2011年11月
2011年11月17日
先週火曜日、後期初日の授業日でしたが、「M3(中3)は日本語選択希望者がいないからNo class!」
しかし、それは納得できない点があって、再度チェックしてもらうことになっていました。
さて、今日は火曜日。M3の授業はあるのでしょうか、それともやっぱり希望者なし?
朝一で、Chote(外国学部長)に、アカデミックルーム(授業計画を立てるセクション)に聞いてもらったら、
「M3、あります。だけど、曜日が変わって、木曜日1、2校時に…」というのです。
まあ、M3もちゃんと日本語学習希望者がいたことが分かってよかったけど、アカデミックルームは
どういうわけで、こちらが連絡するまで何も連絡してこないのか!
むかっ!
タイでやっていくのには、向こうが何か言ってくるまでな~んにもしないで何日でも遊んでいるくらいの
気持ちの余裕がないといけませんが、何しろこちらは、計画通りきちんと進めたい典型的なニッポン人。
タイ人のゆっくりリズムを待っていられないのです。

まったく学校にいるのもばかばかしい。
近くにいた先生に
私 : 今日はすることがな~~んにもない!
もう家へ帰るから。バイバ~~イ。
Chote: Maki、じゃ昼寝ができていいね~!
これもいつものことながら、タイ人には
カエルの面に何とやらです。
家に入ろうとしたら、隣の人に声を掛けられました。
隣人: Makiさ~ん、閑ですか。いっしょに田舎のロォーイ・カトング見に行きませんか。
我家の西隣は美容院なので、私も月に一度はお世話になっていて、そんなことから親しくしています。
この奥さんの妹クラターイさんは日本で働いているのですが、今日本の友達を連れて里帰りしています。
その人達に誘われたのでした。
ロォーイ・カトングって、タイじゅう同じ日かと
思っていたのですが、所によって少しずつ
ずれているんですね。そういえば、チェンマイは
チェンカムより2、3日早かったようです。
さて、私たちが行ったのは、チェンカムから
南東へ約40kmのナパン(Naplan)という
小さな田舎の村でした。
午後2時ごろ着いたのでしたが、村中総出で
山車を作っていました。(上の写真)
暗くなり始めたころには、村の中心部にある広場にたくさんの屋台店が並び、子供向けのビニール
遊園地や若者向けのゲーム屋さん、誰でも上がって踊れるという俄か舞台……、いろいろな物が
準備されてきました。
さあ、どんな山車がいくつ?
チェンカムと比べたらかわいそうなほど見栄えのしない山車がたったの4台で、行列の人々もお揃いの
衣装などありません。でも、本当にみんなうれしそうです。行列の先頭部分では、かなり村醸造の酒も
入っているようで、村の男達がからだをふりふり踊りながらのパレードです。(下の写真)
踊りは、初めは5、6人の男だけでしたが、あまりにも愉快そうに踊るので、途中から中年のオバハン
が2人、バアチャンも1人入ってきました。
私もついつい見ているだけでは我慢できなくなって、この中に入って、踊りながら村の中心広場まで
行進しました。
ああ、すっきりした!

チェンカムのロォーイ・カトングは見物ばかりだったのに、見も知らぬこの田舎町で参加できるとは……
しかし、それは納得できない点があって、再度チェックしてもらうことになっていました。
さて、今日は火曜日。M3の授業はあるのでしょうか、それともやっぱり希望者なし?
朝一で、Chote(外国学部長)に、アカデミックルーム(授業計画を立てるセクション)に聞いてもらったら、
「M3、あります。だけど、曜日が変わって、木曜日1、2校時に…」というのです。
まあ、M3もちゃんと日本語学習希望者がいたことが分かってよかったけど、アカデミックルームは
どういうわけで、こちらが連絡するまで何も連絡してこないのか!
