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[30468] 【習作】 Word of “X”  (テイルズオブエクシリア・再構成・ジュード性格改変)
Name: 岳◆3d336029 ID:0347f440
Date: 2011/11/18 22:37
以下、簡単な紹介。

・原作はテイルズオブエクシリア

・クロスはなし

・ジュード性格改変

・ひとつのIFから始まる再構成

・長編予定

・独自設定あり(マナの解釈など)

・コメディ寄り?

・シリアスあり

・『にじファン』の方にも投稿しています。


拙作ではございますが、よろしくお願い致します。









以下は更新履歴

・2011/11/11 1~11話 新規投稿

・2011/11/13 12話 新規投稿
・2011/11/14 13話 新規投稿
・2011/11/17 14話 新規投稿
・2011/11/18 15話 新規投稿



[30468] プロローグ
Name: 岳◆3d336029 ID:0347f440
Date: 2011/11/14 00:37
――――多くを望んだことはない。僕はただ、普通の夢を持っていて、それを叶えたかった。

そして、他の人と同じように生きていたかった。

特別なんて望んじゃいない。ただ、同じ空の下で、同じ者として其処に在りたかった。

このリーゼ・マクシアに広がる空の下で、両親と同じように、ただの医者として。

でもそれは叶わなかった。原因も分からず、機会だけが奪われた。

その原因を特定しようにも叶わず、ただ日々だけが過ぎていった。




ただ、心を探していただけなのに。

焦がれる程の想いを。

譲れない、信念を。

知った上で、それを持てるだけの術が欲しかっただけなのに。



だけどあの日僕は、諦めてしまった。

でも諦めてしまった先にも、道があったて。


あの人―――師匠に出会わなければ、僕はそこで死んでいたに違いない。



ここ、イル・ファンに来る前。

ハウス教授の助手になる前に聞いたあの言葉は、今もこの胸の中の奥に残っている。



僕を導いてくれた師匠。僕を初めて認めてくれた人。

実の母と同じ、いやそれ以上に尊敬している人。




『イル・ファンに行くんだってね? そんな顔をしなさんな、アタシは止めないさ。その資格もない。

また夢に向かって走りだすんだろ? 止めないさ。

だけど一つだけ………アンタの師匠として言わせてもらおうかね』



拳法の師匠は。いや僕という存在、全てにおいての師匠ともいえるあの人は、僕にこう告げた。



『誰が相手であれ、何が立ちふさがっても、ぜっったいに自分からイモ引くんじゃないよ。

あんたは頑張れた。アタシのあの修行を耐え切った。それは誇っていいことだ。

 そうして頑張れるあんたは、何にだってなれる素質がある。

 努力を積み重ねれば形になる才能もあるんだ。それに溺れない心も。

―――だからアンタ自身がそれを疑うんじゃない。決して疑うな。アンタは本当に優しい、いい子だ。

 だから、信じなさい。信じていれば、道は開ける。

 ………医者がどうしたってんだい。アンタが胸を張って突っ走れば出来無いことはないさ!』



嬉しかった。あの言葉は、胸のなかに燦々と輝いている。




『だから笑いな。そして自分が――――自分が成りたい自分になれるように、笑って生きな』







(絶対に忘れることはない。そう、決して――――「おい、聞いてんのかジュード!」)




思考が声に中断される。その声を発したのは、目の前の人物―――ハスキーがかった、少女の声だ。

美しい銀の髪。白が大半をしめる眼の中心は、紅蓮に染まっている。

でも、眼つきが悪い。そばかすも広がっている。一方で、髪の毛の方は無駄に整えられている。

そばかすに関しては栄養不足と無精がたたってこうなったんだ、と彼女ぶっきらぼうに説明していたが、それは嘘だろう。

どう考えても心因性のものである。お人好しの店長でさえ同意していた。


初めて会った時の事を思い出す。この少女、なぜか街道の真ん中で炎を纏わせた剣をぶん回していたのだ。

薄暗いイル・ファン近くの街道で突如襲ってきた火の玉群をジュードは決して忘れはしない。


だが、彼は我慢強い男である。それに少女にも悪いところばかりではない、良いところがあることを知っている。




だから黒髪の少年、ジュード・マティスは笑顔で返した。








「ぴーちくぱーちく騒ぐな色白ソバカス。たった数秒も待つことができねーのか、この銀の犬ッコロが」








童顔で割りとハンサムな店員が発するチンピラ言葉に、店の中が凍りついた。


でもすぐに溶けた。皆が皿を持って顔を見合わせる。懐から何やら用紙を取り出す者も居た。




「ぶ、ぶち殺すよこの野郎!? つーかそれが客に言う言葉か!」



「あーあーすみませんおきゃくさまごちゅうもんをどうぞ」



「聞けよエセ童顔!」



怒る銀髪の少女。その怒気は、並の者なら腰を抜かしそうなほどに鋭い。

だが目の前に居る少年店員は、心底めんどくさそうな顔をするだけだ。



「んで、何を食らうって?」



「くっ………とりあえず串10本だよ。とっとと持ってきな」



「はい、分かりました! それよりもサラダを食べたらどうでしょうか、野菜が足りてない風味の、いかにもな顔してるしね!うん、栄養たっぷりなんで色々と元気になること間違い無し! 僕アイデアの店長アレンジした逸品から美味しいし! 

………その貧相な胸も、もしかしたら育つかもな」




「てめ………最後、なに言いやがった?」




「あーあー何も言ってやおりませんよ、ナデ………ナイ………ナイチチ? 元お嬢様」




「よし斬らせろ」




一息に腰の仕込み杖を抜き放つ少女。


対するジュードも、手に持ったお盆を構える。




「はっ、そんなもんでこのアタシの一撃を防げるとでも思ってんのかぁ? くされ医者の卵モドキ類狂人科生物が。ついに脳の中までやられちまったようだねぇ」



「元からイカレテるわ、このエセ貴族が。それに、このジュード・マティスを侮ってもらっては困るね。

 "あの"ソニア師匠に教えを受けた僕に、できないことがあるとでも? 」



「くっ、このマスコンが………」



ちなみにマスコンとは師匠《マスター》コンプレックス。つまり師匠馬鹿である。

一方、同じ店内に居た周囲の客は慣れた様子で、「やれやれ始まったか」と言いながら自分の皿を持って店の外に避難していた。

一部では今日はどっちが勝つかで賭けが始まっている。



「ふん、どうしてもやるってーのか?」



「今更命乞いか? っつーか僕が師匠の事を思い出していたのに――――横から話しかけたお前が悪い」



「原因それかよ! ていうか、客のアタシが店員に話しかけて何が悪い!?」



「眼つき」



「ぶっ殺ぉぉぉぉす!!」



「いいぜ来いよ、ナディア!!」



「てめ、覚えてんじゃねーか!?」





ナディアと呼ばれた少女の言葉を開始の合図に。



二人のマナが、年齢にはそぐわないほどに大きく膨れ上がった。





そのまま、真正面から激突――――







「てめえら外でやれぇぇぇーーーッ!!」






しようかという直前、店長がぶん回した光り輝く棍が二人に直撃。



小柄な身体を2つ、盛大にふっ飛ばした。



「ぷろッ?!」


「てめっ!?」




あまりにも鋭い一撃を受けた二人が石のように軽く、弧を描いて飛んでいく。

そのまま、道の向こうにある池へと落ちた。



ぽちゃんという虚しい音が響く。



「あーあーお客さんいつもすみませんねえ。え、俺に賭けた客が居るって? 

 そりゃアンタ嬉しいことだねえ。で、儲かったよねえ………今日入った特製肉の串盛でも注文してみるかい?」



喧騒が続く。

中央の灯火がかすかに届く薄暗い裏町の、地元では有名な店では今日も客たちが騒いでいた。








かつて、誰かが言った。

―――人の願いは精霊によって、現実のものとなり、

精霊の命は人の願いによって守られる。

故に、精霊の主マクスウェルは、全ての存在を守る者となりえる。

世に、それを脅かす悪など存在しない。

あるとすれば………それは、人の心か。











「ぷはっ、おいこら店長、前に不意打ちすんのは無しっつったろーが!」

「あーあー、不意打ち受ける方が間抜けなんですー。実戦にルールなんて無いんですー。
そんな事わからないなんてナディアちゃんはお馬鹿なんですー」

「キモイんだよクソジュード! あと、ちゃん言うな! ったくさっさと上がるぞ!」










―――ならば、精霊に見捨てられた者はどうなるのというのか。

現実をただ生きるだけで。何かを願うことすらも許されないのか。

故に、精霊の主マクスウェルは、全ての存在を守る者とはなりえない。

見捨てられたものを悪と断定するなかれ。善の定義などどこにも在ることはなく。

この世界に善と悪を分けられる明確な境界などは存在しない。

もって、守られるべきものなど、どこにも存在し得ないのだから。





あるとすれば………それは、人の心か。









「あー、冷えるぜ………弱炎舞陣」

「おお、あったかーい」

「……フレアボム!」

「熱ッッ!?」

「ははっ、ばーか」

「くそ、性格悪ぃな!」

「お前が言うな!」











これは、人の心が交差することで浮かび上がる、どこにでもあるストーリー。









――――叶わない、物語である。








[30468] 1話 「歪んだ少年少女」
Name: 岳◆3d336029 ID:0347f440
Date: 2011/11/11 00:51
リーゼ・マクシア。精霊と人が共存する素晴らしき世界。

――――そうほざいた奴の頭を、無性に殴りたくなる時がある。それが今で、此処だ。


この世界にある二大国のひとつ、ラ・シュガルの首都。

夜の霊域が発達している、常夜の街の中心で一人、僕は階段の上に座っていた。

一応は敵国となっているア・ジュールの影もない。20年前は大きな戦争があったらしいが、最近はその噂も聞かない。

平和な街の中、一人でその夜空を見上げていた。



前を見ればやるせないからだ。そこかしこに存在する、精霊術を使う人達。

風を足場にして、街灯を調整する職人。橋のへりを修復する職人。水の精霊術を見せ合っていちゃつくカップル。

自慢気に小さい火の玉を友達に見せつける少年。何気なく、当たり前のように使われる精霊術。



そのすべてが目障りだ。いっそまとめて潰したいぐらいに。




―――こいつもそうだ。後ろに居るバカ女。気配を殺して忍び寄る火使い。

イフリートに愛されているかのように、炎を自在に操りやがる天才。それを自覚している所が余計にむかつく。


「………ちっ、街中で物騒な殺気出すんじゃねーよ。つーか、気づいてたのか」

「お前みたいなクソ騒がしい、面倒くさい気配の持ち主なんか他にいねーよナディア。気配も消せてねー。つか、ふつーに来いふつーに」

「はん、飽きずに辛気臭い顔しててムカツイたからさ。後ろからその間抜けな後頭部を殴ってやろうと思ったんだよ」

「なんで親切売る見たいに? それに、お前に言われたくはないな」

「アタシもアンタにだけは言われたくないよ………で、できてるんだろ?」

「へいへいまいど」

言いながら薬を後ろに放り投げる。






―――薬の名前は「グッド・ナイト」。命名したのは店長。


この薬は、そこいらの店には売っていない、曰くつきのシロモノである。








まあ、ただの安眠薬なんだが。






「ったく、お家でお抱えしてあらせられるお薬師にお頼み申せばいいだろうになぁ?」

「敬語のつもりかそれは。ま、あのヤブにはいの一番に聞いてみたよ。アンタに借り作るのは嫌だったんでなぁ」

「だろうなあ」

「ああ。でも、こんなもん作れねーって。無駄に手え光らせるのは得意みたいだけどねぇ」

「………治癒術と言ってやれよ」




ああ羨ましい。まったくもって羨ましい話だ、それは。

分かって言ってやがるなこいつも。




「ったく、外傷消すだけとか、ただのグミと変わりねーじゃねーか………いや小煩くない分、あっちの方がマシってもんか?」

「ついにはグミ以下かよ………でもこんなもん、医者としてはふつーだろ? 薬学も学んで一人前って教授は言ってたぜ? つか、一昔前にはふつーに作れたはずだけどな」

外傷を癒すのだけが医者の役目じゃなかったはずだ。ここいらの医療室もった医者は縁もないんで知らないが、ハウス教授や、故郷のル・ロンドで治療院を開いているとうさ………親父は違った。

