俺の名前は八雲葵(やくもあおい)。普通の大学2年生。
大学2年となると、学校にも慣れて、友達も出来て、4年間のキャンパスライフの中で最も楽しい時期である。
この時期になると、サークルや部活動に精を出す者もいれば、大学生活と言う時間がとても取れる身分を利用して、自分探し等と言う名目で旅行三昧という者もいる。
まあ、それは個人の勝手だし、人がとやかく言う事は無い。
確かに楽しい期間には間違いないのだが、現実を直視していないわけでもないし、3年4年になれば就職活動であちこちに飛び回らなければならなくなるのだから。
だから4年のうち1年くらいは遊んでいたって誰も文句は言わないだろう。
しかしそれは現実を直視し、ある程度の人間性を高めた者が言う事の出来るセリフであり、今の俺にこんな偉そうなことを言える権利があるかどうかはいささか疑問だ。
と言うのも、俺は望んで大学生になったわけではない。ただ単に親に言われて、進められて、卒業後に良い職業に付けられるように………。
基本的に俺の両親は周りの目を過剰なまでに気にするようなガチガチな教育ママとまではいかないが、人並みにはそう言う欲は持ち合わせている。
まあ親にしてみれば子供が良い仕事に就いてくれる事が一番嬉しのだろうが、俺にはなりたい仕事と言うのがないのだ。
言われた通りに勉強して、受験に成功して、大学生になって………。自分の意思ではなく他人の意志で勉強して大学生になった。俺は自分の意思で何かを成した事など、一度たりとも存在していないのだ。
中学生の時の部活動でテニス部に所属していたが2年から行かなくなった。
高校生の時には友達の中学の時の友達の付き合いでバトミントンを始めた。でもこれも1年くらいで終わった。
大学生になってサークル勧誘などに良く声をかけられていたが、やりたい事が全く見えない俺がそんなモノに入るはずもない。
俺はもう二十歳になった。
酒も飲めるし、犯罪を犯せば名前と写真が乗せられてしまう。
そんな年頃の俺は大学の所有している陸上部のためのグランドで一生懸命に汗を流して、友人らと楽しく笑っている学生を見て心が痛くなってくるのだ。
俺はどうしてここにいるのだろう?
時々、そんな事を思うようになってしまったのだ。
いや大学の正門の隣にグランドがあるのだからそこを通らなければ帰れないのだから、そこにいて当然だ。
そう言う事じゃない。
そう言うんじゃないのだ。
『ここ』と言うのはグランドの事じゃない。
随分と大袈裟な言い方で少し恥ずかしい気もするのだが『ここ』と言うのは『この世界』の事だ。
俺が生きているこの現実世界のことなのだ。
将来がぼんやりとしていて生きてるの辛い。
そんな理由で自殺した文豪がいたが、俺も似たような感じなのかもしれない。
尤も俺とその文豪を同等に考えるのはあまりにもおこがましい事この上ないのだが。
将来を本気で考えるととても辛いんだ。
苦悩で頭が痛くなってくる。そう言った時には風呂に使ったり、ゲームをしたりして気を紛らわせるのが一番だったりするのだが、心のどこかではそんな風に心を誤魔化している自分を嘆いたりで………。
そんな自分に嫌悪感を感じたりして、また誤魔化して、紛らわして、誤魔化して……。
そんな考えたくもないような無限ループに足を踏み入れてしまった気がする。
昔は良かった。
ふとそう思った。
それと言うのも、俺は昔は想像力が豊かだったせいなのか思春期特有の病気と言うのかは人それぞれではあると思うが、俺は自分が作り出した架空の世界を妄想し、そこに意識を持っていくことができたのだ。
自分を主人公格の存在にした物語。
自分が主人公を補佐する頭脳キャラのような物語。
自分が主人公のライバル的な存在になる物語。
物語のヒロインとのイチャイチャな物語。
数え上げたらきりが無い。
その世界は全てが自分の都合のよい設定になっており、自分を中心とした世界であった。
そんな世界に俺は入り浸っていた。
凄く楽しかった。それこそ時間を忘れるほどに。
いつしか、本当にそんな世界に行ってみたい。
叶わぬ夢と知りつつも、昔の俺はどういう訳か世界は俺の都合のよい展開になっている。そう信じて疑わなかった。
純粋と言えば聞こえはいいだろう。
しかし、今にしてみればなんと無知で愚かであったのだろうか?
