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2007-05-28

長い眠り-亜紀ちゃんとぼく-

ぼくは亜紀ちゃんとコカインを吸った。
頭がぼんやりして、グラグラした。
ぼくと亜紀ちゃんはベッドで横になった。
トリップした。
バッド・トリップだ。
ぼくは嫌悪感に苛まれて自分の拳で頭を殴った。
亜紀ちゃんがぼくの姿を見て、泣きながら、
「やめて。やめて」
と言った。
ぼくは拳を握りしめながら、涙を浮かべた。
ズブロッカを一気飲みして、ベッドに倒れ込んだ。
亜紀ちゃんはカンパリをソーダで割って飲んでいた。
朝が来た。
ぼくは頭痛のする頭に冷水をかけて、頭を冷やした。
歩いて代官山のオフィスに向かう。
鈍痛で頭が割れそうに痛かった。
午前中は仕事にならなかった。
ずっと仮眠室で横になっていた。
ランチにナシ・ゴレンを食べた。
食後にマンゴー・ジュースを飲んだ。
セブンスターに火をつける。
一服する。
頭がスーッとクリアになってきた。
午後の仕事ははかどった。
定時でオフィスを出た。
まだ空が明るい。
夕陽が橙色に輝いていた。
ぼくは眩しくて、アラン・ミクリのサングラスをかけた。
帰りに、TSUTAYAで『MEN IN BLACK2』を借りてきた。
亜紀ちゃんと一緒に食後にDVDを観た。
亜紀ちゃんは途中で眠ってしまった。
ぼくはひとりでコカインを鼻から吸った。
ハイになった。
ぼくは鳥になった気持ちでベランダから飛んだ。
幸い、ぼくの部屋は2階だったので、怪我はなかった。
ぼくは落ちた時に、頭を打って気を失った。
朝までマンションの駐輪場の近くで眠っていた。
朝、近所の人がぼくを見つけて、起こしてくれた。
「大丈夫ですか」
「ここはどこ」
「何を言ってるんですか」
「今何時ですか」
「8時です」
「マズい。仕事に行かなくちゃ。ありがとうございます」
ぼくは急いで部屋に戻った。
亜紀ちゃんはまだベッドで眠っていた。
ぼくは亜紀ちゃんを起こさないようにして、シャワーを浴び、コーン・フレークを食べて、代官山のオフィスへと向かった。
身体中が痛かった。
側頭部に瘤ができていた。
ぼくは途中の薬局でバファリンを買って、ユンケルでバファリンを飲んだ。
氷嚢を頭に当てながら、仕事した。
オフィスから家に帰る。
ドアをカギで開ける。
亜紀ちゃんはまだベッドで眠っていた。
ぼくは亜紀ちゃんの体を揺り起こした。
亜紀ちゃんは起きなかった。
亜紀ちゃんは眠り姫になっていたのだ。
ぼくはそれを感じ取った。
ぼくは王子様の衣装を着て、王冠を被り、亜紀ちゃんに口づけした。
亜紀ちゃんの瞼が薄く開いた。
ぼくは亜紀ちゃんの体を抱きしめた。
亜紀ちゃんは何が起こっているのか分からず、
「どうしたの」
「どうしたのじゃないよ。1日中眠っていたんだよ」
「ええ。本当。仕事欠勤しちゃった」
ぼくは亜紀ちゃんにビーフ・ストロガノフを作った。
亜紀ちゃんはお腹がすごく空いていたらしく、お替わりした。
「すごい食欲だね」
「だってお腹ペコペコなんだもん」
「何杯だって食べていいよ。沢山作ったからね」
亜紀ちゃんは3杯ビーフ・ストロガノフを食べると、またベッドで眠ってしまった。
翌朝、ぼくは眠っている亜紀ちゃんの口にキスをした。
亜紀ちゃんは目を覚ました。
「おはよう。今日は起きれたね。いい1日になるように」
ふたりでトーストを頬張って、コーヒーでトーストを胃に流し込んだ。
とても穏やかな陽気の日だった。
亜紀ちゃんが長く眠り込むことはそれ以来もうなかった。

shiroyagiさんの投稿 - 21:44:47 - 0 コメント - トラックバック(0)

デビッド・ボウイへの手紙


拝啓 デヴィッド・ボウイ様

 ボクが13年間暖めてきたあなたへの想いを今日こそはあなたに伝えたくて、この手紙を書いています。
ボクがあなたに初めて触れたのは近所のレコード・レンタル店でした。
その頃ボクはまだ中学生で高校受験を控えて毎日受験勉強に励んでいました。
そんな時でした、あなたの最新アルバム『トゥナイト』を見つけたのは。
ジャケットのカッコ良さで、迷わずその日、借りて帰りました。
それからです、ボクがあなたの虜になったのは。

 受験が終わり、ボクは高校へ進学しました。
桜が満開の季節です。
そしてあなたへの想いも満開の桜のように花開きました。
ボクの高校時代はあなたなしでは語れません。
あなたの過去のレコードを次々に買いました。
買うたびに、あなたの音楽が違うのに驚きを憶えながらも、
その音楽の素晴らしさに感動を隠せませんでした。
あなたの写真集を集めました。
写真の中のあなたはどれも美しく、ボクの目を釘付けにしました。
あなたの伝記の本を読みました。
母が夕食の支度ができたと呼ぶのですが、あなたの本から離れるのが寂しく、母の呼ぶ声を階下に聞きながら、あなたの本を貪り読みました。
あなたのビデオを買いました。
市販のミュージックビデオはもちろんのこと海賊版の画像の悪いビデオを何本も買いました。
それでもあなたへのボクの想いは満たされませんでしたので、あなたへの想いを詩にしたため、大学ノートに書いてみたりしました。
内容は恥ずかしいのですが、もうここまで書いてしまったのですから、
いまさら恥ずかしいもないでしょう。
申し上げます。

i do'nt know Einshttein.
i just go to the live Bowie's 1974.
i walk the time as i walk the city 1kilometer.
i first love your art,then i love yourself.
捲り返した黄ばんだノートにはそう書いてありました。
それでもあなたへの想いはおさまりまりませんでした。
というよりも、一層あなたへ魅かれていく自分をもうどうしようもないところまで来てしまった、
もう後戻りできない、
行くところまで行くしかない、
そんなある種の脅迫観念にも似た想いが自分の中に沸き上がるのをもう止めることもできず、
また止める気もなく、
そんなボクを周りの同級生は奇異の目で見ているのをボクは知っていました。
学校の休み時間など、
級友がボクに、
「デビッド・ボウイの踊りを踊ってみてよ」
などとからかいの調子で言うのを、
ボクは得意がって、
「じゃあ、『レッツ・ダンス』の踊りね」
などと言いながら、踊ってみせました。
ゲラゲラ笑う級友を見て、
ここは笑うところじゃないんだけどなぁと思いながらもボクは踊り続けました。
そんなボクを級友はいっそう笑いました。

