変身


「あ〜あ、
せっかくおじいちゃんの目を盗んでトリラスの村に
やって来たのに、誰も相手してくれないんだもん、
つまんない」

 村の中を歩き回ったキャロンは、すっかり疲れてしまっていた。

 トボトボと歩いていると、池のほとりに出た。

「わ〜っ、
きれいな池。
ちょうどいいわ、
汗を流していこうかな」

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 キャロンは服を脱ぐと、池の中に飛び込んだ。

「う〜ん、
冷たくて気持ちいい〜〜」

 エメラルドの池水に、泳ぐキャロンの白い肌が映える。

 日は少しずつ傾きだし、池水はその色を一層濃くしだした。

「いけない、
そろそろ帰らないとおじいちゃんが本気になって怒りだしちゃうわ」

 池から出て、服を着ようとした時、近くの茂みがガサガサと動いた。

「キャッ!
誰、
そこで覗いているのは?」

 キャロンは慌てて裸の胸を隠した。

「出て来なさいよ、出歯亀!
そんな所で女の子の裸を見て喜んでいるなんて、
変態よ!
出て来ないんならこっちから行くわよ!」

 近くに落ちている枝を拾いあげ、キャロンは茂みに近づいた。

 そして、茂みに向かって勢いよく枝を振り下ろした。

 その瞬間、閃光が疾り、枝は真っ二つになって斬り落とされた。

「な、
なあに、今のは?
・・・」

 キャロンが呆気に取られていると、茂みの中から黒い甲冑に身を包ん
だ兵士が姿を現した。
 死の影が形になったようなその姿を見た瞬間、キャロンはそれが何者
なのか、瞬時に理解した。

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「!!
シャドゥの兵士!?」

 暗黒の甲羅をまとったその兵士こそ新帝国シャドゥのブラックナイト
だった。

「コイ、ムスメ。
オマエハ、げばるざーサマノヨトギニチョウドイイ」

 ブラックナイトは、キャロンの手を取って連れて行こうとした。

「キャ〜〜ッ、
なにをするのよ〜!
離して、
離してよ!」

 キャロンは必死になって手を振りほどこうとした。だが、ブラックナ
イトの力は強く、とても振りほどけそうになかった。

「テイコウスルナ。
オトナシクシロ」

「いや〜〜っ!
誰か助けて〜!」

「フン、
コンナトコロニ、タスケナドクルモノカ」

 それはキャロンにも分かっていた。

 奇跡でも起こらない限り助けなど来るはずがないと分かっていても、
キャロンは叫ばずにはいられなかった。

「いやよ、
誰か来て!
助けて
・・・
ムググ」

 ブラックナイトに口を塞がれ、これで助けも呼べなくなった。

 その時、奇跡が起こった。

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 樹の上から白刃を閃かせてひとりの剣士が飛び降りて来た。

 驚いたブラックナイトは、キャロンを離し、飛びさがって逃げた。

「大丈夫か?」

「あ、
ありがとう。
でも、あなたは誰なの?」

「拙者の名はシグルスと申す。
さあ、
さがって!」

 キャロンを後ろに下げて、シグルスはブラックナイトと対峙した。

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「ハァ、ハァ・・・」

 倒したブラックナイトを見下ろし、荒い息をあげているシグルスの元
へキャロンが駆け寄る。

「助かったのね、
私。
シグルスさん、ありがとう」

「なに、
当然のことをしたまで。
それよりも、
この辺で同い年ぐらいの少女を見なかったか?」

「同い年ぐらいの?
・・・
ううん、
見なかったわ」

「そうか
・・・
クソッ、
奴らめ、
拙者が油断している隙に姫をどこへ連れ去った・・・」

 シグルスは悔しそうに拳を手のひらに叩きつけ、独り呟いた。

「私も一緒に探しましょうか?」

「いいや、それは危険すぎる。
キャロン、
あなたはすぐにカガッタの村に帰ったほうがよい」

「エッ!?
なんで私がカガッタの者だと知っているの?」

「!
そ、
それは・・・」

 シグルスが言い淀んでいると、突然、キャロンが左の腕にはめていた
ブレスレットが輝きだした。

「キャッ、
どうして?
ブレスレットが光ってる!」

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 と、次の瞬間、キャロンの身体は目に見えない巨大な手に掴みあげら
れたように宙に浮かびあがりだした。

「キャローーン!」

 浮かびあがったキャロンを引き戻そうと、シグルスは必死になって手
を伸ばした。
 だが、キャロンの身体は木立の上よりもさらに高く浮かび上がってし
まっていた。

 その頭上には、巨大な鉤爪が引き裂いたような空間の歪みができてい
て、キャロンを吸い込もうとしている。

「助けて〜、
シグルスさ〜ん!」

 キャロンは必死になって助けを求めた。

「キャロ〜〜〜ン!」

 シグルスの叫びも虚しく、キャロンは空間の歪みに吸い込まれてしま
った。

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 ひんやりとした感触に、キャロンは目を覚ました。

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「ここは、
どこ?
・・・」

 辺りは暗くてはっきりした様子は分からないが、自分が石でできたベ
ッドの上に寝かされていることだけは分かった。

 起きあがってみると、見たこともない服を着せられているのに気がつ
いた。

「この服はなに?
なんで私、こんな格好をしているの?
それにあの変な歪みは?
・・・
そうよ、
早くこんな場所から逃げなくちゃ!」

 寝かされていた台から降りるとキャロンは出口を探して歩きだした。

 その時、暗がりの向こうから『ギャオ〜〜〜ンッ!』と怪しげなうな
り声が響いて来た。

「な、
なに、
今の!?」

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 脅いたキャロンが後ずさると、突然、目の前に鋭い牙を生やしたドラ
ゴンが現れた。

