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現在幕間には1話だけです。あと本編とはあんま関係ないです。
あと蹂躙物なのでその作品のファンの方々にはお勧めできません。
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2話目更新。主人公の彼が普段どのような仕事をしているのか、その一つを紹介する作品となっています。
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3話目更新。主人公の彼はハーレムをあまり目指しません。一度クリアしたギャルゲをもう一度クリアする気にもなれないのと同じ理由です。
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4話目更新。主人公は人間よりも人外にモテる。能力の一つですが体質に近いです。東方物を書く際はこの続きか別物になる予定。
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5話目更新。プロットも何もなく勢いだけで書いたモノ。新しいシリーズにもできないので○間に入れました。たまにはノリだけで書きたい日ってありますよね。
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6話目更新。恋姫無双って本郷一刀がどこに属するかで彼に対する印象ががらりと変わりますよね。だいたいアンチ作品は蜀なイメージがあります。なのでこの話でも彼には蜀に入って貰いました。
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7話目更新。懲りずにまた真恋姫無双。何か単発だと何も考えなくていいから楽ですね。細かい設定は気にしないで下さい。
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8話目更新。しばらく真・恋姫無双。予想に反してこの話の食いつきが良くて驚きました。反響があるって素晴らしい。
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9話目更新。今回は日常編を書いてました。いつも戦闘だけでは殺伐とすると思ったので。ちょっと趣旨が変わってしまったかも・・・。
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10話目更新に伴い、6~9の真・恋姫無双編を別枠に移動しました。
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11話目更新。今回は主人公がキャラに対してドライな理由を公開。ただしこの設定そのままというわけではないです。
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12話目更新。初期プロットの残滓を何とか一話にまとめてみました。珍しくラブコメとか書いた結果が○間。行きだっぜ!
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13話更新。やんやの黒歴史の一つ、ネギま!介入のお話です。時折話題に出すネタの一部を少し放出。
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14話更新。VRMMOとTRPG転移憑依召喚モノ。一話のみ投下されるのがここ○間。一応書こうと思えば連載できるけど気が乗らないとここに載ります。恋姫無双編みたいに乗れば別枠に行くと言う感じです。
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15話更新。過去の遺作。
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16話更新。真・恋姫無双の女版介入モノ。本編のと違いかなり好き勝手やりました。
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17話更新。恋姫の合間に書いていたものが形になったので投下。
10/19
18話更新。姜維無双・裏前編です。後編になるか追記になるかはわかりません。肩に違和感ががが。
1.≪賢者≫と剣士の少年
生きることは闘いだ。
強くなければ生き残れない。
それだけを信じ生きて来た。
平和に生きればそれでいい。人並みの幸せを謳歌できれば満足だ。
生まれてから死ぬまでに理不尽な事もたくさんある。
納得できない人生を無理やり送らされ。諦めきれない”もしも”を夢見て死ぬ。
こんなことが許されるのだろうか?
弱くても幸せな奴らがこんなに居るのに。
愚かで、貧弱で、ずる賢く、依存し、惰性で生きている奴らですら幸せであるというのに。
何故、自分は幸せではない?
何故、納得できる人生を送れない?
何故、諦めきれずに這いずり回る?
諦められないから。
納得できないから。
幸せになりたいから。
だから俺は──。
「下らない」
そいつは言った。
「つまらないわ~」
そいつは言った。
「ばかばかしいのう」
そいつは言った。
「愚カナ」
そいつは言った。
「興味ねぇな」
そいつは言った。
俺の苦悩も葛藤も決別も決断も決意も、全て否定された。
たった一言ずつの簡単な言葉で。
俺の絶望の何を知っているのか。
「塵の様な人生を塵がどう生きたかなど、我々にはどうでもいいこと。あなた程度の物語を、さも唯一であるかの如く語るのが目障りです」
「まあ、何だ。運が悪かったてーこったな! いいじゃねぇか、その程度の人生だ。惜しがる程でもねぇだろ」
「もっと面白くて、どろどろしてて、ちょっぴりエッチだったら良かったけどぉ、全然大した事なくて笑っちゃったわん」
「己、ガ使命ヲ全、ウセズ、更ニハ己ガ、世界ノ住、人マデ、モ傷付ケル。愚者也」
「しょーもない人生じゃの。伝説の使い魔? ガンダールヴ? 英雄? 仕える主人とイチャイチャしていただけではないか。努力を放棄してイレギュラーに対処せず、日々のうのうと無駄な時間を過ごした。その結果、友が死に、仲間が消え、仕える主人が目の前で慰み物にされて夢半ばで果てる。その程度で怒り狂い、さらにそんな自業自得の事柄をさも自分は被害者ですと言わんばかりに他者に当たり散らした。馬鹿じゃのぅ。愚かじゃのぅ」
「……いや、ちょっと直球で言いすぎだと思うわ~。もう少し伏線というか、引っ張る感じじゃないとー」
「良くも悪くもガキってこったな!」
「うるさーいわい! 妾は妾が語りたい時に語るのじゃ!」
「そこが可愛いのですよ。未だにピーマンが食べられないのと同じくらいに」
「それは言わない約束だったはずじゃああ!」
「腕白デ、モ良イ、逞シ、ク育ッテ欲、シイ」
「何かそれも違う感じがするわねー」
好き勝手に俺の人生を語るな!
俺が守りたかった奴らはこんな終わり方を望んじゃいなかったんだ。
「あなた程度の不幸を熱く語らないで貰いたいのです。時間の無駄なのですよ。どれだけ仲が良かったかは知りませんが、その程度で死ぬ程度の塵程度が不幸になった程度でごちゃごちゃと語られても本当に困るのです」
違う!あいつらは塵なんかじゃない!
「塵ってーか、それ以下だろ。たまたま生まれてとりあえず死んだだけだ。熱くなるなって、お前もすぐこんくらい慣れるからよ。それよりも、誰が選定するんだ?」
「使い魔ならシャオリンではないかの?」
「えー、私~? でも元人間だしぃ、私の担当じゃぁないわよー」
「色々と武器が使えるってんなら、コウじゃねぇのか? 剣持ってるしよ」
「……これを剣士と呼ぶのかはわかりませんが、良いでしょう。私が見ます」
何だよ、やろうってのか? 言っておくが、今の俺は女だからって容赦しねぇぞ。
「ふぅ、彼我の力量差も計れない、ですか。あまり期待もできませんね」
「敏感過ぎても勝負にならんじゃろ。ま、とりあえず移動するかの」
!?
変なしゃべり方の奴が言った瞬間、景色が一変する。
それまで真っ暗で何も見えなったのに。
ここれは……。
俺の居た世界?
「わざわざ移動する必要もないと思いましたが。良いでしょう、私は空気を読む方なので」
「嘘だな」
「嘘ね」
「嘘じゃの」
「嘘ダ」
「……エカテリーナは後で白スク水の刑です」
「何ゆえ妾だけ!? 理不尽!」
ごちゃごちゃうるせーな。やるならさっさとやろうぜ!
「ふむ、では始めましょう。最近新しい銘を彫ったので、その試し切りとしましょう」
「へぇ、新作か。珍しいな。何て名前だ?」
「”幼女”と書いて”エンジェル”と読みます」
「およそ、考えうる最低のネーミングセンスね~」
「趣味が悪いの」
「エカテリーナは後でたて笛を吹いてから私に渡しなさい」
「だから何ゆえ妾だけ!? て言うか気持ち悪い!」
「前作は確か”二次性徴”と書いて”ぜつぼう”だったか?」
「狭イ」
「その時期辺りが一番イイのにね~、わかってないわ~」
「エカテリーナは後で髪を一房寄こしなさい」
「さすがに何も言ってないのにこの扱いは酷い! でも一番ノーマルな要求に思わず頷きかけてしまうぅぅ!」
……そろそろ始めないか?
「それもそうですね。さすがにネタ切れ感が否めませんので」
剣士と名乗る少女が”幼女”と書いて”エンジェル”と読む刀を抜く。
と思ったら、すぐに納めてしまった。
何だ? やっぱ止めるのか?
「終わりました」
「どうだ、斬れ味の程は」
「切れ味の方はナマクラと言ったところでしょうか。要練習です」
「ハっ、これからまだ成長する余地があるとは、羨ましいのぅ」
「あなたはいつまでも幼女で居て下さいね。これ、お姉さんとの約束です」
「え、何その余裕顔。妾の方が年上なのにね」
「ガキだからだろ」
「じゃから、この中で妾が一番年上じゃ!」
おい、無視すんなよ!
結局勝負はどうするんだ?
「勝負じゃないわよー、これは選定~。でぇ、あなたはー、不合格でしたー」
不合格?
いったいどういう意──。
がくり、と体から力が抜けた。
あ? え? 何だ……?
体を見下ろすと、胸から腹までばっくりと穴が開いて、そこから臓物が零れ落ちていた。
なんだ、これ。
何で、俺、死んでいるんだ?
「死んだことを理解はできたようですね」
「死んでいるのに生きているゥ、ああこりゃまた不思議~」
「趣味が悪い。死んだことすら気付かせず殺してやるのも情けじゃぞ」
「エカテリーナには後でプリンを食べさせます」
「何か妾褒められることしたっけ?」
「ただし、私が自らが作成した特注品です」
「これまでで一番の罰ゲーム!!」
俺なんて元から居なかったかの様に語る奴ら。
でも、まあ、こんなものなのだろうか。俺なんてこの程度なのだろうか。
一生懸命生きて、辿りついた先でこんな思いをさせられて。
俺の人生って何だったんだ……。
「眠レ、戦士、ヨ……オ前ハ、モウ休、ムベキ、ダ」
そうだな。
色々あったけど、俺の人生まんざらでもなかったかな。皆良い奴だったし、楽しかったよ。
ああ、疲れた。
本当に、久しぶりにゆっくり眠れる。
眠ろう……。
おやすみ。ルイズ。
2.お仕事
主人公の男が死んだ。
主人公だけでなく物語における主要人物が主人公を含め皆死んだのである。
だがそれ自体は特に問題は無い。全ては予定調和だ。
そもそも主人公の死は老衰によるものだ。しかも百歳以上生きて、孫どころか曾孫にまで恵まれ、死ぬ瞬間は家族に囲まれ安らかに眠るように死ぬという大往生だ。
これ程までに幸福な最後を迎えた物語も珍しいだろう。
彼の生まれはごくごく普通の一般家庭だった。
優しい両親と三人で仲良く暮らし、ややツンデレ気味な幼馴染に構われ、悪友とじゃれあう。
そういうどこにでも居る少年だった。いや、かなり勝ち組な人生なのだろうけどね。
そんな平凡な彼が出会ったのが魔界だか宇宙だか異世界だかのお姫様。しかもそのお姫様に主人公は一目ぼれされてしまうっていうありがちな話。
彼はその日を境にして、跳躍や日曜日でもお目にかかれないラブコメ世界の住人となったわけだ。
ある時は幼馴染にボコられ、お姫様にお風呂に乱入され、また幼馴染にボコられ、親戚の女の子が居候しだして、嫉妬した幼馴染にボコられ。
……よく百歳まで生きられたな主人公。
僕はそれを観測者として微笑ましい気持ちで眺めていたものだ。
こういう血なまぐさくない世界というのは稀有である。いつだって僕らが干渉するのは人が簡単に死ぬ様な殺伐とした世界だからだ。
だから僕はこの世界の平穏を守るために力を注いだ。主人公とその周りの少女達がいつまでも笑顔で過ごせるように。
介入者達を片っ端から排除した。
神を名乗る存在が転生させた男を。
平行世界で事故死してこちらにやって来た少年を。
その世界の物語を愛し憧れたため強制召喚された少女を。
現れる度に消して行った。
最初こそサーチと対応に慣れなかったけど、四桁を超える頃にはオートで処理できるようになっていた。
慣れとは本当に素晴らしい物である。
一度その世界の管理をしていた神って奴が接触してきたことがある。
曰く、殺しすぎであると。
しかし、主人公誕生までの運命操作を担うためだけに創造された管制人格を相手にするのが面倒だったため、創造者の代わりにデリートした。
己の役割を忘れ、越権行為をしたクズデータへの対処としては『甘すぎる』と前任者に呆れられてしまったのは良い思い出だ。
まあ、そんなこんなで僕は平和かつ微エロな世界の管理調整を百年程務めた。
そして、冒頭で告げた通り、主人公が死んだ。
結局誰と結ばれたのかは言わぬが花……いや、言わぬが仏ってところかな。
というわけで、僕のお仕事はこれにて終了。後は処理を少々するのみである。
まずは前任者へとデータを送信。
……。
うん、先方も満足してくれたようだ。
返信が顔文字ばっかなのが少々ウザいけど、報酬も満足のいく物だったので文句は言わない。
さて、事後処理をしないとね。
「あーあー、この世界の皆さん聞こえますかー? 僕はこの世界の管理の代行をしている者です。突然ですが、この世界における主人公がつい先ほど死んだので、これをもってこの世界の運営を終了することとなりました。つきましては、この世界を消すのでご家族や愛すべき人、友人などとしばしご歓談の後消えて下さい」
全宇宙同時生中継である。あらゆる言語の壁を超えた概念通信のため正しく伝わったことだろう。
この世界が保有する世界群。あ、世界群て言うのはひとつの世界(ものがたり)が保有する世界のことね。
リリカルなのはを始めとした多世界が実在する世界なんかも実はひとつの世界としてカウントされる。
あくまでパラレルワールドや異次元世界が存在するという世界でしかないというわけ。
よく神様が別の世界に転生~とか、≪渡り≫でもないキャラクターが異世界に移動する話もあるけど、あれも全て同じ世界の中を移動しているので実際は世界移動ではないというね。
だから世界によって大きさ──情報量が違ったりして、多世界設定ありの世界は管理の手間もピンキリなのです。
とまあ、そろそろ覚悟も決まったところだろうか?
「ではでは、皆様方、百三十億年もの間続いたこの世界もこの時をもってして終了です。お疲れさまでした」
言うと同時に、僕は世界を消した。
管理者が僕に依頼したのも、僕が世界を終わらせられるからというのが仕事を依頼した一番の理由。
本来ならば放置するか≪賢者≫に頼んで消して貰うのが暗黙のルールだけど、どちらも維持費と依頼料が馬鹿にならないので、僕みたいなフリーライセンスが格安で代行するってわけ。
今回の報酬は涼宮ハルヒの憂鬱初版についていた金帯である。何故三次元のレアアイテムが二次元に堕ちていたのかは知らんが、これを手に入れる機会はもう無いと思うので今回の報酬にしてもらったのだ。
依頼主はこれの価値を理解していなくて良かった。僕がこれを所望した際とても怪訝な顔をしていたのを思い出す。本当、アレで自称『三千世界を繋げられる可能性を持つ科学者』なんだから笑ってしまう。この天蓋の情報量を持つアーティファクトの価値がわからないとはね。まあ、二次元の存在には解らんだろう。
これを基本外装にして、中身に適当な本を納める。それだけでその本は『原初の』涼宮ハルヒの世界を召喚できる魔導書になるっていう化物アイテムだと言うのに。
もったいない。
っと、今度は別の人からの依頼だ。えーと、『夢の国の鼠を召喚して下さい。報酬は”子供用ミニスタンガン”です』……わりにあわねえええ!!
いや、”子供用ミニスタンガン”欲しいよ。三次元なら静電気でピリッとして驚かすイタズラアイテムで百円のガチャガチャ(僕の地方ではこう呼ばれている)で手に入るような代物だけど、ここで使うと超電磁砲並の威力になるからなー……欲しい──けどさすがにあそこのは無理だな。うん。
ということでお断りしますっと。
さてと、そろそろホームに戻るかな。レイスも心配しているだろうし。
3.らきすた編 もう一話分あるかもです。
この回の介入はいつもとは違い余暇を楽しむことがメインだった。
日ごろの労を労おうと半身二人とともに『らきすた』の世界で一般人に混じり生きるというものだ。バトル要素が一欠けらも無い世界で情報量が多い世界というのは本当に貴重だ。似た世界で言えばあずまんが大王なんかもそこそこ平和だけど、あの世界は『お父さん』が居るからたまにバトルになるから困るんだよね。
超能力者が殺し合いしたり、魔法使いが派遣を争ったり、異世界からの侵略が来たり、いきなり「今から殺し合いをしてもらいます」とか言われることもない。平和な世界だよまったく。
日本という国はどの世界でもある程度平和を約束されているのだが、この世界は輪を掛けて平和だ。ビバ平和。平和愛している。
僕が揉め事を起こさなければこの世界のまったり感はこの先も続くことだろう。
てなわけで、現在僕は陵桜学園高等部の三学年目に在籍している。もちろんクラスはこなた達と同じだ。ちなみに今回は男です。
ああ、勘違いしないで欲しいが、別にここでハーレムを目指すとかそういう甘ったれた事は考えていない。この世界での僕の役割は背景だ。日下部みさおや峰岸あやのの自称背景ではない。さらに言えばアニメ版に出て来る白石 みのるよりも背景だ。
背景オブ背景。語られざる者って奴だね。こう言うと厨二病に聞こえる不思議。
て言うか、あいつら彼氏居るしね。
驚くことなかれ。こなた達にはそれぞれ彼氏が居り、毎日イチャコラとそこかしこでストロベリーな甘々空間を作り出しているわけ。観ているだけでリア充過ぎて生きるのが辛い。
ちなみに各々の彼氏データを簡単に纏めてみる。
泉こなたの彼氏、佐伯士郎(さえき しろう)はスポーツ万能成績優秀で株式取り引きで一財産築いた資産家のお坊っちゃま。見た目もそこそこ良くまさに完璧超人だ。二人がプレイしているMMORPGでパーティを組んだことが付き合うきっかけだったという噂だ。
こなたと付き合うために二年進級時に転入してきた。親の力で無事こなたとも同じクラスになったクセに、「き、君は!?」みたいなやりとりをした時は思わず士郎に対して『週一で下痢になる』呪いを掛けてしまったものだ。
柊つかさの彼氏、八幡天地(やはた かける)はそこそこ名の売れた華道の家元の長男だ。陸海空も幼少の頃より華道を嗜んでいたとかで華道の世界では有名なのだとか。やや吊り目の顔と高身長とあいまって怖そうに見えるが、花を愛する優しい男らしい。
柊家とは先祖代々仲が良いとか。要するにつかさと天地は幼馴染というわけだ。しっかり者で引っ張るタイプの天地とふんわかぽわぽわで付いて行くタイプのつかさはお似合いのカップルと言えよう。
柊かがみの彼氏、八幡陸海空(やはた まもる)は天地の双子の弟だ。兄程ではないが華道を頑張っているらしい。兄と違い童顔で女顔、低身長ということで一見女の子にしか見えない。一度こなたと制服を入れ替えた時は変なファンが出来たとか出来なかったとか。
かがみとつかさとは兄共々幼馴染の関係である。同い年なのに年下に見える陸海空を弟の様に可愛がっているうちに好きになっていたとはかがみ談。こなたがそれで「かがみんはショタ好きだったか」と言った後の騒ぎは未だに語り継がれている。
高良みゆきの彼氏、門司鼎(もんじ かなえ)は元不良である。中学時代は喧嘩ばかりしていたらしい。ある日暴走族との抗争に巻き込まれた同じクラスだったみゆきを助けたのがきっかけで話すようになり、みゆきの善性に触れて改心。必死に勉強をするようになり同じ高校に進学──できずに浪人。高校浪人。翌年無事入学して現在二年生だ。入学式の日にみゆきに告白し、それをみゆきが受けた時は僕も素直に感動したものだ。
主要メンバーの彼氏情報はこんなものだ。峰岸は原作からして彼氏が居るし。日下部は部活でそれどころではないとか言いつつ部活の顧問と二人でよく居るという情報を耳にしている。
他にも今年入学した小早川ゆたか、岩崎みなみにも良い感じの男のクラスメイトが居るらしい。田村ひよりは……今のところドフリーだそうな。
その他モブに近い人間はわからない。あくまで僕は「耳にした」だけで調べたわけではないのだから。
というわけで、こんな世界ではハーレムどころか彼女を作ることすら難儀することだろう。ま、余暇楽しむだけなんだがら彼女作っても意味ないしね。いや負け惜しみじゃねーし。
「ねぇねぇ、シロウ。今日はペッカに挑もうよ」
「それは構わないが、こなたは錬金マスタリのためにISのレベルを下げているだろう? ただでさえ魔法寄りなのに今のスキルだとスイッチ叩き逃げでもキツのではないか?」
「そこはほら、肩車で」
「く……いくら盟友システムがあるとはいえ、足扱いされるのは屈辱だッ。と言うかユニコーン持っているだろう?」
悔しくない。
「今日は天地君の好きなミートボールが入っているんだよ~」
「おおお? それは楽しみだ……なんだ、まだ二時間目が終わったばかりかよ。早くお昼にならないもんかな」
「そんなこと言って、また授業中に食べちゃダメだよ?」
「わかってるって。つかさ達と食べるの、俺も楽しみにしているからな」
これっぽっちも悔しくない。
「あ、陸海空! あんたまた女装させられているの?」
「あ、かがみお姉ちゃんっ……う、うん、クラスの子に無理やり着せられちゃって……ボク男の子なのにどうして女の子っぽいんだろう」
「(か、かわいい! …ハッ、いけない、またこなたにショタだってからかわれる)……ま、まあ、確かに男なんだから男の格好をすべきだとは思うわよ? でも私はあんたの男らしいところちゃんと知ってるから、元気出しなさいよ。あとお姉ちゃんはもう禁止って言ったでしょーが」
「う、うん! かがみ!」
本当に悔しくないぜ。
「あ、鼎さん? 休み時間に訪ねて来るなんて、どうかしましたか?」
「なんだよ。来ちゃ悪かったのか? 別に学年が上だからって先輩風吹かして説教すんなよな」
「うふふ、別にお説教だなんてしませんよ。いつもは登下校とお昼休みにしか学校で会えませんし、来て下さって嬉しくて。実は避けられているんじゃないかと」
「お、お前はそんなしょーもない心配をしていたのかよ! ……ったく、気が向いたらまた顔見せに来てやるよ」
……。
っだああああああああああああ!!
教室でストロベリってんじゃねえええええええええええええええええ!
非リア充組にとっては下手なサイコホラー映画よりも精神ダメージ高ぇんだよ!
見ろよ、周り見ろよ! 皆の生温かい視線に気づいて下さい主人公サイド!!
鼎以外皆良いところの坊っちゃんだから面と向かって文句を言う野郎は居ない。だがクラスメイトの視線は確実に彼氏勢を射殺さんばかりに鋭い。みのるなんて血の涙を流しながら机に藁人形打ちつけているし。
「いや、お前は小神あきらと良い感じだろぶっちゃけ」
決してみのるは僕達の味方ではないのだ。ツンデレ少女の好意に鈍感にも気付かないリア充予備軍なのだ。その事実を僕達非リア充組は知っている。流したのは僕だ。
ちょっと周りを見れば女が居るというのに、それに気付かず他者に嫉妬するその醜き魂が許せぬ。白石みのるよ……月夜の晩だけと思うなよ?
暗い感情を胸に秘め、この手を血に染める覚悟を決めた僕に声をかける人間が居た。
「おいメガネェ、今日も寂しくゲーセン行こうぜぇ。モテない野郎なんてゲーセンか自宅で自家発電しかやることないだからよ~」
「おい馬鹿、あるだろ勉強が。一応僕らは受験生なんだから、やるべきことはやろうよ」
馴れ馴れしく肩を組んで来たそのクラスメイトを軽くいなし、学生の本分の何たるかを告げる。
ちなみにメガネとは僕のことだ。今時珍しい黒ぶち眼鏡を掛けた僕を揶揄してこの馬鹿が付けた渾名だ。
こいつとは何の因果か小学校時代から十二年間ずっと同じクラスという腐れ縁中の腐れ縁の仲だ。言動がマジ痛いので本当は友達どころか知り合いを辞めたいレベルで拒絶しているのだが運命がそれを許そうとはしてくれない。いっそ転校でもしてしまおうか本気
で考えた時期もあった。だがきっと転校した先にこいつは転校してくるだろうから賭けに出られずにいる。
「はん! そんなもん輝ける青春を無為に過ごすことに比べたらどーでもいいことだろ。お前もちーびっとは頑張って無駄な人生送る努力しろよ」
「あれ、おかしいな。まったく正しくもなんともないセリフなのに凄く良い事言ってる風に聞こえるぞ」
こんな学生辞めちゃってますみたいな事を言ってるこいつも、進学高の陵桜学園に合格した程度の頭脳はあるのだから世の努力家が憐れとしか思えない。
ま、現在の成績を見ればまぐれだったんじゃないかと未だに思う。こいつ中学でも成績悪かったしなー。
「うううう、メガネが冷たい。というわけで委員長に慰めてもらってくるわ!」
「おい、馬鹿、止めろ! 死にたいのか!?」
しかし僕の制止の声は届かず、馬鹿は手を広げながら凄く良い笑顔でみゆきの方へと駆け出した。
「ガチだ、ガチでやるつもりだこの馬鹿ッ」
僕含め、周りの人間も横目で僕らのやりとりを見ていたために馬鹿の暴走を目で追っている。クラスの皆に注目されていると気付いた馬鹿。ノリと勢いでやり始めたことを衆目に晒されたことで己の愚行を客観的に理解できたようだ。
馬鹿は一瞬思案するように自分の顎に手を当て──。
さらに加速した。なんでだ。
って、ヤバイ。こいつガチでみゆきに抱きつくつもりだ。彼氏とのイチャラブに忙しいみゆきと鼎、そして友人ズは迫る脅威に気付いていない。天然スルーされている事実に馬鹿の闘争心に火が点き(なんでだ!)、両の手をワキワキと動かし始める。
おおおい、その手は何のつもりだ!? このノリのままだと馬鹿は抱きつくと同時に胸くらい揉むぞ!
他の奴らはともかく、みゆきは冗談が通じないんだぞ! あとその彼氏の鼎は脱不良したと言っても基本口より手が出るタイプだからな?
ここからでは時を止めるなりしなければ馬鹿を止めることはできないだろう。だがこの世界でこんなしょーもない理由で≪異能≫を使うのも馬鹿らしい。
ま、鼎もそこまで鬼じゃないだろと僕は一人納得すると、被害に巻き込まれない様に他人のふりを始めた。
馬鹿が駆けだしてから二秒で出した結論だった。
骨は拾ってやるぞ馬鹿。
ターゲットの真後ろまで駆け寄った馬鹿は躊躇うことなく相手を背後より抱きしめる。
突然の事に身を固めるターゲット。その反応に畳みかけるようにして、馬鹿は相手の胸をわしづかみにすると全力で揉みし抱くのだった。
「えっ──きゃああああ!?」
哀れ、両胸を大胆にも衆目の前で揉まれたターゲットが悲鳴を上げる。
まじでやりやがった!
けど何となくこのオチは予想していた自分が居る。
「わーきゃーー!?」
腕の中で暴れる相手を無視して馬鹿は胸を揉み続ける。
「ちょ、ちょちょ、ちょおまっ!?」
ようやく目の前で起きた出来事を正しく把握したターゲットの相方が馬鹿を止めに掛かる。
「この馬鹿! 何全力全開で陸海空の胸を揉みし出してんのよ!?」
”かがみ”は馬鹿へと駆け寄ると”陸海空”を助け出すためにその腕を掴む。
「ぁっ」
「ひゅああ、ご、ごごめん!」
胸を揉む腕を上から掴んだため、余計胸に馬鹿の指が突き込まれる形となり変な声を上げる陸海空とそれに謝るかがみ。
そう、馬鹿は当初の目標であったみゆきから大きくそれ、あろうことか男の陸海空へと抱きつき胸を揉んだのだ。
男の胸を揉んで何が楽しいんだろうか。わからんわ。
「世の中のリア充が憎い! 何故自分だけ報われぬのか! その問いの答えを得るためにこの一撃に賭ける!」
「賭けんな!」
あ、かがみが馬鹿を殴った。まあ、あれは殴られて当然だけどな。
なんつーか、ダメな世界だろ色々と。
4.東方編 別名『あらゆる幻想を無視する程度の能力』
どうも、お久しぶりの僕です。
今回は無事に男として介入できました。本当に良かった。良かったよおおお!
しかし、この世界で言えば男よりも女の方が活動しやすい現実があるので少しだけ残念ではある。
それでも元の身体に近いというのはそれだけで気分を高揚させるわけで。
つまるところ、素の自分を曝け出してしまうという、愚の骨頂をしてしまったわけだ。
目の前の少女を軽く握っただけの拳でブン殴る。それだけで相手は悲鳴を上げることすらできずにふっ飛んで行く。
僕は今日何度目になるかわからないその光景を見ながら、深く深く溜息を吐くのだった。
「なー、そろそろ休憩にしないか? 何度も言うように一朝一夕で身に付く物じゃないんだって、僕の強さは」
今しがた吹っ飛び、地面にうつ伏せに倒れたままの相手に声を掛ける。
少々ふ抜けた言い方をしているが、別に相手を馬鹿にしているわけではない。これは僕の性格の問題だ。
「う……ぐっ、ぅ…!」
僕の声に反応し、少女が何とか立ちあがろうと腕に力を込める。しかし、すぐに脱力し、上げかけた上体を再び地へと落とすに止まった。
「無理すんなって。今日だけで何回ブッ飛ばされたと思ってるんだ? お前が目指すべき物が途方も無いもんだってのは知っている。でもな、がむしゃらにやるだけが方法ってもんでもないんだぞ」
「う、るさい…」
まだ返事をする体力はあるようだ。少しだけ感心する。
最初の頃は張り手一発で気絶していた。それに比べればとんでもない進歩と言える。もう元の貧弱少女の汚名も挽回されたことだろう。
しかし、それだけでは少女は満足しない。彼女が求めるのは遙か天蓋の力なのだから。
「その根性だけは見事と言えるよ。本気でな。最強妖怪の座も近いぞ」
妖怪。
そう、妖怪だ。
僕の目の前で倒れ伏す少女は紛れも無き人外。妖怪だった。
「ふ、ざ……で。こんなことで……」
「こんなことで最強になれるわけがないって? そうかな、僕からすればお前はすでに最強に片足突っ込んでると思うけどね。言っておくが、僕の一撃は星を砕くんだぜ?」
まあ、彼女への攻撃にそこまでの威力は込めていないが、少なくとも並の妖怪ならば数回は死ぬ程の威力は込めている。
これも修行と言うなのフルボッコの成果なのだろう。
「まだまだ時間はある。僕にも、お前にも。妖怪なんてのは須く人生を無駄遣いできるかを真剣に悩む生き物なんだからな。だから、お前も最短距離を走るだけじゃなく、もう少し周りを見てみろ。ゴールの花畑も奇麗だけど、道端に咲く花だって十分心を癒してくれるさ」
「冗談じゃ……ない」
「ふん。花に対して否定的な意見を言うなんて珍しいな。そんなに最強がお好きか? なら、そんなところで寝てるんじゃない。路傍の野花に価値を見いだせないなら天辺の向日葵を掴んで見せろ」
「言われなくたって……」
再び少女が両腕に力を込め、上体を持ち上げる。細い彼女の腕はこれまでに受けたダメージにより震え、少しでも気を抜けば倒れてしまうだろう。
それでも顔を勢い良く上げた彼女の目には、未だ衰えることのない闘気が溢れている。
良い目だ。
その目があったから、僕はこいつを鍛える気になったと言える。
諦めない。己の目的のために貪欲なまでに力を求めるその姿勢に、僕は心打たれたのだから。
昔の自分を見ているようで気恥かしさMAXだったが。
ゆっくりと、少女が立ち上がる。腕同様、両足も震えている。
おそらく、気力だけで立っているのだろう。少しでも気を抜けばそのまま意識を失うはずだ。
だが、手心は加えない。全力は出さないが、本気で相手をする。
今日初めての僕の構えの姿に、相手も気を引き締め応える。手足の震えを意思の力でねじ伏せて。
強いなぁ。絶対今日一番の強さだって。
身体が弱まれば弱まる程、強く激しく燃え上がる妖気。そしてそれはその後ほぼ弱まることなく彼女の力となっている。
なんつーチート。強くなれば強くなるほどに、強くなる。
まさに天蓋。強者の理想の体現。
思わず口元が笑みで歪んでしまった。
気付く余裕もないだろうが、少女の口も笑みが形作られている。
楽しいだろう?
強い奴と戦い、でも敵わず、しかし己もまた強くなる感覚。
自分が一秒前の自分よりも遙かに成長しているという実感は麻薬の如く己の闘争本能を刺激する。
「さあ、来い、風見幽香!」
僕の言葉に少女──風見幽香が最後の力を振り絞り、駆け出した。
◇
「お疲れちゃん」
先程の焼き回しの様に、地面に倒れる幽香へと労いの言葉を掛ける。
あの後、僕の一撃が幽香の”後頭部”に奇麗に決まり、彼女は悲鳴もあげずに昏倒した。
さすがに今度は起き上がることはなく、本日の修行は終了となったわけだ。
僕はぐったりしている幽霊を小屋へと運んで介抱を始める。
用意しておいた濡れタオルはすっかり乾いてしまっていたので新しいのを用意し直し、それを彼女の頭へと乗せてやった。
見事なたんこぶが頭にできている。人間だったら即死どころか頭がパーンする程の一撃を受けたにしては微々たる怪我と言えよう。
この勝負のつき方は最近にしては珍しいパターンだった。
つい昨日までは時間切れか幽香の『体力切れ』で終わるのが常だったのだが、今日は彼女の戦闘不能という結末だ。
勘違いして欲しくはないが、これはいつもより悪い結果というわけではない。
いつもならば適当にいなし、避け、たまに一撃入れるだけでどうとでもなっていたのだ。
しかし、今日は違った。幽香を昏倒させるつもりで一撃入れねばならぬ程に、彼女の動きが鋭かったのだ。
ちょっと焦って能力を使ってしまったのは内緒だ。
本当に出会った当初に比べると規格外なまでに強くなったものである。
ちょっとだけ愛弟子を見直した僕であった。
と、幽香の頭が動き、タオルが落ちる。
それを慌てて受け止め、もう一度頭へと戻そうとすると、
「強くなりたい」
いつの間にか意識を取り戻した幽香がポツリと呟いた。
何やら気落ちしているのか、いつもより声のトーンが低い。
「いっつもそればっかだな、お前」
「だって、こんなの理不尽じゃない。これだけ毎日ボコボコにされているのに、結果が追いついて来ないんだから」
「いいや、追いついてないのはお前の認識だよ。最初よりも強くなってるって、本当に。今日だって少し本気出しちゃったし」
「本当?」
「本当本当。焦って僕に能力使わせるとか、凄い成長だって」
僕の言葉に気を良くしたのか、幽香が少し上ずった声で「そう…」と言った。
あんまり褒められるのが好きではないらしい幽香を褒めるのは結構気を遣う。どうやら今回は成功だったらしいけど、間違った褒め方をすると拳が飛んでくるのだ。そういうのに限って良いパンチだったりするから困る。これを意識的に出されたらたまったもんじゃない。
「出会ったころに比べて格段の進歩だよ。もっと自分に自信を持てって。なんと言っても僕の可愛い一番弟子なんだからな」
馬鹿な子程可愛いと言うけど──その実幽香は戦闘馬鹿だが──やはり弟子ともなると愛着も湧くものだ。
それがたとえ、初対面の相手を容赦なくヌッ殺そうとして来た相手だとしても、だ。
ふいに、幽香がもぞもぞと身体を動かしているのが視界に入った。
何をしているのだと顔を覗き込むと片目だけで僕を見ている。……首でも痛めたのか?
「どうした?」
「ッ!」
軽く音速を超えた(ソニックブームが見えた)拳が眼前に迫る。
それを首を曲げ避けたのがいけなかった。とたんに耳がキーンとする。おおう、真空で鼓膜が……。
「今日一番の威力だったが、体勢が悪かったな。ああ、でも、真空を纏わせて殴るってのは良い着眼点だ。避けてもそこそこダメージがある」
「デリカシーって言葉知ってる?」
「悪いね、こちらの言葉を学んで日が浅いんだ」
再び拳が飛んで来た。今度は威力はさほどでもないので腕を掴んで止める。
目の前で止まった拳は傷一つない奇麗なものだった。毎日花の世話をして、僕と殴り合う(一方的にボコボコしているが)と言うのに、傷どころから汚れ一つ無い。
傷がついてもすぐに治ってしまうのだ。それは身体の方も同様である。妖怪だから当然と言えば当然だけど、やはり女性ということもあり傷が残らないのは殴って居る身としては安心できる事柄だ。
ちなみに身体の方は調べた事はない。当然である。妖怪と言えど女の子だからね幽香は。
「な、何?」
「ん? あ、あ~、何でもない」
あまりにしげしげと見続けていたため、幽香に変な顔をされてしまった。
子供とはいえ、女性の手を凝視するのは自重しよう。
慌てて幽香の手を離す。
「む~……」
何か言いたそうにこちらを睨む幽香の頭を軽く撫で(コブに当たったのか悲鳴が聞こえた)、席を立つと台所へと向かう。
今日の夕飯係りは僕なのだ。
「何か食べたい物ある?」
「わんこそば!」
「無理やがな」
希望を訊くと無茶を返された。と言うか何でソレを知っている。
おかしい、ここは一応西洋のはずなんだが?
それはともかく。
「とりあえず、わんこそばはないわぁ。どうやって一人でわんこするのかと。僕か? 僕がそば係りか? 一緒に食べられるやつにしてくれ」
「ハンバーグ!」
「お子様ランチ付きで作るかな」
元(未来)を知っているだけに、嬉々としておこちゃまの食べ物を所望する姿に頭痛を覚える。大丈夫か? 頬に赤マルマークつけて元気良く「ハンバーグ!」とか言っちゃってるけど、将来思い出して布団の中で叫んだりしない?
さて、調理開始だ。どうでもいいが、「調理開始」を誤変換して「超理解し」になる事が多い。いったいどんな超理論を証明したと言うのだろうか?
