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[30451] 【中編】気になる彼女は高町なのは[オリ主・原作キャラ転生もの]
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:97ddd526
Date: 2011/11/20 12:25
前書き

初めましての人も、久しぶりの人もこんにちわ、GDIです。
この話は転生系のオリジナル主人公(一応)ものです。若干そうとは言えないかもしれませんが、そのはずです。相変わらず短編しか書けない人間なので、今回も短編ですが楽しんでいただければ幸いです。
なお、この話に感想を書きこめば幸せになります(作者が)
誤字脱字のご指摘なども頂ければありがたいです。









 最後に見た光景は一人の少女。その小さな体、大事な友人の娘が無事であることを見届け、己の意識がゆっくりと闇に落ちていく。

 脳裏に浮かぶ家族の顔、妻と息子に、今は娘となってる妹の子も。彼等を残して逝くことを、そしてなによりこれから生まれてくる娘の顔を見てやれなかったことに強い悔いを残した。 



 ピピピピピピピピピ

 電子音によって覚醒させられた気分はいつもの通りの悪さ。人によっては最悪といってよいだろうが、流石にもう慣れてしまった。

 「といっても、流石に自分が死ぬ夢というのは慣れたいもんじゃないけどな……」

 その青年ことアルバート・キューブはそうひとりごちながら、ベッドから起き上がり身支度を始めた。

 彼はアルバートという自分の名前がいたく気に入っていた。その理由は分からないがとにかく気に入っている名前だった。顔も知らない両親には、五体満足健康な体と、この名前をくれたことにはいたく感謝してる。

 時空管理局の地上部隊に努める彼は、外見的にも能力的にもとりわけ特出しているわけでもない普通の若者だが、一つほど自分でも普通じゃないだろうと思う事がある。

 それは夢だ。毎日というわけではないが、まるで自分とは関係ないと思うような夢を見る。それも結構な頻度でだ。

 夢の内容はまちまちで、目覚めると覚えていないことも多々あるが、共通することは主観である”自分”が今の自分ではないことである。

 まだ若いが子供ではない、今より年を取っていた。自分は明るい茶色の髪で瞳も同じだが、夢の”自分”は黒髪黒目、体格はほぼ同じだろう。

 そんな”自分”の夢をみる。特に多いのが己の死の瞬間の夢。

 どこかのパーティ会場だろうか、そこで起きた爆発テロで、1人の少女をかばって死ぬ、そんな夢。あまりに多く見るから、はっきりと情景を思い浮かべれるほどになっている。

 もっとも、その”自分”がなんと呼ばれているかは何故か聞き取れず、現れる人物達の名前を夢から醒めた後に覚えてることは無かった。それさえ覚えていれば、この不可思議な現象を解明する糸口になったかもしれないのだが。

 これはいったいなんなのだろうか、といつも思う。夢というのは心の奥の願望が表れることもあるというが、まさかその類ではないだろう。

 少女を庇って死ぬ、なるほど死に方としては格好いい。もし死に方を選べるとしたら、そんな死に方もあるかと思えるくらいには見栄えがいい。だが、かといって自分に滅びの美学などという高尚なものはないし、死ぬよりは生きているほうが何倍もいいに決まってる。

 少なくても、今の自分に不満は無い、やりたいこと、行きたい所などは際限なくあるが、きっとそれは誰だってそうで、子供の癇癪じゃあるまいし、駄々をこねるように飢えて求めているわけじゃない。

 なので友人知人にもこの夢のことを相談してみたのだが、誰も確たる答えを示してはくれなかった。まあ、当然だろうな、とは思っているが。
 
 だけど、色々仮説は立ててくれた。その中でも一番納得いっているのが先輩のヴァイス・グランセニックが言ったもので、この夢が「前世の自分」の姿で、それを思い出してるのが、自分に起こっている現象なのだろう、というもの。

 前世、即ちいまの自分になる前の人生。それは確かに頷ける仮説で、そうであるならばまるで見た目が違う人間を”自分”と思えることにも一通りの説明はつく。ただ、不思議なのは知り合いに同じ体験をしてるのが誰もいないということ。

 なのでどうして自分だけが、という思いはある。よほどの未練があったのか……と考えれば心当たりが無いわけでもない。前世の自分は家族を残して逝くことを、強烈なまでに悔いていた。特に、これから生まれてくる娘を抱いてやれないことを申し訳なく思っていた。

 「なあ、アンタはこうやって夢に現れて、俺にどうして欲しいんだ?」

 局員の制服を着、支度を終えたときにそう自問する。もちろん答えは返ってこない。

 ただ思う。もしその未練を晴らす手立てが分かれば、それをしてやろうと。他ならぬ”自分”のことだし、夢でみる”自分”は決して悪い男ではなかったから。

 今や習慣のようになった”自分”への問いかけのあと、彼は部屋を出て、新しい今日という一日を迎え入れた。





 アルバートがこの職場に来て早や2ヶ月近く、そろそろ慣れてきたが、やはり色々と訳有りな場所だというのは肌で感じる事が出来る。

 機動六課というこの新しい職場は、同じ首都防衛部隊であるヴァイス陸曹の誘いで来た。1年間という短期間の実験部隊だというのが名目だが、どうもそれだけではないという事が、ただの平隊員の彼でも察することは出来る。というか、同じ交代部隊の同僚達も、上司がいない場所ではそのことを囁きあっているのだ。愚痴交じりの雑談ではあるが。

 アルバートの今の主な仕事は、陸士部隊と合同しての捜査、場合によっては踏み込んでの検挙など、陸士部隊の手助けのような内容だ。

 部隊そのものは、ロストロギア・レリックの対策と独立性の高い部隊の設立が名目で、陸と海の融和の先駆けになることを目標としているらしいのだが。

 「どうも、ちぐはぐというか、継ぎ接ぎというか」

 彼個人の印象としてはそんなところだろうか。今一この部隊の目指す先が不透明なのだ。それを強く感じさせるのは、この六課自体の設立経緯だが――まあ、そのあたりは自分が考えることではないだろう。

 それに、日々の仕事に文句があるわけではない。もともと「いま以上」を望む性格ではないし、ここ数日は特に自分に向いた仕事をしているので、気持ちよく仕事が出来ている。前の首都防衛隊でも、自分のスキルは少々特殊ではあったので、それに適した仕事が多かった。

 即ち、要人警護。

 何故か自分に合った仕事だった。自然と周囲の様子を伺い、ごく当たり前の様に違和感に気づく。そのため要人警護の仕事があると、ほぼ必ず自分に割り当たったものだ。

 警護する相手が、尊敬に値する人物だったりすると、やる気が漲ってくる。特に理想をもって、かつ現実を見ながら歩む男を見ると、何が何でも守ってみせる、という意思が湧いてくる。

 宿泊の警備の配置の手配や、移動時、特に車などの乗り降りの際の警戒の仕方など、どうして自分がそう、まるで以前からそうやっていたように出来るのか、の理由はいまいち分からないが。

 それでも、そうした仕事は好きだった。まあ、なかにはあまり好ましくない人物の警護だったりもするが…… そうした時はあくまで淡々と仕事をこなすだけ。無論手を抜いたりはしないが、熱がはいることもない。

 そうした現在の自分の周囲の状況を嫌ってはいない。けれど、全体的にどこか仕事に身が入らないのもまた事実、その理由も先で挙げた部隊そのものの方針がぼやけていることが原因だとも分かってはいるが、つまりそれは……

 「よおアル、お疲れ」

 などと考え事をしながら歩き、今日の日報を纏めるため六課隊舎へ向かっていると、若い男の声で話しかけられた。その方向を見ると、以前の職場から一緒に異動してきたヴァイス・グランセニックが工具箱を片手に立っている。どうやらヘリの整備を終えた後らしい。

 「お疲れ様です、ヴァイス先輩、そっちも今終わりですか?」

 「ああ、昨日ちょっと遠出したし、そうでなくても日々の整備は欠かせないからな」

 「ホテル・アグスタでしたっけ」

 「ホテルとしては一流どころだったぜ、仕事でもなけりゃ一生行かねぇだろうな、きっと」

 「んなこたないと思いますけどね、彼女を連れて行ったら喜ばれるんじゃないですか?」

 「嫌味かお前、俺が今フリーなの知ってるだろ」

 そう言って軽く拳をアルバートの顎に当てるヴァイス。2人はそういったやり取りが普通にできる、気の置けない友人であった。

 「そんならラグナを連れてってやればどうです? 多分すっごく喜ぶと思いますよ」

 ヴァイスの妹のラグナは大のお兄ちゃんっ子であることを、長い付き合いのアルバートは知ってる。互いの家――といってもアルバートに家族はいないが――からみの付き合いだったから。

 「あのな、この年になって妹と2人旅行とかありえるか」

 「いや、別にありえてもいいと思いますけど」

 「つか、お前もここ最近来てないだろウチ。ラグナも会いたがってるぞ」

 「そーですか? そんじゃ明日にでも」

 「早いなオイ」

 もともとアルバートが陸士学校を卒業して武装隊に配属され、その際に出会ったそのときから2人は馬が合った。ヴァイスはバイクが好きで、アルバートは乗り物全般が好きだったから、どこのヤツが性能がいいとか、改造するにはここだろうとか、そういう共通した趣味の話題ですぐに打ち解けたのだ。

 年齢差は5歳、ちょうど兄貴分と弟分のような関係での友人づきあい。

 もっとも、アルバートの「乗り物全般」はマシンだけに留まらず、馬だろうとラクダだろうと魔法生物だろうと、乗り物と聞けば乗りたくなる性質ではある。同じ六課のキャロ・ル・ルシエという少女に頼み込んで、アルザスの飛竜に乗ろうというのが最近の目標だ。

 そうした2人だが、家族ぐるみの付き合いになったのは、ある事件がきっかけだった。

 今から6年前、アルバートが配属されてわりと間もなくの頃、強盗事件の犯人が、ラグナを人質に立てこもるという事件が発生した。

 その対処に兄であるヴァイスを充てることを、肉親ゆえに普段どおりの能力発揮できるかどうかを当時の指揮官は悩んだが、彼の腕前を信用し、ヴァイスを狙撃手として配置した。

 だが、それを横で見ていたアルバートは、ヴァイスがどれほどラグナを大事にしているかを、まだ付き合いが短いとはいえ知っていたので、彼にさせるわけにはいかないと思い、自分に突入させてくれと頼み込んだ。

 アルバートが古代ベルカ式の遣い手で、その瞬間的な速度が他の群を抜いているのを指揮官は知っていたので、まだ若輩ながら判断力も的確なアルバートの頼みを承諾し、突入を許可した。

 だが、その途中で悲劇が起きた。

 アルバートが突入するので、ヴァイスにはその援護に当たるよう指示を入れようとしたら、なんと通信デバイスが故障したのだ。

 これが本局の武装隊なら、デバイスや、専用通信機なしでも念話でその旨を伝える事が出来たかもしれない。しかし、その時のチームは運悪く魔導師がヴァイスとアルバートと、その他に1人しかおらず、その1人も念話を苦手としていた。

 指揮官はまずいと思い、拡声器でアルバートを呼び戻そうとしたが、そのとき既に彼は彼にしか体感できないモノクロの領域に入っており、その声が聞こえなかった。しかし、逆に犯人はその声に驚き、注意をそっちに向けすぎたため、ラグナを拘束する力を緩めてしまった。

 その瞬間を逃さず、ラグナは犯人の腕からするりと抜け出し、当然の話としてそれをヴァイスが逃すはずも無い。彼は既に標準を定めていたので、刹那の間も迷わずに引き金を引いた。

 犯人に向け一直線に進む魔力弾。本来ならそのまま犯人に当たるはずだったが、その射線上にヴァイスが思いもよらぬものが出現した、アルバートの頭である。

 無論直撃した、無論後頭部だった、無論気絶した。

 そのあと、目の前にいきなり局員が現れたかと思うと、何故かそれに魔力弾があたり気絶するという事態を前に、呆気に取られた犯人は、数瞬遅れて放たれたヴァイスの二目射で倒されて、あえなく御用となった。

 幸い、アルバートの怪我はたんこぶで済んだ。彼は保有魔力が低いのでバリアジャケットは纏ってはいなかったが、魔導師ではあるので一応の防御フィールドは展開してたし、なにより生来の石頭のおかげで一切後遺症などの心配はなかったが、弾が当たった部分が硬貨状のハゲになってしまった。

 その際のやり取りはこんな感じ。

 「どうしてくれんですかこの頭! コレじゃ人前歩けませんよ!」

 「俺のせいじゃないだろ、通信機がぶっ壊れたのが原因なんだから」

 「なんでピンポイントに人の後頭部にブチ当てんですか!」

 「知らねえよ、いきなり射線上に入ってくるヤツが悪ィだろ!!」

 「魔力弾の軌道修正するなり、色々あるでしょ!」

 「速度第一の狙撃弾でそんな芸当出来てたまるか! Sランクのエースだって無理だよんな事!」

 「そこを何とかするのが狙撃のプロってもんじゃないんですか!?」

 「そんならお前全力で踏み込んでからの90°方向転換とかできるか!?」

 「2回くらいなら」

 「できんのかよ!?」

 そんな不毛な口論は、ラグナが仲裁に入るまで続いた。だがその事件はグランセニック兄妹とアルバートを深く結びつける一件となった。

 余談だが、ヴァイスの弾が当たったハゲを隠すために、ラグナがヴィッグを用意してくれたので、人前に出ることは出来た。

 この機動六課に2人して異動したのも、先に六課入りが決まったヴァイスがアルバートを引っ張ってきた形だ。隊長陣のランクと平隊員のランク差が著しく大きい六課では、彼の能力は有用だろうと思ったからこそ彼を勧誘した。ちなみに、アイツなら遠慮はいらない、とヴァイスは首に縄つけても引っ張ってくるつもりではあった。まあ、アルバートはあっさりと了承したのだが。

 アルバートも自分と同じB+。自分ほど一芸特化というわけではないが、結構能力に偏りがあるため、遂行可能な任務を計るため設定されてる管理局ランクは低い。最も、保有魔力ランクならもっと低いだろうが。アルバートとヴァイスは大体同等の魔力値だ。

 そうしてかれこれ6年間の付き合いの先輩後輩の2人が、六課入り口の前で世間話を始める。二人とも手すりに寄りかかり、傍目にはあまり行儀がよい光景には見えないだろう。

 「ホテルの料理とかどうでした? 美味かったですか?」

 「いや、俺は食ってない。別にパーティがあったわけでもないし、あったとしてもヘリパイが呼ばれるわけもないし」

 「そいつは残念ですね。ホテルといえば、かわいいシェフがとびきり美味いデザートとか出してくれるもんですよ?」

 「そんなもんかね」

 「それに、ホテルの警備なら、むしろ俺の領分ですけどね」

 「流石のお前でも、アレだけの大人数は無理だろ」

 「確かにそうなんですが、やっぱりホテルってのは似たり寄ったりが多いんで、キナくさいところとか、重要なポイントとか、慣れてるほうが咄嗟に動けるのは確かですよ」

 「まあそうだろうが、ところで……」

 そうしてヴァイスは少し声の調子を落とし、話題を変える。

 「なんかすっきりしない顔してたけど、今の六課(ココ)になんか不満でもあるのか?」

 流石に鋭いな、とアルバートは感心する。やはり長年の付き合いだと顔色一つで心境が読まれてしまうものか。それとも狙撃手ゆえの洞察力か。

 「御見それしますよ、その眼力。てゆうか男の顔色なんか見てないで、狙ってる女の顔色の方を見るべきでしょ。先輩、交代部隊(ウチ)のリーダー狙いですよね?」

 「シグナムの姐さんか? んー、今はまだ狙いっていうんじゃなくて、憧れの段階だな。そこから動かねえかもしれないし、俺は恋愛はゆっくりやる主義なんだよ。んで? なにが気に入らないんだ?」

 「いや、気に入らないって言うよりはですね……」

 アルバートは一たん言葉を切り、思っていることを明確な形へと整えていく。

 「ただ、隠し事はして欲しくないな、ってトコでしょうか」

 「へぇー…… お前さんもか、ティアナも似た感じのこと言ってたな」

 ティアナという固有名詞を聞いて一瞬頭の中の人物辞典の照会をかけたアルバートだが、すぐに該当の頁が見つかった。

 「ああ、あのオレンジの娘ですか、ティアナ……ランスターでしたっけ」

 「おお、アイツもこの部隊にはなんかあるんじゃないか、みたいな事言ってたよ。まあ入局3年目のヤツが気づくくらいだ、お前が気づいていても不思議じゃないよな」

 その言葉は、ヴァイスもまたこの機動六課という組織に疑問を持っているという事実を示している。もっとも、このような場所で気軽に話しているからには、そう深刻な疑問というわけでも無さそうだが。

 「なんていうか、チグハグというか、突貫工事というか、まあそんな印象ありますからね、六課(ココ)」

 本局から直接指示を受け、聖王教会との繋がりも持ち、けれど地上の部隊として、隊舎も地上本部の近く。

 一体何処に属するのか分からない組織である。地上と本局の融和の先駆け、と言われれば、まあそうかとも思えなくも無いが、それにしてももっと上手い方法はありそうなものだ、と一介の局員に過ぎないアルバートですら思う。

 「突貫工事か、まあそう見えるな。一応構想自体は結構前からあったっていう話だが、強引な立ち上げって言われたら、確かにと言うしかない」

 「場合によっちゃあ、本局の尖兵っていうか、陸の併呑の第一弾みたいに思われても仕方ないですよ。このやり方」

 現に、交代部隊の何人かはそういう疑問を強く持っていた。つまるところ、ただの平局員からみても、どこかおかしい部隊ではあるのだ。

 「でもま、陸士部隊とは仲良くやれてんだろ?」

 「そりゃ元々俺等は陸士ですし、仲いいのは当然ですよ。でもどれだけ下同士が仲良くても、上同士がいがみ合ってたら意味無いでしょ」

 「まあ、その辺は上だって分かっちゃいるだろ、分かった上でこのやり方に踏み切ったんだろうし」

 そのヴァイスの言葉に、それこそ自分が言いたい所だと、表情を真剣にしてアルバートは切り出す。

 「ええ、だから、です。誰がみても”訳あり部隊”なんだから、その真意を少しでいいから教えてほしいな、と思うんですよ」

 何も、情報全てを提示しろなんて馬鹿なことは言わない。対場が上になればなるほど秘匿するべき情報は増えるだろうし、全部が全部さらけ出すのも指揮官として問題だ。ただ、同じ部隊で働き、部隊長である八神はやては言うなれば己の命を預けた存在であるわけなのだ。

 ならば、こっちのことを少しは信頼して欲しい。無論まだ知り合って僅かだし、たかだかB+の陸士ごときが生意気言っていると自分でも思うが、隠し事されているということは信用されていないということであり、つまりは期待されていないと思ってしまう。

 そんな気持ちが心のしこりとしてあるために、イマイチ六課の仕事に全力で向き合えないのだ。

 「部隊構成も偏ってますし。コッチ(交代部隊)は期待されてない、ただの数合わせじゃないか、って言うやつも多いですからね」

 そういう愚痴は部隊内で囁きあっている。アルバート1人が思っていることではない。

 「まあ、その辺は確かに言える。片やエース級がゴロゴロいて、片や普通の陸士で構成されてる、と来たら」

 スターズ分隊、ライトニング分隊、ロングアーチという六課の顔となるメンツは、管理局全体でも希少なオーバーSランクが3人もおり、AAA+総合AAAなどの高ランク魔導師が揃っている。

 その一方で交代部隊はC~Dの通常の陸士部隊と同程度、リーダーのシグナムだけはS-で、その次はアルバートのB+、その差が大きい。どう贔屓目に見ても「数合わせ」感が否めない。

 「それに、向こうは、身内の寄り合い所帯だ、なんて陰口を叩くヤツもいるくらいですから」

 そして、その”表”の部隊の人員のほとんどが部隊長である八神はやてとプライベートな交流が深い人物であることも、六課が悪意ある噂の対象にされる一端である。やはりそういう話は隊の内外で尽きないものだ。

 「そこはしゃあないだろ、なんせ部隊長は今まで未経験の19歳の女で、見方を変えれば針の筵のような部隊に、好き好んできてくれる執務官や教導官なんていなかったんだから」

 そして、ロングアーチではやてに次ぐ立場にあるグリフィスは准尉、彼の立場に本来は少なくとも二尉か三尉で無くてはならないはずだ。つまりは来てくれる人がいなかった為、結局知り合いの伝手に頼るしかなかったという悲しい事実を物語ってる。

 「まあ確かに、進んで火中の栗を拾うヤツは変人ですね」

 そう言ってヴァイスの顔をニヤリという笑いをしながら見る。それの意味することは無論言うまでも無い。

 「ここにいる以上、お前も同じだ。まあ、一応方々に打診したらしいけど、結果はもちろんNo。だから頼れるのは身内しかおらず、そのせいで身内人事と陰口叩かれる悪循環、と。世知辛いな」

 「ええ、そうですね。だから、そんな世知辛い思いをしてまで、この部隊を立てた理由は何なのか……」

 即応性のある行動を取るために独立性を重視した実験部隊、という表向きの目的もまああるのだろう。だが、それだけでないことは誰の目にも明らかだ。

 「ちなみにお前はどう思う?」

 「うーん、まあ一応こうじゃないか、ってのはありますけど、ただそれは俺個人じゃなく部隊の皆の予想というか」

 彼はあくまで平隊員に過ぎず、把握できる情報も少ない。六課の表向きの業務である新人育成、レリック対策の裏の目的が何なのか、それが直感で分かるほどの超能力は持っていない。だから、言えるのはせいぜい他人と予想しあった結論くらいだ。

 「いいから聞かせてみろよ」

 「聖王教会、ですかね、やっぱり」

 六課の後見として、本局の提督の他に聖王教会がついているのだ。もしこれがただの海と陸の融和を目的とした部隊なら、そこに聖王教会が入ってくるのはおかしい。

 かならず何らかの関係があるはずという予想は、平局員どころか陸士学校の候補生でもできるだろう。逆に言えば、アルバートの立場ではそれくらいしか分からないし、そもそも彼自身そこまでわだかまりを持っている訳でもない。

 「カリム・グラシア?」

 「そこしかないでしょ」

 聖王教会の重鎮カリム・グラシア。まだ若いが管理局の理事をし、少将待遇の権限をもつ才媛だ。なにより特筆すべきは彼女の希少技能だろう。

 「たしか、予言だっけか」
 
 「ええ、あんまり知られてませんが、俺もまあ、古代ベルカ式だから、この得物作るときもアッチの鍛冶師に頼んだし、警護対象で教会関係者も結構いたりで、俺は聞く機会けっこうありましたから」

