飛ばされたくらいのことで、この優しいケイちゃんが起こるなんて……そんなことあると思う?」
(あると思います!)
「ねぇあると思うの?」
「ないと…ないといいなぁ……うう…禿げるよぅ……」

ケイは正座したチュンのつむじをウリウリとつつきながら、チュンを責めていた。
アゲハ妖精はチュンと一緒になって彼の膝の上で正座して、神妙にしている。
しかし良く見れば笑いだしそうである。なんか面白そうだったらしい。

ケイはチュンの頭から手を放す。

「……ふぅ。これ以上は私が病みつきになりそうだから勘弁してあげる」
「う、うん。是非そうして」
「やっぱりもうちょっと……」
「させないよ!」

チュンは手をスコップ化してまで必死にガードした。




砦から出てきていた盗賊たちの武器や小銭やらを死体から回収し、ケイも目当ての物を回収したところで、日が暮れた。
お肉を食みつつ、そしてアゲハ妖精と戯れるケイを眺めつつ、チュンはAIさんに尋ねた。

「穴掘りクエストの王の墓地ってここから遠い?」
『遠いですね。馬車で三週間はかかります』
「そっか」

三週間は遠い。馬車の速度は時速20キロくらいだろうか。良く知らないが、とてつもなく遠そうだ。
行って帰ってくるだけで一月半かかってしまう。
しかし、チュンは穴掘りダンジョンに挑まなければならない。普通にグランドクエストを進めるくらいではどうにもならないほど名声ポイントが減っているからだ。
AIさん曰く、どこかのダンジョンのボスを一体でも倒し、その後で一つ目の穴掘りダンジョンをクリアすれば一月目のポイントはクリアできるだろうとのことだった。

ケイが着いてくるなら助かると思ったが、ケイにはケイの事情がある。
すでに人間たちと交流関係を結んでいて、四日後にここにやってくる大工たちが危険じゃないように周囲の安全を確保しなければいけないらしい。

「チュンのおかげで盗賊退治が早く終わったけど、それでも私はしばらくここから動けそうにないんだ。ごめんね」
「うん。まぁ一月もここで頑張ってるんだもんね。僕も協力できるようになったらするから」
「期待してる。本番は戦争の始まる四ヶ月目だから、それは絶対一緒にやろうね」
「戦争…」

そう、このゲームのスケジュールでは、二月後に三種族が血を流し合う戦争が迫っているのだ。
チュンは自分に向けられた魚人の悪意を思い出し、僅かに身震いする。
あれを相互に向けあって行われる戦争はどれほど酷い物になるのだろうか。

だが、それを止めるためにアバターがいるのだ。
もちろん何もしないという道もあるのだが、ケイがすでにやる気満々だ。
チュンに協力しないという選択肢を選ぶつもりはなかった。

「うん、分かった。一緒にやろう」
「二人でやれば大丈夫」

ケイが下手なウインクをしながらそう言うので、チュンも強張っていた顔を崩し、笑った。





次の日の朝、チュンは旅立った。
ここで二人の道は分かれ、交わるのは少し先になる。

ケイは去って行くチュンの背中を見送ると、長く息を吐いた。
感傷にひたるのは、眠る前にでもできるだろう。
今は脅威排除の優先順位や、やってくる大工たちのための食糧調達など、考えることがたくさんあるのだ。

ケイは頭を振って、心配そうに見上げてくるアゲハ妖精の頭を撫で、あれこれと自分のすることを思い浮かべ始めた。




<つづく>






チュン(18歳 ♂)
レベル13
召喚獣:Hecatoncheir
身体能力(752/840)
体力:148 ……4 up!
筋力:251 ……8 up!
敏捷:43 ……2 up!
器用:133 ……10 up!
魔力:62 ……5 up!
感覚:115 ……2 up!


