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グランセル地方編(7/20 第37話修正)
第四十七話 正遊撃士昇格、別れの時 ~そして新たなる旅立ち~
<グランセルの街 遊撃士協会>

エステル達が脱出した後、浮遊都市は浮力を失いヴァレリア湖に墜落した。
時間を掛けて湖底を調査しなければ詳細は解らないが、脅威は去ったとユーディス国王は事件の解決を宣言した。
ユーディス国王の解決宣言により、アリシア王母生誕祭は予定通り行われる事になった。
突然ヴァレリア湖の上空に現れた浮遊都市は大陸中の人々に不安を呼んだが、王国・帝国・共和国の連合軍がアルセイユで乗り込み、事件を解決した話は朗報として大陸中に広まった。
一番の功労者として話題となったのはクロスベル戦争を止めたカシウスとレナ夫妻だったのだが、他にアルセイユに乗り込んで参加した者達も功績が認められた。
帝国ではオズボーン宰相とオリビエ皇太子が事件の解決に一役買ったと話題となり、共和国では泰斗流の弟子達が注目を浴びた。
王国ではクローディア姫とユリア、リチャード達の活躍がクローズアップされ、若き遊撃士エステルとヨシュアの名前はあまり知られる事は無かった。
そしてグランセルの街の遊撃士協会には、アルセイユに乗り込んでいた者達とグランセル近辺に居た遊撃士達が集まっていた。

「はっはっは、父さん達はお前達が成長したのは解ってるぞ」
「別に、あたし達は有名になれずにガッカリしているわけじゃないから」
「はい、今回の件では僕達は良い経験を積ませてもらいました」

カシウスの言葉に、エステルとヨシュアは笑顔で答えた。
そのエステルとヨシュアの様子を、レナも嬉しそうに見つめていた。

「さて、今朝皆さんに集まって頂いたのはある発表をするためです」

受付のエルナンがそう言うと、集まったメンバー達は神妙な顔になってエルナンの言葉を待った。

「浮遊都市の事件の解決に協力した功績により、エステルさんとヨシュアさんの2人にグランセル支部は推薦状を渡したいと思います」
「えっ、と言う事はエステルちゃんとヨシュア君は……」
「すべての支部の推薦状を得たため正遊撃士と認められる事になります」

アネラスの言葉に、エルナンはうなずいた。
照れて人差し指でほおをかきながらエステルがエルナンに問い掛ける。

「あたし達が正遊撃士だなんて、信じられないんですけど……」
「浮遊都市で活躍したあなた達に推薦状を差し上げるのは当然の事です」
「エステルちゃん、ヨシュア君、おめでとう!」

エルナンの説明を聞いたアネラスが祝福の言葉を述べると、集まったメンバー達から拍手が上がった。
ここに集まったメンバーは準遊撃士だったエステルとヨシュアがリベール王国内の遊撃士協会の各支部を巡っているうちに知り合った親しい仲間達だった。
そのうち胴上げまで始まりそうな雰囲気にまで盛り上がった。

「それでは続いてシェラザードさんより、エステルさんとヨシュアさんへ正遊撃士の紋章を授与して頂こうと思います」
「私が……?」

エルナンの提案を聞いたシェラザードは驚いて目を丸くした。

「ええ、エステルさんとヨシュアさんの指導をしたシェラザードさんがこの役目にふさわしいと思います」
「そうだな、俺にも異存はない」
「シェラちゃん、頑張って」
「分かりました、謹んでその役目を拝命します」

カシウスとレナの応援を背にシェラザードはエルナンからエステルとヨシュアに渡すための正遊撃士の紋章を受け取った。
そしてシェラザードはエステルとヨシュアの前に立って遊撃士協会の辞令を読み上げる。

「エステル・ブライト、ヨシュア・アストレイ。遊撃士協会は本日10:00をもって両名を正遊撃士と認定する。以後、後進の模範となるべく初心を忘れず精進を怠るなかれ」
「はい」

