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2009-06-19

時効喫茶

きのうの夜、風呂に入っていると、昼に寄ったねずみさんで、カレーライスとコーヒーを頂いたのだけど、代金をコーヒーのお金しか払っていないんじゃないかと、湯船に浸かりながら、ふと思った。
そのことが気がかりで、今日を迎えた。
今日の帰りに、ねずみさんに寄り、入るなり、ママさんに、
「きのう、カレーライスとコーヒーを頂いたんですが、コーヒーのお金しか払っていないと思うんですけど」
ママさんは、ぐぅーと顔をしかめ、一瞬考え込んだ。
そして、大きな声で、
「時効」
「えっ、そんな。きのうのことですよ」
さらに大きく、
「時効」
わたしは、それ以上、何も言えず、コーヒーを頼んだ。
コーヒーは、とても熱く、頭の芯まで、ゆるんだ。

shiroyagiさんの投稿 - 22:16:25 - 0 コメント - トラックバック(0)

ハティ・ハティ

今日は、早起きをして、四時半すぎに目を覚ました。
雨戸を開けると、夏至も近く、当然のように明るい。
ベランダに出て、セブンスターで一服する。
いつも、朝早くに、ベランダで煙草を吹かしていると、憶いだすのは、十数年前に、三回訪れたインドネシアはバリ島、ウブドの朝なのだ。
鳥がさえずる、のどかな田園風景。
この景色を、わたしは忘れたことはない。
バリ島へ行くと、わたしは決まって、ウブドに滞在し、今はあるかどうか、わからないが、ニョマン・カルサ・バンガローズという宿に泊まっていた。
そこのスタッフとは、仲好しになり、マネージャーのスカさんの家で、お祭りに参加させてもらったこともある。
その時、子どもたちが何人か来ていて、バリ語しか喋れない子どもたちとの、唯一のコミュニケーションは、絵を描くことだった。
わたしはよく、ドラえもんの絵を描いて、子どもたちをよろこばせた。
スカさんには、夜のお祭りにも連れていってもらったことがある。
その時は、バリの民族衣装を着させてもらっていたのだが、ある日本人の若者が、日本語で声をかけてきた。
わたしの顔は、自分でいうのもなんだが、濃い。
「どうして、日本人ってわかったの」
「時計が違っていたから。バリのひとはそんな時計はしていない」
その旅行では、わたしはTIMEXの腕時計をつけていた。
確かに、バリ人がする時計の多くは、金の腕時計が多い。
話の流れで、若者が最近、遠藤周作の本を読みおえたと言った。
「遠藤周作さん、最近亡くなったよ」
『海と沈黙』を読んでいたらしい。
そのあと、彼のバンガローへ行き、しばし話しに耽った。
彼は、アジアを広く旅をしているらしい。
バリのあとは、となりのロンボク島へいくと話していた。
夜がふけて、わたしは彼と別れ、自分のバンガローへ帰った。

わたしはウブドで、よくマウンテン・タイプの自転車に乗って、散歩に出かけていたのだが、出かける時、いつもスカさんが、「ハティ・ハティ」と言って、胸を叩いた。
わたしは最初、意味がわからなかったのだが、同じ宿にロング・ステイしていた女の子ふたり、ゆうこさんとようこさんに訊いたら、気をつけて、って意味だとわかった。

バンガローには、若い男のスタッフが三人と女の子が働いていた。
みんな、いつも笑顔で、親しくしてくれた。
フロントの脇にあるソファのある部屋には、いつもスタッフの友だちが多く集まって、話しをしていた。
わたしもたまに、そこに加わった。
そこに来る踊りをやっているひとりの男の子が、わたしのことを気に入ったようで、その子の家に遊びにいったりもしていた。

わたしがウブドで忘れられない味は、ワルンのナシ・チャンプル、瓶に入った冷たく、甘い茶色のお茶(テー・ボトルとみなは呼んでいた)と、町の中心から少し上にあがったところにある、ほとんど地元のひとしか来ていなかった、バビ・グリンしか出さない店。
まるで、道場のような広い店で、わたしはそこでいつも、バビ・グリンとテー・ボトルを頼んでいた。

わたしが日本へ帰る前の晩、ゆうこさんとようこさんといっしょに、晩ごはんを食べた。
いつもいくワルンではなく、もう少し高い店。
ゆうこさんは、絵の勉強をしていて、ようこさんは、踊りを習っていた。
わたしは、何度かふたりの稽古を見学させてもらって、写真も撮っていた。

翌日、バンガローの4WDで、デンパサール空港へ向かった。
スタッフのアグンが運転してくれたのだが、別れの時、ハグし合って、再会を誓った。
事実、その半年後、わたしはまたバリ島はウブド、ニョマン・カルサ・バンガローズに泊まることになる。