所持銀:1262円
モンスター撃破数:105
名声:-1050/10
グランドクエスト進行率9%

○友好度
魚人「存在が許せない」

○スキル(15/15)
ネガティブガード
性欲ガード
排泄ガード
スコップ男(3)………体の任意の部位を20ヶ所までスコップに出来る。そのスコップはあなたが最後に触れたスコップである。
グロ耐性
スリングシューター(2)
観察者
気絶する人
血液好き
制限能力解放者(2)………能力行使を制限される状態であった時間分、体力筋力敏捷を二倍にする。
鉈使い







[28234] 外からのメッセージ
Name: 大豆◆c7e5d6e9 ID:1d79d764
Date: 2011/11/20 12:32
いまさらの上に短くて申し訳ないです。



<23 外からのメッセージ>



24時間前。

「出ておいでよ! 別に怒ってないから! ちょっと事実の認識が違っているってことを伝えたいだけだから! ね!? ここにいるんでしょう!?」

ドンドンドン! ドンドンドン!

「ハァ……ハァ……」

公衆トイレに漂う糞尿の臭気が、アタルの呼気と共に入り込んできて不快だ。荒れる呼吸を抑えつつ、外から激しく叩かれる扉を無視し、便器に座ったアタルは携帯電話で文字を打っていた。
何やら、今ゲームの中で頑張っている自分の分身・アバターへ、文字だけなら送れるようになっているらしい。

(……失言には・重々・気をつけて・ください……と)

 アタルは打ち終わり、息をつく。そう言えば、先程から扉を叩いていた音が聞こえなくなっている。
 嫌な予感がして顔を上げる。

「―――――見っけ」
「ッ!?」

扉の上の隙間から、影が覗いている。
逆光になっていてよく見えなかったそれが微かに動くと、横から当たるうす暗い光に照らされて深い陰影のできた、ケイの、笑みが三日月のように裂けている顔であった―――――。

「ああ…あああ………」
「ウフフ」
「うわぁあああああっ!」

こうしてアタルとケイの、二時間にも渡るとても下らない逃走劇は終わった。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

拝啓

 簡単な文であれば送れるとのことなので、携帯電話から失礼しています。

 梅雨も過ぎ、暑い季節となりました。チュン様においてはいかがお過ごしでしょうか。
 私ことアタルは、今まさに危機に瀕しております。

 私の居るトイレの外から、扉も破けよとばかりにノックの音が聞こえてくるのです。隣町まで逃げてきたのですがケイは獲物を追いかける狼のように果てしないスタミナで、とても逃げきれませんでした。
 扉が一度叩かれる度に、その堅く握られた拳が私の頬にめり込む光景を想像せずにはいられません。この後執行される私刑に、私は心胆から震えがっているのです。
 つい、彼女の胸が慎ましいと漏らしたばかりに…。

 私が明日、どうなっているかはお天道様のみぞ知るでしょう。チュン様も、失言には重々にお気を付け下さい。

敬具

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



荒野をとぼとぼと歩くチュンに、どこからともなくやってきたハトによって届けられた手紙の内容は、以上であった。

(意味が分からない……)

こっちはリアルに死にかけながら色々やっているというのに、向こうはケイとイチャイチャしているということなのだろうか。
羨ましい限りである。いや、あんまり羨ましい状況ではないが……。

とにかくタイムラグが生じるとはいえ、情報が手に入るのはいいことである。
チュンの言葉は聞こえているはずなので、欲しい物があったら積極的に声に出せばいいだろう。
AIさんと同じく相手がいることは、他のNPCが見ても分からないので、気を使う必要はあるだろうが、ケイと別れてちょっと沈んでいたチュンのテンションが僅かに回復した。

「うん、よし! 頑張ろうか!」
『元気が出たようで結構なことです。ところが私は二日酔いですよ!』

知りませんがな。


昨日バーベキューをしながら飲み過ぎたという謎の報告をしてくるAIはさて置き、チュンはこれからのことを考える。
スタミナはやたらとあるので小走りで進んでいるが、三週間の道のりは長い。
ケイの居た森から真東に進んでいるのだが、森を抜けた後は疎らに枯れ木が生える他は相当遠くまで荒野が続いているので、視覚的にもつまらない。
そこで、進むだけでなく時間の有効活用がしたいと思ったのだ。

