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[30101] よろずっ!!
Name: 樹◆63b55a54 ID:c03d0032
Date: 2011/10/11 22:11
≪あらすじっ!!≫

ファンタジーと世知辛い社会を融合した作品を目指しました。
主人公(男)はお金にうるさいです。
主人公(女)は自堕落な自由人です。
それでは、どうぞ!




[30101] 第一話「虫刺されにご注意を!」
Name: 樹◆63b55a54 ID:c03d0032
Date: 2011/10/19 23:43
「うぉおおおおおおおおおおおお!!」


「ぎゃああああああああああああ!!」


 森林の奥から騒々しい奇声を発しながらかけてくる男女二人組。



「し、師匠の所為ですからねッ――!!」


「あ、阿呆! 私に責任を押し付けるな――!!」


 全力でダッシュしながら必死に駆ける二人。
 そのすぐ後ろで大きな羽音を鳴らすミツバチ。
 しかし問題なのはその大きさだ。
 人間のおよそ数倍もの大きさをもつミツバチが追って来るのだ。
 その巨大な顎は容易に人を噛み砕き、その鋭い針は人間の体など貫通するだろう。




 ――時間は少しさかのぼる。




 *―――――――――――――――――――――――――――――*


 地下都市『新大阪』。
 地球環境が悪化し始めて数十年。
 天候は崩れ、川は氾濫し、地に作物が育たなくなった。
 かつて豊かな大地は数える程しか残っておらず、その中で大農場と呼ばれる畑は国営として管理された。
 インフラが高騰し、溢れかえっていた食料の取り合いが始まったのだ。

 生き残った人類はかつての地上の楽園を捨て、何重もの階層を連ねるこの地下世界へと移住した。
 人々が求めた物……それは『安心』と『安定』だった。
 空調が整備され、疑似太陽を浮かべた地下空間には本来当たり前であるはずの四季折々の風景が広がっている。
 しかしそれも一部の特権階級……言わば金持ちの道楽でしかなかった。
 この物語の主人公である二人組の生活圏はさらに地下の地下。
 この地下都市の最下層に位置していた。
 




「マスター、いつもの」


 喫茶店のカウンターに腰かけ注文をする少女。
 出された真っ黒な液体のまず臭いを嗅ぐ。


「う~ん。いい香り」


 そして飲む。


「にっげぇ」


 苦い。とてつもなく。
 しかし少女はそれでも諦める事無く最後まで飲み干す維持を見せる。
 店主公認の泥水のような味。
 何故そのような物を商品として出すのか?
 理由は簡単――安いからだ(一杯十円也)。



「師匠……いい加減それ飲むの止めたらどうです?」



 その様子を呆れたかのように水を飲みながら諭す少年。
 傍から見たら兄妹で朝食を食べに来ているようにも見えるが、実際の年齢では少女の方が上なのだ。


「それは無理だよ京介君。小春ちゃんは昔っからこれ飲まないと目が覚めないんだもん」


 苦悶の表情を浮かべる少女を楽しそうに見る店主。
 『喫茶 まごころ』の店主 誠。


「師弟関係は慣れてきたかい小春ちゃん?」

「ぼちぼちね~」

「ところで京介君は小春ちゃんのどこが師匠として相応しいと思ったんだい?」

「当然! この魅力的な美貌」

「攻撃力っす」

「可愛らしい容姿」

「攻撃力っす」

「いざという時の判断力と溢れ出る知性」

「攻撃力っすぅううううぁああああ――ぎ、ギブギブ」


 自慢の馬鹿力で首を絞められた。
 京介の顔が青ざめた。


「はぁ~米食いたい……もう合成肉は嫌じゃ~」


 朝の目覚めのコーヒーを飲むたびに同じ事を愚痴る少女。



 ≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 五千五十円≫


 その気持ちもわからないでもない京介は堅いパンを毟り水に浸す。
 こうして少しでも食べやすくたくさん食べたように身体に錯覚させないともたないからだ。


 ≪烏丸 京介 十五歳……所持金 六千二百円≫


 
 小春が飲むコーヒーも、正確には『コーヒーらしきもの』であり、
 調整コーヒーと言われるコーヒーを再現した嗜好品だ。
 (香りは及第点、味は落第点……超まずい)
 本当の珈琲豆を挽いて淹れる事はおろかインスタント物さえ高級品の部類に入っている。
 わずか数十年前の人類にとって予想もしなかった急激な食糧難に襲われていた。

 


「依頼ってあるの?」


 小春が店主に聞く。
 地下世界には様々な職業がある。
 その中で小春達が生業としているのは『よろずや』と呼ばれる職だ。
 つまりは便利屋。
 どんな依頼でも受け、その報酬はハイリスクハイリターン。
 


「あるにはあるけど……」



 ≪ 依頼:『虫刺されにご注意を!』


  依頼内容:蜂蜜10kgの採取。

  報酬:十万円。≫



「じゅ、じゅうまんえん~!!」


 ほわぁ~とだらしなく口を開け妄想にふける小春。
 

「十万円あったらぁ……あれも……これも……」


 楽しそうに妄想に更ける小春の姿は十歳の幼女そのもの。
 しかし実年齢は二十歳……食糧難で一番影響を受けたのはこの人かもしれないと京介は思う。
 そんな贅沢品を買う夢よりも溜まった家賃を支払うのが先決だろう。
 小春と京介が共同で暮らしているアパートは月々五千円。
 現在、二ヶ月ほど待ってもらっているので次の支払日には計一万五千円支払わないといけない。
 二人の所持金を合わせても1万円ちょっとしかなく、かつかつの状態。



 ≪注意事項:オオミツバチの毒に十分注意されたし、普通に死にます≫



「し、し……師匠……お、オオ……オオミツバチです」


 地球環境の急激な悪化のよる生態系の異常、そして人間にもその影響が出た。
 生物は急激な生活圏の破壊を受け、遺伝子レベルでの進化を余儀なくされた。
 より強靭で、自分の種を残すため生物が取った行動は……。



「ひょぅおおお――」


 一気に青ざめる小春。
 



 そう、生物が取った進化の方向性は極めて単純。


 巨大化と、凶暴化……異形化だった。



 *―――――――――――――――――――――――――――――*



「二手に分かれよう!」

「嫌です! 何言ってんすか!!
 蜂蜜持ってんの俺っすよ!」

「お前ならできる! 自分を信じろ」

「自信無いっす! 師匠なんとかして下さいよっ!」

「しゃーねぇなっ!!」

 これ以上逃げるのは無理と判断したのか小春は体の向きを変え、オオミツバチの前へ立ち塞がる。
 背中に背負った身の丈もあるハンマーを野球のバットのように構える。


「こぉおおおお……ふぅうううう」


 息を整え、足を踏み出す。
 地球に住む生物が取った選択肢は三つ。
 巨大化、凶暴化、異形化。
 その内、人類が取った進化の方向性は異形化であると言われている。
 そして、万物の霊長である人間という種が単純な姿・形を変化させるだけでは飽き足りず。
 その次の段階を考えた。
 それは――、


「おぅりゃああああああああああああ!!」



 ――ブォオオオオオンンンンッ!!


 『異能化』。
 それは人間の次の段階の進化と言われている。
 一部の学者の間では人間の遺伝子の中に特殊なウィルス種が入り込みDNAを書き換えられたのだと、
 まことしやかに囁かれている。
 
 小春の額に小さな角が生える。
 それと同時にハンマーの旋回に鋭さが増し、風を斬る。
 通常『異形化』は力を行使する部位の筋肉が肥大化したり、人間のものとは違う構造に変化する。
 しかし、小春の『異能化』は膂力が上がったからと言って腕が太くなったり、身体が巨大化する訳ではない。
 たんに額に小さな角が生えるだけだ。

 だが、その威力は――、


 ――ドゴォオオオオオオオオンンンンッ!!


「ギィイイイイイイイイイイイイイ!!」

 
 オオミツバチは顔の左側が砕け、悲鳴を上げる。



「もういっちょぉおおおおお!!」


 ――ドグォオオオオオオオオンンンンッ!!


 振り抜いたハンマーを返しざま今度はオオミツバチの右顔を打ち抜く。
 オオミツバチの巨体が落下する。
 
「イッエェエエエイッ!!」

 Vサインをして先行逃げ切りの京介に笑顔を向ける小春。
 その様子に安堵し、小春に駆け寄ろうとして京介の顔が凍りついた。
 同時に、回れ右して何も言わず全力ダッシュ。 

「どうしたんってんだよ……もう何の心配も……ってぇええええええええ!」

 視界に広がるオオミツバチの群れ、一匹で手こずったのにそれが何十匹といるのだ。
 全部叩き落とせるわけがない。

「京介ぇっ! てめぇ私を見捨てやがったなぁああああ!」



 *―――――――――――――――――――――――――――――*


「はぁ~」
「はぁ~」
 
 笑いを噛み殺しながらコーヒーを出す店主の前で溜め息をつく京介と小春。

「手に入れた蜂蜜はたったの1kg……しかも逃げ回ったから保存状態が悪いだの色々文句付けられて」
「たったの六千円かよ! 蜂蜜なんて絞れば一緒だろうが! ちくしょー」

 少し冷えたコーヒーを一気飲みして小春はポジティブに考える。

「でも、まぁ収穫はあった。この金でぱっと屋台にでも繰り出すか!
 久々にビールが飲める!!」

 合成ビール……これも言わばビールらしきものだが、小春曰く酔えれば良いのだ。

「師匠、そのお金は家賃の……」
「良いではないか、たまには! それに全額は無理でも少しでも出せば追い出される事もないだろ?」
「あと師匠、忘れてますよ」
「何を?」
「今月、健康保険の保険料納めないと……」
「ひょぅおおお――」


 *―――――――――――――――――――――――――――――*

 今回の収益:六千円。
 今回の損失:家賃五千円(大家に泣いて一カ月分で勘弁してもらった)
       健康保険料 五千円/人(よろずやは危険なため保険料が高い)

 ≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 五百五十円≫
 ≪烏丸 京介 十五歳……所持金 千七百円≫






[30101] 第二話「うちのタマ知りませんか!」
Name: 樹◆63b55a54 ID:c03d0032
Date: 2011/10/19 23:43

 ピンポーン!


 呼び鈴が鳴る。

 
 ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン!


 呼び鈴が……鳴る。


 ピンポンピンポンピンポンピンポーン!



「だぁ~うっせーなっ!! 誰だよこんな朝っぱらから!」



 だらけたTシャツと短パン、寝ぐせでぼさぼさになった髪。
 安眠を妨げた輩に怒り心頭の小春は乱暴に玄関のドアを開ける。

≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 五百五十円≫


「おはよう。小春ちゃん」


「げぇ、大家のバ……おばあちゃん」


 現れたのはこのアパートの管理をしている大家のトメさん。
 小春と同時に起こされた京介も眠い目を擦りながら玄関へ行くと、


≪烏丸 京介 十五歳……所持金 千七百円≫


「小春ちゃんは相変わらず元気ね~それに比べて京介君。
 あなたはお兄ちゃんなんだからしっかりしないと……そんなんだから小春ちゃんに苦労を……」


 いきなり説教が始まった。
 それは毎度のことで、大体がまったく同じ内容。
 定型文、テンプレート。
 京介は逆らっても説教が長くなるだけなので、はいはいと頭を下げながら話を合わせる。
 説教が始まったとたんこそこそと寝床に戻ろうとする小春を京介は見逃さなかった。


 素直で明るく良い娘の小春、定職にもつかない遊び人で妹に苦労をさせてる京介。
 大家のトメさんの中ではそういう図式が決定事項のようだ。
 どこからどうみても十歳程度の幼女に視える二十歳と苦労性で大人びて見える十五歳。
 最初、京介がしっかりと説明したのだが信じてくれなかった。
 理不尽すぎる勘違い設定。
 人は見た目が九割というがまったくその通りだ。
 

「あ、そうそう。これ作り過ぎちゃってよかったら小春ちゃんに食べさせて!」


「はぁ、どうも」


「え、いいんですか! ありがとうございます。大家のおばあちゃん!!」


 何時の間にが戻って来た小春が満面の笑顔でトメさんにお礼を言う。
 トメさんも小春に甘えられて嬉しいのか、小春の頭を撫で撫でして別れを告げる。
 玄関の扉が閉まり、足音が遠のいたのを確認する。


