2005-03-06
都立小宮公園
八高線小宮駅に近い広大な原生林と花畑を中心とした公園。秋にはコスモスが咲く。駐車場もあり車でも行けます。近くに北島三郎の家やステーキのうかい亭があります。同級生-8-
千鶴の発案した要望が職員会議で通った。顧問の小田先生が熱心に説得してくれたらしい。千鶴の夢だったヒマワリを校庭の周り中に植えることとアサガオを学校の天井から張った網に蔓を這わせて植えてもいいと決まったのだ。花のある学校、学校のテーマにしようかという話が出て、試しに今回やってみることになった。おかげで予算も大幅についた。小田先生が花壇で作業していた千鶴のもとに言いに来た。小田先生は興奮していた。「瀬戸、喜べ。お前が提案していた学校全体花畑計画に予算がついた。かなり反対もあったんだが、最後は校長の裁量で決まった。俺の方が驚いたよ。こんな計画。前代未聞だよ」
「先生ありがとうございました」
千鶴は丁寧にお辞儀をした。よし、やるか。千鶴は意外と冷静だった。こうなることが分かっていたかのようだった。既にノートに細かいチェック事を書き連ねてある。あとは体を動かすだけだ。でも一年生でこの夢が叶うとはやはり嬉しい。園芸部は主力メンバーが去年卒業してしまったため、二年生はほとんど出て来ない。だから一年生の自分の意見が部の意見として通ったことをよく知っている。もし二年生がいたら、一年生が意見を言うなど生意気だとか因縁をつけられ部の意見として出せなかっただろう。運がいい。千鶴はそう思っていた。
これから忙しくなるぞ。千鶴は体がぞくぞくする。自分の夢が形になるのだ。死んでもいいとは言わないが、文句はない。来週のミーティングで千鶴が今後の作業計画を発表して実行に移すことになるだろう。一年生にして先輩に指示するのは千鶴にはなんてことはなかった。二年生は受動的で何か言ってくる人はいない。ある意味いい人ばかりだ。
今日の作業を終えると、手を洗い更衣室で着替える。C組の亜希が寄って来て、よかったねと言ってくれる。うん、と千鶴は答える。亜希は、
「千鶴はいつもがんばってたもんね。この計画だけは応援する。学校中を花畑にしちゃおう」
「うん。そのつもり」
楽しみねだと二人で話しながら、着替える。玄関を出たところで、勇作と会った。千鶴は、
「ねえ、聞いて聞いて。わたしの計画が職員会議を通ったのよ」
「なんだよ。計画って。怖いな。テストの範囲を広げるとかじゃないだろうな」
「そんなんじゃないよ。校庭中にヒマワリを植えるの。あと校舎にアサガオを植えちゃうの」
「すげえじゃん。花だらけ」
「うん。正式には学校全体花畑計画って言うのよ」
「だせえネーミング」
「しょうがないじゃない。先生達を説得するためにつけたんだから。本当は”わたしのお花畑”て言うの」
「もっとダセエじゃん。ネーミングセンスないなあ。もっとこうなんか出ないの。フラワースクールとかなんか」
「あらいいじゃないフラワースクール計画。それ頂き」
「ただではやらないぞ」
「ハイハイ。マックのチーズバーガーね」
「話が早いね。わかってるじゃない」
「腐れ縁だからね」
「なんじゃその言い方は。この色男を捕まえて」
「いいから行きましょ、マック」
千鶴は勇作を相手にせず言った。
勇作は自転車を押しながら、二人はマックへと向かった。
2005-03-05
同級生-7-
千鶴は放課後、園芸部の部活でジャージに着替え、花壇の手入れをしていた。夏に花を咲かす植物を植えるため、土をよくしようとスコップで耕していた。五十センチ位土を掘り返し、石灰の粉をまぶす。これで一週間位天日にさらし、腐葉土を混ぜる。土作りは基本だ。これを怠るとせっかくの植物もいい花を咲かさない。土の中に石があると取り除く。粘土状になった土を手で潰し粉々にする。手の爪には土が入って真っ黒だ。だが千鶴はこの地道な作業が嫌いではなかった。黙々とただ土を触っていると余計な事を考えなくていい。一心に土に触っている。後ろから背中を叩かれた。「呼んでも気づかないんだもん。千鶴」
同じ一年のC組の亜希だ。亜希はうんざりした顔で言った。
「いつまでこんなことやんの?」
「いつまでって土がいい状態になるまでじゃない」