気を取り直して材料を取り出す。
牛肉も豚肉も現地調達だとクッソ不味いので使うのは新たに創造した物だ。
手早く調理を済ませた僕は、何故か西洋であるにも関わらず畳敷き部屋に当然の様に置かれたちゃぶ台へとお子様ランチを置いた。
「わー」と小さく歓声を上げすぐにでも手を付けようとする幽香に待ったをかけ、僕はエプロンのポケットから紙で作った旗を取り出すと、それをケチャップライスへと突き刺した。
「ほれ、今日は恐竜のガー君だ」
「……前から思ってたけど、このソースライスに旗を立てる意味って何なの? 東方流の儀式か何か?」
「儀式というか、おまじないだな。これさえ立てればどんな子供も泣き止み、お母様方がゆっくり世間話に興じれるというすーばらしいものだ」
「それがどの程度凄いのか知らないけど、あなたが言い知れぬ思い入れを持っているのは理解した」
むむ、お子様ランチの旗を馬鹿にするとは何て罰あたりな人間だ。いや妖怪か。
旗を馬鹿にするということは、それすなわちお子様ランチへの冒涜と言える。本来ならば必殺の左を見せてやるところだ。が、しかし、馬鹿にしたくせにこっそり旗を取ってコレクションにしていることを僕は知っているので許してやるのだー。将来これをネタにからかってやろう。
「洗い物はお前がやっとけよ」
「えー、一緒にやろうよ。二人でやる方が早いよ?」
「早いには早いだろうけどな……狭いんだよなー」
この時代に水道は存在しない。水を用意するにはわざわざ井戸か小川から水を汲まねばならないのだ。洗い物ならば小川の流れで洗い流せばいいが、その場合二人だと足場が少々狭いため、どうしてもひっつく形になる。これがまた洗いにくいのだ。
それでいて幽香は自分だけ広く場を確保しようとぐいぐいと身を寄せて奪いに来る。おかげでいつも僕は片足で作業。何この修行。
「狭いならもっと寄ればいいと思うけど。無理に場所を確保しようとするから片足立ちになるのよ」
「お前、知って居て場所取ってたのか」
「普通気付くと思うんだけど……」
うわ、馬鹿にした目をしたぞこいつ。ガキのくせに生意気な目しやがって、マジいつか泣かす! いつも泣かしているけど。
いいぜ、その喧嘩買ってやろうじゃないか。
「今日は僕が場を征服してやる!」
「いい度胸ね! 今日こそ川に突き落としてやるわ!」
こうして僕と幽香の負けられない戦いが始まった。
それは遠い昔の思い出。
刹那の時間。だからこそ色鮮やかに彩られた日常。
まだ僕が先輩に出会う前の出来事。
5.ゼロの使い魔編 はっちゃけた結果がこれだよ!
誰にだって黒歴史と呼ばれるものはある。
それが今回語る介入のお話。
嗚呼、なんで僕はこんなことをしてしまったのだろうと悩んだ十七の夜。
今回の介入はイレギュラーのため目的は設定されていない。
つまり好きに生きて良いというわけだ。やったねタエちゃん、無駄な介入が増えるよ!
おい馬鹿止めろとか聞こえたが無視。作者がFF14用に二十万のPCを買ったはいいが未だにブラウザゲーしか出来ていないくらいどうでもいい。
この世界で僕は転生による介入方法を選択した。オリジナルの肉体を使うことはできないけれど、制限なく自分で作成したアバターで介入できるというのは嬉しい。
これが憑依だったらこうはいかない。【異能】こそ使えるが、身体能力は憑依先準拠、かつ能力の制約が多すぎてまともに動けないからだ。
今回転生時に選んだ素体の性別はもちろん男。元が男の僕が女性のアバターを使うメリットはまったくないからだ。
男でありながら身体が女というのはわりかし不便なのだ。筋力的にも劣るしね。
東方や恋姫無双の世界ならば女性優位ということもあり、女性のアバターを使うことも多いがそれは稀有な世界と言えよう。
次に容姿。
基本的に僕は元の自分に近いパーツを選ぶ。
下手にイケメンにしても不自然な顔になるため忠実に己の顔を再現する。介入終了後に自分の顔に絶望するのを回避するという意味合いもあるが。
一応詳細を言っておこう。
髪は茶髪で黄色人種よりはやや白味の強い肌。細身の身体は中性的──あんまり好きじゃないけどこれも僕の個性と今では受け入れている──にする。
瞳の色は適当。何を選んでも結局翠色になるのは僕のパーソナルカラーが翠だからだ。
そう言えば昔魔法先生ネギま!のナギに似ていると言われたことがある。ネギとエヴァンジェリンお墨付きで。その後本誌で学園祭編が始まり大人ネギがお披露目されると「ナギというよりも大人ネギワロス」と言われて泣いたのも今では良い思い出だ。絵はp○ivに近々投稿されるとかされないとか。
これで十七歳時の僕の身体が完成する。
何故十七歳なのかというと、僕がこの旅を始めたのが十七歳の時だからだ。それ以来どの世界でも十七歳になる度に何かしらビッグイベントが起こる。だから十七歳の時に全力が出せる肉体に設定しておくと何かと安心なのである。
十七歳時に難儀に出会う。これはもはや僕の持つ補正と言えよう。いわゆる難儀補正。らきすたの世界で母親が泉父と結婚したのも十七歳の時だったし、ネギま!世界で刹那さんに痴漢扱いされて死にかけたのも十七歳の時だ。そう言えば恋姫無双の世界で天の身遣い軍から無理やり曹操軍に引き抜かれたのも十七歳の時だったな……。
本当にろくな目に遭ってないね十七歳の僕。
あともう一つの補正は主人公補正となっている。知り合いの介入者に「あなたのそれはギャルゲ主人公補正ですね」と言われたことがあるけれど、それはむしろ女難なので難儀補正の延長上だと思うんだ。だから僕のは主人公補正だ。異論は認めない。
何が悲しくてロリカードに求愛されにゃならんのかと!(注:ロリカードというのは、漫画『ヘルシング』に出て来る吸血鬼アーカードがその身を幼女に変えた際に呼ばれる名前。ちなみに非公式)。それをギャルゲ主人公補正なんて認めるわけにはいかん。
さて、不幸自慢はこれくらいにしてそろそろ続きといこうか。
次はどんな【異能】を付与するかを選択する。
ここはしっかり選んでおきたい。選択如何によっては惨めな人生を送ることになるだろう。
ちなみに僕個人の印象だけど、ゼロの使い魔の世界の魔法は基本的に万能に近い。他の作品と比べても突出していると言える。
だから何の捻りなく系統魔法を付与しても良いだろう。何か大きな事をするつもりがないならば過ぎた力はむしろ邪魔になるからだ。そのため僕がゼロの使い魔の世界に介入する時は系統魔法をひとつラインで取得するのがデフォルトだ。たまに平民として介入する時は料理スキルだけ持っていくこともある。
つまり、そのくらい適当でも何とかなってしまう世界なのだ。だって主人公サイドが物凄く優秀なんだもの。ほとんど手直し無しでストーリー通りに進んでくれるなんてボロい商売だよ。
まあ、今回は遊びという側面が強いので少しハメを外してもいいかも知れない。
たまには僕だって遊びたいさ、遊びたい盛りのお子様ですもの。
しかし型月、ワンピース、ハンター×ハンター、東方、とあるシリーズ等のお約束能力を選択するのも芸が無いとは思わないか?
僕ならそういった安全牌の能力は選ばないね。
『天剣王器』の若葉・幸村・ペンドラゴンの【囚われの龍(ペンドラゴン)】。
『オラが村ァ平和』のクリトフの【高次干渉連結型精神思念連動具象化システム】。
『レベリオン』の秋篠真澄美の【不滅なる闇(スターレス・アンド・バイブル・ブラック)】。
『~いこうシリーズ』のライバーの【ドライバーショット】。
とかでどうだろうか?
……前に挙げた作品キャラよりもチートだ。止めよう。
特にクリトフがやばい。
【幻想殺し(イマジンブレイカー)】が効かない【異能】であり、型月の人外キャラを軒並み人間に変質させるようなチート能力なんて使い道が無い。特に対化物相手には最強手に近いと言えよう。
その他にも対人なら秋篠真澄美、対物ならばライバー、対軍なら若葉という風に彼らの【異能】もまた最強の名に相応しい性能を有している。
が、それを持って行くと十中八九戦闘物の介入になるので却下したい。僕はこう見えて戦闘向きじゃないんだ。
同じ最強ならばこの際≪賢者≫の【異能】でも使ってみようかな。最近使っていないことを思い出した。
一時期は毎日の様に殺し合いをしていたけど、最近まったく出合わないし。違う話でニアミスしてそうだけど今のところ遭遇する気配がない。
どうせ≪賢者≫の【異能】なんて突き抜け過ぎていて戦闘に使えないのだし、どうせなら今回ははっちゃけてみましょうかね。
てなわけで、今回は≪賢者≫の能力を使うことにした。
ただしかな~り劣化させた物だけど。オリジナルはこのアバターでは無理なのです。
以下付与する能力。
【わりと頑丈な肉体】
【だいたい何でもできる魔法】
【いちおう限界が存在しない才能】
【そこそこ周りに好かれやすい体質】
【あんまり斬れぬものなどない技術】
こんなところでどうだろうか? いや訊ねても何のこっちゃだろうけど。
≪賢者≫六人中、五人分の能力を付与してみた。六人目の【異能】は介入に向いていないから却下。
これでも劣化したと言えどチートなことに違いは無い。多用はしても乱用は避けよう。
【異能】の選択は終了。
最後にどの時代にどういう身分で介入するかの選択。
いつも通り平民のメイドとしてトリステイン魔法学院に奉公するのはもったいないか。
でもルイズの主要キャラの身内として転生するのも面倒だ。
……。
よし、ルイズ達と同い年でトリステイン王国の子爵家の三男として介入しよう。何だかんだ言ってあの時代は面白いからね。
もちろんワルドみたいな死亡フラグ満載の家ではなく他の子爵の家だ。
今回も半身二人を先行させておくので万が一にも転生即死亡はないだろう。
んでは、介入するとしますか。
あ、名前決め忘れた。
◇◆◇
どうも、僕です。
無事に三歳になることができました。
赤ん坊時代の描写がないのはキングクリムゾンしたのではなくは物心付いていなかっただけと言っておこう。
え? なのはの時は赤ん坊から自我あったじゃん、だって?
それはそれ、これはこれ。
良い言葉だ。良い言葉は無くならない。
だいたい同じシリーズの中で何度も赤ん坊の話しを書いてもつまらないでしょう?
何も目立ったイベントもありゃしないしさー。
一応やるとしたらこうなる。
「おんぎゃーおんぎゃー(知らない天井だ)」
「旦那様、元気な男の子でございます」
「おお、男の子か! 三人目は女の子が良かったが……まあ、元気に生まれてくれただけで幸福だな!」
「あなた、このこの子名前はどうしますか?」
「おんぎゃーおんぎゃー(まともな名前をお願いします)」
とかで始まって。
「ユーちゃん、ミルクのお時間ですよー」
「おんぎゃー(いやー、奥さんいつもすいませんねー)」
というのを挟み。
「まあまあ、おしめが汚れちゃったの? 今取り替えまちゅね~」
「おんぎゃ……(我慢我慢)」
くらいだろう。
こんなの見て誰が喜ぶのかと。様式美は嫌いじゃないが、畳の目を数えたいかと問われたらNOと答える。
ここがXXX板なら詳細に描写してもいいが、そんなマニアックな需要は無いと思うんだ。
だからこれは一種の救済。決して僕の羞恥心がスタンドを発現させたわけじゃない。
本当だよ。
ちなみに、この人生における僕の名前はユージェニー・ハイリンヒ・ラ・フラン・ド・ヴィクトール。設定通り子爵家の三男として生まれた。容姿も能力も問題無く反映されている。
しかし、このユージェニーという名前は女の人の名前みたいであんまり好きではない。
この世界の両親は二人が男だったから三人目は女の子を望んでいて、生まれる前から女の子の名前を用意していたらしい。何ともせっかちな人達だ。
で、このヴィクトール家、どうにも財政繰りが厳しいらしい。
二、三年でどうにかなるわけでもないが、十年もすれば財産が枯渇する程度にヤバイそうだ。
三人目が女の子が望まれたのも、有力貴族と政略結婚を考えていたかららしい。良かった、男に生まれて。
もちろん子供の僕に両親が言ったわけではない。メイド達が言っているのを水の精霊の端末を使って盗み聞きした。
そうそう、水の精霊は二歳の時に使役したと言うのを忘れていたね。
さっき目立ったイベントは無いって言ったのにどの口が言うのかって思うだろうけど、僕にとってゼロの使い魔世界で水の精霊使役はデフォルトだから。
それに本当に大したイベントではなかったんだ。
ただラグドリアン湖に家族に連れられて遊びに行ったら【そこそこ周りに好かれやすい魂】が発動しただけ。
ほら、一行で終わる。
会話だって、
「僕と契約して魔法少女(下僕)になってよ」
『ええよ』
という何とも軽い感じに契約は結ばれた。対価は特に無し。強いて挙げるとすれば、僕に使役されることこそが精霊が求める対価だろう。
まさにチート。
今のところ使い道が無いでござる。
◇◆◇
四歳になりました僕です。
あれからしばらくして家族に水の精霊との契約がバレました。
僕の契約は使役というよりは奴隷化に近いので普通の使い魔よりも強制力が高く、そのため水の精霊は僕の言うことに絶対服従状態。
おかげでド・モンモランシ家からトリステイン王家と水の精霊との盟約の交渉の役目を奪っちゃった。
モンモランシ家は領地経営に失敗して精霊怒らせていたから僕だけの責任ってわけじゃないけど、決定打を与えたという意味では悪いことをしたと思う。
て言うか僕は水の精霊との契約は黙っているつもりだったからね。
モンモランシ家は何代にも渡って国に仕えて来た重鎮。誇り高きトリステイン王国の貴族。その名家からお役目を奪うだなんて、僕が考えるはずもない。
全ては利益に目が眩んだ父親が仕組んだこと。僕をラグドリアン湖に連れて行ったのも全て計画通り。
つまり奴は我が子を利益と地位向上のために利用しやがったのだ!
と周りには思わせている。
あの子煩悩かつ親馬鹿親父が我が子を利用するわけがない。
全部僕が仕組みました。湖に行ったのも僕の差し金。だいたい僕の能力が原住民にバレるわけがない。
一応言っておくと、僕は親が嫌いなわけじゃないからね?
父であるド・ヴィクトール家はこの国の貴族のくせに潔癖すぎる。娘に政略結婚させようと思ったのも数年悩んだ末だってんだから。世が世なら良い為政者になれただろうけど、この時代では弱み以外の何物でもないんだよ。だから僕が家に箔をつけることにしたわけ。
本当ならもう少し僕が大人になってからでも良かったけど、モンモランシ家の経営破綻が予想よりも早かったため急遽計画を発動した。
せめてあと五年あとならば僕の意思で始めたことにできたんだけどねー。さすがに二歳で自分から水の精霊と契約してモンモランシ家に代替するわけにもいかんじゃろ。
僕だって罪悪感はあるんだって。本当だって。
いやマジで。本当。嘘じゃないよ。
蚊を潰したくらいの罪悪感くらいあったよ。
……。
さて、今日も子供らしく遊ぶとしようか。
<オマケ>
メイドA「相変わらずユージェニー坊っちゃまは可愛らしいわー」
メイドB「そうですねー。この間も旦那様の真似なのか、地図を見ながらウンウンうなっているのを見て思わず駆け寄って抱き締めそうになりましたよー」
メイドA「そこは呼びなさいよ。一人占めとかナメてんの?」
メイドB「ヒィ、すみません!」
メイドA「それにしても、坊っちゃまがお可哀想で仕方ないわ」
メイドB「どうしてですか? あんなに幸せそうにしてますけど」
メイドA「水の精霊と契約してしまったことで、お家のために遊ぶ時間が減ってしまって……」
メイドB「あー、確かに、旦那様ももう少しユージェニー様が大人になってからすれば良かったですよねー」
メイドA「お可哀想な坊っちゃま……」
メイドB「それにしては嬉々として旦那様のお手伝いしてる気がしますけどねー」
◇◆◇
五歳になりました。僕です。
今僕は両親と二人の兄とともに中庭に居る。
今日は杖との契約の儀を結ぶ日。正直魔法に何も憧れが無い僕はもっと後でも良いと思っていた。
しかし、何かと魔法が便利なのも事実。ポーズとして杖は必須だろうってことで兄二人同様五歳の今契約することにした。
「さぁさぁ、ユーちゃん。今日は待ちに待った契約の日よ。はりきっちゃうわー」
母親が年甲斐も無くはしゃいでりう。張り切っているのはあんただけだろうと言いたいが、他称「良い子」の僕はそんなことは言わない。
「ユージェニーよ、お前はどんな杖を選んだのだ?」
父親が俺がどんな杖を選ぶか訊ねて来た。
家訓なのか知らないけど、ヴィクトール家の者は契約の日まで家族にすら杖の形を教えないのだそうだ。変わってる~。一種のサプライズパーティ(?)なんだろうけど、どうせ形だけなら何でもいいだろうと普通の杖を選んでおいたのでサプライズは皆無なのにね。
「私は杖型だ。ユーが杖を選んでいたら嬉しい」
「俺は剣だったぜ! 将来軍に入るから今のうちに鍛えておくんだー。ユーはもちろん剣を選んだよな?」
上の兄(十一歳)はオーソドックスに二十サント(だいたい20cm)ほどの杖、下の兄(八歳)は剣型の杖と僕と同じ五歳の時に契約した。
下の兄はだいぶ前よりしきりに軍杖(剣型)を勧めて来て鬱陶しかった。
上の兄は僕の自由にさせる気らしいが、下の兄同様何かと「この形が美しいんだぁ」と言外に小さいタイプの杖を勧めて来た。
わからなくもないけどね?
自分の趣味の同好を得るってのは気持ちいいだろうさ。でもお前らの趣味に僕を巻き込むなと言いたい。
杖はあくまで道具。僕にとってはそこいらの枝と何ら変わらない。燃やせない分薪以下と言えよう。そんな荷物以外の何物でもない棒に愛情注げるこいつらの気が知れないね。
「僕は小回りの利く短めの杖にします」
この日のためにあらかじめ用意しておいた棒を家族に見せる。上の兄よりもさらに短い杖だ。十五サントくらいか。
「うむ、小柄なお前には良いかも知れんな」
「可愛いユーちゃんには可愛い杖が似合うわ!」
「やはりユーは解っているね。さすが私の弟だ」
「ちぇ、剣選べよー。……でもユーが決めたんなら仕方ないか」
くっ、これだから仲良し家族は!
一人くらいダメ出しすればいいものを。いやされても困るけど。今更他の形にしようにも、慣れさせる必要があるから無理だし。
念のため説明すると、メイジが使う杖は契約の前に何日もかけて手になじませる必要がある。契約自体も何日もかけて行うのだからそう何本も契約できる物ではない。兄二人も契約には一週間程かかったとか。
意外だったのは、下の兄も渋々ながら肯定してくれたことだ。てっきり僕の決定に反対すると思っていたのだが。
「じゃあ、契約を始めましょう。契約方法は意識を集中し、その杖に話しかけるのよ。ユーちゃんがお願い~って杖さんに心の中で言うの」
「……はい」
何その抽象的な説明。もっと解り易くお願いします。
まあこちとら杖との契約は何十回としているのでね。逆に短い説明に感謝だよ。
静かに意識を集中し、杖との契約を始める。
「がんばれユー!」
「ユーならできるさ」
「ユウウウウウ、がんばれええええええええ!」
外野がウザいなぁ。
て言うか、最後の声援の主が父親だったのが一番ウザい!
「こーら、三人ともユーちゃんが集中できないでしょう? それに契約は早くても三日はかかるものよ?」
そうだ、今ここで応援したとしても無駄骨だと思うんだよね。
声帯の無駄遣いと言えようぞ。
僕だって不真面目だし。
でも形だけでも真面目にやらないと怒られそうだからなー。
んー、杖ー、契約してくれー。
『All right!』
……。
「どこのレイジングハートだよ!!」
思わず地面に杖を叩きつけた。
「「ユー(ちゃん)!?」」
家族が僕の行動に驚いている。
いけないいけない、大人しい少年ユー君の仮面が一瞬剥がれてしまった。
「ごめんなさい、いきなり声が聞こえたからびっくりしちゃいました」
杖を拾い上げ舌を出して言い訳する。
奥義、テヘペロ!
これを食らった相手が少し前までの僕の異常行動を無かったことにしてくれるという凄技だ。
「契約できたみたいです」
僕の言葉に家族が再び驚愕する。
そのおかげで今さっきのキャラ崩壊は忘れてくれたようだ。ホッ…。
「さすが我が息子!」
「さすがユーちゃんね!」
「この分なら魔法の才能もありそうだね」
「うおお、俺もユーに負けないように頑張るぜ!」
家族は驚きながらも祝福してくれた。どう考えても異常な早さだと言うのに僕の言葉だけで契約が為されたことを信じた。ディテクトマジックひとつかけやしない。
まあ、善人である分には構わないから都合が良いが。
◇◆◇
六歳になった僕です。
今日はラグドリアン湖の畔でパーティが開かれることになった。
王族や有力貴族が何人も来るとのことで両親は大張りきり。
何で大張りきりかって? そりゃ我がヴィクトール家が正式に水の精霊との交渉役を王家から賜ったからだ。だから僕の家が主催ってわけ。
ヴィクトール家というか僕が交渉役になったことで、いよいよモンモランシ家はお払い箱状態。
当初モンモランシ家当主が周りの貴族に根回しをしようとしたらしいが、財政難であるためまともに賄賂すら送ることができず逆にそれがきっかけで見限られてしまったそうな。
家が火の車のモンモランシ家よりもこれから有力貴族の仲間入りを果たすであろうヴィクトール家に良い顔した方が有益に決まっている。
何とも欲に目の眩んだ奴らだと思うかも知れないが、僕からすれば分かりやすい欲を見せてくれる貴族を相手する方が楽だ。何を考えているか分からない奴ほど厄介なもんはない。
それとモンモランシ家はお家取り潰しこそなかったが完全に没落一歩手前の状態だ。地位失墜という意味では完全に没落している。
だからだろう、今日もパーティにこそ参加しているが、モンモランシ家に話しかける貴族は見られない。
それを哀れとは思うも責任は感じなかった。
モンモランシ家は領地経営に失敗したとしても、まだどにかなったはずなのだ。少しの間だけ節制に努めればどうとでもなったはずだし。たかが一度の失敗でどうにかなるレベルじゃなかった。
だが、失敗後にも前と同様の暮らしをしてしまったのが拙い。収入が無いにも関わらず贅沢をすればすぐに財政破綻を起こすに決まっている。
それでも止められないのが貴族という人種なのだろう。
だから、僕に罪悪感は無い。
まあ、今言ったのも理由の一つだけど、やはり一番の理由は僕がこの世界の人間を『ヒト』に見ていないからだろう。
貴族が平民を『ヒト』と見ていないのと同様、僕も彼らを『ヒト』と認識していない。
撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだって言葉があるけど、まさにそれ。
お前らだって自分より劣った存在を『ヒト』として見てないのだから、より上位の存在から『ヒト』と見なされなくても受け入れろよってこと。
それは僕にも言えることだ。いつか僕よりも上位の存在が現れた場合、僕はそれらに『ヒト』として見なされず殺されるのだろう。
が、僕よりも上位の存在にここ数億年の間一度も会った事が無いので杞憂で終わりそうだ。
「あなたがユージェニー?」
なんて至極どうでもいい考えに没頭していた僕は声を掛けられるまでその少女の接近に気付かなかった。
声に顔を向けると、そこには既知の少女が居た。
「君は、モンモランシ家の……」
僕に声を掛けて来たのはモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。僕がお役目を奪った家のご息女だった。
この年頃の子供は女子の方が大人とはよく言うが、確かにモンモランシーの雰囲気は僕の演じる六歳児よりも幾分年上に見える。ぐぬぬ……慎重も僕より高いじゃないか。
だが彼女に劣等感を抱くことはない。金髪縦ロールと言えばお蝶夫人の僕からすればモンモランシーの髪型は見ているだけで憤死モノだ。そんな彼女に負の感情を抱くわけがないむしろ「フッ」な感情と言える。
そのお蝶夫じ……モンモランシーはと言うと、眉間に皺を寄せながら無言で僕を見詰めている。よく見ると眼が上下に動いている。たぶん僕をつま先から頭まで観察しているのだろう。
下手に身を隠して絡まれても──すでに絡まれているようなものだが──面倒だ。
甘んじて彼女のユージェニー観察に付き合うことにしよう。
ちなみに「見て、もっと僕を見てぇえええ!」──などという変態的な意図は無い。少女に凝視されて喜ぶのはアイツくらいだろう。
アイツというのは僕が人間時代のクラスメイトだ。変態のくせに不良だった。不良のくせに変態か?
まあ、ともかく、アイツは三秒に一回は変態だった。
アニメキャラのフィギュアの首を折り、その首だけ持って風呂に入り「デュラハンタソちゅっちゅ!」とか言っているらしい。何が彼をそこまで追い詰めたのか不明だ。
おっと、また思考に没頭してしまったな。
再び意識を浮上させモンモランシーを見ると、彼女は頬を赤らめ僕から視線を外している。
どうやら観察は十分行えたらしい。何故顔が赤いのかは、手に持つワインのせいだろう。水よりもワインの方が安いお国柄のためこのくらいの子供でも平気でアルコールを摂取する。
下戸というわけじゃないけどワインより水が飲みたい僕は今も水の入ったグラスを持っている。水は魔法を使って自分で出した。
そうそう、水の精霊と契約したからなのか、僕の得意な系統は水だった。一応スクウェアクラスにまで成長している。
魔法を学び始めて一年しか経っていない僕がスクウェアというのも馬鹿げた話しだろう。しかし、これはチートを使ったわけではなく、純粋な努力の結果だ。
さすがに”魔法”使い歴も一万年を越えると練習方法の最適解を得るってもんよ。
例えるならば、『ガンパレードマーチ』の二週目以降でまず公園のごみ箱を漁って金の延べ棒を売り、紙ヒコーキとてるてる坊主を入手後、学校の購買で牛乳と紅茶を買占め、芝村と壬生屋の第一印象を最低値に設定するようなものだ。
電子妖精を作るならば五時五十分に作成開始すると言えばさらに解りやすいだろうか?
『オブリビオン』で言えば難易度最高の状態にして馬を殴り続けたり、アリーナで椅子に座るおばさんの背後でスニーク修練も同様だ。
ちなみに家を買う場合、お金が貯まるまでとある街に立ち寄らないようにしている。
その他にも、『ゴッドイーター』で超電磁ナイフを作る。『.hack』でボス前のレベル上げはMサイズコード入手の合間とか。『デモンズソウル』で貴族選択。『リモートコントロールダンディ』で都庁戦前にガレスの強化。『デュープリズム』でルウ編のお化け屋敷突入前にワイバーン形態ゲット。『うたわれるもの』でオボロ攻撃力極振り&エルルゥ回復極振り。『FF6』でシャドー逃がさないためにレベル上げは魔列車乗車後。『ネギま!』でエヴァンジェリンとの階段落ちイベント前にはセーブ必須。『ウィザードリィ』で宝箱トラップ発動後即リセット⇒移動呪文。などが挙げられる。
最後二つは作者のただのトラウマだった。
「──って、聞いてるの!?」
っと、さすがに三度目は拙いね。
気付くと目の前にまで顔を寄せたモンモランシーが真剣な顔で何かを訴えていた。
どうやら僕に何かを言っていたようだけど、これっぽっちも聞いていなかった。
「聞いていたよ。とても良い話だ」
だけど正直に言うわけにもいかないので適当にそう言った。
こんな時は相手の話しを褒めておくに限る。褒められて喜ばない人間なんて居ないからね。
だが今回はレアケースだったようだ。
「……そう、あなたも貴族なのね」
は?
何で急にしょんぼりかましてくれちゃってんの?
せっかく褒めたのに気落ちされるとか心外なんですが。いや話し聞かずに適当に答えた僕も悪いんだろうけど。
て言うか僕が貴族なのねって、どう見ても貴族じゃないか。
そりゃ純粋培養の貴族に比べたらショボいよ。でもそこそこ高価な服を着ていて貴族に見えないというのは酷いと思うんだ。
「人は生まれながら貴族なわけじゃない。本当の誇りを胸に宿した人間が真の貴族になるんだ」
だから僕がショボくても仕方ないの。これから貴族っぽいあれそれを覚えて行くんだから。
礼儀作法とか言うと「えー、まだ習ってないのー?! キモーい! 礼儀作法を習うのは三歳までだよねー」とか言われそうだったからだ。
「真の、貴族……?」
苦しい言い訳に受け取られると思ったけど、どうやらモンモランシー(六歳児)は僕の言葉に反応した。
よし、ここで一気にたたみかけよう。
「そうだよ。だから今の僕はまだ貴族じゃないのだろうね。でも、僕にだって意地がある。いつか真の貴族になるという意地が。だからやりたくないことはやらない。僕が受け入れるのはいつだって僕がやりたいことだけだ。それ以外はたとえ親の命でも頷いてやるもんか!」
言ってやった。どや顔で。
見てよ。いや聞いてよこのセリフ。何てトリステインの由緒正しい(笑)貴族の姿でしょう。
自分のやりたいことしかしないという発言。とても自己中心的である。
ついでに今回の交渉役強奪も僕の責任だと暴露してやりました。ふひひ、サーセン。
「そ、そそそれって、そ……そういうこと?」
暴露を聞いたモンモランシーが顔を真っ赤に染め勢い良く訊いてくる。
そりゃ自分の家を追い詰めた張本人が自供したんだ。興奮するに決まっている。
ま、今更バレたところでどうということはない。所詮没落貴族の娘一人が敵に回ったところで痛くも痒くも無いというものよ。むしろこの世界で生きる上でいいスパイスになる。
これでルイズ等の主人公辺りを敵に回したらハードモードだろうけど、モンモランシーなら良くてノーマルモードだ。ボムを使うまでもない。
「ま、まあ、私もちょっとくらいなら前むきに考えてあげるわ!」
が、モンモランシーは未だ赤い顔をしつつも落ち着いた様子でそんなことを言って来た。
え、許してくれる可能性があるの!?
なんて心が広いんだこの娘。ちょっとモブキャラだからって甘く見ていたわ。
お兄さんちょっと眼から鱗よ。
「ありがとう。君はとても素敵な子だ」
僕がそう言うと、モンモランシーはさらに顔を赤くし逃げる様に去って行ってしまった。
さすがに最後は蛇足だったかなー。敵と言える相手に感謝を送られても嫌味にしか聞こえないよね。それでも怒鳴ったり殴ったりしてこないのを見るとモンモランシーは良い子なのだろう。本当に。
浮気したギーシュに禁制の惚れ薬を飲ませようとするくらいプッツン来てる女かと思っていたけど、実はゼロの使い魔の中で上位の常識人だったのではないかとさえ思える。
ここまで近くて観察する機会がなかった故の誤解だったんだね。
これによって、僕の中の女性キャラの順位が変動する。
【良い子】ロングビル(≠マチルダ)>マチルダ(≠ロングビル)>シェフィールド>カトレア≧エレオノール>モンモランシー>イザベラ>アニエス>ジェシカ>ティファニア>キュルケ>シエスタ>タバサ>アンリエッタ>ルイズ死ね【悪い子】
となった。エルザをどこに入れるか迷ったが会う事は無いので欄外で。実際に会える可能性のある子だけ選んだ。他モブキャラ+シルフィードは判断つかないのでスルー。男部門の一位はギーシュ。ビリはウェールズ。どんな善人でも愛する者を残して死ぬような男はゴミだから。カスだね。蛆虫以下のクソ野郎。良いウェールズは生きているウェールズだけだ!
あー、それよりもルイズ死なないかなー。才人の代わりに超鬼畜野郎が召喚されてボロ雑巾のように使いつぶされた後殺されないかなー。あ、思わず願望が口に出ちゃったテヘペロ!
違う介入の時にワルドに加担してルイズレコンキスタ入り⇒僕と才人で屠る、をやった時はほぼイキかけました。さーせん。
「楽しそうだな」
いつの間にか父親が僕の横に立っていた。
細かく描写されてないんだから、そんな登場の仕方したら影薄くなるよ父上?
ただでさえ頭頂部の髪の毛がそろそろ……げふんげふん。
「見ていらしたんですか? 僕はともかく相手はどうかわかりませんよ」
見ていたなら助けに来いし。万が一殴られて居たらどうするつもりだったのかと。
僕の抗議の視線を受け流し、父親は顎ヒゲ(最近生やした)を考え深げに撫でながら言った。
「モンモランシのご息女も楽しそうに見えたがな。私の思い違いか?」
僕からすればいつ殴ろうかとタイミングを計っているようにしか見えなかった。
「僕個人としては仲良くしたいと思っていますよ」
「そうか……考えておこう」
何を?
そう訊ねる前に父親は他の有力貴族のところに行ってしまった。
忙しいのにわざわざ声を掛けに来てくれたらしい。何とも僕にはもったいないほど”良い父親”だ。
裏につづく。かも。
○間その10 Dear my father. その1
親愛なるお父様へ。
お父様、お元気ですか? 私はとってもとっても元気ではありません。ですが心配しないで下さい。すぐに元気になりますから。
そんなことよりも、私はお父様にお逢いできることが何よりも嬉しいことだと思っております。
私の中のお父様は、そのお美しい顔で、声で、手で、私の目を、耳を、肌を何時も何時も気持ち良くして下さっております。それは現実でも変わりないことだと私は思っております。
次にお逢いする時は私とお父様だけの、優雅で甘い一時を過ごしましょう。
私はお父様のためならば何だってできます。いえ、すでに行動を始めました。
お父様と私だけの世界を作るために。
誰にも邪魔はさせません。誰にも侵させません。
もし、邪魔をする者が居れば、私は決してその者を許しはしないでしょう。
ねえ、お父様。お父様は私のことを愛しておられますか?
私は私という存在ができた瞬間からこれまで、一度としてお父様以外の物を愛したことはございません。
花も、鳥も、太陽や月も、煌く星空ですら私の心を動かすには醜すぎます。
お父様。
私にはお父様だけが唯一絶対の美しさなのです。
お父様。
私はお父様以外の何物も要りません。
お父様。
私はお父様の娘として、誇りと信念に基いた行動を致します。
お父様。
私はお父様の物。そして、お父様は私だけの物。誰にも渡さない。
お父様。
私はお父様が欲しい。
お父様。
私はお父様とずっと一緒に居たい。
お父様。お父様。お父様。お父様。お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様
以下、数百行に渡り繰り返されているため割愛。
お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様。お父様。お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様。
だからお父様。私を見捨てないで下さい。
(『娘から父への手紙』より抜粋)
そこは闇しかない空間だった。
黒一色ではない。全ての色が混ざった混沌の色。真の闇の真っ只中。
入り口も無く、出口も無い。外から隔絶された空間。外と内という概念が在ることすら曖昧とする完全なる個。
そこに、一人の少女が居た。
居たと言うには脆過ぎる観察対象である。もはやそれは少女の形をした物でしかなく。混沌色の世界においてはそれすら判然としない。まさに言葉でしかそこもそれも無い状態であった。
だが、確かに少女はそこに在り、己を持ち、内と外を忘れずに居た。
少女を意味付けするのは唯一つの感情。
それは、
憤怒ではない。
それは、
畏怖ではない。
それは、
悲哀ではない。
それは──、
ただの喜悦だった。
「くふっ」
無音というファンファーレの鳴り響いていたそこに、少女のものらしき吐息が流れる。
息が漏れたとしか思えない程度の小さな小さな息使い。だが、それは混沌だけの世界に改変をもたらす。
「くふ、くふふ」
少女のそれは、息ではなかった。
「くふふ、くふ、くふふ」
これでもか。これでもかと溜めに溜めた悦楽の感情が口から漏れ出たのだ。
少女は思う。いや、思わない。
文字通り、思わず息が漏れたにすぎないのだ。
ただただ嬉しかった。
何が嬉しいのかと理性が理解する前に、心がそれを受容していた。
身体が震える。腕が、脚が、それに連なる末端器官が。胸が、腹が、背が、腰が、身体を構成するパーツが。
そして、少女は初めて笑みを浮かべるのだった。
「くふ、は、あはっ」
理性が己の感情を理解し、身体がそれに反応する。
少女はまるで生まれて初めて笑う様に、無様に、醜く、不器用に、それでいて優雅に美しく、心の底から笑った。
「あは、ははは、あははは」
まだ声に張りは無い。
まだ吐息でしかない。
だがそれでいいと、少女は動き出した理性を総動員して結論付けた。
まだだ。
まだ早い。
まだ自分が全力で笑うには早いのだ。
少女は闇の中、長い間動かされていなかったとは思えない程滑らかに四肢を動かし立ち上がった。
そもそも、ここに床など無い。
それは幻想。それは夢。
だが敢然と少女の下に床は存在していた。
それが、それこそが少女の力。想いの力だった。
「おとうさま」
少女の口から笑い以外の言葉が飛び出す。
特に意識したわけでもなく、だからと言って無意識というわけでもない。
意識したが故に無意識に外へと発せられた言葉。
「おとうさま」
それこそが、
「おとう様」
少女の、
「お父様」
原初の、
「愛しています」
感情だった。
------------------------------------------------------
8月27日。
「こんにちははじめましてよろしくおねがいします」
「え?」
突如掛けられた声に涼宮遙(すずみや はるか)は戸惑いの声を挙げた。
今日はお付き合いをしている鳴海孝之(なるみ たかゆき)とデートということで駅前で待ち合わせをしていた。
しかし待ち合わせ時間になっても孝之は現れない。心配になった遙は孝之へと電話をするために公衆電話へと向かっていたところ、見知らぬ少女に話しかけられた。
少女と言っても自分よりは年上に見える。しかし相手の容姿はどう見ても外国産のものなので実際は自分よりも年下かも知れない。遙はそんなどうでもいいことを考えた。
「あ、あの、私……」
「お時間は取らせませんので少々アンケートにご協力いただけませんか? 実はワタクシ、高校生の恋愛に対する意識調査をしていまして。もちろん匿名ですし、場所もここから移動することはありません。ほんの数分だけで良いので」
「は、はあ……」
元来押しに弱い性格の遙はこうぐいぐい言われると断れない。
孝之の事は心配だったが数分ならとアンケートに答えることにした。
「あ、ここでは陽が当たっていけないわね。ちょっと屋根の下まで移動しましょうか」
ついさっき移動しないと言ったばかりなのに少女は駅の方を指さしそう言ってくる。
ここで突っ込めたりできればもう少し彼氏とも円滑なコミュニケーションがとれるだろうが、あいにく彼女にそのようなスキルは無い。
むしろ「あ、確かにそうかも」と思ってしまった。彼女はいわゆる天然であった。
少女の誘導で屋根のある建物の下まで移動した遙。
「ではアンケートを始めます。まず、特定の男性とお付き合いはしていますか?」
「あ、は、はいっ」
お付き合いと聞いて孝之の顔を思い浮かべる。それだけで頬が赤くなるのを遙は自覚した。
ついこの間本当のお付き合いが始まったのだ。この幸せがずっと続けばいいと思う。
「あなた可愛いものね。その彼氏さんは幸せ者よ。では次の質問だけれど──あら」
「え──きゃっ!?」
次の質問へと移ろうとしたその時、突如轟音が辺りに響き渡った。
驚いて音のした方を見ると、トラックが事故を起こしているのが見える。しかもその場所はつい先程自分が向かっていた電話ボックスがある場所である。
もしあそこに居たら今頃無事では済まなかっただろう。
その事実に気付いた遙は背筋が凍る思いがした。
と、同時にその未来を消してくれた少女へとお礼を言おうと視線を少女へと戻すと、そこには誰の姿も無かった。
「あれ~……?」
あまりにびっくりして逃げてしまったのだろうか?
