チベットで多発する焼身自殺についての最新報告(10/25版)
2009年7月27日以降、11人のチベット人が焼身自殺抗議を行った(2011/10/25現在)。
- 男性10人、女性1人。
- 10人中5名は抗議行動により死亡が確認。
- 10人中9人は四川省、ンガバ(阿壩、アバ)・チベット族チャン族自治州の出身。
- 1人は四川省カンゼ・チベット族自治州出身。
- 10人中6人はンガバのキルティ僧院僧侶。
- 10人中3人は元キルティ僧院僧侶。(還俗の理由は本人の意志か、政府当局の決定によるものか不明)
- 10人中1人はンガバ県マミー・デチェン・チュコル・リン尼僧院尼僧 。
- 10人中1人はカンゼ・チベット族自治州タウ(道孚) ニンツォ僧院僧侶。
- 9件の焼身自殺抗議は2011年3月16日以降に起きた。
以下、現在判明している状況をまとめる。
※記事には残酷な画像が含まれています。閲覧には注意をしてください。
名前:テンジン・ワンモ
◆日時:2011年 10月17日 尼僧院:マミー・デチェン・チュコル・リン尼僧院(またはシワ尼僧院)
◆抗議行動 場所:四川省、ンガバ・チベット族チャン族自治州。ンガバ市内キロほど離れたところにある尼僧院近くの三叉路に続く橋のたもとにおいて。
◆年齢:20歳
◆現在の居場所と健康状態:死亡。遺体は当局の命令により10月17日の夕方に埋葬。
◆詳細: ンガバ・ゾン、チャコルマ、ニツェ家རྔ་པ་རྫོང་བྱ་སྐོར་མའི་ཉི་ཚེ་ཚང་のテンジン・ワンモ(20歳前後)はンガバ市内から3キロほど離れたところにある尼僧院近くの三叉路に続く橋のたもとに
おいて「ダライ・ラマ法王をチベットにお招きすべきだ!チベットには宗教の自由が必要だ!」と叫びを上げた後、自らの身体に火を放った。
現地からの報告によれば、彼女は火に包まれながらも、7、8分スローガンを叫びながら歩き続け、その場で息絶えたという。その際、現場には警官等も駆けつけることなく、遺体はマミー尼僧院の尼僧たちにより尼僧院に運び込まれた。その後、当局は遺体を引き渡すよう要求したが、尼僧たちはそれに従わなかった。当局は、もしも、遺体を引き渡さない場合は夜の間に地中に埋葬しろと命令した。この事件が起きた後、軍隊と武装警官が大勢動員され、マミー尼僧院と付近の町村を封鎖した。ンガバ市内の北西約3キロに位置するマミー尼僧院の正式名称は「マミー・デチェン・チュコル・リン尼僧院༼ མ་མའི་བཙུན་དགོན་བདེ་ཆེན་ཆོས་འཁོར་གླིང ༽」。約350人の尼僧が所属するンガバで最大のゲルク派の尼僧院である。
ICT Report:
• Tibetan nun dies following self-immolation protest, 21 October 2011
名前:ノルブ・ダンドゥル(Norbu Damdrul)
◆日時:2011年10月15日 現地時間午前11時50分頃
◆所属僧院: 幼少時にンガバ・キルティ僧院で僧侶となり、2010年6月まで僧侶であった。還俗の理由は本人の意志に依るものか当局の名に依るものか不明
◆抗議行動場所: 四川省ンガバ・チベット族チャン族自治州、ンガバ市内中心街
◆年齢:19歳
◆現在の居場所と健康状態:目撃者の証言によると重傷のやけどを負った。彼の身体はン
ガバ市内から当局の車で連れ出された。一つの目撃情報によると車はその地区の病院とは
別方向へ走りさったと報告しており、現在も彼の居場所と健康状態は不明。
◆詳細:ノルブ・ダンドゥル(Norbu Damdrul)19歳、元キルティ僧院僧侶は2011年10月15
日 現地時間午前11時50分頃ンガバ市街地で自らの身体に火を放ち抗議行動を行った。
現地からの報告によると『チベットには自由と独立が必要だ!ダライ・ラマ法王をチベットにお招きすべきだ!』という大きな叫び声をあげ、焼身自殺抗議を行った。先出の情報筋からは、武装警官隊は火に包まれる彼の身体の火を消そうとし、重傷のやけどを負った彼を蹴るなどしたのち、車で連れ去った。現場に居合わせた多くのチベット人達は武装警官隊に銃口を向けられるなどして、その場を去るよう命じられた。
ICT Report:
• Self-immolations continue in Tibet; 8th young Tibetan man sets fire to himself in Ngaba, 16 October 2011