母さんも。患者を見て、何が悪いか“診て”。それから治療をしていた。治癒術で治せるのは外傷だけだから。

「はっ、おべっかと手え光らせて傷を癒すだけは一級品だけどなあ。生憎と知識の幅はお前にすら劣ってやがるよ。ああ、そういや口も上手かったかねえ」

「世も末だなー」

「貴族のとこ行く医者なんてそんなもんさ。元がいいとこの坊ちゃんだ。貴族様にもわかりやすーく、見えてる傷だけ癒すのが仕事だ―――せいぜいが風邪薬程度。その点、アンタは本当に変態だね?」

「お前はあばずれだけどな。で、いい加減金払えよ」

「あいよ」


投げ渡されたガルド入りの袋。

それは今までよりも少し多かった。


「おい?」

「色つけとくよ。で、余分があればそれも貰いたいんだけど?」

「………おらよ」


懐に持っていた分――自分用も投げ渡す。

どうせ、家に戻れば残っている。惜しい程でもない。


「限度量だけは間違えんなよ。お前のことだから自殺だけにゃ使わねーと思うけど」

「はっ、自殺なんかするかよ。それならお前に殺された方がマシだ」

「………ああ、絶対にしねーなあ、それは」



「だろ? そうだな、アタシが自殺するなんて―――――」



一息おいて、ナディアが言った。いつものように。通常の会話をするように。


何でもないことのように。






「それこそ、アンタが精霊術を――――治癒術を使えるようになるぐらいに、有り得ないことさ」







―――沸騰した。脳の中が一瞬にして沸き立った。



まあ、このクソ女が。よりにもよって、よくもそのことを面と向かって、言ってくれやがったもんだ。




ああ、わかってるさ。言われたいんだろ? 


なら、僕も奥の奥の傷まで引っ掻き回してやるよ。





「ああ、そうだなあ? 貴族のくせに――――ヒス起こして手前の家に放火した、お前ぐらいにありえねーことだわなぁ?」




「――――テメエ」




「――――なんだよ?」





一触即発。触れれば即爆発。

そんな良い感じに、空気が緊張する。





僕は拳に。ナディアは仕込み杖に。



互いの武器に手をやって、殺意をぶつけ合う。




――――でも、それが開放されることはなかった。




「………ちっ。アンタも言いたいこといいやがるね」



「お前もだろうが。こういうのって、なんつーの? 気の置けない友人っつーの?」



「思ってもないこというんじゃないよ」




そう。そんなことは思っちゃいない。





僕にとってのこいつも、こいつにとっての僕も、そんな生なもんじゃない。




――――ただの無機物。冷たい外見をもつ、たたの“鏡”だ。



今でも思い出す。要塞に続く街道、その平原で僕はこいつと出逢った。

最初は、共感した。次の瞬間に憎みあった。それは必然だった。互いに似たものを持っていて。酷く似通っていて。

本当に見たくもないものを、自分の肉眼で見せつけられたから。それはこいつも同じようで。




――――次の瞬間には、殺し合いになった。



途中、偶然そこに立ち寄った店長に止められて、最後までは行かなかったけれども。

でも、今でも関係は変わらない。


………こいつは鏡で、僕は鏡なのだ。


真実そのままに互いの姿見と心を映し合う、“真実の鏡”。


互いに似たような傷をもっていて。そんで互いが、“奥に持っている傷を忘れることを許さない”。


(店長は同じような傷を持っている者が出逢った場合。それが男女なら、傷の舐め合いをするような関係になるって言っていたけどなー)


有り得ない。そうはならない。絶対にならない。出来るはずもない。

舐めあうぐらいなら―――傷つけあい、殺しあう方が万倍ましってもんだ。

でも、ああ、本当に非生産的も極まる関係だよなあ。


でも、一緒にいて退屈しない間柄。腹は立つが、自分が死んでいないことを思い出させる程度には役に立つ。

それに、味覚に関しては似通っているのだ。



まあ、付け加えて言えば、互いの奮発剤にもなっていると思うが。

このままでいられるかと、初心をまざまざと思い返させてくれるのだ。見るだけで思い出させてくれる。

あの心を忘れるな、と。

でも行き過ぎるのもしょっちゅう在る。計算できないのが世の常。

さっきみたいに、殺気のやり取りをするのも日常茶飯事だ。慣れたもので、日常の一風景と化している。

でも、それなりに上手くやっていた。以前は傭兵として互いに雇いあったりしていたし。

俺は目的の資料を探す度の護衛に。こいつは、よく分からない任務だかなんだか知らないが、変な仕事の護衛に。


きな臭いが、実力は信用できる。

一度頼まれたら、絶対に裏切らない所も。その点でいえば、どの傭兵よりも信頼できる。



今はもうどちらもそれなりのレベルになったので、最近は雇う間柄でもなくなったけど。




「で、入り用ってなんでだ?」


「ちょっと大きな仕事になりそうなんでね。しばらくはあの店にも行けなくなる」


「そうかよ。でも、店長が寂しがるなあ」


「………あの人も物好きだね」



魔物の肉で串焼きを初めて、10年。今では裏町限定だが、人気店の一角となった――――串焼き屋『モーリア坑道』。

何故に飲食店なのに坑道とか、そういうことを言っちゃいけない。あの店長にまともに突っ込んで答えが帰ってくるとも思えないから。

まあ、たまにちょっと酷い味付けの肉を出してしまうことがあるが、大概は貴族様をもうならせるぐらい美味しい串を出す、迷宮のような迷店――――違った、名店だ。

グスタフ店長は本当に頭のイカレタお方で。具体的にはモンスターの“ジェントルマン”の肉を調理しようとか言い出しやがりました。きっと、あんな事言い出したのはこの人が世界で初めてなんじゃなかろうか。

無駄に、多方面への新商品開発意欲に旺盛で、先週あたりに道具屋へ緑と黄という素晴らしい色合いのグミ――――ドリアングミを提供していた。ドリアンて、あんた。

効果はおして知るべし。でもギャンブル性とスリルがたまらないと、一部のイカレタ傭兵には人気なんだとか。


ちなみに、店長も以前は傭兵―――本人曰く、冒険者をやっていた。腕も立ち、ア・ジュールの武道大会でも決勝までいったとか。

で、武術の師匠はソニア先生だ。つまりは、僕の兄弟子にあたる人。

少し前にソニア師匠に手紙で聞いたけど、“あいつは筋だけは本当に良かった”と言っていた。

それもそうだろう。あのど外れて制御が難しい活身棍を使えるのは、師匠を除けば二人しかいない。

グスタフ店長か、ソニア師匠の娘で僕の幼なじみでもあるレイアぐらい。

店長の腕は今でも衰えておらず、真正面からやればいかな僕とて負けてしまうだろう。

でも割りと寂しがり屋だ。

あと、本人が変人だからか、変人から好かれる。例えば目の前のこいつとか。



「変なこと考えてるね?」

「ああ、いつもな。でもって、お前もな」

「胸を張っていうことかよ………ああ面倒くさいなアンタは、ほんとに。

………いいさ、黙って帰るよ。それじゃあ――生きてりゃまた変なところで会うかもね」

「なんだそりゃ? ………まあいいや、良き夢を」

「………そりゃ、死ねってことかい?」

「言わせんなよ恥ずかしい」



互いに毒を吐きあって別れる。

そのままぼーっとすること数分。近くに、銀髪で炎染みた気配を放つ小娘はいなくなった。



しかし、入り用でしばらく顔出せないか…………初めてのことだな。






「えっと………ジュード、くん?」


「はい?」



突然かけられた声へ、反射的に返事をする。

この声は………ハウス教授の、診察の時の助手の人か。足がきれーな人。



「こんな所で座り込んで、何をしているの?」

「この風景を見ているんですよ。普段は忙しいですから。座ってみるイル・ファンの風景も、またおつなものですよ?」

「ふふ、そうね。私も暇ができれば一度試してみようかしら」


他愛もないことを話しあう。

ああ、心が癒されていく………他意もなく敬語を使える相手なんて、この街じゃ4人ぐらいだからなあ。



「それで、何か用事があって来たのではないでしょうか?」

「ああ、そうだ! えっと、ハウス教授が呼んでいるんです。なんでも、実験の手伝いをして欲しいって」

「分かりました………っと、そこ段差になってます、気を付けないと危ないですよ?」






会話をしながら、僕は助手の女性と一緒に、医学校へと歩をすすめる。





空には、いつもと変わらない。遠い夜空が広がっていた。






























「叶わない夢のために、か………本当にバカだよ、バカジュードが」

「あの、アグリア様?」

「分かった。研究所には顔も聞く。しばらくは入り込んで情報を集める。そう、陛下に伝えな」

「了解しました」



下がっていく部下。その服装はこの国のものだが、身のこなしは違う。

銀髪の少女は、去っていく部下が姿を消すのを確認すると、空を見上げた。





相変わらず遠い、とつぶやく。





「ふん………次に会う時は本当に殺し合いになるかもね」




面白くもなさそうに搾り出されたその言葉は、ただイル・ファンの夜空へと消えていった。








[30468] 2話 「過去から今」
Name: 岳◆3d336029 ID:0347f440
Date: 2011/11/11 00:51
僕には夢がある。成りたいものがあった。