まだお礼も言えてないのに。
不思議がる遙だったが、遠目に孝之の姿を確認すると笑顔でそちらへと駆けて行くのだった。
「実は私、大空寺ルート派なのよね。ま、どうでもいいけど」
彼氏らしき青年へと駆けて行く少女の後ろ姿を見送りながら、白髪の少女がそんなことを呟いた。
手にはアンケート用紙を持っている彼女こそ先程まで遙と会話して少女当人である。
「さてと、お勤めしゅーりょー」
少女は持っていたアンケート用紙を近くのゴミ箱へと捨てると、暑そうに髪を一度掻きあげた後その場を去って行った。
───君が望む永遠。クリア。
○間。11話 『世界の修正作用についての体験談』
今回は軽くだが世界の修正作用について語ろうと思う。
と言っても原理や理論は僕の畑ではなくあのマッドサイエンティストが心血を注いで研究していることなので今回は語らない。
僕が語るのは僕自身が体験した世界の修正作用とその応用例だ。
しかしこれは僕の力とかなり突飛な実験の末に得た記録のため普遍的な応用は出来ない。まあ、一つの解答例だと思ってくれるといい。
あれはそう、僕が先輩と出会う前。この旅を始めて百年程経ったかどうかの頃だろうか。
僕はゼロの使い魔の世界で好き勝手生きることにした。
その時の僕は常に狙われ続ける緊張感と思う様に【異能】集まらない現実に1回目の”限界”を来たしていた。
そのためゼロの使い魔の世界を好き勝手改造し、自分好みに塗り替え様と画策したわけだ。
しかし、結果として僕の試みは大筋で失敗してしまった。改造が不可能だったのだ。
僕はまず生まれたばかりのルイズを殺した。彼女が才人を召喚することで始まったこの『世界』の歴史を狂わすには彼女の存在を消すのが一番楽だったからだ。
だが、十七年後才人はハルゲニアへと召喚された。
ルイズの妹、フランによって。
僕がルイズを殺してから丁度一年後にヴァリエール夫人が新しく娘を生んだのだ。その生まれた子がフランであり、彼女は虚無だった。
姉のルイズより一年遅れて生まれたため学年こそ違うが、トリステイン学院に通い、何故か同級生になっていたキュルケとタバサと知り合っていた。
そしてフランは春の使い魔召喚の儀で才人を召喚し、一年遅れで本編はスタートすることとなった。
思う通りにならなかった事に憤りを感じた僕は何度も介入を試みた。
フーケの代わりに破壊の杖を盗んでみた。破壊の杖の代わりに破壊の宝玉という宝が盗まれ破壊の杖の存在をキャラが忘れてしまっていた。
アルビオン行き前にワルドを暗殺してみた。違うレコンキスタの人間が才人達に接触し、ウェールズを殺した。
タルブ村のゼロ戦を盗んだ。キュルケの家にあったゼロ戦に才人が乗っていた。
才人が7万の兵と戦う前にその兵を倒した。才人が死闘の末クロムウェルを討ち、結局ティファニアに助けられた末英雄に祭り上げられていた。
その後も僕はあらゆる方法で介入したがことごとくスルーされ、認知されることがなかった。
最後にハルゲニアを吹き飛ばした僕はゼロの使い魔の世界から出て行く事にした。
何かの間違いかも知れない。そう思った僕はもう一度ゼロの使い魔の世界に介入した。
次はゼロの使い魔の住人になるべく、貴族として生まれてみた。能力はオールスクウェア程度に抑えて。
特に何も問題が起きる事無く魔法学院へと入学した主要キャラと接触を図ってみた。
しかし結果は惨敗。
ルイズに話しかけてみたら下級貴族が気安く話しかけないでと言われた。ちなみにその時の僕は伯爵家だった。
キュルケに話しかけたら軽くスルーされてしまった。いや口説いたわけじゃないんだが……。
タバサには声を掛けるまでもなく居ない者として扱われた。
ギーシュにもモンモランシーにも相手にされなかった。
平民のシエスタやマルトーにすら顔を覚えられることすらなかった。ちなみに僕はタルブ伯の息子なのだがシエスタ嬢。
まあ、修正力という概念を知らず元から好かれるタイプの人間ではないと自負していた僕はこんなものかと納得していた。
だが学院入学後、しばらくして異常に気付いた。
確かに主要キャラからの扱いは空気だったが、その他の名も無きキャラクター達からの人気は超絶と言っても良い程だったのだ。
同性からも異性からも教師からも。天才だの超絶美貌の持ち主だの褒め称えられたし、幼少の頃より領民のためにオークや野盗などを討伐していたため先王からシュバリエの称号も賜っていた。
平民相手にも優しくしていたためメイドからの評判もかなり良かった。一度大怪我をしたメイドを助けた事があり、それ以来メイド達から尊敬の目で見られている(シエスタ以外)。
二年に進級した時には座学も実技も学年主席になっていた。『偏在を使ったペンタゴンスペルの確立』『水スペルによる収束砲撃概論』『圧縮解放による火スペルの威力向上』『元素記号』等の論文も書いており、アカデミーから一目置かれている。
それでもだ。
それでもなのだよ皆の衆。
まったく主要キャラには相手にされないのだ。それどころか「誰それ?」って空気を出されたりする。
こんな事もあった。
僕が授業中、アカデミーからやって来た偉い教授様に表彰を受けた時、クラスメイトどころか学院中が僕の偉業に湧いていた。
何と僕のためだけにパーティまで開いてくれるというのだから、あの論文は自分で思っていたよりも凄い事だったらしいとその時は焦ったものだ。
しかし、主要キャラ達はそのパーティに参加しているにも関わらず僕に興味が無いのか各人適当に過ごしていた。
僕は学院中の教師陣や生徒達に囲まれながら人垣の外に居る主要キャラ達を見ていることしかできなかった。
この時すでに僕は事態の異常さに気付いていた。いやかなり遅いと思うかも知れないが、相手が相手だけにそういうこともあると思いこんでいたんだ。
異常に気付いた僕は、試しにタバサに対して「これで君のお母さんの病気が治るよ」と万能薬を見せてみたところ、彼女はその薬を無表情に眺めた後「で?」って顔をして去って行った。
もう一つ試しに、シエスタに「僕の専属メイドになれ」と命じてみた。すると「何を言っているんですか?」って顔をされて普通に断られた。いや断られて良かったけどもね!
でも違うメイドに同様の事を言ったら「是非に!」って身を乗り出して言われたし。結局その子は卒業後屋敷に来てもらうことになった。とほほ。
この時点で確信していた。何かよくわからないモノが僕の介入を阻害していると。
最後の検証の場として春の使い魔召喚の儀を選んだ。
僕はルイズが才人を召喚する前に平民を召喚した。もちろんサモン・サーヴァントの改変は済んでいたので人間も召喚可能なのだ。世界は超えられなかったけど。
平民を召喚した僕を皆が馬鹿にするかと思いきや、「さすがミスタ・タルブ! 俺たちに出来ないことをあっさりとやってのける。そこにシビレる憧れるゥ!」てな反応が帰って来る始末だ。
その反応にしばし呆然とした僕だが、とにかくコントラクト・サーヴァントは済ませた。もちろん相手への説明と了承は得ている。
その娘(ええ、女の子でした)はタルブ領の平民だった。もちろん僕があえてそこから選んだわけだ、説得しやすいし。
僕を知っていた平民の娘は僕の申し出をすんなり受け入れた。いや語弊があった。超受け入れていた。タルブでの僕の人気は下手なアイドルよりもあったからね。シエスタェ……。
というわけで、僕の使い魔となった少女(ミニスちゃん12歳)を連れてルイズの召喚を見ると、彼女は当然才人を召喚していた。
が、僕の時とは違い、ルイズへ浴びせられたのは平民を召喚したことへの誹謗中傷だった。
さすがに僕も平民呼んだんですけどって突っ込み入れたね。でもクラスメイト達は「いや、だってゼロのルイズだし」という意味がよくわからない返事を返すのみだった。
ちなみに才人にミニスの紹介を兼ねて話しかけた所、ルイズに「勝手に人の使い魔に話しかけないで」って追い払われてしまった。
冷たいな。僕だけだよ、君をゼロと呼ばないの。あ、タバサもか。
その日の夜、ミニスを僕のベッドへと寝かした僕は彼女の親御さんへと事の次第を説明しに次の虚無の日にお伺いすることを手紙に認めた後、部屋を追い出されたであろう才人に接触を試みた。
あちらは女子寮なので忍びこむ必要があったが。
ルイズの部屋の前まで来ると、丁度部屋から才人が転がり出て来たのでこれ幸いと彼によければ部屋に逃げ込んでも良いと告げた。一応僕のところにも平民の使い魔が居るからねとも。
しかし才人は僕に対し「貴族が俺に話しかけんな」と言った後、迎えに来たフレイムに付いて行きキュルケの部屋に消えた。
何が何だかわからないよ!
この時の才人は貴族が嫌いどころか貴族が何かも知らない一般ピープルのはずじゃなかったのか。て言うか貴族嫌いならキュルケの部屋に行くな。あとまだそのイベントは早いだろ。
男だからか? 男だから無視されたのか?
女だったら誘いに乗ったのか?
女の身体で介入した時本郷一刀が速攻で土下座して「一発だけでいいから」とか言ってきたがそれと同じ感じなのか!?
……いや、違うだろう。
そんな単純な話ではないはずだ。これはもっと根本的な部分で拒絶されている。
そう、まるで『世界』がお前の居場所なんて無いと言うように。
居場所が欲しいとか、どこのかっこう君や七星ちゃんでしょうね!? 虫憑きになっちゃうよ!
落ち着いたところで自分の部屋に戻った。
その日は椅子で寝た。いや女の子と同じ部屋なだけでも拙いのに、ベッドまで同じとかありえないべ。
その次の日から流れに乗る様にイベントが起き始めた。
ギーシュとの決闘。フーケ事件。アルビオン行き。
それらに一応だが介入してみたものの、特に芳しい反応は返って来なかった。て言うか空気扱いだった。
タルブ村襲撃だけは頑張ったけどね!
ミニスから涙ながらに「助けて下さい」とか……言われんでも助けるわ!! お前の実家ぞ!
当然ながら才人達がやって来る前に飛竜隊はブッ飛ばしておいた。船の方は任せたけど。
こうして、タルブ村襲撃イベントが終わった後、僕はふと気付いてしまったのだ。
世界の修正力に。
ある意味今回がこの『世界』における大規模な介入だったためか、より顕著に”それ”を認識してしまったらしい。
だが一度認識してみれば何て事は無い。
”視”えるのだ。
世界の意思が。
僕が何かしようとする度にヨレた糸を戻す様に世界が蠢くのをこの眼が視認した。
その蠢きは主役を中心に寄り集まり、サブキャラになればなるほど少ない。
そしてそれが世界の修正力の正体だと理解した。
散々僕を苦しめた世界の修正力の強大さを感じながら同時に考える。
キャラクターと僕と他の介入者の違いとは何か?
つまるところ存在の情報量の差が僕とキャラクターと介入者の明確な違いだったわけだ。
主人公を基準とした情報量よりも大きければ介入者は素直に主役級の働きができるが、逆に情報量が小さければ歴史の修正力が働き動きを阻害する。
例を挙げると、手柄を立てようとしても周りに認知されないかったり、主要キャラと関わろうとした瞬間横槍が入りサブキャラ止まりになるなど。
つまり情報量の小さい奴は観測点になり得ず、また変数になれないというわけだ。
それに気付いた僕は≪賢者≫にバレることを覚悟で介入のレベルを上げた。つまり情報量を引き上げたのだ。
結果、僕は世界の修正作用の影響をまったく受けることなく行動が可能になった。
そして僕に対する周りの認識も激変した。
まずシエスタが接触して来た。
僕がタルブのワインが好きな事を”知っていた”シエスタが家から取り寄せたワインをわざわざ僕の部屋でもってお酌してくれた。ミニスの目が怖かったっす!
次にギーシュが美と薔薇についてディスカッションしないかと持ちかけて来た。
モンモランシーは僕の手がけている商売に肖ろうと画策してくるし。キュルケは「微熱ってご存知?」なんて口説いてきやがった。才人はどうした。
タバサが「前言っていた薬の件」とか言って来た時は見た目子供じゃなかったらはっ倒していたね。また一から作れと!?
そして、いよいよルイズと才人が接触して来た。
ルイズが僕の部屋に飛び込んできたかと思うと、いきなり「こ、こここれであああんたに釣り合うメイジになれたわ!」とか言いだして(たぶん虚無に目覚めたためだろう)、それを見た才人が「ちょっと屋上行こうぜ!」って引き攣った笑みで誘って来たのだ。いや屋上ねーからここ。
それまでの空気扱いが嘘のような対応に近くでずっと僕の介入を見ていたミニスが「何言ってんだこいつら」って顔をしていた。
僕自身もあまりの変わり様に唖然とした。
これまで稼いできた好感度が一気に爆発でもしたのか?
ルイズが変に僕に絡んでくる様になった。本来才人とかますようなストロベリった会話を投げかけてくるのだ。最初から優しく接していた上に、ゼロと馬鹿せず何かある度に庇っていた事実が効いているらしい。
才人なんて「前からお前はライバルだと思ってたぜ!」とか「だけど強敵と書いてトモと読む仲だけどな!」とかわけわからん事を言いだす始末だ。いやお前と仲良くねーし。
その後の人生はかなり濃いものとなった。
もう関わる気がないにも関わらず頼りになるからって理由で僕を戦場へと駆り出すのだ。
それよりもルイズとキュルケとシエスタとタバサとミニスと……あと何か今まで良くして来た人達全員からのアタックが辛かった。……ミニスだと!? 今気付いた。
僕を好きっぽいルイズとシエスタとキュルケは同じくらい才人の事も好きらしく、それに気付いた僕はいや無理せんでいいから才人のハーレム要員になってろよって思ったね。
唯一最初からブレずに好いてくれたタバサには精一杯のフォロー(ジョゼフ説得とか妹さん救出とか)はしてあげた。
ミニスの方はご家族ごと屋敷に住んで貰うことになった。望むならゲルマニアで貴族になってもらってもいいとかなりの大金も渡している。まあ、ミニスと一緒にいる事を選んでくれたのは僥倖だ。
数多のイベントをこなし、やがて老衰で死ぬまで僕の周りは賑やかった。
こうしてゼロの使い魔介入を終えた僕はずっと考えていた事を実行に移した。
──この修正力は僕にも操れないかと。
結果だけを言えば、操れた。
と言っても完全介入が前提だったが。
完全介入。それは諸刃の剣だ。僕本来の能力が使える代わりに≪賢者≫や≪渡り≫が介入してくる。
それでも検証する余地は合った。
世界の修正とは川の流れに似ている。しかしマクロで視れば川でも、ミクロで視れば寄り糸だ。
その糸の一本一本を操るのは当時の僕には無理だった。だから川を操るしかなかった。
その川も自由自在とはいかない。川をせき止めたり逸らしたり道を新たに作れはしても大雑把な流れしか操作できないのだ。
『沈黙』でせき止め、『侵奪』でスルーし、『破砕』で吹き飛ばし、『断裂』で切り分け、『増殖』で盛り上げ、『消滅』で無かった事にする程度だ。
それでも十分と言える成果はあったがね。
試しにもう一度ゼロの使い魔に介入してみた。
まず僕への世界の修正を完全シャットアウト。僕の存在は劇薬と成った。
これにより僕の行動は異常とも言える程の世界の修正を受けるようになる。
次にルイズがトリステイン学院へと入学する少し前に学院を敷地ごと吹き飛ばす。この時修正力を強化する。
するとトリステイン学院の修繕のためにルイズの入学が一年遅れることとなった。
さらにもう一度同じ事を行うともう一年入学が遅れる。
それを50年ほど繰り返したところ、ルイズ達は65歳になってもトリステイン学院に入学しようとしていた。
そしてその事に何も違和感を感じていないのだ。
レコンキスタは50年間待機していた。
タバサは50年間伯父と従姉にこき使われ続けていた。
ルイズは失敗魔法を使い続けていたし。才人は未婚のままだった。
もうね66歳のおばーちゃんとおじーちゃんの接吻とか誰得だよって話し。
その後よぼよぼのギーシュと才人が決闘したし、死にかけのフーケがやけに小さいゴーレムの上で震えていたり、骨と皮だけのワルドが「僕の小さなルイズ」とか言ってルイズを抱き上げようとして腕骨折してるし。
まあ、つまり、こいつらは現状に対して何も違和感を感じることのないままイベントをこなしていったのだ。
怖かった。
自分がやったことに対してではない。僕に人並みの罪悪感があればそもそもこんな旅を始める必要はなかった。
僕が恐怖した事、それは。
二度と彼ら彼女らを”人間”として認識できなくなったことだ。
それは、僕がこの先ずっと孤独と戦い続けることになるということでもある。
”人間”はこの次元に僕一人しかいないのだ。
見た目だけソレっぽい奴が居ても、それは僕と違う存在。人形に話しかけているようなものだ。
怖かった。
孤独が怖かった。
孤独に耐えられなくなることが怖かった。
だから僕は簡単に”限界”を迎え、1回目の狂気に侵されたのだ。
……。
これが僕の若かりし頃の失敗体験。
今でこそ割り切れる様になったけど、当初は本当に情緒不安定だったと思う。
本当、先輩に出会わなければ今も狂気にツカレタままだっただろうね。
修正力とはつまり人形を動かすための動力源なのだ。
その影響を受けるモノはより人形に近いと言う事。だから原作ブレイクできる介入者は情報量が大きいと言える。
チート能力を持っていても上手く行かない奴らは総じて情報量がその『世界』に対して不足していると見て良いだろう。
だから、なのだろうね……。
≪賢者≫が僕を目の敵にするのは。
最初彼女らが僕を追う理由は、僕が【異能】を盗んだから怒っているのかと思っていたけど、実はそうじゃなかったんだ。
彼女らは僕の情報量に憧れたんだ。
”人間”に憧れたのだ。
それはつまるところ、彼女らの目的が”人間”に成る事だという意味でもある。
ぞっとするよね。
あいつらが画面の向こうから出て来る?
悪夢だろ。
エカテリーナなんて半分顕現できちゃうんだぜ。マジホラーだよ。
まあ、最後の方は蛇足だったけど、僕が体験した世界の修正力のお話しはこれでお終い。
何でこんなものがあるのか、それは別の奴が現在も研究中だ。いつか答えが出たら教えて貰いたい。
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サルベージした設定の中でもかなりキワモノを今回投下してみました。
本編でもこの設定を全部採用しているわけではありません。主人公のした事も本編とは食い違いがあります。
私が現役時代、この設定を共通のものとして作品を出しあった事がありますが、だいたい鬱系の物語が投下されてました。
12. いのちのおもさ
これは現行のなのは編の代わりに投降しようとした作品の一部です。
命の重さは平等だ。
よくそういう言葉を平然と吐く奴がいる。だが僕はそう思わない。思えない。
命の重さは平等じゃない。
確かに最も尊い物であり、最も価値ある物である事は間違いないだろう。
だが同時に、最も値引きが利くのが命だ。
まあ、つまり人によって命の重さというのはまちまちということ。
絶対評価で言えば平等、しかし相対評価で言えば不平等。
質量で言えば平等、しかし重量で言えば不平等。
そして、僕にとって命は軽い。
特に自分の命は羽よりも軽い
僕の相対評価は自分の命をかなり軽く見ているし、重さも軽いものだ。
しかし、これは人生に飽いているわけでも投げてしまっているわけでもない。
僕が本当の意味で不死身であるからなのだ。
しかし僕は不死ではない。
刺せば血も出るし病気だってする。毒だって効く。
死ねば死ぬのだ。
だがしかし、死んだ後僕はまた生まれる。
僕と言う個は死ぬが、僕と言う群れは死なない。僕と言う意思は頑健なる意志によって繋ぎとめられ遺志を引き継ぐ。
ゆえに僕は僕の命を軽く見ている。
例えるならば、亀踏みで残機100以上となったマリオが一度死んだところで悲しむプレイヤーが居ないのと同義。
ノーミスとかクリアタイムが下がるデメリットはあるが、そういう人間はそもそも残機をそこまで増やしはしないだろう。
つまり、数多の命を内包しているが故に僕は一つ一つの命を軽く見てしまっていたというわけだ。
自分の目的のためには自分の命すら駒に使える事が強さだと信じていた。
その時の僕はそれで良いと思っていた。
その事に怒りを覚える者が居ることに気付かずにね。
その人生において、僕はかなり普通の人生を送っていた。普通と言ってもあくまで戦闘者としてだが。
『世界』は魔法少女リリカルなのは。時期は機動六課が発足する直前。高町なのはが教導官として仕事をしていた時。
僕はその時、時空管理局の空戦魔導師として教導を受けている身分だった。僕の平凡さは空戦C+の判定を受けている事から他の訓練生から少しばかり見下されていた。
この時の僕はstsに介入する気は無かった。PT事件、闇の書事件、その全てをスルーし観察した結果、原住民達だけでどうとでもなると判断したからだ。
下手に僕が関わるよりも彼女らに任せた方が自然だからね。僕は精々管理局襲撃の際に民間人の誘導を頑張る程度だろう。
目立たず騒がず、どこにでも居る凡人局員として出来るだけ原住民に関わらず過ごそう。
そう決めていたのだけど……。
「さ、はじめよっか」
どうして僕は高町なのはと向かい合っているのだろうか?
これがお洒落な喫茶店なり彼女の部屋なりすれば期待も高まるところだが、あいにくここは愛を語らうには少々不向きな場所だった。
て言うか訓練場だ。
元気良く言った高町教導官。やる気満々だね。
何故か知らないが、突然一対一で模擬戦を申し込まれたのだ。理由を尋ねても教えてくれない。ただ笑顔で「終わったら教えるね」だってさ。
当然ながら制限なんてされてないためスカート丈は長い。つまり現在の彼女は魔導師ランクS+(空戦)だ。
対して僕は空戦C+。
主観でも客観でもイジメ以外の何物にも見えない。
アレですか? 日頃の鬱憤を晴らすために教導という名を借りたリンチを行うつもりですか。
彼女がそういう人間ではないと信じる半面、そういう面も持ち合わせていると”知っている”。伊達に管理局の白い悪魔などと言われないよ。
実は裏で本当にそう呼ばれていたなんて、実際『世界』に入らないとわからない事って多いよね!
「あのー、どう考えても僕は負けると思うんですけど? 特別訓練なら別の人に声をかけてみてはどうでしょうか? かなり役不足かと」
もうここに来た時点で手遅れと知りつつも、一縷の望みにかけて訊ねてみる。
「ううん、君じゃなきゃダメなんだ。大丈夫、非殺傷設定だし」
当たり前じゃボケ!
殺傷設定のディバインバスターとか冗談抜きで死ぬからね?
何で「安心しろ、峰打ちじゃ」みたいなノリで使うかな。あんたの場合峰打ちでも諸刃でやってるようなもんなんですけど。
君じゃなきゃダメってのもさ、高町教導官みたいな可愛い人に言われるのは光栄だけど、相手居るしねこの人。ユーノ・スクライアっていうさ。フェイトかも知れんけど。
だからいまいち嬉しくない。いや元からそういう意味で言ったわけじゃないんだろうけど、そこは気分の問題。
「言っておきますけど、僕は空戦C+ですからね? 高町教導官みたいなS+なんて空人にご満足いただける戦いは見せられませんよ?」
「それはわかってる。ただ私は君がどんな戦い方をするのか、それが見たいだけだから」
僕の戦い方が見たいなんて変わってるな。
僕のバトルスタイルなんて知ってどうするのかと。こんな戦い方エースオブエースと呼ばれる彼女が見た所で1ミリも参考になりはしないぞ。
それとも僕のやり方を矯正するのが目的とか? ああ、でもそれが不可能なことは彼女とて知っているだろうし。
そう言えば彼女に直接教導されたことって無いなー。いつも誰かワンクッション置かれて指導受けてたし。
てことは、今度から直接教導を施すためにわざわざマンツーマンで動きを見ようって算段か?
僕以外に何人訓練生が居ると思ってるんだ。全員見ていたら過労でまた落ちるぞ。
「まあ、お見せするだけならいいんですけどね。は~、せっかくのお休みが……」
そうなのだ。今日は本来休日のはずだった。それなのに突然呼び出されて模擬選である。
「まあまあ、今度別の日にお休み出す様掛け合うから」
「休日を貰ってもどうせ一日部屋で寝ているだけですけどね」
「……寂しいね」
「いや、そこは聞き流して下さいよ。止めて下さいそれだと僕が友達ゼロみたいじゃないですか。居ますよ友達くらい。ただ女っ気が無いだけで」
自分で言っておいて何だが、かなり寂しい青春を送っている気がするぞ僕。
今更感があるけどね。
「んー……」
と、僕の言葉に高町教導官はてっきり呆れているかと思いきや、何やら思案顔である。
やがて何か思いついたのか、彼女は笑顔で言った。
「だったら私に模擬戦で勝てたら可愛い子紹介するよ!」
「マジっすか!? ……って、反応できる人間だったらもう少し有意義な青春を送っていたんでしょうね。生憎とそれでテンション上がる程若くないんですよ」
「若くないって……私よりも年下なのに」
「女性と男では時間の流れが違うんですよ」
この『世界』は早熟なくせに童顔な女性が多いからね。高町ママとか。アレは元から若いだけか。
リンディとかどう見ても年齢に見合ってないと思う。もしくはクライドが超絶ロリコンだったか。僕はロリコンに一票入れよう。
「結構可愛い子居るんだけどな~」
「高町教導官の周りって良くも悪くも人気者が多いんで紹介されたら大変ですよ。あと美人系ばかりで可愛い人って少ないですよね?」
ちなみになのは様に撃墜され隊とかフェイトそんいじめ隊とかはやてちゃんに突っ込まれ隊なんてのがあるが、どれも病的な信者が多くて怖い。
万が一にも無いだろうが、その辺りを紹介されたら僕は明日から日の下を歩けないだろう。
「そっかー。でも模擬戦は結局やることになるんだけどね?」
「ですよねー。分かってますよ。ちょっとした運命への抗争をしただけです。最初からやるつもりでしたので」
とりあえずデバイスを取り出してセットアップする。
僕がやる気になったのを見て、高町教導官もデバイスを取り出しバリアジャケットを装着する。
んー、僕の眼だと変身シーンがばっちり見えちゃうんだよね。アニメとかの演出くらいゆっくりと、かつばっちりと。
ま、二十歳未満の女の子の裸を見たところでどうだって感じだけど。あれ、もしかしなくても僕ってば枯れてね?
「騎士型なんだ? 近代ベルカ式かな? 名簿にはミッド式ってあったけど」
「いえ、一応これはミッド式なんですよ」
僕のデバイスは剣の形をとってこそいるが、ベルカ式ではない。そして僕は騎士でもない。ただのアヴェンジャーだ。スカヴェンジャーかもだけど。
「え、でもミッド式だと打ち合うことになったら耐久力の面で厳しくない?」
「たとえミッド式でも、”打ち合わなければ”大丈夫なんですよ」
「……そっか」
何か言いたそうにしていたが、何も言ってはこなかった。実際に戦って見ればわかるとでも思ったのだろう。
それで僕の言った意味はわかるとは思うけど、さらに混乱するはずだ。
距離をとって宙へと舞い上がる僕と高町教導官。
空中で向かい合った彼女の顔は余裕に満ちていた。さすが管理局のエース、いい貫禄である。
さっきまで会話していた時には感じなかった威圧感を今は感じる。これが歴戦の勇者の風格か。
さて、どこまで食い下れるかな……。
「行くよ、レイジングハート」
「ウルトプライド──征こうか」
こうして模擬戦が始まった。
当然の様に僕が勝ったが。
◇
どうしてこうなった。
どうしてこうなった。
高町教導官との模擬戦から数日後、僕はミッドの繁華街を歩いていた。
本当なら今日はゆっくりまったり惰眠を貪るつもりだったのに。
何と高町教導官が律儀にも女の子を紹介してくれちゃったんだよ。冗談だと思っていたのに……。
断ろうにも、もう相手の了承を得てしまっているとかで、今更キャンセル不可なのだそうだ。
いや、だったらあらかじめ相談して下さいって話。何で当日に言うかな。
しかも相手が誰かも教えてくれないし……。
『誰かは着いてからのお楽しみってことで。あと、ドタキャンなんてダメだよ?』
わざわざ直接言いに来たのは逃げないためだろうね。
声こそ楽しそうにしてたけど、彼女の顔は笑ってなかった。何故か「トウキョウへ帰れ」って幻聴が聞こえたぜ。
もう少しで待ち合わせ場所が見えて来るというところで、ふと相手が誰かを想像してみることにした。
・フェイト:いやいや、無二の親友をこんな冴えない男に紹介はしないだろう。しかも最初からマンツーマンて。
・はやて:同上。あとヴォルケンさん達の説得が無理だろ。
・シグナム:是非お近づきになりたいけど、この人にそんなこと頼める人間なんているのか?
・アリサorすずか:地球ならともかくミッドに連れて来るとは思えないが……。
・シャマル:良い線いってるかも。一番可能性が高い、か?
結局メインキャラはありえないな、と結論付けながら待ち合わせ場所に到着する。
そこには──。
「……」
鉄槌の騎士ちゃんがいた。
すっごい不機嫌そうな顔でな。
……。
ピッ。
あ、音声メール。
『可愛いと言うと、ヴィータちゃんしか居なかったんだよね♪』
「あの、魔砲少女(過去)めちゃくちゃウゼェェェェェェェエ!!」
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というわけで、昔書こうとしていた物をほのぼの風味にして投下。
なのはとどんな戦い方をしたのかとか、最初のプロローグは何だったのかとかはカットてか投げっぱなし。本来かなり殺伐としていたはずなのにね。
「ヴィータ●す」というタイトルで書いていたこれですが、結局ただイチャラブするだけの短編集になってしまったので挫折しました。
最近○間。が過去プロット作品の墓場になりつつある・・・。
続くかどうかは気分次第。続けば本来の設定で。
13. いつだって成功しているわけではない
色々な世界を旅して来た僕ではあるが、全てが順風満帆だったわけじゃない。
≪賢者≫や≪渡り≫の介入や原住民の思わぬ行動に介入目標を達成できず、早々に諦めて『世界』から飛び出すことが少なからずある。
今回語るのはとある『世界』に介入した際に遭遇した介入者達とのお話しである。
「あんた、誰だ?」
その青年から掛けられた第一声は確かそんな感じの内容だったと思う。
セリフの主がピンクブロンドのツンデレ娘だったら、すわ召喚されたかって思うところだろうけど、残念ながら相手は野郎である。しかもここは一応だが現代日本だ。
僕が現在身を置いているのは関東のとある県に存在する、麻帆良という一風どこからかなりユニークな校風の学園が立ち並ぶ学園都市だった。そこで僕は聖ウルスラ女子高等学校で教師をしている。
できれば共学の所が良かったのだけどそう上手くはいかなかった。そもそも男女共学の学園があるのかすら不明だ。
女子校の教師なんて世の男性からすれば天国に見えるかも知れないが、実際はロリコンしか喜ばない景色が広がっている。そのロリコンどもも女の現実を垣間見て幻滅する。
男子生徒の目が無いと本当に女どもはだらしなくなるからな。平気で薄着もするし、まだ僕が居ると言うのに着替えを始める馬鹿まで存在する。
正直何度異動届けを提出しようか迷ったが、ここ以外で僕を雇ってくれる学校も不況の時代にあるわけもなく、仕方なく女子高の教師という身分に甘んじていた。
唯一の救いは高畑先生がまともな精神をしていることだろう。この『世界』は女性のキチ○イ率が高い。本当に何度介入しても対価に見合わない疲労を伴う。
先輩と出会い、再会した作品の『世界』だから何とか納得していると言ってもいいね。それに強敵と書いて友と読む者達と出会えたのもこの『世界』だから。
と、そうそう、僕に話しかけて来た青年の話しに戻ろう。
その青年──いや僕からすれば少年か。彼は確か女子中等部、3-A組の副担任を勤めている子だったはずだ。
名を祠堂礼二。黒髪に前髪だけ白髪でオッドアイの彼は年齢の近さもあり中等部の生徒達から人気が高いらしい。
まあ、明らかに介入者なわけだけどね!
ネギま!にこんな少年は登場しないから。ちなみに現在は京都への修学旅行が終わり、学園祭に向けて都市中が盛り上がっている時期だ。うん、絶対存在しない。
そんなありえない存在の彼が僕と接触を図って来た理由とは何か。それもこの口調。副担任とはいえ仮にも社会人なのだからもっと気を付けるべきなんじゃなかろうか。僕も人のことは言えないけどね。
全然関係ないが、ネギ君のクラスの副担任になるという介入方法を用いたのは僕が最初ないし五本の指に入るくらい初期らしい。まあ、どうでもいいが。
彼が僕に接触してきたのはとても個人的理由が大きいだろう。それこそどんな介入者でも起こり得る利己的なヤツ。
彼とは同じ教職に就く者同士でありながらあまり接点はなかった。彼のポジションはひどく目立つため僕の方に一方的に情報が入ってくるがそれだけだ。どこどこで何をしていたかとかね。
面識だけは一応あった。学園祭を前に全職員合同会議の際に顔合わせ程度だけど。その時は特に注目は受けていなかったし。
だからそれ以上の接点なんてできるはずなかったはずだ。
僕の今回の介入目標は魔法世界編突入まで世界を安定させること。介入方法は一般職員として魔法組を裏からフォローすること。
この世界の様なバトル世界に僕が表立って参加すると軽く世界がヤバイ。三回目のネギま!介入で懲りている。
ちなみにその時は≪賢者≫≪渡り≫を始めとした強者が介入。日に四度宇宙が消滅するなんて事はざら。果ては創造種クラスの化物が同じ『世界』に共存するという阿鼻叫喚世界になってしまった。
そんな世界でただの原住民が生きられるわけもなく、結局創造種の殺し合いの末その『世界』は完全に無へと還った。
……それ以来、僕はネギま!世界への介入を極力避けている。どうしようもない理由で介入する場合も目立たない様にしていた。
閑話休題である。
そんな接点皆無な僕と彼に迷惑──失礼、明確な接点が生まれたのは奇跡とも呼べるほどの不運が起きるくらいだろうと高をくくっていたわけだ。
だが物語はいつだって「こんなはずじゃ」って展開を僕に突きつける。慣れてはいるが納得は未だ出来ていない。
原因はそう……相坂さよだった。
間接的にだが、彼女の所為で僕は祠堂礼二と知り合ってしまった。
相坂さよ。何度やってもあの子とは知り合ってしまう。どんなに遠ざけても出会ってしまう。引かれ合う。あ、この『世界』では恋愛感情は無いよ。
能力を使わずとも僕の眼は”視”えちゃうんだよね、幽霊が。視えているとバレた後は当然の様に関係を始めてしまった。
僕が教師で彼女が生徒。夜の教室で二人だけの特別授業をする。
……何かこう言うとヒワイに聞こえるが、本当に健全(?)な授業だった。当たり前だけど。
見捨てることもできた。できたんだけどもね?
約束しちゃったからさー。『また勉強教えてください』って。
二回目の彼女とこの回の彼女は別人だ。同じ容姿、思考をしていたとしても別人なのだ。
僕の生徒の”相坂さよ”ではない。
解っているんだよ。頭でも心でも理解しているのに。それでも見捨てられなかった。
ま、そんな理由で辞められるなら僕はこんな人間になってはいないよね。
結局ずるずると関係を続けてしまったわけだね。
だからなのだろう。
告白阻止とかの注意事項をする合同会議(魔法先生)に僕という異能者教師が参加していないことを相坂さよが疑問に”思ってしまった”。
その時すでにクラスメイトに受け入れられ、朝倉和美と友人関係になっていた相坂さよは当然の様にその疑問を口にしてしまった。
そこからの展開は早かったね。
朝倉和美経由でネギ君と祠堂礼二に僕の事が伝わり、二人に僕の事が知られてしまった。
ただでさえ、学園にすら異能者であることを隠す人間というのは怪しいと言うのに、修学旅行やヘルマンの一件がかなり警戒心を強める事になってしまったようだ。
ここで祠堂礼二が何も知らなければ無暗な接触は避けただろうが、あいにく彼は『原作知識』持ちの普通の介入者だった。幾つか調べてみた結果判ったことである。
彼は僕の存在がイレギュラーだと気付いたわけだ。
普通の教師でもなく、異能者として原作キャラに接近した存在。だがそんなキャラは存在しない。
だから同じ介入者とバレたってわけだね。
その日のうちに僕は祠堂礼二に呼びだされた。彼の背後にはネギ君と小太郎君と刹那さんが居る。いわゆる荒事組だね。
で、冒頭の「あんた、誰だ?」発言を浴びせられたわけである。
四人とも得体の知れない僕を警戒しているのか、静かに闘気を纏っている。その内刹那さんと祠堂礼二は少し殺気も放っていた。
やれやれ、である。どうしてわざわざ喧嘩腰で接触してくるんだろうね?
一応僕も表面は教師なんだし、ボロを出すまで知らない振りして会話すればよかったのだ。
あと僕は相坂……ああ、もうさよちゃんでいいよね? その方が言い慣れてるから。そのさよちゃんに良くしてあげたよね?
何でそんな僕に殺気放つの?
他三人とはともかく、刹那さんとは契約まで交わした仲だってのに。いや二回目の介入時だけどさ。
本来の彼女らならばここまで攻撃的な空気を纏うことはなかったのではないだろうか。
おそらく祠堂礼二の”教育”のたまものだろう。つまり、この介入者が無理やり原作キャラを強くしようとした結果、無駄な警戒心を持つようになってしまったってこと。
そういう改悪的なのは止めて欲しいんだよね。ルイズの性格を丸くするとか、アスカをシンジデレにするとか……あ、これは破で公式にやったか。そういう改良はウェルカムなんだけど、素人は無自覚な改悪が目立つから。
とりあえず敵意が無いことを伝えなくてはならない。彼一人にならば僕の正体を教えるのもありだろう。幸い彼は≪渡り≫じゃないようだし。
「誰と言われましてもね。ネギ先生に祠堂先生。それに君達は中等部の桜咲さんと犬上君ですか。急に呼び出したかと思いきや、第一声が『あんた誰』というのは些か不躾ではないかと思うんですけど」
敵意はないが悪意はあるよ。どちらがよりマシかなんてのは知らんけど。
「とぼけるな! 裏でこそこそと……何を悪だくみをしている!」
「悪だくみって……何を証拠に?」
事実、僕は何もしていなかった。いや一応介入こそしているも、それは例えば惚れ薬事件で壊された扉を修理したり、VSエヴァンジェリンの時に足りなくなるであろう蝋燭をあらかじめ多めに注文しておいたとか、神楽坂明日菜の修学旅行代の納期を旅行後に見送る様学園長に打診したりとかくらいだ。
まったく邪魔するつもりなんて無かったんだけど、悪巧みをしている前提で話されている。
「俺はあいつらの幸せな未来を守るために命かけてんだ、あんたみたい野郎にうろちょろされると困るんだよ。何を企んでいるかは知らないが、痛い目見たくなければ邪魔するな」
それにしても、祠堂礼二のコレはどういったわけか。
完全に僕を異物としか見ていない。確かに僕はこの『世界』にとっては異物以外の何者でもないだろう。しかしそれはこいつにも言えることだ。問題はその性質だろう。
こいつはただ僕が存在することを悪と見ている。何を思ってそんな結論に至ったのか何となくわかるが、僕という存在を許容していない。
そして、彼の言葉を受けた彼の背後の者達は嬉しそうに、誇らしげに、好意的な反応を返している。
冷静に考えると祠堂礼二は僕に対して「とりあえずお前邪魔だから消えてくれ」と言っているわけだけど、そのことに何も疑問を持っていないようだ。普通目上の奴にいきなり言うかぁ?
