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2005-04-15

妖精の少女

少女は妖精を見ました。学校の帰り、草むらのなかで。ほんわり黄色に光った丸いものが草の上に浮かんでいました。その中には羽を生やした小さな人形のようなものがいました。彼女は歩いている足を止めず、後ろ向きにその妖精を見ていました。しばらく歩いた時、やっぱり妖精が気になり、後ろを振り向きました。妖精は消えていました。でも彼女はそれが妖精であったと確信していました。家に帰り、お母さんにそのことを話しました。少女のおかあさんはメルヘンチックでロマンチストでした。おかあさんは自分の娘が妖精を見たことを喜びました。自分の娘に特別な力があることを心から喜びました。そしておかあさんは少女に忠告しました。決して人に妖精を見た事を言ってはいけませんと。妖精はとっても恥ずかしが屋で、しかも妖精を見ることができない人に、自分の存在を知られることを恐れていると言いました。少女は人に言わないと約束しました。でも少女は心の中で人に言いたくて仕方がありませんでした。
次の日学校へ行くと、クラスのみんなに、妖精を見たと大騒ぎしました。みんなはそのことを信じず、少女のことをいじめました。妖精になってみろよ。妖精のポーズで給食を食べろとか、無理な命令をしました。少女はみんなに妖精のことを話したことを後悔しました。その後、妖精は少女の前に現れませんでした。
十年の月日が流れました。少女は既に少女でなくなり、一人の女性になりました。大学でインテリアデザインを学んでいました。毎日課題があり、毎日が徹夜でした。そんなある日、深夜課題をしていると、机の上に青い妖精が現れたのを、彼女は、全身で感じました。課題のノートから目を上げ、机の端を見ました。妖精は、にっこりわらって、
「がんばって」
ただ一言そう言うと、ふっと消えてしまいました。今度は妖精を見たことを誰にも話しませんでした。同じ失敗を繰り返すほど彼女は愚かではありませんでした。その後、毎晩、深夜課題をする彼女の前に妖精は現れ、彼女を励ました。彼女はそのせいか、毎晩課題を無事こなすことができました。
そしてある日、妖精は言いいました。
「わたしの国へ行きませんか。あなたはこの国には似合わないですよ。本当はあなたはわたしの国で生まれるはずだったのです。だから今まで、あなたのことを陰から見守ってきました。女王さまからの命令で、今まであなたを助けてきましたが、この度、あなたをわたしたちの国で住まわせるようにとの命令が出ました。どうしますか。わたしたちの国へ来ませんか」
彼女は泣き出しました。なぜなら妖精がそう言ってくれるのをずっと待っていたからです。彼女は頷き、妖精と一緒に青い光に包まれ、ふわっと消えました。
翌朝、彼女を起こしにきた母親は、少女がいないのに驚きました。机の上を見ると、小さな青い羽が落ちていました。母親は悟りました。妖精が妖精の国へ娘を連れて行ったのだと。ようやくその時が来たのだと。実は妖精は母親の前にも現れていて、いつか娘を妖精の国へ連れて行くと言っていたのです。それまで彼女を守って欲しいと、妖精から頼まれていたです。母親は、わかっていたこととはいいながら、やはり悲しみは隠せず、娘の机に座って、泣きました。母親の前に、妖精が現れ、
「ありがとうございました」
そう言いうと、妖精はふわっと消えました。

よき友、吉澤景子さんに感謝して

shiroyagiさんの投稿 - 11:44:33 - 0 コメント - トラックバック(0)

遊園地

二人は遊園地に行った。初めてのデートだ。二人はまず観覧車に乗ろうと、観覧車に乗った。乗った瞬間、二人の間に気まずい雰囲気が漂った。二人きりになったからではない。観覧車にカーテンがついていたからだ。カーテンを閉じて、何をするのかを二人は知っていた。まだつきあい始めて間もない二人には、まだカーテンは閉められなかった。結局、体を緊張させて、観覧車を降りた時には、どっと疲れていた。大きく息を吐く。男の子の方が、ようやく言った。
「お化け屋敷に行こうか」
二人は空いているお化け屋敷に入った。他に客は誰もいないように感じられるほど、静かだった。沈黙の暗闇の中を、二人は肩寄せ合って歩いた。手は握らなかった。何度かおばけが現れ、女の子の方が何度も悲鳴をあげる。
「わたしもうやだあ」
女の子は、出たいと言い始めた。その時だった。おばけが見えた。おばけはしゃがんでいる。こちらに気がついていないようだ。よく見るとカップラーメンを啜っている。女の子はげらげら笑いながら、
「なんでカップラーメン食べてんのよお」
と叫んだ。おばけは慌てて、顔にマスクをしてこっちに向かってきた。
「うおー」
おばけが叫んでいるが、全然怖くない。二人は笑いながらお化け屋敷から出てきた。男の子が言った。
「最高だったなあ。あのおばけ。景子ちゃん、おばけに向かって叫ぶんだもん。驚いたよお」
「叫びたくもなるよ」

