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2008-06-08

『闇に光る』-亜紀ちゃんとぼく-part2-15

N700系は、オリオン座の中心に向かう。
遠くからオリオン座が見えてくる。
太鼓の型をした黄色く光る星の中、三つの星が横に並んでいる。
N700系は、三つに並んだ兄弟星の真ん中の星に、降り立った。
ステーションの天井には、星図が描かれていた。その星図の中心にオリオン座があった。
ぼくと亜紀ちゃんは、ステーションのインフォメーション・センターで、宿を決めた。
都市部の外れ、ステーションから、タクシーで15分位の場所に建つ、ヴィクトリアン・ホテルに向かった。
ホテルに入ると、大きなロビーがあり、天井はとても高かった。
天井は丸くなっていて、フレスコ画が描かれていた。
フレスコ画は、天使たちが空を舞い、神への賛美を讃えているかのようだった。
ロビーを通り過ぎ、エレベーターへと向かう。
7階の部屋は、空がよくきれいに見える、居心地のよい部屋だった。
ふたりソファに座り込み、冷蔵庫から出したコークを飲みながら、煙草を吸った。
やがて空が暗くなり、ぼくと亜紀ちゃんは、部屋を出て、どこかいいレストランはないかと、フロントで訊いた。
フロントの女性スタッフは、オリオンに来たのなら、1度は行くべき店があると言った。
女性は、オリオンの地図をぼくに渡し、その店をマーカーで印をつけて、店の電話番号を地図の余白に書いてくれた。
ぼくは、その女性に礼を言って、部屋の鍵を女性に預けて、ホテルを出た。
辺りは暗く、ひともまばらで世界はまるで、ぼくと亜紀ちゃんのためにあるかように思えた。
取りあえず、その店の方角に向かって、地図を頼りにふたり手をつなぎながら、歩いていった。
川が流れていた。川岸には電燈が立っていて、夜の景色を川面が美しく映し出していた。
川岸の遊歩道を歩きながら、ぼくは吟遊詩人のよう、ただ思いついた言葉のかけらを詠った。
「今ここに在る君とぼく
何を想わん
在るのは、存在の欠片
求め合うふたつの孤独な魂
ぼくに欠けたところを君が埋めてくれる
幸福とはそんなことを言うのではないだろうか
問われれば、ぼくは答えよう
正しくぼくは、幸福の最中に在り
想うは君のことばかり
心が通い、体が通じ合うこの心地よい感覚
不思議と君の横顔を見やれば
思いのほか、ただ君は微笑んで、口元を上げている
その微笑みはまるでモナリザ
神の造りたもうた微笑を備えた君の横顔に
賛美の言葉もない
ただ感じるまま
思いのまま
君を讃えよ
愛せよ
それがぼくの生きている証し
君にないものをぼくが補い
ぼくに足りない慎みの心を君が支えてくれる
幸福の中、君と歩く川面に映る姿のなんと愛おしいこと
この一瞬に永遠をぼくは捧げる
人生に克つのは君とぼくの愛の証明
いつの日か
その日が来る
その日まで、ぼくはこうやって君と手をつないで、ただ無心に言葉を詠むのだ」

気がつくと、お目当ての店の前に来ていた。
店の名前は、ノワールと言った。
店の前に、小さなガス燈が灯っていた。
鈍色の重い扉を開ける。片手では開かなくて、両手で思いっきり手前に扉を引いた。すると、扉は今までの重さが嘘のように、軽やかに開き、ぼくと亜紀ちゃんを店内に導いた。
中は照明が暗く、店内に客がいるのかも分からない、テーブルも見えなかった。
ぼくと亜紀ちゃんは、しばらく入り口で、目が慣れるのを待たなくてはならなかった。
5分くらい経っただろうか。ようやく目が店の暗さに慣れてきた。
目を細めてよく見ると、店内にはテーブルが五つあった。後、カウンター席が店の右側に並んでいる。
ぼくと亜紀ちゃんは、店の一番奥、右側のテーブルに腰を下ろした。
店内には、カウンター席に客が二人いるだけだった。
カウンターの中にいた黒いパンツに白いシャツを着た、まだ若いおそらく20代だろうと思われる男のひとが、メニュを持ってきた。
「いらっしゃいませ。お決まりになりましたら、お呼びください」

