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[28219] 【習作・ゼロ魔】ガンダールヴの右手には【オリ主・TS転生】
Name: ななふしぎ◆4f3bd7a8 ID:b7e3b52f
Date: 2011/10/22 13:12
ななふしぎと申します。

初めて投稿いたします。

皆さんの作品を読ませていただいて、自分も書いてみたくなりました。

オリ主は強いけど最強ではありません。

ルイズとサイトには敵対しません。

ダーク入ってますがギャグも入ります。

オリ設定入ります。

よろしくお願いします。

なお、矛盾点、疑問点、つっこみどころ等がありましたら、
ご指摘いただけると幸いです。

*11/06/06 タイトルを、ガンダールヴに直しました。
素で間違えてた。すいません。

*11/06/09
再構成のため、第一話以降を削除します。
加筆修正したうえで、再投稿する予定です。
申し訳ありません。

*11/06/21
プロローグから再編成、追記しました。
以前のプロローグは削除してしまいましたが、
今回作成分は、それに未来でつながる話になります。
ちょっと話数がかかるとは思いますが。

*11/07/14
オリ主の設定を追記しました。

*11/07/22
オリ主の設定を追記しました。

*11/08/13
各話を若干修正しました。



[28219] 風の慈愛
Name: ななふしぎ◆aa0197b8 ID:b7e3b52f
Date: 2011/11/17 20:49
「ごめんなさい。姉さん。」

「申し訳ない。義姉上・・・・・」

「いいのよ。”**ー*”。”**ー*”さん。私も女の子が欲しかったし。」

「ごめんね。”***”。本当は、私が育ててあげたかったんだけど・・・。
それだと、あなたも、みんなも不幸になってしまうの・・・・。」

そういって、俺の髪が撫でなれる。

それが、新しい俺の最初の記憶だった。



ここは、何所だ。そして、俺はどうしてこうなった・・・・・。

おれは、田舎村の村長?の子供らしい。上に年子の兄がいる。
両親と、母の両親と同居・・・・。あと、お手伝いさん。
年取った婆さんと若い女性の二人。
二人は、祖母と孫娘らしい。
おれは、もう少しで六歳、年子の兄はしばらくで7歳・・・・。
富豪とまではいかないが、不自由のない生活をしている。

今まで、赤子ゆえに状況がよくわからなかったのだが。
ようやく自我とやらが芽生えて、急激な違和感に襲われたのだ。

ここは、何所だ。そして、俺はどうしてこうなった・・・・・。

と・・・・・。

おれは、隠れ家の壕に投げ込まれた手榴弾の爆発から、民間人の家族を自分の身を挺して守った。
ボティーアーマーを身に着けていても、そんなことをすれば死ぬことはわかっていた。

でも、自分と国に誓いを立てて軍人になったのだ。
そんな死に方も悪くはないと思った。
どのみち、二、三発ライフル食らってたから長くは持ちそうになかったしな。

今わの際に見た、奥さんと二人の娘さんの泣き顔は今でもぼんやりと覚えている。
旦那さんも何とか涙をこらえていたな。
俺の最期を抱いて看取っくれた奥さんに、俺の本当の名前を伝えきれなかったのは残念だったな。
世話になっている村の名前は伝えられたけど、自分の名前は、途中までしか言えなかった。

「タ・・ルブ・・・の・・ナオ・・・・・・。」

そこで息絶えてしまったらしい。
まあ、しょうがないな。

だが、一つだけどうでもいいことで心残りがある。
奥さんと、娘さんの一人、なんでそんな髪色なんだ!!
桃色!!何の冗談なんだ!!

どうやら、俺は生まれ変わったらしい。
それはいい。ここが、”とんでも”な世界なのは身に染みてわかっているから。

だ・け・ど!!

この髪はいったいなんだ!!

ついでに・・・、下の方の・・・・。

ああ、そっちじゃないぞ。そもそもまだ生える年じゃないし。

生えてたはずが・・、まったくなくなっている。

というか、えぐれているのでは・・・・・。

”バシャ!!”

いきなりお湯を掛けられる。


「きゃあ、お姉ちゃん。やめて!!」

「だーめーでーす。これから髪を洗うんだから。」

「ぶー、もう。なんでこんなに、髪の毛長いの?邪魔なのに!!」

そう、俺の髪は、背中まである波打ったロングヘアーなのだ。
ここらでは珍しいらしい黒髪である。
お姉ちゃんこと、若い方のお手伝いさんによく洗われる。

思考と、言動が一致しない・・・・・、これこそが、俺が今感じている最大の違和感なのだが・・・・。

「ねえ、ねえ、もっと短く切って!!わたしもいいし、お姉ちゃんも楽でしょ!!」

「何言ってんですが!!こんなきれいな髪を切るなんて始祖ブリミル様が許しても私が許しません!!
烈風カリン様だって、長い桃色の髪をなびかせて、戦場を駆け巡ったのですよ!!」

お姉ちゃんは烈風カリンという、この国始まって以来の最強の騎士にあこがれているらしい。
女性と見まごう美貌と、その強さ、生ける伝説らしい。

もちろん、俺もその正体は知っている。隠そうとしても無駄だぜ。

・・・・・、無理あるだろ・・・・?
前世で、予備役の訓練に金髪ロンゲで参加したアホがいて(もちろん男だ。男の娘ではない。)ぶったまげた記憶があるが・・・・・。

「わかったから!!このままでいいわよ!!それから、もうお風呂一人で入れるから!!

髪は良いとして(あまり良くないが)、首に下げているネックレス。

「ねえ、お姉ちゃん。やっぱりこれ邪魔だよ。はずしていい?」

”パン”

「おっ、お姉ちゃん・・・・」

俺は自分の頬を抑え、”お姉ちゃん”を見つめる。

「・・・・・、二度とそのようなことは言ってはなりません。わかりましたか?」

「はっ・・、はい・・・・」

頬を抑え、しゅんとしてしまう。

・・・・・。

つまり、俺は男の娘ではなく、俺っ娘なのだ(頭の中だけだけどね)。

お姉ちゃんには逆らえないんだよorz

ネックレスの意味は分かんないんだけど・・・・。

この世界では、お風呂は贅沢品だ。それでも、小さいながらも俺の家にはお風呂がある。

それで、お風呂から上がると・・・・・。

「はーい、今日はこのおべべにしましょうね?」

俺を、着せ替え人形にするんじゃない!!
おかんと、お姉ちゃん二人ががりだ。たまに婆さんと御婆様も加わる。

その服、すべてが超が付く高級品だ。
女物、しかも幼女用の服に対する知識などないが、素材や仕立ての目立てぐらいはできる。

不自由のない家に生まれたとはいえ、これはちょっとありえない。

なんで、そんなものを俺が着られる(着せられる)というと・・・・。

「そろそろ、お嬢ちゃんも6歳だね・・・・。」

「ええ、またパーティになるのかしら?」

そう。何かにつけて、親せきから大量の贈り物が届けられるのだ。

とりわけ俺の誕生日、特に、バリ・・・・?何とか家、おかんの妹、叔母さんが嫁いだ家からの贈り物が物凄い。

叔父さん叔母さんと、俺と同じ年の娘と、一回りぐらい上の姉さん達と5人の家族。

特に叔母さんは優しそうで俺は大好きだ。
だけど、3人の従姉妹は、俺が叔母さんに甘えてると(仕方ねえだろ。思考と言動が一致しないんだ。)、珍獣でも見るような目で見つめてくる。なんでだ?

叔父さんも、威厳を保ってるふりをしているが、目じりが垂れてるんだよな。(俺には、バレバレだぜ。)

どうやら、叔父さんの家は、俺の家より、ずっとでっかいらしい。一度だけ行ったことあるけど、なんだろね、あれ。お城みたいにでっかい屋敷に、ものすごい数の、お手伝いさんや、執事さん。かなり無駄じゃね?
それで、従姉妹たちはかなり厳しく育てられているそうだ。

まあ、俺には関係ないけどね。今日だって、村の餓鬼どもと遊びまわって、ウサギ捕まえたり、ザリガニ釣ったり、魚とったり、兵隊ごっこしてたから。

そして、お姉ちゃんと、婆さんにとっつかまって、お風呂に放り込まれると・・・・・。

まあ、俺の一日なんてそんなもんだ。

「御嬢ちゃん、叔母様の御家から誕生日プレゼントが届いてますよ。」

今までも、服とか日用品はともかく、とんでもなプレゼントをもらっているんだが・・・・。

今回はさらに奇天烈だな。

自立型の人形・・・・、しかもバカでっかい熊のぬいぐるみ形式だ。
つまり、ガーゴイルとかいうやつらしい。もふもふである。蹴り入れると反撃してくる。

これはなかなかいいな。

さらに、小形の馬。ポニーだな。これで成獣らしい。

しっかり調教されてるみたいだね。

鞍も手綱もなしで飛び乗ってみたら、結構言うこと聞いてくれた。

馬場を一周して帰ってきたら、オトンやオカン、婆さんやお姉ちゃん、
御婆様は顔真っ青になってたな。兄貴は隅っこでいじけてた。
おじいちゃんは大笑いしてたけどね。

「さすがはわしの孫じゃな!!」

とかいって。

んでもって、最後に杖!!握りを含めて40サント程の短杖だな。
黒檀でできているこの杖、非常にバランスがいい。

杖を使って、突き、打ち、払い、さらに体術、蹴りやひじ打ち、投げをくみ合わせる。相手はもちろんぬいぐるみのぷーたんだ。

「おっ、お嬢様・・・・・。杖は、そんな風に使うもんじゃないんですけど・・・・。」

「ふはははは、さすがはわしの孫じゃな。魔法など2の次じゃ!!」

おじいちゃんはご機嫌だが、オカンやお姉さんは不満げである。おとんは困った顔をしている。

婆さんや、御婆上はにこにこ笑っているけどね。

・・・・・。実は、俺の家は魔法使いの家らしい。
魔法使い(メイジ)はつまり貴族として、魔法を使えない者(平民)を守り導く義務があるそうらしい。
俺が見たところ、ただの村長の家にしか思えないのだけど・・・。

ちなみに、俺の生まれ変わった正式な名前は、

レナス・ナオミ・ド・マイヤール

だ。

長ったらしい名前と思うが、これでも貴族としては短い方らしい。

それでもって魔法・・・・・・。

俺としては、素手でできることをわざわざ魔法なんてめんどくさいことをして
までする必要はないと思うのだが。
結構疲れるし・・・・。
でも、他の者たちはそうは思わないらしい。

おじいちゃんだけは、別らしいがね。
おじいちゃんは実はドットメイジなんだよ。
つまり、魔法の能力は最下級のレベルってことだね。

でも、知識や智謀、剣の腕、肉体能力を駆使してかずかずの手柄をたてて、今の立場にノシあがったらしい。

本当は平民に生まれたらしいが、メイジの血が混ざっていた。
もちろん大したもんじゃないけど。
ゲルマニアっていう隣の国で傭兵をやっていたとき、生まれ故郷の村で伝わる武術と魔法を組み合わせてかなりの戦功を上げて、それなりの地位になった。それで御婆様に見初められたと・・・・・。

ちなみに、俺の黒髪はおじいちゃんの血らしいね。
御婆様とオカンの髪は桃色だ・・・・・。
どうやら、ここらでは黒髪のほうがぶっ飛んでるらしい。
叔母様の家族も桃色だし。

ともかく、俺の叔父さんどころか叔母さんもおじいちゃんには一目おいてるようだぞ。
というか、自分のお父さんだからな。

叔母さん、優しそうだけど、本当はすごく強いらしいね。
信じられないけど。

そういえば、俺の家の家族、お手伝いさん達の家族を含めて、全員メイジなんだ。
でも、俺は魔法を使ったお仕置きなんて受けたことなんてないから、魔法の存
在意義がよくわからないんだけどね。

なんか、お姉ちゃんや婆さんがお仕置きとか言って杖を振うんだけど・・・・

次の瞬間驚愕と恐れの表情になるんだよね。何なんだろ。

まあ、おれは、婆さんはともかく、お姉ちゃんには蹴りを入れて、杖を奪うんだけどね。
なんか、そうしなければならないと、体が勝手に動くんだ。
杖を持った相手には手加減してはいけないって・・・・。

でも、おじいちゃんのお仕置きは結構堪えるな。

あの、やけに頑丈な杖でお尻ぺんぺんはやめてほしい。

まあ、そんな感じで、俺は黒檀の杖の扱いと、ポニーの乗りこなしで日々を過ごすようになったわけだ。

ポニーのポーたんに乗りながら馬場を走りながら弓を打つ。
まあ、流鏑馬って言うやつだ。結構な命中率だぞ。

あと、杭の上にのっけた小石を全速で走りながら杖でぶった切ったりとかね。障害物飛び越えるタイミングでやるから結構難しいぞ。

あと、おじいちゃんと一緒に狩りに行くことが多いんだが、
獲物は結構なものだぞ。ヤマドリ、烏骨鶏、穴熊、鴫、たまに猪といった王宮にでもだせる代物のはずだぜ。

でっかい豚?みたいな、足で立って歩くからかなり珍しい獲物だろうな。そいつを狩ってきたときは、家族全員に引っ叩かれて、
三日間ごはん抜きのお仕置きをされたけど・・・・。
なんでだろ?

魔法で掛けた普通のカギなんて俺、ヘアピン二本あれば開けられるけど、おじいちゃんの作った鍵だけは開けられないんだよな。
あの時はさすがに泣きが入ったね。

「おっ、そろそろ、おまえの叔父さん叔母さん達が来るころだぞ。獲物は儂が
運んでおくから、レナスは二人と従姉妹たちをお迎えしなさい。」

今日のご飯をおじいちゃんと一緒に狩ってたら、そろそろ時間らしい。

「うん、おじいちゃん。いってくる。私の腕前みせてあげてくるよ。」

そういって、おれは、ポーたんを街道へ向けて走らせるのだ。


「旦那様。前方から、無人の仔馬がまいりますが?」

「ん、なにごとだ?。」

御者の言葉に答えて公爵は馬車の除き窓から前方を見やる。

「あれは・・・・・、レナスに与えたポニーではないですか!!」

夫人が夫の傍から件の仔馬を見やる。
どうやら、遠眼の魔法を使ったようだ。

「馬具を付けています!!落馬したか、襲われたか!!急ぎなさい!!マイヤール領に急ぎ連絡を!!」

護衛についていた4頭のグリフォンのうち二頭が飛翔し、一頭が仔馬の近くへ、もう一頭が目的地に向かう。

しかし、そこまで距離は離れていなかったので、グリフォンと馬車はほとんど間を置かずに仔馬の傍にたどり着いた。

「旦那様、奥様・・・、別に暴れた様子も、荒事になった様子もないのですが・・・・・・。」

家族全員と、従者全員で仔馬を見分したところ、まったく異常はない。

次女に嬉しそうに鼻面を擦り付けていたが・・・・・・。

「・・・・・・、途中で落馬したのかもしれませんね。あなた、その子を牽いて上げなさい。」

高貴な家族を乗せた馬車は、そのまま”ぽっくり、ぽっくり”と進み始めた。

グリフォンに牽かれたポニーを連れて・・・・・。


「はあ~、良い天気」

俺は、馬車の屋根の上で寝そべっていた。

叔母さんが嫁いだ家、バリエル家だっけ?

やっぱりかなり裕福なんだな。

魔法なんかに頼ってる分、機械工学が完全に遅れているんだけど。

金と権力とコネがあれば別だ。

この馬車は中々の乗り心地だ。

屋根の上なんだけどねw・・・・・

春のうららかな温もりと、心地よい馬車の振動・・・・。

それで俺はすっかり眠りに入ってしまった。
(馬車の屋根の上でね・・・・)


「お父様!!お姉さま!!いったいあの子はどこに行ったのですか!!」

かなりぶち切れ気味の次女に老貴族タダオ(元は平民だが)はうろたえることもない。

馬車から降りるなり、父親に詰め寄る公爵夫人。

「なにを言っておるんだ。ずっと一緒にいただろ?」

「なんですって!!」

その瞬間・・・・

杖を抜き背後から迫ってくる気配に応じ・・・・、この気配は・・・・。

振り向いただけでも僥倖だ。とっさに唱える魔法を選べたのも・・・・。

確かに浮遊の魔法を放ったのだが・・・・・。

「御久しぶりです。叔母さん」

馬車の屋根からそのままの勢いで飛び降りてきた姪娘を抱きしめ・・・・
国始まって以来最強の騎士は、地面に押し倒された.

「・・・・・、まっ、まあ!!私を襲えるなんてすごいわ・・・・」

引きつった、にこにこ笑いを浮かべながら姪娘を抱きしめ立ち上がる叔母・・・・。
(もちろん、心の中で冷や汗をかいていたのだが・・・・。)

「ふふふ、カリーヌ、お主、実戦ならば死んでいたぞ。」

「うん、おじいちゃんに教えてもらったんだよ。」

”ピキ”

周囲の空気が固まった

「ポーたんのお腹の下につかまって近づいたんだよ。兵隊さんがよそ見しているときに、馬車の下に入って隠れて、そのあと、馬車の屋根で昼寝してたの。そのあと、叔母さんに抱きつけばいいって。」

「・・・・・・、さあ、お姉ちゃんたちと遊んできなさい。」

「はーい、叔母さん!!」

子供たちが仲良く(一部、というか殆どが引きつっていたが)去って行ったあと。

「・・・・・、お父様~!!いったいあの子に何を教えたのですか?」

「あっ・・・、それは・・・、だな・・・・。」

烈風が甘いのは姪娘だけらしい。



[28219] 風の苦悩
Name: ななふしぎ◆aa0197b8 ID:b7e3b52f
Date: 2011/11/11 01:16
「とぼけるのはやめてください!!」

「むっ、ぬお・・・・・]

娘から放たれた風魔法、エアハンマーを受けながら、老貴族ことタダオは

うめき声をあげる。

「危ないじゃないか!!。コモンマジックならいいが、系統魔法を使うとは何事だ!!」

タダオは次女ことカリーヌの魔法に耐えたのちにその両手を左右の手で握り占めた。

「うっ!!」

カリーヌの手から杖が零れ落ちる。

最強の騎士のはずだが・・・・・。

最弱のメイジ、ドットメイジなのに、最強のメイジ殺し・・・・・・。

カリーヌは、父親にはどうも勝てないのだ。公爵である夫のピエールだったら勝てるかもしれない。

三割ぐらいの確率で・・・・・・・・。

「義父上・・・・・・・・、なんであの娘は妻の魔法に打ち勝ったのですか?」

娘の夫が問いかけてくる。

「・・・・・、レピテーション・・・・、コモンマジックが、
意志ある者に通用するわけ無いだろうが。エアハンマーなり、
ウインドブレイクだったら、別だがな・・・・・」

「私があの子にそんな魔法を放つわけ無いでしょう。
それにしても、魔法に抗する術は、我が家にとって最大の秘術です。
やすやす公にしたら不幸になるだけです。」

下級貴族と言ってよい貴族の家に生まれた最強の騎士の称号を持つカリーヌが言う。

魔法を恐れない、貴族を恐れない、メイジを恐れない・・・・。
それこそが、魔法に抗する術である・・・・。

「平民でも魔法に抗する術があるなど、下手をすると一揆がおきますぞ。この家はもちろん、義父上の故郷や、我が領地もただではすみますまい。この国すべてが滅びますぞ。」

この国で最も高貴といってよい貴族の家に生まれ、身分違いと言ってよい娘を見初めたピエールが続ける。

そうとはいっても、貴族、メイジに飼いならされた平民では、
コモンマジックでさえ抗することは不可能だが・・・・・。
ドットメイジにして、最強のメイジ殺しである老貴族は、
精神力でこの国最強の騎士であるカリーヌに打ち勝ったわけだ。

「・・・・・、そんなことはわかっておるよ。
もちろん、そのようなことは教えておらん。
あの娘には普通のメイジになって、そこそこの家にでも嫁いでもらった方がいいと思っていたのだが。」

老貴族は立ち上がると続ける。

「わしも信じられないが・・・・・・。」

領主である老メイジは、執務室の隅にあるタンスに向かいその

中から、数々の毛皮を取り出した。

その毛皮を見分して・・・・・

「かなりの上物ですね・・・・・・。テンですか
それにしても、魔法の痕はおろか、矢傷さえまったくないのは・・・・・。」

「あの娘が取ったものだよ。あの子は獲物の目を打つんだ・・・・・。」

「はっ?・・、そんなばかな・・・・・。」

目打ちの技・・・・・、最高の猟師でなければできない
ことだ。まったく傷のない毛皮を得られる技だ。

公爵夫人の次女ならば可能かもしれないが・・・・・。
体が弱く、動物を友とする彼女がそんなことをするわけがないが・・・。

「あの娘は、生まれついての狩人だよ。
系統魔法を嫌悪しておる様子があるが・・・・・。
地水火風の力を読み取っておるようだな。
森の中では、お前でも手も足も出まいぞ・・・・。」

公爵夫人も、貴族にあるまじき奔放な生まれ育ちだったが・・。

「ブレイドだけで、オーク鬼三頭を狩ってきたのにはさすがにあきれたよ・・・・。」

「なんですって!!」
「なんですと!!」

詰め寄ってきた娘夫婦にさすがに老貴族は引きつった。

「あっ、ああ。家族全員で鞭でたたいて、三日間納屋に閉じ込めたぞ。食事も水もやらなかったから、結構堪えたはずだ。」

「あら、お父様。厨房の食材が結構なくなってましたよ。」

今まで黙っていた、老貴族の長女が口を開く。

「わしの作った鍵は、魔法でも、スカウトの技術でもそう簡単には開かないはずだぞ。」

「じゃあ、穴でも掘って逃げ出してたのね?」

この長女、セレスティーヌは、カリーヌの次女、カトレアに何となく似ているところがある。

「杖も取り上げたぞ。そもそも、ブレイド以外の魔法はほとんど学ぼうとしなかったはずだが・・・・。」

「それじゃあ、あの娘、先住魔法を使えるのね!!さすがだわ!!」

「お姉さま!!。二度とそのようなことは言わないでください!!」

のほほんとした声で、問題発言を平気でする姉に、カリーヌは怒気を孕んで声を荒げる。

「あら、そうでしたわね。ごめんなさいね」

王国最強の魔法衛視隊の隊長だろうと萎縮するであろう、
公爵夫人の怒声にもセレスティーヌはほとんど動じていない。

「ま、まあ落ち着け。狩りの腕が優れているのは悪い事ではあるまい。あとは、ふつうにメイジとして育ってくれれば良いのではないか。」

自分の姉、セレスは、本当に自分の次女、カトレアに似ている・・・・・。

嘆息しながら公爵夫人は続ける。

「わかりました。この後、私があの娘の魔法を指導します。」

「あっ叔母さん!!」

公爵夫人は物凄い勢いで飛びついてきた、姪娘ことレナスを抱きしめた。

さすがに、今回は押し倒されることはなかったが。

「あらあら、お転婆ですね。お姉ちゃんたちとしっかり遊びましたか?」

「うん、カト姉ちゃんにはポーたんすごくなついてたよ。
ルイズちゃんもすごいね。ポーたんにふつうに乗れてたよ。」

「あら、カトレアもルイズもすごいわね。エレオノールはどうでした?」

ポーたんこと、ポニーの“マレンゴ”・・・・・。
並外れた名馬である。この娘もルイズも、次女のカトレアも、体が普通だったら、マンティコア、グリフォンといった幻獣でも乗りこなせるかもしれない。

「エレ姉さん。なんか変なんだよね。私がポーたんに乗って
弓をうったり、小石切ったりするとゴーレムみたいな顔になるの。」

「・・・・・、エレ姉さんは気難しいのよ。あんまり気にしちゃだめよ」

「うーん、わかったよ。叔母さん」

一瞬、姪娘の言葉に硬直した公爵夫人だが・・・・・。

「さあ、そろそろご飯の時間ですよ。あなたが取ってきた
山や川の幸をごちそうしてくださいな」

「うん、叔母さん!!」



[28219] 風の嘆き
Name: ななふしぎ◆aa0197b8 ID:b7e3b52f
Date: 2011/11/11 22:54
晩酌になり、俺も給仕の真似ごとをする。

俺は、狩りだけじゃなく、料理もできるからな。

かなり野趣溢れるが・・・・。

俺が罠仕掛けて捕まえた赤色野鶏で、同盟軍からもらったキムチ缶いれて、チキンスープを作ったことがあるな・・・・・。部下も喜んでたけど・・・・、
?いったい何の記憶だ?

お手伝いさん二人もテーブルに着くよ。

婆ちゃんも、お姉ちゃんも実は俺の親せきなんだよな。

下級貴族の親戚なんて、結局平民になるしかないんだね。

まあ、婆さんの家は、この家の親衛隊みたいな物で、5人ぐらいのメイジがいるらしい。

でも・・・・、俺に勝てるような奴はいない感じが・・・・・

婆さんが唯一ラインメイジという・・・・・。

はっきり言って、この家からあの叔母様が生まれたのが信じられないぐらいなのだが。

それとは別に、平民の衛士がいるんだぞ。

普段は農作業をしているぞ。屯田兵だ。

一個小隊、三十人ぐらいだね。

公爵家の家族が来訪するから彼らも、正装して儀仗兵替わりを務めていたね。

さすがに食卓は一緒にしなかったけど、俺と爺さんが取ってきた獲物はかなりの数だったから、叔父さんの家の護衛と一緒に大広間で食べて貰ったよ。まあ、護衛の数は10人に満たないけどね。

そんでもって次の日・・・・。

隊長と、魔法も飛び道具もなしで模擬戦やったけど。

隊長は引き気味だたけど、おじいちゃんとオカンが完全に乗り気だったから、やらないといけないよな。

ぼろぼろに負けたけどね.
俺の攻撃はほとんどあたらない。

でも、隊長さんの木刀は杖や籠手で受け止めても俺の体に食い込んでくるんだ。
もうあざだらけだよ。

どっちみち叔父さんが治してくれるんだけどね。

「おっ、お嬢様・・・。どうしても体と心の成長という物があります。あと、数年訓練に耐えて、体と心を成長させればお嬢様も、私どころか、烈風カリン様にも打ち勝てますぞ!!」

なんとか立っている俺に向けられる言葉に妙にイラつく。

「うるさい!!!」

殆ど命中しなかったブレイドの打撃。だが・・・・。

蹴り飛ばした石は、見事に隊長の鼻面に命中・・・。

「あっ・・・・、あの、隊長さん・・・・・」

俺をさんざん木刀でのしてくれた隊長さんは、俺の石のシュートで伸びてしまった。

「お仕置きしないといかんな」

おじいちゃんが言う。

「ええ、約束を破りましたからね。」

にこにこ笑いながら、叔父さんの方の、二人目の姉さんが言う。

「カリ・・・・、いえ、奥様・・・。今のって・・・・。」
「姉さんも、そう思う?」

公爵家の家族についてきた二人のメイドさんが呟く。姉妹らしいね。
この二人、俺が作った料理ほとんど食わなかったな。
川魚の生け作りwだけはちょっとだけかじったけど・・・・。

ともかく、それ以外の他の家族は俺のナイスシュートに全員引きつっていたわけだ。

叔母さんとこの、二人目の姉さん、カト姉ちゃん、俺、苦手なんだよな・・・・。
はっきり言って怖い。
そもそも、中学生ぐらいでその胸は無いだろ。
?中学生ってなんだっけ?

