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[21602] 田舎の貴族は土を嗅ぐ(ゼロ魔 オリ主転生)
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2011/07/24 01:55
はじめまして。初めて書くことになります黒いウサギと申します。

 以前からssを書きたいと思い、今回載せていただきました。

 オリジナルの主人公での話ですが、「原作と違うじゃねーか」とかいろいろと変なところも出てくるかもしれませんが暖かく見守ってくれたらありがたいです。

 一人でも多く読んでくれることを願ってます。

 よろしくお願いします。 ではでは
  
 2010/9/1ドニエプル家の名前に関して修正を入れました。
     1話「ある婦人の悩みごと」に修正をいれました。

   9/4 side story 1話と2話を消しました。
      本篇を再開しました。

   9/6 ジョルジュの二つ名に関して直させてもらいました。




2011/5/24 当作品に登場するキャラクターのイラストを募集しています。
詳しくは作者のブログ「兎の読書週間」に書いています


6/27 挿絵を描いていただきました。
   ジョルジュがルーナを召喚するシーンですが、
   もし興味のある方はブログ「兎の読書週間」に載せましたので、
   ぜひいらしてください

7/10 第45話からゼロ魔板へ移行することにしました。



[21602] 1話目 ある婦人の悩みごと
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2011/05/08 16:45
トリステイン王国の最西部に位置する、ドニエプルという土地がある。そこの領主を務めているバラガン・ポルタヴァ・ド・ドニエプル伯の妻、ナターリアはその広大な屋敷の一室で一人溜息を吐いていた。

ドニエプルという土地は代々、麦や野菜が多く取れる広い穀倉地帯であり、海にも面しているため、漁業も盛んな土地である。そこで獲れた収穫物は、トリステインの王都トリスタニアやシュルピス、ラ・ロシェールの市場を賑わせ、トリステインの食糧庫として有名であった。そこの土地を代々任されている一族が、元々その土地に昔から住んでいるドニエプルであった。トリステインの西部は、アルビオンから入植してできたダングテール等の独立したところが多くあったのだが、これらに対して直接交渉して来たのはこのドニエプルの領主たちであった。

ナターリアはトリステイン南部の、貧乏な貴族の生まれではあったが、小さい頃から頭の回転が早く、その頭の良さと気転の良さとから若くして商売を始め、化粧品などを取り扱う店を王都に開いていた。彼女は商売することに才能があったらしく、店は順調にその売り上げを上げていった。おかげで貧乏であった彼女の屋敷は大分助かったのである。
ある日、商品の香水を卸してもらっているモンモランシ家に客人として招かれたのだが、ちょうど同じ日にバラガン伯も招かれていた。彼女を見るなりバラガン伯は一目惚をし、ドニエプル領に帰るその前日の夜、バラガンに呼ばれた彼女はプロポーズされた。

「お、おらの嫁さんになってくれねーだか?」

西部独特の方言なのだろうか、ひどく訛りが入った言葉に彼女の心は1サントも揺れはしなかったが、私がこのおっさんの妻に?でもドニエプルといえばかなり広い土地を持った場所だからかなり裕福な生活を送れるか?あれっ、これって結構いんじゃね?など自分の頭の中で高速回転で人生のソロバンをはじき、迷わずそのプロポーズを受けた。尚、翌日にそのことを伝えられたモンモランシ家の人はその急な話に、全員あいた口が塞がらなかった。

そして現在に至るわけであるが、大貴族の妻として勝ち組の人生を歩んでいるだろうナターリアの心は晴れ晴れとはしておらず、それどころかこちらに来てからは、彼女は胃に孔が空くような生活を送っていた。

まず彼女はドニエプル領のあまりの田舎っぷりにカルチャーショックを受けた。
なにせトリステインの西部は農業ばかりが発達した土地で、いうなればなにもない「ド田舎」なのである。しかもバラガンが「若いうちは平民でも世の中を見てくるべきだ」なんて貴族らしかぬ考えを持っており、農民の若い男や女に「領を自由に出ていいだよ」とナターリアからすれば、「なにふざけたことをぬかしやがる」的なことを言っていたのだ。おかげで若者の大部分は出稼ぎや、または何かしらの夢を持ってトリスタニアなんかに行ってしまうため、ドニエプル領に残っているのは老人や小さな子供ばかりである。当然、年頃の若い女性も街に出稼ぎに行っているため、屋敷の使用人もほとんどが50~70代の老人である。ナターリアが初め、バラガンの屋敷に来た時には「養老院?」と本気で思ってしまうぐらいであった。

さらに、彼女が嫁いできた後、領の近くであったダングテールでは「大きな火災」が発生し、さらに親交のあったド・オルニエールの領主が亡くなってしまったため、ますます西部は過疎ってしまった。そのくせ、トリステイン政府からは代わりの領主もくることもなく、代わりにドニエプル家に西部一帯の管理という仕事が来てしまったのである。ただでさえ広い自分の領地に加え、よそ様の土地も管理するという仕事はバラガン伯一人の手に負えず、かといって老人ばかりの彼の屋敷には、土地の管理を任せられる者がいなかった。そこでバラガンは、頭の回転が速い自分の愛する妻に、ドニエプル領の管理を任せ、自らは新たに任された土地の管理と開拓にあたったのだ。

ナターリアにとっては溜まったものではない。「大貴族の妻として贅沢な生活してやるぜ。ウヒョヒョーイ」と思ってたのに、待ってたのは養老院(屋敷)での暮らしと、広大な土地を管理するというなんともめんどくさい仕事だ。これだったら王都に出していた店でオーナーとして経営に精を出していたほうがよかったではないか。

このときナターリアは、「自分の選択は間違ってたんすかね~」と心のなかでブリミルに問いかけた。

そしてナターリアは、今では屋敷の爺さん婆さんに「ドニエプルの女領主様」なんかと呼ばれ、日々のストレスに胃腸をキリキリさせていたのだが、そんな彼女を悩ますものは土地の経営のみではなく、もうひとつあった。

それは自分の息子であり、ドニエプル家の三男である「変人ジョルジュ」ことジョルジュ・チェルカースィ・ド・ドニエプルのことであった・・・



[21602] 2話 変人ジョルジュ
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2011/09/24 22:50
ドニエプル家は夫のバラガン、ナターリアの二人に男3人、女3人の子供たちがいる。

長男ヴェル・ドネツィク・ド・ドニエプルは18歳。長女のマーガレット・ティレル・ド・ドニエプルは17歳であり、二人とも、今はトリスタニアにあるトリステイン魔法学院で学生として、一人前の貴族になるために必要なことを日々学んでいる。

二男のノエル・ホロドモール・ド・ドニエプルも16歳となった今年の春に、魔法学院への入学が決まっている。
次女ステラも、三女サティも来年には魔法学院に行く予定だ。
ナターリアは忙しい毎日を送っていたが、子育ては自分の手で行っていた。今の貴族では珍しく、乳母を取らずに自分の乳を子供たちにあげ(近くに乳が出る年齢の女性がいなかった)、教育も彼女自らが教師として言葉や社会、魔法の基礎について子供たちに説いた(領内にいた家庭教師は70過ぎてボケがきていた)。

母の熱心な教育と愛情の甲斐あってか、ドニエプル家の子供たちは手もかからず、全員健やかに育ってくれた。
将来、ヴェルにはドニエプル家の長男として家を継いでもらい、他の子たちは一人前の貴族として立派に世に出ていってもらうことが母として、ナターリアの願いであった。

そんな彼女を悩ませている三男のジョルジュも、他の子と同様に育てたつもりなのだが、彼だけは他の兄妹達と大分違っていた。

ジョルジュは4つのころまで言葉を喋ることが出来ずにいた。いや、喋ることは出来たのだが、どこか途切れ途切れで、同い年の子供のように滑らかには喋れなかった。当初、ナターリアはジョルジュのことを「知恵遅れなのか」と心配したが、5つになった時には他の子と遜色なく話せるようになっていたので、その心配もなくなった。

ある時期に、「外の世界を少しでも早く見せたい」という気持ちで、父バラガンは家の男達を1カ月に2,3度、自らの領地の穀倉地帯と、当時開拓を行っていた、領から少し離れた土地まで連れていった。

長男と次男は、快適な屋敷から出て、面白くない土地に行くことが億劫であったが、三男のジョルジュだけは目を輝かせてついていった。いつしか長男と次男は屋敷からでていかなくなり、バラガンにはジョルジュだけがついていくようになった。


大きくなるにつれ、ジョルジュはドニエプルの家業ともいえる農業にのめり込むようになっていた。最初は領内の村に行き、簡単な手伝いなどをさせてもらっていた。村人も領主の息子だからと恐る恐る接していたが、やがては打ち解け、麦の刈り入れや種まきなどをジョルジュにやらせるようになった。

いつしかジョルジュは、屋敷よりも長く畑に立ち、机で勉強をするよりも長く畑を耕し、杖よりも鍬や鎌を多く振る生活が続いた。

父バラガンは「それでこそドニエプル家の男だぁ」と喜んでいたが、ナターリアは自分の息子の貴族らしからぬ行動を咎めた。しかし「母さま、屋敷でぬくぬくしとるのと、家の土地のために働くのと、どっちが意味があるさ?」と言われると彼女は何も言うことが出来なかった。

せめて魔法の勉強はちゃんとしなさいと彼女が言うと、ジョルシュは少し考えてこう言った。
「確かに、魔法を使えるようになれば、畑仕事がうんとたくさんできるようになるさなぁ~」

それからジョルジュは日が昇っている間は外で農民と混じって畑作業をし、夜になると家で魔法の勉強に没頭した。その集中力は素晴らしく、瞬く間にコモンマジックを覚え、さらには兄妹の中で一番早くに系統魔法を使えるようになった。

ジョルジュが13になる頃、彼はラインレベルの魔法が使えるまでに成長した。家族はそのことを大変喜び、バラガンはその祝いとして屋敷の近くにある、小さな畑と牧場を与えた。
ジョルジュはそれを大層喜んだ。
「やっと自分の畑を持てた」とか「トリステイン1のカボチャを作ったる」とか言っていたことをナターリアは聞いていたが、とりあえずまた心配の種が出来そうなので聞かなかったことにした。彼はすぐに牧場に牛や羊を飼い、自らが錬金して作った鍬で畑を耕した。間もなく作物が出来、ジョルジュはとれた作物を王都の市場に卸してお金を稼ぐようになった。

しかし、農民に交じって畑を耕すということは他の貴族とってあり得ないことであり、王都へ作物を卸す過程で、畑を耕す貴族の少年の名はだんだんと広まっていった。またある時、ドニエプル家に王都からの貴族が訪れたことがあった。ジョルジュはその貴族の前を泥だらけの作業着で通り過ぎたことがあった。そんなこともあり、ジョルジュには侮蔑と嘲笑が向けられ、やがて貴族の間で「変人ジョルジュ」という名が彼に付けられた。また兄弟である上の二人の兄にも、「貴族の恥さらし」と呼ばれるなどしたが、本人はいたって気にせず、相変らず畑で作物を作り、また肥料の開発にも取り組むようになった。

彼が開発した肥料は、ドニエプル領に面している海で採れる小魚や貝殻を、乾燥させてから粉にし、それを畑に撒くというものであった。トリステインでは今までなかったこの肥料は、ドニエプル領の土地を今まで以上に豊かにさせ、農作物の量も一段と増やすことになった。
また領地に時々入ってくるイノシシやクマ、オーク鬼などの退治もジョルジュが請け負っていたので、領民からは絶大な信頼を得ていた。

そんなジョルジュは今年で15歳を迎えた。なんと自分で作った作物と肥料を売ったお金で土地をさらに広げていたのだ。牛や羊も増え、今ではハーブやブルーベリーなんかも作っており、最近では次女ステラや、三女のサティも彼の事を手伝っているようだ。しかも彼は母と話したあの日以来、休まず魔法の鍛錬をしており、トライアングルクラスの土メイジにまで成長していた。しかし、そんなよく出来た息子だからこそ、ナターリアは心配した。

ジョルジュはこれからも領地で畑を耕すだろう。しかし、ヴェルが長男である以上、この家の家長になるのはヴェルなのである。しかし領民に人気があるジョルジュが居れば、ヴェルが弟を疎ましく思うだろう。ジョルジュは気にしないだろうが、ヴェルはそうではないだろう。そこからドニエプル家の崩壊につながる恐れがある。だからジョルジュにはこの家を出ていってもらわなければならない。だけど彼はとてつもなく常識外れだ。もう貴族の礼儀なんて絶対忘れてるだろうし世の中に出たら礼儀がどれだけ大事か・・・・なんとか彼にそういう貴族としての教養を身につかせなくてはならない。

そこでナターリアはある決断をした。今日はそれを告げるため、ジョルジュに畑仕事が終わったら部屋に来るようにと告げていた。

外で照りつけていた太陽は大分沈み、窓からは夕闇がさして来た頃、ふと、コンコンコン、と小刻みに部屋のドアが叩かれた。

入ってきなさい、とナターリアが促すと、開かれたドアから、170サント程の背をした少年が入ってきた。肌は太陽に焼かれ続けて小麦色に染まっており、ぼさぼさに伸びている赤毛の髪は後ろでまとめられている。体は少年と呼ぶには、いや貴族と呼ぶには疑問がでてくるほどたくましく、顔には所々に傷が目立つ。

「母さま、言いつけ通りやってきただぁ」

その少年、ジョルジュ・チェルカースィ・ド・ドニエプルは今まで畑でも耕していたのか、額の汗をぬぐい、若干疲れた声でナターリアにそう告げた。

「ご苦労様、それとジョルジュ、何度も言うけど母さまじゃなくて‘お母様’でしょう」

「だって母さまは母さまだべ?意味が通じているんだからそれでいいだよ」

「おまっ...まあいいでしょう。今日はそんなことを話に呼んだのではありません。ジョルジュ、そこの椅子に座っ...あっ!!お前泥落とすなって何度もいってるだろうがぁぁ!!泥落としてから入ってこいやァァァッ!!」

「母さま落ち着いて!!口調が荒れているだよ」

「あら、いけませんね。貴族たるもの常に冷静に、知的に振る舞わらなくてはなりませんのに。さて、ジョルジュ、今日はあなたに言わなければならないことがあります。」

「とうとうおとんと別れるんだべか」

「そんな話どこから出てくるんですか。てか一度もそんな話出たことなかったでしょ」

「だってメイド長のアン婆ちゃん(79)たちが噂してただよ?」

「あんのクソババア共め、まあそれは後であの老い先短い奴らに問いただすとして、ジョルジュ、よく聞いてください。」

ナターリアの顔には多少青筋が浮いていたが、表情は真剣そのものであり、ジョルジュも姿勢を正して次の言葉をまった。



「ジョルジュ、あなたは今年の春に、お兄さんとノエルと一緒にトリステイン魔法学院に入ってもらいます」



[21602] 3話 彼が彼であった頃
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/01 10:11
こんにづは。はづめまして。

オラの名前はジョルジュ・チェルカースィ・ド・ドニエプルっていいます。
長い名前なんで、婆ちゃんたつからは「ジョル坊」って言われていて、子供たつには「ジョルジョル」なんて言われてるだ。

オラ、突然こんなこと言って信じてもらうのもなんだども、オラ、どうやら別世界で死んで、この世界で生まれ変わったらしいだよ...

オラは前世では「鳩村呉作」という名前で、日本のN県で農家やってただよ。家族はおかあと爺ちゃんと婆ちゃん、3人の妹に猫のシュレディンガー(妹が付けただよ)の7人家族、おとんは妹達が生まれてから癌で死んでしまっただ。婆ちゃんは「タバコを一日1カートン吸ってたらそりゃ死ぬわ」と笑ってたけど、おかあは悲しそうだった。

男手がオラと爺ちゃんだけだから、小さい頃から家の田んぼや畑では毎日朝早く働いてただ。力仕事はオラと爺ちゃんが引き受けて、農薬まいたり機械動かすのはおかあや婆ちゃんたつ。妹たつも手伝ってくれたし、隣の家で林業やってる与作のよっちゃん家も、よく面倒見てくれたから高校を無事卒業できただ。

だけどもオラにも青春時代があってだな~、よっちゃんと一緒に仕事が終わった夜中にはヤンチャばっかしてただよ。高校ん時には二人して「血まみれゴサク」、「人斬りヨサク」なんかって呼ばれて県内ではちょっと有名だっただ。(ある時、学校の帰りにスーツ姿のおじさんに呼び止められて「二人ともウチの組に入らねえか?」と聞かれた時には焦っただよ)

卒業した後はすぐに家の農家継ごうと思ってたけんども、おかあに「今の時代ちゃんと学問をみにつけてなきゃだめだ」って言って大学さ通わせてくれただ。おかあ、ありがとう。
大学に行ったオラは農業の事について必死に勉強しただ。特に肥料と農具に関しては人一倍勉強したし、卒業するころには自分で開発した肥料が商品化されてうれしかっただ。

そして大学から帰った後は、家の田んぼで農業に勤しんださ。「日本一のコシヒカリ」を目標に頑張った甲斐もあってか、1ヘクタールあたりの収穫量も味も、近くの農村の中じゃ
一番だっただ!!妹たつは、都会の大学さ行ったし、爺ちゃんも婆ちゃんも死んじまっておかあと二人だけだったけども、最近農業がはやってるんだか、ある日、大学時代の友人の美代ちゃん達が「社員として働かせてほしい」って会社辞めてやってきたんで、またみんなで農業やれてうれしかっただ。

そんな生活が10年ほど続いたのだども、みんなとのお別れは突然やってきただ。
あれは暑い夏の8月の終わり、大雨が降ってた時のことだよ。オラは大雨で田んぼの稲が倒れねえか心配になって外に出たんだ。

実はこん時、こ、こ、婚約指輪買っててな、家に帰ったら美代ちゃんにプロポーズしようと思ってたんだけんども、ダメだったぁ...渡せんかったよぉ...

ちょうど田んぼについた時に雷が落ちてきて、オラはピシャーンッ!!と雷に当たっちまっただ。もう溜まったもんじゃねえさ。なんだか眼がチカチカ白く光っていたし、勝手に体が倒れていうこときかねんださ。そん時なんとなくこんな考えがよぎった。ああ、オラ死ぬんだなって。少ししたら美代ちゃんやおかあがやって来て、何かオラに向かって喋ってるんだけど、雷で耳が馬鹿になっちゃんだろうな、全く聞こえやしねぇ。

段々眠くなってきてさ、もう駄目だとなんか悟っちまった。倒れている最中、婆ちゃんや爺ちゃん、おとんもこんな感じにだったんかなぁって考えてるオラと、まだまだみんなとコメ作りたかったなぁって後悔しているオラがぐるぐる体を廻ってたよ。
美代ちゃん。ありがとう。オラ、実は大学ん時からオメェのこと好きだったんだ。オラの家に来て「働きたい」って言ってくれたときホントうれしかった。
美代ちゃんと一緒に来たくれたシゲルやマナブ、八千代も来てくれてホント感謝してるだ。

妹たつはみんな大丈夫かなあ。



一番上の楓はよっちゃんとこに嫁いだっけな。


真ん中の紅葉はオラと同じ大学で研究員しとるんだっけ。「私の研究で兄さんの畑を日本一にして見せます」って言ってくれたときは兄ちゃん涙が出ただよ。

一番下の柊は都内のOLさんになってけど、悪い奴に騙されてないべかなあ。なんか心配事があったら家族さ頼れよ。オラはもういなくなるけど、おかあやよっちゃんもいるからな。


よっちゃん。悪いけどおら先に行くよ。楓のことヨロスク頼むな。いままでオラのこと面倒見てくれたのにゴメンな...



おかあ、そんなに泣くなよ。オラのほうがつらくなるでねえか。ちゃんとおとんに「おかあは元気でやってるよ」と言ってくるから。





みんな。ほんとにありがと。ちょっと早かったけど、おとんと婆ちゃん達のところに先行ってるだ。







そして、オラは目を閉じただ。少しすると体がふわっと軽くなって、体の感覚がなくなってきただ。雷に打たれてから体の感覚なんてなかったんけども、今は手や脚が初めからなかったような気持ちだ。
天国にむかってるんだかなぁ?と考えてたんだけど、さっきまでなんも感じなかったのに、急に周りが暖かくなった。
どうやら水につかってるんだなと分かるんだけども目が開かんさね。でもなんだろう、この懐かしい感じは...遠い昔に味わったことのある、だども思い出せねえべさ。

そこで長いこと眠っていたように思えただ。おとん達には会えねえのかなあと少し諦めかけてた時、急に今まで浸かっていた水がなくなって、なんかいやに狭いところを通らされただ。通ったら体にひんやりとした風があたってきただよ。

やっと天国さについただろか?と思っていると、またオラの体に水がかけられた。そのあとふんわりとした毛布にくるまされた感覚があって、何かの入れ物に乗せられたようだっただ。周りはがやがやと何か喋っているようで、向こうの人たちが迎えにきただべか?と思っただ。

その頃には段々と瞼が開くようになってきて、初めて来る天国の景色はどんなもんかなぁとワクワクして目を開いたんだども...





そこにはおとうたちはいなかった。代わりに青い目や赤い髪、金髪の婆ちゃんたつがオラをまじまじと見つめてただ。
ありゃぁ~天国って随分と外人さんが多いなぁ。やっぱり天国でもグローバル化の波が打ち寄せてるんだろうかぁ。
オラは挨拶しなきゃと思い、起き上がろうとしたんだども、どうも起き上がることができねぇ。そういやあいやに頭が重いな。あれっ、なんか手がちっちゃくねぇだか?これじゃまるで赤ん坊...
そして気づいただ。オラ、赤ん坊さになってる。



後で母さまから聞いた時、オラが生まれたのはニイド(8月)からラド(9月)に変わった日の夜、外ではまるで誕生を祝福するかの様に、二つの月が屋敷の外で見えていたんだと。まるで「この世界にようこそ」と言っていかのように...



[21602] 4話 彼がジョルジュになってから
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2011/09/15 17:57
しばらくして歩けるようになった頃、始めに鏡で自分の姿を確認した時はびっくりしただぁ...

だってオラのチャームポイントだったそばかすは全くねぇし、短く刈り込んだ黒い髪は、赤く染まってたしよぉ~。ちょっと毛深かったオラの腕も女の子みてぇにツルツルだよ。
何よりオラはもう「呉作」じゃなくなって、ジョルジュっちゅう名前になってただ。

オラが生まれ変わったこの世界じゃと、月が二つあったり、漫画やTVでしか見たことねぇ怪物や動物がわんさかいて、見るもん全てにエライたまげたもんだぁ。しかも魔法なんちゅうもんもあるんだから、さながら映画で観た「ロード・オブ・ザ・リング」や「デズニー」なんかの世界だよほんとにもう。

生まれてからまんず難しかったのは言葉だったさ。生まれた時からこの世界の言葉ばっかさ聞いてたから、少しは喋れるんだども、やっぱ日本語さ覚えとるからどうも素直に聞きとれん。だから4歳ぐらいまで上手く喋ることが出来なかっただ。だどもな、オラを産んでくれた、ナターリアさんが丁寧に教えてくれたもんだから、5歳になるまでに人並に喋れるようになっただ。(ここの土地にはかなり独特な訛りが付いているんだとさ)ほんとナターリアさんはいい母さまだよ。
でも、しつけはすごく厳しい人でな、ある日の夕食で、間違えて母さまのデザートのプリン食べちゃったら、母さまオラの頭をつかんで「お前の脳みそプリンにしたろかコラ!!」って言われた時は、オラもう精神的には40近ぇのに漏らしてしまっただ...

こん時ぐらいにオラのおとんであるバラガンさんに、外に連れってってもらえるようになっただ。そすたらこの人えんらい広い畑もっとるんでびっくりしただぁ!!オラが農業やってたとこは県内では広いほうだども、それの何倍、何十倍ぐらいあるだよ。しかも漁業もやってるつうから、びっくらこいたわぁ。オラ、夢中で麦畑やら漁場なんか見てたら、おとんも「ジョルジュ!!オメェ畑や漁に興味あるっぺか?おとんうれしいっぺよ~」ってオラの頭をくしゃくしゃと撫でてきたんだ。
ああ、このおとんは前のおとうと似てるだなぁ~。(しかもおかあに対して頭上がらねえとこも一緒だった。)

そんで麦の種まきの時にな、おとうが飼ってるグリフォンのゴンザレスに乗って、空から一斉に種を撒いたときにゃあエライ感動しただ!!オラこんなのアメリカのテレビでしか見たことねぇだからな。
オラ、また農業やりてぇって思っちまってな。しかもこのハルケギニアっちゅうトコだと機械や農薬なんかないってゆうじゃねぇか。土もどこさ行ってもいい香りだし、この世界だったらオラが夢見てた究極の「無農薬有機栽培野菜」が実現できると思っただ。

んで、そうはいってもやることは沢山あるだ。オラが最初に知らなければならねぇのはこの国の農業の手法だった。なにせ、前世と違って機械や薬なんかもねぇどころか、肥料もままらねぇ世の中だ。しかも、農業の手法は中世の欧州各国のような手法だから大学の講義で聞いたぐらいの知識しかねーだ。一から教わんなきゃなんねえだよ。

そこで、オラは近くの農村の村長に、畑の作業を手伝わせて欲しいってお願いにいっただ。だけども、突然やってきたこともあったしみんなびっくりしてな、なにより村長も村の人も最初はオラのこと「領主さまのご子息」ってことでみんなよそよそしかっただ。だけどもな、その村でオラと同い年のターニャちゃんって女の子がオラを助けてくれてな、最初は子供同士の輪に入れてくれて、みんなと一緒に働いてたんだ。そするとだんだんと大人たつとも打ち解けることが出来ただよ。

ターニャちゃん...今ではすっかり成長して、美代ちゃんみたく可愛くなっただよ~。

しばらくはターニャちゃんの村で畑作業に勤しんでたんだけどもな、ある時ナターリアの母さまに「村なんかに遊びに行ってないで屋敷にじっとしてなさい!!」て叱れたんだよ。オラ、その言葉に少しムッとしたから「母さま、屋敷でぬくぬくしとるのと、家の土地のために働くのと、どっちが意味があるさ?」って言ってやったんさ。すると母さまは口をつぐんじまっただ。でもすぐに、

「ジョルジュ、確かに我が家の領地のため、畑仕事に精を出すことは大きな意味があります。それは立派です。しかしあなたは農民ではありません。このドニエプル家の三男なのです。あなたが世の中に出るときには平民ではなく貴族として見られるのです。それがどんなに嫌でも変えることはできません。この世界に貴族の息子として生まれてきた者の運命といっていいでしょう。あなたはまだ小さい。これから大きくなったときに何が待ち受けているか分かりませんが、ドニエプル家の者として、貴族として、そして自分自身に恥をかかないようになってもらいたいのです。いま、難しいことを覚えろとは言いません。ですがあなたももう7歳ですし、そろそろ魔法を覚えていってもよい年齢です。だから、せめてこれからは魔法を覚えるようにしなさい」

オラは母さまの言葉に感動しただ。そこまでオラの事を思ってくれるなんて...それに、こっちの魔法は重いものを運んだり、火を出したり、果ては土から包丁なんかの道具も作れるんだから、魔法を身につければいろいろと出来ることが増えるだ。

「確かに、魔法を使えるようになれば、畑仕事がうんとたくさんできるようになるさ~」

よーし、そうなったらオラの夢のため、そしてこんなにオラを気遣ってくれる母さまのために頑張って魔法の練習をするだよ!!

「それにね、上の三人がちーーーーーーっとも魔法覚えねぇからこちとらストレス溜まりまくってイライラしてるんだよぉ~。おめぇだけでも早く覚えろやぁ...」

母さま二面性激しいだよ・・・オラ、肉体的にも成長したのに大きいの少しでちゃったでねーか...

それからはな、畑作業が終わった後に、母さま先生の下、魔法の授業が始まっただ。そしたらこの魔法ってやつがすんげぇ面白くてな、すっかりのめり込んじまっただよ。何より覚えた魔法がそのまま仕事に使えるんだから、こりゃあやるしかないだよ。

そんな生活が何年も続いただ。13の誕生日にはおとんに自分の畑と牧場をもらって、自分で作物を作れるようになったし、妹のステラやサティも手伝ってくれるようになって、なんだかオラが死ぬ前の、家族みんなで農作をしていたころみたいで、毎日がとても楽しいだよ。魔法もいろいろ覚えただ。たまに領内に獣やらモンスターが作物目当てで来るけんど、大抵はひとりで追っ払えるようになったしな。

今はお金を貯めて自分の土地を少しでも広げようとしとるだ。そのためにはこれから頑張んなきゃなんねー。そういえばそろそろ麦の刈り入れの時期だ。オラ、大鎌ブンブン振って刈るの好きなんだよな~。

おっと、なんか過去に浸ってたらもうこんな時間になったさ。今日は母さまに部屋に来いって言われてるから早く急がねえと。しかし、なんの話だかなぁ~



[21602] 5話 母の説得、ステラの乱入
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2011/09/15 17:57
「ジョルジュ、あなたは今年の春に、お兄さんのノエルと一緒にトリステイン魔法学院に入ってもらいます」

「いやださ」

ナターリアの言葉にすぐに拒絶の言葉を返したジョルジュを見たナターリアの視線は、実の子に向けるようなものではなかった。

ジョルジュはその視線に一旦はひるんだが、すぐに母に向け口を開いた。

「だって母さま。オラ15だよ?魔法学院に入るのに年齢は関係ねぇって聞いてるけど、別に今でなくてもよくねーか?オラ今忙しいだよ。来月には麦の刈り入れがあるし...せめて来年からいきてーだよ」

ジョルジュはナターリアにビクビクしながら自分の思っていることを話したが、ナターリアはジロリと睨んで、小さい頃、ジョルジュに魔法を覚えろといったあの時のような声で話した。

「ジョルジュ、あなたはひとりの男として立派に育ちましたけど、貴族らしさはさっぱりです。食事のマナーも出来ていないではないですか。この間も食事で出てきたフィンガーボールの水飲んでましたでしょ。あれは手を洗うものだと何回も教えてるではないですか。それに来年にはステラやサティも魔法学院に入れるつもりです。それなのに兄であるあなたが行かないでどうしますか?これからの将来のためにも、少しでも早く学校で貴族として必要なことを身につけにいくのがあなたにとって一番なのです」

「えっ、ステラやサティも入るんだべか!?ステラは頭がいいからともかく、サティは早過ぎるだよ。あの子さ、まだ10になったばかりでねーか!?あっ、それとこの前メイド長のアン婆ちゃん(79)達がグラスで入れ歯洗ってるの見ちまってな。とてもグラスで飲む気はしねーだよ」

「マジかよ!?あんの糞ババアァァァ!!今度あいつの脳みそ洗ってやる!!」

「母さま落ち着いて。口調が荒れているだよ」

「おっといけませんね。貴族たるもの常に紳士であるべきなのに。それはさておきジョルジュ、妹達の件ですがあなたも分かっている通り、ステラは14歳と幼いですが、非常に頭が良く、今ではあなたと同等、若しくはそれ以上の魔法を使えるのです。魔法学院に入れても問題ないでしょう。サティは・・・もう「特別」です。言わなくても分かるでしょ?あれが10歳の女の子に見えますか」

「母さまの言いたいことは分かるだよ。だどもそれって半ば育児放...」

「黙らっしゃい!!そんなものではありません。私は常にあなた達のためを思って行動をしているんですよ。決して「手に負えねー」だとか「もう子育て面倒」とかでは決してあり得ません。ええ違いますとも」



母の本音がちらちら見えている会話ではあるが、確かに母の気持ちも、ジョルジュには理解できるのだ。下の妹であるステラとサティは、ジョルジュから見ても変わり者だと思えるぐらい変わっているのだ。



次女であるステラ・テルノーピリ・ド・ドニエプルは、ジョルジュと一つ違いの14歳であるが、ドニエプル家では一番の秀才である。
ジョルジュと違い、幼いころから本の虫になっており、彼女が読んだ本の中には、父バラガンが頼み込んでもらってきた王立研究所の研究論文もあった。そして兄妹の中で一番早く魔法を使えるようになったのはジョルジュであるが、一番「強力」に魔法を使えるのはステラなのだ。例えるならば、ジョルジュが魔法でひとつだけ持てるような物を、ステラは二つほど持ち上げるような感じである。ステラの魔法の威力は、初めて見た人は皆、トライアングルクラスの魔法なのかと思われる程であるが、彼女が使えるのは未だに火の一系統のである。

実はステラ、通常のメイジと比べ遙かに魔力の放出が多く、単なるドットレベルの魔法でも通常の2倍3倍の威力を出すことが出来るのだ。
しかし、それゆえコントロールはかなり困難であり、しかもドットスペルの魔法でさえも莫大な魔力を消費する。当初はその魔力が暴走することが度々あったが、生まれついての類まれなる頭脳によって、様々な実験を経て、着々と制御を可能にしている。現在、使える魔法の「数」ならばジョルジュが優っているが、同じ魔法の強さとなるとではステラなのである。

ジョルジュのことは「兄様」といって慕っており、夜中での魔法の練習では、共に練磨し合い、畑や牧場での作業も手伝うぐらい仲がいいのだ。
時折見せる鋭いまなざしはバラガン曰く、「ありゃあ間違いなく母の血を受け継いだ」と言わせている。





家では一番幼い、サティ・オデッサ・ド・ドニエプルは、ジョルジュと5つ違いの10歳であるが、ドニエプル家では一番の巨体である。
ジョルジュと違い、幼いころから体が大きく、6歳の時には身長は180サントに達しており、当時既に父バラガンの身長を抜いてしまっていた。そして兄妹の中で一番早く魔法を使えるようになったのはジョルジュであるが、一番「強力」に体術を使えるのはサティなのだ。例えるならば、ジョルジュが魔法でひとつだけ持てるような物を、サティは素手で持ち上げるような感じである。サティの体術の威力は、初めて見た人は皆、トライアングルクラスの魔法かと思われる程であるが、彼女が使えるのは未だにコモンマジックのみなのだ。

実はサティ、他人よりも成長が著しいことに加え、ジョルジュが前世で習っていたソ連の格闘術、「システマ」を護身術として教わり、単なる護身から自らが使える魔法と合わせることで独自の格闘術へと作りあげたのだ。
しかし、実戦への投入はかなり困難であり、しかも体を動かしながらの魔法の使用は莫大な体力を消費する。当初は兄ジョルジュに敗北することが度々あったが、生まれついての強靭な身体によって、様々な実戦を経て、着々と戦闘スタイルを完成させている。現在、戦闘自体ではジョルジュが優っているが、接近戦のみの強さとなるとサティなのである。

ジョルジュのことは「兄さん」といって慕っており、早朝での鍛錬では、共に練磨し合い、クマやオーク鬼の退治も手伝うぐらい仲がいいのだ。
時折見せる鋭いまなざしはバラガン曰く、「ありゃあ間違いなく闘神の生まれ変わり」と言わせている。


そんな個性が強い妹達は、確かにナターリアには手には負えないだろう。実際、教育を一手に担ってきたナターリアには、ジョルジュを含めた下の3人には早く独立してもらいたいという心境になっていた。

「とにかく、あなたたちには早く一人前の貴族として立派になってほしいのです。ヴェルやマーガレットも来年、再来年には学院を卒業するでしょう。きっと一人前の貴族になっているはずです。ジョルジュにもそうなってほしいのです。母の願いを聞いてはもらえませんか?」

目を潤ませながらじっと見つめられて言われたナターリアの言葉に、ジョルジュは反対の言葉を言うことは出来なかった。

「母さま、そんなにオラの事を思って...分かっただ!!オラ魔法学院さ行って一人前の貴族になってくるだよ」

「よっし・・・ああっ、分かってくれたのですね。それでこそドニエプル家の子供です。」

「今「よっしゃ」って言おうとしてなかっただか?でも母さま、学院には行くとしてもその間、誰がオラの畑や牧場見てくれるんさ。あとターニャちゃんとこの麦の刈り入れの約束も・・・・」



その時、ジョルジュの後ろのドアがバンッ!!と開いて、紅い髪を編み込んだ、黒いドレスを着た少女が舞い込んできた。
肌は健康的に程よく焼けており、160サント程の背丈でたってちいさいメガネをかけているその少女には、黒のドレスと燃えるような赤い髪がより一層彼女の存在を際立たせいた。

ドニエプル家次女、ステラであった。

「そのことなら大丈夫です兄様。兄様が学院へ行った後は私が責任を持って管理します。もちろん私が学院に行く前にはお父様に引き継ぎしますが...」

「ステラいきなり後ろから現れねーでくれさ!!オラこの年で出ちゃいけないもん出そうになっただよ」

「心配いりません兄様。この部屋は別に兄様や私の部屋ではないんで・・・」

「おい娘よ。それはどーいう意味だコラ」

「しかしオメェいつから部屋の外にいたんだ?」

「兄様が「いやださ」って言っている時からです。あっちなみに学院のことは既にお母様から聞いていましたので、ターニャさんへはキャンセル入れておきました」

「おおおうぅい!!オラの返事さ聞かねぇでもう言っちゃったの!?先読みしすぎだよ」

「ターニャさん宅は快く了承してくれました。「ジョル坊頑張れって」伝言頼まれましたよ」

「お、おぅぅぅ...なんて良い人たちなんだべ~。よし、オラ頑張ってくるだよ!!ステラ、畑の事さ頼んだだよ」

「てかお前そこら中に泥落とすんじゃねえよ!!入って来た時から泥つきの作業着のまんまでいやがってこのヤロー。私の部屋だぞ」

「大丈夫です。この部屋は別に兄様や私の部屋ではないんで・・・」

「この小娘がーッ!!あの婆共もろとも地獄に落としてやるわ」


その後、ナターリアの部屋はいろいろ汚れてしまったが、ジョルジュがこの春、トリステイン魔法学院に行くことが決まったのである。







「そういやステラ、サティはなにしてるだべか?」

「サティならお父様に魔法(挌闘)の訓練を受けてると思いますが…そういえば、先ほどお父様の声が聞こえてたのですが、今は何も聞こえませんね...」



[21602] 6話 それぞれ思うこと(前篇)
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/02 11:25
トリステイン魔法学院は王都トリスタニアから馬で二時間ほどの場所に位置する、メイジを養成する学校である。
毎年、トリステイン国内のみならず、近隣諸国の貴族達の家からも留学として学院に入学してくる者が多数おり、生徒にとっては多くの同年代と接することが出来る社交場としての場でもある。
もちろん、入学してくる者には、親の爵位に鼻をかけ、貴族らしかぬ下劣な行為を行う者もいれば、真剣にメイジとしての道を進もうとする者、将来の妻を見つけに来る者、親に見放され、半ば屋敷から追い出されるようにこの学院に入らされる者と彼らが学院に来る動機、目的は様々である。

また学院の周囲は高い石壁に囲まれ、その壁からは石を割って伸びる木の芽のように、5本の塔がそびえたっているのだ。もっとも、各国の貴族の子息、令嬢が来るのだから、これぐらいの安全管理は当たり前かもしれない。

ジョルジュを乗せた馬車は巨大な正門から石の壁をくぐり、これから3年間を過ごすであろう学院寮の前で停まった。

「やっとこさ着いただ~」

ジョルジュはそう言って、長旅で強張った体を動かしながら馬車から下りると、ハァと息をはいた。彼の目の前には、自分の住んでた屋敷よりも広いトリステイン学院寮がドンッとそびえ、彼の到着を待っていた。

「あ~しっかしえれぇ広いところだなぁ~。だどもウチの領地より王都に近いって~のに、周りには何もないだなぁ。オラの前の家でも、SA○Yぐらいはあっただよ」

ジョルジュの言うとおり、学院の周囲には店や民家などはなく、ただ草原が広がるばかりであり、少し先に森があるくらいだ。なので、学院への物資は王都から取り寄せるしかなく、外出も馬を使用しなくてはとても移動することはできない。学院で働く平民たちも、学院内に作られた宿舎で寝泊まりしているのだ。これは見る人が見れば、貴族の息子、娘をまとめて捕まえている、半ば牢獄のように感じるだろう。そして周囲を囲む石壁と5つの塔が、一層その雰囲気を醸し出している。

そんなことはお構いなしのジョルジュであるが、彼には先程からひとつ考えていることがあった。

「せっかく広ぇトコがあるんだから、何か植えてぇなあ~。先生たつは許可してくれるだか?」

どうやら彼の農業への気持ちは、どこへいっても変わらないようだ。「そうだ、せっかくだから花でも植えてみるか」と、そんなことを考えながら、ジョルジュは馬車から荷物を降ろし、学院からの手紙に書かれていた部屋へと運ぼうと荷物を手に取った。御者としてついてきてくれたダニエル爺さん(65)は疲れて馬車の中で寝てしまっているが、彼はひとりで生活品や農具のはいった荷物を持ち、自分で持ちきれないものは「レビテーション」で浮かせた。

さて、いざ寮に入ろうとしたとき、ふと目に留まったのは、壁際で指で自分の金髪をクルクルしている男子に口説かれている、長い金髪を縦にロールしている女の子だった。彼のよく知っている人物だ。すぐに駆け足で彼女に近づきながら大きな声で彼女の名を呼んだ。

「お~い!!モンちゃ~~~~ん」






モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシは学院に入学するため、屋敷を出る前日の夜、母からこう告げられた。

「モンモランシー、あなたはこの春からトリステイン魔法学院へ入学しますが、ぶっちゃけ勉強とかどうでもいいので、少しでも大きい貴族のご子息を捕まえてきなさい」

「お母様ッ!?」

食事の最中、しかも家族で食べる最後の食事の途中に、モンモランシーはいつもの彼女からはあまり想像できない声が出た。それもそうだ。実の母から尻軽女になれと宣告されたようなものなのだから。

「いいですかモンモランシー、世の中ぶっちゃけお金です。わがモンモランシ家は夫やおじい様のアホな行動によって干拓に失敗し、借金で首が回りません。今ある収入は、私が友人から譲り受けた化粧品店からのみ。それでもアホなあなたの父のおかげで借金は無くならないのです。ですから我がモンモランシ家が立ち直るためには、アホに頼らず玉の輿に乗るのが一番なのです。ほんとあの人死ねばいいのに...」

なんてこと...いつも知的できれいなお母様からこんな言葉が出てくるなんて。てかお母様、どれだけお父様のこと恨んでるのよ。ほら、向かいに座っているお父様、半分涙目になってるんだけど!?

「それとモンモランシー、借金で経営難の我が家にはぶっちゃけあなたの生活費を見る余裕なんてありませんので、学費は出しますがあちらでのお小遣いは自分で何とかしなさい」

「そんな、あんまりよ!!自分の店に出している商品の香水は全部私に作らせてたクセに、お母様1エキューも私にくれたことないじゃない!!しかもお母様が作る化粧品さっぱり売れてないじゃない。なによ付けまつ毛って!?誰も買わないじゃない!!」

「時代が私についてきてないだけですモンモランシー。あと10年もすれば私の化粧品は世の女性を虜にします」

「もう、なんでそんなことを最後に言うのお母様...私明日にはこの家をでるのよ?それなのに最後の会話がこんなのって...」

「ぶっちゃけ人生は得てしてそういうものです。あっそれと香水で新作の出来たらレシピだけは送ってくださいね」

「ウっさい!!絶対お母様の言うとおりになるもんですか!!」

そんなやり取りをして、モンモランシーは学院に入った。自分だけはしっかりと自立してやる。恋人だって自分で決めるわ。そう心に誓い、寮への荷物を運び終わった彼女は少し学院内を歩いていると、

「ああ!!待ってくれそこで羽ばたいている美しい金の蝶よ!!」

いきなり現れたのは金髪をなびかせ、手には赤いバラを持った端正な顔立ちをした少年であった。モンモランシーは「早速変なのよってきたな」とは思いながら、この変な少年に自分の心を悟られないよう、

「あら、上手なこと言うじゃない。お名前は何というのかしら?」

「ああっ、僕は君への愛の奴隷ギーシュ・ド・グラモンさ。そして君のような美しい蝶を見つけることが出来た世界で最もな幸せな愛の探求者さ」

行ってることは理解不能だったが、そこまで好かれるのは女性として悪いものではない。顔は間違いなくイケメンであるし、グラモン家といえばトリステインの陸軍元帥を務める大貴族ではないか。
母と同じ考えは癪に障るが、なんか勝手に喋ってるこの少年に、ここでツバつけとくのも悪くないわねと考えていると、向こうのほうから

「お~い!!モンちゃ~~~~ん」

と随分と聞きなれた声が飛んできた。その声のした方に顔を向けるとこれまた随分と見知った顔があった。まさか...ジョルジュ!?

「あんた、なんでココにいるのよ!?畑仕事が忙しいんじゃないの!!」

「いや~オラも急にこっちさ来ることがきまってな。モンちゃんのおかあにモンちゃんも入るって聞いてたからどっかで会えねぇかなあ~って思ってたんだどもさ、まっさかこんな早く会えるとは思わなかっただよ~」

「ハァ、わたしの周りには変な人がついて回るのかしら・・・」



モンモランシ家とドニエプル家は親交がとても深い。ジョルジュの母ナターリアが化粧品店を営んでた時、モンモランシーの母から香水を卸してもらっていたこともあり、ナターリアがバラガンへ嫁いでからもたびたびお互いの家を行ったり来たりするのだ。(ナターリアは時々「あの女が来るとちょくちょく私の宝石とか無くなるんだけど...」と家族に愚痴を漏らしていた)

その際、モンモランシーはジョルジュと知り合うのだが、領地の畑を耕している姿に最初は戸惑った。何度かドニエプル領を訪れた時、モンモランシーは自分からその少年に声をかけた




「あなた、貴族なのに畑なんて耕して、貴族としての誇りはないの?」




するとジョルジュは鍬をそっと置いてこう答えた。


「オラ、もともとこういう仕事好きだしな。それに植物さ作ってると、愛情が出てくるし、植物もオラに懐いてくれるみてぇでなぁ。なんかやめられねぇんだよ。それにオラん家の畑でいっぱい作物さ実れば、家族も村のモンもみんな笑顔になるんだ。オラ、その笑顔だけでも十分やる意味さあるんだ」

顔を泥に汚して、そう口にした後にニッと笑った少年の顔に、モンモランシーはドキッとした。そして彼女は自分が言ったことを謝り、少年と改めて知り合いになった。
そのことがきっかけとなり、モンモランシーとジョルジュはお互いの家に来る度、よく二人で話をした。どんな作物を植えるかや、最近香水を作り始めたのとか身の回りの話や、果ては最近アン婆ちゃんの夢遊病がひどいことや私の家なんてメイドが半分いなくなったのよとかの愚痴とかも喋り合った。二人で行動するときには常識外れのジョルジュにモンモランシーが幾度も手を焼いていたのだ。

いつしかモンモランシーにとって、ジョルジュは手間のかかる奇妙な友人となっていた。
しかし、そんなジョルジュだからこそ、素直な気持ちで、何でも喋ることができたのだ。


「てかアンタの荷物何よ?鍬に鎌に鋤にピッチフォークにじょうろに...あとそれなんかの種袋ね。アンタ学院の土地を畑にする気?」

「いんやぁ~まだ分かんねぇけどな?やっぱ土いじくってねぇと落ち着かないんだよ。だからなんか植えてもいいか先生に聞いてみるだよ」

「まて、君、今は僕が彼女に話しているんだ。だか『へぇ~そう。だったらいろいろ花なんか作ってよ。上手くいったら香水の材料に出来るかもしれないしね』

「いいかい。君が横から出てきて彼女が『モンちゃんはホント香水すきだなぁ~。でも香水作るとなると、えれぇいっぱい花がひつようだっぺ?』

「ちょっと君、人の話を聞いている『それは大丈夫よ。私だったらふつうの花束ぐらいの量があれば作れちゃうから。ジョルジュだったらすぐに咲かせれるでしょ?』

「なに?じゃあ君があの変じ『オラ、神様じゃあるめぇしそんなすぐには作れねぇだよ。モンちゃん相変らず地味にキツイこというだなあ』

「フンッ。噂どお『あら?みんなの笑顔で十分やる意味はあるんでしょ?私の笑顔だけじゃ物足りないって?』

「だ『それ言われると何も言えねぇだよ~。まあ花植えてぇっては思ってたし、気長に待っててよ。』

『ありがと。楽しみにまってるから』

ジョルジュとしては学院に来てすぐに親友と会えたことで十分嬉しかった。それになによりモンモランシーにいったあの時の言葉には偽りがなく、今でもそう思っている。
だからこの時彼は、普段領地では見られない花を咲かせていこうと決めたのだった...



「勝手に終わらすなーー!!人の話を聞けェーーーーー!!!!」

「「あ、ゴメン(だよ)なさい」」



[21602] 7話 それぞれ思うこと(後篇)
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/05 20:27
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは学院に宛がわれた自分の部屋で、ヴァリエール家から持ってきた魔導書の一冊をめくっていた。
その本は幾度と読まれたのか、ページの所処がかすかに汚れていた。
ルイズは本をめくりながら、静かに溜息を吐いた。
自分は何度この本を読んだのだろう。もう開かなくても書いてあることが分かるぐらいなのだ。初めて読んだのがいつの頃かももう覚えていない...


私は貴族であるのに魔法が使えなかった...



お母様はかつて、「烈風のカリン」として魔法衛士隊の隊長を務めていた。その血を引き継いで産まれてきたエレオノールお姉さまは今では王立魔法研究所の研究員として国のために働いている。ちぃ姉さまだって、今は体の具合が悪いけど、トライアングルクラスの魔法を使うことができる。

私だけ...私だけが魔法を使えないなんて...

私は知っている。他の貴族や、領内の平民も、使用人でさえも、陰で私の悪口を言っていることを...。「貴族のくせに魔法も使えない」・・・・

お父様は「私の小さなルイズ、魔法が使えぬことを気にするな。魔法が使えようが使えなかろうが、お前は私の大事な娘なのには変わりない」って言ってくれたけど、

ちぃ姉さまは「ルイズ、焦らなくていいのよ。きっといつか魔法が使えるようになるから...」
って言ってくれたけど、その優しい言葉が余計私の心に傷を刺す。

嫌だ、嫌だいやだいやだいやだ!!私はヴァリエール家の三女なのだ。
今日から魔法学院の生徒となったのだ。きっと魔法を使えるようになってみせる。そして周りから認めてもらうんだ!!

バンッっと強く本を閉じたのと同時に、ふと、窓の外から声が聞こえた。ルイズは椅子から立ち上がり、窓のそばによって外を見た。
窓から下を見ると、貴族であろう少年がシャベルを使って土を耕しているのが見えた。

あれは確か...ジョルジュだっけ。以前、屋敷に両親と一緒に来ていたのを一度だけ見たことがあるわ。
貴族の息子なのに畑仕事をする...私にはわからない。貴族なのに平民の仕事をするなんて、考えられないわ。でもなんだろう、すごい楽しそうね...

ルイズはジョルジュと顔を合わせたのは一度きりである。実際に彼の顔を覚えてはいなく、土をいじっているその姿を見てやっと記憶から出てきたほどなのだ。しかし、彼女はなぜだか無性に、外にいるその少年と話をしたくなった。


彼は私のことを覚えているだろうか。


ふいに彼女はそう思い、少年に声が届く場所へ、寮を出ようと窓を離れ、自分の部屋のドアを開いた。








キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーは開けた窓からその赤い髪を風になびかせ、下で土をいじくっている貴族?な少年を観察していた。

「変な子もいるものねぇ~。顔は人並みみたいだけど、土を耕す貴族なんて聞いたことないわね。それともトリステインじゃあれが流行ってるのかしら?」

歳の割に大人びた雰囲気と容姿を持つ彼女は、トリステインの出身ではなく、トリステインから北東に存在する国、ゲルマニアから留学してきた。

かつてキュルケは、ゲルマニアにあるヴィンドボナ魔法学校に通っていたのだが、そこではいろいろと問題沙汰を起こしており、その後もいろいろとあり、半ば逃げるようにトリステインへ来たようなものなのである。
(キュルケ本人は全く意に関してない)

「彼、土の扱いは上手でも女の扱い上手くなさそうね...まあ暇な時にでもからかってみようかしら」

キュルケはそんなことを考え、外へ出ようと窓から離れた。ゲルマニアの女性は、トリステインの女性と違い積極的だと言われている。キュルケもご多分にもれず、まだ寒さが残る春の夜に、自分を温めてくれる殿方を探しに行こうとしたのであった。

キュルケがドアを開けて廊下に出ると、向こうのほうで、階段を降りていく、桃色のブロンドが目に入った。

「あれはヴァリエールの...」

そう呟きながらキュルケが階段に向かって歩き始めたとき、ドンッと真正面に、誰かとぶつかった様な衝撃を受けた。
キュルケは左右に顔を動かして何とぶつかったのか確認しようとしたが、彼女の前には誰もいない。ふと、目線を下へ動かすと、青い髪の小さな頭が目に入ってきた。
その頭が下に下がると、眼鏡をかけた少女がキュルケの顔を見上げている。キュルケは自付と同じ色のマントを付けているのを見て、自分と同じ新入生だとは分かった。

(この子何歳なのかしら・・・15、6には見えないわね)「あ、あら、ごめんなさい。」

キュルケがそう言うと青髪の少女は少し何かを考えるような顔をし、やっと聞こえるかどうかの声で

「・・・・いい」

とだけ呟き、さっさとキュルケとは反対側のほうへ歩き出しっていった。

「アッ、待って!!」

キュルケはさっと振り向いて彼女を呼び止めた。なぜそうしたのかキュルケ本人も分からなかった。いままで会ったことのない、その少女の雰囲気に興味が湧いたのかもしれない。

「あなた。トリステイン出身じゃないでしょ?雰囲気でわかるもの。私キュルケっていうの。あなたの名前は?」

少女はスッと立ち止まり、まるで呼び止められたのが珍しいような顔でキュルケを見ていたが、やがてその小さな口を開いた。

「・・・・・・タバサ」

「そう、同じ学年同士、これからヨロシクね。タバサ」

するとタバサは表情を変えず、そのままキュルケに背を向けて歩いていってしまった。しかし、キュルケにはそんな彼女が、笑っていたように見えたのだ。

「・・・・フフッ、なんだかこっちは面白そうね」

キュルケはこれからの生活にかすかな期待を予感し、そして当初の目的を思い出して階段へと急いだ。








「オスマン校長、今年の新入生が全員寮に入ったとのことです」

魔法学院の中にあるひときわ大きい一室で、ジャン・コルベールは椅子の背もたれに寄りかかり、水タバコをふかしている老人、魔法学院校長オールド・オスマンにそう報告した。
その一室「校長室」には机が2つ置かれてあり、一つはオスマン校長の席であるが、もう一つの机の主人は、今は部屋を出ている。

「オスマン校長、ミス・ロングビルはどちらへ?」

「おお~。ミス・ロングビルなら女子寮のほうへ行って寮の様子を見に行ってもらっとるよ。ワシが行こうとしたんじゃが、「私が行きます」っていってのぉ~。ところで、今年の生徒はどうじゃね?ミスタ・コルヘーヌ」

「コルベールです。器用に間違えないでください。てかそこまで言えるんだから、間違えないで言おうよ。今年も例年と同様な人数ですオールド・オスマン。留学生も数人いますが、みんな無事に寮に入りましたし、問題はないと思います。」

「フム、そうかそうか。しかしコルペーヌ君。今年もあのドニエプルの息子たちが入ってくるのを知っとるじゃろ?」

「コルベールです。いい加減訴えますよ。ええ知っていますよ。しかしそれがなんだと...」

「ワシには隠さなくていいんじゃよぉ?コルベル君。実際、今日入ってきた弟たちが「どっち」に似ているかはお主たち教師たちには気になるトコロなんじゃないかのぉ?」

「ヴェル君とマーガレット君ですね。‘止水’と‘酒客’の二つ名で呼ばれて、それぞれの学年で有名ですからな。しかし、二人とも極端な性格ですからね、どちらも優秀な生徒なのですが...」

「ホッホッホ、先生たちは二人に手を焼かされてたからのぉ。今度の弟たちはどんな子たちか話題にしとったじゃろ。特に末の弟は、かなり変わった性格だと聞くぞ」

「私から見ればどんな子でも同じ生徒ですよオールド・オスマン。他の先生方は分かりませんが、私は分け隔てなく見ますぞ」

「ホッホ、さすがはゴルベール君じゃ。明日からが楽しみじゃわい」

そう呟いて笑ったオスマンの口から、紫色の煙が噴き出された。それは風船のように宙に舞い、窓の外で輝く双月を隠すかのように部屋の中を踊った。





 




 土は肥え、種もそろいつつ、


 そして種は物語を作る芽を出す



 様々な種は幾重にも物語を生み、

 時として彼らが予想もしない結末を咲かす



 それを知るは空で見つめている太陽と双月のみ


そしてジョルジュの物語はひとつの年を重ねてから伸びていくのです



[21602] 8話 春は始まり、物語も始まる
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/05 02:00
まだ夜も明けきらない早朝、トリステイン魔法学院にそびえる5つの塔が、まるで朝の光を一身に浴びようとするひまわりのように建っている。その中の一つ、土の塔の下を一人の女性が歩いていた。


同年代の女性では比較的、背の高い方であろうその身体は寝間着のままであり、下は裸足であった。
女性の足は歩くごとに左右に揺れ、地面につきそうに伸びている長い髪は、まだ明けきらない朝の闇に紅く光っていた。

右手にはワインの瓶だろうか、既に栓が抜けているその中身はほどんどなく、左手にはまだ栓が抜けていない小瓶が持たれていた。

しばらく歩くと、彼女は目当ての人物を見かけた。目的の人物は石で囲まれた花壇の前にいた。花壇の4分の1の広さに立てられた数本の木の棒には、弦を絡ませて実をつけている植物が育っている。その実をもいでいる少年の顔には、幾つもの傷痕があり、短く切られた髪は女性のものと同様、紅く光っている。

女性は少年の元に近づいていった。朝特有の涼しい風が、女性の長い髪を少し揺らした。


「あんたも朝からよくやるわね~」

少年は女性の声に気づき、額についた汗をぬぐって彼女の方を向いた。

彼女を見た少年は、寝間着に裸足の彼女を見て半ばあきれたような声を出した。


「マー姉...いくら朝早いからってその格好はないよ~」

「いいのよ...これから寝るし」

「寝るの!?ちゃんと朝食までに起きれるんだか!?」

「あんな重い朝食なんて私にとって飾りよ。私の主食はワインだから...」

「ちゃんと食べるだよ!!てかこんな朝早くからまた飲んでるだか?ものすごい酒臭いだよ」

「「から」じゃなくて「まで」よ。失敬な」

「余計悪いだよ!!どんだけ飲むんだか!?」

「いいのよ。‘酒客’のマーガレットにとって、お酒は命の源みたいなものだから。それよりジョルジュ、アンタ来た時に比べて大分訛りが抜けたんじゃない?来た時のあんたはドニエプル弁アリアリだったからね~」


そう言ってケラケラ笑っている女性、マーガレット・ティレル・ド・ドニエプルの奔放さは今に始まったことではないが、少年、ジョルジュ・チェルカースィ・ド・ドニエプルは少し溜息を吐いてからフフッと笑った。そして目の前にいる姉にこう答えた。


「もうここへ来てから一年たつだ。みんなと一緒に過ごしてたら、やっぱり馴染んでくるだね。自分でもびっくりしてるだよ。しかし...マー姉はこんな朝早くからなんでココに来たんだか?」

マーガレットは自分の左手に持っていた瓶を前に突き出し、右手にある酒瓶から一口だけ飲んでから、自分の弟に答えた。


「ホラ、あんた今日は使い魔召喚の進級試験でしょ?ノエルならともかくあんたは失敗はしないだろうけど、一応景気づけとお祝いを兼ねてのお酒よ。この時間なら大抵アンタはここにいるからね。コレ渡すためにここまで来たの。」


「あ、ありがとうだよマー姉。だけどコレ大丈夫だか?栓が閉まってるのに、アン婆ちゃんの口の臭いがするだよ...」


「名酒ほど臭いはキツイものよ。まあ、もっとも私のオリジナルのお酒だから。試飲も兼ねて、飲んだ後に感想をよろしくね」


「心配だよ~。なんだこれ?まだ栓も開けてないのにドキドキするだよ...」


弟の心配を他所に、マーガレットはケラケラ笑って踵を返すと、「じゃあ頑張りなよ」とだけ言って、その場から動いた。
魔法で飛んで帰ればいいのに、杖を忘れたのか揺れる足取りでジョルジュから離れていった。


ジョルジュはマーガレットが視界から消えたことを確認すると、異様な臭いのする瓶を地面に置き、まだ終わっていなかったヘチの実の残りをもいでいった。






トリステイン魔法学院では春の季節、新しい新入生が入ってくるのと同時に、「召喚の儀式」と呼ばれるものが行われる。
学院で1年間過ごした生徒が、2年生に上がれるかの進級試験でもあるこの儀式では、毎年生涯のパートナーとなる使い魔が召喚される。
そのため、生徒の学院生活の中ではかなりの重要度を占めており、当日となればだれが何を召喚するかしたかの話題があちらこちらで聞こえてくるのだ。


そんな、進級試験を受ける一人であるモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシは、召喚の儀式をする場所とは反対側の場所にいた。

「モンちゃんお待たせだよ。」

歩きながら彼女に声をかけたのは、先程まで花壇の土に水をかけていたジョルジュであった。彼は、召喚の儀式が始まる直前に、この花壇の土に水をやりに来ていたのだ。集合場所にいないことを知ったモンモランシーは、彼がいるであろう学院の花壇を2,3か所探し、ようやく見つけたのだ。


「ちょっとジョルジュ!!あなたもうすぐ儀式が始まるわよ!!あなた結構最初のほうなんだから急がないと!!」


「えっ、もうそんな時間だか?結構時間掛っちまってだよ」


「もう、今日は水やりを早めに済ましときなさいって言ってたのに...」


そう呟いたモンモランシーに、苦笑いを浮かばせながら、申し訳なさそうにジョルジュは謝った。

「ごめんだよ。あっ、そう言えば向こうの花壇で植えてたヘチの実を朝に収穫しただ。今日の夜でもモンちゃんの部屋に持っていくだ」


「あら、ありがとう。これでヘチの実の化粧水を作ることが出来るわね。少しはまとまったお金が出来るから...新しい原料でも買いに行こうかしら」


「モンちゃんなんだか逞しくなっただな~。昔からは考えられないだよ」

そう言ったジョルジュから顔をそらし、モンモランシーは遠い場所を見て、何かを悟ったかのように言葉を漏らした。





「女はね、一度やると決めたらトコトンやる生き物なのよ...」






一年前の夏、モンモランシーが実家に帰郷して、屋敷で過ごしてた時、ある日の朝食で母が彼女にあの時と同様な口調で語りかけてきた。


「モンモランシー、ぶっちゃけ我が家の家計は相変わらず火の車です。それなのにあなたったら玉の輿の「た」の字も出てこないような雰囲気。やる気あるのですか?全く」


「ホンキで言っているのですかお母様!?」


モンモランシーは少しキレ気味で母の言葉を確認した。冗談じゃない。入学のときに決めたのだ。自分の将来の相手は自分で決めると。この母の言うとおりになるのは本当に嫌なのだ。


「お母様、私は学校へ男を漁りに行ったのではありません。立派に自立できるよう、貴族として、メイジとして必要なことを学びに行っているのですよ」


「まだそんなことを言っているのですか。いいですか。わがモンモランシ家では男どもはぶっちゃけ役立たずです。アホ共は無視して、お金を持っている家に嫁いでいくことが、家を存続させるための唯一の方法なのです。自立されたらぶっちゃけ困るのです。主にわたしが」


「だからお母様も少しはまともな商品を作ってよ!!知ってるのよ。うちの化粧品店の売り上げの8割は、私が作った香水だってこと。そしてお母様の商品は全然売れてないってことも。なによ、こないだ発明したっていう「付けチクビ」って。なんでワザワザあるものを付けようとするのよ!?」


「時代はゲルマニア女性のような「エロス」に突入しているのですよモンモランシー。ドレスや服の布越しに見える...男はそんなところに心を打たれるのです。」


「ただの変態じゃないのよそれ!!どんな貴族よ!?とにかく、自分の相手は自分で見つけます」


「まあ、私としてはお金が入ればぶっちゃけ誰でもいいのですが...」


「ウっさい!!もうヤダこの家。絶対卒業と同時に自立してやるわ!!」


そして彼女は、卒業と同時に自分の商品を扱う店を持とうと決めたのだ。そこで彼女は実家から帰ってきてから、開業資金をためるようになった。
そのために現在、ジョルジュを巻き込んで学院内で自分が作った化粧品を販売しているのだった。
化粧品の材料となる植物を、ジョルジュに頼み込んで作ってもらっている。最初は戸惑ってた彼だが、

「変わったものを育てるのも楽しいだよ」


とヘチの実をはじめ、美容効果のある野菜や植物を作ってくれている。もちろん香水の原料となる花だって彼が育てたものだ。(母とは違い、売上の一部はジョルジュへ渡している)


そんな風に、貴族というよりも商売人として成長しているモンモランシーは、ふとジョルジュが持っている小瓶に目をとめた。


「ジョルジュ、あなたそれ何なの?なんか変な臭いするんだけど...」


「これか?今日の朝にマー姉からもらっただよ。なんでも景気づけに飲むお酒だって。変な臭いするけど...」


「ちょっとホント臭いわよそれ!!なんか魚臭いんだけど!?」


「ほんとに飲めるかオラドキドキだよ。正直召喚の儀式よりもこれを飲む方が緊張するだ」


「そうね...それ飲んだら出来るものもできなくなりそう...ってもう時間じゃない!!ほらっ、もういくわよ」


モンモランシーはジョルジュの瓶が握られていない方の手を取ると、生徒たちの集合場所へ向かうためにフライを唱えた。
引っ張られて浮かんでいくジョルジュも慌ててフライを唱え、二人はともに目的の場へ飛んでいったのだった。


その光景を、教室の窓からのぞいていたのは姉、マーガレットであった...



「へぇ、季節と一緒にあの子にも春がきたのかなぁ...フフフッ」


「ミス・マーガレット!!授業に集中しなさい!!」


「・・・ほ~い」



[21602] 9話 召喚の儀式
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/05 20:24
モンモランシーとジョルジュが集合場所に着いた時、既にあちらこちらに学院の生徒が集まっていた。各々グループを作って話していたり、一人でいたりする者もいる。
皆それとなく緊張しているのだろうか、普段とは違う空気が立ち込めている。


「いや~間に合って良かっただよ~」

「アンタが遅かったからでしょ。ほんと間に合って良かったわ。あっ、向こうでコルベール先生が出席を確認しているから行きましょ」


2人は20メイル程先にある、とりわけ生徒が集まっている場所へと歩いていった。その集団の中心には、今回の儀式の責任者でもある教師、ジャン・コルベールがおり、羊皮紙に出欠の確認を書いていた。羊皮紙には、今年で2年生となる学生の名前が書かれており、この場にいる者には名前の横に丸印を記している。もう、ほとんどの生徒がいるらしく、丸印が付いていない名前はジョルジュとモンモランシーの二人と、数名程度であった。


「コルベール先生!!今きただよ~!!」


「ん、おおっ、ミスタ・ドニエプルとミス・モンモランシですね。君たちも来たと・・・っと、そうなるとあとは3名ぐらいですね」


「先生、あとどれくらいで始まるだか?」

「みんなが揃い次第、説明をしてから始めますよ。召換は一人ずつ行いますので、呼ばれるまでは、比較的自由にしてくれても大丈夫ですぞ」


「分かっただ。ありがとう先生。」


2人がコルベールのもとを離れ、どこか腰かけるところはないかと探していると、数本の木が生えているその下に、見知った姿の女生徒がいた。



同じ場所をぐるぐる行ったり来たりして、何かブツブツ言っている。彼女の特徴でもある桃色がかかったブロンドの髪は、歩くごとに左右に揺れていた。

「・・・・・おおっ、ありゃルイズじゃねーだかよ。何やってるんだあ?そこらへん行ったり来たりして」


「あの子なりに悩みまくってるんでしょ。ちょっとあっちに行きましょ」


ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは今日の召喚の儀式の手順を、昨日から今に至るまで何度も確認していた。
今日の召喚の儀式は、一年生である彼女たちの進級試験も兼ねている。これで成功しなければ2年生に上がることができず、学院を去らなければならない。
それはヴァリエール家という大貴族の娘として産まれてきた彼女にとって、あってはならないことであった。ルイズは、この一年間における授業の成績は目を見張るものがあった。座学においては学年の中では1,2を争うほどの出来だ。
しかし、彼女はこの学院での生活の中で、魔法を成功したことはなかった。コモンマジックも系統魔法も、彼女が唱えるといつも爆発を起こしてしまう。

そんな彼女はいつしか、魔法の成功率ゼロ、「ゼロのルイズ」と呼ばれるようになっていた...





・・・よし、召喚の手順は完璧に覚えたわ...今日は何が何でも成功させてやるんだから!!由緒あるヴァリエール家の娘として、立派な使い魔を召喚してみせるわ。
そしたら誰も、私の事を「ゼロ」なんて呼ばせないんだから...!!


彼女の気持ちは時間と共に徐々に張りつめっていたのだが、そんな時、不意に彼女の背中から声がかかったのであった。


「あんた、なにそんな緊張しているのよ?」

「ルイズ、オメェ一人で何ブツブツつぶやいとるだぁ?」


ルイズが振り向くと、目の前にはモンモランシーとジョルジュ、いつもの二人組がいた。モンモランシーはこちらを心配するような目つきで、ジョルジュはいつも通りの、少し気の抜けた顔をこちらに向けていたのだった。




ジョルジュとモンモランシーは、ルイズにとって気の許せる数少ない友人であった。ジョルジュとは小さい頃には一度会っているのだが、学院に入学するまでに2人は再び顔を見せることはなかった。再び出会ったのは魔法学院の寮に入った日。寮の窓から下を眺めた場所に、ジョルジュが土を耕しているのを見て、彼女はかつて屋敷にきた少年の事を思い出した。
そして、彼と無性に話したくて、寮を出て少年に話かけた時のことを今でも覚えている。


「ちょっとアンタッ!!」

「ん?」

「わ、わたしのこと覚えてる?」

「なにさ急に...ってあっ、オメェたすか、ヴァリエール公爵んトコの娘さんでぇ~ルイズじゃねえべか?」


お、覚えててくれたっ!!



「フ、フンッ。良く覚えてたわね!!まあ由緒あるヴァリエール家の娘だから覚えてて当然でしょうけど...」

「だって~オメェさん...オラがオメェさん家に行った時、お姉さんだか?ほっぺ引っ張られて泣いてたでねぇかよぅ。忘れられねぇだよ~」


「そ、そんなことはいいわっ!!もう忘れなさい!!...それよりもあんた、入学初日に土いじくって何してんのよ?」


「モンちゃんがさ~。香水のための花育ててほしいっつてだな、先生に許可さもらって幾つか花の種蒔いてるだよ」


「誰よモンちゃんって...」


その会話がきっかけとなり、次の日から二人は気軽に話すようになった。やがてジョルジュの紹介もあって、モンモランシーとも知り合いとなった。それからルイズが落ち込んだ時や、魔法に失敗して落ち込んでいた時に、二人が励ましてくれるようになった。


「モンモランシーにジョルジュ...フ、フンッ!!別に緊張なんかしてないわよ!!」


「そう?どうでもいいけどアンタウロウロし過ぎよ、アンタが歩き回ってたところなんか草がなくなって道になってるわよ」


「そ、そんなわけないでしょ!?それよりも何しに来たのよ!!」


「ホラ、召喚の儀式が始まっても、順番が来るまで時間があるでしょ?だから話相手にでもなってもらおうかなって...」


「しょ、しょうがないわね...いいわ。私の番が来るまで話相手になってあげるわ」


若干顔を赤くしながらルイズはそう言うと、おもむろにジョルジュの方を向き、指をさし言った。

「ところで、私の心配よりもあんたのお兄さんを心配した方がいいんじゃないの?ジョルジュ。あれを見なさい。アイツの周りだけ空気が沈んでるわよ」

そしてルイズはジョルジュから指をそらし、別の方向を指した。3人の場所から離れた先には、膝を曲げ、腕で両足を抱え込んでいる、いわゆる体育座りのような体勢をとってしゃがんでいるモノがあった。

マントを着けていなければメイジとは分からないだろう。
頭から生える白い髪は、顔が隠れるほどに伸びており、表情は確認できない。しかしなにかを呟いている声だけはしており、2メイル周辺の空気は若干黒いオーラを漂わせていた。

「ノエル兄さは大事な行事となるといっつもあんな感じだよ?ああやって一人の世界に入り込まないと死にそうになるって子供の時に聞いたことがあるだ」


「なによソレ!?どんだけ心が弱いのよ!?」


「何でもあのせいで、学院に入るのが一年遅れてしまったって、母様言ってただ」


「まあ...あんな感じじゃあ貴族としてというより、人として大丈夫か疑いたくなるわね...アンタのお姉さんといい、なんであんたの家ってこう極端な人が多いの?」

モンモランシーがジョルジュにそう尋ねると、ジョルジュはケラケラ笑いながら言った。


「そんなこと言うなだよ~みんな個性的なだけさ~」


「「個性的すぎるわ!!」」





ジョルジュの一つ上でもある兄ノエルは、生まれつき極度の臆病、人見知りであった。
それは成長するにつれてだんだんひどくなり、屋敷の者としかうまく喋れないどころか、顔を合わせるのもできなくなってしまった。
そんなノエルは、自分とは正反対の性格である弟をうらやましく思うと同時に、弟の周りに自然と人が集まっていくことに嫉妬を覚えるようになった。
そのため、貴族らしからぬ行動をするジョルジュを「貴族の恥さらし」とよく呟いているのだが、母にはよく「あんたは人としてヤバい」とよく言われていたのだった。
彼もジョルジュと同様、15歳の時に魔法学院へ入学する予定ではあったのだが、家を離れる恐怖と、学校生活での心配に過剰になりすぎてしまい、結局、屋敷を出ることすらできなかった。


それから一年たって、ようやく本人が学院へ行く心の準備が出来たというので、弟のジョルジュと共に魔法学院に入ったのだが...一年たっても性格は変わらず、友達と言えば時折話しかけてくる数人の男子だけであった...


そんなノエルを見た三人の話は、今年入学したジョルジュの妹に話題が移っていた。モンモランシーが今気づいたかのように言った。


「そう言えばお母様から聞いたんだけど、あなたの妹今年入学してきたんでしょう?もう1年生の間じゃ話題になっているじゃない」


「ステラのことだか?ステラは頭がいいからな~。きっとうまくやれっと思うだよ」


「ちょっ、あんた妹もいるの!?いったい何人兄妹いるのよ!?」

ルイズはジョルジュの兄妹に関しては、上の兄と姉だけしか知らなかった。なので妹もいると知った彼女は眼を見開いて驚いた。

「ん~ヴェル兄さとノエル兄さだろぅ。あとマー姉とステラにサティっていう11歳の妹もいるだよ。サティも今年入学する予定だったけど、ヴェル兄さがそれを中止させただよ」


「じゅっ、11歳で入学!?そんなの前代未聞よ!!そんな幼い子が学院で生活できるわけないじゃない!!」


「サティは並の11歳じゃねぇだよ。それに母さまは育児を放...早く自立させるために学院に入れようとしたんだよ。だどもヴェル兄さが実家帰ってきてそれ聞いたら、「魔法学院はそんな甘いトコロじゃないっぺ!!」って母さまに言ってな、今はヴェル兄さがサティの家庭教師になってるだよ」


「あんたのトコロのお母さんもトンデモない人ね...」


ジョルジュの話でルイズが彼の家族にあきれた時、「皆さん静かに」と教師のコルベールが生徒たちの真ん中に立ち、話を続けた。


「全員揃いましたので、今から召喚の儀式をとり行いたいと思います。落ち着いて、みなさんがいつも通に魔法を行使すればきっと成功します。それでは今から名前を呼ばれた者はこちらに来てください。召喚の儀式を行ってもらいます。」


コルベールが一人目の名前を呼んだあと、ルイズはモンモランシーとジョルジュの方に再び顔を向け、二人の顔を見つめながら、虚勢を張るように言った。


「まあ、せいぜい失敗しないようにすることね。」


「それはアンタでしょ?ルイズ」


「なに言ってるのよ!!見てなさい!!クラスで一番素晴らしい使い魔を召喚してやるんだから!!」


「ハイハイ。せいぜい気張りすぎて失敗しないようにね」


「ルイズもモンちゃんもきっと成功するだよ。オラも二人に負けねぇよう頑張るだ」


三人がそんな会話をしている頃、広場でうずくまっているノエルからは、相変わらず消え入りそうな声が出ていた。

「・・・・もうやだ死にたい死にたい絶対失敗する失敗する失敗する失敗する畜生ジョルジュの奴め奴め奴め奴めああああんなに女の子と女の子と喋りやがって喋りやがって畜生畜生畜生おれも話したい話したい話したいくそくそくそくそくそもうやだ生まれてきてすいません・・・」


ちなみに彼の番は結構、最初の方だったりする。








「トコロでさっきから気になってるんだけど...ジョルジュアンタなに持ってるのよソレ?すごい臭いんだけど!?」


「これか?マー姉に景気づけにってくれたお酒だども...」

「ちょっとソレ、ホントにお酒なの!?栓が閉まってるのに暑い日の時のマリコルヌの臭いがするわ!!」



[21602] 10話 新しき仲間、友達、使い魔
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/06 22:09
「じゃあ、こうしましょう。自分の名前が呼ばれた人から順に、これを飲んで行くってことで...」

「嫌よそんなの!!そんなの飲んだら召喚どころか、立っていられるかも疑わしいわ!!」

「ルイズは大げさだよ。マー姉は臭いがきついほど名酒だって言ってただ。きっと味はいいだよ」

「無理よムリムリ!!そんなの無理よ!!絶対飲めないわ!!」


召喚の儀式は順調に進み、既に半分の生徒が使い魔を召喚していた。召喚された使い魔は、生徒一人一人によって様々であり、尻尾に火が付いているトカゲや、中には風竜を召喚した者もいた。
ちなみにジョルジュの兄であるノエルも召喚に成功し、体長10メイルはあろうかという巨大な蛇、紅鱗のコアトルを召喚した。

そんな彼は現在、隅っこの方でコアトルに巻きつかれている。


そんな中、ルイズ達3人は、マーガレットから渡されたお酒をどうしようかと話していた。


「せっかくマー姉からもらったものだし...オラ、ためしに飲んでみるだよ」

「ちょっと本気で言ってるのジョルジュ!?こんなの飲んだら死ぬわよ!!」

「死ぬんだか!?」

「ちょっとルイズ落ち着きなさいよ。いくらキッつい臭いがするからってたかがお酒?よ。いくらなんでも死にはしないわよ。それにジョルジュが飲みたいって言ってるんだから飲ましてあげましょう」

「あんたも何言ってるのよモンモランシー!!あんたの恋人が死ぬかもしれないのよ!?」

モンモランシーは顔を赤くし、「バカッ!!」と言いながらルイズの背中を押して、ジョルジュと少し離れた場所までいき、ヒソヒソ声でルイズに話し始めた。

「だ、だ、誰が恋人よ!!そ、そんな...そんなんじゃないんだから。ってなに言わせんのよ!!いいルイズ。あんた、なんだかんだ言ってるけどあなただってあの瓶の中身に興味はあるでしょ?誰かしら毒味すればどんなお酒なのか分かるんだからちょうどいいじゃない。仮に死ぬほど不味かったとしても、私たちは安全だし...」


「モンモランシー...あんた結構腹黒いトコロあるのね...まあ、確かにあのお酒を持ってきたのはジョルジュだし...そうね。本人に味見してもらいましょう」


「二人とも~。オラに隠れてなにコソコソ話ししとるだよ?」


「な、何でもないわ!!そ、そ、それよりジョルジュ!!いいわッ!!あんたソレ飲んでみなさいッ!!」


「そうするつもりだよ。どしたんだ急にルイズ?...ああ、だどもいざ飲むとなると、なぜかドキドキしてきただよ」


ジョルジュは若干震える手でその小瓶の栓を開けた。
開けた瞬間、瓶の口から紫の煙がでたように見えたが、ジョルジュは気のせいであると思いこんだ。不思議と、栓がされていた時でさえも尋常ではなかったあの臭いは、ふたを開けた瞬間には何も感じなくなった。実際はあまりの異臭に、ジョルジュ本人の嗅覚が麻痺してしまったのだが...


「あれっ?なんかなんにも臭いがしねぇだよ...さっきまでアン婆ちゃん(80)の口の臭いがあんだけしたのに...慣れちまったのだかなぁ?だども...いざ蓋を開けてみると、やっぱり怖いだなぁ...」


ジョルジュは若干躊躇したが、女の子に行ってしまった手前、止めるわけにもいかず、エイヤと目を瞑り、瓶の中の液体を三分の一程度、口に流し入れた。その光景を、ルイズ、モンモランシーの二人は心配そうに見つめている。


「ジョ、ジョルジュ...どうなの?大丈夫?」


「ちょ、ちょっと。あんたなにか言いなさいよ...」


2人の少女は、中身を飲んでから全く反応のないジョルジュに声をかけたが、ジョルジュ本人には何も届いていなった。彼は飲んだ酒のあまりの味のキツさに、彼の魂は遠い昔にトリップしていたのだ。


あ、あれは...オラが高校ん時の...ああ、あの時も~進級試験で~苦労しただ~っけ~な~ぁ~~~...






『オオ~ミスターゴサク。アナタノタンイハ、トッテモアブナイデ~ス。コノママデハシンキュ~ガアヤウィデ~ス』


『そ、そんな!?お願いだよミハイル先生!!何とかしてほしいだ!!』


『ソレデハワタシノ「システマ」カラノガレルコトガデキタラ、タンイヲアゲマショ~』


『えっ?ミハイル先生?何で急に軍服に着替えるだか?えっ、てか今から?ってちょっ!!待つだよミハイル先生~ッ!!!』


『ワガソコクノセントージュツカラノガレルコトハデキマセ~ン。オトナシクリューネンスルデ~ス』


『おおお~ッ!!ミハイル先生~ッッッ!!』






「ミ、ミハイル先生ぇ...」


「ちょっとジョルジュ!!あんたこっちに戻ってきなさい!!誰よミハイル先生って!?」

「はッ!!お、オラは一体!!」


「あなた、それ飲んでから白目剥きながら立ってたのよ?大丈夫?なんかミハイルミハイルって言ってたけど...」


「す、少し昔に戻ってたような...あ、どうやらオラの番が来たようだよ。ちょっと行ってくるだぁ」


揺れる足取りでジョルジュは、コルベールのもとへ歩いていった。そんな様子を後ろから見ていた2人は、地面に置いてある兵器・・・もとい酒瓶の蓋を閉め、二人はその場から移動した。




「あれは、人が手を出してはいけない禁断の果実なんだわ...」


「そうねルイズ。きっと、あれは始祖ブリミルとかが飲むものなのきっと...私達ごときが手を出してはいけない代物なのよ...」


彼らがいた場所には、少し中身が減った瓶だけがさびしく置かれていた...






「さて、では次はミスタ・ドニエプル...ってジョルジュ君大丈夫ですか!?顔色が悪いですぞ!?」


「だ、大丈夫だよミハイ・・・コルベール先生ぇ...やれるだぁ」


幸い彼は飲んですぐにトリップしていたので、飲んだ量はそれほどでもなかった。それでも、まだ頭に残る虚脱感を振り払うと、彼は深呼吸を2.3回行ってから召喚のために呪文を紡ぎ始めた。
彼の周りでは、「あのジョルジュか...」「あんなやつが...」「失敗するんじゃないかい...」「くっ!!ジョルジュめ!!僕のモンランシーとあんなに...」などの声が聞こえてくるが、彼の集中力はだんだんと高まり、まるで水の底へ沈むかのような感覚で、やがて周りの声も聞こえなくなった。



「我が名はジョルジュ・チェルカースィ・ド・ドニエプル...」

そして彼独自の詠唱が後に続いていく


「五つの力を司るペンタゴン。我と出会い、そして我が運命と相対する者よ。我の導きに答え姿を現せ!!」


ジョルジュは召喚の時の詠唱に、「使い魔」を入れることをしなかった。それは「使い魔」としてではなく、これから同じ人生を歩む「仲間」を呼び出すという、彼の性格から出来た詠唱であったのだ。


詠唱が終わると同時、彼の前に空気が爆発する音と、緑色の光が発生した。その光はやがて消え、爆発の音が周囲に溶けていった頃には彼の使い魔が姿を現した。


「こ、こ、こりゃあ驚いただぁ~」






それはジョルジュと同じか、やや低いであろう一人の女性であった。しかし、その女性の四肢は茶色く、汚れており、まるで老樹に絡まる蔓のようなものが彼女の体に巻きついていた。何よりも彼女の眼は人間のそれではなく、紅く、まるでルビーのような色をしている。
そして彼女の頭からは、髪ではなく、緑色をした何枚もの大きな葉っぱが生えていた。



教師コルベールも、彼女を見て、口をあんぐりと開けて驚きを隠せなかった。


「こ、これは非常に珍しい...こんなに成長したマンドレイクは初めて見ましたぞ...」


彼女は魔術や秘薬の原料ともなる植物、マンドレイクであった。マンドレイクは地面から引き抜くときに悲鳴をあげ、引き抜いた者の命を奪う危険な植物である。マンドレイクはある程度成長すると自らの意思を持ち、地中から出てきて新たな繁殖先を探して移動するのだが、マンドレイクはどんなに大きくても20~30サント程度であるのだ。人と同等な大きさのマンドレイクは、現在では文献上のなかでしか存在していない。
ジョルジュが召喚したマンドレイクは正にそれであり、その希少さは竜すらも凌ぐのではないだろうか。


「し、しかしジョルジュ君。彼女は‘園庭’の二つ名を持つ君にはピッタリではないのかね?君は土系統の魔法が優秀であるし...土メイジとしては非常に立派な使い魔ですぞ」


「いやぁ、オラもほんとおったまげたぁ~。こんな大きいマンドレイクはオラ、見たことねぇだよ。オメェ、ホントにオラに付いてきてくれるだか?」


ジョルジュが少し緊張した声でそのマンドレイクに話しかけると、彼の言った言葉が分かるのか、コクンと首を縦に振った。


「あ、ありがとさ~。これからよろしくだよ!!」

そしてジョルジュは契約の呪文、コントラクト・サーヴァントを唱え、彼女の唇(らしきとこ)に唇を合わせた...






「いや~。やっぱ契約のためだからって、女の子とキスするは、ちょっと恥ずかしかっただよ~」


―フフフッそうですか?私は主にキスされるのは嬉しかったですわよ―


「そ、そんなこというなよ~。オラ余計恥ずかしいだ...そういやルーナってどこで産まれたんだ?」

―私はゲルマニアの山奥で産まれました。私が生まれた場所は、幸い土壌が豊かで、人が入ってこないような場所でしたので、仲間たちよりも大きく育ちましたの―


「へぇ~そうなんだか。それじゃあ、改めてこれからヨロシクな。ルーナ」


―こちらこそお願いしますわ。我が主―


ジョルジュは召喚の儀式のあと、彼は、召喚した彼女と日の光が良く当たる場所に移動し、お互いの事について語り合っていた。

ちなみにルーナというのは、彼女の種族がマンドレイクではなく、その亜種といわれる「アルルーナ」というものであり(本人談)、ジョルジュはそこから取って「ルーナ」と名付けた。


コントラクト・サーヴァントの後、彼女とは会話ができるようになった。しかし、会話といってもルーナの声は口から出てくるのではなく、直接頭に響いてくる。半ばテレパシーの一種であろうか。


そんな彼らが喋っているところに、こちらも召喚の儀式を終えたモンモランシーが歩いてきた。彼女の肩には黄色い皮膚の、黒い斑模様をもったカエルが乗っていた。



「おお~。モンちゃんお帰りだよ。召喚上手く行ってよかっただなぁ~」


「これくらい普通よ。しかしジョルジュ。あなたすごいの召喚したわね~」


「ホントに、よくおらのトコに来てくれただよ~。ルーナ。この子はモンちゃんって言ってオラの大切な友達だよ」

―ルーナです。よろしくお願いしますね主のお友達のモンちゃん様―


「友達...ね。まあ今はね..ってじゃなくて!!なに今の!?頭に何か聞こえたけど...もしかしてこの子!?」


「そうだよ。ルーナは口では話せねぇけど、喋れるだよ」


「そ、そうなの?なんだかへんな感覚ね...よろしくルーナ。私はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。モンちゃんでなくてモンモランシーって呼んで」


「ええぇ~。モンちゃんはモンちゃんだよ~」


「ウっさいアホ!!」


―マスター。少しは彼女の気持ちも察するべきですわ―


彼らが、召喚した新しき仲間たちと楽しそうに喋っている時、召喚の儀式もいよいよ最後の一人を残すだけとなった。


「次、ミスヴァリエール」

コルベールの呼び声に、多少上ずった声で「ハイッ」と答えると、ルイズは緊張した足取りでコルベールのもとへと歩いた。


「お、とうとうルイズの番だよ!!一体どんなの召喚するんだかなぁ?」


「まず召喚できるかが問題ね」


―彼女も主のお友達なのですか?随分と小さいですわね―



そんな彼らの声が聞こえてくる中、ルイズは意を決したかのような顔で、杖を持ち、詠唱を始めた。









「ふふ、ヴァリエールったら。ちゃんと召喚できるのかしら...ってタバサそれどうしたの?変な臭いするわよ?」


「・・・・そこで拾った」


「ちょ、ホント臭いわ!!何それ!?離れてるのに、暑い日の時のマリコルヌの臭いがするわよ!!」


「・・・けっこう癖になる味・・・・・・お母様?なんでココにいるの?」



[21602] 11話 儀式は終わり、月は満ち
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/10 17:47
太陽は完全に沈み、代わりに、二つの向かい合った月が空に昇ってきた頃、寮の階段をジョルジュは昇っていた。

彼の肩には蔓で編んだ籠が背負われており、その中には今朝とれたヘチの実と、召喚の儀式が終わった後に摘んだハーブや花が揺れており、籠に入りきらなかったものは、レビテーションで浮かして運んでいた。
ハーブ特有の香りがついたその手には、長さ30サント程の杖が握られていた。


召喚の儀式を終えた後、コルベールは生徒に使い魔との親交を深める時間を設けた。そのため、生徒たちは皆各々の部屋へと戻り、使い魔とコミュニケーションを取ることとなった。ジョルジュも一旦モンモランシーと別れ、召喚したルーナと一緒に花壇へ行き、そこでルーナと喋ったり、ハーブや花を一緒に摘んだりしたのであった。しかし、夕方になるとルーナは「寝床はここがベスト」と言って花壇の空いている場所に潜ったかと思うと、頭の葉を外に出して眠りについてしまった。ジョルジュは唖然としたが、「植物だから当たり前か」と妙な納得をして、ルーナと摘んだハーブを自分の部屋へと運んでいった。

そして夕食後、彼はモンモランシーに頼まれていたヘチの実とハーブと花を彼女のもとへと届けに来たのだ。



しばらくしてジョルジュは目的の階まで昇り終えると、すでに何度も来た通路を歩いていった。そしてある屋の前にたどり着くと、彼は杖を持っていない方の手でドアをノックした。
しばらくするとガチャッとドアが開き、中からモンモランシーが顔を出した。入浴の後なのだろうか。彼女の顔は若干の赤みを帯び、象徴ともいえる縦のロールもしっとりと濡れている。

モンモランシーはジョルジュを部屋の中に入れると、そっとドアを閉め、くるっと彼の方を向いて喋り始めた。


「ジョルジュ、やっと来たわね。ちゃんと頼んだものは持ってきてくれた?」


「持ってきただよ。今朝採ったヘチの実だべ?それとハーブと~花をいくつか摘んできただ。これでたりるだか?」

ジョルジュは背中から籠を下し、また魔法で浮かせていた花やハーブの束も床に置いた。モンモランシーは床に置かれた収穫物をみてニンマリと笑った。


「上出来よジョルジュ。これだけあればヘチの化粧水は十分出来るし、香水の開発も出来そうね」


「モンちゃん眼が輝いてるだよ~」


「当たり前でしょ!?将来の開業資金を貯める事ができるし、新商品の開発もできるのよ?一石二,三鳥はあるわ!!それにジョルジュだって何かと都合がいいでしょ?」


「確かにそだけど...モンちゃんやっぱ逞しくなっただぁ」


「フフフッ、女は強い生き物なの。それはともかく、これからもよろしくね♪ジョルジュ」


頬をポリポリとかいて呟くジョルジュに、モンモランシーは花が咲いたような笑顔を浮かべた。そして彼の労をねぎらうためか、テーブルに置いていたワインをグラスに注ぎ、彼に渡した。



モンモランシーが入学したての頃、最初はジョルジュが育てた花で香水を作るだけであった。しかし、彼女が卒業と同時に自立を決意した後、彼女は香水だけでなく、今では化粧水や石鹸などの開発も行っている。
彼女が使用する材料は、ジョルジュが栽培した植物を使うため、こうして時々、自分の部屋に収穫されたものを運んできてもらっているのだ。


ジョルジュとしては、彼女が自分を頼ってくれるのが純粋に嬉しかったし、なにより彼女が新製品の開発に成功した時の笑顔が好きだったので、彼女に頼まれたことは大抵協力していたのだった。ちなみに、そんな仲の良い2人は、クラスの仲間たちから付き合ってると噂されている(ギーシュは「僕のモンモランシーがあんな男を相手にするはずがない!!」と主張している)が、本人たちはそれを否定している...


注がれたワインを口にしながら二人が話し合っているとき、遠くのほうから見知った声と、初めて聞く声が耳に届いてきた。ジョルジュは声がした方に顔を向き、何が起こっているかを想像しながらモンモランシーに言った。


「あれはルイズの声だなぁ~。なんかえっらい大きな声で喋ってるだよ」


「まったく...もう夜だってのにルイズったらあんなに騒いで...まあ、あんなの召喚すれば誰だって騒ぎたくもなるのかしら」


「んだなぁ...まさか人を召喚するとは思ってもなかっただよ」


そう言ったジョルジュは、目を窓に向けて、今日の召喚の儀式の事を思い返した...








ルイズが呪文の詠唱を終え、杖を振り下した時の爆発音は今でも耳に残っている。
砂埃が落ち着いてきた時に、その場になにかがいることは、離れた場所からでも見てとれた。
ルイズも成功しただぁ~とのんきに思っていたら、次の瞬間には目を疑った。

地面に倒れているのは人間だった...それもかつて、自分が呉作として生きていた世界にあった、青いパーカーを着ている。少し経つと、倒れていた者はぬっと起き上がった。顔を見る限りでは高校1,2年生くらいの少年だろうか。黒い髪と日本人特有の顔から、すぐに日本人ではないかと予想する。

ルイズが彼に語りかけた

『あんた誰?』


少年は少しの間ポカンとしてたが、やがて口を開いた。そこから出てきたのはまぎれもなく、自分の住んでいた世界の言葉、日本語であった。


『えっ、ちょっとこれなんだよ?どこだよここは...てか何語で喋ってるんだよ?』


懐かしい日本語が聞こえてはきたが、それはすぐに周りの野次に消された...

『ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出してどうするの?』


『ちょ、ちょっと間違っただけよ!』


『間違いって、ルイズはいっつもそうじゃん』


『さすがはゼロのルイズだ!』


隣でモンモランシーも「あの子...平民を召喚しちゃった!!」なんて言ってるが、視線はあの少年から動くことはなかった。

ルイズが「ミスタ・コルベール!!もう一度召喚させて下さい!!」とコルベール先生に訴えたが、結局それは許されず、ルイズは未だに事態を把握しきれていない少年に口づけをした。少年は驚いていたけど、やがてルーンの刻まれる痛みのせいか、彼は気絶してしまった。

召喚の儀式が終わり、他の生徒たちはフライの魔法で学院に戻っていってしまった。ルイズに召喚された少年も、ギーシュがレビテーションで運んでいき、ルイズもそれに付いていってしまい、残ったのはモンちゃんと自分だけだった...


「・・・・・・って!!ちょっと?ジョルジュ?」


「んっ...ああっ!どうしたんだモンちゃん?」


「どうしたじゃないでよ。あなた、ルイズが召喚した平民の話になったとたん上の空になっちゃって...どこか気分でも悪いの?」


「な、何でもねぇだよモンちゃん...だどもルイズが召喚した子、どこから来たんだかなぁ?一度話してみてぇだよ」


「あの平民と?あなたも変なことに興味持つのね。あの平民が召喚されてからどこかおかしいけど...あなた、もしかしてあの平民のこと知っているの?」


モンモランシーはジョルジュに尋ねようとしたが、ジョルジュは「べ、別になんも知らねぇ~だよ!」と慌てて誤魔化し、そろそろ帰ると言って部屋から出ようとした。すると急にモンモランシーが彼右手をつかんで引き止め、彼のもう片方の手にガラス瓶を握らせた。そのガラス瓶は美しい形に製錬されており、中には薄紫色の液体が入っていた。


「何だべこれモンちゃん?もすかしてマー姉のお酒の残り・・・」


「違うわッ!!香水よ香水!!あなたが育てた花から作ったもの!!あなた、私の香水一度も使ったことないでしょ?だから日頃のお礼も兼ねてジョルジュにあげるわ。まだどこにも出していない新作なのよ?ありがたく頂きなさい」


そう言うモンモランシーはどこか気取った風にジョルジュを見つめていた。まるで絵本に出てくる王女様が、偉そうに家来の者に褒美を与える時のようだなと、ジョルジュはなぜかそう感じた。


「ははぁ~。ありがとうございますだぁ~。ありがたく頂戴いたしますぅ~」


彼はいかに大げさに頭を下げ、かしこまった風に香水の瓶を受け取った。モンモランシーはそれを見てニコッと笑い


「うむ。素直でよろしい」


と返事を返した。その後、顔を見合わせた2人は互いに笑い、少年のほうは扉を開いて部屋を後にした。後に残った少女の背中は、部屋のランプと、双月の淡い光でやさしく照らされていた。







ギーシュ・ド・グラモンは女子寮の一階の片隅で、とある人を待っていた。
そして待っている間、彼が恋い焦がれている少女、モンモランシーを思い浮かべては心を締め付けられ、その少女のそばにいる少年、ジョルジュを思い出しては憎しみの言葉を発していた。



「あああっ、僕のモンモランシー...君のその笑顔は妖精よりもかわいらしく、そして空に浮かぶあの月のように美しい...僕は君のその笑顔のためならば、君の盾にも杖にもなろうじゃないかぁ~」


金髪の少年は、毎年春によく出てくる変な人のような顔で、まだ誰もいないその空間に言葉を紡いでいた。
そしてその直後、彼の顔は一転して怒りに充ち溢れ、目からは火が出るのではないかというぐらい憎悪の念を燃やした。


「そ・れ・に・比べて、あの田舎者の貴族はぁぁぁッ!!僕の美しき蝶にまとわりついてッ!!あの男の土臭い臭いが彼女についたらどうするつもりなんだ!?全く、これだから辺境の貴族は...」


実際、ドニエプル家は彼の実家であるグラモン家となんら遜色ない力を持っているのであるが、彼は周りのジョルジュに対する噂と、彼の頭の中にある「西部=辺境の地=田舎」という図式が彼の見解を曇らせ、ジョルジュの事を「田舎から来た変わり者」という風にとらえている。

そんな奴に、グラモン家の4男である自分が負けるはずはないと彼は思っているのであるが、実際は魔法の実力はあちらの方がはるか上、恋した女性はあちらの方を見ていて、自分には振り向いてくれない。そんな現実が、ジョルジュへの憎しみをさらに増やしていた。それと同時に、彼のモンランシーへの思いはさらに深くなるのだった。


「待っていてくれ僕のモンモランシー、いつかきっと僕は君のそばにいくから...」


そんな彼に待ち人が階段を降りてやってきた。階段を降りてきた少女は、栗色がかった髪を肩まで伸ばし、くるりとした大きな目は、目の前にいる金髪の少年を見つめていた。


「お待たせしました...ギーシュ様...」


少し熱を帯びた声に反応して、ギーシュは彼女のそばに近寄り、先ほど想い人へ言葉を紡いだ時と同様な、やさしい声で彼女に囁いた。


「なにを言うんだ僕のケティ...君のためならば例え太陽が昇ることになっても、僕は君を待ち続けるさ...」




彼の名はギーシュ・ド・グラモン。「女の子を平等に愛することが僕の使命」と語る少年の、悲しき本性が見える風景であった...



そんなことが行われているとは知らず、ジョルジュはギーシュに遭遇することなく女子寮を出て、自分の部屋に帰ろうと外を歩いていた。
ところが男子寮にもうすぐ着くというその時、上の方からバッサバッサと翼をはためかせる音が響いてきた。ジョルジュがはてと見上げると、そこには懐かしい鷲の顔をしたグリフォンが、彼の前に降りてきた。

ドニエプル家領主、バラガンの元愛獣(現在、主人は末娘のサティ)、ゴンザレスであった。小さき頃、彼の背中から行った種まきで、再び土を耕そうと決めた思い出が、ジョルジュの胸によみがえってきた。

「ゴンザレス!!久しぶりだよ~♪元気にしとるだか?だども、一体何しにココに・・・ん?」

再会の言葉をかけたジョルジュは、古き友人の首に鎖が巻かれているのに気づいた。そして胸の方には、金属の箱が付けられている。ジョルジュが中を開けてみると、そこには一通の白い手紙が入れられてあった。
ゴンザレスは伝書鳩のごとく、ドニエプルから魔法学院へと飛んできたのであった。


「手紙...だれ宛だ..ってオラにか!?これは...ああ、母さまから来たんだなぁ~」


母が一体自分に何の用だろう...ジョルジュはその場で封を切り、中に入れられてあった羊皮紙に書かれている内容を読み始めた。
やがて手紙を読み終え、ゴンザレスに向けた彼の顔は、嬉しさと驚きとやるせなさを全て足したような表情をしていた。


「こ、こ、こ、こりゃぁ驚きだぁ~...ハッ!!いけねぇ!すぐに実家に帰る支度さしねぇといけねぇだよ!」


ジョルジュは羊皮紙を戻し、手紙をズボンのポッケにしまうと、彼は急いで実家へ帰る準備をするため、男子寮へと向かった。
しかし彼はその時、モンモランシーからもらった香水を落としたことを気付かずにいた。

新しい主人の手を離れて地面に落ちた香水は、ジョルジュの心の中を知ってか知らずか、月の光浴びて、紫に光っていた。


ちなみに、彼が微妙な表情を見せた手紙の内容とは...





我が息子ジョルジュへ

あなたがいつもお世話になっているターニャちゃんが結婚するそうです。

今週の末には結婚式が行われる予定です。

結婚式には一番親交の深かったあなたがドニエプル家の代表として出席しなさい。

この手紙を読んだらゴンザレスに乗ってすぐ帰ってくること。

遅れてきたら畑の肥料にしてやる。
                        母ナターリアより



[21602] 12-A話 ステラ、早朝、会話、朝食
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/10 23:21
みなさん。どうもおはようございます。



初めて方もいらっしゃると思うので、自己紹介をさせていただきます。

私の名はステラ。ステラ・テルノーピリ・ド・ドニエプルと申します。この春にトリステイン魔法学院に入学しました。
私の姉や兄も、魔法学院に在学しており、これからは私も、上の兄妹たちと同様、メイジと貴族に必要なことを学んでいきます。

さて、いつもならまだ寝所でまどろんでいる時間なのですが、今朝はそんな時間はありません。


実は昨夜、急に兄様が私の所に来まして、

「ステラ!さっき母さまから手紙がきてな。ターニャちゃんが結婚するって便りが来たんだよ!!オラ、家の代表ッつーわけで結婚式に出なきゃなんねぇ~から、今から実家さ帰るんだども、オラがいねぇ間、花壇と、ルーナお願いするだ」

と言われたのです。どうやら兄は村の結婚式に呼ばれたようですが...その人物がターニャさんということなので、兄様の顔色もすぐれない様子でした。
お祝い事なのに兄様の心の中は複雑なのでしょう...全く、あの人はいつも兄様を困らしますから腹立つのです。結婚なり離婚なりなんなり勝手にすればいいのです兄様を巻き込まないでほしいのですよホント胸や体にばかり栄養がいってるせいか頭の中身は1ドニエ並みすらも働かないのですからあの乳牛は........


というわけで、今朝は私が早起きをして、花壇の手入れをしに行くのです。
ちなみに、兄様の口から「ルーナ」という聞き覚えのない名前が聞こえてきましたので、私が尋ねたところ、今日の使い魔召喚の儀式で呼び出したマンドレイクの名前だそうです。「花壇に埋まってるから、他のと一緒に手入れ頼むだよ」と兄様は言ってましたが、マンドレイクは普通、山や森や墓場に生えているものです。採取はともかく、マンドレイクの世話なんてしたことない...というよりも使い魔が花壇で生えてるというのは聞いたことありませんし、非常にシュールだと思うのですが...おや、もうこんな時間ですか。


さて、必要な道具を持って出ますか...





・・・ふぅ、やはり早朝はひんやりと冷えていて気持ちのいいものですね。実家で兄様の手伝いをしていた頃を思い出します。
兄様の畑は無事に管理されているでしょうか...お父様は「心配すんな!!畑のこたぁオラに任せておくだよ!!」と言っていましたが、やはりいささか不安です。兄様を悲しませるようなことになってなければいいのですが...っとここですね。さすが兄様です。学院の花壇でこれだけの花や野菜を育てるなんて...なにしに学校来ているのか疑問に思うくらいです。

それで...ああ、あれですね。いやにバカでかい葉っぱがあります。


「おはようございます。ルーナさん?」

あっ、葉っぱが動きました。

―...おやっ?あなたは...―

ッッッ...これは奇妙な感覚ですね。頭に直接響いてくるようです。

「申し遅れました。あなたの主人であるジョルジュの妹でステラと申します。兄のジョルジュが急用で実家へと戻りましたので、代わりにあなたの世話をするよう言われてきました」

しかし...葉っぱに向かって喋りかける私はどれだけ奇妙なのでしょうか...

―主の妹様ですか。このような姿で失礼します。昨日、使い魔として召喚された「アルルーナ」のルーナといいます。よろしくお願いしますわステラ様―

「アルルーナ?マンドレイクとは違うのですか?」

―人が民族によって分けられるのと同じく、私たちの世界にもいくつかの集団があります。あなた達は我々を「マンドレイク」とひとまとめにしていますが、マンドレイクは我々の中の一つでしかありません―

そうだったのですか...知りませんでした。ところで、ルーナさんの周り(葉が出ている付近)には幾つも芽が出ております。一体何の植物なのでしょうか?兄様からは何かを撒いたとは聞いてないのですが...

「ルーナさん。あなたの葉っぱの周りになにやらたくさんの芽が出ているのですが、兄様から何か聞いておりませんか?」


―あっ、それは私の頭からこぼれた種が発芽したせいですわ。この時期は繁殖の時期なので、頭から種がポロポロ零れてくるのですよ全く―


「フケですかあなたの種は!?そこいらで繁殖させないでください」


―すみません。芽が邪魔でしたら引っこ抜いても構いませんわ。この主の育てた土はとても住み心地がいいので、そのままにしてたら勝手に成長していきますわよ―


なんて面倒なことを言ってくれるのですかこの植物は。
それに人に物事を言う時にはちゃんと顔?を見せて...とにかく兄様も知らないようですし芽は抜いておきませんと...っといけませんね。早く作業しないと...朝食に遅れてしまいます。


―ああっ、それとついでなのですがステラ様、肥料を溶かした水をまいて下さりませんか?―




・・・・・・・燃やしたろか






・・・・なんとか朝食には間に合いそうですね。まさかあれほど手間取るとは思いませんでいたわ。
芽を抜くたびに「ギャァ!!」とか「キーッ」とかいちいち悲鳴を上げますからうるさくって仕方ありませんでしたわ。それにルーナさん。私が水をやらないでいると土から出てきて勝手に飲みだしますし...出来るんなら自分でやればいいでしょうにあの植物は...そういえばルーナさんも植物のくせにかなり胸が大きかったですね...

私を困らすのは常に胸がデカイ人(と植物)と決まっているのでしょうか?


では身支度も済んだことですし、そろそろ食堂の方へ向かいますか。その前に鏡で確認と...うん。今日も髪型がバッチリ決まってます。去年は髪を編み込んでいましたが、今では背中の中ほどまで伸びましたので少しカールを入れてみました。自分でも言うのもなんですが...私の紅い髪の色に合ってますね。マーガレット姉様みたいにあそこまで伸ばそうとは思いませんが、しばらくはこれで過ごしましょうか...さて、では行きますか。


ドアに「ロック」の魔法をかけてと...おや?

「おはようございますケティさん。お隣同士とはいえ、一緒に部屋を出てくるなんて奇遇ですね」


「おはようステラちゃん。ホントに奇遇ね...ねぇ、もし良かったら一緒に食堂までいきましょう?」

この子は私の隣の部屋に住んでいる同じクラスのケティさんという方です。私と同い年で、栗色の髪が特徴的な女性です。私が入ったクラスで声を掛けてきて以来、お付き合いしています。
「燠火」の二つ名を持つ彼女とは時々お菓子などを作ったりするのですが、彼女が作るようには上手くはいきませんね...

一通りの調理本には目を通して見たのですが、それでも彼女の腕には敵いません。


「ええ、よろしいですよ。それにしても昨日は大分遅くに帰って来ましたが、どちらへ行かれていたのです?」

おや、急に顔を赤らめましたが...

「き、昨日の夜ね...ギーシュ様とお会いしてたの。それでつい話し込んじゃってね、遅くなっちゃったの」

ギーシュ様?どこかで聞いたことが...ああっ、あのグラモン元帥の息子の金髪ナルシストノンセンス馬鹿ですね。かなり女漁りが激しいとは噂で聞いていますが、なぜケティさんとお会いしているのでしょう?
二人は付き合ってるのでしょうか。


「それでね、それでね、ステラちゃん。私、ギーシュ様に「愛してるよケティ」とか「君というグラスだけに、僕の愛を注ぎたい」なんて言われちゃったんだぁ~~エヘヘ」


いやいやいやケティさん...あなた「言われちゃったんだぁ~」じゃありませんよ。なんですかそのダサいを通り越した臭いセリフは...大体ケティさんはあの金髪バカのどこに惚れてしまったのでしょう?口からバラが生えてるトコロでしょうか?


「しかしケティさん。あなたあの金髪バ・・・ミスタ・グラモンのどこがよろしいのですか?私から見たら、あの方の良いところなんて、バラが口から出てるぐらいなものですよ」


「そ、そんなこと言わないでステラちゃん。それにバラなんて出てないもん。銜えてるだけだし...確かにね、時々「うわぁ」って引くときもあるけどね、優しい方だし、あれだけ情熱的な人って私、初めてなの...」


「・・・まあ人の好みはそれぞれですし、これ以上は何も言いません。上手くいくとよいですね」

「うん。ありがとうステラちゃん。あっ、もう食堂に着いちゃった。喋りながらだと早く感じるね」

「そうですね。では私はあちらの席なので...ではまた、ケティさん」

「またねステラちゃん」

しかし、まだ数える程しか食べてはいませんが、この学院の朝食は無駄に豪華ですね...
実家では朝食はいつも魚料理とパンと野菜料理だけですのに...マーガレット姉様が「あんな重い朝食は飾りでしかないわ」なんて言ってましたけど、あながち間違いではありませんね...

「どうしたのよぉステラ。朝から重い顔して。こっちまで辛気臭くなっちゃうじゃない」


「毎朝こんな無駄に豪勢な食事を見てれば気分だって悪くなりますよララ。」

今、私の席の隣から話しかけてきた子はララといいまして、私と同じ学年で、ゲルマニアから留学してきた子です。元々は平民の身分だったそうですが、彼女の父が賞金稼ぎとして財をなし、領地を買い取って貴族となったそうです。彼女の母がメイジであったため、彼女にも魔法の才が備わったらしく、15歳になった今年の春にこちらへ留学しに来たというわけです。

「キャハハ。確かにね。あたしも初めて見た時にはびっくりしたわ。トリステインの貴族はこんなに豪勢な朝食を食べれて幸せね~。実家じゃ考えられないわ。食べるけど...」


「ドニエプル家も一緒にしないで下さいな。こんな無駄に豪華な食事なんて、見栄を張っているだけです。食べますけど...」


彼女もケティさん同様、初めてクラスで知り合って以来、お付き合いをしています。‘煤煙’の二つ名であるララは、私と同じ火のメイジです。
ケティさんといい、火のメイジというのはお互い相性がいいのでしょうか?って指で脇腹を突かないでくださいな。何ですか?ララ。


「いやぁ、アンタって上の学年に兄ちゃん2人いるじゃない?昨日の召喚の儀式の事について何か聞いてるかなぁ?って」


「聞いているも何も。兄様達がそれぞれバカでかい蛇とイラッとくる植物を召喚したことは聞いてますが...」


「いや、そうじゃなくてぇ。アンタ聞いてない?なんか昨日の儀式で、人間を召喚した人がいるんだって」









・・・心底どうでもいい話です。



[21602] 13-A話 朝食での一騒動
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2011/09/15 17:58
「どうでもいいってアンタ、人が召喚されたんだよ!?人が召喚されるなんて私、こっち来てからもゲルマニアでも聞いたことないわ!」


「静かに喋りなさいララ。全く、いったい何の話かと思えばそんなことですか。サモン・サーヴェントではグリフォンや蛇や植物、ドラゴンさえも召喚されるのです。今までに例がないだけで、別に人間が召喚されてもおかしくはないと思いますが...」


せっかく盛り上がりそうな話だと思ったのに...
ララはため息をつき、この変てこな友人は底が知れないなぁと深く感じた。
その時、ララは今話題に上がろうとしていた「人を召喚した」一つ学年が上のメイジを発見し、隣の友人の肩をバシバシ叩いた。


「見て見てホラ!!あれだよサティ!!私たちからずっと右の2年生のテーブルのトコ。隣に立ってる男の子がさっき話した召喚された人だよきっと。平民なのかな?髪黒いし変な服装してる...」


「分かりましたから肩を叩くのをやめなさい!ララ。どれどれ...あれがそうですか。別に変な服装だろうと全裸だろうと関係ありませんよ。人は人です」


「そんなこと言ったって...それにステラ、召喚したのは「あの」ラ・ヴァリエール公爵の娘さんよ?」


「ラ・ヴァリエール?すると...あの方が、兄様のおっしゃっていたルイズさんですか...っと、お祈りの時間ですね」


ステラ、ララもテーブルの前を向き、食事の前のお祈りを唱和した・・・ように口パクした。それはこの二人にとって、この唱和はひどく納得のいかないものであったからだ。



『偉大なる始祖、ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを 感謝いたします』



こんな豪勢な食事がささやか?じゃあ私が実家で食べてる物や、町や村のみんなが食べているのはなんなのさ?餌ってかチクショ―ッッッ!

そうララは心の中でぼやき、




ブリミルはともかく、パンの一つも作ることができない女王に何を感謝しろってんですか?テーブルに並ぶ野菜や麦を作るのにどれだけ苦労するのか分かってから出直してこいってんですよ!たくっ...


ステラは若干、口から漏らしていた。

周りの者が聞いたら、怒り狂うかもしれない彼女たちのその思いは、幸い他の生徒には伝わらなかった。

(二人にとってはアホくさい)唱和が終わり、食事の時間となったのだが、スープを飲もうとしていたステラの視界の端に、床に座り込んで食事をしている少年が入ってきた。どうやら彼の食事はスープとパンのみのようである。それにララも気づき、ステラだけに聞こえるような声で囁いた。


「うっわ...あの子の食事悲惨だね~。パンにスープだけって、ラ・ヴァリエールの娘さんって相当サド・・・ってステラ?何してんの?」


ララが囁いているのもお構いなく、ステラは自分が使用している皿の一枚に、トリ肉やチーズ、野菜などを盛り合わせていた。
彼女が皿に相当な量の食べ物を乗せ終えた後、彼女は席から立ち上がった。そして隣の友人が尋ねるのも無視して、その変な服装をした少年へと近づいていった。


急に席を立って歩き出したステラを食堂にいた生徒が全員見つめていたが、そんなことは彼女には関係なく、やがて床に座っている彼の前までやってくると、食べ物を乗せた皿を前に差し出した。







「ちょっと!!なによあなた!」


ルイズは目の前にいる少女に半ば叫ぶように尋ねた。
何なのだ一体この娘は?
昨日の召喚であろうことか平民の人間を召喚してしまって、イライラしているというのに...
今日のこの朝の食事で、この召喚した生意気な平民...「サイト」という名の少年にご主人様が誰なのかをきっちり教え込もうとしているのだ。邪魔しないでほしい。


しかし少女は、ルイズが言っていることなどお構いなしに、少年に料理が盛られた皿を渡して、こう尋ねた。

「あなた。お名前は?」

質問された少年、サイトも最初はぽかんとしていたのだが、やがて自分が話しかけられているのだとやっと気づき、その少女に自分の名前を告げた。


「ひ、ヒラガ。ヒラガサイトって言うんだけど...き、君は一体...」


「ヒラガサイト?発音からするとヒラガ・サイトってことですかね?ではヒラガさん。そのお皿に乗っている料理はあなたに差し上げます。その代わり、食堂をではなく外で食べて頂けませんか?」


「へっ?これ食べてもいい「ちょっとぉぉ!!!なんなのよアンタホントに!!ヒトの使い魔に勝手に食べ物を与えないでくれない!?」


ルイズはあたりの事を構わずに、思わず叫んだ。食堂は一瞬シンっと静まり、やがてあたりからは「ゼロのルイズが...」「あの娘1年生じゃない?...」「ヴァリエールったらなに揉めてるのかしら?」とヒソヒソと声が聞こえてきた。
ルイズは自分の前に立っている紅い髪の少女を睨んでいたが、その少女はルイズの目をじっと見ると、幾度か首を左右に揺らしてから首を止め、口を開いた。


「「食べ物を与えないでくれない!?」...それは別に構いませんが、あなたの使い魔であるこのヒラガさんは外に出してほしいです。あなたがなに考えているのかは知りませんが、使い魔とはいえ食堂で人を床に座らして、粗末な食事を食べさせるのは貴族のすることとは思えませんが...」


少女の言葉に、ルイズは顔を赤くした。そして周りからクスクスと聞こえてくる笑い声をかき消すかのように大声で少女に反論した。


「召喚した使い魔をどうしようが私の勝手でしょ!?人の使い魔の教育に口を出さないで!!!あなた1年生ね!?ラ・ヴァリエールの娘である私にそ「黙りやがれです。このクソチビが」ヒッ!!...」


ルイズが喋っている途中で、少女の口から出たとは思えない言葉が聞こえてきた。
それを聞いたルイズは驚き、そして再び少女の顔を見たときに少し悲鳴を出してしまった。少女の顔の表情は先ほどと変わっていないにも関わらず、怒りのオーラに充ち溢れていた。


「やさしく事を収めようとしたけど、こうも分からず屋なバカガキだとは知りませんでした。だったらはっきりと言ってやりましょうか?人が椅子に座って食事をしている場所でこんなことされたら食事が不味くなるだろうがこのアンポンタンが。他人のメーワクを考えないのがヴァリエール様のお考えですかそうですかアホじゃないですか?テメーの使い魔がどんなモノ食べようとカンケーありませんが、見苦しい光景をヒトに見せるんじゃねーですよ。それともヴァリエールの貴族様は使い魔に十分食べさせることもできないぐらい金欠なのですか?だったら最初から召喚なんてするんじゃねぇーよこのボケ。歳が一つ上だろうが大貴族の娘だろうがアホな奴に敬う言葉なんて1ドニエ程度も持ち合わせてませんよ。おい、なに半泣きに・・・・」


そこまで言ったところで、少女の口は後ろから何者かの手によってふさがれた。彼女の友人なのか、汗をダラダラと流しているその女の子は無理に明るい声を出して、


「2年生の皆様!!私の学友が大変失礼しましたー!!では今日はこれで失礼しますねー!!ハハハハッ...どうぞお食事を続けてくださいなぁーーーーッ!!」


最後のほうは声がひきつっていたが、その少女は学友と呼んだ少女を半ば引きずるようにして食堂を出ていってしまった。生徒も給仕も静まり返っていた食堂は、やがて何事もなかったかのように、朝食を楽しむ音が聞こえてきた。


後に残ったのは、まるで溶岩のように顔を真っ赤にした涙目のルイズと、料理が盛られた皿を持ってポカンとしたルイズの使い魔だけであった...









「アホーッ!!何してんのよステラッ!あんた、こともあろうにラ・ヴァリエールの娘さんになんて口聞いているのよーッ!!!」


食堂を出た2人は、土の塔の近くにいた。
ちょうどあたりには誰もいなく、ステラの兄ジョルジュが管理する花壇が近くにあるこの場所までララは手元にある友人を引きずってくると、先ほどルイズを口撃していた友人に怒鳴った。


しかし、当の本人は至って静かで、


「静かにしなさいなララ。仕方ないじゃないですか。こっちが優しく注意しようと思ったら、あまりにもアホらしい言葉が返ってきたのですよ。そりゃあ誰だって怒りますよぅ」

っと若干拗ねるような口調で答えた。その発言にはララもあやうく怒りそうになるが、ぐっとこらえていった。


「「怒りますよぅ」じゃねぇよぅッ!? 入学早々、大問題起こしおってどうすんのよあんた~絶対、2年生の人達に睨まれたわ...それよりも勢いで食堂出ちゃったけど...まだスープぐらいしか飲んでないからおなかすいたわ...」


「済んだことをいちいち気に病むことはありませんよララ。それよりも、たくさん喋った所為か、確かにおなかが空きました。まだ時間もあるようですし...ララ、私の部屋にいきませんか?ケティさんから頂いたお菓子でも食べましょう」


「いいねッ、そうしよう。この際お「ララちゃ~ん。ステラちゃ~ん。待ってよ~」ってケティ!?あんたも何、食堂から出ちゃってんの!?」


2人がお菓子で腹を満たそうと計画を立て、女子寮の方へ向かおうとした時、食堂の方向からケティが、小走りでやってきた。彼女の手には、ナプキンで包まれた何かが持たれていた。


「二人とも大きな声出して出ていちゃったでしょ?まだ朝食は始まったばかりだったし、お腹空いているかなと思っていろいろ持ってきたの」


ケティはそう言って持ってきたナプキンを広げた。そこには切られたバケット、チーズ、ハムや果物が入れられており、2人の食欲を満たすには十分な量があった。


「ケティちゃんナイスだッ!!ホントにありがとう~ッ!!!でもアンタいいの?あんたもそんなに食べてないでしょ?」


「わ、私は大丈夫だよララちゃん。元々少食だし、今朝はあんまり食欲がね...」

グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!

「旺盛って訳だ」


「はぅぅ...」


ニヤニヤと笑うララの前でケティは、恐らくはルイズとは違う理由で顔を赤くした。そんなやりとりを見て、ステラはふっと笑うと二人にこう提案した。


「では、それを持って私の部屋へ参りましょう。ケティさんが持ってきて下さった食べ物と、ケティさんが焼いてくれたお菓子をみんなで仲良く食べましょうか。全てがケティさんからのお恵みなので、お茶ぐらいは入れさせていただきますよ」


その提案は、二人にすんなり受け入れられた。
しかし、今度こそ部屋へ行こうかという時、近くの花壇に埋まっているデカイ葉っぱがモゾモゾと動いた。そして土の中から人の形をした根っこらしきナニかが飛び出して来たのだ。
ララとケティは驚いたが、ステラはため息を吐きながら、今朝知り合ったその植物にこう尋ねた。


「ルーナさん。急に飛びだしてきて何ですか?まだ水やりの時間ではありませんよ?」


―ステラ様、私も皆様とご一緒したいですわ―


「ご一緒って...あなた植物のくせにお菓子なりパンなり食べれるの!?マンドレイクが人と同じものを食べるなんて聞いたことがないわ!!」


―マンドレイクではなく、「アルルーナ」ですステラ様。あんな野蛮な一族といちいち一緒にしないで下さいな。いいですか。世界には虫を捕まえて食べてしまう植物もあるのです。お茶を飲んで、お菓子を嗜む植物もいて不思議ではないと思いますが・・・―


「それはもう植物じゃないと思うのですが...」


急に飛び出てきた植物に語りかけているステラを見て、ポカンとしていたララとケティの頭上には、暖かい春の日差しが降り注いでいたのであった...









