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[25916] 【ほのぼの時々真面目】新婚譚 月嫁 Ms.Moonlight 最終話【当たり障りのない型月SS】
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/11/23 21:38
拝啓、ネオアミバです。
バトルものが飽きてきたので暇つぶしに書いてみたナンセンスなSSです。
まあ、タイトルは明らかに『ハトよめ』のパクリであり、設定も非常にテキトーです。
内容としては、『ダーマ&グレッグ』的なものが理想ではあります。



人物設定(更新あり)

遠野志貴…
無計画でアルクェイドと駆け落ちした甲斐性なし。当初は無職であったが、知り合いの総帥の口ぞえで、現在は探偵事務所でだらだら仕事をしている。

アルクェイド…
志貴と同棲中。良妻賢母を目指すものの、たまに間違った方向に行く吸血鬼。基本的に出不精で、金銭感覚はあまりない。

レン…
志貴とアルクェイドを、時には冷ややかな眼で見守る黒猫。

遠野秋葉…
遠野家の当主。志貴を未だに捜索し続けるある意味一途。最近血圧が上がり気味。

琥珀…
遠野家のメイド。志貴に駆け落ちを示唆した張本人でもあり、総帥とはビジネスライクな関係。

岡崎渚…
隣の部屋の奥さんで、アルクェイドの主婦友達。

神尾往人…
志貴の職場の先輩①。神尾家の婿養子で、通称国崎(旧姓)。

神尾観鈴…
国崎の妻で、アルクェイドの主婦友達。

相沢あゆ…
幼児体系がコンプレックスの、アルクェイドの主婦友達。

伊吹風子…
志貴の職場の先輩②。見たまんま子供だが、志貴より年上。

シエル…
聖堂教会埋葬機関第七位。現在は財閥潰しと志貴奪回に日夜燃えている。

弓塚さつき…
数年前にロアに吸血鬼にされ、現在はグルーヴ地獄Ⅴ並みのバイト生活を送っている。

改造ネロ・カオス…
死徒二十七祖にして、現在は蘇生させられまいの護衛をさせられている。

衛宮士郎…
現存する最後の英雄にて、現在無職。

セイバー
士郎と同棲しているも、彼女も無職。

間桐慎二…
職業は『自宅警備員』。実の爺さんにオレオレ詐欺を働く。

プーチン
ロシア首相。世界最強の7人の一人として認識されている。

ベネディクト16世
聖堂教会の頂点に立つローマ教皇。

霧雨魔理沙
幻想郷に住む魔法使い。現在はスパイ容疑でロシアで拘束されている。

北条晴臣…
元特命全権大使。現在は横領と殺人容疑で逮捕されている。

総帥…
表では財閥総帥、裏では国家機密の研究を行う謎の人物。娘バカ。

まい…
総帥の娘。剣道部所属のクールな子。



















エピローグ(ネタバレ)

遠野志貴…
相変わらず、ヴェーダの指示の元で探偵の仕事を続けている。
子どもも出来、順風満帆かと思いきや、秋葉やシエルもいまだ諦めていないため苦労は耐えない。

アルクェイド…
子どもも出来お母さんとなった今も、金銭感覚は相変わらず。
志貴いわく、子どもが二人いるようなものとのこと。でも愛されてます。

レン…
ぶら下がり健康器具の上から、夫婦を相変わらず冷ややかな眼で見守る一方、二人の子どもにはなぜかなついている。

遠野秋葉…
志貴を諦めずに、いまだに二人をうまく離婚させようと画策している。血圧はさらに上がる一方である。

琥珀…
遠野家のメイド。片山雛子議員をバックにつけてからはほぼ無双状態。

岡崎渚…
隣の遠野夫婦に刺激されたのか、前よりもさらにラブラブ夫婦になった。

神尾往人…
こちらも後輩・志貴の結婚に触発されたのか、少しは真面目になった模様。

神尾観鈴…
早く子どもがほしいらしい。しかし、どろり濃厚を世に広めるのは控えたほうがいい。

相沢あゆ…
男の子と女の子の双子を子どもが育児するという現実。

伊吹風子…
相変わらずのヒトデジャンキーであるが、年が年だけにそろそろ結婚を考えたほうがいい。

シエル…
現在でも埋葬機関の使命と個人的に、財閥潰しと志貴奪回に日夜燃えている。ローマ教皇とナルバレックは今もトラウマ。

弓塚さつき…
ネロに集るやロアをツカイッパにするわ、フリーターの分際でやりたい放題。

改造ネロ・カオス…
路地裏で遠野家の監視をしつつ、さっちんやシオンにおでんを集られる。しかし、ずいぶん丸くなったものだ。ロア?そんな奴知らん。

衛宮士郎…
セイバー、凛、桜、ライダー、イリヤと相変わらずの光源氏っぷり。何故一途にならない?なれないのか?なりたくないのか?なる度胸もないのか?

セイバー
士郎とともに仕事をするためか、ちゃっかりと第一号をキープ。そろそろ凛が黙ってはいない

間桐慎二…
相変わらずの自宅警備っぷり。

プーチン
ロシア首相。世界最強の7人の一人。そろそろソ連統一をしたいらしい。

ベネディクト16世
当面の敵は池田。

霧雨魔理沙
釈放され幻想郷に帰り、録画した魔界統一トーナメントを見ている。なお、優勝者は先日飛影と痴話げんかをした躯とのこと。

北条晴臣…
元特命全権大使。現在は雲隠れ中。

総帥…
ヴェーダ内部で人々の未来と娘を案じ続けている。いい加減、秘書天野がかわいそうでならない。

まい…
総帥の娘。総帥の後を継ぐため目下勉強中である。パパのことは時折ウザがるも、なんだかんだでパパが好きだと思う。



[25916] 第1話 …現に舞い降りた無職
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/09 20:25
最近は都市化が進んでいつつも、どこか田舎臭さが拭えない街。
この物語の主人公、遠野志貴が存在するのは、その田舎町にはそぐわない、シャンデリアと高そうな抽象画が飾られ、赤の絨毯に敷き詰められたている部屋。

そう、ここはとある不動産会社の社長を務める、とあるグループの総帥の部屋だった。

その総帥はいかにも高そうな黒のソファーにふんぞり返りながら、これまた高そうな机を挟んで遠野志貴と対峙していた。
志貴の隣には、白の服に紫のロングスカート、そして金髪の外国人…もとい吸血鬼、アルクェイド・ブリュンスタッドが立っている。
そして志貴の肩にはアルクェイドの使い魔である黒猫『レン』がしがみついていた。



「とりあえず、お金はあんまりないんで、出来れば格安のアパートがあったらうれしいんだけど…」

志貴の口からは若干情けない声が総帥に向けられる。
そんな志貴と対峙していた総帥は志貴とは旧知であるらしく、親しみを込め言葉を発する。



「……なにやら『ワケあり』のようだな。七夜…じゃなくて、遠野君とブリュンスタッド君」

『ワケ』…
志貴の実家、遠野家はいわずと知れた名家であり、その嫡男である志貴が何ゆえに格安アパートを借りなければならなかったのか。

「アハハ。まあ、原因は志貴にあるんだけどね」
「…しょうがないだろ。俺の家だって『いろいろ』あるんだから」

隣で茶化すように笑うアルクェイドに、志貴は若干不満なのか、『いろいろ』を強調して反論する。



「気持ちはわかるが……」

まるで夫婦喧嘩を御するかのように、会話に割ってはいる総帥。

「妹との確執が怖いからといって駆け落ちはないと思うのだが」
「そ…そのくらいわかってますよ…」

総帥は志貴が格安アパートを借りたがる理由はご存知のようだった。
志貴の妹『秋葉』はブラコンであり、その大切な兄を奪うアルクェイドはまさに仇敵以外の何者でもない。
その間に挟まれる重圧に耐えるすべを知らなかった志貴は、二人の明るい夫婦生活(まだ籍入れてねーよ)を守るためにアルクェイドと駆け落ちし、知人を頼りこの田舎町まで来たのだとか。



とりあえず、そのまま部屋で話をする三人。
レンは部屋の日陰の方で昼寝をしている。

「でも、私は妹さんともこれから家族になるんだし、仲良くしたいかな」
「(それができる可能性が1パーセントでもあったら、駆け落ちなんてしないっての!)」

非情に呑気な発言をするアルクェイドに、心の中で反論する志貴。
彼女は所詮吸血鬼であり、人間の常識はあまり通用しないようだ。

「まあ、遠野君だって、妹君の様子は気になるのだろう」
「そりゃあ、まあ、黙ってればかわいいですからね」

まるでカウンセラーのように優しく志貴を諭そうとする総帥。
その総帥の問いに対する志貴の答えも、偽らざる本音なのであろう。



「志貴はシスコンなのに、やせ我慢してこんなとこまで来てさぁ」

この流れで、再び志貴を茶化す言動を取るアルクェイド。

「誰がシスコンだ莫迦!」
「どうみたって、この中じゃ志貴しかいないでしょ?」

以下、志貴とアルクェイドの不毛な口げんかがしばらく続く。
まあ、夫婦喧嘩は獏も食わないというわけであり、総帥も今回は仲介に入らなかった。







「遠野君は甲斐性なしにも財産を一切持たずに逃げたのだが…彼女が金持ちなので、家賃の問題はない…と。別に格安のアパートでなくてもいい気はするのだが……?」

二人の口げんかが終わったところで、総帥は話を本筋に戻す。
総帥は二人の資力を既に調査していたようで、アルクェイドの資産を考えても家賃の取りっぱぐれはないと判断した総帥は、高いマンションを志貴らに勧める。
それに拍車をかけるようにアルクェイドは「人間が一生遊んで暮らすだけの財産はあるから、大丈夫だって」と志貴を説得する。

「でも俺、なんだか情けないなぁ……」
「まあ、如何せん、君はこのままだと、確実にただの紐だからな」
「………」

自分の情けなさを恥じる志貴に対し、総帥は容赦のない言葉をかける。
しばらくは項垂れる志貴ではあったが、自分は働かず、真祖の姫君とはいえアルクェイドに負担をかけさせるなど、志貴の男のプライドが許すはずもない。



「な、何かいい就職先ないですか!!」
「そういわれても、僕は企業の人事にはあまり関与していないのだよ…」

この総帥は不動産だけでなく、いろいろな事業をやっている。
志貴は焦燥感丸出しで総帥に就職のつてを探るも、上手くはぐらかされる。

「人間って、変なところでプライド高いよね」

あくまで自分が家賃を払いアルクェイドを守りたいと願っている志貴に対しての、アルクェイドの偽らざる本音であった。


「貧血もちで、いつ倒れるかわからない…さらに殺人狂の部分もあり、精神不安定……」
「誰も雇うわけない……か」


しかし、現実はなんとも厳しいものである。
総帥とアルクェイドの言葉で、心はダブルボギーの志貴。
とりあえず、レンのみは志貴擁護派のようであり、慰めたいのか志貴の肩に再び乗っかり顔をなめる。

「………」
「気にすることないって。いいじゃん、二人でいれる時間が増えるんだし」

これは男が言えば非情に格好のいいセリフであろうが、たとえ真祖とはいえ女性にこのような言葉をかけられる辺りが、無職の紐の哀しさを如実に物語っている。



「で…でもな…子どもが出来たとき、親が無職だったら格好悪いだろ?」

そのアルクェイドの言葉に、もっともらしい反論をする志貴。



「や…やだ、志貴!こんなところでプロポーズッッ!?」
「い…いや、まあ………」

無論、その志貴の決意は『いろんな意味』でアルクェイドの心に届いたようだ。
照れ隠しに、志貴の背中をバシバシたたくアルクェイド。



「とても、無一文で駆け落ちした男の台詞とは思えぬがな」

このバカップルどもを目の前に、もう死ぬまでやってろとばかりにやさぐれる総帥であった。
なんにせよ、『アルクェイドを殺した責任』を取るつもりの志貴は、これまでは多くの敵と戦ってきたわけなのではあるが、今度は社会の荒波と戦わなければならないわけで……



[25916] 第2話 …特技はイオナズンです
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/10 21:26
「まあ、ペットもOKで格安アパートというと……うーむ…」

ここは地味に都市化が進む田舎町の、大企業の総帥の一室である。
この物語の主人公、遠野志貴は無一文でアルクェイドと駆け落ちをし、知人の総帥に住居と就職を頼っていた。

「ああ、ここがいいな。六畳1Kユニットバスで28,000円、無論ペットも可だ。敷金礼金保険金、その他共済費は……」

そういうと、総帥は机の上にパンフを広げ、それを志貴とアルクェイドに見せながら、そのほかの経費について自信満々に説明をする。

そのパンフに写っている写真…
それはそれは、純白の壁と外付けの階段が特徴の、なんとも綺麗な2階建てアパートでございます。
その上ペット可で28,000円……



よくよく考えれば、そんな上手い話があるわけないと志貴たちが気づいたのは、そのアパートに到着した後であった。



「………」

絶句した志貴の目の前にあるのは、確かに外付け階段が特徴の二階建てのアパートであった。
しかし、その純白の塗装は所ところ剥げており、壁面にはヒビも入っている。
おまけにこうも人の気配もない有様では、ペット可というのもなんとなく合点がいった。

「本当にボロアパートだな…。低家賃の割には空きも多いし…」

その閑散とした様子を見て、ようやく志貴の口から言葉が発せられる。

「でも、私は結構気に入ったかな」
「え、本当に!?」
「こんなことに嘘ついてどうするの?」

しかし、こんなボロアパートでも気に入ったのか、アルクェイドは猫っぽく笑う。
さすがは吸血鬼。
志貴と同じ元ブルジョワといえども、その環境の適応力が違う。
彼女なら、例えホームレス生活になったとしても呆気らかんとしているのであろう。

「それに、向こうの世界にいたときから、こういうの憧れてたんだ」
「え?」

この鼠やGが出てきそうな環境の、どこに憧れの要素があるのであろうか…?
吸血鬼の考えていることは、非常に不可思議でありよく分からない。



「赤い手ぬぐいマフラーにしてさ、一緒に銭湯行って、私がいつも待たされるの♪」
「神田川かよ!!」

思わず突っ込む志貴。
何故アルクェイドが南こうせつの『神田川』を知っているのだろうか?
おそらくアルクェイドの未来予想図の1コマには、志貴に24色のクレバスを買ってあげ、似ていない似顔絵を描いてもらっているというビジョンがあるのであろう。
それはそれでなんとなく嫌なものがある。



とりあえず新居に入る志貴とアルクェイドと使い魔(ペット)のレン。
中は意外にもまともであり、床の畳もなんとなく志貴たちの心を和ませる。

その後はリサイクルショップなどで新居の家具を揃え、夕飯の材料も整え、再びアパートに戻ったのは夕方であった。



「とりあえず、後は就職活動を頑張るわけだが」

早速志貴は、買ってきた丸いちゃぶ台の上で履歴書を書く。

「えっと……職歴・資格なし…、特技・直死の魔眼…、自己PR・どんな『モノ』でも殺せる……」
「……そんな特技書いたらどこも雇ってくれなくなるよ……」

履歴書を覗き込み、その志貴の後ろで茶化しながらくっついてくるアルクェイドに、ため息混じりに志貴はつぶやく。

そんなこんなで駆け落ち・同棲生活の一夜はふけていく。
まずは先行き不安ではあるが、就職に向け決意を固める志貴であった。



[25916] 第3話 …『本』末転倒
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/11 23:58
「……はぁ…やっぱりダメだったか……」

朝っぱらからため息をつきながら投函ポストを眺めるのは、ボロアパートの家主の志貴である。
この日は17社目の面接の採用通知が来るはずであったのだが、どうやらそれは不採用通知だった模様。
中途で職歴・資格なしの人間が雇われるほど、世間は甘くなかった。

「働かざるもの食べるべからず……人間って面倒くさいわね」

一方のアルクェイドは全く意に介することなく、朝っぱらから『ものみんた』を見ながら朝食のサンドウィッチを頬張っている。

「いいじゃないの。仕事なんて貯金が尽きてから考えればいいじゃない」

落ち込んで部屋の戸を開ける志貴に、アルクェイドは何とか励まそうとしているのであろう。
しかし、所詮は吸血鬼。
人間界の無職に対する世間体の冷たさには、恐ろしく鈍感である。



「あーあ。しょぼくれた志貴なんて、見てもつまんないから外に出て新鮮な空気でも吸ってこよーっと」

ちゃぶ台にすわり、新しい履歴書を書く志貴を尻目に、入れ違いに外に出るアルクェイド。
そこで彼女は、あるものを目撃する。

「しおちゃーん。いってらっしゃーい」
「はーい」

この光景を提供しているのは、志貴たちが引っ越すよりもだいぶ前から暮らしているお隣の『岡崎一家』である。
ちょうど、一人娘の小学校の登校の時間であり、活発そうな少女がお母さんに見送られながら慌しく部屋を出て駆け出していく。
『岡崎一家』は夫婦と小学生の子供一人の三人で住んでおり、子供も大きくなってくるのでそろそろ引越しも考えているのは余談である。

アルクェイドも、数年後にはこうして子供が出来てこういう家庭を作るのかなーと(そもそも人間と吸血鬼で子供が出来るのかどうかは不明)考えていた。
…その時であった。

「じゃ、俺も行ってくるから」

娘が出て行ってから少し後、こんどはお父さんが仕事に出ていくところである。

「いってらっしゃい、あなた」
「渚、行ってきますのコレ、忘れてない?」
「え!?あ、アレやるんですかっ!?は、恥ずかしいですけど、朋也くんが望むんでしたらっ」



ズキュゥゥゥウウウン



「―――い、いってらっしゃい……です」
「―――お、おう!渚も気をつけろよっ」

なんと、いまどき夫婦としてはかなりのベタである、いってきますのチュウである。
妻は非常に顔を赤くしており、夫も照れながらも元気いっぱいで通勤するのであった。






そこにシビれる!あこがれるゥ!…のが、やはりこの人である。






「ねえねえ!志貴!!早く仕事見つけてよぉ!!」
「ど、どうしたんだ急に!?そ、そりゃあそうしたいけどさあ…!?」

ちゃぶ台の前で座り込み履歴書を書く志貴に、後ろから抱きつき甘えた声で『おねだり?』するアルクェイド。

「それでさ、私が志貴を見送るときに『いってらっしゃいのチュウ』をするのっ!」

…しかし、原因は至極自分の欲求に素直なものであった。






「……ま、まあ、動機はともかくとして、俺の就職活動を応援してくれるのはとってもうれしいよ……」

時は昼過ぎ。
改めて、ちゃぶ台をはさんでアルクェイドと向かい合って座る志貴。

「……だからって…こんな部屋が埋まるほど『求人雑誌』持ってこなくていいんだよ……」

引っ越して数日も経たないうちに、志貴の部屋は求人雑誌だらけのゴミ屋敷と化していた。
そもそも、部屋が埋まるだけの求人雑誌を一体どこから持ってきたのであろうか……?
まあ、おそらくはアルクェイドが総帥に頼んで大量に取り寄せてもらったのだろう。

「でも、これだけあれば一社くらいは雇ってくれるところ見つかるわよっ」
「その前にこのアパート追い出されるだろっ!!」

それ以前に、寝場所もなければ飯を食う場所もない。
ただただ黒猫のレンだけが、雑誌の山の中で暖を取って幸せそうに眠っていたのが救いであろうか……。
っていうか、こんなことしているくらいなら、総帥に頭の一つでも下げてでも仕事をもらったほうがまだ手っ取り早い気がする。

とりあえず、志貴の前途多難な就職活動は、まだまだ続くわけで。



[25916] 第4話 …カマキリ
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/13 18:55
ボロアパートの一室。
アルクェイドが文字通り山のごとく求人雑誌を持ってきてゴミ山にしてしまったため、それを片付け夕食を終えたころにはもう既に21時を回っていた。
ちなみにこの日の夕食はカップめん。
どこまでも貧乏な同棲生活であった。

「とりあえず中途OKで条件が厳しくないところを選んだんだけど…」

そういって、アルクェイドは捨てずに取っておいた求人雑誌を開き、黒マジックで丸で囲ってある項目を志貴に見せる。

「ほら、『ツヨシ工業』ってとこ。男なら誰でもOKってかいてあるよ。給料も高いし……」
「いや、ダメだろ。なんで写真に写ってる社員がみんなマッチョで全裸なんだよ。明らかにオカシイだろ……」
「じゃあ、この『帝愛グループ・ニコニコ銀行縞長市支店』は?」
「どう見ても『ブラック』だろ…。業績不振なら『地下王国』逝きになりそうだし」
「むー…それじゃあ、この海馬コーポレーション・管理部はどう?」
「わっ…!すごい一流企業じゃないか!!何でそんなところが条件厳しくないんだ!?」
「えっと…主な仕事は『社長のカードを管理、手入れなど…』」
「それって、ようするに誰もやり手がいなくて条件緩和してるだけなんじゃないのか?ある意味ブラックよりキツいぞ……」

ちょっとでもカードを傷つけてしまえば、社長に「レアカードに疵がついたわ!!」と殴られた挙句に美食家の魚の餌にでもされるのだろう。



「もぅ!選り好みしてたら就職なんて出来ないんだからね!!」

そんな現実など露知らず、アルクェイドは頬を膨らませながら違うページをめくる。
その様子を見て志貴は「お前が変なのばっかりに印つけるからいけないんだろうが!!」といいたかったのだが、円満な同棲生活を営むため突っ込むのを止めた。



ピンポーン…



この微妙な空気の中、夜分遅くにお客さんである。

「はーい。どちらさまー?」

アルクェイドが玄関のドアを開けて出迎える。
コレが見知らぬ人であれば、いきなりの金髪外人さんが流暢な日本語で出迎えるわけなのだから、驚くことは間違いないであろう。

「やあ。近くに寄ったから様子を見に来たのだよ」

幸いにも、客人は二人とも見知った総帥であった。







「なるほど…。まあ、たしかにこのご時勢、簡単に職が見つかるものでもないしな……」

総帥は、先ほどまでの話の経緯を聞きながら、自前で用意したミルクティー(スリランカ茶葉)を淹れ、それを優雅にすする。
一応、アルクェイドはお茶を出したのだが、総帥曰く「お茶は苦くてあまり好きではない」とのことだった。
この光景を見て二人は「この総帥はいつもティーセット一式を持ち歩いているのか」と疑問に思ったが、あえて聞かないことにした。

「本来であれば、解体屋なんかやらせてみたい気もするのだが、さすがに仕事のたびに『命』削ってたらキリがないしな……フフ……」
「笑い事じゃないですよ……」

総帥の含み笑いに、やや脱力した漢字で答える志貴。
一応、総帥は『直死の魔眼』の作用副作用についてはご存知のようであった。

総帥はしばらく二人を交互に見た後、今度は眉間に人差し指を刺し、しばらく考える素振りを見せる。
その顔からは先ほどの含み笑いは嘘のように消えていた。
そして意を決したのか、総帥の口が重々しく開く。

「まあ、僕のところも一応働き口はないのではないが……」
「えっ!?本当ですか!!?」

志貴は餌に群がるピラニアのごとく、総帥の話に食いついた。

「まあ、僕の財閥は、表向きは不動産なり金融なりやっている企業グループなのだが、まあ、裏というか、一応、非合法で研究機関も設けてはいるのだ。無論、表向きは医療研究機関なのだが」
「………」

さっきまでとは打って変わり「聞かなければ良かった」とばかりに志貴は沈黙する。

「この研究は、僕と一部の政府関係者のみ関わっているものなのだが……。まあ、その関係でいいなら、君に仕事を紹介してもいいかもしれない」

しかし、その言葉の裏腹に、どうも総帥の言葉は明朗としない。
どちらかといえば、あまり志貴を巻き込みたくなかったというような口調である。

「ち、ちなみに、どんなコトやってるの?」

一応、大事な志貴を案ずる身としては、その仕事内容は聞いておきたいところである。

「それは今の段階ではいえないが……、まあ、将来的に必要になる研究ではあるし、今も必要としている人はたくさんいるということは確かだ」

それは総帥の判断なのか、それとも政府の意向かは分からないが、とにかく現段階では機密事項であり、空気を呼んだアルクェイドはその研究についてはこれ以上質問することはなかった。

「一応、遠野君には研究機関の『調査局』に勤めてもらいたい。まあ、業務は探偵みたいなものだ」
「探偵ィ!?」

いきなり明日から「探偵やれ」などといわれ、志貴でなくとも青天の霹靂、驚かざるを得ない。

「ちなみに言っておくが、探偵になったからと言って別に殺人事件に巻き込まれたりするわけじゃないから安心してくれ。推理モノと言えば殺人事件しか起きない陳腐な推理モノが嫌いなのだよ」
「誰もそこまで聞いてませんって…」

総帥の手前勝手な持論に志貴は突っ込むも、意に介さぬように話を続ける。

「とりあえず、必要な書類や契約などについては明日にでも郵送で送ろう。後はそれを所持して勤務先に来てくれればいい」
「は、はあ……」

志貴にそのことを伝えると、あとは帰り支度を始める。
先のティーセットも綺麗に片付け専用のケースに収納する。
結局アルクェイドの出したお茶は飲まずじまいだった。



総帥が帰った後、誰もいなくなったドアを見つめ、誰に言うでもなく…

「探偵…かぁ…」

と、膝にレンを乗せながらため息をつく志貴。

かくして、志貴の事情を知る総帥の粋な計らいにより志貴の就職は決まったわけで。
待っているのは天国か地獄かリストラか……
とにかく、この仕事に関してはあまりいい予感はしない志貴であった。



[25916] 第5話 …Dreamers message for you
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/13 21:40
ひとまず、総帥との契約を終え就職先から帰ってきた志貴。
一応は契約社員ということではあるが、まあ、社会保険はだいたい完備してあり、日給も8000円とそんなに悪くはなかった。

「これが正社員なら月給なんだろうけど……」

とりあえず、雇ってもらったのだからあまり文句は言ってはいけない。







こうして仕事を始めてから一週間が過ぎた。

「ただいまー……」
「おかえりー。晩御飯できてるわよーっ」

帰宅するや否や、スーツを脱ぎ小さなちゃぶ台に座る。
このアルクェイドの料理は、特に上手いというわけでもないが、下手なわけでもない。
しかし、この素朴さがいいのであろう。
どんなおいしい料理だって、それが毎日続けば感覚も麻痺してくるのだ。

「ねえねえ、探偵ってどんな仕事なの?」

日本では、あまり妻が夫の仕事に口出しするのは良くないことではあるが、まあ、それはやや古い慣習ではあるし、志貴もそこまで気にしてはいない。

「なんだか騙されたってかんじだな。探偵っていうからもっと『あの時(ロア事件)』とまでは行かないまでも、それ相応の世界を覚悟してたんだけど、やっていることといえば、書類まとめや過去のケースを読んでのレポートの提出ばかりだからな」
「まだ仕事初めて一週間だから、そんなものかもね」
「まあ、確かに。一応、仕事が慣れたら『顕在化されていないニーズ』の調査なんてのも出てくるらしいけど……」

その仕事は、意外にも地味なものであり、探偵というよりは社会福祉事務所の指導員的な仕事がほとんどである。
所詮、格好良く推理したり闇の組織と戦う探偵なんてのは、小説でしかない。

「でも、いいじゃん。こうして静かに悠々自適な生活ができるんだからさー」

このアルクェイドの言葉が、どれだけ志貴の救いになっているのか。
とにかく、これで無職は脱出。
後は正社員になるべく次の一歩を踏み出す志貴であった。







翌日の仕事場。
その仕事場は、大企業の隠れ研究機関の事務所とは思えないほどの、小さなアパートの一室の事務所であった。
勤務時間は朝の8時から夕方5時であるが、仕事が残っているときはサービス残業扱いとなり残業代は出ない。
一応、ここには志貴のほかに調査員は数人いるも、そのどれもが自分のように、どこか『余された』挙句にここに辿り着いたような面々であった。

「おはようございます」

「あああ!!ケース提出めんどくせー!!!」
「国崎さんの場合、ケースじゃなくて『しまつしょ』ですっ!早く書いて『一ノ瀬所長』に提出するのです!!」

志貴が部屋のドアを開け挨拶をすると、そこでは志貴の同僚である黒のTシャツを着た大柄の男性社員と小柄で子供っぽい女子社員が、朝っぱらから口論をしていた。

「朝からどうしたんですか?『国崎』さんに『伊吹』さん」

この男性社員は国崎、女子社員は伊吹という名前らしかった。
いずれも志貴よりは年上なのではあるが、その精神年齢はいずれも非常に幼い。
なんだか二人とも探偵には不向きな人材ではあるのだが、総帥は何を以って彼らを探偵として雇ったのか、甚だ疑問である。

「ああ、聞いてくれよ遠野。実はこの間珍しい黒ネコ見つけてだな。それを捕まえて研究室連れてけば、給料アップのウッハウハになると思ってたんだ」
「うん…」
「それでその猫捕まえたら、急に黒いゴスロリみたいな服着た人間にななって、それを周囲に目撃されたもんだから、警察にしょっ引かれて妻に言い訳するの大変だった……」
「あ…ああ……」
「まあ、妻と警察には総帥が仲介してくれたおかげで何とか誤解は解けたんだけど、そのあと、一ノ瀬所長に『……非常識なの』って怒られた挙句、始末書を30,000字以上で提出って言われて散々だ……」
「………」

そもそも、独断で研究材料を捕獲しようとした挙句、冤罪で連行されて危うく性犯罪者のレッテルを貼られかけたのは自業自得である。
そして、まさかその黒猫は「自分ちのレンです」などとは言えず、ただただ冷や汗を流すだけの志貴であった。



[25916] 第6話 …ICE MY LIFE
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/15 19:51
ここはとある町のボロアパートの志貴たちの部屋。
この日は志貴とアルクェイドがちゃぶ台をはさみ、深刻な顔でその上にある書面を見ていた。

「……ついに……だな……?」
「……そうね……。ついにこの日が来たって感じね」



その書面を見る目は、お互い未だかつてないほど険しいものであり、その緊張たるや、特に志貴の方は尋常ではなかった。






「給料明細が出たぞ!!!」
「バンザーイ!バンザーイ!」

そう、この日は待ちに待った志貴のお給料日である。

「思えばこの一ヶ月間、書類整理とレポートしかやってない気もするけど、なんにしても給料であることには変わりはない」
「なにもそんな後ろ向き菜考え方しなくても……」

ここで初給料に大きく喜べないのが遠野志貴たる所以なのだろう。
それでも一ヶ月の労働の対価とは非常に嬉しいものであり、志貴、アルクェイドは胸を躍らせ給料明細をみる。

二人はその金額に、しばらく無言であった……



「……約17万の給料に、税金とか保険とかいろいろ引かれて手取りは12万……か」

初めに口を開いたのは志貴であった。

「まあ、ウチは食費もそんなに掛からないし、光熱費も携帯もそんなに使わない……。車もないし、レンのご飯代もないようなものだから、まあ、ギリギリ生活できるっていったら生活できるけど……」

コレが契約社員の切なさであろうが、それでもエンゲル係数だけで考えても、志貴は大食いではないし、アルクェイドは志貴の食事に付き合うことはあれど特に食事は必要としない。
レンも夢魔であるため餌の必要は特にない。
それらのことから志貴は、自分の給料だけで何とか生活できることにおおむね満足のようであった。

しかし、心なしかアルクェイドの顔色は青ざめていた。
その様子たるや、あのネロ・カオスやロアと対峙していたとき以上に、追い詰められているようである。

「ど、どうしたの……アルクェイド?」

さすがにアルクェイドの不穏な様子に気づいた志貴は、心配して声をかける。

「ご、ごめん志貴……」

するとアルクェイドは、非常に気まずそうに、その重い口を開き始める。

「じ、実は……その……」







「ぶ、ぶら下がり健康器具ゥゥゥ!!?」



志貴の驚愕する声が、アパートに響き渡る。

「なんでそんなもん買ったの!?」
「いや、その、志貴って、ただでさえ不健康な身体なのに、この上ですくワークばかりやってたら、本当に病気になっちゃうんじゃないかな……って思って、つい『通販』で……」
「だ、だからって……」

何故いまどきぶら下がり健康器具なのか……?
こんなもの、もてはやされるのは最初だけで数日後にはただの物干しと化することは明白である。
そして何より、こんな物干し…もといぶら下がり健康器具を置くスペースなどどこにもない。

その金額、なんと15,000円!!!
手取り12万の志貴にしてみれば、なんとも高すぎる金額である。
所詮は真祖の姫君、金銭感覚はほぼ皆無であろうことは言うまでもない。

しかし、それでも「志貴の健康のため」を想っての行動のアルクェイドを志貴は責めることは出来なかった。



結局、ぶら下がり器具はその日のうちに届いてしまったので、仕方なくそのままお買い上げ。
今後の貯蓄も考え、初任給でありながら今月は、非常に苦しい生活を余儀なくされたのであった。

ただ一言、「とにかく!今度から大きな買い物をするときは、二人で話し合って決めよう!」という、同棲生活の決まりごとが増えたことはいうまでもない。



尚、予断ではあるが、このぶら下がり健康器具は案の定、物干し及びレンの昼寝場所と化したことは言うまでもなかった。



[25916] 第7話 …銀色の愛しさを抱きしめて
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/16 18:44
ボロアパートの一室、志貴の部屋。
ちゃぶ台をはさみ、志貴は新聞の夕刊を、アルクェイドは買ってきたハードカバーの本をそれぞれ読んでいた。

「それ、何の本?」

事も無げに志貴はアルクェイドに、今読んでいる本の事を聞いてみる。

「ああ、これ、節約生活の本。2,000円もしたのよ」
「に…2,000円!?」

アルクェイドの読んでいる本の値段を聞き驚く志貴。
たしかに、志貴の給料で2,000円の買い物は割と大きいものがある。
それでも志貴は「まあ、それでも今後の節約でお金が浮くのなら……」と、あえて咎めない方向で考えていた。
しかし…

「ちなみにこの本は『前編』らしくて、『中篇』、『後編』も出てるらしいわ」
「何ィ!?」

志貴はアルクェイドの言葉に耳を疑い思わず聞き返す。

「あと、この後『続・節約生活』、『続々・節約生活』ってのも出版予定だとか……」
「どこが『節約』だああああああ!!!」

さらに続くアルクェイドの言葉に、志貴のつっこみがアパート中に響きわたっとかわたらなかったとか……







翌日の研究所所属探偵事務所。
ここでも相変わらず仕事はデスクワークが主である。
伊吹は研究結果の施行調査で出ているため、志貴と国崎の二人だけが黙々と書類の整理を行っていた。

「へぇ…アンタの彼女、なかなか面白いことするな」
「感心してる場合じゃありませんって」

どうやら志貴は、昨日のアルクェイドのことを国崎に話した模様である。
面白おかしく納得する国崎に、このままでは「以前購入した15,000円の『ぶら下がり健康器具』」の二の舞になってしまうことを、志貴は付け加える。

「まあ、でも、そのくらい景気がいいほうがいいだろ」
「はぁ…」

何か意味な含みで国崎はつぶやく。
その反応を見るに、どうやら国崎家の方でも節約生活はしている模様である。

「でも、国崎さんって、確か奥さんの持ち家でしたよね?義母さんも『保育士』をやってるって聞きますし……、そんなにお金のことで苦労はしてないんじゃ……」
「まあ、結婚前にそこに居候してたからな。……まあ、その後『紆余曲折』あって妻に苦労かけて、とりあえず今の状態になったわけなんだが……」

その『紆余曲折』には、本当に人には言えないようないろいろなことがあったのであろう。
志貴は国崎先輩が自分から語る日が来るまで、あえて言及しないことにした。

「そのこともあってか、ウチの妻は変に気遣いするんだ。ラーメン食いに行くときも一番安いものしか頼まないし、遊びに行くのだって近場の公園か神社でいいっていうんだぜ」

「よっぽど甲斐性なしに思われてるんだな…」と心の中で思った志貴であったが、今後の職場の人間関係の維持のため、あえて言及しないことにした。

「趣味も奇特だから、プレゼントも『恐竜のぬいぐるみ』で喜ぶ、まあ、悪く言えばお子様なんだが、よく言えば純真っつーか―――」

「………」



その後も「自分ちの隣の夫婦といい、どうして自分の周りにはそんなヤツらしかいないんだろう」と思いながら、志貴は国崎の妻の惚気話を終業時間まで延々と聞かされたとか……
無論、そんな状態で仕事がはかどるわけがなく、次の日国崎は一ノ瀬所長に怒られた挙句、仕事が終わるまで缶詰状態にされたことは言うまでもなかった。



[25916] 第8話 …utopia
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/17 22:24
ボロアパートの一室、志貴の部屋。
志貴は朝食を終え身支度をし、ちょうど会社に出社する時間であった。
靴を履き、玄関を出る志貴と、それを見送るアルクェイド。

「志貴、言ってきますのチューは?」
「あ、朝から出来るか莫迦っ!!」
「いいじゃんケチー。お隣の夫婦だってたまにやってるわよ」
「他所は他所!ウチはウチです!」

と、まあ、こういうやり取りもお約束であり、安月給ながらも順風満帆な生活を送っていた二人であった。







「なあ、遠野。お前、休みの日に彼女とデート行かないのか?」

事務所での昼食の時間。
国崎は突如志貴に話しかけてきた。

「あ、いや、ウチは彼女が割りと出不精なもので…」

志貴はなんとなく気まずそうに答える。
ちなみにこの研究所所属の調査会社は、休日は不定期であり、平日が休みになる事も多い。
とはいえ、志貴の言葉通り、アルクェイドは好奇心旺盛な割には出不精なところがあり、休みの日は家でごろごろ本を読んでいることの方が多い。

「そうか。羨ましい限りだ……」
「どうしたんですか、国崎さん?」

ため息交じりの国崎に、思わず事情を尋ねる志貴。

「いや、俺も昔は随分と妻に迷惑かけてきたから、たまには家族サービスしなきゃいけないな…と思ったんだ」
「ええ」
「そこで義母が遊園地のテーマパークを『二枚』もらってきたわけなんだが……」

その二枚とは、おそらくは国崎とその妻、二人で愉しんでこいというものであろう。
それだけを聞けばいい話で終わるのだが、国崎は再び深くため息をつきながら、志貴にそのチケットを見せる。

「……か、『海馬ランド』……」

そのチケットは、誰も知っている子供向けテーマパーク『海馬ランド』のチケットであった。
マスコットの『青眼の白龍』が、なんとも形容しがたきものをかもし出している。

「ああ。完ン全に子供向けのテーマパークなんだが…妻が妙に喜んじまってな。『はやく青眼の白龍に会いたいな。にはは』ってよォ」

その言葉とは裏腹に、国崎はあまり行きたくはなさそうな表情である。
これが余り人が集まらないようなところであれば、国崎も喜んで妻と出かけたのかもしれない。
しかし、前述でもあったように海馬ランドは『子供向けテーマパーク』である。
国崎は身長があり目つきも悪く、おまけに黒のTシャツと、あまりにも子供向けテーマパークにはそぐわない人物である。
それが自分でも分かっているからこそ、国崎は乗り気ではなかったのだ。



「でも、国崎さんの気持ちも分かります。風子も青眼の白龍よりはヒトデのテーマパークに行きたいですらっ」

一方、勝手に二人の話に入ってきた挙句、手に持っているヒトデの彫刻を持ってトリップしている伊吹。

「いや、子供向けテーマパークだから行きづらいのであって、別に『ヒトデ』がいいって言ってるわけじゃあ……」

無論、国崎のツッコミなど伊吹の耳に入っているはずもなかった。



「…まあ、家族サービスも大変だな」
「…ああ…覚悟は決めるさ」

伊吹の話はなかったことにして、話の結論に入る志貴と国崎。
しかし国崎は、呪文のように「めんどくせーめんどくせー」と言いながらも、実はまんざらでもなさそうな感じである。
その様子を見ていた志貴は、「たまにはアルクェイドとどこか出かけるかな」などと考えていたりした。







仕事も終わり帰宅する志貴。
家ではいつもどおりアルクェイドが出迎え、あとはいつもどおり夕飯、ちゃぶ台に向かい合い団欒である。
志貴は夕刊を読み、アルクェイドはハードカバーの読書をしており、そのちゃぶ台のしたではレンが丸くなって眠っていた。

「なあ、アルクェイド」
「ん?なに?」
「今度の休み、どこか行かないか?」

志貴は昼食時に考えていた「二人で出かける」ことをアルクェイドに提案する。

「んー……あんましお金もないし、近所の公園でいいんじゃない?」

アルクェイドの答えは、国崎の妻並に質素なものであった。
これでは国崎レベルでの甲斐性なしに思われているのではないか…?
そう思った志貴ではあったが、たしかにお金もないし、さして行きたい場所も思いつかない。
そんな志貴の考えを見透かすかのように、アルクェイドの言葉は続く。

「どこにいっても、志貴となら楽しいし。そうだ。お弁当も作ってこうよ♪」

別にアルクェイドには食事をすることに意味などないのだが、それでも志貴と一緒の行動をすることが楽しく有意義な時間なのだろう。
志貴もアルクェイドと同じことを思ったのか、妙な見栄を張るのをやめ……

「そうだな。俺も一緒に弁当作るよ」

と言い、明日の公園デートに対する期待に胸を躍らせた。



尚、後日談ではあるが、国崎は海馬ランドにて、夫婦揃って大人げもなくはしゃいでいたと言う話であり、お土産である『青眼の白龍』……
ではなく、『ミノケンタウロス』の置物をもらった志貴は、そのリアクションに困り果てていたことは言うまでもなかった。



[25916] 第9話 …優しい悲劇
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/18 23:15
アルクェイドは誰がどう見ても美人である。
その上胸がある。(ここ重要)

「ねえねえ、そこのお姉さん。ヒマならご飯でもどう?」
「あら、ゴメンなさーい。私、今忙しいから」

たとえ田舎町とはいえ、引っ越して日の浅い金髪美人が目立たないわけがなく、最近は都市化も進んできたことにより若者も増えてきていることから、初見さんに声をかけられることが多い。
この日は家の買出しで街に出ていたアルクェイドであったが、案の定、初見の男の人にナンパされていた。

「(まあ、悪い気はしないんだけど、志貴が待ってるしね♪)」

ナンパに失敗した男の心境は如何なるものかは知る由もないが、ひとまずアルクェイドは志貴以外の男性には興味はない模様。



「あ、遠野さーん」

ここは近所のスーパー。
今度は遠くよりアホ毛がトレードマーク(?)の女性から声をかけられる。

「あら、岡崎さんの奥さん」

声の主は、アパートの隣の部屋の奥さん、岡崎渚であった。
渚はアルクェイドの方に親しげに近寄って来た。

「ちょうど夕飯の買い物に来てたんですけど、遠野さんもですか」
「ええ。偶然ね」

ちなみに志貴とアルクェイドはまだ籍を入れていないため、厳密に言えば『遠野さん』ではない。
しかし、それでも『遠野さん』と呼ばれることにアルクェイドは何の抵抗もなかった。

「こんにちわっ」
「あら、汐ちゃん?こんにちわっ」

お母さんと一緒に買い物に来ていた娘、岡崎汐も礼儀正しくアルクェイドに挨拶をする。
割と人見知りをする性格の汐ではあったが、それでも初対面の人にきちんと挨拶が出来る辺りはさすが教育の賜物である。

「今日はママと一緒にお買い物?」
「うんっ!今日はね、カレーなの」

アルクェイドの問いに嬉々として答える汐。
なるほど、お母さんの買い物袋の中には人参、じゃがいも、玉ねぎなどが詰め込まれている。

「カレー……ねぇ……」

カレーといえば宿敵『シエル』のことを思い出すアルクェイドであったが、それでもこの純真な子供の前ではあまりに無粋なものであり、すぐさま笑顔を取り繕い「よかったね」と声をかける。



「あとねっ、デザートは『団子』なのっ」
「だ、団子……?」

子供にしては豪く渋いデザートに、アルクェイドは思わず聞き返してしまう。

「す、すみません……私が好きなもので……」
「そ、そうなんですか……」

やや恥ずかしそうに答える渚に、とりあえず取り繕うアルクェイド。
しかもよくよく買い物袋の中にある、パックに入った団子を見ていると、ご丁寧にもラップに貼られているシールには、団子の中に『目』が書かれていた。

「(そういえば、一昔前に『だんご大家族』が流行ってたっけ……)」

志貴とまだ出会う前の、知識でのみの情報ではあったが、アルクェイドはそれがしっかりと認識できていた。



その後はアルクェイドも夕食の買出しを終え、アパートも隣同士のため、世間話を交えつつ帰宅する。







「だんごっだんごっ大家族っ♪」

「懐かしいなその歌。俺が中学生のときにはやったっけ…」

ここは志貴のアパート。
アルクェイドが夕食を作りながら口ずさんでいる歌に、志貴は反応し懐かしがる。

「隣の奥さんがこの歌好きなんだって」
「へぇ…」



そして夕食時……



「だからって、何で今日の夕食は『団子尽くし』なワケ……?」

志貴も驚愕の今日の夕食は、主食は団子、汁物は団子汁、主菜、副菜は紅白まんじゅう、そしてデザートにみたらし団子……
これでもかと言うくらいに団子尽くしであった。

「しかも腹の立つことに、一つ一つのサイズが莫迦デカイ……」
「エヘヘ、お隣の奥さんに感化されてつい……」

エヘヘではないこの大惨事ではあったが、小食であるはずの志貴はここで男を見せ、なんとか全部完食した。
ちなみに餌を必要としないはずのレンの分もしっかりと団子は用意されており、レンはそれをげんなりとした表情で食べていたとか……

尚、この件以来志貴は、しばらく団子を見るのも嫌になったと言うが、それもいた仕方のないことであろう。



[25916] 第10話 …忘れじのMy Darlin
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/19 23:43
「あーあ…いい湯だったっ」

ここはとある田舎町の銭湯の前の玄関。
水も滴るいい女、アルクェイドは一足先に銭湯から出てきたらしく、そのまま玄関にて志貴を待っていた。



「……なあ、アルクェイド……」

しばらく時間がたったところで銭湯の玄関の戸が開き、洗面器を持った志貴が外に出てくる。

「………」
「あ…アルクェイド……?」

声をかけた志貴であったが、アルクェイドは顔はうつむき目も伏し目がちであった。
そして……

「……一緒に出ようねって言ったのに、いつも私が待たされるの……」



「それがやりたかっただけだろ。俺の手ぬぐいもなんか赤いし、石鹸も妙に小さいし……」

さめざめと涙を流すアルクェイドであったが、九割九部九厘ウソ泣きであろうことは言うまでもない。
明らかに『神田川』を狙ってのアルクェイドの行為ではあったが、それでも志貴は突っ込まざるを得なかった。

「チェッ……このあと志貴が私の身体を抱いて『冷たいね』って言うの期待してたのに~」
「公衆の面前でやるか莫迦っ!」

公衆の面前じゃなきゃいいのかい…という突っ込みはおいといて、このまま歩きでアパートに帰る志貴とアルクェイド。
どこかウレシはずかしの男女、志貴とアルクェイドであったが、まあ、それも駆け落ちカップルゆえに仕方のないことであろう。

「妹もいたらもっと楽しかっただろうね」
「やめろっ!ぞっとする……」

無論、駆け落ちの理由は志貴をめぐってのアルクェイドと妹・秋葉の果てしないバトルから逃げるためである。
しかしながら、アルクェイドには秋葉に敵視されていると言う自覚は一切ない。
まったくもって吸血鬼と言うのはよくわからないものである。



「……まあ、何年か経って『あいつ』もいい相手見つければ、お前ともうまくやっていけるんだろうけどな……」

それでも、アルクェイドの気持ちを汲み取り、そう言する志貴は大人なのかもしれない。
あるいは、これこそが志貴の理想とする未来なのであろうか。






「ねえねえ志貴~。これすごく良くない?」



「……って、人の話聞いてませんね……」

いつの間にアルクェイドは志貴の隣を離れ、通りがかりのリサイクルショップの縁側においてある、黒のソファーに目を輝かせていた。

「っていうか、ちゃぶ台にソファーって変だと思うぞ。しかも畳の上だし……」
「和洋折衷って言うじゃない」

志貴の意見に対し、妙な四字熟語で反論するアルクェイド。
どうでもいい言葉は覚えているが、使い方は間違っている。

「大体、そんなもの何処におくんだよ。ただでさえ物干し竿と化した『ぶら下がり健康器具』でスペースを取ってるっていうのに…」

一応、例のぶら下がり健康器具(15,000円也)は、まだ捨てずに取っておいているらしい。
しかしただでさえ6畳というスペースの一角を、今もぶら下がり健康器具は我が物顔で堂々と立ち尽くしている。

「ちぇっ……せっかく休みの日はくっついてごろごろしようと思ったのに」
「ホントに猫みたいなやつだな……」

ハハハと笑う志貴に、頬を膨らませるアルクェイド。
それでも浮かび上がってくる赤い月に照らされながら、帰路を仲良く歩く二人であった。



そもそも、そんなソファーを買う金もない志貴であったが、それはあまりにも切な過ぎるので黙っておくことにしたのは言うまでもない。



[25916] 第11話 …S.O.S.
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/22 00:28
この日は志貴とアルクェイドの『初デート記念日』である。

しかし、最近では事務所の経理の仕事も増え、せっかくの記念日の志貴の帰りは、少し遅いものとなってしまった。
そうなってしまったのも、それは一重に、志貴は伊吹、国崎よりはまだ数字が強そうだと一ノ瀬所長に判断されてしまったためではある。
尚、志貴の入社以前は、調査事務所の経理は研究所職員を何人か借り出して行っており、非常に手間が掛かり面倒くさいものがあったとか。



そんなこんなで時は夕暮れ…
仕事帰りの商店街、志貴は遅くなったことの言い訳ついでに、何かお土産を買っていこうと商店街の方を寄り道する。
そこで志貴は、とんでもないものを目撃してしまう!!!



