2005-02-02
オフィス・レディの幸子
私は仕事帰りの夜、スナックでバイトをしている26才のOL。名前は幸子。私の癖は、常連客といい仲になること。今、8人の客と、同時進行でつきあっている。昨日も新しく、常連客と一人、寝てしまった。
お金がもらえてお酒が飲めるから、この仕事をやっていると言っても、間違いではない。この仕事を始めるまで、外でのお酒と家で飲むお酒で、私の給料は、殆ど消えていた。なのに今は、お酒を飲む程、私の財布は膨らんでいく。一部の客は、私がテーブルに付くと、
「幸子が来た。お前の分の酒はないぞ」
と、酔っぱらいながら半分本気で言う。そうなのだ、私があんまり飲むから、今までツケで飲んだことがなかった客が、財布の中身が足りなくなり、ツケで飲んでいくようになった。この事を、ママは喜んでくれた。ツケをさせると、また近い内に来なくちゃならないからね。ママは、店が終わってから、笑いながら言った。でも、ママは知らない。
客がツケをするようになったのは、私の酒の量だけじゃない。私が、客と寝る女だからだ。酒だけのために、客はそこまでして、私の分の酒に、金を払わない。私の体の代金が、酒の代金で払われているのだ。その金は、ママを通して、私に少し戻ってくる。私は、十分酒を飲んでいるから、何の申し分もない。その上、毎晩男達が、官能的な酒と体を、私の中に注いでくれる。私は酒で、自分の思い通りにならなくなった体を、男の思い通りにされて、悦んでいる。酒で酔ったセックスは、それだけでもうエクスタシーだ。
もう一つのエクスタシーは、私の体を知っている客が、店で鉢合わせをすること。客のテーブルで飲んでいる時、自分の客が店に入ってきた瞬間、何度イキそうになったことか。何人もの男が、私に自分の酒を飲ませようと、私の体を、舐め回すように見る。
私はまだ、試していない欲望が、一つある。複数の客と、同時に、酒と男を味わうことだ。一人の男で、あのエクスタシー。もし男が二人なら、三人だったら、私は、三倍のエクスタシーを感じられるのだろうか。厭、三人なら三乗だから、もっとすごい波が、私を襲うのだろう。私は波に飲まれたまま、息もせず、何十分も波に流されたまま、息も絶え絶えの体。
想像するだけで私はもう、濡れている。瞳は潤んでいる。頬が紅潮しているのは、酒のせいではないのを、私は知っている。もう我慢の限界、これ以上我慢するのは。
今、三人の常連客が、鉢合わせをしている。今日こそ試してやる。私はワイングラスを飲み干した。夜は短い。
2005-02-01
芸能人
ヘルプで入っているディスコ、クラブGには芸能人がよく来る。年配の個性派俳優からジャニーズまで。白石がヘルプで働いていたある日、当時ジャニーズの人気グループのメンバーの一人郷田賢が店を訪れた。郷田は当然VIPルームに案内された。白石と楢崎は店に郷田が来た事で少し興奮していた。「郷田って背低くない」
「ああ、そうだな。あんなチビだと思わなかった」
「芸能人なんて結構そうだよ。こないだ来た俳優の瀬戸幹生だってチビだったぜ」
「こう見てると、郷田ってサルみてえ」
「あのゲラゲラ笑う感じが一層、バカっぽく見せてるよな」
「ああ、なんかからかいたくなってくるタイプだよ」
「うん、テレビで見てる分じゃ、そんなこと思わなかったけど、あの実物見ちゃうとな。なんかやりたくなるな」
「なあ、あいつを何かで引っかけないか」
「どうやって」
「そうだなあ。オーダーしたのと違う酒出して、味が分かるか試すってのはどう」
「いいね、それ、玄人好み。ちょうどあいつウィスキーロックで飲んでるしさ。やっちゃおうぜ」
白石と楢崎は作戦を開始した。
「今郷田が飲んでるウィスキーはワイルド・ターキーだ。まあバーボンだな。それを何に変えるかだ、問題は」
「ホワイト・ホースってのはどう」