 ボクはディスコへ行くことをおぼえました。
高一の夏だったと思います。
クラスで一番仲のいい公君が誘ってくれたのです。
ボクは夏休みを読書とバイトに全部使っていて、遊びらしいことは何もしていなかったので、喜んで誘いに乗りました。
でもまずディスコに行く前にしなくてはならないことがありました、
おしゃれです。
当時、日本はディスコブームでそれなりの格好をしなくてはディスコなるものへ入ることができませんでした。
それなりの格好というのは、今から思えばおかしなことなのですが、
ジーンズではディスコに入れないのでした。
今ではディスコのことをクラブなどと言い、ラフな格好で踊ることができますが、
当時、ジーンズはそれなりの格好ではなかったのです。
ボクは中学校の制服以来普通のズボンを履いていなかったので、ちょっとためらいがありましたが、
他ならぬディスコのため、
ズボン、最近はパンツといいますが、
とにかくそれを買って、
ついでに当時流行っていたレーヨンのシャツを買いました。
ボクは父親に連れられ東京見物にやってきた子供、
あるいは荷馬車に揺られ売られていく子牛、
あのドナドナの歌のように、
六本木なる街へと地下鉄を乗り継ぎ、連れられていきました。
そして当時ディスコが何軒か入っていたスクエア・ビルの何階だかのディスコに入りました。
まだ時間は早く6時過ぎだったと思います。
まだ誰もフロアでは踊っていません。
そこに、プリンスの「オール・アラウンド・ザ・ワールド」がかかりました。
プリンスの大ファンだった清君が、
もう我慢できないといった様子で、
「おれ踊ってくる」
と言い残し、
誰もいないフロアに正に躍り出ました。
ボクにも経験があります。
エッチビデオを見ていて、
まだイッちゃいけないところなのに、
堪えられず、堪らずイッちゃって、
ふと画面を見たら、男優の顔がアップに写っていて、
「おらおら、ここがいいんだろぉ」
などと卑猥な言葉を言っているシーンだったりして、
その瞬間ボクは一体何をしていたんだろう、
などと虚無感とともに自問自答したりするあれです。
後に、三田誠広さんの『僕って何』という小説を見かけましたが、
あぁ、どうせあの時の気持ちを書いた小説なんだろうと思って、読みませんでした。
ところが、あとであの小説はどうやらボクが思っていたのとは違うらしい、
もっと何か真剣なことが書いてあるらしいことを知って、
ボクは著者の三田誠広さんに申し訳がなく、
慶応三田校舎の周りをうろつきながら、
どうあやまったらいいものか思案に思案を重ねましたが、
結局このまま黙っていることが一番いいのではないかとの結論を自分に出し、ボクはせっかくここまで来たのだからと東京タワーをぐるりと回って、帰りました。
が、今考えてみると、
当時、既に三田さんは慶応を卒業しているのであり、あそこでいくら待っても会える訳がないと、
自分のバカさ加減に呆れながらも
その正直さに自分で自分を褒めてあげたいなどと思いました。
あなたに褒められたくて、
そんな動機で、一冊の本を書いた高倉健さんの気持ちがちょっとわかったような気持ちがして、
ボクは健さんの仁侠映画よろしく、肩で風を切って三田を後にしました。
途中、ボクの肩が何度か通行人の肩にぶつかりましたが、ボクは何言うでもなくただ道を歩くのでした。
心の中では、健さんの『網走番外地』が流れていました。
季節は秋の初め、風がボクの心を冷たく刻む、
三田校舎はなんだか殺風景で刑務所のように思え、
とりあえずすすき野で一杯やるか、
そんな言葉が頭を過り、
ボクは駅の改札で最低賃金の切符を買うと、上野へ出て、
北へ向かう列車に乗り込みました。
ボクはトレンチコートの襟を立て、窓越しに東京の街を遠い目で見送りました。

前略 デヴィッド・ボウイ様

 先日の手紙ではボクの想いのすべては語ることができず、新たにあなたに手紙を書いています。
ボクはあなたの絵を描きました。
自分でも何枚描いたか憶えていないくらいに描きました。
戦場のメリークリスマスのあなた
マーク・ボランと共演するあなた
シン・ホワイト・デュークのあなた
ラビリンスのあなた
ヒーローズのあなた
ヤングアメリカンのあなた
エレファントマンのあなた
ステージのあなた
とにかくあなたを描きました。
先日そのスケッチブックを見返してみると、
絵の脇に、
HE IS A HUMAN
   MAN
   SINGER
   WRITER
   ARTIST
   IDLE
   ACTOR
   FRIEND
   GUITORIST
AND
  ALIEN
HOW MISTERIOUS!
    SEXY
ETC...
などとレタリング・テープで書いてありました。
懐かしいと同時に、
当時のボクのあなたへの想いの深さに唸りを上げました。
そうなんです、
本当にあなたに心酔していたのです。
雑誌の記事であなたがバイ・セクシュアルであると読んで、
あなたになら掘られてもいいと、本気で思いました。
当時、ボクはまだ女の人を知りませんでしたし、
却って、女の人を避けていました。
そんなボクの通う高校は男子高でした。
男子高にしか行きたくない、
そんな思いで選んだ高校です。
だから、最初のひとがあなたなら、
ボクの人生がその後、どうなろうといいと思うくらいにあなたを想っていました。
当時はまだ、エイズのことがマスコミで話題になっていませんでした。
けれども、
もしエイズのことを知っていても、あなたへの想いは変わらなかったろうと、自分に誓えます。
政治家などは血判などを以て、誓いをたてたりしていましたが、
ボクにはそんなものは必要ありませんでした。
ただ心の中の奥底に、
デヴィッド・ボウイ命
この言葉を刻み込むだけで十分だったのです。
どこかの血気盛んな若者のように、
腕に入れ墨を掘る必要もなかったのです。

 毎日の通学電車の中では、あなたの音楽をいつも聴いていました。
またあなたを通じて知った音楽を聴いていました。
イギー・ポップ
あなたを中心にして、ボクの世界は回っていました。
コペルニクスは地動説を発見しましたが、
ボクには関係ないものでした。
そんなボクを、
通学電車で一緒の友人は、
「そんな音楽ばっかり聴いているから女にモテないんだよ」
と、あきれ顔で言いました。
その友人が隣で何をウォークマンで聴いているのかと、ちょっとイヤホンを借りて聴いてみたら、
つまらない音楽でした。
あとでそのミュージシャンの名前を聞くと、ボウイと言うバンドでした。
ボクのその時の気持ちを表すなら、
まぎらわしい
その一言でした。
実際ボウイと言うバンドには悩まされました。
 ある朝、ボクが新聞のテレビ欄で番組チェックをしていると、
ボウイ特集と書いてあるではないですか、
ボクはボウイと言ったらデヴィッド・ボウイのこと、
それ以外あり得ないと思っていましたので、
間髪入れずに新聞のテレビ欄に赤丸をつけました。
ボクは心の中で叫びました。
「この番組買いだ!」
その時初めてボクは競馬師の気持ちを味わいました。
けれども初めて買った馬券はどうやらハズレ馬券だったようでした。
 番組は深夜だったので、夜まで待ちました。
その時の思いは、7年間を地中で暮らすセミのようなものでした。
深夜になり、セミは地上へ上がり、テレビを見ました。
番組が始まっているのに、あなたが全然出てきません。
おかしい
もう一度、テレビ欄を確認しましたが、チャンネルは合っている。
ボクはその番組を見続けました。
結局最後まであなたは現れませんでした。
そうなんです、
ボウイはボウイでも、
あなたではなくニッポンのボウイだったのです。
ボクは番組終了のテロップが流れるとともに、
JAROに電話しなくちゃ、
JAROってなんじゃろ、
なんて言う、能天気なキャッチコピーを口ずさみながらも、
ボクの唇は震えていました。
色が紫色になっっていて、ほとんどチアノーゼ状態でした。
結局JAROには電話しませんでしたが、
ボクは悔しいやら悲しいやらどうにもならない気分で床に入りました。
布団に身体が包まれ、布団でボクの身体が暖まり始めると、
ボクの目から涙がこぼれてきました。
ボクは声を殺しながらも、小さな叫びにもならない叫びを布団に頭を突っ込んで叫びました。
奴らはボウイじゃない
やつらはボウイじゃない
奴等はボウイじゃない
この世にデヴィッド・ボウイの他、ボウイは存在せず、
デヴィッド・ボウイの他、ボウイを名乗る者は何人たりとも許さない。
おれが掟だ
そんなテレビドラマが昔ありましたが、
ボクの小さな叫びは時を待たずにかなえられました。
既に彼らは解散していたのです。
LAST GIGS
彼らの最後のライブ特集だったんです、
ボクが今日見たボウイ特集は。

叫び
これほどに力を持った表現があるでしょうか。
ボクはみなさんに問いたい。
ムンクの叫びを例に上げるまでもなく、
ボクが子どもの頃夢中で見たアニメ『妖怪人間ベム』、
ベム・ベラ・ベロは画面一杯に叫びました、
はやく人間になりたい、と。
ボクをベム・ベラ・ベロにたとえたら、
やっぱりベロなんだろうな、
だって子どもだもん
あの頃も今も
いつも変わらず
子どもだもん
ボクなんかすぐ泣いちゃうし、
かといって母さんがあめ玉でもくれようものなら、
涙流しながらも笑いが込み上げてきて、
照れながらもまぶたに涙をためながら、ニコニコして、
ボクの口には大きすぎるあめ玉を頬ばっている。
そんなボクを母さんはからかって言うんだ、
泣いたカラスがもう笑った。

ああ はやく人間になりたいなぁ

 ボクはその夜、母さんに言わせると、
布団の中ですごくモガいていたらしい。
横で寝ている母さんが、何度もボクの布団を直してくれたんだって。
でも結局朝起きてみると、ボクは枕に足を向けて寝ていました。
あなたの曲にありましたね、
”UP THE HILL BACKWARDS”
というのが、
だからそれに習って、
その日は後ろ歩きで学校へ行きました。
無事学校へたどり着いたかは聞かないでください。
ボクはもうこれ以上誰からも笑われてたり、後ろ指指されてたくないのです。
だってボクはおニャンコくらぶの会員でもないし、
もちろん後ろ指さされ隊のメンバーでもないのですから。
約束ですよ、
この日のことは聞かない、
おとなと大人の約束です。
だからゆびきりげんまんをしなくても、
あなたを信用します。
指は切っても、
心は絶対切りません。
だってボクはもう大人なんですから。
もしあなたが望むなら契約書でも実印でもなんでも持って伺います。
弁護士を交えて話し合いましょう、
今後のあなたとボクの関係について。
それでは失礼します。