「(こ、こんな時間に大の大人が小学生と歩いてるッッ!!?)」



志貴は一瞬我が目を疑ったわけだが、目を擦りもう一度見たところで、やはり街中を歩いていたのはサラリーマン風の男と小学生みたいな女の子だった。

「(も、もしかしたら親娘……にしては、男が若すぎる気がするし……、年の離れた兄妹……ってことか……?)」

そう考えることが出来れば非常に納得がいくのであるが……



「―――くんっ」



……名前ははっきりと聞き取れなかったが、女の子は明らかに相手の男を『君』付けで呼んでいた。
あまつさえ、女の子は男に対しくっついたりはしゃいだりしており、男の方も、恥ずかしそうにしながらまんざらでもなさそうな様子である。

「(……妹が兄を『○○君』なんて呼ぶわけがないし……、考えろ!!俺は探偵だぞ!!!)」

考える前に、まずは通報したほうが早いと思われる。
しかし、今の志貴にはそこまで考えが及ばず、ひとまず、こんな小さな街で児童への性犯罪が行われていてはあまりにも物騒と、この『不純異性交遊』を追跡することにした。



さすがに暗殺者の血筋であり、気配を消しての尾行は手馴れたものである。
カップルどちらも志貴の気配に気づくことはなく、ただじゃれあっているばかりである。
途中でたい焼きを買い食いしたり、それをみて男が「そんなに食うとまた太るぞ」と言ったり、それで女の子がいじけたり……
あの見た目さえなければ、完全に微笑ましいカップルのやり取りではある。

しかし…



「―――ああ、警察のものだけど……」

「「え!?」」

志貴が通報する前に、自転車に乗った通りすがりの警察が、この『不純そうなカップル』に職務質問を仕掛ける。
志貴はこれ幸いにと、この隙にカップルと警察のところへ近づく。



「だから、俺と『あゆ』は同い年の『夫婦』で……」

「そんな明らかなウソは良くないな。だいたい、そのカバンに入っている『スクール水着』はなんだね?」
「それは『祐一くん』の趣味で……」
「余計なこというな!!!」

何でそんなものがカバンに入っているのであろうか?
唯一ついえることは、例えこの二人が夫婦であろうとなかろうと、この男は間違った方向に行っていることであろう。

「何か身分証明できるものは?」

もはや完全に『黒』と決め付けられた男は、警察に身分を証明できるものの提示を求められた。
男は仕方なしに、財布より免許証を取り出す。
その目つきは、もはや現行犯を目撃したも同然のような目だったという。

「うぐぅ……祐一くん、保険証忘れてきちゃったよぉ」
「なんでこういう時に限って忘れるんだ……」

どうやらこの二人は本当に夫婦のようではあったが、マヌケにも妻は『保険証』を家に忘れてきた模様。
しかし、そんなことが警察に通用するわけもなく『自称夫婦』と身分証明をめぐっての揉め事となった。
まあ、確かにこの『夫』だけが保険証を持っていたところで、今日日のカード式の保険証では身分証明になりえない。

その後、何十分にもわたる口論の末……

「そうだ!住民票だ!!あの…家まで同行していただければ、住民票で確認してもらって……」
「ああ…いや、そこまでしていただかなくても……、まあ、一応、旦那さんの氏名、住所と身分証明書の番号と家の電話だけ控えさせてもらってもよろしいですかね……?」



…さすがに警察も、そこまで調べに行くのも億劫だったのだろう。
紆余曲折あって何とか職務質問を切り抜けた『バカ夫婦』。
その光景を見て志貴は「……世の中にはいろんな夫婦があるもんだ」と思ったとか。







「………随分遅かったじゃない」
「あっ!!しまったッッ!!!」

ここはボロアパートの一室、志貴の部屋の玄関…

…で、仁王立ちで志貴を待っていたアルクェイド。

時刻は既に21時を回っており、アルクェイドは『初デート記念日』の支度を終え独りで待っていたようだった。
よっぽど時間をかけたのであろうか、部屋の奥で折り紙で作られたような飾りと、やや豪勢な料理と買ってきたあるケーキが彼女の期待感を表している。

「……どうして遅くなったのか、説明して欲しいんだけど……」
「あ……いや、その……」

その表情こそいつもの笑顔のアルクェイドではあったが、目は一切笑っておらず、そのプレッシャーはまさに『ワルクェイド』を髣髴させるものであった。
レンもそのプレッシャーを感じ取ったのか、ちゃぶ台の下にて猫なのに『狸寝入り』を決め込んでいた。

なんとかアルクェイドの怒りを誤魔化そうにも、迂闊にも志貴は『お土産』すら買い忘れてしまっており、今度は志貴が、彼女の『職務質問』に答える時間となっていたのだった。



[25916] 第12話 …Cool Girl
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/23 22:23
とある田舎町の小さなアパートにある研究所所属調査事務所。
この日は日曜日であるが、志貴はこの日は出勤のため事務所に足を踏み入れる。

この事務所では、新入りかつ一番年の若い志貴が、大体一番早く事務所に入り掃除などを行っている。
…まあ、もとより国崎、伊吹ともども時間にだらしがないと言うこともあるのだろうが。

しかし、この日はいつもと何かが違っていた。

志貴は警備システムのロックを解除し、事務所の鍵を空けようとする。
そのとき志貴は、背後より人の視線を感じ取った。

振り向きざまに背後の人間を確認すると、そこには一人の少女がいた。
年は中学か高校生くらいであろうか?
ロングの綺麗な黒髪と、年よりも少し豊かなバスト、そして何より若干冷め切ったような、それでもって何か神秘的な瞳が特徴的な少女であった。

「………」
「………」

志貴と少女は一瞬だけ視線は合ったものの、少女の方から特に何かモーションを起こすと言うことはなかった。



「あ、あの…?ウチ、一応探偵事務所なんだけど、何か用かな?」

しばらくの沈黙の後、志貴はその少女に子供を諭すように優しく問いかける。
すると少女はしばらく無言の後…

「……おかまいなく」

と、一言のみ喋った。

「………」
「………」

再び沈黙の時間が流れる。

「……い、いや、お構いなく……って言われても……」



「あっ!!『まい』っ!!?」

少し遅れてやってきた国崎が、一瞬驚いたかのように少女の名を叫びだす。
ちなみに本来の就業時刻より随分と遅れているのだが、そんなことは国崎の知ったことではなかった。

「お、おはようございます。……って、国崎さん、この娘知ってるんですか!?」

時間のことなど忘れ、志貴は国崎に少女の正体を聞き出す。
すると、国崎の口からは意外な答えが飛び出す。



「し…知ってるも何も、総帥の『娘』だぞ!!!」
「む…娘えええ!!?」

「………」

その国崎から聞こえた『娘』と言う単語に、志貴は耳を疑い思わず大きな声が出てしまう。
志貴と総帥は同年代である。
しかし、彼女は高校生か、若く見ても中学生である。
それを考えると、生殖はムリとまではいかないが、ほぼ現実味のない段階で作った子供ということになってしまう。

一方の総帥の娘『まい』は、この志貴の反応は初見さんにはよくある反応らしく、無感情に携帯電話を操作していた。



「…安心しろ。一応、『義理の娘』だ。俺の知り合いの『クソガキ』の友人でもある」
「…ぎ…義理……かぁ……。なるほど……」

国崎はヒソヒソ声で志貴にその『カラクリ』を教える。
彼女が義理の娘であったことを知り、それならありえない現実でないことに志貴は胸をなでおろす。

「……で、なんでその総帥の娘がこんなトコに……?」
「知るか。大方、休日の暇つぶしかなんかだろ」

引き続きヒソヒソ声で、なぜ彼女がここにいるのか考えるも、明確な答えは出なかった。



「やあ、おはよう」

そんなことをしている間に、今度は白のNSXと共に総帥が現れた。

「お、おはようございます」
「ちぃーっす」

礼儀正しい志貴に対し、国崎は完全にテキトー挨拶をする。
心なしか、まいはあえて、総帥と視線を合わせないようにしているようだった。

「ああ、僕達のことは気にしないでくれ。あと、国崎君は遅刻だな」
「クソ……バレてたか……」

悪態をつく国崎をさておいて、総帥はまいの元へ歩み寄る。
まいはあくまで総帥から顔を背けていた。



「まい……。何がいけないのだね?」

総帥がまいに宥めるように話しかけると、ようやく顔を合わせ口を開いた。

「いけないもなにもないよ。パパはいつだって勝手に決めて、わたしの意見、聞こうとしないんだから」
「まいの言うことは聞くさ。しかし、これが一番の方法だってどうして分からないのかね?」
「わからないよ」

総帥がまいとある程度距離が近づいたところで、とたんに口論は始まる。
どうやら二人は親子喧嘩をしているようであり、娘は休日でもこの事務所が開いていることを知って、ここに逃げ込んできたようであった。
無論、総帥の方も探し回った後にこの場所を思いつき、ここに来たのであろう。

お互い、あまり表立って感情を表現するほうではないのだが、そのお互いの静かな口調の裏には、お互いゼッタイに譲れないと言う強い意志が感じられた。



「……あ、あの……どういう経緯かはわからないんですけど、事務所の前で親子喧嘩もなんですから、事務所の中で話し合われては……?」



意を決した志貴は、この入りづらい親子の間になんとか介入。
怒鳴られるのを覚悟で、室内で冷静に話し合うことを提案する。
さすがに総帥とその娘。
それが一番ベストだと思ったのか、口を挟んだ志貴に八つ当たりすることなく事務所の中に入っていった。







そして事務室の中。
総帥と娘はお互いソファーに座り、テーブルを挟んで対峙している。
志貴が淹れたミルクティーもお互い口をつけることなく、ただ、静かに向かい合っていた。

「で、第三者の俺が間に入るのもなんですけど、何をそんなにもめてるんですか?」

普通であればここは『触らぬ神にたたりなし』なのであろうが、さすがに志貴は度胸が据わっていた。
尚、国崎の方はというと自分のデスクに座り、特に仕事をするわけでもなく『ボンバーマン』で遊んでいる。



総帥と娘も志貴の問いかけにしばらくは沈黙していたが、やがて総帥の方から口を開いた。






「いや……実はまいの健康を思ってだな、『ぶら下がり健康器具』を買おうと思ったのだが……」
「そんなものいらないよ。大体、買ったって物干し竿になるのが関の山じゃない」



「………」

心底どうでもいい喧嘩の理由であった。
しかも、何の因果かこの間アルクェイドとの揉め事の原因ともなった『ぶら下がり健康器具』での喧嘩である。

「この間だって頼んでもいないのに、パパ勝手に『藍染紺反物や漆塗りの防具』買ったり、『炭化竹製竹刀』買ったり…」
「いや、それでまいの『剣道部ライフ』をもっと充実…」
「普通でいいの!!!」
「あ、そうだ。今度あの空き地に『まい専用剣道練習施設』を建てようと思うのだが……」
「だからいらないって!!!」

しかし『ぶら下がり健康器具』にとどまらず、娘のために高級品を買いまくるあたりがさすがはブルジョワである。

もはや志貴も呆れ果て、「勝手にやってろ」とばかりに仕事に取り掛かったのは言うまでもなかった。



[25916] 第13話 …SPOONとCAFFEINEで両目をこじ開けろ
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/26 22:46
ここは光坂市中央公園。
出不精につき、休日も大概は家でごろごろしている志貴とアルクェイドであったが、たまには近所の公園でデートしたりもする。

「いい天気。吸血鬼なら一瞬でお陀仏…って感じね」
「それをお前が言うなよ」

柔らかな木漏れ日が射す中を、ゆったりと歩く『真祖』アルクェイド。
その姿はおおよそ優雅かつ清楚さを感じさせ、それも吸血鬼には見えないほど健康的でもあった。
一方の志貴は、ベンチに座りながら、早足で駆け回るレンを微笑ましく見守っていた。



「なんだ、遠野じゃないか」
「え?」

ベンチに座っている志貴の背後から話しかけてきた男は、会社の先輩である国崎であった。

「あ、おはようございますっ」
「ああ、おはよう」

突然の先輩の不意打ちに、あわてて挨拶をする志貴。
その先輩といえば、この日も相変わらずの黒のTシャツにグレーのGパンといったスタイルであった。

「ところで国崎さんはどうしてここにいるんですか?」
「ああ。まあ、妻と散歩だ」
「妻……って、奥さんと来てるんですか?」

どうやら国崎も志貴と同様、妻と散歩に来ているらしかった。

「あ、この人が国崎さん?いつも志貴がお世話になってます」

公園内を散策していたアルクェイドも国崎の存在に気づいたのか、歩み寄ってきて挨拶をする。

「ああ…この人が『例の』……いや、こちらこそよろしく」

アルクェイドに対しなにかを言いかけた国崎ではあったが、空気を察したのかあわてて訂正、改めて挨拶をする。
一方のアルクェイドは「会社で何言ってるのよ!」と言わんばかりの視線を志貴にぶつける。
そのプレッシャーのせいか、志貴の表情は若干引きつっていた。



「と、ところでその、国崎さんの『奥さん』は……?」

このままではマズイと、志貴はとっさに話題を国崎の奥さんの方に向ける。

「妻は……そういや何処行ったッッ!!?」
「「え?」」

思わず聞き返す志貴とアルクェイドの二人の声がハモる。
どうやら国崎の妻は、いつの間にやらはぐれていたらしい。

「……ま、まあ、いつものことだ……。後数分すればこっちに来るだろう」
「はぁ……」

瑣末な不安を感じる志貴に、国崎は冷や汗をかきながらも、妻がはぐれるのは『いつものこと』と主張する。



「往人さぁ~~~んっ」

その国崎の案ずるとおり、4分後にその妻は、夫の名を呼びながら紙パックのジュースを片手に走ってきた。

「何処行ってたんだ観鈴っ」

『観鈴』というのは国崎の妻の名前のようだ。

「え?なんか往人さん、『会社の同僚と彼女がいた』って言ったから、私のジュースを買うついでに、みんな分のジュースを買おうと思って……」
「ジュースって……まさか、『あの』ジュースか!!?」
「うんっ。観鈴ちんえらいっ」

直後、『ポカ』という音が観鈴の頭より鳴り響く。

「んなもん買ってくるなっ!!……ってか、この街にも売ってたのか…『あの』ジュース……」
「がお…往人さんがぶった……」

「「………」」

『あの』ジュースの正体が気になりつつも、終始無言でこの夫婦の漫才を見ていた志貴とアルクェイド。

「遠野さんと彼女さんもいかがですか?」

すぐに立ち直った観鈴は、めげずに紙パックの『あの』ジュースを志貴とアルクェイドに渡そうとする。

「ど、どうする、アルクェイド……?」
「そ、そうね…。せっかくだしいただこっか?」

迷った末、二人は『あの』ジュースを観鈴よりもらうことにした。
純真な観鈴は、そのジュースを嬉々とした表情で一人1パックといった感じで手渡しをする。

「ああ、ついでに俺のもやる」

そういって、妻より渡された紙パックのジュースを、押し付けるかのように志貴の手元に渡す。
その様子を見て、観鈴は非常に残念そうな表情を国崎に向ける。

「とってもおいしいのに……」
「アレが美味いと思ってるのはお前だけだ。返品されないうちにとっとと帰るぞ」
「え?もう帰るの?それではみなさん、また……」
「じゃあな」

「あ…ああ……」

志貴の返事も待たずして、観鈴を引っ張るかのようにいそいそと帰る国崎。
二人の手元には、『あの』ジュース3パックが手元に残っていた。



「そ、そんなにヤバイものなのかな……?」
「とりあえず、飲んでみよう……」



そのジュースのパッケージに書いてある『どろり濃厚ピーチ味』という文字を読まずにストローを射したのが、そもそもの間違いであった。

「ぐあ……」
「な、なにこれ……」

吸い上げるのに妙な力を使うわ、喉越しが悪いわ、妙に甘い後味が残るわの三重苦を味わうこととなった。

尚、この『どろり濃厚ピーチ味』のジュースは、この街の名物パン屋でもある『古河パン』にてなぜか入荷したらしいのだが、買っていくお客はと言うと、初見さんを除いては観鈴たった一名であるため、赤字路線確実ともいえる商品であった。
さらにこの店は、何を血迷ったのかその赤字商品『どろり濃厚ピーチ味』の類似品である『ゲルルンジュース』なるものも入荷していた。
しかし、それを買う客も観鈴ちんのみであったことは言うまでもなかった。



[25916] 第14話 …意志薄弱
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/27 21:14
ここはとある街のアパート。
この部屋に住む志貴とアルクェイドは、周囲の(というか妹の)大反対により駆け落ちしてきた異種族カップルである。
アルクェイドは吸血鬼でありながらも、人間となんら遜色ない生活を送っている。

「ねえねえ志貴~。今日相沢さんの奥さんからお土産もらったんだけど、一緒に食べる?」

すっかり井戸端でも顔なじみとなり、何の遜色もないというよりは、完全に近所の奥様と化していた。



「ん?ああ、『たい焼き』か~……って、何処でも買える気がするのは気のせいか?」

アルクェイドが持ってきた菓子折りの箱の中には、レンジでチンするタイプの袋要りたい焼きが数個入っていた。

「でも、とってもおいしいんだってさ」
「ただの相沢さんの好物なだけだと思うけど。別に地方限定たい焼きってワケでもなさそうだし……」

まあ、なんだかんだ言いながらも、結局は二人と一匹(レン)でたい焼きを一個ずつ頂いている。



ちなみに、この日は志貴愛用の果物ナイフとトマトがちゃぶ台の上に置かれている。
別にこれから二人でトマトを生食しようというわけではない。
これはいわゆる『サイン』である。
何のサインかは読者の想像に委ねることにするが、まあ、とにかく駆け落ちしてしばらくは就職活動だのなれない勤務だの近所づきあいだので忙しく、ほとんどご無沙汰の状態であった。



ややぎこちない感じで、ちゃぶ台と周辺を片付け始める志貴とアルクェイド。

「………」
「………」

二人は無言のまま、そのまま布団を敷―――






ピンポーン…



こういうときに限って来客とはあるものである。



「…居留守…つかう?」

若干気まずそうな感じで志貴に聞くアルクェイド。

「…一応、出るか……。どちらさまですか~?」

性格的にやや真面目な志貴は、さすがに居留守を使うのは気が引けたのか、一応相手の名前を確認しながら玄関まで出る。



「あ…あの……神尾というものですけど……」

すると玄関のドア越しに、どこか聞き覚えのある声が聞こえてくる。
とりあえず志貴は玄関のドアを開けると……



「こ、こんばんわっ」
「く、国崎さんの奥さん!?」

そこにいた神尾と名乗った女性は、なんと国崎の奥さんだった。

「そ、そうです。国崎往人さんの奥さんです。ぶいっ」



「あ、観鈴ちん」

すると、リビングからアルクェイドがでてきて、観鈴と対面する。

「観鈴ちんこんばんわー」
「アルクさん、こんばんわっ」

どうやら完全にあだ名で呼び合うほど仲良しになっていたようだ。
ちなみにアルクェイドは、相沢さんの奥さんは『あゆちゃん』、岡崎さんの奥さんは『渚さん』と呼んでいるらしい。

「ず、随分、仲がいいんだな……」

志貴もびっくりの地域社会への浸透っぷりである。



ところで、志貴には一つ疑問に思ったことがあった。
それは『神尾』姓についてである。
志貴はヒソヒソ声でアルクェイドにその疑問について聞いてみることにした。

「(国崎さんの奥さんって、なんで『神尾』姓なんだ…?夫婦別姓とか……?)」
「(実は国崎さんは婿養子なんだって。職場では『国崎』なんだけど、本当は『神尾往人』なんだってさ)」

さすがは奥様情報である。

「ところで、観鈴ちんはどうしたの?」

アルクェイドは、友人がこんな夜更けに何しに来たのかをたずねる。

「あの…今日、お母さんが来てて、それで『今日は女だらけの飲み会タイムや』って言い始めちゃって」
「それで、友達連れて来い…てわけね」

観鈴の母は、どうやら相当強引なお母さんらしかった。
さぞかし国崎の苦労がしのばれる。

しかし、志貴にとってはそんなことはどうでもよかった。
この日は待ちに待ったしばらくぶりの『あの日』である。
きっとアルクェイドも同じ気持ちであり、ここは断るであろう……






……そう思っていた時期が俺(志貴)にもありました。

「うん。いいわよ!じゃ、志貴。そういうことだからゴメン。また今度ね」

「え?」

げに悲しきは女の性。
恋人との『あの日』より、主婦友のほうを選んだアルクェイドは、地域社会の浸透どころかもはや立派なオバサンと化していた。













ここはどこかの飲み屋のカウンター席。
ここで志貴が『女同士の飲み会タイム』により我が家を追い出された国崎と酌み交わしていた盃は、なんとも悲しいものがあったと、後にここのバーテンダーは語っていた。



[25916] 第15話 …NeedLess 理解のない第三者の言葉
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/03/02 00:35
時は夜…
ここはアパートの志貴の部屋。

「………」
「………」


ちゃぶ台をはさみ無言の志貴とアルクェイドであるが、別にけんかをしているわけではない。
そう、この日も志貴愛用の果物ナイフとトマトがちゃぶ台の上に置かれていた。
これはいわゆる例の『サイン』である。
前回は、女子会の誘いのせいでお預けを喰らってしまった志貴ではあったが、この日こそはと万全の状態で望む。

ややぎこちない感じで、ちゃぶ台と周辺を片付け始める志貴とアルクェイド。

「………」
「………」

二人は無言のまま、そのまま布団を敷―――






ピンポーン…



前回のデジャヴであろうか…?
こういうときに限って来客とはあるものである。

「居留守使う……?」

アルクェイドの問いかけに、本来なら居留守を使いたい志貴であったが、やや真面目な性分がそれを許さず、前回同様来客を迎えてしまう。

「はーい…どちらさまですか……?」
「僕だ」

アルクェイドが玄関のドアを開けると、そこには総帥が立っていた。

「そ…総帥!?と、とりあえずあがってよ」
「うむ、すまない」



仕方なしに片付けたちゃぶ台を再び出し、総帥を接客する。
例によって総帥は、自ら用意した高級そうなポットからミルクティーをティーカップに注ぎ、それを口に入れる。

「…で、今夜はどうしたんですか?」

総帥とちゃぶ台をはさみ、志貴とアルクェイドが並んで座っている。
大体の予想はついたものの、志貴はとりあえず総帥に何の用件で来たのかを問いかける。



「…じ、実は……」

もったいぶったような口ぶりで総帥が言葉を発する。



「まいが最近、『彼氏…欲しいかも……』などというのだよ!!!」

「………」
「………」

まあ、大体の予想通りの答えであり、志貴もアルクェイドも若干呆れた表情で総帥を見ていた。

「……べ、別にいいんじゃないのかな~……って思うんだけど」

あくまで核に触れない程度に、とりあえず『総帥の娘』を擁護するアルクェイド。

「いいや!まだまいには早いのだよ!!!」

言うまでもなく、総帥は聞く耳を持たなかった。
「そもそも、なんでウチなんだ」と思った志貴ではあったが、総帥の機嫌を損ねるとろくなことが起きなさそうなので、あえて黙っていることにした。

「まあ、最近まいの友達の『みちる』君に彼氏が出来た…などというものだから、うっかり出来心で口走ったのだと思うが……。しかし、まいが彼氏が欲しいともなれば、可愛いまいのことだからすぐに彼氏が出来てしまうだろう!!!父親としては心境複雑というかなんと言うか……」

それにしてもこの総帥、親ばかである。

「…ま、まあ、財閥総帥の娘とあってはかなり敷居が高いとは思うから、そうそう簡単に告白してくる人なんていないと思いますけど……」

一方、志貴の意見は至極まともなものであった。

「それに、あんまり家族ががんじがらめにしちゃうと、女の子ってつい反抗して、余計彼氏とラブラブしたくなるんじゃないかな?ロミオとジュリエットみたいにさぁ」

追撃する、アルクェイドの言葉。
まあ、この人もなんだかんだで周囲(というか妹)の反対により志貴とともに駆け落ちしてきたわけであり、妙に説得力のある意見であった。

「しかし!僕とて、別に無碍にダメだというわけではない!!」

その総帥の発言に、まずは聞いてみようと志貴とアルクェイドはその発言に注目することにした。



「まあ、まいの彼氏になるには、当然、英・独・仏・中・伊・露語はマスターの上、MBAの修得、弁理士か公認会計士、もしくは税理士の資格を持ち―――」
「かぐや姫より無理難題だわっ!!!」

思わずツッ込んでしまう志貴。
っていうか、娘を手放す気はゼロであろう。



ピンポーン…



「ん?今度はどちら様だろ」

再び呼び鈴が鳴り、それに反応する志貴。
すると、ドアの向こうより女の子の声が聞こえてきた。

「あの…パパ……来てますか?」







来訪者は、総帥の娘である『まい』であった。
まいは部屋に上がるや否や、その『パパ』を無理やり玄関まで引きずり出す。

「もう!そんなことのために人に迷惑かけて……」
「いや、パパはまいが心配で……」
「まず私の前に、パパが再婚相手見つけてくれないと……じゃないと、私の方が心配で彼氏なんか作れないよ」
「じゃあ、パパは再婚しない」
「そういうことじゃないよ」

玄関先でも喧嘩をする親子ではあったが、まあ、これも仲のいい証拠ではあるのであろう。

最後に総帥と娘が「迷惑かけました」と謝罪をし、志貴の部屋を後にした。



「なんだかどっと疲れた……」
「人間の親子って大変だね……」

もはや布団を敷くのも億劫になり、そのまま畳の上に根っころがる二人。
今の彼らには『あの事』をする気力すらないであろう。

「でも、志貴も娘が出来たらあんなふうになるのかな?」
「さあね……」

それでもアルクェイドは、総帥親子を若干微笑ましく思っていたようである。
志貴もアルクェイドの問いにそっけなく答えるものの、そういう親子関係も悪い気はしていなかった。



「でも、子供云々の前に、まずはお金ためないとな……」
「切実な問題だね……」

まあ、子供を産むにも育てるにも金がいる社会であり、契約社員の志貴にとって子供はまだまだ先の話であった。



[25916] 第16話 …DANCE 2 GARNET
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/03/03 21:52
志貴とアルクェイドは、周囲(というか妹)の反対で駆け落ちしてきたカップルである。
ほとんど無計画に逃避行を決行したため、職なし、家なし、財産なしの状態だったのを、知り合いの財閥総帥が助け舟を出し、ボロアパートを紹介した上に、契約社員として研究所所属の調査局の仕事までいただいた。



「……なんだか最近、物事がうまく行き過ぎている気がして少し怖いかもな」

ここはそのボロアパートの志貴の部屋。
根がネガティブな感のある志貴は、この今の平穏な生活に、若干の不安を覚えていた。
まあ、確かに前の町にいたころは、臨死体験やら、アルクェイドと出会ったことをきっかけに、死徒やらなにやらと殺し合いまでし、その八方美人な性格も災いして女性関係(というか、主に妹)にも悩まされたりした。

その頃に比べれば、たとえ安月給の契約社員とはいえ、今の生活に幸せを感じずにはいられないであろう。
ゆえに志貴は、この何もない平穏な日々にかえって恐怖していたのであった。

「志貴は考えすぎよ。そもそも、これまで起こったことが異常すぎるんだもん。こういう日々が続くのも悪くないと思うな。なんだかんだ言いながらも、今もこうして全うな仕事もしてるわけなんだし……」

ちゃぶ台の上の本を読みながらも、アルクェイドは至極全うなことを言う。
しかし、その志貴を巻き込んだ事件の元凶は『自分』にあることを忘れてはならない。



「それでね、なんか志貴にばっかり働かせるのも悪い気がして―――」
「えっ…?」

先ほどまで感じていた志貴の不安は、このアルクェイドの言葉でより確実なものとなってくる。



「私、パートはじめようと思うんだ」
「や、やっぱし……」

志貴の思ったとおり、アルクェイドは一般社会の仕事に興味を持ったようであった。

「お隣の岡崎さんの奥さんも、ファミレスでパートしてるって言うし…ダメ…かな……?」
「え?いや…ダメというかなんと言うか……」

しどろもどろになりながらも、志貴は必死でアルクェイドの出来そうな仕事を脳内で検索してみた。

まずアルクェイドは、見てくれは誰もが見とれるほどの金髪美女ではある。
しかし彼女は吸血鬼であり、一般人との感覚がだいぶズレている……
よって、接客業をやらせるのはあまりにも危険すぎる。
器用ではあるから仕事はソツなくこなしそうではあるが、タチの悪い客とひと悶着が合った場合、『返り討ち』とまでは行かないまでも必ず大事になりそうな気がする。

かといって、工場の流れ仕事も無理であろう。
アルクェイドは非常に気まぐれであり、単純作業はすぐに飽きそうな気がする。
半日持たずに辞職…あるいは解雇の可能性は大である。



「ち、ちなみに…なにかアテはあるの…か?」

志貴はおそるおそるアルクェイドに尋ねてみる。

「うーん…そうね……」

アルクェイドは唇を人差し指で押さえながら考える素振りを見せ…



「とりあえず、帝愛グループの『遠藤金融』ってところが『取り立て』のバイト募集してるらしいんだけど……」
「ゼッタイダメッッ!!!」

一秒空かずに却下する志貴であった。



「だってさー…私って吸血鬼じゃない」
「ま、まあ…そうだけど…」
「実はこの間も志貴に内緒で、『ヨツバグループ』に履歴書送ったんだけど…」
「またえらいところに送ったな…」

「とりあえず自己紹介で『吸血鬼』…って言ったら門前払いで……」
「あたりまえだ莫迦!!!」

というか、内定もらう気ないだろといわんばかりのバカ発言である。

「これって、民族差別じゃない!!?」
「……」

…というより、面接に来ていきなり『吸血鬼』などといわれても、『頭のオカシイやつが来た』程度にしか思われまい。
しかし、志貴は大人なのでそれを合えて口には出さなかった。

とはいえ、このまま何もしなければアルクェイドは『遠藤金融』の恐怖の取立人となってしまうであろう。
それだけは阻止するべく、志貴は……



「アルクェイド!お前は家にいるだけでいいんだ!!!」
「ええ!?」
「アルクェイドが家にいて俺を待っててくれる……それだけで幸せなんだ。もし俺が仕事終わって家に帰って、そこにアルクェイドがいなかったら……それだけで、俺には耐えられない……」
「………」

顔を真っ赤にしながらも、これでもかというくらいの『口八丁』をアルクェイドにぶつけた。
アルクェイドは無言のまま志貴を見つめる。
あまりにも無言の時間が長いため、「さすがにワザとすぎたか…?」と反省をし、次の手を考える志貴であったが……



「やだぁ、もう!志貴ったらっ!!」
「え?」

次の瞬間、アルクェイドは志貴を、これでもかというくらい強く抱きしめていた。

「そんなに言うんだったら、私、ここにいるわよっ。それで一番に志貴にこうするわよっ」
「い…いや……ハハハ……」

まあ、結果オーライ…
何とか『遠藤金融』へのパートは思いとどまったアルクェイドであった。
そこで志貴は「今度は『午前中だけのパート』でも見つけるなんていうんじゃないだろうな…」と勘ぐったりもしたが、志貴の『口八丁』は予想以上に効果は抜群であり、アルクェイドはそのまま志貴に何度もキスをするのであった。



という暑苦しいカップルを、レンは物干し竿と化した『ぶら下がり健康器具』の上から冷ややかな目で見ていたことは言うまでもなかった。



[25916] 第17話 …ひどく後遺症に犯されてる
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/03/04 20:52
ここは遠野家の屋敷。
志貴が駆け落ちにより行方不明になっているため、遠野秋葉は暫定ながらも遠野家の当主となっていた。

「…で、まだ『兄さん』は見つからないのですかっ!!!」
「ハ、ハイッ!!申し訳アリマセンッッ!!!」

で、その遠野秋葉は日々、イライラが募る日々を過ごしていた。
この日も秋葉は、高そうなソファーに座りながら、これまた高そうな机を挟んで黒服の男に一喝をする。
彼女のイライラの原因は、明らかに駆け落ちした『兄さん』のことである。
行方不明となった遠野志貴を探すべく、秋葉は志貴に懸賞金を賭け、志貴の情報を与えたものには財産を惜しまず報奨金を差し出していた。

「クッ……なんで兄さんがあんな『アーパー吸血鬼』なんかと……」

「秋葉様、あんまり怒られてはお体に触ります。それに志貴さんのことですから、きっとどこか得も知れぬ場所で元気にやってますよ」
「元気にやってもらってなくちゃ困るんですッッ!!!」

笑顔で秋葉の身体を気遣うメイド『琥珀』であったが、かえって秋葉のイライラを助長するだけであった。
このときの秋葉の表情は、まるで『怒り狂うオーガの顔』のようだったと、後に琥珀は語っていた。

「こうなったら、やっぱり警察の方に……そ、そういえば、特命係の『杉下右京』って刑事なら、解決できない事件はないって聞いたことがあるわ」
「でも、あの刑事さんでしたら『遠野家の人には言えない何やらかにやら』まで暴いてくれそうな気もしますけど」

「……やっぱりやめるわ……」

「それが懸命ですよ。志貴さんを想う秋葉様の気持ちは分かりますけど、秋葉様は遠野家の当主ですから、その辺をお忘れにならないでくださいねっ」
「わ、わかってるわよっ!!」

秋葉の怒鳴り声にも屈することなく、琥珀は笑顔のままで当主の部屋を後にした。



しばらく屋敷の廊下を歩き、人の気配の全くない物陰で琥珀は、こっそりと携帯電話を取り出す。
念には念をとばかりに、携帯電話と口元を手で覆い隠し、そのまま通話を始める。



「あ、もしもし、総帥さんですか…?」

なんと、彼女の電話の相手は、駆け落ち後の志貴の面倒をみている総帥であった。

「……ああ、琥珀君か。どうだね?秋葉君の様子は?」
「まあ、相変わらず志貴さんを探しているようです。まあ、でも、うまく『ミスリード』してますので、安心してください」

どうやら琥珀は、表向きでは秋葉の協力をしておきながら、その実、総帥(というより志貴)の味方をしているようだ。

「フフ……まあ、思えば君が遠野君にアルクェイド君との『駆け落ち』を推奨したのが事の切欠だったからな……」

「私は志貴さんにも幸せになってほしいんですよ」

その顔は、あくまで笑顔のまま、総帥に言葉を伝える。

「…まあ、僕には君の『真の目的』などには興味はないが……。しかし、もし『遠野家』や『秋葉君』に『何か』があれば、間違いなく遠野君が悲しむ…ってことだけは覚えておいてくれ」

対する総帥の言葉は、まるで琥珀の笑顔の向こう側を覗き込むような、それでもってその真意に釘を刺すかのようなものであった。

「大丈夫ですよっ。私がいる限り『秋葉様に間違いはない』ようにしますから」
「そうか……。では、報酬の件についてだが……」

どうやら琥珀と総帥は、半分はビジネス、半分は人情としての付き合いのようである。
その報酬は莫大な金額とも、研究所で開発したモノの『試供』であるとも言われているが、その真相は明らかではない。

ただ一ついえることは………






「今日はどの『葉っぱ』がいいかしら。秋葉様の『血圧の薬』も作らないといけないし、大変大変♪」
「…最近、姉さん妙に機嫌がいいですね」

最近になって、庭園の薬草の種類が異様に増えているということだった。
尚、総帥、及び琥珀の名誉のために説明しておくが、これらは決して大麻や阿片といった類の原料でないことだけをここで述べておく。

テンション高々に廊下を歩く琥珀とは対照的に、無表情で掃除をしながらも、実は秋葉同様、志貴の帰還を待っている翡翠がいたわけで。



[25916] 第18話 …FAKE STAR
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/03/06 09:52
時は昼。
アルクェイドは志貴のスーツ類を洗濯するため、近場のクリーニング屋に来ていた。

「あ、あゆちゃん」
「アルクェイドさん。こんにちわっ」

偶然にもアルクェイドは、主婦仲間である相沢あゆと遭遇する。

「アルクェイドさんもスーツですか?」
「ええ。あゆちゃんのところも、ダンナさんサラリーマンだから大変よね」
「うん。まあね」

そういうと、あゆは衣類の入った袋を3袋ほどを出しカウンターの上に乗せる。

「え!?」

はたして3袋分もスーツがあるのであろうか…?
アルクェイドは我が目を疑い、思わずその袋を二度見してしまう。

「す、すごい量ね……」
「まったく!ヒドイんだよ祐一くん!!ボクの洗濯は信用できないっていって、自分のお気に入りの私服は全部クリーニングなんていうんだから!!」

どうやら相沢家のクリーニングの8割は祐一の私服らしかった。
その袋の中には、ちらちらと女物の服も混じっている。

「うーん……たしかにそれはあんまりかも……」

とりあえずアルクェイドはあゆのフォローをする。
しかし、あゆがどれだけ家事が下手なのかをアルクェイドは知らない。

相沢あゆ……
家事は料理をすれば炭を作り、新品の服を買っては三秒でシミを作り、おまけにドジで『うぐぅ』といった、お世辞にも良妻とは言いがたい妻である。
ダンナの祐一は一応しっかり者のサラリーマンであるが、多少すっとこどっこいな面もあり、なんというか似たもの夫婦であった。

「まあ、でも、割と服にお金をかけてるって感じね」
「うーん……祐一くん、普段はテキトーなのに変なところに拘るからね。この間なんかも、前髪1センチ短く切られただけで帽子で頭かくしてすんごく機嫌悪かったし……」
「はぁ……」

男心は良く分からないものである。

まあ、志貴の場合は割と細かいことは言うものの、服装や趣味に関してあまり頓着のない人間である。
かといって、アルクェイドもそこまで拘る人でもないため、こちらもある意味似たものカップルであるとは言える。

「でも、あゆちゃん、それでもダンナさんの事好きなんでしょ?」

とはいえ、このままグチで終わらせるのもなんだかなぁと思うので、とりあえずアルクェイドは夫婦仲のフォローをしておく。

「え、違うよ」

しかし、そのアルクェイドの言葉を即座に否定するあゆ。
もしかしたら、相沢夫婦の仲は冷え切っているのではないか……!?
そう勘ぐってしまい、余計なことを言ってしまったのではないかと後悔の念に苛まれるアルクェイドであったが……



「すんごく大好きなんだよっ!!!」
「………」

……後悔した時間を返せ……と思い直したのは言うまでもなかった。







「ふーん…まあ、なんというか、健気というかアグレッシブというか…」

時は夜、ボロアパートの志貴の住んでいる部屋。
仕事を終え帰宅してきた志貴は、アルクェイドとちゃぶ台をはさみ雑談していた。

「でも、高校のときからずっと一緒に生活してて、それでも『好き』って堂々と言える。すごいと思わない?」
「ああ、そうだな…」

アルクェイドの日本人のデータとして、『好き』という愛情表現は夫婦間ではめったに用いないものだというステレオタイプの知識があったわけなのだが、それが当てはまらない日本人がいることを新たに学んだ。
むしろ、そういう愛情表現が豊かなあゆを、素晴らしいとさえ感じていた。

それはいいのだが……



「でも、一つ気になる点があったんだけど……」
「え?」

言っていいのか悪いのか、あいまいな口ぶりで話すアルクェイドであったが、あえてここで言う。



「……あゆちゃんのクリーニングの中に、なんで『女子学生の制服』っぽいのがあったんだろう……?」
「……あえてそれを聞かないのが、日本人のルールだと思うよ……」

アルクェイドの問いに対する志貴の答えは『ほぼ完璧』であった。
『ロア』を追ってから結構な年月を人間界で過ごしてきたアルクェイドであったが、まだまだ人間の知らないことは沢山あるわけで……



[25916] 第19話 …朝も夜も君に逢いたい
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/03/06 22:26
ここは志貴の勤務先であるアパートの一室、研究所所属の調査局である。

「…しかし、お前んとこの実家って、金持ちなんだろ。駆け落ちしたっていったら誰かが捜索願いださないのか?」

空き時間、先輩である国崎は志貴を案じたのか、何の前触れもなく『嫡男の駆け落ちによる遠野家の事後処理』について問う。

「うーん……、まあ、でも、一応それなりに名のある家ですから、簡単に警察に捜索願は出さないと思いますけど…」

志貴の推測は、一般の金持ちが相手であればもっともなものかもしれないが、如何せん志貴は鈍感すぎるきらいがあり、秋葉の執念を知らない。



「甘い!!甘いのです!!極上の料理に蜂蜜をかけるくらい甘い考えなのです!!!」

すると、いつの間に現れたのか、もう一人の先輩である伊吹は、妙に星(ヒトデ?)をキラキラさせながらの大げさな登場をする。
ちなみに彼女は完全に遅刻である。

「い、伊吹さん!?」
「遠野さん!!探偵たるもの常に最悪の事態を予測しなければいけないのです!!」

突然の登場に驚く志貴に対し、もっとも楽観的思考を持つであろう先輩の発言が向けられる。

「例え警察に捜索願が出せなくても、その妹さんが探偵を雇う『かのーせい』もあるのです!!探偵が探偵に調査されるなんて前代未聞です!!今日人類が始めて木星に着くくらい前代未聞なのです!!!」
「その例え、すごく分かりづらいぞ……」

熱く語る風子に対し、冷静なツッコミを入れる国崎であった。

「まあ、でも、伊吹の言ってることも一理はある。『フィリップ・マーロウ』や『毛利小五郎』のような名探偵に既に調べられてる可能性だってあるからな」

マーロウはこの時代には既に引退しているであろうし、毛利探偵はへぼ探偵なので、その国崎の例えもどうかとは思う。

「そこで!風子にいい考えがあります!!!」
「いい考え……ですか?」

伊吹の提案に嫌な予感しかしない志貴ではあったが、一応先輩の顔を立て、話しは最後まで聞く。



「この事務室に沢山の『ヒトデ』をばら撒くのです!!そうすれば探偵はそのヒトデのあまりにもの可愛さに―――」

「………」

予想通りの展開に、ツッこむ気力もない志貴であった。

「まあ、一人『ヒトデ』の妄想をしてトリップしてる伊吹は置いといて……実際、総帥が匿うにしても限度はあるだろうからな。いざというとき、どうやって『戦うか』くらいは考えたほうがいいんじゃないのか……?」
「……そうですね……」

多々『修羅場』を潜ってきた先輩の珍しくも真面目な言葉に、志貴はただ頷く他はなかった。







一方、こちらは遠野家。

「…で、『毛利小五郎』への依頼はダメだったのですか!!!」
「ハ、ハイッ!!申し訳アリマセンッッ!!!あの探偵、なぜかいつも妙な殺人事件に巻き込まれて、捜索しているヒマはないとのことで……」

この日も秋葉は、高そうなソファーに座りながら、これまた高そうな机を挟んで黒服の男に一喝をする。
何を血迷ったのか、どうやら秋葉は先の『へぼ探偵』に志貴の捜索を依頼したらしいのだが、元々探偵としての資質に疑問点がある上、マッチポンプを疑わせるように毎回毎回殺人事件が起きており、とてもではないが捜査などしている暇はないとのことである。

「……あの……」
「何!翡翠!!」

黒服の三歩ほど後ろから、遠慮がちに秋葉に言葉をかける翡翠。

「…ある界隈で流れている情報らしいのですが、タクシードライバーの『夜明日出夫』という人が腕っこきらしく……」

「黙らっしゃい!!!たかがタクシードライバーに何が出来るって言うんですか!!!貴方は外に出ないから、きっとガセでも掴まされたのよ」
「………」

にべもない秋葉であった。

かくして、折角の進言を無碍にされ、志貴との再開の日が再び遠のいたことを予感し嘆息する翡翠であった。
そんな翡翠を可愛そうとは思いつつも、自らの『目的達成』のため、今回の秋葉の判断を一番喜んでいたのは、他の誰でもない琥珀であったことは言うまでもない。



[25916] 第20話 …If
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/03/07 19:29
仕事から帰り、夕飯を済ませた志貴は新聞を読んでおり、アルクェイドはテレビを見ていた。

「ふーん…この歌ってる人、カッコいいね」

どうやらアルクェイドは歌番組を見ているようだ。
今テレビに歌っている人は、もっぱらイケメンが売りの所属事務所のグループであり、アルクェイドでなくとも、一般感覚を持つ女性であれば誰もがカッコイイと思う人物であった。

「俺の方がカッコイイだろ」

無論、自分の恋人が例え芸能人とはいえ、他の男をカッコイイと思うのはあまり面白くない。
ついつい対抗意識を燃やしてしまう志貴ではあったが……



「あたりまえでしょ」
「~~~ッッ!?」

とまあ、素面で恥ずかしげもなく答えるアルクェイドに、ついついこっちが恐縮し赤面してしまう志貴であった。

そのまま惰性で音楽番組を見ているアルクェイド。
今度は今大注目の女性歌手、『白河ことり』がラブバラードを歌っていた。
この女性、容姿も筆舌にしがたいほど可愛いものがあったが、それ以上に、この女性の歌は非常にレベルが高いものである。
いつの間にアルクェイドも志貴も、この女性の声を聞き入ってしまっていた。



歌も終わり、オールバックでサングラスの男との会話が始まる。
まあ、このくだりは志貴もアルクェイドもどうでもよく、先ほどまで歌を聞き入っていた志貴は再び、その目を新聞紙面に戻し活字を追う。

しかし、ブラウン管の向こうの彼女の爆弾発言が、再び志貴をテレビの世界へ戻すこととなる。



「―――さんには、学生の頃からいろいろ助けてもらったんです。だからこの曲は、その『総帥』さんに届けたくて私自身が作詞したんです」
「ふーん…そうなんだ。ところで髪切った?」



「「ええええええ!!?」」

志貴とアルクェイドの声がアパート内に響き渡ったのは言うまでもなかった。



ピンポーン…



まあ、得てしてこういうタイミングで来る客といえば、誰かは容易に想像はつくわけで……







「いやぁ……まさか『ことり』君があんなこと言うとは……」

予想通りの来客者である総帥は、畳の上に座りながら、自前のティーセットでミルクティーを啜っていた。

「まあ、財閥の総帥ですから歌手と接点があってもおかしくはないけど……、あれだとすごくマスコミに叩かれるんじゃないんですか?」
「あの『長岡志保』レポーターにすんごい質問攻めされたりして」

話題は当然、先ほどのテレビでの白河ことりの『爆弾発言』となる。
志貴は今後の総帥の身を案じ、事の真相を聞こうとする。
それにしてもアルクェイドは、ワイドショーの見すぎではないだろうか。

「………」

閑話休題、総帥は、初めは言おうかいうまいか黙っていたのだが、このまま『俗な勘違い』をされるのも、白河ことりの名誉のためにも良くないと思い、重い口を開くことにした。

「うーむ…、実は僕は、ここに来る前『初音島』に一時期住んでいてな。当時彼女はそこの島の住民の歌の上手い学生さんで―――」

総帥は詳しいことは話さなかったが、どうやら彼女が『自身の能力』について悩んでいたところを、アドバイスをしただけなのだという。



「(……そういえば、今まで研究所で行われている研究については一切考えたことはなかったけど……)」

志貴はふと、自分の職場の所属している研究所について考えてみる。

「(つまり、研究所で行われている研究というのは、その手の『特異的ケース』についてであり、もしかして俺や国崎さん、伊吹さんが調査局に雇われたのはその手のケースの体験者だから、『特異的ケース』の調査には適役だった……ってことなのか……?)」

しかし、想像は所詮想像でしかない。

「ふーん……本当にアドバイスだけなのかな~?」
「なんだねブリュンスタッド君。僕はその時はまだ妻がいたのだから、手を出すわけないだろうに」
「どうだか」
「大体、手を出してたら犯罪だろう」

あれこれ考える志貴であったが、アルクェイドと総帥があまりにも俗っぽい話をしていたため、ここで研究所に関する想像は打ち切ることにした。

「それに、当時彼女には想い人がいたのだが……その想い人っていうのが、また『妹』とデキてしまってな……」
「え!?ホント!!?」

どうやら『白河ことり』の話題は完全に逸れてしまったらしく、今更話の軌道を戻す必要はないと感じた志貴は、そのまま『禁断の恋』トークを聞くことにしたのだった。







宴も酣、総帥は帰宅し片付けを終え、志貴とアルクェイドは再びちゃぶ台をはさみ団欒する。

「ねえ、志貴…」
「ん?」

アルクェイドは、読んでいるハードカバーの本を一旦ちゃぶ台の上に置き、志貴に話しかける。
一方の志貴は、新聞を読みながらアルクェイドの言葉に軽く反応する。

「『もしも』志貴が私と出会わなかったら、妹と付き合ってたと思う?」
「さあ……それはわかんないけど……」

志貴ははぐらかすような返事をしながらも、新聞紙をたたみちゃぶ台の上に置き……

「でも、俺はお前と出会わない『もしも』なんて、考えられないし考えたくもない」
「えっ……」

自分らも結局は他の近所の夫婦と変わらない『惚気た関係』なんだなぁ…と自重しながらも、ひとまずは『一緒に生きている』ってことに感謝し、あとはまあ、お決まりの時間になったことは言うまでもない。



[25916] 第21話 …Cry for the moon
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/03/08 21:21
時は夜、アパートの志貴の部屋である。
この日も志貴とアルクェイドは、ちゃぶ台をはさんで惰性でテレビを見ていた。



「えー……先日、公安当局の調べにより、元特命全権大使『北条晴臣』容疑者が『スフィア王国日本大使館』でさらに公金を横領していたことが明らかになりました。北条容疑者は現在、横領及び殺人の容疑で逮捕されており―――」



「へぇ…。月の王国……ねぇ……」

アルクェイドはニュースの内容にはさほど興味を示してはいないようだったが、やはり自身も『朱い月』と深いかかわりがあるのか、月面世界には興味を持ったようである。

「私も一度は行ってみたいかな。ねえ、志貴。結婚したら、新婚旅行は『スフィア王国』にしない?」
「いいかもしれないけど、お金、すごくかかると思うよ」

夢のある(?)月旅行に目を輝かせるアルクェイドではあったが、対する志貴は非常に現実的であった。

「そもそも、今の生活費だって―――」



ピンポーン



志貴が小言を言い始めたところで呼び鈴が鳴る。
このタイミングで呼び鈴が鳴るとすれば、この男しかいない。







「僕も一度は『旅行』で月世界に行ってみたいさ……」

やはり来訪者は総帥であった。
自前のティーセットはもはやお約束であり、『旅行』を強調したり、月のスキャンダルニュースを見ては深くため息をついた。

「まったく……『閣下』が余計なことしてくれたせいで、その調査と国交正常化のために僕まで駆り出されるとは……」

総帥は『月王国』にも顔が利くらしく、今回の『閣下』こと北条晴臣の不祥事の件で月に出張で行かなければならないらしい。
その後も総帥の愚痴がしばらく続き、「『あの方』の頼みでなければ、絶対に断っていた。ムーンレイスとの国交など僕の知ったことではない」などと不謹慎な発言までしていた。

「でも、いいじゃない。すごく羨ましいわ」
「なんなら代わるかね?」
「え?いいの?」

完全に渋い顔の総帥とは対照的に、アルクェイドはそれを羨ましそうに思い、あまつさえ総帥が代わるといったとき、嬉々として答えていた。

「ダメですよ!外交問題の責任者として白羽の矢が立ったんですから、責任を全うしてください!」
「……ダメか」

どうやら総帥は、本気で月世界には行きたくなかったらしいが、志貴の全うな思考はそのいい加減さを否定する。



「そういえば月の世界って、国王が元日本人でしたっけ?」

これ以上、総帥とアルクェイドがわがままを言わないうちに、志貴はとっさに話題を変える。

「ああ、『達哉・アサギリ・アーシュライト』国王か…」

達哉・アサギリ・アーシュライト…旧姓『朝霧達哉』である。
もとより彼は日本に住むごく一般の苦学生であったが、ひょんなことからスフィア王国の王女『フィーナ・ファム・アーシュライト』がホームステイすることとなる。
まあ、そこから紆余曲折『いろいろすぎるほど』いろいろあり(主に国際問題)、見事二人はゴールイン。
『地球人』と『ムーンレイス』の…しかも、『一般人』と『一国の王女』との結婚は、世界最大の国際結婚として注目を浴びたことは記憶に新しい。
陣内と紀香の結婚式のことは忘れてください。

「……彼とフィーナ王女に会えるのはいいが、駐在秘書官『カレン・クラヴィウス』君がキツイ人物でな……、だいたい、閣下が事務次官だったころも、『セクハラ問題』で閣下とカレン君で一悶着あったのを、僕がどれほど苦心したか……」

尚、月王国を語る総帥の口ぶりは珍しくも感情的になっており、心底行きたくなさそうであった。
それもこれも全ては閣下のせいである。







愚痴るだけ愚痴り総帥は、愛娘の待つ自宅へと帰っていった。
その後も団欒の時間が戻ったかと思えば、珍しくもアルクェイドはこの日はハードカバーの本を開かずに、黙々と考え事をしていた。

「どうしたのアルクェイド?」

さすがにアルクェイドらしくないと、志貴は心配になり声をかける。
アルクェイドは「ううん……」とだけ答えた後、しばらくして……

「……なんか、地球人とムーンレイスが結婚…って、本当にすごいな……って思って」
「………」
「だって、地球人、ううん、日本人同士だって、結婚できない人は出来ないし、しても気持ちがすれ違って別れちゃったりするのに……って思うと、なんだか羨ましいな……って」

どうやらアルクェイドの羨望は、月世界から異星人間の結婚へと変わっていたようだった。

「なんだ、そんなことか」
「そんなことって……」

志貴の返事が予想以上に軽いものであったため、つい反論してしまうアルクェイドであったが、次の瞬間、志貴は後ろから畳に座るアルクェイドを抱きしめ……

「だって、俺とアルクェイドなんて、人間と吸血鬼なんだぜ。完全に種族を超越して、こうして一緒に生きてるんだ。これってすごいと思わないか?」

…と、優しく囁いたのだった。
アルクェイドの憤り気持ちは完全に消えていた。
そして、アルクェイドの方も志貴を抱きしめ返し……

「莫迦……すごくないわよ……。当たり前のことじゃない……」

と、なんともお約束な展開に持って行ったのは言うまでもない。






尚、閣下の尻拭い(国交正常化)のために月に赴いた総帥は、言うまでもなく閣下のことについてネチネチと執拗に言われ、その腹いせに『ムーンレイス』についての研究などという無理難題のお土産を研究所及び調査局に持ってきたことをここに追記しておく。



[25916] 第22話 …十字架との戯れ
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/03/09 20:26
ついにあの組織が動き出した!!

