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2011-01-25

True Faith

NEW OREDR、名前は知っていた。ラジオやテレビで流れてくるのを、何気なく聞き流していた英国のマンチェスターで結成されたFACTORYレーベルのバンド。
1980年に活動を開始したこのNEW OREDRが、マイブームに火をつけたのは、つい最近のこと。
2006年に行われたグラスゴーでのライブDVDで「True Faith」を見て、虜になってしまった。
イアン・カーティスを中心に、内向的なサウンドを路線としてたジョイ・ディビジョンとは打って変わり。そのエレクトリックで質の高いダンサブルなサウンドを今まで、聞き込まなかったのは、ちょっと惜しい。
イアン・カーティスをモデルにした伝記映画『CONTROL』冒頭イアンの部屋から、デヴィド・ボウイの「Drive In Saturday」が流れる。
この瞬間、「ああ。この映画絶対好きになるな」と思ったものだが、この映画があまりに暗い。ジョイ・ディビジョンの音楽こそ良いのだが、この暗さは、一体何なんだと思わせる。
このジョイ・ディビジョンからNEW OREDRが生まれたことは、どこか憂鬱なダンスサウンドにも、匂わせるところがあるのかも知れないが、わたしは正統派ノリノリの「True Faith」でハマった口。その音楽の方向性の転換に、悪い意味ではなく、違和感を感じたものだった。
NEW OREDRが活躍していた1990年当時、わたしは、STONE ROSESやHAPPY MONDAYSのマンチェスター・ブームに乗り、レンタルで借りたCDをテープにダヴィング、毎日のように聴く毎日だった。
あの頃の英国のバンドを数え上げれば、切りがない。
インスパイラル・カーペット。La`s。ジェームス...。
今も、CDラックに眠っているCDを探せば、あの頃、一番よく音楽を聴いていた1990年代がごっそり出てきそうだ。
今思えば、シャーラタンズを聴いたのも、後になってからだ。
80年代にイギリスのロックとポップに出会い、今でも愛し続けている。
新譜こそ買う枚数が激減したが、今でも試聴コーナーの前へ行くと、1時間は過ごしてしまう。
NEW OREDRのバーニーのソロ・プロジェクトで、元Smithのジョニー・マーと作ったエレクトリックもよく聴いていたなあ。
そう言えば、1982年にマンチェスターで結成されたThe Smithを聴いたのも、解散した後だったなあ。
あの頃は、雑誌「rockin` on」を買い、深夜番組「ベストヒットUSA」「ポッパーズMTV」「Beat UK」「Tokyo hot best 100」なんかを見ながら、本当に一生懸命に、自分に合う音楽を探していたなあ。
大学時代のサークルの後輩と音楽の話をしていた時、「好きなバンド」の話になり、その頃好きだったSimply Red "If you don`t me now"が入っている『New Frameは好きだなあ』と言ったら、「ああ。Simple Mindsみたいな感じの」と言われて、萎えたのをよく覚えている。
その後輩とはよく音楽の話をしたのか、あまり記憶にはないのだが、音楽チャートの話になり、
「俺が大体好きなバンドって、チャートで良くても30位くらいなんだよな」
「分かります、50位とか60位とかね。」
「80位とかって時もあるけど、自分の耳が間違っているのか、自信なくす時ってあるよな」
まあ。大体英国の音楽チャートの上位には、アイドルグループとダンス音楽が多く、まともに?音楽を聴こうなんんて奴らのチャートなんて、そんなに高くなかった。
OASIS嫌いのわたしの好みでは、なおさらチャートの順位は低かっただろう。
UKロック好きで、OASISが嫌いと言うと、変人扱いされる。
学生時代、海へ友達と来るまで出かけた。
U2やCherやら色んなコンピが入ったCDを、かけていたように想う。
不意に、わたしが「OASISのサウンドが嫌い」と言うと、
「俺は、OASISのサウンドが好き」と言われ、面を喰らった覚えがある。
その友達も、最近では、80年代のヒット曲集のCDなんか車でかけているらしい。仙台に住んでいるので、詳しくは知らない。
「あの頃の音楽が一番おちつくんだよな」笑いながら、少し照れくさうに言ってた。
よっぽど好きじゃなくちゃ、いまだに新しい音楽なんて、しかもマイナーなものなんて、追いかけられないよなあ。
でも、いつも古いものばかり聴いている気分にもなれないしな。
複雑な気分で、今聴いているNEW ORDER『SUBSTANCE』が終わる。

shiroyagiさんの投稿 - 07:02:28 - 1 コメント - トラックバック(0)

2010-09-22

わたしは兔だと言う景子の声に

ただ首肯くしかない。わたしの心は震えて

電話の向こうの景子が あまりに愛おしく

兔を抱きしめるように 優しく 景子を

わたしの胸に包みたい

その一言を口に漏らせば

切な想いは 堰を切った 濁流が如く

溢れ出てしまうのが、分かっている。

声が出ない。

きっと想いは一つ

二つの孤独な魂しいが求め合い

いつか、一つになれる日を。

夢み、中秋の名月を眺めやりながら

想うのは、ただ景子の柔らかな頬なのだ

ほんのり紅い 頬に触れる刻き、

彷徨える独りの魂しいに、灯びが宿る

shiroyagiさんの投稿 - 22:51:49 - 1 コメント - トラックバック(0)