暗い照明がテーブルの上にあったが、メニュを見るには、その照明は暗すぎた。大体、メニュの文字が何語で書かれているのかさえわからなかった。
ぼくは暗がりの中、手を挙げた。すると、どうしてこの暗がりの中、気がつくのか、カウンターの中の男性は、こちらへ歩み寄ってきた。
「ぼくたち、メニュが読めないんです。何かお勧めの料理はありますか」
「では、とっておきに料理をご用意しましょう。楽しみにお待ちください。飲み物は何か召し上がりますか」
「カンパリはありますか」
「はい。ございます」
ぼくは亜紀ちゃんと小声で話し、ぼくはカンパリ・ソーダ、亜紀ちゃんはカンパリ・オレンジを頼むことにした。
男性がカウンターへ戻る。
カウンターの後ろにある酒棚の中から、1本のボトルを取りだす。
タンブラーをふたつカウンターの上に置き、氷を入れる。
タンブラーに、カンパリを注ぎ込む。氷がカンパリの温度に溶けていく。
ひとつのタンブラーに、オレンジ・ジュースを、もうひとつにソーダを注ぎ、マドラーでかき混ぜる。
カウンターの照明に映るふたつのタンブラー・グラスは赤く照らし出されていた。
男性はグラスをふたつ、左手で持ってぼくたちのテーブルへ来る。
「オレンジのお客さまは」
亜紀ちゃんが手を挙げた。
亜紀ちゃんの前に、水滴が滴る橙色のタンブラー・グラスが置かれる。そして、ぼくの前に赤みが沈殿し、上の方は透明に泡立った液体の入ったグラスが置かれた。
男性が去っていくと、ぼくと亜紀ちゃんは、それぞれグラスを手に持ち、グラスを傾け、グラスを交わした。静かな店内に、グラスの触れ合う小さな音が漏れた。
ぼくと亜紀ちゃんは喉が渇いていたから、一気に三分の二位、カンパリを飲み干した。
グラスをテーブルに置き、鼻から大きな息を出した。喉と胃の中が冷たく、また同時に、アルコールのせいか、腹の中が熱く萌えた。
ぼくは胸ポケットから、セブンスターを取り出し、口にくわえた。
亜紀ちゃんがポーチの中から、ライターを取り出し、火をつけてくれた。
「Light My Fire,Thank You」
大きく煙草の煙を腹の奥まで吸い込む。
やっと一息つけた気がした。身体にカンパリと煙草が混じり合い、緊張感を解し、とてもリラックスした気分になった。
一方亜紀ちゃんは、グラスに付着した水滴を右手の人さし指でなぞっている。
指先に水滴がついている。ピンクのマニキュアをした長い爪が淡く桃色に光っていた。
ぼくは、その指先をぼんやりと、煙草をくゆらせながら、愛おし気に眺めていた。亜紀ちゃんの手に触れたかったが、何かそれを躊躇うものがあり、また、拒絶しているようにぼくには感じられた。
重い空気が足元を流れる。ぼくは会話の切っ掛けを失い、ひたすら煙草をくゆらし、紫煙がぼくの上を舞い、空を眺めた。
ふたりの間にこんな重い空気が流れたのは、初めてのことだった。理由はわからない。店の照明の暗さが一層、ふたりの間の雰囲気を重たいものにさせていた。
店内には、小さくピアノ曲が流れていた。耳をこらさなくては聴こえないほど、小さな音だった。
ぼくは耳をすまして、音楽に聴き入った。どこかで聴いたことのある曲だった。沈黙を破り、「この曲なんだったっけ」と切り出した。すると亜紀ちゃんは、虚ろな目で空を見つめながら言った。
「サティのジムノベディ」、そう一言呟くと、また口を貝殻のように閉じた。
ぼくの中には不安が拡がり、今すぐにでも店を出たい気持ちが強まっていた。が、そんなことは勿論口に出して言えなかった。時間の流れがとても遅いものに感じられた。料理はいつまで経っても出てこなかった。大体この店はバーと言った雰囲気で、料理を出す店には思えなかった。
だが男性は、確かに料理を出すと言ったのだ。ぼくはただその言葉を信じて、ただひたすら待つことしかできなかった。
どれくら時間が流れたのだろう。わからない。ただとても長い時間、とっても長くここにいるように思える。腰が痛んだ。ぼくはお尻の位置を変え、足を組み直す。
気がつくと、足の指先が靴の中で丸く縮まっている。ぼくはそれに気づき、指先を伸ばす。が、すぐに指先は縮まってしまう。その繰り返しだった。
料理は結局出てこなかった。
二人いた客は無言で店を出ていく。
いつの間にか、カウンターにいた男性の姿も消えていた。
ぼくは時計をホテルに忘れてきたので、時刻も全く分からなかった。また、店内には窓はひとつなかったので、外の様子もわからなかった。
不安が一層増す。
その時、扉が開かれた。
透明な黄色い光が、扉の隙間から差し込み、ひとりの大柄な人のシルエットが扉の前で佇んでいる。
こちらを見つめているようにも思えたが、錯覚かもしれない。
シルエットは声、男の声だった、を発した。
「待ち人は来たり
我が名を君は既に知る
時間の重さと長さは期待の波
若者よ、躊躇うことはない
今ここに語り部は在りし
栄光を得んとする者は我の手に、誓いの口づけをせむ
ひとはみな、かつて詩人だった
だが、本物の詩人は数多くはいない
齢い長けてなお詩を詠む者のみ
わたしはその者と言葉を交わさむ
立て
来い
恋焦がれた者たち」