聖堂教会!!!
教義に反した者を熱狂的に排斥する者たちによって設立された、大規模な宗教団体である。
世界においても最大級の宗教団体であり、代行者、騎士団、そして教会本部所属の埋葬機関と、一国に匹敵する戦力を保有し、吸血鬼をはじめ、人の範疇から外れてしまった者達にとっての天敵として君臨している。

無論、魔術協会との折り合いは最悪であり、近年新たに創立されたとある財閥とも敵対関係にある。
原因は言うまでもなく、財閥の行っている『吸血鬼(路地裏同盟)の保護』及び『研究』であり、特にその『研究』の内容が『比類なき神の冒涜』とのことで、教会は財閥を狙っていたのである。
しかし、この財閥の総帥の影響力は思いの他大きいものがあり、迂闊に手を出すことは例え埋葬機関といえども禁止されているが、いつかは隙を見て研究の中止、財閥の解体、総帥の暗殺を目論んでいるとのことであった。



そして今ッッ!!!



「続いてのニュースです。先日明らかになりました、元特命全権大使『北条晴臣』容疑者の『スフィア王国日本大使館』での公金横領について、国交正常化に向け――財閥総帥がスフィア王国に到着しました―――」



「ククク……待ちに待ったときが来ました!!」

ショートの髪と眼鏡が特徴の知的な女性が、イヤホン越しにラジオを聴きながら、僅かに笑みを浮かべる。

そう、彼女は待っていたのだ!!
総帥が『閣下』の尻拭いのため(第21話参照)地球を離れて『月』に赴いたこの時を!!!

「多くの代行者が犬死でなかったことの証のために!再び『教会』の協議を掲げるために!遠野君との成就のために!光坂市よ!私は帰ってきました!!!」

某ソロモンの悪夢の名言の完全なパロディではあるが、実は彼女は光坂市に来たのは今日がはじめてである。



「…たしか、研究所所属の事務所がこの街にあったはずですが……」

時期はずれのキャソックを身に纏い、地図を見ながら街を徘徊する彼女の様は、まさに不審者以外の何者でもなかった。



「……このボロアパートの一室が、本当にあの財閥の研究所の事務室だなんて……」

女は怪訝な表情で、大財閥の研究所所属の事務所のあるボロアパートを見る。
しかし、ある意味これは、敵に対するカモフラージュなのかもしれない。
そう思った彼女は、意を決して呼び鈴を……



「あれ?『シエル先輩』?」
「と、遠野君!!?」

背後から志貴に話しかけられ、この『シエル』と呼ばれた女は驚きながらも振り返り、志貴の存在に気づく。

「こんなところで何してるんですか?」
「え、ええ、ちょっと仕事で……」

志貴に何をしているのかを問われ、とりあえず自身の仕事内容については伏せておくことにした。

「そ、そういう遠野君はどうしてここに?」

ひとまずは自身への話題そらしのためと、志貴がこの研究所の事務所とどのようなつながりが在るのかを探るため、シエルは志貴に何故ここにいるのかをたずねる。

「ああ、ここは俺の職場なんですよ。しがない探偵事務所ですけどね」
「た、探偵ですか。遠野君らしくていいと思いますよ」
「それ、どういう意味ですか?」

一見ほのぼのとした会話にも思えるが、その実、シエルの頭の中はこんがらがっていた。

ここって事務所は事務所でも『探偵事務所』じゃない!?
そして、なんで自分らの敵といえるべき財閥の研究所に、愛すべき人がいるのか!?
これってまるでロミオとジュリエットじゃない!!!

総帥のいないときを狙い、いまこそ圧倒的…ッ武力を背景に、財閥を恫喝、『吸血鬼の引渡し』と『神を冒涜する』研究の中止を求め(最悪、重要幹部の暗殺)に来たのではあるが、これではまるで白痴である。
後半の妄想については、あえて白痴とは言うまい。



「ち、ちなみに、いま遠野君は何の調査をしているのかな…?」

まさか自分と志貴は、構図的には敵対関係です。ともいえず、ひとまずは志貴の仕事内容を探ろうとするも…

「まあ、一応守秘義務ですから…勘弁してください」

…当然といえば当然の解答が返ってきた。



その後、さすがは埋葬機関第七位というべきか。
完全に遅刻して出社してきた国崎の気配を感じたシエルは、研究所関係者に何度も目撃されるのはまずいと、テキトーな理由付けで志貴の前から去っていったのであった。

「…でも、なんでシエル先輩、こんなとこまで来たんだろ?」

まあ、志貴は財閥の研究については一切関知していないため、ある意味シエルが来た理由など見当もつかないであろう。







無論、このまま組織に戻ったのではただのガキのお使いである。
そう思ったシエルは、このまま志貴をばれない様に監視し、研究所のデータを少しでも得ようとしていた。

しかし、その仕事内容たるや、ただのレポートだの、ファイルまとめだの、おおよそ『吸血鬼』、『研究』とは程遠い仕事をしていた。
むしろ、閑職に追いやられたんじゃないのかというべき仕事内容であった。



その後も……

「あ、アルクェイド!!?」
「ヤッホー。迎えに来たよ~♪」

時は夕暮れの商店街。
こういう日に限り、志貴を迎えに行き、あまつさえラブラブっぷりを見せ付けてしまう、空気の読めないアルクェイドがいたわけで。

「ねぇ志貴。お帰りのチューしてみない?」
「莫迦っ、街中で出来るわけないだろっ」

無論、日柄監視を続けていた(決してストーカーではない)シエルのはらわたは煮えくり返っていた。

「あんのあーぱー吸血鬼がああああああ!!!」

本当なら、今すぐにでもアルクェイドに奇襲を仕掛け、その抹殺の後に志貴を掻っ攫いたいシエル。
もはや完全に仕事のことを忘れ、私怨に奔っていた。



「あ…あの……さっきから何やってんですか?」
「!!?」

そのシエルの行動があまりに怪しいものであり、言うまでもなくここで『110』番通報されてしまった。
まあ、今更警察が怖いわけではないシエルではあったが、変に『特命係』あたりが出てきて教会のことを散策されてしまっては厄介と思い、ここは素直に退くこととなった。

唯一つ、彼女に悔いが残るとすれば、結局志貴の家までは突き止めることが出来なかったことであろう。
無論、そんなものは私事以外の何者でもないことは言うまでもない。

さあ、志貴とアルクェイドのラブラブ生活についに邪魔者が介入!!
二人の生活は一体どうなるのか!!?
シエルの半分仕事、半分私怨の財閥潰しはまだ始まったばかりである。



[25916] 第23話 …MInD BREAkER
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/03/13 19:48
「わっ!地震だ!!!」

この日、光坂市は大きな地震に遭った。
志貴の部屋のものは見る見る間に散乱し、直立で立ってはいられないほどの揺れを、志貴はその身で体感する。

「うーん…『空想具現化』でなんとかできるかにゃ~?」

しかしながらアルクェイド。
彼女はこのような地震でも、あわてることなくちゃぶ台の上に散らばっている『せんべい』を食べていた。

「食ってる場合か~~~っ!!!」

まるで某ドイツ軍人のようなうろたえっぷりで志貴は叫ぶも、数分後には揺れは収まっていた。

「あ~あ…片づけが面倒くさいな~」
「……いや、少しはあわてようよ…ね……」

志貴の心配とは裏腹に、何処までも呑気なアルクェイドであった。







「と、いうわけで避難訓練をします!!!」

あらかた片付いた部屋の畳の上で、志貴は頭に鉢巻を巻き意気込んでいた。

「え~?今更地震で死ぬような身体でもないし」

一方にアルクェイドは、正論とはいえやる気のかけらもなかった。
あまつさえ、せんべいを口にくわえたまま、ごろ寝してハードカバーの本のページを開く始末である。

「何かあってからでは遅いの!!!」

しかしながら志貴は至って普通の人間。
吸血鬼でもなければ、体内に『鞘』があるわけでもない。
一家の主(注・まだ結婚はしてません)であるならば、家族の防災に努めるのは至って普通の行為であろう。

「ほら!レンなんか真っ先に『ぶら下がり健康器具』の上まで避難してたぞ!!」
「いや、初めからそこにいた気がするけど…」

レンは物干し竿と化した『ぶら下がり健康器具』の上で、これまた呑気そうに丸くなっていた。
むしろ、地震にすら気づかずに、そこで転寝していた可能性の方が大きいと思われる。



「ハァ……真面目に聞いてくれアルクェイド。俺はただ純粋に―――」
「それに…」

「俺はただ純粋に、万が一お前に何かあったらイヤだ」…というようなことを話そうとした志貴であったが、言葉途中で卑怯なほどにアルクェイドは志貴に近づきその人差し指を志貴の唇に当てる。



「―――それに、もしものときは、志貴にお姫様抱っこしてもらうのもいいかなー…なんて」



これは超ド級の反則技である。
良識ある人であれば、「テメーでなんとかしやがれ!!!」と思うのが普通であろう(特に、某志貴の妹とか、某埋葬機関カレーとか…)。



「…そ、そうだな。お前を殺した責任……とらなきゃな」


しかし志貴……!!
屈服…ッ!屈服せざるを得ないッッ!!!

こんな莫迦過ぎる構図を見ながらレンは、「この二人なら何があっても死なないだろうな」などと思いながら、再びぶら下がり健康器具の上で転寝するのであった。







番外編(災害予防)

岡崎一家の場合…
汐が張り切り、渚が非常用カバンを準備し、朋也は冷静に、汐と渚が怪我をしないか心配のタネが尽きない感じ。

神尾夫婦の場合…
観鈴が非常用カバンにワケのわからないモノ(恐竜グッズなど)を入れ、確実に往人に怒られるであろう。

相沢夫婦の場合…
あゆが張り切りすぎて、非常用カバンにモノを詰め過ぎまず持ち運びが出来ない。結局祐一に怒られ「うぐぅ」となる。

総帥親娘の場合…
緊急時に備え、シェルター建造したり、数年は自給自足できる物資を備蓄し、娘に「それ、やりすぎ」と冷めた口調で言われる。



[25916] 第24話 …DISTRACTION
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/03/28 19:22
ここはボロアパートの志貴の部屋。
この日の部屋の空気は満遍なく緊張が敷き詰められており、ただただアルクェイドは志貴の帰宅を無言で待っていた。
時は夕暮れ。
志貴が両手で抱えられる程度の、それでもって重量感のある段ボール箱を持って帰宅すると、その緊張は一層強いものとなっていた。

志貴は無言で、恐々としながら『ずしっ』という擬音が鳴りそうな、その重量感ある段ボール箱をちゃぶ台の上に置く。

はたして、志貴はダンボールの中に一体何を持って帰ったのであろうか……?






「ついに『電子レンジ』を買って来たぞ!!!」
「待ってました!!!」

志貴のその一声とともに、アルクェイドはまるで盆と正月が一緒に来たとばかりに拍手喝采を浴びせていた。

「ああ、思えば『ぶら下がり健康器具』という無駄遣いをしてから早数ヶ月……ようやく我が家にも役立つ電化製品が入ってこようとは……」

電子レンジを内包したダンボールを前に、完全に感無量の志貴であった。

「ねえねえ、中見てもいい!?」
「ああ、もちろんだとも」

一方、知識の中にはあっても実際初めて目の当たりにする電子レンジを前に、アルクェイドは興奮を抑えることはできなかった。
志貴の返事を聞くや否や、すぐさま段ボール箱を開け、その中身を露にした。

「わあ……すごい……」

アルクェイドも感嘆するその電子レンジは、白色にして重厚感があり、沢山のボタンのついた、いかにも最新型といった感じのものであった。

「ああ。なんてったって19800円もしたからな」

志貴の給料にしてみれば、随分と思い切った買い物である。

「まあ、これでアルクェイドの料理の幅も広がるし、明日から楽しみだ」
「うん。楽しみにしててね」

普段は小食の志貴に、実質食べ物いらずのアルクェイドではあったが、最新型の電子レンジを前に、そこから出来る料理に対し期待で胸を膨らませるばかりであった。










次の日の夕方。
昨日思い切った買い物をしたせいか、志貴も若干気が大きくなり、鼻歌を交えながら帰宅していた。
無論、アルクェイドが電子レンジを使ってどうな料理を作ったのかという期待も込めて…

「ただいまー♪」

テンション高くアパートの戸を開けアルクェイドの「おかえり~♪」という出迎えを期待していた志貴。

しかし……



「……って、えええ!!?」

思わず志貴が叫ぶほど、居間は非常に静まり返った…というより、哀愁さえ漂わせる状況となっていた。

まずは、ようやく小さい声で「…おかえり」と、ちゃぶ台を前に完全燃焼したとばかりに項垂れているアルクェイド。
次に、そのちゃぶ台の上に乗っかっているカップラーメン2つ。

そして……

「………」

志貴も思わず絶句してしまうほどに、19800円もした白の電子レンジは異臭を放ったまま、見た感じ「もうダメだな」というくらい、大破して黒ずんでいた。



「しき~~~」
「みなまで言うな……」

泣きじゃくりながら志貴に飛びつくアルクェイドを、志貴は怒ることなく優しく抱きとめ、そして耳元で優しくささやいた。



「アルクェイド……卵……レンジでチンしちゃいけないんだよ……」







結局、電子レンジはうんともすんとも言わず、来月の給料日に買い替えることとし、そのまま粗大ゴミと化してしまった。
そして、志貴は次に電子レンジを買うときには…「アルクェイドにしっかりと取扱説明書を読ませよう」と、心に強く誓ったのであった。



[25916] 第25話 …寡黙をくれた君と苦悩に満ちた僕
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/04/01 00:25
ここは遠野家の屋敷である。
この日も秋葉は、血圧高くして黒服の男に怒鳴り散らす。
無論、常に聞かれるのは「まだ兄さんは見つからないのですか!!!」という罵声のみ。
しかし、これもまた使われの身の宿命というもの。

「まったく!どうしてこう、無能な者ばかりなの」
「あ…秋葉様……」

当主のあらゆる罵詈雑言も、黒服のものはただひたすら堪えるのみ。
尚、この秋葉の罵声に『快感』を覚えたものは完全に末期であり、遠野家の従僕として一生を終えるのが幸せだと思われる。



「(……まあ、秋葉様には申し訳アリマセンが、私が裏から手を回してるもんですから、絶対に志貴さんを見つけられるワケないんですけどね)」

また、灯台下暗しとはよく言ったもの。
秋葉の一番の側近であるメイド、琥珀が既に『敵』と内通しており志貴を見つける気などさらさらないものだから、秋葉の眼もなんとなく節穴なのであろう。

「(ああ……本当なら、私が志貴様を探しに行きたいのですが……)」

もう一人のメイドである翡翠の方は、ただ純粋に志貴を想い、今すぐにでも探しに行きたいのではあるが、『自分ルール』に則りや志貴から出ることが出来ないため、秋葉の実質は『飛車角落ち』の状態。
志貴を見つけることなど難しいことに思えた。



しかし……!!!



「こうなったら、死ぬほど使いたくはなかったのですが『奥の手』を使いましょう」

なんと、秋葉にはまだ、起死回生の一手が残されていたのだ!!!







ここは遠野家当主の部屋。
この日も秋葉は、高そうなソファーに座りながら、これまた高そうな机を挟んで赤髪の上背のあまりない、っていうか、風采のあまりさえない男を一瞥していた。

「ようこそ、平成の英雄王・衛宮士郎さん」
「あ、あの大財閥の遠野が、こんな一市民になんのようで……」

明らかに見下した態度の秋葉に対し、この『英雄王』と呼ばれた風采のさえない男、衛宮士郎は不快感を露にしていた。

衛宮士郎!!
この男こそ、後世に名高い今を生きる英雄である!!
彼はどの国にもどの派閥にもつかず、ありとあらゆる危険地帯に身を投げては、そこで数多の人民を救済していた。
無論、それらは決して表舞台に出ることもなく、その地の人々以外は誰も評価も尊敬も同情もしない。
しかし、それでも彼はそれを誇りに想い、いつしかアングラな世界では『現存する最後の英雄』として知れ渡っていた。

財閥界に身を置く者として、秋葉も当然彼のことは知っていた。
しかし、衛宮士郎の武勇伝を聞くに、その『人間性』を疑問視していたが、あまりの切羽詰った状況。
彼の任務遂行力のみを買い、今回の『遠野志貴捜索』の依頼をすることに決めたのであった。

「実は貴方に、どうしても依頼したいことがありまして…」
「…言っておきますが、財閥の私利私欲絡みの依頼なら、いくら積まれようともお断りですよ!」
「………」

案の定の士郎の答えである。
秋葉が問題視していた人間性とは、そのあまりの『理想主義』である。
彼は自分の利益は追求せず、あくまで『救済』のためのみに行動する。
財閥がらみと聞くだけで、士郎の中には何かよからぬ確執が想像されたのであろう。

しかし、秋葉には士郎を説得する秘策はあった。



「この世の中、理想だけでは食べていくことは出来ないのですよ、衛宮さん。聞くに貴方は未だに居候の身であり、定職にもつかずに『遠坂』のお嬢様に財政のバックアップをしてもらっているとか」
「うっ……」

痛いところを突かれる士郎。
たしかに正義の味方など、有事にこそ重宝されど、この太平の世の中にさしたる働き場所もない。
しかも誰かが救いを求めるところを捨て置ける性格でもない。
有事に必ず出動する『正義のヒーロー』となれば、時間の決まっている勤務などほぼ不可能。
日雇い派遣をやるのがせいぜいではあるのだが、それさえも登録型派遣が糾弾されているこのご時勢、なかなか見つからないものである。

「しかも、剣を振り回す金髪外人女性と同棲している挙句、その遠坂のお嬢様の妹さんが家に通いつめる始末。そんな『正義のヒーロー』などちゃんちゃら可笑しいとおもいませんか?」
「むむむ……」
「なにが『むむむ』ですか」

無職の分際で女に囲まれモテモテ……
全国の男性労働者は明らかに怒ってもいいレベルである。

「今この『遠野志貴の捜索』という仕事をすれば、困っている人(主に自分)が救われる上に、貴方も収入を得られるものです。その後は遠野家の『傭兵』として、法外の報酬での『正規雇用』の道が待っているのです。しかも『各種保険完備』ですよ!この就職難のご時勢で!!さあっ!!!」

ここまで威圧したら、後は舌先三寸丸め込みである。
兄のためにここまで出来る妹など、もはや末期のブラコン以外の何者でもない。







結局士郎は『正社員』の誘惑に負け、秋葉の傀儡となり志貴捜索の尖兵と成り下がってしまった。

「いいのですか…シロウ……」
「いいんだセイバー……。所詮俺も『現代社会の歯車』に過ぎないのさ……」

遠野家の屋敷を去る士郎と、同棲相手の金髪外人女性『セイバー』の背中が哀愁漂わせていたのは言うまでもなかった。



[25916] 第26話 …Walkin on the edge
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/04/09 19:32
なんとも傲慢チキなブラコンの指令を受け、遠野志貴を捜索する衛宮士郎とその連れ、セイバー。
しかし、その動機は『正社員雇用』という、なんというか非常に小さいものである。
とはいえ、所謂『英雄』である士郎にとって、好きな時に英雄稼業が出来るという労働時間条件がないことは非常に大きい。
いくら数多の人間を救済している士郎であっても、無職であれば世間の目も厳しい。

と、いうより、無職の分際でセイバーだの遠坂凛だの間桐桜だのライダーだのイリヤだのに囲まれてるなど、世間の男どもから見れば言語道断であろう。



「シロウ…お腹すきました……」

旅の道中、ここはいずこかの道路ではある。
ふとセイバーは、士郎に空腹を訴えていた。
サーヴァント…しかもアーサー王の癖になんとも食欲旺盛な女性である。

「ああ……そういえば、昨日から何も食べてなかったな」

しかし、どうやら士郎たちは昨日より食料が尽きたらしく、何も食べてはいないらしい。

「というより、冷静に考えれば、ほぼ『無一文』で何の手がかりのない状態であの雇い主(遠野秋葉)の兄を探すなんて、無理無謀すぎたな……」

なんとも情けない驚愕の事実である。

「やはり、ここはリンから軍資金を頂くべきだったのでは……?」
「まあ、俺も変に意地張って、『今日から俺は自立したいんだ』なんていって断らなければと、今でも後悔してるさ……」

その上、金欠ではあるが一応金持ちの遠坂のお嬢様からの軍資金を断った挙句、それが原因で喧嘩になったとあれば眼も当てられない。

「せめて、この任務が終わって『正社員雇用』が決まってから、そういう口を叩くべきでしたね」

まさに文字通り、後悔先に立たずとはこのことであろう。
セイバーのこの言葉が士郎の心に深く突き刺さったことは言うまでもなかった。



「それにしても寒いな、ここは……」

そういえば、冒頭では述べていなかったが、士郎は安物の防寒用コートファーフード付きを着用していた。
あまり寒さを気にしないはずのサーヴァント・セイバーもちゃっかり白色のダッフルコートを身に纏っている。



「ええ…。なんといってもここは『樺太』ですからね……」



この二人は、一体何を持ってして遠野志貴がここにいるなどと思い込んだのだろうか……?

実は士郎は情報屋に依頼し、志貴の足跡を追っていた。
しかし、その情報屋というのが『琥珀』の息の掛かったものであるということは知らない方が幸せというものであろう。



[25916] 第27話 …冷凍されたある人間の心臓をガスバーナーで解凍せよ
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/05/03 00:08
ここは志貴の仕事場である研究所所属の調査局。
職場は相変わらず舞ったりとした空気であり、志貴が真面目に過去の調査レポートをファイリングしている中、国崎は携帯ゲーム機(おそらくはテトリス)で遊んでいた。
伊吹に至っては、事務作業に完全に飽きてしまっており、調査の名目で勝手に散歩に出かける始末である。

こんなやつらが低賃金ながらも給与をもらっていることに、真面目に働いている人々は怒りを覚えることであろう。



しかしながら、嵐と上司というものは突然やってくるものである。



「……おじゃまします……なの」

やけに低いような静かな女の子の声が、事務所の入り口に小さく響き渡る。

「え…っと……どちら様でしょうか……?」

志貴はデスクより身を乗り出し、髪をツインに分けた幼さの残る顔立ちの少女を出迎える。
まあ、男性としてはまず眼を通してしまうであろう少女(?)の胸は、その顔とはアンバランスな豊満なものであった。

…それと同時に、先ほどまで「ピコピコ」と鳴っていた国崎の携帯ゲーム機の音は突然止まっていた。
そして、不意を突かれたかのような、叫びにも似た国崎の声が事務所内に響き渡った。



「い、一ノ瀬所長ォォォ!!!」







ソファーに座っている一ノ瀬所長と、透明のガラステーブルを挟みソファーに座り対峙する志貴と国崎。
テーブルの上においてあるお茶には一切口がつけられておらず、しばし無言の時間が続いていた。

「……え…えっと…その、一ノ瀬所長は、何をしにこちらへ……?」

恐る恐るその沈黙を破ったのは、先輩の国崎であった。

「……仕事中にゲームをやっている職員を処分しに……」
「……!!!」

所長の言葉で一気に顔が青ざめる国崎。



しかし、続けざまに所長の口から「……なんちゃって」という言葉が出来たため、どう返していいかわからず、志貴、国崎は途方に暮れてしまっていた。



「……あれ?ここで『なんでやねん』ってツッコミはないの?」

若干悲しそうな口調で言う所長であったが、普通は上司にそんなツッコミなど出来るわけがない。

「(ず、随分変わった上司ですね……)」
「(ああ…。相当の天然だ。だが、これでもお前(志貴)よりは3つも年上なんだぞ)」
「(え!?ウソッ!!?)」

所長に聞こえないよう、志貴と国崎はコソコソと話をする。

まあ、この一ノ瀬所長…名前はひらがなみっつで『ことみ』―――
―――は、天然ボケではあるものの、日本で有数の頭脳の持ち主である。
人材マニアの総帥は一重に彼女の才能を買っており、また、彼女も総帥との『目的』が一致していることもあって、非常な高給で研究所の所長の任を受けたのである。

とはいえ、先ほどの志貴の反応からも分かるとおり、それらの事実は彼女の容貌、言動からは非常に疑わしいものがあり、さらにこれで志貴よりも年が3つ上とあっては、秋葉に間違いなく年齢詐称の嫌疑が掛かるようなレベルであろう。

尚、遠野秋葉の名誉のために言っておくが、秋葉の言動はともかく容貌は年齢相応のものであり、この場合、明らかに年齢不相応なのは一ノ瀬所長や伊吹風子といった面々であろうことは言うまでもない。



「…冗談は置いといてなの……」

一瞬止まりかけた時は再び動き出し、一ノ瀬署長の言葉が続く。
どうやら今回は、研究所から調査局への捜査の依頼ごとのようであった。

「…実は私たちのトコで研究している『聖杯戦争』のデータが何者かに盗まれちゃったの」

「「え!?」」

思わず聞き返す志貴と国崎。
これはまさに総帥が仕事で月に行っている間に起こった『大不祥事』である。

「「………」」

とはいえ、冬木市で起こった『聖杯戦争』については、過去にファイリングした資料で何度か見たことはあるものの、どうやら彼らは今ひとつ事の重大さが理解できていない。

「…そもそも『聖杯』というのは―――」
「「え……?」」

志貴と国崎が事の重大さを理解できていないことを察した所長は、誰に頼まれるわけでもなく、聖杯戦争に関する薀蓄を語り始めた。




「―――と、いうわけで、『聖杯戦争』の研究は、後ろ盾となっている政府及び官僚の一部のみが知りえる研究で、このデータを流出することは、私たちの研究だけじゃなくて、政府を巻きこんでの日米関係の悪化にまで繋がるわけなの」

依頼を受ける前から完全にグロッキーの志貴と国崎ではあったが、とりあえずは自分の明日の生活のためと、ついでに日本のため、何とか根気で所長の話を聞き続ける。

「…でも、研究所の警備はとってもとっても完璧で、このセキュリティーを突破できるヒトっていったら、多分、限られてくると思うの」

また、話によれば、盗まれた痕跡というのもほとんどなく、非常に綺麗な手口であるという。
それは一ノ瀬所長が持ってきた、数枚の『現場写真』からも明らかである。
つまり、プロの中でも非常に優れたスパイでなければ、この研究所のデータを盗むことは不可能であると言いたげであった。

「…だいたい、こんなことが出来る奴っていったら『元KGB』くらいなもんじゃないのか?」

その国崎の推理は、おそらくは一ノ瀬所長も考えていたことであろう。
所長はその国崎の推理を特に否定することもなく話を進める。

「と、いうわけで遠野くんと国崎さんに、『聖杯戦争』のデータを盗んだ犯人を特定してほしいの」
「犯人の特定……ですか……」

思わず口ごもる志貴ではあったが、まあ、任務がデータの奪還とまで行くと、それは探偵の仕事の領域を超えた仕事となる。
というか、『元KGB』相手だと手に負えない相手の可能性の方が高いので、ここはあえてスパイの特定だけを依頼し、「がんばって」の言葉を残して一ノ瀬所長は帰っていった。







まあ、何はともあれ相手は只者ではないプロの人間。
果たして志貴、国崎は無事に生還することが出来るのであろうか…!?



「(……とりあえず、アルクェイドは連れてった方がいいのかな……?)」
「(経費で観鈴とロシア旅行と行くかな)」

…しかしながら、肝が据わっているのかはたまた楽天的なのか、志貴も国崎も、自分の嫁を同行させるか否かを考えていたのであった。
こんなんで大丈夫なわけがないことは言うまでもあるまい。



[25916] 第28話 …LAST PLEASURE
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/05/06 22:16
話は前回の続き…

ここはボロアパートの志貴の部屋である。

志貴は勤務する研究所所長『一ノ瀬ことみ』より、『聖杯戦争』のデータを盗んだ犯人を突き止めて欲しいとの依頼があった。
その痕跡のないあまりの完璧な犯行ゆえ、犯人は『元KGB』である可能性が高く、志貴はとりあえず情報を得るべくロシアへと向かおうとしていた。

しかしながら、もし『黒桐幹也』に頼もうものなら簡単に犯人を割り出しそうな気もするが、一応志貴は『探偵』として雇われているため、ここで黒桐に頼むというのはあまりにも酷なことであろう。



閑話休題、志貴が帰宅し部屋の戸を開ける。



「…気をつけな。だんなの動きはKGBに読まれてるぜ」

「………」



志貴を出迎えたのは、なぜかトレンチコートを着て葉巻きに見立てた何かを咥えているアルクェイドであった。

「……どうし…たの……?」

毎度の事ながらのアルクェイドの突拍子な行為ではあったが、志貴は未だになれず、やや引き気味で情報屋に扮したアルクェイドに質問する。

「最近ニコニコの『バグ動画』にハマっててね」

茶目っ気たっぷりに答えるアルクェイド。
よくよく聞けば答えにも何にもなっていない。
小人閑居して不善をなすとはよく言ったものではあるが、ズボラな専業主婦が家事以外やることなど、大抵はロクなものではない。



とりあえず志貴は、依頼内容は伏せ仕事の都合でロシアに行かなければならないことをアルクェイドに伝えた。



「え~!!志貴だけズルイっ!!私もロシアに連れてってよ~!!」

案の定、アルクェイドは一緒に行きたいとせがんだ。
普段は出不精でも、さすがに恋人との旅行ともなれば違うらしい。

「それに、どうせ国崎さんとこも、観鈴ちん連れていくんでしょ?」
「ま、まあ……」

ここでノーとは言い切れない志貴。
というか、国崎は完璧に嫁と一緒に旅行する気マンマンであろう。

「うーん…多分経費では下りると思うから、いいとは思うんだけど―――」
「ねえねえ、この『樺太』ってとこ行ってみたいんだけど」

あまつさえ、志貴の返答を待たずして勝手に行きたいところをリストアップする始末である。
そもそも、仮に元KGBが犯人だとしたら、樺太などに寄らず、とっととモスクワに戻り報告でもしてそうなものではあるのだが……

「あと、岡崎さんや相沢さんにもお土産買わないと……。マトリョーシカでいいかな?」
「あ…うん……いいんじゃないの?」

もはや、半ばテキトーに返事をする志貴であった。



[25916] 第29話 …親愛なるDEATHMASK
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/05/08 18:50
ここは樺太。
相も変わらずあまり治安のよくない北の地に激震奔る!!



「ば、莫迦なッ!!この『風王結界』を簡単に見切るなど……!!」

「…さすがはアーサー王。貴女の剣の腕前は類のないものであることは確か。しかしッッ!!…不可視との戦いなど、ソ連崩壊後の昏迷期では日常茶飯事ッッ!!戦場は常に変化しているのだッッ!!」
「(―――この男、何を言っているんだ?)」

なんとセイバーは、オールバックで低身長の初老のロシア人男性と戦っていた!!
上上下下左右左右と不可視ともいえる風王結界の軌道は、まるでその剣先が見られているかのように、このロシア人男性にかわされている。
ちなみにセイバーは『ロシア語』が全く分からないため、このロシア人の言っていることも全く意味が分かっていない。



「そこだ!!!」
「―――!!」

風王結界の刃をロシア人男性が手刀で弾いたところで、『無限の剣製』により二対の剣を手に士郎が応戦をする。
しかし、横槍を指すかのように入った士郎の割り込みも、意図も簡単に襟をつかまれ投げられ地面に叩き伏せられた。

「…さすがは正々堂々で知られている英雄、イポーニエッツエミヤ……。しかし、この場面は最低でも背後から気配を消しての奇襲にすべきだった。故に甘いッッ!!」

漫然と地面にへたばる士郎を見下す謎のロシア人男性。
その瞳はシベリアンブリザードを思わせるような、非常に冷たいものであった。
しかもその口ぶりから察するに、彼は英雄としての衛宮士郎を知っているかのようである。

そのあまりの強さ、威圧感に意識せずとも距離を置く士郎とセイバー。
するとセイバーは、このロシア人男性を見てあることに気づく。



「シロウ……この男、どこかで見覚えがないでしょうか……?」
「え?…い、いや、俺は見覚えはないけど……」

突然のセイバーの質問に、士郎は少し動揺しつつも答えを返す。

「これだけ強いってことだから、どこかの誰かのサーヴァントで、それでセイバーは見覚えがある…ってことかな……?」
「……いえ…なんかこう……もっと日常的な……何かで……」

しかしながら、これほどのモノノフを日常的に目撃するなど、果たしてありえることであろうか。



そもそも、何故彼らがこんな北方の地で戦っているのであろうか。

…というより、ロシアでガイドなしで勝手に歩き回るなど、スパイと疑われてもおかしくない行為である。
無論、それを警察が取り押さえに来たものだから、士郎はなんとか拙いロシア語で弁明しようとするも、ロシア語の分からないセイバーがこれを『迎撃』してしまった。

なんやかんらの国際問題に発展しているうちに、ワケもわからないお偉いさん専用の飛行機からパラシュート降下してきたこの初老のロシア人男性が仲介に入り、警察を退けた上で戦いとなったのである。



「どうした…もう終わりか…?」



「…そうです!!確か、テレビで見たんです!!」
「え!?本当かセイバー!!?」

「………」

ロシア語で士郎たちを挑発するも、それをガン無視され少しやるせない表情になるロシア人男性。

「そ。そういえば、なんか見覚えも……」
「そうでしょう!」

しかし、このいつもテレビに出てくるようなロシア人の男が、サーヴァントのセイバーと英雄衛宮士郎二人を相手に互角に戦っているものだから、それはたいしたものである。



一方のロシア人男性も、ふと思うところがあったのか、追撃を止めおもむろに口を開き始める。

「…しかし、それだけ強き者…しかも二人をここで逮捕するのは私にとっても大きな損失だ。……そこで…貴公らにロシア警護保安庁(FCO)への所属を許可したい。…無論、報酬の方も保証しよう」

どうやらこの男は、士郎たちをスカウトしているようだった。

「あっ!!お…思い出した!!!……ッッ」
「どうしたのですか、シロウ!!…っていうか、あの男は何を言ってるんですか!?」

しかしながら、その勧誘の言葉でようやくこの男の正体を割り出した(正確には思い出した)士郎。
それだけの言葉を実行できる権限を持つものなど、そうそういるものではない。
士郎の身体は、その名を思い出したときに既に震えが止まらず、改めて大人物と相対していることを実感していた。

「こ…これほどの男が……な、なんでこんなところに……ッッ!!?」



「…ようやく理解したか、エミヤ。そう、私がロシア連邦大統領(現時点で)『ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・プーチン』だ!!!」



「「な、なんだってええええええ!!?」」



―――to be continued



[25916] 第30話 …白と黒
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/05/11 22:34
ここは樺太。
秋葉の依頼で志貴を捜索していた士郎とセイバーは、ガイドなしでロシア領を探索という自殺行為に出る。
その結果、国際問題に発展しかねない(少なくとも北方領土問題には影響の出る)大乱闘が勃発する。
しかし、さすがは聖杯戦争を生き残った士郎&セイバーに、樺太警察がかなうわけがなかった。

そこでこの騒動を治めるために、ヘリから華々しくパラシュート降下してきたのが、第2代ロシア連邦大統領(当時)『ウラジーミル・プーチン』である。
彼は『生身の人間』でありながら士郎&セイバーを圧倒しつつ、二人の実力を認め『FSB(ロシア連邦保安庁)』にスカウトしてきたのであった。



「…っていうか、なんで生身の人間(プーチン)が。俺ならまだしもサーヴァント(セイバー)と互角以上に戦えてるんだよ……」
「わ、私が聞きたいですよッ」

このなぜかべらぼうに強い大統領に対し、さすがにうろたえを隠せない二人。

「……戦力分析は結構。貴公らFSBに入隊するのか否か!ダー・ィ・ニェット!?(はいかいいえか!?)」

方や、人間ではありえないプレッシャーを放ちながらFSBへの入隊を迫るプーチン。
その瞳は相も変わらず凍てついており、全く以って感情をあらわにしていない。

「そういえば聞いたことがある……」
「知っているのですか、シロウ!」

急に解説キャラに成り下がった士郎は、思い出したかのようにプーチンのことを語りだした。

志貴の解説によると、アメリカでは素手によるテロの警戒のため、監視すべき7人の人間を選出しているッッ!!
―――その7人とはッッ!!
『範馬勇次郎』『ビスケット・オリバ』『江田島平八』『不堂影獅』『アルクェイド・ブリュンスタッド』『水瀬秋子』
そして、今目の前にいる『ウラジーミル・プーチン』であるッッ!!!

あろうことかこの7名は衛星偵察の対象になっており、本来軍事用のハズの衛星がこの7名の動向を絶えず監視しているのだ。

地上数メートル以下という鮮明な画像で監視し続けている彼等―――
その7名のうち1人でも―――――
時速4km以上で動いたとき、半数以上の衛星が緊急動作を強いられるため――――――
軍事衛星を使用する世界中のカーナビゲーションが70mもズレてしまうと言われているッッ!!

…無論、ペンタゴンですら監視不可能の『ゴルゴ13』『蒼崎青子』の存在もある上、『聖杯戦争』や『魔界(幻想郷含む)』のデータもペンタゴンにあるかどうかは不明であり、一概に彼らだけが要注意人物というわけにはいかないが―――
それでも、士郎たちが対峙している相手は、世界規模での最重要人物の1人であることには変わりはないわけで。



「……で、勝ち目はあるのですか?まさかこのままFBSとかに入隊するわけではないでしょうに…」

セイバーは士郎の解説を聞いた上で、どうしたら目の前の危機を乗り切れるかを算段しているようだ。

「勝ち目はないわけじゃない…!俺が剣を次々複製しての波状攻撃を仕掛けて、相手を消耗させた後に『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』で一気に終わらせる……」
「なるほど、妙案です。しかしシロウ…あなたにあの強敵(プーチン)を足止めできるのですか!?」
「…やるしかないだろ。俺はともかく、セイバーに手出しはさせないよう最低限の足止めはするつもりさ」
「しかしッッ!!シロウに何かあったら―――」



PiPiPi―――

どうやら士郎たちが作戦を練っている間に、プーチン大統領の携帯に電話があったようである。

「…む、こちら大統領―――何ッッ!?モスクワで『盗まれた聖杯戦争のデータ』が見つかった!!?―――む…そうか、犯人はイポーニェッツ(日本人)の探偵コクトーが見つけたのか。―――うむ、調査内容の漏洩はないな!!さすが『メドベーシェフ』、その有能な探偵を見抜く慧眼、見事だった」

どうやら、ロシアの方でも極秘に調査していた聖杯戦争のデータが盗まれていたようだった。
日露共に、なんともマヌケな話である。



「………」
「………」



プーチン大統領の電話が切れるまで、しばらく無言で立ち尽くす士郎とセイバー。

やがて携帯が切れ、しばらく経った後気まずそうに咳払いをしてからプーチン大統領は士郎とセイバーに謝罪した。

「…すまなかった!!モスクワで重大機密が盗まれたとのことで、サハリン当局から『ガイドもつけずに怪しい日本人がいた』との通報があり、重大機密ゆえにこの大統領自ら乗り出したが、とんだ冤罪だった!!許して欲しい!!」

「えっと…、なんと言っているのですか、シロウ…?」
「……と、とりあえず、誤解してこっちを攻撃してきたことを謝っているっぽいけど……」

さっきまでの死闘、及び作戦会議は一体なんだったのであろうか…?
ロシア語の分からないセイバーに、丁寧に解説する士郎。
その後、さらにとんでもない言葉がプーチン大統領の口から放たれた。



「今回の重要機密の漏洩、及び、無関係の日本人を巻き込んだことは私のミスッッ!!故に、私は大統領職を辞任し、『メドベーシェフ』に後を任せたいッッ!!!」

「ええええええ!!?」

士郎も驚きの、突然のプーチン大統領の辞任会見である。



かくして、メドベーシェフ、及び名探偵『コクトー』の活躍により、志貴及び国崎の調査は全く以って無意味なものとなってしまった。
そうとは知らずに『樺太』の地へと向かう志貴&アルクェイド。
そして、士郎とセイバーの志貴捜索の任務はいまだ遂行中である。
果たして、彼らの運命は如何にッッ!!!?



―――to be continued



[25916] 第31話 …ミザリー
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/05/20 21:56
「あつい……」
「し~き~……水買ってきてもいい~?」

ここは蜃気楼さえただよう灼熱の街。
蒼の半そで姿の志貴と白のノースリーブワンピース姿のアルクェイドが、焼け付くような天気と猛烈な砂嵐の中を歩いている。

そう、ここは中東の石油国『クウェート国』。
かつては天然真珠の原産国で知られた国である。



「俺たちは…どうしてこんなところに来てしまったんだろう……」

答えはいうまでもなく、アルクェイドが飛行機のチケットを間違って買ったからである。
本人の弁では『いんたあねっと』は非常に難しいとのことではあるが、そういう問題でもない気がする。
つまり、ネットでチケットを予約した上で確認業務を怠っただけのことであろう。

得てして、似たものカップルである志貴とアルクェイドは『聖杯戦争のデータを盗んだ犯人』の非常にマヌケな捜査活動に乗り出したのであった。







無論、真犯人はとっくの昔に捕まっており、その犯人は現在FSB(ロシア連邦保安庁)の尋問を受けているわけなのだが、そんなことは志貴たちの知ったことではなかった。

と、いうわけで、ここは樺太のとある隠しアジト。
士郎とセイバーが傍観する中、椅子に縛り付けられ、FSBの屈強なロシア兵に囲まれていた容疑者は驚くことなかれ……

聖杯戦争のデータを盗んだ犯人は、なんと非常に『幼い』いかにもな『ゴシック魔法少女』であった。



「こんなイポーニエッツの少女が、我らがロシア及びあの総帥の研究所から『データ』を盗むなど信じられんが……」
「しかし、現にデータの入った『メモリ』を彼女が持っていたのだ。まずは間違いないだろう」
「さあ!吐け!!なんで『データ』を盗んだんだ!!!」

怒鳴りつける屈強なロシア兵たち。
一方の魔法少女は、さすがに肝が据わっており臆することはないが、どうじに『どうしてこうなったのか』自分でも分からず、そのへんでやきもきしていた。

「チクショー!!『紫』の『境界を操る程度の能力』が、あの『眼鏡の探偵』が連れてきた『黒髪のサムライ女』の刀で使い物にならなくなるなんてワケわかんねェ!!!」

日本語で逆切れする謎の魔法少女。
どうやら彼女はその『紫』とやらに依頼されて『データ』を盗んだわけであるが……
先の『コクトー』という探偵に追い詰められた挙句、何らかの逃走手段(本人曰く、『境界を操る程度の能力』)さえも、コクトーの嫁の『直死の魔眼』に断ち切られてしまい、結果的に逮捕されトラ箱行きとなったようである。



「そもそも、貴様はどうやって世界最高のセキュリティーを潜り抜けたのだ!!!」

ロシア兵の尋問は続く。

「っせえなあ!!だいたい、私はロシア語わかんねえんだよ!!」

しかし、この魔法少女はロシア語が分からなかった。
もっとも、空間を超越する何らかの作用があれば、どんなセキュリティーが存在したとしてもそれは無意味になるわけであり、よもやのプーチン及び総帥も、魔力対策は完璧であっても『境界を操る程度の力』対策は想定していなかったに違いない。

もっとも、その境界とやらも『直視の魔眼』に断ち切られてしまえば、因果の修復に時間が掛かることであろう。
とことん『コクトー』に手柄を奪われる志貴(マヌケ)たちであった。



「境界を操る妖怪…聞いたことがある」
「知っているのですか、シロウ!!」

一方こちらは、もはやノリが「知っているのか雷電!!」に近い感じのやり取りである。

境界を操る妖怪とは!!
次元を自由に行き来し次元に関わる下位の妖怪を使役できる、魔界でも希少な種族であるッッ!!

