1、2兆円の税外収入が見込める携帯電話の周波数オークションを、総務官僚が頑なに拒んできた本当の狙いがようやく明らかになってきた。
代替措置として世界に例のない奇妙な割当方式を導入し最大2000億円あまりの資金を民間から吸い上げて、斜陽な業務用無線事業を営む、総務官僚の天下り先の財団法人などで山分けしようと目論んでいるのだ。
総務官僚たちは、来年早々にも、このからくりを持つ携帯電話の周波数割り当てを断行する構え。
ギリシア危機をきっかけに、世界的に財政再建の緊急性が高まる中で、相変わらず既得権を貪ろうとする電波官僚の厚顔無恥ぶりをリポートしよう。
オークションの上限と下限を決める根拠は何か
総務官僚たちは、今回の山分けの仕組みを可能にするため、今年5月、電波法の改正案を予算関連法案のひとつとして忍び込ませて、まんまと6月の可決に漕ぎ着けた。
その内容は、「携帯電話会社が、既存の無線局の立ち退き(周波数変更)費用を負担することによって、早期にサービスを開始できる道を開く」というものだ。
もっともらしく聞こえるが、これには大きな問題がある。というのは、本来、民間事業者同士の交渉に委ねられるべき立ち退き費用の算出を、総務省が行っているからだ。
その下限は1200億円、同じく上限は2100億円となっており、今回の審査基準をみると、下限を満たさないと周波数の割り当てを申請できないうえ、上限額を負担しないと競合他社に自動的に虎の子の周波数をさらわれる仕組みとなっている。
ちなみに、今回割り当てられる周波数は、900~915、945~960MHzの2つの帯域を1つのセットとしたもので、すでに携帯電話会社4社がそろって取得希望を表明している。このうちNTTドコモとKDDIの2社は、次回割り当て予定の700MHz帯に回ってもよいという柔軟な姿勢をとっているのに対し、ソフトバンクモバイルとイーアクセスの2社は是が非でも900MHz帯を取得したいとしている。
つまり、競合が存在するわけで、こうなると両社が談合して低い金額の負担で足並みでも揃えない限り、両社に残された選択肢はひとつだけ。それは、上限額の2100億円を負担すると表明し、実際に調達する能力があることを証明することだ。さもないと、1.早期に人口カバー率をあげられるか、2.ネットワークを他の通信事業者に開放する用意があるか、3.多くのユーザーを獲得できるか---などといった事業計画の中身に進む比較審査を受けられず、その時点で足切りの憂き目を見るルールとなっているわけだ。
そもそも、総務省が上限や下限を設定した根拠や詳細が曖昧で、関係者の間には、経営の体力が乏しいイー・アクセス潰しではないかとの首を傾げる向きもある。
ところが、この立ち退き料に対象を限定した「疑似オークション」方式には、事業者に課される負担の問題とは比較にならないほど大きな問題がある。
それは、本来のオークションならば、携帯電話会社が応札した資金が国庫に納入され、税外収入として、復興増税や税と社会保障の一体改革などの一連の増税に伴う国民負担の軽減策になると期待されるのに対して、既存の900MHz帯を利用している事業者の懐に入る仕組みとなっている点である。
本来のオークションなら1,2兆円の収入になる
これまでも何度も本コラムで紹介してきたが、本来の周波数オークションは、先進国クラブの俗称をもつOECD加盟国の間では、もはや当たり前の制度だ。今回、総務省が疑似オークションを採り入れることによって、事実上、存続させる構えの「比較審査(ビューティコンテスト)方式」とは異なり、審査基準が明確で、政治家と官僚の利権や、当局と事業者の癒着が生じにくい。透明性の高い制度だからである。
仮に、今回、欧米並みと同じ本来のオークションを実施していれば、その国庫収入は1~2兆円程度に達し、9兆円規模の復興増税を1、2割以上圧縮できたとみられる。
本来のオークションを行うと、携帯電話のサービス料金が上がると反対する向きがあるが、この主張の妥当性を疑う専門家は少なくない。というのは、新たな帯域を使う携帯電話会社が、既存の事業者との料金競争を避けて通れないからだ。むしろ、海外では、オークションで費やしたコストの回収に加えて、料金競争でも優位に立つため、より魅力的なサービスを可能な限り廉価で提供しようというインセンティブが働き、技術革新が飛躍的に進むきっかけになったとの評価する向きも多い。
さらに、そうした国民全体の利益を犠牲にして今回の方式を断行した場合に、1事業者で最も多くの資金を手にすることになるのが、タクシーや陸運会社の運行管理、自治体の防災行政無線などに使われるMCA無線サービスを営んでいる「移動無線センター」(所在地:東京・西新宿、会長:森永規彦元広島国際大学学長)という名の財団法人である点も注意が必要だ。