「さっさと渡せよ。面倒くせぇババアだな」


 一転して腹黒くなる小春。
 京介もどっと疲れたので小春の言い分もわかる。
 確かに面倒臭いが小春が気に入られているため何かと都合が良いのは事実。
 家賃を待ってもらったり、こうして差し入れしてくれたり。
 後は京介がひたすら耐えれば万事順調だ。


「ちょうどいいから、これで朝飯にしましょうか」



*―――――――――――――――――――――――――――――*


 地下都市『新大阪』。
 地球環境が悪化し始めて数十年。
 天候は崩れ、川は氾濫し、地に作物が育たなくなった。
 かつて豊かな大地は数える程しか残っておらず、その中で大農場と呼ばれる畑は国営として管理された。
 インフラが高騰し、溢れかえっていた食料の取り合いが始まったのだ。

 生き残った人類はかつての地上の楽園を捨て、何重もの階層を連ねるこの地下世界へと移住した。
 人々が求めた物……それは『安心』と『安定』だった。
 空調が整備され、疑似太陽を浮かべた地下空間には本来当たり前であるはずの四季折々の風景が広がっている。
 しかしそれも一部の特権階級……言わば金持ちの道楽でしかなかった。
 この物語の主人公である二人組の生活圏はさらに地下の地下。
 この地下都市の最下層に位置していた。
 

「マスター、いつもの」


 喫茶店のカウンターに腰かけ注文をする少女。
 出された真っ黒な液体のまず臭いを嗅ぐ。


「う~ん。いい香り」


 そして飲む。


「にっげぇ。超まずい」


「そりゃ、どうも」


 いつものやりとりを横で見ながら京介は小春がコーヒーを飲み終わるまで水をちびちび飲んでいる。
 恐ろしく客単価が低い二人組だがそこは常連なので文句を言われない。
 というか客自体が少ないのでむしろ助かるのかもしれない。

 チリーン、

 静かな店の空気がその人物の来店で一変した。


「おっは~小鬼ちゃん! 相変わらず小さいね~きゃわいいね~」


「だぁ~離せ暑苦しい!!」


≪犬神 花 一九歳……所持金 五万五千五十円≫


「いいじゃないちょっとくらい。小鬼ちゃん良い匂いだし~」


「バ、バカヤロウ、匂いを嗅ぐんじゃない!」

 
 顔を真っ赤にして遠ざけようとする小春。
 その様子を単に照れてるだけと認識した花は更なるスキンシップをはかろうと抱きつこうとする。


 年が近い事もあり小春と仲が良い女性だ。
 小春と違い抜群のプロポーションを持ち、男としては振り返らずにはいられない美人さんだ。
 ひそかに京介は憧れている。
 小春の事を『小鬼』と呼んでるのは小春が異能が小さい角が額に生え、馬鹿力を出すモノなので昔話の鬼とそっくりと言う事らしい。
 そして小さい身体と名前にも『小』春とついているので確かにぴったりのネーミングだ。
 以前、京介が『小鬼師匠』と呼んだら普通にマジ切れされた。
 健康保険って心底ありがたいと痛感した。


「ねぇねぇ依頼あるんだけど一緒にやらない?」



≪ 依頼:『うちのタマ知りませんか!』


  依頼内容:愛犬の捜索

  報酬:五万円。≫



「犬の捜索? へぇ~花さんなら追跡で一発じゃないですか?」


 京介が依頼書を見ながら花に尋ねると、花はチッチッと指を振る。


「わかってないわね京介君。小鬼ちゃんと一緒にやりたいんじゃない」


「えぇ~」


 小春は不満そうにその依頼書を見る。


「どうやらその子飼い主と地上で散歩してたら突然オオミツバチの集団に襲われたらしくて」


「……」

「……」


「必死に逃げた時はぐれちゃったらしいの。
 可哀想な話よね~でもオオミツバチの大群なんてどっかのおバカさんが巣を荒らしたとしか思えないわね」


「けしからん奴等もいるもんだ」


「まったくっすね。少しは他人の迷惑も考えろって話っすよ」
 

「どうどう? ここはいっちょ『よろずや』の出番じゃない?」


「私、パス。今日はパチ屋イベント日だから」


「う~ん、そっか残念。じゃあまた今度一緒にやりましょうね!」


 花ががっかりしたように店を出て行こうとする。


「あ、花さん依頼書……」


「いいわ。京介君にあげる。私別の依頼があるから。それじゃあね」


 チリーン、

 花が『喫茶 まごころ』を出て行く。


「京介、その依頼書貸せ」


「え、師匠? イベントは?」


「あんなん嘘だ。いいか考えても見ろ犬の捜索で五万円だぞ?
 おおかた上流階級のお坊ちゃんが大切にしてた犬が逃げ出したのだろう。
 こんな美味しい依頼そうないぞ?
 花と共同戦線なんてしたら半分持ってかれる。いや、紹介料も含めてくると私達の懐には三割程度しか入らない」



≪ 注意事項:チワワです。特徴は別紙参照の事 ≫



「流石、小春ちゃん。しっかりしてるね」

 
 店主の誠に褒められ、いや~と照れる小春。
 

「花さん可哀想っすね。まぁ依頼書僕にくれたんだし……いいかな?」


「よっしゃー! 気合い入れるぞ京介!!」


「大仕事っすね!!」


*―――――――――――――――――――――――――――――*




≪ 別紙:犬種……グレイト・チワワ
     体長……3m
     体重……150kg
     その他……いつもぷるぷるしてます。
          好奇心旺盛、食欲旺盛。
          茶系の毛色、胸に三日月形の白い毛並み ≫




 ――ぐるるるるるるるっ、


 見つかった。
 目の前にいる。
 二人は依頼書と実物を何度も見比べる。
 写真と一緒だ。


「あれ? 思ってたのと違う」


「チワワ……」


 別紙を参照してなかった二人が悪いのだが、もう依頼書登録申請しちゃったし捕まえるしかない。
 通りで花があっさりこの依頼書を京介に渡したのか理解した。
 花は追跡系の能力はあるが戦闘向きではない。
 荒事担当の小春が来なければ安全を期すため依頼を受けなかったのだろう。


「タ~マちゃん!」

 
 試しに名前を呼んでみる。



 ――ワンッ、



「本犬確認。これより捕獲作戦開始します」


「おいおい京介。その細いリールでどうしようってんだ……」


「と、とりあえず血統書付なのでしつけはされてるはずです。
 まぁ見てて下さい」


 京介が恐る恐るタマちゃんに近づく。


 ――ぐるるるるるるるっ、
 


「タマちゃん! お手!!」


 ――ガチンッ、


 一瞬、京介の腕が食われたかと小春は思った。
 京介の腕があった空間はタマちゃんの大きな口がばっくばくだ。

 京介は尻もちをついて咄嗟に手を引かなかったら大変な事になっていただろう。


≪ 別紙:その他……甘噛みをする癖有り ≫


「師匠、どうしましょう?」


「どうしよう」


 ――があああああああっ、


「「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」」


 どうやらお腹が空いてるらしい。
 リールではなくドッグフードを持って来るべきだったと全力ダッシュしながら京介はそう思った。

 二手に分かれた。


「え、何で私の方来んの?」

 
 タマちゃんは二手に分かれた京介と小春の内、迷わず小春をロックオンしてしつように追いかける。
 遠くで一安心している京介が大声で言う。


「師匠! たぶんそいつ腹ペコなんです!! 師匠の方が小さくて食べやすそうだから――!!」


「ちくしょー!!」


 必死に逃げる小春。
 京介もただ黙って見てるわけではない。



 地球に住む生物が取った選択肢は三つ。
 巨大化、凶暴化、異形化。
 その内、人類が取った進化の方向性は異形化であると言われている。
 そして、万物の霊長である人間という種が単純な姿・形を変化させるだけでは飽き足りず。
 その次の段階を考えた。
 それは――、

『異能化』。
 それは人間の次の段階の進化と言われている。
 一部の学者の間では人間の遺伝子の中に特殊なウィルス種が入り込みDNAを書き換えられたのだと、
 まことしやかに囁かれている。


「うぉおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 京介の背中に翼が生えた。
 それは烏の羽のような艶やかな漆黒の翼。
 大空を駆ける。

 
 タマちゃんの背中に乗り、リールを巻き付けて制止をするように引っ張る。
 暴れ馬を乗りこなそうとする騎手のように必死に押さえつける。
 それでも暴れ続けるタマちゃんから振り落とされそうになる。


「押さえてろ京介!!」


 小春の額に小さな角が生える。
 足の筋力を上げ、高くジャンプした小春はタマちゃんの頭上へ――、



「タマちゃん! 伏せ(物理)!!」

 
 ――ドゴォオオンンッ!!

 力任せにタマちゃんの頭をグーパンチを叩きつける。
 その威力に脳しんとうを起こしたタマちゃんは地面に沈んだ。
 

*―――――――――――――――――――――――――――――*


「はぁ~」
「はぁ~」
 
 笑いを噛み殺しながらコーヒーを出す店主の前で溜め息をつく京介と小春。

「治療費……治療費……治療費……」
「コブできただけじゃん! 唾つけとけば治るって! ちくしょー」

 少し冷えたコーヒーを一気飲みして小春はポジティブに考える。

「でもま、頑張って言い訳したから赤字は避けられた。
 結果オーライだ!」

 今日こそ合成ビールと意気込んでる小春。
 『合成ビールなんて今日は豪勢だ!』なんて親父ギャグ。


「ぎりぎりっすけどね」
「え、なんで? 一万円は貰えたはずでしょ?」
「リール代……千円」
「ちょ、たかがリールで何でそんな無茶したん!?」
「見栄え良くしようかなって」
「でもまだ……」
「ドッグフード代……」

 気絶させたのは良いが起きたらまた暴れられても困るので、大量のドッグフードを買って大人しくさせたからだ。

「必要経費で――」
「通りませんでした。言い出そうとしたらコブを見つけられて言い訳してるうちに……」
「いくらかかったの?」
「八千円です」
「ひょぅおおお――」







 *―――――――――――――――――――――――――――――*


 今回の収益:一万円。
 今回の損失:リール代 千円
       ドッグフード代 八千円

 ≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 千五十円≫
 ≪烏丸 京介 十五歳……所持金 二千二百円≫





[30101] 第三話「キノコ狩りに行こう!」
Name: 樹◆63b55a54 ID:c03d0032
Date: 2011/10/20 06:18


地下都市『新大阪』。
 地球環境が悪化し始めて数十年。
 天候は崩れ、川は氾濫し、地に作物が育たなくなった。
 かつて豊かな大地は数える程しか残っておらず、その中で大農場と呼ばれる畑は国営として管理された。
 インフラが高騰し、溢れかえっていた食料の取り合いが始まったのだ。

 生き残った人類はかつての地上の楽園を捨て、何重もの階層を連ねるこの地下世界へと移住した。
 人々が求めた物……それは『安心』と『安定』だった。
 空調が整備され、疑似太陽を浮かべた地下空間には本来当たり前であるはずの四季折々の風景が広がっている。
 しかしそれも一部の特権階級……言わば金持ちの道楽でしかなかった。
 この物語の主人公である二人組の生活圏はさらに地下の地下。
 この地下都市の最下層に位置していた。
 

「マスター、いつもの」

 喫茶店のカウンターに腰かけ注文をする少女。
 出された真っ黒な液体のまず臭いを嗅ぐ。

「う~ん。いい香り」

 そして飲む。

「にっげぇ。もう一杯」

「そりゃ、どうも」

 ふと小春がコーヒーを飲みつつ見ると、いつものやりとりの横で京介は真剣な顔で読書をしていた。
 悪戯心が小春の薄い胸に過ぎり、横から掻っ攫うように京介の本を取り上げる。

≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 千五十円≫

≪烏丸 京介 十五歳……所持金 千二百円≫

「ちょ、ちょっと師匠返してください!」
「まぁいいじゃねぇかよ。何々……『女にモテる13の法則』だぁ?」
「読まないで下さいよ!」
「は、は~ん。さては……」
「な、何ですか?」
「花にアプローチしてんだろ?」

 図星をさされ真っ赤になる京介をさらにからかうように本を第一章から読み始める。

「まず、第一に男はスペクタルでなければならない!」
「……」
「第二に男はファンタスティックでなければならない!」
「……」
「第三に――て、何だこの本?」
「馬鹿にしないで下さい! これ世界でミリオンセラーになってるんですよ!!」

