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2005-04-23

精神病院のドラえもん

私が精神病院の五病棟の自分の部屋の机で、小説を書いていると、いきなり机の引き出しが開き、私は椅子ごと吹っ飛んだ。倒れた姿勢で前を見ると、ドラえもんがいた。
「助けにきたよ。ここから出よう」
「助けなんかいらない。僕はここで充分に幸せだよ」
ドラえもんは私の目を見て言った。
「嘘だな。のび太君。君はしずかちゃんと結婚していないじゃないか。それに嘘をつく時、君は鼻がぴくぴくする」
鼻がぴくぴくした。私は叫んだ。
「しずかちゃんなんてマンガだろ。それに僕はのび太じゃない。恋人もいるよ」
ドラえもんは、どこでもドアを出して、強引に私をドアの向こうに連れて行った。その世界では、私は、しずかちゃんと幸せな家庭を築いていて、子どもが二人もいた。私は愕然として、ドラえもんに聞いた。これは一体どういうことなのか。ドラえもんは答えた。
「これが本当の現実。今の君はパラレルワールドに紛れ込んでしまっている。さあ、本当の自分に戻ろう」
私は迷ったが、今の幸福を捨てることはできない。確かに私は精神病患者で病院にいる。だが愛する恋人は毎週末お見舞いに来てくれる。私の幸福はここにある。私は確信した。私は叫んだ。
「消えろっ、ドラえもん」
するとドラえもんは煙になり、机の引き出しに吸い込まれるように消えていった。後悔するよ。頭の中にドラえもんの声がこだました。私は翌月、退院し、今は恋人と一緒に住んでいる。来年籍を入れる予定だ。勿論幸福だ。私はたまに思い出す。ドラえもんのことを。そして、その度に、自分が恋人と一緒にいる幸福を噛み締めるのだった。そこに後悔などありはしなかった。

shiroyagiさんの投稿 - 21:05:23 - 0 コメント - トラックバック(0)

交換

ちずちゃんは文学や絵本、マンガ、映画などに好奇心旺盛な子だ。私はちずちゃんと喫煙室で、色々な本や映画の話をした。ちずちゃんから教えてもらった本や映画もあるし、私がちずちゃんに教えた本や映画もある。
ちずちゃんは、今日退院する。先日ちずちゃんが私に手紙をくれた。かわいい和風の絵で描かれた猫が便箋の隅に書いてある紙で、それにちずちゃんはお薦めの本や映画を書いて、かわいいイラストを描いてくれた。ちずちゃんのパソコンは、旧型のi-macだ。透明とオレンジのやつだ。でも故障していて今は動かない。ちずちゃんは、マックの故障のことを色々聞いてきた。私は、ちずちゃんに色々教えた。自分がブログを持っていること、三晃堂のパソコン修理のこと。
ある日私は外出許可を取って、三晃堂に行った。そして三晃堂のパソコン修理の、三晃堂のホームページのアドレスが書いてある名刺を沢山もらってきて、その中の一枚に、「しろやぎ」と書いて、私がしろやぎにお手紙を渡して、ちずちゃんが、本を読んでいる絵を描いて、ちずちゃんに渡した。その日、三晃堂で買ってきた江國香織の「パンプスムース!」をちずちゃんに貸した。ちずちゃんはその夜、引っ越しの準備か外泊した。その次の日、喫煙室で私が煙草を吸っていると、ちずちゃんが「ありがとうございましたと」と言って、「パンムスムース!」を返してきた。
「どうだった?」
私は聞いた。
「買っちゃいました」
「どこで?」
「近くの本屋さんで」
ちずちゃんはにっこりとした。

ちずちゃんは今日退院する。親が迎えに来るのを待っている。ちずちゃんは週に一回作業療法の園芸のため、病院に来る。これからは種まきやいろいろな仕事が園芸にはある。天気もいい。園芸にはいい季節だ。ちずちゃんは、自分のアパートでもコンテナガーデンでもやってみようかな、と言っている。そんなちずちゃんが今日退院する。

shiroyagiさんの投稿 - 21:01:12 - 0 コメント - トラックバック(0)

