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2005-05-30

言い訳するなんて男らしくない。そう言って、ゆかりは部屋を出て行った。公司は部屋でひとり煙草をくゆらせた。ゆかりは今夜は部屋に戻って来ないだろう。公司は思った。いつも喧嘩の後、ゆかりが出て行った時は、友達の京子の家の泊まるのが常だった。が、公司は京子の家には電話しない。どうせゆかりは電話に出ないのだ。公司は部屋を出て、パチンコ屋へ行った。パチンコは出なかった。喧嘩の後のパチンコはいつも出なかった。勝ちが多い公司のパチンコの唯一のジンクスだ。それでも公司は喧嘩の後、負けると分かっているパチンコをしに、パチンコ屋へ足を向ける。こんなことがもう何回あっただろう。パチンコの帰りにコンビニに寄り、弁当を買う。温めてもらった弁当は、なぜか冷たく感じられた。早く食べてしまおう。公司は家路を急いだ。
電柱のところに犬が座っていた。いつもの公司なら気にもせず、通り過ぎただろう。今日は犬が寂しく電柱に座り込む姿に、どこか自分を重ねたような気持ちになり、足を止めた。犬は弁当の匂いに気がついたのか、コンビニの袋に顔を近づける。公司は電柱に背中をつけてしゃがみ込むと、弁当のふたを開けた。箸を割り、ご飯とおかずの鶏肉の立田揚げを地面に置いた。犬はうまそうにそれを食う。
「うまいか」
犬は答えず、黙々と食っている。公司も弁当を食べることにした。食べ終わると眠くなってきた。公司はいつの間にか眠ってしまった。そこに声がした。
「そんなとこで何してんの」
公司は頭を起こした。ゆかりだった。公司はちょっと意外な顔をして、
「京子ちゃんのところじゃなかったのか?」
「彼氏が来てて」
「そうか。ご飯は食ったのか?」
「まだ」
「何かうまいものでも食べに行くか」
「弁当食べたんでしょ」
「犬に分けたから」
「何それ?」
「なんでもない。行くか」
「うん」
公司は立ち上がり、ゆかりの手を取ると、夜の道を歩いていった。どこかで犬の遠吠えが聞こえた。

shiroyagiさんの投稿 - 14:47:54 - 0 コメント - トラックバック(0)

花泥棒

花を盗んだ。自分のためではない。二階の窓辺にいつも佇んでいる少女のためだ。
少女は病弱なのか家から出ることはなく、いつも一人で窓から外を眺めていた。僕は自転車でその家の前を走っていて、少女に恋をしたのだ。何か少女が喜ぶことをと考えて、花をあげることにした。
近所にバラの花が奇麗に咲いている庭がある。僕は忍び込んで、バラの花を沢山切った。僕の腕にはバラの刺で傷ついた痕が残った。血が出た。バラの花と同じ赤い色をしていた。僕は少女にどうやって花を渡そうか考えた。少女の家の屋根に登って、上から渡すことにした。
僕は屋根に登った。つるりと滑った。僕は屋根から落ちた。僕より少し遅れて、バラの花が僕の周りに落ちた。少女は驚いた。僕はにっこりと笑った。僕が少女と出会ったきっかけは、花を盗んだことだった。

shiroyagiさんの投稿 - 14:43:21 - 0 コメント - トラックバック(0)

風に吹かれて
僕は大きくなった
人生の風は時に甘く
時に厳しい

僕は 帆をあげて 船に乗っている
どこへ行くのか
それは 全て 風に任せている


shiroyagiさんの投稿 - 14:40:45 - 0 コメント - トラックバック(0)

コロッケ

学校にはコロッケがいた。コロッケと言っても食べ物ではない。学校で飼っていた鶏の名前だ。飼育委員をしていた景子はコロッケの世話をしていた。
コロッケは凶暴だ。二年学上の景子の姉を追いかけ回し、姉をジャングルジムまで追いつめた。姉はジャングルジムの上に登り、安心した、と思った。コロッケは跳び上がり、ジャングルジムの上まで羽ばたき、姉を攻撃した。幸い姉に怪我はなかった。
コロッケはいたずら好きだ。生徒の上履きを入れ替えたりする。そんなコロッケは学校で不人気だった。ただ一人景子だけがコロッケをかわいがっていた。景子がゆらゆらブランコに乗りながら、コロッケを抱くと、コロッケはすぴーすぴーと寝息を立てた。コロッケは景子だけになついていた。景子は夏休みも毎日欠かさずコロッケの世話をしに学校へ行った。
ある日、景子が鶏小屋へ行くと、コロッケはいなく、替わりにチャボが一羽いた。景子は、コロッケはどこへ行ったのか、心配でしかたがなく、先生に聞いた。先生は、
「コロッケは高尾山に売られたんだ。高尾山にどうしてもコロッケを欲しいという人がいてね。これからはチャボの世話を頼むよ」
景子は、先生の話を信じて、コロッケは遠足でも行ったことのある高尾山で元気で暮らしていると思った。けれでもチャボの世話は全くせず、景子は飼育委員を辞めた。チャボの世話は誰かがやっていたのだろう。

景子は、私にその話をすると、コロッケは本当はどこへ行ったのかなあ。高尾山って言うのは、どうしても嘘くさいと言った。私は、
「それはやっぱり・・・・」
景子は叫んだ。
「やめてー」
「嘘ウソ。そんなことないって」

病院の喫煙室でのある夜の話である。

よき友、吉澤景子さんに感謝して

shiroyagiさんの投稿 - 14:39:12 - 0 コメント - トラックバック(0)

記念樹

少年は木を切りました。大切な木でした。父親が、少年が生まれた時に庭に植えた木でした。少年は父親を憎んでいました。いつも仕事仕事で忙しくて、少年の相手をしてくれない父親を、愛するがゆえに憎みました。そしてとうとう大切な木を切りました。のこぎりで木の幹を切ると、木が痛がっているように、ぎーぎーと音がして、樹液が流れました。
週末まで父親は木が切られていることに気がつきませんでした。土曜日の昼過ぎ、父親が庭の手入れをしていると、木が切られているののに気がつきました。父親は少年を呼びました。そして理由を訊ねました。少年は黙っていました。父親は怒りませんでした。ただじっと少年の目を見つめていました。少年はそれでも黙っていました。父親は少年のもとを離れて、車に乗ってどこかに行きました。少年は生きた心地がしませんでした。父親は帰ってくると庭に木を植え始めました。少年は父親のもとに行き、父親にしがみついて泣き始めました。父親は黙って木を植えていました。植え終わると、二人で家の中に入りました。少年は父親と一緒にお風呂に入りました。少年はしばらくぶりに笑いました。少年はこの日を忘れないと思いました。

shiroyagiさんの投稿 - 14:34:31 - 0 コメント - トラックバック(0)
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