◆産科補償制度 開始から間もなく3年。効果と課題は。
お産に関連して、生まれた子どもが重度の脳性まひとなった場合、裁判などで争わなくても母親側に計3000万円が払われる「産科医療補償制度」が、09年1月に始まって間もなく3年になる。これまでに補償が決まった228件のうち、69件の原因分析が終了。日本産科婦人科学会の指針を逸脱して陣痛促進剤を過剰に投与する事例など、一部の分娩(ぶんべん)施設側のずさんな実態が浮かび上がる一方、再発防止に役立てようとする試みも始まっている。
「分娩進行に伴い、破水後から出現した徐脈(脈拍数が少ない)の診断は医学的な妥当性がない」「陣痛促進剤使用中に血圧や脈拍の測定が行われていないことは基準から逸脱している」--。脳性まひの原因分析報告書には、事例ごとに分娩の問題点を厳しく指摘する文言が並ぶ。
原因分析は、産科医療補償制度を運営する日本医療機能評価機構の原因分析委員会が担う。産科・小児科の医師や助産師、弁護士などの委員らが事例ごとの原因を探り、医学的評価や改善のための検討事項をまとめる。過失の有無は判断しない。一つの報告書がまとまるのに半年から1年ほどかかる。
機構の資料によると、これまでに分析を終えた69件のうち、少なくとも22件で陣痛促進剤の投与量が学会が定めた指針より多いなどの問題があった。胎児の異変を察知する心拍数の確認が不十分なケースは25件、蘇生方法が十分でないなど新生児蘇生の問題も21件に上った。
報告書がまとまると、保護者や分娩施設に送付される。また、再発防止のための各報告書がさらに分析、評価され、関係学会などに配布される。日本助産師会は助産師を対象にした研修会で報告書を活用するなど、再発防止の取り組みも広がっている。
機構内には当初、「妊婦が不安になる」という理由で、報告書に具体的な記述を盛り込むことに抵抗があったという。しかし、「実態を公表しないと歯止めがかからない」「妊婦がきちんと知識を得ることが大切」という意見もあり、「ちゃんとした審査で厳しい結論が出ている報告書」(長野県の産科医)になった。
金沢大病院産婦人科専門医の打出喜義医師は「産科医は『事故が起きたら』と、いつも不安を感じている面がある。出てきた報告書で、問題になるレベルがどの程度なのか実態が明らかになったのは大きい」と評価する。
一方、原因分析で重大な過失が認められた事例については弁護士や産科医でつくる「調整委員会」が損害賠償責任の有無を審議するとされているが、これまで開催されたことはない。原因分析された中には、胎児を吸引するなどして出産する時、ガイドラインでは通常20分以内で5回としているにもかかわらず、57分で計23回続けたケースもあった。専門家からは「調整委員会で審議してもいい事例があるのでは」という声が上がっている。
「陣痛促進剤による被害を考える会」の出元明美代表は「事例によっては、この補償額では少ないケースもあり、再検討すべきだ」と指摘。国内外の医療補償制度に詳しい首都大学東京法科大学院の我妻学教授は「裁判では個別事案の結論になるので再発防止に生かしにくい。機構は原因究明をしっかりやって再発防止に取り組んでおり、米国内の同様の制度と比べても優れている。今後は限られた財源の中、補償の枠組みをどうするかも検討課題だ」と話している。【奥山智己】
「登録証は5年間保存しておいてくださいね」。東京都品川区の昭和大病院産婦人科。妊婦が妊娠23週ごろになると、助産師が産科医療補償制度の登録について説明する。
対象は身体障害1、2級相当の脳性まひだが、2000グラム未満の低体重児や先天性の異常は除外される。子どもに重い脳性まひがあると認められた場合、一時金600万円が支給される。さらにその後20年間、看護・介護費用として、年120万円が支払われる。仮に子どもが途中で死亡しても、支給は続けられる。
原資は妊婦が健康保険から受け取る出産育児一時金。09年1月から、それまでの35万円に3万円が上乗せされた。この上乗せ分が分娩施設側に渡り、掛け金となっている。補償申請期間は5歳の誕生日まで。
毎日新聞 2011年11月20日 東京朝刊
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