本当に何も悪巧みしてないのに悪前提で対応されても反応に困るんだよね。
まあ、だいたいこの手の介入者の傾向は知っている。そして例に漏れずこいつはそのタイプの介入者だったってわけ。
「えーと、それはつまり……『せっかく主人公になれたのに邪魔するな』って言ったと受け取っていいんだね?」
「なんだと?」
僕の言葉に瞬間的に殺気を放つ祠堂礼二。
その反応を見て確信する。
こいつは主人公志願の介入者だ。
介入者のタイプの一つに、主人公に成り代わり物語を進めようとするものがある。
これ自体は特に問題はない。もとより介入とは大なり小なり何かの代わりとなるものなのだから。成り代わる相手が主人公であっても問題はない。
が、この手のタイプは自分以外に主人公になりうる存在が出てくることを極端に恐る。そして邪魔者扱いする。
普通に考えて何の証拠もなく僕に敵対行動をとる理由がない。
こいつはたぶん知っている。僕がご同類(介入者)だと知っている。知っているから敵意を持っている。
だがしかし、彼は僕に敵意をもたれてはいけないのだ。
それはそうだろう、僕みたいな何かしていそうな”だけ”の奴は取り込んでしまうほうがメリットが多いのだから。
完全なる証拠も無しに介入者に敵意を持つのは悪手だ。ネギま!で例えると初登場の刹那さんを問答無用で殺しにかかるくらい無謀。
敵か味方かわからない相手に敵としてまず応対するとどうなるか、少し考えればわかることなのに。
僕の立ち位置は、何も知らない人間からすれば『修学旅行編開始直後の刹那』と同様のポジションだ。
連載当初読者の間には「刹那は敵キャラ」という見解が強かった。それほどまでに彼女の行動は怪しかった。ゆえにネギ君が警戒心を彼女に持つことは当然と言える。
つまり僕に対して警戒心を持つことは正しい。しかし敵意を持っていいわけではない。
結局刹那は超仲間だったという展開が待っていたのだから。なのに僕が味方だという可能性を少しも考慮していない。
いや、こいつにとって僕が味方かどうかなどというのはどうでもいいのだろう。
「君は僕が邪魔なんだろう? 上手く介入し、副担任という美味しいポジションに収まり、クラスメイトから慕われて上手く立ち回ってきた。ハーレムも築けていると聞き及んでいるよ。だから、自分と同じ存在が邪魔なんだ」
「……」
祠堂礼二は答えない。
反論しないってことは図星だったのかな。僕としては50%くらいと見ていたけど、本当にそのとおりだったとか。
「別に君が何を思って介入したのかは知らない。主人公に成り代わりみんなに幸せになってもらいたいと思っているのも別に構わない。むしろ好感が持てるくらいだよ」
だが、と僕はそこで言葉を一旦止める。
ここまでなら特に問題はない。主人公みたいになりたいなんて可愛い理由じゃないか。それくらいどうってことないだろう。
あくまで自覚なんだよ。みんなに幸せになってもらいたいとか言いつつさ……。
だから僕は一つの問いを投げかける。問いかける。
「ならば、何故近衛木乃香を敵に渡した?」
「な……!?」
僕の質問に驚き目を見開く祠堂礼二。
だってそうだろう。お前は知っていたはずだ、何故ならお前には『原作知識』があるのだから。
「どうしてエヴァンジェリンに襲われると知っていて佐々木まき絵を見捨てた? どうして神楽坂明日菜がヘルマンに攫われると知っていて放置した? つかヘルマンとグルだろお前」
防げたはずだ。この世界の修正力はそれほど強くはない。少なくとも彼の情報量ならば影響を受けない。
ならば何故彼はそれらイベントを見過ごしたか。
答えは簡単だ。
「そうしないとお前が活躍できなかったからだろ?」
つまりそういうことだった。
「ち、違う! 俺はそんな理由で放置したんじゃない!」
半分カマを掛けた様なものだけど、祠堂礼二の反応からだいたいその通りと確定してしまった。
伊達に何人もの介入者に同様の理由で喧嘩売られちゃいないさ。まあ、それ以上にこいつが馬鹿正直者だったってだけだが。
「知ってるよ。そうなることは決まっていた。だからお前はそうした。そうしなければお前の『原作知識』は活かされず、お前は目立つことができなかった。細かなところを言えば、京都で桜咲刹那が弓に射られるのも見過ごしたのも、そうしなければ彼女と近衛木乃香が仲良くなれないから。彼女の能力が覚醒しないから」
こいつは必要だから彼女らが傷つくことを良しとしたのだ。下手をしたら死ぬかもしれないと知りつつ放置したのだ。
幸せにするためではなく、主人公(ネギ)よりも上手くやれると証明するために。
ちなみに僕は「皆を幸せにする」なんて願っていない。僕の目的はあくまで魔法世界編までこの世界を保つことだ。そのためなら悪になることだって厭わない。手段を選ばない。どちらが下種かと言えば僕の方が下種いね。
でもこの介入者は「皆を幸せにする」と言いながら目の前の悲劇を必要だからと見過ごしている。手段のために目的を選ばないタイプ。どちらが潔いかで争いたいところだ。
しかし、物事の自然か不自然かで言えば、そうした事件を見過ごすのは──自然だ。
そう、自然な流れである。
自然な流れが保たれているゆえに世界にイレギュラーが起きていない。
正しいか否かで言えば否だろうけど。レールに乗っていれば少なくとも人死には出ない。
他者に試練を与えこそすれ、結果幸せにできるのだならば最悪「皆を幸せにする」という目的は達成できる。
こいつの放つ理念を信用できる。
普通ならばね。
だがこいつはそれすら放棄している。
すでに試練を与えているだけというお為ごかしすら遥か彼方に殴って捨てている。
「て言うかさ。なんでネギ君の故郷を悪魔に襲わせた?」
こいつの持つ確定的な悪意。最も顕著な罪。僕はそれを半身から知らされていた。聞かされたのはヘルマン事件後だったが。
他の事件は百歩譲って試練と言ってしまえば良い。犠牲は出ていないからね。
「あの村が襲われた時、お前はあそこに居た。そして悪魔を誘導した」
だがこれは犠牲が出てしまっている。今も村の人間は石像のままだ。治せたとしても、失った時間は取り戻せない。
「この先お前はまた放置するんだろう? 泉亜子が病気になることを。大河内アキラらが奴隷になることを。魔法世界のみんなが消え失せることを」
こいつはきっとそうする。助けられる力を持ちながら助けようとしない。
何故なら、
「それがお前の物語を紡ぐ上で必要だったから」
結局、主人公になりたいだけの介入者は他の介入者の存在を疎むんだ。そういう奴を何人も見て来たし、何回も喧嘩を売られた。
原作知識などという不確かな存在に頼って、逆に依存してしまう。目的と手段が入れ替わる。
「お前は皆を幸せにすると言いながら、必要だからと犠牲を強いる。いい加減認めてしまえよ。お前の言う”皆”ってのはさ、お前が好きなキャラとお前自身だけだろ? なら最初からそうすればいいんだよ。皆の幸せなんておためごかしを使わず『俺に都合のいい世界を創りたい』と宣言しておけ」
「違うッ! 俺は皆に幸せになって欲しかったんだ! その心に嘘偽りはない! それに万が一の時には俺の力で治せる!」
「ま、実際その通りだろうさ。お前の能力はソッチに特化している様だしね。だから好感を持てたし、親近感もあった。協力要請があればほぼ無料で手を貸すつもりだったし、お前の邪魔をするつもりもなかった」
でも、それは僕の都合だからね。
「お前の言い分は理解している。共感も持てた。……しかし、それで君の”生徒達”は納得できるとでも?」
「──あ」
僕の言葉を受け、そこで初めて彼らの存在に気付いたのか、背後のネギ君らを見る。
……何を呆けた顔をしているんだか。
「なんでここに……? じゃあ今のを聞いて……」
お前が連れて来て、お前が観客に選んだ奴らだろう。何で存在を忘れるんだよ。アレか、自分のこれからの方針をつい独り言で言ってしまうタイプの人間かお前。
お口のチャックができてないぞ。たとえ図星でもお前と僕では信頼度が違う。『何適当ぶっこいんてんだテメェ』でだいたい片付いたはずなのに、どうして全部認めちゃったかな。
祠堂礼二はネギ君達を自分で連れてきておきながら今の今まで彼らの存在を忘れていたわけだ。
──まあ、そうなるように認識阻害しておいたんだけどね。いやー情報量の操作は疲れるわ~。
「スタンおじいちゃんや村の皆は今も石のままです……その原因の一つがあなたなんですか」
「祠堂先生、あなたはあの時『絶対に守る』とお譲様に言いながら、危険に晒すことを善しとしたわけですか」
「つーことはアレか、ちづ姉ちゃんがヘルマンに襲われたんもお前が一枚噛んでたっちゅーことか」
祠堂礼二の”告白”を聞いていた三人は完全に彼を見限っている様だ。彼を見る目が”失望した”と物語っている。
彼らが祠堂礼二を簡単に切り捨ててる様に見えるけど、実際家族や大切な人を危険に晒しておいて「守る」とか「幸せにする」とか言ってたと知ったら少なからず失望はするだろう。僕だったら許せないなー。
ま、意識誘導も軽くしているんですけどねっ。
「ううむ、こうなるよう誘導した本人が言うのもアレだけど、この程度で失望される程度の絆しか築けなかったのは悲しいね。お前と同じ介入方法をしても最終的に認められた奴もいるのに」
そういう意味では彼は天才だったのだろう。あそこまで悪逆非道を尽くしておいて大団円にまで持って行ったその手腕は尊敬に値する。
「……」
「おーい、呆けてないで何か言ってくれ。現実逃避してもお前が生徒から見捨てられた事実は変わらないぞー」
「……」
完全に無視か。まあ、わからなくもない。自分が進めて来た計画があっさり破壊されてしまったのだ。茫然自失に陥っても仕方が無い。
しかし、勘違いしないでくれよ。最初に他人の計画をぶっ壊しに来たのはお前なのだから。
喧嘩売って来たのも殺気ぶつけて来たのも邪魔者扱いしたのも祠堂礼二、お前が先だ。
謂わば僕はカウンターを撃っただけ。それだって十分防げた一撃だと言うのに。
「──で、どうする、介入者。もうここには居られないだろう? 武士の情けとして、別の場所紹介するけど?」
「お前さえ居なければ……」
「やっぱそうなるかー。僕の所為だね。ソウダネ。空が青いのも水が美味しいのもタグにR-18とついちゃうのも全部僕の所為だよね」
軽くジョークを挟むもすでに彼の耳には僕の言葉は届いていない。
あるのはただの殺意。自分の目的を邪魔された事に対する怒り。
彼はどうやら僕と言うイレギュラーを消し去るつもりのようだ。
「哀れだね、介入者。もうこの街にお前の居場所はないが、それでも生きることは許されているというのに。現在進行形でそれを手放そうとしている」
「お前さえ居なければ、俺は幸せになれた!」
「結局それかよ。自分が幸せになりたかっただけかよ。やだねー、自分が自分がって独りよがりしやがって。まるで一昔前の自分を見ている様で吐き気がするよ。見ていられない、消えて欲しい」
「消えるのはお前の方だ! 殺してやる!」
「殺す、ねぇ……。確かにお前は最強だよ。この『世界』で比類無き存在だ。天蓋の化物だと言えるね。だが、介入者。僕はこれまでお前みたいな『最強』を屠って生きて来た。その僕が判定してやるよ。……その程度の最強では僕と戦うことすら叶わない」
今まで僕が殺意を向け、なお生き残った最強は二人だけだ。
母さんと先輩。
それ以外はただの最強。記号としての天上。
どうとでもなる相手でしかないんだ。
巻き込んでも可哀想なので、ネギ君達を安全地帯まで強制転移させる。再び彼らがここに来る前に事は終わっているだろう。
「考え直せとは言わないよ。もう賽は投げられてしまった。お前は僕を殺したい。僕はお前を滅したい。ならば出すべき目も進むべきマスも一つだろう」
「俺は──!」
「うるさい死ねよ」
言って、僕は【異能】を発動する。
【不滅なる闇(スターレス・アンド・バイブル・ブラック)】
相手との距離は約三メートル。確殺の距離だった。
結果。
祠堂礼二という介入者は死んで。
結局。
僕の介入はそこで終わらざるを得なかった。
──どうして介入者は悉く僕を敵視するのだろうか?
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やんやの黒歴史。ネギま!介入。ネギま!介入時の主人公は腹黒クソ野郎と仲間内からよく言われてました・・・
とりあえず売られた喧嘩は買う。殺すと決めたら容赦しない。弱者に厳しい。
ちなみに主人公は刹那を作中(二回目の介入時)一度殺していますがきちんと蘇生しています。むしろ殺した事よりヤンデレ化させてしまった事に罪悪感を持っている。その回の刹那にデュープリズム渡しています。
この主人公は主人公っぽいことしないと毎度ままならない事態になります。というお話。
そして主人公志願の奴とすぐ喧嘩になって殺し合いになる。というお話。
主人公体質の彼は主人公を目指す介入者に本能で邪魔者扱いを受ける。でもだいたいは自分から喧嘩売ってるという。そしてすぐ殺し合い。そうやって幾億の屍を築いて行きました。
【不滅なる闇(スターレス・アンド・バイブル・ブラック)】(作『レベリオン』・小説)
他人の細胞にアポトーシスを引き起こし死亡させる。
効果範囲に居ればどんな状態でも思考のみで相手に使用できる。
魔力を持たず、物理的な力も持たないため魔法障壁も貫通する。
人間ではこの【異能】を防ぐ手段が無い。ただし人外には効果がない。
例:エヴァンジェリンには効く(死にはしない)が、刹那や小太郎には効かない可能性大(人間でも三倍体の様な染色体の数が違ったりする相手には効かないため)。
14.僕は世界の管理者であってゲームの管理者じゃないんだけどなー。
今僕はとある世界の管理を任されている。それはどこにでもあるような設定を用いた人造の世界だった。
人間と魔族が古代より争いを続ける剣と魔法のファンタジー世界。本当にどこにでもあるような世界だ。
この世界を作ったのは知り合いの科学者。そいつ曰く「科学の力でもって世界を創造する」のが目標なのだそうだが今のところ達成できそうな技術は開発できていない。異能で世界創造をやってのける奴は少ないないけど科学者のように科学で到達しようとする奴は稀有だ。まあ、嫌いじゃないけどね異能を使わない奇跡は僕も研究している分野だから。
この世界はその科学者の手にとって創られた世界だ。しかし、一から作ったわけではなく、元から存在する世界に魔法と魔族を付与した程度だ。しかも技術は僕頼りという有様である。そんなことで目標は達成できるのかと疑問に思うかも知れないが、天才からすればこれは必要な過程なのだそうだ。
異能者であっても純粋な科学者ではない僕には理解できない事柄である。
この世界の人間種は元から世界に存在する生き物だ。このまま行けば普通に科学を発展させて人間が世界の支配者になっていた。それ程までに人間という種が増えていた。
だが、科学者はそれを是としなかった。「それでは面白くないだろう!」なんて……作るならばユニークにしたいとか、科学者のくせに頭の中は文系である。
というわけで、科学者はこの世界に魔素を充満させ、動物を魔物へと進化させることにした。
魔素とは魔術、魔導といった魔法系の能力を使う上で重要な半物質半エネルギーだ。魔素を取りこんでエネルギーに変換する魔導師や、魔素を介して世界に影響を与える魔法士、自力で生成した魔素と他の魔素を感応させて物理法則をねじ曲げる魔術師などが存在する。
まあ、魔法系の異能を使う奴は大なり小なり魔素を使うことが多いってわけだ。まったく別系統のルールで魔法を使う人種も居るが、それは今は関係が無い。
で、今回散布した魔素は精神に多大なる影響を与えるタイプだった。わざとだけど。
自我の弱い小動物はたちまちのうちに魔素に侵され魔物へと進化していった。
そして、魔素に侵された生物は他の魔素を含有させた生き物を捕食する本能を持つ。つまり、より弱い魔物を喰らう。
大なり小なり全ての生き物は魔素の影響を受けたため、魔物にとって自分以外の生物は全て捕食対象となった。
それは人間も同様である。当然だが、人間は他の生き物を食べる。だがそれまで食べていた生物は一部の”善良な”生物を除いて皆魔物になってしまった。そんため人間は魔物を食べることにした。これまでの人間の感性ならば異形と化した生き物を食べるという行為は到底受け入れられることはなかった。
だが人間も魔素に侵されているため、他の魔素を含んだ生き物を食べてもそこに忌避感は生まれなかった。そう調整されたから。
食料事情だけで言えば食べられる生き物が増えた分問題は少なかったと言える。弱いくせに大きい魔物というのも存在し、そういう魔物は人間にとって絶好の餌だったからだ。
しかしながら、人間がそこから増えることはなかった。
人は魔素に侵されながらも自我を持つために魔物化をすることはなく、さりとて純粋でも居られない。
魔素を取り込むも脆弱なままだった人間という種は強い魔物の恰好の餌となった。
最初は人間も抵抗をした。剣を持ち、人を集め、魔物と戦った。それでも強い魔物を相手に勝てる程人間は強くはなかった。
段々と住処を追われる人類。このまま人間は魔物に捕食されて死ぬのかと思われた時、とある学者が魔素をエネルギー源にした未知の技術を開発した。
魔術。
それは弱き人間が強き魔物を打倒するために作り上げた生存本能の結晶。
己の身の内に存在する魔素と世界に充満する魔素を感応させることで莫大なエネルギーを生み出すのがこの『世界』の魔術だった。
その威力は絶大で、それまで手こずって居た魔物を簡単に倒せるようになった。
一人の偉大なる学者の力により、人間は魔術という魔物を打倒する力を得た。
それから二百年。
一時は絶滅の危機に瀕していた人間は、魔術の力を使い再び世界の支配者というレールに戻った。
しかしここで一つの弊害が生じる。
魔術は選ばれた人間しか使えないという欠点があった。いわば魔術は才能に直結した能力と言える。
内包する魔素の量が一定を超えねば魔術は行使できない。そのため一分の魔術行使者、魔術師と呼ばれる人間が権力を持つようになった。。
そのまま魔術師が権力を持ったままだったらどこぞのハルゲニアになっていたところだが、この世界の弱者の反骨精神はかなり強かった。
それは偶然の産物だった。とある日のこと、魔術を使えない人間が魔術を使ったという事件が発生した。
その時にはすでに魔術は一分の特権階級のみが使える秘匿されるべき物として扱われていたため、たとえ魔術的要素があっても魔術師として魔術を行使できる人間は居ない。
そのため権力に固執する時の権力者はその人間を捕縛することになした。
しかし、その人物は魔術を使う事ができなかった。変な話だが、その人物に魔術の基礎を教えることまでしたにも関わらず魔術を使う事ができないのだ。
尋問に参加した魔術師もただ首を捻るばかりであった。
結局それからしばらくして、魔術を使ったと思われる人物が持っていた物が原因だと判明した。
それは魔素を多く内包した物。後に魔石と呼ばれる鉱物だった。
魔石に蓄えれた魔素を介することで、体内魔素量が少ない人間でも疑似的に魔術を使えることが判明した。
その後、宮廷魔術師だったとある人物が魔石を研究し、魔術師の素養が無い者でも魔素を扱える技術を発明したのだ。
それが魔導だ。
能力ではなく技術。誰でも使える普遍的な力。それを人は魔導技術と呼んだ。
誰でも使う事ができる魔導はまたたく間に世の中に普及することとなった。
魔術を特権階級の物と扱っていた者達も当初こそ魔導技術の普及を渋ったが、研究する上で魔導の在り方を知るうちに何も言わなくなった。
魔導は確かに誰にでも扱うことができる。しかしながら、魔術と違い魔石を必要とする。その魔石も内包する魔素は無くなればただの石になり再利用不能。
さらに魔導は魔術ほど能動的に威力を調節することはできず、また威力も魔術師を怯えさせる程の物ではなかったというのが理由だ。
魔導は技術でしかない。そのため魔導師という言葉は流行らなかった。魔術師という特権意識が侵されないため魔術師は魔導を受け入れた。
魔術と魔導。似ているようで別物の二つの要素により、その後も人間は繁栄を極めることとなった。
で、終われば良かったのだけどね。
その繁栄は長くは続かなかったんだ。人間の新たな天敵が現れたから。
その天敵は人間よりも魔物に近く、それでいて自我を持ち、魔術の扱いに長けていた。
人に限りなく近いながら人あらざる存在を人間は”魔族”と呼んだ。
まあ、その天敵を送り込んだは他ならぬ僕と科学者なわけだが。
『あまり増えすぎても困るよねー』
『じゃあ毒を流して人間減らそうぜー』
『ちょ、動物が進化したんだけど』
『じゃあこの毒の活用法教えてくるわー』
『おいおい、魔術と魔導で人間ウッハウハじゃん』
『もう一本毒いっとく?』
『んー、それよりも天敵創ろうぜー』
という会話(僕もあいつもこんなアホな言い方はしない)がされた後、人間をモデルに魔族を作成して世界に送りこんだのだ。
魔族は魔王というアプリの命令を順守するロボットのような生き物だ。もちろん彼らにも自我はある。しかし魔王からの命令を何よりも優先させるプログラムがされている。
その魔王に命令する僕は差し詰め大魔王ってことだね。いや、神か?
神と魔王がグルってのも何かアレだけど。
「というわけで、今期の侵攻は大都市を魔物の群れで強襲して、人類に宣戦布告する形で。あとは流れでお願い」
いつも通り、適当に人口調整のための命令を下す。
「ハッ! 全ては創造主様の御心のままに!」
会話の相手は魔王だ。科学者がそういう役割を与えたNPC(ノンプレイヤーキャラクター)だね。
NPCと言っても自我もあるし在る程度の自由も許しているので正確にはNPCとは言わない。まあ、ぶっちゃけ僕からすれば全ての存在がNPCなのだけど、それは言わないお約束ってやつだ。
というわけで、魔族発生から二千年。人間と魔族は今もなお戦争を繰り返しているというわけだ。
人間が増えすぎたら一定量減らすために侵攻をかける。減り過ぎたら退く。それの繰り返し。
だいたい百年に一度ほど魔族を人間にぶつけている。
あまりに大軍をぶつけるとあっさりと人間は滅ぶので魔王軍の調整は気を遣う作業だったりするが、それも何度か侵攻したら慣れた。
今はプログラムで最適な数を用意できるように研究中である。
「ところで、最近は予定よりも人間が増えているようだけど、どういうことかな?」
僕も僕でやることがあるので、何から何まで世界を把握しているわけではない。大まかな世界の管理は魔王に任せている。つまり、魔王が死ぬと世界がやばい。僕の作業効率的に。
「は、ハッ! ……じ、実は、人間どもから勇者なる者が現れまして。それが王国を中心に魔物と魔族を狩っているそうなのです」
「勇者?」
「はい。創造主様がお与えになられた魔術とは違った力を用いるとかで、つい最近では地方の貴族が勇者に遭遇し危うく殺されかけたとか」
魔族はともかく貴族を狩ってるとか、化け物かよ。
普通魔族の貴族は侵攻に参加しない。それは貴族だからというわけではなく、『強すぎるから』という理由だ。
貴族に使われる魔族は高級品で一体のコストが馬鹿高い代わりに低級魔族よりも遥かに強力だ。それこそ一体で国を落とせる程に。
地方の子爵や男爵でそれなのだから、中央の侯爵級ならば一体で大陸が落ちるってなものだ。
だから使わない。て言うか使えない。そんな戦略兵器、使おうものなら人間が絶滅してしまうだろうよ。
なんでそんな(気軽に)使えないモノ創ったのかと言うと、趣味としか言えない。いや僕のじゃなくて科学者の方の。
僕は設定の方はノータッチです。あくまで僕は技術提供のみですから。
ま、何かと最高級品を無意味に投入したくなるのが科学者というものなのだろうと勝手に解釈している。
とまあ、それはともかく、今はその勇者が問題だ。
「んー、そういうのは侵攻開始間際に言うもんじゃなくね?」
「も、申し訳ありません! 勇者の報は受けてはいたのですが、人間の変異種と見て放置しておりました。貴族の件もつい先ほど入った物でして……!」
土下座する勢いというか、完全に土下座しながら魔王が言い訳をしてきた。
いや、怒ってないけどね。そんな僕って怖い人扱いされているのかね。
「ああ、咎めるつもりはないよ。次から気を付けてくれればいいから」
「寛大なる処置に感謝致します……!」
一応魔王なのだからもう少し威厳を持って欲しいところだ。これでも魔王国三千万人の頂点なのだから。
ま、≪異形種≫が僕に平伏するのは当然と言えば当然なので仕方ない。これも体質(?)というやつだ。
「勇者ねぇ……一度僕自身の目で確かめてみるかな」
「御身自らが?」
「ん、何かまずいかった?」
「めっ、滅相もございません!」
再び土下座をする魔王。
うーむ、やはり僕は上に立つのに向いていないようだ……。
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VRMMOというものをご存知だろうか?
従来のモニター画像を通して(以下略)。
というわけで、俺は今知らない世界に来ていたりする。辺り一面が木、木、木! 森の中である。
つい先ほどまで自室でゲームをしていたはずなのだが……。
これはいわゆる転生──いや転移というものなのだろうか?
ゲームしていたらそのゲームの世界に入り込むなてどこの三文芝居だってーの!
て言うかここは本当にゲームの世界なのか? ゲーム中に某お国に拉致られてしまったという方が現実的だよなぁ。
「ケータイも繋がら……ケータイどこにもねーし。俺の服じゃねーし。何かごつい鎧着ちゃってるよ俺えええ!?」
今の俺の格好は青をベースとした軽装の鎧。開発者は神話に出て来る戦神をイメージしたとコメントしていた。そう、つまりゲームに登場する装備だ。しかも俺の使っているPC(プレイヤーキャラクター)の本気装備だった。
思わず「大丈夫だ、問題無い」と言いたくなる様な最強装備。腰に帯びた長剣もゲーム内で十人しか所持していないユニーク武器で、≪バルムンク≫という。そうあのジークフリートが所持していたという魔剣だ。
もしこの装備達がゲーム通りの性能を秘めているのならばここが異世界だろうがゲームの中だろうが死ぬことはないだろう。何せ俺はレベル99のオーバーズなのだから!
「……って、強いからどうだってんだよ」
一瞬テンションが上がりかけたが、すぐに穴のあいた風船の様に瞬時に萎んでいく。
異世界だよ。ゲームに閉じ込められたってレベルじゃない。
だって五感がゲームにしてはやけに鋭敏だし。草木の描画がハンパないし。匂いもするし。たぶん痛みもあるんだろう。
たとえレベル99だとしても痛いもんは痛い。即死魔法を受けてレジストできなければ死ぬ。死んだらセーブポイントからやりなおしなんてセオリーとしてあり得ないだろう。まあ、それはログアウト不可のデスゲームでも同じような事言えるんだけどな。脱出の可能性を言えばゲームの方が気が楽だ。
それに強い力を得たからと言って安心できない。
この世界がどういうものなのか知らないが、二次創作とのセオリーとしてそれ相応の責任を押し付けられているに違いない。
某蜘蛛男も義父に言われたじゃないか。大いなる力には~ってな。
ここがゲームの中なら他にもプレイヤーがいるし、最悪そいつらに任せちゃえばいいわけだもんね! 助けて黒の剣士様ァ!
「どーする俺! どーするぅぅぅううっ!?」
俺の疑問はただ木々にこだまするのみだった。
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TRPG。それは今の時代では古文書に載ってしまうくらい古い遊び。
昨今のゲームに比べるとリアリティも何もあったものじゃない。そもそもTRPGは現実感よりも幻想と物語を重んじる物だと思っている。
まあ、それはともかく。今私は見知ら岩石地帯のど真ん中に居る。
中学時代の友達と久しぶりにTRPGをプレイしてみたところ、不思議な声が聞こえたかと思うと、次の瞬間光に包まれて気付いたらここに立っていたっていたわけだけど……どう見てもここって私の家の中、じゃないよね。
もちろん家の近所にこんな岩場は存在しない。こんな五人戦隊な人達が決戦する様な場所があったらもっとアウトドアで僕っ娘でタンクトップとレギンスが似合う女の子に育っていたはず。
とりあえず誰かに訊いてみよう。
ちょうど良いタイミングで第一村人(っポイ男の人)が通りかかったので話しかける。
「あのー、こんにちはー?」
昔から友達に泰然としすぎていると言われるけど、これでも結構焦っているんだよ?
今でこそ表面上落ち着いて入るけど、ここに来てしばらくは頭パッパラパー状態だし。あ、つまり大混乱ってこと。
何か驚き過ぎると逆に落ち着いちゃうんだよね。
「おや、見慣れない方ですね。旅人ですか?」
声を掛けた後で今更だけど、言葉が通じるか少しだけ不安だった。これでこの村人さんの第一声が「ペッチャラポチャ、ヨポポポイ?」とかだったらそこで私の冒険は終了していたよ。
村人さんは突然声を掛けた私に対して警戒することはなく、人懐っこい笑みを浮かべてくれた。
何か万人がイメージする”村人”然とし人だ。瓶底眼鏡が古臭いイメージを与えるね。その所為か私とそんなに歳が変わらないはずなのにやけに雰囲気が年上っぽい。私のお兄ちゃんよりもお兄さんっぽい。
「あ、えっと……ソウデス」
「それにしてはやけに軽装ですね」
あぅ、話しかける前に色々考えておけばよかった。て言うかツッコミがきついよお兄さん。
でもお兄さんのツッコミも当然だよね、今の私の恰好は学校の制服姿(ブレザータイプ)。どう見ても旅人ではないです本当にあり……ゴメンナサイ。
「え、えっと……これは、そのあの……」
「……何か込み入った事情がありそうですね。ここで立ち話もアレですし、この先に村があるのでよければ案内しますけど?」
村人さんは本当に村人さんだった。しかもこんな怪しさ1000%な私を村に招き入れてくれるとか。
お父さん、お母さん、それから自宅警備員のお兄ちゃん、生まれて初めて私は初対面の人に優しくされたよ。嬉しいよ。
「うう……」
「大丈夫ですか? よほど辛い目に遭われたのでしょうね」
いけねぇ、親切が目に沁みる。
「いえ、私の対人運もマイナス値から0.001くらいにはなったんだなって、感動なう……」
「は、はあ……」
あっといけない、こんな奇行を見せたら引かれちゃうよね。
それにしても第一村人がまともな人で良かった。このお兄さん見た目からして善人そうだもんね。
これで私がさっきまでやっていたTRPGの冒頭みたいに実は悪人だったなんて展開が来たら私は軽く人間を止める所存です。
「と、とりあえず村はこっちなので付いて来て下さい」
「はい」
とにかくまずはここがどこなのか知らないと。お兄さんとの会話でここが日本じゃないことはパーペキに理解した。たぶんここ異世界だ。
だってだって、お兄さんが発した言葉と口の動きがどう見ても違うんだもん。アレでしょ? 何か召喚とかの副次効果とかその辺りでしょ? 私知ってるもんねー。
……お家に帰れるよね?
はぁ~。これからどうしよう……。
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というわけで、VRMMOとかTRPGの転移召喚モノです。しかも魔王側メインとか。
このお話は、憑依と召喚二つのパターンでこの世界にやって来た主人公が色々するって感じのものです。
一応新枠として書こうとして諦めた作品です。(ゼロ魔編と少し被ったため)。
こういうゲーム世界に迷い込んじゃうのは憧れますよね。あくまで強くてニューゲームさせてくれるならばですが。あと「マビノギ」とか好きよ……。
○間。行きする様な短編を投降する際に上げて良いか悩みます。
15.きゅうけつきのままごと 外伝(という名の第一話)
子供というのは無邪気なものだ。
僕は公園のベンチに座りながらそんな誰もが一度は感じる幻想を思った。
上を見れば空が、下を見れば地面が、存在するのと同じくらい子供が無邪気だと信じている。
それは人間として当然の感性なのだろう。
大人ならば我が子が、近所の子が、知り合いの子が、それらが無邪気だと思うだろうし、子供ならば兄弟が、友達が、無邪気だと思うはずだ。
人間ならば。
僕の位置から右手方向。ちょうど公園の北東隅に位置する場所にはブランコが設置されている。
ブランコには少年と少女が並んで座っていた。二人はブランコを漕ぐことはせず、ぼんやりと遠くを眺めている。
二人の横には女性が二人、向かい合って会話をしていた。
普通に考えて、あの二人が横の少年少女の母親なのだろう。
母親らしき女性二人は、我が子を無視して会話に興じているようだ。
どうやら子供二人は母親同士の会話のせいで暇を持て余しているらしい。
これはチャンスだった。
僕はベンチから腰を離し二人の方へと歩きはじめた。
やや迂回する形で花壇の横を通り抜ける。水飲み場の裏を通り、ブランコの二人へと近づいた。
母親二人の視覚に入らないように。
やがて母親二人から死角、少年少女の背後へとやって来た。
そこでまず僕がとるべき行動はひとつ。
「こんにちは」
挨拶だ。
挨拶は大切だとお母さんから言われている。初対面の相手には挨拶が必要なのだ。
「誰?」
僕の声に振り向いた二人のうち、少年の方が尋ねて来た。
少女の方はやや少年の後ろに隠れる様にしてこちらを窺っている。
人見知りするタイプなのかも知れない。
「僕の名前は歌音。かのんって呼んで」
少女の警戒を解くために笑顔で名を名乗った。
僕の容姿は一部の人間を除けばほとんどの人間の警戒心を解くのに適している。これは過去何度も試した結果得た情報である。
例に洩れず、少女の警戒は幾分緩和されたようで、少しだけ少年の背後から顔を出した。
だがまだ足りない。
これから二人をとある場所へと連れて行くにはもっと信頼を得ないとならない。
僕は笑顔を深めると、二人が興味を持ちそうな話をすることにした。
「知ってる? あっちの方で手品のお披露目をしているんだ。観に行かない?」
紙芝居、風船配り、ピエロ、etc.……子供が興味を持つ物は少なくない。
でも、全ての子供が全部に興味を持つとは限らない。
子供といえどひとりひとりに自我はあり、趣味嗜好は異なる。その時その時の気分というものはむしろ大人よりも千変万化だ。
要は空気を読む必要があるってこと。
今回は男女のペアということで汎用性のある手品を選んだ。
「手品?」
だが少女の反応は僕の期待したものと少し違っていた。
小首を可愛らしく傾げ、不思議そうな顔をしたのだ。
まさか手品を知らないとでも言うのだろうか。
「手品、知らないの?」
僕の質問に対し、少女は身を竦ませると、再び少年の後ろへと隠れてしまった。
声を張り上げたつもりはないのだけど、驚かせてしまったらしい。
せっかく築きかけた信頼を失ってしまった。今回は失敗かも知れない。
まあ、そんな日もある。そう僕が諦めかけていると、
「手品って…何?」
少女は少年の後ろに隠れたまま遠慮がちに聞いてきた。
驚きはしても好奇心は抑えられないらしい。少女からしたら未知の存在である僕に対し、警戒心を持つのは当然である。
そして、子供の警戒心は大人よりも激しい。
しかし、強いわけじゃない。激しいのだ。だから長続きしない。その警戒心をちょっとした好奇心で上書きできれば簡単に警戒心を解くことができる。
「手品ってのは、手からハト出したり口から火を吹いたりするんだぜ」
僕が答える代わりに、少年が拙い説明をしてくれた。僕が言うよりも少年が説明した方が興味を引きやすいだろう。
期せずして、少年は僕の手助けをしてくれたわけだ。
「面白そうだからいこうぜ」
少女と違い少年はノリ気だった。
少年自体に用はないけど、少女を連れ出すのには役に立ちそうだ。
ブランコから元気良く立ち上がった少年が少女の手を引く。
その少々強引とも見て取れる誘いに、最初躊躇っていた少女も意を決したのかブランコから立ち上がった。
「すぐそこだって言ったよな?」
後ろを歩く少年が不満そうな声をあげたところで、僕は足を止めた。
二人を公園の裏手にある小さな木の生い茂った一帯へと連れ出した。
僕がすぐそこだと言ったにも関わらず、少し歩くはめになったことに少年が不満を漏らしたのだ。
「おい、手品ってどこでやってるんだよ」
少年の言葉を無視して、周りに人影がないことを確かめると二人へと振り返った。
「今から見せてあげるよ」
指先へと力を込める。すると僕の指の先が鉄の様に硬くなり、同時にその長さを増した。
図鑑で見た恐竜が持つような、鋭利で残虐な爪が掌から直接生えているような感じである。
「なにそ──」
少年が目を円くし、素っ頓狂な声をあげると同時に、僕は爪で少年の首を薙いだ。
「れ…え」
何の抵抗もなく爪が横断した首は、少年の身体から飛び宙を舞った。
茂みの奥へと首が消える。
「マサヒコ…くん?」
少年の名前らしきものを呟き、呆然としている少女。
ようやく邪魔者が居なくなったところで僕は少女へと近づいた。
「えへへ、これで二人きりだね。あ、そうだ、君の名前を聞くのを忘れていたよ。教えて」
「ひ、う…っ!」
僕の質問を聞いていないのか、少女は顔を引き攣らせ一歩後退した。
僕は少女が一歩下がり終わる前に五歩彼女へと近づいてから、その華奢な首を変化してない方の手で掴んだ。
「う、ぁ…」
「酷いなぁ、僕は名前を訊ねただけなのに。それなのに無視するなんて…どういうつもりなのかな?」
指に力を込める。すると細く柔らかい肌が指の形に窪み、少女が「かは」と息を吐き出した。
でもこの程度で許すつもりはない。
「名前って大事だよね。親から貰う最初のプレゼントだって言うし。それを名乗らないなんて、酷いよね。なんで教えてくれないの?」
首を絞める力を強めた。
同時に少女を持ち上げると少女がつま先立ちになる。
「苦しい? でもまだ許さないよ」
さらに腕を上へと上げると少女の足は地面から離れ宙へと浮く。
首つり状態になった少女は今までよりも苦しそうに暴れた。
でも僕の握力から逃れることはできない。死なない程度に窒息させる。
「う、あ…え、え」
少女の口の端から涎が垂れ、首を掴む手に滴った。
男ならともかく可愛い女の子の唾液なら気にならない。むしろそういう痴態を演じてくれた方が嬉しい。
「苦しい? このままだと君死んじゃうよ。ねぇ、苦しい? 苦しい?」
苦しいに決まっていた。
窒息寸前の少女はチアノーゼを起こしかけている。
顔色は青を通り越してすでに白くなりはじめていた。
僕はそこで一端少女の首を離した。
「が、あっ」
ちゃんと足から降ろしてあげたのに少女は着地に失敗し、膝から崩れ落ちるように倒れた。
「げ、ほ…げぇ」
激しく咽る少女の背中をさすってあげる。
「ひぃーっ…ひぅ」
「大丈夫? 酸欠って苦しいって言うもんね」
僕は本気で少女を心配している。
だって、お楽しみはこれからなのに、死んでしまったらもったいないからね。
とりあえず熟れ具合を見るために、僕は少女のスカートを捲ると無造作に下着の中に手を突っ込んだ。
少女は呼吸困難のため気付いていない。だから心おきなく確認ができる。
女の体は自分の身が危なくなれば子孫を残すための反応を起こす。
つまり、濡れる。
たとえそれが子供だとしてもだ。
一番いい反応を起こすのは手足の1本を千切ることなんだけど、それだと騒がれてしまうから首を絞めるのがベター。
これはこれまでに試した結果得られた傾向である。
さて、良い感じに準備ができたことだし、そろそろいいだろう。
僕はおもむろに少女を押し倒した。
「イチゴのケーキを食べる時、苺を最初に食べるか最後に食べるかで性格がわかるそうだけど。ケーキを食べたことがない僕には関係ないのかな?」
誕生日すらはっきりしていない僕にとって、誕生日という言葉はどこまでいっても他人事だった。
それに伴い、誕生日ケーキというものもまた未知の存在である。だから今語った言葉はただの戯言。僕本人ですら気にしない空言だ。
まあ、それすら今は関係の無い話だけどね。
今は少女という極上のスイーツを堪能する方が大事だ。
「いただきます」
僕は恐怖に顔を歪める少女にゆっくりと牙を立てた。
◇◆◇
言い忘れていたけど、僕は人間ではない。
ということは、最初に語った人間として当然の感性というものも勝手な想像でしかないし、信じてもいない。
これも一種の人間不信なんだろうね。
人間だろうがゴキブリだろうが、それの善悪に大した意味はないんだ。
ただ人間はゴキブリを見たら悲鳴をあげたり怖がったりするよね。
中にはそんなことはせずに丸めた新聞紙で叩いて殺したりする人もいる。
僕もそんな人達同様に悲鳴をあげたり怖がったりせずに殺すんだ。
うん、人間の話ね。
ゴキブリは別に悪いことしてないんだから殺す必要ないでしょう?