(ちょうどいい、気配察知スキルを得てみようか)

これから生きていくにあたって、危険察知や気配察知は必須のスキルだとケイは言っていた。
スキルが無くてもステータスの感覚を上げれば十分なのだが、その場合500は要るとか。100チョイしか無いチュンには無理だ。

幸いなことに気配察知のスキルを得る訓練は色々と考えられているようで、何をするかで得るスキルを選べるらしい。
音に注意したり、臭いをかぐ行動を繰り返したり、あとは危険な状況に晒され続ける、などである。

とりあえず全部やってみて、得たスキルを「鉈使い」と入れ替え、よさそうだったらそれにすることに決めた。


まずは音だ。
目を瞑り耳に集中すると、様々な音が聞こえてくる。
走る自分の体の躍動、自分の心臓の音、風の音、葉が擦れ合う音、呼吸の音。

チュンのステータスの感覚は一般人の5~10倍ほどになる。集中すれば、今までとは違った世界が現れた。
己の皮膚下で血管が脈打つ音が聞こえる程である。

ピンポーン! というドアチャイムみたいなファンファーレと共に、AIさんがスキル獲得を告げた。

『スキル「耳を澄ませば」を取得しました。「鉈使い」と交換して装備します』
「おお、早速。どんな効果?」
『時々「しずく、大好きだ!」などの某有名映画のセリフが聞こえます。気配察知はできません』
「い、意味がないよね!」


まぁもとより最初からいいスキルを得ることを期待していたわけではない。
気を取り直して次は嗅覚である。鼻に集中し、周囲の臭いを感じ取る。
自分の体が超臭かった。

「うほぉ! くっさ! 堪らない!」
――――しずく、大好きだ!
「うるさっ!」

鼻が若干馬鹿になっていて感じ取れていなかったのに、集中したことで認識してしまったのだ。
自分の体から腐ったチーズ混じりの嘔吐物をぶっ掛けたカメムシみたいな臭い(超濃厚)がする。
これ以上嗅ぐのは無理だ。むしろ鼻栓が欲しい。というかお風呂に入りたい。

チュンが涙目で自分の臭いにむせていると、ピンポーン! という音が鳴る。こんなのでスキルを得てしまったらしい。むせていただけなのに。

『スキル出ました。スキル「食材探索者」です。トリュフとかの匂いが良く感じ取れますね』
「いや凄いんだけども!」
――――――しずく、大好きだ!
「うるせぇえええええ! このセリフしかないの!? もうさっさと新しいの装備してください!」
『では交換しておきましょうかね。レアなんですけど。…あーだる』

AIさんの気の抜ける音と声と共に、スキルが入れ替わる。


「こ、これは……」


周囲の臭いの中で明らかに臭いの際立つ物を感じ取れるようになった。
思わず立ち止り、目を瞑ってソレに集中する。

地面の下に埋まりつつ緩やかに移動するソレから放たれる臭いの粒子が、地表へと漏れ出ている。「食材探求者」がそれをしっかりと拾い上げた。

チュンは、カッと目を見開く。

「そこだぁああああああ!」

スコップ化した右手が地面へと突きこまれる。

――――――ガキィ!

「うっ!」

しかしスコップハンドは10センチほど埋まったところで止まった。銀スコップハンドの切っ先が止まるなんて、何という硬度だろう!

サイズは小さいようなので、チュンはスコップ化を解除し、つかみ上げた。とたんに嗅ぎ慣れた匂いが溢れだす。ハッキリと嗅ぐことでその正体をチュンは悟った。

(これは…牛乳!)
―――キー!