大人になって、それが分かるようになってきたのだ。
現実の重さを。知るようになってきたのだ。
他人に言えないほどの黒歴史だ。
思い出すだけで、あまりの恥ずかしさに全身がのたまうかのようだ。
しかし、それでも憧れるのだ。
もしも、
もしもだが、俺がファンタジーな世界のキャラクターになったら?
そしてその世界では自分はどう言った存在になるのだろうか?
どんなストーリーが待ち受けているのだろうか?
そう言う未知な体験にあこがれるのだ。
「――アホらしい。」
ファンタジーな世界になれば何かが変われると思っているのか?
アホらしい。実に。
現実世界で頑張れない者が、異世界やメルヘンな世界、ファンタジーな世界と言ったところで頑張れるはずが無い。
頑張れない者が、その世界の主人公なんかになれるはずが無いのだ。
そんなネガティブな事を考えながら俺は自分のアパートについた。
「ただいま~。」
一人暮らしゆえに返って来る返事があるはずが何のだが、癖で言ってしまう。
軽く部屋を掃除して、授業の課題を終わらせた。
その後、やる事ないから、テレビを見ながら時間を潰していた。
ある程度時間が過ぎた時……。
グ~
「腹減ったな……。」
軽い空腹感を感じた。我慢できないほどでもないが、退屈であった事もあって、外に出ようと思った。
真っ暗な夜道を俺は一人で歩いていた。
「今日もこれで終わりか……。」
平日の深夜のせいか、人通りには誰一人見当たらない。
退屈で何の変化のない日常をただ毎日繰り返している。人によってはそれは幸せな事であると言うが、俺にとっては退屈でしかたが無い。
そんな事を考えながら歩いていたら、すぐそばの公園から妙な音が聞こえてきた。
まるで、走っているような、何かを叩くような……。何とも言えない音であった。そしてそれは次第に大きくなっていった。
「何の音だ?」
興味本位で公園の中に入って行くと目を疑うような光景がそこのはあった。
「―――――よ。――――の大将を務めたお方が何をとち狂った事を言いよるのか?この事は我々――――にとって喜ばしい事ではないか?」
「―――ッッ!!??」
身長が大きな奴が、小さい奴に話しかけている。
そこだけ聞けば何の事は無い。身長の大きい奴なんてそこらにいる。しかし、そいつの身長は目測だけでも3メートル以上はあった。まるで一階から天井を突き抜けてニ階の部屋に頭を突き抜けてしまうかのような。
身長だけでは無い。
そいつの容貌は、とても人間とは思えないような容貌をしていたのだ。
歪な歯並び。
耳元まで届くかと思わせるほど裂けた口。
手のひらほどの大きなギョロッとした目玉。
鼻は低い。とても。いや、無かった。鼻なんて無かった。
そして、それらの部位を持った頭は、体の約三分の一にも達していた。
首から下は筋骨隆々。足が太い事は勿論、腕も人間の胴回りほどある。
そして、何よりも決定的であったのが、頭に生えている大きな角だ。まるで、あれは………
『鬼』
そう言わざるを得ない風貌であった。
「お主らはアレの恐ろしさをまるで分かっとらん!アレはそんな軽い考えで扱えるものでは無いぞ!アレが復活したらどうなるか―――」
あの鬼のような巨人に相対しているのは、和服姿の杖をついた小さな少女であった。それこそ、人間の中学生ほどの小さな少女。
あの鬼と比べれば、さらにその小ささが引き立てられる。
二人が何を話しているのかは分からない。
しかし、突然鬼のような巨人が、女の子めがけてその大きな拳を振り上げた。
ドゴンッ!
