2009-02-04
ぼくの彼女はママ?
ぼくには、大切なひとがいる。彼女っていうやつだ。近所に住んでいるアイミーだ。自慢で言うつもりじゃないけど、彼女はこれで二人目だ。
前の彼女はママだった。
ママとは随分長くつき合った。ぼくの年齢と同じくらいに。
パパというライバルを打ち負かして、ママの彼氏という光栄な立場を力づくで手に入れた。
パパを負かすのは、難しいことではなかった。
パパは毎朝、ぼくやママが起きる前に仕事に出かけていったし、帰ってくるのは、ぼくとママが眠ってからだった。
そんなパパは、仕事が休みの日はお寝坊さんで、一日中布団の中に包まっていた。
ぼくはパパが、ママの前の彼氏だったことは、前にママから聞いてよく知っていた。だから、パパの生活ぶりを見て、これはぼくにとって最高にして最大のチャンスだと思った。
ぼくは思いっきりママにアタックした。
が、こういうことは、慎重にことを行わなくてはいけない。
だからぼくは、ママの気をぼくの方に向けるように、色々と注文をつけた。
今日着る洋服のくつ下は青いのがいいとか、朝ごはんのメニューに卵焼きがないから、今から作ってとか・・・。
ママは嫌な顔ひとつせずにぼくのお願いを聞いてくれた。
ぼくはそれを、ぼくの恋路が順調に行っている証拠だと思い、ママもまんざらでもないんだと思っていた。
パパはぼくのそんな裏切りとも言える行いを知る由もなかった。パパは今でも前と同じ生活が続いているものだとばかり思っているようだった。
ぼくは少しパパに気後れした。こっそり恋を育むのは男らしくないのかなとも思った。
だからぼくはある日曜日、布団の中のパパに話しかけた。
パパは半分眠っているような感じで、手応えがなかった。
けれど、ここで引き下がっててはいけない、ぼくは眠るパパに打ちあけた。
「ねえ、パパ。パパはもうママのことは忘れなくちゃいけない。なぜってママはもう、ぼくだけのものだから。わかったらもうパパはこの家から出ていかなくちゃならない、わかった、パパ?」
パパは返事をせずに、大きないびきをかいて眠っている。
この日から一週間後、パパは荷物をまとめて出ていった。
ママが言うには、どこか遠いところで一人で暮らすそうだ。
そうか、パパは眠ったふりして、ぼくが言ったことを全部聞いていたんだ。ぼくは合点した。そして、もう会うこともないだろうパパを想って少し感傷的になっていた。
ぼくはパパに罪悪感を感じるようになった。
パパはライバルだったが、一つ屋根の下で暮らした気心が知れた唯一の大人の男の人だった。
たまには休みの日に、公園に連れて行ってくれたりもしてくれたことがあった。
パパが本当にいなくなってみると、パパの良いところが見えてきた。
そして支離滅裂なのはわかっているけれど、パパを捨てたママを責めた。ママはそんなぼくを笑って相手にしなかった。
「大丈夫。また、近いうちに帰ってくるから、坊やは心配することないの」
ぼくはママの言葉を信じられる訳がなかった。だってパパが出ていったのはぼくが原因なんだから。
パパのいない生活にさみしいと思いながらも、その生活に慣れ始めた頃。パパが家に帰ってきた。
その時のぼくの感情ははっきり言って複雑なものだった。パパが帰って来てくれたのは、正直うれしかった。けど、約束を守らないパパは男らしくないって思った。
でも、パパに玄関で抱きかかえられると、昔パパに抱いてもらった感触が戻ってきて、体の力が抜けると一緒に、目から涙がこぼれた。
パパがぼくの涙を拭く。そしてママに言う。
「ぼくが単身赴任の間、坊やは元気にしていたかい?」
「そうね、最近少し元気がなかったかしら」
「そうか、こう言ってはなんだけど、少しうれしいな。ぼくなんて、今までも家にいても、いなくても同じようなものだったから。大丈夫、もうどこへも行かないから。毎日お家に帰ってくるからな」
「えっ、だってパパはママと・・・」
「仕事の都合で、しばらく家を空けていたけど、もうそれも終わったから。また三人で暮らそう」
そう言うと、パパはぼくの頭を撫でて、ママの頬にキスをした。
ぼくはまだ、家庭の事情が飲み込めていなかった。
やっとパパの仕事の都合が理解できたのは、アイミーっていう新しい彼女ができてからだった。
ぼくは毎日、アイミーと砂場で遊び、おままごとをして、一日を過ごした。
ぼくはきっと、アイミーのいいお婿さんさんになるだろう。
だってぼくには、パパという最高のお手本がいるのだから。
ママは、ぼくとアイミーの仲をどううやら認めたらしい。