「バカ、そりゃいくらなんでも分かるだろ。超安酒じゃん」
「じゃあ、オールドは」
「お前、真面目に考えろよ」
「んー、そうだな。山崎、シングルモルト」
「面白いけど、リスキーだな。日本のだしな。マジばれたらほんとやばいぜ」
「大丈夫だって。その時にゃあ、間違えましたって言えばいいじゃん。なっ」
「まあな。カナディアン・クラブてのはどう」
「んっ、渋いね。それいこう」
白石はカウンターに入り、空のワイルドターキーの瓶があるのを見つけ、それにカナディアン・クラブを三分の1位入れる。
バーテンの原が、
「何やってんだよ、白石」
「いや、ちょっと。今来てる郷田賢いるだろ。あいつが酒の味分かるか試すんだ。ワイルドターキーとカナディアンクラブの違いが分かるか。まあ俺自身全く分からないんだけどね」
「面白い。それはバーテンダーの俺の仕事だ」
「やってくれるのかよ」
「当たり前よ、面白いことならなんでもな」
「話せる。じゃあ頼むぜ」
「わかった、任しときな。で、俺は分からない方に千円」
「やべ、先に言われた。ちょっと待って。今楢崎呼んでくる。賭けを成立させないとな」
楢崎に賭けの話をしながら、カウンターに戻った。
楢崎が、
「俺は大穴狙うよ、郷田が分かる方に懸ける」
「いやっほー、流石、男楢崎勝。じゃあ俺は分からない方に千円な」
「賭けが成立したってことだな」
三人ではしゃぐ。
郷田がトイレに立った隙にボトルをすり替える。郷田が帰って来ると、何もなかった様に、白石はおしぼりを渡す。郷田は、
「ありがとう」
礼を言っている。バカな奴、心の中で白石は舌を出す。
氷が半分溶けた郷田のグラスに、クラッシュ・アイスを足し、ワイルドターキーの顔をしたカナディアンクラブを注ぐ。ボトルを持つ手がかすかに震えた。持つ手にぐっと力を入れた。注ぎ終えて、郷田の前のコースターにロックグラスを静かに置く。郷田は煙草を吸いながら、フロアの方を眺めている。煙草が短くなり、灰皿にもみ消すと、グラスに手を伸ばした。グラスを軽く揺らし、氷が音を立てる。口に注がれたウィスキーが郷田の喉を熱くする。ふう、郷田は息をつき、何事もなかったようにグラスをコースターの上に置いた。
柱の陰からその様子を見ていた楢崎が柱に蹴りを入れた。
「持ってかれた、畜生」
叫んでいる。白石はVIPルームの係を他の奴と交代して、楢崎の所に行った。
「もらったな」
「ああ、負けた、負けた」
「カウンターの原のところへ報告しなくちゃ」
白石は満面の笑みを浮かべながら、言う。
「畜生」
楢崎がまだ愚痴を言っている。
原のところに行き、楢崎がズボンのポケットから裸の札束を出し、原に1枚、白石に1枚渡し、またポケットに束を突っ込む。また足を蹴る真似をする。
「まあまあ、ジュース位奢ってあげるから。楢崎君」
白石は楢崎をからかう。
郷田は結局VIPルームに籠りっきりで、フロアで踊らなかった。テレビで曲に合わせて、派手に踊っている姿を見ているだけに、実物を見てみたいと白石は思ったが、芸能人はディスコに来てもあまりフロアで踊らない。大体がディスコに飲みに来る。VIPルームで女を口説いているのが多い。たまにスポーツ選手なんかだと狂ったように踊る人もいるが、有名人はあまりディスコでは派手なことはしない。
店が終わって更衣室で着替えた。楢崎はまだ愚痴っている。不機嫌だ。
白石は、
「今日は牛丼俺が奢るよ」
「当然だろ」
楢崎は平然と言った。
「はは、まだ根に持ってるな」
白石は粘着質な楢崎にあきれる。
「とにかく腹が減った。早く着替えて吉野家直行」
白石は言った。
店を出て、深夜4時の六本木を歩く。街はネオンでいっぱいで明るい。まだ夜7時かのように活気があり人々が通りを歩いている。眠らない街か、白石は小さく心の中で呟いた。飯食ったら速攻寝よう、白石は思いながら吉野家に向かった。