エステルとヨシュアが返事をすると、シェラザードはエステルとヨシュアの胸元に付けられた準遊撃士の紋章を外し、新たに正遊撃士の紋章を取り付けた。
再びエステルとヨシュアを祝福する拍手が沸き起こる。

「なんか、照れ臭いわね」
「うん、そうだね……」

嬉しさと恥ずかしさで顔を少し赤らめていたエステルは、ヨシュアが少し沈んだ表情なのに気が付いた。

「ヨシュア、正遊撃士になれたのに嬉しくないの?」
「そんな事は無いよ」
「だけど、何か辛そうな顔をしているよ?」

ヨシュアは否定したが、エステルは心配そうな表情でさらにヨシュアに詰め寄った。
正遊撃士の紋章の授与を見守っていたメンバー達もエステルの意見に同意してヨシュアを案じるような視線を向けた。

「ヨシュア、お前が話し辛いのなら俺の口から言うが?」
「ううん、僕の口から話すよ」

カシウスの申し出を断って、ヨシュアは自分の置かれている状況を話し始めた。
幼い頃カリンとレーヴェと一緒にリベール王国にやって来たヨシュアは就業の査証ビザではなく観光の査証により入国した。
そしてカシウスの家に預けられたヨシュアは正遊撃士になる就学の査証の申請をしたのだが、準遊撃士にもなっていないヨシュアに就学査証は下りなかった。
正遊撃士の資格が取れる見込み実績を示す必要があり、誰でも外国で勉強したいと言うだけで就学査証が取れるほど帝国の制度は緩くなかった。
そこでカシウスは観光査証でもヨシュアが準遊撃士の資格をとれるまでリベール王国に居られるように法の目をくぐって滞在期間を強引に延長した。
カシウスがヨシュアを伝染病に犯されてしまったと申請したり、それがウソだとばれそうになると重大な事件の参考人として引き渡しを拒否したりした事を聞かされた皆は驚きの声を上げた。
なんとかエステルとヨシュアがリベール王国の各支部を回っている間にヨシュアの正遊撃士になるための就学査証が下りたのだが、それも滞在期間の一時引き延ばしに過ぎなかった。

「だから正遊撃士になったら、僕は帝国に帰らなければいけないんだ」
「でもレーヴェさんとカリンさんもたまに王国に来てくれているわけだし、2度と会えなくなるわけじゃないんでしょう?」

ヨシュアが暗い表情でもらすと、エステルはなるべく明るい調子で自分も励ますようにヨシュアに声を掛けた。

「だがそれは帝国の遊撃士協会支部が派遣の許可を出した時だけだ。観光査証では基本的に1年のうち最大でも合計3ヶ月しか滞在できない」
「それに僕とエステルは違う支部に所属する事になってしまうから、これでパートナーも解消だね」

レーヴェとヨシュアの言葉を聞いたエステルの顔に絶望の色が広がった。
しかしエステルはある事を思い出して反論する。

「だけど、正遊撃士になったら自分の所属する支部を決める事が出来るんじゃない?」
「それは同じ国内の支部間の話です。遊撃士である前に国民の立場が優先されますから」

エルナンの言葉によって完全に希望を断たれてしまったエステルの目から涙がこぼれ始めた。

「エステルお姉ちゃん、かわいそう……」

黙って見守っていたティータもこらえきれずにもらい泣きを始めてしまった。

「バカね、どうしてティータが泣いちゃうのよ」

ティータの隣に立って居たレンもそう言いながらも目に涙を浮かべていた。
今までずっと2人をカップルのように見守って来たメンバー達にも悲しみの色が広がって行く。
先ほどまでの盛り上がった雰囲気は消え去り、殉職者でも出たかのようなどんよりとした空気が部屋を満たした。
それでもエステルは涙を拭いて笑顔を作ってヨシュアに話し掛ける。

