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2005-05-30

幸福

言うなれば、天才。そんな言葉が合う男を知っていた。株。株に関して彼は天性の才能を発揮した。初めて株で儲けたのが、十五歳。それ以降彼は株で莫大な財産を築いていった。
彼は三十五才になっていた。彼は新聞の長者番付にこそ載らないが、大金持ちの成金生活を送っていた。彼の財産はこの不況にも関わらず、その財を増やし続けていった。
彼は結婚した。恋愛ではない。見合い結婚だ。彼は女性に特に関心がなかった。彼は名目上の結婚だけの気持ちで、ある金持ちの娘と結婚した。
結婚生活は彼に意外な幸福をもたらした。彼は今までにはない充実感を味わっていた。株は後真回しにされ、たまに損をしても気にしなくなった。日に日に彼の財産は減っていった。土地を売り、ビルを売った。最後に残った自宅も抵当に入った。それでも彼は幸せだった。妻は言った。
「あなたがいればそれでいい。他には何もいらないわ」
「僕もだ。君がいれば、財産なんて何の価値もない」
そうして二人は一文無しになった。二人は公園で暮らし、ゴミさらいや物乞いで生計を立てた。二人は初めて本当にふたりだけになって、お互いの幸福を祝い合った。こんなひとに出会えた幸福を私はふたりに感謝した。

shiroyagiさんの投稿 - 15:24:25 - 1 コメント - トラックバック(0)

いい奴

お前っていい奴だよな。誠司は康一にそう言われた時、殴ってやろうかというくらいムカついた。誠司は自慢じゃないが、生まれてから一度だってそんなふうに言われたことはなかった。親にだってお前みたいな悪童は地獄に堕ちる、と言われて育った。だが康一は本気で誠司のことをいい奴だと言った。その理由は簡単だ。煙草を一本やった。それだけの理由。聞いたら、康一は今まで人から何かもらったことなど一度もないそうだ。
一方、誠司は康一のことをいい奴だと思っていた。ただ口には出さなかった。口に素直に出せない、そんな理由で、誠司はいつも憎まれ役になった。でも自分ではどうしようもなかった。素直になれない。人がこう言えば、ああ言いたくなる。それが誠司の性格だった。だが誠司は思った。康一には素直になれるかもしれない。康一ははっきり言って頭が弱い。これは悪口ではなく、事実康一の頭は弱かった。だがその頭の弱さが誠司には魅力に感じた。守ってやりたい。人をそんなふうに感じたのは初めてだった。
そんなある日、康一が風邪をこじらせて熱を出した。売薬では効かなかった。医者に連れて行きたくても康一は保険証を持っていなかった。誠司は考えて、自分が医者に行き、嘘の病状を並べ立てて、薬をもらい、康一に与えた。幸い康一は薬のおかげで、治った。横になりながら、康一はまた誠司のことを、お前っていい奴だな、と言った。誠司は康一が治った喜びで目頭が熱くなった。

shiroyagiさんの投稿 - 15:21:37 - 0 コメント - トラックバック(0)

ピーの赤ちゃん

今朝、猫が赤ちゃんを生んだ。四匹らしい。らしいというのは、親猫のピーがよく見せてくれないからだ。ピー。赤ちゃんの頃、泣いてばかりいたから、ピーと名付けた。その猫がもう子どもを産んだ。僕はまだ中学生になったばかりなのに。女の子と手もつなげないでいる。ピーはいいな。ピーがもし人間の女の子だったら、ピーと結婚したよ。でもピーはもうお母さんだ。ピーがお母さんじゃいやだな。僕にはちゃんとお母さんがいるし。猫は育つのが早い。そうだ、ピーの子どもと結婚しよう。ピーの子どもが大人になる頃は、僕も少しは大人になっているだろう。ねえ、ピー。僕がピーの子どもと結婚してもいいかい。ピーは子猫に乳をあげながらニャーとないた。僕はそれを、いいよ、と言ったのと考えた。
僕はその夜、ピーの子どもとデートしているところや、結婚しているところ、僕とピーの子どもとのあいだに赤ちゃんができた時のことなどを想像した。そして、ピーの四匹の子どもに名前をつけた。ユウ、メリー、マク、サラ。僕はサラと結婚することに決めた。そして寝た。
翌朝ピーを見に行くと、赤ちゃんが立ち始めていた。四匹だった。僕と真っ先に目が合った赤ちゃんがいた。よーく見るとメスだった。僕はその子に、サラと名前をつけて、結婚の約束を交わした。僕はサラが大人になるのが楽しみだった。僕はそれ以来、大人になるのが怖くなくなり、学校にも馴染んで行った。でもサラとの約束だけは忘れなかった。でもそのことはだれにも言わなかった。お母さんにも。お父さんにも。お兄ちゃんにも。僕だけの心の中にしまっておいた。だから僕の願いはきっと叶うと思った。

shiroyagiさんの投稿 - 15:18:43 - 0 コメント - トラックバック(0)