口の端から白い液体を垂らしながら蠢くそれは、チュンの手の中で金切り声をあげる。

「というかカブトムシの幼虫に見えるんだけど…」

形はそれに似ていたが、大きさはフランスパンくらいある芋虫である。手触りは金属だがほのかに暖かく、動いているが継ぎ目は無くとても堅い。
ハッキリ言ってキモかった。
チュンのスキルの一つ、「観察者」が、正体を看破した。

『「水筒芋虫」:芳醇な味わいの牛乳の体液を持つ幼虫。体は堅いが、さなぎになる直前に豆腐よりも柔らかくなる』
(た、体液か……)

いくら牛乳だとしても、でかい芋虫の体内から出てきた白い液体をごくごく飲めるほど、チュンのハートは強くない。
そっと戻しておこうかと思った時、チュンの手の中で芋虫がふにゃ、と柔らかくなった。

「!?」
『さなぎになるようですよ。枝を見つけたと思ったのでしょうね』
「ええー…」

放りだしたら地面でベチャッてなることが想像されて放せずにいたのだが、芋虫はその隙に口から糸(牛乳塗れ)を吐きだして、チュンの腕を巻き込みつつ自分の体を覆い始めた。

「うわぁ……」

あれよあれよと言う間に右手首を巻き込んだ奇妙なオブジェが完成した。
糸を吐きだした後はまた体が硬くなったので握りつぶす心配はなさそうだが、相当に邪魔である。
しかし糸まで硬い。外そうと思ったら右手が千切れてしまうかもしれない。硬過ぎてスコップ化もできなくなっているという有様だった。

なにより牛乳臭い。

「なんでこんなことに……」
『3日ほどすれば羽化するので我慢してください』
「はい…」

まぁ腕の先に壊れないトンカチをゲットしたということでポジティブに考えたい。腕の途中はスコップ化によって伸ばせるし。
しかし右手が使えないと苦労しそうだなぁ、とチュンは思った。


『「ヨーグルトさなぎ」:体液が発酵して、濃厚なヨーグルトの体液を持つさなぎ。とても堅いが、羽化する直前に焼き豆腐程度の硬さになる』









ケイがいたアバター村の東は、鳥人族と人間族の緩衝地帯である。そこをフラフラ歩いていると、やがて岩石がごろごろと転がる岩石砂漠となり、この不毛の大地に適応したモンスターがひっきりなしに襲ってくるようになった。

――――――シュァアアアアアアア!

地面から飛び出し、体を伸縮させながら襲い来るミミズもその一匹である。
幾つかの節がある体は電柱くらいの長さと太さで、目の無い頭にぱっくりと裂けるように開いた口には細かくすり鉢状に牙が並んでいる。
口からは音を発しないが、全身から気体を噴き出しているのでガス漏れみたいな音がする。AIさん曰く皮膚呼吸らしいが、どうにもウソ臭い。

よだれがダラダラと垂れており、薄赤い体は粘液で光っており、総合すると、色々とキモかった。

この大地にはキモイ生物しかいないのだろうか。

何より嫌なのが、「食材探求者」がしっかりと反応したことであった。
そのお陰で地中からの奇襲を避けられたのだが、これを食材とみなしているスキルがちょっと信じられない。

『ミミズも酒のさかなとしては乙な物ですね』

などと発言をするAIさんに驚きつつ、チュンは伸ばしたスコップハンドをふるった。

「だらぁあああああああ!」

―――――――その切れ味、断てぬものなし!(ただし幼虫は除く!)

外皮は意外と手ごたえがあったが、両断することはできた。
所詮は雑魚である。
半ばで二つに切られた巨大ミミズはビチビチと跳ね体液を撒き散らしている。骨が無いので、体液の水圧で体を固めて動いていたらしいが、それが盛大に漏れているのでホースの如く液体が吐き出される。
やがて動かなくなり、切断面からトロトロと液体を流し出すだけになった。


ドン引きして距離を取っていたチュンは恐る恐る遠くからつつき、動かなくなったのを確認すると、息を吐いた。

『「下級ミミズ」を撃破しました。スズメの涙ほどの経験値が入りました。所詮レベル5の雑魚でしたね』
「うん…まぁ動きも遅かったし」
『では実食と行きましょうか』
「よーし! ……じゃない! あぶねぇ!」

自然に進めてくるものだから、さらっと解体しにかかるところだった。
チュンはゲテモノ食いはしない方向で生きたいお年頃なので、ミミズ食いは遠慮したい。

しかし次のAIさんの言葉で心が揺れた。

『牛肉みたいな味に設定していますよ。生なので牛刺しですかね』
「なっ!?」

牛肉、だと……?