 厳密にいえばアルバートの技は古代ベルカではなく、彼独自のオリジナル技なのだが、大別すれば古代ベルカになる。

 「んでお前は、それに懐疑的だと」

 「いや、騎士グラシアの技能自体は疑ってませんよ。ただ問題なのが”解読”というワンクッション必要なところで」

 古代ベルカ語で示された予言は、解読しなければただの模様だ。だから解読が必要なのは当然だが、それが出来るのも聖王教会関係者というところに問題がある。

 つまり、聖王教会に都合が良い様に解釈している、という猜疑の目が向けられる余地を作ってしまっているということ。

 事実の有無は問題ではない。そう捉えられてしまうということが問題なのだ。

 「歴史を紐解いても、予言者は詐欺師か、民衆扇動のプロパガンダか、権力者への媚を売る手段かですからね、あまり鵜呑みにはできないというか」

 「もしこの部隊の設立理由がそうだとしたら、たしかに公には言えないな。俺でも流石に胡散臭いと思っちまう」

 「でしょ、まあそう決まったわけじゃないけど。俺の中ではそれが有力ですかね」

 そうしてアルバートは己の蟠りを吐き出す。誰かに胸の内を語るという行為をしてスッキリしたのか、彼はさらに言葉を続けた。

 「ただ、俺は八神部隊長に否定的であったり、まして嫌悪感持ってたりはしないですよ。むしろ逆です」

 「そりゃわかるよ、お前さんが言ってることは、つまり頼って欲しいってことだろ。嫌いなやつにそんなこと思うヤツはいない」

 「ええ、あの人の立場は、ちょっと視点を変えればトカゲの尻尾にされかねないですからね。その上地上本部、本局、聖王教会と3つに常に気を配らないといけいない、はっきり言って胃が持ちません。俺なら即入院モンです」

 しかも、彼女は自分と同い年だ。あの小さな背中で、本来まだ背負わなくてもいいものを背負わされてる感じがアルバートにはする。

 「あの人は、結構なんでも自分ひとりで背負い込む所あるからなぁ」

 「でしょうね、そういうタイプだ。だから交代部隊(おれたち)をないがしろにしてるんじゃなく、巻き込みたくないっていうか、やっぱり自分達だけでなんとかしようとしてるっていうか」

 今回のホテルの件にしてもそうだ、聖王教会の要望を断れなかったのがその事実。あちらもこちらも立てないといけないから、いつか抱えきれない負荷になって彼女を圧殺してしまう。

 しかも今回現れたガジェットは、ホテルの襲撃ではなく、六課の戦力分析の意味合いが強い。警備に来た六課がかえって危険を呼び寄せた、というその事実もまた八神はやてを苦しめている。

 アルバートは人を見る目には自信がある。あの設立時のはやての演説を聞いた時から、彼女はこの人の手助けをしてやりたい、とも思わせる人物だった。だからこそ、真意を明かしてくれない現状を歯痒く思う。

 「まあなんだ、その辺はやっぱ色々あるんだろうさ。部隊長本人もなんだかんだで訳ありだしな」

 「そうですね、そのことについても一応は知ってますよ。10年前の闇の書事件」

 ただ、情報の開示があまりされていないので、細かい顛末は知らない。その秘匿されているという事実が、かえって関係者や過去の事件の被害者などの神経を逆なでしているのかもしれないが。

 「そのあたりは、どう思うんだお前?」

 「闇の書事件についてですか? うーん、俺としてはもう終わったことをあまり掘り返すのは好きじゃないですね。憎い気持ちを持ってる人がいるのも分かりますが、だからって復讐に走ってもしょうがないだろ、って感じですか」

 「ああ、お前は復讐とか否定派だったっけ」

 「いや、別に否定してるわけじゃないですよ。自分でもどうしようもない気持ちってのもあるだろうし。ただ、後ろをみて生きるよりは、前を見て生きたほうが楽しみは多いんじゃないかって、そう思うだけです。妹にもそう言ったら、あの時は怒られたなぁ」

 そう口に出して違和感を覚えた。妹? あの時? なんのことだ。いったいいつそんなことを言った? いやそもそも自分は――

 「ん? お前妹なんていたっけ?」

 そうだ、いない。自分は小さい頃から親なしで、どうも自分は毎回親兄弟とあまり縁が無いと思って―― いや、この考えも良く考えればおかしい、”毎回”とはなぜ思った。俺の人生は一度、親も2人のはずだろう。

 「………ええ、いませんよ、おかしいな、なんでこんなこと言ったんだろ」

 自分の言葉に訝しむ様子のアルバートに、ヴァイスはああ、と心当たりを見つけて聞いてみた。

 「もしかしてあれか、前世の記憶」

 「そうなん、ですかね」

 ”夢”のことを前世の記憶といったのはヴァイス(厳密にはラグナが言いだしてヴァイスが伝えた)なので、今更変には思わず、そろそろここでの立ち話もなんだろう、と思い、隊舎に戻るよう促がした。

 アルバートも別に否やは無いので、2人で隊舎に入り、それぞれの今日の日報を纏まるべく、分かれる間際。

 「そういえば、なのはさんが、なんかお前に頼みたい事があるって言ってたわ」

 何気なく思い出したヴァイスの言葉に、彼は常とは異なる反応を示す。

 「高町一尉が、俺に?」

 そのアルバートの様子にヴァイスが悪戯っぽく笑い、言葉を続ける。

 「ああ、なんでも教導で手伝って欲しい事があるんだと、アピールするいいチャンスじゃないか?」

 「いや、俺はべつに彼女に対してそういう訳じゃ……」

 「照れんなって、そんじゃあな」

 そうして去っていくヴァイスの背中を見ながら、彼は自分の心を占めている不思議な感覚を持て余していた。


 高町なのは

 
 その名前を聞くたびに、どこか落ち着かない気持ちになる。彼女の姿を見つければ、自然と目で追っている自分に気づく。

 管理局が誇る若きエース・オブ・エース。幾分宣伝が目的もあるだろうが、その実力が折り紙付きであることは周知の事実で、年下の年代には彼女に憧れる者も多い。

 また、同年代では芸能界のアイドルのような感じで彼女のことを話題することもある。

 だが、自分の気持ちはそうした同年代が話題にしてる感覚とは違う。では恋か? 彼女に一目ぼれして、だから自然と彼女を見てしまうのか。

 それも違う。たしかに彼女は見目良い少女だし、異性として魅力的だろう。しかし断言できる、自分の気持ちはそうしたものではない。

 そう確信できる理由はそう、高町なのはとという少女に強い感情を抱いたのが、彼女を見た瞬間ではなく、彼女の名前を聞いた時だからだ。

 名前を聞いただけで恋に落ちるなんてこと、生まれてまだ19年だが一度も聞いた事が無い。だからこれは恋ではないと断言できる。

 だが、気になる、彼女が気になって仕方がないのだ。どうしてか”一つでいい、彼女のためになにかをしてやりたい”と強く思ってしまうのだ。

 その理由の一つとして、「高町なのは」というその名前を初めて聞いた時に思ったことが


 (そうか、なのはにしたのか)


 であったから。


 彼女が自分に用があるというのなら、いい機会だ、この気持ちがどこから来てどこへ行くものなのか、彼女と接してハッキリさせておくべきだろうと思いながら、彼は自分のデスクがある事務室へ向かっていった。
 



あとがき

さて、今回も短編、おそらく前中後編になるのではないかと思っております。
この話も一応”神様転生系”です。主人公を転生させたのは神様です、抱擁の慈愛に溢れた黄昏の女神様が転生させてくれました。
……分かる人にしか分からないネタですみません。元ネタはとあるPCゲームですが。
チラ裏の方に投稿しようかなーと思いましたが、やっぱり「とらハ」板のほうがいいかと思いこっちに投稿しました。
次の投稿は未定です、気長にお待ちください、短編ですから、もちろん完結はさせるつもりです。
てか、リリなのSSなのに野郎2人しかしゃべってませんね




[30451] ヴァイスたちと飲み会に行きました
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:97ddd526
Date: 2011/11/20 12:29
 夢をみる。

 それは正月に一族で集まった時の話。古さだけなら日本屈指ともいえる家だから、こういう集まりのときはしっかりと集まる。今では海外にいってる人も多いから、全員が集まることは滅多にないけれど。

 最初はきちんと年始行事を行うが、それが終わると同年代どうしで集まるのは、やはり自然の成り行きだろう。

 自分と、妹と、そして表の家の次期当主で自分の親友、年下だけど尊敬に値する男だと認めているアイツの3人で、外の雪景色を眺めながら酒を飲み交わしていた。

 気心の知れた者同士の小さな宴会、静かだったがとても楽しかった思い出。

 そんな夢をみたのは、それと同じようなことが起こるかもしれない、という予感だったのだろうか?
 

その2 ヴァイスたちと飲み会に行きました



 アルバートがヴァイスと六課についての話をした3日後、ヴァイスより「今日飲みに行かないか」という誘いを受けた。

 前の職場でも同僚皆といったり、悲しいことに男2人で行くことも多かったので、別に行くこと自体はアルバートも構わないが、急な話だったので、何か事情があるのかと尋ねた。

 「いや何、この前もちょっと名前出たティアナのやつがさ、まあちょいヘマやらかしてヘコンでるんだよ。俺から見たら大したことじゃないんだけど、こういうのは引っ張ると悪化するから」

 なるほど、なにかと面倒見の良い彼らしい。どうやらそのランスターはミッドチルダ式の射撃型を主体しているようで、ヴァイスもアドバイスなどをして、フォアードの中でも特に親しい感じだ。

 「ははあ、つまり傷心中のところを付け込んで、初心な後輩をコマそうという魂胆ですか」

 「人聞き悪いこといってんじゃねえよ。それにアイツはまだまだ青い。けどま、あと3年位したらいい女になりそうだけどな」

 「そりゃ結構。でもまた、何で俺も?」

 励ましや助言なら、門外漢である自分がいる必要はないだろう、というアルバートの疑問に、ヴァイスはなんとも形容しがたい表情で答える。

 「今回アイツがやったヘマってのが、相棒を誤射しちまうところだったからだよ」

 「ほぉーー、誤射、誤射ねえ……」

 それを聞いたアルバートもまた形容しがたい表情を浮かべる。ヴァイスの意図は分かるが、あのことを引っ張り出すのかアンタは、という気持ちが生まれるのは仕方の無いことだろう。

 「まあ、んな訳だ、可愛い後輩のために、先輩である俺等が実体験に基づいた教訓ってヤツを示してやろうじゃないか」

 「ま、了解です、何処で何時からです?」

 「8時に『えれがん亭』集合、ああ、ラグナも来るぜ。野郎2人に女1人ってものなんだからな」

 「おお、相変わらず変なところで気が利きますねえ先輩は」

 



 そんなこんなで六課隊舎からほど近い場所にある居酒屋『えれがん亭』。上品なんだか庶民的なんだか、洒落のつもりなのか良く分からない名前の店だが、料理が美味く、値段も手ごろだから、交代部隊の面々はけっこう来ていたりする。

 ヴァイスとアルバートは既に3回目だが、むろんティアナは初めてだった。

「よっラグナ、2日ぶり」

 「はい、2日ぶりですねアルさん」

 先日の宣言どおり、その次の日にグランセニック家に顔を出していたので、ラグナとは会ったばかりのアルバートだった。そしてティアナとはあまり面識がなかったので、初対面のラグナと一緒に自己紹介をしあい、とりあえずの乾杯をする。

 「それじゃ、なんの乾杯かよくわかんないけど乾杯!」

 『乾杯!』

 「か、かんぱい」

 3人で食事をすることも多かったグランセニック兄妹+1は慣れたものだったが、こうした場所にも雰囲気にも慣れてないティアナは少々気後れしていた。

 だが、それもしばらくラグナと会話することで、ティアナの緊張もほぐれていった。ラグナ自身、おそらく自分が呼ばれた理由は、彼女の緊張をほぐすためだろう、ということを察していたので、その役割に準じる。実に良く出来た娘である。

 ラグナがティアナの相手をしてる間、男2人はそっちはそっちで楽しく雑談に興じていた。

 「一昨日先輩ン家にいったとき驚きましたよ、ラグナ、また料理の腕上げましたね」

 「だろ? 自慢の妹だからなぁ」

 「いい加減な兄とは比べ者になりませんからねえ。ほんと、ラグナはいい嫁さんに下さい」

 「明らかに文法おかしいだろ今のセリフ!」

 そうこうして出てきた料理を食べ、飲み、話しているうちに、ティアナのラグナに対する調子も相棒であるスバルのときのように打ち解けた様子になってきた。やはりアルコールは人類が生み出した最高の発明のひつとであろう。そうした雰囲気が形成されたので、ヴァイスも今回の飲み会を開いた本題に入ることにした。

「そんでティアナ、お前ここ最近やけに張り切ってるそうじゃないか」

 先ほどまでと同じ酒の席ではあるが、今までの冗談とは調子が変わったヴァイスの問いかけに、ティアナはややぶっきらぼうに答える。

 「別に、今までどおりに訓練してるだけですよ」

 そういう返事が帰ってくるのを予想していたのか、ヴァイスはニッと笑って話を続ける。

 「そう言われちゃ取り付く島も無いだろ。聞いたぜ、ホテルん時にスバルのヤツに当てそうになったんだって?」

 「………」

 事実を指摘され、すぐに返す言葉が出てこないティアナの様子を眺め、ヴァイスはこの場にアルバートを呼んだ意義を発揮することにした。

 「別に当たってスバルが怪我したわけじゃないんだろ? そんなら次気をつけりゃそれでいいんだよ」

 「……でも、任務中に味方に攻撃するなんて、失敗としてはかなり大きいじゃないですか」

 その言葉を待ってた、とばかりにヴァイスは内心で「よし、釣れた!」と拳を握った。

 「だ、そうだが、その辺お前はどう思う? アル」

 「そうですねー、とりあえず、可愛い後輩のドタマブチ抜いといて、反省も謝罪もしないどっかの狙撃手よりは、億倍も兆倍も、那由多の先まで数えれるくらいマシだと思いますけど」

 同じく話題が振られるのを待ってましたと言わんばかりに、殊更嫌みったらしく過去の恨み言を述べるアルバート。無論、ヴァイスが自分をここに呼んだ理由が、この話をティアナに聞かせる為だろうと理解しているからである。

 「お前ね、いつまで拘ってるんだよ6年も前の話を。度量がしれるぞ」

 「6年前だろうが60年前だろうが、人を円形脱毛にしといて謝ってない人間のほうが、よっぽど人格疑いますよ!」

 「あーたしか、毛根活性化治療受けたんだっけ、アルさん」

 と、そこへラグナも参加する。

 「そう! もしラグナがそういう治療があるって教えてくれなかったら、今でも俺はカツラ使用者でしたよ!『これは……良くないですね』って医者に言われた時の気持ちがアンタにわかるか? つか分かれよ同じ男でしょ」

 ティアナを励ますための話題だと理解しているが、思い出したら段々腹が立ってきたので、アルバートの言葉にも熱が入る。

 「ちゃんと謝っただろうが、グランセニック代表としてラグナが」

 「うん、不出来な兄のせいで妹はいつも苦労してます。そろそろそのいい加減な性格直してください」

 「そうだ、もっと言ってやれラグナ」

 「でも、アルさんもかなりいい加減だけどね」

 味方だったはずのラグナにこき下ろされて、ガクッとうな垂れるアルバート。そしてそんな3人の様子に置いていかれた形のティアナは、やや目を丸くしてその様子を見守っていた。

 そこへ、ヴァイスが6年前の”事故”のことを説明する。

 「と、いうわけだ。どう考えてもいきなり射線上に飛び出してきたこいつが悪い、って話だよティアナ」

 「そう、引き金を引く前に周囲の状態を把握してない未熟な狙撃手が悪い、って話だよランスター」

 「いいかげんにしなさい2人とも」

 「わるいわるい、ま、そういうことだ誰でもやる、狙撃の名人たる俺でもやるミスなんだ、あんま気に病むな」

 そう締めくくられた話を、ティアナは途中から目を丸くしながら聞いていたが、少し考えた様子を見せた後、口を開いた。

 「だけど、ヴァイスさんの場合とあたしの場合は違います。ヴァイスさんはキューブ士長のことを知らされてなかったけど、あたしはずっとコンビネーションの練習してたのに……」

 「ストップ、ティアナ」

 まだ続いていくだろうティアナの自己嫌悪の言葉を遮り、ヴァイスはグラスの中身をぐっと飲み干して、真面目な表情で語り始める。

 「いいかティアナ、お前より6年先に管理局に入った者として言っとくぞ、お前は一つ肝心なことを見失っている」

 常に無い真剣なヴァイスの様子に、ティアナもまた真剣になって聞いていると、彼はアルバートへと話の水を向けた。

 「アル、管理局員にとって最も大事なことはなんだ?」

 「市民の安全を守ること、そのための任務をきっちりこなす事です」

 「市民の安全と財産、じゃないっけ?」

 問われたことに間髪いれずに、かつ大見得切って答えたアルバートだが、おなじく間髪いれずにラグナに修正を受けてしまった。ヴァイスの頭がガクッと垂れ、アルバートもやっちまった、という表情で目を泳がせ、ラグナもしまった、という感じで口を抑えた。

 「あのなぁ…… 人がせっかく真面目に人生の先輩っぽく決めようとしてんのに、なに開始早々台無しにしてんだよ……」

 「……ごめんなさい」

 「私も空気読まないでゴメンね」

 どちらかといえば、民間人に指摘されるアルバートが悪いが、まあ50歩100歩だろう。

 こうして、真剣な空気は一瞬にして霧散してしまった。一度弛緩した雰囲気を再び張り詰めさせるのもなんなので、その空気のままヴァイスは続ける。いいや、こういう感じのほうが自分らしい、と開き直ることにした。

 「まあ、極論を言っちまうとだ、お前のミスなんざ大した問題じゃないんだよ。あの時のお前等の任務はホテルの民間人の安全と財産を守ることで、それさえ達成できれば過程がなんだろうといいんだ。ま、法に触れるような事やったらもちろんだめだけどな」

 「でも……」

 「まあ聞けって。お前さんの気持ちも分からんでもないよ。周囲にいきなりあんだけすげえ人たちが揃ってたら、今の自分と比べて劣等感持って、焦っちまうのはあるだろ。こっちにも、部隊長に信頼されてないのにぶーたれて、やる気出ねえ、とかいってるヤツいるし」

 そういってチラリとアルバートを見やる。みられた方はややバツ悪げに頭を掻きながら「別にぶーたれてるわけじゃないですよ」と言っている。

 「だけどな、それと任務とは別問題だ。管理局員に求められるのはただ強くなることじゃない、求められた能力をきちんと発揮できるかどうかだ」

 「先輩の言うとおり、ただ強さを求めるのはスポーツ選手か、もしくは純粋な武芸者の領分だ。でも俺達は管理局員なんだ」

 管理局員にとって力をつけることはあくまで手段である。なさなければいけない事、必要とされている事柄に対応するための力をつけるのだ。

 純粋に武としての強さや、知識の探求を行うのなら、それを行うのはプロの格闘選手や、専門の学者の領分となるだろう。彼等は力や知識をつける事が”目的”なのだから。

 求める能力に対して、それが”目的”なのか”手段”なのか、己の立場がどちらに属するのか、それを忘れてはならない。

 「お前がヘマやった自分を許せないんだろうなってのは端から見てても分かるよ、でも突き詰めちまえば、お前が納得できるかどうかなんて二の次三の次、重要なのは結果だ」

 前回の出動で機動六課に求められたのはホテルの警備で、それはきちんと達成された、ならばたかだか二等陸士の些細な失敗など、全体からみれば掠り傷にもならない。

 「そう…… ですね」

 自分の気持ちを本当に分かるのは自分しかいないが、それでもここにいる3人は自分の気持ちを慰めようと、理解しようとしてくれているのは彼女にも伝わっている。

 ヴァイスたちの言葉を受けて、若干硬くなっていたティアナの心境も徐々に軟化していった。

 「そうそう、後輩を10代でカツラの危機に追い込んどいて、始末書の一枚も書かなかった人がのうのうとしてて、未遂のランスターが責任感じてるなんて馬鹿な話はないぞ?」

 「プっ、そうですね」

 アルバートの冗談が効いたのか、ようやく笑顔を見せるティアナ。

 「お前がそれでも自分が許せないって言うなら、それはそれでよかろうさ。今までどおりに戦えないかもしれないなら、銃を置くのもけじめの一つだと思うし。ただ、闇雲に突っ走るのはよくないぜ」

 「そうそう、いくら遅刻しそうだからって、制限60kmのところを100kmオーバーで突っ走ってたら、たとえそのとき遅刻は免れても、後で免停喰らったら誰も褒めないし、むしろ叱られる」

 まるでそんな体験をしたかのように語るアルバート。そしてそのことは続くラグナの言葉で明らかとなった。

 「二日酔いするまで騒ぐから、速度計の場所ど忘れしたりするんだよ、明日はそんなことにならないでよ? アルさん」

 「……安心しろ、今は隊寮住まいだから」

 どうも先ほどから締まらない空気が続くが、逆にそんな終始緩い空気が功を奏したのか、乾杯をしたときは確かにあったティアナの張り詰めた雰囲気が大分抜けていた。

 「……先輩方の言うとおりですね。うん、そうだ、あたしは兄さんの夢を継ぎたいけど、その前に1人の局員なんですよね」

 「自分の夢を持つのも、誰かの夢を継ぐのも悪くなんか無いさ。ただ、執務官になるのがゴールじゃないだろ? 夢は大事に、けど日々の業務もしっかりと、無理は禁物、自己管理はしっかりと、てなとこか」

 「実に当たり前のことしか言ってませんね先輩」

 「基本に忠実が一番なんだよ」

 そうですね、とティアナが返し、お兄ちゃんにしていいこと言うね、ラグナの辛口に苦笑いしたヴァイスは、パンと手を叩いて話を締めた。

 「よし、まあ説教じみた話はここまでにして、折角の集まりだ、もっと飲もうぜ。」

 「おー」

 「スミマセーン、チューハイもう1つー」

 そんな様子の3人をみて、ティアナは今度こそ屈託ない笑顔を見せた。 




それから2時間後

 「だから、去年の聖夜祭の夜、あれは今思い出してもやりきれないんですよ。聖夜祭といえば1年で一番世界規模でもっとも愛が囁かれる日なんですよ? 世間様では家族でパーティしたり、教会でお祈りしたり、はたまた好き勝手に逢引したりしなかったりでですね、囁きあってるんですよ愛を! 与え合ってるわけですよ温もりを! 求め合ってるんですよ肉を! そんな日に今日はなにか素敵な事が起こるかもしれない、なんて心の隅で思うのはちっともおかしくないですよね16歳の乙女的に! ああ、なのに起こったのはビル火災! 緊急出動して朝まで消火! 朝日を拝みながら敗残兵のように女2人でベッドに倒れこんだ空しさがわかりますか!」