親愛なるデヴィッド・ボウイ様

 もうあなたに手紙を捧げるのが3通になりますが、まだまだボクの想いは尽きません。
長丁場になりますので、気力と体力を温存しておいて下さい。
あなたももう齡なんですから。

 大学に入り、ボクは美術研究会のサークルに入りました。
1年の学祭の展覧会を前に、先輩からとにかく1枚絵を出せと言われました。
大学入学以来ボクは絵を1枚も描いていませんでした。
ただいつもサークルの部屋に溜まり、先輩や友人と音楽や本の話ばかりしていました。
ので、絵を出せと言われた時は、本当に困りました。
人間は本当に困ると、歌いだすのですね、
ボクはその時の記憶がスッポリ抜けているのですが、
後日友人から聞いた話によると、
その夜、サークルの部屋で、歌っていたらしいのです。
まいごのまいごのこねこちゃん
あなたのおうちはどこですか
なまえをきいてもわからない
おうちをきいてもわからない
ニャンニャンニャニャーン
ニャンニャンニャニャーン
なーいてばかりいるこねこちゃん
いぬのおまわりさん
こまってしまって
ワンワンワワーン
こんな調子で歌っていたらしいのです。

 展覧会の初日、ボクは1枚の絵を持って行きました。
前の晩、徹夜で描き上げた絵です。
そう、あなたの絵です。
ボクにはあなた以外モチーフは考えつかなかったのです。
『地球に落ちてきた男』
ニコラス・ローグ監督の映画で、あなたが一番美しく写っている映画だと思いますが、
その映画のワンシーンを描きました。
右手に拳銃を、
左手にワイングラスを持つあなたを描きました。
困ったのは色でした。
映画はカラーだったと思いますが、
ボクが持っていた写真集のあなたはモノクロだったのです。
結局、あなたの肌を青で描きました。
出来上がった絵を見ると、
宇宙戦艦ヤマトのデスラー総統のような仕上がりでした。
いいふうに解釈すれば、
あれはボクの青の時代だったのです。
しかしそれでは大先生ピカソ様に申し訳ない。
解釈によっては、デスラー総統に例えるのも松本零二先生に失礼だ。
とにかく出来上がった絵を持っていきました。
展覧会の最終日、みんなでそれぞれの絵を批評し合う合評会というのがあったのですが、
ボクはもういたたまれない気持ちでした。
ひとの絵を批評するのは勿論のことボクにはできないし、
自分の絵をひとに批評されるなんて、とても耐えられなかったのです。
存在の耐えられない重さが、ボクの身体にのしかかるのを感じました。
ボクは自分の描いた絵を持ってみんなの前に立ち、卑屈な笑みを顔に浮かべながら、
みんながボクの絵をいろいろ言うのを聞きました。
サークルで一番仲の良かった同級生の等君が、
「おまえ、そういうイラストっぽいのが好きなんだ」
と、ニヤけた顔で完全にボクの絵を馬鹿にしきった調子で言いました。
ボクは内心ボクの絵はイラストっぽいのか、新たなる発見を感じるとともに屈辱を感じていました。
でもボクには口に出さない言い分がありました。
だって等君は絵を出していなかったのです。
自分の絵を出さないで、ひとの絵を馬鹿にするなんて卑怯です。
ボクを批評するなら自分も土俵に上がれ。
過日そう思いましたが、その時は何も考える余裕がありませんでした。
先輩の茂さんが、
「顔の鼻が曲がってる」
と、言いました。
ボクは自分の絵をもう一度よく見てみました。
確かに曲がっていました。
後日ボクはこの鼻曲がりについて、こう解釈しています。
ボクの鼻は曲がっているのです。
根元の方から顔の左側に向け斜めにまっすぐ曲がっているのです。
きっとボクはあなたの絵に自分を投影していたのでしょう、無意識のうちに。
実際この鼻曲がりでよくひとの笑いものにされました。
『太陽にほえろ』の七曲署にかけて、
鼻曲がり
「こちら鼻曲がり署」
なんて、よく高校時代からかわれました。
ボクもこの鼻曲がりにコンプレックスを持っていて、
授業中鼻をもとに戻そうと、鼻を指で押さえつけながら授業を聞いていたこともあります。
もっとすごいことを言われました。
級友に、
「こっちむいて」と、
言われ、
そっちを向いたら、
「こっちむけよ」
「だからむいてるじゃん」
と言ったら、
「鼻がこっちむいてないんだよ」
なんて言われました。
鼻のことでこんなに悩むなんて、
ボクは芥川龍之介の『鼻』を、高校の現国の授業で読んだ時には、
禅智内供の気持ちが痛い程わかって、
その時に教わった「傍観者の利己主義」、この言葉を一生忘れないでしょう。
また、『鼻』には永年の思い入れがあります。
この作品は、みなさんご存知とは思いますが、
主人公の禅智内供が垂れ下がった鼻を苦にして、
一生懸命鼻を小さくしようと試行錯誤する話ですが、
そのエピソードの中に、
ボクにとって大変印象的な部分があります。
禅智内供が鼻を湯で茹でて、弟子の僧に踏ませるところです。
禅智内供の鼻の毛穴の中から、鳥の羽の茎のような四分ほどの長さの脂がわく、
ここなんです。
ボクにも経験があります。
ボクはすごい脂性で、ちょっと気を抜くと、
鼻のつけ根あたりに白い脂のポツポツが浮いてきます。
風呂に入った時など、
鼻を手でギュゥッと強くつまんでやると、
鼻の毛穴から白い脂がまるでハミガキのチューブからハミガキ粉が出るように沸き出てきます。
そんな脂性のボクはこう思いました。
あんな表現を思いつくなんて、
実は芥川龍之介は脂性だったのではないかと。
あのニヒルそうな、顔を少し斜めにしてむずかしそうな顔をしている写真の中の顔、
あの芥川龍之介が脂性だなんて。
彼の写真を見て、彼の作品に触れたひとは誰も思わないでしょう。
でもボクは思うんだ。
あんな表現ができるのは脂性の人間だけだと。
だからボクは声を大にして言いたい。
芥川龍之介
彼は正真正銘の脂性である。
この一言が、大正文壇における彼の位置づけを変えてしまうかもしれないが、ボクには嘘はつけない。
発見した人間として、それを世間に公表しなくてはならない義務があるのです。
すみません、
私ごとき人間のためにあなたのイメージが変わってしまうなんて。
もしかしたらボクは間違っているのかもしれません。
でももう遅い、遅すぎるのです。
山椒魚はたずねました。
「それでは、もう駄目なようか?」
ボクの頭は岩屋の出口につかえて出られない程大きくなってしまっていたのです。
ボクは暫くして答えました。
「もう駄目なようだ」
確かに井伏鱒二さんの頭は大きいように見えます。
この件に関しては後日ゆっくり考えてみたいと思います。

 話戻って合評会、
最後に3年の久先輩が、
「右腕が上手く描けてる」
と、褒めてくれました。
結局褒められたのは片腕だけでした。
久先輩、今どこで何をやっているか知りませんが、
ボクの片腕になってくれませんか。
この場をお借りして、私事の広告を一本出させて頂くことをご了承下さい。
広告料はこの本の印税の一部を以てお支払い致します。

今は亡きジギースターダスト 様

 ボクは大学2年3年と絵を1枚も描きませんでした。
描きたい絵が何もなかったのです。
絵を描きたい、
描きたい、
と、毎日のように思いながらも1枚の絵も描くことができませんでした。
ボクに毎日のようにあなたを描かせていた神通力はもう木の葉のかけらさえ残っていませんでした。
オー・ヘンリーの『最後の一葉』を読みながら、
ああ、ボクの想いもあの落葉樹のごとく散ってしまったのかなぁなどと、
始終ふさぎ込み、
ひとと話すのさえ億劫で、
毎日を一日中布団の中で過ごし、
窓から見える1本の木を見ていました。
木は一枚の葉も残さず、冬支度を始めました。
ボクもその木に習うように、冬眠に入りました。
昏々と眠り続けました。
春が来ても
夏が来ても
秋がきても
冬が来ても
ボクにはあなたしかない
ボウイ
そうなんです、
やっぱりボクにはあなたしかいなかったのです。
そんな当たり前のことに気づくのに、ボクは2年かかりました。
 ボクは4年の展覧会のために絵を描き始めました。
こんなに苦しんで絵を描いたのはかってありませんでした。
絵にその苦しみはまざまざと現れました。
デッサンは狂い、
色彩は澱んだものになりました。
ボクは初めて醜いあなたを描いてしまった事実を、ただ受け入れるしかありませんでした。
それはボクにとって苦痛、
苦しみ以外の何物でもありませんでした。
自分の苦しさが絵にまで現れる。
せめて、
苦しいなら、
苦しいなりの努力をして、美しいあなたを描きたかったのに、ボクにはできなかった。
それはこう言うのもなんですが、あなたにも責任があるんですよ。
あなたは常に美しかったのに、
あなたはいつも光り輝いていたのに、
あなたは映画『ハンガー』の中のあなたのように、醜くなってしまった。
年老いたからではない、
あなた自身の持つあの特殊なオーラのようなもの、
あたた自身から沸き上がっていた魅力、
あれがなくなってしまった。
あなたは美しくない服を着て、
歌い、踊った。
「ネヴァー・レット・ミー・ダウン」
周りのダンサー達を従えて。
でもボクは踊らなかったし、歌わなかった。
その上、日本版のアルバムにボーナストラックとして、
あなたは日本語で歌った。
あれは傷口に塩を塗りこんだようなものでした。
いなばのしろうさぎ
あなたは浜辺で泣いていたあのしろうさぎだったのですね。
アダモが日本語で歌うのは許せる、
でもあなたが拙い日本語で歌うのは、まるで媚びているようで、
ボクは自分があなたのファンであることを初めて恥ずかしく思った。
周りの友達にももう言い訳ができなかった。

