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[30442] 銃剣少年と双銃少女(現代学園魔法モノ)
Name: 偽者◆cd4c8cbe ID:418c9935
Date: 2011/11/21 10:54

ジャンル・現代and魔法andバトル
簡単概要・とある魔法という法則の存在する世界でとある高校生がとある転入して来た少女と出会って死ぬ気で頑張る物語。


文章や内容に対する感想や意見など、優しくても厳しくてもいいので貰えれば幸いです。

不定期更新になると思います。
では。

追記:この作品は小説家になろうでも投稿させていただいてます。





[30442] 第序章・二人の初動
Name: 偽者◆cd4c8cbe ID:418c9935
Date: 2011/11/21 12:13















 守りたいとそう思って、
 でも自分の力が信じ切れない時、
 心にのしかかる重みをどうすればいいのか──















 違和感に、彼は目を覚ました。
 まだ目の辺りに野暮ったい感じがするが、真っ暗な闇の中で何度かまばたきをすれば視界もハッキリしてくる。
 同時、寝呆けた頭にも直ぐに電気信号と血液が忙しなく駆け巡り始め、複雑な思考が出来るようになった。
 起きた頭でまず考えることは、

 ……さて、俺は今何を……。

 寝ていた。
 そう答えは直後に出るが、答えはまだ続く。
 確かに寝ていたことには寝ていたが、

 ……朝のHR前に、疲れてて……。

 机に両腕と上半身を押し付け、崩した腕組み状態の腕を頭部の支えに寝た。そこまで思い出した。
 そして思い出した通り、自分の腕は額の下にあり、視界は腕が顔の周りを囲んで居るため光が入らず真っ暗。辛うじて机の木目が認識出来るぐらいだ。
 己の状態を、今だ目が覚めてから微動だにしないまま感覚だけで確認して、

 ……というか身体の節々が無駄に痛いんだが……!? あのアホの所為か!

 今日の早朝のことが頭に浮かぶ。
 一応中学時代から友人となっている身体が無駄にデカイアホ野郎と模擬戦をしたのだが、結界があるとはいえ環境破壊上等な攻撃を数百単位で放って来るのだからもう始末に終えない。模擬術式を使用してても痛いものは痛いし、死ぬ時は死ぬというのがあのアホは分かってないんじゃないかと思う。後、模擬戦という自覚があるのかと。
 普通の人間なら万回くらい死んでるんじゃないかという猛攻に、なんとか生き延びるという意味で耐え切ったが、代償は肉体の隅から隅まで駆け抜ける打撲の痛みだ。
 あの野郎今日の昼『エターナル飲料研究会』考案の『黒焦げのナニカジュース』を一気飲みさせてやると、復讐を密かに考えつつ、

 ……じゃなくて! あのアホのことはどうでもいいんだよ!

 思考が一足飛びで過去へとぶっ飛んだのに気がつき、慌てて思考を戻す。
 問題なのは身体の痛みや早朝の出来事ではない。
 問題は、

 ……今、何で俺は起きたか、だ。

 結論し、彼は耳をひそめる。
 魔法は使っていない、素の聴力だが、それでもたかだか六、七メートル四方の教室内における音を聞くには充分だ。
 耳の鼓膜に届く音は、殆ど無い。沈黙の音とも言えるシーンとした無音が耳に届くだけ。
 朝のHR前、先生からの話を聞くための沈黙だと考えれば普通ならおかしくはないが、

 ……このクラスの奴等が、素直に静かになる筈がねぇ……!

 過去から現在までの記憶が、頭の中を高速で流れて行く。
 去年八月に試験があり、約半年程準備期間としてこの学園に関する規則や自分達が持つ権利を学んだり、生徒会及び委員会のメンバーを決める選挙会などがあったが、その間にクラスメイト達との交流もあった。
 その際、彼は特に誰と話した訳ではないが、それでもこの226クラスにアホの友人含む少々頭のネジが五本程抜けてるどころか宇宙人辺りに入れ替えられてないかと思うような人物が大量に居るということは、教室の後方から眺めるだけでも良く分かる。
 四六時中本を読んでたり、ヘッドホンで音楽を聞いたりする者が居て、かと思えばパソコンを扱いながら意味分からない言動をする奴が居たり、何やら漫画を描いてる女子も居るし、教室の中なのにサングラスをかけてたりゴーグルつけてたりスカーフ巻いてたりする者、明らかに小学生にしか見えない少女に飛びつこうとする変態男、他様々な常識的に見ておかしい者達がこのクラスの大半を占めていた。

 ……今ザッと挙げてみたけど、本当にこのクラスおかしいぞ!?

 そんな、直球に言って頭がイかれてるとしか考えられない者達が居る自分のクラスで、完全な沈黙などあり得ない。
 精々黙ることはあっても、本やらヘッドホンやらパソコンやらを扱う者が絶対に居るので、何らかの物音がするのは間違いないだろう。
 しかし今どれだけ耳の感覚を鋭敏にしても、物音一つ聞こえることはなかった。

 ……どういう、ことなんだ?

 せめて先生からの話ぐらい聞こえてもいいのに、本当に何も聞こえない。たとえ耳を塞いだとしても、ここまで見事に何も聞こえないというのはそうそう無いだろう。まるで一人残らず自分の周りから人が消えたかのようだが、肌が感じる幾つもの気配がそれを否定する。
 そして、肌で感じる物がもう一つある。
 視線だ。
 街中で目立つ格好や物を持っていた際に集まる視線の圧力が、此方へと向けられている。
 身を圧迫するような、急かすような、身体を震わせるような視線。

 ……いや、違うか。

 圧力を身に感じて、しかし彼は違うと思った。
 感じる圧力の焦点、視線が見てるものが違う、と。確かに視線は自分の近くを見ては居るが、自分を見てはいない。
 ここまで考えて、何故起きたのかということに対する結論が、ようやく出た。

 ……俺の近くに全員を沈黙させて注目を集める程の『何か』があって、俺はその『何か』に向けられた視線の所為で起きたってことか。

 これだけの無音の圧力をかけられたら、どれだけ徹夜をした後の爆睡中でも起きる自信がある。
 机にうつ伏せのまま彼は思って、

 ……起きるか?

 そろそろ狸寝入りを止めるべきだろうかと考える。
 いい加減感じる視線が鬱陶しくなって来たし、眠気ももう既に掻き消えてしまった。今からもう一度寝るのは肉体的にも状況的にも難しい。
 本音を言うと何となくこのままスルーしてしまいたかったが、この視線の重圧を無視して平然と出来る程、彼は心が強くはなく、馬鹿でも無かった。
 だから、顔を上げる。
 うつ伏せの状態から身を起こせば、視界は天変部分から白く染まって、光に馴れた目が色を捉えてゆく。見えるのは、三日前から正式に通うこととなったベージュ色を中心に構成された教室の姿だ。付属するように、机や椅子、黒板などの物体も認識。
 教室の風景が徐々にはっきりと、瞳から脳へと入り込み、

「………………………………は?」

 驚愕した。
 唖然とした、と言ってもいい。十五年間の人生でも、ベスト十入り出来るレベルの驚きだった。
 彼は前方を凝視したまま口を魚のようにぽかんと開き、目を見開き、自分に出来る限りの方法で驚きの感情を見せている。
 周りでは同じように、驚きに差はあれど、感情で言う衝撃の表情をしたクラスメイトや先生の視線が彼と同じ方向を見ていた。
 だが彼の視界にそんなクラスメイトの姿は入らない。いや、入ってはいるのだろうが、気にするだけの余裕が彼に存在しなかった。
 驚きの原因に目を捉えられ、それ以外を見たり理解したりする脳の処理能力が残っていない彼は、その驚きの原因を今一度よく見る。


 どう見ても十歳程度にしか見えない少女が、其処に居た。


 年齢は十歳程だろうか。全体が小柄で、百七十五センチある此方の三十センチぐらい下、百四十センチ程しか身長が無かった。
 両腕は腰に当てられ、身に纏うは学校指定のブレザー型制服。ピッタリサイズなのであろう藍色の上着と赤のリボン、灰色のミニスカートで構成されたそれらは、彼女の身体を外の目から完全に守っている。大きく露出しているのはミニスカートから覗く細長く白い足くらいだ。
 肩の上で切り揃えられた髪は輝きながらも柔らかそうで、美しいというよりも若々しさというものを感じさせる。色は世界何処でも発生すると言われている茶色で、アジアでよく見られる黒髪には無い明るさを持っていた。
 対して瞳の色は緑。これもまた髪に劣らない輝きをしていて、さながら宝石のように煌めき、星のように優しげな光を持っている。ただ瞳は多少細められ、注視という形で此方を見ていた。
 雪のような白い肌で大部分を構成された表情も、やはり多少顰めるように力が入っていて、桃のような水っ気を持つ薄いピンクの唇も、何かを堪えるように引き結ばれている。
 そんな、冷淡な顔ではなく笑顔でさえ居れば写真集のモデルどころか子供アイドルとしてデビューしていてもおかしくはない、茶色と緑の美少女が自分の目の前、五十センチと離れてない場所に居る。
 と、ここまで眼前に仁王立ちした少女を観察して思い、

 ……誰だコイツ!?

 一番に湧き上がった疑問がこれだ。
 美少女か少女かどうかは対した問題では無いのでこの際捨て置くが、目が覚めたら目の前に女の子が居て此方を見つめてましたなど、一体どれだけ漫画やライトノベルで使い古された展開だよと叫びたくなる。今でもまだ安定して使われる王道の展開だとは認めるが、『魔神少女カタストロフ・インパクト』という漫画のように導入部分でヒロインがいきなり地球を破壊するくらいのインパクトが欲しいと思う。いや、現実でそんなことがあっても困るが。

 ……ってダメだダメだ。現実逃避はダメだ俺。

 冷静に落ち着いて状況を把握すべきだと、改めて少女の姿を眺める。
 彼女の服はどう見てもこの学園の制服だ。高等学校という、十五歳以上の年齢である者達が通う学園に十歳程度の少女が居るというのは明らかにおかしい。故に慌てたし、驚愕もした。
 が、

 ……十歳だからって、別にこの学園じゃおかしくないか。

 落ち着いて考えてみると、何ら不思議では無い。
 普通の高等学校ならば直ぐに職員室か校長室に連行されて保護者を呼ばれてもおかしくはないが、この学園においては話が別だ。
 しかもよくよく見ると、教室前方、黒板には白と何処から持ち出したのか分からない虹色のチョークで『転入生』と無駄に大きく書かれて居た。
 その文字と、今までの知識と経験から推測出来るのは二つ。

 1:『特別生』の資格を持っていて、わざわざ飛び級で入学して来た。
 2:見た目はあれな少女だが、実年齢が実は十五歳。

 可能性が高いのは前者だ。
 国から十五歳以下で戦闘系魔法を学ぶのを認められている『特別生』の資格持ちは、学力さえ高ければ日本国内において飛び級することも許可されている。
 なのでこの学園に飛び級で入って来たとしても、それはなんらおかしいことではない。比較的稀、というだけだ。
 しかし、だとすれば彼女は、

 ……相当な天才ってことだぞ……。

 普通十五歳で入学し、しかも日本に七つしか無い魔法生徒育成国立高等学校に飛び級で入学するなど、並大抵の事ではない。
 しかも、転入生というならば、去年の内に行われた入学試験ではなく転入試験の方を受けたということだ。三万人中約九千人しか合格しない入学試験の、更に数十倍の難易度と言われる転入試験に、五年程の差がある者が合格するなど尋常ではない。
 そう、思っていたら、

「……アンタが高城(たかしろ)堅二(けんじ)でいいのよね?」
「っ、そうだけど?」

 ……いきなりアンタ呼びかよオイ。

 ずっと思考の渦にはまっていたためか、痺れを切らしたように沈黙していた少女から声をかけられる。
 なので彼、高城堅二も不躾な第一声に眉を寄せつつそうだと返答した。
 己のボサボサ鳥頭となっている黒髪を掻きつつ、自然と不機嫌になった目で彼女の顔を正面から直視する。
 対する少女は、

「…………」

 何故か黙ったまま、此方へと向ける視線を強めた。
 その小さな身体から放たれる剣のような鋭い視線に、何か怒らせるようなことしたかと堅二は首を傾げる。
 周りからの好奇の視線が強まる中、やがて少女は口を開いた。
 小さな唇から紡ぎ出されるのは、

「福岡県魔法生徒育成国立高等学校、空峰学園(そらみねがくえん)一年226クラスに在学する高城(たかしろ)堅二(けんじ)」
「あ、あぁ。それがどうし──」
「男、十五歳」
「──?」

 まるで此方の言葉を聞いてないように遮られ、あれ? と堅二は思う。
 茶髪の少女は今、此方を見つつ口を動かしている訳だが、何故かその姿を見て、壮絶に嫌な予感を感じた。
 ぶわっと気持ち悪い汗が吹き出し、肌の上を通過していく。
 ベタベタした冷や汗という名の汗が堅二の顎へと垂れている内に、少女は更に視線を強めて、


「今年の八月三十日に誕生日を迎え、十六歳となる。よって誕生日は十六年前の西暦一九九五年八月三十日、乙女座。身長百七十五センチ、体重七十キロ。血液型はA型、特にアレルギーや持病などは無し。好きな食べ物はスイカで、嫌いな食べ物はゴーヤ。趣味は特に無し。好きな事は頭を余り使わないスポーツ、嫌いな事は頭と手が疲れる単純な作業。得意科目は現代国語、苦手科目は英語を始めとする外来語。得意魔法は強化系で、苦手魔法は儀式系。特に儀式系は殆ど適性が無し。戦闘スタイルは典型的な近接魔法剣士、接近戦タイプ。尚、ある程度のレベルに達している放出系魔法を使えるため、中距離戦にも接近戦の補助レベルで対応可能。戦闘ランクはB−、十五歳にしては高く、『特別生』であることを垣間見せる。それ以外の公式ランクは習得していない。性格は普通、だが最近の若者らしい不良要素あり。問題視する程では無い。家族関係は兄が一人に両親が健在だが余り良い間柄では無い。友人関係も親友二人に話すだけの知り合いレベルの友人が多数存在するなどと、それなりに良い。学園まで電車で約十分という場所にあるマンションの一つに一人で住んでいる。一人暮らしな所為か──」


 ……うぇぇえええええええええええええええ──!?

 なんか、言葉の濁流を叩きつけられた。
 少女の口からつらつらと上げて行かれるそれは、全て自分に関することだ。
 心中で気持ち悪い悲鳴を上げる堅二は、完全に頬を引き攣らせて身体も思考も固まらせてしまう。どんな言葉が飛び出るのかと思えば、自分が履歴書に書くようなプロフィールを列挙されたのだ。引かない方がおかしい。
 一方で、教室の沈黙を破った少女は、目を閉じることさえせずスラスラと続けて、

「──ある程度の調理や家事が行え、サバイバル能力も訓練により習得している。小学生での成績は国語5、算数4、理科3、社会3。中学生での成績は国語5、数学4、理科4、社会3、英語2。その他の科目に関しては体育が5で、他は全てオール4。小学生の時作文で面倒だったのか『《全略》』と書いたことがあり、担任教師を本気で怒らせた経験がある。中学生の時に後に犯罪者とされた者五名を事故で病院送りにし、警察に拘束されたこともある。五歳の頃、瀕死の重傷を負い死にかけるも無事。それ以後、生死に関わるようなことはあっていない。ただ中学の修学旅行の際に間違えて酒を飲み、酔った勢いのまま全裸で清水の舞台からノーロープバンジージャンプをしてしまったことも。過去、恋愛経験は無し」

 ……なんでそんなことを知ってる……っ!?

 当事者でももう記憶が薄れかけている過去の失敗談を、どうしてこの少女が知っているのか。
 周囲からの好奇の視線が堅二に強く集まり、今度は別の意味で冷や汗が噴出し始めた。今、教室内に満ちる声は、原稿を読み上げるアナウンサーのような少女の声だけで、それ以外には音というものがない。
 つまりそれは、少女の声が遮られることなく周囲に筒抜けということで、

 ……隣のクラスまで聞こえてねぇよな……?

 己のプロフィールやら恥ずかしい過去やらを上げられる堅二としては、全力で祈る他無い。というかこれ人権侵害じゃないだろうか。訴えたら勝てないだろうか。
 平然と読み上げて行く少女に対し、殺意にも似た気持ちが湧き上がるが、

「好きな女のタイプは、裸エプ──」
「おおおおおおおおっ!?」
「ムゴッ!?」

『好きな女』の部分で腰を浮かせ、『裸エ』の部分に至った時には絶叫を上げながら少女の口を塞いでいた。
 過去最高と言っていいスピードで突き出された堅二の右手は、茶髪の少女の口を完全に塞ぎ、形ある声を発っせなくする。息がし辛いのか、「ムームー!」と呻きながら手を剥がそうともがいているが、堅二には知ったことではない。
 彼は周りに目をやって、大部分のクラスメイトがクエスチョンマークの?を頭上に浮かべてるのを見て、ホッと一息つき、

「あのなぁお前! 何処の誰だか知らねぇけど、一体なに言ってやがる!? 明日から俺のあだ名を『裸エプロン』にするつもりか!?」

 盛大に自爆した。
 右手を剥がそうともがく少女に怒鳴って、数秒してから、

「……あ」

 再度静かになった教室の空気と、自分の発言の失敗に気がつき、堅二はもう一度辺りを見渡す。
 何人かは今だに訳が分からないのか首を捻るなどのリアクションをしており、

「やぁ、裸エプロン君」
「よォ、自分も全裸の裸エプロン」
「今日も元気か? 裸エプロン」
「『クラスメイトが裸エプロン好きだった件』……よし、スレ立て完了」
「裸エプロンか……、いや、否定する気は無いんだが、やはり性的興奮を一番促すのは女性の裸自体だと──」

 単語の意味が分かる者達の半分が、ニヤニヤ顔で此方を見たり挑発して来たりした。ムカつくことこの上ない。そして他半分程、主に女性陣が顔を赤らめて此方から逸らしたりしている。
 先程までの沈黙が嘘かのようなざわめきと声が、教室を満たし始めていて、内容はもちろん堅二の爆弾発言についてだ。
 そんな周囲の反応に堅二は慌てて、

「ま、待て! ちょっと待てお前ら! 俺の話を……って何そこメモとってる!? そっちの焦げ茶髪は何録音魔法機取り出してんだオイ!? 何に使うつもりだお前ら!」

 叫ぶのだが、一向に効果が無い。一応当事者なのに、誰も此方を見ていなかった。

 ……水を得た魚っていうのはこういう事を言うのか畜生!

