私は彼女の半身、彼女は私の半身。
その身1つで、1人足りえず。
彼女はやる気なさそうに文句を言う、でも私は知っています。
いつだって、どんな時でも付き合ってくれる事を。
嫌そうにしながら、顔を顰めながら、こっそり笑っているのを知っています。
私は彼女に甘えていた。
もしかしたら、彼女も私に甘えていた。
だから、でしょうか。
あの結末は必然だったのかも知れません。
私は地獄の業火で焼かれるでしょう。
けれど、たとえ許されざる所業だとしても。
もう耐える事は出来ません。
この身が朽ちる様な、この心が裂ける様な、苦しみを。
彼女が悲しそうな目をし、首を振る。
やはり、私は地獄に堕ちるでしょう。
――此処で無い何処かで
――誰かの述懐
傍目にも不機嫌そうな少女が、石を蹴りながら歩いている。
卒業式の帰りだった。
着慣れない制服を身につけ、革靴なんて知ったことじゃないとばかりに石を蹴る。
何となく家には帰りたくなかった。
迎えに来た両親には友達と帰るから――なんて言っていたが、彼女は一人だ。
友達がいない訳では無い、両親との仲だって良好だ。
けれど、何かが違う。
具体的に説明することはできない、ほんの微かな違和感――疎外感。
みんな違って、みんないい?
国語だったか、道徳だったかで習った有名な詩が頭に浮かぶ。
確かにその通りだろう。
違うって素晴らしい――
「ハハッなに下らないこと考えてる、私。疲れてんな」
眼鏡を外し、グリグリと袖で目を擦る。
――埃、目に入ったかな?
すれ違う人はみんな忙しそうで、真っ赤な目を擦る少女のことなど気が付いていないようだった。
そうでなくとも卒業式シーズンだ、泣いている子は珍しくない。
忙しそうに、けれどもささやかな幸せを噛み締めるように、手を繋いだ親子が、笑い合う兄弟が、仲良さそうな姉妹が――少女の傍を過ぎていく。
気が付けば綺麗な夕暮れに、紅く染まった公園が見えていた。
遊具はブランコと滑り台、端っこに申し訳なげにポツンとベンチが置いてある。
都会の片隅に忘れ去られたかのようにある、小さく寂しい公園。
無意識に人が居ない方、居ない方、と歩いていたのか見わたす限りにおいて人の姿は見えない。
眼鏡の少女は公園に入ると、乱暴にブランコに飛び乗り力一杯こぎ始めた。
「だああああああっ 湿っぽいぞ、私! 分かってた筈だ、分かって……」
怒鳴りつけるような大声は尻すぼみに小さくなった。
ブランコがゆっくりと止まる。
いつから居たのか少女と同じ制服を着た誰かが、とても興味深そうにこちらを見ていた。
何を考えているのか、その顔は無表情。
ただ瞳の中で好奇心の炎がチロチロと燃えていた。
ジッと見つめ合う少女たち。
先に口を開いたのは眼鏡の少女。
変なところを見られた気まずさと居心地の悪さから一刻も早く抜け出したかった。
「あ、えと、ブランコ乗るのか? 悪いな占領しちまって」
――違うだろ、私!
ブランコは二つ。
無表情な少女が少し首を傾げた。
「いえ、お構いなく。ただ、何が分かっていた筈なのか気になったのです」
静かに言うと、隣のブランコに腰掛け見つめてくる。
半ば腰を浮かしかけていた眼鏡の少女はギクリと固まった。
聞かれていた。
当然と言えば当然だが、考えないようにしていた可能性に前振りも何もなく放たれたその疑問に、
「や、えーと、クラスメイトのみんなとは今日でお別れって……」
いやに片言で不自然極まりない返答を返すハメになった。
案の定、無表情さの中に不審を含ませた顔でまたもや首を傾げられた。
「嘘ですね」
そんな事は良く分かっている。
溜息をつきたいのを我慢してブランコに再び腰掛ける。
自棄だった。
どうせこれっきりだろう、とも。
「私は、さ、可笑しなことが大嫌いなんだ。いつだって普通にしようとしてきたつもりだし、してきた。けど、やっぱり違うんだよ」
俯いて、自嘲の笑みを口元に浮かべ。
やって来るだろう反応を待つ。
考えうるのは三パターン。
困ったように笑われ、もう二度と話しかけてこない。
気味悪そうに見られ、遠巻きにされる。
最後の1つは――
「私とは逆です。可笑しなこと、不思議な事バッチ来いです!」
最後の1つを考えていた少女は驚いて顔を上げた。
2つしか考えていなかったし、それ以上必要だとも思わなかったから。
無表情が少し崩れ、楽しそうに微笑む少女と目が合った。
何故だか無性に泣きたくなる。
「――っ!」
何か言わなくては、何か――混乱する思考。
口からは意味を為さない音。
こちらの様子を分かっているのかいないのか、挙動不審な眼鏡の少女を一切気にした風もなく。
少女は楽しげに語った。
「私は普通が大嫌いです。普通に生きて、何事もなく普通に死んでいく――確かに幸せな人生でしょう。
でも私は嫌です! 世に溢れる不思議を、闇夜に眠る神秘達を! それらを何1つ知ることなく死んでいくのは。貴女は違うのですか?」
嗚呼――少女は思った。
幸せそうに語る彼女はどこまでも普通だ。
言っている事が可笑しい?