でもボクにはあなたしかいないのです。

 ボクはボクが描くことになる最期のあなたの絵を描き上げたその日、
もう一枚の絵を描きました。
それはもう人間の輪郭しか残っていない、
赤と緑とオレンジの絵でした。
その絵は確か1時間位でなんのためらいもなく描いたように記憶しています。
卒業
ボクはもうあなたを卒業し、
あなたから頂いたものを大切に心にしまいながらも、
あなたを離れる時期が来ていたのです。
それからボクは立て続けに2枚の絵を描き上げました。
それら三枚はどれもひとが赤く塗られたものでした。
赤の時代 三部作
ボクは後日自分でその頃をそう呼んでいます。
あなたにすりこみされた小鳥のようにいつもあなたの方を向いていたボク、
もうそのボクはいないのです。
オールヴォワール
そんな言葉が頭をかすめました。
ボクは大学でフランス語を習ったのですよ。
でももう卒業です。
春には就職します。
あなたが生き続ける限り、ボクはあなたに注目します。
あなたが新しい曲を出せば、ボクはそれを買います。
でももうあの頃とは違ってしまったのです。
それは人間なら誰もが体験する別れ、
別離の予感だったのです。

復活したジギーダスト様

 最近風の便りで、あなたの伝記的映画が上映されることを耳にしました。
velvet goldmine
グラム時代のあなたを描いた映画だそうですね。
ボクは雑誌『STUDIO VOICE』の表紙を飾るあなたを見て、
その顔になにか懐かしさを感じるとともにあの頃の情熱が蘇ったように感じました。
就職してからというもの、楽しみと言えば休日に見る映画くらいなものだったので、ボクは楽しみにしていました。
映画のサントラが出ると早速買いました。
つまらないものでした。
サントラにはあなたの曲はひとつもありませんでした。
雑誌の特集で知ったのですが、あなたは自分で自分の伝記映画を作ろうとお考えのようで、この映画に自分の曲を提供するのを断ったそうですね。
あなたの音楽のないあなたの映画を見てもつまらないので、velvet goldmineは見ませんでした。
最近元気のあるイギリス映画だし、ユアン・マクレガーは出てるし、期待していたのですが、音楽がつまらないのでは仕方ありません。
また、ボクはあなたが作ろうとしている伝記映画も見ません。
あなたの感性は衰えた。
もうたっぷり稼いだでしょう。
引退したらどうですか。
もうあなたには何かをクリエイトする力はありません。
本当ならあなたはずっと昔に死んでいなければいけなかったのではないでしょうか。
ジム・モリスン
マーク・ボラン
ジミ・ヘンドリックス
ジョン・レノン
みんな死と引き換えに、伝説を造りました。
なのに、あなたは生きてなお自分を神話の主人公にしようとしている。
欲張り
これでは、老いてなお権力にすがる政治家などの類いと変わらないではないですか。
目白のお方ももう亡くなりました。
もう訪れる人もありません。
ジギースターダストは自殺したから伝説になったのです。
あなたはジギーを演じたただの役者であって、ジギースターダストではない、
ジギーが死んだ今、あなたに生きる意味が何かあるのでしょうか。
ボクはあなたを愛するが故にこんな忠言をするのです。
あなたの周りにはあなたの時代がとうに過ぎたことを知りながら、あなたのおこぼれにあずかろうとする薄汚い連中ばかりで、真にあなたのことを考えてくれるひとは誰ひとりいないのでしょうから。
あなたが真に自分のことを考えるなら、まず伝記映画の制作を中止して、潔くショウビズ界から去りなさい。
あなたはもう必要のないひとなのです。
ボウイ
あなたの時代はよかった
男が男のままでいられた
でも今はビジュアル系の時代です。
男がみんな化粧する時代です。
あなたの音楽を理解しようとせず、
ただあなたの容姿だけを真似る輩、
歌詞は演歌
笑っちゃいます。
ただ一人日本にあなたの遺志を受け継いだミュージシャンがいました。
広石武彦
UP BEATというバンドのヴォーカルをしていましたが、今はソロ活動をしています。

 この度はご愁傷様です。
心からあなたのご冥福をお祈り申し上げます。
生前には故人に大変お世話になりました。
あなたがこの地球という美しい星に天使のごとく舞い降りた、
その事実と魂の軌跡だけを心に刻み、
ボクは旅立ちます。
今あなたの墓の前にいます。

ボン・ボヤージュ デヴィッド・ボウイ様

 あたたの肉体は今もまだありますが、あなたの魂はもうありません。
実存的に言って、あたたはもうこの世には存在しないのです。
レゾン・デートルもない、まあ最近話題の脳死状態というところでしょうか。
また、ボクもあなたに従う者としてのみ存在していたのであり、ボクの存在も否定されました。
ボクも必要のないひとです。
仕事も家庭も上手くいかず、
自分の居場所がどこにもありません。

 では、母が早く寝ようと、母の布団にボクを誘うので、
このへんで。
 実は、ボクは母から性的虐待をうけているのです。
もう15年になります。
ボクはどんなにつらくても笑います。
昼はひまわりのようにお日さまに向かって精一杯笑います。
夜は暗闇のなか、下を向いて、
ただ夜が終わるのを待ちます。
創世記冒頭にて、神は仰せられました。
「光よ。あれ。」
だからボクは知っています。どんなに辛い夜にも朝日が注すことを。
明けの明星が一層際立つ頃がどんなに待ち遠しいものか。
それがボクのパンドラの匣に残ったもの、
希望なんです。
英語で言うところのホープです。
間違ってホープ軒と言ってしまい、ラーメンなど頼まないでください。
それに、あそこのラーメンはマズいですよ。
では、
ボクは布団へ行きます。
「涅槃で待ってます」
沖雅也はそう言って自殺しましたが、
ボクの母は、
「布団」で待っているのです。
もうどうしようもないのです。
では、
布団で待ってます。

出火吐暴威 様

 ボクは7年ぶりに絵を描きました。
ひとが真っ白に描かれた絵です。
神戸少年殺人事件の少年Aは言いました。
透明な存在であるボク
ボクも他の人から見れば、風景の一部に過ぎない、
誰も気にかけない、存在すら忘れられた空気のような存在なのです。
そんな空気の底を這うようにして、描いたのがこの絵です。
その絵に、ボクは題名をつけました、初めてのことです。
uncore un fois ,mais...