そこで男の声は終わり、また、いつの間にか音楽は止んでいた。
沈黙が支配し、闇と微かな光が交差する。
ぼくは男の声に導かれ、夢遊病者のように椅子から立ち上がり、男の方へとふらふらと歩み寄っていった。

つづく


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2008-06-06

口づけ

貴女のくちびるの上に、置いたわたしのくちびる
離した瞬間に不安を憶え、貴女の表情を見る
閉じられた瞼の下、貴女の心を読む
貴女の舌の動きに応えながら、貴女を探る
時に深く、時に柔らかく
上くちびるに、下くちびるに、
わたしは口づけを覆う
貴女のくちびるはとても柔らかく、わたしに優しい
時がこのまま永遠に続くのならば
貴女とわたしは永遠に口づけを交わし合うだろう
だが残酷にも時は針を進める
駅の改札口で、貴女に最後の口づけ
頬にひとつ
くちびるにもう一回
夜の改札は、ひともまばら
わたしと貴女に目を向ける者は誰もいない
この一瞬は、永遠にわたしと貴女だけの時間
誰も知らないわたしと貴女のおとぎの国
週末の再会を約束し合い、
プラットフォームへと消えていく貴女を見送る。
貴女は最後まで優しく、微笑んでわたしに手をふる
貴女の影が消えてなくなるのを確かめ、
走って車に乗り込む。
口づけの余韻を噛みしめつつ・・・
ルチアーノ・パヴァロッティの愛の調べ
週末までの、長くて実は短い刹那の時間
待つには長すぎ、耐えるには哀しい
約束の明日、貴女と会う
貴女に会った時、なんと呼べばよいのだろう
わたしにはわからない
貴女をこの腕(かいな)に抱く(いだく)その時
わたしの野生は蘇り、わたしは子どもになる
それがわたしの愛の完成
貴女に捧げるこの詩(うた)も、なんの意味も持たない
口づけ
わたしが欲するのは、ただ貴女のくちびるなのだ。



shiroyagiさんの投稿 - 22:32:47 - 2 コメント - トラックバック(0)

