特集/コラム
「昨日まで世界になかったものを。」
〜旭化成のソーシャル・ブランディング〜
眼鏡をかけた中年サラリーマンをモチーフとしたユーモラスな風貌のキャラクターが印象的な、旭化成の「イヒ!」のCM。10年続いたこのコミカルな企業広告から一転、2007年、同社は、世界のさまざまな問題を静かで力強いビジュアルで写し出したメッセージ性の高い企業広告「昨日まで世界になかったものを。」シリーズを展開する。同シリーズは、新聞各紙で広告賞に輝く。同社のブランド・コミュニケーションの転換について、その背景や成果を広報室長の山崎真人氏に伺った。
社内外をつなぐブランド・コミュニケーションへ
「昨日まで世界になかったものを。」シリーズへの転換のきっかけとなるのが2006年にスタートした「Growth Action-2010」である。これは、ブランド力向上と企業価値増大のために、高付加価値化とグローバル化に取り組むという中期経営計画だ。同計画を進める上で、ブランド力向上のための企業イメージアンケートを社内外で実施した結果、消費者の声から、「イヒ!」の広告の成果としては、生活者に親しみをもって受け入れられ、社名の認知度やブランドイメージは良好であったものの、課題として、旭化成が何をしている会社なのかがあまり伝わっていないことが明らかとなった。さらに、社内からは、社員の経営指針に対する認知・理解度が低く、モチベーション向上につながっていないことや、旭化成グループとしての求心力・一体感の希薄化、安定志向、内部志向の蔓延などが浮き彫りとなった。
社内外のアンケート結果に基づき、社外に対しては旭化成が取り組んでいる事業、特に世界に向けて展開する確かな技術力・成長力を見せていくこと、社内に対しては経営方針について知らせ、仕事に対するモチベーションを高めるための新たなブランド・コミュニケーションを行うこと、という方針を打ち出したのである。
「昨日まで世界になかったものを。」
新たな方針のもと同社がとった戦略が、原点である同社の企業理念「人びとの“いのち”と“くらし”に貢献します。」に立ち返ることである。この理念を具現化する核となるのが、同社の高度な技術力であり、その技術力こそが、昨日まで世界になかったものを生み出し続け、世界の「問題」を解決する「答え」となって「人びとの“いのち”と“くらし”に貢献する。」のである。
このような方向性に基づき展開された新聞広告のクリエイティブは以下のようなものである。乾ききった大地の写真、そこに船が一艘。かつてそこは豊かな水で潤っていた湖であったことをあらわしている。広告には「問題:水の星、ふたたび。」。「答え」として「マイクローザ」。これは大量水処理膜で、下水や工業排水の浄化や再利用、安全な水の確保に活かされている。世界で深刻な問題となっている水不足。限りある水の有効利用につながる。
草原で裸の子どもを抱く女性。「問題:長寿を輸出せよ。」。「答え」はプラノバ。これはウィルス除去フィルターで、HIVやヤコブ病BSEなどの原因物質と目されている物質の除去に活かされている。広告では、平均寿命が日本の約半分という国がまだ存在していることに触れ、長寿国に暮らす私たちができることは何だろう、と問いかける。
海に浮かぶ大陸インド。美しいサリーを纏った女性。「問題:伝統を、ただの過去にしない。」。「答え」ベンベルグ。これは綿花の種のうぶ毛からつくられるセルロース繊維でシルクに匹敵する感触と優れた吸湿性をもつ。手触りと発色と扱いやすさから、大胆なデザインが施され、サリーをジーンズに合わせるなど新しい着こなしも見られるようになった。インドの伝統であるサリーを新たな視点で楽しく身につける機会につなげている。
「沈みゆく国、ツバル。温暖化による海面の上昇は、人から国までも奪ってゆく。」。コピーとともに水に浸かったツバルの集会所を暗く冷たい色のビジュアルで捉える。「問題:CO2を使え」。「答え:ポリカーボネート製法」。ポリカーボネートとは、優れた透明性と叩いても壊れない強さを持つプラスチック。これまで不可能と言われていた、CO2からポリカーボネート樹脂をつくる画期的な技術を開発し、地球環境に貢献する。
最小限の文字数のコピーに、圧倒的なインパクトのあるビジュアルで、昨日まで世界になかった新しい技術が世界のどのようなことに役立っているのか、役立とうとしているのかを伝えようとしているこのシリーズ広告は、シンプルであるがゆえに、むしろ企業の姿勢や思いがダイレクトに伝わってくる。
同シリーズ広告は、新聞広告のほか、TVCM、雑誌、HPなどで展開されている。
また、社員とのコミュニケーション・ツールとして、同様のクリエイティブが社内報や社内ポスターとして活用された。さらに、社員向けパンフレットをつくり、「イヒ!」から「昨日まで世界になかったものを。」シリーズへの転換の背景を周知した。パンフレットは社員教育にとどまらず、事業用ツールとしてクライアントとの商談の際などにも活用されているという。
企業イメージが良い方向に。社内コミュニケーションも活発になった。
「昨日まで世界になかったものを。」シリーズがスタートして1年、このほど再び実施した社外アンケート調査によると、500名のうち、73.6%が「企業のイメージが変わった」と回答、うち92%が同社に対して良いイメージとして捉えており、中でも「環境への取り組み」や「技術力の高さ」に対するイメージが向上。ロゴの認知度も10ポイントアップの結果となった。
今回のシリーズのように、個別の事業を取り上げての企業広告はこれまでにない新しいチャレンジだったが、社内への影響として、とりあげられた事業に関わる社員のモチベーションが上がったという結果が得られた。さらに、他の事業部から今度は自分たちの事業を取り上げてほしい、といった声も寄せられている。また、個々の事業を取り上げることで他の事業の社員がその事業の仕事について知ることにもつながり、全体的に旭化成グループが取り組んでいることへの認知が上がったという結果が得られた。
旭化成の“ホンモノ感”を伝えよう、ということから生まれた「昨日まで世界になかったものを。」シリーズ広告は、旭化成が果たしていることを社内外にストレートに伝え、結果、ブランド力の向上と企業価値増大といった成果に着実に結びついている。
現在は、採用活動とリンクさせるなど、旭化成ブランドをより効果的に活用。今後2010年まで同シリーズは続けられる。
【取材・執筆】 株式会社ソシオ エンジン・アソシエイツ 中野 里美
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