「ね、あなた、剣とブレイド以外は使わないって約束したでしょ?なんで約束を破ったの・・・。」

カト姉ちゃん、背丈は女の子の年では結構ある。

しゃがみ込んで。ほっぺたを両手で挟まれては・・・・・。

「・・・、だって、悔しかったんだもん・・・・。」

「悔しかったら、ずるいことしていいの?お姉さん、そんな子きらいよ。」

「・・・・、うっ・・・・、ご、ごめんなさい・・・。」

泣くことなどありえないと思っていたのに・・・・・。
涙が・・・、いや、汗が眼から零れ落ちる。
でも、カト姉さんは容赦してくれないんだ。

「私に謝ってもしょうがないでしょ。あなたがひどいことをしたのは誰かしら?」

「・・・、はい・・・・、隊長さんに誤ります・・・・・・・・。」

俺は、フラフラと、ようやく覚醒した隊長さんに近づいて行ったのだけど・・・・・。

「いや、さすがですな。さすが烈風の血筋だけのことはある!!」

「あっ、あの・・・・、隊長さん・・・・・。その・・・・、約束を破ってしまって・・・」

「みなまで仰るな。私もかつてはメイジ殺しと呼ばれた身・・・・。遅れをとったのは私自身の未熟さゆえですからな。」

「・・・・・・、ごめんなさい・・・・・。ありがとう・・・・・。」

俺はそのまま走り出して逃げ出してしまった・・・・・


その夜・・・・、

公爵夫人の居室に、公爵領から付き添ってきたメイドの一人が訪ねてきた。

「どうしたのですか?ダルシニ?」

「ええ・・・・、ここのお嬢様ですが・・・・。」

「あの件ですか・・・・。」

「はい。足で蹴っただけであんな威力になるわけはありません。」

「・・・・・・」

「人間の中にも、素養があるものは現れるんです。あなたのように・・・。
実際に力を借りられるまで成長するものはほとんどいないですけど。」

以前、カリーヌは、自分のあまりに強力な魔法の才能について、ダルシニから指摘されたことがある。

「ブリミル教と、貴族、そして、系統魔法のせいですね・・・・。」

カリーヌには、騎士として、貴族としての誇り、ブリミル教徒としての信仰心がある。

だが、あの娘、レナスはそんなものは持ち合わせていない。
むしろ、軽蔑している感すらある。

「はい。絶対に排斥されることになりますから。私たちと同じように・・・・。」

ダルシニも、強力な魔法を使える。

「ルイズも・・・・、レナスも・・・・、どうして・・・、こんなことに・・・・。」

「カリン・・・・」

メイドの腕の中で、涙をこらえる公爵夫人・・・・。

その二つ名は烈風といった。



[28219] 剣の悲劇
Name: ななふしぎ◆aa0197b8 ID:b7e3b52f
Date: 2011/11/11 12:35
ぽっくぽっく、10歳ぐらいの少女が、ポニーに乗って道を進んでいる。

「うーん。ポーたん。いい天気だね。」

言わずと知れたレナスである。

今日は、いつもよりちょっと離れた森に行ってみようとぽっくぽっく・・・・。

森の中を通る間道なので、危険なのだが・・・・・・。

もちろん家族には内緒である。

だが、彼女のポニーは並外れた駿馬である。

襲歩(ギャロップこと全力疾走)すれば15分もかからず彼女の家の近辺にたどり着けるだろう。

しかも、背中に弓、二丁の長銃を背負い、腰に短剣と短銃まで差している。
ついでに、見事な作りの黒檀の杖も・・・・・。

これでぶん殴られればかなり痛い。
もっともそんなことするのはこの少女ぐらいのものだが・・・・。

常識的にこんなアブナイなりをした相手を幼い少女とはいえ狙う野盗なんかいるわけない。

まあ、まともな知能がある相手ならばだが・・・・。

ふと、少女が反応した。

速歩で駆っていたいたポニーを引き留める。

こちらは風下・・・・、この匂い、そして、この気配・・・・・。
この音・・・・。

「マレンゴ!!急げ!!」

ポニーは、次の瞬間、襲歩で駈け出した。

間道の、さらに脇道と言っていいほど狭い道を・・・。

こんなバカな・・・・・・・。
剣を振りながら、女性剣士は、心の中でつぶやいた。
まだ少女と言っていい年頃である。15歳で成人と見做されるとしても、まだ、剣士としては半人前のはずだ。
だが、しかし、彼女はすでに2体の怪物・・・・。
豚面をした、直立歩行の亜人・・・・、オーク鬼を倒していた。

本来は単純な仕事、もちろんそれなりの危険が伴う、村近辺の森に現れた少数のオークの群れを討伐する。

彼女自身も何度も加わったありふれた任務のはずだった。

村人たちを通じて傭兵ギルドに討伐の依頼があったのだ。
本来はこの地を治める領主が討伐するべきはずなのだが、兵の余裕がなく、
一向にらちが明かないため、村人たちが金を出し合って依頼をしたのだ。

依頼料とは別に、オーク鬼を倒せば報酬金ももらえるので、傭兵たちにとっては基本とも言える仕事である。

彼女は、傭兵ギルドの中では若手、短くした金髪と凛々しい顔立で、さっそうとした女剣士とした風情だが、荒くれどもがそろう傭兵達と共に戦えるようには見えない。

だが、彼女は傭兵ギルドの剣士で、5本の指に入るぐらいの腕利きなのだ。傭兵メイジ数人を含む、30人ほどの討伐隊に含まれるのは当然だった。

オーク鬼の数は10を少し超えるぐらいのようだ。
この面子なら余裕に相手になる。

そう思っていたのだが・・・・・・。

彼女の周りにはすでに、傭兵メイジ一人を含めて、5人しかいなかった。

他の傭兵たちは全員地に伏せている。もちろん、オーク鬼の一部も含まれるが・・・・・。

警戒をしながらオーク鬼の住処に進んでいたはずなのに、突然奇襲を受けた。しかも絶妙なタイミングで・・・・・・。
それで、半数が殺された。

オーク鬼にそのような知恵は本来ないのだが。

「おい!!お前は早く逃げろ!!」

「あいつはやばい!!ここは俺たちに任せろ!!」

「領主に伝えて、助けを呼んで来い!!」

「私が何とか食い止める。早く行け!!」

生き残った傭兵たちは、最年少で女性の彼女を何とか逃そうと立ちふさがっている。

「バカを言うな!!仲間を残して逃げられるか!!」

オーク鬼はまだ5頭残っている。
そしてそれ以上に恐ろしい存在・・・・。

”女王”がいたのだ。

オーク鬼には雄しかいない・・・・。
それは事実ではない・・・・・・。

雌が生まれることもある・・・・・。

だが、雄と違い苗床とされた人間の女の容姿と知性を引継ぐ。

しかし、その本質はオーク鬼そのものだ。

先住魔法を扱え、人間並みの知能を持つ雌オークに、雄オークは絶対の忠誠を誓うのだ。

それ故に”女王”・・・・。

”女王”が口語で何かをつぶやく。

石礫と、草木の枝が刃となって傭兵たちを襲う。

一人の傭兵が倒れたが、他は何とか持ちこたえた。

しかし、そこにすぐにオーク鬼のこん棒が振り下ろされ、剣戟と魔法が飛び交った後には、傭兵たちは物言わぬ肉塊に成り果てた・・・・・。

たった一人の女性剣士を残して・・・・。

「あなた、なかなか強いわね・・・・。それに、すごくきれい・・・・。いい子が産めそうね・・・」

”女王”が、鈴のなるような声で言う。
その容姿はどう見ても美しい少女だった。
それ故に、その悍ましさがより深まる・・・・。

「ふっ、ふざけるな!!」

剣を振って切りかかるが、オーク鬼の一頭にこん棒で胸板を打たれて、弾き飛ばされる。

「だめじゃない。傷つけたら。使い物にならなくなるでしょ。」

雌オークの言葉と共に地から石礫の嵐が舞い上がり、オーク鬼を打ち据える。

「あなたたち、準備しなさい」

残りのオーク鬼たちは”女王”の言葉に、巨木に叩きつけられた女性剣士に醜い顔を歪ませて近づいていく。

女性剣士は、まだ意識を保っていた。

しかし、オーク鬼の打撃を受け、剣は弾かれ、鎖帷子ごと服をはぎ取られた。

予備の短剣はまだ持っていたが・・・・、潔い死か・・・・、
それとも、最も悍ましい生か・・・・・・。

どのみち・・・・・、復讐は遂げられないことは確かだ。

自分の覚えている原風景・・・・。炎に包まれる生まれ故郷の村・・・・・。

せめて、あの時、一緒に焼かれていればよかったのか・・・・。

諦観と共に、短刀で自分の首筋を掻き切ろうとした瞬間・・・・。

”ダーン!!”

銃声が響き渡った。

”ダーン!!”

二発目の銃声・・・・。

2頭のオーク鬼が崩れ落ちる。

白馬の王子、そんなものが自分に現れるわけが無い事は解かっていて、そもそもあこがれもない。
それに、実際現れなかった。

現れたのは、青毛の仔馬に乗った少女だった。

「ぶひっ!!」
「なっつ・・・・。」
「んだ?」

突然の銃声と騎乗の少女の出現に驚いたオーク達・・・・。

それを尻目に、少女は二丁の長銃を投げ捨てると、背負った弓を素早くつがえる。

その放たれた矢は狙い過たず、一頭のオーク鬼の
眼球に突き刺さり、矢尻までめり込んだ。

残るオークは、”女王”を含めて3頭のみ。

我に返ったオーク鬼の一頭がこん棒を振りかざして、仔馬ごと少女を叩きつぶそうと走り寄る。

しかし、オークははるかな手前で地に足を取られて無様に地面に転がった。

そこへ、弓を捨てた少女が、杖を引き抜きながら仔馬から飛び降りた勢いそのままで襲いかかる。

光刃をまとった杖は、うつぶせに倒れたオーク鬼の延髄を貫いた。

”女王”が口語でつぶやく。

だが、少女は石礫の嵐を杖を振い、身でかわし、籠手で受け止めて完全に凌いだ。

唯一残ったオーク鬼の雄、愚かな知能しか持たないオーク鬼の中でも、彼はかなり賢い存在だった。

体もオーク鬼にしては貧弱で、醜い人間に見えないこともない。だから、それゆえに、目の前の人間の雌が恐ろしい存在であることが分かった。
それこそ彼らの、”女王”と同じぐらい・・・・。
しかし、女王を守るためならば・・・・・。
握りしめた戦斧を振りかぶろうとして・・・・。

「やめなさい!」

彼は、”女王”の言葉に従った。

「今後あなたの周りや近くの村には近づきません。私たちを見逃してもらえませんか・・・・。」

「・・・・・・、できないな。人を襲う者をほおっておくのは無理だ・・・・。」

少女の言うことはこの世界では至極まっとうなことだ。

”女王”も理解していた。自分たち二人ではこの少女には勝てない。精霊に愛された人間の娘には・・・・・・。

「・・・・・・、では、私が身を捧げます。殺すなり、奴隷にするなりなさってください。
だけど、弟の命だけは許してやってくださりませんか。」

”女王”はやけに丁寧な言葉で命乞いをする。

「あっ、姉貴・・・、おでが死んだ方がいいだ。殺すならおでにしろ・・・。」

貧弱なオーク鬼が訛りの強い人語を放つ。

弟・・・・、弟だと!!それに姉・・・・?
少女の心の中で何かが弾けた。

”パン”

「!!!。つっつ!!もういい!!」

少女は、最後に残っていた銃器、短銃を発砲した。銃弾はオークたちの足元に着弾する。

「とっとと消えろ!!」

”女王”は一礼すると、双子の弟を連れて森の奥に去って行った。

「くっそ、なんだっていうんだよ・・・」

少女は毒づきながらも装備を整え直した。

その様子をおぼろげに見ながら、女性剣士の意識は薄れていった。

ここはどこだ・・・・・。
女性剣士が観たものは、いつもの安宿の天井ではなかった。

鬱蒼と茂る森の屋根、その下で自分は寝かされているのだ。
近くに、火を起こして何かの料理を作っている少女がいる。
詰め寄ろうとして、体を動かしたところ激痛に見舞われた。

「おとなしくしててください。骨が何本か折れていましたから・・・・・・。」

調理をしながら少女は言う。

「・・・・、私は確か…、オーク鬼に襲われて・・・・・。」

「安心してください。オーク鬼は”女王”を含めてすべて、倒すか退けました。」

「でも・・・・・・、人間の側で生き残っているのはあなた一人だけですけどね・・・・・。」

「なっ、お前は、吸血鬼かエルフか!!!」

傷が痛むだろうにあわてて距離を取ろうとする剣士に少女は嘆息した。

「私が吸血鬼って、そんなわけないでしょう。あなたのお仲間のことです。
オーク鬼を追い払った時には、まだ何人か息があったんですけど・・・・・・。」

「私の応急手当で何とかなったのは、あなただけでした・・・・・。」

「君が・・・・、助けてくれたのか・・・・・。」

少女は長銃をかかえ、地面にも二つの長銃を置いている。短銃も杖も腰に差しなおしている。


「・・・・、ここは、しばらくは安全です。安心してください。すぐに助けが来ますから」

そこで、剣士はふと疑問に思う。

「君の馬はどうしたんだ?まさか・・・・」

「助けを呼びに走らせました。そんなに時間はかからないはずです。」

そういうと、少女は鍋を掬い、木の器に移した。

「薬湯を作りました。飲んでください・・・・。」

差し出された器に入った液体は、ハーブと野草、根菜で作られていて、匂いはきついが食欲を妨げるような物ではなかった。食欲はさほどない。だけど、怪我を負っていて、そのうえ食事もとらないのでは、先に待っているのは死だけだ。

少女も同じように薬湯を啜っている。

お互い食べ終えたうえで剣士は語りかけた。

「・・・・、ありがとう。君は薬師なのか・・・・・・。
それにしても、オーク鬼を4頭も一人で倒して、あのオークシャーマンを追いやるとは・・・。」

「まあ、私も戦闘の訓練は受けていますからね。民を守るのは私たちの仕事ですから。」

周りには、目の前の少女が倒したであろう4頭のオーク鬼の死体がある。
オークシャーマンとその護衛の姿はなかった。

この娘は、貴族なのか?それにしては、銃と弓を使い、魔法は使わなかった様な?いや、最後の杖の一撃は魔法なのか?

「オークは、時々ああやって、強い人間の血を取り入れるそうですよ。」

先ほどからそれほど時間は立っていないようだ。
オークシャーマンの言葉がよみがえる。

「危ないところでしたよ。どうやら、彼らはあなたを狙っていたようですから。」

剣士は、少女が自分を見つめる目が変わったことに気付いた。

「ところで、お姉さん・・・・・。」

「アニエスだ・・・・。」

「お姉さんこそ、なんでこんな危ない・・・、傭兵なんてやってるんですか。そんなにきれいで、かわいいのに・・・・。」

きれい・・、かわいい・・・・!!
剣士は今まで生きていてそんな言葉を掛けられたことが無かった。

こなをかけてくる傭兵仲間はいたが、すべてこぶしで黙らせてきたのだ。

そこでふと、気づく。同性の、しかも自分よりかなり幼い少女だと思って気にも留めなかったが。

自分は、下着だけの姿に包帯を巻かれていたのだ。

「引き締まった体に・・、傷一つ無い・・・・・・。
それに、その顔・・・・・、すごくきれいなのに、自分で否定している。
強いけど、時々弱気にになる。それが、よくわかります・・・・・。
まるで、私のお母さんそっくりです・・・・」

レナスは、自分の母親の面影を、女剣士アニエスに重ねる。
男装するほど無鉄砲ではないようだが。

少女の手が、剣士の頬に添えられる。

剣士の背筋に”ゾワリ”とした感触が走った。

「私は、あなたのような人が好きですよ」

「きっ、君は・・・、その手の趣味があるのか?」

この国トリステインの紋章は白百合である。

「ふふふ・・・、変なことを言いますね」

剣士は、本気でこの娘が吸血鬼なのではと疑いたかった。

「私は正真正銘・・・、人間の男の娘ですよ。」

は・・・・?

「・・・・、マジにとらないでください。付いてるものはまだついてないけど、
付いてないものは最初からついてませんから」

そう言いながら、少女は剣士の胸に手を伸ばす。

ぽよん・・・・・。

「・・・・、鍛えているのにこれだけあるのはすごいですね。Cぐらいですか・・・・・。」

すっと、剣士の手を取って、自分の胸に導く。

「トリプルAです・・・・」

なんだ、そのよくわからん表現は!!
おっ○いの大きさを気にしているのは解かるが、だったら自分から話を振るな!!

「あっ、あの、だな。命を救ってくれたことは感謝するし、その後の手当も感謝する。
だけど!!、ふざけている場合ではないだろう!!」

剣士の恫喝に少女は怯える様子はなかった。

「・・・・・、ふざけていないぞ。あなたが、女として魅力的なのは確かだ」

いきなり口調が変わった幼い少女に、女剣士は絶句する。

「だが、戦うのは男の仕事だ。女には男にはできない、子供を産み育てる仕事がある。
私も女だが、多分その仕事はできないんだ・・・・」

女性が兵士として戦う場合、様々な障害がある。剣士もそれを十分に体験していたが。

それでも、男に混じって戦いながらもそれは何とか克服している・・・・・。

「きっ、君は・・・・・・・・・」

少女はそれには答えず・・・・・・・・。

「助けが来たようですね・・・・・。」

何のことかと思ったが、しばらくして、複数の馬蹄の音が近づいていることに気付いた。



[28219] 剣の喜劇
Name: ななふしぎ◆4f3bd7a8 ID:b7e3b52f
Date: 2011/11/04 09:58
馬蹄の音とともに現れたのは、やはり少女の駆る駿馬であるマレンゴだった。
(ポーたんは少女が勝手につけた愛称である)
そのあとに続いて、騎乗した二人の女性が現れる。

なぜか二人ともメイド服を着ているが・・・・・
メイドの一人が肉塊になった傭兵、それに急所を貫かれて息絶えている4頭のオーク鬼を見分して・・・・・

「お嬢様!!マレンゴだけ戻ってきて何事かと思えば・・・・・・・・、この手紙はなんですか!!」

”負傷者に遭遇。女性ゆえにダルシニさんと、女性メイジの救援を望む。
衣服が破損しているために替えの衣服を望む。なお、メイド服が望ましい。”

「オーク鬼と戦ったなんて書いてないですよね。
今度という今度は許せません!!」

メイドが振った平手は、少女の頬をとらえ・・・・。少女は吹き飛ばされた・・・・。
地面に倒れ伏した少女のこめかみからドクドクと血が流れ出る。

「ちょ、ちょっとまて!!君たちはこの娘に仕えるメイドじゃないのか。
私はこの娘に助けられたんだ!!なんで、そんな怪我をさせるんだ!!」

「私は、メイドですけど、この娘の従姉妹です。」
少女の頬を張ったメイドが答える。
「・・・・・まったく手ごたえが無かったですけどね。
この馬鹿、自分で跳んで威力を消そうとしたんですよ。見事に石にぶつかりましたが・・・・・。
ダルシニさん。お願いします。」

「しょうがないですね・・・・。」

もう一人のメイドが、杖を抜いて呟いた。
自分から石に頭突きをかました少女の傷はみるみるふさがっていく。

「いててて、いきなり引っ叩くことないでしょうが!!エミリー姉さん!!」

「あなたが全部自分でやったことです!!」

傷が癒えた少女を”お姉さん”は今度は軽く引っ叩く。

「それはそうと、あなた・・・・・。」

「アニエスだ。傭兵をやっている・・・・。」

「まさか、この娘を巻き込んだんじゃないでしょうね。」

メイドは明らかに殺気を放っている。
いまさらながら、腰に、杖を差していることに気づいた。

「いっ、いや、本当なら私はオーク鬼の慰み者になるか、殺されていた。その娘に助けら
れたんだ。」

「・・・・・・、嘘ではないようですね。ダルシニさん、治してあげてください。」

「ええ・・・・・・」

もう一人のメイドが杖を振うと、少女の応急手当を施された女剣士の傷はみるみるふさが
っていく。

「手ひどくやられましたね。鎖帷子を引きちぎるなんて恐ろしい・・・・。」

無理やりに引きちぎられた服と鎧、そのせいで肌に傷がついていたのだが、メイド、ダルシニの魔法はその傷をも癒した。

女傭兵アニエスの傷が癒えたのを確認して、もう一人のメイド”お姉ちゃん”が動き出し
た。

手早く、持ってきた服をアニエスに着せていく。

「お嬢様、オーク鬼と勝手に戦ったのは、お仕置きものですけど・・・・・・・、替えの
服をメイド服としたのは褒められますね。」

そう言われて、アニエスは強引に着せられている服が、少女以外の二人と同じつくりなの
に気付いた。

「メイド服、似合ってますね・・・・・」

少女がほっぺたを押さえながら言う。

「今回で懲りたら、その衣装が似合うように女を磨いて、どこかの貴族にでも仕えた方が
いいですよ。」

アニエスは、そこで、着せられたメイド服が、かなりの上物であることに気づいた。
さらに、少女が腰に差していた短銃を差し出す。

「持っててください。役に立つはずです」

「な、こんな高価なものを、もらえるか!!」

銃は、平民の牙の中でも最高峰の物だ。剣や槍、弓よりはるかに値が張る。

「では、貸します。必ず返してくださいよ・・・・・」

なにを言いたいのかはわかる。早い話、死ぬなと言っているのだ。

「ああ、必ず返すよ。それまで待っててくれ。」

いつになるのかは解からない。すべての復讐を遂げた時に、この少女の前に現れられるだ
ろうか。

「・・・・・、それで、確認したいことがあるのですが・・・・・・」

「うん?なんだ?」

「アニエスさん達、亡くなった傭兵さん達も含めてですが、何所の依頼で動いていました?」

「ええ、狩りに入るぐらいなら問題ないのですが。オーク鬼の討伐にお嬢様
が手を貸したとなると。余計な貸しを隣の領主にあたえたことになります。」

少女の家は小さい領地ながら、それなりに王家や大貴族たちにコネクションがある。

この惨劇があった場所は隣の領地、隣地の領主の娘がオーク鬼討伐に手を貸した・・・・・・。

領主の無能を語っているようなものである。

しかも、少女はこの国始まって以来最強の騎士と言われる烈風カリンに溺愛されている。

「ああ、近くの村人たちから、傭兵ギルドを通して依頼を受けたんだ。依頼料は領主との
折半だな・・・・・」

「幸運に感謝した方がいいですね。もしこの娘が傷一つ追っていたら、あなたを含めて関
係者全員が死ぬより恐ろしいことになってましたよ。」

あんた、今、従姉妹に怪我させただろ・・・・・・。

心の中で突っ込むアニエスであった。

「そういうことになると、私たちはこれ以上手を貸せません。
オーク鬼の死体の処理、お仲間の埋葬などは、傭兵ギルドを通していただかないと」

少女が申し訳なさげに言う。

「馬は一頭多く牽いてきましたから、使ってください。私たちはこれで失礼します。」

少女と、メイド二人はそれぞれの馬に飛び乗った。

「もちろん、お嬢様、このままで済むとは思わないでくださいね。
叔母様、叔父様には伝えませんが、旦那様には全部報告しますよ。」

「うっ・・・・・・、勘弁してよ」

少女の祖父も彼女を愛しているのだが、メイジとしてはさほど強力ではない分、
その体罰は半端じゃないのだ。

特に公爵家から派遣されてきた強力な癒し手のメイド、ダルシニが来てからは容赦がなくなった。

「マレンゴ!!」

駿馬の脚力に生かして逃げ出そうとした少女だが、ダルシニが杖を振うと駿馬は困惑した表情で佇んでしまう。

「さあ、ちゃんとおうちに帰りましょうね?」

メイド二人に馬ごと連行される少女を呆然と見つめていたアニエス。

そこで、ふと気づく。自分の格好は・・・・・・、あの二人のメイドと同じじゃないか。


ぽっくりぽっくり・・・・・・。

メイド姿の若い女性が馬に乗って間道を進んでいる。

メイドが馬に乗ることはあまりない。

騎乗の権利は、貴族にしか与えられないからだが、それはあくまでも建前。田舎では馬以外、有効な移動手段などないから。

それでも、メイドは普通馬には乗らない。

奇異の目で行きかう村人たちに見られるが、次の瞬間ぎょっとした表情で、あわてて目を逸らされる。

メイドが馬に乗るのはいいとして、剣を腰に差したり、短銃を持ってたり、
ついでに鞍に、血にまみれたずだ袋をぶら下げていたりはしない。

短くした金髪にメイド服を着ている。
ご丁寧に、エプロンやヘットドレスも装着(され)済みである。
言わずと知れた女傭兵(メイド)アニエスであった。

あの後、貴族の少女とメイド二人に去られて、アニエスは途方に暮れていたが・・・・・・。

30人近い傭兵仲間の埋葬は一人では無理だ。オーク鬼討伐の証拠として、鼻だけ切り取
って袋に詰めて、傭兵ギルドに向かっているのだが・・・・・・。

自分の姿はあまりにも異様らしい。そんなにメイド服が似合わないのか・・・・・・。
ちょっと悲しくなるアニエスであった。


”カラン”
羽扉があき、付けられた鐘の音と共に、一人のメイドが入ってきた。

「おいおい、嬢ちゃん、来る店間違えてねえか?」

「俺たちに御奉仕してくれるってんなら別だがな!!」

荒くれどもがそろう、傭兵ギルドを兼ねる宿屋に、確かにメイドの姿は不釣り合いだ。

しかし、次の瞬間、軽口をたたいた傭兵の喉元に剣が突きつけられていた。

「御奉仕とは、こういうことか?」

「ア、アニエス・・・・・・」

事態を静観していた、店主がつぶやく。

その目の前に、メイド剣士アニエスが、ずだ袋を放り投げた。

改めると、オーク鬼の鼻が入っている。

「オークシャーマンが混じっていた。私以外は全滅だ・・・・・。
流れのメイジに助けてもらったが、もし彼女たちがいなければ、
私もどうなっていたかわからないな。」

店主を含め、店内の全員が聞きたいことをスルーして任務報告をするが、そうは問屋が卸さない。

「ア、アニエス、お前、発狂したのか・・・・・・。」

「なんなんだ、その恰好は・・・・・。」

「おまえ、銃なんて持ってたか?」

あくまで冷徹な表情を保とうとしていたアニエスだが、瞬時に羞恥に染まった。

「そのメイド服、かなりの上物だな。それにマスケット銃・・・・・・、このあたりで使い
こなしているのはマイヤールの御嬢さんぐらいのはずだぞ」

代表して、店主が問いかける。

なんで普通の服に着替えなかった?それはこの世界の服って結構高い。結構スカンピン
だった彼女は傭兵ギルトで依頼の後金をもらわないとどうしようもなかったのだ。

「うっ・・・・・・、言えないんだ。迷惑がかかる。だけど、オーク鬼を倒して、オーク
シャーマンを追い払ったのは確かだ。」

「・・・・・・、あの御嬢さんはかなりの腕だからな。おれもあそこの旦那さんと一緒に冒
険したことはあるからよくわかるよ。」

そこで、店主は改めてメイド服を着たアニエスの姿をじろじろと眺めた。だが、それは決
して好奇や好色の類からくるものではない。

「なあ、アニエス。お前、もう傭兵から足洗ったらどうだ。お前の器量と剣の腕なら、雇ってくれるところはいくらでもあるぞ。そのメイド服とマスケット銃、マイヤールの御嬢さんからもらったんだろ。」

「なっ、バカをいうな。私が貴族に仕えるなど・・・・・・」

でも、あの娘に仕えるというのはいいかもな・・・・・・。

思わず、顔がにやけてしまうアニエス・・・・・・。

「俺だって人を紹介するのが仕事だ。それなりのつてはあるぞ。」

あわてて、アニエスはフヤケタ顔を戻した。

「今のところ、そのつもりはないな・・・・・・」

「・・・・・・、まあ、後金は出すし、死んだ傭兵連中の葬式はだす。
新しい服買って、そのメイド服は大事にしておけ・・・・・・」

人生経験と、人間観察が長い店主には、大体御見通しだった。



[28219] 虚無への癒しその1
Name: ななふしぎ◆4f3bd7a8 ID:b7e3b52f
Date: 2011/11/11 23:12
「あっつ、あのくそガキ!!、ただで済むと思っるんですかね!!」

女(メイド)剣士、アニエスを助けた後、貴族の令嬢は馬ごと家に連行された後、結構物凄い罰を受けた。

それこそ、ヴァリエール家に知られたら私兵すべてを引きつれて攻め込まれるほどの。

書いたら”消される”ほどの拘束をされて納屋に閉じ込められた少女は、次の朝様子を見に来た従姉妹であるメイドの目には映らなかった。

マジで、少女は魔法なしで閉じ込められた納屋を抜け出したのだ。

ついでに、自分の部屋に置手紙を残しておいてある。

”ちょっと野宿します。探してください。無理かもしれないけどw”

家族と親衛隊、屯田兵が汗だくになって、探し回った。

その結果、巧妙に偽装されたシェルター(仮の野営施設)が近くの森の中で見つかり、中ではまだ温もりのある炭火、さらに残っている鍋料理があった。

「まだ、暖かいです。近くにいるはずです!!」

このメイドは、平民と言ってもかなり地位は高い。

その命令に従って、屯田兵達は捜索するべく散っていく。

結局メイドの従姉妹であるマイヤール家の令嬢は見つからなかった。

ついでに、彼女の愛馬であるポニーの”マレンゴ”もであるが。

疲れ果てて、屋敷に戻ったメイドは、少女の部屋に向かった。もしかして何かの手がかりがあるかも・・・

そうしたら、新たな手紙が置かれていたのである。

"叔母さんの家に遊びに行きます。ぜひ伝えてください。"

冒頭に戻るわけだが。

メイドが、鷹便を使いヴァリエール家に使いを出そうとした頃には、少女は駿馬ポーたん事”マレンゴ”を駆ってヴァリエール領に向かって疾走していたわけだ。

手紙を受け取ったヴァリエール家は、あわてて愛する姪娘を受け入れる用意をしたわけだが・・、姪娘は現れなかった。

馬小屋に、ポニーが一頭増えていることにも気付かなかったわけだが・・・・・。

「待ちなさい。ルイズ。まだ、お説教は済んでませんよ!!」

厳しい母の言葉に逃げ出したルイズ。

「ルイズ御嬢さんも難儀なものだな。」

「本当、上のお嬢様方も、マイヤールのお嬢様も優秀なのに・・・・。」

ルイズは、使用人たちの影口をききながら、藪に隠れていた。
ルイズは必死に涙をこらえている。
姉たちはもちろん、同じ年の従姉妹も、そこそこ魔法を使える。
でも、自分はまったくうまく使えない。
いつでも爆発を起こすのだ。

その姿をひそかに見つめるメイド姿の少女が一人・・・・・・。見た目は10代初めに見えるが、ここハルケギニアでは幼いころから働きに出される例も珍しくない。それゆえ、違和感を周囲に与えることもないのだが・・・・。

「まったく・・・・、下手くそだな。ルイズは・・・・。頭隠して尻隠さずかよ・・・・」

それでも。使用人の目を上手くすり抜けてお気に入りの場所にこもるルイズも、結構才能があるといえるわけだが。

しかし、少女の口調は、メイドとしてはあり得ないものだが・・・・・。


庭にある小池の小舟に、毛布にくるまって泣いているルイズ。

ここは彼女だけの秘密の場所だ。

彼女は魔法をまともに使えない。上の二人の姉はもちろん、同じ年の従姉妹も、一応使えるのに。

母親や、上の姉、家庭教師に叱られて、ルイズはよくここに逃げ込むのだ。

「あんなところに隠れたつもりでも、みんなにバレバレだってば。まったく、そんなところで気を使うぐらいなら、もっと優しくしてやればいいのに。」

呟いたのは、メイド服姿の少女。
先ほどから実はルイズを追跡している。

「しょうがないなあ!!」

ルイズの乗る小舟は、池の岸からはそれほど離れていない。

でも普通に飛び移るのは困難な距離だ。

ちょっと、きびしいかな。
まあいいや、落ちてもずぶ濡れになるだけだし。
ついでにザリガニでも捕まえてお土産にして、洗ってメイド服を返そう。

岸からボートまでの距離を目算し、必要な助走、
自身の身体能力を計算し・・・・・、
結局、賽子の目次第とわかる。
分が悪い。
でも、結局・・・・。

「とう!!」

突っ込みいれたい掛け声と共に、メイド少女は飛翔した。

もちろん魔法も一切なしに。
そもそも杖持ってないし。


「えっ・・・・、なに・・・・」

秘密の隠れ家のはずの小舟が揺さぶられてまどろんでいたルイズは眼を覚ました。

ふと見ると、小舟の船べりにメイド姿の少女がしがみついていた。

下半身、ずぶ濡れで・・・・・。

上半身は乾いている・・・・・。

賽子の目が一つ足りなかったようだ・・・・。

「こんな小舟で何やってるの、ルイズちゃん」

マイヤール家の長女にして、従姉妹である少女が語りかける。

「あなたこそ、そんな恰好で、ずぶ濡れになって何やってるのよ。レナス・・・・」

公爵家3女、ルイズの問いかけの方がよっぽどまともだった。

「あなた、なんでここにいるのよ。それに、なんでメイド服着てるの?」

濡れたメイド服のスカートを絞って水を落としている従姉妹にルイズは問いかける。

「なんでって、ルイズちゃんと遊びに来たんだよ。

この服は、ちょうど私と背格好が似ている娘がいたから交換したの。今頃ベットでぐっすりねてるかな?」

「・・・・、それは良いとして(よくねーよ)、なんでわざわざ池に入ってまで船に来たの?」

「いやだなあ?私も服着たまま池に入るほど馬鹿じゃないないよ。飛び移ろうとして失敗しただけだよ。」

「あんた、コモンマジック使えるじゃない。フライ使えばいいんじゃないの?」

「・・・・・・、杖を取り上げられたんだよ。しょうがないじゃない。」

ルイズは、小舟の位置と岸への距離を見やる。
鍛えた兵士でもまず無理な距離である。
どうゆう身体能力してるのよ・・・・。
ついでに頭脳構造も・・・・・・・。

メイジとて、杖が無ければただの人・・・・。
この世の摂理ではあるが・・・・
この従姉妹の場合・・・・・

「・・・・、あんた、馬鹿だったのね・・・。」

ただの馬鹿らしい・・・・

端的な指摘に、グラっときたメイド少女ことレナスだが・・・・・・。

「くくく・・・・、ふふふ・・・・・、はーははは!!」

見事な三段階敵笑いをおこない・・・。

「ふふふ・・・・・・・、私の本性を見破るとはルイズ・フランソワーズ・・・・・・、やはりただものではなかったな。」

「・・・・、誰でも知ってるわよ、あんたが馬鹿だってこと・・・・・。
そう言えば、今日あなたが、急にうちに来るって話していたわね 」

メイド少女は、ルイズに背を向けて湖面にのの字を書いていた。

「ちい姉さまがすごく怒ってたわよ。あんなちい姉さま、見たことないわ・・・。」

その言葉に、ギョッとしてレナスが振り返る。

ルイズが言うちい姉さまことカトレアは、実はレナスが最も苦手とする一人だ。

「あっ、私用事思い出した。帰るね。」

そのまま、小舟から岸に向かって跳ぶメイド少女。

・・・・・・。

岸から助走をつけて跳んでも足りなかったのに・・・。

ドボン!!

