いつものことながら、場所が押しつまって来るにつれ、力士たちの動きがせわしいものになって来る。観戦するのにも動きを追いきれるかどうか、自信がなくなってビデオテープを何度か見直したりする。
たとえば、鶴竜と琴欧洲の一番などである。あっという間に二人の力士の位置関係が変わってしまっていて、頭の中の二人とつながらなくなってしまう。白鵬と琴奨菊の一番などは、要所要所を見逃さずに追いかけることができた。これは多分こういうことだと思う。
横綱の動きがメリハリが効いていて、あの横つりに琴奨菊を動かしていった攻撃が、見る者の印象に強烈に残ったために、実際にあの攻めにかかった時間よりも、短かったのだが、それを見せられた方は、逆に長くかかったと思ってしまうのではなかろうか。これは一種の錯覚なのだろう。
これを意図的に利用するのは大変に難しいものだが、このところ白鵬の攻撃には、挑戦者の攻めでは到底追いつけないと思えるものが交じってきている。
ただ攻めが速いというだけではない。足から相手を崩す相撲を、横綱は志向しているのではないかと考えることがある。これはうれしいことであると同時に悲しいことでもある。十二日目が終わったところで、競馬でいえばなん馬身だったろう。他の力士には優勝に食い込む可能性がなくなり、横綱一人が健闘している。こんなことでは、大相撲を愛する者は、日々切ない思いをするだけで、将来に対する展望はまったく持てない。
私は今場所はまだ出来の良い方で、相撲の内容としても面白い方だと思っていたのだが、終盤戦に入ってにわかに崩れた。残る三日間で、この崩れをなんとかしてほしいものだと思う。 (作家)
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