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2006-11-28

ミサ

穏やかな日の午後だった。
ミサは徳永の家でカウンセリングを受けていた。徳永の自宅兼カウンセリング・ルーム。フローリングの床に茶色いソファ。
ミサはソファにゆっくりと体を沈めて、目を閉じた。
徳永がカウンセリングを始めた。

徳永「はじめまして。お名前は」

ミサ「葛城ミサと申します。よろしくお願いします。わたしは今、中京大学の2年生です。英文学を専攻しています。彼氏は今はいません。一月前に別れました。それ以来、強い喪失感にかられ、夜、眠れなくなりました。それで、最初はバファリンを一箱飲んで寝ていたのですが、それでも眠れなくなり、インターネットのオークションで、睡眠薬を買うようになりました。今飲んでいるのは、ユーロジン、レボとミン、ベゲタミンB、レンドルミン、ロヒプタノールです。これをカクテルして飲んでいます。どうにか6時間眠れるようになりました。でも、前の彼氏と別れた強い喪失感から脱却できず、1日中体がだるく、やる気がでません。トイレに行く時だけ、ベッドから出て、後はベッドで横になっています。食べ物は冷蔵庫にあるものを、1日1回くらい食べるだけです。体重が10キロ減りました。もうこんな生活疲れました」

そこで、徳永がミサの話を遮って、言った。

徳永「それはさぞ疲れたでしょう。食事はどんなに体がだるくても、1日3回食べてくださいね。薬をインターネットで買うのはよくないですね。精神科医を紹介しますから、そこで薬を処方してもらってください。彼氏と別れたのは、さぞ辛かったでしょうね。よほど彼氏を愛していたんですね」

ミサは突然泣き出した。体を大きくしゃくり上げ、体を大きく震わせた。

ミサ「彼氏が、雄治が浮気したんです。わたしの女友だちと。しかも親友だと思っていた子と。一度雄治と女友だちのアケミと3人でお茶したんです。わたしがトイレに行っている間に、雄治とアケミが携帯の番号とメールアドレスを交換したらしいんです。アケミを問い詰めて、聞き出しました。まさかアケミがわたしを裏切るなんて、思いもしませんでした。女の友情なんて、こんなものなんですか。徳永先生」

徳永「なんとも言えませんね。わたしにはそういう経験がありませんので。でも、女というものは、男が関わると、ひとが変わったように、豹変する生き物でもありますからね。わたしにも経験があります。普段は冷静なわたしが、たったひとりの男のために、がむしゃらになって、周りも見ずに、突っ走ったことがあります。もしかしたら、その時、多くのひとに迷惑をかけていたかもしれません。ミサさんにはそんな経験はありませんか」

ミサ「あります。ありますとも。それで女友だちを幾人か失くしました。大事な親友たちでした。けれでも今では、どこに住んでいるのかさえ知りません。知りたくありません。2度と顔を合わせたくはありません。過去、あんな人たちと親友であった、わたしを恥じます。あんな下品な人たちと付き合っていたなんて、今考えるとぞっとします」

徳永「そんなことを言うものではありませんよ。きっとそのお友だちにも事情があったのでしょう。もう過去の事。過ぎ去った事です。もうきれいさっぱり忘れましょう。その方が、ミサさんにとっても幸せなことですよ」

ミサ「でも、忘れられないのです。頭では過去の事だと分かっていても、頭がそれを許さないのです。頭が痛くなってくるんです。徳永先生。こんなわたしは大丈夫でしょうか」

徳永「そうですね。まずは睡眠をしっかりと取ることです。話はそれからにしましょう。わたしが紹介する精神科で必ず問診を受けるように。いいですね。ミサさん」

ミサ「わかりました。お医者さんのところへ行きます。そこで全部話します。睡眠薬をもらって、十分な睡眠を取れるようになります。今度、いつ話を聞いてくれますか。徳永先生」

徳永「来週の水曜日11時から1時間、ミサさんのお話を聞きましょう。いいですね」

ミサ「はい。わかりました。来週の水曜日11時ですね。携帯にメモ入れておきます。その間に精神科にかかります。それでいいんですよね」

徳永「はい。その通りです。きちんと守りましょうね。今持っている薬は捨てること。いいですね」

ミサ「えっ、捨てるんですか」

徳永「そうです。薬は精神科でもらってください」

ミサ「眠剤は捨てられません」

徳永「薬には有効期限もあるし、インターネットで買った薬なんてあやしくて危険です。インターネットで買ったバイアグラを飲んで、死んだ人もいるんですよ。薬の恐ろしさを知らなくてはいけません。分かりましたね。ミサさん」

ミサ「わかりました。徳永先生の言うとおりにします。精神科で薬をもらうまでは、今の薬を飲みますよ。それ位いいですよね」

徳永「仕方がないですね。それ位は大目に見ましょう。けれど、診察を受けてからは、その薬は絶対使わないように。いいですね」

ミサ「はい。わかりました」

徳永「いいでしょう。それでは、来週水曜日11時にお会いしましょう」

ミサ「ありがとうございました。失礼します」

徳永「はい。さようなら。また来週」

外に出ると、もう日が暮れかかっていた。夕日が痛く美しかった。ミサは涙が出そうになった。

ミサは、三崎町のパブ、スコティッシュに出かけた。日課だ。そこでミサは娼婦をしている。春を売っているのだ。

ミサは愛に餓えていた。両親からはまともな愛を授からなかった。
小学校の時、夕食はいつもひとりで取っていた。レトルトのピラフやパスタを食べていた。そんな時、我知らずに自然に涙が出た。両親はそのことを知らない。
父親と母親は折り合いが悪かった。顔を会わせれば、いつも喧嘩ばかりしていた。そんな両親を見るのが、ミサは辛かった。

ミサ「なんでママ。パパと喧嘩するの」

母親「もう手遅れ。喧嘩さえできない。今日、離婚届に判を押したわ」

ミサ「リコンって何」

母親「もうパパとは会わないっていうこと。ミサはこれから、ママとふたりで暮らすのよ」

ミサ「パパはどこで暮らすの」

母親「知らない。どこかよ。この日本のどこか遠いところ。2度とママやミサと顔を会わせない所」

ミサ「それじゃあ、もうパパとは会えないの」

母親「そうよ」

ミサは泣き出した。その夜、眠り込むまで、ミサは泣きじゃくっていた。

翌朝、ミサが起きると、もう母親は会社に出かけた後だった。
ミサは3時間目から授業を受けた。



三崎町のスコティッシュ。夜。
ミサはスコティッシュで、カンパリをソーダで割って飲んでいる。2杯目だ。
そこに客が付いた。雅浩というミサとそう年の変わらないの男だった。ミサはそんな若い客は初めてだった。けれど同年代の男の子と出会えて、純粋にうれしかった。雅浩は朝までミサを買った。

スコティッシュの2階のアイリッシュで、雅浩の腕に抱かれて眠った。ひとの胸に抱かれて眠るのは、幼年時代以来だった。とても心地がよいものだった。いつまでもこうして眠っていたかった。が、現実には朝が来て、昼が来て、お腹が空いてくる。
ミサはコンビニでおにぎりを2個買い、自分の部屋で食べた。

大学生活は気楽なものだった。語学の授業だけ、ちゃんと出席していれば、3年生に上がれる。他の講義は代返でカバーしていた。レポートは知り合いの女の子に見せてもらって、文章を変えて、提出した。それで1年から2年に進級した。そういう方法にミサは罪悪感や疑問を抱かなかった。