どうやら彼女は、杖が無くてもただの馬鹿らしい・・・・・。



[28219] 虚無への癒しその2
Name: ななふしぎ◆4f3bd7a8 ID:b7e3b52f
Date: 2011/11/11 23:22
「あなた、結局何しに来たの・・・・」

小舟の上に再び這い上がってきた従姉妹ことレナスに向かってルイズは問いかける。

「かっ、火薬が全部台無しに・・・・・・」

下半身どころか、上半身、髪まで含めてずぶ濡れである。

メイドもどきは、背中に2丁の長銃を背負っていた。
その弾薬と、おまけに弓矢と、短銃と短剣・・・・・。

重さは全部で20キロ超えるんじゃないか・・・・.

「だから、言ったじゃないの。ルイズちゃんと遊びに来たって・・・・・]

メイドもどきことレナスは、自分の黒髪を絞っている。

ぽたぽた黒髪から落ちる水滴を見ながらルイズは嘆息する。

「あなたには、わからないわよ。すごく自由で、なんでもできるんだから。あの、お母様もあなたには優しいし・・・・・・」

「カリーヌ叔母さんは優しいでしょ。わたしはカトレア姉さんが怖くてたまらいんだけどね・・・・・。」

「・・・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・!」

お互いの意見の相違に、
見つめあう二人の少女。

よく見るとこの二人の少女、よく似ている。

双子と言っていいぐらいに。ただし、髪の色は桃色、黒色とまったく異なっているが。

「・・・・・、まあいいや。ルイズちゃん。結局こんなところでどうしてるの。」

「・・・・・、だって、私魔法上手く使えないいだもの。
お母さんや、大姉さまや先生に叱られるんだもの」

そこまで魔法にこだわるか・・・・・

嘆息しながらレナスはルイズに語りかける。

「ねえ、ルイズちゃん。私今、杖持ってないよ。
鉄砲使うのは得意だけど、濡れちゃったからもう使えないね。
でも、まだこれがあるよ。」

そう言いながら、背中に背負った弓を見せる。
矢筒にも、10本ほどの矢が収まっている。

「えっ、なにそれ。銃も弓矢も平民の下賤な武器よ!!」

「ルイズちゃん・・・・。叔母さん・・・、あなたのお母さんはすごく強いみたいね。でも、私たちのおじいさんには勝てないんだよ・・・・・・。」

?ルイズは首をかしげた。ルイズの母は過去トリステイン最強の騎士と呼ばれていた。
母の父親、自分にとっての祖父がメイジ殺しと呼ばれるほどの存在なのは知っているが。

「ねえ、あそこにリンゴの実があるよね」

ヴァリエール家の庭には様々な樹木が植えらている。

レナスが指さしたのは、80メイルほど先にある木に実ったリンゴだった。

「あれ、食べたいな。ルイズちゃん、どうすればいいかな。魔法で何とかならない?」

ルイズは困ってしまった。この従姉妹の馬鹿っぷりで使用人はもちろん家族にもすでに所在が割れているに決まっている。

「念力の魔法が使えても、あんな遠くじゃ無理よ。
・・・・・、メイドか執事に頼めば取ってきてくれるわよ」

「えー、めんどくさいし、それに迷惑でしょ?]

あんたがここにいる時点で迷惑極まりないのよ!!

心の中で叫んだルイズだが・・・・

「じゃあ、私はあのリンゴ食べたらすぐ帰るからw」

今度は、ルイズがぎょっとした。

「ひい!!」

矢筒から矢を抜き出した従姉妹にルイズは思わず悲鳴を上げてしまった。

「なに、ち○ってるの?ルイズちゃん?」

レナスは情けない従姉妹を気にせずに、装具をあさりだす。

「80メイルとなると・・・・・、これかな?」

釣り糸と言われるかもしれない代物。でもほかの方途にでも使えるということで。

二人が乗っている小舟は結構揺れる。

「ルイズちゃん、よく見てて・・・・・・」

揺れるボートの上で矢をつがえた弓を構える
メイド姿の少女。なぜか全身ずぶ濡れだが・・・・・

次の瞬間、放たれた矢は、見事に熟れたリンゴを射抜いていた。

くい、くい、と糸を引くメイド姿の少女、その先には矢に射抜かれたリンゴがあった。
矢からリンゴを抜いて、腰から短刀を抜くと・・・・
(どこに隠していた!!そんな危ないメイドいるか!!)

手のひらの上だけで器用に皮を剥き、芯をを取った食べやすい形に切り分け、ルイズに差し出す。

従姉妹の所業に唖然としていたルイズは反応しなかったが・・・・、レナスは無理やりルイズの口を開けてリンゴを突っ込んだ。

「ぬっ・・・むあ、なにすんのよレナス!!」

「食材用ではないようですが、結構おいしいですね」

従姉妹の抗議に平然としてリンゴを食べつづけるメイド、もといレナス・・・・・。

「ルイズちゃん。私と同じ事がができますか?」

「なっ、何言ってるのよ。貴族が下賤な平民の武器なんて使わないわ!!」

「それじゃあ、ルイズちゃん、あれ取ってきて。
まだリンゴなってるよね。結構おいしかったけど。」

「そんなこと!!できるわけないでしょ!!念力なんか届くわけないと・・・・・」

そこでルイズは言葉をとぎった。

「このリンゴおいしい?ルイズちゃん?」

普通のメイジではできない、やらないことを、魔法を使えない状態でやってのけたのだ。

目の前のフザケタ恰好をした従姉妹は・・・・・・。

「ええ、とってもおいしいわ・・・・・・・。」

ルイズはそう答えるしかなかった。



[28219] 虚無への癒しその3
Name: ななふしぎ◆4f3bd7a8 ID:b7e3b52f
Date: 2011/11/18 00:09
「しょうがないね。それじゃあ、せめてあの木のリンゴ、まだ10個ぐらいあるよね。
それを落とせないかな・・・・・・・・」

「・・・・・、無理よ。私の魔法は全部爆発するんだから。
それに、あんな距離じゃ届かないわよ。お母様だったら、エアカッターか何かでできると思うけど。」

「それじゃあ、私がやり方教えてあげるよ。手伝ってあげるから。」

そう言いながら、レナスは矢筒からもう一本矢を取り出した。

「ルイズちゃん。これをよく見て。」

そういって、レナスはルイズに矢を見せつける。

先端には、陽光を反射してギラギラ光る鏃がついている。

「この鏃を、錬金できる?」

は?

「・・・・、私をバカにしてるの?全部爆発するって言ったでしょ!!」

「・・・・・、ごめん。言い方間違った。この鏃を爆発させて・・・・・。」

「あっ、あああ、あなた、やっぱり私をバカにしているでしょう!!
私の、しっ、失敗をみたいって、そういうことでしょう!!」

従姉妹の要求に、怒りと羞恥でどもった口調でまくしたてる。

「……、ルイズ。烈風カリンは最強の騎士だった。
そして、俺たちの爺さんは最強のメイジ殺しだった。
カリンでも本気でやりあったら勝てるかわからないほどのな……。
なんでかわかっているのか。」

いきなり口調が変わった従姉妹に、ルイズは絶句する・・・・。

「いっ・・・いいいえ、わっ、わかりません・・・・・・。」

この子、怖い・・・・。大姉さまこと長姉のエレオノールどこ

ろか、母親のカリーヌに匹敵する、いやそれ以上かも・・・・。

恐怖にかられて、どもりながらも、思わず敬語で答えてしまったルイズ・・・・。

「教えてやる。俺が弓を構えて、カウントダウンするから、それに合わせて鏃に錬金しろ
……」

「はっ、はい!!」

再びレナスが、矢をつがえて弓を構える。

「3!!、2!!、1!!、今!!」

はあ?

矢が放たれて直後、カウントダウンの最後の掛け声に、ルイズは反応しなかった。

矢は、リンゴにかするどころか、空に消えていった。

「ル、ルイズちゃん、タイミング合わせてくれないと・・・・・。」

口調が戻ってしまったレナスに、ルイズは戸惑いながらも答える。

「さっ、最後の掛け声って・・・なに・・・・。」

「・・・・・、東方の国の軍隊で、カウントダウンの最後はああなんです・・・・。」

自分でも何を言っているのかわからない。レナスも頭を押さえながら何とか答える。

「聞いたことないわよ・・・・・。」

気を取り直して・・・・・。

「ドライ!!、ツゥバイ!!、アイン!!、」

「なんでゲルマニア訛りなのよ・・・・・・」

矢は、へろっと池に落ちた・・・・。

「変なところで突っ込みいれないでよ・・・・。」

気を取り直して・・・・・・・。

「今度はまじめにやるぞ!!」

「3!!、2!!、1!!、ゼ・・・・」

ピキ!!何かが切れる音と主に、

ルイズが杖を振う。

やばい、早すぎる!!

本能的に危険を察知したレナスは弓矢を放り出すと、

ルイズをボートに押し倒した。

爆発した鏃の破片は、ボートのへりによってすべて阻まれる。

「ル・・・、ルイズちゃん・・・、私を殺す気・・・?。」

押し倒されたルイズは、間近にある従姉妹の顔を観ながら・・・・・・。

「ごっ、ごめんなさい。なんか、ものすごくいらっとしたの・・・・。」

「はあ・・・・・、ちょっと難しすぎたかな・・・・・。」

そういうと、レナスは濡れた装具の中から、銃弾を取り出した。
マスケット銃の銃弾だから、丸い鉛玉である。

「いまから、私がこれを向こうに投げるから、これめがけて錬金してみて。」

見た目からして恐ろしい矢と鏃と違って、丸い球である。
ルイズもその正体がわからないから怯えることもない。

「え・・・、これを爆発させればいいの?」

「うん、地面に落ちる前ぐらいに爆発させて・・・・。」

「わっ、わかったわ・・・・・。」

レナスが、ボートの上から鉛玉を投げる。

それは、40メイルほど飛び、地面に落ちる寸前に爆発を起こした。

手榴弾どころの威力じゃないな。

グレネードボウの真似は難しかったか。

……、弓の利点は静穏性だし、そもそもあれ意味あるのかな。
ハルケギニアでは有効だと思ったんだけど……。

黒髪で、上半身裸のボティービルダーが演じる戦争ものの演劇?
(他に当てはまる言葉がなぜか浮かんでこない)を思い出す。

自分でも意味不明な思考をしながらレナスはその威力に驚愕していた。

「ルイズちゃん・・・・。私が何を言いたいのかわかった?」

「・・・、よくわからないけど・・・・・。」

「私がさっきの・・・・、鉛の球を投げたところに、人がいたらどうなってたかな。」

「なっ・・・・。」

狙ったところに爆発を起こせる。そこにいた人間は見事に吹き飛ばされるだろう。

「さっきは、弓矢を使おうとして、うまくいかなかったけど、成功していたらどう?」

よほどすぐれたメイジでも届かない距離に爆発を起こせる・・・。

「おじいちゃんはね。魔法はうまくなかったけど、その恐ろしいところと、弱いところをよく知っていたの。
強いメイジに勝つために、足りないところは、剣を使ったり、銃や弓矢を使ったりして、だから、最強のメイジ殺しと呼ばれてるんだよ……」

そう言いながら、レナスはルイズの頬を撫でた。

「ルイズちゃんの魔法が爆発しかしないなら、それを上手くいかせることを、それでも足りないなら、他にも方法を探せばいいんだよ……」

「なるほど、何やらと鋏は使いようというわけね……」

「いえ、お姉さま、馬鹿となにやらは使いようだったとおもいますわ」

いきなりかけられた声に、小舟の上の二人の少女は、ギョッとして、岸辺を見た。

そこには少女たちより一回りほど上の女性が二人佇んでいる。

年かさの方は金髪、年下の方は桃髪である。二人とも、小舟の少女達よりかなり背が高い。

「えっ、大姉さま・・・!!」
「げえっ・・・・、カト姉!!」

お互いが苦手とする二人を見て、同じように硬直しながら悲鳴を上げる。

だけど、硬直が解けたのは、黒髪の方が早かった。

「二人とも物知りですね・・・・。東方のことわざですが、正解は、馬鹿と鋏は使いようです……」

その言葉に、年かさの金髪の女性、エレオノールは
目を逸らしながら答えた。

「馬鹿に刃物という言葉も知っているわよ……」

年下の方の桃髪の女性、カトレアも答える。

「私も、もう一つ知ってるわ。
馬鹿は死ななきゃ治らない、だったかしら……」

その言葉を聞いて、黒髪のレナスは、岸に向かって跳躍した。

ただし……、二人の従姉が佇む反対側にだが……。

2回目だよね……。

ドボン……。

東方のことわざは、

”馬鹿は死んでも治らない”

が正解らしい。



[28219] カトレアの花言葉
Name: ななふしぎ◆4f3bd7a8 ID:b7e3b52f
Date: 2011/11/18 09:51
なにやってるんだ。俺は……。

明らかに届かない距離を飛び移ろうとして……、2回……、池にダイブしてしまった。

火薬が台無しになったのはもちろん、装具の手入れもしないといけない・・・・。

俺、どうしてもカトレア姉さん苦手なんだ……。

別に嫌いというわけではない……。
すべてを見透かされているような気が……、いや、実際俺のことを見透かしている。

俺も、カトレア姉さんが俺を嫌っているとか、疎んじているというわけではないことは解るんだけど。

俺の中身には触れてほしくないんだ。
汚れた俺のそこに触れると、カトレア姉さんはすごく悲しむだろう……。
そして、哀れむだろう。
俺のことを……。

耐えられない……。

母さんや、ルイズはその辺は貴族、騎士、兵士の役割としてうけとめてくれることがわかる。

エレオノール姉さんは、悪いと思ったが、俺のことを恐れさせることで、距離を置いてもらってる。

だんだん遠くなる意識の中で、俺はそんなことを考えていた。

さっき、落ちた場所は池では浅いところだ。
でも、ここはどうも一番深いところらしい……。
身に着けた武器や、装具、鎧が重い……

せっかく、母さんと、ルイズのおかげで生まれ変わったのに……

こんな間抜けな、死に方かよ……。

混濁しつつある意識の中、今わの際にみた光景が甦る。

母さん、エレオノール、そしてカトレア……。
泣いてたな……。
父さんも……

ごめん……

意識が途切れようとしたときに、掛けられた魔法に俺は抵抗する気力などなかった……


「レナス!!、レナス!!」

ルイズは、焦った声で従姉妹の名を繰り返す。でも、池の中に沈んだ従姉妹に届くはずはない。

「誰か、風メイジと、水メイジを!!急いで!!」

エレオノール、カトレア共に系統は土メイジなのだ……。
エレオノールが的確な指示を、隠れるように控えていた使用人たちに告げる。

「大丈夫ですよ。お姉さま、ルイズ」
従妹の突拍子もない行動(池の一番深いところへのダイブ)にぽーとしていたカトレアだが……。

杖を取り出して、一振りする。

”ざばー”

水音と共に、メイド服を着た黒髪の少女が水面から空中に浮き上がった。

そのまま、自分たちのいる岸辺に導く……。

自分たちの従姉妹は、おぼれていたわけではないらしく、荒い息をつきながらも、地にへたり込んでいる。

「”浮遊”?なんでこの子が沈んでいる場所が分かったの。そもそもこの子には利かないはずなのに……」

”浮遊”の魔法は掛ける対象を明確に指定しないと効果が無い。大体の魔法に共通することではあるが。

同じように、ルイズを”浮遊”の魔法で岸まで運びながらカトレアに問うエレオノール。

「ふふ、助けを求めている子の場所は解かりますよ。ねえ、レナスちゃん?」

正座の姿勢で手をついて、荒い息をしているレナスの頬に、カトレアの手が添えられた。

びくっと震えるレナス・・・・。

その横に、エレオノールの”浮遊”で運ばれたルイズが着地する。

「レ、レナス!!大丈夫なの!!」

レナスは堪えられず、荒い息をつくだけである。

意識を失う寸前で、水中から救い出されたのだ。

「水を飲みこまずに耐えていたようね。さすがというか、恐ろしいというか……」
エレオノールが呟く。

レナスの呼吸が落ち着くのを待って、カトレアが語る。

「ねえ、大事な人がいなくなったり、死んじゃったりしたら、誰でもかなしむのよ。わかった?」

「・・・・・。」

黒髪から雫が垂れ、整った顔を伝う。俯いたままのその表情はうかがえない。

「ひどいことしちゃったわね。ごめんなさいね……」

そう言いながら、カトレアは、ずぶ濡れの従妹を、その豊満な胸で抱きしめた。
自分の衣服が濡れるのも構わず……。

「泣かないで・・・・。・・・・子でしょ?」
耳元での囁きに、黒髪の少女はびくりと体を震わせた。

「カ、カトレア・・・・。」
「ちい姉さま・・・・・。」

二人は、理解した。カトレアは、レナスを救おうと思えばすぐにでもできたのだ。

それをしなかったのは、カトレアなりの罰だったのだと。

「そんな恰好じゃあ、風邪をひいてしまうわ。みんなでお風呂に行きましょう。」

抱擁を解くと、カトレアは立ち上がった。

「……、はっ、はい……」

レナスはのろのろと立ち上がった。いつものふてぶてしさも、したたかさも、まったくなくなっている。

使用人たちも気を利かせたのか、近づかない中で、4人の中にあって完全に浮き上がって見える。

先ほどまで、違和感なく、使用人達の目をやり過ごしていたはずなのに。

メイド服を着て、ずぶ濡れで、銃を背負い武装した少女。
そんな人物が、ヴァリエール邸内にいるわけはないのだ。

俯いたままのレナスの手をとってルイズは進む。

その後ろをカトレアが微笑みながら付いていく。

「そっ、そこのメイド何者だ!!お嬢様方から離れろ!!」

時折かかる、誰何の声に、

「黙りなさい!!この子は私たちの家族です!!無礼は許しません!!」

先頭を行くエレオノールが一喝する。


エレオノールとて、この破天荒な従妹を愛してはいるのだ。

だけど、無理に拒絶されているような気がする。

ルイズ以上に、接し方がわからないのだ。

だけど、弱っている、傷ついているときに、かばってやることぐらいはできる。

ヴァリエール家の長女として、それぐらいはできる自負がある。

ルイズは、従姉妹の手をしっかりつかんでいた。すごく冷たい手だった。

なんでもできる、自由奔放は従姉妹、あのお母様に溺愛され、大姉さまを軽くあしらう強さとふてぶてしさ。

それなのに、こんな弱そうな、消えてしまいそうな儚さを見せるなんて……。

ルイズは、この手を放してはいけないことを確信していた。



[28219] 長姉の自負
Name: ななふしぎ◆aa0197b8 ID:b7e3b52f
Date: 2011/11/19 16:25
「お待ちしておりました。お嬢様方。」

連絡が届いていたのか、浴場担当のメイドたちが、ヴァリエール家の三人の令嬢たちを出迎える。

そこで、その場を仕切るメイド頭、と言ってもエレオノールとさほど歳は変わらないが、問いかけた。

「そこの、メイドが何か粗相をしでかしましたか?」

そこで初めて、エレオノールもルイズも、今まで傍にいたはずの、手をつないでいたはずの従姉妹、レナスが離れていて、後ろに下がっていることに気づいた。

自分たちと同じメイド服を着た少女がずぶ濡れになっている。何かの粗相をして、これから折檻を受けるのかと想像したのだ。

「お許しくださいませ。お嬢様方、その娘にはきつく叱っておきますので、この場はお怒りをお納めくださいませ。」

土下座せんばかりの勢いで詫びを入れるメイド頭……。

「やめてください。あなたにそんなことをされる筋合いはありません。」

冷徹に詫び入れを拒む、幼いメイド、レナス。

「あっ、あなたは、ヴァリエール家に仕えるメイドとしての自覚があるのですか!!」

「私は、貴族に仕えるつもりはありませんよ。」

そういって、背中に背負った、二丁の長銃の一つを外し、両手に持つ。

「ひいっ!!」
周りのメイドたちが悲鳴を上げる。

メイド頭が杖を引き抜く。

メイド頭は、ヴァリエール家の陪臣貴族の出である。行儀見習いにヴァリエール家に出されたのだ。
魔法の腕もトライアングルクラスなのだが、次の瞬間には、杖はレナスが振った銃床によって、弾き飛ばされていた。

「あっ、ああ……」

腰が抜けてしまったメイド頭に向かって、レナスは頭を下げる。

「申し訳ありません。相手が杖を抜いた以上は容赦できないんです。」

さらに、エレオノールが続ける。

「このレナスは、私たちと血を同じくするものです。だけど、杖を抜いた無礼は不問に付しましょう。レナスにも非はありますから。」

その言葉に、レナスは嘆息する。

「エレ姉、先に武器を預けた方がいいって言ったじゃないの。メイジにしろ、平民にしろ、ふつうの反応だよ。
このひとは、その辺大丈夫そうだと思ったんだから、鉄砲預けようと思ったんだけど……、違ったみたいだね。」

首をふりながら、自分で二丁の長銃をはずし、壁に立てかける。ついでに弓矢も……。

「しっ、失礼しました。レナスお嬢様、しかし、そのお姿は何のお戯れで・・・・・。」

なんとか持ち直したメイド頭が詰問する。

「悪かったとは思ってますよ。後で、身代りにした娘にも詫びを入れときます」

「いっ、いえ、そういう問題でも……」

メイド頭は、ヴァリエール家に仕えている。近しい親戚とはいえ、他家であるマイヤール家の令嬢に、メイドの領域を荒らすようなまねをしてほしくない。

「この問題は、私がすべて引き受けます!!」

エレオノールが強い声で言った。

「それより、私たちはお風呂に入りたいんだけど?」

「はっ、はい、失礼しました。みな、お手伝いを」

他のメイドたちが、ヴァリエール3姉妹の衣服を解いていく、が、レナスには誰も近づこうとしない。

「ねえ、あなたたち?」

エレオノールの声に怒気が混じる。

「あっ、いいって、エレ姉、自分でできるから。」

「そうはいかないわ。貴族たる者、仕える者に仕事を与えるのも仕事なのよ。」

「ねえ、あなた?」

メイド頭に向かって顎をしゃくる。

「はっ、はい。レナス様の御世話をさせていただきます」

「はあっ、どうなっても知らないから……」
レナスは嘆息する。

レナスが、着ているのはメイド服である。

メイドがメイドを脱がすことなんか普通あり得ない。

普通は……。

まず、ヘッドドレスを外す。ここまでは良い。淑女の髪型を整えるのはメイドの仕事だから……。

そして、エプロンを外す。淑女はエプロンなんかしてないよな。

それで、エプロンの下に、隠してあった物……。

「ひうっ!!」

メイド頭が、悲鳴と共に、短剣と短銃を見つめる。

他のメイドは、敢えていや、けしてみないようにしている。

「あっ、これ、忘れてたや。おねがい」

と言われても、困ってしまう。風呂場に、杖を持ち込む貴族はほとんどいないから、専用の杖置きがある。

そこに置けばいいのだろうか。

ほと困り果ててエレオノールを見やると、頷かれる。

すでに、ヴァリエール三姉妹の杖はそこに安置されている。
同じように、短剣と短銃を安置してから、再びメイド頭は作業に入る。”作業”と割り切らなければ頭がおかしくなりそうだ。

「失礼します……。ああっ!!」

いよいよ本番、メイド服を脱がそうとして、そこでまたメイド頭は絶叫した。

メイド服の下から、鉄鎖でできた服がのぞいたのだ。

鎖帷子
……、そんな物着ている名門貴族の令嬢などいるはずがない……、のだが……。

「あなた!!早くしなさい!!」

エレオノールに、急かされたメイド頭は急いで、令嬢のメイド服を脱がせていく。
その過程で、あり得ないものを観たのは敢えてスルーしながら……。

そこには、メイド服を脱がされた少女があった。令嬢かどうかはこの際触れるまでもない。

鎖帷子を纏い、両手に革製の籠手(鉄芯入り)、そこに差された投げナイフ十数本、両方の太ももにも小型の短銃と短剣が括りつけてあった。

「まあ、レナスったら、まるで騎士様のようね!!」

カトレアが嬉しそうに言う。

違うだろ。どう見ても暗殺者の類だろ……。

カトレア以外は、全員そう思ったが。

「それじゃあ、みんなでお風呂入りましょうか!!」

「うっ、でも……」

自分と、他の三姉妹の大きな差異を理解しているレナスは躊躇する。

「ここには、あなたや、私たちに仇なすものはいないわ!!私の名に懸けて保証するわよ」

「……、弱いくせに……」

ぼそっとつぶやいたレナスの声に……

「何か言ったかしら、レナス。文句があるなら、私を叩きのめしなさい!!」

「はあっ、わかりました……」

エレオノールの声に応じて、レナスはすべての装具を外すのだった。



[28219] 風の夢1
Name: ななふしぎ◆aa0197b8 ID:b7e3b52f
Date: 2011/11/20 14:03
さあ、思い切りあなたの思うところをぶつけてきなさい。

成熟した大人の包容力ですべて受け止めてあげるから。

魔法も武術の才能にも溢れたあなたに足りないもの、それは

愛!!

