2007-07-17
『ルリユールおじさん』と『旅する絵描き』伊勢英子
久しぶりに本屋で釘付けになって、本に見入った。その本が伊勢英子さんの絵本『ルリユールおじさん』。
小さな女の子の植物図鑑がこわれてしまい、ルリユール(Relieurは製本屋・造本屋)のところへ本を持って行く。
そこで、少女は本が生き返るのを、体で、心で感じ取る。それが、自分の大切な本が生き返るのが、どんなにうれしいことか。
ふと、『ルリユールおじさん』の隣を見ると、同じ伊勢英子さんの本が置いてあった。帯には、「ぼくが絵を描きつづける理由」とあった。
最初の一行を読んで、もう世界に入っていった。
パリに住む、おそらく日本人画家の卵の話。帯には、エッセイとなっているが小説風で、著者が女性なのに、あえて主人公を「ぼく」と言わせているので、一言で言うとこの本は、ぼくがパリでルリユールと出会った話。
本文に、絵への溢れるばかりの愛情や、興味深いところが数多くあったので引用する。
教会から依頼されて10年以上かかって描いたというドラクロワ晩年の作品なんだ。途中、何回も病で中断しながら、それでも「明け方になるとまるで恋人のもとに通うように、この仕事場に駆けつけ」、一日中制作できる「幸福」を神からの賜物だと感じたという。
なぜかショパンが聴きたい気分だった。中略。「ffは悲しみで打つ」。
部屋に帰ったぼくが、
(今やほんとにこの樹はぼくの精神安定剤みたいなんだ。毎日窓から何枚この樹のスケッチをしたかわからないくらいだ)だが、ぼくはそろそろもう旅立たねばならない、と気づきはじめているのかもしれない。ここは居心地がよすぎる。おじさんはやさしいし、街は美しい。大樹はぼくを引き止める。
引用したい箇所はまだまだあったのだが、もう止めることにする。
兎に角、本好きの人にはたまらない絵本とエッセイ(小説)だろう。
本を愛し、守る、ルリユール。その存在だけでも、十分に興味深いが、絵と文章とエピソードがいい。
やさしい言葉で書かれているのだが、何度も読み返して、意味を確認したりした。
ゴッホやゴーギャンなど絵描きの小話が随所に盛り込まれているので、絵が好きな人も、きっと喜ぶと思う。
できれば、2冊セットで読んで欲しい本です。
2007-07-15
手塚治虫『ばるぼら』
読んだのは大都社版。初めて読んだのはもう20年位になるか。『奇子』を代表作に上げる人も多いが、わたしはこの『ばるぼら』が一番好きだ。何度読んでも、胸に迫ってくる。
耽美主義の流行作家として脚光を浴びた美倉洋介とその家に転がり込むフーテンの少女ばるぼらの物語。
作品冒頭から、ヴェルレーヌの「ヴィオロンのためいきの身にしみてひたぶるにうら悲し」である。
二人は新宿駅の雑踏の中で、出会い、奇妙な同居生活を始める。
そんな美倉には、色々と問題があったが、ばるぼらが居着いてから、奇妙なことが立て続いたが、仕事は順調に行く。
ばるぼらの正体は、現代に蘇った芸術のミューズで、また、魔女だった。
そして、ばるぼらが離れていった芸術家は皆、芸術的にも人生的にも自滅していく運命にある。
中盤から、物語はオカルトに傾き、不条理で、話も崩壊しかけていくようにも見える。が、この作品には力がある。
なんでこの作品が大好きなのか。何度も自分に問うたことがあるが、明確な答えは出ない。
この作品は、手塚自身スランプの時期に書かれている。そんな手塚の苦しみが、読む物を圧倒し、惹き込み、心を掴み、離さないのか。
ばるぼらみたいな女の子がいたら、芸術家にとってはこの上もない存在だ。しかし、現実は厳しく、気がつくのはいつでも、遅すぎる。
ただ精神の崩壊の果てまで、小説を書くことに執着した美倉の作家根性には敬服する。一度は流行作家に上り詰め、そして挫折。そして、最後の一作を書き上げる。
ばるぼらよりむしろ美倉に、美倉の生き方に魅力を感じる。
新宿ゴールデン街にある居酒屋「ばるぼら屋」はこの作品から取ったものだ。足を運ぼうと思いながら、ずっと行けないでいる。
2007-06-18
病魔-亜紀ちゃんとぼく-
ぼくは気を失っていた。嫌、倒れていた。らしい。
目を覚ますと、目線には白い天井があった。
病室のようだ。
枕元には、インターホンが備えられてあった。
ぼくは目を閉じた。
また深い眠りに落ちていった。
ドアの開く音がした。
ぼくは振り向くでもなく、耳をすました。
ベッドサイドのテーブルに物が置かれる。
ぼくは目を細めて、その人を見た。
見覚えがあった。
が、誰なのか分からない。
考えようとすると、右目の奥がズキッと痛んだ。
その女は何を言うでもなく、花瓶に花を生けて、帰って行った。
夜、
眠れない。
時計はないので、何時か分からない。
暫くすると、見回りの看護士がドアをそっと開けた。
「眠れないんですか」
「ああ、眠剤をもらえないかな」
「ここでは、不眠の方以外には処方していません」
「現にわたしは眠れないで、困っているんだ」
「兎に角規則は規則ですので。わたしを恨まないでくださいね」
看護士がそっと出て行った。
煙草が吸いたくなったが、煙草がない。
勿論、ライターもない。