バリでの思い出は、本当に多く、一遍には書き留められないが、またいつか、バリのことを書いてみたいと思う。

スカさんが、いつも言っていた「ハティ・ハティ」、まるできのうのことのように思われ、頭の中を走馬灯が駆け抜けた。

shiroyagiさんの投稿 - 06:46:12 - 0 コメント - トラックバック(0)

2009-06-18

画家さんのお友だち

今日、帰りにヨネザワに寄ると、画家さんの友だちが来ていた。
その友だちさんは、ヨネザワの近所で、ジャズ・バーを開いているという。
酒をやめたわたしには、縁遠いところではあるが、興味がわいた。
友だちさんは、前はソウル・バーに勤めていたらしい。
ジャズやソウルが大好きだとのこと。
キヨさんと初対面三人で、飲み物を飲み、煙草を吹かしながら、話した。
カウンターに、最近買い取りがあった、SADEの『PROMISE』が置いてあった。
わたしは、キヨさんに「これ、かけてください。A面でお願いします」。
ちなみにわたしは、このCDをリアル・タイムで買っている。
が、なんとなく聴きたくなったのだ。
二曲目の「SWEETEST TABOO」がかかる。
SADEの澄みきった声が、店内を充たす。
「SADEの二枚目のアルバムって何でしたっけ」と、わたし。
「DIAMOND LIFEですよ」友だちさんが応えた。「これ、買うんですか」
「いいえ。聴きたかっただけですよ」
キヨさんに、「これも、もらえますか」
わたしは、先に店を出た。
こころの中で、実は、友だちさんが、あのレコードを気に入るんじゃないかと思っていたのだ。
前に、キヨさんが話していた。
買わせたいレコードがあると、わざと、大音量で店で、そのレコードをかける。
映画『ハイ・フィディリティ』、主人公のレコード・ショップのマスターも、「これからBETA BANDを、あの客に買わせる」とか言って、客がそのレコードを買うシーンがあったのを思い出した。
店を出る前に、キヨさんが、何かは忘れたが、黒人女性ヴォーカルのレコードをかけていた。
きっと、友だちさんに、売ろうとしていたんだろう。
結果は、今度キヨさんに会う時に、訊いてみようと、思う。

shiroyagiさんの投稿 - 22:09:50 - 0 コメント - トラックバック(0)

2009-06-17

情の深い少女と、首の回らない主婦

今日、帰りにバスに乗っていると、母娘三人を見かけた。
母親が、娘ふたりの腕を見くらべて、何やら笑っていた。
その様子をはたから、眺めていると、どうやら、娘の腕の毛を見ていたようだ。
よく観察してみると、ひとりの娘には、腕に毛がまったくないが、もうひとりの妹らしい方の腕には、けっこう毛が生えていた。
それを母親がからかっていたようだ。
が、妹の方は、それをまったく気にする様子はなく、無邪気に笑っていた。
わたしは、その母娘のやりとりを見て、こころの中で、毛深い女は、情が深いという言葉を思い出した。

わたしの横に立っていた女性が、そのとなりの女性に声をかけた。
どうやら知り合いだったらしい。
「こっちへ来なさいよ」
「いいの、ここで。実は寝違えて、首が回らないの」
わたしは、横目で見ながら、そっと微笑んだ。
借金で、首が回らないのではなくて、よかったかな、ってちょっと思った。
今日は、バスの中で、おもしろい情景を見ることができて、愉しかった。
電車でもバスでもそうだが、ひとを見るのは楽しい。
明日は、どんなひとが乗ってくるだろう。

shiroyagiさんの投稿 - 23:36:13 - 0 コメント - トラックバック(0)

マコちゃんの杏仁豆腐

今日、二時過ぎに東華飯店で、カニレタス・チャーハンを頼んだ。
シンちゃんの奥さんのマコちゃんが、皿を運んできた。
「一品には、デザート付かないんだけど、明日は休みだから」
杏仁豆腐をつけてくれた。
「ありがとうございます」
前に一度、ここのカニレタス・チャーハンを食べたのだが、その味が忘れられず、今日はランチではなく、チャーハンを頼んだのだ。
やっぱり、おいしくて、皿を平らげた。
今週は三回、東華飯店に通っている。
ラーチャン冷麺という辛い味噌味の冷やし中華に凝っていて、汁まで全部、飲み干している。
シンちゃんが、どうと訊く。
「うまいです」
「おいしいでしょ」
五目の冷やし中華とは、ちょっと違った面白い味がする。
中には、ピーナッツが入っていて、ココナッツの香りが香ばしい。
ここの中華は、辛いのでも、ほんのり甘みがあって、とってもおいしい。
しばらく、東華飯店へ通ってしまいそうだ。
もちろん、ここを出て、ねずみさんへも通っているのだが。

shiroyagiさんの投稿 - 23:14:50 - 1 コメント - トラックバック(0)
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