 日ごろの鬱憤をこの期に全部吐き出そうとしているのか、素面では絶対言わないようなことをマシンガンのようにまくし立てるティアナ・ランスター16歳がそこにいた。

 「ああ、うん、わかる、わかるから少し声落とせ」

 「でも、あたしは思うわけですよ、きっとうちの隊長たちも敗残兵組だと! だいたいあの年齢であんな階級に能力なら、ティーンの青春を丸ごと仕事に捧げたに違いありません。特にフェイトさんとか、美人なのは認めますけど、ぜんっぜん男っ気ありませんからね。まあ彼氏どころか男友達すらいないあたしが言うのもなんですが、あのままじゃあ残念美人一直線ですよ。部隊長は19歳なのに雰囲気が完全に”おふくろさん”だし、なのはさんなんて堅いオーラがバリバリ出てて、さながら鋼鉄の処女です。自分の将来もあれかと思うとやり切れなさが倍増ですよ」

 「すげえこと言うなお前……」

 「あたしだって健全な10代ですから、その手のことだって当たり前に考えますよ、それでも自分は兄の夢を継ぐために今はそんな事はやってられないと自己暗示して抑えてるんですよ、なのに、あー! もうあのチビっ子カップルときたら! いつもいつもイチャイチャして! あてつけか? あてつけなのか?」

 「いくらなんでも鬱憤ため過ぎだろ、10歳の子供に嫉妬すんなよ……」

 今までこんな機会が無かったからか、堤防が決壊したかのように管を巻くティアナ。アルコールは人類が発明した最大の発明であると同時に、最大の毒であることもここに証明された。

 そんな酒乱の聞き手に回ってるのはヴァイス。ティアナの目が据わってきてから、残りの2人は早々に退避し、ラグナはサラダをつまみながら店員の女の子と最近の流行のことなどを話しており。アルバートはひたすら食べてる。

 「すいませーん、焼きうどん一つと串焼き10本追加ー」

 「アルさん、昼抜いてたの? あ、それともいつものアレ?」

 「そうそ、俺は美味いモンは食える時に食っとく主義だから」


 「お前等もコイツの相手しろよ…… それに、自分で食った分は自分で払えよ、お前」

 「聞いてます? ヴァイスさん? ていうかあたしまだ24時間体制なんですからね、もしなんかあったら責任とってくださいよ」

 「おお、酔っててもしっかりしてるなランスター。あ、そういえば俺明後日あたりからそっちお邪魔することになったわ、今日部隊長に言われた」

 「へーそうなんですか、………なんで?」

 「なんでも教導の手伝いとか何とか」

 「あれあれ? 愛しの高町なのはさんと一緒にお仕事?」

 「だからラグナ、俺は別に……」

 「なに? キューブさんもなのはさんファンなの? スバル1人で十分よそれは、で、聞いてますかヴァイスさん、だからあたしはですね……」

 「はいはい聞いてる聞いてる」

 この調子がこの後も30分ほど続いたが、流石に明日も仕事だということで、この場はお開きになった。

 「んじゃ、俺ラグナ送ってくから、お前ティアナ頼むな」

 「そういう外道なこと言います? 誘ったのは先輩なんだから、先輩が送るのが筋でしょう」

 「馬鹿、女の子1人で夜道歩かせられるか。俺の大事な妹になにかあったらどうするんだよ」

 「だから、俺が送りますよ。先輩はそっちの酔っ払いの介護をヨロシク」

 「ったく、やっぱそうくるか…… まあしゃあないな、きっちり送れよお前」

 「アルさんが送り狼にならない?」

 「なる」

 「きゃー」

 などという会話を交わしながら、それぞれペアになって別の方向へと歩き出した。
 

 「なんだかんだで楽しかったな今日は、こういう気心しれた奴等で騒ぐのはホント、いいもんだ」

 「今回はティアナさん、というかお兄ちゃんが災難だったかな? それとも役得かな?」

 「どうだかなー、ああ、そういえば静馬たちと飲んだ時も、酔った妹をアイツが背負ってたっけ」

 そうだ、妹はあまり酒が強くないうえにあの頃はまだ学生だったから、正月の集まりの時のお神酒で酔って、静馬に部屋まで背負われていったっけ。思えば、あの頃からあいつらは想いあっていたのかもな。

 考えてみると、兄妹と兄の友人、仲の良い3人。そんな関係も、今の自分達と似ている、あれ、そうなると俺はラグナと結婚することになるのか。まあ、そのへんはラグナ次第かな。

 そうした感想を抱きながら、アルコールの酩酊感に浸り、上機嫌で歩いていく。

 そんな気持ちを持ったのは、今日の自分達の状況が、あの日の”自分”達と同じように、どこにでもあるような、けれどとても幸せそうな雰囲気があったからだろうか。

 ほろ酔いの頭には、6月の夜風は適度に心地いい、頭が軽くなって小難しいことなど考える気も起きない。

 だから、アルバート・キューブの人生の中では会ったことも無い人物の名前を、当たり前のように出していたことを、彼は気づくことは無かった。隣をあるくラグナも同じく、彼の言葉に聞いたことが無い人物の名前が出ても、とくに疑問に思わなかった。

 「あ、明日一応モーニングコールかけてくれ、起きられなかったらマズイもんで」

 「ん、了解、お任せください」

 そうして2人は和気藹々と話しながら、肩をならべて歩いていく。そしてもう一方は

 「ああ、酒の匂いが無ければ、けっこういいシチュエーションなんだけどなぁ……」

 と足元がおぼつかない上に意識が混濁気味のティアナを背負いながら、まあ、これも役得といえるのかね、苦笑して歩いていった。

 なお、この日の後半のことはティアナは覚えてなかったが、この時の彼女に必要だったのは前半部分だけだから、きっとその方が良かっただろう。
 
 


あとがき

一応ティアナ撃墜回避イベント、になるのかな? まあ、こういう形でのストレス解消というか、そういうのもアリではないかと思います。
先日同僚がミスをやって、へこんでた彼女をみた先輩が自分たちを誘って飲み会にいってきた体験から書いた話。ああいう集まりは大事だと思います。

ついでに、今回のティアナの愚痴は、これまた分かる人にはわかるネタ。自分の聖書的な作品のセリフを少々拝借しました。



[30451] 二刀流の遣い手
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:97ddd526
Date: 2011/11/20 12:27
 まず、強く抱いた思いは安堵。

 元気で、健康無事に育っていてくれたことに対する安心。およそ同年代の女性に抱くものではない。だけど、なぜか彼女を直接見たときにそう思った。

 彼女の姿を見る度に、仕事が楽しそうか、何か悩み事はないか、病気はしていないか、という心配を心のどこかで持っている。

 そう、それはまるで彼女の父か兄にでもなったかのように……



 その3 二刀流の遣い手

 今日も今日とて訓練漬けの機動六課フォワードの4人。年少2人が毎日の厳しい訓練にもめげずに頑張っている姿は、他の隊員にも良い影響を与えている。あの子達が頑張ってるんだから自分も、という意欲が湧いてくるのだ。

 それが狙ったものなら、やるな八神はやて、流石は19歳で二佐になった女傑よ、と褒められるところだが、残念ながら別に意図したものではなかった。

 というか、つい数年前まで彼女達自身がアースラという艦内で、そういう一種のカンフル剤のような役割を持っていたものだ。

 そしてそんな六課の顔になりつつあるフォワードたちも、今日はややいつもとは違う心持で訓練場所に向かっていく。

 機動六課の教導も2ヶ月半がたち、そろそろ4人一緒の訓練メニューだけではなく。ミッド式、ベルカ式に分けての訓練も行うようになっていた。しかし、今日からスターズの副隊長であるヴィータが、地上の各部隊に対ガジェットの対処法の伝授行脚に行っているため、ベルカ式担当の教官が不在になってしまった。

 もちろん、戦技教導官であるなのはでも教えられるが、やはり彼女はミッド式なので教えきれない部分も出てくる。なので、交代部隊から誰か借り出せないだろうか、と部隊長に申請してみたところ、1人良い人材がいる、という返事をもらえた。

 交代部隊のベルカ式といえば、真っ先に浮かぶのはライトニングの副隊長であるシグナムだ。彼女も古代ベルカ式、今までフォワードに教えてきたヴィータと同じなので、彼女が引き受けてくれればそれまでとそう変わりない訓練が行えるだろうが、残念ながらシグナムは交代部隊のリーダーとしてヴィータ以上に忙しいので無理。

 だが、交代部隊にはもう1人古代ベルカ式の使い手がいた。よって呼ばれたのはそのもう1人であるところのアルバート・キューブ士長である。

 なので、今日から新しく自分たちを教える人物は、どんな人なのだろうかという、期待と不安が入り混じった気分を4人は共有していた。

 「そういえば、ティアさんはキューブ士長と面識あるんですよね?」

 そう聞いたのはエリオで、彼は4人の中で一番アルバートが来るのを楽しみにしているので、口調も心なしか楽しげだ。

 その理由はなんと言っても機動六課の表部隊の男女比が、圧倒的に女性に偏っていることに起因している。同じフォワードも、部隊長達も、ロングアーチのオペレータたちも女性が多い。大勢の女性の中で男1人、というのは気後れするものだ。

 グリフィスは理知的かつ謹直な青年で、口数も少ないからあまり会っても会話が弾まない。気さくなヴァイスは話してると楽しいが、彼はヘリパイなので、整備班や交代部隊のメンツと一緒にいる事が多いので、あまり話す機会が無い。

 なので、アルバートが来ることを彼は素直に嬉しがっていた。

 「うん、まあ、あるにはあるんだけど……」

 先日の飲み会の後半の記憶が無く、気づけば自室のベッドの上だったことは、彼女にとって少々恥ずかしい思い出となっている。スバルの話ではヴァイスに背負われて帰って来たらしく、いったいあの時自分がどんな醜態をさらしたのか、怖くて聞けないティアナだった。

 「どんな人なんですか?」

 キャロも興味があるのか聞いてくる。物怖じする性格ではないが、そこはまだ10歳の女の子、やはり知らない男性というのは緊張するものだろう、声に緊張のいろが強い。

 「うーんそうねえ、一言で言えばヴァイスさんの後輩、って感じの人かしら」

 上手い表現が思いつかないので、自分の印象をそのまま伝えることにした。そう、なんというか、彼はヴァイスの後輩なのだ。逆に先にアルバートと面識があれば、ヴァイスのことをアルバートの先輩、と表現しただろう。早い話が似たもの同士。

 「じゃあ、明るい感じの人なんだね」

 スバルにはティアナの言葉でイメージできたのか、アルバートの人物予想をしていた。そしてそれは合っている、確かに彼は明るい性格だった。

 「まあ、なんにしても会えば分かるわよ。……って、ひょっとしてあの人もう来てる?」

 いつもの集合場に目をやれば、そこには正座で座っているアルバートの姿があった。ふつう、集合場所で待つ場合は立っているか、座るにしても正座はない、ミッド人には馴染みが無いし、なにより足が痺れる。だから4人にとってその姿は少々新鮮だった。

 「わ……」

 そこへ、かなり強めの風が吹き、ティアナやキャロが髪を押さえてると、不意にアルバートが動いた。

 正座の状態から、おそらく彼のデバイスであろう2本のやや短い直刀を抜き放ち、そのまま舞のように型を打つ。そして一連の動作が終わったあと、風で舞った数枚の木の葉が切れていた。

 「すごい……」

 今までなのは、フェイトを初めとした様々な高ランクの魔導師たちを見ていた4人だが、アルバートの動きはそれらとどこか違ったもののように見えた。

 強いていうなれば質だろう。魔導師―特にミッド式―は出力に重点が置かれている。根源となるのは魔力の出力で、その差が大きければある程度の相性など問題にならない場合が多い。

 だが、今のアルバートの動きは一切の魔力が感じられなかった。即ち今の動きは、魔力に頼らない純然たる彼の身体能力と、訓練によって培った技術の集合体なのだ。一概に、古代ベルカ式はそうしたものが多い、ヴィータはその戦闘スタイル上、出力重視のところがあるが、シグナムやザフィーラは典型的な技術重視だ。

 これはどちらが優れている、という問題ではない。ただ、4人にはその動きが、とても綺麗に見えた、という話である。流れるような一連の動きは、どこか人を惹きつける芸術めいた側面がある。そして、代々受け継がれてきた技法とはそうしたものだ。

 もっとも、アルバートはそれを完全に再現できているわけではないが。

「ん? おお、4人とも来てたのか」

 4人が近づいてることに気づいたアルバートは、抜き放った刀を鞘に納め、向き直る。

 その後、今の凄いですね、大したことじゃないよ、いえかっこよかったですよ、いやいやそれよりお前この前起きれたか? ええまあなんとか…… などのやり取りをしていると、なのはが到着した。

 「あ、なのはさん、おはようございます!」

 なのは、高町なのは。その名前はアルバートの心を揺るがす言葉だ。容姿でも、能力でもない、彼女に対して最も心を動かすのは、その名前を聞いたとき。

 「うん、おはよう。みんな、集まってるね。それと、キューブ士長、今日からよろしくお願いします」

 「いえ、こちらこそよろしくお願いします、高町一尉」

 そして握手する2人。同い年の器量の良い女性と握手する、ということに、普通ならば異性に対して抱く妥当な感情が働くものだろう。だが、やはりというべきか、彼女の女性らしい手の感触が伝わった時も、胸に覚えた感情は安堵と感動が交じり合ったような不思議なもの。

 なのはは今日の訓練内容をフォアードたちに、そしてアルバートに語っている。アルバートは臨時教官役としてなのはの隣に立っているので、なのはの説明を聞きながらも、視線はフォアードたち方を向けるべきである。

 だが、どうしても、その横顔を見つめてしまう。しかし、その理由はきっと恋ではなく。

 恋ならば、この心境の説明はつかない。恋慕を抱く者を見つめるとき、人の鼓動は激しく脈打つはずだ。だが、アルバートの鼓動は凪のように静かに彼の体内を流れている。

 そう、まるで彼女が元気に働いてるのが、とても嬉しく誇らしいかのように……

 「と、いうわけです。今日から3日間は私がティアナとキャロ、キューブ士長にスバルとエリオ、という組み分けでミッド式、ベルカ式にわけて訓練を行います。じゃあ、ティアナたちは私についてきて、キューブ士長は2人をつれてこのエリアで指導をお願いします」

 『はい!』

 「了解しました」

 「訓練終了後、またここに集まってね。キューブ士長、そのときいろいろお話聞かせてもらってよろしいですか?」

 「ええ、構いませんよ」

 そういって6人は2組に分かれて訓練をすることになった。

 答えの出ない自問をしていても仕方ない、気持ちを切り替えてアルバートは2人にとりあえずの自己紹介をする。そしてスバルたちも簡単な自己紹介をしたあと、早速模擬戦に入る流れになった。

 何をおいても、まずは手合わせするのがよかろう、という判断である。

 「よし、やるぞ! 覚悟は良いか? 2人とも!」

 『はい、行きます!!』

 アルバートの得物はショートソード。なのはの出身国では小太刀と呼ばれるものと酷似した武器である。それを抜いて構えた姿に、スバルとエリオは緊張と興奮を隠せない。

 この刀は訓練用で、もしもの時のために刃はつぶしてあり、魔力の鞘で覆って衝撃を緩和するようになっている。古代ベルカ式のデバイスは、たいていこのような機能を有しているのだ。

 そして模擬戦開始と同時にスバルが持ち前の機動力で突進し、マッハキャリバーの速度が乗ったリボルバーシュートでの先制攻撃を放つ。


 ――小太刀二刀■■流――

アルバートの頭にそんな言葉が浮かぶも、瞬く間のうちに消えていく。これは彼ではない彼が知っている事柄だから、彼はこの技の名前を知らない。だが体に、いや魂に刻まれた動きを、”アルバートとしての”方法で再現するのだ。

 双刀を構えたアルバートは動かず、そのままスバルの攻撃が通るように見えた瞬間、スバルが派手に転倒した。

 相手の足を抱え際に刃を立て、垂直に切り裂きつつ転ばせる
 ――掛弾き(かびき) ――

 転倒したスバルの後ろから、槍の穂先が向かってきていた。スバルのすぐ後にエリオが付いていたのだ。彼もまたタイプは異なるが高速機動型で、持続力は劣るが、瞬発力では大きく上回る。

 だが、その一瞬後にはエリオが地面に伏していた。紙一重で翻されたと思ったその瞬間、彼は稲妻のような蹴を受けて地面に叩きつけられたのだ。

 相手を蹴り、脚を相手に突き立てたまま反転して相手を地面に叩き落す。
 ――猿(ましら)おとし――

 模擬戦開始10秒で、2人とも倒れ伏すという結果に、流石の2人も目を剥く。いくら自分達より数年先輩の局員で古代ベルカ式の使い手でも、自分達と相手のランクは同じBだ。(B+とBでは戦闘能力は同等と見なされるのが普通)

 この2ヶ月、エースオブエースの訓練を受け、実戦任務をこなし、慢心ではない確かな実力の向上を、自他共に認められていたはずなのに。

 なのはを相手にした模擬戦でも、ここまで早く倒された事は無かった。

 「終わりか?」

 ニヤリ、という年上に言うのもなんだが、生意気な少年のような、どこか人を馬鹿にした口調と表情に、2人の負けん気が燃焼した。それは、なのは相手では沸き起こらなかった感情で、なんのまだまだ、見ていろ本番はこれからだと立ち上がり、再び突進しようと思ったその瞬間。

 二刀ではなく、一刀での遠間からの抜刀による一撃
 ――虎切――

 彼の戦法は基本的に先の機を掴むもの、だから先刻のような先の後を狙うのは本領ではない。むしろその瞬間的な加速から先の先で相手を斬りふせることこそ最上としているかもしれない。

 相手が斬られたと思う暇も無く、既に倒している。彼の戦い方はそういうもので、それはそう、まるで裏の世界に住む暗殺者の如くに。

 だから、立ち上がって反撃しようとしたその時には、2人仲良く母なる大地の息吹を背中に感じていた。二刀使いが一刀での抜刀を行うと思わなかったし、そもそもその速度を見切れなかった。

 「終、わ、り、か?」

 先ほどよりゆっくりとした、そのためにムカつき具合も倍増した言葉に「なんのォォ!!」と声を揃えて2人は立ち上がる。

 「そうだ! 負けるな男の子ォ!」

 「あたしは女の子ですー!!」

 突進! 我にあるのはそれのみといわんばかりに突撃するスバル、このままではさっきの焼き増しだが彼女も馬鹿ではない、アルバートの間合いに入る直前の地点からウイングロードを展開し、頭上を通過していく。その行動に驚いたアルバートをエリオがソニックムーブで横合いから攻撃しようするも――

 「うええええええ!?」

 足に違和感を覚えたと思った瞬間、スバルは強い力に引き寄せられ、ウイングロードから脱線して鉄球の球よろしく、遠心力をもって振りまわされる。そしてその先には――

 「うわあああ!!」

 エリオがいた。彼は咄嗟に自分に向けて放られて来るスバルを受け止めるべく両手を広げたが、残念なことに10歳の小さな体格では15歳のスバルを受け止められる事が出来ずに、直撃して絡み合って吹き飛ぶ。

 「いたたた……」

 折り重なるように倒れるスバルとエリオ。ちょうどスバルの胸がエリオの顔をうずめるような格好だ。とっさに攻撃をやめて女性を受けとめることに切り替えた、小さな騎士への神様のご褒美かもしれない。

 スバルは15歳にしてはかなり大きいほうだから、早熟な少年には役得だろう。神様は「男はみんな大艦巨砲主義」という真理をご存知かもしれない。

 「ごめん、エリオ! 大丈夫?」

 「ふぁい、へすひゃら、ふぉけてくらはい(はい、ですからのけて下さい)」

 「おお、やるな男の子、咄嗟に女の子を助けようとしたのは偉いぞ」

 アルバートも素直にエリオを褒める。まだ10歳なのに、あの一瞬で敵への攻撃ではなく、仲間のフォローを選んだ少年を、彼はいたく気に入った。

 「だが、これで分かったろ。俺もお前達も近接主体のベルカ式、当然高町一尉やガジェットとは勝手が違うぞ。じゃあ、それを踏まえた上でもっかい来い!」

 今度は闇雲には突っ込まないで、エリオはあまり得意ではないが電気変換での雷撃を、スバルがウイングロードを縦横無尽に展開し、撹乱を狙うが。

 「甘いぞォ!」

 近接主体でるリボルバーナックルでの攻撃は、どうしても攻撃を当てるためには相手に近づかなくてはならない。だからそのインパクトの瞬間さえ見切れることができば、反撃は至極容易。

 「つあっ!!」

 だが2回も3回も一撃でやられるわけにはいかないとばかりに、なのは直伝のシールドを展開させて体制を立て直すスバル。そこへエリオの放った雷撃が襲い掛かるが、彼はそれを一刀を投擲して防ぎ、それと同時にもう片方の手で何かを投げつけていた。

 「痛っ」

 手に鋭い痛みを覚え、思わず抑える。ふと見ると足元に鏃のようなものが転がっていた。彼は知る由も無いが、それは飛針と呼ばれる投擲武器である。

 エリオのもとにスバルが戻り、仕切りなおしの形をとる。どうやら、アルバート・キューブという男は単なる剣士ではなく、複数の武器を使いこなす戦闘の専門家ということが、今までの攻防で明らかになった。

 アルバートが所持する武器は3種。二刀のショートソードが主武装。それに加え飛び道具の飛針と、中距離のけん制ようのワイヤー(これも訓練用に傷つかないように処置されてる)。これらを場合に応じて使い分けている。

 厄介な相手だが、戦い方が分かれば対処の使用もある。2人は改めて顔を見合わせ、コンビーネーションを組んで再び攻勢に出る。

 今度は一撃でやられたり、秒殺されたりはしないが、それでも攻めあぐねる。二刀を巧みに操り流れるような動きで2人を相手取りながら、むしろ2人が後退している。

 ベルカ式には近代ベルカと古代ベルカの2種があるが、根本的には魔力を体外に放出するミッド式体系を苦手とし、身体強化による近接攻撃が主体の戦闘体系である。

 主な違いは、例えるならば近代ベルカ式は騎兵、古代ベルカ式は歩兵と言える。騎兵はその速力を以って敵を蹴散らすことを主眼に置き、歩兵はその数で圧倒するものだが、この場合はその多様性を重視する。つまり騎兵がその特性を生かすには、持つ武装は自ずと多くなくなるが、2足の人間は実に多種多様な武器を扱う事が出来る。