 このご時世に紙媒体の本は希少だ。
 大抵の本は電子書籍化されていて、ハードカバーで売り出されるのはよっぽど売れた……それこそ貴重な本でしかあり得ない話だ。

「アホ臭……」

 放り捨てるように本を京介に返し、すっかり冷めたコーヒーを一気飲みする。

 チリーン、

「はっ!? 殺気っ!」

「おっは~小鬼ちゃ~ん!!」

 店の入り口から猛スピードで突っ込んで来た花は勢いを殺し切れず、小春がよけた先の京介にぶち当たった。
 当然ラッキースケベという美味しい展開ではなく、ラリアット気味繰り出された両腕が京介の喉元にあたり、
 「ぐぇ」と蛙が潰れた声を出してカウンターから転げ落ちた。

≪犬神 花 一九歳……所持金 八万二千五十円≫


「もう~何で避けるのよ~」
「そりゃ避けるさ」
「私の事嫌いなの?」
「嫌い」
「ひっど~い! 私、小鬼ちゃんに何かした?」
「何かしただと……」

 小春の空気が一変し、いきなり切れた。

「じゃあ教えてやろう! その無駄に豊満な胸、均整の取れた身体、私へのあてつけか?
 毎回毎回ハグされる度に同じ女として泣きそうになっている私の身にもなってみろ!!
 イジメ、駄目、絶対」

「師匠……ジェラッてんすか――ぐぇ」

 床に転がる京介の腹を容赦なく踏みつける小春。

「小鬼ちゃんは十分魅力的よ~ぺろぺろしたくなるくらい」
「やめろ舌を舐めずりながら私を見るな変態が」
「花さん……そんな貴女が素敵」
「もう我慢できない。小鬼ちゃん! 彼女彼女の関係になりましょう!!」
「意味がわからん。児ポ法で検挙されろ」
「まったくっすよ。そんな非・生産的な!!」
「京介……」
「京介君って~最低」
「京介君今のは駄目だよ」
「マスターにまで!? 僕が悪いんすか?」


*―――――――――――――――――――――――――――――*


≪ 依頼:『キノコ狩りに行こう!』


  依頼内容:食用キノコの採取。

  報酬:歩合制。≫

≪ 注意事項:新説・キノコ図鑑をレンタル配布します。≫



「ほら京介見なさい! これでどんなキノコも一目瞭然よ!」

 小春がレンタル端末を見せる。
 そこには『キノコ採れたてドットコム』と表示されていた。

「見て見て小鬼ちゃん、ほら! こんなに大きくて逞しいの見つけちゃった!」

 小春の後ろから駆けてくる花のカゴには多種多様のキノコが入れられていた。
 朝、喧嘩していたのに仕事となると急に仲良くなるからこの二人は不思議だと京介は常々思っていた。
 マスターから渡された依頼書の報酬は歩合制。
 つまり、採ったら採った分だけ報酬が増える。
 ここは互いに協力して探した方が効率が良いと踏んだのだ。


「順調……そうだね」

「うわぁ、と吃驚した……枝豆博士、急に現れないで下さいよ!」

 京介のすぐ後ろに現れたのは今回の依頼者、小枝 豆太郎(通称:枝豆博士) 環境生物学者だ。
 研究者特有のオーラ、目の下のクマ、ぼさぼさの髪の毛見るからにマッドだ。
 今回、野生の食用キノコのサンプリングという事でよろずやに依頼したようだ。
 
 ぬぼ~と京介達が採取したキノコを虫眼鏡で観察していく。
 のんびりしているため本当にすごい研究者なのか疑いたくなる。
 
「君、僕を疑ってるね」

 人の疑心には敏感なのか懐から、一冊の本を取り出した。
 自分の偉業を見ろという事か。

 『女にモテる13の法則』

「……あ、あの本違いますけど」

 間違えて出したのか、触れてはいけない部分を感じ取った京介は声をひそめてそそくさと返そうとする。
 枝豆博士は無言で著者の名前を指し示す。

「小枝……豆太郎……え?」

 京介はあとがきの後ろにある著者近影と目の前を人物を見比べる。

 『東京大学卒業後、博士課程を経てハーバード大学に留学。
  その後、サラリーマン生活を送り現在、新大阪大学客員教授。理学博士』

「何でこの本を書いたぁあああああああああ!!」

 信じられない。見るからに女と縁が無さそうなマッドサイエンティストが書いたモテ本がミリオンセラー!?
 ありがたく読んでいた自分が馬鹿みたいだ。

 『恋は科学だ!』『ラブは現代の環境問題』『愛は年金だ』

「サインしようか?」
「うるせぇよ」


「おい、京介見てみろ!! こんな可愛いの見つけたぞ!!」


 京介が枝豆博士と白熱教室を展開しようとした矢先、小春が笑顔で駆けて来る。
 小春が手にしたものは確かにキノコなのだが、傘の部分が人の顔に見えちょうどスマイルマークになっている。
 

「へぇ~珍しいですね」
「に、に……」
「え?」
「逃げろー!! そいつはッ――」

 ボソボソとしかしゃべらない枝豆博士が絶叫する。
 小春が手元を見ると、スマイルマークが目がつり上がり残虐な笑みに変わった。
 慌ててキノコを手から離すと、ブュウゥウウーと黄色いガスみたいなのが出て来た。

≪界 : 菌界
 門 : 担子菌門
 綱 : 菌じん綱
 目 : ハラタケ目
 科 : テングタケ科
 属 : テングタケ属
 種 : ゼンメツダケ ≫



 地球に住む生物が取った選択肢は三つ。
 巨大化、凶暴化、異形化。
 その内、人類が取った進化の方向性は異形化であると言われている。
 そして、万物の霊長である人間という種が単純な姿・形を変化させるだけでは飽き足りず。
 その次の段階を考えた。
 それは――、


「こなくそぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 京介の背中に翼が生えた。
 それは烏の羽のような艶やかな漆黒の翼。
 大空を駆ける。


『異能化』。
 それは人間の次の段階の進化と言われている。
 一部の学者の間では人間の遺伝子の中に特殊なウィルス種が入り込みDNAを書き換えられたのだと、
 まことしやかに囁かれている。



 ガスが届かない遥か上空。
 京介の右手に小春、左腰に花、右足に枝豆博士を抱え(もしくはひっかけて)空中から下の様子を伺う。


「よ、良くやった京介……はは」
「さ、流石に三人は重いっす」
「あら、失礼ね私そんな重くないわよ」
「小生もガリガリでーす」
「じゃあ私かよ! 私が重いってのかよ!!」
「喧嘩しないで下さい」
「それよりも京介……状況が状況なだけに理解はしてるんだが、その……腕が当たってるんだが」
「え? 何がですか? 特にどこも当たって無いですよ」
「胸に当たってんだよ!! じゃあ何か!? 私が絶壁で気づきませんでしたってか? フザケんなよコラ!!」
「ふふ、京介君乙女心わかってな~い」
「何でもいいから早く降ろしてほしいです」
 



*―――――――――――――――――――――――――――――*



「はぁ~」
「はぁ~」
 
 コーヒーを出す店主の前で溜め息をつく京介と小春。


「ゼンメツ……ゼンメツ……全滅……」
「卑怯じゃん! 可愛い顔しやがって、正々堂々こいや! ちくしょー」

 少し冷えたコーヒーを一気飲みして小春はポジティブに考える。

「ふふん、こんなこともあろうかと採取したキノコを少しくすねといた。
 今日はキノコ鍋だな!」

 意気揚々と服の中に手を突っ込みキノコを数個取り出す。

「え? 何これ」
「師匠、ゼンメツダケは周囲に毒ガスを撒き散らし他の種を全滅させ自分の領土を広げる特性らしいです。
 残念ながらそいつはもう死んでます」

 机の上でぐずぐずと腐り落ちるキノコを見ながら小春は泣いた。





*―――――――――――――――――――――――――――――*


 今回の収益:0円。
 今回の損失:本代『女にモテる13の法則』 千円(京介)
       京介の信じる心

 ≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 千五十円≫
 ≪烏丸 京介 十五歳……所持金 千二百円≫



[30101] 第四話「休日!」
Name: 樹◆63b55a54 ID:c03d0032
Date: 2011/10/22 06:28




「あれ? 師匠は?」


 朝起きるといつも京介の横の布団で大いびきをかいて寝ている小春がいない事に気づいた。
 だらけたTシャツと短パン、寝ぐせでぼさぼさになった髪を枕に埋め、
 寝相が悪く、いつも布団が足下に蹴飛ばされお腹をみっともなくポリポリ掻いている。
 そんないつも通りの景色が見当たらない。
 寝ぼけ瞳を擦り、今日の日付を確認すると大きくカレンダーに花丸が付けられていた。


「ふぁ~」


 欠伸をする。
 いつもの事だと納得して再び布団に潜り込もうとする。
 布団最高。
 朝の冷えた空気が部屋の隙間から潜り込みひんやりと枕を冷やす。
 そのままうとうととしていて重大な事に気づいた。


「はっ!! もしや!?」


 急いで飛び起き、枕の下にある財布を取り出す。


「オーマイガッ!」


≪烏丸 京介 十五歳……所持金 ×××円≫


*―――――――――――――――――――――――――――――*


「ふんふ、ふふ~ん♪」

 
 鼻歌を歌いながら気分良く行列の最前列に並んでいる小春。
 いつもなら京介が朝起こしてくれるがこの日ばかりは自然と、ごく自然に朝五時に起きれるのだ。
 我ながらなんとも便利な体内時計であると自画自賛し、小春は静かに闘志を燃やしていた。
 

≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 千五十円(+千二百円)≫


 実弾は勝負するには十分。
 パチ屋『大吉天国』
 今日は月に一度のイベント日、勝算はある。


 小春が通うパチ屋はこの一軒だけだ。
 もちろんこの娯楽の少ない地下都市には全エリアを含めると数十件近いパチ屋がある。
 しかし、小春がここへ通う理由があるのだ。
 ・台の出はまあまあ。
 ・新台の入荷も割と早い方。
 ・ライバル店が通りを挟んであるため台の設定も若干甘めだ。

 以上の理由はただの及第点。
 真に評価すべき点を小春は力説する。
 他店に入店しない理由――、

 『容姿が幼女のため入店を断られるからだ』


 当然、身分証明書としてよろずやの免許を見せるが、こう言われるのだ。


「さぁさぁお嬢ちゃん。子供はこんな所で遊んではいけないよ」
「パパとママにはぐれちゃったのかな?」
「寝ションベン臭ぇガキンチョがうろつくな!」
「ジュース奢ってあげるからお兄ちゃんと一緒に遊ぼうか」


 その度に何度泣いた事だろう。
 自分はこんなにも二十歳なのに、大人の女性なのに……。
 人は見た目が全てじゃない。大人って、大人って……。

 その点、パチ屋『大吉天国』の店員には知り合いがいて入店を断られる事はない。
 何度も通ううちに他の店員との友達も増え、唯一の居場所となった。


「今日は来る! ビッグウェーブがなっ!!」


 Close⇒Open
 開店と同時に目星を付けてた台を確保。
 まずは第一関門クリア。
 すかさず、携帯を置き自分の領土とする。
 ざっと店内を見渡す。
 第一候補が取れなかった場合の第二、第三候補台もまっさきに埋まり一気に店内の空気が変わる。

 ボキボキと指を鳴らす。
 迷わず千円を台へ投入し、銀玉へと変える。
 交換レートは良心的な等価。
 自分の有り金はそう多く無い。


「短期決戦をしかける!」


 ……。
 
 …………。

 ……半分消化。


「ま、まだだ! まだ終わらんよ!!」


 あっさり千円消化。
 そのうち周囲で『当たり』を示す音楽が鳴り響き始める。
 その中には第二、第三候補台が含まれていた。
 悔しげに睨み付ける。下皿はカッチカチだった。

 

「……」

 
 無言で席を立つ。
 トイレ休憩だ。携帯を置いているので台を取られる心配はない。


「落ち着け落ち着くのよ鬼灯 小春 二十歳。所持金 千二百五十円。大丈夫、まだ負けてない負けてないもん」


 小春の残金は千二百五十円……京介の千円はすでに使用済み(泣)。
 このままでは『知らないうちに資産倍増ウハウハ計画』で京介を喜ばせるのも夢のまた夢。
 押し寄せる現実の荒波が弱った小春のささやかな胸を穿つ。

