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2005-04-15

頃合いを見計らって、コンパから抜け出そう。修治と香は考えていた。今日のコンパで意気投合した二人は早く二人になりたかった。二人はトイレに行く振りをして、お金も払わずにコンパを抜け出して、井の頭公園に行った。時刻は十時。既にカップルが手を繋いで池の周りを歩いている。二人は空きのベンチを探していたが、どこのベンチもカップルで埋まっていた。二人はベンチを諦めた。公園の近くにあるラブホテルに入ろうか。修治は考えていた。その時目に入ったのが、池に浮かぶボートだった。
「ボートに乗ろう」
修治は香の手を取って言った。香は、
「ボートなんて乗っちゃ駄目だよ」
手を引っ込めた。それを強引に、
「大丈夫だって。管理人もいないし。夜のボートなんてロマンティックだよ」
そう言われれば、香もそんな気になってきた。香は頷いて、二人でボートに乗った。二人が横に並ぶ様に落ち着くと、抱擁がすぐに始まった。若い修治は行動が早い。キスも早々に胸を揉み、股に手を入れる。
「ここじゃだめ」
「なんで」
「どうしても」
修治は、形式通り嫌がる香の手をほどきながら、パンツの上からヴァギナを刺激する。二人は燃え上がっていた。ボートの揺れる振動がまた二人の気持ちを昂揚させた。二人はセックスを始めた。激しく正常位で、修治は香を突く。香は激しい。激しく修治に抱きついてくる。その内暴れ出すようになりながら、
「上になりたい」
香が言った。二人は上下を入れ替わり、香が上になった。騎上位の二人は一層に激しさを増した。ボートの揺れはまた一層に激しくなった。その時だった。ああっ。香が叫ぶ声と共に、香が池に落ちた。修治は、一遍に正気に返った。どうしよう。助けるしかないか。一瞬、ちっ、ついてないな。こんな事になるなんて。という思いが過ったが、仕方がない。腕を水面に差し出した。香と手を結んだ。香がぐいと修治の手を引っ張った。修治は体勢を崩し、一気に水面にダイブした。
「きゃはははは。超きもちいい」
香が叫んだ。修治は何が起こったか一瞬分からなかった。
「わざとかよ」
「わざとだよ。これでおあいこ」
修治は怒る気にもなれず呆れ返り、ボートに戻ろうとした。それを香が引き止めて、修治にキスをした。深いキスをした。
「本当だ。気持ちいい」
修治は甘い声で言った。二人はしばらくの間、足で水を漕ぎながら、抱き合い、唇を貪り合った。遠くで多分鯉だろう。魚が飛び跳ねる音がした。

shiroyagiさんの投稿 - 11:40:18 - 0 コメント - トラックバック(0)

人形

彼は、彼女と手をつなぎながら、街を歩いていた。街を同じように歩く女たちに目がいく。彼女はそれに気がついた。彼女はそれに腹を立てた。彼は別に見ている訳ではない。目に入るだけだと、言い訳した。彼女は納得しなかったが、それ以上怒らなかった。
彼は一人で街を歩いていた。街を通り往く女たちに目が行く。みんな美しい。美しく見えた。別に自分の彼女が醜いと思っている訳ではない。彼は自分の彼女を愛していた。ただ街往く女がみんなが美しく見えた。できれば知り合いになりたいと思った。が、考えを変えた。街往く女たちの美しさはどこか人間の温もりを感じさせなかった。みんなが一様に同じく美しい。まるで同じに作られた人形のように。彼は呟いた。人形のように美しい。人形とはつきあえない。そう思った彼は、人の温もりが恋しくなった。ポケットの携帯電話を手に取ると、彼女の短縮番号を押した。もしもし。電話の向こうの彼女の声はとても温かく聴こえた。彼は街の雑踏の中、一人微笑んだ。

shiroyagiさんの投稿 - 11:39:33 - 0 コメント - トラックバック(0)