 近代ベルカ式は魔力の篭もった一撃を重視し、如何にその一撃を当てるかのために戦術を組む。

 対して古代ベルカ式は、明確な「必殺」を定めない。連撃、一撃重視、全ての連携をもって相手を打破する。

 威力は近代ベルカ、技量は古代ベルカというのが、より簡単な分けかただろうか。だが、その違いも一定のラインを超えれば、明確に分ける必要がなくなる、より上を目指すのならば、あらゆる技術を修めるからだ。よって、達人ならば「総合ベルカ式」というべき存在となる。

 8年前に亡くなったというゼスト・グランガイツや、シグナム、ヴィータなどはこの域に達した者達だ。今1人、盾の守護獣ザフィーラもいるが、フォワードたちは彼の人型の姿をまだ見たことはなかった。

 しかし、魔力量が一定ラインを超えた者は、もはやミッド、ベルカに分けることすら意味が無い、出力が高すぎると、出来る事が自ずと狭まる。即ち、大規模魔力の放出で、しかも己だけでは制御しきれない場合も多々ある。八神はやてがそうだろう、彼女は制御の部分を他者に代行してもらわなければ全力を出せない。

 2人が良く知る古代ベルカ式の使い手であるところのヴィータは、鉄槌という武器の特性上、どちらかといえば威力重視の近代ベルカ式に似ている。 

 だが、アルバートの戦い方は、小さく鋭い。そして驚くことに、彼は身体強化以外に魔力を使っていないのだ。もともと彼は魔力放出が苦手な上、保有量などはエリオの1/3に満たない、だからこそその技量には素直に感嘆する。

 そうした状態で模擬戦は続いていき、途中で珍しいことにスバルがリタイヤした。アルバートとの戦いは、体力よりもむしろ神経をつかうのだ。頭より身体を動かす(周囲にあまり認知されていないが、彼女は頭も良い)ことのほうが好みであるスバルにとっては、少々キツイものがあった。

 だが、エリオは1対1になってからも、休まずにアルバートに向かっていっている。やはり男同士というのは嬉しいのか、スバルほどの神経の疲労はないようだ。むしろ普段よりイキイキしているといってもよい。

 「やー!!」

 「よし、いいぞォ、その調子だ」

 放たれる誘導弾を避けるのも訓練として有意義だが、やはりあの年頃の男の子には、こうした身体をぶつけ合う泥臭いやり方のほうが好みかもしれない、と戦う2人を眺めながらスバルは思った。

 だが、それは少し異なる。イキイキしているのはエリオだけではなく、アルバートもいつになく心が躍っていた。まるで”10歳くらいの少年に稽古をつける”という今の状態に喜びを感じているかのように。

 (今の俺は、いつもりよく動けている)

 彼は不思議な感覚を覚えていた。そう、”これは以前もやった事がある”という、いうなれば既知感を感じていたのだ。年下に教える経験など初めてだというのに、再びこうできることを待っていたかのように、心が、魂が喜んでいる。

 だからか、いつもよりさらに深く”引き出している”感覚があるのだ。 

 「まだまだぁ!」

 「そうだ来い来い!」

 楽しそうだなぁ、とスバルは感想を浮かべながら、なんとなく入っていきづらいのでしばらく観戦することにした。


 「ハァ、ハァ、ハァ……」

 それから30分後、大の字になって倒れ、大きく胸を上下させながらも、清清しい表情をしている少年の姿がそこにあった。

 「よし、よくやったな恭也、最後の攻撃は良かったぞ、一瞬ヒヤリとしたくらいだ」

 「あ、りがとう、ござい、ます」

 「まあ、今は呼吸を整えとけ。よし、ナカジマ、次はお前と1対1でやるか」

 「あ、あたしのことはスバルでいいですよ。それに、キューブ士長は休憩しないでいいんですか、結構汗かいてますけど」

 「コレくらいではへばらんさ、体力、というか丈夫な体だけが取り柄だから。それから俺もアルバートでいいぞ」

 「じゃあ、いきますよアルバートさん」

 「よし来いスバル」

 そして、その20分後には大の字になる少女の姿が現われる事になった。



 『あ、リがとう、ござい、まし、た』

 その後も模擬戦が続き、アルバートも小休止を挟んだ後、午前の訓練が終わったときは2人とも息も絶え絶えな状態になっていた。ちょうど向こうの2人も終わったらしく、なのはと一緒にこっちに歩いてくる。

 ティアナとキャロもかなり汗をかいてはいるが、こちらの2人のように大地の息吹を全身で感じている訳ではない。ティアナがスバルに「そんなにキツかったの?」とか、キャロがエリオに「大丈夫?」と心配そうにしている。

 「ずいぶん張り切ったんですね」

 「ええ、まあ、なんか熱が入ってしまって」

 なのはの言葉にアルバートは頭を掻いて答える。自分でもここまで張り切ってやるとは思わなかったが、不思議とエリオを相手にすると、勝手に体が動くような感じでやっていた。エリオもエリオで遮二無二かかってくるので尚更に。

 「そうですか、実は私も付きっ切りで教えるのは初めてだから、やってるうちに自分でも驚くほど熱が入ることありますよ」

 「でも、まだ子供ですからね、身体に無理を掛けるギリギリを見極めないとダメですね」

 「アレ? キューブ士長はこういう訓練指導の経験あったんですか?」

 「いや、無いですけど、まあそういうもんじゃないかな、って」

 初体験だが、ごく自然にそういう事が分かる。エリオの年齢ならどこまでがデッドラインか、スバルならどこまでが無茶か、というのが感覚で分かるのだ、そんな経験などないというのに、なぜか”知っている”。

 こういう感覚は今まで無かったわけではないが、特に最近感じる事が多い。それは――

 「そうですね、私もつい自分基準で考えちゃいますから、そこは本当に気をつかなきゃ、と思っています」

 彼女を見る機会が、話しをする機会が多くなってからだ。高町なのは、自分は彼女をどう思ってるのだろう? 彼女に何を求めているのだろう?

 その答えは、まだ、出ない。






 正午になり、昼食を摂る為に食堂へ向かおうとした5人だったが、それをアルバートが引き止めた。すると彼は茂みの奥からコンロ、鍋、焼台と串焼き器、それに様々な食材を引っ張りだしてきたので、5人は目を丸くして驚いた。

 「折角なんで、親睦を深める為にもここで食いません?」

 というアルバートの誘いに断る理由は5人には無い。というか、ここまで準備されたら断るに断れないというものだ。


 「朝早くから来てたのは、それの用意をしてたんですね」

 並べられていく食材を見て、目をキラキラさせながら聞くスバルに、応よー、と答えて鍋の準備をする。

 「私、手伝いますね」

 となのはも腕まくりをして焼台に火を入れて、串に刺さった肉を焼く準備を始める。

 「あ、お願いします」

 「このお鍋ではなにを作るんですか?」

 キャロも子供らしく、思いかげないバーベキューパーティーのような昼食にワクワクしていた。なんとなく自然保護区での食事風景を思い出す。

 「コッチでは焼き飯を作る、エリオ、ちょい手伝ってくれ」

 「はい!」

 すっかり呼吸が合った青年と少年。スバルはもう慣れたが、他3人は若干驚いていた。エリオは常に控えめで、保護者であるフェイトですら、もっとやんちゃしてもいいのに、とこぼしてる位なのだから。

 しかし、今のエリオはとても楽しそうに、子供っぽい笑顔を見せてアルバートと一緒に準備をしている。やっぱり男同士っていうのは大きいのかな、となのはは思ったと同時に、若干寂しげな気分になった。この2ヶ月半の間、自分では引き出せなかった表情だったから。

 「焼き飯ってどう作るんですか?」

 「まあ見てな」

 まず鍋のなかに人参、たまねぎを入れ炒め、しばらくして肉を加えてさらに炒めた、そこへ水を入れてスープしに、米を投入したら少し煮て、蓋をして炊き上げる。

 エリオが言われた材料を投入し、アルバートがかき混ぜるという共同作業してる横で、なのはが串焼きやスープを、キャロがヤキソバを次々と作っていき、ティアナが折りたたみ式のテーブルセットを組み立てて、昼食の用意が出来ていく。約一名お腹がすいて動く気力がなく、出遅れた者もいるが。

 「楽しいですね、なのはさん」

 「そうだねキャロ」

 「アルバートさん、料理上手いんですね」

 「いんや、俺に出来んのはこういうアウトドアな料理だけ」

 「あんまり野外で焼き飯作る人っていない気がしますが……」

 「あたしだけ、なんもしてないや……」

 などという会話を和気藹々と交わすうちに、それぞれの料理ができあがり、即席のバーベキューパーティのような昼食が始まった。

 「できたねー、じゃあ、みんな好きなの取っていって」

 それぞれが皿に料理を取り、席につく。

 「それじゃ、冷めないうちに食おう」

 『いただきます』

 
 




 「おいしい!」

 「これ、なんのお肉ですか?」

 「それ? たしかなんとかって山鳥」

 「そんなの売ってるんですね」

 「探せばけっこうなんでも売ってるよこの街」

 「これ焼きまんじゅうですか? サクサクしておいしいです」

 「焼きソバもおいしい、あ、こぼしちゃった」

 「ハンカチハンカチ」

 「果物もあるからねー」

 「青のり取ってー」

 「こら、あんたもっとゆっくり食べなさいよ」

 「おかわりよそってきますね」


 といった感じで実に楽しげに野外ランチは進んでいく。その際に交わされる話が、午前の訓練のものになるのは自然というものだろう。

 「すごいんですよ、アルバートさん、こう、二本の剣で鋭くて早くて、なのにとっても腕にくる攻撃を次々と放ってきて……」  

 興奮気味に訓練の感想を語るエリオ、やはりその様子はいつもと違い年相応に見える子供らしい姿。

 なのはは、おそらく目標を見つけたのだろうと思っている。自分も、フェイトも、ヴィータも、そしてもっともエリオに近いであろうシグナムさえも皆”空戦”魔導師及び騎士で、根本的なところでエリオと違う。だから、”自分もああなりたい”という目標になりづらい。どうしても陸と空の差が”あの人たちのよう戦い方はできない”という思いが先に来る。

 だが、同じ陸戦高速機動タイプ、しかも自分より魔力が低く、特別な変換資質も持たないアルバートが技量を以って戦う姿は、エリオにとって”目標”たりえたのだろう。”この人のようになりたい”という確固とした象を定める事ができたことへの興奮が強いのだろう。

 エリオの戦闘センスは4人の中でもずば抜けている、魔力量や使用する技の多さとかでなく、戦うことに対する感覚が、他の3人より頭1つ抜けており、もしかしたら自分やフェイトを上回っているかもしれないと、なのはは思う。それは彼の出自に起因するものかもしれないが。

 「特にあのソニックムーブ、僕のよりずっと速い上に細かい動きも出来て、あれはどうやってるんですか」

 「あれか、うーん、口ではちょっと説明しづらいなぁ」

 ティアナやキャロも興味があるようで、話に加わり質問をする。

 「キューブ士長の動きって、どこかで習ったものなんですか?」

 「俺の動きか……、まあ、見よう見真似の、オリジナルってとかな」

 嘘ではない。彼の動きは自分でも完成されたものとは思っていない。正確に言えば、完成されたものを自分なりに再現しているもので、アルバート・キューブに出来る範囲でのものでしかない。

 夢の中の”自分”の動き、それが自分にもっともしっくり来る。だが、それはあくまで摸倣に過ぎない。”彼”の技術には遠く及んでいないことは分かる。”彼”は魔法を使えぬ男だったが、それでも今の己の遥か上を行くその戦技、その怜悧さ、その煌きに惚れ惚れする。

 一切の魔力行使なしに、ソニックムーブを凌駕する速度での歩方、視界がモノクロになる世界。アルバートはそれを技術のみで再現することは出来ない。あくまで魔法であるソニックムーブを併用した亜流なのだ。

 理想はそこだが、まだまだ”彼”には届かない。同じ高みを目標とするという意味で、彼はエリオと同種だった。先ほどの自分の動き、あれはいつもより遥かに再現度が高かった。
 
 「でも、あれだけ強いのにランクはあたしたちと違わないんですね」

 「ちょっとスバル、今の言い方じゃ失礼じゃない」

 「あ、ごめんなさい、そんなつもりじゃ……」

 「いや、いいよ。まあ、管理局のランクは遂行できる任務の目安だからな。おれの場合は戦闘に特化しすぎて、幅広い運用ができない、つまり一芸特化、他に能が無いってことだな。どっかの狙撃手と一緒」

 「そうなんですか、あ、でもそれなら、えーとなんて言ったっけ、DASSのインター……」

 「キャロ、もしかしてインターミドルのこと?」

 DASSとはディメンション・スポーツ・アクティビティ・アソシエーション。すなわち公式魔法戦競技会のことであり、インターミドルとはインターミドル・チャンピオンシップのことで、全管理世界から若い魔導師たちが魔法戦で覇を競う大会のことである。

 「はい、キューブ士長は出場されたんですか? お話を聞く限り、そういった格闘競技に向いてる戦い方かと思って」

 「確かに、かなり上まで行けそうですね。出場されたことはあるんですか?」

 「いや、ない。なんつっても俺、13歳から管理局員だし、ミッド来てすぐ陸士訓練校入ったから、そんな大会あるの知った時には出場する暇なかった」

 それ以前に、彼が強く思う事がある。自分が使う”自分”の技は、スポーツに使うべき技ではない。

 磨いてきた腕に、己が魂と道を込めて、対戦相手と共に高みへ目指そうとする「競技」としての技とは違う、ただ、目の前の者を如何に素早く確実に屠るかという業。己が遣うのはそうしたものだ。

 互いに認め合い、高めあって成長するスポーツではない。異なる他者への排撃、敵を撃滅させるのが自分の剣だ。だから、スポーツ大会の場所で使って良い技ではない。そうした意味で、彼は管理局員向けの人間なのだろう。

 彼がそう心の中で反復しているところへ、なのはが新たに質問を投げかける。

 「そうなんですか、ひとつ聞いて良いですか?」

 「どうぞ」

 「キューブ士長は、どうして管理局員になろうと思ったんですか?」

 「あ、僕も聞きたいです」

 「あたしも」

 「聞かせて頂けるのなら、拝聴したいです」

 他の面々も興味があるようで、アルバートは若干気後れした。大した理由は無いのだ、ただ、それが一番都合がよく、かつ自分に合いそうだったから、それだけである。

 「そう、ですねぇ、いや大したことは無いんですけど、ただ管理局が一番福利厚生がしっかりしてたから、っていう凄く味気ない理由なんですよ」

 燃える情熱や理想があったわけではない。ただ、目の前の現実への対処法として選択しただけだ。無論今は少々違う、この6年の間で出会った、理想に燃えながら現実と戦う人達の力に、僅かでもなれれば、この剣を使えれば良いと思っている。

 「俺は親がいなくて施設育ちで、そこの経営があんまりよろしくなかったから、ああじゃあ働こう、ってことで管理局を選んだんです。幸い魔力もあったし。ほら、管理局って子供の就労について一番しっかりしてるじゃないですか」

 第一世界ミッドチルダは様々な世界からの人間が流入してくる世界で、自然と孤児や浮浪児なども増えてくる。その対策として、30年前に児童労働法が施行された。だから、ミッドチルダは子供の労働環境が次元世界で最も整備されてる世界で、管理局がその代名詞的な役割を担っている。

 社会情勢から、子供が働く状況はなくならない。ならばこそ、しっかりと法で保護しよう。そして社会情勢が向上したならば、その時状況に応じて改正しよう、というのが当時の立法の考えである。

 幸い、治安維持組織の管理局と、次元政府連合の努力の成果か、30年前よりずっと就労している子供が減った。今では10歳で職に就くのは、エリオやキャロのような、むしろ”保護”の側面が強い”訳あり”の者たちがほとんどだ。もしくは幼くして理想に燃える者たちか、更生処置かなど。

 と、アルバートにとっては特に面白みもない散文的な理由を語ったに過ぎないのだが、なぜか周囲の空気が重いものになっている。

 「……そうだったんですか、ごめんなさい、あまり言いづらいことを聞いてしまって」

 ああ、とアルバートは納得した。親がいなく施設育ちという境遇は、確かに恵まれているものではないだろう。だが、彼は自分を不幸とは思ってない、施設の人間は殊更優しい訳ではなかったが、冷淡ではなかったし、同じ境遇の子供達とも楽しく遊んでいた。

 アルバートは親の顔を全く知らない。写真などもなかったし、名前しかしらない。 だからこれといった感慨も無く、自分でも冷淡だと思うが、そんな者等はいないも同じなのだ。むろん自分を誕生させてくれたことは感謝するし、彼等の死亡した経緯も施設のものから聞いているから、自分のルーツは分かるのだが、本当に自分の生まれについてはこれといった感慨は無い。

 だから親がいないというのは彼にとっては常態で、悲しみも無ければ寂しさも無い。あったものを失うのと、最初から持っていないことは大きく違う。男性が、女性に生まれなくて気の毒に、といわれても浮かべるのは疑問符だろう。

 彼は過去より未来を見る性質だった。そしてそれは”彼”にもいえることで、失った者を抱えて泣くより、今あるものを大事にして笑う男だった。人によっては非情に思うこともあるだろう、ということも彼は自覚してる。ようは性質の問題だ。

 だから、そうした心情を吹聴する気は無い。二親がいる者にとっては、いないことは不幸と思うことを彼は知っている。それは同情だったり思いやりだったりするだろうが、どちらにしろこちらの心情を慮った結果だろう。それを無碍にするのは非礼というものだ。

 「いえ、お心遣いありがとうございます」

 だから、こういう場合は当たり障りのない答えを返すのが常だった。社交辞令の延長のようなもので申し訳ないところだが、無理に尖る必要などどこにも無いだろう。

 「よければ、高町一尉の理由も聞かせてもらっていいですか?」

 それは聞きたかった。彼女がなぜ管理局員となっているのか、どうして空のエース・オーブ・エースと言われるほどの魔導師になったか、なにより”どうして危険な道を選んでしまったのか”を聞いておきたかった。

 「そうですね、ちょっと長くなるけどいいですか?」

 「構いません」

 そうしてなのはは語りだす。自分が魔法と出会った日のこと、魔法を知ってから生まれた絆のこと、それが今自分をここに連れて来たということを。

 なのはも一通りの流れとして説明しただけで、微に入り細に入り説明した訳ではない。傍らで聞いていたスバルたちも、改めて聞いてもすごいなぁという表情を浮かべている。特にスバルは目をキラキラさせて聞き入っていた。

 だが、アルバートは9歳でAAAランクとか、次元干渉型ロストロギアのことより、もっと心を揺るがされたことがあった。

 それは話に出てきた地名や人名。日本、海鳴、翠屋、それらを彼はすべて”知っていた”。話を聞きながら、”ああ、それは知っている”と思った事が1度や2度では無かったのだ。

 そして確信する、”彼”は目の前の女性と関わりがあったのだ。彼女に対するとても強い想いが、”アルバート”になりきれずに残留してるのだと、そう理解した。

 (アンタは、高町なのはのなんだったんだ?)

 そして何より違和感に思ったこと、それは彼女が両親が喫茶店をやっていると語ったこと。

 おかしい、それは理屈に合わない、と思う自分がいる反面、そうか、そういうこともあるのか、と思う自分もいる。

 つまり、”彼”だけの知識ではそれは理屈に合わないことだが、アルバートの知識とあわせて考えると、ありえない話ではないということ。

 次元世界は可能性の世界の連なり、5次元という並行世界の列島なのだ。そして、類似した世界には行く事が出来ない。46億という年月を経た一つの惑星、その可能性は無量大数に及ぶだろう。その中で行き来するのが可能なのは、根本から異なる世界のみ、”近くて遠い世界”には行く技術は今は無い。

 だが、もっと高次元の概念なら? そう、例えば転輪する魂の変遷、輪廻転生。

 魂だけならば、”近くて遠い世界”にいくことは可能では無いか?
 