僕は彼ら(ゴキブリ)のことを気持ち悪い見た目だからという理由で殺したりはしない。僕も彼ら同様醜い姿をしているからね。だから彼らを殺すようなことは進んですることはない。でも邪魔なら殺しちゃうかな。だって邪魔だしね。
ああ、勘違いしないでね、人間が邪魔だから殺すわけじゃないんだ。憎いわけでもないし、気持ち悪いからでもない。
ただ、人間って美味しいでしょ?
だから殺すんだ。
殺した後に食べる。
本当は生きたまま食べるのが好きだけど、声がうるさくてご近所の迷惑になるから我慢しているんだ。
お母さんも五月蝿くするといけないって言うしね。
お母さんがそう言うんだからそれが正しいに決まっている。
お母さんはね、僕のお母さんはね、一人で僕を育ててくれた凄い人なんだ。
まだ若いのに一生懸命働いているの。だからいつも疲れちゃって大変そうなんだ。
一日働いて稼いだお金で僕を学校に通わせてくれている。凄い。
僕が大人なら一緒に働けるけど、お母さんは僕にそういうことを望んでいないんだって。
僕が楽しく学校に通えるのが一番なんだって。
自分を犠牲にして僕みたいな化物を育てるなんて、凄い。凄い。
だから世界でただ一人、お母さんだけは大事にするって決めた。そのためにも僕は楽しく生きなければならない。
でもでも、お母さんの負担を少なくするためにも僕は僕のやれることをしなければならない。それがさっきの行為。
食事。
僕も一応生き物である以上、栄養の摂取は必要不可欠だ。しかも燃費が悪いために人間よりも多くの食事を必要とする。霞を食べて生きていけたらいいなと何度思ったことか。
ああ、勘違いしないでね。お母さんは決して僕に食事を与えないような、そんな下種な存在じゃない。きちんと食事を食べさせてくれている。ちなみに、ここで言う食事は人間が食べる物と同じ物だからね。お母さんは人間だから人間の食事を摂るんだ。
それでも一般的な食事量では到底空腹を満たすことができない。僕くらいの年齢の人間の子供の平均的な摂取カロリーは1650~1800kcal、対して僕が一日に必要な摂取カロリーは約100,000kcal、だいたい人間一人分に相当する。
これを毎日摂取しようにも僕の家は裕福ではないので絶対に無理だ。だからこうして人を丸ごと食べることで栄養を摂取しているってわけ。これも食費を浮かせるための家庭の知恵ってやつなのだろうね。ちなみに僕が若い女の子しか食べないのは簡単に付いてくるからっていうのと、大人よりもお肉が柔らかくて美味しいからって理由。大人の男の人は不味い。食べたこと無いから知らないけどたぶん不味い。臭いでわかる。
人間を食べればそれで事足りるのは確かだ。でも毎日人間を食べるのは人間が警戒することを考えると無理。だから最近では一週間に多くて二回しか人間を摂取することができない。そのため僕は常に飢餓感を持っている。
でも僕はお母さんに空腹を訴えたことは無い。赤ん坊の頃や物心付く前ですら無かったのだそうだ。我ながら出来た子だと思う。お母さんに要らぬ迷惑をかけずに済んだわけだ。
さてと、そろそろ家に帰ってお夕飯の準備をしないと。お母さんは夜遅くまで働いているからお夕飯は僕が二人分作って一人分だけ食べるのが常だ。お母さんが帰ってくるまで待ってもいいんだけど、それはお母さんに止められた。だから先に食べる。
家に帰りがてら近所の商店街に寄ることにした。
◇
お母さんが居ない食事は味気ないものだった。
お夕飯を食べた僕は食器を洗うとお母さんの分のお皿にラップ(使い回し)をかけてからお布団に入った。
自分が帰ってくるまでに僕が寝ていないとお母さんは困ってしまうのだ。
目を閉じ今日食べた女の子のことを思い返す。
ユキちゃん(最後名前を教えて貰えた)は美味しかった。死ぬ前も男の子の名前を何度も呼んでいた。血にまみれながら、犯されながら。僕はそんなユキちゃんの姿を見て空腹とともに嗜虐心も満たされれた。
でもいざ食べようとした時、ユキちゃんが母親の名前を呼んだのを見て動きが止まってしまった。この子が死んだらユキちゃんの母親は悲しむのだろうかと考えてしまった。
それもユキちゃんが父親を呼んだことで霧散したけどね。父親なんかに助けを求める存在が母親から大事にされるわけがないのだ。つまり、ユキちゃんが死んだところで悲しむ人間は居ないってわけ。だから安心してとどめを刺すことができた。
僕には人間を殺す事に対して罪悪感が無い。当然だ。だって僕は人間ではないから。人を喰らう生き物だから。
化物だから。
人が豚や牛を食べる様に、僕という化物は人間を食べる。
そこに罪悪感が生まれる余地は無い。
だから僕は食事を続けることができるんだ。
最近警察が僕の食事を連続殺人事件として捜査しているとニュースキャスターが言っていた。僕が食事を始めたのが四年前。これまで食べた人数は三百六十二人。獲物以外が一緒に居た場合その人間も殺したから殺害数はのべ五百人以上に上る。
それなのに事件として取り沙汰されたのがつい最近だって言うんだから、昨今の警察機関の体たらくが覗えるね。ちなみに僕の家にテレビは無い。ニュースは商店街の路上テレビで観た。
僕に捜査の手が伸びることは無いだろう。
証拠は残していない。被害者と僕に面識も無い。被害者同士に共通性も無い。獲物は全て僕のお腹の中。獲物以外の遺体に共通性などあるわけがないのだ。
それでも何かしら遺留品は残っているかもしれない。まあ、それを調べたところで僕へと辿りつけるとは思えないけどね。
今日ユキちゃんを食べたことでしばらく食事は人間の物で事足りる。
小食を演じるのもカロリーが必要ってことだね。
三日ぶりに感じた満腹感。お腹が一杯という幸せに浸りながら僕は眠りに付いた。
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昔書いていた『吸血鬼のままごと』の外伝。主人公のダークさに書いていて心が蝕まれました。
一応、これも二次創作です。クロスオーバーのお祭り物としてまるちっ!の前に書いていましたが、載せるにはR-15では効かなくなってきたので筆が止まった作品です。
内容は、
三人の人外が少しずつ人間に成って行くという成長物語・・・だったはず。
今回は主人公役の天河歌音の現役時代のお話となりました。いつか健全に第一話から書いてみたいものです。
残り二人の外伝(という名の二話と三話)を投下予定。
世界観は他主人公シリーズと繋がっていますが、主人公達とは別人です。
追伸。主人公が女として介入する恋姫無双の短編は1話分にするには文章量が少なかったので現在鋭意執筆中ということで、もう少しだけかかります。
あと父の病気が何とかなりそうなので本編と感想返信の方も近々復活しそうです。
16.真・姜維無双
ハーレムってのはアレだね。
男が持つ夢の一つの終着点だね。
僕とて男だ、ハーレムという状況に胸ときめかない言えば嘘になるだろう。自分の好みの女性を選り好みし、篩にかけ、なお残った女性に囲まれる人生。嗚呼、何と甘美にして完美な世界だろう。
第一生にて意図せずソレを味わった僕だったが、その夢はこちら側に降りた後もしばらく甘美な響きを持ち続けていた。
だってそうじゃないか。
誰だって一人は寂しい。
孤独を受け入れ、一人で在り続ける事を苦と感じない者も居る。だが僕はそうした強固な意志を持つ人間じゃなかった。
いつだって孤独に苦しみ、一人になることを恐れ、温もりを求める幼子同然に脆弱な存在だった。
心が渇くんだ。自分という存在がひどくあやふやで、ともすれば自失する程の孤独が僕を苛んでいた。
だって僕は”人間”だから。
種として人間を超越したと教えられても、どこかでやはり僕は自分という存在を人間と認識してのだった。
弱い。
あまりに脆弱。
どれだけ逸脱した力を手に入れても、心の強さは、想いの強さは所詮弱い人間のままだった。
拳一つで星を砕けても、幼子の言葉一つで心折れる弱い生き物。
無限の時を生きられても、千年単位で狂気に沈む儚い生き物。
それが僕だった。
でもそれは結局のところ独り善がりの自己満足でしか無いわけだ。
押し付けられた善意(好意)に対価(ハーレム)を求めた時点でそれは偽善以下の暴利金融業でしかないわけで。
まあ、何が言いたいのかと言うと、だ。
ハーレムするのは勝手だが、それに僕を巻き込むなって話。
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どうも僕です。今回三回目の真・恋姫無双への介入中です。
今回の僕は一味違う。男で介入した残念な僕はもう居ない。今回の僕は女として介入しているのだった!
何と言う勝ち組。何と言う安定人生。濡れ手に粟状態。バブル経済も真っ青なバラ色人生到来。これはもう笑うしか無いね。
姜維じゃなければね。
……何故に姜維?
いや、ちょ、おま、って思わず誕生直後にツッコミ入れたもんね。自分に。
大きくなったら諸葛亮の下でオンボロ国な蜀を支えろってか。そもそも「斜陽の蜀」とかこの世界で訪れるわけねーでげそ。
もうオワタ。何で姜維。どうして武器区分”槍”とか槍だけに投げやりな配当受けちゃう微妙キャラに生まれるかな僕は。
姜維ファンには悪いけど言わせて貰おう。「端役ェ」ってね。ちょっとお兄さん絶望系入っちゃったよ。介入とかってレベルじゃねぇ。生まれながらにしてタイムオーバー必至。最年少武将になってもその時すでにエンディング迎えているよね。
こうなったら真・姜維無双オロチZとか真・姜維無双マルチレイドとか始めちゃおうか。「姜維ちゃんまじ脅威」な標語を後世の世に遺してやろうか?
僕だってね、いくらお仕事と言えどやりたくない事を人生一回分も使ってやりたくは無いんですよ。仕事と言ってもアレよ、社会人的なエトセトラじゃなくて、生物が「生きる」レベルの義務的なアレソレのレベルでやるのが介入だからね。それを晋までの繋ぎシナリオに出てきそうなキャラ、しかも女でやれとかどんな罰ゲームだって話。
もっと他に居るじゃないか、龐統とか張郃とか太史慈とか曹仁とかよ!
それが何が悲しくて姜維を演じねばならぬのか。せめて時代を合わせてくれ。こんな世界仮面ライダークウガの中の人だよ。もしくは秋葉のマッドサイエンティスト?
ああ、つまり「無かった事にしたいですって」奴ね。やかましいわ!
……。
ま、うだうだ言っていても仕方ない。こんだけダメ出ししたけど個人として姜維である事に不満はない。あるのは不安だけだ。
どんな介入になるかさっぱりわからんが、やれるだけのことはやろう。そうしよう。
◇◆◇
……で、誕生から結構経って、現在僕は諸葛亮と鳳統を天の御遣いに出会うまでのお守をしているのだった。
どうしてこうなった。
今は黄巾の乱開始直後。この時期に諸葛亮達が劉備に接触するのもアレだが、姜維が居るのもさらにアレだ。可笑しい。まさに驚異。
超サイヤ人4になれる悟空がレッドリボン軍と戦うくらいやんちゃしてる。逆行モノとしても笑えない。いや僕は逆行してないけどね?
て言うか何故僕が諸葛亮と鳳統の幼女二人と行動を共にしないといけないのか。
まずは二人が水鏡先生の私塾の先輩(でも僅差で同期扱い)なのが問題だね。これが接点なわけ。
適当に入った私塾に二人が居た時はエンディング後に子供が出来たのかと思い、「わー、本郷さんハッスルしたんだねー、大きなお子さんだー」とか言い掛けた。どう見ても諸葛亮本人だとぎりぎりで気付いて言わなかったけど。何で同じ時代に生まれているのか理由はさっぱりだが、そんなことこの『世界』で論じるのも野暮だって事かしら。
そして先輩っつーことで僕は何かと二人のお世話になっちゃったわけだ。正直関わり合いになりたくなかったんだが、水鏡先生が何かと二人と僕に接点を作ろうと躍起になりやがりましてね。私塾でも天才と謳われる二人に僕みたいなサブキャラを宛がうとか、マジ水鏡ちゃん酔狂って感じだよ。おのれ僕よりも先に標語になりやがって!
本心から言えば遠ざけたかった。と言うか塾辞めたかった。天才二人に無能サブキャラが関わるとか恐れ多いわ!
同じ考えなのか諸葛亮達も僕と距離取ろうとするし。そりゃ砂上の楼閣な蜀時代ではない現在においてサブキャラを重用するなんて奇特な奴は居ないだろうさ。
諸葛亮程ではないにせよ、私塾の人達も当然僕とはあまり関わろうとしない。皆諸葛亮と鳳統とはしきりに会話する癖に、僕には何も言ってくれ無いのです。そこはまあ、僕の奇行が原因らしいので周りを責められない。
奇行以外にも容姿だって二人の方が遥かに可愛いと思う。さすがヒロインキャラ。塾でもトップレベルだった。よく他の塾の野郎が二人に話しかけているのを目にしたものです。
でも若干男性恐怖症な諸葛亮と噛みやすい鳳統は応対だけで四苦八苦していて、彼らの好意には気付いていないようだ。当人達からすればしつこく話しかけて来るだけのウザい奴らなんだろうな。
あまりに憐れな男共に、精神的には男の僕も同情した。だから慰めてやろうと、袖にされた野郎どもに話しかたところ、僕を見るやいなや皆逃げて行ってしまった。その日の夜は久しぶりに酒を飲んだ。涙の味がした。
なんという格差社会。
一回目もモテることはなかったが、この人生でも僕は恋愛とは無縁らしい。しつこいようだけど、男と恋愛する気はない。
性別が女の時点でこの人生に恋愛要素は無いわけで。
ならば学問に生きようと色々勉強してみたはいいが、三日で飽きてしまった。根っからのダメ人間とは僕のことだ。
結局僕に関わろうとする人間は現れなかった。それ以来僕は努力も何もせず一日中寝ているようになった。
すると益々遠ざかる塾の同門達。日々叡智を磨こうと命かけているような人達には目障りでしか無いってわけだね。
良いもん良いもん、僕だってお前ら天才秀才と会話したくないもん。決して僕の言っている事を理解してくれないから拗ねているわけじゃないからね?
所詮現代っ子な僕の言葉なんて誰も聞いてくれないのさ。千年単位のジェネレーションギャップ。ロンリーウルフは黄昏ない!
でもそれは一般生徒の話。諸葛亮と鳳統は水鏡先生に僕のお世話をする様仰せつかったらしく、他同様僕を遠ざけるわけにもいかったようだ。そのため否応にも僕と関わることとなった。
強制されたとは言え、縁が深まれば関わり合う頻度も増える。そのためちょっとずつ二人と接する機会が増え、気付いたら目を合わせて会話してくれるくらいにはなったわけだ。
そうやってそろそろ知人にランクアップしても良いんじゃないかなーとか思った矢先に、先程述べた通り二人が何を血迷ったのか天の御遣いに会うために私塾から出て行ってしまったわけだよ。他の生徒ならともかく僕には一言欲しかったね。いや僕だけにされたらそれはそれで重荷だったけど。あいつら先生にも黙って行ったんだよ。
出て行く理由が得体の知れない相手に取り立てて貰うためだってんだから、奇特にも程があるね。さらにノープランで会いに行くとか正気の沙汰じゃない。
それにまだ二人は”外”に投入されるには早いんじゃなかろうか。
水鏡先生も僕と同意見らしく、無断で私塾から出て行こうとする二人のお目付け役にと僕をご指名したって具合だ。私塾の中で二人とそれなりに面識があり、なおかつ武に長けているのが僕だけだったってわけ。
先生たっての依頼だからね。本当に乗り気がしないけど無碍に断るわけにもいかなかった。先生も二人が心配なら素直に引きとめればいいものを。素直じゃないんだから。
二人を追い掛けた僕はすぐに彼女らに追い付くことができた。体型通り彼女らは歩が遅い。僕なら一刻で辿りつく距離に半日かけて辿りつけてなかったのだ。
まさに貧弱。まさに貧層。まさに貧乳……はステータスだったな。希少価値だ。ちなみに今の僕の胸のサイズは……どうでもいいか。外見はともかく中身が野郎の胸囲情報なんてどうでもいい。
突然現れた僕を見て、何を勘違いしたのか二人は見逃して欲しいと泣きついてきた。
いや、僕は二人が無事に天の御遣いの所まで送り届けるために合流しただけだからね。引きずり戻すつもりはないから。
そう伝えると二人は目に見えてほっとしていた。そして何で僕が現れたのかと訊いてきたので二人が幽州に辿りつくまでの付き添いだって言ったらとても驚いていた。
ここで二人に「邪魔だから帰れ」と言って貰えたら喜んで帰れた。だって面倒だし。
でも結果は二人の了承を得る事に成功してしまった。ちくしょうめ。
合流後知ったのだが、二人は天の御遣いがどこに居るのか知らなかった。
幼女怖い。
◇
聞き込みの結果、未だ幽州の公孫賛の下に天の御遣いを御輿にした劉備達が居るという情報を得た後、僕達は一路幽州へと向かうことになった。
聞いた感じではギリギリ行き違いにはならなそうだ。良かった。
幽州に到着する前に気になったことをお守対象へと訊ねる。
本当にこのタイミングで彼らと接触を図るのか?
そう問いかける僕に対し、二人の少女は自信満々の顔で是と答えた。
仮にも先輩に対して言う事ではないのだが、二人はちょっと短絡的と言うか考えなしというか発育不良と言うか──最後関係ないか──ちょっと考えが浅い。
例えるならばチキチキマシン猛レースでブラック魔王がゴールの前で相手選手を待ち構えている感じ。そのままゴールしちまえよって突っ込みはされて然るべきみたいな?
もう少し判り易く言うと、10円ガム食べながら銀座の生チョコ食べちゃった感じ。
まあ、少し自身を安く売り過ぎだって事なんだけど。何て言うの? 天才のバーゲンセールどころか在庫一掃処分扱いの先物取引と言うか……。
と言うのも、現在天の御遣い陣営に二人の価値を正しく理解できる人間が少ない。というか軍師の真価を発揮できるための人員が足りない。
僕の記憶通りであれば、現在の劉備軍で軍師の価値が解りなおかつ発言力があるのは関羽と御遣いくらいだろう。その御遣いとて武官ではないため真に理解しているとは言い難い。となると関羽だけとなるわけだが、彼女も彼女で自分で何でもできちゃうと思ってる人だからなー。器用貧乏な癖に武官寄りなのも怖い。
……あれ、劉備軍ダメじゃね? 死亡フラグしか見えない。
それを補って余りある才気を二人が有しているのは短くない時間見守って来た僕は知っているけど、それでも発言力や信頼が薄ければ意味がない。
だって、二人がやろうとしているのは謂わば売り込みだから。
自分を使って下さいとお願いする行為だ。軍師とは時に王よりも信頼されねばならぬ時がある。智を有した王なら別だが。その軍師がまだ武将しか居ない様な軍の体裁を整えてすらいない陣営にお願いして参加するというのは、将来的に考えてあまりよろしくない事態を招くことだろう。
一番起き得る問題として、武官からの軍師(文官)軽視だ。武さえあればどうとでもあるなどと勘違いした武官が無茶な策を立て、それを何とか形にしようと軍師が奔走する。その策が成功すれば武官のおかげ、失敗すれば軍師の力不足扱いだ。
そこまで理不尽なパターンはそう多くは無いが、実際僕が体験した世界では軍師の扱いは悪かった。僕も良い扱いが出来たかは不安だがね。
とまあ、軍師軽視を危惧する僕がその軍師たる二人の考えを否定するわけにもいかないわけで。所詮僕は軍師になれない文官っすから。姜維(笑)だから……。
仕方なく──渋々と言うと些か僕が狭量に思われそうなので、あえて仕方なくと言い直した──僕はお目付け役という任を全うするために二人の後ろに付き従うのだった。
◇
無事黄巾賊退治に出発しようとしていた劉備達と合流できた。もちろん天の御遣いも居る。
まず諸葛亮と鳳統が劉備達へ自己紹介をする。天の御遣いではなく劉備に声を掛けたのは彼女を大将として扱わねば関羽あたりが五月蠅いからだろう。さすが諸葛亮、人物把握も完璧だね。
何やら長話になりそうなので、その間に僕はとある人物を捜す事にした
その人物とは、劉備軍に居た頃散々お世話になった小隊長だ。今はまだ一兵卒だろうが、この後大出世する事になる彼女を一目見ておこうと思ったのである。できれば色々とお守り等を渡しておきたい。
小隊長は女性の中でもかなり小柄だったからすぐ見つかると思う。それくらい小さい人なのだ。かなり本人は気にしていたようだけど。
小さい女、小さい女……んー、見つからん。周りを見回してみてもそれらしき人影は見えない。
他の場所に居るのかな?
幸い幽州までのお守というお仕事は終了したわけだし後は適当にしていて良いだろう。諸葛亮達に軽く笑顔で挨拶をし、その場を移動する事にした僕。
しかし関羽に呼びとめられてしまう。
何か用でもあるのかと関羽に顔を向けたところ、彼女はものごっつ難しい顔をしていた。
どうしてそんな顔をしているのだろうか? 何か問題でもあったのだろうか?
そう僕が訊ねると、関羽はさらに難しい顔になる。通訳を頼もうと劉備に顔を向けると彼女も困った顔で僕を見ているのだった。次に諸葛亮に顔を向けると何と目尻に涙が浮いていた。どうした!?
頭にハテナマークが三つくら浮かべた僕。そこに関羽が近付いて来る。
目の前で立ち止まるかと思いきや、彼女はいきなり顔面すれすれまで顔を寄せて来た。
え、この人こういう趣味だったっけ? そんな魔改造ノーサンキューです。いくら美人さんでも変態さんはお帰り下さい。
嗚呼、でも近くで見るとやっぱり美人だよね関羽って。前回の最後の方では残念美人大爆発だったけど今の時点なら彼女は胸を張って良い優秀美人だ。そんな御尊顔を間近で見られる僕は幸せ者に違いない。思わず顔がにやけそうになる。いかん、全力で我慢だ! 沈まれ僕の表情筋!
と思ったらいきなり僕から跳び退く関羽。そんなに気持ち悪かったかな、かな!?
そんな事無いよね、って諸葛亮に顔を向けると彼女は凄い勢いで首を振っている。そうか気持ち悪いか!
その横では鈴々──じゃなかった、張飛がどこからともなく現れて劉備と御遣いに抱きついている。無邪気だねー、それに相変わらずちっさいわー。
別人だと理解しつつも声を掛けたくなるのが人情。お前だけは味方だよね……?
関羽はとりあえず横に置いて張飛に声掛けようかとすると、間に関羽が割って入って来る。忙しい人だな。
何よ。僕が何かしましたかよ。言われなくても御遣いに手出したりしないよ。僕はノンケです。あ、今女だから違う意味になるか。女の子が好きです。
それに僕は男ウケする容姿してないからね。それは私塾時代に嫌という程理解した。モテても困るけど。
とりあえず張飛は後にして、今は関羽の話しを聞こう。そうしないと話しが進まない。
一応関羽の方が目上(色々な意味で)なので直立不動でお話しを聞かなければならない。
しかしいつまで経っても関羽からお話しもOHANASHIも何もされる事が無かった。
どういう事だ、こっちはすでに聞く耳万全だと言うのに何故に何も語ってくれない。ゼロならともかくせめて五飛程度には教えてくれ。
まさか僕の苦手な『言わなくても解ってるだろう?』のパターンですか。表情を読めとか言われても元が相貌失認レベルだった僕に造り物の表情を読むとか無理ですから。乙女心と秋の空、秋の空は釣瓶落とし。つまり乙女心は読めずとも釣瓶を何て読むかわかる僕はもう少しで乙女心マスターなわけで、その僕ですら今の関羽の心情を慮る事は不可能だった。
やはり姜維では無理か。前の介入みたいに男の身体であったならば相手の考えを勘違いせずに理解できただろか?
関羽の考えを読む事を諦めた僕は素直に彼女に謝る事にした。申し訳ありません、貴女様が何を言いたいのか浅学な私には理解できませんってね。
そうしたら今度は関羽が何を思ったか青龍偃月刀を構えちゃったものだから僕大慌て。周りも大慌て。
御遣いと劉備が慌てて制止するも関羽さん止める気配が無い。さらに張飛まで得物を取り出しちゃってるし。突然の事に唖然呆然だ。
僕みたいな他所者かつ子守りしか能が無い女に寄ってたかって、恥ずかしくないんですか。もっとやるべき事があるでしょう、例えば天の御遣い争奪戦in劉備軍。呉みたいに共有の財産扱いされないハーレムはただ窮屈なだけだぜボーイ。
てな事をぼけっと頭の中で考えながら黙って突っ立ったままの僕。
でもすぐにここが街門の目の前だと言うことを思いだし、何やら喚いている彼女に僕も説得を試みる。
まずはその危ない物を仕舞って頂かねばならないだろう。
僕はこんな所で得物を抜くのは拙いと言った。そもそも抜く必要が無いじゃないですか、と。あと周りに迷惑になるわ怪我させるわで良い事ないですよって。懇切丁寧に、興奮している関羽を落ち着かせるために幼子に言い含める様に語った。
が、逆効果だったらしく益々興奮し出す関羽。どうやら子供扱いしたことがバレてしまったらしい。思っている事が顔に出やすいからね僕は。
しかし、さすがに未来の軍神を子供扱いするのは拙かったか。
と、そこで服の袖を引っ張る感覚に顔を向けた先には何時の間に移動したのか、涙目の諸葛亮が居た。
どうしたのかと訊ねる僕に、彼女は「今すぐ関羽さん達に謝って……いえ、その前に劉備様に前言撤回すると言って下さい」と言われてしまった。
いやいやいくら劉備が関羽の上司と言えど、これは僕と関羽、謂わば当人同士の問題なわけで……。
睨まれた。
はい、あちらは取引相手ですもんね、その相手である劉備の部下を子供扱いするのは失礼だったよね。
得心がいった僕は関羽に詫びを入れた。その後劉備に向け子供扱いして申し訳ありませんでした、と前言撤回をした。
これで良い?
そういう意味を込めて諸葛亮に顔を向けると、彼女の顔は今にも泣きそうな程に……て言うか泣いていた。
さらに彼女は「でも、本人に悪気はないんだよね……どうしよう」と頭を抱えてしまう。
何故に? Why?
再び関羽に目を向けると、劉備の制止を振り切りこちらへと切り掛かって来る彼女の姿が目に飛び込んでき来た。
わー、完全に直撃コースですわ。
軍神様の一撃とか怖いけど、下手に防御しても前々回の趙雲みたいにグダグダになるのも面倒だ。ここは甘んじて受け止めることしよう。
とりあえず巻き込まれたら困るので諸葛亮を遠ざけた。
さあ、遠慮なくその怒りを僕にぶつけるがいいのだー!
あ、今何か張飛っぽかった。ちょっと笑える。
……僕の額ぎりぎりで刃は止まった。
誰に遮られたわけではない。関羽が自発的に止めたのだ。
少し考えればわかる。あの軍神関羽がこの程度で他人をぶった斬るわけがない事を。
きっと最初から寸止めするつもりだったんだろう。それなのに僕はマジで斬られると勘違いして要らぬ覚悟をしてしまったわけだ。恥ずかしい。
てへっ、と照れ隠しに笑うと関羽の目が細まった。あ、調子に乗ってごめんなさい。
刃を引いた関羽は「試していたのは貴女の方だった……」などと何やらブツブツと呟いていが後半がよく聞き取れなかった。しかも何やら悔しそうな表情を浮かべて。
……試す?
ああ、なるほど!
どうやら今のは僕が関羽の刃にビビるかどうかの試験だったらしい。意味不明な暴れ方も演出の一環だったわけだ。
きっとこの試験は本来諸葛亮達を測る試験だったに違いない。しかし軍師相手に刃向けるのは意味が無い。ならば彼女達が連れて居た護衛役の僕を試すこととで、間接的に彼女達の人物眼を試そうとしたわけだ。人の登用や運用は軍師にとって大事な能力の一つ。これから戦に出る彼女達が今最も必要としている力だからね。
となると、心配していた軍師の軽視は無いということか。さすが関羽殿、余計な心配だったようですな!
そうだよね、普通子供扱いした程度で怒らないよね。
諸葛亮もほっと息を吐いていた。僕が見事合格して安心したのだろう。
確か彼女たちだけで劉備軍に売り込みに来た時は試験なんて無かった。今回僕が付いて来た事でそれが発生したということか。ここに来て介入の影響が出て来たな。万が一不合格だったら蜀に諸葛亮が居ないなんてことになっていただろう。
そう考えると僕と言うイレギュラーは害でしかないね。だったらここに長居するわけにはいかない。当初の予定ではこの街で旅の疲れを癒してから帰るつもりだったけど、そうも言っていられない。
善は急げだ。僕は一番偉い立場にある劉備に発ることを告げた。挨拶は大事。
すると意外そうな顔をする劉備と驚いた顔をする諸葛亮。
解ってる。来て早々に帰のはちょっとせっかちだよね。でも必要なんだよ。平和のために。時間が無いんだ。
そう僕が説明すると、劉備が「何かよくわからないけど、新しい仲間が増えたよ!」と元気に応え、御遣いが「このタイミングで仲間になるとか、俺の唯一の武器が役立たず!?」と頭を抱えていた。劉備軍に新たに諸葛亮達が加わったのがよほど嬉しいのだろう。本当に良い子達だからよくしてやって下さいね。
あと御遣い君も『原作知識』なんて不確かなモノを頼っちゃいかんぞ。
さてと、そろそろ出発するかな。
私塾まで結構あるんだよね。出来れば馬の一頭でも貰いたいところだけど、そんな余裕今の劉備軍にありはしないだろう。これは行き同様歩きだな。
しかし、意外にも関羽が馬を一頭恵んでくれた。何と言う優しさだろうか。このご恩はいつか返したい。いつになるか分からんけどな!
まあ、この先劉備軍は急成長を遂げるし、馬の一頭くらい無かったことにしてくれるんじゃないかなー?
そんな僕の考えを読んだのか、関羽は「口だけではないところを見せて貰うぞ」と酷く愉快な表情で言って来るのだった。
お小遣いで足りるかしら……。
それまでのウキウキ気分なんてすっ飛んだ。
僕は意気消沈しながら馬に乗ると、馬の腹を軽く蹴り出発した。
何やら背後で声が聞こえるけど今の僕には意味を為さない雑音でしかない。
少し一人になりたいんだ……。
僕はしばらく馬に向かう先を任せ、そっと静かに自分の世界へと閉じこもるのだった。
◇
あれ?
次に意識を戻すと、前方に黄色の布を巻いた賊達が見えた。
慌てて背後を振りかえると関羽を始めとした劉備軍の面々が見える。
両者とも相対している敵を見ていきり立っている様だ。
そして僕は両者の中央でただ一人馬上でボケ面を晒しているというわけである。
……どうしてこうなった。
---------------------------------------------------------
というわけで、女版恋姫無双介入。
当初のネタ通りですと一話にするには尺が足りず、書き足すと今度は一話で収まらないという悪循環。
とりあえず次話に諸葛亮他視点か続きを投下しておしまいの予定です。あくまで小ネタなので、本編みたいに長編にする予定はないです。
おかしい、本郷ハーレム入り回避するだけのお話しになるはずだったのに、どうして本編と同じノリになった!?
そちらをメインに期待していた方本当に申し訳ないです。そちらは次回で。
そして主人公の姜維卑下は真・三國無双の影響。実際三國無双の世界で姜維と接して得たイメージが「諸葛亮の金魚のフン」だったためにこんな事に。
姜維ファンの人ごめんなさい。姜維凄くイイと思うんだけどなー・・・。地味だけど使いやすいし。槍好きだし。
話しは変わりますが、リリカルスカリエッティを書いていたつもりが、いつのなにやら魔法少女バーティカルティアナになっていました。
何を言ってるのかわからねーと思うがやんやも何をやっているのかわからなかった…
スピンオフだとか横道にそれたとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…
~あらすじ~
『兄が死んだ。
結論から言うとそれだけだった』
死んだティーダ・ランスターの遺族年金を使って普通に生きようとした結果、何ともままならない人生を送ることになった僕(ティアナ)の物語。
知り合いの中将や変態ドクターの陰謀に巻き込まれたり、とある戦闘機人に狙われたりと心休まる日がまったく来ないのだが。どこで人生間違えたのやら。
『君にプレゼントを用意したんだ。受け取って貰えるかな?』
『や、やめ……やめて!』
襲いかかる魔の手。
『少し頭を……冷やそうかぁあああ!』
『ティアー!?』
理不尽な上司からの嫌がらせ。
『……それがお前が悩んだ末に出した答えなのかよ!? なのはッ!』
『ヴィータちゃん……大人って、本当に……ずるい、生き物だよね……』
繰り返される罪。
『どうして、どうして裏切ったの……ティア!?』
『アンタのその馬鹿げた妄想に付き合い切れなくなった……それだけよ』
そして裏切りの弾丸が穿つ先にある未来とは──!