「ヨシュア、帝国の遊撃士協会に行って新しい人と組んでも、あたしの事を忘れないでね」
「僕はエステル以外と組みたくないよ……」
「あたしだってそう思ってる!」

エステルの言葉にヨシュアがそう答えてエステルの手を握ると、エステルもまた涙を流し始めた。
そんな2人の姿を見て、カシウスが大きなため息をつく。

「やれやれ、そんな情けない事ではせっかくの正遊撃士の資格も取り消されてしまうかもしれんぞ?」
「分かってるけど……」

エステルは必死に涙をこらえようとするが、あふれ出す感情により抑えきれないようだ。

「エルナン君、そろそろ話してあげてもいいんじゃないか?」

オリビエがそう言うと不思議そうな顔をしたメンバーの視線がオリビエとエルナンの間を行ったり来たりする。

「実はエステルさんとヨシュアさんがこれからも一緒に居る事が出来る方法があるのです」
「ええっ!?」

エルナンの発言を聞いて、エステルは涙が止まるほど驚いてエルナンを見つめた。
そしてメンバーの注目を集める中でエルナンが説明を始める。
エステルとヨシュアに新たな依頼があり、それを引き受ければ良いのだと言う。
果たしてそれはどのような依頼なのか、どうしてオリビエがその事を知っているのか?
エステル達は息を飲んでエルナンの説明の続きを待った。

「エステルさんとヨシュアさんにはクロスベルに行って、ルバーチェ商会について調査して欲しいのです」
「どういう事ですか?」
「その続きは依頼主である僕から話してあげよう」

ヨシュアの質問に待ってましたとばかりにオリビエがそう発言をして説明を引き継いだ。
ルバーチェ商会とは表向きはクロスベルに本拠を構える貿易会社なのだが、裏ルートでは禁制品を売りさばいておりクロスベル自治州内のみならず帝国や共和国、王国にも影響を及ぼしている。
ボース地方に居たアガット達も少し前にルバーチェ商会が絡んだ事件を解決していた。
ルバーチェ商会はリベール王国の兵士だけでなく、帝国の貴族とも癒着ゆちゃくしていて帝国の利益を損なっているらしい。
またクロスベル事件も、帝国側の議員に癒着するルバーチェ商会と共和国側の議員に肩入れする商会との対立が引き金になって起こったのかもしれないとささやかれている。
彼らは武器を取り扱っているので、双方が戦争の準備をすればそれだけ儲かるのだ。
生誕祭で軍縮条約が結ばれれば、ルバーチェ商会のような密売組織は確実にダメージを受ける。
しかし彼らの資金源は他にもある、そのうちの1つが闇のオークションだ。

「オズボーン宰相に付いている書記官がオークションのウワサを聞きつけてね、どうやらオークションでは人の売買まで行われているかもしれないと」
「それならクロスベルの軍の人達が動くんじゃないですか?」

アネラスが尋ねると、オリビエは首を左右に振って否定する。

「クロスベルには警備隊以外にも治安を守るために警察組織があるけど、事件が起こってからでないと動けないのさ。それに残念ながら彼らも議会の議員との関係があるからね」
「歯がゆいわね……」

オリビエの言葉を聞いたシェラザードが悔しそうな顔でつぶやいた。
そしてカシウスが穏やかな口調でエステルとヨシュアの方を向いて話し始める。

「軍縮条約が結ばれる事により、王国・帝国・共和国は平和への第一歩を踏み出した。だがクロスベル問題がある限りその平和は盤石とは言えない。どうだ、お前達で俺達の残した『宿題』を片付ける手伝いをしてくれないか?」
「あたし達が、父さんと母さんの仕事を受け継ぐって事……?」
「そうだ」