 誰か話を聞いてくれないかと堅二の視線がさまよい、行き着く先は教壇。
 其処には一人の女性、226クラスの担任である先生が居て、

「せ、先生、エッチなのはダメだと思います! そ、そういうのはもっと大人になってから……はうっ」
「先生ぇぇええええええっ!?」

 顔を真っ赤に染め上げてよろめくように膝をつく担任教師(二十五歳)の姿に、堅二は叫ぶ。使えねぇと。
 今ほど先生がもっとしっかりした人であって欲しいと思った事はなかった。
 そうこうしている内に、辺りのざわめきはドンドン大きくなっていって──、

「待てよ、テメェ等」

 野太い声が一つ、ざわめきを切り裂いて木霊した。
 ふとざわめきが消え、皆の興味と目は声の主へと向かう。
 声を放ったのは、堅二ではない。
 教室左斜め前方の席に座る、身長百九十センチはありそうな、大柄な少年。青白い髪と、赤い瞳が特徴的だった。
 彼は椅子から鈍い音を上げて立ち上がり、

「ちょっと堅二のことで勘違いしてるみたいだから言っとくが、コイツは裸エプロンなんざ好きじゃねぇぜ」
「か、神原(かみはら)……!」

 神原と呼んだ少年の言葉に、堅二は思わず腕や足に力を入れる。今朝の模擬戦ではっちゃけやがったアホの友人だったが、まさかこんな所でフォローしてくれるとは思わなかった。やはり持つべきは友達だ。
 何やら右手の先からくぐもった悲鳴が上がったが堅二は無視しつつ、願うように皆の注目を集める神原を見る。

 ……頼むぞ神原!

 そんな堅二の内心を知るように、神原はうんうんと頷く。分かっている、分かっているぞと言わんばかりに。
 そして彼の口が大きく開けられ、

「堅二はなぁ、──裸白衣好きだ」

 今ほど殺意だけで人が殺せたらと願った事はなかった。
 心臓の弱い人ならそれだけでショック死してしまいそうな、殺意を大量に込めた魔力を発するのだが、神原は俺の役目は終わったとばかりに清々しい笑顔で席に座り直すだけだ。
 教室のざわめきは一層強くなり、

「裸白衣、だと……!? なるほど、そういうのもあるのね……!」
「さっきから裸エプロンだの裸白衣だのなんだ? なんか美味いもんのことか?」
「はっはっはっ! 自分は断然、水着派だけどね!」
「あぁ……、あの人は常識人だと思ってたのに……」
「金だ! これは金になる! ククク、ビジネスの準備だ……!」
「堅二って、何時の間にそんな性癖に……、私一応幼馴染なのに、全然知らなかった……」
「裸白衣かぁ……、ゴーグル属性とかも世の中にあったりするのかなぁ? そこら辺どう!?」
「変態が急増されて、いや、オープンじゃないから変態じゃないのかな? なんだか定義がよく分からなく……」

 ……なんか色々ツッコミてぇぇえええええええええええっ!!

 一人一人の言葉に色々叫びたくはあるものの、そうするだけの時間も余裕も無いし、テンションが現在進行形上限無しで上がりまくっているクラスメイト達には言っても通じるかどうか。
 段々と収拾が付き添うに無いほど騒ぎ出した教室内の魔境を見やり、怒りを通り越してもはや呆れの領域に達しかけている堅二は、どうしようかと考えて、

「ぷはぁっ!」
「んっ?」

 騒ぎの原因たる少女の口を塞いでいた右手の拘束が、力づくで解かれた。
 彼女自身が小顔なのと堅二自身の手の平が大きかった所為か、口どころか鼻まで塞いでいたらしい。よって少女は窒息寸前だったらしく、拘束を解かれた今何度も繰り返し深呼吸をしていた。
 肩を上げ下げし、ゼーハゼーハと熱の篭った息を吐き出す姿は、まるで全力疾走した後のようで、

「ようガキ。早速だがこの状況をどうするつもりだ? どう責任とるんだ、あぁ?」
「……っ! ……っ!」

 怒気を秘めた堅二の問いに、少女は直ぐに答えない。
 いや、何か言おうとはしているようだが、

 ……呼吸を整えきれてないか。

 待て、とばかりに手の平を向けて突き出された彼女の手を見て、堅二は素直に待ってやることにした。どうせ急いだ所でクラスメイト達のテンションが下がる訳でもない。上がるかもしれないがそれはもう知らない。
 机を挟んで反対側に立つ少女を、彼女よりも高い位置にある目で、見下ろした。

「……すー、はー……、すー、はー……」

 茶髪の少女は俯き、片手を膝につけ前屈みとなり、足りない酸素を取り入れるため深く呼吸している。
 やがて。
 暫く、数秒程すると少女の呼吸音も普通になって行って、肩の動きも収まって行き。
 呼吸音が耳で聞き取れない程小さく、静かになった直後、

「──殺す気なのこのバカ!!」
「言わせてもらうがお前は俺を社会的に殺す気か!?」

 全力で言い返すと、上体を跳ね上がらせた少女に涙目で睨まれた。
 よっぽど苦しかったらしく、茶色の髪は髪形など知らないとばかりにぐちゃぐちゃになっていて、顔全体がリンゴのように赤い。興奮していて、まるで泣くのを堪える子供のようだ。
 重度の犯罪者ロリコンなら速攻で「ハァハァ……、ねぇ、ちょっとおじちゃんと面白い遊びしない……?」などと言って連れ去ろうとしたり、そうで無い人であっても保護欲を刺激される姿だが、生憎と社会的死を迎えかけた、もしくは迎えようとしている堅二はそんな感想を抱かない。
 緑の瞳を涙ぐませ睨む少女へと指を突きつけ、

「プロフィールはまだいい、過去の失敗談とかもな。だけど性癖はダメだろう性癖は! 男が一番知られたくない物を、よりにもよって『好きな女のタイプ』とか言うか普通!? それじゃまるで俺は裸エプロンしている女の子にしか興味ねぇみたいじゃねぇか!」
「えっ……? 違うの? 私は『あの男は裸エプロンじゃない女は女として見ていないらしい……』って聞いたんだけど」
「そんなデマ言ってた奴誰だぁ!?」

 きょとん、と睨むのも忘れて訪ねてくる少女の姿に、天井を見上げ叫びを迸らせる堅二。
 一体何処のどいつが自分の性癖を曲解して茶髪の少女に教えたのか。

 ……というか俺の性癖が何時ばれた……!?

 自分は確かにそういう趣味があるが、それは最重要トップシークレットとして中学時代から延々と隠し続けて来た筈。
 なのに、何故だ。何故ばれている。何故……、

「……そういえば、一つ聞きたいんだけどさ」
「!」

 その声に、堅二は現実へと帰還した。
 とりあえずは現実に対処しなければと、少女の言葉へ促しの返答をする。

「何をだ?」
「何でこんなにこのクラスの連中騒いでるの? 何かあった?」
「原因の半分はお前による俺のプロフィール及び性癖の暴露だよ……っ!」

 ……残り半分はウチのクラスメイト達が異常だからだけどな!

 少女の言う通り、今や教室は隣のクラスから抗議が来てもおかしくない程ギャーギャーワーワーと騒いでいる。
 今までは会話や動きから生じる雑音だけだったのに何時の間にやら悲鳴や打撃音なども響く、真の魔境と化している。

「あァ!? 何だよオマエ何様だ!?」
「貴方の方こそそのサングラスはなんですか。今日くらいは外しておけと何度も言いましたよね?」
「アダダダダダダダッ!? 待て待ってくれギブギブギャァァアアアアアアッ!?」
「人のスカート見てエロい妄想する奴の言葉なんか聞くかあああああっ!」
「ふふっ、君達は本当に仲がいいな」
「………………」
「えっ? なんですか袖引っ張って……、あっ、これ開ければいいんですね? ……私すっかり雑用係だ……」
「裸白衣! なるほど、これは真境地だね!」
「言っとくけど、女が着るからいいんであって、男が着ても意味ないからな其処の馬鹿ー」

 もう誰が何を言ってるのか一人一人の音が大き過ぎて把握出来ないが、とにかくお祭り騒ぎのように各々が好き勝手に行動している。
 朝のHR前の静かな時間は何処へやら。
 蹴り飛ばされたであろう椅子が宙を舞うのを見つつ、

「なんか、もう帰りたくなってくるな……」

 本心からそう呟いたが、周りに伝わることはない。
 その事に堅二がため息をついていると、少女の方から、

「ていうか、裸白衣ってなによ? そもそも裸エプロンってのもよく分からないけど」

 純真そのものの問いかけが直撃した。
 堅二は見えない衝撃にぐらっとよろめきかけるものの、何とか踏ん張って堪える。

 ……知らずに言ってやがったのか……!? さっきのプロフィール列挙といい、変な所で無知なタイプか!

 質問者である少女は、そんな堅二の態度を不思議そうに見ていて、

「? どうしたの?」
「いや、別に何でもねぇ……、それより」

 堅二は強引に話を変えた。
 身体を起こして真っ直ぐ立ち、

「お前、誰だ? あの黒板からして転入生っていうのは分かるが……、なんで俺のことをそんなに知ってる」
「知ってる、じゃなくて調べたんだけどね。まぁ色々あるのよ」
「調、べた……?」

 ……調べられるような立場の人間か? 俺。

 訝しむものの、少女は此方の質問に答えきったと感じているのか、暴走するクラスメイト達に緑の瞳を向けている。
 この少女は此方のことを調べたと言い直してまで言った。それは、彼女が偶然聞いたなどではなく、自分の意思で情報を集めたということだ。一学生に過ぎない高城堅二のことを。
 どれだけ調べたのかは、あのプロフィール列挙を思い出せば理解出来る。
 だが、そうされるだけの理由が堅二には思い浮かばない。
 いや、

 ……一つだけあるが。

 一つだけ、堅二には心当たりがある。自分という個人のことをわざわざ調べられる『理由』。思いつくそれは、生まれた時から決まっていたもの。
 二、三年前からは更に注目されるようになった『理由』が、彼女が自分を調べた原因だというのなら、納得出来る。
 その『理由』はそれだけ大きくて、重い。
 そして、堅二は自分のものではないその『理由』が、大っ嫌いだった。
 だから、尋ねる。

「なぁ、お前──」
「……はっ!? み、皆さんどうしてこんな体育祭みたいに盛り上がってるんですか!? 先生もしかして時の流れに置いていかれてます!?」

 疑問を尋ねることは出来なかった。
 少女に声をかけようとした瞬間に響くのは、何処か間の抜けた担任教師の声。
 教壇の上で何故かオロオロしている彼女は、

「えーと、えーと、えーと……、あっ! 思い出しました! 裸エプ──」
「先生もっと前だ前!」
「えっ、あれ?」

 うーん、と虚空を見上げて悩む先生の姿に、額を手で抑える堅二。
 先生のおっとり姿に影響を受けたのか、騒いでいたクラスメイト達も沈静化して、今はもう自分達の席へと座って前へと向いている。
 クラスメイト達の変わり身の速さに呆れる間もなく、思い悩む先生が「あぁ!」と言って手を叩き、

「そうそう、転入生さんが居るんでした! いやぁ先生すっかり忘れちゃってました。堅二君、あまり先生を困らせないでくださいね! 先生も怒っちゃいますよっ」
「いや、原因は俺じゃ……、あっ、もういいです、はい」

 プンプンと擬音が付きそうな先生の姿に、堅二は弁明することを止めた。
 これからの学校生活に対する得体の知れない不安が巻き起こるが、気づかなかったことにして着席する。
 左斜め前方から笑いの気配を持った視線が飛んで来たが、それも気づかなかったことにした。
 見れば教室内はまだ微かなざわめきがあるものの、全員が席へと座る朝のHR前の風景へと戻っている。
 ただ、普段と違うのは、堅二の机の前に、茶髪の少女が立っていること。
 それだけだ。

 ……コイツ、前に戻らなくていいのか? というか、俺が起きるまでどこまで自己紹介とかしたんだ?

 彼女はどうするのかと、堅二は問うべきか迷い、

「……後で話があるから」

 そう言って少女も踵を返し、堅二に背中を見せて前の方へと歩いて行く。
 歩く度に彼女の体重が軽いことが分かる軽い足音が、何度も床と彼女の上履きから鳴った。
 さほど広くは無い教室内の机と机の間。狭い通路を彼女は歩き、やがて反転。

 …………!

 堅二は見る。
 彼女の回転する動きが、とても洗練されていて、尚且つ無駄が無いものだと。
 軸たる足はバランスを一瞬とて崩さず、両手は大して動かしてないというのに回転の遠心力は強く、そして回転して踏み止まる姿にブレは無い。
 恐らく武器は銃だろうと、堅二は当たりをつける。あの状態で両手に銃器を持ち高速回転すれば、全方位への高速射撃になる。それも次の挙動への隙が殆ど無いものに。
 それは魔法が直接的に関わる訳では無いが、戦闘系魔法を学ぶ者としては大事な動きだ。
 自分以外にもその姿を見て思った者が居たのか、ほうと息をつく音や警戒の気配を放つ者が居る。

「ではでは、気を取り直して自己紹介お願いしますね~」

 ……まだ自己紹介してなかったのか。

 虹色のチョークを先生から手渡され、不理解の表情をする少女を見て肘を机につく。
 どうやら今から黒板に名前を書くらしく、黒板の上半分を完璧に支配している『転入生』の下に、チョークを持った彼女は手をやった。

 ……さて、どんな名前なんだ。

 少女がどんな姓と名を書くのか、堅二はそれなりに注視して黒板を眺める。
 彼女の小さな手に握られているためか、握られたチョークがやけに大きく見えた。
 その虹色チョークが、少女の白い手に従って動き始め、文字を書き始める。
 硬い物が擦れて片方が粉になって行く音が、短く何度も連続して鳴り響き、文字を作り出していく。
 まず書かれたのは、カタカナの『タ』が二つ。次に移って書かれたのは縦長の『方』で、小さなカタカナの『ノ』、漢字の『一』、更に横棒と縦線を幾つか書いて漢字の『目』に似た所々突き出た字を作ってからの、カタカナの『ハ』。
 これで姓は書き終えたのか、彼女の手は空間を少し開けた。
 次に書かれるのは漢字の『十』、次に『目』、漢字の『一』、そしてカタカナの『ハ』。恐らく最後であろう字の最初はカタカナの『ノ』に漢字の『二』。そして終わりに漢字の『人』。
 己の名たる完成した文字達を一度だけ少女は確認して、教室側へ向き直る。
 小さな唇から零れるは、文字を音とする声。

「多旗(たはた)真矢(まや)。十歳、『特別生』の資格を利用した飛び級生」

 そこで少女、真矢は言葉を切って、

「──よろしくね?」

 何処までも自信に溢れた強気の笑顔で、そう言った。


 堅二が今まで見た笑顔の中でも、それは堂々の一位に輝く程の可愛さと、美しさを兼ね備えていて。
 これから、高城堅二という少年が多旗真矢という少女に関わる内に、何度も見ることになる笑顔だった。















 思いは現実にはならない。
 思いは行動になるだろう。
















[30442] 第一章・早朝の剣劇
Name: 偽者◆cd4c8cbe ID:418c9935
Date: 2011/11/23 12:30















 出会いが衝撃的というならば
 その後の誰かとの付き合いは
 一体どう表現するのだろうか















 鮮烈な輝きで、火花が散っていた。
 それは『視線と視線がぶつかり合って火花が散っている』などという比喩としての物では無く、硬質な物同士がぶつかる事によって生まれる物理的現象の火花そのものを指している。あくまで物理的な物であり、何処かの誰かがいきなり修羅場などを生み出したりしている訳では無い。
 日本の西暦二○一一年、四月七日、木曜日、早朝。福岡県空峰市のとある小高い山の中腹辺りで、真っ赤な線香花火にも似た火花は連続して散り続けていた。
 誰も居ない、人の気配がしない山の中腹部分の森林地帯。珍しく気温差によって生まれた白い霧が舞う中、紅い光の塊たる火花はよく目立ち、その名の通りに紅く熱い花となって消えてゆく。
 その火花の原因は明白だった。火花が生まれる瞬間、何かがぶつかり、弾ける鈍い轟音が幾つも生まれているからだ。
 白い霧を水のように掻き分け、黒い影にしか見えない『何か』は、普通の人間の目で捉えるのが不可能という無茶苦茶な速度で交差し合い、轟音が度々炸裂する。
 やがて、一際高い轟音が一つ。
 白霧の中を駆ける影は、交差では無く正面からぶつかり、轟音に混じって何かが軋む甲高い音が耳を震わす。
 そして、一拍して。
 世界を突き抜けるように、爆風が迸った。
 荒れ狂う爆風は大気の壁となって、満ちていた白霧を押し流し、吹き飛ばす。常人なら目を開けることさえおこがましい程のそれは、辺り一帯の木々をも斜めに根っこから傾かせた。
 圧倒的な暴力たる風の後に残るのは、爆心地たる茶色い地面のみの開けた広場。
 広場の中心は、何故かひび割れていた。ずれたような、圧迫されたような、細かな破片と大きな岩石が入り混じり、中心部から蜘蛛の巣のように広がるひび割れを見せつけている。
 その原因は、大地へとめり込んだ四つの足。

「結界あるからって、やり過ぎじゃねぇのか……!?」
「お前も人のこと言えねぇだろうよアホ……っ!」

 食い縛った歯の隙間から漏れる、男の低い声が二つ。
 広場の中心で、声の元たる二人は額をつき合わせ、拮抗していた。
 普段は誰も居ないどころか、来る者さえ精々野鳥観測者や魔力現象研究者、もしくは何故か硬いロープを持って虚ろな目のまま登ってゆく会ってもなるべく理由を聞きたくない者達くらいなこの山の中腹で、二人の男、いや、少年は手に持った武器を前へ前へと押し出していた。