「もう十分よ。三十分も耕したのよ」
「たったの三十分ね。ほら土見てごらん」
千鶴は土を握り、亜希に見せる。
「まだまだ粘土状。もっと細かくしないと」
「もういいじゃん」
「駄目」
「ケチ」
「意味になってないよ。ちゃんとやろ。ねっ」
「仕方ない。千鶴が相手じゃ分が悪いわ」
「分かってるじゃない」
二人はまた黙々と土をいじった。
その頃勇作は、軽音部の部室で、ギターをジョーさんから習っていた。ジョーさんは今はヴォーカルだけやっているが、ギターもできる。ギターで曲も作っている。ライブでやる曲は半分がカヴァーで半分は高杉のオリジナルだった。
「お前覚え悪いな。いつになったらコード覚えるんだよ。夏にはライブ一本やるぞ。それまでに形だけでもものにしろ。お前は見栄えがいいから立ってるだけでいい。いざとなったら弾いてる振りしろ。アンプ抜いとくから」
「ひどいっすよ。ジョーさん。絶対夏までにマスターしますから」
「できるのか?」
「やります」
「早くみんなで音合わせしたいしな。あんまり焦らしても何だけど、ちゃんとやれよ」
「はい」
勇作は左手で弦を押さえながら言った。勇作が今弾けるのはピストルズの「アナーキー・イン・ザUK」の最初の部分だけだった。夏までに十五曲はマスターしなくてはならない。しかし勇作はギターに夢中だった。家でもテレビ見ながらギターを持っていた。眠る前まで、ギターの練習をしていた。夏のライブが楽しみだった。初ライブ。いい響きだ。デヴュー。かっこいい。俺ってグレイト。絶対なってみせる。ライブでは目立ってかっこよく決めるんだ。そう言えば、ライブには千鶴が花持って来てくれるって言ってたな。ふと思い出した。悪くない。そう考えてからまた練習を始めた。
五時半まで部室にいた。みんなは五時頃帰って行った。できないものは居残ってでも練習する。強制ではないが、もう少しでできそうなところがあったから残ったのだ。今頃みんなはマックかどこかでだべっているだろう。勇作も誘われたが。今日は断った。男にはやらなくてはならない時がある。なんてかっこいいことを考えながら自分に酔っている。まあこんな性格でないとミュージシャンなんてできない。
部室を出て、玄関口を出る。水道の水場のところに千鶴がいた。勇作は声をかけた。
「まだやってんのか?」
「うん。今土作りをしてるの。これをしっかりやるのとやらないんじゃ、全然違うの」
「土がありゃあいいってわけじゃないんだな」
「そう。ギターだって鳴ればいいってもんじゃないでしょ」
「言われたな。そうだな」
「無理すんなよ。まだ水曜日なんだから」
「うん。ありがとう。阿部君て意外と優しいんだ」
「俺は誰にだってやさしいよ」
「嘘。A組の女の子ふったらしいじゃない」
「なんで知ってんだよ。情報早いな。FBIかよ」
「ううん。元KGBの女スパイ」
「わっはは。受ける。じゃあ俺はジェームズ・ボンドってとこだな。初代ショーン・コネリーの」
「ならわたしは伊賀のくの一ね。葉隠れの術。消えた?」
「消える訳ないだろ」
「へへ。もう帰るの?」
「ああ。俺一人残ってたんだ」
「エラいじゃん」
「っていうか、俺みんなの足引っ張ってるから自主練習」
「そっか。わたしもう終わるから、よかったらお茶でもしない?」
「いいよ。何処にする」
「どこでもいいよ」
「じゃあマックな」
「うん。じゃあ着替えちゃうね。待っててね。帰んないでよ」
「帰んねえよ。ゆっくり着替えろ」
「うん。ありがとう」
千鶴が制服に着替えて息を切らして走ってきた。
「走ることないのに」
「うん、でも」
「じゃあ行くぜ」
駅前のマックでとりとめもない話を小一時間ばかりして別れた。
外は少し暗くなっていて、送って行こうかと勇作が言うと、
「大丈夫。わたしそのへんの男より強いから」
「そういうのが一番危ないだよ」
「ホントだよ。わたし合気道初段だもん。護身術はばっちり」
手でOKサインを作って、にっこりする。
「じゃあ俺より強いかもな。俺の事守ってくれ。こう見えて気が弱いんだ」
「嘘ばっかり。じゃあね」
「ああ」
二人は交差点で別れた。
勇作は振り向いて大きい声で叫ぶ。
「本当に気をつけろよ」
