2005-03-22
2005-03-16
同級生-13-
翌日の作業に参加した部以外の人は十人だった。これぐらいで安定してくれるといいのだけど。千鶴は思った。このあとアサガオを植える場所を耕さなくてはならない。まあなんとかなる。持ち前の楽天主義が千鶴の気持ちを重くはさせない。ビニールシートで作業していると勇作が入って来た。体操着を着ている。「来てやったぞ。俺の仕事はなんだ」
「何、その大きい態度は」
「手伝ってやるんだ。態度もでかくなる」
「これは自主的にやってもらってるんです。そんな威張らないでください」
「冗談だよ。何やったらいい?」
「そういう冗談嫌い」
「わかった、わかった。ごめん。スコップ貸してくれ」
「そこにいっぱいある」
千鶴は指を指した。十本程スコップが立てかけてあった。勇作はその中から一本取ると、
「じゃあ、ちょっくら行ってくるわ」
「うん、お願いね」
勇作はスコップを持って校庭の端に歩いて行き、黙々とスコップを持ち土を掘り返す。普段ギターより重いものを持たないので疲れるが気持ちよかった。黙々と体を動かしていると、全てのことを忘れて作業に没頭している。六時前まで休み休み土を掘り返した。十本分位の土を掘り返したろう。さあ、このへんにしとくか。思って周りを見渡すと、スコップを持って作業しているのは勇作だけだった。スコップを持って、ビニールハウスへ向かう。ビニールハウスでは千鶴が苗床の手入れをしていた。勇作は、
「今日はこの位にしとくよ」
「ありがとう。お疲れさま。疲れたでしょう」
「ああ。結構しんどいな。腹へった」
「私もお腹グーグー」
「何か食って行くか」
「うん、いいよ」
「じゃあ着替えよう。正門前で集合な」
「うん、わかった」
「じゃあ後で」
正門前で二人は落ち合うと、勇作が自転車に乗れよと言うので、二人乗りして、暗闇の中を走った。空気が頬にあたって気持ちがいい。後ろから千鶴が、
「私も自転車通学しようかな」
と言った。勇作は、
「いいじゃない。楽だし気持ちいいぜ」
「そうだね」
千鶴はそう言うとまた風を感じていた。二人を乗せた自転車は夜道に消えていった。
2005-03-15
スケーティング・パーク-12-
運命のあの有名なジャジャジャジャーンの音楽が鳴った。慶市は胸を押さえながら立ち上がった。「はい。そこからバックでスネイク」
先生が叫ぶ。慶市は音楽に合わせて、滑る。そこからワン・フット、片足のままターンして前を向く。そこからまたターンしてバックで滑り、ルッツジャンプ、左足の膝を深く曲げ、右足を後ろに伸ばし、トウ、つま先を氷に突く。慶市は一回転して奇麗に着氷した。
「そこまで」
先生がラジカセの音楽を止め、近寄って来た。
「ぜんぜん音楽と合ってないわよ。もっとリズムに合わせて」
「はい」
「同じ所をもう一度」
また、同じ体勢から始める。続けて七回同じところをやった。先生が、今日はここまでと言って、レッスンは終わった。あとは復習しておくように言って、先生は他の生徒を見に滑って行った。慶市はリンクから降り、アクエリアスを取ると、最後まで飲み干した。バッグにもうひとつ入っているので、取りに行った。伸治が歩いて来た。
「がんばってるじゃん」
「あたりまえよ。そっちはプログラム決まったのかよ」
「当然。レベル高いよ」
「どうだか。明日の日曜日の夜の貸し切りは出るのか」
「出るよ」
「俺も出る。じゃあそこで伸治のプログラムご披露ってとこだな」
「まあな」
「まだ滑って行くのか」
「ああ、後一時間位」
「俺も。終わったら飯でも行かないか」
「ごめん慶市。先約が」
伸治はにやりとしながら言った。
「女か」
「ああ」
「うまくやれよ」
「当然」
慶市と伸治は別れ、慶市はバッグのドリンクを手に持った。リンクを見ると伸治が滑っている。くやしいけど上手い。滑りがなめらかだ。バレエをやっていただけあって、踊るように滑る。俺の滑りが格闘技だとしたら伸治の滑りは舞踊だ。伸治のすごさに改めて敬服する。明日の貸し切りで伸治は何を滑るのか楽しみだな。慶市はドリンクを飲みながら考えていた。ドリンクを置くと、おっしゃーと自分に気合いを入れ、リンクに上がり中央まで滑ると片膝を付いてしゃがみ込んで胸に手を当てた。
悪魔の子
