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2005-05-30

再会

晋作の病状は日に日に良くなっていった。それは横で看病する香織が一番よく分かっていた。医者の診断も、このまま行けば退院でしょう、と明るい答えが香織の顔を明るくした。
そんなある夜だった。晋作が夜中目を覚まして、香織を呼ぶ。横の仮眠ベッドで寝ていた香織は起き上がり、晋作の顔を見た。一瞬ぎょっとした。顔に死相、死相というものがこの世にあるのならば、正に死神に取り憑かれた顔がそこにあったからだ。晋作は言った。
「俺のことは心配するな。俺は死ぬが、また再び甦る。その時、どこかで会おう」
晋作の遺言であり、最期の言葉だった。香織は息を引き取った晋作を見てナースコールを呼ぶのも忘れて、号泣した。
晋作の葬儀は何事もなく、執り行われた。香織は妻として、喪主を務めた。香織の横には、晋作の両親が香織を守るように、付き添っていた。時たま香織は晋作の母親の肩に顔を埋めた。母親は頭をなでて、香織を慰めた。
月日は過ぎた。晋作が死んで一年になる。今日が晋作の命日だ。香織は墓参りに行こうと、晋作が埋められた墓地へと車を走らせた。ちょうど信号待ちの時だった。香織はふと横の車を見ると、そこには運転している晋作がいた。二人は目が合った。晋作は、にっと笑った。信号が青に変わった。晋作の車はスピードを上げてスタートした。香織はその車を追うように車をスタートさせた。晋作の車は制限速度を遥かに超して、スピードを出した。それでも香織は追った。制限速度が五十キロの道を、晋作の車が百キロ以上のスピードで飛ばす。後を追うように香織の小型自動車が道を駆け抜ける。その時、交差点を前にして目の前にダンプカーが現れた。香織はその時、先程の晋作がにっと笑った顔を思い出した。ある夏の夕暮れ近い、蒸し暑い日の事だった。

shiroyagiさんの投稿 - 14:30:04 - 0 コメント - トラックバック(0)

車椅子

病棟の喫煙室には、キシリトールガムのプラスチック製の大瓶がある。そこにボックスタイプの煙草に入っている銀紙をいれるのが習慣だった。なぜそんなことをするのか、最初は不思議だった。まだ入院して間もない頃、景ちゃんに聞いた。
「これを沢山集めてると、車椅子になるんだよ」
どこかの団体を通して、何枚集めるとかは誰も詳しく知らないが、車椅子と交換して、どこかの施設に寄付してくれるらしい。既に一台の車椅子を寄付しているとのことだった。当時私が吸っていた煙草はボックスタイプではなかったので、この活動に参加できなかったが、銀紙の枚数が増えていくのは嬉しかった。景ちゃんが主に数を数えるのを担当していた。たどたどしい手つきで枚数を数えていく。十枚になると、一つにまとめる。数えていて九枚だったりすると、誰か箱を開けないかなあという話になる。最近私はボックスタイプの煙草に変えた。私も銀紙を大瓶にいれるようになった。少しいいことをしているような気分になった。

shiroyagiさんの投稿 - 14:24:40 - 1 コメント - トラックバック(0)

清掃工場

暗闇の中を、僕は闇雲に走った。息を切らして立ち止まると、そこは清掃工場だった。僕は大きなゴミを前に佇んだ。僕は見た。ゴミの中に、まだ使えるテレビや冷蔵庫があるのを。人は、なぜまだ使えるものを平気で捨てるんだろう。僕はまだ生きている。僕はまだ可能性がある。僕はまだやり直しがきく。そう思ったが自信はなかった。自信。誰がそんなものを持って、この世で生きているんだろう。そんなものを持って生きている奴は、よっぽどのバカか余程の恥知らずだ。僕はそう思った。ゴミだってまだ使える。使おうとしないほうが悪いのだ。僕は自分が考えていることは、間違っていないと思った。まだ生きていていい。生きる。生きていくんだ。そう思い始めると、僕の中に、なにやら大きな力のようなものが湧いてきて、僕は大きなゴミの前で、仁王立ちしていた。僕は踵を返すと、家への道をゆっくりと歩いた。通りには、道を照らすように、街灯が立っていた。僕はもう道に迷うことはないと思った。もしまた迷ったら、またここへ来ればいい。そう思いながら家に帰った。

shiroyagiさんの投稿 - 14:20:55 - 0 コメント - トラックバック(0)

新緑

ゴールデンウィークの病院は閑散としていた。みんな家族と休日を過ごすため、外泊しているからだ。私は病院に残った。主治医の許可が降りなかったからだ。私の病状はかんばしくなかった。退院の見通しはなかった。そんな私の唯一の楽しみが午前中の散歩だった。病院の近くの公園までの一時間の散歩。これを楽しみに毎日を過ごしていた。公園には大きな鯉のぼりが上がっていた。私はひとり三匹の大きな鯉が空を泳ぐのを眺めた。私は鯉に話しかけた。
「鯉よ。私はいつから大人になったんだ」
鯉は答えなかった。私は鯉を横目に歩を進めた。池があった。アメンボが泳いでいた。私はアメンボに話しかけた。
「アメンボよ。私はいつから病気になったんだ」
アメンボは答えなかった。私は池を横目に散歩道を歩いた。桜の木から芋虫が垂れ下がっていた。私は芋虫に話しかけた。
「芋虫よ。私はいつ死ぬのだ」
芋虫は答えなかった。私は糸で垂れ下がった芋虫に息を吹きかけた。糸が長くなり、芋虫は身をくねらせた。私は思った。お前は生きているのだな。今は芋虫だが、いつか蛾になって空を羽ばたくのだろう。それに引き換え私は。そう思ったら涙が溢れ出て来た。私は空を見上げた。真っ青な空を見上げながら、私は涙を流した。風が涙を吹き飛ばした。私は病院への道を歩いた。

shiroyagiさんの投稿 - 14:17:23 - 0 コメント - トラックバック(0)

正しい保健体育

みうらじゅん著『正しい保健体育』を読む。抱腹絶倒の保健体育の教科書が出現。題名と著者だけで笑える本も珍しい。みうら式保健体育がおかしいと思いながらも妙に納得させる。ぜひあなたもみうら先生にならって自分塾を開講してみませんか。人生を困難に生きてきた人にとっては、よくぞ書いてくれましたという、傑作だ。


shiroyagiさんの投稿 - 14:08:03 - 0 コメント - トラックバック(0)
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