 ボクはもう少し生きることにします。
自分の力で生きていこうと思います。
家を離れ、一人暮らしを始めます。
もうあなたに手紙を出すのもこれが最期です。
アデューです。
本当のさよならです。
さよならは別れの言葉ではなく、再び会うまでの遠い約束
薬師丸ひろ子がセーラー服姿で機関銃を手にして、歌った歌です。
「快感」
機関銃をぶっ放した彼女は、恍惚の表情でそう言いましたが、最近見た女性誌の見出しには、薬師丸ひろ子は「死にたい症候群」なる記事が出ていました。
ときたま無性に死にたくなるんですって。
でもまだ生きているので、そんなに重症の「死にたい症候群」なのではないのかもしれません。
人間ひとり死ぬっていうのは、結構大変なことのようです。
 太宰治の作品なんか読んでいると、いかにして死ぬか、その努力が一生懸命書いてあります。死ぬためにこんなに努力しなくてはいけないんだったら、いっそのこと一生懸命生きてみようなんて思わせてくれます。
そうだ、
生きてみよう
そして人間になるんだ。
もう闇に隠れて生きるのはたくさんだ。
日のあたる場所にでるんだ。
そして日なたぼっこするんだ。
お昼寝するんだ。
砂利遊びするんだ。
お絵書きするんだ。
遊び疲れて眠るくらい、公園で空き地で野原で遊ぶんだ。
だってボクはこどもだもん。
家に帰れば、仲良しの兄弟もいるし、パパとママもいる。
学校へいくのはちょっといやだけど、たまにはずる休みしちゃえばいい。
結論
ボクはこどもになります。
さよなら さんかく また あした

          完


付録

でう゛ぃっど・ぼうい さま

 あなたの最新作『''hours''』は買いませんでした。
あえて理由を言わせて頂くなら、いつまでも昔のことにしがみつくひとは好きではありません。自己模倣する人はもっと嫌いです。
付録だから、さよならの言葉はありませんので、あしからず。

追伸

最新作『REALITY』を買いました。
すごく良かったです。
完全復活です。
おめでとうございます。
来日されることを心待ちにしています。
お体大事にしてください。

いつかロンドンにあなたに会いにいきますので、よろしくお願いします。

See you.


shiroyagiさんの投稿 - 18:38:00 - 0 コメント - トラックバック(0)

2007-05-25

ピカソくんへ愛を込めて

 ピカソくん、君は苦労人だね。
ここで言うピカソとは勿論スペインが生んだ大画家パブロ・ピカソのことであり、その巨匠に対して、いきなり苦労人だなどと、まったく無名のボク称する私が言うのは、勿論それなりの覚悟のあってのことである。
では、以下ボクの告白にもどる。

 大体キュビズムなんてものをやったのはかなりつらかったろう。
一言で言っちゃえば、対象を平面上に多角的に立体を描く
そりゃあ
君の気持ちもわかるような気もする
でも
これはボクの個人的意見だから
気にしないで聞いて欲しいんだけど、
あんまりすきじゃないなあ

 ジョルジュ・ブラックなんて人がピカソと並ぶキュビズムの代表格であったりする訳なんだけど、そんな名前を丸の内OLに「クイズ100人に聞きました」みたいにやってみたら、
『ベルサイユのばら』の主人公の一人である男装の麗人オスカル・フランソワ・ジョルジュの名前を知ってる人が100人、ブラックジャック、無免許だが腕は天下一品の外科医の名前を知ってる人は90人いても、ジョルジュ・ブラックの名前を知ってる人は、『キャンディ・キャンディ』の丘の上の王子様であり、またアードレー家の当主ウィリアム大おじさまでもあり、キャンディのあしながおじさんでもあるが、実はいつも身近にいたアルバートおじさんの執事である口髭のジョルジュを知っている人より少ないであろう。
 なぜなら、丸の内OLは子どもの頃、『ベルサイユのばら』や『キャンディ・キャンディ』は読んでも、大人になってジョルジュ・ブラックの絵画は鑑賞しないからである。また丸の内OLはセザンヌの印象画やミュシャのアールヌーボーは好んでも、ブラックの難解さは好まないのである。大体、丸の内サラリーマンの彼氏(もちろん丸の内OLの彼氏は丸ノ内サラリーマンである)が部屋に来たとき、セザンヌやミュシャの複製画が飾ってあればセンスがいいと言うだろうが、ブラックの幾何学が部屋にあったら彼は戸惑うであろう。そして常に物事を考えることの嫌いな彼はその絵を無視するであろう。なぜなら人間は自分の理解を超えるものに対して無意識のうちに畏怖を感じその存在を否定し自己を防衛する利己的な本能を持っているからである。よってブラックの絵を部屋に飾る女は理解できない存在であり、彼の恋愛の対象にはなりえないのである。そのことを勿論承知の利口な丸ノ内OLは仮にブラックの絵画をを好んでも決してブラックの絵は飾らないのである。そんな心配をボクがするまでもなく彼女たちにとってブラックと言えばコーヒー以外の意味は持たないのである。もっともセザンヌであろうとミュシャであろうと丸の内サラリーマンは絵を鑑賞したり解釈することになどに時間と気力を浪費したりしないのである。。それより会社の取引で動かした金額の方が大事なのである。ところでこの金は勿論会社の金なのだが、彼らはさも自分の金を動かしたかのように自慢し、自分の金だと錯覚している傾向がある。でも彼らは気づくことも考えることもない、ブラックの絵の値段が彼らが動かす金額より大きいことなど、決して考えはしない。もとより彼らにとって絵は投機対象に過ぎないのである。もっとも彼女の部屋に上がった時の彼の関心事はそんなところにもなく、健康な男子としてのひとつの欲求があるまでのことである。
でもボクは丸ノ内サラリーマンではないので、いくら考えても1銭の金にもならないキュビズムのことなど考えて一晩過ごしたりするのである。
そんなボクが一晩かけて考えました。

ピカソくん
ボクはやっぱり
青の時代
好きだなあ

青い人物に青い背景
BLUE ON BLUE
ボビー・ヴィントンの歌はボクのお気に入りだ、もちろん「BLUE  VELVET」も、
ハリウッド・ランチ・マーケットのBLUE BLUEの服も結構好きだ。
マドンナも『TRUE BLUE』まではアルバムを買ってた。
竹宮恵子のマンガ『地球へ』のソルジャー・ブルーはかっこよかった、特に虚弱体質なところが。
保育園の頃は、お絵かきの時間、保母さんに「なんで青のクレヨンばっかり使うの、クレヨンは12色あるのよ」
なんてよく言われた。
信号機の色で最初に覚えたのも青色だった。
そして小さい頭を空に上げればいつも限りない青の世界が広がっていた。
それは今も変わらない。

ボクの少年時代はこれくらいにして、
青の時代を過ぎた君は、
ばら色の時代と呼ばれ、二十代の若さでだんだんと幼児退行していったね
誤解しないでほしいけど、決して悪い意味で言ったんじゃないよ
スタイルを次々に変える君の姿は一見自己を追求し続ける哲学者のごとく、
音楽界で言えば、カメレオンの異名をとったデヴィッド・ボウイ
漫画界では『BE FREE』でデビューしたくせに『まじかるたるるーとくん』なんて書いちゃう江川達也
同じくマンガキャラクターに於いては、女優からデザイナー、作家、写真家へと次々と変態の脱皮を遂げる手塚治虫著『人間昆虫記』の主人公十村十枝子、と言った具合。

そして、君の幼児退行はさらに進んだ。
人間最後は子どもに戻ると言うけど、君くらい聡明な人だと
ひとより先に子どもに戻っていったのだろう。
聖書の中でイエスも言っている
「幼子のようなものが神の御国に入れる」のだと
おそらく幼い頃から親しんだ聖書の言葉を無意識にそして忠実に守っていたのだろう。

子どもに還った君は外に出ると迷子になるほどで、お家のひとと一緒でないとおもてに出られないくらいにまで子どもになった。すごいと思うよ、ボクにはまだできないもん。
余計なことなんだけど、まだ迷子になれないボクが思うに君は造形にメインを置いてこそ、君の本当の実力が発揮できたようにも思える
キミが早くから造形に目覚めていればモジリアーニと並ぶ画家彫刻家の名を手に入れていたかもね。
ボクがもしキミなら迷わず造形に行ったね。
やっぱり生まれた時代だね、皮肉にも。
とか言いながら実はボクもしょっちゅう迷い子になってるんだ

このあいだも
美術館で
「迷い子のお呼び立てを申し上げます
八王子からお越しの
青いシャツを着て
青い顔をした
二十八才くらいの男の子を見かけましたら
受け付けまで
お知らせ下さい」
なんて言われちゃって
てっきりボクのことだと思って
受け付けに行ったら
そこに誰が居たと思う
キミだよ
キミ!
あの時はばつが悪かった
あの深閑とした沈黙たる美術館で
おんなじ顔して
おんなじ服着た
大の大人が二人
受け付けの
学芸員だとか名乗る
三才位の女の子に
ニラまれちゃって・・・
さも「いい大人がふたりもそろって・・・」とあめ玉を喰わえながら言いたげだった。
その時ボクらは初めて口を交わしたんだ。
誤解しないでくれよ、唇を交わしたんじゃない。
ボクにはそういう趣味はないから。
ボクらは、
「あなたも迷子ですか」
「ええ、そういうあなたも」
「なにしろ美術館というやつは無意味に広いようで、私なんかわざと順路がわからないように設計されているんじゃないかと思っているんですよ」
「なるほど、私は今まで美術館というものにとんと縁がなかったもんで、今日は念のため方位磁石を持ってきて迷わないように気をつけていたんですが。あっはっは、いかんせん、やってしまいましたよ」
なんて社交辞令的な会話を交わしながら
お互いが同じ境遇にあることにお互いが共感を感じて
その後意気投合といったよくある具合で、
また同じ傷を心に持つもの同士、
傷を舐めあうようにボクらは貪るように、
お互いの不幸を語り合ったんだ。
生きるとは
幸せとは
人間とは
話題は尽きなかった。
結局結論は答えを見つけることは難しいことであり、それこそが答えであった。
それからボクらはさもそれが自然なことであるかのように
日が暮れ始めると、上野から日暮里へ流れ、安酒場で酒をやった。
あーあ
あの夜はヤケ酒だったよ
飲まずにいられなかった
何バイ飲んでも酔えなかったさ
もっともボクが何杯も飲んだのはカルアミルクだったんだけど、
そのおかげで、次の日はお腹こわしちゃって、朝からトイレに籠りっきりで、
上から下から涙を流しっぱなしだった。
トイレの水と一緒にその涙は悲しみと苦しみと一緒に下水道に流れちゃったけどね。
でも上から出る涙は真珠だとか青春の汗だとかといい意味で言われるのに、
下から出る涙は同じ涙なのに、いいふうに譬えられないね。
お腹ピーピーだとか言って、大体ピーピーって音はまるで昔の日本映画を深夜のテレビで観ているとき、放送禁止用語が出てきた時に流れる無機質な電子音みたいだし、一般的にはくだらないトーク番組で出演者が放送できないような下世話なギャグを言った時や、誰か個人名の悪口を言ったときなどに、そのセリフを隠すために使われている。
どっちにしろ何か汚いもの後ろめたいものを隠す時に使われる音だ。
おんなじ涙なのにね、上から出るか下から出るかで、ひとの対応も随分違うもんだ。