タイでやっていくのには、向こうが何か言ってくるまでな~んにもしないで何日でも遊んでいるくらいの
気持ちの余裕がないといけませんが、何しろこちらは、計画通りきちんと進めたい典型的なニッポン人。
タイ人のゆっくりリズムを待っていられないのです。
まったく学校にいるのもばかばかしい。
近くにいた先生に
もう家へ帰るから。バイバ~~イ。
これもいつものことながら、タイ人には
カエルの面に何とやらです。
家に入ろうとしたら、隣の人に声を掛けられました。
我家の西隣は美容院なので、私も月に一度はお世話になっていて、そんなことから親しくしています。
この奥さんの妹クラターイさんは日本で働いているのですが、今日本の友達を連れて里帰りしています。
その人達に誘われたのでした。
思っていたのですが、所によって少しずつ
ずれているんですね。そういえば、チェンマイは
チェンカムより2、3日早かったようです。
さて、私たちが行ったのは、チェンカムから
南東へ約40kmのナパン(Naplan)という
小さな田舎の村でした。
午後2時ごろ着いたのでしたが、村中総出で
山車を作っていました。(上の写真)
暗くなり始めたころには、村の中心部にある広場にたくさんの屋台店が並び、子供向けのビニール
遊園地や若者向けのゲーム屋さん、誰でも上がって踊れるという俄か舞台……、いろいろな物が
準備されてきました。
さあ、どんな山車がいくつ?
チェンカムと比べたらかわいそうなほど見栄えのしない山車がたったの4台で、行列の人々もお揃いの
衣装などありません。でも、本当にみんなうれしそうです。行列の先頭部分では、かなり村醸造の酒も
入っているようで、村の男達がからだをふりふり踊りながらのパレードです。(下の写真)
踊りは、初めは5、6人の男だけでしたが、あまりにも愉快そうに踊るので、途中から中年のオバハン
が2人、バアチャンも1人入ってきました。
私もついつい見ているだけでは我慢できなくなって、この中に入って、踊りながら村の中心広場まで
行進しました。
ああ、すっきりした!
チェンカムのロォーイ・カトングは見物ばかりだったのに、見も知らぬこの田舎町で参加できるとは……
2011年11月16日
ロォーイ・カトングの最後のお楽しみは、コム・ロォーイ(Khom Loi)です。
ちなみに、ロォーイは「浮かべる」、カトングは「燈籠」、コムは「紙で作った箱」とでもいうような意味です。
ですから、ロォーイ・カトング=燈籠を(水に)浮かべる、コム・ロォーイは「紙の箱を(空に)浮かべる」です。
コム・ロォーイは燈籠流しをする会場の近くでも空に上がっていましたが、人が込み合っているところでは
ちょっと危ないので、自宅のまえで飛ばす人が多いようです。

さて、パレードの終着点は、友だちAngieのうちに
近いので、燈籠を流した後、彼女の家に寄って
みることにしました。
An : あっ、Maki先生、ちょうどよかった。
コム・ロォーイに火を点けましょう!
私 : えっ、できるの~! うれしいな!
赤いのと白いのをひとつずつ空に放ち、見えなくなる
までいっしょに黙って空を見上げていました。
Angieは、何を考えていたのでしょう。彼女はまだ、多分
40代前半。これから恋も結婚もすることでしょう。
私 : Angie、ところで、何のためにコム・ロォーイを
あげるの?
An : 私もよく知らないけど、ブッダをお祝いするのと、
身の回りの悪いことを空の遠くに運んで行ってもらうためだって聞いたけど。
今日のセレモニーが全部終わったと思ったら、急にお腹が空いてきました。そういえば、もう8時過ぎ
なのに、夕食はまだでした。それで、Angieが燈籠流しの会場の屋台店で買ってきたという
「ゆでトウモロコシ」にかぶりついて、やっと人心地がつきました。
「Angie、ありがとう。今週は忙しいから、日本語教室は来週ね~!」

お互いの都合がいいとき、私はAngieに日本語を、
彼女は私にタイ語を教えるという約束をしました。
ところが、彼女の教えてくれるタイ語が、どうにも
理解できにくいので、こちらはほとんど中止状態。
私が日本語を教える方のみが続いています。

暗い夜道を懐中電灯で照らしながら
自転車で帰ってきたら、ちょうど隣の家族が
白いコム・ロォーイをあげるところでした。余談ですが、隣家族は、奥さんが美容院を営んでおり、
ご主人は警察官です。
それから、ちなみに、この時期、コム・ロォーイはあちこちで売られていますが、1つ35バーツ、
3つで100バーツ(260円くらい)です。
ちなみに、ロォーイは「浮かべる」、カトングは「燈籠」、コムは「紙で作った箱」とでもいうような意味です。
ですから、ロォーイ・カトング=燈籠を(水に)浮かべる、コム・ロォーイは「紙の箱を(空に)浮かべる」です。
コム・ロォーイは燈籠流しをする会場の近くでも空に上がっていましたが、人が込み合っているところでは
ちょっと危ないので、自宅のまえで飛ばす人が多いようです。
さて、パレードの終着点は、友だちAngieのうちに
近いので、燈籠を流した後、彼女の家に寄って
みることにしました。
コム・ロォーイに火を点けましょう!