 そんな仮説が浮かんでくる。ヴァイスが立ててくれた仮説をもとに、彼もまた彼なりの仮説を立ててみた。そしてそれはそう間違ったものでもないだろうと思う。

 だから聞いた。というより自然に口が動いた。

 「高町一尉は、今幸せですか? 友人や部下達に一緒にいるこの時が楽しいですか?」

 ずっと聞きたかったのはそのこと、会うことの出来き無かった大事な■に、たとえ厳密にはそうでないかもしれないが、高町なのはが、幸せでいるのか、それをずっと知りたかった。

 なのははその問いに驚いた表情を見せたが、僅かな逡巡の間もおかず

 「はい、幸せです」

 と眩しいくらいの笑顔で答えた。

 「そうか、安心した」

 その声は口に中で響いただけで、誰の耳にも届くことは無かった。

 その言葉を口にしたのはアルバート・キューブではない。それは彼だけが知っていれば良いことだったから。



 その後も昼休憩が終わるまで楽しい時間が続き、あたかた料理を食べつくした後、片付けをして訓練再開となった。

 午後からはアルバートと様々なペアで戦い、最後の仕上げで4人が戦う、という感じで模擬戦を行ったが、流石に4対一では勝つことは出来なかった。

 それぞれのペアで戦ったときは、スバル・ティアナ、エリオ・ティアナのペアとやったときはほぼ互角、それ以外の組み合わせだとアルバートが優勢だった。

 その中で、アルバートは特にエリオと1対1で戦うときは、いつもより技再現度が高まっている感触を覚えていた。その理由はおおよその予測はつくので、あまり拘らなかったが。

 尚、アルバートの剣技を見て、実家の剣術に似てるとは思ったが、彼女は剣に携わることは一切無かったし、近接技術は一般局員とそう変わらないので、同じような武器なら、戦い方も似るのだろう、と思うだけだった。

 これが剣士であるシグナムなら、驚愕どころではなかったことだろうが、彼女はここにはいない。

 そうして訓練を終えたあと、一つの方針が決定した。それは、これからヴィータが返ってくるまで、つまりアルバートがいる間は、彼がエリオを付きっきりでみて、他の3人をなのはが訓練するというものだった。

 今日一日のエリオの動きと表情を見ると、アルバートが参加している間は、少しでも同タイプである彼と接して、自分のなかでの目標を定めさせたほうがいい、との考えによるものである。皆に異存はなかった。

 そうして、それから4日の間、六課の局員は、早朝から日暮れどころか日が暮れても刀と槍を打ち合う2人の姿をみることになった。

 それと同時に、「あんなに楽しそうなエリオの顔見たの初めて……」と落ち込み、親友達に励まされる執務官の姿も度々見られた。

 「隙ありー!!」

 「そんなものは無い!」

 どうやら隙あればいつでも打ち込んで来い、一本取れればなんか奢ってやる、というルールを決めたようで、隊舎内でもそうやって、部隊長に叱責される姿も2、3度。

 だがフェイトとて、そういうエリオの姿が良いことだと分かっているので、不満はない。だが、さすがにその時は(彼女のなかでは)厳しく叱った。

 そのときの会話で、エリオは一つだけ彼に不満があるということをフェイトに話した。

 「でも、本当に楽しそうで、私も嬉しいよ。エリオには、もっと子供らしくしてほしいと思っているから」

 彼女がどこまでも優しいからこそ、エリオはフェイトの迷惑になるようなことは決してしないと誓ってるだが、想い合うからこそのすれ違いは、そう悪いものではないだろう。

 「はい、アルバートさんとの稽古は、とっても勉強になります。あ、でも」

 「どうしたの?」

 「一つだけ、不満というか、不思議というか、できれば直してほしいな、って思うことはあります」

 「どんなこと?」

 「たまに僕の名前を間違えるんです、どうしてかわからないけど、僕をキョウヤって呼ぶんですよ」

 聞いたフェイトも首を傾げた。どういうことだろう、エリオくらいの男の子の知り合いがいて、ついついその子の名前を呼んでしまうということだろうか。

 「それは失礼だね、エリオはエリオなのに。はやく直してもらわなきゃ」

 そういって微笑むフェイトに、エリオも微笑かえして「そうですね」と返した。

 フェイトはそのキョウヤという名前の人と知り合っていたが、彼女が会った時、すでに青年だったので。キョウヤという少年、と聞いてその人物と重ねる事ができなかったのだった。


 その後ヴィータが帰ってきたので、アルバートは通常業務に戻り、フォアードたちの訓練もセカンドシフトを覚えるものへと移って行ったが、エリオとアルバートが業務終了後に打ち合う姿は、その後もけっこう見られるのだった。

 
あとがき

恒例の言い訳。やはり長くなりそうです。当初3話構成だったのが6話構成に、もしかしたらもっと長くなるかも知れません。
もともとの予定では、2話目でヴィヴィオとのやり取りまで書くつもりだったんだけどなぁ……
次回でアルバートの中の人(?)の正体が明らかに! 一体それは何者なのか! という衝撃の事実を書こうとおもいます。
読んでくださってる方々の9割9分が分かってるとは思いますけどね……

以下、恒例の分かる人にしか分からないパロネタ、ですので今までのネタが分かった方のみご覧下さい





 








 スバル、仲間のことを叫ぶの巻

 「まずは魔王と名高い高町なのはさん! あの人はとことんわが道をいって、とりあえず撃っときゃ万事解決すると思ってやがる!」
 「次に! ひたすらおっぱいでデカいシグナム副隊長! もうとにかく胸! 乳! 彼女の価値の8割はおっぱいで出来ている!」
 「エリキャロ大好きフェイトさんは、ちょっとじゃ効かない過保護ママだ! 天然すぎて絡みづらいけど、なんだかんだでいいノリしてる!」
 「物理的な意味で箱入りのリィン曹長も、あたし的には全然アリ! あの真っ白な肌とか、いつか絶対風呂入って触ってやる」
 「セクハラが服着て歩いてるような八神部隊長! もうあなたどっかその辺でずっと乳揉んでてくださいよ」
 「ヴィータ副隊長はチンチクリン過ぎ、シャマル先生くらいでっかくなって、まな板卒業したらおいでませってね!」
 「そして何より、我が最愛の相棒たるティアナ・ランスターに、ぶっちぎりで格好良い主人公このあたしスバル様!」

リィンがちょっと苦しいですね。



[30451] 母と子の情景
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:97ddd526
Date: 2011/11/22 22:39
※今回は結構長めです。読むのに疲れるとは思いますが、大目にみてやってください。



 出会った時から子供が好きな人だった。

 その優しい雰囲気が心地よくて、そんなところに惹かれた。この人なら子供達の母親になってくれると、そう思う事が出来た。

 無愛想な息子も、人見知りする娘も、すぐに懐いて彼女に笑顔を見せていた。彼女は一生懸命母になろうとしてくれたし、子供も彼女が母になってくれることを望んでいた。

 彼女と子供達が接している姿を見るのが好きだった、何にも変えがたい宝石の時間だった。そして、その時に、自分は死んでもこの幸せな光景があったことを忘れないと、そう誓ったのだ。

 自分と彼女と息子と娘、それぞれが笑いあって、想いあって…… そんな幸せな時間があったことを、この時間を守っていこうと思ったことを。

 俺は、絶対に忘れない




 その4 母と子の情景




 本日は機動六課の顔、フォワード4人が休日を貰っていた。彼等は若い、というかそのうち2人は幼いと表現していいレベルである。そんなエネルギー溢れる若者たちが、たまの休日を寝て過ごすという悲しいとりかたをするはずはない、というかとって欲しくない。

 そんなわけで、街へ出ることにした4人。ティアナはバイクの免許を持ってるので、以前ヴァイスが「必要ならいつでも貸すぞ」と言ってくれた好意に甘え、ヴァイスのバイクを借りて街に繰り出す予定だ。

 なので、ヴァイスは六課の駐車場にとめていた自分のバイクを整備していた。この隊舎に来る時に乗ってきたものだが、ここでは寮住まいとなり乗る機会がなかったので、動後輩に貸すなら調子を見ておかないといけない、というわけである。じつにマメな男だ。

 「あれ? 先輩どうしたんですか? バイク持ち出して」

 整備を終え、バイクを押しながらティアナに言っておいた待ち合わせ場所に向かってると、聞きなれた後輩の声が聞こえたが、それがする方向がおかしい。

 声は上から聞こえてきたのだ。上を見ると、六課隊舎の屋上から自前のワイヤー(一応デバイスで、魔力が通すことで丈夫になるタイプ)で壁を伝って降りてくる奇人が1人。

 「お前こそ、んなところで何やって…… ああ、今週お前が当番か」

 「ええ、昨日晩方に降りましたからね。俺達地上の掲げる旗を濡らすわけにはいかないでしょ」

 地上に所属する形である六課も、地上部隊の紋章が入った旗を隊舎に立てている。そして、雨が降った時には一たん降ろし、雨があがったらまたあげるのだ。そして、それは交代部隊の隊員が週代わりで当番を決めていた。

 今週は、彼がその係りというわけだ。フラグ立て男アルバート、ここに誕生。

 「でも、いちいち上げ下げしなくても、防御フィールド張りゃ雨避けできると思うんだけどな」

 「いえいえ、こういうのは人力でやるから良いんですよ。俺達、地上の管理局員の象徴なんですから、自分の手で手間隙かけてこそ、この旗を背負って仕事してるんだ、って実感できますから」

 「たしかにこういうのはアナログのほうがいいかもな、何でもかんでも魔法でポン、じゃ実感こもらんし」

 そう会話してるうちにスパイダーマンもといアルバートは地面まで到着した。そして改めてヴァイスに単車を出している理由を尋ねる。

 フォワードたちが今日休みで、街に出るみたいだから、ティアナに足として貸すんだ、という事情をヴァイスが説明すると、アルバートはふむ、と何かを思いついたようで、もう一つヴァイスに質問をした。

 「エリオたちも街に?」

 「って言ってたぜ。ここにいても寝てるか、TVヴィジョン見るか、読書するかしかないだろ」

 「そうですか…… よし!」

 どうやらアルバートは何かを決めたようで、ヴァイスに礼を言うと、今彼が出てきたばかりの駐車場の方へと歩いていった。



 そして、ヴァイスの言葉どおり、年少組であるライトニングのちびっ子2人も街に出かける準備をしていた。過保護なお母さんが、持ち前の心配性を発揮して、エリオとキャロに注意事項を伝えている。

 3人並んで入り口の方に歩いていると、エリオがなにやら不審な動きをしている人物を発見した。他の2人からは見えない位置に体半分を隠した状態で、「来い来い」っと合図を送ってきている。

 無視するわけにもいかないので、「トイレに行ってきます」と言って2人から離れ、その不審人物のもとに行く少年。

 「僕に用ですか? アルバートさん」

 「うん、よく気づいたな、偉いぞ」

 「そりゃもちろん、すっごく妖しかったですから」

 「お前にだけ気づかせて、他2人には見つからないようにするには結構苦労するんだぞ、っとまあそれは置いといて…… お前達、これから街に行くんだろ?」

 「はい、そうですけど……」

 「ああ、それでだな」

 そこで、エリオより9歳も年上なのに、まるで同い年くらいの悪童のような顔をしながら、彼は一つの提案をした。







 少しづつ小さくなっていく少年少女の背に向かって振っていた手を降ろし、隣のなのはと共にフェイトは自分の仕事に戻る。途中シグナムとヴィータに出会い、今日から交代部隊はナカジマ三佐の108部隊と合同捜査に入ることを聞いた。

 そして、その交代部隊の一員であるところのアルバート・キューブも、その合同捜査班に割り当てられているため、108部隊の隊舎へと自前のバイクで向かっている。

 彼もヴァイス同様やや大型のバイクを所持しており、フットワークが軽いから、地上本部や他の陸士隊への用を頼まれることが多々ある。なのでアルバートが制服姿でバイクを飛ばしていても、特に問題は無いのである。

 その後ろに私服姿の少年少女を乗せていなければ、の話だが。

 「どうだ? 気持ちいいだろ、こうしてバイクに乗って風を感じるのは」

 「はい、とってもいい気分です」

 先ほど彼が少年に提案したのは、自分も街の方まで出かけるから、ターミナルまで乗っけてくぞ、というものだった。それにエリオが頷くと、彼はただし、ハラオウン執務官には内緒で、と付け足しをした。

 フェイトに隠し事をするのは気が引けたが、あまり深刻そうなことではないのと、バイクに乗ることへの興味もあり、また他ならぬアルバートの提案ということもあって、エリオはキャロも了解してくれたら、という条件でその提案に乗ることにした。

 そして、見送りのフェイトの姿が見えなくなるまで走った後、隣のキャロに事情を話して了解を得た。それから待つこと2分後、アルバートのバイクは現れ、後ろに2人を乗せて出発し、現在に至る。

 アルバートの後ろにエリオが乗り、そのエリオにしがみ付く形でキャロが乗ってる。後部座席に結構幅があるので、子供2人なら余裕で座れるのだ。

 「でも、どうしてフェイトさんに見られたらいけなかったんですか?」

 「そりゃお前、3ケツして行くなんていったら、お前のかーさんに絶対止められるだろ」

 「3ケツ?」

 「バイクの3人乗りのこと。俺と、お前と、キャロの3人のケツが乗ってるから3ケツ。あ、ちなみに3ケツは事故るってジンクスがあってだな」

 「ダメじゃないですか!」

 「あくまでジンクスだよ、今まで何度か3ケツやってるけど、事故ったことは一度も無いよ」

 「それなら良いですけど……」

 「同僚のやつらは6ケツやって事故ったらしいけど」

 「どういう乗り方したのか想像できない……」

 走行中のバイクの上での会話の上、大人と子供で身長差があるため、自然と声を大きくしての会話となる。とくにキャロは大声でなければアルバートまで聞こえない。

 「でも、これって違反じゃないんですか?」

 「お、規則違反が心配かキャロ? ああ、規則は守らないといかんよな」

 「じゃあ、大丈夫なんですね」

 「いや、バッチリ違反」

 「やっぱりダメじゃないですか!」

 「大丈夫だって、この辺ねずみ取りいないことは調査済みだから」 

 「ねずみ取り? ねずみ取りがどうして道に?」

 「ああ、交通違反の取締りのことだよ。でも、あれだ、こうしてちょっとやんちゃをするの、子供には必要だぞ?」

 「アルバートさんは大人じゃないですか」

 「いつまでも少年の心を忘れない、素敵な大人と言ってくれ」

 「フフフ」

 「キャロ、あんまり笑い事じゃないよ」

 「でも私は楽しいよ。バイクの感触も気持ち良いし」

 「そうだ、キャロは分かってるみたいだな。エリオー、お前もキャロを見習って遊ぶ時はぱーっと遊べよ」

 「でも、アルバートさんはお仕事中ですよね」

 「ははは」

 「笑って誤魔化さないで下さい……」

 「フフフ」

 「もう、キャロまで」

 アルバートとエリオの会話が、まるでやんちゃな兄としっかり者の弟のようで、隣のキャロも聞いてるだけで楽しくなる。

 もっとも、エリオの言うとおり、公務員が仕事中に3人乗りするのは、決して褒められていいことではない。というか、やってはいけない。

 「キャロー、今度お前の竜にも乗せてもらっていいかー」

 「いーですよー」

 「今みたいに3ケツで…… お、この先はRがキツイから、ちょい体傾けろ」

 『はい!』

 そうして、素直な良い子2人が、困った大人に乗せられて、バイクか切る風を感じながら街まで向かっていく。

 バイクから見る流れていく景色には、ヘリや車の時とは一味違った楽しさがあった。身体で風を感じながらというのが新鮮だったからか、いけないことだとは分かっていても、やはり楽しいものは楽しい。

 迷惑をかけない良い子を心がけてきた2人は、思いもよらず、というか半強制的になっている”いけないことをしている状況”に、ワクワクした気分を隠せないでいた。

 そんな2人の雰囲気を背中に感じながら、アルバートも悪童のように笑い、ちょっとスピードを上げて通り慣れた道を疾走していく。

 するとティアナたちが乗るヴァイスのバイクが見えたので、思い切って抜くことにした。

 「よし、2人を抜かすぞ!」

 『おおー!』

 キャロは元気良く返事をし、ここまできたら腹を括ったのか、エリオもノリよく返事をしたので、ちょうど2人の声が重なる。

 ティアナとスバルは、後ろから来たバイクが自分たちを抜かしていったと思ったら、その後部座席に良く知る顔が2つ乗っていて、なおかつ手を振りながらスピードを上げて走り去っていくという事態に、一瞬呆気に取られたが、すぐさまそろって苦笑した。

 向こうは向こうで楽しそうね、というところだろうか。

 尚、この時のアルバートの本人曰く”ちょっとしたやんちゃ行為”は、しばらく後にちょっとしたことから上に伝わり、部隊長と保護者2人にみっちりと説教+始末書+減給のトリプルコンボを頂くことになる。

 その際、非は無いのに申し訳無さそうにしていた2人の良い子たちに、罰があるから違反が出来るんだよ、とアルバートは語るのだった。







 街に入ったバイクは2人をターミナルで降ろした。

 「んじゃ、気をつけていけよ」

 『はい、どうもありがとうございました』

 仲良く答える子供たち、流石にちびっ子カップルと呼ばれることはあるというところか。

 「ところで、お前等どんな予定なんだ? これから」

 エリオが2人を代表して、シャーリィことシャリオ・フィニーノに組んでもらった、どこかなにかを間違えた予定表を見ながら、順番どおりに言っていく。

 それを聞いてたアルバートはちょっと苦笑を浮かべ、重役張りの分刻みのスケジュールだな、と感想を言う。

 「んー、スケジュールどおりってのも悪かないだろうけど、いろいろ寄り道するのも楽しいもんだぞ? よかったらG地区の裏通りの市場に行ってみな、屋台とか良くわかんない骨董モンとか、まれにシャレにならん本物のロストロギアとか売ってるから」

 危険な言葉もあったが、なかなか2人の興味を引いたようだ。

 「このまえ作った焼き飯も、そこの屋台のおやっさんに教わったもんだし、昼飯をそこで買い食い、ってので済ますのもアリだと思うぞ」

 2人は迷った、シャーリィがわざわざ作ってくれたのだから、無視するのも失礼だし、かといってアルバートが言った場所にも行ってみたい。さてどうしようか、と顔を見合わせていると、アルバートがバツが悪そうに頭を掻きながら謝った。

 自分とは違い、せっかく自分達のために組んでくれた予定を無視して、楽しい方にしよう、とは出来ない子達だったのだ。

 「悪い、余計なこと言ったな。ま、今言ったところは次の休みにでも行けば良いさ、予定が合えば一緒に行こう」

 「はい、ありがとうございます」

 「ゴメンなさい、せっかく教えてくださっったのに」

 「単なるお節介だよ。でも、たまには俺みたいに、思いつくままに楽しむのもいいぞ? そのほうが思わぬ幸運に恵まれることもあるし」

 例えば、父子で気楽に旅に出てるうちに実家まで戻る電車賃が無くなり、そのために爆弾テロから逃れることができたことなどか。

 「それじゃ、楽しんでこいよ」

 「はい、アルバートさんもお気をつけて」

 「よかったら、またバイクに乗せてください」

 そして手を振る2人を後にし、アルバートはバイクを再発進させ、目的地へと向かった。



 108部隊隊舎に到着したアルバートは、一通りの手続きをすませ、対策本部での立ち上げ及び今後の打ち合わせをしているシグナムやナカジマ三佐待ちとなっていた。

 そこへ、付近でただの交通事故ではさなそうな、不審な事件が起きたとこの連絡が入り、その現場検証へ、ギンガ・ナカジマ陸曹が向かう事になった。

 それを横で聞いていたアルバートは、これからはさらに連携を深めて合同捜査をするのだから、呼吸を合わせるためにもそちらの隊員さんと接しておきたいので、自分も同行していいだろうか、と申し出た。

 申し出は快く受け入れられ、彼はナカジマ陸曹と共に現場に向かうこととなった。

 以前に一応の事故紹介は済ましていたので、2人は道すがら自然と雑談を交わす。話題はむろん2人の共通人物、ギンガの妹のスバルのことだ。

 「ご迷惑かけてませんか? あの子まだまだ子供っぽいところがあるから」

 「いえいえ、アイツは結構見た目よりしっかりしてる…… というかむしろ逆で、年齢より大人っぽい感じはしますけどね、最初見たと時は1コ下くらいかと思いました」

 エリオやキャロは見た目どおりの年齢だが、スバルとティアナは実際より大人っぽく見える、特に髪を下ろしたティアナなどは同い年くらいかと思ったほどだ。

 もっとも、”黙っていれば”という言葉が上につく。話し出すと、15歳の少女らしさが良く出るから、大人っぽい印象がもたれることは初対面の人以外には無いだろう。

 「確かに、体は大きくなったけど、性格が子供っぽいと、そう思いません?」

 「どうですかね…… 自分が子供のまま大人になったような人間なモンで、誰かを偉そうに言えるような立場じゃありませんよ」

 少々おどけたアルバートの答えに、ギンガはクスクスと、上品に笑った。

 そんなギンガの仕草に、彼女の容姿もあいまって、まるで年上と会話してるような感覚になる。一応、アルバートのほうが2歳上だが、ロングの青い髪を靡かせる大人びた姿は、自他共に童顔と認められるアルバートには、少々羨ましい。

 こういうしっかりした印象の女性は好感が持てる。逆に、雲のようにつかみ所の無い女性は、それはそれで嫌いではないが、なにやら関わると碌なことにならなそうなので、彼は苦手としている。ひょっとしたら例の”前世”でなんかあったのだろうか、と疑わないでもない。

 「キューブ士長のそれは、デバイスですよね?」

 「ああ、これですか。ええ、俺も一応六課なんで、対ガジェット用に改良しました」

 アルバートは現在二本のショートソードを腰に差している。彼の戦技は基本的に対人特化なので、金属の塊であるガジェットはあまり相性がよい相手と言えない、その為それ用にデバイスを改造した。頑丈さを大きく向上させた代わりに、待機状態に出来ない仕様となっている。

 「そう見ると まるでおサムライのようですね」

 「サムライ……侍ですか?」

 聞きなれない単語に、思わず聞き返すアルバート。だが、どこかで聞いた事があるような気もするのだ。サムライ、そう、きっとそれは侍のことだろう、と。

 「あ、これは私の先祖の出身世界での、昔の人たちのことでして、私も父から聞いた事があるだけなんですけど」

 「興味ありますね、どんな人なんですか、その侍というのは」

 ギンガが自分が知る限りのことをアルバートに話すと、初めて聞いたことに感心するというよりは、記憶の引き出しの奥底にあった情報と照合しているような感覚でそれを聞いていた。

 だが、”彼”とってはそうでも、アルバートにとってはやはり新鮮な情報なのだ。 

 「とまあ、そんな感じの人たちだったようです。キューブ士長はどう思いますか?」

 「なるほど。聞いた感じでは、魔導師(おれたち)のような人たちって感じですかね」

 「私たちのような?」

 予想していなかった答えが帰ってきたためか、今度はギンガが聞く番となった。今まで人にサムライのことを話すと、変わっているとか、堅苦しいとかの感想が聞かれたものだったから。


 「侍は、剣という武器を持つ事が許された存在。一方魔導師は魔法という武器を持つ事が許された存在。だからこそ責任も思いし、一番立場に縛られて、好き勝手に振舞うことが許されない、ってところが似てるかなと思ったんです」

 魔導師という存在は、高ランクになると一騎当千の力を持つが、それだけに制限が多い。管理世界は民主制をとっている世界が大半で、比率で言えば魔導師はマイノリティ、ちょうど江戸の武士のようなものといえるだろう。

 故に、民主主義においてマイノリティはマジョリティに逆らえない。それが制度だ。だからそれを拒むのならアウトローになるしかないく、故に高ランク魔導師は、江戸時代の武士のように力を振るえる代わりに、制度と義務に縛られる存在なのだ。

 「なるほど、サムライの時代は一般の人が武器を持つことを禁じられてましたから、そのあたりも質量兵器禁止法に似てますね」

 管理局が始まって以来の最大の功績いえるのは、物理的でななく、精神的に質量兵器を民衆から切り離したことだろう。あれは”禁忌のもの”である心の楔を、世界中に浸透させたのだ。ちょうど、江戸時代では悪党でも武士以外は刀を持たなかったように、この世界でも厄介な犯罪者はアウトローになった高ランク魔導師だ。

 今は新暦75年、江戸時代では元禄の世が訪れたあたりで、長く続いた戦乱が終わり、新たな文化が花開いたころ。そして、その流れは今の管理世界とも共通するものがある。

 「侍の刀は刀匠が鍛えて造るものでしょう? そこもデバイスはデバイスマスターが造る、っていうのも似てますしね」

 共に、職人がつくるもので、当然機能も重視されるが、それとともに遊び心も入った手製の品だ。むろん同一規格で作られる簡易デバイスもあるが、そこは刀で言えば数打のようなものだろう。

 大量生産、大量消費の味気ない、人の手の温かみが感じられない質量兵器とは違う。

 「私の使ってるデバイスも、同じなのはスバルしか使ってませんし、そう考えるとデバイスってその人に合わせたオーダーメイドの服みたいですね」

 「ウチの部隊の奴等は、簡易デバイスでも自分用に改造頼んでたり、自分で手を加えたりしてますから、デバイスみればそいつの性格分かるくらいですよ」

 次元世界の治安はそうした者達によって守られている。訓練を積まないと上手く使えない魔法を、デバイスマスターが魂込めてつくったデバイスを用いて使い、平和を守っているのだ。

 だが、人の性というのは度し難いものがあるのもまた事実で、いつの時代も人は簡単に扱えて、しかも強力な力で他人を圧倒できるものを求めてしまうのだ。そういう安易な堕落を進歩と履き違え、奈落に落ちた結果が150年前から続いたの大混乱時代だというのに。