いいや、そんな事は無い。
臆面もなく自らの夢を語る事の、何が可笑しいものか。
むしろそれは誇るべき事だ。
夢を誰に語る事なく、あまつさえ忘れてしまった自分と比べ――
眼鏡の少女は不意に笑いたくなった。
求めて止まなかったモノが、嘗て夢見た何かが、すぐ目の前に居る気がした。
それが何なのかは忘れてしまってはいたが。
「そんなモノは無い。不思議も神秘も。でも、でも、在ったとしても私はキライだ!」
いつもなら言わない事。
堅く口を閉ざし、内に籠った本音。
怒るかも知れない、もしかしたら黙って眼の前からいなくなるかも知れない。
だけど、どうしてか、そうはならない予感がした。
「そんな事はないのです! 未だ科学で説明の出来ない奇跡。地球の各地で見つかるオーパーツ、目撃情報が相次ぐにも関わらず発見できないUMA!
他にもいっぱい、いっぱいあるのです! 未知に挑み散って逝く、見果てぬ夢を追い続ける――カッコイイです!?」
ついさっきまでの無表情が嘘のようにコロコロ変わり、掴み掛からんばかりに饒舌に語る少女。
眼鏡の少女はますます笑いたくなった。
「無い! 無いったら無い!」
「あるです!!」
在る、無い――――幾度も同じ事を言い合う。
楽しかった。
久しくした覚えのない子どもっぽい言い合い。
どちらもゼーハー、ゼーハーと荒い息をつきながら睨みあう。
暫し荒い息使いのみが聞こえ、
「お前しつこいなあ」
「貴女こそ、です」
顔を見合わせ笑いはじめた。
聞いている者が居たら釣られて気分が浮きあがりそうな、心の底から楽しくって仕方がない、そんな笑い声。
「これもまた、不思議の1つです。
世界中の何処にでも在って、誰もが目に耳にしているのに、どんな偉大な賢者も、全てを手に入れた権力者も解く事の出来ない謎――分かるです?」
不思議を求める少女が可笑しそうに問いかける。
不思議を否定する少女は考えた。
誰もが目撃している――謎?
「何だそりゃ?」
「矛盾です。最強の矛と最強の盾、どちらが勝つか……誰にも分からないのです。そして貴女と私もまた、矛盾です」
殊更可笑しげに不思議を求める少女が言うと、どこか勝ち誇ったようにキラキラと星を散りばめたように煌めく瞳を向ける。
見つめ合い、不思議を否定する少女が吹き出した。
「ぷっそりゃあずるいぜぇ」
「そんな事ないです」
大小様々な不思議のなかで最も小さく、けれど最大の謎。
どこにでも在って、どこにも無い。
見えざる何か。
無数にある不思議の1つ。
「世界は矛盾に満ちています、故にこその世界。だから人生は楽しい、だから人生は苦しい――矛盾、です」
子どもの言葉だ。
どうしようもなく青臭い、けれど輝いている言葉。
どちらも、それは分かっていた。
だから苦笑いとともに返す。
「矛盾するからこその世界、か……面白いな」
二人とも静かに空を見上げた。
日はとっくに落ち、街灯が点いている。
切り離されたように閑散とした公園は、しかし月明りに照らされ暗くはなかった。
あ、と声が上がった。
流れ星でも見つけたのかと思い隣を見る。
何か良い事を――悪戯を思い付いた子どもそのものの表情で彼女がこちらを見ていた。
嫌な予感がした。
「おい……何考えてる」
「貴女は不思議を否定する、私は不思議を肯定する、そうですね?」
「その通り、それがどうした」
誰が見ても分かる眩い笑顔で。
「貴女は探偵、私は助手です!!」
「はあ!? いったい何を」
全く以って理解不能といった顔をする少女をクスクス笑い、その名を告げる。
「不思議を求め、不思議を否定する――矛盾探偵ここに誕生です!」
ポカンとした少女と、満足そうに頷く少女。
正しく矛盾そのものの二人。
何だそりゃ、と呆れながらも悪い気はしない。
――こいつと居ると楽しいな。
彼女は決して口に出しはしないけれど、そう思ったのは確かだった。
笑い合い、喧嘩し合う。
離れては、くっ付く。
もしかしたら、初めての親友と呼べる相手かもしれない。
決して認めようとはしないけれど。
『探偵』長谷川千雨と『助手』綾瀬夕映の、平凡にして非凡な。
単純だけれど、忘れえぬ出会い。
全てはここから始まった。
----------------------後書き--------------------------
初めまして、青柚です。
色々な電波を受信し、妄想が爆発した結果
拙いながらも投稿させていただく事にしました。
注意点としてキャラ改変、原作改変、などなど
かなり変更がございます。
最後になりましたが、楽しんで頂けたら幸いです。