小さな頃、両親が営む治療院で見たもの。治療され、苦しみから解放された患者さん達の笑顔が、僕の原風景だ。

自慢の両親だった。昼夜問わず患者のために働いていて、多くの人に感謝されていた。あの頃、僕は両親を誇りに思っていた。

自然と憧れた。将来の夢と聞かれた時の答えはひとつだ。『とうさんやかあさんのようなおいしゃさま』。


だけど――――あれは、6才の頃だったか。将来のためにと、近くの精霊術師から精霊術を習った。

他の同年代の子供と一緒に。そして手順と危険さが説かれた後、いざ実践しようとした時だ。

課題は小さい風を吹かせる、風の精霊術だった。



あの時の絶望は、今でも覚えている。

言われた通り、頭の中で念じて、手をかざす。




手をかざす。念じる。マナを身体の中から発する。






かざす。念じる。念じる。念じる。




今でも忘れない、今も残っている違和感。どんなに呼びかけようとも、精霊は答えてくれなかった。




いかにがんばろうとも。マナを絞ったとしても。



精霊術は、発動してくれなかったのだ。



一緒に学んでいた同年代のあいつらは、その効果の差はあるけど、発動させることじたいは失敗していなかった。





その日から、僕の試行錯誤が始まった。

本当に色々と試した。先生から事情を聞かされた父さんと母さんの協力の元、その原因を調べてみた。



いったいなぜなのだろうと、原理を徹底的に学んだ。

精霊術の原理など、何回復唱したかわからない。


精霊術の原理は、本当に簡単なのものなのに。



人が、脳の霊力野と呼ばれる器官から世界の根源エネルギーであるマナを発し、マナを糧にしている精霊たちに分け与え。

その見返りとして、精霊が発動させてくれるもの。それが、精霊術。



なのに僕にはそれができない。マナはある。ない人間などいない。だけど、精霊に分け与えることができない。


そうして、何度か試して、分かったことがある。



僕には、“霊力野という器官そのものが存在しない"のだ。




小さいのではなく、全くの無。それを理解した時、僕は絶望した。




―――医療術は水の精霊術の応用。それが使えない僕は、医者にはなれない。



10才の時。山ほどの本を読んで、知識を得て。


必死になって理論を組み立てて、その終わりに導きだしてしまった結論。


僕は、描いた夢の崩壊を、理解した。











それからは本当に色々とあった。


師匠と出会えたのは、本当に僥倖だったと思う。


もしあの人がいなかったらなんて、考えたくもない。









その後。僕がソニア師匠の元で教えを受けて、それなりに立ち直ってきたある日。ル・ロンドにハウスと名乗る医者が治療院にやってきた。

目的は親父と母さんの治療を見るためだ。風変わりな治療をする珍しい医者として、二人共それなりには名を知られている。

二人は快諾した。代わりに、と僕の体質というか根本的欠陥について診てくれと言った。



ハウス医師はこの国ラ・シュガルの首都、イル・ファンにあるあのタリム医学校で名が売れている、高名な教授らしい。

そこで僕はふと考えた。そんな人ならば、あるいは僕の組み立てた理論の中に破綻を見つけてくれるかもしれない。

末に出した結論を否定してくれるかもしれない。



――――だが、現実は残酷だった。しかし、得られたものもあった。

ハウス教授は、そのような欠陥をもつ人間を知っているという。ただ、あまり他人には言えない人物で。

その人達が精霊術を使えるように、と。ある意味での治療を施すために、と裏で研究を続けているらしい。


僕は歓喜した。そんな研究をしているなんて。そして、僕の頭にも興味を持たれたらしい。

その後、タリム医学校に誘われた。教授の助手として、また医学の知識を深めるためにこっちに来ないか、と。



親父は、何故か――――賛成しなかった。しかし、反対もしなかった。特別それに思うところもない。すでに親父に対する思いは諦めが勝っている。

母さんは背中を押してくれた。料理は作れくなるけどごめん、と謝った。忙しい二人の代わりに食事の用意をしていたのは僕だったから。



ソニア師匠も、力いっぱい背中を押してくれた。良かったねと満面の笑顔を浮かべて。ちょーっと威力が強すぎて10mほどは吹っ飛んだけど。油断をするんじゃないよ、らしい。

いや師匠様、何もイル・ファンに乗り込んで戦争しにいくんじゃないですから。ちなみに背中の紅葉は2週間消えなかった。相変わらずあの人はパネェ。

その時にくれた言葉。いや、それまでの言葉も、全て宝物のようだ。あれが無ければ、僕はもっととんでもない場所にまで行っていたかもしれない。下衆に落ちていたかもしれない。
でも、「自分に怠けて弱くなったら………わかってるだろうね?」と言った時の眼光は超怖かったです。



ソニア師匠の娘で一緒に修行をしていた同門。かつ、幼なじみであるレイアは別れを告げると泣いていた。

泣きながら活身棍をぶちかましてきた。低い軌道での一撃が金的に当たった。俺も泣いた。今なら言える。あの貧乳が。



そうしてやってきた首都・イル・ファンは都会の中の都会だった。夜域の霊勢に支配される、常闇の都市。ラシュガル王のお膝元。

多数の貴族が住まう、リーゼ・マクシア最大の都市。

その作りは、たしかに美事だった。夜に浮かび上がる樹の街灯は美しく、街をほのかに優しく照らしている。

建物も違う、故郷のル・ロンドとは明らかに異なる近代的なつくり。

医学校や、海停に繋がる道がある中央の通りでは、まるでお伽話の国のような、幻想的な光景が見られる。



でも、何故だか僕はそれが好きになれなかった。中央から外れた、暗い裏道に惹かれた。

暗い趣味をしているな、とは店長の言葉。まあ、その御蔭でいいバイト先を見つけられたんですけど。ナディアっつー名状しがたい関係の悪友とも会えたし。

いや、あっちは会っちまったって感じか。出会いは選べないって看護婦の方が言ってたけど、それって本当ね。



イル・ファンの生活は目まぐるしい。助手としてハウス教授を手伝い、自分も知識を蓄える日々。

休みの日には遠出をしたりもした。

ラ・シュガルや、時にはア・ジュールにも足を運んだ。

本を片手にあちこちを周り、色々な薬草や古代の本を探した。もしかすれば、精霊術を使えるようになる何かがあるかもしれないと思って。

残念ながらそっちの方では結果が出なかったけど。



――――そうして、今に至る。

医学校で学んで。「え~精霊術も使えないなんて~」「精霊術が使えないのが許されるのは5才までよね~」とかほざくビッ………もとい医学校の医学生達の白い目に耐えながら、ようやくここまでこれた。

夢を叶える第一歩。いよいよスタートラインに立てるのだ。

ナディアが姿を消して2ヶ月。教授の研究もいよいよ大詰めらしい。論文もできているとか。

詳しい内容は聞かされていないけど、推敲も理論の見直しも九割九分は完了していて、明後日ぐらいには発表できると言っていた。



らしくなく、興奮している。




「へえ、なのに坊主はこんなところでなにしてんだ?」


とおっしゃるのは、ここガンダラ要塞の門番さん。本名はモーブリア・ハックマン、年は34のおっさんである。


「きまってます、日課の修行ですよ。今日はちょっとはりきりすぎちゃいましたが」


「あー、魔物がポンポン飛んでたけどお前の仕業かこのクソ坊主」


「つい、出来心で」


「お前は出来心で魔物を空に飛ばすのか……ああ、坊主だから仕方ないな、坊主だから」


失礼な。僕の名前はジュード・マティス、15才ですよ。

イル・ファン医学校に通う医者の卵をしている、どこにでも居る医学生なのである。

そう、そこいらの青臭い少年少女共と変わらない。無意味に明日にワクワクしている青い春も真っ盛りなお年ごろ。


「ここツッコミどころだよな? ええ、青い春だと? むしろ笑いどころ?」

「ええー、本当に失礼ですよこの門番ふぜいが。僕はただの純朴な少年。はい、リピート」

「ク ソ ガ キ が。っつーか何度も教えただろうが、いい加減名前で呼べよ! あと口が悪ぃ! 俺は一応軍人だぞ!?」

「えっと確か………ミスター、モン・バン?」

「ガアッ!!」

言うと、門番さん、別名モンバランさんは顔を真っ赤にして威嚇してきた。

ちなみに相方の兵士は今日も苦笑気味である。いや、街の衛兵さんとは違って懐の広いこと。

しかし目の前の門番さんは狭量だ。いや、たまたま機嫌が悪いよう。

どうせまた仕事が忙しいやらなんやらのやりとりで嫁と喧嘩したんだろうけど。
原因は家に帰れないからか。まあ奥さんも大変だよね。事情もあるけど。


「もっと人員増やせたらなあ」

「それはそれで嫌なくせに」

このガンダラ要塞の門番って鍛えられた軍人と言えどそうそう成れるもんじゃない。
けど、一種のステータスでもある。だから仕方ないと思うね。

最近は特にひどいらしいけど。
街に飲みに来る衛兵さんも愚痴っていた。妙な研究棟の警備やその他もろもろに人手を割かれてるせいで、ローテが厳しくなっていると。

それに、日帰りでの急ぎ旅は危険だ。迂闊な真似をすれば、二度と帰れなく可能性が大。

なんせ、首都イル・ファンとここガンダラ要塞を結ぶ街道に徘徊している魔物の強さは、かなりのもの。

ここいらの魔物3体を同時に相手すると想定した場合、精鋭部隊を4人程度は用意しなければ完勝は見込めないだろう。

「なら、その魔物を蹴散らしながら往復するお前はなんなんだ?」

「ただの医学生です」

「お前のような医学生がいるか!」

なに、失礼だなこの人。それにこれぐらい、元貴族の令嬢でさえやってのけるさ。

「ええ、最早令嬢じゃないだろそれ………」

何かを想像したのか、してしまったのかモンバーンさんの顔が青くなっていく。
あ、ぐったりした。

きっと2m超のメスゴリラみたいな姿を思い浮かべているのだろう。

あるいは、この要塞にあるというゴーレムににた令嬢型最終兵器みたいな。


(うん、今度会ったときにナディアに言ってやろ)