愛情。歪んだ形、暴力で示される、あなたの愛情を私は受け止めてあげるわ。

エレオノールはその優秀な頭脳と研究者としての思考から、従妹の抱える問題点を解明していた(つもり)のだ。

自分が考える、最も美しい始祖の像をイメージしながら、両手を広げるエレオノール。

「どうなさったのですか・・・・、お姉さま?」

「レナス、先にお風呂に行ってしまいましたよ。大姉さま?」

「えっ……」

半裸になった体に、冷たい風が吹き抜けていった。

”カポーン”

入浴シーン……。

中略……・。

敢えて書くなら、一人だけ並外れてデカかったり、

二人ともまだ生えていなかったり、

三人とも大体同じ大きさでした……。


入浴後……。

ヴァリエールの三姉妹は、当たり前のように、メイドに着替えをさせている。

レナスはかなり嫌がったが結局従うしかなかった。

当然のごとく、身に着けていた、武器、装具、鎧はすべてどこかに持ち去られている。

上級貴族の令嬢に相応しい、ドレス姿だった。
どう見ても、オーク鬼を単身で倒し、メイジ殺しの傭兵さながらな武装を身に着けて暴れまわるようには見えない。

……それでも、投げナイフ一本を隠し持っていたが。
入浴中も……。

そうして、晩餐の場に招かれたわけだが……。


「叔父さま、叔母様、本日はお招きもないのに押しかけてしまって申し訳ありません。」

スカートを軽くつまんでカーテシーの礼を取る。

やろうとすればできるんじゃないの……。

ルイズや、エレオノール、他に控えているメイドや執事共通の思いである。

ちなみに、弓矢や鉛玉、爆発魔法、鎧を着て池でおぼれかけた顛末は、公爵家族はおろか、使用人のすべてに知れ渡っている。

「ふむ、私たちとしては、君を迎えることには何の問題もないのだがな……」

公爵ことピエールが答える。

「でも、家族に心配をかけるようなことをしてはいけませんよ。
あなたの、お母さんやお父さんはもちろん、お手伝いさんたちもすごく心配していましたから」

公爵夫人ことカリーヌが続ける。

「うっ……、申し訳ありません」

しおらしく頭を下げるレナス……。

「明日には迎えが来ますから、ちゃんと謝りなさいね?」

「はっ……、はい……」

だれこれ……、本当に烈風?
ルイズや、エレオノール、他に控えているメイドや執事共通の思いである。

晩餐が始まったが、レナスのマナーはちょっとトリステイン風とは違うがまともなものだった。
敢えて言えば、アルビオン風と言えるか……。

よかった。御父様はちゃんとこの娘を躾けてくれたようね。
公爵夫人ことカリーヌは、レナスの食事のマナーをみて安心した。

彼女の父親、タダオは東方から現れたという父から妙な習慣を受け継いでいたのだが、それとは別に正式なマナー、どちらかというと軍人風なものを心得ていた。

カリーヌもその辺は受け継いでいるのだが、さすがに公爵夫人となった以上、表には出さず、娘たちにも伝えていない。

タダオの元で育てられているレナスは、その辺をしっかり受け継いでいるようだ。

鎧着て池に飛び込むようなところは、教育と言うか……、生まれつきだろう。

頭は悪くないはずなのだが……。

晩餐が終わり……。

「部屋は用意してあるから、そこで休みなさい。明日は大変なことになるかもしれんが・・・・、まあ、私たちでできる限り庇ってあげよう……。」

ピエールも実は、妻の父であるタダオには頭が上がらないのだ……。

「はっ、はい……。いろいろとご迷惑をかけて申し訳ありません……。」

だったら、勝手に家出したりするなよ。
ルイズや、エレオノール、他に控えているメイドや執事共通の思いである。


それでもって、夜。公爵家族はすべて寝静まり、使用人たちも当直を残して寝静まっている。

カリーヌは今まで微睡んでいた所を覚醒させられた。

公爵家ともなれば、普段は夫婦といえども床を同じくはしない。

そこに、もそもそと入り込んできた、少女……。

黒髪のレナスである。

鍵は掛けていたはずなのに……。

「どうしたのですか?レナス……」

「寂しかったの……」

幼稚かつ端的な少女の言葉に、カリーヌは返す言葉が無かった。

「じゃあ、今夜は一緒に寝ましょうね?」

「うん!!お母さん!!」

姪娘のはずのレナスの言葉に一瞬硬直したカリーヌだが……

「ふふ、変なことを言いますね。あなたは、お母さんと一緒に寝たことが無いんですか」

「うーん、普通にあるんだけどね……。なんか違うような気がするんだよ……」

「じゃあ、今夜は叔母さんが一緒に寝てあげますわ。おいでなさい……」

「うん、お母さん!!」

黒髪の少女は、母の胸に抱かれて眠りに入るのだった。



[28219] 風の夢2
Name: ななふしぎ◆aa0197b8 ID:b7e3b52f
Date: 2011/11/20 14:15
カリーヌは急激な寒さに襲われて目を覚ました。

先ほどまで、愛する、むす……姪娘を抱いてそのぬくもりと共に
寝ていたはずなのに……。

眼を開くと、そこは雪が降り舞う冬山だった。

どうして、こんなところに、ここは、何所でしょう……。

あわてて辺りを見渡すと、近くに何者かが倒れている。

自分と同じ桃色の髪、年に似合わず成熟した体。

「カトレア!!」

カリーヌの次女である、カトレアは雪の中に突っ伏していた。

「お母様……」

カトレアは朦朧としながらも起き上った。

「私たちは、なんでこんなところに……」

「……、お母様、今晩レナスと一緒に寝ましたよね。そのせいだと思います……」

「なんですって!!」

「ここは、あの娘の夢の中ですよ……。私にはわかります」

カトレアは、マイヤール家の、母方の血を強く受け継いでいる。
精霊に愛されているカリーヌやレナスと同様に……。
夢見の精霊にお互い囚われているのだろう。

「夢の中とはいえ、死ぬような目にあったら心が壊れます。何とかしないと」

体の弱いカトレアを何とかして安全な場所に送ろうと杖を引き抜くカリーヌ。

「えっ……」

魔法がまったく成功する気配がない……。

優れたメイジゆえにカリーヌは解かった。

ここは魔法が通用しない世界なのだと。

そして、自分の祖先の故郷なのだと。

それを自覚したあと、カリーヌの意識は薄らいでいった。


「うん?お母さんうなされてるのかな……」

トイレから帰ってきて、叔母のはずのカリーヌのベットに近づいたレナスはつぶやいた。

「ごめん、ちょっとトイレ行ってただけだから……」

そういって、また、もそもそとカリーヌのベットに潜り込むと、すぐさま寝息を立て始めた。


ここは、何所でしょう……。

再び目を開いたカリーヌは同じ事を思った。

だが、先ほどの寒さに震えての目覚めとはまったく異なる。

粗末とはいえ、清潔で手入れの行き届いた室内。
それに、ぽかぽかと暖かい。ふと見ると、部屋の中央で火がたかれ、鍋がかけられている。

窓があって、外を見るとものすごい吹雪となっていた。どうやら、山の中にある小屋らしい。

次女、カトレアも、同じように寝ているが、動物の毛皮を掛けられている。
自分がまとわされている物も同じもの、熊の毛皮であることがわかる。

「目がさめましたかな?ご母堂……」
「お姉ちゃんの方はまだみたいだね」

掛けられた声に振り返ると、初老の男性と、10歳ぐらいの少年の姿があった。

「こんな、吹雪のなかで、そんな薄手の服でうろつくなんて死ぬようなもんだ。いったいどうしたんだね。」

正論である……。

「わっ、私たちは異国から参りまして……。」

その言葉に、少年が反応した。

「さっき、爆発したような音がしたけど、雪崩ではなかったのかな。飛行機が落ちたのかな。」

雪崩が起きた場合、雪で圧縮された空気が逃げ場を求めて爆発することがある。

「それなら、吹雪が収まったあと、助けに行かないといかんな。まあ、今日はこの吹雪では動けまい。
食事をたっぷりとって体を休めて、明日以降に備えるのが良いだろう」

「ええ、おせわになります。」

魔法が使えない世界である以上貴族と平民の差などない。カリーヌは老人と少年に礼を尽くした。
しかも、老人は、自分の父に何となく似ているのだ。

「しかし、ご老人、あなた方は、このような吹雪の中、何をなされていたのです。」

「へへ、じいちゃんは、マタギなんだぜ!!狩りの途中なんだ」

少年が代わりに得意げに答える。

「こら、わしはマタギではない。わしの爺さんはマタギだったがな」

マタギ、聞いたことのない言葉に困惑するカリーヌ。
夢の中だから意味不明な言葉があるのかもしれないと半分納得するしかない。

「マタギとはなんですの?」

カリーヌの疑問に、少年が答える。

「うーん、お坊さんみたいな、猟師さんだと思うよ……」

「わしの爺さんはマタギだった。
森や、山、自然そのものを崇めて、その恵みとして獲物を分け与えてもらえるという信仰を持っていたらしいですぞ」

少年の言葉に、老人が補足する。

「まっ、まるでエルフのようですね……」

失言であった……。

「エルフ?それは何だね?」

「耳が長くて、すばやくて、精霊魔法を使える人種のことだよ。
自然の力を借りて魔法を使うんだ。ゲームやマンガの中には普通に出てくるけどね?」

少年のフォローで普通に場は収まった。

「ふーむ。まあ。わしが爺さんから教わったのは、自然に逆らわないこと、
自然に体を合わせることだな。吹雪の中では歩いてはいけない。暑いときに無理をしてはいけない。
獲物を狩るときは森や山そのものになりきる。すべて自然に合わせてそれに従う。そして、狩った獲物と、授けてくれた山や森、川の神に感謝すること……。そんなところかな」

「まあ、そうなんですか。私の国の神官よりもずっと高潔ですわ!!」

「国によって風習は違うと思うが、私の話に賛同できるあなたも素晴らしいな」

カリーヌは、自分の父に似た初老の男性に好感を覚えていた。

そして……。

「おばさん、そろそろ、料理できるぜ!! 俺と爺さんで狩ってきた熊つかった寄せ鍋だぜ!!」

ころころなついてくる黒髪の少年、自分の子供には男の子はいなかったが、そのうちの一人の娘にそっくりである。

少年は、手早く料理をすませ、それぞれに食器を渡していく。

そのころには、さすがに寝込んでいたカトレアも起きていた。

しかし、一言も言葉を発しない。

少年も、カトレアに近づく時に、どことなく怯えているようだった。

「ありがとう。おいしかったわ」

カリーヌが傍で鍋の料理をよそってくれた少年に礼を述べながら、その頭を撫でる。

「おばさん、なんか、お母さんみたいだ……」

照れくさそうに言う少年に、祖父がフォローを入れる。

「この子は、幼い時に両親を亡くしましてな。儂と婆が引き取って育てていたのですが……、本当の母親のようにはいきませんから……」

その言葉を聞いて、カリーヌは、少年をギュッと抱きしめた。

「私をお母さんと思ってもいいのよ」

出来もしないことを言っているようにも聞こえたが……。

少年は、カリーヌの胸に顔を埋めた。

「そういえば、あなたの名前を聞いていませんでしたね」

「僕のなまえは……、ナオ……」


そこで、いきなりカリーヌは夢から覚めた。

「叔母さん!!そんなに強く抱きしめられたら痛いって!!」

カリーヌが抱きしめていた(夢の中で)少年は、いつの間にか少女、姪娘に代わっていた。

ただ単に、寝ぼけて添い寝していたレナスを抱きしめすぎただけともいえるのだが。

「あら……、ごめんなさいね。ちょっと寝ぼけてたみたいね。もう一度ちゃんと寝ましょうね」

そういって、姪娘のはずのレナスの頭を撫でる。

「うん、おやすみなさい。お・あさん」

最後のレナスのつぶやきは、優れた風メイジのはずのカリーヌにも届かなかった。



[28219] 風が凪ぐとき1
Name: ななふしぎ◆aa0197b8 ID:b7e3b52f
Date: 2011/09/01 19:15
早朝、大半の使用人たちも起きていない、ヴァリエール家の庭で、せっせと芝生の世話
みたいなことをしている少年?がいる。

庭師の服装をして、麦藁帽子を被っていてその顔は良く伺えない。

だけど、ヴァリエール家程の貴族の庭を任せられるにしては幼すぎると見えるだろう。
それに、同じ年頃の少年と比べても余りにも体が華奢すぎる。そのくせ、作業の手際は際立っているから妙なものだ。

少年?は、移植小手とショベル、猫車、そして、妙なナイフを使い作業を終えると一息ついた。
「ふう、これで準備は整ったかな・・・・・。」

少年?が首に巻いたタオルで汗を拭うと、艶やかで豊かな黒髪が麦藁帽子から零れ落ちた。



「おはよう。レナス。ゆっくり休めたかね?」

公爵ことピエールがレナスに声をかける。

朝食の場である。

「おはようございます。叔父様。昨晩のようにゆっくり休めたのは久しぶりです。」

ヴァリエール家の家族がそろっている場合、朝食はテラスでとることが多い。

レナスは、その場に普通に招かれていて、レナス自身そのことに卑下することも無いようだ。

「叔母様も、お姉さま方も、ルイズちゃんもおはようございます。」

「おはよう。レナス。昨日は良い夢が見れたかしら?」

ニコニコ笑いながら、カリーヌが答える。
ついでに、顔もつやつやである。

「ええ!!、とっても!!」

だれこれ・・・・、本当に烈風?
ルイズや、エレオノール、他に控えているメイドや執事共通の思いである。

「それは良かったわね。レナス。」

どこか引きつった表情で続けるエレオノール・・・・。

「私は、とっても疲れたわ・・・・・。」

どこかげっそりとした顔で答える、カトレア・・・・。」

「もっ、申し訳ありません!!カトレアお姉さま!!」

今まで、親戚とは言え大きな差がある家格など気にしない態度をとっていたのに
いきなり卑屈になるレナス。

「ふーんだ。わたし、知ってるんだから。あなた、昨日お母様と一緒に寝てたんでしょ」
不満げに答えるルイズ。

その言葉に、カトレアに土下座せんばかりだったレナスは開き直る。

「ふふ・・・、うらやましい?ルイズちゃん?」

「えっ、いっいえ、そんなことは無いわ・・・・」

「・・・・・、ルイズ・・・・、今夜一緒に寝ましょうか?」

ルイズの言葉にカリーヌがどこか頬を引きつかせながらいう。

「いっ、いえ、そう言う意味では・・・・、私はもう一人で寝れますから・・・・・!!」

あわててルイズが付け加える。

「まあ、良いでしょう。レナス、あなたもそろそろ、一人で寝れるようにならないといけませんよ。」

「はっ、はい・・・、叔母様・・・・。」

少し恥ずかしそうに答えるレナス。

・・・・・、一人で寝られないような女の子が家出したり、
野宿したりするわけないでしょうに・・・・・。

ルイズや、エレオノール、他に控えているメイドや執事共通の思いである。


「それで・・・・、叔母様・・・・・、お願いがあるのですが・・・・・」

「あら、何かしら・・・・・、あなたがお願いするなんて珍しいわね。だいたいならきいてあげますよ」

にこにこ笑いで答えるカリーヌ・・・・・・・。

誰これ(以下省略・・・・・・)


「私と手合せしていただけませんか?」

はあ?

その場にいた全員の感情である。

手合せ・・・・・、言葉は隠しているけど、、結局は決闘になるのだ。
トリステイン最強の騎士、烈風カリンことカリーヌに正面から喧嘩を売っている、
そのものだ。


「レ、レナス・・・・・、あなた、お酒飲んでるの?」

「なっ、なに変なこと言ってるのよ。お母様に勝てるわけないでしょ!!」

「・・・・・・」

ヴァリエール三姉妹の反応である。


むしろそれが正しいのかも・・・・・・。

「私は馬鹿だけど・・・・・・、命知らずではありませんよ・・・・・」

「レ、レナス。お前が年の割に強い事、お爺様の教えを受け継いでいることは解かっているが、
あんまり無茶を言ってはいけないぞ」

あわてたように、公爵が付け加える。

公爵ことピエールも実はカリーヌと本気でやりあって勝てる自信がない。

「よいでしょう。あなたがどれだけ腕を上げたか見てあげますわ」

「カリーヌ!!」

「お母様!!」

「無茶すぎますよ、お母様!!」

「・・・・・・・。」

カリーヌの返答にあわてて続けるヴァリエールの家族・・・・・・。

カトレアのみは無言であったが・・・・・・・・。

「では、今日の・・・・、昼餐が終わった後、2時から、ここの庭でお願いします。」

レナスが指さした所にはきれいに手入れされた芝生が生えた庭園があった。

「わかりました。私も用意をします。」

今までのにこにこ笑いをやめて、戦士の表情になるカリーヌ・・・・・・。

「カ、カリーヌ?本気か?」

「・・・・・・、本気じゃないと、この娘に勝てません・・・・・・」

「・・・・・・、私も本気で行きますよ・・・・・、叔母様・・・・・」

強張った空気の中で朝餉は続くのであった。





[28219] 風が凪ぐとき2
Name: ななふしぎ◆aa0197b8 ID:b7e3b52f
Date: 2011/09/01 19:16
「ちょっと、あの娘を甘やかし過ぎましたね」

鉄の規律の烈風カリンが言う。

むす・・・・、姪娘レナスと手合わせの約束をして、昼餉のあと、約束の

刻限になってもレナスは現れなかった。

「怖くなって、逃げ出したのかしら・・・・。」

「レッ、レナスはそんなふうじゃないですよ・・・・。」

「・・・・・・・」

ヴァリエール三姉妹の反応である。

ルイズと、カトレアは、レナスの本質を大体わかっている。

なんとなく、レナスがやろうとしていることがわかるのだ。

でも二人とも、戦士、兵士としての訓練を受けていないから、具体的にはわからない。

「あなたたち、レナスを探してきなさい!!」

怒気を孕みながらメイドと執事に命令するカリーヌ・・・・

「はっ、はい!!」
「わかりました。奥様!!」

カリーヌの言葉に散って行くメイドと執事・・・・・。

数十分後・・・・・・

執事とメイドたちが戻ってきて・・・・・

それぞれ、両手に武器や装具、ドレスを持っている。

「あの、奥様・・・・、レナスお嬢様はいらっしゃいませんでした。
お部屋のベットの上に、これらが置かれていたのですが・・・・・。」

執事が代表して話を告げる・・・・・。

「何ですって!!」

「それで・・・・、君・・・・」

執事に指を指されて、怯えながら進み出たメイド少女・・・・。

まっ、まさかあの馬鹿また同じことしようというの・・・・。

メイド少女は、レナスと背格好が似ている。

ルイズとエレオノール、共通の想いである。

でも、カリーヌはだまされなかった。

昨日レナスに身代わり(無理やり)にされたメイドだとわかった。

「わっ・・・・・、私の部屋に・・・・、手紙がありまして・・・、
レナスお嬢様から・・・・・、奥様あてのようです・・・・。」

「見せなさい・・・・」

恭しく差し出された手紙を開くカリーヌ・・・・。

そして、したためられた文言を見て・・・・・。

あわてて、手紙を放り出し・・・、
杖を引き抜くカリーヌ・・・・・。

だが、遅かった・・・・・

「戦いはもう始まってますよ。おかあさん。」

耳元で、手紙の文言そのものを言われて・・・・

「柔の術は教わって無かったみたいですね。」

レナスは、芝生の生えた庭園に、あらかじめ壕を掘って準備をしていたのだ。
芝生ごと表土を切り取って、蓋をして、偽装した壕を掘った。

武器も装具も、すべて手放して下着姿で、トリステイン最強の騎士、烈風カリンことカリーヌ
に襲い掛かったレナス。

片羽絞め・・・・・、完全に極められたら数秒も持たない・・・・・。

自分の父親・・・・、
自分たち家族を身を挺して救ってくれた異国の兵士・・・・、
昨夜の夢に出てきた老人と少年・・・・・、
そして、いま自分を絞め落とそうとする・・・・・、愛する・・・

全員が黒髪・・・・・、それですべてが繋がった。

本当に・・・・、あなたが男の子だったら良かったのに・・・・・。
残念ね・・・・・、ナオミ・・・・・。

その想いを最後に、カリーヌの意識は遠のいていった。




[28219] 幕間1
Name: ななふしぎ◆aa0197b8 ID:b7e3b52f
Date: 2011/08/31 19:53
室内にもかかわらず、フードで顔を隠し、覆面を付けた
男性が報告を受けている。

報告をしているのは、どことなく特徴のない女性であった。
どこにでもいるような、それでいて、めったに見かけないような・・・・。

ただ、女性の態度と、男性の持つ雰囲気で、男性がかなり立場が上の人物、
まず貴族、それも上級貴族、もしくは高位の聖職者であることが伺える。

「系統魔法が使えない娘と・・・・、系統魔法を使わない娘か・・・・。」

男性は興味深げにつぶやく。

「ヴァリエール家の血・・・、マイヤール家の血、両方が混じった結果でしょう・・・・。」

「それだけではあるまい。あの黒い小癪な、平民出の、ろくに魔法も使えない
シェバリエの血もだろう。」

「あの村の血ですか・・・・・。」

女性は首を傾げた・・・。

「どうした?」

「確かに、黒いシェバリエの教えも受けているようですが、
少し違うような・・・・。」

「・・・・、まあいいい・・・・。娘たちの片方でも確保できるか?」

「ヴァリエールの方は・・・・、難しいですね。箱入りで監視がついています。それに、
あの家には力押しが利きません。
黒いほうは・・・・、一見隙だらけで、いつでも浚えそうですが・・・・・。」

「なら黒いほうを浚え・・・・・・。どちらに対しても親ばかなのだろう?」

「それが・・・・、あれは、メイジともメイジ殺しとも違う何かです・・・・・。
危うく私が感づかれる所でした。」

「なっ・・・、お前をか・・・・・。」

男性は、今度こそ驚愕した表情になった。
女性は平民である。貴族が、メイジが本来気に払う存在ではない。
そして、鍛え上げられた密偵でもある。とらえどころのない容姿を
気にする貴族の娘など普通はいない・・・。

「数で抑えようにも、簡単にすり抜けられるでしょう。」

「うっ、うむ・・・・・。策はないのか。片方でも押さえられれば、私の立場も
より磐石になるのだがな・・・・。」

「一応ありますが・・・・・、危険はありますよ。卑怯な策であり、発覚すればヴァリエールに
牙を剥く事になりますから。」

「ふむ、なんだ。ある程度なら押さえは利くぞ・・・。変に血が交じり合った娘たちだからな。」

「あの手の類は、一人でいるときのほうが押さえにくいんです・・・・。」

あの娘には、密偵となるには致命的な弱点があるのだ。

それに加えて、ヴァリエール家とマイヤール家の本来ならあるはず
の家格の差・・・・。

そこに隙が必ずできる。

「いずれ時は来ます。その時を狙います。」

「うむ・・・・、任せたぞ・・・・」

「始祖ブリミルの名にかけて・・・・・。」

女性は、わずかな音も立てずに部屋を退出した。



[28219] 虚無の驚愕
Name: ななふしぎ◆aa0197b8 ID:b7e3b52f
Date: 2011/09/01 22:10
レナスによって絞め落とされ、崩れ落ちるところを支えられた
カリーヌを見て・・・・。

ルイズは絶句した。
まっ・・・・、まさか・・・・・、あのお母様を・・・・、
殺してしまうなんて・・・・・・。

「れっ・・・・、レナス!!あなたなんて恐ろしいことを!!」

エレオノールが杖を引き抜くのと同時に、ルイズも杖を引き抜いた。

二人とも、徒手の格闘の技術なんて知識もないが、首を絞められれば死んで
しまうことぐらいは知っていた。

続いて、使用人たちに含まれていたメイジたちも杖を引き抜く。

三姉妹の真ん中にいたカトレアが、姉と妹の杖にそっと手を添えるのと、

「落ち着け!!皆のもの!!」

公爵が一括するのは同時だった。

「見事だ・・・・・。でも急ぎなさい・・・・。」

「はい!!」

レナスが、カリーヌを横たえる。

横たわった桃髪の妙齢の婦人に、幼い黒髪の少女が多い被さり・・・・・・、

二人の顔が、だんだんと近づいていき・・・・・。
公爵、その他がぽかんと口を開いた・・・・・。


カリーヌは、ぽたぽたと、頬にたれる水滴を感じ・・・・、目を覚ました。

「ごめんなさい、おか・・・・、叔母様・・・・、本当はこんなことは・・・・、
したくなかったんです・・・・・。」

カリーヌは、レナスの目じりの涙を拭ってやりながら答える。

「私でさえ・・・・、教わらなかった術を・・・・、あなたは身に付けていたのですね・・・。」

杖も使わず、殺した自分の母親を、さらに生き返らせた従姉妹を見て・・・。

「せっ、先住魔法!!あなた、吸血鬼だったの!!」

とち狂った事を叫ぶルイズに、エレオノールは嘆息した・・・・。

先ほどまで、同じようにあわてて杖を抜いてしまった自分が恥ずかしい。

「今のは、柔の術だよ。ルイズ・・・・。私もお義父様、お前たちのお爺様によくかけられたものだ。」

ぽかんと開いた口を閉じながら、公爵が答える。

「体の中の水の流れ・・・、すなわち血の流れを留めることで、相手を気絶させる技なのね。
その流れを戻して、息を吹き込んでやれば、目が覚めるということね。
魔法じゃなくて素手で出来るなんて驚きね・・・・。それもお母様相手に・・・・・・。」

エレオノールは続ける。

その身体能力はともかく、完全に不意をつく奸智、しかも親しい叔母相手に
危険な術を行える従姉妹に、エレオノールは驚愕と戦慄を禁じえなかった。

「でっ、でも・・・、それって・・・、平民の・・・・」

「ええ、貴族でも、騎士でもない、平民の術です。」

カリーヌの呼吸が落ち着くように介抱していたレナスが答える。

「ましてや、決闘だったら、貴族も、騎士も、平民でさえやらない戦い方です。」

「でも、あなたは勝算があって、私に挑んだのですね。」

カリーヌが続ける。

「ええ、これ以外、建前を守って叔母様に勝てる方法なんか考えられなかったんです。」

カリーヌがこの娘に手加減すること、約束の刻限を破って激怒するであろう事、
すべての武具装具を投げ捨てて逃げ出したことに呆れ軽蔑するであろう事。
その上で、手紙を渡させて杖を抜く間を奪ったこと・・・・・。

すべて、計算され尽くしていたのだ。

あらかじめ壕を掘り、そこで息を潜めていたこと・・・・、これは卑怯と
いうか、むしろカリーヌに気づかれぬ程に気配を消していたことに驚嘆させられる。

気殺の術・・・・、特に優れた平民の猟師や兵士が心得ている技である。

この娘は、軍人・・・・、兵士だ・・・・・。

30年前、自分たちが若かったころは、貴族、騎士の誇りを持って行動していれば良かった。

だがこれからの時代は、この娘のような、軍人、兵士が必要なのではないか・・・・・。

あなたが、おまえが、本当に・・・・、男の子だったら良かったのに・・・・・・。

ヴァリエール夫妻共通の思いだった。

「でも!!そんな戦い方は卑怯よ!!立派な貴族のやることじゃないわ!!」

夫妻の思いを吹き飛ばすように、ルイズが叫んだ。

「ルイズちゃん。私の真似をしろなんていってませんよ・・・。」

「えっ・・・・・。」

(「ルイズちゃんの魔法が爆発しかしないなら、それを上手くいかせることを、
それでも足りないなら、他にも方法を探せばいいんだよ・・・・・。」)

昨日のレナスの言葉が甦った。

ルイズは沈黙する・・・・。

「ところでレナス?」

今まで黙っていたカトレアが、口を開く・・・・。

「最後の・・・・・、キスみたいな物・・・・・、必要だったのかしら?」

「私も、お爺様にあれはされたことがないぞ?」

「・・・・・・・」

沈黙が答えだった・・・・・。



[28219] ブレイドと刃
Name: ななふしぎ◆4f3bd7a8 ID:b7e3b52f
Date: 2011/09/06 22:33
手合わせの終わったあと、午後のお茶の時間である。

「あなた・・・、本当に強いのね・・・。」

エレオノールが言う・・・・。

あの後、妻に代わり、夫である公爵が手合わせではなく、稽古を
行う流れになったのだが・・・・・、

レナスは、杖を持っていなかったのだ・・・・。

「よっ・・・、良くそれでお母様にけん・・・、手合わせする気になったわね・・・・。」
その時、つぶやいたルイズだったが、考えてみれば昨日もレナスは杖なしで突飛なことを
やっていた。
貴族の決闘とは魔法を用いるものと、頭の中で結びついていたので、思わず流してしまったのだ。
仕方がなく、ブレイドの訓練を模した木剣での稽古になったのだが・・・・・、

若かりしころ、トリステイン一のブレイド使いと言われた公爵に、レナスはしぶとく食い下がった。

でも、いくら素早さと技に長けているとはいえ、まだ成長していない少女の体、疲れが見え始め
たころに、公爵の重い一撃を食らって・・・、昏倒してしまった。


気がつくと、何か柔らかい物の上に頭を載せられていて・・・・

「気がついたかしら、レナス・・・・?」

その声にぎょっとして目を開くと!!

「げっ!!」

カトレアの膝枕からあわてて跳ね起きようとするレナス。

だが、その肩をカトレアが優しく押さえると、おとなしくなった。

「すっ、すまん。レナス。少々やりすぎた。」

なぜかボロボロの姿になった公爵が、詫びを入れる。

それで、午後のお茶になったのだが・・・。

「あなたはまったく!!女の子相手に何をやってるのですか!!」

カリーヌはまだ怒っているらしい。

「いいんです。私の腕が未熟なだけですから・・・・・。」

あれで未熟・・・・・、お母様が騎士になったときより幼いのに・・・・・・。

ルイズとエレオノール、共通の思いである。

カトレアは例によって何も言わない。

「いや・・・、私も少々大人気なかった。すまん。」

改めて侘びを入れながらも、公爵は戦慄していた。

実は、レナスの攻撃は浅いながらも何発か当たっていたのだ。

これが実戦ならば、鋭利な刃物で切り付けられた痛みで杖を取り落としていたかもしれない。

だから思わず本気になって殴りつけてしまった。

昏倒したレナスを見てあわててヒーリングをかけたが・・・・・、
妻から特大のエアハンマーを食らったのはその直後だった。


お茶もそろそろお開きになりそうになったころ・・・・、
執事の一人が、公爵と夫人に声をかける。

「旦那様、奥様、レナスお嬢様のお迎えがいらっしゃいましたが・・・・・。」

「ふむ、そうか・・・。」
「待たせておきなさい・・・。」

公爵家たるもの、妻の実家とはいえ格下の家の従者などに構うことはない。名目上は・・・・。

「あの・・・、それが・・・・。」

「何かあるのですか?」

烈風カリンの表情に戻ったカリーヌが問う。

「・・・・、セレスティーヌ様自らおいでです・・・。」

”ブバッ!!”

