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2008-05-18

『レマンに死す』-亜紀ちゃんとぼく-part2-11

列車に乗ると、お腹が空いていた。ぼくと亜紀ちゃんは列車の一番後ろにある食堂車へと進んだ。
メニューは、ビフテキしかなかった。
仕方なく、ビフテキをふたつ頼んだ。
15分程経って、テーブルにビフテキが運ばれてきた。
ぼくはそのビフテキを見て、驚いた。
なんてたって、ぶ厚い。10cmはゆうにあった。
亜紀ちゃんは食べる前から、お腹がいっぱいと言って、サイド・ディッシュのポテトをフォークでくわえている。
ぼくは、そのボリュームたっぷりのビフテキにチャレンジした。
ナイフとフォークで力いっぱいに、ビフテキを切り刻む。
ミディアム・レアの肉汁たっぷり、血の滴る子牛のフィレ肉。
とっても美味かった。
ぼくは亜紀ちゃんが食べなかったビフテキをもう1枚平らげた。
「一口食べない」
「無理。見ただけでゲップが出ちゃう」
「じゃあ、せめてスープだけでも飲んだら」
「うん。そうする」
亜紀ちゃんは、スープにパンを浸して、もぐもぐと無言で食べている。
食後に、エスプレッソを2杯飲み、煙草を吹かす。
その内、眠気が襲ってきた。
ぼくは、眼がとろろんとしてきて、「だめ。眠たい。横になりたい」。
「仕方のないひとね。じゃあ、寝台車に移る」
「うん」
ぼくと亜紀ちゃんは、寝台車のベッドで、ひとつベッドで一緒に眠った。
ぼくは、3時間ほど経って、目が覚めた。
亜紀ちゃんはぐっすりと眠っている。
ぼくは亜紀ちゃんの寝顔をじいっと眺めていた。
愛おしかった。
ぼくは、自分の感情と欲情を抑えることができず、亜紀ちゃんの口びるにぼくの脣を、そうっと、近づけた。
ぼくにとっての初体験にして、ファースト・キッスは、亜紀ちゃんの口びるの下(もと)に在った。
亜紀ちゃんは、ぼくの口づけで目を覚まそうとしていた。
目がうっすらと半開きになり、顔が赤く上気している。
「あなたがわたしを死の眠りから、喚び戻してくれたのね」
「亜紀ちゃん。君は眠り姫。永遠の黄泉の国を彷徨うエウリディーチェ。ぼくは君の良き夫オルフェウスとなろう。さあ、身体を起こして、ぼくの腕(かいな)に抱かれてごらん」
亜紀ちゃんは硬いベッドから起き上がると、ぼくの腕に身を委ねた。
その行為は、互いの身体に血流が逆流し、互いの体温を、互いの身体で確かめ合った。
ぼくと亜紀ちゃんは、その瞬間に恋に落ちていたのかもしれない。
だが、運命の女神は、いつしかぼくたちふたりを遠く、互いの存在を失う程に、離れ離れに、試練を課すのだ。
だがいま、ふたりはそんな神の御業も知らず、互いに熱い想いと渇いた身体を潤していた。
列車の外には、月が煌々と太陽の光を授けて輝いていたが、カーテンを閉じた寝台車の中のふたりには、そんな美しく幻想的な光景を知る由もなかった。
ふたりは再び、深い眠りに落ち込んでいった。
目を覚まし、窓を開けると、そこには緑色の星が見えた。
車掌が、「ホワイトニング。ホワイトニング」。
声が車内に、響き渡った。
ぼくと亜紀ちゃんは、ホワイトニングで下りることに決め、荷物をまとめて、列車を下りる準備をした。

ホワイトニングのステーションに降り立ち、改札を出ると、花束を幾つも抱えた美少女が、微笑みかけてきて、「ウェルカム・ホワイトニング」。
花束をぼくと亜紀ちゃんにプレゼントして、頬にキスした。
「どうぞ、こちらへ」
ぼくと亜紀ちゃは、大理石でできたサロンのようなソファに案内された。
「アトミック・トロピカル・ドリンクです。どうぞお召し上がりを」
「このジュースはフリーなの」
「ええ、もちろん。お気に召すままに」