2010-09-20

七色のカノン

カノンという言葉を知ったのは、確か手塚治虫の漫画『カノン』だったと記憶している。
「カノン」が何かも分からず、ただ漫画の主人公の男性のあだ名がカノンだったことさえ、いま単行本を読み返すまで、忘れていた。
クラシック音楽に、「カノン」という曲があるのを知ったのは、漫画を読んだずっと後のことで、作曲者も知らずにいた。
このあいだ、ヨネザワへ行った時に見かけたバロック音楽を集めた三枚組のオムニヴァス盤のCDの一曲目が「カノン」だったのだ。
そこに、作曲者であるハッフェルベルの名前があり、わたしのこころは腑に落ちた。
ハッフェルベルの名前は、うろ覚えながら、頭の片隅にあったが、「カノン」とは、直接むすびついていなかったのだ。
わたしは、キヨさんに、このCD、一枚目の一曲目をかけて欲しいと頼み、一服しながら、キヨさんと「カノン」を聴いた。
「この曲好きだったんですけど、作曲者の名前が出てこなくって。このハッフェルベルって人、他に有名な曲があまりなくて、この人だけのCDって、なかなか無いんですよ。だから、自分でも、この曲をCDで持っているのかも、おぼえてないんですよ」
そんな話をキヨさんとしながら、クラシックのCDを何枚か、店でかけてもらい、結局四五枚、クラシックのCDを買った。
その中の一つが、この「カノン」が入っているCDなのだった。
いま、部屋のオーディオで、この「カノン」をリピートで聴いているのだが、穏やかで、こころが安まる。
弦の音色がやさしい。
そして、何より、ぼくが愛する景子の声は、ぼくをこころから、優しい気持にさせてくれる。

shiroyagiさんの投稿 - 01:04:42 - 0 コメント - トラックバック(0)

2010-09-04

Au revoir Vox,Bonjour TypePad.

Voxに登録したのは、今思えば、2006年9月20のことだった。
たまたま、好きなミュージシャンThe Divine ComedyをGoogle検索していて、辿り着いたのが、Voxユーザーの方だった。
その方に、コメントしたい。その思いで、登録したのが、Voxだった。
それまで、Voxという存在すら知らず、その頃は、招待制だったので、登録願いをたどたどしく英語で行い、Voxから承諾のメールが届いたのが、確か一週間くらい経った後だったように、思う。
そのメールは、迷惑メールフォルダに入っていて、危うく削除してしまうところだった。
わたし自身、Voxのことを忘れかけていたように思い出す。
そのような動機で始めたVoxだったが、その後、わたしにとって、かけがえのない存在になっていった。
記事の更新こそ、2007年を山に、下っていったが、Voxのことを忘れたことはなかった。
聖書の言葉を借りれば、病めるときも、健やかなるときも、わたしを陰で支えてくれたのはVoxで、そのVoxに、心から感謝したい。
当時、無料で、クォリティの高いサーヴィスを提供していたSix Apartの懐の深さに驚くのは、後のことで、ITに疎いわたしは、ただただ当たり前のように、Voxが提供するものを享受していた。
そして今、Voxが終わりを告げようとしている。
今年2010年10月1日を以て、Voxは終了する。
そして今、わたしはVoxを提供し続けたSix Apartが運営するTypePadへのインポートを終えた。
今までの恩返しという訳ではないけれど、これからもSix Apartとつながっていたい、という気持ちがわたしの中で次第、強くなっていった。
わたしのVoxでの最後の記事を、Voxを支え続けたTeam Vox、チームVoxへ捧げたいと思う。
そして、これからもTypePadでお世話になるSix ApartへのYellで終いとしたい。
今まで本当にありがとう。
そして、これからも、よろしくお願いします。

Au revoir Vox,Bonjour TypePad.

nobuki
2010.9.4

shiroyagiさんの投稿 - 23:33:54 - 0 コメント - トラックバック(0)