ミサはアイリッシュで、雅浩と会っていた。
ミサはカンパリ・ソーダを飲んでいる。雅浩はバーンボンをロックで割って飲んでいる。

やがて夜は更けていく。

雅浩「野暮な質問だけど、いいかな。なんで娼婦なんかやってるんだよ。ミサ」

ミサ「どうしてかな。うーん。さびしいからかな」

雅浩「恋人はいないの」

ミサ「いない。今まで彼氏ってひと、いたことない」

雅浩「マジ」

ミサ「マジ」

ミサ・雅浩「・・・・」

ミサはカンパリをお替わりし、雅浩はバーボンの5杯目を飲んでいる。
ミサも雅浩もかなり酔いが体に回っている。スツールの椅子に体を固定しているのが、精一杯だ。

ミサは雅浩と2階のアイリッシュで、体を求め合った。

水曜日の午前11時きっかりに、ミサは徳永の家を訪れた。
玄関のチャイムを鳴らす。
徳永の声がフォンから流れ、

「どうぞ。鍵は開いています。お入り下さい」

ミサはカウンセリング・ルームに入る。

ミサ「こんにちは」

徳永「こんにちは。どうぞ、体を楽にして、ソファにおかけください」

ミサはソファにゆっくりと体を沈める。そして目を瞑った。

徳永「どうですか。調子は」

ミサ「悪くはないです。徳永先生に言われた通り、精神科で睡眠薬を頂いてきました。睡眠は前より安定しています」

徳永「それはよかったですね。体のコンディションは睡眠の質から始まります。睡眠が安定しないひとは、心も安定しません。とりあえずよかったです。気分の落ち込みとか体のだるさはどうですか」

ミサ「精神科で抗鬱薬のデプロメールをもらって飲んでいるのですが、いくらか気分がよくなってきたような気もします。日中の体のだるさが幾分か取れました。昼間、寝込むことがなくなりました。日中は大体、家で本を読むか、パソコンでインターネットをしています。わたし、自分のブログを持っているのですが、その更新をしています」

徳永「ブログ。それはすごいですね。どんなことを書いているのですか」

ミサ「好きな本や音楽の紹介が多いですね。それに、日頃、思っている日常の疑問や楽しかったこと、悲しかったことなど、徒然に書いています。それと、デジカメをいつも持ち歩いているので、街で見かけた、何気ない風景なんかを載せています」

徳永「なんだか、楽しそうですね。ミサさんのブログ見たいです。アドレスを教えてくれませんか」

ミサ「なんだか恥ずかしいな。わたし、文章下手だし、ひとに見せるために書いているというか、自分のために書いているんですよね」

ミサはそう言いながらも、バッグの中から財布を取り出し、その中から、1枚の名刺を取り出して、徳永に手渡した。
そこには、http://misa.vox.com/、と書かれていた。
徳永はその1枚の名刺をしばらく見つめていた。

徳永「今日の夜にでも、ミサさんのブログ見させて頂きます。感想はコメントで送れるんですか」

ミサ「ああ、残念ですけれど、voxのメンバーにならないと、コメントは入れられないんです」

徳永「そうですか。残念です。わたしもメンバーになってみようかしら。メンバーになるって、簡単なことなんですか」

ミサ「わたしが徳永先生に招待状をメールで送れば、徳永先生もメーバーになることができます」

徳永「そうですか。じゃあ、招待状を送ってもらえますか」

徳永そう言いながら、机の抽き出しを開け、名刺入れから、1枚の名刺を取り出し、ミサに渡した。
ミサはその名刺をじっと見つめて、言った。

ミサ「今日にでも、メール送ります」

徳永「うれしいです。楽しみに待っています。では、今日はこの位にしておきましょうか」

ミサ「ハイ」

徳永「では、来週も水曜日の午前11時にお待ちしています」

ミサ「ありがとうございました。さようなら」

徳永「はい。さようなら。お元気で。ドアはそのままにして、出て行っていいですよ。後でわたしが鍵を閉めますから」

ミサ「はい。ありがとうございました。さようなら」

徳永「はい。さようなら。帰り、気をつけてくださいね」

ミサ「はい」

ミサはカウンセリング・ルームのドアを静かに閉め、廊下を通り、玄関を出た。

通りに出る。時計を見ると、ちょうど12時を過ぎたところだった。
駅の近くの喫茶店で、スパゲティを食べた。食後に珈琲を飲んで、ピコを吸った。2本ピコを吸い、喫茶店を出た。紅鹿亭という名前が表の看板に出ていた。読み方が分からないのが、気になったが、そのまま駅に向かった。

その夜、雅浩がスコティッシュにやって来て、ミサを朝まで買った。

情事の後。

雅浩「今度、昼間に会ってくれないか」

ミサ「えっ」

雅浩「ベタだけど、ディズニーランドに一緒に行って欲しいんだ」

ミサ「それって、デート」

雅浩「そう」

ミサ「・・・」

雅浩「俺、ミサのことが好きになっちゃったんだ。だから、ちゃんと付き合いたい」

ミサ「・・・。いいよ。ディズニーランド行った事ないし。1度行ってみたかったんだ」

雅浩「マジ。行った事ないの」

ミサ「うん」

雅浩「今時、珍しいね」

ミサ「行く機会がなんとなくなくて」

雅浩「じゃあ。よかった。楽しみだな。いつならいい」

ミサ「スコティッシュが休みの日曜日ならいいよ」

雅浩「OK。今度の日曜日はどう」

ミサ「いいよ。空いてる」

雅浩「決まりだ。今度の日曜日、俺の車で行こう」

ミサ「車持ってるんだ」

雅浩「一応ね。ボロだけどね。千葉まで行くには問題ないよ。外車じゃないけどいいだろ」

ミサ「そんなこと気にしないよ。車のこと詳しくないし。車ってあんまり乗ったことないんだ。うち車なかったし」

雅浩「そうなんだ。快適なドライブを約束するよ。運転の腕には自信があるんだ。これだけは自慢できる」

ミサ「飛ばすの。わたしあんまりスピード出すの、好きじゃないよ」

雅浩「スピードは出さない。安全運転。信号待ちでは、右見て、左見て、後ろ見て、それから、発進する」

雅浩が笑いながら言った。
ミサは微かに微笑んだ。このひとなら安心できる。そう思った。日曜日が待ち遠しくなつてきた。自然と顔がほころんで、笑顔になる。自然とハミングが口から出た。

雅浩「何。楽しそうじゃん。何、考えてんの」

ミサ「別に。なんでもないよ」

雅浩「教えろよ」

ミサ「なんでもないったら」

ミサと雅浩は戯れ合い、いつしか、愛撫に変わる。

日曜日は、よく晴れたいい天気だった。
スコティッシュの前で、午前8時に待ち合わせていた。
5分前。7時55分に雅浩は車でスコテッシュに乗り付けた。
ミサは8時ちょうどにスコティッシュの前に姿を現した。

ミサ「おはよう」

雅浩「おはよう」

ミサ「おはよう、なんて挨拶、久しぶり。いつも起きるの、午後過ぎだから」
笑いながら、ミサは言った。

雅浩「俺は毎日。言い飽きてる」
セブンスターをくわえながら言った。

ミサ「この車、CD聴ける」

雅浩「聴けるよ。なんで」

ミサ「お気に入りのCD持ってきたんだ。聴いていい」

雅浩「もちろん。誰」

ミサ「セリーヌ・ディオン」

雅浩「名前は知ってるけど、聴いたことない。いいの」

ミサ「いいよ。車の中でゆっくり聴こう。乗っていい」

雅浩「もちろん」

雅浩は車の助手席のドアを開け、ミサをシートに座らせて、ドアを閉めた。とても紳士的だった。ミサは雅浩に対し、少し好感を持った。
雅浩が運転手席に座り、まず、ミサのCDをプレイヤーにセットした。
よく通った女の歌声が車内に響いた。
ミサは曲に合わせて、口ずさんだ。