その言葉に、レナスは、ちょうど含んでいた紅茶を吹きだした・・・・。

「えっ、お姉さまが?」
「なっ、何、義姉上が?」

なっ・・・・、なんで来ちまうだよ・・・・。オカン・・・・・。

控えていたメイドに飛沫を拭かれつつ・・・・・、レナスは頭を押さえるしかなかった。



[28219] 兵士の真価
Name: ななふしぎ◆4f3bd7a8 ID:b7e3b52f
Date: 2011/09/04 21:34
「くっそー、オカンめ、思いっきりケツ引っ叩きやがって・・・・。」

ぶつぶつ毒づきながら、ヴァリエール家の廊下を進むメイド少女。

今度は本物である(どう言う意味でだ?)。

昼間のことを思い出すと羞恥で顔が染まる。

「なーにが『悪いことをしたらお仕置きしないとね?』だ。みんなの前で
引っぱたくことねーだろーに・・・・。俺だって好きでこんなことしてるんじゃねーよ。」

ニコニコ笑いながら言うオカンのひざに乗っけられて、10回ぐらい引っぱたかれた。

従姉妹達や使用人達の前でお尻ペンペンの刑に処されては、公爵夫妻を相手に、
善戦した成果が台無しである。

エレオノールは、溜飲が下がった様な表情だし、カトレアはニコニコ笑っている。
おまけに、ルイズに吹きだされた。

あまつさえ、止めようとした公爵夫妻に向かって『今のうちに躾けておかないと、
カリンみたいになっちゃうわよ』とのたまう。

俺は、カリンの劣化コピーかよ・・・・。

なおも、ぶつくさいいながら、メイドもどきは廊下を進むのだった。


俺がたどり着いたのは、使用人達の部屋のあたり、それもかなり上級の執事長や
メイド長クラスの部屋がある一帯である。

”コンコン”

俺は、ダルシニさんの部屋をノックする。

ダルシニさんは、もともとは、ヴァリエール家に仕えるメイドで、
メイド長は別として、若手(に見える)の中で最古参と言っていい。

結構良い自室を持っているのだ。

一時的とはいえ、戻ってきたからには、そこを使うのは当然だろう。

「はい・・・。開いてますよ。」

俺は扉を開けると、自然にダルシニさんの部屋の中に入る。

ダルシニさんは、机に向かって書き物をしていた。

俺は進められるままにテーブルの椅子に腰掛ける。
同時に、ダルシニさんは杖を取り出して、一振りする。

「私の前で演技は必要ないですよ。」

俺はダルシニさんの正体を知っている。
魔法を使うのに杖を用いるのは、偽装のためだ。

「いえ、念のためです。」

「慎重なのは、いいことですね・・・・・。
それで・・・、お姉ちゃ・・・、エミリーは仕方ないとはいえ、
どうして母まで一緒に来たのですか?」

そう、最初の計画では、直接係わるのは、俺とダルシニさん、お爺様だけのはずだったのだ。

お姉ちゃんことエミリーには、わざと怒らせるような置手紙で、
屋敷のみんなや、護衛や領民達をたきつける役をやってもらった。
怒り狂って押しかけるのはしょうがない。

「どうしようもありませんでした。
セレスティーヌ様も、ああ見えて押しが強いですからね。
叔母様やこちらのお嬢様がたに会いに行きたかったというのが本音でしょうね・・・・。」

「俺はついでかよ・・・・・」

「えっ?何か言いました?」

「いえ・・・・。
それで、どうでしたか・・・・。」

「お嬢様が言われるような痕跡は明らかに存在しました。
マイヤール領で何者かが画策を働いていたことは確かなようです。
正体までは掴めませんでしたが・・・・。」

「そう・・・、ですか・・・・。」

俺は、顎に手を当てて考え込む・・・・・。

実は、俺はこの数ヶ月、マイヤール領にて、いやな気配を感じることが
よくあった。マイヤール領は狭いとはいえ、村のいくつかや、小さいながらも
街道沿いに街も存在する。

屋敷に閉じこもって、おままごとや人形遊びなんて俺の趣味じゃないから俺は
マレンゴに跨って、村や街に遊びに良く行くのだ。

そういうときに、結構頻繁にある感覚が伝わったのだ。

首筋がチクチクするような・・・・。
これがきた時には、注意をしないといけない。

カラーコード・・・・・、自分の身の回りの安全・危険な状態を、色をイメージ
することによって、感覚的に常につかむ訓練・・・・。
俺はそれを身に付けていた。

黄色状態だ。

敵の気配を感じる能力は長けているほうだが、探ってみても、
特に誰かに見られているような様子はない。
人が多いところでは、おれもそんなに敏感になれないから
しょうがないが。

村や街に行くときは俺も目立った武装はしない。
せいぜいが杖と短剣ぐらいだ。

俺が領主の孫娘であることを、知らないものは領民にはいないから、
俺の姿を見て興味や敵意を抱くような者は、よそ者しかいない。

屋敷に戻ると、その感覚は完全に消えた。
カラーコードは、白になる。
安全な状態だ。

気のせいなのか?旅人や行商人なんかも普通に通りかかるからな・・・・・。
そう思っていたのだが・・・・・。

ある日、一人で狩に森に入ったときに、その思いは打ち消された。

この感覚は・・・・・。

森の中は俺の領域だ。街や村の中より、ずっと俺は鋭敏になる。
静か過ぎる・・・・・・。

カラーコードはオレンジ・・・・・。
何時、血の色・・・・レッドに変わってもおかしくない。

スナイパースコープ越しに狙われているところとまでは言わないが、
観測手に獲物を品定めされている状態・・・・・。

何の記憶かと思ったが、すんなりと受け入れられる。

敵が近くにいる・・・・・・。

相手も、ハンター・レンジャーの心得があるようだが、腕のほうは俺が上らしい。

ならば・・・・・。

あえて気配を立てながら直進し、途中で気配を消して、釣り針形に進路を曲げる。
逆に相手の姿を補足してやろう。

マスケット銃を構え、相手の気配に近づいて行く。
俺が確実に当てられる距離、100メイル・・・、まであと少し・・・・。。

だが、俺の気配がいきなり消えたことに、狼狽していたらしい相手は、
気配を消す努力もせずに逃げるように去っていった。

女か・・・・。

獲物を狩るときと同じ様に、風下から近づいた俺の鼻を、かすかな体臭がくすぐった。

俺は、このことをお爺様とダルシニさんだけに話した。
マイヤール領で価値があるものとしたら、俺の出自の秘密しかない。

そう、俺の家出騒ぎは、実は狂言だったのだ。

俺の家出、もしくは誘拐に見せかけて、家族や親衛隊や兵士、領民総出で捜索を行い、不審者をあぶりだす。
そして、相手の目的を洗い出す。

さらに、俺がヴァリエール領に向かった事が知れ渡った場合、相手がどう動くか・・・・。
何らかの動きがあるに違いない。

俺は一人でも、大抵の危険は切り抜けられる。それに、おれの出自をわかっていて、
ヴァリエールに連なる、俺に直接的に手を出す者はいないだろう。

この計画には、俺の家族が近くにいたらはっきり言って邪魔なのだ。

「ダルシニさん。母をしばらく寝かせることは出来ますか?」

「ええ・・・・。」

「では、私は今夜のうちにマレンゴでマイヤールに戻りましょう。」

引きずり回された相手がどう出るか・・・・・。
相手の目的もこれでわかるだろう。

・・・・・・・・・。

これで、目的はうまくいくと思われたのだ。

このときは・・・・。

あるいはすでに予感はあったのかもしれない。

だから、あんなにルイズに構ったり、カトレア姉さんを避けたり、
両親に甘えたりしたのかも・・・・。



[28219] 少女の油断
Name: ななふしぎ◆4f3bd7a8 ID:b7e3b52f
Date: 2011/09/08 06:21
「お嬢様・・・?お嬢様?」

かけられたダルシニさんの声に、俺はわれに帰った。

「あっ・・・・、ごめん・・・・・。」

すこし、考えに没頭していたようだ。

らしくない・・・・・。

ここは安全・・・・、という思いのせいか、気が弛んでいるのかもしれない。



「お嬢様の杖、預かっていますけど・・・・・・。」

ダルシニは、少女の黒檀の杖を差し出す。

「・・・・、いえ、このまま行きましょう・・・。杖だとディテクトマジックに
引っかかります。杖を持っていることを内外に知られたら、わなだと気取られるかも
知れません。」

「しっ・・・・、しかし、夜道は危険ですよ・・・・。」

ダルシニは少々迷う。この娘の生まれ持った素質はまだ完全には開いていない。

系統魔法は限定的だが、杖さえあれば精神力がある限り、どんな場所でも使えるから
有利な点もあるのだ。

「途中で、作戦の変更を行うのは、どんな些細なことでも問題が発生することが多いですよ。
予備の弾薬は馬車に積んでありますよね」

「・・・・、はい。でも気をつけてください。」

ダルシニは、少し迷った後、結局少女に杖を返すのをあきらめた。

「それと・・・、アミアスに確認したのですけど、ここ数ヶ月、メイドの入れ替わりが
微妙に多かったようです。」

メイドが入れ替わるのは珍しいことではない。仕事を求めた優秀な人材がメイドとして仕えていることもあれば、行儀見習いで、貴族の子女が仕えていることも多い。

ヴァリエール家はメイドの職場としては最良と言って良いが、仕事そのものが目的で無いのなら、用が済んでやめて行く人間がいてもおかしくは無い。

だがしかし、少女の顔つきが厳しくなった。

「やはり、杖は持たないほうが良さそうですね・・・・・。」

「・・・、ヴァリエール家にも手が伸びていると・・・・。」

ダルシニは、押し殺しながらも・・・、驚愕の声を上げる。

「玄人の密偵などが、この屋敷を探るのは難しいでしょうけど・・・・・、
だけど、なまじ、魔法や武術に長けているものは、逆に平民、素人の動きから目をそらしがち
ですから・・・・。
使用人の何人かが、おそらく、自分自身利用されていることも知らずに、情報を漏らしているん
でしょうね。」

「・・・・・、アミアスに、それとなく伝えておきましょう・・・・・。」

「では・・・・・、すぐにでも私は出立します・・・・。」

立ち上がろうとしたレナスを、ダルシニが呼び止める。

「旦那様から預かってきました。」

布に包まれた、杖上の物・・・・・・。

「こっ・・・、これは・・・・」

包みを解いて、少女は絶句した。

「必要とあらば、自由に使ってよいとの事でした。」

それは、少女の祖父が一番大切にしている銃だった。

遠くの目標を正確に撃ちぬくという目的に関して、兵士の武器としては、
既に進化の最終型にたどり着いている銃・・・・。

ボルトアクション式ライフル・・・・・・・。

そのうちの一つ、九九式短小銃・・・・・・。

ハルケギニアではありえない銃である。

「・・・・、確かに預かりました。一足先にお爺様にお返ししておきます。」

「ええ、お願いしますね・・・・・・。」

二人とも、メイド姿のため、そのやりとりは一見滑稽で異様だが、
漂う空気は真剣そのものだった。

少女は、祖父から預かった小銃とその弾薬、銃剣を、既に背負っていた装具の
一部と入れ替えて背負いなおすすと、部屋を出て行った。

「ご無事で・・・・、お嬢様・・・・・。いえ、大丈夫ね。
あなたはカリンとピエールの・・・、なんだから・・・・・・。」

ダルシニのつぶやきは、少女の耳には届かなかった・・・・・。


この屋敷・・・、いや、城と言ったほうがいいだろう。

今の時間、正門は、ゴーレムが操作する跳ね橋によって閉ざされている・・・・。

しかし、もちろん正門以外の門も存在するわけで、そちらはそれほど大掛かりな仕掛けでも無い。使用人や、出入りの商人もいるのだから、いちいち跳ね橋を使うのも大げさすぎる。
そちらも、もちろん時間帯によっては厳重に閉ざされているのだが・・・・・。

しかし、この手の城というのは、外からは忍び入るのは難しくても、中から外に出るのはたやすいものだ。
どんな立派な城でも、たった一人の内通者によって、内側から門を開けられて落城した例は
いくらでもある。

搦め手、裏門に当たる場所をあける手段は既に用意してある。

もちろん、城の外に出ても移動手段が無ければすぐに見つかって連れ戻されるから、
彼女の愛馬マレンゴを連れ出さなければならない。

夜間の見回りはいるが、少女はそれを巧みにすり抜けてい行く。
この城には、既に内通者がいると見ていい・・・・。

少女の意識は、その見えざる敵に向けて最大限の注意を払っていた。
しばらくして、厩舎に辿り着く。

愛馬マレンゴは主人の突然の来訪にも驚いた様子も無く、おとなしく馬具を着けられていく。

今のところ気取られている様子は無い・・・・・・。

「どこに行くの・・・・・。」
「しっ・・・・・、静かにしてください。ルイズ・・・・、目立ってはいけません・・・・。」

信頼できる気配以外は、すべて敵と見て良いだろう。

「どこに行こうと言うのかしら?」

「エレオノール姉さん、ふざけている場合じゃありません。ここは、もう安全では
ありません・・・・。」

「どこへ行くのかしら?レナス・・・?」

「カトレア姉さん、安心してください・・・・。今回は私が何とかしますから・・・・・。」

えっ・・・・・・、カトレア・・・・・、エレオノール・・・、そしてルイズ・・・・。

それは、自分が一番に守らないといけないもの・・・・・。

だけど、今回の場合は・・・・・・、一番油断のならない・・・・・、中間勢力だった・・・。

思考のモードが一気に切り替わり・・・・。

「なっ!!何で!!、三人ともこんなところに!!!」

真夜中の清浄な空気の中、少女の絶叫が響き渡った。

「それはこっちの台詞よ。怪しいメイド!!」

エレオノールが杖を振るうとライトの魔法を掛ける。

そこには、ヴァリエール三姉妹に囲まれた、重武装のメイド少女の姿があった。



[28219] 幕間2
Name: ななふしぎ◆4f3bd7a8 ID:b7e3b52f
Date: 2011/09/10 07:07
「何とか、足止めには成功したようです・・・・・。」

つかみ所のない容姿の女性が、報告を受けている。

「ヴァリエール領まで、駆けられたのは予想外でしたが・・・・・、何とか間にあいましたか・・・・・。」

予想外の標的の動きに、彼女達は翻弄されていた。

少女の家出に伴って行われた山狩りで、密偵たちはあぶりだされることになった。
出来るだけ証拠を消したが、あの狭いマイヤール領のこと、幸い捕らえられるものはいなかったが、
拠点を引き上げざるをえなかった。

その後しばらくして、少女は叔母の嫁いだヴァリエール家に向かったことがわかり、
密偵たちもあわてて移動することとなった。

だが、追いつけなかった。少女は足取りを隠すつもりも無いようだが、
移動速度が速すぎる。

もちろん、密偵側も鷹便など連絡手段を取って先回りをしようとしたのだが、一歩遅れですり抜け
られてしまう。

普通なら途中、駅で馬を替えなければならないところを、間道や荒野を突っ切りながら、ほぼ全速力で駆け抜けたのだ。

あの駿馬を駆られて逃げられたら、幻獣でも用いなければ追いつけない。
しかし、森にでも逃げ込まれたら大型の幻獣は役に立たたない。
開けた土地でなら追いつけるだろうが、そんな目立つ真似をするわけにもいかない。

しかも、相手は"黒いシェバリエ"の孫娘だ。
手練れの傭兵でも適わないほどの乗馬術と銃の腕をしている。
なにしろ、ギャロップで疾駆しながらも50メイル離れた標的に命中させる・・・・・。
下手をすると、追いかけているうちに銃だけで全滅させられるかもしれない。

かといって、見晴らしの悪いところ、森の中ではさらに分が悪い。
そのことは、この前痛感させられた。
追う側が、狩られる側に変わった時の恐怖感・・・・。

とっくの昔に捨て去ったはずの感情を思い出してしまった。

相手がただのメイジの小娘なら、恐れる必要など無い。
スクエアメイジでさえ、幾人と無く屠ってきた密偵である。
多少魔法がうまいぐらいの貴族の小娘など敵ではない。

だが、あれは違う。

夜の森の中で、吸血鬼のようなあの黒い悪魔を駆り立てるなんて真っ平である。

自分にも、まだ人間らしい感情が残っていたのか・・・・・・、自嘲する密偵であった。

だがしかし、それはあの小娘にも言えること・・・・・・・。
あの小娘は、悪魔にはなれても、密偵にはなれない。

悪魔よりも恐ろしいもの、それはやっぱり人間なのだ・・・・。

結局、あの小娘を捕らえるための手段は一つ・・・・、
重石を付けることだ。

絶対に外すことが出来ない重石を・・・・・・・。

密偵は、少女の能力を過大に評価し、そして、少女は自らの価値を過小に評価しすぎていた。

その齟齬によって、悲劇が生まれる・・・・・。



[28219] 杯の意味
Name: ななふしぎ◆4f3bd7a8 ID:b7e3b52f
Date: 2011/09/13 22:19
ヴァリエール邸の庭にて、当直の巡回をしていた衛兵の一人は、
夜闇に響き渡った、少女の絶叫に一瞬硬直した。

だが、そこはさすがにヴァリエール家に仕える衛兵、すぐに硬直を解くと、
絶叫の源に向けて走り出した。

あれは、ルイズお嬢様の声ではなかったか?

走りながらも、ほかにも巡回していた衛兵や、メイドたちとも合流する。

同僚の一人が話しかけてくる。

「今のは、ルイズお嬢様の悲鳴だよな?」

「そう思う・・・・・。また、あの厄種がなんかやったんじゃないか?」

メイドの一人が引き継ぐ。

「また、メイドに成りすまして何か悪さをしているのでは?」

マイヤールの令嬢の振る舞いは、ヴァリエール家の親戚の娘の悪戯・・・・・・、
と済ませるには、余りにも度が過ぎている。

昼がた、マイヤール夫人にお仕置きされていたことは、使用人のすべてが知っているが、
それでも懲りないらしい。

余りにも、ヴァリエール家を、さらにそこに仕える使用人達を含めて馬鹿にしていると
しか思えない。

「どっちから、悲鳴は聞こえた?」

「厩舎のあるほうだったと思うぞ・・・・・。」

衛兵達が確認しあった丁度そのときに、厩舎の中で明かりがともった。

その明かりを頼りに、衛兵とメイド達は厩舎に飛び込んだ。

「お嬢様方!!ご無事ですか!!」

「痴れ者はどこに!!」

「もう心配は要りません。私どもがお守りします。!!」

口々に叫びながら厩舎に飛び込んだ衛兵とメイドたちが見たものは・・・・・・・。

ヴァリエール家の次女、カトレアの胸に抱きしめられた、マイヤール家長女、レナスの姿だった。

「あら、みなさん、驚かせちゃったみたいね。この娘が、お馬さんのことが気になるからって、
一緒に様子を見に来たの。そしたら、あの子が驚かせちゃったみたいなの。」

カトレアが見つめるところには、馬鹿でっかい蛇、コーンスネーク(アカダイショウ)がとぐろを
巻いていた。

体長3メイルはあるような大蛇である。

カトレア動物園から脱走したのだろう。

大蛇は、とぐろを解くと、うぞぞぞと、駆けつけた衛兵やメイドに向かって這い向かう・・・・。

「きゃあっ!!」

メイドの何人かが悲鳴を上げる。

毒が無い種類とわかっていても、蛇というものは、若い娘には嫌悪と恐怖を与える物らしい。

傍若無人なマイヤールの令嬢にも、苦手なものがあったのかと、衛兵達は口をわずかに
綻ばせた。

そういえば、ルイズ様と、レナス嬢は体格も声も似ていたな?
と納得する彼らである。

「・・・・・、馬のお世話も結構ですが、もう夜もとっぷり暮れましたぞ。
お休みになられたほうがよろしいかと・・・・・。」

「ええ、そのとおりね。用事が終わったら、すぐ部屋に戻るわ・・・・・。」

エレオノールが代表して答える。

ルイズはどこか納得できない表情だったが、カトレアに見つめられて、

「わかったわ。すぐに休みます・・・・・。」

カトレアに抱きしめられたレナスと、カトレアは無言である。

「では、われわれは、これで失礼します。あまり遅くならないようにお願いします。」

「ええ、わかったわ。」

衛兵とメイドたちは、礼を取ると去っていった。

その気配が完全に遠ざかったのを見計らって・・・・、

「さて、何をしようとしていたのか聞かせてもらおうかしら・・・・・・。」

先ほどは、レナスが絶叫を上げてすぐに、カトレアが自分の羽織っていたナイトガウンを
レナスに被せて誤魔化したのだ。

「お姉さま・・・、今夜はもうやめておきましょう・・・・・。」

カトレアは、レナスを抱きしめたまま、エレオノールに向けて首を振る。

「ルイズ?今夜は、レナスちゃんと一緒に寝てあげなさい?」

「・・・・、はい、ちい姉さま・・・・」

一瞬ためらう様子を見せたルイズだが、カトレアの抱擁を解かれたレナスの手を握る。

すっかり、意気消沈してしまったレナスは、おとなしくルイズに従う。

ついでに、蛇もうぞぞとカトレアの後をついていった。


ヴァリエール三姉妹の部屋は、同じ廊下にある。

それぞれの部屋で別れる時、
カトレアは俯いたままのレナスの頬に両手を当てた。

「勝手にいなくなってはだめよ?レナス・・・・・・」

「・・・・、はっ・・・はい・・・・」

ルイズに手を引かれて、部屋の中に入るレナスの姿を、カトレアはじっと見つめていた。


ルイズの部屋に導かれたレナスは、力尽きたように床にへたり込んだ。
身に着けた武器、装具、鎧がずっしりと重かった。

気負って出立しようとしたところを掬われたせいで、見も心も砕かれた感じだ。
このまま、へたり込んだまま眠ってしまいそうだ。

ルイズがこんなレナスの様子を見るのは、昨日のお風呂のときに続けて2回目だった。

「ねっ・・・・、ねえ。あなたが何しようとしているのかは解らないけど・・・・・。
ちい姉さまや、お父様やお母様、叔母様たちに心配かけちゃだめだと思うわ・・・・・・。」

「・・・・、ごめんなさい・・・・・・。」

昨日から今日にかけて、その強さと弱さを見せ付けた従姉妹を、ルイズはそれ以上責めようとは
思わなかった。

「一緒に寝ましょう?」

「はい・・・・・」

レナスはその言葉に、素直に従い、武器、装具、鎧をすべてはずした。

「私の寝巻きを貸してあげるわ・・・・・。」

ルイズのネグリジェは、レナスに丁度ぴったりであった。

ルイズはレナスの手を取ると、ともにベットにもぐりこむ。

そして、すぐさまに、寝息を立て始めるレナス・・・・・・。
よっぽど、気を張って、疲れていたらしい。

ルイズには二人の姉がいるが・・・・・・、末っ子である。
弟も妹もいない。

妹がいたら、こんな感じだったのかしら・・・・・。

傍らの温もりを感じながら、ルイズはそんなことを考えた。

「ありがとう・・・・、お姉ちゃん・・・・・・」

眠りに陥りつつあるルイズに、その言葉は届かなかった。


翌朝・・・・・・・。

朝食の場に、どこかやつれた表情で、レナスは現れた。
しっかりと、ルイズが付き添っている。

「おはよう、レナス。ゆっくり休めたかね?」

「えっ・・・・、ええ、叔父様・・・・・」

どう見ても、そうは見えなかったが、それでも、無理やりに笑顔を作ってレナスは
答える。

すでに、ヴァリエール家のほかの面々は食卓に付いている。

「セレス姉・・・、ミセス・マイヤールはどうされたのですか?」

カリーヌが、セレスに付けられたメイドに尋ねる。

「それが・・・・、ご気分が優れないようで、お目覚めになりません・・・。」

その言葉に、俯いたまま食卓に着いたレナスが、メイドとして控えていたダルシニに一瞬視線を
飛ばす。ダルシニは視線を逸らすことなく、瞬きをした。

何かやったわね?二人とも・・・・・

今朝のレナスはだいぶ弱っているようだ。
カリーヌにはそのかすかなコンタクトを読み取ることが出来た。

「私達は、今日にもマイヤールに帰らなければなりません・・・・・・。
母のこと、しばらくお願いできますか?」

「うむ、わかった。お前の母上が回復するまで、我が家が責任を持って預かろう・・・・。」

知ってか知らずか、公爵ことピエールが答える。

「申し訳ありません。ご迷惑をおかけします・・・・・・」

レナスの様子が変だ。その場に居合わせた全員、使用人も含めてそう思う。

「レナス?どうしたの?あなたも体調が悪いんじゃない?なんか変よ?」

エレオノールが心配げに声をかける・・・・・・。

「いえ、ご心配なさらずに。少し寝つきが悪かっただけです・・・・・・・。」

「なら・・・・、いいけど・・・・」

どこと無く、沈んだ空気の中朝餉が始まった。

給仕が公爵から順番にワインを注いで行く。

最後のレナスの番になったとき・・・・、

「あっ、私は朝からお酒は・・・・・、水で・・・・・・」

そういわれて、水のデカンタに持ち替えた給仕・・・・。

「・・・・・、あっ、ごめんなさい。やっぱり私もワインを頂きます・・・・・。」

杯を水で満たす、水杯・・・・・・・。

頭の片隅に残っていた知識だ・・・・・。

その意味するところは・・・・・・。

レナスは、注がれたワインを一気に飲み干した。

テーブルに着いたヴァリエール家の面々、控えている執事、メイドたちも唖然とする。

慌てたかのように、給仕がワインを注ぎなおす。

だが、レナスはその後ワインには一切手を付けなかった。



[28219] 刻は今_1
Name: ななふしぎ◆aa0197b8 ID:b7e3b52f
Date: 2011/09/18 09:31
朝食が終わり、しばらくの準備の後、レナス、ダルシニ、エミリーの三人は、
マイヤール領に馬車で帰ることになった。

いまだに、レナスの母であるマイヤール夫人、セレスティーヌは目覚めない。
当たり前といえばそうだが・・・・・。

カリーヌはもちろん、公爵ことピエールも、二人で何かをやらかした事は解っていたが、
あえて問いただす事はしなかった。

だけど・・・・、

「女子供だけでの旅は危険ですよ。当家から護衛を付けましょう。」

「そうだな。4人ほど都合できるか?」

公爵が傍らに控える執事に声をかける。

俯いたままの、レナスの表情は伺えない。

「申し訳ありません。お気遣いありがとうございます・・・・・・。」

レナスは、その心遣いを受け入れざるを得ない。

「なにか、手土産に欲しいものなどあるかね?」

その言葉に、一瞬躊躇しながらも、レナスは答えた。

「では・・・・、アルビオン産の強いものを幾つか・・・・。」

「つっ・・・、強いもの?古いものではなくてか?」

ワインは、子供でも飲むのが当たり前のハルケギニアだが、
強いもの・・・・、つまり火酒(蒸留酒)を嗜むなど、レナスには
5年は早いだろう。

「ええ、ちょっと振舞わないといけない方々がいるんです・・・・・。」

ふむ・・・、と公爵は考え込む。

迷惑をかけた領民にでも配るのか。それなら、確かにかさばるワインより、強い火酒のほうが効率が良いだろう。

「解った。用意して上げなさい。」

公爵の言葉に、火酒の詰まった箱が用意される。

「ありがとうございます。叔父様・・・・・・。叔母様も・・・・・」

レナスは、礼儀正しく一礼すると、準備のために与えられた自室に戻っていった。


コンコン!!

「どうぞ・・・・、開いていますよ・・・。」

ノックの音に、レナスは机に向かったまま、振り向かずに答えた。

出立の時間まで、しばらく余裕がある。

果たして、扉を開けて入ってきたのは、レナスの従姉妹兼世話者係り兼メイドのエミリーであった。

こめかみに井桁を浮かべているエミリーに振り向かずに書き物を続けるレナス。

その様子に、エミリーは深呼吸を数回行い、杖を振るってロックとサイレンスを唱えた。

「レナス!!いったい何のつもりですか!!
昨日から、今日にかけては公爵様の手前黙っていましたが!!
もう、許せません!!」

サイレンスの効果に任せて怒鳴りつけたが、あいも係わらず書き物を続けるレナス。

「ちょっと!!聞いてるんですか!!」

肩をつかまんとしたエミリーの手をすっとかわして、レナスは書いていたメモを差し出した。

「なんですか!!私は怒っているんですよ!!」

「・・・・・・」

レナスに強い目線で促されて、仕方なくメモを見始めたエミリーだが・・・・・。

「・・・・、あっ・・・、うっ・・・・・・・。」

時々、驚愕や、恐怖によるうめきを押し消すことができなかった。

「母の様子が心配です。エミリー姉さん・・・・。」

エミリーが着火の魔法を用いてメモを焼き消すのを見ながら、レナスは言った。

「ここヴァリエールに残って、母を見守ってあげてくれませんか?」

建前である。だが、女主人を見守るために滞在するというのなら、話は通る。

「出来ません!!私が大伯父様から命じられたのは貴方の護衛です!!」

エミリーも、自分の祖母の義兄、レナスにとっての祖父であり、マイヤール総領であるタダオの名を持ち出す。

「・・・・・、分が悪いですよ。護衛についてくださる方々には悪いですけど・・・・、
私と、ダルシニさんだったら、すごく簡単な道のりなんです。付き合う必要なんてありません。」

「私は貴方の姉ですよ!!見殺しになんて出来ません!!」

本当の姉妹より付き合いが長いエミリーは、従妹の性格を良くわかっている。
護衛を切り捨てるようなことを言ったが、そんなことをするはずが無い。

見殺しに出来ないのは、レナスのほうだ。

言い出したら聞かないことも解っている。

それならば、力ずくでも・・・・・・。

そう思った瞬間、鳩尾に鋭い一撃を食らう。

「足手まといだって言ってるんだよ!!」

レナスの手には、エミリーの杖が握られていた。

腹を押さえ悶絶するエミリーに、悲しげな口調で続ける。

「・・・・・、ごめんなさい・・・。でも、杖を奪われて気づかないようなメイジが・・・・、
実戦で役に立つわけ無いでしょう・・・・。
私に、重石をこれ以上付けないでください・・・・・・。」

「レ・・・・・、レナス・・・・・」

荒い息をつきながら、エミリーはレナスを呼び止めようと声をかけたが・・・・・、

レナスは、どこかから用意したロープでエミリーを拘束して行く。

自分で掛けたサイレンスが災いして、悲鳴を上げようが、声は外に漏れない。

「すぐに、誰かが見つけてくれるでしょう。・・・・・。
こうでもしないと・・・・・、貴方の身が危ないんです・・・・・。」

「・・・・・・」

レナスは、エミリーを縛り上げ、口もふさぐと、クローゼットの中に押し込める。

「・・!!!!!!、・・・・!!」

「ごめんなさい・・・・・。」

再度わびると、レナスはそのまま部屋を出て行ってしまった。



そのころ・・・・・

「あの娘も、苦手なものがあるのよね・・・・・」
鼻歌を歌うような雰囲気で、書き物をしている。

ヴァリエール家長女である、エレオノールは、愛しの婚約者に手紙を書いていた。

”コツコツ”

窓ガラスを叩く音に、エレオノールは振り返った。

郵送用の鳥形のガーゴイルだった。

「あら?何かしら?」

その手紙は、今しがたエレオノールが手紙を送ろうとした相手からのものだった。

嬉々として手紙を開くエレオノール・・・・・・。

数分後、エレオノールは、着火の魔法を用い、手紙を焼き捨てた。

そして、氷のような表情で、続けたのであった。

「了解しました。ご主人様・・・・・・。」


同時刻・・・・、カトレアは大蛇をその手の中に抱いていた。

カトレアの部屋は、怪我を負い、拾ってきた動物?達がたくさんいる。

犬や猫だったらまあ、いいのかもしれないが、魔獣、幻獣はおろか、いわゆる
蛇蝎の類も結構いるのだ。

「あの子達を守ってあげて?ドーラ。」

カトレアは、抱き抱えた大蛇に語りかける・・・・・。

ドーラ、この蛇の名前らしい。

蛇、ドーラは、ちろちろと赤い舌を出して、カトレアの頬を舐める。

蛇に、人間並みのコンタクトを求めるのは無理だろうが・・・・・、
それでも、カトレアには解った。

”安心しなさい。絶対に守ります”

そう言っているのが解る・・・・・。

「お願いしますね・・・・・。」

蛇は、うぞぞと、カトレアの部屋から出て行った。


レナスは、ダルシニと合流し、マイヤール家の馬車に荷物を積み込んでいる。

近くには、手伝うヴァリエール家のメイドが数人・・・・・・。

レナスは、さすがにメイド服ではない。

ヴァリエール家から与えられた狩猟服姿だ。

「お嬢様、こちらはどうされますか?」

ダルシニが示したのは、朝食の場で公爵から与えられたアルビオン産の火酒である。

「中に積んでおきましょう。後で用意します。」

メイドたちは、人にまかせっきりではなく、自分で用意をする令嬢にある程度の好感を覚えていた。

そんなところに、

「お嬢様!!、申し訳ありません!!遅くなりました!!」

一人のメイドが駆けつけてきた。

「なっ!!」

少女の手から、抱えていた木箱が落ちる・・・・・・。

ガチャ!!