「俺の知っている限りだと…『闇撫の樹』そして……」



「クッソー!!何がデータを盗むだけの簡単な任務だッッ!!『紫』のクソババア!!!」

任務に失敗して逆切れする魔法少女の口から幾度となく放たれた『紫』こそ、その希少種族の妖怪なのであろう。

「ユ…カリ……?」
「イポンスキーモンスター・ユカリヤクモ……!そう!我々は知っているッッ!!古いKGBの資料で見たことがあるッッ……!!」

さすがはKGBの後継組織。
魔界のことについてもよく調べてあるものである。

そのご、しばらくFSBの連中で協議された結果、この魔法少女はモスクワまで連行されることとなったわけではあるが……



「どうする…!!助けるかッッ!!!」
「…確かにあの『プーチン』がいない今でしたら、壊滅させるのはたやすいでしょう。しかし、そんなことしたら確実にロシアと『敵対関係』となり、間違いなくリンに怒られます」

そのうえ、現在は『クウェート』に間違って飛んでいった志貴の捜索任務の遂行中でもある。

「…でも、ここで彼女を見捨てたら、俺は―――!!!」



―――to be continued



[25916] 第32話 …Please Tell Me BABY
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/05/24 21:58
「あはは~。貴方たち、あまりやる気が見られないですね~」

「「す…すみません……」」

おっとりとした感じの女性の声が響き渡る調査局。
志貴と国崎はその女性を前に、ただただ項垂れるだけである。

となれば、この件は言うまでもなく『聖杯戦争データ盗難事件』の犯人の調査の失敗に対する叱責であろう。
ちなみに彼女、顔では「あはは~」など笑っているが、その眼は一切笑っていない。
その上、彼女の傍には帯剣した背の高いポニーテールの女性SPが立っており、その威圧感は計り知れないものがあった。



「大体遠野さんは、何で犯人はロシアにいると分かっていながら『クウェート』に行ったのか、全く理解に苦しみますね」
「め、面目ない……」

まあ、志貴の場合はアルクェイドが飛行機のチケットを『間違って予約した』のがそもそもの原因であり、多少の同情の余地はある。

「そして国崎さん……貴方に至っては『ハワイ』に調査と……初めから調査する気ゼロじゃないですか~~~~~~?」
「いやあ…もしかしたら、犯人も観光旅行に行きたいんじゃないかと……」

小学生でもまず言わない言い訳である。



「……そ…その辺にしといたほうがいいと思うの……」

同行していた一ノ瀬所長は小さい声でフォローするも、そんな声などこの『お偉いさん』の耳に入っているはずもなかった。

尚、もう一人の職員である伊吹は…

「さ、触らぬ神に祟りなしですっ!風子は別の調査に行ってきますっ!!」

…などとの給い、勝手に外出したことをここに追記しておく。







「はあ~~~…長かったなあ、遠野」
「いや、ある意味自業自得だったんじゃないかと……」

喉もと過ぎれば熱さも忘れる…
お偉いさんと所長が帰った後は、いつもどおりのんべんだらりと席に座っている国崎と、一応、調査の書類を纏めている志貴。

「あの、国崎さん…」
「ん、なんだ?」

とりあえず志貴は、今回の件で疑問に思ったことを先輩に尋ねる。



「散々怒られて言うのもなんですけど、あの人誰ですか?」



まさに青天の霹靂……とまでは言わないが、ぜんぜん知らない人に怒られて謝っていた志貴はある意味大物であろう。
ひとまず国崎は、語り口調で志貴に説明をしはじめた。

「ああ…あの人は、法務省のなんたら管理官で……たしか『クラタ』…って名前だったかな?まあ、総帥と知り合いの官僚様で今回の件の『クライアント』でもある」

クラタは若い女性して、本来ならありえない『法務省公安調査管理官』というエリートである。
しかもそれさえも彼女の表の顔に過ぎず、その実の権限は一官僚の粋を超えるものであるとも言われている。

彼女が出向くということは、今回の聖杯戦争のデータの流出は非常に重要な意味を持っていたことをお分かりいただけたであろうか。

「本来ならウチの研究施設なんかも『監視対象』なところを、『クラタ』の権限で国益に繋がるものであるってことで奨励されて、むしろ国の補助まで受けてるんだぜ」

「もちろんそんなことは公には出来ないことなんだけどな」といい終えドヤ顔の国崎ではあったが、その本人は重大な任務をサボった挙句、反省の色もない。
そして志貴もそんな話を聞きながらも…

「(まあ、正社員にさえなれればなんでもいいか)」

…と、いかにも現代人らしい考え方に収まる始末であった。
この仕事のコネで、頑張り次第ではいくらでも出世の可能性があるというのに、相も変わらず向上心のない男である。

そんなことだから、『英雄・衛宮士郎』、『アーサー王・セイバー』が自分の捜索しに来ていることなど、露にも想像できないであろう。







一方の樺太…
士郎とセイバーは、志貴が任務失敗でとっくの昔に日本に帰ったことなど露にも想像できず…



「シロウ!!魚が釣れました!!!」
「良し!!これで今日の晩飯は確保だ!!!」



…樺太に滞在するホテル代すらなく、プーチンの『粋な計らい』でFBSの監視の下とりあえず野宿の許可を与えられ、そのまま志貴捜索を続けていたのはなんとも皮肉な話であろう。



[25916] 第33話 …北条晴臣閣下SS
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/05/27 18:01
*今回のタイトルは黒夢の曲名及び歌詞は使いません。
 さらに、今回は志貴も士郎も出てきませんのでご了承ください。



ここはどこかの屋敷の軟禁部屋。
その部屋の真ん中辺りで、眼鏡をかけた老人は胡坐をかいて座っていた。
老人の風采は非常にすっとぼけたような感じであり、贅の限りを尽くしてきた感があった。

その一室に入り、老人を見下ろすかのように眺める女性…
おそらくは、彼女がこの老人を部屋に連れ込んだ人間なのであろう。

我々は知っているッ!!
このツンツンの妹をッ!!

…そう、彼女は遠野秋葉である。
ここは遠野家の地下にある、隠し軟禁部屋のようだった。

「気分はいかがですか、『閣下』?」
「そのぉ~よぉ~。おめぇさんは~、俺を一体どぉ~してここに連れてきたのかなぁ~?」
「あら、もちろん。貴方の握っている情報を得るためです」

しかしながら、この『閣下』と呼ばれた老人も堂々たる態度で女性と対峙する。
その言葉もどこかすっとぼけており、いかにもな狸爺っぷりを、これでもかというくらい露呈している。
…そう、彼こそは保釈中の殺人罪で再度投獄された、元全権特権大使『北条晴臣』であった。

「それで…その『超法規的処置』かなんかで、俺を引っ張り出してきたってぇワケか」
「いいえ、その『超法規的処置』すら今回は使っていませんよ」

そう、秋葉ほどの女性が囚人を檻の外へ出すことなど造作もないこと。
無論、家の力を利用しての法の捻じ曲げ『超法規的処置』も可能ではあったが、彼女のとった手段はもっとシンプルであった。

「私の作りました『メカ閣下』は、そう簡単に看守にバレはしないでしょう」
「そうね。琥珀ならその辺は完璧にこなすことでしょう」
「なぁ~るほど~。そ~ゆ~ことか~」

そう、実にシンプル…
ただ単に、『閣下』とそっくりの替え玉を使っただけのこと。

琥珀の科学力は型月一ィィィイイイ!!!
そう簡単にィィ見破られぬわァァァイイイ…精巧なものである。

もっとも、どうやって刑務所内に潜り込んだのは定かではないが、そこは『読者の想像』にお任せすることとしよう。



「でぇ~よぉ~…お前さんの目的はなんだい?」
「先ほども行ったでしょう。『閣下』の持っている情報です。全世界を回っていた閣下でしたら、世界中のあらゆるコネから情報を集めて兄さん(志貴)を探すことが出来るはずです」

「見返りは?」

!!?

途端に、老人が若返ったかのように見返りを求める閣下。
やはりこの男、相当の狸である。

「…この任務を成し遂げたときこそ、遠野家の力で超法規的処置をもって釈放させてあげましょう」
「…よしっ!決まりだッ!」







なんというやり手なのだろうか!!?
遠野秋葉ッッ!!元全権特権大使閣下すらも利用する女ッッ!!!

ちなみに、その後の秋葉の部屋では秋葉と琥珀が話をしていた。

「あの、秋葉様?」
「何?」
「あの『英雄・衛宮士郎』はどうするのですか?」
「聞けば『樺太』で呑気に野宿してるとのこと。あんな莫迦は放っておきましょう」

なんと言う冷酷非道な女なのだろうか。
彼女にとっては志貴以外、全ては利用するだけの駒に過ぎないのであろうか?



「(ああ…衛宮士郎さんにはかわいそうなことをしましたね。志貴さんがまさか『樺太』に行こうとしてたのは予定外でしたけど、まあ、『ハッキング』して旅行先を『クウェート』に変えて万事解決ですね)」

もっとも、秋葉の誤算はとどまるところを知らない。
志貴はあくまで『日本国内』にまだいるのであるが、おおよそまた琥珀に唆されたのであろう、今度は『世界』にコネを持つ閣下をム所から引っ張ってきたものだから、この作戦もおそらくは失敗するのであろう。

なんにせよ今回の件の一番の被害者は、『就職先』から内定取り消しを喰らって未だに樺太で野宿をしている士郎であることは言うまでもなかった。



[25916] 第34話 …MARIA(カラオケで歌うな!!!)
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/06/03 00:02
時は夜、ここは志貴のアパート。
志貴とアルクェイドは、いつもどおりちゃぶ台をはさみ向かい合い、志貴は新聞を、アルクェイドは分厚い本を読んでいる。
ちなみにレンは、『ぶら下がり健康器』の上で早くも眠りについていた。

「そういえば、最近シエル先輩に会ってないけど元気でやってるのかな…?」
「え!?志貴…もしかして浮気!!?」

なんとなくシエルのことを口に出す志貴てあったが、アルクェイドは「およよよ」と、演技っぽく反応する。

「あ、いや、その……」

そんなアルクェイドにうろたえる志貴を見ていると、それが逆になんだか可愛らしくさえ思えてくる。

「冗談よ、冗談。志貴は優柔不断だけどそんなことはしないってわかってるから」
「うっ……」

アルクェイドの「優柔不断」という言葉が、志貴の胸にグサリと突き刺さる。
信頼されているのかいないのか、全く以ってよくわからない関係ではあるが、まあ、ラブラブであることは疑いようのない二人であった。







閑話休題…
その志貴がなんとなく心配していた『シエル先輩』は、未だに志貴のストー…もとい調査局の監視をしているのであろうか?


…否!

このときシエル、すでに聖堂教会へと帰還―――



「…は…はじめまして……」

「よくぞ参られた。迷えるエレイシアよ…」

―――ではなく、カトリックの総本山、ヴァチカンへと来ていた。
何かの思し召しなのか……?
そのものの姿はなく、その気配のみで感じるプレッシャー…!!
圧倒的ッ……神聖ッ……!!!

シエルの背後であろうか…?
ステンドグラス張りの窓より直立に…否!エレベーターで降下するかのように、非常にゆっくりと降下していく白色の法衣を身に纏う神聖の主。
靡き浮き上がるケープマントですら、そこはかとないエレガントさをかもし出していた。

「ま、まさか、貴方様がその姿を見せることになるなんて……」



ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!



「ロ…『ローマ教皇』ッッッ!!!」



その名を呼ばれた男…ローマ教皇は凄まじいオーラとは対極に、優しい笑みを浮かべる。

「初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。『光あれ』」

言っていることはよく分からないが、なんとなくすごいことだけは分かる。

「ローマ教皇!!なぜ貴方は私をここへ……!!?」

実は、シエルがヴァチカンに来たのはローマ教皇から直接召集が掛かったわけではない。
ただ、ローマ教皇の東方にまで届く重力が、シエルをこの地へと引き寄せたのだ。

それであっても、本来であれば問うことすら許されぬ圧倒的高みッッ!!
しかし、それでもシエルは問わずにはいられなかった。
シエルの問いにローマ教皇は笑みと威圧感を消すことなく答える。

「フッ…いい眼をしているな。それに度胸もある。どうだね?今、ここで私と一戦交えてみるか?」
「そ、そんな恐れ多いこと……ッッ!!!し、失礼しましたッッ!!!」

シエルは一生懸命に首と手を振りローマ教皇への敵意を否定する。

「冗談だ」
「(し…心臓にわるすぎるッ……!!!)」
「話を本題に戻そう。Sig.naシエル…貴女は今、『埋葬機関としての任務』と『自身の愛』の狭間で苦しんでいるであろう」
「………ッッ!!!」

ローマ教皇は人の心さえも読めるのであろうか…?
総帥の組織の行う研究は、明らかに神に対する冒涜であると教会は認めている。
故に、組織の壊滅が今、埋葬機関に与えられている任務ではある。
しかし、その任務を遂行してしまえば『愛しの』志貴は職を失い路頭に迷ってしまう。

「悩むことはない……。神の祝福、慈愛の心はこの地球に満ちている。故に貴女の任務も愛も、どちらを選ばれようとも、どちらも選ばれようとも神は祝福するであろう」
「ま、まさか…教皇様はこの言葉を伝えるためだけに……!!?」

信仰は盲目とはよく言ったものであるが、傍から見れば迷惑なことこの上ない。



そんな時、さらに事件は起きる。
シエルの背後に現れる謎の気配……殺意…


「…ローマ教皇様…マスターの命により、貴方の首を貰い受けにきました」

「!!?」
「………」

現れたのは謎の刺客…甲冑に身を包み、大きな槍を持った謎の大男。
無論、この男に神への信仰など皆無。
刹那…男はシエルを介さぬかのように、瞬間移動しローマ教皇の眼前に堂々と立ち尽くした。

この聖堂は数多の騎士団によって守られているはずであるのだが、おそらくこの男はそれらを皆屠ってきたのであろう。
ニビ色の甲冑は、その返り血で赤黒に染まっていた。

そのあまりの無気配からの殺意に驚くシエル…
一方のローマ教皇は、黙りそのものを見て口を開く。

「英霊……しかも、禁呪か……」

ローマ教皇の分析したとおり、この男はサーヴァントである。
サーヴァントを召喚するには聖杯戦争時をおいて他はないことから、禁呪…しかも、相当の魔力を持ったものでなければ不可能である。

「ロシア正教会…いえ、おそらくはFSBの手のものの技術により召喚されたのでしょう。報告によると、ロシアでも『聖杯戦争』の研究は進められているとありますからね……」

ご丁寧にも、ローマ教皇に代わり解説を加えるシエル。

「おそらくその風体から、この英霊は『イリヤー・ムーロメツ』!!チェルニーゴフを解放し、タタールの軍勢…そして天軍と幾度となく戦い果てたロシア神話の英雄……!!」

シエルはいつの間に臨戦態勢となり、その手には数本の黒鍵が握られていた。

「相手はサーヴァント…しかもおそらくは宝具『スヴャトゴルの泡沫』により強化されている……ッ!!」

宝具『スヴャトゴルの泡沫』とは…!!
イリヤーの相方でもあった巨人スヴャトゴルの死の間際、スヴャトゴルの身体から命の泡があふれ出した。
スヴャトゴルに請われてイリヤーはこの泡を身につけ、その泡沫をなめた。
こうしてイリヤーは巨人スヴャトゴルの力と勇気をも受け継ぐ。

故に、この宝具はランサー(及びアーチャー、ライダーの資質もあり)であるイリヤーの能力を、『バーサーカー』クラスにまで高めえる宝具なのである(ランクはB+だと思われる)。

「人間である私に勝てる見込みがあるかどうかは分かりませんが……」



「…よろしい、ならば戦争だ」

「は?」

いきり立つシエルを片手で静止し、ついにローマ教皇は前に出た。
しかし、齢80も超える高齢にはあまりにも無茶苦茶な暴挙…
シエルも思わず間抜けな声を出さざるを得ないッ!

「ちょ…教皇様!!!いくらなんでも……」



「我が名はイリヤー・ムローメツ!!ロシア正教会の名に懸けて!ローマ教皇ベネディクト16世並び聖堂教会を抹殺する!!!」

そんなシエルの心配など露知らず。
問答無用でローマ教皇に襲い掛かるイリヤー。

しかし、次の瞬間―――

「(黒鍵!!?)」

シエルはローマ教皇のケープマントより、小型の黒鍵のようなものが17本くらい飛び出したのが見えた。
しかし、それらは瞬時に視界から消え―――



「ギョッエアアアアアア!!!」


なんと黒鍵らしきものは、いつの間にイリヤーを包囲し、その剣先からレーザーみたいなものが発射され…見事にイリヤーを四方八方から撃ち抜いていた。
これだけでもイリヤーは既に意識を分断されており、さらに……

「!!!!!!」

ローマ教皇が両手を広げ、さらに開いた掌……その指先から発せられる紫電は、イリヤーを更なる遠い世界へと連れ去り―――

その間、実に2秒!!!



「………ッッ!!?」

そのあまりの秒殺っぷりに、言葉を失うシエル。

「フッ……伊達に代行者や埋葬機関の上に立っておらん」
「お…おみそれしました……」

ローマ教皇……強し!!!
そのローマ教皇の黒鍵は、いつの間にやら回収されたようであり、再びケープマントの中から17本取り出し、それをシエルに渡す。

「えええ!!?」
「さて……この黒鍵だが……これを貴女に預けたいと思う」

「そ、そんな大事なものを……!?私には勿体無く……」
「…これさえあれば、貴女の任務遂行に必ず役に立つはずだ。……実はワシももう年でな……ゴホンゴホン……」

急にわざとらしく咳き込むローマ教皇。
まあ、確かにローマ教皇は齢80を超える高齢ではあるが、シエルは内心「ウソおっしゃい!!!さっきは人間では倒せないはずのサーヴァントを圧倒してたじゃないですかッッ!!!」と思っていた。
しかし、それを言ったな自身も粛清されそうな気がするため、一応黙っておくことにした。



「Sig.naシエル。貴女に神の御加護があらんことを……」



こうしてなんだかワケのわからないままヴァチカンを去ったシエルは再び日本へ……

しかしながら、あのサーヴァントを屠るほどの凶悪な威力を誇る黒鍵を手にしたシエルは、飛行機の中でついテンションがあがってしまい…

「このローマ教皇様の黒鍵さえあれば……!!あのあーぱー吸血鬼に勝てる!!!」

などとつい大声を出してしまい、客室乗務員に注意されたのは致し方のないことなのであろう。



[25916] 第35話 …feminism
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/06/03 20:41
今月は給料日である。
契約社員である志貴の給料は、相変わらずの手取りではある。
しかし、まあ、車もなければ食費もそんなに掛からない二人と一匹のため、本来であればそれなりの貯金は出来るはずなのであるが……



「お金がない!!!」

梅図かずお風の絵面で驚く志貴。
その通帳残高は、すずめの涙といったところであろうか……

思えばアルクェイド…『ぶら下がり健康器』『節約本の大量購入』『新型電子レンジ大破』と、散在に暇のないことばかりをやっている。

「……これではお金がたまるはずない……」

と志貴が思うのも、無理もない話しである。







「と、いうわけで、今日から家計簿をつけていただきます!!!」
「な、なんでそんな丁寧口調なの……?」

時は夕方、志貴の部屋。

帰宅と同時に志貴はアルクェイドを居間に座らせ、買ってきた帳簿(100円くらいの)を渡す。
その魔眼封じの眼鏡はキラリと光っており、名秘書ッぷりをそこはかとなく醸し出していた。

「え~…なんだか面倒くさい」

案の定、アルクェイドにやる気のかけらも見られなかった。
あまつさえ、そのまま畳の上に寝転がりせんべいまで口に銜える始末である。
まさにダメ主婦(まだ結婚していないが)ここに極まり…であった。



「面倒くさいじゃアリマセン!!!」

当然ながら激昂する志貴。
対してアルクェイドは「だから何で丁寧口調なの?」とツッコミたかったのだが、それをやると話は余計に面倒くさくなりそうなので、あえて志貴の話を聞くことにした。

「そもそも、今まで家計簿をつけてなかったのがおかしかったんだよ」
「なんで?」
「だって、『主婦』なら普通、家計簿くらいつけるもんだよ。隣の『岡崎さんの奥さん(渚)』だって、『国崎さんの奥さん(観鈴)』だってみんなつけてるだろうし」

ここであえて『相沢さんの奥さん(あゆ)』といわなかったのは、おそらく彼女はは家計簿などつけていないだろうと予想されるためである(概ね当たってはいる)。



「えっ…『主婦!?』」
「あ…ああ……」

しかし『主婦』という言葉に反応したのか、ここで眼を輝かせるのはアルクェイドである。
あまつさえ、ネコアルク化している様に見えるのも気のせいではあるまい。

「それならしょうがないにゃー。志貴の立派な奥様になるためにも、『家計簿』くらいちゃんとつけにゃきゃねぇ~」
「な、なんだかわからないけど、とにかく頼むよ……」



そういうわけで、この日よりアルクェイドの主婦ミッション『家計簿付け』が始まった。
しかしながら所詮は猫なのか……

案の定、家計簿付けは三日坊主で終わってしまっていた。
その上、志貴すらも家計簿の存在自体忘れてしまっており、折角買った帳簿も本棚の片隅で埃を被ってしまう運命に遭ったのは、この似たもの夫婦からして仕方のないことであろう。



[25916] 第36話 …CANT SEE YARD
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/06/17 20:24
「まったく…君たちは……」

「「面目アリマセン……」」



ここは日本、総帥の部屋。
総帥はいかにも高そうな黒のソファーにふんぞり返りながら、これまた高そうな机を挟んで衛宮士郎及びセイバーと対峙していた。

事の顛末を説明すると…
未だに志貴捜索のため『樺太』にて野宿していた士郎とセイバーであったが、野宿している間にもセイバーの魔力は枯渇する一方であった。
このままでは衰弱死は免れないとして、士郎らはやむを得ず(?)『魔力供給行為』に及んだわけで。
しかしまあ、ここがロシア領である以上、当然監視の目はついているわけであり、まもなく二人は『公然わいせつ罪』の現行犯で逮捕されてしまうという、江頭も草なぎもビックリの事態に陥ってしまった。

ここで反抗して逃げることも考えた士郎とセイバーではあったが、仮にここでロシア警察を振り切ったとしても、先の展開よろしくあの『プーチン首相』に返り討ちにされるのが関の山である。
そういうわけで二人は、ひとまずは大人しく留置所に拘留されたのであったが……



ここで幸運にも、先の『聖杯戦争データ盗難事件』の詳細を知るべく月から帰還してきた『総帥』が二人の身元引受人となり、超法規的処置によって釈放された後、今に至るわけで。



「普通に考えて人探しに『樺太』まで来るほうがおかしいであろう」

「………」
「まぁ、冷静に考えればそうでしたね……」

総帥の至極普通の正論に、ぐぅの音も出ない士郎とセイバーだった。

「まあ、他にも『ロシア警察との因縁』『プーチン首相との戦闘行為』『野宿中の魔力供給行為』等、『国際問題』としてツッコミたいことは山ほどあるのだが、ここではあえて聞かないでおくとして……」

総帥は咳払いをしたあと、ミルクティーを一口啜り改めて口を開く。

「遠野志貴君は今となってはウチの立派な社員なのだ。本人の意思で退社して実家に帰省されるのならともかく、そちらの勝手な都合で捜索されて連れ戻されても困るわけなのだ。場合によっては、遠野家相手に訴訟も辞さないことだってあるのだよ。君たちも一応社会人なのだから、その辺の常識は分かるであろう?」

しかし、偉そうなことを言っている割に、未だに志貴は『契約社員』である。

「……だからと言って、私たちもこのまま引き下がるワケにはいきません!!!」
「セ…セイバー……」

相手が正論で来れば反論できないヘタレ士郎に対し、凛として己が立場を主張するセイバー。

「もしこのまま手ぶらで遠野邸に戻ってしまえば―――当然、シロウの遠野邸での正職雇用の話はなかったこととなり、おおよそリンに嗤われた挙句、再びヒモのような生活に戻ってしまいますッッ!!しかもッッ!!リンに喧嘩を売った手前でのこの体たらくですので、当然、家での発言権は『皆無』であり―――テレビのチャンネル権及び献立権まで何もかも失ってしまうのですッッッ!!!」

「~~~ッッ!!!」


圧倒的…ッッ!!情けなさ……ッッ!!
ここまできてしまえば、おそらくはイリヤにさえも顎で使われる立場に陥ってしまうに違いない。
それでもシロウに仕えようとするセイバーはサーヴァントの鏡であろう。
士郎も穴があったら入りたいという心境であろう。



総帥は眉間にしわを寄せ少し考えた後、再びミルクティーを啜り口を開いた。

「……つまり、その遠野君捜索の任務を放棄して、なおかつ就職して遠坂君と仲直りをしたいのであろう。その上、労働条件はいわゆる『英雄稼業』をしながら出来る勤務体制……と。なら話は簡単だ。僕の会社に就職すればいい。もちろん、アルトリア…もといセイバー君も一緒に……だな」

「「ええええええ!!?」」

なんという青天の霹靂……
もとい、総帥の助け舟である。



「とはいえ、おそらくは研究所所属の勤務先になると思うから、改めて履歴書を系列の会社に送っていただき、後日面接という形になるだろう。無論、面接官は僕ではないので、きちんとした正装及び態度で臨むように……」







こうして、士郎とセイバーは岐路へと経ったわけで……

「……なんか、あまりにもムシのいい話だったな……」
「ええ……。それに、なんだかあの男(総帥)は非常に胡散臭い気もしますが……」

琥珀といい、この総帥といい、クラタ監査官といい、片山議員といい、小野田官房長といい、どうにも腹に一物も二物もある奴らが牛耳るワケのわかんねェ世の中であった。



[25916] 第37話 …HYSTERIAS
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/06/24 23:19
「そうですか…。総帥は志貴さんだけでなく、衛宮士郎さんも取り込もうとしているわけですか……」

ここは遠野邸の地下の隠し部屋。
ここで琥珀はとある人物と、携帯電話にて連絡を取り合っていた。

「他にも『国崎往人』さんに『岡崎朋也』さんもですね。もっとも、総帥は『ある目的』のためにあえてそのような人たちを手元においているのでしょうし…政府側としては総帥の『研究結果』さえ手に入れば文句はありません」

なんともきな臭い話である。
相手が政府側の人間とあれば、琥珀の話し相手は自ずと知れてくるであろう。

そう!琥珀の密談相手はあの『クラタ管理官』である。

「あはは~、なんだかこんな話をしていると悪モノみたいですけどね。でも、安心してください。『ワタクシ』も総帥も、目指すところは『みんなが笑っていられる世界』なんですからね。ただ、そのためには今の日本のシステムはあまりにも『不完全』すぎるんですよ」

なんとも胡散臭い話ではあるのだが、この女性の言葉にはウソ偽りがあるとは到底思えない。
その一人称『ワタクシ』も、なにやら立場上使っているだけであり、そのプライベートでの一人称はもっと別にあるような…
クラタという官僚の立場の裏側には、純粋な乙女の顔が存在するのではないだろうか?

琥珀の洞察眼は、電話だけの会話で『クラタ管理官』のことをそこまで見抜いていた。



「それよりも、貴女の力添えもあって『閣下』を脱獄させてしまったんですけど、なんだかマズくないですか?なんっていうか、『特命係』らへんがすぐに嗅ぎつけてきそうで……」
「大丈夫ですよ。その辺は『小野田官房長』や『片山議員』らに話はつけてますから。絶対に手出しはさせませんよ」

とはいえ、警察庁から警察省への格上げを目論んでいる小野田官房長とは、いずれ対立する日が来るのであろう。
片山議員も魔女のごとき女性であり、全ての災厄を自分の糧にしてしまう恐ろしき議員であり油断はならない。

しかし、そんなことは琥珀にとってはどうでもいいことなのである。
ぶっちゃけていえば総帥との関係もビジネスなものなのであり、計画遂行のための資金稼ぎに過ぎない。
『特命係』の介入による『遠野家転覆計画』の頓挫さえなければ、総帥やクラタがどんな社会を作ろうが知ったこっちゃないのである。







こうして、クラタとの会話を終えて一段楽する琥珀。

「…みんなが笑っていられる世界……ですか……。私もそういう世界を生きたかったですね~……」

常に笑顔(?)の彼女ではあったが、クラタの真の目的を聞いてしまい、なんとなくその半生を自虐ってしまう。
琥珀にとって見ればそんな世界など滑稽でしかないのか、それともただの理想論なのかは分からないが、それでも総帥やクラタの作る世界に―――







ここは刑事部長室である。
刑事部長らしき男が机でふんぞり返っている中、一人の悪人面した刑事が抑えながらも声を荒げていた。

「納得いきませんよ!!あの『北条晴臣』が急にボケだすなんて!!!なんかあるに決まって……」
「もういい!それは済んだ話だ!早く次の事件に戻れ!」

納得のいっていない悪人面した刑事は、部屋を出た後取り付く島もないといった感じで、誰とでもなく悪態をつく。

「チッ…どーせ上か法務省から圧力でもかかってきたんだろーがっ!!」
「イテッ…伊丹先輩、どーしたんですか?」

先輩を待っていた後輩刑事は八つ当たりとでも言わんばかりに、部屋から出てきた悪人面した刑事に肩をぶつけられたのであった。



[25916] 第38話 …そう微かにドアが開いた
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/06/24 23:19
ここは志貴の仕事場の調査局である。
この日は顔見知りの顧客がいたわけで……

「この場に……遠野志貴は在るか……」



「そ…そのプレッシャーはッッ!!」



その男は長身、季節はずれの黒コート、白髪オールバック……
そして、死徒二十七祖独特の威圧感―――ッッ!!!
死合いにおいて威圧感は重要な要素(ファクター)を占める。
死を極めた遠野志貴がよもや威圧感を見誤ろうわけもなく――――――



「ネロ・カオスッッッ!!!」

志貴は既に眼鏡を取り隙あらばと、脇目で職場のデスクにあるカッターナイフを瞬時に確認する。

「ま、待て……相も変わらず短絡的思考を持つ人間だ……」

しかし、この『ネロ・カオス』と呼ばれた男は特に戦う意思もなく、とりあえず『人間らしく』両腕を挙げるという仕草を取る。
一応、戦う意思はないと汲み取った志貴は、まあ、聞きたいことは多々あるとして、かつ、国崎や伊吹を巻き込むワケにはいくまいと、個室を案内し話を聞くことにした。

なお、このネロ・カオスを前にしても依然やる気のかけらもなく、ゲームやらヒトデやらでサボっている国崎、伊吹の危機意識はあまりにもなさ過ぎることは言うまでもない。







「まず依頼の話をする前に、貴様の『訊きたいこと』に回答しよう。私が何故こうして『存在』しているか……。それは一重に貴様の雇用主……『総帥』の実験によるものだ」
「そ…総帥!!?」

そう、総帥は志貴を雇うよりも早く、ネロ・カオスの群体に眼をつけていた。
ネロ・カオスが志貴に殺された後にそれを回収し、研究所より集めた資料を基にその屍体の再生条件を満たすことで、再び666の生命体を得てネロ・カオスを無理やり再生させたのである。
まあ、普通であればそんな人を喰らう吸血鬼など殺したままに限るのであるが、この総帥は己が目的のためなら手段はあまり選ばない人間であった。
『吸血鬼は法律上モノとして扱う』以上、一切の罪に問えないなどと御託を述べ、『占有者』として今後の彼の行為の全ての責任を負うことを条件に、国相手に(無論、クラタに便宜を図ってもらって)ネロ・カオスの所有の許可を得たのである。
そして総帥は、彼の生態(?)データを検証することで、その研究は米ロに一歩先に出たと言っても過言ではなかった。(その研究の成果の一つが、死徒及び吸血鬼の日中活動の可能)

「……(なんだか甦っていいものか悪いものか……)」

ネロ・カオスの行ったことは断じて許せない志貴であっても、その『モノ』として扱われる境遇には聊か同情せざるを得なかった。

「……さて、本題に入るが……。私は総帥の命を受け、彼奴の愛娘である『まい』の護衛を任されたわけなのだが……」
「(……あのネロ・カオスがまいちゃんの護衛なんて……。いくら『適任』とはいえ、なんだか本当にかわいそうになってきた……)」

まあ、お察しの通りネロ・カオスは666の群体の持ち主であり、犬や猫などの分身を使い平常監視が可能である。

「しかし、在ろうこと……私がまいを一瞬失認した故、その行方が不明なものとなってしまったのだ」
「………」

志貴の正直な気持ちは「そんなこと知ったことではない」といったことであろう。

「無論、そのようなことを総帥に報告できる理由もなく、とはいえ私が666の個体を以って捜索するよりは、もう一人専門家がいたほうが発見は早いというものだ。……故に、見知った探偵と言う所で非常に不本意では在るが遠野志貴……貴様に依頼をすることとした」
「……なんだか切羽詰っている状況のワリに、随分上から目線なんだけど……」

「ちなみに報酬は此の位ではあるが、尚も不服か?」

ネロ・カオスが体内より大き目のアタッシュケースを取り出し開けると、それはそれは見事な100万円の札束が入っていたではありませんか。

「……な……!!?」
「不服であるなら、私も異なる業者への依頼を検討するが……」
「ち…ちなみにまいちゃんの護衛の給料っていくらなんだ……?」
「……人間とは、実に下らぬことを知りたがるものなのだな……」

しかし、ネロ・カオスは律儀にもその額を志貴に教える。

その額は、現在の志貴の給料に換算すると……実に3倍である。
しかも福利厚生の条件も揃っている……

なんというッッ……
圧倒的ッ……優遇ッッ……!!!

なんというか、つい先ほどまでには過去の罪状を差し引いてもネロ・カオスに同情せざるを得ない志貴ではあったが、その実、死徒二十七祖としての誇りとしてはどうであれ、実社会では志貴はネロ・カオスに圧倒的に敗北していた。



「……なんだかズルい……」
「………?」

まあ、こんな待遇差を見せ付けられては、志貴がそうぼやくのもムリもない話であろう。



[25916] 第39話 …僕はそこから抜け出すだろう
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/06/24 23:20
「一度死合った敵と共闘とは、実に不可思議なこと」
「ああ、まったくだ。アルクェイドの奴、すごく驚くだろうな…」

志貴とネロ・カオスの共闘など、普通ではありえない現実がここにある。
しかも依頼主はネロ・カオスであり、理由も行方不明となった雇い主(総帥)の娘を捜索するためである。



ここは調査局の個室である。
二人はデスクを挟み、互いに冷たい緑茶(無論、志貴が淹れた)を飲みながら話を進めている。
とりあえず、総帥の娘の早期発見の為にも、志貴はまずは状況を確認する。

「まず、まいちゃんを見失ったのは何時頃なんだ?」
「…恐らく下校時…十六時前後。部活も休息にて校門を潜るところまでを我が分身(犬)は捉えていた」
「で、見失ったときの状況は……」
「解せぬと言うべきか…。警戒の為周囲に気を遣った刹那……娘を失認した」

…本当にわけのわからない状況である。
時間は下校時の16時前後…
校門を潜る、そのほんの一瞬の出来事。
ほんの一瞬だけ監視者が余所見をしただけで、まいが神隠しにあったとでも言うのであろうか……?



「…このような芸当が出来る者など、次元を操る物の怪(妖怪)をおいて他はないと認識しているが……貴様の思考は如何に?」

一通りネロ・カオスの話を聞いた後、眉間にしわを寄せ考えながら志貴は言葉を口にする。

「…たしかにその可能性は無きにしも非ずだけど、次元を自由に行き来できる妖怪は、データにある限り『闇撫での樹』か『八雲紫』しかいない筈。その樹は数年前に既に再起不能だし、八雲紫はこの間『境界』を俺以外の『直死』の持ち主が斬ったから、しばらくは能力が使えないはず……」

さすがは志貴。
任務を失敗した事件(聖杯戦争データ流出事件)もレポートを読みきちんと復習をしている。

その事件では、八雲紫が『境界を操る程度の能力』を用いて魔理沙を利用し、研究所とロシアより聖杯戦争のデータを奪おうとしていた。
しかし、実行犯の魔理沙は帰還前にコクトーと名乗る探偵に発見されてしまい、先の八雲紫の能力で逃げようとしたところをコクトーの嫁の『直死の魔眼』により境界を見切られ空間を斬られてしまい、離脱に失敗したところを御用となってしまった。

いくらS級妖怪といえども直死故に『境界』を修復するには長い時間が必要であろうというのが、レポートを読んだ志貴の推測である。



「畢竟、次元を操る者の可能性は無に近い…と」
「考えられるとすれば…ネロ・カオスの能力・任務を把握した上で、その一瞬の隙をついて瞬時に捕獲及び離脱の動作を行える者だけど……」

しかし、よしんばネロ・カオスの能力を知り、その任務に気づいていたとして、死徒二十七祖クラスの者に気配すら悟られずに対象者を誘拐できるものなど、先の『次元を操る者』を除き存在するであろうか……?

犯人は…

テロリスト…?
元KGB…?
某国工作員…?
妖怪…?
それとも魔術師…?



―――to be continued



[25916] 第40話 …この狭い地下室では何か狂っている
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/06/24 23:23
行方不明になった総帥の娘『まい』を探すべく立ち上がった、『護衛』ネロ・カオスと『探偵』遠野志貴。
この異色ともいえる『相棒』は、ひとまず犯人探しの為、まいが行方不明となった現場である『校門』まで足を運んでいた。



「…ここで、ネロ・カオス(犬)がホンの一瞬眼を離した隙に、犯人はまいちゃんを連れ去ったわけか……。まさか『赤いカナリア(テロリスト集団)』の仕業…!?」
「……ならばッ!私に気配すら察せられずかどわかすなど……不可解ッッ」

仮にも死徒二十七祖の一人であるネロ・カオスは、どうにもこの自分の隙を突かれたという現実が解せないらしい。
とはいえ、実際に誘拐されてしまった以上、何を言っても言い訳である。



「……おや?こんなところで何をなさっているのでしょう?」

こちらもまるで気配すら感じさせず、二人の背後から話しかける男が存在した。
二人は『ギクッ』…とばかりに咄嗟に振り向くと、そこには眼鏡をかけたオールバックの初老の男性が立っていた。
その身に纏っているスーツも態度も、そこはかとなく英国紳士を髣髴させるような上品さを醸し出していた。

「おっと失礼。私は警察のものなのですが…」

すると男は警察手帳を出し、それを二人に見せる。

「何せ近頃物騒ですからね。学校の校舎に大の大人が二人……職業柄でしょうか、つい勘ぐってしまうのが『僕の悪い癖』のようです」

そのゆったりとした言葉遣いの裏側には、二人を明らかに不審がっている様子がちらほら見えてくる。
まあ、季節はずれの黒コートの大男(ネロ・カオス)がいたとあっては不審がるなというほうが難しいであろうが…



「あ、いや。実は自分は探偵をやっているものでして……。実はちょっと探し物をしてるんですよ…」

志貴はある程度の状況までは説明するも、事件にまで発展させたくないため、あえて『誘拐された』とは言わずに『探し物』に留めておいた。

「……、そうですか。それはそれは大変なものですね。すると、そちらのコートの男性が『依頼主』というわけですか」
「あ…ああ……」

少し間をおいて、男は志貴とネロ・カオスの労をねぎらった。



「……真に遺憾ではあるが、私が『対象』を刹那失認した隙に、対象を奪取されてしまった故……」
「そうですか…」

ネロ・カオスの状況説明を聞いたところで男は考える仕草をして……

「そういえば、聞いたことがあります。今から数年前でしょうか、冬木市という所で『聖杯戦争』が起こりまして……、その聖杯戦争にでてくる『アサシン』というものは、なんでも『気配遮断』で一切の気配を消して行動できるとか……。なるほど!それならほんの一瞬眼を放した隙であっても『対象』を『奪取』できるのではないかと!」

「「!!!!」」

途中、ワザとらしく声を大きくする男の、まさに眼から鱗が落ちる知識と推理であった。

「わかったぞ…!!!」

そして、謎は全て解けたといわんばかりに、遠野志貴から威勢よく言葉が出る。

「行くぞネロ・カオス!!犯人はたぶん―――」
「了解した」

「お役に立てて何よりです」

男の言葉を最後まで聞かず、志貴とネロ・カオスは急ぎこの場を離脱。
犯人の下へと駆け出した。







「『右京』さん!こんなところで何やってるんですか!?」

遅れるほど数分。
今度は短髪、緑のジャケットのいかにも体育系の男が現れ、先の男の名を呼んだ。
よほど急いできたのであろう、その場に辿り着くや否や息を切らし前かがみとなる。

「おっと、『亀山』君でしたか。…実は少々立て込んでおりまして…」

どうやら二人は何らかの予定があったのであろうが、『右京』と呼ばれた男の方が予定の時間に遅れた模様である。
しかし、右京は介する様子もなく、ただただ志貴とネロ・カオスの足跡を眺めていた。

「……右京さん……また、なんか事件ですか……?」

「またいつものか」と言いたげな亀山の問いかけに、右京は再び間を置いて…

「事件……というべきでしょうか……なんとも難しいところではありますね」

と、なにやら含みのある言葉を口にし、再び志貴たちの行く末を見透かすかのように、その道を見つめていた。



―――to be continued



[25916] 第41話 …HELLO,CP ISOLATION
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/07/02 23:01
『たまたま』通りかかった杉下警部のヒントにより、総帥の娘・まいを誘拐した犯人を推理した志貴とネロ・カオス。

彼らはまいを奪還すべく冬木市へと向かっていた。



「しかし、嘗ては死徒二十七祖で在った私が、人間の進化した文明で移動するなど、なんとも滑稽なものだ」
「……なんでこう、普通に『電車に乗った』…って言えないんだろう……」

まあ、さすがに徒歩で行くわけにもいかずマイカーもない志貴とネロ・カオスの移動手段は、電車しかなかったわけで。







そんなわけで、電車内にて乗客たちの奇異な視線に晒されながらも、やってきたのは冬木市である。
長らく人間をやっていなかったネロ・カオスは、言うまでもなく『改札口』にて切符の入れ方が分からず何度もあのゲートに阻まれていた。
しまいには鉄道警察に職質されてしまい無駄な時間を食ったことは仕方のないことであろう。

余談ではあるが、ネロ・カオスはアルクェイド抹殺の際の移動手段は飛行機であったらしいが、パスポートなどはどうしたのか未だに疑問ではある。

尚、一緒にいた志貴はその光景を目の当たりに、『そ知らぬフリ』をしてネロ・カオスが釈放されるのを待っていたのであった。







「貴様…!私に鉄道に関する知識がないが故に発生した、かの恥辱に塗れた事実を黙殺するなど、その神経に疑念を感じる!!」
「いや、てっきりもう少し現代社会に適応してるのかな…と思って……」

などと駅を出るまで延々と口論を繰り返していた志貴とネロ・カオス。
数年前はアルクェイドを護るために殺し合いをした二人ではあったが、歳月は人及び吸血鬼を変えるものである。

とりあえず駅を出て、目標の『屋敷』を目指し歩く二人。
その目標は『Google Earth』を用いて検索したため、すんなりと場所を特定できている。



「ここだな…」
「うむ」

長時間かけてようやく辿り着いたのは、なんと『間桐邸』であった。

『間桐』…聖杯戦争のシステムを作り上げた御三家の一つであり、サーヴァントシステムを作り上げた魔術師の家系である。
元は『マキリ』といい、500年の歴史を持つ家系ではあるが、200年ほど前に冬木市に辿り着いて以来後継者の魔術回路が減少、魔術刻印の継承も止まっている。

ちなみに、間桐邸の玄関には鍵が掛かっており、中に入ることは出来なかった。

「…施錠されてある。恐らく魔力によるモノであると見れるが…。貴様の『直死』なら造作もあるまい」
「……簡単に言うなよ。俺たちは警察でもなんでもないんだから、捜査令状もなにもないのに勝手に家に入ったら、『住居不法侵入』で訴えられるのが関の山だろ」
「否…捜査をするのは私の分身(犬とか鳥とか)よ。故に法律の適用外ではある」

…しかし、それでも鍵を壊したことによる『器物損壊罪』は依然として残る。

とかなんとか言ってるうちに、玄関の扉の方が勝手に開いたわけで。
すると、玄関の奥より使いの者らしき人物が顔を出す……



「アノー……『正教新聞』ノ勧誘デシタラコノ間オ断リシタハズデスガ……」

「「おじゃましましたッッ!!!」」



その使いの者は、髑髏の仮面(?)に異形の手…全身黒タイツ(?)の上にさらにメイド服でお出迎えしていた。
志貴もネロ・カオスも出会い頭で逃げ帰ってしまうのも、ムリもない話であろう。



―――to be continued



[25916] 第42話 …CANDY
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/07/02 23:06
ついに総帥の娘・まいを誘拐した犯人を突き止めた志貴とネロ・カオス。
二人は犯人の潜伏してると思われる『間桐邸』に辿り着いた。

あとはいかに屋敷に潜入するか検討していたそのときであった。



「アノー…ドチラ様デ……」



玄関の奥より現れた使いの者は、髑髏の仮面(?)に異形の手…全身黒タイツ(?)の上にさらにメイド服という、池田茂美もビックリのとんでもない者であった。

一時は脱兎のごとく逃げようとした二人ではあったが、それではまいの奪還は不可能であるため、勇気を振り絞り再度突入することにした。



「あ…あの……貴方がアサシン…さんですよね……?」
「イカニモ。私は『アサシン』ではあるが…」

志貴の恐る恐るの質問に対し、律儀に答えるアサシン。

「…えっと…」
「用がないなら帰られよ。私は『魔術師殿』のご飯支度で忙しいのだ。孫(慎二)は引き篭もって部屋から出てこない上、孫娘(桜)はエミヤシロウの家に入り浸り状態で、誰も介護をするものがいないのだ」

言葉の詰まる志貴に対し、アサシンは一方的に追い返そうとする。
というか、理由が随分と所帯じみていた。

このアサシンのマスターである魔術師殿…もとい『間桐臓硯』は、聖杯戦争以後は『ボケ老人』と化していた。
そして、その面倒をアサシンこと『ハサン・サッバーハ』が24時間の看護体制で診ている。

いっそのことヘルパーなどの介護サービスを使えばいいのではあるが、この家の主導権はほぼ『間桐桜』が握っているといっても過言ではなく、きちんと介護保険料を払っているか怪しいものである。
いくら間桐が金持ちとはいえ、その介護サービスの自己負担額を考えればそう易々と使用はできまい。
さらに言えば、ここ数年の景気の悪化により地価はさらに下がり、『土地の賃借』も思うように行かない部分が多い。
孫は引き篭もり、孫娘が男の家に入り浸っている現状では、むしろアサシンが哀れでならなかった。



「…やはり。魔力を辿った先はここで間違いはない。私の分身がそう教授してくれている」

一方のネロ・カオスは、こんな奴の事情など知ったことではないと言わんばかりに、『犯人はお前だ』と、やや『どや顔』で含み笑いを浮かべる。

「…噂には聞いている……。我が主のように、不老不死の身体を得るため数多の生命体の集合体と化した『混沌』が存在するというが……」

アサシンも、ネロ・カオスの言葉と分身体をその眼で見ることで、その正体を暴いてみせる。
まあ、アサシンのマスターである間桐臓硯もまた、永遠の生命を手に入れるためにその生命を数多の蟲に宿したのである。
その共通点から正体を割り出すことなど造作もないことであろう。



「それを貴様が識ってどうなるという話でもあるまい。…さあ、娘を何処に隠匿したか解答して頂こう」

ネロ・カオスは介することなくまいの居場所を吐かせようとする。
しかし、アサシンから出た答えは、再び話を二転三転させた。



「…確かに、娘を誘拐したのは私だ。だが、彼女は既にここを出て行ったのだ」
「「何!!?」」

「…実はだな………」







一方、ここは打って変わって総帥の部屋。
そこには総帥がソファーにふんぞり返っており、その脇にはショートでパーマがかった、ちょっと年増の秘書が立っていた。

「さて…仕事も粗方片付いたことだし、そろそろ『娘』に会いに行きたいのだが…」
「…あ、あの!もう少しお待ちください!総帥にはもっとこの計画についてはじっくりと思案していただかないと!石橋は叩きすぎても困ることはありませんし……」

手のひらを叩くように動かす仕草をし、総帥に進言する秘書。
…まあ、一応この秘書はネロ・カオスより『誘拐』の件は聞かされており、それを総帥の耳に入れるまいと上手く時間を延ばしていた。

「どうでもいいが、相変わらず仕草がオバサンくさいぞ」
「ほっといてください!」

もしこの誘拐の件がバレてしまえば総帥が発狂することは確実であり、多々社員にどんなとばっちりがくるか分かったものではない。

頑張れ志貴!
頑張れネロ・カオス!
総帥に誘拐の件がばれる前に、なんとしても娘を探し出すのだ!!!



―――to be continued



[25916] 第43話 …終幕の時
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/07/03 23:43
時は夜…
ここはとあるボロアパートの志貴の部屋である。
凄まじい剣幕で部屋の戸をあけたのは、志貴とネロ・カオスであった。



「まいちゃん!!!」
「お嬢様!!!」

「あ、志貴ぃ……とォォォ!!?」
「……バレちゃった…か」

なんと、誘拐されたと思っていたまいは、アルクェイドと一緒に居間でお茶を飲んでいた。
どうやらまいはアルクェイドが匿っていたらしかった。
悪びれもなく淡々としているまいではあったが、片やアルクェイドは志貴の『相棒』に驚愕を隠せない。

「ななな…なんで貴方がここに!!?」
「……それを真祖の姫君に語る義務はない」



とはいえ、このままでは話が進まないので志貴はアルクェイドに今回の『まいちゃん誘拐事件』のあらましを説明することにした。



「ふぅん……あのネロが、今となってはまいちゃんの護衛とはねぇ~~~」
「―――ッッ!!!」

案の定、猫目で莫迦にしたような笑みを浮かべるアルクェイド。
一方のネロ・カオスは「やはりこういう反応か」と言わんばかりに右手で頭を抱えている。
ちなみに志貴と組んでいたことに関しては、もとからあっけらかんとした性格もあってか、大して気にはしていないようだ。

「…アルクェイドが面白がっているところ悪いんだけど……」

ひとまず話の軌道を戻す志貴。
アルクェイドとネロ・カオスの二人では話の収拾がつかなくなるであろうから、こういうときにまとめ役が一人いれば本当に助かる。



「やはりそうでしたか…」

すると、今の奥の方からオールバックでスーツの初老の男性と、緑のジャケットのガタイのいい男性が現れた。
そう!我々は知ってい(ry


「あ!!さっきの警察の人!!!」
「おじゃましてまーす」

「あ、そういえばお客さんが来てたんだっけ…」

志貴がまいの通う学校の校門で会った刑事は、なぜか相棒連れで志貴の部屋にお邪魔していた。
志貴の声に同ずることなく挨拶する亀山君と、「大変失礼させていただきました」と一礼する杉下警部。

そしてまいを匿っていたアルクェイドは、何の疑いもなくこの男性と相棒を部屋に入れていたのだった。
ある意味、ここまで危機意識のない人物も珍しいものである。

とりあえず、役者が揃ったところで杉下は、これまでの事件の経緯の解答を語り始めた。

「私はずっと気に掛かっていたのです。……そこの、ネロ・カオスさんですか……」
「?」
「大変失礼ですが、貴方のことは調べさせていただきました。…まず話を整理しますと、貴方がまいさんを見失ったのが16時前後……。この時貴方は、その体の分身を使っていつも通りの仕事(まいの護衛)をしており、そこを…貴方のほんの一瞬の隙を突いて、かの『アサシン』の気配遮断により、誰に発見されることなくまいさんを誘拐されました。…しかし、貴方は仮にも『死徒二十七祖』。貴方の隙を見て標的を誘拐するなど、たとえアサシンであっても不可能に近いように思われます。そこで、私はある仮説を立ててみました。『実は誘拐の依頼主は、あらかじめネロ・カオスさんの癖を知っていて、その一瞬の隙をつける人物(アサシン)と示し合わせていた』としたら……?……そうなると、動機があって尚且つ貴方の近くで癖を知り尽くしている人物といえば……」

そう、志貴もネロ・カオスも、この杉下警部の答えが分かったからこそ(っていうか、アサシンが白状した)自分のアパートに戻ってきたのである。

「…全部まいちゃんが自分で企んだこと……」

つぶやく志貴。
淡々としているまい、縋るような目で警察を見るアルクェイドと反応は三者三様である。


「どうして、まいちゃんはこんなことを……」

ひとまず重苦しい空気の中を、まずは風穴開けようと志貴はまいに動機を問い詰める。

「だって……たまには誰に見張られることもなく、自由に行動したいなー……って」

案の定、淡々と答えるまい。
たしかに、まいは一財閥のお嬢様であり、総帥が眼に入れても痛くないほど可愛がっている箱入り娘である。
故に、この総帥は過保護すぎるほど過保護に娘を育てており、万が一娘に何かがあってはと、総帥はとにかく愛娘が心配で仕方がなかった。

無論、そんな窮屈な生活を送るには女子高生には耐え切れないものがあり、まいはそんな生活に辟易していた。

「そうなのよ志貴!!なんかまいちゃん、人間界に来る前の私みたいで、とっても可愛そうで……」

さらにまいが理由を話し始めると、匿っていたアルクェイドが彼女の弁護をし始める。
その言に対しネロ・カオスはなにか言いたげではあったが、それを言えば尚のこと収拾がつきそうにないためあえて黙っていることにした。

「…ちなみに警部殿」
「はい、何でしょう」
「……この場合、お嬢様はどのような刑に処せられるのか……」
「……右京さん……できれば、その…なんとかならないですかね?」

そして、やはり仕事とはいえまいへの処分を心配するネロ・カオスと、出来れば処分なしの方向で考えたい亀山。
それに対して少し考えた後、杉下の口が開いた。

「……偽装誘拐であれば、通常であれば『脅迫罪』、及び『偽計業務妨害』の罪に問われるかと思いますが、今回の場合は警察も動いていませんし、さらに略取には当たっていないこと、そして、現行法で実行犯(サーヴァント)を裁く法律がありません。もちろん、今回の件で骨を折られた志貴さんネロ・カオスさんがまいさんを『立件』することはできますが……」
「右京さん!!」

まいが刑事事件の被告人として取り扱われる可能性を示唆したところで、「言わなくてもいいことを」とばかりに強く名を呼ぶ亀山。

「志貴……」

そして、「立件しないで」とばかりの眼で志貴とネロ・カオスを見るアルクェイド。

「…い、いや、俺は勿論、立件するつもりは……」
「当然!!此度は私の不始末が起源となった事象であり、お嬢様には何ら罪状もない!!!」

「ネロ……」
「あ、あのネロが……」

志貴が皆まで言う前に、立派に社員としての勤めをこなすネロ・カオス。
そんなネロ・カオスをみて、まいもさすがに反省したようである。
一方のアルクェイドは、かつてのネロ・カオスからは絶対に考えられない台詞に、本気の驚きを見せていた。

そして、最高の護衛に対しまいは小さく「ごめんなさい」と、頭を垂れて謝るのであった。



「…それでは、いらないおせっかいはこれで、失礼したいと思います」
「どうも、お邪魔しました」

「あ、いえいえ、こちらこそ本当に迷惑かけました」

これ以上の長居は無粋とばかりに、一礼しアパートを去る杉下と亀山。
アルクェイドは固まった空気を壊すかのように、去り往く二人に挨拶をするのであった。

こうして、総帥にはいつもどおり何事もなかったと報告の出来たネロ・カオス。
そして志貴は、この依頼の成功(?)報酬を受け取ることで、若干の貯蓄もできた。

そして、総帥の秘書からは、総帥に『まいちゃん誘拐事件』を知られる前に迅速に対処した功績を認め、志貴の昇給を内密に検討するとのことであり、なんだかいいことづくめであった。

めでたしめでたし……?