そう聞こえた。
ドゴンッと。
巨人が地面を殴った音がそう聞こえたのだ。人間が地面を殴ってもあんな音は出ない。そもそも音すらしない。
凄まじい重量を持った鈍器で殴らなければあんな音は出ない。
そんな拳を少女は紙一重でよけ切っていた。
しかしリーチの長さはあまりにも違い過ぎる。少女は攻めきれずにいた。
あまりの風景に俺は言葉を失っていた。
道徳的に考えるならば、暴力を受けそうになっている少女を助けるためにその場に駆け付けるか、もしくは警察を呼ぶかのどちらかの行動をするべきであったのだろう。
しかし、ここにあった光景はもはや人外のものだ。道徳観念など頭に過る事すらしなかった。
そして冷静で無い頭はその場からさっさと立ち去れと言っていた。
俺は、すぐさまその場から逃げようと走った。
しかし不運かな、すぐ足もとにあった空き缶を蹴ってしまったのだ。
車通りも人通りも無い深夜のせいで、その音は大袈裟なほど大きな音を立てて、カランカランと軽快な音は、公園に響き渡った。
「ぬッッ!?人間かッッ!!?見たなッッ!!」
「ひぃッッ!」
鬼は先ほどから相対していた女の子を無視して、こちらに向かってきた。
凄まじい轟音とも言える足音を出しながらこちらに向かってくる。情けない話、あまりの恐怖に足が震えて動くことすらできなかった。
「小僧ッ!逃げろッ!」
少女がそう言うものの、足が震えてる上に腰まで抜けてしまった。立って走るどころか這いずることすらできない。
鬼はその大きな拳を振り上げ、俺に落とそうとしている。
目の前の光景がスローモーションのようにはっきりと見えていた。それでも俺は動けなかった。
そして、これが走馬灯なのだと後になって気付いた。
ドガンッ!
鈍器で叩いたような鈍い音を出しながら俺は吹き飛ばされた。
そして数メートルほど吹き飛ばされ、俺は地面に叩きつけられた。
「ぐはッ!!」
地面に叩きつけられた瞬間、肺の中の空気が一気に口から出た。
しかし、何かがおかしい。
地面にたたきつけられた時の痛みはあるが、あの鬼に殴られた時の痛みがまるでなかった。衝撃は感じたが、まるで何かに守られたような……。
気が付くと俺に覆いかぶさるように先ほどの少女が倒れこんでいた。そして気付く。この少女は身を呈して俺の盾代わりになってくれたのだと。
「おい!おい!大丈夫か!?しっかりしろ!!」
「―――うッ……ぐぅ……」
どうやら息はあるようだ。しかし、意識が朦朧としている。
鬼がゆっくりとこちらに近づいてくる。
すぐさま逃げなければならないのに、やはり体が動かない。それに助けてくれたこの少女も何とかしなくちゃいけないと思った。
目の前に鬼がやってきた。そして、ため息をつきながら落胆したかのように俺たちに言った。
「………人間の盾代わりになろうとは。貴方は『妖怪』としての本質を失ってしまったようだな。………誠に残念だ。」
なんと言ったのだ?
妖怪?
今、この鬼は妖怪と言ったのだろうか?
そんな事を考えている内に、鬼がまた拳を振り上げてきた。
少女は倒れてるし、俺は動けない。万事休すだと思った。鬼が拳を振り上げた瞬間、すべたが終わったと思った。
「ねぇねぇ!こっちの公園で変な音しなかった?」
「気のせいじゃない?」
人の気配。
それも結構な人数だ。いくら人通りが少ないからと言って、人そのものがいないはずが無いのだ。
こんなにも騒げば、一人や二人くらい現れる。
鬼も、俺たちではなく、そっちの気配がする方を向いた。
「チッ!………命拾いしたな小僧。今日の事はさっさと忘れた方が身のためだぞ?尤も信じるような者はいないだろうがな。」
そんな捨て台詞を吐きながら、鬼は目の前から一瞬で姿を消した。
いなくなったのではなく、消えたのだ。文字通りに。
あまりにも現実離れしすぎる経験であった。
夢にしては随分とリアリティがあるし、そもそも地面にたたきつけられた背中がまだ痛い。夢なんかでは決してなかった。
「………助かった?」
誰に言ったのか分からないが、そう言わざるを得なかった。
俺は助かったのかと?