 再び戦場へ舞い降りた一輪の花は気高く、そして美しく、千円を投入した。



「おお~小春ちゃん。やってるね~どうだい勝ってる?」


 気さくげに知り合いの店員が小春の肩を叩く。
 そして次の瞬間。小春の鋭い眼光に凍りつく。


「あ……GOOD LUCK!!」


髭面の店員はそそくさと何も見なかったかのように通り過ぎて行った。
 八つ当たり気味な視線を台に戻した時、奇跡が起こった。
 モーゼが海を割ったかと思った。
 
 銀玉が盤面上の釘や羽根、回転体などの構造物に当たりながらするりと中央の穴に入ったのだ。
 そしてルーレットが回転、そしてそして――、


「い、いい、いきなりキタ━━━━(゚∀゚)━━━━ !!」

 
 大当たり、ここでまさかの大当たり。
 それまで出なかったのが嘘のように狂ったように出始めたのだ。


「神は言っている……まだ死ぬ定めではないと……」


 テンションがウナギ登りだ。
 先程声をかけて来た髭面の店員がたまたま通りかかったので袖を引っ張る。


「見て見て見て! 当たった当たったよ!! 吉塚!」


 大喜びの小春に店長である吉塚 建造は苦笑いをするしかない。
 しかしその波も長くは続かなかった。
 当たりが出尽くすと、それ以上はやらせんとばかりに再び銀玉を呑み込み始めたのだ。


「ふふん、今の私の攻撃に果たして耐えきれるかしら?」


 余裕ぶって高笑いをするがそれが苦笑いに変わるのは早かった。


「沼……こいつは人食い沼だ……」


 ごっそり積み上げていたドル箱が次々と飲み込まれていく。
 しかし止めれない。
 あれだけの大当たりがあったのだ。また次、次大当たりがくるはずと小春は信じた。

 次第に冷や汗が背中を伝わり手が震えて来た。


「馬鹿な……そんな馬鹿なぁあああああああああ!!」




「し・しょ・う……」




「……」


 糸で操られたマリオネットの如くぎこちない動きで振り返る。
 そこにはすっかり軽くなった財布を握り締め京介が立っていた。
 

≪烏丸 京介 十五歳……所持金 0円≫



「きょ、今日はいい天気だな京介!」
「そうですね」
「か、帰ったら洗濯物を干さないとな京介!」
「そうですね」
「ま、まだ朝飯食べて無いよな京介!」
「そうですね」
「もしかして怒ってる京介」
「そうですね」
 


 京介は無言で近づき、迷わず清算ボタンを押した。
 

*―――――――――――――――――――――――――――――*

 地球に住む生物が取った選択肢は三つ。
 巨大化、凶暴化、異形化。
 その内、人類が取った進化の方向性は異形化であると言われている。
 そして、万物の霊長である人間という種が単純な姿・形を変化させるだけでは飽き足りず。
 その次の段階を考えた。
 それは――、

『異能化』。
 それは人間の次の段階の進化と言われている。
 一部の学者の間では人間の遺伝子の中に特殊なウィルス種が入り込みDNAを書き換えられたのだと、
 まことしやかに囁かれている。



 京介の背中に翼が生えた。
 それは烏の羽のような艶やかな漆黒の翼。
 大空を駆ける。

「きょ、京介……君?」
「言い訳っすか」
「財布が寂しかったんだ! ここらで一発逆転、発想の転換、コロンブスの卵的な解決を」
「僕は一触即発っすけどね」
「ちなみに……どちらへ向かわれているのですか?」

 小春が何故か敬語で質問する。
 京介は答えなかったが、段々と小春の顔が青ざめていった。
 パチンコの清算で全額投資は免れたが、残金はたったの五百円。
 そう赤字だ。
 一時勝っていたらしいが蓋を開けたらこんなもんだった。

 そして、目的地に到着した。


「あ、あれおかしいな。涙がでちゃう女の子だもん」
「悔い改めよ」


 そして迷わず京介は小春を投下した。
 小春の絶叫が響く。
 投下先はオオミツバチの巣だった。



*―――――――――――――――――――――――――――――*


「はぁ~」
「はぁ~」
 
 笑いを噛み殺しながらコーヒーを出す店主の前で溜め息をつく京介と小春。


「五百円……五百円……五百円……」
「やられた! 人の心を弄びやがって! ちくしょー」

 少し冷えたコーヒーを一気飲みして小春はポジティブに考える。

「経験は力なり! この泥水のように糞苦いコーヒーのような思い出もいずれ大きな力となる」

「師匠、自分のお小遣いの範囲でやって下さいよ……僕を巻き込まないで」

 小春は必死に逃げたため、幸いオオミツバチ刺されはしなかった。(刺されたら死んじゃうから)
 しかし、擦り傷切り傷で服はボロボロ。
 そして健気にコーヒーで我慢する姿は哀愁を漂わせ、マスターの涙を誘った。





*―――――――――――――――――――――――――――――*


 今回の収益:0円。
 今回の損失:パチンコで散財 千五百円
       京介の小春への信用度
       

 ≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 五十円≫
 ≪烏丸 京介 十五歳……所持金 七百円≫





[30101] 第五話「食いしん坊のクマさんにオシオキを!」
Name: 樹◆63b55a54 ID:c03d0032
Date: 2011/10/27 20:16


 ――チャリーン、


 ≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 五十円≫


 ≪烏丸 京介 十五歳……所持金 七百円≫


「このままではマズぞ京介」
「そうっすね。次の家賃までにはまとまった金が手に入らないと」
「そう、そして私達もそろそろ冬支度をしなければ」
「最悪凍え死ぬ……恐ろしい」
「何をのんきに……はっ!? まさか京介」
「はい?」
「『このままでは凍え死ぬ、師匠暖め合いましょう』などという展開を期待してるのではあるまいな」
「はっ! 御冗談を。抱き心地抜群そうな花さんならいざ知らず。接触面積の少な――痛っててててえて!!」
「ふん! べ、別にアンタのためにツネッてるんじゃないからね!!」
「師匠はツンデレの意味を履き違えてます」


*―――――――――――――――――――――――――――――*


 地下都市『新大阪』。
 地球環境が悪化し始めて数十年。
 天候は崩れ、川は氾濫し、地に作物が育たなくなった。
 かつて豊かな大地は数える程しか残っておらず、その中で大農場と呼ばれる畑は国営として管理された。
 インフラが高騰し、溢れかえっていた食料の取り合いが始まったのだ。

 生き残った人類はかつての地上の楽園を捨て、何重もの階層を連ねるこの地下世界へと移住した。
 人々が求めた物……それは『安心』と『安定』だった。
 空調が整備され、疑似太陽を浮かべた地下空間には本来当たり前であるはずの四季折々の風景が広がっている。
 しかしそれも一部の特権階級……言わば金持ちの道楽でしかなかった。
 この物語の主人公である二人組の生活圏はさらに地下の地下。
 この地下都市の最下層に位置していた。
 

「マスター、いつもの」


 喫茶店のカウンターに腰かけ注文をする少女。
 出された真っ黒な液体のまず臭いを嗅ぐ。


「う~ん。いい香り」


 そして飲む。


「にっげぇ。この世のものとは思えない」

「そりゃ、どうも」

「時にマスター、実入りの良さげな依頼などあるか?」

「う~ん。あるにはあるけど……まぁ小春ちゃんなら大丈夫かな」


≪ 依頼:『食いしん坊のクマさんにオシオキを!』


  依頼内容:熊の撃退

  報酬:五万円。≫

≪ 注意事項:ツキノワグマ・亜種という情報があります ≫



「地上の畑を荒らすクマか……師匠、危険じゃないですか? クマっすよ、クマ」
「しかし報酬が美味しい。それに見ろ京介『討伐』ではないあくまで『撃退』だ。やりようはある」
「そうは言っても……僕まだクマ見たこと無いし。きっと体長10mとかいう話でしょきっと……」
「注意事項は……ツキノワグマ・亜種としか書いてないな」
「『亜種』ってなんすか、『亜種』って! 危ないっすよ、そこはかとなく」
「忘れたのか京介? 私の力を。オオミツバチのような団体行動を取られると弱いがこいつはロンリーだ」
「タイマン勝負なら確かに師匠に勝てるのはそういないっすけど……」
「汚名返上、名誉挽回だ。任せておけ」


*―――――――――――――――――――――――――――――*


 ――ズシーン、ズシーン。

 森の奥から鳴り響く足音。
 小春と京介が喉を鳴らし、音の主を確かめるよう注視する。
 周囲に緊張感が高まり、二人は戦闘準備を整えた。

「き、きき来ましたよ師匠!!」
「慌てるな、まずはターゲットを認識してから動く」


 ――メキメキッ、
 
 木が折れ、今回のターゲットが姿を現した。


「あれ?」


 現れたのは体長10mを超える巨大熊……ではなく体長1mにも満たない小熊だった。
 立ちあがって見ても京介の腰に届くか届かないかの瀬戸際で、
 クマはこちらが驚いてないので必死に威嚇してくる。
 しかし、その姿さえ愛らしく。
 マスコットとして店頭にならんでいても違和感を感じないくらいだ。


「がう!!」

 
 吠えた。可愛く吠えた。


「か、かかか可愛いッ――!!」

 
 小春が目をキラキラさせ、お持ち帰りしたいと訴えた。
 その感想に京介も同意しかけたが、頭を振って目的を思い出した。

「師匠、仕事っす。私情は禁物っすよ」
「でも、でもでもでも」
「師匠どいて下さい。僕がやります」

 京介が大型のナイフを取り出し、じりじりとクマへ近づく。

「駄目ーッ!! そんな酷い事私にできない! 
 きっとほら、お母さんとハグレてお腹が空いて……きっとそうよ!」

 小春が京介を制止、包み込むようにクマを抱擁する。
 クマの方もその小春の思いが通じたのか威嚇で上げてた両腕を降ろした。
 つぶらな瞳が小春の肩越しに京介を捉える。


「うっ……これでは僕が悪者みたいじゃないですか。わかりましたよ――」


「がっは――」


「――今回は報酬は諦めて……って、ししょうぉおおおおおおおおおお!!」


 気づいた時には小春が空中散歩を楽しんでいた。
 否、巨大な力に打ち上げられたのだ。
 京介の耳に世界の誰かが『K.O!』と叫んだのが聞こえた気がした。
 周囲を見回す。
 もしや、新手の敵か? 同業者か?
 しかし、誰もいない。
 
「ぎひひひひひひひ」

 不気味な笑い声の主は目の前の愛らしいクマ……だったものだ。
 先程のつぶらな瞳が敵を射殺すような三白眼。
 禍々しい程の邪悪な笑みを浮かべていた。
 そして、ツキノワグマ胸部に特有の三日月形の白い斑紋が浮かぶ。


 ――枝豆博士の一口メモ

 『月輪熊・亜種』
 特徴:従来のツキノワグマのように哺乳綱ネコ目クマ科クマ属に分類される食肉類。
    旧環境下では最大で体長が2mを超える事はなかったが環境悪化と共により巨大になる種と反対の進化を遂げた種が生まれた。
    『亜種』とは分類上、種の進化の主流から外れたモノと位置付ける。
    この場合、『月輪熊・亜種』は強大な肉体をあえてコンパクトに進化した(体長1mで成獣となる)。
    外敵からの発見を困難にし、なお且つ消耗エネルギーを削減化に成功した種である。
    時代はエコである。

  

「っざけやがってぇええええええええええええ!!」


 一瞬意識が遠のいた小春が切れた。
 小さな角が生え、相棒の身の丈程もあるハンマーを振り降ろした。


 ――ドッゴォオオオオオオオオオオオオオンン!!