驚いた表情で尋ねたエステルに対して、カシウスはしっかりとうなずいた。
困惑した表情になったエステルはヨシュアの方を見つめて尋ねる。

「ねえヨシュア、大変そうな依頼だけど、どうしよう?」
「どこまで出来るか分からないけど、僕達の力を合わせて頑張ってみようよ」
「うん」
「2人とも良い表情になったじゃないか」
「オリビエさん、ありがとうございます」
「別にお礼を言われる事じゃないさ、これは僕とオズボーン宰相の意見が一致して出された依頼なのだから」

頭を下げてお礼を言うヨシュアに向かって、オリビエはそう答えた。
エステルとヨシュアがまた一緒に居られる事が分かると、さっきまで沈んでいたメンバー達の表情は明るさを取り戻した。

「エステルとヨシュアがクロスベルに旅立つのなら、壮行会をしなくちゃいけないわね」
「なんだったら、空中庭園を貸し切りにして派手にやってみようか」

嬉しそうな顔のシェラザードの発案に、オリビエはそう提案した。

「そんな大げさよ、それに酔ったシェラ姉が城で脱ぎ出したらそれこそ遊撃士協会の恥になっちゃうじゃない」
「言ってくれるわね、エステル!」

シェラザードはそう言ってエステルをヘッドロックした。
集まっていたメンバーから笑いが湧きあがる。
何の心配も無くなった所で集会は解散となり、集まったメンバー達はそれぞれの仕事へと向かって行った。
去り際にオリビエはそっとヨシュアに耳打ちする。

「ヨシュア君、今帝国の議会で外国人との結婚を許可する法律が審議されている。その法律が成立するまでの辛抱さ」

オリビエの言葉を聞いたヨシュアは驚いてオリビエを見つめた。
本当かと問い掛けるその視線にオリビエは微笑みを浮かべてミュラーと共に姿を消した。

「ねえ、オリビエさんと何を話していたの?」
「いや、別に大した事の無い話だよ」

エステルに尋ねられて、ヨシュアはそう言ってごまかした。
遊撃士協会に残ったのはエステルとヨシュア、そしてアネラスだった。
すっかり静かになってしまった受付で、エステル達はエルナンの指示を待った。
エステルとヨシュアがアルセイユに乗り込んで浮遊都市に行っている間にグランセルに残ったシェラザード達のスケジュールも変更され、エステルとヨシュアはアネラスの仕事を手伝う事になったのだ。

「それにしても、アネラスさんと一緒に仕事をするのって久しぶりね」
「私もエステルちゃんとヨシュア君にやっと追い付くことが出来て嬉しいよ。でもまたクロスベルに行っちゃうんだよね」

アネラスはそう言うと気を落とした表情になった。
そんなアネラスに受付に居たエルナンが優しく声を掛ける。

「それではアネラスさんもクロスベル支部に行ってみませんか?」
「え、でも私はグランセル支部に来たばかりですし……」

エルナンの申し出に、アネラスは戸惑いを隠せない様子だった。

「まだ準遊撃士のアネラスさんは研修生としてクロスベル支部に預かって頂く事になります」
「でも、そうしたらアネラスさんの推薦状はどうなるんですか?」
「それは向こうの支部での評価をグランセル支部での評価に反映させたいと思います」
「なるほどね」

エルナンの説明にヨシュアとエステルは納得した様子だった。

「国外の遊撃士協会に行くのは良い経験になると思いますよ」

あごに手を当てて考え込んでいるアネラスにエルナンはそうアネラスに勧めた。

「そうよ、一緒にクロスベル支部に行こうよアネラスさん!」
「分かりました、私もクロスベル支部に行きたいです!」

笑顔のエステルのひと押しが効いたのか、アネラスもクロスベル支部に行く事を決意した。

「これからもよろしくね、アネラスさん!」
「こちらこそ!」

エステルとアネラスは手を取り合って喜ぶのだった。
クロスベル支部に行ってもまた事件が解決すればエステルとの別れの時がやって来てしまうかもしれない。
しかし道は拓けたのだからルシオラに言われた通り、オリビエの言葉を信じて希望を捨てずいようとヨシュアは決意を新たにするのだった。
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