雅浩「本当に好きなんだな」

ミサ「うん。・・・。最初にピーターパン空の旅ね。その後、イッツ・ア・スモール・ワールド」

雅浩「OK。その後は、スプラッシュ・マウンテンでいいよね」

ミサ「わかった」


ディズニーランドの帰り、もう空は暗くなっていた。午後8時。
ミサと雅浩を乗せた車は、ホテルに向かった。

月曜日。午後2時。
ミサはブログを更新している。
昨日、雅浩と行った、ディズニーランドのこと。

夜。午後8時。スコティッシュ。
ミサは2杯目のカンパリ・ソーダを飲んでいる。
雅浩がやって来た。

雅浩「よう。昨日は楽しかったね。あんなに楽しかったの、俺、久しぶりだ」

ミサ「わたしも。興奮しちゃった。わたし、変じゃなかった」

雅浩「全然。ミサのこと見てて、俺、いい気分だったよ。本当に楽しかった。ありがとうな。ミサ」

ミサ「わたしのほうこそ。ありがとう。雅浩」

雅浩「初めて、俺のこと、雅浩って呼んだな。うれしいよ」

ミサは顔を赤くして、下を向いた。

雅浩「何、赤くなってるんだよ。俺に惚れたか」

ミサ「バカ」

雅浩「バカはないだろ。バカは」

ミサ「だって、からかうから」

雅浩はバーボンをロックで飲みながら、

雅浩「俺と付き合ってくれないか。ミサ。マジで」

ミサ「・・・・」

雅浩「俺じゃ駄目か」

ミサ「ううん。そんなことないよ」

雅浩「じゃあ、OKか」

ミサは小さな体で、頷いた。

雅浩は喜んで、バーボンを一気に飲み干した。ウェイターを呼び、バーボンのお替わりを注文する。

雅浩「今日は最高の気分だ。IT`S A MEMORIAL DAY」

雅浩は呟いた。

ミサ「英語、できるの」

雅浩「少しね。海外行って、ひとりで、ホテルに泊まって、レストランでオーダーして、帰りの飛行機のリコンファームができる程度ね」

雅浩は小さく笑いながら言った。

ミサ「わたし、帰国子女なんだ。2年間アメリカの高校に行ってたんだ」

雅浩「マジ。すげーじゃん。じゃあ、バイリンガルだな」

ミサ「一応ね」

ミサはクスっと笑いながら言った。カンパリソーダを一口飲んだ。

ミサは大学入学と同時に、母親の住むマンションから独立して、ひとりでアパートに住んだ。
その生活費を貯めるために始めたのが、スコティッシュの仕事だった。
最初は辛かった。見も知らぬ中年の男にいいようにされるのに、抵抗感を感じ、それをどうしても拭えなかった。

母親から離れようと思ったのは、母親がミサに依存するようになったからだ。精神的にもそうだし、生活面でも、昼間働いている母親は家事を全てミサに任せた。それはまあいいだろう、ミサは思った。仕方がないことなのだから。しかし、母親はミサに甘えてくるようになってきた。父親と離婚し、その後、恋人もいない母親は、やはり寂しかったのだろう。

母親「ミサ。今度の週末にふたりで京都に行かない」

ミサ「ええ。ママとふたりでなんて厭だよ」

母親「何が厭なの」

ミサ「ママとふたりで行ったって、つまらないもん」

母親は突然泣き出した。

母親「ママにはミサしかいないのよ。そのミサがそんなこと言うなんてママは悲しいわ。ミサはママのことが嫌いなの」

ミサ「そんなことないよ。でも、ベタベタするのは厭だな。一定の距離を保っていたい。その方が居心地がいいもん」

母親「親子の間でそんな距離を置くだなんて。いつも一緒にいた方がいいじゃない」

ミサ「わたしは自分だけの時間が欲しい。ひとりきりで考える時間を大切にしてる。だから、ママといつもベタベタ過ごすのには、抵抗があるな」

母親「そう。わかった。ママは結局ひとりきりなのね。あの人もわたしから離れていった。ママは孤独な老いぼれね」

母親は涙を拭いながら、小さく呟いた。

ミサ「そんなことないよ。わたしだって、距離を置くけれど、近くにいるし」

母親「もういいの。ミサの気持は分かった。ミサはもうわたしの娘じゃない」

ミサ「そんなこと言わないでよ。わたしはママの1人娘よ。ママの子どもよ」

母親「もう、わたしの娘じゃない」

ミサ「分かった。この家を出る」

母親「・・・」


その2週間後、ミサは家を出て、アパートを借りた。

shiroyagiさんの投稿 - 13:26:56 - 0 コメント - トラックバック(0)

2006-11-27

3人の娼婦の思い出

三崎町のスコティッシュ・パブだった。
三人の若い娼婦がいた。アケミ、マキ、ミサの三人がたむろっていた、アケミはモスグリーンのスパンコールのドレスを着ていた。フローズン・マルガリータを飲んでいた。マキは黒のショートパンツ、膝まであるロングブーツを履いていた。XYZを飲んでいた。ミサはピンクのワンピースを着ていた。ヴァージニア・メアリ。つまりは、ウォッカ抜きのトマト・ジュースを飲んでいた。
レズビアンの女がいた。アズだ。ゴスメタルの服を着ていた。バーボンをストレートで飲んでいる。

その日は雨が降っていた。店は混んでいた。会社帰りのサラリーマン。工場帰りの勤め人で店は繁盛していた。
スコティッシュに来ている男たちは、みな女を買いに来ていた。
アケミが目当ての者、マキが目当ての者、ミサが目当ての者、それぞれみな違う欲望を女たちに抱いていた。みな黒ビールをジョッキで体をあぶりながら、赤茶けた顔と上腕筋を露に出していた。
スコティッシュの二階が個室、プレイ・ルームになっていた。アイリッシュだ。個室は全部で10あった。
レッドの部屋、パープルの部屋、オレンジの部屋、ブルーの部屋、イエローの部屋、ホワイトの部屋、グリーンの部屋、ブラックの部屋、ピンクの部屋、シルバーの部屋があった。
アケミはホワイトの部屋が好きだった。マキはオレンジの部屋が好みだった。ミサはピンクの部屋がお気に入りだった。
それぞれ三人が違うプレイを好みとしていた。
アケミはサド。マキはマゾ。ミサはバイセクシュアルだった。
男の名前を雅浩と言った。37歳、中肉中背、身長が170センチ。
雅浩は店の常連客だった。ウィークデイは毎日スコティッシュに通っていた。日替わりで、アケミ、マキ、ミサを買った。
アケミのことは女王様と呼び、マキのことは雌犬と呼び、ミサのことはベイビと呼んで、悦楽のプレイを味わった。

アケミは愛を渇望していた。愛に餓えていた。昼間は普通の会社でOLをしていた。金は持っていた。ただ愛に渇いていた。そして夜毎、スコティッシュで、女を売った。

マキは快楽に餓えていた。今までどんなプレイをしても、エクスタシに至ったことがなかった。だから積極的に様々なプレイに挑んだ。SM、アナル。男たちはマキの情熱を受け入れた。