 ――ひゅんっ、


「がっは……」


 小春の会心の一撃をあっさりかわし、無駄の無い動きで再び小春のボディへアッパー気味の拳を打ち込んだ。


「こっのおおおおおお!!」


 水平に振り抜いたハンマーがクマを捉えたと京介は思った。
 しかし、小春のリーチをわかっているかのように紙一重で避けたのだ。
さらにクマは止まらない。
 顔をブロックしながら距離を縮め、右ストレートを繰り出す。
 小春も負けていない。
 仰け反りながらも右ストレートをかわし、蹴りを放った。


「何なんだ……あのクマ、超強ぇえええ!」



 ――枝豆博士の二口メモ

 『月輪熊・亜種』
 特徴:あ、あ~と言い忘れていたけど。身体が小さくなったからといって侮ってはいけない。
    彼らの種の腕力は健在で、その剛力は容易に大木をなぎ倒し軽量化されたスピードからは誰も逃げれない。
    そして彼らの多くが何故かボクシングを嗜むので華麗なフットワークに翻弄されないよう十分注意されたし。


「烏丸 京介、参る!!」


 小型ナイフをクマへ向けて投擲、そのまま止まらず黒い翼を羽ばたかせ上空へ。
 一撃の攻撃力が軽い京介にとってスピードは命だ。

「所詮はクマ、翻弄してやる」

 次々とクマの死角から小型のナイフを投擲する。
 当然、クマの頑丈な肉体に十分なダメージは与えられない。
 しかし、それで構わない。
 京介の狙いは敵の注意力を散漫させる事にあるからだ。


 


 地球に住む生物が取った選択肢は三つ。
 巨大化、凶暴化、異形化。
 その内、人類が取った進化の方向性は異形化であると言われている。
 そして、万物の霊長である人間という種が単純な姿・形を変化させるだけでは飽き足りず。
 その次の段階を考えた。
 それは――、

『異能化』。
 それは人間の次の段階の進化と言われている。
 一部の学者の間では人間の遺伝子の中に特殊なウィルス種が入り込みDNAを書き換えられたのだと、
 まことしやかに囁かれている。



「こぉおおおお……ふぅうううう……」


 息を整え、足を踏み出す。
 小春の武器は大振りのため確かに弱点が多い。
 しかし、その戦闘スタイルを貫いたのには訳があった。
 

「おぅりゃああああああああああああ!!」



 ――ブォオオオオオンンンンッ!!


 小春の額に小さな角が生える。
 それと同時にハンマーの旋回に鋭さが増し、風を斬る。
 彼女の選択した戦闘スタイルは一撃必殺。
 他の追従を許さぬ圧倒的破壊力を持って敵を殲滅する。
 攻撃は最大の防御。


 そして、敵をかっ飛ばした時の爽快感といったらなかった。




 ――ドゴォオオオオオオオオンンンンッ!!



「グァアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 クマが悲鳴を上げ、吹き飛ばされた。


「気っ持ちィイイイイイイ!!」


 小春は逆転満塁ホームランを打った打者の様に爽やかな笑顔で走り出した。



*―――――――――――――――――――――――――――――*


「やったなお前ら! 依頼達成おめでとう。報奨金だ」


「あ、どうもです」


 小春が恐縮して報奨金を受け取る。心なしか手が震えている。
 報奨金の袋を渡してくれたのは今回の依頼者。『農民』又兵衛さんだ。
 この時代、農作物の栽培は大変な危険を伴う。
 地上でなければ十分育たないため畑は自然、地下都市の外となる。
 気候の変動もそうだが、何よりリスクが高いのは今回のような凶暴化した野生動物達だ。


「おいらも腰さえ無事ならあんなクマ公屁でもねぇのによ。とにかく助かったぜ! 流石マスターの紹介だけあるな」
「マスターとは知り合いなのですか?」
「おうよ。よろずや協会に依頼するとどうしても紹介料や手続きが面倒でな!」
「ふ~んそういう事。まぁ私達の手にかかればクマの一匹や二匹」
「頼もしいな嬢ちゃん!!」


 ――バシーン!


「痛っててぇえええええ!!」 
「し、師匠。クマにやられたダメージが!」
「おい大丈夫かよ。やっべそんな強く叩いたつもりなかったんだが」
「と、当分安静だなこりゃ……はは」
「悪かったよ。あ、そうだそうだ」


 そう言って又兵衛はポケットから紙を取り出す。


「確かお前ら最下層の住人だよな?」
「そうっす」
「ちょうどいい。ほら、これやるよ」
「これはッ!」
「おうよ! 屋台『でんすけ』のクーポン券だッ!!」

「「ぉおおおおおおおおおおおおお!!」」

「今日は本当に助かったぜ! また依頼する時には嬢ちゃん達に頼むとするわ。お疲れ!!」




*―――――――――――――――――――――――――――――*


「カンパーイッ!!」
「お疲れーすっ!!」
「イッエーイッ!!」

 マスターに依頼達成した事を報告しようと『喫茶 まごころ』に立ち寄ったところ、偶然花がいてそのまま飲みに行く事に決まった。
 いつも花と喧嘩が絶えない小春だが、この時ばかりは上機嫌。
 クーポン券も一組様で使用可能なため使わねば損だ。


「つ、ついに! ビールが飲める」


 震える腕で合成ビールを恭しく持ち上げ、飲む。


「……か、ぁあああああああああああ!! しみるぜ~」


 大ジョッキの半分を一気に煽り、顔が薄っすら紅くなる。


「うまぁああああいい!! 久々に濃い味つけのモノが食べれる。幸せ~」

 
 京介は合成肉串(焼き鳥風)を口いっぱいに頬張り、至福の笑みを浮かべる。
 

「あなた達……普段何食べてるのよ……」


 花が苦笑しながら二人の様子を見る。


「ふん、花には私達の、この、笑顔の意味がわかるまい!」
「そうっす。長く辛い戦いだった……今日だけはせめて!」
「まぁ何にせよお疲れ様。それより聞いたわよクマと戦ったんだって? 金太郎のお話みた~い」
「そうだよ花聞いてくれよ! 私がどんなに勇敢に戦ったかをよ!!」


 夜はまだまだ長い。
 小春、京介、花はさらにもう一杯ビールを注文した。



*―――――――――――――――――――――――――――――*


 今回の収益:五万円。屋台『でんすけ』のクーポン券。
 今回の損失:飲み代五千円⇒四千五百円(クーポンで一割引き)
       

 ≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 二万三千八百円≫
 ≪烏丸 京介 十五歳……所持金 二万四千九百五十円≫





[30101] 第六話「気弱な私を守って!」
Name: 樹◆63b55a54 ID:c03d0032
Date: 2011/11/02 23:41

 朝、目が覚めると天国が広がっていた。
 京介が目覚めの第一思考がそれだった。

 ここは地下都市の最下層であっても日常生活に支障が無い程度の疑似太陽光はある(ただし本場と比べると薄暗い)。
 窓から差し込む光で欠伸をしながら布団から這い出た。
 そして『むにゅっ』というお決まりのラッキー感触で完全に頭が覚醒したのだ。


「なん……だと……」


 小春と共同生活を始めてから小説や漫画の様なドキドキ展開を期待した時期が京介にもありました。
 しかし、現実は小春の寝相の悪さから振り降ろされた踵落としや肘打ちで目が覚める事が多かった。


「う、う~ん……」


 艶めかしく寝返りをうち、はだけたパジャマより溢れ出すわがままボディ。


「YES! 青春!!」

 思わずガッツポーズをする京介。
 おぼろげな記憶が徐々に甦り、昨日三人で飲み明かしそのまま京介達のアパートに辿り着いた所で皆力尽きたのだ。
 酔い潰れても良い所のお嬢さんである花はきちんとパジャマを着てるあたりが育ちの良さを感じる。
 小春と違い酒があまり強く無い京介はすぐに泥酔してしまったが、二人のやりとりは所々覚えている。
 最後の方になると、花が完全に酔った小春にかなりセクハラをしていたような……。


『大丈夫~小鬼ちゃん。もうべろべろじゃない?』
『全然だいじょーぶ! 酔ってないもんね~!!』
『ホントに~? じゃあ、私の事『お姉ちゃん』って呼んで~』
『う……は、花お姉ちゃん』
『きゃああああ!! カワイー!! 超良い! グッドゥ!!』
「う~あ~あついよーひっつかないでよー」
「はい、あーん。お姉ちゃんがあーんしてあげる~!!」
「あ、あーん」


 ――ボッ、


 純情な京介には刺激が強すぎた。
 酔っていた時はそうでもなかったが改めて考えると相当恥ずかしかった……同じグループとして見られる事さえ。


「そ、そういえば師匠は?」

 
 見ると花の胸に顔を埋め、コアラのように抱きついて眠る小春を発見した。
 その仲睦まじい感じは本当の姉妹の様であるが、この中で最年長は残念な事に小春である。


「京介君は早起きさんだね~」


 いつの間に目が覚めたのか花が上目遣いで京介におはようと言う。


「おはようございます花さん」
「昨日飲みすぎちゃった……」
「三人で飲むの久々ですしね」
「あと京介君……ん」


 布団に寝たまま会話をする花が手のひらを出して来る。
 

「一万円」
「何故っす?」
「私の胸、触ったでしょ~」
「はっ!? 花さんも……早起きですね(涙)」
「えっち」

≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 二万三千八百円≫
≪烏丸 京介 十五歳……所持金 一万四千九百五十円≫
≪犬神 花  一九歳……所持金 五万千五十円≫




「ふぁ~良く寝た……二日酔いも心地良い」
「おはようございます師匠」
「どうした京介。顔が青白いぞ」
「ちょっとお金を落としたんですよ」
「えっ!? お前らしくない、いくらだ? どこに?」
「それは~一万円くらいを~胸の~谷間に~」
「あああああああああ!! 花さん、シー!!」
「何言ってんだ? わけがわからん」
「師匠は……無関係ですので」
「何かさりげなく胸の事でバカにされた気がしたが……グレーゾーンにしておいてやる」
「心配しなくても小鬼ちゃん成長期なんだし~」
「過ぎちゃったんだよっ!! 成長期っ!!」



*―――――――――――――――――――――――――――――*


 地下都市『新大阪』。
 地球環境が悪化し始めて数十年。
 天候は崩れ、川は氾濫し、地に作物が育たなくなった。
 かつて豊かな大地は数える程しか残っておらず、その中で大農場と呼ばれる畑は国営として管理された。
 インフラが高騰し、溢れかえっていた食料の取り合いが始まったのだ。

 生き残った人類はかつての地上の楽園を捨て、何重もの階層を連ねるこの地下世界へと移住した。
 人々が求めた物……それは『安心』と『安定』だった。
 空調が整備され、疑似太陽を浮かべた地下空間には本来当たり前であるはずの四季折々の風景が広がっている。
 しかしそれも一部の特権階級……言わば金持ちの道楽でしかなかった。
 この物語の主人公である二人組の生活圏はさらに地下の地下。
 この地下都市の最下層に位置していた。
 

「マスター、いつもの」


 喫茶店のカウンターに腰かけ注文をする少女。
 出された真っ黒な液体のまず臭いを嗅ぐ。


「う~ん。いい香り」


 そして飲む。


「にっげぇ。ガツンとくるぜ!」


「そりゃ、どうも。あと小春ちゃんのお財布も潤った事だし」


 マスターが右手を差し出す。


「コーヒー代のツケ払って」


 二度寝をした花を置いて二人でいつものように喫茶店へ。
 常連客である小春は毎回コーヒー代を払ってない。
 毎回毎回一杯十円のコーヒー代を請求するのが面倒という事もある。
 だから月に一度お金のある日にまとめて支払う約束だ。
 (小春達の財布が常に逼迫状態にあるため)
 小春が一日平均3~4杯、京介がその半分の量を飲んだとして計算。

「少し割引して小春ちゃん千円、京介君五百円でいいよ」


≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 二万二千八百円≫
≪烏丸 京介 十五歳……所持金 一万四千四百五十円≫


「とほほ、増えたと思ったらこれだ。色々群がってきやがる」
「師匠。お金のある内に食糧やら防寒具やらに替えといたいいっすね。あと来週の頭、家賃っす」


 先月の分は二カ月分の溜まっていて本来一万五千円支払わないといけないところ五千円しか払っていない。
 今月の分も合わせて一万五千円を支払わないとマズイ事になる。


「さ、先に抜いておこうか。使っちゃいそうだし」


≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 一万五千三百円≫
≪烏丸 京介 十五歳……所持金 六千九百五十円≫


「あっ! 師匠……携帯代も」
「……そうだね」

 小春と京介はさらに三千円ずつテーブルに置く。


≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 一万二千三百円≫
≪烏丸 京介 十五歳……所持金 三千九百五十円≫


「他忘れてる事無い?」
「今のところ」
「お金を稼ぐためにお金を使わなきゃならん。この矛盾!」
「社会の真理っすね」
「しかし、『諭吉』一枚では冬は越せんぞ」


「そんな小春ちゃんにプレゼント♪」

 
 マスターが一枚の依頼書を取り出す。


≪ 【協会より外注】
  依頼:『気弱な私を守って!』


  依頼内容:新大阪⇔新名古屋間の護衛。

  報酬:五万円。≫


 都市間横断貨物列車『キボウ』。
 各地下都市とのパイプ役を果たす物流システム。
 主に商業流通の要としての動脈として利用される。

 現在、地上での都市開発はほとんど行われておらず多くは地下都市へと都市機能を移行させている。
 野生生物の巨大化、凶暴化、異形化に伴い地上での日常生活は困難となり相応のリスクを抱えるようになったためだ。
 地下都市『新名古屋』は『新大阪』と重要な交易を担う都市である。


