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野球を教えられなくなった少年野球の監督 

放射能を逃れて避難生活、「故郷に帰れないのは屈辱」

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原発がなくなったって困らない

 時計が午後10時を回って、次男くんは布団の上ですやすや眠ってしまった。私のような夜ふかしと違って、みなさん眠いことだろう。

 私はいとま乞いをした。

 渡辺さんはまた片道1時間高速道路を運転して、米沢の宿まで私を送ってくれた。料金所で「被災証明書」の書類を見せると、高速道路が無料になった。

 「無料だからいいんですよ。ワハハ」

 渡辺さんはハンドルを握りながら豪快に笑った。とはいえ、もう合計4時間以上運転しているはずだ。本当に気を遣ってくれている。

 街の灯が後ろに去ると、ヘッドライト以外の両側は真っ暗になった。

 真っ暗な道を、ヘッドライトはまっすぐ進んだ。

 ひとつ聞いてみたいことがあった。福島県の雇用は原発への依存度が高いという。渡辺さんも原発で仕事をしていた1人だ。その原発の事故で故郷が放射能汚染され、住めなくなるという事態に至った今、渡辺さんは原発のことをどう思っているのだろう。

 原発の仕事はやはり大きいのですか。私はそう尋ねてみた。

 「そうですね」

 渡辺さんは運転しながら、じっと考えた。

 「原発の仕事をすると月収は27万円くらいでしょうか。ここらへんでは月21万円くらいが普通です」

 じゃあ、やはり地元にとって原発は必要なのでしょうか。

 「いや」

 渡辺さんは大きく首を横に振った。

 「原発がなくなったって、私は困りません。電気が足りなくなるぞとか、ウソをついてまでやるようなことじゃない」

 とても強い口調だった。青い炎のような静かな怒りが車内を満たしていた。

 車は米沢に近づいた。このまままっすぐ走れば、南相馬に帰る方向である。

 いつか南相馬に帰れるといいですね。別れの挨拶のような軽い気持ちでそんな言葉が喉元まで出かけたが、やめた。渡辺さんがこう言っていたのを思い出したからだ。

 「故郷に子どもと帰れないことは、私にとって最大の屈辱なんです」

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