虹の架け橋

みーちゃんが明日退院する。みーちゃんは喫煙仲間だ。みーちゃんは周りのみんなに気を使ういい子だ。みーちゃんが退院する前日、みーちゃんはどこから買ってきたのか、奇麗な和風の飴の盛り合わせを買ってきた。黄色、緑色、桃色、青色、いろんな色が混ぜ合わせた、奇麗な飴だった。よくその包みを見ると、小さな字で「虹の架け橋」と書かれてあった。本当に虹のような色をした飴だった。それをみーちゃんは、喫煙室の窓のところに置いて、そのままにして、寝ようとした。消灯時間になり、みんなが喫煙室を出るて、眠剤をもらいに、ナースステーション、看室に行った。見回りをしていた看護士がみーちゃんが置いてきた、虹の架け橋を見つけてしまった。
「こんなものあったわよ」
みーちゃんは受け取った。
翌日、景子が虹の架け橋を預かり、みんなにそれぞれ分けて、配ることになった。みーちゃんはその日の午後に退院した。と言っても、その後作業療法で毎日病院に来る。でももう五病棟にはみーちゃんはいない。みーちゃんんが退院した夜、みんなに虹の架け橋が配られた。みんな隠すようにポケットにしまう。食べ物をあげたりしてはいけない規則になっているからだ。その夜、消灯時間の九時に眠剤をもらい、私は眠った。夜中の二時に目が覚めてしまった。夜中の二時半まで、追加の眠剤がもらえるが、今日は本を読むことにした。川端康成の「掌の小説だ」。もう半分以上読んでいる。私はみーちゃんがくれた虹の架け橋を舐めながら、本を読んだ。五時半になり、顔を洗ったり、着替えたりして、喫煙室に行った。六時から喫煙時間だからだ。田山さんがもう来ていた。私は、
「みーちゃんの飴、もう全部舐めちゃいました」
「私も」
二人は笑い合った。桜の葉の間から日が昇るのが見える美しい穏やかな朝だった。

shiroyagiさんの投稿 - 20:56:12 - 0 コメント - トラックバック(0)

吸い溜め

病棟の喫煙室に来るおばさんで消灯時間寸前になると、四本ほど立て続けに煙草を吸っていくおばさんがいる。佐久間さんという。その吸い方が凄い。ひっきりなし吸っているのである。吸っているのだか吐いているのだか分からないスピードで猛烈に煙草を吸っている。手がかすかに震えている。目は涙ぐんでいる。私は一度、佐久間さんに、
「大丈夫ですか。泣いているみたいですよ」
佐久間さんは言った。
「大丈夫」
手は震えていた。
ある日、佐久間さんが饒舌に自分の煙草の吸い方を語った。
「頭がくらくらするくらい吸わないと、まだまだヒヨッコね。あんた達まだまだヒヨッコだわ。私の吸い方知ってる?吐いた煙も同時に吸っているのよ。これくら吸わないと一人前じゃないわ。分かる?」
佐久間さんが出て行った後、みんなで話した。
「頭がくらくらするのは佐久間さん、夜しか吸わないからじゃない」
「ヒヨッコて言われちゃった」
「私たちヒヨッコなんだ」
知らぬは佐久間さん一人だけである。

shiroyagiさんの投稿 - 20:47:44 - 0 コメント - トラックバック(0)

一本の煙草

煙草を一本だけ持って、病棟の喫煙室にやってくるおばあさんがいる。さと美さんという。いつも一本だけ煙草をゆったりと吸って、窓の桜を眺めて、しばらく座って出て行く。話が盛り上がっていると、笑っている。たまにあんまり話が盛り上がっているときなど、喫煙室を出て行ったのかなと思っていると、すぐ戻って来て、また一本の煙草を持ってくることがあった。今のところ三本立て続けに煙草を吸っている所を見たことがない。いつかさと美さんに三本続けて吸わせる位楽しませてみたいと思っていた。そんなある日、さと美さんが左頬にガーゼをつけている。私は、
「どうしたんですか」
「歯が痛くってさ。それで」
「大変ですね。ご飯食べるの辛いでしょ」
「痛い」
さと美さんのガーゼをよく見ると、赤い染みのようなものがある。血だと思ったが、よく見ると、ハートの形をしている。
「ガーゼにハートのマークがついてますね」
「看護婦さんが早く治りますようにって、気持ちを込めてくれた」
さと美さんは大きく笑った。その日、初めてさと美さんは立て続けに三本煙草を吸った。

shiroyagiさんの投稿 - 20:45:31 - 1 コメント - トラックバック(0)
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