ミサはノーマルなプレイが好きだった。男の好みも同い歳くらいの男の子が好きだった。話が合うからだ。

三人は夜毎、スコティッシュで愛を売った。快楽に耽った。溺れた。

アケミ、マキ、ミサの三人は自分に疑いを持っていた。体を売る自分がこれでいいのかと、自問自答の毎日だった。

ある日、アケミはある女性のカウンセラーのところへ行った。
雨の日だった。
カウンセリング・ルームと呼ばれる、カウンセラーの自宅兼カウンセリング・ルームに足を踏み入れた。床には赤いカーペットが敷かれ、茶の革のソファがあった。ソファにアケミは体を沈めて、徳丸に話しかけた。
「徳丸先生、わたし娼婦をしているんです。愛に餓えているんです。そして、夜毎、見知らぬ男たちに体を売るんです。わたし、変でしょうか」
徳丸は答えた。
「何、変なことありませんよ。若い女性なら誰にでもある欲望です。特に最近では。そういう方はよくわたしのもとへやって来ます。他に何か気になることはありませんか」
「わたしはサドです。サディズムをこよなく愛しています。自分が女王様と呼ばれないと、我慢できないんです。徳丸先生、こんなわたしは変でしょうか。どこか変わったところがありますでしょうか」
「何、最近では、性癖はみなひとそれぞれです。何を快楽とするかは、個人の判断で、自由です。時代がそう言っています。だからあなた、アケミさん、悩むことはありませんよ。たまにわたしのところへ来なさい。話を聞きますから。きっとスッキリするでしょう。あなたもその方が安心でしょう。1回1時間2万円です」
徳丸は優しい声で、アケミに言った。
「はい、徳丸先生。週に1度先生のところに通おうと思います。そのほうがわたしにとって良いような気がします。わたしはサディズムを否定するつもりは到底ありません。サディズムがなければ、わたしは屍のような存在です。サディズムが全てです。自己肯定です。先生、わたしはサディストです。哀れな変態です」
「そう言うものではありませんよ。自分を愛しなさい。アケミさん。自分を愛せば、人生は明るく開けるでしょう。来週の水曜日、時間は11時、またわたしのところへ来なさい。話を聞きますから。いいですね」
アケミは小さく頷いた。仄かな微笑みさえ顔に浮かべた。

マキが徳丸の吉祥寺の家を訪れたのは、11月下旬の晴れた日の午後3時だった。事前に予約を入れておいた。アケミの紹介だ。

「はじめまして。徳丸先生。わたしはマキと申します。わたしはマゾです。変態です。こんなわたしはどうしたらいいのでしょうか。夜も眠れません。睡眠薬をインターネット・オークションで買い、それを飲んで眠っています。徳丸先生。わたしどうしたらいいでしょうか」
「なるほど。薬をインターネットで買うのはいけませね。精神科医を紹介しますから、そこで睡眠薬を処方してもらってください。マゾですか。サドよりはいいですね。ひとを傷つけない分。まあ、どちらも根源的には同じですが。マキさん、あなたは今の自分をどう思っているのですか」
「わたしは、わたしはマゾであることに誇りを持っています。男たちから雌犬と呼ばれることに快感を覚えます。そんな自分を肯定しています。満足しています」
「それならいいでしょう。自分がいいと思っているのなら、わたしはマゾを止めろとは言いません。マゾである自分を受け入れて、マゾであるあなたと上手くつきあってください。これから毎週火曜日の午後3時から1時間2万円でカウンセリングをします。いいですね」
マキはうれしそうに頭をうなだれた。そして嬉々とした顔で徳丸の家を出て行った。空は晴れていた。

ミサが徳丸の家を訪れたのは、12月24日、クリスマス・イブの日。雪がぱらりと降る夜だった。silent night。
徳丸は穏やかな顔で、ミサにどうしましたかと、訊ねた。
「わたしバイセクシュアルなんです。その上パブで娼婦をしています。こんなわたしに明るい未来なんて考えられません。今ひとりの男とひとりの女を同時に同じく愛しています。身が持ちません。わたし壊れてしまいそうです。どうしたらいいのでしょう。夜もおちおち眠ることができません。生理痛止めのEVEを一箱毎晩飲んでいます。もうこんな生活耐えられません。徳丸先生、わたしを助けてください」
「わかりました。来週から毎週土曜日の午前10時から1時間、カウンセリングをすることにしましょう。そのほうがミサさん、あなたも安心でしょう。どうですか」
「わかりました。徳丸先生。とっても安心です。毎週土曜日ですね。必ず来ます。なんだか未来が少し開けてきたような気がします。少しホッとしました。徳丸先生、本当にありがとうございました。これからわたしをよろしくお願いします。今日はこれで失礼します。さようなら」

ミサは雪の降る夜道をピンク色のカサをさして、家路に向かった。時間は遠く流れた。まるで永遠に家に帰り着かないような錯覚に襲われた。もちろんそれは気のせいで、30分後に自宅に着いた。家に入ると、ワンピースも脱がないで、ベッドに入り、朝まで眠った。深い深い眠りだった。
翌朝は、昨日とうって違って小春日和だった。雪の欠片も残っていなかった。

1回いくら。雅浩はミサに訊いた。ミサは10万。即答で答えた。高いよ。雅浩が言った。じゃあ、いくらなら買う。ミサが訊いた。7万。ラッキー・セヴン。煙草もいつもラッキー・セヴン。だから7万。ミサ、いいだろ。ミサは、いいよ。ぶっきらぼうに答えた。
アイリッシュのピンクの部屋にミサと雅浩は転がり込む。スコティッシュから、ブラッディ・メアリを注文して、届くまで、雅浩とペッティングした。陰部が微かに濡れ、ピンク色の陰唇がめくれ上がった。ああ、もっと。ミサを懇願した。雅浩はミサに応えた。強く陰唇を吸う。ああ、もっと、もっと。ミサは大きく体を仰け反らし、喘ぐ。声がホワイトの部屋まで届く。
アケミがミサの喘ぎ声をじっくり聞く。ミサはこんな風に感じるのか。アケミはつくづく感心した。アケミは不感症だった。アケミはそんな自分に嫌悪感を抱いていた。自分が嫌いだった。だからミサの喘ぎ声を聞いて、羨ましく思い、また嫉妬した。女同士の友情に皹が入った。

その日以来、アケミはミサに話しかけなかった。そんなアケミにミサは疑問を抱き、また嫌悪した。女の友情は完全に崩壊した。
マキはふたりの中を取り持った。アケミとミサはまた仲良しに戻った。

マキはXYZを啜りながら、レズビアンのアズと抱き合っていた。アズのほうが激しかった。アズにマキは引いた。冷めた。途中、体をアズから離して、XYZを飲み干した。
夜はこれでおしまい。マキの夜は呵責に苛まれ終わった。

一方、ミサとアケミは激しく、体と体をぶつけ合っていた。ミサはピンクの部屋で雅浩とエクスタシの真っ最中だった。アケミはホワイトの部屋で、見知らぬ中年男と愛淫の最中だった。ミサとアケミは偶然にも同時に頂点に達した。同時に体と体が白い液体で繋がった。

明くる夜。スコティッシュは労働者の男たちで賑わっていた。午後7時には、アケミはホワイトの部屋に入り、ミサはピンクの部屋を出て、マキはオレンジの部屋で行為の真っ最中だった。