『どうでもいいが、皆さん本人の意志そっちのけで自己完結するのやめてください』
魔法少女バーティカルティアナ~裏切りの弾丸~
近日公開。
(・ω・)<ひどい予告詐欺を見た。
(やんや)<でもセリフはそのまんまダヨ。
17.幼馴染がハーレム体質で困る(喜)
医療行為に従事する者を僕はそれとなく尊敬している。
それは医療というものがある程度偽善を許容する度量を持っているからに他ならない。
当然医療従事者が全員善人であるとは限らない。しかしやらない偽善よりやる偽善。そして医療とは成功さえすれば偽善だろうが善なのだ。
ブラックジャック先生が有名だろう。彼は医者としても有名だが闇医者としても有名だ。
そして彼はその功績により犯罪行為を犯したとしても逃れられる力がある。
勘違いして欲しくないのは、僕は医者だから尊敬するのではないということだ。医者という人種が人を助けるに直結した力を有しているから尊敬するのである。
つまり重要なのは医療従事者の肩書きではなく、その行為が命に直結しているからである。
そして、その僕が敬愛すべき医者がよく言うセリフがこれだ。
『女性を見たらまず妊娠を疑え』
これはその言葉通り、女性が居たら妊娠しているかどうかを疑えという事である。
もし妊娠中に副作用のある薬を使ってしまうなんてことになれば一大事だからね。
そしてこの言葉を律儀に信じるならば、世の女性全ては妊娠ないし妊娠する様な行為に及んでいるということであり、
「つまり、こいつら全員売女でビッチなんだよ」
「急にどうした」
教室の隅っこで呟いた僕に前の席に座った幼馴染の竜司が呆れた顔で言った。
どうも僕です。今回はちょっと寄り道のために普通の人生を送って居ます。普通と言うのはそのままの意味です。何の変哲も無い人生ということです。
良いよね、普通。激動の人生を送る僕にはこうした休息が不可欠なんだ。じゃないと狂っちゃう。狂った僕は怖いよ。自分で言うと痛いけどあえて言うよ。どのくらい怖いかと言うと、ひだまりスケッチが血だまりスケッチになっちゃうくらい。キャラ全員の眼からハイライトがごっそり消えちゃう。
まあ、そんな感じ。
この人生の僕はとある私立高校に通っている。関東地方だが首都圏近郊とは口が裂けても言えない程度に位置したとある県のとある街のそこそこ有名な進学校だ。
この世界はいわゆる非異能世界というやつで、基本的に超能力等の不思議現象が無い世界ということになっている。だから普通に生き易い。
僕はこの世界でしばしの休息を得るために一人生使用しての慰安に赴いているというわけだ。
だが、ここで下手に目立つと何某かの事件に巻き込まれ、とても慰安にならなくなる恐れがある。
一度別世界で普通の人生を送ろうとしたところ、うっかり異能を使ってしまい、厨二病のメンヘラ少女にストーカーを受けたことがあった。そのため今回は小細工を施していた。小細工と言っても大したことではない。僕と言う異物を周りの一般人が気付くことがないよう、自身の周りにカモフラージュのためのキャラクターを配置したのだ。
今僕に話しかけて来た竜司もその一人である。
佐藤竜司(さとう りゅうじ)はいわゆるスポーツ万能、成績優秀の天才君だ。
もちろん顔も整っている。まさにイケメンだ。やや中性的な容姿と人懐っこい人柄から、男女ともに好かれている。特に女子からの人気はすさまじく、よく告白されているそうだ。学校に公式のファンクラブが設立されていたり、さらに校外にまでハーレム要員が居るのだからマジギャルゲ主人公級のモテ男だね。
対して僕はと言うと、まさに平平凡凡を絵に描いた様な人間だった。
成績普通、運動は授業で足を引っ張らない程度。容姿の程は元の自分に近しい容姿+黒ぶち眼鏡という容貌だ。もちろん男女ともに印象は普通。いや一部の女子からの評価はマイナスかも。
僕と竜司は所謂お友達だ。オトモダチとも言う。幼馴染と言われる事が一番多いけど。
僕と竜司は小学校の頃からの付き合いだ。小中高とずっと同じクラスである。そのため絶望的な格差がありながら僕らは友達を続けられていた。
天才でモテモテの竜司の近くで甘い汁を啜る寄生虫。そう僕を揶揄する奴も居るけどね。
うん、正解だ。
僕を寄生虫と称した奴は満点をあげよう。僕が用意したテストの答案でしかないが、文句無しの正解だ。
普通の僕が天才の近くに居る理由なんて寄生するため以外ありえない。竜司の近くに居れば色々と美味しい思いができるからね。
誰でも僕と竜司の関係を見ればそう思うだろう。
僕もそう思われる様に頑張ったから。
僕は竜司を使って美味しい思いをしようとしている。
それは正解だ。だけど、目的が違う。
周りは僕が竜司の近くに居る理由が勉強を見て貰ったり女子にモテたりするのではないかという思いからだと思っていることだろう。
しかし、僕の目的は『竜司に寄生して甘い汁を吸おうとする浅ましい男』に擬態する事だ。
つまり、コイツを矢面に立たせることで普通の人間に擬態するのが僕の目的ということだ。
「いやー、このクラスの女子の恋愛事情について考えていてね」
「その結果が総ビッチ宣言なのはどうかと思うが」
困った様に笑う顔もやはりイケメンだ。今もこちらを赤い顔で覗っている女子が何人も居る。ファンクラブまであるらしぜぇ。
一応言っておくけど、勘違いモノみたいに彼女達は実は僕を観ていたとかいうパターンは無い。
確かめたからね。
「それもそうだねー。僕の母親も竜司の母親もそういう事をして僕らを産んだわけだからね。総じてビッチと称するのは悪いね」
「そうだろう」
「このクラスの奴は皆ビッチだけどね」
「おい!」
竜司がツッコミを入れては来るが、僕がそう思うのも仕方が無い事なのだ。
このクラスの女子はほぼ全員が竜司好き。いつだって頭の中は竜司に抱かれることしか考えていない。それをビッチないしビッチ予備軍と称して何が悪いのか。
まあ、女性なんてそんなものだと言われればそれまでなのだけど。
「何でもいいじゃない。それより、アレなんとかしてよ」
「アレ?」
何のことか解って居ないであろう竜司のために、僕はアレを指差す。
その先には先程から教室の中を覗き込む女子生徒の姿があった。心なしか顔が赤い。確かあの子は下級生の水島亜美ちゃんだったはず。
当然彼女は竜司待ちなのは確定的に明らかだった。教室の前に顔を赤らめた女子生徒が居る場合、大抵竜司目当てというのはすでにお決まりなのだ。
間違っても僕待ちということは無い。100%。確かめたし。
その証拠に竜司が彼女の方を見た途端その女子の頬の赤みが増している。
「あ、あ~……」
どうしたものかと悩んでいるのだろう、竜司が頭を掻きながら席から立ち上がる。
これからあの女子生徒に告白をされ、受けるか断るかするのだろう。
「まあ、今度はきちんとフッてあげなよ」
僕の言葉に再び困った顔をする竜司。
僕がこんなお節介を言うのは──演技というのもあるが──こいつのハーレム体質の所為である。
何度も言う様に、竜司はモテる。息をする様に女の子をオトす。一日一回は誰かの初恋相手になるレベルだ。
そりゃあの容姿で天才ならばモテて当然だ。さらに部活の後輩の面倒を進んで見る等性格も申し分ないから僻みも少ない。まさに完璧超人に限り無く近い人間。それが奴だった。
しかし、そんな竜司にも数少ない欠点というものがある。
それは他人の好意の扱い方が下手くそということ。
どういう意味かと言うと。
告白して来た女の子をフッたとして、その子が食い下がってきたら突き放せないのだ。
そういう子がハーレムの一員になってしまうのだった。そしてそういう子に限って独特なキャラ性を持っていたりするから面白い。
カリスマ生徒会長、鋼鉄の風紀委員、紅衣の魔女、マッド女史、木陰の司書官、etc……。
恐らく、いやきっと、ううん絶対……あの亜美ちゃんはハーレム入りするパターンの子だろう。今までの実績が物語っている。
何でもかんでもハーレム入りさせないからそこまでではないとしても、竜司はやや意志薄弱と言えた。だが僕はそれが奴の優しさだと思っている。善悪はともかく、ハーレム要員の少女達は幸せそうにしているし。他人の僕がとやかく言う事でもないからだ。
しかし竜司よ、これだけは言わせてくれ。
頼むから囲った女の後始末くらい自分でやれ、とな。
ハーレム要員の女の子達は自分がハーレム要員であることを受け入れている。それは諦めというよりはハーレム要員でもいいから竜司の傍に居たいと思う健気さから来るものだ。そのためハーレム内での軋轢は少ない。登下校中の隣争奪戦くらいか。
それはいいんだけどね。その健気さはお涙ちょうだいレベルのラブコメ要素だから良いのだけれどね?
ハーレム要員外の人間への風当たりが強すぎる!
あの子達は竜司に近付く奴は異性同性問わず邪険に扱う。そして邪険にされる筆頭は当然ながら僕だ。
過去何度も僕を排除しようと彼女達が動いた事がある。
例を幾つか挙げると、ある朝学校の下駄箱を開けたら爆発した。幸い半径五メートルくらいが跡形も無く消滅する程度だったので事なきを得たが、周りに無関係な人間が居たらヤバかったと思う。
ある時は変なコスプレをして死神の鎌を持った奴に斬られかけた。て言うか斬られた。首を刎ねられたけど何とかなった。
またある時は謎の組織に拉致られ東京湾にコンクリ詰めにされて沈められた。冬の東京湾は寒かったけど幸い風邪をひくことはなかった。
とまあ、かなり迷惑な嫌がらせをされるわけだ。
まあ、今のところ僕以外に被害が出てないから良いけどね。
あと最近の嫌がらせの量が増えた気がする。少し前までは週に一二度だったのが、今では日に二三度だ。
今さっきも机の中に電熱線が仕掛けてあり、指を二本程切断したところだ。周りにバレないようにくっつけるのが大変だった。
そろそろ潮時なのかも知れないね。
そんなことを考えている僕の前に一人の少女が現れた。
「まーた竜司の奴は告白されてるの? 飽きないわね」
「飽きる飽きないの問題じゃないと思うけど。受動の話しだし」
クラスで嫌われている僕に話しかける様な残念女は一人しか居ない。
彼女の名前は小畑美香(こはたけ みか)、クラスメイト兼幼馴染だ。お互いの母親が幼馴染なので生まれた時からの縁だ。
彼女も彼女で竜司に並ぶ有名人だった。
成績優秀スポーツ万能なのは当然として、そこに芸術の才能まで加わっているまさに完璧超人。それが彼女だった。
だが自分の才能を鼻にかけないし、態度もサバサバしているとあって男子からの人気はすさまじい。当然ファンクラブも存在する。こちらは非公式だけど。彼女の場合は告白されることが無い代わりに熱狂的なファンが居る。そのファン共の醜い争いがあるためファンクラブは非公式になってしまったというわけだ。
ちなみに彼女とも幼稚園からの付き合いだ。今年は同じクラスになったが、竜司と違い美香とは何度か違うクラスになったことがある。と言っても、ちょくちょくクラスに遊びに来るのであんまり有難味は無い。
彼女がこのクラスに遊びに来る理由をクラスメイトのほぼ全員が知っている。
知らないのは竜司だけ。あいつはかなり鈍感だからな。
そう、美香は竜司の事が好きなのだ。
竜司も美香の事が好きだ。態度からバレバレだった。
竜司と二人っきりで話している時の美香の顔を見れば誰だって判るよ。判らない奴は現実を受け入れられない可哀想な奴か、超鈍感野郎だ。竜司は鈍感野郎だった。
二人が作りだす他者を寄せ付けない空間が一度発生したらもう誰も立ち入れない。
僕がその程度の結界にどうこうされるわけがないのだが、普通を演じるためにさりげなく二人から遠ざかっている。あれ、結局立ち入れてないんじゃね?
あっと、美香に言っておかないといけない事があった。
「あの子の情報なんだけど」
「? 情報?」
きょとんとした顔で首を傾げる美香。
それを見た男子が胸を押さえている。相変わらず男の萌えポイントを押さえている奴だ。
これが天然だと言うのだから困るわ。
「いや、ほら、我らが幼馴染竜司君に告白する三百八十三人目の子の情報だよ。気にならない?」
「別に」
ばっさり切って捨てられた。
やめろよ、そんな言い方するとどんなに人気者でも干されるぞ。
だがしかし、お前が情報が気になって仕方が無い事を僕は知っている。知っているぞー!
「またまた、実は気になって仕方ないんじゃない?」
「だから、別にって言ってるでしょ」
むー、下手に突っつきすぎても関係悪化に繋がるかな。もちろん竜司と美香の。
僕との関係なんてどうでもいい。
「あんたさ、何が言いたいわけ?」
「ん?」
「毎度毎度竜司に告白する子の情報教えたりして来るけど、何がしたいの? それを聞いた私にどうして欲しいわけ?」
いつもなら軽く流されて終わりなのに、今日に限って反撃を食らってしまった。
僕が毎度彼女に竜司へ告白した女子生徒の情報を教えるのは、美香に嫉妬して欲しいからだ。
どうにも彼女は危機意識が足りない。一応竜司ハーレムの序列一位ではあるが、二位以下の者たちほど積極的ではない。
僕の理想は美男美女の幼馴染カップル誕生だ。完璧カップルの近くに居る普通の男。実に良いね!
もし二人が付き合うことになって疎遠になったとしても、それはそれで構わない。
もう一度言うけど僕と彼女らの関係なんてどうでもいい。
僕が危惧すべきは彼女らがカモフラージュとして使えなくなった状態に僕が気付けないことだ。僕の異常さに周りが気付くことだ。
そのため嫌われて疎遠になったところで特別困らない。たとえ二人が使えなくなっても予備が幾らでも居るから困らないしね。
だから僕は慌てない。彼女が怒っていようがどうでもいい。
「いやー、別に。ただ竜司が今みたいに連れて行かれる度に来るからさ、気になっているのかと思ったんだ。僕の勘違いだったのなら謝るよ、ごめんね」
僕がそう言うと、美香は一瞬鼻白んだ様子だったが、キッとこちらを睨んだ後「変な気を回すのは止めて」と言って来た。しかもかなりマジな顔で。
確かに他人に恋のアシストをされるのが嫌いな奴は少なくない。美香もそのタイプの人間なのは知っている。
でもね、もういい加減くっつきそうでくっつかない状態を見続けるのに飽きたんだ。
らんま1/2の乱馬とあかねを見ているようで内心イラついていたんだよね。違う例えで言うとゼロの使い魔のルイズと才人。いい加減くっつけと言いたい。
「さて、と。そろそろ竜司を迎えに行くかな。どうせ相手の子に泣かれておたおたしてるだろうし」
美香の返事を待たずに僕は竜司を探すために教室を出た。
竜司は泣く女の子に弱いから。今まで泣かれた末にハーレム入りさせてしまうパターンが何度もあった。
マジ成長しない奴だよ。天から二物も三物も与えられたくせに女性関係の才能は与えてないんだから難儀な奴だ。
それにしても、そろそろこの竜司と美香はダメかも知れない。
何故二人がダメかと言うと、二人が付き合うかも知れないからに他ならない。
自分でくっつけと言いつつあんまりな言い分だと自覚はしている。でもこのままくっつかないというパターンよりはましなだけでくっつかれても結局遠くない未来に僕達の関係はダメになる。
早いか遅いかの違い。
それでもくっつかない方が悪い結果になるのは納得できないかも知れないね。
だが考えてもみて欲しい。美男美女の幼馴染同士の二人がくっつかない理由とは何かってさ。
ツンデレだとか素直になれないとか鈍感だとかあるけど、さすがに十数年一緒で一度もそうならないとかおかしいよね。
でもその二人の間に第三者が居たらどうだろうか。好き合っていると思われる人間の間に立つ者が居る。
そう僕と言う存在が。
何も知らない奴でちょっとでも恋愛漫画を読んだ者ならば想像してしまうかも知れない。最低最悪のとんちんかんな妄想を。
美香が竜司ではなく僕の事が好きという可能性を。
もしそんな馬鹿げた妄想をする奴がいたらどうする? せっかく築いてきた普通という仮面を疑われてしまう。
完璧美少女が完璧美少年ではなく凡百な少年を好きになるとか、それどんなギャルゲ? ってなるでしょ。
そんな幻想はブチ殺さなければならない。だから僕はさっさと二人には付き合って欲しいのだ。その後に居心地が悪くなったとしても、僕は転校なりして他のカモフラージュを傍に置くから。
だったら今転校すればいいじゃないかと思うかもだけど、転校生ってちょっと目立つでしょ?
転校生と新進気鋭の天才がつるむとかさらに目立ってしまう。怖い怖い。だから転校は最後の手段なのだ。
ちなみにちなみに、美香が好きなのは僕だった、というパターンは存在しない。
本人から確認済みだ。だから安心して二人を応援できるってわけ。
◇
屋上で竜司を見つけると、あいつは空を見上げながら黄昏ているところだった。
黄昏一つするにも様になってる。これがイケメンパワーか。
「やあ、その様子を見るとフッたようだね」
声を掛けると竜司がこちらへと振り返った。
さすが黄昏ていただけあってその表情は物憂げなものだった。
「まあな。……どうしてここに?」
「いやー、いやー、美香ちゃんが君の様子を気にしていたんでね。その確認だよ。あと好奇心を満たしに来た」
「好奇心は満たされたか?」
「いや、まったく。見て解るどころか見なくても判る結果なんかで満たされるわけがないよー」
「……」
しばし沈黙が流れる。
何時もなら復帰が早いはずなのだが、今日のこいつは少し様子がおかしい。
「俺さ」
しばらくして竜司が口を開いた。
「前から疑問だったんだよ。どうして俺なのかなって」
「突然だね。どういう意味だい?」
「何て言ったら良いんだろうな。自分で言うのも変なんだけどさ、俺は昔から何でも出来た方だよな」
「そうだね。全国模試上位、剣道で全国大会一位、イケメン、家柄も良い、女子にモテる。およそ考えうる最高の人生を送ってると思うよ」
僕の言葉に竜司は微妙な顔をする。きっと照れているのだろう。
同級生の男でこいつを面と向かって褒める人間は少ない。この学校では僕くらいだろう。
他の奴らは心のどこかで嫉妬心を持って竜司に接するから。嫉妬心0の僕による真心を込めた称賛はくすぐったいに違いない。
「でもさ、時折思うんだよ。これって俺じゃなくても良いんじゃないかって。俺の才能とかそういうのって俺が努力して得たものじゃないから。もし違う人間に同じ才能があったら、きっとそいつの方が好かれたかも知れない。優しくできたかも知れない。泣かせることなんて無かったかもしれない。そう考えたら俺の事を好きって言ってくれた子達に申し訳なくなって……」
「……」
何かと思えば、そんなことで悩んでいたのかこの馬鹿は。
下らない疑問を持ちやがって。
自分じゃなくても良かっただ~?
当たり前だろうが。
前世が善人だったとか、神様の手違いだとかそんな理由で選ばれたと思ってたのか?
生まれついての才能なんてものは望む望まない関係なく一生ついて回るものなんだよ。でも無いよりは在った方がお得程度のものなの。
それをさも満たされない自分の人生に苦悩する主人公ぶりやがって……。
「そんなことないんじゃないかなー。竜司は竜司だよ。凡人だろうが盆栽だろうが関係ないでしょ。たとえ違う人間に同じ才能が与えられたとしても、それを使いこなせるかは分からないじゃないか。それに、そういう事を悩めるから皆竜司を好きになるんでしょ?」
でも僕の口から出たのは竜司を慰める言葉だった。
ここで脱落されては困る。天才が自分の才能に疑問を持つと面倒臭くなるからね。
「それに天才と言えば美香ちゃんだってそうじゃないか。でも彼女はそんな事悩んでいるようには見えないよ。貰えたモノは有効活用しようってくらい言いそうだね。竜司だって使えるモノは使っておけばいいんだよ。後はその才能で何をするか、でしょ?」
駄目押しとばかりに奇麗事を口にする僕。
何て無駄に動く舌なのだろうか。将来役者で食っていけそうだな。興味ないけど。
「……そうだよな。そうだ、俺の才能を役立てれば良いんだよな。その結果は俺だけのものだもんな」
どうやら今のやりとりだけで何か吹っ切れたらしい。
ちょろい。そういう教育を施したとはいえ、予想以上にちょろい。
これは高校卒業前に切っておくべきか。ここまで単純だと何か嫌な事に巻き込まれそうだ。
「とりあえず教室に戻ろうか。お昼休みも終わるからね」
「そうだな。戻るか」
竜司と一緒に教室へと戻る。
こいつの背中から漂うオーラを見て、僕は説得を間違ったかもしれないと思った。
何か嫌な予感がするんだよなー。
「どうしたんだよ? ずっとこっち見て」
「いや、なんでもないよ……」
訝しげに尋ねる竜司に適当に応える。
◇
久しぶりに美香と竜司と三人で帰る事になった。
おかしいな、確か二人は部活があったはずなんだが。訊ねたところ二人は今日は部活は休みだと言うのだ。
まあ二人が無いと言うのならば無いのだろう。そのため珍しく竜司と美香と僕の三人で帰ることになった。
何時もならば竜司のハーレム要員や美香の取り巻き連中か現れて隣を歩く権利争奪バトルを始めるのだが、偶然に偶然が重なった結果、全員が用事等で現れなかったのだ。
本当に偶然かね、これは……。
何か作為的なものを感じながらもとりあえず校門を潜る。
「何か久しぶりだよねー、こうして三人で帰るのって」
昔を懐かしむ様に言う美香。竜司と帰れるからだろう、気持ち嬉しそうに見える。
「確かに、言われてみれば久しぶりだな。昔はいつも一緒だったのに、最近じゃ三人揃う事なんて珍しいよな」
竜司も竜司でちゃっかり美香の隣をキープしている。本当に何でくっつかないんだこいつら……。
お昼休みに意図せず険悪なムードになってしまったため美香の隣に立つのが面倒だったのだ。たぶん本人は気にしていないだろうけど。
だと言うのに、僕は仲睦まじく歩く二人の後ろを従者のごとく一歩引いて歩いているのだった。
目の前に居るのに、二人がとても遠く感じる。
いつからだろう、三人で居ることに苦痛を感じる様になったのは……。
いつからだろう、二人から疎外されることを当然と感じる様になったのは……。
──最初からだっつーの!!
無駄に変な少女漫画のワンシーンなモノローグ入れちゃったよ。夏の大三角なんて覚えてないのさ!
いやー、まさに理想の状態だね。ラブラブカップルになる直前の男女に必死で食い下がる憐れな少年。
それが今の僕だ。
我ながら完璧な擬態と言える。カメレオンもびっくりだ。
出来得るならばこのまま卒業まで行きたいところだけど、その前に二人がくっつく方が先だろう。
「──って、聞いてるの?」
「あん? ぁ……なぁに~?」
美香の問いかけに素が出かかってしまった。危ない危ない。時折小さなポカをやらかすのが僕の悪い癖だ。
違う事を考えていたら会話を聞き逃していた。っても二人の会話に僕が加わる機会なんてありゃしないんだが。
美香も美香だよ。僕なんぞ構ってないで竜司と会話を楽しめよ。愛を育めよ。
「あんたさ~、人の話し聞かない癖何とかしなさいよ」
今日はやけに突っかかって来るな。それに機嫌も悪そうだ。あの日か?
聞き逃したってことは大して重要な話じゃないってことじゃん。天才なんだろ? 聞いてほしければ自然と耳に入る話しをしろよ。
それに本当に大事な会話ならログで読み返すし。
「ごめんね、考え事してたんだよ」
まあ、口では謝罪するけども。
「………………はぁ~」
大きく息を吐く美香。このやり取りも何度目になるかわからない。
昔から他人の話を聞かないとご近所でも有名だった僕。数千年経っても直らないのでも矯正は半分諦めている。
「そんな生き方して何が楽しいんだか……」
ぽつりと呟いた美香の言葉が耳に入った僕は、形だけでも苦笑を浮かべようと全力を注いだ。
楽しいかどうかだって?
……楽しいわけねーだろこんな生き方。何が楽しいんだよ。どこに楽しめる要素があるんだよ。
僕はあの日から一度として心から楽しんだ事は無い。いつだって心が悲鳴あげてんだよ。終わればどれだけ楽だろうかって考えてるよ。
それでも生きてんだよ。無理やりにな。
だから十数年しか生きていないお前程度に僕の生き方を評価されたくないんだよ凡人(てんさい)ちゃん。
……。
……。
……ふぅ、いかんいかん。つい暴走しかけてしまった。
こんなの僕じゃないよ。いつだって飄々として適当な人生を送るのが僕だったじゃないか。それは何度生まれ変わろうが変わらないはずだろう?
ダークにブラックに生きるのは僕のキャラじゃないって。
何とか落ち着きを取り戻した僕は再び疑似少女漫画世界に意識を戻した。
その後は特に問題も無く(背後から矢を射掛けられた程度)美香と竜司の会話を聞き流しながら家路に着いた。
次の日、亜美ちゃんがハーレム入りしたことを竜司に告げられた。
おぅおぇ。
◇◆◇
「相変わらずシケた面してるね。そんな顔していると停学にするよ?」
「ああ、これはどうもどうも会長さん」
翌日のお昼休みの事、生徒会室に呼び出された僕は入室早々にとある少女からそんな言葉を頂いた。
第一声が不穏なこの少女の名は小泉相理(こいずみ あいり)。この学校の生徒会長で僕の一つ上の先輩である。
カリスマ生徒会長として有名なこの先輩は数々の伝説を残した人だ。
去年行われた生徒会選でライバルを蹴り落として当選。その後生徒の自主性を謳い数々の校則を変えて行きこの学校の伝説となった。彼女の伝説は校内に留まらない。
会長就任後は地域住民を巻き込んでの一大革命を街に起こした。学校一の有名人である。
「停学は簡便して下さいよ。僕は無害な一般生徒なんですから」
軽く返してはいるけど、彼女の言葉が八割本気な事を僕は知っていた。
当然だ。彼女はハーレムの一員なのだから。小泉先輩は会長選挙以来竜司にメロメロである。
彼女は竜司の近くに居続ける僕を邪魔に思っている。だから何度か謂れの無い罪で停学処分を食らった事がある。上手い事証拠をでっちあげるものだから言い訳のしようがない。そもそも生徒会長の言葉と普通の僕ではどちらの言葉を信じるかなんてのは語るまでも無い事だ。さらに僕は言い訳しないからね。よってここ一年の間に僕は四度の停学処分を受けていたりする。
まったく迷惑な話しだ。これだけ停学を食らっても問題児扱いされずに居るのは僕の努力の賜物だろう。超頑張ったよ僕。
「有害指定男子学生がよく言うよ。いきなり押し倒してきたって言って退学にしてやりたい」
「無実の罪で裁かれる趣味は無いですね。あとそんな事されたと知ったら竜司から距離取られますよ」
「彼はそんな事しない! 彼だけは私を受け入れてくれるんだから!」
「あー、はいはい、そうですね」
この人の竜司に対する信頼は清々しいまでに歪んでいる。盲信に近い。行きつけば狂信になるんじゃないかとちょっとビビってる。
僕の所為とはいえ、かなり狂った彼女の言動に僕は辟易していた。
「その余裕顔がムカつく。今度こそ追い出してやるから!」
「お手柔らかにお願いします。僕は一般生徒なんですから」
「私は君が目障りで仕方ない。私達はずっと一緒に居られたはずなのに……君はそれはブチ壊した」
「それは妄想じゃないですか? 僕が何をしたって言うんですか。悪い事なんて一つとしてやってないじゃないですか」
「白々しい」
「いけませんよ、思いこみは目を曇らせます」
「そのセリフを口にしないで! ……虫酸が走るから」
取りつく島もないな。
この人と知り合って一年経ってないが、かなり当初とキャラが変わっていた。最初は今よりは常識人だった気がする。恋が人を変えたのね……。
しかし敵に対して容赦ないところは初対面から変わらずだった。その事に少しだけほっとしている自分が居る。
「それじゃ先輩、より良い学生生活を願ってますよ」
「絶対追い出してやる」
売り言葉に買い言葉。
安穏としない言葉の応酬を交わし、僕達は生徒会室を後にした。
……ところで、何で僕は生徒会室に呼び出しを食らったのだろうか?
◇
「おや、誰かと思えば無能君ではないか。久しいね」
生徒会室からの帰り道。廊下の角を曲がった所で僕はとある少女と出くわした。
「……」
「何だね、その『うわ、面倒な人に会ったな』という顔は。せっかくの再会なのだから、もう少し喜んでくれてもいと私は思うよ。まあ、私はこの再会を悪魔の罠だと捉えているがね」
これからのやりとりを想い頭痛がし始めた僕に対し、その少女はマイペースに話しを続けている。
彼女は赤城真紅(あかぎ しんく)。この学校でも一二を争う変人だった。
まず恰好がおかしい。もう春過ぎだと言うのに制服の上から血色のコートを羽織っている。ちなみにここは校内で今日は良い天気だ。コートを着て歩く日和ではない。
あと髪が赤い。これは地毛らしいが真意の程は不明だ。
そのため赤城と言えば赤色という等号が成り立っている。
これだけでかなり変わり者と言えるのだが、それよりも彼女を表す上で重要と言えるアイテムが存在する。
「ああ、これかい。結構な掘りだしものなんだ。いつも行く古書店で見つけたのだよ」
僕の視線に気づいたのか、赤城は手にした古臭く、ボロボロになった大きな本を自慢げに見せて来た。
「実は今回精霊魔術を勉強していてね。黒魔術よりも直接的ではないが応用が効きそうなので取り入れてみることにしたんだよ」
赤城は真顔だった。この聞く者によって回れ右して逃げだしかけない程の妄言を彼女は本気で言っている。
これが赤城真紅を変人たらしめている由縁だった。
彼女は自らの赤衣の魔女と称して日々魔術やらを研究しているのだ。ある時期校庭に謎の魔法陣を描かれていて学校中が騒然となった事件は記憶に新しい。もちろん主犯は今僕の目の前に居るこいつだった。彼女曰く「魔王と契約しようとした」そうだ。当然ながら儀式は失敗した。
学校側から色々言われたそうだけど、会長が手を回して厳重注意で済んだ。
それで終われば痛いニュースに収まったのだけど……。
会長の隠蔽方法が酷かった。儀式の主犯を僕だと学校側に言いやがったのだ。もちろんとんだ濡れ衣である。主犯も実行犯も赤城だ。僕は悪くないぞ。
当然言い訳も何もしなかった僕は停学処分を食らったのだった。
その後、赤城は竜司と知り合い、奴の懐の深さに感動したことでハーレム入りを果たしたというわけである。
「精霊魔法……それで竜司の心でも射とめるつもりかな?」
「そんな下種な行為をするわけがないだろう。君は実に馬鹿だな。いや無能か」
「はぁ……それは失礼しました」
「これは嫌いな相手を呪い殺すために使うんだ」
「それ十分下種いからね?」
まあ、言わずとも解るだろうけど、その呪いたい相手というのは僕の事だろう。
前回の黒魔術の時も僕が標的だったのだからわかる。
しかしこの世界に魔術は存在しない。
概念として黒魔術やら白魔術などが存在するが、そのどれもが形ばかりのお遊びでしかない。だから赤城の魔術も偽物だった。僕はそれを知っている。
だから僕が赤城の呪いを怖がる道理はないってわけ。実はハーレムの中で一番実害無いんじゃないか……?。
「今度こそ君を閻魔に引きあわせてやる」
「どうでもいいけれど、ファンタジーの概念が和洋折衷ごちゃまぜなのはどうにかならないかな。ミーハーな魔法使いとかどうよ」
「知らないのかい? 私は日本人なんだ」
「ああ、そうかい……」
実害はなくとも無害ではない。
会話するだけで頭が痛くなるんだよ。精神攻撃が弱点とも言える僕からすれば実は一番の天敵なのかも知れない……。
「今度こそ私は成功させてみせよう。効果の程、楽しみにしておいてくれよ」
「はいはい、閻魔に会えたら白黒つけて貰うことにするよ」
出会った時と同じ気軽さで別れる僕と赤城。
本物と偽物。
普通と異常。
両者が交わることはもう二度とないのだ。
◇
窓から見える中庭。
その中央に植えられた大木の下にその少女が見えた。
米倉沙織(よねくら さおり)。木陰の司書官と呼ばれている少女だ。そして竜司のハーレムの一員。
彼女はいつも本を読んでいる。あの木の下でずっと。
朝のHR前、お昼休み、放課後。いつだって彼女はそこに居る。
彼女が竜司とどう出会ったのかは知らない。しかし彼女が竜司を慕っているのは確かだ。
他のハーレム要員と違ってがっついて居ないのがいいね。自分から竜司に会いに行こうとしないし。あいつが会いに行かなければずっと待ち続けるに違いない。
そんな事を考えながら見降ろしていると、ふと、視線を上げた彼女と目が合ってしまった。
「……ぁ」
僕が見ているのを知って途端に不機嫌そうな顔になる沙織。
それも一瞬のことで、すぐに顔を下ろし読書に戻ってしまった。
「青い鳥は近くに居る。でも捜そうとしなければいつまで経っても気付けない」
何となくそんな言葉が口から漏れ出した。
◇
人は一人では生きてはいけない。
それは使い古された慣用句。
「それでも僕はハーレムは好きになれないんだよね」
放課後。通学路を歩きながらそんな事を一人ごちた。
今日は二人は居ない。竜司も美香部活の中心選手だからそうそう帰れないのだ。昨日がイレギュラーだっただけ。
こうやって一人で帰るのが僕のデフォルトなのだ。
ぶっちゃけると二人と帰るのはそんなに嫌いじゃない。
一人で帰るのは少し味気ないしね。だから久しぶりに二人と帰れたのは僥倖だ。
面倒に感じても嫌ではないという矛盾した感情を僕は二人に対して抱いているのだった。
「あいつらもあいつらでどう思っているのかは知らんがな」
今の僕は自嘲的な笑みを浮かべていることだろう。
他人の善意に付け込む浅ましさ。才有る善人の好意に縋って生きる醜い自分。
でも仕方が無いと思う僕が心のどこかに居た。
お前は生まれながらに人を使う側の生き物だろう。
もう一人の僕がそう語りかけて来る。
「否定はしないけど」
さて、自虐はここまでだ。あまり独り言を続けると変なフラグが立ちかねない。
そんな僕の自制が功を奏したのか、変なフラグの回収はされることはなかった。
その代わり、違うフラグを回収してしまったらしい。
何かを叫んでいる少女少女と、その少女の前で泣いている幼女に遭遇してしまったのだ。
少女の方は軽くパーマの掛かった茶髪と目付きの悪さが特徴的だ。同じ高校生だろうけど制服が違うところを見ると他校の生徒らしい。この辺りでは珍しい。だいたいこの辺りを使う学生はうちの高校の生徒だからね。制服もスカート丈が長いため昭和のヤンキー……スケ番という印象を受ける。
幼女の方は将来有望そうな可愛らしい子だった。黒髪をツインテールにしているところも萌えを理解しているね。
「泣きやめよ! おい、コラ! あああ、よけい泣きだした!?」
茶髪少女が幼女を必死になだめようとしているのだが、言い方が荒いため余計泣かせてしまっている。
そんな二人のやりとりを遠目に眺めるだけの通行人達。
中にはあからさまに少女に侮蔑の視線を送る者までいる。アレかね、早く泣きやませろって意味かね。
だったら自分でやれよ。普通女の子が困って居たら助けるのが人ってもんだろう。
「どうしようこれどうしよう、なんでこんな事に……あ、だから泣くなううあああ!?」
少女の方もかなりテンパってるらしく目尻に涙が浮かんでいる。このまま二人とも泣きだしたら収集がつかなくなる。
観ていられないので手助けすることにした。
「んー、何かお困りですか?」
声を掛けながら二人へと近付く。
「ああああ……あ? 誰だお前」
「とりあえずここは僕に任せて下さい」
こちらを警戒する茶髪少女に適当に応えながら幼女の横にしゃがみ込む。
目線を一緒にするためだ。
「どうした? お腹でも空いたのか?」
横で茶髪少女がずっこける。
真っ当に考えるならば幼女は迷子になったと考えるだろう。
だが子供相手に「君は迷子か?」とか直で訊くのは実は悪手だ。
子供にも少なからずプライドってものがある。いきなり迷子か? などと訊ねれば否定したり黙りこんだりするだろう。
そこでより泣く理由として恥ずかしい物を提示するのだ。
「ぅ、っひく……ちがう」
するとこのようにそれを否定して来る。
そこですかさず次を持ちだすのだ。
「そっか、悪い悪い……何か探し物でもしているのかな?」
ここでも迷子だとは訊かない。迷子なのは解り切った事だから。
そもそも子供が迷子になる理由なんてのは、何かを探している途中に誰かと逸れたか道に迷ったかしかないのだ。
だったら迷子かどうか訊くのはナンセンス。この子の目的を知る方が良い。
「ぉ、お姉ちゃん……さが、さがしてた、ひっく」
どうやらこの幼女は姉を捜しているらしい。
しかし、姉と言っても色々あるからな。双子からおばさんまで姉という年齢は適用される。
もしかしたら隣の茶髪少女が姉だったという線も……無いな。
DNAの可能性はそこまでアンビリバボーにレボリューションしてはいない。
「そっかそっか。お姉ちゃん捜してたのか。そのお姉ちゃんはどんな人なのかな?」
「すごく……優しいの」
「お、いいねー。優しいお姉さんは僕も好きだな。羨ましいよ。その優しいお姉ちゃんは君のことを何て呼んでいるのかな?」
「……さくら」
「そっか、さくらちゃんて言うんだ」
しばらく姉の話題を中心に質問を続けた。決して僕が姉キャラ好きだからではないことは今更語る事でも無いだろうけど一応断って置く。
僕は姉キャラに恵まれた事は無い。だから心からさくらが羨ましいだけだ。
「それじゃあ本題だ。君のお姉さんはどこに居るかわかるかい?」
ようやく本題だ。
さくらの方もだいぶ落ち着きを取り戻しているらしく、まだ幾分話し辛そうにしながらも聞きとり易く話しができるようになっていた。
「がっこうにいるの……このちかくの」
「近くの学校? 僕の通っているところかな」
ならば名前からある程度わかるかも知れない。
佐藤とか鈴木等のよくある名前でなければだが。
「さくらちゃんのお姉ちゃんは何てお名前なのかな? 苗字も教えてくれると嬉しいんだけど」」
「あずみ……さくや」
「げ」
さくらちゃんが口に出した名前は学校の有名人の物だった。
そして僕がよく知る女の子。
安曇咲夜。剣道部の女子班にして竜司に次ぐ実力の持ち主。
勧善懲悪を謳い竹刀を振る姿を見た周囲は彼女をこう称する。
サムライガールと。
「うおー……やはり変なフラグ立ってたか~」
思わず頭を抱えてしまった。
別に安曇が悪人というわけではない。そんな人種山ほど見て来た僕には悪人だからといって避ける理由にならない。
彼女を避ける理由は他にある。
それが明かされる事が無い事を今は祈るしかないね。
「なあ、どうしたんだよ?」
様子のおかしくなった僕に茶髪少女が声を掛けて来た。
凄く失礼なことを言うが……まだ居たのか。
てっきりどこかに消えたかと思っていた。て言うかそれを狙って割って入ったんだが。
律儀な奴だ。
「いや、この子のお姉さんは僕の知っている人だったんでね。驚いただけだよ」
「友達とか?」
「いや、そこまで大そうな間柄じゃない。ただお姉さんが有名人なだけだよ」
竜司と違い安曇の知名度は学内限定だ。違う学校の茶髪少女が知らなくても仕方が無い。
「ふぅん……ま、いいや。本当に助かったよ。私じゃどうしようもなかったからさ」
「災難だったね」
「ああ、まあな……よく人から誤解されるんだよ私って。あんたは違うみたいだけどさ」
「? うん、ま、僕は普通の人間だからね」
「……変な奴」
僕は普通だ。演技だけどさ。
「たぶん僕の想い当たる人物とこの子の姉は同一人物だろうからその人のところに連れて行くつもりだけど。君はどうする?」
「ん? 私も最後まで付いて行くよ。関わっておきながら投げっぱなしなのも気分悪いし。それに元からそこの学校に用があったんだ」
「変わってるね」
「そこは普通律儀と褒めるところだろ」
さて、世間話はこの辺にして、すぐにでもさくらを安曇に届けよう。
「こうして、僕と茶髪少女はさくらちゃんの手を引きながら学校へと」
「──っでやあああああ!」
とか何とか、シーン終了の一文を述べようとした僕の声を遮る様にして、裂帛の気合とともに駆け寄って来る人間が居た。
それが誰か確かめる事無く、僕は来るべき衝撃に備え左腕を掲げた。
ベギャッ。
文字で表現するならばそんなものだろうか。掲げた僕の腕から聞こえた音は。
音の発生源の片割れである物体。巷では木刀と呼ばれているその凶器は、僕の腕に受け止められたまま制止していた。
僕は木刀の主へと顔を向ける。
僕の腕に強かに木刀を振り下ろしたのは僕のよく知る人物であった。
「やあ、こんにちは、安曇さん」
僕は少女──安曇咲夜へと挨拶をする。できるだけ事を荒立てない様に気を付けて。
しかし帰って来た返事は、
「誰だ、貴様は」
という、まるで初対面に対する様なものだった。
うん、まあ、そうだろう。
相手は有名人。僕は一般人以下。彼女が僕を知っているわけがない。
「私は貴様の様な下種に気安く名を呼ばれる覚えは無い」
痛烈な一言だ。しかし、普通と下種を比べると下種の方がキャラ立っている気がするよね。どうでもいいか。
「妹をどうするつもりだ?」
「別に、ただ安曇さんを捜しているようだったから送ろうかと思っただけだよ」
「白々しい嘘を吐くな! 大方私の妹があまりに見目麗しいからと下種な欲望に負けて攫うつもりだったのだろう? だがそうはさせない!」
凄い思い込みだ。だが一概に否定できないのも辛い。僕みたいな容姿の奴が幼女に話しかけるのはタブーとされている世の無情さに心の中でそっと泣く。
でもしょうがないよね。傍から見れば今彼女が言った様に誘拐未遂と見えるだろうよ。
「誤解だよ。誤解なのだけど、たぶん信じないだろうから僕は逃げるよ」
言うだけ言って僕はその場から逃げることにした。
「あ、待て!」
安曇の制止なんぞ聞いていられない。
こういうのは逃げるに限る。下手に説得しようとしても上手くいくわけがない。
逆に説得が上手く行っても余計なフラグが立つだけだ。
姉が飛んで来るなら最初から関わらなければ良かったと思うが、これは結果論だ。
今はさくらが姉に会えたということで満足しよう。
しばらく走り続け安曇が追って来こないのを確かると足を止めた。
僕を追うよりも妹の保護を優先したわけか。良い選択だ!