「うぐぐぐぐ……っ!」

 一人は大柄な、身長百九十はあるであろう巨漢の少年。頭髪は白と水色を混ぜたような青白い色。筋骨隆々の身を包むのは白のトレーニングウェアで、長袖の上着は肩辺りまで捲り上げられていて、太い鍛え上げられた両腕がそれぞれ露出している。
 その両腕に握られているのは、一つの大剣。
 全長三メートル。身長百九十センチはありそうな少年の身の丈よりも巨大な、銀光煌めかせる大剣。刀身は西洋系の両刃式。分厚く、日本刀などと違って叩き潰すための金属の塊は無骨で、装飾という物が一切無い。柄部分も滑り止めの布も巻かれておらず、無駄を通り越してまるで手抜きのような鋼の大剣。
 対して、大剣の銀刃に光を散らして拮抗せしは、光刃。
 金属なのは丸い灰色の柄部分だけで、大剣と火花を散らし噛み合っているのは、黄色い光の塊だ。魔力によって形成され、固体として柄に内蔵された術式で光に似た魔力を物体固定。光でありながら刃としての固体物質能力を持つが故に、光の刃は鋼の刃とぶつかり合うことが出来る。
 魔力光剣。光の刃なため重さが殆ど無いことと、純粋な持ち主の魔力の塊だからこその熱量や属性付加、形態変化などの応用性が長所の個人武器。

「ふんぎぎぎっ……!」

 そんな武器を持ち、目の前に拮抗させる光剣の光に顔を照らされるのは、黒髪の少年。
 身長は百七十と百八十の中間ほど。大剣を持つ少年に比べれば全体的に細く見えるが、黒いジャージの下にある筋肉は、細いながらもよく鍛え上げられている。
 髪も目も黒で、顔にもこれといった特徴は無い。しいて言うならば『平凡』という言葉が何処までも似合う容姿。
 しかし今に限っては、光の剣で鋼の剣と打ち合う異常者の一人だ。

「……っ!」

 鍔迫り合いの最中、黒髪の少年に不味いという思考が走る。
 魔力刃が莫大な力の前に、構成を崩されまいと音を立てながら堪える中、問題は光剣にも少年にも無い。
 黒髪の少年が抱く危機感の原因は一つ。
 自分の足下が、目の前の少年よりも沈み始めたからだ。
 それは、足下の地面が力に耐え切れなくなっているということ。大地を構成する砂や石が砕ける乾いた音が一層強くなり、更にはただでさえ身長差で見上げる形になっていた大剣の少年が、徐々に上から押し込むように体重をかけてくる。
 歯を食いしばりながら、光剣を両手で支え、

 ……クソ……っ!

 舌打ちをしそうになったのを、なんとか堪える。力を一瞬でも緩めてしまえば、そのまま大剣に押し潰されるのは自明の理だ。
 お互いに強化系の身体強化魔法を使用してはいるが、基本的に同じぐらいのレベルだ。魔法に使用している魔力量も大差無い。となると、元々の筋力同士の勝負になるが、それだと黒髪の少年に勝ち目が無いことは体格差から誰にだって断定出来る。
 だから、このまま耐えていても待っているのは圧倒的な力に叩き潰される未来だけだ。

「ッ!」

 だから、動いた。
 肉体に込めていた力を、全て背後への移動力に変える。
 やったことは簡単だ。斜め上に対して踏ん張っていた足と腕の力を、足裏が身体を背後に蹴り飛ばす力へと変える。腕を引き、地面を蹴り、前への拮抗を捨て、後ろへと。
 拮抗を捨てたことにより、大剣は込められた力の通りに振るわれた。
 音速を楽々と超えた鋼のほぼ真上からの一撃を、光剣を沿わせて防御し、受け流す。
 あえて完璧に回避せず、光剣を沿わせることで大剣の動きをある程度誘導する。
 狙いは、

「やべっ……」

 相手からの、思わずという呟きが耳に入る。
 どうやら此方の意図に気がついたようだが、

 ……遅いっ!

 そのまま黒髪の少年はバックステップで下がり、光剣を引く。
 直後、光剣という支えを完全に失った大剣が、大地に真っ直ぐ直撃した。鈍銀の大剣は速度と己の重量によって生まれた膨大な力を、全て大地へと叩き込む。
 当然のように人外の力に大地は耐えられず、破裂。
 土が水のように薙ぎ払われ、咆哮の如き音を伴った爆風が巻き起こった。小規模なクレーターが出来上がり、加えて砂埃も吹き荒れる。
 正し、生まれた現象はそれだけではない。
 表面の地面自体は耐え切れなかったが、その下の岩盤は別だった。ヒビを全体に入れつつ、なんとか砕け散るのだけは避けた大地は、衝撃の原因たる大剣を締め付けている。
 長さ三メートルの大剣。その内の一メートル近い刃が、大地に杭のように突き刺さっていた。幾ら魔法の力があったとしても、草の根を抜くようにはいかない程深く、だ。

「ミスった……!」

 大剣を振り切ったことを後悔する声が聞こえたが、狙い通りの現象を前に黒髪の少年は容赦しない。

 ……攻め込む……!

 あくまでもこれで稼げる時間は一瞬だ。次の一撃を即座に叩き込む必要がある。
 巻き上げられた砂埃を含む風圧を肉体保護と気圧干渉の身に纏うオーラのような防御魔法で掻き分けながら、回転。
 右足を軸にし、左手だけに握り変えた光剣を空気を裂いて振るい、

「──伸びろ!」

 直後、黒髪の少年が持つ光の刃が音も無く伸びた。
 刃渡りにして約十メートル。
 バックステップと地面の爆砕で開いた相手との距離を無い物とするには、十分な長さだ。
 生まれた光の刃は術式によって不自然な程真っ直ぐ伸び、硬質な力は大気を切り潰し、横薙ぎに突き進む。
 黒髪の少年の狙いは、大剣を両腕で握っているためがら空きとなっている敵の、首。
 体格に見合った野太い首へ、光剣の刃が迫る。

 ……よし、決まった!

 歓喜の感情が、少年の中を駆け抜けた。
 光刃はもはや首へと叩き込まれる寸前であり、今両腕を上げて防御してももう間に合わない。そして防壁系の魔法を展開しても、即興で発動した防御魔法など突き破れる。
 だから勝ったと思ったのだが、

 ……って、やっぱりそう簡単には行かねぇか!

 光剣から伝わって来た硬質な感覚と、響いた金属音に勝利の実感は掻き消えた。
 彼が見る先、大剣の少年の首に当たる筈の光剣が止められている。止めたのは彼の筋肉質な太い腕でも、ましてや地面に突き刺さった大剣でもない。
 光の刃を止めたのは、盾。しかも魔力と術式のみで構成された半透明で不確かな盾ではなく、歴とした固体の盾だった。
 さっきまでは空気と粉塵以外何も無かった敵の隣に立つ、盾。
 縦の長さが二メートルと巨大な鋼の盾は、大剣と同じで全く装飾など無く、ただ地面に突き立って横からの斬撃を食い込まれながらも防いでいる。レーザー型や熱線型の、固体物質能力を持たない光剣ならば盾に防がれながらも通過して敵を切り裂けただろうが、それはただの無い物強請りだろう。
 とにかく結果として、タワーシールドと呼ばれる盾は己の役目通りに此方の攻撃を防いだ。
 よって、反撃が来る。

「……!」

 身体を今度は逆回転させ、魔力の無駄遣いを避けるため光剣の刃を縮める。
 逆回転しきって正面を向けば、敵は大剣を地面から引っこ抜き、

「ふんがっ!」

 野太い掛け声とともに、大剣で地面が巻き上げられた。
 大量の砂と岩石が掘り上げられて、茶色い土のカーテンがお互いの間に生まれ、視界を塞ぐ。
 カーテンとは言っても高さこそ五メートルに達するが、横幅は三メートル。厚さは二十センチもあればいい方だ。
 回り込んだり突き破ったり、簡単に実行出来る。
 だが、

「クソ!」

 今度は声に出して、黒髪の少年は思いっきり左へと跳んだ。
 肉体に常時展開している肉体強化の魔法と、足裏に展開した加速魔法の力を限界まで使って、跳ぶ。
 足裏から丸い円陣術式が砕ける音と、同時に生じた足裏から体を押し上げる加速の力。
 それ等を感じつつ、空中で猫のように背中を曲げて回転する少年の、逆さまの視界の中で、
 向こう側から土のカーテンが微塵も残さず吹き飛んだ。
 吹き飛ばしたのは、向こうから飛んで来た巨大な何か。鋼の色を持ち、宙を高速で飛ぶ姿は、砲弾。
 砲撃のような轟音を上げ、彼が居た場所にその砲弾が着弾する。
 どう見ても地面から抜かれた大剣にしか見えない、砲弾が。
 大剣という名の砲弾は音速の三倍以上の速度で地面へと飛び込み、衝撃を無差別にばら撒く。
 大地へ当然のように亀裂が入り、破裂し、爆散した。
 大気と大地が、揺れる。

「あぶねぇっ!」

 思わず叫びながら、動きは止まらない。
 衝撃波と共に余波として飛んで来る岩石を光剣で薙ぎ払って、黒髪の少年は受け身を取って転がり、片膝をついて起き上がる。
 立ち上がる、まではいかなかった。
 カーテンが無くなった、その先。

「よっしゃぁ! 一丁やってやるぜ!」

 晴れ晴れとした顔と声の少年が、数十の武器を地面に突き立て、待っていたからだ。
 大剣や盾と同じ、鈍色の装飾が一つも無い金属の塊。
 違うのは形で、一つ一つの武器に刃が最低でも二つついており、持ち手は小さく片手分しか無い。しかも持ち手は刃と刃の間に取り付けられていて、近接戦で振り回すのには、とてもではないが向いているとは思えなかった。
 それは、切るためではなく『投げるため』に存在する武具達。
 それ等からの攻撃方法は、ただ一つ。

「形成系金属魔法術式《武装創造》が奥義!」

 向こうは此方が立ち上がる隙など与えないとばかりに、両手に武器を握り締め、

「インフェニティ・ウェポン・ストーム……!」
「それただの力任せ投擲だろうがあああ──!」

 此方の抗議を無視して、砲弾が飛んで来た。さながら嵐の如く。
 方向にして正面、距離は二十メートルと、音を超えた砲弾は一瞬でやって来る。恐らく重さは一つ百キロ以上はあり、投じられるのは一つや二つではなく、しかも高速で投じられていく武器一つが、一戸建ての家を木っ端微塵にする程の威力だ。
 そんな死神と言ってもいい凶器の嵐に対し。
 黒髪の少年の決断は速かった。
 理由としては、彼自身も強化系魔法によって、超高速での戦闘が行える程の神経伝達速度を得ているということと、そもそも選べる選択肢が少なかったからという、この二つが原因だ。
 選べる選択肢は二つ。真っ正面から武器砲弾の嵐を突破するか、横に移動して躱すか。
 前者と後者を比べると、圧倒的に後者の方がメリットが大きい。
 横に移動すると敵もそれに合わせて投げる方向を変えなければならない。更には速度があれば回り込むことも可能だろう。
 対して正面に出ると此方が早く前に出れば出る程、反対側から来る攻撃は相対速度の所為で体感的に早くなるし、よしんば嵐を抜けたとしても待っているのは敵の前。簡単に対処されてしまう。

 ……だが!

 だからこそ、黒髪の少年はあえて前に出る。
 立ち上がるのではなく、そのまま前に倒れるよう身体を倒して、地面に這い蹲るようになり、

「加速術式展開……!」

 少年の声とともに、

《強化系加速術式:名称『基本加速魔法運動増強型』・即時展開》

 彼の左足裏の地面に、そんな日本語が書かれた円陣型の小さな術式が浮かんだ。
 青い、半透明の魔方陣。魔力で象られ、魔力で発動するその術式は、術式を蹴り飛ばした者へと一瞬一回の加速の力を与える。
 少年の足が術式が描かれた地面に触れ、円陣がガラスのような音と共に物理法則としてはあり得ない広がるような砕け方をして、

「おおおおおおおっ!」

 前へと加速した。
 大気を押しのけ、光剣を突き出し、耳元で響く空気の音をBGMに突き進む。
 が、土のカーテンの横に跳んだ時と比べると、その加速は遅い。
 単に肉体を加速させる魔法といっても、様々な魔法が存在する。
 身体を直接魔力で前に動かす物もあれば、空気の力で押し出す物も、また空間に干渉し距離自体を直接縮めるなどという物もあるのだ。
 そんな中、黒髪の少年が使ったのは強化系の加速魔法で、術式の効果は『蹴り飛ばす力を倍増させる』というものだ。
 例えるならば、ジャンプ台のような物。強く蹴れば蹴る程、身体を前に進ませる力は増加して行くし、弱ければ弱い程加速も弱くなる。
 普段なら肉体強化魔法の力もあり、気を抜けば本人でさえ壁などの障害物にぶつかってしまいそうな速度が出るのだが、今はそうはいかない。地面を蹴る体勢が悪過ぎた。自分の限界加速度の半分にも達していない。
 しかしそれでも、

 ……初速としては充分だ!

 普段の全力疾走とほぼ同じ速度で、黒髪の少年は這うように前へと進む。
 空を駆ける間に身体を起こし、二歩目をしっかりと踏み、眼前を睨む。
 一歩は五メートルの距離を踏み込み、武器を投げて来る敵への距離を四分の三まで縮めた。そこからは加速術式の恩恵の無い、普通の疾走だが、それでも加速で生まれた速度は、足を止めない限り持続される。

「っあ!」

 だが二歩目を踏み出す前に、黒髪の少年は光剣を突き出した。
 突き出された光剣は姿を掠めさせ、刃は真っ直ぐ空気を穿つ。
 其処へ直撃コースだった武器の一つが壁のように衝突した。
 最初に放たれた、四つ刃の巨大手裏剣とも言うべきもの。縦に高速で回転し、丸い円刃のように見える刃の一つを、光剣が刺し貫く。
 貫き、金属にヒビが入り、破砕の悲鳴を上げさせ、破壊。
 破片は手裏剣自体が持っていた速度の所為で、此方を追い越して背後へと散って行った。

 ……第二陣が来る!

 鋭い金属破片を防御魔法で弾き、光剣を握る右手からの衝撃に歯を食いしばりつつ、彼は二歩目を踏み込んだ。
 こうしている間にも敵は次々と好き勝手に武器を投擲して来ている。休む暇は無かった。
 といっても、もう既に十数が投擲されているが、モロに直撃コースなのは実はかなり少ない。当たる武器も、屈んだりステップを踏めば避けれるのばかりで、

 ……だけど躱したら当たらないやつが当たっちまう……!

 考えてやがる、と黒髪の少年は思った。
 直撃するように投げられたのは実の所囮で、本命は躱した後の『本来なら』外している武器達なのだ。
 直撃コースの武器を躱させて他のに当てればOK、他のに当たるのを警戒されて動かなければ直撃コースの武器にぶち当たるのだから構わない。
 そういう事だ。
 黒髪の少年は前を見る。此方へと凶器を投げ続ける少年と、飛んで来る武器達の姿を。
 基本的にこの投擲攻撃を一つ一つの攻撃範囲で見るならば、点か線かのどちらかだ。
 点は槍のように突き進んで来て、線は斬撃のように飛んで来る物。ようはそれだけで、後はその点や線の大きさが違うだけ。
 黒髪の少年は、その攻撃範囲の群れを躱す。
 まずは二歩目を左斜め前に跳んだ。これにより、前から迫っていた線の攻撃範囲である手裏剣が背後へと流れて行く。
 三歩目を踏んで、前に飛び込むように飛んだ。上と下を、槍らしきものと斧らしきものが点の攻撃範囲を持って抜けて行く。
 四歩目を膝を屈めて着地し、前に跳んだ。残りの距離は十メートル。思ったよりも、進めていない。

「らぁっ!」

 気合の声を出し、光剣を振るった。
 宙に光の残照を残す剣が、迫っていた五の金属塊を力任せに空へと弾き飛ばす。鈍い轟音を上げて、視界からそれ等は掻き消える。
 結果として、道とも言うべき空間が、敵に対して一直線に開いた。
 だが直ぐに次の武器が投擲されるため、この道を駆け抜けることは出来ないだろう。また、周囲を通過して行く武器砲弾の所為で、大きな動きを取ることも出来ない。
 加速魔法を使用しても、馬鹿正直に真っ直ぐ進めばカウンターを叩き込まれる。魔法戦闘の常識の一つである加速魔法の弱点を、向こうもよく理解しているからだ。故に使えない。
 しかし。
 黒髪の少年は、光剣の切っ先を正面に翳して叫んだ。

「伸びろ光刃!」

 道を駆ける必要は無かった。
 ただ一直線の空さえあれば、全ては事足りる。

「……っ!」

 驚きの顔を見せる相手が息を飲む音が、音速よりも早い世界の中で聞こえた気がした。
 構わず開いた空間を、光刃が伸びて突き進む。
 光の通り、その早さは光速に近い。術式の展開や固体化の関係上、どうしても光速よりも遥かに遅くなるが、それでも固体には出せない一線を介する早さを出していた。
 敵の少年は腕を振りかぶって武器達を投げようとしていたが、その動作の途中は隙だらけだ。だから彼は攻撃が来ることを察知しても、避けられない。
 それ等全ては一瞬のこと。
 光剣の先端が、相手の首に真っ直ぐ直撃する。

「ごっ!?」

 今度こそ、直撃した。
 首を突き込まれるように穿たれた少年は、大柄な身体を仰け反らせて後ろへと吹き飛んで行く。彼が持っていた武器が、両手からすっぽ抜けて上空へと飛んで行った。
 そんな吹き飛んで行く姿こそ間抜けで滑稽で実にスカッとするのだが、

 ……直撃はしたけど、決定打じゃねぇ!