チュンの家では、父親しか働いていないこともあり、あまり裕福ではないためか牛肉は普段から食卓に出てこない。
半年に一度、お祝い事やなんかの時に牛肉様は降臨するのだが、その時の味が、感動が、チュン中で駆け巡った。
ああ、あの牛肉様を今食べたら、どんなに美味しいことだろう!
しかも牛刺し! そんなの食べたこと無い!

チュンの舌の上へ、俄かに唾液が溢れてくる。


気づけばチュンはミミズへふらふらと歩み寄っていた。

「ちょ、ちょっとだけなら…」
『あ、もう腐りましたよ』
「ええ!? はやっ!」

ここまで来てそれは無いと思ったが、実際にミミズの体は異臭を放っていた。

『早く食べないから…』
「く、くそう! 次出てきたら、次こそは絶対に食べる! むしろ………むしろこっちから出向いてやるわ―――っ!」
『そこまでしなくても』

AIさんのあきれた声を聞き流し、チュンは左腕をスコップツリーにする。
切っ先を深々と地面へ突き刺すと、土を盛大に掘り返した。

「よいしょぉおおおおおおお!」

一堀でお風呂6杯分ほどの体積を掘り返すことが可能なスコップツリーが掘り上げた土。
高々と放り投げられたその土の塊の中、一匹のモンスターが混じっていることを、チュンはまだ知らない。
背後から狙う瞳に気がつかないまま、チュンは土を掘り続けるのだった。











[28234] ミミズ天国
Name: 大豆◆c7e5d6e9 ID:1d79d764
Date: 2011/11/26 08:26
<24 ミミズ天国>


チュンがいるのは岩石砂漠で、柔らかい土など存在しない場所だ。掘りだした地面の土は、大小様々な石となって山を成している。
その端に座って、チュンは休憩していた。

ケイが持たせてくれた水を口に含むと、驚くほど体の渇きが癒されて行く。
脱水症状になりかけるほど夢中で掘っていたらしい。
満足しつつふと右手に目を向けると、そこにはチュンの右手を巻き込んで繭を作った蛹があった。

繭を構成する糸は、AIさん曰く破壊不能オブジェクトだという。何かと忘れがちだが、そう言えばここはゲームなのだなぁ、とチュンは思った。

「AIさん、この蛹の中身、なんか動いてるような…」
『変態の最中ですから』
「そ、そうですか……」

AIさんの返事はつれないものだ。この微妙な気持ち悪さを何とかしてほしかったのだが。

右手を覆う蛹の中で、今まさに変態しつつある中身がどくりどくりと蠢いている。
その中身はチュンの右掌に握られているので、硬い感触の中身から響く鼓動が、ダイレクトに感じられるのだ。

チュンがその拍動に気を取られていると、後ろに積み上げた土の山から、ミキミキ…と硬い殻が割れる音が響いた。

「!?」

ハッと振り向いたときには、音の正体が土の山から出てくるところだった。
慌ててチュンは跳びのき、距離をとる。

10メートルほど跳び退いたチュンの前で、岩の山をかき分けてその生き物は姿を現した。
バラバラと三つの節に分かれた足で山の斜面を下り、地面に立つ。

六本の脚に、黒い甲殻、雄々しい一本の角。サイズがとても大きいが、それはカブトムシであった。

モンスターの証である充血したような目と白い虹彩を持っており、チュンの身長ほどの高さにあるその目をグリグリと動かしながら、翅を広げ、震わせる。

『いま脱皮したところのようですね。少年の憧れだと思いますが、そこのところどうですか?』
「でかくて怖いね…」

―――――ギチギチギチ!