「ヴァリエールったらなに揉めてるのかしら?...ってこの臭いは?ってタバサ!?あんたソレまだ持ってたの!?もう捨てなさい!!」


「アレは無くなった・・・・コレは私の試作品・・・・」


「あっ...そうね。確かに臭いが違う...って十分臭いわ!!栓を開けないで!!マリコルヌが腐ったような臭いがするわ!!」


「そんな臭い・・・・嗅いだことない癖に・・・・・・・・大げさ・・・・・グッ・・・・・失敗・・・コレはない・・・・」



[21602] 14-A話 ステラ、ルイズ、登校、授業
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2011/09/15 18:00
トリステイン女子寮内―

今の時間であれば学院の生徒は食堂で朝食をとっているため、寮の中には生徒はいないはずである。ところが、とある女子生徒の一室にはまだ入学したばかりの少女が3人、そして昨日召喚されたばかりの使い魔が1匹、部屋の椅子に腰かけてハーブのお茶が入ったカップを持ちながら、話に.花を咲かせていた。
少女たちのそばにあるテーブルには、食堂から持ってきたと思われるパンやチーズ、部屋にあったお菓子が置かれている。

しかし、それも最初に比べると、随分と量を減らしていた。


―・・・なので私たちの種族は「マンドレイク」で統一されてしまっているのですが、数多くの種族がいるのです―

ジョルジュの使い魔であるルーナは、植物であるにも関わらず、ハーブのお茶を飲みながら自分の種族について3人に語っていた。

「ルーナさんみたいに、私たちくらいの大きさまで成長するのはやっぱり珍しいのですか?」

ケティがそうルーナに質問すると、ルーナはカップからお茶を飲みながら答えた。

―成長期の時、どれだけ環境や条件が揃っているかで、個体の大きさや魔力が決まっていきます。種族によって適した環境が違いますので…まあ運によるところが大きいですね―


「うううっ…やっぱり奇妙だわ。ホント、頭に直接語りかけられているみたい」

ララがそう思う様に、ルーナは口?から言葉を話すのではなく、いわば「テレパシー」のようなモノで三人へ語りかけていた。お茶を飲んでいるのに語りかけてくるルーナに、ララはまだ慣れなかった。

―私たち「アルルーナ」は言葉を発せず、相手の心へ直接意思を伝えます。なので他の植物や、動物とも喋れるのですよ。あっ、ステラ様、お茶のおかわりをお願いします―

ルーナは空になったカップを、この部屋の主であるステラへと向けた。ステラはまるでハシバミ草でも食べたかのように顔をしかめ、自分の兄の使い魔にこう言った。

「水でも飲んでなさい。アナタ植物なのにどれだけお茶を飲むのですか!?多めに淹れたはずなのにもうポットが空ですよ!」


―既に摘まれているハーブですが、仲間の出汁を飲むのはどうかな?とは思いましたが、なかなか美味しいです。やはり人に好かれているモノたちですね―

「う~ん…共食いならぬ共飲みってことかしら?そう思うと結構グロイ気がする…」


「ララちゃんそんなこと言わないで。飲めなくなっちゃうよ~」


3人の少女たちは、自分の手に持っているカップを見た。
ルーナが言った「仲間の出汁」が3人の頭に浮かんできて、中に残っているお茶を飲む気が全員失せてしまった。

その時、この部屋の主であるステラが言葉を発した。


「…ではそろそろ教室へ行きましょうか。今から行けば丁度、始業のベルが鳴る頃には着きますし」


「…そ、そうね。教室に行きましょうかステラちゃん。ララちゃん」

3人は椅子から立ち上がると掛けてあった自分たちのマントをはおった。ルーナは「いらないならもらっていきますわ」といい、テーブルに残っていた食べ物を手で抱えると、そそくさと部屋を出ていってしまった。

「あの植物め…お茶飲んだりモノ食べたりと、アレはホントに植物なのですか?」


「ルーナさんぐらいの大きさになると、マンドレイク種はあんな風に食事するのかしら?」


「実は「植物」じゃなくて亜人だったりして…」



ありえそう…

少女たちは先ほどまでお茶を飲んでいた使い魔に疑問を持ちつつ、部屋をあとにした。

そんなことを思われているとは知らないルーナは、手に抱えた食べ物を食べながら、自分の住みかである花壇へと歩いていたのだった。













「まったく…なによあの娘ったらッ!!ラ・ヴァリエール家の三女に向かってく、く、く、くそちびですってぇぇぇぇっ~!!」


ルイズは口から静かに憤怒を漏らしながら、教室へとつながる廊下を歩いていた。その後ろには自分の使い魔である少年サイトが、彼女にどのように声をかけるか悩みながらついてきてた。
ステラが食堂を出ていった後、ルイズはあまりの怒りと羞恥で我を忘れそうになった。しかし、少ししてからルイズは椅子に座り直すと、怒りごと飲み込むかのようにモーレツな勢いでテーブルに置かれた料理を食べ始めた。そのあまりの彼女の気迫に、周りの生徒はイヤミも言うことが出来なかった。サイトも、ステラからちゃっかりもらった料理を食べていた。案外逞しい二人であった。


お腹が満たされて怒りも和らいだのか、食事を食べ終わった後、ルイズはサイトを連れて何事もなかったかのように食堂を後にした。しかし、教室に向かう途中に思い出したのか、ルイズは怒りに充ち溢れ、サイトは不安に充ち溢れていったのだった。だがそれも、お互い時が経つにつれて冷静になってきたのか、二人はこれからの事について考え始めた。

ルイズは考えた。あの赤い髪の娘が自分の事をバカガキとかクソチビだとかアホとか言ってきたのは許し難い…しかし、ここで腹を立ててしまうと、なんか負けた気がしてならない。あの赤髪娘の態度は気に食わないが、ここはヴァリエール家の三女として広い器で許してあげようではないか…いつか仕返ししてやるが…


サイトは考えた。どうやら今朝の出来事で、彼女は凄く不機嫌だ。昨日、急に日本から召喚されて、キスされて藁で寝させられてパンツ洗わせられて…やっと朝飯で女の子の優しさに触れたと思ったのにその女の子も怖かったし…このヴァイオレンスガール達がこの世界の標準なのだろうか…とにかく、この桃色の主人は気分によってコロコロと変わるらしい。しかし、このままだと昼には泥でも喰わされかねない状態だ…なんとか機嫌を直してもらわなければ…

ようやく決心がついたのか、サイトは恐る恐る自分の主人?に声をかけた。


「な、なぁルイズ…?そう怒るなっ「犬!!」ハイッ!なんでしょう!!」


サイトは自分が言いたいことの2割も言えず、「犬」と呼んできたルイズに思わず返事を返してしまった。ルイズはサイトの方に顔を向けると、据わった目で睨みながらこう言った。


「今朝は私も悪いトコロがあったと思うわ。だから、今度からはちゃんとした食事を出すようにしてあげる」


意外な言葉がルイズから聞こえてきて、サイトは彼女が何を言ったのか理解するのに少し時間がかかった。しかし理解した瞬間、嬉しさが心からこみあげてきた。

一体コレはどういうことなのだ?だが、彼女は自分の非を認め、食事を改善してくれると言っているのだ。なんだ、良いトコあるじゃんと思ったのだが、

「えっ!?マジでやっ「ただし!!その分は使い魔としての仕事もしっーーーかりとやってもらうわ。それに、ちゃんと食べモノは与えるんだから、他のヒトから施しを受けるなんてみっともないことはしないでよ!!特にあの赤髪の娘にまた貰うようなことがあったら…」


「あ、あったら…?」


「消す」


ルイズが喋った言葉はたった二文字であったが、サイトにとって、この世界に召喚されて聞いた彼女の言葉のなかで最も重みがあった。


こ、こいつ…マジだ。マジでやるつもりだよこの桃髪娘…


サイトが主人の言葉に青ざめた時、二人は丁度、目的の教室に着いたのであった...









ルイズとサイトが教室に入ると、生徒達が二人の方を見て、クスクスと笑った。
「1年に説教された…」「さすがゼロ…」「ホントに平民を召喚したのな…」
所々からヒソヒソ声が聞こえ、サイトはヒソヒソ声が聞こえてくる方を睨んだが、ルイズは平然とした顔で、前の空いている席へと座った。
サイトもどうすればいいか分からなかったので、とりあえずはルイズの隣の席に座った。
もう授業の時間が近いのか、教室の中は多くの生徒が教室におり、ルイズから離れた席にいるキュルケは、数人の男子生徒に囲まれている。その近くの席に座っているタバサは、何かの本に熱中しているようだ。
また、教室には生徒達の使い魔なのか、紅い鱗をまとった蛇がトグロを巻いていたり、大きな目玉が宙にフワフワと浮かんでいたりと様々な生き物たちが教室にいた。


始業のベルが鳴ったすぐ後、モンモランシーが慌てた様子で教室に入ってきた。モンモランシーは誰も座っていない、ルイズの隣の席に腰を下した。そして一つ息を吐いてから、ルイズにこう尋ねた。


「おはようルイズ。ねぇ、ジョルジュ見なかった?朝からいないみたいなの…アナタ、ジョルジュに会ってない?」


モンモランシーのその言葉で、ルイズはアアッそういえばと、いつもなら朝に挨拶してくるあの少年の顔を見ていないことに気づいた。
短く切られた紅い髪は彼の特徴の一つで、近くにいればすぐ気がつくはずなのであるが、今朝は同じ色の髪をした、あの少女の顔しか見ていない気がする…

「そういえば今日は見てないわね…って、モンモランシーも知らないなら、私が知るわけないじゃない」


「やっぱりルイズも会ってないのね…もう、どこ行ったのかしら。昨日あげた香水の感想、聞こうとしてたのに…」


「アンタ、ジョルジュに香水あげたの?アイツに香水あげても使うとは思えないんだけど…」


「あら?ジョルジュって結構そういうトコ気にする方だと思うけどな…あっ、そういえばルイズ、あなた朝ステラに怒られてたでしょ」


「へっ?ステラって…あの赤髪の…って!!じゃあ、あれがジョルジュの妹なの!?ウソよッ!全く性格似てないじゃない!!」

モンモランシーはルイズの言葉に溜息を吐くと、何をいまさらという風な様子で、ルイズにいった。

「あの兄妹たちは似てないのが普通なの。私は何度かステラに会ったことあるけど…まあ性格のキツさは一番でしょうね」


「まあそれは分かるわ…ホント、ジョルジュが一番マトモに見えるわね…」


ルイズとモンモランシーは、ジョルジュの兄妹達を思い返し、深い溜息を吐いた。ちなみにサイトは、女の子の会話に参加できなかったので、寄ってきた使い魔とじゃれ合っていた。
そしてそれから間もなく、教室の扉からふくよかな女性が入ってきて教卓についた。




「皆さん、授業を始めます。私の名前は赤土のシュヴルーズです」














「・・・・であるため、メイジであるからには・・・」


ルイズ達がいる教室で授業が始まった頃、少し離れた場所にある一年生の教室では、ステラ達がメイジの心得についての授業を受けていた。
教室の中には、黒板に書かれたコトを必死に書き写している者、隣と小声で話している者、寝てしまっている者など様々な様子の生徒達がいた。

そんな中でステラは、一番隅っこの席に座り、授業には耳だけを向け、王立研究所が発表した論文を読んでいた。その右隣では、ケティが黒板に書かれたコトを紙に書き写している。

そしてもうひとつ隣の席では、ララが教科書に顔をうずめて寝てしまっていた…



[21602] 15‐A話 授業でのひと騒ぎ
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/19 07:46

「皆さん、授業を始めます。私の名前は赤土のシュヴルーズです」


教壇の前に立った女性はそう名乗り、教室の中をぐるっと見回したあとに笑みを浮かべて言葉を続けた。


「皆さん。春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、さまざまな使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」

そしてシュヴルーズは再び教室を見まわした。そして前の席に座っていたサイトに目を留めた。

「おや、変わった使い魔を召喚しましたね、ミス・ヴァリエール」

その言葉に教室からはクスクスと忍び笑いが聞こえてきた。すると教室の後ろの方にいた、金髪の太った少年がガタっと席を立ちあがってルイズの方を見た


「ゼロのルイズ!召還が出来ないからってそこら「ところで、今日はミスタ・ドニエプルは実家の都合で欠席です」

少年が何かを言いかけていたが、それを知らずにシュヴルーズは、今日休みとなっているジョルジュの事を生徒達に伝えた。
その少年は途中で遮られたことについて何か言おうとしたのだが、そこで再び他の生徒から声が上がった。

「ちょっ、ミス・シュヴァルーズ!?僕まだ「ホントですかミス・シュヴルーズ!?なにがあったのですか?ノエルはいるのにジョルジュはいないって…」

「言葉を被せるなよモン「落ち着きなさいミス・モンモランシ。なんでも、彼と親交の深かった友人が結婚式するそうで、彼はその式に呼ばれたそうです」

「少しは僕に「モンモランシー!!彼氏がいないからって落ち込むなよ!」

「それ僕が「何言ってるのよ!!私はただジョルジュがいないから気になっただけで…」

「だから「全くだ!!モンモランシーとジョルジュが付き合っているなんてくだらないことを振りまくのはやめたまえ!!」

「おい、ギ「ギーシュ。アンタは黙ってなさい」


「お前らー!!僕を無視するんじゃない!!!てか少しは喋らせろーッ!!」

ついに大声を張り上げて主張した少年を、生徒全員が視線を向けた。別に大したコトはしてないのだが、少年にとってはキツかったらしく、顔に汗をかいてフーッ、フーッと呼吸を荒くしていた。

その様子を見て、ルイズはその少年を指差しながらシュヴルーズにいった。

「ミス・シュヴルーズ。「得体の知れないナニカ」のマリコルヌがなんか言ってます」


「ちょっと待てぇルイズッ!!なにその無駄に長いあだ名は!?せめて「風っぴき」…やっぱり「風上」って呼んでくれ!!」

少年、マリコルヌはルイズのその言葉に憤慨したが、ルイズはフヒーと鼻を鳴らしてマリコルヌの方を見た。


「「風上」?ちょっと冗談は臭いだけにしなさいよマリコルヌ。何、勝手に「風上」なんて名前つけてるのよ。アンタが風上にいたら私達がエライことになっちゃうでしょうが。主に臭いで」


「ルイズ。君、昨日なんかあった?そんなこと前まで言ってなかったじゃん…」

ルイズの毒舌ぶりに、マリコルヌの心はガラスのように砕け散った。そしてズルッと席に座ると頭を垂れて動かなくなってしまった。



教室が静かになったところで、シュヴルーズは授業を始めた。
授業は一年の頃に習った魔法の基本的なおさらいから始まり、土系統の魔法の説明までに至った。
見本として石を真鍮へと変化させ、シュヴルーズによる土系統の基本「錬金」のお手本が終わった所で、シュヴルーズは誰かに錬金の魔法をやってもらおうと、誰にあてようかと辺りを見た。

「では、ここにある石ころを…そうね~じゃあミス・ヴァリエール、あなたがこの石を望む金属へ変えてごらんなさい」

シュヴルーズがそうルイズに言うと、先ほどまでの教室の空気が一変した。
ザワザワと辺りが騒ぎ出し、さっきまで動かなかったマリコルヌもビクゥッと体を震わせて顔を上げた。
そしてキュルケが手を挙げてシュヴルーズに告げた。

「ミス・シュヴルーズ!!ルイズはやめたほうが…良いと思います」


「おや?どうしてですか」


「ミス・シュヴルーズはご存じないのですね。ルイズは「やります!!やらせて下さい!!」ってルイズ!?」

ルイズは席から立ち上がり、シュヴルーズの方へと近づいた。シュヴルーズは「心を落ち着かせて」などとアドバイスを送っているが、キュルケや他の生徒は気が気ではない。

「ちょっとルイズ。お願いだからヤメテ…」

「うるさいわよツェルプストーッ!!見てなさい。成功させて見せるんだから!!」

ルイズは杖を振りかぶると、錬成の詠唱を始めた。それと同時にキュルケや他の生徒達は机の下へと隠れ始めた。サイトもキュルケに促され、机の下へと身を隠した。

そして次の瞬間、ドカーンと大きな爆発音が響き、爆風と煙が教室を駆け巡った。その爆発が起こった爆心地には、少し黒こげになって気絶したシュヴルーズと、爆風で髪の乱れたルイズがいた。

「ちょっと失敗みたいね」

机の下に隠れていたキュルケは、まだ爆風で耳鳴りのする頭を手で抑えながら、机から頭を出した。周りでは数人の生徒が、爆発を起こしたルイズに文句を言っていた。
ふと、キュルケはさっきまで下の席にいたはずのタバサがいなくなっていることに気づいた。
タバサが座っていた場所には彼女の代わりに、今朝彼女が持っていた見覚えのある瓶が砕けて中の液体があたりに散乱していた。

(あの瓶ってもしかして・・・・)





ちょうどルイズが爆発を起こした時と同じ頃、タバサは教室を出て図書館への通路を歩いていた。歩きながらタバサは、自分が作ったモノを教室に忘れてきたことに気づいた。一旦は取りに行こうかと迷い歩みを止めたが、彼女は

「爆発で割れているかも・・・・・・諦めよう・・・・」


と呟き、何事もなかったかのように図書館へと再び歩き始めた….



「ちょっとタバサっていない!!瓶が割れて…臭ッ!!」

教室にこぼれた液体からは強い異臭が立ち上り、徐々に教室に広がり始めた。


「ちょっとじゃないだろ! ゼロの…って臭ッ!!なんだこの臭い!?」

「いつだ...ゴホゴホッ!!なんだコレ!?マリコルヌの腐った…」

「マリコルヌはこっちにいるぞ!!ダブルだ!!ダブルで臭いがグハッ!!」

「なんだよみんな!!僕何もしてないのに酷くねッ!?僕はそんなに臭くは…臭ッ!!」


教室は先ほどの爆発以上の騒ぎとなり、あまりの異臭に咳がでて、目からは涙を流し、中にはその場に倒れる者も出てきた。
教壇にいたルイズも異臭に気付いたが、すでに教室に臭いが広がっていたため、口と目がやられた。


「ちょっとこの臭い!!…ゴホゴホ…なんでゴホゴホゴホ…教室に…」


教室はむせる者、涙を流す者、気絶する者など出ていたが、



唯ひとり、マリコルヌだけは臭いは感じていたが何も異常は現れなかったのであった。






「なんか納得いかないんだけど!!なにこの扱いは!?」










「ああ~やっと終わった。なんか頭がすっきりするんだけど」


「あなたは授業の間ずっと寝ていただけでしょうが。全く、そのまま寝ていれば良かったのに」


午前の授業が終了し、太陽も真上に上がった時間、授業を受け終えたステラとララは昼食を取るために食堂へと向かっていた。食堂へ歩を進めるなか、ステラは外した眼鏡を拭きながらぼんやりと外を見つめ、今は実家へと向かっているだろう兄の事を想った。

(ジョルジュ兄様…無事に実家へと向かっているでしょうか…ドニエプル家の代表として出席するとはいえ急に決まったことですし、なにも起こらずに無事に済めば良いですが…)


ぼやけた視界に眼鏡をかけ、今日のメニューは何かなと考えているとき、隣を歩くララが声を掛けてきた。授業の間ずっと寝ていたためか、右のほっぺには赤い跡が残っている。

「あれっ?そう言えばケティはどうしたのステラ?」

ララの質問にステラはハァと息を吐き、言葉を返した。



「ケティは一旦部屋に戻るのだそうです。授業が終わってすぐに「ギーシュ様にあげるクッキーを持ってくるから、ステラちゃんは先に食堂に行ってて」なんて言ってましたよ…」


ステラはそうララにそういうと、先ほど身を案じていた兄の代わりに、部屋にお菓子を取りに行っている友人の事を想った。先ほどの授業の前にも、他の生徒があの金髪バカ(ギーシュ)の事を話していたのだ。
どうやら何人もの女生徒に声をかけているのは本当であるらしい。
誰を好きになるかはケティの自由ではあるが、どんな結末になろうとも友達に悲しい目にあってほしくないという思いがステラの中にはあったのだ。

(ホント、彼女には幸せになってもらいたいのですが・・・)


ステラがそんなことを思っているのを知ってか知らずか、ララは自分の腕に留めてある小さいナイフで、爪の間のゴミを取りながら再び話しかけてきた。その様子は貴族の娘というより、戦士の娘だなとステラは思った。


「あの娘も変な人を好きになるわね~。トリステインだとあれがカッコイイの?」


「…そうですね。それは個人の見方だとは思いますが、私はあの金髪バカはゴメンです。ファッションも「ダサいを通り越したナニか」ですし、あまりおススメはしませんね。ケティさんはその金髪バカに惚れてしまっているので何とも言えませんが…」

「アンタ…ホント誰に対しても容赦ないわね…」


そんな話を何度かしている内、二人は食堂へと着いた。ところがまだ授業が終わったばかりというのにも関わらず、2年生のメイジが大勢椅子に座り、食事を楽しんでいた。


「あら?今日は随分と早く席が埋まっているのですね。どうしたのでしょうか?」

そう疑問を浮かべるステラの横で、空いている席を探しながらララが、まるで今気づいたの?というような表情でステラを見ていった

「ん~さっき通路で2年のヒトが言ってたの聞いたんだけどさ、なんでも2年生のクラスの授業で爆発があって、2年生は早めに終わったらしいよ」


「爆発?火の魔法の授業でもしていたのですか?」


「んにゃあ~錬金だったらしいわよ。それと異臭騒ぎも起きたんですって」


そう言うとララは空いた席を見つけたらしく、あそこに座ろうとステラの手をひっぱりながら彼女に尋ねた。尋ねられたステラはララが言った言葉に思わずぽかんとなってしまった。






「錬金の授業で爆発に異臭って…一体、ノエル兄様やジョルジュ兄様は何を教わりになっているのでしょうか・・・・」


そんなことを思う彼女から離れた席に、ステラの友人ケティが惚れている男、ギーシュ・ド・グラモンが数人の男と一緒にいた。
そして雑談をしていた彼の足もとには、ジョルジュが落としていた紫色の香水が、再び落ちてあった



[21602] 16‐A話 ギーシュ、不幸、決闘 (前篇、後篇)
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2011/09/15 18:03
※前篇




「なあギーシュ、お前今誰と付き合ってるんだ?」


学生が食事を楽しむ食堂、そのとある席に数人の男子学生が座っている。その中の一人が、自分の前の席に座っている少年、ギーシュにそう話しかけた。彼はギーシュとは入学してからの付き合いであり、彼が幾人もの女性を口説いていることを知っている。もちろんその幾人とも付き合っていることも。


「つき合う? 僕にはそのような特定の女性はいないよ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」


その質問に対して、青銅で作られた造花のバラを顔の前にかざしながら、ギーシュはそう答えた。
なんともない食堂での会話、ギーシュは外見上は学友の他愛もない会話に参加しているように見えるのだが、内心は密かに想う金髪縦ロールの少女の事でいっぱいであった。

(ああ…モンモランシー。僕の愛しの蝶よ…いったいなぜ、僕にとまってはくれないのだい?君の事を想うだけで僕は何も考えられないというのに…)

ギーシュは、これまで全く自分に振り向いてくれない想い人への思いを心の中で呟いていた。そして当然、後にはその想い人のそばにいる少年に嫉妬と恨みを募らせる。

(くそっ!!ジョルジュめ!!いつもモンモランシーに纏わりついて!!しかも僕のモンモランシーを「モンちゃん」だと!?羨ま…けしからん!!貴族の女の子になんて言い方をするんだ!!)

そうギーシュは頭で密かに怒りつつ、自分の前にあるグラスからワインを一口含んだ。食事が終わったからそろそろデザートが運ばれてくる頃であろう。
彼はデザートが運ばれるまでの間、今日の授業でのことを思い出した。



それは彼が昨日の夜に拾った香水瓶から始まる。
ギーシュは夜中にケティと女子寮で会った後、寮に戻る際に入口の近くに何かが落ちているのに気づいた。手に取ってみるとそれは紫色の液体の入ったガラス瓶であった。
ギーシュは瓶の形状からして、どうやら香水が入っているなと思った。


ギーシュはそれがモンモランシーが作った香水だとすぐに分かった。
彼は知り合いの女の子を通して、モンモランシーが作っている香水は全て揃えている。(それぞれ保存用、実用、予備の3つを購入している)
その香水を入れる瓶の形状が似ていることもあって、すぐにモンモランシーのものであると分かったのであったが、紫色の香水はまだ出ていないはずであった。


(これって新作なのかな?なんでこんな男子寮の近くに…!!!もしかしてモンモランシー!!!これは……これはもしかして「僕」にッッッ!?)


夜中でテンションが上がっていたためか、彼の頭の中には「モンモランシーが僕に渡そうとして寮の入口まで来たのだけど、恥ずかしくて帰ってしまった。その際にこの香水の瓶を落としてしまった」という今までのことからではあり得ない妄想が広がったのだった。


しかし、今日の朝の授業で彼の妄想は見事に吹き飛ばされてしまう。


その日の朝、ギーシュは教室の席に腰かけながら愛しの想い人が来るのを待っていた。


(フフフ、愛しのモンモランシー…この香水は一旦君に返すとしよう…やっぱり君の手からこの香水を受け取るべきだ…さあモンモランシー、僕のところにおいで。麗しの蝶…)

朝になっても妄想全開のギーシュであったが、当のモンモランシーは中々教室には来なかった。しかし、授業が始まる少し前にモンモランシーはやってきた。
ギーシュは後ろから声をかけようとしたが、モンモランシーが隣の席のルイズに何やら話しかけていたので、話かけずにそっと聞き耳を立てた。


―おはようルイズ。ねぇ、ジョルジュ見なかった?朝からいないみたいなの…アナタ、ジョルジュに会ってない?-

(ジョルジュ?モンモランシー..あんなやつの事なんていいじゃないか。それよりも僕と一緒に今後のことについて…)

―やっぱりルイズも会ってないのね…もう、どこ行ったのかしら。昨日あげた香水の感想、聞こうとしてたのに…-

(今後のこと…香水!?)

ギーシュの頭の中で昨日作った妄想がガラガラと崩れた。そして自分の持っている香水は自分のためではないことにやっと気付いたのであった。
モンモランシーの会話はまだ続いていた。ついでにルイズの声も聞こえてきた。


―アンタ、ジョルジュに香水あげたの?アイツに香水あげても使うとは思えないんだけど…-

(そうだよモンモランシー!!なんであんな田舎者にあげたんだ!?ゼロのルイズもたまにはいいこと言うじゃないか)


―あら?ジョルジュって結構そういうトコ気にする方だと思うけどな…-


(・・・・なんでそんな嬉しそうな顔で話すんだいモンモランシー…)


その後、ジョルジュが実家に戻った話になり、誰かが「モンモランシー!!彼氏がいないからって落ち込むなよ!」と言ったのでギーシュはそれを否定したが、モンモランシーに「黙ってなさい」といわれて大いにヘコんだ。
そして爆発に異臭騒ぎをくぐり抜け、今に至る。

(ううう…何でだいモンモランシー…なんでジョルジュなんだい?あんな田舎者のどこがいいんだ)

「おいギーシュ。どうしたんだお前?」

ふと、同席した仲間の一人が、先ほどから喋っていないギーシュを不審に思ってか、話かけてきた。ハッとギーシュは気付いて顔をあげた。

「フッ、なんでもないさレイナール。僕もたまには考える事だってあるということさ」

「くだらないこと聞くなよレイナール。どうせ次は誰を口説こうとか考えてたんだよ」

その言葉に、テーブルにいた生徒達はハハハと大声で笑った。そんな彼らを尻目に、ギーシュは今度はいまだに持っている、香水の事についてどうしようかと考えを巡らせた。
授業が中止となった後、ギーシュは結局モンモランシーに香水を返すことが出来なかったのだ。


(モンモランシーもなんであんなやつに香水なんか…使うどころか落しているじゃないか!?それなのにこの…ってあれ?懐に入れていたはずだけどドコにいったんだ?)


懐にしまったはずの香水瓶がなくなっていた。
ギーシュはポッケなども探し始めたが、ゴトリとテーブルに何かが置かれた。
見てみるとそれは紫色の液体の入った瓶であり、ギーシュが探していたものであった。


「落しモンだぞ色男」


声がした方を見ると、トリステインではあまり見られない黒髪に、非常に変わった服装をしている少年が立っていた。デザートも配っているのだろうか。少年の左手にはケーキが乗ったトレイがあった。
その少年は昨日、ルイズが召喚した平民だとギーシュは気付いた。


ヤバいッ…こんなトコでモンモランシーの香水なんか見せたらこいつら絶対何か言ってくるぞ。見せたくなかったのに…なんとか誤魔化せないかな


ギーシュはこの黒髪の少年に自分のではないと言おうとしたが、突然横から生徒の一人が大声でいった


「おいギーシュ!それはモンモランシーの香水じゃないか!お前彼女と付き合っているのか!?」

その男子生徒がいった突拍子もないコトで、周りの生徒も感化されて口々に言いだした



「まじかよギーシュ!!とうとうあのジョルジュに勝ったのか!?」

「なんだって!?ギーシュがとうとうモンモランシーを攻略したのか!?」

「だってあれはまだ出ていない色の香水だぜ!?新作だろ?それをギーシュにあげるってことは…」




なぜ香水一つでそんなに話が飛躍するのか…話が大きくなってしまって焦ったギーシュは、慌てて友人たちに香水のワケを話そうとした。


「な、何を言っているんだい君たち。それは(ホントに)違うよ。いいかい、彼女の名誉のために言っておくが・・・」


そう言っている時、ドサッと何かが落ちる音が聞こえてきた。その音に反応してギーシュが振り返ると、ギーシュが良く知っている栗色の髪の色をした女の子が立っていた。心なしか体が震えているようにも見える。


「ケ、ケティ…」












「ギ、ギーシュ様…や、やっぱりミス・モンモランシと….」


ケティは両肩を震わしてポロポロと涙を零していた。彼女の足もとにはギーシュにあげるはずであったクッキーのバスケットが落ちており、そこからクッキーが何枚か床に散らばっていた。

「ち、違うんだよケティ。ホント違うの。マジで。付き合ってないのホントに…だからそんなに泣かないでくれ…」


ギーシュは自分が泣きそうになっていた。
なんてタイミングの悪い時に来たのだろう彼女は。
しかもホントにモンモランシーとは付き合ってない(そこまでいけない)のに周りの言葉を信じてしまっている。なんとか誤解を解きたいのだが…


(くそー!!なんでこんなことになってしまっているんだ!?僕がなにをしたって言うんだ!??この前ブルドンネ街の占い屋に行ったとき、今週は良いことが起こるって・・・)





『ど、どうかな?僕は近い将来に運命の人(モンモランシー)と結ばれるかな?』

『そうですね…ウワッ…い、いいんじゃないんですか?ええ…とても「スゴイ」が運気が巡ってくると思いますよ…』

『そ、そうかい!?じゃ、じゃあ今週あたりにアタックをかけようと思うんだがね…成功するかな占い師君?』


『……ヤベェ….えっ?そ、そうですね…今週は凄いですよアナタ…今年一番ではないでしょうか』

『ホントかい!?いやぁ今週の虚無の曜日に彼女をデートに誘ってみようかなって思ったんだけどね。大丈夫かなぁって心配だったんだよ。そしたら最近いい占い師がここにいるって聞いて来たんだけど…いやぁ良かった良かった!!』


『ハハハハ…ドウシヨ…えーと…「赤」と「紫」ですね。この二つの色がとてもあなたの運を動かします…あと「迂闊な発言」には注意してください。私から言えるのは…それだけです』


『分かったよ占い師君!!いやぁ来てみるもんだね!!また来させてもらうよ!フフフッ・・・』





(あの占い師めぇーーーー!!逆の意味での「スゴイ」かよ!!あの占い師は今度文句言いに行くとして…不味いぞ。なんとか彼女に僕の想いを伝えなければ)


ギーシュは時間にしたらほんの数秒の間に、あまり使っていない頭をフル回転して彼女の誤解を解く言葉を探した。そしてふと、コレだ!!という言葉が浮かび、ギーシュは早速使おうと席を立ってケティのそばに寄って行った。彼女は下を向いてグスッグスッとまだ泣いているようであった。

「ケティ、聞いてくれ」


ギーシュはそう彼女に語りかけて、ケティの両肩にそっと手を置いた。いつもとは違う真剣な声に、ケティは泣くのを止めてギーシュの顔を見た。泣いたせいか、若干目が赤くなっていた。


「いいかい、ケティ。僕は・・・・」


「僕は」? ケティはあとにに続く言葉を待った。そして少し沈黙していたギーシュはようやく口を開いた。




「僕は…「今は」君を一番に愛しているさケティ」




「「今は」ってなんですかー!!ミス・モンモランシと付き合いだしたらお払い箱ってことですかギーシュ様!??」


ギーシュが言った言葉に、ケティはまたも目に涙を浮かべながら大声でギーシュを問い詰めた。
ギーシュは「会心のセリフを言ったのになぜ!?」という表情を浮かべ、全く良くならない状況にパニックになりかけていた。


「私だけとおっしゃってくださったのに…」

ケティは床に落ちていたバスケットを手に取り、そして止まらない涙を流しながら右手を振りかぶった。


「ち、違うんだよケティ。お願いだからそんなに泣かないでおくれよ。僕まで悲しくっていうか泣きそうなんだけど?今のは言葉のあやだよ。君のことをフベラッ!!!」

瞬間、ギーシュの左ほほに鋭い衝撃が走った。ケティが振りかぶった右手のひらは、的確にギーシュの顔面左部分をとらえたのであった。


「ギーシュ様の金髪バカッッ!!」


彼女はそれだけ言うと、泣きながら食堂を出ていってしまった。
あまりの光景に、ギーシュと一緒に座っていた友人はもちろん、周りの生徒の大半も声が出なかった。


「ウウッ…ホントに「今は」何もないのに…痛いというか重い…頭がグラグラする」


ギーシュはとりあえず席に座ろうとテーブルの方へ体を向け、イスに近づいていった。しかし、彼はその途中で声をかけられた。

「ギーシュ」



その声は彼が良く知っている声であった。そして一番好きな声であったが、今ほど聞きたくないと思ったコトはないだろう。
彼はその声のする方へ顔を向けた。ギーシュは声の主を確認した時、サーッと血が下がる音が聞こえた。




次に彼の目の前に立っていたのは縦ロール髪が特徴的な少女、モンモランシーであった。


※後篇

「モ、モ、モンモランシー…」


ギーシュはそう彼女の名を口から漏らした。いや、それだけしか言えなかったというべきか。今の彼には最も会いたくない人物がそこに立っているのだから無理もないだろう。

モンモランシーはそんなギーシュの心境など関係なく、すたすたと彼に近づき、スッと手を出した。

ギーシュには最初、その差し出された手が何を意味するのか分からなかった。


「モ、モンモランシー…いったい「香水」え?」

モンモランシーは再びギーシュに向かって言った。その声はいつも聞きなれているはずなのに、ひどく冷たく感じられた。

「あれ、私の香水でしょ?なんだかそっちの席の方ら「モンモランシーの香水」とか「新作」とか聞こえてくるから気になって来てみたけど、確かにアレは私の香水ね。なんでギーシュが持っているのかしら?」


「いや…それはだね。昨日の夜に男子寮の入口のあたりで落ちていたんだ。それをね、ぼ、僕が拾ったんだよ…ハハハハ…いや返そうと思っていたところだったんだよ?ホントに…」


「そ、ありがとギーシュ。じゃあせっかくだから今返してくれないかしら?」


「えっ、あ、ああ…それはそうだけど…」


「…ま、いいわ。勝手に持っていくわよ」


モンモランシーはそれだけ言うと、テーブルに置かれてある香水の瓶を手に取り、ギーシュには一瞥もしないで戻ろうとした。ギーシュは思わず彼女を引き止めた。


「ま、待ってくれモンモランシー!!」

モンモランシーはギーシュに呼ばれ、足を止めて振り返った。


「なにかしらギーシュ」


「その香水は彼に、ジョルジュにあげたというのはホントなのかい?違うよね?落としちゃっただけだヨネ?」


モンモランシーはギーシュのその言葉を聞いて、フゥとため息を吐いた。そのあと、少しだるそうな目でギーシュを見ていった


「ええ、そうよ。これはジョルジュにあげたの。男子寮の入口にって言ってたわね。まあどうせ実家に帰る時に慌てて落したんでしょアイツ…全く、人から貰ったモノなんだと思ってるのかしら。帰ってきたら怒んないとね」


ギーシュには今はいないジョルジュに対して愚痴を言っているモンモランシーの顔が、どこか楽しそうに見えた。


何でそんな顔をするんだいモンモランシー?



ギーシュはいよいよ我慢できなくなった。そして自分の心の中で思っていたことをモンモランシーにぶつけた。


「モンモランシー!君はそんなにジョルジュの事が良いのかい!?あんな田舎者の農民のように土臭い彼を!!君からもらったその香水でさえ、落としていくような奴だ!?女性に対する心遣いなんてもんはないんだよ!?それでも君は彼が良いって言うのかい?」


ギーシュが言い終ったとき、周りの生徒はシーンと静まりかえっていた。
終りまで聞いていたモンモランシーは、ホントにだるそうな顔でギーシュを睨み、そして口を開いた。


「そうね…確かにジョルジュは粗野なトコあるわね。いつも私を困らせるし、アナタみたいに奇麗にめかし込むこともないし、テーブルマナーもいいとはいえない。魔法が使えなかったら貴族であるか疑問に思うくらいだわ…」


モンモランシーは「でもね」と言葉をつなげてこう続けた。


「アンタみたいに女を泣かすようなことは絶対にしないわ」


グサッ!!!

ギーシュの胸に、言葉のジャベリンが刺さった。そしてモンモランシーは尚も続ける。


「アンタと違って上辺だけの優しさじゃないし」


グサグサッ!!!

さらにジャベリンが突き刺さった。


「自分の家のことを鼻にかけてもいないし」

ドスッ!!

さらに突き刺さる。

「口先だけじゃないし」

ズドンッ!!

度重なる想い人からの口撃に、既にギーシュはグロッキー状態になっていたが、次の言葉が決定的となった。


「まあ、私からしたらジョルジュはアナタとは比べ物にはならないくらい男前よ。話はこれでいいかしら?じゃあねギーシュ。あの子にちゃんと謝っておきなさいよ」


そう言って立ち去った彼女の後には、床にうつ伏せにダウンしているギーシュだけが残った。彼は倒れながらブツブツと「モンモランスィ~」とかなんとか呟いていた。
周りの生徒はもうギーシュの事を見ていられず、デザートに集中して見えないふりを決め込んだ。


「・・・・・・」


事の始終を見ていたサイトも、「なんかヤバい…」という雰囲気に負け、ここから立ち去ったほうがいいなと感じた。
しかしサイトがその場を離れようとした時、床で倒れている貴族?の少年から声を掛けられてしまった。




「フフフッ….待ちたまえそこの平民」


そうギーシュの口から出てきた声は、若干涙ぐんでいた。












なんでこんなことに…
ルイズの使い魔として召喚された少年、平賀才人は事の一部始終を見てそう思った。
爆発した教室を片づけて、ルイズが「アンタの昼食は話しつけたから、厨房に行って食べてきなさい」って言ったから教室から出た後にルイズと一旦別れた。

ウン…ここまではイイ。



厨房に入ったら、食事の準備のせいか皆凄い勢いで動いていて、話しかけづらかったんだけど、おれと同じ黒髪のメイドさんが「もしかしてミス・ヴァリエールの使い魔さんですか?」って声を掛けてくれた。シエスタっていったっけあのコ。優しい子だよな~胸もデカイし…
そしてすんげぇ上手いシチューを食べさしてもらった。

ウン…これも間違ってない。


んで、食べながらシエスタにこっちの世界の事をいろいろと聞かせてもらった。
どうやらこの世界では貴族と平民の格差ってものが激しいらしい。んでもって俺のご主人さまであるルイズはその中でも有数の貴族ってんだから驚きだ。

ああ~ブルジョワジーブルジョワジ~

それはこの学院でも同じ様で、貴族の子供たちが生徒だからって多くの奴が威張り散らしているって言ってた。(中には優しい奴もいるってシエスタは言っていたな。「ドニエプル家の皆さまはとても私たちに優しくしてくれるんです」って。いったいどんな人たちなんだろう?)
そんでタダ飯もなんだし、何か手伝わせて欲しいって彼女に言ったら「ではデザートを配るのを手伝ってくれませんか?」って言われて食堂でケーキ配ることになった。

ウン、人として俺の行動は間違ってないぞ…


ケーキを配っていたらなんかやたらと大きな声で喋っている奴らがいた。「なあギーシュ、お前今誰と付き合ってるんだ?」って言う言葉が聞こえてきたと思ったら、「つき合う? 僕にはそのような特定の女性はいないよ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」って如何にも遊んでそうなヤツが、今時マンガに出てくるナルシストでも言わないようなセリフを言ってたんでムカついた。
けど、そいつの方に顔を向けていたら、足もとになんか落ちているのに気づいたんだ。ケーキ配るがてらに拾ってやるかと思ってその落し物を拾った。なんか紫の液体が入ったガラス瓶だった。ポーション?

これがどうやら間違いだったらしい…


その後は机に置いたポーション(周りの声を聞いていると、どうやら香水らしい)周りの奴らがそれ見て騒ぐやら、女の子が来て色男ががヒッパたかれるやら、なんか本命の子にもの凄い勢いでフラれるやらで、今そいつは俺の近くでダウンしている。


オレ、間違ったコトした?いいやしてないと思うよ。親切に香水の瓶を拾ってあげたじゃん?こっちの世界に呼ばれる前に見ため○しテレビの占いでも、「人には親切にしよう。凄いお礼が来るかも。ラッキーポイントは「中世風の建物」」とか言ってたし?
だけどなんかヤバそうだな…ここはもう退散「待ちたまえよ平民君」ほらオレのバカ…なんか話しかけられちゃったよ~

そう思っているとそいつはフラリと立ち上がってオレの方に顔を向けた。さっきまでとは別人のようにやつれてる…


「フフフッ…君が軽率に、香水の瓶を拾い上げたおかげで、二人のレディが傷ついてしまった…ホントに…ホントにどうしてくれるんだ!?」


言葉に無駄に迫力があるなこいつ…だけど、


「いや、どうもこうもオマエの責任だと…」


そういうと金髪の色男(ギーシュって言われてたな)はいきなり大きな声で俺に詰め寄ってきた。


「うるさい!!君が香水の瓶を拾わなければああもレディ二人の名誉を傷つけるようなことはなかったんだ。なんでわざわざテーブルに置いちゃうんだよ!!僕に直接渡せば良かったじゃないか!!」

んなムチャ言うなよ。負けじと反論をする

「んだよ。仮にテーブルに置いた俺が悪かったとしてもだ。二人目はともかく最初の子には他に言えることがあったろ?さすがにアレはねぇよ…」


そう言うと周りの奴らも「うん。確かに」「あのセリフはダメだろ」「ギーシュらしいけどダメだろ」とか聞こえてきたが、ギーシュは肩を震わせてまた俺に詰め寄ってきた。


「平民の君にドーコー言われる筋合いはない!!僕が言いたいのはこの責任をどう取ってくれるんだ!!」


平民ってお前…要は俺に振られた責任をなすりつけたいだけか…


「だから責任も何もお前のせいだよ。好きな子がいるのに他の子と付き合ってたからこんなことになったんだろ平民も何も関係ないね」


「フフフッ…さすが「ゼロ」のルイズの使い魔だ…貴族の僕に対してそんな口を聞くなんて…ルイズは平民でさえも満足に教育出来ないようだ…」

….マジうるせえなぁコイツ。もう我慢できねえ!


「ウルせぇよ平民平民って…そんなに貴族様が偉いのかよ!!女の子を泣かすような奴に言われたくねぇな!!」


「フッフッ…どうやら「ゼロ」のルイズは君に貴族への礼儀を教えていないようだな…ならば僕が教えてあげよう!! ヴェストリ広場まで来たまえ!!君には特別に「礼儀」というものを教えてあげよう」


「上等だ!!やってやるよ!」




かくして、ギーシュのこの言動により、平民と貴族が戦うという事態が発生した。それは生徒の間に瞬く間に広まり、事態は彼らが思うより大きくなっていった…










「ヒッグ、ヒッグ…」


そんな対決騒ぎが始まる少し前、女子寮近くの花壇にケティがいた。花壇はジョルジュに管理されており、一面に白い花を咲かせている。
そんな白い花を見つめながらケティは目を潤ませていた。


「ふええええぇぇぇん…ギーシュ様のアホ~バカ~女たらし~」


そんな、かつての恋人に向かって言っている彼女に、二人の少女が傍に近づいてきた。ケティがハッとして顔をあげると、そこには友であるステラとララが立っていた。


「全く、だから言ったのです。あんな口からバラ生やしたナルシストはやめておきなさいって…」


溜息をつきながらステラは、ケティに向かってつぶやいた。

「ス、ステラちゃん…」

そしてステラの横に立っている、少し日に焼けた顔のララが、明るい声でケティにいった

「まあ、ゲルマニアでも失恋の一度や二度は誰だって経験するもんよぉ~。今回はたまたま変な男に引っ掛かったって思えばいいのよ。元気出しなさい」

「ララちゃん…」

2人の声に、ケティは再び涙を流した。そしてララに抱きつくと、エンエンと泣き始めた。

「ふええぇぇ~ん! ステラちゃん、ララちゃ~ん」

「よ~しよしよし。今日は一緒にいてあげるからね~。そうだ!いっそ夜は3人で飲もうか!」


ケティの背中をポンポンと叩きながら、ララはケティを慰めた。ステラは二人の様子を見ながら、大丈夫そうな友人を見てホッとした表情を浮かべた。

そんな時、食堂の方向から大きな声が飛んできた。




「ギーシュが決闘するぞー!!相手はルイズが召喚した平民の使い魔だ!!」




その声が聞こえた後、ステラは自分の袖に仕込んでいた杖を取り出した。そしてララとケティの方へ顔を向け、ララにいった。


「ララ…ケティさんのことよろしくお願いします」

そう言うとステラは食堂の方へと足を向けた。


「うん分かった..ってステラ?あんたどこに行くつもりよ?」

急な友人の行動に、ララは思わず尋ねた。ステラは足を止め、再び顔をララに向けると、ララがある程度予想していた答えを返してきた。








「なんでもありません。ちょっとあの金髪バカを焼いてくるだけです」





[21602] 17‐A 話 戦いの終着点は...
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/10/01 08:18
魔法学院にそびえる5つの塔の内、火の塔と風の塔の間にヴェストリの広場がある。
この広場は時として、野外授業の場所として使われており、そのせいか学院や周りを囲む石壁に木が何本か、ちらちらと生えているぐらいの非常にさっぱりとした場所であった。
だが何もない場所であるためか非常に使い勝手が良く、学院の生徒達はこの場所で使い魔と戯れたり、友達と喋ったりするするなどの場として使っている。
本来であれば、昼食を終えた生徒が何人か見られる時間なのであるが、今日はいつもの何倍もの数の生徒が、この広場に集まっていた。


貴族と平民が決闘する―


このことは、生徒達の間を瞬く間に伝わった。そしてその決闘を見物せんと、多くの生徒達がこの広場にやってきたのだ。
集まった生徒の大半は2年生であるが、その中には話を聞きつけてやってきたのか、1年生や3年生もちらほらと見られた。
広場の中心から少し離れた場所では、木の下に座っている生徒や、使い魔があちらこちらにおり、中でも紅い鱗のコアトルがとぐろを巻いている姿は一際目立っている。そして今回の騒動を引き起こした当の二人、ギーシュとサイトは、広場の中心で10メイル程の距離を空けて相対し、多くの視線を受けていた。


「逃げずによく来たね。それについては褒めて「で?ケンカのルールは何なの?」・・・」


ギーシュは自分が広場に来た後、すぐに後からやってきたサイトに嫌味の一つでも言おうとしたのだが、途中に言葉をはさまれて言えなくなった。ギーシュの心にはこの目の前にいる平民への怒りで一杯になっていた。
既に女の子へ謝罪するという気持ちは消えていたのだ。全てはこの平民が悪いんだ。だからこのルイズの使い魔を徹底的に痛めつけてやろうと考えていたのだった。


「フンッ…まあいい。君のいうケンカでも僕は構わないが、ここは僕たち貴族が暮らす学び舎なんだ。野蛮なケンカではなく、貴族らしく「決闘」の方式をとろうじゃないか。そうだな…どちらかが「まいった」と降参すれば勝利となるということでいいかい?」


ギーシュはバラを顔の目の前で揺らしながらサイトへ言った。
因みに、サイトもサイトで怒っていた。度重なるルイズからの体罰と使い魔という扱いに加え、今回のギーシュの行動に堪忍袋が切れたのだ。

一発顔面を殴らないと気が済まない。そんなに貴族が偉いのか。彼の頭はそれで一杯になっているといってもよい状態であった。

ギーシュの言葉にサイトはピクリと反応し、ギーシュを睨みながら言葉を返した。


「他にはないの?だったらとっとと始めようぜ」


「どうだい?今からでも遅くないよ。そこに膝をついて、自分の非を認めて謝罪するなら許してあげようじゃないか」


「ふざけんなよギザ男!誰が謝るかよ」


ギーシュの言葉にサイトは激昂し、殴りかかろうとギーシュに駆け寄ろうとした瞬間、周りの人だかりの中からルイズが飛び出してきた。人だかりを分けて来たためか、桃色の髪は少し乱れている。

ルイズはサイトのそばまで近寄り、大きな声を二人に掛けた。


「何やってんのよアンタ!!平民がメイジにケンカ売るなんて!!ギーシュもこんなふざけたことは止めて!学院内での決闘は禁止されているのを知ってるでしょ!?」


ギーシュは首を左右に振ると、まるでルイズを小馬鹿にするような口調で話した。


「おいおい何を言ってるんだいルイズ?決闘が禁止されているのは貴族同士での場合じゃないか。相手が使い魔、ましてや平民と決闘してはならないとは決まってないね」


「そ、それは今までそんなことがなかったから…とにかく止めてギーシュ!」


ルイズの言葉に、ギーシュは口の端を少し上げながらさらに言葉を続けた。


「フフ…安心したまえルイズ。決闘なんて言っているがね、これは貴族への礼儀を知らない君の使い魔に少し教育してあげるだけさ。それともルイズ、この平民が傷つくのがイヤならば君が彼の代わりに謝るかい?」


サイトの怒りは再び燃えた。そしてなにか言おうとしていたルイズの肩を押しながら、ルイズの方は見ずに怒りに満ちた声で言った。


「どいてろよルイズ…どうやらあのお坊ちゃまは、相当俺を痛めつけたいそうだ…ふざけんな。貴族だろうが何だろうが逆にボッコボコにしてやる!」

ギーシュは再び口の端をつり上げた。そして取り澄ましたような表情を作ると、サイトの方に向けて、自分の杖でもある造花のバラを前に突き出した。


「どうやら君の使い魔はやる気十分のようだ。さあ彼から離れるんだルイズ。みんなと一緒に見ているがいいさ」


そう言うとギーシュはバラの造花を横に振った。バラからは花弁が一枚外れ、ヒラヒラと地面に落ちた。
すると、一瞬花弁が光ったように見え、光が消えるとそこには青色の甲冑姿の人形が立っていた。


「僕の二つ名は’青銅’、‘青銅’のギーシュだ。僕はメイジだから魔法を使わせてもらうよ?」


そう言うとギーシュは再びバラを振った。その動きに呼応したかのように青銅で出来たその人形はサイトに接近し、その青色の拳をサイトの腹部にめり込ませた。オオッと周りの生徒達から声が上がる。


「グハッ!!」


急な腹部への衝撃に、サイトは耐えきれずに膝をついてしまった。周りの「いいぞギーシュ!!」「ヤレヤレー!!」という声に混じって「サイト!」とルイズの声が聞こえてきたが、彼女の方を見ている余裕はなかった。
サイトは未だにダメージの残る腹を手で押さえながら立ち上がった。目の前に立つ青銅の人形の後ろから、ギーシュの声が届いてきた。


「遠慮はいらないのだよ?かかってきたまえ。もっとも...この‘ワルキューレ’を倒せたらだけどね」


くっ…これが…魔法…


想像以上の相手にサイトの顔には汗が流れ始めてきた。
サイトも向こうの世界ではそれなりにケンカはしてきた方である。召喚されてきてからバカにされ続けた欝憤を晴らそうとしたが、この金属の人形にどうやって戦えと…そんな彼の考えなど意にも介さず、ワルキューレは再びサイトに向かって拳を振り上げた。












「ああ~始まっちゃったわね~。ホント…無謀なことをするものね~」


ギーシュとサイトが決闘している広場の中央から少し離れた場所、壁の近くに生えた木の下に、キュルケとタバサが座っていた。彼女たちも食堂で決闘の話を聞きつけ、キュルケがタバサの手を引いてやってきたのだが、キュルケは人だかりを避けて遠巻きに見ており、タバサに至ってはあまり興味を持ってないようで、先ほどからずっと本に目を落としている。


「全くヴァリエールも面白い使い魔召喚したものね。メイジと決闘する平民の使い魔なんて聞いたことないわ…ってタバサ?あなたも本ばっか読んでないで見てみなさいよ」

キュルケは隣に座っているタバサに話しかけた。タバサはほんのページをぺラッとめくると、キュルケの方に顔を向けたが、少し顔をしかめた様子でキュルケに呟いた。


「興味ない・・・・それよりもキュルケ・・・・ちょっと臭い・・・少し離れて」


その言葉にキュルケは大きな声を返した。


「誰のせいだと思ってるのよ!?あなたがあの変な液体が入った瓶を残していったせいよ!私が一番近かったから臭いがついて全然取れないわ!香水を使っても誤魔化せないのよ!」


「あれは失敗作・・・あの味には・・・ほど遠かった・・・」


「味の問題!?というかなに再現させようとしてるのよ!?臭いだけ強烈にして!」


「大丈夫・・・きっと作ってみせる・・・それとキュルケ・・・ちょっと離れて・・・酸っぱい」


キュルケは入学以来、この青髪の少女にこれほど殺意を湧いたのは初めてであった。

無意識のうちに杖に手を伸ばそうとしたその時、広場の中央から再びワァッと声が上がり、二人は思わずそちらの方に顔を向けた。見ると平民の少年が倒れている。ワルキューレに打ちのめされたのだろうか。キュルケとしては予想通りの展開であったが、隣の友人の意見を聞こうと顔を左に向けた。


「ねえタバサ。あの平民の子、勝ち目あると思う?」


そう聞かれたタバサは、キュルケの方には顔を向けずに、やはりいつものような小さな声で興味なさそうな様子で呟いた。


「勝ち目はない・・・魔法に無策で挑むのは・・・・愚か」


そういったタバサは、「キュルケ・・・」と呟いてキュルケのほうに顔を向けた。彼女の目は、いつものような目ではなく、まるで今から戦争に行くかの様な目つきであった。
その彼女の視線にキュルケは思わず体を緊張させ、次にタバサが言うコトを待った。やがてタバサが口を開き、まるで絞りだすかのような声でキュルケに言った。






「香水と混ざって・・・ほんと臭い・・・・発酵したマ・・」


「タバサ…私はあなたを友人と思ってるけど、燃やしてもいいかしら?」










キュルケとタバサがそのようなやりとりをしている最中、広場の中央で行われている決闘は一方的な展開となっていた。
タバサが口にした通り、怒りにまかせたサイトにはワルキューレを倒す方法などはなく、ギーシュに近づこうとしたところで青銅の拳に倒されるということが何度も繰り返されていた。既に10数発は殴られたのだろうか、サイトの顔は所々腫れ、口の端からは血が流れている。腕も痛めたのか、右手で左腕の上部を押さえている。


ワルキューレから離れた場所に立っているギーシュは、サイトをちらりと見ると、優しい口調でサイトに言った。


「そろそろ降参した方がいいんじゃないか?君もよくやったよ。これ以上やると死んでしまうよ?」


サイトはギーシュの方を睨んだ。右目の瞼がはれ上がり、右目はほとんどふさがっている状態で、サイトはギーシュに声を張り上げた。しかし張り上げたと思われる彼の声は弱々しかった。


「う、うるせえ…だれが...降参するかよ」


ギーシュはその言葉を聞くとフッと笑い、造花のバラをスッと横に振った。するとサイトの前が光ったかと思うと、ひと振りの剣が刺さっていた。その剣は青白い刃を帯びており、サイトが歴史の教科書で見たような錆びついたものでもなく、銀色に光ってもない、鈍い青色をしてた。


「このまま君を痛めつけていても僕も周りもつまらないだろうからね…特別だ。その剣を取りたまえ。そうでなければ「参りました」と僕に降参するんだ」


サイトはその剣を取ろうと手を伸ばした。すると横からルイズが飛び出し、伸ばした手を掴んできた。先程からずっと見ていたルイズの顔には、涙が浮かんでいる。


「ダメよ!!その剣を取ったらギーシュはもう容赦しないわ!アンタ死んじゃうわよ!?ギーシュもお願いだからヤメテ!!」


ルイズの大きな声が広場に響いた。ギーシュはバラをルイズの方へ向けた。


「ではルイズ、君がその使い魔の代わりに謝るかい?膝をついてちゃんと謝れば、使い魔君の非礼を許してあげようじゃないか」


周りの生徒達はオオーッと声を上げた。ルイズはギーシュのその言葉に下唇をかんだ。そして悔しさを顔に滲ませながら膝を地面に着けようと腰をかがめた時、サイトの右手は剣の柄を握り締めた。

それを見たルイズは立ち上がり、再び大きな声を出した。


「アンタ何やってんのよ!?それを取ったらア「うるせぇ」!!!」


ルイズの言葉を遮り、サイトは右手に力を入れた。地面に刺さっていた剣はズッという音を出し、サイトの右手へとその剣が移動した。

切れている口を開きながら、サイトはボソボソと、それでいて力強い声でルイズにいった。


「お前が頭下げてどうするんだよ…これは俺が買ったケンカなんだよ…それなのにお前に頭を下げさせるなんてみっともねぇことさせんじゃねぇよ。自分のケンカは…」


サイトは痛めているであろう左の手も柄に添え、両手で剣を持った。サイトの左の甲に刻まれたルーンから光が漏れる。

「自分で決着付ける!!」

そう叫び、サイトはその剣をギーシュへと向けた。ルーンが一層光を増し、ふとサイトは、いつの間にか体の痛みが消えていることに気づいた。


(なんだ…?さっきまでそこかしこ痛かったのに、まるで痛みがない…それどころか体の奥から力が湧いてくる)


そんなサイトの変化に気づかず、ギーシュはワルキューレを突っ込ませた。


(フフフ…平民が剣を貴族に向けたのだから、もう言い訳は出来ない。思う存分痛めつけさせてもらうよ…)


ワルキューレはあっという間に間合いにサイトを捕らえた。そして右手を振りかぶってサイトの顔に拳を突き立てようと拳を出した。
しかし、ワルキューレの拳は空を切る。
サイトは殴りかかってきたワルキューレのパンチに合わせ、避け際に手に持った剣でワルキューレの腰を切り裂いた。ワルキューレは腰から上下に真っ二つに両断され、上半身が地面に音を立てて落ち、少ししてから下半身部分も崩れ落ちた。


「オオーッ!!ギーシュのゴーレムを切ったぞ!!」「あの平民、剣士なのか!?」「おいギーシュ!!気を抜き過ぎじゃないか?」


先ほどとは違う状況から、周りからは様々な声が飛び交う。この事態にはワルキューレを切られたギーシュはおろか、切った本人であるサイトも驚いていた。


(体がウソのように軽い…なんだか知らないけど、今のこの状態なら…勝てる!!)


「ふ、フンッ!少しは剣が使えるようじゃないか。しかし調子に乗るなよ平民が!!」


剣を渡した直後、ワルキューレを切られたギーシュは予想外の事に焦りを隠せなかった。しかし、自分の手札があることに冷静さを取り戻し、彼はバラを左右に大きく振った。花弁が6枚地面に落ち、そしてギーシュの前に、6体のワルキューレが錬成された。先ほどの一体目とは違い、一人一人槍を携えている。


「一体は倒せただろうが、もう容赦はしないよ。このワルキューレたちを倒せるかな?ゆけ!!ワルキューレ!!」


ギーシュがそう叫ぶと、ギーシュの目の前に立っていた2体のワルキューレが、サイトに向かって駆けだしてきた。サイトもそれに備えて剣を構えなおした。





その時であった―





サイトに向かって駆けだしてきたワルキューレの、1歩手前の地面が急にぼんやりと赤く光った。そしてワルキューレの足がその光る地面を踏んだ瞬間…


ゴッ!!!という音と共に巨大な火柱が青銅のゴーレムを飲み込んだ。
その勢いはすさまじく、火の中で焼かれていくワルキューレはまるで業火で焼かれる罪人を連想させた。
しかし火は空高く上ったかと思うと、あっという間に消え去った。

そして後には、焼け焦げた地面と、原型がとどめていないほど溶けたワルキューレだったものが2つ転がっていた。


ギーシュもサイトもルイズも、周りで見ていた生徒達も、あまりの出来事にみな一様に言葉が出なかった。やがて、人だかりの後ろから少女の声がした。


「威力は上出来ですね…ただコントロールがまだ上手くはありませんね。せっかくラインになったというのに…これではあっという間に魔力がなくなってしまいます」


そう言った少女は、人だかりを抜けて広場の中央、ちょうどサイトとギーシュの中間の位置に出てきた。長く伸びた髪は紅く、先の方は軽くカールされている。
眼鏡をかけたその少女は、今朝ルイズをクソチビと呼んだ1年生、ステラであった。


突然のステラの登場に、多くの生徒が戸惑った。2年の生徒の多くは、今朝の朝食でルイズを罵っていたところを見ていたぐらいなので、なぜ?という疑問しか浮かんでこなかった。
しかし、何人かの3年生、1年生は彼女を見た瞬間に、小声で仲間と話し始めた。


「おい…あの子もしかして…」


「ああ…ありゃマーガレットがこの前言ってた、妹のステラだ…」


「うそ…なんであの子がここにいるの?」


「「焦熱」のステラ…」


そのようなヒソヒソ声が響く中、決闘をしているサイトも、朝食の時に食べ物をくれた紅い髪の少女を思い出した。ルイズもその顔を見た瞬間、朝食での出来事が思い返されてきた。


「あ、あんたは朝食の時の!!一体何の用よ!!」


ルイズの声が聞こえたのか、ステラはルイズの方をちらっと見ると、「ああ…朝の…」
と呟くと、首を左右に揺らし、2、3歩サイトとルイズの方へと近づいた。そして朝の時と同じ口調で、ルイズに話かけた。


「いえね…私の友達であるケティさんが、そこの金髪バカに大分お世話になったので…」


そう言葉を切ると、ステラは急に反対方向に体を向けた。そして未だに状況が飲み込めていないギーシュの方を杖で指し、まるで氷のような冷たい声でこう言い放った。


「お礼にあのふざけたツラ、焼きに来たんですよ」









ステラがそう言った瞬間、ギーシュの前に大きな火柱が立ち上った。



[21602] 18-A話 決着をつけるは誰か
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:3351ae62
Date: 2010/10/31 04:57
紅い火柱は、まるで噴水から出る水のように、勢いよく空へと昇った。しかし、その火柱の火が霧散した後、先ほどとは変わらぬ様子で立っているギーシュが見えてきた。

ギーシュにはなにが何だか分からなかった。
突然ワルキューレが2体、焼かれたかと思ったらあの紅い髪の少女が決闘の場に入ってきた。
ルイズに何か喋っていたようだが、こちらを向いた瞬間、火の柱が目の前に現れてあっという間に消え去った。

ギーシュは急な展開に頭の思考が付いていけなかった。
しかし火柱が消え去った後、紅い髪の少女、ステラのその横には先ほどまで自分と闘っていた平民がいつの間にか立っているのが見えた。
平民の手は、ステラの右の裾をつかんで彼女の杖の先をわずかばかり下にそらしていたのだ。











「…ヒラガさんでしたっけ?私に何か御用ですか?」


ステラは鬱陶しいものを見るかのような目でサイトを睨んだ。
その目と不気味なほどにはっきりとした声に、サイトは一瞬背中に寒気を覚え、掴んでいた彼女の裾から手を離した。
しかしすぐにステラを睨んで、


「それはこっちのセリフだ。あんたには朝食の時に助けて貰ったけど...ヒトのケンカに割り込んで来て、何する気だよ?」


ステラは首を左右に振ってからフーっとため息を吐いた。

「なにって...さっきあなたの主人にも言ったはずですが。「あのふざけたツラ、焼きに来た」と」

そう言いつつ、ステラはギーシュに指をさした。
辺りはシーンとなっていたが、やがてギーシュの頭はステラの言葉を理解する内に、沸々と怒りが込み上げてきた。
そしてギーシュは彼女へ大きな声を上げた。


「ふざけるな!!僕はそこの平民と決闘をしているんだ!それを邪魔して、不意打ちで僕のワルキューレを溶かした揚句、あろうことか僕を焼くだと!?決闘の邪魔をするなんて・・・君には貴族としての誇りと礼儀はないのか!!



ギーシュの声が広場に響き、やがて周りの生徒達もステラへ罵声を浴びせ始めた。


「ひっこめ一年!!俺達は決闘を見に来たんだ!!お前なんかお呼びじゃあないんだよ!!」



「せっかくイイ所で乱入しやがって!!貴族の風上に置けない奴だ!!」



「貴族の誇りを汚すな!!」



ギーシュの言った言葉につられて多くの生徒がステラを罵声が辺りに響いた。
ギーシュは観衆を見方につけたことでその顔に自然と笑みが浮かび、サイトは周りの雰囲気が急に変わったことについていけず、ステラを責め立てるのを彼女の横で見ているしかなかった。


ステラは自分に向けられた罵声を受け、目をつむって黙って聞いている。

その姿を見て、ギーシュはここぞとばかりに大きな声を彼女へと向けた。



「確か君はジョルジュの妹だったね?全くこれだから世間知らずの田舎者は!!兄が礼儀知らずならその妹も「黙れ」ッッッ!?」



ステラの一言に、すべての生徒が喋るのを止めた。
たった一言しか出さなかった彼女の声は重く、ギーシュにはまるでナイフを胸に突きつけてくるかのようなプレッシャーが彼女からにじみ出てくるように感じられていた。
彼女はゆっくりと目を開くと、広場にいる全員に聞かせるかのように、


「グダグダグダグダうるせーんですよこのボンボン金髪バカが...いいですか?別にお前がドコの誰と決闘しようが何だろうが興味はないんですよ。だけどね、自分を好いてくれていた女を、私の大切な友達を泣かせといて…決闘ごっこしているアホに礼儀なんて必要ないんだよ」




ステラは杖を再びギーシュへと向けた。
そしてギーシュの方をまっすぐと睨んだ。その眼光は既に少女のものとはほど遠く、歴戦の戦士のように感じられる。
ステラの横に立っていたサイトには、彼女から漏れる並々ならない怒りがまるで槍のようにギーシュへと向いているのが見てとれた。
ステラは一度目をつぶり、すぐに目を開けると



「何か言いたいんならどうぞ言ってくださいな。あなたの決闘ごっこの邪魔をしたことは先生方にでも相談してください。だけどね…ケティさんを侮辱したケジメだけはつけてもらいますよ…」



先程の冷たい声をそのままに、ステラはギーシュへと呪文を唱えた。
ステラの怒りに当てられたギーシュは慌ててワルキューレを動かそうとしたが、既にギーシュの足下は赤く光っている。



誰もがギーシュが焼かれると思ったその時、人だかりの中から少女が飛び出し、ステラへと飛びかかった。


「ララタックル!!」


掛け声と共に飛び出してきたその少女はステラの同級生、ララであった。ララはステラの横からステラへと飛び込んだ。
半ばタックルのような勢いと、全く予想外の事に、ステラはララの突進をモロに受け、体を横へと飛ばされた。

一同が再びポカンとなる中、地面に倒されたステラはググッと状態を起こした。
そして未だに自分の腰にひっついているララを確認すると、少し弱った声を出した。

「ラ、ララ…何をするんですか急に」

その声にララは反応し、ガバッと顔を上げた。その表情は明らかにパニック状態であり、彼女の眼はグルグルとそこかしこに回っている。


「ああああ~ッッ!!良かった~まだ誰もヤッてないよね?ヤッちゃってないよねステラ?やってても私は見てないよ?ええ見てませんとも。仮に何人かヤッゃってても私とケティはアンタの味方だからね?とりあえずはここから逃げ…」



「落ち着きなさいララ!!私は「まだ」誰も殺してません!!少し周りを見なさいな」

「「まだ」って言ったね!?まだってことはこれから実行しようとするんでしょ!?ダメだっていくらあの金髪バカがムカついててもいくらあんたで・・も・・・・・・」


ようやく落ち着いたのか。ララはきょろきょろと辺りを見回した。
辺りにはぐるっと魔法学院の生徒が囲み、横にはあのルイズ嬢の使い魔であっる平民が血だらけになって立っている。
その反対には青銅のゴーレムが4体そびえており、その向こうではケティにぶたれた金髪バカがプルプルと震えていた。


「フフフ…どうやら今年の一年生はずいぶん礼儀知らずが多いようだね…いったい決闘を何だと思っているのか…


ギーシュはゆっくりとバラを上げた。ステラとララは一緒に立ち上がると、最初にステラが口を開いた。

「だから何度も言ってるでしょこの金髪バカが。決闘ごっこをやる前にケティさんへの謝罪として素直に焼かれろと…」


「バカあんた。仮にも大貴族の息子さんなんだからそんなことしたら私たちがエライ目にあうじゃない。下手したら退学モノよ?そういう時はネチネチと靴に何か仕込むとか…」

二人は口々に話し始めた。先ほどから二人の話を聞いている周りの生徒たちからはクスクスと嘲笑がもれ始めた時、ついにギーシュの怒りは爆発した。


「反省する気はないようだね…いいだろう!君たちも少し罰を受けるべきだ。ゆけワルキューレ!」


ギーシュがバラを振るのと同時に、ワルキューレが二人めがけて突進してきた。
ステラはそれに気づき、迎え撃とうと手を伸ばしたが、その手には彼女の杖が握られていなかった。
はっと地面を見ると、自分が愛用している木に茨を絡ませた杖が転がっていることに気づいた。
先ほどのララの突進の拍子に、杖を離してしまっていたのだ。
ゴーレムが目の前に迫り、拳を振りかぶっている。
ララは「み゛ゃーーー!」っと叫んでいて、ステラはララをかばうように彼女の前に出た瞬間、
ステラたちの前に誰かが割り込んできたかと思うと青銅のゴーレムはギャンッと言う音を出し、上半身と下半身を離して崩れ落ちた。




私の魔法でもない。ましてやララがやったわけでもない。
そう考えたステラの目の前には、先ほどまで血だらけで剣を握っていた平民、サイトが立っていた。







「待てよ。お前のケンカの相手は俺だろ。こんな時にも女の子に手を出すなんて相当の遊び人だなテメーは」


ゼー、ゼーとサイトは大きく呼吸をしながら剣の切っ先をギーシュへと向けた。
その体には血がところどころに付着しており、瞼は腫れてふさがりかけている。

その姿に、ギーシュは気圧されながらもすでにふらふらになっているサイトを見ながら指をさした。


「ふ、ふん。見て分かるだろ?せっかくの決闘がこの娘たちに中断されてしまったんだ…ワルキューレも彼女に2体焼かれてしまったしね…興が削がれたよ。僕は彼女たちにちょっとお仕置きをしようとしたんだ。まあ君にとっては命拾いしたんだからこれからは…」

ギーシュが言い切る直前、サイトは手にした剣を両手で握り締め、まっすぐギーシュを見据えた。
そしてギーシュへ

「ふざけんなよ…オレはまだ降参してねえんだ。いいか、テメーがどんだけ偉いか知らないけどなぁ、ケンカは決着がつくまでやるんだよ!!お前の勝手で決めるんじゃねえよ!!」


サイトの言葉に周りの生徒たちはザワザワと騒ぎ始めた。
サイトの体は、すでにワルキューレに打たれて立っているのがやっとであろうことが、他の者が見ても明らかだった。


「調子に乗るなよ平民が…ワルキューレを1体切っただけで勝つ気でいるのかい?まぐれは続かないよ。君のその頑張りに免じて見逃してあげようというんだ。素直に聞くことが賢明だと思うがね」

ギーシュの言葉に反応し、後ろで見守っていたルイズが大声でサイトに声を掛ける。

その目には涙が流れていた。


「ギーシュの言うとおりよ!!アンタフラフラじゃない!!それ以上やったらホントにアンタ死んじゃうわ。もう十分でしょ!?」


ルイズの声を背中で受け、サイトは振り返らず、しかし心なしか堂々とした様子で言葉を返した。

「言ったろ?自分のケンカは自分で決着つけるって…ボコボコにされようが乱入されようがそれだけは譲れねぇ…あいつに「参った」って言わせるのは譲れねぇんだよ…」


「そ、そんな体で、まだ3体いるワルキューレに勝てると思っているのかい?いいだろう。貴族である僕が君のその舐めた態度を・・・」


「グダグダ言わずに決着つけるぜ…お前のその高慢な態度ごとぶった切ってやるよ!!」

サイトがそう言うと、左手のルーンが再び輝きだした。それは先ほどの光より、大きくそして強い光を放っていた。
サイトは地面を蹴り、向かってくるワルキューレに突進していった。
体からは既に痛みが引き、自分でも信じられないくらいの力が奥底から湧き出てきた。

「ふざけるな!!ゆけワルキューレ!!!」

ギーシュのバラが振られ、3体のワルキューレは動き出した。

ワルキューレが手にした槍をサイトへと突き出した。

それに合わせるかのようにサイトは体をひねる。
槍の柄に沿ってワルキューレへ近づき、横なぎに剣を振った。脇から刃が通った青銅の体は宙へと舞った。
続けざまに後ろから2体目が剣を振り下ろしてきたがサイトはそれを剣で受け止め、それと同時にはじくとワルキューレを肩から一気に切り裂いた。

「オオオオッーーー!!」

雄たけびを上げ、サイトはギーシュへと突き進む。
ギーシュは慌てて残りの一体を自らの前に出すが、勢いの止まらないサイトは、ほんの一瞬で青銅のゴーレムの首を切ってしまった。

その勢いのまま、サイトはギーシュへと接近してその刃を振り下ろした。

「サイトッッ!!」

ルイズの声が当たりに響き渡った。



周りの生徒は一瞬、ギーシュが切られたと思い目を瞑ったが、しばらくして目をあけると、眼前の光景は、顔が固まったギーシュの顔と、
ギーシュの手に握られていた造花のバラの先が地面にポトリと落ちている光景であった。


「おい、何か言うことあんだろ」


サイトは腫れているその目でギーシュを睨んだ。ギーシュはズルズルと崩れ落ち、

「ま、参った…」

とだけ口にした。


その数秒後、あたりは大きな歓声に包まれた。

「へ、平民が勝ったぞ!!」

「バカ、途中乱入されたんだからこの勝負無効だろ!!」


「これって平民の勝ちなの?」


「メ、メイジが平民に負けただと・・・」

勝負の内容が問われる中、サイトは手から剣を地面に落とし、ギーシュへ言った。

「この勝負、お前が出した剣を握った時点で俺の勝ちはねえよ…お前の勝ちだ。だけどな、ケリは…俺の意地だけは…み…せた」


最後まで言い切らず、サイトはその場にゆっくりと倒れていった。
ルイズが「サイトッ!」と叫んでそばに駆けよってきた。
サイトは気を失っているらしく、呼吸はあるのだがピクリとも動かない。
ルイズは直感的にサイトが危険な状態であると気づいた。すぐに治癒をしたいのだがゼロの自分では治癒魔法は出来ない。
誰かに助けを求めようとルイズは顔を上げた。
するとサイトの体は地面へと倒れずに、ふわりと宙に浮かんだ。
ルイズが後ろを振り向くと、杖を前にかざしているステラとその後ろをついてきているララが見えた。

「あ、アンタ一体…」

ルイズがステラに尋ねると、ステラは首を左右にゆっくりと傾けながらしゃべった。

「・・・ヒラガさんはそこの金髪バカをのしてくれましたしね。それに彼の状態を見るとすぐに医務室に運ばなくてはいけませんし、医務室までこのまま運ばせていただきます」

「そうです!!すぐに治療しないと結構やばそうだし、治癒の魔法をかけながらいきますんで、ミス・ヴァリエールも一緒ついてきて...」

ステラとララの言葉に、ルイズはすぐに大きな声で返した。


「あ、当たり前でしょ!!私が怪我している使い魔をほって置くわけないでしょ!!しっかり運んでよ!!落としたら承知しないんだから!」

そういったルイズを横目でチラリと見て、ステラは

「アンタじゃあるまいしそんなことしませんよ。ほら行きますよ」

といって建物へと歩き始めた。それに続くようにルイズとララがサイトの周りに付きながら歩いていった。


ルイズはふとサイトの顔を覗き込んだ。
瞼は腫れており、ところどころに赤紫色のあざが出来てしまっていたが、その顔はどこか、微笑んでいるように見えた





パートA終了 19話へ続く



[21602] 12-B話 ジョルジュの帰省
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/11 02:54
「しっかし、屋敷に帰ってくるのも久しぶりだよ~。去年の夏に一度戻って以来だなぁ」

トリステイン魔法学院で手紙を受取った夜が明け、昇った太陽が再び沈んで双月が顔を出し始めた頃、ジョルジュは自らの実家であるドニエプル家の屋敷の前にいた。
彼の肩には少し大きめの袋がかけられており、中には着替えと、ちょっとしたお菓子だけが詰め込まれていた。彼が学院から出る際には、ある程度食べ物を入れていたのだが、グリフォンのゴンザレスと食べたらすぐになくなってしまい、袋はずいぶん軽くなっていた。


ジョルジュはゴンザレスの背から降りると、袋の中にあった残りのクッキーをゴンザレスの口の中に入れてやった。
そしてゴンザレスが嘴をモゴモゴするのを見て、一人と一匹は門をくぐって屋敷の玄関まで歩いていった。

「花壇大丈夫だかなぁ~。ルーナのこと置いてきちまったし、ステラが面倒見てくれたら良いんだけど~。それに寮の当直の先生には伝えてきたども、皆に何も言わずに出ちまったからな~驚いたんじゃねぇべかなぁ」

そんなことを考えながら、彼は屋敷の玄関口に着くと、ジョルジュは竜の形をした門扉錠をガンガンと叩いた。しばらくして、ガチャッという音と共に、懐かしい顔が扉の中から出てきた。

「おお~ジョルジュ坊ちゃま。お久しゅうございましゅ~」

久しぶりに見たメイド長の顔はいささか皺が増えたように感じた。

「ただいまだよアン婆ちゃん。母さまに皆は、いるだか?」

「ハイ~。皆さまは丁度ご夕食をとられたところでございましゅ~」

「そうだか~分かっただよアン婆ちゃん。あとアン婆ちゃん入れ歯はめるだよ。上のほうはみ出てきてるだよ」


そうメイド長に言ってからジョルジュは家の中へ入っていった。



屋敷の中に入り、広間の真ん中付近まで入ったところで、2階へと続いている中央の階段から、この家の末娘が降りてきたのが見えた。

「やあジョルジュ兄さん。久しぶりです。母上は明日の朝ぐらいに来ると言っていたけど、随分早い到着だね」


以前見た時よりも伸びた白い髪を、後ろで結わえている彼女は、兄の早い到着には驚く様子も見せず、口に微笑を浮かべながら話しかけてきた。


「いんや~母さまに肥料にされたくねぇだからな~ゴンザレスには頑張ってもらっただよ。だども久しぶりだなぁサティ...ってどうしたんだ、その格好は?」


ドニエプル家の3女サティは11歳という幼さにも関わらず、その身長は190サント程にまで達しており、家族の中で最も身長が高い。また、ジョルジュがかつて教えた格闘技「システマ」を改良し、オリジナルの戦闘スタイルを作るほどの格闘センスをもっているのだ。
そんな彼女は今、ゆったりと休憩をとるような服ではなく、かつてジョルジュとオーク鬼を退治しに行った時のような、戦闘服を着ている。


「ああ、これから夕食の後の手合わせをヴェル兄さんとやるのです」

「ヴェル兄さが!?それって大丈夫だか?」


ジョルジュはサティが言ったことが信じられなかった。
彼の記憶にある兄は、魔法学院を卒業した時には土のトライアングルクラスまでに成長していたが、争いや戦闘といったことにはあまり関心がなく、もっぱら読書とおかしな研究に没頭していたのだ。
その兄が、いくら家族とはいえ訓練を?しかも相手は父をも仕留めるほどの腕なのだ。いくら苦手な長男だからってそりゃあ心配だ。

ジョルジュが未だにサティの言葉に驚いていた時、2階からつい先ほどの話に出てきた人物が降りてきた。
180サントぐらいの背の高さの青年で、サティと同じ白い髪は、短く切りそろえられていた。服装は妹のような動きに特化したものとは異なり、髪の色に合わせたかのような白いローブを身にまとっていた。
そして彼の杖であろうか、青年の右手には自分の身長と同じくらいの長い杖が握られていた。


「帰ってきたんかジョルジュ。帰って来たのなら挨拶ぐらいするっぺ」


この青年、ヴェル・ドネツィク・ド・ドニエプルは訛りを含んだ低い声をジョルジュにかけた。ジョルジュは近づいてくるヴェルが発するその雰囲気に、飲まれかけそうになっていた。


(この威圧感・・・おら苦手だよ~)「ヴェ、ヴェル兄さただいまだよ...サティがヴェル兄さと手合わせするって言ってたけんど、だ、大丈夫だか?」


「フンッ!!お前に心配される理由はないっぺよ!!ほら邪魔だっぺ!サティッ!行くっぺよ!」


ヴェルは階段をおりると、ジョルジュをひと睨みしてからサティにそう叫んだ。そして扉から外に出た後、サティはジョルジュに小声で言った


「ジョルジュ兄さん。ヴェル兄さんは私の家庭教師を務めるようになってから、あんな風に私の相手をしてくれるようになったんだ。魔法も使ってくるから、ジョルジュ兄さん程ではないがいい相手になってくれるんだ。だから心配しなくても大丈夫さ」


外から「サティ!!早くするっぺ!!」っという声が聞こえてきたので、サティはジョルジュに微笑んでから外に出ていった。ジョルジュは少し溜息を吐き、両親のいるであろう2階へと行こうとした。すると先ほどの声で気付いたのか、階段の上から母ナターリアが彼を見ていた.....









「どうです?学校に入ってから1年が経ちましたが、学校には慣れましたか?」

ナターリアはジョルジュを2階の自分の部屋に招き入れた。庭に面している彼女の一室からは夜の闇が星と共に見えており、外で戦闘訓練をしている2人の声が聞こえてくる。


「オラは大丈夫だよ母さま。友達も出来たし、マー姉やノエル兄さ、ステラもいるから全然さびしくねぇだよ」         ―ではそろそろ行かせてもらうよヴェル兄さん―

「そうですか。まあ、あなたは兄妹の中ではステラに次いでしっかりしてますからね...マーガレットやノエルはどうですか?」   ―ふん!!来るっぺサティッ!!―


「マー姉もノエル兄さもあんま変わってねぇだよ...マー姉は最近、自分で酒さ作ってるだよ。だどもこの前、マー姉からもらった酒さ飲んだらあまりの臭さと不味さで昔に戻っちまったし...ノエル兄さは家いる時よりかは明るくはなったけど、まだ人と話すのは苦手だって」       ―ハァァァッ!!- バキッ!!!


「そうですか...マーガレットにはもう婚約者もいるというのに困ったものです。メイジとしては大分成長したようですが、貴族の娘としては全く成長していませんね...学院を卒業したら花嫁修業でもやらせましょうか」     
―グッ!!そんな蹴りでは全く効かんぞッ!!もっと強く来るんだ!!―


「マー姉が花嫁修業?あんま想像できねぇだよ...それよりもあの、ターニャちゃんの結婚式の事なんだけど...」     ―テヤッ!!―    ドカッ!!!


「・・・そのことですね。あなたも知っている通り、ドニエプルの領では代々、村民の結婚式にはドニエプル家の者が代表として、式の立会を行います。本来であるならば夫が行くはずなのですが、あちらの強い希望によってあなたが立会人として行くこととなりました」

    ―ウウッ!!ダメだッぺ!!そんなのでは生ぬるいッ!!―

「強い希望って...ターニャちゃんが?」     ―テリャァァァッ!!!―  バコッ!!!!


「・・・私もあなたの母です。あなたがかつて、彼女の事を好いていたのは知っていましたからどうかとは思いましたが、「ぜひジョルジュに祝福してもらいたい」と彼女から頼み込んできました」        

―アフッ!!!も、もっとだっぺ!!もっと強く来るんだぁぁッ!!―


「・・・・そ、そうだか...ターニャちゃんが...分かっただよ。大丈夫さ!オラだってこの家の子なんだよ?ちゃんと立派にやってくるだよ!!」      ―セイヤァァッ!!!!―     ドキャッ!!!!


「・・・・・・・・ジョ、ジョルジュ。あちらにも何か考えがあってあなたを呼んだはずです...あなたはドニエプル家の男です。いくら家督とはあまり関係のない三男だからといって、平民である彼女とは結ばれる運命にはありませんでした。しかし、あなたは貴族の前に一人の男です。後悔のないように行動するのですよ...」 

―アアアンッ!!!!もっと激し「ウルセェェェッ!!!!このマゾ息子!!妹にぶたれるたびによがるんじゃねぇぇっ!!!」


「母さま落ち着いて!!言葉が乱れてるだよ!!」

先程からジョルジュも気になっていたことに、とうとう母がキレてしまった。そしてジョルジュは外から聞こえてくる、兄ヴェルの異常な声を聞いてもしやと思ったが、嫌な予感があたってしまった。


「は、母さま...ヴェル兄ってもしかして...」


ナターリアはまだ興奮冷めやらぬ顔で椅子に座りなおすと、一度深呼吸してからジョルジュに話し始めた。


「い、いけませんね。貴族たるもの常にクールでなければなりませんのに...ええ、そうですよ。ヴェルは元々そっちのケがあるとは小さい頃から感じてましたが、学院から戻ってからそれが余計強くなってしまったようです。今では訓練と称してサティの打撃に...」


「もう何も言わなくていいだよ母さま!!ど、どうしよう。明日からヴェル兄にどう接していいか分かんなくなっただよ!!」


「ヴェル本人は気付かれてないと思っているようですから、今まで通りでよいです。幸い、サティは純粋に兄が稽古に付き合ってくれていると思っているのが幸いですが...」


「...なんか学院生活で、嫌なことでもあっただかなぁ~」


「それ以外では問題はないのですがね...ハァ、この家の男はなぜこうも普通ではないのか...」


「エッ!!オラも含まれるだか!?」


ジョルジュが兄ヴェルについて本気で心配したのはこれが生まれて初めてであろう...
そんな彼の心配をよそに、結婚式の日は近付いていることを彼はこの時ばかりは忘れていたのであった...





「そういえば母さま。おとんはどうしたんだ?」

「あの人は昨日、サティに打ちのめされて部屋で寝ています。全く、年甲斐もなく娘に挑んで敗れる領主なんて聞いたことありません...」


「お、オラの畑は大丈夫なんだか~?」



[21602] 13-B話 花嫁が頼むのは
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2011/09/16 15:24
「もうズイブン来ただなぁ~」

実家の長男の真実を知った翌日の昼、ジョルジュはとある森の中を歩いていた。
本来ならば、頭上では太陽が容赦なく照りつけているのだろうが、その光はまるで密林のように茂った木の枝や葉によって奪われ、彼の歩いている土の上にほとんど届いてはいなかった。


「もう少す行けば、確か水が湧いてる泉があったはずだぁ~。そこで一休みするだよ」

そう、だれに言うでもなく一人で呟いたジョルジュの声は、静かな森の中に少し響いて、やがて森の中に吸い込まれていった。そして彼の枝と落ち葉を踏む音だけが聞こえるだけになった。




時は数時間前に遡る...



ジョルジュは朝起きてすぐ、今回帰省する理由の人物ターニャに会うため、また結婚式の手伝いをするためにジャスコの村へ向かった。
ジャスコの村は、ドニエプル家の屋敷から50リーグ離れた場所にある屋敷とは比較的近い村であり、そしてドニエプル領では最大の麦畑を受け持つ村でもある。毎年、収穫期になると男達が大鎌を豪快に操って穂を刈り取る光景はこの村の風物詩でもあるのだ。


グリフォンのゴンザレス(妹のサティが貸してくれた)の背に揺られることを1時間少々、ジョルジュはジャスコの村へと着いた。木で出来た村の門をくぐって中に入ると、まだ朝も明けたばかりだというのにも関わらず、村の人たちが大勢で、明日行われる結婚式の準備を行っていた。そして、手前の水くみ場で野菜を入れた籠を運んでいた少女と目があった。すると少女はジョルジュを指差して大きな声を張り上げた。


「ああああ~ッ!!!!ジョルジョルだぁ~ッ!!!!!!!」


その声に村の人たちが視線をジョルジュに向けた。すると、大勢の村人が彼のもとに駆け寄り、彼は大勢の人に揉みくちゃにされた。

「久しぶりだべ~ジョル坊!!」

「1年ぶりじゃねぇでかぁ~!!」

「ジョルジョルだぁ~」

「ジョル坊!!おめぇやっと戻ってきたんかぁ~!!」

ジョルジュは大人には頭を撫でられるは、子供には抱きつかれるわ蹴られるわでメチャクチャにされた。
通常、貴族に対してこのような農民の行動は考えられないだろう。しかし、幼いころから共に働いてきたジョルジュは村の者たちにとっては「家族」のようなものであり、ジョルジュ本人も村民の手厚い歓迎に胸が熱くなった。


「みんな、ホント~に久しぶりだなぁ...ところで村長さん...エマンさんはどこだぁ?」

ジョルジュがそう誰ともなしに尋ねると、先ほど大声をあげた女の子が答えた。

「村長さまなら家にいるはずだよ~。ターニャお姉ちゃんの衣装を仕上げるって言ってたもん」

「そうだか...ありがとうだよ」

ジョルジュはその女の子の頭をクシャクシャと撫でて微笑んだ。そして村の人たちに挨拶をしつつ、村の奥の方にある村長の家まで歩いていった。
村長の家はジャスコの村では珍しいレンガで造られた家である。他の石や木で作られた家の中にあるそのレンガの家は、赤く光るように建っていた。


ジョルジュは家のドアをノックすると、中から50歳ぐらいの黒鬚を蓄えた男性が出てきた。男はジョルジュの顔を見るとニカッと笑い、彼の肩を一つ叩いていった。


「久しぶりだなジョル坊!!いや、もう「ジョルジュ様」かな?...ようこそジャスコの村へお越し下さいました。今回、「娘」の結婚式の立会人として来て下さって、誠に感謝の極みでございます...」


その男は、先ほどの豪快な口調とは打って変わり、急にジョルジュに恭しく頭を下げると、別人のような声でジョルジュに挨拶をした。

ジョルジュはその老人の行動に驚き、慌てて男に声をかけた。

「や、やめてくれだよニッキーさん!!そんな風に話されるとむずかゆいだよ!!そもそも今までニッキーさんがそんな風に喋ってるの見たことがねぇだよ!!」


ジョルジュがそういうと、頭を下げている男の肩がプルプルと震えてきた。その数秒後にその男、ニッキーはまるで竜が叫ぶかのように頭を上げて大声で笑った。


「ゲハハハハッ!!!確かにな!!オレも格好にもつかんことを言ったから鳥肌が立ってきたぜ!!一年ぶりだなジョル坊!!まあ中に入れ!!歓迎するぜ」


そしてニッキーはジョルジュを家に入れた。家の中に入るとすぐ広間になっており、テーブルや椅子、そして煙突に続いているだろう暖炉が見える。
壁には木製のドアがいくつかついており、2階の階段は奥の方に見えている。

ニッキーはジョルジュに「今、嫁のところに案内するぜ」といってジョルジュをドアの方へと案内した。


「ニッキーさん。エマンおばさんは元気だか?」

ジョルジュはニッキーに尋ねたが、ニッキーはゲハハと笑いジョルジュの頭をはたいてこう言った。

「アホなこと言うなよジョル坊!!俺の嫁はいつも元気に決まってるだろーがッ!!このジャスコ村の村長が元気じゃなかったら婿である俺がみんなにどやされちまうよ」


ジャスコの村では、村長はニッキーではなく妻のエマンが務めている。
なんでもニッキーは元々は名の知れた傭兵であったらしく、とある戦争が終わった時にこの村にやって来たそうだ。そこで今の妻に惚れ、婿としてエマンの家に入ったとジョルジュは聞いたことがある。
小さい頃、農業を教わりたくてこの村で働き始めた時、大人がよそよそしくしていた時でも、ニッキーは貴族の息子とか関係なくジョルジュに接してくれたのだ。


そんな会話をしながらドアの前まで来たニッキーはドアをノックして開くと、部屋の中で裁縫をしていた女性に話かけた。

「エマン!!ジョル坊が到着したぜ!!見ないうちにすっかり逞しくなっちまってよ!!」


女性は少し茶色がかった髪が特徴的で、髪は後ろでまとめてあった。彼女は手に持っていた糸が繋がっている針を、脇にあるテーブルに置かれた針どめに刺すと、ジョルジュの方へ顔を向けた。
その顔はどこかこの世界の人とは少し異なり、むしろジョルジュが前世で暮らしていた、日本人のような顔であった。
少し皺が刻まれた顔を微笑ませ、彼女、エマンはジョルジュの前に立つと彼を抱きしめた。


「よく来たねジョルジュ...一年見ないうちにこんなに大きくなって...村に来て間もないんだろう?そこらに座って休んでな。今旦那にお茶入れさせるから」

そう言ってエマンはニッキーに「アンタッ!!茶を煎れな!私のもついでによろしく」というとニッキーは分かったよと言いながら部屋をでていった。
ジョルジュは部屋の中で空いている椅子に座ると、エマンが先ほどまで繕っていた衣装を見た。


少し黒いラインが入っている紅色がベースのドレスは、花嫁の体に合わせ、細長く作られており、上にはこれまた紅色のベールが作られてあった。


「すごいだよ...でもこれ、エマンおばさんが全部作ったんだか?」

エマンは先ほどまで座っていた椅子に腰かけると、首をコキコキと鳴らしながらふーっと息を吐いて、自慢そうに言った。


「そうだよ。別に嫁ぐワケじゃあないけど、女にとっての一度の晴れ舞台だ。私は派手だとは思うんだけど、あのコは好きな色だからコレがいいって言ったんだ」


そう喋ったエマンの顔は、嬉しさが詰まっているかのように笑っていた。ニッキー、エマンの家には娘のターニャしかおらず、他の村から、婿を迎えるということだから離れるという訳ではない。しかし、やはりメデタイことなのだから嬉しいに決まっている。ジョルジュはエマンの顔を見ながら恐る恐る尋ねた。


「あの...エマンおばさん。ターニャちゃんは...」


ジョルジュがそう言いかけた時、ニッキーが部屋に戻ってきた。ドアを閉めて彼はテーブルの上にお茶の入ったカップを4つ置くと、ジョルジュにこう告げた。


「おいジョル坊、ターニャは今2階にいたから呼んできたぞ。もうすぐこの部屋に...」

その瞬間、ドカッという大きな音と共に、ジョルジュはニッキーの視界の外へと飛ばされた。壁にぶつかったジョルジュが元いた場所には、代わりにジョルジュより頭一つ小さいぐらいの、茶色の混じった黒髪を靡かせた少女が立っていた。その顔は母エマンの血を引き継いでおり、日本人のような顔つきであった。


「痛いだよ~。急に何するだよターニャちゃん...」


その少女、ターニャは不機嫌な顔でジョルジュに大きな声でいった


「来るのが遅いよジョル坊!!アンタに頼むことがあるんだから早く来なさいっての!!」













「全く、たかが乙女のとび蹴りなんかで大げさにすっ飛ばないでよ...」


「かなり頭に響いただよ...ターニャちゃんが若干二人にみえるだよ」


「全く、ターニャもジョルジュとは久しぶりなのだから無茶なことするんじゃないよ」


「ゲハハッ!!ジョル坊がターニャの蹴り如きでくたばるかよ!あんなもんこの2人にとっちゃ挨拶のうちだ!!」


あの後、エマンの部屋で4人は多すぎるということで、4人は広間にあるイスに座り、テーブルを囲んで話し合っていた。
それぞれの手にはお茶の入ったカップが握られており、めいめいそのお茶で、喉を潤していた。


「まあ、ナターリア様にお願いした甲斐はあったわ。明日は私の結婚式...アンタが立会人として来てくれて良かったわ。やっぱり長い付き合いのあるあなたに祝福してもらった方が私としても気分がいいもの」


「それは..嬉しいだよ...でも、まだ聞いてないんだけど、ターニャちゃん誰と結婚するだ?」

こう尋ねてきたジョルジュの言葉に、ターニャは耳をぴくぴくとさせた。そして手にあるカップからお茶を一口飲んでから口を開いた。


「隣の村にポスフールって村があるじゃない?そこの村長の二男坊が、前からアプローチかけてたの。去年の秋にプロポーズされてそれを受けったてワケ」


「そ、そうなんだか...でもビックリしただよ。急に結婚するなんて連絡があったから...ターニャちゃんまだ16歳だし...」


「別にそんなこともないでしょ?16歳で結婚なんて、女の子だったら貴族でも平民でも普通じゃない。ウチのお母さんじゃあるまいし」


「うるさいよターニャ!!そこで私を出すんじゃないよ!!」


「ゲハハハハッ!!エマンは俺のコト待っててくれたんだよ!!ターニャオメェだってジョルジュの事を忘れずに...」


「なにいっちょるんだおどう!!結婚式の前に喋ることじゃねえっぺよっ!!」


「落ち着きなさいターニャ。せっかくなくした訛りが出ていますよ」


「いけないわね。年頃の女の子が喋る言葉じゃなかったわ...」


(・・・このやり取りってどこでもやってるんだかな?)

ジョルジュは実家でやっているような会話を思い出したが、さっきターニャ言っていたことが気になり、ターニャに聞いてみた。


「ターニャちゃん。オラに頼みてぇってことって何だ?さっき言ってたけど...」

ターニャは「アッ」とまるで先ほど自分が言っていたことを忘れていたかのように声を出し、カップの中のお茶を一気にグーっと飲み干した。そして向かいに座っているジョルジュを見ると、その内容をいった。


「そうそう、ジョルジュ!アンタに取ってきてもらいたいものがあるのよ...」











そして話は最初へと戻る。彼女から頼みを聞いたあと、ジョルジュはジャスコの村の近くにある森、通称「ノームの森」へと入っていった。
この森は、古くから土の妖精ノームが住むといわれており、鬱蒼と延びた樹木や蔓を住みかとしている生き物が多く存在する。それだけではなく、森の奥深くにはオオカミやクマのような獣、森に生息する中型の鳥獣、さらにはマンドレイクも生息しているといわれており、魔法を使えない村人などは滅多に奥へとは入らないのだ。


そんな危険な森の中をジョルジュは奥へと進んでいた。
既に陽の光はほとんどなく、ジョルジュは村から持ってきた松明に火をつけ、その明りを頼りに歩いていた。
ジョルジュはこの森に入ることは何度かあり、12,3歳の頃には姉マーガレットに連れられて、よくマンドレイクを取りに行った。(姉は「材料になりそう」としか話してなかったが、採取されたマンドレイクがどうなったかは今でも分からない)しかし、ここ1年は学院にいたため、森には入っていなかった。


ジョルジュが歩いてきてしばらくたった後、彼の前に水がわき出てきている泉が現れた。ジョルジュは倒れている木に腰かけると、息を吐いた。そして青く光る泉の水面を見ながらこう呟いた。


「ターニャちゃんも難しいコト言うだなぁ~。でも朝早く村に着いてて良かっただよ。じゃなかったら今日中に帰れるか分かんなかっただ」


ジョルジュはそう呟くと、ターニャが自分に頼んだ時の事を思い出したのだった。









「ジョルジュ、ノームの森に生えている「星降り草」を摘んできてほしいんだけど...」



[21602] 14‐B話 森での思い出、森の試練
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/18 21:35
泉のほとりで休憩中、ジョルジュはぼんやりと、ターニャのことと、「星降り草」の事を思い返していた。


「「星降り草」かぁ~。懐かしいだよ…ターニャちゃんまだ覚えてたんだなぁ~」


星降り草は、ノームの森の奥深くに生えている、白い大きな花をつけている植物である。
その花びらは宝石をちりばめたかのように光る性質をもっており、暗いノームの森の深くで咲くこの植物はまるで、無数の星が降ってきたかのような光景を見せるため、この名が付いたといわれる。
だが、生えている場所はノームの森の奥深くということだけあり、その危険さから地元の村人はもちろん、ドニエプル家のメイジでさえも取りに行くことはあまりないのだ。


「今思えばよくあん時、無事に帰れただなぁ~…」


ジョルジュは小さい頃、ターニャに引っ張られてノームの森に入ってしまったことがある。
その頃から既に、ターニャの強い性格にジョルジュは否応なしに引きずられていたことをしみじみと思い出した。


―ジョルジュッ!!ノームの森にすっごくきれいな花が咲いてるってババ様から聞いたの!!明日の朝一番森に行くわよ!!―


―ちょっ!!ターニャちゃん!?ノームの森っていやぁ危険な森だっておとんも言ってただよ!!そんなトコロにオラ達だけで行くなんて危ないだよ!!―


―たかが花を見に行くだけじゃない!!どうせアンタ屋敷に帰るのは明日の昼ぐらいなんだからすぐ戻ってくれば大丈夫よ!!―


「・・・あん頃からターニャちゃん性格は変わってないだなぁ~」


ジョルジュが彼女に会ったのは7歳の頃、この世界で再び農業をやろうと決意した時であった。
農業の方法を学ぶため、ジャスコの村で働き始めたが、最初はジョルジュと村人の間には身分という壁があった。そのためジョルジュに普通に接してくれる大人は、村長のエマンとその夫ニッキーぐらいであったのだ。そんなとき、ニッキーは自分の娘のターニャにジョルジュの事を任そうと考えた。その時からジョルジュは彼女に引っ張られていたのである。



「まあ…森には入ったのは良かったけんど、そこからが大変だっただよ…」


そう過去を回想しながら、ジョルジュは腰かけていた木から立ち上がると、松明を持ってまた奥へと進み始めた。

泉から離れた時、心なしか森がざわざわとざわめいた風にジョルジュは感じたのだった。










ジョルジュが泉から先へと入ってから、1時間。ジョルジュは黙々と森の中を歩いていた。木の間を抜けて同じ景色が続く空間を延々と進んでいた。
やがてジョルジュは足を止め、額に掻いた汗をぬぐった。そしてだれに言うでもなく言葉を漏らした。

「どうやら、同じところをグルグル回ってるらしいだよ…」

ジョルジュは自分が何度も同じ道を歩いていることに気がついた。先ほどからは薄々は感じていたが、目印にキズを入れた木を発見し、やっと確信した。
本来、このような場所で迷うことは死を意味することはジョルジュも十分に知っている。しかし、彼の顔には焦りはなく、むしろやっと目的地に着いたかのような安堵の表情を浮かべていた。


「やっと「森」に入っただよ~。ホント、暗いから松明さ持っててもいつ迷ったか中々分かんないんだよ」


そう言いながらジョルジュは近くに生えている木の一本に近寄り、腰からナイフを取り出すと、刃の先端を自分の右手の小指に刺した。小指からは血が出てきて、ジョルジュは右手を掌を下にして木の方へ向けた。
小指から流れる血はやがて木の根元へと落ちた。
しばらくすると、さっきまでも静かであった森は風の音さえも聞こえないほど静かになった。

全く音のない世界では、ジョルジュの心臓の音がいやに大きく鳴っていた。

やがて、どこからともなくザワザワ、ザワザワと木の葉が揺れる音が聞こえてきて、段々と音が騒がしくなったと思うと、ジョルジュの周りの木が一斉に動き始めた。
木の根がまるで海岸に寄せる波のように動き、木の葉はザザザと動物が動き回るような音を鳴らし、地面からはドドドと鈍い音が響いてくる。
少し時間が経ち、ジョルジュを中心に半径20メイル程の円形な形をした空間が形成された。木が動いたため、土は所々盛り上がっており、木はジョルジュを逃がさないように周りを囲んでいる。
そして森の木が枝を伸ばしたのか、上は木の葉や枝で覆われていた。

これがノームの森の「奥」へ入る手段である。
ノームの森には森の精霊が住んでいるといわれているが、実際に住んでおり、この森自体が意思を持っている。
そして森の奥に入ろうとする者を迷わせてしまうため、奥に入るためには森の精霊と交渉しなくてはならない。先程ジョルジュが休憩していた泉こそ、森の奥へと入るための入口なのである。

このことを知っているのは長くこの土地に住んでいるドニエプル家の者と少数の村人だけである。しかし、幼き頃のジョルジュとターニャはそんなことは知らずに森に入っていったのだった。


―ターニャちゃん!!なんか同じとこ回ってねーでか!?もうかれこれ2時間は歩いてるだよ!!―

―うるさいわね!!黙って進みなさいよ!!ていうか暗くなってきたじゃない。ちゃんと「ライト」を唱えてよ!!―


―ムリムリムリイッ!!もう駄目!!もう魔力の限界だよ!!てかなんか変な鼻血出てきたんだけど・・・―


「ちょうど鼻血が木に落ちたから救われたんだっけなぁ~あん時。もう危なかっただよ…覚えたての「ライト」ずーーーっと使ってて、鼻血出てきたのには驚いただなぁ…」


あの時、ジョルジュから垂れた鼻血によって、まだ幼い彼は森の精霊と交渉することになったのだが、あの時の事を思い出すと未だに彼は身震いを起こすのだ。

そんなトラウマを抱えた時と同じ状況で、森の奥から皺枯れた、老人のような声がジョルジュに響いてきた。



―懐かしき「盟友」の子よ  お前の血は覚えている  最後に来てから森の葉の色が2回変わった―

「お久しぶりですだよ精霊様」


ジョルジュは声が聞こえてきた方に深々と頭を下げ、挨拶をした。ドニエプル家は代々この森と縁が深く、収穫の祈りや、秘薬の材料の採集などで父バラガンや姉のマーガレット、妹のサティが良くこの森に訪れる。
もちろんジョルジュもその一人であり、森の精霊とは幼かった時から、何度も交渉をしている。


―そして  「盟友」の子よ    私に何の用だ  ―

森の精霊は淡々とジョルジュへ語りかけてきた。ジョルジュは消えかかっている松明の明かりを気にしながら、精霊の声がする方へ数歩近づいていった

「オラの友達が今度結婚するだ。それで精霊様が育ててる花を少し分けてほしいだよ」


ジョルジュは大きな声で森の奥へと語りかけた。森がその形を変えたからなのか、先ほどは消えていった声は、あたりに木霊した。



―お前の願いはわかった   ではお前の力を試そう「盟友」の子よ   お前が願いにふさわしい力を見せたら     願いを叶えよう―


そうして森はシンと静まり返った。それと同時に松明の明かりも消えてしまい、あたりは闇に包まれた。


ジョルジュはこれを何度も経験している。


ノームの森の精霊に願いを聞いてもらう時、精霊は必ず試練を受けさせる。それは願いを言った者が、同等の力を持つモノと戦うこと。相手は森に住む獣や鳥獣などであるが、かつてジョルジュのご先祖様は、精霊その者と戦ったと家の伝記には記されてあった。もちろん自分と互角の力を持つ者と闘うのだから気は抜けない。そして勝てば願いを聞き入れてくれるのだ。


あたりが闇に包まれてから少し経ったか…上の方でザワザワと音が聞こえたと思うと、ジョルジュの頭上を覆っていた木の枝が開き、上から陽の光が降り注いできた。先ほどまで暗かった空間の視界は明るくなり、ジョルジュも容易にあたりを見渡せるぐらいまでになった。


そして、奥のほうから何かが近づいてくる足音が聞こえてきた。

ジョルジュは考えていた。

(以前はでっけぇオーク鬼と戦っただよ…あん時よりかはオラ強くはなったと思うけんど、今回はどんなのが来るんだかなぁ~)


ちなみに、彼がターニャと来たときにも精霊の試練を行った。その時はでっかいトカゲであった。


―ジョルジュ!!しっかり!!それに勝てなかったら花のところに行けないのよ!!―


―ヤバいだよターニャちゃん!!もう魔法使いすぎて体が重いだよ~。うわっ!!こっち来ただ!!―


―なにさそんなトカゲくらい!!男の子なんだからしっかりしなさいよ!!―


―てか思ったよりデカイだぁ~って、ギャーッ!!なんか吐いてきただぁぁッ!!―


「・・・・あれっ?あん時勝ったんだかな?」


もう大分前のことだからか、あの後どうなったかのかジョルジュは思い出せなかった。それでも思い出そうと考えた瞬間、木の蔭からジョルジュの対戦相手が顔を出した。


それを見たジョルジュの頬を、一筋の汗が伝った。


「精霊様…少しオラに厳しくねぇだか?」


対戦相手は4つの足で地面に立っている犬であった。
しかし、その犬には3つも首があり、その顔は3つとも、ジョルジュの方を睨んで牙を向けている。
夜のように黒いその体毛の後ろでは、いかにも雄々しい尻尾がぶんぶんと振られており、今にも飛びかかってきそうである。



ケルベロス。ジョルジュが呉作の時、その手の本に載せられていた絵と同じ姿で存在していた。もちろんこの世界の図鑑でも見たことはあるが、そう簡単に見られるものではない。


―お前の相手だ     かつて森の住人であったモノである     我が記憶と魔力によって作りだした   「盟友」の子よ   その力を見せてみよ―



精霊が言い終ると同時に、ケルベロスの喉から唸り声が聞こえてきた。もう待ったなしだ。
ジョルジュは先ほどまでとは打って変わり、戦闘態勢へと移った。


(最近は学院の花壇ばっかだったからな・・・ちゃんと戦えるだか心配だよ)






頭の隅でそう思いつつ、ジョルジュは腰から杖を引き抜いた。



[21602] 15-B話  三つ首の黒犬
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/23 00:13
フーーーーーッ…….


ジョルジュは引き抜いた杖を左手に持った後、視線はケルベロスの方に向けながら1回、大きな深呼吸を行った。
それはジョルジュが戦う前の、いわば戦闘モードへの切り替えのような儀式である。これは彼が呉作として生きていた頃と同じ癖であり、中学や高校でケンカする前にはいつもこの深呼吸をやっていた。
その儀式は、彼が異世界で生まれ変わっても尚、受け継がれていた。



ジョルジュは正面に立っているケルベロスをじっと見ていた。真っ黒な体毛に覆われた三つ首の戌は、体長は2メイルぐらいだろうか。三つあるその顔は一つ一つがいかつい顔をしており、よく神社で見かけた狛犬を連想させた。ただし、今目の前の狛犬は現実に動いており、口から見える鋭い牙を鈍く光らせ、しきりに唸り声をあげているが…

彼はラインクラスの魔法が使えるようになってから、領内へ入ってくる賊やオークの群れ、獣などを幾度も追い払っている。そこで得た実戦経験は、同じ年齢の子供たちとは比べられないくらいである。
しかし、ケルベロスとは戦うことはおろか、実際に目で見たのも今回が初めてである。本などで見たことはあるが、詳細までは覚えてはおらず、この世界のケルベロスがどんなモンスターなのか全く分からなかった。



(一体どんなコトしてくるんだ?さっぱり分かんねぇだよ…本では見たことあんだけど詳しいとこまでは覚えてねえだ・・・たすか、人には獰猛なんだっけ?○Fだったら魔法を2回か3回連続して唱えられるようにしてくれるし、D○Cだと氷飛ばしてきただよな?...っていうことはこいつも何らかの魔法を使うんだか?)



ジョルジュは自分の前世で遊んだゲームから、必死でケルベロスの情報を引き出してきた。
そこから引き出されたのは「何らかの魔法は使いそう」という至極曖昧なものだったが、それがジョルジュの緊張感を一層強くさせた。


「遠距離からの攻撃もありかねない」という考えがジョルジュの頭にグルグルと回って浮かんでいた。正面のケルベロスは未だに唸っているだけで動こうとはしない。
しかしあんなに大きな体格の戌と接近戦はかなり不利である…さらに魔法で遠いところからも攻撃できるのであれば、なおやっかいだ。


(あっちの出方が分かんない以上、こうして考えても意味ないだな。ここはオラのゴーレムで一気に攻めるだよ)


ジョルジュは頭の中で作戦を決定した。彼の作戦とは大量のゴーレムを錬金し、連携攻撃にてケルベロスを攻めるということであった。
ジョルジュは畑作業や収穫の際、人手を補うためによく人型サイズのゴーレムをよく使っており、ゴーレムの錬金は彼の十八番であるといってもよいぐらいに得意としている。彼が錬金するゴーレムには数種類あるが、今彼が錬金しようとしている人型サイズのアイアンゴーレム「トール」であれば7体は同時に動かすことが出来る。
ケルベロスの四方から同時に出現させ、連続攻撃を行う。仮に魔法を使えるとしても、いかにケルベロスといえども複数の攻撃をかわしながら魔法を使えるとは考えにくい。正面にいるケルベロスは唸っているだけでまだ動いていない。今から詠唱すれば自分が先手を取れる…はず?


そう考えたジョルジュは呪文の詠唱を始めた。
しかしスペルを紡ごうとした瞬間、ケルベロスがジョルジュに向かって駆けだしてきた。ジョルジュはすぐに動こうしたが、右側から高速で何かが彼にめがけて飛んできた。
ジョルジュは突然の事に詠唱を止め、上体を後ろにそらした。その瞬間、その何かはジョルジュの頭があったところを通り過ぎていった。ジョルジュの顔の前を横切った物は、20サントほどの氷柱であった。



(氷柱!?ウィンディ・アイシクルだか!?だども自分の近くじゃなくて離れたところから飛ばしてくるなんて!?)



ジョルジュは氷柱をよけた後、すぐに詠唱を再開しようとしたが、不意に足もとが沈んだ感覚に陥った。
視線を下げると、いつの間にか自分の立っている地面が泥と化し、足首まで沈んでいた。

ジョルジュはあまりの展開に驚いた。

(!!!!!?んなぁぁ!?魔法の同時詠唱だか!?あの短時間で!?)


しかし考えている時間はなかった。ケルベロスは既にジョルジュと3メイルまで近づき、彼の喉元に飛びかかってきた。


(やられる!!)