 これから管理局は江戸の太平のように200年の平和―無論飢餓や差別もあったが、戦争や大混乱はなかった―を維持するか、再び奈落に落ちるのか、どちらへ向かうかは、今話している2人を代表とする若者達に掛かっているのだろう。

 「じゃあ、私たちもサムライのように、謹直で、節度と礼儀を重んじて、平和を守って行きましょう」

 「ああ、そうなると俺はダメだ、礼儀とか節度とか、一番苦手な言葉です」

 「フフ、実は私も苦手です」

 と談笑しながら歩いていると現場が見えてきたので、2人は完全に仕事モードに切り替え、表情を引き締める。このあたりは流石にもう新人ではないというところだろう。

 現場では横転したトラックの中身が散乱しており、運転手はショック状態にあるが命には別状は無いようだが、生体ポッドと思わしき装置と、ガジェットの残骸が転がっていた。

 ギンガが詳しい状況を聞いている間に、アルバートは輸送業者に連絡し、積荷の依頼主についての確認をとる。どうやら観賞用の魚の水槽ということで木箱に入れられていた物らしい。

 どうやら輸送業者はシロだな、と判断していると、ギンガが戻ってきた。なにやらポッドに入っていた何者かが、何かを引きずりながら地下水路に入った様子らしい。

 「どうします、追ってみますか?」

 「そうですね、そうしましょう。ガジェットがさらに現れるかもしれませんから、2人で行ったほうが良いと思います」

 「こっちは、警邏の人たちに任せて大丈夫そうですしね」

 ギンガが情報端末を取り出し、位置確認をする。どうやらここから地下へ潜るより、もう少し先のエリアから潜ったほうが良さそうだったので、まずその入り口に向かうことにした。

 するとそこへ六課から連絡が入り、レリックが括りつけられた少女と、それを狙ったガジェット2型が接近してることを聞いた。そして、さらにレリックがもう一つ地下にあるらしく、それの回収にフォワードたちが向かってるので、彼等2人もそれに合流することとなった。

 「……というわけです、早い所あの子たちと合流しましょう」

 「ありゃりゃ、アイツらの休日潰れちゃったんですか」

 「ちょっと可哀想ですけど、事態が事態ですからね」

 「じゃあ今度、代わりにどっか飯でも連れてってやるかな。よかったら陸曹もどうです? 奢りますよ」

 「いいですね。けど、私もスバルもたくさん食べるから、悪いです」

 「ああ、その辺はご心配なく、バイキングの店ですから、悲鳴を上げるのは俺の財布じゃなくて店のほうになるかと」

 「あらそんな、フフフ」

 和やかな会話をしているが、こう見えてかなりの速度で走っている最中であったりする。ベルカ式の魔導師の特長を如何なく発揮していると言って良いだろう。

 そして、2人は地下に降り、ギンガがティアナに連絡して集合場所を聞いてそこに向かう。

 そこへ、滑るような駆動音と共にガジェットⅠ型が、後方から2機現れた。バリアジャケットを纏ったギンガが迎撃しようとすると、アルバートがそれを制する。

 「陸曹は先に行って、アイツらと合流して下さい。まだまだガラクタどもの増援が来るかもしれないし、いちいち相手してたらキリが無い」

 「でも、お1人で大丈夫ですか?」

 「これしか能がないんで、こういう時くらいは決めさせてくださいよ。それに、多分前方にも出てくるでしょう。挟み撃ちをくらったらマズイですから、食い止め役は必要ですし、それに狭い地形での戦いは一番得意なんです」

 ギンガは少々考えた末、アルバートの意見に従い、先に行ってティアナたちと合流することにした。

 「お気をつけて、また後ほど」

 「ええ、そちらこそ」

 そうして、ギンガが遠ざかる音を聞きながら、アルバートは腰の二刀を抜き放ち、ガジェットに向かっていく。その際、ここは俺に任せて先に行けって言うキャラは、ドラマだと大抵そこで死ぬんだよな、と自分のセリフを思い出して、内心苦笑した。

 だが、この地形は彼にとっての最適の戦闘場、すぐさま2機のガジェットと交戦し、それぞれ一撃で両断した。

 ガジェットのAMFも、放出系の魔法を使えない彼にとってはさして脅威では無いが、金属を斬るのは少々手こずる。だからこそ、他の機能を落としてまで、デバイスの頑丈さを向上させたのだ。

 「ん…… やっぱまだ来るか、さらに2機」

 倒した矢先に新たにガジェットが現れる、だがガラクタの2機や3機で俺を殺れると思うな、と刀を構えなおすと――

 「いい!?」

 後方からさらに10機、しかも大型のⅢ型までいる始末。さすがに想定外の多さだった。

 「ああクソ、まあ、やるしかないかぁ!!」

 いまさら愚痴っても何にもならないので、彼は腹を決め、雄叫びをあげながらガジェットの群れへと突進していった。





 一方ギンガのほうも何機かのガジェットと遭遇したが、いずれも1機、2機程度の数で現れたので、すぐさまティアナたちと合流する事が出来た。

 その後、ガジェットと交戦しながらレリックを探すうちに、正体不明の召喚師の少女及び、その使い魔、さらにはやはり正体不明の融合機が現れ交戦となった。

 そしてそこへヴィータも合流、最後は不利と見た召喚師が地下ごと崩壊させて倒しにくるという暴挙に出、からくも脱出した六課勢はそこで敵を捕獲するも、またしても正体不明の特殊技能者の救援で逃げられてしまった。

 だが、ティアナの機転でレリックは奪われずにすんだので、ポッドの少女を輸送してるヘリも無事だしまあよかったな、と全員が安堵して笑顔を浮かべていると、ギンガだけふと笑いが止まった。

 はて、何かを忘れているような気がする、でもいったいなんだったか。

 「んーー?」

 記憶の蓋を開けて何を忘れてるのかを模索する。なにやらついさっきのことだったような…… そこで記憶検索が該当項目にヒットすると、彼女の顔が、その自慢の髪のように見る見る青くなり、凍りつく。

 「ああああああ!!」

 時が止まったように表情が固まったギンガは、いきなり大声を出して周囲を驚かせた。「どうしたのギン姉」、と心配そうに聞くスバルも今は無視して、彼女は急いで通信を繋ぐ。

 そう、召喚師の暴挙によって地下は崩壊したのだ。そしてそこには……






 「はあ、はあ、やりゃ出来るもんだな」

 あの後さらにⅠ型6機とⅢ型1機と交戦したアルバートは、疲労の極致にあった。全て一度に戦ったわけではないが、流石にⅠ型18機とⅢ型2機を1人で相手したのはそうとうキツイものがあった。

 特にⅢ型は彼にとって厄介だった、大出力の攻撃を持たない彼では、巨大な丸い金属の塊は相性が良くない。倒すには突き技を何度も駆使しなくてはならなく、彼は抜刀術の方が得意なのだ。

 (射抜きは美沙斗のほうが得意だったよな)

 と無意識に浮かんだ自己の感想に疑問を持たないほど疲れた。勝てたのは一重に地形のおかげだ。立体的な動きが可能なこの地下水路でなくては1人での勝利は無理だっただろう。

 とりあえず、小休止して、いったん陸曹に連絡取るか、と思い彼が腰を下ろすと、なにやらミシ…ミシ…と周囲から不吉な音が聞こえてきた、これはまずい。こ彼の人より鋭い直感が最大限のアラートを鳴らしている。

 「おいおい…… まさか」

 そのまさかだった、どんどん音が大きくなり、終にはパラパラと落ちてはならないものが落ちてくる。

 「崩れる!?」

 肉体の疲労も忘れて彼は駆けた。モノクロの世界の中を駆けた。ここで崩落に巻き込まれたら、彼の弱い防御魔法ではまず助からない。生き埋めで殉職などという洒落にならない死に方はまっぴらゴメンだ。

 彼が必死に走っているうちに崩落はかなり酷くなり、大きな破片が彼のすぐ横へ落ちる。それを見て彼もさらに速度を上げる、今ならハラオウン執務官より速いかも知れない、と思いながら。

 ゴゴゴゴゴ、ゴン、ズガン、ガガガガ、という不吉な音をBGMをなるべく気にしないようにして、彼はひたすらに走る。地下水路の水を撒き散らして、それで体が濡れても気にせず疾走する。

 「―――――!!!!!」

 声にならない叫びをあげながら全力全開で疾風迅雷の速度で逃げる。落ちてくる瓦礫を剣迅烈火の勢いで斬り飛ばし、轟天爆砕とばかりに地面を踏み込んで逃げる。とにかく逃げる。

 だが、不幸なことに、彼が交戦していた場所は、最寄の出口でも800mは離れた位置だった。

 さらに、幸運の女神の気に触る事でもしたのか、そこに着いてもハシゴも亀裂が入って登れない状態になってたので、結局崩壊を免れてる区画まで走り続けることになった。




 


 ラグナ・グランセニックは自宅より少々離れたエリアに買い物に来ていた。

 20数年前なら、昼でも若い女性が1人で出歩くのは危なかったが、ゲイス中将を始めとした地上の英傑たちのおかげで、今はラグナ1人でも気楽に歩ける。

 最近話題のインテリアショップがセールということで、彼女は新しいカーテンをみようと思い、足を伸ばしたのだ。やはりこういうものは自分の目で見なければ、というのが彼女のポリシーである。

 ついでに、新しい兄のカップとか、アルバート用のシーツ(泊まる事が多いので、彼用がある)も良いのがあったら買おう、と思って歩いていると、なにやら前方のマンホールがゴトゴト動いてる。

 ちょっと不気味だったので、足を止めて見守ってると、マンホールが開き、ビショ濡れの人物が出てきた。すわ地底人かとラグナは叫び声をあげそうになったが――

 「あれ、ラグナ……? なんでお前がここに?」

 地底人は見知った顔だった、というかアルバートだった。

 「それはこっちのセリフだよ! なんで昼間の道路の真ん中で、マンホールから出てくるの!?」

 「説明すると長くな……っっつくしゅ!」

 「もう、しかもびしょ濡れじゃない、とりあえず乾かそう、というかウチに行こう。シャワー浴びないと風邪引くよ」

 「すまん…… そうする……」

 「すごく疲れた顔してるけど、大丈夫?」

 「……とりあえず、シャワーあびたらなんか食わせてくれ、腹が減って死にそうなんだ」

 「ふふ、それが言えるなら大丈夫だね」

 とりあえず買い物は中止かな、と決め、アルバートのご飯の献立を考えながら、アルバートと肩を並べてラグナは歩いていく。

 尚、途中通信が入り、ひたすら謝るギンガの声が聞こえてきたが、口を開くのも億劫だったアルバートはラグナに応対を頼んで、力尽きたのかそこに座り込む。

 一応、ラグナに肩を貸してもらいながらなんとかグランセニック家には到着し、人心地つけた後ラグナから連絡を受けたヴァイスと一緒に六課へと帰還するも、なんとも締まらない結果で終わった彼だった。










 地下水路崩壊事件の数日後、公開意見陳述会の日まであと3日に迫った日に、アルバートは機動六課の隊舎に戻ってきた。彼はあの日以来108部隊の方へ出向していたので、なんだかんだで久しぶりの六課である。

 今日は当日の打ち合わせということで、隊長陣が聖王教会や本局の後見人たちと会議を行っている。そのためフォワードは自主訓練ということになったが、一応の監督役ということで、アルバートが呼ばれたのだ。

 「よう、俺が最後か?」

 「アルバートさん! お久しぶりです」

 最初に反応したのはエリオで、彼はアルバートが出向したことを残念に思っていた。もっとも、過日のギンガとの会話どおり、4人を誘ってバイキングには行ったが。

 ティアナ曰く、「出禁喰らわなかったのが奇跡ね」とのこと。ナカジマ姉妹、エリオ、アルバートと、人の3倍は食べる人間が4人もいたのでは当然だろう。

 「アルバートさん、お疲れ様です。食事会のとき以来ですね」

 敬礼して挨拶するギンガに、アルバートも敬礼を返す。

 「ええ、俺と陸曹はちょうど交換する形でお互いに出向してましたから、まあ会う機会がなくなるのは当然っちゃ当然ですね」

 そして他のメンツとも、元気だったか、そちらは? まあぼちぼち、などの挨拶を交わし、訓練に入る。ギンガとスバル、ティアナとキャロ、そしてやはりアルバートとエリオに分かれてそれぞれ組み手を行っていく。

 そうしてみっちり訓練していると、いつの間にか昼になり、ティアナがリーダーとしてそのことを伝えるも、男2人は熱中してその声に気づかなかった。アルバートは一応監督役ということでいるのだが、もはやその役目を覚えているかは怪しい。

 「ほら、遅い遅い、もっと速く!」

 「はあぁぁぁぁ!!」

 「ふっ!」

 「てっ」

 「お、生意気にも防いだな」

 「あれだけやられれば嫌でも覚えます!」

 「だが、甘ぁぁい!」
 
 「くっ!」

 しかし、腹時計が鳴ったのか、2人も時間に気づいて訓練を止める。ちなみにその間女4人は「ホントに楽しそうだね」とか「フェイトさんが見たらまた泣き出しそうだね」と囁きあいながら微笑ましそうに見ていた。

 そんなこんなで昼食に行こうとしていると、1人の少女が狼と一緒にこちらへ歩いてきた。

 「あ、ヴィヴィオ」

 「ん? あの子は…… 例の?」

 「ああ、はい、この前保護した子で、名前はヴィヴィオです」

 へえ、あの子がな、とアルバートが呟いていると、こっちに向かって来ている少女がトテっという感じで転んだ。

 転んだ少女を見て、フォワード+1の面々はどうするべきかを迷う。ヴィヴィオが転ぶというこの状態には既知感を覚える、というかつい先日同じ状況になったから当然か。そしてその時は両隊長がそれぞれ異なる行動を取っていたのだ。

 つまりはどちらの行動を取るべきか、ということだ。立ち上がるのを待つなのは式か、それとも側まで行って抱き上げるフェイト式か、自分達はどちらを選択するべきなのか、という、別にあまり深く考えなくてもいいことを考え込んでしまっていた。

 保護責任者はなのはだが後見人はフェイト、どちらもヴィヴィオにママと呼ばれる、ならばどちらの顔をたてるか彼女等は大いに悩んだ。これも一重に、彼女等が目上の人物の言うことをきちんと守る良い子たちだからだろうか、もっと自分の気分で動いても良さそうなものだが。

 故に、この中で一番自分に正直に生きている人間が一番速く動いたのも、自然の成り行きといえるだろう。

 アルバートはヴィヴィオが転ぶのを見て、少し早足で側まで歩み寄っていく。それを眺めていた5人は、おお、彼はフェイト式か、という割と呑気な感想を持つ。

 だが、そこからはフェイトとは異なった。彼は腰を落とすと、幼子に手を差し伸べながら笑顔を浮かべて話しかける。

 「お手をどうぞ、お嬢さん」

 年頃の女性に対してならば、気取った言い草と捉えられることもあるだろうセリフも、こういう状況では冗談めいて聞こえるし、事実それは彼なりのユニークのようなものだろう。

 手を差し出されたヴィヴィオは、おずおずとだがその手を取り、自分で立ち上がっていく。そして立ち上がったヴィヴィオを、偉いぞ、といってさらに微笑を深めるアルバート。

 「よし、良く頑張って立ったな」

 彼がそう言いいながらヴィヴィオの頭を撫でると、ヴィヴィオもなのはたちに見せる可愛らしい笑顔を見せる。どうやら彼女はアルバートに気を許したようだ。

 なのはともフェイトとも違うやり方に、5人は少し感心した、というよりどこか納得した気分になる。自分の力で立ち上がるのを待つのではなく、駆け寄って抱き上げるでもなく、近づいて手を差し伸べるが、最後の部分は自分の足で立たせるという方法。

 なのはとフェイトのとったやり方は、子に対する母親というものの、厳しさと甘さのそれぞれの側面を体現した行動であるなら、アルバートのは娘に対する父親の行動のように見えた。

 これが男の子なら、彼はきっとなのはのような行動を取っただろう。だが、ヴィヴィオは女の子だから、今の行動を取ったように思える。父親は母親に比べて、娘と息子の区別が明確なものだ。

 そして、彼もまた、なのはやフェイトのように手馴れてるな、と感心した5人だった。

 それは当然といえるかもしれない、アルバートは最近馴染みになった――主にエリオの相手をする時の――感覚に入っていた。俺と”彼の”の境界が曖昧になり、彼我が交じり合った感覚。

 (よし、良く頑張って立ったな、偉いぞ、美由――)

 きっと、どこかで似たような経験をしたのかもしれない、と彼は納得した。不思議とこの感覚に入っても、不快な感じはしないのだ。自分と”彼は”異なる存在ではなく、肉体の所有権を2つの人格が奪い合う、といった小説のようなことにはならないと、理由はないが断言できる。

 自分もまた”彼”であり、”彼”もまた自分だとそう思えるから。ただ、”彼”を”自分以外”と認識できるのは、きっと何か”彼”としてなしたい事が残っているためだろう、そしてそれを成したならば、彼は自分と一つになるだろうと、そんな予感がある。

 「そらっ」

 幼子をヒョイと抱きあげて、高い高いの様な体勢でその場を回り始めると、彼を見つめる瞳も輝き、楽しそうな笑顔で笑い出す。

 そんな様子を見ていた5人は、なんとなく彼はなのはと似ているな、と思った。ヴィヴィオに対する対応がフェイトではなく、なのはに似てる。

 そうこうしてるうちに、寮母のアイナさんが現れ、今日はママたちはお仕事でお昼は一緒に出来ないの、と説明した。どうやらヴィヴィオはなのはを迎えに来たらしい。

 そのことをアルバートがスバルたちに聞くと、昼は大抵ザフィーラと一緒に来るとのこと。あれ、そういえばザフィーラは?とキャロが探してると、少し離れたところに佇む守護獣が見つかった。どうやら初めから居て、静かに状況を見守っていたらしい。おそらく、己の出番ではない、と感じ取ったのだろう。

 「なのはママ、いないんだ……」

 そう呟いたヴィヴィオの声が、アルバートの心を、魂を大きく揺さぶった。

 なのはを母と呼ぶ少女。母と呼ばれるなのは。なぜだろう、その言葉を聞き、少女を抱き上げる彼女を連想するだけで、胸が熱くなる。

 (お前も、母親になるんだな)

 それは”彼”が感じていることで、アルバートには分からないものだ、なぜなら、彼はまだ娘をもつ身では無いから。

 そんな感傷めいた気持ちをいったん脇に追いやり、彼は再び腰を落としてヴィヴィオと視線を合わせる。

 「大丈夫、ヴィヴィオがイイ子で待ってたら、ママはすぐ帰って来てくれるから」

 「ほんとう……?」

 「もちろん、だから、アイナさんの言うことをちゃんと聞いて、イイ子で待ってる、できるか?」

 少年のような屈託の無い瞳と笑みに、ヴィヴィオも安心したように元気良く頷く。 

 「うん! できるよ!」

 偉いぞ、と彼がまたヴィヴィオの頭を撫でると、えへへ、と嬉しそうに笑う。まるで父子のようだな、とそのやり取りを眺めていた全員が思った。

 「おなまえ、おしえて?」

 気を許した人の名前をまだ聞いてなかったことに思い至った少女は、素直に聞いた。

 「ん、ああ、まだ言ってなかったな、おじちゃんはアルバートって言うんだ、よろしく」

 「うん、よろしくね」

 それから少し後、手を振りながら寮へ帰って行くヴィヴィオに手を振り返してるアルバートに、皆を代表してギンガが「今のアルバートさん、まるであの子のお父さんみたいでしたよ」と言った。彼女は、今のアルバートとヴィヴィオの姿が、幼いスバルと父ゲンヤの姿と重なって見えたから尚更に。

 「どうかな……」

 意外も帰ってきたのは苦笑だった、その時の彼の胸中、いや魂の奥では

 ――だけど俺は、あの子に顔を見せてやることも出来なかったんだ――

 そんな想いが溢れていた。その想いを抱きながら、アルバートはもうすぐピースが嵌りそうなのを予感していた。

 エリオ、ヴィヴィオ、そして高町なのは、これらにもう一つなにかの要素が加われば、”彼”が何者かが分かるような気がする。自分が誰だったか思い出せるような気がする。

 そしてその時が来れば、自分が成すべきことが何なのかも分かるはずだ。







 「こんばんはー」

 その夜、アルバートは女子寮の一室を訪れていた。本来は立ち入るべき場所ではないが、今回はちゃんと理由もあるし、部隊長の許可も取ってある。

 「あ、アルバートさん!」

 ヴィヴィオはシャワーでも浴びた後なのか、髪を下ろして服もピンクのパジャマのようなものになってる。

 「イイ子にしてたか、美由希」

 「うん、イイ子だったよ、でも、わたしヴィヴィオだよ、ミユキじゃないよ」

 「んん? ああ、ごめんな、”つい”間違えた」

 無意識の過ちに謝罪するアルバートは、持ってきた箱の中身を進呈して機嫌を直す作戦に出た。

 「ほら、これあげるから、許してくれ」

 箱の中をあけたヴィヴィオは目を輝かせた。中には美味しそうなシュークリームがたくさん入っていたから。それを横で見ていたアイナも、微笑みながら尋ねる。

 「シュークリーム、お好きなんですか?」

 「ええ、お菓子は好物なんです。腹を満たすだけでなく、作る人の遊び心があって見てても楽しいですから。でもシュークリームはその中でも特別です」

 そうなんですか、男の人には珍しいですね、とアイナが言葉を返すと、そこへなのはが帰ってきた。

 「ただいまヴィヴィオ、ごめんね、今日はお昼一緒に出来なくて」

 笑顔で入ってきたなのはだが、アルバートの姿をみて一瞬驚いた顔になるが、ヴィヴィオが抱えるシュークリームの箱を見て、納得したように顔を綻ばせる。

 「ありがとうございます、キューブ士長、わざわざ買ってきてくださったんですか?」

 その笑顔に、自然と胸が暖かくなる、彼女には、笑顔は似合うと心の底から思うし、笑顔でいてくれる様にと切に願う。

 「ええ、まあ、女性の部屋に上がりこんで、申し訳ないところですが」

 「いえいえ、構いませんよ、子供、お好きなんですか?」

 「人並みには……ってところでしょうか。高町一尉はやっぱり子供がお好きですか?」

 そう言ったものの、すでに心の中では分かっていた。この人は彼女と似ている、だから子供が嫌いなわけが無い。

 「はい、大好きですよ。私末っ子だったから年下を構う経験ってあまり無かったから、余計に可愛く思います」


 ――わたし、末っ子で、年下を構うって経験あんまりなくて…… でも、いいですよね……子供、好きです――


 よく、似ている。ほんとうに彼女によく似ている。そして、彼女に似て育ってくれたことを嬉しく思う。

 「なのはママー、シュークリーム、食べてもいーい?」
 
 「いいけど、晩ご飯前だから、1つだけだよ?」

 「はーい」

 母と子のどこにでもありそうな風景。だけど、この2人は血のつながりはないのだ。しかし、それがなんだという、親子の絆というのは心の繋がりだ。なぜなら


 ――おかーさーん♪――

 ――美由希ー♪――


 あの2人にも血のつながりは無かったけど、他のどこにだって負けないくらいの仲の良い母子だったのだから。

 懐かしい、宝石の輝きのような時間を思い出しながらアルバートは母と子のやり取りを眺める。

 するとそこへ、ドアが開いてエリオが入ってきた。その際きちんと敬礼することを忘れないのが、この少年らしい真面目さだろう。

 「失礼します、なのはさん、お疲れ様です。あ、やっぱりアルバートさんもここでしたか」

 その時、アルバートは最近馴染みになった感覚が、過去最高になったのを感じた。なのは、エリオ、ヴィヴィオと、自分にこの感覚をもたらす人物が3人揃った今、確かな自信をもって分かる。