巨大カブトムシは口から涎のような物を落としつつ、不快な声を上げ6本の脚で突撃してきた。岩の破片を巻き上げ

しかし。

「この程度なら……!」

チュンの右手には硬く固定された蛹ハンマーがあった。
突進を右に跳んで避けつつ、空中で体をねじり、バネのように、溜めた力を解放する。
肘の関節もしなやかに、野球のサイドスローのフォームでハンマーを振りきった。

――――――コォン!

強制的に首を振らされて、カブトムシがバランスを崩し、地面に倒れる。勢いのまま黒い甲殻が大地を削り、破片が散った。

(チャ――ンス!)

チュンは大きく飛び退り、腕の肘当たりを8回くらいスコップ化して伸ばす。

頭上に掲げた、銀スコップの列は僅かにしなる。
チュンは全力で右腕を振り下ろし、スコップトレインの先にある右手に握りしめた蛹を、カブトムシへと叩きつけた。

「ぬぉりゃああああああああ!」

高高度から蛹を振りおろして、カブトムシを地面ごと陥没させた。
クレーターができ、体液が飛び散る。
相当離れていたチュンの前にカブトムシの翅の残骸が飛んできて何気なくそれを触っていると、それまで静かだったAIさんが叫ぶ。

『作るのに……作るのに5日かけたのにやられるのは5秒ですよっ! 見せ場なしってどういうことですか!』
「あ、それは…すいません…」
『アバター:チュンなど地面の下に居るあの子にボコボコにされてしまえばいいんですよ! ふん!』
「………」

(この人……本当にAIなんんだろうか…)

今さらだが、自称AIの彼女の素性を疑いつつ、チュンは右手の蛹に着いたカブトムシの体液を払った。

ちなみにカブトムシはレベル8だったが、レベル13のチュンのレベルは変化しなかった。









チュンはそれから地面を掘り続けた。
もはや牛肉味のミミズとかどうでもよくなってきていたが、AIさんが意味深なことを言ったので気になっていた。
地面の下には何がいるのだろう。
その興味がチュンを動かしている。

しかし右手の蛹が邪魔だ。これが無ければ2倍の速さで掘れるのに。
チュンの右手の上では蛹の中身がグネグネと動いており、拍動も徐々に速くなってきている。AIさん曰く変態が進行している証だとか。
その辺に捨てていきたい気持ちでいっぱいだったが、離れないのだから仕方ないとビクビク蠢く蛹を抱え、チュンは黙々と掘り続けた。

周りの土は層を変え、サラサラの砂になっている。
汗にまみれ、砂にまみれ、それでも掘り続けていると、AIさんから声がかかった。

『……そろそろ来ますかね』
「?」

意味が分からないが、また災厄のホニャララが埋まっているのだろうか。それならむしろ望むところだ。
構わずスコップハンドを振り下ろすと、砂の下からガキリという音が聞こえる。

(なんだ……?)

また石板だろうかと屈んでスコップを引こうとするが、何かに刺さったように抜けない。
踏ん張って引き抜こうとすると、ギュリ…と金属がこすれる音がして、スコップが引き抜かれチュンは体勢を崩す。

―――――ズゴゴゴゴゴゴゴゴ!