ジョルジュは盾にするため、とっさに自分の目の前、泥と化していない地面から青銅のゴーレムを1体、錬金した。非常に短時間であったため、青銅のゴーレムを召喚するのが精一杯でった。
ジョルジュが泥から出ようと、体をひねりながら横に転がるのと同時、ケルベロスの横に振りかざした爪がゴーレムの首を飛ばした。



横に転がって泥から脱出したのもつかの間、目の前から再び氷の矢が飛んできた。
ケルベロスはまだジョルジュの方へ体は向いていないが、3つの顔のうち一つはジョルジュの方を向いて唸るように声を漏らしていた。

ジョルジュは再び横に飛んで氷柱をよけた。倒れた地面から起き上がって反撃に行こうとしたが、何と地面が再び泥となってジョルジュの体を沈めた。
片膝をついていた体勢だったため、ズブズブと太腿で泥に埋まっていく。

ジョルジュは、あまりの魔法の早さに


「んなッ!?何でこんなに早く魔法を使えるだよ!?」


と思わず叫んだ。


ケルベロスはジョルジュの方へ向くと、3つある口を開き、牙をむき出しにしながら近づいてきた。口を開いたその顔は、半ば獲物を捕えて笑っているようにも見える。
そしてケルベロスの周りには十数本の氷の矢が作られ始めていた。


「やばいだよ!!」


さらにケルベロスが近づいてくる。ジョルジュは泥から体を引きずりだすと、スペルを唱えながら杖を振った。そしてケルベロスと自分の中間の位置にアイアンゴーレム「トール」を一体、錬金した。
トールは元来戦闘用ではなく、農作業で活躍するために作られたゴーレムである。そのため、その外見は甲冑を着た剣士のように洗練されてはなく、どちらかといえばドラ○エのゴーレムに似たような外見であった。
しかし鉄で練成されたその体は頑丈であり、ちょっとやそっとではびくともしない。


ジョルジュはトールにケルベロスを相手をさせ、その間に態勢を整えようと考えたのだ。

「いくだよトール!!」


ジョルジュの声と共に、トールはケルベロスの前に立ちはだかった。そしてトールはケルベロスに向かって殴りかかった。

しかし、振り下ろした拳はケルベロスに当たることはなかった。殴りかかろうとした時、トールの足もとが泥と化し、足を取られたトールは自分の重さでズブズブと腰辺りまで沈んでいってしまった。
沈んだトールの拳は、前方の地面をむなしく叩いた。そのゴーレムの肩を台代わりに、ケルベロスはジョルジュの方へと飛び上がり、氷の矢を一斉に飛ばしたのだ。




「ヌオオオオオオオッ!!!強過ぎるだ~よ~!!!」




ジョルジュは氷の矢をよけるために横へと走り出した。自分がいた場所にドスドスと氷の矢が刺さった。



その後もケルベロスが放つ氷の矢と、鋭い爪と牙によってジョルジュは幾度と追い詰められた。足を止めれば泥に沈められ、ウィンディ・アイシクルと接近戦を使い分けて襲ってくる。
今はフライで宙に浮かんでいるため泥に沈む心配はないが、攻め手がないため防戦一方であった。

現在、ジョルジュの身体は足や腕の数か所を爪で割かれており、血が滴り落ちていた。


(う~ジリ貧だよ…フライで飛んでるから泥に沈まされることはねぇだども、やっぱウィンディ・アイシクルがキッついだよ。というかあんな魔法をガンガン使えるモンスターなんか初めてだよ…)


ジョルジュの考えは当たっていた。ケルベロスは、古代のメイジ達が作ったといわれる獣であり、現在はハルケギニアでその存在が確認されることは稀である。
そのケルベロスが恐れられる理由の一つは、その魔法の連続行使にあった。
3つの頭を持つこの獣はそのうち2つが魔法を唱えることが出来るとされ、残りの一つは自らの体を動かす本体とされている。そのため、ケルベロスは接近戦と魔法を2つ同時に行うことが出来るといわれており、ケルベロス1体でメイジ二人と剣士を相手にするようなものなのである。このような情報はドニエプル家にあった書物にあったが、ジョルジュは軽く見ただけであったので挿絵だけしか覚えていなかったのだ。


(こんなことならちゃんとあの本読んでれば良かっただよ。てか、精霊様…この相手はホントキッついだよ)


しかし、そんなことを思いつつも、ジョルジュは今までの攻防からケルベロスの攻撃パターンを把握していたのだった。



(魔法っていっても、ウィンディ・アイシクルと足元を泥にしてくる錬金しかねぇだな…そんで魔法で足止めをしてきて、接近戦で仕留めに来る…そんな感じだぁな)


ジョルジュはケルベロスから少し離れた、広場の中央に降り立った。すぐさまケルベロスはジョルジュの足もとを泥にしてきた。
ジョルジュの足はズブズブと沈んでいき、ケルベロスはしめたとばかりに氷の矢を周りに作りながら近づいてきた。


しかし、ジョルジュは眉ひとつ動かさずに、魔法を詠唱を始めた。





「オメェ…どうしてもオラを泥に沈めてぇみてえだけど…」

ジョルジュは杖振り上げ、ケルベロスの方を睨んでからこう言葉を続けた。


「そんなに泥が好きならオメェさんも沈んでみるだよ!!」


ジョルジュが杖を下した瞬間、木がない広場の空間は全て泥と化した。彼は戦う場所である広場一帯に錬金をかけ、「土」を「泥」にしたのだ。
ケルベロスは急に自分の足場が沈んでくるのに驚き、氷の矢も飛ばすのも忘れてジタバタと暴れ出した。しかし周りが泥では掴むものは何もなく、前足はむなしく泥に沈んでいった。


「やっぱり…オメェさんウィンディ・アイシクルと泥の錬金しかできねぇんだべ?」


ジョルジュは太腿まで沈みながらも、再び魔法の詠唱を始めた。


「それ以外の魔法が使えるんならわざわざオラの「足元」だけを泥にする必要はねぇんだからな。今みたいに全体を泥にするなりして、自分は足場を作ればいいんだからな」


ケルベロスは沈むゆく中でジョルジュに氷の矢を何本も飛ばしてきた。しかし沈んでいく体に焦っているのか、氷の矢はジョルジュからは大きく外れて通り過ぎていった。


「ウィンディ・アイシクルだってそうだよ。そんなに多くの数を飛ばせるのはスゲエだし、自分から離れたトコから飛ばすこと出来るなんてホント凄いだよ。だども「一方向」からしか飛んでこねぇって分かったら避けることは出来るだ」


ジョルジュは戦いが始まってからの間、死角から何回も氷の矢が飛んできたのだが、すべてが「一方向」だけしか飛んでこないことに気づいた。
あれだけの数を生成できるのであれば、死角と前方の「二方向」から飛ばしてくれば、到底よけきれない。なのになぜあえてジョルジュに近づいてくるのか…


「理由は分かんねぇけど、この二つの魔法しか使えない。いや、正確には一つの首につき一つの魔法なんだかな?そんであと一つはいわば司令塔みたいなモンなのだかなぁ?だったら今までの戦いは納得いくだよ。オラがフライで浮かんでいる時も、ウィンディ・アイシクルを飛ばすだけだったからなぁ。そうと分かれば戦い方は出来上がるだよ。だどもオメェさん、メチャクチャ強かっただよ」


ケルベロスはすでに魔法を唱えることは忘れ、バタバタと泥の中で暴れ続けた。しかしもがけばもがくほど、体は泥の中に沈んでいく。ジョルジュの体も既に腰まで沈んでいるが、全く動じずに杖をケルベロスに向けた。


「ホントに最初は焦っただ。まさか魔法をあんなに早く連続的に使ってくるなんて…ホント強かっただ。だどもこの戦いはオラの…」


ジョルジュの杖から魔力で作られた矢「マジック・アロー」がケルベロスに飛んでいった。


「勝ちだよ」


ジョルジュが言い終るか終らないかのうちに、タンっという音が響き、ケルベロスの真ん中の顔の額を、魔法の矢が貫いた。












―見事だった   「盟友」の子よ―



気づくとジョルジュは戦う前の円形の空間の中央に立っていた。全体を泥とした地面は、なにもなかったかのように草が生え、所処土が盛り上がっている。
身体には怪我を負っているが、自分が仕留めたケルベロスは影も形もなかった。


(いつもこうだよ…毎回毎回幻なのか現実なのかが分かんなくなるだよな)

そうジョルジュが思っていると、木々の奥から精霊の声が聞こえてきた。


―我が記憶にいる   かつての住人を   お前は見事打ち果たした    望みを叶える資格を満たした―


そう言い終ると、ジョルジュの左側の木がゴゴゴと動き出し、一本の道が出来た。


―お前の望みである   我が子たちへの道だ    行くが良い「盟友」の子よ―


ジョルジュは深く頭を下げた後、今方、開いたその道へと入っていった。道は暗かったが、先のほうではキラキラと光り輝くものが見えた。


「あーーーっやっと着きそうだよ~。さ、早く摘んで帰るだ」


そう呟くとジョルジュは、奥へと進んでいった。


「ああ、そうだった。最初に森に入って戦ったあのトカゲも…」


―ジョルジュ!!やったじゃない!!なによ、魔法使えるじゃないの!!―

―ぜぇー、ぜぇーホント撃てて良かっただぁ~。マジック・アローが撃ててってあれ?トカゲがいねぇだよ?―



「結局はマジックアローで勝ったんだっけな…その後、精霊様が道を開けてくれてターニャんと二人で進んで行ったんだっけ…」


奥へと進んでいくジョルジュの頭には、かつてターニャと共に星降り草への道を歩いた記憶が蘇っていた。













「そういや...この前サティがマー姉に頼まれてマタンゴ取りに森に入ったって言ってたども、アイツさ何と戦ったんだ?」





1か月前・・・・・・



―お前の相手だ     かつて森の主であったモノである     我が記憶と魔力によって作りだした   「盟友」の子よ   その力を見せてみよ―


「フフフ…まさか「森竜」を出してくれるとは…精霊様にはホントに感謝だよ。相手にとって不足はないね!!」



[21602] 16‐B話  過去を知るのは二人
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2011/09/16 15:25
―うわ~…奇麗…―


―ヒエ~これは凄いだよ―


―ジョルジュ!何本か持って帰りましょ―


―ダメだよターニャちゃん!精霊様には「見に来た」って言っただよ。約束破ったら森から出れなくなるだよ…ってあ゛あぁぁぁッ!?もうっ採ってる゛ぅぅぅ!!―


―え?あ、ゴメ…―


「あの後、精霊様の怒り買って森に閉じ込められたからなぁ~。おとんが来てくれなかったらあそこで死んでただよ…」


昔の記憶に青ざめながら、ジョルジュは森の「入口」、泉のほとりまで戻っていた。森の木々は変わらず彼の頭には光を与えず、当たりにはひんやりとした空気が漂い、鳥獣の鳴き声や虫の羽音が響いてくる。
外では太陽がそろそろ傾いた頃だろうか、木々の間からは若干霧が漂い始めている。
ジョルジュは先の戦いで松明を残して来たため、ここまで暗闇を歩いてきたのかと思ってしまうが、彼の手元にはぼんやりと優しく光る、白い花びらをつけた「星降り草」があった。
花束1つ程度は摘んだのか、摘んだ花は茎を束ねられ、村から持ってきた布でくるまれていた。光に誘われてきたのか、花の周りには小さい羽虫が何匹か飛んでいた。


「星降り草」を摘んだ後、ジョルジュは来た道を戻るために再び精霊と交渉した。
精霊は、「願い」と異なった行為を行った者を森に閉じ込めてしまう(ジョルジュたちが小さい頃に閉じ込められた時、バラガンは「子供たちを森から出してほしい」という願いのために2メイルはあろうかという兎、アルミラージと戦った)。しかし、約束を破らずに帰る者には道を開いてくれるのだ。
ジョルジュは森の精霊と少し喋った後、精霊が開いてくれた道をたどって、ここまで戻ってきたのだった。戦いは勿論のコト、長時間森の中を歩いたせいか、彼の服は来た時とは違って所々破れ、腰から下は泥まみれとなっていた。


「もう疲れただよ~~。早く森を抜けて村に戻るだよ。精霊様からは「ご褒美」もらえたのは嬉しかったけんど」


そう一人愚痴るジョルジュは泉に背を向け、今は花嫁となる友の待つ、ジャスコの村へと歩いて行った。ジョルジュが去るのを待っていたのか、彼がいなくなった泉には、ちらほらと獣たちが集まってきたのであった。









「ん~!!!!コレよコレッ!!懐かしいわ~星降り草!!お疲れ様ジョルジュ」


太陽が沈んで間もない時間、ジョルジュは「ノームの森」を完全に抜け、ジャスコの村へ戻っていた。村では結婚式の準備がほとんど出来上がっており、村の中心では祭壇がほとんど出来あがっている。
家々の前には村の者たちが作ったビールや葡萄酒の樽がゴロゴロと置かれ、水くみ場から少し離れた場所では、牛や豚、そして村長の夫ニッキーが狩ってきたと思われる猪が明日の御馳走となるために男達によって解体作業が行われている。
ジョルジュは村へ戻った後すぐにターニャがいる村長の家を訪ね、明日着けるであろう首飾りや髪飾りの手入れをしていた彼女に、摘んできた星降り草を渡したのだ。


「いや~流石は領主様のところの息子ね。星降り草をいとも簡単に採ってくるなんて、ちょっとは強くなったわね!」

「いや、結構ギリギリだっただよ?まさかケルベロスと戦わせられるなんて思わなかっただよ…」

そう小さな声で呟くとターニャはジョルジュの頭にビシッとチョップを喰らわした。突然の衝撃に頭を抑えるジョルジュに、ターニャは人差し指を指した。


「バカね~強いモンスターと戦わされたってことはジョルジュが強くなったってことじゃない。アンタも学校に行って少しはメイジとして腕が上がったってことでしょ。私達としてはありがたいことよ」


そう言ったターニャの後ろから、仕事を終わらしてきたのかニッキーとエマンが並んで広間に入ってきた。


「ゲハハハッ!その通りだジョル坊!お前が強く、立派なら俺たちも安心して仕事が出来るってモンよ!」


そう言うとニッキーは、右手に持った葡萄酒の瓶に口をつけて一口飲むと、ジョルジュの肩をバンバンとはたいた。その衝撃の強さにジョルジュはゴホゴホとむせた。
すると横にいたエマンが、夫の行為を咎めるように語気を強めて言った。


「やめなアンタ!ジョルジュは森に行って疲れてんだよ。ああ、こんなに汚れちまって…どうせ無理したんだろう。ジョルジュ、汚れ落としに川で水浴びしてきな」


そう言ってエマンはジョルジュに体を拭く布をジョルジュに放り投げた。エマンは「ターニャに着替え持ってかせるからすぐ行きな」と言い、ジョルジュは「分かっただ」とエマンに言って家を出た。家を出ると既に太陽は沈み、月が浮かび始めていた。転生してから見てきた双子の月は、まるでお互い寄り添うように空を昇っている。


「ホラ、ダラダラしない!ジョルジュ行くわよ」


ジョルジュが出た後にすぐに出てきたのか、後ろからターニャの声が聞こえたのでジョルジュが振り向くと、着替えの服を抱えたターニャがいた。
ふいにジョルジュの目に、月の光に照らされた彼女が、前世で恋した女性、美代と重なった。

ジョルジュの胸はドクンと鳴ったが、悟られないよう小さな声でターニャに呟いた。


「タ、ターニャちゃんオラに構うことねーだよ…オラ一人で浴びてくるだ…ホラ、もう婿さん来てるんじゃねえだか?」


ジョルジュがそう言った瞬間、「アホかーッ!!」という声と共に、ジョルジュの股間に衝撃が走る。予想外の痛みが広がり、崩れ落ちるジョルジュにターニャ大きな声が響く。


「アンタが心配する必要ないわよ!!腐ってもアンタは私がお願いした立会人でしょーが。それを一人で水浴びさせるなんてことはさせないわよ。星降り草も摘んできてくれたし、それなりの事はするわよ!」


「いや、それなりにダメージを与えられているんだけど…」


「ホラ、立ちなさい!」と言いながらターニャは、未だに下腹部に痛みが残るジョルジュの襟を掴むと、ズルズルと川まで半ば引きずるように歩いて行った。
「…マリッジブルーにしては激しすぎるだよ…」引きずられていくジョルジュは頭の片隅でそう考えたのであった。






「ヒャーッ冷てぇだよ~!!」


ジャスコの村の外れには、幅2メイル~3メイル程の川が流れている。
「ノームの森」から流れてくる川の水は、村の手前でいくつかに分けられ、一つは水くみ場に流れるようにひかれ、もう一つは海へとつながるようにひかれており、こうして村人が水浴びをする等に用いられている。
その川の、流れが緩やかな場所でジョルジュは体についていた泥や血を流していた。季節は春を迎えているが、夜の川の水はまるで氷のように冷たく、ジョルジュの肌を突き刺すように流れている。鍛えられた体は月の光を浴び、やや褐色を帯びた肌に付けられた傷を照らし出していた。
その川のほとりに生える桜に似た木の背後には、ターニャが一人、地面に座って水浴びが終わるのを待っていた。


「アンタ良くそんな冷たい水に入れるわね~。私は考えられないわ」


ターニャの声が川に響き、髪を洗っていたジョルジュは顔を上げた。水に濡れたジョルジュの赤い髪はぼんやりと光っているように見える。


「いや~さすがに冷てえんだけど、一日中森の中を歩いてたから気持ちいだよ。それに水浴びなんて一年ぶりだから懐かしいんだなコレが」


ジョルジュは木の陰にいるであろうターニャに向かってニカッと笑った。少しした後、木の陰がガサッと動き、再び声が聞こえてきた。


「アンタが森に言っている間にさ、ポスフールの村から私の夫が来たんだ。何度も会っているのにさスンゴイ緊張しててね…お父さんに挨拶する時も「よろしゅくおにゃがうぃしゃす」なんて、まともに喋れてないんだよ…ジョルジュと一緒だわ。なに言ってるかさっぱりわかりゃしない」


「オラのは訛りでこんな喋りなんだよ。大分抜けたと思うだよ?」

ジョルジュが身体を洗い終り、「拭く布くれだよ」とターニャに言うと、バサッと川岸に着替えごと投げられた。ジョルジュが川から上がって体を拭き始めると、村の広場からワイワイと騒ぐ音が聞こえてきた。
ターニャはぼそっと、ジョルジュに知らせるかのように声を出した。


「前夜際が始まったわね。たぶんお父さんだわ。主役の一人がここにいるってのに勝手に盛り上がって…ウチの旦那も今日は飲まされ続けて明日の昼まではダウンするでしょ」


ジョルジュは黙々と体を拭き終え、下のズボンを穿いた。ゆったりとした大きさの半ズボンは軽い薄手の生地で作られており、ずっと厚手の長ズボンを穿いていたジョルジュにとっては、まるで牢屋から解放された気分であった。
上を着ている途中、ターニャが木陰から出たきた。再び、ジョルジュの眼にはターニャと美代が重なって見えた。ジョルジュの心臓がまたドクンとなったのが聞こえた。


「てかジョルジュ、アンタも早く着替えなさいよ。私たちも早く行くわよ。」


ドクン、ドクン…心臓の音だけが大きく響く。


「ああ…そうだな。もう終わっただよ…早く行くだ」


服を着替え、脱いだ服を片手に持ってジョルジュは川岸から上がり、ターニャのもとまで上がった。しかし足が急に重くなり、体の中から痛みがにじみ出てきた。


「うわ、やっぱ森でケルベロスと戦ったのが響いてきただよ…今になって体にキタ…」


「ちょっとジョ…ル…」


ターニャが呼び終える前に、ジョルジュは彼女に体を預けるように倒れてしまった。
長時間の森の探索に加え久しぶりの戦闘により、緊張の糸が切れた彼の身体には疲労が浮き上がってきたのだ。
ターニャは急に寄りかかってきたジョルジュの襟首を掴むと、前後にブンブンと振った。


「なにやってんのよ!!くたばるなら家に帰ってからくたばりなさいよ!!ホラ、立ちなさい!」


「も、もう駄目だよターニャちゃん…置いていってくれだ…少し休んだら自分で帰るだ…よ?」


そう言い終るか終らないかの内に、ターニャはジョルジュを背に乗せた。鍛えられたジョルジュの身体は決して軽くない。
しかしターニャはさも当たり前のように担ぐと、木々の間を抜け、少し先にある我が家までの道を歩き始めた。

ジョルジュは驚き、思わずターニャに大きな声を出した。


「な、何やってるだよターニャちゃん!!お、オラは「ウルサイ!!黙ってなさい!」ハイ!黙ってます」

ジョルジュの声はターニャの一喝で消された。ターニャは途中で一旦足を止めた。そして背中に乗せているジョルジュをしっかりと背負いなおし、再び歩き始めた時、まるでジョルジュが頼んだかの如く言った。


「嫁入り前の女の子にこんなことやらせおってッッッ!!アンタ元気になったら覚えておきなさいよ!!」


なんか同じセリフ、前にも聞いたことあるだ…そう頭の中で思いながら、ジョルジュの意識は過去へと飛んでいった。





―嫁入り前の女の子にこんなことやらせおってッッッ!!アンタ元気になったら覚えておきなさいよ!!―



―もう、いいだよターニャちゃん…オラを置いて行ってくれだ…ターニャちゃんだけでも「ウルサイ!」!!!―


―森に行こうって誘ったのは私、あの奇麗な花を摘んでしまったのも私、私のせいでこうなったんだからアンタを背負うぐらいどうってことないわよ!!―


―タ、ターニャちゃん…―


―だからって見返りは貰うわよ!! いい!森から帰ったら私が背負う必要ないくらい強いメイジになりなさいよ!それとね、あの花を…―










ジョルジュが次に目を覚ました時、暗い天井が最初に目に入ってきた。どうやらベッドで寝かせれているらしい。下に敷かれている毛布が心地よかった。右に空けられている窓からは月の光が入ってきている。
気を失ってから随分時間が経っているのか、周囲からは人の声はせず、虫の音と梟の鳴く声だけが空気に響いていた。


ジョルジュはムクリとベッドから起き上がると、あたりを見回した。そして今寝かされている部屋がターニャの部屋だと気づいた。
ジョルジュはベッドから降りて、再びあたりを見回したが、探している彼女の姿はどこにも見えなかった。


ジョルジュは木で出来た階段を踏みしめ、一階の広間に降りていった。すると広間のテーブルで、ターニャが開けた窓から月を見て一人、葡萄酒を飲んでいるのを見つけた。
ターニャはジョルジュに気づいたのか、ジョルジュの方を見て溜息を漏らすと、椅子から立った。


「やっと起きたわね。ちょっと、外に出るわよ。そこの葡萄酒の瓶とグラス持ちなさいよ」


ジョルジュは最初何を言われているのか分からなかったが、ようやく彼女が言った言葉を理解すると、葡萄酒が半分だけ入っている瓶と、一つだけテーブルに出ている陶器のグラスを手に持った。

ターニャはそれを見てニコッとほほ笑むと、玄関のドアを開いて外に出た。ジョルジュもそれにつられて出ていくと、あたりにはビールや葡萄酒の臭いが漂っており、そこらかしこに人が寝ている。


「アンタが寝ている間もみんな騒ぎに騒いでさ、お父さんもお母さんもそこらで酔いつぶれて寝ちゃったわ。私の旦那もそこらで寝ている。みんな静かになっちゃうと逆に怖いわね…」


ターニャとジョルジュは並んで村の出入口へと歩いていった。やがて村の門をくぐって、二人は畑の方へと足を進めていった。村から離れるにつれ、周りには二人と月だけしかない世界が広がってきた。
ジョルジュは歩きながら、川から担いでくれたことのお礼を言った。


「ターニャちゃん、ありがとうだよ。オラを背負ってくれて…だども、良くおらを背負っていけただな」


するとジョルジュの腰に、無言でターニャの横蹴りが入ってきた。両手がふさがっているために、腰をさすれずにもだえるジョルジュを横目に見て、ターニャは言葉を返した。


「田舎娘をナメンじゃないわよ。魔法学院の娘っ子と違ってね、アンタぐらいの重さの籠や荷物、毎日担いだりしてるわ」


そう言うと、ターニャはジョルジュに向かって笑いかけた。ジョルジュもそれにつられてニカッと笑った。
そして二人は刈り入れを行っていない、麦畑の前で足を止めた。まだ青みを残した麦の茎の上には、黄色を帯び始めた穂が風に揺れている。
吹いてくる風が、ターニャの茶色がかった黒髪をなびかせ、ジョルジュの赤い髪を揺らした。


ジョルジュはグラスに葡萄酒を注ぐと、ターニャへグラスを差し出した。
ターニャは黙ってそれを受け取ると、グラスから一口飲んだ。そしてターニャはジョルジュにグラスを渡し、ジョルジュもグラスを傾けた。


「ホント…私、明日結婚するのね…」


「ターニャちゃん…」

ジョルジュは何か言おうとしたが、それを遮るようにターニャが言葉を続けた。


「ありがとねジョルジュ…あの時の約束守ってくれて…」



その言葉にジョルジュは、ターニャの背中で聞いた言葉を思い出したのであった。
それは森の中だけの、二人だけの会話であった。





―あの花を…私が結婚するときに、アンタがあの花を摘んできなさい!!あの花をドレスに着けて、アンタんトコロに嫁いであげるから―



[21602] 17‐B 話 一晩だけの誓い
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/10/03 21:09
―ねぇ、覚えてる?ゴっちんと私が初めて出会った時のこと…-


「ねぇ、覚えてる?ジョルジュと私が初めて出会った時のこと…」


夜が更け、冷たい風が吹いてきた空に、ターニャの声が静かに響いた。声をかけられたジョルジュが振り向くと、彼の胸はキュゥと締め付けられた感覚を帯び、目はターニャの、一つ横の空間を向いた。
ターニャの隣には、同じ茶色の混じった髪をなびかせた女性が立っていた。忘れもしない、その女性は彼が呉作として生きていた頃に、心から愛した女性美代であった。



幻なのだろうか?
ターニャと美代は同時にジョルジュへと振り向いた。彼女たちの顔がジョルジュの方へと向き切る前に、美代の姿はスゥッと消えていった。


「ジョルジュ?」


ジョルジュの様子に疑問を持ったのか、ターニャは声をかけてきた。その声は、いつもとは違って少し、弱々しく感じられた。
その声に気づいたジョルジュは、ターニャの方へ視線を直し、少し苦笑いを浮かべながら言った。


「….ああ…覚えてるだよ…なんせ、初めて会った時に蹴られたんだから」


そう言ったジョルジュは、かつて彼女と知り合った、遠い過去を思い返した。


ジョルジュがジャスコの村で働き始めた頃、彼は自分が村に溶け込めないことに悩んだ。彼は転生した故、自分によそよそしい大人の雰囲気を、少年ながらに感じ取ってしまっていたのだ。

オラは邪魔なんだろうか…
ジョルジュはこの時ほど、貴族という地位が疎ましく感じたことはなかった。そしてある日、彼は重い心を引きずって村長の家に向かった。
家のドアを開いた瞬間、木靴の感触を持った蹴りが顔に刺さった。
蹴りの衝撃と、あまりの出来事に目を回して倒れたが、直後に大きな声が降り注いできた。


『遅いっぺさ!!領主さまの息子だからって、仕事に遅れてくるなんてなに様さぁ!?』


顔を上げたジョルジュの前には、髪を後ろでまとめた、幼い少女が手を腰に当てて立っていた。
ジョルジュはあまりの出来事に、まだ混乱していたが、おずおずと彼女に声をかけた。


『た、たすかぁ、オメェさん、村長さんの…』



『娘のターニャっさ!!今日からオメェさんの教育係になったさぁよ!!さあ立つだ!!やるからには容赦なくいくっぺよ!』






「あの時のターニャちゃん、怖かっただよ」

そういってジョルジュは腕を体に巻きつけ、身震いするマネをした。
その姿を見てターニャは微笑み、脇腹を指で突っつきながら言葉を返した。


「あら、それはアンタが時間に遅れてくるからじゃない?いくら子供だからって、時間は守らなきゃねジョル坊?」

ターニャは指で突っつくのを止めると、草が生えている畔に腰かけた。つられてジョルジュもターニャの隣に座った。
麦畑のために作られた畔には花がいており、黄色や赤色の花びらをつけた花が、夜の畑を鮮やかに彩っていた。

ターニャは横に置いた葡萄酒の瓶を持つと、ジョルジュの手にあるグラスに葡萄酒を注いだ。ジョルジュは一口飲んでからグラスをターニャに渡すと、ターニャは残りを一気に飲み干した。



「その言い方もターニャちゃんが初めてだっただなぁ…オラ、ターニャちゃんと同い年なのに「いつまでたっても半人前の坊やだっぺさ!」って理由でジョル坊って言うもんだからさ、村の人たちも面白がって「ジョル坊」、「ジョル坊」って言う様になったでねえか」


ジョルジュの言葉にターニャは目をキョトンとさせ、そのあと目を細めてフフフと笑い声を出した。笑い声がおさまると、指で眼尻を少し掻きながら言葉を返した。


「あら?そのおかげで村の人たちとも打ち解けたじゃない。感謝されど、恨まれることはしてないわ」


二人はその後も、葡萄酒を飲み合いながら、お互いに出会った頃の思い出を語った。それはジョルジュにとって、とても心地よい時間であり、このまま時間が止まってくれないかとさえ思えた。

やがて二人の思い出話は、13歳の頃の話になった。


「あの時のアンタ、おかしなこと言ってわよね~。「記憶」がどーのこーのだとか、「大切な人」がどーのこーのだとか…まだ子供のクセに変なことばっか言う様になったから、頭が変になっちゃったかと思ったわ」


そう言いながら、ターニャはジョルジュの肩をバシバシと叩いた。ジョルジュは「いや、あの時はあれだよ。特有の厨○病だよ。てかターニャちゃん痛いだよ」とターニャに弁解し、ターニャは「なによその胡散臭い病気は?」と語気を強めながら、今度はジョルジュの背中をはたき始めた。


ジョルジュは背中の痛みを感じながら、当時の事を思い返した。

夜も大分更けて、畔には、土の甘さと花弁の清涼とした香りが満ちていた。










あの時からだろうか―

前世の記憶が薄れてきたのは。

正確には友の顔が思い出せなくなってきたは。親の、妹の、そして愛した人の顔が思い出せなくなってきたのは…

呉作として、彼らと食卓を囲んだ記憶、大学のキャンパスを歩いた記憶、そして雷に打たれて倒れた時の記憶、それらの記憶にいる彼らの顔にうっすらと霧が出始めたのは。
その霧はやがて濃くなってきて、代わりにジョルジュとしての記憶が埋まってきたのは。


食卓には父バラガンや妹のステラ、サティが座っており、かつての親友の顔は白い霧に包まれた。
大学の風景は西洋風の村に変わり、ニッキーやエマン、そして村の子供たちが歩いている記憶に変わった。


ジョルジュはかつての記憶を忘れていくことに恐怖を覚えた。それはまるで、前の自分がいなくなるような感覚だった。
誰かに出会う度に、誰かの優しさに触れる度に、かつての記憶は隅に追いやられ、大切な人たちがいなくなっていった。

そんな恐怖と闘っていた時だった…


『あんたさあ~最近どうしたのよ?なんだか仕事にも集中してないじゃないさ。何か悩んでるの?』


畑仕事の手伝いが終わり、一人村のはずれにいた時であった。今と同じような、双月が昇った夜に、ターニャは話しかけてきた。


『タ、ターニャちゃん…ターニャちゃんはさ…大切な人のコトを忘れたってことはねーだか?』


『はあ~?アンタ私と同じ13でしょ!?もうボケでも来てるの?』


『いや…違うどもさ….だどもさ…例えばだよ!?例えば、親とか兄弟や、好、好きな人との思い出が段々となくなっていったら…ターニャちゃんは、どう思うだ?』


その瞬間、ジョルジュの背中に衝撃が走った。
その後、蹴られながら大きな声で怒られたコトを覚えている。


ゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシッ….


『アホかあんたは!!そんなことこの歳で気にしてたら人生やってられんだっぺさ!!ええっ!』


『痛いだよターニャちゃん!!てか口調が元に戻っとるだよ!!せっかく訛りが取れてたのに』


『いい!!アンタの記憶力がどのくらいなのか知らねぇけどさ、忘れたことは気にすんなっぺよ!!ホラ!!行くだよ!』


『ううう…『それにね…』??』


蹴られたダメージで起き上がれなかったジョルジュに、彼女は手を差しのべながらいった。その声はどことなく、今までの彼女からは若干考えられない優しさを含んであった。



『もしアンタが…その大切な人を忘れてしまったなら、私がその大切な人になってあげるわよ。二度と忘れられないようにずっと隣にいてあげるから….』


『ターニャちゃん…』


その時からか、ターニャと美代の姿がダブって見えるようになった。
歳はかけ離れているにも関わらず…その茶色の黒髪が、その目が、そして彼女の動きが、かつて愛した女性と重なっていたのだった。


そしてそれは、ジョルジュに恋心を抱かせるコトとなった…


その後も二人は常に隣に立ち、畑作業をやっていた。ジョルジュが父バラガンから譲り受けた畑の作業にも、ターニャは手伝いにきてくれた。
やがてジョルジュは、かつての記憶を忘れることを恐れなくなった。代わりに彼の心には、ターニャが住むようになっていた。

そして、ターニャを美代と重ねながらも、彼女を一人の女性として好きになっていったのだった。










「私はね...アンタといろんなことしているのが楽しかったし、好きだった」


ターニャはそう言いながらグラスに葡萄酒を注ごうとしたが、中にはもう葡萄酒はなくなっており、2.3度便を振ってからグラスと瓶を地面に置いた。だいぶ冷え込んできたのか、ターニャの体がブルッと震えた。
ジョルジュは腰にさした杖を抜き、魔法を唱えた。休んだおかげである程度魔力が回復したのか、ターニャの周りを暖かい空気が包んだ。
ターニャに「ありがと」という言葉返され、しばらくの間、辺りは沈黙に包まれた。


しばらくして、彼女は再び喋り始めた。その声は、まるで泉に湧く水のように透き通っていた。


「それが普通だと思ってた…昔から、あの時も、そしてこれからもって思ってたわ…だけどね、あるとき気づいちゃったんだ…私はあなたの隣にいることが出来ないっ…てね。皮肉よね…願うほどに、それは出来ないことが分かってきちゃうんだから…」


「・・・・・」


「アンタが魔法学院に行くことが決まってからさ、確信したんだ…私はアンタの隣には入れない…アンタがいくら私達と同じことをしていても、私達とは世界が違うって」


ターニャの言葉に、ジョルジュは胸が強く締め付けられ、目の前が少し滲んだ。ジョルジュは大きな声を出して、ターニャの言ったことを拒否しようとした。


「そんなことないだよ!ターニャちゃんは、ターニャちゃんは…」


ジョルジュはその後の言葉が出てこなかった。言いたいことはあるのに、なぜだか口にはできない。
まるで、言わせんとばかりに、小人が彼の口を押さえているかのようであった。そんなジョルジュの口を、ターニャの人差し指が触れた。



「何も言わないでジョルジュ。アンタが一番分かってるはずよ。いくらこのドニエプル領であっても、貴族の息子が農民の娘と結婚できるわけないでしょ?」


ジョルジュの眼には涙が浮かんだ。学院に入る前には気づいていた。ターニャとは別れることになると、愛した女性がやがては結婚してしまうことも。だからこそ…彼には言いたいことがあったのだ。
しかしそれをジョルジュが口に出す前に、ターニャは再び口を開いた。




「私には分かるわ。アンタにはもう、いるはずよ…私じゃない…隣に立つべきヒトが…ちょっと変わったアンタを支えてくれるヒトが…」



そう言われたジョルジュの頭にふと、自分を見つめる女性が浮かんだ。
それは美代でもなく、ターニャでもなかった。
土のような茶色と黒の髪ではない、金髪の女性が立っている。
ジョルジュは知らず知らずのうちに涙を流していた。


自分は心のどこかで、彼女を諦めていたのかも知れない…好きになった女性を、自分から諦めて…


涙を流すジョルジュに、ターニャは両手をジョルジュの顔に当て、流れてくる涙を拭いた。ターニャはジョルジュの顔を見て微笑むと、やはり透き通った声でジョルジュにいった


「あなたが泣く必要ないわよ...それでいい…その人を大事にしてあげて…アナタが見つけたヒトだもの…イイヒトに決まってる。私は、あの人の支えになるわ…妻として…」


そう言うと、ターニャは腰を上げた。草の切れ端がついた部分をはたくと、顔をあげて月を見上げた。双子の月は、相変わらずお互いが寄り添いながら、二人を見つめていた。
しばらくして、ターニャは地面に置いたグラスと瓶を持つと、ジョルジュの方を向いた。
その目にはうっすらと、涙が見えていた。


「もう帰らなきゃ…明日、結婚式だもの…花嫁が寝坊したなんて…みっともな…」


ターニャは最後まで喋れなかった。彼女はジョルジュから顔をそむけると、村への道を静かに歩き始めた。
そんな彼女をみたジョルジュの頭には、ターニャとの思い出を再び思い返された。


―おめぇ違うっぺさ!!大鎌も使えちょらんのか!!―


―みんな、紹介するだ!!今、わたすが教育しちょるジョル坊だっぺさ!!みんなバシバシと仕込んでくれさ!―


―あの花を…私が結婚するときに、アンタがあの花を摘んできなさい!!あの花をドレスに着けて、アンタんトコロに嫁いであげるから―


―もしアンタが…その大切な人を忘れてしまったなら、私がその大切な人になってあげるわよ。二度と忘れられないようにずっと隣にいてあげるから…―








「ターニャちゃん!!!!」


ジョルジュは大きな声を出して立ち上がった。ターニャはその声にビクッと体を震わせ、振り向いた。
ジョルジュの目からは大量の涙がこぼれてきたが、ジョルジュはそれを拭こうともせず、自分が言いたかったコトを、彼女に伝えたかったコトをターニャへと振りしぼった。







「オラ!...オ゛ラずっとターニャちゃんの事がずきでした!!オラにいろいろ教えでぐれて...!皆の仲間に入れでぐれてッッッ!!隣にいでぐれて…ッ!!」





ジョルジュはすべてを言い尽そうとした。かつて思いを告げず、別れてしまった時のように…悔いを残したくなかった。






「ありがどおッ!!オラ、ターニャちゃんにいっぱい感謝しとるだよ!!結婚前の花嫁に、こんなコト言っちゃなんねぇどは思うけど…!!オラ、オラ!ターニャちゃんのコトあ…」





最後の言葉が口から出る前に、ジョルジュの唇をターニャの指が塞いだ。目の前にターニャは、ジョルジュと一緒で、大粒の涙を流していた。彼女の手にあったグラスと瓶は、地面に倒れて割れている。
しゃっくりが出そうになるのを我慢するかの様に、ターニャは一度噎いだ後、震える声を出した。




「アンタがそれを言っちゃだめ…それを聞かせるのは…私じゃなくて別の人…貴方の心にいる人に…言ってあげて…そうでしょ?ジョルジュ…」



お互いの顔は涙で濡れていた。
お互いが想いを押し殺していた。
ジョルジュも、ターニャも、互いにこれまで溜めてきた感情があふれ出てきた。
ターニャはジョルジュの唇を押さえた指を離すと、その指を頬にはわせ、手の平をあてながら言葉を続けた。





「ジョルジュ、約束して…明日の昼には結婚式は挙げられる…私はあの人に愛を誓うわ…少し頼りないけどとてもイイ人なの…だからこの結婚に後悔はない…だからこそジョルジュ、あなたには笑って見送ってほしいの…今みたいに涙を落とさず、笑顔で愛を誓わせて…」




既にジョルジュの顔は、涙でくしゃくしゃになっていた。
彼の心には、様々な感情の波が、まるで嵐のように混ざり合っていた。

そんな彼が、涙を流しながら話すターニャの言葉に、コクリと一度だけ首を下げた。

ターニャはそれを見てまた涙を流した。そして一度、大きく深呼吸すると先ほどよりはしっかりした声をだした。


「ありがと…ジョルジュ…そして後一つだけ、私のお願いを聞いてくれる?」


ジョルジュは答えることは出来なかった。ただ「うん…うん」とだけ頷くことしか出来なかった。


「一晩だけ、一晩だけ私に誓わせて…ブリミルにも、精霊様にも誓わない…あなたにだけ誓う…あの月が沈んで、朝日が…朝日が昇るまでの間だけど、あなたに誓うわ......」



そしてターニャはジョルジュの頬から手を離し、流れてくる涙をぬぐった。いつの間にかジョルジュの顔からも涙は止まっていた。
くしゃくしゃになった顔を腕の袖で拭き、涙が出るのをこらえながらターニャの言葉を待った。
ターニャは大きく息を吐き、それからジョルジュの目を見つめ、




一晩だけの誓いを口にした。














「愛してます」



[21602] 18-B話 笑ってありがとう
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/11/03 02:41
お互いが無言のまま立ち尽くしていた。

ターニャが告白したあと、周りに響くのは冷たくなった風の音と、その風になびいてこすれる麦の穂の音だけであった。
虫の音も、すでに眠ってしまったかのように静まりかえっている。
ターニャはジョルジュの頬に当ててた手を離すと、顔を下にさげた。
黒色の髪が月の光を反射して輝き、その髪に隠れてジョルジュには彼女の表情を見ることはできない。
ジョルジュはターニャの言葉を受け止めてから彼女に何を言えば良いのか、頭の中でずっと考えていた。
やがて自分のなりの答えが見つかったのか、涙でくしゃくしゃになっていた顔は失せ、どこか逞しく、少し優しさを含んだような顔つきになっていた。


ジョルジュは目にわずかに残っていた涙をぬぐい、いつにない真剣な目をターニャへと向けた。
ターニャはまだ俯いたままであるが、ジョルジュは構わずに両手で彼女の肩をつかんだ。


「ターニャちゃ「よし、んじゃあ帰るわよ」ん?」


ジョルジュが言うのと同時に、ターニャがうつむけていた顔を上げた。
その表情は先ほど見せていた悲しく、とても重い雰囲気とは違く、何かふっ切ったような晴れ晴れとした表情が浮かんでいた。
ターニャはジョルジュの右肩をポンっと叩くと、「ホラ何してんの?そんな変な顔して」と言いながら首をかしげた。
ジョルジュは何が何だか分からず、少し声を詰まらせながらいった。先ほどまでの表情はどこへ行ったのか、いつも通りの顔に驚きを乗せた目をターニャに向けていた。


「あれ?ターニャちゃん?だ、大丈夫なんだか?なんかさっきとは全然テンションの具合が違うけんど…なんだか大分スッキリしているような…」


「あ~?そりゃ違うでしょ。何年も言おうとしてたことをたった今言えたんだから。スッキリするわよ」

「今さらっとトンでもないこと言ったような気がしたけんど…」

ジョルジュはターニャの余りの変わりぶりに多少混乱状態に陥っていた。
あれ、さっきのセンチメンタルな空気はどこ行ったんだ?さっき流していた涙はなあに?
というかオラ、今思えば結構恥ずかしいこと言ってたような…
そんなジョルジュの頭の中を透視でもしたのか、ターニャはジト目でジョルジュを見つめ、

「なにジョルジュ?もしかしてあんた嫁入り前の女になにかしようとか考えてたわけか?」


ドキン!!ジョルジュの心臓は一気に跳ね上がった。



「イヤイヤイヤイヤイヤイヤそんな事ねーだよターニャさん!!い~くら好きな女の子だからって、嫁入り前の体にそんなハレンチなことしようなんて考えちゃいねーだよ」


ジョルジュは両手を前にのばし、首と一緒に左右に振りながら言った。しかし彼の心の中は、見事にいい当てられた焦りと緊張で冷や汗が滲んできたのであった。
ターニャはゆっくりと、かつしっかりとジョルジュの両手首をつかむんだ。
そして強張った顔を見せているジョルジュに向かってにっこりとほほ笑み…


「こんの不埒貴族がぁぁーーッッ!!」


一瞬の速さで、ジョルジュの顎に小さな膝を打ちこんだのだった。
ジョルジュは「すみません!!」と謝りながら後ろへ倒れ、1、2度ビクンと体を跳ねると大人しくなってしまった。


「全く、いくらあんたの事を「愛してる」って言っても、簡単に貞操をやるわけないでしょ。結婚式前日に婿以外の男と寝るなんて…って起きなさいよジョルジュ。いつまでも倒れてないで帰るわよ」


「いやぁターニャさん…オラ心も体もクリティカルヒットで動けねーですだ。先に帰ってくれだ~ていうかオラ少し泣きたいです」

ジョルジュはぐったりと地面に倒れ、その目からはさっき流した涙とは別の種類のモノが流れていた。
ターニャは一度溜息を吐くと、倒れているジョルジュの片腕を持ち上げ、そしてひょいっとジョルジュを担ぎあげた。
そして「アンタが明日いなかったら結婚式始まらないでしょうが!!」といい、村の方へと歩きだした。









「ターニャちゃんもう大丈夫だよ。普通に歩けるだよ~」

先程話し合った場所から少し離れたところで、ジョルジュはターニャにそう言って背中から降りようとした。しかしターニャは一度足を止めてよいしょと担ぎなおしてしまった。

「いいから背負われてなさい。アンタを担ぐのも今日が最後なんだし…それに今だけはアンタの恋人?なんだからしっかりつかまってなさい」


「女の子に背負われる彼氏なんて聞いた事ねぇだよ…普通逆だぁよ」


そう言うとターニャはフフフッと笑った。足が地面を踏みしめるたび、二人分の体重が道の小石や砂利をジャリ、ジャリっと響かせた。
半分ほど進んだ後、ターニャは急にジョルジュを地面に下ろした。
急に下ろされたジョルジュはバランスを崩して少しよろけたが、ターニャはその背中に飛び乗り、首を両手でがっちりとホールドした。

「じゃあ残りは私の部屋までよろしく」

「・・・・アイアイサー」

そういってジョルジュは先ほどとは反対に、ターニャを背負って村へと歩いていった。
何歩か進んで時、背中からターニャの声が耳の奥に直接運ばれるように聞こえてきた。


「だけどね、ジョルジュ、アンタにさっき言ったコトは全部ホントよ。ジョルジュの事好きだし、だけど隣にいれないって思ったことも全部ホントだから」

「ターニャちゃんさっきと違ってスパスパと言うだね。オラちょっとびっくり」

そうジョルジュが返すと、背中からまたフフフと笑い声が聞こえ、明るい声でターニャがいった。

「アラ、だって「一晩だけ」あなたに愛を誓ったんですもの。愛する人には素直に自分の心を打ち明けるものよ」


そう言い合う2人の間には、先ほどまで涙を流していたとは考えられないような暖かく、優しい空気が覆っていた。
ふとジョルジュは、この村に来てから心につっかえてたものが外れたような感覚があることに気づいた。
それは小さい頃に言いたかった彼女への想いを告白したからだろうか、それとも彼女の想いを聞けたから、もしくは両方なのか。
今となっては分からないし、分かる必要もないのだろうとジョルジュの頭に浮かんだ。

何処からか梟の鳴き声がホーーっと聞こえた時、村の入り口である門が見えてきていた。

ターニャはジョルジュの首に巻いていた両腕をグッと力を入れなおした。


「だからさ、せめてジョルジュには笑って見送られたいのよ…心に残したモノそのままで、あんな風にメソメソした雰囲気で結婚式するなんて私には耐えられなかった…今だから言うけど、立会に来てくれてホントにありがとう…」



そう言ったターニャの腕がかすかに震えているのがジョルジュに伝わった。
ジョルジュには彼女の気持ちがまるで滝のように自分に流れ込んでくるように感じられた。
やがて背にかかる彼女の重みをグッと感じ、まだ寒い夜の空気に、息を白くさせながらジョルジュは自分の胸の内をターニャに明かした。
本来口下手であるジョルジュであるが、この時ばかりはスラスラと言葉が出てきた。





「オラ、上手くは言えねえけんど…学院でターニャちゃんが結婚するって連絡受けた時はホントたまげただよ。この村に来た時も、星降り草を取りに森に行った時も、なにか胸につっかえてたモノがあってな。正直心苦しかっただよ。だけど、ターニャちゃんの気持ち聞かしてくれて、なんだかすんげぇ楽になっただ!!こちらこそありがとうだよ…ってターニャちゃんって寝てる!?」



気がつくとターニャは、いつの間にか小さな寝息を立てていた。
これまでの結婚式の準備などの疲れが出たんだろうとジョルジュは思いながら、多少がっかりした面持ちで顔にかかった髪を横に避けた。
最後に言おうとした言葉をモゴモゴと口に残していたが、ジョルジュは寝ているターニャに向けて言った。


「結婚おめでとうターニャちゃん。幸せになるだよ」

そう言い終えた時、ジョルジュは村の入口の門を通り過ぎた。
その時、誰にも聞こえないぐらいの小さな声がターニャの口から洩れていたコトにジョルジュは知る由もなかった。








「ありがとう。ジョルジュ…」














二つの月が空から降り、代わりに太陽が真上に上った頃、ジャスコの村ではあちらこちらで結婚式直前の準備が行われていた。
準備といっても大部分は村人が明々祝いの時に着る服を引っぱり出して急いで身につけたり、外の広場に敷いた御座や置いたテーブルに料理を並べている。
当然料理を用意するのは村の女たちであり、男たちはまだ式も始まってないのに土で出来た杯にぶどう酒やビールを注いでいる。
そんな光景とは異なるとある家の2階では、部屋を貸してもらったジョルジュが式用の衣装へと着替え終えていた。

緑と茶の二色の布を使って織られた、色は違えどいかにも結婚式で見かける神父が着ている衣装だなとジョルジュは思った。
母ナターリアから聞いたところ、これがドニエプル領の伝統の式服であるらしい。(ナターリアが「センスがホント悪い」と愚痴をこぼしていたコトを覚えている)

着替えが終わり、外に出ようかなと考えていた時、突然木製のドアをガンガンと叩く音が聞こえ、ガチャッとドアが開くと、村長の夫であるニッキーがぬっと現れた。
やはり結婚式だからか、いつもはボサボサの黒ひげもピッチリと切り揃えられ、身に纏った衣装はいつもとは違うオーラを漂わせていた。

「おうジョル坊!!お前も着替え終わったっか!!だったら外に出て飲もうじゃねぇか!!」

ニッキーはガハハと笑いながらジョルジュを酒宴に誘おうとするが、ジョルジュは苦笑いを浮かべ、

「ニッキーさんまだ結婚式前ていうかもうすぐ始まるだよ…そんな時に飲んだら式でまともに動けねぇだよ?というか立会人が酔っ払って出席したらエライことだよ」

「んだよつれね~なぁ~。ターニャとエマンは衣装の着付けに熱中で干されるしよ~こういう時は黙って酒を飲むのが男なんだぞ~」


「てかもう酔ってるだねニッキーさん…」


ジョルジュはニッキーの両肩を押しながら、階段を下って外へ出た。
村の外では村人たちが酒を飲んだりそこら中を駆け回ったりとそれぞれが違うことをしながら式を待っていた。
その中には、花婿の村の者なのかジャスコの村の人たちとは少し違う雰囲気の人が何人か見えた。


「ガハハハッ!!そうだジョルジュ!!これからどっちがブドウ酒一樽早く飲み干すか競走…」


「ニッキーさんは大丈夫だけんどもオラは死ぬだよ!?ほらニッキーさんあっちでみんなが呼んでるだよ」


そう言いながらジョルジュはニッキーの背中を押して村仲間の方へとニッキーを連れていった。
広場の方へと戻ると、遠くからニッキーの「お~いジョルジュ飲まねえのかよ~」という声が聞こえてきたが、聞こえないふりをして祭壇の方へと近づいていった。
祭壇は木で作られており、そこに紅い布を敷いてその中央には結婚式で読む分厚い本が置かれている。
ふとジョルジュが右に目を移すと、祭壇の右の方に、花瓶に飾られている星降り草が目に入ってきた。
夜中にきらめく花であるが、日光の光を受けてまた違う輝きを放っている。
ジョルジュは祭壇の向かい側へと移動し、そしてゆっくりと目をつぶった。
式の直前なのに騒がしい広場であったが、不思議と耳には自分の心臓の音がドクン、ドクンと聞こえてくるのが分かった。


しばらく目を瞑っていた後、どこからか笛の低い音が鳴るのが聞こえてきた。結婚式始まりの合図である。

すると、先ほどまで準備にあくせくしていた村の女性たちも、飲んだくれていた男達もみんな広場へと集まり、新郎と新婦を迎えるのみとなった。


やがてしばらくすると、一軒の家の扉が開き、紅いドレスに身を包んだターニャが現れた。
紅色のドレスに、同じ色のベールでおおわれている彼女の左胸と頭には、ジョルジュが採ってきた星降り草が飾られており、星降り草の輝きが彼女の化粧を施した顔と紅色の花嫁衣装を一層際立たせていた。


その隣には、白い、タキシードのような衣装を身につけたターニャの夫になる青年が、彼女をエスコートしていた。
歳はジョルジュやターニャより4つ5つ上だろうか。
少し赤みがかかったブロンドの髪は、農作業の間に陽に焼けたものだと思われる。キチッと整えられた髪と同様その表情はカチコチに固まっていた。


ジョルジュは自然と出てきた笑みを浮かべながら新郎新婦が来るのを待っていた。
2人が村人が集まっているところまで来ると、村人達は自然と祭壇までの道を開けた。
そして二人が一歩、また一歩とジョルジュの元へと近づいてくる。
青年は目をグルグルと回しながら機械のような動きで、花嫁であるターニャはそんな青年を気遣いながら歩いてくる。

やがて二人は、祭壇をはさんでジョルジュと向かい合うような位置まで来た。
ジョルジュは祭壇に置かれている本をめくった。不思議なもので、先ほどまでの喧騒がうそのように辺りはシーンと静まり返っている。
ジョルジュは式を始めると、祝福の言葉を次々と唱えていった。
その間も青年は緊張している様子であり、逆にターニャの方はホントに17なのか疑いたくなるような落ち着きぶりである。



そして式は進んでいき、とうとう宣誓の段階に入った。


「新郎ノーチェス」

「ひゃ、ひゃい!!」

ジョルジュの言葉に、青年ノーチェスは噛みながらも大声で応えた。


「汝は精霊ノーム、そして始祖ブリミルの名において、この女ターニャを妻とし、良き時も悪き時も、死が二人を分かつまで愛し続けることを誓いますか?」




ジョルジュが言葉を言いきった瞬間、
先ほどから震えていたノーチェスの身体から震えがピタッと止まった。


再びジョルジュを見つめたその顔は、先ほどの頼りなさそうに緊張している表情が消え、一人の逞しい男の顔になっていた。
ジョルジュを見つめているその眼は正に、隣にいる花嫁を愛する夫の眼であった。
そしてノーチェスははっきりと迷いなく、村人全員に聞こえるくらいはっきりと答えた。



「誓います」




ジョルジュはあまりの変わりぶりに驚いた。
そしてそれと同時に、隣に立つターニャが言っていた言葉を思い出した。

『少し頼りないけどとてもイイ人なの…だからこの結婚に後悔はない』


なるほど…だからターニャちゃんはこの人を選んだのか。
ターニャちゃんが結婚しても良いって思った人だモンな。
こんないい旦那さんなら、笑って祝福しなきゃ失礼だよ!!


ジョルジュはノーチェスからターニャの方へ向き直った。ターニャの表情は心なしか、ニヤッと笑っているように見えた。

「新婦ターニャ」

―おめでとうターニャちゃん―


「ハイ!!」


村人たちの中から、男がむせび泣くような声が聞こえてきた。ニッキーだろうか。婿養子だから離れる訳ではないのに、やっぱり娘の晴れ舞台だからなのか…



―今まで隣にいてくれてありがとうだよ―

「汝は精霊ノーム、そして始祖ブリミルの名において、この男ノーチェスを夫とし、良き時も悪き時も、死が二人を分かつまで愛し続けることを誓いますか?」


―これからはノーチェスさんの隣で、幸せになって下さい―


ジョルジュの宣誓を訪ねた後、ターニャはじっとジョルジュを見据え、そして一瞬ニカッと笑ったかと思うと、堂々と言葉を紡いだ。



「誓います」






パートB終了 19話に続く



[21602] 19話 それぞれその後(前篇)
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/11/07 19:09
キュルケ・タバサの場合  ―決闘直後―




「驚いたわ…ルイズの使い魔が勝っちゃったわ」

広場の人だかりから少し離れた所、キュルケはタバサと共に決闘の一部始終を観戦し、その結果に素直に驚いた。
キュルケがふと隣を見ると、心なしかキュルケと間隔を空けて座っているタバサも、両手に置いた本から目線をはずして広場の中央を見ていた。

「ねえタバサ?最後のワルキューレを斬ったダーリンの動き、あなたなら見切れる?」

「不可能ではない・・・・だけど難しいと思う・・・・・・ダーリン?」

タバサはキュルケが発した言葉の中に、「ダーリン」という言葉があるのに疑問を覚えた。キュルケは両手を胸の前で組み、目を輝かせて言った。


「そうよ!!彼のあの勇敢な戦いぶりをに胸の奥が熱くなったの!!それに乱入してきた一年生のコを助けたのもかっこよかったじゃない!!そうこれは恋よ!私ダーリンに恋しちゃったのよ!!」

キュルケは自分の胸に生まれた恋心を熱く語ったが、タバサはプヒーと息を吐き、読みかけの本に目を落としながら、

「恋する前に・・・その臭いをどうにかしたほうがいい・・・」

というと、ピシッとまるで石化したかのようにキュルケは固まった。

しばらくしてプルプルと震えだすと、いつものキュルケには考えられないくらいの声でタバサに詰め寄った。

「だからこの臭いはあなたの得体の知れないお酒のせいじゃないのタバサ!!これでも大分取れてきた方よ!!ああどうしよう…このまま臭いが残っちゃったら…」



キュルケがそう言った後、タバサがボソッとつぶやいた言葉をキュルケは聞き逃さなかった。




「「微臭」の・・・・キュルケ・・・プッ」




「タバサーッッッ!!」


キュルケは叫ぶと同時に振り向いたが既にタバサの姿はなく、上を見上げると教室の方へと飛んでいっているのが確認できた。



「あの子ったら…この前まではあんな性格じゃなかったのに…あのお酒のせいかしら?ほんとなんなのかしらアレ…」


キュルケがブツブツとぼやきながら教室へ戻ろうとした時、後ろからズルッ、ズルッと何か引きずるような音が聞こえてきた。

何かしらとキュルケが後ろを振り向くと、それはジョルジュの兄、ノエルの使い魔である紅い鱗を身にまとった巨大なコアトルであった。
巨大な体をズルズルと引きずり、小さくギョロッとした目でキュルケを見つめている。
その体は召喚された時に見かけたときより若干大きくなっているように思えた。




そういえばこのコも広場に居たわね…あれ?でもノエルは見てないけど…



ふとそんなことを考えたキュルケは両ひざに手をつき、中腰の大勢になると、コアトルに向かって訪ねた。

「ねぇ。あなたの主人はどこにいるの?さっきの授業でもあなただけだったでしょ?一体…」

キュルケがそこまで言ったところで、コアトルは急に口をゆっくりと大きく開いた。
キュルケが何事かと中を覗くと、コアトルの口の中は薄桃色をしており、口の四端には、まるでレイピアのような牙がスッと生えている。
そしてその口の奥ではなにかもぞもぞと動いている「何か」が見えた。



「なに?その奥の方で動い…ている…モ…ノ」



キュルケはそこまで言って口がふさがった。
コアトルの奥の方で動いている者は段々と出てきて、やがてニョキッと肌色のモノが見えたかと思うと…







「アアアアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッー!!」





まるで赤ん坊が生まれてくるかのように・・・いや、それと比べるとあまりにもおどろおどろしく、コアトルの口の端に手をかけながら学生服を着た少年が出てきた。
コアトルの中にいたせいか、その顔にはべっとりと粘液のようなものが付いており、男にしては長く伸びた白い髪からもポタポタとなにか垂れている。
そうしてコアトルの口から出てきた少年ノエルは、ドヨ~ンとした目をキュルケの方へ向けた。

「な、ななななにか用かキュキュキュルケェェ……」


しかしノエルの目の前に見えるキュルケは、仰向けに倒れて気絶していた。
その目は白目を向いており、彼女が普段魅せる美しさとは大分かけ離れている状態である。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・レミア・・・運んで」



そう小さな声で言うと、ノエルは再び使い魔のコアトル、レミアの口の中にズズズと飲まれていった。



レミアはその口をぱくっと閉じた後、地面に気絶した赤髪の女生徒を頭に乗せて、ズルズルと教室へと体を引きずっていったのだった。










ギーシュの場合     ―学校の授業終了後―

アアアアアッッッッ~僕は何をしでかしたんだぁーーーッ!!


そう心の中で叫びながら、ギーシュはゴロゴロとアウストリの広場を転がりながら、昼休みに自分がやってしまった出来事を思い返しては、一人悶えていた。
その姿は彼が重要視している貴族の姿とは程遠く、広場を通る学生からは変な目で見られている。
しかし彼はそんなことも気にしないほどに彼は決闘の時、自分がどれほど嫌な奴になっていたかを思い出していた。

「モンモランシーに見放されたショックから…八つ当たりまがいに決闘を始めてしまい、あろうことかいくら乱入したからってレディーたちにワルキューレをけしかけて…その上ルイズの使い魔に負けてしまうって…どんだけ僕は落ちまくりなんだ…」


もう夕方に入った空には赤い夕日が広場を染め、水くみ場の水も赤い色をつけていた。
ギーシュはそこら中を転げ回ったせいで、体のアチコチに草が付いているのに気づき手でそれを払いながら、さらにその後の事を思い出した。



「あの後、教室じゃ男子からは「平民に負けた」ということで弄られるし、女子からは冷ややかな目で見られるし…なんなんだ今日の僕は…いいことまるでないじゃないか。呪われたのか僕は?」


そう言いながらギーシュは、水汲み場のところまでノロノロと近づいていった。
その顔は汗や涙で付いてしまった草や土で汚れていた。
ギーシュは手で水をすくい上げると、パシャっと何回か自分の顔に水をかけ、手で顔をこすった。
そして胸元からハンカチを取り出して顔を拭いた。
草や土の汚れは取れ、いつもの奇麗な顔立ちをある程度戻した。



「だけど…だけど僕は今日やらなくては…ならない。「これ」だけは今日中にやらなければ・・・」



ギーシュはそう自分自身に言い聞かすようにつ呟き、すっと立ち上がった時、「オイギーシュ!!」と自分の名を呼ぶ声がした。
ふと横へ顔を向けると、そこには数人の男子生徒が立っていた。



「レイナール、ギムリ・・・・それにクサコリヌ!!どうしたんだい?」


「誰がクサコリヌだ!!マリコルヌだ僕の名前は!!」


そう叫ぶマリコルヌを含む三人はギーシュのもとへと近づくと、レイナールがポンと肩を叩いて言った。


「ホラギーシュ。お前今日散々な一日だったろ?お前も悪いトコあったけど、さすがに今のお前を弄る気にもなんねぇしさ…だから俺達と一緒に飲まね?って誘いに来たんだよ…」

ギムリが続ける。

「食堂で俺らが騒いだこともちょっと責任あるしな…お前の大好き銘柄も用意してやっから夕食終わったら飲もうぜ!」

続いてマリコルヌが言う。

「まあこれで君も当分は僕と同様女子からモテ「ありがとう二人とも…」ってギーィシュ!!「二人」って僕を抜かしてか!?」


叫ぶマリコルヌを横目に、ギーシュはギムリとレイナールの方を向いた。
その目は何らかの覚悟を纏い、先ほどの彼とは別人のようなオーラをわずかながら発していた。


「ありがとうこんな僕を気遣ってくれて…君たちの友情は非常に嬉しいよ…だけど僕に時間をくれないかレイナール…僕は今、やらなくてはならないことがあるんだ」


レイナールは首をかしげながら「オイギーシュ。一体何を…」と言いかけた時、レイナール達が来た方向とは逆の方向から一人の女生徒がやってきた。
栗色の髪が印象的なその少女は、食堂の席でギーシュを平手打ちして姿を消していたケティであった。



ギーシュは午後の授業が終わってすぐ、知り合いの一年生の女の子に頼んで(その女性徒にもイヤイヤな顔を向けられた)、ケティに広場にきて欲しいと伝えた。
彼女が来るかどうかは定かではなかったが、直接行くよりこの方が良いとギーシュは考えてのことだった。


ケティはギーシュの姿を確認すると、一瞬歩を止めたが、すぐに歩くのを再開してギーシュへと近づいてきた。
そしてギーシュと1メイル程まで近づいたところで再び止まった。

「ギーシュ様…」

ケティがそう口から漏らした言葉に一瞬ビクッと体を強張らせたギーシュだが、一度大きく息を吸い、ケティの元へと近づき、そして片膝をついて頭を下げた。




「済まなかったケティ!!僕は君を深く傷つけてしまった!!貴族の男子である前に、一人の男として君にしてしまった事は到底許されるものではない。あまつさえ僕は君の友人に危害を加えようとまでしてしまった。許してくれとは言わない。だけどせめて君に謝らせて欲しい!!」


そう言ったギーシュの方はフルフルと震えていた。ギーシュの後ろにいる三人はその姿を見て、銘銘頭の中でギーシュの行動について考えを巡らせた。

レイナールは

(ギーシュ…!!お前わざわざ彼女に謝るなんてッッッ!!お前今サイコーにかっこいいぜ!!)
と少し目元を潤ませ、
ギムリは

(ギーシュ…お前そこまで男らしいこと出来るなら、初めからやっとけばモンモランシーだって・・・)
と少し溜息を洩らし、
マリコルヌは

(ギーシュ…大丈夫だ!女の子から嫌われるようになっても僕みたいな仲間がたくさんいるぞ!!これでギーシュも仲間入りだ!!)
少し口の端をにやりと吊上げた。

ケティはしばらく黙っていたが、「顔を上げてくださいギーシュ様」の声でギーシュは顔を上げた。
そしてケティはギーシュを立たせると、優しい声で言った。


「私はもう気にしてませんギーシュ様。それに私がギーシュ様を愛していることには変わりありませんから」





!!!!!!!!!!!!


予想のはるか斜め上の発言が出て来て、ギーシュを含めた男4人はあまりの驚きに目を丸くした。
ギーシュは急にあたふたしだすと、



「い、い、良いのかいケティ?僕は君を悲しませたし…友人2人もひどい目にあわせようとしたんだよ!?そんな僕をまだ愛してくれるというのかい!?」


「ええ。私は今でもギーシュ様をお慕いしてます…それよりも、ステラちゃんやララちゃんがしたこと...あれは私のためを思ってくれてのコトなんです。許してくれますか?ギーシュ様...」


「もちろんだケティ!!・・・ッッッ!ケティ僕は今、目が覚めたよ!!僕は生涯君を愛することを誓うよ!!そして君のために永久に愛の言葉を贈ろう!!」


「ギーシュ様!!」


抱き合う2人の急激な展開に、レイナールとギムリはヒソヒソとギーシュたちには聞こえないように話した。



《おいおい…仲直りどころかカップル誕生しちまったぞコレ…!!一体どういうことだよギムリ》


ギムリはムーっと喉を鳴らしていたが、やがて重重しく語り始めた。



≪そう言えば僕の母がこう言っていた。「男は不安定な時ほど、女の優しさに弱い」と…これは今、他の女生徒がギーシュを嫌う中、心が弱っているギーシュをあえて許すことで、自分だけに目を向けさせるという作戦なのでは・・・!≫



≪なんだって!!ということはオイどうすんだよギムリ!あのケティって子相当な策士に見えてきたじゃねぇか!本来いい話なはずなのに素直に祝福できねぇ!!≫



そうこう言っている2人がふと横を見ると、何やらフルフルと震えだしている同級生、マリコルヌが見えた
。彼の口からはなにやらへんな言葉が漏れ始めていたが、やがて顔を上げ、赤くなった顔をギーシュとケティの二人に向けた。


「許さんぞギーシュ!!そんなルートは僕は認めない!!」




ギーシュはマリコルヌの方を向き、
「なにを怒っているんだいクサコルヌ?彼女は僕を許してくれた。そして僕は今、真に愛すべきヒトを見つけたんだ。こんな良き時に祝福してくれないのかい?」

その目は明らかに「僕は君しか見えない」という風な目をしており、レイナールら二人には彼女に洗脳されたかの様に思えた。
そんな2人を尻目に、大きなお腹を揺らしながらマリコルヌはそれでも怒りを爆発させる。




「ウルサイなんだこの展開は!!ここで仲直りはするまでは許せるが恋人再結成ってあり得ないだろ!!どんだけギーシュにハッピーエンドになってんだコレ!?アレか!?顔か!?顔が良ければ「ちょっとの事は許しちゃうぞ♡」みたいな感じなのか!?大体彼女あれゴホゴホゴホゴホッッ…」


マリコルヌはそこまで言うと咳こみながらガクッと膝をつき、地面に両手を付いてしまった。どうやら大声を上げすぎて疲れたようだ。

そんなマリコルヌの叫びも虚しく、ギーシュはフゥとため息を吐くと新しく造ったバラの造花を右手で高く揚げ、まるで悟りを開いたような顔で三人にいった。

「何をいうんだいクサコルヌ…僕はケティの優しさに救われたのさ…そんな彼女の優しさに、僕は「愛」をもって尽くすのさ。レイナール、ギムリ・・・。悪いが君たちが誘ってくれた酒宴には出れそうにない」


前半訳の分からないことを言うギーシュはクルッとケティの方を振り向いた。

「ケティ。良かったら君といった湖の畔で再び愛を語らないかい?」

ケティはうっとりとした目をギーシュに向けた。

「ええギーシュ様…喜んで」

そしてギーシュはケティを抱きかかえるとハハハ、ウフフと笑いながら三人の元を去っていった。
そんな光景の後、レイナールはギムリに向かって訊ねた。


「なあギムリ。ケティ最後ニヤリと俺らに笑ってなかったか?」


「それはお前の見間違いだよレイナール。せっかくギーシュが立ち直ったんだ。俺らがどうこう言えんだろ」


そしてギムリは地面に倒れているマリコルヌの肩を叩くと、まるで先ほどのケティのように優しい雰囲気で声を掛けた。

「さあ立とうぜクサコルヌ…今日は三人で飲もう…お前の好きな食い物も用意してやるから」

レイナールも倒れているマリコルヌのもう片方の肩に手をやると、「ホラ行こうぜクサコルヌ・・・」と声を掛けた。
マリコルヌは少しずつ立ち上がると、手を目に当ててグスッと泣きながら言葉を漏らした。



「死ねよ~。カップル共皆死ねよ~。てか俺マリコルヌだし…なんでクサコルヌで当たり前のようになってるんだよ~。てか僕こそ今日良いこと何一つなかったし…」



「「・・・・・・」」

風がヒュ~と三人を吹いた。



[21602] 20話 それぞれその後(後篇)
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/11/16 08:42
ステラ・ララの場合       ―決闘の日の夜―




「ケティ、ミスタ・グラモンと仲直りしたんだってさ~ってほらステラ聞いてるの?そんな顔してないでこっちおいでよ」

日が落ちてから大分経った頃、女子寮のステラの部屋でララはドアを開けて立っているステラに、部屋の中から声を掛けた。


「・・・・なんで・・・」

別にララがいることになんも不思議はない。今日の夜は一緒にお酒を飲もうかと誘ってきたので、夕食後に自分の部屋に来てくれと言ったのは自分だ。
自分は兄の花壇の世話をしてから戻るといって部屋の鍵を渡したのは覚えている。だからララが部屋にいることになにも驚きはしない。


問題は…



「ほら~ステラ~早く飲みましょうよ~いいお酒入ったのよ~?」

そのララの隣の椅子に座っている、自分と同じ紅く長い髪を垂らしている姉がいることだ。

「なんでマーガレット姉様がここにいるのですか!?」









「いやさ?一人で飲むのも寂しいじゃない?だれかいないかなって思ったら教室でアンタが昼休みの決闘に乱入したって聞いたじゃない?それを今日のつまみにでもしようかな~って来たワケ」


そう言ってマーガレットは自分の横の床に置いてあった酒の瓶を次々とテーブルへと置いていった。
明らかに手では抱えきれないであろう量の酒瓶は、一本一本テーブルに置くごとに中の液体が波打った。マーガレットは嬉しそうに酒瓶を並べながら嬉しそうに言う。




「いろいろ持って来たんだから~。「タルブのしずく」でしょ~?「スヴェル」の赤の10年ものに~あ、あと「妻ごろし」なんてのも・・・」

「またこんなに買い込んだのですか姉様!!というかどれだけ飲む気なんですか!?」

半ばあきれた様な声で、ステラはマーガレットに詰め寄る。
どうやら既に飲んでるようで、ステラの大きな声も関係なしに上機嫌なマーガレットは隣に座っているララの肩に腕を回した。

「いいじゃないの~ステラ。あなたももう15歳。少しは徹夜で飲むということを覚えなきゃ!ララちゃんと一緒に今夜はみんなで飲み明かしましょ!!」


「あなたは毎日飲み明かしてるでしょうが!!ララ、一体いつ姉様が来たのですか?アナタと別れてからそれほど経ったとは思えませんが…」

ステラはララの方へ目を移した。ララは口の端を少し上げ、苦笑いを浮かべた。目の端ではマーガレットが「はじめはやっぱりワインから?それだとこれから・・・」などと言いながら悩んでいる。

「いんや~ステラ…私がワイン持ってアンタの部屋行ったらさ、マーガレットさん部屋の前に座っててさ…「アンロック」だと鍵壊れるからって一緒に入れてって…」

ステラはそれを聞いてフゥとため息をつくと、分かりましたと言ってララに手を差し伸ばした。
ララは既に制服から着替えた私服のポッケから部屋の鍵を取り出し、ステラへと返した。
鍵を受け取ったステラはそのままくるっと方向を変え、戸棚へと歩いていった。そんなステラの背中にケラケラと笑い声と共にマーガレットの声が聞こえてきた。



「優しいお姉さんで良かったわね~ステラ。そんな優すぃお姉さんにグラスを持ってきて?まずはこれから行きましょ。「メイドとの禁断の恋」から…」


ステラは戸棚から持ってきた3つのグラスをテーブルに置くと椅子へ腰掛けた。
ララが用意したのかテーブルにはいつの間にか白い皿が置かれており、上にはチーズやらハムが少し乱雑に盛られている。

「優しい姉が、妹にいかがわしい名前のお酒を出すとは思いませんが…全くどこから手に入れてくるのです?そんな銘柄のお酒」

マーガレットは相変わらずケラケラと笑いながら、「お酒を愛する私には自ずとやってくるのよ」と本気かどうか分からないようなことを言った後、栓を開けた。








「そりゃあアンタが悪いわ~純度100%。いくら友達だからって、男と女の話に他人が割り込んでも良くならないのよ~?」

ステラとララに決闘の事を聞いたマーガレットは、グラスに注がれたリンゴのお酒、シードルを飲み干した。
酒宴が始まって大分時間が経っているらしく、部屋には果実酒やワインの甘い香りが部屋を包んでおり、床には酒瓶がゴロゴロと転がっている。尤も、大半はマーガレットが飲んだものだが・・・

ステラは髪と同様に赤くなった顔を少ししかめてグラスを傾けた。
その隣から、顔を一番真っ赤に染めたララがいつもよりも大きな声でステラに詰め寄った。


「そうだよ~ステラァ~?アンタが杖抜いて広場に行っちゃった時はどぉ~しよ~って慌てたんだからね~?」


「まあ確かにそれは反省してますあなたにもケティさんにも迷惑を…ってあなたは飲み過ぎですララ!!どんだけ飲んでるのですかあなたは!?」

「だぁぁぁッてぇぇ~マーガレットさんの持ってきたお酒美味しいんだよ~?飲まなきゃ損だよ~これ」

呂律の回らない下を動かしながら、ララはステラに抱きついた。
基より酒癖の悪い彼女だとはステラは知っているが、今夜はさらに人格が破壊されているララはニャハハと笑いながらさらにステラに絡んでくる。

「ええい!!離れないさいなララッ!!」

ステラは必死にララを引きはがそうとするが、すっかり酔っ払ったララはまるでタコのようにしがみついてくる。そんな2人を見ながらケラケラ笑うマーガレットは、さらにステラに言葉を続けた。


「アンタ昔っからこう!って思っちゃうと誰彼構わず噛みついてたからね~全くそういう凶暴なトコは母様に似ちゃったんだから~」


しかめた顔をしたステラの顔がガクッと下に倒れた。
そんなマーガレットの言葉にくるっとララは振り返ると、新しいおもちゃを貰った子供のような目を向けながらマーガレットに訊ねた。


「へえええぇぇぇ~ステラってお母さんに似てるんだ~。マーガレットさん、やっぱりお母さんもステラみたいにキッつい性格なんですか?」


「そうよ~「茨のナターリア」って呼ばれていてね~二つ名の通りキッつい人なのよ~♪ステラったら母様のキッついトコ丸々貰って来たような感じなのよ~」


それをきっかけにマーガレットは次々とステラのコトについて語り出した。
ララも身を乗り出して聞き入っているが、気付くとステラがテーブルに突っ伏して体を震わせていた。
耳が赤く染まっているが、どうやら酒のせいだけではないようだ。
グラスの中のシードルを飲み干し、マーガレットはステラの方に視線を向き、



「まあ今度からはもう少し考えて行動しなさいよ~?お姉さん来年には卒業して嫁ぐんだし~。心配なのよ~」

マーガレットの言葉に、うなだれていたステラは静かにコクリと首を縦に振った。
その隣ではララが、いつもとは違うしおらしい彼女を見ながらにやにやと顔を綻ばせグラスを傾けた。
どうやら飲んでいたリンゴ酒の瓶も、空になったようだ。




「まあ反省したんなら今日はパーっと飲みましょ!!こういう時は飲めばすぐハッピーな気分になるわ!!」

そう大きな声で叫んだマーガレットはドンッとテーブルに琥珀色の酒瓶を置いた。
先ほどまで飲んでいた酒とは異なり、瓶には銘柄が刻まれても書かれてもいない。
ステラとララがいぶかしげに見ていると、マーガレットはゆっくりと瓶を動かしながら


「私作、オリジナル酒のひとつよ…まだ試したことないんだけど~まあ出来はいいと思うから飲んでみましょ?」

何処となく曖昧な口調で話しながら、マーガレットは瓶の栓を開け、瓶の色と同じ琥珀色をした液体を3つのグラスへと注いでいった。
彼女が何か言っているように口を動かしていたが、それよりもステラは酒でぼやけた頭に一抹の不安を感じ、グラスの近くに顔を寄せて少し臭いを嗅いでみた。別に変な臭いはしてこない。
ララが上機嫌な顔をしながら、グラスを片手に、ステラの肩に手を掛けた。

「マーガレットさん作のお酒だってステラーー♪じゃあマーガレットさんいただきます♪」

そう言って一気にグラスの酒を飲み始めたララにつられて、ステラもクイッと口の中に琥珀色の酒を流しこんだ。

やはり酔っていたためか、グラスに注ぐ際にマーガレットが言っていたコトは、二人には聞こえていなかった。





「ジョルジュにあげたヤツよりも安全だと思うから大丈夫よ~そうね~名付けてし…」









夜が明け、朝の最初の授業が始まろうとしている三年生の教室でマーガレットは仲の良い学生の隣の席に座っていた。
そして彼女の前に置いてあるノートに、何かをメモしながらこう呟いた。


「ん~あの娘たちには強すぎたかな?それともマンドラゴラじゃなくて山蛇を使うべき・・・」


彼女が今、何を考えているか分からないが、機嫌良く笑う彼女の部屋から離れた2年生の教室では、授業前が行われようとしていた。
その時、目をぱっちりと開いた少女ケティが椅子から立ち上がった。


「ミスタ・ギトー…ミス・ドニエプルとミス・ロイテンタールが欠席です」

「何故だ?欠席の理由は聞いているかミス・ラ・ロッタ?」


「…なんでも二人とも「世界が回って立ち上がれない」と…」



「風邪か?全く自分の体調も管理できないとは…」






モンモランシーの場合         ―決闘から3日後―


コンコンとドアをノックした後、ガチャッとドアを開くと広い部屋のベッドの隣に、椅子に腰掛けたルイズが最初に目に入ってきた。
テーブルには薬を入れるガラス瓶が数本立っており、一本は横に倒れている。中は治癒の薬であっただろう中身はすでに空である。
モンモランシーはランプの明かりが照る部屋に入り、ルイズに近寄って行った。

あまり寝てないのか、近づいたルイズの目には少し隈が目立ち、桃色の髪はクシャクシャになっていた。


「ルイズ、アナタも少し休んだら?もう峠は越したんでしょアンタの使い魔?」

モンモランシーはベッドへと視線を移した。
本来ルイズが使っている、高級なベッドにはルイズの使い魔である少年、サイトが横たわっていた。
上半身は服が脱がされており、体のアチコチには包帯が巻かれている。
見ていても痛々しいが、決闘の当日から比べると顔のハレも引き、包帯の量も大分減っていた。
額に、水でぬらした布をのせたサイトの口からは静かに寝息が聞こえてくる。

ルイズはモンモランシーの方を少し見て、その後ベッドの方へまた目を向けた。



「だいぶ治癒の薬を使ったのねルイズ。そんなに買ってアンタお金は大丈夫だったの?」


「フン…私はメイジよモンモランシー。使い魔の治療は責任もって見るわよ…お金がいくらかかろうとも、使い魔が治るまでかけるわよ」



そう強く答えたルイズの目には隈がつき、明らかに疲れていたが瞳には力が宿っている。
そんなルイズを見ながらモンモランシーはクスッと笑みを浮かべた。
ルイズはベッドに横たわるサイトを見ながら、まるで独り言のように呟き始めた。

「コイツね…私がギーシュに謝ろうとしたら止めてきたの。もうボロボロなのにね…『自分のケンカは自分で決着付ける!!』って叫んで・・・使い魔になることも拒んでギャーギャー叫んでたのに、私が謝れば済むことだったのに…」


そこまで言った時にフワッと、ルイズの頭の上に手が置かれた。小さいが暖かい手である。
モンモランシーはルイズの頭に乗せた手を動かし、少し乱れた桃色の髪を梳きながら、



「私は決闘見ていなかったら分かんないけどさ、アナタの使い魔は結果的にはアンタを守ってくれたんじゃない?アンタが謝ればそれで済んだかもしれないけど…」



モンモランシーは一旦ルイズから手を離し、テーブルから椅子を持ってくるとルイズの後ろにガタっと椅子を置いた。
「そのまま前向いてなさい。髪梳いてあげるから」と言ってルイズの後ろに座ると、何処からか櫛を取り出してルイズの髪を梳き始めた。
髪を梳かれるのが大分心地いいのか、ルイズは気持ちよさそうに目を細めた。


「これは私の考えだけどね...ルイズが頭を下げたらアンタも、そして使い魔の彼も大切なものを失ってたわ。彼は自分がギーシュから受けた戦いでルイズに助けられてたら、きっと立ち直れなかったでしょうし、アンタも学校で笑いの的にされてたわよ?ヴァリエール家の娘が大勢の前で土下座したって…」


「別にいいじゃない!!使い魔が目の前で倒れそうなのに、黙って見ているなんてメイジのすることじゃないわ!!」


モンモランシーの言葉にルイズは振り向いて大きな声を出した。モンモランシーは黙ってルイズの顔に両手をあて、くるっと顔の向きを元に直した。

「そっち向いてなさい。別にアンタの行動を咎めてるわけじゃないんだから」

モンモランシーは再びルイズの髪を梳かし始めた。
ルイズはムーっと唸りながら黙っているが、その目は心配そうにサイトの方を見続けている。
モンモランシーはそんなルイズを見て、
「ルイズひょっとして…この平民のこと好きになっちゃったとか?」

「なななんあななぁ!!?なに言ってるのよモンモランシー!!こんな勝手にケケケガしてくる奴なんて…」

顔を赤くして大声を出しながら立ち上がるルイズの肩に手を掛け、モンモランシーはルイズを座らせた。
そして「もう少しだからじっとしてなさいって」とルイズに言うと櫛をせっせと動かした。


「冗談よ冗談。ま、何にしても彼はギーシュとの決闘を自分で決着付けたんだから、治ったら少しは今みたいに優しく接してあげたら?あなたの使い魔の教育に口は出すつもりはないけど…っと終わり。女の子なんだから少しは外見に気にしなさいって」


モンモランシーは椅子から立ち上がって櫛を自分の制服のポケットに入れた。
それと入れ替えに、青と赤の色がついた2本の瓶をポケットから取り出し、ルイズの膝に置いた。
モンモランシーは前に出てる縦ロールを、手で整えて、

「熱冷ましと痛み止め。私が調合した薬だけど効果は十分あるはずだから良かったら使って。ステラのコトは私がジョルジュに言っておくわ。あのコもあれから寝込んじゃってるそうよ...じゃね。アンタも今日はもう寝なさい」

そう言ってモンモランシーは部屋のドアまでいき外へ出ようとした。
その時ルイズがモンモランシーに、小さいながらもはっきりと言った。

「モンモランシー…アリガト」

モンモランシーは少しほほ笑むと、「オヤスミ」と声を掛けて後ろ手でドアを閉めた。










―そうですか。なんだかんだ言ってルイズ様は使い魔に愛情を持っているのですね―


「まあね。あのコああ見えて責任感の塊のようなコだしってルーナ…アンタなんで私の部屋の前にいるのよ?」


モンモランシーは部屋の前の、飾った覚えのない観葉植物に声を掛けた。
実際は植物は植物でも、見知った使い魔ルーナであるが。

ルーナは頭にある大きな葉を揺らしながらモンモランシーに近づいてペコっとお辞儀をした。
それと同時にポロポロと種がこぼれたが、モンモランシーは言葉を続けた。

「あんた種零れてるわよ…というかホントになんでこんな時間にルーナが?私のトコ来ても肥料なんてないわよ」


ルーナは顔を上げてモンモランシーに向き直った。
ルーナは薄緑の顔を少しほほ笑ませながら、モンモランシーに部屋の前にいた理由を伝えた。

―すみませんモンモランシー様。ですが肥料は大丈夫です。先ほどマスターの魔力が近づいてきたのを感じましたのでお知らせしようかと待っていたのですが…ってか今着きましたわ―


「ジョルジュが帰ってきたの?それホント!?」

―私を甘く見ないでください。マスターの使い魔となって日は浅いですが、マスターがどこにいるかは感知していますからちなみに今寮の方へと歩いていますね―


それだけを聞くと、「ありがと!!」と言ってモンモランシーは急いで階段を下り、寮の外へと出た。
後ろからはルーナが走ってきているが、モンモランシーは外へ出るなりフライを唱えて男子寮の方へと飛んでいったので、それを見たルーナは面倒くさくなり、そのまま花壇の方へ駆けて行った。



モンモランシーが飛んだ男子寮塔の前には、グリフォンから荷物を降ろして入ろうとしているジョルジュの姿が見えた。

「ジョルジュ!!!」

モンモランシーは空中でそう叫ぶと、ジョルジュはクルッと向いて「モンちゃん!?」と声をだした。

モンモランシーは地面に降りると、ズカズカとジョルジュへと近づいた。

「モンちゃんどうしたんだあこんな夜に?アッ!これモンちゃんにお土産。黒トカゲのヘブシッ!!」


ジョルジュが喋っている途中だったが、モンモランシーは構わず彼の脳天めがけてチョップを振り下ろした。
変な声を漏らしたジョルジュは、頭を押さえながら半分涙目になりながらモンモランシーへ顔を向けた。


「いきなりなんだよモンちゃぁん!?お土産が気に入らなかったんだか?うちの領内だと結構有名なんだよ黒トカゲの…」


「お土産はいいのよジョルジュ!!!ルーナから聞いてやってきたけど、なんで言ってくれないのよ!あんたが急に居なくなったから心配したじゃない」


そう言うとモンモランシーは再びジョルジュの脳天を割ろうと腕を振り上げた。
ジョルジュは慌ててモンモランシーの腕を取ると、少しひきつった声を出しながら

「ご、ゴメンだよモンちゃん…夜中に急に帰ってこいってきてさぁ~。オラ急いで行っちゃったからモンちゃんに言いそびれただよ…」


そう言ってジョルジュは苦笑いをモンモランシーに浮かべた。
モンモランシーは振り上げた腕を下ろすと、ジョルジュの方を射殺すような目つきで睨んだが、やがてハァァと息を吐くと額に手を当てながら、


「まあいいわ。無事戻ってきて私もホッとしたし…それよりジョルジュ、アナタ私に何かい言い忘れてない?」


ジョルジュは少しおびえていたが、モンモランシーの機嫌が直ったとみると、ニッと笑って彼女の目を見ながら言った。


「ただいまだよモンちゃん」

「おかえり」


そんな2人をひっそりと見つめているのは月でも太陽でもなく、花壇に戻ったはずの大きな葉を頭に生やしたジョルジュの使い魔であった。

―…マスターが心配だったので見に来れば二人とも何ともピュアなことを…人間はやっぱりドロドロの恋愛劇の方が見る甲斐がある・・・―

幸い、ルーナの心の声を聞く者は今ここにいなかった。






「ところでジョルジュ?アナタせっかくあげた香水落していかなかった?」


「なな何をいい言うだよモモモモモンちゃんてばって・・・・・・・すいませんでした」



[21602] 21話 明日は休日
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/11/19 22:19
煌々と火が燃え続ける―

橙色を交えた紅の炎の中からは、時折パチッ、パチッと木がはじける音が辺りに奏でられる。
木や草を燃やして昇る火は、まるで蛇がうねるようにも、風に揺れるカーテンのようにも見える。


灰色の煙が立ち上る火の周りには、既に黒く炭化した塊がゴロゴロと転がっていた。
3つ,4つ,5つ...いくつあるかは定かではないが、あるモノはその表面にわずかながら火を纏わせており、またあるモノは湯から上ったばかりのように、その身から白い煙を上げていた。


その景色を、一人の少年が見つめていた。

朝日か夕日に当たっているかのように橙色に染まる少年の顔には小さくも、あちらこちらに傷が刻まれ、燃える火と同じような紅の髪が印象的である。
そして両手には何の材料で作られたかは定かではないが、革をなめして作られた手袋がはめられている。



その少年、ジョルジュはおもむろに地面に置かれた木の枝を拾い上げた。

枝はまだ水分を含んでいるのか、折れた枝の断面は湿り気を帯びていた。


ふいに、ボコッ、ボコッと火の中からなにか、土を押しのけて出てくる音が聞こえてきた。
ジョルジュは木の枝を火の中へ入れ、それを巧みに動かしながらそれらを外へと出した。
地面には周りに転がる黒い塊同様、表面が黒く炭化したモノが少年の足元に集まった。

ジョルジュは手袋に覆われたその手を、黒い塊へと持っていき、ぐっと力を入れた。
バリバリバリっと破ける音が響き、その瞬間









もわっと白い湯気が上がった。


「モンちゃーん!!!焼けただよー!!」











「・・・・アンタ達...何してんのよ?」


長く感じられた午後の授業が終わり、明日の休日に何をするかで生徒達がざわめく日。
ルイズは女子寮から少し離れた場所で焚き火をしているジョルジュを見かけ、トテトテと近づいてきた。

ルイズがジョルジュのそばまで来ると、どこから持ってきたのか、焚き火のそばに置かれた椅子に座ってモンモランシーもいた。
そして二人とも、手に湯気の立つ何かを持ちながら口をもごもごとさせていた。
そばにはバターやクリームなどが入った木の箱が置かれている。


「いんやさ?この前オラ実家に戻ってただろ?その時実家の畑で採れたイモ持ってきたから、学校で作ったハーブと一緒に焼いていたんだよ」 ムグムグ


そう言ってジョルジュは、焚き火のそばに転がる黒い塊を拾い上げてルイズに見せた。
表面の黒いモノは焦げた紙であり、紙を破くと中からはハーブの緑色の茎と、表面が少し乾いたイモが出てきた。形を見る限りでは、ジャガイモのメークイーンに似ている。



ドニエプル領では麦のほかに様々な作物を育てているのだが、その中にはジョルジュが見たこともない作物もあれば、逆に非常に地球の作物と似ているモノもあった。
このメークイーンに似たイモも後者の一つで、名前も同様に「ジャガイモ」であったため、そのことを聞いた時ジョルジュは、「案外この世界って地球と一緒なものが多いんじゃねえだか?」と考えたのであった。(中には全く知らない作物も見かけた。「ハシバミ草」と呼ばれる野菜を食べた時は、あまりの苦さに漏らしそうになったこともある)


「ちょっと夕食前にそんなの食べて大丈夫なの!?というか学院で焚き火しながら調理って何してんのよ」


ルイズは半ばあきれたような口調でジョルジュに言った。
そもそも学校で焚き火どころか料理する貴族なんて聞いたことない。

ルイズは改めて、この少年が普通とは大分ずれてることを再確認した。


「一つや二つぐらいなら大丈夫だよ~モンちゃんなんかもう3つも食べてるだよ?そだ!ルイズも食べるか?」


ジョルジュは紙を取り除いてイモを二つに割った。
白い湯気が割ったところからフワッと立ち上り、ジャガイモのホクホクとした白い実に染み込んだ、ハーブの優しくも心地よい香りが鼻先をくすぐった。
夕食前にお腹を空かせたルイズにとって、ジョルジュの何気ない言葉がまるで悪魔の誘惑のように体に響いた。
そしてそれに抗う術を、どうやら彼女は知らなかったようだ。

「・・・・そ、そうね!せっかく勧められたものを断るのは失礼よね!!一個いただこうかしら!!」


そう言ってルイズはジョルジュから焼きジャガ(ジョルジュが言うにはこの料理の正式名称であるらしい)を受け取ると、用意されていたバターをたっぷりとつけ、豪快にかぶりついた。




下品だけどしょうがないわよね?ナイフもフォークもないんだから   モグモグ


ああ、確かにこれは美味しいわね…モグモグ なんというかこういうのって外で食べると美味しさが増すっていうか…モグモグ



このバターとの…モグモグ 組み合わせがいいわね…モグモグ 淡白な味に程よい味付けで…モグモグ あれ?クリームとかもあるの?モグモグ



モグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグ・・・・


その後、ルイズはすぐに2個目に手を伸ばした。




夕食の時間が迫るなか、女子寮塔そばの焼き芋の会は、ルイズを増やして進められていた。
ジョルジュはせっせと濡らした紙に、ハーブとジャガイモを一緒に包んで焚き火の中に放りこんでいく。
そして杖を出して何やら唱えると、まるで土が水になったかのようにイモがズブズブと沈んでいった。
どうやら土に埋めて焼いているようだ。
焚き火の番をしながら焼き芋を作っているジョルジュから少し離れた所で、ルイズとモンモランシーは談笑しながら「焼きジャガハーブ包み焼き」(命名ジョルジュ)を口に入れていた。

「そういえばアナタの使い魔どうしたの?もう傷は治ったんでしょ?今日は一緒に授業にも来てなかったし」 モムモム

モンモランシーはルイズにそう言うと、いつの間に用意したのか、グラスに注いだワインに口をつけた。
ルイズはすでに3個目をほおばりながら、さも不満そうに顔をしかめた。


「サイト?サイトは今日は傷の状態を確認しに保健室に行かせてたの。今は厨房に食事貰いに行っているわ。なんかあの決闘の後で気に入られちゃったらしいのよ」  モグモグ

それを皮切りに、ルイズは次々と不満を漏らしてきた。
あのバカ犬私の下着ダメにしたとか、最近メイドのシエスタにデレデレしてたりとかと、
次々とルイズは言うのであるがモンモランシーは半分以上は聞き流しており、ジョルジュも焚き火の管理に集中しているため聞いていないのだが、気付いていないルイズは次々と口から不満を垂れ流した。
しかし時折、口にイモを運ぶのは忘れなかった。

ルイズの愚痴が一通り済むと、モンモランシーはグラスに残ったワインをクイッと飲み込み、ジョルジュの方へ差し出した。

「ジョルジュ。ワインついで」

「ハイだ!!」

先程まで焚き火をしていたはずのジョルジュが、いつの間にかモンモランシーのそばにいた。
そしていつの間にか手に持っていたワインの瓶から、モンモランシーのグラスへとついで言った。ルイズはそれをポカンと見ていたが、やがて思った事を口にした。


「ハイだって...モンモランシー、アンタ達いつから『主人と下僕』になったのよ...」   モグモグ


モンモランシーはクルッとルイズへ向くと、さも意味ありげにニコッと笑った。
そして優しく、しかしどこかしら威圧感を纏わせながらルイズに説明した。


「アラ、これはジョルジュが進んでやっているのよ?ジョルジュッたら私が上げた香水をその日に落としているの。ギーシュが拾ってくれたからいいけど…人様から貰ったモノを落としたんだからそりゃ私だって怒るわよ。だからジョルジュはお詫びに一か月間何でも聞いてくれるって言ってくれたの。ね?」

それを聞いたジョルジュは慌てて抗議した。

「そんなモンちゃん!?最初は3日で始まったのにまた増えてるだよ!?なんか雪だるま式に日数が増えてる気がするだ・・・って痛い痛い痛い!!笑いながらつねらないで!!」


ルイズは目の前でじゃれる2人を見て、なぜだか心の奥から、イライラが湧きあがるのを感じた。



なんなのこの二人?バカなの?バカップルなの?もう結婚すればいいんじゃない?


というかこんなに仲良かったらギーシュ初めから勝ち目なかったわね…


あっ、でもギーシュ最近ケティって娘と付き合ってるらしいわね…なんかギーシュが申し込んだって聞いてるけど…




「・・・・ルイズ?」

ルイズがそう頭の中で考えていると、モンモランシーが喋りかけていたのではっと彼女の方に顔を上げた。
隣では少し顔を赤くしたジョルジュが目に涙をためて頬をさすっていた。


「まあ状況がどうであれ、平民が貴族のメイジを倒したんだから、そりゃ憧れの的にもなるわね~それにあなたの使い魔かなりの剣の使い手なんでしょ?明日は虚無の曜日だし、剣でも買ってあげたら少しは言うこと聞くようになるんじゃない?ジョルジュ!バター持ってきて!」


「サイトに?・・・・まあ確かにアイツは私の使い魔だしね…私を守らせるために剣ぐらいは必要かも・・・・あっ、ジョルジュ私もう一個食べたい。あとオニオンクリーム」

「2個欲しい。あとハシバミドレッシング・・・」 モギュモギュ


「ルイズもまだ食べるだか!?よっぽど気にいった...ってタバサァ!?いつの間にいるだかよ?」


モンモランシー、ルイズの座る椅子のすぐ後ろに、一体いつから居たのか、自分の体より長い杖を持ったタバサが立っていた。
その手には杖のほかに、なぜかジョルジュが焼いたジャガイモが握られており、既に四分の三は消えている。


「タバサ!?あんたいつから居たの?全く気付かなかったわ!」

ルイズが叫ぶとタバサは口を動かすのを止め、


「ついさっき...外からいい臭いがしてきたから...やってきた」 モギュモギュモギュ

タバサはルイズに答えると、ジョルジュの方に顔を向けた。

「それよりも...ハシバミドレッシングを...この料理にはハシバミドレッシングが合う・・・」 モギュモギュモギュモギュ

「いや。ここにはねえだよタバサ...ってかそんなドレッシング聞いたことねんだけど...」

「なければ作って!!」モギュモギュモギュモギュモギュモギュ!!

「急に何言い出すだよこのコ!?」


その後、すぐに夕食の時間がやって来たのだが、何事もなかったかのように夕食を食べ進む女性陣を見たジョルジュは後にこう語った。

「『甘い物は別腹』って言うけど、あの3人を見てると『何もかもが別腹』て風に思えるだね」












「物理的なダメージに弱いねぇ。あのハゲ、いい情報をくれたじゃないか」


夜も大分更けた頃、オスマン学院長の秘書ロングビルは学院内のとある一室の前に立ち止まっていた。
彼女の前の部屋は宝物庫として扱われており、中には国宝級の宝をはじめ、市場に出回れば莫大な値がつくであろうモノが置かれているはずであった。

ロングビルは先ほど同じ教職員であるコルベールから、宝物庫にかかっている固定化の強さ、そしてこの倉庫の弱点などを聞き出していた。
もっとも、「聞き出した」というよりは「勝手に喋ってくれた」に近いが...

「あのコっぱげ、『どうでしょうか?今度一緒にご食事でも』って私がアンタになびくわけないじゃないかっての!もう少し人の本性を見るようにするんだね。だから盗まれることになるんだよ」

ロングビルはそう呟くとニヤリと口の端を吊上げた。
そしてロングビルは通路に誰もいないことを確認すると、宝物庫の扉を入念に調べ始めた。
材質は木で出来ているようだが、見るからに分厚く造られているようだ。コルベールはかなり強力な固定化がかけられていると言っていた。これは正面からでは侵入出来そうにない。


「こりゃやっぱり外から行くしかなさそうだねぇ...外行ってみるか」

一人愚痴った後、ロングビルは外へとつながる階段をコツコツと降りていった。



もう季節は春とはいえ、夜はまだまだ冷え込むらしく、風が吹く度にロングビルは肩をすくめ、もう少し厚着してくれば良かったと愚痴った。

ザクザクと歩を進めるロングビルは、丁度見上げると塔が目の前にそびえる場所までやってきた。
塔の上部は、壁を通して宝物庫へつながっている。魔法できっちりと切り揃えられた当の外壁は、いかにも侵入者を寄せ付けないようそびえ立っており、物理攻撃に弱いといっても壊すとしたら相当な苦労はするだろう。
ふと寮の方に目をやると、まだ起きている生徒がいるのか、いくつかの部屋の窓から明かりが漏れている。

ロングビルはしばし外壁を見ていたが、やがてフゥとため息を吐くと少しずれた眼鏡を直した。緑色の髪が、春の夜風にさらっとなびいた。

やっぱり、ゴーレムで外壁を壊してそこから侵入するしかないな。そして盗んだら...




―おや。そこにいらっしゃるのはロングビル様ですね?―


ロングビルの心臓はドキンと跳ねあがった。


気配さえも気付かず、直接頭に響いてきた声にロングビルは思わず杖を引き抜いて周りに目をやった。
すると10メイルばかりのところから近づいてくるモノがいた。
ロングビルは最初、平民の女性かと思った。しかしそれは女性というか人間ではなく、頭には大きく伸びた葉っぱが歩くたびに上下に揺れていた。


「えっと...あなたは確か...ミスタ・ドニエプルの使い魔の...」

―アルルーナのルーナと申します。以後お見知り置きをロングビル様―

ルーナはロングビルの近くまで寄ると、ぺこっと頭を下げた。
ロングビルはルーナの事を見かけたのは一度だけであった。偶々学院の広場を歩いている時、体に蔓を絡ませて歩くルーナを遠目で見ただけである。
後は他の教師や、生徒から聞いた話だけであるが...噂では相手の頭の中に直接話かけてくると聞いていたが、なんだかひどく気味が悪い。



まるで頭の中を全て見られているような...

ロングビルはそう考えながらルーナにじっと目を向けながら、やがてゆっくりと杖をしまった。
ルーナは暗くて分かりづらいが、にこっと笑っている。
そしてルーナはロングビルへと再び話しかけた。

―ところで、ロングビル様はこんな夜更けにどうして外へ?もう草木も眠る頃ですのに...まあ、私は起きていますけど―

ルーナはクスクスと笑った。
ロングビルもそれに合わせて笑うそぶりを見せるが、内心は冷や汗をかきっぱなしであった。
ロングビルは無理やり笑顔を作ると、

「え、ええ...ちょっと眠れなくて...気晴らしに散歩してたんです。ルーナ..さんも、こんな夜更けにどうしたのですか?」

―私はこの時間に歩くのが日課なんです。マスターに呼び出される前は、いつもこの時間に世界を歩いていたので―



ルーナは笑顔のまま、ロングビルに言った。ロングビルは直感的に、このままいたらマズイと考え、そろそろ話を打ち切って部屋に戻ろうと判断した。


幸い、この使い魔は自分の「正体」は知らないようだし...


「あのルーナさ―ところでロングビル様。私たちアルルーナがどのように生まれてくるかはご存知ですか?―


ルーナの質問に、ロングビルの思考は一瞬停止した。
その後、すぐにルーナが尋ねた質問の意味を考えたが、なぜ急にそんなことを聞いてくるのかロングビルには分からなかった。

ルーナはロングビルの返答を待たず、ロングビルへと語りかける。
ロングビルの頭では既に警鐘が鳴り響いている。
ヤバい・・・すぐにここから離れないと・・・


―私たちアルルーナはですね。他のマンドレイクとは違って条件があるんです...盗賊や盗人が死んだ時、その体液が染み込んだ地面からでしか完全なアルルーナは生まれてきません。まあ私も最近はちょくちょく種を落として、それが育ったりしているんですが、すぐ死んでしまったりとか、魔力がなかったりとか、やはり完全な子は生まれないんです。やはり『盗人』の死んだところではないと...―


何の話をしてくるんだこの使い魔は!?

バレテいる?

私の正体が?

いやそれよりも早くこの場から逃げ出したい。頭に響く一言一言がプレッシャーに感じる...


ロングビルからは既に余裕がなくなっていた。
足は小刻みに震え、背中にはゾクゾクと寒気が這い上がってくる。
向かいに立つルーナはやはり笑みを浮かべてロングビルの方を見ている。



―だからですね。私は「あの!!わ、わたし眠くなったんでそろそろ戻ります。おやすみなさいルーナさん...」


それだけ言うと、ロングビルはルーナに背を向け、部屋がある塔の方へと早足で戻って行ってしまった。
ルーナは少しの間立ったままであったが、少し小首をかしげながらトコトコと反対側に歩いていった。






―「素行が悪くならないように、結構子育てはしようと思うんですよ」って言おうとしたんですが...慌てて帰って行ってしまったから何とも歯がゆいですわ―



そう頭でぼやきながら、ルーナは自分の寝床である花壇まで着くと、大きく空いた穴に自分の体を埋めていった。


―まあ、いくら「盗人」が近くにいるからって、殺したりはしませんよ。ロングビル様もあんなに動揺しなくてもよろしいのに―


顔が地面に潜る直前、ルーナの顔がわずかに微笑んだ。



[21602] 22話 サイトの試練は夜中に
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/11/23 22:02
ロングビルが学院の外で見かけた明かりの残る部屋の中では、
一人の少年がいつになく頭をグルグルと回し、自分の過去を振り返っていた。



人生においてモテ期は三回あると誰かが言ってた気がする。



あれは高校を上がる前の正月の時、親戚の伯父さんが手相が見れると言ったから見てもらった。
その時丁度、モテ期がいつなのかって話になって見てもらったけど...



『え~と...サイトのモテ期は~幼稚園と8歳の頃だね。後一つはもう少し後じゃね?』


どうやら俺のモテ期の内2回は、誰も知らないところでひっそりと終わってたらしい...

てか幼稚園と8歳がモテ期ってなによ?そんなとこでモテ期が来ても意味ないって。
レベル1の時にス○イム相手にマダ○テ使うぐらい意味ないと思うね俺は(まあどっちかってゆうとFF派だけどね俺は!!)

そんな手相を本気で信用しながらの高校生活、今思えば彼女を作りたくて何とも必死だった一年間だったと思う。


「オレ、女の子にはそんなに興味ねーから」みたいな感じを装ったり...(その作戦を一緒に実行した友達の中島には彼女が出来た)


高校の遠足で一緒の班になった女子にそれとなくアプローチしたり...(その作戦を一緒に実行した友達の本宮には彼女が出来た)


体育祭でイイ所を見せようと頑張ったり...(その作戦を一緒に実行した友達の小杉には彼女が出来た)


文化祭の準備で素敵な出会いを探してみたり...(非常勤講師のミハイル先生と保健の先生がデキてることが話題に)


いろいろやったけどダメだった甘酸っぱくも涙でしょっぱかった一年間...その年度の総決算でもあるバレンタインは、母から貰った森○の板チョコでシーズンを終えた...


しかし!!


オレのモテ期は!!

オレの時代は今やって来たんだ!!



しかし時代は来たんだが「世界」は俺の居たトコじゃないけどね!!


そんでいきなりボス戦だけどね!!!!


そう頭の中が迷走する少年、平賀才人の現在の状況を言えば、
目の前には褐色の肌が透き通るほど薄手の服を着た、豊満な肉体をもつ女性がベッドで手招きをしている状況であった。




遡ることおよそ数時間前~


決闘の傷もようやく癒え、サイトは軽い足取りで厨房へと食事をもらいに行った。
サイトはここしばらく厨房へは行っておらず、食事はルイズの部屋に持ってきてもらったモノを食べていた。そのためマルトーの親方たちには久しぶりの再会となる。
厨房へと来た途端、給仕やコックの人たちがサイトの顔を見るなりワァっと大きな声を上げ、サイトの方へと寄ってきた。
サイトの周りはあっという間に人だかりができる。

「えっ?何なにナニ...」

「サイトさん!!」


その人だかりを突破し、一人のメイドがサイトの近くへと来た。
ブロンド等の髪色が多い中で、まるで漆を思わせるような黒髪をボブカットに切った少女シエスタはサイトの眼を見つめながら声を出した。
その様子は、さながら夫の帰りを待ちわびてた妻のようである。


「みんなサイトさんが来るのを待っていたんですよ。貴族と戦って勝利したサイトさんにぜひみんな会いたいって...」


「え、そうなの?いやもう傷もほとんど治ったから厨房で食べようと思って来たんだけど」

「もちろん歓迎しますわ!さ、サイトさんこちらへ。マルトーさんがサイトさんに会いたがっていますから」


そう言うとシエスタはサイトの手を握り、厨房の中の方へと歩きだした。
それと同時に厨房の中から


「オラお前ら!!とっとと手を動かせ!!もうすぐ夕食の時間なんだ急げ急げ!!」

とまるで獣の唸り声かと思うほどの声が部屋に響いた。
サイトの近くに集まった給仕たちやコック、メイド達は声が響くと同時にそこらかしこと散り、自分の仕事へと戻って行った。




「おう『我らが剣』よ!!良く戻ってきたな!今貴族のガキどもの食事の時間だから少し待っててくれ!!終わったらとびきり豪勢な飯作ってやっからよ!!」

サイトはあまりの歓迎ぶりに少しばかりうろたえた。そんなサイトのそばで、シエスタが顔を近づけてこう呟いた。

「マルトーさん。サイトさんが決闘で勝ったって聞いて一番喜んでたんですよ。『生意気な貴族のガキをのしちまうたぁスゲェじゃなぇか!!』って。マルトーさんサイトさんのファンになっちゃって、部屋の持っていく食事もマルトーさんが作っていたんですよ」


それを聞いてサイトはハッとここ最近の食事を思いだした。
口の中がずたずたになっている自分にも食べれるような料理や、いかにも栄養がありそうな食事はこのマルトーが作ってくれていたのだ。

そう思うとサイトの胸にジーンとこみあげるものがあった。


「おうシエスタ!!イチャついてるとこワリィけどお前も持ち場に戻ってくれ!!サイト!!オメェさんはしばらくあっちの方でゆっくりしていてくれ」


「マルトーさん!!」


マルトーへ茶化されたシエスタの顔は、カーッとみるみる赤くなり、シエスタは慌てて「じゃ、じゃあサイトさん...また」というと慌てて食堂へと戻って行った。サイトはそんなシエスタがとても可愛く感じた。




その後、学生たちの食事が終わった後にサイトの前には豪勢な料理が並んだ。
マルトーが気合いを入れて作ったとみられるいくつもの料理は、サイトの食欲をこれでもかと増進させた。
サイトはその料理をガツガツと食べながらマルトーやシエスタ達にいろいろ質問攻めにあった。
そしていつの間にか出されたワインに口をつけ、サイトは至福の時間を過ごしたのであった。



「いや~食った食った~。ワインも飲んじゃったし、俺未成年だけど別にいいよね?ここ日本じゃないし」


少し顔を赤く染め、サイトはルイズの部屋へとつながる廊下を歩いていた。
そして自分と同じ黒髪の少女、シエスタの事が頭に浮かんできた。


(あのコおれと同じ髪の色だったなぁ。聞きそびれちゃったけどもしかして同じ日本人だったりして?しかし優しいコだよなぁ...可愛いし胸でかいし、優しいってうちのご主人様と段違いだよ。あんなコと仲良くなれてもしかして俺の時代が来たのかも!?)


そう思いながら、この世界に来て以来最高の気分に浸りながら部屋へと戻っていると、クイクイと足のズボンをひっぱるモノに気づいた。
サイトが下を見ると、赤い肌に覆われた大きなトカゲがズボンの端を加えて引っ張っていた。これだけ大きいトカゲも珍しいが、尻尾の端がメラメラと燃えている生物をサイトは知らない。
かろうじてゲームでは見たことはあるが、今目の前にいるこのトカゲは2足歩行ではなく4つ足で歩いている。


「あれ?お前って確か・・・ってちょ!?うわっ」


サイトが何かを言う前に、大きなトカゲはズルズルとサイトを引張っていく。
サイトも抵抗するが、酔いでふらつく体でサラマンダーの力に勝てるはずもなく、問答無用に引っ張られていく。
そして自分の寝床のある、ルイズの部屋の隣の部屋の中に引きずり込まれると、バタンとひとりでに扉が閉まってしまった。


「ちょっ、えっ何コレ?一体な・・ん・・・・」

サイトは辺りを見回しながらこのオオトカゲに文句を言おうかと口を開いたが、目の前の光景を見たとたん、言葉は出なくなった。
蠟燭でかすかな明かりの灯る部屋の奥、高級そうなベッドの端に女性が一人座っていた。
褐色の肌に一枚覆っているシースルーの服が余計その女性の肉体を強調させている。


「さあこっちにいらして...」

湿った声でその女性、キュルケは細い指を動かしながらサイトへと声を掛けた。








OKOK...状況を確認しようぜ平賀才人

「ようこそ。こちらにいらっしゃい」

今俺の目の前にいるこのグラマーな女性は確か...そうキュルケって言ってたっけ。
オレがこの世界に召喚された翌朝にばったり会ったな。
めっさルイズが怒り狂ってたけど。

サイトはうろたえながらもキュルケの待つベッドの方へと歩いていく。
先程までの軽い足取りがうそのように、まるでロボットのようにギクシャクしている。

「あなた、あたしをはしたない女だと思ってるでしょうね。」


やばいよあんな透け透けの服まともに見れねぇよ。逆にエロい、裸でいられる方がまだ...いや、やっぱりそれもダメだ

ベッドに腰掛けたサイト心臓は、瞬く間に高速に動いていく。


「でもね...あたしの二つ名は『微熱』」


これはもうあれだよね。よく大人のビデオで見たあのシーンだよね?
これから「じゃあ...やろうか?」てな感じで始まるあれだよね?


サイトはキュルケに目を合わせないよ少し下を向きながら聞いている...風に装い、頭の中では目まぐるしくゴチャゴチャに混乱していた。


「あたしはね、松明みたいに燃え上がりやすいの。だから、いきなりこんなふうにお呼びだてしたりしてしまうの。わかってる。いけないことよ」


ムリムリムリムリムリィ!!いくらモテ期だからって、いくら勢いがあるからって無理だッッてー!!


「分かる?恋してるのよ。あたし。あなたに。恋はまったく、突然ね」

キュルケはギュッとサイトの手を握り胸元へと寄せた。
サイトの両手に、キュルケの体温の温かさが伝わり、さらに胸の感触と併せて余計サイトの心を混乱させた。
サイト心臓は今にも口から発射されそうな勢いでドクドクドクドク動いている。



もっとこういうのは段階を踏んでからでしょ?デートしたり、一緒に弁当食べながら喋ったり、買い物したり、そんでムードの高まったある瞬間に挑むもんでしょ?
ダメだよムリだよそんなぶっつけ本番なんてできねぇよ...いきなりボス戦なんてクリア出来ねぇよぉ...


いうなればバスターソードでセフィ○スに挑むようなもの、

いうなれば銅の剣でダーク○レアムに挑むようなもの、

いうなれば骨でクシャ○ダオラに挑むようなもの、

いうなればサンダースプリットアタックでDI○に挑むようなものだよコレ!!

オレにはまだレベルと経験値と武器がないんだよ~ッッッ!!



予想以上の展開に、既にサイトの酔いは完全に消え失せ、頭にはいかにこの状況を逃れるかでいっぱいになった。
そうとは知らないキュルケは、さらにサイトに寄ってアプローチをかける。
花のような香りがフワッとサイトの鼻をくすぐった。


「あなたがギーシュのゴーレムと戦っている姿、とってもかっこ良かったわ!それに乱入してきた女の子を助ける姿に私の胸の炎は一気に燃え上がったの...あの剣さばきどこで身につけたの?」


ふとしたキュルケの質問に、サイトの頭に一筋の光が見えた。

しめた!!ここで話に乗じて何とか誤魔化そう!!

サイトはキュルケの方へ視線をあげると、乾いた唇を舐めて話始めた。


「そんな大層なことじゃないんだ。実際に身につけたっていうより少しかじった程度なんだよオレ」

サイトの頭の中に、幼き頃に剣術を学んだ光景が浮かび上がってきた。
中学校の頃に引っ越すこと同時に止めてしまったけど、その時の先生とは連絡を取り合っていた。


与作先生、元気かな・・・


「まあ、それなのにあんなに強いのね...サイトの国ではみんなあんな風に強いの?」


キュルケが話に乗ってきた。
サイトはこの時、丁度いいかなと自分も聞きたかったコトをキュルケに尋ねてみた。



「いや、オレの場合は...なんでだろう?剣を握った瞬間ルーンが光ってさ、凄い体が軽くなったんだ。使い魔ってそんなもんなの?」

キュルケは少し首をかしげながら、ウーンと少し唸るように考えてから言った。


「ふーんそうね。使い魔の中には何かしらの能力が付くっていう話を聞いたことがあるけど...たぶんサイトにはたまたま付いたんじゃないかしら?」


「へぇ、そうなんだぁ」

サイトは占めたとばかりに動き出した。
今の会話でキュルケに隙が出来た。これに乗って「じゃあお休みキュルケ」って言いながら部屋を出れば大丈夫だ。

「逃げる」は成功する!!


ありがとうキュルケ。だけど今の僕じゃあなたと戦えません...今度はもう少しレベルが上がってから誘って下さい。


心の中で別れを告げ、サイトはベッドから立ち上がろうと足に力を入れた。


「じゃあおやす...み?」


しかしそれよりも早く、キュルケはサイトのパーカを掴むと、器用に体重を預けながらサイトを後ろの方へと倒した。
ボスンと、柔らかい感触のベッドにサイトが少し沈む。
サイトは慌てて上がろうとするが、すぐ目の前には熱っぽい目を潤ませたキュルケの顔があった。


「わたしサイトのこともっと知りたいわ...もう少し語り合いましょう?そうすればきっとあなたも私の事を知ることが出来るわ...」


キュルケが四つん這いになりながら少しずつサイトへとにじり寄ってくる。
サイトの頭はパニック状態、心臓は高鳴りすぎて、目の前になぜだか戦場に行く兵士が家族に敬礼しているシーンが浮かんでいた。


兵士の顔はサイトであり、今は遠い家族に向かって「行って参ります」と敬礼している。


キュルケとサイトの唇が合わさろうとするその時、部屋の窓がバンっと開いた。
二人して窓の方へ向くと、男が苦い表情をしながらこちらを見ている。
制服を着ているとこを見ると学院の生徒のようだ。


「キュルケ…待ち合わせの時間に君が来ないから来てみれば……誰なんだその男は!!」

「あらスティック。ええと...じゃあ2時間後に」

「話が違うじゃないか!!」

「もう、煩いわね...」


キュルケは煩わしそうに胸から杖を引き抜きスッと振ると、火球が窓の男子学生に飛んでいった。
火球に当たった男はあああああと叫びながら落ちていった。


「キュルケさん...今の誰でしょうか?」


サイトは少し間をおいてからキュルケに尋ねた。
なんというか先程までテンパッテた気持ちもスーッと落ち着いてきた。

「....友達よ」

キュルケはそれだけ言うとガバッとサイトへ抱きついた。


「とにかく今、あたしが一番愛してるのはあなたよ、サイト」

そして口づけしようとキュルケは顔を寄せてきたが、再び窓が開かれる音がした。
サイトが窓の方へ視線を向けると別の男が窓の外に浮かんでいる。


「キュルケ! その男は誰だ! 今夜は俺と夜中のデートをしてくれる約束じゃなかったのか!?」


「ジョナサン!?ええとじゃあ4時間後に」

「恋人はいないって言ってたじゃないかキュルケ!!」


ジョナサンという男は怒りながら窓から部屋へと入ろうと手を窓枠に掛けた。
キュルケはまた杖を振り、火球をぶつけてまた外へと落した。


「今のも友達?」


「そうそう今のも友達ってサイト!!とにかくあなたとの時間が欲しいの私は!!夜の時間は無限じゃな...」

「「「キュルケ!!」」」


キュルケがサイトに何か言う前に、三度窓から声が掛る。
今度は三人の男がいっぺんに押し掛けていた。


「「「その男は誰だ!!恋人はいない...」」」


「フレイム~」

キュルケが自分の使い魔に声をかけると、テコテコと窓の前に歩いていったキュルケの使い魔フレイムはゴーッと火を噴いた。
ギャーッという叫び声と一緒に窓の視界から男達は消えうせた。

サイトはもう帰ろうとベットから立ち上がると、扉の前まで近づきドアノブを回した。


後ろからキュルケが何か言っているがもう駄目だ。

もう今日は帰る。

てか逃げさせてお願いだから。




サイトはガチャッとドアノブを回しながらドアを開けた。




目の前には青筋をピクピクと額に浮かべたご主人様が立ちふさがっていた。


ああ...リアルボス...







「さて犬、夕飯食べに行って帰りが随分遅いと思っていたけど、まさか隣でツェルプストーと逢引してるなんてねぇ」

場所は変わってルイズの部屋の中、ベッドのそばにはルイズが口をヒクヒクと吊上げながら下に座る使い魔を見降ろしていた。
その小さい体に似合わない怒りのオーラを漂わせ、見る人が見れば彼女の後ろに黒い何かが浮かんでいるのが見えるかも知れない。
サイトはルイズの前に正座で床に座り、出来る限り彼女の怒りを納めようと口を開いた。


「あの・・・ご主人さま?違うんだってコレ、俺だって予想外の事態でね?帰ろうと思ったら急にボスと戦うことになって...」

「お黙り!!」

「ワンッ!!」


思わず犬の鳴き声で反応してしまったサイトを尻目に、ルイズはタンスの方にトコトコと歩いてタンスの上段を開くとごそごそと漁り始めた。
サイトは何が召喚されるかとドキドキしていたが、ズルッとタンスから出てきたのを見た瞬間、固まった。


「じゃあ犬。今からアンタを躾けようと思います。覚悟はいいですか?」

そうサイトに尋ねたルイズの手には、よくマンガやアニメで見るような鞭、しかも先端が何本にも分かれてるモノが握られていた。
サイトは立ちあがって両手をプルプルと前で振ると、必死にルイズに説得しようとした。


「ちょっと待ってルイズなんで敬語なの!?てかホントオレも何もしてないって信じて...」


「うるさい!!深夜に帰ってくるだけじゃなくよりにもよってツェルプストーと...二度とそんなこと出来ないように体で覚えさせてあげるわ!!」

そう大きな声で叫ぶとルイズは鞭を振りかぶってサイトへと向かってきた。
サイトはルイズを説得しながら鞭を避け、部屋中を駆け回ったのであった。


既に虚無の曜日となった夜、ルイズの部屋は空が明るくなりかけるまで騒がしかったとキュルケは後に語る。



「待ってルイズ!!ホントオレ何もなかったんだって!!レベル1のオレにはお前が思うようなコトは出来ないって!!頼むから鞭振り回さないで!!そんな高度なプレイは俺には無理ってあああああああっ!!」




[21602] 23話 目的も行き方もイロイロ
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/12/01 03:03
「剣を買いに行くわよ」

「あ゛~行ってらっしゃい...」




学院の授業が休みの虚無の曜日、晴れ晴れとした太陽の光が窓から差し込み、学生の中にはまだまだ寝行っている者も多い時間、ルイズは制服に着替え終えてからサイトにそう告げた。
しかしサイトはまだ寝ボケているのか、まだしょぼしょぼとしている目を開こうとせずにルイズに背を向けると、今は自分の寝床である藁束の方へと向かっていった。


「なにまた眠ろうとしてんのよ犬ゥッ!!アンタも行くのよ!!」


サイトが再び寝床である藁束の方へ戻ろうとする前に、ルイズはいつの間にか用意していた鞭を振りかぶるとエイッとサイトの背中に振り下ろした。
バシッといういささか低い音が鳴り、サイトはギャッと声をあげた。やはり服の上からでも痛いモノは痛いようである。

サイトは背中へと手を伸ばしながらルイズの方へ向いた。
先ほどの眠たそうな表情はすっかり吹き飛び、目には少し涙を浮かべている。

「んだよいいじゃねえかよルイズ!!今日は休みなんだろ!!大体、ほんの数時間前まで鞭振り回して暴れまわってたのに何でそんなに元気なんだよ!?俺なんて眠くてしょーがないのに...」

サイトは頭を少しユラユラと揺らしながらルイズへと文句を言うが、ルイズと言えばまるで関係ないと言った表情を浮かべ、

「別にフツーよこれぐらい。それより早くアンタも支度しなさい。今日はアンタに剣を買ってあげるっていうの」

「剣?」

ルイズの言葉にサイトは思わず聞き返した。
この世界に来てからまだ日は浅いが、おおよそ自分の世界での中世ヨーロッパの時代に似ているということは考えていた。
また決闘の時に、相手から(最近よく顔を見るけど名前が出てこない)渡された剣からも、魔法だけではなく剣などの武器もあることまでは分かった。
しかし、そんな簡単に剣みたいな凶器が手に入るのだろうか?ここだとドラ○エ並に買えるものだろうか...
そんな疑問を頭で考えながら、サイトは寝グセでボサついた髪を掻いた。

「決闘の時の動きをみる限り、アンタ剣使えるんでしょ?いくらあんたが平民でも、ぶ、武器くらい持たせてなきゃご主人様も守れないでしょうし...」

ルイズはなぜかそっぽを向きながら、途中言葉を噛んでサイトに説明した。

サイトは「誰がご主人様だっつーの...」とルイズに聞こえないようにぼやくと、


「だからカジッただけで、別に剣を使えるってわけじゃ...まあ買ってくれるなら文句は言わないけど、どこに買いにいくんだ?学園の外を知ってるわけじゃないけど、周りはなんもなさそうだぜ?」


「今から馬でトリスタニアまで行くのよ。だから早く支度しなさいっていってるの。ここからだと馬でも結構かかるんだから、早く行くわよ」


そう言うとルイズは学院のマントを身に着け、財布なのだろうか少し重たそうな革の子袋を懐へと入れると、扉の方へとさっさと行ってしまった。
サイトは慌てて床に置いてあったパーカーを着込むと、部屋の外へと早足で出た。
部屋に鍵を閉めたルイズはスタスタと階段へと歩いていき、サイトもそれに従って歩こうとしたのだが、グイッと誰かに足元を引張られる感触があった。

あれ?なんかこのパターン昨日も...

サイトはゆっくりと頭を下げると、やはりというべきか、昨日の夜の事件の発端となったキュルケの使い魔、フレイムがサイトのズボンの裾をくわえていた。

フレイムはサイトが気付いたのが分かったのか、口をズボンから離すとサイトの方へ顔を上げ、ギャー、ギャーと低い鳴き声を出した。
サイトはまたキュルケが誘っているのかと考え、その場で腰を下げると、フレイムに顔を近づけて小声で話した。

「ちょっと勘弁してくれよフレイム...今日はこれからご主人様とお出かけだから。キュルケにはまた今度って言っといてよ。今度はちゃんと経験値上げとくから...」

それでもフレイムは先ほどよりも大きな鳴き声を上げてサイトを見ている。
サイトが再び何か言おうとしたが、背中に主人である女の娘の声が伝わってきた。

「犬!!早くしなさい」

振り向くとルイズが距離を開けたところから声を上げていた。サイトは昨日の事を思い出し、背中と後頭部に少しばかり悪寒を感じながら立ち上がった。
フレイムは尚もギャー!!ギャー!!と叫んでいるがサイトはちょっと申し訳なさそうに手を上げ、

「ホラ、俺のご主人も呼んでるから。じゃあな」

そう言って早足でルイズの方へと向かった。
その後ろの方ではフレイムが鳴いていたのだが、やがてサイトとルイズが階段を下りる音がフレイムに聞こえてきた。

フレイムはもう無理だと分かると、その場でバタッと伏せ、口からフゥっとため息とわずかに火を噴いた。













「タバサ~居るんでしょ~?」

ルイズ達が部屋を離れてから少し経った、タバサの部屋の前でキュルケはドンドンと部屋のドアを叩いていた。
高級感が出ている作りの扉をキュルケはかなり大きく叩いているのでいるのだが、部屋の中からは一向に反応がない。
部屋の中に気配は感じるのであるが、それ以外は物音なども全く聞こえないのである。


あのコったら、また「サイレント」なんてかけて本でも読んでるのかしら...


キュルケはドアノブを回してみたが案の定、鍵はかかっている。
キュルケは杖を振って「アンロック」を唱えた。ドアからガチャッと鍵が開いた音がほんのわずかに聞こえた。やはりサイレントをかけてるタメか。
キュルケは鍵が開いたのを確認すると、ドアノブを掴んで扉を開けた。



「タバサまた『サイレント』なんてかけて読書グエッ...」



部屋に入った瞬間、キュルケはあまりの臭いに思わず喉から変なうめき声が出てきた。
若干涙が出てくるが、手で鼻を押さえながら部屋の中を見回したキュルケは思わず目を疑った。
以前タバサの室内に入った時は、ベッドと大量の本が積まれていることを除けば非常に簡素な内観だったはずであるが、
現在キュルケの目には、3つほどの壺が積まれた棚が向かいの窓のそばに置かれているのが見える。


それと若干重なるように、ベッドの横に腰かけながら本を読んでいる青い髪の少女がいた。
少女の横には小さいテーブルが置かれており、その上には何らかの液体が入ったグラスが乗せられている。


キュルケは少しむせながら、ベッドに腰かける少女タバサに近づいた。
未だにキュルケに気づいていないのか、タバサは本を読みながらグラスに手を掛け、中に注がれている液体を飲んでいた。
キュルケは『タバサ!!タバサーーッッ!!』と彼女の耳元で叫ぶが、一向に振り向かない。
業を煮やしたキュルケは、タバサと本を向かって真正面に移動し、タバサが読んでいる本を上から取った。
青い前髪と眼鏡をはさんだくるっとした瞳と鉢合わせした。

先ほどまで全く無音であった部屋の中に、幼さの残る声が流れた。


「キュルケ...どうしたの?」


「いや...むしろ私が聞きたいわゴホゴホ」



キュルケは少しばかりむせた後、タバサの読んでいた本をそのまま手に持って窓の近くまで行くと、窓枠についている止め金を外して窓をバッと開けた。

部屋に溜まった得体の知れない臭いとは裏腹な、外の新鮮な空気が部屋に流れこんできた。

あれっ、空気ってこんな美味しいものだったかしら...