名前:チュペル( Choepel)
◆日時:2011年10月7日
◆出身地:ンガバ、タワ・ゴンメ村
◆所属僧院:元キルティ僧院僧侶
◆抗議行動場所: 四川省ンガバ・チベット族チャン族自治州、ンガバ市内中心街
◆年齢:19歳。
◆現在の居場所と健康状態:死亡 :目撃者の話によれば、チュペルは下記のカインと共に、町の大通りで炎に包まれながらも両手を合わせたまま、チベット人が団結し中国統治を打破するために立ち上がること、及びチベットの自由と法王の長寿を願うスローガン等を叫び続けていたという。
警官等が駆けつけ2人を殴り倒し、火を消した。その後も暴行を加え、人民病院に運び込んだが2人とも抗議行動後に死亡。
◆詳細: チュペルとカインは共に元キルティ僧院の僧侶である。(チュペルは3月、僧プンツォが焼身自殺した後、僧院を追放され還俗せざるを得なかったという<Free Tibet)
カインの叔父であるタシは2008年蜂起の時、当局により殺されている。
ICT Report:
• Two Tibetan teenagers set fire to themselves in latest protest in Ngaba; ICT calls for urgent actions by governments, 7 October 2011
• Kirti Rinpoche speaks of self-immolations; death of two former Tibetan monks after immolation, 11 October 2011
名前:カイン( Kayang)
◆日時:2011年10月7日
◆出身地:ンガバ、タワ・ゴンメ村
◆所属僧院:元キルティ僧院僧侶
◆抗議行動場所: 四川省ンガバ・チベット族チャン族自治州、ンガバ市内中心街
◆年齢:18歳。
◆現在の居場所と健康状態:死亡
◆詳細:上記,チュペルの詳細を参考。
ICT Report:
• Two Tibetan teenagers set fire to themselves in latest protest in Ngaba; ICT calls for urgent actions by governments, 7 October 2011
• Kirti Rinpoche speaks of self-immolations; death of two former Tibetan monks after immolation, 11 October 2011
名前:ケルサン・ワンチュク
◆日時:2011年10月3日現地時間午後2時頃
◆所属僧院:ンガバ、キルティ僧院。
◆抗議行動場所: 四川省ンガバ・チベット族チャン族自治州、ンガバ市内中心街
◆年齢:19歳。
◆現在の居場所と健康状態:2011年10月3日に焼身自殺を図り、重傷を負い逮捕された。消息不明。
◆詳細:ンガバ市内の野菜市場の近くで、キルティ僧院僧侶ケルサン(17~18歳)がダライ・ラマ法王の写真を掲げ、「チベットには宗教の自由がない!チベットには自由がない!」と叫んだ後、自らの身体に火を放った。
警官が駆けつけ、火を消し、彼を連れ去ったという。目撃者の話によれば「彼の上半身は酷い火傷を負っていた」という。 その後、ンガバ市内とキルティ僧院の警戒はさらに強められ、大勢の武装警官で街は溢れている。街に通じる道路も閉鎖されたという。また、情報によれば、数日前キルティ僧院の周囲と街中にたくさんのチラシが張り出された。その中には「このような状況が続くならば、大勢の者たちが自らの命を投げ打って抗議する用意がある」と書かれていたという。
ICT Report:
• Troops surround monastery as Tibetan monk dies after setting himself on fire and calling for the return of the Dalai Lama to Tibet, 16 August 2011
名前:ロプサン・ケルサン(བཟང་སྐལ་བཟང་)
◆日時:2011年9月26日
◆所属僧院 :ンガバ、キルティ僧院
◆抗議行動場所: 四川省ンガバ・チベット族チャン族自治州、ンガバ市内中心街
◆年齢:18歳。
◆現在の居場所と健康状態:新華社によれば、2人は病院に運び込まれ死亡してはおらず、治療を受けているという。