「……それにしても右京さん。まいちゃんが何事もなくてよかったですね」
「………」
「……右京さん?」
「…あ、すみません。ちょっと考え事をしていましたので……」



[25916] 第44話 …生きていた中絶児
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/07/06 03:17
「だんごっだんごっ大家族っ♪」
「…随分とその歌にハマってるな、アルクェイド」
「なんか、汐ちゃんが歌ってるの聞いててクセになっちゃってね」

ここはボロアパートの志貴の部屋。
歌を口ずさみながら夕食の支度をするアルクェイドと、ちゃぶ台を前に新聞を読みながらそれをまつ志貴。



だが、いずれ志貴は選択しなければならない。

この平凡かつ幸せな生活を守る道か……
それとも……







ところ変わり、ここは警察庁官房室。
大きな防弾ガラスの窓を背景に、一人の60代(?)くらいの男が30代くらいの女性議員となにやら話をしているようであった。

「そう……、やはり杉下は動いたか……」
「……ええ。このまま野放しにすれば、『総帥』の計画はもとより、『官房長』の計画さえ危ういかと思われます」

なんと、この場にいたのは『小野田公顕』官房室長と、片山雛子議員であった。
その部屋の戸の前には、蟻一匹とて通さぬよう厳重な警備がしかれており、その警備員の放つ尋常でない殺気からも、この話し合いが如何に重要なものかであるかを雄弁に物語っている。

「…彼なら僕たちは勿論、『総帥』にも『法務省』にも…もちろん『聖堂教会』にも付かないでしょう」
「…『杉下の正義は暴走する』…以前官房長はそうおっしゃられてましたが……なんとも厄介なものですこと……」

「…とにかく、杉下が『ある人物』と接触することだけはなんとしても避けないといけないね」

「…『遠野志貴』ですか…。…とにかく『死と隣合わせ』の人生というべきでしょうか……」
「そこが総帥が『目的』を達成するために必要な要素なのかしら」
「総帥の『奇跡』(研究結果)は、官房長の計画には必要不可欠…。ある意味、これから開発される『FRSシステム』(顔認識システム)以上のモノになることは間違いありませんわね」
「その『総帥』の研究成果を得るためにも、ぜひとも『遠野志貴』は味方につけておかなきゃ。そして、杉下が全部台無しにしないようにしないとね」

どうやら彼らの話し合いの焦点は、杉下右京と遠野志貴の動向らしかった。
彼らの行動如何が、ある意味この国の根幹さえ動かしかねない…
…少なくとも、小野田、片山はそう感じていた。
そして、彼らはこの計画を『法務省』に奪われること及び、『教会』に阻まれることを恐れているのだ。

「『片山さん』なら、この場合どう対処するのかしら?」
「ええ。それは勿論―――」







ここは法務省のとある部屋。
先の警察庁官房室よろしく、ここも厳重な警備がなされており、そこには法務省公安調査管理官『クラタ』の姿があった。
その脇には脇差を携えた、長身、ポニーテールの女性SPがついており、その無表情たるや、いかなる暗殺者も瞬時に一刀両断とばかりの隙のなさを表していた。

「…そうですか。やっぱり『小野田官房室長』及びその一派はその『研究』を使って、どうしても『警察庁』を『警察省』にしたいみたいですね…。…あはは。大丈夫ですよ。『ワタクシ』の眼が黒いうちは、『法務省』権限を持って好きにはさせませんから」

彼女は重役か何かと電話をしているらしかった。
…本来の彼女は、そんな『法務省』と『警察庁』の権力争いなど、本当はどうでもいいのであろう。(もっとも、小野田も『正義』の行使の為に『警察省』化を目論んでいるのであろうが)
その電話が切れるや否や、若干疲れた顔を見せ……
それでも彼女は、すぐに平常の笑顔に戻った。

「『サユリ』……」

『クラタ』の名を呼ぶSPは、心底彼女が心配のようである。
クラタのその笑顔の向こう側にある心労は、いつも近くにいる彼女にだからこそ理解る部分が多いのだろう。
しかし、それに介さずクラタは笑顔のままで答える。

「大丈夫です。サユリは元気ですよ~。サユリは『みんなが笑顔で暮らせる』ために、絶対に負けませんから~」

総帥の『研究』…
それが何であるのかはまだ多くを語るべきではないが……
『小野田』も『クラタ』も、それを『奇跡』と形容しているように、その概要は理解しているようだ。
そしてクラタは、その『奇跡』は総帥の『個人規模』でも小野田の『警察機能』としてでもなく、皆の幸福の為に『国』が運用すべきであると考えていたのだ。







無論……
その『奇跡』を保有するのは神にのみ許され、人間個人が操っていいものではないと考えている組織も存在する。

「…ローマ教皇…貴方より預かりし『黒鍵』…、これを用いて必ず総帥の研究に終止符を打ちましょう」

そう、『聖堂教会』もついに本格的に動き始める。
シエルは遠野志貴への想いを胸に秘める一方での、総帥暗殺という任務遂行を掲げ、再び日本へと足を運ぶのであった。







「ご苦労だった一ノ瀬所長。どうやら君の部下(志貴・伊吹・国崎)のレポートは随分と役に立っているようだな。…まあ、それも君の頭脳があってこそ、初めて『奇跡』の研究へと昇華できるわけなのだが…」

そして、ここは総帥の部屋。
高級そうな椅子に座っている総帥と、大きな机を挟み、総帥に研究成果を報告する一ノ瀬所長。
そして、総帥の脇には秘書がしっかりと起立している。

一ノ瀬所長は「ありがとうなの」と一礼をし部屋を去っていき、残されたのは総帥と秘書のみであった。



「…この研究を始めて数年……になるのだな……」

総帥は大きな机の上に飾っている、写真立てを見る。
その写真には、総帥と『着物を着た女性』、その間に挟まっている愛娘『まい』の姿が写っている。

「この研究は、不可視の力…過去の呪縛など…人知を超えた理不尽な『悲劇』を回避させるための…『奇跡』を呼び起こすための研究であった…」

故に、総帥は遠野志貴をはじめ、国崎往人、岡崎朋也、衛宮士郎などといった悲劇を回避した数多の『奇跡の体現者』(主人公)を手元に置くことで、実に地道な『観察』『実証』を繰り返してきた。

ある意味、志貴の『探偵』としての仕事もすべて『研究』のためのものだったのであろう。

「…『奇跡』は時として『正義の象徴』として扱われがちではあるが……これはあくまで個人の普遍的な幸福なために存在するものであり『何もの』にも属してはならない……」

『理不尽な悲劇の回避』

総帥の研究成果はその気になれば……
警察が使用えば理不尽な悲劇による事件の『捜査・事件解決』が可能となり……
国が使えば国民の理不尽な悲劇の回避を『管理』することが出来る。

しかし総帥は、あくまで『奇跡』は個人規模のためのものであるとして、それは『何にも』属してはならない…そう考えていた。(その一方で、志貴らを巻き込んでいるという矛盾は存在するが)

「……ッ…君の『悲劇』を繰り返さないためにも、この『奇跡』は必ずなしえなければならない……!」

その悲しげな顔の総帥の傍ら、忠義篤き秘書は断腸の想いで総帥を見つめている。

「……(私は何があろうとも総帥…貴方についていきます…)」







場面は戻り、ボロアパートの志貴の部屋。
時は既に夜であり、二人は布団を並べ幸せそうに眠りについている。
…その『何にも』属さず、ただ日々の幸せを守るために生きている遠野志貴と、その伴侶アルクェイド。

彼らはこれからも、ほのぼのとした生活を営んでいくのであろう。

しかし、もし志貴がこの研究の『核』に触れてしまった場合…
『奇跡』の研究を知ってしまった場合…
志貴は選択しなければならない!!

総帥…警察…国家…教会…
否!それらさえも拒否するのかを!!!



……そして忘れてはいけないのは、その志貴を未だに追っている『秋葉』の存在と、何を企んでいるのか分からない『琥珀』の存在、そして、何だか全てを『無』に帰しそうな杉下右京の存在であることは言うまでもあるまい。



[25916] 第45話 …SAD you, kill you,
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/07/07 18:30
「不味い……!よくぞこの程度の味噌汁で、貴様も満ち足りたものだ」
「何ですって!!」
「一々味付けが濃く素材元来の味を抹殺しているのだ」
「文句があるなら帰ればいいじゃない!!」

「ま、まあまあ、アルクェイドもネロも落ち着いて…」

「………」

ちゃぶ台を挟んで一触即発のアルクェイドとネロ・カオス。
それを宥める家主・志貴。
そして介さぬように淡々と夕食を頂くまい。

時は夕暮れの夕食時…
ここはボロアパートの志貴の部屋である。

ちゃぶ台の上には、ご飯、味噌汁、メザシ、漬物と非常に質素なメニューが『4人分』並べられている。



「帰還することは『総帥の命』により不可!故に、味付けの改善を要求する」
「なんですって!!こっちだって『総帥の頼み』だから、まいちゃんはともかく、『しょーがなく』貴方まで家に入れてるんでしょうに!!」

そう、ネロ・カオスは総帥の命令により、しばらく屋敷を離れてまいとともに志貴のアパートの部屋に居候することとなり、この日は初の4人で取る夕食であった。







その原因は、居間から数時間前に遡る。
総帥が自宅で休んでいたところ『謎の爆破事件』が発生。
総帥の屋敷は木っ端微塵に吹っ飛ばされてしまった。
犯人はおそらく『研究』の妨害をせんと、総帥の命を狙ったものであろう。

そのときまいは学校であり、総帥も持ち前の『悪運』の強さによりなんとか無事ではあった。

しかし、こんなところで数年がかりの研究を頓挫するわけにも行かず、かといって、このまま行けば愛娘にも危険が及ぶことはほぼ確実である。
総帥は娘と離れ離れになるという辛い思いを『夕方』になるまで悩み続けた結果、志貴とアルクェイドのところに匿えば安心だろうということで、護衛のネロ・カオスとともに『娘の護衛』を志貴に依頼。
自分は研究の完成の為に、側近の秘書だけを連れ『スフィア王国』へと亡命したのであった。







「ネロ…別にいいよ。私はおいしいし……」

夕食の味付けを巡る『嫁舅戦争』を、まいは大人の対応で乗り切る。
さすがは総帥の娘、無表情ながらも人間が出来ている。

「むうう…お嬢様が云われるのであれば、我が矛も引っ込めざるを得ないというもの………」

「やーいやーい!止められてやんの」
「黙れ!!この場で我が分身の餌にしてやろうか!?」
「なによ!!やれるもんならやってみなさいよ!!!」

まいの大人の対応で折角納まりかけた嫁舅戦争は、今度はアルクェイドのいらない挑発により『ガキの喧嘩』と化してしまった。



「……やめてくれ。近所迷惑だ……」

こんなところで千日戦争などやられてしまえば、志貴も困るしお隣の岡崎さん一家も迷惑極まりないであろう。
…というか、『半径50メートル』は消し炭と化すことは免れない……

「なんかごめんなさい……」
「いや、まいちゃんはぜんぜん悪くないんだからね」

なんだか心労の耐えない志貴であった。
そして、そんな『喧しい』様子をぶら下がり健康器具の上から観察していたレンは、こっそりと降りてきて志貴のメザシを盗み食いしていたことは酌量の余地が大いにあることであろう。



[25916] 第46話 …Suck me!
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/07/11 19:53
「味噌汁が不味い!!!」
「だったら食べなきゃいいでしょ!!!」

「アルクェイドもネロも、喧嘩はやめようよ……」
「………」

ここは志貴の部屋の夕食時。
本日もちゃぶ台の上で繰り広げられる、アルクェイドとネロ・カオスの夕飯の味付け戦争。
志貴もまいもその光景にはゲンナリしつつあった。



「……いっそのこと、私が夕食つくろっか……。その方が、アルクェイドさんも楽できるし……」

この非常に無駄な争いを少しでもなくそうと、まいは今考えられる最大の提案をする。

「え?まいちゃん料理できるの?」

自分が料理を作ることを提案するまいに、志貴は一つ、当然とも言うべき疑問を投げかける。
まあ、たしかにまいは財閥のお嬢様であり、ほとんど箱入り娘と言っても過言ではないほど父親に甘やかされて育ってきた。
果たして、そんなお嬢様に料理など……

「失敬な!!お嬢様は毎日総帥の料理を作っている。よもや路傍の真祖の姫君など足元にも及ばぬだろう」
「なんですって!!!」
「まあまあ、アルクェイドも抑えて……」

志貴の疑問に対し、とっさに入るネロ・カオスの一言多いフォロー。
アルクェイドの怒りはさておき、ネロ・カオスの言うとおり、確かにまいは、幼いころから父と自分の二人分の料理を毎日作っていた。
無論、娘にベタ甘の総帥は娘に苦労はさせたくないと、『シェフ』か『メイド』を雇おうとしていた。
しかし、それをまいが断固拒否。
「パパのご飯は私が作る」と言い張った挙句に今の体制に至ったわけなのである。

尚、幼いころのまいは「将来はパパと結婚する」とまでいって、娘バカ総帥を大層喜ばせたものであるが、月日は残酷なもの。
今となっては無表情でシニカルな女性へと成長してしまい、変わらず娘バカの総帥に対して冷ややか且つ反抗的な態度をとっている(ただし、あくまでまいの方が常識的であることは言うまでもない)。

「ただ居候しているわけにも行かないと思うし……そういうわけだから……」



「否!お嬢様が料理をされるなど……!かの女が味を改善すればいいだけの話であろう」

折角決まりかけた妙案ではあったが、それを断固拒否するネロ・カオス。
まあ、この死徒も、一度志貴に殺されてから随分と性格が変わったようである。
今では非常に忠義篤き死徒となり、その立場を重んじている。
アルクェイドとの仲は相も変わらず険悪ではあるが……

「なによ!アンタなんか人間でも食べてればいいじゃない!!」
「不可!!私は総帥に改造され、人間を喰わずとも生存可能な生命体と進化を遂げたのだ!!!凡庸な死徒と並べられるなど笑止ッッ!!!」

結局、まいが料理しようとしまいとネロ・カオスは文句を言う。
ネロの舅っぷりについにキレたアルクェイドの暴言ではあるが、そんなことされたら間違いなく特命係の捜査のメスが入るであろう。

「……っていうか、この近所でそんな物騒な事件起こされたら困るからね……」

志貴の心労の絶えない日々は当分の間は続くのであった……



[25916] 第47話 …&Die
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/07/17 19:13
「……最期に『弓塚さん』を見かけたのが、この辺りって言ってましたよね、右京さん」
「……ええ……」

時は昼…ここは『三咲町』のとある路地裏である。
こんな辺鄙なところを探索していたのは、いつぞのやの警察…
『杉下右京』と『亀山薫』である。

実はこの数日、この三咲町界隈では『連続失踪事件』が発生していた。
最初は誰も気にとめもしない、単なる失踪のように思われていた事件であったが、ここ数日のうちに失踪者の数が著しく増加しており警察の方ではついに連続失踪事件として捜査をすることとなったのである。

…しかしながら、普通であればそんな『連続失踪事件』なんてヤマなど『特命係』などに回ってくるはずもないのであるが……
それ以前に三咲町は警視庁の管轄地域でないはずなのだが、ここはまあ、案の定というかこの二人が勝手に介入しているわけである。

では、なぜ特命係が介入する必要があったのか?
それはこの『連続失踪事件』が新聞で小さく報道され、その記事を読んだ杉下が、この町がかつて『まいちゃん偽失踪事件』で出会った探偵『遠野志貴』の住んでいた町であることを思い出した。
以前も三咲町は、表沙汰にはなっていないが『ネロ・カオス』や『ロア』といった凶悪な吸血鬼が出没し被害者まで出ている。

これら全てが『何かひっかかる』杉下は、相棒の亀山を連れ、ついにはこんな辺鄙な町で管轄外の独断専行で調査を行ったのであった。



「……おや、これは『血痕』……ですか……」

路地裏を散策しているうちに、杉下は壁とアスファルトとその間に生えている草に付着している、小さな血痕を発見する。

「もしかしたら、弓塚さんの……ですかね?」

出来ればそうであって欲しくないという感情を込めて、亀山は杉下に尋ねる。

「わかりません…。とりあえず、米沢さん(鑑識)にお願いしてみましょう。何か分かるかもしれません……」

そういうと、杉下は白の薄い手袋をはめ、その血痕の付着している草を毟り取りビニールの袋の中に入れこの場を去るのであった。







「えええ!!?『連続失踪事件』の依頼!!?」

時を同じくして、ここはボロアパートの志貴の部屋である。
志貴はいきなりの一ノ瀬所長からの依頼事に、驚愕の声を上げていた。

「最近、遠野くんの住んでた町で、沢山人がいなくなってるの。これがただの失踪事件であったなら『警察さん』の出番なんだけど……、でも、これまでのケースから考えると、どうやら『人外』的ななにかが関係してると思うの。だから、これは正式な依頼として、遠野くんにお願いするの」

…と、携帯電話越しに一方的に志貴に事件の依頼をし、一ノ瀬所長は電話を切ったのであった。
尚。話の内容自体はとても一般人に任せられるような容易な代物ではないのであるが、一ノ瀬所長のその口調には聊か緊迫感というものが欠けていた。



「……えええ!?志貴ィ、私をおいて実家に帰っちゃうのォォォ?」

そして、その電話内容を聞いていたアルクェイドは、志貴に対しワザとらしい態度をとっている。

「いや、そこはまぁ……。と、とりあえず、なんとか秋葉にバレないように上手く潜伏するさ……」

まあ、考えてみれば、志貴もアルクェイドも駆け落ちしてきた身であり、実家の眼の届く範囲に赴くのは非常に宜しくはない。

「じゃあ、私もついてっていい?」
「えええ!!?」

…非常に宜しくない事態でありながらも、アルクェイドは志貴についていこうとしていた。
当然ながら、志貴の反応はあまりいいものではなかったが……

「だって、さっきの電話内容から察するに、なんだか犯人ってそこにいる『ネロ』や『ロア助』レベルの凶悪犯かもしれないってことじゃない。志貴はしばらく実践から遠ざかってたわけなんだし、私もいたほうが安全だと思うけど……」
「そ、それは……」

アルクェイドの一理ある言葉に、志貴は反論することが出来ない。

「フ……。かく言う貴様も平和呆けで足手まといになるのではないのかな?」

居候のネロは、さっきの『凶悪犯』という言葉のお返しとばかりに、イヤミを込めてアルクェイドに仕返しをする。

「なによ!どうせネロなんて手伝ってもくれないくせに!」
「当然。此件は遠野志貴が受諾した依頼故、私たちは無関係であろう」
「キィィ!!居候のクセになんて態度なの!!!」
「その分食費は入れている。文句があるなら此処で決着をつけても宜しいか」
「望むところよ!!!」

これから始まる大事件の捜査の前に、なんとも緊迫感のないアルクェイドとネロ・カオスの小学生レベルの喧嘩であった。

「望まないでくれ…頼むから……」
「なんだかごめんなさい……」

このダメな吸血鬼たちを前に心労極まる志貴と、申し訳ない気持ちでいっぱいのまいちゃんが、離れた距離で二人の喧嘩を見ていたのは言うまでもなかった。



ついに最終章!
三咲町連続失踪事件!

この町に再び惨劇が……!
そして、明らかになる研究所と吸血鬼の癒着問題と、それを利用する警察、法務省、そして琥珀の野望!

はたして志貴、アルクェイドは再び平々凡々とした生活を取り戻すことが出来るのであろうか!!?(任務放棄すれば取り戻せます)



―――to be continued



[25916] 第48話 …楽死運命
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/07/31 23:37
季節に反し、吹きすさぶ風の冷たい路地裏…
ここは志貴の昔住んでいた町、三咲町である。

この街で短期間で集中的に起きている奇怪な『連続失踪事件』を捜査しているのは、探偵である遠野志貴とその助手(?)アルクェイド。
まあ、彼らは駆け落ちしてこの町を出て行った身であり、仕事の為に戻ってきたとはいえ、その正体がばれてはいけないとばかりに二人ともお揃いの『トレンチコート』と『帽子』と『サングラス(研究所開発の魔眼使用)』を着用していた。
……その二人の格好は、吹きすさぶ冷たい風以上に非常に寒いものであることは言うまでもない。

「…なんだかこの町も久しぶりね。寒いけどなんだか暖かい」
「ああ…。俺たちが出会った…ある意味運命の街だからかもな……」

さらに、この二人の言っているセリフは『エターナルブリザード』並に寒いものがあった。

「裸足のまんまじゃ寒くて、凍りつくよな夜を数えだけど、俺はこの街を愛し、そしてこの街を憎んだ」

…さらにはなぜか『長渕』の歌詞まで口すさぶ始末。
こいつらは真面目に仕事をする気があるのか、小一時間問い詰めたいものである。



まあ、茶番はそれまでにしておいて、路地裏を散策する二人。

「これは……『血痕』……!!?」

路地裏を散策しているうちに、志貴は壁とアスファルトとその間に生えている草に付着している、誰にでも分かるような夥しい血痕を発見する。
その見るも無残な赤黒い光景はあたかも猟奇的であり、まるで獣がその場で狩をして獲物を持ち去ったような生々しい痕跡にも思えた。

「……も、もしかして、行方不明になっている人の血液かも……。ここは警察と依頼主(研究所)に一報入れたほうがいいんじゃない?」
「あ…ああ……そうだな……」

これはもはや、失踪というよりは殺人の可能性の方が遥かに高い。
まあ、さすがにここは数年前のロア事件を経験しているせいか、場慣れした感のある二人。
志貴は携帯電話を取り出し、警察及び研究所に連絡をした。

その後、志貴とアルクェイドは警察により事情聴取を受け、数時間後に解放されたところで再び捜査を始める。
無論、血液の照合の報告など、警察から私設探偵に入るわけもないのであろうが、研究所に連絡も入れたことであり、彼らも独自に照合を行うことであろう。



しかし、その後の警察の捜査、及び志貴たちの捜査で発覚した恐ろしい現実は……ッッ!!!
この夥しい血液の散乱は、この街の目立たぬ路地裏の至るところにあったということである。
無論、『犯人』は証拠を隠滅すべく『処理』をしたのであろう。
傍目では血液の飛沫などは分からない。
しかし、その現場を鑑定するや否や、検査液による『ルミノール反応』によりがあり暗い、路地裏に不気味な模様の光が浮かび上がってくるのである。



まあ、そうなれば当然、この『連続失踪事件』は『連続殺人事件』へと変わっていくわけである。
これまで呑気だった警察も、此処に来てようやく物々しい動きで捜査を開始し始める。



「……こうまで痕跡を残して証拠が残らない……ってことは……、やっぱり志貴みたいに『バラバラ』にして殺しちゃったのかな?」
「人聞きの悪い言い方は止めてくれ。……それに、仮にそうだとしても何処で死体は処理するんだよ。警察の調べだと『魔力』の痕跡もない……って言ってたし……」

言うまでもなく、警察の邪魔にならないよう、志貴もアルクェイドもひそやかに事件を捜査していくわけであるのだが……

……しかし、これは本当に『連続殺人事件』なのであろうか……?

志貴や警察が動く遥かに前に『特命係』が捜査したときには、夥しい血液の散布は見られず、ほんの僅かな……それこそ注意深く見なければ見逃してしまいそうな血液の付着のみが発見された。
一方、志貴が発見したのは誰にでも分かるような生々しい痕跡であり……
さらにそれが切欠で後に発見されたのは、痕跡を処理したかのような現場の数々である。

「それに、さっきアルクェイドは『バラバラ』にした…って言ったけど、死体が見つかってない以上は、殺害方法も分からないわけなんだし……」
「そうね…。まさか、犯人が死体を『食べた』……なんてことはないわよね。ネロみたいにさ」
「……可能性はあるかもな」

まあ、いずれにせよ、死体が見つかっていない以上その『手口』も定かではないのだが…

この事件の犯人は―――
―――別々にいる?
―――否、やはり同一犯で間違いはない?



―――to be continued



[25916] 第49話 …UNDER…
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/08/25 23:10
ここは志貴が駆け落ちする前に住んでいた街…三咲町。
かつての『通り魔事件』…所謂ロア事件の舞台ともなった場所でもある。
研究所の調査局に勤める志貴と恋人アルクェイドは、現在この街で起きている『連続失踪事件』の調査の為、この街へと舞い戻っていた。

しかし、この『連続失踪事件』は、数々の無残な爪跡から『連続殺人事件』へと移り変わる可能性が高くなっていた。

「情報を分析するなら、最初の殺人は致命傷のみ、次の殺人は猟奇的殺人…。…その次の殺人は、猟奇性に加味して、その証拠を隠滅するという計画的なもの…なのか…?」

この三咲町の路地裏へと戻り、調査を続ける志貴とアルクェイド。
志貴は再び、先ほど発見した殺人現場を散策しながら思考に耽っていた。

「……ねぇ、志貴……本当にこれは、『連続』殺人なの……?」

その志貴の整理した情報からアルクェイドがが考えたのは、この事件は実は『連続』殺人ですらなく、実は犯人は各々いて別の殺人事件として成立しているのではないかということだった。

「それは俺も考え―――」

志貴がアルクェイドに返答をしたその時であった!!!



―――ッッ!!?



「どうしたの!?志貴!!?」

路地裏ではまず見かけないであろう顔……
それは志貴の見知った顔であり、この殺人現場にはふさわしくないであろう………

「ゆみ……づか……!!?」

そう、志貴が見かけた女性は、彼のかつての同級生『弓塚さつき』であった。
彼女はふらふらとした足取りで、路地裏のさらに奥へと入っていく。



「待って!志貴ッッ!!」

アルクェイドの静止の声が届く前に、志貴はその『弓塚さつき』の後を追った。
見間違いかもしれないが、とにかく追いついて呼び止めようと思った。



「………」

彼女は志貴の存在に気づいたのか、ちらりと志貴のほうを向いた。

―――!!

刹那!!
志貴に電流奔る!!!
その身を包むプレッシャーは、同時に志貴の脳を侵略…焦がしに掛かっていた。

「―――ッッ!!!」

そのプレッシャーを退けたと思えば、再び弓塚は路地裏の奥へと歩き出していた。
いくら追いかけても追いつかず……
それは路地裏が無限にあるかのように、何か志貴と弓塚の間に透明な壁があるかのように、その距離は一向に縮まることはなかった。

志貴には学生時代の弓塚の、いかにも女子高生らしい笑顔が思い出されていた。
そして望む……

「どうか彼女(弓塚)がこの事件に何のかかわりもありませんように」と……



心臓の鼓動がより大きくなるのを感じる……
脳に響くプレッシャーはより強く……

血流は…より速くッッ!より迅くッッ!より疾くッッ!そしてより短時間(スピーディー)に―――――



路地裏を抜けたら、そこは猟奇殺人現場でした。



「…って、これはひどい…」

そこはまるで、ペンキでも塗りたくったかのような、それこそ二番目の殺人に近い血液の芸術……
そこらに転がっている骨…皮膚も、それはこの芸術を飾るオブジェのように散乱としていた。






「遠野くん」



「!!?」

志貴はその声の主の方を振り返ると―――



―――to be continued



[25916] 第50話 …『sister』
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/08/26 21:07
ここは三咲町にある路地裏の広場。
かつての同級生であった『弓塚さつき』を追った志貴は、血糊や死肉の付着したなんとも凄惨な光景へと出くわす。
そして、その志貴の背後から話しかけてくる女の声―――



「志貴君―――」



志貴が振り向くと、そこにいたのは高校時代と何も変わらない『弓塚さつき』の姿であった。

「弓塚……」

これ以上、志貴の口から言葉は出なかった。
此処までの凄惨な光景を見せ付けられて、冷静でいられるわけなどなかった。
それとともに、志貴の思考は「この光景を創り上げたのは弓塚さつきではない……」
……そう無理やり信じ込ませようとしていた。



「ち、違うの!!志貴君!!!」

志貴の疑念を察したのか、志貴が振り向いたとたん、この光景、容疑を全てを否定する弓塚さつき。

「…ゆ…弓塚さん……」

その弓塚さつきの否定の言葉に戸惑う志貴。
出来ればその言葉をそのまま信じてあげたい。
しかし、志貴の胸のざわめき…プレッシャーは一向に解けはしない。



その時!!



「遠野くん!!離れて!!!」

「え?」



さらに遠方より聞こえてくる聞きなれた女の声。

「アアア―――ッッ!!!」

響いたのはレーザー音と、その直撃を受けた弓塚さつきの痛痛しい叫びであった。
よくよく見ると、弓塚さつきの背後より短き黒鍵が浮遊しており、その黒鍵は即座に先の声の主の女性―――

そう、シエルの元へと帰っていった。

「シエル先輩!!?」
「遠野くん!!彼女はもう吸血鬼になってるの!!だから近づいちゃいけないッッ!!!」

志貴の来た道より現れたシエルは、黒鍵を背負っているリュックに自動収納しながら志貴の元へと馳せる。

「え!!?」

このシエルの登場に志貴は、状況がさっぱり読めずパニックとなる。
折角再会した同級生は、実は吸血鬼と化していたという事実!!
その事実を告げたのも、志貴の先輩であり埋葬機関の一員でもある先輩である。

…もしシエルの言うことが真実であれば、弓塚さつきは食事の一環としてこの連続殺人事件なるものを引き起こしてしまったのであろうか!!?
あの普通の女子高生だった彼女が……!!?



「……ち…ちがうの……遠野くん……」
「………!」

その彼女は地面に這い蹲りながらも、必死でシエルの言葉を否定すべくうめきにも近い言葉を発する。

「『ローマ教皇』の黒鍵で灼かれ、なお息があるなんて。…その異常なまでの再生力……もはや並の吸血鬼ではないようね……」

一方のシエルは、対峙する弓塚さつきが瀕死の状態でありながらも、そこに一切の油断もなく止めを刺そうとする……まさに無慈悲!!!

「……ほ、ホントに違うの!!…た、確かに私は『何者か』に血を奪われて、なんだか知らないけど『食屍鬼』通り越して『吸血鬼』になっちゃったみたいなんだけど……本当にこの死体とか、何にも知らないの!!!」

事の真偽はさておき、この弓塚さつきの再生力はまさに圧巻である……
先は瀕死のダメージを受けておきながら、今では既に普通に自分の無実を感情を込めて訴えられるまでに回復していた。
さすが食屍鬼から飛び級で吸血鬼になっただけのことはある。
このまま行けば『死徒二十七祖』の後継も夢ではない!!!

「……まあ、本当でもウソでも、吸血鬼である以上は始末しなければ……」

それでも無慈悲な知恵留先生。
いつの間にやら、ローマ教皇専用黒鍵が十七基……さっちんの周囲を包囲していた。

「待ってくださいシエル先輩。もしかしたら彼女は今回の殺人事件の『被害者』なのかもしれないんだ!弓塚が吸血鬼であろうとなかろうと、ここは俺の仕事として彼女を保護したい!」

その明らかなシエルの無慈悲な攻撃準備に対し、志貴はこともあろうに『弓塚さつき』の保護を訴えていた。



「志貴くん……いいの、こんな私で……」
「―――!!!」

一方のさっちんは、なぜか恋が成就したといわんばかりに眼を潤ませ志貴を見つめる。
無論、そんな光景など腹立たしい以外の何者でもないシエルは、憎悪を念を込めるかのように包囲する黒鍵の数を増やしていく。

しかし、今の志貴の暖かい言葉に触れたさっちんには、そんなもの見えやしねー!!!
そんなサイクロプス状態のさっちんを見て志貴は…
「『被害者』であると同時に『容疑者』でもあるわけだから、保護して警察に引き渡そうとしただけなんだけど……」などと、口が裂けてもいえないのであった。



―――to be continued



[25916] 第51話 …BORN TO BE WILD
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/08/27 21:21
「ああーっ!!志貴が浮気してるーっ!!!」

「へ?」

ここは三咲町の路地裏広場。
連続殺人の現行犯の容疑者として…というか、吸血鬼だからという理由でシエルに処刑されそうになった薄幸のさっちんは、『警察につれてく』との名目で、かろうじて志貴に助けられたわけであるのだが……

志貴の後を追ってか、突如聞こえてきたアルクェイドのなんとも素っ頓狂な声に、思わず志貴はマヌケな声を漏らす。

しかし、この場に現れたのはマズかった……



「そういう貴方こそ!!何故ここにいるのですか!!!」

案の定いきり立つシエルは、弓塚さつきへの黒鍵の包囲を解き、自分の周囲へと浮遊させていた。
無論、隙あらばアルクェイドをこの場で仕留めるためである。

「そりゃあ、もちろん。愛するカレ(志貴)のお仕事の手伝いに決まってるじゃない」
「わっ…アルクェイドっ……」

しかしアルクェイド。
シエルの威嚇行為にまったく意に介することなく…むしろ、志貴と腕を組むことによりシエルを挑発さえしている。
この突然のアルクェイドの大胆な行為に、思わず志貴は狼狽する。

「な…なによぉこの女!!!」

言うまでもなく、弓塚さつきも怒る。
この血糊や死体のアートのごとき空間の緊張感は、アルクェイドの乱入により消し去られてた。

しかし―――!!!






「ククク。…私の狩猟場に誰が来たかと思えば……『姫君』が舞い戻っていたとは……」



事態はこのまま終わるものではない。
犯人は一度現場に戻る……この常識を踏襲したのであろうか…?
この志貴たちの茶番を建物の影で隠れて除いていたのは、ウェーブ掛かった長い髪、そして白のワイシャツを着たある男であった。
そう、我々は知っている!!
この男の偽りの魔眼を!!

「志貴とエレイシアとあと一人知らない女(もしかしたら何年か前に喰った女かもしれないが)…は此処で殺せば姫君を手に入れることが出来る………ヒヒ、たった数分の戦いでそれだけ稼げるなんてよ、マイク・タイソン以上におれってラッキーだと思わんかい~~~!?この、タマナシヘナチンがァ―――っ」

そう、この男はかつての三咲町通り魔事件で志貴に始末されたはずの『ミハイル・ロア・バルダムヨォン』である。
彼は直視の魔眼により、完全に死を斬られたはずなのであるが…その彼が何故……

それはさておき、この男はどうやら、この路地裏を拠点に密やかに『活動』をしているらしかった。
そして、その彼の、殺したいほど愛して已まなかった女…アルクェイドが目の前にいる。
さらにその傍にいるのは、自分を『二度』殺した憎き敵である志貴と、かつての転生先であったシエル、そして数年前に血を吸い上げ吸血鬼とした弓塚さつき……
邪魔者はこれら三人……と、なれば、とる行動はひと―――






「ミギャアアア―――ッッ」



「ロア…貴方の存在に気づいていないと思ったのですか?」

ロアが行動に出るより速く、シエルの黒鍵が察知…
そのまま遠隔操作でロアを射抜いていた。
ロアはその身を灼き焦がしながら、物陰から身を出しそのまま倒れこむ。



「な…なんだいまのは………ハッ!!!」

黒地面に這い蹲り焦げ焦げのロアが辛うじて立ち上がると、既に志貴、アルクェイド、シエル、さっちんの4人に包囲されていたのであった。

「ク…!!い、いつのまに!!?」

「……どうやら弓塚は犯人ではなさそうだな」
「っていうか、なんでロアがここに?」
「……なんでも構いません。ロアが何回生き返ろうと私はただ始末するのみです」
「あの…状況が全く読めないんですけど……誰この人?」

瀕死のダメージを受けながらもとっさに臨戦態勢をとるロアであったが、志貴、アルクェイド、シエル、さっちんは順に悉くロアを虚仮にしていた。
生き返って早々、絶体絶命の窮地に立たされる…なんとも哀れなロアであった。



「ク…ガラクタ風情が!!!俺の死を視る力!!そして不老不死!!さらに『英霊』としての力を手に入れた俺はむて―――」



この言葉が彼の最期の台詞(?)であった。

まずは黒鍵のオールレンジ攻撃が、四方八方からロアを射抜き……
次にアルクェイドの爪が瞬時に多軌道を描きロアを切り裂き……
止めに殺風景の空間が突如、美しい庭園へと変貌し……それが枯渇していくとともにロアの肉体を『維持』している魔力を徐々に消滅させていた。

……ロアが断末魔を与える暇など、隙間にも存在しなかったことはいうまでもない。



「あの…みなさん……。ロアが第一の容疑者なワケなんだし……、せめて事情徴収はしないと……。この事件解決しなきゃ『正社員』になれないワケなんだし……」

そんな志貴の一人常識的思考など、彼女らの耳に入るはずもない。



―――to be continued



[25916] 第52話 …gossip
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/08/28 23:00
ここは三咲町路地裏の広場。
連続殺人事件を捜査していたはずの志貴ではあったが、なぜかアルクェイド、シエル、さっちんの志貴を廻る三つ巴の争いに移行。
何らかの手段でネロが蘇ったものの、女性同士の争いに介入したが最期、意図も簡単に返り討ちにあってしまった。

「あれ、なんか体が軽くなった……もしかして……あ、あはは!気のせい気のせい、あんな地味な人が私の親元のワケないから!」

その上、自らが吸血鬼にしたさっちんに、言いたい放題言われる始末であった。
ここまでくれば敵意を通り越して哀れみさえ感じられる。



「と、とりあえず、まだ息はあるようだから、何とか『警察』に連行して話を聞きださないと……」

冷静なのかそうでないかは分からないが、志貴はとりあえず、瀕死のロア助を背負い路地裏を去ろうとする。

「ちょ…ちょっと待ってください遠野くん!!」

しかし、そうは問屋がおろさないのが、埋葬機関の責務。
恋と仕事の狭間で揺れ動く心を制し、志貴がロアを連行するのを止めようとするが……

「私はロアを処刑する義務が―――」
「ハイハイ…貴方の相手は私がしてあげるわ。志貴の(正社員になるための)邪魔はさせないんだから!!」

愛する男の出世の為、アルクェイドはシエルの前に悠然と立ちふさがる。

「なっ!!!このあーぱー吸血鬼!!!どこまで私の邪魔をするのですか!!!」

言うまでもなく、怒り心頭に達するシエル。
この女…恋愛のみでなく仕事までも邪魔しやがって……今のシエルの心境は、まさにそんな感じではないのだろうか。

そして……

「え…えっと……私はどうすればいいのかな、志貴くん…?私はそろそろ『路地裏の交通量調査』のバイトの時間なんだけど……」

バイトの時間も圧しており、どうすればいいのか分からないさっちんではあったが……

「なんっつー無意味なバイトなんだ……。…そ、それはともかく、一応弓塚もこの事件の関係者だから、話は聞かせていただかないと……」






「大体話は聞かせていただきました」

…この男はどんなところにも現れるのだろうか……
志貴がロアを連行し、さっちんに任意同行を求めたところで現れたのは、やはり『杉下右京』であった。

「うわっ……なんかすごい現場ですねッッ」

無論、相棒である『亀山薫』も連れてきている。
この血と屍体のアートにも動じない杉下に対し、亀山は若干引き気味である。
もしこれが神戸尊なら即倒するレベルなのであろう。

「す、杉下さん、なんでここに!?」

聞いても無駄であろうが、形式上志貴は右京に問いかける。

「いえ、私も気になって個人的な調査をしていたのですが、非常に興味深い人物を見つけましたので。それで、その人物を洗ってみましたところ、此処に辿り着いたというワケです」







回想…

ここは冬木市の間桐邸である。
館の主である間桐臓硯が最近『オレオレ詐欺』にあったとのことで、以前起きた『まいちゃん偽装誘拐事件』のときから何となく間桐邸に目をつけていた右京は、この『オレオレ詐欺』を口実にまたも『独断』で捜査を行う。

そのオレオレ詐欺の犯人は、こともあろうに実の孫であり現在『自宅警備員』である『間桐慎二』であった。

「なんで実のじーさんを騙したんだあ?」
「ち、違う!!僕も騙されたんだァァァ!!!」

亀山の詰問に対し、慎二はうろたえながらも自分も詐欺の被害者であると主張。
曰く―――「総帥の研究所が新たに開発した『魔力供給装置』を使えば、正当な『マキリ』の血統である君であれば必ず一級の魔術師になれる。私には伝手があるから『資金』さえあればそれを購入することも可能だ」
―――と言われ、その甘言に乗り実の爺さんに『オレオレ詐欺』を敢行。
見事に莫大な資金を数回に渡り振り込ませ、その詐欺師に資金を振り込んだとのコトであった。

「……典型的な詐欺の手口ですね」
「ええ、そのようですね」

「ね?僕も被害者なんだから…しかも、爺さんは被害届け出してないんだしさあ」

まあ、例えそれに事件性はなくても、人間としては限りなくサイテーであることには変わりはない。
しかし、右京の視点はオレオレ詐欺から既に次の段階へと移っていた。

「……亀山君、以前、研究所やロシア等で起きました、『聖杯戦争データ盗難事件』を覚えてますか?」
「え…ええ……。確か上からの命令で、捜査することはできませんでしたけど……」
「もし、その『詐欺師』がそれを資金に流出してあるデータを購入したとしたら……。亀山君、最近連続して起きている事件について、何でもいいですので調べてきてくれますか?」
「は…はいっ」







と、回想も終わり、そういう経緯で特命係は志貴らの捜査している『連続殺人事件』にぶち当たったわけなのである。

さらに警察の捜査も既に行われているとのコトであり、弓塚さつきは無関係であることもわかった。
どうやら弓塚は、住処としている路地裏でいつもどおりバイトの準備をしに戻った来たところにこの惨状を目撃し、さらにタイミング悪く事件を捜査している志貴に出くわしたらしかった。

ちなみにさらに余談ではあるが、この吸血鬼事件が起きていた当時、総帥は少しでも理性ある吸血鬼が人間を襲うのを止めさせるため、人工血液なるものを開発、販売している(これらは三咲町のコンビニで購入可能)。
その上、『リーズ』のバイオリン以外にも収入を得るため、『ボールペン工場』『交通量調査』『心霊写真鑑定人』などの仕事も与えているのだという。
まさに至れるつくせりの処遇であり、これも教会が総帥を敵とみなしている要因の一つとも言えるであろう。



まあ、余談はさておいてこの『ロア助』……
彼はこの連続殺人事件の黒幕ともいえる『詐欺師』によって召喚された『擬似サーヴァント』であり、第一、第二の殺人事件の犯人であることも『イタミン』ら捜査一課の取調べにより自供した。
ちなみにこれも余談ではあるが、警視庁の取調室は『あらゆる魔力及び特殊能力』を封じることが出来るらしく(これも研究所の技術の提供か)、自白にはさしたる時間も掛からなかったという。

しかし……

「その…消失した死体に関しては、私は何も知らない!!!」

と、ロアは第三の殺人は完全に否定。

「知らねえワケねえだろーが!!!吐けええええええ!!!」
「せ、先輩、落ち着いてくださいっ」

まあ、そんなこんなで先日、お見合いパーティで収穫なしのイタミンの八つ当たりにも近い取調べを受けることになったのであった……合唱……



―――to be continued



[25916] 第53話 …REASON OF MYSELF
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/08/30 20:12
「特命係の亀山ァァァ!!!」
「なんだよテメェ!!!」



などと、警察ではいつものやり取り(?)が繰り広げられる中、様々な事実が確認された。
やはりロアは、『ある人物』によって『人口魔術回路』と研究された『禁呪』を用いて召喚された『擬似サーヴァント』であることが、警察の取調べによって判明した。
そして、最悪にもロアは―――

「これで終わったと思うなよ愚鈍な警察諸君。私以外にも『擬似サーヴァント』は多数召喚され、既に世界各地に放たれている!!」

―――などと捨て台詞を吐き、イタミンにぶん殴られていたのであった。
ちなみにこのロア…自身を召喚したマスター…もとい真犯人の正体は一切『知らない』とのことである。
肝心な件については本当に役立たずであった。



ここでおさらい。
サーヴァントとは最高ランクの使い魔であり、一般の魔術よりも格上とされている。
その正体は、信仰などによって創られた英霊であり、それ故、人間霊のような死亡時の姿ではなく、全盛期の姿で召喚される。
本来ならば、並の魔術師では召喚不可能であり、聖杯戦争時のみ、聖杯の補助により初めて召喚することが出来る。

故に、禁呪により作られた擬似サーヴァントは『クラス』などは一応存在するものの、『知名度』『神性』などの補正は一切受けず、宝具も持たない場合も多い。
まあ、言ってしまえば『劣化版サーヴァント』である。

例えるなら、今回のロアの場合は―――

マスター…???
クラス…アサシン
真名…ミハイル・ロア・ヴァルダムヨォン
属性…中立・悪

クラススキル
気配遮断E

保有スキル
直死の魔眼(偽)…生物の死を視ることができる。脳への負荷はない。
吸血種B…吸血されたものを食屍鬼へと変貌させる。
転生術式Ex…魂を他者に侵入させ、意識を乗っ取り転生する。
オーバーロード…魔力の過剰供給により対象を異空間へと誘う固有結界。

筋力…D 魔力…C 耐久…A+ 幸運…B 敏捷…D 宝具…?