そして、時間が経つにつれ、今の現状がはっきりして来たのだ。
「おい!しっかりしろ!………待ってろ。今、救急車を………って、携帯もってきてねぇッ!」
軽くコンビニに行くだけであったために、携帯電話の携帯を怠った。
しかし、幸運かな近くに公衆電話があったのだ。
すぐさま、その公衆電話で救急車と警察を呼ぼうと思ったのだが……
「――ま、待て!小僧。」
袖口を引っ張りながら、少女が意識を取り戻した。
「あ、君。意識が戻ったのか。今、救急車を呼んでやる。」
「必要ない。」
「―――え?」
「必要ない。救急車なんぞ呼ぶな。」
「は?何言ってんだよ!あんな吹っ飛ばされるほどの力で殴られたんだぞ!絶対に骨か何かがイッてるよ!それに警察だって……!」
「呼ぶんじゃないッッ!!助けてやったんじゃ!それくらい聞いてくれてもよかろうがッ!!」
「ッッ!」
思いっきり怒鳴られた。あまりの剣幕に凄く驚いてしまった。
しかし、相当無理をしていたのだろうか、また少女の意識が無くなってしまった。
「呼ぶなって……。どうしよう?」
本来ならば、警察と救急車を呼ぶべきなのだろう。しかし、あんな剣幕で言われたら呼ぶべきかどうか悩んでしまう。
かなり悩んだ末、俺は少女を背負って俺のアパートまで連れて行った。さすがに外の公園に放置するわけにはいかなかったから。
……………………………
………………
……
「―――――この子、一体何者なのだろう?」
部屋についた俺は、女の子を自分のベットに横にさせ、先ほどの出来事について考えていた。
(それにさっきのあの巨人………。どう考えたって、『鬼』そのものだよな?それに妖怪って……)
妖怪?
あの鬼はそう言った。
妖怪なんぞ、ただの言い伝え。ただの怪談話でしかない存在だろう。実際に実在していたのか?
本当らならば、こんな事信じられないのだろうが、先ほどの出来事を考えるならば本当に妖怪だったのかもしれない。
だとしたら……。
この子は何者?
あの鬼はこの少女を妖怪と言った。
この少女も妖怪なのか?
だとしても俺の事を助けてくれたし……。
「あああッ!!くっそッ!分かんねぇなッ!」
一体何がどうなっているんだ?
考えれば考えるほど訳が分からなくなる。
いきなり妖怪なんて思考の外もいい所の存在だ。
「―――なんじゃい。騒々しいの。人が眠っていると言うのに、黙っておれんのか?」
「ッッ!!……お、起きたのか。」
「こんなに騒がしいんじゃ、起きるに決まっておろう。」
上体を起こし、回りを見る少女。
「ここはどこじゃ?」
「ここは俺のアパートだよ。あんた、さっき救急車を呼ぶなって言ったから連れて帰ってきたんだよ。」
「………誘拐じゃぞ?ソレ。」
「俺が見ず知らずの少女を誘拐するような人間に見えるのかッ!?それに公園にほったらかしにするわけにもいかないだろうがッ!」
「イタズラは………されておらんようじゃな。」
「するかッ!!」
「ははは。冗談じゃよ。すまんの。」
「あ、いや……。―――さっきは助けてくれて、ありがとう。」
「ふふ。いまどき珍しい。礼儀がなっておるな小僧。感心感心。」
「……そりゃどうも。」
なんとも気の抜けた女の子だ。
なんかのらりくらりと、こちらの気が紛れてしまう。
それにしても口調と言い、雰囲気と言い変わったな少女だ。
まるで老人のように話す。見た目はどう見たって、中学生そこらの女の子だと言うのに。
しかし不思議な事に、その事に全く違和感を感じないのだ。
こう言うキャラ作りをする中学生は俺が中学生の時にもいたが、やはり演技臭い話し方であった。
しかし、この少女からはそんな演技臭さは微塵も感じられなかった。
極自然。
その喋り方が極めて自然に感じた。
「ところで君。さっきの………事だけど。」
「分かっておる。あんなにはっきりと目撃されたんじゃ。言わぬわけにはいくまい。それにお主も納得すまい。」
「当たり前だ。」
どう考えても、アレは人間なんかじゃなかった。
そして、そんな奴に殺されそうになったのだ。
さすがにのらりくらりされても、先ほどの出来事の説明だけはしてもらわなければならない。
いくら気が紛らわされてもそれだけは紛らわせない。
「アレはお主が考えているように、『妖怪』じゃ。」
「……本当に?」
「うむ。本当じゃ。お主とて、もしかしたら………なんて思っておったのじゃろう?」
「……う、うん。」
やはり妖怪。
アレは本当に妖怪の類であったのか……。
ならばこの少女は一体何者だ?
「……あんたは一体何者なんだ?」
「儂か?儂はな………。」
―――この少女との出会いが
「儂は、『ぬらりひょん』!妖怪の総大将じゃった者じゃ!」
―――俺の退屈な日常を一変させる事となる。