 きっと、今だと。

 「どうして俺がここにいると思ったんだ?」

 だが、その心を表面には出さず、エリオの言葉に対して疑問を投げてみる。

 「さっき、洋菓子店の箱持ってるのを見ましたから、ならここかな、と思って」

 「なるほど、良い読みだ」

 そんなコト無いですよ、と照れ笑いをした少年は、なのはの前まで来てデータチップを渡した。

 「なのはさん、これ今日の訓練のデータです、夕食の時にとも思ったんですが、フェイトさんにこれを頼まれたので」

 そうして渡されたのは、ヴィヴィオの新しいパジャマやリボンなどだった。フェイトが昼の休憩の時どこかに飛んでいった(飛行魔法を使ったわけではない)のはこのためか、となのはは察した。

 「そっか、ありがとエリオ」

 「いいえ」

 エリオとなのはのそんなやり取りも、アルバートの胸を打つ。それはやはり


 ――ありがとうね、恭也――

 ――ううん、なんでもないよ、これくらい――


 その光景もいつか見たものと重なるから。




 そして、その時がやって来た。
 
 「新しいリボンが来たなら、ヴィヴィオの髪、またいじってみようか、そうだね……昔のフェイトちゃんみたいな髪にしてみよう」

 その言葉と同時に、自分の髪留めを外して、それと新しいリボンをヴィヴィオの髪に結わいつける。

 「うんうん、良く似合うよ、髪の色も似てるから、昔のフェイトちゃんそっくり」

 「えへへ、そうかな」

 「昔のフェイトさんかぁ……」

 実に和やかな空気が流れる中、アルバート1人はその光景の衝撃に声も出せずにいた。

 髪をおろした高町なのは、そしてそこに一緒にいるのは10歳くらいの少年と、7歳くらいの少女。

 この光景は覚えている、例え死んでも忘れないと、そう誓った光景なのだから。


 「桃子……」


 その呟きとともに、アルバート・キューブはかつての自分の名前を思いだした。


 ――高町士郎、高町なのはの、父親――




あとがき

 
つ、疲れました。まさかここまで長くなるとは…… 100kb超えたので、短編→中編にタイトル変更。
書いてるうちに書きたいことがどんどん増えて、でも本筋もしっかりと書こうとしてる内に、いつもいつも長くなります。
どんない長くなっても100kbはいかないだろう、とかいう自分の見通しの甘さに情けなくなります。


さてついに判明した衝撃の事実!! なんと、主人公の前世はとらハ3の士郎さんだったのです!! いやーこの展開を予想できた人はさすがにいないでしょうねー
…………まあ、予想できなかった人はさすがにいないですよね……
それでもノリよく付き合ってくださり、感想に書き込んでくださった方々に感謝。至上の幸福、星が与えし定めの地に来れたセ○ラになった気分ですよ。
だからもっと感想ください。ええ、自分に正直がぽりしーですから。

冗談はともかく、当てにならない今後の予測はのこり2、3話です。3話になるなら次の話はかなり短めになると思います、次回は機動六課襲撃で、そこでSTS終了の予定。
え? その展開はどこかで読んだ事がある? それこそが既知感と呼べる物でしょう。いえ、芸が無くてスミマセン。
次回は主人公無双です!! が、更新はちょっと未定です。





では、恒例の例の奴を。ネタが分かる人だけのアレです







 
















※この先には本編最後の雰囲気をぶち壊す内容があるので閲覧注意

 六課の組体操

 なのは「管理局全力全開烈士、スターズ分隊長なのはが送る、妖霊悲壮な戦乱絵巻、リリカルなのはStrikerS! その日、約束された私の勇姿を目に焼き付けよう!」

 はやて「いやそんな、如何にも自分が主役だーみたいなドヤ顔されても……」

 シャマル「性格変わった? 昔はもうちょっと控えめだったと思うんですけど……」

 フェイト「ううん、ずっとこんな感じだったよ、なのは」

 シグナム「良いじゃないか、頼もしい」

 ティアナ「というかちょっと、主役はあたしでしょ!?」

 ヴィータ「それはねー」

 フェイト「うん、ないね」

 はやて「現実見ぃや……」

 なのは「身の程を知りなさい(キリ」

 ティアナ「あーそうですかそうですか、そういうこと言っちゃうんですか。あたしがいないとぶっちゃけ詰んでるんですけどね、この話」

 シグナム「それは違うな、お前だけじゃないさ」

 シャマル「誰が欠けても、ダメじゃない?」

 ヴィータ「みんな、仲間だ」

 ティアナ「うわー、きれいに纏めちゃいましたよ、この人たち」

 はやて「だけど、そうやな」

 フェイト「うん、それはいいんだけど……」

 シャマル「なにか……1人だけ……」

 なのは「ああ、その、なんだろ……」

 ティアナ「なに黙ってるのよ馬鹿スバル、ほら、〆任せるから、ビシッと決めなさい」


 スバル「…………凄く、一撃必倒です……」


 七人『お前黙れ!!』


 自分スバル好きですよ? 本当ですよ?
 

 はい、お目汚し申し訳ありません、この他にも

 「カリム・グラシアを知っているかね? 近頃管理局の理事になった女でね。有体に言うと詐欺師だ。彼女の職務は予言というものであり、局にとって聞こえの良い未来を創作して糧を得る。立場的には同情するが、やっていることは詐欺だろう」

 とか言うクロノや

 「我が愛は砲撃の慕情、故に貴方に私の愛を示したい。心を動かす事があったのなら、その手を取るのではなく、その相手にこそぶつけるべきだったんだ。ゴメンねユーノ君、私はずっと貴方を蔑ろにしていたみたい」
 
 「流石は僕の逆身、やはりそう来たか。ああ、だがまだ障害は残っているだろう? 聖王の鎧を身に付け、脱皮を遂げた我が写し身(中の人的な意味で)、あれでは不満だと?」

 なんていう会話をするなのはとユーノのネタもありますが、さすがに本編と全く関係ないパロネタを続けると怒られるので、もう止めます。

 最後に、今回の話を一言で纏めるとこんな感じ

 「アレは子供好きな女だったよ
  そして、そんな母性ある女性だったかからこそ、俺は心安らかに結婚(なっとく)したのだ
  そんなヤツに似ているという、ならば俺の娘だよ
  さあ、平らかな安息をよこせ(違う)」

 





[30451] 御神最強の剣士
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:97ddd526
Date: 2011/11/23 18:27

 その5 御神最強の剣士


 輪廻転生、それは人が死に、その魂が新たな人間として転生すること。

 それは別の人間として新たな人生を、前世の自分とは異なる名前、異なる環境、異なる人格で歩むことだ。決して前世の人格のまま別の肉体になり、人生の”続き”を行うわけではない。

 魂は同質。故に考え方、性格は似通うことはあるだろう。だけど本来記憶は残らないし、あったとしても僅かな既知感として残るのみ。

 俺、不破士郎も、終わってしまった人生の続きをしたいなど、思わないし、思ってはいけないと理解している。

 自分は家族を遺して死んだ。その事を悔やんでいないと言えば嘘になるし、出来ることなら死にたくはなかった。けれど、あの時あの小さな体を、フィアッセを見捨てることなど俺には到底できなかったんだ。

 俺はそういう生き方をしていたし、剣を使う世界を、死の危険を伴う世界を生きる覚悟も、その果てとしての”死”についても己の中で確固とした答えを出していた。

 精一杯、生きたんだ。桃子を、恭也を、美由希を愛して、アルバートたちの理想を守ってやりたいと思って、剣を振るった己の人生を、そりゃ後悔も未練もあるが、間違っていたとは思わない。

 だからこそ、やり直しや続きなどは論外だ。求めてはいけないし、求めたが最後、それは己の人生を、ひいては己と関わった人たちとの触れ合いを、無価値で意味の無いものに貶めてしまう。

 人はいずれ死ぬからこそ、その生に輝きが生まれる。限られた命の時間を一生懸命生きるからこそ、宝石の価値が生まれるんだ。

 静馬たちが死んだ時も悲しかったし、辛くもあった。生きていて欲かったと何度思ったか分からないが、それでも彼らの”死”を厳粛に受け止めた。彼らの死を引きずっていた美沙斗も、俺とは違う形でその死と向き合っていた。

 もしやり直しなんかを望んでしまったら、その時点で俺は何者でもない怪物になってしまう、死を受け入れられずに、死体のまま動き続ける残骸、かつて不破士朗だっただけの、おぞましい我欲と妄執の塊に。

 それはもはや人間の思考じゃない、気に入らないから、失敗したからまた次を、などと簡単に思える者は、そもそも人の生を歩んだとは思えないし思いたくない。

 嬉しいことも楽しいことも、苦しいことも辛いことも、全部含めて人生だ。気に入らないからゲームか何かのようにやり直すなど、そんな事がどうしてできる。それは自分と友と愛する人、あらゆる全てにたいする冒涜だ。

 桃子も言ってくれたんだ、たった一度の人生だから、貴方の好きに生きて、と。やり直しを望むことは、彼女の言葉と気持ちを踏み躙る行為に他ならない。

 恭也にも言っておいた、自分の仕事の意味と、己の死んだあとのことを。美由希にはまだ伝えてはいなかったが、そのことも含めて恭也に頼んだ。

 そうして桃子とあの約束した。「俺が死んでも泣かないで、ずっと笑顔で幸せで生きていてくれ」と。死を想って、生と真摯に向き合って全うした結果が、あの事件での己の死なのだから、無念はあるが、きちんと納得はできる。

 だけど……

 たった一つだけ、どうしてもこれだけは、と諦めきれない想いがある、願いがある。

 会うことが出来なかった俺の娘。生まれてきてくれてありがとう、と笑いかけてやるはずだった”高町なのは”。

 一度で良い、君になにかをしてやりたい、父親らしいことをしてやりたいんだ。親として、顔を見せてやることすら出来なかった俺だから。

 だけど、おそらくこの世界の”高町なのは”は、厳密には俺の娘であるなのはとは、違う存在なのだろう。アルバート・キューブの知識から、エリオたちが教えてくれたことから、それを理解する事が出来る。

 この世界には彼女の父親である「高町士郎がちゃんと生きている。俺のように死ぬことはなく、父親として彼女に笑いかけ、名前を呼んで、教え導いてきた存在がいるんだ。

 だからこれは、いくら大層なことを並べた所で、結局のところ俺の自己満足でしかない。自分に残った、これだけは譲れない、というたった一つの強烈な未練を晴らしたいと思う我儘。

 だけど、そこにも何かしらの意味があると思っている。あって欲しいと望んでいる。

 俺は本当の意味での「高町士郎」になることは出来なかった。このアルバート・キューブの世界での「高町士郎」のように、危険な世界から足を洗い、喫茶店で働く堅気の人間になる事が出来ずに死んだ。だからこそ、この世界の高町士郎を、俺は羨ましく思うと同時に感謝してる。

 桃子の側から離れないでくれて、子供達の前から去らずにいてくれて、本当によくやった、と。こんな自分もいたということが誇らしく、万感の思いを込めて、彼等の幸せを願う。

 だけど、俺は彼とは違い、危険な世界の中で、「不破士郎」として死んだ。「高町士郎」ならば、どこにでもいる父親として、あの子に、なのはになにかを教える事が出来て、それでこの未練は晴れたかもしれない。

 でも、不破士郎に出来ることは剣を振るうことのみ。この二刀の剣で、守りたいと思う人の命と理想を守ってやること、それだけだ。

 そんな自分がこの世界に、僅かでも意識を残したまま在れたのは、この世界のなのはが、俺が生きた裏の世界に似た、危ない世界に生きているからかもしれない。事実、”高町一尉”の仕事の中には死の危険さえ伴うものもあるのだ。

 だからこそ、心優しい神様が、俺の魂を”不破士郎の力を必要とする高町なのは”の元に届けてくれたのではないかと、そう思える。死の瞬間包まれた温かな感触は、とても心地よかったから、きっとあれが神様のような存在なら、それはきっととても優しい人で、俺の最後の願いを聞き届けてくれたと思えるんだ。

 逆に言えば、それは俺のなのはが、そうした危険の無い、安全な世界で幸せ生きているということの証明では無いだろうか。こじ付けみたいなものだし、根拠といわれれば何もないが、あの時感じた暖かさは、それを信じていいと思えるものだった。

 
 俺の、高町士郎になれなかった不破士郎の望みは、なのはの身に降りかかる危険を、この剣で払ってやること。そうすることで、彼女の笑顔を守ること。

 一度で良いんだ、それが出来ればもう未練は無い、喜んで本来あるべき形に戻ろう。

 なあ、だから許してくれるかアルバート・キューブ。本来もうお前の、お前だけのものである筈の魂に、俺の形を残していることを。そして、おそらく一度限りだが、前世の魂である不破士郎として、この体を使うことを。

 それがどういうことになるかは、分からない。もしかしたらとても危険なことなのかもしれない。

 もう十分すぎるほど感謝はしてる。あの子が元気で笑っている姿を見れて、良い友人に囲まれていることも知れて、桃子そっくりに育ってくれたことを感じることができたから。

 その上で言う、こんな我儘極まりないことを。

 許して、くれるだろうか。


 ――何を水臭いことを、遠慮せずに使ってくれ。俺はアンタで、アンタは俺なんだから――







 本日は地上本部の公開意見陳述会。無論のことアルバートも、地上部隊の一員として警備についている。彼の持ち場は本部の外周部で、本部からは少々離れた位置だ。

 午後から陳述会が始まって既に4時間、日が傾き始め、もうそろそろ会も終わる頃なので、周囲の警備の人間達にも緊張の緩みが見え初めている。

 (静か過ぎる…… これはまるで嵐の前の静けさだ)

 だが、アルバートは緊張を緩める気にはなれなかった。どうも、空気が張り詰めているような気がする。こういうときには何かが起こると、彼は経験から分かっていた。
 
 正確にはアルバートではなく、士朗が覚えていることを感じているのだ。あの日以来2人の境は曖昧になり、今では高町、いや不破士郎の記憶をはっきりと思い出せるようになっている。

 だからこそ、士郎の想いは理解できるし、彼の高町なのはを守りたいという未練も晴らしてやりたい。しかし実際問題として、魔導師として彼女のほうがずっと格上なのだ、自分にどれほどのことができるだろうか。

 人格的なところは問題なく、意識の混濁などは見受けられないが、士朗の感覚をある程度トレースすることは出来ている。

 だからといって、いきなり強くなったと言うことは無く、やはり彼はアルバート・キューブとして鍛えてきた力量しか発揮できない、そう世の中旨い話はないのだ。

 もし、不破士郎としての経験と技量を完全に再現する事が出来るとしたら、きっとその時が――
   
 「――っと」

 彼が思案してる所へ通信機が点滅し、ヴァイスから連絡が来ていることを示している。

 「はい、俺です。こちらは異常なし。そちらはどうですか、先輩」

 『こっちも異常なし、静かなもんだ。だが、このまま終わってくれるかね……」

 ヴァイスは本部のヘリポートに止めてある六課のヘリのところで待機している。そして彼もその経験から来る勘でか、何かが来る予兆を感じているらしい。

 「終わってくれれば、良いと思いますよ」

 『ああ、最後まで、油断は禁物だ、気をつけろよ』

 「先輩も」

 通信を切り、彼は一層気を引き締める。彼とヴァイスはコンビを組む事が多かったから、同じ感覚を共有していても不思議ではない。不破士郎の記憶が無くても、彼は6年間、ヴァイスと共に前線で戦っていたのだから。





 それからさらに1時間後、その時が訪れた。

 多数のガジェットⅠ型及びⅢ型が、あまり見慣れない形である召喚魔方陣から一斉に出現し、周囲に攻撃を開始した。ふと上空を見やれば、遠くの空に編隊を組んで飛来するⅡ型の姿も見える。

 アルバートの周囲でも即座に戦闘が開始された。彼自身も出現したⅠ型を片っ端から相手取り、次々と破壊していく。

 (本部の方は!?)

 おそらく敵の狙いであろう本部の方に視線を向ければ、そこには夥しい量のガジェットがひしめいていた。その様子がまるで畑に群がる蝗の群れのようで、ある種のおぞましささえ覚える。

 しかし、その光景の意味するところは、本部内の人間があのAMFの檻で閉じ込められたということだ。あの中から出ることは不可能だろうし、こちらから入るにも、あのガジェットの群れを突破しなければならない。

 だが、逆説的にいえば、あの中にいる者には危険は及ばないということになる。むろん、今の間は、という条件はつくが。

 その事実に安堵する自分に、アルバートは複雑な思いを抱く。”なのははあの中だから安心だ”と、この危機的状況下でも考えてしまうのは、局員としては失格だろう。

 だが、子の安全を願うのは、いつの世も親として当たり前なのだ。それを責めることを誰に出来よう。

 自分で自分を客観視している今の己に何かを思っている暇は無い。ここから自分が本部に向かっても出来ることは何も無いだろう、ならばどうする? ここでガジェットと交戦続けるか? だが、それは意味のある行為か?

 「通信は、通じないか…… なら指揮系統も分断されて、どの部隊も混乱してるだろうな……」

 彼が懊悩する間にも、周囲では同僚たちが倒れ、ガジェットの攻撃が苛烈さを増していく。考え込んでいる場合などではない。しかしこのままでは……

 激化する戦場で剣を振るいながらも、行動の選択が出来ないでいるアルバートの耳にババババ、という聞きなれた機械の駆動音が聞こえてきた。

 「あれは!!」

 思わず声を出して上空を見上げると、そこには見慣れた六課のヘリが滞空しており、そこから撃ち出される魔力弾が、局員を襲っているガジェットを次々と撃ち落としている。

 その狙いは迅速にして精密。連射しているとしか思えない間隔で撃ち出されている魔力弾は、しかし正確にガジェットを破壊していく。

 「流石は先輩……」

 これがヴァイス・グランセニックだ。精密狙撃と連射という、本来相反する2つを完璧に融合させ、それをヘリの管制を行いながらやってしまうという離れ業。

 彼がヘリパイであるのはこのために。彼こそは、地上の局員でありながら、上空からの精密連射という悪魔のコンボを1人で行うエースなのだ。

 もっとも、正確には一人ではない。8年来の相棒、ストームレイダーあってのこの離れ業だ、彼女無くては不可能だと、ヴァイスは公言して憚らない。

 空からの援護を受け、周囲の士気も回復する。一端陥った恐慌や混乱も、正気を回復したら立ち直りも早い。彼等とて地上を守る管理局員、日頃の訓練は単なるポーズなどでは決して無い。

 だが――

 「先輩、危ない!!!」

 そんな目立つヘリを的が放っておくは筈も無く、Sランクの威力の砲撃が向かっていく。それはNo10ディエチが放ったもので、その事実をアルバートは知ることはできないが、それの危険性は十分に理解できる。

 ストームレイダーが咄嗟にヘリを旋回させ、直撃は回避できたが、Sランクの砲撃を掠めたヘリは徐々に失速し、少し先の広場に不時着した。墜落しなかったことは、やはりさすがと言えるだろう。

 「大丈夫ですか!? 先輩!」

 神速、正確には擬似神速を駆使し、ヘリに駆け寄ると、その中からは返事よりも先に魔力弾が彼のすぐ横を通り過ぎ、後ろのガジェットを破壊する。

 「誰に言ってんだよ、コレくらいでくたばるヴァイス様じゃないぜ?」

 「別に先輩の心配なんぞしてませんよ、ただ、ラグナの悲しむ顔を見たくないだけです」

 「へいへい、そーですか、というかお前以前から気になってたけど、ラグナに手を出す気か?」

 「まさか、あいつまだ12歳でしょ。ちゃんと4年後まで待ちますよ」

 「不穏な予定組んでんじゃねえ」

 軽くアルバートの頭を小突き、ニヤリと笑いを互いに浮かべ、彼等はガジェットが集中している所へ向かっていく。

 互いに長年の相棒同士、阿吽の呼吸で今やるべきことを行うべく、行動を開始したのだ。

 「さあて、やりますか、俺の足、引っ張らないで下さいよ」

 「なに言ってんだ、お前こそまた射線上に飛び込むようなヘマするなよ。主役の邪魔する脇役なんざ下手な敵より性質悪い」

 「そっちこそなに言ってんすか、主役は俺でしょ」

 「バーカ、こういう時はガンマンがメインなモンなんだよ」

 「いやいや、剣士ですよ」

 軽口を叩きあいながら、彼等は背中合わせになり、襲い来るガジェットを撃破していく。その光景は首都防衛隊なら誰もが知ってる、ベストパートナー同士の絶妙の連携だ。

 アルバートが斬り込み、ヴァイス撃ち込む。その間合いの取り方、発射のタイミング、どれもとっても抜群の呼吸。

 「そう言えば、先輩のほうは本部と連絡取れました?」

 「いいや、さっぱりだ。こっちにSランクの敵が向かっているとか聞いた所で、完全に通じなくなった」

 「なら、ここは自分達の判断で動くしかなさそうですね」

 「そういうことだわな」

 そう会話しながらの僅か数分の間に、このエリアのガジェットを全滅させることも造作ないほどに、彼等の連携は見事だった。見事だったが――

 「少ないな」

 そう、少ないのだ。ここは本部からそう遠くないエリア、本来ならここにも無数のガジェトがひしめいていても、よさそうなものなのに。

 「増援が来る様子も、ありませんね」

 これはおかしい、狙いが本部なら、この中途半端な攻撃はなんだ? まさか中の人間を閉じ込めただけで、ハイおしまい、などということはあるまいに。

 「おい…… あっちだ、あの方向!」

 ヴァイスが見ている方向に視線を向けると、ここから結構な距離の場所で断続的に爆発が起こってる。それはこの周囲のものとは違う、集中的な攻撃によるものだということが、ここからでも分かる。