赤いのと白いのをひとつずつ空に放ち、見えなくなる
までいっしょに黙って空を見上げていました。
Angieは、何を考えていたのでしょう。彼女はまだ、多分
40代前半。これから恋も結婚もすることでしょう。
あげるの?
身の回りの悪いことを空の遠くに運んで行ってもらうためだって聞いたけど。
今日のセレモニーが全部終わったと思ったら、急にお腹が空いてきました。そういえば、もう8時過ぎ
なのに、夕食はまだでした。それで、Angieが燈籠流しの会場の屋台店で買ってきたという
「ゆでトウモロコシ」にかぶりついて、やっと人心地がつきました。
「Angie、ありがとう。今週は忙しいから、日本語教室は来週ね~!」
お互いの都合がいいとき、私はAngieに日本語を、
彼女は私にタイ語を教えるという約束をしました。
ところが、彼女の教えてくれるタイ語が、どうにも
理解できにくいので、こちらはほとんど中止状態。
私が日本語を教える方のみが続いています。
暗い夜道を懐中電灯で照らしながら
自転車で帰ってきたら、ちょうど隣の家族が
白いコム・ロォーイをあげるところでした。余談ですが、隣家族は、奥さんが美容院を営んでおり、
ご主人は警察官です。
それから、ちなみに、この時期、コム・ロォーイはあちこちで売られていますが、1つ35バーツ、
3つで100バーツ(260円くらい)です。
2011年11月14日
何か行事があるたびに、「私ってまるでめくら(盲目)みたいだな」って思います。
先がほとんど見えてなくて、何かにぶつかってやっと「ああ、こういうことだったのかぁ」って分かるのです。
本当は、盲目の私に杖を与えてくれるのは、学校のはずですが、杖をくれないんです。悪気はない、
とっても人はいいけど、杖が必要だなんて気がつかないのが、タイ人です。
9月下旬、「Phayao県の日本語スピーチコンテストがあるけど…」と言われました。
この学校は半年ごとに選択科目が変わるので(たまに2期続けて日本語を受講する生徒もいますが)、
日本語でスピーチができるレベルの生徒なんていません。しかしながら、今年は会場が本校だというので、
いくらなんでも会場校が不出場なんて…と、仕方なく代表生徒(1名)を選ぶことにしました。
でも、とてもとても、日本語でスピーチなんて…
で、こんなことしたくないのですが、
英語で作文を書かせ(代表生徒は、英語が得意)、
⇒それを元に、私が日本語初級の作文に直す、
⇒それを生徒に暗記させる
ということにしました。
でも、学校行事⇒2週間の休み⇒また学校行事
と、いろいろあって、実際に日本語での練習が
始まったのは、なんと、9日前でした。
(写真は英語スピーチ風景)
とにかく、自分が暗唱している日本語のひとつひとつの言葉の意味は分かっていないのですから、
とんでもない間違いをしても、本人は気がつきません。発音、イントネーションなどもおかしいです。
それで、毎日放課後、職員室に呼んで練習させました。
同じころから、昼休みや放課後、職員室にくる生徒がどんどん増えてきました。
それでやっと、同じ日に英語、フランス語、中国語、日本語のスピーチコンテストが同時に行われる
んだということが分かりました。
タイ人教師は、どうしてこういうことになると異常な熱心さになるんでしょう? あきれるほどの熱意で、
つまり毎日長時間、代表生徒の指導を行います。当日の今朝までも、職員室で何度も何度も言わせて
いました。もっと普通の生徒のレベルアップを図るべきなのに……!