二人の距離はぐっと近づいていた。男の子が言った。
「ホットドックでも食べようか」
「うん」
二人は二本のホットドックを買うと、ベンチに座って頬張った。二人は、「おばけにも休憩時間は必要だね」
そう言い合うと、ペットボトルのお茶を飲み込んだ。明るい日差しが二人を照らしていた。

よき友、吉澤景子さんに感謝して

shiroyagiさんの投稿 - 11:43:51 - 0 コメント - トラックバック(0)

夜桜

加奈子は夜中、目を覚ました。便所に行こうと、自分の部屋を出て、用を足した。廊下の窓から桜が咲いているのが見えた。そういえば昨日、桜の蕾が大きくなっていた。加奈子はそう思いながら、幾つか咲いた桜を丹念に眺めていた。大きな風が舞った。風は桜の木を中心に吹いているようだった。空から人間のようなものが降りてくるのが見えた。よく見れば仁王像のようだ。その仁王像は桜の幹に近づき、幹を抱いた。途端、桜の木が美しい女に変わった。女と仁王像は交わった。官能的なものものであった。加奈子は濡れていた。やがて二人は名残惜しそうに別れを告げているようだった。そして再び大きな風が舞った。仁王像が天へ駆け上がり、女は元の通り桜の木に戻った。
次の晩、加奈子はまた昨夜の出来事が起こるのではないかと、夜中目を覚ましたまま、窓を眺めていた。そして、また昨夜と同じ光景が目の前に広がった。
加奈子は身籠った。思い当たるふしはない。加奈子は、桜の木を見ながら、不思議な事もあることだと考えながら、子を産む事にした。

shiroyagiさんの投稿 - 11:42:47 - 0 コメント - トラックバック(0)

夫婦

男には妻があった。もう結婚して二年になる。夫婦は仲が良かった。男が仕事が休みの日には、いつも二人で公園を手を繋ぎながら散歩をした。
ある休日の雨の日、妻が具合が悪いというで、男は一人で公園を散歩した。一人の散歩はあじけなかった。いつもなら二時間をかける散歩を三十分で済ませて早々に帰って来た。妻は床で横になっていた。帰り道で買った和菓子を妻に見せると、妻はお茶を入れようと立ち上がろうとした。男はそれを遮り、自分が入れると、台所で湯を沸かした。薬缶から湯気が出るのをしばらく男はぼんやりと眺めていた。既に湯が沸騰しているのに気が付き、男は火を消した。茶を入れ、男は妻の布団に持って行った。妻はようようと起き上がり、猫背になって苦しそうに茶を飲んだ。
「ああ、おいしい」
妻は言うと、和菓子の道明寺を慎重に噛んだ。桜の葉の香りが口の中に広がり、妻は、その日初めて顔に笑みを浮かべた。男はそれをひどく喜んだ。

食べ終えて、妻はまた横になった。男は妻が眠るまで、妻の手を握りしめながら、妻の顔を見ていた。
妻は眠った。男は妻の手から手をほどこうと、もう一方の手で妻の手首を持って力を入れた。妻は手を離そうとはしなかった。それでいて柔らかく男の手を握っているのだった。妻はその時、男と散歩している夢を見ていたのだった。とても晴れた春の日で桜が満開に咲いていた。

shiroyagiさんの投稿 - 11:42:07 - 0 コメント - トラックバック(0)

日課

彼女の日課は、病棟の端から端まで一日中歩くことだった。彼女は精神病院の閉鎖病棟にいた。彼女の主治医は院内の散歩を許さなかったので、彼女は一日三度の食事を摂る以外することがなかった。入院して最初の内は状態が悪いこともあって一日中ベッドでうつらうつらしていた。薬のせいもあったかもしれない。だが今はうっすらと意識があった。ただ自分の意識と外の世界との間に一枚の膜のようなものがあるように感じた。そんな状態だったので、彼女の目はいつもうつろだった。そんな彼女が感情をむき出しにする事があった。夫が来たときだ。面会に来たばかりの夫に向かって、帰れ、帰れ、お前なんか帰れ、と叫んだ。私は彼女と夫の間に何があったのかは知らない。毎日病棟を歩く姿を目にしていただけだ。そんな彼女にある日を境に変化があった。テレビをじっと立ち尽くした格好で見入ったり、喫煙室を覗きに来たり、顔にパックをしているのを見ることがあった。そんな変化を病棟の誰もが密かに喜んだ。
ある朝、朝のラジオ体操をしていた私たちに向かって、彼女ははっきりした顔で、
「おはようございます」
と言った。
私たちは、元気に、
「おはようございす」
と挨拶を返した。ある晴れた気持ちのいい朝だった。


shiroyagiさんの投稿 - 11:41:21 - 0 コメント - トラックバック(0)
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