 伝わる手応えが、弱い。
 直前に展開された薄い防御魔法と、距離の問題故だろう。
 光剣が伸ばせる限界距離は十メートル。腕を限界まで突き出しはしたものの、押し込むだけの刀身が無かった。威力不足の証拠に、防御魔法さえ貫けていない。
 なので、向こうにダメージは殆ど無いだろう。

 ……だけど終わりだ!

 光剣を構え直し、吹き飛ぶ少年を追うように、彼は前へ出る。
 威力が足りなかったとはいえ、宙を舞う敵は無防備以外の何物でもない。
 後は前に出て伸ばした光剣を思いっきり振り下ろせば、此方の勝ちだ。
 よって、彼は前へと進む。
 と、その時。
 偶々、彼は揺れ動く視界が若干下寄りになり、足下が暗いことに気がつく。
 己の影か、と思うが、それにしては影は時間が経つ度に大きくなるという変化を起こしていて、

 ……っ!?

 足を止めざるを得なくなった。
 黒髪を揺らし、見上げた空からは高速で落下してくる物体がある。
 見覚えは、あった。

「さっき弾いた武器か……!」

 金属塊が合計五つ、光剣の一撃でヒビを所々に入れながらも、それ等は降って来た。
 もう武器達との距離は五メートル程まで狭まっていて、当たれば動きを止められるのは間違いない。あくまで上から落ちてくるという、音速にも届いていない物だが、それでも重力と重量の力は馬鹿に出来ないのは確か。
 タイミングが悪い、と思いつつ、

「ふっ!」

 前に出ながら、黒髪の少年は伸びた状態の光剣を振り払った。
 軌道は縦で、前から真上、後ろへと半円を描くように振るわれる。
 音も無く空気を裂く黄色の光は、半月のような黄色の姿を生み出した。
 これにより、上から落ちて来ていた武器の一つ、当たる軌道にあったものだけが破壊された。破砕音が頭上で鳴るも、彼は気にせず突っ走る。
 前に進むのだから、縦に真上を通して振れさえすれば、自分に当たる物だけを的確に破壊出来る。破壊出来なかった物は横に落ちる当たらない武器だから、無視していい。当たり前で、簡単なことだ。
 そして進みながら破壊したため、無駄無く距離を詰めれた。
 現在敵はようやく背中から地面に叩きつけられた所で、まだ起き上がるのに時間がかかる。
 急げ、と彼は思った。急がなくては体勢を立て直される、と。

 ……ここから届くか!?

 向こうはかなりの距離を吹き飛んでいて、此方との間の距離はまたもや十メートル程。
 それは光剣の届く範囲ギリギリであり、しかも向こうは勢いのまま地面に滑り込んでいっている。
 今振っても、外す可能性が高く、かといってこの体勢が良い状態からの加速魔法を使うには距離が近過ぎるし、攻撃の踏み込みに不安が残る。

 ……後三歩! 三歩で光剣とアホと地面のサンドイッチだ!

 三歩と、彼は心に決めた。
 全力の三歩で距離を詰めた後、同じく全力で光の刃を振り下ろすと。
 行く。

「!」

 一歩目で蹴った後に光剣を縮め、柄を両手で握った。

「っ!」

 二歩目で大地を抉りながら蹴り、両手に力を込める。

「──なっ!?」

 三歩目は、踏み込め無かった。踏み込みではなく、彼の右足は急ブレーキとしての静止の力を生み、前へ進む動きを止める。摩擦を示す、莫大な擦れの音色が足下から上がった。
 停止した彼の視界が、突如鈍色に支配される。
 動きを止めたのは、彼の眼前に鈍色の物体が斬撃の音を響かせ、突き刺さったからだ。
 最早何が降って来たかなど、見ずとも分かる。
 だが、

 ……どうして武器が!? 他にもまだあったのか!?

 分からないのはそこだ。
 自分が弾いた金属塊の武器は五つ。
 立ち止まり、上を見て確認したのだから間違いない。自分の進路を邪魔しそうな物だけを破壊したし、他の物が地面に突き刺さる音も聞いた。破壊したのが二つ、地面に落着したのが三つだ。
 なのに、この武器達は何時空に飛ばされていたと考えて、

「さっき吹き飛ばされた時に、すっぽ抜けたヤツか!?」

 気づき、叫ぶも返答はない。
 彼の前には、変わらない姿で二つの刃を持つ大剣が突き立っている。隣少しばかり離れた所にも同じような武器が空から突き刺さった。相手の両手に握られていた内の、片方だろう。
 視界を塞ぐ大剣がある所為で、相手の姿が見えない。

「邪魔ぁ!」

 故に薙ぎ斬った。
 両手で握った光剣を、溜めていた力を使ってバットのように振り抜く。
 相手を切るためにためていた力を使った斬撃は、間にそびえ立つ邪魔な障害物を一刀両断した。
 横一文字、と言う言葉が似合う程、丁度真ん中当たりを綺麗に真っ二つにされた大剣は、大地という支えが無い上部を斬撃の衝撃で跳ね飛ばす。
 宙を舞う鋼を見ず、黒髪の少年な振り切った光剣を流れるように左肩上へと掲げ、

 ……ぶった斬る!

 両腕に力を入れた。
 左斜めからの刃渡り十メートルによる斬撃は、距離を詰めた今なら確実に敵へと当てれる。
 不安要因としては大剣に視界を遮られていたため、勘で斬り込むことしか無かったことだが、邪魔な大剣の半分を跳ね飛ばした今では遮られていた向こうの光景が見えていた。
 だから黒髪の少年は、己の目で敵の姿を捉え、光剣を振り下ろそうとして、

 ……はっ?

 その先にある光景に、動きを停止した。
 其処に居たのは、吹っ飛んで地面に倒れ込んでいた敵の姿。
 ただその姿は立っていて、立っている場所は十五メートル先と、かなり離れていた。
 いや、まだ其処までなら良い。
 黒髪の少年と同じ様に、加速魔法か何かを利用して距離を取ったと推測出来るからだ。
 問題は、彼が掲げた手に握られた剣だ。
 両刃の切っ先が尖ったシンプルな刃に、鍔は無い。小さな柄が、刀身の底辺部分からちょこんと出ているだけで、他には何も無く、ただ展開と発動をし終えた黄金色の四角形型術式が、砂の彫刻のように崩れながら幾つも巻きついているだけ。
 黄金色の術式には、日本語の名称が浮かんでいる。

《形成系金属術式:名称『武装創造・龍殺し』》

 至る所に《展開》や《発動完了》の文字を浮かべた術式が崩れて行く様は、まるで聖剣の封印を解く光の様だ。
 そして、黒髪の少年が思う何よりの問題は、

 ……デカッ!?

 剣の大きさは『刀身五十メートル』に『横幅十メートル』。
 天に聳える刀身は、下手なビルよりも巨大。
 圧巻と言う他無かった。もはや対城塞、対龍機用の人外兵器クラス。まかり間違っても、人間一人に対して使うような武装では無い。
 見上げた空を完全に覆い尽くす鋼の刃は、ゆっくりと此方の頭上へと翳されて行く。
 あからさまに、自分を叩き潰す軌道だ。
 数百トン単位の金属が迫る恐怖、それプラス状況を判断して、

「ちょ、アホ! ストップストップ! こんなもんブチかましたら結界が、っていうか死ぬ──!」

 戦闘中だといえのも忘れ、慌てて相手に叫ぶのだが、大柄な少年は叫ぶ彼を見てニッと笑い、

「わははははっ! ……模擬術式があるからダイジョーブ!」
「お前今一瞬躊躇ったよなぁぁあああ!?」

 しかも最後は片言だったと、前方で馬鹿笑いしている少年を見て歯軋りする。
 止めなければ、と、もしこの攻撃を喰らった場合に起きるダメージやら後始末やらを想像し、ゾッとした黒髪の少年は、足裏に加速術式を展開するのだが、

《強化系斬撃加速術式:名称『叩き切れ』・即時展開・即時発動》

 散っていた黄金色の術式を消し飛ばして、巨剣の周りに黄色に光るロール型術式が出現。
 刃に沿う様に展開した細長い術式は魔力を通して一瞬で発動し、直ぐに石が砕けるような破砕音で掻き消える。
 そして、術式の効果も一瞬で発動。
 それまでのろのろと亀のように落ちて来ていた剣が、一気に加速した。
 角度にして斜め八十度程度だった剣が、一気に五度程になって視界から早朝の空を消す。
 足下どころか、辺り一帯が影という闇に覆われて、

「──あ」

 という声が出たかどうかさえ定かでは無く。
 黒髪の少年は、降ってくる鋼の巨剣と、それによって切り裂かれた大気の大規模な動きで生まれる豪風を、目と、耳で感じ──




          ■




「うおわあああああああああ──!?」

 高城堅二は絶叫した。
 椅子を蹴り飛ばして立ち上がり、両手は机に勢いよく叩きつけられて打撃音を上げる。
 彼の息は荒く、マラソンでもした後かのような疲労と興奮が混じり合った呼吸を、大きく音を立てながら数度して、

 ……あれ?

 そしてそのまま数秒経ってから、ようやく堅二は現在の状況に気がついた。
 己を叩き潰さんと落ちて来ていた巨剣の姿は何処にも無い。
 今周囲に広がっている光景は早朝の山の中などでは無く、昨日の四月六日に行われた入学式から正式に在学することになった、自分のクラスの光景。
 そしてその226クラスは現在授業の真っ只中であり、科目は一・二時限連続の魔法学。
 教壇では担任でもあり、また魔法学の放出系を主に専科とする教師でもある若い女性教師が、此方を目を丸くして見ていた。驚いて落としたのか、彼女の足下には黒板に書かれた文字と同じ、白いチョークが真ん中からへし折れて落ちている。
 それを見て、堅二は言葉に出来ない寒気と共に理解した。

 ……しまった……! よりにもよって今日この日この時間に寝ちまうとは……!

 やらかした。
 しかもただ寝てるだけならば良かったが、夢の所為で絶叫跳ね起きのオプションまで付けてしまった。言い逃れも出来ない。
 内容が詰まらなかったりもう知ってしまっている授業では、どんなことだろうと寝てしまう何時も通りの自分の癖が、この時は恨めしい。
 せめてもの抵抗にと、固まったままの担任教師に何か言おうとするのだが、

「オイオイ堅二ぃ? 授業中に叫ぶなんてどうしたんだぁ? 裸ブレザーの夢でも見てテンションクライマックスモードに突入したかぁ? そこんとこどうよぉ、うぅん?」
「うるさいアホ黙れアホお前寝てただろアホ涎拭けよアホ言い方が一々イラつくんだよアホ取り敢えず其処から頭下にして飛び降りろよアホ」
「センセー、堅二君が遠回しに死ねとか言って来まーす」

 跳ね起きの原因者たる大柄な少年、神原(かみはら)千羽(ちば)が片手を上げながらおどけた口調でそう言った。彼の顔に浮かぶのはヘラヘラとした笑みで、怒りが増すことこの上ない。
 早朝の模擬戦でお前がはしゃいだ所為だろうが……! と、堅二は左斜め前方の青白いボサボサ頭を見て、今すぐ衝動のままに窓から突き落としたくなるがそうも行かなかった。
 神原の言葉に再起動した担任教師が、此方を今だ丸くした目で見て、チョークを落とした手を宙で彷徨わせながら、

「あ、あの、堅二君……? トイレ行きたいなら行っていいですからね? ただ、授業中にいきなり青春の咆哮をするのはちょっと……。後、死ねとか言うのも……」
「あっいえ、すみませんルーシェ先生。青春咆哮とかじゃなくて、ちょっと今日の朝、アホがアホな事やってアホなトラウマ作らされただけですから。後、アホに死ねなんて言ってませんよ先生。ただ窓から飛び降りて、頭打って少しはマトモになってくれって言っただけです」

 金と黒の二色の髪色を持つ若き担任教師こと、ルーシェ・スカイ先生に堅二は謝りつつ、アホの友人に対する罵倒を混ぜ込む。
 実際、夢を見て絶叫を上げる原因になったのは神原と言っていいのだから問題無い。身体が疲れてるのも夢の内容も、原因は神原という名のアホだ。
 なので堅二も普段通りに言ってやったのだが、椅子に足を広げて座ったままペン回しをしているアホは開き直るように、

「はいはーい、寝たのは自業自得だと思いまーす。後、堅二君の方が脳みその回路に異常があるっていうかテメェにマトモになれとか言われたくねぇぜバカ」
「アホは黙ってろ。もういいから寝てろよアホ。そしてそこから二度と起きてくるなアホ」
「せ、先生、今堅二君がアホっていう単語をもう一生分言い切ってる気がします……!」
「先生、あのアホと関わってたら正直百人分くらいは必要かと。何せ、──アホなんで」
「テメェ堅二、俺の固有名詞をアホにするつもりか!?」
「理論的じゃないな……」

 何やらアホとメガネをかけた男子生徒から声が聞こえたが、堅二は面倒なのと片方誰か知らなかったのでスルーした。
 そのまま、そろそろ周りのクラスメイト達からの視線も強くなって来ていたので席に座ろうかと思ったのだが、

「えっと、それじゃあついでだし、ここからは堅二君に読んでもらおっかな」

 ……マジか!?

 教壇の方から、にっぱりと笑顔で言われたため、堅二は立ったまま慌てて机の上に開かれていた教科書を手に取る。
 幸い、寝てても涎を垂らしていたとか寝相で勉強道具を落としたとかいうことはなく、寝る直前に見た通りの机の上だったため、教科書やノートが汚れてたり見つからないということは無かった。
 だが、

 ……何ページ目の内容なんだ……!?

 黒板に多少焦り気味の視線を向けるが、黒板には魔法という言葉が、自分達が世界のあらゆる物質や生物に含まれる精神感応素粒子『魔力』を『術式』で変化させて使って発動する物理法則外現象の事だけでなく、魔力自体によって起きる自然現象や、魔力が関わる全ての法則のことをも指すという事柄が書かれている。
 が、しかし。内容は最後に『魔力法則』の通称が魔法、という文で完結しており、次に書かれているのは『魔法の主な系統について』という題のみだ。
 だから授業を聞いてなかった堅二には、教科書の何処を読めばいいのか分からず、

「……クロ、何ページの何処?」

 前の方でニコニコしながら待っている、身長百五十後半程の小柄な先生を見ながら、ボソッと尋ね、

「……十四ページ、上から三行目」

 静かで鋭い返答が、左隣から返って来た。
 堅二の左隣の席に座るのは、長い前髪で目元を隠す、気配という物が何処となく薄く、また憂鬱気な雰囲気を持つ少年。
 身長は堅二よりも若干低く、身体自体も細い。加えて黒髪に遮られてその奥の黒い瞳が見えないということもあって、端的に言ってかなり地味な少年だ。人集りの中に居たら、その他大勢として扱われそうな少年。
 しかしそんな彼が武器接近戦闘ランクA−の資格という、日本で十人程度しか持っていない資格を持つ天才剣士だということを、堅二は知っている。そして何よりも、小学校時代からの親友だということを。
 斉藤(さいとう)黒(くろ)。そういう姓と名の彼を、堅二は昔からクロと呼んでいる。
 そんな彼の言葉に従って教科書を開き、文字を目で追うと、先生が黒板に書いた『魔法の主な系統について』と全く同じ題が其処に見られた。

「さんきゅ」
「…………」

 小声で感謝を告げると、小さな頷きの気配が隣からした。
 お互い視線すら合わせないやり取りだが、それでもやり取りの間に感じる絆とも言うべき物を、堅二は心で感じる。やはり持つべきものは親友だ。アホは知らない。

 ……しっかし改めて見ると、まだ最初の最初、基本的な部分ばっかじゃねぇか。

 堅二は文を見て思う。
 書いてある内容は極めて一般的で、その気になったら一般人でも充分知ることが出来る魔法の基礎も基礎の事ばかり。
 そう思った此方の顔を見たためか、ルーシェは苦笑いして、

「まぁ……、『特別生』の資格を持っていて、日本に七つしか無い魔法生徒育成国立高等学校の試験にまで合格した貴方達には、ちょっと基礎過ぎてつまらないですよねぇ。このクラスの皆は全員『特別生』の資格持ちで、一際優秀な人達ばかりですし」
「えっと、そんなことは……」

 言葉が無意識の内に濁る。
 ただ、堅二と同じような感情を抱いている者は他にも居るらしく、顔を逸らしたり渋い顔をする者が何名か居た。
 そんな彼等に対し、ルーシェは「それでいいんですよ、それが普通なんですから」と言って頷き、

「日本が定めた平和条約の一つ、戦闘系魔法を学べるのは十五歳以上の人という決まり。だけど、魔法に対する大きな才能や魔力量を持つ子供達を何とか早期から魔法について学ばせ、事故などを防ぐ為に作られた『特別生』の資格制度。その資格を持っている時点で、皆さんが普通の人達よりも才能があるというのは間違いありません」

 ですが、と彼女は続ける。

「だからといって油断は禁物です。魔法というのは才能と努力、そして心で作られる物で、扱い方次第で人を救うことも、殺すことも出来ます。時には魔法の力があるというだけで差別を受けたり、恐れられたりすることもあるかもしれません」

 ……あるだろうなぁ。

 言わば、戦闘系魔法が使える者というのは常に見えない銃器を持っているようなものだ。
 無論、銃器と違って人を助けるためにも使えるが、それでも大概の魔法が戦闘のために存在する。
 だから、最近は魔法を学ぼうとする者自体も減って行っていると堅二は聞いたことがある。人によって差が出て、戦いを前提にした危険な魔法など、日常で普通に生きて行くには、魔法機が発達した今の世の中には必要無いからだ。
 だから魔法を学ぶ為にこの学園に通ったり、様々な権利やサポートが与えられる『特別生』の資格を持つ者は、一部の人間達から差別や疎外感を受けている者も居る。
 だが、今この福岡県魔法生徒育成国立高等学校に通う者達は、それでも自らの才能を使って世に出ることを選んだ。
 後にどんなことが待っているのか分からない、不確かな魔法の道を選んだのだ、この学園に在学する者達は。