ぼくと亜紀ちゃんは、赤くて細い2本のストローで、ドリンクを飲み干した。
不思議な味だった。まるで、天国の泉の水に、ハチミツを入れたとでも、例えようか。
飲み終わると、とってもリラックスしてきて、ステーションのインフォメーション・センターで五つ星のホテルをリザーヴした。
タクシーでホテル・ランマンタンへと向かう。
運転手が、慣れた手つきで、ホテルまでの道を、軽やかに運んでいった。
「ホワイトニングは初めてですかい」
「ええ」
「ここに暮らすと、もう他では住めなくなりすぜ」
「そんなにいい所なんですか」
「そりゃあもう。なんて言ったって水が美味い。酒が美味い。女がきれいですぜ」
タクシーの後車窓から、海かと思うほどの水面が見えた。
「あれは」
「レマン湖ですよ」
「ああ、あれが。火星で知り合ったひとに、いい所だって伺いました」
「なんて言ったって、ここが一番ですよ。旦那」
タクシーは、湖畔の森の丘、中腹に建つ、中世ヨーロッパのルネッサンス様式風の建物の前で止まった。
「着きましたよ。よい思い出を」
ぼくは、運転手にチップを渡し、車を降りた。
ホテル・ランマンタンのエントランスから、ベル・ボーイが歩み寄り、荷物を持って、部屋へ案内してくれた。
格子のあるエレベーターで3階のスウィート・ルームへと通される。
ボーイが部屋の奥の窓を開けた。
すると、一面美しき青きレマンの湖が広がっていた。
「美しい。青きはレマン。我の胸。今ここに我が秘めた想いを、レマンの湖底に沈めんとす。我、此処レマンに死す」

ボーイにチップを渡し、空明るい中、亜紀ちゃんとキング・サイズのベッドで戯れた。
戯れ合いは、いつしか愛の秘跡に変わり、ぼくと亜紀ちゃんは頂点のエクスタシーに身体を身に任せた。時は、永遠の如く、流れることをやめ、空気の底に身を委ねた。
秘跡により得た、今までと異なった感覚が身体を支配し、ぼくと亜紀ちゃんは、恍惚に眼を潤ませて、見つめ合った。

バス・ルームにふたりで入った。ぼくは亜紀ちゃんの体を隅から隅まで洗った。
「恥ずかしいわ」
「恥ずかしがることはない。もうぼく等はふたりでひとり、亜紀ちゃんはぼくの半身」
亜紀ちゃんと、バスタブに浸かり、体を滑らかに滑らせた。亜紀ちゃんの体は、とろけそうにすべすべと、柔らかくぼくの男を奮起させた。
バス・ルームを出て、亜紀ちゃんの体を拭く。ドライヤーで亜麻色の髪の毛を乾かす。
「とっても気持いい」
「そうかい」
髪を乾かすと、部屋の冷蔵庫からコーマを取り出し、グラスをふたつ棚から出し、ふたりで飲んだ。
紅茶に少しブランデーを入れたような味がした。
ぼくと亜紀ちゃんは、レマン湖に反射する光の波を眺めていた。
時流れ、湖の湖面が紅く染まってきた。そうしている内に、夜の帳が幕を下ろした。
ぼく等はドレス・アップして、部屋の扉を開けた。
エレベーター・ボーイが、「お食事ですか」。
「うん」
「では、1階へご案内いたします」
格子の付いたエレベーターに乗り込むと、ガタゴトと音を立てて、エレベーターが動き始めた。天井には、アール・ヌーヴォー風のランプが灯り、亜紀ちゃんの緑色の瞳を色濃く、魅力的に映し出していた。