僕はクラスの嫌われ者だった。くさいとか気持ち悪いとかとにかく理由なくみんなに嫌われていた。そんなある日、僕のクラスに転校生が来た。その転校生は変わっていた。僕を嫌わなかった。僕がクラスの嫌われ者だと知ってからも僕と変わらず接した。それでいてその子は誰からも嫌われなかった。相変わらず僕はみんなに嫌われていた。僕はみんなの悪口をその子に言った。するとその子が、「じゃあ殺しちゃおうか」
と言った。僕はびっくりした。冗談だと思った。
「冗談でしょう?」
聞き返した。するとその子は、
「僕は冗談は嫌いだ」
と言った。そして、
「殺しちゃおうか。みんな」
「みんな?そんなことできるの?」
「僕ならできるよ」
「冗談、じゃないんだもんね」
「ああ本気だよ」
「じゃあ、やって。みんな僕をいじめた悪い奴だから。殺されても仕方がない」
「そうか。殺されても仕方がないんだ?君はどうなの?」
「えっ、何が?」
「君は殺されても仕方がなくはないの」
「僕は・・・誰もいじめてないし・・・」
「そうか。じゃあ悪いのはみんなだけだ?」
「そうだよ、みんなが悪い」
「じゃあ今晩みんなを殺しちゃおう」
「どうやって?」
「それは秘密さ」
秘密、その言葉は素敵な響きだった。僕は学校が終わって家に帰るとさっきのことはすっかり忘れてしまった。テレビを見ておふろに入って、ベッドで眠った。翌朝起きて学校へ行った。教室へ入ると誰もいなかった。始業ぎりぎりになって転校生の子が教室に入って来た。僕はその子に言った。
「変なんだ。みんな来ないんだ」
「当たり前だよ。みんな死んじゃったもん。僕が殺したから」
初めて昨日の会話を僕は思い出した。
「あの話、本当だったの?」
「僕は冗談は嫌いだ。先生も来ないよ。先生は君がいじめられているのを知っていたのに、知らない振りをしていたから、ついでに殺した。ところで僕は今日でまた転校するんだ。お父さんの仕事の関係で」
「お父さん、どんな仕事してるの?」
「一言で言うと、裁判官みたいな仕事かな」
そう言うと、その子は教室から出て行った。僕は教室でたった一人きりになった。寂しかった。いじめる人でもいい、誰かにそばにいて欲しかった。でも教室には僕しかおらず、僕はひとりですすり泣いた。
病相
ある晩眠っていると声がした。「こんばんは」
僕もこんばんは、と返した。
「君はだれ?」
「僕は君だよ」
「でも僕はここにいるよ」
「でも僕は君なんだ。正確にいうと君の一部かな」
「一部?」
「そう君は病院に通っているだろう」
「うん。毎週火曜日に病院に行ってるよ」
「その病気が僕さ」
「君が病気?」
「そう、驚いた?」
「自分が自分に驚く訳ないよ」
「そうかい。これでも?」
「痛い、お腹が痛い。おかあさん」
「これでも君は平気かい?」
「平気じゃないよ。平気じゃないから病院に通ってるんだ」
「そうか。嫌々病院に通ってるんだ?」
「当たり前じゃないか。病院が好きな人なんかいないよ」
「じゃあ、どうしたい?僕を殺せば君はもう病院に行かなくても大丈夫な体になるよ」
「本当?」
「ああ本当さ。自分に嘘はつかない」
「君を殺す?」
「そう。僕を殺す」
「僕にはできないよ。僕を殺すなんて。そんなことをするんだったら毎週でもいい、病院へ行くよ」
「本当にそれでいいのかい?」
「本当に」
僕は悲しそうな顔をすると、暗闇から消えていった。気が付くと朝だった。今日は火曜日、病院へ行くから学校へは行かない。ベッドから起きると、着替えをして朝ご飯を食べる。おかあさんが仕度をするのを待って病院へ行った。病院で医者の先生が言った。
「驚くべきことが起こりました。病気が治っています。完全に癌が消えています。どう説明したらいいのやら」
医者の先生は僕の病気が治って困っているようだった。僕は昨日の夜の話はしなかった。
僕は、夜寝ないで、僕が現れるのを待った。僕は現れなかった。僕は僕に何か言いたかった。
僕は朝が僕のベッドを光で照らすまで僕を待って、眠った。僕はもう病院へは行かなかった。体育の授業にも出た。楽しかったけれどたまに僕はもうひとりの僕のことを思い出した。あの悲しそうな顔はさよならの顔だったのかな。考えると僕は涙を流しているのだった。僕はもう一度僕に会いたかった。病気になってもいい、僕は僕に会いたかった。