最近、どう。マキがミサに訊いた。ミサは、うーん、どうかな。雅浩って客がしつこくてちょっとウザイ。好きだ。愛してる。結婚してくれ、の連発。やんなっちゃう。そう言って、ヴァージニア・メアリを飲み込んだ。
アケミは気分上々だった。最近早漏のいい客が毎日スコティッシュに通ってくるのだと言う。アケミはご機嫌にその話をした。
マキは、アズとうまくいかなくて、悩んでいた。明日、徳丸のところに行くとミサとアケミに話した。ミサとアケミは、そうなんだ、大変だねと、無関心そうに答えた。アケミはフローズン・マルガリータを、ミサはヴァージニア・メアリを飲み干して、大きな欠伸をした。
その夜はミサとアケミとマキ、それぞれ、ピンクとホワイトとオレンジの部屋にひとりで泊まった。泊まりの客がいなかったからだ。
寂しい水曜日だった。

クリスマスの3日前。12月22日。事件が起こった。
スコティッシュに警察のガサ入れがあったのだ。運悪く、マキが警察に売春容疑で捕まった。拘置所に3日間ぶち込まれた。
ミサとアケミはマキの面会に拘置所まで行ったが、面会禁止でマキに会うことはできなかつた。
ミサとアケミはスコティッシュでしょぼくれて、ブラッディ・メアリとフローズン・マルガリータを啜っていた。ふたりはヴァージニア・スリムを吸い、灰皿にはもう10本の吸い殻が溜まっていた。
ウェイターが見かねて、灰皿を替えに来た。ミサとアケミはウェイターに向かって、遅いよと、叫んだ。ウエイターの直之は落ち込んだ。

その夜は、毎晩スコティッシュに来る雅浩も来なかった。他の常連客も決まっていたように、姿を現さなかった。結局夜中の3時まで、粘ったが客はひとりもつかなかった。こんな夜は初めてのことだった。そんな夜が1週間も続いた。最初に音を上げたのがアケミだった。徳丸のところに駆け込んだ。
徳丸は言った。
「アケミさん。昼間ちゃんとOLの仕事やっているのだから、そろそろ夜の仕事を止めてみない」
「そんな、わたしスコティッシュを辞めることなんてできません。わたしを女王様と呼ぶ男どもがいなければ、わたしやっていくことができません。OLの仕事では、社長の秘書をやっていて、これ以上、社長の禿頭の言うことを聞くのは、もう耐えられません」
「でも、世間はそういうところよ。我慢というものを覚えなければ、いつかアケミさんは破滅してしまいますよ」
「それでもいいんです。下僕に成り下がる位なら、死んだほうがましです。サディストになれないわたしなんて、豚以下です。最低です。SON OF THE BICH」
アケミは激しく徳丸を罵った。徳丸は穏やかな顔でアケミにこう言った。
「愛せるひとを見つけなさい。愛すべきひとと暮らしなさい。そうすれば、きっとアケミさんのサディズムも少しは治まるでしょう。恋人を探しなさい。最近わたしの友人がカップリング・パーティで恋人を見つけて、この春に結婚することになりました。お目出度いことです。アケミさんも一度、カップリング・パーティに行ってみては如何がですか。条件が合うひとがいるかもしれませんよ。マゾでハンサムな年頃な男性がいるかもしれませんよ」

「そんなカップリング・パーティなんていかがわしいところは厭です。そんなところに来るのはきっと豚以下の連中です。でも豚以下の毎日を過ごしているのはわたしなのですが」
徳丸は大きく笑った。
「そんなこと言うものではありませんよ。自分をもっと大切に、自分をもっと大事に。自分をもっと愛しなさい」
「でも、できないんです。男を見ると、ヒールで顔を踏みつけたくなるんです。その顔にキスすることなんて、汚いことできません。あの忌まわしい雄豚ども。この世から消えてなくなくなってしまえばいいんだわ」
「男性がいて初めて女は光り輝くのですよ。それを理解しなくては、アケミさんに幸福は訪れませんよ」
アケミは泣き狂った。カウンセリング・ルームに響き渡る声で泣き叫んだ。
「こんなに泣いた患者さんはわたし初めてですよ」
徳丸は笑って言った。
「今日はこのくらいにしておきましょう。今日はアケミさんは感情的過ぎます。ちょっと頭を冷静にしたほうがいいですよ」
「わたしは何時だって冷静です。泣き狂っているのも、ひとつの自己解放の演技です」
「そうなんですか。本当に。そうだったらわたし驚きです。もしかしかしたら、二重人格かもしれませんね」
「わたしは初潮を迎えた時から、いつだってこうでした。女王様を気取りながら、いつだって気分は最悪でした。徳丸先生。分かってください。こんなわたしを受け入れてください」
「いいでしょう。アケミさん。今日はわたしの家で休みなさい。鎮静剤を出してあげますよ。そうすれば、ぐっすり眠れますよ」
「徳丸先生、いいんですか。そんなことしてもらって、なんだか悪いですわ」
「いいんです。わたしが自分の職業的判断で決めたことです。アケミさんが気にする必要はありませんよ」

その夜、アケミは深夜、ぐっすりと客間で眠った。

朝、目が覚めると、トーストとコーヒーの朝食が待っていた。こんな穏やかな朝食は初めてだった。アケミは涙を流した。

マキは、朝早く目を覚ました。夜、スコテッシュに出勤するように出かけた。
スコティッシュは相変わらず空いていた。いつもの席に腰を下ろすと、ヴァージア・スリムを取り出し、唇にくわえた。ヴァージニア・スリムを一本吸う。XYZを二杯飲むと、街に出て行った。

街灯で男を誘う。中年の頭髪が禿げた男が引っかかる。マキはアイリッシュのオレンジの部屋に男を連れ込み、プレイした。
男にニッパーで脇腹をつねらせる。マキは激しく喘ぐ。イキそうになる。マキの陰唇は大きく花開いて、びっしょりと濡れている。
マキは男にペニスを局部に挿入させる。マキは5分でエクスタシの頂点に達した。身体中がびくびくと波打つ。10分位そんな状態が続いた。

マキはサイドテーブルに置いてある、ヴァージニア・スリムを1本抜き、口にくわえて、大きく煙を吸った。天井に向けて煙を吐く。部屋中に煙は立ち込め、煙草の甘い香りが漂う。
その晩、12時にアイリッシュを出た。家に帰ろうと思っていた。
途中、ファミリーマートで海苔弁当とお茶のペットボトルを買って、ファミリーマートを出る。

電信柱の陰にひとりの男が立っていた。見覚えがある。そうだ、1ヶ月前に、1度だけマキを買った男だ。名前は思い出せない。男は懐に手を入れている。何か握っているようだ。男はそれを取り出し、マキの前に差し出した。包丁だった。
あっと言う間に、マキは全身をくまなく、包丁でめった切りにされた。
マキは死んだ。黒いジャケットとパンツにどす黒い血が染み付いて、かさかさになっていた。
通りがかりの若いカップルがマキの死体を見つけた。110番に通報された。
マキは救急車で恵仁会病院に運ばれた。マキは既に息を引き取っていた。

マキの通夜は2日後、高円寺の自宅で執り行われた。喪主はマキの父親が務めた。通夜には徳丸も来ていた。アケミから電話で連絡があったのだ。

通夜の後、ガストでアケミとミサと徳丸の三人で食事をした。
食事中は、3人とも終始無言だった。
食後、コーヒーを飲む。3人はようやく口を開いた。
アケミが1番最初に、口を開いた。
「なんでマキだったんだろ」
ミサが、
「マキはマゾだったじゃない。スコティッシュの客に相当ヤバいプレイをさせてたみたいだよ。そこまでやりたくなかった客もいたみたい。マキを密かに残酷に恨んでいた男もいたみたい。極度のサドの男が。そんな噂を聞いたことがあるわ」
徳丸が、
「そうなんですか。だとしたら警察の捜査で有力な手懸かりになるかもしれませんね。アケミさんとミサさんはその男を知っているですか」
アケミとミサは同時に、首を左右に振った。徳丸はさも残念そうに溜め息をついた。3人はコーヒーを啜った。アケミがヴァージニア・スリムを取り出し、口にくわえ、吸っていた。煙が照明を曇らせる。
ミサが口を開いて言った。
「でも、マキ、幸せだったんじゃないかな。マゾにとってサドの男に殺されるなんて究極の幸福じゃないかな。アケミ、どう思う」