ディナー・ルームに入ると、ギャルソンが窓際の席に案内してくれた。
レマン湖の周りに家々の明かりが点り、美しかった。
ぼくはふと、奥のテーブルに目を移すと、なんとモーリス・ベジャールとジョルジュ・ドン、そしてフレディ・マーキュリーが席を一緒に酒を煽りながら、談笑していた。
その光景は、神の栄光が正に今ここにあることを、示しているかの如くの風景だった。
今、ぼくは憧れの3人と同じ空気を吸っている。それだけで、ぼくの心臓はバクバクと胸打つのだった。
ぼくはギャルソンを呼び、シャンペンをボトルで頼み、もう1本、あの奥のテーブルに、持って行くように言いつけた。
シャンペンが、運ばれてくる。
亜紀ちゃんのグラスに眩い金色(こんじき)の液体が泡立っている。
「愛よりも美しい君。今ぼくは至上の幸福の中に住む旅人。幸いよ、永久(とこしえ)なれ、神の愛の血を、今正に我が身体に含まんとす」
グラスを触れ合い、脣に金色の発泡酒を浸けた。
体に火が灯ったが如く、ぼくの中に愛が満ち溢れてきた。
その時、ベジャールが、ぼく等のテーブルに挨拶に来た。
「ご機嫌よう。素晴らしいバッカスの恵みを頂いて感謝している。君はわたしを知っているのかい」
「勿論。バレエの革命者であり、寵児にして、天才な振付師。あなたを尊敬しないひとをぼくは認めはしません」
「それは有り難いお言葉だ。お世辞でないならば。もしよかったら、わたしたちのテーブルで一緒にディナーでもどうかな。たまには若いひとと共に食事をするのも一興。そちらのマドモアゼルもご一緒にどうぞ」
「ええ、喜んで」
ぼく等は、席を移し、奥のテーブルに腰を落ち着けた。
フレディとドンと乾杯の挨拶を交わして、グラスを傾けて、口へ運んだ。
その夜は、ぼくと亜紀ちゃんにとって、生涯忘れられない夜となった。
ディナー・ルームには、ラヴェルの『ボレロ』が流れ始めた。
ドンがいきなり椅子から立ち上がり、グラスをテーブルに置き、ドレス・シャツのボタンを外し、スラックスを脱ぎ、黒いボクサー・パンツ1枚になり、ディナー・ルームの中央、一段上がったピアノが置いてある台座に一歩、歩み上がり、舞い始めた。
黄金の髪の毛を振り乱し、メロディとリズムに鼓動を胸打ち、汗掻き乱し、踊り狂った。
周りのテーブルに居た客達も一様に、ドンと同じ格好になり、ドンの周りで体をリズミカルにリリカルに動かした。
ぼくは、音楽の1音1音に、身体の先、小指の先まで反応し、椅子に座りながら、背筋を伸ばし、上半身で踊った。
ドンがぼくに手招きの合図を目でした。
ぼくは導かれるまま、台座に上がり、ドンとパ・ドゥ・ドゥを舞った。
ドンとぼくの身体が密接に絡み合い、音楽は絶叫の如く、音を鳴るのを止めた。
ぼくとドンは床に倒れ込んだ。
ディナー・ルームの照明が、一気の真っ暗になり、辺りは死の気配に満ちていた。

つづく


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2008-05-17

『闘いへの助走』-亜紀ちゃんとぼく-part2-10

GIBROを出て、ガイドブックに載っていた赤い丘へ向かった。
丘の空遠くに太陽が燦々と光り輝いていた。
丘の頂上へ上る。風が猛烈に吹いている。
風に吹き飛ばされそうになるのを、必死赤い砂をスニーカーで踏みつけて歩いた。
砂が舞う中、頂上に、ひとりのガンマンがマグナムを肩から提げていた。
ぼくと亜紀ちゃんが、ガンマンに、こんにちは、と挨拶した。
「俺と勝負だ。武器は何だ」
「スタンガンしか持っていない」
「そんな物でいいのか」
「充分だ」
「ならば、行くぞ」
ガンマンが、脇の下からマグナムを抜いた。と同時にぼくはスタンガンを右手に持って、全速力でガンマンに突っ込んでいった。
ガンマンがマグナムの引き鉄を引いた。44口径の弾丸がぼくに向かって、飛び出した。
ぼくはマトリックスさながら、上半身をのけ反らせて、弾をかわした。
そして、ガンマンが次の弾を撃つ瞬間、一瞬前にガンマンにタックルした。
ガンマンは地面に倒れ込んだ。
ぼくはガンマンの左脇腹にスタンガンを当てた。
ガンマンの身体が、びくんびくんと、痙攣した。口から泡を吹いて、目もまた痙攣していた。
「勝負あり。経験の差だよ。ガンマン、君は甘い坊ちゃんさ」
ぼくは、ガンマンの胸を何度も両手で押し、意識を回復させようと試みた。
1分ほど経っただろうか。ガンマンが息を吹き返した。
ガンマン曰く、「お前は宇宙1強い男だ。ナンバー1だ。天使と闘って互角に渡り合ったヤコブとはお前のことなんじゃないのか」
「知らない。ぼくじゃない」
「いいや。お前の中の無意識が訴えている。お前こそヤコブだ」
「ぼくは一塊の詩人に過ぎない。ひとの魂に訴える詩を詠むことこそ、我が人生の究極の愛の結晶。詩が詠えなくなったら、自らの口を封印する。詩とは人生との闘いであり、我が闘争の証。人生に勝ち負けは無い。だが、ひとは人生の勝ち組を目指す。何を以て勝ちと為す。金、地位、女か、そんなもの墓場へ持っていくことはできない。詩は永遠に人々の魂の奥底に喚びかける。そんな詩をぼくは詠いたいんだ。そのことのみ、自分の人生を捧げたい。わかるか、ガンマン」
「ガンマンと呼ぶのはやめてくれ。俺は、デップ。俺はひとに負けたことが無い。負けは死と同じだ。俺を殺せ。神話に名を残せ。少年よ、神話になれ」
ぼくは、マグナムをガンマンの右手から取って、ガンマンの心臓にマグナムを当て、引き鉄を引いた。
空発だった。
「運がいい男だ。デップ。神がお前にまだ生きろと言っている証だ。命を大事にするがいい。これからはガンマンをやめて、山羊でも追いかけて暮らすといい」
「ヤコブがそう言うのなら」
「ぼくはヤコブじゃないと、何度言わせる」
「いいや。俺の中でお前は、天使と相撲を互角に取ったヤコブだ。そう呼ばせてくれ」
「わかった。お前にだけ、そう呼ばせてやろう。ぼくは慈悲深い男だ」