デビュ−

有名になりたい。仁志は考えた。このままうだつの上がらないサラリーマンを続けるのはうんざりだ。一発芸能界で当てて、一生楽に暮らしたい。大体テレビに出ている芸能人という連中はどこに芸があるのかわからない。仁志は思い、自分でも芸能人になれると考えた。さてどうしよう。芸能人になるのはいいが、きっかけが必要だ。オーディションを受ける?何のオーデションを?芸能プロダクション、映画、お笑い、なんでもいい。仁志はできるかぎりのオーデションに応募した。
ある映画のオーでションを受けた。仁志は端役で合格した。映画のワンシーンにしか登場しない端役。だが仁志は初めて自分が認められたような気がして浮かれた。友達に電話をかけまくって、今度映画に出るから、と言いふらした。
映画の撮影は一日で済んだ。あっけなかった。その間中仁志は色々なオーデションを受けては、落ちる日々を送っていた。
仁志が出る映画が公開されることになった。仁志は友達を連れて、初日に見に行った。仁志は映画に出て来なかった。仁志のシーンはカットされていたのだ。仁志は言葉を失くした。友達もなんと言ったらいいのか言葉を探していた。仁志が沈黙を破った。
「いいんだ。あんなへぼ映画の端役。こないだ芸能プロダクションのオーディションに受かって、デビューすることになったんだ」
仁志は見栄を張った。友達連中はそれを嘘と分かっていながら、そうか、と喜ぶ振りをした。
仁志の労働意欲は低下した。会社も辞めた。アルバイトもせず、貯金で何とか食いつなぐ日々を送った。そのうち金も尽き、どうしようもなくなった。仁志はいわゆるホームレスの仲間入りをした。だが、プライドだけは捨てなかった。自分は他のホームレス連中とは違う。その態度が他のホームレスの気に触れ、仁志はホームレス仲間の間で孤立した。仁志はそれでも生きることには執着した。残飯をあさって空腹をしのいだ。ある日仁志は食べ物にあたって腹をくだした。何日もそれが続き、仁志はげっそりと痩せた。立ち上がる元気もなかった。仁志は死んだ。新聞は仁志の死を報道しなかった。

shiroyagiさんの投稿 - 15:15:42 - 0 コメント - トラックバック(0)

年上の女

朝早く目が覚めた。まだ起きる時刻まで一時間あった。誠一はCDラジカセのリモコンを手に取り、ボタンを押した。心地よいクラシック音楽が流れてくる。誠一は音楽に身を任せ、自分の生活について考えていた。朝起きて、会社に行って、酒を飲んで、寝る。これが誠一の生活だ。彼女でもいればまた違うのだろう。誠一は考えたが、今そういった対象はいない。それに一抹の寂しさを感じた。誠一は呟いた。彼女欲しいな。言った側からそれを取り消した。面倒くさい、女なんて。いつもこれで誠一は女から自分を遠ざけた。電話をして、メールを打って、週末のデート。考えると面倒くさくなる。そんな誠一が今気になっている女性がいる。職場の年も自分の二十は上の女性だ。嵯峨さんという。仕事ができて、管理職、独身だ。母親に近い年齢なのになぜか気になる。
ある日誠一は嵯峨さんを食事に誘った。
「からかっているの?」
「そんなんじゃありません。一緒に食事をしたいと思って」
「中年の独身女に興味があるの」
「そんなんじゃありません。僕には彼女はいません。唯一気になる女性は嵯峨課長なんです。それで」
「そう。いいわよ。私はいつでも空いてるから。今夜ででも」
「ありがとうございます」

二人は食事を終えた。
「楽しかったわ」
「僕もです」
「また誘ってもいいですか」
「駄目よ。私本気になっちゃうから。あなたはちゃんと若いひととつきあいなさい」
「そんな。僕はあなたじゃないと駄目なんです」
「気持ちはうれしいけど、これっきりね」

二人は別れた。嵯峨は足早に通りを歩くと、角を曲がり立ち止まった。そして、泣いた。誠一はやけになり、その夜キャバクラに行った。女の子の名刺を五枚大切そうに財布に入れた。
二人はその後、食事を共にすることはなかった。


shiroyagiさんの投稿 - 15:12:16 - 0 コメント - トラックバック(0)
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