◆詳細:2011年3月16日に焼身自殺したプンツォの弟。 左がロ
プサン・ケルサン(18་བཟང་སྐལ་བཟང་)、下がロプサン・クンチョク(18或は19བློ་བཟང་དཀོན་མཆོག་)。2人は26日、現地時間午前10時頃、アムド、ンガバの中央市場の路上で、「ダライ・ラマ法王に長寿を!チベットに宗教の自由を!」等のスローガンを叫んだ後、ガソリンを被り自身を灯明と化した。現地から報告された目撃者の証言によれば、「ほどなくして武装警官と公安が大勢駆けつけ、2人に水を掛けたり、消化器も使い火を消した。一人はすでに死んでいるようだった。2人ともその後すぐにどこかに連れ去られた」という。
ICT Report:
• Two more Tibetan monks from Kirti monastery set themselves on fire calling for religious freedom, 26 September 2011
名前:ロプサン・クンチョク
◆ 日時:2011年9月26日
◆所属僧院 :ンガバ、キルティ僧院
◆抗議行動場所:四川省ンガバ・チベット族チャン族自治州、ンガバ市内中心街
◆年齢:18歳。
◆現在の居場所と健康状態:
◆詳細: 26日、現地時間午前10時頃、アムド、ンガバの中央市場の路上で、「ダライ・ラマ法王に長寿を!チベットに宗教の自由を!」等のスローガンを叫んだ後、ガソリンを被り自身を灯明と化した。現地から報告された目撃者の証言によれば、「ほどなくして武装警官と公安が大勢駆けつけ、2人に水を掛けたり、消化器も使い火を消した。一人はすでに死んでいるようだった。2人ともその後すぐにどこかに連れ去られた」という。
ICT Report:
• Two more Tibetan monks from Kirti monastery set themselves on fire calling for religious freedom, 26 September 2011
名前:ツェワン・ノルブ
◆日時:2011年8月15日
◆所属僧院 :タウ(道孚)、ニンツォ僧院
◆抗議行動場所:四川省タウ
◆年齢:29歳。
◆現在の居場所と健康状態:死亡
◆詳細:現地の目撃証言によるとツェワン・ノルブは 『チベットに自由を!』、『ダライ・ラマ法王のチベットへの帰還を!』というスローガンを叫び、チベットでの人権尊重を求めるチラシを配り、その後、灯油を体にかけ火を放ちその後間もなくして死亡。この種の事件を速やかに取り上げる事が稀な中国国営の新華社通信は僧侶の死亡を報道し「焼身自殺の理由は不明」と述べた。(8月15日新華社)
ツェワン・ノルブの死亡現場付近のホテルに勤める受付係はAFP通信に対し、次のように証言した。「僧はチラシを配った後、身体に火を放った。私は僧侶が地面に倒れて燃えているのを目撃した。彼は郡の庁舎の前で亡くなった」
(8月15日AFP)
名前:プンツォ (Phuntsog)
◆日時:2011年3月16日
◆所属僧院:ンガバ、キルティ僧院。
◆抗議行動場所: 四川省ンガバ・チベット族チャン族自治州、ンガバ市内中心街
◆年齢:20歳。
◆現在の居場所と健康状態:死亡
◆詳細:僧プンツォ (Phuntsog) 20歳はキルティ僧院で2008年に起きた抗議行動から3年目にあたる3月16日に焼身自殺を行い死亡。
3年前の僧院での抗議行動の際、中国治安部隊は抗議行動をはじめた僧侶たちに向かって発砲し、少なくとも10人のチベット人が射殺された。
現地の目撃証言によると、警察はプンツォが死亡する前に身体の火を消炎するとともに、暴打を加えたという。
現場を目撃したチベット人の証言をよると、プンツォは警察に止められる前に「ダライ・ラマ法王様が1万年生きられます様に!」等のスローガンを叫んでいた。
同証言者からは、その後、僧侶と住民数百人による当局に対する平和的抗議行動が起った。僧院から行進をはじめようとした時、警察は行進を強制的に解散させ、参加したチベット人に対し暴打を加え、未確認数の僧侶を拘束したという。
焼身抗議行動後:プンツォの所属するキルティ僧院の僧侶が、警察に暴打を受けるプンツォを助け出し医療処置を受けさせようとしたが、これに対し当局は事実に反し「僧侶たちは(プンツォ)を無理矢理、病院から連れ出した」などと発表した。
2人の亡命キルティ僧院関係者がICT(インターナショナル・キャンペーン・フォー・チベット)に対し行った報告は以下のとおり。