新しい喧嘩の種を考えつつ、僕は荷物の中から娘さんの手紙を届けてやった。

不機嫌な顔で受け取るモンバーさん。


「………助かる。しかしお前でも、一人ではここいらの魔物をまとめて相手するのは危険だろう?」

「師匠とのガチンコ勝負に比べたら億倍ましです。まあ、これもいい修行になりますしね」


あと、娘さん美人だし。奥さんも美人だし。

なんで、たまに家庭のことで悩んでいる門番さんを、相棒で今横にいる門番・弐型さんが睨んでいることがある。

もげろ、とか。


最近は掘るぞ、に変化している。え、なにそれ怖い。


「………尻が、なんかむずむずするな………ともあれ坊主、あれはどこまでいった?」

「ここまでですよ。ちょっと最近は打ち止めぎみですね」


と、腰につけている自分のリリアルオーブを見せる。

これは持ち主の潜在能力を覚醒させるためのアイテムだ。

戦闘を重ね、経験を重ね、強くなっていくごとに成長の種子が花弁のごとく開かれる力の華、といえばいいだろうか。


その内容は持ち主ごとに異なるが、人によって限界が違うという。一枚の限界層は9層。

で、一般人は3層程度で打ち止めらしい。普通の軍人で5層程度、近衛の精鋭部隊で8層程度まで。


比べて僕は、“2枚目”の1層めに突入中。ふつーに2枚目、とか出てきた時はびっくりした。

ふつうに日課としてイル・ファンとガンダラ要塞の入り口前までを往復していただけなのに。

ちなみに2枚目に突入しましたー、と伝えた時の門番さんの顔は忘れない。

「この最終兵器医学生が」とつぶやかれたことも。つーか、最終兵器て。なんていうことを言うんだモンペさん。



「っせ。じゃ、ありがとよ」



と、レモングミが投げられる。これも結構高いものなのに。




やっぱり、この人はなあ。ここは礼を言うべきか。











「ありがとう………さようなら、モブ」

「さっさと帰れ!」




んん、なんで怒るんだろう。

親しみをこめて、本名のモーブリアを略して呼んだだけなのに。



「いいから、ガキがこんなところに来んな! 大人しく医学校でお勉強しとけ!」





つまりは、学べるうちに学んでおけよ、と。


そんな、何だかんだいってお人好しな門番さんの言葉に、手を上げて応えながら。


僕はイル・ファンに帰るべく、足を踏み出した。





[30468] 3話 「今がかわる刻」
Name: 岳◆3d336029 ID:0347f440
Date: 2011/11/11 00:52
治癒術を使うには、3つの工程を踏破する必要がある。

まず、治癒術をかけるべき部位の特定。
次に、術者がその部位にマナを通せるのを確認すること。
最後に治癒術の行使、この3つだ。。

各々の技能の精度は、それぞれ鍛える必要があって。技能が高いものほど、その効力は高まっていく。
ちなみに通常の医師なら、この3工程を一人でやってのける。

だけど、学生の身ではその域まで至れない。特に一つめ、治療部位の見極めが難しいのだ。


だけど僕は違う。かつて自分を変えるため、必死になって勉強した人体の構造。
知識は、数年勉強した程度の学生よりも遥かに上だ。

「次。肘の関節の………そうそこです」

「分かった………っと、行きますよ」

患者は、転んだひょうしに肘を痛めた建築職人。

まずは僕が怪我をした時の状況を聞いて、触診。治すべき部位を特定すると、隣にいる医学生Aにそれを伝える。

あとは簡単だ。教えられた通りの部位に医学生Aが治癒術を行使した。マナが上手く通って行く。


「ちょっと出力強い。0.2ほど下げて」

「分かりました」

前もって決めておいた基準。その指示通りにA君が出力を下げる。すると、うまいぐあいにマナの通りが患部へと集中していった。

そのまま数分。僕は触診しながら患者さんに終わりましたがどうですか、と聞いた。

「ん………もう大丈夫なようです! いや、やっぱり第五医療室は仕事が早い! 他は今でも外で並んでいるのに!」

「褒めても何も出ませんよ? ああ、治癒は終わりましたが、3日は安静にしていて下さい。関節の怪我は厄介ですから」

「う、分かりました。それではありがとうございます」


顔をひきつらせながら去っていく患者さん。なんか、仕事の納期とか厳しいのかな。

それとも親方が怖いのか。まあ僕のしったこっちゃないけど。


「あ~、今ので終わりですよね?」

「はい。とりあえずは。これ以上は規定に反しますし、他の治療室の方にもいい顔はされませんから」

「それにしても、今日はけが人の数が多いですねえ。今の時期は特に観光客も少ないし、原因については特に思い当たりませんが………ありましたっけ? 何か怪我が多発するようなことが」

「私も思い当たりません。が………先程の方が言われていた言葉が気になりますね」

「………“微精霊”がいない、ですか。ジュードさんもそのあたりはどう思われ………」

と、そこでA君が言葉につまる。やっちまったという顔をする。

――――まあいいけどな、他の奴らがするような殴りたくなる顔じゃないし。

「で、でも微精霊がいなくなるなんてありえないですよね!」

「そうですよね! でも、確かに医療術の調整が難しかったですよ。いなくなったは大げさですが、その、少なくなったような感覚が………」

「僕にはわかりませんけどねえ。ええ、ちっとも分かりませんよ」

マナの動きなら分かる。だけど、微精霊の動きとか正直感じ取れんのよ。

現象となった精霊術なら肉眼で確認できるから見えるけど、接したこともない相手なんぞはなから想像の範疇なのよ。

って、僻んでないですよ。だから顔色を元に戻して下さい。別に貴方の事は嫌いじゃありませんから。好きでもないですけど。

と、僕の下降していく機嫌を察したのか、Aの野郎は慌てたように立ち上がる。

「お、お疲れ様です!」

と、頭を下げてすたこらと去っていくA氏。ちょっとからかっただけなのに、繊細な人だなあ。

あ、戻ってきた。そうだよな、業務日報書かなきゃならないもんな。僕に押し付けて帰るようならマジで睨むよ。

っと、僕はそろそろ帰るか。今日はバイトもないけど、ちょっと疲れた。

そうして立ち上がると、看護婦さんがねぎらいの言葉をかけてくれる。

「あ、ジュードさん、本当にお疲れ様でした」

「いえいえ、僕はただ指示を出していただけですよ」

マジで。言うが、医学生A君が看護婦さんの言葉に追随する。

「でも、患部の見極めは完璧にできていたじゃないですか! あと、マナの調整を細かに指示するなんて教授にも出来ませんよ」

医学生Aが興奮している。ってこれは演技じゃないか。いや、僕より3つは年上のはずなんだけど………この人は謙虚だなあ。

この医学校にしては珍しく、僕を奇異の目ではみない。大半は虫を見るかのような眼で見てくるのに。


ちなみに僕はそんな眼を向けてくる奴は無視する。

そのことを目付き悪いソバカスに言うと、「2点だ」と返された。ダジャレじゃねーっつの。



あと、A君が言っているマナの感知だが、あれは修行と一人旅の中で身につけたものだ。

調整というか把握は、身体能力強化の基本だからおろそかにできないし。特に自己強化が力量に等しくなる武器を使わない拳法使いだから、マナの調整こそが戦闘の基本にして奥義となる。

強化しそこねた状態で亀モンスター殴ると死ねるからね。で、拳を潰された拳士など医療術の使えない医者と同じだし。

「………」

「…………じゅ、ジュードさん、何でそんなに落ち込んだ顔を?」

「いえ、ちょっと自分の胸を自分で突き刺してしまって」

笑顔で言うと、引かれた。看護婦さんでさえ顔をひきつらせている。

っと、それよりもだ。

「ハウス教授はまだ戻られる気配がないようですが………今日はどちらに? というかそもそも、何で僕を?」


なんで僕を呼ぶのかあの人は。急すぎるし、何より“これ”は嫌だって前に言ったはずなのによ。

いくらA君でも、こうして治療を手伝うような真似は御免被る。教授がそのことを忘れるとも思えないし、何があったんだろうか。


「あ、すみませんハウス教授の指定でして。ジュードさん以外には任せられないと。その教授は、その、今日は………どうしても外せない用事があるようでして」

「あ~………それなら仕方ないですかねぇ」

そろそろ論文の結果が伝えられる頃だし。それに、あの人はこうと決めたら割りと他のものは見ない。

それに、教授という高い役職を持っているってのに、らしからぬフットワークの軽さを見せることがある。

椅子に座って指示してれないいのに、何かと自分で動きたがるのだ。


あとはあの年まで医療の道一本で生きてきたせいか、独自の価値観というか、視点をもっている。
経験とか関係なく、素質や才能のみで人を見るのだ。ここを任せたのも、僕ともう一人のA君が居れば大丈夫だと判断したからだろう。
この世界において精霊術を使えないというのは――――結構な眼で見られることになるのだが、ハウス教授はそんなの関係ねえとばかりに無視をする。

人間クサイところもあるんだけどね。いきなり突拍子も無いことをするときもあるし。
一年前は本当に驚いた。部屋をノックされ、現れたのは渋面を浮かべた中年。否、ハウス教授。
何事かと聞けば、「娘の誕生日プレゼントに行くからついてきて欲しい」とか。

いや、貴方教授でしょうに、相談する同年代のおっさん友達とかいないんですかと。
遠まわしに聞いて、その答えが「娘さんと同年代である僕の意見を聞きたかった」らしい。
友達の有無に関しては華麗にスルーされた。うん、やっぱり教授にまで上り詰める人間ってこんな風にどこか変だから、友達とかできなかったんだろう。

研究一本だもんなあ。論文を発表した先々月からは特に忙しくなった。文の評価はまだ得られてないが、国の上層部から及びがかかったらしい。

どこかのスポンサーがついたとかで、研究費も潤って、最近では今までに出来なかった研究にはりきっているらしい。

らしい、というのは僕はその件に関しては手伝っていないからだ。


何でも、精霊術を使える人でないと駄目らしい。




「しかし、論文の結果はどうなったんでしょうかねえ」

「教授自身、渾身の自信作だったようですけど………」






と、そんなことを話しているときだった。




医務室に突然飛び込んできた彼。僕を見ると少し顔を歪めたが、はっと我に帰るとそのばにいる全員に告げた。





ハウス教授の論文が、今年のハオ賞―――――研究者として最高の賞である、あの栄誉に選ばれたと。














「で、本人は何処だよちくしょう………」


ハオ賞の受賞を告げられた後。看護婦さんに、すみませんが探してきて下さいと言われた僕は、少し悩んだ。

だが美人の頼みとあれば仕方あるまいと、僕は快く頷いた。



「――――嘘だな」



伝えたかったから、頷いたのだ。何より、ハオ賞に選ばれるということは、ハウス教授の論文が正しいものとして受け入れられたということ。

その地位は最高位になる程高くなるし、研究も進む。僕の夢への道も縮まるかもしれない。


直接伝えて、興奮を分かち合いたい。

少し、打算も含まれているけどね。




「ソニア師匠………夢に届きそうですよ」



スタートラインに立てさえするなら、後は努力しだいでどうとでもなる。



でも、肝心の教授が見当たらねえ。


赴いたとされる研究棟に言っても、研究棟の衛兵は「もう帰った」の一点張り。

確かに、棟の退出者が書かれる紙にはハウス教授の名前がある。






だけど、何かが変だ。強いて言えば眼の前の衛兵。



(――――どうしてそんなに緊張している)



一般人ならわからないだろう。だけど、僕には分かる。

筋肉も、マナの動きもそうだ。いつもとは明らかに違っている。





まるで戦闘が起こるかのような。そんな緊張が見て取れる。





(だけど、この衛兵を殴り倒すわけにもいかんし)



目立ちすぎるし、何より犯罪だ。助手の立場を追われるのは本末転倒。



そう考えた僕は、素直に回れ右をして、また中央通りの中央広場にまで戻ってきた。





―――その時だった。






「っ!?」






急に風が吹いて。





“その風が通るにつれて”街灯の火が消えていく。






(――――精霊術。それも、かなり高度の)




街灯が消えた暗闇の中、一人思考を走らせる。


先ほどの風は不自然だった。特にどうというわけもないが、風というには“薄すぎる”。


あるいは、あの風に何らかの作用を持たせて、微精霊に干渉したのか。しかし、こんな広範囲の街灯を、さり気なく一気に消すとかそんなことが可能なのか?

