2005-03-15
同級生-12-
フラワースクール計画への応募者は十五名いた。もちろん強制ではないのでこれくらいだろうと千鶴は思っていた。作業も毎日は頼めないし、戦力としてはあまり期待できないが部以外の人達と作業をするのは楽しみだった。さっそく放課後作業ができる人から作業に入ってもらう。現在作業としてはヒマワリを植える場所を耕すのと苗床作りだ。部以外の人には植える場所を耕してもらう。雪かき用のスコップをあるだけ借りて、手伝いの人に渡す。みんな楽しそうに校庭に散らばっていった。千鶴は園芸部のビニールハウスで苗床を作っていた。二百本のヒマワリだ。しかもヒマワリは苗が弱いことも考えて、百本余計に三百本分の苗床を作る。商店街からもらってきた発砲スチロールや段ボールの箱の床に穴を空け、苗床用の土を薄く撒いていく。土がいつでも湿っているように、箱の下には大きなビニールシートを敷いて、中に水を入れる。そこまでやって初めて種を蒔いた。
手伝いの人には自分ができる範囲でと言ってあるので、そんなに遅くまでやってくれる人はいない。四時位になると殆どの人がスコップを返しに戻って来た。スコップを洗い場で洗い雑巾で拭いてもらい、帰ってもらう。明日は何人来るか。まあ来なければ自分たちでやるしかない。
今日は有希が手伝ってくれていた。有希はまだスコップを持って校庭の端にいる。千鶴は有希のいるところへ行った。
「ありがとうね、有希」
そう言いながら、飴を渡した。
「サンキュ、体操着初めて着たよ。いつも体育休むじゃん。この格好って動きやすくいいな」
「何言っての。今度から体育出なさいよ」
「やだよ、体育のセンコーの辻が気いらない」
「私も辻は大嫌いだよ。だからって体育に出ないのはよくないわ。わかった、運動オンチなんでしょ?」
「バカ言うな。これでも中学のときは通信簿で四に落ちたことないんだからな」
「十段階評価で?」
「怒るぞ」
「うそうそ。でもほんと出なよ。楽しいよ」
「分かってる。気が向いたらな。それより作業大変だな。まだまだだろ」
「うん。でもなんとかなるよ。種蒔く時期遅らせてもいいし」
「まあそうだな。あんまり無理すんなよ。毎日来てやるから」
「かっこいい、有希。好きになりそう。彼女にして」
「女だっちゅーの」
「女にしとくのもったいない」
「でも女だ。それに女ってのはこれでも悪くないって思ってるんだ」
「へえ意外。絶対有希は男に生まれたかったんじゃないかって思ってた」
「そう思った時期もある。でも今更男に生まれかわれないだろ。こればっかりは。だからそう思うの止めたんだ。そう思い続けたらずっとこの先前に進めないような気がしてさ」
「なんかわかる。もし私が男だったらあの人を好きになることもなかったんだなって思うもん」
「また男か。そういう問題じゃないだけど。まっいいか。そろそろ暗いぞ。今何時?」
「六時前。そろそろ終わりにしよう。帰りにマックでハンバーガーでも食べてかない?」
「千鶴のおごりでな」
「うっ。立場が弱い。分かった。今日だけね」
「冗談だよ。人の弱みに付け込むような真似はしない」
「流石、男前」
「女だつーの。殺すぞ」
「助けてー」
二人の楽しそうな叫び声が校庭中に響き渡った。空は黒かった。
2005-03-14
スケーティング・パーク-11-
先生の提案してきたプログラムはとてもハードなものだった。ジャンプが七種類、スピンが三種類、それにストレートラインでのコンビネーション・ステップとスパイラルが含まれていた。しいて力が抜けるところと言えば、スパイラルだろうが、紙に図で描かれたプログラムを見ただけで、慶市は一瞬弱気になった。「先生。これできるんですか?」
聞いてみた。
「慶市君なら大丈夫」
お気楽な声が返って来た。
「とりあえず、プログラムを分解して練習するから。今日は頭の出だしの所からできる所までやってみましょう」
「はい」
とりあえず返事をした。
最初のポーズは氷の上に片膝を付いて、両腕で胸を抱えている。これは恥ずかしい。感情移入しないとやっていけなさそう。仕方がないからその世界に入った。苦悩する俺を演じてみた。そこから立ち上がると同時にバックの片足スネイク。そこから片足のままターンして、フォアの姿勢で足をクロスさせ二蹴り、ジャンプの前の体勢に入り、ルッツジャンプ。コンビネーションジャンプでトウループジャンプ。スケーティングして続けてサルコウジャンプ。リンクの中央でスピン。最初シットスピンから入って立ち上がり、キャメルスピン、そこからクロススピンで締める。滑り出し、スパイラル。そのまま、スリージャンプ。続けてアクセルジャンプ。その後、審査員席の前を想定して、ストレートライン・ステップ。最後にジャンプ攻めでフリップジャンプ、ループジャンプ、ダブル・トーループジャンプ。そこからリンク中央でクロススピンでプログラムを終える。
一回流しでやってみたら、途中半分も行かない内に息が切れた。音楽と合わせるなんてもってのほか。絶対できない。早くも弱音が出て来た。また先生に聞く。
「本当にこれできるんですか」
聞く声は荒く息が乱れている。
「大丈夫、大丈夫」
またお気楽な返事が返ってくる。大丈夫かなあ、慶市は不安になった。ちょと詰め込み過ぎじゃないの、先生に言いたくなるが、言えない。次は細かい所をチェックしながら、頭からやると言う。一分休ませてくれと言うと、先生はふっと笑って、いいわよと言った。畜生、思いながら、リンクの脇に置いたアクエリアスを取りに行く。300mlのボトルの三分一を一気に飲み干すと、リンクに戻る。
「お願いします」
慶市は大声で先生に言った。
「最初のしゃがんだ姿勢から立ち上がるところ、もっと感情入れてね。胸を押さえてる時なんか、苦しそうに、顔も苦しそうに。ただ手や足を動かせばいいんじゃないの。これは一幕のお芝居と一緒よ。スケーティングだけじゃなくて、演技にも同じだけの力を注がないと、人の気持ちには届かないわ。分かる?」
「なんとなく」
「うん。じゃ最初のジャンプに入るところまでやってましょう。なるべく音楽に合わせて。遅れても諦めないで、ジャンプのところまでやる。分かった?」
「はい」
先生がラジカセを持ちながら、
「行くわよ」
と言った。
慶市はしゃがんだ姿勢で、顔を下に向けながら、音楽が鳴るのを待った。