村上春奇は小学生にして
「自分には誰一人として真に気持ちが通い合う人間はいない」と思っていた。
彼の孤独を生み出したのは、違和感である。
この街、トーキョーAXYZは何かがおかしい。
新潟の町から引っ越してきてから常に違和感がある。
例えば、人が数十メートル吹っ飛んだり、体育の時間に世界新記録が出まくったり、
骨が折れ血まみれになっても数分後に治っていたりする。
それら異常見たとき、うろたえ驚き、平然とそれらを当然としているクラスメイトに、
なぜ驚かないのかと詰め寄った。
だが、実際に異常かどうかよりも、彼らにとって当たり前の事にいちいち驚き、
喚きたてる村上は嘘つき扱いされ、孤立した。
それは彼に深いトラウマを残した。
懐疑主義者の誕生である。
なにかろくでもない、禍々しい事が起こっている。
そして誰もそれに気づいていない。
彼にはそんな予感がした。
彼の疑問はいくつかの映画を見たときに氷解した。
よくある宇宙人はすでに来ている、とか、
冷戦下での秘密兵器とか、そういった類のものだ。
世界には何か秘密があって、それを知るものは消されていくのだと。
そう考えると、何もかもが不気味に思えた。
そして、腑に落ちない事があった。こっちは個人的なことだ。
「この街に引っ越してきた時の記憶がない」
引っ越してきた理由は父の転勤でカタがつくが、
引っ越す前の土地の名前と、引っ越した当時の記憶がない事、
なぜか引っ越す前に友達だった奴等とも一緒に引っ越してきている事。
(ちなみにこいつらはさっさと村上を見捨ててパーの仲間に入った)
これらは明らかに不自然だ。
そして・・・夜毎に見る悪夢。
怪物の跋扈する自分が住んでいた街。
かつての家の中。
人間の顔をした恐ろしい怪物に食われる妹。
「おにいちゃん・・・逃げて」
「ハルカ!いやだハルカ!」
怪物の、見下すような嫌な笑顔。
「能力は回収した。次に行かねばならない。
運がいいな小僧、妹一人だけで済んだ
だがまあ、ここから生き残れるかは別だろうな」
倒れ付す両親。
轟音と共に壊れる家。
「そうはいかないの!■■■の魔術師。
あなたには死んでもらうのよ」
空を飛ぶ白い少女。
爆撃の記憶。
殺される妹の仇。
近づく少女、腰が抜けて動けない自分。
「ごめんね、君はすべて忘れてやり直して・・・・・・」
目の前に広がる赤い光。
「いやだ・・・・・・嫌だ!!」
そこで夢は終わる。
起きれば村上は殆ど覚えていない。
ただなんとなく廃墟になった故郷のイメージ、殺される「知らない」妹。
魔法使いとしか言いようのない奴等の戦い。
そのくらいしか覚えていない。
「つまり、だ・・・全部一つなぎにして考えれば、
僕には妹がいて、故郷があった。でも何かの戦いで街は滅んで妹は殺された。
そして僕達は記憶を消されてこの町に引越してきて・・・・・・
多分あの時街を滅ぼした奴等は超能力者か、魔法使いか何かで、
このAXYZはそいついらに支配されてる。
奴等の存在を知れば、記憶を弄られる」
まるで村上が好む三流ライトノベルだ。
「すべては僕の妄想なんだろうか?」
だが、傍証はいくつもあった。
家にはアルバムが少ない。明らかにいくつか欠けてる写真がある。
「妹」は存在したのだろうか?
両親に尋ねてみたら、やはり知らない、妹などいないと返された。
家具も見覚えのない物ばかりだ。
引越しだからってここまで買い換える必要があるだろうか?
すべてがあやふやだ。
自分が住んでいる町も、自分自身の記憶も。
村上は悩む。
自分自身に、自分自身が置かれた環境に。
その答えは、すぐ間近に迫っていた。