「相手は暗視が出来ます。それこそ、昼間のように。暗闇ではこちらが不利になるだけです。出来る限りの明かりをともしてください!!」
ヴァリエール家メイジ、メンヌヴィル傭兵隊、マイヤール家メイド、その混成部隊の、臨時の指揮官となったダルシニが、皆に命令する。
指示に従って、メイジたちが、あちこちに、馬車の屋根、そばの木の枝、地面に転がる石などにライトの魔法を灯していく。
「あと、怪しいと思った暗闇には、遠慮なくこれに火を着けて投げつけてください!!」
ヴァリエール家からレナスに送られたアルビオン産の強い火酒・・・・。それらのすべてはコルクを抜かれて、代わりにシーツをちぎった布切れが差し込まれている。
そして、数箇所に、薪を使って起こされたかがり火もある。
「ダークエルフは、魔法に強い耐性があります。強力な魔法も使います。だけど、身体能力は人間と比べるとそこまで大差はありません」
ダルシニが、ダークエルフに対する説明をする。
「それだと、どうやって戦うというのですか?」
ヴァリエール家メイジの班長が問う。
「白兵戦、もしくは強力な銃で立ち向かうしかありません。」
ダルシニは、左手にマスケット銃を持ち、右手に台車から外した大砲(抱え大筒)を持っている。さらに、背中には、巨大なウォーハンマーを背負っていて。
傭兵隊長のメンヌヴィルが持つ杖であるメイスより、二回りは大きい。メンヌヴィルでさえも、あれを片手で振り回すのは無理だろう。
ダルシニ様の噂って本当だったんだな。と心の中で思う護衛班長だった・・・・・・。
「なっ、なるほど、物理的な力で戦うしかないわけですな。そうすると、魔法とは言えども、土メイジは攻めにも守りにも使えるのではないですか?」
土メイジが作り出すゴーレム、守りのための土の壁、魔法で作り上げたとはいえ、相手に幾ら魔法に耐性があろうと、用いられた質量はそのまま武器になって相手を倒し、味方を守る盾となるだろう。
「・・・・・・、その考えは有りませんでした。確かにそれなら、十分に相手になるでしょう。ゴーレムがおとりかつ攻撃を行っている間に皆で攻撃して、敵の攻撃は土壁で防ぎ、態勢を整える。有効では有りますね」
ダルシニが、ヴァリエール家護衛班長の言葉を肯定する。
「私が土メイジです」
「俺もそうだ」
全員の中から、土メイジが二人名乗り出た。ヴァリエール隊からラインメイジが一人、
メンヌヴィル隊からトライアングルメイジが一人。
「では、お二人で、馬車を囲む形で、土の障壁を作ってください。立ち上がれば弓や銃が撃てるぐらいの高さで」」
「了解しました」
「わかりやした、姐御」
妙な敬称でダルシニを呼ぶ傭兵メイジだが・・・・・・、温和な美女に見えるのに、ものすごい馬鹿力を見て、ヴァリエール家とダルシニの関係を知らない彼らも、彼女の正体を察したのだ。察したくなかったが。
二人の土メイジが、馬車を囲むような形で土壁を作る。
馬車に積まれていたマスケット銃は、レナスが待ちだした分を引いて8丁、マッチロック2丁、そして大砲が一門。
弓3張。
火炎瓶3ダース。
あと、"場違い"な爆裂弾が2つ。
これで、一応の防御体制は整った。あとは、レナスが無事に救出されればよいのだが・・・・・・。
出来なければ、今立てた作戦もあまり意味がない。いや、ルイズを助けられるというだけでも
意味は有るが・・・・・・。
話は少しひき戻る・・・・・・。
先ほど再度つながったレナスとのウインドボイスは、また途切れてしまった。
最後に届いたレナスの言葉は・・・・・、あれはこちらに向けて発せられた物ではなかった。
<総員着剣!!>
<ふざけるな!!魔法が尽きれば、銃剣で!!、それさえ失えば素手で!!、手足が無くなれば歯で!!、最後は視線ででも倒してやる。俺達の祖先だってそうやってたんだ!!>
<うあー!!>
おそらく、敵のダークエルフと会話していたのだろう。
少女の口から発せられるとは思えない吶喊の声。それが、ダルシニに届いた、最後のレナスの言葉だった。
祖父の99式短小銃に着剣して、無謀な突撃を行ったのだろう。
弾薬も、精神力も全て使い尽くし・・・・・・、
最後に残った爆裂弾を使い相打ちに持ち込む覚悟で・・・・・・。
だけど、あの、独特の爆発音はしなかった。レナスの決死の突撃は、無駄に終わったのだろう。
レナスは、かなり図太い精神力を持っていて、白兵戦の腕も持っている。
しかし、そのレナスに、風魔の矢<シュートアロー>を食らわした相手だ。おそらく、眠り<スリープ>か闇の精霊<シェイド>を使われて無力化されたのだろう。
その最後のレナスの様子を聞き取ったダルシニは、かなり焦った。
無駄に命を散らさなかった点で安堵したが・・・・・・。
そこで、昨夜からレナスに執拗にまとわり付く大蛇が反応を示したのだ。
大蛇は、ダルシニに纏わり付きながら、その耳元で・・・・・・、
「レナスちゃんは、私が助け出します。あなたは、皆を指揮して、ルイズちゃんや皆を守ってあげて。」
確かに人語を放ったのだ。
大蛇は、ダルシニから離れると、何処かへ這っていった。
少し前・・・・・・。
アニエスは仲間の傭兵達と野営をしていた。
森の中を通る間道で、正体不明の連中が動き回っている。
正体を改めて欲しい・・・・・・。
この近くを治める領主からの依頼だった。
自分の領地の道ではなくても、近隣の道ならそこの障害を取り除く義務が領主にはある。
義務をはたそうとする意味では立派だな・・・・・・。
今のところ、山賊、盗賊、妖魔の気配は無い。
あの娘は、今頃如何してるのかな?