神の子

「おお、神よ。なぜわたしを見捨てたもうたか」
彼女は死の間際、そう叫んだ。だが、誤解しないで欲しい。彼女は神を恨んで、この言葉を叫んだのではない。神への愛が、彼女にこの究極の神への愛と忠誠の言葉を叫ばせたのだ。
彼女は泥棒をした。人を騙した。人の愛に背いた。その彼女がここまで生きてこられたのは、全て、神の加護があったからに他ならない。
聖書は彼女の枕元にいつも置かれていた。眠る前には聖書を開き、眠るまで読んだ。平安が私を眠りに誘った。
仕事中、彼女は辛いことがあると、イエスのことを思い、聖書の言葉を繰り返した。精霊が弱い彼女を守っていた。
食事を摂る前には、神に感謝した。どんなに貧しい食事でも、おいしく食べられた。
愛する人と結ばれている時には、神に守られているように感じた。
その神を彼女がどうして恨むことができようか。イエスが叫ばれた冒頭の言葉は、旧約聖書詩編の冒頭の言葉である。愛の言葉である。神への愛の賛美である。その言葉を、彼女は、死の間際、朦朧とした意識の中で、叫んだのだ。
家族の者達よ。どうか言葉の真意を読み取ったことを祈る。さようなら。

shiroyagiさんの投稿 - 11:38:44 - 0 コメント - トラックバック(0)

秋子

女心と秋の空とよく言うが、秋子はそんな女だった。毎日気持ちが変わる女だった。うつろいやすい性格と感情の起伏の激しさにいつも私は翻弄されていた。だがそんな性格にまた惹かれていた。例えばこんな話がある。秋子はある日、こう言った。あなたよりより後に死にたいわ。だって私が死んだ後、あなたが誰かを好いたら、そんなこと耐えられないもの。その翌日、私あなたより先に死にたいわ。だってあなたより先に死ねば、あなたは私が死ぬまで、愛してくれるもの。全てがそんな具合だった。その度に私は、そうか。とか、そんなことないよ。と、彼女に言った。
ある秋の日、秋子は病いを患った。先の長くない病いだった。あと一週間と医者に言われた時、秋子は、こう言った。
「私死ぬのかしら」
私は、
「そんなことないよ」
「いいえ。私わかってるの。自分のことだもの。ねえ、あなた、私が死んだら誰か他の女の人を家に入れるの?」
「そんなこと考えるな。俺の女は一生涯お前だけだ」
「そう。そうよね。あなたはそんな人でないものね」
三日後、秋子は死んだ。
私は、毎年秋が来る度に秋子を思い出し、秋子のことを思った。紅葉が赤いのを見ると、秋子の小さなもみじのような手を思い出した。秋は毎年来るけれど、私の愛した秋子はもうこの世にはいない。それだけが私を悲しくさせた。

shiroyagiさんの投稿 - 11:37:53 - 0 コメント - トラックバック(0)

彼女は桜が好きだった。それには理由があった。死んだ兄が死んだのが、桜の満開の季節だったのだ。誤解しないで欲しい。彼女は兄を慕っていたし、仲もよかった。ではなぜその季節に感傷をおぼえないのか。兄が桜が好きだったのだ。桜を見る度、元気な兄を思い出した。
兄が死んだ日の事は忘れない。もう衰弱した兄が、窓を開けて欲しいと頼んだのだ。外は桜が満開だった。きれいだな。桜。来年の桜は見られないんだな。兄は言った。そんなことないよ、なんて分かり切った嘘を彼女は言わなかった。そうだね。でも今年の桜が見れたんだもん。お兄ちゃん桜大好きだもんね。よく知ってるな。お兄ちゃんのことだったら、大体知ってるよ。小学校四年生までおねしょしてたことも。兄は笑った。そして顔が石のようになり、兄は死んだ。だから彼女は信じてる。兄は決して不幸ではなかったと。幸福とともにこの世を去ったのだ。ただそれが少し早すぎただけだ。私もいつか死ぬんだもの。その時は兄のように笑って死にたい。彼女はそう思いながら、満開の桜を見上げながら桜並木をゆっくりと歩いていった。

よき友、吉澤景子さんに感謝して

shiroyagiさんの投稿 - 11:37:05 - 0 コメント - トラックバック(0)
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