「そうねえ。なんとも言えないわねえ。幸福かもしれないし、不幸だったかもしれない。マキに聞いてみないことにはわからないわ。今になっては実現しないことだけれども」
「そうね」
徳丸が、
「いくらマゾだからって、死を望む女性がこの世にいるのかしら。わたしマゾじゃないから、よくわからないけれども」
ミサが、泣きじゃくった。
「マキが可哀想。どこの誰かもわからないひとに、あんな殺され方されるなんて。ひどい。ひどすぎる。わたし耐えられない」
アケミがミサをなだめた。優しくミサの肩から背中をさすった。
その夜は、こんな感じで自然解散した。
アケミは荻窪の家に。ミサは久我山の家に。徳丸は吉祥寺の家に帰った。

月が明るい夜だった。しんと静まり返った夜の帳。
ミサとアケミはヴァージニア・スリムを吸い続けけて、夜を終えた。

ミサは、雅浩とつきあうようになった。スコティッシュを終えると、雅浩のマンションに転がり込んだ。体を合わせ、朝まで愛し合った。
朝食はミサが作った。大体トーストにインスタント・コーヒー。雅浩は文句ひとつ言わず、朝食を食べた。朝食をとる習慣のない雅浩は、朝食を取るようになって、どんどん太っていった。身長が170cmなのに、体重が70kgになった。穿いていたパンツが穿けなくなり、雅浩はパンツを新調した。
雅浩は某半導体製造メーカーの工場の従業員だ。仕事中はいつも作業服を着ている。仕事は大体午後6時で終わり、勤め帰りにスコテッシュでミサと会うのが習慣になった。
ミサは家庭的な女だった。料理洗濯が好きで、お菓子作りもした。雅浩の部屋にオーブンがないのを嘆いた。
土日はいつもミサ、雅浩のふたりで吉祥寺に散歩に出た。
井の頭公園を歩き、ボートに乗り、売店でアイスクリームを買った。
たまにボーリングをすることもあった。他に卓球やビリヤ−ドもした。雅浩は何でも上手かった。
1度アケミとアケミの友だちとミサと雅浩の4人で、テニスをした時は、雅浩は凄いスマッシュ・サーブを繰り出した。ボレー、スマッシュ、ラリー。何でもすごく上手かった。
ミサはそんな雅浩を尊敬した。ミサは次第に雅浩が過去、客であったことを忘れ、ひとりの男性として愛するようになった。そのことは、ミサを幸せにした。
ミサと雅浩は、ふたりで暮らすようになった。
食器を2セット買い揃え、キングサイズのダブルベッドを買った。

ミサはスコティッシュを辞めた。客の男たちは残念で仕方がない様子だったらしい。
ミサは3月3日からスコティッシュに行かなくなった。
アケミとは電話で話す位になった。最近、スコティッシュの景気はどうか、とか、アケミの生活などを電話で2時間位話した。

スコティッシュと娼婦の間には、エージェントがいた。娼婦を客に斡旋する役目だ。孝夫がエージェントだった。
エージェントなんて格好よく言っているが、要は小間使いである。客の要望に合う娼婦をあてがう。それがエージェントの仕事だ。
孝夫は有能なエージェントだった。いつも暗闇でもサングラスをかけていた。
孝夫はよくこう言った。要は客が気に入る娼婦をあてがうだけ。そういう娼婦がスコティッシュには揃っている。だから俺の仕事は簡単で単純なのだ。そう孝夫は言った。
「髪が長くて色白の女ですね。だったら、ミサというイイ女がいます。どうです。1回会ってみませんか」
雅浩は首を縦にして頷いた。
その日から、雅浩はスコテッシュの上客になった。スコテッシュで1番の客になった。
雅浩はミサが大いに気に入った。毎晩、ミサを抱いた。朝まで抱いた。2回、もしくは時に、3回ミサを愛して抱いた。
生上位で1回。バックで1回。騎上位で1回。これが雅浩のいつものパターンだった。
その時、雅浩はバック・プレイの真っ最中だった。ミサがいきなりトイレに行きたいと、言い出した。雅浩はシラケた。そしてミサに対する怒りが込み上げて来た。雅浩はミサの脇腹を軽く殴った。
ミサは小さな呻き声を上げ、床に倒れ込んだ。
ミサは10分経っても起き上がらなかった。
雅浩は逆に心配になってきて、
「ミサ、大丈夫か」
ミサの耳元で呟いた。
ミサは上半身を上げ、雅浩の顔を右手で力強く殴った。
雅浩は絨毯の床に倒れた。すぐ起き上がり、ミサの右の頬を手のひらで叩いた。
ミサは、
「何するのよ」
大きな叫び声を上げた。
雅浩は沈黙を守っていた。
暫しの時間がピンクの部屋に流れた。
ミサはヴァージニア・スリムを大きく吸い込んだ。紫の煙が天井に這っていた。ミサはそれを見ながら、呟いた。
「もう、雅浩とは会わない」
力強い意思がその言葉には込められていた。
雅浩は一瞬でミサが本気であることを悟り、うろたえた。

続く

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ミサ

穏やかな日の午後だった。
ミサは徳永の家でカウンセリングを受けていた。徳永の自宅兼カウンセリング・ルーム。フローリングの床に茶色いソファ。
ソファにミサはゆっくりと体を沈めて、目を閉じた。
徳永がカウンセリングを始めた。

徳永「はじめまして。お名前は」

ミサ「葛城ミサと申します。よろしくお願いします。わたしは今、中京大学の2年生です。英文学を専攻しています。彼氏は今はいません。一月前に別れました。それ以来、強い喪失感にかられ、夜、眠れなくなりました。それで、最初はバファリンを一箱飲んで寝ていたのですが、それでも眠れなくなり、インターネットのオークションで、睡眠薬を買うようになりました。今飲んでいるのは、ユーロジン、レボとミン、ベゲタミンB、レンドルミン、ロヒプタノールです。これをカクテルして飲んでいます。どうにか6時間眠れるようになりました。でも、前の彼氏と別れた強い喪失感から脱却できず、1日中体がだるく、何もやる気がでません。トイレに行く時だけ、ベッドから出て、後はベッドで横になっています。食べ物は冷蔵庫にあるものを、1日1回くらい食べるだけです。体重が10キロ減りました。もうこんな生活疲れました」

そこで、徳永がミサの話を遮って、言った。

徳永「それはさぞ疲れたでしょう。食事はどんなに体がだるくても、1日3回食べてくださいね。薬をインターネットで買うのはよくないですね。精神科医を紹介しますから、そこで薬を処方してもらってください。彼氏と別れたのは、さぞ辛かったでしょうね。よほど彼氏を愛していたんですね」
ミサは突然泣き出した。体を大きくしゃくり上げ、体を大きく震わせた。

ミサ「彼氏が、雄治が浮気したんです。わたしの女友だちと。しかも親友だと思っていた子と。一度雄治と女友だちのアケミと3人でディズニーシーで遊んだんです。わたしがトイレに行っている間に、雄治とアケミが携帯の番号とメールアドレスを交換したらしいんです。アケミを問い詰めて、聞き出しました。まさかアケミがわたしを裏切るなんて、思いもしませんでした。女の友情なんて、こんなものなんですか。徳永先生」