木箱の中で、ボトルが割れる音がした。

いくらなんでも速すぎる・・・・・。

巡回の衛兵やメイドに助けられたにしても・・・・・、

駆けつけたメイドの服装は、似てはいるが、ヴァリエール家のメイドとは
異なるものだった。

「エミリー姉さん・・・・・、どうして・・・・」

先ほど拘束したはずの従姉が、平然と現れる・・・・・・・。

少女の胸の中で、警鐘が鳴り響いた・・・・。



[28219] 刻は今_2
Name: ななふしぎ◆4f3bd7a8 ID:b7e3b52f
Date: 2011/09/22 23:23
「皆さん、手伝っていただいてありがとうございます。
あとは、私達で出来ますので・・・・・。」

酒酵の匂いに包まれながら、少女がヴァリエール家メイドたちに礼をする。

落としてしまった木箱の中で、何本か火酒が割れたらしい。

「しっ・・・・、しかし・・・・」

マイヤール家のメイドが現れた以上、手伝いは必要ないのは確かだ。

でも、割れた火酒の匂いがきつすぎる。

処分しないといけないだろう。

「大丈夫です。私のほうで処理しますから。」

マイヤール家のメイドが杖を撫でながら言う。

「わかりました・・・・。御用意がお済になりましたら、またお呼びください。
旦那様や奥様方にもお伝えしますので・・・・・。」

ヴァリエール家のメイドたちは、一礼すると去っていった。

「エミリー姉さん?ちょっとこの木箱を運んでくれませんか。ダルシニさんも・・・・」

数箱ある、火酒の木箱のひとつを抱え、馬車の中に入るレナス・・・・

メイド姿のダルシニとエミリーも木箱を抱えて馬車の中に入る。

「エミリー姉さん・・・・誰に助けられました?」

馬車の扉は閉じられていない。
閉じたら、逆に危ない・・・・・。

「・・・、メイドに助けられましたが、どこの所属かはわかりません。」

「叔父様や、叔母様には連絡が行っていないんですよね・・・・・」

危険だ・・・・・

少女の心臓が、ドクドクと脈を打つ。

「エミリー姉さん・・・・・、今朝起きてからの記憶が有りますか・・・・・・・・」

「・・・・、貴方から良い一撃を食らったことまでバッチリ覚えてるわよ!!」

その言葉に、レナスは狩猟服の袖から、投げナイフを一本引き抜いた。

「ひっ!!」

思わず悲鳴を上げるエミリー・・・・。

「おっ、お嬢様・・・・、無礼は謝罪しますから・・・・・、」

「なに・・・・、変なこと言ってるんですか?」

レナスが本気を出したら、たとえ素手でも勝てない・・・・。

何しろ、烈風を絞め落としたのだ・・・・。

「落ち着いてください。ちょっと確認したいんです。
このナイフの先端を見つめてください。動かしますから・・・・・。
ダルシニさんも、あっちの方向でお願いします。」

「解りました。診てみます。」

「なっ、何なのよ!!」

反応が違う二人のメイドに向かって・・・・・・

「言うとおりにしてください・・・・」

「・・・・・・。」

低くて小さな声で訴えかけられて、エミリーも従うしかない。

レナスは、かざした投げナイフを、左右に、上下に動かして行く。

じっと、エミリーの瞳を見つめながら・・・・・。

「あれ、ルイズちゃん。どうしたんですか?」

ふと、レナスが、開け放たれた馬車の外を見つめる。

エミリーとダルシニも釣られて外を見やるが・・・・。

”シャ!!”

次の瞬間、鋭い風切り音と共に、投げナイフが馬車の背もたれに食い込んでいた。

エミリーの、首筋を掠めて・・・・・。

「なっ・・・・・・、何を・・・・・。」

もちろん、ルイズがこの場にいるはずが無い・・・・・。

ナイフを投擲した姿勢のまま、じっと自分の瞳を見つめるレナスを、エミリーは怯えを
もって見つめ返す。

「ごめんなさい・・・・・・、驚かせてしまったようですね。・・・・・。
ギアス<制約>の線か、何らかの精神操作を疑ったんです。」

そういって、レナスはダルシニを見やる・・・・・。

「私も、そっちのほうで診ましたが・・・・・、せいれ・・・・・、精神の働きは正常です。」

怯えと、戸惑い、怒りの混じった表情で詰め寄るエミリー・・・・。

「どういうことですか!?」

「ギアスなら、魔力光が瞳に浮かぶことがあるんです。それに、何らかの暗示が掛けられていれば、
絶対に反射が遅れますから・・・・・。」

ギアスといった、人の心を操る魔法や薬はご禁制の品である。

「まさか、ヴァリエール家でそんな物をかけられるなんて・・・・・。」

ヴァリエール家とマイヤール家の付き合いの深さを、知らないものなどは、
この国の貴族にはいないだろう。

「仕える主が違うなら、ためらわない輩もいるでしょうけどね・・・・。
でも、違うみたいです。
私達が見た限りでは、いつもどおりのエミリー姉さんですから・・・・・。
助けたというメイド・・・・、いえ・・・・、その上が怪しいですね。」

「そっ、そんな・・・・・・。

そこで、レナスは、エミリーに向かって深々と頭を下げた。

「ごめんなさい、姉さん、本当は全部最初に話しておいたほうが良かったですね。
事、ここまでにいたったら、もう覚悟を決めるしかないようです・・・・・。
私が帰れなかったりしたら、そのときは後のことをお願いします。」

"パン!!"

「怒りますよ!! 私は貴方の姉で、貴方に仕えるメイドですよ・・・・。さっきも言いましたが・・・・・、
見捨てたりなんかしませんから!!」

先ほどレナスの投げナイフに怯えていたとは思えないほどの素早い張り手だった。

今までとは比べ物にならない怒気を含んで、強い言葉で答えるエミリー。

「そうですね、それに、ヴァリエールにいても、余計に危険かもしれません。
下手をすると駒にされるかも・・・・。」

ダルシニが続けて言う。

「もちろん、私もお付き合いします。しかし・・・・、セレスティーヌ様はどうなるのですか・・・・。」

エミリーが問いかける。

「いえ、アミアスが付いているから大丈夫です。
公爵ご夫妻も責任を持って預かるでしょう。」

普段なら食らうはずの無い一撃に、頬を押さえ、呆然と二人を見詰めていたレナスだが・・・・・。

「お二人とも・・・・、本当に申し訳ありません・・・・・。」

もう一度がメイド達に向かって頭を下げた・・・・・。

その後、三人は急いで馬車の準備を続けるのだった。


数十分後・・・・・。

マイヤール家の令嬢と、二人のメイドは、付けられた護衛と共に、
ヴァリエール家の面々の見送りを受けていた。

「叔父様、叔母様、今回はいろいろとご迷惑を掛けて申し訳ありませんでした。」

貴族の令嬢としてきちんとしつけられた礼を取るレナス。

「いや、私達も久しぶりに君に会えて楽しかったよ。ただ、
家族達に心配を掛けるのはあまりよくないぞ?」

公爵が厳しい顔をしながら(目じりが垂れているが・・・)言う。

「レナス?おてんばな方法も良いけど、もう少し魔法も勉強しなさいね?」

公爵夫人がニコニコ笑いながら言う。

「はっ・・・・・、はい。解りました・・・・・。申し訳ありません。

恥ずかしげに頭を下げるレナス。

「道中気をつけてね。レナス?」

カトレアが、今回珍しく、普通に言葉を掛ける・・・・。

「・・・・・・・」

うん?一人足りないな・・・・・・。

「ルイズちゃんはどうしました?」

「貴方と別れるのが寂しいんでしょう・・・・・。どうせまたいつもの場所でいじけてるんでしょ・・・・・。」

代表して、黙っていたエレオノールが答える。

俺の真似して、変なこと覚えないといいけどね・・・・・。

頭の中で余計な事を考えてしまったレナスであった。

「それでは、ルイズちゃんによろしく伝えてください・・・・。」

「うむ・・・・。そろそろ刻限だな・・・・。
お前達、レナスをちゃんと送ってやってくれ!!」

騎乗の護衛たちに命じる公爵・・・・。

「では、お嬢様・・・・・・。」

馬車の扉を開けて、レナスを促す、マイヤール家の二人のメイド・・・・・。

レナスは、もう一度ヴァリエール家の面々(-1)に礼をすると、馬車に近づく・・・・・。

そして、馬車に乗り込もうとして・・・・・・。

ふと振り返る・・・・・。

カリーヌと目が合った。

「お母さん!!」

いきなりのトーンの高いレナスの声に、ギョッとなる面々・・・・・。

「・・・・、いえ・・・・、母のことよろしくお願いします。」

レナスは、その後一切振り返らずに馬車に乗り込んだ・・・・・。

「レナス・・・・・。」

後には、カリーヌのかすかな呟きのみが残された。



[28219] 血風吹きすさぶとき1
Name: ななふしぎ◆8976839a ID:b7e3b52f
Date: 2011/09/29 21:00
ぽっくりぽっくり・・・・。

馬車が進んで行く。

この馬車の中には、ヴァリエール家の姻戚である、マイヤール家の令嬢と、
その御つきのメイドが乗っている。

ちなみに、馬車を操っているのは、人型そっくりのガーゴイルだ。

馬車の中、レナスの向かい側に、二人のメイドが座っている。

馬車の歩みと、時間から計算して・・・・・・・、

そろそろ、ヴァリエール領を抜ける辺りになる。

馬鹿でっかいヴァリエール領の事・・・・・、午前中に出立しても、まだ
領内を抜けられないのだ。

レナスは、難しい顔をして、自分のひざの上に乗っけた地図を見つめている。

「ちょっと、足が遅すぎますね・・・・・。」

「それは、馬車ですもの・・・・。護衛の方もいますからね・・・・・。」

メイドの一人、ダルシニが言う。

「貴方のマレンゴじゃないんだから、しょうがないでしょうに・・・・。」

もう一人のメイド、エミリーが続ける。

レナスの愛馬である、マレンゴは馬具は着けられているが手綱を引かれるわけでもなく、自由にされていた。

途中で川があれば水を飲み、美味しいそうな草があればそれを食み・・・・、
遅れたかと思えば、恐ろしい脚力で馬車と護衛の騎馬を追い越して・・・・・、バ○をたれる・・・・・。

まさしく、生意気な、メス餓鬼の乗馬に相応しい、○バ馬である・・・。

馬車は、普通の速度では、時速20キロぐらいでしかない。

マレンゴは、ギャロップでの最大速度で、時速70キロを超える・・・・・。

そこまで無理させなくても、メイジのフライを引き離す速度で駆けても息切れひとつしないのだから・・・・。

レナス自身、この馬、天馬(ペガサス)の出来損ないか、あるいは龍馬(いるのか?)の幼生かと疑ったぐらいである。

そ・れ・は・ともかく・・・・・・。

「こんなペースじゃ、一日で着くところを、一泊しないといけないですね・・・・・・・。」

「夜中の行動は計算に入っていないはずですよ。
一日で着くわけ無いでしょう・・・・。」

エミリーが答える。

「・・・・、馬車を駆けさせれば何とか着くかも知れないですけど・・・・。
護衛の方々が・・・・・・・。」

そういって、馬車の窓から、ヴァリエール家から付けられた護衛、おそらく全員メイジ・・・・
を見るダルシヌ・・・・・・。

貴族が馬車を駆けさせるのは、緊急時以外に無いのだ。

公爵の姪娘を家に送り届けるのに馬車を疾駆させる・・・・。

ありえない・・・・・。
いや、許されない。

そとには、ヴァリエール領の田園地帯、
畑が広がっている。

農民達は、全員平和そうで、レナスたちの馬車に向かって帽子を取って挨拶をしている。

小さく開けた、カーテンの陰から手を振ったレナスであった。

「しょうがないですね。ダルシニさん。エミリー姉さん。
今のうちに用意をしておきましょう。」

「致し方ないですね・・・・・・」

「出来れば・・・・、使いたくないんですけど・・・、そうも言ってられませんしね・・・・・・。」

そういうと、二人のメイドは腰掛けていた馬車のシートから立ち上がり、シートを跳ね上げた。

この手の馬車の、シートの下は、トランク代わりになっていることが多い。

果たして、そのトランクに収められているものは・・・・・・。

「状態の良い物を選んで持ってきましたけど・・・・・、どうでしょうか・・・・・。」

ダルシニが、シートの中から布にくるまれた杖状のものを差し出す。

受け取ったレナスが、布を払って・・・・・、

「大丈夫そうですね。一応全部点検しましょう。」

布にくるまれた、マスケット銃を検分しながら、レナスが言う。

トランクの中に収められた10丁ほどのマスケット銃・・・・、それを全部レナスは検分する。

「レナスお嬢様、こちらはどうですか?」

そういって、エミリーから差し出された銃を受け取るレナス。

「マッチロック(火縄銃)ですね。
・・・・・・・・。
これも問題ないです。使えるように用意しておきましょう」

マッチロック式は、フリントロック式に比べると、火種を維持しないといけない点で不利なのだが・・・・・。

強力なバネで火打石を叩いて火花を飛ばさないといけないフリントロック式より、その他の性能では勝っている部分があるのだ。
狙撃に関しては、火花を起こすためのバネの強力な反動でブレが生じる点で、マッチロック式の方が有利である。
それでも、銃の性能によりけりなのだが・・・・・、

だが、しかし、馬車に積んであった二つの火縄銃は別格だった。

まず、作成に用いられた冶金技術がハルケギニアではありえない。
着火・発砲にいたる機械部分の精度も。多量の火薬を装填して発砲するにもかかわらず、暴発などしない。
その結果、命中精度、火薬の量に応じた有効射程・威力も、ハルケギニア産の銃とは比べ物にならない物がある。
銃の試射大会があったとして、マズルローダー(前装銃)のなかで、最高の性能を誇っているといって良いだろう。

もちろん、ハルケギニア産の銃など、予選にも通らない。

九九式短小銃には遥かに劣るが、馬車に積んである銃の中でも、二つの火縄銃(瞬発式火縄銃)、
は十分”ありえない代物”だった。

その他にも、短銃が何丁か有ったが、それにも抜かりなくチェックをして行く。

令嬢とメイド達は、それらの銃器に装填し、準備を整えて行く。

「それじゃあ、こっちの用意もしておきましょう。」

今まで、自分達の座っていたシートの下を指差すレナス。

そこには、小型の大砲・・・・・、戦国日本なら、抱え大筒と呼ばれる物までが隠されていた。

重さ1リーブル(500グラムよりちょっと軽い)になる鉛弾・・・・・、あるいは散弾である葡萄弾を打てる。

砲自体・・・・・、レナスの体重よりは軽いぐらいの重さがある。

分解されて、台車と分かれて格納されていて、組み立てれば、3人での運用も可能である。

そういいながら、シートを”パカッ”とあけたレナスだが・・・・・・・。

すぐに、もう一度シートを戻した。

「ねっ・・・・、ねえ、私、昨日お酒飲み過ぎたんでしょうか・・・・・・」

うん?
という感じで、二人のメイドが振り返る。

「どうなさったのですか? お嬢様?」
「どうしたんです? レナス?」

その言葉に応じて、もう一度シートを開けて・・・・・。
すぐに戻した。

「おっ・・・・、終わった・・・・・・。」

へなへなと馬車の中で、力なくへたり込んで、そのまま、こてんと横たわってしまうレナス・・・・・。

「お嬢様!?」
「レナス!?」

尋常でない様子に・・・・・・、(メイドの二人は、タイミング的にシートの中を見ていなかった。)

二人で、おっかなびっくり、シートを開けてみて・・・・・。

”パタン・・・・・”

「どっ・・・・、どうしましょう・・・・。」
「わっ・・・・・、私に聞かれても・・・・・、困りますよ・・・・・。」

シートの下のトランクには・・・・・、ヴァリエール家三女のルイズが、愛用の毛布に包まって、幸せそうに
すぴょすぴょ寝息を立てていた・・・・・・。



[28219] 血風吹きすさぶとき2
Name: ななふしぎ◆1b9d91df ID:b7e3b52f
Date: 2011/10/02 19:01
「どっ・・・・、どうしよう・・・・・。」

こっ・・・・・、こんな自体は想定外・・・・・、いや、ありえるかもしれないとは思っていたが・・・・・・・。........

見送りの時に、ルイズがいなかった時点で怪しいと思うべきだった・・・・・・。

俺の真似するなって言ったのに・・・・・・。

あの時、余計なこと考えたせいで、エレ姉から注意がそれてしまったのだ。

ルイズは見事に俺の真似をしてくれた。

あらかじめ、馬車の中に、隠れておく・・・・・。

ご丁寧に、メイド服まで着込んで・・・・・・。

そういえば、昨夜ルイズと一緒に寝るとき脱いだ、支度部屋からパチくったメイド服は・・・・・・。

ルイズの部屋に置きっぱなし・・・・・・。

ルイズのネグリジェは、俺の体にぴったりで・・・・・、
つまり、それだと俺が借りた(勝手に)メイド服もルイズにはぴったりなわけで・・・・・。

「ぬっ、つっ、つつつ・・・・・、うわっー・・・・・・!!」

俺は、意味不明の絶叫を上げるしかなかった。

「おっ、お嬢様・・・・」
「れ・・・、レナス・・・・」

”コンコン”
馬車の窓が叩かれる。
「何事ですか?お嬢様?」

護衛のメイジが、俺の絶叫に気づいたらしい・・・・・。

その時、馬車の天井から、何かが落ちてきて・・・・・。

「ぬっ・・・、うっ、うわ!!」

さすがに馬車が止められて、ドアが開かれ・・・・・。

護衛の班長が、

「また、その蛇ですか・・・・・。」

俺の首とか体に巻きついた大蛇を見て嘆息するのであった。

「・・・・・、カトレアお嬢様の蛇ですね。なんでしたら、われわれで預かりましょうか?」

班長は、昨夜馬小屋で会った人である。

「いっ、いえ、ちょっとびっくりしただけで・・・・。戻られるときにはお願いします・・・・。」

蛇に、ちろちろとほっぺを舐められながら・・・、俺はそう答えるしかなかった。


「・・・、どうします。お嬢様・・・・。」

「ちょっと、待ってください・・・・・。」

俺は、蛇の頭を掴んで、ダラーんとぶら下げる。
蛇はおとなしく頭を持たれているのだが・・・・・。

3メイル近い蛇のおなかを、じっくりと検分して・・・・・、
アカダイショウのおなかって白いんだな・・・・・・。

「おっ・・、お嬢様・・・・?」

「れっ、レナス・・・・・?」

おかしいな?間違いないと思ったんだけど・・・・・・・。

「蛇の尻尾って、どこから先なんでしょうね?」

「お尻の穴から先じゃないですか・・・・」

まったくどうでもいい俺の疑問に、律儀にダルシニさんが答える。

さらに、ダルシニさんの言葉に、蛇が恥ずかしそうにくねくね体を動かす。
これ、ほんとに蛇なのか?

ポイ、っとダルシニさんに向けて蛇を投げる。

「キャッ!!」

悲鳴を上げるダルシニさん・・・・、でも蛇は嬉しそうに(俺の見た目だが)ダルシニさにまとわりついていく。

まあ、ダルシニさん自身、蛇が苦手というわけではなく、単に驚いただけらしいが・・・・。

「・・・・・、蛇はこの際どうでも良いですよ。これをどうにかするほうが大変ですよ。
魔法や、鉄砲や大砲でもどうでもならないでしょ・・・・。」

エミリー姉さんの言うことはもっとももっともである。

もう一度、シートを上げたトランクの中では・・・・。

「うーん、ちい姉さま、お腹いっぱい・・・、もうクックベリーパイ食べられない・・・・・」

なに、幸せな夢見てやがる・・・・・・。

ほっぺた、つまんで引っ張ってやる・・・・・。

「いっ、いゃい・・、ごめんまさい、大姉しゃま・・・・」

おお、よく伸びるな。

タルブ名産の餅のようだ・・・・・。

ついでに俺のほっぺたも伸びて・・・・。

「遊んでる場合ですか!!」
「夢見の精霊と戯れるにはまだ早いですよ!!」

「いっ、いゃい・・・・、ひゃるしにさん、へえさん・・・、ひゃめて・・・・」

左右から、両方のほっぺたを引っ張られて、俺は詫びを入れるしかなかった。


「それで、これからですが・・・。」
両方のほっぺたがひりひりと痛む・・・・・・。

銃の整備に時間がかかってしまった。

ヴァリエール領はとっくに抜けている。

馬車を疾駆させれば、一時間もたたずに領内に戻れるだろうが・・・・・・。

「公爵様と、奥様に全部お話したほうが良いんじゃないですか?」

エミリーが問う。

「体面というものが有ります。姪娘のために、そこまでは出来ないでしょう。」

逆に言えば、ヴァリエール家の姪娘のために、そこまで手を伸ばしている敵のほうが異常で
有るのだ。
公爵家の、家族同然の扱いや、わざわざ護衛を付けてくれる時点で異常でもあるが・・・・・。

「それに・・・・・、ルイズをこんなふうに使えるなんて、ヴァリエール家に何人もいません・・・。」

レナスが、そういって、近くでとぐろを巻いている蛇を見る。

「公爵夫妻、カトレア姉さまは除外できますが・・・・・・。」

這いよってきた大蛇が体に巻きつくのを気にせずにレナスは続ける。

「すべてを打ち明けて、護衛の皆さんと一緒に、ヴァリエールに戻るのもありですけど・・・・・。」

「わたしも、それが良いと思うのですが・・・・・。」

ダルシニが続ける。

「だけど、ヴァリエールも安全ではありません。」

レナスは、そういって、弾薬を装填された銃を見やる。

先ほど、馬車に荷物を運び込んだ時、さらに出立の時・・・・、、

さほど時間はなかった筈だ。

公爵夫妻は問題ない。

カトレアは無理だ。

そうなると、一人しかいない・・・・・・・。

「ダルシニさん。"眠り"<スリープ>をお願いします」

「おっ、お嬢様・・・・」

「レッ・・・・・、レナス・・・・・・・。」

「他に、手段は無いでしょう・・・・・。
私がすべて泥を被る以外ないです・・・・。
一週間椅子に座れなくなるかもしれないですけど・・・・・。
お二人や、護衛の方々の首に比べれば大したことじゃありません。」

「馬鹿な事を言わないで!!私は貴方の姉ですよ!!」
いきり立った、エミリーが声を荒立たせる。

「・・・・、お姉ちゃん・・・・。本当に首が飛ぶんですよ。
私、一人の悪さで済むんだったら、問題ないんです・・・・。
百回お尻を叩かれても私は死にませんよ・・・・。」

レナスは、自分のお尻を無意識に撫でながら言う。

「・・・・、解りました・・・・。
でも、貴方を死なせるつもりはありません。」

「私も、出来ることを精一杯します」

そういうと、ダルシニさんは、呪文の詠唱に入った・・・・。

「”生命の精霊よ。このものを眠りに誘いたまえ・゛・・・・・・・」

俺には、その詠唱の言葉が解ったが、エミリー姉さんは解らないだろな。

ただ、ルイズを深い眠り・・・・・、老いも朽もしない眠りに誘ったことはわかっただろう・・・。



[28219] 幕間3
Name: ななふしぎ◆e289bb85 ID:b7e3b52f
Date: 2011/10/11 21:35
「貴方達に依頼したいのは以上です・・・・・。」

捉えどころのない容姿をした女性が、言葉を切る・・・・。

「簡単な話だ・・・。貴族の小娘を捕らえるだけだろう。
後始末はお前達がやってくれる。
だったら問題ない・・・・。」

傭兵隊の隊長が答える。
顔に酷いやけどの跡がある・・・・・。

「へへ、護衛のメイジたちは殺して良いんだろ。二人のメイドは好きにして良い・・・・。
二人ともかなりのベッピンらしいじゃないか・・・・・。」

傭兵の一人が、下卑た笑いを浮かべる。

「小娘は、200メイル離れていても銃を当てますよ・・・・。
それでも笑ってられますか・・・・」

酷いやけどの隊長が率いる傭兵隊は、全員がメイジである。

傭兵メイジたちは、銃の恐ろしさを解っている。

歴戦の傭兵メイジたちが揃っているわけだが・・・・・、

魔法の射程は、トライアングルクラスでも、50メイルは超えない・・・・。

傭兵メイジたちは、お互いに顔を見合わせた・・・・・。

烈風カリン・・・・、あれは別格である・・・・。

「かなりの数の銃を用意しているようですよ・・・・・。

「たっ・・・・、隊長・・・・、分が悪いんじゃ・・・・・。」

副隊長クラスのメイジが隊長に語りかける・・・・・。

「確認は出来ませんでしたが・・・・・、大砲も用意しているかもしれませんね・・・・。」

その言葉にギョッとして、傭兵メイジたちが騒ぎ出す。

鉄砲でさえ恐ろしいのに、大砲・・・・・。

「じょっ、冗談じゃねえ・・・・。大砲持ってる貴族の娘なんて普通、いるわけ無いだろが!!」

「あんた、俺達を、使いつぶすつもりだろ!!」

大砲から放たれる鉛球・・・・、魔法を使ったところでかわすことなど難しい。

「その上で、貴方達にお願いしているのです。
別に、貴方達を捨石にするつもりは無いです。
無理だったら今言ってください。・・・・・・」

「ふふ、小娘・・・・、マイヤールの娘・・・・、違うな・・・・。
ヴァリエールの娘か・・・・。
戦いたいぞ・・・・・。その娘の本気を見せてほしい・・・・・。」

「たっ・・・・、隊長・・・・、本気ですか?」

「烈風カリンの血をひいている・・・・・・。しかも系統は火か・・・・・・。
俺を銃で撃ち殺せ・・・・。大砲で粉々にしろ・・・・・。魔法で俺を焼き尽くせ・・・・・。」

顔に酷いやけどを負った、傭兵隊長・・・・・・、その瞳は光を映していない・・・・。

彼の二つ名は白炎・・・・。

白炎メンヌヴィル・・・・・・、強者を求めるメイジは・・・・・、その瞳では見えない
少女の姿を、心の中で思い浮かべるのだった。



[28219] 血風吹きすさぶとき3
Name: ななふしぎ◆02880109 ID:b7e3b52f
Date: 2011/10/11 21:52
「お嬢様・・・・、いえ・・・・・、レナス・・・・・。
確認したいことがあります。」

「なっ・・・、なんですか・・・・。」

普段気弱なダルシニが、珍しいことに、レナスを呼び捨てにする。

レナスも、珍しいダルシニの態度に驚きながらも素直に答えるしかない。

「貴方に、人が撃てるんですか・・・・・」

その言葉に、レナスはギョッとした。兵士の真価を問われているに、相違ない・・・・。

「わっ・・・、私は猟兵<レンジャー>ですよ・・・・・」

「貴方の銃の腕前は認めます。
でも、山賊や、盗賊退治では見事な腕前で、急所を外していましたね・・・。
魔法や銃や剣の腕だけでは済む問題じゃないです。」

「そっ・・、それは・・・・・、傷ついた仲間を・・・、ほおっておくのは・・・・、いくら悪党どもでも・・・気がとがめて・・・・、相手の手数を減らすことに・・・」

ごにょごにょと言い訳をするレナス・・・・・。

「・・・・・、貴方の産湯を使ったのは私ですよ・・・・・。
大いなる意思の前ではごまかしは通じません。
私は、自分のためには人を殺せませんが・・・・。でも、貴方のためなら厭いませんよ・・・・。
大いなる意思に愛された貴方は・・・・、絶対に守ります。」