ぼくはデップの身体を起こしてやった。
デップの体はとても重く、赤砂にまみれていた。ぼくは赤砂を払ってやった。
その時、デップの目からうろこが落ちた。
「神の御心のままに」
「God Bless You」

ぼくはデップと握手して、別れた。
風が、哀しみのメロディを流していた。
ぼくの眼が潤んだ。踵を返し、亜紀ちゃんの元へと、赤砂を1歩1歩踏みしめ、近づいていった。
亜紀ちゃんは怯えた様子で、顔に手を当てていた。
「大丈夫。もう終わった。怖い思いをさせてごめん」
「もう、誰とも争わないで」
「それは約束できない。ぼくにはルシファーという仇がいる。いつか奴と闘う時が来るような気がする」
「ミカエルは加勢してくれるの」
「わからない。時がぼくに味方してくれるなら、ミカエルもぼくと共に闘い、勝利の凱旋歌を唄うだろう。だが、時がまだ満ちていない。月が欠片けている。満月の夜、ぼくはルシファーと闘い、赤い朝陽を見るだろう。時、それは時間にして運命。夕暮れに似たぼくの形。ぼくに欠片けているものを君、亜紀ちゃんが埋めてくれている。これは愛の告解。でも、今はぼくの思いに応えなくていい。ぼくが一端の大人になった時、ぼくの生涯の伴侶になって欲しい。時満ちし時」
「うん。わかったわ。でも覚えておいて。わたしにとって、あなたは特別で唯一の存在。One and Onlyなひと」
「うれしい。その言葉は何よりぼくを励まし、みなぎる希望と力を与えてくれる」
ぼくは、亜紀ちゃんの左手を握り、丘を下りていった。
ステーションに着くと、調度列車がプラットフォームに飛び込んできた。
列車に飛び乗った。終点も行き先も分からずに。

つづく


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2008-05-16

『大宇宙の小さな本屋』-亜紀ちゃんとぼく-part2-9

車窓から赤い星が見えた。火星だ。
ぼくと亜紀ちゃんは、火星で下りることにした。
ステーションのプラットフォームに降り立つ。
赤い砂が、風に舞っていた。
亜紀ちゃんは、ミニ・ポーチからハンカチを取り出すと、鼻と口に当てた。
ぼくは、思いっきり赤砂を吸い込んで、くしゃみが3発出た。
取りあえず、ステーションの改札を抜けた。
駅前は、小さなロータリーがあり、タクシーが数台並んでいた。
ぼくと亜紀ちゃんは、喉が渇いていたので、喫茶店を探した。
なんとタリーズ・コーヒーがあった。マーズ・駅前店。
早速、タリーズに入って、ソイス・ワークル・シェイクを頼んだ。
ぼくは、アイスをラムレーズンに、亜紀ちゃんは、バニラにした。
セブンスターに火を付け、一服する。
亜紀ちゃんも、ペシェを吸い始めた。
カウンターに火星の観光ガイドが置いてあったので、ふたりで眺めながら、どこへ行こうかと話し合った。