徳永「なんとも言えませんね。わたしにはそういう経験がありませんので。でも、女というものは、男が関わると、ひとが変わったように、豹変する生き物でもありませからね。わたしにも経験があります。普段は冷静なわたしが、たったひとりの男のために、がむしゃらになって、周りも見ずに、突っ走ったことがあります。もしかしたら、その時、多くのひとに迷惑をかけていたかもしれません。ミサさんにはそんな経験はありませんか」

ミサ「あります。ありますとも。それで女友だちを幾人か失くしました。大事な親友たちでした。けれでも今では、どこに住んでいるのかさえ知りません。知りたくありません。2度と顔を合わせたくはありません。過去、親友であった、わたしを恥じます。あんな下品な人たちと付き合っていたなんて、今考えるとぞっとします」

徳永「そんなことを言うものではありませんよ。きっとそのお友だちにも事情があったのでしょう。もう過去の事。過ぎ去った事です。もうきれいさっぱり忘れましょう。その方が、ミサさんにとっても幸せなことですよ」

ミサ「でも、忘れられないのです。頭では過去の事だと分かっていても、頭がそれを許さないのです。頭が痛くなってくるんです。徳永先生。こんなわたしは大丈夫でしょうか」

徳永「そうですね。まずは睡眠をしっかりと取ることです。話はそれからにしましょう。わたしが紹介する精神科医に必ず問診を受けるように。いいですね。ミサさん」

ミサ「わかりました。お医者さんのところへ行きます。そこで全部話します。睡眠薬をもらって、十分な睡眠を取れるようになります。今度、いつ話を聞いてくれますか。徳永先生」

徳永「来週の水曜日11時から1時間、ミサさんのお話を聞きましょう。いいですね」

ミサ「はい。わかりました。来週の水曜日11時ですね。携帯にメモ入れておきます。その間に精神科にかかります。それでいいんですよね」

徳永「はい。その通りです。きちんと守りましょうね。今持っている薬は捨てること。いいですね」

ミサ「えっ、捨てるんですか」

徳永「そうです。薬は精神科でもらってください」

ミサ「眠剤は捨てられません」

徳永「薬には有効期限もあるし、インターネットで買った薬なんてあやしくて危険です。インターネットで買ったバイアグラを飲んで、死んだ人もいるんですよ。薬の恐ろしさを知らなくてはいけません。分かりましたね。ミサさん」

ミサ「わかりました。徳永先生の言うとおりにします。精神科で薬をもらうまでは、今の薬を飲みますよ。それ位いいですよね」

徳永「仕方がないですね。それ位は大目に見ましょう。けれど、診察を受けてからは、その薬は絶対使わないように。いいですね」

ミサ「はい。わかりました」

徳永「いいでしょう。それでは、来週水曜日11時にお会いしましょう」

ミサ「ありがとうございました。失礼します」

徳永「はい。さようなら。また来週」

外に出ると、もう日が暮れかかっていた。夕日が痛く美しかった。ミサは涙が出そうになった。

ミサは、三崎町のパブ、スコティッシュに出かけた。日課だ。そこでミサは娼婦をしている。春を売っているのだ。

ミサは愛に餓えていた。両親からはまともな愛を授からなかった。
小学校の時、夕食はいつもひとりで取っていた。レトルトのピラフやパスタを食べていた。そんな時、我知らずに自然に涙が出た。両親はそのことを知らない。
父親と母親は折り合いが悪かった。顔を会わせれば、いつも喧嘩ばかりしていた。そんな両親を見るのが、ミサは辛かった。

ミサ「なんでママ。パパと喧嘩するの」

母親「もう手遅れ。喧嘩さえできない。今日、離婚届に判を押したわ」

ミサ「リコンって何」

母親「もうパパとは会わないっていうこと。ミサはこれから、ママとふたりで暮らすのよ」

ミサ「パパはどこで暮らすの」

母親「知らない。どこかよ。この日本のどこか遠いところ。2度とママやミサと顔を会わせない所」

ミサ「それじゃあ、もうパパとは会えないの」

母親「そうよ」

ミサは泣き出した。その夜、眠り込むまで、ミサは泣きじゃくっていた。

翌朝、ミサが起きると、もう母親は会社に出かけた後だった。
ミサは3時間目から授業を受けた。

三崎町のスコティッシュ。夜。
ミサはスコティッシュで、カンパリをソーダで割って飲んでいる。2杯目だ。そこに客が付いた。雅浩というミサとそう年の変わらないの男だった。ミサはそんな若い客は初めてだった。けれど同年代の男の子と出会えて、純粋にうれしかった。雅浩は朝までミサを買った。

スコティッシュの2階のアイリッシュで、雅浩の腕に抱かれて眠った。ひとの胸に抱かれて眠るのは、幼年時代以来だった。とても心地がよいものだった。いつまでもこうして眠っていたかった。が、現実には朝が来て、昼が来て、お腹が空いてくる。
ミサはコンビニでおにぎりを2個買い、自分の部屋で食べた。

大学生活は気楽なものだった。語学の授業だけ、ちゃんと出席していれば、3年生に上がれる。他の講義は代返でカバーしていた。レポートは知り合いの女の子に見せてもらって、文章を変えて、提出した。それで1年から2年に進級した。そういう方法にミサは罪悪感や疑問を抱かなかった。

ミサはアイリッシュで、雅浩と会っていた。
ミサはカンパリ・ソーダを飲んでいる。雅浩はバーンボンをロックで割って飲んでいる。

やがて夜は更けていく。

雅浩「なんで娼婦なんかやってるんだよ。ミサ」

ミサ「どうしてかな。うーん。さびしいからかな」

雅浩「恋人はいないの」

ミサ「いない。今まで彼氏ってひと、いたことない」

雅浩「マジ」

ミサ「マジ」

ミサ・雅浩「・・・・」

ミサはカンパリをお替わりし、雅浩はバーボンの5杯目を飲んでいる。
ミサも雅浩もかなり酔いが体に回っている。スツールの椅子に体を固定しているのが、精一杯だ。

ミサは雅浩と2階のアイリッシュで、体を求め合った。

翌日、水曜日の午前11時きっかりに、ミサは徳永の家を訪れた。
玄関のチャイムを鳴らす。
徳永の声がフォンから流れ、

「どうぞ。鍵は開いています。お入り下さい」

ミサはカウンセリング・ルームに入る。

ミサ「こんにちは」

徳永「こんにちは。どうぞ、体を楽にして、ソファにおかけください」

ミサはソファにゆっくりと体を沈める。そして目を瞑った。

徳永「どうですか。調子は」

ミサ「悪くはないです。徳永先生に言われた通り、精神科で睡眠薬を頂いてきました。睡眠は前より安定しています」

徳永「それはよかったですね。体のコンディションは睡眠から始まります。睡眠が安定しないひとは、心も安定しません。とりあえずよかったです。気分の落ち込みとか体のだるさはどうですか」

ミサ「精神科で抗鬱薬のデプレノールをもらって飲んでいるのですが、いくらか気分がよくなってきたような気もします。日中の体のだるさが幾分か取れました。昼間、寝込むことがなくなりました。日中は大体、家で本を読むか、パソコンでインターネットをしています。わたし、自分のブログを持っているのですが、その更新をしています」