レナスの言い訳を切って捨て、明確な意思を告げるダルシニ・・・・・。

「やっ、やめてよ・・・・。ダルシニさん・・・・。そんなこと言われたら・・・・。
私達は・・・・、ルイズを守らないといけないのに・・・・・。」

レナスの、大きな瞳から、ボロボロと涙がこぼれる・・・・・・。

「私も付いていますよ。銃の腕では貴方には及びませんが・・・・・・。メイドとして、貴方の
姉として・・・・、覚悟は決まっています。」

「ダ・・・、ダルシニさん・・・・。お姉ちゃん・・・・・」

ダルシニが、レナスを優しく抱きしめ・・・・・・、エミリーが頭を撫で・・・・、
ついでに、蛇がちろちろほっぺたを舐めた・・・。

「私もルイズのためなら、人を殺めます・・・・・。」

しばらくして、ようやく泣き止んだレナスが動き出した。

「やっぱり、大砲は必要ですよね・・・・・。」

「本当に襲ってきますか・・・・。」

ダルシニが、確認するように問う・・・・。

レナスのカラーコードは、限りなく赤に近いオレンジになっている・・・・・。

「ここまでしたのだから、間違いないでしょう・・・・・。」

あけられた馬車のシート、その中を見ながらレナスが言う・・・・・。

「それにしても・・・・、これがなんだか、解ってるんですかね・・・・、この馬鹿は・・・・。」

”相変わらず”シート下のトランクで寝ているルイズ・・・・。
枕にしているのは・・・・・、メイド+1がこれから用意しようとしている、大砲だった・・・・。

レナスと、エミリーがルイズの体を持ち上げ・・・・、その間にダルシニが大砲の砲身と台車を取り出す。

重たい砲弾も、鉄砲より遥かに大量の炸薬もだ・・・・。

ダルシニだから、できる作業だ・・・・・。

シートの上のクッションを、枕として宛がってやるのは、ダルシニなりの優しさ・・・・・、かもしれない・・・・。

「それで・・・・、どうします。鉄砲や大砲の用意だけじゃすまないでしょうに・・・・・。」

エミリーが問いかける。

「うーん・・・・、とりあえず・・・、脱がしましょう・・・・。」

「ふざけないでください!!」

「貴方にも、"眠り"<スリープ>をお見舞いしますよ!!」

再び、左右からほっぺたを引っ張られるレナス・・・。

「いっ、いゃい・・・・、ひゃるしにさん、へえさん・・・、ひゃめて・・・・」

再び、同じ言葉で詫びをいれるレナスであった・・・。

「ダ・・・、ダルシニさん・・・。馬鹿力で引っ張らないで・・・・・。」

ダルシニから引っ張られた左頬のほうが遥かに腫れている・・・・・。

「それで、どうするって言うんですか。またふざけたこと言ったら、貴方をひん剥いてお尻叩きますよ。」

「別にふざけてたわけじゃ・・・、いや、ふざけていましたけど・・・・」

もう一度、左右から、ほっぺたをつままれそうになって、レナスは慌て言葉を付け加える・・・・。

「私が、偵察に出ます。」

「なっつ、何を言っているの!!」

「貴方に、そんな危険な事をさせられません!!」

レナスの言葉に、二人のメイドは声を荒らげた。

「いえ、本気ですよ。逆に考えれば、一人手数が増えたともいえます。幸い、私とルイズは体つきがそっくりです。
帽子でも被せて眠らせておけば気づかないでしょう・・・・・。」

ダルシニは考え込む。公爵夫妻がレナスのためにつけた護衛だ。簡単にだまされるわけは無い・・・・。

「夜を待ちましょう。エミリー姉さんや、護衛の方々には不利になるかもしれませんが・・・・、それは相手も同じです。
逆に、私や、ダルシニさんには有利になりますから・・・・。」

ダルシニが有利になるのは確実だ。夜目が聞くレナスもであるが・・・・・。

「どうやって、そんな都合が良いことするんですか?」

「もちろん、小細工をするんですよ・・・・。」

エミリーはもう一度このクソ生意気な従妹のほっぺたを抓りたくなった・・・・・。


この馬車には、ボトムハッチがあって、緊急時にそこから脱出できるように
なっている。

「ダルシニさん、予定通りお願いします。」

そこを開いて、馬車の床から頭を突き出しながらレナスが言う。

馬車の速度が、かなり遅くなっている。

御者のガーゴイル命じて、速度を遅めさせたのだ。

徐行速度、といってよい。

ダルシニのサイレンスがかけられた後、レナスは、手に持った短銃を発砲した。

その瞬間に、エミリーがガーゴイルに停車を命じる。

「なっ、何事ですか!!」

いきなり急停車した馬車に、護衛のメイジたちが近寄ってくる。

そのころには、メイドと令嬢はまったく問題ないように席に座っていた。

「何かにぶつかったような衝撃がありましたけど・・・・・、何事でしょうか?」

代表して、ダルシニが答える。

その言葉に応じて、護衛のメイジたちが馬車を検分して・・・・・

「車輪の一部が破損しております。どうも、銃で撃たれたようですが・・・・。」

「まあ、なんて恐ろし・・・、うぎゃあー!!」

答えようとしたレナスに、再度天井から大蛇が落ちてきてまとわり付いた。

「レッ、レナスお嬢様・・・・、大丈夫ですか・・・・。」

「いっ、いえ・・・、大丈夫です・・・・・。」

「修理にはしばらく時間がかかりますよ。やはりその蛇はお預かりしましょうか。」

「いっ、いえ・・・・、本当に大丈夫です・・・・・。」


修理が終わないうちには、夕方になり・・・・、"馬車の中"で帽子を被った令嬢はすっかり寝入っていた。

「レナスお嬢様?」

馬車のドアがコンコン叩かれる。

「お嬢様は、お疲れのようですよ。」

帽子を被った令嬢は、シートに寄りかかっている。

変わって、ダルシニが答える。

「修理は捗っておりません。今夜中にはといって感じで、こちらで野営とするしか有りません・・・・。」

「構いませんよ。私達も、レナス様も、野営にはなれていますから・・・・・。」

そりゃそうだろうな。と思っても口には出せない班長だった。

メイジたちも、野営の訓練は受けている。

そして、マイヤールのメイドたちは、野営の腕も、野外炊飯の腕もあった。

でも、肝心の令嬢は、マイヤール家の馬車の中で、眠りこけていたのであった。

ふと、メイドの一人、が立ち上がる・・・・。

「どちらへ・・・・」

護衛のメイジの一人が声をかけるが・・・・。

「女性が席を外す時に、声をかけるのは良くないですよ・・・・。」

もう一人のメイドが、たしなめるように声をかける。

メイジは気まずさそうに押し黙った。


「お嬢様・・・・、どうでした?」

メイド、ダルシニが中空に向かって小声を発する。

<結構いますね。メイジ20人ほど、平民兵は40人ぐらい・・・・・>

「まずいですね・・・・・・。」

マイヤール家の令嬢の声は、虚空から確かにダルシニの耳に届いた。



[28219] 血風吹きすさぶとき4
Name: ななふしぎ◆4f3bd7a8 ID:b7e3b52f
Date: 2011/10/23 01:57
<少々距離を置いていますが、襲撃されると余り時間の余裕は無いです。
予想できる突撃経路に、いくつか罠を仕掛けました。少しは時間が稼げるでしょう>

「解りました・・・・・・。こちらで用意することは?」

虚空に向かって話かけるメイド、ダルシニ・・・・・・。はたから見ると、かわいそうな人・・・・・・、
いや、むしろアブナイ人なのだが・・・・・・。

<夜のうちに、けりをつけたほうがいいでしょうね。ダルシニさんは、大砲をすぐ撃てるように・・・・・・。護衛の方々は、私が弓を使って煽ります。
少なくとも、不意打ちされることが無いようには出来るでしょう・・・・・・>

それでも、しっかり会話は通じているのだ。風の系統魔法にも、似たようなものがあるのだが・・・・・・。

<そちらの準備が整った後、私の方から敵を突付きます。その後、合流しましょう・・・・・・>

「解りました。ご無事で・・・・・・、お嬢様・・・・・・」

虚空に向かって答えると、メイドは野営の場に戻っていった。


「いや、しかしこのヨシェナベというシチューは美味しいものですな」

焚き火を囲みながら、護衛のメイジの一人が言う。

マイヤール家のメイドが振舞ってくれた料理に舌鼓を打ちながら皆で談笑しているところだ。

「うちの旦那様は、普段は絶対に厨房には入らないのですが・・・・・・。レナスお嬢様と狩に出るときは自ら料理をなさるのですよ。私もお供させていただいたときに教わりました」

護衛メイジのお椀に、お代わりを注ぎながら、メイドの一人、エミリーが言う。

美人だな・・・・・・。

にこにこ笑いながら差し出されたお椀を受け取りながら護衛メイジは思う。

護衛班の中で最年少の彼は未だに未婚である。ヴァリエール家の陪臣貴族の出である彼は、
そろそろ嫁さんが欲しいと思っているところだった。

ヴァリエールの奥様の血族で、かなりの美人、しかも料理がうまい。お互いに立場的には結ばれるには問題ないはずだ。

彼は、エミリーに惚れてしまっていた。

「ほう。そうすると、カリーヌ様も料理の腕はかなりのものなのでしょうな」

護衛メイジの班長が言う。

公爵夫人は、普通自ら厨房にたつことなど無い。だが、実家にいたころは別だろう。
孫娘でさえ料理を教え込んだのだ。実の娘ならよほどのものだろう。

エミリーと、ダルシニは、お互い顔を見合わせる。

「男性を捕まえるには、まず胃袋からと言いますけど・・・・・・」
「・・・・・、たぶん魔法で捕まえたんでしょう・・・・・・」

料理の腕は、どうやら隔世遺伝らしい・・・・・・。
公爵夫人に対して、ものすごく無礼な発言と思われるが、エミリーはカリーヌの義理の姪で、
ダルシニに至っては、カリーヌがヴァリエールに嫁いだ時から付き従っている。

?、ダルシニさん。あんた年いくつだ?
カリーヌは、三人?の子供を産んだとは思えない若さと美貌を保っている。
どう見ても三十台だ・・・・・・。

でも、ダルシニは・・・・・・、二十歳近くのエミリーと同じぐらいの年齢に見える・・・・・・。

その辺に関しては、あまり考えないほうが良いらしくて・・・・・・、護衛メイジたちはヨシェナベを
啜るのだった。

その時!!

いずこから飛んできた矢が、護衛メイジの一人のお椀に突き刺さった。

「なっ!!」

「敵襲か?」

さらに続けて放たれた矢が、残り三人のメイジのお椀にも突き刺さる。

「散開しろ!!焚き火から離れろ!!お二人は、レナスお嬢様のそばに!!」

だが、そこはヴァリエール家から付けられた護衛メイジたち。すぐさま応戦体制を整え、
敵を迎え撃つ用意をする。

さらに、銃の発砲音が続く・・・・・・。

エミリーとダルシニは、言われるままに、馬車に駆け戻る。

二人とも杖を腰に挿したまま、馬車の中から装填済みのマスケット銃を取り出す。

・・・・・・、さすがに大砲までは引き出さなかったが・・・・・・。

ダルシニなら出来るけど、あんた何者だ・・・・・・、本当に人間?

となるのは確実だから、自重している。

さらに、銃声が続く。2回、3回、4回?

そこで、エミリーとダルシニは、お互い顔を見合わせた。

レナスは、かなりの重武装で偵察に出たが、装填済みのマスケット銃は短銃を含めて3丁
だけのはず・・・・・・。

マスケット銃は装填に時間がかかる。だとすると・・・・・・、最後の銃声は・・・・・・。

さらに、2回銃声が響く・・・・・・。

その銃声に、エミリーは聞き覚えがあった。

「ダ、ダルシニさん・・・・・」

レナスは猟兵<レンジャー>としてかなり優秀だ。

おまけに夜目が効く。

敵が銃を持っていたとしても、夜の森でそう簡単に銃撃を受けたりはしない。

発砲しているのはレナスだ。
つまり、マイヤール家に伝わる秘宝といってよい、連装銃を使っているのだ。

さらに、夜の森に爆発音が響き渡る。

「あっ・・・・・・、あれは・・・・・・」

レナスは、火メイジだが、メイジとしてはそれほど強力ではない。

明らかに魔法の爆発とは違う。火球爆発<ファイヤーボール>ではない。レナスが使えるかどうかは別だが・・・・・・。

マイヤール家にわずかしか伝わらない、いや、今回馬車に積んでいて、レナスも身につけていたが・・・・・・。

場違いな"爆裂弾"を使ったらしい。

「ただの敵じゃないようです!!」

ダルシニがあせった声で答える。

レナスから掛けられた魔法、風の声<ウインドボイス>が途切れている。

つまり、移動しながら銃を撃っている。それも、マスケット銃に再装填する暇も無く・・・・・・。

追われているのだ。

ダルシニは、馬車の中から、大砲を引きずり出した。

今までどこに潜んでいたのか、大蛇も這いずりだして、とぐろを巻く。

連発する銃声と、聞いた事が無いような爆発音に唖然としたメイジたちは、ダルシニが引きずり出した大砲に、さらに唖然とする。

<ダッ、ダルシニ・・・・・・、聞こえるか・・・・・・>

再び聞こえてきたレナスの声に、ダルシニは驚愕しながら虚空を見つめる。

レナスは、メイドとはいえダルシニには常に敬意をはらった言葉遣いをする。

「おっ、お嬢様、大丈夫なのですか!!」

レナスに、そんな余裕が無い状態なのだ。

<やられた。おとりに引っかかってしまった。弓で撃たれた・・・・・・。だけど、まだ戦える。殿をやるから、ルイズや皆をつれて逃げろ・・・・・・>

ウインドボイス越しに聞こえるレナスの息はかなり荒い。もはや走って逃げることも
かなわないのではないか・・・・・・。

「すぐに、助けに向かいます。どこにいるのですか?」

<貴方には俺の姿が見つけられないんだろ。奴等は暗視が利く。俺だって夜目は利くが、風魔の矢"シュートアロー"を食らうとは思わなかった>

ダルシニと違い、レナスの夜目は、熱源を感じる意味ぐらいしかない。
しかし、、完全な暗視能力を持つダルシニでも、レナスがどこにいるかわからない。
にも係わらず、レナスにメイジを殺すためと言ってよい魔法を食らわす相手とは・・・・・・?
矢を、必ず当てる、風の精霊の力を借りた魔法。
系統魔法にそのようなものは無い・・・・・・。
そうなると・・・・・・。

「相手は吸血鬼ですか。なら、私に十分勝ち目はあります!!」

<違う、ブリミルとやらを信じる馬鹿どもは、聖地とやらを取り戻すために、本物の悪魔と手を結んだんだ>

「まっ・・・・・・、まさか、相手はエルフですか?」

<エルフなんて、非力で、華奢で、素早くて、耳が長いだけの人間だよ。暗視の能力なんて無い。せいぜい俺と同じで夜目が効くぐらいだ。敵はダークエルフだ>

「ダークエルフ!?」

ダルシニは、思わず、大声を出してしまった。

それなり、というかかなり長い人生?を生きているダルシニ。過去に、先祖から聞いたことがある。
自分達と同じ、精霊の加護を受けながら、邪悪な神をも信じるものたち。
邪神の加護による暗黒魔法、それに、魔法に対する強力な抵抗力を持つ。

エルフ達にとって、ダークエルフは、シャイターンの悪魔以上の絶対的な敵である。
ダルシニの一族は、メイジともエルフとも敵対するつもりなど無い。
そのうえで、さらに、ダークエルフは絶対にかかわりあいたくない存在である。

<貴方は知っていたみたいだな。奴らの能力を。だったら、解っているだろう。やつらには魔法はほとんど効かない。護衛のメイジたちは、それなりの腕みたいだが、魔法で戦うつもりなら無力だ。銃は効くみたいだが、爺さんの99式以外は、風の守り"ミサイルプロテクション"でかわされた。俺が仕掛けた罠には何人か引っかかったが・・・・・・、まだ10人は残っている。それに、暗視が出来る上に、猟兵"レンジャー" の腕で俺より上の奴がいる。頼むから、ルイズと皆で逃げてくれ>

「暗視持ちの、貴方より強力なレンジャーに、貴方が勝てるわけ無いでしょう!!
しかも、相手はダークエルフですよ!!
武器では勝っても弾薬も爆裂弾も数は限られているはずです!!
死ぬ気ですか!!」

ダルシニの尋常でない様子に、護衛メイジたちが視線を送る。

「ダルシニ殿?」

風の魔法で何者かと話し合っているのは、さすがに解ったのだろう。

「恐ろしい敵に狙われています。貴方達は、すぐに逃げてください!!」

「お話になっていたのはレナスお嬢様ですよね。
それでは馬車の中でお眠りになっているのは?」

「レナスお嬢様がこの場にいない以上お分かりかもしれませんが・・・・・・、
ヴァリエール家のルイズお嬢様です。」

その言葉に、4人の護衛メイジ達は一人を残して一斉に杖を抜いた。

「ルイズお嬢様を拉致しようとしようとしたわけですか?」

「正直に話しますけど、ルイズお嬢様は、何者かに唆されたようです」

エミリーが、代表して問いかけた班長に答える。

「本当に時間が有りません。レナスお嬢様が足止めなさってらっしゃるうちに、ヴァリエール家なり、マイヤール家、もしくは信頼できる貴族の方の領地に逃げないといけません」

ダルシニが、続けて答える。

「それで、ダークエルフとは何ですか?エルフが恐ろしいのはわかりますけど・・・・・・」

思わず叫んでしまったダルシニの言葉が聞きとがめられたようだ。

ダークエルフは、人間や、シャイターンの悪魔よりも、エルフのほうを滅ぼすべき敵だと定めている。
ダルシニは、最強最悪の妖魔の事を知っていたが、ハルケギニアのメイジが知らなくても無理は無い。

むしろ、その正体を見当てたレナスのほうが異常といって良い。

「より・・・・・・、邪悪で強力で、無慈悲なエルフと思ってください。」

自分の正体を明かすわけにも行かず、ダルシニはメイジたちにわかるように言葉を隠して語った。

ダルシニの言葉に、エミリーも含めて、メイジたちがざわめく。
そんな中で、護衛班長は落ち着いて問いただした。

「ふむ、それで、あなたはどうなさるおつもりですか。貴族の子女や、仕えるメイドが馬車に鉄砲や大砲を積み込むなど、普通ではありませんぞ」

「もちろん、私はレナスお嬢様を助けるためにとどまります。」
ダルシニが答える。

「私は、あの子の姉です。死ぬほどの目にあってるのに、見捨てて逃げるなんて出来ません!!」
エミリーも続ける。

「私達は、あなた方の護衛を命じられたのです!!レナスお嬢様やあなた方を見捨てて逃げるわけには行きません!!」
護衛班で最年少のメイジ、エミリーに惚れてしまった彼も続ける。

「しかし・・・・・・、ルイズお嬢様は如何なさるのですか。はっきり言えば、レナスお嬢様と、ルイズお嬢様では立場が違いすぎます。
公爵家の令嬢と、公爵夫人の実家とはいえ下級貴族の令嬢・・・・・・。
それに、
レナスは、一人でも危機を乗り越えられるかもしれませんが・・・・・・、ルイズお嬢様は違うでしょう?」

護衛メイジの気持ちに気づかなかったわけではないエミリーが続ける。

「それならば、俺たちが手助けしてやろう」

いきなり掛けられた、野太い声に、メイジ、メイド共にギョッとして振り返った。

「俺達はどうも、おとりにされたようでな。このままで済ますわけにいかんからな」

五人ほどの傭兵メイジを率いた巨漢の男・・・・・・、その顔には酷い火傷があった。
彼の二つ名は、"白炎"・・・・・・、白炎メンヌビィル・・・・・・。


「俺達は傭兵だ。依頼を受けて契約した以上、裏切ることは許されないし、そんなことをする奴は傭兵仲間で始末する。
だが・・・・・・、依頼主が裏切った場合は別だ。制裁を加えないとならない」

「俺達の仲間も、一緒に付けられた平民達も、奴らに殺された。あんたらの姫様を相手にするって話だったから、受けた依頼だが、
エルフより恐ろしい奴らの生贄にされるなんて聞いてねえ!!黙ってられねえぜ!!」

メンヌヴィルに続けて、生き残った傭兵メイジの副官格が続ける。

「なっ、なにを、傭兵メイジごときが偉そうに語るな!!」

護衛メイジの一人が声を荒らげる。

「おだまりなさい!!」

ダルシニが一喝する。

「私達には、それなりにお金はあります。でも、あなた方はお金で動くわけではないようですね。
私達に手を貸す理由をお聞かせください」

「・・・・・・、俺は、自分自身を鍛え、強者と杖を交えることを目標としている。まだ見まえないのに、卑劣な手段で亡き者にさせたくは無い」

メンヌヴィルが答える。

「俺達にだって、仁義はある。仲間や、無意味に殺された平民達の敵は討ってやりたいぜ!!」

副官が答える。

のこりの傭兵メイジたちも、自分達の思うところを告げて行く。

「・・・・・・、解りました。貴方達を、私達の寄騎として認めます。
どうか、力を貸してください」

ダルシニの言葉に反論するものは、一人もいなかった。




[28219] 血風吹きすさぶとき5
Name: ななふしぎ◆20d29268 ID:b7e3b52f
Date: 2011/10/27 20:18
「相手は暗視が出来ます。それこそ、昼間のように。暗闇ではこちらが不利になるだけです。出来る限りの明かりをともしてください!!」

ヴァリエール家メイジ、メンヌヴィル傭兵隊、マイヤール家メイド、その混成部隊の、臨時の指揮官となったダルシニが、皆に命令する。

指示に従って、メイジたちが、あちこちに、馬車の屋根、そばの木の枝、地面に転がる石などにライトの魔法を灯していく。

「あと、怪しいと思った暗闇には、遠慮なくこれに火を着けて投げつけてください!!」

ヴァリエール家からレナスに送られたアルビオン産の強い火酒・・・・。それらのすべてはコルクを抜かれて、代わりにシーツをちぎった布切れが差し込まれている。
そして、数箇所に、薪を使って起こされたかがり火もある。

「ダークエルフは、魔法に強い耐性があります。強力な魔法も使います。だけど、身体能力は人間と比べるとそこまで大差はありません」

ダルシニが、ダークエルフに対する説明をする。

「それだと、どうやって戦うというのですか?」

ヴァリエール家メイジの班長が問う。

「白兵戦、もしくは強力な銃で立ち向かうしかありません。」

ダルシニは、左手にマスケット銃を持ち、右手に台車から外した大砲(抱え大筒)を持っている。さらに、背中には、巨大なウォーハンマーを背負っていて。
傭兵隊長のメンヌヴィルが持つ杖であるメイスより、二回りは大きい。メンヌヴィルでさえも、あれを片手で振り回すのは無理だろう。

ダルシニ様の噂って本当だったんだな。と心の中で思う護衛班長だった・・・・・・。

「なっ、なるほど、物理的な力で戦うしかないわけですな。そうすると、魔法とは言えども、土メイジは攻めにも守りにも使えるのではないですか?」

土メイジが作り出すゴーレム、守りのための土の壁、魔法で作り上げたとはいえ、相手に幾ら魔法に耐性があろうと、用いられた質量はそのまま武器になって相手を倒し、味方を守る盾となるだろう。

「・・・・・・、その考えは有りませんでした。確かにそれなら、十分に相手になるでしょう。ゴーレムがおとりかつ攻撃を行っている間に皆で攻撃して、敵の攻撃は土壁で防ぎ、態勢を整える。有効では有りますね」

ダルシニが、ヴァリエール家護衛班長の言葉を肯定する。

「私が土メイジです」
「俺もそうだ」

全員の中から、土メイジが二人名乗り出た。ヴァリエール隊からラインメイジが一人、
メンヌヴィル隊からトライアングルメイジが一人。

「では、お二人で、馬車を囲む形で、土の障壁を作ってください。立ち上がれば弓や銃が撃てるぐらいの高さで」」

「了解しました」

「わかりやした、姐御」

妙な敬称でダルシニを呼ぶ傭兵メイジだが・・・・・・、温和な美女に見えるのに、ものすごい馬鹿力を見て、ヴァリエール家とダルシニの関係を知らない彼らも、彼女の正体を察したのだ。察したくなかったが。

二人の土メイジが、馬車を囲むような形で土壁を作る。

馬車に積まれていたマスケット銃は、レナスが待ちだした分を引いて8丁、マッチロック2丁、そして大砲が一門。
弓3張。
火炎瓶3ダース。
あと、"場違い"な爆裂弾が2つ。

これで、一応の防御体制は整った。あとは、レナスが無事に救出されればよいのだが・・・・・・。

出来なければ、今立てた作戦もあまり意味がない。いや、ルイズを助けられるというだけでも
意味は有るが・・・・・・。

話は少しひき戻る・・・・・・。
先ほど再度つながったレナスとのウインドボイスは、また途切れてしまった。
最後に届いたレナスの言葉は・・・・・、あれはこちらに向けて発せられた物ではなかった。

<総員着剣!!>

<ふざけるな!!魔法が尽きれば、銃剣で!!、それさえ失えば素手で!!、手足が無くなれば歯で!!、最後は視線ででも倒してやる。俺達の祖先だってそうやってたんだ!!>

<うあー!!>

おそらく、敵のダークエルフと会話していたのだろう。
少女の口から発せられるとは思えない吶喊の声。それが、ダルシニに届いた、最後のレナスの言葉だった。

祖父の99式短小銃に着剣して、無謀な突撃を行ったのだろう。
弾薬も、精神力も全て使い尽くし・・・・・・、
最後に残った爆裂弾を使い相打ちに持ち込む覚悟で・・・・・・。

だけど、あの、独特の爆発音はしなかった。レナスの決死の突撃は、無駄に終わったのだろう。

レナスは、かなり図太い精神力を持っていて、白兵戦の腕も持っている。
しかし、そのレナスに、風魔の矢<シュートアロー>を食らわした相手だ。おそらく、眠り<スリープ>か闇の精霊<シェイド>を使われて無力化されたのだろう。

その最後のレナスの様子を聞き取ったダルシニは、かなり焦った。
無駄に命を散らさなかった点で安堵したが・・・・・・。
そこで、昨夜からレナスに執拗にまとわり付く大蛇が反応を示したのだ。

大蛇は、ダルシニに纏わり付きながら、その耳元で・・・・・・、

「レナスちゃんは、私が助け出します。あなたは、皆を指揮して、ルイズちゃんや皆を守ってあげて。」

確かに人語を放ったのだ。

大蛇は、ダルシニから離れると、何処かへ這っていった。


少し前・・・・・・。

アニエスは仲間の傭兵達と野営をしていた。

森の中を通る間道で、正体不明の連中が動き回っている。
正体を改めて欲しい・・・・・・。

この近くを治める領主からの依頼だった。

自分の領地の道ではなくても、近隣の道ならそこの障害を取り除く義務が領主にはある。

義務をはたそうとする意味では立派だな・・・・・・。

今のところ、山賊、盗賊、妖魔の気配は無い。

あの娘は、今頃如何してるのかな?