タリーズを出て、ロータリーをぐるりと一周した。
小さな本屋さんがあった。看板にGIBROとある。入ってみることにした。
中に入ると、ホロヴィッツが弾くショパンのボロネーズ第6番変イ長調op.53「英雄」が流れていた。
店の左奥に、店主らしい中年の男のひとが、Power Bookに見入っていた。
店主が顔を上げ、いらっしゃい、低くて柔らかな声が、店内にこだました。
ぼくは、コミックスの棚に目を通しながら、奥へと歩いていった。
一番右奥の棚に、詩集を見つけた。
ボードレール、ランボー、ヴェルレーヌ、中原中也もあった。
ぼくは、茨木のり子の『倚りかからず』を手に取って、中身を開き、何篇かの詩を読んだ。
背後から、店主の声がした。
「詩はお好きですか」
「俺の後ろに立つな。って言うのはゴルゴ。
何故に 汝 我れに問いかける
時に独り おもむくまま 時の流れ 身を任せ
ショパンの調べ 風音に 耳澄まし 詩をば詠まん 我が悲しき 運命の 片すみ 心癒す 音楽にも似た 詩の一篇を」
「自分でもお書きになるんでは」
「実は、少し」
「ほう。それはうれしい。ガルシア・ロルカは読んだことがありますか」
「いいえ。ないです」
「では、是非読むといいですよ」
棚から、1冊の『ガルシア・ロルカ詩集』を手に取り、ぼくに渡した。
「アースのスペインの詩人です」
「そうですか。ガルシア・マルケスなら知っていますが」
「マルケスは何を読みましたか」
「『わが悲しき娼婦たちの思い出』を」
「ほう、お若いのに。永井荷風の『濹東忌憚』は読みましたか」
「買ったんですけど、まだ読んでいません。映画なら見ましたが」
「Mr.マサヒコ・ツガワのですね」
「そうです。実は将来吟遊詩人になりたいんです」
「おやめなさい。詩では食べていけませんよ」
「知っています。でもぼくのレゾン・デートルは詩の中、宇宙の中心近くを彷徨っているんです」
「仕方のない方だ。ならばお好きにすればいい。銀河鉄道ではどこまで行くんですか」
「神さまに会いに」
「それはすごい。神さまに会えるのは1年に1回しかなく、しかも日にちは決まっていなんです。わたしは死んだら、神さまの元へお伺いしたいと考えています。会えるといいですね」
「なぜだか分からないのですが、会える確信があります。The Certainty of Chanceとでも言うんでしょうか。銀河鉄道に乗ったのもただの偶然ではないように思うのです。なぜなら、ぼくはずっと神さまを欲していたから」
「何を神さまに求めているんのですか」
「永遠の命」
「木星の衛星イオで、機械の体が手に入りますよ。まあ、100万ユーロはしますが」
「否。ぼくは永遠の魂が欲しい。健全な肉体に宿る健やかなる精神の肉塊。機械の身体では、永遠の命もなんと侘びしいことでしょう」
「ならば、死者の魂が永遠に生き続けるホワイトニングへ行くといいでしょう。誰か会いたいひとはいませんか」
「ジョルジュ・ドン、フレディ・マーキュリーにモーリス・ベジャールに会いたい」
「彼らは今でも、踊り、歌って、死者の魂を慰め、癒しています。わたしも一度、ホワイトニングへ行ったことがあります。ホワイトニングへ行ったら、ローザンヌへ行くといいでしょう。素敵に美しい街です。レマン湖の湖畔に泊まるのがお薦めです。
「ならば、ホワイトニングへ行ってみましょう。亜紀ちゃん、こっちへおいで」

亜紀ちゃんが、文庫の棚から須賀敦子の本を持って、やって来た。
「なーに」
「ぼくたちは、ホワイトニングへ行くことにした」
「それってどこ」
「どこですか」
「イオの先、暗黒星雲の広がる、宇宙の隅にあります」
ぼくは、ガルシア・ロルカの詩集を、亜紀ちゃんは須賀敦子の文庫本を買ってGIBROを後にした。