宝具…なし

―――と、なるわけである(たぶん)。



「…と、まあ、ロアの場合は擬似サーヴァントといえば擬似サーヴァントらしい性能だったから俺たちでも倒せたけど……。そのロアですら、『第三の殺人』には関与していないし……」

ところ変わってここは路地裏。
志貴は死体すらも消失させた第三の殺人事件について、この場で考察していた。
さっきまで喧嘩をしていたアルクェイド、シエルも愛するカレ(志貴)のため、一時休戦し一緒に今回の事件について考えている。
ちなみに弓塚さつきはバイトに行ったため、この場にはいない。
この場合、『存在が空気だから』と決して言ってはいけない。

「聖杯戦争時に召喚されるサーヴァントですら、完全な状態では召喚されていない。しかし、もし『魔力供給装置』による無尽蔵の魔力供給により、完全なサーヴァントがが召喚されたとしたら……」

それは志貴が今考えうる、この事件の黒幕が起こす最悪のシナリオである。
ロアを召喚したであろう、この事件の真犯人の動機は未だつかめていない。
しかし、こうしてロアの捨て台詞からわかるように、真犯人は『擬似サーヴァント』を他にも召喚して野に放っているわけであり、事件は一刻の猶予を争うものとなっていた。

「しかし、魔術師でもない者の『たかが機械』による魔力で創られた『偽者サーヴァント』が、果たして正規のサーヴァントを上回るなんて…」

志貴の杞憂とは裏腹に、シエルは人工魔術回路の性能についてはかなり懐疑的である。
研究所で作られた、魔力を持たないものの付け焼刃に過ぎない人工魔術回路などが、本物の魔術を超えることなど果たして……

「本物であれば、実物であれば全て事足りるのかね?世の中にはホンモノというだけの三流品がいくらでもあるのだよ。いやむしろ、そっちのほうが多いかもしれんな。伝統があるというだけの粗悪品…『見たこともない』とは言えまい?」

一方のアルクェイドは、まるでシエルの発言をおちょくるかのように『どっかで聞いたセリフ』を使いまわす。
それはようするに、本物の三次元よりは偽者の二次元の方がいいなどという…なんだかよくわからないラブプラスみたいな感じなのであろう…たぶん……

事の是非はさておき、まあ、間桐慎二に『オレオレ詐欺』させて回収した金で人工魔術回路を購入し、あまつさえ流出した『聖杯戦争データ』を悪用し、殺人事件起こすような『擬似サーヴァント』を量産する人間など、マトモであるはずもない。
しかし、それにしてもこの『殺人事件』はあまりにも突拍子がなさ過ぎてヒントに欠けすぎている。
『ひぐらしの哭くころに』並にヒントもへったくれもありゃしない。



さて、どうやって犯人の足がかりを追えばいいのか……
みんなで一緒に考えよう(ぇ



―――to be continued



[25916] 第54話 …アロン
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/09/02 23:13
三咲町連続殺人事件の犯人の一人はロアであった。
しかし、そのロアですら、この事件の『真の黒幕』により召喚された『擬似サーヴァント』に過ぎなかった。
その肉体を維持している魔力を『枯渇庭園』により失い、警察に連行されたロアであったが、その彼は取り調べにおいて「私を倒しても第二、第三の擬似サーヴァントが現れるぞ!フハハハハ…グハッ!?」などと、いかにもな三下の雑魚のセリフを吐き捨てたのであった。







ここはモスクワ・クレムリン…
高級そうなソファーにふんぞり返っているのは、かのロシア首相である『ウラジーミル・プーチン』である。
彼の凍てつく眼前に存在するのは、暗めの金髪、赤いコートとシルクハットが特徴の、見た目20代のドイツ人青年であった。
尚、そのプーチンの部屋に至る前の兵たちが全滅していることから、おそらくはこの男が『堂々と』侵入し、護衛の兵を始末したのであろう。

「これはこれは、はじめまして『ロシア大統領』…失礼、今は『首相』でしたかな」

男は大げさに、舞台俳優か何かのように一礼をする。

「……貴様が侵入者か……クラスは『キャスター』と見たが…」

しかし、プーチンはそんな『キャスター』の狂言も冷たくあしらい、直属の兵が全滅しようとも、眉一つ動かさない。
それどころか、対峙した瞬間、その霊体を動かす魔力を感知し彼が『サーヴァント』であることを見抜く恐るべし慧眼。

「ほう、さすがは元KGB…『あのお方』の言うとおり『聖杯戦争』のデータは入っているわけか……」
「……他にもこんなことを知っているぞ。シュポンハイム修道院『元』次期院長候補」

プーチンが言い放つ『元』という言葉に、今までの気品溢れる立ち振る舞いはいずこへか、大物ぶった余裕を見せながらも額には立派な青筋を立てていた。

「真名『コルネリウス・アルバ』。…イポーニエッツの『アラヤ』の計画に加担したものの、勝手にライバル視していた女に散々見下された挙句、その使い魔に始末され―――」
「邪ッッ!!!」

淡々と語るプーチンの言葉を遮るかのように、一喝するキャスター…もとい、コルネリウス・アルバ。

「私は以前のコルネリウスではない!!『英霊』としての能力を得た以上、『アオザキ』に劣ることなど決してありえぬ!そして私の高速詠唱はサーヴァントとなることで、『高速神言』へと『強化改造』された!!!人間のままではこの進化に辿り着くことすらできなかったからな。ある意味ではアオザキに感謝すべきか……フフン」

まるで『僕が考えた最強サーヴァント』のようなトンデモ設定である。
こうしてサーヴァントと人間の格の違いを語ることで、コルネリウスは高い自尊心を改めて保とうとする。

「……イーポンの『ガイムショー(外務省)』より、極秘の連続殺人事件(三咲町連続殺人事件)の報告は受けている。つまり、貴様らのボス(真犯人)は、霊的なものに『改造処置』を加えるほどに、魔術…否、『魔法』と言ったほうがいいのかもしれないが、それらに精通した人物なのであろう。貴様程度でも『英霊』を気取れるくらいにな」

これほどの高スペックを語っても、プーチンは相変わらずコルネリウスを見下す一方である。

「まあ、改造され傀儡と成り下がった己で満ち足りる器であれば、たとえ『英霊』と化そうとも『トーコ・アオザキ』に勝つことなど不可能であろう」
「だ、黙れッッ!!!」

その顔は、先ほどの20代の表情から一転して、50代の本来の顔へと変貌させていく。

「私は『蛇』とは違う!!貴様の推測どおり、私はあのお方の『強化改造』によって、正規のサーヴァントを遥かに凌ぐ、『宝具』すらいらぬ擬似サーヴァントとしてこの世に君臨している!!!r」

コルネリウスはこれ以上侮られまいと、一通り言い終えた後に言葉を放ったのかどうかすら分からぬ言語を放つ。
刹那、巻き起こる灼熱の炎はクレムリン全てを焼き払うかのようにうなりを上げプーチンへと襲い掛か―――



「!!!?」



しかし、次の瞬間にはコルネリウスの表情は、その灼熱の炎とは対照的に一気に凍りついた。
なんと魔力によって発生した灼熱の炎は、クレムリンを焼き尽くすどころか、プーチンの部屋すら焼き払うことなく、その掌に握りつぶされていた。

「な、何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だッッ!!!?」

この絶対にありえない、たかが人間のキャスタークラスの魔力の消去……
不可思議、不可能、非ィ現実に対し、コルネリウスはただただ恐怖していた。



その思考に至る0.06秒前……
プーチンは既にコルネリウスに豪快な大外刈りを決め、その霊体を赤絨毯の上に叩きつけており、恐怖を自覚したところでこの現実にようやく気がつくことが出来た。

「―――な…?」
「…スターリングラードで音を上げたアーリア人ごときの炎で、我がロシアの永久凍土を溶かすことなど笑止千万!!!」
「ヒ………」

後はバーリトゥードよろしく、マウントポジションからのパンチの雨嵐である。
この辺の描写は非常に書くに耐えないものがあるので割愛するが、まあ、コルネリウスが可哀想だったことだけは伝えておく。







ところ変わって、ここはカトリックの総本山・ヴァチカンである。

!!!!!

凶悪…もとい、強烈な電撃音が神殿内に鳴り響いたかと思えば、何体かの霊が半強制的に成仏していた。

「……『アキレウス』に『アルゴス』、『ダビデ』に敬愛する『聖ゲオルギウス』までもが……!!おのれ…英雄をこうにまで冒涜するなど……」

…などと言いながらも、両手の掌から放つ紫の電撃で片っ端から英霊を消し炭にしていく『ローマ教皇』…
やはり彼は他のものよりワンランクもツーランクも違っていた。

「チィ!!あの『ガヴェイン』までもが……!!!」
「!!!?」

背後から襲い掛かるかの有名な円卓の騎士を、なんだか超能力みたいなもので動きを止めると振り返りざま、これまたなんだかよく分からない『赤いビームサーベル』みたいなもので真っ二つにする。
もう、ほとんどギャグであることは言うまでもない。

「……エリシオンでの安楽から、強制的に現実世界の死合いを強いられるとは……!!!……このような無慈悲な行為が出来るものは…生まれながらの純粋悪は『彼』をおいて他はない……!しかし、『彼』は聖杯戦争で『断罪』された筈では……!!?」

この事件の『真犯人』に思い当たる節のある、ローマ教皇の不吉な予感……
彼すらも戦慄するものがこの事件の『真犯人』であるならば……
はたして、アルクェイドたちに勝ち目はあるのか!!?
そして、志貴はこの事件を解決し、無事正社員へと昇格することが出来るのか!!?



―――to be continued



[25916] 第55話 …壊れ壊れていけ殺せないピストル
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/09/06 19:58
強化改造された擬似サーヴァントは、ローマをはじめ世界各地へと解き放たれていた。
マスターの魔力は研究所で開発した『人工魔術回路』により無尽蔵であり、独りでありながら数多の英霊が召喚可能である。

ローマ教皇、プーチン首相など英雄を超えた戦闘力の持ち主であればこそサーヴァントであろうと撃退は可能ではあるが、そんな奴らなどいるわけもない。

そのサーヴァントが人に危害を加えないようなものであれば問題ないのであるが、ロアやコルネリウスなどを呼び寄せるようなヤツがマトモな英雄を呼ぶ道理などあるわけがない。

その『反英雄』は召喚されたのをイイコトに世界各地でやりたい放題やっており、英雄稼業の『衛宮士郎』と『セイバー』は擬似サーヴァント退治の為に世界各国で引っ張りだこであり、その英雄稼業は大繁盛であった。
これで無職から一転して、『遠坂凛』を見返せそうなものである。



閑話休題…
まあ、衛宮士郎の商売が繁盛していることなど、探偵でありこの事件の解決を任されている志貴たちにはどうでもいいことであり、とにもかくにもこの反英雄を野放しにしている真犯人をとっ捕まえることが第一であることは言うまでもない。
とはいえ、そのマスターを探す手がかりというものも特になく、途方に暮れる有様ではあるが……



「…っていうか、その『人工魔術回路』を研究所から買った人物を割り出せばいいだけの話じゃないの……?」
「「あ」」

という、アルクェイドの眼から鱗の発言は『よくよく考えれば最初にやるべき』ことであった。
何はともあれ、志貴は研究所に連絡を取り、ここ最近で人工魔術回路を購入した人物について聞き出すことにした。

そこで志貴は、久しぶりに聞く意外な人物の名を耳にすることとなる。

「一ノ瀬所長!!本当に間違いないんですかッッ!!?」
「…うん…。発注者は『間桐慎二』ってことになってるけど……その届け先は―――」

そう、それは間違いなく志貴の知っている、親しい人物の名前であった。



「な…なんで『琥珀』さんが……!!?」

ちなみに、他の人工魔術回路の購入者について問い合わせたところ、実はその人工魔術回路は『スパコン』並のサイズであり、その燃料コストに対し生成できる魔力はあまりにも少なく、なおかつフロッピーディスク並みの耐久性しかないことから、誰も購入するものがいなかったとのコトであった。
早い話が、それを購入した人物は『琥珀』以外にはありえないとのことである。

「つ、つまり、琥珀さんがあの『間桐慎二』を騙して人工魔術回路を手に入れ、さらに流出した聖杯戦争のデータを入手、解析して擬似サーヴァントの召喚に成功した……ってところでしょうか……」
「で、でも、琥珀さんには動機がない!!」

犯人は琥珀であるというシエルの推理を、志貴は即座に否定する。
そう、確かに琥珀には擬似サーヴァントを量産し世界を混沌に貶める動機など、あろうはずがない。
琥珀は喜怒哀楽の『楽』以外の部分が不鮮明な人間ではある。
しかし、それが混沌を望む理由になろうはずもなく、むしろ彼女は笑顔の向こう側で極めて冷静で客観的な人間なのである。

「そうね…。私も遠野家には何回か(隠れて)来てたけど、彼女は『薬学』にこそ精通していても、『魔術』に精通しているフシは見当たらなかったわ」

アルクェイドも、琥珀が犯人であるとは考えにくいようだ。
たしかに、たとえ聖杯戦争の流出したデータを解析したとしても、魔術…しかも召喚術に精通した人間でなければ、たとえ『ニセモノ』といえどもサーヴァントを召喚するなど即ち不可能ッッ!!!

とはいえ、琥珀が『人工魔術回路』を購入したことは紛れもない事実であり、何らかの関与があると見て間違いはないであろう。







「特命係の現在英霊サマと鬼ごっこ中の亀山ぁぁぁ」
「何だよ回りくどい」

此処は警視庁。
取調べが一段楽したのか、伊丹は廊下の曲がり角にて待ち伏せしていたのか、亀山が通りかかった途端にインネンをつけてくる。

「それより、捜査一課の方こそ、ちゃんと調べてんのか?」
「フン、生憎警察は、『人間』絡みの事件しか取り扱わないんだと」
「なんだか含みある言い方じゃねぇか」
「知るかよ」

すると、伊丹は急に亀山に背を向け、壁に向かい話し始める。

「……最近、途端に『独り言』がいいたくなってな。…あのオカしくなった『閣下』の件といい、今回の英霊連続殺人事件の突然の捜査中止の命令……。どーも、『警察庁』と『法務省』が絡んでるらしいんだよな~~~」

「はぁ!!?」

「さぁて、『独り言』も言い終えた後だし、次の事件の捜査にでも行くかなぁ~~~っと」

「オイ、ちょっと待てよ伊丹!!!」

亀山の言葉を全部聴かないうちに、来た道を戻っていく伊丹。
彼の『独り言』を聞いた亀山は、なんだかよく分からないが胸騒ぎが収まらない。

さらにワケのわからなくなってきた今回の事件……
ローマ教皇の『心当たり』……
琥珀の関与……?
警察庁と法務省の圧力……

その渦中で、この事件は更なる惨劇を迎えようとしていた―――



―――to be continued



[25916] 第56話 …Unlearned Man
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/09/15 21:49
三咲町で起きていた連続殺人事件は、世界各地に散りばめられた擬似サーヴァントの引き起こした狂気の一部に過ぎなかった。
しかし、その事件を解決せんとする志貴たちや警察の捜査は刻々と進展をしていく。
しかし、警察の方は法務省及び警察庁上層部より圧力が掛かり、捜査の中断を余儀なくされ、残り捜査をしているのは探偵の志貴たちだけとなってしまった。

そしてその事件の根源は、意外なところが関わってきていたのだった。








朝食時、ここは遠野邸。
その広すぎるテーブルの上に乗っかっているのは数少な目の和食であり、それをたった三人で囲む様は聊か殺風景さを感じざるを得ない。
それをさらに沈黙の空気が広い空間を支配するのだから、並の精神を持った人間にとっては非常に耐え難いものがある。

「………」
「秋葉様~。今日のお味はどうですか?」
「…ええ…いつもどおりね……」
「………」

「………」

琥珀の問いかけにも、志貴が未だに見つからずにイライラしている秋葉は、ただツンと返すのみである。
そして翡翠は相変わらずであり、この固有結界(重圧空間)の異質さはしばらく解除されそうになかった。

―――しかし!
ついに、秋葉が事も無げに口を開いた!!!

「……ねえ、琥珀」
「はい、何でしょう?」



ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ



「……最近私に……『隠し事』……ない?」



ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ



「………?」



何気なく、しかし威圧をかけながら問いかけてくる秋葉。
そのプレッシャーは、まるで「返答によっては殺害も辞さない」とばかりのものがあった。
対する琥珀も、「なんのことだかさっぱり」とばかりに、いつものポーカーフェイスともいえるニコニコ顔を秋葉に向けている。

「どうしたんですか秋葉お嬢様?」
「…いえ…別に……」
「………」
「………」

その殺伐とした『何気ない』攻防…
そんな中―――

「…あの、ゴミを出しに行ってきます……」

と、翡翠は表情も変えずに言い残し、この固有結界を脱したのであった。







ところ戻り、ここは路地裏。
ホテルに(経費で)泊まっていた志貴とアルクェイドは、朝早くから再び事件現場へと戻る。

「えっと、此処までの情報を整理すると―――

この事件は元々は『連続失踪事件』として捜査を開始。
一つ目の失踪事件は、未だに被害者が発見されておらず未解決…被害者らしき者の『僅かな血液』のみ検出される。
二つ目の事件にて、失踪現場らしき場所より被害者の夥しい量の血液が検出され、以降、失踪事件は連続殺人事件と認識を改められる。
三つ目以降の事件は、全てが死体、血液ともに処理をした痕跡が残されている。

その二つ目の失踪事件及びこの路地裏で起きた猟奇事件は『ロア』が犯人であり、『吸血衝動』を起こし行きずりの人間を路地裏に引きずりこみ殺害したとのこと……。
しかしロアは、三つ目以降の事件の『関与を否定』している。

さらにロアは、『聖杯戦争のデータ』の解析され、『人工魔術回路』により禁呪を以って召喚された『擬似サーヴァント』であることが発覚。
その擬似サーヴァントは世界各地に放たれている。
おそらくこの事件の『黒幕』は、これら擬似サーヴァントの『マスター』であろう。

事件の鍵となる『人工魔術回路』を購入した人物は『琥珀』であることが判明したが、琥珀は魔術師ではない。
サーヴァントの召喚は最高レベルの魔術師であっても至難の技であり、例え『人工魔術回路』による無尽蔵の魔力や『聖杯戦争のデータ』を解析したとしても非常に難しいものである。

―――と、いったところか」

「…ぶっちゃけ、これだけの情報で犯人を割り出そうなんて、どだい無理な話よね」

志貴の懇意丁寧な状況まとめに対し、見も蓋もないことを言うアルクェイド。

「もう、いっそ次の事件が起きるまで待って、現行犯でとっ捕まえたほうが早いんじゃないの?」
「それも無駄だと思うよ。だって、『ロア』は自身のマスターの正体を知らなかったわけなんだし…。他の召喚された『サーヴァント』がマスターの正体を知っている可能性は限りなく低いと思うんだ」

最悪、張り込み捜査を提案するアルクェイドであったが、志貴はその無益さを説き案を却下する。



しかし―――
『サーヴァント』使いは『サーヴァント』使いと惹かれあう……

…のかどうかは知らないが、この事件の『起源』が三咲町にあるのであれば、その事件に縁の深い『サーヴァント』もまた、この地へと引き寄せられる。



「……こんどこそ……いただいてやる……」



獅子を髣髴させる金髪と獣の呻き…
それに矛盾するかのような中世的な貌、体つき…
その瞳は虚のみを捉え、完全に世界が視えていない……!



「やめてよね…本気でケンカしたら『アンタ』が僕に敵うはずないだろ…」



空虚に向けて言葉を発する獅子……
この男…どうして…こんなところへ…来てしまったんだろう…



―――to be continued



[25916] 第57話 …亡骸を
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/09/15 21:52
三咲町連続殺人事件…
この日も志貴とアルクェイドは路地裏にて事件の推理をしていた。

しかし、そんな彼らを虎視眈々と狙う外道が一人……

その中性的な容姿からは想像できぬ獣の呻き声。
獅子を彷彿させる黄金の髪。

その獣の牙は志貴たちへと襲いかかろうとしていた。



「そこっ!!!」

「!!!」

さすがは型月最強と名高いアルクェイド。
彼女は既に獣の動きを察知。
背後からの跳躍を読み切り、タイミングを合わせて爪が弧を描いた。

しかし、さすがは獣なのか…
人間ではありえない反応速度プラス…空中で己の動きの軌道を変えるという変態技で、間一髪、アルクェイドの必殺の一撃をかわした。



「な、なんだコイツは……」

この光景を訳も分からず、完全に『ヤムチャ視点』で見ていた志貴。
その獣の動きを捉えたのは、彼が空中で体制を立て直し、志貴とアルクェイドの眼前に着地したあとのことであった。



「ククク……探したぜ『黒桐』」

獣は、まるで探し求めていた獲物を発見したかのように、涎を垂らしながら志貴に言い放つ。
しかし、志貴には見覚えがないとばかりに、アルクェイドと顔を合わせ、もう一度この獣を見た。

「志貴…気を付けて。この男は『バーサーカー』の『サーヴァント』よ!!!それも『狂化』に加えて何らかの改造を施しているっっ……」

アルクェイドの言うとおり、目の前にいる獣…もとい男は例によって擬似サーヴァントであった。
おそらくは『狂化』と相まって、自身の感覚が暴走しているのであろうか……
その思考は既に正常なものではなく、志貴を別人物である『黒桐』と混同している。

「後輩ィィィ~~~!俺の名前を忘れたのかい~~~?『白純里緒』ですよ~~~ッッ!!!」

その獣…『里緒』は自身の名を名乗ると共に、不意打ちとばかりに跳躍……!!
まさか…人間がこの手で来るとは思うまい…
その牙による『噛み付き』が志貴に襲いかかったのだ!!!



刹那、アルクェイドの爪が獣の牙を弾く。

「―――ッッ!!」

再び着地し、間合いを図る里緒。
その牙を止められたのが意外とばかりに、里緒は小さな呻きを上げながらアルクェイドを睨みつける。

「…その余りにも人間離れした思考…狂気……貴方ッ!しているわね!!!『ドーピング』をッッッ!!!」

一方のアルクェイドも余裕はなさげではあるが、一太刀交えただけで敵の『異常性』『不自然』を嗅ぎつける。
そう、彼の瞳、反応、精神……
そのすべての異常を『薬物』が根源であった。

「ど…ドーピングぅぅぅ!!?」


「『アンフェア』…だといいたそうだね?」

サーヴァントというだけでも十分チートであるうえに、『宝具(?)・ブラッドチップ』により更なる強化を経た白純里緒。
その驚愕する志貴に対し、里緒は余裕とばかりに両手を広げ大げさな物言いをする。

「―――ッッ」

しかし、次の瞬間には里緒は頭を抱え、苦しそうに言葉を吐き捨てる。

「…俺にとって見ればアンタの方がよっぽど『アンフェア』だよ!俺が望んだ『両儀』だけでなく、こんな金髪の女まで手に入れちまうなんてよォォォオオオ!!!」

そして、彼の志貴に対する殺意は徐々に増大している。

「ひ、人違いだろ……」

なんていう志貴の言葉など、狂化・強化の彼の耳に入るはずもなかった。



「でも、安心しろよ『黒桐』。君も他の人たちみたいに綺麗に『喰らって』あげるから。『あの時』みたいに余計なことをしないでさあ!!!」

―――!!!

里緒が志貴を『黒桐』と思い込み放った台詞。
志貴は冷静であった。
そして、冷静に考える。

……喰らう……獣……
そうか……
この男…『食べる』ことが起源なんだ……



そして、自己顕示欲の強い彼なら、今なら何を問いても答えるであろう。
自我を満たすため…全て自分の力で起こしたことだと…『両儀』を見返さんとばかりに……!!!

「……貴様か!!この町で……多くの人間を『食べた』のは……!!?」



ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ



ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ



「ああ。まあ、獲物が弱すぎて、狩りとしては聊かつまらなすぎたけどな」



…長き沈黙の後ッッ…!!

志貴の思惑通り、彼は自分の起こした『殺人』を、一言一句漏らさずに懇意丁寧に説明する。
なかには聞くに堪えない殺し方もあったわけだが、全ての共通は『カニバリズム』にあった。

「なるほど…死体も血液も処理されるわけね……。そこんところは吸血鬼と違い、『食べつくす』わけなんだから(もっとも、ネロもそんなかんじだったけど……)」

アルクェイドは、その『食人』による証拠隠匿に吐き気を催すとともに、感嘆の節があった。

「まあ、俺らを『召喚』したマスターは、無責任にも『月に行く』とだけいって俺らを放置したわけだけどな。でも、マスターの目的など俺の知ったことではないからほっといたさ。(どうせ『アラヤ』みたいなおおよそ理解はしがたい目的なんだろうけど)」

「………」
「………」

「折角だから、この『霊体』の試運転とばかりには俺以外の『擬似サーヴァント』を、気に入ったヤツを除いて『皆殺し』にしたよ。…何で俺だけ他の奴らより強かったのか最初はわからなかったけど、どうやら他の奴らは所詮はタダの『ニセモノ』だったのに対し、俺は『起源覚醒者』だからなのか、より『ホンモノ』の理想に近い形で召喚されたってことらしい。……ようするに、他の擬似サーヴァントと俺は『違う』ってことさ。俺はホンモノのサーヴァントよりも優れているんだよ!!!わかるか『黒桐』!!!」

「………」
「………」

「残った擬似サーヴァントは、俺の宝具『ブラッドチップ』を与え『起源』を覚醒させて世界各地に放ってやった。どうだ!僕をすごいと言えよぉ黒桐ォォォオオオ!!!」

しかしこの男、してやったとばかりに次から次へとよくしゃべる。
っていうか、ラリってる。
そもそも、ホンモノの『黒桐』はサーヴァントが何たるかなんて知ったこっちゃないと思うのではあるが、そんなことなどお構いなしに里緒は自慢げに語る。
さらに言うのであれば、彼の宝具もどきの『ブラッドチップ』に『起源』を覚醒させる力など存在しない。

…にもかかわらず、このドヤ貌。
それほどまでに彼の『両儀』と『黒桐』に対するコンプレックスは根深いものか……

そう思った志貴とアルクェイドであったが、まあ、有益な情報は吐き出させるに限るとばかりに、彼の言いたい放題を許したのであった。



―――to be continued



[25916] 第58話 …DRUg PeOPLE
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/09/15 21:53
その顕示欲…
その劣等感…
その超自我ッッ……!!!

全ての要素がシンクロしたとき、かくも魔術の…英霊の法則を捻じ曲げてしまうのであろうか!!?

志貴たちが対峙している敵、『白純里緒』は、今、まさに、宇宙の法則を捻じ曲げ正規のサーヴァントを凌駕した『改造サーヴァント』となり志貴たちの前に立ちふさがっていた。

「もっと殺しあおうぜ、黒桐。お前を殺さなきゃ、俺は『両儀』を手に入れることが出来ないんだからよお!!!」

そして、そのバーサーカーの狂化以前に彼は狂っていた。
志貴をかつての恋敵である『黒桐幹也』と混同していたのだ。
里緒の瞳はどす黒く濁っており、その殺気のみを鋭く志貴に向ける。
獣の牙は、眼前の肉を今すぐにでも喰らいたいとばかりに鈍く光る。

「『りお』……一文字違えば貴方の望みどおり『獅子』になれたのに……惜しかったじゃない」
「…………」
「それにしても……呆れた男ね。男同士の闘いによもや女のように噛みつきを用いようなんて……」
「ライオンのように―――と言ってもらいたいね。アマレスという模擬ファイトの世界に生きる者の目には、俺の闘いはさぞ品格のないものに映ったことだろう。だがその品格というやつが曲者だ―――――闘争そのものが牙を失っちまう。軟弱化した闘争に文字通り俺が牙を取り戻したんだ!」

そんな里緒にチャチを入れるアルクェイドであったが、狂った里緒に冗談など通じるはずもなくそれにマジレスした。
っていうか、思いっきり某グラップラーのやり取りだった。

「…ふぅん……。だったら、こっちも『バーリ・トゥード(何でもアリ)』でイイわけねッッ」

「!」

刹那―――
アルクェイドの姿が消えたかと思うと、里緒の腹部を中心に爆発音が路地裏に響き渡る。

「―――ゲゥ……ッッ~~~~~!!!」

その一撃はまるで、攻撃した対象の存在確立を変動させて消滅させるという、作者ですらよく分からない力であり、普通のの相手であればまずは消滅は免れないであろう。

「…まだ完全でないとはいえ、『空想具現化』の一撃を受けてまだ原形を留めているなんて、さすがは『起源覚醒者』…いえ、『改造サーヴァント』といったところね」



「~~~~~~!!!ッッッ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――――!!!」



獣は苦しみ悶え、口から汚物を吐瀉しながら、冷たい路地裏の地をのたうち転がり回る。
それはあたかも、その一撃で消滅したほうが何億倍も幸福であったかのような、凡そ想像しがたい苦しみであった。

「rrrrrrrrrrrr!!!!!!」



「まあ、あとはこのキチガイが言ってたとおり、こいつらのマスターを追って『月』に行くだけね」
「あ…ああ……」

しかし、アルクェイドの恐ろしいのは、こんな絶望的な苦しみをしている里緒に対しても、まるでアリが足元で悶えているかのような感覚で、『一切』気にしていないことである。

もっとも、彼女にとって見ればこの男の狂気も原因も『起源』も知ったことではない。
アルクェイドにとって『愛するカレ(志貴)』に害をなすもの全てが敵であるのだ。



さて、残すところは月へ向かった『黒幕』マスターを追い詰めるのみとなった。
志貴とアルクェイドは、ゆるりと路地裏を後にしようとしたが……



しかし―――!!!



「…!!!」



背後より聞こえる…
否、聞こえてはいけない…聞こえるはずもない物音が志貴たちの耳に入る。

まさか……
いや、そんなことがあるはずがないッ!ありえないッッ!!





……

………



志貴とアルクェイドが恐る恐る振り返ると、そこにはフラフラとではあるが……
立っているのがやっとの状態にしか見えないが……ッッ!!



「~~~~~~」



その女性のごとき肉体は、ついには骸骨にまで痩せ細り……
……それでも里緒が再び立ち上がっていたのだ!!!







志貴には何が起こったのか認識できなかった。
ただ一瞬、閃光が奔った……!!!

次の瞬間、獣と真祖の立ち位置は入れ替わっており……

気づいた志貴が驚き、獣から離れる……

そして真祖をようやく認識したとき……!!!



すでにその首は噛み千切られていたのだった!!!



「……こ、『公式設定』ではサーヴァントを遥かに上回っているハズだったんだけど……。まさか空想具現化状態でもその動きを捉えきれずッッ…その肉体に疵一つ付けれないなんてねッッ…」

左手で首を押さえ、大量の血の流出を防ぐアルクェイド。
その顔面は真祖にあるまじく蒼白していながらも、相手の戦闘力を初めて純粋に褒め称えた。



「無知な科学者にはたどり着けぬ極地がある………。薬物と滅びゆく肉体とのせめぎ合いの果てッ、薬物を凌駕する例外の存在!!!日に30時間の鍛錬という矛盾のみを条件に存在する肉体。10数年その拷問に耐え、俺は今ステロイドを超えた!!!」

まんま某グラップラーの『マッシング』状態であったが、まあ、里緒の持つブラットチップがその劣等感にも近い妄想を、宝具として具現化したのであろうか。
空想具現化とは対となる、まさに『不自然』との融合ッッ!

ちなみに彼は日に30時間も鍛錬していなければ格別拷問を受けたわけでもないのだが……

それはさておき、眼前のそれはまさにッッ!!
百獣の王に相応しい……『野獣と化した里緒』であった!!!



―――to be continued



[25916] 第59話 …くちづけ
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/09/15 23:58
宝具『ブラッドチップ』の過剰摂取と己の劣等感・妄想力は、オーバードース(薬物過剰摂取)から引き起こされるマッシングにより、改造されしサーヴァントはドーピングを超えた更なる強化を得た。
空想具現化が自然への干渉に対し、ブラッドチップがもたらすものは、すなわち不自然からの干渉……

里緒のバーサーカーとしての性能・性質・存在……
いずれも従来のサーヴァントと比べて極めて『不自然』なモノであり、その『不自然』を身に纏った今の里緒は、名実ともに『野獣と化した里緒』であった。



「……み…視えない……!!!」

志貴は脳の負担を無視し、『直死の魔眼』を以って里緒を仕留めようとするも、その線も点も一向に視えない…!!!

思うに、不完全とはいえアルクェイドの空想具現化を以ってしてもダメージを与えることの出来ない霊体。
いかに『直死』とはいえ、その死を発見するのは極めて困難であろう。
『両儀式』であっても、その死を捉えるのは至難。
『バーサーカー』としてのクラスと『白純里緒』が、此処まで相性のいいものであろうとは……!!!



「……次、アレ(里緒)が動き出したら……私が盾になるから……その隙に逃げなさい……!!!」

小声でアルクェイドが志貴の耳元にささやく。
その真祖の額から溢れる汗は尋常ではなく、相手の異常なまでの『狂気』『強化』による絶望感を物語っていた。

次の攻撃を避ける術はない……
ならば、自分が盾になってでも『志貴だけは』無事でいて欲しい…!!
その想いがアルクェイドの脳内では先行していたのだ。

「ば、莫迦!!!普通は逆だろッッ!!!」

しかし、それは志貴も同じ。
自分はどうなっても、アルクェイドは守らなければならない。
その『姫君』を護る『騎士』であるかのような強固な意志で、志貴はアルクェイドの申し出を断固拒否。
自分こそ盾になりアルクェイドを逃がそうとする。

「ダメッッ!!アレの攻撃が始まったとき、生き残る可能性を考えれば圧倒的に『私』の方!だから、志貴は逃げて!!!」
「莫迦野郎!!!相手は倒した敵を『食べる』んだ!!!吸血鬼の再生能力云々が通用する相手じゃないんだよ!!!だったら、それこそアルクェイドが逃げて体勢を立て直したほうが、まだ勝つ見込みがあるんだ!!!」
「イヤよ!!!志貴を置いて逃げれるわけないじゃない!!!」
「俺だって、アルクェイドを置いて逃げれるわけないだろ!!!」

……なんともまあ、アクション映画にありがちな『陳腐なシーン』であろうか。

しかし、その行為は人が人を愛するが故の『自然』なのであろうか……?(アルクェイドが吸血鬼という突っ込みは置いといて)
あるいは、相手を見捨てて自分だけが助かろうという行為こそが『生物の本能』であり『自然』なのかもしれない。

否!

そんな理屈など、今の志貴とアルクェイドには見えやしない。
志貴もアルクェイドも、今はただ、相手のことだけを考えている。
この死が迫った間際の…断末魔の正真正銘の想いが、愛する相手のことである!!!



「ぐあああああああ!!!!!!」

「「え?」」



志貴もアルクェイドも唖然とする。
死を覚悟していた二人ではあったが、目の当たりにしたのは死ではなく『悶え苦しむ里緒』の姿であった。

「な、なんで?」

志貴の驚きも無理はない。
先ほどまで、アルクェイドにさえ死を覚悟させた相手の、突然の変調。
薬物さえも超えた霊体であるにも拘らず……

「…な、なんだかわからないけど、助かったみたい!!!」
「わっ!!!」

死への緊張が解けたのか……
思わず志貴に抱きつくアルクェイド。
すると……!!!



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――!!!!!」



今度は口から汚物を吐瀉し、頭を抱えたり首を縦横に振ったり…
あえて言おう!『ラリっている』と!!!

どうしてこうなったのかわからない……
わからないが……
先ほどの志貴とアルクェイドが『陳腐なシーン』を見せ付けたときから、里緒の様子がおかしくなったのは確かである。







その光景を、見ていた謎の男女。
片や志貴によく似た黒髪のメガネと、優柔そうな雰囲気の男。
片や赤ジャケットのよく似合う、ショートヘアの容姿端麗な女性。

男はこの戦いの一部始終を見ていたのであろうか、「なるほど」という貌でこの状況を説明し始める。

「ブラッドチップが裏返った。それだけは確かなようだ。自然と不自然2つの空想具現化に、『白純先輩』の体内の何か憤怒によって脳から分泌された脳内麻薬か……あるいは、そこの立つ二人の『恋愛ドラマ』によってもたらされた劣等感。そしてその昂ぶりから形造られてしまった化学物質か…あるいはそれら全てが『先輩』の内部で出会ってしまい、化学反応を起こしスパーク………」
「ワケわかんねェよ、幹也…」

そう、この二人こそ、かの『聖杯戦争データ流出事件』を影で解決した名探偵コンビ…『両儀幹也(旧姓・黒桐)』と『両儀式』であった。
ちなみに二人の愛の結晶である『両儀未那』は置いてきた。
つれてきても足手まとい…というより、式の邪魔をしかねないからである。

「よーするに…『宝具』と化した先輩のブラッドチップの性能が、その先輩の劣等感からくる妄想を具現化してパワーアップした…。しかし、あんな『陳腐なラブシーン』なんか、妄想によるチートをつかったとしても、実現不可能な現象だろう?」

つまり、妄想は所詮妄想でしかなく、志貴とアルクェイドのような『愛』という事象は、いかに妄想を自身に干渉、具現化させる『宝具・ブラッドチップ』を以ってしても実現は不可能。

実現不可能への劣等感の肥大化は、宝具の妄想具現化の限界を凌駕してしまい…
故に、里緒の霊体の方が崩壊していったのだ!!!


「―――だったら話は早い。幹也ッ…来い!」
「え?」

完璧と思われていた改造サーヴァント『白純里緒』の穴。
それを確実につく方法を識る式は、黒桐の手を引き戦場へと駆けたのであった。







「久しぶりです…先輩」
「……すぐ、楽にしてやる」

突如現れた謎の男女。

「………」
「………」

ただでさえ、目の前で突如崩壊している獣を見て呆然としている最中…
もはや、なにがなんだかわからず、志貴とアルクェイドはとりあえず、成り行きに任せることに決め込んだのであった。



「す…η‥ζ..…ζзι~‥乙|∥てんτ″ゅйξッ」

一方、現実と妄想の狭間の獅子は、『一番認めたくない現実』がイキナリ乱入してきたものであるのだから、全く以って、言語という言語を発することが出来ていない。

おそらくば「何故、黒桐と両儀がここに!?」といいたかったのであろうか、そんなもの、誰も割りとどうでもいいことであった。



「とりあえず、ここで『口づけ』でもすれば、再起不能通り越して成仏するんじゃないのか?」

さらに人目を一切気にしない元『殺人鬼(?)』は、黒桐にとんでもない提案を持ち出す。

「ほ、本気か…式―――」



ズキュゥゥゥウウウン



「わかるかい先輩…これが人間の……温もり……だよ…」



式もある意味では本能に忠実な人間だった。
黒桐の返答の前に、人目はばからず唇を唇で塞ぐ式。
こんなもので『人間のぬくもり』を教えてもらったのではたまったものではない。
しかも目の前にいるのは自分がかつて愛した女性とその恋敵である。
こんなもの、ぬくもり以前にあてつけ以外の何ものでもないことは言うまでもない。



「~~~~~~ッッ!!!」



その現実を認めないとばかりに、里緒は発狂しながらも式たちに襲い掛かろうとした。



―――が…



「あれ?床がなんで…起き上が…る…?」

里緒は無様にも前のめりでダウンしてしまった。
クソバカップルの行為による精神ダメージは思いのほか深刻だった。
既に彼は戦える状態ではなかったのだ!!!

薄れゆく意識の中、里緒が最後に「ワケわかんねェ……」と現実に戻り消滅していったのであった。

もっとも、そんな決着の着け方をされた志貴とアルクェイドの方が「ワケわかんねェのはこっちの方だ!」と思ったであろうことは言うまでもないことではあるが…

何はともあれ、これで残すは月に行ったとされる『マスター』のみとなった。
志貴はそのマスターが『琥珀』でないことを祈りつつ、最終決戦(事件解決)へと臨むのであった。



―――to be continued



[25916] 第60話 …YA-YA-YA!
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/09/17 21:04
時は戻り、遠野邸の朝食時。
ここは遠野邸のゴミ集積所である。
秋葉と琥珀の作り出した、凍てついた固有結界を抜け出しゴミ出しをする翡翠……

「………!!」

しかし、その挙動はどこかおかしくゴミを探すというよりは、まるでゴミの中から何かを探しているような……



「そこに探し物はないと思いますよ」
「!!?」
「どうも、警察のものです」

その背後より、何処から侵入したのかは知らないが、優雅に現れた杉下と、警察手帳を片手に持った亀山の姿があったわけで……

「け、警察が何の用でしょう……」
「いえ、実は今、この町で起きている連続殺人事件について調査をしておりまして……」
「で、その事件の重要証拠物でもある『人工魔術回路』を探しているわけなんですよ」

「………!!!」

何となく嫌な予感はした。
恐る恐る警察に問いかける翡翠であったが、やはり、その嫌な予感は現実であった。
杉下と亀山の言葉に、ポーカーフェイスは保てていても、自動的に身体は硬直してしまう。

「調べた結果、ここの家の方がその『人工魔術回路』をご購入なさったとかで……」



「姉さんは関係ありません!!!」

じわりじわりと問い詰める杉下に、これ以上思うようにされまいと、翡翠はつい声を荒げてしまう。

……が……

「あれぇ?誰も『琥珀さん』だなんて、一言も言ってないんだけどなー……」

「!!!」

怒りは冷静さを失い、かえって逆の結果を生んだ。
亀山の言葉で、「ハッ」となるも時は戻らず……

「…すべて、話していただきますね。どうして姉の『琥珀』の名を騙り、インターネットを通じて『人工魔術回路』を購入なさったのかを……」

おそらくこの男は全てを知っている。
決して言い逃れはできないであろう。

貴方を犯人です…もとい、翡翠は自分が行った犯行全てを自白した。



「ただ…志貴様の顔を人目見たかった……。それだけです……」



志貴を想う心を持つのは、秋葉だけではなかった。
翡翠もまた、志貴が見つかるのを願う人物の一人であった。
秋葉の志貴の捜索が成功することを、心密かに願っていたのだ。

…しかし、秋葉の執念実らず、志貴の捜索は難航。
さらに上手を行った琥珀が法務省と手を結び、次々と妨害していった結果もあり、志貴が見つかる気配など何処にもなかった。



もはや秋葉様の力ですらアテにならない……
そう思った翡翠は、長年貯めていた金を全てはたいて『人工魔術回路』及び、闇ルートで流れている『聖杯戦争のデータ』を購入した。

…そう、聖杯戦争では『遠坂凛』が『アーチャー』…もとい『未来の衛宮士郎』を召喚したというデータが存在する。
それを知った翡翠は、志貴の残した『モノ』を媒体に、人工魔術回路で作った無尽蔵の魔力を用いての『サーヴァント召喚』……つまり、英霊としてでいいから、『遠野志貴』の召喚を図ったのであった。

しかし、所詮はインターネットの某掲示板で流れている『サーヴァント召喚方法』などという付け焼刃では成功するすべもなく……

結局、翡翠は召喚魔術に失敗。
用済みになった人工魔術回路を遠野邸のゴミ集積所に処分したのだが、この日の朝、秋葉と琥珀の間に不穏な空気が流れた。
翡翠は、秋葉が琥珀に対し何らかの『疑念』持っていることを察した。
万が一、人工魔術回路が秋葉に見つかれば、何の罪もない『姉さん』が秋葉に『咎められて』しまう……

そう思った翡翠は、急ぎ、人工魔術回路を回収、自室に再び持ち帰ろうとしたのであった。



……しかし、おそらくその後、『何らかの事故』により、偶然にも『サーヴァント』の召喚に成功してしまったのであろう。



「此処に来る前に、『米沢さん』に魔術の反応を調べてもらいましたところ、このお屋敷より魔術跡の反応が点々とあったとの報告を受けました。つまり、処分されたはずの人工魔術回路が、何者かの手によりここから持ち去られたということです。…しかし、人間がこの家に侵入、闘争した形跡が一切ないことから、おそらく、偶然に『召喚されてしまったサーヴァント』こそ、この事件の真の黒幕であり、捨てられた人工魔術回路を持ち去り『擬似サーヴァント』を大量に召喚した、恐るべし魔術師なのでしょう。クラスは、おおよそ『キャスター』といったところでしょうか…」

杉下の推理は全て正解であった。
がっくり項垂れ、そのまま地面にへたり込む翡翠。

「……全部……私が悪いんです……。姉さんは、何も関係ないんです……」

「……でも、翡翠さん……!!貴方は、何の関係もない『お姉さん』の名前を使って『そんな危険なもの』を買ってしまったんですよ!!」
「ご…ごめんなさいっっ……!!!」

亀山の言葉が、痛いほどに翡翠の心に突き刺さる。
翡翠の行ったことは、研究所及び『間桐慎二』に行った詐欺罪を除けば事故であり、しかもサーヴァントを対象とした法律がない以上、それを発生させてしまった翡翠にも、この連続殺人に対して『罪状』そのものが存在しないのだ。

…それでも翡翠は罪悪感に苛まれ、ただ、ひたすら謝罪と懺悔の言葉を繰り返していた。



「………」

しかし、杉下の中ではまだ何か引っ掛かりがあった。
それは果たして、この事件の黒幕である、おそらくは『キャスター』のことであろうか…
それとも、この事件をなかったことにしたい『警察庁』及び『法務省』のことであろうか…

……あるいは?



―――to be continued



[25916] 第61話 …賛美歌
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/10/04 07:17
「ウワーハハハ!!!ここは擬似サーヴァント最強の死の神『タナトス』様と」
「眠りの神『ヒュプノス』様が相手だ」

この言葉を放ったのが、彼ら擬似サーヴァントの最期であった。

銀髪、銀瞳のタナトスは、金髪で甲冑をつけた女…『セイバー』の『約束されし勝利の剣(エクスカリバー)』により一撃で消滅……
もう一方の金髪、金瞳のヒュプノスも、赤髪の英雄…『衛宮士郎』の固有結界『無限の剣製(アンリミテッド・ブレイドワークス)』によって複製された多種多様の剣で滅多切りにされてしまった。

あえて言おう!かませ犬であると……



「……どうやら、世界各地で擬似サーヴァントと戦ってるうちに、相当レベルが上がったんじゃない?特に『衛宮君』。普通、人間がサーヴァントと戦った場合、勝つどころか互角の勝負すら出来ないものよ」

二人の背後よりそう言い放ったのは、黒髪、ツインテールに赤コートの魔術師…『遠坂凛』であった。

「遠坂……」
「……まあ、英雄稼業も大繁盛…と、言いたいところだけど…。この件は『あの男』が黒幕として関わってる以上、これ以上放置するわけにはいかないわ」

凛の先の余裕そうな口ぶりから一転…『あの男』と口にした直後から、苦虫を噛み潰したような表情へと変化する。

「もちろん、衛宮君たちも『あの男』の正体……『三咲町連続殺人事件の黒幕』を突き止めたからこそ、この場所に来たんでしょ?」

凛の言葉に静かに頷く士郎とセイバー。
三人の眼前にあるのはクリスタルタワーを髣髴させる『物見が丘のオブジェ』であった。

ここはロストテクノロジー(失われし技術)の一つ、軌道重力トランスポーターである。
かつて地球とムーンレイスの間には戦争があった…
この軌道重力トランスポーターは大量の物資、人などを星の間で送信する装置であったのだが、有事の際、ムーンレイスはこれを戦略兵器として活用。
地球、及び幻想郷の妖怪に対し多大な被害を与えた。

しかしながら、軌道重力トランスポーターは現在、『タツヤ-フィーナタワー』と名を改め、地球と月を結ぶ友好の架け橋として地球人、及びムーンレイスの交流の活性化になくてはならないものとなっている。

最後に、凛の口から忌々しげに男の名を騙る……

「『言峰綺礼』ッッ……なんでよりによってアンタが黄泉返ったワケ……ッッ!!!」







この『タツヤ-フィーネタワー』へ足を運んだのは、士郎たちだけではない。

「ついに、『月』へ向かうのか……」
「あーあ…『月』は私と志貴の新婚旅行にとっておきたかったのに~」

犯人を追い詰めるときにでも、緊張感のない会話を繰り広げる志貴とアルクェイド。

「…なあ、幹也…。仮に月に行ったとして、月の何処に『ヤツ(犯人)』がいるのかわかるのか?」
「ああ。なんでも今警察庁で『神戸尊』を中心に開発を急いでいる『FRSシステム(貌認識システム)』が月で試運転されていて、それに犯人の行動が監視されているとのことだって」

式の疑問にも幹也は詰まることなく答える。
これでは志貴と幹也、どちらが『主役』かわかったものではない。
まあ、幹也がどこからこんな情報をい仕入れてくるのか、全く以って不明である。
とはいえ、此処までくれば後はこの事件の黒幕を逮捕するのみであり、嫌が応にも緊張は強くなっていく。

尚、完全に予断ではあるが、この『FRS』システムは、開発の中心となっている『神戸尊』が計画の延長を訴えている一方、いち早く日本版CIA、そして警察省を作りたい『小野田官房長』は早期のシステムの完成を図り対立していた。
法務省のクラタはこの『FRSシステム』を、「『小野田公顕』は生き急ぎすぎている」と後の事件を予知したかのように、悲しみの表情で評していた。



「…なんにせよ、相手は何体もの『擬似サーヴァント』を召喚する、とてつもない魔力を持つ魔術師だ……。半端な力では自分の命を落とすかもしれない。此処からは実力に自信のある人だけが来て欲しい」

ひとまず場を仕切る志貴ではあるが、ある意味自爆的コメントとも言える。

「ちなみに、今現在、この月への転送装置は『5人まで』しか乗れないらしいわ」

物語の都合あわせであるかのように、アルクェイドは人数制限を示唆する。



志貴を中心に、この事件の黒幕…『言峰綺礼』との最終決着が着けられようとしていた。
仲間の候補は『アルクェイド』『シエル』『さっちん』『ネロ・カオス』『両儀式』『両儀幹也』『霧雨魔理沙』『衛宮士郎』『セイバー』『遠坂凛』『伊吹風子』『神尾往人』『イタミン』『米沢守』『神戸尊』であり、この中から志貴の仲間4人を選び、最終決戦へと望まなければならない!!!