そして、風にはマナが満ちあふれすぎている。

こんなの、見たことがない。つまりは――――


「普通の精霊術じゃ、ない…………?!」





突如膨れ上がった気配。






それは、膨大なマナの塊だった。





「っ、こうして考えてる場合じゃない」





思考に時間を割いている場合じゃない。この場はどうするか。




(…………衛兵に知らせる? いや、もう動いている。見れば橋の上に立っていた衛兵が何かを確認している最中だ………このまま医学校に戻るべきか? いや、今の時期に厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだけど、それは意味がない)



何かが起こっている。



ナディアの姿が消えたこと。

ハウス教授のこと。それに何より、衛兵の様子。あれは前もって何かを通達されている感じか?


いや、それにしては完全な戦闘態勢じゃなかった。要塞の門番さんも知らなかったようだし。



そこまで考えると、またマナの塊が大きくなる。


ここまで大きいと、その場所も感知できる。これは――――研究棟の方向!?



直後、爆発音。





「ちっ!!」







一歩目からトップスピード。踏み込み過ぎて板をへこまさないように、全力で広場を駆け抜ける。






その甲斐あってか、見ることができた。“水の上に残された、円形の何かを”



そして、その先にあるのは排水路だ。


―――“入り口の檻らしき鉄の格子が壊されている”と、頭につくが。







「………くそ」





水場の上に浮かぶ円形に向け、近くにある石を投げる。

予想通りに、円形の上に乗る。つまり、これは足場なのだ。

直後に消えて上にあった石は水の中に沈んでいったが、これはもう間違いない。






――――誰かが街灯を消して。その上で、川の上に足場を作りながら潜入して。

このいかにも頑丈な鉄の格子を一瞬でぶっ壊して、中へと乗り込んだのだ。





(化物かよ)



聞いたこともない術を使う相手。目的は何だろうか、と上にある建物を見る。



そこには、研究棟があった。





「くそ!」




毒づく。だか恐らく、迷っている暇はないだろう。


乗り込んだ人物の仕事は、それはもう“早い”はずだ。そしてこの研究棟には、あんな手練が乗り込むほどにヤバイものを隠している。




毒づきながら、僕は橋の上から飛んだ。


そのまま、落ちる。壊れた排水路の前に着地した。














―――――あとになって思う。あれが、選択した時だったのだと。






あの時の橋の上が、それまでの生活で。

降りることを選んだ瞬間、飛び降りた直後、それが音もなく崩れ去ったのだ。












あの日、僕の“日常”は終わりを告げた。










かくして、非日常が始まる。









迷惑な女神の、あまりにも急な来訪と共に。






[30468] 4話 「現在喪失」
Name: 岳◆3d336029 ID:0347f440
Date: 2011/11/11 00:53
水路に侵入して、最初に感じた気配は一つだった。

入り口の一本道から、右に曲がる角の向こう。だけど、それは警戒するに値しない。

戦闘者の練度はマナの制御によって分かる。素の筋力は確かに必要だが、マナによる肉体強化の恩恵はそれ以上に重要。ゆえに、相手を測るにはマナを見ろと師匠は言っていた。

それなりの使い手なら、高いところから飛び降りても足を痛めなくなる。また、ただの跳躍で身長の数倍の高さにまで飛び上がることができる。

――――そして、今まで出逢った戦う者達と比べ、目の前の気配はどうか。

(凡百のどこにでもいる衛兵だ。複数配置されているわけでもないらしい)

だけど顔を晒すのはまずい。隠れている手練が居ないとも限らない。

(ポケットにあるハンカチで、っと)

ハンカチを口元にかぶせる。あとは髪を下ろせば大丈夫だ。ちょっと視界が防がれるが、この相手ならハンデにもならない。

これで変装は完了。もう気にすることはないと、真っ直ぐに進んだ。


「おい、そこの………止まれ!」

当然の如く見つかる。こちらを見た衛兵が、武器である鉄の棒らしきものを構えた。

「はい、止まります。あ、こんばんは。夜分遅くにすみませんが、お伺いしてもよろしいでしょうか」

「―――は? えっと………違う! 怪しいやつ、何者だ!」

「どうも。この先が研究棟に繋がってるんですね? で、貴方はその警備と」

「そ、そうだが………いや、待て! ――――小僧!」

様子が変わる。戸惑い混乱から、決意と何事か含まれたものを秘めたそれに。

「一つ聞くが………来たのはお前一人でか?」

え、そこでその質問ですか。

ってそういうことか。ようするに始末しますが、ちょっと仲間が居ると困るので教えてくれませんか、と。

つーか話の運び方が下手な。敵意見せるのが早過ぎるし。構ってる時間も惜しい、手っ取り早くすませますか。

「勿論です。貴方ぐらいならそれで十分………じゃ、今日はこのへんで。聞きたいことは聞けました、ありがとうございます」


礼をしながら横を抜ける。衛兵はすぐには棒を振り下ろさず、そのまま通してくれる――――はずもない。


すれ違った直後、背後の敵意が殺気に変化した。

こちらを侵入者と、殺すべき敵とみなしたのだろう。あるいは侮られたと、怒ったのか。

どちらにせよ、衛兵の手に持つ警棒に力が入ったのは確かだ。握った手元からぎりり、と肉が軋む音が聞こえる。

間髪入れず、間合いを詰めてくる。衛兵の足が、下にある水を跳ねさせた。

そのまま、振りかざしたのだろう。敵意満面に、侵入者の後頭部を殴打すべく、高く振りかざされた鉄の棒。


輪郭さえも感じ取ることができる敵意。


――――だが、一連の動作の鈍さはブウサギにも劣る。

僕は振り返りもしないまま、ただ左足を軸に右足を一回転。


「あっ?」


後ろ回し蹴り。衛兵の顎に当る音と、間抜けな声が聞こえた。間もなく、衛兵はそのまま前へと倒れ伏す。

衛兵の身体が水を叩き、ばしゃりとうるさい水音が鳴った。


「遅ぇよ」


あくびも出ない。まあ正当防衛だし、いいか。


しかし、応援を呼ぼうとはしなかったな。きっとここは警備が手薄なんだろう。

気配も少ないので、あるいは穴場かもしれない。


行けると判断し、そのまま侵入することにした。


目的を整理しよう。

第一にハウス教授の確認。もしかしたら拉致されてるかもしれない。

「思えば、あのサイン………筆跡が違ってたな」

思い返せば、そうだ。あれはハウス教授のサインじゃない。なぜ、そんな真似をしてまで教授を研究棟に止めようとするのか。

どう考えても碌な目的じゃない。

で、第二の目的だ。それは、この研究棟の研究内容………もとい、成果物があればそれを調べること。

ハウス教授が関わってるなら………ちょっと、その、何を研究しているか見てみたい。


第三は、侵入者の確認。

あれだけの精霊術とマナは見たことがない。滅多に見れんだろうし、見ておいて損はない。

強者を見るのもまた修行って師匠も言っていたし。




「さて、行きますか」


向こうにも気配がある。あっちに何かあるだろうと、僕は歩を進めた。













暗い水路の中。梯子を登って抜けた先は、惨状だった。



「何か、こう………凶暴な魔獣が通ったあとのような?」


進んだ先には梯子があって、その前には衛兵と犬が居た。で、同じように昏倒させた後に梯子を登ったんだけど。







ああ、研究棟は美しいよ。そりゃもう美麗だ。税金返せってぐらいに。でも、周りにあるオブジェが気品を損なわせている。

そう、怪我をした人物が歩く度に残す血痕のように、いや通った痕跡というか。

おそらくは侵入者が通ったのであろう通路の上には、気絶している衛兵や犬の姿が。いや、何というか死屍累々。

ある者は地面に、ある者は通路の端にある欄干に引っかかって洗濯物のように、また在るものは積み重なったクッションのように。

そこかしこに無惨な姿で横たわっている。

「侵入者は………やっぱ一人かぁ。傷跡を見るに火に風に水、そして土………ちっ、全部使えやがるのか」

かなりヤバイ相手だ。倒れた者達の怪我のようすから、侵入者の異常っぷりが分かる。倒れている位置と川にあった水の足場を見るに、侵入者はたった一人。

そして、倒れている衛兵の位置。恐らく侵入者は、ある一点から放射状に、強力な精霊術を行使したに違いない。

一点を基点として、放射状に倒れているから、分かる。

そういえばさっきまでドカンドカン聞こえてたな。地下のせいか、それほどまでには聞こえんかったけど。

ていうか、一人で4系統全ての精霊術を駆使するとかどーよ。

旅の途中で何人か、盗賊や山賊まがいの真似をする反抗部族と戦ったことがあるけど、精霊術使いとも戦ったこともあるけど。

(それでも、一人で4種の術を使いこなしている奴なんていなかった)

加え、さほど時間もかけずに倒したということは、戦闘にも慣れているということだ。

戦うことにも躊躇がない様子。戦闘にかかった時間がそれを示している。この速度は、迷いを持っているなら無理な速さ。

つまりは、熟達した技量をもって、明確な意志の元に、襲い来るもの全てを倒した。

全員が死んでいないというのもまた嫌な点だ。短時間で倒しておいて殺していないということは、彼我の戦力差にかなりの余裕があったということ。

しかし、その侵入者の姿が見えない。

この惨状を生み出したバケモンじみた侵入者は、一体どこに行ったというのか。

そして、ハウス教授も。


(………思えば、教授の様子もおかしかったよなー)


なんとはなしに見せていた仕草。結論ありきで思い返せば、不審なものとして浮かんでくるから不思議だ。

論文の時からそうだった。共同研究ではないが、僕の理論の一部も用いているはず。数式もそうだ。

だが、特に僕に確認することもなかった。きっと教授はそれをきっちりと理解していて、聞いてくるまでも無かったのだろうと思っていた。

だけど、本当にそうなのだろうか。ハウス教授ほどの人物が出す論文に、大きな間違いは許されない。実際、2年前に出した時は一応だが僕に確認をとっていたこともあった。


今日の急な診察補助依頼も、考えればおかしい。

あの人はあの人で、無神経な輩ではないのだ。結論から言うに、常ではない対応を取らざるを得なかったということ。

何か、強力な権力か何かが働いているのか―――


「って推理している時間も惜しいな」


見つかるのもまずい、まずは進もう。




――――そう思った時、2階から爆発音が聞こえた。

2階の正面奥にある扉の隙間が、炎の灯りに照らされる。



「………おっかねえな」


侵入者が誰か知らないけど、こんな真正面から乗り込んで向かってくる奴蹴散らして。

あろうことか研究棟全てに響き渡るような爆発音を奏でる。自分の存在を、知らしめるように。

って、あ、また爆発した。

(………控えめに言っても豪快な。いや、ずいぶんとゴキゲンな賊らしいね)

つーかちょっと関わりたくない手合いだろ、これ。侵入っちゅーか侵略になってるよ?