ぼくは今まで何をやっていたんだ。
焦りではない、ただ漠然と知りたい。
家族はいるのか。
大体あの女は何者なんだ。
そんな事を考えていると、いつの間にか眠っていた。
朝日がベッドに差し、ぼくは目を覚ました。
また、ここか。
一体どこなんだ。
看護士が朝食を運んでくる。
一口口を付けて、止めた。
不味い。
ドアが開く。
あの女だ。
「今日はお寿司買ってきたの。食べるでしょ」
「お前、誰」
「玉子には醤油かけないよね。はい、玉子からどうぞ」
ぼくは女の勢いに押され、玉子の寿司を一つ食べた。
その瞬間、全てのことが分かった。
ぼくは目から涙が込み上げてきて、涙を止めることができなかった。
「みんなは無事か。亜紀ちゃん」
「・・・・」
「・・・・。そうか」
ぼくは寿司を一箱食べて、また眠った。
起きると、もう亜紀ちゃんは帰った後だった。
亜紀ちゃんは毎日、病院に来た。
ぼくは亜紀ちゃんに申し訳なかった。
だって、だって、ぼくは亜紀ちゃんの・・・。
仕方がないことさ。
ぼくは翌週退院した。
体に傷はなく、頭を打った衝撃で脳の一部に出血があり、手術で止血したそうだ。
そのせいか、記憶がまだ曖昧だ。
現実と過去、空想の世界が入り乱れている。
そんなカオスの世界の中で、亜紀ちゃんの姿だけははっきりと見えた。捉えることができた。
だからぼくは亜紀ちゃんの側にいると、安心できた。
亜紀ちゃんもぼくの気持ちを察したようで、いつもぼくの心の先回りをするように、ぼくを癒した。
そんな穏やかな日々が続く。と思っていた。
が、現実はそうは優しくはなかった。
ある日、ぼくの記憶は跳ぶようになった。
跳ぶ記憶の時間の振幅が大きくなっていった。
大体、記憶が跳んでいる時に、何をしているのか記憶がない。
ある日、記憶が戻ると、手の指に血が付いていた。
まだ、乾いてはいなかった。
ぼくは自分で一体何をしているのか、不安になった。
ぼくは亜紀ちゃんに、ぼくの尾行をしてもらうように頼んだ。
ああ、現実よ。あなたはなんて残酷な神。
ぼくが、ぼくが□だったなんて。
それでも、亜紀ちゃんは今までと変わらずにぼくを愛してくれた。
いつ魔の手が亜紀ちゃんに及んでもおかしくない。
ぼくと亜紀ちゃんの行く末は、神のみぞ知る
2007-06-01
ミサ To Be Continued
沖縄からかえって1週間後。ミサはロンドン留学を決めた。
HISで片道チケットを取った。
TULLY`S COFEE。
ミサはマンゴータンゴソワークル。雅浩はエスプエッソソワークルを飲んでいる。
ミサ「わたし、ロンドン行くことに決めた。もうチケットも買っちゃったんだ」
雅浩「そうなんだ。俺も仕事辞めることにしたよ。仕事の整理に1ケ月位かかるから、後からロンドンに行くよ。ロンドンにはいつ行くの」
ミサ「1週間後。ロンドンのヴィクトリア駅の近くのアパートメントを借りたんだ。荷物は明後日航空便げ送るつもり」
雅浩「成田には見送りに行くよ。ミサの新たな人生の門出だもんな。空港まで送っていくよ」
ミサ「ありがとう。ロンドンで一緒に住もうね。部屋は二つあるから大丈夫だよ」
雅浩「ロック・サーカスに行きたいな」
ミサ「わたしはマダム・タッソーに行きたい」
2007-05-30
幻影
ぼくは亜紀ちゃんと一緒に日比谷野外音楽堂でエレファントカシマシのライブに行った。その日はよく晴れていて、気持ちよかった。
缶チューハイを飲んだ。
宮本浩次がすごく格好良かった。
ライブは2時間続いた。
アンコールは2回あった。
ライブが終わり、日比谷の紅鹿舎でハンバーグ・セットを食べた。
食後に、ブレンド・コーヒーを飲んだ。
丸ノ内線で銀座から家に帰った。
家に着いて、DVDでエレファントカシマシのドキュメンタリー・フィルム『扉の向こう』を観た。
宮本はメガネをかけて、無精髭を生やしていた。
自分でスパゲッティ・ミートソースを作って、食べていた。
レコーデング中、宮本はメンバーを叱責する。
そんな宮本は音楽に対する完璧主義者だった。
ぼくは宮本の音楽に対する姿勢に感服した。
DVDを見終わって、『ソラリス』を観た。
ジョージ・クルーニーがカッコイイ。
『ソラリス』を途中まで観て、寝た。
夢を見た。
亜紀ちゃんが死んで、亡霊として現れた。
ぼくは惑星ソラリスに宇宙船で向かった。
亜紀ちゃんがソラリスで待っていた。
ぼくは亜紀ちゃんとベッドの中で抱き合った。
亜紀ちゃんの体に実体はなく、液体のように溶けて消えた。
ぼくは悲しみに暮れ、地球の我が家に帰った。
1年後、アイちゃんと言う女の子と結婚した。
亜紀ちゃんの亡霊は毎晩現れた。
ぼくは毎晩うなされた。
除霊師に頼んで、亜紀ちゃんの霊を祓ってもらった。
それ以来、亜紀ちゃんは現れない。
ぼくはアイちゃんと静かに八ヶ岳の麓で暮らした。
今では、2人の男の子がいる。
椿と哲平と言う。
椿と哲平は庭にバスケット・コートで毎日バスケットをしている。
後に、高校のインターハイでレギュラーとして出場し、優勝した。
今では、アメリカのNBAでバスケットを続けている。
ぼくはアイちゃんと穏やかにひっそりと暮らしている。