さて、スピーチコンテストの日時ですが、11月15日(火)午前と言われていました。
私 : 火曜日午前は授業があるんだけど、そういうときは、どうするんですか?
Noi : 自習のプリントを用意して!
私 : 自習って言ったって、15日が第1回目の授業だから、どうしたらいいか??
Noi : m~~~
で、今日(14日)、明日の自習用の「あいうえお」のプリントでも作ろうかと、出勤したら、
あれれれ~~~! 生徒が数人しかいません。
私 : どうしたの~
Pong: 今日はスピーチコンテストですよ。
私 : え~っ、明日の午前じゃないの~?
Pong: 今日に変更になったこと、知らなかったんですか? 私はNoiに聞いたかと思ったので……
変更か~っ。じゃ、プリントの準備は要らない。
でも、ほかは授業があるはず。おかしいな?
私 : Today, No class?
Ging: Yes. No class.
私 : Why?
Ging: だって、今日はスピーチコンテストで、
他の学校の生徒が大勢来るでしょ。だから…。
私としては、本当に割り切れません。
どうして急に日程変更になったのか?
どうしてそれを誰も教えてくれなかったのか?
前に聞いたときには、どうして授業なしと言わないで「プリントを準備しろ」と言ったのか?
こんな「杖なしのめくらみたいな生活」って、精神的に結構シンドイですよ~っ。
でも、コンテスト会場であった日本語教師のUさん(宗教団体Eの伝道活動と日本語ボランティアで在住)も、
「スピーチコンテストは今週の金曜日と言われていて、おとといまでそう思っていた」と聞いて、彼女の
ようにタイ語が話せても面食らうことがあるんだなと分かりました。
(写真は、日本語スピーチコンテストを待っている生徒。向こうで立っているのが本校代表のKathy)
先がほとんど見えてなくて、何かにぶつかってやっと「ああ、こういうことだったのかぁ」って分かるのです。
本当は、盲目の私に杖を与えてくれるのは、学校のはずですが、杖をくれないんです。悪気はない、
とっても人はいいけど、杖が必要だなんて気がつかないのが、タイ人です。
9月下旬、「Phayao県の日本語スピーチコンテストがあるけど…」と言われました。
この学校は半年ごとに選択科目が変わるので(たまに2期続けて日本語を受講する生徒もいますが)、
日本語でスピーチができるレベルの生徒なんていません。しかしながら、今年は会場が本校だというので、
いくらなんでも会場校が不出場なんて…と、仕方なく代表生徒(1名)を選ぶことにしました。
でも、とてもとても、日本語でスピーチなんて…
で、こんなことしたくないのですが、
英語で作文を書かせ(代表生徒は、英語が得意)、
⇒それを元に、私が日本語初級の作文に直す、
⇒それを生徒に暗記させる
ということにしました。
でも、学校行事⇒2週間の休み⇒また学校行事
と、いろいろあって、実際に日本語での練習が
始まったのは、なんと、9日前でした。
(写真は英語スピーチ風景)
とにかく、自分が暗唱している日本語のひとつひとつの言葉の意味は分かっていないのですから、
とんでもない間違いをしても、本人は気がつきません。発音、イントネーションなどもおかしいです。
それで、毎日放課後、職員室に呼んで練習させました。
同じころから、昼休みや放課後、職員室にくる生徒がどんどん増えてきました。
それでやっと、同じ日に英語、フランス語、中国語、日本語のスピーチコンテストが同時に行われる
んだということが分かりました。
タイ人教師は、どうしてこういうことになると異常な熱心さになるんでしょう? あきれるほどの熱意で、
つまり毎日長時間、代表生徒の指導を行います。当日の今朝までも、職員室で何度も何度も言わせて
いました。もっと普通の生徒のレベルアップを図るべきなのに……!