普段なら絶対に考えないことがキュルケの頭に浮かぶが、すぐにキュルケは友の前に戻り、大きな声を上げた。



「タバサなんなのよこの臭いは!!というか何なのあの異臭を放つ壺は!?マリコルヌ入れて酢漬けにでもしてるの!?」



半ば彼女の隣人ルイズと張り合うほどキュルケは大きな声を上げたが、タバサは意にも介さず、プヒーと息を吐いた。


「キュルケうるさい....大きな声をあげるのは...貴族としての礼儀がなってない」


「異臭まみれの部屋で読書するタバサに言われたくないわ!!ねえ一体あれはなんなの?秘薬でも作ってるのタバサ?」


タバサは無言でツツイツイと近くに置かれたテーブルに指を向けた。
キュルケが視線を向けるとそこには先ほどタバサが飲んでいたグラスが置かれている。
近くでも見るとグラス内の薄緑色の液体からは泡が出ている。炭酸水なのだろうか。


「オリジナル酒の新作...ハシバミ草をベースにいろいろ入れてみた...そしたら泡が出てきた...」


「あなたまだそんなの作ってたの...ってちょっとタバサそれ以上飲まないの!!絶対に失敗作よソレ!体に悪いわよ!」


「...結構おいしい...キュルケも一杯...」



「だから飲まないのーーッッ!!」



キュルケはタバサからグラスを奪おうとするが、なぜだか抵抗するタバサに、部屋の中は少しの間騒がしくなった。




しばらくして、
部屋の中からは得体の知れない壺は消え、タバサはベッドに腰掛けて水を飲んでおり、キュルケは少し離れた椅子に座ってぐったりとしていた。


「はあ、はあ、はあ。やっと全部捨てれたわ。もういい加減あんなの作るの止めなさいタバサ。下手したら死んじゃうわよアナタ」


「今度こそ自信があったのに...」


タバサは少しうなだれながら、コクコクと水を飲み続けた。
キュルケはタバサを大人しくさせた後、酔い(?)を覚まさせようとタバサに水を飲ませた。
その間にキュルケは『レビテーション』を使って異臭の基となっている3つの壺を外のゴミ置きに持っていったのだった。
かなりの重さと量、おまけにゴミ置きまでかなりの距離があったため、トライアングルクラスの魔力を持つキュルケもさすがに疲れたようだ。


かなりの量の水を飲み終えた後、タバサはキュルケの方へ顔を向けた。


「キュルケ...何で部屋に来たの?」

キュルケはハァと息を吐いた。

「それ言うのに大分時間が掛ったわね...いいわ、出かけましょタバサ。あなたの使い魔のシルフィードで町まで行くわよ」


「今日はシルフィードお休み。『新使い魔歓迎会』に出席するらしい...」

キュルケは急に立ちあがった。


「歓迎会でも保護者会でも関係ないわ!!お願いよタバサ!!今私、新しい恋で胸が詰まって張り裂けそうなの!!」

「既に詰まってる」

若干悪意が見えるタバサの言葉も気にせずに、キュルケは胸の前で腕を組むと、豊満な胸を強調するかのように腕を体に巻きつけた。
そして熱っぽい声でタバサに続けた。

「分かるタバサ!?私彼に、サイトに恋してるの!!だけどルイズったら彼をトリスタニアに連れていったの!私それを追いかけたいのよタバサ!
ヴァリエールの使い魔だろうがツェルプストーの名にかけて彼を射止めるわ!!」

「・・・・」


正直タバサには関係のない理由である。
本来の彼女の予定では、今日一日自作酒を飲みながら読書にふけようと思っていたのである。

しかしその計画はすでに消えうせた。

友人であるキュルケの頼みでもあり、先ほど助けて(?)くれたこともあるので、自分とは全く違う性格の友人の願いを聞き入れようと思った。
タバサはトコトコと窓へと歩いていき、ピューッと口笛を吹いた。


間もなくバサァっという大きな羽音と共に、タバサの使い魔シルフィードが窓の外に姿を現した。

「キュルケ・・・乗って」

タバサはフワっとシルフィードの背中に飛び移ると、キュルケにも来るよう促した。
キュルケも彼女が自分の願いを聞き入れてくれたと分かり、ニコッと笑って窓へと近づくと、窓枠に手をかけてシルフィードへと飛び乗った。


「飛んで・・・町まで行く」


シルフィードは主人のタバサに抗議するかの様に大きくキュイーキュイーと鳴き始めたが、タバサはシルフィードの耳元で何事か呟くと大人しくなった。
そして大きく翼をはためかせて上空へと上がると、タバサが指示するトリスタニアの方角へと飛び始めた。





「ねえタバサ、さっきシルフィードになんて言ったの?」



シルフィードの背中で化粧直しをしながら、キュルケは前に座っている友人に尋ねた。
タバサはクルッとキュルケの方に顔を向けると、まるで当たり前のようにこう言った。


「歓迎会に出られなかった見返り...キュルケが霜降りのお肉を買ってくれるって」


「なんで私が買ってあげることになってるのよ!?」


その後、上空が少し騒がしくなったのは言うまでもない。















トリスタニアの町にほど近い道。

方向からいえば魔法学院とつながっている道路であり、道には馬車や行商人が行きかっている。
中にはグリフォンに乗っているメイジらしき者などもいて、行き交う通行人も実に多種多様だ。


そんな道から少し離れた、舗装されていない草原を恐ろしい速さで駆けていくモノがいた。
通行人にはあまりの速さに思わず顔を向けるが、その時には既に姿はなく、何が通ったのかを見れる者はいなかった。
後には風を切った音と、なぜか少年と少女の叫び声が残っていた。





「ちょっ速すぎるってジョルジューッッ!!もう駄目!もう落ちるわこれ!!」


「マルチネスーッ!!!もう少しスピード下げるだよーッ!もう着くから!!もう目的地近いからゆっくりになるだよーー!!」


『少年と少女の叫び声』を出している張本人、モンモランシーとジョルジュは首をガクガクとさせ、二人して必死に疾走する生物にしがみついている。

そんな2人を背中に乗せて疾走するのは馬のようであるが、普通の馬とは違い体の色が青く、よく見ると体毛ではなく蒼い鱗に覆われている。
白いたてがみが空中で揺れ、銀色の目を光らせながら疾走するこの馬はまるで疲れを見せずに一心不乱に草原をかけていくのだった。


「ジョルジュー!!何、が『マルチネスだったらすぐ着くだよ!』よー!!速すぎるわ!オマケに全然言うこときかないじゃないのー!!」



「マー姉が言うにはたてがみ引っ張ると止まるって言ってたけど...ダメだぁ。全然止まらないだよコレどうしよモンちゃん?」


「しーらーなーいーわよー!!!!」






事の発端はモンモランシーの一言からであった。

「ジョルジュ。トリスタニアに行くから一緒に来てくれない?」


朝食を食べ終わって太陽も大分上がった時間、花壇にカボチャの種を植えていたジョルジュにモンモランシーはそう言った。
シャベルを横に置き、手に付いた土を払いながらジョルジュは立ち上がった。


「うん。いいだよモンちゃん。でもちょっと待ってほしいだ。カボチャの種植えるの終わってからでいいだか?」


「そう、じゃあ終わったら部屋に...ってジョルジュ!?そんなゆっくりでいいわけないでしょ!!今から馬で行ってもお昼になるわよ」


モンランシーは慌てて訂正した。
自分で誘ってなんだが、ジョルジュは一日中花壇に居座ってしまうことの出来る人間だ。
ほっとけばあっという間に夜になってしまう。

そんな心配を珍しく読んだのか、ジョルジュはにやっと笑ってモンモランシーへ言った。


「大丈夫だよモンちゃん!!種まきはもうすぐ終わるだよ。それに早く町に行きたいなら秘策があるだ!」


そう言って親指を立てたジョルジュの顔は、なぜか無駄に自信に充ち溢れている。

ジョルジュとはそれなりに長い付き合いのある彼女であるが、彼がこんな顔をした時は大抵ロクなことにはならない。
モンモランシーはジト目で、種まき作業を再開したジョルジュを見ていた。


「そういえばジョルジュ、ルーナは?私のロビンも見かけないんだけどあなた何か知らない?」


「ああ...そういえば昨日ルーナ、『明日は使い魔の歓迎会があるので、一日暇をもらいたいのですが』って言ってただよ。多分ロビンもそっちの方に行ってるんじゃないかな?」


「歓迎会...使い魔同士でそんなことやるんだ..」


というか一体どんなコトをするのだろうか...
モンモランシーの頭にそんな疑問が浮かんだが、すぐに町へ出かける期待と、ジョルジュの秘策への不安に頭がいっぱいになった。










「マー姉ぇ。ちょっと起きてだよ~」


ジョルジュが言った通り、種まきはそれから少し経った後に終わり、二人はマーガレットの部屋の中へと足を運んでいた。
マーガレットの部屋にはたくさんの瓶が置かれており、中身があるモノやないモノ、瓶の大小など様々である。
机にはなぜか手紙や何かしらの書類のような物が積まれ、上の方が少し崩れていた。

そんな散らかる部屋の、ベッドでの上でスヤスヤと眠るマーガレットの体をジョルジュは揺さぶる。
マーガレットはん~と唸ると、うっすらと瞼を開き始めた。


「......ジョルジュ?どうしたのよ~私今から眠るところなんだけど」


「眠る前に話聞いてだよマー姉。てかいい加減部屋片付けた方がいいだよ。メイドさんも部屋に入れてないんだか?」


「ベッドのシーツだけ替えてもらってるわ。瓶は時々私が捨ててるの。で、どうしたのよジョルジュ?モンちゃん後ろに立たせて」


マーガレットは目をこすりながらムクリと起きがった。
紅く輝く彼女の髪は頭のてっぺんでまとめられポニーテールにされており、横に垂れている。


「うん。モンちゃんと一緒にトリスタニアに行くことになったから、マー姉のマルチネスに乗せてもらいたんだよ」


「マルチネス?」


モンモランシーは思わず声を出した。
ジョルジュはモンモランシーの方へ向いて説明しようとしたが、それより先にマーガレットが口を開いた。


「私の使い魔よモンちゃん。『ケルピー』っていう種族の魔物なんだけどさ、外見は馬みたいなコで結構走るの速いのよ~」


マーガレットはふらふらと立ちあがると、おもむろに床に転がった瓶を拾い上げた。そして中にまだお酒が残っているのを見るとクイッと口をつけて一口飲んだ。



「でもジョルジュ、別にマルチネスに乗るのは構わないけど町にデートしに行くにはマルチネスはどうかしら?すぐ着くだろうけどあんまりおススメはしないわよ?」


マーガレットはニヤニヤと笑いながらモンランシーの方をチラッと見た。
モンモランシーは顔を赤くして「デートじゃありません!!」と反論したが、マーガレットがケラケラと笑いだすとジョルジュの方へ視線を移した。ジョルジュもちょっと顔を赤くしていた。



「まあいいわよ♪馬小屋につないでいるから乗っていっていいわ。ジョルジュ、アンタはもうマルチネスのこと知ってるからいいけど、モンちゃん初めてなんだからしっかりね」


マーガレットはそれだけ言うと、ベッドの方へ戻って寝転がった。
ジョルジュは「ありがとうだ」と言ってモンモランシーと共に部屋を出た。


部屋を出る際、中からマーガレットが「なんかお酒買ってきてね~」と言ったのが聞こえてきた。








「いや~まさかマルチネスがこんなにやんちゃになってたなんて知らなかっただよ~」


「知らなかったじゃないでしょー!!どうすんのよ!一向に止まる気配ないわよ!」


そして現在、彼ら二人は疾走するケルピーの背中で振り落とされまいと必死になっているのであった。
人と一頭の横を、木で作られた立て看板が通り過ぎていった。


「ちょっとぉぉっっ!今トリスタニアの看板でしょ!?過ぎちゃったじゃないのジョルジュ!」


「マルチネス!止まるだよ~!!もう着いたから、過ぎちゃったから!!マルチネスゥゥゥゥッッ!!!」


道をそれて爆走する彼らがトリスタニアに到着したのはもう少し後である。





[21602] 24話 母はお客を選ばない
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/12/13 00:59
「ホラ犬!!ちゃんとついてきなさい!!アンタに財布預けるんだから落とさないでよ」

「イって~・・・まだ尻がジンジンする...ってルイズ。やっと着いたはいいけどどこ行くんだよ一体?」

王都トリスタニアのブルドンネ街。
人で溢れるこの通りを歩きながらサイトはルイズにそう尋ねた。
腰のあたりをさすりながら歩いているのは、人生で初めての乗馬に腰を痛めたからである。

トリスタニアに着いた後、ルイズは若干早歩きでテクテクと先へ歩いていくため、サイトは目的地も知らされぬまま後ろについて回っていっていた。
ルイズは前から来る人をかわしながら歩いていたが、ようやく目的地を話してくれた。

「もう少し歩いたところにピエモンの秘薬屋って店があるの。その近くに武器屋があるって聞いたんだけど...」

「おいおい...『聞いたんだけど』って行った事ねーのかよ?ホントあんのかよ武器屋」


サイトは疑念に充ちた目でルイズの後ろ髪を見てたが、ルイズはぐるっと振り向くとサイトを指差し、

「うるさいわね!!アンタはそんなこと考えなくていいの!!それよりもアンタ財布は大丈夫でしょうね?ここは人通りが一番多い場所だから、気をつけてないとスリやひったくりに会うんだから」

そう言われたサイトは多少不安を覚えたのか、パーカーのポケットに手を突っ込んで金貨が入っている袋があることを確認した。幸いポケットの中には革で作られた小袋が入っている。
ルイズは尚もブツブツと言いながら通りを進んでいくが、サイトはキョロキョロと通りを見ていた。
ここブルドンネ街はこの街一番の通りと言っていたが、サイトの世界と比べると狭い方であり、出店や商店が立ち並ぶ光景は、まるで祭りを開いている商店街ようである。
こんな狭いところでこんな沢山の人が歩いているのだから、確かにスリやコソ泥等も現れるだろう。

「大丈夫ダイジョーブ。ちゃんとあるから。しっかし、こんな狭いところが街の一番広い所って...」

そう呟こうとした時、サイトの横を2人の女性が通り過ぎた。
二人ともフードを被っていてよく見えなかったが、その間から覗く顔は少年が見たことがないほどの美しさを携えていた。

「うわ~すげえな...あんなスゴイ美人がいるとは...」


サイトは思わず見とれてしまい、足を止めてしばらくその後ろ姿を見つめていたが、やがて二人の美女は人ごみに消えていった。

「ちょっと何見てんのよ犬!!早く行くわよ!!」

付いてこない使い魔に気が付いたか、いつの間にかルイズはサイトの横にいた。
そして片方の耳をむんずと掴むと、美女とは反対方向へと少年を引っ張った。
サイトは耳を引っ張られる痛さに「分かった分かった!!耳つかむなって!」と慌ててルイズへと付いていき、再び通りを歩き出した。











「いや~まさか止まるのにあんだけ苦労するとは思わなかっただよ~」


ルイズとサイトがブルドンネ街の通りを歩いている頃、トリスタニアの商店街へと入る入口の近くにある喫茶店で、ジョルジュとモンモランシーが若干疲れた顔をして椅子に座っていた。
通りの外に椅子やテーブルが並べられ、店内ではあらゆる場所から仕入れてきた茶葉を使ったお茶が、芳醇な香りを湯気と共に立ち昇らせている。
2人が座っているテーブルにも、2種類のお茶が入ったカップが乗っている。

乗ってきたケルピーのマルチネスが目的地を通り過ぎた後、ケルピーの向きを変えて戻ろうとしたのであったがその度に目的地の場所を通り過ぎてしまった。
結局到着したのは最初に通り過ぎてから15分後であったのだ。(現在マルチネスはトリスタニアの近くにある川で水浴びをしている)
必死にマルチネスを操ろうとしたジョルジュもであるが、ケルピーに必死にしがみついていたモンモランシーの顔にも疲労が出ていた。


「馬から降りるのがこんな時間がかかるなんて...確かに早かったけど、はあ、また帰り乗ると思うとちょっと気が重いわ」

そう言ってモンモランシーはティーカップを手に取り、一口飲んだ。柑橘と林檎の軽い酸味と甘みが口の中に広がった。
ジョルジュも注文したお茶をすすりながらホッと息を吐いたが、ひとつ大きな欠伸をした後、モンモランシーに行き先を尋ねた。


「そういえばモンちゃん今日はどこにいくだか?」


モンモランシーは再びカップに口を付けた後、若干元気が出たのか明るい声で返した。

「この先にお母様が経営している化粧品店があるの。新しい香水のレシピが出来たからそれを渡しにね。お母様、ヒトが作った香水をちゃっかり名前なんてつけて売っているからホントはいやだけど...」

そうブツブツとモンモランシーは母親への愚痴をこぼし始めた。
ジョルジュはそれに相槌を打ちながら自分のお茶を啜っている。(色を見る限り緑茶のようであるが、飲んでみると烏龍茶のような味がする)
ジョルジュは香水の材料を作っている手前、モンモランシーが香水を作るのにどれだけ苦労しているかも知っている。
愚痴をこぼしながらもちゃんと作り方を教えてあげるトコロに、モンモランシーの性格がうかがえる。

「でもモンちゃん、なんだかんだ言ってちゃんと小母さんのコト助けてんだな。偉いだよ」

ジョルジュが笑いながらそういうと、モンモランシーはプヒーと息を吐き、カップに残ったお茶の残りを全て飲み干した。
カチャッとカップをテーブルに置くと、「そんなんじゃないわよ」というと、ガタっと席を立った。
どうやら出発するらしいと読んだジョルジュは、自分のお茶をグイッと飲み干すと椅子から立ち上がり、数枚の銅貨をテーブルに置いた。
並んで歩いている途中、モンモランシーはボソッとつぶやいた。


「卒業する前に家が潰れたら笑い話にしかならないわ」










ブルドンネ街から少し横に外れた通り、ドシャペル街という名の一等地に化粧品店『モンモ』は店を構えている。
はじめは別の場所で営んでいたが、ここ数年店で売り出されている香水『ド・リール』を始め、『カルヴァドス』や『アングレーズ』など様々な香水が貴族たちの間で広まり、急成長を遂げている店である。
この店は普通の店とは違い、女性であるならば平民や貴族と身分はお構いなしに入れる。
そのため広い階級層で客を捕まえているのが急成長を遂げた要因でもある。
尚、「つけチクビ」や「つけ睫毛」などの珍しいモノも店に並べられているが、あまり知られていない。







「モンモランシーあなたですか。今日はどうしたのです?ぶっちゃけお金なら貸しませんよ」

広い店内の奥、黒壇の色が付いた机を挟んで座っていたモンモランシーの母は娘を見てまず最初にそう言った。
店の中は高級感が漂う作りになっており、中央に大きな丸型のテーブルが置かれ、そこには様々な種類の香水が積まれている。
壁の棚には化粧水や髪油、口紅などの化粧品が多々揃えられており、値段も貴族でなければ買えない値段のものや、平民でも手の届くモノなどピンからキリまである。

モンモランシーは母の言葉はお構いなしに、机を挟んで立つと、懐から何枚かの束ねられた紙を取り出し、机の上に置いた。

「娘に会って出る最初の言葉じゃありませんわお母様。これ、新しい香水のレシピだから使うんなら勝手に使って下さい」

モンモランシーの母は紙を手に取ってペラペラとめくった後、ホーっと息を吐いた。

「まあモンモランシー...いつも悪いわね。それに今日なんてわざわざ店の方に届けてくれるなんて、何かよからぬことでも企んで...」


そういって動かした彼女の目線には、モンモランシーの横に立つ赤髪の少年ジョルジュが入ってきた。
ジョルジュは友人ナターリアの息子であるためよく知っているが、店で見るのは今日が初めてである。
ジョルジュも視線に気づき、ピンっと立ちなおすと、ペコリと頭を下げて挨拶をした。

「あ、お久しぶりですだ小母さま」

「ジョルジュではないですか。店に来るなんて珍しいですね。いつも娘を助けてくれて感謝してますよ」


モンモランシーの母はにっこりとほほ笑み、香水のレシピを手に取ると、机から立ち上がった。
立ち上がる時、「モンモランシー、ちょっと...」と呟いてモンモランシーを手まねきした。
モンモランシーは少し首をかしげながら母のあとについて奥へと歩いていった。



≪モンモランシー、ジョルジュは私もよく知ってますけどナターリアと親戚になるのはどうも気が進まないのですが≫

ヒソヒソと喋りかけられたモンモランシーは眼をキョトンとさせたが、やがて顔を少し赤らめると母の肩をつかみ、半ば引きずるようにさらに奥へと行った。
ジョルジュは二人が何を話してるのかは聞こえてないようで、キョロキョロと店の商品を見ている。

≪何勝手に話を飛ばしてるんですかお母様!!ジョルジュとはそ、そういったコトじゃなくてね、タダのと、友達...≫

≪あーハイハイ、もうネタは上がってるんですよモンモランシー。ぶっちゃけただの友達と一緒に親の店なんかに来るわけないでしょうが。今日び『ツンデレ』なんて流行りませんよ。もっとオープン感覚でいかないと≫

≪だからそうじゃないってまだそんなこと考えてなくて...って聞いてないし!!≫


モンモランシーが反抗する間もなく、モンモランシーの母はカーテンで仕切られている店の奥にズンズンと進み消えていった。
しばらくしてモンモランシーの前に現れると、手に何やら布の塊のようなものを持っており、モンモランシーにドサッと手渡した。
「ジョルジュ、あなたも来て下さい」とジョルジュも呼び、近くにやってくると彼の手にもドサッと渡した。

「まあ今日はぶっちゃけ来てくれて助かりました。今日は店の者がほとんど出払って人手が足りなかったのですよ。モンモランシー、ジョルジュ、少しの間店を手伝ってくださいな」

「「へ?」」


モンモランシーが渡された布を広げると、それはピンクと白の生地で出来たロングスカートのドレスのような服であった。

「ちなみにここでは私の事は『マダム・モンモ』と呼ぶんですよ」


モンモランシーの母、もといマダム・モンモはニコッとモンランシーの方を見た。
モンモランシーはしばらくの間、口をポカンと開けたまま動かなかった。






「い、い、いらっしゃいませ~ようこそ『モンモ』へ...」


外が昼を過ぎて少し経った頃、店の中には数人の客が入り、化粧品を手にとって喋り合う貴族の婦人たちや、メイドを連れて商品を物色する貴族の娘などが店を物色していた。


そんな店の中央で、モンモランシーは香水の説明を客の一人にしていた。
その姿は普段の学院の制服ではなく、ピンクと白のドレス調の服に金髪の縦ロールという、何ともお嬢様風な出で立ちだ。
顔も化粧を施されており、普段の彼女からは想像しにくいような大人の雰囲気を出した顔になっている。
香水の説明をしている彼女の前では、メイドを後ろに立てた12歳ぐらいの女の子が熱心に耳を傾けていた。


「そうですね。お嬢様程の年齢でしたら、こちらのハーブを使った香水がよろしいかと...」


「う~ん...そうね!じゃあこれをいただくわ!マリーナ!」


そう女の子が声を出すと、マリーナと呼ばれたメイドの女性が前に出てきて、モンモランシーから香水の瓶を一つ貰った。
そしてメイドには見向きもせず、女の子はまた別のところへと行ってしまった。
モンランシーはフゥと息を吐くと、顔には出さないようにブツブツとつぶやいた。

(たくっ...なんで私があんな女の子に敬語使わなきゃいけないのよ!!大体私が店員なんかやんなきゃいけないワケよ!?おかしいでしょこれ!?)


「なにブツブツ言ってるのですかモンモランシー。ナイスでしたよ。流石香水の製作者は知識豊富ですね」


モンモランシーは声をかけられた方を向くと、そこにはモンモランシーの母、マダム・モンモがいた。
マダム・モンモはモンモランシーの肩に手を置くと、店をぐるっと見渡しながらこう言った。


「私の店は女性が誰しも美しくなれることを売りとしているのです。それは身分関係なく、皆が『美しくなりたい』と思うからです。だからお客様は平等に、丁寧に接するのが店の方針なのです」


マダム・モンモは最後にボソッと「まあ、ぶっちゃけ金さえ払ってくれれば貴族だろうが乞食だろうが関係ありませんし」とモンモランシーの耳元で呟いてフフフと笑った。
モンモランシーはそれを黙って聞いていたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「最後の事は聞かなかったことにして、まあお母...マダム・モンモの経営方針は分かるし、イイことだと思うわ。中々そんな店ないからね。私は結構好きよ。でもねマダム・モンモ...いくらなんでも」

モンモランシーはそういって指をとある方向へと指差した。
そこには丁度先程香水を買った女の子とメイドと、


「ちょっと!!アナタ店員なの!?なんで男なのにドレス着てるのよ!???」

(あれはダメでしょオオオオォ!!!!)


ドレスを着たジョルジュがいた。





「ちょっとマダム・モンモ!いくらなんでもあれはダメでしょ!いくら新しいことが好きだからってあれはもうアウトよ!下手したら捕まるわよ!!」



モンモランシーはマダム・モンモに対して半ば叫ぶような表情で、しかし声は周りには響かないように押さえながら声を出した。

それも無理はない。
今のジョルジュの格好は、モンモランシーと同じ色合いのドレスに身を包んでいるのだ。
しかも何故かスカートの丈はモンモランシーのよりも短く、外に出ている足には二―ソックスが装備されている。
体つきの良いジョルジュの体にはキツイのか、腕や胸の辺りは少し張っており、傷だらけだった顔はマダム・モンモの魔法で隠されている。


しかしどこからどう見ても女性のドレスを着たごつい少年にしか見えない。
マダム・モンモはモンランシーに小さい声で話し始めた。
その顔は若干笑っている。


「落ち着きなさいモンランシープッ。今の時代プクッ美しくなりたいと思うのは女性だけではプスプスないのですよ。時代はプスー『女装』の域に到達すると私は考えて...フッフッフッ」

「嘘よね!!どう見ても嘘よねそれ!?もう笑っちゃってんじゃないの!どうすんのよアレ!!女の子下手したらトラウマになるわよ!!」


「いや~男物の制服がなくてね?でもどうせ来たなら試しに着させてみようと思ったんでだけども...似合ってないわね」


「今更それ!?」


モンランシー達が言い合っている間、何やらジョルジュも女の子と話し合っていた。
モンランシーが様子を見ていると、少し経って女の子がジョルジュから離れていった。
モンモランシーとマダム・モンモはジョルジュに近づき、小声で尋ねた。

「ねえジョルジュ、あんた何話してたのよ?」

ジョルジュはウーン少し唸ると、モンモランシーの方へ振り向き、

「『今度私の屋敷に来ない?』って言われただ」

二人は驚きよりも疑問しか生まれない言葉に首をかしげ、今度はマダム・モンモが尋ねた。

「あらそれは大胆ですね。他には?」

「なんか『今度お兄様があなたみたいな人集めてパーティするから』って言ってただよ。『あなたみたい』なってこんなドレス着て...」

「ジョルジュ、後で丁寧に断っときなさい」


モンモランシーの顔は少し青ざめていた。








「なんてコト...あの女の子の家庭が心配でたまらないわ」


口の中でモゴモゴと言いながら、モンモランシーは次に香水の前に訪れた婦人に香水のアドバイスをしていた。
それが終わると、またどこからかマダム・モンモがやってきて、

「時代は進んでいるのですよモンモランシー。ホラ見なさい。ジョルジュは普通に接客しているでしょ?ああやっていろいろ経験して成長していくのですよ」


「そんな危険な方へジョルジュを成長させようとしないでくれません?大体マダム・モンモさっきから何もやってないじゃないの。少しは接客でも...」

「せっかく店員がいるのだからそんな...ぶっちゃけ楽したいワケで」

「ホントにオーナーなの!?」



そんな2人のやり取りを、ジョルジュは入り口近くの商品の棚を拭きながら見ていた。
母娘でやいのやいのとやりとりしている姿は、なぜか実家での母とのやりとりを思い出す。
母様と友達だとは知っているが、どことなく性格が似ているのは気のせいだろうか。


そんな事を考えながら、スースーする下半身に違和感を覚えながらも棚の整理をしていたジョルジュに後ろから声が掛った。


「あの~すみません」





「あれ、モンモランシー、ジョルジュにまたお客様が来ましたね。あんな変な格好の人によく声をかけようとしますね」


マダム・モンモの声に反応して、モンモランシーはジョルジュの方に顔をむけた。
見ると革のフードをかぶった女性が二人、ジョルジュに話しかけてるではないか。
離れた場所であるのと、フードが邪魔で顔が見えないでいるが、隙間から覗く肌は白くてきめ細かいのが分かる。

モンモランシーとマダム・モンモはしばらく様子を見ていたが、やがて二人の客はフードに手をかけて後ろへ降ろした。顔を見た瞬間、二人は自然に息をのんだ。


一人は金髪を短く切り揃え、切れ目が特徴的な女性である。
そしてもう一人は、紫が混じったブロンドの髪を後ろで結わえ、パチリと開いた目がいかにも愛くるしい顔を出している。
いかにも清楚なオーラを出しているその顔は、二人が良く知る人物であった。






「あの、あ、あ、あの人というかあの方、は、は...も、もしや」

モンモランシーが言い淀む隣で、マダム・モンモはん~と少し考えた後、きっぱりと言い切った。


「完璧アンリエッタ姫ですね」



マダム・モンモが言った通り、ジョルジュが対応している客はトリステン王国王女、アンリエッタ・ド・トリステインであった。








「しかし変装のつもりなんでしょうか?ぶっちゃけバッレバレですね」


「そういう問題じゃないでしょ!!」





[21602] 25話 アニエスが店に来たワケ
Name: 黒いウサギ◆0c7d2f48 ID:258374a3
Date: 2011/01/07 19:32
朝日が上り、太陽が眩しく城壁を照らしているとある週末の朝、アニエスは久々の休日を使ってトリスタニアに買い物をするため、身支度を整えて馬小屋から馬を連れだしてきた。


「フフッ、久々の休暇だ。最近は『土くれのフーケ』の所為で見回りや警護といろいろ立て込んでいたからな...ようやく街へといける」


そう呟いたアニエスはおもむろに懐に手をやり、一冊の本を取りだした。
茶色の表紙には黒いインクで『四十路の恋 春』と大きく書かれている。
アニエスが手に持つ本は、最近出版され始めた小説で、既に何冊かシリーズで出版されている。
内容はメイジである著者が、実際に体験を基に書かれた恋愛小説ものでおり(あとがきで著者本人が語っている)、
リアリティ溢れる表現と、ただれた恋愛ストーリーが平民、貴族問わず読まれ、今や大人気小説のひとつとなった。アニエスも愛読者の一人である。

、今回アニエスの買い物リストの一つにも、新作である『四十路の恋 夏』が載っている。


「街に見回りに行ったときに本屋に予約しておいて正解だった。たちまち売り切れてしまうからな。しかしこの『シュヴァリンヌ』先生とは一体どんな人なのか。いち読者として感想の手紙を送りたいが...」

そうブツブツと呟きながらアニエスは馬に鞍を乗せ出掛けの準備を整えていたが、
ふと、後ろから誰かに呼ばれる声が聞こえた。


「あの、すみません。そこの馬を準備しているアナタ」


ん?っとアニエスは振り向くと、彼女は驚きで心臓が飛び出そうになりそうになった。
そこには紫がかったブロンドの髪を後ろで束ねたトリステインの姫、アンリエッタがそこに立っていた。
しかしその姿はいつものドレス姿ではなく、街にいる平民の女性が着るような服を纏っている。


「ひ、ひ、姫様ッ!!どうなされたのですか!?その格好は!?護衛の者は!?」

「落ち着いて!大きな声を出さないでください!!」


アンリエッタにそう言われて口をつぐんだが、心の中では叫びたい気持ちを抑えながらも現在の状況に頭が回りそうになっていた。

それもそうだ。
城仕えの身ではあるが自分は一介の騎士、ましてや貴族でもない自分に姫様が声をかけてくるとは...


「あなた、お名前は?以前訓練でお見かけしたのですが...」

「ア、 アニエスと申します姫様」

少し戸惑いながらも応えたアニエスに、アンリエッタはにっこりとほほ笑みながらアニエスの手を取り、

「アニエスですか。良い名ですね。ではアニエス、あなたに頼みたいことがあるのですが...」

アニエスの心臓は再びドキッと跳ね上がった。
姫様がじ、自分に頼みごと!?でも今日は予定が入ってるから明日にしてほしいかも...
いや待て、もしかしてこれは出世のチャンスかも知れない!!姫様に名前を覚えてもらえるのはかなり今後の出世に有利な...


アニエスの頭の中はいろいろな考えでフル稼働しているが、そんなことはお構いなしにアンリエッタは小さな声で言った。


「私を街に連れて行ってくれませんか?」

「はい?」

アニエスの声は小さく空に響いた。







「だめですって姫様!!誰にも言わずに城を抜けるなんて何をお考えなのですか!?ちゃんとマザリーニ様にもお許しを得てから出ましょう!!」

「マザリーニに話したらダメに決まってますぅ!!どうせ『不用意に外へ出歩くなんて危険でございます!!城にいて下され』って言いますわ。もう分かってるんですよ!!お願いアニエスちょっとだけ王都に行きたいのです。いいではありませんか減るもんでもないし!!」

「いや減りますからぁ!!主に私の命がぁ」


アンリエッタとアニエスが出会ってから10分ぐらい過ぎようとしていた頃、二人は庭のとある場所で言い争っていた。
たびたびメイドや兵士が来るのだが、その度に2人は適当な場所へ身を隠し、通り過ぎるのを待ってまた言い合いを始めていた。
二人の間には出会ったばかりのどこか重い空気は既に消え去り、まるで姉妹のような雰囲気さえ醸し出していた。


「そもそも姫様何の為に街に行きたいのですか?ちゃんとおっしゃればいくらあのガン...お堅いマザリーニ様でもきっと分かっていただけますって」

アニエスがそう言うと、さっきまでアニエスの手を引張っていたアンリエッタはピタッと動きを止め、よくぞ聞いたとばかりに目をキラッと光らすと、アニエスの方に背を向けた。

「香水を買いに行きたいのです」

「香水、ですか?」

アニエスは少しひょうし抜けた口調でいった。
アンリエッタはポニーテールにした髪を揺らしながらアニエスの方へ向き直り、まるで重大な会議でも始めたかのような口調でアニエスに言った。


「はい。最近城下町ではとある店で売られている香水が流行しているんだとか。メイド達からその話を聞いたのです...何でも貴族平民の方問わずに平等に商品を卸しているらしく、聞いている内に私もそのお店に行ってみたいと思って..」

「分かりました。じゃあ私はこれで」

「だから連れてって下さいよアニエスゥゥッ!!」

アニエスはさりげなく逃げようと背を向けたが、ガシッと手首をつかまれてしまった。

「今度!!今度連れて行ってあげますから!!今日は新作の小説買いに行くんですよ!!」

「そのついでに連れて行って下さいな!!香水買いに連れて行って下さい!!」

再びギャーギャーと言い合いが始まった。
アニエスが連れていけませんと言うのであるが、アンリエッタは何だかんだと理由を付けて引き下がらない。
段々イライラしてきたアニエスであったが、それでも何とか心を抑え、アンリエッタ論するように言った。


「大体、姫様別に姫様がわざわざ出向かずとも他の者に行かせれば済むことでは...」


アニエスがそう言うと、アンリエッタはピタッと体を止めた。
急に止まったので一体何かとアニエスはアンリエッタの方を見たが、急にアンリエッタはアニエスの方をビシッと指をさした。

「違う!!違うのですよアニエス!!そんなことは私も知っています。しかしそれでは何の意味もないのです!!私も王家の者と自覚していますが女なのです。そういうお店にも行ってみたいのです!!自分の目で見て触れて試し、自分の手で買ってみたりしたいのですよ!!」

「分かりましたから姫様!!声が大きいですって!!」

アニエスは慌ててアンリエッタの両肩を掴んでアンリエッタを自分に寄せ、庭に生えている木の影に身を隠した。
丁度そこへ炊事場で働いているのか、小さな女の子がテクテクと水桶を持って木のそばを通り過ぎて行った。

アンリエッタはハーハーと息を吐き落ち着かせると「すみません。ちょっと興奮しまして」と言いながらアンリエッタはあきらめたのか、顔を下へとさげた。
そんなアンリエッタを見てアニエスは、

(やはり姫様もお年頃の娘、城に閉じこもってばかりで気が滅入っているのだろうか...そう思うと連れて行ってあげたいとは思うが...
だけど私、香水とかそういうのあまり興味ないんだよな~。化粧なんかもたまにミシェルにやってもらう程度だし...ああなんだか面倒くさくなってきた。
今日が新作小説の入荷日だというのに...もうすぐ店は開くだろうになんで私はまだ城にいるのだ)

そう考えていると「分かりました!!」と声を出して顔を上げたアンリエッタが、アニエスに向かって言った。

「アニエスが連れて行って下さらなければ、私一人で行きます!!プチ家出です!!」

アンリエッタはプーっと顔を膨らますと踵を返し、アニエスが馬を置いている場所へと走り出した。

アニエスの顔から血の気がサーっと引いた。
姫様の事を知っておきながら一人で城から出してしまえば、何かあったら私の罪になってしまう。

アニエスは慌ててアンリエッタの後を追った。
何処にそんな脚力があるのか、アニエスが馬を置いた場所に行くと既にアンリエッタは馬にまたがっていた。

「ちょ、姫様降りて下さい!!一人では危険です!!」

「では行ってきますねアニエス。マザリーニによろしく伝えといて下さい♪」

そう言って馬の腹を蹴ろうとした瞬間、

「分かりました!!連れていきますから!!連れていくから一人で行かないでください姫様!!」

アニエスがそう言ったのと同時、アンリエッタはニコッと微笑んで、


「ではお願いしますねアニエス」



アニエスはそんなアンリエッタの笑顔に若干イラッとした。











「えっと...確かこの辺りにあると聞いたのですが、あ、ありましたよアニエス!!このお店です!!」


そう言ってアンリエッタが立ち止まったところは、レンガで造られた入口が目立つ店であった。
店構えからしていかにもお洒落な雰囲気を醸し出しており、上には『モンモ』と真鍮らしき金属で作られた文字が一層店の存在感を出している。

アンリエッタは被っているフードの端をヒラヒラと手でパタパタと揺らしながら笑顔を浮かべている。
アンリエッタが被っているフードはアニエスが街に入った時に露店で買ったものだ。
いくら平民の格好をしているかといって、流石に顔をさらして歩くのは危険だと思ったアニエスは、街に着くなり自分と彼女の分を購入して身に付けさせた。

「ああ~やっと見つかりましたわ。ではアニエス、さっそく入りましょう」

アンリエッタは意気揚々と店の入口へと向かって行った。
アニエスはそんなアンリエッタの後ろ姿を恨めしそうな目で見ながら後に続いた。


何故だ...今日は買い物を楽しんでお気に入りの茶屋で『はしばミルクティー』を飲みつつ新作の『四十路の恋 夏』を読みふけるはずだったのに...
何で興味もない化粧品店に姫様と来ることになったのだろうか...私は何か悪いことしたか?でも週末の星座占い私3位だったぞ!?

今日はいろいろと考え耽っているなあと思いつつ、アニエスが店内へと入ると、アンリエッタが丁度店の者に話しかけているところであった。

アニエスはフードを外すと、店内をキョロキョロと見た。
実はアニエス、こういった店に入ることが初めてである。
店内はレンガの壁に木の床が広がり、上にいくつも吊るされているランプはマジックアイテムなのか、ランプの灯とは違う明かりを漏らしている。
中央には大きな円形のテーブルが置かれ、そこには数多くの液体が入った瓶が並んでいる。
おそらく香水であろう、中央から様々な香りがアニエスの鼻をくすぐった。
店の奥には同じく店の者であろう2人の女性がこちらを見ていた。
一人は15、6歳くらいの少女か。縦ロールをいくつも髪に施していてピンクのドレスがいかにも可愛らしい。
もう一人はここの店主なのか、黒のドレスが大人の雰囲気をにじませ、長く伸ばした金色の髪が一層存在感を引き立たせている。


(やはりそういった店であるからな...なんだか私にとっては場違いなトコロだな)

アニエスは心の中で溜息をつき、自分に毒突くと、アンリエッタが未だに話している店員へと目を向けた。



ふ、やはりな、私なんかとは違ってちゃんと着飾っている男の子だ...
ってうん?男?


アニエスは一度目をこすると、もう一度アンリエッタが向かい合って話している店員を下から順に見ていった。

足元は白いヒールとソックスで清楚に整えられ、来ているドレスと同じ色で統一感を出している。
若干ドレスがパツパツであるが、ここまではまあ異常なしかな。

首より上を見るとショートにまとめた紅い髪がドレスとマッチしている。そして耳にピアスを付けたその顔は......
どう見たって男であった。


(なんで~ぇ!!!!?ちょ、ダメでしょコレ、なんでこんな女装した男が普通に接客してるんだよ!!?)

アニエスは心の中で声にならないような叫びをあげた。
しかし目の前ではアンリエッタが、何でもないかの様に話していた。

(さ、流石姫様!!普通ならばヒク程のことなのにそんなことは微塵も見せずに話している!!)

アンリエッタと女装した少年(アニエスから見て、顔が15,6くらいかと考えた)がしばらく話し合っていたが、少年が店の奥の方へ行くとアンリエッタはアニエスの方へ顔を向いた。
その顔は先ほどとは裏腹に、未確認生物でも見たかのような驚きを顔に張り付けていた。


「アニエス...なんでこのお店あんな殿方がいるの?」

アンリエッタはアニエスに聞こえるくらいの声で顔を若干青ざめさせていった。

「いや姫様、私が知るところではございませんし...というか先程まで普通に喋っていたではありませんか?なんで今頃そんな驚いているのですか!?」

「これでも私王家の者ですよアニエス?そりゃ外用の顔も持っていますから...いや~びっくりですよ。最近は女装が流行しているのですか?」

アニエスはイヤイヤと顔を横に振ると、アンリエッタにヒソヒソと話した。


「そんなコトはないでしょう?街とか城でも見たことありませんし見ませんよ?この店だけではないですか?」

「いや分かりませんよアニエス...こういうのは知らず知らずのうちに広まっているものですから。もしかしたらマザリーニとか案外そっちのケが...」

二人は少し口をつぐみ、頭の中にホワンホワンとドレスを着こんだマザリーニを作った。二人とも一瞬で吐き気を催した。


「どうしようアニエス!!もうマザリーニを真正面から見れないわ!!」

「あなたの頭がどうしようですよ!!いいからそんな幻すぐに消してください!!」

2人が小さな声で言い合っていると、店の奥から店主であろう黒いドレスを着こんだ女性が二人のそばに近寄ってきた。
アニエスとアンリエッタはそれに気づくと、二人同時に女性の方を向いた。


「いらっしゃいませお客様、ようこそ『モンモ』へ。香水を探しに来たとか...さ、あちらの方へどうぞ」


女性は手を差しながら店の奥へと2人を促した。
アンリエッタもアニエスもそれに従って奥の方へ歩いて行ったが、やはり接客を続ける女装した少年二人とも最後まで気になった。



[21602] 26話 母の接客術
Name: 黒いウサギ◆0c7d2f48 ID:258374a3
Date: 2011/01/27 22:05
「香水をお探しにいらしたとか。この店にはいろいろな種類の香水がございますから、きっとお気に召すモノがございますよ」

マダム・モンモは香水のほか、他の商品を紹介しながら店の奥の方へとアンリエッタとアニエスを促した。
店内にはまだチラホラと客が商品を物色しており、女装をしたジョルジュが対応している。
ジョルジュの方も大分慣れてきたのだろうが、彼の周りの空気は若干違和感をはらんでいる。
先程、屋敷の「パーティ」なるものに誘っていた女の子が未だにジョルジュの方をチラチラとみている。

アンリエッタはおずおずとマダム・モンモに尋ねてみた。

「はあ...あの、すみません。先ほどの男性の方は何であのようなカッコ...」

マダム・モンモ顎に指を付けて少し考えるそぶりをした。

「ああ、ジョル・・・『ジョアンナ』の事ですね」

「いや男性の方ですよね...なんでジョアンナ..」

「え~っ」とマダム・モンモは何か頭で考えるように唸ると、閃いたのかアンリエッタに言った。

「彼はですね、『体は男でも心は誰よりも女性』っていう生粋の・・・ほらあれ、今流行りの男の娘?っていうコです。男と女の垣根を取り壊した存在なのですよ」

「いや、男と女どころか人としての垣根壊したように思えるのですが...」

「大丈夫ですよ。ああ見えてジョアンナ魔法がグェ...」

「なに知り合いの息子にややこしい設定つけようとしてんのよ!!!」

モンモランシーはマダム・モンモの首筋を掴んで部屋の隅まで引張って行った。

「大体なんで姫様に向かってさも普通に接客してるの!?もしなにかあったら一大事よ!!」

モンモランシーはヒソヒソと、アンリエッタ達には聞こえないくらいの声でマダム・モンモへ言った。
しかしマダム・モンモはしらっと

「落ち着きなさいモンモランシー。あれでも一応変装しているつもりなのですよ。だったら気付いていない振りをしてあげるのが優しさでしょ」

「とにかく」とマダム・モンモは付け加えるとアンリエッタ達の方へと向きなおり、モンモランシーにボソッと囁いた。

「変装していようがぶっちゃけ姫様は姫様です。この店を気に入ってもらえて王家御用達にでもされれば我がモンモランシ家も安泰ではないですか。ここは私に任せなさいモンモランシー。伊達にこの店の店長やっているわけではないのですから」

そういうとマダム・モンモはアンリエッタ達の方へと向かっていった。

モンモランシーは心の中で溜息を吐くと、もうどうにもなれと店の中央へと歩いて行った。

「困るだよ~お客さん」

「いいじゃないの。あんただって好きでそんなカッコしてるんでしょ?だったら絶対気にいると思うわ!!」

ジョルジュが再びあの女の子に絡まれていた。









「帰るわよジョルジュ」

モンモランシーはジョルジュのそばまで近寄ると、耳元でそう囁いた。
その顔はどこか疲れているように見える。

「でもモンちゃん。今日は小母さま人手が足りないって言ってたし、もう少し手伝った方がいいんでねぇか?」

「あの人の事だからなんとかなるわよ。それにもう戻らないと学院に戻るのが夜になってしまうわ。それに...」


モンモランシーは店の棚、ルージュなどを置いている場所に立っている女の子とメイドにチラリと目をやった。
もう店に来てから随分と時間が経ったというのにも関わらず、店内を見ている...フリをしてチラチラとジョルジュの方へ視線を送っていた。

「あの女の子もずっとアンタのコト狙ってるし...変なコトに巻き込まれないうちのもう帰るわよ」

モンモランシーはそう言って自分たちの制服が置いてある更衣室の方へ行こうと、ジョルジュの手を握った。
その時である。

「ここがモンモランシーのお母さんが経営しているってお店だ・・・ってアラ、モンモランシーじゃない?どうしたのそんなカッコ?」

店のドアがガチャッと開き、彼女がよく知っている2人が入ってきた。
キュルケとタバサである。
自慢の紅い髪を揺らして、手には布に包まれた長い棒状のモノを抱えている。
モンモランシーはゲッと小さく叫んだ。


「ア、 アンタ達なんでここに!?」

モンモランシーは早口でまくしたてる。
キュルケはそんなモンモランシーなど関係ないような様子で、店へ来た理由を話し始めた。

「いえね?私達ダーリンがルイズと一緒にトリスタニアへ買い物へ行くのをツケてたの。でもそれだけじゃつまらないじゃない?そしたら今度フリッグの舞踏会があるのを思い出したの。それでその日のために私とタバサの化粧品そろえようって来たんだけど、モンモランシー...というか」

キュルケはモンモランシーの背後、ジョルジュの方に目を向けた。
そしてモンモランシーの肩をポンと叩くと、優しさを含んだ目で彼女を見つめた。

「あなた...いくら一緒にいたいからって自分の趣味にジョルジュを巻き込むのは良くないわ。いくらジョルジュが「変人」でもこれじゃ「変態」になるわよ」

「私がやったわけじゃないわよ!!これはお母様の仕業なの!!そもそも好きでここにいるわけじゃないのよ!!」

モンモランシーは大きな声でツッコんだ。
ジョルジュは後ろからモンモランシーに「落ち着くだよモンちゃん」となだめようとした。
キュルケはその光景をニヤニヤと笑って見ていたが、タバサはじーっとジョルジュの方を見て、ジョルジュの方にトテトテと歩いていっておもむろにジョルジュがはいているスカートをツイツイと引っ張った。
それに気づいたジョルジュがタバサの方へと顔を向けた。

「......舞踏会の衣装?」

「違うだよ!?」


そんな四人で話していると、後ろの方から声がかけられた。

「何してるのですかモンモランシー?ってあら、あなたたちは...」

モンモランシーとジョルジュが振り返ると、マダム・モンモが口に手をかざしていた。
その後ろにもう二人いることが分かる。母の背中で顔が見えないが、姫様とそのお付きの人だろう。
マダム・モンモは制服で娘の知り合いと気づいたようで、キュルケとタバサに向かって少しほほ笑んだ。

「モンモランシーのお友達かしら。私のお店に来てくれてありがとうね。ゆっくり店の中を見て行ってね」

「それはいいけど...姫さ...先程のお客様は?」

「ええ、今帰られるところよ。店の前までお送りするところなの」

そう言うとマダム・モンモは4人の横を通り、ドアノブを掴んでガチャッと金具がこすれる音と共に扉を開いた。

「ありがとうございましたお客様。ではまたのご来店をお待ちしております」

マダム・モンモは営業スマイルばりの笑顔を、後ろからついてきた二人に向けた。
すぐ後ろにいた二人がまた四人の横を過ぎていく。


「今日はホントにありがとうございましたマダム。香水だけではなく、いろいろ教えて下さって...また機会があれば来させていただきますわ」

そう言ってアンリエッタは明るい声で言うと、意気揚々とドアをくぐって行った。
その後にアニエスも続いていった。
二人が店から出ていくと、マダム・モンモはドアを閉めた。
マダム・モンモはほくほくと顔をほころばせているが、四人とも目を見開いて、表情を固めていた。
モンモランシーはおずおずと尋ねた。


「マ、マダム?一体お客様に何を教えたのよ?」

「いえ別に...ただ香水を買っていただいた後に少々お話してたらお化粧のコトに話題がなってね?それで私のメイクの腕を披露したということですよ」

「・・・・」

モンモランシーは無言で振り返ると、

「あの...そう言うことなんだけど...感想は?」

キュルケ、タバサ、ジョルジュは少し考えた後、順々に答えた。


「感想っていったって...あれじゃあどう見たってはっちゃけた道化師よ」

「・・・・ピエロ」

「マイケル・ジャク○ンだよ」


店に微妙な空気が流れた。











「ねぇ犬、ホントにそれでいいの?そんなボロッちぃ剣よりももっとかっこいいの選べばよかったじゃない」

ブルドンネ街を少し歩いた先の門のところで、馬小屋近くでルイズは隣を歩くサイトに尋ねた。
心なしか返品を促しているように感じる。
そんなサイトの手には、サイトが扱うには大きいと言える剣が鞘から抜かれてその手に握られていた。
剣の表面はうっすらと錆が浮いており、厚みを帯びた剣はまるで骨董品のようである。
サイトはじ~っとその剣を眺めているが、突然剣のつばの部分がカシャカシャと動きだし、声を響かせた。

『ボロッちぃとは何だ嬢ちゃん!!このデルフリンガー様を甘く見ちゃ困るぜ!!』

そう言うとサイトの持つ剣、デルフリンガ―はカシャカシャと金具を揺らした。

『こう見えてもおれっちは頑丈に作られてんだよ。おまけに切れ味もそんじょそこらの剣なんか目でもねぇ!!おれっちにかかりゃ木だろうが石だろうが嬢ちゃんの無い胸だろうが一刀両断よ!!』

「サイト、悪いけどそれはもう駄目ね。これから私が壊すから新しいのを買いましょう」

こめかみをピクピクさせ、杖を振り上げるルイズを見てサイトは慌ててそれを制した。

「ちょちょちょ!!落ち着けってルイズ!!俺こいつ気に入ったんだから。それにお前新しいの買うたってそんなお金ないだろう?」

それを言われると何も言い返せないルイズはう~っと唸りながらデルフリンガ―を睨んでる。
そんなコトはお構いなしに、デルフリンガ―はカシャカシャとさびを落としながら喋る。

「そうだぜ嬢ちゃん。それにおれっちの相棒はこいつに決まったからな。じゃあこれからよろしくな相棒!!」

「あ、相棒って俺のコト...?なんか照れ臭いけど、んじゃあよろしくなデルフリンガー」

サイトはニカっと剣に向かって笑いかけた。

「ホラ、もうそのボロ剣鞘にしまって。馬小屋に行って帰るんだから」
ルイズに言われて「分かった分かった」とデルフリンガーを鞘に納めようとするが、その時、サイトの目に派手なメイクをした女性と金髪の女性が馬に乗ってルイズ達の横を通り過ぎて行った。


「すげぇ!!おいルイズ見たか今の!?あのヒトすんげぇ化粧してたぞ!!」

「ちょっと大きな声出さないでよ!!でも確かに凄かったわね今のは...もう一人は奇麗な人だったけど、芸人の人かしら?」

「いやでも凄かったッッ...昔DVDで見たXj○panのヒトみたいなメイクだったぜ」

「訳分かんないこと言ってないで帰るわよ。ホラ、さっさと歩きなさい犬!!」

そうしてルイズとサイト、そしてデルフリンガーは馬小屋の方へ歩きはじめた。



それと同じ頃、馬の背中に乗っているアンリエッタはアニエスの背を掴んで、ホウッとため息をついた。

「あの道にいたのってルイズよね?昔からの親友の顔を見ても気づかないなんて...」

馬の手綱を握っているアニエスの手に力が入る。
あの店主が姫様にとんでもないことをやり、あまつさえそれを姫様が気にいるようだから何も言えなかったが、

―姫様、やっと気づきましたか!!そうです。そのメイクはいくらなんでもナシです!!友人にも気付かれないんですよ!?そのはっちゃけメイク―

アニエスは心の声で叫んだ。
そしてアンリエッタは頬に手をやりながら言った。

「やっぱりちょっと派手かしら?ねぇアニエスどう思う」


アニエスの身体から力が抜け、落馬しそうになった。




「あの姫様?城に着く前にはその化粧は落として下さいね?」

「分かってますよアニエス。でも今度魔法学院に行く時にでもまたやってみようかしら」


「いや...それはお止めになった方が...」



[21602] 27話 外と中の激しい温度差
Name: 黒いウサギ◆0c7d2f48 ID:258374a3
Date: 2011/01/23 19:25
空はすっかり闇に包まれ、チラチラと星が輝き出した頃、魔法学院の寮の窓からは次々とランプらしき光が煌々と部屋の窓から漏れ出している。
そんな女子寮の一室で、ルイズは桃色の髪の毛を逆立てるような大きな声を出した。


「ツェルプストー!!!ヒトの使い魔に勝手にモノあげないでよ!!」

「あらぁ?別にあなたじゃなくてダーリンに買ってきてあげたのよ?なんでヴァリエールの許可がいるのかしら?ね、ダーリン♡」


そう言ってキュルケは部屋に積まれた藁の上に座っているサイトにしなだれかかった。
それを見たルイズの顔は真っ赤になったり青くなったり、時々白くもなったりと忙しい。
まるで床屋でくるくる回ってる「サインポール」の様だ。
サイトはそんなルイズなどそっちのけで、両手にそれぞれ持った二本の剣を交互に眺めてた。
サイトの左手には今日ルイズから買ってもらった剣、デルフリンガーが握られている。
そんな錆びてる剣の反対に、キラキラと光る剣が握られている。
金色に輝く剣の柄に、所々に宝石の装飾が施されており、いかにも高級そうな作りの剣だ。


「すごいでしょダーリン?その剣は何でもゲルマニアの有名な魔法使いシュぺー卿が作ったっていうスンゴイ品なの。そんなサビだらけの剣なんかより、私の剣を使ってよ」

「ってツェルプストー!!それ私たちが行った武器屋で売ってたモンじゃない!!アンタツケてたでしょ!?」

叫んだルイズの方に顔を向けながら、サイトにしなだれかかっていたキュルケはスッと立ちあがった。
勝ち誇った目でルイズを見ながら、キュルケは少し目を細めた。

「人聞きの悪いこと言わないでくれないかしらヴァリエール?それにぃ、使い魔に十分な武器も買えないようじゃ~ご主人失格じゃないかしら~?」

「あんですってぇぇぇ~!!!!?」


言い争うルイズとキュルケを尻目に、ベッドの上ではタバサは街で買ってきた本を読んでいる。
背表紙のタイトルには「四十路の恋 夏」と書かれており、ページの量からしてもう少しで終わりそうな雰囲気だ。
先程から剣を眺めていたサイトだが、しばらくするとキュルケの買ってきた剣を少し回しながら二人へ目を向けた。


「いやキュルケ...悪いけどこの剣偽物だぞ?模造刀じゃ流石に...」

「いいキュルケ!!使い魔の世話は私がするんだから!!あなたが口はさまないで頂戴!!」

「ああぁら別に口はさんだりしてる訳じゃないのぉ。ただ、あなたに虐められているサイトを見ると助けたくなるだけなのよぉ」

「いや助けるはいいけどだからこれ模造刀...見てよこれ。刃がついてないっつーの」


サイトは二人に向かって言うが、当の二人は言い争いに夢中らしい。


「大体ルイズゥ?あなた最近決闘の事があったからって調子に乗ってるんじゃないのぉ?別にアナタが凄いわけじゃないから。サイトが凄かったんだから」

「サイトサイトって言ってるけどキュルケぇ?アンタまた恋人変えたらしいじゃないのぉ?さすがツェルプストーの女ね。口ではなんとでも言えるからね」 ピクピク

「あああらぁ...『恋多き』女って言ってくれないかしらぁ?まあ恋の一つもしたことないルイズには到底理解出来ないかしらぁ?さすがルイズ。胸と魔法と恋愛経験はゼロね」 ピクピク

「どっちも落ち着けって...」


サイトが二人に忠告するが、二人には全く届かないようだ。
サイトは鼻からフーっと息を吐くと、ベッドの横で読書をしているタバサの方にぼそっと声を掛けた。


「なあ、あの二人っていつもあんな感じなの?」

タバサは本からスッと目を外し、サイトの方を少し見ていたがまたすぐに本に目を向けた。
その後にぼそっと呟く。


「ほぼ毎日・・・見ていて飽きない」

「いや、そりゃそうだろうけど...」


サイトは再び溜息をフーっと吐くと、キュルケの買った剣をそっと藁の上に置き、デルフリンガーを担いでスッと立ちあがると部屋の真ん中で騒いでいるルイズへと近づいていった。


「だからルイズ。俺はこれで良いんだって。キュルケのは切れないんだから...ありがたいけど武器には出来ないの。って聞いてる?」

「なんですってぇぇこの色ボケ魔法使い!!!」

「何よこの毒舌チビルイズ!!!」

サイトは二人の近くまで来てルイズにアレコレと言ってみるが、ギャーギャーと喚く二人の眼はお互いしか見えておらず、耳は相手の言葉しか聞き取れてないようだ。
ココまで来るとむしろ仲がいいようにも見えてくる。


「だめだこりゃ...全然聞こえてねぇよこのペチャパイピンク...」

「だれがペチャパイだコラーッ!!!」


サイトがぼそっと呟いた瞬間、ルイズは目に留まらないような速さで体をひねると、右手の拳をサイトの顔面へとめり込ませた。
体重の乗った重いパンチはサイトの両目から涙をにじませ、仰向けに転倒させた。


「聞こえてんじゃねぇかよ...」


サイトの声はそっちのけで、息をゼーゼーと切らした二人はキッとお互いに睨むと、杖を取り出してビッとまた互いを指した。
ココまでの行動はピタッと息が合っていて、ホントに仲が悪いのか疑問だ。


「お互い考えてることは同じのようねヴァリエール...」

「どうやらそうみたいね...言って分からないならこれで決めるしかないわ...」

「いやだからオレ、デルフリンガーで良いって...」

「「決闘よ!!」」

「・・・・」

そしてルイズ、キュルケはウーっと相手を威嚇するように睨みあいを始めた。
床に倒れながらサイトは、同じく床に転がるデルフリンガーに顔を向け、力が抜けた弱弱しい声でこう尋ねた。


「なあデルフ...女の子ってこういうもんなのかな...」


倒れた拍子か、鞘から半分抜けた状態のデルフリンガーは金具をカシャカシャと鳴らしながら答える。


「相棒...おれっちはこんな苦労している相棒は初めてだぜ」


デルフリンガーから聞こえる金具の音がどことなく悲しかった。








「ああ~疲れただよぉ~!!」


ルイズ達が決闘と騒いでいる女子寮から離れた所に位置してある男子寮、ジョルジュは椅子にドサッと腰かけると、ん~っと伸びをした。
そんなジョルジュをジト目で見ながら、向かいの椅子に座るモンモランシーもぐったりした顔で、


「私の方が疲れてるわよ...ってジョルジュ。あんた何でまだ...」


「んあ?」っと顔を上げたジョルジュだが、ふと耳元でカチャカチャっと音がした。
ジョルジュは少し顔を不機嫌に歪ませると耳元に手をやった。
何度か指を動かしていると、耳から金と銀出来た金属細工が外れた。


「モンちゃんさっきからこのピアスカチャカチャいってうるさいだよ~。やっぱオラにピアス合わねぇだよ」

「いやもう着替えなさいよジョルジュ!!いつまで着てるのよそれ!!」


モンモランシーは立ち上がってジョルジュに指をさしながら大声で叫んだ。
ジョルジュの姿は『モンモ』の店以降、未だにドレスの格好をしているのだ。
ジョルジュが着ているドレスは長時間着ていたためか、当初はパツパツだったドレスも彼にフィットしてきてるようだ。


「いや着てるも何も...モンちゃんのお母さんが『ごめんなさいねジョルジュ?アナタの制服なんだけど、ぶっちゃけ紅茶こぼしちゃってプスプス。悪いけどそのまま帰ってもらえないかしら?プヒー』って言われちゃったらもうこれで行くしかねぇだか?」


モンモランシーは手に頭をやり、ハァァァっとため息を吐いて俯いた。
そもそもあの母が紅茶なんか零す筈がない。紅茶嫌いなくせして店に持ち込んでるなんてありえないだろう。


「絶対嘘よソレ・・・はぁ、おかげで街から帰る時すごい目で見られてたじゃない。学院でも使用人たちに変な目で見られるし...全く、メチャメチャよ」

「というか店にいたあの女の子も結構ついて来ただよね」

「どんだけアンタを持って帰りたいのよあのコ...」


モンモランシーはまたフゥっとため息を吐くと、椅子にヘロヘロと落ちていった。
「モンちゃん溜息吐きすぎだよ~」とジョルジュはモンモランシーに呟きながら椅子から立つと、ドレスのスカートの中から杖を取り出した。
杖をさっと降ると部屋にある棚からティーポットやカップなど、お茶道具が一通り浮かびながらジョルジュたちの元へと寄ってきた。
二人のそばに置いてあるテーブルにポットがコトっと音を響かせて着地すると、今度はモンモランシーが杖を取り出して振った。
しばらくするとテーブルの上の方に、ジワジワと水滴が浮きあがってきた。
水滴は段々と固まっていき、やがて一つの大きな水塊になってシャボン玉のようにふわふわと空中に浮かんでいる。


ジョルジュは部屋の手前に建てられている別の棚の窓を開け、ごそごそと手を動かしながらモンモンランシーに尋ねた。


「モンちゃん。お茶っぱはなにがいいだかぁ?」

「そうねぇ。この前バラとミントを合わせて飲んだし...今日はラベンダーとリンデンで...」

「ラベンダーとリンデンね...」


そうブツブツ言ってるジョルジュの手には、二つのガラス瓶が握られていた。
中には乾燥したハーブが入っているらしく、それほど重くないのか、片方の手で二ついっぺんに掴んでいる。


このハーブはジョルジュがこの魔法学院に来てから発見したものであった。
偶然ジョルジュが学院の外へ行くと、前の世界でも見知ったハーブがあることに気づいた。(呉作の時から大のハーブ好きであり、「ハーブアドバイザー」の資格も取っている)
ジョルジュは学院の花壇で栽培を始め、今では数種類のハーブを育てている。
まあ、主な用途としてはこうやってハーブティーにするか、モンモランシーの研究材料になるか、後は料理のアクセントとしてマルトーの親方に渡すぐらいであるが。
ジョルジュはハーブが入った瓶をテーブルに置くと、杖をフッとひと振りし、瓶の蓋を開けた。
空中でフワフワと浮いていた水は少し震えたかと思うと、だんだんと白い蒸気を上がらせ、中から小さい泡を出し始めた。
ジョルジュが木のスプーンで大体の量をポットに入れ終えると、モンモランシーは杖を下へとゆっくりと降ろしていった。
すっかり沸騰したお湯は、モンモランシーの杖の動きに従う様、ゆっくりとポットへと入って行った。


「疲れた時にはお茶だねやっぱり!!」


ジョルジュはそう言ってニカッと笑った。
モンモランシーもそれにつられて少しほほ笑んだ。
お茶が出来るまでの間、二人は椅子に座って待っていたのだが、カップにお茶を注ぐ時になって、モンモランシーはジョルジュに小さい声で話した。
その顔は少し頬が赤くなっている。


「あ、あのさジョルジュ?お、お願いがあるんだけど...」


そういうモンモランシーは少し体をもじもじとさせていて、どこか恥ずかしそうだ。


「んあ?どうしたんだモンちゃん?お茶受け?お茶受けが欲しいだか?」


そう言いながらジョルジュは少し体を強張らせた。
しかしモンモランシーはやはりもじもじと体を動かしているだけだ。
可笑しい、いつもなら「なわけないでしょ!?」と言いながら手なり魔法なりが飛び出すのに...
ジョルジュはいぶかしみながらモンモランシーの返事を待っていたが、ようやくモンモランシーが声を出した。


「あの...ちょっと恥ずかしいから、カーテン閉めてくれない?」


少し上ずった声を出して、モンモランシーは指で窓の方を指した。
ジョルジュの胸は急にドキリと跳ねあがり、「あ、あ、あ分かっただよ」とこちらも声を上ずらせながら窓の方へと歩を進めた。


(なんだろ...オラもなんか緊張してきただよ...まさか...いやいやいやいやそれはナイだよ!!)


そう心の中で考えながらジョルジュは、すっかり馴染んだドレスが急に邪魔くさく感じながら、部屋にかけられた白いカーテンをシャっと閉めた。











「いい!!ルールは簡単よ!塔に吊るした「的」に交互に魔法を打ち合って、先に落とした方の勝ちよ!!」

「望むところよルイズ。私に魔法で挑むことがどれだけ無謀か分からしてあげるわ」


ジョルジュの部屋の外、女子寮の前から少し離れたところから二人の声が響いてくる。
建物からは一切物音らしい物音は聞こえず、どうやら銘銘「サイレント」でもかけているのだろう。
ルイズ、キュルケの目の前から20~30メイル離れた所にはドンっと石造りの塔がそびえ立っており、地面から頂上までの中間地点くらいの間に、じたばたと動くモノがあった。


「だっからデルフリンガーで良いって言ってんじゃん!!というか何でおれが的なの!?せめて別なもん使えよーーー!!!」


そう叫びながら足をじたばたしているサイトの体にはグルグルとロープが巻かれており、塔の丁度出っ張った部分にくくりつけられて吊るされている。
足元を見ると暗くてあまりよく分からないが、相当高い位置であることは間違いない。
ちなみにこの案はタバサが提案、協力をしたものである。
そしてそんな計画を発表した本人はすでにルイズ達の元に降りており、使い魔のシルフィードと事の次第をじーっと眺めている。
キュルケは微笑みながら杖を取り出し、もう片方の手で髪を後ろへバサッと流した。


「フフフっ、流石タバサね♪これなら後腐れなしで決着を着けれるわ。誰にも迷惑掛からないし」

「いやオレに迷惑掛かってんだけど!?キュルケのパチモンの剣の所為でオレが迷惑被ってんですけどぉぉ!!?」

「見てなさいツェルプストー。アンタなんかに負けるなんてまっぴら御免なんだから!!絶対アンタに勝ってやるんだから!!」

「勝つ負けるはどうでもいいから人様に迷惑掛からない方法でやれよ!!ていうか少しはヒトの話を聞けぇぇ!!!」


サイトの叫びも虚しく、キュルケはスッと手をルイズの方に向け、そして塔へと動かした。


「ハンデよ。あなたが先行で良いわ。あなたがこれで落とせばあなたの勝ち。まあ当たらないでしょうけどね」

「ッッッ!!!その言葉、後悔させてあげるわ!!!」


ルイズはそう叫ぶと、杖を塔の方へと向けた。
サイトは先ほどよりも大きい声でルイズへと叫ぶ。


「杖を向けんなルイズ!!お前使い魔に向かって魔法を撃つってどういう頭してんの?バカだろ?ヴァアカだろ!?」

「だぁれが馬鹿よこの犬!!」

「何で悪口は聞こえんだよ!?耳が何かに呪われグボァー!!!」


サイトが言い切るよりも先に、爆発音が辺りに木霊した。
濛々と煙が塔の中腹を包んでいるが、爆発音と煙が空気に吸収されるかの様に、段々と静かになって煙が晴れてくると、視界には少し黒ずんだ少年一人とひび割れた塔の壁が見えてきた。


「アッハッハッハ♪何よルイズ。誰を後悔させるのかしら?塔に当たっただけで全くロープに当たってないじゃない」

「うっさいわね!!ちょっと手元が狂っただけよ!!」

「ルイズゥー!!お前塔にヒビ入れるくらいの魔法俺に当てようとしたのかい!!地面に落ちる前に俺の命が天に昇るわ!!」


サイトは黒くなった顔から少し涙を流しながら二人へと叫んだ。
しかしやはり聞こえてないのか、今度はキュルケがサイトへと杖を向けた。


「今度は私の番ね。ダーリーン大丈夫よ♪ルイズと違って私はちゃんと当ててあげるから♪」

「ていうかキュルケェェ!!お前のパチモンの剣のせいでこうなってんだよ!!当てるとかじゃなくて普通に降ろしてくれ!!」


そんなサイトの言葉は完全にスルーされ、キュルケはブツブツと呪文を唱えると、「ファイヤーボール!」の掛け声とともに杖の先端から火球を撃ち出した。
火球は真っ直ぐな軌道を進み、サイトの頭の少し上、彼を吊るしているロープを焼き切った。
サイトはフッと無重力を体に感じたかと思うと、塔の下へと落ちて行った。

「あああああああぁぁぁ~!!!」


サイトの叫び声がタバサへと届くと同時、タバサブンと杖を振った。
下へと落ちていくサイトの体は一瞬フワッと持ち上がると、塔から離れた壁際のところへとゆっくり下りていき、地面から2メイルばかりの高さからドサッと落とされた。


「イってぇぇぇ~...なんでオレがこんな目に...」


地面に倒れたサイトはムクッ起き上がると、顔や手に付いた土を落とし始めた。
落ちた際に下の草を潰した所為なのか、辺りには草の青臭さと花の香りいが混ざって漂っている。
向こうからはキュルケとルイズ、そしてタバサの声が聞こえてきた。


「私の勝ちねヴァリエール!!これでダーリンは私の買ってきた剣を使うことになったわね!!ホーホッホッホ♪」

「キィ~何よ!!わ、私はねぇ...使い魔の安否を気遣ってワザと外したのよ!!ご主人様よ私!!そんなひどいことするわけないじゃない」


(現在進行形でやってんじゃねぇかよ!!ったく...)


サイトはそう心の中で愚痴をこぼしながら体についている土を落としていった。
どうも落とされた場所は他のトコロとは少し違うらしい。
地面はやわらかく、暗くてはっきりとは見えないが所々いろいろな種類の植物が生えてる。


「ダーリーンどうだった?これで私の剣を使ってくれる...わ...よ...ね」

「ちょっとサイト!!?ダメだからね絶対!!アンタはあの剣を使...う...のよ」

「......」


サイトの元へ近寄ってきた三人は、サイトを見るなり口を閉じてしまった。
三人とも先程のテンションとは全く別人のように固まってしまってる。
サイトは3人の突然の様子の変化にキョトンとなっている。


「あ、あのタバサ?なんで「ココ」に落としちゃったのかしら?」

「暗くて見えなかった・・・うっかり・・・・」

「どうすんのよコレ...どう見たってココ」


唾をゴクンと飲み込み、ルイズとキュルケが同時に宣言した。

「「ジョルジュの『花壇』よね」」


言い切った瞬間、ルイズとキュルケはまるで時間でも止めたかのように固まってしまった。
サイトはまだ理解出来ず、辺りをキョロキョロと見渡した。
種々の植物が生えていたのだろうが、サイトの周りの草花は倒れ、所々茎が折れているのが見てとれる。
中にはサイトの体で潰されたモノもあり、サイトは手元に転がっている花を持ち上げて恐る恐る聞いてみた。


「あの...これって...なんか不味いの?」


そう尋ねたサイトが見たのは、顔はまるで雪のように白く、体は石化したかのように固まった三人の少女であった。



[21602] 28話 さらに激しい温度差
Name: 黒いウサギ◆0c7d2f48 ID:258374a3
Date: 2011/01/30 22:25
トリステイン魔法学院において、生徒間に存在する暗黙のルールというものがある。
学校という集団生活の中ではそのような決まりごとは半ば必然的に生み出されてくるモノであるが、この学院も幾分例に漏れず、いくつかある。


その中でもとりわけ大事なものの一つ、「ジョルジュの花壇を荒らすな」は魔法学院の生徒であるならば知らなければならないことであろう。
生徒の中では、ジョルジュの行動に嘲笑や侮蔑を向ける者は少なくない。
しかしそんな者たちも、彼が大事に育ててある花壇の植物へは危害を加えないようにしているのだ。


それは一年前、ジョルジュの事を快く思わない生徒数人が、花壇の花を燃やしてしまったことから始まる。
ジョルジュがまだ花壇を作りはじめて間もない、花の蕾も開きかけ始めた時であった。
それまでにもジョルジュの花壇には石が投げられたり、花壇の一角が壊されたりすることがあったのだが、ジョルジュはまるで気にせず黙ってそれらを直し、変わらず花壇の世話をしていた。
しかしある日彼らはとある生徒を筆頭に、花壇に火の魔法をかけた。
彼らのリーダー格は3年生であり、当時在学していたジョルジュの兄ヴェルに対しての嫉妬心もあって及んだことであった。
彼らが花壇の花を燃やし、土を荒らしてその場から逃げようとした際、花壇の手入れをしに訪れたジョルジュに見つかってしまう。
怒り狂うかと思われたジョルジュであるが、彼は花壇に近づくと、一つも声を出さずに涙を流し、変わり果てた花壇の花に手をやった。
生徒達は謝るどころかジョルジュの様子から、彼に対してさらに暴言を吐いた。


これに懲りたら調子に乗るなよドニエプル風情が

貴族の癖に農民まがいな事をするな

辞めるきっかけを作ってやったんだからありがたく思え


罵詈雑言はエスカレートしていき、中にはジョルジュの背後から蹴りを入れてくる者まで出てきた。
しかしジョルジュは一向に動こうとせず、ただじっと花壇の方を見て涙をこぼしていた。
するとリーダー格の3年生が、ジョルジュの背中に杖を突きつけた。
彼も当時の3年生の中では優秀なメイジの一人であり、「剛炎」という二つ名を持つ程の火のメイジであった。
しかし、同学年で常にトップの成績にいるヴェルを疎ましく思い、その恨みの矛先を弟であるジョルジュへと向けることになったのであった。
歪んだ笑みを顔に浮かべながら、彼はこうジョルジュへ口を開いた。


お前もそこの燃えカスのようにしてやろうか


彼は本気でジョルジュへと魔法を撃ちこむつもりはなかった。
泣いて自分へとすがりつき、「助けて下さい」と泣き叫ぶヴェルの弟を想像し、彼は歪んだ笑みをさらに歪ませた。
周りの生徒達も同じように笑いだした。


しかし彼らの記憶はここで途切れることとなる。


次の瞬間、大きな叫び声と魔法の衝撃音が木霊し、しばらくして音を聞きつけてやってきた教師が見たのは、


顔の原型を文字通り「歪ませ」た血だらけの生徒達と、顔を血で染めて立つジョルジュであった。
事の状況は後の調査で判明し、花壇の植物を荒らしたこと、またジョルジュ一人に対して複数の生徒が「魔法」を行使したことから、この事件に関係した生徒達には処罰が下された。
暴力を振るったジョルジュにも処罰は行われたが、事件の状況から彼に非がないと判断され、数日の学内奉仕が言い渡されただけであった。
それからしばらくの間、ジョルジュはとある二つ名で呼ばれるようになる。

「血まみれ」ジョルジュ

それと同時に彼が世話をする花壇を荒らそうとするものは誰一人としていなくなった。
彼が「園庭」の二つ名で呼ばれるようになる前の出来事である。












「・・・・・雪風書房・・・『学院の黒歴史 葬られた事件』より」

タバサは一通り話終えると、いつの間にか開いていた本をパタンと閉めた。

「あ、オレ明日早いから帰るわ」

サイトはそう言うと「じゃあ」っと手を上げて花壇から抜け出し、寮へと帰ろうとした。
しかしそのサイトの肩はガシッと小さな手に掴まれる。

「何逃げようとしてんのよ犬!!ご主人さまを助けるのが使い魔の役目でしょ!!」

「いやほら明日はルイズの下着洗濯しなきゃいけないじゃん?だからそれに向けて計画を立てないと」

「計画なんていらないでしょうがぁぁぁ!!!?というか何急に仕事熱心になってんの!?」


そう叫ぶルイズの方に顔を振り向け、サイトは少し甲高い声を出した。


「だって無理だってぇぇぇぇ!!!そんな殺意の波○に目覚めてるようなメイジにオレに何が出来るよ!?もう駄目だルイズ!!元の世界に帰してくれ!!ちょっとでいいから!!ほとぼり冷めたらまた来るから」

「だから元の世界に帰す手段は知らないって言ってんでしょ!仮に知ってたとしても誰が帰すか!!」

「あ、私用事あるからそろそろ帰るわね」

「「チョイ待てぇ!!」」

言い争う二人を尻目にキュルケはその場を離れようとしたが、サイトはキュルケのマントをガシッと掴んだ。
ガクンと首が後ろに持ってかれたキュルケであるが、それでも寮へと向かおうと力を入れる。
しかしサイトとルイズの二人がそれを引張って戻そうとする。


「サ、サイト?引き止めてくれるのは嬉しいけど、グェ...ちょっと強引すぎないかしら?私これから用事があるの。部屋に帰らしてくれない?」

「キュ、ルケェ...そういやぁ..剣のお返しまだだっけ?是非ともお礼したいからちょっと待ってよ」

「いやぁ..ねぇ、サイトぉ...べ、別に気にしないでよ。このまま帰してくれて私がいたことを忘れてくれたらそれが何よりのお礼よぉ」

「だ、ダメに決まってるでしょぉがツェルプストー...ンギギ」


そう言いながら互いを引き止めている3人は、花壇から女子寮へ直線的に並んでおり、サイトのパーカーを最後尾のルイズが、キュルケのマントをサイトが引張り、キュルケがそれに対抗して女子寮へと体を向けている。
キュルケは目に少し涙を浮かべ、そして叫んだ。


「無理よぉぉぉ!!!!だって「血まみれ」ジョルジュよ!?私がどうこう出来る相手じゃないわ!!ルイズ!!後はあなたに任すわ!私風邪で寝込むから!「微熱」らしく風邪ひくから!!」

「こんな元気な病人がいるかぁぁ!!!てかなに私に全責任負わそうとしてんのよぉぉ!」

「だってアンタ、ジョルジュとモンモランシーと仲いいでしょ!?あなたがちゃんと謝ればきっと...ってタバサぁ!!!?なに帰ろうとしてんのよぉぉ!!!」


3人で引っ張り合いをしている最中、タバサは無言のままシルフィードと共に寮へと帰ろうとフライを唱えていた。
タバサの足が地面を離れて飛び立とうとした瞬間、キュルケは寸での所でタバサの足を掴んだ。
彼女の体躯からは想像できないくらいの力を振り絞り、飛び立とうとするタバサを引き止めた。


「は、離してキュルケ・・・新しいオリジナル酒の・・・アイデア浮かんだから・・・・帰らして」

「そんなのぉ...マリコルヌに蜂蜜塗りたくって壺に入れとけば出来るわよぉ...後にしなさいってタバサ。一人だけ逃げるなんて酷いじゃないのぉ」


タバサは尚も寮へと逃げようと浮力を上昇させた。
しかしルイズ、サイト、キュルケの執念なのか、引かれる力に戻される。
タバサには珍しく顔に汗を見せながら、少し焦りを含んだ声をキュルケに出した。

「だ、大丈夫。キュルケなら一人で大丈夫・・・その身体をジョルジュに奉げればきっと彼も分かってくれる・・・はず」

「今度はモンモランシーに抹殺されるでしょうがぁぁぁ!!!そんな方法で解決するわけないでしょ!!余計に話がもつれるわ!!!」

「わ、私には無理・・・というか私が一番無関係な筈・・・帰らして・・・私は・・・こ、こんなところでは死ねない」


4人とも半ベソをかきながら、お互いが逃げようとしていたが、このままじゃ埒が明かないと感じたサイトはキュルケを引っ張る力を緩ませずに3人に言った。


「ま、待ってくれみんな。とりあえず落ち着こう...みんなで考えればきっと解決方法は見つかるはずだ」










外の慌ただしさは部屋の中へは伝わらない。
生徒の多くは部屋にいる間は「サイレント」をかけて部屋と外の音を遮断しているためである。
ジョルジュの部屋もそうであり、カーテンを閉めた部屋の中には、ジョルジュとモンモランシーの息遣いしか聞こえていない。


「んじゃモンちゃん。ベッドに横になってだよ」

「うん...」


モンモンランシーは椅子から立つと、背中に掛けていたメイジのマントをスッと外して椅子に掛けた。
白い制服になったモンモランシーは、後ろにつけている赤いリボンに手をやると、少し動かしてリボンをほどいた。
ファサッと髪同士がこすれ合い、後ろである程度まとめていた髪がほどけた。
リボンをマントと一緒に椅子へと掛けると、モンモランシーはジョルジュが使っているベッドへと腰掛けた。
貴族のベッドにしてはいささか小さいが、木で作られたベッドに敷かれている布団はやわらかく、周りに置いてある花瓶の花からは甘い香りが漂ってきた。
ジョルジュは先ほどまで着ていたドレスを脱ぎ、いつも部屋で着ている私服へと着替えている。
モンモランシーは急に力が抜けたかのようにベッドへと倒れ込んだ。
小さい少女の体はやわらかいベッドへと包まれ、足が軽くキシッと音を鳴らした。
サイレントをかけているからか、心臓の音が少し早まっているのが聞こえる。

そういえば体...汗かいてないよね?さっき来る前にお風呂入ったし...

そんな事がモンモランシーの頭の中によぎった時、私服に着替え終わったジョルジュがベッドの近くにやってきた。
その両手には金属のトレーらしきものを持っている。


「しっかしモンちゃんもそこまで恥ずかしがらなくてもいいのに。「いっつもやってる」でねぇか」


ジョルジュがモンモランシーへそう呟くと、モンモランシーの顔は急に赤く染まる。


「べ、別にいいでしょ!?何度やっても...その...最初は恥ずかしいのよ」


ベッドの枕に顔を伏せながら、モンモランシーはそうゴニョゴニョと声を漏らすが、ジョルジュはそれを見ながら軽く笑い、ベッド脇の小さテーブルに金属のトレーを置いた。
カシャっと音をたてたトレーには、薄緑色したロウソクと金属の棒がいくつも乗っている。
金属の棒の先は少し丸く、平たくなっており、ちょうど鉤爪のように曲がっている。


「でもモンちゃんの方が頼んでくるでねぇか...『耳掻き』」


ジョルジュは椅子をベッド脇まで近づけ、そこに腰かけた。
顔を赤く染めたまま、モンモランシーは枕から顔をジョルジュへと向けた。
そう言われると彼女としては何も言えない。
言うことを聞いてくれるということで、最初はなんの気なしに頼んだのだが、予想外の気持ちよさに、今では二日に一度くらいでジョルジュに耳掃除をしてもらっている。
しかしやはり女の子なのか、頼むのはいいのだが耳の穴を見られる恥ずかしさはやはりぬぐえないらしい。
ジョルジュはロウソクを金属の蠟燭皿に立てると、ベッド脇のテーブルにそのまま置いて火を付けた。
ロウソクはモンモランシーが作ったロウソクであり、ジョルジュのハーブとミツロウを加えて作ったハーブキャンドルというものである。
火をつけてからしばらくすると、ベッドの周りには花とは違う凛とした香りがベッドを漂い始めた。


「ほい。んじゃあモンちゃん横向いてだよ」

「う...うん」


モンランシーが顔を反対側、ジョルジュの座ってる方向とは別の方へと体をひねった。
また少し、心臓の音が早くなった気がする。


「ん~っと...」


少し唸るような声を出して、ジョルジュの指がモンモランシーの耳を優しく掴んだ。
その感触がモンモランシーの全身を伝わり、背筋にゾクゾクと何とも言えない感覚を覚える。
(ふあっ!!?)
ジョルジュはマッサージでもするかのように、耳のそばにある髪をよけて耳たぶを軽く引っ張るように動かす。
ジョルジュが耳たぶに触れる度、背筋への感覚は流れ、声を上げてしまいそうになる。
そんなモンモランシーの状況など知らず、ジョルジュはトレーに置かれた耳かき棒の中から一つ手に取ると、それをモンモランシーの耳の中へと挿入した。
そして慣れた手つきで耳かき棒をクルクルと動かし、耳掃除をはじめた。


(うわぁ...これやばいわ......やっぱ気持ちいい)


丁寧に耳掃除をされている心地良さと耳たぶから伝わるジョルジュの体温によって、モンモランシーの全身は幸福感に包まれた。
ジョルジュも大分上達してきたのか、耳かきをしてもらうたびに気持ちよさが上がってきている。


(なんだろ...頭がふやけそう...フワフワしてきた)

「あ...ふぁ...んっ..」


モンモランシーの目はとろんと垂れ下がり、最初に恥ずかしがっていたことも忘れ、知らず知らずに声を漏らしていた。
ジョルジュもその声に反応してか、顔が少し赤くなっている。


(モンちゃん耳かきするといつも色っぽい声出してくんだよなぁ~。なんだかこっちが恥ずかしくなってくるだよ)


ジョルジュは耳かき棒をトレーに置き、また別の棒を手に取った。
耳掃除をするということで錬成によって自作した道具であり、長さ、形と用途によって使い分けられるようになっている。
ジョルジュはモンモランシーの耳に、今度は表面から少し下の部分を中心に手を棒先を動かしていく。
ハーブキャンドルの香りが一層モンモランシーを夢心地にさせていく。

(あ~...ジョルジュの手暖かいなぁ...このまま...)

既に全身の緊張は解け切り、ベッドに横になる彼女には暖かい感触と優しい安心感のみが彼女を包んでいた。











「やっぱりちゃんと謝るのが一番だと思うよ俺は」

花壇から少し離れた所、先ほどルイズとキュルケが魔法を唱えた場所と花壇の中間地点で4人は体育座りで円を囲んでいた。
4人は「どうすればこの状況を打開できるか」の円卓会議を開催している。
誤魔化そうか、いやバレル!!このまま逃げてしまうか、確実にヤラれる!!ルイズを生贄に、ジョーダンじゃないわよ犬ゥ!!
しばらくの間様々な案が出され続けたが、たどり着いた結論は一つ、「素直に謝る」であった。


「問題はどのタイミングで謝るかね...」


お互いに顔を近づけ、キュルケは小声で呟いた。
他の3人は顔を見合わせた。


「確かにサイトの言うとおり、謝るのが一番いいわ。素直に謝ればきっとこちらの気持ちは伝わるはずだし」

「いやキュルケ...別にジョルジュはモンスターとかじゃないんだから、普通に謝れば...」

「そうだよキュルケ。すぐに謝った方がいいじゃねぇか」

「甘い!!甘いわよルイズにサイト!!」


キュルケはビシッと指を突き出しルイズとサイトを交互に指した。


「いい?確かにすぐ謝ればそれだけリスクは低いわ。でもね、今は夜よ夜!! どうせモンモランシーがいちゃつきにジョルジュの部屋に居座ってるか部屋にジョルジュを呼んでるかよ!!」

キュルケは突然すくっと立ちあがった。

「そんなタイミングで部屋に入ってみなさい。下手したら2人ベッドで「コントラクト・サーヴァント」よ!!逆にモンモランシーにヤラれるわ!!」

「あんた一人だけヤラれてなさい」


ルイズは飽きれた表情でキュルケを見てツッコミを入れると、スッと立ちあがった。


「すぐ謝りに行くべきよ!!時間がたてば経つほど取り返しつかなくなるわ!!今からでもいいから行きましょ!!」

「いいえヴァリエール!!朝になって行くべきよ!!今謝りに行っても絶対解決しないわ」


二人はお互いの主張をぶつけた。
サイトは慌てて立ちあがった。
こんな時にも言い争いは勘弁してほしい。
サイトは二人の間に割って入った。


「こんな時にも言い争いは止めろよルイズにキュルケ!!」

「サイト!?」

「サイトォ?」

「とにかく今からでも謝りに行こうぜ。聞いてると悪い奴じゃないんだろジョルジュって?だったら皆で謝ればきっと分かってくれるって」

「サイト...」


ルイズはサイトの言葉にポーっと顔を紅くした。
こんな状況ながら、サイトが自分の意見を尊重してくれた。
小さな胸に嬉しさがこみ上げてくると、ポワーッと体温が上昇してきた。
しかしルイズはすぐはっとなり、若干顔の紅いまま、キュルケに大きな声でいった。


「そ、そうよキュルケ!!今から謝りに行くわよ!!サ、サイトもそう言ってることだし」

キュルケはまだ納得がいかないのか少し頬を膨らましたが、フーっと息を吐くと「分かったわ」と小さくいった。


「そうね...今回ばかりはルイズの言う通りかもね。ルイズの案に従うわ」


そう言うとキュルケは隣で本を読んでいるタバサの襟首を掴むと、ひょいっと持ち上げるように腕を上げた。
タバサもそれに合わせてスッと立ちあがった。
タバサは持っている本をパタンと閉じると、三人の顔を見ながらボソッと呟いた。


「花壇・・・・」

「「「花壇?」」」


三人はキョトンとしているが、タバサはそれに構わず杖をジョルジュの花壇の方へと向けた。
三人が杖の指す方へと顔を向けると、花壇のある場所が心なしか盛り上がっているように見える。


「あれ?ジョルジュの花壇ってあんなに土盛られてたかしら?」

「いや、俺が落ちた時には普通だった...というか段々盛り上がってきてないか?」

「というかあれってもしかして...」


ルイズが言い終わる前に土はあっという間に3メイルをも超えるほどにまで達し、ゴロゴロと土が動いたかと思うと、人型に形を成した。


「「「ゴーレムゥゥゥゥ!!!?ってああああああああああ゛!!!!」」」

「花壇・・・・・・・めちゃくちゃ」


タバサの言う様に、形を成したゴーレムは丁度ジョルジュの花壇付近の土を用いて作られた様だ。
暗くてよく分からないが、ゴーレムの頭に若干草の蔓らしきものが見える。
そしてその肩にはローブを身にまとった何者かが見える。


しかし彼女たちにとってはそれはもはや些細なことだった。
少女三人と使い魔一人は再び石化した。



[21602] 29話 いろいろヤッてしまった人たち
Name: 黒いウサギ◆0c7d2f48 ID:258374a3
Date: 2011/02/06 01:02
ルイズ達の絶叫が空に木霊した。
その声は黒土で形作られたゴーレムの肩に乗っていた人物にも聞こえた。

「ん~?なに大きな声を上げてるんだいあのコ達は?私のゴーレムみて驚いたのか」

そう呟いた人物、学院長秘書ロングビルは一旦ルイズ達の方を見たが、すぐに視線を塔の石壁の方へと移した。
彼女の特徴ともいえる緑色のロングヘアはフードの中に隠され、口はマスクで覆われている。
一目では彼女の事をロングビルだと気づくモノはいないだろう。

「しかし、まさかこんなにも早くチャンスがやってくるとは思わなかったよ。ヒビが入ってれば私のゴーレムの一発で穴を開けられる。すぐにここから逃げれるってもんさ」

実は彼女、ロングビルというのは仮の名で、その正体はトリステイン中の貴族たちを騒がしている泥棒「土くれのフーケ」であるのだ。
貴族たちの屋敷に侵入しては貯め込んである金貨や宝を盗み、また次の土地へと逃げて盗む...土の魔法を使いこなして盗んでいくことからいつしか「土くれ」と呼ばれるようになっていた。

そんな彼女がなぜ魔法学院で秘書などをしているのか。
それは半ば偶然であった。
とある盗みを成功させた後、彼女が次に狙ったのは魔法学院の宝物庫であった。
国宝級のモノが腐るほど保管されていると聞き、フーケはそれに照準を定めたのだ。

―問題はどうやって学院に侵入するか―


トリスタニアで情報を集めながら計画を練っていたのだが、ある日、偶々訪れた酒場で運命的な出会いをする。
人がごった返している店の中で、フーケはカウンターの席にいたほろ酔い加減の老人の横に座った。
するとその老人はまるで今目が覚めたかのように動き出し、フーケに話しかけてきた。
最初は煩わしかった彼女であったが、その老人が魔法学院の学院長であると漏らした時、
フーケは「しめた!!」とその老人の相手をしたのだった。
そして半ば拷問に近いセクハラを耐え抜き、しかし話が終わる頃にはその日の酒代と学院秘書という肩書を得ていた。

そして彼女は「ロングビル」という名前を付け、時々他の貴族への盗みをしながら学院内でチャンスを伺っていた。
そして先日、とあるコッパゲ教師から宝物庫の弱点を聞き出せた。
しかしそれと同時に、学生の使い魔に正体を知られている雰囲気を匂わされた。
フーケは早い内に実行に移るべきだと思い、毎夜塔の付近を見ていたのだが、そのチャンスは意外にも早く訪れた。

フーケはこれまでの事を思い返しながら、杖をフッと塔の方へと振った。
それを合図にゴーレムの左手がゆっくりと持ちあがり、左拳が顔の後ろへと引かれていく。やがてゴーレムの体は、兵士が矢を引くような体勢に似た格好となる。
その黒く、しかしゴツゴツとした土の塊は塔へと狙いが定まる。
フーケは杖を目にかざしたまま、じっと目をつぶっていたが、少しずつ肩が震えはじめ、マスクの中で口の端が吊り上がる。

「あのセクハラジジイにはそれからもケツを触られるは下着を覗かれるは下ネタ振られるは、やばい時にはベッドに忍びこんでくるわ・・・・・・フフフフ・・・宝もそうだけどあんのジジィへの恨みも今こそ払う時!!!イケッ!!ぶち破りな!!!!」

フーケのくぐもった命令と共に、ゴーレムの左拳が塔の石壁、ルイズがヒビを入れた場所へと放たれる。
ボゴン!!という鈍く、重圧感のある音が響いた。
ゴーレムの土と、塔の石の破片が舞っている視界の先には、ゴーレムの拳が塔へと突き刺さっている光景が映し出されている。

(よしッッッ!!!)

フーケはすかさずゴーレムの肩を蹴ると、伸ばされた腕を伝っていく。
不安定な足場であるにも関わらず、グラつくことなく駆けていく姿は、流石は世間を賑わす泥棒である。
薄く濁った視界を通り抜けると、暗かった視界はさらに暗くなった。
フーケが辺りを見回すと、そこは石で造られた一室、あちこちに多種多様なモノが置かれている。
塔に設置されている部屋、宝物庫の内部であった。
中で保管されているモノは重要な物ばかりなのか、厳重な箱に封がされているモノや、布が巻かれてあったり掛けられていたりと保存方法は様々である。
ゴーレムの土や塔の石片が飛んでしまった所為で少し白くなっていたりしているが。

「さすがトリステイン学院の宝物庫。全部持って行きたいトコだけど、私が欲しいのは...」

フーケは足早に部屋の中を探し始め、箱や布に張られてある名札に次々と目を通して行った。
そして2,3視線を変えた時、お目当ての名前が書かれたモノが目に飛び込んできた。
フーケはマスクの中でニヤリと笑った。

「あった」

布で幾重にも巻かれた包みを結んでいる紐に付けられた名札にはこう書かれていた。


―破壊の杖―











「なんてこと。フーケが、フーケが花壇を」

「そうね。フーケね。フーケの所為で花壇がメチャメチャよ」

「ちょっと待てぇぇ!!!そこォォッ!!」


ゴーレムの出現からしばらくして、ルイズ、キュルケの二人が口から自然と零れてきた言葉に、サイトは思わず声を上げた。
ゴーレムが出てきた時に慌てふためいていた3人であったが、今や「よくぞ来てくれた!!」とばかりの嬉々とした目をしながらゴーレムを見つめている。
実際、宝物庫に忍びこまれているのだからかなり重大な場面に遭遇しているのであるが、そんなコトは彼女たちには些細なことであった。

「バッカねぇサイト!!アンタせっかくフーケがゴーレムで花壇を壊したのよ?これがチャンスじゃなくて何なのよ?」

ルイズはサイトの方に顔を向くと、さも当たり前のような口調でサイトに言った。
キュルケもそれに続く。

「そうよサイト。それに考えてみなさい。花壇があんな状態になったのに『私たちも加担しました。テヘッ♪』なんて言ってごらんなさい。ジョルジュに土に還されるわよ。ここわフーケに任せましょ」

「黒ッ!!...お前ら黒いよ!!墨汁並みに黒いよ・・・!!」

そう口にだすサイトであったが、本心では彼も救いの手が差し伸べられた気持であった。

ジョルジュというメイジがどんな人物かは知らないが、ここまでルイズ達が動揺しているくらいだから相当なのだろう。
実際、タバサから聞いた限りではブチ切れた某サイ○人のようなイメージしか出てこない。
少し気が引けるがここはフーケとやらに頑張ってもらおうか...

そうサイトが心の中で考えていると、背中をコツコツと叩かれていることに気づいた。
サイトが振り向くと、そこにはタバサが杖をこちらに向けて立ってるではないか。

「・・・・皆で渡れば怖くない」

サイトの気持ちは固まった。

うんそうだな。大体貴族様たちがそう言ってるんだから平民のオレが何を言ってもしょうがないよな。
いやオレは謝るつもりだったよ?だけどルイズ達がそういうんだからさ...

心の中でまだ見ぬジョルジュに言い訳をするサイトであったが、そんな彼やルイズ達の周囲にドドドドッと地鳴りのような音が響き渡る。
地鳴りのような音は、どうやら塔の方から聞こえてくる。
四人が音のする方を見やると、塔のそばにそびえた巨大なゴーレムは、その姿は崩しながら地面へと還っている。

「!!!あれ見てッ!!」

ルイズが突然声を上げ、ゴーレムの方へと指をさした。
何者かが塔から崩れかけのゴーレムの頭上を伝って、学院の外へと飛び出して行った。

「「「「くそ~フーケめぇぇぇ~」」」」

四人とも同じタイミングで声を出し、悔しがる素振りをするが顔はどこかしら綻んでいる。時々、小声で「ヨシッ!!ヨシッ!!」と聞こえるのは気のせいであろうか。
ゴーレムが完全に崩れ落ち、土煙りがルイズ達の元まで吹いてきた。
四人はゴホゴホとせき込みながらも花壇のあった場所まで駆け寄ると、そこにはジョルジュが丹念に育てた花や野菜が植えられていた『花壇』は消え、代わりに土の山が作られていた。
花壇の名残を残すかのようにちぎれた花びらや葉の一部が土の表面に顔を出しているのが何とも痛々しい。

「これ・・・ジョルジュが見たらどうなるかしら」

キュルケが口に手を当てながらボソッと呟いた。
ルイズの顔は少しずつ青ざめていき、サイトはゴクリと唾を飲み込んだ。
本をおもむろに開いたタバサは、他の三人に聞こえるくらいの声で話し始めた。

「彼が・・・「血まみれ」と呼ばれるようになった事件には・・・・恐ろしい事実がある」

タバサが言った言葉が、キュルケ、ルイズ、サイトをドキリとさせる。

「彼はその事件の時・・・「杖」を持っていなかった・・・らしい」

タバサの言葉に、ルイズとサイトはキョトンとなったが、キュルケの眼は驚愕に目が開かれる。

「当時彼が持っていたのは・・・花壇を手入れする道具だけ・・・杖は部屋に置かれていた」

「ちょっと待ってよタバサ...だってジョルジュは怒ってメイジ数人倒しちゃったんでしょ?それって・・・」

キュルケがタバサに尋ねると、タバサは小さな顔をコクンと縦に頷かせ、そして続けた。

「彼は数人のメイジを魔法なしで・・・「素手」で倒したということ・・・」

四人の周囲をヒューと風が吹いた。
風の冷たさの所為なのか、それとも別の所為か。
タバサを除く三人の体は小刻みに震え出した。

「あ、の、ご主人様?あれだよね?相手のメイジ達はみんな口だけヒョロヒョロモヤシだったんだよね?だってありえないじゃん?そんないくらなんでも・・・」

「え、え、ええ、きっとそうだわ。いやそうであって欲しいんだけどタバサ。もう全員『ゼロ』だったんでしょ?私並みに魔法使えなかったんでしょ?」

歯をカチカチと鳴らしながら喋る2人を尻目に、タバサは本のページをめくり、

「相手はいずれもドットからラインクラスのメイジ達、中でも主格であった上級生は火の『トライアングル』であった」

なにそのとんでも設定?
いらねぇ!!そんな情報思い出と共に消え去ってくれ!!

タバサはパタンと本を閉じ、目を軽くつぶって一言呟いた。

「雪風書房・・・『学院の黒歴史 最強のメイジ殺しは誰だ!!』より」

既に彼女たちの頭は真っ白になってしまった。
花壇の花を燃やしてそれなのだ。
素手でメイジを半殺しにできちゃうのだ。
そんな少年に花壇がこんな状態で「ゴメンね。花壇壊しちゃった。 エヘヘ♪」なんて言った日には半殺しどころじゃない。

消される!確実に消される!!跡形もなくけされる!!!

とにかくフーケに頑張ってもらうしかない。
頑張れフーケ!負けるなフーケ!!後はあなたに任せたフーケ!!!

「と、とにかくオールド・オスマンにこの事を...フーケが...」

キュルケが喉を振り絞って喋りかけたその時、四人の頭の中に涼しげな、そしてどこか楽しそうな声が響き渡った。


―先程から何をしていらっしゃるんですか?皆様―


四人が頭に響いた声にビクッと体を震わせ、いつの間に現れたであろう気配に気づき後ろを振り向くと、


―これは大変ですね。マスターの花壇がメチャメチャに...もっとも、『先程』からそうでしたけど...―


クスクスと笑い掛けてくる悪・・・使い魔がそこにいた。














「ふ~。やっぱり平和ボケした貴族相手は仕事が楽だね。もう朝になるっていうのに追手の一人も来やしない。あの使い魔もなんだかんだ言ってた割には何もなかったし...チョロイね♪」


軽い口調で声を弾ませながら、フーケはまだ薄暗い森の道を風を切って馬を走らせていた。
既に太陽は地平線から顔を出しているが、完全に明るくなるにはもう少し時間がかかるだろう。
馬の蹄の音と鼻息のみが道の上から聞こえてくる。

今まで多くの貴族の屋敷へと侵入した。

命が危うかった程の危険な状況も多々あったりした。

そんな時に比べると今回の仕事は時間はかかったが、簡単で楽だった。
なんたって給料もいただいて宝物庫の宝も頂けたワケなのだから。
まあ、セクハラジジィの蛮行と禿の目線は勘弁して欲しかったが


「それにしても、あそこにいたガキどもは一体何してたのかね...一人は確かヴァリエール、妙な格好をしていたのはこの前決闘騒ぎを起こした使い魔の坊やだった。後は良く見えなかったけど...」


フーケは塔に侵入した時に見た学院の生徒達を思い出した。
何をしていたかは知らないが、昨日まで出来ていなかった塔のヒビが出来てたのは彼女たちによるものなのか。
まあ、理由はどうあれ手助けしてくれたことには変わりないが。
空もすっかり青く染まり、朝日は世界を本格的に照らし始めた。
フーケは上に着込んだフードを取ると、バッと森の中へと捨て去った。
隠していた緑色の長髪が後ろへと流れ、太陽の光にキラキラと輝く。
そして森を抜けた彼女の目前に、すっかり馴染みとなった魔法学院の石壁が見えてきた。


「ここまでは計画通り、後は...」


フーケは懐から眼鏡を取り出し顔にかけると、先ほどまでの「フーケ」の顔から、「ロングビル」へと変えた。
別に変装はしていないのだが、雰囲気だけはガラリと変わった。
魔法学院の門の前で馬を降り、フーケは馬番へと馬を預けた。
門を通る際、グラスの向こうの瞳をわずかに細めながらほくそ笑んだ。


(あの破壊の杖の使い方知るだけ!!)


魔法学院へと着いた時、本来ならば授業が始まっている時間であるはずだが、流石に昨日のことだ。
学院長室へと向かう廊下を歩いていると教室では授業は開講されておらず、廊下には生徒達がヒソヒソと、中には大きな声で騒ぐ生徒達が溢れていた。


「おい聞いたか!!昨日の夜「土くれ」のフーケが出たんだとよ!!」

「ああ!!僕現場見に行ったよ!!塔の壁にでっかい穴が空いてた!!」

どの生徒も昨夜のことで話題が持ちきりのようだ。
自分たちの住む学院に侵入されたのにまるで他人事の様、フーケはそんな生徒達を見ながらハァとため息をついた。


(こいつら...危機感なんてモンがないのかい?こんなのが未来のメイジなら、こりゃトリステインの将来も暗いね)


フーケの頭に、かつて貴族であった子供の頃が蘇る。
かつて家を追いやれた時の思い出が体の中を巡り、怒りがこみ上げると同時に村で生活している妹のことも頭に浮かんできた。

(テファ...待っててね。もう少ししたらまた会いに行くから...この仕事が終わったら会いに行くから)

少し感情的になってしまったか。
フーケは少し下がった眼鏡を直すと、いつの間にか高鳴った心臓を落ち着かせてオールド・オスマンのいる部屋へと足を進めた。

まずは教師たちの元へ、そしてフーケの目撃情報を伝えればたやすく引っかかる筈、その後は...なんとでも出来る!!

(テファ!!私頑張るから!!お土産持って帰るから!!)

学院長室が目の前に見えた。
フーケはドアノブをガチャリと捻り、部屋の中へと入っていった。


「ただいま戻りました」

その声に、部屋の窓際の席へ座っていた老人、オールド・オスマンが声を上げた。

「おお!! ミス・ロングビル!!!!どこへ行っておったのじゃぁ!!!?」

「申し訳ございません。朝から事件の調査を...し...て....???」


フーケは部屋に入ってからしばらくして、室内の異様さに気づいた。
窓際の机にはオールド・オスマンが、その左側にはコルベールが立っており、脇の方に学院の教師たちが立っていて、中央には数人の生徒が見えた。
しかしその誰もが若干震えているようにフーケの目に映った。

「いや、ホントに今回は大変なことになってしまったわい...ホント...ドウシヨ」

いつもなら常に飄々としているオスマン校長が弱々しく言葉を窄めた。
一体何がどうしたというんだ?フーケの頭に疑問がよぎるが、それはすぐに解決した。

「あの...ミスタ・ドニエプル?そんなカリカリせんでもな...ほ、ほら、飴でも舐める?」

「ダイジョウブデスダオールド・オスマン。オラハ、イタッテ「レイセイ」ダヨ?ナンデコエガフルエテルダカ?」

「いやね、その...なんでもないんじゃが...コワイ...」

オールド・オスマンの声が途切れた時、中央に立つ生徒がくるりとフーケの方を向いた。
左からタバサ、キュルケ、サイト、ルイズと並び、右端には

「ミス・ロングビル。ナニカ、テガカリガツカメタノデスカ?」

紅い髪が逆立ち、眼はランランと白く光っている。
何よりも体中から黒いオーラが昇っているジョルジュがそこにいた。





(テファ!!私もう帰っていいかな!?)

フーケの心の中では既に白旗が揚がった。



[21602] 30話 馬車は片道?それとも往復?
Name: 黒いウサギ◆0c7d2f48 ID:258374a3
Date: 2011/02/13 23:08
(イヤイヤイヤイヤイヤイヤ......ないないないない...これはないって)

フーケは少し曇った風に感じられた眼鏡を外し、服の端でレンズを拭いた。
また、昨日は徹夜だったから疲れているのか、目をコシコシと擦って再び眼鏡をかけた。

見間違い。
そう、見間違いに決まってる。
私は学院長室に入ったはずなのだ。
どっかの悪魔を召喚している部屋に入り込んだ訳ではないんだから、そんな黒いオーラなんて見える筈がない。
きっと疲れてるんだ。
最近いろいろあったから急激に目が悪くなったんだ。
こんなことならちゃんとベリーの実を食べとけば良かったよ。


ほら、また目を開けば元の景色なはず。
そう心の中で言い聞かせながらフーケは前方に顔を向けた。
彼女の眼に飛び込んできたのはいつも彼女が働いている机に学院長の机。
オールドオスマンが座っている横にはコッパゲが一人。
部屋の端には学院の教師たちが立っていて、中央にはあの時庭にいた生徒たち。




と、黒いオーラを立ち昇らせているナンカ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(何でだぁぁぁーーーー!!!?)

フーケは声にならない声を胸の中で張り上げた。
この部屋にあって明らかに不自然である。


(なんでこの部屋にこんな風呂から上がってきたばかりのようにどす黒いオーラ昇らせているヤツがいるんだい!?誰かの使い魔!?でも学院の制服着てるし...
生徒!???こんな生徒どこにもいなかったはずだよ!!てか何でここにいるの!?
教室に帰って!!頼むから「魔界」という教室に帰ってぇ!!)


フーケの心の中は完全にパニックに陥っていた。
しかし内心は叫びたくなる衝動を抑えながら、それを表情に出さないのは彼女がプロの泥棒として生きてきた技術なのであろう。
そんなフーケの心情などは知られず、オールド・オスマンは顎鬚をなぞりながら訊ねてきた。


「それで...ミス・ロングビル?そのぉ...何か手がかりか何か掴めたのかな?」


オスマンは恐る恐る声を出しながら彼女の方に目をやった。
口調からして「手掛かりはあった?」じゃなくて「手掛かりあったよね?」と、若干願いが込められているように聞こえたのは気のせいであろうか。
フーケはまだ混乱している頭をフル回転させ、事前に考えたセリフを言った。

「は、はい..とある農民が夜更けに灰色のローブを着た怪しい男を見たと聞きました。時間帯からしてもフーケの可能性は高いかと」

フーケの言葉に部屋の中が一瞬ざわついた。
ルイズ達も目を見開いてフーケの方へと顔を向けた。
オスマンは机から乗り出すような恰好になる。


「そ、そりゃホントかのミス・ロングビル!!それで場所は分かったのか!?」


フーケを食い入るように見てくる目が少し気持ち悪かったが、フーケはこみ上げる何かをこらえて答えた。


「え、え、えーと...ここから四時間ほどいった森の中にある小屋に、その怪しい男は入っていったと...」


オスマンの横に立つコルベールはてっぺんをテカらせながらオスマンへ言った。


「オスマン校長!!まさしく『土くれ』のフーケですぞ!! すぐに王室に報告して兵隊を差し向けてもらわなくては!!」


興奮した様子で捲りたてるコルベールの口からなにか変な液体が飛び出てる。
それを顔面にかけられたオスマンは額に血管を浮き上がらせながら、


「馬鹿者!王室なんぞに知らせている間にフーケは逃げてしまうわハゲ!!その上、身に掛かる火の粉を己で払えぬようで何が貴族じゃ!!お主には髪も貴族としての誇りもないのか!!この件は、魔法学院の問題じゃ!当然、学院の手で解決する。後、唾飛ばすな!!」


その言葉にフーケはにやりとほくそ笑んだ。

ここまでは計画通り。
王室が介入してくれば勝ち目はなかったが、やはり貴族のプライドからか、学院の者だけで取り戻すことになった。


(とすれば来るのは当然ここにいる教師達の誰か...ここにいる奴らなら負けることもない。あっちで尋問するなりなんなりして『破壊の杖』の使い方を聞き出せば...)


そこに立っている悪魔じみた生徒が出てきたからどうしようかとパニックになったがもう大丈夫だ。
いくらなんでも生徒を危険な場所へ行かせるはずもない。
フーケが内心笑いながら辺りを伺う視線の先に、大きな声を出したオスマンは顔にかかったコル汁を拭きながら、落ち着き払った様子で椅子に座りなおした。
オスマンは部屋にいる教師や生徒達を見渡して、


「そういうことじゃ。我々の手で宝を取り返すぞ。だれか我こそはという者は杖を「オラガイクダ」」

ズシッと重みを感じる声が部屋の中央から飛び出し、周りの教師たちは目を見開いた。
静まった部屋の中で、オスマンが先ほどとは違う、恐る恐るといった様子で尋ねた。


「あの~ミスタ・ドニエプル?」

「オラガイキマスダ」


そう続けるジョルジュから出てくる黒いオーラは、先ほどよりも多く立ち上り、天井を黒く染めていた。
しばらく黙っていたオスマンは額に汗を一筋流し、顔にカチコチに固まった笑みを浮かべながら、


「そうじゃね...ミスタ・ドニエプルなら安心じゃろうて...じゃあミス・ロングビル?彼と一緒にもう一回森に行ってくれんかの?」


教師たちを含め、部屋にいる者全員が物々しい雰囲気で彼を見る中、その後ろでフーケは白く石化していた。






(なんでだあぁぁぁぁぁぁ!!!?)


フーケの背中には今までにないほどの冷汗がにじみ出てきた。

(ふざけるじゃないよ!!こんな歩く最終兵器なんか連れて行ったら、「破壊の杖」の使い方知るどころか私の命が危ないよ!!)

フーケは思わず声を出そうになったが、その前にコルベールが大きな声を出した。


「待ちなさいミスタ・ドニエプル!!あなたは生徒ではないですか!我々教師に任せなさい!!」

コルベールは鼻に掛けた眼鏡を飛ばす勢いで喋った。
何をそんなに興奮しているのか。
彼の顔からは眼鏡と共に変な液体が飛び散り、オスマン校長の座る高級な机にピチャっと跳ねた。
オスマンはドンッと机に拳を振り下ろすと、コルベールの方を向いて叫んだ。


「静かにせんかいコッパゲ!!さっきから唾を飛ばすでないわ!!」


そう言うとオスマンはどこから取り出したのか、雑巾のような布きれでコル汁が飛び散った机の箇所をゴシゴシと吹き始めた。
机を拭きながらオスマンは言葉を続ける。


「案ずるでないミスタ・コルベール。彼は既に一流のデビルマ...もとい一流のメイジじゃ。フーケに遅れをとらんじゃろて。いくら空気の読めないお主でもわかるじゃろ?」


もっともらしいことを言いながらも、オスマンは決してジョルジュの方に目を向けようとはしなかった。
周りの教師からも反対の声は上がらない。
それもそうだ。
今彼を一目見て彼に勝てると言えるメイジはいるだろうか。いや、いない。
そんな周囲の空気を他所に、一人フーケは眼鏡の奥の目を回しながら背中に汗を流していた。


(まずい!!なんだかんだ私とそこの悪魔人間と2人で行く流れになっちまってるじゃないか!!冗談じゃないよ!!こんなのと一緒に行ったら地獄の底まで連れてかれそうじゃないか!そのまま魔界にハネムーンだよ!)


フーケの頭の中では宝の事など頭の端に追いやられていた。
こんなのに巻き込まれたくない。
というかこの部屋から出たい。
そもそもなんでコイツはこんなに怒ってる(?)のか
そんなコトを考えていると、フーケの前に先ほどから並んでた生徒の一人がスッと杖を揚げた。


「オールド・オスマン。私も行きます」


声を発したのは小さな体にピンクのブロンドを垂らした少女、ルイズであった。


「ミス・ヴァリエール!!」


コルベールが液体と共に声を飛ばす。
フーケは急に名乗り出たルイズに驚き、目を開いた。


「フーケの犯行を目撃したのは私たちです。それなのにジョルジュだけ行かせれば貴族の名折れです」


ルイズがそう言うと、隣に立っていたキュルケもスッと杖を掲げる。


「ミス・ツェルプストー!!!」

「ヴァリエールには遅れは取れませんわ。それに、私も犯行を目撃した一人ですし」

その言葉につられるかのように、左に立つタバサの大きな杖も持ち上がる。

「・・・・・心配」

「ミス・タバサまで!!君たち、これがどういうことか分かっているのですか!!!!」


コルベールは甲高い声を部屋の中に響かせるが、それを気にすることもなくルイズが言い返した。


「先生方は誰も杖を掲げないじゃないですか!!コルベール先生?オールド・オスマン、フーケ捜索の許可をお願いします」

コルベールやフーケ、それに他の教師たちも一様にオールド・オスマンの方を見やった。
先程から飛び散ったコル汁の所為か、オスマンの顔と机の左側が若干湿っている。


「コルベール君、ミス・ヴァリエールの言う通りじゃ。杖を掲げなかったわしらが言えることはありやせぬよ。それにコルベール君、彼らはみな優秀なメイジじゃろい。それと後で覚えとれこのハゲ」

オスマンは椅子の背中に体重を預け、やはりどこからか取り出した布で顔を拭き始めた。


「ミス・タバサは若くしてシュヴァリエの称号を持つ騎士だと聞いている」

オスマンの言葉に部屋の教師たちがざわめき、キュルケが驚いた表情をタバサに向ける。

「タバサ!?そうだったの!?」

「・・・・そう」 

「それにミス・ツェルプストーはゲルマニアの優秀な軍人を多く輩出した家系の出で彼女自身が出す炎魔法も強力と聞いておる!!ミス・ヴァリエールは大変優秀じゃし!!」

「オールド・オスマン!?私の説明おまけのような感じなんですけど!?」


ルイズの抗議を無視し、オスマンは右端に立つジョルジュの方へと目を移す。
ジョルジュは相変わらず髪を逆立て、白く光る目をオスマンへと向けた。


「み、ミスタ・ドニエプルは知る人ぞ知るドニエプル家の息子じゃ。先生方も知っている彼の兄妹もそうじゃが、彼自身も大変優秀なメイジじゃ...ネッ?」


オスマンは慌てて言葉を閉めると、バンっと両手を机に乗せ、椅子から立ちあがった。


「ともかく!!これかの任務は諸君らに全てを任せる!目的はフーケから盗まれた宝を取り戻すこと。魔法学院は諸君らの努力と貴族の義務に期待する!!」

オスマンがそう言うと、ルイズやキュルケが一斉に杖を天井に掲げる。

「「「「「杖にかけて!!!!」」」」」

オスマンは顔をぐっと上げて入口の方に視線を持っていくと、先ほどから固まっているフーケにニコッと笑いかけ、


「ミス・ロングビル、すまんが、道中の案内と監督を頼めるかの?朝早くから動いてもらっておるのにスマンの」


明るい声をかけられるフーケの顔はすっかりと固まっており、かろうじて口から「ハイ...ワカリマシタ...」と出てきた。


(なんで教師が一人も来ないんだよぉぉぉ!!)


背中から出てくる汗が、ひどく不快に感じられた。









「なぁ、これで大丈夫なのかルイズ?」


目的の森へと続く学院の門の前、一緒に来る予定であるロングビルが馬車を取りに行っている間にサイトはボソッと漏らした。
今現在、周りにいるのはサイトを含めてルイズ、キュルケの三人である。
学院長室から出た後、一同は一旦解散し、各々準備をしてから待ち合わせ場所とした門の前へと集まることにした。
太陽が昇ってから大分経ったようで、騒いでいた生徒達も今は授業をしているようであった。
ルイズとキュルケはとりわけ部屋に戻ることもなかったため、サイトと三人で待ち合わせ場所へと一足早く着いていたのだった。


サイトは草の生えた手近な地面に座り、周りの草をちぎりながらルイズとキュルケを交互に見る。


「なんか俺らが行かなくてもあのジョルジュ一人で解決しそうなんだけど...というか、彼はホントにメイジ?鬼武○化してるよ?というか、逆に付いていったら俺らもヤラれ・・・」

「うっさい!!」


サイトが言いきる前に、ルイズはキッとサイトを睨んだ。


「グダグダ言わないでよ犬。私だってあんな風になっちゃったジョルジュと一緒にいるの怖いわよ」

ルイズの後、キュルケもサイトの方に体を向けた。

「そうよ~サイト。それに、彼の使い魔とも約束したじゃない。『私たちの事学院で黙ってくれる代わりに、フーケを捕まえてくる』って」

「まあ、そりゃそうだけど...」


キュルケの言葉にサイトは頷き、握った草の切れ端を壁に投げた。
昨日のあの晩、ルーナに今までの事を見られていた彼らは、ルーナからとある事を頼まれた。







―大丈夫です皆様。私もマスターが友人と争うところを見たくはありませんから内緒にしますよ―

『ほ、ホント!?ジョルジュに言わないでくれるの!?』

―ええ。でも代わりといってはなんですが、私の頼みごとを聞いてくれないでしょうか?―

『・・・・内容は』

―いえ、ただ皆様の後に花壇を荒らしたフーケさんを捕まえて欲しいなと思いまして...やはり同じ仲間があんな風にされてしまったのは心苦しくて。どうか聞いてくれないでしょうか?―

『断れる...わけないか。でも、ホントに言わないでいてくれるの』

―ええ、この学院で生活している皆様に迷惑をおかけするようなことはしませんわ。今夜の事はしっかりと胸にしまっておきます―








サイトは昨日の事を思い出し、やはり素直に謝るべきだったのではないかと頭に後悔の念が回った。

(やっぱちゃんと謝った方が良かったって~。与作先生も言ってたもん。『隠し事はなるべくやめとけサイト。大抵ロクなことにならねぇ』って。ああ~どうしよ。帰りてぇ...)

ガクッと落ちたサイトの肩を、後ろから誰かがポンポンと叩いてきた。
サイトが振り向くと、いつの間にかやってきたタバサが得体の知れない瓶を片手に持ち、もう片方の手でサイトを叩いていた。


「・・・・やるっきゃない」

「・・・・・ああ・・そうね」


サイトの身体から、またさらに力が抜けたように感じられた。
タバサがきてからしばらくして、ロングビル、ジョルジュと、今回の捜索メンバーが全員集まった。
ロングビルは持ってきた学院の馬車の前に座り、その後ろの席にルイズ、サイト、キュルケ、タバサ、ジョルジュと座って行く。
ここまでジョルジュはほとんど喋らず、相変わらず黒いオーラを体から立ち昇らせている。
しかしルイズ達も朝からずっとこのプレッシャーを浴び続けていた所為か、ある程度慣れてきたようで、学長室のような緊張感はなくなっていた。


「え~と...これで全員揃いましたね?」


ロングビルは後ろの席へと振り向き、指を動かしながら数を数え始めた。
数えている指が若干震えているのは気のせいだろうか。


「ミス・ヴァリエールにミス・ツェルプストー、ミス・タバサにミスタ・ドニエプル。それに使い魔さんで・・・」

ロングビル、もといフーケはピタっと人数を数えるために動かしていた指を止めた。
今回の捜索メンバーは自分を含めて6人の筈だ。
教師が誰一人来なかった以上、淡い期待だが彼らの中で「破壊の杖」の使い方を知っている者がいることを願うしかない。
というかもう宝とかどうでもいいからウチに帰りたい。
そんな願いを浮かべながら数えていた彼女の指の先には、本来はいない筈の席に誰かが座りこんでいた。



丁度ジョルジュの真正面。
いつの間に座ったかは分からないが、頭の大きな葉を風で揺らしながら、ジョルジュの使い魔ルーナがそこにいた。
ルーナの存在に気づいた時、誰もが体を硬直させ、そして皆一様なことを頭に浮かべた。



何しにきたんだコイツッッッ!?



キュルケは若干声を上ずらせながらも、左前方に座っているジョルジュの使い魔に話しかけた。


「あのルーナ?どうしてここにいるの?あれ?お出かけ?」


キュルケの問いに、ルーナはクスクスと笑いながら答える。


―なんてことありません。使い魔がマスターについていくのに理由がいるでしょうか?私も今回の捜索に付いていきますわ―


馬車に乗っていたメンバーの頭の中に、ルーナのクスクスと笑う声が響き渡る。
一同全員が固まっていると、先ほどから黙り込んでいたジョルジュが普段とは違う重い声で


「ルーナニハ、サッキ「タマタマ」アッタンダヨ。ナンデモ...」

ジョルジュがそこで一旦言葉を区切ると、前方にいるルイズ、キュルケ達の方を見てニヤッと笑った。
目を白く光らせた顔で笑うジョルジュの表情は、一体誰が温厚で天然な普段の彼を想像できるだろう。


「オラノ「カダン」ヲコワシタハンニンノカオヲ、ミタンダッテサ。ダカラコウシテ、ツイテキテモラッタダヨ」


ジョルジュが言い終えてからすぐに、馬車は自然と動き始めた。
しかし馬車に乗っている者からはジョルジュとルーナの小さな笑い声しか聞こえず、残りのメンバーは白く固まっていた。
そしてやはり、考えることは同じであった。


(元の世界に)
(実家に)
(ゲルマニアに)
(・・・お母様の元に)
(テファのいる家に)




((((((帰りたいっっ!!)))))



[21602] 31話 血塗れの魔法
Name: 黒いウサギ◆0c7d2f48 ID:258374a3
Date: 2011/09/15 18:04
「そう言えば今日フリッグの舞踏会、何着てく?」

「どうしよ~??やっぱり新しく買ったドレスにしようかな~」

「あなたはやっぱりあの人と?」

「やだ、こんなところで聞かないでよ」

「今年こそ女の子と踊るぞ!!」

「ギーシュはケティとかい?」


フーケの事件が起こったにも関わらず、別段、生徒に被害はなかった所為か、教室ではフーケの事などは忘れられた様に今夜開かれる予定のフリッグの舞踏会の話題でもちきりとなっていた。
授業の合間の休み時間、教室のアチラコチラではどのような服装で舞踏会に出ようか、誰を誘うか等という会話で溢れかえっていた。
そんな教室の中で一人、モンモランシーは椅子に座ったままブスッとして机に突っ伏していた。


「モンモランシー?で、あなたはどうするの?」

「へ?」

不意に声を掛けられ、モンモランシーは机に突っ伏していた頭を上げた。
いつの間に集まったのか、目の前には彼女が良く香水を売る同じ教室の女の子数人が立っていた。


「やっぱりモンモランシーは『あの』ジョルジュと?」

「いや、何の話よ一体...」

「とぼけちゃってぇ!!今夜の舞踏会の事よぉ!!愛しい殿方との思い出を作る日なのよ今夜は!!」


モンモランシーは大きな声でまくしたてる目の前の女の子に、なだめるように手を前に出した。
別に気にしてないわけでもなかった。
今夜、舞踏会があることは知っていたし、いろいろと思うところが彼女もあるわけなのだが、ジョルジュやルイズがフーケの捜索に向かったという話を聞き、舞踏会の事は頭の隅に追いやられていのだ。

「落ち着きなさいって...別、別に今日どうこうするなんて考えてなかったし。ま、まあ、あっちも今夜の事なんて考えてないだろうからさ、普通よ普通」

モンモンランシーは少しつっかえながらも目の前の女子たちに言った。
モンモランシーの答えに、女の子達はハフゥっと大きく息を吐き、羨むような目をモンモランシーに向けた。


「はぁ~スンゴイ。何がスンゴイってフリッグの日にも関わらずこのモンランシーの落ち着きっぷり。余裕タップじゃない!?がもう夫婦じゃない?ってとこまで来てるよね」


「いや、そんなんじゃ...」

「うん。もうあれだね。ジョルジュと一緒に恋人の階段フライってるよね」

「いや、なに言ってんのよ」


女の子達はその後、モンモランシーを取り巻いて話し始めた。
モンモランシーも事あるごとにジョルジュとの関係を聞かれ、その度に「別にそんな特別な関係じゃない」等と切り返した。
いつの間にか周りの男たちが聞き耳を立てていたのは彼女たちの知るところではないが。


「・・・・・早く戻って来ないかな...」


モンモランシーは周りでヤイヤイ騒ぐ女子の喧騒にぐったりしながら、まだ鳴らない授業の鐘と、赤髪の少年の帰宅を願っていた。








「あ、あれがフーケが潜んでると思われる小屋です」

―随分と変わった場所を隠れ家にしたのですね。ロングビル様?―

「そ、それは私が知るところではないですよルーナさん...私はあそこにフーケらしき人が入っていったと聞いただけですから...」

「よし犬、Go」

「ちょ、ちょっと待てよ!!何でオレが行くの決定事項なの!?もうちょい話し合ってからじゃ...」


学院では既にフーケの事はあまり関心を持たれていないことは知らないフーケ捜索隊一行は、既に馬車から降りており、
フーケが隠れ家として使っていると思われる小屋の前の茂みまで来ていた。
今は茂みの中に大人数を潜ませ、ヒソヒソと作戦を立てていた。
茂みの隙間からロングビルやルイズ、キュルケがボロボロになった小屋の方を見ており、その後ろにはサイト、タバサ、ジョルジュ、ルーナが膝をついて後ろから小屋を見ている。
本来ならしっかりと隠れているのだろうが、ジョルジュの放つ黒いオーラの所為で、周囲がどんよりと濁っていた。


ルイズは小屋を発見してからすぐサイトに中へ行く様言ったのだが、急に言われたサイトは当然の如く拒否した。


「何よ、空気読めないわねアンタ。男なんだから『ここはオレに任せろ!!』ぐらい言いなさいよマリコルヌなの?アンタは」

ルイズは後ろを振り向き、半ば呆れたような目をサイトに向けた。
サイトはご主人様の切り返しに、思わずツッコむ。


「いや訳分かんないから...つーかチョビチョビ出てくるマリコルヌって誰よ?」

どっかの貴族か?
サイトは未だ遭った覚えのない人物と比べられて少しムッと来た。
ルイズへ語尾を強めて言ったのだが、関係なくキュルケがルイズに続く。


「そうよサイトぉ。ここはビシッと行かなきゃ。サイトからマリコルヌになってしまうわ」

「何なの、お前らの頭の中のマリコルヌって!?なれるモンなの!?」


だから誰なんだよマリコルヌって!?
そんなコトを思っているサイトの横では、タバサが先程までの会話から何事かブツブツと呟いている。


(・・・・お母様>キュルケ>ハシバミ草>>あの時のお酒>壁>サイト≒蜂蜜まみれのマリコルヌ)

「タバサ...ものすごい失礼なこと考えてね?なんかベトベトな奴と同じに考えてね?」


サイトの頭の中に、直感的に体が液体まみれの男がモヤモヤと浮かんできた。
昔、TVで見た気がするのはなぜだろう。
サイトは胸に沸々とこみ上げる怒りを留め、ガサッと立ちあがった。


「分かったよ!行って来てやるよ!!フーケがなんぼのモンじゃい!!ゴーレムだろうがなんだろうがデルフリンガーで一刀両断にしたるわ!!」


サイトはそう叫ぶと、背中に背負ったデルフリンガーを鞘から抜いた。
そう言えば随分と忘れてた気がするが...