「ふむふむ。で、何からの護衛?」

 
 小春がマスターに質問する。
 都市間横断貨物列車は危険度の高い地上での運用を前提としているため、当然護身用としてある程度の自衛装備が設置されている。
 荷物を輸送中、凶暴な野生生物に襲われる可能性が高いからだ。
 小春の知りえる限りではここ最近、『キボウ』が襲われた話を聞かない。


「何かね。最近どうも山賊が出るらしいよ」
「山賊!? このご時世に?」
「そうか京介はまだ山賊とやり合った事はなかったな」
「え、師匠は山賊退治のご経験が?」
「おうよ。前に九州へ出張したときにな。面倒くさい奴らだったよ」
「何も『キボウ』を狙わなくても……ほっといても返り討ちに会うんじゃないですか?」
「うん、どうもねこの依頼者は相当な心配性でね。保険だってさ」


 チリーン、


「面白そうな話じゃない!」


 犬神 花が来店と同時に参加表明。


「山賊退治! くぅううう燃える展開ね! 一度やってみたかったのよ」
「花。今回は退治目的じゃないあくまで護衛だ」
「何言ってるのよ。私がいるんだから、寧ろ襲うでしょ」
「一理ある」
「京介。このおバカめ」
「それにそれに小鬼ちゃんとで、美人美少女のバリューセット」
「訳がわからん」
「そうっすよ花さん。師匠は美少女のイメージとかけ離れ過――痛っててててえて!!」
「ふん! べ、別にアンタのために腕ひしぎ逆十字固めしてるんじゃないからね!!」
「師匠、気に入ったんですかそれ……」


*―――――――――――――――――――――――――――――*


「…………ぼそぼそ」
「あんだって?」
「…………ぼそぼそ」
「聞こえねぇよ!」

 都市間横断貨物列車『キボウ』専属運転手、サブロウ。
 性格が気弱なのか声が聞き取り辛い。
 小春がさらに耳を近づけて辛うじて聞き取ることができた。


「……こんなクソのような女子供に仕事を依頼するなんてウチの社長はどうかしてるぜ」
「……大体、このキボウに護衛なんかそもそも必要ねぇんだよ。問題があった時責任問題にしたくないもんだから」
「……そのくせ経費ケチるからこんな中途半端なヤツしか派遣されないんだよ」
「……バナナはおやつに入りますかってか。フザケヤガッテどいつもこいつもあいつも」

 
 毒塗れだった。


「てめぇこそふざけやがって! せっかく来てやったんだろうが!!」


 小春が切れた。
 乱暴にサブロウの胸倉を掴む。


「…………ぼそぼそ」
「あぁん?」
「……ガキは帰ってクソして寝な」

「ちょ、ちょっと師匠依頼者に向かってそんな乱暴な」
「…………ぼそぼそ」
「はい?」
「……頭の悪そうな奴だな。死ねばいいのに」

「二人とも何怒ってるの? そんな悪そうな人には」
「…………ぼそぼそ」
「え?」
「……ビッチ」


 三者三様の武器を構える。
 サブロウはおどおどしながらも懐から一枚の用紙を取り出す。

 『よろずや規定』
 
 <規定趣旨>よろずや協会に登録された『よろずや』は以下の規定に従うものとする。

 第一条:よろずやと依頼者間で契約された依頼は相互理解の下、成立するものとする。
 第二条:よろずやもしくは依頼者が依頼内容に不備があると判断した際、契約を破棄する事ができる。
     (依頼者側は依頼内容は正確に告知する義務を要し、虚偽等が発覚した場合告知義務違反に該当する)
 第三条:よろずやは依頼者の同意の下、任務遂行しその結果を報告する義務がある。
 第四条:重大事由による契約解除について。
     協会所属のよろずやが重大事由により協会、依頼者の信頼を著しく損ない、契約内容を継続する事が困難と判断された場合。 
 第五条:罰則、罰金について。
     …………。

 ――トントン、とサブロウは規定の『第四条』を指し示す。
 正確には『第四条』と『第五条』の間で指が行ったり来たりしている。


 『よろずや』は免許制である。
 依頼を受けるかどうかは協会よりの斡旋に限らないが無免許で『よろずや』を名乗った際、逮捕される。
 当然、『よろずや』は規定に必ず従う事になり、従わない場合最悪免許停止処分を受ける事になる。
 マスター等第三者を通しての依頼は比較的緩やかなモノで、依頼者とのトラブルがあってもそこまで大事にはならない。
 (知り合い同士の頼みという事もある)
 しかし今回は協会から回って来た依頼だ。
 下手に目の前の依頼者とトラブルを起こした場合、契約不履行で訴えられたら大変な事になる。
 協会のブラックリストに載るのだけは避けなければならない。


「い、嫌だわ~私の武器砂埃がついてる~」
「そうっすね。仕事前の手入れはかかせないっす」
「うむ。今宵も我が相棒は血に飢えておる」


「…………ぼそぼそ(わかればいいんだよ。わかれば)」

 
*―――――――――――――――――――――――――――――*


 ――ゴゴゴゴゴゴゴ、

 ――ホゥオオオオオオオ、

 地上の線路へ連結され、都市間横断貨物列車『キボウ』が発車する。
 

「スゴイ仕掛けね~なんかカッコイイわ」
「ロボットが出てきそうな感じっすね」
「新名古屋か~お土産何買おうかな~」


 運転席にサブロウ一人が座り、次の車両に乗り込んだ小春達はまさしく遠足気分だった。
 後続で十程の貨物車両が続く様は壮観の一言だ。


「やあ、君達も『よろずや』かい?」

 
 小春達が乗り込んだ車両には先客がいた。
 騒がしくする小春達に中年で小太りの男が声をかける。
 男は『よろずや』免許を見せ、笹木 古次郎と名乗る。
 依頼で別のグループと共同戦線を行う事は良くある事だ。
 依頼の規模の多さや依頼者の都合によって別のよろずやが現場で出くわす事もたまにある話だ。


「よろしくアンタも同じ依頼?」
「あぁ、しけた報奨金つけやがってよ。外注にされるのも無理無いわな」
「何事もない事が前提なんでしょ。保険って言ってたし」
「そうも言ってられないようだぜ」


 発車してしばらくしたところ、古次郎の視線が車両の外へと向けられる。


「おいおい……ありゃ……」




 ――枝豆博士の一口メモ

 『日本大猪』
 特徴:日本古来の猪が進化したもの。ウシ目(偶蹄目)・イノシシ科に分類される動物。
    鼻が非常に敏感で神経質な動物である。
    体長約5m、体重1tを越す。
    その巨体に似合わず、時速45kmをマークする。
    特にその行動直線上に居ては大変危険だ。
    その鋭い牙は容易に人間など貫通し、頑丈な顎は人間の四肢の骨を噛み砕く。


「やばいっすよ師匠。あの数……」


 一頭や二頭ではない。数十頭の単位で列車へ向かって来る。
 近づく程地響きが大きく鳴り響く。


「おい! サブロウ!! このままじゃマズいぞ!」
「…………ぼそぼそ」
「は!?」
「……ぼそぼそ(仕事の邪魔すんなよ)」


 言い終わるや、サブロウは手元のスイッチを操作していく。
 

「…………ぼそぼそ(グッバイ)」




 ――ガガガガガガガガガガガガ!!


 一斉射撃。
 都市間横断貨物列車に搭載されてる自衛システムが作動。
 各車両に設置されてる機銃が日本大猪目がけて火を噴いたのだ。



「ギィイイイイイイイイイイイイイイ!!」


 日本大猪の方も最初は怒り狂い突進を継続していたが分が悪いとわかるや退散していった。


「や、やるじゃねぇかサブロウ……」
「ほんとっすね」
「でもあの豚ちゃん達ちょっと可哀想……」
「急に襲ってきやがるた~ついてねぇ」



 ――ドォオオオオオオオオオンンンン!!


 
「今度は何だ!?」

 
 車両の後部で爆発音。
 小春が車両の窓から身を乗り出して様子を見る。


「来た! 山賊共だ!!」


 ジープに跨りヒャッハーしてる世紀末的な奴ら。
 ジープの数は5台。人数は15人と言ったところだ。


「行くぞ! 京介、花!!」 


三人は車両後部へ走り出す。
 残された古次郎はゆっくりと運転席のドアを開き、サブロウへナイフを突き付けた。


 
*―――――――――――――――――――――――――――――*


「切りが無いわね……」


 花が山賊達に拳銃で応戦。
 京介も飛び移ろうとしている山賊を投げナイフで仕留めて行く。


「やっぱ拳銃いいな~欲しいな~」
「諦めろ京介。銃なんか弾代だけでいくらかかると思ってる。セレブな殺し道具だぜ」
「私~あんま格闘戦得意じゃないのよ~怖いし」
「大丈夫っす! 花さんには指一本触れさせません」
「京介君男らしい~!」
「いや~それほでもです」
「バカな事言ってないでさっさとヒァッハー共を撃ち落とせ……ん?」
「どうしました師匠」
「おかしい……何故さっきみたいに機銃で応戦しない?」


 小春が列車の異常に気づく。
 それは列車が急ブレーキをかけたのと同時だった。


「京介、花! ここは任せた!!」
 

*―――――――――――――――――――――――――――――*


「そうだ。列車を停車させたら、大人しくこっちへくるんだ」


 古次郎は車両の椅子にサブロウを縛りつける。


「…………ぼそぼそ(だましたな、クソ野郎)」
「何をぼそぼそ言ってるかわかんねぇが、余計な事すんなよ」


「――何をやっている!!」


「おおっと意外に気づくのが早ぇじゃねぇか。しかもラッキーな事に嬢ちゃんとは」


 古次郎はうすら笑いを浮かべたまま小春へ近づく。


「猪に襲わせて注意を集中させ、その隙に列車へ乗り移る手はずだったが……どうやらバカが一人先走ったようだ」
「あの猪もお前の仕業か」
「あぁうまい事この列車へ誘導するのは苦労したがな」
「ぺらぺらと良くしゃべる。もう成功した気でいるのか?」
「一人で戻ったのは迂闊だったな。お兄ちゃん達に確認を頼まれたのか? ガキを殺す趣味はねぇが見られたら仕方ないな」


 古次郎は右手にナイフを構え、小春へ突進する。





 地球に住む生物が取った選択肢は三つ。
 巨大化、凶暴化、異形化。
 その内、人類が取った進化の方向性は異形化であると言われている。
 そして、万物の霊長である人間という種が単純な姿・形を変化させるだけでは飽き足りず。
 その次の段階を考えた。
 それは――、

『異能化』。
 それは人間の次の段階の進化と言われている。
 一部の学者の間では人間の遺伝子の中に特殊なウィルス種が入り込みDNAを書き換えられたのだと、
 まことしやかに囁かれている。




「二つ訂正してやる」


 小春の横殴りのパンチが古次郎のナイフを持つ右手の肘を砕く。


「一つ。私は三人の中で一番強い」


 小春の額に小さな角が生え、渾身のフックを古次郎の腹部へ。骨が折れる音がした。


 
「二つ。私はガキじゃない。一番、一番年上なんだぁああああああああああああ!!」


 背中に背負ったハンマーを金属バットのように振り抜いた。
 すでに涙ぐんでいた古次郎は絶叫を響かせながら車両の壁に打ち付けられた。


「……てめぇ『ホルダー』か……がふっ」



*―――――――――――――――――――――――――――――*




「えぇ~ちゅうぅうううもぉおおおおおおおおくぅううう!!」




 列車の屋根に登り、大声で叫ぶ小春。
 左手にはボロ雑巾のようになった古次郎がいた。


「え、まさか……お頭!?」
「バカなお頭がそんな簡単にやられるはず……」
「マジかよ。ありえねぇよ」


「皆さん。どうか武器をしまってください。アナタ達の仲間を私達は拘束しています。
 これ以上の争いは無益です。この場で武器を捨て列車を襲わないと約束していただけるならこの方はお返しします」