何というか、爆発音に身体を揺らされて、うめき声を上げる倒れた衛兵がリアルだ。


あ、また爆発した。


「ってやべえ!」


見れば、一階の角にある扉の向こうから気配が。こちらに向けて、多数接近中。

………あの位置的に、研究棟の奥に続く扉か。どうにもまずいな、これ。


隠れるか。



















~???~




「くっ」



何なんだこの女は!!?


「ファイアボール!」


渾身のマナを込めた一撃。不意をついたそれは、女の横っ面に吸い込まれていく。

だが、直前でガードされた。マナの魔法障壁《マジックガード》で大半が中和されていく。

それでもちょっとは通っているはずだ。全部をガードされていることもない! なのに――――


(いや、問題なのはそこじゃない!)



「出ろ」




声と同時に、また。


   ・・・・
また、火の巨人が女の背後に現れて。





直後、超高密度の業火が襲いかかってきた。




「ぐっ!?」



マジックガードで正面からそれを受け止める。だけど、威力が強すぎる。

中和できない分が、アタシの身体を焼いていく。



「………クソ!」



火の精霊術で、真正面から撃ち負ける。こんなこと、あっていいはずがない!




それに、この女―――――気に食わない。




容姿。瞳。髪の毛。全てが整っていて。


そして何より―――――その胸はなんだ。


何なんだその胸は! っつーか何でムカツイてるアタシは!



(くそ馬鹿ジュードが!!)



馬鹿な男の顔がよぎっちまう。くそ、もう忘れたいってのに何で思い出させる!

アタシは陛下のために、って今は目の前に集中するべきだろ!





「ああ、クソ!!」




毒づいて落ち着こうとする。だが、無理だ。この女、服装もふざけてやがる。


なんて軽装だ。いや、そのマナの量を見れば納得できるかもしれない。





だけど――――気に食わない。






「気に食わないんだよッ!」




ムカつく、だから潰す!





「その胸――――ぐちゃぐちゃにしてやる!!」







「それは困る」



剣に力を込める。



対する女も、こちらのマナを感知したのか、今までにない真剣な表情で巨人を呼んだ。









「レイジングサン!」



稀有な才能を持つ術者が放つ、炎を伴った渾身の剣技と。




「イフリート!」




大精霊の一撃が、ぶつかる。






極大の炎が正面から衝突し、四方八方に爆裂した。











~??? side out ~


2階に上がっても誰もいなかった。

いや、あっちの部屋には絶賛死闘中のだれかが居るのだろうけど。

(うわ、なんか、これ、すげーマナが膨れ上がってますよ?)

衛兵など比べものにならないマナ。

こんな相手と戦うのに、誰かを守りながら、とかハンデ付きはごめんである。

ああ、ハウス教授を助けるまで出会いたくはないな。



だから反対の、2階の上がって右側の部屋に行こうと決めた。

ドアの前に立ち、入れるか確認しようとして――――



「な、侵入者!?」


踏み出す直前、ドアが開いた。

部屋の中と至近距離でまみえる。ああ、変な服を着ているが衛兵の類か。


その衛兵は驚きながらバックステップで一歩下がり、腰にある何かを手に取って、構えようとする。


「掌底破!」


だけど遅すぎる。退くよりも早く踏み込み、右の掌打を衛兵の胸へと叩きこんだ。

肉を打つ手応えが、触れた先から伝わる。同時に、衛兵が部屋の奥へと吹っ飛んでいった。

そのまま転がり、壁らしきものにぶつかってやがて動きを止めた。




――――らしきものとは、部屋の中は暗く奥まで見渡せないからだ。

灯りが消されているのだろうか。でも、真っ暗というわけでもない。






なんせ、部屋の横には、淡い光を放つ円筒形の物体が―――――







「え?」







物体が、あって。






その中に、ヒトが入っている。








「………な」






壁沿いに並ぶ、ガラスのようなものでできた大きな筒の中。その中に液体が詰められていた。

一緒に、人間も詰められている。中の人に外傷は見られない。

だけど、手足をぐったりさせて浮かんでいる。身体にも何にも、生きているなら自然とあるだろう力が、全然こもっていなくて。


                
呼吸の気配も感じない。何より、マナを感じない《・・・・・・・・》。



恐らく、ではなくて。

間違いなく――――死んでいるだろう。



一瞬でそれを理解する。







だけど、その直後。














それよりも遥かに、理解したくないものを目にした。











「………ぐ……マ…………ア…………ア…………だ………し…………な」







苦悶の声が聞こえる。見知った声が聞こえる。







ハウス教授の声が。





よりにもよって。ガラスの向こう《・・・・・・・》から聞こえる。






意味を理解すると同時、すぐに駆け寄る。






「教授!!」






教授が閉じ込められている。一瞬混乱するが、すべき事を見極める。

教授の声は、液体の中に居るせいだろうか、この筒のせいだろうか、声も通らない。

口から水泡を吹き出し、今にも死にそうな形相を浮かべている。

そして、身体からは多くのマナが溢れ出している。


搾り取られていると言った方が正しい表現か。教授の身体から抜き出されたマナは、発生すると同時に何かに吸い取られ、そのまま跡形もなく消え去っている。


(な、んだこの装置は!? いや、考えるのは助けてからだ!)




死なせない。思いと共に、拳に力を入れた。



「このままじゃ………下がって、教授!」



マナの枯渇は死を意味する。こんなところでこの人を死なせるわけにはいかない。



僕は迷わず、拳を振りあげて一息ついた。




「ハアアアアッ!!」




そして叫ぶと同時、渾身の一撃を円筒に叩き込んだ。



しかし、拳の先から返ってきたのは、予想外の“硬い”手応え。



その手応えが告げる予感は嫌なもので。そして、予感に違わず、円筒は割れてくれない。





(これは、見かけ通りの材質じゃない!?)




ガラスとは全然違う。一体何で、できているのか。


だけど考えず、まずは割る方を優先すべきだろう。


バックステップで下がり、助走の距離を取って、拳の先にマナを集める。


割るべきは眼前の檻。ガラスの数十倍の強度があるだろう、未知の物質。



(だけど、渾身の一撃ならば!)




一歩踏み出して。限界まで高めたマナと、気合の声の終わるが共に



「ハ、アアアァァ――――ッ!」






渾身の一撃が、その檻をぶち破った。






亀裂が入り、筒が割れる。


流れ出る水と共に、教授の身体がこちらに倒れこんでくる。




それを腕で受け止めると、必死に叫んだ。





「教授!」




マナが――――ほとんど残って無い。

まずい、このままじゃ………!






「教授! 教授!」




叫ぶ。








「あ………ジュー、ド、君?」


「はい! 教授、今すぐ治療を………」


「む、だだ。も、どうにも、ならんよ」


「教授!?」



叫ぶ。だけど――――確かに、マナが足りない。


人に流れるマナは、あるいは血に等しいもの。


無くて生きられる、ものでもない。


その意味を理解する。してしまう。


ああ、目の前の光景と意味を理解している。でも、こんな結末を理解したくない。





「す………まん。だま…………ヘイベル、スイセ………す、まん、ジュー………だま………して」




娘の名前。奥さんの名前。そして、僕の名前。





「すまない…………」






掠れる声の、謝罪の言葉。








それだけを、遺して。









ハウス教授は、輝く液体の中に。空気のように、消え去った。









「…………あ?」






無くなった。亡くなった。失くなった。







「あ、ああ…………」






死んだ、死んでしまった。




(え? どうして? なんで? こんなところで?)


ここはイル・ファン。首都で王都。平和な、はず。少なくとも教授にとっては。


ああ、そうだ。一時間前までは、幸せな状態があったんだ。





偉大な賞の、それを祝って。


告げて。喜んで。教授も、報われて。僕も、報われるはずで。






でも今は、全部が消えた。







(どうしてなんでこんなありえない今までの努力はなんのためにベルお嬢にはなんとスイセさんにはなんてなんでしんだしんだなくなったいなくなったなんでこんなことに逝ってしまった僕を、娘さんを遺して!?)




思考があふれた。山のような言葉が胸の中を暴れる。身体の中のマナも。


亀裂の入る音がする。度を過ぎた肉体強化に、筋肉が軋む。


だけど痛みを感じない。その余裕さえ、無い。痛いのは理解しているが、それよりも優先すべきことがあると身体が麻痺しているのだ。


言い表せない感情が決して広くはない心の内を駆け巡り、その度になにかが削れていく。



「なん、で――――――っ!?」



言葉が、痛覚と音に消された。鋭い痛み。何か、小さい石のようなものが米神を打ったらしい。




「侵入者が――――これで!」




見れば、衛兵だ。さっき殴り飛ばした衛兵が、こちらに向けて細長い円筒状の何かを構えている。


そこから何かが飛び出て、僕の米神を打ったのだろう。


だけど、致命傷には程遠い。全然、足りない。足りない。足りない。




「ああ…………」




三半規管を揺らされたのか、視界が歪む。平衡感覚が掴めない。



だけど、そんなものに関係があるのか?


自問して、否と答えよう。そうして、任せて身を投げた。




――――この、抑えがたい、黒く視界を染め上げる感情の濁流に。












~衛兵 side~


「な………!」


撃った。確かに直撃した。まともな人間なら死に至るはずの一撃が、まともあたったのだ。


だけど、少年は。侵入者の少年は、転がるだけですぐに立ち上がった。


そして、こちらの方を見る。


「ひっ………!?」


いや、見ていない。見てはいない。ただこちらの方に顔を向けているだけで、見てはいない!

