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2005-03-12

同級生-11-

翌朝、千鶴は顧問の小田に校庭での作業を園芸部以外の人にも手伝って欲しいと話した。小田は一瞬渋い顔をした。千鶴はこの計画は学校生徒全員が参加することに意味があると唱えた。小田は千鶴の勢いに押され気味だった。小田はとりあえず職員会議に出してみると承諾した。その日の授業を千鶴は覚えていない。ただ小田からの返事を待っていた。放課後小田は千鶴を呼び出した。
「瀬戸の熱意には負けたよ。職員会議で希望者は部以外の者でも作業に参加できることになった。陣頭指揮はお前が取るんだぞ」
「ありがとうございます。がんばります」
千鶴は小田に頭を下げると、ジャージに着替えるために更衣室に向かった。やったーと叫びたい気分だった。今日一日のもやもやした気分が吹っ飛んだ。早速明日から参加者を集えるよう準備をしなければ。千鶴は部室で全校生徒に配布してもらう作業への応募用紙を書いた。出来上がると、職員室にいる小田に見てもらう。小田は、これでいいよと言った。千鶴は印刷室で全校生徒用に八百枚印刷機で刷った。職員室の小田にそれを持って行くと、
「後は俺に任せろ」
と小田が言った。千鶴は頭を下げ職員室を後にした。
その日の夜はなかなか寝付けなかった。すこし興奮していた。ラジオの深夜放送に耳を傾ける。三時過ぎかいつのまにか眠った。翌朝目覚まし時計が鳴ると、体が勝手にスイッチを切ってしまった。気が付いたらいつも家を出る時刻の二十分前だ。千鶴は急いで着替えた。朝食はあきらめた。勿論弁当は作れない。いつも家を出る時刻より五分遅れで家を飛び出すと、千鶴は小走りで学校へ向かった。後ろから自転車のベルが鳴る。勇作だ。
「乗れよ」
勇作は千鶴に言う。
「でも」
「いいから。遅刻してもいいのかよ」
「わかった」
千鶴は勇作の後ろの台に乗った。勇作は、
「落ちるなよ。ちゃんとつかまれ」
と言い、学校へ向かった。千鶴の顔は自然と勇作の背中に近づく。広かった。少し鼻を背中に近づけて匂いを嗅いだ。制服の匂いがした。

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スケーティング・パーク-10-

マスターズへの出場が決まってから慶市は燃えていた。まあ慶市の性格を考えたら燃えずにいられない。リンクでの練習はもとより家でも大会のビデオを熱心に見た。見ながら自分に取り入れられるところは取り入れようとテレビに食い入った。また曲作りの作業が始まった。先生の発案で曲はベートーベンの交響曲第五番”運命”に決まった。後は指揮者や演奏者でイメージに合ったものを探す。慶市はCDショップに行って運命だけで五枚買って来て聴き較べた。カラヤンは悪くないがイメージとは違う。バーンスタインは正当派であるが滑るとなると違うような気がした。トスカニーニはベートーベンの重さを消してしまっているように感じた。フルトヴェングラーは運命という曲としては最高に良かったがこれで滑るとなると音が重厚過ぎた。スウィトナーの指揮のものが軽さを持ちつつベートーベンの運命の重さを消しておらず、それでいてこれで自分が滑るのに適していると思った。慶市はスウィトナーの指揮の運命でいこうと決めた。CDをパソコンに入れ、パソコンでの曲作りが始まった。この曲を三分以内に仕上げなくてはならない。まずは何回も聴き込んで、使う部分をピックアップする。部分と部分をフェードインとフェードアウトで繋げて行く。最初出来上がった曲は5分強あった。それをさらに削って行く。最終的に二分四十五秒の曲を作った。先生に出来上がった曲を渡すと、
「いいんじゃない」
との返事。これでいくことが決まった。あとは先生がこの曲に合わせて振り付けを考えてくれるとのこと。慶市はどきどきした。自分のプログラムを持てるのはやはりうれしかった。このプログラムでマスターズの当日、俺はリンクにただ一人立ち、滑る。いつもは皆と一緒に滑るからリンクで一人で滑るなんてことは考えられない。みんなが自分の滑りだけを見る。俺は最高の演技をする。そう考えると昂揚した。元が負けず嫌いで出たがりだ。初出場だからといって甘えは言わない。一位を取る気持ちで滑る。そう決めていた。伸治もマスターズに出場するとこのことだ。勿論負けられない。マスターズは大人の発表会だから楽しめばいいと言う人もいるが、慶市にとっては勝たなくては意味がない。負けたらそいつは負け犬だ。どんなシチュエーションでも勝ちに行く。慶市にとってそれは自然なことだった。今まで学校でも会社でも誰にも負けたつもりはない。たとえ上司にでも文句は言わせないつもりで仕事をしていた。
テープを先生に渡した翌週、本格的にマスターズのための練習が始まった。

shiroyagiさんの投稿 - 04:55:32 - 0 コメント - トラックバック(0)