「プンツォを僧院に連れ帰った時点では、重傷を負い助かる希望は薄かったが、死んではいなかった。微かな希望はあった。政府の許可なしでは病院は看てはくれない事がわかっていたので、なんとか助けるために、彼の身体を政府に引き渡して、医療処置を受けさせようとしたが、(3月17日)現地時間午前3時ごろに、病院で息を引き取った。」
この事件に関する、中国政府の公式発表では、プンツォの身元について誤解を招く情報を含むだけでなく、「焼身自殺を図った直後に、パトロール中の警察が火を消し、近くの病院に緊急搬送した。しかし、キルティ僧院の数人の僧侶が、その日の午後、無理矢理、怪我の状態を無視して僧院に連れ帰った」と、事実とは違う報告をしている。
参考記事:http://china.org.cn/china/2011-03/17/content_22162814.htm
キルティ僧院は、その後直ちに閉鎖され、数百名の公安警察により包囲された。僧侶には厳しい再教育労働が課された。その後、約300人の僧侶が“法的”教育を受けさせられるために再教育労働所へ連行されたが場所は不明である。さらに、僧侶らを守ろうと僧院の入り口で、公安の侵入を防ごうとして黙祷を捧げていた老人2人が警察により殴り殺された。後日4月29日、英語で発表された中国公式報道では、先出のICTの現地からの報告を“事実
無根”とし“86歳のチベット人牧民女性はンガバ・チベット族自治県の自宅にて肺病により死亡した”と伝えた。
亡命筋に伝えられた報告は、中国政府の公式発表とは反して4月21日、僧侶を武装警察による強制連行から守ろうとして死亡したのは、ドンコ(60歳男性)とシェルキ (65歳女性)と伝え、この2人のチベット人は武装警察の暴打により死亡したとした。
この一連の事件に関する中国政府による報道が約1ヶ月後の4月19日にンガバが“通常通り”で“安定“していると伝えた同日に、チベット筋から現地の実情を伝える衝撃的なビデオが発表された。http://www.youtube.com/user/VOAKunleng#p/u/0/zwmstGsFlJc
8月30日には、四川省ンガバ・チベット族チャン族自治州バルカム中級人民法院によりンガバ・キルティ僧院僧侶ロブサン・テンジン(22歳)に13年、同名のロブサン・テンジン(別称ナック・テン)に10年の懲役刑が言い渡された。
8月29日(月曜日)には4月12日に逮捕されていたロブサン・ソンジュ(同政府メディアでドンドゥとも伝えられる)も、同人民法院にて11年の刑を言い渡された。この3件の刑に関する4月30日の新華社は“3月16日にプンツォの 焼身自殺を計画し実行の手助けをした。リンジン・プンツォを死に至らしめた”と報道した。(2011年8月31日新華社)
また同記事では、“ドンドゥは怪我を負った僧侶を隠し、緊急処置を与える事を拒だ。その結果、弟子であり甥である僧侶を死に追いやったとの判決を受けた”とされる。
続く5月2日、ニェルマ郷出身のロプサン・ダルゲ(31)に3年の刑がンガバ人民法院から言い渡された。若くして出家したロプサン・ダルゲは、2003年にラサに行きデプン僧院で仏教の学位を収めるため就学、高成績で卒業した。彼は2010年3月10日にデプン僧院で行われた平和的抗議行動の参加者と見なされ、それによりンガバに戻る事を許されるまで当局により数ヶ月拘束を受けていた。4月11日、僧院内の彼の部屋に警察と兵士が突然現れ、彼は逮捕された。
同じくキルティ僧院僧侶、タワ・ゴンマ村出身のクンチョク・ツルティム(33歳)も、3月16日以降に逮捕され5月の初め、ンガバ人民法院から3年の刑を受けた。クンチョク・ツルティムはキルティ僧院内の店を任されていたが、彼に対する罪状は不明。
米国務省副報道官マーク・トーナー( Mark Toner)は、4月14日の記者会見で「四川省キルティ僧院を中国治安部隊が閉鎖した。そして住民と僧侶に対し厳しい規制をかけている。これらの行為は国際的に認められた人権と信教の自由の原理と相違するものと認識する。現状に関し懸念を抱き、今後、引き続き状況を詳しくモニターして行く」と発表した。
この件を中国側に伝えたかという質問に関し同報道官は「中国側に伝えた。(米は)どのような人権問題も協議に挙げる」と答えた。