そうして、踏み込みは閃光のようだった。だけど、とっさに反応できた。構え、引き金を引く。直後に、構えた武器の中から高速の鉄の弾が打ち出される。

まずは避けられるはずのない一撃。



          
だけど、少年はそれを拳で払いのけた《・・・・・・・》。


          
ガキンと音がなって、殴り飛ばされた《・・・・・・・》弾が壁面にめり込む。




有り得ない光景。



驚く前に、俺の意識は散った。






~衛兵 side out~













得体のしれない武器。だが、それがどうした。関係もない。


一度受ければ、形状を見れば、その性能を看破するなど容易い。


ならば同じ。拳で当てるのも同じぐらいに簡単なことだ。


打ち出されたものを弾き、そのまま直後に間合いを詰めきる。

そして、“それ”を手で払って横に逸らしながら、その手首をつかみとる。



――――意識は怒りに凍てついている。まともな思考など夢のまた夢。だけど、身体は技を覚えている。


本能と身体に行動を任せる。


両者が叫ぶのは、即ち敵の撃滅。


呼吸と同じように手馴れた様子で身体が動く。

握った手首を捻りながら足を払い、すれ違いざまに突き上げの肘を上げて、“打ち上げる”。


『巻空旋・改―――』


本来ならば風の精霊術を応用し、敵を投げ飛ばす術。

だかこれは違う。風が使えない僕なりの工夫をこらした新しい技だ。


打撃と関節技を混合させた投げ技。


そうして、相手の腕が折れた感触が肘に走り。


みぞおちに打った一撃の感触で、消えた衛兵の意識を悟る。




だけど、この技にはまだ続きがある。投げ技の本質は、相手を崩すことだ。


崩した相手に追い打ちをかけるのは戦闘における基本。


当然の如く、投げの後には追い打ちに繋がる技があるのだ。


(――――追牙!)



見れば、目前には落ちてきた首筋。衛兵の、敵の無謀な延髄が目の前に見える。




これを回し蹴りで蹴り飛ばせば、人ならばひとたまりもないだろう。まずもって生きてはいられない。





胸を走る黒い衝動に駆られ、一歩、踏み出す。





(…………っ!?)





――――だけど踏み出したと同時に、師匠の声が頭に響いた。



それは、師事する前の決まりごと。約束。そして、僕にとっては絶対に遵守すべき教え。


人を殺せる技。それを学ぶ上で、師匠は言った。






『………決して、憎しみのままに。そして絶対に、自分の八つ当たりなんかで人を殺すんじゃないよ』





懇願するかのような声だった。それを思い出し、同時に身を支配していた殺意がはじけ飛ぶ。





追撃を受けなかった衛兵が、地面に落ちて倒れ伏した。





「は…………はは」




僕も地面に座り込んだ。とたん、全身が汗を覆う。身の底すらも冷やすかのような、冷たい汗。

今、自分が何をしようとしていたのかを思い出し、身体が震えた。

だけど、混乱が収まるわけもない。一体、この短時間で何があったのか。起きてしまったのだろうか。


思い返すも、わからない。ただ理解できるのは、まだこの胸の内に残るどす黒い欲情。



フラッシュバックする。閃光のように浮かんでは消える光景。



――――故郷の風景。

―――子供。

――猿のように偉ぶるやつ。

親父。

母さん。

レイア。




そして、ソニア師匠。





思い出したが故に、最悪な気持ちに陥る。湿地で転び、泥の水を飲んでしまった時よりもひどい。


気持ち悪さが全身を犯している。それと同じくして、やり場のない怒りと、失った夢への絶望が胸を締め付けている。


何かに当たりたい気持ちが、思考を独占する。








――――直後に、自動で閉まっていた入り口のドアが開かれる。










(――――ああ。良いところに)






姿を確認する前に駆けた。敵か誰かも分からない内に、戦闘の意志を固める。





ただ、自分が八つ当たりしたいがために。殺しはしない。だけど、この身は今は収まってはくれない。







「っ!?」





驚いた誰かが、こちらに向かって腕をかざしてくる。迎撃の術を放つのか。


それを見ながら。

襲撃者たる僕だけど、素直に思えた。


(………綺麗だな)



逆行で顔は見えない。


でもこちらに向けて伸びされた指は、まるで白魚のように美しいものだったと。





[30468] 5話 「未来発心」
Name: 岳◆3d336029 ID:0347f440
Date: 2011/11/11 00:55
思考が、加速する。相手を認識するより前に倒せと、本能が叫ぶ。


それに抗わず走る。一歩、二歩、先手を取れる状態でできるだけ距離を詰められるように。

ああ、相手が精霊術を使おうとしているが、そんなものは関係ない。

彼我との距離はそう遠くなく、このまま走れば詠唱完了までには一撃を与えることができる。




そう思っていたが、突如悪寒が背中を走る。




(詠唱を、して、いない?)



霊力野にマナが奔っているのが分かる。だけど、詠唱の声が聞こえない。

それは一体、何故なのか。



「――――っ!」


だけど、考える前に跳躍することを選択した。

走る勢いそのままに、斜め前へと高く跳躍する。そして、それは正しかった。



「ウインドカッター!」



翻った腕と同時に、風の刃が先ほどまで居た場所を薙ぐ。切れ味は鋭く、そのマナの量は見たことがないほどに膨大だ。

なにより、詠唱を必要としない術とは何なのか。ナディアでさえ、あの規模で精霊術を使うためには、多少の詠唱を必要とするというのに。

あいつのフレイムドリルとも違う、剣に纏わせたわけでもない。正真正銘の、無詠唱精霊術。


(長引かせるのは、まずいな)

無詠唱で何が出てくるか分からないのなら、多くは避けられまい。

だから、その前に倒す。


そして跳躍する勢いのまま、敵の頭上にある入り口の上にある壁を蹴った。


そのまま、地面に向けて加速する。



――――飛天翔駆。



本来ならば、飛び上がり、突っ込んだ上で相手を蹴り飛ばす技だ。


それを落下の勢いのまま、こちらを見上げている敵の肩口めがけで放つ。




「チィッ!」



――だけど相手は前転して回避した。その反応も動きも、かなり鋭い。



空振った足で着地。衝撃が走るが、マナで強化しているのでどうということもない。



だから、一歩前に。前転で逃れた相手に、踏み込んだ。


相手の意図も同じ。着地の隙を突こうとしたのだろう、剣を振り上げ、踏み込んでくる。



「はっ!」


振られた剣は――――ただ、速かった。

だけど速いだけ。技術も何もない、速度を重視した振り下ろし。


こちらの拳は届かない間合いだが、ただ防御するのも芸がない。

迎撃を選択する。マナをこめた右の拳で、相手の剣を受け止めるために。

軌跡を見切り、拳を振る。得物が互いの中央で交差し、こちらの拳と相手の剣が交した。


勢いはほぼ同等。共に弾かれ、一歩後退する。


だけど、それでは終わらない。体勢を整えるのはこちらの方が速い。



(―――?)


違和感がある。コレほどの使い手なら、もっと剣技や体捌きのスキルは上のはずだ。なのに――


(あとで考えるか)


今は何しろ殴りたい。このやりどころのない怒りを、ぶちまけたい。

だから一歩前へステップで踏み込むと同時に。また、正面から切りかかってきた渾身のマナをこめて掌打。



「っ!?」



相手の驚く声が聞こえる。それもそうだろう。なにせ、打ち出した剣が衝突した瞬間、横に滑らされたのだから。


やったことは簡単だ。マナで固めた掌で受け止め、そのベクトルを横に向けた。

そのまま剣を流され、相手はバランスを崩す。空振りに等しい勢いで、相手の重心の崩れる。


同時に、一歩前に出て掌底の一撃を胸元に突き出す。


――――だけど、そこに敵の姿は無かった。


「ハッ!」


右側面から、声。混乱する思考を抑えつけ、声のした方向へと腕を突き出す。

同時に、交差した防御の腕に衝撃が走るのを感じた


(逸らされると同時、横に飛んでいたのか!)


あのままではやられると見て、咄嗟に横へと飛んだのだろう。

大した反射神経だ。技術は熟達していなくても、反射神経は常軌を逸している。

まるで大気をそのまま感じ取っているかのようだ。

だけど、速いだけの一撃に当たってやる謂れはない。マナで固めた両腕を交差して、正面から受け止める。


そのまま。間近で、相手の正体を確認する。





(―――女!?)






ああ、確かにそうだ気合の声は女の声だった。


そして、目の前に見える体躯。つーか胸でけー。


それに、さきほどの指もそうだ。白い、汚れのない手。



―――しかし、女なのになんだこの馬鹿力は。



(このままじゃ押し切られる)


それを待つほど僕も馬鹿じゃない。

考えるのと行動は同じ。まずは、押されるままに、下へとしゃがみこむ。


「なっ!?


押していたところを引かれた相手の、バランスが崩れたのを確認。

自分の重心位置と同じ高さならともかく、下に剣を引っ張られればその分バランスは崩れるのは必然だ。



その隙をついて、足払いを一撃。


―――劣化・転泡。


本来ならば、水の精霊術を応用した一撃。だけど無い今は、ただの足払いにすぎない。

だけど崩した上での一撃ならば十分にすぎる。しかし、手応えは返ってこず。


相手がいないのだから仕方がない。また尋常ならざる反射神経でバックステップ、こちらの足払いを回避したのだ。




(勘もいい、な!)



不意をついているはずだけど、その尽くが外れる。おそらくは、戦闘経験がも豊富なんだろう。





と、考えているところに手が突き出された。

赤い炎がみるみる内に広がっていく。


「フレアボム!」




「うあっ!?」



そして、紅蓮が集うと同時に大気もろとも爆裂した。

ガードが間に合わず、後ろへと吹き飛ばされる。



(――――来る!?)


マナの増幅を確認した。



「穿て、旋風―――」



詠唱する声も聞こえる。


開いた距離と、こっちの足払いによる硬直時間。

体勢の立て直しの時間差を利用して"決め"の詠唱術を叩きこむつまりだろう。


そのマナの量は凄まじく、これを受ければひとたまりもない。



(だけど、それは悪手だろ!)



距離は離れている―――――だが、それがどうした。



気付かれないように内申でほくそ笑む。指摘してやる義理もない。

ただ一歩踏み込み、拳にこめたマナを前へと放つ。



「魔神拳!」



「なっ?!」



拳術においては、基本も基本の遠距離技。それはただ、拳に溜めたマナを前方に放つというもの。

だけど、遠距離攻撃はいつだって重要だ。知らない相手こそ、不意をつける。


違わず、虚をつかれたで相手に魔神剣が直撃。


霊力野《ゲート》にマナを割いていたのか、防護のマナが薄い。威力に押され、相手が仰け反った。




(―――チャンス!)