直後大地が揺れ、チュンの視界がぐんぐんと高くなっていく。チュンの足元が持ち上がって行くのだ。
地下十数メートルっ程だった穴の底が、地上3メートルほどの高さまで登り、上昇は唐突に止まる。
チュンは転げ落ちて砂の上に降り立ち、地面から出てきた物をみる。

硬く、大きな石だ。そのざらつく表面には『絶対に押さないでください→』という言葉が掘られており、矢印の先に押し込む形の赤いスイッチがある。

「……?」

まぁ押すなと言うのだから押さなくていいのだろう。

ちょうど切りがいい、とチュンは思った。ミミズは出てこなかったけど、別の牛肉とかその内食べられるだろう。多分。
それよりも先に進んだ方がいい。

そう結論して、チュンは歩き出した。

『お、押してよぉおおおおおおおおおおおおおおおお! 押してよぉオオオオオオオオオオオオッ!』

そしてAIさんが絶叫するので足を止めた。

「いや、だって押すなって……」
『お約束でしょう!? ここは普通お約束的に押すでしょう!? きっと外の人も「なんで押さないんだこのウンコアバターが! データを消してやるぜグヘヘ!」ッてなりますよ!?』
「グヘヘはちょっと無いんじゃないかなぁ……」
『私がこれを作るのに何日かけたと……初めて地上に現れたのに……!』

ギリギリギリと歯ぎしりが聞こえてくる。

(AIさんも苦労してるんだなぁ……)

そこまで言うなら、という心持でチュンはボタンを押しこんだ。

再度、ゴゴゴゴゴゴ、と鳴動が始まる。

『あー! 押しちゃいましたねぇ。押すなって書いてるのに、ほんと…………いやほんと、ありがとうございます……うう…私の苦労がついに……!』

馬鹿にしかけたのはきっとチュンが最初に押していたら言うセリフだったのだろう。
しかし最後まで言えずにさめざめと泣く声が聞こえてくる。

なんだかいじらしいなと思っていると、そんな気分を吹き飛ばすように、チュンの周囲の地面が数十か所、弾け飛んだ。
驚くチュンの前で、地面から数十本の巨大ミミズの顔が飛び出した。


――――――――ビルビルビルビルビルッ!


ミミズが粘液付きで飛び出してくる音である。
数十のミミズの柱とセットでトラウマになりそうだった。グロ耐性が無ければ卒倒していたかもしれない。

ミミズたちは半分ほど飛び出たところで、勢いが無くなり、その粘液まみれの体をびったんびったん地面に打ち付け始めた。
地面がひっきりなしに揺れ、大地が砕け、ミミズがのたうつ様に出てくる。

「う、うわぁ……」

率直に言うと、とても気持ち悪かった。

『さぁどうですか! この光景!』
(最悪だ……)

そびえ立ち、のたうちまわる赤桃色の柱群とAIさんの誇らしげなセリフに絶句していると、地面から抜け出したミミズたちが、ずるずると蛇のように地面を這ってチュンに近寄ってきていた。
あっという間に視界が全て赤桃色のミミズの体で埋め尽くされる。

(……!)

ぼーっとしている場合じゃなかった。このままでは押しつぶされて死んでしまう。

チュンは気を取り直し、後ろへと飛び退る。

――――――――シィイイイ!

一秒前まで立っていた場所にミミズの頭が殺到し、地面が砕かれ石が飛ぶ。
しかしミミズの大多数は、飛び退ったチュンの姿を追って頭を伸ばしてくる。速度では、圧倒的に不利だった。

「ぬぅん!」

右手の蛹ハンマーを奮うが、致命傷には至らないようで、ひるみはするが、他のミミズが追ってくるので何も変わらない。

(く―――ここはこれしかいない!)

チュンは叫ぶ。

「ヘカトンケェェェェェェェイル!」

久しぶりに呼んだ気がするが、かの召喚獣はレスポンス0.1秒で声を上げた。

【ォオオオオオオオッシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!】
(いま「おっしゃ」って言った!?)