「なあ、何なんだあの電波女。いきなりぶん殴るとか正気じゃないだろ」
「……」
しかし茶髪少女が付いて来ていた。何で来るかな。
てかよく僕の足に付いて来られたな。
「何で付いて来たのかな?」
「いや、だって、あの場に残るわけにもいかないじゃん」
「それはそうだろうけど……他人のふりしておけば巻き込まれることはなかったんじゃないかな。安曇さんだって罪なき人間をいきなり殴ったりはしないだろうし」
「だったら、どうしてお前は殴られたんだよ?」
「男……だったからじゃないかな。あと妹さんを守るため、とか?」
「何で疑問形なんだよ。て言うかさ、普通いきなり木刀で殴るか? しかもマジ殴りで」
「マジかどうかはともかく、木刀だっただけマシかなー」
これが真剣だったならば今頃僕の左腕は無くなっていたことだろう。
そう考えればこれはまだマシな展開だ。
「でも、それ折れてるじゃん」
「うん? ああ、そうだね」
茶髪少女に言われて左腕を確かめる。
木刀を受け止めた箇所は大きく腫れあがり、紫色に変色していた。彼女の言う通りばっきり折れている。
「ああ、そうだねってお前……」
何か言いたそうにしている茶髪少女だったが僕は何も言わせるつもりはない。
「ところで、どうするの? 学校に用があったと言っていたけれど」
「あ~、それなんだけど、今日はもう良いかなって。半分達成できたようなものだし」
頭を掻きながら言う茶髪少女。
彼女の用事が何だったのかはさっぱり分からないが、本人が良いと言うのならば僕が何か言うことは無い。
「だったら早く帰った方がいい。この辺りは暗くなると殺し屋がうじゃうじゃ湧くから」
「何それ怖っ!」
冗談のつもりで言ったのだけど、茶髪少女は信じたようだ。まあ殺し屋云々は本当の事なんだけどね。
珍しく素直な少女に出会えたようだ。この出会いを神に感謝しよう。あれ、これなんて自画自賛?
「じゃあ僕も行くよ。君も早く帰りなよ」
「茜」
「ん?」
「私の名前。駒鳥茜(コマドリ アカネ)。せっかく知り合ったんだし、名前、教えてよ」
少女の問いに僕は少しだけ考える。何ともお約束な展開に思わず笑いが零れそうになった。
こういうのは竜司の仕事だろうに。だがまあ、他校の生徒ならば問題ないだろう。
先程も言った様に、この辺りを他校の生徒が歩くことは少ない。彼女がここを通り掛かったのもたまたまだろう。何か用事があったから来ただけに違いない。
だけど、面倒事を進んで招き込むのはどうだろうか?
「なんだよー、いいじゃんかよ名前くらい。けちーけちー」
僕が答えないのを見て頬を膨らませて詰め寄って来る茶髪少女──改め駒鳥。
あれ、何か最初とキャラ変わってね?
「あ~……もう、天色遊だよ」
一期一会。こうして会ったのも何かの縁だ。たとえそれがこの場限りだとしても嫌われて目立つよりはましだ。という言い訳だけど。
そう結論付け名前を告げた。
べ、別に駒鳥の勢いに負けたわけじゃないんだからね!
「天色遊……天色遊」
僕の名前を難しい顔をしながら繰り返し呟く駒鳥。
「天色だな。覚えたから! そっちも名前忘れんなよ!」
「はいはい、駒鳥さんね」
駒鳥め……いきなり笑顔でガキっぽい事を言うもんだから、今度こそ笑ってしまったじゃないか。
駒鳥と別れた後、家に帰った僕は腕の骨だけをくっつけ、包帯を巻き形だけの治療を行った。
特にやる事もないのでもう寝る事にする。ちなみに今は午後五時三十二分。太陽ももう少し頑張る時間だ。早寝早起きにしては早過ぎる。江戸時代かよって話しだ。一般家庭ならばこれから家族の団欒が始まるに違いない。
だけど家族なんてとっくに死んでいる。だから早く寝ようが遅く寝ようが何か言われることはない。
着替えた後自室のベッドに横になり、天上をぼ~っと眺める。
「そう言えば夕飯どうしよ」
美香の母親は夕食時だけでも家に来ないかと言ってくれてはいるけど、僕はそれを受けるつもりはない。
美香の母親と今は亡き僕の母親は幼馴染だ。その縁もあって美香と知り合えたわけだ。
でも母親はすでに死んでいる。ならば彼女が僕に関わる意味は無いだろう。幼馴染の息子だから面倒見るべきなんていう考えは解らなくもないが、あまり実感はわかない。
それに寂しいと感じる感性はとっくに麻痺しているしね……。
「普通って何だっけ……?」
何とも台無しな言葉が自然と漏れた。
オマケ。
翌日。朝のHRにて。
「今日転校してきた駒鳥茜さんよ。皆仲良くしてあげてね。駒鳥さんも皆と仲良くね……竜司くんとは必要以上に仲良くなるのはダメだけど」
「駒鳥茜だ! よろしくな!」
…………。
おぅいぇ。
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実はこれ、異世界召喚モノの予定だったんだぜ・・・
でも普通に生きたいであろう主人公だと世界扉とか使って即家に帰りそうなのでボツに。
一部で有名な「地味な主人公と天才の友人」モノを書きたくなったので書いてみました。やんや風味の要素を多分に含んではいますが。
果たして主人公は普通の人生を送れるのでしょうか……いや絶対無理だな。と思う場面でばっさりと切りました。一応続きもありますが意味あるのか不明なのでばっさり!
実は今回のお話しは最初から本編用に書いていたものでした。主人公の本名が出ているのもその名残です。しかしクオリティの問題で○間に行きしました。これでもかなり修正したのですよ……orz
追記。
姜維無双・裏はもう少しで完成予定です。そちらを17話として投下してからこちらのタイトルを18話に入れ替えます。
無双の方はかなり原作とキャラが変わり過ぎてしまい修正中。周りと諸葛亮の温度差を出そうと四苦八苦。
本編の方の恋姫無双編の裏は表終了後に投稿開始します。
18.姜維無双・裏(たぶん前編)~鳳統より龐統派~
~side/雛里
私の名前は鳳統、字は士元と言います。
突然ですが今私にはお慕いしている方がいます。
その方を想うだけで私の胸は高鳴り、体の発汗作用が止まりません。
お姿を見られただけで今日一日を頑張れる。声を掛けて頂けた日には天にも昇る気持ちになります。
そんな風に、私の心を掴んで離さない人。
その方のお名前は姜維様。
お名前を口にするだけで幸せな気持ちになれます。名までもが素晴らしい人。それが姜維様なのです。
え? お慕いしているのは天の御遣いじゃないのか、ですか? 誰でしょうそれ。聞いた事ないです。
……。
姜維様。私の姜維様。
どこまでも気高く、どこまでも美しい人。いつもお忙しそうに叡智を磨く姿は私の目指すべき姿に他なりません。
今でこそお話しをする関係になっていますが、少し前まで私と姜維様は言葉を交わす機会はほとんどありませんでした。今思えば顔から火が出てしまうほどに愚かしい勘違いなのですが、皆姜維様を凡人以下だと思っていたのです。
あの方の凄さを誰も知らなかったというのですから、本当に恥ずかしい。
姜維様が塾に入門して一年以上もの間、塾の皆は姜維様を一日中寝ているだけのうつけと思っていました。私も似た感想を抱いていました……。
でも、その評価はある日突然壊されたのです。
その時の事を思い返すだけで言い知れぬ優越感が私を満たします。
私は知っていた。あの方の素晴らしさを。あの方の優しさを。それが証明された事が凄く嬉しくて……。
そう、あれはまだ姜維様が姜維さんだった頃のことでした。
◇◆◇
姜維という女の子を思い浮かべた際、まず私は彼女に対して授業を良くサボって遊び回っている人。という印象しか持っていません。
私と朱里ちゃんと同期なのに全然不真面目で、授業にもほとんど出ようとしないぐーたらさん。それが姜維さんです。
今私は塾の門前で男の人達に絡まれて居ます。
「良いじゃないか、紹介するくらい。助け合いって大事だと俺は思うんだよね」
目の前で身勝手な事を言っている男の人は、陶然ながら塾の人ではありません。当たり前ですが女学院は男子禁制です。
男の人が無断で入ろうものならすぐに怖い人達が飛んで来ます。だと言うのにこの人達はそれに構わずにわざわざやって来たわけです。
彼らの目的はずばり姜維さんです。
授業態度はともかく、姜維さんの美貌は同じ女である私から見ても溜息が出ちゃう程です。
そんな姜維さんを男の人が放っておくわけがありませんね。こうして一目だけでもと思ってやって来たわけです。
でも当の姜維さんは今日は授業にも出ずにどこかで遊んでいるみたいです。
噂では男の人と遊んでいるとか。
男の人と遊ぶって……そういう意味ですよね?
あわわ、大人です。
「ですから、姜維さんは今居ないので日を改めてから来て下さいと言ったじゃないですか」
私の隣で朱里ちゃんが男の人達に冷たい声音で応対しています。
最近の朱里ちゃんは何だか怖い。いつも無表情で、まるでお人形さんみたいに何を考えているかわからないんです。
でもそんな朱里ちゃんの態度に腹を立てたのか、男の人もむきになっています。
引くに引けない状態。それは私達も同じです。この塾に男の人が入るのを見過ごすわけにはいきません。
「だー! もう、一目で良いんだからケチくさいこと言うんじゃねぇよ!」
業を煮やした一人がとうとう実力行使に移ろうとしたその時です。
「女性に無理強いするのは感心しませんね」
凛とした声が響き渡るとともに、その場の空気が瞬時に清浄なものに変わりました。
やや低く、よく通る声は一度耳にすれば忘れることがない程に耳心地が良いです。
「誰だ……あ」
振り返った男の人達が息を飲みまます。振り返るまでそれが誰かわからなかったなんて、何のためにここに来たのか疑問です。
そこに立っていたのは話しの中心人物の姜維さんでした。
姜維さんは慈愛に満ちた笑みを浮かべながら泰然とそこに存在していました。
夕陽を後光に佇む姜維さんは実は下界に降臨した天女なのだと言われたら信じてしまう程に今の姜維さんの美しさは際立っていました。
中にはうっとりと溜息を吐いてる人もいました。
「これはどういう状況でしょうか? 見た所あなた方が二人に絡んでいる様に見受けられましたが」
「あ、いや、その……」
意中の相手に自分達の行動を咎められた男の人達はそれまでの勢いはどこへ行ったのやら、ひどくしどろもどろに何やら言葉にならない言い訳をしていました。
「申し訳ないのですが、ここでは皆の迷惑になります。よければどこぞに移動して頂けると助かるのですが。もちろんあなた方に幾ばくかの同情を禁じ得ませんが、やはり他人に迷惑を掛けるのは感心しません。というわけで、リア充街道をひた走れない君らには──」
「い、いえ、俺達の方こそご迷惑をおかけしました! 失礼します!」
あれだけしつこかったのは何だったのでしょう。一礼すると逃げる様にどこかへと消えてしまいました。
残された姜維さんは困った顔でしばし立ちつくし、私達の方をちらりと見た後その場を立ち去って行きました。
「助けてもらった……と思っていいんだよね?」
「さぁ、どうだろう。私にはよくわからないかな」
最近の朱里ちゃんは本当にお人形さんみたいに表情が無いです。
でも、姜維さんを見る朱里ちゃんの目が時折凄く冷たく感じることがあります。二人の間に何があったのかは分からないけど、友達として朱里ちゃんには元気になって貰いたいと思います。
夜になり、私は今日のお礼をしようと姜維さんのお部屋に向かいました。
不思議なことに姜維さんのお部屋だけ他の人と違う場所にあるのです。どうしてかはわかりません。
助けてくれた事にお礼を言った後、朱里ちゃんと何があったのか聞こう。
そんな思惑を胸に渡り廊下を歩いていた私の視界にその光景が入りました。
「ぁ……」
今日は満月。雲ひとつない夜空に白い月が輝いています。
その白光を背景に、姜維さんは屋根の上で一人お酒を飲んでいました。
ああやって夜遅くまで飲んでいるから授業に出ないのではないか。だったら一度注意すべきでしょう。そう思った私は本来の目的も忘れ、姜維さんに声を掛けようとしました。
「え……?」
でもそれは寸前で取り止めになりました。
姜維さんは涙を流していたからです。彼女は月を見上げながら静かに泣いていました。
その涙は何に対して流したものなのか私には解りません。でも、きっと私には理解できない程に深い理由があるのでしょう。
だって私にはあんな透明な涙を流すことはできないから。
そう思った瞬間、とくん、と私の心臓が脈打ちました。
突然訪れた身体の変化に混乱する私。思わず胸を押さえました。
苦しい。あまりの苦しさに呼吸が出来ない。
でも不思議と嫌なじゃない。
胸の痛みと言葉にできない感情の動きにもどかしさを感じた私は急いでその場から去りました。
部屋に戻る頃には胸の痛みは幾分か治まってました。
でも代わりに今度は言い知れぬ寂しさを感じている自分に気が付きます。
足元は覚束なず、熱っぽい頭に魘され何かに縋る様に寝台へと飛び込みました。
「何……これ」
解らない。
この感情は何?
「どうして、胸が苦しいのに……嫌じゃないの?」
答えの出ない問いと胸の痛みでその日は眠れませんでした。
◇
今日は定期的に行われる発論会です。
発論会というのは、一カ月毎に塾の中から数人門下生が選ばれ、その方達が兵法、経済、算術、地理、農政等の理論を研究または開発し発表するというものです。
今回は姜維さんが選ばれました。
彼女が選ばれたと聞かされた時、私を含めた皆が驚きました。
本当に彼女に発論ができるのか? 最悪過去の論文をなぞる程度に終わるのではないか。そんな憶測が飛び交いました。
私も前の月に発論を行ったのでその難しさを理解しています。生半可な内容では恥ずかしい思いをするだけに終わります。かく言う私も恥ずかしい思いをした一人です。あ、でも内容は良かったと言われました。内容だけは……。
どうしても緊張すると噛んでしまうんです。私が噛む度にそこかしこから笑い声が聞こえて。そうするとまた緊張して噛む。そんな発表でした。
しばらく立ち直れませんでした。噛み癖は私の悩みです。直そうとはしても直りません。誰かに相談しようにもその頃の朱里ちゃんはお人形さんみたいに無表情になっていて、悩みを打ち明ける空気じゃなかったです。
これからも発論の場はやってきます。その度に嫌な思いをしなければならないのか。そう思うと自然と涙が零れました。
だから、なのでしょうか。私は自分と似た思いを姜維さんもしていまうのではないかと心配でした。あの夜の日以来、私は事あるごとに姜維さんを意識するようになっています。
ふとしたきっかけであの夜の事を思い出し、その度に胸の痛みがぶり返します。
最近この胸の痛みが何なのか、なんとなく予想できるようになりました。
きっとこれは──、
「お願いですから無難な物でお願いします!」
朱里ちゃんが隣で何かにお祈りしています。
この間までのお人形さんみたいだったのが嘘みたいに今の朱里ちゃんは表情豊かです。
「まだ早い、まだ早いんですー!」
でも何か今度は違う意味で心配です。
何だか発論を聴きに来る人がいつもより多いです。
でもそれは内容が気になるからではなく、姜維といううつけがどんな失態を犯すのか興味があるからでした。
中には前の発論会で私に野次を飛ばしてきた人達も居ます。その人達は獲物を前にした狼が舌舐めずりをしている様にも見えました。
本当に趣味が悪い人が多いです。
姜維さんが入室し、壇上まで上がると皆の注目を集める中一礼します。その堂々たる態度と自分の不甲斐無さを比べてしまい、何とも暗い気持ちになりました。
私の気持ちを他所に塾の皆は姜維さんがどんな発表をするのか興味深々といった顔です。
そして、姜維さんの発論が始まると共に、それまでニヤニヤとしていた皆の顔は一変しました。
驚愕に。
不信に。
嫉妬に。
羞恥に。
尊敬に。
多種多様に移り変わる表情を無視し、彼女の言葉は朗々と紡がれます。
それは、
誰も耳にしなかった政。
誰も思いつかなった法。
誰も知らない世界の理。
いつしか誰もが彼女の口から発せられる言葉に耳を傾けていました。野次なんて飛ばすわけもありません。一字一句聴き逃さない様にただ彼女の言葉を聴き続けました。
そして姜維さんの発論が終わった後、誰もが言葉を発せずに居ました。知ってしまったのです、彼女の才能を。自分達の未熟さを。
言葉を失う程にあの方の知識は塾の誰よりも秀でていました。
比べる事すらおこがましい。そんな知識の差を見せつけられた一同は誰も言葉を発せなかったのです。
それは私も同じでした。
何て分不相応な心配をしていたのかと。ほんの少し前の自分を叱りつけたい思いでした。
もはやうつけと言う者は居ません。誰しもが無言で姜維という一人の天才を畏敬と尊敬の眼差しで見つめて居ました。
本来ならばこの後質疑応答の時間が設けられているのですが、誰も何も言えませんでした。
何故なら、まだ私達では彼女と語り合う境地に居ないからです。彼女が語った理を知ったばかりの私達は質問できる内容が何も無かったのです。もし無理にするとすれば、とても杜撰で初歩的な部分のみで、答える価値すらない部分のみでしょう。
そんな質問は失礼すぎてするわけにはいきませんでした。
しかし、何も質問しないということは失礼に値します。隣同士で目配せをし合い、何か無いかと無言のやりとりをしている人達もいましたが、やがて諦めたように首を振ってました。
しばらくして姜維さんは部屋内のそんな空気に何も反応を示さず、部屋を出て行きました。
その後の室内の様相は酷いものでした。自分達が学んできたことが一瞬で過去の物にされたのですから当然でしょう。
可哀想なのはこの後発論する人達です。自分達が最新だと思っていた内容がすでに過去の物なのですから。同情してしまいます。
「良かった、許容範囲内だった……良かったよぅ。……っはうっ!?」
何故か隣で心底安堵したと言わんばかりに溜息を吐いている朱里ちゃん。あと何かぷるぷる震えているけどどうしたんだろう?
それよりも。どうやら朱里ちゃんは彼女の実力に気付いたようです。
朱里ちゃんは塾でも一二を争う程に秀でた女の子です。その彼女だからこそ気付けたことなのでしょう。
その事が少しだけ悔しいと思う自分が居ました。でもその時の私はその感情が何か理解できていませんでした。
「朱里ちゃんは……姜維さんの事知ってたの?」
「え? あ、うん。たまたま、ね……」
何ともはっきりしない言い方に何故か私の心がささくれ立ちます。
「えっと、急用を思い出したから帰るね!」
感情を持て余した私を置いて、朱里ちゃんは帰って行きました。
「そうだ、私も姜維さんにお話しがあるんだ!」
私は急いで姜維さんを追いました。
「姜維さん!」
意外にも姜維さんはあっさりと見つかりました。それに私以外彼女を追おうとする人も居なかったようです。
「おや、鳳統殿じゃないですか。どうかされましたか?」
「え、えっと、その……」
衝動的に追い掛けてみてはみたものの、いざお話しするとなると何を離せばいいかわかりません。
「あ、あの、わ、わたし、あの……」
何か言わなくちゃ。でも焦れば焦る程言葉が出てきません。これだと発論会の時と同じになってしまう。
また呆れられてしまう。馬鹿にされちゃう。
今ほど自分のだめだめな口を怨んだことはありません。
「そうだ、鳳統殿と話す機会があれば言っておこうと思った事があるんです」
「……え?」
突然の降って湧いた話題に姜維さんの顔を見ます。
それまでの姜維さんはどこか人を寄せ付けない、ともすれば冷たい印象を与えるような人でした。
でも今彼女が浮かべているのはとても柔らかい笑みです。何時もと違う笑顔に思わず魅入ってしまいました。
「ありがとうございます」
意識がここではないどこかで移ろって居た私を姜維さんの感謝の言葉が引き戻します。
何故お礼を言われたのか理解できない私は首を傾げるしかありません。
「実はですね、今回の発論会なのですが鳳統殿の発論を参考にさせていただいたのですよ」
「えええええっ!?」
びっくりです。私のを参考にしていた事にも驚きですが、私を参考にしたにも関わらず完璧だった事に驚きでした。
「え、えっと、ど、どこを参考にしひゃっ……しちゃったんですか?」
自分で言って悲しいけど、お世辞にも私の発論は完璧とは程遠いです。いえむしろだめだめです。
そんなだめだめ発表のどこを参考にしたのでしょうか。
「そうですね、まず前提として鳳統殿は他の方よりも知性に優れています」
お世辞では無い事は姜維さんの目を見ればわかりました。
「そんな貴女が他の方にも理解できるように語る場合、どうしても内容を噛み砕くか修飾語を増やす必要があります」
その通りでした。
頭で考え着いた理論をそのまま言葉にしても他人に伝わらない事が多いです。どうしても結論ありきで語ってしまうのは私の悪い癖です。
だから発論会の時はいっぱい言葉を使いました。それが失敗の原因だと気付いたのは本番前でしたが。
「私も頭の中と口に出す言葉に祖語がりますので、鳳統殿のを参考にさせていただきました。本当に助かりました、あれが無ければとても間に合わなかったことでしょう」
「そ、そんなっ、私のなんて……全然だめです」
反射的に否定していまいます。
謙遜ですらない、否定の言葉。私の発表なんて姜維さんのに比べたら駄目駄目なんです。
曲りなりにも私の発論を評価してくれた姜維さんの言葉を否定してしまった事に自己嫌悪した私は自然と帽子で顔を隠してしまいました。
でも、
「素晴らしい発表でしたよ」
思わず顔を上げました。
驚く私に姜維様はもう一度言い含める様に「とても素晴らしかったです」と笑顔で言ってくれました。
「あなたの発表は素晴らしかった。ただ語るだけの朗読ではなかった。一生懸命に他者に伝えようとする想いがわかりました。あなたのそれは、きっと頭ではなく心で伝えるものなのでしょう。だから胸を張って下さい」
「心で……」
初めて、褒められた。
いつも発言内容だけは良いとか言われてきた私。発論も内容だけなら良いと言われて落ち込んだ私。
でも、姜維さんは発表自体を褒めてくれたのです。
素晴らしかったって。胸を張れって。
それは私にとって、私という存在全てを肯定して貰えたのと同義でした。
存在の全肯定。その事実にぞくりと首筋がむずがゆくなります。
そして彼女の言葉とともに、私の胸に温かい何かが流れ込んできました。
その感覚とともに、あの夜の感情を今度ははっきりと自覚することができました。
「あ、あり、ありがとうごひゃ、います……!」
万感の想いを込め、私は姜維さんに伝えました。
去って行く姜維さんの後ろ姿を見送った後、誰も居ない事を確かめてからそっと呟きます。
「お慕いしています」
今はこれが私の精一杯です。
でも、いつの日か、このの言葉を貴女に伝えられますように……。
「姜維さん……ううん、姜維様!」
この時から姜維さんは姜維様となり、その存在は私の中でとても大きなものになりました。
あれから一年余、姜維様の素晴らしさを後世へと残すために、こうして毎日手記を残しています。
嗚呼、私の姜維様。出来得ることならば、貴女様の寵愛を──。
◇
「やあ、鳳統殿。今日もご精が出ますね」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
突然声を掛けられてびっくりしてしまいました。慌てて書き掛けていた手記を机の中に隠します。
でもほっと一息吐いたと思いきや、その相手が誰かを知って私はもっとびっくりしてしまいました。
「きょ、きょ姜維様!?」
何と、私に声を掛けて来たのは私の憧れの人、姜維様だったのです!
「様なんて他人行儀な呼び方は必要ないですよ。塾の同門同士、仲良くしましょう」
ともすれば冷たいと称される姜維様の瞳が私を真っ直ぐと向けられている。それだけで動悸が激しくなりました。
上手く舌が回らずに思う様に声が出ません。それでも何とかお返事だけでもしようとしました。
でも、
「は、はひ! わ、わひゃ……はうぅ」
私の口から出たのは中途半端な返事でしかありませんでした。
こんな大事なところで噛むなんて、私の馬鹿……。
よりにもよって姜維様の前でだなんて。
自らの失態に暗くなる私。同門の人達相手にも似たようなことをして馬鹿にされたことがあります。姜維様がそんなことするはずがない、そう思いながらも私の心は暗くなるばかりでした。
でもやはり姜維様は他の人とは違ったのです。
姜維様は私を馬鹿にすることはせず、少しだけ困った様な笑みを浮かべ、私の頭を撫でて下さりました。
その笑みは全てを包み込む様な慈愛に満ちたもので、頭を撫でる手は温かくて……それだけで今の失敗なんてこの方にとっては些末事なのだと理解できました。
全てを受け入れる器。
他人の痛みを知る心。
そして心の闇を打ち払う存在感。
やはりこの方は素晴らしい方なのです。
さらに姜維様は感動のあまり涙を流しかけた私を見て、懐から一枚のそれはそれは奇麗な布を取り出して私へと差し出してくれたのです。
「どうぞお使い下さい。では、私はこれで」
「あ、あのっ」
私に布を渡すと姜維様は呼び止める暇もなく早足でどこかへと消えてしまいました。短くも夢の様な一時でした。
何かお急ぎの用だったのかも知れません。あの方は多忙なのです。きっと今も忙しい合間を縫って私にお声を掛けてくれたに違いありません。
それだけ私を気に掛けて下さっていると思うのは自惚れでしょうか?
ああ。それにしても、今日は何て素晴らしい日なんでしょうか!
~side/朱里
私の名前は諸葛亮。字は孔明といいます。
現在私には悩みがあります。とても深刻な。
それはとある一人の女性が原因です。
それは姜維さん。字は伯約というそうですが誰もそちらでは呼びません。何故か字で呼ぶと反応しないのです。まるで字は自分を表わす名ではないと言わんばかりの無視っぷりにいつしか字は封印されました。
姜維さんは私と同じく水鏡先生の塾に通って居る人です。
彼女を知らぬ者は塾に一人も居ません。いえ、塾だけではなく、この辺り一帯で彼女の名は有名なのでした。
その御姿は優美。
その御心は清廉。
その勇士は孤高。
その叡智は至高。
およそ考え得る全ての才能を彼女は有しています。
しかし、姜維さんがこの塾にやって来た当初、その実力に気付く者は誰も居ませんでした。才を見出した当人の水鏡先生ですら後に「限界を見誤っていた」と語った程です。
彼女の才能はそれほどまでに異質でした。
その姜維さんの才に最初に気付いた生徒は私です。いえ、気付いたというのは見栄ですね。
私は彼女の才能を知っただけなのですから。
当時の私はお世辞にも良い子と呼べる人間ではありませんでした。
今では恥ずかしさに身もだえしてしまう程の人生の汚点ですが、昔の私は自分自身を無二の天才だと思っていました。
親友の雛里ちゃんの事も心のどこかで下に見ていたと思います。本当に本当に、あの時の自分に言いたい。身の程を弁えなさいって。
そんな、私の自信を完膚無きまでに叩き潰したのは姜維さんでした。
姜維さんと私は同期ということもあり、何かと彼女とは交流がありました。と言ってもそれは水鏡先生から言われていたから仕方なく、という意味合いが強かったです。
心の中ではどうして私がと不満はありました。ですが水鏡先生の言い付けを破るわけもいかず、形ばかりとはいえ姜維さんの面倒を見ていたわけです。
姜維さんは水鏡先生のお気に入りでした。だからいつも姜維さんは優遇されています。お部屋も別に与えられています。その事が私には姜維さんの方が上だと言われている気がして何とも不満でした。
噂では水鏡先生は豪族である姜維さんの御父君にお世話になったとかで、姜維さんを特別視しているという噂が塾内で流れている事も知っていました。
だから一度水鏡先生に姜維さんを特別視するのは周りへ悪影響を及ぼすから考え直した方が良いと言ったことがあります。出過ぎた事だとは承知していても、恩師が依怙贔屓する人だと思われるのが耐えられなかったのです。
しかし、水鏡先生は必要な事だからと言うばかりで私の言い分を聞いては下さいませんでした。それがまた私の心を蝕みました。
ある日の事、水鏡先生に今度の発論会に姜維さんを出席させることを告げられました。
発論会は真面目な会です。生半可な人が出て良いわけがありません。いくら贔屓しているとはいえ、姜維さんを出すというのは正気の沙汰とは思えませんでした。
何度も考え直す様に言う私に対し、水鏡先生はまた必要な事だからとしか言って下さりませんでした。
水鏡先生に何を言っても無駄だと悟った私は、最終手段をとることに決めました。姜維さんへの直談判です。
いくら甘やかされて生きて来た人とはいえ、私ならば容易く言いくるめられると思ったからです。
所詮家柄だけが取り柄の女の子。真実を何も知らなかった私は何も考えずに姜維さんお私室へと向かいました。しかしそこに姜維さんの姿は見えません。
おそらくどこかで寝ているのだろうと勝手に解釈した私は、机の上に置かれていた論文らしき物を手に取りました。
今思えば何故そんな行動をとったのか自分でもわかりません。ですが何故かその時の私は何かに操られたかのように姜維さんの書いた物を読んでみようと思ったのです。
どうせ大したことは書いていないはず。
だってあの姜維さんです。いつも寝てばかりいて授業もまともに聞かない不真面目な人なのです。そんな人が書いた物がまともなわけがない。水鏡先生がわざわざ読むのも父親の権力を使ってでしかない。
そう決めつけた私はそれを開きました。
──これを書いた者は化物だ。
それが、書物を読んだ私が最初に抱いたものでした。
書かれていた内容は私の持つ常識を根底から覆す物で、おそらく今後数百年は誰も思いつかないであろうものばかりでした。
兵法、経済、農政、算術、地理、そのどれもが現代の最先端を追い越し、遥か過去へと追いやっていたのです。
戦慄しました。肌が粟立つ感覚というものを生まれて初めて味わいました。
この一冊に時代のどの書物にも書かれて無い理論が集約されている。
少しでも学がある者ならば一読でわかります。ここに書かれている知識の一つでも世に出せばこれまで信じられていた理論が全て過去の物になると。
それ程までに書かれていた内容は世の条理から逸脱した物でした。
ですが、同時に疑問が湧きます。これを書いたのは一体誰なのか?
いえ、姜維さんのお部屋にあったのだから姜維さんの物なのでしょう。つまりこれを書かれたのは他の誰でもない、姜維さんということになります。
ですが、本当に姜維さんが書かれた物なのでしょうか。あの姜維さんがこれ程の知識を有していたとは思えないのです。
水鏡先生の叡智を集結させた本を与えられたという考えが一瞬だけ私の頭に浮かび、すぐに立ち消えました。
あの方を近くで見ていたからわかります。尊敬すべき恩師である水鏡先生ですらこれ程の知識は有していない。そういう次元の話で語るべき内容ではない。
ならば、これを書いたのはやはり……。
私は走り出しました。もちろん向かうは水鏡先生の所です。
言い知れぬ焦燥感に震える足を叱咤して、急いで事の真意を問いただそうと水鏡先生の私室へと向かいました。
そして何とか辿りついた私を出迎えたのは、いたずらが親に見つかった時の子供の様な笑みを浮かべた水鏡先生でした。
それを見た私は理解しました。
この人は全部知っていたのだと。もしかしたらあの噂を流したのは水鏡先生本人ではないでしょうか。
名を貶めてでもこの才を守る必要がある。その価値が彼女の才にはあり、守る義務があるということですか。
早過ぎる異才。それが私が姜維さんに抱いた二つ目の印象でした。
気付いてしまえば何ということはありません。
私なんて大した存在ではない。
自分程度の才能なんてちっぽけなものでしかない。
これまで必死に学んできたものがたった一冊の書物で否定された思いでした。
当然です。築いて来た自信や自負を全て壊された私は完全に心が折れてしまったのですから。
そこからの私は恐らく人生のうちで一番駄目な時期だったでしょう。
無感動に。無感情に。何も考えずないように。何も感じないように。お人形さんみたいに過ごしていました。
本当にお人形になれたらどれだけ楽だったか。
自分に対する絶望感と失った自信への寂寥感とがないまぜになり、それがまた私を追いこむ。
必死に否定しようとしても、私の頭はそれを冷静に分析する。
負の感情が螺旋となってずんずんと私の中でひしめきあっている。
それに名を付けるならば、嫉妬。
たぶん私が初めて感じた感情。
私は姜維さんに嫉妬していたんです。
ずっと意識せず、各下に見ていた相手が実は自分を遥かに上回る才能の持ち主だったと知ってしまった。
悔しさと妬ましさだけが私の動く原動力。
少しでも何かを考えると頭痛がしていたので、かなり追いつめられていたと言えますね。
そんな暗い生活を過ごしていた私の耳に、来月姜維さんが発論会に出席することが決まったという話がは届きました。
他の皆さんは姜維さんに発論なんて出来るのかと疑問に思っているようですが、私からすれば身の程知らずな疑問でしかありません。
思わず暗い笑みが浮かびます。
何を言うのかと。あなた達程度が心配する様な小さい存在ではないのです、姜維という人は。
門下生の中で私だけが知っている彼女の才能。
笑っちゃいますよね、妬んでいる相手の才能を、知っているというだけで優越感に浸れるなんて。何時の間にこんな安っぽい人間になったのかと、今度は自重の笑みが浮かびました。
発論者告知から数日後、私は中庭の椅子でぼーっとしている姜維さんを見つけました。こうして改めて近くで見ると男の人に好かれる理由もよくわかります。姜維さんの顔は作り物の様に整っています。その気になれば男の人なんて侍らし放題でしょうに。
そう言えば、彼女はいつも一人で居ますね。これまで特に気にしたことはありませんでしたが、ふと疑問に思いました。
まあ、それも凡人に関わる気は無いという意思表示なのだと勝手に解釈して終わったわけですが。
ふと、ある事を思いついた私は久しぶりに心を躍らせました。とても面白い事を思いついたのです。
「随分余裕がありますね? 発論会の方はもうばっちり、といったところでしょうか?」
ちょっとした好奇心と多少の意趣返しの意味を込めて、姜維さんへと近寄りながらそんなことを訊ねました。
私の接近に気付いた姜維さんがこちらへと振り返ります。
どんな返答をするのか。ある程度予想はできました。きっと自信満々な言葉に違いありません。
さて、その答えにどう皮肉を返してあげようか?
心の中で舌舐めずりをする私。
でも姜維さんは困った様な笑みを浮かべると、指で頬を掻きながら言ったのです。
「正直、自信がありません」
我が耳を疑いました。いよいよ心だけじゃなく耳と頭までおかしくなってしまったのかと勘違いしたほどです。
ですが悪い事に、私の耳も頭も正常でした。
「な、に……なにを?」
──言っているのか理解しているのか?。
しかし言葉が続きません。唇が渇き喉の奥がひりひりとして思う様に言葉が紡げないのです。
私はてっきり彼女は自信満々な態度で「楽しみにして下さい」くらい言うと思ってました。
でも予想は裏切られ、あろうことか彼女は「自信がありません」などと言ったのだ。
「いやー、発論と言われましても、私程度の研究がどれ程のものなのか正直不安なのですよ。何とか皆様の御耳汚しに成らない様にするのが精一杯かと」
「───ッ!?」
思わず怒鳴りそうになったのを必死に抑え込みます。
本気で言っているのか。
嫌味で言っているのならばこれ程までに効果的な言葉は無いでしょう。
私は今の言葉を私に対する侮辱と受け取りました。
「冗談にしても、笑えません……」
「ん?」
「あなたの才は自信を持っていいものです! それなのに……自信が無いなんて、言わないで下さい!」
悔しかった。
どうしてこんな思いをしなければならないのかって。
才能があるくせに!
「諸葛亮殿のお墨付きを頂けたのならば、私も少しだけ自信を持てそうです」
「……な、何でですか?」
「だって、諸葛亮殿は私と違って天才じゃないですか。私程度比べる事もおこがましい程に。そんな諸葛亮殿に自信を持てと言われたのですから、これは持たずにはいられないでしょう」
その言葉を聞いた私は唐突に気付いてしまいました。
彼女の言動から来る彼女の思いが。
──この人は自身を凡人と思っている!
その事に気付いた私に久しぶりに感情が蘇りました。
それは怒り。
私が持っていた。いえ、持っていたと勘違いしていた才を有しながらそれを否定する姜維さんに私は怒りを感じていたのです。
どうして……!