「だからこそ、皆には小さい頃から知ってるーなんて言って、油断しないで欲しいんです。時代が変われば、魔法の常識だって変わります。皆、思いの差はあれど、自分の才能と心を信じてこの学園に来た筈です。ですから──」

 其処でルーシェは言葉を切り、表情を緩め、

「一緒に、頑張って小さな事から努力して行きましょう。将来、自分に魔法の力があって良かった、才能を捨てなくて良かったと、誇りに思えるように」

 言葉の後に訪れたのは、沈黙。
 静かでいながら、しかし沸騰寸前のような空気の沈黙だ。
 そんな空気を察したルーシェは笑みのまま表情を固め、

「あ、あれ? 先生何かミスっちゃいましたか?」
「いや……」

 何故かぎこちない笑顔で伺う様に尋ねる先生から、生徒達はほぼ全員が視線を逸らし、

「おいおい……。何だか先生が先生らしい事言ってるぞ。明日の天気は雨のち魔力弾か?」
「待て、よく考えると俺達に『「特別生」だからって調子に乗ってんじゃねぇぞ!? 真面目にやりやがれ!』っていうのを柔らかく言っただけなんじゃ……」
「驚きの変化だよなぁ……。あの、半年前に始めてこのクラスに集まった時、教室の入り口で『あ、あれ? ドアが押しても開きませんよ?』なんて言ってた人物と同じとは思えん……」
「私飴玉持ってるんですよー、って言われた時に差し出されたのが、汁が垂れまくってる梅干しだったっていうのは、今でも鮮明に覚えてるわ……」
「入り口に黒板消しの罠を仕掛けられた時も『ふふっ、皆さんバレバレですよ』とか言いつつ、何故かそのまま喰らった時は本当に頭がどうかしているのかと……」

 ボソボソと小さく呟いている自分の教え子達の姿に、ルーシェはわたわたと子供みたいに手を降って、

「み、皆酷いですよ!? 自分割と良い事言った気がしたのに! それに黒板消しはウケ狙いで……!」
「ウケ狙いにしては本気で涙ぐんで、慌てて皆で慰めた気が……」
「受け? ルーシェ先生、同人誌に出たいんですか? 心配しなくても先生はネタに困りませんから、近々一冊出しますよ。楽しみにしててくださいね? ──先生、男性化してるけど」
「な、泣いてません! 後、文(ふみ)ちゃんは何を言ってるんですか!? 先生何だか寒気がします!」

 このクラスの連中本気で濃いいなぁ、と堅二は担任の失敗談を語るクラスメイト達と、それに対して異論を述べるルーシェを見て思う。
 彼は教科書を持って立たされた状態のまま、

 ……俺は放置かよ。

 一体自分が文書を音読するのは何時になるだろうと、溜息を一つ。
 クラスメイト達の騒がしい声と先生のもっと騒がしい声を耳に入れながら目を動かすと、自分の周りの席に座るクラスメイト達は案外静かだった。
 周りに座るといっても、堅二の席は教室の前から六列目。七列目もあるが、生徒人数三十七人のため、縦六列横七列のこの教室では、実質の最後尾であり後ろには誰も居ない。
 前には長い青髪を靡かせる幼馴染の少女が居て、後ろ姿を見るに頬杖ついて教室の惨状に呆れているようだ。
 左隣は無口な親友が、恐らく目を閉じて我関せずな態度を貫いている。目で見て確認した訳じゃなく、何となくだが、似たような雰囲気を小中学時代から感じたことが何度もあるから分かる。

「…………」

 だから、堅二が見るのは右隣。
 其処は、昨日までは空席として扱われていた場所。席は昨日、全員がそれぞれ自由に決めたため、六列目に空きが生まれてしまったのだ。
 一応七列目の者が前に出て空席を埋めるという案もあったが、結局はまぁいいかということで全員の意見が一致し、空白になった席。
 今は一人の少女が、その席に座っている。
 席が丁度そこだけ凹むように空いていたというのと、最初の自己紹介前にわざわざ此方に来てまで会話したことから決まった、彼女の席。堅二は最初こそ緊張したものの、今はもう隣に居るのに寝てしまえる程、彼女に対する警戒が溶けている。
 多旗真矢。字面だけを見れば男のような名前を持つ彼女は、自分には合わないだろう高校生用の椅子に座り、前を見つつノートを取っていた。
 幼い横顔は、真剣そのもの。
 それこそ、彼女の実年齢に似合わない程に。

 ……意外と真面目なんだな。

 横目で彼女を見つつ、堅二は内心で失礼な感想を持った。
 十歳で既に『特別生』の資格を持っていて、しかも五年分の飛び級が出来る程の学力がある彼女にとっては、魔法の基礎とも常識とも言える内容のこの授業は、高校生が平仮名を学び直すような物だろう。
 なのに彼女はクラスメイト達が担任をからかっているのにも構わず、黙々とシャーペンを動かし、白紙のノートに文字を書いて行く。

「…………」
「……?」

 黒の線を書いて行く真矢を見て、ふと堅二は疑問で首を傾げた。
 ノートに文字を書くという行為自体は、パソコンが全生徒に配られでもした学校でも無い限り普通なので、それ自体には何も疑問はないのだが。
 何故か彼女は机にノートを二冊広げていて、片方は黒板と同じ内容が書かれた状態で開かれたまま放置されている。
 今書き込んでいるのは、もう一つのノートの方で、

 ……術式の構成式? いや、理論の段階か?

 複雑な、所々にアルファベットや図形も見られるノートの紙面。それは魔力を制御し、変化させるための術式理論の図だと、堅二には軽く見ただけで分かる。だてに『特別生』の資格を持っている訳ではない。
 ただ字が小さいというのと、術式理論開発の分野に堅二が詳しく無いこともあり、どんな術式がどんな理論でどれだけのオリジナリティを持っているのかどうかは、パッと見では判断出来ない。
 しかし、堅二は魔法を学ぶ者として、そして無茶苦茶な初対面をかました少女への好奇心から、彼女の手元へと視線を強めた。もっと良く見ようと、無意識の内に身体が右に少し傾く。

「…………」

 此方に気がついていないのか、真矢は無言で睨むようにノートへと目を凝視させ、高速でシャーペンを動かす。
 それをいいことに、堅二の身体もドンドン傾いて、首も伸びて、

「………………何やってんの?」
「………………、」

 バレた。
 真矢から不審なモノを見る目で見上げられ、傾いていた堅二の動きが、魔力エネルギーが切れた魔力車のように鈍い音を上げて止まる。
 ふと、動きが止まった堅二の頭によぎる思考。

 ……あれ、これ結構不味い体勢じゃ……?

 客観的に見て、自分は今口元に教科書をやって隠しつつ、年下の少女の手元を覗き込むようにしている変態一歩手前ぐらいの事をしている。まぁ、魔電車の中で隣の人が扱う携帯端末の画面を覗き込んでしまったような物なので、まだいい。
 しかし茶色の前髪の下、緑の瞳で訝しむように見る彼女からは、

 ……いきなり隣の席の男が立って、教科書で顔隠しながら自分の方見てるって思うよな……!?

 恐らく彼女は堅二が音読の為に立たされている事を知らない。無言で周りの音が聞こえないかのように作業していた姿を思い出す。
 だから、真矢にして見れば自分は手元を覗くためにわざわざ立ち上がって顔まで隠してる馬鹿か変態にしか見えないかもしれない。下手すると、胸元を覗いているなどという心外かつちょっと自意識過剰な勘違いをされている可能性もある。

 ……そんな誤解は受けたくねぇ!

 もう既に裸エプロンだの裸白衣だの、絶対に他人はバラしたくないような事柄を知られてしまっているのだ。
 ここで新たに『十歳児の胸元を覗いた変態男』などと言う称号は得たくない。死んでも受け取りたくない。
 ただ、そういった堅二の想像は杞憂だったらしく、

「あぁ。これが見たいの?」

 気軽そうに、しかし何処か気怠そうにしながら真矢は書きかけのノートを手にヒラヒラと扇ぐ。
 彼女は自分の茶色の髪を、手櫛で軽く整えながら、

「まだ構築してる最中だから、まぁ今日か明日には実際に見せれると思うわよ。まっ、『目的』を果たす為には必要だしね」
「……目的……? それって、後から話があるとか無駄にシリアスな雰囲気で言ってたヤツか?」
「無駄にって……ハァ。そうよ。話があるのはアンタだけじゃないけどね」

 そう言って真矢は、自分の手元、掲げるノートの先に目を移し、

「神原千羽、斎藤黒、月夜(つきや)千春(ちはる)。この三人にも声をかけるわ。アンタに最初声をかけたのは、アンタが最優先だったから」
「……目的を知らないから最優先だの何だの言われてもよく分からんが、アホとクロと月夜って三人とも俺の知り合いなんだが、だからか?」

 辺りを見渡すと、アホっぽい大柄な少年が、隣の席に座る背の高めなセミロングの少女に叱られていて、自分の隣では親友が変わらない態度で座っている。
 そんな堅二の警戒にも似た雰囲気を感じたのか、真矢は口元を緩め、安心させるように告げて来た。

「狙った部分もあるけど、実の所偶然よ。ただアタシは、生徒会にも委員会にも所属せず、実力があって、出来ればアンタの友人及び知り合いがベスト、って考えてただけだから、アンタの交流関係にあの三人が居たのは好都合ね」
「…………」

 堅二は、思わず眉を歪めた。
 生徒会、委員会といえば、この学園を運営する組織の事を指す。
 詳しいことはさっぱりだが、確かこの空峰学園の運営や方針は生徒の自主性や社会性を養うという理由で八割以上が生徒達に委ねられており、生徒会などは生徒達の代表を務める組織と聞いたことがある。
 各委員会が風紀、体育、生活、保険、図書、放送のそれぞれ役割を持った六つ。そして校内や学外に置いて最大の権限を持つ生徒会は、国や教師の命令に対し『反対権限』を持っている唯一の組織だと聞いている。つまりは、生徒会と委員会は生徒達のリーダーであり、尚且つ学園運営を担う重要な役柄だ。
 確か半年前、このクラスのメンバーが決まる前からそんな面倒で自分には全く関係無さ気な話があったり、立候補やら選挙やらもあった気がするが、余り覚えていない。細かい仕事内容やら規模やら決め方などは、聞いたのだろうがもう忘れている。
 ちなみに三学年でバラバラに分かれているこの学園は、校舎も教師陣も生徒会も委員会も、全て学年ごとに半独立状態で存在していて、三学年通して存在するのは学園長と理事長くらいなものだ。
 よって、確かに生徒会や委員会に所属するメンバーは一年生にも居るが、

「生徒会や委員会に所属してないって、それ要するに一般生徒にしか出来ない目的ってことだよな? ……一体何するつもりだ?」
「別に、そこまで悪いことじゃないわ。ただ一般生徒として当然の権利を使わせてもらうだけよ」
「強い方がいいなんて言っておきながら悪いことじゃないって、全く信用出来ないんだがそこら辺分かるかガキ?」
「……普通、ここまで言ったらアタシの言いたい事に気づきそうなものだけど。アンタこの学園に入る時説明会とかちゃんと受けた? パンフレットとか校則集軽くでもいいから読んだ?」
「生憎と、この学園に入ることには入ったが、そういった面倒そうで自分なんかと関係無さそうな話はまず聞いてないからな。パンフレットも貰った直後にゴミ箱行きだし、五百ページぐらいありそうな校則集も部屋で埃かぶってるよ」
「……アンタバカ?」
「自分の自己紹介ほっぽりだして俺の自己紹介をしたお前程じゃねぇよガキ」

 下から不機嫌そうな光を持って睨まれるが、堅二は真っ直ぐ立ち直して無視する。
 無視しつつ、しかし脳は今真矢が言ったことを反芻していて、

 ……本当に何するつもりなんだ?

 分からなかった。
 何やら委員会か生徒会に関係することだとは分かるが、それ以上の事が分からない。判断するだけの情報と知識が、彼に無いからだ。
 今の堅二に分かることは、四つ。

 1:真矢は生徒会か委員会に関わる『何か』をしようとしている。
 2:『何か』は実力がある者が複数居なければ実行不可能。
 3:尚且つ、生徒会や委員会に所属していない一般生徒で無ければいけない。
 4:そして何よりも自分が必要らしい。

 分からない、と呟いてしまいそうなくらい分からなかった。
 特に、四番。
 自分が必要、などと言われても、堅二はそんな何かのために必要と言われる類の『特別な人間』ではない。『特別生』ではあるが、それでもこの学園一年次の半数が資格を持っているし、真矢の方がそういう意味では圧倒的に特別だ。
 堅二は魔法が使えるが、魔法が使える者の中で特段特別などではない。
 そんな人の群れに埋もれてしまいそうな人間である自分が、彼女の目的に必要だということが、一番訳が分からない。

 ……まさか。

 思考が、悪い方向へと一気に転落した。
 さながら、大地の亀裂に足を取られ、落ちて行くように。
 思う。
『高城堅二』は、たった一つだけ特別な物を持っている。
 だけど、それは──

「しょうがないわね……。とにかく、昼休みに屋上でこの学園とかについてもまとめて教えて上げるから、絶対に来なさいよ?」
「……なぁ、お前さ」
「……何よ」
 
 声が持つ感情が変わったことに気がついたのか、真矢から返って来るのは疑問の声ではなく、促しの声。
 今、己はどんな顔をして、どんな目をして、どんな雰囲気を滲ませているのか。
 鏡が無いから、そんなことは分からない。
 彼女に対し目を合わせない堅二は、一度息を吸って、なぁ、ともう一度呼びかけて、

「まさかとは思うが、お前──」
「だ、だからまずは小さなことから頑張って行きましょう! はいっ堅二君、お願いしますっ!」

 質問を遮る先生の誤魔化すような声。
 感情の篭らない質問をしようとしていた堅二は、その声に正気に戻った。
 視界に入るモノを見ようとして見ていなかったらしく、脳が正常の作動し始めて見たのは、此方を急かすように手を振るルーシェ先生。何やら椅子の上で正座をしてるアホ。そして周りから放たれる急かすような視線。

 ……自分はこんな時に何を尋ねようとしてるんだか。

 馬鹿馬鹿しいと、そう思った。自分はこの教室で、何無駄なシリアスをしているのかと。
 苦笑が漏れて、口の端が少し釣り上がった。

「……何か知らないけど、名指しされたわよ」
「……分かってる」

 小声で告げ合うと、真矢は話を切り上げるように術式を書くノートへと右のシャーペンで書きいれつつ、左手にもう一本シャーペンを握る。
 そしてそのまま、授業用だろう開いたもう一つのノートに、左手のまま文字を書き入れ始めた。
 書く字に乱れは無く、右手の動きも止まらない。一人の少女から、二つの筆記音が生まれている。

 ……両利き? しかも同時に授業受けながら術式理論組み立てるとか、物理の問題書きながら数学の難問解くようなもんだぞ……。こいつ本当に十歳か……?

 サラリと隣で行われている超人技に驚きを突破して呆れつつ、堅二は自分の手元、手に持つ教科書に目を通す。
 目に映るのはどれもこれも自分が知ってる内容ばかりだが、本気で先生が助けを求める目をしているので、素直に読み上げることにした。

「魔力は精神に反応し、様々な物理法則外現象を起こしますが、それだけでは安定した力とはなりません。精神は常に不安定なもので、また魔力自体も魔石や魔力水のように結晶体にならないと、安定しないからです。なので、魔力を魔力法則で従え扱う術式という魔力操作方法が、幾人もの研究と経験から作り出されました。世界中で魔力を持たないモノなど無いのに、どうして物質と生命体では魔力の多さが圧倒的に違うのか。どうして魔力を扱え魔法現象を発生出来るのが生命体、それも比較的知能の生物である人間とごく一部の動物だけなのか。それ等の理由が精神にあることも術式の研究、ひいては魔力法則の研究により明らかになりました」
「はい、その通りですね」

 音読により、教室の中が真面目になったことに安心した先生は、ホッと息を吐き、

「昔は今みたいに魔力で術式をそのまま作っていたのではなく、武器や地面に直接術式を描いていたそうですよ。その方が昔は効率が良かったんですねぇ」
「……魔法術式は地域や民族、国家によってありとあらゆる物が生み出されて来ましたが、主に七つの系統に分けられます。強化系、形成系、放出系、防壁系、空間系、幻惑系、儀式系の七つです。これは今現在どの国においても、ランク制度と同じくMUN(魔法国際連合)によって統一されていて、あらゆる世界各国において共通です」

 文章はそこまでで、続くのは各系統の説明文だ。
 読み上げて欲しかった部分を読み終わったのか、ルーシェは堅二に座るよう言ってから黒板に向き直り、チョークを手に持つ。
 手に持ったチョークが虹色だったのに気がつき、慌てて白に取り替えつつ、

「強化系は加速などの現象や物質を強化するタイプ。形成系は魔力を物理的物質などに形成するタイプ。放出系は魔力を魔力体としてそのまま放出するタイプ。防壁系は魔力を使って防壁などを作るタイプ。空間系は結界などの空間に直接干渉するタイプ。幻惑系は相手に魔力的干渉から脳を幻惑させるタイプ。そして、儀式系は大規模な術式を展開したり何かを代価に差し出すタイプ。以上が七つの系統です」

 黒板に、ルーシェが言う通りの内容が白の文字となって刻まれた。
 チョークで字を書く慣れた手つきに、いつもそう流麗に動けたらいいのになぁ、と堅二は頬杖ついて担任の綺麗な文字を見る。
 内容はやはり堅二の知っている通りで、違っている点といえば、

「一応下に例を書いておきました。各系統ごとにさらに分類が分かれているので、実は強化系の加速術式もあれば、放出系の加速術式もあったりするんですよっ! そういう細かいのは、やはりその術式でどういった効果が生み出されるのかで決まるので、結局の所七系統以上に魔法を分類するのは難しいんですよねぇ」

 強化系の下には『肉体強化など』、形成系の下には『金属生成など』、放出系の下には『レーザーなど』、と系統ごとに主な例が書かれている。

 ……なんでレーザーなんだ? 普通そこは光線じゃ……。

 感じた素朴な疑問を、堅二は出さない。クラスメイトも何人かが首を傾げているが、誰も笑顔のルーシェに指摘しなかった。
 何はともあれ、全七項目の系統による文章は、黒板の半分以上を支配している。
 その文章を書き写すのを面倒だと感じつつ、堅二はシャーペンを取り出した。