初めて言葉を発したヘカトンケイルに驚いていると、チュンの右手側の空気がたわみ、ボッと巨大な質量の腕が飛び出してくる。
風が渦巻き、曼荼羅の描かれた腕がミミズの大群に大きな掌でビンタを奮う。

まるでゴミを箒で掃くような豪快さだ。

地面をこそぎ取りながら土気色の掌が触れる物をみな消滅させる。
壁のように迫るミミズの頭を端から端まで消し飛ばした。

相変わらずとんでもない召喚獣である。全身が出てきたらいったいどうなってしまうのだろうか。
頭が無くなったことで内圧によってビチビチと粘液が噴き出すが、それもガードしてくれる鉄壁ぶり。

『あ、あれ? 破壊不能オブジェクトだったはずなのですが……』
「…? あ! 蛹が!」

さらにいつの間にか邪魔だった硬いサナギも消してくれているというサービスっぷりだ。

蛹は半分が抉られた状態で落ちていた。背中側が削られており、白いどろりとした半固形物が流れ出ている。
右手は久しぶりの外気の中で、ひんやりと気持ちがいい。
チュンは傍らで悠然とそびえるヘカトンケイルの腕を見上げる。

「流石ヘカトンケイル! 最高だ! ありがとう!」
【ヨォォォォォッッシャァァァァァァァ………!】

最後にごつい親指を立てて、ヘカトンケイルは消えていく。

「な、なんてニクい奴なんだ……格好いいぜ!」

感動のままに右手の甲の刺青を撫ですさると、内側から激しく痙攣して痛くなった。
そこで、ペロペロ舐めるとおとなしくなった。
刺青を舐めるなんてあまり人は見せられない姿だが、これが一番効率がいいのだから仕方ない。

『召喚獣との絆が上昇しました』
「これだけで!?」
『肩まで召喚できるようになりましたよ』
「マジか……」





ミミズを全て倒したことで、AIさんの気も済んだだろうと先へ進もうとすると、彼女から待ったがかかった。

『私たちはまだ第一の試練を突破しただけです。あれを見てください!
なにやらノリノリのAIさんに促されるまま、地中から出てきたボタン付きの石を見ると、「絶対に押さないでください→」の下に新たな文が刻まれていた。

――――冒険者は遺跡を守るガーディアンたちを退けた。遺跡の入口が冒険者たちに開かれる。しかし努々忘れるなかれ。本当の脅威はここからなのだ。


ゴゴン、と石の前面が下がり、降り階段と底なしに暗い穴が出現した。


「……入らなきゃダメ?」
『虎穴に入らずんば虎児を得ずというでしょう。ここで日和見したら末代まで私が呪います』
「AIさんが呪うんだ……」

末代まで、というかそもそもチュンが生き残れるか不安なのだが。

『それにこの場合虎児とは名声ポイントのことです。ここをクリアすれば、あとは穴掘りダンジョンを一つクリアするだけで、一カ月目のノルマはクリアできますよ?』
「ぬぅ……」

穴掘りダンジョンの一つ目のクリア報酬が900pで、今現在のポイントは-1000以下だ。どうしてもダンジョンか何かでポイントを稼ぐ必要がある。
その「何か」が偶然見つかったのだ。これは幸運なのではないだろうか。
少々危険でも、踏み込む価値はあるだろう。

「…よし、行こうか!」
『ふふふ……泣いても笑ってももう遅いのですよ……!』
「やっぱりやめよ」
『い、いけず! 期待させといて! 酷い!』

そんなこと言うなら脅さなきゃいいのに……と思いつつ、チュンは石の中に足を踏み入れる。
太陽光が遮られて、吹きあがってくる風が涼しい。生臭い匂いとかもしないし快適だ。
スキル「食材探求者」でも危険は感じ取れない。

これなら降りる途中で襲われることは無いだろうと、チュンは意を決して、石の階段を降りはじめた。




そして残された半分に抉れた蛹の背から、一匹の毒々しい色合いをした蝶が、半死の様子で這い出してくる。
蝶は苦しげに羽を伸ばし、その場に崩れ落ちた。

死体となったその身から、暗闇よりも黒い液体が滲みだす。
一体どこに入っていたのか、とどまることなく溢れだす黒い液体が、瞬く間に周囲の砂漠を浸食し、さらにチュンの進んだ階段をドロドロと下り始めた。





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