ボクはある時期北朝鮮の存在にひどく脅威を感じていたんだ。
だが、そんなボクもキムチは大好物でね
うまいって評判の店でキムチラーメンを食べたんだ。
その時はおいしくってね、ご満悦だった。
まんざら北朝鮮も悪くないなんて、国民感情もよい方向へ向かっていったんだ。
ところがどうだ、翌日の朝、
真っ青な顔でトイレに駆け込んだ。
ボクは苦しかった。辛かった。
そうなんだ、ボクは既に北朝鮮の脅威に侵されていたんだ。
ボクはその日一日をトイレで過ごす羽目になったよ。
そこで思ったんだ、
キムチは北朝鮮の日本への実力行使であると、
当時よくマスコミで報道されていた、ノドンやテポドンは見せかけのダミーで、実はキムチこそが最大の兵器だったのだと。
そのことに気づいた時、ボクは北朝鮮の脅威を正に体感し、身が震える思いだった。
だって君よく考えてごらんよ
キムチがある日大量にばらまかれたら
日本中、国民は一日をトイレで過ごすことになる。
もちろん人口に対してのトイレの数は絶対的に不足しているから、ある種のパニック状態がおこるだろうね
そこに足立区のトイレはまだ安全だなどと根拠のないデマゴーグが流れる。
民衆は足立区に押し掛ける
そこで獲得競争が起こる
当然弱いものは目的を果たせない
足立区民対よそ者との対立も起こるだろう
そうした異常事態は普段からの生活への不満と重なり、自然と暴動になる
民家の放火や商店街の強奪が始まるだろう
その暴動は山火事のように広がる
首都圏から近郊へ、そして地方都市へと飛び火する
一日で日本は壊滅状態だ。
情報網が麻痺したところに、日本海上に無国籍潜水艦が現れ、一網打尽と言った寸法だ
正に恐るべしの一言だよ。

そして日本と大陸との交易が始まる
そして島国ニッポンと大陸はひとつに。そしてグローバル化する。
そして日本は大陸から沢山のことを学ぶ
日本と大陸とのファースト・コンタクトはこんな具合だったらしい
ボクらの時代の教科書では、そうなっていなかったが平成の教科書では各社が揃ってその説に統一されていて、今時の中学生ではそれが常識なんだ。今年の都立高入試にも関連した問題が出ている。

そしてボクと君、ピカソ君も島国と大陸という海の壁、日本語とフランス語という言語の壁を乗り越え、交友が友情に変わり、お互いが互いを必要とするようにまでなり、真の信頼関係を交わすようになったんだ。

そう、思い起こせば
あの時ボクらは初めて出会ったんだ
あれからボクは貪るようにキミから色々のことを学んだんだ。
友人の自殺、ボクにとって最初の女性エヴァとの失恋、オルガ、聖パウロの教え、ハプスブルク家の血を引くマリア・テレジアとのロマンス
人生でためになると思ったことは全部キミから教わったと言っても過言じゃない。
あの頃は楽しかったね。
楽しいだけじゃなくお互いが充実してた。
君の後を追ってパリとバルセロナを往復していた頃、
正にボクはあの時 
生きていた、そして活きていた。
今思えばあの頃が一番楽しかった。

でも
出会いがあれば別れもあるとひとは言うじゃない
そこで考えたんだけど・・・
ボク達 もう会うのよさないか
その方が君にとってもいいと思うんだ
君は君の道
ボクはボクの道を行くよ
「サヨナラだけが人生だ」
君は知らないだろうけど
井伏鱒二って日本人が
洞窟に探検に入って
そこがあんまり居心地がいいから、そこに家を建てた
そして何年もの間そこで一匹の蛙と暮らしてたんだ
そこまでは家庭も上手くいき平穏でよかった。
でもある日、家で足りないものを買いに
そこから出かけようとしたら
頭がつっかえて、そこから出られなくなった
そんな有名な逸話と山椒魚の渾名を持つ(なんでこの渾名が付いたかはいまだ不明)作家がそう言ってるんだ
でもその作家も蛙もそうなったことに後悔はしてないんだぜ。
日本人は今ある一見不幸な境遇にも耐え忍び、そこに喜びさえ感じる崇高な習性を持っているんだ。
それをある人は諦観と呼び、ある人は悟りの境地とも呼ぶ。
ボクはどちらにも共感できないけどね。
まあとにかく
さよならだけが人生だ
これだけは真実だ

だからボクはキミに敬意を表してフランス語で
さよなら
アデューと言おう
キミはボクに
あれ、君はー、日本語わからないでしょ
ハァー、しかたないな
よし、分かった
ボクらのさよならの記念に
君に日本語の単語をひとつ教えてあげよう
さーy!
"O.NA.RA"
言ってごらん
なかなか上手いじゃん
ちょっとRの発音が巻き舌で言葉になってないけど
初めてだから今日は許してあげよう
ボクは寛大な男だって
周りでは通ってるんだ
まあそれはいい
意味はね
愛だよ、愛!
l'amourさ
人生において一番大切なものだ
しかも愛は目に見えない
ボクのちいさな王子様が
「目に見えないものが大切なんだ」って教えてくれたんだ。
彼はきつねに教わったらしいけど。
そしてボクは君に一輪のバラを贈ろう。
ただのバラじゃないよ、
ボクが一生懸命水をあげて、太陽にあてて、虫が付かないように、夜風にさらされないように育てた大事な一輪のバラだ。
大切に大切にボクがしたように、かわいがっておくれ。

これでボクも気が済んだ
「じゃあボクはいくよ」

あー家帰って寝よ
家路につくボクであった
ボクは疲れ切っていたし
風呂に入ろうと思って
バスタオルを探していると
ない、ない、ない。
母さんに聞いてみると、
「古くてみすぼらしいから捨てちゃった、まだゴミ箱に入ってるんじゃない」
「そう、お気に入りだったのにな
あれ、ピカソのキュビズム時代の絵が描いてあるんだよ」
「えっ、そうなの
なんだか、子どもが描いた絵みたいで
福祉のバザーかなんかで子どもが描いたのを、売っていたのかなんかかと思ってたわ」
「うーん、母さんはピカソの名前も作品も知らないけど、今のは核心を突いた感想だ。
見直したよ
母さんは芸術が分かるんだね」
「失礼しちゃうわ、私だって、カルチャーセンターの西洋美術史や万葉集の会に行ってるのよ」
「よし、分かった
今度、母さんと芸術についてゆっくり語ろう、
いつがいいかな
ちょっと待って、今手帳見るから
えっと、今度の週末は『ガラスの仮面』再読、とあるから、ダメだ、がんばっても丸二日はかかる。
よし、来週の月曜日だ
BLUE MONDAYに、芸術を語るなんて
なんだか
アイロニカルって感じでいいね
きっとアンニュイな語り合いになるよ
よし決めた
朝まで生討論だ
議題は[二十一世紀に向けて明るい日本社会の建設とその芸術の役割]なんてどう?
きっと白熱すると思うよ。
結構母子でつかみ合いの討論になったりして、
よし、それを防ぐために司会役として田原総一朗を読んでおくよ。彼はテレビ朝日の『朝まで生討論』で冷静かつ沈着な司会者として中立を保つともっぱら定評の人物なんだ。
前にボクが素人討論大会に出たときのコメンテーターをしていたのをきっかけに、いまでも毎年年賀状をやりとりする間柄なんだ。
きっとボクら母子のためなら司会の務めを喜んで引き受けてくれるよ。
うん、彼なら大丈夫、決して口角に唾を飛ばしながら討論者を怒鳴り散らすなんてことをする、どっかの司会者とは違うから、うん、彼なら信用できる」