「先生、儀式系の所に『契約術:例《英雄術》』とか書いてますけど、どうしてですか?」
「あっ、良い所に気がつきましたね守(まもる)君! 実は、去年東京の天峰学園の方で《英雄術》を知らずに使ってしまったという事があってですね、今年はそんなことが起きないよう、皆さんに知って置いてもらおうかと」

 そんな会話を耳にしつつ、堅二はシャーペンの芯を上部分を押すことで出す。シャーペンの仕組みが一切の魔法が関わっていない、ただの技術だと知った時、幼い頃の自分は大変驚いたものだ。

「《英雄術》って確か、あれですよね? 古代に作られた、精神に反応するっていう魔力の性質を最大限に利用した『儀式系存在強化術式魔法』って夢のような魔法」
「はっ、夢とは言い得て妙だな。見て居る時の幸福感は凄まじいが……、覚めた時の絶望感は倍増するがな」
「代価が『感情に実力が伴う』っていうメリットデメリット複合系の代価で、昔は民衆の支持を集める王や騎士などの『英雄』が使ってたからそう呼ばれるようになったらしいけど……」
「皆、やっぱり詳しいですねぇ」

 ……書くの辛いなぁ。ノート全部パソコンとかになればまだマシなんだが。

 とにかく書くのが辛い。書かなくても覚えている内容だと言うのが、余計にそれを増長する。
 魔法を校舎内で使うのは原則禁止であり、故に楽は出来ない。辛くても、頑張るしかない。

「この術式の最高な点は正に代価の部分で、簡単に言うと『勝ちたいという方向性の感情が強くなればなる程、魔力が増す』っていう効果、記録では魔力以外にも戦闘に関する基礎能力(ステータス)が一気に一、二段階程跳ね上がったというのもありますね。ただ、問題は逆……、『負けるかもという方向性の感情が強くなればなる程、魔力が下がる』という点で、これは負けるかも、とか思うと力が増えるどころか素の力よりも下がるというものなんですよね。二つまとめて『感情の増減に実力の増減が直結する』という効果です」
「あっるぇ? でもそれだったら、ポジティブな心を持っている人だったら別に大丈夫なんじゃない? ようは負の感情を持たなきゃいいんでしょ?」
「残念ながら、人はそう単純には出来てないさ。誰だって戦闘中に『負けるかも』と一瞬思考が過ぎったり、戦う前に『勝てないかもしれない』と一瞬でも感じたことぐらいあるだろう? 《英雄術》で強化している者はその時点で元の力よりも更に弱体化して、ほぼ確実に負けてしまうんだよ? だからこそ英雄と呼ばれる者達がこの術式を使い、民衆達はこぞって英雄が勝てるよう声援を送ったという。強気になれるように、ね」
「ブローニング君の言う通りですね。しかも一旦負の感情を持った人がデメリットで魔力が減り、魔力が減ったことに負の感情を強めてまた魔力が減り……なんていう、泥沼に陥ったこともあるそうですし、最悪の場合魔力を失い過ぎて死亡なんてことも……」

 何やら先生は熱心に語っているが、堅二は内容を右から左に流して聞かず、視線を右へ。
 黙ったまま机に齧り付くように文字を書く少女の姿を見て、

 ……どうしてそう、詰まらないことを根気良くやれるんだろうな。

「しかも《英雄術》が『英雄』術と呼ばれるのにはもう一つ理由あって、それが『儀式系存在強化術式魔法』という過去の人々が見落としがちな、最大のデメリットなんです。分類から分かる通り、この術式は単純な魔力による強化の魔法ではなく『人間としての存在部分から強化する』というものなので、つまり──」

 隣の少女に時折目をやりつつ、堅二は何やらルーシェの説明好きスキルが発動した所為で脱線した授業を受けながら、黒板に書かれた内容をノートに写して行く。
 真矢の字と比べて、格段に汚い堅二の文字は、授業が終了真近になるまで説明し続けた担任の嘆く悲鳴が上がるまで、ノートのページに刻み込まれて行った。




          ■




「じゃ、屋上で待ってるから、さっさと来なさいよ」

 四時限目の古典授業が終わった後に隣から告げられたのは、遊びに行くような軽い台詞。
 机の上に出していた教材全てを学生カバンに詰め込み、呼びかけをし終えた真矢は躊躇なく席を立った。
 そしてあれから結局授業の殆どを爆睡して過ごし、半分程意識が夢の世界へと二段ジャンプで飛んでいた堅二は、

「……おぉ」

 と、目元を擦りながら返事をする。
 堅二が返事をするまでのノロノロとした動作による数秒の間で、彼女は体格に見合わない大きなカバンを手に持ち、此方に背を向けた。
 そのまま振り返ることなく颯爽と歩いて行き、全員が何故か固まった教室内を横切って、出入り口から廊下へと消えて行く。

「……ぅんむ?」

 そんな彼女の後ろ姿を彼は見送りつつ、頭を振り、寝呆けた意識を回復させた。
 堅二のまだ眠い脳内でまず上がるのは、真矢が言った台詞で、

 ……あぁ、そういや昼休み屋上に来いとか言ってたか……。

 二時限目と三時限目の間にある中休みに、神原や斉藤、月夜に話していた真矢の姿と、自分に屋上に来いと言った彼女の姿が同時に思い浮ぶ。
 ただ、

 ……なんで俺だけ強制?

 神原達には「よかったら」とか「来てくれると助かるわ」と言いつつ、自分には「来なさい」と命令なのか。
 扱いの差に文句を言いたくなるが、当の本人は宣言通りさっさと行ってしまっている。文句を言いたくても本人が居なければ言えない。
 なので、

「行くか……」

 立ち上がり、背伸びして骨の音を鳴らし、身体を目覚めさせる。
 カバンの中には財布や携帯魔話機と今日の昼食であるコンビニ弁当が入っており、学園の教材は既に机の中。わざわざ真矢のように持って行く必要も無いだろう。盗まれて困る物でもない。
 だから、後はカバンを持てば屋上へ行く準備は完了する。
 さて、と堅二は机横のフックにかけていたカバンへ手を伸ばし、

「ちょっと待ったああああああ!?」
「おおおおおおっ!?」

 叫びを前面からダイレクトに喰らった。
 驚きの悲鳴を上げながら反射的に耳を塞ぎ、堅二はしかめっ面の視線を前にして、叫びの主を見る。
 甲高い声の響きは女性の物であり、堅二はよくその声を知っている。
 小学校に入る以前、小さい頃からよく聞いて来た、幼馴染の声。
 鼓膜を破ろうとしたのかと聞きたくなる程の大声をぶつけて来た彼女は、何故か息を荒げつつ、鮮やかで特徴的な青の髪を振り乱し、普段は健康そうな肌色の顔を興奮の朱に染め上げている。
 彼女が何故そんなに興奮しているのか分かっていない堅二は、首を傾げて、

「なんだよ水葉(みずは)。ゴキブリかスライムでも居たのか?」

 天川(あまがわ)水葉(みずは)。
 何処ぞの和風お嬢様と言われておかしくない程の質素な美しさと礼儀正しさを持つ筈の彼女は、何故か今まで見たことの無いような怒り顔を浮かべ口を開く。
 可憐な唇から放たれるのは、最初と似たような叫びで、

「違うっ! そうじゃなくて──」
「そうじゃなかったらなんだよ。あぁ、あれか? このまえ貸した『魔王の伝説92 〜勇者ゾンビ討伐編~』がまだクリア出来ないのか? あれは勇者の城に突入する前に戦士ゾンビに魔王流トリプルアクセルジャーマンスープレックスかまして、勇者ゾンビの弱点を聞き出さないと」
「もうクリアして今は最初っから勇者の城の門が開いてる『何時でもクリア出来ますけど行かないの?』モードで二週目してるから! そうじゃなくてちゃんと話を聞いて!」
「んー? 何だよしつこいなぁ。それじゃなんだよ? 昔お前ん家の屋根の上で神原とコサックダンス勝負したことなら、もう謝っただろうが」
「まだ堅二寝呆けてるの!? お願いだから目を覚ましてよ!」

 カバンを手に取りはしたが、何故か両手で肩をがくがく揺さぶられていて、屋上に向かえない。
 何をこの幼馴染は錯乱してるのだろうと思いつつ、熟睡後の寝起きで気だるい堅二の目はクラスメイト達の方へと行く。
 が、何故かクラスメイト達の大半が教室内にて各々スクラムを作っていて、

「おいおい、天川もツッコミ体質とはいえ『空峰学園週間ツッコミランキング』で二週連続一位の高城がツッコミ入れられてるぜ……」
「あのバカは九割方ツッコミ役かと思ったが、寝呆けた状態では完全にボケ役だな……」
「つーか、転入生の話といい、アイツ昔は結構なボケ役だったんじゃないか……?」
「違うでしょ。どう見てもただのバカでしょあれ」
「寝呆けるっていうか、あれもはや夢遊病のレベルだって。本気で今朝何があったんだ……」
「……ふむ、寝呆けてるだけにボケ、と。あっ、何故に全員引いてるので御座る!?」
「忍者モドキ、世の中には言って良いことと悪いことがあってだな」
「取り敢えず罰として『ザ・ファイナル焼きそばパン』買って来いよ忍者モドキ」
「親父ギャグかどうか微妙な今の一言で売店の一番人気商品はちょっと酷いで御座るよ!?」

 ……うるせぇなぁ。

 うるさい御座る口調とその口調の持ち主に対する口撃に、頭の奥底が段々と覚めて来た。
 生暖かく、ボーとしていた思考は冷たく形となり、目は目的を持って辺りの情報を取り入れる。
 自分の居る教室、226クラスの光景が、はっきりと認識出来て、

 ……何やってんだ、アイツ等?

 スクラムを組むクラスメイト達の向こう、何故か涙目になって叫ぶ天川の向こう、真矢が消えた教室の出入り口に立つ影が三つある。
 大柄な少年と、赤髪緑眼の少女、細身の少年の三人だ。
 彼等は此方に何故か頑張れとでも言いたげに親指を立ててから、廊下へと去って行く。
 三人が誰なのかは一瞬で理解出来た。神原、月夜、斉藤の三人だ。
 なのだが、

 ……何か嫌な予感がする。

 最後の親指と、此方を見る哀れむような目が、頭の裏側でチリチリと燻っていた嫌な予感を燃え上がらせた。
 寝起きの頭が一気に冷えて、正気かつ冷静な思考がめぐるましく展開され始める。が、幼馴染は暴走し過ぎているのか、目に光が戻っている堅二の肩を揺する手を止めず、

「私が聞きたいのは! なんでいきなり告白されるのかってこと!! ゲームの攻略法とか謝罪とかじゃないの! ある意味攻略法だけど! ある意味謝罪だけど!」
「……はっ?」

 脳が理解不能という答えを打ち出した。
 もはや残像が生まれる程の速度で揺さぶられているが、堅二はジェットコースター並の揺さぶりを気にしない程に、呆然としている。
 幼馴染の口から飛び出た台詞、それだけに気を取られていたからだ。

 ……告白ぅ? 何をどうしたらそうなるんだ。

 遂に幼馴染の頭もクラスメイト達のようにイかれてしまったかと思うが、相手は小さい頃から自分の周りで唯一の常識人だった少女。
 それが今日、突然何のキッカケも無しに頭パーになったということはあるまい。というより、あって欲しくない。
 だから堅二は考える。天川が勘違いした理由を。
 考えて、浮ぶのは、真矢の「屋上で」という言葉。
 あの言葉をよくよく普段の思考回路で考えてみると、

 ……まるで告白のために呼び出すような誤解招きまくりの言葉だな!

 漫画でよくありそうな展開と台詞だと、堅二は理解して納得する。恐らく、他のクラスメイト達もその所為で真矢の言葉に固まったのだろう。
 確かに自分が最近読んだ『木馬と聞いて』というタイトルを見て、どうイメージが浮ぶかでその人間の価値が決まりそうなタイトルに、初っ端がヒロインの告白から始まるドメスティックラブストーリーの漫画でも、導入部分で似たような台詞があった。あの後は「俺、一次元にしか興味が無いんだ……」などと言ってフられたヒロインがブチ切れ、木馬に主人公を跨らせ永遠に木馬を揺らし続けるという、ちょっとヤンデレ気味のお話になっていたが。
 取り敢えず、天川が勘違いしている理由も分かったため、堅二は軽く頷き、

「水ががががががががががががががががが!?」

 口から出たのは、壊れた機械のような悲鳴だった。
 どうやら堅二が黙っていた間にも天川はヒートアップしたららしく、残像を超えてソニックブームでも起きそうな上下運動まで取り入れた揺さぶりは、此方の体力を一気に消し飛ばして行く。

 ……し、死ぬ! 死んじまう! 死因が『幼馴染に揺さぶられて死亡』とか、マジで笑えねぇぞ!?

 墓には何と書かれるだろうか。『類稀なるバカここに眠る』などと神原が勝手に書き入れそうだ。
 そんなのは勘弁と、堅二は揺さぶられる脳で考えるが、

「ねぇ、どういうことなの!? あの子とは何時からの付き合いなの!? どうして犯罪路線に行っちゃったの!? 決め手は裸エプロン!?」
「まままままででででででででででででで!?」

 揺さぶられ過ぎて言葉が言葉にならない。さながら超ハイパワーマッサージ機を使っているような状態だ。
 一方で幼馴染は細い腕の何処にそんな力があるのか尋ねたくなる程、揺さぶって来ていて、その力は時間が経つ度に増しているようにさえ感じられる。
 下手に喋れば舌を噛みそうな震動を受ける中、クラスメイトに助けを求めようと揺れる視界を必至に捉えて、

「いやぁ、修羅場ですねぇ」
「修羅場ですなぁ。ボカァ人生で始めてですよ、修羅場を見たのは」
「呑気に傍観してんじゃねぇ──!」

 わざとらしいクラスメイトへの怒りのパワーを軸に、天川の手を強引に振り払った。
「キャッ!?」という悲鳴を聞くも、すまないと思いつつ、揺さぶりの余波で痛む肩と首の筋肉に、しょうがないよなとも思う。
 だけど一応謝ろうと、堅二はぐしゃぐしゃになった黒髪を掻きながら、

「悪い水葉大丈夫か? そして頭は大丈夫か? 落ち着いたか?」
「う、うん……。後半で謝罪が台無しになってるけど、一応……」

 一度振り払われたことで頭が冷やされたのか、もう幼馴染の目には興奮した猛牛の如き光は無い。
 それでこそ常識人代表だと、彼はうんうんと数度頷き、

「別にアイツに呼び出されたのは告白とかじゃないから、そんなに興奮しなくて大丈夫だ」
「そう、なの?」

 不安そうに尋ねてくる天川に、もう一度頷いて、

「何でも生徒会やら委員会やらが関わることだかで、ちょっと手伝えみたいなこと言われてな。今日の昼暇だったし、行くだけ行こうかって思って」
「あっ、そんな話してたんだ……。何か後ろで喋ってる気がしたけど、前で神原君がカッコつけて三回転半捻り正座とかやってから、よく聞き取れなかったんだけど」
「あのアホが……」

 前の席に座る幼馴染が、自分と真矢の会話を聞いて無かったのにはそんな理由があったのか。
 親指を立てて行ったアホが脳裏に浮かび、後で窓から突き落とそうとため息をついて、

「そんな訳でアホとクロと月夜も行くし、告白なんてのはあり得ないからな」
「神原君や千春も?」
「らしい。だからまっ、心配すんなって。第一相手はガキだぞ? どうこうなる筈がねぇよ」
「…………」

 返って来たのは、息を詰めるような無言だった。
 はて? と、何か不味いことを言ってしまったかと思いながら幼馴染の顔を見ると、彼女はどうしてか心底複雑そうな表情をしている。
 感情を抑えるような、疑問を抑えるような、そんな顔だ。

 ……というより、何で告白って勘違いであそこまで暴走したり、心配したりするんだか。

 天川は子供好きで、例え飛び級生といえどそれは変わりないと思っていたのだが。真矢と何かあったのだろうか。
 だけどまっいいか、と彼は結論を出しながら言葉を継ぎ足す。

「まぁプロフィールを完璧に調べられてるくらいだから、それぐらい俺に用事があるんだろうさ。そんな努力の方向が百八十度間違ってるガキの話聞くぐらい、構わないだろ?」
「……だから心配なのに」
「……? よく意味が分からんが、そろそろ俺行くぞ」

 カバンを持つ此方に、幼馴染は了承の頷きをして、

「うん……。でも気よつけてね? この時期に生徒会と委員会に関わる事柄なんて、ロクな事思いつかないし」
「そういえばお前体育委員になったんだったけ? だからそんなに心配してくれてんのか」
「昔からでしょ、堅二が私を心配させるのは」

 それもそうか、と堅二は気まずそうに顔を背ける。
 昔からこの幼馴染には自分の行動で心配をかけてばかりで、悪い事をしていると思う。
 自分が無茶をしたり馬鹿をやると何時も本気で怒って、心配して、時には不安から泣く。そんな優しい少女だ。
 第二の母親のように此方の身を案じる幼馴染を、堅二は有難いと苦笑しながら感じて、

「あの転入直後にぶちかましてくれたガキだ。もう何があっても驚かないだろうよ。じゃ」
「んっ、行ってらっしゃい」

 短い言葉で切って、背中を彼女に向けた。
 彼女からの言葉を背中に受けつつ、堅二は屋上へと向かうために歩き出す。
 上履きが歩く度に踏みしめの音を上げ、自分の身体は自分が思う通りに動き出した。

 ……何を言われるかどうかは分かんねぇが、プロフィール列挙に比べればマシだろきっと。

 あの探偵でも使ったのかと言いたくなる情報の羅列に比べれば、これからの話は恐らく驚愕の度合いは少ないだろう。
 だから、大丈夫だ。何も心配することも、不安になることも無い。どんなことだろうとどんと来い。
「転入生に後でインタビューしたいって言っといてー」というクラスメイトの声に手を振って答えつつ、堅二は自信を持って廊下に出た。行き先は、友人達も向かった、待ち人が居る屋上。
 彼の足取りに、迷いや怯え、不安は、無い。