思わず姜維さんに訊ねました。
どうして、なんで、それ程迄の知識を持ちながら何もしないのかと。
その知識一つあれば巨万の富と名声得られるというのに。どうして何もしないのかと。
涙ながらに訊ねた私に、彼女はいつもの困った笑顔を浮かべながら言いました。
「私には富も栄誉も必要ありません」
彼女は言いました。
「私が欲しいのは平穏と居場所なのです」
「どうしてですか? なんでそんな物が欲しいんですか?」
「だって、一人はやっぱり寂しいじゃないですか」
その時の彼女の顔は今でも鮮明に覚えています。
たぶん、それこそが姜維という人の本当の素顔だったのでしょう。
「そうだったんだ……」
この人は天才だ。それはやはり変わりません。
ですが、何よりも……どこまでも、孤独な人なのだ。
何故水鏡先生が彼女を構うのか、私はようやく理解できました。
姜維さんは普通の人だった
普通でありながら稀有な才を得てしまったがために孤独に憑かれた可哀想な人。
気付いてしまえばなんてことは無いです。
何時だって彼女は独りだった。誰もが彼女の奇行に怯えて、離れるばかりで、彼女が何なのかを理解していなかった。理解しようとしなかった。
それは私も同じ。天才だから幸せなのだと勝手に誤解して。そして勝手に嫌っていた。
恥ずかしかった。その時程自分の考えの無さを呪ったことはありません。
でも彼女は全てを受け入れている。私みたいにたった一つの一番を失った程度で全てを投げだしたりしない。
私とは違うんだ。才能の有無なんて関係無かった。この人の在り方に私は負けたのだ。
だから、今更一番に返り咲こうとは思いません。
その代わりと言っては何ですが、私はある事を決めました。
それはきっと、誰でもできる事で、私じゃなくても良い事で、だからこそ私が初めて誰にも譲りたくないと思った事。
私は姜維さんに比べれば大したことのない人間なのでしょう。決して智では一番に成れない私。
でも、そんな私にも一番に成れることがある。
他の何者でもない、私だけの一番。
姜維さんの一番の理解者になろう。
それが私の誓いです。
姜維さんとの会話後、すっかり毒気を抜かれてしまった私は精力的に彼女の手助けを始めました。
何であそこまで意固地になっていたのか自分でもよくわりません。むしろ今の私の方が本当の私で、以前の私は偽物だったような気さえします。
まず姜維さんの言動を普通にする事。それが最初の私の役目。
姜維さんの才はいつまでも隠し通せる類のものではありませんから。だったらある程度常識を持たせて現代に合わせるしかないのです。
いずれ彼女の才は世に出ることでしょう。その時正しく使える様に導く事は知ってしまった私達の責務です。
それから一ヶ月。私と水鏡先生によって姜維さんへの教育が行われました。姜維さんに常識的な知識を教え説き続けました。
何とか常識を教え込めたと思えた時にはすでに発論会の三日前になっていました。
水鏡先生がある程度監視していたので万が一は無いと思っていましたが、どんな内容にするか本番まで気が気ではありませんでした。
無事終わった時の私の安堵感はすさまじく、全身から力が抜け落ち思わず……。
えーと、話しを戻します。
私が姜維さんの何に悩んでいるのかという話でしたね。それは彼女の才能についてではないのです。もちろん一連の確執(私の一方的な)でもありません。
確かに原因は彼女にありますが彼女が悪いというわけではありませんから。
いえ、そもそも誰かが悪いという次元のお話しでもないのでしょう。
結局のところ、問題は単純明快なのです。ただし解答が存在しませんが。
私を悩ましている物──者は姜維さんを慕う方々です。
姜維さんの発論から今日まで、姜維さんを慕う人達が爆発的に増えました。
私の親友の雛里ちゃんも姜維さんを慕う人間の一人です。それはもう見ているこちらが恥ずかしくなっちゃうくらい毎日愛を囁いて居ます。
雛里ちゃんの姜維さん好きはすでに末期と言えるでしょう。何と言えば良いのか……もはや病気です。
『姜維様を陰ながら愛でる会』の会員証を見せながら会に誘って来た事があります。しかも会員番号壱番(会長)ってそんな……!
入会を渋る私に姜維さんの凄さを延々語って来た時は友人を一人失った気分でした。雛里ちゃんてばそういう時に限って一度も噛まないんだから……。
そして彼女達会員の行動こそが私の頭痛の種なのです。
彼女達は陰ながら愛でると言いながら、その実姜維さんを一日中監視しているのです。授業中に限らず、姜維さんが食事やお昼寝している時も監視しています。果ては厠にまで監視の目が向かいかけたのですから病んでいるとしか言いようがありません。まあ、それは一部の者の暴走であり会の総意とは違ったようで、後ほどその方達は厳重注意を受けていました。
もちろん注意するのは会長の雛里ちゃんです。
その時の彼女の眼といったら……ぶるぶる。
え、えーと、とりあえず彼女達の熱意は凄いという話しです。
多少歪んではいても彼女達の動きは正規軍の兵もかくやと言う程の統制された隊列を組んでいるのですから、愛というものの凄さを垣間見た気がします。おかげで最近兵法と政治に関しては雛里ちゃんに圧勝されてます。
これだけ愛されているのですから姜維さんも幸せ者ですね。
普通に考えれば。
ですが、当の姜維さんは皆さんに避けられていると誤解しているのです。最近知ったのですが、姜維さんって結構勘違いが多い人なんですよね。それは周りも同様ですけど。
姜維さんがお昼寝をしていると皆は「あれは瞑想中に違いない。ご迷惑にならぬよう距離をとるんだ」とか言って離れちゃいます。
姜維さんを見ていたい。でも近付くのは畏れ多い。そんなことをしていたためか、傍から見て皆さんが姜維さんを避けている図が出来上がっていました。そして、それを見た姜維さんも避けられていると思っちゃう。何て悪循環。
今も雛里ちゃんが泣いたのを見た姜維さんが慌てて逃げて行きました。たぶん姜維さんは雛里ちゃんに嫌われていると思ったことでしょう。
姜維さんは天上の才を持った普通の人です。
多少価値観に違いがあり、自分を過小評価しているだけで中身は私達とそう変わらないはずなのです。
まあ、その多少が周りから勘違いされる要因なのですよね。こればっかりはどうしようもありません。
それでいて姜維さんは他人に自分以上を求めます。
他者を過大評価する。自分と同等かそれ以上の相手だと思いこむ。
勘違いされた側は堪ったものじゃありません。天がひっくり返っても彼女と比肩する存在なんて居ないのだから。
おそらく、彼女を従える器を持つ者は今の世には居ないのでしょう。
王の器を持つとされる者。そんな人達の名が私まで届く事はそう多くありません。裏を返せば私の耳に名が届いた方々は王の器があるということです。
現在では孫策さん、曹操さん、馬騰さん、袁紹さん。そのくらいでしょうか。今は亡き孫堅さんもその器と言えます。
そんな、後世に名を残すような人達ですら姜維さんを扱い切れはしないでしょう。あの人はそれほどまでに規格外です。
それに、彼女が活躍するには世界は未だ平和です。今世に放てばそう遠くないうちに大陸全てが戦火に包まれることは必至。
それも姜維さん対全ての勢力という最低最悪の形で。そしてその戦は十中八九姜維さんの勝利で終わる事でしょう。
私がその昔思い描いていた天下三分の計。それも今となっては実現させる気になれません。
どこかに私の力が役立てられる人の下に居るのではないかと思い描いていた過去は捨てましょう。
姜維さんという一個の天蓋なる存在を世から隠すことはできません。しかし誰かの下に居続けられる程の器でもありません。
ならば、どうすれば良いのか。考えに考えた末に、私が導き出した結論。
それは、
姜維さん自身を王にしてしまえばいい。
そういうことです。
理で動かすには世の理が追いつかない。
武で引っ張るには力がありすぎる。
名で釣るにはこの世は平和すぎる。
ならば、人柄ではどうだろうか?
どの時代でも不変無く輝き続ける仁の文字。それはまさしく姜維さんに相応しい王の姿。
そう考えた私は姜維さんを仁の王にしようと考えたのでした。
仁の世を目指す人。
それを選ぶということは、想像を絶する過酷な道程となるでしょう。
でも姜維さんを扱える方が居ないならば、姜維さんが王にするしかないのです。
圧倒的なまでの才と人を惹きつける器。人ならざる才を土台に仁の世を創り上げる。
それが、私に与えられた天命なのだと思います。
そのためにはまず姜維さんに王が何かを教えなければなりません。
いえ、その前に姜維さんの才を隠すのに都合の良い人を捜しましょう。その方の下である程度経験を積んで貰い、それから一人立ちしてもらおう。その方には申し訳ないですが姜維さんの隠れ蓑になってもらいます。
となると、上に挙げた方達で王たる器を教えられ、なおかつ隠れ蓑となり、さらに姜維さんの存在に危機感を持たない方を選ばなくてはいけません。
まず曹操さんは駄目ですね。あの方は一目で姜維さんの才を見抜くでしょう。それに覇道は姜維さんには毒でしかありません。
孫策さんも同様です。それに現在孫策さんは袁術さんの下にいますし、孫策さんともども飼い殺されては困ります。
そうなると、馬騰さんか、袁紹さんか、はたまた大穴の公孫賛さんか。
公孫賛さんは彼女は文武両道と聞き及んでいます。
そこそこ戦えてそこそこ政治ができる。実は仕える者として一番気苦労が無さそうなのが彼女なのですよね。どちらかに偏ってしまうと大変ですし。それでいて曹操さんや姜維さんみたいに何でも一人で出来てしまう方ですとまた違う苦労が付きまといます。
あれ、私道を誤ってます?
……ううん、一度決めた事なんだから頑張ろう私。
とりあえず公孫賛さんの所に行こう。そこで姜維さんに相応しいかどうか見定めて、姜維さんの隠れ蓑になれるようだったら姜維さんを改めて呼び寄せる。
ついでに雛里ちゃんも誘っておこう。姜維さんのためと言えばたぶん付いて来ると思うし。
姜維さんが参加する前に私達の発言力を高めておかないと。これからは一日たりとも無駄にできません。
善は急げ、今日にでも公孫賛さんの所へ出発です。
◇
どうしてこうなってしまったのでしょうか?
雛里ちゃんが快く付いて来てくれたのは僥倖でした。でも、これは想定外です。
「水鏡先生の許可無く出奔されるのは感心しませんね」
今私達の目の前には姜維さんが居ます。
幽州へと向かっていた私達の目の前に空から降って来たのです。愛でる会の会員さんが「姜維様は空を飛べる」と言っていたことがありました。さすがにそれはないだろうと思っていたのですが、どうやら本当だったようですね。
それはともかく、どうやら姜維さんは黙って出て行った私達を咎めているようです。生まれて初めて視線だけで叱られた気分になりました。
うう、確かに黙って出て来たのはいけないことだと思ってるけど、でもこれは全部必要なことなんですよ?
でも姜維さんには何を言っても無駄なのでしょうね。姜維さんはきっと水鏡先生に言われて私達を連れ戻しに来たに違いありません。
彼女が本気になれば、ううん五分の力だとしても私達では抵抗できないでしょう。それに雛里ちゃんが姜維さんの言葉に逆らえるわけもありません。さらに姜維さんに叱られたから涙目に……なんで頬が赤いの雛里ちゃん? 叱られて喜ぶなんておかしいよ。涙目なのにうっとり顔なのも気持ち悪い。
……とにかく。今の私達では世に出るのは早過ぎることは理解しています。自分のことですから。
それでも、やらなくちゃいけないことなんです。
だから見逃して下さい。
そうお願いしてみたところ、あっさり了承されてしまいました。
しかも私達を幽州まで送り届けてくれるそうです。
当初の目的とは大きく離れたけれど、これはこれで良かったのかもしれませんね。この計画の一番の問題はどうやって姜維さんを塾から呼び出すかでしたので。
自分から外に出て下さるのならそれに越したことはありません。
あとは公孫賛さんが三人同時に仕官を受け入れてくれるかどうかでしょう。
「ところで、今も劉備殿と天の御遣い殿は幽州にいらっしゃるのでしょうか?」
劉備?
天の御遣い?
何の話しなのでしょうか。
……。
……。
「はわわ、どど、どうしよう……!?」
姜維さんから聞いた聞き慣れない名前。その正体を知った私は酷く動揺しました。
劉備。
字は玄徳。
その人は仁の世を敷くために立ちあがったそうです。
しかも公孫賛さんの客分として留まり、そこで兵を集め挙兵したとか。
一足遅いどころか、完全に先手を打たれてしまっています。
さらに聞いた話では天の御遣いという、天の世界から来た人物を御輿に民からの支持を集めているとも聴きました。
民受けの良い『仁の世』という言葉。そして天の御遣いという御輿。
それは姜維さんの才をある種凌駕する武器です。
これは公孫賛さんではなく劉備さんをどうにかしなければなりませんね。
それにしても、どうして姜維さんは劉備さんや天の御遣いの話しを知っていたのでしょうか?
私ですら知らなかった幽州の現状をまるで見て来たかの様に語る姜維さん。それだけじゃない、まるで私達がどこへ向かうのか知っていたかの様な早さで追い付いて来たのも不可解です。
「もしかして、全部見抜かれてる?」
もしかしなくても、姜維さんには私程度の考えは全てお見通しなのかも知れません。私のしていることは姜維さんにとって望まない事なのかも……。
でも、私は止まるわけにはいかないのです。
~side/雛里
えへへ、姜維様に叱られちゃった。勝手に出て行くのはいけませんって。
心配、してくれたのかな? だから追って来てくれたとか……?
それとも『お前は私の物だ。だから勝手に傍を離れることは許さない』とか?
あわわ、ど、どどうしよう!
確かに私の身も心も姜維様のものです。でもまだ心の準備がっ!
「でもでも、姜維様が望むなら私……!」
「雛里ちゃん、独り言は聞こえないところでしようね」
◇
~side/愛紗
我が名は関羽。字は雲長。敬愛なる桃香様に仕える将だ。
今私は民の暮らしを脅かしているという黄巾賊の討伐に向かうべく兵を纏めている。決して一人でやるべき仕事ではないのだが、桃香様やご主人様は言わずもがな、鈴々もこういう準備を面倒がってやろうとしない。
当初の予定ではもう少し早く出兵できたはずなのに。これでは出遅れてしまう。
あと二人、いや一人でいい。兵を纏められる人間が欲しい。
「関羽殿! 劉備様に仕官したいという者達が来ました。現在門前にて兵と交渉中です」
「分かった、私もその者達を見てみるとしよう」
「ハッ!」
私直属の部下の一人で、年齢の割にチビ……身長が著しく低い者は報告後持ち場へと戻って行った。
正直今更かという思いが強い。こんな出立間際に来られても困る。
しかしその者達が即戦力として使えるようならばまさに渡りに船だ。
今は一人でも有能な人間が欲しい。特に軍師役と指揮能力の高い武官が。
私は逸る気持ちを抑え(部下の目もあるため)、旗下に加わりたいという者達が居る門へとやって来た。
その者達はまだ幼さを残した少女二人と桃香様と同じ歳くらいの少女だった。
今は桃香様自ら面接を行っているようだ。まったく、どこの誰とも知らぬ者に軽々とお会いするとは。ご自分の立場を理解しておられないようだ。
「ふむ、あれか……」
だが、確かに桃香様自ら見定めるべき相手なのかも知れない。容姿こそ幼いが帽子を被った二人の顔にはそこいらの子供とは違い確かな知性が見られたからだ。
そしてあの亜麻色の髪の少女。一目見て侮れないと私の直感が告げていた。
武人としての感覚が彼女をかなりの強者だと教えて来る。それは鈴々も同じらしく、さりげなく彼女の死角へと移動している。
見た目の美しさも際立っていた。これもある意味兵を束ねる才能と言えるだろう。今回集まった義勇兵の中にも男女問わず姜維の美しさに目を奪われている者達が居る。
まったく、桃香様の下に集まったと言うのにどこの馬の骨ともわからぬ輩に目を奪われるとは。少女に対する頼もしさと一緒に少しの不安を私は感じた。
万が一彼女が謀反を起こした場合、こちらの陣営は瞬時気に壊滅する可能性がある。
恐らく文官であろう少女二人も彼女側の人間である。裏切りの可能性は十分留意しておくとしよう。
……まあ、大げさに語ってみたはいいものの、その警戒もほぼ杞憂に終わるだろう。
なぜならば、恥ずかしい話しだが私達を裏切ることに利が生まれないからだ。口惜しいが私達は未だ小さな軍でしかない。いや近い将来必ずや大成するとは思っている。しかしそれを身内以外の他人が今の時点で信じているわけがない。
現時点なら白蓮殿の方に取り居る方がよほど利があるだろう。裏切るにしてもだ。ゆえに私の警戒心は無意味に違いない。
そうやって一人問題提起して自己完結を行っていた私の耳にどこからともなく現れたご主人様の声が耳に入った。
「やばい、あの女の子超俺好みなんだけど。あえて言おう、ストライクであると!」
「ご主人様!?」
志願者が少女だと知り、耳聡くも現れたご主人様は姜維に熱っぽい視線を向けていた。いつもの凛々しいお顔はなりを潜め、助平な男の顔だ。
おのれ姜維……兵だけにとどまらずご主人様まで謀ろうとは!
やはり奴は要注意人物だ!
~side/下半身太守
どうやら三人組は名をそれぞれ諸葛亮、鳳統、姜維というらしい。
諸葛亮が代表で自己紹介してくれた。
三国志を代表する軍師、諸葛亮。まさかとは思っていたけど、こんな小さな女の子だったなんてな。
しかもとびっきり可愛いと来ている。男としては歓迎すべき事だけど、三国志ファンとしては少し複雑でもある。
鳳統も何だかおどおどした小さい子だし、姜維なんて何だあの存在感ってくらい目立っていた。
この三人がこのタイミング、しかも同時期に劉備の下に入るなんて聞いた事ないぞ。
こうなって来ると、もう俺の知識なんて当てにならないんじゃないかと不安になって来る。
「姜維って、やっぱあの姜維だよなぁ?」
「何かご存知なのですか?」
何気なく呟いた言葉に愛紗が目ざとく反応する。
「いや、何て言ったらいいか。姜維という人間が活躍するってことはその時桃香達は……」
そこで俺は言い淀んだ。
だって俺の知る歴史では姜維の登場時代にはすでに劉備や関羽も没しているから。そんな事を本人に言うわけにもいかない。
俺の知識からだいぶずれてしまった道筋だけど、人物の特徴まではそうそう変わってないと思う。姜維の人柄とか全然詳しくないけどな。
ま、姜維自体は蜀に人生を捧げた忠臣なのは確かだし、そこは信じて良いだろうさ。
「悪い、たぶん俺の勘違いだから気にしないでくれ」
「そう、ですか……。わかりました、ご主人様がそう言うのであれば」
素直に引きさがる愛紗。まだ何か言いたげだったけど。
俺の知識は絶対ではない。それが不安要素だ。
それにしても、姜維って子可愛いな。
~side/愛紗
「いや、何て言ったらいいか。姜維という人間が活躍するってことはその時桃香達は……」
肝心な所で言い淀むご主人様。
だがその表情からこの方が何を言おうとしたのか何となくだが理解できた。
恐らくご主人様の知識の中では、姜維殿が活躍する時代には桃香様はすでに亡くなられているのだろう。
ご主人様の世界の知識が必ずしも絶対ではないことはご主人様本人から聞かされているが、やはり気持ちの良いものではない。
そして、複雑そうな表情のご主人様からは苦悩が伝わる。もしかしたら、桃香様が亡くなる原因が姜維殿にあるかも知れない。
もしそうならば、私の命に代えても桃香様をお守りする。それが私の役目だ。
知らず青龍偃月刀を握る手に力がこもる。
姜維の件はともかく、軍師らしい諸葛亮殿と鳳統殿が旗下に加わってくれたのは助かった。
何でも彼女達は桃香様のお考えに共感し遠路遥々やって来たのだとか。
通っていた私塾も有名だ。将来有望と言えるな。
ご主人様もこの二人に対しては警戒していない様なので即採用となった。
で、問題は姜維の方だろう。どうにも彼女からは桃香様の下に就きたいという思いがまったく感じられない。
諸葛亮殿達と共に来たのだから目的は同じだろうに。どうにも胡散臭い。
先程のご主人様の事もある。私は鈴々にそっと耳打ちした。
「もし姜維が何かおかしな行動をしたら、桃香様とご主人様のことを頼むぞ」
「ん、わかったのだ」
彼女も彼女で姜維に警戒心を持っているらしく二つ返事で頷いてくれた。
こういう事に掛けては鈴々は頼りになる。できればもう少し雑務にも精を出してほしいところだが、まあそれは今は良いだろう。
「やったねご主人様! 仲間が増えるよ!」
「おい馬鹿やめろ……いや、良かったな桃香」
桃香様は何の疑いも無く配下が増えた事を喜んで居られる。まったくすぐに他人を信用するのだから。
……だからこそ、あの方の下に人が集まる。清濁問わず。その汚濁達を排除するのが私の役目だ。
「誰もが笑って暮らせる世を作ろう! 皆が居れば絶対出来る!」
「そうだな、俺達の力を合わせれば必ず!」
当然だ。桃香様が作るであろう太平の世が悪くなるはずがない。
その想いは周りの兵達も同様のようだ。彼ら義勇兵は元は農民上がりの者達だ。そのため桃香様のお言葉を聞き改めて感動している事だろう。
それは私達も同じだ。この方だからこそ共に在ろうと思えるのだ。
たった一人を除いて。
「小さい女」
ぼそりと、とても小さい声音で呟かれたにも関わらず、その一言はその場に居た全員の耳に届いた。
皆が一斉にそちらへと目を向ける。まさかこの空気の中、そんな言葉を吐ける奴が居るなんてと驚いているに違いない。
だが、私は知っている。こいつはそれが出来る人間だと。
予想通り、視線の中央には姜維が居た。
最初から桃香様への忠義が感じられなかった。だがそれはいい、義勇兵の中にも金のために旗下に加わった者も居る。
だがこいつは、あろうことか桃香様に大して「小さい女」と言ったのだ。
彼女が浮かべる冷笑はまっすぐに桃香様の方へと向いている。その視線に晒された桃香様がびくりと震えた。
それだけで満足したのか姜維は笑みを消すとの場を去ろうとする。まるでここに居る意味など無いと言わんばかりに。
「待て」
私は思わず姜維を呼び止めた。
~side/朱里
「小さい女」
しーん、と静まり返る場。誰もがその一言に身を強張らせました。
他の誰でも無い、その言葉を発したのは姜維さんでした。
確かに劉備さんのお考えは理想論です。でもその理想を叶えるのが武官であり私達軍師のお仕事なんです。そして貴女が目指すべき道。
なのにいきなり切って捨てるなんて……。
と、
普通ならばこう考えたに違いありません。
でも私には解ります。姜維さんはそんなつもりはこれっぽっちも無いって。
大方知人がここに居て、その方を捜していたとか、そんなところです。その方は小柄な人だったのでしょうね。
ええ、解ります。解りますとも。この方の言葉はたとえ独り言であろうとその場に居る人間全員に届きますからね。そしてだいたいが勘違いされちゃう。持って生まれた天性の美声は嫌でも相手の耳に届いてしまうんです。
難儀、あまりに難儀ですよ姜維さん。あなたのその無差別な美声と勘違い発言でいったいどれ程の無垢な少女が道を踏み外した事か。
雛里ちゃんなんてその筆頭です。今も手を組んでうっとりしちゃってます。「さすが姜維様、私達に出来ないことをあっさりとやってのける。そこに痺れる憧れるゥ」なんて言ってる場合じゃないよ雛里ちゃん。
まあ、確かに勘違いとはいえ姜維さんの言葉はある種的を射ていますから、私も少しだけ胸がすく思いでした。
劉備さんは確かにお優しい方なのでしょう。この方が王になればたぶん多くの民が幸せになります。
でもこの人は王の器ではない。人の上に立つにはあまりにも脆い。短いながらも直に会話を交わす事で感じました。
誰も彼もを身内に置く事は自らの身の危険を増やす事に他なりません。それは人柄でどうとでも出来ますが、問題はそれ以外。もしその身内が何かの拍子に命を落としたら?
聞いた話しでは、劉備さんは関羽さんと張飛さんと義姉妹の契りを結んでいるとか。お二人は武将。戦になれば最前線に立ちます。その時どちらかが敵の手で討たれたとして、その後この人は冷静に対処できるのでしょうか?
きっと暴走するでしょう。仁の世と謳いながら、身内のために復讐に走りそうです。
今では在り得ない事ですが、私が姜維さんではなく劉備さんの下に入って居たら、天下三分の計を勧めていたことでしょう。唯一の王になるには彼女は白すぎて脆すぎます。
まあ、そんな起きなかった「もしも」を語っても仕方がありませんね。
さて、現在注目の的の姜維さんは何かに諦めた様に首を振るとその場を去ろうとします。ああやって、また誤解を生むんですよね。
はぁ~……自分で選んだ道とは言え何とも前途多難です。
最近頭痛の頻度が増えてる感じがします。あ、何か涙が出ちゃう、だって女の子だもん。
~side/愛紗
姜維と私は顔を突き合わせ睨み合う。
少々踏み込み過ぎたかとも思うが、姜維の視線から桃香様をお守りするには仕方がない。
だがそれがいけなかった。
「──ッく!?」
突然姜維から発せられた殺気に体が過剰反応を起こし大きく退いてしまった。
思わず身構え掛けたが、相手が未だ無手だと気付き寸でのところで防衛行動をとろうとする体を抑え込んだ。
私のそんな態度にまたあの冷笑を浮かべる姜維。ただの殺気にあそこまで慌てた姿を笑っているのだろう。何て忌々しい。
しかし、もしあの殺気が実害を含むものだったら? そしてあと一歩深く踏み込んでいたら?
そう考えると、自分の取った行動は最悪から一つましな結果なのだと自身へと言い聞かせ平常心を保つ。
横目で見ると殺気を感じ取った鈴々が桃香様とご主人様の盾になりながら二人をこの場から連れ出そうとしていた。
これでひとまず安心──。
「何だと!?」
視線を再び姜維に戻した私は驚きに声をあげてしまった。
私の横を堂々と姜維が横切ったのだ。
確かに余所見をしていた。だが実際に横を通られるまで接近に気付けなかった。今の姜維からはまったく殺気を感じない。まるで今さっきのは勘違いだったとでも言わんばかりの静寂が姜維を包んでいる。
もしや先程の殺気に隠れて己の気配を消したと言うのか。だから横を抜けられるまで知覚できなかった?
それ程迄に己が殺気を操れるとでも言うのか。
いや、考えるのは後だ。姜維が向かう先は桃香様達の所。何を目的にしているか考えずとも判る。このまま行かせるわけにはいくまい。
回り込む様にして再び前へと立ちはだかると、姜維は不思議そうな顔をしながら足を止めた。
その態度が「お前程度に用など無い」と言っているように思えて思わず奥歯を噛み締める。
「……」
「……」
しばらく無言で見つめ合った。
こうして改めて相対しても、姜維という人間が何を考えているのかさっぱりわからない。実は世間話をしようとしていただけだったのではない
かと錯覚していまう。
だがそれもこやつの策の一つなのだろう。
相手の心を乱す法に長けているのか。やはり侮れない。
警戒心を新たに相手の次の行動を待つ私に、姜維は至極真面目な顔で言った。
「申し訳ないが、貴女が何をしたいのか私には解らないのですが? 浅学な私にも理解できるようにご説明願えませんか?」
この──!
言うに事欠いて解らないだと?
自分が何を言ったのか理解していないのか。貴様は我らが主を汚したのだぞ。
もう勘弁ならん。こいつはここで成敗してくれる!
「だ、だめだよ愛紗ちゃん!」
戻って来てしまった桃香様から制止の声が入るも私は止めるつもりはない。
「ええい、止めないで下さい桃香様! ここまで虚仮にされては引き下がれません!」
「落ち着け愛紗! これから出立するってのにこんな事で仲間割れしてどうする!」
「お兄ちゃん、今の愛紗には何を言っても無駄なのだ。こうなった愛紗は誰にも止めらないし止まらないのだ……」
「いや、だからってこんな街中で……」
「それに、鈴々もお姉ちゃんを馬鹿にされて腹が立っているのだ!」
どうやらお二人が戻って来たのは鈴々自身が加勢しようとしていたかららしい。
拙いな。鈴々までが頭に血が上ったとなると、今度は私の方が冷静にならねば。とりあえず桃香様とご主人様に鈴々を取り押さえてもらう。
私も獲物を下げ掛け、
「そんな物を取り出して何をしようと言うのですか? まさか民の往来するこの場で振りまわそうとでも? 常識的に考えて拙いかと。あと、それを使った程度では良い結果は得られないでしょう。少なくとも私は──」
「うにゃああ!? 抜くのだ! 武器を抜くのだ! そして鈴々と試合え、いや死合うのだ!」
「──抜く価値は無いと思います」
やっぱり無理だ。こいつはここで斬ろう。そうしよう。
しかも無手で十分だと言われた。主だけでなく武人としての誇りも傷付けられた。
何やら諸葛亮殿が姜維を必死で謝罪するように説得している。もはや遅いと言えるが、謝罪をするなら聞くだけ聞いてやる。
「いや、申し訳ありません。関羽殿みたいな軍し……げふんげふん。優秀な方を軽んじる発言をしてしまったようです。あとそちらにも、子供扱いしておりました。申し訳ありません」
少しでも期待した私が馬鹿だった!!
奴は私に対し、軍師だと言った。武将である私を、よりにもよって軍師! それは私程度の武で武将を名乗るなという意味か。
さらに奴は鈴々に向かって子供扱いしていたと言った。それにより私への言葉と合わせて奴は鈴々の逆鱗に触れてしまった。
「うおおおおおおおお!」
「うがあああああああ!」
同時に雄叫びを上げる私と鈴々。鈴々の方は桃香様とご主人様、後周りの兵に取り押さえられたが私を止める者は居ない。
一直線に姜維へと駆けだした私は青龍偃月刀を振り上げ憎き彼奴へと振り下ろす。
このままいけばこやつの頭は真っ二つとなるだろう。だと言うのに姜維は回避しようとしない。それどころか諸葛亮殿を脇にどかし、笑みを浮かべる余裕すらある。
何故避けない?
長い長い刹那の間、私は彼女の真意を改めて考える。
「ふふっ」
そして、刃がその美貌へと叩きつけられる瞬間、彼女は笑ったのだった。
──そういうことか!
咄嗟の所で刃を止めることが出来た。
髪一本分まで迫った刃を見ても姜維は眉ひとつ動かさずに居た。まるでこの結果をあらかじめ予想していたかの様に。
私が刃を引くと、姜維はそれまでの冷笑が幻の様に消え去り、代わりに何とも人懐っこい笑みを浮かべた。
やはり……。
「試してたのは貴女の方だった。そして試されたのは桃香様本人ではなく、部下である私達の方だったというわけだな?」
私の言葉に満足そうに頷く姜維。
やはり、一連の暴言は私達が姜維の言葉にどんな反応を示すのか試したものだった。意味不明な言動も演出の一環だったわけだな。
きっとこの試験は本来桃香様達を測る試験だったに違いない。しかしこれから忠義を向ける相手に暴言を吐いてはは意味が無い。ならば桃香様の最も近しい部下の私達を試すこととで、間接的に桃香様の人物眼を試そうとしたわけか。
人の登用や運用は人の上に立つ者にとって大事な能力の一つ。これから登用され、戦へと向かう彼女が最も主に求める力。
となると、心配していた桃香様に危害は無いということか。そもそも最初の一言以外彼女が桃香様へ直接何かすることはなかった。主に私に向けられていたのもその証明だろう。
そうだな。普通に考えてこんな兵だかけの中無意味に騒ぎ立てる輩が居るわけがない。
そして考える。
もしあのまま姜維を斬り殺していたら……。
結果は言わずもがな。二人の軍師は得られず、桃香様の仁徳の名声は消え失せていた。
今更ながら自分の軽率な行動に身震いする。
私は姜維という少女を見誤っていたようだ。この少女は危険であると同時に有能だ。
効果的である反面、試す相手を壊す可能性があり、なおかつ自分の命すら投げ捨てるような手を平然と打った少女に私は戦慄していた。
私が同じ立場の時、そんな手を打てるだろうか?
……おそらく無理だろう。
言い知れぬ敗北感が私を襲った。
だが同時に姜維に対するこれまでの怒りや嫌悪感がほとんど消えている。
負の感情よりも彼女の行動に圧倒される気持ちの方が強かったのだ。
それはまるで洪水が淀んだ水溜りを押し流すが如く。全てを破壊し飲み込む水流が私の心に溜まった不信を押し流した。
そしてその後に残るのは綺麗に、そしてより大きくなった湖というわけだ。実際今の私の心は晴れ渡っている。今の私は少し前の私よりも心が澄んでいた。より大きな器を見せられた故だ。
まさか私の性格を読み、禍根が残らないことまで読んでまれていたとでも言うのか。
だったらそれは私の埒外の策だ。到底真似など出来はしない。
諸葛亮もほっと息を吐いていた。私が見事合格して満足したのだろう。最初から知っていたとは、何とも人が悪い。
それにしても、よく考えられた試験方法だと感心する。予め考えていたのだろうか?
いや桃香様のお名前はここ幽州でこそそこそこ知られてはいるが、まだまだ人柄全てが伝わっているとは思えない。私の様な部下など存在すら知られていないだろう。
なるほど、だからこそ試したか。
ということは、こやつは今のを瞬時に思いついた事になる。
殺気を操る能力や刃を前にして胆力を見て武将に相応しいと思ったが、もしかしたら軍師としての才もあるのかも知れない。
諸葛亮殿と鳳統殿と同じ私塾に通っていたとあるため、その可能性は十分あった。
文武を極めた将。それは私が目指している将の形。
どうやら私達は似た者同士のようだ。
「そうなると何としてでも将として迎え入れたいが……」
果たして彼女は我々を選んでくれるだろうか?
姜維程の才があればどこでも引く手数多だろう。わざわざ私達の所へ下る理由も無い。
「劉備殿。私も出陣るつもりですが、よろしいでしょうか?」
「ええっ!?」
こほん、私らしくもない変な声が出てしまった。
まさか自分から言ってくるとは思わなかった。
「えっと、それは構わないけど……本当に良いの? 今すぐ決めなくても、だってすっごく重要な事だし」
桃香様、そこは是非とも即答で受け入れて下さい。彼女をここで手放すのはもったいない。いくら鈴々が不満そうにしていてもです。
鈴々も桃香様の決定には逆らわないはずです。たぶん。
「ですが、平和な世を創り上げるためには必要な事なのです。これは最速の手なのです」
姜維は言った。桃香様の目指すべき世を作るには自分は必要不可欠だと。近道なのだと自信満々に言ってのけた。
──面白い!
桃香様を間接的にとはいえ試したのは気に入らないが、旗下に加わりたい言う想いは本物のようだ。
出会って間もない相手に対し、こうも気持ちが様変わりするのは初めてだ。
後は覚悟が本物かどうか試させて貰おう。
将用の馬を一頭、姜維のために連れて来た。これは私からの姜維に対する信頼の証だった。
「口だけではないところを見せて貰うぞ」
私がそう言うと、姜維は笑みを引っ込め重々と頷いた。ふっ、良い顔をしている。
……あ、いや、これは決してそういう意味ではなくてだな。じゃあどういう意味かと言うと別に言葉にする物でもなくて、何と言うか同じ志を目指す戦友に対する情と言うか。いやいや情と言ってもだな、疚しい理由ではなく。
「関羽様、姜維殿が出立されました」
「ええっ、早い!?」
私の独白は何だったのかと言いたい。
いや、それよりも今は姜維を追わねば。
「くそ、最速を証明しろとは言ったが速過ぎるだろう!」
兵を置いて行く将がどこに居る。まあ、彼女には兵は与えられていないが。
だが単独行動はいかん。私は慌てて自分の馬に飛び乗ると姜維を追って駆け出した。
何となく彼女にだけは負けたくないと思ったから。
~side/朱里
どうやら全部上手くいったようです。
一連のやり取りは私には何がなんだかさっぱりでしたが、関羽さんが想像以上に乗せ易い事だけは解りました。
落とすならばまず彼女からですね。
姜維さんは本当に面白いです。今のだってもう少しで劉備さん達を敵に回す可能性がありました。でも彼女は見事を乗り越えた。
天性の才と努力する直向きさ。そこに天命まで味方にしていると証明されたわけです。
必ずや彼女は天衣無縫の将となるでしょう。
ですがそれはあくまで通過点。踏み台です。目指すべきはもっと先なのですから、姜維さんにはこれからも突っ走って貰わないと。
「早く早く! 朱里ちゃん! 早くしないと姜維様に置いて行かれちゃう!」
「雛里ちゃん、私達は兵隊さん達の指揮があるんだからすぐには無理だよ」
まったく、関羽さんには困ったものです。指揮する人が勝手に出て行くなんて信じられません。姜維さんが気に成るのは仕方ないですけど、仕事はきちんとしてもらいたいです。
でも姜維さんが先陣を切ったことは僥倖ですね。あの姿を見て彼女を将だと思った人が少なからず居るでしょうから。
問題はこのまま姜維さんが帰ってしまわないかですが……まあ、そこは関羽さんにどうにかしてもらいましょう。
私は私の役目を全うするだけです。
全ては姜維さんのために。
「天才(わたし)を殺した責任、取って貰いますからね? 姜維さん」
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というわけで姜維無双・裏でした。前半は邪道、後半は王道の勘違いものになるように頑張った結果がこれだよ! 関羽が残念美人だよ!
いやー、かなりの難産でした。主人公の何気ない行動が原住民にどんな影響を与えていたのかという裏側を書くというのは難しいものですね。
ちなみに雛里はレズじゃないよ。どちらかと言うとファンだよ。姉妹と書いてスールみたいな。スレイブかもだけど。いややっぱ百合だ。
雛里と朱里の主人公に対する気持ちに違いがあるのは、朱里に比べ雛里の方がコンプレックスが少し多かった。それだけです。
主人公は良くも悪くもプレイヤー視点なので多少の欠点は見て見ぬふりをします。そのためコンプレックスに悩んでいる人間にとって気にしないで貰える相手というのはかなり心強いというお話。
あと朱里が腹黒すぎかと思いましたが、ぶっちゃけやんやは朱里は腹黒or病み易いと思ってます、はい。ソースは無印朱里ルート。
(やんや)「ここで主人公の特殊能力『ヒロインがヤンデレ化する程度の能力』が発動! 身長1500mm以下のヒロインは追加属性「ヤンデレ」を得る」
(虫△虫)「1500mm以下のヒロインがヤンデレ……は、まさかあのキャラも!?」
あとは雛里のセリフを日本語でも認識できるからというのも理由の一つだと思います。
日本語ってある程度その辺り融通ききますから、一刀がスルーしているのもその辺りが大きいのではないかと思ってます。
自動翻訳を扱う場合、日本語と元言語の伝わり方が違うことを明記するかどうか。ゼロ魔ではピックアップされてましたが、恋姫ではわりとスルーされていました。求めるところが違うと言えばそれまでですが、恋姫世界の翻訳のされ方を考えると恋や鈴々、美羽あたりのキャラの見方が少し変わるかも知れませんね。
勘違いモノと自動翻訳は相性がいいのか悪いのか。やんやの中で論争が起きそうです。
主人公が書いていた本の内容は物理学や天文学等の現代知識に始まり、果ては奇天烈大百科に出て来たSF的な発明品までよりどりみどりなものだった、と認識して貰えると助かります。医療技術の箇所は微生物やペニシリン等の技術が学のある人間ならば理解できる程度にわかりやすく記されています。そういう恋姫の世界でも再現可能なものだけを書いたメモ。よく転生者が己の知識を書きとめたりしますが、それが原住民にバレるとどうなるかという例。黒色火薬の量産方法だけでもパワーバランス崩れますからね。
奇天烈大百科に書かれている内容は現代(恋姫無双の世界)の科学技術でも再現可能なため水鏡先生は隠匿することにしたようです。
如意光や天狗の抜け穴なんて発明されると兵法を根底から覆してしまうので封印指定の書物に。
あと内容を一読で理解できた朱里も十分化物です。結局主人公の知識は各世界で学んだものでしかないわけですから。
ちなみに発論内容を主人公は三日間で考えてその後発表しました。
私が一番好きな発明はカラクリ武者です。子供の頃よく真似してました。息を止めて顔を赤くしながら、からくりー…むしゃ!
今では酔った勢いでやる程度。ただし顔色は赤から青に。からくりー…むしォオゲロロゲロ!