「おおおお!!!相棒!!やっとオレの登場ってワケか!!?初登場からあんまり触れられないから忘れてるんじゃねぇかと思ったよ!!」


(そう言えば...忘れてた)

デルフリンガーの言葉に、サイトは今まで忘れてましたとはとても言えず、いささか歯切れの悪い返事をデルフリンガーに返した。

「わ、わわ、忘れるわけないだろう!!なに言ってのさデルフったら!!や~ね!!!」

「相棒!!?何で急に口調がお姉言葉に!?」

「行くぞデルフ!!」


デルフリンガーに問い詰められる前に、サイトは小屋に向かって地面を蹴って向かった。
そんなサイトの様子を、茂みから眺めていたルイズ達は「忘れてたな...」と頭の中で思った。











「どらっしゃぁぁ!!」

小屋の扉を蹴り、勢いよく中に入ったサイトに襲いかかったのは、小屋の中で舞い上がった埃であった。

「ぐはぁ!!こ、孔○の罠か!?目が、目がぁぁぁ!!!」

サイトはデルフを持つ手を片方外し、涙と埃で霞む目に手をあてた。
目を押えて剣を突き出している姿は、某ラピュ○王を感じさせる。


「なにやってんだよ相棒~。何も考えずに飛び込むからだよ。てか、罠もなにもねぇ~って。ほら、もぬけの殻だぜ」

「んあ?」

サイトは涙ぐむ目を抑えながら、小屋の中を見渡した。
壁の隙間から日の光が射し、埃がサラサラと輝いている。
ざっと見渡したところ、床には木切れや埃の積もった布が散乱し、人が住んでいるとは思えない。


「誰も...いないというよりも何もないって言った方が良いのかな?デルフ」

「とにかくフーケはいないだろうよ相棒」

デルフのしゃがれ声に、サイトはホッと安堵の息を吐くと、小屋の外に出てルイズ達に合図を送った。
合図が届いたのか、ルイズとタバサ、キュルケとジョルジュが小屋の方へと向かってきた。
小屋に到着するなり、ルイズは埃にせき込みながら床に散らばった木切れをつまんだ。


「罠なんかは...なさそうね。ホントに破壊の杖なんてあるのかしら?」

「それは探さなきゃ分かんないだろうよ...ってあれ?ロングビルさんとルーナは?」

サイトの疑問に、キュルケが髪に突いた埃を払いながら、

「ミス・ロングビルとルーナは二人で周りを偵察するんですって。ルーナとジョルジュは離れてても意志疎通できるらしいから...」

そう言いながらキュルケはチラッと顔を後ろに向ける。
薄暗い小屋の中に入り、一層黒く見えるジョルジュは床の板きれやガラクタを持ち上げながら破壊の杖を探していた。
サイトはそれを横目で見ながら、背中に冷汗がつたるのを感じながらルイズ達に言った。


「そ、そうなのか...まあ、見た通りフーケらしき人は見当たらないよ」

ルイズは小屋の隅の方を見ながら、

「こんな小さな小屋に隠れる場所もないし...逃げちゃったのかしら?」

と呟いた。それに続いてキュルケも

「そうね...残念だわ」(せっかくフーケに花壇の件もなすりつけるチャンスだったのに)

「ホント...ザンネンダヨ...」

「「「・・・・・・・」」」

ボソッとジョルジュの口から出たセリフに、ルイズ達の背中は悪寒が走ったように震えた。


「よ、よ、よーし!!とにかく破壊の杖があるかも知れないぜ!?とりあえず小屋の中を探そうぜ!!」

サイトの声に、ルイズやキュルケが呼応し、小屋の中をしばらく探し回った。
しかし一通り探したのだが、破壊の杖らしき物はどこにもなかった。


「どこにも見つからないわね...フーケが持っていったのかしら?」

ルイズの言葉に、サイトとキュルケも手を休めて息を吐いた。
キュルケは額に掛った髪を払い、

「そうかもね。大体、宝物置いていく泥棒なんて聞いたことないわ。フゥ、疲れたわ。一旦休憩しましょうよ」

そう言うと、キュルケは小屋の外へと歩きだした。
不意に、今気づいたのかルイズが声を上げた。


「キュルケ?そう言えばタバサは?」

「タバサなら小屋の外で待ってるわよ。こんな狭い小屋に全員入っても意味ないからって...あら、タバサ?」


キュルケは小屋の外に待機しているタバサを凝視した。
タバサは下に細長い木箱のようなものを置き、それに腰かけながら本をめくっていた。
一人だけ休憩しているタバサに、キュルケは少しいらっとしたが、それ以上にタバサが腰かけている木箱が気になった。


「タバサ?その腰かけてる木箱どうしたの?」

タバサは視線を本に向けたまま、ページに指をかけながら、

「・・・・小屋の中で・・・・・・重かったけど座るのに丁度いい」

「・・・・中見たの?」

キュルケの問いに、タバサは黙ったまま首を横に振る。

「みんなー!!まだ調べてないのが外にあるわよー!!」

キュルケの声にルイズら全員が小屋の外に出てきた。
キュルケは本を読んだままのタバサを抱えると、ルイズとサイトが木箱の上の蓋をギシッと持ち上げた。
木箱の中は最近使われた様で、中には布に巻かれた1メイル程の棒状の物が入っていた。


「サイト、どう思う?やっぱりこれかしら?」

「まあ、流れ的にそうだろうよ。あのオスマンのじっちゃんが言ってた特徴とかぶってるし...」

サイトとルイズが布に巻かれたものを見ている横で、タバサを胸に抱えたキュルケが口を尖らせた。

「ちょっとぉ、何いつまでもそのままにしてるのよ?ホントに破壊の杖かどうか確認しなくちゃ!早く布取っちゃいなさいよぉ~」


「うるさいツェルプストー!!」とルイズが言う間に、サイトは巻かれている布をクルクルと取り払った。
キュルケ、ルイズが木箱の中に視線を集中させる中、布が外された先端部から次第にその形が見えてきた。



「・・・・・・こ、これが破壊の杖?ずいぶんと変な形をしてるのね」

「・・・・・重そう」

「でも、間違いないわよ?あたし、宝物庫を見学した時に見たもの」


ルイズら三人娘が、木箱に納まる奇妙な形をした杖をジロジロと見る中、サイトにはまさかというべき衝撃を受け、驚きの表情を浮かべた。


「ま、マジかよ...これって......」


本やテレビの中でしか見た事はないが、その形をしたモノは間違いなく「自分の世界」のモノ...それは

「・・・・・・ロケットランチャー?」

「え?」

サイトの背後から、木箱の中にあるモノの名前が飛び出した。
サイトがすぐに後ろを振り向くと、未だに黒いオーラを立ち昇らせるジョルジュがそこに立っていた。
サイトは立ち上がると、ジョルジュの方へ一歩近寄った。


「今、なんて...」

ゴゴゴゴゴゴゴメキメキメキッ!!!!!!


サイトがジョルジュに尋ねる前に、木の折れる音と、土が盛り上がる轟音が響き、サイトの声を遮った。
ルイズ達が音のする方へ眼をやると、森の奥で木よりも高い土の山が出来、やがて枝や草を混じらせたゴーレムへと変形していった。

ルイズ達の緊張感が一気に高まった。

「ゴーレム!!ということは土くれのフーケがこの近くに!!?」

ルイズの声に、キュルケがすかさず反応する。

「でしょうね!!だけどなんでこんなタイミングで...ってちょっと!!こっちに向かってくるわよ!!?」

キュルケの言葉通り、ゴーレムは木々を倒しながらルイズ達の方へ近づいてきていた。
サイトはすかさずデルフリンガーを構え、ルイズ達も杖を構えるが、サイトの肩が後ろからポンっと掴まれた。
何事かとサイトが振り返ったが、一瞬、彼はホントに異世界に来たのだなと確認することになる。
そこには...




「ルイズタチハハナレテルダヨ」







人ならざる者が立っていた。




ゴーレムが現れたのが合図であるかのように、ジョルジュの周りを漂うオーラはピタッと止み、代わりに漂ってきた「殺気」にルイズはおろか、あのタバサさえも杖を持つ手を震わした。





その時の状況を、当時その場にいたKさんは語る。

「ええ、目の前にフーケのゴーレムが迫ってるんですけど、そちらには全く恐怖はないんですね。それよりも皆思ったと思いますよ。『フーケ終わったな』って」






全員が(ジョルジュに)固まる中、ジョルジュは破壊の杖の入っている箱を跨ぐと、腰に差している杖を引き抜き、小声でルーンを唱え始めた。
その直後、




目の前の地面が黒く変色し、盛り上がり始めた



[21602] 32話 アルルーナ→フーケ←黒のゴーレム
Name: 黒いウサギ◆0c7d2f48 ID:258374a3
Date: 2011/03/27 15:50
『...であるからして、土の三大栄養は窒素、リン酸、カリウムであり、この3つの栄養素を深く学ぶことは、作物を豊かに実らせる土を生成する上で極めて重要な...』

教壇で喋っている講師の声が教室内に響いていた。
呉作は目の前のノートにペンを走らせながら、響いてくる声を聞き取っていた。
講義の声に混じり、すぐ横からは気持ちよさそうな顔で寝ている友人の寝息も耳に入ってきた。

(また美代ちゃんたら寝ちゃってるだよ...もうすぐ試験だってのに大丈夫だかぁ?)

確か彼女は単位も危うかったはず。
既に大学で知り合って半年になるが、実習ではあれほど活き活きとしている彼女が座学の時間に起きている姿を見たのは数える程度。
呉作は隣で夢心地で寝ている美代を起こそうかどうかと少し悩み、肩を揺すろうとそっと手を伸ばした。
しかし、女性の体に気安く触れていいのだろうか?いやでも決してやましい事はないと...言いきれないが今は純粋に...
しどろもどろと考えながら、やっぱり起こす方がいいと決まったのか、彼女の肩に手が伸びた時、前の教壇で喋る講師の言葉に思わず手が止まった。


『土はあらゆる有機物、無機物が集まった、いわば物質の宝庫であると言っていい。先人達はこれに工夫を重ね、今日まで土から多くのモノを生み出してきた』

この講義を受け持つ教授の、いつもの脱線話だと分かっていたのだが、なぜかこの時の言葉は呉作の頭に強く残った。

『・・・・もし近い将来、この土から容易に特定の物質を取り出したり、逆に加えたりする技術が発明されれば、人類はいわゆるひとつの‘錬金術’を完成させたに等しくなるだろう』

その言葉が言い終わると同時に、授業終了の鐘が校内中に響き渡った。

『では今日の講義は以上。来週のこの時間までに前に言ったレポートを持ってくるように』

教授が教壇から降りてすぐ、今まで安らかな顔で寝ていた美代が目をパチッと開き、手を伸ばしたまま止めている呉作をジーっと凝視し始めた。

『・・・・・・・呉っちん?なに硬直してんの?どうしたの、パントマイム?』

美代の声が耳を通り過ぎ、慌てて手をひっこめた呉作は『そ、そうだうおぉ!!ぱ、パントマイム...』とおかしな言葉を口から漏らし、美代に笑われた。



かつてジョルジュが生きていた世界の話である












―・・・・それでロングビル様?一体いつになったら‘フーケ’として動くのですか?―

ルイズ達がサイトの小屋へ向かった直後、ルーナは頭の葉っぱに付いた草を取りながらロングビルに話しかけてきた。
ロングビルはしばらく黙りこんでいたが、ルーナの方を振り向くとクイっと眼鏡の位置を直した。


「・・・あのルーナさん?それはどういうことですか?」


ロングビルは少し冷めたような声でルーナに返したのだが、ルーナはそれを気にすることなく、クスクスといった笑い声をロングビルの頭に響かせた。

―クスクスクス...大丈夫ですよロングビル様。皆さんには告げ口しませんから。隠さなくたっていいんですよ私に...―


ロングビルは背中に、異様な寒気がゾクゾクと走った。
そう、初めて二人で話したあの夜にも遭ったあの感覚...
もう誤魔化すのは無理だと悟ったのか、ロングビルもといフーケは先ほどとは打って変わった様子で、ルーナに尋ねた。


「・・・・いつから気づいてたのさ?」


ルーナは顎(?)に指を当てながら、


―いえ...ホントに‘最初から’気づいてたのですが、まあこれまでの行動からすればロングビル様かなぁって落ち着いて考えれば分かりますわ―


ルーナは地面に座ると、まるで寝室で寛ぐかの様にゆったりと近くの木にもたれかかった。
フーケは依然とルーナに対して身構える。


―とりあえず、あの夜のゴーレム...普通、建物内の宝物を奪うのにあれだけ派手には動きません...
いくら土の魔法に自信があるからって、大勢のメイジに気付かれる危険のある行動はしませんわ―


ルーナはフーケの方を見てクスリとほほ笑む。


―考えられる理由は二つ。ゴーレムを出してもほとんど気付かれないという「学院の内情に詳しい」ことと、宝物庫に「学院の中から侵入するのが難しい若しくは不可能」と知っていること...
まあ、少なくとも学院に常にいる方じゃないと難しいのではないでしょうか―


ルーナは根っこを土の中に潜らせた。
奇妙な行動をとるルーナに、フーケは一歩後ずさる。


―それに今朝のロングビル様の行動...朝から事件の調査をしていたそうですが、学院からこの場所を突き止めるのに明らかに時間がおかしいです。
学院からは四方に逃げ場があるのにも関わらず、‘フーケが潜んでいる’場所を一人で見つけるなんて...―


ルーナの目がフーケを見つめる。
黒いレンズのような目が、まるでフーケを狙っているかのように捕えていた。


―100人で捜索しても難しいですわ。‘場所を知って’ない限り...私の考察は以上ですロングビル様。何か質問はございますか?―


フーケはルーナの響いてくる声を黙って聞いていたが、しばらくしてフフフッと口から笑い声を洩らし、次の瞬間、袖に仕込んだ杖を引き抜いてルーナの前に構えた。


「...あった時から気味の悪いヤツとは思ってたが、まさか植物ごときにココまで見破られるとはね。
そうさ、私がフーケだよ。それで?あんたのご主人さまに報告でもするのかい?最も、その前にあんたには消えてもらうけど」


フーケはそう言いながらも、いつでも魔法が唱えれる様に小声でルーンを唱えていた。
もはや猶予はない。
小屋に向かったガキとこいつの主人に気づかれないうちにこの使い魔をッッッ!!
土のメイジといっても、こいつを燃やすくらいの火の魔法くらいは知っている。
フーケは自分の勝利を確信した。

しかしそんな気持ちを知ってか知らずか、ルーナは変わらずにフーケの方を見て微笑んでいた。

ルーンが唱え終わり、最後の一文を唱えようとしたフーケの口が、何かに塞がれた。
次いで、腕、足が何かに絡めとられ、一瞬でフーケの自由を奪った。


!!!!!!!!!!!!!!!!?


突然のコトに、フーケの頭は混乱した。
すぐに何かに絞められた腕に視線を移すと、そこには細長いロープの様な形をしたモノがフーケを縛っていた。
体に目を動かすと、それは地面から這い上がってきており、よく見ると植物の‘蔓’のようであった。


―ロングビル様?先程も言いましたが、皆さまに告げ口するようなことはいたしませんよ―


フーケの頭に声を響かせながら、ルーナはもたれかかった木から背中を離し、よいしょと立った。
フーケは未だにルーナの方を睨んでいるのだが、ルーナが立った時、足下の地面が少し盛り上がっていることに気づいた。


―だけど、もしロングビル様がこのままフーケとして私を攻撃しようとするのでしたら残念ですが...―


その時、フーケの身体からザワザワと震えが起こりはじめた。


今までの声と違う、‘人間’が出せない無機質な声


―あ、もちろん野蛮なマンドレイクみたいに悲鳴でどうこうするってわけではありませんわ。ロングビル様は‘冬虫夏草’ってご存知?―


ルーナが地面に生えた根をズルズルと引きずりながら、一歩、一歩フーケに近づく。
フーケは近づいてくるルーナから離れようと、体に巻きついた蔓を取ろう体を動かすが、ビクともしない。


―虫の幼生に「寄生」して育つ私の仲間なんですけど...私も子供たちを育てる時、どうすれば育ちが良くなるか考えてるんですの。頭を悩ませるトコロですわ―


ルーナは頭をフルフルと軽く揺らした。
すると頭からポロポロと種らしき物体がこぼれ、ルーナの手に数粒落ちた。


『やはり完全な子は生まれないんです。やはり『盗人』の死んだところではないと...』


フーケは事態を察したのか、体を激しく動かした。
しかし蔓はびくともせず、体から一向に外れるコトはなかった。


(おいいいいいッッ!!え?え?うそだろ?こんなのアリッ!!?だってこういうのじゃないでしょ???この作品のジャンル的に○×▽&#くわせ!4&!!!)


自分の待つ未来を予測し、テンパったフーケの頭が変な電波を受け取ってしまたのか、訳の分からない言葉を口に出すが蔓で塞がれた口からはモゴモゴとしか聞こえてこない。

ルーナはフーケの目前まで迫り、ズイッと顔を近づけ、その前に手を出した。
手のひらに落ちた種はすでに芽を出し、鳴き声のような声を上げている。


―それで‘フーケ’様、ちょっと子供たちの「ゆりかご」になって頂きたいのですが...―


ルーナは手のひらで芽を出したアルルーナを一つ摘むと、フーケの耳元まで近づけた。
フーケの眼はすでにグルグルと回っているのだが、そんな彼女なんか知るか!!という様に、ルーナの指は耳の穴のすぐ手前まで入ってきた。
フーケの耳に、「ギャーッ」という微かな叫び声が響いてくる。
もはや心がやられそうな彼女の目の前に立つルーナの目が、フーケの目をギョロッと凝視する。
そしてその見つめてくる目から発せられたかのように、頭の中に無機質な声が通った。


―それが駄目でしたら、私のお願い、聞いてもらえますか?―


彼女に断る手段はなかった。











ルイズ達が小屋に入った後、少し経ってタバサが木箱を抱えて外に出てきたのが茂みから見えた。
彼女から見えないようフーケとルーナは場所を移動した。


「あの悪...いや主人を攻撃してくれ?一体どういうことなんでしょうかルーナ様?」

―ルーナでいいですわフーケ様、もっと気さくにお呼び下さいな―


ルーナはそうフーケに伝えると、茂みの上から小屋の方を眺める様に首を伸ばした。
遠くから見るとそこに大きな植物が生えたように見える。


―急に話す敬語になんも価値もありませんわ。そんなコトしてますと人間で言う‘空気読めない’人になりますわよフーケ様?―


ルーナは何時も通りの声をフーケの頭に響かせた。
こんの化け物植物がぁぁぁ!!!
フーケは目の前にいる植物を燃やしてやりたいと思ったが、先ほどの事を思い出し、一旦深呼吸すると、すぐに冷静さを取り戻した。
もう二度とあんな人生の選択はコリゴリだ。
しかも今度の選択肢は一つしかなさそうだし。


「ぐっ...わ、分かったよ。しかし自分の主人を攻撃してくれ?なんかあの子に恨みでもあるのかい」


フーケが木陰に隠れながら、横に立つルーナに尋ねると、ルーナはフフフと笑い、


―別段、私にとって「破壊の杖」が盗まれようがフーケ様が捕まろうがどうでもいいのですが、マスターがあのように荒れているのは使い魔として悲しいのです。とても心が痛みます―


風が森の木々をかき分けながらルーナの葉っぱをフワッと揺らした。
葉の揺れに合わせるように、パラパラと種が地面に落ちる。


―今のマスターは怒りをため込んだ状態...なにかしらあの怒りを解放しないことにはずっとあのままなワケなのですよ―

「いや、あれ怒りどころじゃないでしょ?なにか人ならざるものと契約結んだ感じでしょあれ」


フーケはすかさずツッコンだ。
いくら怒っているからといってあんな風になる奴をこの23年間見たことない。
『怒って赤くなる』人ならいるが、『怒って黒くなる』人なんて聞いたこともない。


―『強い感情は魔力に影響する』...私はそう聞いたことがあります。おそらくマスターの感情の昂りによって魔力が増大し、それがあのようなオーラになって視えるのでしょう―

「いや、怒ってあんなに魔力が増大している奴を私は見たことない。なにそれ?あいつの周り、年中エマージェンシー?」


フーケは再びツッコンだ。
いくら怒っているからといってあんな風に魔力出す奴をこの23年間見たことない。
『怒ってスクウェア』になるメイジなら見たことあるが、『怒って悪魔』になるメイジはもはや人じゃない。


「それで...あの悪..主人に私のゴーレムを攻撃させて、怒りを鎮めようって作戦かい?」

―さすがフーケ様です。植物に見破られるような作戦を実行する割には理解が早くて助かります―

「そうかい...私も今なら黒いオーラ出せそうだよ」


フーケの中に、魔力が増大する感覚を覚えた。
要はコイツの主人の為に噛ませ犬になれってかい!?土くれのフーケが落ちたもんだよ...

今ここで、このドS植物人間(人間植物?)を亡き者にしてやりたいが、やはり先程の恐怖が抜けてはおらず、フーケはぐっと怒りを堪えると、杖を小屋から離れた森の方に向けた。
しばらくして、小屋の中からルイズ達が出てきたのが見えた。
先程から小屋の外にいたタバサが腰かけている木箱に気づき、それを開け始めたのだ。
もしかすると破壊の杖を巻きこんでしまうかも知れないが...


―ああ、マスターも出てきたようです。それではフーケ様、始めてください―

ルーナは小屋の方を見ながら視線を変えず、フーケの頭にそう伝えた。
フーケは杖を握りなおし、

「あんたがそう言うなら命令どおりにするけど、アタシは手加減を知らないよ?あんたの御主人様を踏みつぶすかも知れないけど構わないのかい?」

―ああ...それなら心配は御無用です。全力でお願いしますわフーケ様―


フーケはチラリとルーナの方を見た。
何を考えているか分からないのもそうだが、いくら何でも「怒りを鎮めるために自分の主人を攻撃しろ」なんて...


(全く...厄介な奴に睨まれちまったね)


いろいろな疑問がフーケの頭に浮かびあがったが、呪文を唱えないフーケにしびれを切らしたのか、先ほどフーケにお願いした(脅した)時の無機質な声を一つ、響かせた。


―フーケ様?やはり‘冬虫夏草’になっていただけますの?―

「精一杯ゴーレム作らしてもらいます」


ええいもう知るか!!!全部あのハゲの所為だ!!
フーケはありったけの魔力を込め、ルーンを詠唱する。
森の中の土を使い生成されてきたゴーレムは周りの木を超え、30メイル程の高さにまで生成された。
フーケは我ながら休んでないのによく出来たなと一人でに感心すると、小屋の方へとゴーレムを向かわせた。
地響きを鳴らしながらゴーレムを見ながら、ルーナはまた、クスリと笑った。


―まあ、フーケ様が今のマスターを倒すなど到底考えられませんけど...―












小屋の方では、ジョルジュが唱え出した呪文により、目の前の地面が黒く変色し始めた。
ルイズ達が声を出さず見ている中、ジョルジュはユラユラと体を左右に揺らし、ルーンを紡いでいく。
その口から出てくる呪文はルイズ達が今まで聞いたことのないものであり、恐らくジョルジュが誰にも見せていない魔法であることは頭の中で分かった。

黒くなった地面は、やがてモコッと盛り上がり、段々と人型に形成されていく。
やがてゴーレムは出来上がった。
しかしその姿を見て、キュルケは思わず呟く。


「......小さくない?」


キュルケの言うとおり、ジョルジュの目の前に作られたゴーレムは、小さなゴーレムであった。
大きさはルイズと比べても同じ程、むしろ小さいくらいか。
黒く変色した体はどう見ても不格好であり、しかも作りはそれほど奇麗とはいえず、腕の部分や顔の部分からは既にポロポロと黒くなった土が零れている。

これではフーケのゴーレムに太刀打ちできるはずがない。


キュルケがそう思っている前で、ジョルジュは木箱を両手で持ち上げると、目の前にいたサイトの空いていた腕に置き、ボソッと声を出した。


「ミンナ、破壊ノ杖ヲ持ッテ逃ゲルダヨ」


ジョルジュはそう言うとすぐ向き直り、呪文の詠唱を続けた。
すると先程の黒いゴーレムの周りの地面が、次々と盛り上がってきた。
その数はとうとう10体ほどまで作られたが、いずれもルイズより少し小さい、不格好なゴーレムであった。
その形と色で、奇妙な不気味さを漂わせているが、誰からの目にも到底フーケに勝てるようなものではないと思われた。

ルイズはジョルジュが魔法に失敗したと思い、彼の腕を掴んで大声で叫んだ。

「ちょ、ちょっとジョルジュ!!こんなゴーレムであんな大きなのに勝てるわけないでしょ!?それより皆で...」


ルイズが最後まで言い切らない内に、辺りにタバサの口笛が響いた。
それに合わせるかのように、どこにいたのかタバサの使い魔であるシルフィードが空から降りてきた。


「乗って」

「タバサ!?でもジョルジュが戦おうとしてるのよ?」


タバサの声に、納得のいかないキュルケが反応するが、タバサはシルフィードに何か指示すると、彼女はヒラリつ風竜の背中に乗り、詠唱を始めた。


「え?ちょ?何?うわわ!!!」

ジョルジュの腕を掴んでいたルイズの体はフワッと浮き上がり、そのまま風竜の背中へと運ばれた。
キュルケも問答無用でタバサの「レビテーション」で乗せられ、破壊の杖と剣を持ったままのサイトを、シルフィードが口でくわえる。


「すぐ上に」


タバサの声に、シルフィードは大きく翼を動かすと一気に上空へと昇っていった。
その風にジョルジュのゴーレム達から、黒くなった土が落ちるが、ジョルジュはじっとフーケのゴーレムの方を見ている。


「いたたたたた!!!もげるもげる!!首が伸びるって!!人間から妖怪になっちゃうって!!」

「ちょっとタバサ!!?ジョルジュがまだいるのよ!?早く助けないと...」


ルイズがタバサの肩を掴んでジョルジュの元に行く様頼むが、タバサはじっと地面の方を眺めてフルフルと首を横に振る。

ルイズがまた何か言おうとするが、タバサはルイズ達の方にクルッと顔を向けた。


「あのゴーレムは・・・危険・・・・・・私たちがいても・・・・・彼の邪魔になる」


タバサの言葉で、キュルケ、ルイズは口をつぐんだ。
いつもの彼女からこんなセリフを聞いたことがない...
やがてシルフィードはジョルジュがやっと確認できるくらいの高さまで昇った。

ジョルジュのゴーレムも、やっと形として視認できる。

あんな小さなゴーレムが危険?


ルイズがそう思った瞬間、ジョルジュの周りに立つゴーレムの内、三体がフーケのゴーレムに向かって走り出した。
















「・・・・なんだいあれ?」


フーケは小屋の方を見ながら、隣にいるルーナの主人が作りだしたゴーレムに思わず声を出した。
数こそあれど、その体は普通の人型よりも小さい。
黒く変色しているのは土を何かの金属に変えた為か。

銅?
鉄?
しかしポロポロと崩れているところを見ると、金属のような感じはしない。
まさかただの炭だったり...

フーケは学院でのオスマンの言葉を思い出した。
『彼自身も大変優秀なメイジじゃ...ネッ?』


確か、私と同じ土のトライアングルと聞いてたが、あんなゴーレム、ドットクラスのメイジでももっと「まし」なのを作る。


「どうやらアンタのご主人様、頭に血が昇り過ぎて魔法に失敗したらしいよ?どうすn...」


フーケはそう呟きながら横を向いたが、さっきまで隣にいた人間植物はいなくなっていた。
フーケはキョロキョロと辺りを見回すと、後ろの離れた木の横に、ニッコリと手を振りながらこちらを見ていた。


「ちょ、なに逃げてるんだい!!?てかアンタの主人ゴーレム作成に失敗したんだよ!?仲間も上に飛んで行っちまったし、どうすんだい!!」


フーケは大きな声を上げてルーナに尋ねたが、頭の中にはいつものクスクスとした笑いと、何を考えているか分からないような声が頭に響いてきた。


―あれが失敗?フーケ様...そんなコトは考えない方がいいですよ―

「は?」


フーケは一体どういう事かと聞き返そうとしたが、視線の端に、ジョルジュのゴーレムが飛び出てくるのが見えた。


「んな!?あれで来るのかい?」


ジョルジュの作ったゴーレム3体は、一直線にフーケのゴーレムに向かって走ってくる。
体は小さい為か、その動きは素早く、並の人間よりも早く感じる。
ジョルジュのゴーレムは3体がひと塊りになり、20メイル以上あったその距離を一気に詰めてきた。

「小さく作ったのはその為かい?だけどそんなちっこい体じゃ私のゴーレムは倒せるわけないだろ!」


フーケはゴーレムに迎撃するよう指示を出した。
ゴーレムはその巨大な右拳を広げ、横に凪ぐように振り回した。
メイジ同士のゴーレムが相対する時、いくら素早かろうが最終的にモノをいうのは攻撃力。


圧倒的質量に適う筈がない


ジョルジュのゴーレムが巨大な腕に殴られそうになったその瞬間、ジョルジュの口元がかすかに動いた。




「ドン」



次の瞬間、辺りに轟音と爆風が響いた。



轟音は森から一斉に鳥を飛び立たせ、爆風の衝撃は離れたフーケの髪も後ろに吹かせた。


「・・・・え?」


フーケが目を丸くしたその先には、右腕がボロボロに崩れ落ちてしまった自分のゴーレムがいた。


『土はあらゆる有機物、無機物が集まった、いわば物質の宝庫であると言っていい。先人達はこれに工夫を重ね、今日まで土から多くのモノを生み出してきた』


「ちょ、ちょっと…え?なにあれ?てかあの坊や、土のメイジじゃないの?」



それはある意味‘土’の魔法
ジョルジュが作った、おそらくは彼のオリジナル
前世の知識から生み出されたゴーレムは...


『・・・人類はいわゆるひとつの‘錬金術’を完成させたに等しくなるだろう』


‘火薬’のゴーレム


「ジャックランタン」



[21602] 33話 学院に帰るまでが捜索です
Name: 黒いウサギ◆0c7d2f48 ID:258374a3
Date: 2011/03/27 23:03
「ひ、火の秘薬!?」


キュルケは揺れる体をシルフィードの背中に乗せながら、自分の使い魔に指示を出しているタバサに聞き返した。

「おそらく・・・彼は錬金で火の秘薬のゴーレムを作り出した・・・・・・それも大量に」

「そんな・・・ジョルジュって土のメイジじゃなかったの?あんな大量に秘薬なんて作れるなんて...」

キュルケは先ほど響いてきた爆風と轟音を思い出すと、火のメイジとして羨ましさが沸き上がると共に、作り出された漆黒のゴーレムの威力に、背筋に寒気が走った。

下で対峙するフーケが作ったとみられるゴーレムは、その右腕部分が爆発によって大きくえぐられており、ジョルジュが作ったゴーレムよりも不格好に見えた。

「ホント...彼何者なのかしら?というか人なのかしら?ねぇタバサ、あなたどう思う?」

キュルケがタバサに尋ねた時、ジョルジュの周りの地面が再び盛り上がった。
どうやら先の爆発した3体に代わるゴーレムを作った様だ。
タバサはキュルケの方にチラッと顔を向けた後すぐに下を向くと、再度フーケのゴーレムに走って行く黒いゴーレムを見ながら答えた。


「火の秘薬の錬成なら私も出来る・・・だけどそれは「原料」があれば・・・・」

「それをジョルジュは普通に作ったワケね...それも「ゴーレム」として」

「少なくともそんな魔法は・・・・聞いたことはない」

「・・・・・・・・」


キュルケとタバサはしばし無言になり、次々と突っ込んでいく爆弾ゴーレムを見ながらその爆音と破壊力に青ざめるとともに、キュルケは戦いの事よりもこの後の事態を考えていた。


(今はフーケが攻撃されているから良いけど、もし「花壇」のコトがバレちゃったら私もあれを受けるの?あの熱い抱擁を受けるの??
ちょ、勘弁してよ...いくらなんでもあんなの「微熱」じゃ受け止めれ切れないわよ!!??なんとしてもフーケに全てをなすりつけて...)


そう考えているのはキュルケだけではなかった。
前に座る2人、ルイズとタバサも、下で爆発しているゴーレムを見てから、それぞれ考えを巡らせていた。


(・・・・・非常に不味い・・・・あれだけの数は私でも防ぎきれない・・・・・・もしあの一件がばれる様な事になれば・・・・・・シルフィードで退避。他は・・・やむを得ない)

(ジョルジュのあの魔法...私も出来ないかしら?それよりもどうしよ...花壇の事、バレたらあのゴーレムに襲われそうよね...もしそうなったらサイトでも死んじゃいそうだし...)


((ここはタバサとルイズ(キュルケとルイズ)(キュルケとタバサ)を囮にしてでも逃げる!!))



お互いがドロドロした思いを胸に秘めて見守る中、シルフィードは丁度、ジョルジュとフーケのゴーレムの間を通った。
それに併せるかのようにジョルジュのゴーレムがフーケのゴーレムに抱きつき、爆発音を響かせた。
火薬の特徴的な硫黄の臭いが立ち上り、上空にいるキュルケ達にも届いてきた。


キュルケの鼻に強烈な臭いが刺さり、二つばかりせき込むと、自然と目に涙が滲んできた。
隣で座っているルイズも同じ目に遭ったようで、鼻と口を手で押さえながらせき込んでいる。
キュルケは涙で少しぼやけた状態で、戦いの状況を見ようと地面の方を見たが、ジョルジュの周囲には、黒いゴーレムの姿はどこにも居なくなっていた。
それと同じく、彼の目の前に立っていた巨大なゴーレムもその姿を消していた。















「ちょ、ちょっと…え?なにあれ?てかあの坊や、土のメイジじゃないの?」


その問いは誰に言うわけでもなく、フーケは右半身がボロボロに崩れた自分のゴーレムを木々の間から見つめていた。
森の木々を縫って吹いてきた風は嫌に生ぬるく、少し経って鼻をついてきた硫黄の臭いにフーケは顔をしかめた。


「ちょっと!!あれはなんだい!?アンタの主人は土のメイジだろ!?火の魔法を使えるなんて聞いてないよ!!」

フーケは後ろを振り向き、遠くに陣取っているであろうアルルーナに大きな声を出した。

―ああ、あれは人間の言葉で言う‘火の秘薬’を錬金してゴーレムにしたモノですね。人間が、あれを作るなんて...さすが私のマスター―

「火の...秘薬?じゃあ、あのゴーレム全部が?・・・・冗談じゃないよ」


フーケは顔を元の方向に直すと、ジョルジュの周りにいるゴーレムの数を数えた。
1,2,3,4,5,6,7...指をゴーレムに向ける度にフーケの顔は青ざめていったが、数えている間にもう3体地面から出てきたことで、青く染まった顔は白へと変わった。

―あら?フーケ様こんな状況で化粧直しとはさすが名のある泥棒ですね。白い肌になって...髪の色と良く合ってますわ―

いつの間にかルーナが横へと移動していたのだが、フーケにはそんな彼女の言葉にも反応出来ない程固まっていた。


(ちょちょちょ...ッッ!!いくら私のゴーレムでもあんな数の爆弾ゴーレム受け止めれる訳ないだろぉぉぉ!!!てかあんなに火の秘薬を...それも何もない所で錬金出来るメイジなんて聞いたことないよ!)

胸に備わっている警報が彼女の胸の中でオーケストラを奏でている。
もう何でもいいから逃げたいのがフーケの本音であるのだが、


―フーケ様?どうしたのです?まさか逃げようなんて考えてませんよね?それはだめですよ。マスターを元の状態にするまで頑張ってください♪―


隣の使い魔から伸びてくる蔓が、首に優しく巻きついてくるため逃げる選択肢がないのだ。
フーケは無駄と知りつつも、隣で笑っているルーナに体を向けた。
ついでに顔がぎこちなく笑っていたのは精神的にも切羽詰ってきたためか。


「いやいやいや...だってさ?あんな爆弾人間作るなんて聞いてないよ?これはある意味契約違反ですよルーナさん?クーリング・オフしたってしょうがないレベルですよ?それに...」


フーケが自分のゴーレムに指を指したのと併せるかのように、ジョルジュのゴーレムが数対、彼女の再生し始めたゴーレムにぶつかり、爆発した。
壮大な爆裂音が森の中を駆け巡る。
爆風と共に飛んでくる土と煙が晴れ、フーケの指が指していたその先には、先ほどよりも大きく崩れているゴーレムが立っていた。
今度は右足を破壊されたらしい。
右に大きく傾いているゴーレムは、「立っている」という表現は既に似つかわしくなく、「片膝をついている」と言っていい。
これだけ土がある場所なら、本来なら少し壊れてもあっという間に再生するのだが、破壊される箇所が大きすぎてそれが間に合ってないのだ。
崩れながらも再生しながら動くゴーレムの背中には、もはや哀愁さえ漂っている。


「ほらほらほらぁ!!あんなバカげた破壊力に私のゴーレムももうダウン寸前ですよ!?再生が追い付かない威力なんて反則だい!!あんな特攻爆弾人間に爆破されるのは絶対嫌だよ!!」


彼女自身既に混乱している所為か、本来の口調とはかけ離れた言葉をルーナに投げかけた。
半ば、心の叫びに近い彼女の言葉にも、ルーナは涼しそうな顔を向け、


―何を仰っているか分かりませんが...そうですね。我がマスターといえども、あのような魔法は私も予想外でした。確かにフーケ様には荷が重いかもしれませんね―

「!!!!?そうだろ!?だったら―フーケ様―


フーケは本日再び、あの無機質な声を頭に響かせることになる。










―‘死ぬ気’でゴーレムを再生し続けてください。あなた様のゴーレムと地面に埋まってその良く動く口から私の子供を芽吹かせたいなら別ですが―

「精一杯ゴーレム作らしてもらいます」







それからしばらく、森のなかには土が盛り上がる音と爆音と硫黄の臭いが広がり続けた。
しかしそれもやがて止み、硫黄の臭いも森に吸い込まれていった。
爆発音のしていた場所には、まるで地滑りが起こったかのように盛られた大量の土と、空気を焦がした白い煙が残った。


その凄まじい光景が広がる場所から少し離れた森の中では、体から白い煙(湯気)を昇らせたトリステインの魔法学院秘書が倒れていた。
















「しっかし...こう改めて見ると凄まじいわね~」

キュルケはこんもりと盛り上がった土の残骸を見ながら息をのんだ。

フーケのゴーレムが崩れ去った後、タバサ達を乗せたシルフィードはジョルジュのいる小屋の近くへと降り立った。
ジョルジュから立ち昇っていた黒いオーラは今やすっかりと消え去り、逆立っていた髪も元の状態に戻っていた。

ルイズが恐る恐るジョルジュに話しかけたが、驚くことにジョルジュは元の口調に戻っているばかりか...

「いんや~...またやっちゃだかオラ?」


ポカンとした表情でこうルイズに聞いてきたのだ。
ジョルジュの極端な変化に、ルイズもぽかんとした表情になり、


「またやっちゃだか...ってジョルジュ?あなた自分がやったこと覚えてないの?あんなに豹変してたのに」


ジョルジュは破壊の杖が入っていた木箱をまたいでルイズのそばまで歩いてくると、目を細めて申し訳なさそうに笑った。


「いや~オラ昔っからカッとなると頭がフットーしちまってなぁ~。その間なにしてたのか分からなくなっちまうだよ・・・ってあれ?なんで皆そんな口開いとるだか?えっ?オラなんか変なことしてだか?」


ジョルジュの答えに、ルイズやキュルケばかりでなく、タバサもぽかんと口を開けてしまっていた。
話を聞くと、どうやら‘花壇がぐしゃぐしゃになっているトコロを見たとこまで’は覚えているようだ。


「朝起きてオラが花壇を見に行ったら花壇がエライ事になっててな。其れから何してたがうろ覚えなんだよ...え~っとたしか...」


ジョルジュは頭に手を添えて、ひねり出すかの様に小さく声を洩らし、考え始めた。
すると、すぐに横からキュルケが、


「フーケを捕まえに来たのよジョルジュ!!‘フーケが’盗んだ破壊の杖を捜しに来たのよ!!覚えてなぁい!?」

キュルケの言葉にジョルジュはアッと閃いた様に目を開き、両手を前に合わせた。


「そうそう!!確かそんなんだったよ。あれっ?でもなんか他の理由もあったような...」

「いいえ!!!‘フーケ’を捕まえに来たのよジョルジュ!?? 他に理由は何もないわよ」

「そ、そうだかキュルケ?何かフーケを強調しながら言ってる気がするけど...」

「ななな、なに言ってるの?『フーケを捕まえて破壊の杖を取り戻す』。それ以上でもそれ以下でもないわ!!」


キュルケはジョルジュに再び怒りを昇らせないよう、あることないこと言い続けた。
とりわけ、「ジョルジュの花壇はフーケのゴーレムに壊されてしまった」という事は強調された。
ルイズとタバサはドキドキしながら二人のやりとりを見ていたが、やがてジョルジュが渋い表情を浮かべながら、

「う~ん...なんかイロイロ府に落ちないけんど...とにかく、オラはキュルケ達と「破壊の杖を取り返しに来た」って事だか?」

「そ、そういうこと♪」

キュルケは内心冷や冷やとしながらも、ジョルジュが「ま、花壇の事はクヨクヨしてもしょうがないか」と言った瞬間、ルイズ達の顔は自然とほくそ笑んだ。

(((計画通り!!)))

計画も何もあったものではないが、ジョルジュに見られないよう、そむけた彼女たちの顔はどこぞの新世界の神を彷彿させた。
それとも知らずに、ジョルジュは大きく伸びをすると、大きな欠伸をしながら三人に尋ねた。

「それで、破壊の杖はどうなっただよ?」

「あ、それならサイトが持ってて...」

ルイズはそう言いながらサイトがいるだろうシルフィードの方へ顔を向けたが、使い魔の少年の顔を見てギョッとなった。
先程までシルフィードに咥えられていたサイトの顔にはベットリと涎が付いており、顔は少しふやけた様に白くなり、髪の先端からはポタポタと涎が滴り落ちている。
破壊の杖とデルフを持ち、無表情で立つ自分の使い魔にルイズは声を掛けた。


「ちょ、サイト。アンタベットベトじゃない。一体何があったの?というか何がしたいの?」

ルイズの問いかけにサイトが大きな声を出す。

「オレが聞きてーよ!!シルフィードに咥えられたまま放っておかれたらそりゃ顔もふやけるわ!!」

そう叫ぶとサイトは片手に掴んでいたデルフリンガーを鞘に収めると、破壊の杖を両手で持った。


「破壊の杖ならココにあるよ。片手で持ってたから腕がちぎれるかと思ったぜ」

サイトはルイズ達がいる前に破壊の杖を置くと、パーカーの裾を持ち上げ、顔に付いた涎をガシガシと拭き始めた。

ルイズは破壊の杖を持ち、まじまじとそれを眺めた。
以前、一度だけ宝物庫の見学で見たことはあるが、改めて見るとやはり奇妙な形をしている。
黒っぽい金属で作られた杖は重く、大きな筒のように形作られた杖は、とてもじゃないが持っているのも一苦労である。
周りにはなにやらいろいろと付いているのだが、これらが何を意味するのか、ルイズにはさっぱり分からなかった。


「ホント、奇妙な形してるわねこれ。一体どうやって使うのかしら?」

ルイズがそう呟くと、キュルケも興味を持ったのか、ルイズのそばに来て、破壊の杖をコツコツと叩いたりした。
その横で、サイトはパーカーで顔の涎を拭き終えると、ジョルジュにそっと近づいた。

「あのさ、ジョルジュ、さん?あんたさっき」

「んあ?」


サイトが何か聞こうと声を出しかけた時、


「ハァハァ皆さん...ゼハゼハ無事でしたか?」


全員が声のした方に顔を向けると、荒い呼吸音と共にロングビルが茂みから出てきた。












「ミス・ロングビル!!ご無事でしたか・・・・って大丈夫ですか?ものすごい疲れているようですが?」

ルイズが心配そうに語りかけてくるが、正直返答するのも億劫である。
フーケは何とか笑顔を浮かべると、ルイズに言葉を返した。


「だ、大丈夫ですよゼハーゼハー...ちょっとハァハゴーレムが現れたので逃げてたのですが...オェ」

フーケの声を聞くと、「ちょっと」どころの話ではなく、先ほどまで全力疾走していたかのような感じに思える。
フーケはズルズルと重そうに体を動かした。
ルーナに脅しをかけられた後、さっきまで持てる力を全部ゴーレムに注いでたのだ。
体は鉛に錬金されたかのように重く、杖を持つどころか手足を動かすことさえもままならない。


(やば・・・・疲れすぎて気持ち悪くなってきた。足はもうガクガクだし...あのドS植物め...)

フーケは後ろを振り返り、ステップでも踏むかのように軽快に茂みから出てきたジョルジュの使い魔を睨んだ。

「ルーナ!!無事だっただか!?」

―ええ、ロングビル様と別れて周りを探索してたのですが、先ほど森の中で会いまして...―


ルーナは何食わぬ顔でジョルジュへと近づくと、ニッコリとほほ笑んだ。
フーケは汗にまみれた顔を腕の裾で拭った。


「それで...破壊の杖は?」


フーケが破壊の杖の無事を聞くと、ルイズがフーケの前に破壊の杖を差した。

「大丈夫ですミス・ロングビル。破壊の杖ならここに。だけどフーケは...ゴーレムはジョルジュが倒したのですが」

「そうですか、しかし破壊の杖が返ってきただけで十分だと思います」


フーケはヨロヨロと一歩、二歩と破壊の杖に近づいた。
それから両ひざに手を突き、

「では...フーケがまた現れる前に学院に戻りましょう。一刻も早くここから出るべきです」


フーケの提案もあって、ルイズ達は森の小屋を後にした。
しかしフーケ自身、すでに魔法の使用による疲労で歩ることすら困難であったため、タバサがレビテーションで彼女を浮かして運んで行った。
フーケは馬車の荷台に寝かされ、その横に破壊の杖が置かれた。
そして動けない彼女の代わりにルーナが手綱を引くことになり、一向は学院へと馬車を動かした。







(もういやだ...もう破壊の杖なんているか。というかこのドS植物と関わりたくない)

馬車の荷車に横になりながら、フーケはゼェゼェと呼吸しながら頭の中でそう思った。
一方、破壊の杖を無事取り返したルイズ達は任務を終えた緊張感から解放され、ホッと一息ついていた。


「それにしてもフーケったらなんであんなトコに破壊の杖を置いていたのかしら?隠す場所なんて他にあるのに」


キュルケが呟くと、向かいに座るルイズが言った。


「そんなの知るワケないでしょ。きっとなんか事情があったのよ。ま、こうやって取り返せたから私達としては良かったけど」

「まあ、何にしても皆無事で良かっただよ」

(どうでもいいから早く学院に着かないかな...)


他愛もない会話が横になるフーケを挟んで交わされるが、そんな中、サイトはじっとジョルジュの方を見て黙ったままであった。
ルイズはそれに気づき、隣に座るサイトを怪訝な表情で見た。


「ちょ、ちょっとサイト?さっきからジョルジュの事睨んでどうしたの?」

ルイズの言葉で、馬車の後方に座る全員がサイトの態度に気づいた。
サイトの様子に、キュルケも「ダーリンどうしたの?」とサイトの顔を覗き込むが、サイトはキュルケの肩を掴んで元に戻すと、後に座っているジョルジュに口を開いた。


「ジョルジュ...さん。アナタに聞きたいことがある」

サイトははっきりとした声でジョルジュに言った。
馬車の中に緊張した空気が生まれた。
ルイズとキュルケは突然の事にきょとんとしており、タバサは黙って本を読んでいる。


「突然なに言ってるのよサイト?ジョルジュに聞きたいことって「いや、いいんだルイズ」」


ルイズの言葉に重ねるよう、ジョルジュはサイトの方を向いて答えた。
ジョルジュは少し顔を下に向くと、


「丁度良いトコだよ。オラもサイト君に聞きたいことがあったんだ」


そう言いながらジョルジュは土で少し汚れた制服のポッケに手を突っ込み、何かを取り出した。


「コレ、さっきの小屋のトコでサイト君のポケットから落ちてきたんだけどさ...」


ジョルジュはサイトの目の前に手を伸ばす。
サイトはそれを一目見た瞬間、固まった。
ジョルジュの手には、根元が折れ、花びらが半分ほどの数になった花が乗せられていた。


「サイト君が涎拭いてた時にポロッと落ちたようなんだ。これさ、オラの壊された花壇に植えてたのと一緒なんだよ」


ニコッと笑うジョルジュの目は笑っていない。
サイトの頭に、昨夜の出来事が走馬灯のように思い浮かんできた。


『あの...これって...なんか不味いの?』


そう言って昨夜、自分が手に持っていた花がそこにあった。
ジョルジュは固まるサイトを他所に話を続ける。


「オラの花壇はフーケの所為か、文字通り『クチャクチャに壊れた』だよ。花壇の花なんて全部土に埋もれちまっただ。それなのにサイト君」


ジョルジュはズイッと体を乗り出した。


「なんでオメェさがコイツをポケットに入れていただ?ちょっと詳しく教えてほしいだよ」


そう言ってほほ笑むジョルジュの背後からは、チラチラと黒いオーラが立ち上りはじめていた。
馬車の後ろの空気が固まる中、手綱を引くルーナはジョルジュに併せるかのように、クスクスと笑った。











―内緒にすると言ったのですが...やはり隠し事は良くありませんわね。ねえ、皆様?―



[21602] 34話 おしおきのち舞踏会
Name: 黒いウサギ◆0c7d2f48 ID:258374a3
Date: 2011/04/11 19:32
「要するに、ルイズがキュルケと魔法の対決をすることになって、サイト君を塔に吊り下げただか」

「はい...そうですジョルジュ、いやジョルジュ様」

「ジョルジュでいいだよ。そんで、キュルケがサイト君を吊下げていたロープをファイヤーボールで焼き切った」

「そ、そういうことなのジョルジュ、いやマスター・ジョルジュ」

「だからジョルジュでいいってば。んで、タバサがサイト君に『レビテーション』を掛けたにはいいけど、落したところがオラの花壇だったと」

「・・・・私はこの二人の付き添い。むしろ被害者の方。だから」

「ああ゙っ!?」

「なんでもないジョルジュ殿下」

「いやジョルジュでいいって。なんでさっきからオラを変な肩書で呼ぶんだか?」

(...空気が重い)

馬車の荷台に仰向けの体勢で寝ているフーケは、自分の上を飛び交う黒いオーラを見ると、ハァっとため息を吐いた。
上に広がる空は青く澄み渡っている。
両端には木の緑が額縁の様に空を彩り、所々に点在する雲が一層空の青さを引き立てている。
馬車に吹く風は心地よい感触を顔や体に吹きつけ、疲弊した彼女の心も体も冷ましてくれる。
このまま目を閉じれば眠ってしまいそうだと、ボーっとする頭が考えている。
しかし、それもフーケの右側から漂う黒いモノと、左で脂汗を垂らして座る学生+使い魔の存在が邪魔をしているため、素直に楽しめないのだが。

使い魔の少年から花壇の花が見つかり、結局ジョルジュはデビル化した。
そこからはトントン拍子に話は進む。
初めに使い魔の少年が主人に話を振り、
次にルイズがキュルケとの関連を暴露すると、
キュルケが誤魔化そうとしたが、事の真相をうっかり口から出してしまった。
途中、タバサがシルフィードに乗って逃げようとしたが、ジョルジュの魔法によってあえなく捕縛、そのまま4人は馬車の片側に集められた。

先程の爆弾ゴーレムの生成した後の所為か、ジョルジュの周りを漂うオーラは朝見た時よりはるかに少ない。
声や口調も本来の彼なのだが、足を折りたたんで座る少女たちには十分なプレッシャーになっている様だ。

(そりゃそうだろ...あんな爆弾ゴーレムを作るメイジと対峙するなんて。命がいくつあっても足りないよ)

フーケは横に転がっている「破壊の杖」に頬を当てた。
森の影の中を通った為か、それとも何かの金属で出来ている為か、筒状の宝物はひんやりとしており、少しほてっていた彼女の顔から熱を奪っていく。


(ああ゛~気持ちいい...結局これの使い方が分かんなかったけど、こういう風に使うのかい?)


フーケは破壊の杖を顔の横に近づけながら、頭上で説教をするジョルジュの声に耳を傾けた。

「んで?4人ともフーケが花壇をメチャクチャにしたのをイイことに、自分達のやったことを誤魔化そうとしたんだなぁ~......フフフフッ」


ジョルジュは4人の顔をそれぞれ見ると、少しの間黙った後に口から笑い声を漏らし始めた。
ただでさえ奇妙な彼の行動に加え、普段の彼からは想像しがたい笑い声が出ているために余計怖い。
少年から漂ってくるプレッシャーに負けたのか、顔に冷汗を浮かび上がらせながらルイズ達が口を開いた。


「聞いてジョルジュ!!確かにあなたの花壇を壊したのは私たちよ!!でもそれはキュルケが買ってきた偽物の剣をサイトに押し付けてきた所為で...」

「ちょっとルイズ!!私に振らないで頂戴!!元はといえばあなたがあんな決闘方法考えた所為でしょ!?」

「いやいやいや!!!その前にオレを的にしたコトが問題だろ!!なんでよりによって人間で!?危うく死ぬトコだったんだぜ!?」

「ジョルジュ・・・3人も悪気があったワケじゃない」

「タバサ!!!なんであなただけ許された的な感じで...」





「ちょっと静かにするだよ」


「「「「ハイ」」」」


なすりつけ合うように喋っていた4人であったが、ジョルジュの一言でその声もピタッと止んだ。
上空ではタバサのシルフィードが馬車の上をクルクルと回っており、時折「キュイキュイ...ップ」と泣き声が聞こえてくる。
ジョルジュは一つ溜息を吐くと、縮こまって座る4人をジッと見据えると、まるで子供を諭す父親のように口を開いた。


「言い訳なんて貴族らしくねぇだよ4人とも。自分達が悪いって思うなら、言うことは一つだろ?」

「あの、オレ貴族じゃなくて使い...」

「あ゛あ゛ッ?」

「何でもナイデス...」


ジョルジュがサイトに一睨みした後、ギロリとルイズ達を見ると、


「悪いことしたらなんて言うだ?」

「「「「花壇を壊してごめんなさい!!!!」」」」


ジョルジュの質問に、4人は大声でジョルジュに謝った。
別に打ち合わせはしてないのだが、不思議と声が揃った。
ルイズは不安げにジョルジュを見つめるが、ジョルジュの周りのオーラは晴れてきており、彼は先ほどとは別人のように思える普段の雰囲気で、


「ん。じゃあもうやっちゃだめだよ」


そう言うとジョルジュは一つ溜息を吐き、上空を回っているシルフィードを見上げた。
余りの変貌に一同はキョトンとしていたが、ルイズが何か言おうとすると頭の中にルーナの声が響いてきた。


―マスターだって、ルイズ様達が‘悪意’を持ってやったかどうか分かりますわ。只、マスターはルイズ様達にちゃんと謝って欲しかったのですよ―


ルーナのその声に、ルイズ達はジョルジュの気持ちを理解した。
緊張の糸が張り詰めていたのがプツンと途切れ、ルイズやキュルケはヘナヘナと肩を下げた。
キュルケは顔に張り付いた髪を後ろに流すと、ジョルジュの方を見て再度謝った。


「ゴメンなさいジョルジュ。あなたの言うとおりだったわ。隠さずにちゃんとアナタに言うべきだったわ。ホントゴメンなさいね」


それに続くかの様にルイズも口を開く。


「わ、私もごめんなさい!!ジョルジュが大事にしている花壇を壊しちゃったのにそれを隠すなんて...貴族にあるまじき行為だったわ」

「あのオレ言ったじゃん? 『やっぱりちゃんと謝るのが一番』って」

「うっさいバカ犬」

「!!!!!?」


サイトとルイズの言い争いが起こったその間では、タバサがウンウンと首をうなずかせていた。


「これでいい・・・・これで問題解決」

「タバサ...言っとくけどあなたも『コッチ側』なんだからね?」


サイトとルイズがギャーギャーと騒ぐ中、ジョルジュは4人の方を再び向くと、ニッコリと笑い顔を向けた。


「まあでも、悪いことした時にはバツが必要だよ。だから4人とも学院に戻るまでみんなさっきの座り方でいるだよ」


ジョルジュの声に4人の体がぴくっとして止まる。
さっきまで言い争っていたサイトとルイズもピタッと止まり、ぎこちない声がサイトから出てきた。


「あのジョルジュさん?さっきの座り方ってアレ?『正座』のこと?」

サイトの質問にジョルジュは顔を向けると、

「そうそう。まあサイト君は楽だろうけど一応連帯責任ってコトで」

「いやいやいやいやいや。オレ正座は苦手で...ってなんで正座を知ってんの!?アンタホントに何も...」

「あ”あ゛ッ?」

「一生正座してマス」


学院へと続く道を馬車がゆっくりと進む。
アルルーナが手綱を引くその後ろでは、スヤスヤと眠る大盗賊一人と歌を口ずさむメイジが一人。
片方の席では珍しい座り方をしながら、この世の終わりのような顔を浮かべて座るメイジ3人と使い魔1匹の、何とも奇妙な光景がそこにあった。


「ちょ、ジョルジュ!?これ不味いわ!!なんか下半身の感覚が無くなってきたわよ!?」

「やばいやばいやばい!!あのルーナさん?馬車がさっきよりゆっくりになってる気がするんだけど!?もっと早くしてくれません!?」

「サイト声出さないで!!!声の振動だけで足が...ってタバサァ!!!杖でつっ突くなぁ!!」

「み・・・道連れ・・・・・みんな死ねばいい」


大きな叫び声が脇に生える木々の中に吸い込まれていった。
結局この光景は魔法学院に着くまで続いた。
途中、上空から「キュイキュイ...ザマァ」と聞こえてきたのはルーナしか知らない。












学院に戻った後、ジョルジュ達は破壊の杖を持って学院長室へと足を進めた。
長時間正座をしていたからか、皆膝がガクガクと震えている。
オスマンは足をさする4人の少年少女をいぶかしげに見ながら、すっかり元通りになったジョルジュの報告を聞いていた。


「フム・・・要するにフーケには逃げられたが破壊の杖はこうして取り戻して来たワケじゃのってありゃ?ミス・ロングビルは?」

「ミス・ロングビルなら『私は具合が悪いのですみませんが部屋で休ませていただきます』って部屋に行っただよ」

「なんですと!!?それはちゃ...心配です!!オスマン校長!!ちょっとミス・ロングビルを見てきます!!」


オスマンの隣に立っていたコルベールは唾をオスマンに飛ばすほど大きな声を出すと、慌てるように部屋の扉を開いて消えていった。
オスマンはハンカチを取り出して顔を拭き始めた。


「あのハゲ...絶対給料減らす...っとンホンッ!!とにかく、フーケを取り逃がしたのは残念じゃが、破壊の杖がこうして戻ってきただけでも素晴らしいコトじゃし一安心じゃ。
君達の今回の活躍には後で何かしら褒賞を出すとしよう」

オスマンはニコッと笑い椅子を立つと、5人の頭を撫でた。
ルイズ達は互いに顔を見合わせ笑うと、それを見ていたオスマンは手を合わせて軽く擦った。


「さて!今夜はフリッグの舞踏会じゃ。今夜の主役は君らであろう。思いっきり楽しむがよい」


オスマンの言葉にキュルケはアッと口を開くと、目を輝かせた。


「そうだわ!!フーケの件ですっかり忘れてたけど今日フリッグの舞踏会じゃない!!こうしちゃいられないわ。タバサ行くわよ!!」

先程まで足の痺れに苦しんでたのが嘘のように、キュルケはタバサの腕をつかむとドアを勢いよく開き、あっという間に消えてしまった。
ルイズとオスマン、そしてサイトが口をあんぐりと開けている中、ジョルジュがん~っと背伸びをすると、


「じゃあオラも花壇を直さなきゃならないから失礼するだよ。んじゃあなルイズにサイト君。オスマン校長失礼しますた」

ジョルジュはオスマンに軽くお辞儀をすると、ドアを静かに開いて廊下へと出て行った。
取り残されたルイズも目の前に立つオスマンにお辞儀すると、


「じゃあ私も失礼します。サイト!!行くわよ!!」


ルイズはサイトの手を引っ張るが、サイトはルイズの方に真剣な顔を向けた。


「ルイズ、オレちょっとオスマン校長に聞きたいことがあるから先に戻ってくれよ」

ルイズは納得がいかないのか少し渋るが、「すぐ来なさいよ!!」とだけ言うと部屋から出て行った。
サイトはルイズが部屋から出たのを確認すると、オスマンの方へと振り返った。
既にオスマンは元の椅子へと腰掛けようとしていた。


「それで、何かわしに聞きたいことがおありのようじゃな」


オスマンは顎に手をやりながらサイトへと尋ねた。
サイトは少しためらうかのように黙っていたが、やがて意を決したように話し始めた。


「信じてもらえないかも知れませんけど...オレ、この世界の人間じゃないんです」

サイトの言葉にオスマンは「フム」っと目を細めた。
その時、ガチャッと扉が開くと部屋の中にコルベールが入ってきた。
先程までのギラギラした目つきとは違い、遠い目をしている姿は周りから見ても気落ちしていることが分かる。
サイトとオスマンはコルベールの変わり具合にビビるが、恐る恐るオスマンが尋ねた。


「コ、コルヴェールくん?ミス・ロングビルの部屋に行ったんじゃなかったのかね?随分と早いようじゃが...」


オスマンが尋ねてきたのに気づいたのか、コルベールはオスマンの方に顔を向けながらフフフと笑うと、か細い声で答えた。


「...部屋に入ろうとノックをして呼んだんですがね...ドアノブに触れた瞬間に鍵掛けられてしまいましてね...」


サイトとオスマンはもう何も言えなかった。
それを知ってか知らずか、ガックリと肩を落とし、窓の外を眺めながらフフフと笑うコルベールこそ、まさしく『この世界』からいなくなっていた。












「まずこの破壊の杖ですけど、これはオレの世界で『ロケットランチャー』と呼ばれているモノです。これをどこで手に入れたのですか?」

「いくら何でもあれはないですよ...そりゃ私も少し下心があったのは認めますがね?だけど...」

「フム、実はその破壊の杖はワシの友人から貰ったものでな。30年も前になるかの。森を散策していた時に、ワイバーンに襲われての。そのとき、ひとりの男が私を救ってくれたんじゃ」

「男?」

「会話すらせずに鍵を閉めるなんて酷過ぎる...私の心の扉が閉ざされてしまいますぞ...」

「・・・・フム。彼は見たことのない武器を二本持っていた。その一本でワイバーンを吹き飛ばすと、その場に倒れてしまったんじゃ。ひどい怪我をしておった。ワシは彼を学院に運び込み、手厚く看護した」

「・・・・そ、それで!その人は今どこに!?」

「地味にダメージを喰らいましたぞ今回のは...アアアミス・ロングビルゥ...」

「残念じゃが治療の甲斐なく亡くなって...ってさっきからブツブツ煩いんじゃコルビャール!!相手にされんだからってヒトの部屋で愚痴るな!!」


オスマンは部屋の隅で、壁の方を向きながらブツブツと嘆くコルベールに大声で怒鳴った。
サイトもオスマンの話を真剣に聞いていたのだが、コルベールの所為で気が散ってしょうがなかった。
コルベールはぐるっとオスマン達がいる方へと顔を振り向けた。
どうやら相当堪えたらしく、目元は涙の跡が出来ており、鼻水が少し出ている。
てっぺんの輝きも普段よりも少し鈍い。


「し、しかしオールド・オスマン...いくらなんでもすぐに鍵をかけるなんて酷過ぎますぞ。私の心に「ウィンディ・アイシクル」が突き刺さりましたぞ」

「そうか。明日にでもワシが直接突き刺してやるから部屋から出ておれコッパゲール。っと、どこまで話したかな?そう、それでワシは亡くなった彼の遺体を墓に埋めてな、彼が持っていたもう一本のそれを『破壊の杖』と名づけ、宝物庫にしまいこんだ。命の恩人の形見としてな…」

「そうですか...」


サイトはオスマンの答えに肩を落とした。
破壊の杖を見た時、自分の世界への手がかりが掴めたと思ったのだがそれが無くなってしまったのだ。
思ったよりもショックだったサイトであったが、すぐに気を取り直してオスマンに自分の左手を伸ばした。


「あと、このへんてこりんな記号...ルーンでしたっけ?なんか剣を握ったりすると急に力が出たりするんすけどこれは一体...」

「それは『ガンダールヴ』のルーンですぞ!!」

いつの間に立ち直ったのか、コルベールがサイトの顔の横で大きな声を出して答えた。
声が鼓膜にジンジンと響くが、コルベールは構わず喋り続ける。


「ガンダールブとは昔始祖ヴリミルに仕えてたといわれる伝説の使い魔の一人ですぞ!!ガンダールヴはあらゆる武器を使いこなすと言われているのですが、恐らくサイト君が言う『急に力が出る』とはそのガンダールブの力が働いているからだと思うのですが!!!!」


「そうですか。オレは今武器持ってないんですけど、顔に汁飛ばしてくるアナタに殺意が沸いてきます」


コルベールは「あいや!!失礼!!」と言ってオスマンの横へと戻った。
オスマンは眉をひそめると、顔にかかった汁を拭くサイトに向かって言った。


「まあ、そう言うことじゃ。なぜ君にそのようなルーンが刻まれたのかは不明じゃが、もしかしたら君がこの世界にやって来たのと、何か関係があるのかも知れん」


サイトは左手の甲に刻まれたルーンをジッと見た。
伝説の使い魔「ガンダールヴ」のルーン。
それがなんでオレに刻まれたのか?そもそもなんでオレがこの世界に召喚されたのか。
サイトの頭ではそれがグルグルと回るが、その内訳が分からなくなり、考えるのはやめにした。
サイトは頬をポリポリと掻くと、オスマンに最後の質問をした。


「あと、これで最後なんですけど...あの赤い髪のメイジ、ジョルジュさんだっけ?あの人は何者なんですか?」


意外な質問をされた所為か、水煙草を吸おうとパイプを用意していたオスマンは、目をキョトンとさせてサイトの方を見た。
隣にいるコルベールも驚いた表情をしている。


「ミス・ドニエプルのことか?お主なんでそんなコトを聞きたがるんじゃ?」

「いや、なんだか気になって...というか今朝の姿見たらそりゃ誰だって気になりますよ」


オスマンはん~っと唸ると、水煙草のパイプを口に加えて煙を吐き出した。
白い煙が天井を僅かに白く染めるがすぐに消えた。


「まあ、少し変わっとるが、至って優秀な生徒じゃよ。あの子の家はドニエプルといっての、この国...トリステインの西に位置する土地を代々請けもっとる貴族の息子じゃ」


そこまで言うとオスマンは再びパイプに口を付ける。
今度はパイプを加えながら話を始めた。


「ミス・ドニエプルの兄弟たちもこの学院におっての。ホレ、お主がグラモンと決闘した時に乱入してきたのも彼の妹じゃ」


え?あのルイズが泣くくらい毒を吐いてた女の子が妹?まじで?
サイトは頭のなかでジョルジュとステラが二人して鬼○者化しているのを想像し、血の気が引いた。


「それに同学年と上の学年に一人づつ兄妹がおるしの」


サイトの頭の中の鬼武○が2人追加された。
オスマンはパイプを口から外すと、息を少し吸い込んだ後に煙を吐いた。
頭の中で○武者が踊るサイトはハッとしてオスマンを見た。


「まあそんな所じゃ。ワシが教えられるのはココまでじゃ。後は直接本人に聞いた方が良いじゃろて」


オスマンはフォッフォッフォと笑うと、机にパイプを置いた。


「まあお主もいろいろ思う事はあるじゃろうが、事を急いても上手くいかんぞ?それよりも今夜はフリッグの舞踏会じゃ。今夜は思い切り楽しみなさい。ご主人さまも『扉の外』で待たせっぱなしじゃ寒かろうて」

「扉の...外?って」


気づいたのか、サイトが素早く振り返って部屋のドアを開けると、ドアの傍で片膝をついているルイズがいた。
ルイズは慌てて立ちあがると、


「な、何よ?遅いから待ちくたびれちゃったじゃない!!」

「イヤイヤ...ルイズ、もしかして今までの話ずっと聞いてたの?」

「う、そんなコトどうでもいいじゃない!!ホラもう話は終わったんでしょ。早く行くわよ!!」

「ちょ、待ってウワッ!!」


サイトが何かを言う前に、ルイズはサイトの裾をつかむと、慌てて自分の部屋へと走って行った。
ドタドタと廊下から響く音に、オスマンはニッコリとほほ笑んだ。


「フォッフォッフォ♪若いとはエエのぉ」


オスマンは水煙草のパイプを再び手に取ると、ゆっくりと吸い始めた。
外は薄暗くなってきており、フリッグの舞踏会の始まりは近づきつつあった。










「あ、そういえばオールド・オスマン」

「なんじゃねタコベル君」

「コルベールです。先程話してたミスタ・ドニエプルの妹のミス・サティが学校見学に近々来ると連絡があったそうですぞ」

「・・・・マジで?」




[21602] 35話 各々の舞踏会(前篇)
Name: 黒いウサギ◆0c7d2f48 ID:258374a3
Date: 2011/04/20 08:35
1.サイト×○○○


外はすっかりと暗くなり、魔法学院を夜の闇と月の光がすっぽりと覆った。
舞踏会の会場となっている食堂の2階では、壁にかけられたランプの光や、天井に吊下げられているシャンデリアの光が会場を照らし、昼間よりも明るく感じる。
舞踏会は始まったばかりというのに賑わっており、そこかしこから学院の生徒や教師たちの声が飛び交っている。
料理に夢中になっている生徒や、女子生徒を口説いている学生も目立つ。
サイトはテーブルに乗っている料理を頬張りながら、自らが主人の到着を待っていた。


「遅ぇなルイズのヤツ...あんだけ部屋に急がせたくせに『私は今からドレスに着替えるからアンタは先に行ってなさい!!』って、おれパーカーのまま来ちゃったじゃん」


そう言ったサイトの服は、いつも通りのパーカーにデルフのセットである。
会場に来る前には汚れは払ったのだが、元々生徒の服装とは全く違うため、舞踏会での中では一層その異質さが目立つ。
サイトはブツブツと愚痴を言いながら、皿に盛ったリンゴのパウンド・ケーキを頬張った。
コチラの世界に来て、久々に豪勢な食事を目の前にしたサイトは、今のうちに喰いダメしようと様々な料理を皿に盛っては口に運んでいた。
ちなみに今はフルコースの一週目である。
皿に乗っているケーキが終わればニ周目開始だ。
口の中に広がる甘さを堪能していたサイトは、ふと視線を移したバルコニーに、紅い髪の少年を発見した。


「あ、あれってジョルジュさんか」モゴモゴ


サイトは口を動かしながら、じっとジョルジュの方を見た。
捜索の時にボサボサしていた髪は整えられ、後ろの方は奇麗にまとめられている。
黒を基調とした服はいかにも高級そうで、服の色によって髪の色がより強調されていた。
サイトは皿のケーキがなくなると、近くのテーブルに皿を置いてバルコニーへと向かった。

会場の外に出ると、舞踏会の熱で暖まった空気とは違い落ち着いた空気が流れていた。
この世界にきてからおなじみとなった二つの月は、片方は少し欠けた顔でバルコニーを白く照らしていた。


「ん?おお!!サイト君でねぇか。ルイズはどうしたんだ?」


ジョルジュもサイトに気づき、昼ごろとは打って変わった口調で(元々こちらの方が通常)話しかけてきた。


「ルイズは準備が長くなるらしくて、先に会場に来させられたんですよ。あの、ホント今回は済みませんでした」


サイトは少し緊張を含んだ声で、ジョルジュに頭を下げた。
ジョルジュは「イヤイヤ!!もういいだよ終わったことだし」と困った顔でサイトに近づいた。
昼間とは全然様子が違う様に、サイトは「これが素の状態なのかな?」と頭の中でふと思った。


「モンちゃんも同じこと言ってたし...やっぱ女の子は準備に時間かかるだなぁ。‘どの世界’でも一緒だよ」

「ッッッ!?」


ジョルジュが笑いながら言った何気ない一言は、サイトの胸をドキンと跳ねあがらせた。
それを知ってなのか、ジョルジュは近くの椅子に座るとフゥと息を吐き、サイトに言った。


「サイト君が聞きたい事はそういうことだろ?なんで異世界の人間が自分の世界の武器や『正座』なんかを知ってるかって」


やわらかい風が二人の体に吹いた。
サイトは言いたい事を見事に当てられ、首を大きく縦に振った。


「そ、そうっす。ホントはもっと早く聞きたかったんすけど、聞ける雰囲気皆無だったし...で、なんでなんすか?なんでアンタはオレの世界の事を..」


サイトはジョルジュに迫ったが、ジョルジュはサイトを手で制した。


「落ち着くだよサイト君。そうだね...まず何から話そうか」


ジョルジュは何かを思い出すかのように空を見上げた。
そして少しした後、ジョルジュはサイトに話し始めた。
















2.タバサ×キュルケ×○○○


「タバサぁ~?タバサ何処ぉ~?」


会場の壁際に置かれている料理の列を眺めながら、キュルケは青髪の友人の行方を捜していた。
胸元が開けた白いドレスが彼女の身を包んでおり、褐色の肌と合わさったその姿は、いつも以上に彼女を扇情的に魅せていた。
その証拠に、先程まで彼女にダンスを申し込んできた男性の数は30は超え、タバサを探している今も、近くの男子生徒の視線を釘付けにした。

キュルケは近くのボーイが運んできたグラスを一つ受け取ると、ワインを一口含んで喉を潤した。
タバサと一緒に来たのはいいが、会場に入ってからタバサと別れてずっと踊りぱなしだったため、ひどく喉が渇いていた。
キュルケはワインを飲みながら、料理が並ぶテーブルに次々と視線を移した。


「タバサの事だからこのあたりにいそうなんだけど...っていたいた!タバ!...サ」


キュルケが何度か辺りを見回すと、一つテーブルを挟んだ場所で料理と格闘するタバサがいた。
黒い細身のドレスが青い髪と白い肌に相まって、実に可愛らしいのであるが、周りに積まれた白い皿の塔がそれをかき消していた。
キュルケはタバサがいるトコロへと近づくと、彼女の脇に重なる皿の数にあきれ果てた。
その数は10や20ではない。


「!・・・・キュルケ」

「タバサ...アンタどんだけ食べてるのよ。というかよく入るわね」


タバサは既に完食した目の前の空いた皿を端にどけると、キュルケの方をちらりと見た後にボソッと呟いた。


「舞踏会はいい・・・・たくさん食べれる」

「たくさん食べれるってタバサ...せっかくの舞踏会なんだから食べるだけじゃなくて踊ったりもしましょうよ。誰か誘いにこなかったの?」

「何度か声をかけられたが・・・・比べるまでもない・・・・・愚問」


キュルケは額に手を当て、ハァとため息を吐いた。
せっかく舞踏会に来たのだから誰かと喋ったり踊ったりすればいいのに・・・・


「キュルケも食べるべき・・・たくさんある」 ゴキュゴキュ


タバサは傍に置いてあった飲み物を一気に飲み干して(グラスの中の液体の色がなんか変だった。もしやオリ酒?)ケフッと息を出すと、
空いた皿が目立ち始めたテーブルの中央に置かれたハシバミサラダへと再度、手を伸ばした。
タバサの手がサラダの皿へと届く手前で、同じ方向に伸ばす手が重なった。


「・・・・・・」

「・・・・・・・」


タバサが横へと振り向くと、片方の手にからになった皿を持っているノエルがいた。
いつも顔を隠している白い長髪は後ろに流して整えられており、相変わらずどよんとした目がタバサを見ている。


「なななんだよ、タタタタバサぁ」

「・・・・これは私のハシバミ草」

「あら、ノエルじゃない。意外だわ。舞踏会には出ないと思ってたのに」


キュルケはタバサの隣に陣取っていたノエルに気づき、思わず声を出した。
人見知りの塊であるノエルがこんな大多数がいる会場にいるのはホント珍しい。
学院のイベントでは決まって自室に籠っていたりするので、ノエルとの遭遇は素直にキュルケを驚かした。
確か教室以外で会ったのは、彼がコアトルの口の中にいた時だった気がする。


「おおおおお、俺だって舞踏会の食事たたべ、食べたいさ」


ノエルは体を少し震わせると、キュルケから視線を外してハシバミサラダの盛られた皿へと再び手を伸ばした。


「待って」


しかし彼の手首をタバサがガシッと掴んだ。
ノエルはジロリとタバサを睨むと、面倒くさそうな表情を浮かべて、


「ヒッ、な、なんだよ!!じゃ、邪魔すんなよタバサぁ!!」

「そのハシバミサラダは私が取ろうとしたもの。横取りは許さない」

「えええええ~?」


タバサの言葉に、ノエルの白っぽい顔が理解不能といった表情を作る。
キュルケはタバサが人に突っかけるトコロを見てまたも表情を変えずに驚いた。
今日は珍しいことが続けて起こるものだ。


「べ、別に料理はたくさんあるんだから、ち、ち、違うのを取ればいいじゃないか」

「・・・・ハシバミのサラダ・・・・・・・それしかない」



タバサはノエルをじっと見て言った。
キュルケは二人が手を伸ばしているハシバミのサラダを見た。
体にはいいものらしいが、あのバカげた苦さと、噛んだときに鼻に抜けてくる臭いは思い出すだけで嫌になる。


(あんなの良く食べようとするわね~別に争うものでもないと思うけど)


キュルケは以前にタバサに食べさせられたハシバミ草の味を思い出し、手で口を覆った。


「おおお脅したってあ、あ、上げないぞ。それ、それに、オレだってハシバミ好きだし...」

「私の方が何倍も好き」

「いやオレの方が好きだし」

「私はハシバミ愛好家」

「いやオレはハシバミ検定1級だし」

「それなら私は特級」

「いやオレはマスター・オブ・ハシバミだし」

「実は私はハシバミ・クイーン」


キュルケは二人の後ろで言い争いを眺めてた。

何が彼らをここまで言わせるのか。

というかなんだよハシバミ検定とかハシバミ・クイーンって。

思わず心の中でツッコミを入れたが、切りがない二人の言い争いを止めようと二人の間に割って入った。

「ちょっとぉ、タバサもノエルもこんなトコで争わないの!二人で分けて食べればいいでしょ」


しかし二人はじろりとキュルケを見ると、口々に言い返してきた。


「邪魔しないで・・・これはハシバミストとして譲れないこと。「微臭」は口出さないで」

「「微臭」って言うな!!何よハシバミストって!?聞いたことないわよ!!」

「は、話に入ってくるなよキュルケぇ。ちょ、香水臭いから離れてくれよ「微臭」」

「いい加減にしろおおおおおぉ!!!」


キュルケは大きな声を上げると、二人に飛びかかった。
その後は3人で髪を引っ張るやら頬をつねるやらの乱闘になった。
結局、誰がハシバミサラダを食べるかが決まったのは、それから少し経ってからだった。
















3.フーケ×○○○


「ミス・ロングビル、夕食をお持ちしました」

「ありがとうございます。そこのテーブルに置いて下さい」


メイドはベッドの近くに置かれた小さなテーブルに、幾つかの料理が並んだ銀のトレーを置くと、頭を下げて部屋から出て行った。
フーケは窓の外から流れてくる風に体を当てた。
開けた窓からは、舞踏会の華やかな音が聞こえているが、その微かな音がよりフーケの心を和らげた。


「ああ~気持ぢぃ~。ホントに今日は疲れたよ」


そう独り言を呟いたフーケの目には、光るモノが見えた。


捜索から学院に戻った後、魔力を使い切ったフーケにはもはや歩くのさえ拷問であった。
馬車から下りた後すぐ部屋のベッドに横たわると、底なし沼にはまったかのように体が沈んでった。
途中、ハゲがわめきながら部屋に入ろうとしてきたので、最後の力を振り絞って扉に「ロック」をかけた瞬間、意識が闇に堕ちた。
目覚めた時は既に陽は落ち、生徒のざわめきが遠くから聞こえてきた。

ベッドで目を覚ました後、フーケの体力と精神力はある程度化回復していたが、体は汗と土にまみれていた。
ベッドから起きた後、すぐに浴場へと足を運び、これまでの溜まった疲れと汚れを洗い流した。
部屋に帰る途中、偶々出会ったメイドに食事と飲み物を持ってきてくれるよう頼んだ。
そして現在に至っている。


「ホントに今回はヤバかったよ...もうあんな自爆ゴーレムやどS植物の相手はしたくないね...とにかく!今日は部屋でゆっくりするぞ~」


フーケはまだ少し濡れている髪を撫でながら、トレーに乗っているシャンパンの栓を開けてグラスに注いだ。
グラスの中の注がれるシャンパンから泡が立ち、シュワシュワと小さな音を立てている。
フーケは喉をコクリと鳴らし、シャンパンを一息に飲んだ。
シャンパンはこの世のものとは思えない程極上に感じた。
まるで砂に流した水のように、風呂から上がったばかりの彼女の火照った体に沁み渡る。


(ああ......この一杯のために今日があった気がする)


フーケの目に、自然と涙が浮かんできた。
これまでの苦労が今、報われた様に感じたからであろうか。
フーケは椅子に座ると、シャンパンの瓶を再び傾けた。
そしてトレーに乗っている幾つかの料理に視線を向けると、笑顔を浮かべながらハムやチーズのカナッペに手を伸ばそうとした。
その時、

コンコンコンコン

誰かが扉をノックする音が聞こえた。


「...全く、人が楽しんでんのに誰だってんだい」


フーケは掴んだカナッペを皿に戻すと、渋い表情を直し、扉へと向かった。


「ああ!!やはりいらしたのねミス・ロングビル」

「ミセス・シュヴルーズ?一体どうしたのですか?」


フーケが扉を開けると、そこには派手なドレスに身を包んだシュヴルーズが立っていた。
すこし太めの体は赤いドレスと宝石が飾られ、扇を持つ手の指には指輪が2,3個つけられていて、いかにも派手だ。


「いえね、これから私も舞踏会に行くつもりなのですけど、もしかしたらまだいらっしゃるかなと思ってきたんですの。どうですかミス・ロングビル?一緒に舞踏会にいきません?」


シュヴルーズの言葉に、フーケは今日が舞踏会なんだと再度思い出した。
フーケは苦笑いを浮かべ、まだ重さの残る手をあげると、


「お、御誘いは嬉しいですがミセス・シュヴルーズ。私は疲れてしまいまして、残念ですが今日は部屋で休んでますわ」

フーケの返答に、シュヴルーズは残念そうな表情を浮かべた。

「そう・・・アナタと行けば若い男をエフンエフン楽しい舞踏会になると思ったんだけど...仕方ないわね」


少し本音が漏れてた気がするが、相手するのが面倒臭いフーケは愛想笑いをしながら扉を閉めた。
扉の外からは「どうやって若い子をツカマエヨウカシラ...」と小さく聞こえてきたが、無視した。


「冗談じゃないよ。なんでアンタの男漁りに私が付き合わなきゃならないんだい。てか歳と立場を考えろっての」


フーケはブツブツと文句を言いながらテーブルへと戻ると、先ほど掴んでいたカナッペをひょいと口に放り込んだ。


軽くトーストされている薄切りのバケットに、上に乗っているハムとチーズが何とも言えない味を醸し出した。


「ウマッ!流石この学院のコックは腕がいいね。酒を飲むにはぴったりだね」


フーケは満足そうに笑顔を浮かべると、シャンパンの入ったグラスを手に取った。
その時、


コンコンコン

再びドアを叩く音が聞こえた。
フーケは先ほどよりも渋い顔になったが、すぐに戻すとドアノブへと近づいた。


「お、ミス・ロングビル!!どうじゃ調子は?」


ドアの前にはオールド・オスマンがひげを撫でながら立っていた。


「いや~具合が悪いと聞いたから心配して来たんじゃが、どうやら大丈夫そうじゃのぉ。それでどうじゃ?ワシと一緒に舞踏会行かない?」


オスマンは親にせがむ子供のような目でフーケに尋ねてきた。
フーケは軽い眩暈を覚えたが、一つ息を吐くと、


「御誘いは嬉しいですがオールド・オスマン、私フーケの捜索で疲れてますので今日は休ませていただきます」

「そうかい?じゃあ、ワシが付きっきりで看病してあげ...」

「では楽しんで来て下さい」 バタン


オスマンが言う終える前に、フーケはドアを閉めた。
ドアの向こう側からは「イケズジャノォ~」と聞こえてきたが、やはり無視した。


「ふざけんなくそジジイ...舞踏会よりも養護施設に行きな」


フーケはブツブツと文句を言いながらテーブルへと戻ると、カナッペをもう一つ口に入れた。
すると、


ドンドンドンドン


ドアを強く叩く音が聞こえてきた。


フーケはドカドカと乱暴に足音を出し、ドア越しまで戻ってドアを開いた。


「ミス・ロングビル、私だ。ギトーだ。どうかな。一緒に舞踏会にでも...」

「間に合ってます」 バタン


フーケはドアを閉めた。
ドアの向こう側からは「マテぃ!!断るのハヤスギルゾ!!」と聞こえてきたが、当然無視した。


「顔のギトギト何とかしてから出直してきな」


フーケはイライラとしながら、テーブルへと戻ると、

コンコンコンコンコンコンコンコンコン!

ドアを激しく叩く音が聞こえてきた。


フーケは無言でドア越しまで近づき、ドアノブを掴んだ。


「ミス・ロングビル!?私です。コルベールです!!あのですな!もしよ...」

カチャリ

フーケはドアの‘鍵’を閉めた。
ドアの向こう側からは「ミス・ロングビル!?ワタシダケアツカイガヒドイデスゾ!?」と聞こえてきたが、なに言ってるか分かんなかった。


「たくっ!!疲れてるんだから一人にさせろっつーの!!もう...あれだ、次誰か来たらもう容赦はしないよ。魔法でもぶつけて...」






「土くれのフーケだな」






扉とは違う方向から聞こえた声に、フーケはハッとなって顔を上げた。
いつの間に入ってきたのか、窓のそばに何者かが立っていた。
声からすると男だろうか。
顔は白い仮面に覆われて誰か分からず、身に着けているマントが風によって軽く揺れている。


仮面の男は窓枠に体を預けると、まるで全てを見透かしてるかのように言った。


「隠しても無駄だ。我らはお前のコトは何でも知っている」


仮面の向こうからクククと笑い声が聞こえてくる。
フーケは黙ったまま、仮面の男を見ていた。


「近い将来、アルビオンでは革命が起こり、無能な王家は潰れる。そして有能な貴族が政を行うのだ。土くれのフーケよ。我らに協力する気はないかね?」


フーケは今の状況を把握し切れてないのか、顔を軽く下に向け、男の質問に何も答えてない。
男はそれを否定と受け取ったのか、ククククと笑うとさらに続けた。


「まあ、嫌といっても協力してもらうがな。土くれのフーケ、いや...」


仮面の男は一歩、フーケに近づいた。


「マチルダ・オブ・サウスゴー「アイアン・ボール」チャヴォッ!!?」


仮面の男が前に出た瞬間、その目前にはメロン程の大きさの鉄球が迫っていた。
突然のコトによけられぬはずもなく、パンッと仮面が割れる音と骨が折れるような鈍い音が部屋に小さく響き、鉄球の衝撃で仮面の男の体は窓から落ちていった。
フーケは伸ばした杖の先をフッと吹くと、ヤレヤレといった感じでテーブルの椅子へと向かった。


「ったく!!今度は窓からかい!!なんかブツブツ言ってたけど、女の個室に無断で入ってくる男なんざ碌なもんじゃないよ!!」


フーケは椅子に座ると、杖を軽く指でクルクルと回し、今唱えた呪文を思い返した。


「以前唱えた時よりも大きさも早さも上がってたね。こんなに疲れてるのに?」


フーケは少し考えたが、「ま、今はいいか」と呟いて杖をテーブルのそばに置いた。
そしてシャンパンの入ったグラスを持つと、またもや一気に飲み干した。
招かれざる客達のおかげで炭酸は大分抜けていたが、やはり味は素晴らしい。


「ここまでしたんだし、もう誰も来ないだろうよ。さ!今日の苦労を労おうかね♪」


フーケは笑顔を浮かべながらシャンパンを再度グラスへ注ぎ、鶏肉のソテーに手を掛けた。
彼女一人での晩餐は、窓から聞こえてくる楽器の音と、風の音と共に始まったのであった。


翌日、彼女の部屋の外には割れた仮面と少量の血痕があったが、誰のモノかは分からなかった。



[21602] 36話 各々の舞踏会(中篇)
Name: 黒いウサギ◆0c7d2f48 ID:258374a3
Date: 2011/04/30 22:31
注.後篇が長くなりすぎたので二つに分けました



4.マーガレット×○○○

 舞踏会も中盤に差し掛かり、会場の所々では始まった時よりも男女のペアが目立つようになってきた。
また、諦めていない男子生徒が必死にアプローチを掛ける場面や、誘ってもらおうと会場を歩く女子の姿も目立ってきた。

そんな慌ただしくなってきた生徒間での喧騒から離れた場所にマーガレットはいた。
室内の隅にいるのだが、真紅のドレスが赤い髪と合わさり、彼女特有の朗らかさに加え、妖艶さも漂わせている。
彼女自身が用意したのか、窓の前に椅子が二つ、小さなテーブルを挟んで置かれ、テーブルには幾つもの瓶とグラスが、そして左側の椅子には彼女が座っている。

隣の席を確保しようと舞踏会が始まってから何人もの学生が彼女に詰め寄ってきたが、マーガレットはその度にいつもとかわらずケラケラと笑い、そして撃沈していった。
20人目の生徒が撃沈した後、マーガレットは少し赤くなった顔で鼻歌を口ずさみながら手紙を読んでいた。
羊皮紙に書かれたその手紙の内容は分からないが、上機嫌に呼んでいる限り彼女にとって吉報なのであろう。
マーガレットはテーブルに置かれたグラスを掴むと、口元で傾けた。


「・・・・あら、もうないの?」


マーガレットは残念そうな表情を浮かべ、空になっているグラスをそっとテーブルに置いた。
テーブルを埋め尽くすワインやエールの瓶が、空になった瓶の中で光を反射させて輝いている。


「ま~だかしら?一体いつまで待たせるのかなぁ~?」


マーガレットは誰にでも言うわけでもなく独り言を漏らすと、持っていた手紙を丁寧に畳んで封にしまった。
そして新しい飲み物を取りに行こうと椅子から立ち上がろうとした時、彼女の後ろから声が掛った。


「スマン。遅れた」


彼女は声のした背後へクルッと振り返った。
顔を確認すると一瞬笑いかけたが、すぐに表情を変えた。


「あら・・・どちらさま?ボーイの方かしら」

「悪かった‘メグ’...今回は完ぺきに舞踏会に遅れた自分が悪かった」

「そう思うならなにか誠意を見せて欲しいわね」

「あ~これでいいかな?」


男は背中に回していた手をマーガレットの前に差し出した。
その手には紫色の瓶に、大きな猫の絵が描かれたボトルだった。
マーガレットは満足そうな笑みを浮かべ、窓の方に向けられた椅子に座りなおすと、右手で空いている椅子の方を指した。
男は察したのか、ホッと一息吐くと、予約されていた席へと腰掛けた。



「で~?‘婚約者’待ちぼうけさして~何やってたのかなぁ?」


マーガレットは訊ねながら、男が持ってきたボトルの栓を開けようと、刺したコルク抜きに力を込めた。
ん~というマーガレットの声の後、ポンッと音が鳴って辺りに葡萄の香りが広がった。
男はクスリと笑うと、具合が悪そうな表情でマーガレットの方を見た。


「ホント悪かったよ‘メグ’。まぁ...正直に言えば...今日、実家から本が届いたんだ」

「それでそれで?」

「それで?あ~...その中の一冊にひどく興味を惹かれたんだ」

「からの?」

「からの!?え~...まだ舞踏会が始まるまで時間もあったし、ちょっと読むくらいならいいだろうって本を開いたんだ」

「からのぉ~?」

「・・・・いつの間にか夜になってました」


男はそこまで言うと、チラリとマーガレットの方を見た。
マーガレットはグラスにワインを注いでいるが、顔が下を向いているため男の方から表情が見えない。
しかし彼女の肩が小刻みに震えたと思うと、眼頭を抑えながら上げた口元は緩んでいた。


「プププッ...全く...らしいというか何というか.....」


マーガレットはワインを注いだグラスをスーッと男の方へと動かす。
男はグラスを受け取ると、いつの間に用意したのか、マーガレットは手に持っていたグラスを男の方へ軽く上げた。


「乾杯♪」

「乾杯‘メグ’」


テーブルの上で、二つのグラスが軽く合わさって音を鳴らした。
マーガレットはそれを一息で飲むと、急に椅子から立ちあがった。


「さて、相手も来たことだし、せっかくの舞踏会なんだから踊ってもらおうかしら♪」


男は驚いたのか、飲みかけのグラスの中で軽くむせたように「ゴホッ!!」と声を出した。
せき込みながらグラスを置くと、


「飲むの早っ!!というか自分まだ飲んでないんだけど!?」

「それは遅れてきたのが悪いんでしょうが。ホラ♪丁度新しい曲演奏されそうよ」


マーガレットが嬉しそうにケラケラと笑った。
彼女の言葉通り、会場の奥に座る音楽隊は次の曲を演奏しようと準備しているところだ。
男はマーガレットをジッと見たあとクスッと笑うと、椅子から立ち上がりマーガレットの前に立った。
そして右手を彼女の前に差し出すと、恭しく彼女に尋ねた。


「私と一曲踊ってくれませんか?姫君」


マーガレットは男が差し出した手に自分の左手を重ねた。


「喜んで」







5. サイト×ルイズ


 「まじっすか!?」

 「うん。そうだよ」


サイトはジョルジュの口から出てきた言葉に思わず大きな声を出してしまった。
ジョルジュはサイトの動揺も構わずに言葉を続ける。


「オラは以前、「鳩村呉作」っていう名前で農業やってただ。「あっち」の世界では雷に打たれて死んじまったけど、どういうワケかこうして生まれ変わってハルケギニアにいるだよ」

「オレの世界で死んでこっちでまた生まれてって...いわゆる「転生」ってやつすか?」

「まあ...難しい事は分かんねけど、実際こうやって「ジョルジュ」として生きてるんだから不思議なもんだよホント」

「ハァ~」


サイトは長い溜息をしながら空を見上げた。

異世界に来ただけでも信じられんのに、魔法や喋る剣に加えて転生も...

何でもありだなこの世界。

サイトの真上には双子の月が浮かんでいる。
まるでこちらをジッと見ていて笑っているように感じられた。
サイトは顔を下げてジョルジュに向き直った。
目の前にいるジョルジュは首を左右に動かしている。


「じゃあ呉作さ「ジョルジュでいいだよ」ジョルジュさんみたいな人って他にもいるんですか?」

サイトはふと思いついた疑問をジョルジュに聞いてみた。
ジョルジュは首を横に振ると、

「いや、少なくともオラみたいな人がいるってことは分からないだよ。それにオラだって昔と全然違うんだから外見なんかで見分けなんて付かないだ」


そう言ってジョルジュは自分の頭を指差した。
サイトはジョルジュが言わんとしていることを察し、軽くうなずいた。

確かに、純日本人であった彼もこんな紅い髪になっている。
これじゃ近くに彼のようなヒトがいても簡単に分かる筈がない。

サイトは頭に手をやってクシャクシャと髪を掻いた。
フーケにロケットランチャーに転生者。
昨夜からいろいろあり過ぎて頭がパンクしそうだ。
頭から軽く蒸気が上がりそうになった時、背後の会場から、盛大な声が上がる。


「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおなぁ~り~!」


サイトが声のした辺りを眺めると、入口の大きな扉を取り巻くように人が集まり、彼の主人であるルイズが立っていた。
いつものお転婆な様子は制服と共に捨てられたのか、少し桃色が掛った白いドレスが彼女を輝かせるかのように彩り、気品と可愛らしさを備えた彼女の様子にサイトは思わず声を失う。


「あら~っ!!ルイズもえれぇ別嬪さんになってるだなぁ!!」


サイトの後ろからジョルジュの驚きの声が聞こえてきた。
その声にサイトはハッと我に返った。
ジョルジュはサイトの前に立つとポンと肩を叩いた。


「サイト君、今日は難しい事は考えねぇで楽しく過ごしなよ。オラとしても出来ることがあれば協力するだし、また何かあれば聞きに来てくれだ」


ジョルジュはそう言うと、ニコッと笑って会場の方へ歩き出した。
サイトは慌てて止めようとする。


「ちょ!!待ってくれよジョルジュさん!!まだ聞きたい事があるんだよ!!」


サイトは声を上げたが、聞こえたのか聞こえなかったのか、ジョルジュは会場に入ると、人ごみに混ざってしまい、どこにいるのか分からなくなってしまった。


「はぁ~...楽しめって言われても...またケーキ喰いにいくか」

「「ケーキ喰いに行くか」じゃないでしょ犬!!」


ジョルジュを諦め、また料理でも食べに行こうとしたサイトの近くで声が上がった。
同時に頬に中々思い衝撃が走る。
「フベラっ!!」と思わずサイトは叫び、いつ間にか横にいる人物に叩かれたのが分かった。
ヒリヒリとする頬をさすりながら横を振り向くと、そこにはルイズが機嫌悪そうに顔を膨らまして立っていた。


「なんだルイズか」

「なんだじゃないでしょ!!アンタ、ご主人様が来たんだから迎えに来るとかなんかしなさいよ!!」


ルイズはいつも通りに声を張り上げてサイトにギャーギャーと文句を言ってきた。
遠くから見ていたら絵本の中の御姫様のような彼女なのに、目の前ではやはりいつも通りの彼女である。


「遠い場所から見ると奇麗で近いと荒れている...富士山ルールだな」

「何、訳の分からないこと言ってんのよ」


ルイズはジト目でサイトに尋ねたが、サイト無視して改めてルイズの方を見た。

会場の入り口にいた時は会場の明かりによって輝いて見えていたが、目の前で見ると...やはりフツーに可愛い。

サイトも元の世界でいろんな女の子を見てきたが、目の前にいる彼女は今までに見たことのないくらいの美女である。
サイトは自分の顔が熱くなってくるのを感じた。


「な、何でもねぇよ。そうだな。うん、まあ...馬子にも衣装ってトコロだなこりゃハハハ...」


サイトはテンぱりながらわざと皮肉を言った。
サイトの言葉にルイズは眉を小刻みに震わせたが、サイトの顔が赤く染まってきていることに気づき、得意げに笑みを浮かべた。


「ふ~ん、まぁいいわ。ところでさっきジョルジュがいたようだったけどなにしてたの?」

「あ~...何でもねぇよ。ただ今日の事で話してただけだ」

「そうなの?」


ルイズはサイトに近づき、目を細くしてサイトの顔を見つめた。
なにか疑っているのかどうかは分からないが、サイトとしては近づいてきたルイズの顔を見て、心臓がバクンッ!!と跳ねあがるのを覚えた。


(やっべ!!可愛くね?カワイクネ!!?いやいつも見てて可愛いなぁ~このドSご主人はって思ってたけど...!!今日はヤバいってコレ!!)


サイトの目の前が少しくらくらとしてきた時、会場の中が少し暗くなり、流れてくる曲がゆったりとした雰囲気に変わった。
どうやら新しいダンスの曲に入ったようだ。
ルイズはサイトの方にスッと手を差し出した。


「私と一曲踊ってくれませんこと?ジェントルマン」


サイトはルイズが何を言っているか数瞬理解出来ずキョトンとなったが、しびれを切らしたルイズがサイトの手を強引に掴むと会場へと入って行った。
サイトはそこでルイズの言った事を理解したのか、先ほどよりも焦り出してルイズに小声で話した。


「お、おいルイズ!!オレ、ダンスなんて踊れないぞ!?昔ダ○ス・○ンス・レ○リューションやってたけど...」

「知らないわよそんなコト。大丈夫、私に合わせて」


曲が始まり、周りの男女も優雅にステップを踏んで踊りはじめた。
サイトもルイズに合わせてぎこちなくステップを踏んでいくがやはり周りと比べると上手くない。
それにサイトもやはり思春期の男の子である。
女の子とこんな近くに寄り添って踊るのは林間学校のフォークダンス以来であり、しかも相手はかつての爬虫類のような女子
(当時好きだったコの一つ前で終わったのは苦い記憶である)ではなく、人生で会った美女暫定一位のルイズだ。


「ほらサイト!!なにボーっとしてるのよ!!ちゃんと私について来なさい!!」

「ちょ、まっ!!うわっ!!」


サイトの動きが固いのはルイズが相手だからか、はじめてのダンスだからかはたまた両方か。
しかしそんなぎこちないダンスを踊る中、ルイズは終始笑顔であった。




[21602] 37話 各々の舞踏会(後篇)
Name: 黒いウサギ◆0c7d2f48 ID:258374a3
Date: 2011/05/01 06:23
6.ルーナ×フレイム×○○○



―大分盛り上がっているようですね舞踏会は...それで、一体どうしたんですか?皆さん―


舞踏会の会場から響く音色や人間の声が外に響いてくる。
ルーナは花壇のそばの芝生に座り、中から聞こえてくる音に葉を揺らしながらジョルジュが用意していた肥料の入った水を一口グラスから飲んだ。


『どうしたもこうしたもねぇよ!!ウチのご主人、自分の準備だけしてオイラの餌なんて忘れてるんだぜ!!やってらんねぇよ!!』


そう叫ぶと、キュルケの使い魔フレイムは口から火の粉を二度三度吐き出した。
飛び散った火の粉がルーナの足に付着し、先端を軽く黒くした。
ルーナは黙って腕に巻きついている蔓を動かすと、フレイムの頭に高速で振り落とした。
風を切る音と共に、『ヒデブっ!!』とフレイムの鳴き声が響いた。
芝の地面にはいつもより四つん這いになって地に伏せるトカゲの姿が残った。


―それを私に言ったトコロでどうにもならないでしょうフレイムさん。それに、どうやらあなたのような方は沢山いらっしゃるようで―


フレイムをのした後、ルーナは周りに目を移しながらフレイムに答えた。
ルーナがいる花壇の周りには、舞踏会にいった主人の帰りを待っている使い魔達が、それぞれ気の合ったモノ同士で話していた。
ルーナのすぐ傍の花壇脇では今年の使い魔では最も大きいであろう風竜のシルフィードが地面に頭を下げ、モグラのヴェルダンデに話しかけている。


『キュイキュイ!!おねえさまったら「今夜は自給自足」だなんて酷いのね!!って、ヴェルちゃんはちゃんともらえたのね!?』

『僕のご主人はミミズ用意してくれたんだけどね...ちょっと量が少ないんだな今日は...なんか慌ただしく部屋飛び出しちゃったし』


壁の傍に植えられた木の枝では、鳥の使い魔が数羽、中央に止まっているフクロウのクヴァーシルを囲んでいる。


『どうしたのよクヴァーシル?元気ないじゃない』

『あの太った主人にセクハラでもされたの?』

『私...もうマスターの部屋の臭いに耐えられなくて...ほら私そんな鼻が利く方じゃないでしょ?でも部屋の中にいると時々「ウッ!!」ってなるのよね』


話している内容は様々であるが、やはり使い魔の生活がある程度過ぎたタメか、各々人間には分からない不満が出てきているようだ。


―皆さん色々とご不満をお持ちなようですね...使い魔も楽じゃないってことでしょうか―


ルーナはクスクスと笑うと、グラスに入った水をまた一口飲んだ。
それをじーっと見ていたフレイムは、まだ揺れている目の焦点を合わせ、火の粉を飛ばさないようゆっくりとした口調でルーナに尋ねた。


『お前、何でわざわざそんな飲み方しているんだ?人間みたいな真似なんぞして』


フレイムの問いに、ルーナはグラスをクルクルと揺らしながらまた笑い、


―いえ...今日は舞踏会なので、私も人間の様に真似て飲んでみようかと―


そう言った後、ルーナはグラスの水を一気に飲み干した。
フレイムはフーンっと軽く唸るが、足もとで「ゲコゲコ」とカエルの鳴き声に気づき下を向く。
泣き声に気づいたルーナも目を下に下げると、黄色い皮膚にリボンが巻かれたカエル、モンモランシーの使い魔ロビンが喉を鳴らしていた。


『やあやあルーナ嬢にフレイム氏。あなた方も今宵の舞踏会の熱に誘われて花壇に?』

―あら、ロビンさん―

『ロビン、そういうお前はあの巻き髪ご主人に放り出されたのか?』


フレイムはチロチロと舌を出してクェェと低く鳴いた。
ロビンはゲコッと一つ鳴くと、ピョンとフレイムの鼻の先に乗り、中央によるフレイムの目を見ながら饒舌に語り出した。


『いやいやいやフレイム氏。私の主がそんな使い魔泣かせなことをしませんよ。私は自分の意思で出てきたのですよ自分の意思で。我が主は夕方から鏡の前でずーっと指を動かしてると思いきや、時折独り言をブツブツと。「もしかしたら今日...」とか「や!それはまだ早いって!!」など呟いているんですよ。しまいにはせっかく着たドレスもまた選び直したり髪型を変えたり...そんな主に「すみません。今日の夕食はなんでしょうか?私としてはいつものハエはいささか飽きたところなのですが...」などと言えますかフレイム氏?言えないでしょ?ああ、あなたなら言いそうですねあのツェルプストー嬢に。とにかく、そんな主の傍に居ても御力になれませんからね。私、そっと部屋のドアを閉めて庭へと来たワケですよフレイム氏。池の赤虫を捕まえて食事を楽しんでる所、このような皆さんの集まりに気づいて...』

『おーい長ぇよ!!どんだけ喋れば気が済むのこのカエル!?』

フレイムは鼻の先で喋り続けるロビンに我慢できなくなり、振り落とそうと首を横に激しく降った。
ロビンはその勢いと共に跳ねると、今度はルーナの指の先に付いた。


『おや、すみませんルーナ嬢。全く、話は最後まで聞くのが紳士の嗜みじゃないですか?そもそもあなたは...』

『やめやめ!!また長くなる!!それに紳士も何もオイラは只のサラマンダーだからね!?』


フレイムは大きな声を出し、ロビンの呪文のような長くなる会話を止めた。
ロビンはまたピョンと地面に跳ねると、一回喉を鳴らし、黒い眼玉をルーナ、フレイムの両方に向けるとまた一回喉を鳴らした。


『さてさて、どうやらフレイム氏が私の会話に付き合って下さらないようなので、ここは失礼させていただきますよ。ではルーナ嬢、我が主のコトまたよろしく頼みます』

―こちらこそロビンさん―


ルーナはロビンに向かって丁寧に頭を下げて言った。
ロビンは満足そうに喉を鳴らすと、規則正しいリズムで跳ねながら離れていった。
フレイムはルーナのいない方に火の粉を吐くと、うんざりしたような目をルーナに向けて一声鳴いた。


『まったく、あのちっこい体でどんだけ喋るんだか』

―あら、そういうフレイムさんも良く喋る方だと思うのですが―

『オイラはあんなにうっとおしい程喋ってる覚えはないよ』 プチッ ゲコッ!!

―あ、ロビンさん今、シルフィさんに踏まれましたね―

『え?』  キュイー!キュイー!


振り向いたフレイムの先には、シルフィードの足に注目する使い魔達と慌ただしい鳴き声があった。
月はまだ上に登ったまま照らしている。
主人の舞踏会と同様、使い魔の舞踏会(?)もまだまだ続くようだ。










7.モンモランシー×○○○


よし、大丈夫。

髪も十分整えたしドレスも着たし...一体何度着直しただろう

香水はこの日のために作った新作を使ってきたし...大丈夫よね?変なにおいしてないよね?

本でしっかりと予習したし...「彼氏と甘い夜を過ごす100の魔法」(シュヴァリンヌ著)


モンモランシーは事前確認するかのように小声で呟きながら会場への階段を昇っていた。


―モンちゃん。今年のフリッグの舞踏会だけどオラと踊ってくれないだか?―


アレはジョルジュが耳かきをしながら真面目そうな声で尋ねてきたのが始まりだった。
モンモランシーは去年の舞踏会もジョルジュと踊っていたのだが、なんの気なしに会場でいたジョルジュと踊っていた去年とは違い、今年は向こうからのリクエストだ。
モンモランシーもそりゃ慌てる。


(まあ、あれから1年経って?その...ジョルジュとは..ホラ...友達以上に...仲良くなったし?やっぱりこういう日ってそのぉ...思い出に残るじゃない?やっぱアレかな?男女がこう...イヤ、嫌じゃないけど、こういうのはムードが大事だし!?だから私としても、ろ、ろ、ロマンチックにね?)


その時はどう返事したのか記憶にはなかったのだが、部屋に戻ってからひっそりと本棚にしまってある本「彼氏と甘い夜を過ごす100の魔法」(シュヴァリンヌ著)を広げた。
朝になってフーケが出たとか、捜索隊にジョルジュが入ったとか、夜更かしして眠いなどいろいろあったが、無事ジョルジュも戻り舞踏会も始まった。

階段を上りきると、扉の前に立つ使用人が重そうに会場への入り口を開いた。
会場への扉が開いた瞬間、少し静まり返った会場内の空気が彼女に押し寄せてきて金髪のロールをなびかせた。


 「モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ嬢のおなぁ~りぃ~!」


会場内へと入ると衛士の声が響き、視線が一斉にモンモランシーに集まる。
そんな視線も気にせずにモンモランシーは会場の中へと進んでいくと、次々と男子学生がダンスを誘いに来た。


私と踊っていただけませんか

ぜひ私とダンスを


普段は喋ったこともない男子生徒もやって来るが、モンモランシーはやんわりと断りをいれ、会場内をぐるっと見回した。
先に来ている筈なのだ。
先ほどの衛士の声もあったから気づいていると思うのだが...
モンモランシーはしばらくキョロキョロと辺りを見渡していたが、後ろへ振り向いた時、見覚えのある声が聞こえてきた。


「モンちゃん!」


声がする方へと顔を向けると、少し離れた所から近づいてくるジョルジュが視界に入った。
整えられた紅い髪と黒い服が、いつもの彼にない雰囲気を醸し出している。
モンモランシーは内心ドキッとしながらも、迎えに来たジョルジュを見ながら言った。


STEP1.最初はいつも通りに振る舞って♪特別なイベントだからって気合いを入れすぎてるとヒかれちゃうよ?(第1章「がっつき過ぎて男にひかれる」より)

(お、落ち着いてモンモランシー。いつも通りよ、いつも通りにふるまうのよ)

「あ、ジョ、ジョルジュ。遅くなってゴメンなさい。待った?」

「んにゃ、大丈夫だよモンちゃん」


ジョルジュはそう言ってモンモランシーにほほ笑んだ。
するとモンモランシーが会場に入ったのが合図であるかのように曲が流れ始めた。


STEP2.相手が困っていたらそれとなくリードしてあげよう!!(第5章「寒空の下のお見合い」より)

モンランシーは横で辺りを見回しているジョルジュを見てニヤッと笑うと、ジョルジュの肩を指で小突き、


「あら?ダンスに誘ってくれないの?ジョルジュ」


モンモランシージョルジュを見ながら意地悪そうに尋ねた。
誘ってくれなかったらせっかく気合いを入れて準備した意味がないのだ。
しかしジョルジュはそんなモンモランシーの心情を知ってか知らずか、急にモンモランシーの頬を手でそっと撫でた。

(な、なな、ななな!?ななななななななんあななななぁ!!?)

突然の行為にモンモランシーの顔はカーッと熱くなってくる。
ジョルジュはケロッとした表情で、


「モンちゃん急いできただか?顔もの凄い熱いだ。ダンスの前に少し休むだよ」


ジョルジュはそう言ってモンモランシーの手を掴んだ。
その行為にモンモランシーはボンっと顔を赤くする。


(ちょ、え、なに?今日のジョルジュなんか積極的な様な...)


モンモランシーはブツブツと小声でつぶやきながら、手に伝わるジョルジュの力を感じながらバルコニーへと出た。


(モンちゃん...顔赤くしたり独り言呟いたり...どっか調子悪いんだか?)


STEP3.何よりも冷静になることが大事!浮かれすぎてると失敗しちゃうよ!(第3章「調子に乗っていたら財布の中身がなくなった」より)

「いけないわモンモランシー...冷静に冷静に...」


モンモランシーはそう自分に言い聞かせながら、ジョルジュが持ってきたシャンパンのグラスを傾けた。
曲が始まった所為かバルコニーには人はいなく、会場内では曲に合わせて踊る男女が多数見える。
空になったグラスを見つめながら、モンモランシーはほぉっと息を吐いた。
シャンパンでさらに火照った顔にやさしく風が吹いてくる。
モンモランシーはロールの先端を指でクルクルと回しながら、会場の中をチラッと見た。
飲み物を取りに会場に戻ったジョルジュを探してみるが、人が多すぎて分からない。


「全く、せっかくなんだからもっと一緒にいてほしいのに...」

「?なにが欲しいだか?」

「ウヒャオォォッ!!!?」


モンモランシーは奇声を発して横へと飛び跳ねた。
会場から帰ってきたのか、モンモランシーを心配そうに見つめるジョルジュの両手にはグラスが二つある。


「ジョ、ジョルジュ!?ちょ、驚かさないでよ!びっくりしたわ!」

「びっくりって...どこに驚く要素があったか分かんないだよモンちゃん」


ジョルジュはワインの入った一方のグラスをモンモランシーに差し出した。


「ハイ。モンちゃん喉が渇いてるだか?今日は良く飲むだなぁ」


ジョルジュの言葉にモンモランシーはウッと言葉が詰まる。
彼女の背後にあるテーブルには、今まで彼女が飲んで空になったグラスが10数個置かれている。


「そ、そうね!?いや~なんだろ今日は?すっごい喉が渇くわ~」


しどろもどろになりながらワインを一口飲むと、モンモランシーはジョルジュをじっと見つめて言った。


STEP4.二人きりになったらまずは軽い会話を。今日の出来事から話すのがベストかな♪(第8章「結婚匂わせたら逃げられた」より)

「きょ、今日は大変だったわね。フーケの所為で花壇が酷いことになっちゃって。それに捕まらなかったんでしょ?」


花壇が壊されたのを彼女が知ったのはジョルジュが捜索へと向かった後であった。
それまでは「フーケが現れた」という事しか知らず、現場を見ようと花壇へ向かって初めて知ったのだ。
ジョルジュは少し苦い表情を浮かべると、


「んぅ~でも盗まれた「破壊の杖」は戻ってきだし、誰もケガがなくて良かっただよ」

「でもジョルジュ、大切に育ててた花壇だったじゃない」

「壊れたらもうしょうがないさ!!いつまでも悔やむよりも次に挑むことが大事だよ。それより...」


ジョルジュは急にモンモランシーの額に手を当てた。

(ちょ、急になあああああばばばばば...)


またしても不意の急接近に、モンモランシーの顔が赤く染まる。
それとは裏腹に、ジョルジュは目を細めて尋ねる。


「モンちゃん大丈夫だか!?なんか顔がものすごい熱いだよ!?熱でもあるだか?」

「い、いやいや!!全然大丈夫よジョルジュ!?ちょっと飲み過ぎたかしら?ホホホホ・・・」


モンモランシーは笑いながらワインをぐっと飲み干すと、空になったグラスをテーブルに置き、手で顔をパタパタと扇いだ。


(やばいやばい!!なんでこんなことで慌てまくってるの私は!!?来る前に読んだあの本(彼氏と甘い夜を過ごす100の魔法)の所為!?)


内心慌てふためく彼女を見てジョルジュは小さくほほ笑むと、飲んでいたワインのグラスをテーブルに置いた。
モンモランシーはキョトンと見ていたが、振り向いたジョルジュの顔はいつになく真剣な面持ちを浮かべていた。


「モンちゃん。オラ、モンちゃんに言いたいことあるだ」


モンモランシーの顔が驚きに染まった。


モンモランシーはあうあうと口を動かしながら本に書いてあった内容を思い出した。

STEP5.相手が普段とは違く見えたり、急にタッチしてきたり、お酒を勧めてきたりした時は気をつけて!!向こうは‘ソノ’気だよ!!(第6章「酔わされて惑わされて騙されて」より)


(ぜ、全部当てはまってるー!!!?何‘ソノ’気ってどんな気!?)

「モンちゃん...」


ジョルジュが一歩踏みだしてモンモランシーへと迫る。
混乱する頭の中でグルグルと思考が駆け巡る。
目の前にいる少年に目をやる。
傷だらけの顔…でも優くて暖かい。
いつも見せる土だらけの顔も好きだけど、偶に見せるこういう表情にグッと来てしまう。


STEP6.一回相手を突き離そう!!その後に見せる優しさに相手はメロメロ!! (第2章「優しさに溺れた末路」より)


(あ...そうだ。突き離さないと...でも)

モンモランシーは律義に本の内容を行おうとしたが、目の間にいるジョルジュを見るとそんな思考は止まってしまう。


「モンちゃん!あの...」

「だ、ダメよジョルジュそんな、イヤジャナイケド...」


モンモランシーは顔を横にして弱弱しく断ろうとするが、前に出した手をそっと掴まれる。


「あッ...」


モンモランシーは顔を前に向きなおすと、ジョルジュの顔が目前にある。
掴まれた手首から彼の体温が伝わってくる。


(ジョルジュ...)


モンモランシーは覚悟を決め、スッと目を閉じた。


「や、優しく「いつもありがとうだよ」ってえ?」


モンモランシーが目を開けると、そこには少し顔を赤く染めたジョルジュがいた。


「その、学院に入ってからいつもオラの事助けてくれてホント感謝してるだ。こんな日だからってコトじゃないけど、ホントにありがと...ってモンちゃん?」


ジョルジュは言葉を止めてモンモランシーに尋ねた。
先程まで上がったテンションは急激に下がってしまったためか、モンモランシーの表情はどことなく疲れきってるようだった。


「いや、なんでもないわよ。何でも。ホホホ...」


STEP7.奥手の相手には気をつけて!! ヒトの気持ちを上げるだけ上げて落とすよ!!(第3章「幸福のレビテーションから急降下」より)


(ハァ...忘れてた。ジョルジュが自分からそんなことするような性格なんてしてなかったわ。一人で盛り上がってバカみたい)


目の前でジョルジュが何か喋っているが、気落ちしたモンモランシーの耳には何も聞こえてない。

もう帰ろうか。

そう思いながらふと手を見ると、先ほど掴まれた手の薬指に何かはめられている。
じっと見つめてるとそれは指輪、それも何かの植物で作られたような指輪で、宝石の代わりに小さな白い花がキラキラと月の光に照らされている。


「ジョルジュ...これって」


モンモランシーがあっけに取られてジョルジュを見ると、ジョルジュは軽くほほ笑んで、


「いつも渡してるのってハーブなんかの食べ物だろ?今回はちょっと工夫して花で指輪作ってみただ。あっ、「固定化」かけてるから当分は枯れないだよ?」


ジョルジュはハハハと軽く笑った。
モンモランシーはようやく状況を理解したのか、みるみる顔が熱くなってくるのを感じた。
嬉しさのあまり指輪が付けられた手が震え、眼尻から涙が出てくる。


「あ、ありがと...グス嬉しい...」


モンモランシーはにこやかにほほ笑むと、指輪がはめられた手を月にかざした。
月の光りを浴びた花は白く淡い輝きを放っている。


「奇麗...」


うっとりと指輪を眺めていたが、急にハッと何かに気づいたかのように固まった。


STEP8.指輪なんかもらったらクライマックス!!つかプロポーズじゃね?もう結婚しちゃえよ・・・(第10章「最後の止めは結婚指輪」より)


「じょ、じょ、ジョルジュ?これってププ、プロ、プロポー...」


モンモランシーはすっかりと赤くなった顔で尋ねるが、声が震えて上手く喋れない。
ジョルジュも下を向いて表情が見えないが、耳が赤くなっている。
曲が終わったのか、会場からの騒ぎが収まって静まった二人の間にぼそっと声が聞こえた。
そして彼女の耳にかすかに聞こえてきた。





「出来れば.....これからも一緒に...居てほしいです」





それはかすかに、しかし確かに彼女の耳に入ってきた。


「あ、あのそれって...」


モンモランシーが何かを聞こうとした次の瞬間、新しい曲が会場から流れ始め、ジョルジュはパっと顔を上げた。


「...そろそろ踊らないかモンちゃん?」

「え、ちょ、ジョルジュ、サッキノ…」


モンランシーは口を動かすが、幸福と驚きと緊張の所為か上手く声が出ない。
ジョルジュは手をすっと彼女の前に差しだした。


「お、オラと踊ってくれませんだか?姫君」


ジョルジュのダンスの誘いに、モンモランシーが既に返す言葉は決まっていた。


「あ...は、はい」


そして彼女は指輪が輝く手をジョルジュの差し出した手にそっと乗せた。
















―最終的に幸せになった男女は死ねばいいと思う。バカップルは皆死すべし―
(「彼氏と甘い夜を過ごす100の魔法」最後まで読むと見える最後のページより)



[21602] 38話 タバサの007イン・ガリア 他人を巻き込むな!!
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2011/05/17 02:15
舞踏会の熱気や喧騒が白み始めた空に吸い込まれて静けさが学院に漂う朝。
舞踏会の翌日は振り替え休日となっているため、いつもは学生が起きる時間帯でも、寮や学院の廊下には静寂が流れており、歩いている学生は見当たらない。

昨夜の騒ぎが嘘の様に消えた中で、タバサは自室のベッドから起きた状態のまま頭を抱えていた。



「雪風」


「ハシバミ・クイーン」(自称)


「特級ハシバミスト」(自称)


「美酒の申し子」(自称)



学院での彼女の呼び名は多々あるが、そんな彼女には学院では誰にも呼ばれていない名があった。



北花壇騎士七号



タバサは故郷であるガリア王国の「北花壇騎士団」の団員である。
北花壇騎士団の団長イザベラから送られてくる任務は常に危険を伴うものばかりであり、この学院に来てからも度々任務がやってくる。
そんな彼女に任務の依頼が来たのは数日前、イヤにゴツイガーゴイルが持っていた手紙には任務の内容、そしてガリアの王都にある城プチ・トロワへ早急に来ることが書かれていた。



‘『早急』に来ることが書かれていた’



‘『数日前』の手紙に’





「忘れてた」


タバサは誰に言うでもなく、ボソッと言葉を漏らした。

数日前に手紙を受け取って何となく頭には入っていたと思うのだが、キュルケと買い物したりオリジナル酒の開発やフーケの一件、昨夜は舞踏会でハシバミフィーバーしていたために任務の「に」の字も記憶の奥底に沈んでしまって浮かんではこなかった。
今日も起きた時にテーブルに置いていた手紙を見かけなかったらそのまま忘れていた気がする。


どうしよう、既に遅刻だ。

というか遅刻どころの問題ではないと思う。


タバサはまだ重い頭を揺らしながらこれからどうするかを考え始めたが、しばらくして半開きの瞼にそれなりに力を込めて一言呟いた。



「朝ごはん」



まずは食事だ。
一日の活力の源である朝食を食べてから考えよう。
タバサはそう決心するとまだ寝ている生徒もいる静かな女子寮の部屋を出て、廊下をテクテクと食堂に向かって歩き出した。


こうしてタバサの秘密の任務は幕を開けた。












「・・・・・・」

「・・・・・・」


タバサが思ってた通り、食堂にいる筈の生徒の数はとても少なく、タバサがざっと見渡しても20人いるかいないかである。
休日ともあってか、舞踏会の余韻を残して眠っている生徒が大半なのであろう。
そこかしこのテーブルでは一人で食事をしている者や、二人か三人でテーブルを囲んでお茶を味わっているのもいる。

タバサも目の前にある鶏肉の詰め物やたっぷりとジャムを塗った白パン、山盛りのハシバミサラダと朝食としては重すぎといえる食事を口に運びながら、向かいの席に座る少年をジーッと見ていた。


「・・・・・・・・」

「・・・・な、なな、なんだよタバサぁ...」


タバサの向かいに座る少年はノエルであった。
元来彼は人見知りの塊のような性格である。
本来なら見かけることすら珍しい彼を朝の食堂で見かけることはかなり奇跡であるのだ。
昨日のこともあってか彼を見つけて思わず向かいの席に座ってしまったが、別段話すこともなく、タバサは口に入れた鶏肉とハシバミ草をもぐもぐと噛みながら、向かいに座っているノエルをじーっと見ていた。



(ノエル...唯一私と互角に渡り合うハシバミスト)


舞踏会ではキュルケの乱入によってうやむやになってしまったが、ハシバミに対するあの目線、悔しいが背筋が凍った。
自分の事を「マスター・オブ・ハシバミ」と言っていたのは伊達ではない。


(彼とはいずれ決着をつけなければ...)


タバサのそんな決意を他所に、ノエルは目の前に座る少女のプレッシャーにビクビクとしながら頼んだ紅茶に口をつけた。
偶々早く起きてしまったため、いつもは行かない朝食に来てみたらなぜか昨日絡んできたタバサが向かいに座ってきた。
本当は一刻も早く部屋に戻りたいのだが頼んだデザートが来てないので動くに動けない。


(もおおおおぉ何なんだよこいつぉぉぉ!?何で朝から睨んで来るんだよぉ!?)



目の前の皿から料理が消え、タバサが朝食を食べ終わった。
ケフッと小さく息を鳴らすと、ハシバミ茶をすすりながらこれからの事を考え始めた。
目の前に座るノエルは注文したデザートが来ないのか、チラチラと厨房の入り口の方を見ている。


(満足...これからどうしよう)


タバサはハシバミ茶をもう一口すすると、図書館でもいこうかと考えた。


(先日・・・新しい本が入ったと知らせがあった・・・・・見に行くべきだろうか)


またふいに、頭の中に実家の母の事が思い浮かんだ。
そういえば最近、実家の方に帰れていない。
近いうちに帰りたいが、せっかくだからその前に何か送ろうか。


(母様・・・・・そうだ・・・母様に学院で作ったワイン(?)を送ろう・・・手紙も添えて、...手紙?)