つづく


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2008-05-12

『線路は続くよ』-亜紀ちゃんとぼく-part2-8

ぼくと亜紀ちゃんが乗った急行は、いつもと違って見えた。
列車に乗り込んだ瞬間、車内の景色が違った。
木で造られた通路と壁、窓は格子窓だった。
ぼくは亜紀ちゃんに、何か変じゃない、って訊いてみた。
すると、亜紀ちゃんは、いつもこんな感じじゃない、と取り合ってくれなかった。
そんなやり取りをしている間に列車は、なぜか暗い空、星々が煌めき、はくちょう座が耀く、多分宇宙だろう処に来ていた。
ボックス・シート型の椅子に、亜紀ちゃんと向かい合わせに座っていたのだけれど、ふたつ前のシートに、小さな男の子と女の子が座っていた。
多分、兄妹だろう。
男の子が、蜜柑の皮を剥いて、女の子に食べさせていた。
「筋はよく取るんだよ。お腹こわしちゃうからね」
「うん」
女の子は、素直に男の子の言うことを聞いていた。
女の子が蜜柑をひとつ食べ終わると、こっちに蜜柑をふたつ、両手で抱えて、近づいてきた。
そして、言うのだ。
「もしよろしかったら、お一つ召し上がれ」
おしゃまな物言いで、蜜柑を一つ一つ、ぼくと亜紀ちゃんに手渡した。
「かたじかけない。お一つご馳走になることに致しますよ。お嬢さん」
女の子は、満足気な様子で、ぼくと亜紀ちゃんが蜜柑を食べ終わるのを、じっと眼を凝らして、見つめていた。
女の子が、唾を喉で、ごくりと飲み込むのが、ぼくには分かった。
ああ、この女の子は、お腹が空いてるのに、蜜柑を恵んでくれたんだなあ。そう思うと、蜜柑の酸っぱさか、目頭が熱くなった。
ぼくの眼には、涙が溢れんばかりの勢いだった。
「蜜柑の汁が目に入っちゃった」
亜紀ちゃんが、ミニ・ポーチの中からハンカチを出して、ぼくの眼を拭ってくれた。
ぼくは、それにまた感動して、涙が溢れた。
女の子は、その様子をじっと、その場に佇んで、見守るようにしていた。
そして、言った。
「わたしとお兄ちゃんは死んじゃったの。川で溺れてね。で、これから神さまのところへ行く途中なの」
「何を言ってるの。この列車は普通の急行でしょ。ちょっと型は古いけど。やっぱり、N700系に乗ってみたいな」
「ううん。本当。わたしが死んじゃったのは、七夕のこと。お兄ちゃんと川遊びをしていたら、鉄砲水が来て、ずどんって流されちゃって、それっきり、体も見つからなかったの。でもいいの。これから神さまに会えるから」
ぼくと亜紀ちゃんは、女の子の妄想につき合うことに、暗黙の了解で応えた。
「じゃあ。ぼくたちも神さまに会えるのかな」
「お兄さんたちは、まだ生きてるの」
「多分ね」
「じゃあ、無理ね」
「そうかな。君は知らないだろうけど、中世のイタリアの詩人ダンテは、地獄にも天国にも、生きてるうちに旅したんだよ」
「空想でしょ」
「かもしれない。でも、ぼくはいつかきっと神さまに会いたい。ずっとそう思ってきたんだ」
「なんで」
「なんでかわからない。ただずっとそう信じてきたんだ。必ず会えるってね。信じるということは、何よりも強い意志で、思考とは違う」
「何言ってるか、ぜんぜんわからない」
「神さまのところへ行けば、きっと教えてもらえるよ」
「うん。じゃあね。いつか死んだら会いましょうね」
「ところで、君の名前は」
「マリア。みんなはマグダラのマリアって呼んでるわ」
「えっ、聖書の」
「お兄さんが言うことは全然わからない。つまらないから、お兄ちゃんのところへ行くね。バイバイ」
「Ave Maria」
女の子は、小走りでふたつ前のシートに戻っていって、疲れたのか、窓の外を見ていたかと思うと、首を傾げて、眠りついたようだった。
お兄ちゃんが、女の子の体に毛布を掛けてあげていた。