さて、スピーチコンテストの日時ですが、11月15日(火)午前と言われていました。
で、今日(14日)、明日の自習用の「あいうえお」のプリントでも作ろうかと、出勤したら、
あれれれ~~~! 生徒が数人しかいません。
でも、ほかは授業があるはず。おかしいな?
他の学校の生徒が大勢来るでしょ。だから…。
私としては、本当に割り切れません。
どうして急に日程変更になったのか?
どうしてそれを誰も教えてくれなかったのか?
前に聞いたときには、どうして授業なしと言わないで「プリントを準備しろ」と言ったのか?
こんな「杖なしのめくらみたいな生活」って、精神的に結構シンドイですよ~っ。
でも、コンテスト会場であった日本語教師のUさん(宗教団体Eの伝道活動と日本語ボランティアで在住)も、
「スピーチコンテストは今週の金曜日と言われていて、おとといまでそう思っていた」と聞いて、彼女の
ようにタイ語が話せても面食らうことがあるんだなと分かりました。
(写真は、日本語スピーチコンテストを待っている生徒。向こうで立っているのが本校代表のKathy)
2011年11月13日
ロォーイ・カトングの前々日の昼休み、スピーチコンテストのことで生徒を呼び出してあったのですが、
「カ000(はっきり聞こえません)を作らなければならないから…」と言うのでした。
前々日、前日、当日の昼間になると、何度か「カフォーン」とか「カトーン」という言葉が聞こえてきました。
何のことだろうと、それらしい発音のスペルを頼りに英和辞典で調べても分かりません。
私 : カフォーン、ん~~~ん、カトーンってなんですか?英語でスペルを教えてください?
P : この言葉は、英語にはないから…。
私 :(ああ、じゃ、生徒は一体何を作らなければならないって言ってるんだろ?)

ロォーイ・カトング当日になって、やっと分かりました。
パレード出発地で会ったババ友のJam
が
J : Maki、カトォーンあげるから持って行きな。
わたしゃ、膝が痛くて川まで歩けないからね。
……と、線香が付いている花飾りをくれたのでした。
私 :(ああ、これがカトーンだったのかぁ)
ありがとう。じゃ、流すとき、Jamの膝が
よくなるように祈るからね。
この言葉の発音をできるだけ正確に書くと、Krathong、日本流に書けば「クラトング」ですが、
「カトォーン」と聞こえます。葦のような植物で作った丸い台の上を花と葉で飾りつけ、その中央にろうそく、
周りに3本の線香が立っています。花飾りの仕方は違っても、みんなだいたい同じスタイルです。
それで、わたしは前回の①で書いたように、カトォーン左手に、カメラ右手に、約20台の山車を
「ごぼう抜き」して、バスターミナルまで急いだのでした。

終点のバスターミナル、この横にはチェンカム中の
小さい川が集まっている「どぶ泥川」があります。
このバスターミナルに着くと、パレードは流れ解散に
なり、山車の車は帰っていき、行列の人々はここで
カトォーンを流します。
昼間見ると、緑がかった泥色に濁ったとっても汚い
川ですが、薄暗闇で燈籠のろうそくの明かりで
見える川は、とても幻想的でした。
どんな願いを込めているのでしょうか、しばしカトォーンを掲げて瞑目し、そっと川面に浮かべて
すっと押しやっています。
川はここで大きく蛇行しているのですが、向こう側からは盛んに花火をあげている若者達の嬌声、
花火の炸裂音が聞こえてきます。この階段の後ろ側には、食べ物や花火や、これから空に舞い上げる
Khom fireなどを売る屋台店が所狭しとならんでいます。
そうだ! 私も何か祈って、カトォーン流さなくちゃ!