2008-05-22

『オリオンのイカロス』-亜紀ちゃんとぼく-part2-14

ぼくと亜紀ちゃんは、ホワイトニングを去った。
銀河鉄道に乗り、衛生イオへと向かう。
木星が見えてきた。
車内には、ホルストの『ジュピター』が流れてきた。
木星を尻目にイオへと向かう。
突然、モノリスが現れた。
モノリスから、シグナルが送られてきた。
銀河鉄道のHALで解読すると、そのメッセージは、汝ここに近づくことなかれ、というものだった。
が、銀河鉄道はイオへと進む。
モノリスから警告が発信されてきた。
「これ以上近づくと、攻撃体制に入る」
それでも、銀河鉄道は星くずが漂う中イオへと、着陸態勢に入る。
モノリスから、ビームが発射される。
銀河鉄道は空間バリアを張り、ビームを遮った。
そして、銀河鉄道はイオに着陸する。
イオでは、住民の大暴動が起きていた。
人々は、錯乱状態にあり、理性を失っている。
物を建物に投げ、ビルのガラスは割れている。
ぼくと亜紀ちゃんは、暴動を避け、ある教会に逃げ込んだ。
その教会は、モスクのようでもあり、ゴシック様式のようでもあった。
中には、イエスが聖母マリアに抱かれている彫像が祭壇の上にあり、窓ガラスは聖書の物語を描いたステンドグラスだった。
だがなぜか、コーランが流れていた。
中にいる人々は一様に、ひれ伏して、金の牛の彫像を拝んでいる。
ぼくと亜紀ちゃんも、同じように祈りを捧げた。
その時、祭壇の奥から、声が聞こえた。
その声は、ヘブライ語のようだった。
なぜか、ぼくにも聴き取れた。
その言葉は、汝、愛することなかれ。汝、生きることなかれ、というものだった。
ぼくは、その声に向かって、念を送った。
「心の闇よ。何を躊躇う。なぜに人を傷つける。己の傷さえ癒せぬこの身体。お前は何を悟っているというのだ」
声はぼくの念に応じた。
「ここを出てゆけ。お前の居る場処ではない。お前は何を求めてここへ来たというのだ」
「永遠の命。我れ、時満ちれば命さえ、この体、神に捧げようと決しているが、我れ、命今ここに捧げん」
「この星では、機械の体が手に入る。お前はそれを求めているのか」
「いいや。ぼくは生身で永遠を得ようというのだ」
「笑止。お前に神の真理が宿っているとでも言うのか」
「わからない。が、ぼくの身体には、何かがあると思っている」
「ならば、オリオンに会うがいい」
「なぜに」
「オリオンは、太陽の神。お前に力を与えてくれることだろう」
「わかった。オリオンに会ってみよう。オリオンの星くずの、夢語らずに、今ある我が身、いざ心、オリオンの元、飛翔せむ」

ぼくと亜紀ちゃんは、教会を出て、暴動の中、ステーションへと向かった。
ステーションには、N700系が停っていた。
ぼくと亜紀ちゃんは、そのN700系に乗り込み、宇宙の空高く飛び上がっていった。

つづく


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2008-05-20

『夢の中に君がいる』-亜紀ちゃんとぼく-part2-13

シャワーを浴びた後、コーマを飲んだ。
安らかな眠りがふたりを訪れた。
ぼくは夢を見た。
ぼくは公園を散歩している。
樹々の間から、うっすらと光が差している。
光に照らされて、ぼくは公園の噴水を眺めている。
ぼくは噴水に1ユーロ・コインを投げ込む。
ぼくは噴水の池に顔を覗きこんだ。
すると噴水の中から、美しい男の顔があった。
見たことのない顔だった。
その男の顔には、苦悶の表情が浮かんでいた。
ぼくは、男に声をかけた。
「こんにちは。なんであなたは、そんなに苦しそうな顔をしているのですか」
「わたしの苦痛がお前に分かるのか」
「はい。あなたの顔には、死相が漂っているように見えます」
「その通り。わたしはこの世の人間ではない。遥か昔、わたしは生きていた。が、サロメに首を切り落とされ、その命を失った」
「あなたのお名前は」
「まだお前に教えることはできない。学べ。愛せよ。そして失え」
「ぼくには愛するひとがいます。失いたくはありません」
「誰もがそう言う。が、ひとの心の移ろいは神でも変えることはできない」
「でも、ぼくは本当に心から愛しているのです。絶対愛し続けます」
「ならば、神の意志に逆らってでも、愛し通してみるがいい」
「どんな試練にも打ち克つ勇気。どんな災いにも屈することのない気力。ぼくは神に逆らってでも、愛する者を愛し続けます」
「若者よ。時が味方するならば、お前の願いも叶うことだろう。わたしはお前の味方。それをよく憶えておくがいい」

