1930年代アメリカ大恐慌といえば、即座に思い出すのは1940年に制作されたジョン・フォード監督の「怒りの葡萄」である。39年に発表されたジョン・スタインベックの同名小説の映画版で、失業者とその家族がどこまでも続く群を成してカリフォルニアに向かうが、大恐慌の荒波からは逃れることができなかった。
凄惨(せいさん)な大恐慌の風景に比べると、今日本人のわれわれが直面している状況はマイルドに見える。生活保護者の数は増え、自殺者は年間3万人を超え、新卒の半数近くが相変わらず職をみつけられないが、大掛かりな抗議デモもストも起きない。高齢者は年金ライフを楽しんでいる。そんな背景が作用しているのだろう。国家非常時ではなく、平時だ、ただ少し景気が悪いだけだ、という程度の認識しかない政治家が多数を占めている。野田佳彦首相と民主、自民、公明の各党は財務官僚に言われるままに復興増税で合意した。さらに、野田政権は消費税率10%への引き上げを強行する構えだ。
だが、「デフレ不況」という視点でデータをもとに、30年代のアメリカと今の日本を比較し直してみると、恐るべきことに今の日本のデフレは大恐慌時を上回る重症であることがわかる。大恐慌時のアメリカは劇症肝炎で死にかけたが時を経て回復したのに、今の日本は慢性肝炎で日常生活は可能だが、自覚スレスレでわずかずつ体力が弱っていく。
本欄では前回に、デフレ日本を「ゆで蛙」に例えたが、患者である国民が自覚に乏しいのをいいことに野田政権や財務官僚がデフレ病をさらにこじらせる増税という毒を飲ませる。
グラフは、経済全体の総合物価指数である「デフレーター」の推移である。大恐慌のアメリカは29年から4年間で25%下落したあと、43年に29年当時の水準に戻った。賃金水準は33年には29年比で45%も落ち込んだが、33年に登場したF・ルーズベルト政権による「ニューディール」政策を受けて34年から徐々に回復してきた。賃金は41年には29年水準を上回っているところからすれば、12年間で大恐慌から抜け出たといえる。41年12月の日本軍による真珠湾攻撃をきっかけにしたアメリカの第2次大戦参戦に伴う軍需が決め手になったという見方もあるが、真珠湾前に回復が顕著になっている。公共投資を柱とするニューディール政策の効果は明らかだ。
今の日本はどうか。デフレーターの下落角度は極めて緩やかである。ところが、97年から14年目の今年は下落速度が早くなり、デフレは明らかにこじれている。2010年のサラリーマンのひと月当たり可処分所得は98年以降、前年比で平均1%、4770円ずつ下落し、97年に比べ6万6700円、13・4%減った。12年間で復調した大恐慌のアメリカよりも、日本はなだらかだがどこまでも下落が続き、下落幅はアメリカをしのいでしまった。
何度も繰り返す。全国のサラリーマン・サラリーウーマンよ、怒れ。無能、無策どころかデフレ病を悪化させる政府に怒れ。(産経新聞特別記者・田村秀男)