「お頭がやられたんじゃ……」
「逃げるか……」
「お頭を見捨ててか? それはできん」
「相手は女子供だぞ」



「ぐすぐす……うぅうう。もう嫌なんです。どうして人は争わないといけないのか。
 もっと話し合いましょう! もうこんな罪を重ねて欲しくないんです!!」



「どうする……あの子泣いちゃってるよ」
「可愛い……いや可哀想」
「何か……俺達いけない事したみたいだ」
「俺、あの子信じてみるよ」


 山賊達は話し合いの結果、話し合いに応じると返答した。


「ありがとうございます! 本当に、では武器を捨てて下さい」


 山賊達は武器を正面に放り捨てる。


「次にそこから五歩後ろへ下がって下さい」


 山賊達は言われた通り五歩後ろへ下がる。


「言う通りにしたぞ。早くお頭を解放してくれ」
「はぁ? 何それ」
「え!?」
「ご協力ありがとうございます。それでは――」





「全員確保ッ!!」




 京介と花の情け容赦無い攻撃で山賊達は殲滅された。



*―――――――――――――――――――――――――――――*


「テロには屈しません!」

 
 小春は仁王立ちでロープでみの虫状態の山賊達を見下す。
 恨み節や罵詈雑言の荒らしだったため全員猿ぐつわをかませている。
 

「師匠。キタナイ。流石っす」
「キタナイは、褒め言葉だ」
「小鬼ちゃん、まじ鬼だね」
「…………ぼそぼそ」
「はい!?」
「……ぼそぼそ(報酬は色をつけておいてやる)」
「マジで! アンタ良い奴じゃん!」
「……ぼそぼそ(報酬は名古屋についてから渡そう)」



*―――――――――――――――――――――――――――――*


 今回の収益:六万円(一万円はサブロウのポケットマネー)。
 今回の損失:一万五千円(家賃)
       六千円(携帯代 二人分)
       コーヒー代千円(小春)、五百円(京介)
       一万円(京介の青春代)


≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 三万二千三百円≫
≪烏丸 京介 十五歳……所持金 二万三千九百五十円≫
≪犬神 花  一九歳……所持金 七万千五十円≫




[30101] 第七話「スリにはご用心!」
Name: 樹◆63b55a54 ID:c03d0032
Date: 2011/11/19 13:30



『新名古屋~新名古屋~』



「……ぼそぼそ(帰りは夕方だ。それまでに戻って来い)」


 都市間横断貨物列車『キボウ』専属運転手、サブロウ。
 相変わらずの毒舌だが、少しは小春達に心を許したらしい。


「まずはこいつらを換金するか!」

 
 キボウに積み込まれた山賊達をこの都市のよろずや協会に連れて行く事にする。
 犯罪者の逮捕は警察の仕事だが、よろずや免許には逮捕権も付与されている。
 警察では対処できない犯罪者の逮捕をよろずやに依頼する場合があるからだ。
 捕まえた犯罪者を協会に連れて行くと、その犯罪者のレベルに応じた報酬がもらえる。
 極悪人や、賞金首などはそれだけ危険度が高いが報酬も桁違いだ。


「山賊頭領が一万円……山賊A、B、C……十四名で各千円……安っ!」

「計二万四千円っすか……三人で分けて八千円ずつっすね」

「完全に雑魚だったみたいね」



≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 四万三百円≫
≪烏丸 京介 十五歳……所持金 三万千九百五十円≫
≪犬神 花  一九歳……所持金 七万九千五十円≫



「おっしゃ! せっかく名古屋に来たし、行くぞ京介!」
「師匠、行くってどこへ?」
「決まってるだろ『フリーマーケット』だよ!」



 小春達が名古屋に来たちょうどこの時期、名古屋では一大イベントが行われていた。
 露店が並び、ステージではバンドライブが行われていた。
 その中で小春が注目したのは『フリーマーケット』。
 普通のフリーマーケットでは個人の完全に私物の余り物が店に並ぶ程度だが、今回のは規模が違う。

 この時期のフリーマーケットで並ぶ店は全て免税店となり、普段高い物が格安で手に入れる事ができる。
 当然、良いモノはすぐに売り切れてしまうため欲しい品を手に入れるためには、スピードと思い切りの良さと何より実弾(お金)がものを言う世界。



「小鬼ちゃん小鬼ちゃん! ソフトクリーム食べようっ!」
「うん! いや、駄目だ駄目だ! そんな事に使ったら欲しいモノが買えなくなる……」
「じゃあ、私が買うから少し食べる?」
「え、いいの!? じゃ、じゃあ~少しだけ」
「は、花さん! 僕も――」
「京介君はだ~め」
「ジーザス!」

 
 小春には気前の良い花。
 しかし京介は見逃さなかった。
 小春がソフトクリームをペロペロ舐めている姿を花が少し興奮しながら眺めている姿を。
 そして、その興奮した花を見て興奮する京介の姿を小春が気持ち悪そうな顔で見ていた。


「あ、これ私の使っている銃弾じゃない! カートン買いで安い!」
「あ、ダマスカスナイフだ! やっべ~欲しい!! でも足りない(涙)」
「私の『おおきづち』もそろそろ……」


 三者三様の露店巡り、人だかりは混迷を極め通路には一人通れるかどうかのひしめき具合。




「師匠! 家の電気ストーブこれにしませんか?」
「あれ、小春ちゃん家って電気ストーブあったんじゃ……」
「2~3年前から調子が悪くてな、去年なんか危うく火事になりかけたよ」
「二万っすね……」
「むむむ……」


 必死に電気ストーブと睨めっこをする小春。
 スキマ風が吹く小春達のアパートで暖房器具は必須アイテムだ。
 しかし、目の前の小じんまりした電気ストーブの大きさでは十分な熱がでないのではないか?


「小鬼ちゃん小鬼ちゃん! これは!?」


 花がある一つの商品を指さした。 


「こ、炬燵……」
「こ、炬燵……」


 まったく同じリアクションをする小春と京介。


「『KOTATU』省スペースこたつ布団セットやテーブルも一式セットにしたアイテム」
「お部屋の雰囲気や大きさに合わせてデザインやサイズをお選びください。生活雑貨ではお求め安い価格でご提供致します」
「なんで二人して説明文読んでるの?」
「素晴らしい商品っすね~さぞ、お高いんでしょ?」
「気になるお値段は……」


『炬燵……六万円』
 

「ろっ……六万だとっ!? ひょうおおおおお!!」
「し、師匠! 気を確かに!!」
「でも定価は八万の品よ。けっこうお得なんじゃない?」
「京介、今『諭吉』さんは何人いる?」
「三『諭吉』っす」
「私は四『諭吉』だ。ぎりぎり買えるが……」
「師匠……炬燵を買えばミカンも買わなければいけなくなります」
「しまった迂闊だった!」
「え、そこ問題!?」


 さらに一時間、露店の店主がうんざりした表情で見守りつつ議論が進んだ。
 そして、その結果――。


「京介……買おう。炬燵を……買おう」
「師匠……英断です」
「私、足疲れちゃった」


 ようやく決断をして小春が財布を取り出そうとする。


「あれ?」
「師匠? どうしたんすか?」
「財布が……無い」
「えっ!? あっ!! 僕のも……」
「私も……何で?」


「あぁ~嬢ちゃん達やられちゃったね~」


 露店の店主が残念そうな表情を浮かべたまま、小春達を見る。


「やられたって?」
「スリさ、こういうイベントの時期は多いんだよ」
「なっ!?」
「ここいらじゃ確か『オーケストラ』って窃盗団の縄張りだからな~その下っ端が小遣い稼ぎにちょくちょく現れるのさ。
 残念だったな~嬢ちゃん達。諦めるしかな――」



「Fuck you! ぶっ殺してやる!!」



 ――ズンッ!!


 ――ベキベキッ!



 小春の額に角が生え、怒りに任せその場で足を踏み降ろすとビキビキとアスファルトの地面が割れた。




*―――――――――――――――――――――――――――――*


「はぁ……はぁ……もうここまでくれば大丈夫だろ」


 男は汗を拭う為パーカーのフードを降ろす。
 フリーマーケットの露店通りから離れ、男は走る足を止めた。
 窃盗団『オーケストラ』に所属する男は普段先輩に付き従い雑用係の日々。
 仕事で溜まったストレスをこうして得意のスリで発散するのが趣味だった。


「ちょうどノロそうなガキ三人組で助かったぜ。まったく気づかないでやんの」


 男は懐から三つの財布(黒の折りたたみ財布、花柄をあしらったオシャレ財布、可愛らしいクマの顔をした財布)を取り出す。
 

「お! 思いのほか入ってやがるぜ。こりゃラッキー!」




 ――ボキボキッ!



「ゴキゲンだなぁ……こんなところにちょうどパンチングマシーンがあるなんて……」


 男のすぐ背後で指を鳴らす音と共に怒りを押し殺した声が聞こえた。


「ひっ! て、てめぇら何で……」


 男が逃げる。
 しかし――、


「泥棒は犯罪です」


 男の足にナイフが突き立って、足を止める。


「ぎゃああああああああああああ!!」




 地球に住む生物が取った選択肢は三つ。
 巨大化、凶暴化、異形化。
 その内、人類が取った進化の方向性は異形化であると言われている。
 そして、万物の霊長である人間という種が単純な姿・形を変化させるだけでは飽き足りず。
 その次の段階を考えた。
 それは――、

『異能化』。
 それは人間の次の段階の進化と言われている。
 一部の学者の間では人間の遺伝子の中に特殊なウィルス種が入り込みDNAを書き換えられたのだと、
 まことしやかに囁かれている。



「私の鼻から逃げられるわけないじゃな~い」


 花の頭に犬耳と腰からしなやかに伸びる白い尾。
 犬の嗅覚はヒトの数千から数万倍とされる。花の能力は『追跡』その自慢の嗅覚の前で逃げる事は不可能だ。
 能力発動時何故か犬耳と尻尾が生え、同時に視覚、聴覚も鋭敏化される。
 京介など花のこの犬耳モードを密かに携帯の待ち受け画面に登録しているぐらいだ。


「今日はラッキーらしいな。こんな美少女にグーパンチしてもらえるなんて♪」


 小春。その姿は既に鬼のごとき形相。
 男の叫びが響き渡る。
 そして、
 静寂。




*―――――――――――――――――――――――――――――*

 住所不定の30代男性。
 頭部に殴打の跡。
 体中に擦過傷。
 右腕右足を骨折。
 重症。


「お! 思いのほか入ってやがるぜ。こりゃラッキー!」


 気絶した男の財布を抜き取り、小春は内容物を確認する。
 三万四千円也。



「師匠……泥棒は犯罪です」

「何を言ってるんだ京介。私は取られた物を取り返しただけだ。そうだよな花?」

「えぇ。私の財布には八万九千五十円が入っていましたわ」

「ちなみに私の財布には五万三百円が入っていたはずだ」

「あ! そういえば僕の財布も確か四万千九百五十円ありましたね」

 
 小春は男の財布から一万円ずつ抜き取り花と京介に渡す。
 

「あ、そうだそうだ。花のおかげでこの犯罪者を捕まえる事ができたよ。ありがとう。
 ほれ、ソフトクリーム代だ」


 小春は残金四千円を花に渡すと、何事もなかったかのように男の懐に財布を戻した。


「じゃあこいつ換金して来るわ」


 小春はコソ泥男を一人で担ぎ上げると意気揚々と協会へ向かった。


「鬼ね」

「鬼っすね」


 少し罪悪感を覚えるが当分の間塀の中から出て来れないだろうから問題無いだろう。
 京介はコソ泥男の幸運度のパラメータ(幸運度『1』なのではないか?)に合掌しつつ、少し重みの増した。
 財布を懐にしまった。


*―――――――――――――――――――――――――――――*


 今回の収益:臨時収入 三万円四千円。
       山賊達を換金 二万四千円。
       コソ泥男 五百円(小春が手間賃として着服)。



 今回の損失:炬燵 六万円。
       銃弾カートン買い(花のみ)五万円。
       

≪鬼灯 小春 二十歳……所持金 二万八百円≫
≪烏丸 京介 十五歳……所持金 一万千九百五十円≫
≪犬神 花  一九歳……所持金 四万三千五十円≫




[30101] 第零話「はじまり!」
Name: 樹◆63b55a54 ID:c03d0032
Date: 2011/11/23 21:40
「いきなりクライマックスかよっ!」


 京介がそう呟くのも無理は無い。
 免許取り立てのペーペーが立ち向かうにはあまりにも強大だった。


 ――ズシーン、ズシーン。


 視界に広がる絶望。
 胸に宿る虚無感。
 たどり着く先は死。

 やれるだけの事はやった。
 目の前の巨体には数十本刺さるナイフ。
 しかし、効果は薄い。
 この大自然の脅威の前には人間が無力だと思い知らされる。


 ――グゥオオオオオオオオオオオオオオオ!!