徳永「ブログ。それはすごいですね。どんなことを書いているのですか」

ミサ「好きな本や音楽の紹介が多いですね。それに、日頃、思っている日常の疑問や楽しかったこと、悲しかったことなど、徒然に書いています。それと、デジカメをいつも持ち歩いているので、街で見かけた、何気ない風景なんかを載せています」

続く

shiroyagiさんの投稿 - 14:24:40 - 1 コメント - トラックバック(0)

2006-11-26

THE MEMORIAL DAY-千絵ちゃんとぼく-

旧暦8月15日。十五夜の名で親しまれる中秋の名月。
その日、千絵ちゃんとぼくは、日光まで行った。
緑は濃く、青々しかった。
いろは坂をぼくのステーション・ワゴンでくねくねと曲がりながら、峠を攻めた。
究極のワインディング・ロードはぼくを興奮させる。
隣に座っている千絵ちゃんは気が気でない様子。ぼくは無視して、いろは坂を攻めた。午前2時。
暗闇の中、ぼくは車を路肩に寄せ、千絵ちゃんと愛撫する。
後部座席から、ワイン・ボトルを出して、栓を抜く。ポン。気持がいい音が車内に響き渡る。
カー・ステレオには、i pod80GBが繋がっている。
ぼくは千絵ちゃんが好きな渡辺美里の音楽をかける。
1枚分のCDを聴き終わると、ぼくは車を東京に向けて走らせる。
深夜の高速道路はがらがらに空いている。
時速120キロで夜をぶっ飛ばす。LET`S SPEND NIGHT TOGETHER。
THE ROLLING STONESの音楽とともに、東京に近づく。
東京は摩天楼。不夜城の街。赤いネオンが煌々と灯がついていた。
午前5時の新宿の空は、まだ暗かったが、街のネオンが闇を消していた。
千絵ちゃんとぼくは、深夜営業の喫茶店ルノワールで軽食を摂った。
深いソファで一眠りする。
午前7時。
千絵ちゃんとぼくは、有料パーキングの精算機にコインを入れ、車を西へと向かわせる。そこに千絵ちゃんとぼくの家がある。
丘の上の小さな家。
狭いけれど、居心地のいいMY SWEET HOME。
帰るべき家があることに、たまにぼくは涙する。
自分の居場所があり、千絵ちゃんというベアトリーチェ的存在がいることに、ぼくは神に感謝した。
やがて、夜が来て、夜を抱えながら、枕で眠る。千絵ちゃんはぼくの腕枕。
その晩は、昨夜に続き、とても月が美しかったが、千絵ちゃんとぼくはすっかり眠ってしまって、月を見なかった。
昨晩の十五夜が懐かしかった。
その時、ぼくは峠の我が家に郷愁を感じると共に、千絵ちゃんへの深い愛情を再確認した。
有意義だった。
ぼくはこの日を忘れはしない。
THE MEMORIAL DAY。I NEVER FORGET THE DAY。

shiroyagiさんの投稿 - 07:34:39 - 0 コメント - トラックバック(0)

KING&QUEEN-千絵ちゃんとぼく-

千絵ちゃんとぼくは新宿の歌舞伎町に、デヴィッド・クローネンバーグのデッド・ゾーンを観に行った。
その日、歌舞伎町はとても混んでいて、千絵ちゃんは人混みに酔った。
ぼくは千絵ちゃんを、風林会館のパリジェンヌに連れて行き、ソファに座らせ、介抱した。
千絵ちゃんは1時間ほどで、具合が良くなった。千絵ちゃんは、スパゲティ・ボローニアを平らげた。ぼくは安心した。一時はどうなることかと心配した。タクシーで家まで送ろうかとも考えていたので、心からほっとした。
気を取り直して、デッド・ゾーンを観る。
クリストファー・ウォーケンが格好いい。
ぼくは予知能力を身につけた。未来の事が分かるようになった。
まるで、デッド・ゾーンのクリストファー・ウォーケンそのもの。笑。
ぼくは世界が最終戦争に突入する夢を見た。時はおそらく、3006年。
世界は無と化し、無限の荒野にカラスだけが、空を飛んでいる。
カラスはおそらく1万羽はいるだろう。世界を支配するのはカラスで、高度な知能を持っている。以前、人間が持っていたIQよりも高い数字。
そこには、カラス以外ゴキブリしか存在しない。
ゴキブリとカラスは激しく対立している。
地球と過去に呼ばれた惑星の支配権を懸けて、目紛しい戦いを行なっている。
その戦いに勝つのは、宇宙の真ん中から突然に現れたひとりの神。
地球を光で包み込み、地球には千年ぶりに植物が姿を現す。
その植物を食らうのが、過去恐竜と呼ばれたTレックスの群れ。
そこまでが、ぼくが見た千年後の地球の姿。
その話を千絵ちゃんに話した。
千絵ちゃんは、ぼくの言った事を全部信じてくれた。
ぼくは涙を流して、喜んだ。
パリジェンヌで、ハンバーグステーキを食べた。サイド・ディッシュにジャガイモの蒸かしたの。おいしい。
ご満悦で、会計を済まして、新宿駅へと向かう。
人の群れに紛れて、千絵ちゃんとぼくは、群衆の中のひとりとひとりになった。名もなき群衆の群れ。
いきなり、どこからか、ぼくはライフル銃で胸を撃たれる。
即死。
千絵ちゃんが、ぼくを抱き抱えるのを、薄ぼんやりした意識の向こう側で、肌に感じ取った。
それはとても温かく柔らかく愛情に満ちたものだった。
ぼくは夢の中で、涙を流しながら、千絵ちゃんと過ごした幸せな生活のことを想った。とてもFEEL SO GOODだった。
もうそれ以上、ぼくは望まない。
他人が千年かけたって、味わえない幸福の絶頂をぼくは、千絵ちゃんと出会った14年前から感じ続けていたのだ。
神はぼくを祝福して、神の世界に招き入れた。ぼくは神の意思に有り難く、従った。
そして、ひとつ神と約束した。
千絵ちゃんが、その生を完全に全うした時、ぼくの座る王座の椅子の隣の女王の椅子に、千絵ちゃんを座らせるという事を神と誓い合った。
神は約束を守る存在だ。
ぼくは神を信じた。信仰した。かつて、キリスト、イスラム、ヒンズー、ブッダと呼ばれたものとは、全く違うものにぼくは導かれ、世界を制覇した。
今や、ぼくと千絵ちゃんは世界のKING&QUEENだ。それ以上に高い位はこの世には存在しない。
KING&QUEEN OF THE WORLD。
それが、ぼくと千絵ちゃんの新しい名前だ。忘れないでくれ。ぼくと千絵ちゃんのことを。ぼくと千絵ちゃんの新しい名前を。
そして、貴様が、ぼくと千絵ちゃんの下僕であるということを。
世界は無限に広くて深い。その事を本当の意味で知っているのは、KING&QUEEN OF THE WORLDだけだ。
その事を貴様は分からねばならない。まず第1に。AT FIRST。まずは、ここから、始めよう。
世界の始まりはここから、始まる。
そして、いつかは終わる。
THE BIGINNING IS THE END.THE END IS ALL THE BIGINNINGS。
ARE YOU OK?
I KNOW THAT IS TRUE。
これは真実の物語。嘘偽りはひとつも無い。ひとつも無いんだよ。
お前は、その事を、最初に学ばなくてはならないよ。
BABY,ARE YOU UNDERSTAND?
IT`S SO EASY。DON`T WORRY ABOUT IT。
IT`S ALLRIGHT。
THIS IS THE END。

shiroyagiさんの投稿 - 00:45:37 - 0 コメント - トラックバック(0)
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