『志貴の仲間4人をお選びください』



―――to be continued



[25916] 第62話 …磔
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/10/04 07:18
翡翠が志貴に合いたいとばかりに行った、『人工魔術回路』『聖杯戦争のデータ』を利用しての召喚術。
しかし、所詮そんなものは素人に出来るはずもなく……
頓挫してゴミとして処理をしたはずのこれらのモノは、アクシデントにより『言峰綺礼』を誤って召喚してしまった。

言峰綺礼はそのまま人工魔術回路を回収……
数多の擬似サーヴァントの召喚により『三咲町連続殺人事件』等の事件を引き起こした。

彼はそれだけでは飽き足らず、ロストテクノロジーの一つである、『軌道重力トランスポーター』を用いて月世界へと移動……
この世界を更なる混沌へと導こうとしていた。



ここは地球と月を結ぶ塔、物見が丘のオブジェ。
現在は、地球と月の友好の架け橋となった『達哉』王と『フィーナ』王妃の名を取り『タツヤ-フィーナタワー』と呼ばれている。

この塔に集結しているのは、その野心を食い止める勇者たち……
『遠野志貴』『アルクェイド・ブリュンスタッド』『ネロ・カオス』『セイバー』『両儀式』であった。



ちなみに、このメンバーより先行して…

「しかし、エセ神父で飽き足らず、エセサーヴァントにまで成り下がるなんて、ホント、綺礼も懲りないヤツ」
「……そんな悠長なことを言ってる場合じゃないぞ。相手はあの言峰綺礼だ。『第五次聖杯戦争』で暗躍し、目的もなく世界が悪に塗れることのみを求めた男……。これ以上野放しにすれば何が起こるかわからない……ッッ!!!」
「そんなこと理解ってるわよ。月世界に向かったってコトは、目的はアンタ(士郎)の雇い主である『総帥』の暗殺。総帥が望むことと綺礼が望むことは全くの『真逆』なんだもの、邪魔者は先に排除しよう…って魂胆じゃない?(もっとも、私はどっちも『キライ』だけど)」

…と、軽く言い捨てる凛と、綺礼の為そうとしていることをなんとしても止めたい士郎が『軌道重力トランスポーター』により月世界に向かっていた。

まあ、凛の説明の通り、総帥の目的が『悲劇の回避』であるのに対し、綺礼の目的は『悲劇』そのものである。
そうなれば、綺礼にとって総帥の研究そのものが虫唾が走るようなものであり、全く以って理解の出来ぬ境地……相容れぬ存在であるといえる。

そして凛にとっては総帥、綺礼は共に自分の掌の上で世界を転がそうという点については同類のように思っており、その彼らの思い上がりには嫌悪感を抱いていた。

尚、士郎はあくまで仲間との合流を優先しようとしたが、凛が強引に話を進めてしまったため、念のためセイバーを置いて月へ向かうこととなってしまった。
その凛の所業は、先行というよりは『独断専行』であるといわざるを得ない。







そういうわけで、素直に仲間との合流を待ったセイバーは、遅れてこの地に現れた志貴たちと合流することとなった。
まあ、士郎が凛に半ば強引に連れて行かれたせいか、セイバーの顔が何となく膨れていたことは、今更説明も要るまい。

「…なるほど、これで全員というわけですか」

志貴、アルクェイド、ネロ・カオス、両儀式の顔つきを見て、戦力に不足なしといわんばかりに大きく頷くセイバー。
各々自己紹介も終わり、これからの作戦会議へと移る。



「…とりあえず、あの遠坂凛、及び衛宮士郎が何処まで言峰綺礼に迫っているのかはわからないけど、幸いにも、こっちは『警察庁』より月に試作的に設置された『FRSシステム』で、潜伏先は特定済みだ。……この情報は『幹也』が調べた情報だからな」

場を仕切りつつ、その情報の提供元である旦那自慢をする両儀式。

「何よ!ウチの志貴だってスゴイんだからねッ!」
「……い、いや、別に対抗しなくていいから……」

両儀式の旦那自慢についつい対抗するアルクェイドに、頭を抱える志貴。
その気まずさから逃れるかのように場を離れると、ネロ・カオスが静かに円状のワープゾーンを眺めていた。
この光景を見て、志貴はふと疑問に思った。
ネロ・カオスは総帥の娘・まいの護衛をしていたはずである。
そんな彼が護衛を放棄して最終決戦に臨み、果たして大丈夫なのだろうか…?

「と、ところで、護衛していたまいちゃん(総帥の娘)はどうしたんだ?」

志貴が恐る恐る尋ねると、ネロ・カオスの口からは意外な答えが返ってきた。

「……あの非正規労働(バイト)で生計を立てている『弓塚さつき』という吸血鬼に預けてきた。並みの者ではお嬢様の護衛は託せぬが、かの女の力であれば間違いはないであろう」

なんとネロは、さっちんにまいを預けていたのだ。
まあ、確かにさっちんは屍食鬼を通り越して死徒と化した女である。
その力量と『路地裏同盟』の存在があれば、まずは安心であろう。

ただし、護衛料は一時間につき8000円と高い。



まあ、何はともあれ『敵の居場所』がわかっているとなれば、あとは突撃あるのみである。
最終決戦を前に、各々の決意を固める志貴たち……



「(この戦いが終わったら、俺、アルクェイドと結婚するんだ)」
「わ…私…故郷に帰ったら、(料理)学校行くわよ…。頭悪いって他のヤツにバカにされるのもけっこういいかもね…」
「…お嬢様と弓塚さつきに手紙を送った。……『必ず帰還する』と……」
「『KOOL』になれ、式……」

「………」

しかし、この志貴、アルクェイド、ネロ・カオス、両儀式の決意表明を見て、一転してセイバーが不安になってしまったのは、致し方のないことであろう。



―――to be continued



[25916] 第63話 …masochist organ
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/10/08 00:17
ここは月の地下渓谷。
無骨な白い壁面と散りばめられたクリスタルが、ここの冷たい空気とそこはかとなく合っている感がある。

この地下渓谷も綺礼の本拠地と化しているのか、ここの洞窟内は大気が存在しており、宇宙服がなくとも活動は可能であった。

ただし、さすがはラスボスのダンジョンに相応しく、出てくる敵も量産化された擬似サーヴァントばかりで、その上それらが集団で襲いかかってくるため苦戦も強いられている。



「クッ……!!我が分身が幾多に食い尽くそうとも、これでは埒が明かない……」

まあ、こういうときには個々撃破よりはネロ・カオスの666の生命体による広範囲の攻撃が有効であり、ジリ貧ではありながらも確実に進軍はしていた。

「……よもや、こんなところで殺人衝動を発揮できるとは……!コクトーには絶対見せられないな……」

両儀式も、これを機とばかりに直死の魔眼の性能を遺憾なく発揮!
一体一体、確実にその死を一刀に切り伏せ続けた。
……もっとも、相手にしているのは擬似サーヴァントであるため、結果的には『殺人』には至らない。
やはり両義式は『人を殺せない殺人鬼』であることには変わりはなかった。

「……正直、雑兵に構っている暇などない」

セイバーは、さすがは『正規』のサーヴァントのトップクラスであり、『約束されし勝利の剣』を温存して、尚も1対1では圧倒的強さを誇る。
所詮、量産型は量産型である証ともいえる。

「……こいつら弱いくせに数だけはいて、ヤになっちゃうわね」
「……あ…ああ……」
「あ、志貴、危ないわよ」

まあ、アルクェイドならいうまでもなく楽勝である。
あまつさえ、志貴を襲い掛かる擬似サーヴァントまでも駆逐する始末。
まさに、一度に4人の敵を倒せれば、相手は何人いようとも負けはしない状態である。

「………」

志貴、主役としての面目は丸つぶれであり、仮にこの戦いを生き延びたとしても、『正社員』への道は遠のく一方であろう。

がんばれー…まけるなー…力の限り生きて行け~……







まあ、そんなこんなで地下渓谷を攻略し、ついに最深部へとたどり着いた志貴たち。
そこはまさにクリスタルで作られた床に柱……
その周りを暗黒空間が取り囲んでおり、なんともいえない月の神秘さを感じさせている。

士郎たちから見て奥の方に『人工魔術回路』と、なにやら儀式の準備みたいな感じで魔法陣が描かれており、まさにこの世の最たる邪悪さを召喚するのではないかと思わせる……そんな光景であった。

そして、クリスタルの空間の中央にいたのはこの事件の黒幕『言峰綺礼』…
対峙しているのは、先行していた士郎と凛であった。
相も変わらず堂々と、荘厳ささえ醸しだしながら、その重い口を開く綺礼。



「これから総帥が行おうとしている『神の冒涜』ともいえる業……。お前たちはそれを知らない」
「何!!?」

静かなる綺礼の言葉に動揺する士郎。
その言葉はまさに、総帥と士郎の正義は一線を隔てると言わんばかりであった。

「総帥はこの月世界で、『警察庁』『法務省』…いや、『世界』すべてに対し秘密裏に、『悲劇回避』のための『演算システム』を建造している。衛宮士郎、国崎往人、伊吹風子…そして遠野志貴。お前たちが行ってきた調査、レポートは全て研究所に一旦集められ、そのデータはこのシステムに送信されていたというわけだ」

つまり、このシステムが実用化すれば、もし仮に『Aさん』『Bさん』が1000年前の呪いで結ばれなかったとしても、今まで収集したデータから勝手に計算して、その件に関する解決法を導き出す……といったことが可能になるのである。

「……衛宮士郎。それは果たして『純粋な歴史』といえるのか?己がエゴで世界の法則を捻じ曲げる……自分を正義と信じて疑わず、認められぬ未来は改竄する……。これはお前の望んだ正義なのか?衛宮士郎」

「……ムムム」

綺礼の問いかけに言葉が詰まる士郎。
…自分が総帥の正規の仕事として行っていた『英雄稼業』が、まさか、世界の運命操作の為に行われていると知ったら、果たして自分は総帥の下で働いていたであろうか……?



「なにがムムムよ!」
「!!!」

考え込む士郎に対し、一喝する凛。

「たしかに、アンタの雇い主の総帥が行っていることは、私も好きじゃないわ。でも、だからと言って、目の前の綺礼を倒さなければならないという現実は変わらないのよ!総帥への諮問は、それが終わってからでも遅くないわよ!!!」

そりゃあ、もっともである。
綺礼がどんな理屈を述べようとも、『連続殺人事件』他、世界各地に改造したサーヴァントを送り込み世界を混乱へと導いたという現実は変わらない。
しかも、その目的も特に合ったわけではなく、全ては己の悦楽の為であればなおさら許しがたい。



「まあ、魔術師としては『大したことない』エセ神父が『キャスター』になったところで、所詮は『大したことない』んだし、とっとと決めましょ、衛宮クン」
「あ…ああ!!!」

そういったが奇襲攻撃!!!

●ファイガ

まずは士郎が投射・複製した剣に、凛が炎の魔術をかけ、士郎が綺礼に斬りつけ…

○スロウ

次に凛の魔術で綺礼の動きを遅くし…

●ブリザガ

今度は冷気の魔術を士郎の剣にかけ、士郎が魔法剣で斬りつけ…

○ホールド

凛は麻痺の魔術を唱えるも、さすがにラスボスには効かず…

●サンダガ

雷の魔術を士郎の剣にかけ、士郎の魔法剣攻撃…

○ホーリー

そして、凛の聖属性最強の魔術で追撃をかける!!!
それにしても、この凛の魔術のバリエーション……
さすがは『五大元素使い』と呼ばれる一級魔術師なだけのことはある。



「もう一息よ、パワーを『メテオ』に」
「『いいですとも!』」

なんとも息の合ったコンビネーション。
しかし、綺礼からは一切の反撃もなく……

「使うがいい、全ての力を」

と、余裕そうに構えているのであった。



Wメテオ



驚くなかれ!
凛の『第二魔法』より並行世界から呼び出した伝説の剣『メテオソード』(どっかの厨二病が考えた伝説の武器。斬られると死ぬ)を、士郎が『無限の剣製』により大量複製。
あとはギルガメッシュ真っ青の連続投擲である。

いくら綺礼でも、凛と士郎のここまでのレベルアップは予測できなかったに違いない。
その無数にぶち込まれる剣に霊体が耐え切れず、その力は徐々に崩れ落ちていった。



「この体、滅びても…魂は…ふ…め…つ…」



と、言い残して……




「倒した…」
「愚かね…素晴らしい力を持ちながら、邪悪な心に躍らされるなんて……」

とりあえず、ラスボス戦を終え一息つく士郎と凛。

「…もう倒したのか?俺の出番ないじゃん」

その後ろで毒づいた言葉を発したのは、両儀式であった。
そう、志貴たちはこのラスボス戦に間に合わなかったのだ。
もはや主役の出番は完全になしであり、ほぼ空気と化していた。

「ああ、アンタたち」
「一足遅かったか!俺が殺すはずだったのによ!」

両儀式は、綺礼と殺しあえなかったことを、心のそこから悔しがっていた。
この世界の危機になんという不謹慎な女であろう。

「遠野さん…」
「……」
「志貴……」

出番どころか主役の座を完全に奪ってしまったとばかりに、申し訳なさそうな顔で志貴に声をかける士郎。
アルクェイドも続いて声をかけるも、志貴の反応は今ひとつである。

「(……っていうか、これ、絶対どっかでみたようなパターンだろ)」



―――to be continued



[25916] 第64話 …鏡になりたい
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/10/16 00:36
白い岩とクリスタルに囲まれた月の地下渓谷。
その最下層にある、クリスタルで敷き詰められた暗黒空間に言峰綺礼は存在した。
最終決戦へと望む志貴たち…

しかし、それよりも先に月へ乗り込んでいた士郎、凛が既に綺礼を倒していたのである。



「…ま、所詮は平凡の域を出ない魔術師が『キャスター』になったところで大したことなかったわね」

本来、財産管理の後見人であったはずの綺礼にさえ、ボロクソ言う赤い悪魔。

「………」
「志貴……」

しかし、あの聖杯戦争の裏で糸を引いていた綺礼がそう簡単に斃されるものであろうか……
志貴は今ひとつ納得しない表情であり、その不安そうな志貴をアルクェイドは心配そうに見つめていた。






!!!!!!!!!!!!!!!!!



「「「――――――ッッ!!?」」」



案の定であった。
綺礼が倒れた場所を中心に、不意を突くかのような大爆発が発生!!
勝利の余韻に浸っていた志貴たちにはそれを防ぐすべもなく、爆風に吹き飛ばされ、クリスタルの床に叩きつけられた―――



爆炎の中心…
綺礼の遺体を焼き尽くすかのように燃え上がる炎……
その炎は何時しか人を象っていき……



なんと!!
綺礼は死の間際に最期の英霊…否、反英霊の召喚を成功させていた。
その召喚の為に、自分自身、サーヴァントとして維持している魔力、及び人工魔術回路の魔力全てを使い切ったことであろう。
その人工魔術回路も過剰供給により、ついには大破してしまっている。

そして、何時の間に出現したのであろう、不気味なほど紅の城壁と、その奥に見える謎の宮殿…
城壁の中心にあるのは、眼前に迫るほどに巨大な門である。
それはさしずめ、この召喚されし者の作り上げた固有結界か何かであろうか……?


「我は…完全暗黒物質…綺礼の憎しみが増大せしもの…我が名は『アヴェンジャー』…全てを…憎む…!!」



しかしながらこのアヴェンジャー……
なんだかとんでもない事をのたまってるが、見た目はただのハゲのオッサンである。
……まあ、一言で言うなら『誰でも勝てそう』な風体であろうか……


「……死してなお憎しみを増幅させるなんて……」
「綺礼…いや…アヴェンジャー!今度こそ俺の手で消し去ってやろう……!」

しかし、百戦錬磨の凛と士郎に隙はない。
その英雄業の戦闘経験から、万が一の不意打ちにも備えていたのであろう。
アヴェンジャーの謎の爆撃にも耐え切り、立ち上がり即座に臨戦態勢を取る。



「…消え去りなさい、アヴェンジャー!」

凛が咆哮するとともに、士郎と凛は二人掛かりで先ほど『平行世界』より取り出した厨二病剣『メテオ』を取り出し切りかかる。

しかし、ハゲのオッサンにはそれは全く通用しない。

「ダメッ、奴にはメテオは効かない!士郎!クリスタルを使う時よっ!」



○クリスタル



なんだかまた意味不明なアイテム登場。
クリスタルからまばゆい光が発生するも、ハゲのオッサンはびくともしない。

「二股どころか三股四股の道を歩んだお前がクリスタルを使おうが、輝きは戻らぬ。ただ暗黒に回帰するのみだ!死ねッ!」

イタイところを突かれる士郎。
なんにせよ、このクリスタルはクソの役にも立たなかったようだ。

すると、今度はこのアヴェンジャーの宝具ともいえる固有結界が発動。
巨大な門が解放されるとともに、イスカンダルの宝具『王の軍勢』を髣髴させる『兵』が大量に現れ士郎たちに襲い掛かる。
しかし、その『王の軍勢』と異なる点は、その兵は紅の衣を纏っており、所持している武器が小銃だの銃剣だの非常に近代的なものであるという所であろう。



「「!!!!!!!!」」



まあ、結果は言わずもがな多勢に無勢であり、士郎、凛のパーティはあっという間に壊滅してしまった。

「…苦しむがいい…滅びるがいい…全てを消滅させるまで…我が憎しみは続く…今度はお前たちの番だ…来るがいい…我が暗黒の中へ…!」

そして、このアヴェンジャーの憎しみの矛先は、今度は戦闘不能の志貴たちへと向けられていた。



薄れる意識の中……凛は考えていた。

所謂ただの人間である志貴や式なら、あの爆炎の一撃で戦闘不能に陥るのはわかる。
しかし、アルクェイド、ネロ・カオス、セイバーといった人間以上の耐久力、魔力耐性を持つものが一撃で倒れるなど果たして……

そう、あの時現れていた『紅の城壁と巨大な門』……
城壁そのものがアヴェンジャーの宝具であり、人間以外の何かを無力化させる効果があるのであろうか……

この男の言葉……全てに対する憎しみ…否定……
この男の前では、あらゆるものの存在が『平等に』否定される。
一騎当千の猛者ですら、この門の前には平等に…ただの人間同然の存在と化す……
特別な存在はあくまで自分のみ……そういう類の宝具なのではないだろうか……?

故に、アルクェイド、ネロ・カオス、セイバーはこの宝具の前では一般人同然となり、不意打ちの爆撃に耐え切れなかったのである。

「(そ、そういえば勉強したことあったっけ……。自分の思想以外の全てを認めず弾圧したっていう……あの文化規模の『革命』の話……)」

その革命こそが、このアヴェンジャーの神格化・個人崇拝へと繋がっていき、そして社会的な絶対悪の創造へと至ったと凛は考えた。
凛にはアヴェンジャーの『真名』が何となく理解できてきた。

「(まあ、あの殺人麻婆豆腐好きのエセ神父に相応しいサーヴァントなんじゃないの……)」

それが意識を失う前に、凛が最後に思ったことであった。



「負けるわけにはいかない……」

そして、そんなアヴェンジャーの正体など皆目見当もつかない志貴は、満身創痍の状態で最終決戦へと向かうのであった。



―――to be continued



[25916] 第65話 …heavenly
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/10/18 21:20
「負けるわけにはいかない……」

アヴェンジャーの正体など皆目見当もつかない志貴ではあったが、満身創痍の状態で、たった一人でサーヴァントに立ち向かう。
ようやく主役の面目が保てた志貴ではあったが、このサーヴァント相手にどうやって勝つ気でいるのだろうか…


アヴェンジャー…

彼が反英霊となったのは、彼自身が行った他文化への弾圧…
そして、彼の遺した思想が今も生き続けているからに他ならない。
自身を神格化し、その思想以外全てを排除する、誤った『共産主義』……
そして、その根底にあるのは自国を世界の中心とし、遠方の国々を格下とした『シノセントリズム』……

彼は最弱のサーヴァントである。
宝具抜きでマスター相手にまともに戦った場合、よほど弱いマスターでない限り、このアヴェンジャーが人間相手に勝つことはまずない。

正直な話、宝具さえ使われなければ志貴一人でも勝てる。

しかし、相手が人間以上の神性、特殊な力が備わっている場合は話が異なってくる。
彼の固有結界、そして宝具はそれらを全て『平等』に無力化してしまうからだ。



マスター…綺礼(死亡)
クラス…アヴェンジャー
真名…シナマルクスイズム(マオ・ツォートン)
属性…秩序・狂

クラススキル
なし

保有スキル
自立行動Ex
個人崇拝A…自身への洗脳・狂信
シノセントリズム…自身以外のランクを下げる。
ティアンメン…紅の城壁と宮殿、巨大な門に自身の肖像画を飾った固有結界

筋力…E 魔力…E 耐久…E 幸運…E 敏捷…E 宝具…Ex

宝具…
ウェンホアタークーミン
固有結界ティアンメン発動時に使用可能。自分以外の全ての特性を排除する。

ホンウェイビン
固有結界ティアンメン発動時に使用可能。巨大な門より10万の銃兵を召喚する。

アンリミテッド・フェイクワークス(無限の盗作)
偽造品を無限に生成する。ただし、どこか何か違う。







ところ変わって、ここは地球にある志貴の職場…
ここには一ノ瀬所長をはじめ、神尾往人、伊吹風子、ちびギル、イリヤ、間桐桜、ライダー、黒桐幹也、さっちん、まい…
そして、なんとあのローマ教皇とシエル、プーチン大統領までここに来ていた!!!

……っていうか、狭い事務所のなかにこれだけの人数は相当窮屈である。

「ローマ教皇様!」
「お兄ちゃんたちが!」

研究所から持ってきた、なんだか月の戦いを映し出す機械(おそらくはFRSシステムの映像を不正受信していると思われる)により、志貴たちの圧倒的不利を目撃し、ちびギル、イリヤはローマ教皇を見る。

「うむ!今こそ彼らの……いや、この大地の為に祈る時!イリヤ、ギルガメッシュ!皆の祈りをワシらがsig.遠野志貴の下まで送るのじゃ!」

相変わらず無駄にオーラを放つローマ教皇は、その威厳のある声でみなの魔力をかき集めだした。
っていうか、教会が魔術の真似事をするのはどうかと思うが、もはやローマ教皇なら何でもありなのだろう。

「………」

シエルはローマ教皇に対しツッコミを入れたかったが、あまりにも恐れ多いため自重したことは言うまでもない。

「遠野君……!」
「今こそ本当の勇気を……!」

共に祈る幹也と国崎。

「私たちが待ってるんです!!」
「……ぶ…無事帰って来て…下さい……」

同じく志貴…というよりは士郎の帰りを待つ桜と、こういう場は何となくこっぱずかしいのか、顔を赤らめながらぼそりと言うライダー。
ちなみに桜が凛に、ここに帰ってきて欲しいかどうかというのは、あえて言及するまい。


「このロシア…もとい、大地の為にも!」
「立ち上がって!(…勝ったらバイト代もらえるし……)」

プーチンとさっちんに至っては、もはや完全に邪な祈りと化していた。

「………」

そして、静かに皆の無事を祈る…
ある意味一番ノリの悪い、総帥の娘・まい。



「しっかりしてよ、お兄ちゃん!」
「志貴さん……みなさん……!」
「月よ…! 我らの祈り、受け取りたまえ……!!」

イリヤ、ちびギル…
そしてローマ法王の祈りは、研究所より一ノ瀬所長の開発した、魔力転送装置『キセキオコール』(要するに、簡易な奇跡を実現化する機械)により志貴たちへと届けられた。







月の地下渓谷の中心核…
満身創痍ながらもアヴェンジャーに敢然と立ち向かう志貴。
その後ろから士郎が、這い蹲りながらも志貴に何かを託送としていた。

「え…衛宮さん……!」
「遠野君…こ、これを…!お前が…使うんだ…!」

志貴はクリスタルを手に入れた!
ただし、士郎が使ったときは『二股疑惑』により発動は出来なかったのだが……

「アヴェンジャー……!負けるわけには……いかないッ……!」


アヴェンジャーに挑む士郎を前に、イリヤとちびギルのヴィジョンが現れる。

「お兄ちゃん!」
「僕たちの魔力を送るよ!」

『二人の優しさが生きる力を与えた!』

この魔力により、戦闘不能だったアルクェイド、ネロ・カオス・セイバー・両儀式が満身創痍ながらも立ち上がった。

続いて現れる、国崎、伊吹のヴィジョン…

「みんな!勇気(Pluck)を!」
「成せば成ります、ヒトデ…もとい自分を信じてください!」

『二人の願いが耐える力を与えた!』

魔力により、アルクェイド、セイバーのHPが全快した。
続いて現れる、幹也、桜のヴィジョン…

「精神を集中させろ!式ッッ!」
「必ず帰って来てください!……最悪、先輩だけでも!」

『二人の祈りが耐える力を与えた!』

同じく魔力によりHPが全快する、ネロ・カオス、両儀式。
…っていうか、こいつらの叱咤激励は、ほぼ個人応援に近かった。

…そして……

「月よ、光を与えなさい!」

凛の魔力により、志貴のHPが全快する。

「遠野志貴君!お前に秘められた主人公の力をクリスタルに託すのだ!アヴェンジャー!正体を見せるがいい!」

「あ…ああ……」

士郎はなんだかよく分からない助言を志貴に与える。

「……っていうか、これをどうしろっていうんだ……」

…っていうか、元はといえば士郎が二股どころか三股四股かけているせいでクリスタルが輝かなかったのだが……
そんな不良品をつかまされたところで、どうしていいのかわからず途方にくれる志貴。

「と、とりあえず、さっきの『衛宮士郎』とは違うってところを見せ付ければいいんじゃないの……?」
「……とかく、先のクリスタルは『エミヤ』とかいう小僧の浮気性に邪悪さを見出して拒絶反応を示していたが……」
「シロウの悪口は撤回してもらう!訴訟も辞さない!」
「まあ、俺とコクトーはラブラブだから問題ないけどな」

しまいには、アルクェイド、ネロ・カオス、セイバー、両儀式が好き放題のたまう始末である。
まあ、とりあえず『待ってくれるアヴェンジャーの優しさが回復の時間を与えた』ことだけは確かであった。(お約束)



―――to be continued



[25916] 第66話 …FUCK THE BORDER LINE
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/10/21 20:52
一旦はアヴェンジャーの固有結界『ティアンメン』と、全てを凡夫へと化す宝具『ウェンホアタークーミン』のコンボにより全滅しかけた志貴パーティ。

しかし、それらはローマ教皇、イリヤ、国崎他、全ての人々の祈り…
その祈りを月へ届けるべく、一之瀬所長が研究所の総力を挙げて作り出した『キセキオコース』により、漫画やアニメではお約束の奇跡を発動させ、志貴、アルクェイド、ネロ・カオス、セイバー、両儀式は復活した!!

「(…本当に、全部総帥の計画どおり……。これで、月世界での『アレ』の実用化の目処が立ったの)」

そして……!!!



「!!!?」

アヴェンジャーの不意を突くかのように、奇跡越しに発した17本の黒鍵が宙を舞い、光線を発したかと思うと、『ティアンメン』に飾られてあるアヴェンジャーの肖像画を焼き払っていく。

「貴様ッッ!!!」

なんということでしょう。
固有結界『ティアンメン』が崩れ去り、彼の宝具の効果が全て消え去ったのである。

「今、ローマ教皇様たちが送った力で、アヴェンジャーの宝具、文革の力は抑えています!!」

ここでシエルより、ありがたきご解説が志貴たちに告げられる。
つまり、これでようやくアルクェイドたちも戦える状態に戻ったということである。

「ローマ教皇!!!景教の力で我が正義を侵し愚弄するか!!!」
「フン!何が正義よ!!我が信徒はおろか、チベット民族も虐殺するような共産主義に正義などあるのか!!!」

ローマ教皇に恨み言を漏らすアヴェンジャーであったが、ローマ教皇は曇りなき視線で。奇跡越しにアヴェンジャーを一瞥し喝する。

なんとなくプーチンが気まずそうにはしているが、それは見なかったことにしている。






「自由に毒され堕落した民主主義の狗どもよ!!!全て滅ぶがよい!!!」

宝具…『アンリミテッド・フェィクワークス(無限の偽造)』

このアヴェンジャーの憎しみは、自分以外の全てに向けられている。
宝具『ウェンホアタークーミン』及び『ホンウェイビン』が固有結界『ティアンメン』の崩壊により使用できなくなったアヴェンジャーの、真の切り札というべき宝具である。



「なんだ、この米国鼠に米国家鴨、米国熊等は!!!我が分身で喰らい尽くしてくれる!!!」

アヴェンジャーの宝具により無限に生み出される、『とても描写できないニセモノ』に、ネロ・カオスも自身の分身である生命体(動物)を総動員して果敢に挑む。

「チィ!!こっちはなんだか腕と足の長い蒼タヌキだぜ!!!いくら斬ろうとしても『ヒラリマント』でかわされちまう!!!」

両儀式が魔眼で敵を捉え日本刀で斬ろうにも、敵も『未来の道具』を駆使しており、苦戦は免れない様子。

「『約束されし勝利の剣』ッッッ!!!」
「Pi――――@pmochualk,r.hs;dhlvisi.c.xhiso!!!」
「莫迦な!!!エクスカリバーの威力と互角に打ち合うだと!!?」

セイバーも苦戦している。
……それも、身長1.4メートル、体重は20キロ程度のロボットにである。
顔は八角形の板に眼と鼻をつけたようなデザインで、身体は細い骨組みしかないような二足歩行ロボット…
その股間から発射される中華キャノンと五分とは、末代までの恥である。

「なにさ!!!みんななんてまだマシじゃない!!!私なんて『モビルスーツ』と戦ってるのよ!!!」

そう!
アルクェイドは一番厄介なでかい敵である、オレンジ色のガンダムと戦っていた。
こころなしか、肩にはザクみたいなトゲパットが付いているのはご愛嬌だろうか。



……そして…

「遠野志貴君!お前に秘められた主人公の力をクリスタルに託すのだ!」

…と、士郎が志貴に託したクリスタル…
しかし、効果はいまいち不明の上、先ほど士郎がアヴェンジャーに対して使用したときには、士郎の『二股三股四股』による闇のせいでクリスタルが聖なる力に反応せず失敗に終わっていた。

「お。俺はどうすれば……」

どうしていいかわからず、途方に暮れる志貴であったが……



「…畢竟、貴様がこのクリスタルを使うに値するかどうかというところだろうが……」

米国鼠ファミリーの集団に苦戦しながらも、もはや盟友と化した志貴に助言をするネロ・カオス。

まあ、ネロ・カオスが言わんとしていることは何となくわかる。
志貴が士郎と違うところをクリスタルに証明すればいい…それだけの話である。
何とか主役の意地として、ここで一発決めたい遠野志貴。
志貴の『正社員採用』……もとい、世界の運命がかかっているのだ!!!



「……(そ、そうだ!!!この間レン(人間形態)が借りてきたDVDに……!!!)」



すると!!!

なんと、遠野志貴……!!!
ここでとんでもない行動に出る!!!

「アルクェイド。聞こえるか、アルクェイド」
「え?」

突然叫びだす志貴に、ガンダムもどきと戦いながらも思わず二度見するアルクェイド。
しかし、志貴はそんなこと意に介さず爆弾発言を続ける。


「返事はしなくてもいい。ただ、聞いていてくれればいい。白レンは、行ってしまったよ。『ぶら下がり健康器具なんざ物干し竿にしかならない』って、言い残してね。でもっ!そんな事はもういいんだ!いいんだよ…」

そんな『初期の話』持ち出されてもどうしようもないし、アルクェイド以外は心底どうでもよかった。

「それとも、その事で俺がお前を責めるって、思ってるのか?なあ、俺たちはこの一年間、一体何をしてきたんだ?俺たちのこの1年間は、一体なんだったんだ?まだ何も答えなんか出てないじゃないか!」

しばらく無職だった挙句、ようやく契約社員として今も頑張っている以上、何も性急に事を運ぶことはないとは思うが……

「覚えてるか?あの時、ヤクドナルドの前で、10日ぶりにあった俺たちは、上の連中に、無理矢理遠野家を押し付けられて、何もわからないまま、光坂市という街に放り出された!」

暗に、秋葉批判をしたかっただけなのかもしれないが、光坂市に駆け落ちしたのはほとんど自己責任である。

「俺は!無我夢中で闘った!でも、終わってみれば、周りはそしらぬ顔で、後の事しか考えちゃいない、でもそれで、俺たちの1年が終わってしまっていいわけないだろう?」

っていうか、てめーらのことなんか世間は知ったこっちゃないだろう。
総帥の方も、頑張れば正社員にしてくれるというのだから、むしろ面倒は見てもらっているほうである。

「確かに、俺は『就職戦争』に勝った。でもそれは全て、お前が一緒に居てくれたおかげなんだ!そうだよ…。お前と俺とで闘ってきた勝利なんだ。だから、これからも一緒でなくちゃ、意味が無くなるんだ!」

アルクェイドは涙ながらに聞いているが、それ以外の人物は完全に飽きている。
両儀式などは幹也とメール交換までしている始末だ。

「なあアルクェイド。面接の朝、俺は言ったよな。『就職』したら、お前に聞いて欲しい事があるって。俺は、殺すことしかできない不器用な男だ。だから、こんな風にしかいえない」

そういえば、第1話で志貴は、「子どもが出来たとき、親が無職だったら格好悪いだろ?」などとのたまっていたような気がする。
此処に来て、まさかの複線である。

そしてついに、志貴はあの言葉を言うときが来た!!!



「俺は、お前が…。お前が…。お前が好きだっ!!お前が欲しいっ!!アルクェイドォォォォォォォォォォォォッ!!」

そのとき、アルクェイドに電流奔る。

「しィきィィィィィィィィィッ!!」

「アルクェイドォォォォォォォォォォォォッ!!」
「しィきィィィィィィィィィッ!!」



何だろう、この茶番………

志貴、アルクェイド除くパーティ、及びこの映像を奇跡越しに見ている研究所の皆様はただしらけた目で彼らを見ていた。

「アルクェイドッ!」
「志貴ッ!ごめんなさい、でも、私もう離れない!」
「放しはしないっ…」
「ずうっと、ずうっと一緒よ!」
「ずうっと、ずうっと一緒だ!」

っていうか、てめーら何時離れたんだよ……
当事者二人を除く誰もがそう思った。
もし、この最終決戦のパーティに秋葉がいたとしたら、即座に『ラスボス』に取って代わっていただろう。

ある意味、このパーティの選択が一番無難だったのかもしれない。

「さああっ…。最後の仕上げだっ!」
「ええっ!」

そして、志貴とアルクェイドの手には、二股…もとい士郎より託されたクリスタルが握られていた。

「二人のこの手が真っ赤に燃えるぅっ!」
「幸せ掴めと!」
「轟き叫ぶっ!」
「「ばぁぁぁぁぁぁくねぇつっ!!マァァベルッ!!ファンタズムゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」」



○クリスタル



!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!



「!!!!!!?」

アヴェンジャーも……
ネロ・カオスもセイバーも両儀式も、全てが刮目した!!!
ここにきて、アルクェイドの空想具現化による法則変化により……
敵の宝具によって作られた『偽造品』は全て音を立てて崩壊……!!!

二人の愛に満たされた月の地下渓谷は全ての武力…憎しみ…闘争心をも消滅させた!!!

―――そして!!!


「直っ!」
「死っ!」
「「ラァァァァァァラブゥゥッ!じゅううううううううううしちぶんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁつっ!!!」」
「ギャァァァァム!!!」

二人で一つのクリスタルを持ち、後は志貴の直死の魔眼により、相手の死ではなく『心』を十七分割する!!!

…まあ、これもある意味『直死』である……

憎しみの心のみで形成されたサーヴァントが、憎しみの一切ない愛に心を撃たれ、その存在が耐えられるはずもなく……



!!!!!!!!!



その身体は、暗黒ではなくローマ教皇の導く『エリシオン』へと導かれていった……



……かどうかは誰にもわからなかった。



「アルクェイド……」
「志貴……」

そして、勝利の余韻に浸るかのように抱擁する二人。
空間全体に散りばめられてあるクリスタルのせいか、それはまるで、御伽噺で姫を迎えに来たナイトのごとくロマンチックで、とかく絵になる光景であった。



「…とんだ茶番よ」
「……なあ、俺たち帰ってもいいか?」
「…私もだ。シロウに魔力供給してもらわなければ」

それに対し、今まで此処まで引っ張っておいてのクソゲーなみの決着に、全世界がさめていたことは言うまでもなかった。



―――to be continued



[25916] 第67話 …autism -自閉症
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/10/24 23:43
モバゲーベイスターズ並みのダサい必殺技により、志貴たちは『三咲町連続殺人事件』の真犯人・言峰綺礼及び、彼の召喚したアヴェンジャーを斃すことに成功した。

かくして、事件はほぼ解決。
志貴を除く人たちは皆、スフィア王国二泊三日の旅の末、地球へと帰還することとなった。



一方、志貴はというと、皆がスフィア王国の観光を愉しむ中、一人、別行動をとっていた。







ここは月の裏側にある、謎の建造物。
その建造物は『O』の字を象っており、中は空洞と化している。

その建造物の中で、志貴とアルクェイドは、総帥とその秘書と対峙していた。



「―――どうだね、遠野君?ここの『システム』は。この場所を知っているのは、世界…いや、この『宇宙』においても、僕とこの秘書、天野君、最高責任者である一ノ瀬所長を除けば、君しかいない」
「は…はぁ……」

総帥が『システム』と例えるこの空間は、志貴たちが立っている空洞の周囲はまるで、数字、文字、映像の羅列の壁といった感じであり、まさにシステムの一部になったような錯覚さえ覚える。

「で、総帥……。貴方はどうして俺だけを此処に呼んだのですか?」

そう、志貴は総帥に導かれ、この謎の建造物に来ていたのだった。
総帥は、相も変わらず愛飲しているミルクティーを一口すすると、一呼吸置いて全てを語りだした。



「……君は……『1000年』もの間、人間の『魂』が悲しみ続けていた……といったら、その話を信じるかね?」
「は?」

青天の霹靂とも言うべきか…なんとも唐突な質問である。
志貴は一瞬戸惑いながらも、平静に返す。

「…それは…その、『地縛霊』かなんか…ってことですか?」

ある程度、予想できていた回答なのだろう。
総帥は、違うとばかりにしばらく黙ると、もう一度ミルクティーを口に含み、長い長い話をし始めた…

「いや、それよりもさらに業の深い話だ―――」



総帥が語るには、時は『平安』の世……
最後の『翼人』とそれに仕える『女官』、『随身』の話であった。
翼人は『祭られていた』社が焼き討ちにあった際に、随身、女官と共に脱出…
翼人とその一行は、翼人の母を捜しに『高野山金剛寺』へと向かうこととなった。
翼人一行は高野山で母と再開、つかの間の幸福を得るも、後、東兵の襲撃にあい母は娘を庇い息絶えた。
随身は翼人、女官を護りながらも孤軍奮闘するも、その襲撃は雨嵐のごとく已むことがなく……
翼人は最後の力を使いきり……
女官と随身を護りながらも、兵の矢に射抜かれ息絶えることとなった。

その実、この高野山焼き討ちの真相というのは、単なる『藤原家』と『花山法皇』の権力争いに過ぎなかった。

結果、翼人は僧にかけられた呪いにより100年もの間、空に封印されることとなり、その心は繰り返される『哀しい記憶』に囚われ打ち砕かれることとなる。
100年たった後も、魂は輪廻を繰り返すこととなる。
さらに厄介なことに、それとは別の翼人自身が持つといわれる呪い…
それは、翼人に近づいたものを死に導くというものである。
翼人の魂は人間では受け止めることが出来ず、周囲のものを巻き込み崩壊してしまう…というところであろうか―――

「―――その呪いを解くために方術を生み出した『女官』、そして、翼人と女官を最期まで護り続けた『随身』……その子孫が『神尾往人』…まあ、国崎君というわけだ」
「………はぁ………」

そんな長話を聞かされても、志貴にはいまいちピンと来ない。
それでも、総帥は介さずに語り続ける。

曰く、国崎の妻である『神尾観鈴』こそが翼人の転生であり、その翼人を救うための鍵となったのである。



「結果、国崎君は観鈴君を救うことに成功したが、二人とも天に召されてしまった……」
「え!?そんな!!!」

総帥の言葉に驚く志貴。
それもそのはず…

「だ、だって、国崎さんも奥さんも、普通に生活して……」

国崎は志貴の先輩として、調査局に勤めているのである。
総帥の言うことが真実として、今、いる人物は一体何者なのか……!?



「早合点するな」

総帥は、オカルトな妄想をする志貴を御し、一度わざとらしく咳き込んだ後に、事の説明に入った。

「僕は当時『翼人』を救う研究をしており(まあ、それがこの研究所の前進となったわけだが)、いうまでもなく国崎君の動向は監視していた」

その時出会ったのが、今の義理の娘、『まい』であるという。
当時、若かりしころの総帥は、その研究過程で『翼人』の魂を発見し、保護していたのだという。

にわかには信じがたい話ではあるが……

「まあ、魂というのは『生前のデータ』のようなもの。国崎君、観鈴君が亡くなったときも、密かに回収し、ギリギリのところで蘇生させた」

総帥は「ホントにギリギリだった…」と苦笑いし、再びミルクティーをすする。
詰まる話が、国崎及び観鈴が本当に死ぬ前に、何らかの手段を用いて死なせずに済ませたのだろう。
『王大人』もビックリの所業であることは言うまでもない。



「……で、結局、その翼人はどうしたんですか?ちゃんと『成仏』させたんですか?」

志貴は、まあ、当然といえば当然の質問を総帥に投げかける。
まさかあの『矢部野彦麿』でも雇ったのかと思ったが、その邪念は即座に捨てた。

すると、総帥の口から、本当に度肝を抜かれる妄言が吐き出された。






「『嫁』にした」



「はああ!!!?」

志貴が驚くのも無理はない。
何せ相手は幽霊…魂…
…ってか、翼人であって人間ではない。
そりゃ、総帥ほどの人間であれば、身分の偽造なんてのはお手の物なのであろう。

…普通はそんな嫁を持つという発想は出てこない……



「…彼女に、家族のぬくもりを与えたかったのだ。故に『まい』を養女に迎え入れ、三人で家庭を作った」

……それから4年くらいでようやく成仏したかな…と、総帥は自虐的な笑みを浮かべた。
そんな総帥を見て、秘書の天野は総帥から顔を背け、心を痛めたかのような表情を見せていた。

その何となく寂しそうな総帥の表情から、志貴はこの総帥の『真の目的』を悟ったのであった。



「…自分の奥さんが味わった『悲劇』は繰り返したくない……。だから、こうして俺や国崎さんといった『経験者』を身内に置き、仕事の中でデータを収集していた……。もちろん、今回の事件も……」

「……君たちを『騙して』いたことについては、本当に申し訳なかったと思っている……」

問い詰める志貴に対し、伏目がちになりながら謝罪する総帥。
全ては、総帥の『エゴ』であり、言峰綺礼が衛宮士郎に言った言葉もあながち嘘ではないだろう。
綺礼の本質が『イド』に傾きすぎていたように、この男もまた、『エゴ』に傾きすぎるきらいがあった。



「……しかし、総帥のその想いは『決して』間違っていません!!!」

秘書の天野はそれでも総帥を信じており、その行為を強く肯定していた。

総帥は、今一度、周囲の『システム』を見渡し、志貴に再び語りだす。
そう、ここからが総帥の本題であった。

「…今、完成間近となっているこの量子コンピュータ……。僕は『ヴェーダ』と名付けてはいるが……この『ヴェーダ』は君たちが集めたデータを元に作られた『演算処理システム』といったところだ」

このヴェーダは、志貴たちのレポートのほかにも、総帥や一ノ瀬所長の研究した事件…例えば『雛見沢大災害未遂事件』『第四次聖杯戦争』『エルクゥ連続強姦殺人事件』なども情報として内蔵してある。

「…つまり、これから如何なる『非ィ科学的』と言われる事案が発生したとしても、このヴェーダに接続することにより、その事案に対する『適切な処理』の指示を受信することが可能になるというものだ」
「……そ、そんな……」

肝っ玉が据わっている方である志貴ではあるが、この総帥の最大の建造物…『ヴェーダ』構想を聞いたとき、振るえと汗が止まらなかった。

とどのつまり、『奇跡を起こす機械』も『人工魔術回路』も、全てはこのヴェーダの指令を遂行するための『道具』に過ぎないのである。
ひいては、かつての『聖杯戦争データ盗難事件』も、密かに幻想郷の『八雲紫』と手を結んでおり、すべてが『ヴェーダ』計画のための目くらましの為の狂言だったのかもしれない。

そのような眼くらましが功を奏したのか、『警察庁』『法務省』『米露中』…ひいては『魔術協会』に『聖堂教会』すら踊らされていたおかげで、総帥は、難なく秘密裏に『ヴェーダ』計画を進めることが出来たわけである。

……そう、この男こそ、後の『イオリア・シュヘンベルク』の祖となった男であった(マジで?



「遠野君……。君は数々の悲劇を乗り越え『正社員』の資格を得た。僕の目的は、君にこの『ヴェーダ』のアクセス権を与えることだ」

つまり、これから先、『AIR』や『月姫』といった、一般的対処法では解決し得ない事案にあった場合、ヴェーダより指示を得て解決しろ…とのことである。

「はぁ……」

どうにもこうにも、志貴はこう言った最悪の苦労事を背負いやすい体質なのであろうか……
まあ、こうなった以上は仕方がない。
しかし、志貴には一つだけ、総帥に聞きたいことがあった。

「あの、総帥……」
「ん?給料のことかね?…無論、今の倍はもらえると思って……」
「いえ…そうじゃなくて……」
「では、なんだね?」



「そのヴェーダ、秋葉を『何とかする方法』は教えてくれないんですかね?」



「………多分ない………」

志貴の問いに、しばらくの沈黙の後に出した、総帥の回答であった。
さすがのヴェーダも、嫁姑問題の解決法までは想定していなかったらしい。



[25916] 第68話 …棘
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/10/26 23:18
遠野志貴はついに『正社員』へと昇格した。
それどころか、志貴は総帥より量子型演算処理システム『ヴェーダ』のアクセス許可までも得たのである。
それは総帥からの志貴への期待の表れの他に、『真祖』への一途な愛にシンパシーを感じたのであろう。
かつて、総帥自身が『翼人』を愛したかのように……



「これからは責任重大なんだよなぁ……」
「そんなに気負わないの。志貴は志貴に出来ることをやればいいだけだもの」

ここはスフィア王国の迎賓ホテルのスウィートである。
総帥の計らいにより、志貴たちは外務省などの重役を持て成すような、最高級のホテルで一夜を過ごすことができたのである。

もっとも両儀式の場合、「旦那と娘と泊まりたかったな」と最期まで悪態をついていた。
士郎の場合、凛とセイバーが無理やり士郎の同室に泊まるという事案まで発生していた。
なんと言う『両手に花』という状況であろうか…

否…!!
実は士郎は苦しんでいた。
『両手に花』だと感じるのは全てを知らない傍観者の発想。
火花の見えている士郎には、凛とセイバーの仲よさそうな会話もただただ気まずい…







その頃の地球。

あの男たちは再び遠野邸に足を運んでいた。
そう、彼らの目的は―――



「…あれぇ?どうして此処がわかったんですか、刑事さん」

ここは遠野邸、秘密の地下室。
警察に追い詰められながらも、椅子に座り、平静を保ちながら言葉を発するこの部屋の主、琥珀である。

彼女ほどの女性を追い詰められる刑事は、彼らを置いて他はなかった。

「大変失礼ながら、跡をつけさせていただきました」

そう、警視庁特命係杉下右京と亀山薫のコンビであった。

「右京さん!此処一帯に栽培されてあるって、まさか……」

この地下室にたどり着くまでに発見した、緑の葉が大量に栽培されている農園を発見し、亀山は血相を変え右京に問いかける。

「ええ、麻薬の類のものでしょう。いずれも法規制の対象とはなっていないものばかりですが……」

亀山の想像通りの答えを出しながらも、右京はそれらには法的罰則はないと、淡々と言い続ける。



「その件で私に何かあるんですか?」

いずれも合法ドラックの類であり、厳重注意こそされども、決して逮捕はされまいとばかりに、琥珀は余裕の態度を取っていた。
しかし……

「いえ、それとは別件です。なにしろ、由緒正しき名家の地下で、まさかこれほどまでの栽培が行われてるなんて、想像もつきませんでしたから」
「それじゃあ、一体なんでしょう…?」

あくまで知らぬ存ぜぬとばかりに白を切る琥珀。
右京はそれさえも計算どおりとばかりに、人差し指を立て、琥珀に迫る。



「…琥珀さん。貴方は知っていましたね。翡翠さんが『人工魔術回路』を密かに捨てていたことを……」
「!」

攻める兵のわき腹を突くかのような右京の指摘に、さしもの琥珀もほんの一瞬だけ硬直する。

「何らかの事故で、捨てられたはずの人工魔術回路の魔力で『偶然』に、キャスター(言峰綺礼)が召喚される。…なんか、あまりにも出来すぎじゃないですか?」

畳み掛けるように、亀山が琥珀に問いかける。

「ことに、貴方は薬学以外にも、『魔術』に関する知識も―――」

右京が全部言い終えぬうち、笑顔のままで琥珀は告げる。



「うふふ。仮に私が翡翠の『廃棄物』を利用してキャスターを召喚したところで、これは罪になるんでしょうか?翡翠が人工魔術回路を購入したのは、私にとって見ればあくまで『偶然』です。それに、これまた仮に私に魔術の心得が…多少なりともあったとしても、それでサーヴァントが召喚なんて、果たして出来るとお思いですか?……それがまかり通るなら、『聖杯戦争』でも最初から『聖杯』の力を借りる必要なんてないわけですし、その召喚されたキャスターが何をするのかなんて、私には全く以って予測できませんよ。つまり、私は『不能犯』……そう思いませんか、『亀山薫』さん?」
「クッ……」

おそらくは反論できないであろう亀山に、嫌らしくも同意を求める琥珀。
まあ、本人はあくまで否定するであろうが、十中八九、『言峰綺麗』を召喚した犯人はこの琥珀であろう。
この翡翠の行動の『偶然』すら、ある意味彼女がコントロールしている…
亀山はそう思えてならなかったのだが、琥珀に反論するだけの材料を、彼が持ち合わせているはずもなかった。



「…たしかに、現行法では『魔術』に関する刑事罰は依然少なく、また、貴女の言うとおり貴女は『不能犯』である可能性は高いでしょう」

「さすが杉下さん。物分りがいいですね」

もはや完全勝利とばかりに、笑顔の裏側に更なる笑顔を忍ばせる琥珀。

「……これも、さしずめ『法に詳しい人物』の入れ知恵なのでしょうか」
「!!!」

しかし、さすがは杉下右京である。
琥珀の逮捕はならずとも、その背景はしっかりと捉えていた。

「う、右京さん?」
「…僕は初め、貴女との結びつきが強いのは法務省の『クラタ』管理官であると考えました。しかし、クラタ管理官は貴女も知ってのとおりの『博愛主義者』です。こんな恐ろしい計画、推奨するとは思えませんし、まず思いつきもしないでしょう。……貴女の真の背後にいる人物……それは―――」







時は翌朝の警視庁の窓際特命係。
そんな窓際部署がやることなど何もなく、いつものように杉下は紅茶を淹れ、亀山は新聞を読んでいた。

「へぇ…右京さん。あの『一ノ瀬所長』、総帥の娘さんの『後見人』になるらしいですよ」
「新聞には書かれてませんが、今回の件で総帥は、事実上の引退をなされるつもりなのでしょう」

もっとも、総帥のヴェーダ建造がその背景にあることは、さしもの右京も知る由ではないのであるが……

そんなこんなで時間を潰していた二人ではあるのだが……



「オイ!テレビ見ろよ!!!」

いつもなら飄々と「よっ、ヒマか?」と言ってくる、隣の捜査五課の『角田課長』が、突如血相を変えて、特命係の部屋のテレビをつける。



「―――省みてください。今回の事件(三咲町連続殺人事件)は、魔術に対する法の穴を潜った、一部の魔術主義者が引き起こしました。『聖杯戦争』などはその具体的一例に過ぎません。また三日前、全世界に大打撃をもたらした量産化されたサーヴァントを見るまでもなく、我々一般市民は絶えず『魔術協会』による危険にさらされているのです。この日本の治安をゆるがせにしないために、『我々』は誕生しました。日本の治安を取り戻すために、『警察庁公安部魔術監査委員』は設立されるのです」



…そう、テレビではあの『片山雛子』が、堂々と『魔術』の存在を記者会見場で公言し、さらにそれらを監視するための『特別部署』を設立したというのだ!!!