7月8日 国連人権理事会の強制的失踪に関する作業部会(WGEID)は中国に対し「現在も、生死また行方不明となっているチベット人僧侶グループを含む、中国に置ける強制失踪者の詳細を明らかにするよう」勧告した。
ICT Reports:
- Monk immolates himself; major protests at Tibetan monastery violently suppressed, 16 March 2011
- Chinese authorities confirm death of monk after self-immolation; military crackdown at Kirti, 17 March 2011
- Amidst heavy security presence, thousands of Tibetans attend funeral of monk who set fire to himself in Ngaba, 18 March 2011
- Protests, tensions escalate in Ngaba following self-immolation of monk: Kirti monastery under lockdown, 11 April 2011
- Crisis at Kirti monastery intensifies: rare public statements by lama in exile, 13 April 2011
- List of prisoners and “disappeared” Tibetans in Ngaba crackdown: situation provokes U.S. government concern, 15 April 2011
- Dramatic new footage reveals Ngaba crackdown, refutes Chinese claims of “normal life,” 20 April 2011
- Two elderly Tibetans killed as hundreds of monks detained from Kirti; crackdown deepens, 22 April 2011
- Crackdown continues at Kirti as Chinese authorities maintain pretence of ‘normality,’ 29 April 2011
- Ngaba students protest crackdown, authorities respond; new information on deaths of Tibetans who tried to protect monks, 9 May 2011
- Crackdown in Ngaba: monks detained for giving wrong answers in ‘patriotic education,’ 26 May 2011
- UN Human Rights Experts to China: Disclose the fate and whereabouts of Kirti monks, 9 June 2011
- Fears for future of Kirti monastery; UN seeks answers, 14 June 2011
- New developments at Kirti monastery; crackdown shows no sign of easing, 28 June 2011
- Monks imprisoned for 10-13 years following self-immolation by Kirti monk, 31 August 2011
タペー( Tapey)
◆日時:2009年2月27日
◆所属僧院:ンガバ、キルティ僧院
◆抗議行動場所: 四川省ンガバ・チベット族チャン族自治州、ンガバ市内中心街
◆年齢:20代半ば
◆現在の居場所と健康状態:不明
◆詳細: 2月27日、アムド地方ンガワ(現在の四川省アバチベット族羌族自治州アバ県)。アムドの著名な大僧院キルティ
寺(格爾登寺)で、千人以上の僧侶が仏殿に集まり、祈願の法会を執り行おうとして、阻止された。同寺の管理委員会は僧侶らに法会の中止を求め、当局による懲罰は免れた。僧侶らはやむをえず僧坊に戻った。