Jamの膝の痛みが軽減しますように
私のシワがこれ以上増えませんように

”ちょっと店を冷やかしてから帰ろうか” 時計を見たら、8時でした。
「カ000(はっきり聞こえません)を作らなければならないから…」と言うのでした。
前々日、前日、当日の昼間になると、何度か「カフォーン」とか「カトーン」という言葉が聞こえてきました。
何のことだろうと、それらしい発音のスペルを頼りに英和辞典で調べても分かりません。
ロォーイ・カトング当日になって、やっと分かりました。
パレード出発地で会ったババ友のJam
わたしゃ、膝が痛くて川まで歩けないからね。
……と、線香が付いている花飾りをくれたのでした。
ありがとう。じゃ、流すとき、Jamの膝が
よくなるように祈るからね。
この言葉の発音をできるだけ正確に書くと、Krathong、日本流に書けば「クラトング」ですが、
「カトォーン」と聞こえます。葦のような植物で作った丸い台の上を花と葉で飾りつけ、その中央にろうそく、
周りに3本の線香が立っています。花飾りの仕方は違っても、みんなだいたい同じスタイルです。
それで、わたしは前回の①で書いたように、カトォーン左手に、カメラ右手に、約20台の山車を
「ごぼう抜き」して、バスターミナルまで急いだのでした。
終点のバスターミナル、この横にはチェンカム中の
小さい川が集まっている「どぶ泥川」があります。
このバスターミナルに着くと、パレードは流れ解散に
なり、山車の車は帰っていき、行列の人々はここで
カトォーンを流します。
昼間見ると、緑がかった泥色に濁ったとっても汚い
川ですが、薄暗闇で燈籠のろうそくの明かりで
見える川は、とても幻想的でした。
どんな願いを込めているのでしょうか、しばしカトォーンを掲げて瞑目し、そっと川面に浮かべて
すっと押しやっています。
川はここで大きく蛇行しているのですが、向こう側からは盛んに花火をあげている若者達の嬌声、
花火の炸裂音が聞こえてきます。この階段の後ろ側には、食べ物や花火や、これから空に舞い上げる
Khom fireなどを売る屋台店が所狭しとならんでいます。
そうだ! 私も何か祈って、カトォーン流さなくちゃ!
Jamの膝の痛みが軽減しますように
”ちょっと店を冷やかしてから帰ろうか” 時計を見たら、8時でした。
2011年11月12日
2、3日前から
「10日の夜は、フェスティバルだよ。パレードがあるよ。Maki、カメラ持って出かけるといいよ」
と言われていました。でも、何のフェスティバルなのか、分かりませんでした。きっと「燈籠流し」は
英訳できないから、私に説明できなくて、”フェスティバル”とか”パレード”と言ったのでしょう。
10日になって、朝から学校の中庭でデコレーションの準備が始まったことや、教室に行ってみたら生徒が
(パレードの準備で)いなかったことは、前回のレポートで書きました。
そこで、はたと気がつきました。
もしかしたら今夜のフェスティバルは”燈籠流し”ではないか
それで、「指差し会話帳」の行事のところの「燈籠流し」を指差して
私 : Pump、今夜のフェスティバルは、これでしょう?
P : そうだよ~
Maki
今夜はものすごい人出で、遅く行くと写真を撮る場所がなくなるから、
早めにバンコク銀行の階段のところに行ったほうがいいよ。
私 : パレードはどこからどこまで? 何時から?
P : 学校の隣のワットの前がスタート地点で、バスターミナルまでだよ。多分6時ころだと思うよ。
私 : ありがとう!
この距離は約1.5km。チャンカム中の人が集まっても、写真を撮る場所がなくなるほどには……?
6時と聞いたら、7時に行けばOKです。
事実、7時に行ったら、学校の行列はまだ来て
いませんでした。20分ほど待ったら、やっと
生徒の列と山車が来ました。
これがchiangkhamwittayakhom Schoolの
山車です。山車の上の3人はさすがに今回は
レディーボーイじゃなくて、ホントの女の子でした。
どこの団体も、まず下の写真のような燈籠を持った人々の行列があって、行列の最後に上の写真の
ような山車が繰り出します。きれいな女性の山車、太鼓の男達の山車、幼児ばかりの山車、野山を
箱庭のように作ったもの……、様々です。
そして、山車の下にある車ですが、トラクターなど、農業用の車が多いのには、「な~るほど」です。
私は行列のM4(高1)の生徒達といっしょに大分長い間、出発を待っていましたが、引率のJarasに
聞いたら、学校はパレードの最後になるということなので、先に行くことにしました。
私 : Jaras, I'll go ahead
J : OK! Take care !
