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2006-11-05

月よ

煙草を吸いながら、空を見上げる。月がきれいだ。
わたしは煙草を揉み消し、部屋に戻る。
パソコンの画面に向かい、キーボードを叩く。
流れるように、文章は流れ行き、終いに閉じる。
終わりなき、始まりなき文章の欠片。わたしはそれを創るために生きている。ああ、認めよう。芸術の女神がわたしを愛さなくても、いいのだ。振り向こう、あなたに。振り返ろう、あなたさまに。
認めよう、あなたは絶対の存在だ。逆らうことはできない。負ける。負けてしまう。これだけは自分の力ではどうしようもない。
月の力強さにさえ勝とうというわたしだが、あなたには敵わない。敵に回したくない。できれば、味方であって欲しい。そう望むのだ。
月に照らされたわたしの醜い身体から、蒸気が飛ぶ。ぷんぷん匂う。
わたしは自分の臭いに嫌気がさす。ああ、認めよう。わたしは醜い醜男だ。だがそれが女神に嫌われる何の理由になろう。
月だけは知っている。わたしが何を望んでいるのか。それだけでいい。充分しあわせだ。月がわたしの味方になってくれる。嬉しい、満悦の表情をわたしは浮かべる。それだけでいい。わたしはもう眠る。

shiroyagiさんの投稿 - 20:39:13 - 1 コメント - トラックバック(0)

カジュアル・ジャケットの着方

間違っても、カジュアルにジャケットを着る時、第一ボタンを留めてはいけない。せっかくのカジュアル、崩したジャケットが台無しになってしまう。第一ボタンを締めてしまうと、どうにも堅苦しくなる。四角になってしまうのだ。曲線の柔らかさではなく。カジュアルが台無しになってしまう。
今、第一ボタンを締めているあなた、次にカジュアル・ジャケットを着る時には、是非第二ボタンのみ、留めてもらいたい。勿論三つボタンのジャケットを着る時の話だが。

shiroyagiさんの投稿 - 10:01:49 - 0 コメント - トラックバック(0)

2006-11-04

編み物

夜中にひとり、編み物をする女がいる。女の手はなぜか震えている。
一編み一編み、時間をかけてマフラーを編んでいる。
女は誰のためにマフラーを編んでいるのだろう。わたしはそれを知らない。また知りたくもない。
女が好きで編んでいるのなら、それでいい。
夜中に独り、編み物をする女がいる。
女は自分のために手袋を編んでいる。理由はひとつ、いま持っている手袋が破れたためだ。
女はその破れた手袋をして、買い物に出る。指先が寒い。凍えそうだ。
月が静かに女の指先を見つめている。
それを女は知らない。そのことは女にとって幸せなことだろう。
わたしは女が夜道、歩いているのを見てそう思った。
月夜のきれいな晩、静かな夜であった。

shiroyagiさんの投稿 - 22:16:49 - 0 コメント - トラックバック(0)

ファッション

高校1年の時、メンズ・ノンノが創刊された。ぼくはファッションに興味があった。中学二年の時からだ。
三歳年上の兄が着るセーターを、同じ店で同じものを買った。
兄はスポーツ万能、容姿端麗、成績は中、読書はぼくの買った手塚治虫やあだち充のタッチやナインを読んでいた。
兄が中学を卒業すると同時に、ぼくは兄が通った中学に入学した。
なぜかぼくの入った1年B組に、先輩の女生徒が頻繁に通ってきた。
なぜか最初はわからなかった。それがしばらくしてわかった。
ぼくを見にきていたのだ。
兄は、中学在学当時、学校で一番モテた。人気投票で一番になった色男だ。
しかも、サッカー部の主将、キャプテンを務めた大した男だった。
一方、ぼくは本が好きなかわいい顔をした普通な男の子だった。ちょっと中性的なところがあった。少女マンガを読み、女の子ときゃあきゃあとしゃべった。もちろん、男の子の友だちもいた。バスケ部に入っていた。
バスケ部では、全然だめだった。へたくそだった。シュートが入らなかった。ドリブルシュートがなかなか入らなかった。五本に一本ははずした。でも、居残ってひとりで練習するような熱心な部員ではなかった。
ぼくを見に来る先輩の女生徒は減っていった。ぼくに興味を失っていったらしい。それはぼくにとってうれしいことだった。

ぼくは高校へ進学した。私立の男子高だ。偏差値は65。
高校に入ってすぐ、ファッションに目覚めた。
ちょうどその頃、丸井やPARCOが出来て、デザイナーズ・ブランドが人気だった。
ぼくは夏休み、新宿の住友ビルの53階にあるステーキハウスで皿洗いをして、手に入れたお金で、メンズ・ビギやタケオ・キクチやコムサの服を買った。
学校のみんながおしゃれだった。私服だったから、みんな競ってファッションセンスを磨き合った。
ある日、ぼくは公園の近くにある一軒の小さなぼろい服屋に入った。
最初はなにかわからなかったけど、インポートだった、ヨーロッパからの。イギリス・フランス・イタリア、スペインのもあった。でもどれもとても高くて手が出なかった。でもすごくよかった。
ぼくがそのGIGAという店で初めて買ったのは、スニーカーだった。リーボック。当時まだ正式に日本にライセンス契約がなく、日本にはほとんどなかっただろう、リーボックの第1号の白い革のスニーカー。これを買った。
友だちたちはそれを見て、笑った。なんだ、そのダサイスニーカーは、と。