2010-08-31

二回目のカウンター席とこぶ茶の味

今日の夕方、久しぶり、二ヶ月ぶりくらいにねずみさんへ寄った。
久しぶりのねずみさんの店先には、前には無かったメニュらしき看板が出ていた。
店の中、静かに扉を開けて入る。
ママさんと常連のヤノさん、アライさんが談笑していた。
軽く挨拶をして、いつもの席に腰を下ろし、ママさんの娘さんが注文を取りにきたので、「取り合えず、珈琲をお願いします」と言って、煙草に火を付けた。
珈琲は毎日、夕方に自分で、ペーパーで淹れているのだが、運ばれてきた珈琲は、やはり、わたしの淹れたものと違い、うんと美味しかった。
喉が渇いていたせいもあり、わたしは熱い珈琲でも飲めるので、早くに飲み干した。
ヤノさんとアライさんが帰っていった。
「お先に」
「どうも」
いつもの、ヤノさんとアライさんとすれ違った時のやり取りに、心地よいものを感じていた。
調度、マスターが顔を見せた。
軽い天候の世間話から始まり、話が進んでいった。
マスターは耳が遠い。
わたしは、傍らに置いていたブリーフケースを左手、煙草を右手に持ちながら、カウンター、マスターの近くに席を移動した。
ママさんが、水とこぶ茶を持ってきてくれた。
「すみません。頂きます」
こぶ茶は、前にキヨさんと一緒になった時、一度カウンターに座った時に、頂いて以来なので、多分一年以上前の事だろう。
今でも、その美味しい味は忘れないが、正にその味だった。
懐しい味。
わたしは、先日の日曜日に、ジョゼが熱中症と脱水症状に罹った話を切々と話した。
ねずみさん一家は皆、猫好きで、わたしの話をよく聞いてくれた。
何でも、ねずみさんの外猫のさくらちゃんも、最近、熱中症の軽い症状を訴えたそうだ。
一番の猫好きのママさんが教えてくれた。
家のジョゼとは症状が違い、食べ物を戻したそうだ。
それから、マスターと色々な話をした。
昔話が多かった。
わたしは、マスターの話を、耳に集中してよく聞いた。
たまに相槌、話を上手く運べるように、応答した。
マスターの機嫌は良いようだった。
マスターが帰る時刻になったようだ。
マスターは、皆より早く、一人バスで帰るのだが、明日の九月一日からダイヤが変わるのを心配している様子だった。
「お気をつけて」
マスターはまだ、日が暮れる前、扉の向こうへと消えて行った。
替わりに、わたしの話し相手になってくれたのが、娘さんだった。
前に、岩浪ホールの映画『セラフィーヌの庭』のチラシを置いていたので、その話題から始まって、何故かファンタジー映画の話題になり、『ハリーポッター』『指輪物語』から、その原作の話へ移っていった。
最近は、コンピュータ・グラフィックの技術が発展したので、以前は映像化が不可能と言われていた作品が多く、映画化されてきた、などと話していた。
時刻は午後六時過ぎていた。
一人の男性の客が入ってきて、カレーライスを頼んだ。
わたしも、頼むタイミングを計っていたので、カレーライスと珈琲のセットを頼んだ。
ねずみさんのカレーライスは、福神漬けが付いた昔ながらのものだ。
わたしは、ゆっくり噛んで、黙々と口へ運んだ。
食後、珈琲が運ばれてきた。
ヤノさんがまた、友だちの女性を連れて入ってきた。
ヤノさん達は、さっきまでマスターが座っていた一番奥の、所謂特別席に座り、談笑し始めた。
わたしは、珈琲を啜り、煙草を吹かしていた。
今まで、わたしはねずみさんへ行くと、新聞を読む習慣があったのだが、こんなに遅い時間にねずみさんに居たことはなく、夕刊は家で読むことにしていたのだが、まだ店を出るのが惜しまれて、何時までも居たい気持ちが強かった。
ふと気が付くと、二つ向こうの席に、今日の夕刊が置いてある。
さっきマスターが読み終えた、いつも一番にマスターが読む新聞。
ママさんか、娘さんが、わたしに気を遣って、そっと置いておいてくれたのだろう。
わたしは、静かに新聞を開き、一面から飛んでテレビ欄、社会面からまた一面へと、いつもわたしが新聞を読む順番に記事を、端から端へと読んでいった。
新聞を読み終え、一服する。
時刻は七時近かったか、過ぎていただろうか。
帰るのを惜しみながら、わたしはゆっくりとした動作で、煙草を仕舞い、小銭を出し、財布を出し、iPhoneで今日のお勘定を計算して、ぴったりの金額をテーブルの上に乗せた。
それでも、去り難くて、ぼんやりと、古い掛け時計を眺めていた。
何分位だろう。
分からないが、そろそろ帰ろう、思い、ママさんに、
「ご馳走さまです。カレーライスのセットに珈琲です」
ママさんの手に、お金を置き渡し、
「また、時間を見つけて、来ます」
笑みを作りながら、言った。
店をを出て、通りを横切り、駅の改札へ抜けて行って、はたと気が付いた。
いつも、ねずみさんへ行くと、店で飼っている外猫さんたちのための募金箱に、十円玉を幾つか入れるのを愉しみにしていたのだが、今日は忘れていた。
わたしが密かに、お賽銭箱と呼んでいる、赤い色の珈琲の缶。
これはまた、近い内に、ねずみさんへ行くように、という神さまのお告げのように思われて、駅のホームを歩きながら、一人微笑んだ。
今度の土曜日、出来たら行きたいなあ、そう願いながら、電車に乗り込んだ。

shiroyagiさんの投稿 - 22:56:37 - 0 コメント - トラックバック(0)
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