どんどん追い越して、いくつの山車を追い越したでしょうか?多分20以上あったと思います。
その間、「Maki~!こんばんは~」と道の両側の見物席から声が掛かったこと、10回以上です。
チェンカムの学校の生徒も、町の人も本当に親しみを示してくれるのがうれしいです。

Pumpの「写真を撮る場所がなくなる」は、
オーバーですが、本当にどこからこんなに大勢が…
と、びっくりするほどの人数の行列でした。
おそらく近郷近在から、「最大仏教行事のひとつ」に
人々が集まってきたのでしょう。
どのグループもタイシルクやタイ木綿のお揃いを着て
女性はきれいに化粧して、みんなが浮かれています。
華やかな行事に酔っているように見えます。
ああ、これだから、タイではみんなが仏教を捨てないんだ
大都市バンコックでも仏教行事は盛んでしょうが、こんな変化の少ない田舎町では、楽しみといえば
仏教行事だし、旅行といえばお寺参りです。ほかにないのです。生活の中に仏教がしっかりと根付いて
いるのんだなあと、改めて実感しました。
「10日の夜は、フェスティバルだよ。パレードがあるよ。Maki、カメラ持って出かけるといいよ」
と言われていました。でも、何のフェスティバルなのか、分かりませんでした。きっと「燈籠流し」は
英訳できないから、私に説明できなくて、”フェスティバル”とか”パレード”と言ったのでしょう。
10日になって、朝から学校の中庭でデコレーションの準備が始まったことや、教室に行ってみたら生徒が
(パレードの準備で)いなかったことは、前回のレポートで書きました。
そこで、はたと気がつきました。
それで、「指差し会話帳」の行事のところの「燈籠流し」を指差して
早めにバンコク銀行の階段のところに行ったほうがいいよ。
この距離は約1.5km。チャンカム中の人が集まっても、写真を撮る場所がなくなるほどには……?
6時と聞いたら、7時に行けばOKです。
事実、7時に行ったら、学校の行列はまだ来て
いませんでした。20分ほど待ったら、やっと
生徒の列と山車が来ました。
これがchiangkhamwittayakhom Schoolの
山車です。山車の上の3人はさすがに今回は
レディーボーイじゃなくて、ホントの女の子でした。
どこの団体も、まず下の写真のような燈籠を持った人々の行列があって、行列の最後に上の写真の
ような山車が繰り出します。きれいな女性の山車、太鼓の男達の山車、幼児ばかりの山車、野山を
箱庭のように作ったもの……、様々です。
そして、山車の下にある車ですが、トラクターなど、農業用の車が多いのには、「な~るほど」です。
私は行列のM4(高1)の生徒達といっしょに大分長い間、出発を待っていましたが、引率のJarasに
聞いたら、学校はパレードの最後になるということなので、先に行くことにしました。
どんどん追い越して、いくつの山車を追い越したでしょうか?多分20以上あったと思います。
その間、「Maki~!こんばんは~」と道の両側の見物席から声が掛かったこと、10回以上です。
チェンカムの学校の生徒も、町の人も本当に親しみを示してくれるのがうれしいです。
Pumpの「写真を撮る場所がなくなる」は、
オーバーですが、本当にどこからこんなに大勢が…
と、びっくりするほどの人数の行列でした。
おそらく近郷近在から、「最大仏教行事のひとつ」に
人々が集まってきたのでしょう。
どのグループもタイシルクやタイ木綿のお揃いを着て
女性はきれいに化粧して、みんなが浮かれています。
華やかな行事に酔っているように見えます。
ああ、これだから、タイではみんなが仏教を捨てないんだ
大都市バンコックでも仏教行事は盛んでしょうが、こんな変化の少ない田舎町では、楽しみといえば
仏教行事だし、旅行といえばお寺参りです。ほかにないのです。生活の中に仏教がしっかりと根付いて
いるのんだなあと、改めて実感しました。