けれど1年後、みんながリーボックのスニーカーを競うように履いた。
同じ経験がまだある。
ぼくが大学二年の時だった。エスカレーター式であがった某六大学。
ぼくはある寒い冬の日、黒いダウンジャケットを着て、講義を受けた。語学の授業。クラスのみんなが、ぼくが教室に入ると同時に大声を出して、笑った。
「なんだ、おまえ、山へでも登りにいくのか」
げらげら笑った。
その下品に笑ったクラスメイトたちが、1年後、みんなダウンジャケットを着ていた。
同じくさらに同じ体験がある。
Tシャツの重ね着。これをやったのは日本でぼくが一番最初だ。
その頃ぼくは某出版業界の組織で働いていた。服装はフリー。
ある夏の日、ぼくはオレンンジのTシャツの上に、赤いTシャツを着て、出社した。
みんな驚いた。何、何が起こったの、という感じ。
しばらくすると、みんなはぼくの格好を真似るようになった。
それを見て、ぼくは下手くそだなって、思った。でも口には出さなかった。
いまぼくはファッションはどうでもいい。もう二年、服を買っていない。GIGAでしか買わなかった服。当然GIGAにも二年の間、行っていない。
いまは前に買った服を上手く使い回ししている。元々、流行を追って買った服ではないので、ヨーロッパのインポートもの、永遠のスタンダードとなっている。
いまで言う、ちょい悪オヤジ、こんな格好だ。でもぼくはLEONを真似して着ているんじゃない。自分のセンスで着ているんだ。

これが我が道、it's my way。それだけの理由、it no reason why。
これが我がファッション遍歴。それだけなんです。

shiroyagiさんの投稿 - 16:03:31 - 1 コメント - トラックバック(0)

バリ島

バリ島のウブドで出会ったのは、ふたりの女の子だった。同じバンガローに泊まった理由で仲良くなった。
ふたりはバリ島に、長期滞在している。ビザが切れる寸前までバリにいて、切れる寸前に日本に帰る。それの繰り返し。
ひとりのほうの女の子、陽子さんは踊りを習っていた。バリダンスというやつだ。ぼくは踊りの練習を見させてもらったことがある。
美しい陽子さんの東洋的な顔とスレンダーな体から繰り出されるダンスは、とても美しかった。ぼくはその姿を十枚ほど写真に撮った。
もうひとりの女の子、裕子さんは絵と刺青を習っていた。絵は先生のところへ通い習っていたが、刺青は独学だった。
絵を描いている裕子さんの姿を写真に撮った。あどけない顔でこっちを見ていた。
裕子さんの肩に入った刺青を見せてもらった。鳥かなんかだったと思う。
ぼくは痛くなかったのと訊いた。裕子さんは痛かったよ、涙が出る位、と言って笑った。
裕子さんは刺青を彫らせてくれるひとを、いつも探している。バンガローの従業員の男たちはみんな裕子さんの彫った刺青をしていた。それを自慢気に見せられたことが何度もあった。
裕子さんは刺青用の電動ドリルも持っていた。本格的だ。
将来は、刺青で食べていきたいと言っていた。でも難しいな、そう裕子さんは、遠い目をして言った。
ぼくがバンガローを旅立つ日の前の晩、陽子さんと裕子さんは、お別れパーティーを開いてくれた。
うれしかった。バンガローの近くのレストランで夕食を食べた。いつもは安いワルンでしかご飯を食べなかったので、レストランでの食事は新鮮だった。
ビールを2本ほど開けて、夜を閉じた。
バンガローの自室に戻り、テラスのソファーに深く座り込んで、煙草を吸った。
空を見上げた。月が出ている。美しい。最後の晩がいい夜でよかった、ぼくはそう思った。ぼくはキングサイズのベッドでひとり眠り、朝まで深く眠った。
朝起きると、晴れていた。旅立ちにはいい朝だ。そう思った。
荷作りを済ませ、部屋を出る。陽子さんと裕子さんに別れの挨拶をした。ハグし合った。また来るからね、ぼくは言い、バンガローを跡にした。
日本に帰国すると、もうバリ島へまた行きたい衝動にかられた。
結局、ぼくは三ヶ月後、バリ島のウブドの同じ宿、ニョマン・カルサ・バンガローズに泊まった。
もちろん、陽子さんと裕子さんはいた。
またハグし合い、再会を喜び合った。
それはとても気持ちのいいものだった。やっぱりまた此処に来てよかった。あらためて感じた。
気持ちのいい朝、ぼくは煙草をふかしながら、空を見上げた。空はどこまでも広く青かった。それは永遠に続くように思えた。

いま、陽子さんと裕子さんは日本にいる。いまでもたまに会ったりする。話題はいつもバリ島、いまもバリ島の宗教的な呪縛からぼくら三人は解き放されていなかった。でもそれもまた気持ちよかった。


shiroyagiさんの投稿 - 08:22:30 - 0 コメント - トラックバック(0)
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