腰に挿したマスケット短銃を撫でながら、アニエスは野営用の毛布に包まった。
アニエスは、悪夢にうなされていた。自分自身も、マスケット銃を貰った少女も、彼女に仕えるメイドたちも・・・・・・、おぞましい妖魔たちに陵辱されている・・・・・・。エルフ、これがエルフか・・・・・子供をしつける為の昔語りに出てくるエルフそのもの・・・・・・
そこで、いきなりアニエスは覚醒した。
目を開くと、馬の顔がある。服の袖を噛まれて揺り起こされたらしい。
「おっ、お前は・・・・・」
馬具に着けられた、紋章、それはヴァリエール家と、マイヤール家の物だった。
オーク鬼から自分を救ってくれた少女の愛馬に間違いない。
「乗れ、というのか?」
街道に頭を向け、苛立たしげに馬蹄を踏み鳴らすマレンゴ・・・・・・。
「すいません。隊長!!先に偵察に出ます!!」
そういうと、アニエスはマレンゴの背中に飛び乗り、マレンゴは恐ろしいほどの脚力で間道を走り抜けていった。
暗視能力があり、自分より優秀なレンジャー、しかも、ダークエルフ・・・・・・。
レナスは、ダルシニとの会話の後、すぐに捕捉されてしまった。
だが・・・・・・・
「おっ、恐ろしい小娘だな。」
ダークエルフの分隊を率いる彼は呟かざるを得なかった。
小娘は、手にしている銃はともかく、自分達がかけた魔法にも抵抗した。
なるべく無傷で捕まえろ・・・・・・。
受けた依頼に従うつもりだった。
見た目は、非力な人間のメイジの小娘・・・・・・。
だけど、彼の周りには、5人ほどの仲間が伏せっている。
恐ろしい連装銃で撃たれ、さらに、銃につけた短剣で心臓をえぐられて・・・・。
首筋を短剣で切り裂かれたものもいる。仕掛けられた爆裂弾の罠を食らったものもいる。
どう見ても死んでいる。
「おとなしく、従わないのなら、力ずくとしかないな。」
「へっ、小娘相手に10人ががかりかよ。いい趣味してるぜ」
小娘は、体にかなりの傷を負っていた。矢傷・・・・・・どう見ても普通のものではない。
それも、数箇所ある。
血を止めるために、自ら傷を焼いたようだ。
小娘こと、レナスは祖父から預かった99式短小銃に弾薬を装填する"仕草"をする。
「きな、黒長耳ども!!」
「お前は、人間にしては頭が良いようだな。危うく殺されるところだったよ。」
ダークエルフが、地に伏せた少女の頭をグリグリと踏む。
10人がかりで、無力化しようとしたところ、小娘は、槍のように銃を構えて突撃してきた。
冷笑と共に、混乱"コンフュージョン"なり、闇の精霊”シェード”を放とうとしたダークエルフたちだが・・・・・・・
小娘は銃を隊長にぶん投げたのだ。
小娘以外の全員が硬直した。
次の瞬間、小娘はナイフを引き抜いて隊長に切りかかった。
急所はかわしたが、結構な深手を負い、さらに近くにいた副隊長クラスの首筋が切り裂かれる。
そこで、ようやく再起動した隊員達が、魔法を放ちはじめた。
図太い精神力を持っているこの小娘には、抵抗可能な精神魔法での無力化は無理だろう。
ダークエルフ八人が、同時に放った魔法・・・・・・。
闇の精霊"シェード"、を使役する・・・・・・、食らったものは、過去に感じた恐怖感、あるいは自分が最も恐れる悪夢を見せられる。
街、トリステインの首都、トリスタニア・・・・・・、そこに降下する反応弾・・・・・・。
「やめろ-!!」
レナスは、この国、トリステインをそれなりに愛している。
そこに打ち込まれる最悪の兵器、反応弾・・・・・・。
首都、トリスタニアはおろか、マイヤール領、ヴァリエール領を含みトリステイン全土を焼き尽くすのに十分だ。
昔見た反応弾の爆発は、独裁者の自爆に近いものだったか、再び見たいものではなかった。
「良い悪夢が見れたか?小娘?」
レナスは、そこでようやく自分が見させられていたものが、幻覚であることに気づいた。
「呆れたな。これでも心を失わないとは・・・・・・、だが、もう戦えないだろう」
さらに、頭をぐりぐり踏まれていることにも・・・・・。
「ふん,俺と一発やりたいんならそういえよ。どっちみち、俺に勝ち目は無いしな・・・・・・」
「負傷”ウーンズ”」
ダークエルフが唱えた魔法は、心の弱いものの体を傷つける暗黒魔法だ。
図太い精神力を持っているレナスには、普通は通じない魔法・・・・・。でも、今回は違った。
「うっ、ぐっ・・・・、あっ・・・・・・」
メイド服をまとったレナスの体が、不可視の刃で切り刻まれる。
「安心しろ。すぐ直してやる。」
ダークエルフはおぞましい笑顔を浮かべながら続ける。
「治癒”キュアウーンズ”」
負傷での魔法で付けられた傷も、風魔の矢で打たれた傷、レナスが自分で焼いた傷さえも癒えていく。
「てめえ、ダークプリースト”暗黒神官”か?」
「そのとおりだ。なんなら、もう一度証明してやろうか?」
「ちっ・・・・、畜生・・・・・。」
へなへなと、地面にへたり込んでしまったレナス・・・・・・・。
もはや、小娘は、体も、心も砕かれた。ダークエルフたちは確信した。