総務省が示した参考資料「負担可能額の算定に関する基本的な考え方」は、具体的に誰が立ち退き料を手にするか、算出の詳細な根拠がどういったものなのかなどを明らかにしていないが、MCA無線の制御局の取り分を最低で220億円、最高で270億円程度としており、関係者に取材した限り、これが「移動無線センター」の取り分とみてよさそうなのである。
そして、あえて、その名前を伏せた背景として、この財団が、今どき珍しい総務省のやりたい放題の天下り団体である点も見逃せない。同財団が公表している資料はごくわずかだが、そのひとつの役員名簿をみると、理事長以下6人の常勤理事がいる中で、このうち役付きの理事職、すなわち理事長(松本正夫元総務省技術総括審議官)、専務理事(飯田正視元郵政省関東郵政監察局総務監察官)、常務理事(杉山博史、元総務省九州総合通信局長)の3つを、旧郵政省もしくは総務官僚出身者が独占していることは、この団体が総務省と密接な関係にあり、その利権の受け皿である証左と言わざるを得まい。
なぜプラチナバンドを利用者の少ないMCA無線に占有させるのか
MCA無線が使用する周波数を変更して存続させるために、これほどの資金を投入する社会的な意義があるのかという疑問も残る。
というのは、肝心の利用者数が減少の一途を辿っているからだ。総務省の統計によると、2003年度に49万2000局あったMCAの無線局(利用者)は、2009年度に32万6000局に激減した。
兎に角、MCA業界というのは、不思議な業界だ。移動無線センター以外にもうひとつ「日本移動通信システム協会」という財団法人が存在する。こちらは、1980年代から90年代前半にかけて燃え盛った日米経済摩擦を引き起こした、あの米モトローラ社が自社のMCA無線機器を販売する狙いから、周波数の受け皿として創立した財団法人だ。
ただ、日本移動通信システム協会は、早くから先行きに見切りをつけており、縮小均衡色線を採っているのが実情だ。ちなみに、この財団の方も、総務省との関係は深い。非常勤を含めた理事長以下6人の理事のうち、2人は総務省(旧郵政省)の官僚出身者が占めている。
話を移動無線センターに戻そう。同センターの利用者も、2009年度が18794局減、2010年度が10357局減、2009年度が5393局限、そして2010年度が2月までで6928局減と、成長性はまったくなく、過去の遺物と化している。
同センターの今年2月末の利用者数は22万3144局に過ぎないのだ。同センターは、今回の移転により、引き続き900MHz帯で別の周波数を取得するだけでなく、運用中の800MHz帯の周波数とあわせてMCA無線を続けていく構えで、総務省も、それを後押ししていく構えだ。
しかし、1億2300万を超える契約者を持つ携帯電話などと比べると、利用ニーズが極端に低いことは明らかだろう。にもかかわらず、利用ニーズの高いプラチナバンドと呼ばれる周波数帯域を、引き続き、MCA無線に占有させるのは、とても常識的かつ妥当な政策判断と思えない。
まさか、近い将来に想定されている周波数の再編で、再び巨額の立ち退き料を確保しようとしている布石ということはあるまいが、そうした懸念がないとしても、今回の政策判断は常軌を逸している。
立ち退き補償で潤う無線機器メーカー
最後に、付け加えておくと、同センターのサービスを受けている利用者のMCA無線機の買い替え費用も、今回の立ち退きに伴う費用補てんの対象となっている。
前述の「負担可能額の算定に関する基本的な考え方」によると、その金額は1局当たり19万円から93万円となっており、最低でも20万局分、最大だと28万局分が支払われる見込みという。
そして、この立ち退き補償で一番潤うのは、無線機器の買い替え需要を享受できる、総務省と関係の深い2、3の無線機器メーカーとされている。
また、総務省は、電子タグについても、パッシブ型システムに対して640万円から8300万円程度を、アクティブ型の個別の無線局1局当たり3万1000円から11万円程度を立ち退き料として分配する方針を掲げている。
繰り返すが、これらは、本来ならば、増税の抑制に充てられるべき資金だ。
本来の周波数オークションを潰して、国民には重い負担を押し付けておき、疑似オークションで民間から資金を吸い上げて、これを天下り団体などで山分けしようという行為、つまり、総務省一家で利権を骨の髄まで貪ろうという行為に他ならないのだ。
野田佳彦首相、国民に負担を強いる前に、まず、こうした官僚たちの旧態依然とした利得行為を質すべきではないだろうか。さもないと、国民の理解を得られるとは思えない。