突然雨が降ってきて、男の顔は、水面、波紋の陰に消えていった。
ぼくの頭と服はびしょ濡れになり、雨の中を歌いながら、歩いていった。

そこで目を覚ました。汗をびっしょりとかいていた。
隣では、亜紀ちゃんがぐっすりと眠っていた。
ぼくは亜紀ちゃんを起こさないように、シャワーを浴びた。
シャワーを浴びた後、コーマを飲んだ。
再び眠りが訪れたが、今度は夢を見ることはなかった。

つづく


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2008-05-19

『神々の戯れ』-亜紀ちゃんとぼく-part2-12

倒れたドンとぼくを、フレディが起こしてくれた。
フレディが、まだ踊り続けるんだ、ドン、と言う。
ベジャールが、『Ballet For Life』を踊ろう、フレディにドン。
フレディとドンは、モーツァルトの楽曲とクイーンの曲に合わせて、踊り、歌う。
亜紀ちゃんも、踊り始めた。ぼくは亜紀ちゃんにつられて、踊りに参加した。
ディナー・ルームのスクリーンには、若き日にドンとフレディの姿が写し出されている。
スクリーンをバックに、ドンはファラセット・ヴォイスで叫び、フレディは究極に身体を動かす。
やがて、舞台は終わりを告げる。
ディナー・ルームの奥にダンサー達が隠れる。
「The Show Must Go On」と共に、ベジャールとダンサー達がアンコールに応える。
ベジャールが、片腕を高々と上げ、拳を握る。
そして、ショウは幕を閉じた。だが、ショウはいつまでも永遠に続く。

その夜は、ディナー・ルームに集った者たちで、パーティーが開かれた。
皆、好き勝手に、飲み、食い、歌い、踊った。
レマン湖が朝の光でオレンジ色に染まる。
皆は、ディナー・ルームを跡にして、それぞれの部屋へと戻る。
ぼくと亜紀ちゃんも、スウィート・ルームに戻った。
そして、汗でまみれた体をバス・ルームでシャワーを浴び、洗い流した。
シャワーから上がると、コーマを飲む。
不思議な感覚と妄想がふたりを襲った。
ぼくは真っ暗闇に中、十字架に架けられている。
おそらく死んだのだろう。
そして、真っ白な体のぼくは、悪魔の目が睨む中、希望のパンドラの光に手をかざす。
その時、浮かんだ言葉が、「始まりは終わりであり、終わりは全ての始まりである」。
亜紀ちゃんは、ぼくを優しげにただ見守っていた。その顔には微笑が漂い、まるで聖母マリアのようであった。
ぼくは亜紀ちゃんに、ぼくは何者なのか、と訊いた。
「あなたは唯一の宇宙の絶対的支配者。やがてこの全宇宙の人々に真理を語り継ぐことでしょう」
「なんでぼくが」
「定められたことだから。運命とも言うわね」
「運命」
「そう。あなたは白ヤギを従えて、迷える人々に救いの道を説く運命にあるの。でもまだ時は来ていない。時が満ちれば、あなたは長い間荒野を彷徨い、ある一人の男のひとに出会うでしょう。そのひとがあなたに大きな力を与えてくれるわ。時を待ちなさい」

気がつくと、ぼくは亜紀ちゃんと体を重ねながら、キング・サイズのベッドで寝入っていた。
起きると、部屋の中は煌々と光で、輝きに満ちていた。
ぼくは兎に角、お腹がとても減っていて、ルーム・サーヴィスで、クロワッサンとベーコンにカフェオレを頼んだ。
朝食を済ますと、ぼくは亜紀ちゃんとレマン湖の畔を散歩した。
そこで、髪の長い長身の体をして、頭に月桂樹の冠を被り、背後から後光が差した男の人とすれ違った。
その男の人は、とても痩せていて、すれ違い様に、
「時が来たら、会おう」
そう言い去ると、レマン湖の水面を素足で歩いていった。
そして、レンブラント光線が差す中、天上へと消えていった。
雲の中から、天使たちがラッパを高々と吹いていた。
天気はすぐに変わり、黒い雲が空を覆い、昼間だというのに、真っ暗になり、雷が鳴った。
ぼくと亜紀ちゃんは、急いでホテルに帰って、シャワーを浴びた。

つづく


shiroyagiさんの投稿 - 22:33:32 - 0 コメント - トラックバック(0)
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