腰に挿したマスケット短銃を撫でながら、アニエスは野営用の毛布に包まった。


アニエスは、悪夢にうなされていた。自分自身も、マスケット銃を貰った少女も、彼女に仕えるメイドたちも・・・・・・、おぞましい妖魔たちに陵辱されている・・・・・・。エルフ、これがエルフか・・・・・子供をしつける為の昔語りに出てくるエルフそのもの・・・・・・

そこで、いきなりアニエスは覚醒した。

目を開くと、馬の顔がある。服の袖を噛まれて揺り起こされたらしい。

「おっ、お前は・・・・・」

馬具に着けられた、紋章、それはヴァリエール家と、マイヤール家の物だった。

オーク鬼から自分を救ってくれた少女の愛馬に間違いない。

「乗れ、というのか?」

街道に頭を向け、苛立たしげに馬蹄を踏み鳴らすマレンゴ・・・・・・。

「すいません。隊長!!先に偵察に出ます!!」

そういうと、アニエスはマレンゴの背中に飛び乗り、マレンゴは恐ろしいほどの脚力で間道を走り抜けていった。


暗視能力があり、自分より優秀なレンジャー、しかも、ダークエルフ・・・・・・。
レナスは、ダルシニとの会話の後、すぐに捕捉されてしまった。

だが・・・・・・・

「おっ、恐ろしい小娘だな。」

ダークエルフの分隊を率いる彼は呟かざるを得なかった。

小娘は、手にしている銃はともかく、自分達がかけた魔法にも抵抗した。

なるべく無傷で捕まえろ・・・・・・。

受けた依頼に従うつもりだった。

見た目は、非力な人間のメイジの小娘・・・・・・。

だけど、彼の周りには、5人ほどの仲間が伏せっている。

恐ろしい連装銃で撃たれ、さらに、銃につけた短剣で心臓をえぐられて・・・・。

首筋を短剣で切り裂かれたものもいる。仕掛けられた爆裂弾の罠を食らったものもいる。

どう見ても死んでいる。

「おとなしく、従わないのなら、力ずくとしかないな。」

「へっ、小娘相手に10人ががかりかよ。いい趣味してるぜ」

小娘は、体にかなりの傷を負っていた。矢傷・・・・・・どう見ても普通のものではない。
それも、数箇所ある。
血を止めるために、自ら傷を焼いたようだ。

小娘こと、レナスは祖父から預かった99式短小銃に弾薬を装填する"仕草"をする。

「きな、黒長耳ども!!」


「お前は、人間にしては頭が良いようだな。危うく殺されるところだったよ。」

ダークエルフが、地に伏せた少女の頭をグリグリと踏む。

10人がかりで、無力化しようとしたところ、小娘は、槍のように銃を構えて突撃してきた。
冷笑と共に、混乱"コンフュージョン"なり、闇の精霊”シェード”を放とうとしたダークエルフたちだが・・・・・・・

小娘は銃を隊長にぶん投げたのだ。

小娘以外の全員が硬直した。

次の瞬間、小娘はナイフを引き抜いて隊長に切りかかった。
急所はかわしたが、結構な深手を負い、さらに近くにいた副隊長クラスの首筋が切り裂かれる。

そこで、ようやく再起動した隊員達が、魔法を放ちはじめた。

図太い精神力を持っているこの小娘には、抵抗可能な精神魔法での無力化は無理だろう。

ダークエルフ八人が、同時に放った魔法・・・・・・。

闇の精霊"シェード"、を使役する・・・・・・、食らったものは、過去に感じた恐怖感、あるいは自分が最も恐れる悪夢を見せられる。

街、トリステインの首都、トリスタニア・・・・・・、そこに降下する反応弾・・・・・・。

「やめろ-!!」

レナスは、この国、トリステインをそれなりに愛している。
そこに打ち込まれる最悪の兵器、反応弾・・・・・・。
首都、トリスタニアはおろか、マイヤール領、ヴァリエール領を含みトリステイン全土を焼き尽くすのに十分だ。
昔見た反応弾の爆発は、独裁者の自爆に近いものだったか、再び見たいものではなかった。

「良い悪夢が見れたか?小娘?」

レナスは、そこでようやく自分が見させられていたものが、幻覚であることに気づいた。

「呆れたな。これでも心を失わないとは・・・・・・、だが、もう戦えないだろう」

さらに、頭をぐりぐり踏まれていることにも・・・・・。

「ふん,俺と一発やりたいんならそういえよ。どっちみち、俺に勝ち目は無いしな・・・・・・」

「負傷”ウーンズ”」

ダークエルフが唱えた魔法は、心の弱いものの体を傷つける暗黒魔法だ。
図太い精神力を持っているレナスには、普通は通じない魔法・・・・・。でも、今回は違った。

「うっ、ぐっ・・・・、あっ・・・・・・」

メイド服をまとったレナスの体が、不可視の刃で切り刻まれる。

「安心しろ。すぐ直してやる。」

ダークエルフはおぞましい笑顔を浮かべながら続ける。

「治癒”キュアウーンズ”」 

負傷での魔法で付けられた傷も、風魔の矢で打たれた傷、レナスが自分で焼いた傷さえも癒えていく。

「てめえ、ダークプリースト”暗黒神官”か?」

「そのとおりだ。なんなら、もう一度証明してやろうか?」

「ちっ・・・・、畜生・・・・・。」

へなへなと、地面にへたり込んでしまったレナス・・・・・・・。

もはや、小娘は、体も、心も砕かれた。ダークエルフたちは確信した。




[28219] 血風吹きすさぶとき6
Name: ななふしぎ◆90ee99f1 ID:6c46f9b1
Date: 2011/11/11 01:58
地面にへたりこんだ小娘(レナス)をダークエルフたちが取り囲む。

「お望り通り全員で相手してやるよ。」

「すっ、好きにしろよ・・・・・・。」

レナスは、地面に座り込んで俯いている。

「ふん。おまえ、なかなか顔立ちが整ってるな。われわれの中でも、白耳の中でもめったにいないぐらいだな。我々の神に捧げれば、結構な加護を下さるかもな。」

ダークエルフの隊長が、レナスの顎を掴みながら言う。

白耳・・・・・・、ダークエルフから、エルフに向ける蔑称である。

「だが、お前は俺の好みじゃないな。それに、生贄にするわけにもいかん。おい、お前ら!!こいつはくれてやる。殺さなければ、何してもいいぞ」

「そっ・・・・、そんな・・・・・・・」

てっきり、リンチされると思ったのだが違ったらしい・・・・・・。

「じゃあ、一番手は俺でいいよな。」

ダークエルフ、エルフにしても、人間に比べると華奢で小柄な体つきが多いのだが。

こいつは違った。身長、軽く190セントはある・・・・・。

「おっ、おまえ、ほんとにダークエルフか?」

返答代わりに、みぞうちに蹴りが放たれる。

「あっ、うぐ・・・・」

のた打ち回るレナス。

「や・・・・・・、やめて・・・・・・、許して・・・・・・」

「隊長、この小娘、本当にやっちゃっていいんですか。」

「仕方ないだろう。体で教えるしか有るまい・・・・・。このままでは危険すぎる。」

その言葉に、びりびりに引き裂かれたメイド服のまま後ずさるレナス・・・。

「おっ、お前たち、人間の小娘には興味ないんじゃないのか?」

「我々はそもそも数が少なくてな。えり好みできないのだよ。良い苗床なら相手は選ばないさ。
しかも、お前はシャイターンの護衛らしいな。我々と交われば、さぞかし良い子供が産まれるだろう。」
シャイターン?確か、サタンのどこかの言語での別表記だったような。
俺がサタン?いや、護衛と言ったよな。だが、奴らは俺の身柄を狙っている。
レナスは、ダークエルフの言葉にふと引っかかりを覚えた。
しかし、少女の口から出たのは、減らず口だった。

「ほっ、本気かよ・・・・・。だったら、トロールのメスでも相手にしてな」
その言葉にもう一度、巨躯のダークエルフの蹴りが放たれる。

「あぐっ・・・・・、うっつ・・・・・。
ゲテモノ食いの上に、ドサドかよ。」

「懲りない小娘だな。蹴りより、魔法のほうが好みか?」

のろのろと、這い上がろうとする小娘に、再び暗黒魔法である負傷"ウーンズ"が飛ぶ。

「うっつ、ぐわー」

再び、メイド服ごと体を切り刻まれるレナス・・・・・・・。

「なんどでも、直してやるぞ。生娘に戻せるかは知らんがな」

さらに放たれる。治療”キュアウーンズ”

傷がいなった瞬間に、巨躯のダークエルフの蹴りが再び放たれる。

蹴りの勢いで、ごろごろ転がり、何とか体を起こしたレナスは・・・・・・・。

荒い息をつきながら・・・・・・。

「もっ、もう許してください・・・・。貴方がたにしたがいます・・・・・・」

しなだれた格好のままダークエルフたちに言うのだった。

「げへへ、お前は俺の好みだな。」

醜い笑みを浮かべながら、巨体のダークエルフがレナスを組み敷く。
もしかして、本当にオークの血が混じっているのかもしれない。

「い、いやあ・・・・・・、助けてー、お母さん!!」

少女の悲鳴が、夜の森に響き渡る。

「あきらめな。オメーの母ちゃんは、助けにきてくれねーよ」

醜い巨体のダークエルフが、ズダズダになったレナスのメイド服をむしり取ろうとした時・・・・・・。

「お前のお母さんもな」

冷たい少女の声が発せられ・・・・・・、それと同時に、組み伏せられた少女の手から何かが投げ上げられ・・・・・・。

それは、空中で爆発した。

「うがー!!」

「ギャアアー」

近くにいた者達全てが、悲鳴、絶叫を上げる。

一人の少女を除いて・・・・・・。

「ウッ、グワ・・・・・・」

圧し掛かっていた、巨体のダークエルフ・・・・・・、のど元を隠し短剣で貫いた・・・・・・、の体を押しのけながら少女が素早く飛び跳ねる。
既に爆裂弾と、少女の隠し短剣で巨体のダークエルフは死んでいる。

場違いな"爆裂弾"、本当の名称はMkII手榴弾・・・・・・。

なぜ、少女の手元にあったのか、そもそもマイヤール家に伝わっているのか謎であるが・・・・・・。

少女は、完全にその爆発のタイミングを把握していたわけだ。

少女が、本当の少女らしく怯えた仕草、陵辱されることに対する怯え・・・・・・。

それは、ダークエルフ達を手榴弾の有効範囲に集めるためだったのだ。

悲鳴でさえ、手榴弾の起爆を察知させないため・・・・・・。

巨漢のダークエルフも煽ったのも、手榴弾の爆発から自分を守る盾とするため・・・・・・

それらも含めて、全て演技だったわけである。

「まっ、まさか・・・・・・、おまえが、本当のシャイターンか?」

手榴弾の空中爆発により、結構な傷を負った隊長が呟く。

少女の手には、何時の間にか、先ほど放り投げたはずの連装銃が握られている。

「へ、暗黒神の信者に、悪魔呼ばわりされるとは光栄だね。
なんか、"昔"の感覚が戻ってきたよ。ふふふ。
でも、俺を生贄には出来ねえな。身も心も魂も清らかな乙女じゃないといけないんだろ。
俺は、身も心も魂も汚れてるからな。生娘だけどな・・・・・・」

軽口と共に、レナスは弾帯から、弾薬クリップを取り出して装填する。

魔法が尽きたら、銃剣で・・・・・。レナスの吶喊の叫びだったが・・・・・・。
弾薬は尽きていなかったのだ・・・・・・。

「治癒”キュアウーンズ”。お前は、本物のシャイターンだな。本当に、我々の仲間に欲しいぐらいだ。」

今度の治癒は小娘にかけたものではない。戯れにこのシャイターンのような小娘をいたぶった事を隊長は後悔していた。
治癒の魔法は掛けたが、爆裂弾と先ほどの小娘の奇襲で息絶えた仲間はどうしようもない。
瀕死になった仲間や、酷い傷を負った仲間は治癒の魔法で立ち上がったが・・・・・・。

「わざわざ、傷直してくれてありがとよ。仕切りなおしだな。」

相手の言葉に、両方の袖から突き出した短剣・・・・・・、篭手に仕込まれて瞬時に刃に成る、セスタス、いや
アサシンブレードといったほうが正確だろう。
血にまみれたそれをつけた両手に、連装銃、99式を持ちながら言うのだった。

ダークエルフの隊長は、曲刀を抜きながら立ち向かう。
こいつはただの小娘じゃない。殺す気でかからないとこっちが殺される。
何度も証明されていたことだ。だが、彼は少女の弱点を一つ見抜いていた。

「一つ教えておいてやろう。俺は隊長じゃない。本当の隊長は別のところにいる」

「なっ、何だと!!」

その言葉に、レナスは顔を青ざめた。闇の精霊"シェード"を食らったとき以上に・・・・・・。
こいつらは分隊、本隊は別のところ、そいつらが狙う場所は一つしかない。こいつらさえ、おとりだったのだ。一瞬、体が硬直してしまったレナス。
その隙に・・・・・・。

「こいつを殺せ!!」

ダークエルフの隊長が明確な指示を出し、それに応じて、手榴弾の爆発と小娘のアサシンブレードから生き残った6人の隊員達が魔法を放つ。相手を無力化するのではなく、命を奪うための魔法をだ。

「ストーンブラスト"砂礫の嵐"!!」
「「光の精霊よ!!」」
「ファイヤボルト!!」
「フォース"理力"!!」
「ヴァルキリージャ」

本能的に感じた、もっとも危険な魔法を放とうとしたダークエルフに発砲したレナス。

だが、同時に複数の攻撃魔法を食らって、さらに、隊長?の剣戟をかわすことが出来なかった。
わずかに急所は外したが・・・・・・、レナスはゆっくりと崩れ落ちた。

「お母さん、ルイズ・・・・・・、ごめんなさい・・・・・・」

最後に、少女の口からでたのは、魔法の詠唱でも、減らず口でもなかった。



[28219] 血風吹きすさぶとき7
Name: ななふしぎ◆4f3bd7a8 ID:6c46f9b1
Date: 2011/11/20 14:38
「これでも、死なないとはな。だが、依頼をはたせた意味では僥倖だな。
おい、ロープあるよな。こいつを拘束しろ!!」

そのとき、女性の声が響いた。

「待ちなさい。その子に、それ以上手を出すことは許しません」

「カ、カトレア姉さん……?」

薄れ行く意識のなか、レナスは女性の姿を見止めた。
似ている。だけど、別人だ。褐色の肌に褐色の髪……。それに……、カトレアが年不相応に成熟した体つきだとしても、ここまでは無い。5年後ぐらいはカトレアも同じような容姿になっているかも……。その体に、サリーのように布を巻きつけていて……。

「きっ、貴様人間じゃないな!!」

ダークエルフの分隊長の言葉を最後に聞いて、レナスの意識は闇に落ちていった。


「おっ、おい、まて、どこに連れて行こうというんだ?」

悪夢にうなされていた所を、恩人の愛馬に起こされて、その背中に飛び乗ったのはいいが……。

ポニーはアニエスの命令にまったく従わない。

走っているのは間道だ。あまり整備されていない。倒木や石塊などもごろごろしているのだが、ポニーは倒木を飛び越え、石塊をよけて、間道を疾駆していく。今夜は、雲が厚く月の光も届かない。夜目が効いているとしか思えない。

アニエスには知る由も無かったが、ポニー、マレンゴの父親はヒポグリフだったのだ。
それゆえ、暗視の能力と、高い知能を持っている。
その高い知能で何かを訴えかけている。

だが、幾ら知能が高くても、馬と人間が簡単に意思疎通できるわけは無いが……。

でも、アニエスには伝わった。このポニーの主人が危機に陥っていることを……。
馬上のまま、少女から貰ったマスケット銃を確かめる。問題ない。
あの後、何度も値段の張る弾薬を使って射撃練習をした。

もちろん、剣の腕も鍛え続けている。
今度は、私が借りを返す番だな。絶対に助けてやる。
アニエスは心の中で誓った。

同時刻より、少し前。

馬車を囲む形で防御態勢を整えた、混成部隊……。

その臨時隊長であるダルシニが、傭兵隊長メンヌヴィルに問いかける。

「貴方、"観え"ますね?」

「何のことだ?俺はこのとおり目を焼かれているぞ」

「いえ、そういう意味ではないです。ダークエルフは、魔法で姿を消して奇襲を仕掛けることを得意としています。普通のメイジでは察知するのは難しいでしょう」

ダルシニの言葉に、メイジたちはざわめいた。

「あなたは、姿を隠していようが、相手がどこにいるかわかるでしょう。やっかいな魔法ですが、精神集中していないと維持できないんです。だから、白兵戦なり、魔法を食らったりしたら姿を現します。姿を消しても、体温までは消せませんしね」

「なるほど、俺に姿を消した敵を炙り出せと言うわけだな」

「はい、魔法でも白兵戦でも構いません。これも使ってください」

そういって、ダルシニはアルビオン産の火炎瓶を差し出す。

メンヌヴィルの”目”と鼻にも、それが強い火酒だとわかった。

「ふん、景気付けというわけか?」

受け取った火酒の瓶を見定めながらメンヌヴィルが言う。

「ええ、派手にやって下さい」

「それなら、頂くか」

メンヌヴィルには、強い火酒、コルクが抜かれて泡が溢れているように見えた。

そのまま、瓶を口に含もうとして……。

まあ、その様子を回りの全員が唖然として見ていたわけだが。

メンヌヴィルの口に入ったのは、火酒で湿った布切れだった。

「なっ……、なんだ!!、これは!!」

「たっ、隊長……」
「べ、別に、飲んでくださいといったわけじゃないんですけど……」
「あっ、あなた、本当に見えないんですね……」

呆れと哀れみの声をかけられて、傭兵隊長メンヌヴィルはガラも無く顔を赤らめた。

そのときだった。

聞き慣れない、だけど今夜数回聞いた爆発音に続き、再度の銃声が届いたのは……。

あの娘はまだ戦っている!?それに、まだ生きている。ダルシニの顔に驚愕と恐怖がよみがえる。

「総員、戦闘準備!! 敵は近いです!!」


「二時の方向!!、三人だ!!」

メンヌヴィルが叫びながら、火炎瓶を投げつける。

「第一列、発砲用意!!」

エミリーが、指揮下にある魔法銃兵隊に命令を下す。

「撃て!!」

メンヌヴィルが”観えた”ところに投げつけた火炎瓶により姿を現したダークエルフたちが、
銃声と共に、バタバタと倒れる。

「第二列、発砲用意!!」

控えていた、魔法銃兵が発砲したばかりの前列と入れ替わる。

「十時方向!!4人です!!」

馬車の正面が向いている方向を、時計の正午に合わせて敵の位置を示すことにしているのだ。

今度は、ダルシニの声により、装填済みのマスケット銃を持った傭兵達が移動する。

メンヌヴィルと同じくダルシニも火炎瓶を投げつける。

姿を現したダークエルフに銃声と共に鉛球が襲い掛かる。

だが……。

4人の魔法銃兵のマスケット銃での射撃で、一人も倒れたものはいなかった。

「風の守り"ミサイルプロテクション"ですね」
「あっ、姐御?」
「ダ、ダルシニ様?」

銃が通用しない?魔法も通用しない?それでは勝ち目は無いのではないか?

「大丈夫です。打ち破れます。急いで銃に装填してください!!」

ダルシニは背中に背負った矢筒から矢を取り出した。
それを、空中に放り投げならが詠唱する。

「風魔の矢<シュートアロー>!!」

放り投げられた矢が、まるで本当の弓から放たれたように、ダークエルフたちに襲い掛かる。
だが、それはダークエルフたちの手前で力なく地に落ちた。

「撃て!!」

既に、銃の再装填を終えていた、魔法銃兵達は、温厚そうなダルシニには有りえないような、叫びに近い命令
に従った。

複数の銃声と共に、ダークエルフたちは倒れ付した。

「……、風の守りと、風魔の矢は、お互い打ち消しあうんです……」

どこか、悲しそうな表情で、ダルシニは言葉を発した。


アニエスは、駿馬マレンゴに跨って、間道を疾走して(させられて)いた。
先ほどから、銃声や、爆発音が耳に届いている。

ポニーが目標としている場所、森の中で明かり、いや炎が付いている場所があるようだ。
この仔馬の主人は、そこで息絶えそうになっているのだろう……・。

数分も無く、たどり着いたそこには……

倒れ臥した、少女……、彼女をかばうように立ちふさがる褐色の肌と髪の女性がいた。

知る由も無いが、レナスが使った火炎瓶で明かりには困らない。

そして、彼女達に立ち向かうエルフ?達……

「なっ、何事ですか!!これは」

褐色の女性が、アニエスに振り向く。

「ちょうど良かったです。この娘を連れて、逃げてください」

そう言うと、褐色の女性は地に横たわった少女、レナスを優しく馬上のアニエスに放り投げた。

少女の体を馬上で受け止めたアニエスだが……。

「こっ……、この娘、もう死んでるんじゃないのか?」

「まだ、間に合います。ダルシニちゃんや、エミリーちゃんなら助けられます。私じゃ、無理なんです」

その名前には覚えが有る。自分をオーク鬼から救ってくれた、今抱きしめている少女に仕える、二人のメイドの名前のはずだ。

「急いで!!行き先はマレンゴちゃんが知っています!!」

「行かせるわけにはいかないな」

エルフ?の隊長?が曲刀をもちながら立ちふさがろうとする。

アニエスは、少女から貰った、いや預かった短銃を引き抜いて発砲した。

だが、エルフ?の分隊長もさるもの。なんとか急所は外した。

瀕死の少女、レナスを抱いたアニエスを抱えた……、を乗せたマレンゴはダークエルフの分隊長をすり抜けて間道を疾駆していった。

「さて、これで、私も本気を出せますね。ダルシニちゃんや、エミリーちゃんだったらレナスちゃんを任せられますから」

褐色の女性の言葉……。

それに続いて……

「グヲアー!!」

女性から発せられる声とは到底思えない。
咆哮と言ってよい。

その証明に、ダークエルフの三人が失神して地に倒れ臥した。

「まっ……、まさか……、貴女は……、アースドラゴン<地韻龍>?」

その言葉には答えず、女性は続ける。

「この姿は、結構窮屈ですわね。"万物の母である土よ。我を真の姿に改めたまえ"」

変容する女性の姿を見ながら、ダークエルフの分隊長は、今回の任務に係わった事を後悔していた。




[28219] 血風吹きすさぶとき8
Name: ななふしぎ◆4f3bd7a8 ID:b7e3b52f
Date: 2011/11/20 16:19
馬車を攻めようとしていたダークエルフたちは、姿を消しても察せられるダルシニ、メンヌヴィルの指示と銃撃、ダルシニの風魔法によって一度撤退した。
だが、しかし……、ダルシニやメンヌヴィルの眼から見て、傷は与えたが、息絶えたものは殆どいなかったようだ。
それに、ダルシニしか知らないことで、皆に伝えもしなかったが、暗黒魔法の使い手なら、誰でも使える基本ともいえる魔法がある。

確認はできなかったが、暗黒神官が含まれているのは間違いないと考えてよいだろう。
治療”キュアウーンズ”……。水の系統魔法の癒し”ヒーリング”より、はるかに強力だ。銃で与えた傷も完全に治されているとみてよい。

撤退したのも、こちらの戦力を見て、体勢を立て直そうというのだろう。ダルシニの正体も、見極められた可能性が高い。

そして、ダルシニはもう一つ危惧があった。
ダークエルフは、系統魔法以外のすべての魔法を修める適性がある。
本気を出されたらどうしようもない。

エルフ、ダークエルフ等、亜人と呼ばれる者たちが扱える先住魔法、いや、精霊魔法と呼んだ方が良いだろう。
一般的に精霊魔法は弱点もあるが、系統魔法より強力と呼ばれている。
暗黒魔法は邪悪で強力であることもあるが、制約もある。
だが、ダークエルフは、精霊魔法、暗黒魔法をも上回る厄介な魔法を使うことがある。

ダルシニの頭の隅に残っていた、はるかに昔の記憶だ。うんと幼い時、年の離れた曾祖母に教えられた知識だ。

土メイジが作り出した20メイルはあるゴーレムが火が付いた木を松明代わりにして、馬車周壁の森を巡回している。
やはり、ゴーレムの作り出す質量は、ダークエルフたちにとっても脅威ではあるらしく今の所襲撃の気配はない。

その時、メンヌヴィルが反応した。

「むっ、12時方向、街道に沿って来るぞ。騎乗だ!!」
火炎瓶を改めながら、火魔法を放とうとするメンヌヴィル。

「まってください!!あれは敵ではありません!!」
力強く叫ぶダルシニの声に、各自魔法を放つのも銃を構えるのも控える。

馬蹄の音と共に、ライトとかがり火によりその騎乗の姿が露わになったと思った瞬間、その姿は周壁を飛び越え、陣地内部に着地していた。

突然現れた、騎乗の女剣士、その姿に一瞬呆然とした一同だったが、

「お嬢様!!」
「レナス!!」
硬直が解けたのはメイド二人が一番早かった。

なぜなら、女剣士が抱いているのは、彼女たちが仕える少女の息絶えた姿に見えたからだ。

「平民、貴様、レナスお嬢様に何をした!!」

続いて動いたのは少女を護衛すべき立場の護衛メイジ達。

少女を抱きながら馬から降りた女剣士を、杖を抜いて取り囲む。

「ダルシニ殿、エミリー殿、あなた達ならまだこの娘を助けられるのだろう?急いでくれ!!」

護衛メイジの言葉を無視して、メイドたちに叫ぶ女剣士アニエス。

「貴様!!答えんか!!」

「まあまてよ。あの女があんたらの姫様助けたんじゃねえのか。あいつは結構な腕利きだぜ。」
中立的な立場ゆえか、メンヌヴィル隊の副長が護衛メイジ達をたしなめる。

男たちを尻目に、3人の女性が息絶えたように見える少女を優しく地面に横たえる。

少女の姿はひどいものだった。メイド服はズタズタに引き裂かれ、焼かれて、体のあちこちに火傷を負い、複数の打撲傷、特に胸部の刃物による刺し傷がひどい。

「ダルシニさん!!ヒーリングを!!」
強力な癒し手であるダルシニに向かってエミリーが叫ぶ。

「で、ですが……、器だけ直しても、心の臓が止まってしまっていては……」
ダルシニが少女の様子を看取って、弱弱しく言う……。

「アニエスさんと言いましたよね。この娘が息絶えたと見えてからどれほど経ちましたか?」
真剣な表情でエミリーが問う。

「いっ、いや2,3分しかたっていない……」

「ダルシニ!!ヒーリングを掛けなさい!!」

「はっ!!、はい!!」
絶叫するようなエミリーの命令に、思わず従うダルシニ。

「完癒<ヒーリング>!!」

杖を振うのも忘れて掛けられたダルシニの魔法は、少女レナスの重い傷をみるみる塞いでいく。
そこへ、ダルシニを押しのけるようにエミリーが入れ替わる。

そして、少女の体、胸に何度も両手で圧し掛かり、唇を幾度も合わせる。

それは、ちょうど少女が先日叔母にかけた術に酷似していて……。

奇跡が起こった。

少女の胸がゆっくりと上下しだし、血色が戻り始め、息を吹き返した。

見守っていた他の全員が畏怖と驚嘆の声を上げる。

ダルシニが異常なほどの癒し手であることはその場の全員が知っていたが、もう一人のメイドまで死者を甦らせる秘術を心得ているとは知らなかったからである。

マイヤール家と、あと一つの村にしか伝えられていないであろう秘術であった。

ダルシニ以外は、美女と幼い少女との間で交わされた、何所か神聖かつ背徳的な術に呆然としている。
アニエスだけは、なぜか同時に顔を真っ赤にさせていたが……。

「よかった……、何とか間に合ったみたい……」

エミリーの瞳からぽろぽろと涙がこぼれる。
ダルシニも涙ぐんでいた。
護衛メイジ達も安堵した表情だし、傭兵メイジ達の普段なら凶悪と言ってよい表情も幾分柔らかくなっている。

「あのー、申し訳ないが……」
コホンと咳払いしながらアニエスが空気を断ち切った。

「私には、まったく状況が解らないのだが、どなたか説明していただけないだろうか。」

「えっ、えーと……」

エミリーは困ってしまった。相手が敵で危険なら、だますなり、脅すなり、○すなり方法はあるが、この女性からは敵意は感じない。
困惑しているだけだ。それに、どうやらレナスをここまで運んできてくれたのはこの女性らしい。たしか、アニエスといったか?

恩のある相手に、嘘やごまかしはしたくない。
しかたない、すべてをぶちまけ要とした時、

「私たちは、さる高貴なお嬢様の護衛中なのです。その途中で恐ろしい妖魔に襲われて、防戦中です。」

嘘ではないけど真実ではないことを述べるダルシニ……。

「えっ?お嬢様って、彼女……、レナス様のことではないのか!?」

指こそささなかったけど、アニエスは仰天して、自分がここまで運んできて秘術により息を吹き返した少女を見つめる。

「貴族と言ってもいろいろですよ。レナスと馬車の中のお嬢様では、それこそ令嬢とメイドと言ってよいほどに身分の差がありますから。」
私とレナスともですけどね。付け加えるエミリー。

なっ、なるほど、レナス嬢はさる大貴族の陪臣貴族、それも戦闘や護衛を主に務める家の出だったのだな?
と納得(誤解)するアニエスであった。

よく、そこまでつらつらと言葉が出るものだな……、と半ばあきれる護衛メイジ達……。

だが、メンヌヴィル率いる傭兵メイジ達は怪訝な顔をした。

その反応にふと違和感を感じる。
貴族の身分の差や、性根の良しあしなど解からないけど、アニエスは傭兵である。
同類の匂いはすぐ見分けられる。奴らは、その中でも極めつけに腕が立ち、かつ危険な部隊だとわかった。

「あの、彼らは?あなた方とは違うみたいだが?」

「ええ、彼らも妖魔たちの被害に遭ったようで、利害が一致するので共に戦っているのです。」

メンヌヴィル達も、苦笑するしかなかった。

「その妖魔というのは、エルフのことか?レナス様が倒れて、囲まれているところを、褐色の肌の女性に託されてここまで来たのだが?」

褐色の肌の女性?ダルシニとエミリーはお互い顔を見合わせる。

ヴァリエール家や、マイヤール家の周辺にそんな女性いただろうか?

「背が高くて、20代半ばぐらいで、髪も長い褐色で、こう……、女性的な体つきだった。あなた達のことをかなり気安い口調で呼んでいたんだが?」

やはり覚えがない?誰だろう。ダークエルフのような危険な相手に身を挺してまでレナスを助けようとする女性とは?


その時だった。すぐ側の森の中から、何かが崩れ落ちる、そう、山崩れのような音が響いたのは……。
全員の目がそちらに向く。先ほどまで、ゴーレムが森の木々より高い位置で振り回していた松明の明かりが消えている。

「状況は?」

呆然としゃがみ込んでその様子を見ていた二人のメイドの間に肩を並べながら、もう一人のメイドの少女が問いかける。
ズダボロのメイド服に、短剣を付けた妙な形状の銃を抱えているが……。

「お、お嬢様!!大丈夫なのですか!!」
「レッ、レナス!!まだ寝てなきゃダメでしょ!!」
仰天して、二人のメイドが絶叫を上げる。

なるほど、確かにレナスの顔には生気が戻ったとはいえ、まだ蒼白で、息も荒い。

「そんなこと言ってる場合じゃないようだ」

蘇生したばかりだというのに、危険を察知して瞬時に跳ね起きて、戦闘態勢を整えたのだ。
幸か不幸か、99式はスリングが少女の腕に絡まってここまで運ばれていた。

メイド二人の大声にギョッとして、森の方から振り向いた全員は、今度は銃を抱えている少女に唖然とした。

「おっ、恐ろしい小娘だな……」

メンヌヴィルが思わず呟く。

「かつて、俺に同じ言葉を言ったやつがいたよ」

その言葉に、にやりと口の端を上げるレナス。

二人の間に、妙な空気がただよいはじめ、

「そんなことをしている場合じゃありません!!状況は最悪です!!」

ダルシニが大声で二人を制止する。二人の間に漂っていた空気が緩和される。

「そうだった。俺が戦っていたのは分隊だった。本隊はこっちに向かっているはずだ。飛び切り危険な奴らのはずだ」

レナスの言葉に、ダルシニが顔をこわばらせながら答える。

「土ゴーレムを破壊するのではなく、術者を殺すわけでもなく、解除したのです……。敵のダークエルフは……」

レナスの頬も強張った。

「まっ、まさか……、古代語魔法<ハイエシェント>?」
レナスの知りえないはずの知識だった。だが、なぜか頭の中ですんなりと繋がる何かがあった。

「ハイエシェント?何だそれは?」

レナスとダルシニの会話を聞き取ったメンヌヴィルが、訝しげに口を挟む。

返答は、メンヌヴィルに向き直ったレナスの、99式による発砲だった。

「ギャア!!」

メンヌヴィルの背後で、白刃を持ったまま崩れ伏したダークエルフ。

「ぐあ!!」

「うぐっ……」

陣内の複数個所で、悲鳴と絶叫が上がる。護衛メイジと、メンヌヴィル隊員の物だ。

「白兵戦用意!!」

しかし、完全に不意打ちをされてしまった。

そんな、いつのまに?ダルシニとメンヌヴィルには、接近する影は観えなかった。
危険に敏感なレナスは気づいたのだが……。

突然そこに現れたようにしか思えない。

「転移<テレポート>……、ですか」

杖にブレイドを纏わせ、剣を抜きながら、銃槍を構え、魔法光を放つ曲刀を振りかざすダークエルフに立ち向かう面々。

ダルシニは、背負ったウォーハンマーを構えながら呟いた。

目に見える場所、もしくはよく知る場所に、他人を含め人や物を送り込む古代語魔法。

もちろん、簡単に習得できる魔法ではない。

ダークエルフに、高位のソーサラー<古代語魔法使い>がいる。

指揮官と見られたのだろう、複数のダークエルフに囲まれたダルシニ。

「かっ、勝てな……、いえ克って見せます!!」

ブレイドを使えるとはいえ、慣れない白兵戦で戦っているメイジ達……。

そして、自分の背後にはカリンとピエールの娘たち……。

自分がやるしかないのだ。

ダルシニは、ダークエルフの一人に向かって、ウォーハンマーを振りかぶるのだった。


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