 嘶く、嘶く、嘶く。
 咆哮は京介の咆哮を震わせ、底冷えの恐怖を味合わせる。
 

「やべ、死んだ……」


 諦め、迫り来る怪物に身を委ねようとしたその時――、




「バカヤロウッ!!」



 叱責が京介の耳朶を打った。



*―――――――――――――――――――――――――――――*


 地下都市『新大阪』。
 地球環境が悪化し始めて数十年。
 天候は崩れ、川は氾濫し、地に作物が育たなくなった。
 かつて豊かな大地は数える程しか残っておらず、その中で大農場と呼ばれる畑は国営として管理された。
 インフラが高騰し、溢れかえっていた食料の取り合いが始まったのだ。

 生き残った人類はかつての地上の楽園を捨て、何重もの階層を連ねるこの地下世界へと移住した。
 人々が求めた物……それは『安心』と『安定』だった。
 空調が整備され、疑似太陽を浮かべた地下空間には本来当たり前であるはずの四季折々の風景が広がっている。
 しかしそれも一部の特権階級……言わば金持ちの道楽でしかなかった。
 この物語の主人公である二人組の生活圏はさらに地下の地下。
 この地下都市の最下層に位置していた。
 

「マスター、コーヒーを」


 京介は喫茶店のカウンターに腰かけ注文をする。
 出された真っ黒な液体のまず臭いを嗅ぐ。


「う~ん。いい香り」

 そして飲む。

「にっげぇっ! え、何これ!? マズっ!」

「そりゃ、どうも」

 あまりのマズさに思わず本音が出た。
 『喫茶 まごころ』の店主 誠は京介の発言に怒りもせず、謝りもせずそう返した。
 自分で出して置いて何だが、店主である誠がこのマズさには自信があった。
 何せ安いのだ(一杯十円也)。
 文句を言うなら頼まなきゃいい。
 そう言いつつメニューから外さないのはこの店でベスト5に入る人気商品だからだ。
 (当然、客が飲みたくて選んでるというより選択肢がないから)
 棚の上のメーカー品インスタントコーヒーはなんと一杯五百円也。
 べらぼうに高いため嗜好品でそこまで贅沢するものはいない。
 なんせ日々の生活で精一杯なのがここ最下層の住人だからだ。



「……ふん、ガキめ」



 ぽつりと言葉が京介の耳に届いた。
 声のした方へ見るとカウンターの端に十歳前後の幼女が座っている。
 周囲に保護者がいない。
 両親がいない子は珍しくなく、自分も施設で育った経歴があるため訳ありの子かと判断しそれ以上関わらなかった。



「ここで依頼の斡旋をやってるって聞いて来たんですけど……」

≪烏丸 京介 十五歳……所持金 千円≫

 『よろずや』免許取得。
 年齢制限は無く、誰でも本人の意思があれば取得できる資格だ。
 筆記試験があり、ある程度の一般常識を身に付けた者である事が条件のため自然年齢は十八歳以上が一般的だ。
 その中で十五歳という若さで免許を取得した京介はかなり早い方と言える。

 
「あぁ、君『よろずや』かい? 免許見せてもらえるかな」

 ≪ 氏名:烏丸 京介
   年齢:十五歳
   等級:E(免許証の色 白)
   依頼に関する条件等:逮捕権なし 依頼受諾は☆無しに限る≫

「烏丸 京介か……この場所良くわかったね」

「えぇ、知り合いに教えてもらいました」

「依頼の経験は?」

「今日、免許の登録が終わったので初めてです」

「そっか……ならいくつかあるから自分がやりたいのを選んでくれる?」

 マスターが何枚か依頼書を京介に見せる。
 その中で京介が選んだのは――、


≪ 依頼:『ベーコンが食べたいんだもん!』


  依頼内容:日本大猪の狩猟

  報酬:五万円。
 
  補足事項:肉質が柔らかい物が希望。フレッシュな感じで、年寄りはいらない≫


「大丈夫かい? 初の依頼で……この愛犬の捜索とかにしておいた方がいいじゃないか?」

 マスターが心配して簡単そうな依頼を進めて来る。
 しかし、京介も男の子だ。
 一度言い出した手前、尻込みして舐められたくないのとこの店を今後利用するため自分が有能だと見せつけたかった。

「大丈夫っす! 腕に自信有るんで。早くまとまった金が欲しいし」

「そうかい? じゃあ無理しないで」

 マスターが依頼書を京介に手渡す。
 笑顔で受け取り、残ったくそマズいコーヒーを一気に飲み干し、意気揚々と店を出て行った。



*―――――――――――――――――――――――――――――*



 ――ブホ、ブホ、



「……いたいた」


 日本大猪は群れで行動する。
 神経質で臆病な動物なため、積極的に人を襲う事は無い。
 しかし力は強く、その巨体に似合わず、時速45kmをマークする。
 
 京介には勝算があった。
 確かに普通に走っては勝負にならないが自分には『ホルダー』として生来の異能力がある。
 いざとなればそれを使って逃げれば良いし、体長約5m、体重1tを越すため狩猟も一頭でよい(十分な肉が取れる)。
 集団行動する動物の中には大抵トロそうなヤツがいるはず、そこを突く。
 

 ――ガサガサガサ!

 ――ブホ?

 あえて大きな音を出し、驚かせる。
 次に得意のナイフを投擲。
 日本大猪の何頭かの尻に刺さり、暴れ出した何頭かによって群れは混乱した。


「いいぞ、そのままそっちへ逃げろ!」

 ――ドドドドドドドドドド、

 ――ブォオオオオオオオオオ!

「よし! かかった!!」

 一頭、準備していた落とし穴へ落ちる。
 穴は深めに掘っていたため容易には登れない。
 後は弱った所をトドメさせば一丁上がりだ。

「な~んだ! 簡単じゃないか! 僕の力なら十分よろずやとしてやっていける!!」

 落ちた猪の様子を見るため、木陰から出る。





 ―――グゥオオオオオオオオオオオオオオオ!!




「なん……だ……?」

 京介がその咆哮に驚き、振り向く。
 

 ――ズズズズズズズズ、


 地面が揺れる。
 京介は最初、地震と思った。
 しかし、震源が近づき、京介の顔が見る見る青冷めて行った。

「そんな……デカ過ぎる……」

 通常の日本大猪の平均体長は約5m……それは8mを越す大物だった。
 この群れのボスなのだろう。
 仲間の危機に助けに来たのか目は血走り、怒りに燃えていた。



 ――ドォオオオオオオオ!



「ぐっ……は……」

 油断した京介は突進で吹き飛ばされ、そのまま大木に激突した。
 肋骨が折れたようで痛みが走る。
 痛みで集中できず、能力を発動できない。
 こんなときに経験不足が仇となった。
 京介は死を覚悟した。
 この怪我した状態では逃げる事はできない。
 そして、目の前の怪物に怯え、恐怖で腰が抜けた。
 
「やべ、死んだ……」

 諦め、迫り来る怪物に身を委ねようとしたその時――、




「バカヤロウッ!!」



 叱責が京介の耳朶を打った。
 京介が閉じかけた目を見開くと、目の前には身の丈もあるハンマーを構えた幼女がいた。


「あ、危ない!! 何でこんな所に子供が!?」

 京介が身体の痛みに構わず、幼女を怪物から離そうと幼女の肩に触れる。

「子供じゃねぇよ!!」

 肩に置いた京介の手を振り払い、幼女は叫ぶ。

「ガキはすっこんでな! 邪魔すんじゃねぇ!!」 


 ―――グゥオオオオオオオオオオオオオオオ!!

 
 怪物が再び突進。
 目の前の小さな幼女など障子紙程の耐久度だろう。
 もはや逃げ場はない。
 目の前の惨劇に京介は思わず目を覆った。

「あ……れ?」

 何時まで待っても衝撃が来ない。
 恐る恐る目を開くと目の前の幼女の構えたハンマーで体長8mを越す日本大猪が止まっていた。


 ――ブホ、ブホ、


 必死に幼女を弾き飛ばそうとするも幼女の身体はビクともしない。


「こぉおおおお……ふぅうううう」


 息を整え、足を踏み出す。
 地球に住む生物が取った選択肢は三つ。
 巨大化、凶暴化、異形化。
 その内、人類が取った進化の方向性は異形化であると言われている。
 そして、万物の霊長である人間という種が単純な姿・形を変化させるだけでは飽き足りず。
 その次の段階を考えた。
 それは――、


「おぅりゃああああああああああああ!!」


 ――ブォオオオオオンンンンッ!!

 『異能化』。
 それは人間の次の段階の進化と言われている。
 一部の学者の間では人間の遺伝子の中に特殊なウィルス種が入り込みDNAを書き換えられたのだと、
 まことしやかに囁かれている。
 
 小春の額に小さな角が生える。
 それと同時に振り抜いたハンマーが鋭さを増し、日本大猪の左顔面を直撃。
 牙は折れ、血を吐く。



「す……すげぇ」

「もういっちょぉおおおおお!!」

 ――ドゴォオオオオオオオオンンンンッ!!


 アッパー気味打ち込んだ。ハンマーがもう片方の牙も砕いた。
 

 ―――グゥオオオオオオオオオオオオオオオ!!


 それでも日本大猪は倒れない。
 よろよろとしながら後ずさりし、ついには敗走した。
 幼女がジャンプし、日本大猪の背に飛び乗る。
 そしてトドメの一撃とばかりに渾身のハンマーを振り降ろし、体長8mを越す巨体が遂に地に沈んだ。

 幼女はふぅと小さな溜め息を漏らし、爽やかにこう言った。


「あぁ、良い汗かいた」
 


*―――――――――――――――――――――――――――――*


「あざーすっ!!」


 病院のベッドで包帯ぐるぐる巻きの京介は幼女に礼を言い、頭を下げる。

「まぁ無事で何よりだよ」

「あ、あの僕は烏丸 京介です。アナタのお名前は……」

「鬼灯 小春だ。私もよろずやだよ」


≪ 氏名:鬼灯 小春
  年齢:二十歳
  等級:C(免許証の色 青)
  依頼に関する条件等:特記事項無し ≫


 免許証を見せながら小春は名乗る。


「は……二十歳……僕より年上……で、すか?」

「何故疑問形になるかわからんが、その通りだ。年上を敬え」

「わかりました。今日から師匠と呼ばせて下さい!」

「何でだよっ!」

「師匠に惚れました!」

「え……(赤面)、そそそそんな急に言われても……」

「その攻撃力に惚れました! ぜひ僕を弟子に!!」

「……殴っていい? 腹を」

「ご勘弁を」

「あ、そうそう。これ依頼達成の報酬受け取って来たから」


 小春が懐から封筒を取り出す。


「ありがとうございます。僕の代わりに猪納品してくれたんですね」

「感謝しろよ。あとお前保険入ってるか?」

「保険?」


 京介のきょとんとした表情で小春はあちゃーと目を覆った。


「よろずやには健康保険は必須だぞ! 今回みたいに大怪我したとき全部自費になるじゃねぇか!」

「し、しまったぁあああああああ!!」

 
 小春がベッドの横に掛かっている伝票を確認する。
 請求額:十万千五百円。


「うぁああああああああああああああ!!」

「落ちつけ京介とやら、あのボスも納品してきたから報酬はがっつりだぞ」

 
 報酬額;十三万円。


「ベーコンにはあのボスじゃ堅過ぎて良い肉じゃないらしいが、折った牙がかなりの価値でな」

「何から何までかたじけない」

「とりあえず治療費は払って来てやるよ。それと私の報酬を差し引いて――」

「え――?」

「ほれ、今回のお前の報酬だ」


 唖然としている京介の口に百円玉を加えさせ、小春は手を振りながら病室を後にした。


「お大事に~」


 京介は涙でぼやけながら爽やかな笑顔で病室を出て行く小春を見送る。
 悔しさで噛み締めた百円玉は鉄の味がした。






*―――――――――――――――――――――――――――――*


 今回の収益:依頼達成報酬額 十三万円
 今回の損失:治療費  十万千五百円
       小春に巻き上げられた 二万八千四百円



 ≪烏丸 京介 十五歳……所持金 千百円≫




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