車両のドアが開いた。青い制服に制帽をかぶった、どう見ても車掌さんと言った格好の黒い顔に目が黄色に光っている男が入ってきた。
「切符を拝見」
車掌のよく通る声が、車両全体に響き渡った。
ぼくは、ジーンズの後ろポケットから、亜紀ちゃんは、ミニ・ポーチの中からPASMOを出して、近づいてきた車掌に2枚一緒に、ぼくが手渡した。
「ああ。これじゃあ駄目ですね。この電車は銀河鉄道です。あなたたちが持っているのは、ニッポンのPASMOですね。大体どうやってこの電車に乗ったんですか。ここは死んだ人間か、神さまに会う資格がある人間しか乗ることができないんですよ」
「じゃあ、きっとぼくらは後者だろう。間違いなくぼくの血管には純粋で新鮮、赤々とした鮮血が動脈と静脈に流れているから。電燈にぼくの手のひらを透かしてみようか。きっと真っ赤な血潮が見れるだろう」
「はいはい、わかりました。では、細かいことはいいから、電車賃を払ってください。100ユーロです。お二人なので、200ユーロになります」
「なんでユーロなんですか」
「銀河鉄道は、NEO EUが運営していますので、当然通貨はユーロになります。それでも銀河鉄道は良心的な価格とサービスを提供している次第なのですが」
ぼくは仕方なく、ジーンズの後ろポケットから、チェーンのついた緑のラメが入った財布の中からVISAカードを取りだし、
「カードで大丈夫ですか」
「もちろん。全銀河鉄道は、VISAカードと提携しております。ちなみにAMEXは取り扱っておりません。お客さまは運がいい。ではカードをちょっと拝借」
車掌はカード読取り機を黒い革のショルダー・バッグから出すと、カードを読み込ませた。
30秒ほどすると、みず色の紙が機械から出てきて、車掌はそれをちぎると、ぼくに差し出し、サインをお願いします、と慇懃な態度で言った。
ぼくは、クリスチャン・ディオールとサインして、車掌に紙を返した。
「こちらが控えになります。そしてこちらがレイル・パスです。どこで降りて、どこで乗っても構いませんので、どうぞ素敵な旅を。Bon Voyage」
車掌はにこやかな笑顔を初めて顔に作り、黄色い目を輝かせて、去っていった。

つづく


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『ベジャールに捧ぐプレリュード』-亜紀ちゃんとぼく-part2-7

ぼくは、モーリス・ベジャールのバレエ『Ballet For Life』のS席のチケットを2枚、ヤフオクで買った。もちろん、亜紀ちゃんと行くつもりで。
ぼくは前から、モーリス・ベジャールのファンだった。
前にNHK教育で、ベジャールの『中国の不思議な役人』を観てから、ずっと生で観たいと思っていた。
そんな矢先、ベジャールが死んだ。当然ショックで、1週間寝込んだ。
追悼公演として、ベジャール・バレエ・ローザンヌが来日公演を行うことを、しとしと雨の日曜日、匠さんのブログで知った。
これは絶対行かなくちゃ。そう思った。
その時、迷わずに頭を過ったのが、亜紀ちゃんだった。
一緒に行きたい。仲良くバレエを鑑賞したい。
そんな思いと妄想に捕らわれて、ある土曜日の深夜12時15分、チケットを2枚落札した。
深夜のハイな気分。妄想は亜紀ちゃんとの初めてのデート。キッスで始まり、キッスで終わる、愛の調べ。終わることなく。
なんで、高校生で孤児のくせに、Mac Bookやi Pod Touchを持ったり、バレエのチケットを買えるかって。
それは、ぼくに株の才能があったからだ。
最初は100円から始めて、110円で売って、利ざやを稼いでいった。
7才の頃から、ピエロさんに毎週もらうお小遣いで、株をやっていたから、今では、ちょっとニナリッチな高校生演じる、山師だ。
このことを知っているのはピエロさんだけで、他のひとには内緒。って言ってもぼくが話しをするのは、ピエロさん以外では亜紀ちゃんしかいない。
なぜか、このことだけは亜紀ちゃんにも言えないでいた。
それがぼくには引け目で、亜紀ちゃんに積極的になれない理由のひとつだった。
ただ救いだったのが、ピエロさんがそんなぼくに寛容な態度を示してくれたことだ。
ぼくもいつかは、修道院を出なくちゃならない。そのことをピエロさんも分かっていたんだろう。
だってぼくは、修道院で一生を費やすつもりはなかったから。
ピエロさんもそれをよく知っていた。
けれどもピエロさんに、それじゃあ、将来何になるの、って訊かれると、ぼくは押し黙ってしまうのだった。
心の中では、ぼくは詩人になる。と強く呟いていたが、声には出せなかった。
だって今の時代、詩で食べていけているのは、谷川俊太郎ぐらいだって、知っていたから。
だからぼくは今は、自分を殺して、株で自分の食費をピエロさんに渡し、残ったお金で、CDや本を買い、そのまた残ったお金で株をやった。