「ったく、この片山議員は魔術監査委員の『特別顧問』として就任するんだと。…美人なのに、なんだか勿体無いねぇ……」

あいかわらず、飄々と皮肉を言う角田課長。
まあ、この片山雛子……
言ってみれば彼女は、今回の事件を上手く利用し、論点を摩り替えることで自分の権力をさらに強くしたのである。


「さすが、琥珀さんの『黒幕』…って感じですね……」
「…身の周りで事件が起きる度に、それを逆手にとり、まるでそれを糧にするかのように大きな人間になっていく……相変わらずですね、彼女も……」

そんな片山雛子の記者会見に、特命係の二人が嘆息したことは言うまでもなかった。



[25916] 第69話 …for dear
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/10/30 21:43
「あーあ、楽しかった月旅行ももう終わりかぁ」

地球…
月より帰還した志貴とアルクェイドは、その帰路を歩いていた。
月での休暇は相当よかったらしく、今日から戻る日常に、アルクェイドは若干夏休みを終える学生のごとくブーたれていた。

「明日からはまた仕事だな」
「随分部屋の方ほったらかしにしてたから、片付けるのめんどくさいなー」
「お、俺も仕事が終わったら手伝うからさ」

日常に戻るということは、かくもそういうことである。
部屋の掃除について、本気でダルそうなアルクェイドにたいし、志貴はこれ以上機嫌が悪くならないうちに、自分も掃除を手伝うことを約束し機嫌をとる。

そういうわけで、ここは久々のボロアパート。
志貴とアルクェイドは、久しぶりに自室のドアを開けた。

すると―――



「………」

「「え?」」

部屋で待っていた少女を、思わず二度見する志貴とアルクェイド。
その特徴的なゴスロリの黒い衣装は、紛れもなく『レン』の人間形態であった。

しかし……



「な!!なんで髪が『金髪』にィィィ!!?しかもタバコまで!!!」

留守番をしていたレンは、なんだか知らない間に『グレていた』ようだ。
志貴の驚きの通り、髪は金髪に染めてあり、口にはタバコを加えてあり、スカート丈もなんとなく短くなっていた。
……まあ、タバコと言ってもそれが『電子タバコ』なあたり、中途半端なグレ方ではあるのだが…

「………」

「えっと……『自分たちだけ何時の間に月にいってズルイ!グレてやる!』だって……」

さすがは主人のアルクェイド。
レンの睨みつける視線から、その言葉を全て読み取る。
本来使い魔は、命令なしで自ら行動することはないはずなのである。
それがレンなら、なおさら主人には忠実なハズであるのだが……



「ど、どうする……アルクェイド……」

志貴は不良と化したレンに、完全にうろたえていた。
こういう人がパパになった場合、高確率で毅然とした態度がとれないことであろう。

「まあ、別に私生活に影響でないからいいんじゃないの」

一方のアルクェイドは、自分の使い魔の変貌にも、ほとんど無関心であった。
そういえば、幹也の娘『未那』は凄まじいファザコンで有名であるが、それも両儀式は意に介す様子はない。
一度ENDを迎えた女性は結構強いものである。


「………」
「で、でも……、なんだかレン、モバゲーの『出会い系サイト』利用して魔力を奪ってるって…」
「食費が浮いていいんじゃないの?」

なんともハイテク機器を使いこなすレンではあるが、アルクェイドはそれでも意に介さない。



「で、でも……、なんだか登録料やら課金システムやら何やらで、『請求額』の方が何百万に……」

「今すぐやめなさい!!!」
「!!!!!!!!!」

しかし、お金が絡むや否や、アルクェイドの顔は豹変。
今にも『瞬殺』しそうな形相でレンを睨み叱りつける。
その圧倒的殺意にレンは完全に恐怖し、ただただ首をブンブンと縦に振るのみだった。



そのアルクェイドの顔、及び、放つプレッシャーが相当応えたらしい…
レンの髪の色、及びスカート丈は元に戻り、電子タバコもやめた。
携帯電話は没収こそしなかったものの、まあ、あのアルクェイドの恐怖を思い起こせば、レンもこれ以上変なサイトに金を使うことはないであろう。



「……と、とりあえず、この請求額、全部払っとくか?この間の事件の報奨金、ほとんど使うハメになるけど……」
「……ホント、お金ってたまらないものね」

主人の金銭感覚のなさが、使い魔にも影響してしまったのか…
とことん貯金には縁のない遠野一家であった。



[25916] 第70話 …Headache and Dub Reel Inch
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/11/03 00:04
ここは志貴の職場である調査局である。
志貴が正社員となった後も、職務内容は相も変わらずであり、せっかく与えられた『ヴェーダ』のアクセス権も使用することなく日々を過ごしていた。

そもそもこの『ヴェーダ』は、志貴たちが調査し発見された事案…
例えば、『人間とサーヴァントの悲恋の成就』や、『何百年も同じ時間を繰り返して殺される人を助けたい』などに対しての『適切な処理』の指示を受けることが出来る。

しかしながら、普通に起こりうる事故などには当然対応しておらず、いうまでもなく死者を蘇らせたりなどはできやしない。
よって、子供のころに死んだ初恋の女の子が、何故か霊になって現れたとしても、『ヴェーダ』からは霊を成仏させる方法の指示を受けることは出来ても、生き返らせることなどは無駄無駄無駄ァ―――ッ!なのである。

そしてなにより、いくら調査を行ったとしても、上記のような非ィ科学的なことなどはめったに起こらない。

よって……



「よし、ポケモンゲットしたぞ」
「国崎さん…仕事、しましょうよ……」

こうやって国崎が仕事をサボってゲームボーイをやるのも無理もない話しである。
志貴は一応、真面目に調査した内容や、過去の事件レポート(龍神村怪奇現象など)を整理しヴェーダにいる総帥に送信してはいた。
伊吹は相変わらず、調査という名目で岡崎汐のところに遊びに行っているのであろう。

なんとも平和な職場であった。



「…相変わらず、みなさんまったりなの」

「「い、一ノ瀬所長!!!?」」

まあ、そんなときにも急遽、抜き打ちのごとく研究所所長は来るわけである。
国崎は慣れた手つきでゲームボーイを机の下に隠す。
この間わずが2秒弱…数万回と練習してきた動き…淀みはない。
それに加えこの時は一ノ瀬所長は遠野志貴に目がいっている。
国崎の手先に気をくばる者は少ない…まず見逃される。



「で、一ノ瀬所長はなぜこちらに…あ、今お茶出します」

一方の志貴も、さすがに上司相手では気を使う。
一ノ瀬所長の返事を聞く前に、そのまま給湯室へ向かおうとするが…

「結構なの。……実は…少し相談があってきたの……」
「「???」」

上司から部下への相談とは珍しい……
その内容とは……!



「…この間、総帥から直々に引退表明がでて、『まい』ちゃんの後見人に任命されたの。…でも、私、ずっと研究ばかりしてたから、経済も政治もさっぱりわからなくて……」

つまり、総帥の後継者である娘、まいの後見人を引き受けたのはいいが、経済のことも政治のこともわからない一ノ瀬所長は、このままだとまいや総帥の残した研究所はハゲタカや政府らの食い物にされてしまうのではないか心配なようだった。



「まいちゃんは立派なの。この間も『将来はパパのところ(月)にいってお手伝いする』…なんていって、いつもにもましてものすごく勉強してるの。だから、今は余計なことで心配かけたくないの…」

パパの為に健気なまいを、何とか護りたい…
一ノ瀬所長の悲痛な想いである。

彼女もまた、総帥の研究を引き継ぐものの一人であり、その一環として『平行世界』の研究を中心に行っている。
しかし、その研究だけではこの研究所を…まいを守ることはできない。

総帥がいたときでさえ、やれ警察庁、やれ法務省、やれ米露中、やれ教会などの干渉があったのだ。
それもこれも、これまでは総帥及び秘書天野の手腕で何とかやりくりしていたのだが、タダでさえ外交ベタそうな一ノ瀬ことみに同じ対応が出来そうかというと……まあ、おそらくはムリであろう。

「…と、とりあえず、あのクラタ管理官か、片山議員に補佐を求めてみては……」

国崎の提案は、外交は外交で、別に補佐役をつければいいというもの。
しかし……

「ダメ。どっちにも『ヴェーダ』の存在は知られたくないの」

まあ、クラタ管理官はまだ『みんなの笑顔』のために行動しているが、少し倫理に偏りすぎる嫌いもあり、最悪、研究を利用した後に、これまでの研究の破棄も言い出しかねない。
片山議員に至っては、『第68話』でもあったように、裏では琥珀とつながり、今回の事件(三咲町連続殺人事件)さえも利用して高みに上るような人間である。
まずは信用できない。

「……思えば、総帥もよくまあ、あんなアクの強い人たちと対等に戦ってきたんだな……」
「いや、総帥自身のアクが強いんだろ。娘バカだし…。天野秘書も、よくもまあアレに最後まで付き添っていったな」

しみじみと語る志貴と国崎。

「……今でも総帥は、月からまいちゃんに、一日100通くらいメール送ってるの」
「ほとんど迷惑メール状態じゃないか」
「天野さんも本当に大変そうだな……」

さらに一ノ瀬所長は総帥の娘バカっぷりを曝露する。
それを聞いた国崎は呆れ返り、志貴は天野の苦労を案じたのであった。



…で、肝心要の外交に関するまいの補佐役はというと……

「しょうがない、なんとかアルクェイドの知り合いで、経済や政治に強そうな人探してもらうかな……」
「それでネロ・カオスみたいな死徒連れてこられても面倒だけどな……」

志貴がアルクェイドに頼むことでとりあえずは落ち着きそうではあるが……
国崎が案ずるように、何となく前途多難な道を辿ることになるのであろうことは、想像に難くなかった。



[25916] 第71話 …カマキリ -BURST VERSION-
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/11/03 20:21
総帥の事実上の引退は、知るものの見知る流れで行われることとなり、その組織の次期総帥は、前総裁の娘、まいへと移行される流れとなった。

しかし、まいはまだ学生であり、聡明な子供とは言えども経済、政治面での勉強不足は否めない。
まいの後見人として、研究所所長である一ノ瀬ことみが指名されたものの、彼女もまた研究一筋で組織に属していた身であり、総帥の研究成果を狙う他勢力とまともに渡り合うだけの外交力はなかった。

そういうわけで一ノ瀬所長は、外交面での補佐役(事実上の組織の№3)を探すべく、探偵である志貴と国崎に依頼したのである。



とはいえ、そんなに交渉に明るいやつなど二人の知り合いにそうはなく、やむをえず志貴はアルクェイドの人(?)脈を頼ることとした。






「…がはははは!!新しい『CEO』の『征服王イスカンダル』!!!ここに推参!!!」

「「………」」

改めて、ここは志貴の職場。
アルクェイドは愛する志貴(と今後のお給料)のため、急ぎ暇そ…もとい、有能そうな人物に声をかけ、舌先三寸で丸め込み、まい及び一ノ瀬所長の補佐役として抜擢した。

…が、そこに表れたのは知性も品性も感じられない、ただ、やたらとハイテンションな、上半身裸のマッチョなオッサンであり、彼を前にした志貴、及び国崎は絶句するのみであった。

大体、こいつは第四次聖杯戦争において、ギルガメッシュに破れ現世より消え去ったはずである。
……まあ、これもある意味ホロウ現象なのであろうか……



「…い、一応、権限としてはあくまでコンサルタント的な立場であって、CEOじゃないの………」
「細かいことは気にするな!!!これでも人間だったときは『マケドニアの王』をやっておったから、外交力なら完璧じゃわい!!!」

…それどころか、一応、上司であり組織の№2でもある一ノ瀬所長にまでタメ口を叩く始末。
ちなみに組織が求めている外交力は、あくまで他勢力に対する交渉力であり、断じて戦争に限定したわけではないのだが……



「とりあえずこの研究所も、もっと権力者どもの欲しがる対価たる研究をすれば、対外勢力相手に優位に立つことができる。これぞ現代社会における必勝の策の一手よ!!!」
「あの……」
「そのためには研究所の予算を上げねばなるまい!!予算を上げる近道とは、まあ、今のところは人件費と投資する会社の縮小といったところじゃな」
「あの……」

仕舞いには、上司を完全に無視して勝手に会社の人事にまで口を挟む始末。
言っていることはまあまあ間違ってはいないのだが、それにしても昨日今日組織に着たばかりの成り上がりが、随分と図々しいものである。

「……なんと!!このネロ・カオスという男、『姫君』の護衛でこんなに給金を貰っておるのか!!?」
「……い、一応……総帥の娘で、次期総帥なの……」
「ふむふむ……。だが、姫君の護衛など、ワシの力量一つでどうにでもなる。よってネロ・カオスは『解雇』じゃあああ!!!」

「「「!!!!?」」」

…なんという横暴であろうか……
志貴も国崎も一ノ瀬所長も、声にもならない驚きの声を上げるのみであった。

「あ…あの……それは人事部が決めることなの……。そ、それに、理事会及び株主の意見も……」

「うーんと、あと、まあ、この会社の業績は素晴らしいからもっと投資するとして……、この会社は、なんだか風向きあやしーから、これ以上被害が大きくならんうちに、資産全部売却じゃな……。……この前総帥とやら、非情そうに見えて無能な人間や会社も切り捨てぬ辺り、結構温情での采配が目立つのう。こんな小事に拘っている男では、天下など取れぬわい!!!」

おまけにこの一ノ瀬所長は小動物みたいな性格であり、あまり人に強くモノを言えない。
相手が馬鹿でかい声、ゴツすぎる大男ならなおさらとも言える。

「ほう…あのハナタレ坊主(ウェイバー)も、いまやロード・エルメロイII世とは、時代も変わったものじゃのう。……それにしても、この『プーチン』と『ローマ教皇』……!!ダレイオスどころかあの『アーチャー』にも匹敵する強敵かも知れぬ……!だが、ワシがここにいる以上、この研究所を拠点とし天下に名を轟かせようぞ!!!」


まあ、こんな横暴な征服王が理事会及び株主総会で承認されるわけもなく、即刻解任となったのは至極当然の話であろう。

……と、思いきやさすがは世界を支配した男である。
イスカンダルのその並々ならぬカリスマ、プレッシャーは理事会も株主も併呑してしまい、あれよあれよとまいの補佐役を任せられることとなったのである。



「……なあ、俺たち今後どうなるんだ?遠野……」
「わかりませんよ……。なんだか新しい就職先、探さないといけないのかもなあ……」

上層部のしわ寄せは、何時の時代も下っ端に来るものである。
正社員になったばかりで転職先を探さなければならないかもしれない志貴は、非情に哀れ極まりないといえる。



…そして……



「不可解……何故に私がかの如き僻地で監視など……」
「贅沢言わないでよ。タダいるだけでお金もらえる分、バイトしなきゃならない私たちより全然マシじゃない」

その志貴以上に哀れな男、ネロ・カオスは、路地裏にて『弓塚さつき』に缶コーヒーを奢られていた。
彼はなんとか解雇は免れたものの、それでも『護衛は人件費の無駄』として、三咲町路地裏同盟の監視者として任命(左遷)させられていたとは、なんとも非情な現実なのだろう。



[25916] 第72話 …CHANDLER
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/11/06 20:07
「……店主よ、熱燗を頂こう……」

「お客さん、随分飲みますねぇ」

此処は三咲町路地裏。
赤い外蓑を着た褐色肌の男の経営するおでんの屋台で、先日、『まいの護衛』を解任、この僻地へ左遷させられたネロ・カオスがおでんを食べながら日本酒を飲んでいた。

「…私は吸血鬼なりに主である総帥の命を受け、お嬢様の護衛の任を受けていた。解任されたことはやむを得ぬとして……!何故に私の後任が『蒙昧極まりない大男』なのだ!!」

ネロの憤りはわからなくもない。
いきなり左遷させられた挙句の、自身よりもさらに愚鈍そうなヤツがその後釜として入ってこられては、『お前はそいつよりもダメだ』といわれているようなものである。

「お客さん。何時の世の中も上が理不尽なのは同じですよ。かく言う私も、とある名家の魔術師のサーヴァントをやっておりましてね。それが酷く尊大で我侭で小生意気なマスターで、自分が魔術用の宝石を使いすぎて破産寸前なのに、省みもせずに『アンタはごく潰しだから仕事をしろ』といわれて、しがない僻地でおでん屋をやってるんですよ……」
「店主よ…貴様も困憊なのだな……」

しみじみと語るおでん屋の店主に、同感せざるを得ないネロ・カオスであった。
おでん屋の店主が、次のおでん種の仕込みをするために振り向いたその背中は、『その生涯が無意味』といわんばかりの哀愁を物語っている。

「店主よ…その瓶は……」
「ああ。それは私の奢りです。私のつまらない愚痴を聞かせてしまいましたので……」

………

なんとも世知辛い、路地裏のおでん屋の風景であった。



「あー!監視員が仕事サボって一杯やってる!私もはんぺん!!」
「私はガンモとちくわをお願いします」

「!!?」

勝手にネロの両脇にあらわれそれぞれ勝手に食べたいものを注文したのは、路地裏同盟であるさっちんとシオンであった。

「き、貴様ら…勝手に……」

「いいじゃん。どうせ給料高いんだし、美少女二人におでん奢るくらい安いものよ」

ネロの意見などお構いなしのさっちん。
そして、かたや店主もネロの意見も聞かずに彼女らの注文の品を早速小皿に取り、それをカウンターへと置く。
さすがは背中で語る男、何事にも動じないその商売根性は素晴らしい。

「全ては計算どおりです」

何が計算どおりなのかは知らないが、シオンは目の前に置かれたガンモをはふはふしながらおいしく頂く。

「~~~ッッ」

勝手におでんを貪る二人に対し、頭をかきむしりながらも『これがかつて混沌と呼ばれた死徒二十七祖なのか……』と自嘲気味に熱燗をお猪口で一気に飲み干す。

「そういえば、先日、月より『ネロ・カオス』宛てにお届けものがありまして……」
「何!!?」

シオンは郵便屋より受け取った小包をカバンより取り出すと、ネロ・カオスは片手間にも自身の分身を用いて、不意を突くかのようにシオンから小包を奪い取る。

「…ぬ…こ…これは……!!?」

ネロが封をあけると、そこにあったのは『ドッグフード』であった。

「ふ、不可解且つ不愉快な……」
「あはははは!!!きっとそれは餞別じゃないのかな?」
「思うに、それを食して飢えを防げという思し召しなのでは…?」

大笑いのさっちん、シオンとは対照的に、当然といえば当然であるが、不機嫌そうなネロ・カオス。
ふてくされたかのようにドッグフードをぶちまけようとすると―――

「む!?」



―――中には紙切れが入っていた。

「こ…これは……!!?」


その紙切れは、総帥の直筆で書かれた密書であった…
ネロ・カオスはすぐに無言となり、その密書を穴が開くほどに見通す。

『この手紙を読むころには、僕は財界を引退し『月』で隠居生活を送っている頃であろう。
僕の指示通りに事が進んでいれば、娘の『まい』を守り立てるべく『一ノ瀬君』が『征服王』を側近にし、君はおそらく三咲町へ『路地裏監視役』として異動になっていると思う。
しかし、それは君を疎んじて左遷するよう仕向けたわけではない。
僕の読みどおりに事が進めば、今回の『三咲町連続殺人事件』を利用し、『片山雛子』議員が権力を握ることであろう。
彼女は遠野家のメイドである『琥珀』君と既に手を組んでいるようであり、いずれは遠野家、及びこの路地裏の平和を脅かしかねない。
故に、君には『我が愛娘』の護衛を成し切ったことと『三咲町連続殺人事件』を解決した実績を踏んで、密かに『遠野家の監視及び路地裏の護衛』に任命したい。
『遠野秋葉』、『琥珀』、『片山議員』を敵に回すということは、おそらくは『三咲町連続殺人事件』以上の過酷な任務となるかもしれない。
それでも、僕は君を信じ、あえて最重要機密である任務を与えることにした。
どうか先の三者に察知されぬようこの任務を遂行してくれたまえ』



その密書の内容は、非常に過酷な隠密活動であった。
自身の任務を先の三名に悟られることなく、表向きは『路地裏監視役』として遂行しなければならない。

しかし、それは総帥の過度とも言えるべきネロ・カオスへの信頼の表れでもあった。

「?」

ネロ・カオスは他のものに悟られぬよう、そのドッグフードを分身の狗に、その密書を分身のヤギに瞬時に食べさせたのだった。



「…フン……確かに、何時の世も上の命というのは理不尽なものだ」

そして、悪態をつきながらも憂いが晴れたような顔で、もう一杯、お猪口の熱燗を飲み干したのであった。



[25916] 第73話 …百合の花束
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/11/07 21:49
ここは財閥次期総帥である『まい』の通う学校の教室である。
時は放課後、教室にはまいの他、彼女の学友である二人の女子生徒が残っていた。

「へぇ、まい、あの『パパ』の跡継ぐんだ~。『みちる』は、あんなアホでも総帥できてたんだから、まいだったらお茶の子さいさいだと思うんだけどな」
「う~…パパはこれでもすごかったんだから~。まあ、私がパパのようになれるかワカんないけど、やれることはやろうと思うんだ」

机の上に行儀悪く座っている、ツインテールの活発そうな女生徒。
自分の名前を一人称で呼ぶのはいただけないことが多いが、不思議と『みちる』が自分の名前を一人称で呼ぶ分には違和感を覚えない。

「…まいはあの総帥の娘だから心配ないと思うけど……これからは勉強とか忙しくなるんだね…」
「うん…。多分、これから『みずか』ちゃんともあまり遊べなくなるかも……」

もう一人の友人、長髪に黄色いリボンが特徴の少女『みずか』は、先のみちるとは対照的に、まい以上に非常にクールであり、いかにも優等生といった感じの少女であった。
彼女は特に表情を変えることなく、淡々と帰り支度をしている。
しかしながら、その背中は何処となく寂しそうにも見えた。

彼女たちは三人は、活発な『みちる』と優等生『みずか』、そしてお嬢様『まい』のトリオでバランスのよい友人関係ではあるようだ。

「まあ、でも、学校ではいつも通りだし、卒業まではそこまでキツキツとした感じじゃないと思うから」
「あったりまえじゃない!華の女子の学校生活だもん!いくらまいが総帥になるからって、まいをガンジガラメにするヤツは、このみちるがぶっ飛ばしてやるんだから!!」

逞しくも腕まくりをし意気込むみちる。

「……その前に、みちるは補習たっぷりで雁字搦め……」

そのみちるの横で、ぼそりとつぶやくみずか。
どうやらみちるは活発な代わりに学校の成績は芳しくない、典型的なおてんば少女のようだった。

「う~~~!なにさ、みちるだってその気になれば補習地獄から抜け出せるんだから!!!」
「えいえんはあるよ…ここにあるよ…」

非常に気合の入った感じのみちるではあったが、みずかの口ぶりから察するに、彼女は補習地獄から抜け出したことは一度もないらしい。

「まあ、でも、わかんないトコあったら私も教えるからさ」
「え?ホント?さっすがまい!!!」

「……まいは次期総帥の勉強で忙しいというのに…ヤレヤレ……」
「うっさい!!!」

ある意味、みちるとみずかのやり取りをまいがフォローしている…
といったトリオなのだろう。
やはりこの三人…上手くバランスが取れている…のか…?







そういうわけで補習も終わり帰宅する三人。
まあ、お嬢様のまいは当然迎えが来るわけであり、みちるとみずかはまいのお迎えが来るまで一緒に付き合うわけではあるが……

「なかなか迎えが来ないね」

この日は珍しくも迎えが来るのが遅く、ぼそりとみちるがつぶやく。

「…そういえば、護衛の人も代わったんだっけ?」
「うん。それで、その人が運転する車が来るはずなんだけど……」

みずかの問いにまいが答えている最中であった…!



ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ



「「「!!!?」」」



遠方よりとてつもない爆音が聞こえてきたかと思うと…
一瞬、三人の目の前を神牛に牽かせたチャリオットが爆走し……



「ガハハハハ!!!『姫様』!!この征服王が迎えに参ったぞい!!!」

「にょめれっち!!!」
「「………!!!」」

変な驚き声を上げるみちると、絶句するまい、みずか…

いずこかを一周してきたのだろう、再び爆音が近づき、今度は三人の前でチャリオットがピタリと停止した。
そこから出てきたのは豪放でマッチョな髭の巨漢である。

「ちょこっとだけ時間に遅れたが、そこは勘弁してくれい」

「「………」」

…改めて三人は絶句…絶句せざるを得ない!!!



「ん?どうした?」
「……い、いえ……」

三人が絶句する理由がイマイチわからず、空気を読まずに問いかけるライダー。
まいは何か言いたげではあったが、その図体、雰囲気が『何を言っても無駄』感を大いに醸し出しており、まいは言葉を押し殺し…

「じゃ…じゃあね…また明日……」
「う…うん……」
「じゃあね、まい……」

と、気まずく挨拶をし、ライダーの『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』に乗り、自宅まで爆走して帰っていった。



「………」
「………」

そのまいを呆然と見送る友人二人は……

「……あ、あんなのを従えるなんて、総帥も大変だね……」
「……まいもゆくゆくはアレのような破天荒に……なって欲しくはない……かな……」

と、苦笑いしながらぎこちなく下校するのであった。



[25916] 第74話 …歩き出した貴女がいる
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/11/09 22:35
時は昼下がり。
ここは光坂市のとある喫茶店。
この日もアルクェイドは暇な主婦仲間(渚・あゆあゆ・観鈴ちん)とともに、コーヒーを飲んでケーキやらたい焼きやらを食べながら駄弁っていた。

「汐ちゃん、本当に賢くて元気なお子さんよね~」
「そ、そうですか?あ、ありがとうございますっ」

アルクェイドを筆頭に子どもを褒めまくる女性たちに、渚は謙遜しつつも照れながら感謝の言葉を述べる。

まあ、大体子どもを肴にケーキがどんどん進んでいくわけであり、その間、体重が増加を一切気にしないのが女性の強みともいえる。
無論、その後の後悔もまた一際なものではあるのだが、そんなのは女性方々の知ったこっちゃないわけであった。



「…で、渚さん、二人目はまだなんですか?」
「え…ええっ!!?」

観鈴の唐突な質問に対し、赤面しながら困惑する渚。

「そういえばそうよね。汐ちゃんも随分大きくなったし、もう一人くらい…って思わない~?」
「え…えっと……その……」

さらにアルクェイド、ケーキを三口喰らい頬張り咀嚼した後、追い討ちをかける。
渚はとにもかくにも赤面するだけであるが、その実、なにか言いたげ感じでもあった。



「もしかして、最近、ダンナさんと夜の生活上手くいってないとか?」

「ち、違いますッッ!!!朋也くんとは今でも愛し合ってますっ!!!………あっ!?……いえ…そのぉ……」

アルクェイドの更なる邪推に少し声を大きく否定するも、その後、自分がとんでもない自爆をしたことに気づき、渚はさらに顔を赤面させる。
さすが渚、アホの子は健在である。

「まあ、つまり『ヤルことはヤッてる』……と」
「ううう……」

それを意に介さずに話を続けるアルクェイドは、案外ドSなのかもしれない。

「確かに、私も子どもは欲しいですけど……今の往人さんの稼ぎだと……にはは」

一方の観鈴は、場を察して自分の身内事情を話し始める。
まあ、観鈴の場合は今日日の家計と少子化に当たる問題を叙実に表した例であり、ある意味切実な問題である。
とはいえ、国崎は決して安月給ではない上、いざとなれば観鈴の母である『神尾晴子』までおり、子育てするには充分な条件である。

……となれば、単に国崎が父親になるだけの覚悟がないだけの話なのだろう。



「私も二人目は欲しいんですけど……これからの学費や生活費のことを考えれば……なんだか難しい気がします……」

そんな神尾家の事情など露知らず、観鈴の話を聞いて考え込む渚。
むしろ、いまの神尾家に比べ、遥かに貧乏だったにもかかわらず、家庭経済を鑑みずに子どもを作ってしまった朋也はDQNなのかもしれない。



「そんなあ、観鈴ちんのダンナと志貴は同じ給料じゃない。私は早く子どもがほしいんだけどなぁ」

一方のアルクェイドは、所詮は吸血鬼なのだろうか…
彼女は浪費家にも拘らず、家庭経済など『なんとかなるさ』的な感じで、母親になりたいという願望はあるらしい。



「……そ、そういえばあゆちゃんは…?」
「うぐ……」

話が弾む中、この面子の中では一番おしゃべり好きのあゆが、今まで一切会話に入ってこない。
此処までの会話の内容から察するに、あゆが一番会話に食いつくような話であることはいうまでもなく、子どもの話から『ダンナの性癖』の曝露まで、事細かに話す…というのがパターンのはずである。

「…ゴ…ゴメン。…なんか気持ち悪くて……うぐぅ……」
「だ、大丈夫ですか、相沢さん……」

あゆの顔色は非常に悪かった。
そういえば、彼女の大好物のたい焼きも、数口齧っただけで後は手付かず……
普段はちびの大喰らいで、後日『うぐぅ…太ったぁ~~~』と泣きながらまたたい焼きを食べるほどの彼女が、よほど尋常ではないのだろう。



……そして……!!!



「うぐっ……は、吐き気が……」

「「「あゆちゃん!!?」」」

心配するアルクェイドたちを背に、ついに口を押さえ、吐き気をこらえてトイレに駆け込むあゆ……
はたして彼女はどうなってしまうのか!!?



―――to be continued

―――Count3



[25916] 第75話 …少女だった『貴女』へ
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:0a85dd56
Date: 2011/11/13 23:45
「へぇ~っ…相沢さんとこ、双子妊娠したんだ」

あれから数ヵ月後…
ここはボロアボートの志貴の部屋の食卓である

あゆあゆの体調が悪かったのは、どうやら妊娠していたとのことで、トイレに駆け込んだのはつわりのようであった。

当初、ダンナの祐一は「たい焼きの食いすぎじゃないのか?」などとのたまい病院に連れて行ったところ、妊娠が発覚。
その後、双子を妊娠しているとわかった時には「出産も一度に済まそうとは、ズボラなあゆあゆらしい」などとダンナは毒づいていたものの、心の底では小躍りするほどに嬉しかったらしかった。

なお、主婦友達からも祝福の言葉が飛び交う一方、自身の出産経験からか渚はあゆの体調を本気で心配していたようだ。
双子の妊娠とあれば、そのリスクも自然と大きく、小柄なあゆあゆならなおさらともいえよう。

しかしながら、これからの愛でたい誕生というときに、そんなネガティブなことばかり考えるのは野暮というもの。



「ちなみにあゆちゃんの子ども、男の子と女の子の二卵性双生児らしいよ」
「ふーん…。名前はもう考えてるのか?」
「ダンナ曰く、男の子は『一郎』くん、女の子は『ゆあ』ちゃんって名前らしいけど」
「ず、随分適当な名前だな……」

などと、相沢家の子どもの名前を肴に、二人で盛り上がるのが吉というものであろう。

「ちなみに、私なら男の子なら『飛哉亜李(ひゃあい)』、女の子なら『沙利菜愛利江留(さりなありえる)』がいいかな」

アルクェイドよ…
なぜそんなDQNネームをチョイスする……

「やめてくれ……。絶対学校で苛められるだろ」
「じゃあ、『金星(まあず)』」
「せめて『火星(まあず)』だろ。それもイヤだけど……」

と、まあ、子どもの名前の話は尽きないわけで……



「ちなみに志貴は、男の子と女の子、どっちが欲しい?」
「そうだな…。まあ、どっちでもアルクェイドに似ればかわいいと思うよ」
「もーっ。志貴ったら~。でも、ありがと」



そこで志貴は考える。
子ども…とくれば、その前にやることがある。

いや、もちろん子どもができてから…というパターンも昨今では珍しくはない。
友人の『乾有彦』も、なんだか最近相手が『出来ちゃった』とのことで、ひと悶着あったとかないとか……
まあ、アルクェイドの場合はそういったコトで揉めるということは特にはなさそうではあるが、志貴はその辺はきちんと順番付けでやっていきたいと思っていた。



「……あの…アルクェイド……」
「ん?どーしたの、志貴?」

決意した志貴が、ついにアルクェイドに言葉をかけるも、二の句が継げずにしばし沈黙の風が流れる。
普段、あれだけラブラブな二人ではあるが、『あの言葉』を言うのに、相当気を使うものなのであろうか…?

レンも気を利かせてか、何時の間にぶら下がり健康器具の上に登り『寝たフリ』をしている。

そして、ついに……



「……結婚しようッッ」









「え?ムリ」



――――――!!?



―――to be continued

―――Count2



[25916] 第76話 …触れられない『貴女』へ
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:0a85dd56
Date: 2011/11/16 23:48
「……結婚しようッッ」
「え?ムリ」



時は夜、ここはボロアパートの志貴の部屋である。

今宵、志貴はついにアルクェイドにプロポーズをした。
しかしながら、アルクェイドの答えは誰もが予想だにしていない言葉であった。

アレだけラブラブで、これから作るであろう子どもの話しまでしておいて……何故!!?


「~~~~~~~~~」

志貴には言葉がなかった。
ただただ、アルクェイドのプロポーズ拒否の言葉のみが脳内をリフレインしている。

「お~い…しきぃ~~~?」

アルクェイドの軽い呼びかけにも一切反応できない。
視線は呆然と虚空を見つめているのみ。
今の志貴は、ただの置物同然の存在と成り下がっていた。

「志貴ぃ……。私は志貴のこと、とってもとってもとってもとってもとってもとってもとっても大好きなんだよ」

「………へ?」

顔を赤らめながら『好き』を強調するアルクェイドに、ようやく志貴が現実世界に舞い戻ってきた。
志貴に反応があったことを確認すると、アルクェイドはさらに言葉を続けた。

「……だってさ、冷静に考えたら私、一応『吸血鬼』じゃん」
「あ?」

そういえばそうだった…と言わんばかりの志貴のマヌケな一言。
そう、日本国憲法において、人間と吸血鬼の婚姻は一切認められていない!!!
故に、擬似的に結婚式を上げることはできても、二人は婚姻関係を結ぶことなどはできないのである。

「………」

この法律と言う現実を突きつけられ、再び石化する志貴。

「大丈夫大丈夫だって。結婚なんて所詮は紙切れ上の話でしょ。愛さえあれば関係ないって。私は志貴と一緒にいられるだけで幸せなんだからっ」

…とはえ、子どもができた場合、やはり『嫡出子』と『非嫡出子』では扱いは違うだろうし、遺産相続に関してもやはり面倒くさい問題が生じることは請け合いであろう。

アルクェイドは大して結婚には拘っていないが、そこはやはり日本人の志貴である。
男たるもの、やはり結婚して一家の主とならなければならない…という思考が、志貴の頭の中では存在していたことであろう。

そのときであった!!!







「やあ、遠野君。久しぶりだね」

志貴の携帯に見知らぬ番号の着信があり、その電話を取ると、声の主は月にいる『総帥』であった。

「そ…総帥!!?」
「いやあ、今建造中の『ヴェーダ』の指示によれば、おそらく今、君はブリュンスタッド君との結婚の件で苦悩している…と予測されたから、実際のところどうなっているのだろうな…と思ってな」

「…お…大当たりですよ……」

まさしくビンゴである。
志貴が「何の用ですか?」と問う前に、総帥は先に用件を解答する。
伊達に大規模な演算処理システムを開発してはいない。

「…で、そのヴェーダのテストの為にわざわざ電話をかけてきたんですか?」
「うむ…その通りだ。さすが君たちが送ってきたデータを元に作られたシステムだ」
「………」

お褒めの言葉はありがたいが、今の志貴は素直に総帥と共にシステムの精度を喜ぶような心境ではない。
まるで総帥を邪険に扱うように、あえて志貴は言葉を発せず無言で訴えていた。

「フフ…まあ、そう機嫌を損ねないでくれ。今の君にこれほどない『朗報』があるのだから」
「!!?」

しかし、志貴は総帥の『朗報』の言葉を聞くや否や、早速食いつくかのように携帯電話を強く握り締める。
総帥は、それさえも予想通りといわんばかりに、ゆっくりとじらすように言葉を発する。



「まず、日本国憲法において、『人間』は『人間』としか結婚できない(三親等内の近親者は除く)ことになっている。今回問題となっているのは、そのブリュンスタッド君が『人間でない』ことにあり、それさえ解決できれば君たち二人の結婚に関してノープロブレムというわけである」
「そ、そんなことできるのか!!?」

総帥の余裕さえ感じさせる台詞回しに、志貴はその答えに期待する一方、焦らされていた分余計に懐疑的になる。

「無論。ちなみに『遺伝子操作して人間にする』などという陳腐な答えでないからそこは安心してくれ。そんなことをしなくとも、法の網を掻い潜ればいいだけの話なのだからな」

ここからはブリュンスタッド君にも聞いて欲しい…とのことで、志貴は携帯電話をハンズフリーにし、アルクェイドに聞こえるように携帯のスピーカーの音量を上げる。


「さて、法律上、どうすればアルクェイド・ブリュンスタッド君が『人間』になれるのか…?答えは簡単。『ムーンレイス』になってしまえばいいのだ」
「え!!?」
「ちょ、ちょっとどーいうこと!!?」

その総帥の突拍子もない、それこそ藪から棒へのトンデモ理論に志貴は驚きアルクェイドは思わず聞き返す。

説明しよう。
総帥曰く、アルクェイドは月に建てられた国『スフィア王国』にて『国籍』を習得し、日本人とムーンレイスの国際結婚を成立させるというものであった。

「まあ、スフィア王国では通常、5年在住した上で永住権を獲得しなければ『帰化』はできないとされている。しかし、そのスフィア王国に特別な『利益』をもたらしたり、『功績』をあげたりしたことを証明できる者がいた場合、スフィア王国の大使館に届け出ることにより、スフィア王国法務省にて『帰化』が認められ国籍を習得できるのだよ。これはスフィア王国国王令にとって定められている」

総帥の言うことの理屈はわかった志貴とアルクェイドではあったが、そのスフィア王国に対する『利益』『功績』とは一体何なのであろうか?

それはスフィア王国産業への投資などを意味するのか…?

「あの…ウチ…貧乏なんで……」
「ああ、その辺なら条件は既にクリアしてある。アサギリ国王及びフィーナ王妃には話はつけた」
「こ…行動が早いんですね……」

志貴の問いかけにも、即座に結果のみを報告する総帥。
その行動の速さは『ヴェーダ』の予測に基づき動いているのだろうが、問題はその手段であろう。
この総帥のこと、おそらくは『えげつない手段』を用いてタツヤ・アサギリ国王を脅した可能性が高いと思われるが、聞くのが恐ろしいため志貴はあえて手段については問わなかった。



「まあ、あとは君たちの居住している光坂市役所で必要な手続きをすればよい。……ああ、天野君。デザートは白玉ぜんざいで頼むよ」
「総帥…甘いものは少し控えたほうがよろしいのでは?」

「………」

会話に紛れ込む、総帥と天野秘書とのやり取り。
先ほどの背景で、おそらくは夕食の時間なのであろうか。
ヴェーダには総帥のほかには秘書の天野のみ……

まあ、ご飯仕度はいうまでもなく天野がやるのであろう。
今までも娘のまいに仕度をさせていた男が、急に自分で自炊をするはずがない。

……となると、アルクェイドには非常に俗な疑問が一つ思い浮かぶ。

「あの~…総帥って、天野さんのことどう思ってるの?」
「え!!?」

やはりアルクェイド。
同じことを思っても聞くに聞けない志貴と違い、臆面もなく総帥にその質問を投げつける。

「ああ、非常に大切な僕の『秘書』さ。ああ、そろそろ愛しのまいに電話の時間だ。電話を切ってもよろしいかな?」
「……総帥……今日はぜんざいは『なし』です」

「「………」」

最後に天野の静かなる死刑宣告(総帥にとっての)を残し、電話は自動的に切られた。

思えばこの秘書天野も、何を思って月まで総帥についていったのであろうか…?

いまだに娘離れできず、自分の思想・研究のみに没頭する男……
正直、この男が『総帥』でなければただのキチガイでしかない。
そんな男の秘書を、よくもまあ月で…しかも二人だけの空間の中でやろうとしたものである。
志貴もアルクェイドも、そんな彼女に同情を禁じえなかったことは言うまでもない。



「ま、まあ、そういうわけで、明日は仕事休んで市役所に行くか」
「そうね。まあ、『ムーンレイス』だろうと『カレーライス』だろうと何だっていいけど、これで二人のラブラブな生活に一歩前進ってワケね」

まあ、言うまでもなくそんな同情など一分持たずに終わり、後は二人の幸せ家族計画を遂行するのみである。
それにしてもお前ら…これ以上『ラブラブな生活』になってどうするのだ……



しかし―――



「兄さんを市役所には行かせないわ!!!」

「「!!?」」

刹那、ドアを蹴破る音が聞こえると、そこには本来いるはずのない…
居場所さえワカるわけがないハズの……

『遠野秋葉』が玄関の前で仁王立ちしていた!!!



―――to be continued

―――Count1 次回最終話!!!



[25916] 最終話 …Cry For The Moonlight,Ms.Moonlight,Ms.Moonlight
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:0a85dd56
Date: 2011/11/24 00:09
志貴とアルクェイドの結婚への障壁となったのは、なんと『種族の壁』であった。
日本国憲法では基本的人権の尊重こそ認められているが、吸血鬼の権利に関する条文など一切かかれていない。
人間と吸血鬼が結婚することなど、法律上認められていないのだ。

しかし、その法律の穴をかいくぐるかのように、ヴェーダよりその解決方法が指示される。
その方法とは、アルクェイドにスフィア王国(月世界)の国籍を取らせ外国人の権利を手に入れればいいという、なんともな力技であった。
まあ、確かに日本人と吸血鬼の結婚は認められていないが、日本人と外国人ならその夫婦の存在は珍しくもなんともない。
アルクェイドの国籍取得については総帥がスフィア王国に話をつけているため、あとは市役所へ行き手続きを済ませればいいだけの話である。

ね、簡単でしょ?



そんなこんなで志貴とアルクェイドは、アルクェイドをムーンレイスにするべく、手続きのため市役所へ向かおうとするが……






「兄さんを市役所には行かせないわ!!!」

「「!!?」」

刹那、ドアを蹴破る音が聞こえると、そこには本来いるはずのない…
居場所さえワカるわけがないハズの……

『遠野秋葉』が玄関の前で仁王立ちしていた!!!






「フフフ…ついに見つけましたよ兄さん。そしてアルクェイドさん!!!」
「あ…秋葉………」

秋葉は志貴に対してにっこりと微笑んでいるものの、その瞳たるやまさに凍てつく炎のごときであり、あまつさえアルクェイドに対する過剰な殺気さえも感じさせた。



「あら、お久しぶりね♪」

一方のアルクェイドは、その殺気を知ってか知らずか非常に能天気な言葉を秋葉にかける。

「~~~~~~ッッ」

無論、そんなアルクェイドの態度は秋葉の神経を逆撫でさせる以外の何者でもなく、怒りのあまりスーパーサイヤ人(紅赤朱)と化したことは言うまでもない。



「コホン……、とりあえず、さすが月に赴任していたこともあって『閣下』の読みは当たったってところね。腐れ吸血鬼が兄さんと結婚しようとするなら、まずはどの国でもいいから国籍が必要となり、その中で総帥の息がかかって尚且つ容易に取得できる国といえば、『月』しかない。……どうかしら?」

それでも自身の絶対優位は変わらないと信じ、秋葉は冷静さを装いながら高説をする。



「あ…秋葉……。ご近所さんに迷惑だし、話は別の場所で……」

「兄さん?…どーせ貴方はここを出て行き遠野家に戻るのですから、今更そんなこと気にしてどうするんですか?」

志貴が冷静に説得しようと試みるが、逆上した女に正論をぶつけるなどドダイ無理な話であり、かえって秋葉のヤンデレっぷりを加速させてしまった。

このままでは秋葉の手により志貴は連れ去られるか、よしんばアルクェイドが志貴の防衛に成功したとしても、当たり一辺が火の海と化しこの町にいられなくなるか最悪逮捕されブタ箱行きという最悪のシナリオとなってしまった。

さあ、どうなる―――







「探しましたよ、遠野秋葉さん」
「!!?」

―――などと言ってる間に、さらに秋葉の背後より志貴たちの顔見知りの刑事二人が立っていた。

「始めまして。警視庁特命係の杉下というものです」
「亀山です」

「な…け、警察の方が何のようですか!?」

どうやら特命係は秋葉に用があるらしい。
とりあえず志貴とアルクェイドは、当たらず触らずの方向で状況を静観することにした。



「実は、貴方には『被拘禁者奪取罪』の容疑がかかっておりまして…」
「すべては琥珀さんが自供しましたよ」

「………!!!」

なんとも驚きの展開。
秋葉の『被拘禁者奪取罪』とは、まあ、いつぞのやの『閣下』を脱獄させたことであろう。
杉下、亀山は既にその閣下脱獄事件の尻尾をつかんでいたのだ。

さらに言うのであれば、これらはすべて琥珀の計算どおりである。
遠野家転覆をもくろむ琥珀がすべてを自供することで、自分もろとも遠野家を失墜させる。
自身も秋葉と同罪でムショに入れられるものの、自身は『秋葉に命令されただけ』と主張すればおそらく執行猶予はつき、『片山議員』の後ろ盾の元で復活は容易であろう。

これらも特命係(杉下)の頭にはあるのであろうが、今彼らに優先されているのは、目の前の犯人の逮捕のみである。



「……ええ…わかったわ。署には同行します」

意外にも秋葉、任意同行を承諾。
しかし、秋葉の顔には不敵な笑みが浮かべられている。

「でも、あくまで琥珀の証言のみで、果たして私を立件できるのかしら?」

「………」
「~~~ッッ!!」

その案の上の理由、余裕の口ぶりに、杉下は無表情で、亀山は苦虫を噛み潰したかの表情で秋葉をパトカーへと連行する。



秋葉の余裕は、彼女は絶対に捕まらないという確信があったからである。
その理由、ひとつは閣下こと『北条晴臣』が名家である『遠野家』と関わっていることから、警察庁も下手な動きが出来ないということ。
お互いがお互い、警察官僚に対する情報のやり取りもしているのだと仮定すれば、この二人と刺し違えてでも立件する…などという気骨のある者など、『警視庁特命係』『あぶない刑事』『はみだし刑事』『おみやさん』くらいなもの。
その程度の戦力では、閣下と結びついている遠野家を追い詰めるなどとてもとても……

案の定、その後捜査一課が遠野家を捜索するも、既にもぬけの殻。
閣下本人どころかその証拠物すら手に入れることなく、結局、秋葉は無罪放免となった。



しかし、真に恐ろしいことは、そんな事なかったかのように、琥珀が今までどおり秋葉に仕えていることであろう。

まあ、琥珀が秋葉の暴走の『ブレーキ役』として必要不可欠…というのもあるだろうが、秋葉もどこかでまだ甘い女であり、自分が無罪放免になったことで、琥珀の自身への罪状も消えたことから、とりあえずは『なかったこと』にしたのであろう。
と、言いつつも密かに秋葉は、『いかに琥珀を飼い殺しにしていびり倒すか』を画策しているとかいないとか……








まあ、そんな先のことなどはどうでもよく、これでようやく邪魔者も消え、市役所へと向かう志貴とアルクェイド。
今度こそ邪魔が入るまい…と仲良く手を引き合うさまは、なんとも街路樹の風景によく似合う。






「遠野くんを市役所には行かせませんよ!!!」

「「!!?」」

刹那、先ほどのデジャヴであろうか……
そこには本来いるはずのない、居場所さえワカるわけがないハズの『シエル先輩』が仁王立ちしていた!!!



「待つのは貴女よ。Sig.naエレイシア」
「ろ…ローマ教皇様!!?」



ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!



これもまたデジャヴだろうか…
今度はシエルの背後より、あのローマ教皇がマントを靡かせて立っているではないか。
しかも、無駄に凶悪…もとい神聖なプレッシャーを放っている。

「「………」」

これもまた下手に関わってはいけないと、志貴とアルクェイドは静観を決め込む。

「今回の月での戦争……!!本来あのような異端(擬似サーヴァント)を駆除するのは『埋葬機関』の仕事であろう。それが彼の者(志貴・アルクェイド・ネロ・セイバー・両儀式)に任せるというこの体たらく……!!よって、そのたるんだ性根を叩きなおすため、今日より『埋葬機関』及び『代行者』は『デスクィーン島』での強制強化合宿を命ずる!!!」
「えええ!!?」

「ちなみに『ナルバレック』を教官とする。以上!!!」

「そ…それだけはあああああ!!!」



こうしてシエルはローマ教皇に連れ去られ、サド…もとい鬼教官の元での強制合宿というなのイジメを余儀なくされた。
なお、去り際にローマ教皇が志貴とアルクェイドに軽くウィンクをし十字を切ったが、おそらくは「これで貴方たちを妨害するものはいない。種族を乗り越えた二人の愛に神の祝福あれ」と伝えたかったのだろう。

しかし、二人に伝わったのはそのウィンクの『不気味さ』だけであったことは言うまでもない。













そして市役所にて手続きを終えた二人。
後は形式上のみではあるが、外務省での審理を終えた後に、アルクェイドは正式な『ムーンレイス』となり志貴との結婚が可能となるであろう。

と、なると、あとは志貴があの言葉をもう一度言うだけである。




時は既に夜。
散歩がてらに歩いた二人の行き先は光坂市の公園であった。


公園の砂場の上、志貴はアルクェイドを見つめている。

月の明かりは鮮やか過ぎて、何処に行けばいいのか志貴は改めて惑う。

しかし、何時しか志貴は時間に気づき、ついに『月姫』に呟いた。






「結婚しよう」
「うん」










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