ぼくとアイミーが遊んでいる姿を見ては、よく微笑んでいる。
パパはって?相変わらずにお仕事は忙しいようだけど、休みの日には、よくお出かけに連れていってくれるようになった。
今はこの間ペットショップで見たトイプードルを飼おうかって話で盛りあがっている。
パパとは色々あったけど、今ではいい友だちであり先輩だ、そして何よりぼくのたった一人のパパなんだ。
2009-01-12
花ことばさえ
冬の寒い晴れた昼下がり。ぼくは庭に出たんだ、探検だ。庭はぼくのお城。隅々までよく知っている。
ミノムシの家があるモミジの枯れ枝。下から何本目の枝にあるか知っているのは、ぼくだけの秘密。妹にも教えていないんだ。これはぼくの国家機密だからね。もちろん、去年埋めたカブトムシの幼虫のありかも。
でもこれはママだけには教えた。
なぜかって ? ママは庭いじりが好きだから、よく庭の土を掘り返して、色んな花の苗やハーブ(くさい匂いがするから嫌い)を植えているからね。
ぼくはイマイチ、花のよさって分からない。
妹は小さくても女の子だからだろうか、よくママの庭いじりを観察してる。そんな時、ぼくは妹にちょっぴり、ちょっぴりだけど、嫉妬する。
だから、妹がママにぴったりの時ぼくは、パパと囲碁盤で五目並べをしてる。でもつまらない。
パパは勝負には手を抜かないってのが、男の信条だとか言って、一度もぼくに勝たせてくれない。
「坊やが尚五郎で、おれは篤姫みたいだ」とか言っている。何やら、ぼくが寝た後に映っているテレビドラマのことらしいけど、一度もそんな遅い時間まで起きていたことがないから、分からない。それに大人が好きな番組には、ヒーローも怪獣も出てこないからきっとつまらないだろうと思う。
そんなぼくの野望は、大晦日の夜だけ、夜遅くまで眠らないで、除夜の鐘ってのを聞いて、初詣でに行きたいんだ。
師走って言って、十二月は過ぎるのが速いんだって、仲良しのアイミーが言ってたけど、本当に速くって、そうこうする内に大晦日の晩がやって来た。
家族全員で食べた年越しソバが、おいしくって。油揚げが甘く、舌がやけどしそうに熱かった。
パパが「もう寝なさい」。ママが「もう寝る時間よ」と畳みかけるように、ぼくを布団へ追いやろうする。
妹はもう、ソファで眠りこけていた。ぼくはいつもなら感じない妹への仲間意識を早速捨てなくてはならなかった。うらぎり者め、さっき、今日は眠らないってぼくと約束したのに。お年玉もらったら、プリキュア5買ってあげるって言ったのに、もう。
ぼくは怒りが込み上げてきて、パパのお茶を奪い、ごくりと飲み干した。お茶が違うところに入ってしまい、空咳が何度も出て、目から涙がこぼれ落ちた。最悪だ。
今夜は眠らない、ぼくはその時、一層自分の気持ちを強くした。
その時ママが、「もう仕方がないわね。今夜だけは一緒に寝てあげる」と言うのだ。ぼくはその強い誘惑に負けそうになった。
パパが言う。「じゃあ、ママと一緒に先に寝ちゃおうかな」
ぼくはその時こころの中で、「そりゃないよ。ダディ」と呟いて、「サギだー」と大声をあげた。
ぼくは負けた。人生初の敗北だったと思う。
いつもと違って、居間の奥の座敷の間に、布団を並べて、ぼくはもぐり込んだ。ママの手を離さないようにして。ぎゅっと強く掴んでさ。
「パパはいらない」、ぼくはパパに言ってやった。
「おいおい、そんなこと言わないで川の字になって、みんなで仲良く寝ようよ」
悪くない、正直そう思った。けど、やっぱり思い返し、今夜だけはママはぼくだけのものだ、って言いきかせた。
パパはしょげた振りをしながら、台所からお酒の瓶を持ってきて、ちびちびと始めた。内心まんざらでもなさそうな様子。
ぼくは速攻パジャマに着がえて、布団にまた入った。まだ冷たい布団が体に寒かった。足が冷えて、両足をこする。
ママが部屋を暗くして、布団に入ってきて、「おやすみ」と耳元でささやく。ぼくは耳がくすぐったくて、笑った。
後の記憶はない。
目を覚ますと、パパがとなりでいびきをかいて、眠っている。ママを探すとなんと、パパの向こうで向こうを向いて、眠っていた。
「サギだー。ママはぼくのものだー」ぼくはこころの中で叫び、ぼくはパパとママの間にもぐり込んだ。
そしてしばらくそうしていたけど退屈で、大きな声を出して、
「明けましておめでとうございます」と叫んだ。
こうやってぼくの新年が来たわけなのだけど、ちょっと納得がいかないところもあったけど、良しとしようと思った。ぼくもちょっとは寛大になった。