「うん。ありがとう」
二人の姿は街の雑踏の中にそれぞれがそれぞれに消えて行った。まるで他人かのように。
エル・ダンジュ
多摩市連光寺にある本格フランス料理店。ランチでも結構値段が高いが、味は保証します。行く時は必ずご予約を。スケーティング・パーク-7-
翌週、慶市は初の個人レッスンを受けた。レッスン内容はもう一度基礎からやり直すものだった。慶市もそれを望んでいた。もうその頃慶市は簡単なターンやジャンプを一つと、何とか回れる程度のスピンができるようになっていた。しかし基礎がしっかりしていないと、一回転のジャンプは跳べても二回転はできない等、後々障害が出てくる。今までリンクの滑り仲間が、ある地点で立ち往生するのを何回も見て来た。慶市はかったるいが、やるからにはトップを目指す。そのためには、基礎と体力が欠かせなかった。スケートの教本も読んだ。本で読んでもいまいちピンとこなかったが、読まずにいられなかった。少しでも上手くなりたかった。日本の本ではなかなか本が見つからなく、洋書をインターネットで買って、辞書を片手に読んだ。読みながら部屋の中で、ポーズを取る。会社から帰って寝る前の習慣だ。それにストレッチをベッドの上でして、股関節等を伸ばす。スケートはがに股のスポーツだ。バレエの姿勢のように足が両足とも外側を向かす事ができないと、イーグルという技ができない。両手を広げ、両足を外側に向けて滑る格好を言う。またスパイラル、バレエで言うアラベスクと似たように片足を腰より高く上げて滑る技がある。大技と大技の間に入れたりして、プログラムに緩急を付ける技だ。これらは体が柔らかくなくてはできない。慶市は股関節が固かった、だからイーグルが苦手で苦戦していた。ベッドの上で股関節をゆっくり伸ばす。目一杯伸ばして一分位そのままの姿勢でいる。徐々に筋が伸びてくる。最初ストレッチを始めた頃と較べたら、格段に慶市の体は柔らかくなっていた。バレリーナのように両足を広げ、上半身が床に付くようになっていた。またストレッチは気持ちがよかった。疲れた筋肉と筋が伸び、疲れが取れる。ストレッチを終えた後は体が軽くなり、眠りも深かった。翌朝体に疲れがない。だから残業があり帰りが遅い日でもストレッチだけは欠かさなかった。あと週に二回の夜のジョギング。大体近所を走って五キロ位だろうか。最初は息が切れていたが慣れてくると楽になった。普段の生活では腹式呼吸を取り入れた。古武道等で使われる呼吸法で、常に腹に力を入れながら呼吸する。インストラクターの先生の一人が武道をやっていて教えてもらったのだ。この呼吸法を始めてから、息が切れても呼吸が元に戻るのが早くなった。兎に角今はスケートそのものより、スケートをするための体を作ることに専念した。めんどくさがり屋の自分がよくやっていると、自分でも慶市は思った。慶市がそこまで基礎に力を入れたのには理由が一つある。自分と同じ年で、一年前にスケートを始めた男が同じリンクにいる。伸治と言う。リンクで初めて見かけた時は、本当に上手で殿上人だった。それが話してみて、始めて一年だと知ってがくぜんとした。このままだらだらやっていては駄目だという事がいやと言う程わかった。それからだ、慶市が基礎に熱心になったのは。色々伸治には教えてもらった。仲も良くなった。が、慶市の持ち前の負けず嫌いの性格がむくむくと持ち上がった。負けたくないと思った。今は駄目でも二年後三年後なら可能性はある。慶市は会社の昼休みも飯を食べると、ストレッチをした。会社ではつきあいの悪くなった慶市を悪く言う者もいたが、気にしなかった。というか気にする余裕はなかった。そんなくだらない事で悩んでいるのなら、ジャンプの事を考えていた方が自分にとって価値があった。慶市はスケートを始めてから時間と金の使い方が本当に変わった。風俗やパチスロで湯水のように使っていた金は、今ではスケートのレッスン代だ。俺も変わったもんだ。自分でもあきれる時があった。でもそういう自分を肯定していた。こんな物事にポジティブになったのは生まれて初めてのことだった。だからこの気持ちを大切にしたかった。人になんと言われようと。俺は俺の好きなようにする。慶市は固く決心した。