「どんな事だろうと、今の俺を驚かせれると思うなよガキ……!」




          ■




「簡単に言うとね、──生徒会を乗っ取ろうと思うのよ」
「………………………………………………………はい?」

 どうやら今すぐ、高城堅二は発言を撤回する必要がありそうだった。






[30442] 第無章・昔の深夜
Name: 偽者◆cd4c8cbe ID:418c9935
Date: 2011/11/15 16:18















 何かを思うのは簡単なのに
 何かを言うのは難しいのは
 自分が馬鹿か餓鬼だからか















「そこの女の子! お前だよ、茶髪の女の子ー!」
「…………」

 この時。
 最初は人違いか、恐らくは別の誰かを呼んでいるのだと思った。
 でもいつも通り歩きつつ、後者は無いと断定出来た。何故なら今の時間は深夜の十二時。つまりは、日付が変わる瞬間の時間帯。周りは魔力街灯の光のみがぼやっと照らす住宅街で、人も魔力車も一つたりとも居ない。完全な無人、という訳では無いのだろうが、少なくとも自分の周りはほぼ無人だった。だから自分の近くに他の誰かが居て、そちらへと声をかけているという訳では無いだろう。
 となると、前者なのかと思うが、人違いをしているのなら探し人の名前で呼ぶはずだ。わざわざ『茶髪の女の子』などという此方の特徴で呼ばないはず。

 ……っていうか、よくまぁこの薄暗さの中で髪の色なんか判別出来るわね。

 視界が暗闇によって完全に潰されている訳では無いが、それでも色を判別するのが難しい程の暗闇であることは確かだ。
 視界を補強するなんらかの魔法でも使っているのか、などと考えているうちに、呼びかけて来た者の足音が後ろから近づいて来る。
 距離は、近い。

 ……逃げると面倒、か。

 大声を上げられたりしても面倒だ。なので、ゆったりと速度を落として後ろを振り返った。街灯の下に移動したため、ここからは向こうの姿が夜にしてはよく見える。
 此方へと歩いて来るのは、この近くにある中学校のブレザー型の制服に身を包んだ十二、三歳程度だと推測出来る少年。
 靴は学校指定であろう黒の革靴。自分よりも背の高い体躯に、暗闇の中に紛れそうな黒髪と黒目。手入れなどされてなさそうな髪の毛と、面倒そうに吊り上げた目からは馬鹿不良の雰囲気が全開で放たれている。
 乱雑そうでいて、しかし何処か恐怖を拭い去る姿。平凡そうでありながら、深夜の夜空を背景に佇む少しズレた異常さ。
 あぁ、

 ……考えると、まだパターンあったわね。

 自分としたことが、失念していた。
 一応生物学上女である自分に、夜道で前触れなく声をかけてくるような男が居るとしたら、理由はほぼ確定されるではないか。
 つまり、

「あのさぁ……、一応言っておくけど、アタシ七歳よ? 流石にちょっと性癖が五百四十度カーブして無いかしら……?」
「いきなり最初の言動がそれかよ……っ!? しかも例えがよくわかんねぇ!」

 なんだこの色々ぶっ飛んだガキ……、とでも言いたげな目で見下ろされ、むっとなる。
 此方だって夜道で突然喋りかけて来やがってこの不良男、と思っているが表に出さないようにしているというのに。
 だがここで怒鳴りかかっても仕方がない。ここは落ち着いて、さっさと用件を話させるべきだ。

「で、夜道で突然喋りかけて来た怪しさ全開の不良男さんの用は何?」
「お前は俺になんか恨みでもあんのか……」

 怒りはあるが、恨みは特に無いと思う。しいて言うなら、帰路を邪魔されたことだろうか。
 街灯の下。肩を落としてため息を吐く少年は、頭髪をガシガシと右手で掻いて、

「こんな時間に外歩いてる八歳児なんか見つけたら、普通は声かけるだろ。常識的に考えろ常識的に」
「なるほど。自分で幼児狙いのロリコン不審者宣言するなんて、流石本物は違うわね」
「………………なぁ、お前本当に七歳か? 幻術とか身体変化とかの魔法使って誤魔化してねぇよな?」
「まぁ、大人びてるとかは普段から言われなれてるけどね。ちゃんとした七歳児よ、一応」

 こんな七歳児が居るとか世も末だな……、と呟く少年。
「こんな」という表現に多少イラッ、と来たが、あまり突っ込んでいては話が進まないので、取り敢えずスルーして口を開く。
 早く済ませて、家へと帰りたい。

 ……もっとも、帰りを待ってくれてる人が居るわけでも無いけど。

「で? 実際、何の用なのよ?」
「……別に何か用がある訳じゃないけど、こんな時間帯に外歩いている子供が居たら、よっぽどの馬鹿か悪人でも無い限り心配で声かけるだろ?」
「…………」

 ……なるほど。
 そういうことか、と言葉を聞いた脳内で答えが一気に組み上がる。
 ようするにこの少年はお人好しと呼ばれる類いの人間で、一人夜道を無防備に歩く赤の他人である年下の存在を見逃せなかったと、そういうことなのだろう。自分の予想はまるっきり逆だった訳だ。
 だからこそ、

「──はぁ」

 自分は呆れた。
 呆れて、少年に背を向けて、

「別に、心配されなくても家にくらい一人で帰れるわよ」
「確かに、ここまでの会話で正直心配とか不安とかそういうのが軒並み減って行ってるが……、でも最近ここら辺で犯罪者ランクCぐらいの通り魔が出てるって話だし、やっぱ心配だから家まで送ってく」
「……それ、勝手な善意の押し付けか、もしくは都合のいいストーカーのセリフだってこと、分かって言ってる? 分かって言って無かったら、アンタ天然系ストーカーよ」
「どうしてこの幼女はこうねじ曲がった返答をしてくるかなぁ……!? そんなに俺を性犯罪者にしたいか?」

 怒り爆発一歩手前の少年を見て、だったら早くアタシを見ないふりして何処となりと行けばいいのにと心中で呟く。
 暴言を吐く、怖い物知らずの自分などほうって置けばいいのに。
 一つガツンと言ってやろうと唇を湿らせて声を放とうとした直前に、呆れと疲れとをミックスさせた声が背後から一つ。

「たっく……、あのなぁ、とにかくお前ん家まで俺が送るか、もしくは交番に直行するか。ほら、二つに一つ。早く選べ」
「……はぁ? なーんでアタシが、んな選択を迫られなきゃならないのよ? 第一ねぇ──」
「じゃあ送ることに決定な。とっとと帰るぞ」
「きゃっ!?」

 向こうは自分の話を欠片たりとも聞いてなかった。
 瞬時に、まるで荷物を抱えるように小脇に胴体を挟まれ、そのまま此方の重さなど感じられないかのように軽い足取りで歩いて行く。
 視界が不規則に揺れ、地面のアスファルトに埋め尽くされているのを認識し、

 ……──やられた! って、コイツ、結構やる……!

 見事なまでに油断していた自分への叱責の念と、鮮やかかつ無駄の無い少年の手管に驚愕の念が生まれる。
 慌てて腰に回された手を外そうとするのだが、少年が歩く度に身体が揺れるため、上手く四肢を動かすことが出来ない。
 そうこうしているうちに、少年は自分を抱えたまま、深夜の街中を颯爽とかつ素早く歩いて行く。此方の同意も何も受けずに。
 視界の自動通路のように流れて行く真っ黒な地面から、それを感じ取って、

「ちょ、離しなさいよ!」
「うるせぇ! ぶっちゃけ俺も十三歳で未成年だから、こんな時間に交番行ったら注意とか持ち物検査とか学校連絡とかされて面倒なんだよ! 中学の説教担当体育会系教師がどれだけ怖いのか知ってんのか!? 主に筋肉ムキムキマッチョ汗ダラダラ系的な意味で!」
「いや、そんな自分勝手な中学事情話されても知らないわよ! いいから離しなさい! 別にほっといても……」
「だからうるせぇ! お前は俺を今日寝れなくするつもりか? 俺に安眠妨害したくなけりゃ、今すぐお前の家が何処なのか教えろ! 後三十秒以内に答えなきゃこのまま俺の家に行くからな! 其処で朝まで監禁拘束決定だ!」

 ……コイツ、無茶苦茶──っ!

 先程お人好しなどと言ったが、あれは訂正する。
 この少年はお人好しなどでは無かった。善意の押し付けどころか、沸点低い現代風若者、簡単に逆ギレぶちかます自分勝手な独裁者。ツンデレ不良と言うのもはばかられるレベルだ。というかうるさいというのはなんだ。お前の方がうるさいわ。
 いや、ここまで横暴かつハイテンションな態度をとって来るのは、自分の罵倒が原因でもあるのだろうが。だがそれでもここまでされてしまえば、もはや呆れる以外の感情が出て来ない。

「……あのね? 一つ言いたいんだけど、いきなり喋りかけて来て、返って来た返答にキレて、更には人攫いみたく小脇に自分の身体を抱えている人間なんかに、自分の家の場所なんか教えると思う?」
「じゃ、どうしろってんだよ? 言っとくが交番に行くなんて選択肢はもう無しだぞ。俺が困る」

 ……──本当に勝手かつ最低ねコイツゥ!?

 己も褒められたような人間では無いことは分かってるが、それでもそう感じざるを得なかった。
 もう本気で抵抗してやろうかとも思うが、やり過ぎてこの少年の言う通り警察などが出て来ても面倒だ。流石に、年齢的に警察の世話になるのは早過ぎる。
 だから、

「……………はぁー」

 仕方ない、と盛大にため息を吐き出した。
 あからさまな此方の態度に、少年の眉が不機嫌そうに釣り上がるが、

「……そっちの道を右」
「おう」
「…………」

 ぼそっと小さく呟くと、明らかに歩くスピードが跳ね上がる。聞き取るのが難しいくらいのとても小さな声だったのだが、聞き取るとはやはりこの少年はただ者では無い。
 前へと身体が進む動きも、前へ前へ進む足の速さにくらべて、やけに全体の速度が早かった。背後からは普通は足音としてある訳のない『ピシッ』という亀裂の音が聞こえる。
 これは明らかに、魔法を実戦レベルで扱える者の動きと力だ。しかしそれだとおかしいことになる。確かに魔法は、練習と才能次第でこの世の誰もが使える技術だが、

 ……普通、日本は一九四六年に第二次世界大戦敗戦後、作られた平和条約として『日本は必要最低限以外の魔法武力を持たない』っていうのがあるから、アタシみたいな特別なケースでも無い限り、魔法生徒育成国立高等学校か、警察及び自衛隊などの職業以外において戦闘系魔法の習得は殆どが禁止されてる筈なんだけど……。

 世界法則の一つである魔法は、才能も関係するが基本的に個人が扱える最大の武器だ。
 古来、まだ神々がこの星に普通に存在していた頃の時代より受け継がれし、魔力という精神感応素粒子を利用した魔法という技術は、使う者によっては国の一つや二つ傾かせるほどの力を秘めている。中では島を消し飛ばしたり、一対万の戦闘において勝利したなどという者も歴史のページには刻まれている程だ。
 そんな、使い方によっては人をアリのように殺せる魔法。この技術をむやみやたらと今の平和に慣れ切った人々に教えてしまえば、間違いなく過去の再現とばかりに神話のような戦争が起きる。無論、国内、国外に関わらずだ。
 しかも昔の、世界大戦などがあった時代の場合、そういった幾つもの大きな争いがあったために、開発された魔法兵器だけでなく、個人個人の一騎当千の力量も必要だった。が、平和を目指す現代社会において、大方の人々の生活に必要なのは人によって力量や効率が変わる魔法ではなく、魔石や魔力水という魔力結晶体によるエネルギーで動き、誰が使っても安定した性能を持つ、魔法術式技術によって作られる『魔法機』方面の力。
 個人で、しかも殆どが戦闘にばかり特化している魔法は、世界の大方が平和を目指す今では昔程の重要性と必要性を持たない。
 なのでそういった魔法や魔法兵器に関する規則が緩い外国はともかく、平和条約がある日本においては戦闘系魔法を学ぶことについてかなり厳しい制限がついている。
 その一つに十五歳以上という年齢制限があるが、

 ……といっても、才能と人格次第でそんな規則なんか幾らでもスルー出来るけど。

 小さな声で少年に指示を飛ばしつつ、思う。
 日本には、幼い頃に大量の魔力を持って生まれ、扱う術を知らないがために『爆死』したという記録も残っている。
 人によっては、魔法という危険な力を学びたくなくても学ばなければそれはそれで危険だという、まるで運命に縛られているかのような者も居るということだ。
 つまりは自分もその一人で、しかしどちらかというと自分は自分の為に学びたくて学んでいる。
 彼はどうだろうか、と視線を上げて此方の指示通り歩いて行く少年の顔を見た。
 黒髪黒目、平凡な顔立ちの彼は、どうなのだろうか。

「……アンタさぁ」
「なんだよ、世間話か?」

 此方の問いかけに、打てば響くとでも言いたくなるくらい早く返答が帰って来る。
 深夜の世界、少年の足音とお互いの息遣いの音しか存在しない中、彼の声は耳に強く響いた。
 声の調子からして、機嫌は上々のようだ。素直に従うと機嫌が戻るとは、何処までも馬鹿正直な少年だと思う。

 ……バカね、本当。

 夜道を歩く此方を心配して声をかけて来たというのに、早く家に帰りたく面倒なことをしたくないという自分の心を隠しもしない。此方の言葉にだって、子供だからとヘラヘラした笑顔の仮面を見せることなく、ただ率直に感じた言葉と行動で返して来る。
 お人好しでありながら、しかし自分勝手。だがその自分勝手さが、彼のこの行為が善意からのものだと自分に教えてくれる。
 本当に自分勝手、自分が最優先ならば、生意気な此方のことなどさっさと見捨てる筈だ。こんな面倒で接するだけで不快な幼児の自分を家まで送ったりする必要はない。
 今までの人生で初めて見るタイプの人間だった。
 七年という短い人生の中で、自分を前にこんな態度をとる人間を他に自分は知らない。
 此方を子供だと思い、笑顔の仮面を被っている訳でもない。子供にしてはおかしい思考と言動に、気味悪げな態度を見せる訳でもない。完全に大人として、一人の魔法使いとして接する訳でもない。
 上から年下だと見下しながら、しかし自分を隠さず、正直であり続けている。

「アンタ、どうして戦闘系魔法が使えるの? それ、この近くの中学の制服でしょ? どう見ても十五歳以上には見えないけど」

 だから、だから尋ねた。
 この少年のことを、自分に闇の中話しかけて来た不思議な彼のことを、好奇心と別の何かの所為で知りたかった。
 彼は、此方の問いに一瞬驚いたように固まり、

「……そんなこと分かるとか、本当にお前七歳かよ。全く、将来が別の意味でちょっと心配になって来たな」

 見せるのは、苦笑。
 先までの馬鹿正直で面倒そうな顔ではなく、痛い所を突かれたという、誤魔化しの顔。
 彼のその顔を見て、自分でも驚くくらい自然に口が動く。

「何よ、そんな顔も出来るんじゃない」
「お前から見て俺がどういう顔をしていたのか猛烈に気になり始めたが、まぁ、な。というかお前から見たらただのロリコンにしか見えないと思ってたから見抜かれるとは思わなかったぞ、ガチで」
「見抜かれたくないのなら、日常的に魔法を使うのは止めときなさい。動きとか言葉とか纏う魔力とかで直ぐバレるわよ」
「そういうことが言えるってことは、やっぱりお前も『特別生』の資格持ちか……、七歳にしては言動おかしいし、こんな時間に堂々と外歩いてるから多分そうだろうとは思ってたけどよ」

 彼は前へと顔を向け、歩く速さを落とさず、

「しっかし七歳でか……。俺は十歳の時だぞ? 国から『特別生』の資格貰ったのは。七歳なんていったら俺が知る限りでも最速。まさかうちの家族以上の天才が居るとは……」
「別に。アタシだけの力じゃないわ。家が昔から魔法使い兼研究家の家系なだけ。まっ、アタシが天才なのは違い無いらしいけどね」
「……天才、天才か。全く、俺みたいな凡人には遠い言葉だな」

 何気ない一言に含まれた何かに、前へと向けていた目線を上へ上げる。
 そこにあるのは、前へと歩き続ける少年の横顔だ。平凡で、黒髪が歩く度に空気に揺らされてる普通の横顔。
 だというのに、表情は朧げな街灯の光に照らされているのに、よくわからない。七年という年月でしか生きていない自分は、彼の表情がどういうものなのか理解出来ない。
 若くして『特別生』になった者ならば、自分を含めて大量に見て来た。高い才能を持ち、何らかの理由から魔法という力を学んでいる。
 だが、彼の表情に浮かぶ表情の理由が、自分には理解出来ない。見たことが無いから、分からない。
 顔に浮かぶのは、怒りだろうか、不満だろうか、欲だろうか、喜びだろうか、不幸だろうか、幸福だろうか。
 ただ、どうも理解不能な表情の理由は彼にとっていいもので無いことくらい、馬鹿正直な癖に苦笑で誤魔化そうとする似合わない姿から分かる。

「──ごめん」
「……いきなり何謝ってんだよ、ぶっちゃけ怖いぞ。気持ち悪い」

 顔は此方へと向けられ、浮かぶのは潰れた毛虫でも見るかのような気持ち悪そうな表情。
 うるさい自分だって謝るなんて行為が似合っていないことくらい分かっている。殆ど無意識で出たんだから、仕方がないじゃ無いか。
 心の中だけで言い訳しつつ、此方をさりげなく心配そうに見てくる彼から、何故か熱を持つ顔を強引に逸らし、

「右!」
「へいへい」

 やれやれ仕方ないとばかりに此方の怒鳴り声に応じる少年の態度に、頬が更に熱くなる。
 どうしたことだ、と自分でも思っていた。自慢ではないが、他人に謝罪するなど生まれてから三度程度しかしたことが無い。
 なのに、この少年は表面上怒っている訳でも不機嫌になっている訳でもないのに、自分は相手の顔色を伺う弱気な人間のように、無意識で謝っていた。