今朝の事が蘇ってきた。


(あ、...任務)


タバサはテーブルを手で叩いた。
突然の行動にノエルはビクッと体を動かす。
心なしかギリギリと歯ぎしりをしている音が聞こえる。


(何々なになにコイツ!!?なんで急に悔しがってるの!?)

(不覚ッッ!!・・・忘れたままでいれば良かった)


タバサの頭に騎士団長のイザベラの顔が浮かんできた。
彼女はタバサの従姉妹であるのだが、とある事情からタバサに対して何かとケチをつけてくる。
どうせ今回も遅れたことで突っかかってくるに違いない。
嫌味ったらしく笑うイザベラの顔が鮮明にイメージできる。

タバサの胸に何とも言えない怒りが込み上げてきたのか、両手でバシバシとテーブルを叩いた。
ノエルも席を移ればいいのに律義に椅子に座ってタバサの挙動におびえている。


(もうなんなんだよコイツゥ!?)

(こんな時に任務なんて...ホント空気の読めない)


しかし思い出した以上、ズルズルと遅れる訳にも行かない。
ホントに乗り気じゃないが任務の内容を聞きに行かねばならないのだが、


(・・・・一人じゃキツイ)


今度は両手で頭を抱え込み、タバサはテーブルに突っ伏した。
外は白い雲が綿菓子のように浮かびながら青空広がっているのだ。
こんな天気の良い時に任務なんてそれだけでもテンションが急降下するのに、不機嫌なイザベラに一人で会いに行くとなると鬱になってもおかしくない。
能天気な使い魔のシルフィードはあまりあてにならないし...


(私一人では(心が)耐えきれない...今回の任務には協力者が必要)


そう頭の中で(勝手に)結論付けたタバサは、小声で何事かブツブツとつぶやき始めた。
タバサの様子に流石に変に思ったのか、ノエルは恐る恐る手を伸ばしながらタバサに声を掛けた。


「た、たば、たば、タバサぁ。おおおま大丈夫か・・・」


ノエルの手がタバサの肩に触れそうになった次の瞬間、タバサの頭がガバッと跳ね起きて彼女の手がノエルの腕を掴んだ。


「ひいいいいぃいいいいぃぃぃ!!!?」

「・・・少し付き合ってほしい」


タバサはノエルの悲鳴も気にせずにそれだけ言うと、ノエルの腕を掴んだままテーブルを立つとそのまま外へと引っ張っていった。


「ちょ、ちょちょちょ待てぉ!!なんだよ急に?まだデザート食べてないんだよ!!」


ノエルが後ろで騒いでいるが、タバサはそんなコトは気にせずにあまり重く感じられない少年の体を引張って行った。


大分遅くはなったが、おかげでタバサは今回の任務に(強制的に)協力してくれるパートナーを見つけたのであった。












「何でこんなことになっているんだよぉぉ!!?」


ノエルは少し肌寒い上空で彼なりに大きな声で叫んだ。

訳が分からない。
静かに食事をしていただけなのにタバサが急にやってきて、
レミアと散歩して回ろうかと思ったら明後日の方向に引っ張られていき、
今頃部屋で休んでいるはずなのに辺りにはベッドどころか地面もない。

上空数百メイルの場所で、タバサの使い魔の背にのっかっているのだ。
格好も酷い。
制服に着替える間もなく、さっきまで着てたダボダボのシャツと上に羽織っていた黒い上着だけだ。


「落ち着いて・・・・聞いて」


タバサはシルフィードの首の付け根あたりに腰を降ろしながら器用に後ろに体を向き、未だに腹ばいになって震えているノエルに連れてきた訳を説明し始めた。


故郷の国から任務が来たこと

今回はそれを手伝ってほしいこと

最近マリコルヌが酸っぱくなってきたこと

真のハシバミストは私


余り関係ないことも含まれているが、知られてマズイことは隠しながらノエルに話した。
ノエルは顔をタバサに向けながら聞いていたが、タバサが話し終えた後に、疑問にしていたことを口にした。


「な、なんでオレなんだよぉ。キュルケとかに頼めばいいだろうぅ?」


ノエルが震える声で尋ねたが、タバサは少し口を閉ざした後、簡潔に答えた。


「近くにいたから」

「帰らしてくれよおオオオオォぉ!!!」


ノエルの叫びは空に浮かんでいる雲に吸い込まれていった。









「遅い!何やってんだいあの子はぁ!!ちゃんと手紙は送ったんだろうね!?」


ガリア王国プチ・トロワ。
広々とした広間の奥に置かれた革製のソファに体を委ねながら、ガリアの王女イザベラは目下に立っている侍女たちに大きな声を浴びせた。


「ヒッ!ま、間違いないと思います。数日前にガーゴイルを送ったメイジ様から確かに送ったと...」

「その‘数日前’ってのがそもそも可笑しいだろ!?何日待たせれば済むんだいアイツは!もう『数日前』というか『先週』って言った方がいいくらいだし!」


そう言うとイザベラはソファの上で足をバタバタと激しく動かし始めた。
その姿は駄々をこねている子供そのままであり、侍女たちから見ても愛くるしいのであるが、そんなことを口に出せばどんな罰が科せられるか分からない。


「大体アイツは私の事絶対馬鹿にしてるだろ!?この前の任務もそうだけど任務から帰って来た時にクチャクチャなんか食べながら入ってきたし!!
『村の人から貰った』じゃないよ!!一国の姫の前で物喰いながら入ってくるなよ!!」


イザベラはソファから飛び上がると、目の前の段を降りて、イライラした様子で言葉を続ける。


「その前にあった火山付近の村での任務も!!しばらく帰ってこないから心ぱ...やっとヤラレたと思ったらなんか湯気纏わせて帰ってきたし!!
『思ったより強敵。時間がかかってしまった』?絶対温泉入って観光してきただろ!!」


「あの...イザベラ様?」


「おまけにアイツ『これ・・・お土産』とか言ってなんかパンのようなお菓子渡して来たけど、何だよ『ハシバミまんじゅう』って!?私がハシバミ嫌いなの分かってやってるだろ!!」


イザベラは所々に建てられたガーゴイルの像の内一つの傍まで近寄り、足の部分をバシバシと叩きながら大きな声で愚痴をこぼした。
本人はいたって真面目に怒っているのだろうが、蒼い髪を振りながら暴れる姿はやはり、可愛かった。


「あの、姫様?もう一度以来の手紙を送るのはどうでしょうか?」


侍女の一人が像を叩いているイザベラに近づき、おどおどしながら彼女に案を出すが、イザベラはギョロッと侍女に振り替えると、指でさしながら大声で答えた。


「フザケンじゃないよ!!あの子にもう一度手紙を送る!?何でそんなコトしなけりゃいけないんだい!!それだと私が負けた様じゃないか!!」


勝ち負けあんのかよと侍女たちが心の中でツッコむが、イザベラは「あ゛~っっ」とうなりながら部屋を歩き回る。
その姿はまるで恋人を待ちわびているようであり、分かってはるのだが侍女たちの口元には自然と笑みが浮かんできてしまう。

その時、入口に控えていた騎士が広間に入ってきた。


「シャルロット様が参られたようです」

「なに!やっと来たかい!!」


途端に顔を明るくして騎士に振り向くイザベラであるが、ハッとしてすぐさま厳しい表情を作ると、大きな声で叫んだ。


「い、そ、その名前であいつを呼ぶんじゃないよ!‘人形七号’と呼びな!」


頬を赤らめながらも何とか威厳を保とうとする姿に、広間にいる騎士や侍女たちの胸がキュンとなる。


「失礼しました。七号様、参られました」(姫様萌え...)

「そうか...ここに通しな」


イザベラは騎士に背を向けてソファの方へと歩き出そうとするが、騎士は今思い出したかのように報告を加えた。


「あの・・・七号様のお連れの方はどうしましょうか?」

「は?」


イザベラは不思議な事を聞いた気がして、振り返って騎士に聞き返した。


「あいつの・・・なんだって?」

「七号様と一緒に来られた方ですが...」(ハァハァ)


騎士はもう一度イザベラに言い直すが、当のイザベラは石の様に固まってしまい、再起動したのはしばらくしてからだった。









態勢を整えたイザベラがタバサを呼び入れたのはそれから少ししてから。
広間に入って来たのは相変わらず小馬鹿にしたような目で見てくる従姉妹と、顔が全くこっちを向いていない白髪の男であった。
二人は横に並んでゆっくりと近づいてきて、イザベラの座るソファの檀の下まで来ると足を止めた。


「エライゆっくりと来たかと思えば男連れかい...アンタにも男が引っかかるんだねぇ」


前に立つタバサに皮肉を浴びせるが、顔の筋肉が硬直しているかのように動かず、イザベラの顔はただ口の端がピクピクと痙攣するかのように震えるだけだった。


「彼は今回の任務の協力者...」


タバサがイザベラに聞こえるくらいの声でボソッと呟いた。
イザベラは座っているソファで足を組み直すと、タバサの隣に立つ男に目をやった。

長い白髪で顔がはっきりとは見えないが、体格からして男だろう。
白いシャツの上から黒い上着を付けているが、肩や腕が細いのが分かる。
若く見えるが体つきからして傭兵ではないだろう、貴族崩れのメイジか?
この子が‘協力者’というからにはある程度腕は立つのだろうが、オドオドとした目とどんよりと周りに漂う負の空気が気になってしょうがない。

一通り観察したイザベラは、ソファに背もたれに体を預けるとその男に声を掛けた。


「あんた、名前は?」


二人に聞こえるくらいの声で尋ねたつもりである。
しかし男は気づいた様子はなくタバサに腹を小突かれてこっちに視線を移した瞬間、「ヒッ!」と小さく叫ぶとオロオロと顔を動かすだけだった。
たまらずイザベラが叫ぶ。


「あんただよアンタ!白い長髪のお前だよ!名前はなんなんだい!!」


男はまたビクンと体を震わせると、ガタガタと震えながらこっちに顔を止めた。
別段、何もしてないのにお化けを見るような目がイザベラを余計苛立たせる。


「ノ、ノエル...ノエル・ホロドモール・......」


最後の方は聞こえないほどの消え入りそうな紹介であったが、何とか最初の「ノエル」という名はイザベラの耳に入ってきた。
というかこいつ大丈夫なのか?とイザベラはいぶかしげにタバサの方を見た。


「あんた...こんな奴連れて来て役に立つのかい?見たところ使えそうにないんだけどね」


イザベラの言葉にノエルはビクッと反応し、顔を明後日の方向に向けている。
しかし、小刻みに震えているノエルの横で、タバサは冷めた目つきでイザベラに答えた。


「...彼は私が認める(ハシバミスト)・・・悔しいが(ハシバミに関しては)私と互角といっていい」


タバサが悔しそうな表情を浮かべて隣をチラッと見る。
今までこんな悔しそうな彼女の表情を、イザベラは見たことがなかった。


(こんな奴がシャルロットと互角!!?生まれたての小鹿みたいに震えているこいつが!?)


イザベラからすると未だに信じられないが、彼女がそこまでいうのなら相当の実力者なのだろう。


「ふ、ふん。せいぜい王子様に守ってもらいな。ホラ」


イザベラは今回の任務の内容と目的地が書かれた書簡をタバサの足下に投げた。
タバサは足もとに転がった書簡を拾い上げて内容を確認すると、クルクルと小さく丸めてマントの中にしまった。


「あ、アンタちゃんと分かってんだろうね?今回の相手は...」

「吸血鬼」


タバサはサラリと口に出したが、ハルケギニアで‘吸血鬼’といえば『最恐』の妖魔である。
人の姿をした血を吸う怪物。日光には弱いが力は強く、先住魔法を扱うことが出来る。
生命力も高く、おまけに吸血した人間を操ることも出来、その厄介さはエルフさえもしのぐといわれている。
腕の立つメイジでも逃げるような相手であるにも関わらず、タバサの表情はあっけらかんとしており、そこには余裕さえ漂う。


(そ、そんなにノエルって奴が強いのか?)

「ま、まあせいぜい死なない様に「きゅ、吸血鬼ぃぃぃ!?」ってええええ!?」


イザベラが言いかけている途中にノエルの叫び声が辺りに響いた。
見ればノエルの顔は肌色から青色へと変色しており、驚きの所為か顔を隠していた白い髪は少し逆立っている。


「ちょ、なに急に大きな声上げてるんだい!確かに吸血鬼は怖いけど驚きすぎだろ!!」


イザベラの声はノエルには届かなかったらしく、青くなった顔をタバサに向けながらノエルは詰め寄る。


「た、たたタバサぁ!聞いてないぞ!任務を手伝えってまさか...」

「吸血鬼退治」

「ヒイイイイイヒィィィィッ!!!!」


タバサの答えにノエルは悲鳴を上げると、ノエルはその場でブツブツと呟きながら倒れていった。
その顔はまだ吸血鬼にも遭ってないのにも関わらず、血を吸われたかの様に真っ白である。

しばし沈黙が続いた後、イザベラはボソッとタバサに尋ねた。


「なあ、ホントこいつ大丈夫なのか...」

「大丈夫」

「・・・・」


タバサは力強く言うのだが、体が痙攣し始めているノエルを見ると、その言葉に説得力は感じられなかった。



[21602] 39話 タバサ少女の事件簿イン・ガリア 「顔ナシ」ノエル
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2011/05/22 23:27
夢を見ていた。


『おかあさまおかあさま!絵本読んで!!』


『ハイハイ♪シャルロットったらホント絵本が好きね♪』


あれは幼いころの記憶。

まだお母様が元気だった頃の...


『うん!シャルロットお母様の読んでくれる絵本大好き!!』


いつもお母様とベッドに入ると、枕元に置いてあった絵本を読んでくれた


『一冊だけよ?その後はちゃんと眠ること。いい?』

『ハイッ!!』


優しいお母様の声...だけどいつも最後まで聞き終えることはなかった
だっていつも話が終わる前に眠ってしまうから
だからせめて夢の中では...最後までお母様の声を...


『おかあさま、今日は何の絵本読んでくださるの?』

『そうね~。じゃあ、今日は...』


お母様の指が、枕元に置かれた本の中の一冊を拾い上げ、私の前でゆっくりとページを開いていく。
隣からお母様の息遣いが聞こえる。
昔の事なのに...今でもはっきりと覚えている。
そして私の体にフトンが掛けられ、お母様の口がゆっくりと物語を紡いでいく。


『今日は『イーヴァルディ×ヴ...』


「いつまで寝てるんだい!!!さっさと起きなッ!!」




瞬間、お母様の口から従姉妹の声が聞こえた。
急に聞こえてきた声に意識が覚醒する。
無意識に開いた目には、学院のベッドとは違う天井、それに青筋を浮かばせて私を除く従姉妹の姿。

なぜ私はここで眠っていたのだろうか?
寝起きの為か重く感じる頭で昨日の事を思い出す。

そうだ、あの後、ノエルが気絶したのに加えて既に夜だったため、彼女のいるプチ・トロワのとある一室で一晩過ごしたのだった。


(せっかくいい夢を見ていたのに...しかしこんな朝早くからわざわざ直接起こしに来るとは...)

「てかアンタどんだけ寝れば気が済むんだい!もう昼すぎだよッ!!」

(・・・)


窓から陽の光が差し込んでいる。
その光は朝特有の優しさなど皆無であり、昼の強い日差しのようであった。


「...不覚。枕が変わるとあまり寝付けない私が何というミスを・・・クッ!」

「『クッ』じゃないよ!!寝付けないどころか見事なほどの熟睡だったよ!!いいから早く任務に行きな!!ていうか...」


彼女は私からフトンをはぎ取ると、不機嫌な表情を浮かべながら文句を呟いて隣のベッド、私が連れてきた助っ人が寝ている方へと足を運んで行った。











夢を見ていた


『は、母様...本を読んでください』


『いいでしょう。それで、今日は何の本ですか?』


あれは幼いころの記憶。

まだ母様が優しかった頃の...


『きょ、今日は『メイジ失格』を..「お前も起きろオオオオォォォッ!!」

「ヒイイイイイイイイイイィ!!?」


イザベラは勢いよくノエルのフトンを引き剥がすと、先ほどまで夢の世界にいたノエルは現実に戻ってきた所為か、起きぬけに叫び声をあげる。


「ななな、な何すんだよぉ!?きゅ、急に起こすなよぉ」

「うるさいこの熟睡コンビ!!今頃目的地に着いてる時間なのになんでまだベッドの上!?実家に帰省しに来たのかアンタ達は!任務だよ!に~ん~む!!」


イザベラの声は部屋を突き抜け廊下まで響いたらしい、部屋の外が少し騒がしくなる。
イザベラの説教にノエルは顔を青くして震えるが、タバサは既に布団に包り、再び夢の中に行く準備をしている。


「もっかい寝ようとするんじゃないッ!!てかどんだけ寝ようとするんだいアンタは!学院生活でもそんなことしてんじゃないだろうね!?」


イザベラはタバサのベッドに近づき、再び布団を剥がそうと掴むがタバサも抵抗しているのか彼女から離れない。


「...学校では...キュルケがいつも起こしに来てくれる」

「誰だよキュルケって!?いいから布団から出なさい!コノッ...」


イザベラは尚もフトンから出そうとするがそれに対してタバサも対抗し、余計布団に包ろうとする。
表面上は敵対している二人であるが、今の状況はまるでじゃれ合う姉妹、いや母と娘か。
イザベラが顔を赤くしてタバサを起き上がらせようとしていると、開いたままになっていた部屋のドアにメイドが入ってきた。


「姫様、ご昼食の準備が整いましたが...」(赤くなってる姫様...萌え)

「あっ?もうそんな時間かい?」


息を切らしながらイザベラは答えるが、ふっと手にあった従姉妹の重みが消えた。
えっ?っとイザベラはベッドの方に視線を直すがそこには既に姿はなかった。
良く見ると隣のベッドにいた助っ人の男も消えている。


「分かった。早速食堂へ」

「おお、お腹減ったよぉ...」


今度は後ろの方から聞きなれた男女の声が聞こえてくる。
イザベラが振り向くと、部屋の入口にはいつ間にかタバサ、ノエルが立っていた。
どうやったのか知らないが既に着替えも済ましている。


「一日の活力は食事から・・・案内をよろしく」

「あの...しかし姫様が...」

「彼女はちょっと用事があるらしい...先に私たちが行くべき」

「何食べに行こうとしてるんだーーー!!!いいからとっとと任務に行けぇー!!」


結局、タバサとノエルがプチ・トロワから出発したのは昼食後であった。
昼食後、イザベラはいつものソファに寝そべり、ぐったりとした表情で天井を仰いだ。


「ったく、人形の癖に生意気な...ハッ、せいぜい死なないように頑張ってくるこったね」


誰に言うでもなく出たイザベラの言葉に、ソファの傍でお茶を準備しているメイドがイザベラに答えた。
先ほど、食事の知らせに部屋にやって来たメイドである。


「しかし姫様、‘三人分’用意しろと仰っていたのは正解でしたね」


メイドはクスリとほほ笑みながらポットの紅茶をカップに注ぎ始める。
メイドの言葉にイザベラは、顔をカーッと赤くすると、ソファから跳ね起きた。


「そ、それは!ち、ちが、・・・フンッ!ま、まあ死んでしまうかも知れないからな。最後の食事くらいは用意してやるさっ!!って何を言わせるんだいお前は!!」


大きな声を出したイザベラの目は宙を泳ぎ、何かを隠すかのように手をアタフタさせている。
メイドはほほ笑みながら紅茶の注がれたカップを皿に乗せると、イザベラの前に差し出した。
イザベラはメイドの差し出した紅茶のカップを手に取ると、カップを顔の近くまで寄せる。
淹れたばかりの紅茶の香りが、飛んでくるかのようにイザベラの鼻をくすぐる。


「シャル...七号様、無事に戻ってこられるといいですね」(ツンデレヒメサマ・・・ハァハァ)


メイドの言葉に、イザベラはクイッと一口紅茶を飲んだ後、部屋の中に立つガーゴイル像を見ながらボソッと呟いた。


「...そ、それはアイツ次第だよ」















タバサ達が今回の任務の地、サビエラ村に着いたのは日も傾き始めた夕刻。
人口350人程の小さな村はまだ太陽の光が照らされて明るいが、ジリジリと山の谷間に太陽が沈んでいることから、数刻を待たずして夜へとなりそうだ。
タバサとノエル、そしてシルフィードは村の入り口である木の門をくぐり、一番上の方に建てられた村長の家へと足を進めた。
村の空気はひっそりと静まり返り、外に出ている者は見た限りでは2,3人程度である。
村人の多くは家の中に閉じこもっているらしく、窓や扉の間から顔を覗かせて二人のメイジを眺めていた。


「今度の騎士様は・・・二日でお葬式かね」

「あんな小さな子供がメイジなのかい?隣にいるあの男は何なんだ?」

「また死体が増えるのかね・・・」


ヒソヒソと聞こえてくる村人の声が耳に入る度、ノエルは上着を着た体をブルッと震わせた。


「なな、なんなんだよこの村...空気が重い」

「・・・あなたの周りの空気も負けてない」


ノエルの言葉に、前を歩くタバサは振り返らずに言った。
後ろで「ば、おおお、お前に言われる筋合いはねぇよ!!」と聞こえてきたが、無視して先に進んで行った。
しばらく行くと、道脇に段々畑が続く道になり、先の方には村長の家が見えてきた。
道が細くなったため、タバサはシルフィードを段々畑の手前で止まらせ、ノエルと二人で家の方へ向って行った。
途中、


「ジョ、ジョルジュは好きそうな感じだよ...」と呟いたノエルの言葉に、その通りだなとタバサも心の中で思った。









タバサ達を出迎えた村長は、白い髪とひげを蓄えた顔で、二人が通された広間で深々と頭を下げた。


「ようこそいらっしゃいました騎士様」


タバサはスッと前に出て自己紹介をする。


「北花壇騎士団、タバサ。こちらはノエル」

「......ど、どうも」


タバサの紹介に、ノエルは消え入りそうな声で挨拶をする。
その弱々しげな姿勢、そして紹介してきた年端もいかない少女を前に、村長も流石に怪訝な表情を浮かばせた。
タバサはそれに気づいたのか、付け加えるように村長に言った。


「…あと家の外に私の竜がいる。この村に滞在中の間、寝床に出来る場所を提供して欲しい」

『竜』という言葉に評価を見直したのか、村長は慌てて表情を変えると、


「わ、分かりました。すぐに用意しましょう」

「事件の詳細を」


タバサの言葉に促され、村長は慌てて近くのテーブルにタバサ達を案内する。
二人が椅子に座ったのを確認すると、村長も向かいの席に座り、口を開いた。


事件は二か月前に遡る。
ある日の早朝、村の入り口で少女の死体が見つかったのが始まりであった。
死体には目立った外傷はなかったが、首筋に付いていた牙の跡、そして血が抜けきって軽くなった少女の体から吸血鬼の仕業と騒がれた。
一週間後、今度は村から山へと入る山道の入り口で死体が見つかった。
村に住む12歳の少女で、前の少女と同じくその首筋には牙の跡があり、白くなった顔はまるで眠っているようであったそうだ。
それからというもの、一週間程度の間隔で次々と死体が発見されることになる。
犠牲者が出るごとに村人たちは家に厳重な鍵をかけ、中には娘の部屋の前で番をする者までいたのだが、翌朝には死体で見つかった。
数週間前に村長の要請でこの土地を収める領主からメイジが派遣されたのだが、2,3日もすると血を吸われた身体でベッドに倒れていた。
ついこの間派遣されてきたトライアングルクラスのメイジもやられ、ついに領主は花壇騎士団の派遣を決断したのだった。


「今まで来たメイジ様達も皆やられてしまって...それにこの村の下にある寺院で聞いたところによると、吸血鬼は血を吸った者を屍人鬼に変えて操るそうで...
今では村中が疑心暗鬼に陥ってしまって…どうか何卒、吸血鬼を退治して下され」


村長は涙声になりながら話を終えると、瞼に滲んだ涙を指で掬った。
タバサは報告書の内容と違いがないことを頭の中で確認すると、村長に短く答えた。


「詳しい事は分かった。必ず見つけ出す」


タバサの答えに村長はいくらか安心したようで、オオッと声を漏らすと、再び口を開いた。


「お願いします騎士様。私どもに出来ることがあれば出来る限り力になりますので...どうかこの村に平和を...」


村長は二人に深々と頭を下げた。
タバサはチラッと隣に座るノエルの方を見た。
先程までの話を聞いていたのかそうでないのか、ノエルはチラチラとテーブルと窓の方に視線を動かしながら口を閉ざしている。
そんな様子を見たタバサの頭には、


(彼は...当てにはならない)


自分で連れて来たのにとんでもないことを考えているタバサであったが、元々一人でイザベラの所に行くのが億劫だったから連れて来たので、任務に使えるかどうかは全く考えていなかった。


(しかし彼もあのドニエプルの家系・・・身を守ることはできるはず)


タバサがそこまで考えていると、村長の後ろに見える扉の隙間から、金色の髪をなびかせた小さな少女の顔が見えた。
歳は4つから5つぐらいだろうか。
コチラを見る青い瞳はターコイズのような色で、小さな唇は血のように赤く湿っている。


「エルザ、騎士様達にご挨拶しなさい」


村長も彼女に気づいたようで、手招きして呼ぶとエルザと呼ばれた少女はトコトコとタバサ達の前に出ると、小さく頭を傾けて挨拶した。
タバサはエルザをジーッと見ていると、ビクッと体を震わせて村長の傍へと戻って行った。


「その子は?」


タバサが尋ねると、村長は隣に立つエルザの髪を撫でながら答えた。


「1年ほど前、近くの寺院に捨てられていた子供です。聞くところによると、メイジに両親を殺されて、寺院まで逃げてきたとのことで。恐らく、行商の旅人がなんらかの理由で無礼討ちにされたか、メイジの盗賊に襲われたか...偶々寺院の方へ行った時に事情を聞いて、それ以来私が引き取って育てているのです」


タバサは黙って聞いていたが、隣に座るノエルはビクビクと体を震わせ、縋るようにタバサに言う。


「おお、おいタバサぁ...だ、大丈夫なのかよぉ?ホントに吸血鬼なんてて、た退治出来るのかぁ?」


今更というべき言葉に、タバサは少しいらついた口調で、


「(・・・ファッキン)大丈夫、吸血鬼は私が倒す。あなたは自分と村人の安全を守ることと、それから村の調査、私の寝ている時の見張り、そして吸血鬼が誰なのか見つけることとシルフィードの世話だけでいい」

「な、なんか総合的に俺の方が忙しい気がぁ...」


ノエルの抗議にタバサは聞こえないふりをして席を立った。
とりあえずは死体のあった現場の調査。
タバサが頭の中でそう考えていると、家の外から怒声が響いてきた。


(??...なにかあったの?)


タバサは傍に置いてあった杖を持つと、あっという間に家の外へと飛び出して行った。
それにつられる様に村長も外に出て行く。


「ちょ、とぉ...お、おおおオレも...」


ノエルも外へ出ようとするが、歩こうとした時にグイッと足の裾を引っ張られた。
ノエルが下を向くと、先ほどの少女、エルザが裾を掴んでノエルの顔をジーッと見ていた。


「お、おおおいいいいぃぃぃ・・・離せよぉ...」


ノエルはエルザから離れようと体を動かすが、エルザの手は足から離れない。
というよりも少しノエルの方が力負けしている感じも否めない。


「やめろよぉ...そんな目で俺を見るなよぉぉ...」

「・・・・」ジーッ


ノエルは自分の顔を手で覆い隠すが、エルザは構わずにノエルを見ている。
扉から見えるタバサ達が小さくなるのを確認しながら、ノエルは助けを求めるかのように叫ぶ。


「せめて村長戻ってこいよオオオオォォォ...!!なんでお前まで行くんだよぉぉぉ!?」


ノエルの叫びは家の中に虚しく響くだけであった。

















「ここをこうすれば......ほら、『竜と戦う騎士』」

「すごいすごい!!お兄ちゃん他にないの!?」

「そ、そうか?...じゃあ、次は『暑い日の時のマリコルヌ』を...」

「なんか急に見たくなくなった!!」

「・・・何をしているの?」


サビエラ村の周囲を闇が包んでいる。
既に夜になり、タバサは村長の家に戻っていた。
与えられた部屋で食事が出来るのを待っていると、隣にあてがわれたノエルの部屋からエルザの声が聞こえてきた。
タバサが気になり部屋に入ると、床に座って杖を持つノエルとエルザがいた。
二人の間の空中には、何か彫刻のようなモノが浮いている。
それは黒や灰色が所々に混じり、翼をはためかせた竜と剣で切りかかる剣士に見える。


「た、たタバサ?なんだよぉ...」


部屋に入ってきたノエルがビクッとしてタバサに尋ねると、宙に浮かんだ竜と剣士は形を崩し、静かな音を立てて床に落ちていった。


「ああっ!崩れちゃったぁ...」


エルザの悲しげな声に、タバサの心になぜか罪悪感が生まれる。


「(私の所為?)それは...砂?」


タバサは二人の傍まで近づいて、床に散らばったモノに指で触れた。
それは何の変哲もない砂であり、細かいのや粒の大きなもの様々である。


「お兄ちゃん凄いんだよ!!砂でお花やお馬さんも作っちゃうんだよ!!」


エルザが手を叩きながらタバサに説明してくる。
その表情は先ほどまでの緊張した様子は消え、すっかりノエルに懐いているようであった。


「そ、外で拾った砂を魔法で浮かして形を作ってたんだよぉ・・・ほら」


ノエルはブツブツと小声で呟くと、床に散らばっていた砂が宙に浮かび、まるで生きているかのように中で動き始めた。
エルザが目を輝かせている前で砂は少しずつ形を作っていき、顔、体、学院の制服と徐々に人の姿に変わっていく。


「で、出来た...『暑い日の時のマリコルヌ』」


空中には右手に飲み物の瓶を、左手にハンカチを握る小太りの少年マリコルヌが浮かんでいた。
顔の表面も細部まで作られており、滴る汗を砂で表現しているから無駄に凄い。


(これは・・・凄い・・・・・だけど)

「なんだろう...凄いのに素直に喜べない」

「ええっ!!?」

「マリコルヌはない」


女性陣に冷めた評価を下されたノエルは、思いの他ショックだったのか何かが溢れそうな目を指で押さえた。
そしてそのまま杖を大きく動かすと、宙に浮かんだ砂のマリコルヌは窓の外へと飛んで行ってしまった。


「え?もうやめちゃうの!?もっとやってよお兄ちゃん」


エルザはノエルの両肩を掴んでねだるが、ノエルは少し怖がっているような目でエルザを見て、


「も、もう疲れた...明日やってやるから..ほら、部屋に戻ってろ」


そう言うとノエルはエルザを両手で抱き抱え、扉の外まで持っていった。
エルザは不満そうな顔を見せるが、納得したのか「じゃあねお兄ちゃん、お姉ちゃん。またね」と言うと、小走りに自分の部屋へと戻って行った。
ノエルは扉を閉めると、後ろからタバサがボソリと声をかける。


「ロリコン」

「ふざけんなよぉぉ...お前らが帰ってくるまで相手してたら、部屋に来ちまったんだよぉぉ」

「ヒトが吸血鬼を探して頑張っていたというのに...ホント空気の読めない」


ノエルに言葉というジャベリンを突き刺すと、タバサは部屋に備えつけられている椅子に座り、足を浮かしてパタパタと動かした。
そして少しヘコんでいるノエルに、家を出てから起きたことを話した。


数刻前...

怒声が響いてきた場所へ向かったタバサと村長が見たのは、鍬や鎌を手に携えて物々しい様子で歩いていく十数人の村人たちであった。
皆、一様に目をギラギラさせ、中には火を灯した松明を持ったものまでいた。
タバサが後を付いていくと、村人の集団は村の外れにある一件の小屋の前で止まり、先頭を歩いていた若者が声を張り上げた。


「出て来い、吸血鬼!」

「アレキサンドル!このよそ者め!吸血鬼を出しやがれ!」


口々に村人たちが叫ぶ中、小屋の中から40歳ぐらいの屈強な大男が出てきた。
日焼けした顔には黒い鬚が伸びており、いかにも樵という風体であった。


「誰が吸血鬼だ!いいかげんなこというんじゃねえ!!」


男が反論すると、最初に声を上げた若者が前に出てきて声を荒げる。


「昼間だってのにベッドから出てこねえババアがいるだろうが! そいつが吸血鬼だ! おめぇも屍人鬼なんだろう!?」

「おっかあは病気で寝ているって言ってんだろ!!いい加減なことを言うなッ!!」


若者と男の間に、今にも争いが起こりかねない殺伐とした空気が充満していく。
タバサの後ろからやってきた村長が慌てて二人の間に入ると、若者は苦々しい顔で話を始めた。
アレキサンドル親子はこの村に越してきて二ヶ月ばかりで、母のマゼンダは日中に外に出ず、息子のアレキサンドルには屍人鬼特有の吸血痕のような傷があるという。
本人は森で木を切っている時に山ビルに噛まれたのだと言っているが、村人が疑うには十分な証拠となっている。
加えてマゼンダがめったに姿を表さないことから、薬草師のレオンが血気盛んな村人達をまとめ上げ、親子のいる家に詰め寄ったのだった。
結局、村長の説得によってレオンら村人たちは引き返したが、村に溜まった不安感や不信感が分かる事件であった。




「そ、それで、その親子は...吸血鬼だったのか?」

「母親の方も見たが・・・吸血鬼である証拠は見つからなかった」


タバサは事件の出来事を淡々と話し終えると、ベッドに腰かけたノエルに重い口調で続けた。


「この村の人たちは相当気が立ってきている。早い段階で解決しないと暴動が起きかねない」


ノエルはタバサの方をチラッとみてから息を吐くと、


「...暴動か...もうどっちが悪者か分からないな」


今までと雰囲気が変わった...?
一瞬、タバサはノエルの様子が変わったように感じた。
しかしそう感じたのは数瞬で、ベッドにいるのはやはりいつものネクラ白髪(byタバサ)である。


「?な、なんだよタバサぁ、睨むなよぉぉ」

「別に睨んでない」


タバサの視線に気づいたのか、ノエルはうっとおしそうな表情を浮かべると、急に靴を脱ぎ、ベッドにゴロリと横になった。
タバサはノエルの急な行動に驚く。


「???何をやってるの?」

「きょ、今日から夜の見張りだろぉ?先に寝るから、お前が寝るときに起こしてくれよぉ...夕食はいらないから」


ノエルはそれだけ言うと、毛布を体にかけて目を閉じてしまった。
タバサはまだ何か言おうとしたが、既に寝る体勢になってしまったノエルに声は掛けづらく、椅子に座ったまま、じっとノエルを見る。


(・・・・分からない)


タバサはベッドに横たわるこの少年の事を改めて考えてみる。
先日、ハシバミストとして相対することになったが、考えてみればノエル本人の事は詳しくは知らない。
ジョルジュの兄、学院での同級生、使い魔はバカでかいコアトル、普段は無口で存在感は皆無、ハシバミキング、そして...


「・・・『顔ナシ』」


タバサがボソッと呟いたのは学院での彼の二つ名。
いつか、教室で誰かが話していたのを覚えている。

人の顔を「見ない」

人の話を「聞かない」

人にめったに「喋らない」

まるで目、耳、口が付いている「顔」がないみたいだ。




故に「顔ナシ」




数人の男子グループが笑いながらノエルの事を話していたのが耳に入ったが、その時は全く興味などなかった。
成績も良くも悪くも、魔法が出来るとも落ちこぼれとも聞かない。
使い魔を召喚してから、学院で彼の姿を見たのは何回だろうか?


(そう・・・考えてみると彼は・・・)


タバサは椅子からスッと立つと、すでに寝息を立てているノエルを起こさないよう静かにドアの傍まで歩いた。
音を立てないようにドアを閉めると、一旦自分の部屋へと戻った。


(自分を「隠している」ように...)


その時、コンコンとノックの音が部屋に響いた。
乾いたノックの音の後、村長の皺がかかった声が聞こえてくる。


「騎士様?夕食の準備が出来たので、一階の方にお越しください」

「・・・分かった。すぐ行く」


タバサはすぐ答えると、ガチャリとドアを開いてすぐに階下へと降りて行った。


(今はご飯...話はそれから)


ノエルの事は忘れ去られ、タバサの頭には吸血鬼2割、そして残りの8割は事前に調べていたこの村の名物、「ムラサキヨモギ」のことで一杯になっていた。



[21602] 40話 探偵タバレオ,イン,ガリア 探る
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2011/06/04 22:30
『お母様!あれ!あれ取って!』

『はしたないですよシャルロット。レディーなんだからおしとやかにしなさい』


お母様の優しい声が聞こえてくる。
子供の頃の記憶が夢に出てくるのはめったにないのに、二日も続くなんて初めてだ。
でもこれは...あの時の舞踏会の


『はいシャルロット、ハシバミ草のサラダ。ホントにシャルロットはこれ好きよね』


お母様がお皿に余所ってくれたお皿を手に取る。
そう、そしてこの後は、


『あ、ホラホラ見てシャルロット!!あっち、お父様がいらしたわ』


お母様の柔らかい両手が私の頬を挟んで顔を横に向けさせる。
私の視線にはあの頃のお父様拍手で迎える皆に笑顔を振りまいている。
そしてその隣にはあの男、お父様の兄であるあの男...


『シャルロット様、お飲み物をどうぞ』


右手から声が聞こえてきた。
声をかけてきた男の顔はぼやけているが、手に乗せられた銀色のトレイとその上に置かれたグラスははっきりと覚えている。


『ありがとう!』


誰とも知らずに大きな声でお礼を言う私。
私の右手がグラスへと伸びる。
このまま私が取ればよかったのに...
グラスに手が触れる直前、上の方からスッとグラスが取られた。
顔をあげると、グラスを手にしたお母様がうっとりとした目つきでお父様達の方を眺めている。
しかし手に持ったグラスは自然と口へと運ばれている。


駄目、それを飲んじゃ駄目ッ!!その飲みものには薬が...ッッ!
ノドが裂けるくらい叫んだつもりだが、お母様には全く聞こえていない。


『ハァ~やっぱりジョセシャルは鉄板よね~。鬼畜攻め義兄さんに素直受けのシャル...』


変なこと言ってないで手を止めてお母様!!小声で何変なこと呟いてるのッ!!?
私は精一杯手を伸ばす。
夢の私もゆっくりとお母様に手を伸ばすが、グラスは無情にも傾けられた。
瞬間、グラスが落ちて割れる音が頭に響く。


「ダメ...ダメっ!!」

「キャッ!!」


眼を開けるとブロンドの髪が私の頬を撫でた。
蒼く、つぶらな瞳が私をジッと見つめている。
彼女の名は確かエルザ。何故私の部屋に...


「びっくりした。起こそうとして部屋に来たら、お姉ちゃん唸ってるんだもん」

「・・・・そう」


私は上半身だけベッドから起こす。
体にいやな汗が纏わりついている。
窓の方に顔を向けて外の景色を除いた。
空は灰色の雲に覆われており、太陽に蓋がされているようである。


「というかお姉ちゃん寝過ぎでしょ?食べた後すぐ寝ちゃったんだから大分寝たよね?」


・・・・?それほど眠ったのか?
昨夜、確か私は食事をした後、彼を起こして眠りについた。
いつ吸血鬼が来るかも知れない状況だから、休める時に休まないといけないが、今はまだ朝の早い段階の筈...



「あ、お兄ちゃんならもう出かけちゃったよ?これ、お姉ちゃんにだって」


そう言いながら彼女は私に一枚の紙を渡す。
受け取った紙に目を通すと、そこには奇麗な文字で簡潔に内容が書かれていた。


吸血鬼探しにいく。
         ノエル


(起こしてくれればいいのに・・・・ファッキン)「・・・・彼が外へ行ってどれくらい経った?」

「大分経ったよ...というかもうお昼だよ?お姉ちゃん」

「・・・・・・・」


やってしまった


「・・・不覚」










「こ・・・これで半分か」


タバサが村長宅で起きた頃、ノエルは村はずれに建てられた一件の小屋の前にいた。
そこは昨日村人たちが言い争っていたのをタバサが見た場所、吸血鬼の疑いがあるマゼンダという女性の小屋であった。

ノエルは親指と人差し指で眼頭を押さえ、ぐらぐらする頭の重みに顔をしかめた。
昨夜、タバサに起こされて夜の見張りを交代して以降眠っていないため、目の周りにどんよりとクマが出来ている。
彼本来のジトっとした空気も加わり、普段よりも重苦しい空気が周囲を漂うが本人の意識はなぜか覚醒している。
朝を迎えてから、ノエルは犠牲者が出たとされる場所へと一つ一つ駆け回っていた。
こういう事はタバサが本来やるべきものだろうが、昨日彼女に言われた仕事の一つ「村の調査」を律義にこなしているのだった。
彼の性格上良く誤解されるのであるが、こう見えても言われた事はきっちりとこなすタイプであるのだ。
そんな真面目なのに臆病な性格でいつも損をするのであるが、彼自身は既に諦めているようで、やはり昨日タバサに言われた「シルフィードの世話」も行ったのであるが、


「きゅいきゅい!じゃあお兄様行ってくるのね!大丈夫よ。きっと上手く喋れるのね!」


ノエルは「アア…」と短く呻くと横から高い声で喋ってくるシルフィードの額を掻くように撫でた。
シルフィードは「きゅい♪」と嬉しそうに鳴くと、背中に生えている羽をパタパタとはためかせた。


きっかけは村の調査をする前、シルフィードに餌をやりに裏の小屋を訪れたときであった。
以前は馬を飼っていたという広い空間にシルフィードがスヤスヤと体を丸めて寝ていたのを起こした瞬間、


「きゅいきゅい!!お姉さまご飯なのね!?今日はちゃんとしたお肉を要求するね!じゃないとシルフィストライキ起こすのね!!」


寝ぼけていたのか何なのか。
大きな体が起き上がると同時に聞こえてきたのは竜の鳴き声でなく、小さい子供の声が辺りに響いた。


「ひいいいぃぃッ!!喋った!?」

「あ、まずいのね」


その後、ノエルはシルフィードから「実はシルフィ韻竜なのね」ととんでもないことを暴露され、挙句に「シルフィ退屈だからお兄様についていくね!」と村の調査についてくることとなった。
そして現在、シルフィードはノエルがマゼンダの小屋へと歩いていくのを後ろから見守っている。


「大丈夫よお兄様。シルフィが後ろで見守ってあげるから、恥ずかしがらずにちゃんと挨拶するのね」


母性に満ちた目でこちらを見る韻竜に、ノエルはため息を吐いた。
韻竜といえば現在では絶滅した竜である。
その知能の高さから人語を喋れると言われているが、それは既に確認済みだ。
何故タバサが召喚出来たのかとノエルは少し考えたが、「メイジの素質は使い魔を見れば分かる」という言葉にあるように、やはりメイジとしての力はあるのだろうと頭の中で結論付けた。


(や、やっぱあいつ...天才なのかな)


ノエルは小屋へ近づく途中、頭の中であの少女について考える。
学院では数人しかいないトライアングルクラスのメイジであり、その中でも5本の指に入る実力とされているタバサ。
(その中にはジョルジュやマーガレットも含まれているらしいが、ノエルにはジョルジュが入っているのが納得できない)
しかしここ数日、彼女と行動を共にしているがノエルが気づいたことといえば「ハシバミ草をこよなく愛している」のと「朝、自分で起きれない」ことぐらいだ。
それなのにガリアの王宮の騎士団員で、今回の吸血鬼退治には平気で自分を巻き込んできた。


(さ、さっぱりだ・・・)


やはり考えても答えは見つからない。
そうこうしてる間に、ノエルの目の前に木製の黒い扉がそびえている。


(と、とにかく今は手がかりになるモノを探そう...)


ノエルは2,3度呼吸を繰り返すと、少し汗ばんだ手をマントで拭ってから扉をノックした。











「騎士なんかに任せても駄目だ!!どうせまたこの前と同じ結果だよ!!」

「だから言ってるんだ!!マゼンダの婆さんが吸血鬼に違いねぇ、今すぐにでもあいつらを殺すべきだ!!」


昼を過ぎて、本来ならば一番太陽が照る時間にも関わらず、分厚い雲が光を遮っているために村は夜の様に暗い。
一つだけ灯したランプをテーブルに置き、その周りでは村人達が騒がしい声で部屋の中を震わせていた。
村長の家では、村人たちがああだこうだと吸血鬼について議論を飛ばしている最中であった。
特に薬剤師のレオンは集まりの中央に陣取り、過激ともいえる発言をためらわずに言う。


「これ以上騎士が退治するのを待っていればまた犠牲者が出るぞ!!今すぐにマゼンダの所へ行って小屋毎燃やしてしまおう!!」


その言葉に慌てて村長が口をはさむ。


「落ち着くんだレオン。マゼンダが吸血鬼だという確固たる証拠もないのに早まった真似をしちゃいかん。ここは新しい騎士様に任せるべきだ」


「甘いんだ村長ッ!!」


レオンが拳でテーブルを強く叩き、その音が隅っこにいたエルザをビクッと震わせた。
それに気づいたのか、「エルザ、今は外にいなさい」と村長が声をかけると、
エルザは入口の傍にかけてある黒いローブを纏って逃げるように家を出て行った。
レオンは軽く舌打ちをし、ボサボサになった髪をかき上げてから村長を睨んだ。


「あの親子が来てから村人が吸血鬼に襲われるようになったんだ。それにアレキサンドルはずっと森にいるし、マゼンダの婆さんはめったに姿を見せねぇ。あんな怪しい親子を疑うなという方が難しいぜ!!」

「しかし、それだけでは吸血鬼だと決めれるものではない。村人同士が疑い始めたらそれこそ吸血鬼の思うツボだ」


村長は冷静にレオンを説得するが、頭に血が昇っているためか、結局議論は繰り返されるだけであった。
しかもレオンの考えを推す言葉も多数出てきた所為で、村人達の間には焼き打ちの考えが高まってきた。


「もう我慢できねぇ!!じっとしてたらいつ殺されるか分からねぇ!!村から逃げ出す奴も出てくるぞ!!」

「焼き打ちだ!!マゼンダの小屋を焼き打ちすんだ!!」

「おお俺たちで村を救うんだよッ!」


村人達が銘々声を上げ、最早村長がまとめられる状態ではなくなってしまった。
そしてレオンは年上の者たちが止める声も聞かず、数人の若者を連れて焼き打ちに行こうと扉まで近づいた。
しかしその時、


「まって」


小さいが、はっきりと聞こえてきた声に村人全員が声がした方へと顔を向けた。
村人達が囲んでいるテーブルから見える台所から、ひょこっと顔を出したのはタバサであった。
しかし制服を着てはいるが、髪の毛は所々ピンと跳ねあがり、眼鏡の奥の瞼は閉じかけている。
いかにもさっきまで寝ていたという顔だ。


「私の仲間が吸血鬼を探している。モグモグ吸血鬼を見つけて倒すのは私たちの仕事、あなた達は吸血鬼からモグモグ身を護ることを考えるべきモグモグ」


タバサは手に乗せた大量のサンドイッチを頬張りながらテーブルの傍まで歩いてきた。
そんなタバサの様子を見て村人達は一様にいぶかしげな表情を浮かべた。
扉のそばにいるレオン達にいたってはあらかさま敵対心を持った目を向けている。


「グッジョブ村長...ムラサキヨモギのサンドイッチを用意してくれたのは嬉しい」

「は、はあ、お気に召して下さいましたかな騎士様...昨夜の残りで作ったものでしたので...」

「後でおかわりを」

「そんなのどうでもいいだろ!!」


タバサの場違いな会話に村人たちが怒声を張り上げる。
レオンはタバサの傍まで来ると、血走った眼をタバサに向けていった。


「騎士様よ。もうアンタはすっ込んでてくれ。これまでに来た騎士様方も2,3日したら死んじまった。オレ達はもうアンタ達に頼らねえよ!!とっとと帰ってくれッ!」

「レオン!!騎士様に向かってなんていう口の聞き方を!!」


村長は二人の間に入ってレオンに強く言うが、レオンの顔には反省の色は全くない。
しかし、他の村人達も疑いの目でタバサを見ている。
いかにも「こんな小さな少女に任せられるのか」という目を向けられているが、当のタバサはサンドイッチを飲み込むと、涼しい顔でキッパリといった。


「2日で吸血鬼は見つかる」


村人達の目は驚きに変わり、部屋の中はざわつき始めた。
レオンも驚きを隠せず、こわばった顔から無理やり声を出した。


「そ、そんなこと信じられるか!!」

「本当、私たちは花壇騎士団。こういうことには慣れている。吸血鬼も時間の問題。遅くても明日の夜までには確実に捕まえられる」


淡々とした口調で答えるタバサにただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、先ほどまで疑いの目を向けていた村人達がじっとタバサの言葉に聞き入っている。
いつの間にかレオンの周りにいた若者たちもタバサの周りに集まってきていた。


「今あなたたちがすること...それは自分の身を守ること。それには皆の協力が必要」


タバサがサンドイッチに齧りつきながら話を続けると、村長はおずおずとタバサの隣に顔を近づけて尋ねた。


「あの...私たちは一体何をすれば」


タバサはくるっと村人達の顔を見回すと、誰も座っていない椅子に飛び乗って床に指をさした。


「まず村の女性、子供たちを全員この家に集めて。この事件が終わるまでこの家にみんな避難させる」


サンドイッチが無くなった皿をテーブルに置き、タバサは床を指していた指を急に村人達に向けた。
指された村人はビクッと体を震わす。


「男性はこの家の周囲と家の中を交代で見張る。吸血鬼が来たら私たちが倒す」

タバサは椅子からピョンと飛び降りると、少しずれた眼鏡を直した。
皆一様にタバサの作戦を聞いており、誰も反対の声を上げていない。


「これで夜中の襲撃を防ぐ。やってきたら私たちが倒し、夜が明けたら吸血鬼を探して倒す」


部屋の中は少しの間シーンと静まり、そして所所から「オオッ」や「なるほど」という声が上がってきた。


「いいかもしれん...」

「確かにそっちの方がいい...」

「それなら安心かも」


村人は口ぐちに声を出し、先ほどまでの焼き打ちの事は頭から離れたようだ。
その様子を見たタバサは目を細めると、村人達に強い口調で指示を出した。


「この作戦にはまず避難が完了しなければならない。すぐに子供と女性をこの家に連れてきて。早く」


その言葉に反応した村人達は、大慌てで家を出ると、村の集落の方へと向かって行った。
レオンは最後まで残っていたが、やがてタバサの方を苦々しく睨んだ後、しぶしぶと扉を部屋を出た。
全員が家から出た後、静かになった部屋で村長は「ありがとうございます騎士様」と、タバサに深々と頭を下げた。
もう少しで村人の不安は決壊しそうであった。
その危機を脱した安堵からか、村長の体は小刻みに震えていた。
タバサは頭を下げている村長に、


「まだこれから。私は部屋で作戦を練る。あなたは避難してくる人たちを受け入れる準備を」

「は、はい!」


村長は少しひきつったような声を出すと、慌てた様子で別の部屋へと行ってしまった。
おそらく避難してきた人や見張りの人の寝床の準備を始めたのだろう。
タバサは階段を昇って部屋へ入ると、扉に鍵を閉めた後に小さく呟いた。


「ノリで言ってしまったが...吸血鬼は見つかるのだろうか」


あの殺気立った雰囲気は過去に覚えがある。
かつて、とある領主の護衛という任務についたことがあるが、その時は既に村中の人が暴徒と化していた。
そうなってしまうと当初の問題などは関係なく、殺意が消えるまで敵対する者に襲いかかってくる。
タバサは騎士団として幾度も危険な任務へと赴いたが、メイジでもない平民に恐怖を覚えたのはこの時が初めてであった。
この村もあと少しでそういった状況になってしまいそうであったが、上手く村人の考えの矛先を変えることが出来た。


『・・・暴動か・・・・もうどっちが悪者か分からないな』


タバサの頭に、昨日の晩にノエルが言っていたことが蘇ってきた。


(確かに彼の言う通り・・・思ったより事態は深刻・・・早急に解決しなければ)


もし、これで吸血鬼が見つからなかったり、新たに犠牲者が出ればそれで一巻の終わり。
恐らくあのレオンという村人が率先して小屋を燃やしにいくだろう。
それからはもう止められない。
吸血鬼が見つかるまで怪しい者は片っぱしから犠牲になっていく。
タバサは無表情で椅子に腰かけると、窓の外を眺めて朝から出かけているもう一人のメイジに思いを託した。


「シルフィードも彼について行った・・・手掛かりを掴んできて」


タバサはポツリと、しかし重々しく声を漏らした。
外は今にも雨が降りそうな薄暗いが、灰色の雲はじっとりと村を包んでいるだけである。












「...な、なんだあれ...」


村から離れた山の中、自分を囲んでいる木のようにノエルは青ざめた表情を浮かべてポツンと立っていた。
マゼンダの小屋を訪ねた後、シルフィードの背中を借りながらもノエルは犠牲者の出た場所と家を回り、とうとう最後の一つの場所へと来ていた。
二人目の死体が発見されたという山道の入口は暗く、しばらくはノエルとシルフィードで周囲を見てみたが、これといった手掛かりは掴めなかった。
そろそろいい時間でもあったからこのまま帰ればよかったのだが、一応森の中も調べようと、ノエルは山へと足を進めたのだった。
男子特有の冒険心が出たのかどうか分からないが、ノエルはどんどんと奥へと進み、気がつけば辺りには木と草とタバサの使い魔しか見えない。


「きゅい~ノエちゃん...シルフィ疲れたのね」


ノエルの隣ではシルフィードが体中にひっついた葉っぱの破片や枝を払いながら文句を言っている。
本来竜なのだから飛べばいいのに、なぜかノエルの後ろを付いてきたのだ。
シルフィードは竜の中ではまだ子供の部類に入るらしいがやはり体は大きい。
ただでさえ狭い道なのだから枝にひっかかったり、木にぶつかったりするのはノエルにはどうしようもないことである。

いつの間に呼び名が変わったノエルはシルフィード無視して前にゆっくりと歩くと、50メイル先に見えている石造りの建物を見た。
寺院の大きさはそれほど大きくはない。
トリスタニアに行った時にヴリミルを祭っている教会を見かけることはあるが、それよりも小さいくらいだ。
建物の壁には蔓が這っていたり所々崩れている箇所も見えるが、全体としてはしっかりと地面に建っており、森の中で異様な存在感を出している。

ノエルは村長が昨日話していたのを思い出し、ああ、あの子供を拾ったっていう寺院かと一人で納得すると、ノエルはもっと近くに行こうと足を前に出した。
その時、


「何やってるのお兄ちゃん?」


横から急に声が掛けられ、ノエルは魂が出そうなくらい悲鳴を上げた。


「あだぱああああぁぁッ!!」

「キャアッ!?」


その悲鳴に声を掛けた方も声をあげる。
しかしノエルの驚きは半端ではなく、声のした方の反対側に身を飛ばして茂みの中に埋もれてしまった。
草に顔面が覆われる感触を感じながら体を硬直させるが、やがてノエルは恐る恐る声のした方へと体を起こした。


「び、びっくりしたぁ~。何今の悲鳴?『あだぱぁ』なんて、驚いても中々口から出ないよ!?」


ノエルの視線の先には、尻もちをついたように地面に座ってノエルを見つめるエルザがいた。
外に出る時の上着なのか黒いローブを着ており、フードがとれているため、ブロンドの髪が少し顔にかかっている。


「ななな、なんだよぉ...お前かぁ。何してんだよぉ」


ノエルは未だに聞こえる心臓の音にうっとおしさを感じながらゆっくり立ち上がる。
同じタイミングでエルザも立ち上がる。
コチラはノエルと違ってスッと立ち上がった。
エルザは前に掛った髪を後ろに流して手をひらひらさせた。


「それはこっちが聞きたいよお兄ちゃん。朝から出掛けちゃったと思ったら森の中でなにしてるの?」

「し、質問に質問で返すなよぉ...」


ノエルは髪の毛に絡んだ枝を引っ張りながら言うと、吸血鬼を探しているのだと答えた。
エルザはフーンと声を漏らすと、水滴と土で汚れた手のひらをローブで擦った。


「お、お前はどうなんだよぉ...なんでこんなところに...」


ノエルが尋ねると、エルザは手を擦るのを止めて、

「おじいちゃんが外に行けって...だから森でね、ムラサキヨモギを摘んでたの」


エルザはそう言うとノエルに近づき、ひょいっと背中を向けた。
本来、頭からかぶる筈のエルザのフードには、紫色の葉がぎっしりと詰まっていた。
エルザはノエルに向き直り、

「すごいでしょ!?私、ムラサキヨモギがイッパイ生えてる場所知ってるの!!」

と嬉しそうに言った。

ノエルはうんざりしたように肩をすくめ、


「一人でいたら危ないだろぉ..ほらぁ、もう帰るぞ」


ノエルは顔を少し上げて空に目をやった。
山に入った時には既に薄暗かったのだが、今では辺りの景色も分かりづらくなっている。
吸血鬼がどこにいるかわからないので、これ以上いても意味はなさそうだ。
ノエルはシルフィードのそばに顔を寄せた。


「シルフィード...ここから空飛べるか?」


ノエルが尋ねると、シルフィードはキュイ~と軽く鳴いて首を横に振った。
確かにこの森は木と木の間が狭い。
一匹だけではまだしも、シルフィードが人を乗せたまま飛びあがるのは難しいか。
ノエルはため息を吐くと、一度遠くに見える寺院に目を向けてエルザの手を握った。


「シルフィードも飛べないようだし...これ以上いたら危険だ...行くぞ」


手を握った瞬間、エルザは驚いた表情でノエルの顔を見上げたが恥ずかしそうに体をもじもじさせて「・・・うん」と小さく返すと、シルフィードを先頭に二人と一匹は元の道を戻り始めた。




「お兄ちゃん、吸血鬼見つけたらどうするの?」

「ええっ...?」


エルザは突然ノエルに質問をしてきた。
山道から帰る途中、手をつないで歩くノエルとエルザも互いの顔も見づらいくらいに辺りは暗くなってきた。
ノエルも「ライト」で周りを照らせばいいのだが、夜に備えているのか杖を掴むこともせず、前を歩くシルフィードの鼻歌(きゅいきゅい鳴いているだけだが)に続いて歩いているだけであった。
エルザからの突然の質問に、ノエルは空いている方の手をプラプラと動かしながら考える。
吸血鬼を見つけたらどうするのだろう。
ノエルとしては戦うなんて御免だ。
しばらく考えた後、


「ど、どうなるかは分かんねえよ...あああ、アイツが決めることだろ」

「アイツ?アイツってお姉ちゃんのこと?」

「そ、そうだよ...つーか俺、無理やり連れてこられただけだし...」


ノエルは、今更ながら学院の食堂からタバサに引きずられてきたのを思い出して顔を渋くした。
エルザはこちらに目を向けながらまたノエルに尋ねた。


「じゃあお兄ちゃんは戦わないの?」


ノエルは顔を動かさずに目だけを動かしてエルザを見た。
コチラを見ているエルザの目は、暗くなってきたのに光っているように見える。


「お、そ、襲われたら...そりゃ戦うけど...自分から戦うのはまっぴらゴメンだ」

「ふ~ん...そっか」


エルザはノエルと繋いでいる手をギュっと強く握った。
二人は他愛のない話をして山道を下った。
その姿はまるで、仲の良い兄妹のようであった。
ノエルは思わず、遠くを見つめながらボソリと呟いた。


「・・・・サティもこれくらいだったら…」

「??だれ、サティって?」

「オレの妹だけど、多分...素手で吸血鬼に勝てる」

「なにそれこわい」



[21602] 41話 心霊探偵タバサ,イン,ガリア 蒼い瞳は知っている
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2011/06/19 07:23
村はすっかりと夜に包まれ、避難場所となった村長の家では村の娘と子供たちが割り当てられた部屋で眠る準備をしていた。
家の外には数人の男たちが松明と武器を持って辺りを見張っており、時間毎に交代するということで家の中にも数人の男たちが広間で備えている。
昼間はどんよりと太陽を覆っていた雲も半分はどこかへと飛んで行ってしまい、雲の隙間からは双子の月の片割れが顔を出しており、月特有の淡く蒼い光を放っていた。
切り札とも言うべきメイジ二人も、二階の一室で夜が更けるのを窓から見つめていた。


「あなたに聞きたい事がある」モグモグ

「な、なんだよ」


タバサは先ほどから食べているムラサキヨモギの山盛りをテーブルに置くと、ベッドに腰かけながらぼーっとしていたノエルに尋ねた。


「この村での事件・・・・あなたはどう思う」


タバサは目の奥をキラリと光らせた。
ノエルは少しの間、考える様に顔を天井に上げると、扉の手前に置かれた椅子に座っているタバサに顔を向けて、問い返した。


「お...お前はどう考えてん...」

「答えて」

「・・・」


タバサにキッパリと返されてしまったノエルは怨みがましく顔を歪め、顔を下に向けると再び考えるように押し黙ってしまった。
これだけみると何でもない会話であるのだが、トリステイン学院でも1,2を争う無口二人がこれだけ会話を繰り返しているのは奇跡に近い。
おそらく、今の光景をキュルケが見れば
「まあ、タバサ!!あなたにも春が来たのね!!ウフフのフ~♪」とか言ってくるであろうし、事実、タバサの頭にふと浮かんできたキュルケが想像どおりに茶化してきたため、タバサはむっと顔をしかめた。
そうしている間に考えがまとまったのか、ノエルはゆっくりと顔をあげると、小さい声で話しだした。
タバサもそれに気付いて耳を傾ける。


「あらかた...候補はいる...」

「それは吸血鬼のこと?」

「正直全く自信ないんだけどよぉ、そもそも...この『事件自体』奇妙だよ」

「???それは何故?」モグモグ

「聞きながらヨモギ食ってんじゃねぇよぉ!!」


ノエルは思わずベッドから立ち上がって声を大きくしたが、当のタバサは「早く、続きを」とばかりに目線でノエルに促し、口にヨモギを詰め込み続ける。
ノエルは諦めたようにベッドに腰を落とすと、タバサの咀嚼する音が響く中で再び話し始めた。


「今まで殺されたっていう死体だけど...なんでわざわざ残してんだよ?」


ノエルの言葉に、タバサはムラサキヨモギを飲み込んでから首をかしげた。


「だって相手は吸血鬼なんだろう?村にいるって分かったら今みたいに村人達から狙われるってのに...それなのに最初っから死体残してるし...」

「・・・・」モシャモシャ

「オレなら...オレなら死体を隠す...山の中に捨てれば見つけられづらいし、獣が死体を食べちまえば誰の仕業かも分からなくなる」

「発想こわ」ムッシャヌチャムッシャ


タバサはノエルの考えに若干引いたが、ノエルの言いたい事は理解できた。
確かに今までの犠牲者は人目につく場所で発見されている。
村の入り口や山道の傍、そしてベッドの上。
ノエルの言うように、血を吸った後に死体を消してしまえば犯行を隠せるかもしれないのだが、それをやらないのは、単に人間を「餌」としてしか見てないからか、
それともそこまで考えていないのか...

タバサは頭をひねりながらノエルにフォークを向けると、疲れたように眼を細くしているノエルに尋ねた。


「マザッタ親子については?・・・彼女が吸血鬼だと?」モシャモシャガリッ

「『マゼンダ』だろぉ...お前ホントにガリアの騎士ィ?」


ノエルはガクッと肩を落としたが、重そうに上体を伸ばしてベッドに座りなおした。


「あれは怪しいけどよぉ...なんか違う気がするよ」

「それはなぜ?」ケフッ

「村人の話だとあの親子が来てから事件が起こり始めたっていうけど、もしあの親子が吸血鬼ならわざわざ村に住みつく必要がないだろうよ。
だったら血を吸ったら別の村か街に行くべきだ。なんなら村人の一人を屍人鬼にして、必要な時に村人を攫って血を吸えばいいんだし」

「あなたが吸血鬼のように思えてきた」


タバサにキッパリといわれ、ノエルは何か言いたそうに体をプルプルと震わせてタバサを睨むが、部屋のドアからコンコンと太鼓を叩くようなリズムでノックの音が聞こえてきた。
二人共、顔をドアへと移す。
近くにいたタバサが「だれ?」と声をかけると、低い位置から「私、エルザ」という小さな声が返ってきた。
ガチャっと扉が開くと、白いパジャマに身を包んだエルザが姿を現した。


「お前何しに来たんだよぉ...もう遅いんだから寝ろって」

「その前にお兄ちゃんとお話したくて...来ちゃった♪」


エルザは当たり前のような口調で答えると、ノエルが追い出そうとベッドから立ち上がる前にベッドに向かって駆け出した。
そしてウサギのように飛び跳ねるとクルッと体をひねり、膝の上に乗るような形でノエルに飛び込んだ。


「おまっ!!ちょ...どけよぉ。つーかホント寝ろよお前」

「ちょっとくらいいいでしょお兄ちゃん?エヘヘ...よいっしょ」


エルザは一度体を浮かすと、椅子に座り直すように体をノエルに密着させ、ポスンと小さい体をノエルに埋めた。
水浴びでもしてきたのかエルザのブロンドの髪はしっとりと濡れており、パチリと開いている蒼い目をノエルに向けて、エルザは顔をノエルの胸にこすりつけるように寄せた。
タバサから見ると、ノエルが大きな人形かじゃれる小型犬でも抱いているように見える。


「・・・・ペドヤロウ」


タバサはボソッと呟くと壁に立てかけていた杖を掴み、先端をノエルに向けた。


「ちょっと待てよタバサぁ!!なんでそうなるんだよぉ!?」


ノエルは大声で反論するが、そう言いつつもノエルの手は膝に座ったエルザの頭を撫でている。
「フニャー」とエルザから猫が甘えるような鳴き声が聞こえると、タバサの目つきが鋭くなった。


「ここに来て日は経っていないのに・・・あなたたちの仲の良さは異常」

「知らねえよ!?こいつがなんでか懐いたんだよぉ!!」

「お兄ちゃんねぇ、エルザといっぱいお話してくれるんだもん♪お菓子もくれたし」


タバサは詠唱を始めた。


「エルザ・・・そこをどいて。私は彼を殺さなければ」

「ままま待てよぉぉ!!?なにも悪いことしてないだろおぉ!?」

「お母様が言っていた。『幼児に妙に優しい男はみなロリコン』だと」


タバサは詠唱を続けながら、かつて母と話した光景を思い浮かべた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『いいシャルロット?小さい子供に変に優しくしてくる男はみんなロリコンだから気をつけなさい』

『お母様、ロリコンってなに?』

『小さい女の子でハァハァする人をいうの。シャルロットはそっちのほうに素質がありそうだし...危ない人を見たら気を付けるのよ』

『お母様はロリコンじゃないの?』

『もう、シャルロットったら。大丈夫、お母さんは小さい女の子には興味ないわ。むしろ男の子が大好物なの』

『...?』

『まだシャルロットには早いかしら...いいシャルロット?「ロリコンは犯罪、男の娘は正義」って覚えていなさい』

『分かった!!』


~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「・・・・あなたがいかに危険な存在か分かった?」

「お、お前の母親が変なのは分かった」

「お姉ちゃんのお母さんの方が危険だよ」

「ファッキン」


タバサは杖を構え直すと、詠唱を唱え続けた。
唱えている魔法は「ウィンディ・アイシクル」の様であり、部屋の中に徐々に氷柱が空中に出来始めてきた。
唖然とするノエルとエルザに、タバサは軽い口調で言った。


「とりあえずノエル・・・アナタのようなロリコンハシバミストは吸血鬼より先に始末する」

「タバサぁ!??おおおおお、おつ、ちつけよぉ!」


タバサの目つきと雰囲気で心の底から警報でも鳴ったのか、ノエルは舌を噛みながらもタバサを止めようとするが、その言葉も空しく、彼女の詠唱はスラスラと続いていく。
そしてタバサが最後の単語を言おうとした瞬間、


「きゃああああああああ!!」


窓が割れる音と共に、空気を引き裂くような悲鳴が一階から聞こえてきた。








悲鳴が聞こえてきたと同時、ノエルはすぐさまベッドから立ち上がると膝に乗っていたエルザをベッドに放り投げて部屋から飛び出した。
飛び出た後に部屋から小さい悲鳴とタバサの声が聞こえたが無視して階段を駆け降りた。

ノエルが降りてきた一階は大変な喧騒に包まれていた。
慌てふためく大人たちに泣き叫ぶ子供の声で誰がなにを喋っているか全く分からない。
そんな中、広間の隅にある部屋から一際大きな悲鳴が聞こえてきた。
そこは村の娘たちが寝室に使っている場所である。
ノエルはぐちゃぐちゃと部屋を走り回る村人達にぶつかりながらも部屋の中へと飛び込んだ。
部屋の中は凄まじい状況だった。
壁に設けられた窓ガラスは割れて辺りに散らばっている。
部屋の隅では娘たちが固まって震えており、皆一様に部屋の中央に恐怖をにじませた視線を向けている。
娘たちの視線の先には、一人の男が血走った眼を光らせて立っていた。
脇には男に捕まった娘が抱えられ、涙でぐしゃぐしゃになった顔をノエルに向けて声を絞り出している。


「ひっ、ひっ、だ、たすけてぇ~ッ!」

「アレキサンドルだ!!アレキサンドルが襲ってきたぞッ!!」


家の外から村人の声が聞こえ、男はノエルが来たのを危険と考えたのか、ノエルを睨みつつも窓の方へ後ずさる。
男は確かにアレキサンドルであった。
しかしノエルが今日の昼に見た時のような人間味のある雰囲気は完全になくなっており、日焼けをした肌には血管が浮いて口の端からは泡が出ている。
フー、フー、っとアレサンドルの口から洩れる息遣いは部屋の中に響き、まるで獣の唸り声のように聞こえる。
ノエルは腰にさした杖を一息に抜くと同時に、詠唱を唱えて杖を構えた。
しかしノエルが魔法を撃とうとした瞬間、


「がああああぁ!!」

「なっ!?」


危険を察したのか、アレキサンドルは脇に抱えた娘をまるで小石でも投げるかのようにノエルに投げつけてきたのだ。
それと同時にアレキサンドルは割れた窓から外へと飛び出した。
高速で飛んできた娘にノエルは正面からぶつかってしまい、その衝撃で部屋の外へと体が飛ばされた。
倒れた拍子に床に背中を打ちつけ、腹と背中に同時に来た衝撃にノエルは「ぐうっ!」と呻き声と共に空気を口から吐き出した。


「だから・・・戦うのやなんだよぉ」


ノエルはぼやきながら娘を隣にどかすと、すぐに立ちあがって部屋に入るが既にアレキサンドルは窓の外にいる。
アレキサンドルはこちらを見てにやりと笑ったかと思うと、踵を返して家から離れようとした。
しかし次の瞬間、


「ウィンディ・アイシクル」


ドサドサドサっとアレキサンドルの頭上から大量の氷柱が降り注ぎ、それが何本もアレキサンドルの体を貫いた。


「ギャアアアアアアアッ!!!!」


氷柱が刺さったアレキサンドルは地の底から湧き出るような叫び声を上げ、やがて叫び声は小さくなり、氷柱と共に地面へと倒れた。
それと同時に上からタバサが飛び降りてきた。


「た、タバサぁ」

「・・・計算通り」


タバサは窓からのぞくノエルに振り向くと、無表情な顔の前で親指を立てた。


「先ほどの詠唱はこのため・・・・敵が来ることを予想してのこと」

「そ、それは偶々だろう?」


ノエルは窓から外に飛び出てタバサに近づき、倒れた死体に目をやった。
男は確かにアレキサンドルであった。
体はタバサの魔法で所々崩れてしまっているが、体は昼に見た時より一回り大きくなって見える。
死に際の形相は大きく歪み、うつ伏せに倒れているにも関わらずこちらを睨んでいるかの様に血走った目が開いている。
ノエルは体をブルッと震わし、隣に立つタバサを見た。
タバサの顔はいつもと変わらず無表情で、ノエルと目を合わせるとぽつりとつぶやいた。


「・・・彼は屍人鬼のよう」

「あ、ああ。そうみた...」

ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!


村の広場の方から歓声が聞こえてきた。
二人ははっとして広場の方を見ると、村の一角にポツポツと小さな光が集まっているのが見えた。
その光の集まりはホタルか何かの生き物のようにとある場所へと集まると、一つの塊になって村の外れへと動き始めた。
それを見てノエルの表情は目を開いたまま固まり、タバサも顔をしかめた。


「な、なあっ!!あれって...まさか」

「まずい」


タバサは軽く舌打ちをした後、素早く「フライ」の詠唱を唱えてマゼンダのいる小屋へと飛び立った。







タバサがマゼンダのいる小屋に着いた時、目に入って来たのは小屋の前に押し寄せる村人達、そして小屋に向かって投げつけられるおびただしい数の松明であった。
タバサは人をかき分けながら前へ行くと、集団を率いてきたらしいレオンが口から唾を飛ばしながら勢いよく声を張り上げていた。


「アレキサンドルが村長の家を襲った!!やはり奴が屍人鬼だったんだ!!もうこれ以上黙ってはいられねぇ。皆!!吸血鬼のいるこの小屋を燃やしてしまえ!!」


そう言うとレオンは手に持った松明をマゼンダの小屋へと投げ入れた。
レオンに続くかのように、周りの村人達も声を上げて松明を小屋へと投げ込んでいく。


「燃えちまえ!!吸血鬼め!!」

「ざまあみろッ!!人間をバカにした報いだ!!」

「ハハハハハハハハハハッ!燃えろ燃えろぉ!!」


半ば狂気じみた村人達の行為にタバサは眉をひそめると、小屋の前に陣取るレオンに険しい表情で睨みつけた。


「何をやっている。彼女が吸血鬼だという証拠はないのに」


タバサに気づいたのか、レオンはタバサを見てあからさまに顔をしかめて舌打ちをすると興奮して血走った眼をタバサに向けた。


「証拠がないだと!!息子のアレキサンドルが屍人鬼だったので十分だろうが!!それにな、騎士様のいう証拠ならあるんだよ!」


そう言うとアレキサンドルは腰に手をやってまだら模様の布きれを取り出すと、タバサに投げつけた。


「それは殺された娘の家の煙突に残ってたもんだよ。今日見つかったんだ。そんな妙な色合いの布、
この辺りじゃ誰も使わねえし使っていたのはここの婆さんだけなんだよ!!これでもまだ証拠じゃないのかい?『騎士様』?」


レオンは口の端を上げてにやけた笑みを浮かべる。
それを見たタバサはレオンを睨むが、証拠を出てきた以上何も言えない。
それにタバサもマゼンダに会った日、確かに彼女はその色の服を着ていたのだった。
タバサを言いくるめたのに気を良くしたのか、レオンはさらに自慢げに笑い、小屋の前で高らかに声を上げて村人に小屋へ松明を投げるよう煽る。
やがて松明の火が小屋に移ったのか、小屋からチラチラと炎の光が見えるようになり、火の光と共に、黒い煙も上がり始めた。


「・・・・!不味い」


小屋に着いた火は見る間に膨れ上がり、煙はもうもうと高く上がっていく。
タバサは火を消し止めるために魔法を唱えようとしたが、ガシリと両手を掴まれる。


「!!!」

「騎士様は邪魔しねぇでくれ!!吸血鬼は殺さなきゃなんねぇんだから!!」



タバサを掴んだのは村長の家でも、レオンの考えに賛同していた村の若者たちだった。


「くっ・・・!離して」


タバサは力づくで村人達から逃れようとするが、いかに凄腕のメイジである彼女であっても数人の男に力で勝てるわけがない。
タバサの抵抗も空しく、小屋が火に包まれていくのを黙って見ているしかなかった。


(なんてこと...一番恐れていた事態が...)


既に小屋を囲む村人達の目には狂気が宿り、小屋が崩れ始めるのを見て大きな歓声を響かせる。


手遅れか...


タバサがそう思った時、すぐ後ろの方から村人の歓声とは違う声がものすごい速さでタバサを通り越して小屋へと飛び込んだ。


「ア゛ア゛ア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


タバサの目に見慣れた学院のマントと、伸びた白い髪が入った。
小屋へ飛びこんでいったのはノエルだった。


「ゲフッ!!ゲフッ!!オェッ!ア゛ア゛アッ!」

煙にむせる声が聞こえてきたがそれはすぐ消えた。
村人達も不意に小屋へ飛び込んだノエルに驚いて目を見開いた。
タバサを掴んでいた若者たちの力も緩まり、タバサは瞬時に体を強くねじって村人からの拘束から逃れる。
若者たちもそれに気づいてすぐにタバサを捕まえようとするも、それよりも早くタバサは詠唱を紡いだ。


「ウィンディ・アイシクル」


タバサの前に一本だけ生成された氷柱が小屋の壁へと撃ち込まれる。
氷柱は火でもろくなった木の壁を壊し、溶けた氷柱がわずかではあるが周囲の火を弱めた。
それを待っていたかの様に、空いた穴から火に包った白髪のメイジが飛び出て来た。
その両手には毛布にくるまったマゼンダがいる。


「ブハァァッ!!」


ノエルは地面に倒れると、腕に抱えていたマゼンダを離した。
それを見た瞬間、村人達の間から「ま、マゼンダだぁ~!!」、「吸血鬼が生きてるぅー!」
などと悲鳴にも似た声が上がり、逃げ出す者も何人かいた。

タバサはすぐマゼンダの元へと走り寄った。
煙を吸ったのとショックで気絶しているようであるが、幸い息はしている。
しかし隣で倒れているノエルはより深刻であった。
燃えている小屋に無理やり飛び込んだ所為でマントはブスブスと焼け焦げて数か所から小さい火が出ている。
タバサは杖を掲げて「コンデンセイション」の詠唱を行うと、空中に作られた水をノエルにかけ、体を仰向けに転がした。
ノエルの白い髪と顔は黒くなり、煙を大量に吸ってしまったためかぐったりとしている。


「無茶をする...」


タバサはすぐに「ヒーリング」をかけようと詠唱を始めようとしたが、周りに漂う殺気に詠唱を止めて顔を上げた。
いつの間にか、タバサやマゼンダを囲むようにして村人達が立っている。
顔を怒りや恐怖に歪ませながらタバサと倒れているマゼンダ、ノエルを射殺すような目で睨みつけていた。


「なぜ婆さんを助けた!!そいつは吸血鬼なんだぞ!!」


レオンが怒鳴ると、周りから「そうだそうだ!」と声が上がる。
レオンは倒れているノエルを一瞥して、


「わざわざ吸血鬼を助けやがって...おい皆、マゼンダの婆さんを殺すんだ!生かしておいたら必ず復讐に来るぞ!」


その言葉にわーっと歓声が上がり、囲んでいる村人達の中から鎌や松明を手にした村人が前に出てきた。
タバサはそれを止めようと杖を構えた時、倒れていたノエルがむくっと上体を起き上がらせて口を開いた。


「か、勝手な...ことを、言いやがってぇ....」


煙で喉をやられたのか、ノエルの声はかすれ、苦しそうに表情を歪める。
しかしその目は普段からは考えられないような怒りが満ちており、村人達もノエルの雰囲気に戸惑うが、誰かが怒鳴り声を出した。


「マゼンダは吸血鬼なんだ!!それを殺して何が悪い!!これ以上誰かが殺されるのを待ってろってか!?」

「そうだ!!余計なことしやがって!」

「黙れええッ!!」


ノエルは目を見開いて声を張り上げた。
その声や表情は、今まで学院で見たノエルとは全く別のものであった。
辺りがしんと静まり返る。


「この婆さんが吸血鬼だという証拠?たかが布きれで決まるわけがないだろう!!大の大人たちが寄ってたかって人一人殺そうとしやがって!!」


まるで烈火のごとく大きな声を出しながら、ノエルはぐるっと囲む村人達を顔を睨みつける。
タバサは杖を握る手が、自然と強くなっていたのに気づいた。


「誰かを殺すことはそんな簡単なことじゃねえんだ!!怒りにまかせて奪っていい命なんざ何処にもねぇんだよッ!!」


凄まじい形相で喋るノエルに、村人達は誰も手をつけられず黙って聞いていた。
しかし最後の言葉を絞り出した瞬間、ノエルはフッと白目を剥き、気絶してしまった。
小屋を燃やす炎の音が、気絶したノエルを茶化すかのようにパチリパチリと聞こえてきた。








結局、タバサと村人達の争いは後から遅れてやってきた村長によって何とか収められることとなった。
レオンや数人の村人は納得せず、敵意をこめた視線を最後までタバサに送っていたが、村人全員が家に戻り、外に誰もいなくなると村は嘘のように静まり返った。
タバサは気絶したノエルとマゼンダを「レビテーション」で浮かしながら村長の家まで運ぶと、ノエルを二階の部屋に、そしてマゼンダを自分が借りている部屋へとこっそり運んだ。


「い、いてぇ・・・」

「あなたは無茶しすぎ」




日も沈みかけた夕方、ようやく目を覚ましたノエルはベッドで顔をしかめた。
それを傍に立って見ていたタバサはボソッと小さい声で返す。
ノエルはベッドから上体を起き上がらせようとするが、火傷の痛みで思うように体は動かない。
タバサの治癒魔法「ヒーリング」である程度は治療できたものの、やはり完全に治っているというわけではないのだ。


「あ、タバサぁ...ばあ、婆さんは?」

「私の部屋で寝ている。煙は吸っていたが命に別状はない」

「そ、そうか...」


ノエルは目を細めてフッとほほ笑むと、体に走る痛みをこらえてベッドから立ち上がった。
マントはすでに焼け焦げてしまっているが、ノエルは構わずそれを身につけた。
タバサはポツリと声を出した。


「ごめんなさい」

「えっ?」


タバサの意外な言葉に、ノエルは聞き返す。


「これは元はといえば私個人の任務・・・それなのにあなたを勝手に連れて来ただけでなく・・・・・・怪我までさせてしまった」

「よ、よしてくれよぉ...お前に謝られるとぉ、変な気分になる」


ノエルは肩をすくめると、ドアの近くまで歩いていった。


「それに...こ、小屋に飛び込んだのはお前のためじゃねぇよ。き、貴族なんだからよぉ...平民は助けなきゃいけねぇだろぉ」


ノエルは照れ臭そうにはにかむが、後ろの方でトサッと何かがベッドに落ちたような音が聞こえた。
ノエルが振り向くと、タバサがベッドに仰向けに倒れており、杖を持ったまま静かに寝息を立てている。
突然のタバサが寝たことに、ノエルは首をひねった。


「た、たば、タバサ?なんだよ...つ、疲れてたのか?」


ノエルが腑に落ちずにドアの前でじっと立っていると、彼のすぐそばでノックの音が聞こえてきた。
急に聞こえて来た音にノエルは思わず体をビクッと震わせた。


「ひっ!だ、誰だい?」


ノエルは恐る恐る尋ねると、ドアの低い位置から返事が返ってきた。
それはこの村に来てからよく耳にしている少女の声であった。


「お兄ちゃん?私、エルザだよ」



[21602] 42話 吸血鬼Eの献身.イン.ガリア
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2011/06/27 23:29
 
何とも変てこなメイジが来たわね...
二日前、ドアの隙間から見た時に思った私の印象である。
 
『北花壇騎士団、タバサ。こちらはノエル』

『......ど、どうも』


最近やってくるメイジなんて、私の両親を殺した奴のように凄い高慢ちきな性格で、それでいて自分が世界の中心にいるかのような目をしている。
それがこれまで「30年」の間生きてきて、私が人間のメイジに持った印象。

だけど今度来た二人はまるで違った。
片方は女の子...なのに何を考えてるんだか分からない目をしている。
まるで人形のように、心を悟られないように自分を閉じ込めているみたい。

もう一人のメイジはもっと変。
だって人間のメイジは大抵貴族なんでしょ?
それなのに彼、お兄ちゃんの目ときたら...弱々しくて、「孤独」な、まるで誰も味方がいないって訴えかけてくるうような目をしている。
そう...今の私のよう


『おお、おいタバサぁ...だ、大丈夫なのかよぉ?ホントに吸血鬼なんてて、た退治出来るのかぁ?』

『な、なんか総合的に俺の方が忙しい気がぁ...』


弱々しい口調や動きに、思わず笑いそうになった。
なに?お兄ちゃん男なのに女の子の方に言われっぱなしじゃない。
面白~い♪人間にもあんな人がいるんだ。
思えば人間に興味を持つなんて初めてだと思うの。
だからだろうか、いつの間にか私はお兄ちゃんの事を引き留めていた。


『やめろよぉ...そんな目で俺を見るなよぉぉ...』


お兄ちゃんったら、私よりも大きいのに小動物みたい。
だけど最初に感じた雰囲気とは違く、優しく、暖かくて、なんだか居心地がいいの。


『お、そ、襲われたら...そりゃ戦うけど...自分から戦うのはまっぴらゴメンだ』

『誰かを殺すことはそんな簡単なことじゃねえんだ!!怒りにまかせて奪っていい命なんざ何処にもねぇんだよッ!!』


まだ二日間しか話したことないけど私は考えたの。
お兄ちゃんにずっと、この先も私の傍に居てほしいって。





「だから血を吸わせて私の屍人鬼になってよお兄ちゃん」

「いやに決まってんだろぉ!!」


ノエルの叫び声がフクロウの鳴き声と共に辺りに響き、山全体を覆うように広がって行った。
山の中はうっすらと暗くなりはじめ、森では木や石に張り付いた苔が青白く光り始めている。
ノエルは顔をしかめながら体をもぞもぞと動かそうとするが、自分の体に巻きついている木の枝や蔓が邪魔をして3サントも動かない。
地面に群生しているムラサキヨモギがゆったりとした紫色を光らせ、縛られて動けないノエルを、青と紫が混じった明かりで何とも不思議な感じに照らしている。
そんなノエルとは対照的に、彼を捕らえたエルザはニコニコ笑いながらノエルの前にある石に腰かけ、どこからか摘んできた木イチゴを口に入れて嬉しそうにモゴモゴと動かしている。


「あのね、お兄ちゃん。私だってお兄ちゃんに嫌々な感じで吸いたくないの。だからね、「血液どころか身も心もいろんな汁もあなたものです」って言ってよ。それで屍人鬼になってよ」ムグムグ

「そ、そんなの言えるわけないだろうッ!!?なんだよそのトチ狂ったプロポーズゥッ!!」

「私のお父さん、お母さんにそう言って結婚したんだよ?」ムグムグ

「それは種族関係なしに可笑しいだろぉ...」


ノエルは大きな溜息を吐いた。
目の前に垂れた髪が、汗で顔に張り付いてうっとおしく感じる。


「ねぇお兄ちゃん、どうせ逃げられないんだし~痛くしないから吸わせてよぉ」ムグムグ コクッ


エルザは上機嫌に顔を綻ばせ、口を開いてノエルに笑いかけた。
エルザが開けた小さい口には規則正しく歯が並んでいるが、その中で通常よりも長く鋭い犬歯が4本、にょきっと生えていた。
先程から木イチゴを食べていた所為か、口の中は赤い果汁で染まっていかにも吸血鬼らしいのだが、鉄臭い血の匂いに代わって甘い匂いが漂ってくる。


「ぐ、屍人鬼は嫌だ。てかこれ外してくれよ...」

「んッ...だめぇ」


まるで駄々をこねる子供に言い聞かせるように言うと、エルザは鼻歌を口ずさみながらノエルの目の前まで近づいてきた。


「だぁめだよお兄ちゃん。言われて外すんだったら最初からやってないよ?」


それならばとノエルは体に巻きつく木の枝を千切ろうと体をねじるように動かし始めた。
しかし体に巻きついている蔓や枝はがっちりと、腕や上体を木に固定している。
その上、人一倍体力のないノエルが力を入れた所で脱出するのは到底無理な話であった。
体力の無駄だなと察し、ノエルがぐったりした顔で動くのをやめた時、エルザは満足そうに口の端を釣り上げた。


「お兄ちゃんの力じゃ切れないよぉ。「魔法」でも使えたら話は違うけどォ、残念だけどお兄ちゃんの杖はここだしね~♪」


エルザはノエルの目の前で、見せつけるように木でできた「杖」をクルクルと回す。
それを見てノエルは恨めしそうにエルザを睨む。


「お兄ちゃんたら、私が見たいなぁって言ったらすんなりと渡してくれるんだもん」


エルザは指で遊んでいた杖を腰に差すと、蔓や枝で拘束されているノエルに近づき、ドサッと膝の上に乗っかるように腰をおろした。
乗った拍子にグェっとカエルのような声がノエルの口から出た。
エルザは両手をノエルの首の後ろに廻す。


「ねえ、何がだめなの?私の屍人鬼になるだけで力は強くなるし不老不死になれるんだよ?」

「べ、別に、そんなのいいし...」

「そ、それに、わ、私も、ついてくるんだよ?特別に、お、お兄ちゃんが望むなら...か、」

「か?」

「か、か、肩叩きとかもするし」

「お、おれはお前のおじいちゃんかよぉ」

「むーっ!」


エルザは頬を膨らまして上目遣いにノエルを睨む。
しばらくの間沈黙が続いたが、何か思いついたのかエルザは寄りかかるようにノエルに体を寄せると、
先ほどとは打って変わり、しおらしい小さい声でノエルに話し始めた。


「私の両親はね...メイジに殺されたわ。それからずっと、一人きりで生きてきた。今のおじいちゃんには感謝してるけど、それでもいつも不安で一杯だった。いつ、誰かが私の事殺しにくるかって」


エルザはさらにノエルに顔を近づけ、耳元で囁くように話を続けた。


「私ね、お兄ちゃんのこと気に入っちゃったの。メイジなのに小さな子供みたいに怖がりで、でも優しくて、それなのにマゼンダのお婆ちゃんを助けるのに火に飛び込んだり...不思議だよ、今までお兄ちゃんみたいな人に会ったことないよ」

「...」


エルザは顔を離すと、ちょうど二人が向かい合うように体を動かした。
蒼い瞳は涙で潤み、ノエルの全てを見通すかの様に見つめてくる。


「お兄ちゃんの近くにいるととても安心するの、まだ会って二日間しか経ってないけど、私、お兄ちゃんに傍にいてほしい。もう、一人はヤなの...」

「エルザ...」


二人の間に何とも言えない雰囲気が漂い始める。
ノエルはエルザに心なしか優しい目を向け、エルザはノエルを愛おしそうに見つめている。
二人の間に出来た甘い空間の中で、エルザはそっと本題を切り出した。








「屍人鬼に...なってくれるよね?お兄ちゃん」

「それとこれとは話が違う」


今までの空気が一瞬にして壊れた。





「もう!!なんでそこで断るの!?普通は流れに任せて「これからは棺桶の中からトイレの中まで一緒についていくよマイ・クックベリーパイ」って言うのが男でしょ!?空気読んでよお兄ちゃん!!」

「だから何なんだよおぉその変なセリフぅッ!?オーク鬼ですらもっとましな口説き方するだろ!!」

「私のお父さんは毎日寝る前にお母さんに言ってたよ」

「お、お前の父親がクックベリーパイ好きな事しか伝わらねぇよ...」


ノエルの煮え切らない態度にしびれを切らしたのか、エルザは目の端を吊り上げながらノエルを睨む。
怒っているのだろうが、体は5歳児と同じくらいのためいささか迫力に欠ける。


「もういいッ!これが最後よ!!お兄ちゃんの血を吸っていいのか飲んでいいのかどっちなのよッ!?」

「答える意味ないだろうぉ」

「真実はいつも一つなのお兄ちゃん!」

「そんな血生臭い真実いらねぇ!!」


ノエルのツッコみを無視し、エルザは口を開けてにょっきと伸びた牙をノエルの首元に近づけていく。


「ちょ、ちょちょちょ待ってってぇお前!」


ノエルは顔を左右に振ってエルザに抵抗する。
しかしそれも無駄な抵抗であり、「大人しくしてよお兄ちゃんッ!!」とエルザが声を上げてノエルの顔を両手で横から掴むと、
後ろに生えている木に押し付けて動けなくした。
動けなくなったノエルに、エルザは満面の笑みを浮かべて首元に顔を寄せる。
彼女の牙の先端がノエルの首に触れた。

しかし、

「だから待てっていってるだろぉぉ!!」

「キャッ!」


ノエルは叫び声と共に、エルザのは勢いよく体を引き離された。
余りに突然の事に何が起きたか分からないエルザであったが、地面に倒された時に自分に覆いかぶさる人物を見て驚く。
エルザを押し倒したのは自分の魔法で動けない筈のノエルであった。


「え?なんで!?お兄ちゃん魔法が使えないはずじゃッッ!」


エルザは思わず口から漏らした。
ノエルはメイジだ。
メイジは杖を媒体にして魔法を操る。
逆に言えば『杖がなければ魔法は使えない』のだ。
今までに見てきたメイジ達も、例外なく杖を使っていた。
だから杖を奪った。
杖は今も自分の腰に差さっている。

だから目の前にいる彼は魔法が使えない筈であるし、ましてや彼を縛っている木の枝や蔓を切ることなど、自分よりも非力な彼に出来る筈がない。
エルザの疑問に、ノエルは律儀に答えようとするが何かを思い出したかのように止めた。


「それは・・あ・・秘密だ」

「もーっ!」


状況は形成逆転...と思いきやエルザは自分を捕まえているノエルの手首を掴むと、ギリギリと力を込めていく。
エルザを押さえつけていたノエルの腕から段々と力がなくなり、ゆっくりとエルザの身体から離されていく。


「なっ...?くっ」

「ぬぬぬっ...吸血鬼を舐めないでよお兄ちゃん。小さくてもお兄ちゃんよりかも力はあるんだから」


何気に辛辣な言葉をノエルにぶつけると、エルザはノエルの腕を引っ張り、入れ替わるようにノエルを地面に倒した。
しかしノエルも必死である。
地面に倒された勢いと、エルザとの体重差を利用してすぐに起き上がろうとする。
エルザもノエルを押さえつけようと激しい攻防を繰り広げる。
今までの事情を知っている者なら「いや、どっちも魔法使えよ」と言いたくなるが、当の二人はしばらく地面を転がるように、吸血鬼とメイジの緊張感があまりない戦いが続いた。

結局、少ししてから木に体を預けてぐったりとなった少年と、その少年に体を預けて呼吸する吸血鬼の少女が出来上がっただけであった。


「吸血鬼とはいえ...五歳児に力負けするなんて......死にたい」


ゼハーゼハーっと死ぬ一歩手前の人のような呼吸音が森に木霊し、生気が削られて汗まみれのノエルを見て、


「これでもお兄ちゃんより長く生きてるよ?もう、細かいことは気にしないでよ」


エルザはアハハハと楽しそうに笑い声を上げた。


「アッハハハハ♪やっぱり面白いねお兄ちゃん」

「ゼェーッ、ゼエーッ、うる...ゼハッ、さい」


そう言うノエルの顔はなぜかバツが悪そうにしている。
森の中はいつの間にかしんと静まり、エルザとノエルの呼吸音だけがゆっくりと響く。


「なあ...エルザ」


荒い呼吸音が静まった頃、ノエルは自分に寄りかかっているエルザに声を出した。
小さい声のはずなのだが、驚くほどはっきりと聞こえてきた。


「なにぃ?」

「ち、血を吸うだけじゃだめなのか?屍人鬼にするのは勘弁してくれよぉ」

「・・・?」


一瞬、エルザはノエルの言ったことが分からなかった。


「俺もよぉ..お前の気持ちは...少しは分かる気がするんだ。一人きりって...辛いモンな。
だから、死なない程度だったら、吸っていいいよ。だけど俺学校あるからさ...お前が俺についてくることになるけど」

「それって...一緒にいてくれるってこと?」

「ま、まあ、そ、そうなるよなぁ」

「あ、あう..」


まるで結婚の告白のようにノエルは恥ずかしそうに答え、言われたエルザ本人も目を潤ませて体をもじもじさせている。
今は薄暗くて分からないが、エルザの顔は赤く染まっているだろう。
先程まで僅かだけあった殺伐な空気はどこかに吹き飛び、森の一角がどっしりと甘い空気に包まれる。
それはエルザが先程木イチゴを食べたからだけでは絶対ない。


「や、やだ。それじゃあお兄ちゃんいつか逃げちゃうかも知れないじゃない。信じられないもん」


それでもエルザはノエルに言い返す。
しかしその態度は明確な拒否というよりも、恋人に駄々をこねるような感じである。
エルザは顔を下に向けてしばらく考える(ふり)素振りを見せると、ノエルにぼそぼそと尋ねた。


「じゃあ...証拠に、ちょっとだけ飲ませて?お兄ちゃんの血」


エルザの出した条件に、ノエルはしばらく黙ったままであったが、


「あ、...、分かった。吸うだけだぞ。屍人鬼にすんなよ」


そう言うと、ノエルはフーっとため息を出した後、顔を横にしてエルザに首を見せる。
先程地面を転げ回った所為か、小さな葉っぱが付いており、露と汗でほんのりと湿っている。
エルザはほぉっと息を吸うと、ノエルの首に鼻を近づけて2,3度呼吸する。
そしてゆっくりと口を開けると、ノエルの首に牙を...


「なにをしている」


立てようとしたところでエルザの行動は止められる。
まるで氷のように冷たい殺気が二人に届き、すぐに声のした方に顔を向けた。
彼らから2メイル程離れた場所、凍えるような目をしたタバサがそこに立っていた。





「ホント...勘弁してほしい」

「だぁ、だからぁ...違うって」


その後、タバサの繰り出す魔法を何発か貰い、ボロボロになったノエルがタバサの前で正座しているという、学院では絶対ありえなさそうな光景が森に出来上がっていた。
ただでさえボロボロになったノエルのマントは見る影がなくなり、シャツも所々破けている。
ブツブツと小声で文句を呟くその隣には、ノエルに寄り添うようにエルザが座っている。


「整理する...この娘が吸血鬼で、私は眠らされ...あなたは屍人鬼にされそうになっていた」

「そう...だよ」

「その前に私は不屈の精神で夢から脱出し、シルフィードで村の上を飛んだ。その後シルフィードとあなたが一緒に来たというこの付近を捜した」

「し、シルフィードも来てるのか?」

「シャラップロリコンメイジ」

「・・・」

「そして私の懸命の捜索の甲斐もあり、あなたたち二人を見つけた。しかしあなたは血を吸われるどころか、逆に彼女を襲っていた」

「だからあぁ!なんでそこだけ変えるんだよぉ!?」


ノエルは立ち上がろうとするが、突然正面から来た衝撃で仰向けに倒れた。
タバサが一瞬で「エア・ハンマー」をノエルにぶつけたのだ。
エルザは「お兄ちゃぁん!」と叫んでノエルに近づき体を揺する。
タバサはこめかみをピクピクと痙攣させ、ボソボソと声を出す。


「因果応報...私が悪夢から逃げてきて、吸血鬼の正体も分かった。それなのにあなたは...吸血鬼ハンターではなく恋のハンターにでもなったつもりか」

「うう...な、何言ってるんだよぉ」

「違うよ!!お兄ちゃんは私の心を盗んだ恋泥棒だよ!!」

「お前ら少し黙れよぉ...」


ノエルはゆっくりと体を起こすと、体のあちこちから出てくる痛みに顔をしかめた。
それは無理もない。

マゼンダを救うために負った火傷はまだ完治してはおらず、

エルザの魔法で縛れた時、巻かれた蔓や木の枝によって擦り傷切り傷を負い、

二人で地面を転がった時に変な草に触ったのか皮膚は少しかぶれてしまった。

止めにタバサの魔法を数発当てられたのだ。

未だに体が動くのが不思議なくらいである。
タバサもさすがに察したのか、(なげやりに)「ヒーリング」を詠唱すると、ノエルに向けて杖を向けた。
淡い光がノエルを包む。
タバサが魔法の詠唱を終えてノエルの周りに浮かんだ光が消えると、ノエルはゆっくりと立ち上がった。
完治には程遠いが、体を動かす程度までには戻っている。


「うう...理不尽な攻撃がなかったら...」

「それは知らない。それよりも...彼女をどうするつもり」

「?」


何時も通りの目と共に、タバサは杖の先端を地面に座っているエルザに向ける。
その意味に気づいたエルザはビクッと体を震わした。


「彼女は吸血鬼...この村で何人もの人を犠牲にした。犯した罪は...重い」


死の宣告ともいえる淡々とした口調で、タバサはエルザに聞こえるようにノエルに言った。
エルザはすぐに立ち上がると、縋りつくようにノエルの背中へと回った。
ノエルの腰に手を回し、ギュゥと抱きしめる。


「ち、違うのお姉ちゃん!私っ、」

「黙ってて」


何か言おうとしたエルザを制し、タバサはノエルに視線を向けた。


「彼女をどうしようとあなたが決めていいとは思う。しかし、これでは事件を「ちょっと待てよぉタバサ」


タバサの言葉を遮り、ノエルが体の痛みに顔をしかめながらタバサに歩み寄った。
そして後ろに隠れているエルザの背中を掴んで、前へ押しやると、


「え、え、エルザが吸血鬼ってことは分かったよ。だけどよぉ...なん、何でこいつが村人を殺したのに関係するんだ?」

「?何を言ってるの?」


タバサはノエルの言ったことが理解できなかった。
自分の言っていることが可笑しかったか?
少しの間、タバサは考えをめぐらしたがやはり分からない。


「彼女が吸血鬼という事はあなたが証明した。そして村で起こっている事件に加え、村長の家では屍人鬼にも襲われた。彼女が吸血鬼である以上、この村の事件は...」

「そ、その考え方が違うんだよぉ...吸血鬼が犯人だと思っているからさ...そうなるんだよ...考えがそこで止まるんだよぉ」


少し下がった眼鏡を直し、タバサは苛立ちを隠すように杖を地面に刺す。
目の前にいるエルザは心配そうに顔を見上げてノエルを見ているが、ノエルは少し瞑った眼をこちらにジトーっと向けている。
タバサは思わずノエルに尋ねた。


「どういうこと?」

「じゃあ・・・タバサに聞くけどよぉ」


言葉を考えてるのだろうか。
そこまで言うとノエルは口を半開きにしたまま黙ってしまったが、やがてまとまったのかタバサに向けて言った。


「村に隠れている吸血鬼は『一人』とだれが決めたんだ?」


山の上では月がはっきりと形を浮かべ、宙に浮かんでいる。
しっとりと暗くなった森の中に聞こえたノエルの言葉は、まるで別人のようにタバサに聞こえた。



[21602] 43話 危ないタバサ.イン.ガリア  追跡
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2011/09/15 18:06
タバサ達がサビエラの村に来てから3度目の夜がやってきた。

昨日の焼き打ちもあってか、家の外に出ている村人は一人もいない状態で、窓からランプの光が漏れていること以外に村には不自然なほど静まりかえっていた。
その村のとある一角、周りよりも小さく建てられているレオンの家を遠巻きに見る視線があった。
レオンの家から離れた場所に建てられている納屋に体を隠し、その影から僅かに顔を出して扉付近を見つめている。
トリステイン学院の制服に身を包んだその正体は、『ガリアの草食ガール(自称)』ことタバサである。
そのタバサのいる納屋にそっと近づいてくる者がいた。
小さい体を黒いローブで隠し、手には木の蔓で編まれたバスケットを持っている。
ブロンドの髪を光らせて近づくその正体は『サビエラ村の小悪魔アイドル(自称)』ことエルザであった。
エルザの接近にタバサが気づくと、クイクイと指で合図を送った。
エルザはコクンと小さく頷くと、早足に納屋の中へと身を隠してタバサの後ろに回った。
そしてバスケットの中から手のひらほどの大きさのパンを取り出すと、タバサの後ろからスッと差しだした。


「先輩、差し入れ持ってきました」


消えそうなほど小さな声であったが、タバサには聞こえたようで目線を目標から動かさず、黙ってエルザからパンを受け取った。


「先輩...ホシの様子はどうですか?」


エルザはタバサに尋ねながら再びバスケットに手をやる。
今度は金属で出来た小さな瓶を取り出すと、スッとタバサの前に出した。
タバサもやはり顔を動かさず、飲み物の入った瓶を受けとった。


「未だに動きなし・・・しかし油断は出来ない」


エルザから受け取ったパンを一口かじる。
中には肉とムラサキヨモギが入っており、中々食べごたえがありそうだ。
瓶の中身は蜂蜜の入った牛乳であり、タバサは一口飲むとほぉと満足そうに息を吐いた。
エルザも納屋から体が出ないよう壁に寄りながら、レオンの家に視線を送った。


「ホシは今夜動きますかねぇ?」

「ヤツは精神的に追い詰められているんだ...今夜、必ず動く・・・」

「でも勝手に動いていいんですか?上にこのこと知られたら俺達、怒られるどころじゃ済みませんよ?」

「ここで奴を逃がしたら、今までの捜査が全部無駄になる...クビくらい覚悟の上さ」


牛乳瓶を握る力が自然と強くなった。
タバサはチラリと後ろに目をやると、監視を続けるエルザにボソッと声を漏らした。


「お前は戻れ...これはオレのヤマだ。わざわざオレに巻き込まれることもねぇさ」


その言葉は純粋にエルザをこの事件に巻き込みたくないというタバサの気持ちの表れであった。
しかしエルザは肩をすくめると、


「何言ってんですか先輩。ここまで一緒にやってきたじゃないですか。最後まで付き合わせて下さいよ」


全く、お前って奴は・・・
タバサは「勝手にしろ」とだけ言うと、プイっと顔を前に向けた。
冷たい言葉を返されたエルザであったが、彼女にはほんの少し、タバサの口の端が笑っているのが分かった。
タバサは牛乳を一口飲むと、独り言のように呟いた。


「俺の後ろは...任せたぜ」

「任せたじゃないよぉ」


タバサの頭に軽い衝撃が響いた。







「ななんあ何二人でやってるんだよぉ!?」


衝撃でズレた眼鏡を戻して振り返ると、エルザの後ろに不機嫌そうにタバサを睨んでいる少年がいた。
白い長髪は顔の半分を隠し、タバサと同じく学院の制服を着ているその正体は、「ドニエプル最強のヨウジョスキー(タバサ呼称)」ことノエルである。


「なんだよヨウジョスキーってぇぇ!?・・・戻って来たら二人で芝居がかったことしてるし・・・ちゃんと見張ってろよぉ」

「私は任務を遂行していた・・・しかし夜中の張り込み...この状況は私の読んでいる『メイジにほえろ』と全く同じ。・・・・一読者として再現するしかなかった」

「そんなの一人の時にやれよぉぉ...今やるなぁ」

「ちなみに再現したのは主人公が盗賊団の一味を捕まえようとする名場面」

「ちなみに私は主人公の後輩役だよお兄ちゃん!」

「ちなまなくていいから静かに監視してろよぉ...」


自然と溜息が出てきたが、ノエルは体勢を低くしてタバサとは反対側の壁に体を寄せ、納屋から少しだけ顔を出した。
レオンの家からはランプの光がわずかに漏れており、かすかに明るみを持っている。
しかしそれ以外はなんの変化もなく、地面に落ちている木の葉が風に吹かれて僅かに動くだけであった。


「ていうかよぉタバサぁ...二人ともなんで急に仲良くなってるの?さっき森で『彼女は吸血鬼...この村で何人もの人を犠牲にした。犯した罪は...重い』って言ってったんじゃ...」


ノエルはなんともなしにタバサに尋ねたのだが、タバサは目をきっと細くして力を込めながら言った。


「彼女は私と同じ『メイジにほえろ』を読んだことがある。あの本は魔法衛士シリーズの中でも最高傑作。あの本を愛する者に悪はいない。だから私は彼女を信用した」

「そ、それだけで...」

「でも私『はぐれメイジ 純粋派』の方が好き♪」

「訂正・・・彼女は私を弄んだ・・・巨悪そのもの」

「もうさぁ・・・どっちでもいいから静かにしてくれよぉ」


わずかに殺気立つ二人に忠告すると、ノエルはじっとレオンの家の前を見つめる。
タバサも同じく顔を向け直すが、ノエルの忠告を無視するかのように話しかけてきた。


「さっき・・・・あなたは『吸血鬼は一人とは限らない』と言った。そしてこの張り込み・・・ノリに任せていたがなぜこんなことを?」

「ノリって・・・」


ノエルがボソッと呟き、納屋の中が一瞬静かになる。
エルザは心配そうな顔でノエルの足を握っているが、ノエルの表情は変わらない。
エルザが動いたためか納屋の地面に散らばっていた藁がカサカサと鳴ると、ノエルは顔の向きを変えず話し出した。


「前も言ったけどよぉ...この事件は派手に死体が残り過ぎなんだよ...襲った村人の死体をわざわざ村の入口やベッドに残してる・・・よ、よく考えると不自然なんだ」


タバサはフムフムと軽くうなづき、エルザは感心するかのように口を開いている。
ノエルは一呼吸置くと、チラリとエルザを見た。


「吸血鬼であることを隠して...かつこれだけ派手に村人を襲う事が出来るのは限られてくるんだ...お、オレが考えたのは村長にエルザのような子供・・・そしてレオン達だった 」


不安そうにノエルを見ているエルザの頭にすっと手を伸ばすと、わしゃわしゃと頭を撫で始めた。
「うにゅ」とエルザが目を細め、気持ちよさそうにノエルの足下に近づく。
本人はなんともない行動だったのだろうが、横に立つタバサ中では何かが確信へと変わった。
そう思われているとは知らず、ノエルは再び話し始めた。


「え、エルザは吸血鬼だった。けどよぉ・・・そもそも村長やエルザが犯人ならオレやタバサなんかのメイジを来させるリスクは避けれるんだ...村長はもちろん、エルザも村長を屍人鬼にして操ればいいわけだしよぉ...」

「それで残ったのは...」

「仮に他の村人達だとしても...これだけ短期間に死体を残していれば正体は突き止められるって...とっくに村人に捕まるかオレ達より前に来たメイジにやられるさ...でもそれがないってことはよぉ、吸血鬼から正反対の存在...『探す側』にいる人間なんがエフッ!エフッ!!」


喋りすぎたのか、ノエルは口を押えてむせた。
「お前、静かにしろよ」とタバサから無言のプレッシャーが流れてくるが、エルザが差し出した牛乳を一口飲むと、ノエルは一回深呼吸をして話を戻した。


「ハァ・・・・・き、昨日の昼に、家族が殺された村人の家を回って分かったんだけど...全員に共通してる事があったんだ...どの家でも前日に、レオンがやって来たらしいんだ」

「・・・ッ!つまり...」

「レオンへの疑いは強くなったよ...それに、昨日の焼き打ちが決め手だった」

「焼き打ち?」

「レオンはタバサにこう叫んでたろぉ?『証拠がないだと!!息子のアレキサンドルが屍人鬼だったので十分だろうが!!』って」


ノエルは手にしていた瓶から一口牛乳を飲むと、タバサの方に顔を向けた。


「あの時...屍人鬼だと確認できたのはオレとタバサだけだったんだ。村長の家にもいず、マゼンダのいる小屋にいたレオンがどうしてそれを知っている?」


タバサの目が大きく開いた。
そう、あの時レオンは小屋の先頭にいた。
そしてレオンは、


―証拠がないだと!!息子のアレキサンドルが屍人鬼だったので十分だろうが!!―

―『アレキサンドルが屍人鬼だった』―


アレキサンドルを倒した時、確かにレオンは村長の家にはいなかった。
それなのにレオンはアレキサンドルが『屍人鬼だった』と知っていた?
タバサは手元に残っていたパンを口に放りこんだ。
胸の鼓動が少し早まったように感じられた。


「つまりレオンは・・・・屍人鬼であることを既に知っていた」

「そう、少なくともレオンはこの事件に大きく関係している...吸血鬼である可能性もある」

「可能性もある?」

タバサは思わず聞き返した。


「彼が吸血鬼ではないの?」


ノエルは答えようとしたが、口から声が出るよりも先に彼の指がそれを抑えた。
その行動にタバサとエルザにも緊張が走る。
先程までランプの光が漏れていたレオンの家はフッと暗くなり、木の扉が開いたのだ。
ギッと小さい音が納屋まで届き、家の中から出てきたのはレオンであった。
背中には大きい革袋が背負われており、辺りをキョロキョロと見回して人気がないのを確認すると、ゆっくりと扉を閉めて歩き出した。
タバサ達のいる納屋とは反対方向であり、村の外側へと歩いている。


(・・・・オレ達も動こう)


ノエルが指で小さく合図すると、足もとに牛乳瓶を置いて足音を立てないようにゆっくりと納屋を出た。
タバサもそれに続き、エルザはバスケットを持っていくか少しだけ悩むと、納屋の奥にバスケットをそっと置いて二人に続いた。
納屋から3人が出た後、二人に聞こえるかどうかの小さな声でノエルがさっきタバサが聞いてきた疑問を答え始めた。


(仮にレオンが吸血鬼だとしても・・・今まで隠していた正体がばれる危険があるほど村人を襲うかぁ?自分が飲むだけであれば...人一人を殺すほど血を吸う必要はないだろうよ)ヒソヒソ

(そうなの...?)ヒソヒソ


タバサがエルザに顔を向けて声に出さずに尋ねると、エルザも察したようでコクコクと首を縦に振った。


(うん...別に人が死ぬ位血を吸う必要はないよ?私だって普段は動物の血を吸っていたし...たまにおじいちゃんからこっそり貰ってただけだもん)ヒソヒソ


サラリと凄いことを言ったエルザであるが、今はそれをどうこう言っている空気でも状況でもない。
レオンにばれないように物陰に隠れながら跡を追跡していると、レオンは村長の家の方角とは違う、別の山の方へと入っていった。
そしてもう一度辺りを伺った後、レオンは森の茂みの中に消えていった。
ノエルは「サイレント」を唱えるために杖をそっと抜き出した。


(タバサぁ...ここからは常に魔法が撃てるようにな...)

(...わかった)

(さっきの続きだけどよぉ...一人だけなら人を殺すほど血はいらないんだ。なのに短い時期にこれだけ大量に人を殺してるってことは...)

タバサの顔が険しくなる。
そう、一人程度の吸血鬼であれば血は大量にはいらない。
つまり...


(まだ他にも吸血鬼がいるかもしれないということ・・・)


何とも厄介な任務になってしまった...
そう思いながらタバサは茂みの中に入っていくと、なぜだか従姉妹のにやけた顔が浮かんできた。

(ファッキン)






夜の森は1メイル先も見えないほどに暗い。
タバサ達一行はエルザを先頭に、タバサ、ノエルの順に一列になってレオンの跡をつけていた。
吸血鬼であるエルザには昼間のように明るいのであるが、人間であるタバサ達にはこの暗さは酷である。
時折木にぶつかりそうになっていたのだが、しばらくすると目がようやく慣れてきたのか、レオンの後ろをスルスルと着いていけるようになった。
前を行くレオンは松明も持たず、しかし木や枝にぶつかることなく歩いている。
その様子を見てタバサは思わず声を漏らした。


(・・やはり彼は・・・・)

(ああ、吸血鬼だろうよ・・・・)


後ろからノエルの声が聞こえた。


(今の声・・・・聞こえたの?)

(ま、まあな・・・・オレだって一応風のメイジだし...)


タバサはなるほどと納得したようにうなづいた。
風を主とするメイジは他のメイジよりも音に敏感と言われている。
離れた場所の音や小さな音を聞きとれるようになり、その能力は人それぞれであるが中には人の心臓の音すらも聞き分ける者もいるらしい。
タバサも風属性のメイジであるため音には敏感である。


(だから...聞こえてたの)


タバサは先ほどノエルが話していた推理の中で、自身とレオンが言い争っていた言葉を言っていたのを思い出した。
あの時彼はまだ小屋の近くにはいなかった。
なのになぜ、あの会話を知っているのかと不思議に思っていたが、これでつじつまが合った。


(彼は・・・・風のメイジ・・・・初めて知った)

(お姉ちゃん達ストップ!!)


前を歩くエルザから合図が送られた。
後ろの二人は出来るだけ姿勢を低くすると、エルザの元に近寄り、エルザの見つめる方向へと目を運んだ。
目が慣れてきたことに加え、かすかだが森の中に差し込む月明かりのおかげでレオンの姿を捉える事が出来た。
レオンはこちらに気づいた様子はなく、立ち止まった後肩に掛けていた袋を降ろした。
すると音もなく、レオンの前にスッと黒い影が現れた。
三人の緊張が一気に高まっていく。
タバサは耳に感覚を集中すると共に、口から僅かに声を漏らす程度の大きさで詠唱を始めた。
いつ仕掛けても大丈夫なように、詠唱紡いでいく。
レオンが喋っている相手の顔は木々の間にあって見えないが、タバサの耳に段々と声が聞こえ始めた。


―・・・・・の、残りのモノです...―

―あら♪良かった。じゃあ中を見せてもらおうかしら―


聞こえてきたのは怯えるようなレオンの声と、相手の声。
相手は女性だろうか、透き通るように聞こえてくる声をタバサは聞き取った。
しかし、聞いた瞬間、今まで見たこともないような寒気がタバサを襲った。

不気味

タバサの体内にある危険信号が鳴り響く。
この相手は不味い。
得体の知れない恐怖がタバサの体を駆け巡る中、その先ではレオンとの会話が続いている。


―あの村はもう駄目?そうなの...残念だわ~―

―お、俺ももうあの村から出ます。や、約束通り、安全な場所まで連れていって下さい―

―え~?どうしよう...元々貴方が派手に動いたからでしょ~?私は知らないわよ~―

―そ、そんな!!?約束が違うじゃないか!!―


言い争いが始まったようで、耳を澄まさなくてもレオンの声は聞きとれるくらい声を荒げている。
タバサの体にまとわりつく嫌な感覚はねっとりと続いている。
危ない...これじゃ戦う時にやられてしまう...
タバサは一呼吸息を深く吸うと、頭の中に母を思い浮かべた。

(そう...私は死ねない.....お母様を直すまでは...)

頭の片隅に、まだ元気だった頃の母との思い出が蘇ってくる。


―シャルロット。おいで―

―フフフほら、ちゃんとした格好をして、お父様に笑われちゃうわよ。―

―いい?あなたは将来多くの人を導いていかなければなりません...―

―今回は秋の触手祭りよ!!!シャルジョセは載せて当たり前!他にも男の娘化したクラヴィルが部下に下克上されちゃうお話!!
カステモールが触手にハァハァハアハアハア...国境なんて無意味よ!思い切ってヴァリエール公爵も―





最後、変なのが混ざった。


そうこうしている内、レオンと謎の人物との話は終わりそうな感じになっていた。


―まあ、しょうがないわね...今まで頑張ってくれた御褒美に~いいわ。連れて行ってあげるぅ~―

―ほ、本当ですか!!?―

―その代り~...






 「後ろに隠れてる」ウサギさんどうにかしてね♡―



(気付かれてたッッッ!!!!?)

タバサの体に電流にも似た衝撃が走る。
尾行は完ぺきだったはず!?なぜバレた!?いやそれよりも...

今すぐに動かなければ。
しかしタバサの体を何かが締め付けるように動かない。
レオンもこちらに気づいたようで、彼の顔はみるみるうちに歪み、既に牙をむいて臨戦態勢に入っている。
タバサも動かなければならないがどうしても体が言う事が聞かない。

(やられる...!!)


一瞬、頭にそう浮かんだ時、横からボソリと声が聞こえた。


「援護頼む」


ノエルが飛び出した。



[21602] 44話 交渉人タバサ.イン.ガリア 封鎖するモノはない
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2011/09/07 13:22

ノエルが動いたと同時に、タバサの横っツラを風が掠めていく。
それが引き金となったのか、タバサにまとわりついていた何かが消え、体が自由に動くようになった。
ノエルとレオンの距離はおよそ10メイル。
タバサはすかさず「ウィンディ・アイシクル」の詠唱を唱えた。


「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ」


タバサの周りに十数本の氷の矢が浮かびあがり、ノエルの後ろから高速に発射されていく。
氷の矢はノエルの体ギリギリを飛んでいき、レオンともう一人の人物がいる空間へと突き刺さっていく。
なんとか先手はとれた。
魔法を詠唱し終えた後、タバサはすぐに動き出した。
相手は吸血鬼なのだ。油断は禁物だ。
タバサはノエルの後ろから近づきながら、再び新たな詠唱を始めた。


その間、ノエルとレオンの間合いは後2メイル程までに縮まっていた。
先程の援護は成功したようで、レオンの体に氷の矢が何本か刺さっているのが見えた。
しかしレオンはそのままノエルに襲いかかろうとする。
そしてノエルとレオンが重なった瞬間、レオンの腕が木々の間を飛び跳ねた。


「グアアアアアアッ!!!」


森の中を獣のような叫び声が響き渡る
レオンは地面に体を打ちつけながら森の中を転がった。
しかしそれを後ろにして、ノエルはそのまま前へと地面を蹴った。
恐らくレオンはタバサに任して、もう一人の敵へと襲いかかったのだろう。
タバサはすぐにレオンへと杖を向ける。

「ラナ・デル・ウィンデ」

唱えたのは「エア・ハンマー」。「ウィンディ・アイシクル」程の威力はないが、詠唱が短い分早く魔法を撃ち込める。
レオンが起き上がるよりも先に、風の塊がレオンの体をノエルのいる方向へと吹っ飛ばした。
魔法の連撃を全て受けたレオンはそのままぐったりと地面に倒れた。
肩腕は切られ、体には数本の氷柱が刺さっている。
タバサはレオンが動けない状態であることを察すると、止めを刺そうと再度魔法を詠唱しようとした。


その時、


「ストップ~♪」


タバサの背筋が凍りつく。

あの声・・・・・
タバサがすぐに振り向くと、タバサとレオンから少し離れた場所、地面が盛り上がって小高くなった場所に、あの声の主と...


「・・・・っ!ノエル...」


声の主のすぐ下には、膝を地面についてこちらをじっと見ているノエルがいた。
そのノエルの首筋には、30サント程の刃物が付きつけられており、首筋からはうっすらと血が流れている。


「動かないでね~。もう...こんな夜遅くにどんなウサギさんが来たのかなと思ったら...ホント、どっちも可愛らしい子供だったのねぇ~」


声の主はひとりでに喋っている。
しかしその声は、一言毎にタバサの心臓を握るような圧迫感を生み出している。
木の陰になっているため、タバサの方からは声の主の顔が分からなかった。
しかしその時、雲が動いたために月明かりが木の間をするりと抜け、タバサのいる辺り一帯を大きく照らし出した。
そしてノエルに刃物を当てている、声の主の顔も照らし出された。
その瞬間、


「...うそ」


思わずタバサは握っていた杖を落としそうになってしまった。
目の前にいる女性、その姿はよく知るドレスを着ており、


「どうしたのかしら~?私の顔になにか付いている?」


その顔はタバサの最愛の人、タバサの母であった。







唇が震える。
どれだけ冷静になろうと思っても、体が言う事を聞かずに震え始める。


(お母様!!?何故...!!?違う!お母様がここにいる筈がない!お母様は今...)


絶対にありえない。
タバサの頭の中では叫ぶかのように自分の母がどういう状態なのかを思い返した。
そう、どうしたってここに母がいるだろうか?
しかし今、タバサの目の前にいる女性の顔は、タバサの母そのものだった。
タバサの頭の中は未だにぐしゃぐしゃに混乱している。
目の前の母の顔をした女は、ニッコリと笑いながら横の方を向くと、


「そこにいるお嬢ちゃ~ん?出てきておいで。隠れてもお姉さんにはお見通しよ~」


女が向いた方は、タバサやノエルが隠れていた方向である。
何故エルザの事がわかる?
森の中に、山彦のように声が響き渡る。
しばらくすると、木々の間からエルザが顔を出した。
しかし出てきたエルザの顔は、隠れていたのがバレた焦りや恐怖よりも、驚きの感情が浮かんでいた。


「お、おお、お母さん?...なんで?」

「え?」


タバサの口から声が漏れた。

(どういうこと?彼女の母?しかしあそこにいるのはお母様の顔をしている...どういうこと?)