ボクはゴミ箱の中からピカソのバスタルを拾うと、風呂に入った。
ざぶーん、
風呂に優る快楽はなし、風呂嫌いなんてひとの気が知れないよ
特に冬場なんて、冷えた足を熱い湯船に入れた瞬間、足先がじーんと暖まってくる感じがして、
オヤジでなくても、思わず、
うー、極楽なんて言葉が自然と出てきたりする。
みんなこんな気分で毎日を過ごせたらどんなに幸せだろう。
きっと戦争も犯罪もなくなるだろう。
そんなことを考えるでもなく物思いに耽っていると
もう小一時間経っていた。
昔母さんに叱られたっけ
働きもしない学生のあなたが偉そうにそんなに長風呂するんじゃない、なんて
まあ、あの時は母さんの機嫌が悪かったんだろうけど、
まったくボクは昔から長風呂だからな、
疲れた時なんてぬるま湯だったら何時間でも入ってられる。
そこまで風呂好きなボクだけど、温泉はあんまり好きじゃないんだよな。
風呂はやっぱり家で入ってこその娯楽だ、これがボクの持論。
百歩譲って近所の銭湯だね
やっぱりたまには広い湯船に浸かりたい
これがひとの正直な気持ちってもんだ、
こんなことを考えているともう一時間半にもなってる
そろそろ名残惜しいけど、出よう
ピカソのバスタオルで体を拭くと
体が痛い
さすがにもう数えきれない年月このバスタオル(その前は、王貞治ホームラン756号記念タオル)を使っていたので、
表面はゴワゴワ、
皮膚がヒリヒリしそうだ。
母さんの言うのももっともだ。
今日を最後にこのバスタオルも引退だ。
ボクは念入りに体を拭くと、
今後のこのタオルの使い道に思案した。ボクは物が捨てられないタイプだから。
脱衣所を出ると、
母さんが
「今日は短かったじゃない、あなたにしては」
「ああ、ボクもそうそう風呂にばっかり浸かってらんないよ、やらなきゃいけない事は星の数ほどある。
あと、さっきの討論の件だけど
ひとつ言っておくけど
これだけはお互い守ろうね
次の日、仕事へ行くこと
と言ってもお母さんは専業主婦だから
仕事場が家だから
ちょっとはお母さんの方が楽だね
んじゃ、そういうことでボクは寝るよ」
「あなた寝るって言ったって、毎晩遅くまで起きて、何やってるの」
「なっ、何って、年頃の息子にそんな・・・いっ、いや、あっ、ごめん、今日は早く寝るよ、十二時には寝る」

ボクは二階の自分の部屋へ行き、ピカソのタオルを襖の扉にピンで留めて貼り付けた。
そのタオルはもうピカソの絵がうっすりと残るほどで、他のひとが見ればただの使い古されたただのタオルにしか見えなかっただろう。
それから
ボクは鉛筆をとってメモを書き
布団の近くに置いてある目覚まし時計にセロテープで貼り付けた
そのメモにはこう書かれていた
「十二時に寝ること」
でもって
今ボクはこうやって
この文章を書いている。
でもここでひとつ困ったことがあるんだ
それはね、
時計の文字盤の上にメモを貼っちゃったから
今何時かわからないんだ
それがボクの悩み
唯一にして最大の悩みなんだ
わかってくれるかな、
この気持ち
なんて言うのかな
胸にクギとまでは言わないけど
チクッタクッと針で刺されたようなこの痛み

ボクは結局
これを書き終わって
時計のメモをはがして時間を見ると
何と六時
六時って、午後六時じゃないよ
AM
寝なくちゃ
最近不眠症で
薬もらってるから
それを水も飲まずに
ガリガリ ゴクッと
一気に飲んだ
男樹だ!
それは本宮ひろしだ!
でもあえて男気ではなく男樹という言葉を使いたい。
えっと、七時に起きるから
うーん、一時間しか寝れないや
まっ、いっか

ボクは床についた
薬の力はボクの昂揚した心から聖水で悪霊を追い払ったように
憑き物がが落ちたように落ち着き、
小川のせせらぎのように
静かに
そして
心安まる
そしてボクは
眠れる森をさまよった
そこは暗くもあり明るくもあり
静かでもあり騒々しかった
笑う者もあり泣く者もいた
喜びの歌を歌う者もあれば苦しみに喘ぐ者もいた
あたかもそこは世界の始まりでありまた終わりであるように思えた
そこはいわゆる御国と呼ばれるところなのかもしれないと思った
そこで出会ったのさ
彼と
ピカソとさ

彼は眠っていたよ
静かな森の中を流れる小川のほとりの牧場小屋で、
死んだように眠ってた
いい顔をして眠ってた
お気に入りの青と白のボーダーシャツを着て。
遊び疲れた子どものようにも見えたが、
また大往生を遂げた老翁のようにも見えた。
そしてボクは彼が幸せなのであることを悟った。
だからボクも無理に起こさなかった。
起こしてはいけないと思った。
それが御霊に従うものであるように思えた。
でも一瞬思ったよ
体を思いっきり揺さぶって
「起きろよー、何時だと思ってんだー」
とか、
布団引っぱがしちゃうとか
いきなり水かけるとか
その時の彼のあわてた顔が見てみたいなんて思った
彼の慌てぶりを思いっきり大声で笑って
寝ぼけ眼の彼に「おはよう、お帰りなさい」
なんて微笑んで言ってみたかった
そして彼に濃いコーヒーを入れてあげて
どんな夢を見ていたのか彼に聞きたかった。
そしたら彼が、
「ああ君か、実は長い夢を見てたんだ」
なんて言ってくれるような気がした

でもボクも今まで随分ひどいことをしてきたけど
これだけはできなかった
あんまり気持ちよさそうに眠ってたし
それに
まあ、ボクも人の子かな
なんて
ちょっと照れちゃたりして

恥ずかしかったよ
そう、
自分に対しても、彼に対しても恥ずかしかった
そしてなにより今までのボクの罪に対して、
さらに、これからもボクが犯すであろう罪に
神さまに対して恥ずかしかった
だから心の中に杭を新ためて打ち込んで許してくださいますようにってお願いするんです。
これがボクの気持ちなんです
なんてったって、恥を知る民族日本人の血がボクの中には流れてるんだ
ボクは夕日に向かって大きく叫んだよ
「生きてるって恥ずかしいー」
その後、言葉は「ボクらはみんな生きている」の替え歌に変わり、
いつのまにか手のひらを太陽に透かしていた
そしてボクは初めて気がついた
ボクの血潮が真っ赤に流れていることを
そしてその赤い血が十字架の御子の贖いによるものであることを

この文章の主人公の気持ち、
みなさん
分かりましたかー、分かった人は手をあげてー
なんて小学校の先生のように、みんなに問いたいんだけど
止めとこ
ズルする奴がいるから
こっそり目を開けて
周りの様子を伺って
大多数に賛同する輩が
必ずいるから
それがまた日本人の特性であるから
それをまた学校で社会で散々思い知っているから
ボクはもうそういった人間はなるべくなら見たくないから
ひとを試すのは好きではないから
また試されるのは入試で懲りているから
試されるひとの立場や境遇を考えてしまうから
そしてボクはそれをすれば
きっと悲しくなるから
ひとが試されるのはヨブ記におけるヨブでおしまいで、
彼により人間の神に対する忠誠は既に証明されているから
ボクが今さらあえてひとを試すまでもない
また神以外ひとを試す権利はないと思うから
だからボクは黙っている
ひとから何を言われようと
ボクは毎日ひとからデクノボウと呼ばれ、
バカにされて生きているほうがいい
「ハイ、今日の授業はおしまい
二十分休みだぞー
外へ行け、外へー」
教室の中でぐだグダ変な絵なんか描いてるんじゃないぞ
体育教師の槻野は言ったが、無視してやった
あいつ嫌いなんだ
もう卒業したおれの兄貴が運動神経よかったからって、比較しやがって
「おまえは兄貴と違ってダメだなー」
何回言われたことか
トラウマだよトラウマ
何っ、ウルトラマン
教養のない奴め
だから体育教師は○△□なんだ
なんて言うと体育教師に対する差別発言なので、悪いのはあくまで槻野だけだ。
それに野島伸司作『高校教師』の中で、
赤井英和が既に体育教師にも骨のある人間がいることをドラマの中でもって証明しているから。
この発言もボクの軽い冗談であることはみんな理解してくれることと思う。
テレビドラマはその時代を写す鏡である。
連日マスコミが報道する教師の不祥事により市民が教師に対する信頼を失いつつある事実は、マジメにやってる立派な教師たちにとってはえん罪に価するほど心外であることをボクは察する。残業代が付かない全国のマジメな教師たちは家に仕事を持ち帰って、生徒共々宿題に追われている。
これもまた事実である。
事実はひとつでありまた真実もひとつである。
そして真理はまことにひとつである。
それは全てのひとの罪の贖いのために、神のひとり子である御子自らが十字架に掛けられたことである。
そしてボクら人間は、神がねたむほどにボクたち人間を愛していることを知った。
愛が神であり、神は愛である、
これこそ最高の真理である。