 ……ダメだ……。

 どうもこの少年の前だと、調子が狂う。
 そして、その調子が狂うという人生始めての現象を悪くないと思う自分が居る。今まで考えたことも、想像もしなかった感情が胸の中に生まれていた。
 ダメだ、と無意識で感じる。
 この感情は、ダメだ。この感情は、一人で生きていくことには重みとなるものだ。この感情は、目的を果たすことには邪魔となるものだ。
 故に、ダメだ。

 ……────。

 だけど、と無意識で感じる。
 この感情は、必要だ。この感情は、誰かと生きて行くためには必要となるものだ。この感情は、願いを果たすためには必須となるものだ。
 故に、だけど、だからこそ、

 ……なんて、言ったら

 何か言わなければ、と思い、しかし答えが浮かばない。
 七歳とはいえ、そこらへんの大人の数倍は知識と人生経験があると思っていた。生まれも育ちも特殊な自分は、大人と呼ばれるただの肉体が大きなだけの者たちよりも上、天才と呼ばれる存在感なのだと。
 しかし、それは間違いだったのだろう。
 何せ、今自分は、この感情を言葉という形にすることすら出来ないのだから。

「────」

 だから、言葉が出ない。
 口を開いて、閉じて、その繰り返し。
 水の中で必死に息継ぎをするような、間抜けな行動。
 そんなことしか、出来なかった。

「おーい、何難しい顔してんだお前?」
「!」

 声に心臓が跳ね上がった。
 慌てた目で見れば、上から怪訝そうに少年が此方の顔を見てきている。
 マイペースに進んでいた彼の足は止まり、二人の息遣いの音以外には無音の世界が生まれていた。其処まで考えて、自分が長い間思考にふけっていた事に気がつく。
 一人ならば黙って考え込むのもいいのだろうが、人が居たら話は別だ。特にその人物が、他人のことを心配するような者であれば。
 突発的(少なくとも自分にとっては)な返答を求められ、慌てた唇から勝手に言葉が飛び出る。

「べ、別に何でも無いわよ! ただ、何時までこんな人を荷物扱いする気なのとかなんか制服から変な匂いがするとか髪の毛ボサボサじゃないのもっと気を使えとか本当に平凡な顔ねぇとか歩いてる最中に強化魔法ミスってこけそうねぇとかコイツマジ目がバカっぽいとかそんなことを考えてただけで……!」
「罵倒のオンパレードだなオイ!? お前今俺の外見と内面の殆どを貶して潰したぞ!?」

 別の本心が飛び出してしまった。
 僅かに仰け反る少年の態度に、また新たな感想が浮かび、

「リアクションが一々大袈裟で芸人みたい」
「この腹黒幼女は本当に容赦ないな……!」
「お笑い芸人の『ユニバースフェアリー』だったけ? あれにそっくりじゃない」
「あんな四十代後半なのにピチピチのビキニ着て『ユニバァァァァアアアアスッ!!』とか夕方バラエティ番組のステージど真ん中で叫ぶオバサンと一緒にすんな! 俺はあそこまで頭パーンになってるわけじゃねぇよ!」
「……じゃあ少しは頭おかしい自覚があるのね」
「…………」

 返って来たのは冷や汗を垂らし頬が引き攣る少年の顔と、
 自分を支える力の消失だ。
 自分の身体は腰を横から抱えられていた状態、四肢は重力に引かれて宙ぶらりんだったため、まず身体が落下すれば一番長い足が地面へと着くことになる。
 力が抜けた今の状態では、手で身体を支えきれず地面に上半身と顔面が叩きつけられる。

「──よ、っと」

 だが、自分とて国から戦闘魔法を学ぶことを認められた『特別生』の一人だ。
 このくらい、どうということはない。
 まずは足裏のつま先だけを伸ばし、地面に着ける。其処から踵を着け、膝を曲げ、背中を後ろへと動かし、勢いのまま腰を下げ、重心を中心に持って来て体勢を整える。こうする事で手を態々着かなくても綺麗に着地し、尚且つ両手がフリーとなり、直ぐに立つ事が出来る。筋力さえあれば、後ろに跳ぶ事も可能だ。視界も前へと上がっているため、前方不注意になることもない。
 魔法ではなく、戦闘において小さく簡単で地味な、しかし重要な動きの一つだった。
 両足を今度は伸ばし、地面に対して垂直に立つ。
 流れる動きで人を荷物扱いしたかと思えば、いきなり放置するように手を離した少年の顔を睨んで、

「もうちょっと丁寧に下ろせないの?」
「離して欲しいって言ったのはお前だろ?」

 生意気な、とは言わないことにした。言っても無駄だし、無理矢理誤魔化そうとしている雰囲気からして、スルーされるだけだろう。
 ふんっと鼻息を鳴らし、少年より前に出る。
 コツコツ、と自分の足音が鳴り、カツカツ、と後ろからの足音が耳に届く。どうやら少年は一歩後ろからついて来ているようだ。
 何か言ってやろうかと心中に考えが浮かぶが、面倒なことになりそうだと口を引き結ぶ。
 そのまま無視するように、無言で前だけを見て進み続けた。
 二人分の足音だけが、深夜の風に紛れて消えて行く。
 無言のまま、三十歩程歩いただろうか。
 背後から声が飛んでくる。

「そうそう、一応言っとくが」
「何よ?」

 つまらなさそうに返して、返答を歩きながら待つ。
 今更何を言おうとしているのか気になったが、態々止まって振り返るほどのことではないだろうと足を前に、

「あんまり、簡単に他人を信頼すんなよ」
「……はっ?」

 立ち止まって振り返った。
 動きを停止させた此方に合わせるように、少年の足も止まる。
 彼は何を考えているのか、虚空を眺めながら右手で頭を掻き、

「ようするに信じきれない奴に対して不用意に背中を向けたり、自分の家の場所なんか教えたりするなってことだよ。……それだけだ」
「………………はっきり言うけど、アンタ頭壊れてる? 神経回路イかれた?」
「うるせぇ」

 自分でもおかしなことを言っている自覚はあるのか、少年は否定の言葉を発しない。追求を逃れるかのように視線を逸らすだけだ。
 気にくわないと、今度は心が素直にそう感じる。
 だから、わざと顔をおもいっきり顰めて言ってやった。

「いきなり喋りかけて来たかと思ったら、家までついて行くから家の場所教えろとか言い出して、文句言ったら人攫いみたいに連行して行って、今現在も一歩後ろからストーカーみたいについて来てる男のセリフじゃないでしょ。まさしく『お前が言うな』ってやつよ」
「俺だってそれぐらい分かってるよ馬鹿。ようは『俺だからこそ』ってやつだ」

 彼は視線を此方に、やけに真面目な顔で、

「その年で『特別生』、しかも結構な実力を持ってるのは分かる。だけどお前はガキだ。自分では分かってねぇかもしれねぇけど、お前はガキだ」
「…………」

 ガキガキ連呼されて非常に五月蝿いが、彼の真剣な瞳を見て沈黙を続ける。
 鋭い刃のような視線を飛ばし、彼は言葉を紡ぐ。

「力があるなら、俺っていう不審者に会った時点で逃げるなりすればよかった。けどお前は逃げも隠れもしないで、あまつさえ挑発じみた言動までしやがる。プラスその後のお前が言う人攫い行動に対しても、お前は本気の抵抗をしないで家の案内までし始めた。……もし話しかけたのが俺じゃなかったら、お前どうなってたか分からねぇぞ? 今の世の中、どんな奴が居るか分かったものじゃないしな」
「……まず、話しかけたのがアンタじゃなければ、それ等問題の殆どが起きない気がするんだけど……」

 はぁ、と今度はあからさまにため息を吐いてやった。
 面白いくらいに彼は眉を上げ、不機嫌そうになる。
 目も細められ、睨むと表現すべき視線が突き刺さるが、構わなかった。
 言葉を、叩きつける。

「自分じゃなかったら、なんて何度も何度も言ってるけど、ようは他の奴は危ないけど自分は大丈夫って言いたいの? だから安心しろとでも?」
「……別にそういう意味で言った訳じゃねぇんだけど……、お前がそう思うならそれも含みでいいや。とにかく、今度から……いや、違うか。『今から』夜は特に気をつけろよ、まだガキなんだから」

 そう言って彼は足を進める。
 ガキという単語に嫌味を返そうとした此方の傍を通って、自分の家へと通じる道の方へ。自分よりも前へと。
 置き去りにするようで、その実、動きは先導の気配を持っていた。
 動きの理由は分かる。
 つまり、

「……隙を見せないように、背中を不用意に向けるなってこと?」
「そういうことだ。改めて考えると、こっちの方が安心出来るだろ? 抱えられるよりも、後ろをついて来られるよりも。何故なら、背中を向けられるっていうのは相手が反撃をしにくいのに対して自分は攻撃がしやすいという、優位な立場だからだ」

 さて、と彼は一息入れる。話は終わったとばかりに、お互いに背中を向けあったまま、一歩進む。

「お前の家が何処なのか、簡単に頼む。適当なとこまで言ったら俺も家に帰るし、今度からは俺みたいなお節介野郎か得体のしれない不審者に住所知られたくないなら夜中気をつけとけ」

 台詞が切られた。どうやら彼の中で、『お前が言うな』説教タイムは終わったらしい。
 自分は背中を向けているから、彼がどんな顔をしているのかは分からない。向こうも背を向けているから、自分の顔の表情は分からない筈だ。
 だが、自分で自分のことは分かる。今心に浮かんだ感情も、先のとは違って言葉に出来る。比較的簡単に。

 …………何よ、それ。

 この、思わず銃でもぶっ放してしまいたくなる熱の感情は。

「……じゃあ一つ聞くけど、アンタはなんでアタシに背を向けてるの? 夜道で背中を向けるのが不味いっていうのなら、アンタはどうしてアタシに背を向けるのよ」
「そりゃ──」
「言っとくけど、アタシがガキだからとか、横に並ぶのが気恥ずかしいとかいう理由だったら速攻で叩き潰すから」
「何をだよ……」

 何やら苦々しい、躊躇を含む言葉が返って、

「……譲歩だよ譲歩。背中向けた方が不利で危険なんだ。こっちが背中とってお前に警戒されるより、自分から背中向けた方が面倒も少ないだろうが」
「アタシから攻撃されるとは思ってないの?」
「一応これでも近接系統の『特別生』資格持ちだぞ? 不意打ちくらい対処出来るし、それに……」
「それに?」

 おうむ返しに呟いて、身体を反転。彼の方へと、正面から向き直る。
 対して少年は身体の向きを変えず、ただ此方へと背を向けて頭を掻いているだけだ。彼のブレザー型制服の真っ黒な背が、闇夜と同化しかけつつもなんとか視界に認識出来る。
 彼は、言った。

「お前は、赤の他人を怪しいからっていう理由でいきなりぶっ飛ばすような奴じゃねぇだろ」

 反射的に、あぁ、と呟きが漏れかける。
 背中姿から感じる苦笑と照れの気配に、不思議と心が熱を持つ。
 熱に、今度は逆らわない。

「……分かったわ」

 言って、前に出た。
 ズンズンと足を無駄に力を入れて進めて行くと、あっという間に立ち止まっていた少年を追い越し、彼に背を向ける形になる。
 おい、と咎めの響きが、自分の背後となった空間から来た。

「お前何やって──」
「アンタと同じよ」

 言葉を被せて、遮る。
 顔は見えないが、顔に浮かんでいるであろう感情は予想出来る。
 きっとそれは、困惑。そして困惑の理由は此方の行動。
 ならば、と思う。
 答えをあげてやる、と。

「……『特別生』で結構な実力があるのかもしれないけど、だけどアンタはバカよ。自分では分かってないのかもしれないけど、アンタはバカ」
「…………」

 呟く。背後に届くよう、声を大きくして、

「いきなり夜道を歩く赤の他人に話しかけて、自分が怪しいモノじゃないという証明すらしないで家までついて行くって言って、勝手に決めて人を荷物みたいに抱えて、更には無理矢理人の家まで案内させて。……アタシじゃなかったら、逆に犯罪者として捕まっててもおかしくないわよ? 最近は性犯罪の法律も厳しいんだから」
「…………」

 背後からの響きは無い。
 息を詰めるような沈黙だけが、其処にある。
 当然だ。何故ならこれらの言葉は、ワザと彼の言葉と似せたのだから。少しは驚いてもらわないと、困る。
 自分は彼からの沈黙に満足感で頷いてから、

「でもね」

 首だけを振り向かせ、背後へと視線を向けた。
 振り向いた先にあるのは、やはり困惑の顔を見せる少年。
 予想が当たっていたこと、そしてその何処か間抜けそうな顔に、唇の端が釣り上がった。
 無意識で笑みが表情に出るなど、いつ以来だろう。
 感慨深い気持ちになりながら、唇を動かす。

「さっさと家に帰りたくて、その気持ちを隠そうともしないで、でも夜道を歩いてるガキが気になって、面倒だとか何で自分がとか思いながら、それでも知らないふりをするのは目覚めが悪くて、ガキだガキだ言って赤の他人を親みたいに心配して、似合わないと自分で思いながらも年長として色々馴れないこと説教して」

 顔だけを後ろへとやる自分を見ている少年の顔が、困惑から驚愕へと移り変わって行く。まるで、冬の雪が春の風に溶かされて行くように。
 彼の内心を正しく示す表情を見て思うのは、

 ……分かりやすいのよ、バカ。

 バカ、ともう一度心中で紡いでから、
 唇から声と言う名の意思を込めた空気の振動を、発生させる。
 精一杯の、

「しかも、こっちを、出会ってから数分程度の相手を勝手に『攻撃しない』なんて信頼して」

 態度と、

「アンタはそんなバカなお人好しだから、アタシが今まで見たことが無かったバカなお人好しだから」

 笑顔で、

「アンタの行動と、言葉。それ等全部を含めて」

 宣言。


「──アンタのこと信じてやるわ」


 背中を向けるという、信頼の証たる状態で、言い終わった。
 腰に手を当て、なるべく呆れたように言ったつもりだが、どうだろうか。自分は、今、それなりの威厳を保てる姿だろうか。

 ……いや、ダメだ。

 と自分の夜風に靡く前髪と服を視界の端に収めて知る。前髪は茶色の色が分かるくらい輝いているし、服だって蛍光色ではない装飾の細かな色まで分かるくらい明るい。これでは、此方がどんな顔をしてるか相手に丸わかりだ。頬の朱色も、恐らくばれた。
 よく見ると、頭上に浮かぶ月が青白い月光を太陽の如く撒き散らしている。先まで雲に隠れていた月が、今ようやく夜空に出て来たのだろう。
 なんというタイミングの悪さだと舌打ちしたくなるが、逆にいいタイミングだと心が感情を打ち消し合い、相殺する。
 なにせ月光のお陰で、放心状態となった少年の馬鹿顏をじっくりと見れたのだから。
 それは、少年の前で無いのなら腹を抱えて笑える程の物で、顔に浮かぶ笑みが増す。
 しかし少年は反応を見せない。ボーとした視線を、此方の顔へと釘付けにしているだけだ。

「………………」
「………………何よ」

 暫しの沈黙の時間の後、問いかけた。
 少年は放心状態のまま、未だに口を開けて馬鹿顏を晒している。
 眉をひそめた。放心状態がやけに長い。自分のセリフはそこまで少年にとって驚くものだったのか。
 否、恐らくそれだけではない。
 一体どうしたのだと、問いをもう一度放とうとした時、彼が動いた。

「……いや、始めてだったからな」

 目を細め、太陽を見るように、まぶし過ぎるモノを見るかのような目。
 黒い優し気で儚げな瞳が此方の全てを捉える。やはりこの瞳も、自分が人生で始めて見るものだ。
 自分は、逃げない。反射神経が羞恥という感情によって首を前に動かしかけるが、意思で押さえ込んだ。
 ここは逃げては駄目な場だ。彼に、問いという自分の知りたいという欲求を満たすための行為をしなければいけない場だ。
 だから、自分は尋ねる。
 変わらない、背中を向けた態度で。

「何がよ」

 簡素な言葉に、彼はあぁと深夜の暗闇を月光がライトスポットのように照らす中、頷いて。


「──信じてやる、なんて言われたのがだよ」


 言葉にどれだけの感情が含まれているのかを知るのは、苦手だ。
 しかし、苦手だが、無知ということではない。故に分かる。彼が言った一言に、どれだけの感情と過去が押し込まれていたのかを。
 自分が、彼に会って数分程度の自分が、そう簡単に触れてはいけない事柄だろうということも。

「…………」

 なので自分が出来ることは、彼から完全に背を向けることだ。
 部外者が見てはいけない彼の顔から前へと、自分の家へと通じる道の先に視線を移す。
 月光が照らす道を、一歩踏みしめ、

「……気持ち悪い顔してないで、早く行くわよ。きっちりエスコートしてくれるんでしょ?」
「あぁ」

 返事と数瞬違わず、ついて来る彼の自分とは違う足音が鳴る。
 心なしか、返事には先よりも力があった気がした。足取りも、軽い気がした。
 それがもし、此方が信じていると言ったからなのだと思うのは、傲慢なのだろうか。

 ……どうなんだろう。

 二人分の心地よい足音と、ひんやりと涼しい夜風、身を輝かせる月光を浴びながら、思考する。
 出会ったばかりの彼のことをもっと知りたいと思うのは、自分がガキだからなのか。それとも、バカだからなのか。それとも、この数分の間に始めての連続で思考が麻痺しているからなのか。
 そして、何よりも。
 自分で、出てしまっている答えが一つだけある。

 ……我ながら、ガキっぽくて、バカっぽいわね。

 ──彼と自分が出会ったことを『運命』などと考えるのは、自分の中の言葉に出来ない感情の所為だということ。
 月と星の夜空。風と信頼する者の音を聞きながら、つくづくそう感じた。


 この時まだ西暦二○○八年。
 誕生日もまだ来ていなかった、とある夏の夜のことだった。



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