 「六課の方向だ…… となるとアレは、ザフィーラの旦那の防御結界か……」

 良く目を凝らすと、爆発は藍白色の半球体に向けられた攻撃だ。あの守護獣があそこまでの防御結界を展開してるというのなら、間違いなく敵の多くは六課に集中している事を意味している。

 「先輩! 俺たちも行きましょう!」

 ならば、ここに残っている意味など何も無い。ここから見てても状況は最悪だということが分かるくらいだ。どんなに強固な結界でも、AMFを使われては相性最悪なのだから。

 「言われなくても!」

 そう言って彼は堕ちたヘリの中に入っていくと、すぐさまこれまた聞きなれた駆動音が聞こえてきて、その直後に見慣れたバイクがヘリから出てくる。

 「持ってきてたんですか!」

 「ああ、もしもの時のため、ってヤツだ」

 そして、ヴァイスは後部のリアシートに移り、アルバートがグリップを握ってバイクを発進させる。無論、それは意味があっての役割分担。

 「全速力で行きます! 振り落とされないで下さいよ!」

 「ああ、お前こそハンドル切り間違えてこけんなよ!」

 六課に向かう道の途中にも、当然のことながらガジェットがいる、それを後ろのヴァイスが撃って撃破し、アルバートがその残骸を踏まないようにしながら、普通なら一発免停の速度で疾走していく。

 そんな曲芸を行いながら、徐々に六課隊舎に近づいて、肉眼でその姿がはっきりと見えるようになると、2人はその光景に唖然とした。

 「おいおい…… なんだあの数は……」

 「本部に現れた数より多い……?」

 そこに居たのは想像以上の数のガジェット、ガジェット、ガジェットの群れ。Ⅰ型はもちろんのこと、Ⅱ型もⅢ型もぐるりと六課隊舎を取り巻いている。

 これではまるで、こここそが本命のようではないか。

 予想外の事態に2人が瞠目してると、徐々に弱くなっていた防御結界ついに消え去り、その直後に隊舎に火の手が上がった。

 「マズイぜ!」

 「急ぎましょう!」

 鋼の馬にエグゾーストを響かさせて、彼等はひしひしと感じる嫌な予感を押し殺しながら、炎の勢いが強まる隊舎へと全速で向かっていった。
  

  
  





 機動六課隊舎敷地内において、始めから絶望的な戦いを強いられたザフィーラとシャマルは、ここまで何とか踏みこたえてきたが、いよいよ限界を迎えようとしていた。

 体力も魔力もすでに底が見え、シャマルを庇い続けたザフィーラはさらに傷だらけで、結界を維持することはもう出来ない。

 だが、退く訳には行かない。隊舎には戦闘能力を持たない者たちが数多くいる。我等がここでなんとしても食い止めねば、彼等に危害が及んでしまうのだ。

 しかし――

 「たった2人で、良く守った…… だけどもう終わり」

 そして自らのISレイストームを繰り出し、六課隊舎を攻撃するNo8オットー。それを何とか風の護盾で防御するシャマルだが、枯渇した魔力では十分な厚さを維持できず、レイストームは隊舎に直撃、激しく建物を揺らす。

 一方でもう1人の戦闘機人No12ディードも、突撃を仕掛けたザフィーラをその双剣、ツインブレイズで斬り倒していた。

 そこへ、これで詰みだ、さようなら、とオットーが止めとばかりに全力のレイストームを放ち、六課の守りは崩れ去る。

 かに思えたその時――

 「うおおおおおおお!!」

 雄たけび+エンジンの爆音を響かせながら、猛スピードで4人の方へ向かってくる影が一つ。

 「なんだ?」

 オットーが不審気にそちらに目をやると、レースでもなければ出さないような速度でこちらに突っ込んでくるバイクが見えた。

 「敵…… 新手?」

 ディードもまたそちらを見やると、そのバイクは前方に崩れた瓦礫があるというのに速度を緩めようようとしない。よほどの愚か者か、それとも自殺志願者でもなければ、そんなことはしないであろう。

 あのバイクの操縦者は、もしや意識を失っているか、それとも正気を失っているのかと2人が訝ってると。

 「ぶっ潰れろおおおォォォォォ!!!」

 その男は、爆発的な加速で前輪を跳ね上げ、瓦礫の一つをジャンプ台に見立ててその斜面を疾駆し、宙に浮かんでる2人目掛けて飛翔というの名の特攻を敢行したのだった。

 「!?」

 そんな常識の埒外の行動、頭が沸騰でもしてなければ出来ない蛮行に、咄嗟に身動きとれず、なんとか防御フィールドを展開して食い止めるオットーだったが――

 「あう!」

 250kmという、バイクの性能限界を吹っ切った速度でぶつかって来たバイクの衝撃を相殺しきる事が出来ず、その衝撃で吹き飛んでいく。

 「オットー!」

 ディードもまた、あまりにあまりの事態に対処できず、なんらを行動をとれないまま、自らの片割れが吹き飛ばされるのを見送ってしまっていた。

 そして、その蛮行を行った人物は、オットーの防御によって慣性が弱まったのを見切ってバイクから飛び降り、猫のような敏捷性で着地していた。

 「よくも!」

 まだ感情が未発達だが、双子の片割れがありえない行動によって吹き飛ばされたのを見せられては、怒りも湧いてくるというもの。即座に双剣でもって攻撃を仕掛けようとするも。

 「させるかよ」

 狙撃手の魔力弾によって出鼻を挫かれてしまう。流石は前線型の戦闘機人だけあり、彼の狙撃を難なく弾くことには成功していた。

 「大丈夫ですか!? ザフィーラの旦那」

 「ヴァイスか……」

 ディードを後退させたヴァイスは満身創痍のザフィ―ラに駆け寄り。

 「ご無事でなによりです、シャマル先生」

 「アルバート君、貴方あんな無茶をして……」

 アルバートもまた、心配そうに彼を見るシャマルを抱き起こしていた。

 「どこまで役に立てるか分かりませんが、加勢に来ましたぜ」

 「2人は下がって、前線には俺たちがでます!」

 そうして、六課防衛戦、第2ラウンドが開始された。




 一方、こちらも体勢を立て直した戦闘機人の双子。オットーはあくまで衝撃で吹き飛ばされただけで大したダメージはなく、ディードは文字通り体勢を崩されただけに過ぎないので、すぐさま戦闘再開可能だ。

 「彼等は何者? オットー」

 「ヴァイス・グランセニックとアルバート・キューブ。階級は陸曹と士長、魔導師ランクは共にB+、ウーノ姉様のデータによると大した脅威ではなさそうだ」

 「私たちで片付ける?」

 「いいや、ガジェットたちを使おう。ここはもともとの計画通り、消耗させてから、僕等が出る」

 彼等は稼働時間が最も短い最後発組み、生まれつき有しているデータは姉妹の中でも最も多いが、戦闘経験はもっとも少ない。故に不測の事態に弱く、マニュアルどおりの行動しか出来ないのだが、ここでは却ってそれが有利に働く。

 同じ姉妹でもノーヴェやウェンディなら、感情で動くタイプなので先ほどのふざけた先制攻撃に憤り、彼女達自身が突っ込んできたかもしれない。その時は彼等の連携次第では倒せただろう。だが、ここに派遣されたのは、最も感情が未発達な双子たち。

 アルバートもヴァイスも、優秀な戦力だが、彼等の特性はそれぞれ近接、狙撃の一芸特化型。型に嵌れば強力だが、専門分野と離れた状況に追い込まれれば、真価を発揮できない。

 遮蔽物が無い場所での大量の雑魚相手、というのは、彼等にとって本来苦手とするところなのだ。数がさほど多くなければ問題無く捌けるが、この多さはその許容範囲を超えている。

 ここに来たのが回復、補助、さらには結界などの多種多様な魔法を使いこなす者たちだったなら、展開は大きく変わっただろう。しかし、ここに居るのはそれぞれ遠・近の攻撃の専門家。



 なので、再開された戦闘も、結局は先ほどの焼き増しの結果となってしまったのは、当然だったといえるだろう。

 大量のガジェットを逐次投入して消耗を図るという、この襲撃作戦の管制者たるウーノの指示と寸分違わないこの戦法は、しかしそれと戦う者たちにとっては絶望の具現の如きものだった。

 既に消耗してる2人はもちろん、新たに駆けつけた2人も時間と共に追い詰められていく。彼等はけっして弱くはない、だがこの戦い方では既に始まる前から詰んでいるも同然なのだ。

 「ハァ、ハァ、ハァ…… アル、何機倒した?」

 「……30くらいまで、数えて、ましたけど、もう、分かりませんよ……」

 アルバートもヴァイスも息が上がっている、もともと豊富ではない魔力が、この消耗を強いられる戦いで干上がる寸前となっているのだ。

 「……終わりが見えん」

 「このままじゃ、もう……」

 そして、消耗具合は元から戦っていた2人のほうが遥かに酷い。何度かシャマルが回復させているとはいえ、この包囲状態では十分な集中も出来ず、怪我と体力と魔力を一度に回復させるような魔法は使う事が出来ないでいたし、シャマルの魔力自体が残り少なく、それを成すことは出来そうも無い。

 全滅、その2文字が全員の頭をよぎる。そして、それを実現させるべく、再び上空で待機していた2人が動いた。

 オットーがレイストームを放ち、それを防ぐためにシャマルとザフィーラが2人掛りでシールドを張るも、すでにそれは紙の如き脆いものでしかなく、すぐさま亀裂が入っていく。

 「させっかよォ!!」

 そうはさせじと術者であるオットーを落とそうと、ヴァイスが銃口をむけた瞬間、彼の意識が完全に1方向に向いた瞬間を狙ったディードが、目で追えない速度でヴァイスの背後に回っていた。

 「ぐぁぁ!」

 咄嗟に銃を盾にするも、ディードの得物ツインブレイズはそれを両断し、ヴァイスの体を切り裂く。銃を盾にしたことと、半歩跳びのいたことで深手は避けられたが、すでに体力の限界だったヴァイスは、ついにそこで倒れこむ。

 「先輩! くそ」

 ディードに向かって斬りかかろうとしたアルバートだが、そこへオットーのレイストームが襲い掛かり、彼は持ち前の瞬発力でなんとか回避する。ザフィーラとシャマルも、シールドが鬩ぎあってるうちに軌道を読み、なんとか避けたようだ。

 だが、状況は最悪だ、すでにヴァイスが倒れ、ザフィーラたちはすでに立ってるのが精一杯、残る自分もどこまでもつか、というレベル。

 それは相手にも分かっているようで、オットーが今度こそこれで終わりだ、と言わんばかりにその手にエネルギーを凝縮させ、フルパワーでレイストームを放った。

 3人まとめて吹き飛ばしてくれる、という意思が伝わってくるほどの威力の光線が向かってくるのに対し、全力で回避を試みるも、だがその余波だけでも相当なものだろう、とアルバートが覚悟を決めたとき。

 「うおおおおおおお!!」
 
 彼とシャマルの前に、大きな背中が現われた。それは無論ザフィーラの、人型になった姿。彼は己の、盾の守護獣の誇りにかけて、この攻撃は防いで見せると、最後の力を振り絞る。

 「シャマル! キューブ! 今のうちに下がれ!」

 「無駄なことを……」

 その勇姿は、しかしこの感情が乏しい相手にとっては無駄な足掻きにしか見えなかったのか、オットーは無感動にミサイル搭載のⅠ型に命じ、一斉に発射させる。 
 
 敷地内の半分に及ぶ範囲の爆発が起こり、その衝撃が隊舎を揺るがす。爆発によって生じた煙が晴れた頃には、そこには全ての力を出し尽くし、自らの体を盾にして仲間を守り倒れ伏す男性の姿があった。

 「ぐ、ザ、ザフィーラの旦那……」

 ザフィーラのおかげで直撃を免れたアルバートはなんとか立ち上がる。

 彼は爆発の瞬間、その持ち味である速度を振り絞り、シャマルを抱えて爆心地から少し離れた場所に伏せていた。だがその余波も相当なもので、彼は壊れたⅢ型に、シャマルは隊舎の壁まで吹き飛ばされ叩きつけられていた。そして彼女は倒れたまま起き上がる気配は無い。

 「しぶといですね」

 ただ1人残ったアルバートに、今度はディードが襲い掛かる。空戦と陸戦の違いはあれど、互いに二刀遣い、同じ戦法の者相手には負けない、と気力を振り絞って斬り結ぶ。

 斬、徹、貫、虎乱と、今の彼で完全に再現可能な技を繰り出していくが、ディードは最後発の前線型戦闘機人、その基本スペックはアルバートを軽く凌駕する。その差を技で補おうとも、消耗のために体が重く、徐々に追い詰められていく。

 そして終には剣を振るう腕が上がらなくなってきた上、目が霞んできた。

 「さようなら」

 止めとばかりに猛ラッシュをかけるディード。その剣戟は性能にものを言わせた力技であったが、疲労の極みになるアルバートにはどうしようもなく、彼はここで倒れる。


 「!?」


 そう思えた瞬間、彼は柔らかな翠の光に包まれ、瞬く間のうちに魔力、体力、そして怪我が回復していく。

 ディードがまさか、と隊舎の方を見やると、そこには倒れ伏したままクラールヴィントをかざしているシャマルがいた。

 「シャマル先生……」

 ザフィーラがその名に相応しく、最後まで仲間の盾であったように、彼女もまた最後まで癒し手であり続けたのだ。己に残った全てを振り絞り、アルバートの状態を万全に戻して、彼女はそこで力尽きた。





 「無駄なことを」

 シャマルの最後の行為を見たオットーは、先ほどと同じ言葉を吐く。そう、これは無駄なことだ。今更アルバートを全回復させた所で何になるというのか。

 消耗がなくなったアルバートは、なるほどディードと互角には戦えている。だがそれだけだ、また再びガジェットで消耗させればそれまで。
 
 そうして、彼女は周囲のガジェットに命じ、彼を包囲させる。360度の全方向を敵で埋め尽くされたアルバートに、もはやなす術は無い。

 ガジェットたちは彼を撃滅させるべく、少しづつ包囲円を縮めながら、砲門を展開する。これにて邪魔な連中の排除は終了した、と双子の戦闘機人は確信する。




 
 そして、それはアルバート自身が一番理解していた。

 このままではどうしようもない、既に負けは見えている。

 だが退く事などどうして出来る、ここの守りが無くなれば、あいつ等は隊舎内部に侵入する。そして中にはまだ多くの仲間が残っている。だから、負けることは許されない、俺が倒れればもう守る者は誰もいないのだから。

 負けられないんだよ、幾度やられようとも、体が欠け様とも、ここは絶対に通さない。

 何故なら、あの中にはあの子がいるんだ、高町一尉を、なのはを母と呼んだあの小さな女の子が。今だって火の勢いが強まるあの隊舎で、脅えているだろう。

 でも、俺は今でも弱いままで、御神の剣を抜けないでいる。当然だ、俺はアルバート・キューブで、前世の人間が誰だか分かったってだけで、あの強さが手に入るわけじゃない。

 現にこの有様だ、先輩が、ザフィーラの旦那が、シャマル先生がやられた。なのに俺は側にいながら何も出来ず、かえって彼等に守られた。

 そんな無力を恥じ、無力を呪い、それでもここは通さないという不退転を、守り抜くことを胸に誓っている。

 ――だが、どうすれば? 何をすれば奴等に勝てるんだ?

 今俺を周りを囲んでいるガラクタども、コレを倒すことはなんとか出来る。だけど―――その後は?

 戦意も覚悟も十分に、既に俺にできる極限を振り絞っている。だけど勝機が見当たらない、勝つための道筋が分からない。

 ザフィーラの旦那が庇ってくれた、シャマル先生が癒してくれた、彼等の奮闘に報いるためにも、1人残った俺は勝たなければならない。

 だけどアルバートでは届かなく、諦めるなんて論外で。

 弱音ではなく、倒れることは許されないから、奴等を倒す力が欲しい、何者にも屈しない剣が、どんな敵をも切り捨てられる剣が欲しい!


 だから―――


 高町、いや不破士郎、アンタの力が必要だ。アルバート・キューブでは届かない高みにいる剣士、御神不破流最強の力が。

 それは即ち不破士郎としてこの体を動かすということに他ならない。魂の形質を、かつての形に回帰させるのだ。

 それがどれほど危険なことなのか、分かっていないということを分かっている。つまりは行えば最後、どうなるのかはまったくの未知数。3日前、不破士郎の記憶を取り戻した時、どういう原理かはさっぱりだが、それが出来ることだけは分かってる。

 御神の体術は、人体におけるリミッターを任意に外すという常識の埒外の域にあるもの。それを物心付く前から習い覚え、30年近くに渡って鍛え上げてきた不破士郎の技術を、まだ6年、しかも見よう見真似でしか覚えていないアルバートの体で完璧に再現するとどうなるか。

 正直、あまり愉快なことにならないだろうことは、簡単に想像できる。

 だからと言って逃げられるか? わが身可愛さに諦めて、尻尾を巻いて退散しろと? 馬鹿を言え、そんな事が出来るはずも無い。

 俺だってここ(六課)が好きなんだ。同僚達はみんな気の良いやつらだし、上司の人たちも一生懸命頑張ってるのが分かる、そりゃ最初はつまらない事で愚痴も言ったが、今は全力で彼等を守ってやりたいと、心の底から思ってる。

 俺も何かを生み出したり、人の役に立ったりすることが、どうも出来ない性分だから、余計にそういう奴等を守ってやりたくなる。

 アンタもそうだったろう士郎さん、だからアンタの意思は俺の意思で、俺の意志はアンタの意志だ。

 アルバートは仲間として、彼らのことを守りたい。

 士郎は父として、娘の帰る場所を守りたい。

 どっちも同じだ、不可分なんだ、ここを守りたいという意志に一編の嘘も無く、その理由にも違いなんかない。

 俺はアンタで、アンタは俺だ。互いの間に境界なんざ端から無い、どちらも同じ魂だ、同じ意志だ。

 でも唯一違うのが、持っている力。アルバートに持ってない力を、不破士郎は持っている。

 きっとこの時のためなんだよ、俺が前世の記憶を、アンタが来世でも形を保っていたのは。

 隊舎にはヴィヴィオがいる、なのはの娘が脅えて母が来てくれるのをまっている。もう大丈夫だよ、ママが来たから泣かないで、と安全になった場所でそう言える未来を切り開いてやろうじゃないか。

 ヴィヴィオを抱くなのはの光景を覚えてる、あの子の笑顔を守りたい、なのはの笑顔を守りたい、2人の幸せを守りたいんだよ。

 なら、なあ、そんな娘の幸せを壊そうとしてる奴等がいるんなら、それをぶちのめすのが父親ってもんじゃないか?

 今が、アンタが願う、不破士郎にできる父親らしいことをする時だ。

 そうだろ、だから――


  
 ――ああ、言われるまでも無いさ


  




                そうして、ここに、かつての最強の剣士が再臨する。




 閃光、そう表現することしか出来なかった。

 双子が見たのは縦横無尽に疾る白光の軌跡。そしてそれは、最後までしぶとく抵抗していた男を囲んでいたガジェットの輪の中心から発生したものだ。

 その光はガジェットたちをただの鉄屑に変えていく、鋼鉄の塊が紙細工のように引き裂かれ、細切れになって宙を舞う。

 それはつまり、この一瞬の間にそれだけの攻撃を、斬撃を受けたという事実、だが誰が? どこから? どんな武器をもってそれを成した?

 双子の未発達な感情は、未発達であるが故にその状況に対して疑問しか浮かべられなかった。ロジックで固められた理性は、そもそもその事実を認めていない。

 有り得ないのだ、そんなことは。

 だが、どれだけ否定しようとも、目の前の現実は覆らない。目の前の男が、先ほどまで半死人だった男が、たかだかB+でしかない男が、20機以上のガジェットを、二本の刀だけで瞬時に細切れにしてのけた、それが真実。

 とうてい信じられない、あれは本当に先ほどまでの男か?

 その疑問も当然。彼は先ほどの彼とは根底から異なる存在なのだから。

 アルバート・キューブが不破士郎の技巧を摸倣・再現していた状態では無い、不破士郎がアルバート・キューブの肉体を駆使しているのだ。

 御神の業とは己の肉体という一つの世界を完全に掌握すること、神速に代表される人間離れした動きの数々は、それによって成されている。

 この体は”リンカーコアを持った魔導師の体”、そしてアルバートと士郎は同体、即ち士郎にとっては自分の体なのだ、御神の業を20数年に渡って磨き続けた彼ならば、完全に扱えるのは自明の理。

 御神の剣士として歩み、磨き、戦ってきた経験を、19歳という絶頂期の肉体で以って一切の淀みなく再現、なおかつ魔導師としての力で全身を極限にまで強化。

 魔力、気力の双方が、彼の肉体と言う一つの宇宙を最大の純度で循環している。

 
 数百年以上に及ぶ御神・不破の剣の歴史の中で、かつてない、そしてこの先2度と生まれないであろう、最強の剣士がそこに存在していた。




 「ザフィーラさん、シャマルさん、ヴァイスさん、そして”俺”。ありがとう、今こうしてここに俺として立てる機会をくれたことを、感謝してもしきれない、ああ、わかっているさ、負けはしない」

 思考は明晰、気力はかつてないほどに滾り、成すべきことは唯一つ。




 テロリストって連中の正義感は、俺にもわからないこともない。思想を成し遂げるのに、武力や脅迫という力を使わざるを得ない痛みや苦しみは、少しはわかる。

 ……ただ。

 どんな思想があろうとも、どんな人種で、どんな立場で、どんな願いを持っていようとも。

 俺が守っている者に、守りたいと願っている者に危険をもたらすなら。


 「永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術師範、不破士郎、いざ参る!」


 俺の前に立つのなら


 「御神不破流の前に立ったことを不幸と思え!」


 誰であろうと、ブッた斬る




 こうして、この刹那に間のみ存在する最強の剣士が、守るべきものを守るために、ただ1人きりの進軍を開始した。





 あとがき

 前回3話なら短くなると書きましたが、嘘になりそうな気配です。ごめんなさい。
 さて、今回の話で言いたいことは、アルバートは士郎さんの転生した姿ですが、完全な等号では結ばれません。彼はかれとしての環境で育って、この世界を生きている存在ですから。
 だから、彼はあくまでオリジナル主人公です、原作キャラの転生であっても、そこは変わりません。

 次回は真・士郎無双。ほぼ戦闘シーンで埋め尽くされるだろうと思います。
 残るところ2話、頑張って書いていきたいです。一応書きたいことの8割がたは書きましたから、あとはまとめですね。

ちなみに、今回のラストシーンの脳内BGMは刹那・無間大紅蓮地獄。 
 次回は精神年齢が14歳の方々に楽しめる仕様となります、以下でも以上でもなくジャスト14歳です。
 


  



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