月曜日の昼休み。
ぼくは、亜紀ちゃんとランチ・ルームでランチを食べていた。
亜紀ちゃんがサンドウィッチで、ぼくがハンバーグランチ。
食後にカフェラテを飲みながら、世間話をしていた。
が、ぼくの心は、ブレザーの内ポケットに入った『Ballet For Life』のチケットのことで頭がいっぱいだった。
窓の外を見れば、きれいな青空が広がり、雲の隙間に白く月が浮き出ていた。ぼくはその月を見て、ピンク・フロイドの『The Dark Side of The Moon』を思い浮かべ、「Speak to Me」を胸の内で口ずさんだ。
そして亜紀ちゃんに切り出した。
「バレエのチケットが2枚あるんだけど、一緒に行かない」
チケットを内ポケットから出して、亜紀ちゃんに見せた。
「・・・・。」
「五反田ゆうぽーとなんだけど」
「行く」

ぼくは、亜紀ちゃんのその一言を聞いて、胸が躍り叫びそうになった。
月を眺めやると、もう雲の奥に消えていた。
ぼくは雲隠れした月に感謝して、ランチ・ルームを後にした。
午後の授業はアイミーの古典だ。今は伊勢物語をやっている。在原業平のお話。
アイミーの授業は脱線が多い。
ファッションの話から政治批判。テレビドラマのはなしなんかもした。
話しは面白いのだけれど、聞いているのはぼくと亜紀ちゃんくらいなものだった。
ぼくは古語の活用を覚えるのが楽しくて、アイミーの授業では寝たことがない。
小テストでは、ぼくと亜紀ちゃんがいつもトップを争っていた。
古典だけでは誰にも負けたくない、ぼくの勝ち気な性格が、偏屈に表われていた。
その代わり、英語と現国では、亜紀ちゃんに快く勝ちを譲った。
亜紀ちゃんは、体育も、理数系もとてもよく出来た。
ぼくは体育が陸上以外は苦手で、駄目だった。
そんなぼくの隠れたところを見つけてくれたのが、アイミーと美術の岩上先生、通称、ガミさんだった。
ガミさんは、もう50才はいっていて、学生の時、革マル派の闘士として、大学で名前を轟かせていたと、誰かが言っていたが、ガミさん本人は、とっても穏和で優しげな人柄だった。
そんなガミさんが、ぼくの彫刻の才能を見つけ、花開かせようと親身になってくれ、ハンス・アルプやレームブルック、ロダンや高村光雲、舟越保武とその息子、船越桂の図録をよく貸してくれた。
ぼくは、ガミさんの期待に応えるべく、時間がある時は、楠で子どものようなものを彫っていた。

そして遂に、『Ballet For Life』の日がやってきた。
ぼくは、亜紀ちゃんとある私鉄の急行が止まる駅の改札で待ち合わせした。
約束の時間の10時の10分前には、ぼくは改札に来ていた。
i Pod TouchでTwitterをしていた。
「Akiちゃんと初デート。ドキドキ」。文字を入力して、送信して、i Pod Touchをロックした。
ぼくは、きょろきょろと周りを見回した。が、まだ亜紀ちゃんは来ない。
本当にくるのかな。ぼくは不安になった。来なかったら、とてもじゃないけど、独りで行く気にはなれない。もちろんナンパなんてできないし、する気もない。もしそうなれば、ベッドでふて寝だな。そんなネガティブがぼくの頭をループした。
駄目だ、こんなことを考えていては。
ぼくは、紺のショルダー・バッグから、『シェイクスピアのソネット』を取り出して、読み始めた。無数の貴女への14行詩のラブレター。
ソネットを四つ読み終わった時、左肩に何かが触れた。
ぼくは、左後ろを向いた。
すると、手がぼくの両方の眼を塞いだ。
「亜紀ちゃんだ」
「えへ。遅刻はしてないよ」
腕時計を手のひらを上に向けて、時刻を確認して、
「9時59分59秒」
「上出来。さあ、行こうか」

ぼくと亜紀ちゃんは、改札をパスモで通過して、10時5分の急行に乗り込んだ。

つづく


shiroyagiさんの投稿 - 00:50:50 - 1 コメント - トラックバック(0)
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