お雑煮を食べ、近くの白山さまへ初詣でのお参りへ行く。
ぼくは庭を見やる。
そしたら、昨日は出ていなかった、つぼみのようなものがあった。ママに「これ何 ?」。ママはうれしそうに、ちょと驚いて「あら、出たのね。フクジュソウ。この冬は暖かいから」
「ふくじゅそう」ぼくは確認するようにママの口を繰り返した。
「そう、フクジュソウ。2月には黄色い可愛い花が咲くのよ。楽しみね」
「フクジュソウ。フクジュソウ」ぼくはその新しく覚えた、そして初めて覚えた花の名前を忘れないように、念仏をとなえるように、白山さまへ向かった。
「何念仏となえてるんだい。正月早々縁起悪い」とパパが言う。
「ちがうよ。しあわせの御まじないだよ」
空は青く澄んで、雲ひとつない空の向こうには、富士山が見えた。
これはお正月早々縁起がいい、ぼくはほくそ笑んで、道ばたの石ころをひとつ蹴った。
2008-12-29
ぼくとママの台所
ぼくにはママがいる。誰だってママがいるかもしれないけれど、ぼくのママはぼくだけのママだから、世界中で一人だけのママだって言ったっておかしくないと思う。ぼくは子どもだけど、働いている。と言ってもしごとは一つだけ。パパだって一つの会社で勤めているんだから、お仕事は一つだけかも知れないけど、パパにきいたところ、会社では色んなお仕事をしてるんだって。
だからあえて、ぼくのしごとは一つだけと言おう。
そのしごとはって ? お皿拭きだよ。そう、ママがお皿を洗って、ぼくがそれを拭く。どうだい、すてきなしごとだろ。
お皿洗いには、ぼくとママだけのルールがある。
ママが洗った食器をぼくが手で受け取る。もう一つ、ママはぼくに食器を手渡すとき、食器の名前を言う。こんな感じににね。
「大皿」
「はい」
「スプーン」
「はい」
「フォーク」
「はい」
「しゃもじ」
「はい」
こうやって少しずつ、食器の名前を覚えていったんだ。ぼくはすこし緊張しながら、それらを受け取り、確実に水滴を拭きとり、台に置いていく。その様子はまるで、テレビで見た手術室のよう。ママがお医者さんで、ぼくはいつだってママの有能な助手なんだ、ってこころ構えで、お皿を拭いている。
たった一つのしごとを失くさないように。ママとぼくの親密な信頼関係を崩さないために。
ぼくは思っているんだ。大きくなっても、そう、本当に大きくなっても、この仕事だけは続けていくって。そう心に決めているんだ。
この仕事のことは、ぼくとキミだけの秘密なんだ。実はパパだって知らないんだ。パパは毎晩遅くに帰ってくるからね。もしパパがぼくの秘密を知ったら、こんなにすてきな仕事を欲しがるだろうし、そうしたら、ぼくは失業してしまうかもしれない。ママがぼくとパパのどちらを選ぶか、はっきり言ってぼくには自信があまりない。
ほら、ご飯の時間だよ。ママが呼んでる。ご飯が終わったら、すてきなお皿拭きの時間だ。ぼくとママだけの、ママとぼくだけのふたりだけの世界。
2008-12-28
交換 アーネスト・ダウスン作品集
僕が持って来たのはこれだけ。少しだけ、それは知っている。
出来の悪いささやかな詩と、
君の雪の肌にふさわしい薔薇。
僕が持って来たのはこれだけ。
僕が欲しかったのは少しだけ。
思いやりをこめた言葉と、
門の外にたたずむ僕を
一目見やり、気にとめてくれること。
僕が欲しかったのは少しだけ。
僕がもらったのは少しだけ。
たぶん、君が持っていたすべて。
地面に散った枯葉と共に
僕は悪魔の踊りをおどる。
僕がもらったのはこれだけ。
『アーネスト・ダウスン作品集』岩波文庫より引用
ペドラムの君に アンリ・ダヴレーに アーネスト・ダウスン作品集
繊細な、狂える手で、汚れた鉄格子の向こうにいる男は、たしかに花束を持っているのだ。それを千切っては、また編み-
匂いのない藁の束が惨めに鎖す
檻の中の彼の宇宙-愚鈍な世間はそれを見つめて、
賢しらに哀れむが、おお、彼の恍惚とした眼差しは
その愚かさに戦いを挑む ! いかなる奇しき夢が、
たえまなく笑いを漏らす彼の妄想を、魔法の酒のごとく力づけ、
彼の憂愁を星々の仲間とするか、人は知るまい。
おお、嘆きの同胞よ ! 人々は君を哀れむとも、
私は君の孤独な目が約束するものを欲してやまぬ。
それは日々齷齪と虚しきものを刈り取る
人間たちから遠く離れた、愚者の王国の半ば。
月がくちづけた君の薔薇は。死すべき花々に優り、
世が忘れた君の孤独は星の冠を戴いて、愛にも眠りにも優ろうものを !
『アーネスト・ダウスン作品集』岩波文庫より引用