しばらく後、午後1時40分、ひとりの若い僧侶が寺を出て、ほど近い町の中心部に向かった。そして、突然、雪山獅子旗とダライ・ラマ法王の写真を掲げ、油をかけた袈裟に火をつけ、叫び声をあげながら駆け出した。町にあふれるほどいる兵士が直ちに彼に発砲した。3発、射ったという。自らの身に火を放ったこの僧侶は射たれて倒れた。兵士は飛びかかって火を消した後、銃弾に倒れた僧侶を運び去った。
ICT Report:
- Monk in Tibet sets himself on fire; shot by police during protest, 27 February 2009
ダワ・ツェリン<速報>
亡命側に伝えられた情報によれば、今日(25日)現地時間正午頃(9時半という情報もある。VOTはインド時間9時半、現地時間12時という)、カンゼ・チベット族自治州カンゼにあるカンゼ僧院の僧侶ダワ・ツェリンが中国政府に対する抗議の焼身自殺を行った。
僧ダワ・ツェリンは父デレック、母ドムツォの子、38歳。
追記:RFA によれば彼は31歳、イェパ村付近の出身。カンゼ僧院に7年籍を置いていた。
僧院の中庭で恒例のトルマ供養(RFAによれば仮面舞踏「チャム」)が行われていた最中、大勢の僧侶や一般人が見守る中、僧ダワ・ツェリンは突然儀式が行われている輪の中に走り出て、ガソリンを被り火を付けた。
追記:RFAに南インドの僧チュギェルが伝えた報告によれば、僧ダワ・ツェリンは「焼身を実行する前に、高僧ロンダ・ラマの玉座に祈りを捧げ、焼香を行い、祈りの旗を上げた」
「その後、彼は頭から灯油を被った。近くにいた数人の服にも火が点いた」
彼は炎に包まれながら「ダライ・ラマ法王に長寿を!ダライ・ラマ法王のチベット帰還を!チベットに自由を!民族平等!」等のスローガンを叫んだという。
周りにいたチベット人は驚き、すぐに火を消そうとしたが、火勢が強く彼が倒れるまで火を消すことができなかった。
その後、僧侶たちが彼を病院に運び込んだという。
追記:RFA「仲間の僧侶たちにより火は消され、彼は僧院の車でカンゼ人民病院に、急ぎ運び込まれた。僧院に駐在していた数人の警官が後を負い病院に向かった。その後、武装警官隊が呼ばれ地域は閉鎖された」
カンゼ僧院の僧侶の話によれば、ダワ・ツェリンは治療を拒否したという。
「彼の頭、首、鼻はすべてひどく焼けただれていた。皮膚ははがれていた。彼は治療を拒み、僧侶に死なせてくれと言った」
チュギェルによれば、ダワ・ツェリンは病院で包帯を巻かれた後、カンゼ僧院に戻されたという。
「病院では包帯を巻かれたが、病院側から生きる望みはないと言われた。そこで僧侶たちは彼を僧院に連れ帰った」
以上の情報(RFA以外)を伝えたのは元亡命議会議員ペリ・ジグメ・ワンギェルであるが、もう1人の情報伝達者南インド、セラ・ジェ僧院の僧ロプサン・ダクパによれば、火を消したのは僧院に2008年以降常住している保安要員であるという。
彼によれば、僧ダワ・ツェリンは保安員が連れ去ろうとした時、「どこへも連れて行かないでくれ」と泣いて懇願したという。
また、病院に運び込まれた後にも彼は治療を一切拒否したので、再び僧院に運び込まれたという。
現在の容態は不明。
事件後、僧院は武装警官隊に包囲された。
今年に入り抗議の焼身を行ったチベット人はこれで10人となる。今月に入り6人目。
議員のババ・ケルサン・ギェルツェンがンガバからの情報を伝えるところに依れば、21~22日に掛けンガバに中国語で書かれたチラシが張り出された。その中には「このような状況が続くなら、さらに40人のチベット人が命を捧げる用意がある」と書かれていたという。
参照:25日付けTibet Net チベット語版 http://tibet.net/tb/2011/10/25/དཀར་མཛེས་དགོན་པའི་དགེ་/
25日付け Tibet Times チベット語版 http://p.tl/vywV
25日付 phayul http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=30231&article=Fire+spreads+in+Tibet+–+Monk+self+immolates+in+Kardze
VOTチベット語放送 http://www.vot.org/#
25日付けRFA英語版http://p.tl/rF1b