二人の驚いた顔を見た為か、女は観察すようにキョロキョロとタバサとエルザを交互に見た後、フーンっと自分で納得したかのように声を上げた。


「うん、やっぱりこういうのが普通よね~」


タバサには女の言う事が分からなかった。

「あ、あ、そんなに驚かなくていいのよ~?今ね、貴方達にはどんな風に見えるか分からないんだけど~『一番心に思っている』人の顔が見えている筈だから」


女は先ほどとは打って変わったように、軽い口調で話し始めた。


「私が掛けている魔法はね~?あなたちの心の奥にいる人が私に見えるようになってるの~。普通は両親とか恋人なんだけどね~そういう風に戸惑うのが普通なのよね~」


まるで二人に説明するかのように女は喋る。
つまりその話が本当であるならば、タバサとエルザが見ている者は互いの母であるということだ。
タバサはわずかな間に、頭の中の引き出しをすべて開けてみたが、そんな高度な魔法、知っている人も、使える「人間」も見つけられなかった。


「だけどこの坊やさ~私を見た瞬間、戸惑うどころか逆に私に襲いかかって来たのよ~?
珍しい・・・普通、心の奥には「安らぎ」や「最愛」を象徴する人がいるんだけど~坊やの場合には「憎む」べき人がいるのね~」


女の言葉にノエルがギリッと歯を噛みしめたのが分かった。
ノエルにも自分の母が見えたのか?しかしそれだと明らかに矛盾する。
彼が殺したい程の人とは...一体?
タバサがそんなコトを考えていると、ふいに女がタバサに尋ねてきた。


「さて...お嬢ちゃん?私の名前はメアリ~、メアリ~・ステュア~トって言うの~。あなたのお名前は~?」


のんびりとした様子で、メアリーと名乗った女はタバサに尋ねてきた。
タバサはごくりと唾を飲み込むと、少しためらったが短く答えた。


「・・・タバサ」


メアリーはフゥっとため息を吐くと、ゆっくりと手をタバサの前に出し、


「森の精霊よ・・・飛べ」


メアリーがそう呟いた瞬間、彼女の足下にあった枝が宙に浮かび、タバサめがけて飛んできた。
突然の事にタバサは避けきれず、枝はタバサの頬を切り裂いて後ろへ消えて行った。
タバサの頬からドロリと血が垂れる。


「私に~嘘の名前を言うなんていい度胸してるわ~だけど?次はないわ」


タバサの背中に汗が流れおちる。
しばらくの間黙っていたが、やがて観念して本名を言った。


「シャ、シャルロット・・・・シャルロット・エレーヌ・オルレアン」

「そう、シャルちゃんね~♪私の事もメアリ~って呼んでね~っとそれで、そこのちっちゃい吸血鬼のお嬢ちゃん?お名前は」

「エルザ・・・」

「そう♪エルザちゃんね♪まさか仲間がいるなんて思わなかったわ~。どう?お姉さんと一緒に来ない?」


メアリーは嬉しそうにエルザに話しかけるが、エルザは怖がった表情を浮かべて、無言のまま顔を横に動かした。
メアリーは残念そうに眉を寄せた。


「そう...残念だわ~。さてっと、シャルちゃん?お願いがあるんだけど~シャルちゃんの足下に転がっているその袋?お姉さんに渡してくれないかしら?」


メアリーはニコニコと笑みを浮かべながらタバサの足下を指差した。
レオンが置いていた革袋はそのままの状態で放置されてあり、中になにが入っているのかは分からない。
タバサはゆっくりと言葉を返した。


「彼を放して...そうしたら渡す」

「それは駄目よ~。私この坊やの事気に入っちゃったんだもの~♪無事におうちに帰りたかったらぁ~、お姉さんの事ちゃんと聞いて欲しいなぁ~」


メアリーは拗ねるように口を細めると、先ほどと変わらない口調でタバサに言いかけてくる。
母の顔で、全く異なった声がタバサの耳に届いてくる。
目の前の吸血鬼はまるで女神かなにかの様にタバサに語りかけてくる。
しかしタバサにはそれが悪魔の囁きにしか聞こえない。
心臓が高鳴っているのが分かる。
数々の過酷な任務をこなしてきたタバサには、目の前に立つメアリーという吸血鬼が酷く恐ろしい物に感じられる。
タバサはサッと杖を横に向け、地面に倒れているレオンに杖の先を当てた。


「・・・・それはあなたの仲間も同じこと・・・彼を放せば袋とレオンを渡す」


タバサの杖の周りを風が回っている。
彼女はメアリーが話している時にひっそりと詠唱を唱えていたのだ。
地面に倒れていたレオンも気が付いたらしく、痛々しい体を引きずってうめき声をあげるが、それをすかさずタバサが止める。


「メアリー、あなたにとって大事なものが袋にあるのは分かった。彼を放せば袋を渡す。もし彼に何かすれば、こちらもタダでは済まない」


タバサは険しい表情でメアリーを睨んだ。
しかしメアリーの方は、まるで関係ないと言わんばかりに、フーンと声を漏らすと、また言い聞かせるようにタバサに話し始めた。


「あのね~シャルちゃん?なにか勘違いしていると思うんだけど~別にお姉さん「交渉」してる訳じゃないの」


メアリーはゆっくりと手を上にあげると、小指だけを上に向け、


「森の精霊 数多なるその命を断罪と化して 彼の者を処刑せよ」


次の瞬間、レオンの体がガクンと起き上ったと思うと、
「ブファ!?」
なんと地面から急激に生えた木の枝が次々とレオンの体を突き上げる。
わずかな間に無数の枝がレオンを突き刺していき、背中はハリネズミのように枝を生やしている。
余りに突然の事に、タバサも動けずにそれを見ているしかなかった。


「彼は~私の仕事を手伝ってくれただけで~別にどうでもいいんだ。袋の中身もそんなに大事じゃないし~。これは~私の「優しさ」」


メアリーが話し終わったとき、タバサの横には無数の枝に突き刺されたレオンが木の中に「浮かん」でいた。





「もう一度言うね~?「無事に」帰りたかったら~お姉さんの言うこと聞いて欲しいな♪」







「彼は・・・・同じ吸血鬼じゃ・・・」


タバサは横で事切れたレオンを見ると、メアリーの方をキッと睨んだ。
しかしメアリーは手をヒラヒラとさせると「もう~シャルちゃんったら~。分かってないないなぁ~」と言った。


「あなたたちに貴族がぁ~平民から搾取するように、吸血鬼にも優劣はあるのぉ~。貴方達がなんのためらいもなく平民を殺すようにね~」


タバサはすぐに杖をメアリーに向け直す。
その時、ノエルの杖を持つ手がぴくりと動いたが、


「だめよ坊や?おいたはダ~メ」

メアリーはそう言うとノエルの首筋にあてているナイフを強く押しつけた。
ノエルの首筋から流れた血の筋がさらに広がった。

「いたずらする悪い腕は~こうしとこうか?」

メアリーは一言二言詠唱を唱えた。
するとノエルの持つ杖の周りに風が発生し、ノエルの杖を一瞬にして切り刻んだ。
ポロポロとこぼれる杖の破片を満足そうに眺めた後、メアリーはタバサの方を向き直った。


「いい?貴方達二人はこのまま家にお帰りなさい?私は追わないしなにも危害は加えないわ~それにシャルちゃん?あなたはそこのレオンを捕まえに来たんでしょ~?任務も達成できて一石二鳥ね~♪」


好き勝手言ってくれる。
タバサは奥歯を噛むと、今の状況を打開出来ない自分の非力さを呪った。


「・・・彼をどうする気?」

「ん~?そうね~屍人鬼にするのはもったいないかな~?でも素直に言うこと聞いてくれそうにないし~・・・・・・「牧場」で飼おうかしら」

「(牧場?)・・・・・断ったら?」


最後に呟いた「牧場」という言葉が気にかかったが、タバサはなるべく冷静さを装って、メアリーに問い返す。
今は出来るだけ時間を延ばす。彼女に隙が出来るまで。
メアリーはフフフと笑うと、急に表情を変えた。


「なにもない。全員殺して坊やと袋を持って帰ってそれで終わり」


その声は今までに聞いたことない、底冷えするような威圧感を伴っていた。


「別にこの坊やだって特別欲しいってわけじゃないの。シャルちゃん?あなたこう思ってない?「出来るだけ時間を延ばす。もうすぐ朝日が昇って強い光が森にも射してくる。その時隙が出来る」って」


タバサの頭からサーッと血が引いた。
考えていたことが見破られていた。
森の木に隠れて見づらいが、先ほどよりも空は明るくなっている。
このままでいれば突破口が出来ると思っていた。しかし...


「小娘が舐めるなよ。せいぜい10年ちょっとしか生きていない時間の中で、数百年生きている私に勝てると?そこのレオンやエルザのお嬢ちゃんと私が同じだと?」


先程までのおっとりとした表情はすでに無くなり、言い知れぬ雰囲気を漂わせ始めた。
メアリーは手に持っているナイフをさらにノエルに押し付けた。
ノエルの首から小さくプシュッと血が噴き出す。


「3つ数える...その間に答えられなかったら終わり。この坊やも殺して、シャルちゃんもエルザちゃんも殺して帰る。嫌なら大人しく背を向けて去りなさい」


メアリーがタバサにも聞こえるくらいの声で数え始める。
タバサはじっと黙ったまま動かない。
エルザは既に涙を流しながらこちらを見ている。
メアリーが「二つ!」と言った時、タバサは後ずさった。


「わ、分かった...私たちは」


ボトッ


何かが落ちる音が聞こえた。
一瞬、辺りが静まる。
タバサも、エルザも、メアリーでさえも地面に落ちたものに目をやった。


地面に落ちたのはナイフを持っていたメアリーの腕であった。







「え~なん...」


メアリーが何か言おうとするより早く、膝をついていたノエルが動き出した。
体を捻って最小限の動きでメアリーの方へ体を向かすと、首に向かって腕を突き立てる。
その数瞬後、メアリーの首が宙を舞った。
首は放物線を描きながらタバサの方へと飛んでいき、袋の隣にドスンと落ちた。
あっという間の出来事、圧倒的絶望な状況からの逆転、

「なぜ・・・・」


タバサには分からなかった。
杖を壊されたノエルに魔法を使える手段はなかった筈。
それなのに何故・・・


「・・・・・るな」


ノエルがゆっくりとタバサに近づいてきていた。
タバサは顔を上げてノエルを見た時、彼の腕の周りがゆがんでいることに気づいた。
恐らく風の魔法を腕に纏わせ、それで彼女の腕や首を落としたのだと思われる。
ノエルの体はぼろぼろで、切られた首の傷は致命傷ではないが、流れた血がシャツを真っ赤に染めていた。
しかしノエルはそれを気にすることなくメアリーの首に近づいていくと、


「その顔を俺に見せるな!!!!」


と叫んで首を力いっぱい蹴り上げた。
しかし首が宙を舞った瞬間、何もなかったかのようにふっと消え去ってしまった。


「「!!!!?」」


ノエルとタバサはすぐにメアリーの居た場所を振り返った。
小高くなった地面には、メアリーの体も、ノエルが落した腕も跡形もなく消え、泣きじゃくるエルザがいるだけだった。


「・・・・彼女は?」

「...偏在か・・・あるいはそれと同じような」


その時、森の中にフフフフと先程から聞きなれた声が響き渡った。


―なぁ~んだ。お姉さん一本取られちゃったよ~♪まさか坊やにそんな隠し技があるなんてね~―


タバサは杖を構えて辺りを見回す。
しかしメアリーの姿はどこにも見当たらない。


―ああ~ムリムリ。貴方達じゃ私を見つけることは出来ないわ~―

タバサとノエルはエルザの元へと掛け寄った。

―このまま貴方達を消していくのも考えたけど~坊やの頑張りに免じて今回は見逃してあげるわ。良かったねシャルちゃん♪―

「待ってっ!」

―大丈夫よ~焦らなくてもまた会えるわ~。貴方達が私を見つけたのが運命であれば、再び巡り合うのも運命。また会うのは明日か、それとも数年、数十年後?楽しみだわ~―


言葉とは裏腹に、タバサの体からは力が抜けてくるのが分かる。
頭はそれを拒否しているが、体が恐怖からの安堵を取ろうとしている。
タバサは詠唱を唱えようとしたが、それを拒むかのように膝から崩れ落ちてしまった。


―そうそう...坊やの名前は?そう言えば聞きそびれちゃってじゃない?お姉さんに教えてよ―


ノエルはしばらくの間黙っていたが、ぼそりと、口から零すかの様に答えた。


「..ノエル・ホロドモール・ド・ドニエプル」


―・・・・・ああ~♪なるほどね~♪ノエルちゃんね~♪じゃあまた会いましょうか―


その言葉を最後に、メアリーの声は森の木に吸い込まれていった。
跡に残ったのは力が抜けきって起き上がれないタバサと血だらけのノエル、そして安堵から腰が抜けたエルザが森に残っていた。
空がみるみる明るくなる。
鳥の囀りも聞こえ始め、森の中にも光がはいりこんできた。


こうして、タバサとノエルの任務は終了した。







「めでたしめでたし」モシャモシャモシャ

「いや、めでたくないから」


ガリアの王宮プチ・トロワ。
その中にある中庭のテーブルで、タバサは「ハシバミとハシバミとハシバミのサラダ(自称)」をもっさもっさと口に入れながら任務報告を行っていた。
テーブルの向かいにはイザベラが座り、サビエラ村での事を報告し終えるとハッと息を吐いた。


「し、しっかしよく生きて帰れたね!!そんな化け物と戦って生き残るなんざ、流石7号だ!」

「・・・彼の助けがなければ私は死んでいた」

「んで、その彼ってのはそこの芝生に膝抱えて縮こまって幼児に慰められている奴か?」


イザベラが目を移したその先には、文字通り膝を抱えて小さくなっているノエルと、それに抱きついてゴロゴロと転がっているエルザがいた。


「もうだもうだめもうだめもうだめ...学校をこんなに休んだら退学になっちまうドウシヨドウシヨドウシヨドウシヨ...生まれ変わりたい」

「大丈夫だよ~お兄ちゃん。エルザが付いてるから~それにお姉ちゃんも同じくらい休んでるだよ~?」

「ヒイイイイイイっ!!!!母様に殺されるうううウッ!!!」


二人の様子を見ていたイザベラは、呆れるようにタバサに尋ねた。


「なあ...あいつホントにそんな活躍したのかい?」

「彼は任務の時は学校の事を忘れていた・・・・終わった瞬間、単位と出席日数を気にし出した途端、ああなった」モシャモシャ

「いやいや...どんだけ心が弱いんだいあいつは」


タバサは傍に立っている使用人に、ハシバミサラダの追加を求めた。
彼女の横に積まれた皿を見て、何処に入っているのかなぁとぼんやり考えながら、自分の隣に立っていたメイドに声を掛けた。


「おい。あれを」

「はい」


メイドはイザベラの手にそっと金貨の入った袋を置くと、テーブルから立ち上がったイザベラは地べたを転がっているノエルに向かって思い切り投げた。
袋は丁度ノエルの頭に当たり、「アダパッ!」と変な声を出して止まった。


「なななん、何すんだよぉぉ!!?」

「成功報酬だよ!アンタとそこにいる娘がコイツを随分助けたんだろ!?私の人形が世話になったんだ。ちゃんと礼はしとかないとだな...とにかく貰っとけ!!」


イザベラはフンと鼻を鳴らすと、ぐったりとしているノエルを無視してドカっと椅子に座った。
それを見ていたタバサはフォークにハシバミ草を指しながらイザベラを見る。


「...なんだい?なにか言いたいことでもあんのかい?」

「・・・感謝する」モシャモシャモシャ

「んなっ!!!?」


急にタバサにお礼を言われ、イザベラはカ~ッと顔を赤らめた。
何かを言おうとしているのだが、「あうああうあう」と口を動かすだけで、何も言えない。
その後、イザベラが再起動したのはタバサがハシバミサラダを完食した後であった。


「あうああうああうあうあ~っっっ!!ふん!アンタに礼を言われる筋合いはないよ!!それより!!次はまた過酷な任務を与えてやるから覚悟するんだね!!」

「正直勘弁...ムシャムシャゴクン私の代わりにあの二人を起用することを推奨する」

「なんでアンタ抜き!?」





その後しばらくして、タバサ達は久々の学院へと戻ることになった。


「なぁ...タバサよぉ~無断で学校休んで...大丈夫かな」

「・・・・それは知らない」






彼らが出会ったのが運命であれば
彼女に出会ったのもまた運命である
そしてまた巡り合うのも...





タバサ編一時終了



[21602] 45話 使い魔サイトの日常、使い魔レミアの憂鬱
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2011/07/24 01:55

ルイズはベッドの中で夢を見ていた。
トリステイン学院から3日ほどの距離にある彼女の故郷、ラ・ヴァリエール領の屋敷の中庭で、幼い姿に戻った彼女は、母の説教から逃げ回っていた。

「ルイズ、ルイズ、ルイズ!何処へ行ったの?まだお説教は終わっていませんよ!!」

屋敷の方から母の声が聞こえてくる。
その声よりもさらに近くから、自分を探しに来た召使たちの話し声も耳に届いてきたので、ルイズはその場を離れようと、今いた植込みの中を抜けて、動き始めた。


「ルイズお嬢様は難儀だねえ」

「まったくだ、上の2人のお嬢様は魔法があんなにおできになるというのに」


中庭を探している召使たちの陰口が聞こえてきた。
悲しさと、悔しさで、ルイズの目には知らず知らずの内に涙が滲んできた。
いつの頃からか、周囲の人から陰口を囁かれるようになった。しかし、ルイズにはそのことよりも、家族からの目線が辛かった。
二人の姉が既に魔法を使えるようになった歳になっても、ルイズの魔法はいつも失敗ばかりしていた。
途端に周囲の目線が辛くなったことを幼心に感じ取ったルイズは、母に怒られながらも、人一倍魔法の練習をしてきたつもりだった。
しかし結果はいつも同じ、爆発の音と煙幕が目の前に残るだけであった。

それでも家族はルイズに優しく接していた。
父は魔法を使えないルイズも二人の姉と同様に愛を注いでくれ、上の二人の姉も、違いはあれどルイズが魔法を使えるよう見守っていてくれた。
そして今も遠くから声が聞こえてくるルイズの母も、魔法が使えないルイズを叱れど、朝から夜遅くまで熱心に彼女の魔法の指導をしてくれていたのだった。
そんな家族の気持ちに応えることが出来ない自分に、ルイズは耐えられなかった。
そうして、いつの間にか屋敷を抜け出して、一人になることが多くなっていた。

ルイズは歯噛みしながらいつもの場所に向かう。
そこは彼女の唯一安心出来る場所、『秘密の場所』と呼ぶ中庭の池である。
あまり人が寄りつかない、うらぶれた中庭。
池の周りには季節の花が咲き乱れ、小鳥が集う石のアーチとベンチがあった。
池の真ん中には小さな島があり、そこには白い石で造られた東屋が建っている。
その小さな島のほとりに小船が一艘浮いていた。船遊びを楽しむ為の小船も、今は使われていない 。
そんなわけで、この忘れられた中庭の島のほとりにある小船を気に留めるのは、今はルイズ以外に誰もいない。
ルイズは母に叱られると、決まってこの中庭の池に逃げ込んでいた。
小舟の中に予め用意してあった毛布に潜り込み、水面の揺れにゆったりと身を任せていると…
どこから現れたのか、一人のマントを羽織った立派な青年の貴族が現れた。
年は大体十代後半、夢の中のルイズは六、七歳であるから、十ばかり年上だろうと感じる。


「泣いているのかい?ルイズ」


つばの広い帽子に隠されていて顔は見えない。毛布からちょこっと顔を出すと、ルイズは羽つき帽子に顔を隠した青年に目を向けた。


「今日は君のお父上に呼ばれたのさ。あの話のことでね」


青年はルイズが顔を出したのを見ると、自分が屋敷に来た理由を話し始めた。
この頃、晩餐会を共にすることが多く、父と彼との間でなにか約束を交わしていたらしい。
帽子の下の顔がニッコリと笑うと、スッと手を差し伸べてきた。


「ミ・レィディ。手を貸してあげよう。ほら、つかまって。もうじきパーティが始まるよ」

「・・・」

「また怒られたんだね? 安心しなさい。ぼくからお父上にとりなしてあげよう」


青年の手は、ルイズの前に出されたまま止まった。大きく、優しそうな手である。
しかし、夢の中のルイズは顔は出せども、一向に毛布から出ようとしなかった。
青年を見る顔も、どこかいぶかしげである。
そんな様子を不思議に思ったのか、貴族の青年はもう一度ルイズに話しかけてきた。


「どうしたんだいルイズ?恐がらなくても大丈夫だよ。僕がルイズの事を守ってあげるから…」


優しく喋りかけてくる青年に、ルイズは意を決したように毛布から這い出してくると、夢の中で、初めて口を開いた。


「あの・・・・」

「ん?」

「どなたでしょうか?」


夢の中であるが、ルイズはその場の空気が沈んだのを感じた。


「ハッ!?」


ルイズがベッドから勢いよく飛び起きた。あたりを見渡せば、そこは見慣れた寮の自室だった 。
窓から差し込んでくる筈の朝日はなく、部屋の中はまだ薄暗かった。
しばらくぼんやりとしていたルイズであったが、不意に何か思い出したのか、バッと体にかけてあった毛布を払うと、今まで自分が寝ていた場所に手をあててなぞり始めた。
少し経った後で、ルイズはほぉ~っとため息を吐くと、ぼそりと呟いた。


「良かった・・・『漏らして』ないようね」


ルイズは安心したのか、そのままドサリとベッドに倒れた。
今朝見た夢を思い返すと、屋敷の中庭にある池が鮮明に思い返される。


(ああいう夢の時って、偶にやっちゃってる時あるのよね~こんなのバカ犬やキュルケなんかに知られたら…)


ベッドにゆったりと体を預けながら、ぼんやりと、先ほどまで見ていた夢を思いかえす。
あの夢に出てきた青年の顔と名前を思い出そうとまだ重たい頭を使って考えるが、霞がかかったようにまるで口から出てこなかった。


(誰だったけ?なんかあの頃ちょくちょく屋敷に来てたけど~なんかいっつも同じ帽子ばかり被ってきてたから…それは出てくるんだけど…顔がなんか思い出せないわ)


しかし、ルイズとしてはあまり重要に考えていなかった。
夢の中の青年が屋敷に来ていたのは10年も前の事である。
しかも自分は当時6歳なのだ。いくら人付き合いが大事な貴族だからといって、10年も会っていない人の顔と名前を覚えていられるだろうか?

否、不可能だ。

無理である。

そもそも覚えていたら自分でも若干ヒく。

そう自分に言い聞かせると、ルイズはベッドの上をゴロゴロと転がりながら隣に置かれた藁にいる筈のサイトの方に目を向けた。


「サイ・・・ト?」


ルイズは再びベッドからはね起きた。昨夜は藁の上で寝ていたサイトが、今はその場にいなかった。
良く見ると、壁に立てかけていたデルフリンガーもない。


「え…ちょ、何処にいったのよアイツ…」


辺りをキョロキョロと見回すが、薄暗い部屋の中には何処にも使い魔の姿は見えない。
早朝特有の静けさが、ルイズの心を急に不安にさせる。
心配になったルイズはサイトを探そうと、ベッドから出ようとした時、窓の外から少年の声が聞こえてきた。








朝霧が漂う学院の庭、それを払うかのようにサイトは地面を蹴った、そして手に持った剣を目の前に立つ少年に向かって振りかぶる。


「オリャァッ!!」


振り下ろされた剣は少年の頭を捉える・・・・筈であったが、少年はわずかに体を横に移動すると、サイトの剣は空しく少年の横を通過していく。
それと同時に、サイトの喉に衝撃が走った。
少年はサイトの喉仏に掌ていを当て、そのまま首に腕をかけると、同時に足を引っ掛けてサイトを地面に倒した。
背中から地面に叩きつけられた衝撃で、サイトの口から強制的に息が吐かれる。

「ガハッ!!」

「次はサイト君が受ける番だよ」


少年はサイトの襟首を掴んで無理やり立たせると、すぐに2,3メイル距離を離して構えた。
息を整える暇もなく、サイトも慌てて剣を中段に構えて少年の攻撃に備える。
パーカーは来ておらず、朝の冷たい空気が火照る体を冷やしていく。
サイトは目の前に立つ少年をジッと見ながら、すぐに対応できるようつま先に体重をかけていく。
息を整えようと大きく息を吸って吐いた...次の瞬間、
急に少年の体が大きくなり、剣を持っている両手首を掴まれたと思った後には、サイトの体は再び地面へと向かった。
両手首を固定されながら倒され、何とか起き上がろうとサイトが上体に力を入れると、鈍い風切り音と共に、サイトの顔のすぐ横に足が刺さっていた。
一瞬、心臓と息が止まったサイトに、手首を掴んでいる少年は二カッとサイトに笑いかけた。


「ほい、まだまだ勉強不足だべサイト君。もうちっと頑張らねぇと」


紅い髪の少年、ジョルジュはサイトをゆっくりと起き上がらせると、サイトの背中に着いた埃を払いながら言った。





フーケの捜索と舞踏会から10日程。
サイトはルイズの寝ている早朝から、ジョルジュに訓練を受けていた。
舞踏会の後、サイトは改めて魔法の恐ろしさを知った。

もしこの先、ジョルジュみたいなメイジが味方ならいいが、敵としてやってくれば...

そう考えた彼の頭の中に、桃色髪のご主人様が浮かんで来たのだった。
考えたらすぐ行動。
舞踏会が終わった翌日からサイトの訓練が始まったのだ。

ランニングから腕立て伏せ、腹筋などの筋トレに始まり、デルフリンガーの素振り。
そんな様子を初日に見つけ、手合わせを提案してきたのがジョルジュであった。
サイトは喜んでそれを受けた。それからというもの、ジョルジュが花壇の手入れを終えた後、二人での組手が行われるようになった。

サイトが組手の時に使うのは、ジョルジュが作ってくれた木剣、「剣」というよりは修学旅行で買えるような形をしているので「木刀」と言った方がいいかもしれない。
対してジョルジュの方は杖もなければ何も持っていない素手。しかし、サイトにはそれでも十分脅威である。
ジョルジュは体は少年だが、サイトの世界ではかつての師である与作、通称「人斬りヨサク」の相棒「血まみれゴサク」であったのだ。(こっちの世界でも「血まみれ」と呼ばれているらしいし)
そんなジョルジュから見れば、剣を持ったサイトなどトラン○スから剣を受け取ったコ○ド大王に等しい。
そうして特訓が始まってから10日目、今だにジョルジュから一本を取れないサイトであった。



「剣術じゃない?与作先生が?」


手合わせを終えた後、サイトはデルフリンガーを振りながら花壇に水をやるジョルジュに聞き返した。
話題は二人の共通の知り合いである、よっちゃんこと「森永与作」の事である。
ジョルジュは花壇に咲く花をジッと見ていた。咲き具合をチェックしている様で、隣に動いてまた花壇の花を観察するように見る。


「そうだよ。よっちゃんから剣術学んだって言うけど...元々よっちゃんって剣術どころか剣道すら習ってないだよ」

「だけど、与作先生の道場には『森永流剣術』って・・・・」

「それ...たぶん嘘だよ。だってオラと一緒にいたころは「斧」使ってたもん」

「斧ぉ!!?」


余りの事実にサイトの体に衝撃が走る。

斧ってドラクエに出てくる!?というよりもあっちの世界で、実際斧なんか持ってる人っているのだろうか?


「あの頃はオラもよっちゃんも若くてなぁ~。どっかの学校に出入りする時はオラもメリケンサックなんか持って行ったんだけど、よっちゃんなんかは家にある斧を持って...」

「いやいやジョルジュさん...若気の至りで斧持つ人はいないです」

「あの頃のよっちゃんの口癖は『切れれば何でもイイ』だったからなぁ...実家が樵の家系だからかなぁ?」

「樵だからじゃないですよッ!!普通に危ない人じゃないですか!!?」


サイトは道場で稽古をしていたあの頃を思い返す。確かにあの人が教えてくれたのは
「敵に対して思い切り振り下ろせ」や「相手の武器毎叩き切れ」やはては「相手の攻撃など無視しろ」など、およそ剣術とは思えないモノばかりであった。
おかげで度胸はある程度付いたが...危うく自分も危ない人になるところだった。
サイトは背中がぞーっと冷たくなるのを感じていると、作業を終えたのか、ジョルジュが周りに置いてある道具を片づけると、スッと立ち上がった。


「んじゃぁ、オラはこれで行くけんど...サイト君は?」

「あ、オレももう少ししたら洗濯に行くんで...」

「そっか。じゃあ、まただよ」


ジョルジュは手を上げてると、肩に道具を担いで男子寮へと歩いて行った。
その背中を見送るサイトの手元から、デルフリンガーの声が聞こえてきた。


「相棒もえっらい奴に教えてもらってたんだなぁ」

「まあ、悪い人じゃ無かったよ」


サイトは乾いた声でデルフに答えた。
そうこうしている内に大分時間も経った様で、まだ朝早いとはいえ、先ほどまで漂っていた朝霧も消え、外の空気も暖かくなっている。
サイトは部屋に戻り、ルイズに言われた洗濯物を取りに行こうと、デルフリンガーを鞘に入れた。
その時、上空を何かが通り過ぎた音が聞こえ、サイトは顔を上げた。
頭上には既に何もいなかったが、少し離れた空に、馴染みのある蒼い羽が羽ばたいていた。






サイトとジョルジュが朝早く動いているのと同じく、人でなくとも朝早くから動き回るモノも多数いた。

二人がいる庭の丁度反対側に位置する場所に、使い魔のための小屋が建てられている。
通常、使い魔は召喚主である学生の部屋で生活を共にするのであるが、ドラゴンや馬、ゴーレムのような大型の使い魔は部屋に入ることが難しいため、学院内に建てられた、この使い魔専用の小屋で寝ていた。
小屋といってもその大きさは学院で働く給仕達の仕事場と同じくらいの大きさであり、学院の学生たちの使い魔がこの場所で生活しているため、小屋の中には大型の使い魔が数多く生活している。

そんな小屋の前で、春に召喚された時よりも大きくなったノエルの使い魔、レミアは暴れていた。


『チクショーッ!!あの雌豚吸血鬼めーッ!!私のノエル様をタブらしやがってーッ!!!』


大きな体を地面に叩きつけ、まるで陸に上がった魚のようにビッタンビッタン地面の上で跳ねている。
これだけ小屋の前で暴れていれば一匹くらい使い魔が起きてきそうだが、皆睡眠の方が大事なのか、それとも慣れているのか、小屋の中の使い魔は気持ちよさそうに寝息を立てている。
ズシンズシンと地面を揺らすレミアを遠目で見ながら、サラマンダーのフレイムはレミアに火の粉を飛ばした。


『ちょっと、レミア静かにしろよ!!先輩方起こしたらどうするんだ!?』

『ウェ?その声は、フレイム!フレイムか!!遅いよこのトカゲ野郎!!』

『なんだよ?呼ばれてきたのに酷くねぇ!?』

―フレイムさん、あなたの言い方も悪いですよ―

『えーっなにこれ?なんでオイラ朝から責められてんの?』


フレイムは横からルーナに注意を受けると、口をあんぐりと開けると、くりっとした黒眼で、悲しそうにルーナを見上げた。
そのフレイムの視界に、バッサバッサと羽の音と共に、青色の巨体が飛び込んできた。
今年召喚されてきた「時」には最も体が大きかった風韻竜、シルフィードである。
シルフィードは少し離れた場所に降りると、ドスドスと二匹の元へと掛け寄ってきた。


『きゅいきゅいーッルーナちゃんにフレイムもおはようなのねーっ!』

『だからウルセーって!!なんでこう、デッカイ奴は朝から騒がしいんだよ』

『きゅい、フレイム酷いのね!!とてもお姉様の親友の使い魔とは思えないのね!!』

―フレイムさん、言って良いことと悪い事がありますよ―

『ちくしょう!!今朝は何言ってもオイラが悪者だよ』


フレイムの目から涙が出そうになった時、レミアがズリズリと体を這わせながら3匹の元へと寄ってきた。


『来たかいシルフィード...一番重要な奴が来てくれたよ』


舌を出しながら近づいてくるレミアを見ながら、フレイムはクェェと低い声で鳴いてレミアを見上げた。

『まあ、お前が昨日「明日の朝ちょっと来い!!」って呼んだんだけどな』

それに続いてシルフィードもキュイキュイと鳴くと、首を上の方へ動かしてレミアを見上げた。

『きゅいきゅい、そう言うことね!!それで相談したい事があるからって、シルフィは必ず来いって言ってたのね!!』

最後にルーナが顎に手を当てながら、目の前で止まったレミアを見上げたのだが、彼女の視界には顔が映らなかった。

―そうですね...しかし、なんというかレミアさん...ここ数日間で大分...―

『『『大きくなった(な)(のね)(ようですね)』』』


ノエルの使い魔レミア、その体は召喚の儀式の時と比べ、シルフィードが見上げる程までに巨大化していたのであった。


『あの新入りの所為だよ!!』


そう叫んだレミアの目には、「嫉妬」という感情が蠢いていた。







『キュイーッ!?私のせいなのぉ!?』

『そうさぁ!!元々はアンタがあの吸血鬼の小娘を連れてきたんだろっ!』


シルフィードは辺りを気にせずに大きな声で鳴いた。
空気がビリビリと震え、傍にいたフレイムはクェェと鳴いて顔をしかめた。
しかしそんなことは関係なく、レミアはすっかりと太くなった自分の体をとぐろ状に巻いていくと、近くにある校舎の二階程にまで顔が届いた。
フリッグの舞踏会の時はそこまで大きくなかったのだが、彼の主人であるノエルが居なくなった翌日から、見る見るうちに大きくなった。
それはノエルが戻ってきた後も、収まるどころかさらに巨大化してしまった。
レミアは舌をチロチロと動かすと、首をフルフルと振りながら、悲しそうに話し始めた。


『あの小娘がやってくるまで、私は幸せだった...そりゃ、召喚された時は不安だった。思わずご主人様を...ノエル様を締め付けて飲み込んだりもしてしまった』

『その時点でお前の主人的には不幸な気がするんだけど...』

『黙れ小僧!!』


口を挟んできたフレイムに、レミアは牙の先端付近からピュッと液体を飛ばした。
フレイムはそれを体をよじってかわしたが、液体が地面に着いた瞬間、ジュアアッと音と煙を立てる。

『危な!毒飛ばしてくるなよ!!』

フレイムの抗議は無視し、レミアはシューシューと音を立てながら話を戻した。


『でも、ノエル様は...あの人はまだ小さかった私を大事にしてくれた。自然の厳しい世界で生きてきた私にはそれがホント、心に浸みたわ』

『きゅいきゅい...ルーナちゃん、レミアちゃん何歳なのね?』


シルフィードは、レミアに聞こえないように、横にいるルーナに尋ねてみた。


―そうですね、私たちのようなモノはそういう概念が薄いのですし、それぞれ個体差があるのでどうも言えませんが...人間で言うと大体2○歳...―

『きゅいー!!?もうおばさんなのね!「ちゃん」づけなんてしちゃいけなかったのね!』


思わず声を上げてしまったシルフィにギラリとレミアの視線が突き刺さる。
シルフィもそれに気づいて、しまったとばかりに口を開けて、だらだらと汗を流していた。


『シルフィード、アンタなんか言ったかい?』

『え?シルフィは何にも言ってないよ?フレイムが言ったんじゃないかしら?ルールルー♪』

『おいシルフィード!なんでオイラに振るんだよ!?確実にお前喋ってたろい!』

『フレイムううぅ!!』シャーッ!!

『鵜呑みかこの蛇は!』クエェーッ!

レミアとフレイムは互いに威嚇するように口を開けて鳴いた後、再びレミアはノエルとの思い出を語り始めた。


『幸せな日々が続いたわ...多くを語らないノエル様だけど、あの人の傍にいるだけで私の心は安らいだ...あの人が私の中にいるだけで、幸せな気持ちでいっぱいだった』

(蛇の中に入り込む時点でまともな人間じゃねぇだろ...)


『それなのにッ...!あの人間達の舞踏会が終わった翌日、ノエル様は私の傍から姿を消してしまった!!』


レミアは高く上げていた頭をシルフィードの方に動かすと、ほんの数サントの距離で、シルフィードの前で止めた。
無言でなにも言ってこないが、「お前が連れて行ったからな!」と目で訴えてくるその雰囲気に、シルフィードは竜なのに固まってしまった。
きゅいいっと鳴くシルフィードを見て、レミアは舌でチロチロとシルフィードの鼻先を舐め、頭を上に戻すと、今度は目からポロポロと涙を流し始めた。


『辛かった...ッ!私の愛するノエル様が急にいなくなり、私は、私はノエル様がいないか辺りを探し始めた。何日も何日も、私は学院の外に出てあの人を探した』

―それで、遭遇したモノを飲み込んで、そこまで大きくなったと―

『私の道を邪魔するモノは容赦しなかったのよ!草原で襲ってくる狼を飲み込んで、川で水を飲んでいた鹿も飲み込んで、森で遭遇したオーク鬼を飲み込んだ。
だけどいくらお腹を満たそうとしても、私の心は満たされなかった』

(そんなに喰ってたらそりゃ太るわな)

『一週間経って、私は学院に戻ってきた。そしたらノエル様が戻って来ているじゃない!嬉しかった...御無事でホント嬉しかった...あんの吸血鬼がいなければなッ!!』


レミアは先ほどまでやっていた様に、頭を地面にビッタンビッタンと叩きつけながらシャーッと鳴き声を上げた。
これがレミアのものすごく怒っている様子らしく、彼女の頭が地面を叩く度、辺りの木々を揺らして、その牙から毒液を垂らした。
周りにいた3匹は、慌ててその場を離れる。


『あんの泥棒吸血鬼がぁーッッ!!ノエル様の膝に乗りながら「私エルザ!よろしくね」って、ヨロシクじゃねぇんだよ!!ノエル様の体はなぁ、頭の先からつま先まで神聖なものなんだよ!お前みたいな吸血鬼がノエル様の体に触れること自体駄目なんだよ!!それをつけ上がって「一緒に寝よお兄ちゃん?」ざっけんな!!ノエル様のベッドはなぁ、召喚された時からレミアの中って歴史の本に書かれてるんだぁーッ!!』

『おおお落ち着けってレミア!辺りが毒液で溶けて...やっば、尻尾にかかっちまった!』

『きゅいきゅいッ!落ち着くのねレミアちゃ...姉様?辺りが煙で凄いことになってるのね!』

『あ、ルーナの奴地面に潜り込みやがった!!』

しばらくの間、レミアは毒液を飛ばしながら地面に頭を叩いていた。
小屋の使い魔達もその音で起きていたのだが、どの使い魔もわざわざ厄介なコアトルなど相手にしたくもなく、はやく静まるのを願って寝床で目を閉じたのであった。







レミアの暴走から数分後、辺りは毒液の所為で煙がアチコチ上り、木の枝や草の端が溶け、校舎の壁は少しへこんでいる箇所もある。
レミアはぐったりと地面に体を伸ばし、前にいる3匹の使い魔を尻目にポロポロと涙を流していた。


『ううう...あの小娘が来てから、私の体はストレスの所為かさらに大きくなったわ...もうノエル様の部屋に入るのも無理。私はあの小娘がノエル様にくっついているのを窓の外からしか見れないの...うううううっ!!!』


ルーナとシルフィード、そしてフレイムは互いに顔を見合せた。
性格が偏っている蛇ではあるが、主人を慕う気持ちは同期の中では1,2を争うだろう。(シルフィードは自分だと思っているが、それを今言うほど馬鹿じゃない)


『きゅいきゅいぃ、ルーナちゃん、なんとかならないかしら?なんだかレミア姉様が不憫なのね』

シルフィードはルーナに聞くが、ルーナは困った表情を浮かべた。

―そうは言ってもですね...別段、ノエル様がレミアさんをないがしろにしているわけでもありませんし、それにノエル様も事情があってエルザさんを連れて来たようですが、使い魔というわけでもありませんから、考えすぎのような気がするのですが・・・―


ルーナの声を聞いていたのか、レミアはぐったりとしていた頭をブンブンと横に振った。


『「使い魔」としてじゃなくて「パートナー」としてノエル様の一番でいたいんだ!ふえええぇぇ・・・』

レミアの言葉に、ルーナもシルフィードも見せたことのないような苦い表情を浮かべる。
その足元にいるフレイムは、小さく火を吐くと、全く空気の読めていないセリフも吐いた。


『おいおいオイラ達は使い魔だぜ?そんなの無理に決まって...』

『シャァッ!!』


フレイムが最後まで言い切る前に、レミアは口を開いてフレイムの体を半分、口の中に入れてしまった。
ジタバタと口の中で暴れるフレイムであるが、ガッチリと閉じたレミアの口からは逃げられない。「クエエエッ~」という鳴き声がどこからか漏れてくる。

『やれやれフレイム氏、やはり貴方はレディへの心配りがなっていませんよ』


ルーナ達の足下から、「ゲコゲコ」という鳴き声と共に声が聞こえてきた。
ルーナがジッと地面を見ていると、草の間と間の地面に、黄色い肌をしたカエルがちょこんと座っていた。
それはトリステイン学院の使い魔の中で最も礼儀正しいカエル、モンモランシーの使い魔のロビンであった。


―ロビンさん?いつの間にそこにいらしたのですか?―

『いやはやルーナ嬢、ここには先程着いたばかりでして、なにやらお困りの様子でしたので来させていただきました。すみませんがルーナ嬢、お手を貸してはくれませんか?』


ルーナはクスリとほほ笑み、-ええ、どうぞ-と、地面近くに手を差し出した。
それを見たロビンは体を少し縮ませると、勢いよく飛びあがり、ルーナの薄緑色の指の先に、ちょこんと着陸した。
突然の乱入者に、レミアは既にぐったりとしていたフレイムを吐き出すと、ルーナの指先をジロリと睨んだ。


『なんだい...ロビン、アンタ、そこのシルフィードに潰されたって聞いたけど、生きてたのかい?』

レミアの言葉に、シルフィードはバツが悪そうに喉を鳴らした。
それをかばうかのように、ルーナの指で喉を膨らましながらロビンは一度大きく鳴くと、いかにも誇らしげに語り始めた。


『いやいや...私も見くびられたものですな。私をそんじょそこらのカエルと一緒にしないで頂きたいですなレミア嬢、私の家系は代々、貴族や戦士に仕えてきた由緒正しき一族なのですよ。特に私の曽祖父に当たりますかね、23代目当主の「ピョォンキッチ」は、当時の主人の衣服に同化し、悪の根源であった魔人、「ゴリラーイモ」を倒したと伝えられているのです。そんな素晴らしい血統を受け継ぐ私が、竜だからといってレディに潰されてしまうわけがありません。だから...』

『だから長えんだよ!別にお前の先祖の話は聞いてねぇって!!』


レミアに吐かれた後、地面に突っ伏したままのフレイムであったが、ロビンの長い話に思わず体を起こしてツッコンだ。
大きい口の中に閉じ込められていた所為か、顔にはねっとりとした液体が付いていた。
気持ち良く語っていたのを止められ、不満そうに喉を鳴らすロビンであったが、ルーナの手の平をちょこちょこと動き回ると、レミアの顔が見えるところまで移動した。


『大丈夫ですよレミア嬢、あなたのご主人であるノエル殿の気をあなたに向けさせる、とっておきの方法があります』

聞いた瞬間、レミアはカッと目を開き、地面に伏せてた顔を素早くロビンの所まで上げた。


『ほ、ほほホントかい!?どうしたらノエル様をあの吸血鬼娘から取り返せるんだい!!』


舌を出しながら興奮気味にまくしたててくるが、ロビンは「落ち着いてレミア嬢」と言葉を挟んだ。


『簡単なことですよレミア嬢、貴方がこの学院の中で一番素晴らしい使い魔だと、名実共に示せば良いのです。「メイジの力量は使い魔で決まる」、まさにそれを示す格好のイベントがあるではないですか!』

『おい、それって...まさか』


フレイムの言葉に、ロビンは正解と言わんばかりに口に端を上げた。


『そう、使い魔品評会です!!』



[21602] 46話 自覚がないのが一番タチが悪い
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:26745e70
Date: 2011/08/11 21:18

使い魔品評会といえば、毎年学院で行われる恒例行事の一つである。
簡単に言えばその年に召喚された使い魔を公式の場で見せ合う、言わばお披露目会のようなものなのであるが、その規模は何故か大きい。
学院の生徒、教師陣は勿論であるが、国のお偉方もやってくるこの行事は、2年生の生徒達にとっては、その年活最大のイベントと言っても良いぐらいなのである。
召喚された使い魔がどれほどなのかと使い魔を見るだけではなく、召喚後の短期間にどれだけ使い魔と親しくなれたのかも見られるという、メイジ本人としての力量も見られるのだ。
そのため生徒は品評会のために色々と準備をするのだが、生徒によっては召喚した後から準備をしている強者もいるくらいだ。

なんせ使い魔とメイジとしての力量が試されるこの品評会、もちろんその中で優勝でもすれば大変な名誉であるし、過去にはこの品評会で魔法衛士隊にスカウトされた生徒もいるのだから、いかにこの品評会に力が入っているかが分かる。
しかも今年はあのアンリエッタ姫がやってくるということで、学生たちのテンションは例年以上になっていた。

そんな大々的な行事も既に開始まで秒読みの段階、朝の教室でも品評会の話で持ち切りなのだがその中で一人、机に突っ伏している少女がいた。
その少女の名はルイズ。彼女はワイワイと騒いでいる教室の空気と反比例して、落ち込んでいた。
原因はいうもなし、使い魔品評会の事であった。


(どうしよう...もうすぐ品評会じゃない...)


もちろんルイズも品評会の事は頭にあった。
しかし、使い魔であるサイトがギーシュと決闘し、フーケの捜索に参加したりと、慌ただしい日々を過ごしている内にすっかり忘れてしまっていた。

いや、忘れようとしていた。


(姫様の前で...どう発表すればいいのよッ!!?)


ルイズの悩みは彼女の使い魔、サイトの事であった。
ギーシュとの決闘以降、学院の中でサイトの名は結構広まっている。
「貴族に勝った平民」として学生の間ではちょっとした話題になっており、使用人たちの間では「我らが剣」と言われて英雄扱いされている程だ。
しかし、品評会は学院の人間だけではなく国のお偉方が見に来るのだ。
いくらサイトが使い魔でも、そんな大事な場所でサイトを上がらせて、
『これが私の使い魔、平民のサイトですわ!!オホホホホッ!!』
なんて言えるだろうか?否、言えない。絶対冷やかな目で見られるか、笑われるだろう。
人一倍、人目を気にする彼女としては当然気が進むはずもない。
特に今度の品評会では『あの』姫様がいるのだ。ルイズの気持ちはさらに落ち込んできた。
なにか一つでも自慢できるものか、芸でも出来れば少しはマシなのだけれども、


(サイトって何か出来たっけ...少し剣が出来て...あ、あと最近下着洗うの上手くなったて言ってたわね)


そう言えばサイト、使い魔になってから下着の洗濯が上達したと先日話していた。
何でもシルクの下着はもうお手の物だとか。それならば...
『これが私の使い魔、平民のサイトです!!特技は下着洗いですわッ!オホホホホッ!!』

先程よりも重たく感じる頭を、ルイズはさらに机に押し付けた。
なんでわざわざそっちを言う?「剣が使える」方が何十倍もいいのになんで「下着上手に洗える」のを全面的に押し出したのか。
自分への恥ずかしさと馬鹿さに、このまま机になれればいいのにと考えていたが、その時、ふと横から声をかけられた。


「ちょっとルイズ、何うつむいてるのよ。朝から元気ないじゃない」

その声にルイズはぴこっと耳を動かして顔を上げた。
いつの間に教室に入って来たのか、モンモランシーがルイズのすぐ横から、慈しみに満ちた目をこちらに向けている。
彼女のシンボルでもある金髪の縦ロールは軽く揺れながらキラキラと光り、ふんわりとミントの香りが漂ってくる。おそらく新しく作った香水なのだろう。今まで嗅いだ事のない匂いだ。


「ほっといてよモンモランシー。今、考え中なの」

「考え中って...どうせ品評会のことでしょ?ルイズったら考えすぎよ。只、使い魔を紹介すればいいだけじゃない」

「私の使い魔はその紹介だけでも大変なのよ...」


普通に紹介出来る使い魔ならこんなに悩まない。
モンモランシーの使い魔はルイズの嫌いなカエルだから別段羨ましくないが、上機嫌に話してくる彼女にルイズは軽くイラついてきた。

モンランシーは自覚がないだろうが、舞踏会以降、ルイズはおろか教室の女生徒にとって、彼女はかな~りいやな存在と化している。
別にイジメをしているとか、誰かの悪口を言っているわけではない。彼女自身は普通に振る舞っていると思っているのだが...


早く授業が始まらないかと、ルイズはなんともなしにモンランシーを挟んだ隣の方へと目をやったが、いつもなら隣にいる筈のジョルジュがいない。
思わずモンランシーにジョルジュのことを尋ねそうになったが、声を出かかったその瞬間、口から声が出る前にルイズ自身の手がそれを塞いだ。


(あ、危なかったわ~)


ルイズの背中につーっと汗が流れたのなど知らず、モンランシーは左の薬指につけた指輪を見て顔を綻ばしている。
そう、彼女に「ジョルジュ」、「指輪」、「舞踏会」なんかのフレーズは今の学院では御法度なのである。



その理由は、彼女の左薬指に光る小さな指輪であった。







舞踏会以降、モンモランシーは左の薬指に指輪を常に付けていた。
宝石ではなく、蔓と花で作られた変わった指輪であるが、彼女を知る者にはその送り主は言わずとも分かる。
指輪の話題は当然、教室の中で一気に広まった。
一度、教室の女子が集まってそのことを問いただした時、モンモランシーは指輪を嬉しそうに見つめながら、


『これ?この指輪ね...舞踏会の日に、ジョ、ジョルジュから貰ったの』


そして、その後に顔を真っ赤にしながらプロポーズに近いセリフを言われたことを話すと、女子のテンションは最高潮になった。
愛する人に舞踏会で指輪をもらう。
それでプロポーズ&一緒にダンスなど、勝ち組以外の何者でもないではないか。
モンモランシーはそのことを嬉しそうに女生徒達に話し、その後ののろけ話も当初は皆、黄色い声と暖かい目で聞いていたのだ。


いいなぁ!

羨ましい!

私もあの人に言われたいわ!

死ねばいいのに!



ルイズも最初のうちはとても羨ましかった。
そりゃ、ルイズも17歳の立派な乙女なのだ。
そんなロマンチックなシチュエーションで指輪をもらってそんなこと言われたいと思う。

しかし、人の幸せというのは2日も続けば「幸せボケ」となり、それ以上続けば「幸せバカ」となることを、教室の生徒達は知ることになる。
舞踏会から数日経っても、モンモランシーののろけ話は決して止むことはなかった。
少しでも指輪かジョルジュの事を口に出せば、昨夜二人で夜の散歩をしたとか、香水の材料を探しに森の泉に行って来たとか、髪を梳かしてもらったとか、そんな話を幸せそうな顔で休みなしに聞かされるのだ。
本人は幸せいっぱいなのだろうが、聞いてる方としては溜まったものではない。
唯でさえ、モンモランシーとジョルジュは二人でいることが多い。以前はモンモランシーも人前では自重していた様に見られていたが、ここ最近は教室だろうが食堂だろうが人目を気にせずにジョルジュにべったりとするようになった。しかも、ジョルジュの方は自覚なく彼女に応えるから余計にタチが悪い。

今まで『トリステイン学院 恋人の会』では、モンモランシーとジョルジュの二人は「ベストカップル」として認定されていたが、(かつてはギーシュやマリコルヌなんかがそれに異議を唱えていたが、無視された)それがここ最近のモンモランシーののろけ具合に、遂に3代目会長のキュルケは『スクエア級のバカップル』の称号を密かに送ったのであった。(男は勿論、女性から見ても「死んでくれ」と思えるレベル)

そんなモンモランシーは今日も絶好調である。


「ジョルジュ、朝からオールド・オスマンに呼ばれたのよ。一体何があったのかしら」

(聞いてない、別に聞いてないわよモンモランシー...)

ルイズは心の中でツッコむが、モンモランシーが次に何か言う前に、ルイズは口を挟んだ。


「そういえばモンモランシーぃ?さっき品評会の事言ってたけど、アナタこそ準備してるの?」

「私?そうねぇ...まあ、無難に行くつもりよ。ロビンの事悪く言うわけじゃないけど、やっぱり他の人のを見ると、賞なんて狙えそうにないもの...」

そう言うと、モンモランシーはチラッとキュルケとタバサの座る席を見た。
鏡を見ながら化粧を整えているキュルケが、隣に座っているタバサに話しかけている。


「ねぇ、タバサもちゃんと品評会の準備してるの?あなた最近どこか出掛けてたじゃない?」

「・・・大丈夫。私の勝ちは揺るがない」

「あら、自信満々ね。でも私のフレイムも優勝目指してるんだから、友人だからって勝ちは譲らないわよ♪」

「・・・負けない」


何とも余裕のある会話が上の方から聞こえてくる。
しかし、キュルケはサラマンダー、タバサはウインドドラゴンと、二人の使い魔を見ればそれも当然のことであるが、ルイズにはそれが悔しい。
ルイズが唸っている横で、モンモランシーはタバサのいるさらに隣を指で刺した。


「あの二人が本命だろうけど、ノエルのコアトルも案外凄いわよね」

「そういえばそうね...なんだかんだでコアトルって結構珍しいし、それにノエルのコアトルって何か凄い大きくなったわね」

「そうなのよ。もしかしたらノエルのコアトルが優勝するかもしれないんだけど...それより...あの娘誰?」


モンモランシーが指差した席には、ブカブカの制服を着た小さい女の子が座っている。
多く袖の余った長袖の制服に身を包んで、教室の中にも関わらずつばの広い帽子をかぶっている。
ニコニコと蒼い瞳を輝かせながら席に着いているが、どっからどう見ても学院の生徒じゃない。
タバサもそれに気づいたようで、隣にいる少女に声をかけている。


「・・・なぜあなたがここにいる・・・彼は?」

「ん~お兄ちゃんのこと?お兄ちゃんねぇ、なんだか今日はガッコー行きたくないってベッドから出てこないから~エルザが代わりに来たの♪」

「・・・その制服は・・・・」

「これ、お兄ちゃんの服だよぉ。だって生徒なんだから制服着てこなくちゃダメでしょ?だからお兄ちゃんの借りて来たの」

「・・・・あの若白髪め」ギリギリ

「あら、そういえばタバサ、その隣の子だれなの?タバサの知り合い?」

「・・・・この娘は・・・・・わ」

「お姉ちゃんこんにちは!私エルザっ!ノエルお兄ちゃんのぉ~使い魔になるのかしら?」

「え、ノエルって、ちょ、どういう事なのタバサッ!!?」

「・・・・・おい小娘」

「あれっ?違う?だってノエルお兄ちゃんが私のご主人様になったんだからぁ、人間でいうとつか「ちょっと黙ってろ」ムガムガムガッ!?」

「タバサッ!?そう言えば貴方と一緒にノエルも見なくなったけど、あなた彼と何か...ムガッ」

「二人共喋るな」


何故だかタバサがキュルケ、そして女の子の口を押さえつけて揉め初めた。
ルイズとモンモランシーも様子を見ていたが、結局あの女の子が誰なのかは分からないままである。
奥の席で、ハァハァとマリコルヌが息を荒げていたのと、ガタガタと机が動いていたのは見なかったことにした。


「・・・・しかし、タバサのドラゴンもそうだけど、キュルケはサラマンダーにノエルはコアトル、ルイズもサイトって人間の使い魔召喚してるし・・・うちのクラスって凄いのか変なのか分からないわね」


ボソッと呟いたモンモランシーの言葉に、ルイズはつい反応してしまった。


「まあ、珍しさじゃ他のクラスには負けないけど...それに、ジョルジュのルーナだって、あっ」


しまった、と思った時にはもう遅かった。
先程までの雰囲気とは明らかに違う、甘い空気を漂わせ、モンモランシーはルイズに少し寄って饒舌に語り始めた。


「ジョ、ジョルジュはそういうの気にしないと思うわ?そ、そう言えば聞いてよルイズ。ジョルジュッたら酷いんだから。昨日の夜にジョルジュに髪を梳かしてもらったんだけど、『あれ?モンちゃん枝毛あるだよ?』なんて言うのよ?酷いと思わない?だっていくらジョ、ジョルジュと私の間だからって、そういうのは・・・・」

ああ、モンモランシー...あんたそんなこと言うコじゃなかったのに...というか何よ枝毛って...知らないわよアンタの髪が枝毛だろうが直毛だろうがチリ毛だろうが。


早く授業、始まらないかな。それかこの金髪ロールの飼い主来ないかしら。
教師でもジョルジュでもいいから早く来て欲しいと願うルイズの耳には、聞きたくもないのろけ話とマリコルヌの荒い息遣いが届いてくるのだった。


「ね、ねえルイズ、聞いてる?ジョルジュって結構香水にうるさいみたいなの。この間もね、新しいのを作ってたんだけど...」

「ハァハァハァ・・・エルザタン...ブカブカの服・・・・ハァハァハァハァハァハァ・・・イイ」







混沌とした教室での授業も終わり、夜を迎えた学院内では2学年の生徒達が動き始める。
終始話題となっている品評会までは既に間近に迫っており、各々使い魔と準備を進めているのであった。
ある者は自室でスピーチの練習を、またある者は外で使い魔と行う芸の練習をしているが、それは全く準備をしていなかった彼女も例外ではない。




「とにかくッ!!もう品評会まで時間がないのッ!サイト、アンタなにか出来ないの?」

「何って...お前のパンツの洗濯とか?」


そう言うと、藁束から立ち上がったサイトは近くに置いてあった洗濯かごからルイズのパンツを取り出すと、ベットに腰かけているルイズに向けると、


「いや~俺ってこういうのに才能あるんじゃないかな?洗いづらいシルクのパンツも今じゃどんなに汚れていても真っ白に洗える自信があるね」


首をうんうんとうなづかせながら、自信たっぷりに喋るサイトではあるが、それとは裏腹、ルイズの顔は血管が浮き出そうなほどに赤くなっている。


「あ、ああああ、あんたねえええぇえ...そ、そおんなのを貴族の前で見せるつもりぃ?」

「逆に新鮮じゃね?あ、そうだ!いっそシエスタからメイド服借りて『特技は下着洗いです♡』って言った後にパンツ早洗いするってのは?ほら、なんかのマンガで読んだけど貴族って結構特殊な趣味の人多いんだろ?だから俺の女装とお前の下着で観客のハートをガッチリ掴んで...」

「その前に私のハートが停止するわあああああっ!!!」


ルイズはベッドから勢いよく飛ぶとサイトの顔面に膝を突き刺した。


「ベンッ!!」


サイトは奇妙な声を出しながら床にダウンする。それを見下ろしながらルイズは叫ぶ。


「あんたねぇ、そんなもの品評会で見せれるわけないでしょうが!今回は王宮から姫様も来るのよッ!?ただでさえアンタを人前で紹介するのも一苦労なのにメイド姿でああああアタシのパンツ洗うですってぇ!?どう考えればそうなるのよッ!」

「け、健全な少年の頭の中はいつだって無限の想像力があるんだ...」

「消してッ!お願いだからアンタの頭の中ゼロに戻しといてよ!!」

「ルイズも『ゼロ』なだけに?」プッ

「そうね、じゃあ手始めにアンタの存在を『ゼロ』にするわ」


いつの間にやら手に持っていた杖をゆっくりと自分に向けながら詠唱を唱え始めたルイズを見て、サイトは倒れていた床から慌てて立ち上がると、手を前で横に振りながらルイズに言った。


「ちょ、落ち着けってルイズ。要はあれだろ?貴族や姫様なんかのお偉方にウケる芸を見せればいいってことなんだろ?」


その言葉にルイズはピクッと反応した後、杖を降ろした。だがその目はうさん臭そうにサイトを見ている。
目の前のサイトはなぜが自信がありそうな表情をしているが、これまで共に生活してきた中で、彼のこういった顔をしている時は大抵ロクなことがない。


「そう簡単に言うけどね、タバサやキュルケの使い魔もいるのよ?並大抵のことじゃ驚かないわよ」


ルイズは注意するようにサイトに言うが、サイトは余裕そうな顔を浮かべながらルイズに親指を立てる。


「大丈夫だって。他の使い魔には到底マネ出来ないようなモン、見してやるからよ!」


自信満々言うサイトに、ルイズは「ま、まあ、犬がそれくらい言うんだから、大丈夫なのかな?」とちょっと胸をどきどきとさせながら思ってしまった。
顔をちょっと赤くさせながら、ルイズは胸を張りつつサイトにもう一度言う。


「ほ、ホントに大丈夫なのね?皆がアッと言うようなことをやってくれるのね?」

「ホントはもう少し準備する時間が欲しかったけど...まあ任せとけって。こう見えても、あっちの学校じゃ『一発屋平賀君』って呼ばれてたんだ。文化祭、修学旅行、人が集まる場所でオレが活躍しない時はなかったんだからな」

「・・・?なにが分からないけど、そう、それなら安心だわ」


品評会は案外上手くいくかもしれない・・・
それどころか、優勝も出来ちゃったりするんじゃないかしら!?


さっきまで紹介すら危うく思っていた彼女の心は180°転換し、優勝すら確信しており心の中でほくそ笑むルイズであった。

自分の使い魔が何をするのかを聞いた後、彼女は部屋の中で再び叫ぶ事になったのだが







(ああ...わが主、あなたを欺く使い魔をどうかお許しください)


ルイズの部屋から離れた場所にあるモンモランシーの部屋では、使い魔のロビンがテーブルの中央に座りながら、目の前にいる主人に対して、心の中で謝罪をしていた。
その体にはモンモランシーと同じ赤い色のリボンが巻かれており、彼の周りにはテーブル脇に散らかるフラスコと同様に、様々な色のリボンが散らばっていた。


「うん...やっぱり私と同じ、赤が似合うわねロビンには。品評会の時にはこれで出よっか♪」


モンモランシーが尋ねるように言うと、ロビンは肯定の意味を持って一度大きくゲコッと鳴いた。
それが通じたのか、モンモランシーは嬉しそうに笑うと、先ほどから座っていた椅子から立ち上がり部屋の中を歩きだした。


「後は何か特技なんか見せれればいいんだけど...ロビン、何か出来る?」


モンモランシーがロビンを見つめて聞くが、ロビンは申し訳なさそうに顔を横に振り、ゲコッと一声鳴いた。
「そう...」と声を漏らし、再度思案にふけるモンモランシーを見て、ロビンはしゅんと頭を下げた。


(主...本当に申し訳ありません。貴方様に嘘をつくのは身を焼かれるように苦しいのです。しかしレミア嬢を助けるためには仕方のないことなのです)


ロビンの表情はいまにも泣きそうに黒い眼を潤ませている。
正直、カエルが泣くのかは分からないのだが、何故、彼がこのように葛藤しているのかというと、朝に集まった時に彼が言った言葉から始まる。


私どもが協力して、レミア嬢を優勝させましょう。


レミアが再びノエルに振り向いてもらうため、ロビンは使い魔品評会で優勝することをレミアに提案した。
実際、レミアは使い魔としては珍しいコアトルであり、大きさだって今やシルフィードだって飲み込める程のとんでもサイズである。
メイジとの親密度も行き過ぎなほどであるし、そのままでも優勝する可能性は十分なのである。
しかし、それをより堅固なものにしようとロビンが提案したのは、今集まっている使い魔がレミアよりも目立たなくなる事、ぶっちゃけて言えば手を抜くという事だ。
幸い、集まっているシルフィードやフレイム、ルーナなんかはレミアと同じ優勝候補のメンバーなのだ。この三匹が優勝戦前から外れれば、あとはレミアの独壇場であるといってもいい。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『そんなんで上手くいくのか?他の奴が優勝したらどうすんだよ?』

『少なくとも我々が候補から抜けるだけで、よりレミア嬢が確実にはなりますよフレイム氏。君も同期であるレミア嬢が困っているのですから、協力していただきたいですね』

『きゅいー!!わかったねロビンちゃん!私は協力するね!!』

―私はマスターの意向に従いますから...まあ、前向きに検討しますわ―

『オイラのご主人はあまりやる気ないから多分大丈夫だぞ』

『皆さんお願いしますよ。私も出来る限り協力はしますから。これでどうでしょうか?レミア嬢』

『ううう...みんなありがとう...私、絶対優勝するわ。そしてノエル様をあの吸血鬼から取り戻すわ』



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


そんな会話がされたのが今日の朝、それ以降、ロビンはフレイム達に会っていないが、上手くやってくれることを切に願っていた。


(私だって...ホントは主に見せたい特技が沢山あるのですが・・・)


実はモンモランシーに言ってはいないのだがロビン、体は小さいけれども驚く程芸達者なのである。

自分の体を赤や白や緑と何十色にも変えられ、口から飛ばす水鉄砲は10メイル先のハエだって撃ち落とす。
バランス感覚は抜群で、塔のてっぺんまで昇ったと思えば糸の上でもなんなく渡れちゃう。
おまけに「精霊語能力検定」を3つ(水、沼、森の精霊と会話が出来る)も持っている等以外にも凄いのだが、ロビンは今回の品評会でも、それを封印するつもりなのであった。


そんなロビンの心情を知るはずもなく、モンモランシーは椅子に座ると、ロビンの頭を撫でながらブツブツと話し始めた。


「まあ、紹介だけでいいかしらね...別にどうしても何か見せなきゃいけないってワケじゃないし...」

(あああ...ホントに申し訳ありません主。あなたに忠誠を誓った身であるにも関わらずこのような行為に及ぶことをお許しください)

「こういう時、ジョルジュがいてくれたらいいんだけど...って違うわよロビンッ!?別にアイツがいい案出してくれるかなってことで、別にアナタがどうってことじゃないわよ!?」

(ん...?主、なにやら話の方向がおかしくなってますぞ)

「大体、ジョルジュったら夕食終わってから品評会の準備するからって、『これは別々にやるべきだよ』って、何よ、まるでずっと一緒に...いるみたいに・・・」

(主...朝食からベッドに入る直前までいれば、それは『いつも一緒』ですよ)

「そんなにいつも一緒にいないでしょ」

(最近はアナタとジョルジュ殿が別々にいる所を見る方が珍しいですぞ)

「ジョルジュたら、『お楽しみは当日でだよ!!』って、何お楽しみって・・・まさか!?ダメよ!いくら仲が良いからって私たちまだ学生なのよ!!」

(主、ジョルジュ殿は品評会での事を言ってるんですよッ!?決して主が思ってることではないですよ!?)

「や、っぱり、始めって肝心なのよね?本にもそう書いてあったし...でも、あ、そう言うのは...ちゃんとプロポーズした後に...」

(あの!?もう品評会の事は良いのですか?って最近こういうのを多いですよね主?)


ロビンの抗議など聞こえるはずもなく、いつもは聡明な主人のモンモランシーは、今はベッドでゴロゴロと転がりながら叫び声を上げていた。

ああ主よ...貴方は変わりました...そんな性格ではなかった筈なのに...


それでも私はあなたについていきます。
そう思いながら、ロビンは身もだえする主人を優しい目で見守るのだった。










「・・・・・・そう」

「きゅいきゅい、そういうことなのね!だからお姉様、今回はレミアちゃんに...」

「だったら・・・・尚更優勝を目指す」

「ええっ!?」

「あの白髪に勝ちを譲るのは私のプライドが許さない・・・・・絶対勝つ」

「ちょ、お姉様?私の話聞いてたのね?勝っちゃだめ・・・」

「優勝しなければシルフィード、当分肉も魚もなし」

「きゅいーッ!!?」



[21602] 47話 ついていない時ってトコトンついてない
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:cf219c13
Date: 2011/08/16 21:08

品評会の準備は、何も寮の中だけで進められているわけではない。
フーケに襲撃された塔の傍にある花壇では、ジョルジュとルーナが話し合っていた。
先程まで紹介の場面を想定して練習していたのか、ジョルジュの手には数枚の紙が握られている。
外はすっかり暗くなっているが、寮から漏れてくる明かりと塔の近くにある警備用のランプのおかげで十分字は読めるようだ。


―サティ様が?―

「んだ。学校見学ってことで、品評会の日に学校に来るんだと。今日の朝にオールド・オスマンに呼ばれた時に聞かされただよ」

―それは楽しみですね。私も、マスターの御兄妹様ですと、マーガレット様とノエル様、それにステラ様は知ってますが、サティ様にお逢いするのは初めてですから―


ルーナが聞いたのは、品評会の日に学院に来るという末妹サティの事であった。
サティの事はジョルジュもそうであるしステラからも噂は聞いていた。

曰く、11歳でドニエプル家史上最強のメイジ?とか、

曰く、素手でドラゴンを倒したとか、

曰く、父親の使い魔を手懐けてしまったとか、

曰く、夜中に一人でトイレにいけないなどなど、半ば胡散臭いのもあるのだが、ルーナも主人とその兄妹が嘘をつくような人間ではないと分かっているため、
今まで聞いた噂から『竜と素手でも戦えるような凄腕のメイジ』というイメージを持っていた。
ルーナもそんなサティに会ってみたいと思っていたため、明日の来訪に、嬉しさを覚えていた。


―私も一目お会いしたいと思っていましたから、サティ様にお会い出来ると思うと、嬉しいですわ♪―

「ルーナも会ったらびっくりすると思うぞ?だども、サティもいい子だから、きっとルーナも気にいるだよ」


二カッと笑ったジョルジュに合わせて、ルーナも口を緩ませて笑った。


―フフフ...それは楽しみですわ―

「だろ?さて、んじゃぁそろそろ品評会の準備さ再会するだよ。初めの紹介はさっきみたくでいいだよ。あとは~なにか一つ芸のようなもんでもあればいいけど...ルーナってなんか特技みたいなもんあるだか?」

―ん~そうですね...―


両手で頭の葉っぱを撫でながら、ルーナは何を行おうかと考え始めた。
実はルーナ、ジョルジュが授業に出ている間に学院を隈なく歩き回り、品評会の情報を集めていたのだ。
大会の規模から開始時間、審査方法、審査員の数と年齢層など、そうした事を細かに調べて、どの様に主人と自分をアピールするかを密かに考えていた。
レミアの件はどうしたのかと言うと、当然、ルーナはロビンの提案した策を守る気はサラサラなかった。

ロビンやレミアはどう考えているのかは知らないが、品評会は使い魔だけではなくメイジも共に見られるのだ。
それは昼食時の事、去年品評会に参加したと思われる3年生の使い魔を呼びとめ、聞きこみをしたことで得た情報であった。
例年、品評会の優勝者は、使い魔とメイジで一緒に芸をしているのだそうだ。
実際、優勝候補と言われていた去年のメイジも品評会で使い魔に好き勝手やらせていたが、結果は別の使い魔とメイジであったそうだ。

自分たち「使い魔のみ」を見れば、確かにレミアが優勝する確率は高いだろうが、その主であるメイジも審査の対象になるとすれば話は別だ。
品評会というのはただ使い魔を見せるだけでは勝てない。どういう事が出来て、メイジはそれをどう上手く活用できるか、そういうお互いの協力が重要なのだ。
そうなると、レミアの優勝は厳しいとルーナは予想したのだ。

(レミアさんには悪いですが...ノエル様が足を引っ張りますでしょうし...優勝するのは難しいですわ)

ルーナは何をしようかと考えながらそう思った。
自分の主人であるジョルジュも問題があるとはいえノエル程ではない。勝ち目はレミアよりもある。
ジョルジュは「恥ずかしくねぇくらいの事はしよう」とは言っているが、ルーナとしては恥ずかしくないどころかなるべく上位に、ともすれば優勝すらも視野に入れているくらいだから、
ロビンの言う事など全くの無視であった。

(ロビンさんには悪いですが、別に私は協力するとは一言もいっていませんしね。『前向きに検討する』というだけですから)

相変わらずの黒さが見え隠れするルーナであったが、しばらく考えた後になにか閃いたのか、ジョルジュの方を向いて、ニコッと笑った。


―マスター、品評会の事ですが、少々協力していただけますか?―

「え?」


なにをするのか分からないままのジョルジュであったが、まあ、必要なのであろうとすぐに考え、

「大丈夫だけんど?でも、なにすればいいんだか?」

そう言うとルーナはフフッ軽くほほ笑んだ。

「ええ、それはですね...」

ルーナはジョルジュにスッと顔を近づけると、品評会で行う事について説明し始めた。







「あ゛~しみるわ~っ」


場所は変わってトリステイン学院の女性専用浴場。
大理石を使った豪華な浴場では、なみなみと浴室に満たされたお湯が湯気を上げている。
通常、生徒たちが入る時間というのは夕食の少し前か、夕食を終えた後が多く、その時間帯を過ぎると、女生徒で賑わっていた場所も一気に人が減る。
さらに、夜も更けた頃にはほとんど誰も居なくなってしまう。
そういった静かな時間に好んで入る者も何人かおり、本日の当直を務めている「土くれのフーケ」こと、ミス・ロングビルもその一人であった。
貴族の子供たちが使うために造られた豪華な浴場には、所々に石の彫刻などが立っており、それらの持っている壺や口からはお湯が流れて浴槽に落ちる仕掛けになっている。
今は必要最低限の明かりだけしか灯っておらず、薄暗い灯りの中に立つ彫刻や、浴槽に浸かるロングビルを妖艶に映し出している。
闇に隠れていて見えづらいが、少し離れた場所には大理石を使って作られたベッドがある。
生徒によっては使用人にオイルマッサージや、ネイルケアなどをしてもらっていたりする場所だ。
もっとも、今は使用人もおらず、広い浴室はガランと静まり返っているが。
そんな場所で水音を出すのは、お湯でその緑色の髪を湿らせて入っていフーケともう一人、


「お姉ちゃん、ババ臭いよ~その言い方」

「いいんだよ。アンタ以外誰も見ていないんだし。それよりエルザ、アンタちゃんと体洗ったのかい?」


フーケは自分の隣に浸かる少女、エルザの髪をわしゃわしゃと撫でた。
ブロンドに輝く髪からは湿り気を感じない。いきなり浴槽に入って来たようだ。


「ダメだろ!ちゃんと体洗ってからはいんなきゃ!ほら、洗ってやるからお湯から出な」

「後で洗うよ~誰も居ないんだからいいじゃない」

「だめだよ、ほら上がりな...ったく、前も言っただろ。浴槽に入る前に体と髪を洗うのがマナーだって」

(それって『人間』はでしょ?私・・・・吸血鬼なのに...)

「あん?何か言ったかい?」

「何も~」


二人は浴槽から出ると、フーケは近くに造られた石の長椅子にエルザを腰掛けさせると、傍にあった桶でお湯をすくってエルザの頭から勢いよくかけた。
その後、エルザの後ろに座ると部屋から持ってきた石鹸を泡立て、エルザの髪を洗い始めた。


フーケとエルザが知り合ったそのワケは、数日前に遡る。
別に寮の当直というわけではなかったのだが、その日の夜もフーケはこの浴場へと足を運んでいた。
そもそも、教員の居住区にも専用の風呂は設置されているのだが、フーケはそちらの方を使う事は少なかった。
それはこっちの方が断然広いのは勿論、教職員用の風呂だとミセス・シュヴルーズの長話に捕まったり、オールド・オスマンの使い魔のネズミが入ってきたり、
ともすればどこからか野郎の視線を感じたりと、全く疲れが取れないのだ。

誰も居ない広い空間を独り占め。その開放感と贅沢さ。偶に持ち込んだワインを一杯やるのがたまらない。

時々、女生徒が入ってきて気まずくなったりはするが、そんなの、月に1,2回程度だ。
そのため、フーケは時間に余裕がない時や疲れている時以外だと、大抵はこの時間に学生用の風呂を使っていた。


そんな彼女のゴールデン・タイムともいえる時に、ばったりとやって来たのがエルザだった。
彼女が日ごろの疲れを取りつつ無駄毛も取っていた時、エルザが後ろから声を掛けて来た。


『お姉ちゃんなにしてるの?』

『えっ?誰...って痛あ゛っ!!!切っちゃったッ!』

『ちょ、大丈夫?うわ・・・痛そ~』

『私とした事がとんだヘマ...ううう、思ったより傷が深いよぉ・・脛が地味に痛くなってきた。というかアンタ誰なんだい?こんな時間に子供が風呂入りに来るなんて怪しいじゃないか』

『こんな時間に脛毛処理しているお姉ちゃんの方が断然怪しいよ!』

『うっさい!!いくら普段着がローブだからって気を抜くと大変なことに・・・・やば、こっちの方が大変なことに...』

『とりあえず止血しなよお姉ちゃん!!(うわ~足からドクドク血が・・・さすがにヒく...)』


何とも奇妙な出会い方をした二人であったが、その日からというもの、フーケとエルザは夜の風呂場でいつも合うようになり、今もそれが続いているというわけである。
エルザが何者なのか未だに分からないフーケではあったが、本来盗賊である彼女にとって、別段気にすることもなかった。お互い、ワケあり者同士という事にしている。
むしろ子供の世話は得意な彼女にとっては、エルザの頭を洗っていると遠い地に住んでいる妹の事が頭をよぎる。

(テファ...今頃何してるかな)

エルザの髪をわしゃわしゃ音を立てながら洗い、少女の一日の汚れを落としていく。
耳周りも指で丁寧に擦ると、エルザの口から「うにゅ~」と気持ちよさそうに声が漏れた。
最近はエルザの頭や体をフーケが洗っており、もはや夜の日課となりつつある。
毎回、始めようとするとエルザは嫌がるのだが、一旦始めると大人しくなるので、エルザもまんざら、嫌いではないのだろう。


「これでよしっと。さ、頭流すから目ぇつぶっときな」


そう言うとフーケは桶にお湯を汲むと、エルザの頭にかけて泡を流した。
流し終えた後、エルザが猫のようにプルプルと頭を震わせて水を飛ばしてきた。


「ほら、次は体洗うんだからジッとしてな」


フーケは手元に用意していた布に石鹸を付けると、立ち上がろうとするエルザを座らせようと手を引っ張った。
しかしそれが嫌なのか、エルザは不満そうに口を尖らしてフーケを見た。


「いいよぉ~お姉ちゃん。自分で洗うからぁ~」

「ガキが何言ってるんだい。そう言ってるけど、ちゃんと洗えてないじゃないか」

「お姉ちゃんが細かすぎるんだよ!」

「いいからジッとしてなって!」


このやり取りも段々習慣化してきた気がするなとフーケは思いながら、石鹸をつけた布でエルザの背中を擦ろうとした時、




「土くれのフーケだな」


浴場に響いた声に、フーケとエルザはハッとなって辺りを見回した。
するといつの間に入ってきたのか、二人から大体5メイル程離れた場所、薄暗い明りを体に受けて光る彫刻の後ろに何者かが立っていた。
声からすると男だろうか。
顔は白い仮面に覆われて誰かは分からない。
身に着けているマントは立ち昇る湯気によって僅かに動いている。


「隠しても無駄だ。我らはお前のコトは何でも知っている」


仮面の向こうからクククと笑い声が聞こえてくる。
仮面に空いている二つの穴からは、こちらをじっと見てくる視線が突き刺さってくる。
フーケは黙ったまま、仮面の男を見ている。


「近い将来、アルビオンでは革命が起こり、無能な王家は潰れる。そして有能な貴族が政を行うのだ。土くれのフーケよ。我らに協力する気はないかね?」


仮面の男の問いに答えず、フーケはエルザを片手で抱えると、自分を盾にするような形で、ゆっくりと浴槽へと動いた。
男はそれを見てククククと笑うと、さらに続けた。


「まあ、嫌といっても協力してもらうがな。この前は不覚を取ったが、今のお前は杖をもっていない只の女。私がその気になれば、そちらの娘もどうにでも出来るという事を忘れるな」


仮面の男は杖を取り出しながら、一歩、フーケに近づいた。


「我らに組み入ってもらうぞフーケよ。いや、マチルダ・オブ・サ『錬金』ウボアァッ!!?」


仮面の男が一歩前に出た瞬間、仮面の男が派手に足を滑らせ、一瞬だが体を宙に浮かせた。
男は派手に前のめって倒れ、浴槽の淵に丁度顔の部分を叩きつけ、仮面の割れる音と鼻が折れたような鈍い音が浴室に響いた。
それを見ていたフーケの手には、先ほどまではなかった杖が掴まれてあった。

忘れそうではあるが、彼女はバリバリの盗賊なのだ。それも凄腕の。
当然、生活の中で自分が無防備になる場面を想定しているのは当たり前だ。
彼女は風呂に入る時、常に浴槽の中に杖を忍ばせていたのだった。
それを知らずに近づいてきた仮面の男の足下の水を、「油」に錬金して滑らせたというわけだ。


「さて...いろいろ言いたい事はあるけど」


そんなフーケは杖の先端をフッと吹くと、鼻の部分を抑えて悶えている男を冷めきった眼で見た。








しばらくした後、既に着替え終わったフーケとエルザは浴場にて、仮面の男の尋問を行っていた。
仮面の男は堅い石の床に足を畳んでいわゆる「正座」で座っており、ひび割れた仮面の隙間からは鼻血らしきものが出ている。
杖は悶えている時にフーケに奪われてしまい、二つに折られた杖が床に転がっている。
身に着けているマントや帽子は、先程エルザに掛けられた所為で、びっしょりと濡れていた。


「はい、じゃあ質問。アンタが学院に忍び込んだ理由は何だい?簡潔に答えな。ちなみに私の事本名で言うんじゃないよ」


フーケは男から少し離れた場所から、学院に侵入した理由を尋ねた。
このまま学校側に覗きとして引き渡してもいいのだが、どうも自分絡みのようなので、
フーケは浴場全体に「サイレント」をかけ、エルザと二人、仮面の男の正体を暴こうとしていた。


「フッ、盗賊に身を落とした今でも、自分の名を汚したくないのか?だがお前が大事にしているその名を再び世に出すことが出来るのだぞ
サウス「エルザ~火ぃつけて」ってちょま、ぐあああああぁっ!!!!」


男が止める間もなく、エルザが火のついたマッチを男に投げつけると、服は一瞬で火に包まれ、勢いよく燃え始めた。
男は火を消そうと必死に転げ回るが、床に垂れている程度の水では、火の勢いは抑えられない。
しばらく男が転げ回るのを見ていたフーケは、エルザに合図を送ると、二人で手に持った桶から水をかけ、男の服についた火を消した。
床でぐったりとなった男の姿はさっきと全く異なり、緑色だった服は全体的に黒く焦げ、仮面も白かった顔がヒビと熱で残念なことになっている。


「あの...すいません。今度、僕のいる組織がとある仕事を行うので、貴方様に手伝ってもらいたい事があったのでやって来ました」


急に丁寧な口調で喋り出した男を気持ち悪そうに見ながら、フーケは腰に差していた杖を持つと、「錬金」の魔法を詠唱し、言った。


「初めからそう言うんだね。あ、言っとくけどまだアンタの体は「油」まみれだから。また火だるまになりたくなかったら言葉に気をつけな」


フーケは悪魔じみた表情を浮かばせながら男を睨んだ。
男にかけられた水は、先ほどのフーケが詠唱した「錬金」によって油へと変わっていた。
もし何かあれば、男の後ろに立つエルザから火のついたマッチが投げられて、さっきと同様火に包まれる。
水で消されてもまた油に錬金されるため、杖を奪われた男には抵抗する術がないのだ。
加えて場所は大浴場。油に錬金するための水は100人火だるまにしても余るほどの量がある。
くどいようだが彼女は盗賊なのだ。拷問も少しは心得ている。


まさしく終わらない。終わらないのがゴー○ド・エクスペ○○ンス・レクイ○ムなのだ。
そんな世界に入ってしまった男は、よろよろと上体を起こすと、フーケの方を向いた。


「わ、我らの目的は聖地を奪還することだ。そのためにアルビオンで革命を起こし新たな国家を作るのだ。マチ...いや、土くれのフーケよ。我らに協力するのだ!!」

「エルザ~二本目お願い」

「は~い♪」

「待てっ!別に今何も悪い事は言ってグアアアアアアアアアッッ!!!!」


本日二度目の火だるまである。
またしばらくした後に、エルザとフーケは火を消した。
帽子とマントは燃え落ちてしまい、仮面の上から出ている髪の毛が若干黒く炭化してる。
着ている服も大部分が燃えてしまい、裾の部分が完全に無くなっている。
仮面なんて元々の白さは無くなって若干灰色に近い。熱で罅がさらに悪化したのか、下の部分が取れてアゴヒゲが見えてる。


「んで、そんな壮大な目標を掲げている貴族様が、女風呂に覗きにやって来たというわけかい」

「ち、違うッ!!僕はそんなつもりで来たのではない!!私をそこいらの下劣な者と比べてもらっては困る!!」

「いやぁ鏡で見てみ。女の部屋と風呂場に侵入した、焦げた変態仮面がいっから」

「ぬうっ!言わせておけば!!」


焦げた仮面の男は怒ったようで、何処にそんな体力があるのか床に倒れた状態から勢いよく立ち上がると、目の前のフーケに反論した。


「お前の体に興味などはない!!行き遅れの分際で調子に乗るなッ!!」

「え、じゃあエルザの体目当て?」

「その通り!!・・・・ってえ、ちょ、違う!!」


勢いなのかそれとも本音が出てしまったのか。男の口から出てきた肯定の返事に、フーケの目はもはや人を見る目ではなくなった。
エルザは笑いを必死にこらえながら、男に聞こえるくらいの声で、怖がる素振りをして見せた。


「こ、こわいよぉ!お姉ちゃん」

「子供の体が本当の目的かい・・・・貴族ってのはとことん腐ってやがるね!恐ろしいよ!!」

「ちょ、待てっ!!今のは勢いで口が滑っただけだ!!決して僕にそんな趣味はないッ!というか人の事二回も火だるまにしているお前らの方が恐ろしいわっ!」

「エルザ、やっておしまい」

「ラジャー♡」

「落ち着け、君たちが怒るのは無理はない。僕も僅かに邪な心があったことは認める!そこは認めようっ!しかし考えるんだ、そう簡単に人に火を付けるのは人として間違って「えい♪」ぐあああアアアアアッッッ!!!!」


必死の弁明も報われず、男は一日の終わりに三度目の火だるまになった。
先の二回でかなり体力を奪われたのか、男もそんなに暴れ回る様子はなかった。
フーケはチッと舌打ちをすると水を掛けて火を消した。
流石に、三度の着火に耐えうる服はトリスタニアの世界にはなかった様で、男は仮面と下着の切れ端を除いて全て燃えた状態になっていた。
仮面の下半分はすでに落ちており、もう鼻辺りまで見えてる。
衣服といえるものは纏ってはおらず、「仮面の男」というよりは、「仮面のみの男」と言った方が正しいかもしれない。
財布までも燃えたらしく、辺りにはトリステインで造られた新金貨が散らばっていた。
入って来た時と比べるとかなりみずぼらしくなったが、男はゼーゼーと息を荒げたまま、フーケに向かって言った。


「あの...もう協力とかそういうのはいいから、このまま見逃してくれないだろうか?」

「エルザ~?そろそろ人呼んで。女子の浴場に仮面だけの男がいるって」

「悪魔か貴様はぁ!!」


そう叫んだ男の声はもう泣いているように聞こえた。
フーケはヤレヤレと首を横に振ると、


「アンタが何者なのか知ったこっちゃないが、ここでこれ以上揉め事起こされて私のコトばらされても困るんだよね。さっさと出て行きな。
今回は見逃してやるさ。今度また学院にやってきたら、次はその粗末なモンも一緒に焼いてやるか潰してやるから、覚悟するんだね」

「くっ・・・・覚えてろ」


男はヨロヨロと床から立ち上がると、床に散らばった金貨を拾おうとしたが、


「ちょ、待ちなよ。アンタ、なにしてるんだい?」

「なにっ...て金貨を拾おうと」

「迷惑料だよ。そのまま置いて行くんだね」

「・・・・・・・・ッッッ!!覚えてろ!!」


男は捨て台詞を浴場に響かせると、ドカドカと出口の方へと歩き、乱暴に脱衣所へと出て行った。
エルザはフーケの元に走り寄って足にしがみつくと、ボソッと声を漏らした。


「ああいう人って...ホントいるんだね」

「まあ、春だしね・・・・ああいうのは多くなるから、気をつけなよ」


フーケはエルザの髪を撫でながら、仮面の男が言っていたことを思い出した。


『近い将来、アルビオンでは革命が起こり、無能な王家は潰れる』

『アルビオンで革命を起こし新たな国家を作るのだ』

「王家は潰れる・・・・ね」


フーケはチラッと床に散らばった金貨を見た。
数は定かではないが、ざっと見ても30枚は優に超えている。

臨時収入も出てきたことだし、潰れそうな王家とやらでも見にいこうかね・・・・


風呂場の湯気に顔を湿らせながら、フーケはふと、心の中でそう思った。







風呂場での事件が誰にも知られることなくひっそりと終わる中、学生たちは品評会へと準備を進めていった。


ある者は異世界での知識を総動員して、


「よし、これなら大丈夫だ!!絶対にウケる!!」

「ちょと、サイト...ホントにそれやる気なの...」

「心配すんなってルイズ。俺の世界でこれを見て笑わない奴はいないんだから!」


またある者は使い魔の能力を最大限に活かし、


「フレイム~品評会の時はお願いね~♡大丈夫よ、派手に火を噴けば優勝なんて簡単よ♪」

(ご主人様いい加減だなぁ・・・まあこんなノリだし、オイラも面倒臭いからいいけど)


またある者は力を合わせて優勝を目指す。


「んじゃあ、オラがルーナに合わせればいいんだな?」

―ええ、お願いします。ああ、こちらは既に完了しました。マスターの方は?―

「こっちも完了だよ。だども、ちゃんと本番までに育つか心配だよ」

―フフフ...大丈夫ですわマスター。さあ、もう一度練習しましょう―

「んだ」


勿論、メイジだけではなく、使い魔も品評会への想いを募らせる。
あるモノは友のため


(レミア嬢...私はあなたの優勝を願っておりますよ。主には悪いとは思いますが・・・)

「ジョルジュったら今日も来なかった。いっそ私の方からジョルジュの部屋に...ってダメよ!貴族の娘が、結婚前なのに自分から行くなんて
...って結婚?そうなるとジョルジュって婿養子に・・・・」ゴロゴロブツブツ

(こんな調子ですし...ハァ)


己のため


「お姉さま...もうそろそろ休憩するのね。飛んでばかりでシルフィも疲れて来たのね」

「まだまだ...次は急降下しながら回転して火の輪くぐり...」

「きゅいーっ!!!もう駄目なのね!!体力の限界なのねーッ!」

「全ては勝利のため...ご飯が欲しければ・・・勝つのだ」

「お姉さま!?キャラが違うのね!!」


そして自らの主のため


「ゴホッ!ゴホッ!ご、ごめんなレミア...風邪ひいちゃって、品評会の準備が出来なかったな」

(ああああノエル様・・・・あの前粒吸血鬼に毎日振り回されている所為で、体調をお崩しになってしまって...)

「せ、せ、せっかくだけどゴホッ!お前の紹介だけで終わらすしかないか・・・」

(ご安心下さいノエル様!!貴方様の優しさだけで、レミアはいくらでも頑張れます!!必ずや貴方様に優勝を届けてご覧にいれます!!)

「お兄ちゃ~ん。駄目だよ外に出てたらぁ、もっと悪くなっちゃうよ?ホラ、もう中に入って寝よ」

(こんのクソ吸血鬼がぁぁぁぁー!!!私とノエル様の愛の空間に入ってくんじゃないよーッ!!!!)



様々な思いが交錯する中、刻々と時間は過ぎていった。
そしてついに、トリステイン学院では品評会当日の朝を迎えたのであった



[21602] 番外編 フレイムの奇妙な学院生活(前篇)
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2011/09/03 23:28
鳥のさえずりが聞こえてくる。

窓の外から入ってくる朝の光と鳥の鳴き声に、キュルケの使い魔であるフレイムは瞼を開けた。

(んあ・・・・もう朝か)

目を開けたがまだまだ眠たく、ジッとしていると自然と目が閉じていく。喉の奥からこみあげてきた欠伸を思いっきり口から出すと、目の端から涙が滲んできた。僅かばかりであるが、頭が軽くなった気がする。
昨夜は主人のキュルケが遅くまで起きていたのでフレイムも眠れず、寝不足気味なのだ。
だったら外で寝ればとフレイムも考えたが、外は外でうるさい奴らがいる。
例えば深夜徘徊してるマンドラゴラとか人間の使い魔とかシューシュー言ってる巨大蛇とか...
だったら、うるさくてもちゃんと寝床が作られている部屋の方が何倍も良い。
厳しい環境で育ったフレイムも、やはり整った寝床の気持ち良さには抗えなくなってしまった。
ぼやけた視界が徐々にはっきりとしてくる。『フレイムは今日の朝ごはん何出るだろう?』と考えながら部屋を見回した。

(あれ...?)

何かおかしい。
いや、別に部屋にあるモノの位置が変わっているわけでも変なものがあるというわけでもない。なぜか、いつもとは違う雰囲気が漂っている感じがする。

(・・・・ま、いっか)

しかしフレイムは特に気にすることもなく、再び眠ろうと目を閉じた。
どうせ御主人が起きないと朝ごはんには行けないし、さっきチラッとベッドの方を見たけど、そのご主人はまだまだ起きる気配はない。
だったらそれまで寝るのが利口だ。
そう頭の中で結論付けて二度寝しようとした時、ガチャッとドアが開く音がした。


「まったく...いつまで眠っているのですか。起きなさい!!」


訪問者の声が部屋に響いた。その声は当然フレイムの耳にも入って来たが、次にはフレイムの視界は反転した。

(おわっ!!)

閉じ切ったフレイムの目も開かれる。ごろんと腹を上に向けられたフレイムの前には、あまり馴染みのない部屋の天井と、


「また床で寝てるのですか?いい加減に起きて支度しなさい。もうすぐ朝食ですよ」


全く馴染みのない人間の少女がこちらを見ていた。

(ええええ~???誰?)

フレイムの頭は混乱した。自分でも頭は決して良い方ではないと自覚しているが、キュルケの使い魔である以上、自分と同じ使い魔と、主人での周りにいる人間の顔くらいは覚えているつもりだ。
今自分の目の前にいるのは使い魔でもなければ、自分の知っている人間でもない。
細い眼がスッとこちらを見ている。整っている顔立ちは主人であるキュルケとは違う美貌がある。
髪は植物のような緑色をしており、床からだと髪型は分からないが、花の髪飾りが額の所に見えた。
視界の端にマントの布と白い布が見えた。おそらく、御主人が良く着てる制服とやらを着ているのだろう。という事は御主人の新しい友人か?

どこかで見たような顔だな、ふと頭に浮かぶがフレイムにはどうもこの人間の少女を思い出せなかった。

(なんだよなんだよ?なんでオイラを起こすんだい。また床で寝て?ほっとけ。それならご主人を起こしてくれよ。ベッドで寝てるから)

全く、急に体をひっくり返されたのも腹立つが、いきなりそんなこと言ってくるのも腹立つ。フレイムは段々と、上から見てくる少女に怒りを覚えてきた。


「うるさいなぁ。オイラには関係ないだろ?オイラを起こすくらいならご主人を起こしてやってよ」


フレイムは面倒臭そうに手を少女の前に突き出した。
そこでフレイムは気づいた。

(あれ?オイラ今、喋ってなかった?)

勿論いつも喋っている。しかし今、「人間」の言葉を喋らなかったか?

(というか、前に突き出してる手...)

フレイムは自分が突き出した手をじーっと凝視してみた。
いつも地面を踏みしめているたくましい腕と、しっかりと獲物を捕える強い爪はそこにはなかった。
あったのは茶色い腕、そしてスラッと細くなった五本の指。爪はなぜか赤い。
フレイムの目がみるみる開かれていく。眠気が自然と飛んで行った。
ここにきて、ようやくフレイムは自分の異変に気づいた。


「はぁ、なにが関係ないですか。いつも起こしに来てあげているのですから、感謝くらいはして欲しいものですね」


少女はフレイムが出した手を掴むと、「フッ!」という声と共に、フレイムを上に持ち上げた。
フレイムも思わず立ち上がってしまう。


「あれー!!?」


フレイムの口から少し甲高い声が出てきた。

おいおいおいおいちょ、待って!オイラ今「立ってる」!!!!!??

フレイムはサラマンダーなのである。トカゲなのだ。それが「二本足」で立つなんてありえないではないか。
いや、仲間には二本足で立って走る奴もいるけど...
少なくとも、自分はそんな特技を習得した覚えはまるでない。


「全く、寝ぼけてるのですか?もう時間はありませんよ。ほら、変な声上げる暇があれば、そこの洗面台で顔を洗いなさい」


少女はくるっとフレイムを回して、洗面台と鏡のある方へとフレイムを押した。
ふらつきながら鏡の前に来たフレイムは、そこで鏡に映った自分を見た。
真っ赤な髪、茶色い肌、黒い目。ベッドで寝ている筈の主人と同じ様な雰囲気を持った顔である。目だけはなんとなく、いつもと同じに見える。
フレイムは手を顔にペタペタと当てながら確かめる。ついでに目や口なんかも動かしてみた。
間違いない。鏡の中の人間の手はオイラが動かしてるし、この顔もオイラのものだ。


「まじかよ・・・オイラ、人間になっちゃったの?」


フレイムの口はだらしなく開いたまま止まってしまった。
鏡の中の少年もそうしている。
ついでに目も飛び出しそうなほど見開いているが、鏡の中の少年も飛び出しそうだ。

こ、これが、オイラ?

頭の中にぐるぐるといろんな事が浮かんで来ては消え、そしてまた浮かんでくるが、現状を解決するモノは何一つとしてない。
そんな止まったままのフレイムの後ろから、モゾモゾと布が擦れ合う音が聞こえてきた。
ベッドの蒲団がめくれる音。ご主人が起きたんだとフレイムは察した。
フレイムはキュルケに助けを求めようと、すぐさま体をベッドへと向けた。


「ご主人!!大変だよっ!!オイラ人間にな...っち...まった」


ベッドに向けたフレイムの目は、先ほどよりも飛び出しそうな勢いで開かれた。
見方によっては半分出ているようにも見える。
オーダーメイドで作られせたキュルケのベッドには、彼女の姿はどこにもなかった。
代わりに一メイルはあろうかと思われるキツネが尻尾を丸め、気持ちよさそうに眠っていた。
赤の混じった体毛は朝日に反射してルビーのように輝き、寝顔もどこか、妖艶さをにじませている。
フレイムを鏡に押しやった少女はベッドの傍まで近づいていき、気持ちよさそうにベッドにまどろむキツネの体をゆさゆさと揺すった。


「全く主人もそうなら使い魔も同じですね。『キュルケ』も起きなさい。あなたのご主人はもう起きてますよ」

「え、いや、ちょ...キュルケって...え~」


フレイムは固まってしまった。キュルケと呼ばれたキツネは目を開けると、首を上に伸ばしながら「クァァァァ..」と息を吐いてベッドから降りた。
ベッドから降りた瞬間、いくつにも分かれた長い尻尾が優雅に部屋の中を踊り、そして床には垂れずにふわふわと宙に浮かんでいた。

フレイムがあっけにとられていると、またドアを開く音が聞こえてきた。
部屋に入って来たのは少女と同じ、学院の制服に身を包んだ少年であった。
身長は160サントあるかどうか、腕には長めのステッキを引っ掛け、黄色と黒の線が交互に入った帽子を頭に乗っけている。


「お早うございますフレイム氏・・・・っと、おはようございますルーナ嬢。また彼を起こしに来たのですか。わざわざ女子寮からご苦労様です」

「おはようございますロビンさん。あなたもフレイムさんを起こしに?」

「ははは、食道に行くついでに様子を見に来ただけですよ。それにしてもフレイム氏...あなた、また床で寝ていたのですか?使い魔を大事にするのは結構ですが貴族としてはどうかと思いますよ。いいですかフレイム氏?あなたの地元では別に良かったかもしれませんがここはトリステイン学院なのです。私やルーナ嬢だからいいモノを、他の誰かに見られでもしたらどうするのですか。貴族が相手に敬意を払うのは当然のことですがそれを知ら者もいるのですから、ちゃんとベッドを使う事をお勧めしますよ?ところで、ベッドといえばこの間...」


ロビンと呼ばれた少年は長々と話し始めるが、フレイムは止めなかった。というか全く聞こえていない。

ああ...まじかよ

フレイムの頭に、そんな言葉が浮かんで消えた。
部屋に立つ少女と少年、そして自分の足下に座りこんだキツネ。
いろいろと頭がこんがらがっているが、とりあえず今は...


「・・・・まあ、とにかくご飯食べにいこっか」


フレイムの口から言えたのはそれだけだった。







なんでオイラがこんな事に?
朝食後、フレイムは自室の椅子に座って頭を悩ませていた。
(なぜか)寝巻きだった服から学院の制服へは何とか着替えることが出来た。
布を巻かれる窮屈さから、なるべく楽にしようと胸元を開いた着方はキュルケにそっくりで、部屋に入るまでロビンになにか言われ続けたが無視した。
ちなみに肝心の杖であるが、不用心に机に置いていたのでそれを腰に差しておいた。
ベッドでは今は自分の使い魔となったキツネのキュルケが、舌でチロチロ舐めながら、尻尾の毛を整えている。
それを見て、フレイムはため息をもらした。
昨日までは自分が使い魔で、そこにいるご主人のキュルケがメイジであったはずだ。
それなのに今朝起きてみれば、それが全く逆になっているのだ。
急な展開についていけず、先ほどの朝食でもフレイムは終始、口を閉じていた。(喋らなかったというだけで、食べるものはきっちりと食べた)


「オイラがメイジかよ・・・・」


フレイムの口から、再び溜息が漏れた。
召喚されてからキュルケと一緒に生活を共にしてきたが、彼らが行っていることを見ていると『よくやるよな御主人たちは...』と常々思っていた。
自分はサラマンダーなのだ。人間のようにわざわざ昼寝出来る時間に本を開いて勉強して、日向ぼっこの時間にもだらだらと長い話に耳を傾ける。
一度、人間の授業を聞こうと耳を傾けたらすぐに眠りに入ってしまった。
こんな面倒なこと、人間にしか出来ないよ。
そう思っていたフレイムであったが、自分が今、まさしくそんな面倒な立場にいることを考えるとぞっとする。
今は無くなった尻尾の炎が消えてしまう気がした。


「やだやだ...はやいとこ元に戻る方法を考えないと」


というかオイラがメイジでご主人が使い魔になっていた。
となると、ルーナやロビンの本来の主人、ジョルジュの旦那やモンモランシーも使い魔になっているのか?シルフィードも?

他の仲間はどうなっているのだろうとフレイムが考えていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
フレイムは「あ~い」と返事をすると、一人の少年がドアを開いて入って来た。
黒い髪に幼さの残る顔。今の自分と同い年ではあるだろう少年の顔にはフレイムは見覚えがあった。


「フレイムなにやってんだよ。もうすぐ授業の鐘が鳴るぞ?いくぞ」

「さ、サイトか?」

「サイトか...ってお前、まだ寝ぼけてんのか?いいから早く出ようぜ」


部屋に入って来たのはサイトであった。
あっちでは主人が隣同士の部屋だったからよく見かけたし、以前は主人の命令で部屋に連れ込んだこともあった。
他の人間とは違う服を着ていたのは覚えていたが、今目の前にいる彼は、自分と同じ、学院の制服に腕を通していた。


「サイト...お前、メイジになったのか?えらくなったな~」

「フレイム、人が親切に呼びに来たのにそれはないぞ」

「だって。いつもお前朝からパンツを洗っては干して洗っては干してを繰り返してただろ?夜中には鞭で叩かれて...ホント良かったな~貴族になれて」

「してねえよ!!なんだ鞭にはたかれるってそんな趣味ねぇぞ俺は!?いいから行くぞフレイム。今日は外で使い魔と一緒に授業を受けなきゃならないんだから、お前のキュルケも起こせよ」


ああ、そうなんだとフレイムはサイトに相槌を打つと、座っていた椅子から立ち上がり、ベッドでくつろいでいたキュルケに恐る恐ると声を掛けた。


「ご主人...じゃなくてキュル、ケ?授業があるみたいだから一緒に着いてき...じゃなくて、行くよ」


フレイムは噛みながらキュルケに言った。使い魔になったとはいえ、キュルケを呼び捨て出呼ぶのも、命令するのも初めてなので変な気持になる。
意図が通じたのか、ベッドに横たわるキュルケの耳がぴんと上がり、体をひねりながらベッドから降りた。
それを見たサイトは、フレイムに怪訝な顔を見せた。


「お前なぁ...凄いの召喚したから使い魔大事にするのはいいけどよ、いい加減その口調と態度止めろよ。どっちが主人か分からねえぞ」

余計な御世話だよとフレイムは心の中でサイトに言い返す。


「まあ、それくらいお前の使い魔は立派だしな~。それに比べて俺の使い魔ときたら言う事聞かないは、気に入らないと引っ掻くは暴れるはでホント大変...」


サイトが自らの使い魔の愚痴を語り出した時、部屋の外から何か黒いモノがサイトの頭に乗った。
それは50サント程の大きさの、桃色の毛の猫であった。明るい桃色の毛が艶やかに伸び、猫なのにも関わらず黒色の服を着ている。
つり上がった目は明らかに怒っており、サイトの頭に上り終えると、サイトの額に前足を当てる。そして、「ンニャ゛ッ!!」と一声上げると前足を一気に引っ張っり上げた。
フレイムにはすぐに「あ、ルイズだな」と分かった。


「いででででデででッッ!!!!止めろルイズッ!!痛い痛い痛い!!せっかく治ったばかりなのに!!」


サイトは叫びながらフレイムの部屋を走りまわるが、ルイズの爪はがっちりとサイトを掴んでいるようで全く離れない。
暴れれば暴れるほどにルイズの爪が食い込んでいるのだが、どうやらサイトは気づいてないらしい。


「(メイジになってもサイトは変わらんな)じゃ、オイラ先行くからサイト、ドア閉めてってね」


そう言って「行くよご主...キュルケ」とキュルケに呼びかけ、フレイムは後ろ手でドアを閉めた。
ドアの隙間から「おいフレイム!!置いてくなってッ!ルイズをどうにかしてくれッ!!」と聞こえてきたが、とりあえず聞こえないふりしてドアを閉めた。







寮を出ると授業場所はすぐに分かった。
男子寮から外へと出ていく生徒達がちらほらといたので、そいつらについていくと、数十人の生徒達が集まっている場所へとやって来た。
サイトはさっき戸締りを任せたから遅れてくるわけだが、やはり以前、教室で会った人間達とは違う。使い魔もどこかしら異なるモノばかり。
フレイムがキョロキョロと辺りを見回していると、何処からか聞いたことのある声が聞こえてきた。


「きゅいきゅいん!いい、タバサちゃん?今日はお姉ちゃんのとっておきの魔法見せてあげるのね!!」

「・・・別にいい」


壁の方に生えている木の近くで、やたらと大声を張り上げている女の子がいた。
彼女が話しているのはどうやら木の根元に座っている、女の子だろう。


「あれは...シルフィードとタバサ?」


立っている女の子はシルフィードだと確定だ。だって、あんな馬鹿そうな大声と口調はあいつしかいないもん。
となると、座っている女の子は彼女の主人であったタバサという事になるが、一見、普通の人間と変わらない。
しかしフレイムが良く見ると、タバサの体が光っているかのように白い。
体もメイジの時と比べて一段と小さい。眼鏡をかけているのは前とは変っていないが。


「シルフィードの使い魔はフェアリーってことか?しかしあれをみていると・・・」

「んもう!タバサちゃん私の話を聞くのね!!」

「今・・・・読書中・・・・・後で」

「きゅい、何読んでるのね?」

「・・・・イーヴァルディの勇者シリーズ」

「きゅい?イーヴァルディの本にしては薄いのね。タバサちゃんの世界ではこれくらいのページなのね?」

「そう・・・・今、イーヴァルディが宿敵のライバルに攻撃を受けているところ」

「きゅいきゅい!!なんでどっちも裸なのね!?あ、でも確かにイーヴァルディが苦しそうな顔してるの!!」

「これから主人公が攻めに転じる・・・・」


なんの話をしてるんだあいつらは?というか、タバサはなんの本を読んでんだろ?
フレイムは心の中で疑問に思いながら、変な空間を作るシルフィードとタバサから離れ、他に誰かいないかと探した。すると、


「あ、フレイムく~ん!!」


女の子の声が後ろから聞こえ、フレイムが振り向くと、少し先の方から一人の女の子が走って来た。
茶色の髪を三つ編みにし、その付け根にはそれぞれルビーやサファイアなどの宝石で出来た髪止めを付けている。
首にはいくつもの首飾りをかけており、指輪も数えきれない。
ド派手な装飾に身を固めた少女を見て、少し戸惑ったフレイムだが、誰なのかはすぐにピンと来た。


「どうしたんだよヴェルダンデ。そんな重いものぶら下げて走ったら転ぶぞ」

「もう~!大丈夫だよ。それよりもさ、僕のギーシュ見なかった!?さっきから見当たらないんだよ」

ヴェルダンデに尋ねられたフレイムであったが、そもそもギーシュがどんな使い魔なのか知らないから、見たも見ないもない。というか見たくもない。
フレイムは「あ゛~」と口を濁した。


「さあ...オイラも今来たばっかだから、分かんねえな」

「そお?分かった。う゛~どこいったんだよぉギーシュぅ」


涙目になりながら辺りを見回すヴェルダンデの姿に、フレイムの胸が僅かにキュンっとなる。
しかしフレイムは冷静だ。落ち着け。こいつはこんな顔してるし、いやに宝石が似合ってるけど、


オイラと同じ「ズボン」はいてるんだから!!!!


「まあ、お前の使い魔に限って逃亡はないよ(溺愛してたし)。きっとそこらにいるだろうからもっとよく探してみなよ」

「・・・・フレイムくんも手伝ってぇ...」

「そ、それはヤダ。面倒くさいし」

「ううぅ...フレイムくんのケチ」


ヴェルダンデは「いいさ!もう宿題見せてあげないんだから」と言った後、つぶらな瞳に涙を浮かべ、走り去って行った。


「あいつ...雌雄どっちか分かんなかったけど、人間になっても分かんないな」


後姿を見送りながら、フレイムはポツンと漏らした。


「なにが分からないのですか?」


声を掛けられた方を向くと、ルーナの顔が至近距離に現れた。
突然の登場に、思わずフレイムは背中をのけぞらせて驚いた。


「うわふっ!!なんだよルーナか。びっくりさせんなよ」

「なぜ私がフレイムさんを驚かせなければならないのですか?勝手に驚いたのはそっちの方です」

むぅ、こういう人を小馬鹿気味にするような話し方は変わんねえな。とフレイムが思った後、ルーナの周りを見た。
どこにも使い魔らしいものはいない。ジョルジュの旦那も、どこかに行ってしまっているのだろうか。
フレイムはからかい半分にルーナに尋ねる。


「そう言えば、ルーナの使い魔は...ジョルジュはどうしたんだ?お前もヴェルダンデみたいに逃げられたのか?」


ルーナはフッと溜息を吐くと、今度は真剣に人を馬鹿にするような目でフレイムを見た。


「はぁ、フレイムさん。私が何の理由もなく使い魔に逃げられると思っているのですか?冗談は存在だけにしてください」

「え、ハナっから存在否定?」

「貴方が心配せずともジョルジュは森の畑にいますよ。何でも今日はキノコの収穫日なんだとか。モンモランシーと一緒に朝早く出かけて行きました」

「ええっ!!も、モンモランシーも!?」

「?驚くことですか?いつものことだと思いますが...まあ、彼には前日に時間を伝えてますから、多分大丈夫でしょう」


ルーナは淡々と言うがフレイムにとっては初めて知った事なのでそりゃ驚く。
いっつも学院の花壇で何か作っているジョルジュの旦那であるが、こっちでも場所は違えど、やっている事は同じらしい。(まあ、最近は花壇だけでなく外の方にも種をまいていることをフレイムは知っているが)

というか、使い魔になってもモンモランシーといちゃついてるんかい。

呆れて、フレイムの顔が引きつりそうになった時、生徒達の前に一人の女性が歩いてきた。
紫に近い長い髪が片目を隠し、髪の色と同じルージュを塗っている顔はかなり不気味だ。
背は女性としては高く、低く見ても180前半位はありそう。
出るとこは出ており、フレイムの主であるキュルケと同じような体つきであるが、不健康そうな白い肌は全くの正反対だ。
胸が開けた服と紫色のマントを身につけたその姿は、まさしく絵に出てくる魔女そのものであった。


「皆、揃ってるみたいね」


女性のメイジは生徒たちをざっと見渡すと、その顔には似合わないくらいはっきりとした声を出した。
それに気付いた生徒は、一斉に女性の方を向いてシーンと静まる。
フレイムも隣のルーナと同じく、女性の方を向いて姿勢を正す。

(あいつも元は使い魔なのかな?教師っぽいけど、一体誰なんだろ...)

フレイムが見当をつけながらその女性のメイジを見ていると、生徒が全員いることを確認して、続けて口を開いた。


「ではこれから使い魔との共同授業を始める。皆知ってるとは思うけど、この授業を受け持つ『毒雨』のレミアよ」


「いやお前が教師かよッッ!!!」


元使い魔には場の空気なんかは関係ない。
フレイムはその場で大声を張り上げてツッコンだ。




[21602] 番外編 フレイムの奇妙な学院生活(後篇)
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2011/09/15 18:07
「いや、ホントノリで叫んじゃったんです。誓って言いますが、決してレミア先生の授業を妨害しようなんかこれっぽちも考えていません」

「教師を『お前』呼ばわりするなんて偉い度胸があるじゃないか。ゲルマニアでは通用したかも知れないが、なんで私にも通用すると考えたのかな?」


あのツッコミから数十秒後、頭にでっかいこぶを作ったフレイムは地面に正座の状態で座り込み、目の前にレミアが立っているという壮絶な状況にいた。
他の生徒はそれを離れてみており、時折、クスクスと笑い声が聞こえてきた。


「レミア先生。フレイムさんも反省しているようですし、許してもらえないでしょうか?」

「ミス・フォルベルク、私はゲルマニアからの留学生だからといって客人扱いするつもりはない。次はないと彼に言い聞かせておきなさい。では授業を再開する」


レミアは一度フレイムの方を睨むと、他の生徒が見える位置に移動した。
フレイムは恐る恐る立ち上がると、冷めた目でこちらを見ているルーナに気まずそうに答えた。


「い、いや~ありがとね?ルーナさん。おかげで助かったよ」

「全く貴方という人は...前から馬鹿だとは思いましたがココまで馬鹿だとはヴリミルでさえも気づきませんよ。もうなんて言えばいいのか...ホント馬鹿ですね」

「ルーナ...お前、外で会ってからオイラの存在否定とオイラが馬鹿だってことしか言ってないんだけど」

「レミア先生にお前って叫ぶ貴方が馬鹿じゃなかったらなんなんですか?」

「あの、オイラ貴族のメイジっていう設定だよね?これって著しく名誉傷つけられている気がするんだけど・・・・ってあれ?ルーナってゲルマニアから来てんの?」

「それはあなたもでしょう。何を言ってるのですか」

「・・・・」


話しを聞いていると、どうやら自分とルーナは共にゲルマニアからの留学生らしく、実家の領地も隣同士であるらしい。
どんな設定だよと胸の中で毒突くフレイムの前で、教師となったレミアが喋り始めた。


「今日の授業では使い魔との信頼を築くための講義です。私たちメイジにとって、使い魔はなくてはならない存在。常に愛情を注ぐことが大切です」

(あれ?真面目に教えてきたぞ。意外)

いつもはそんな口調じゃないくせに、人間になって変わったのかとフレイムは思った。

「いいですか。常に愛情を注いで上げることが、使い魔との信頼関係を築く上で重要なのです。皆に私の使い魔を見せましょう。出ておいでノエル」


レミアはボソッと呟くと、胸の間からにょきっと白っぽいモノが出てきた。
それは蛇の頭であり、頭の次は胴体とずるずる這い出てきた。
ノエルであろう白蛇がレミアの首に巻きつくと、レミアは恍惚とした表情で紹介してきた。


「んんっ...ハァこれが私の使い魔のノエルよ。普段は怖がりだから、いつもは私の・・・」

「ちょっと待ってーッッッッ!!!最後まで言わせねえよ!!?」


フレイムはすかさず大声を出した。人間になってまともになったかと思ってた矢先、全然違ってた。
むしろこの馬鹿蛇、人間になってはるか遠くに飛んでいた。


「またお前か。いい加減にしないと授業妨害で処罰するぞ!!」

「処罰されるのはお前だよッ!!なに人間になっても同じことしてんだよ!!?こっちじゃ絵的にも文的にもアウトだよ馬鹿!!」

「何を言ってるか分からないが貴様にどうこう言われる筋合いはないッ!!!私とノエルは文字通り一心同体なのだ!!これこそ、メイジと使い魔の究極の愛の形!!なぁノエル?」

「もちろんさレミア(レミア裏声)」

「はあああああああああああんんん!!!ノエルううううぅ!!!」

「なにこの状況!?つーかホントにこの人教師かよ!?」


いくら人間になったばかりのフレイムでも、こんなのに教えてもらいたくない。
そんなコトを思っているフレイムの思考を察知したのか、ノエルを抱きしめながら悶えていたレミアはいつの間にか取り出した白い杖を構え、キッとフレイムを睨んだ。
その目はまさに、今から獲物を飲み込もうとする蛇の目のようだ。


「ところで貴様...さっきから私に喧嘩を売るとはよほど死にたいらしいな。いくらゲルマニアの貴族だからといえ、許してやるほど優しくないぞッ!!」

「ちょっ・・・・」


その後、再び授業が再開されたのは10分後、レミアの毒の水塊を飛ばす魔法「ポイズン・アロー」に、フレイムが餌食となってからである。







「ううう...あんにゃろう。まだ頭が重いよ」


授業はレミアの講義から、一人一人順番に使い魔の能力を見せるお披露目会のようなものに移っていた。
レミアに呼ばれた生徒が前に出て、使い魔の名前と能力を紹介していってる。
フレイムはそれを木陰に倒れた状態で、ボーとした目で見ていた。
自分に向って撃たれる毒の矢をなんとか躱していたが、やはりそこは生徒と教師の差なのか、最終的にはあえなく頭に喰らってしまった。
幸い、命を奪うような毒ではなかったので助かったが、未だに頭は重いし、体が痺れている。
頭の方でキュルケが気持ちよさそうに横たわり、舌で自分の毛づくろいをしていた。
ご主人、使い魔になっても変わんないな~などとフレイムが考えていると、空いている木陰の横の席に、誰かがスッと座った。
フレイムが顔を向けると、ルーナが呆れた表情で見ていた。


「フレイムさんもとんだ無茶をしますね。レミア先生はスクエアクラスのメイジなのですよ。教師になる前はトリステインの魔法衛士隊にも所属していたという話ですし」

「あいつ...そんな強いの?」

「アイツっていうんじゃありません。しかし今日はどうしたのですかフレイムさん?いつもおかしいですけど、今日は一段と変なことしますね」

「それは...」


フレイムはぼーっとルーナを見る。「オイラ、実は使い魔なんだよ」と言いそうになったが、グッと口にこらえた。
このまま理由を言ったとしても、どうせ信じてもらえないし。
ぼやっとしていた頭もだんだんとはっきりしてきた。フレイムは両手を使ってんしょと体を起こすと、地面に手をつけてゆっくりと立った。
体の痺れも抜けている。レミアの奴、オイラに手加減したのか?とフレイムは思ったが、どうも納得はできなかった。それはそれで腹立つ。
そうこうしている内に前ではヴェルダンデの番が終わったようだ。
顔を真っ赤にしたヴェルダンデが生徒達の方へと戻っていく。
隣についているやたらまつ毛の長い犬が、どうやらヴェルダンデの使い魔のギーシュのようだ。


「では次、クヴァーシル・ド・ミシュラン」


レミアの呼ぶ声に、丸眼鏡をかけた少女が前に出てきた。
ヴェルダンデと同じ茶色の髪は、フワフワとした感じに肩ぐらいまで伸びている。
キョロキョロと辺りを見回して、いかにも落ち着きない。
クヴァーシルをぼんやりと見ていたフレイムは、以前、舞踏会での会話を思い出した。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

『どうしたのよクヴァーシル?元気ないじゃない』

『あの太った主人にセクハラでもされたの?』

『私...もうマスターの部屋の臭いに耐えられなくて...ほら私そんな鼻が利く方じゃないでしょ?でも部屋の中にいると時々「ウッ!!」ってなるのよね』

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







(そういやアイツの主人って臭いが凄いんだっけ。ご主人も言ってたし)

後ろに座るキュルケを見ながら、フレイムはクヴァーシルのご主人である、マリコルヌを思い出し始めた。
何とも思いだしづらいが、確か金髪だったのと、なんかぽてっと太ってたことだけは覚えてる。後、しょっちゅう何か食べてた気がする。


(う~ん。こんなのが使い魔になるってことは...クヴァーシルみたいにフクロウとかにはなれそうにないしなぁ~豚...豚かな。それしか浮かばないなぁ)


あのデブっちいメイジが、どんな使い魔になってんだろと考えていると、隣にいたルーナがボソッと呟き、


「次はクヴァーシルさんですか。彼女、小型のオーク鬼を召喚しましたけど、ちゃんとしつけられたんでしょうか?」

(おっ!?近い?)


フレイムがそう思った瞬間、前に出てきたクヴァーシルがマントの下から鞭を取り出して、それを地面に大きく振りぬいた。
すると生徒達の間をかき分け、金髪のオーク鬼が四つん這いになって出てきた。
体はオーク鬼からすると小さくでぷっと太っており、肌は白い。所々に鞭で叩かれた跡や縄目の痣が浮かんでいるが、その顔は幸福そうである。
というか、フレイムの目にはマリコルヌにしか見えなかった。


「さあ、マリコルヌ出てくるんだよッ!!もたもたすんじゃないよっ!!」ビシィ!!!

「ぶひいいいいん!!!!」ハァハァ

「大丈夫みたいですね。召喚した時は心配してましたが、すっかり懐いているみたいで...」

「大丈夫じゃねえっ!!」


毒を受けてから叫んだ所為か、思ったよりも声が出ないばかりか頭がクラッと来たが、とても黙っていられなかった。


「なんでアイツだけ変化なし!?いや変化してるけど!スンゴく変化してるけどぉ!」

「うるさいですよフレイムさん。クヴァーシルさんがオーク鬼を召喚したのは貴方だって知っているでしょ」

「いやあれ違うって!オーク鬼違う!あれ只の人間だろっ!」

「はぁ、また貴方は変なことを...ですが顔はオークそのものですし、なにより」


ルーナが指をさすと、クヴァーシルが足元で腹を見せて倒れているマリコルヌの顔に足を乗せ、


「ほらぁ!!足をお舐め!!」

「ぶ、ぶひいいいぃん」ハァハァ

「鳴き声もオーク特有の豚っぽい鳴き方じゃありませんか」

「なんか違う!!間違ってないけど何か違うよっ!?」


というかクヴァーシル、性格変わりすぎだろ。
フレイムの心の叫びも周りには届かず、他の生徒達も若干引き気味であったが、クヴァーシルは恍惚とした表情を浮かべているマリコルヌにまたがり、ゆっくりと戻っていった。
レミアは懐から取り出した紙を見てチッと見ると、忌々しそうにフレイムを見ながら言った。


「誰かの所為で無駄な時間を使った。今日は次の生徒で最後となる」

(はいはい。悪かったなレミア先生。でもそんな時間かかってないだろ)

「最後はルーナ、ルーナ・エルンテ・アルルーナ・フォン・フォルベルク」

「はい」


ルーナは立ち上がって、腰についた草の破片を手で払った。
フレイムは慌ててルーナに尋ねる。


「お、おいルーナ。お前、大丈夫なのかよ?まだルーナの使い魔帰ってきてないんじゃないのか?」


ルーナはクスクスと笑い、フレイムに小さく呟く。


「ご心配には及びませんよフレイムさん。既にジョルジュは近くに来ていますから」


余裕そうな表情を浮かべてルーナはゆっくりと前へと歩き出した。
そして皆の前に立った。


「ルーナ。お前の使い魔は?」

「大丈夫ですわミス・レミア。もうそろそろ到着しますから」

「何を言って...」


レミアが何か言いかけた時、ルーナの前に上からドサッと白い袋が落ちてきた。
それとほぼ同時に、何処からか風を切る音が聞こえたと思うと、巨大なカボチャの人形がルーナの目の前に降り立った。
体は緑のローブで包まれており、下からは白い靴、横からは手袋をはめた手が見えている。
頭のある部分には赤とオレンジが混じったカボチャが乗っかっており、目や口の部分に穴が開いていて、カボチャの顔は笑っているように見えた。
頭には農民が使うような藁で編んだ帽子をかぶっていて、その体はかなり大きく、身長の高いレミアよりも頭一つ出ている程。
ローブの横から出ている土茶けた白色の手袋をはめた手には、蛇の胴体のようなものを抱え、体はそれにぐるぐると絡まれてる。


「痛っ!!ちょっとジョルジュッたら!もうちょっと静かに降りてよね!」


ジョルジュの背中から女の声が聞こえてきた。
すると帽子の上からひょこっと顔を上げて、金髪ロールの少女の顔と手が現れた。
ジョルジュはゆっくりと胴体を地面に下ろすと、少女は不満そうな顔でジョルジュから離れていく。
下半身部は蛇であるが、上体はまぎれもなく人間のそれである。


「ありがとうございますモンモランシーさん。ジョルジュを運んできてくれて」

「私は早く戻ろうって言ったんだけど、ジョルジュがいつまでもキノコ採ってるから遅くなったわ。朝にしか採れないって言うから着いていったら大遅刻よ」

モンモランシーはベシベシとジョルジュの顔を叩く。
叩かれる度、ジョルジュの目と口からチカチカと光が出てきた。
その様子を見ていたレミアが、イライラしたように口を挟む。


「ミス・フォルベルク、使い魔が来たなら早いとこ始めないか!貴様も早く、主のところに戻れ」

「ああ、すみませんミス・レミア。ではモンモランシー、ジョルジュが採って来たこれを...そうですね、アチラの木陰にいる方に預けておいてくれませんか?」

「ん?ああ、キュルケのご主人の人ね。分かったわ。じゃあ、ジョルジュ、ルーナに恥をかかせるんじゃないわよ」


地面に落ちた袋を抱えると、モンモランシーはズリズリと体を動かし、木陰でポカンと見ていたフレイムの前に袋を置いた。


「はい、じゃあ、確かに渡したから。それ、私やジョルジュが採って来たキノコだから、勝手に食べないでよ」


モンモランシーはぶっきらぼうに言うと、キョロキョロと周りを見て、ズルズルとフレイムから離れていった。
フレイムが袋の口をほどいて中を確認すると、中には茶色や濃い赤色をしたキノコが詰まっている。


「キノコって...このまま食べるわけないだろ」


まあ、使い魔の時はバクバクと生で食べていたが、この姿になってからは、今のところそんな気は起らない。
どうやら、ある程度人間の感覚になっているのだろうか。
フレイムはキノコの入った袋を背中の方に置くと、前でジョルジュと何かしているルーナを見ていた。
使い魔になったジョルジュは喋れない様で、ルーナの命令にも言葉を返さずに、チカチカと穴のあいた目と口から光を出して、答えていた。


(カボチャのゴーレムって...ジョルジュの旦那らしいっちゃらしいな...)