2005-03-11

同級生-10-

放課後、千鶴はスコップを持って、校庭の端を掘っていた。フラワースクール計画で校庭中にヒマワリを植える場所の土を作っていた。硬い校庭の土を掘り返し、外に出し、買って来た土と腐葉土を入れる。なにしろ校庭は広い。計算では二百本のヒマワリを植える予定だ。千鶴は額に浮かぶ汗を気にする事もなく作業を続けていた。千鶴には一つの考えがあった。園芸部以外でも作業をしたい者がいたら、作業をしてもらう。顧問の小田に明日話すつもりだ。実際この作業は園芸部員だけでは厳しい。元々園芸部員以外の労働力を期待しての計画だった。みんなでやりたかったのだ。
植物とは不思議だった。そこらの家に咲いている花は、見てもただきれいとしか思わないが、自分が手をかけたものになると見栄えがちょっと悪くても無性に愛おしい。本の「星の王子さま」の中で、王子さまが、自分で育てたバラをやはり他のバラとは違うんだと言っているが、その部分を読んだ時、すぐく共感した。それ以来「星の王子さま」は千鶴のバイブルだ。ヘルマン・ヘッセの「庭仕事の愉しみ」やカレル・チャペックの「園芸家十二か月」も好きだ。植物をいじっている者なら誰でも感じ合えると思う。植物を通して結局は人を愛している自分。やはり人間が一番好きだった。まあ較べるものでもないのだけれど。作業をしながら色々とりとめもなく考える、この時間が好きだった。植物いじりをしていなければ、考えもしなかっただろう。ただ日々の事に追われ過ごしていただろう。だが植物をいじっている時は考えることが多い。植物の状態なども考えるが他にも色々考える。
勇作は部室で音合わせをしていた。なかなかうまくいかなかった。窓の外を見ると、千鶴が作業しているのが見えた。勇作は、ちょっと一服してきますと言って、部室を出た。校庭に出ると校庭の端で下を向いて黙々と作業している千鶴に、
「ほら、飲めよ」
と言って、売店で買ったジュースを差し出す。
千鶴は自分の世界に入っていたので、一瞬びっくりして顔を上げる。
「サンキュウ」
と言って、軍手を取り、ジュースに手をやる。勇作は千鶴の荒れた手を見ていた。爪には黒いものがこびりついている。
「随分がんばるじゃん?」
「まあね、自分で始めたことだからね」
「あんまり無理すんなよ。体壊したら元も子もないぞ」
「うん、ありがと」
「まあ、たまには俺も手伝ってやるから」
「ほんと?うれしい。実は園芸部員以外の人にも参加してもらおうと思ってたの」
「そうか。まあがんばれよ。俺は部室戻るから」
「うん。ありがとね」
「今日はずいぶん素直じゃん」
「わたしはいつも素直です」
「ハイハイ。千鶴はいつも素直でかわいいです」
「バカにして」
「バカにしてないよ。ほんとにそう思ってる」
「えっ?」
「何?」
「何でもない。じゃあ俺行くわ」
勇作は立ち上がリ、校庭に向かって歩き出した。
千鶴は勇作の後ろ姿をずっと校舎の中に消えるまで見つめていた。

shiroyagiさんの投稿 - 06:13:12 - 0 コメント - トラックバック(0)

スケーティンング・パーク-9-

伸治は毎週土日リンクに来ていた。先生のレッスンを受けて、二三時間滑って帰る。慶市が五時間も滑るのに対して伸治はスケートに淡白だった。長く滑る慶市に言った。
「長く滑れば上手くなるってもんじゃないぜ」
慶市は何も言い返せなかった。いくらスケートを早く始めたからと言って、事実伸治の方がスケートが上手いのだから。確かに長く滑っても意味がない事は慶市も感じていた。選手の子ども達もそんなに長く練習しない。スケートは子どもの遊びと思われがちだが、本気でやるとかなりハードなスポーツだ。決してスキーやスノボーに負けるとは思わない。それでも慶市が長く滑っていたのはそれしか上手くなる方法が見つからなかったからだ。毎日リンクへ来られるなら二三時間滑って帰っただろう。だが平日は当たり前だが仕事がある。リンクへ来られるのは仕事が休みの土日だけだ。だから一週間分のたまったものを吐き出してしまおうとすると、どうしても軽く二三時間では帰れなかった。だが慶市もこの方法論には限界を確実に感じた。上達するにつれ使う筋肉も酷使を強いられた。最近は三時間位すると後は流しているだけの事が多かった。何もせず、でもリンクから離れられない。
慶市は方針を変えた。悔しかったが、滑走時間を減らした。すると調子がよかった。疲れが体にたまらない。もう少しやりたいな位のところでリンクを降りる。すると次に来るときのモチベーションも上がった。方法は間違っていなかった。
毎年六月に社会人スケーターを対象にしたマスターズという大会が、都内のあるリンクで行なわれる。そのことを慶市が知ったのは、大会の半年前だった。慶市は大会のことを知り、速攻で出場を決意した。先生に大会の事を話す。振り付けなどに時間がかかるからかなりきびしいと言われるが、慶市の決意は固かった。先生も承諾し、出場を認めた。
滑る曲を決めなくてはならない。最低一分間、最長三分間のインストロメンタルの音楽を。だが、慶市には全く案がなかった。先生が言った。
「ベートーベンの”運命”しかないわよ。何故かあなたを見た時からその曲しか浮かばないの」
「そうですか。それって自分の頭がぼさぼさだからですか?」
慶市は髪の毛を無造作ヘアにしている。
「違うわよ。なんとなく雰囲気かなあ。理由はわからない」
「わかりました。自分にも案が全くないんでそれでいいです。曲の編集は家のパソコンで自分でやりますよ」
そういうと先生は、
「じゃあ、振り付けは私が責任もって考えますから」
こうして慶市のマスターズ出場への第一歩が始まった。

shiroyagiさんの投稿 - 03:19:30 - 0 コメント - トラックバック(0)

2005-03-10

エーデルワイス

多摩市落合にあるケーキ屋。ショートケーキとモンブランが好きです。

shiroyagiさんの投稿 - 03:41:42 - 1 コメント - トラックバック(0)
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