「キャ〜〜〜〜ッ!」

 キャロンが悲鳴をあげると、ドラゴンも驚いて逃げ出した。

「???
どうなってるの?」

 逃げ出したドラゴンを見て、キャロンは少し勇気がわいた。

「どうやら、こいつ、
あんまり強くないみたいね」

 ドラゴンは追い詰められたと思いこんだようだ。

「お、
お前は誰だァ?
ゲバルザーの手下か?
ぼ、
僕は怖くなんかないぞぞぞぞ、
ややや
やっつけてやる!」

「・・・」

「・・・」

 負けると解っていても、男には、行かねばならぬ時がある。

「ちょ、
ちょっと待って!
私はゲバルザーなんかの手下じゃないわよ!」

 恐怖に狂ったドラゴンは遮二無二向かって来る。

「もう、誤解だってば!」

「な〜んだ、
ゲバルザーの手下じゃないのかぁ。
ハ〜ッ、
助かった・・・」

 そう言うとドラゴンは、ポン!と煙をだして変身を解いた。 1-23vb.ral  

 煙の中からでて来たのは、さっきまでの姿とは似ても似つかないチビ
ドラゴンだった。

「きゃ〜〜、
可愛い〜〜!
それがあなたの本当の姿なのね」

「うん。
あの姿でいられるのは、ほんの少しの間だけなんだ。
君を追い払おうと思ってね」

「私みたいな可愛い子を敵だと思うなんて、
まったく、
そそっかしいドラゴンね」

「そんなこと言ったって、突然現れるんだもん。
誰だって驚くよ」

「ドラゴンのくせに臆病ね」

「ドラゴン、ドラゴンって言うなよ。
僕にはマリンっていうちゃんとした名前があるんだぞ」

「プッ、
マリンなんてずいぶん人間らしい名前ね」

「当然だろ。
だって僕、人間なんだもん」

 そう言って、マリンは胸を張った。

「え〜っ!
人間?
とてもそうは見えないけど・・・」

「ゲバルザーをやっつけようと思って城に行こうとしたんだけど
途中で捕まって魔法をかけられちゃってさ。
こんな姿に変えられちゃったんだ・・
それで、隙を見つけて逃げ出してここに隠れていたんだ」

 思い出したらしく、マリンは悔しそうに首を振った。

「そうだったの
・・・
笑ったりしてゴメンね。
・・・
ところでここはどこなの?」

「イグドラシル神殿の中だよ。
君が寝ていた台座は『剣士の憩』と呼ばれているところで
・・・
!」

 キャロンの姿を改めて見て、マリンは驚いて目を見開いた。

「き、
君のその格好!?
もしかして君は・・・」

 マリンがその先を言おうとした時、

 暗がりの一角が四角く開き、ブラックナイトが入ってきた。

「ナンダ?
オマエラハ」

「まずい!
ブラックナイトだ!」

 二人は逃げようとした。だが、部屋には他に出口があるわけでもなく
簡単にブラックナイトに追い詰められてしまった。

「やだ〜、
殺される〜〜!」

「く、
来るな!
それ以上近づくと
火炎をお見舞いするぞ」

 近づいて来るブラックナイトに脅えながらも、マリンは必死になって
虚勢を張った。だがブラックナイトに戦う意志はないらしく、戦う構え
を見せずに、歩みを止めた。

「オマエタチモ『あーすがるどノ剣』ヲサガシテイルノカ?」

「えっ?
明日があるど・・・?」

「なんだそれ?」

「シラナイノカ」

「ブンブンブン」

「ブンブンブン」

 キャロンとマリンは揃えて首を振った。

「ソウカ
・・・
ナラバ、
オンナハ、トラエテげばるざーサマノナグサミモノニ、ツレテイク」

「え〜〜〜〜っ!」

「お、
男は?」

「コロス」

「ひ、ひえ〜〜〜っ」

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 ブラックナイトは剣を抜き、二人に襲いかかった。

「ちょ、
ちょっと待ってよ!
あなたがなにを探しているのか知らないけれど、
見つけられないからって私たちを襲うなんて八つ当たりもいいところよ!」

 だが、ブラックナイトは問答無用とばかりに攻撃を続ける。

「た、
戦うんだ、
キャロン!」

「え〜〜っ、私が!?
か弱い女の子によくそんなことが言えるわね!」

「君ならできる!
だって君は、伝説の剣士なんだ」

「バカ言わないで!
私のどこが伝説の剣士なのよ!?」

「君がその格好であの場所に現れたことこそ、まぎれもない証拠 さ!」

「勝手に決めつけないでよ!
私だって好きでこんな格好をしているわけじゃないのよ!」

「来た〜〜っ!!!!!」

 唸りをあげて、ブラックナイトの剣が振り下ろされた。