その後、しばらくルーナとジョルジュが魔法を繰り出すのを、目を細めながら見ていた。そしてルーナが一通り魔法を出した時、上のほうから鐘の鳴る音が響いてきた。午前の授業の終わる合図だ。


「ん、では授業はここまでとする。今日終わらなかった者は次の時間に行うので準備してくるように」


レミアはそれだけ言うと、「じゃあ、私たちも食事にしようかノエルゥ」とノエルに話しかけながら去って行ってしまった。
それを合図に、他の生徒達もガヤガヤと動きだす。
ルーナはジョルジュと共に、フレイムのいる木陰へと近づいてきた。


「終わりましたね。ではフレイムさん、食事にでも行きましょうか」

「んん~そうしよう。オイラ、今日はなんだか疲れたよ。お腹すいたし」


フレイムはお腹を押さえながらルーナに言った。
鐘を聞いた後、なぜだかお腹が凄く空いてきた。
レミアの毒にやられた所為で体力がなくなった為だろうか、一刻も早く料理にありつきたい衝動にフレイムは駆られた。
ルーナはクスクスと笑いながら、


「なにがお腹空いたですか。フレイムさんはレミア先生と争っただけでしょ?」

「だからこそだよ。あいつの毒の所為で体力がなくなったの!」

「はいはい。では幼なじみを餓死させるのも気がひけますし、早くいきましょうか。今日はロビンさんが席を取る日ですね」


ルーナはフレイムの手を取ると、昼食の席がある庭の方へと歩き出した。
この時、人間となったルーナの手の感触がフレイムに伝わってきた。


(あ・・・・・・・・)


雷の魔法を喰らったワケでもないが、フレイムの背筋に軽い電流が走った。
アルルーナとサラマンダーが手をつなぐことは、普段の生活どころか特殊な状況になってもありはしない。
当然、フレイムも今までもそんなことは意識した事もなかったのだが、女の子の手に握られるその初めての体験に、フレイムの胸になんだかむずかゆい思いがわき上がって来た。


(まあ、いろいろあったけど...人間ってのも悪くないかも...)


女の子に手を握られてちょっと舞い上がる。
なんだか思春期の少年のような思考を掛け巡らしているフレイムであったが、実際、今は16歳の人間なのだ。そう思ってもおかしくないだろう。
フレイムは手を握りながら食堂へと向かおうとしたが、一メイルも進まない内にルーナはピタッと立ち止まった。


「あ、そうだフレイムさん。ジョルジュが採って来たキノコはどうしました?モンモランシーから預かったと思いますが」

「あ~そうだった。うっかり忘れるところだったよ!」


口元から鼻歌をもらし、フレイムは浮かれた口調でルーナに言うと、くるっと顔を振り向けた。
案の定、フレイムが目をやった場所には、収穫したキノコを入れた袋があった











が、中のキノコは地面に零れている。
というか食べられている。

誰に?

フレイムの『使い魔』であるキュルケにだ。

「・・・・・・・ん?」パチパチパチパチパチ

数瞬、フレイムは何が何だか分からず、何度も目をしばたかせた。

いやいやいやご主人?というかキュルケさん?アンタなんばしよっと?
え?キノコ?食べてるの?あんなにあったのに?あと2株と半分しかないじゃん


ご主人であるフレイムの心を察したのか、キュルケは食べかけのキノコを口に入れながらフレイムの方を見た。


(美味しかったわ♪ありがとねご飯用意してくれて。ご・主・人・さま♡)


言葉は発していないが、フレイムにはそう聞こえてきた。
お腹がいっぱいになって満足したのか、キュルケは尻尾をふわっと浮き上がらせて立ち上がると、フレイムにウィンクしてさっさとどこかに行ってしまった。
後に残ったのは空っぽになった袋と、キノコ2株である。
さっきまでの幸せはどこかへ吹き飛び、フレイムの背中には電流の代わりに悪寒が襲う。


(ふ、ふざけんなああぁぁご主人!!それジョルジュの旦那が採ってきたキノコなんだよ!?残り二株ってどんだけ食べてんの?これでどうしろっての!?)


背中に伝わる寒気はどんどんと濃くなっている。
そしてフレイムは、この寒気が自分自身ではなく、『後ろの方』からやってくるのに気づいた。
壊れた人形のように、ゆっくりと顔の向きを直す。
いつの間にかルーナは手を離していた様で、彼女は数メイル離れた場所からフレイムを見ていた。
その顔は、どこか諦めた感じである。


「え、ちょ、やだルーナさん。そんな顔で見てないで助けて...」


ルーナに助けを求めようとしたフレイムが言いきらない内に、彼の視界を緑のローブが遮った。
フレイムが恐る恐る顔を上げると...


目と口の部分から血を流したジョルジュがそこにいた。


「いぎゃあああああー!!!」


フレイムの口から、この世の終わりのような叫びが庭に木霊した。
カボチャの顔に空いた穴から、ボタボタと血が垂れるこの状況。
使い魔とか人間とか関係なく怖い。
あわわわとフレイムの口から何か出てきそうになっているが、ジョルジュは無言のままフレイムに近づいてくる。


「ちょ、ちょ、ちょまってくださいよ旦那...あれはね、おおおおいらのご主人....いや今は違うけど、キュルケが勝手に食べちゃったんで、決してオイラだけが悪いってワケじゃなくて...」


しどろもどろになりながらも、フレイムはジョルジュを説得しようとするが、無言のまま血を流すジョルジュに、フレイムは今にも気絶しそうであった。
ふと、ジョルジュが口の中に手を入れた。何かを探るようにガシャガシャと動かすと、やがて口に入れていた手をゆっくりと取り出した。


血にまみれた鎌を掴んで







クエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッッ!!!!!!!


気づくと、見たことのある部屋の中にフレイムはいた。
心臓がバクバクと鳴っているのが自分でも分かる。
しかし、フレイムがいる場所は学園の庭ではなく、いつも自分が寝ている部屋の寝床。目の前には鎌を持ったジョルジュではなく自分の主人である、キュルケが驚いた顔で見ていた。
褐色の肌に胸元が開いた制服、尻尾も生えてはいないし赤い毛も生えていない。


「ちょっとフレイム?いきなり大声で鳴いてどうしたの。びっくりしちゃったじゃない」

(ゆ、夢...夢?)


フレイムは目を白黒とさせながら、部屋の中を見渡して、目の前の化粧台に座るキュルケ、そして自分の体と目を移した。
人間のような細い手足じゃなく、いつもどおりの赤い肌に黒い爪がある。
後ろ見れば、火のついた自慢の尻尾がチリチリと音を立てていた。
夢...夢だったのか?
フレイムはポカーンと空いた口が動かなかった。
それを見ていたキュルケが心配そうに近づいてきた。


「さっきまで気持ちよさそうに眠ってたのに急に大きい声で鳴くだなんて、びっくりしたわ。怖い夢でも見たの?」


キュルケが撫でながら話掛けてきたことで、フレイムはようやく、自分が元に戻っているんだなと確信を持てた。
頭に伝わってくるキュルケの手の感触が心地いい。夢の中では悪夢の発端を作ってくれたが、今はそんなことはどうだっていい。


(そ、そうだよな~!!いきなりオイラが人間になってるなんて..それにレミアが人間の先生だなんて...突拍子もいいとこだよな!あああ、良かったよぉ~!あやうくジョルジュの旦那にエライ目にあうとこだったもん)


ジョルジュが血まみれの鎌を取り出した場面を思い出すと、フレイムの体にぞわっと寒気が起き上がった。
ジョルジュは普段は優しいが、怒った時の豹変ぶりは使い魔の間でも有名であった。
それを実際に体験したフレイムの心の中では、

「絶対にジョルジュの旦那を怒らせちゃアカン」

ということが心に深く刻まれた。

フレイムはゆっくりと寝床から這い出てくると、安心した所為か空腹感が襲ってきた。
キュルケもそれに気付いたのか、
「そういえばもうすぐお昼ね。フレイム?今日は外で一緒にご飯食べようか♪」
と頭ももう一度撫でると、部屋の扉から廊下へと出て行った。
フレイムもその後ろについて部屋を出た。


「クエッ♪」

(ああオイラ...ご主人の使い魔がいいや。人間になるなんてもう頼まれてもいやだもんね)


いつもはそんなに感じなかったが、今日はやけに主人の優しさが身にしみる。
フレイムは意気揚々とキュルケについていき、既に頭の中は今日の昼ご飯の事で一杯になっていた。













しばらくして、扉が閉められたキュルケの部屋に、閉め忘れていたのか少し空いていた窓から風が入ってきた。
風の動きにつられるように、壁に寄せられたカーテンが僅かに揺れる。

その時、部屋の床にぽとりと何かが落ちた。

部屋に敷かれた色の良い絨毯とは違う、土に似た濃い茶色と深い赤色。


二色のキノコが、床に転がっていた。



[21602] 48話 当日には大抵アクシデント
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2011/09/15 18:07
品評会当日、アンリエッタ姫が学院にやってくるのは昼過ぎだという事で、生徒達は姫様らが来るまで教室で授業を受けることとなった。
しかし、教室の中にはいつもの騒がしさは嘘のように無かった。多くの生徒は夜遅くまで準備をしていた影響で騒ぐ元気と体力はなく、ぐったりと机や椅子にもたれかかっていたのだ。
ギーシュやマリコルヌは机に顎を付けて寝息を立て、ジョルジュやルイズもうっつらうっつらと首を揺らしている。偶々教室に来たサイトなんかは涎を机に放出しながら爆睡しているほどだ。
タバサも自分の瞼に目を描いて目を閉じるという、何ともベタな方法で誤魔化そうとしており、ノエルに至っては本日もエルザを替え玉にしている。(エルザ本人も寝ているのだが)
教室全体がそんな状態だからなのか、教室の中に変わった人物がいても、彼らは全く関心を示さなかった。


「兄さん起きなよ。もう授業が始まるんだろう?そんな眠そうにしていたら先生に怒られてしまうよ」


今朝早く、学院へとやって来たジョルジュの妹サティは、隣で目をゆっくりと閉じそうになっていたジョルジュの肩を掴んで左右に揺すった。
ジョルジュの顔が往復する毎に、彼の顔色が段々と青くなってくる。


「ちょ、サティあんまり揺らさないで...そんな激しくされると酔うだよ。というか何でサティ、オラたちの教室にいるだか?こ、こういう時って一年生の教室じゃ...」

「ステラ姉さん達は魔法の屋外実習だからって今、学院にいないんだ。だからジョルジュ兄さんのいるクラスにってオールド・オスマンに言われたんだよ。ほら兄さんしっかりしなってば」


サティが手を肩から離すと、重力にでも導かれるようにジョルジュは椅子にもたれかかった。
それは寝不足でなのか、サティが揺すったからのか定かではないが、目をこすりながら姿勢を戻したジョルジュは、未だに垂れ下がってくる瞼を必死で持ち上げてサティに尋ねた。


「し、しっかし学院に来るの早いだなぁサティ...おとんも品評会に来るって聞いてたから、てっきり昼ごろに来るのかなって思ってただよ」

「昨日までは父上と一緒に王宮にいたんだけどね。待ち切れなくてゴンザレスに乗って一足先に来たんだ。父上は姫様と一緒に来るよ」

「王宮って...おとん、なにかしでかしただか?」

「さあ?マザリーニ枢機卿やら他の大臣とやらと話していたらしいけど、僕には詳しい事は分からないよ。僕は親睦会とやらで大臣たちのご子息やご息女と一緒にいたから」

「そうだか~」

「なんとも奇妙な集まりだったよ。僕よりも年上の子たちばっかりなのに、皆僕の事「お姉様」、「お姉様」って言ってくるんだから」

「まあ、サティは同い年の子よりも少し体おっきからなぁ。年上と間違われても無理ねえだよ」


ジョルジュの言うように、サティを前にして「彼女は11歳です」といえば誰もが冗談だと思うだろう。実際、教室の中でのサティは他の生徒よりも背が高く、大人びている。
椅子に座っていてもその存在感はかなりのものであり、静かな教室というこの状況ではより彼女の存在は浮き上がっていた。
にも関わらず誰も反応しないのは、それほどまでに全員が眠いのだろう。今だに声を上げる者は、サティとジョルジュの他に、一人か二人程である。
喋っていて大分眠気が覚めたのか、ジョルジュは目をこすりながら伸びをした。
それとほぼ同時に、教室のドアを荒々しく開け、漆黒のマントをなびかせながらギトーが入って来た。


こういう時に限って、嫌な教師が来るのである。


「諸君起きたまえ!!これより授業を始める。知っての通り私の二つ名は「疾風」、疾風のギトーだ」


ギトーが教壇で大きな声を上げると、先ほどまで眠っていた生徒達は一斉に起きあがった。
涎を垂らして眠っていたサイトも、体をビクッと震わせて目を教壇へと向ける。
教室が先ほどとは違う理由で静まりかえる。それに満足したのか、ギトーは教室を一度見渡した後、黒板へとチョークを走らせた。
それから授業は始まったのだが、ギトーの授業は、教えるというよりも自らの系統である風の自慢話のようなものであった。
サティはギトーの話に耳を傾けているが、生徒にとっては何度も聞いている内容であるため、多くの生徒はうんざりした表情で教壇に顔を向けている。


「・・・というワケだ。では...」


一通り話し終えたのか、ギトーは教室の最善列に座っていたサティの前で目を止めた。


「最強の系統は何か知っているかね?ええっと...ミス・ドニエプル」

「・・・?僕ですか?」


急に質問を当てられたサティは一瞬困った表情を浮かべた。その時、やっと教室の生徒達がサティの事に気づき始め、教室の場所場所でヒソヒソと声が聞こえてきた。


「おい・・・今ミス・ドニエプルって・・・」ヒソヒソ

「あの前に座ってる人だろ?ジョルジュの姉じゃないのか?」ヒソヒソ

「てか...デカイな」ヒソヒソ

「妹だってよ」ヒソヒソ

「義妹...」ブツブツ

「へぇ~あれがお兄ちゃんの言ってたサティちゃんか...確かに負けそう」ヒソヒソ

「あれで11・・・・・認めないッ」ギリギリ

「オネエサンヨウジョッテ・・・・アリダナ」ハァハァ


一部から荒い息遣いが聞こえてくるが、サティは少し悩んだ後、落着きはらった口調でギトーの問いに答えた。


「ミスター・ギトー。先程からのご講義を聞いていますと、最強の系統は風であると言いたいところですが...」

「ほう、違うというのかね?」


サティは遠慮しがちに言葉を続けた。


「魔法は戦闘状況によって有利不利が変わりますので、えと...一概にどの系統が最強とは言い切れない思います...」

「残念だがそうではない。系統の優劣は戦闘こそはっきりとなるのだ」


ギトーは教壇の前に置かれた教卓に片手をつけ、腰に差していた杖を引き抜くと自信満々にサティに言った。


「試しに私に攻撃をしてみたまえミス・ドニエプル。聞くところによると、君はその若さでドニエプル家で最も優秀なメイジだと聞いているが」

「え?」


突然の言葉にサティはバッと横を向いた。ジョルジュも何言ってるんだこいつといった表情で、ギトーの方を見ている。
サティはジョルジュの耳に顔を近づけると、小声で話し出した。

(ちょっとジョルジュ兄さん!?一体あの先生は何を言ってるんだ?僕はそんなこと聞いたことも言われたこともないよ!?)

(そ、そんなこと言われてもお、オラだって知らねえだよ!?)


慌てふためくサティを見て、ギトーは笑いながらサティに言った。


「どうしたのかね?遠慮なく魔法をぶつけてきて構わないぞ?それともドニエプルでは畑仕事が忙しくて魔法は習ってないのかな?」


明らかにサティとジョルジュを挑発したセリフに、教室からもかすかに笑い声が聞こえてきた。
こういった事はジョルジュは別段慣れているので、言われてもあまり気にはしない。ジョルジュだってもうちょっとした大人なのだ。生きてる年月だけでいえばもう40を超えている。
ハハハっと小さく笑って誤魔化したが、隣の妹の顔からは笑みが消えていた。


「では...お言葉に甘えさせてもらいましょうか。ミスター・ギトー」


ジョルジュが横で呼び止めるのも聞かずにサティは机に手を掛けて飛び上がると、ギトーの手前、教卓を挟んだ3メイル程の位置に着地した。
190サントの長身である彼女が立つと、決して身長が低いワケではないギトーも小さく見える。
ジョルジュが帰省した時よりも伸びた白い髪は逆立ち、微かではあるが黒いオーラのようなものが滲み出して来ている。
急に変わったサティの雰囲気にギトーは僅かにたじろぐが、それでも11歳という年齢と、まだ杖を持っていない彼女を見て安心しているのか、手に持った杖を構えずにいた。


次の瞬間、サティの体がゆらりと横に揺れた。


ドゴンッ!!!


サティが足を一歩前に出して距離を詰めたと同時、体を捻って出した蹴りを教卓へと撃ち込んだ。サティの蹴りの勢いはそこでは到底止まらず、後ろにいたギトーを教卓毎黒板へと叩きこむ。
鈍い音と共にギトーはカエルの様な鳴き声を出して黒板へとめり込んだ。


「ああ...すみませんミスター・ギトー。てっきり防ぐと思って、全力で撃ち込んだんですが...」


ぼそっと呟いた後、サティはゆっくりと蹴り足を戻す。数瞬後、カンっと教卓の破片が落ちると、黒板に張りついていた教卓とギトーが教室の床に落ちた。
ギトーはどうやら気絶しているらしく、白眼をむいている。
その光景に、教室中が静まりかえった。しかし生徒達は心の中で同じことを考えた。


(((((魔法の系統関係ねえ...))))))


その時、教室のドアがガチャッと開き、固い表情のコルベールが現れた。
いつもの汚れたローブではなく、細やかな刺繍が入ったローブを身につけ、その頭には今まで見たこともない金髪ロールが乗っている。
コルベールは教壇に伸びているギトーを見てぎょっとするが、それも少しだけ見た後、教室にいる生徒達に大声で告げた。


「生徒諸君!!予定よりも早いですが、まもなくアンリエッタ姫殿下がこのトリステイン魔法学院に到着するとの一報が届きました。皆さんは正装した後、直ちに門に整列。その後品評会へと入りますぞ!以上!!」


それだけ言うとコルベールは、ギトーをほったらかしにして廊下を走り去って行った。
コルベールの言葉で、慌ただしく動き始めた生徒たちを見ながら、サティはジョルジュに呟いた。


「この学院には・・・変わった先生たちが沢山いるんだね兄さん」

「まあ、オラたちが言えたことじゃないだよ...」








トリスタニアから魔法学院へと続く街道を、数台の馬車が車輪をゴトゴト鳴らしながら進んでいる。
馬車には王宮で働く貴族や品評会に招かれた貴族たちが乗っており、その横を固めるのが王宮の近衛部隊や魔法衛士隊と、配置されている部隊からも分かる通り、いかに厳重な警備かが見て取れる。
中でも一際絢爛豪華な馬車の中で、アンリエッタは街道で手を振る平民に、笑顔で手を振っていた。
その華麗な顔立ちと気品が漂う佇まいに、「アンリエッタ姫殿下万歳!」と歓声が沸き上がった。しばらくして、魔法学院の外壁が見えてきた。
アンリエッタは馬車の中からそれを確認した後、顔を馬車の中に入れて窓のカーテンを下した。


「ハアァ~」

「姫様、先程からため息ばかりつくのはおやめ下さい」

「アニエス...ため息だって出ますわよ」


羽毛で作られた席に深々と腰をおろしたアンリエッタは、いかにも不満げな表情をアニエスに向けた。
その顔は、先ほどまでの一国の姫の表情とは打って変わり、まるで親しい友人に相談事を話そうとしている少女そのものである。


「あのねアニエス、私ってトリステイン王女でしょ?」

「存じて上げております」

「こんなことあまり言いたくないですが、マザリーニやお母様の次くらいには偉いでしょ?」

「まあ...人物的にはともかく、ポジション的にはそうですね」

「だったらその臣下であるアニエスは私の命令を聞くわよね?」

「もちろん、姫様のご命令であれば命に代えても遂行して見せます」

「...!!それじゃあアニエス♪今からちょっとメイクを変えたいから...」

「駄目です」

「・・・・」


馬車の中に沈黙が流れる。だがそれもほんの少しだけ。


「なんでよッ!!?『命に代えても遂行して見せます』って言ったじゃない何その矛盾!?化粧を変えるくらい、別に良いじゃないのッ!!」

「ダメなモノは駄目ですッ!というかあの時の化粧、姫様がまだ覚えてるのにビックリですよ!」


席から立ち上がって抗議するアンリエッタをなだめようと、アニエスも席を立つ。
アンリエッタはかつて二人で入った化粧品店で施してもらった、顔を真白に塗ったド派手メイクに未だ感銘を受けてるらしく、今でもそれに強い憧れをもっていた。
しかしそんなのを学院の品評会で見せようというのだから、本人は良くても周りはたまったものではない。あの時の顔で生徒や平民達の前に出ようものなら、
『トリステインの白百合、魔界に降臨!!』
なんていうなんとも抜けた見出しでトリスタニア全土に号外が出るだろう。
それを防げなかったアニエスなど、リアルに魔界に送られてしまう。


「今こそマダムに教わったメイク・スキルを広めるチャンスですわ!かつて、とある国の女王が自分のファッションを流行らせたように、私も一歩先にいった美を流行らせて見せます!」

「ダーメーですって!一歩先どころか完全にフライングしてますから姫様のは!全く、品評会を見に行くのに自分が品評される立場になってどうするのですか姫様!?」

「むきーっ!アニエスのいけずぅ!」


それからしばらく、「やるの!」「駄目です!」の言い合いが魔法学院の門手前まで続いた。







「ほら姫様、いい加減に機嫌を直して下さい」

「フンッ、王女のお願いも聞いてくれない臣下の言う事なんて聞きませんわ」

(面倒くさいなも~)


アンリエッタを乗せた馬車は無事に魔法学院に到着し、学院長であるオールド・オスマンとの顔合わせも済んだ二人は、品評会が催される会場の席に来ていた。
学院の校舎の裏手にある広いスペースを利用して作られた会場は、背後に白い厚手の幕を降ろし、金の細工が施された柱や石を使って組まれたステージがかなり豪華に見える。
トリスタニアの高級な劇場へ行っても、ここまでのモノはないかもしれない。
ステージから少し離れた場所には、学生達が座る椅子が置かれており、その後ろには今日招かれた貴族たちが座る来賓席が、きっちり整えられて並んでいる。
後ろへ行くほど席も豪華になっている具合は、これから席に座る貴族達の力関係を示しているようだ。
その席の下や周りには色取り取りの花が咲いており、会場全体に甘い香りが漂う。ステージ、客席、そして雰囲気共に最高の環境だ。
そしてその最後尾には、どれよりも華やかに作られているアンリエッタの席が、重々しく置かれていた。
アンリエッタ一人であるにも関わらず、3人は楽々と座れそうな長椅子は、椅子というよりもソファに近い。
後ろに飾られた金とプラチナのレリーフが太陽の光で輝き、その輝きが彼女の美貌と、人気の高さを表しているように思える。
傍にはアニエスと、少し離れた場所に魔法衛士隊のメイジが4人、アンリエッタとアニエスを囲むように立ち、鋭い視線を周囲に突き刺していた。
しかしそんなトリステイン姫殿下も、魔法衛士隊と同じ様に目を細め、頬を膨らましていた。
誰の目から見ても分かる通り、明らかにご機嫌斜めである。


「皆に見られる場所でそんなお顔は止めてください姫様。ほら、学生たちがこちらを見てますよ!」

アニエスは不機嫌そうに眼を細めるアンリエッタの前に立ち、他の人から顔が見えないようにしつつ、アンリエッタにどうにか笑顔になってもらおうと必死に説得していた。

「・・・・」ツーン

(ああもうっ!こんのワガママ娘は~ッッッ!)

「アニエス、今『ああもうっ!こんのワガママ娘は~ッッッ!』って思ったでしょ?」

「そりゃ思って・・・ないですよなに言ってるんですか姫様は可笑しな人ですねアハハハ」


見事に心の声を言い当てられたアニエスの開いた口から乾いた笑い声が出てきた。
それをジトっと見ていた、アンリエッタの顔が僅かにほほ笑んだ。


「・・・・・・アニエス」

「は、ハッ!なんでしょうか?」

「喉が渇きましたわ。なにか飲み物を持ってきてはくれませんか?」

「の、飲み物ですね!?」


アニエスの目が鋭く光った。

(おおおお...やっと機嫌が直りかけてきたぞ。ここはこれ以上悪化させないようにせねば)

「分かりましたっ!ただ今お持ち致します!」


頭を下げてアニエスは言うと、一番近くにいた護衛のメイジに「すぐ戻ってくるので姫様をお願いします」と告げると、すぐさま給仕室がある食堂の方へと駈けだしていった。
少しした後、彼女の背中に「あと何か簡単に食べれる物もね~」という声も聞こえてきた。






「はぁ、全く姫様ももう少しトリステイン王女の自覚をだな...」


ため息と愚痴が交互にアニエスの口から出てくる。学院の生徒や貴族がチラチラと見てくるが、彼女にはそんなの関係なかった。
アンリエッタと二人でトリスタニアへと赴いた日から、アニエスは度々アンリエッタの護衛につくようになった。
式典や視察の道中での護衛などが主であるが、貴族でもなく、しかも騎士としてもまだ若いアニエスにとっては大出世といっても過言ではない状況である。
しかし護衛といいつつもその内容は、アンリエッタの愚痴を聞いたり駄々をこねるのをなだめたりと、血生臭い事どころか剣士らしい仕事は全くない。
平和なのは大変結構であるのだが、真面目なアニエスとしては少しやるせないのであった。
幸か不幸か、アンリエッタは彼女を気に入ったようで、アニエスとしても最近では「手間のかかる妹」のように思えてきていた。
今回の品評会では、本来アンリエッタの護衛を務める筈であった魔法衛士隊長のワルド子爵が数日前に何者かの襲撃を受けたとの情報が城を駆け巡った。
幸い本人の命に別状はなく、まだ完治していない個所に包帯を巻いて品評会に出ているのだが、敵国の闇討ちと判断した王室は警備を一層強化。
近衛隊と魔法衛士隊の数を増やすと同時に、学院の周囲にも兵を配置したのである。
その際、アンリエッタから直々の指名を受けたのがアニエスのいる部隊であった。

そんな理由で現在、アニエスは姫の機嫌直しをすべく、学院の給仕室の前にいた。
出そうになるため息を抑え、代わりに咳を出したアニエスが入口の扉を開くと、使用人の休憩室と思われる部屋に数人の女性が立っていた。
濃紺のワンピースに白いエプロン、その姿から学院のメイド達だと思われるが、一人だけ、服装がアニエスと一緒なのがいる。


「あの...騎士様困ります」

「動くな!これは重要な任務の一環なのだ!お前達が危険人物ではないと確認するため。いいからじっとしているんだ」


そう言うと騎士は荒く呼吸をしながら、横一列に並んでいるメイド達の顔と体をジロジロと見ていく。
そして一番端まで行った後、少し前に戻って、目の前にいるメイドに指をさした。


「お前...名前は?」

「え?...し、シエスタと申します」


急に質問されてビクビクと震えるシエスタに、その騎士はハァハァと呼吸を荒げ、「けしからん、けしからんぞぉ...」と何かブツブツつぶやき出した。
アニエスの場所からは背中しか見えないが、その後ろ姿は見覚えがありすぎる。


「お前!服の下にけしから...危険物を持っているな!」

「へっ?」

「よ、よし。来い貴様。少々取り調べを...」

「な~にやってんだミシェル!」


シエスタの手を取ろうとした騎士の頭に、アニエスが勢いよく手を振り下ろした。
「グハァッ!」という叫びと共に、ミシェルと呼ばれた騎士は頭を押さえながら後ろを振り向いてきた。しかしアニエスだと分かった途端、その表情は驚きと嬉しさを混じらせたものに変わった。
その顔を見て、アニエスの口から本日何度目かの溜息が洩れた。
アニエスと似たつり眼と、青が混じった黒いショートカットがボーイッシュさを漂わせている「彼女」は、部隊の後輩であるミシェルであった。
一年遅れで入隊してきた彼女はアニエスの事は「先輩」といって慕ってくるのであるが、その端正な顔立ちの影に獰猛な本性を隠し持っているのである。


「あ、アニエス先輩!なんでここにいるのですか?まさか...私に会いに来てくれたのですか!?」

「なわけないだろ!お前に会いに行くくらいなら一人で竜の巣に突っ込んだ方がまだマシだ!」


彼女、無類の女好きなのである。
入隊当初はその真面目な仕事ぶりと剣の腕、そして数少ない同性ということで、アニエスも可愛い後輩が出来たと喜んでいた。
しかし夜勤の時や仮眠を取る時など、一緒にいることが「妙」に増え始めてから、彼女は徐々に牙をむき出してきた。


『先輩!隣で寝てもいいですか!?先輩の匂いがないと眠れません!』

『先輩!剣の訓練に付き合って下さい!大丈夫です。練習着は私が使った後エフンエフン洗っておきますから!』

『先輩!偶には街に飲みに行きませんか?「魅惑の妖精」亭っていう良いお店があるらしいんです!なんでも可愛い女の子にお触り出来ると・・・・』

『先輩というかお姉さゴブハッ!!』(最後まで言い切る前にアニエスに蹴られる)


と、これまでに何度となくアニエスを「そっち」の世界へと引き込もうとしてくるのだった。
アニエスとしても、「可愛い後輩」から「かなりうっとおしい後輩」へとジョブチェンジしたミシェルの扱いには困り果てていた。
そのうっとおしさは、最近では気を抜けば寝床なり風呂場なり襲いかかる彼女をもはや「後輩」から「暗殺者」という立場に変えようかと思っている程うっとおしいのである。
しかも彼女、仕事は真面目に良くこなすのでタチが悪い。
どうすればいいかオロオロとしているメイドに、アニエスが「姫様への飲み物と菓子を頼む」と、お茶の入ったポットとお菓子を頼んだ。
メイド達はこの状況から逃げれると分かったのか、顔を明るくして厨房へと戻っていった。
シエスタ達が厨房へと消えたのを確認し、こちらを見て頬を赤く染めたミシェルに顔を戻すと、アニエスは何度目かの溜息を吐いた。


「ミシェル、お前今日は学院の外での見張りだろ?なんでこんな所にいるんだ」


アニエス自身はアンリエッタの話相手もとい護衛役に指名されていたため、部隊の具体的な配置などは聞いていなかった。
しかし大まかに聞いたところだと、姫様を中心に魔法衛士隊と近衛隊が配置され、学院の屋上にもメイジの見張りが設置されているとのこと。そして学院の外をアニエスらの部隊とメイジの部隊が囲むように置かれていると聞いていた。
だから同じ部隊であるミシェルが学院の中に、それも給仕室にいるのは明らかに不自然であったのだ。


「先程交代がかかりまして、今は休憩中です。それで外の木陰で休んでいたんですが...壁の向こうからメイド達の楽しげな声が聞こえてきて...我慢出来ませんでした」

「どんだけメンタル弱いんだお前は。裏路地にいる強盗でももっと我慢強いわ」

「だって...だって先輩がいけないんですよッ!」


突然の被害宣告にアニエスの口が思わず「はっ?」と聞き返してしまった。
ミシェルは拗ねたように口を尖らせて、言葉を続ける。


「今まで先輩がいたから、あんな野郎共の臭い漂う中でもやってこれたのです」

「お前今さらっと凄いこと言わなかったか?」

「それが最近の先輩はアンリエッタ姫とイチャコラいちゃこらチュッチュと...今日だって先輩だけ姫様の護衛で、私は男臭い野郎共と一緒。しかも女子生徒すら見れない学院の外にって...なんですか?この差は?私にどうしろというのですか!?」

「どうもこうも、ちゃんと仕事しろ。というかお前、そんな男嫌いなのに今まで良くやってこれたな...」

「先輩がいたからですよ!先輩の優しさと香りと存在が私を支えていたのに!それを姫様が奪っていって...ずるいです!私も混ぜて下さい!」

「あほかッ!」


アニエスのチョップが再びミシェルの頭へと振り下ろされる。「クハッ!」と声を上げて頭を押さえるミシェルを呆れた表情で見ながら、アニエスはまたため息を吐いた。
正直形だけとはいえ姫の護衛をしている自分が、なんでわざわざ危険人物を連れていかねばならないのだ。

最近、上司にも同僚にもめぐまれない気がする...

アニエスの胃がキリキリと痛み出した頃、先ほど厨房へと行っていたメイドがお茶を入れたポットとカップ、そしてお菓子を入れたバスケットを持ってきた。


「あの騎士様、これでよろしいでしょうか?」

「あ、ああ、これで構わない。感謝する」


早く姫様の元へ運ぼうとアニエスがメイドから素早くお茶の乗ったトレイとバスケットを受け取ると、すぐさま体を方向転換させ、出口へと歩き出そうと足を踏み出した。
しかし、ミシェルによってそれは止められた。


「待って下さい先輩!私も一緒に行きます!」


ミシェルは出口へと行こうとするアニエスの腰の部分を掴んだ。
急に引っ張られたことで、ポットのお茶とカップがグラグラとトレイで揺れる。
必死でバランスを取りながら、アニエスは腰にしがみつくミシェルを振りほどこうとするが、お茶道具を落としかねないために十分に力を入れられない。


「何言ってるんだお前は!?いいから大人しく持ち場に戻れ!」

「私だって、姫様とイチャイチャしたいんです!正確に言えば母性あふるるアニエス先輩と純粋な乙女の姫様とでいちゃイチャしたいのです!」

「知るか!つーか離せ馬鹿!お茶が零れるし...ほら何かメイド達がぬるい目でこっち見てるじゃないか!」

「いいじゃないですか。今こそ我らの強さを民衆に見せつけましょう♡」

「くっそ私の周りにはロクな奴がいないな!」


その後、アニエスが給仕室を脱出したのは、それから少し経ってからであった。
彼女が会場へと戻るまで、アンリエッタはキョロキョロと辺りを見回し、アニエスが来るのを待っていたのだった。


「遅いなぁ~アニエス...もうすぐ品評会が始まるのに...」


まだ来ないアニエスを心配しているのだが、アンリエッタの耳には品評会の始まりを告げる、司会役の教師の声が聞こえてきた。


「では、品評会のほうに移りたいと思います!まず最初の学生は、ギーシュ・ド・グラモンとその使い魔ヴェルダンデです!」



[21602] 49話 危険なものほど身近にいる
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:26adb543
Date: 2011/09/25 19:09
表の観客席が人で埋まった頃、ステージ裏手では集まった生徒達の間に緊張がピリピリと駆け巡っていた。
ステージ後ろは今日の品評会に出る生徒達の待機場所として設けられており、簡単な椅子やテーブルが置かれている。
舞台裏とステージを隔てている白幕の横端には石を削って作られた段があり、それを上ると丁度ステージの端に入れるように備え付けられてあるのだ。
観客席は既に満席状態だ。観客席の手前には学院の1,3学年の生徒達、その後ろには来賓として呼ばれた各地域の貴族たちが座っており、さらに後方には国の重役である大臣も座っていた。
そしてその最後尾、「トリステインの白百合」と呼ばれるあのアンリエッタ姫殿下がいる。
幕の隙間から観客席を覗いていたルイズは、その人の多さに思わず唾を飲んだ。


「お、思ってたより人がいるじゃない・・・」


前回は見る側だったルイズであるが、去年よりも明らかに人が多い。
大抵は生徒の親と学院近くの領主、それと王宮から呼ばれた大臣が数人程来るぐらいなのだが、今年はそれをはるかに上回っている。
やはりアンリエッタ姫が来ているからなのか。ルイズは観客席の一番奥にあるアンリエッタ姫が座る席に目を移した。
その時、


「何しているんだいルイズ?」


急に背後から声を掛けられ、ルイズが「ヒャワッ!!」と声を上げると、近くにいた生徒達がルイズをジロッと見た。
檀幕の隙間から顔を抜いて後ろを振り向くと、辺りをキラキラとさせながら笑うギーシュが、なぜか上半身裸でいた。


「フフンッ、なんだいルイズ、ヴァリエールの息女ともあろう君が、覗き見なんて感心できないよ」

「うっさいわよギーシュ!それよりなによアンタのその格好!?」

「なにって...ステージの衣装に決まってるじゃないかぁ♪どうだい?美しいだろ?」


くるりと回ってポーズを取るギーシュだが、衣装というのはあまりに際どい。
上裸に下は腰布一枚、体には錬金で作ったのか、バラの花びらが体中にひっ付けられている。
ポーズを付けたギーシュの傍に、黒い蝶ネクタイをつけたヴェルダンデがやって来た。
こちらは見る人によっては可愛いのだが、隣にいる主人が、それが見事打ち消している。


「ギーシュ...ホントにそれで行く気?」

「当然じゃないか!僕とヴェルダンデという芸術を最も華麗に美しく魅せるのはこれしかないよ!ルイズ、君には悪いけど、これで僕の優勝は揺るがないさ」


ギーシュ本人としては至って真面目らしい。右手を上げてポーズをとると、高らかに優勝宣言をしてきた。
ルイズは体から、急に力が抜けてくる感覚を覚えた。さっきまで緊張していた自分が馬鹿に感じた。

なぜか涙が出てきそう。

その時、表にいる司会役の生徒の声が聞こえてきた。


「では、品評会のほうに移りたいと思います!まず最初の学生は、ギーシュ・ド・グラモンとその使い魔ヴェルダンデです!」


その言葉に反応したギーシュは、「ではルイズ!僕は呼ばれたから行ってくるよ!」というと、生徒達が集まっている後ろの方を向いて、


「では行ってくるよ諸君!後ろから僕とヴェルダンデの芸術をしっかりと見ててくれたまえ!」


と大きく声を張り上げ、腰布をヒラヒラさせながら意気揚々と段を駆け上がっていった。
ギーシュが上がった瞬間、観客席から黄色い声か悲鳴が聞こえ、その後はなにも聞こえなくなった。

一体何が起こってるのかしら...

ルイズは逆に見てみたいという気持ちにはなったが、やはり怖くて覗けない。
そんなことを考えながらウロウロとしていると、片手にお菓子の乗った皿を持ったサイトがやって来た。


「すげーなギーシュの奴、貴族なのにあんな体張るなんて...」

「て、あ、サイト!アンタどこ行ってたのよ!?」

「なにってさ…ホラ、俺らの番って大分後だろ?だから給仕室のところ行ってシエスタから食べ物貰って来たんだよ」


口調を尖らせてサイトはお菓子の乗った皿をルイズの前に出した。白い深皿にはクッキーやカップケーキなどがのっかている。


「アンタ、またあのメイドと遭ってたの!?」

ルイズに指摘され、サイトの顔がしまったという表情を浮かべたが、悟られないようにすぐに表情を戻す。

「いまさら慌てたってしょーがねーじゃんよルイズ。ほら、お前も食べて落ち着けって」

「ちょっと話を逸らさなンムッ!」


サイトが皿からクッキーを一枚取ると、まだ何か言ってきそうなルイズの口に放り込んだ。
突然口の中に入れられて驚くルイズだが、味が良かったのか、渋々とした顔つきでクッキーを齧った。


「・・・・アンタホント大丈夫なんでしょうね?今日は姫様もいるのよ?」

「任しとけってルイズ。こういう滑れない状況でこそ、俺の力は発揮されんだから!」


自信満々にガッツポーズをとったサイトの左手のルーンから、なぜか光が出てきた。
こういうときは頼りになる使い魔なのだが、何故だか今日はいまいち安心できない。
口の中のクッキーを飲み込んだ時、ギーシュが壇上から降りてきた。その顔はなぜか汗まみれで、下を唯一隠している腰布も一層際どくなっている。
そして満足げな表情は、なにかをやりきった感を醸し出してる。


しかし拍手も歓声もなく降りてきたギーシュが何をしてきたのか、ルイズは怖くて聞けなかった。







品評会はギーシュの出し物 『芸術 僕と悲しみとヴェルダンデ』 を皮切りに、順調?にスタートした。
プレッシャーで失敗する生徒や、直前になって使い魔に逃げられる生徒も見られたが、
キュルケのフレイムが大きく火柱を吹いた時には今日一番の歓声が上がった。
それを最後尾で観ているアンリエッタは、アニエスが貰って来たお菓子を頬に詰めて声を上げていた。


「んむ!?凄いですねあの使い魔はアニエス!モグモグ見たところサラマンダーのようですが…モクモク」

「姫様、モノを口に入れながら喋らないで下さいよ!ほら、大臣の方々がこっちを見てますよ。ああ、ほっぺにお菓子が...」

アンリエッタの傍に立っているアニエスはポケットからハンカチを出すと、アンリエッタの頬についたクッキーの欠片をハンカチで拭きとった。

「いいじゃないですかアニエス先輩。物を頬張りながら嬉しそうに喋る姫殿下…これは良いものだ」

そう言いつつアンリエッタの隣に座ってお茶を飲むミシェルの頭を、すかさずアニエスのチョップが襲う。

「つかお前はなんで当たり前のようにいるんだミシェル!?とっとと持ち場に戻れ!」

「お言葉ですがねアニエス先輩...姫様とアニエス先輩がいる天国ともいえるこの場所から、なんで汗臭い野郎共のいる戦地へと戻らなければならないんですか!?」

「お前の見張り場所だからだよ!!しれっと姫様の隣に座りおって!」


ミシェルを席から退かそうとアニエスはミシェルに掴みかかろうとしたが、アンリエッタはにこやかな顔で、

「良いではありませんかアニエス。私もあなたの他にも話相手が欲しいと思っていたところですし。大勢で見たほうが楽しいですわ」

「しかし姫様!コイツは...」

「アニエス、この方は貴方の部下なのでしょ?だったらそんなに無下に扱ってはなりませぬ」

「一応部下みたいなものですけど...!!部下というよりは危険物ですけど...」

「アニエス先輩、姫様の言う通りですよ。カリカリしすぎです」

「お前の所為でカリカリしてるんだ馬鹿者!」


ああもう、この変態斬ってしまいたい。

頭のつむじから血が出そうなほどいきり立つアニエスであったが、こんなところでそんなことをした瞬間、間違いなく捕まって死罪確定である。
なぜ給仕室から付いてきたこいつを途中で捨ててこなかったのか。アニエスは心の中で本気で悔やんだ。
そんな彼女の事など露知らず、アンリエッタはギリギリと顔をしかめるアニエスを嗜めた。


「アニエス、せっかく御呼ばれした品評会なのです。私たちは生徒さん達と使い魔の有志を見に来たのであって、あなたの怖い顔を見に来たのではありませんよ」


そう言うとアンリエッタは、空いている隣の場所をぽんぽんと叩き、


「さ、ここに座って一緒に見ましょ?アニエス」

「え゛?」


アニエスは最初、何を言われたか分からなかった。
座る?何処に?姫様の隣に?誰が?
急に固まったアニエスが何か言おうとする前に痺れを切らしたのか、アンリエッタは席から身を乗り出してアニエスの腕を掴むと、自分の方へアニエスを引っ張った。急に引っ張られたことでアニエスは体のバランスを崩し、アンリエッタの隣にポスッとはまるように腰を降ろした。
前から見ると、右にミシェル、左にアニエスが座ってその間にアンリエッタがいる形になる。「両手に花」といえなくもないが、見る人が見れば「両手に剣」とも見て取れる。


「いけません姫様。私如き隣に座らせては...」


座ってから状況を把握したのか、アニエスは顔を赤らめると慌てて席を立とうとする。
が、それをアンリエッタの手がアニエスの両肩を抑えてそれを制した。


「あら、馬車では一緒に乗っていたのに、私の隣に座るのは駄目なのアニエス?」

「あ、あれは護衛のためにです...こんな、姫様の隣に座るなど...」

「では私の隣で護衛して下さいアニエス♪さ、お茶でも飲みましょ」


アンリエッタは前に置かれたテーブルからポットを持ち上げて、ティーカップにお茶を注ぐと、カップと皿をアニエスに渡した。
顔を赤くしたままアニエスはアンリエッタからカップを受け取った。まだ心臓が鳴っている。いつもは子供のようなのに、偶に強引になる。
ひどく喉が渇いたので、貰ったカップに口をつけた。全く味が分からない。
それを見てアンリエッタは微笑んでいるが、その後ろではミシェルが湧き出る欲望と出てきそうな鼻血を押さえながら、一連の光景を目を光らせて見ていた。


(ドゥフフ..顔を赤らめたアニエス先輩にそれを見てほほ笑むアンリエッタ姫様って・・・・なんという楽園。あんな男臭い場所から逃げて先輩に無理やりついて来て良かった~。しかし出来れば、出来れば私を真ん中にして欲しかった!左右にアニエス先輩と姫様ってとんでもハーレム状態じゃないですか!ウヒヒヒああ、もうこのまま3人でベッドに...ンフフフフ~♪)ハァハァハァ

「ミシェルもどうですか?お茶のお代わり」

「はっ!『いただきます』姫様」ニヤリ


本当の危険とは身近に潜んでいる。そんな言葉がまさしく当てはまる状況であった。







『ちょっとフレイム氏!!なに本気でやっているのですか!』

『なにがよ!?オイラはご主人の命令を聞いただけだって!そんなに火力も強くなかったじゃん!』


場所は戻って舞台裏。既にステージに上がった生徒は表の観客席に座って見ているが、役目を終えた使い魔は品評会が終わるまで自由に散らばっている。
しかし既に品評会に出たフレイムとロビンは、他の使い魔も控えている舞台裏に戻って鳴き合っていた。


『今回の品評会でレミア嬢を優勝させると話したではないですか!そのために優勝候補の貴方が落ちなければならないというのに...なんですかあの歓声は!作戦も貴方の頭もパーじゃないですか!?』

『んだよ!そこまで言われなきゃいけないかロビン!?オイラは只火を吹いただけだろ!?優勝しねえって!』


フレイムは二度三度、口から火の粉を漏らすと、うんざりした表情で舌を出した。
手を抜いていたのは本当だ。だけどそれで拍手が来るのは仕方がないじゃん。
それで怒られるんだから気分は良いはずがない。苛立ちげに周囲を見て、再び火の粉を吐いた。


『つーかその優勝させなきゃいけないレミアはどこいんだよ?今日全然見かけねえんだけど...』


フレイムは辺りをキョロキョロと見渡しながら呟くが、これからの出番を待つメイジや使い魔達はいるのだが、肝心のレミアはどこにもいない。
ロビンも目をグルグルと回してみるが、ロビンの小さな目には草と檀幕が見えるのみで、他に何も見えない。遠くにメイジが2,3人いるが、レミアの姿らしきものはいなかった。
しかしロビンは回していた目をフレイムの背後で止めると、ゲコゲコと低い声を鳴らした。


『見つけましたよフレイム氏、貴方の後ろにいますね』

『え?』


フレイムはぐるっと背後を向くが、草の地面と舞台の土台が見えるのみで、レミアの尻尾すら見つからない。


『おいロビン、どこにもいないじゃん?いくらちっこいお前でもあのデブった体を見分けるくらいは出来るだろ?嘘突くなよ...』

『ここにいるよ』

『クエッ!!?』

『ゲコッ!?』


急に目の前から声が聞こえ、フレイムは思わずビクッと火の粉を吐いて後ずさった。
宙に舞った火の粉が不自然に止まり、消える。そして先ほどフレイムが振り返った場所、否空間に紅色の鱗がボワッと浮き上がり、レミアが姿を現した。
レミアの出現にフレイムは何度目かの火の粉を口から出した。


『遭ってそうそう私に火ぃ吐きかけるなんざ...死にたいのかいヒトカゲめ』

『いやいやえーッッ!!!?驚いたのはオイラの方だよ!何処に隠れてたんだよレミア!!全く気付かなかったぞ!』

『擬態だよ』


そう言うとレミアはシューっと舌を震わせる。するとレミアの体が一瞬黒ずんだかと思うと、段々と薄くなっていく。やがて周りの景色と同化してしまった。
フレイムはレミアがいる場所を注意深く見てみる。
が、なるほど。レミアがいるであろう場所がかすかに歪んでいる様には見えるが、ちゃんと見てなければ気付かないくらいに周囲と同化している。レミアは元に戻ると、口の端をニヤッと上げた。


『私がノエル様と一つになった時に使える能力さ。これで体を隠してしまえば、人間のメイジなんかには、見つけることは出来ないよ』

『なんだお前、そんな大技隠してたのかよ…て、ちょっと待って。なんでロビンは分かったんだよ?』

『わ、私を誰だと思ってるのですかロビン氏?由緒正しきカエルの一族ですよ?レディを見つけることぐらいた易いものです。(偶然とは恐ろしいものですね...冗談のつもりがホントにいたとは)』

『いや、ワケが分かんねえよ』

『まあ、年がら年じゅう尻尾で火ぃ焚いてるアンタにゃ私を見つけることなんざ出来ないだろうよ』

『ちくしょう当然のようにけなされたよ。つーか待てレミア。「一つになった時」?何処にノエルの旦那が・・・』


フレイムが目線を元に戻すと、レミアの丁度胃がある部分がポッコリと膨らんでいる。

『お前...もうノエルの旦那腹に収めてんのかよ。レミアの番って最後だろ...』

『当たり前だろ!ノエル様を一人にしちゃ、またあの吸血鬼がノエル様に付きまとうんだから!!それにね、ノエル様は昨日まで体調が良くなかったんだ。だから今までノエル様と「一緒に」練習してたんだよ』

『ほう、そうなのですか』

「一緒」の部分を強調させて、嬉しそうに舌を震わせるレミアにロビンが相槌を打つと、気分が良くなったレミアはシューシューと鳴き声を出してクルクルと地面を転がり始めた。
フレイムとロビンは、地面を転がるレミアの体内にいるノエルが、どうなっているのか心配になってきた。
レミアは転がるの止めると、上機嫌にフレイム達に言った。


『フフフフフフ...だけどね、本番はこんなもんじゃないよ。舞台に上る前にノエル様が私に「サイレント」をかけるんだよ。それで人間に気づかれないように舞台に上って、いきなり登場してやるのさ』


レミアは首を空にもたげ、うっとりとした目をしながらニヤリと笑った。その瞬間、ロビンとフレイムの背中にゾクリと寒気が走った。


『ああ...誰も気づかない世界でノエル様と二人っきり...なんて素晴らしいんだろう』


一匹、恍惚な顔をするレミアだが、近くにいるカエルとトカゲにはこの巨大蛇がなんとも恐ろしく見えた。
まあ確かに、巨大なコアトルが音もなく急に舞台に現れたら、そのインパクトは計り知れない。
優勝を十分狙えるとは思う。フレイムとロビンがそう思っていると、レミアの腹部がコツコツと、内側から叩いているように動いた。するとそれに答えるかのように、レミアが体をブルッと悶えさせた。


『あんっ...ノエル様、お食事ですね。フフフ、分かりました。すぐに移動しますぅ...』

((ヒイイイイイィッ!!))


ノエルには伝わってないだろうが、普段は絶対聞かないであろうレミアの甘ったるい呟きに、フレイムとロビンは先ほどよりも強い寒気を感じた。フレイムに至っては尻尾の火が一瞬消えたくらいである。
しかしそんな二匹の事など眼中にないであろうレミアは、ズリズリとその巨体を引きずって、校舎の方へと去っていった。
別に優勝させなくても良くね?二匹はそれを見送りながらふと、思った。


「それでは次に行かせて頂きます!ジョルジュ・チェルカースィ・ド・ドニエプルと使い魔のルーナです!」


舞台の方からメイジの声が聞こえてきた。それに呼応するかのように、舞台近くの場所からも声が聞こえてきた。


「よおしっ!オラ達の出番だよルーナ!」

―ハイ、頑張りましょうマスター―


よく聞く訛り声と頭に響くその声に、二匹がその方向に顔を向けると、舞台の近くに気合の入ったジョルジュとルーナを発見した。
ロビンは目をキョロキョロと動かし、フレイムの鼻にピョンと飛び乗った。


『いけませんフレイム氏!すぐにルーナ嬢の元へ行って下さい!』

『えっ?なんで?』

『アナタの事もありましたし、ルーナ嬢も本気を出すかもしれません。私たちの目的はレミア嬢を優勝させること。念のためにルーナ嬢にもう一度言うのですよ』

『まだやんのこの作戦?もういいってロビン。誰が優勝しようともう関係ないだろ?レミアもノエルの旦那と元に戻ったようだし・・・』

『何を言っているのですかフレイム氏!口に出したことを最後までやり遂げるは紳士としての責務!さあ、急いで下さい』


フレイムは面倒くさそうに体を地面に付けた。このカエルは...体は軟らかい癖に頭は石頭なんだよな。
フヒーッと火の粉を口から出す。辺りに生えている草を僅かに焦がした。
それで決心したのか、フレイムは腹を地面から離すと、ロビンを鼻先に乗せてペタペタとルーナへと走って行った。フレイムが走る中、ロビンがその鼻先で大声で鳴く。


『ルーナ嬢!ルーナ嬢!』


ルーナが段に足を掛けた時、ようやくロビンの声が届いた。ルーナは顔を振り向かずに、いつもと変わらない口調でロビンに語りかけた。


―ロビンさん?一体どうしたのですか?―

『いえ、ちょっとした確認をしたくて・・・・ルーナ嬢、あの時私が提案した作戦は覚えてますか?』


フレイムも走るのを止めてルーナの返答を待つ。使い魔同士の間に一瞬の静寂が生まれ、そしてその後にルーナの声が聞こえてきた。


―大丈夫ですよロビンさん。「最善を尽くします」から―


その言葉が聞こえた後、ジョルジュの後に続いてルーナの姿は消えていった。
ロビンはゲコゥと一息鳴くと、フレイムの鼻をてちてちと歩いた。


『いやいや。どうやらルーナ嬢は覚えていてくれてたらしいですな。これで後はレミア嬢がしっかりと披露してくれれば...』


ロビンは地面に飛び降りると、『いやはやフレイム氏、走って下さり感謝しますよ』というと、ピョンピョンと飛び跳ね出した。
フレイムはそれをうっとおしそうに見た後、ルーナのいる舞台の方に目をやった。
厚い幕が遮っていて、彼女がジョルジュと何をするのかは分からない。しかしフレイムには、ルーナのやる気は分かった。


(あいつ...優勝する気満々じゃん)



[21602] 50話 欲望と愛が渦巻く品評会
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:26adb543
Date: 2011/10/05 00:01
ジョルジュとルーナがステージ上に上がると、二人は手をつないで客席の方に頭を下げた。
客席から拍手が送られ、ジョルジュは前日に覚えたセリフを頭に浮かべながら喋り出した。


「トリステイン魔法学院二年、ジョルジュ・チェルカースィ・ド・ドニエプルです。そして私の使い魔である...」

続いて顔を上げたルーナがニコリと笑った。

―アルルーナのルーナでございます。皆様、ぜひお見知り置きを―


ルーナが挨拶すると、席の方から、特に貴族が座っている来賓席からはざわざわと声が生まれた。
トリステインの貴族、特にメイジである彼らからすれば、あれだけ大きなマンドレイクなど本でしか見たことがないし、ましてや喋れる個体など聞いたこともないのだ。
トリステインの学生の中には慣れている者もいるが、普通は頭に響いてくる彼女に声に驚くのは、至極当然といえよう。
最後尾から舞台を見ていたアンリエッタとアニエスらにも、頭に直接届いた声に、


「わっ!凄いアニエス!こんな遠くなのにはっきりと聞こえて来ましたよ!」モクモク

「ぐああっ、背筋がビクビクする...!なんだこのむず痒い感覚は」ゾワゾワ

「私はなんともないですが...人によって違うんですかね」(悶えるのを堪えている先輩、たまんねえなオイ)ゾクゾク


アニエスのむず痒い感覚はルーナの所為か、それともミシェルの所為かは分からないが、ステージの上にいるルーナからジョルジュに目を移したアニエスは眉をひそめた。


「あれ...?あの生徒、どこかで見たことがある気が...」


アニエスの疑問を余所に、ルーナは笑みを浮かべたままジョルジュの手を引いて2,3歩前に出た。
その歩く動作や姿勢はそこらの貴族令嬢よりも優雅に見え、一部の客席からはホォっとため息が漏れる音が聞こえてくる。
後ろの隙間から顔を出して覗いていたフレイムは、ルーナの動きを見て思った。


(あいつ完全に勝つ気じゃねっ!?明らかに対人用に準備してきてね!?)

―それでは皆様、席の足下をご覧ください―


ルーナはしなやかに手を動かし、観客の足下を指すと、客席にいる貴族や生徒の視線はステージから足元へと向けられた。
席の下や地面には、赤や白、青など多くの花が咲いており、一つ一つの色が混じって鮮やかな色の絨毯を作っていた。
品評会が始まる前から漂っていた甘い香りは、どうやらこの花達から出ているようで、客席に座る時際に花が潰れたりしたため、花の香りはさらに強くなって会場を包んでいる。


―この花達は我が主人であるジョルジュが、今日の品評会のために咲かせた花達でございます―


ルーナが紹介した後、ジョルジュは杖を取り出すと詠唱を紡いで杖を振った。
すると、花びらの色が徐々に変わり出したのだ。
会場一帯に咲く花弁が色を変化させ、まるで花の絨毯が動いているように見えた客席からはオオオッと歓声が沸き上がった。
その反応にルーナは満足げな表情を浮かべた。


(ここまでは計画通りですね...フフフ)


品評会の数日前、ジョルジュとルーナは会場となるこの場所に、花の種を植えていた。
品評会までの時間を考え、比較的に成長の早い品種を選んで種を蒔いたのだが、その中に「虹色草」といわれる花の種を混じらせていた。
「七日草」、「ディテクト・フラワー」などとも言われるこの花は、山間部などに咲いているのだが、メイジの魔力に反応してその花びらの色を変えるという変わった特性を持っている。
花や種が魔法の材料なんかに使われるのだが、「七日草」の名称の通り、成長も早いがすぐに枯れてしまうという特徴もあり、一般には出回ってはおらずあまり知られてはない花である。
マジックアイテムを専門に扱う人ぐらいしか花や種を見る機会はなかなかなく、ジョルジュも以前、トリスタニアのマジックアイテムの商店で偶々種を入手したくらいである。
その種を観賞用として室内で栽培していたのをルーナは目をつけた。なんといっても彼女はアルルーナ。植物の知識はジョルジュよりも幅広い。

もちろんジョルジュが持っている種だけでは、とても品評会の広い場所全部には撒けない。
そこでルーナは他の花も混ぜることで、会場全体に行き渡らせることを提案した。
そしてジョルジュが魔法をかけて虹色草の色を変えることで、あたかも会場全体に咲く花が色を変えたような錯覚を作るという、会場全体を利用して観客の心を捕える作戦を計画したのだった。
その作戦は見事に功を奏し、客席の貴族たちは好意的な目をこちらへ向けてくれている。


(オオオッ~!!作戦が見事はまっただよッ!流石ルーナ!)


ジョルジュは息を切らしながらも心の中で喜んだ。虹色草の色を変える際、ジョルジュは花の咲いている場所全体に魔法を掛けているので、体力的に結構しんどいのだ。
なので上手いこと客席の心を掴んだことが素直に嬉しかった。
そしていよいよ、ルーナとジョルジュのステージは本筋にはいった。


―それでは私の特技であります、故郷の歌を歌わせていただきます―


ルーナはさらに一歩前に出ると、両手を広げて口を開く。
すると頭上に大きな紫と白の二色が混じった花が咲き、それと同時に客席にいる全員の頭の中に、美しい歌声が響き始めた。
その声はルーナがこれまでに出したことがないほど、美しくも凛とした、まるで一輪の花を思い浮かべさせた。
歌声が響いたのと同じく、ジョルジュがエイヤと杖を振ると、地面に咲く花が再び色を変え出した。
頭に響く歌声、会場を漂う甘い花の香り、そして色が変わる地面と、ジョルジュの魔法とルーナの歌声が合わさった芸に、客席に座る生徒や貴族たちはまるで楽園にでも引き込まれたかのように、段々とうっとりとした目つきになっていった。


「オオオ...なんと素晴らしい...」

「ああ、癒される...」


賛辞の声とため息が漏れてくるのは、後ろの方でも同様で、アンリエッタもうっとりと眼を細めて、ルーナの声を聞いている。


「ふああ...なんて美しい歌声なのでしょう...癒されますわね~」

(おいミシェル...そんなに良いのかこの歌?確かに上手いとは思うけど)ヒソヒソ

(先輩もですか?まあ、姫様も含めて貴族の皆さま方は満足してらっしゃるようですからなんとも言えませんが...やはりこれも魔法と関係があるんでは?)ヒソヒソ


そして歌が終わり、頭からルーナの声が頭から無くなると、客席から割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
ジョルジュも笑顔でその拍手に応える。魔法を出し続けていた緊張から解放された事と、鳴り響く拍手に自然と顔が綻んだ。
ルーナも笑顔を浮かべてジョルジュの元へと寄ると、最初と同様に手をつなぎ、客席へと深く頭を下げた。


―皆様、どうも、ありがとうございました―

「ありがとうございました」


再び起こった拍手を背に、二人は壇上から降りて裏手へと回ると、堪らずジョルジュがルーナの肩を掴む。


「やっただよルーナ!大成功じゃねえだか!さっすがルーナだなぁ、全部おめえの言う通りになっただよ」

喜ぶジョルジュに、ルーナは肩に置かれた手を取るとギュッと握り、

―フフフ、ありがとうございますマスター。マスターの協力あったから成功したのですわ―


お互いを讃え合うその姿は、正に主人と使い魔の理想的な関係といえよう。周りにいたまだ出ていない生徒から、半ば睨むように見られているのに気づいたジョルジュは、慌ててルーナと目を合わした。


「じゃ、じゃあオラは客席の方に行くだよ。ルーナは疲れただろうからゆっくり休んでたほうがいいだ」

―そうですわね...では終わるまで休ませて頂きますわ。マスターもお体に気を付けてくださいね―

「んだ。じゃあなルーナ。あ、肥料はいつもの花壇のところにあるだからな」

―ええ、分かりました―


それだけ交わすと、二人は握っていた手を離した。そしてジョルジュは品評会が続いている客席へと向かった。
ジョルジュが見えなくなるまでその場に立っていたルーナだが、ジョルジュの姿が見えなくなった後、彼女の表情から笑みが消えた。


―ああ...マスターがあれほど喜んで下さったのは私としても嬉しいですが―


普段と変わらない口調で呟いた言葉には、明確な悔しさが滲んでいた。
細めた紅い瞳が静かに燃えているかのように見えたのは、計画を失敗させた「誰か」への怒りからだ。
彼女はクルリと控え場所からさらに離れた場所で、コチラを見ている一人のメイジへ、その紅い瞳を向けた。


―邪魔してくれましたね。タバサ様―


冷たい殺気を込めた言葉を飛ばすと、ルーナは静かにその場を去った。
それを見ていた青髪のメイジ、タバサの眼鏡の奥にある目が、キラリと輝いた。


「やはり...私の思った通り。あなたの企みは...私が止めた」


※※※※※※※※※※※


ルーナの計画とはなんであったのか。
それは実に簡単な答えだ。即ち「ジョルジュを優勝させること」。
正確には使い魔である自分が優勝するということであるが、使い魔の功績は主人のもの。
つまり自分の優勝は主人の優勝となるのだ。
レミアを優勝させてあげようとロビンに相談を持ちかけられたが、主人を大事にする彼女がそれを簡単に逃す筈がない。
その日からルーナの思考は、品評会でどうやって優勝するかで占められたのだ。

この言い方は正確には正しくはない。なぜなら彼女は、「既に」優勝する手段を持っていたのだから。
しかしそれにはある問題をクリアする必要があった。品評会の際、いかにバレずに行うか。それが重要であった。
彼女は考えた。そして自分と主人の相性が最高であることと、自分たちの勝利を確信したのだった。

作戦は品評会の数日前から進行していた。
ジョルジュとルーナは品評会の会場となる場所に、花の種を蒔いていった。
その中に「虹色草」の種を混ぜることで当日、花を咲かせた虹色草にジョルジュが魔法をかけ、花びらを変色させて観客の心を掴む。
会場全体を利用するという何とも大胆な作戦である。
しかしジョルジュはこの作戦の真意を知らなかった。
混ぜられた種は「虹色草」だけではなく、ルーナの体内から出た種、いわゆるアルルーナの種も地中に埋められたのだった。

これがルーナの本当の作戦であった。マンドレイクは秘薬の材料として使われることからも分かるように、その体内には様々な症状を引き起こす成分が含まれている。
その中には催眠作用を持つものもあり、マンドレイクの亜種であるルーナの子供たちは、正にその催眠作用を持っていた。
品評会当日、客席のメイジ達が色の変わる花に目を奪われている時、同時にルーナの子供たちが一斉に目を開く。
他の花達が漂わせる甘い匂いに紛らせて催眠作用のある匂いを花びらから一斉に飛ばし、メイジ達を催眠状態へと導くのだ。
後はルーナの思いのままである。これがジョルジュを優勝へと導く作戦であった...

――――
――


「...それを私が阻止した」

「...怖すぎるにも程があるのね」


品評会が続く控え場所の隅っこで、タバサはルーナの企てをシルフィードに説明した。
聞いている最中、開きっぱなしだったシルフィードの口から、やっと搾り出たかのような声が出てきた。


「きゅいきゅいルーナちゃんがそんな洗脳紛いなことする筈ないのね!お姉様は考え過ぎなの!」

「ルーナの性格からして・・・・ジョルジュを負けさせる事など絶対する筈がない・・・・それどころか確実に勝利するために手を打ってくることは分かっていた」


そう言うとタバサは杖を振り上げて「レビテーション」を唱えた。すると近くの草むらからガサガサと音がして、中から大きな麻袋が宙に浮かび上った。
厚手のいかにも丈夫そうなその袋の中では、何かが無数に蠢いている。


「夜中の内に引き抜いたルーナの子供・・・それにさっき見た彼女の表情...動かぬ証拠」

「きゅい~!違うの!ルーナちゃんはそんな黒い事はしない...と思うの!その子供たちは...あれ...あれするためなのね?」

「言い訳など不要...これで彼女は優勝戦前から一歩後退した」


一瞬、タバサの顔が勝利を確信した笑みに歪んだ。
タバサの考えでは、ルーナはメイジ達の中にいる「審査員」を催眠状態にし、優勝を確実にするという計画であった筈だ。
それが出来なかった以上、ルーナの審査対象は彼女の使い魔としての希少さと、ステージ上で歌を歌っただけとなる。
花の色を変えたのはジョルジュであるから、直接採点には響かないだろうと踏んでいる。
となると後は純粋な使い魔勝負だ。


「名探偵タバサ・・・・・真実はいつも一つ・・・・私の優勝」

(うわ、お姉様のあんな歪んだ笑顔見たことないのね)


振り上げていた杖を下げると、ルーナの子供たちが入っている袋が再び草むらの中へと消えた。その時、ステージの方から声が聞こえた。


「それでは次の学生はミス・タバサと使い魔のシルフィードです!」

「シルフィード...失敗は許さない、分かってる?」

「きゅ、きゅい~~」


タバサはシルフィードに飛び乗ると、なんとも切ない顔になったシルフィードが翼をはためかせ、ステージへと飛んで行った。
しばらくして歓声が沸き上がるのが聞こえてきたが、一部始終を見ていたフレイムは一言ボソリと鳴いた。


『・・・・ドロドロしすぎじゃね?』



※※※※※※



「まったく、アニエス先輩ったら人使いの荒い...」


タバサとシルフィードがアクロバティックな飛行をしているその頃、ミシェルは会場から離れた学院の庭を歩いていた。
その手にはお茶のポットと、菓子が入ったバスケットが掴まれている。
本来はアンリエッタ姫に食べてもらうものであったのだが、アニエスやミシェルも一緒に飲食していた所為ですっかり無くなってしまった。
品評会はまだまだ続く。そこでアニエスは「ミシェル!姫様が頂くお茶とお菓子のお代わりを持ってきてくれ!」とミシェルを使いにいかせたのであった。
ミシェルは渋ったが、アンリエッタ姫の背後からアニエスが無言の表情で「行かないと斬る」と割と本気だっため、現在ここに至っている。


「アニエス先輩とやり合ったら酷い目に遭うからな。だがああいうツンSな所もイイ...」


仏頂面に見えるミシェルの顔が少し赤くなる。頭の中は剣の試合で負かしたアニエスを手籠にするという設定で妄想が始まっていた。
彼女のそういった想像力はトリステインでも五本の指に入る。思わず声を漏らしてしまった。


「フウ、フウ、フフフ約束したじゃないですかアニエス先輩...私が勝ったら何でも言う事を聞くって...え?訓練場で不謹慎だ?それがいいじゃないんですか」


自然と口がニヤけてくる。周りから見ればクールに笑っているように見えるのだが、頭の中はある意味虚無な事でいっぱいいっぱいである。
そして彼女の世界でアニエスの鎧を脱がし、練習着だけになった時だった。彼女は現実の世界で、手に持つお茶のポットが視界に入った。体に電流が走る。


「な、なんということだッッ!!ま、まさかこんなことを思いつくなんて...こ、これはヴリミルのお告げなのか?」


ワナワナと体が震えてきた。ティーポットを持つ手も小刻みに震えている。
ミシェルは辺りを見回した。遠くの建物でメイジが2,3人喋ってるだけで、他には誰もいない様。


「や、やるのかミシェル!?やっちゃうのかミシェル!?だがこれは千載一遇のチャアアアンスじゃないか?だ、だがしかし...」


ミシェルの頭の中で天使と悪魔が囁き合うが、どちらも意見が同じだったため、彼女の迷いは5秒ほどで決断に変わった。


「よし大丈夫だ。たしか私の故郷には「ア゛・ヴァァ茶」というのがあったし...」


時間はない。遅くなれば先輩に疑われる。自分に言い聞かせながら茂みに身を隠した時だった。

「ん?」

茂みの中に、人影を見つけた。



※※※※※※※※



「どうだデルフ?似合ってるか?」

「おおお、いいんじゃねえか相棒。結構似合ってるぜ」


木に立てかけたデルフリンガーの反応に、サイトはニヤッと笑った。


「いや~俺だってもうちょいやれる事あんだよ?だけどさデルフ、急に言われてウケル事っつたらコレくらいなもんだろ」


そう言って両手を上げたサイトの姿は......メイジだった。
白い長そでのシャツにスカート、そしてニーソックスを身につけたサイトが、そこにいた。
頭にはいつの間に用意したのかピンクのカツラを乗せており、スカートはルイズのを使っているためか、ちょっと際どい。
だがシャツは意外にもちょっとキツイくらいなので、遠目で見れば女子生徒に見えるかもしれない。
サイトの出し物、それはズバリ、ルイズのモノマネであった。


「しかし相棒...よく嬢ちゃんが承知したなぁ~そんな格好」

「いや?ルイズには『次々と衣装を変える早着替え』をやるっていってる」

「あれぇ?」

「考えてもみろよデルフ。早着替えなんかやってもウケるわけないだろ?それよりもここは学院なんだぜ。だったらウチのご主人様をいじった方がウケるに決まってんじゃん」

「ええ?じゃあ相棒、その服とかスカートは」

「こっそり借りた」

(!!今度の相棒はなんて命知らずなんだ・・・ッッ)

「まあ、デルフ。俺の作戦を聞けって」


サイトは小声で囁くように、デルフリンガーに今回の計画を説明した。

まずはルイズの登場の時、わざと遅れていく。
当然、ルイズはサイトが来ないことに焦ったり怒ったりして、サイトが来るのを待つだろう。つまり、司会の紹介があった後すぐには壇上には上がらない。
そこで表のほうからルイズに変装したサイトが登場。
ルイズは驚いて壇上に上がり、自分がいることに仰天する筈。観客も驚く筈だ。


「そこでネタばらし!すごいよコレ。ドッカンと来るぜ!!」

「相棒が先にドッカンといくと思うんだけどね~それに相棒、嬢ちゃんの格好して上がるだけなら、嬢ちゃんに言ってた早着替えの方が面白そうだぜ?」

「ふふふ...デルフ。それは俺だって承知済みよ。仕様がねえ、デルフだけには見せてやるよ。秘密兵器を」


サイトは胸の真ん中に指を当てると、顎を少し突き出した。そして、

『ちょっと犬!なにやってんのよッ!!』

「!!!」


デルフリンガーは鍔を思わず鳴らして驚いた。サイトの口から出た声は、いつもの少年の声ではなくもっと高い、ルイズの様な女の子の声だった。


「ふははははどうだデルフ!ルイズの声に似てるだろ!?」

「おおおっ凄いぜ相棒!なんでそんな声が出るんだい!?気持ち悪いぜっ」

「声マネが得意なんだよ俺♪密かにルイズの声も練習してたんだ。この声でステージに登れば、皆驚くだろ?」

「た、確かにこれはインパクトありそうだぜ」

「だろ?さぁ~てと、俺の服はもう隠したし、時間が来るまではここに潜んでいれば...」

「おい、何をやってる?」


心臓が口からでるほどサイトは驚いた。というか左心房辺り出たかもしれない。
それぐらいサイトは驚いた。
慌てて振り向くと、そこには鎧を身につけ、マントを羽織った女性がこちらに近づいて来た。
腰に差していた剣を見て、サイトは思わずゴクッと唾を飲んだ。


(おい相棒!!この姉ちゃんトリステインの剣士だ!不味いぜ、今の相棒の格好じゃ何言っても変態確実だぜっ!)

デルフリンガーが小声でサイトに伝えると、サイトの顔がサッと青くなった。
確かに、茂みで女子生徒の制服着ているとなると、変態以外の何者でもない。

(まじかよデルフ!?くおぉぉ~ならば...)

『な、なんですか剣士様?』


サイトは胸に手を当てると、誤魔化すため、半ば苦し紛れにルイズの声で答えた。
女の剣士は2,3歩の間合いまで近づいてきたので、サイトは木に立てかけたデルフリンガーを隠すように後ろに下がると、デルフを木と自分の間に挟むような位置に立った。


「こんな茂みで何をやっているんだ?」

(どうすんだよ相棒!?)

(焦らすなよデルフ!こ、こういう時は...)

サイトは出来る限り恥ずかしそうにもじもじと体を動かしながら、ポツンと答えた。


『と、トイレ行こうとしたんですけど...あの、その...我慢できなくて、ここで...』


最後は口ごもりながら、チラッと剣士の方を見る。
空気が死んだのを、デルフリンガーは感じ取った。
ちなみにサイトの設定では、顔は羞恥心で赤く染まっている。


(ばっかじゃねえの相棒!?オメー言い訳するにもそれはねえだろ!なんで貴族の娘っ子がこんなトコで用足してんだよ!?)

(い、いやほら...貴族って昔は外でしてたって『世界の歴史 10』で読んだことあるからさ?それで...)

(どんな田舎の話だよそりゃ!?いくらなんでも通じるわけ)

「そ、そうであったか」

((あれ、通じた!?))


二人の予想とは裏腹に、女剣士が納得してくれたのに驚いた。
サイトとデルフリンガーには驚きなのだが、一応サイトが着ているのはトリステイン魔法学院生徒の制服である。
すなわちどれだけ怪しかろうと、制服を着ていれば貴族の娘という可能性はあるワケである。
トリステイン国の剣士といえども、一介の平民が「お前みたいな生徒がいるか!怪しい奴め!!」とでも言って、違ってでもしたら「貴族の娘を侮辱した不届き者」として瞬時に首が飛ばされるだろう。
なので、変装しているという明確な証拠がなければ、サイトを捕える事は出来ないのだ。
と、いうのが普通の見解なのであるが...


「知らなかったとはいえご無礼失礼しました」

『い、いえ、気にしないで下さい』


極度の緊張の所為か、いつの間にか自然とルイズの声が出るようになっていた。どうやら変装だとバレテいないようだ。
このまま逃げ切れそうだとサイトは安堵の表情を浮かべて胸をなで下しかけたが、女剣士がズイッとサイトの前に詰め寄って来た。


『あ、あの...?』

「ミシェルと呼んで下さい貴族様。フフフ」

『え...っとミシェルさん?顔が近...』


急にミシェルに詰め寄られ、サイトの顔は本当に赤くなってきた。


「見たところ顔色が優れてないではないですか。もうすこしここでハァハァ休まれた方がよろしいかとジュルリ」(男っぽい顔つきだな。だがボーイッシュな女の子も偶には...)


体がやけに近いというか密着しそう。
普段のミシェルなら、女装した男などすぐに見分けられるだろう。
しかし勝手に上げたテンションからか、今の彼女には、サイトがボーイッシュな女の子に見えていたの。
サイトは感じ取った。ここで逃げなければこのミシェルという女性に、なにか大切な物を奪われると。
後ろ手でデルフリンガーを掴む。ルーンが光ると同時にサイトは地面を蹴った。


『じゃ私はこれで』

「あ、ちょっ...」


いきなり動いたサイトに思わずミシェルは手を伸ばした。
ミシェルの手がサイトが履いていたスカートに手がかかり、急に引っ張られた所為でサイトは前方へと体が倒れた。


「ふぐぇ!!」


サイトは地面に体を投げると同時に、手に持っていたデルフリンガーを離してしまった。
デルフリンガーが弧を描いて飛んでいき、



ゴンッ



何かに当たった。





[21602] 51話 一難去ればまた一難どころか二、三難
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:091bf87b
Date: 2011/10/23 23:32
「いいいいいぬうううううぅぅぅ!!!何処行ってんのよぉぉ!!!!」


品評会も終盤を迎える頃、控え場所でのルイズの苛立ちはピークを迎えようとしていた。
座っている椅子もガタガタと揺れるというよりも震えている。
これから壇上に上がる生徒の数もルイズを入れてあと数人。とうとう両手で数えるほどとなっていた。
その前に「準備してくるぜ!」といったきり、サイトがどこかへ消えたのはもう一時間も前の話だ。
最初のうちは安心していたが、他の生徒の名前が呼ばれていく度、自分の順番が近づくにつれて焦りと不安が膨らんでいった。


「次はマリコルヌ・ド・グランプレと使い魔のクヴァーシルです!」


壇上からマリコルヌの名前が呼ばれると、クヴァーシルを肩に乗せてマリコルヌが壇上の方へと歩いていくのをルイズは見て、膨らんだ苛立ちはいよいよ、焦りへと変わった。


「・・・!!次じゃないのッ!」


辺りを見回すが目に入るのは既に出場を終えた使い魔と、これから出る予定の生徒たちのみ。サイトの姿はどこにも見当たらなかった。
向かいのテーブルではタバサが椅子に座り、優雅に本を読んでいる。
ゆったりと椅子にもたれかかり、本を片手にお茶を飲んでくつろいでる姿は既に優勝を決めたかの様、そんな余裕を漂わせている。しかしそれも当然か。

タバサとシルフィードの演技はホントに凄かった。
きりもみ飛行やジグザグ飛行など、シルフィードのド派手な飛行には観客も大いに沸いた。
特に最後のは圧巻。
タバサが魔法で宙に浮かせた「花びら」の中を踊るように飛んだシルフィードには美しさすら覚えた。悔しいが、ステージ裏から見ていたルイズ自身も凄いと思ってしまった。
特に客席の方はまるで「操られてる」かと思うほどの歓声と拍手をタバサに送っていた。
まあ、やっていた方も大変だったようで、タバサが座る椅子の傍では、シルフィードが舌を出してぐったりと横たわっていた。


「きゅ、きゅい゛...(ハーハー、い、息が、酸素が足りないのねぇ...ていうかお姉さまの馬鹿!!ルーナちゃんの赤ちゃん、いつのまに用意してたのね!??)」


相当過酷であったのだろう。荒い息がルイズの座っている所まで聞こえてきそうだ。
その時、シルフィードの呼吸音に重なり、ステージの方から声が上がった。


「それでは次に行きます!ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと使い魔のサイトです!!」

「ええええ!!!?」


ルイズは飛び上がった。さっきマリコルヌの名前が呼ばれたばかりじゃない。早過ぎるわ!
顔を赤くしたルイズは戻ってきたマリコルヌを呼び止めると、少し距離を開けて叫んだ。


「ちょっとマリコルヌ!アンタ終わるの早すぎるでしょ!何してんのよ一体!!?」


いきなり怒られたマリコルヌは訳が分からないといった表情を浮かべ、


「なんだよ急にルイズ!?別にいいじゃないか早くたって!」

「程があるでしょ程が!行ってすぐじゃないの!このハヤコルヌ!」

「マリコルヌだ僕の名前はっ!!しょうがないだろ!挨拶した瞬間、クヴァーシルどっかに行っちゃったんだからさ!」


そう叫んだマリコルヌの周りには、確かにクヴァーシルの姿はなかった。
マリコルヌは半べそになりながら、自嘲気味に笑って続ける。


「ふ...フフフ、笑えよルイズ、皆何かしらやってんのに、使い魔と挨拶だけしか出来ないって...」

肩にくっついていたクヴァーシルの残した羽がさらに悲しさを表現してる。
それだけ言ってマリコルヌはフフフと笑いながらどこかへと行ってしまった。
後に残ったルイズの顔は赤から青へと変わっていた。

笑えない。

全くもって笑えない。

私に至っては挨拶すら出来ないかもしれないのだよ。


「ミス・ヴァリエール?ステージにどうぞー!!」


ルイズが現れないことを不審に思ったのか。司会の生徒が再びルイズを呼ぶ声が聞こえてきた。


(どうしよ!どうすんのルイズ!?サイトいないのに出なきゃいけないの!?)

顔からは汗がとめどなく出てる気がする。
司会の呼ぶ声は続く。


「ミス・ヴァリエール?いないのですか~ミス・ヴァリエ~ル?」

(聞こえてるわよ全く!出ろってか!?早く出ろってか!!?)


司会の声にすらも当たるルイズであるが、八つ当たりをしてもルイズの使い魔は出てこない。
司会の声がグルグルと頭の中で回る。客席の方からは出てこないのでざわめきが起こっているようで、ざわざわとした音も聞こえてきた。


「...分かったわ」


しばらく悩んだ後、ルイズの心は決まったらしく、ステージへの階段に足を掛けた。


「挨拶だけしよう。その後サイトをシバこう」



※※※※※



段を上っている時、ルイズは腰に差していた杖を抜いた。
壇上で何かをするためではない。挨拶がすんですぐにサイトへと魔法をぶつけるためだ。
ルイズがステージ上に現れると、登場したのがルイズ一人だけで、使い魔が見えないことに客席からはざわめきが起こった。
遠くから見ていたアンリエッタも、一人で出てきたルイズを見て心配そうな表情を浮かべる。


「ルイズ...一人でどうしたというの?」


アンリエッタの心配を余所に、静かな足取りでルイズがステージ中央までやってくると、生徒達が座っている席から野次が飛んできた。


「どうしたゼロのルイズ!?平民の使い魔に逃げられたのかぁ?」


周りの生徒から笑い声が出たが、ルイズの目がその声をかき消した。


いないわよ だからどうした?


その目はさっき誰か殺してきたんじゃないかと思えるほど、鋭く濁った目つきだった。
野次を飛ばした生徒の顔は血の気が引き、蛇に睨まれた蛙の如く固まってしまった。
ルイズは顔を元に戻すと、大きく息を吐いて、挨拶を始めた。


「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです。えーっと私の使い魔ですが...」


そこまで言ったルイズは、口をつぐんだ。
さっき決心をしたのだが、やはりこれだけの人の前で

「使い魔に逃げられちゃったんですよ~全く嫌になりますわホホホホ」

などというのはかなり恥ずかしい。というか言いたいわけがない。
チラッと確認したが、幸いルイズの両親は来てないようだった。
しかし一番後ろでは、あのアンリエッタ姫が見ているのだ。

(姫様が見ているこの場所で使い魔に逃げられたって言えと?ぐううううっ…)

言おうとしている言葉が口の中から出てこない。
それはルイズの貴族としてのプライドからかそれとも怒りからか、口を開こうとするとルイズの考えとは無意識に唇を噛んで、言葉を塞き止める。
噛んだ拍子に切ったのか、口の端から血が流れてきたのを口元を流れた温い感触でルイズは感じた。
黙ったまま、口の端から血を流し始めたルイズに、怖さと不思議さで客席からざわめく音が大きくなった。
いっそのこと全員爆発すればいいのに。もはやルイズの怒りはサイトだけにとどまらず、目の前にいる全てに怒りが広まってきた。
ルイズの使い魔への怒りが段々と無差別になっていく中で、客席の観客はさらに驚いた表情でこちらを見ている。


(なによっ!使い魔なしで来たのがそんなに珍しいっての!?)

思わず杖を振りかぶりそうになったが、杖に力をこめた時、ルイズはあることに気づいた。
観客が自分を見ていると思っていたのだがなんだか様子がおかしい。

自分というよりも、自分の後ろを見ているような...
その時、ルイズは背後から気配を感じた。それと同時に後ろのほうでポタッ、ポタッと何かが垂れる音が聞こえてきた。
首だけ回し、後ろの方を見てみる。しかし何もない。と思ったルイズの目が少し上を向いた時、


上半身だけの人間が二人、宙に浮かんでいた。




※※※※※


キャー!

何だあれは!

ミス・ヴァリエールの使い魔か?

そんなわけないだろ!!


突如として現れた二体のお化けに、ルイズの背後から観客の生徒や貴族が悲鳴や声を上げるのが聞こえてくる。
中には席を立ちその場から逃げようとする者もいた。
ルイズもあまりの光景に悲鳴も出ない状態である。
しかしそれは当然だろう。今まで何もなかったはずの場所に、人間が上半身だけ浮かび上がっているのだから。
宙に浮かんでいる人間の上半身は、まるでなにかに『吊り下げられている』かのように腕をだらんと垂らしている。
浮かんでいる体は二体で、寄り添うようにして浮かぶ体は何かの液体がべっとりと付いており、ブラブラと動く4本の腕から伝って舞台床に落ちていた。
四つの白い目を向けてくる二体のお化けにルイズは体を震わせていた。
逃げたくても恐怖で体が強張って動かず、宙に浮かぶ上半身から目を逸らしたくても逸らせない。
震えるルイズの口から小さく声が漏れた。


「ちょ、ちょなによこれ...ん?」


ルイズが何かに気付いた。宙に浮かんでいるお化けのうち、片方の服に見覚えがある。
学院の制服だ。内側に着るシャツだけで、所々に穴が空いているようだが...というよりも、その制服を着ているお化けの顔も見覚えが...
その時、宙に浮くお化けのすぐ後ろに、紅い鱗が次々と浮かび上がった。
灰色の蛇腹を持ち上げた巨大なコアトル、レミアが姿を現したのである。
上半身だけのお化けは宙に浮かんでいたのではなく、レミアが口に咥えていたのだった。


「な・・・なんでレミアがここに」


さっきから驚きっぱなしである。
今まで何も見えなかったのに、いつの間に後ろにいたのか。
頭の中でふとそんな疑問がよぎったが、大きなレミアの目がルイズを睨みつけると、その疑問も消え、ルイズの口からヒッと小さな悲鳴が漏れた。
レミアは少しの間ルイズを睨んだ後、スーッと頭をステージの舞台まで下げたと思いきや、口に咥えていた人間をベッと吐き出した。
吐き出された勢いのまま、それは二回三回と転がって止まる。ルイズはそれに恐る恐る近づいて、レミアの唾液でベトベトになっている「それら」を改めて見たとき、ルイズの体が恐怖とは別にわなわなと震えだした。

「さ、サイト?なんなのよその格好は...」


ルイズが呟いたのと同時、舞台の後方の席からも声が漏れた。


「み、みみみミシェルか・・・?」


レミアの口から出てきたのは、サイトとミシェルであった。
唾液がべっとりとついているという姿はどこをどう見てもまともではなく、ミシェルは身につけている鎧が微妙にとろけている。
サイトに至っては学院の制服がドロドロに溶け、所々から肌が見えていた。
すっかり丈の短くなったスカートはめくり上がり、見えちゃいけない所までもがチラッチラッ、見えそうで見えないような状態だ。
あまりに悲惨な使い魔の姿に、ルイズもなにが起こっているのか、というよりも何があったのか全く分からない。


「ななななんでこんな...」

ルイズをよそに、レミアは再度口から何か吐き出した。
ベタベタになったそれは、サイトと一緒に消えてたデルフリンガーであった。


「あ、嬢ちゃん...おれっち大丈夫かな?溶けてない?」

「ボロ剣...!!アンタまでなんでこんな」


ステージに転がったデルフリンガーの元に駆け寄ったルイズは柄に手をかけようとしたが、デルフリンガーはどうやらレミアに完全に飲み込まれていたらしく、黄色っぽい胃液がべっとり付いているのに気づいて手を引っ込めた。
横たわったままデルフリンガーは、何か伝えようとしているのか、鍔を動かし始めたのだが胃液の所為か、いつもの金属音は出てこなくて、「ネチャッ、ヌチャッ」と湿っぽい音が響いてきた。


「まあ、ぶつかったおれっちが悪いかも知れないよ?だけど投げ捨てた相棒も悪いし、投げる原因になったそこの姉ちゃんにも非があるんだ」

「だからなにがあったのよアンタ達に!?」

「ソイツガ・・・・ダヨ」

「え?」


ふいにルイズの頭の上から、知っている声がぼそりと聞こえてきた。
その声は囁くような、かすれた小さい声だったのに辺りに響き、不思議な事に客席の方にも届いたらしく、声を聞いた生徒や貴族が座っている席はシーンと静まり返った。


ドクン  ドクン

「ソイツガ・・・・・・・・ダヨ」


ルイズの背筋が、氷を詰められたかのような寒気がのぼってきた。
心臓の音が耳に入るほど静まりかえった周囲の目線は、声が漏れてきたと思われるレミアへと集まっている。


ドクンドクン ドクドク ドク

「ソイツガァ・・レミア・・・・・・ダヨォ」


心臓の音が早くなってきた。
ステージに上がってからさほど時間が経ってないはずなのに、季節が変わったかのように寒気を感じる。おそらくそう思っているのはルイズだけではないだろう。
胸のあたりが苦しくなってきた。頭もぼやっとする。いつの間にか呼吸をしていなかっのに気づいたルイズが空気を吸おうと口を開いた時、レミアの口も再び開いた。
大蛇の口の中から、目をギラつかせたノエルが飛び出してきた。


「そいつがぁレミアにぶつかってきて怪我させたんだよおおおぉぉぉぉ!!!!」


「「「「「「「ギャアアアアアアアアアアアァァァッッッ!!!!!」」」」」」


品評会も終盤を迎えたルイズの番で、客席からこの日一番の大声が上がった。




※※※※※※※※



結局、品評会はレミア&ノエルのホラーショーで幕を閉じた。
一応残りの生徒も出たには出たのだが、ノエルとレミアの後ではあまりにもキツかった。ちなみにノエルとレミアはルイズの番であったのに出てきたため失格、優勝はタバサとシルフィードの手に渡ったのであった。
こうして様々な思惑が交差した使い魔品評会は終わりを迎えたのだった。


「じゃ、犬。覚悟はいいかしら?」


場所は変わってルイズの部屋。
ベッドの上で苛立った顔で仁王立ちしたルイズの視線の先には、レミアから吐き出されたままの恰好で正座しているサイトがいた。
品評会に出てから着替えはさせてもらえず、ボロボロの制服を着て床に正座させられている。
そのサイトの姿はどこの世界で見ても、明らかにイジメに遭っている姿だ。
ルイズが手の中でペシペシと音を立てている鞭が、いかにも場の雰囲気とマッチしている。
ちなみに胃液にもまみれたデルフは部屋の隅にむなしく転がっていた。


「OKルイズ。とりあえず俺の話を聞いてくれよ。そして着替えさせてくれよ。あの蛇に咥えられてついた唾液が渇いて凄い事になってんだけど...」


サイトが話す度、顔からパリパリと乾いた唾液が剝がれてくる。
レミアの腹から出て気づいた後、顔は洗ったのだがまだ付いていたらしい。
床に落ちる唾液のカスにますます苛立った顔になるルイズ。
ひくひくと口の端が痙攣しており、それと一緒に眉毛もピクピクと動いてる。


「あああああああらぁ、似合ってるじゃないサイトぉ?いつもの服とは違ってとおおおおっても素敵じゃない」

最初と最後の言葉が変になっている。
歪んだ笑みを顔に貼り、ルイズは人形のような目でサイトを見た。怒りの所為か、体中からなにか立ち上っているようにサイトには見える。

やっべ目が笑ってねえよご主人さま...

思わず「ルイズ、お前はジョルジュさんか」と思わず突っ込みそうになったが、流石に空気を読んだサイトはグッと口の唇を噛んだ。
そんなサイトの様子をルイズは相変わらず人形、いや死んだ魚のような目を向けてベッドからストンと降りた。それと同時に、ルイズの小さな手に持った鞭がギュウウッと強く握り込まれる。


「フ、フフフ...あ、私の制服をボロボロにした挙句皆が見ている前で..こここんな恥ずかしい%6“3##3アボッ=?”」


最後は何言っているか分からないルイズだが、とっても怒っている事はサイトでも分かった。
というかさっきから分かっていたことなのだが、鞭がミシミシときしむ音が大きくなってきているのと、ルイズの顔が段々と洒落にならなくなってきているので分かる。


「な、なあルイズ?さっきも言ったと思うんだけどさ?品評会の準備をしてる時にあの女剣士が現れてさ?いろいろと絡まれそうだったから逃げようとしたら転んじゃって、その拍子にすっぽ抜けたデルフがレミ...ア?に当たっちゃってさ。それであんな事に...ほら、俺悪くなくね?」


サイトも身の危険を感じたのか、正座を崩してルイズを説得しながら後ずさりし始めた。
しかし、その動きがルイズの引き金を引いてしまった。


「どこに行こうとしてんのよサイトおおおおぉおっっ!!!」

「うあああああ!!!」

大声と共にルイズが鞭を振り上げ、サイトに襲いかかって来た。
恐怖で叫び声を上げたサイトに、ルイズは容赦なく鞭を振り下ろしてくる。


「いてっ!ちょ、ホント止めてッ!いたッ!ルイズッ!」

「このッ!この犬ぅ!私に!恥を掻かせて!」

「ちょ、ルイズ!待て、話を聞いてアーッ!」


サイトは立って部屋の中を逃げ回るが、興奮したルイズは顔を赤くしながらブンブンと鞭を振り回す。
これだけ聞けばルイズが使い魔のサイトを虐待しているのだが、奇麗な部屋の中でボロボロのスカートとシャツを着たサイトを鞭で打つルイズ。
見る人が見ればそっち系のお店のサービスと思えるような光景である。
ルイズの鞭を何度も浴び、サイトが着ている制服は先程よりも崩れてきていた。
もはや「服」とは言えない布面積で、肌が見えている場所からはルイズの鞭が打った跡が赤くなって見えてる。
しかし、そんなことは関係ないとばかりに、ルイズは執拗にサイトを鞭で追う。


「痛っ!ルイズ!悪かった!俺が悪かったからもう許して!」


床に倒れたサイトは涙目になりながらルイズへと謝るが、ルイズの顔は上気した感じでうっとりとした目をサイトに向け、息を荒くしながら鞭を構えている。
もはや当初の目的は忘れているようだ。


「このぉ!犬ぅ!」ハァハァハァハァ

「ルイズぅ!?ちょおま、何新しい系統に目覚めようと...」

「黙れ小僧!!」

「美○さん!?」


その時、部屋のドアがノックされる音が聞こえた。

トン・・・トン、トントントン
初めに長く二回、それから短く三回と規則正しいリズムでドアがノックされた。
そのノックの仕方にルイズが反応して、鞭を持つ手が上で止まる。
お仕置きが止んだサイトは急いで立ち上がろうとするが、それよりも早く部屋のドアが開かれ、黒い頭巾をかぶった少女が二人の目に入ってきた。
ルイズとサイトは固まった。


((えええ~何も言ってないのに入ってきたよこの人?))


普通、他人の部屋に入ってくる時はノックをして、部屋の中の相手がドアを開くか声をかけるかで招き入れるものだ。
それなのにこの少女ときたら何も言ってない内にドアを開いてきやがった。
黒い頭巾を被っているせいで、ルイズ達には少女の顔は見えないが、少女のほうからは鞭で少年をしばき上げているルイズの姿がきっちりと写っているだろう。
少女と二人の間に少しだけ静かな空気が流れたが、やがて少女は無言で部屋のドアをゆっくりと閉めた。
パタンと扉の閉まる音の後、少女が駆け足で廊下を走る音がルイズにも聞こえてきた。


「ちょ、ちょっと待って!ってサイト!早くあの娘のこと追うわよ!絶対勘違いされたわッ!!口止めしなきゃ」

「口止めってルイズ...というか勘違いつーか、もう、見たまんま正解のような気がするんだけど…」

「ばかあッ!!こんなことが学院中に知れ渡ったらとんだ恥じよ!!」


そう叫んでルイズは部屋のドアを勢いよく開くと、先ほどサイトを追っかけていたのと同じ速さで少女を追いかけて行ってしまった。
後に残されたサイトはぼんやりと開いたドアから見える廊下を見ていた。
廊下の遠くのほうからは、「マッテー!!」と叫ぶルイズの声が聞こえてくる。
ちなみにルイズの手にはまだ鞭がしっかりと握りしめられているので、周りから見たら鞭を持って少女を追いかけまわす危ないラ・ヴァリエールにしか見えない。


「なあデルフ...俺、今日女装して蛇に食われそうになっただけじゃね?」


サイトが床に転がっていたデルフリンガーにそう呟くと、錆びた金具の音と一緒にデルフリンガーの声が聞こえてきた。


「相棒、おれっちなんか久しぶりに登場したのに蛇に呑まれただけだぜ?」



※※※※※



「すまんのぉジョルジュくん。品評会が終わって疲れてるじゃろうに、呼び出してしまっての」

「いや...オラはそんな気にしてないですだ。だども...どうしたんだこんな集まって?」

「私も聞きたいわ。人がせっかく新しいお酒が入ったから気持ちよく飲もうとしていた時に・・・もう」


ルイズが追跡者となっている頃、女子寮から離れた学院長室に呼び出されたジョルジュは、部屋の中の景色に困惑していた。
いつもなら中央の席にオスマン校長が座っていて、隣の席にミス・ロングビルが座っているのだが、今夜はそこにミス・ロングビルの姿はなく、代わりに姉のマーガレットがふんぞり返って座っている。
オスマンの隣には真っ黒な顔をニコニコと笑い顔を浮かべた父バラガンがおり、オスマンの後ろではサティが、なぜかオスマンの肩を揉んでいた。
ドニエプル家の者が実家以外で多数集まっているという、なんとも変な光景である。
バラガンはニカニカと笑いながらジョルジュとノエルに近づいていくと、


「ジョルジュ!!今日の品評会良く頑張ったっぺなぁ!オラ嬉しくて涙出そうになったぺよ!」


そう大声を出してジョルジュの肩をバシバシと叩いた。
肩に来る重い衝撃に、ジョルジュは困った顔で苦笑いを浮かべると、バラガンに自分を呼び出した理由を尋ねた。


「おとん、なんで学院長室にオラのこと呼んだがぁ?それにマー姉まで...」

「ちょっと話したいことがあってな。ステラやノエルにも言うことがあんだけど、まんずはジョルジュとマーガレットに話さなきゃいけないことがあってだな」


バラガンが続けて言おうとすると、オスマンは慌ててバラガンを止めた。


「ちょっとバラガンや。その後は儂の事は儂が言おう。詳しいことは...」

「その通りよオスマンお爺ちゃん!早いとこ終わらせて私を部屋に戻して!せっかく酒のお共に作った料理が冷めちゃうし!」


そうオスマンの言葉を推しながらも、ロングビルの机にあるノートを読むマーガレットに慌ててオスマンは注意する。


「ちょ、ミス・ドニエプル!ミス・ロングビルの机荒さんといて!!今休暇中で戻ってきた時に置いてる位置が変わってたらワシが怒られる!」

「そんな固いこと言わないでよお爺ちゃん♪」

「いやいやお主のお爺ちゃんになった覚えはないからね!?てかもう酔ってる?」

「マーガレット姉さん。人の物を勝手に漁るのは良くないよ。誰だって見られたくないものはあるんだから」

「おおっ!!よくぞ言ったミス・ドニエプル「何よお爺ちゃん?」ええい紛らわしいわい!!サティちゃ...ってあれ?なんで儂の頭を左右から掴むんじゃ?」

「うん。オスマン校長の姿勢が微妙に歪んでいるから、ちょっと首から骨を矯正しようかなって...」

「いやそこまでやってもらうのも気が引けるっちゅーかね?そういうのは...」

「フンッ!!」


オスマンの視界が黒く染まった。



















数分後、マーガレットが魔法でオスマンを治療し終えると、全員が先程と同じ位置に戻って話は再会された。


「ふう・・・ご先祖様が川の向こうから手を振ってるのが見えたわい。じゃ、バラガン。もういいかの?話始めて」

「お願いしますだ」


オスマンの言葉に恭しく頭を下げて答えたバラガンを見て、オスマンは顔を机の向かいに立つジョルジュへと向けた。
その顔は先ほどまでとは変わり、真面目そのものである。


「さて、お主をココに呼んだのは他でもない。お主の父親バラガンから頼まれたことじゃが、お主に正式な王宮からの任務が来ておるのでな。お主が学院の生徒じゃから立場上、身を預かっておる儂が言わねばならんのじゃ」

「任務?」


ジョルジュは思わず聞き返した。
オスマンはジョルジュから目を離してすぅと息を吸うと、再びジョルジュを見て口を開いた。


「そう。期間は大体一ヵ月、タルブの村に行ってくれんかの」





[21602] 52話 内容は違うけど方向性は大体一緒
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:091bf87b
Date: 2011/11/23 20:45
「タルブの村にオラが?」

ジョルジュはオールド・オスマンに聞き返した。

「そうじゃ」

オスマンがジョルジュに相槌を打つ。しかしジョルジュはまだ事態を把握していない様子で、煮え切らないカボチャのような表情でオスマンの方を見ていた。
そんなジョルジュの様子をオスマンは予想していたようにフォフォフォと小さく笑い声をあげた。


「まあ、いきなりこんな事言われてもピンとはこんじゃろうな。詳しいことはバラガン、お前さんの方から言った方が早いじゃろ」


そこまで言って、オスマンは机の上に置いていたパイプを手にとって口にくわえると、魔法で火を点けた。
少ししてから、パイプの口から髪のように細い紫煙が漂い始めた。
するとオスマンがパイプを吸い始めたのを見計らったように、バラガンがジョルジュの方に目を向けて口を開いた。


「ジョルジュ、タルブの事はどのくらい知っているっぺ?」

急に振られた質問に、ジョルジュはぼんやりと口を開きっぱなしにしながらも、少し目を細めてから答えた。

「そりゃあ、タルブの村っていえば、トリステインでも有数のワインの生産地でねえか」


ジョルジュの言うように、タルブの村はトリステインで5本の指に入るほどのワインの生産地である。
トリステイン国内では内陸部にあるということに加え、ラ・ロシェールがある山合いの場所から降りた場所に村があることから、比較的雨の少ない乾燥した気候である。
大昔に山から送られてきた水はけの良い土壌が北側に広がり、この村で代々良質のブドウが採れるのを助けていた。
良質のブドウが採れるというとことは、必然的にそこから生まれる加工品の質も高くなるわけだ。


「いいわよね~タルブのワインって~♪この前『タルブのしずく』とか飲んだけどぉ、あそこのはどれも味が良いのよね」

ロングビルの机に腰掛けていたマーガレットが話に入ってきた。
マーガレットの話に付け足すように、ジョルジュも口を開く。

「というかそもそも、タルブの村っていったら『母さまの実家』の近くにある村でねえか。いつか母さまに、山菜料理も旨いんだって聞いたことあるだよ」

「あら♪良いわね♪♪山菜料理とタルブのワインで…そうなると赤よりも白の方が…」

「うっほん!オエッ!話を続けるっぺよ」


話しを戻そうとバラガンが咳を一つついた。ついでに一つむせたがマーガレットとジョルジュが話を止めたのを見ると、少し掠れた声で話しを戻した。


「まあそうだっぺ、うん。んで、ジョルジュに頼みたいのはそのタルブの村で栽培されてるブドウについての事なんだ」

「どういうことさ?」

「先日なんだけどな、王宮でピレネー男爵から実家の葡萄畑がマズい事になってるって相談されたんだっぺよ」

「ピレネー?ピレネー男爵って『女男爵』で有名なあのピレネー?」


マーガレットが思い出したかのように声を上げると、バラガンが「そうそう、その人」と頷いた。

「男爵の実家ていうんが、父親のアストン伯が領地にしてるタルブの事なんだけどな。最近、葡萄の蔓が枯れたり実をつけなくなったりするのが目立ってきたんだと」

バラガンが葡萄畑の事について話すと、ジョルジュの目がすっと細まった。
その横からマーガレットが机の羽ペンを指でいじくりながら口を出した。

「でもそれってアストン伯の領地の問題ってことでしょ?それがなんでジョルジュの任務になるの?それも王宮からの任務って...」

マーガレットの問いにバラガンは待ってました少しの間考える素振りをすると、わずかに喉を鳴らしてマーガレットの方を向いた。

「そこなんだっぺよ問題は。男爵に相談されてから調べてみたんだども、ここ数年、タルブで採れるブドウの量が減り続けてるんだっぺよ。10年前の収穫量と比べると3分の2しか採れてねーんだ」

バラガンがそこまで喋った所で、パイプを吸っていたオスマンが煙を吐きながら言った。

「タルブとその周辺地域は、ドニエプル程ではないがトリステインの重要な農作地帯の一つじゃ。しかもタルブのブドウから造られるワインはトリステイン国外への貴重な輸出品にもなっておるしの。今さらと言えばそれまでじゃが、鳥の...マザリー二枢機卿がバラガンの報告でやっと対策を打つことにしたわけじゃよ」

「このことを枢機卿に伝えたらすぐに書類さ書かれてな。タルブにあるブドウ畑の収穫量を元に戻せってオラの所に任務が来たわけだっぺよ。だけどな...」

バラガンはそこで言葉を区切ると、みるみると困った表情になり、気まずそうに口を開いた。

「オラは明日にでもステラとノエルを連れて家に戻らなきゃいけねえっぺよ。母ちゃんに言われてるし!!まだダングテールの整地も終わってねえだし、オラがタルブに行ければいいんだけど忙しくて無理なんだ。だからこの事はジョルジュに任せることにしたんだっぺ・・・」


バラガンがそこで話を終えると、オスマンがパイプを置いて懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
そこにはトリステイン王室の印と共にタルブの村での任務の内容と期間、任務に就く者の名前、ジョルジュの名が右下の方に書かれていた。
書類の下には推薦人としてバラガンの名前が一番下に、はっきり書かれている。


「ほれ、これが王宮からの書類じゃ。面倒くさいんじゃが、王宮からの任務という事でフーケの時みたくほいっとお主を出てかす訳にはいかんのじゃよ。一応この学院で預かっとるからのぉ。まあ、あとは言わんでも分かるじゃろ?急な話で混乱しているかも知れんが、お主の知識と経験があれば十分やれると思うのじゃが...どうじゃ?」


建前上、オスマンはジョルジュへの意思確認のために尋ねたが、王宮からの任務を断れる貴族はいない。
ましてや既に書類に名前が書かれている以上、もはやジョルジュがタルブへ行くことは決定事項なのだ。
しかし、オスマンはジョルジュの能力は十分に知っている。
メイジとしての力もそうだが、植物への知識の高さは国内でも各段に高い事は、学院の誰もが認めるところだろう。
きっと十分にやれる。フゥと息をついてから、机の上に置いたパイプを再び口に咥えたオスマンは嬉しそうに笑って煙を吸った。

そんなオスマンの表情とは対照的に、床を見ていたジョルジュの表情は硬かった。
顔を下に向けていたため、その事は部屋の誰も気づくかなかったが。
ジョルジュは顎に当てていた手をゆっくり降ろすと、細めていた目を広げて顔を上げた。
オスマンとバラガンの方を向き、


「分かっただよ。うん、どこまで出来るか分かんねえけども、精一杯やってみるだ」


ジョルジュは小さく、しかしはっきりと頷いて答えた。

「それでこそトリステインのメイジじゃ」

その答えにうむ、とパイプを口から離してオスマンが満足そうに頷くと、バラガンも真剣な目でジョルジュを見て、

「おめえなら大丈夫っぺ!大変だろうけどしっかりやってくるだ」

「ふむ、ではあとはこれに儂がサインしてと・・・あ、ちなみに明日の朝に、王宮から使いが来るらしいぞ。何でもがタルブに無事着くまでの護衛じゃと」

オスマンは喋りながら羽ペンの先をインク瓶につけ、書類にペンを走らせた。
その間、オスマンの隣に立っているバラガンは終始笑顔を浮かべていたが、ふと思い出したようにマーガレットの方へ顔を回した。
羽ペンをいじくっていたマーガレットはバラガンがこちらを向いた事に気づくと、あらか様に嫌そうな顔を浮かべる。


「マーガレット」

「無理、パス」


即答であった。


「まだなんにも言ってねえっぺよ!!人の話さ聞いてから答えろってッ!」

バラガンは大声を上げたが、マーガレットは一度大きく欠伸をすると、落ち着いて切り返す。


「どうせ『おめえもジョルジュと一緒にタルブさいってくれないっぺか?』って言うつもりだったんでしょ?」

「ぐっ・・・!!まあそうだっぺ。いくらジョルジュが任されたからって、一人でタルブさ行かすのも心配なんだっぺよ。おめえならジョルジュの事助けられるっぺ?だから一緒に...」

「はぁ~相変わらず心配症なんだから。ジョルジュは変で抜けてて畑フェチだけど実力は知ってるでしょ?別に一人で行かせても問題ないわよ」

「マー姉さらっと酷いだよ!!?」


ジョルジュが言い返すが、マーガレットは聞こえないふりをしてもう一度大きく欠伸をした。
小さいころから、物事に飽きてくると大きな欠伸をするのが彼女の癖だ。
マーガレットは椅子から立ち上がると、「話はもういいでしょ?私はもう部屋に戻るわよ」と言って、扉の方にのそのそと歩いていった。
そんな態度を見かねたバラガンが、大きな声をあげて彼女を引き止めようとした。


「待つっぺマーガレット!!」

「無理。私にだって予定があるんだから~。それに、ジョルジュと一緒に行くんなら私じゃなくてさ...」


扉の前で立ち止まったマーガレットはドアノブにそっと触れると、くるっと部屋の奥に顔を向けた。
顔をしかめたバラガンも、部屋にいた全員がマーガレットに視線を集めた。


「この娘が一番じゃない?」


マーガレットはフッと笑って触れていたドアノブを掴み、一気に扉を開いた。
勢いよく開けられた扉から入り込んできた冷たい風が、ジョルジュたちの髪をなびかせる。
目を風になでられたジョルジュは目を瞑っていたが、やがてゆっくりと目を開けて扉の方を見て、ぼそっと声を漏らした。


「モンちゃん?」


マーガレットが開けた扉の前には、気まずそうな表情を浮かべて立っているモンランシーがいた。


「あ、ははは...ドウモ~」


彼女の口から、気まずそうな声が漏れた。



※※※※※



「ホント、いつ以来かしらね...ルイズ」

「そ、そうですね...いつ振りでしょうか姫様」


院長室でジョルジュたちが話の真っ最中である頃、ルイズの部屋ではなんともいえない空気が流れていた。

あの後、ルイズはサイトにSえ…もとい、躾をしていたところを見られた少女を必死で追いかけ、寮から出る寸出のところで捕まえたのだった。
誤解を解こうと強引に部屋に引っ張ってきたのだが、少女が部屋の中で頭巾を取ると、ルイズは口から何か飛び出すのではないかというくらい驚きを見せた。


『ひ、姫様!!!?』

『ホ、ホホホ、こんばんは…ルイズ・フランソワーズ。いや、ルイズさん』


頭巾の下からトリステイン王女、アンリエッタが出てきたのだから。

その後は大変であった。

ルイズはアンリエッタが見た事について誤解を解こうとアンリエッタに近寄ろうとするのだが、表情は崩さないものの彼女はベッドにも腰かけようとせず、
ルイズから一定の距離を保とうとするのだ。
ルイズがアンリエッタに一歩近づくと、その歩調に合わせるかのようにアンリエッタも一歩離れる。
ルイズがもう一歩近寄ろうとするとその分、アンリエッタも距離を開けた。


『あのですね姫様、違うんです。あれは私の犬…じゃなくて使い魔を躾けるために行っていたものでして…』

『いやですわルイズさん…そんな堅苦しい言葉使いは止めて下さいなホホ…貴女と私の仲ではないですか...』

『勿体ないお言葉..ってなんで敬語なんですか!?』

『だだだ大丈夫ですわよルイズさん?あなたの実家には何も言いませんから。何も見てませんから!?…でも私は貴方がどんなに変わっても友達・・・よ?』

『疑問系にしないでください!すごい不安になりますから!!』


そんな二人の攻防がしばらく部屋の中で行われた後、ようやくアンリエッタはルイズのベッドに腰を下ろしたのだった。
ルイズとサイトはそんなアンリエッタの前に立ち、二人して気まずそうに目を泳がせていた。
部屋に再び沈黙が流れる。風系統の魔法なんか唱えてもないのに、部屋の中が息苦しく感じられた。


(ちょ、ちょっと犬!!姫様が居るのにぼっと突っ立てないでよ!この空気なんとかして!)

堪らなくなったルイズは隣で立っているサイトのわき腹を小突いた。

(はぁっ!?)

急な主人の無茶振りにサイトも目を見開いてルイズに言い返す。

(無茶をいうな無茶を!!こんな班分けに失敗した修学旅行のような雰囲気の中で俺が何出来るんだよ!?一発芸でもしろってか!?なにやっても大怪我するわ!!)

(一発でも二発でもいいからどうにかしなさいよこの空気!使い魔でしょ!?せっかく姫様がこんな所に来て下さったのにいつまでも気まずい雰囲気なんて…)

(気まずい雰囲気っておま、大体あんな所見られた時点で既にアウトだよ。もうスタート地点から間違ってんだよ)


二人はいかにこの気まずい雰囲気を脱出するかを小声で言い争っていたが、お互いの主張に熱くなっていき、段々アンリエッタが居ることを忘れかけていた。
さすがのアンリエッタもそれに気付いたようで、ベッドの端に置いた手を挙げ、ルイズ、サイトの方へと伸ばして声を掛けたが、


「あの...ルイ(姫様も姫様で悪いだろ!?ノックもせずにいきなり入ってきたじゃん!!あれは反則だよ!パ○ス待たずしてスラ○ム倒すぐらいの暴挙だよ。空気読んでないよ!?)!!!!

「ちょ...(なに訳わかんない例え出してんのよ!!誰よパパ○って!?しょうがないじゃない姫様が空気読めないのはいつものことなんなんだから!!)!!!!!!?

「あなた達...(大体、姫様も社交性なんかが足りないのよ!!自分から部屋を訪ねてきて勝手に逃げるし、部屋に戻っても私の事警戒するし...)いい加減にしなさーい!!私の事好き放題に言わないくれません!!?そりゃ、友人が鞭持って殿方叩いてたら逃げるに決まってるでしょ!!」


我慢できなくなったアンリエッタはベッドから立ち上がると、大声を出して二人に抗議した。
先程までの気まずい空気は吹っ飛んだが、ようやく落ち着いたのはまたしばらくしてからだった。




※※※※※




「も、申し訳ございません姫殿下!つい熱くなってしまって...」

「気にしないでルイズ。私も熱くなってしまったごめんなさいね。ほら、私“空気読めない”でしょ?“空気読めない”王女でごめんなさいね?」

「「ホントすみませんでした」」


三人の言い合いが収まった後、つんと顔を上に向けたアンリエッタにルイズとサイトは床に顔がつくほどまで低くなって謝った。
サイトに至ってはもはや土下座で謝っていた。
まあ、一国の王女に向かって「空気読めない」だの「社交性が足りない」だのと言ったのだから当然と言えば当然だ。
それを再び腰を下ろしたベッドから見ていたアンリエッタは、ふぅと一つ息を吐いた。
そして堪え切れなくなったかのように、彼女の口から「フ、フフ、フフフ...」と笑い声が漏れてきた。


「フフフ♪顔を上げてルイズ。大丈夫、もう気にしてないわ」


アンリエッタは目に涙を浮かべて頭を下げているルイズの肩に手を置き、顔を上げるように言った。
そしてサイトの方にも顔を向け、

「さ、使い魔さんも顔を上げて。えっと...?」

「コラ、さ、サイト!!姫様にご挨拶!!」

「うぇ!?えっと、ひ、平賀サイトと申し上げまする?以前ちが以後、おしりみおきを...」

「フフフ、そんなにかしこまらないでください♪」

「ハゥ♡」


透き通った声がサイトの胸を射抜いた。
サイトが顔を上げるとアンリエッタの可愛らしく、絵から出てきたのかと思うほどの美貌を備えた顔が正面にあった。
部屋に入ってきた時や言い合いをしている時に気付かなかったのが可笑しいくらいだ。
サイトの胸は、初恋にでも掛ったかのようにキュンと締め付けられた。
ちなみにそんな彼は知るはずもないが、品評会と今回の訪問に見た際の印象から、アンリエッタにはサイトは『常に裸の人』というイメージが出来上がっていた。
アンリエッタは小さく笑いながらルイズを隣に座らせた。(ちなみにサイトはルイズの指示で藁束の上に帰還させられた)


「はぁ~ホント、いつ振りかしら。あれだけ大きな声で言い合ったのは。ルイズだけよ。私のありのままの姿を見せられるのは」

「そんな...姫様」

ルイズが何か言おうとする前に、目に溜まった涙を指で拭ったアンリエッタは口を開いた。
その声はさっきまでの明るい声とは違い、低く、明らかにテンションの落ちた口調だった。

「ルイズ。結婚するの、わたくし」

「お、おめでとうございます...」


ルイズはわずかに目を伏せた。なんとか声を出せたが、その声はルイズ自身でも分かるくらい沈んでいた。
ちなみにサイトは「マジで?」と言いたそうな顔になっていた。


「嫁ぎ先は?」

「・・・ゲルマニアです」

「ゲルマニアですって!あんな野蛮な成り上がりどもの国に!」



絞り出したようなアンリエッタの答えに、ルイズは思わず憤慨してベッドから立ち上がった。
話を藁の上で聞いていたサイトは、壁に置いてあるデルフリンガーに顔を近づけて尋ねてみた。


「な、なあデルフ?ゲルマニアって言ったら、キュルケの実家がある所じゃないか?」

「そうよー。なにダーリン?ゲルマニアって聞いたら私の事浮かんだの?嬉しいわー♪」

「そうだけど...ってデルフ?お前声急に変わってないか?というか後ろから声が聞こえ・・・」


サイトも含め、ルイズもアンリエッタも皆、同じ方向に目を向けた。
いつの間に入ってきたのか、キュルケがサイトの背後に立っていたのだ。
ルイズたちの視線に気づいたのか、キュルケは色っぽく微笑みながら「ハ~イ♪」と手を振ってそれに応える。


「ちょ、ちょっとキュルケ!!アンタ何勝手に部屋に入ってきてるのよ!!?信じられないわ!」

ルイズは大声を上げてキュルケを指差すが、キュルケは髪を掻きあげ、呆れたように答える。


「それはこっちのセリフよヴァリエール。こんな夜中に馬鹿みたいに騒いで。文句言いに来たのよ。そしたらびっくり、アンリエッタ姫殿下がいるじゃないの」


そう言って笑みを浮かべるとキュルケはルイズから視線を外し、隣に座るアンリエッタを見た。
アンリエッタはキュルケの視線に気づき、肩を少しすぼました。


「あの、あなたは?」

アンリエッタがおずおずと尋ねると、キュルケは恭しく頭を下げて床に膝をついた。

「申し遅れましたアンリエッタ姫殿下。わたくし、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーと申します。以後、お見知りおきを」


いつもからは想像も出来ないくらい丁寧に名乗ったキュルケは、アンリエッタが「顔を上げてください」と言うのを待って立ち上がった。
それを苦虫を噛んだかのような顔で見ていたルイズは、キュルケが立ち上がったのを見計らって気まずそうに聞いた。


「キュルケ...あんた、いつから部屋の会話聞いてたの?」


先程、思い切り「あんな野蛮な成り上がりどもの国!」と言ってしまったルイズとしては、いくら宿敵とはいえ気まずさは半端ではない。
それを知ってか、キュルケは意地悪そうに目を細めると、口をすぼめた。


「そうね~♪それほど前じゃないわ『ちょ、ちょっと待って!ってサイト!早くあの娘のこと追うわよ!絶対勘違いされたわッ!!口止めしなきゃ』って所くらいからかしらぁ?」

「そ、それならいい・・・訳ない!!ほっとんど始めっから聞いてたんじゃないッ!!」

「当たり前でしょ?アンタ『サイレント』も掛けてないんだから、私が魔法使ってなけりゃ嫌でも壁から聞こえてくるわよ。アンタ気づいてなかったの?馬鹿ね、ホントヴァカね。誰が野蛮で成り上がりどもの国よ、失礼ね」

「ぐ、ぐぅぅぅ...」

「あのキュルケさん?出来れば、私がここに居ることは内密にしてもらいたいのですが...」

「ええ、いいですわよ姫殿下。殿下もこんな幼馴染を持つと苦労しますわね♪」

「ええ、まあ」

「え、姫様そこ否定なし?」

「ま、ルイズが私の国を酷く言った代わりと言ってはなんですが、私もお話に参加させて頂きますわ♪」


そう言ってキュルケもルイズのベッドに座った。ルイズは「ツェルプストー!姫様の隣に勝手に座らないで!」と叫ぶが、
アンリエッタはルイズを宥めながらキュルケと同様、自分の隣に座らせたのだった。
人は違えど、アンリエッタを中心にルイズ、キュルケが左右に座った光景は昼間の品評会の時そのものであった。
それからはキュルケも加わり、アンリエッタ、ルイズ、キュルケの三人でアンリエッタの結婚についての話が始まった。
完全に蚊帳の外に出されたサイトは藁束の上に座って、ポカンと話を聞いていたのだった。


(あれ、俺って空気?)


アンリエッタの結婚は、トリステインがゲルマニアとの同盟を結ぶためのものだった。
現在、ハルケギニアの国家の一つであるアルビオン王国では貴族による反乱が起こっており、現国王ジェームズ1世が率いる王党派が反乱軍である貴族派にやられるのは
時間の問題であると、トリステインの王宮では予想されていた。
そして王宮ではこの貴族派の連合軍「レコン・キスタ」がアルビオンを征服した後は、次なる標的にトリステインを定めると考えていた。
昔はともかく、今のトリステインにはその襲撃を迎え撃つ力は最早失っており、トリステインは近隣諸国と一刻も早い軍事同盟を結ぶ必要があった。
外交による努力の結果、トリステインの北に位置する大国ゲルマニアとの軍事同盟が結ばれることになる。
しかしその条件として、ゲルマニア皇帝アルブレヒト3世はアンリエッタとの婚約を出して来たのだった。


「そういう訳なのです・・・トリステインの未来のため、同盟を結ぶために婚約が決まったの」

話を終えたアンリエッタは、何かを体から追い出すかのようにフゥ~と長いため息を吐いた。
婚約の事を話している間、アンリエッタの声は終始トーンが下がっていた。国のためとはいいつつも、やはり愛してもいない男の元へ嫁ぐのには抵抗があるのだろう。
話している間、ルイズ、キュルケにはありありと伝わってきた。
キュルケはアンリエッタの話を黙って聞いていたが、話が終わるとその時を待っていたかのように、すぐに彼女に問いかけた。


「姫殿下...他に好いてる殿方がいらっしゃいますわね?」

「ふぁ!?」

「ちょ、ちょっとキュルケ!?」


突然の問いにアンリエッタの口から驚きの声が漏れた。
ルイズが何か言っているようだが、キュルケは無視してアンリエッタの手を取ると、その手を強く握った。


「分かる!分かりますわ姫殿下!いくら国のためとはいえ、望まない結婚なんてしたくありませんわよね!あんな油ギッシュなオジサンよりも本当は彼の元に行きたい...そう思うのが女ですものね!分かるわ~!!」


自分の国の皇帝をさりげなくけなしているキュルケであったが、ゲルマニアの皇帝であるアルブレヒト3世は既に40を超える歳だ。アンリエッタとは親と子程の歳の差がある。
キュルケも実家でとある老貴族と結婚させられそうになった経験があるため、政略結婚をさせられるアンリエッタの気持ちは痛いほど分かったのだ。


「キュキュ、キュルケさん!?あの、私は...」


急に手を握られて慌てたアンリエッタであるが、キュルケの質問には答えず、顔を下に向けたまま黙ってしまった。しかし、それは「肯定」と同然であった。
アンリエッタの様子にさすがのルイズも気づき、口を両手で押さえた。

「姫様、ホントですの?」

「そ、それは・・・・・」


アンリエッタは一瞬返事をしようとしたが、口を閉じた。
まるで言い出そうか出さないかと悩んでいるようであった。
しかし多少の沈黙の後、キュルケが握っていた手をゆっくり離したのを合図にしたかのように、アンリエッタは意を決したように顔を上げた。
ベッドから立ち上がり、ルイズ、キュルケのいる方へ振り返る。ルイズも慌てて立ち上がり、キュルケも釣られるように立つ。
二人が立ったのを見たアンリエッタは胸の前で両手を合わせ、ルイズに顔を向けて絞り出すかのように声を出した。


「実は...ルイズに頼みがあるの」


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