そしてボクはみんなのいなくなった教室で一人
「愛」という言葉を覚えて
次に、ノートに鉛筆で落書きすることを
そして、机にシャーペンの先で落書きを彫ることを覚え
最後に、ノートの升目に収まらないほど大きく書くくせに下手くそな「愛」という字が書けるようになった

それからだな
友だちが何人かできるようになったのは
だからなんとかやってるよ
心配しなくていいよ
今でも友だちは少ないが、
当たり障りのない会話とおいしい食事と酒でつきあうような関係は苦手なので、
知り合いと呼べる人間は沢山いるが、友だちと呼べるのは数人だ
でも寂しくもないし、悲しくもない
まあたまには人恋しくなったりするけど、
それは世間でよく言う寂しいとは違うように思う。
むしろボクはその感情を好む
あえてボクは自分を孤独の中に置く。
だから今どき携帯電話も持たないので、ちょっと変わった奴だと思われている。
夜誰かのことを思いだしても、その人に気軽に電話したりしない。
もしろその人のことを考えたり、最近はどうしてるかなと想像することを好む。
だからボクはこんな手紙を書いているのだろう。
だから
「たまにはパソコンにメールの一本でもくれよ
ああ、アドレス渡すね
はい、コレ」
受け取った友人はメモを見ると、
そこには
picaso@zo-net.ne.jp
と書かれてあった
これを見て
その友人は言った
「君は自意識過剰だな」
「まっ、そんなところだ
笑って許したまえ
でもこんなのボクのちょっと知ったやつに較べれば
可愛げのある過剰さ
太郎って奴なんだ
初対面なんだけど
いきなりアドレス渡してきてね
ボクからなんでも忍者とか武士道のこととかいろいろ聞きたいんだってさ。武道の経験もないボクにだぜ
アカウントがTARONTINO
てなってたんだ
ボクがおやって顔をすると
「ボク、タランテイーノに似てるでしょ」
て歯並びの悪い口をにやりと見せて笑うんだぜ
一瞬、ぞっとしたよ
その場は適当に相づち打っといたけどね
危なそうなやつだったから
ボクも成り行きでアドレスを仕方なく渡したんだ
2時間後に家に帰ってメールチェックしたら
メールがきてた
怖かったね
もちろん返事なんて出さなかった
そしたら
たまたまその後会った時
何で返事くれないんだって
詰め寄るんだぜ
返事を強制しないのがメールのルールだって初めに聞いたじゃん
まいったよ
まあ、そいつとはそれっきりだけどね
まったくウンチな奴だった。
でもボクは思うんだ
結局人間なんてみんなうんちなんだと
神が造りたもうた人間
神のうんちが人間
人間が創るものなんて

ボクらが創るものはなんてもんはクソみたいなもんだ
だからぼくらはみんなうんちなんです
絵本作家の五味太郎さんも「みんなうんち」って
言ってるし、ウンチって言葉は柔らかな親しみのある感じがして好きだな。
またウンコって言うと、硬い感じがしてどうもダメなんだ。
クソなんて言うと、なんか投げやりで捨て鉢で下品な感じで好きになれない。
ってことで、
「みんなうんち」ってことで、
ボクも含めてみんなうんちとして
うんちによる
うんちのための
うんちな生き方をしていきたいね
そしてゆくゆくは
立派なうんちになりたい
そしていつかは母なる大地のもとへ
土として帰りたい
御国におられる父なる神の心にかなった
一握の土塊として
そしていのちの書のどこかに
自分の名が刻まれていることを
ボクは切に願う

shiroyagiさんの投稿 - 23:36:33 - 0 コメント - トラックバック(0)

2007-05-17

流鏑馬

雅は日光に流鏑馬を見に行った。
雅は毎年、流鏑馬を見に行っている。
今年の流鏑馬は雨だった。
雨の中、武士の衣装に扮した男たちが馬に乗って、矢を射る。
三番目の男が落馬した。
男は頭を地面に直撃し、首の骨を折って、即死した。
流鏑馬は中止になった。
雅は決心した。
乗馬を滝山城趾にある乗馬クラブで馬を習うことにした。
雅は毎週、休みの日に、乗馬クラブに行った、乗馬を習った。
一年後、雅は日光の流鏑馬に出た。
雅の順番はしんがりだった。
雅は緊張し、心臓はドクドクと高鳴っていた。
雅の順番が来た。
雅は馬に跨がると、馬の尻を鞭で叩いた。
馬は駆け出した。
一中。
二中。
三中。
雅は完璧に矢を的に射っていく。
そこに、男の子が観客の中から飛び出してきた。
雅は手綱を引いた。
馬は前足を上げ、大きくしなった。
雅は馬から振り落とされた。
幸い、右肩から地面に落ちて、肩を捻挫しただけで済んだ。
雅の流鏑馬への情熱は怪我してからも、変わらなかった。
雅は毎年、日光の流鏑馬に出た。
雅は定期貯金を下ろし、自分の馬を買った。
雅は馬に、赤馬と名前を付けた。
赤馬は、非常に気性の荒い馬だった。
雅はそんな赤馬の性格に惚れた。
毎週、赤馬に乗るのが、楽しみだった。
その内、赤馬は雅に心を許すようになってきた。
懐いてきた。
そんな赤馬を雅は大変可愛がった。
毎日、仕事が終わると、乗馬クラブに預けている赤馬に会いに行った。
翌年の流鏑馬。
天気は雨。
雅の順番はしんがりだった。
赤馬の体調はあまり良くなかった。
三日前から下痢が続いていた。
雅は流鏑馬を諦めようかとも考えたが、赤馬は流鏑馬があることを知っているようで、気迫はもの凄かった。
赤馬の順番が来た。
雅は赤馬の尻を叩いた。
赤馬が勢いよく走り出す。
一中。
連続して、的を決めていく。
最後の的が見えてきた。
雅は矢を射る準備をした。
雅の目が一瞬霞んだ。
軽い目眩がした。
一瞬気を失った。
が、雅は気迫で矢を射た。
そして、流鏑馬が終わると同時に、赤馬は地面に倒れ込んだ。
雅は赤馬を獣医に見せたが、その時既に赤馬の息は絶え絶えだった。
その晩、夜中の12時。
赤馬は息を引き取った。
それ以来、雅は流鏑馬はしていない。
流鏑馬を見に行くこともなかった。
週末の競馬を見ることはあったが、馬に乗ることは死ぬまでなかった。
雅にとって、馬は赤馬だけだった。

shiroyagiさんの投稿 - 16:25:09 - 0 コメント - トラックバック(0)

2007-05-16

上高地

ぼくは上高地に行った。
河童橋からニジマスが泳ぐのを見ていた。
大正ホテルに泊まった。
夜、夢を見た。
ぼくは尾瀬の湿地でハイキングをしている。
そこにひとりの女の子が現れ、ぼくに言った。

「お兄さん、わたしをどこか遠い所に連れていって」
「困ったな。俺、明日から仕事なんだ」
「お願い。お願い」
「よし、わかった。どこに行きたい」
「うーんとね。海がいいな」
「海かあ。じゃあ、館山に行こうか」
「うん。うれしい」
「親はどこにいるの」
「わたし、親はいないの」
「そうなんだ」

車で館山に向かう。
館山の海は波が荒かった。
ぼくは女の子と釣りをした。
アジが何匹か釣れた。

近くの旅館に入って、アジを焼いてもらった。
旅館の軒先で、アジを食べた。
おいしかった。
旅館で一泊した。

「家に送ってあげるよ。家はどこ」
「わたし、家はないの」
「じゃあ、どこで暮らしているの」
「養護施設」
「どこにあるの」
「八ヶ岳」
「じゃあ、そこまで送っていってあげるよ」
「ありがとう。でも本当は戻りたくないんだ」
「なんで」
「いじめる子がいるの」
「でも他に行くところはないんだろう」
「うん」
「じゃあ、そこに行くしかないね」

ぼくは女の子を養護施設に送っていってあげた。

そこで目を覚ました。
ぼくは会社に行って、夢のことは忘れてしまった。
もう二度と夢に女の子が現れることはなかった。

shiroyagiさんの投稿 - 12:57:14 - 0 コメント - トラックバック(0)
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