この隙を逃す手などない。後ろ足を渾身に踏み出した。超低空での、前方への跳躍。そのまま着地すると同時に踏ん張った。


足元にある液体が滑る。そのまま床と足の底の摩擦係数はほぼゼロとなった。


しかして前へ踏み出したベクトルは消えず、僕は"踏ん張ったまま前へと進む"という奇妙な体勢になる。


だけど、これがいい。




(これなら距離を詰めたまま、マナの防御《マジックガード》を発動できる)




例えさきほどのような、無詠唱の精霊術――――魔技と呼ぼうか。それを撃たれても、ガードで防げる。


そうして、距離を詰めた後に一気に決める。だからここで、例えどんな攻撃が来ようとも防いだ上で反撃を決めてくれる。







だけど、その考えは甘かった。





「イ、フリートォッ!」





ガードなど関係ないとばかりに。




炎の人のようなものから放たれた暴虐の炎熱波が、目の前を覆いつくした。














~??? side~



今日、3度目のイフリートの一撃。燃え盛る火炎が、衛兵だろう相手の身体を包んでいく。



(………手強かった、な)


剣を下ろし、ひとりごちる。ここは何というところ魔境か。

まず、一人目。隣の部屋に居た女も強かった。かなりのマナを使わされ、最後の一撃には手傷を負わされた

この二人目はそれすらも上回っていが。

このような強者を二人も警備に回しているとは。ここは、それほどに重要なものを隠しているのだろう。


実際に―――国の研究所で、というのは初めてだ。黒匣《ジン》がこんなところで開発されているとは、今までにない。


ウンディーネの助言に従い、万が一を考えて裏から潜入を行ったのは正しかったということか。

いつものように正面突破をしていれば、無駄にマナを消費する戦闘を続けた後ならば、もしかすればマナが尽きて四大を使役することが出来ずにやられていたかもしれない。

特に目の前の少年は異様にすぎる。敵意なき戦意と言えばいいのだろうか。だけど純粋な戦闘能力で言えば今までに戦った誰よりも上だ。

殺気は無かったが、見せつけられたマナの黒さは、人にあっては珍しい程に深かった。

体術も十二分に練られていた。身体能力強化はあるが、それに頼りきらない技術。剣技ではない、道具も使わない相手がこれ程に厄介だったとは。

全身を駆使して打倒すべく襲い来る者。道具で補う"あの組織"とは全く違う方向性だ。いや、人間とは面白いものだとつくづくに思わされる。


(しかし、危なかったな)


奇襲からの一連の動きは今までに見たことがない程に鋭かった。

随所で見せつけられた技術は、心底肝を冷やさせられたものだ。



(だけど、これで…………!?)



終わった、と。あの一撃を受けて、耐え切った者などいないがゆえに。思い込んだ心を、修正するしかない事態を目の当たりにした。


剣を握り直し、勝ったつもりになっていた心を叩く。そして再び気持ちを引き締め直した。





――――――何故ならば。






「い、ふりーと? え、なに、四大精霊…………え、偽物? でもこの威力は………って熱ぃ!!!」




少年は、口に巻かれていたハンカチが燃えただけ。大きなダメージもなく、依然にかわりなくそこに立っているのだから。







~??? side out ~




――――急激に頭が冷えた。

イフリート。炎を司る大精霊。20年前にいなくなったとされる、四大の一。



(おーけー、まずは落ち着こう)


下に投げたハンカチ、燃えている部分を踏みつけて消す。

そして、目の前の人物を改めて見る。



(――――違うな)



衛兵の類じゃない。

目の前の女の瞳は、僕にも分かるぐらいに――――澄み切っている。

間違えても、こんな研究に協力するような人物じゃあない。


と、そこで思いついたままに質問する。


「アンタも、侵入者か?」


「………も? どういうことだ、お前はここを守る兵士ではないのか」


「違う」



とは言っても、一概には信じられないのだろう。油断せず、剣を構えなおした。



「どう言えばいいか………」


取り敢えず両手を上げて降参の意志を示す。

―――頭が冷えた。否、急速冷凍された今は、無闇矢鱈に拳を振るいたくはない。


敵でない女性を殴るのは、趣味じゃないからだ。


でも、相手はやる気満々だ。それもそうだろう。いきなり殴りかかられたのだから。

途中にいきなり“違う”と言われても、納得はできない。


「……一応聞いておく。お前は侵入者じゃないのか? ならば、何故こんなところに居る」

「教授を助けに。でも――――」

と、割れたガラスケースのようなものを見ながら、言う。


「来るのが遅かった。溶けちまったよ、全部。身体ごと持っていかれちまった」


思い返す度に、得体のしれない感情が沸き上がってくる。

悲しみか、あるいはもっと別のものか。

そうしていると、女性は剣を下ろした。



(―――え、もう?)


まさか、今だけのやり取りで信じてくれるとは。

と、その時の僕は間抜けな顔をしていたのだろう。女性はため息をつきながら言う。


「………嘘は言っていないと判断した。その教授とやらも、気の毒だったな」


何というか、凛とした声。同情ではないことに感謝した。


「それで、これからどうする? もう目的は果たせないだろう。出口ならば、この先に良い抜け穴があるが」

「僕もそこから来た。というか、街灯樹消したり、水の上に足場を作ってたのはアンタだよな?」

問いに、女性は頷いた。

「そうか………なら一緒に行かないか」

「一緒に、だと?」

「ああ。教授をこんなにした、この研究の目的を知りたい」

思い出しただけで頭が痛くなる。それに、奥さんと娘さんに一体何と言えばいいのか。

少なからず面識のある女性だ。悲しみに歪むであろう顔を幻視すると気が滅入る。

だから、せめて詳細を。話せない内容かもしれないが、このまま逃げることはできない。

また別の意図があることも確かだけど。

「それで、知った上でどうする? 有用ならば利用するのか」

「いや、ぶっ壊す」


即答する。


と、女性は目をきょとんとさせた。



(つーか美人だな、おい)



落ち着いて見てみる。で、結論。


(何この人パネェ)


アグレッシブな髪型をしているけど、それは彼女の魅力を損ねるものではない。むしろ何か似合ってる。

っつーかスタイルがパネェっす。レイアやナディアとは明らかに違う、実に豊かな山麓をお持ちで。


「ぶしつけな視線を感じるが………おいておこう。それより、何故壊すことを選ぶ?」

「趣味じゃねーから。あと、これでも医者の端くれなんで」


人を傷つける研究なら、それを無くすのが医師たる者の役割。

とくべつ今更、正義感を振りかざす気はない。だけど、それでも人体実験で無差別に殺すという行為は認められない。


「趣味じゃない、か」

「嘘じゃないよ? ぶっ壊す。踏んづけて踏みにじって、開発者までぶっ飛ばす」

「疑ってはいない。だが………君は面白いな」

「アンタみたいな人に言われるとはね」


四大を使役するこんなけったいな美人に、苦笑まじりで変な人呼ばわりされるってどーよ。



(まあ、全てが“本音”ってことでもないけど)


意図はある。仇をうつこと。そして、僕の夢を―――ぶっ潰してくれたこと。


殺しても飽きたらない。でも、他に道が見えたのでその憎悪は保留する。



でも、まあ、この場においては。


まずは――――証拠を示せと言われる前に、示してみるのが最善。



(都合よく、衛兵さんもやってきたことだし)



足音が部屋の中に来る前に、左手で顔を隠す。

片手が不自由になるが、この程度のレベルならばそれすらハンデにならん。





「いっちょ強行突破と行きますかね」


「そうすることにしよう。それで、君の名前は? ――――私は、ミラ・マクスウェル」


剣を入り口の方に構えた女性。ミラが、横目で名前を聞いてくる。

同じく、こっちも構えながら横目で視線を受け止め、答える。



「ジュード・マティス。でも、ここ脱出するまでは呼ばないで――――」



そこで思考が止まった。





え、なに。ミラって良い名前ですね、って違う!!





「マクスウェル!?」



「声が大きい! それより、来るぞ少年!」




見れば、衛兵の団体さんが部屋の中へと押しかけてくる。

対する僕達は、一歩前に出て応戦を始めた。














思えば、この時は露程にも予想していなかった。


この奇妙で猪突猛進なお姫様と。この先長きに渡るあいだ、共闘することになるとは。









おまけ

↓題名候補のひとつ。ボツネタ。ある意味NG的な?

エクシリアというタイトル名は、天文学的な数を意味する英語、「zillion」より多く、という意味と。交差する、という意味をこめて「xillion」(エクシリオン)で、エクシリアになったという。


では、それが例えば「million」だったらどうか。





―――テイルズオブミリオネア?



ローエン「ファイナルアンサー?」

ジュード「ファイナルアンサー!」

ローエン「…………………」

ジュード「…………………」

ローエン「…………………」

ジュード「…………………っ」



ローエン「………残・念《グランドフィナーレ》!!」



ジュード「ぐああぁぁぁ!?」


ローエン「金は命より重い………ゆえに、失敗は死と心得るがよいでしょう!」



以上。勢いで。金の重みを知るRPG。
っつーかこの爺さんって無職歴が長すぎね?
使用人になるまで、かなり時間が空いていたような気が。
昔は金に苦労してそうな。年金も無いだろうし。




[30468] 6話 「賢者の槍」
Name: 岳◆3d336029 ID:0347f440
Date: 2011/11/11 00:56
とりあえず、狭い部屋を強引に脱出。

途中で相手の仮面をはぎ取り、装着。

これで正体不明のアンノウン誕生。我が名は不審者Aなり。雑兵よ、我が拳に頭を垂れろ。

そのまま1階へと降りると、増援とかち合った。数は30程度。

迂回した衛兵が後ろから来たせいで、はさみうちになる。それほど広くない通路で囲まれてしまった。


けど、そんなの関係ねえ。

数で潰そうとしているようだけど――――ゼロに何をかけてもゼロだ。


だけど、後ろから小突かれるのは鬱陶しい。

後ろを向きながら、僕は提案する。

「僕は後ろの方を」

「ふむ、私は前ということだな。ああ、後ろから襲ってはくれるなよ?」

「そっちこそ。それより、まさか――――ひとりじゃ無理なんて言わないよな?」

「問題ない。君の方こそ、ひとりで大丈夫なのか?」

「こんなの物の数じゃない」


アナタ程の手練ならまだしも、この程度の的など脅威ですらない。

ああ、これは誤字じゃない。正しく、的《まと》だ。


「貴様らぁ!」

「侵入者風情が侮ってくれたな!」

「ワン!」

一般衛兵プラス雑魚魔獣さんが怒ってる。

けど、何でだろう。

(本当のことを言っているのに怒るとは、人間がなっとらんですよ)


この犬も犬で、それなりの速度持ってんだから機先を制するべきだろうに。

彼我の力量差を全く把握できていないのか、まったく。


そんなことを言っているから―――こうなる。


「な!?」


前へ、ステップ2つで一気に間合いへと踏み込む。予想外の行動だったのか、馬鹿の動きが止まった。


「獅子戦吼!」

まず僕の獅子が飛ぶ。吹き飛ばされた前衛の衛士が、後方の衛士を巻き込んで吹き飛んでいった。

「ウンディーネ!」

後方で、激流が飛んだ。後ろも同様の惨状が広がっている。


(ってこのマクスウェル子さん遠慮が無いっす)

互いの持ち技確認しあう暇がなかったから、何使えるか分からないけど………この人マジで四大を操れんのな。


さすがはマクスウェルってこのなのか?

考えながらも取り敢えずは目の前の雑魚を殴って蹴って投げる。


「グボォゥア!?」

「一撃!?」

「ちょ、はや」

「どうしろってんだ―――?!」

「ウボァ!」

「応援を、応援を――――!」

「やめて―――!」

「キャイン!」


軟弱な衛兵と魔獣が仲良く悲鳴を上げて気絶していく。

殺しはしない。でも、手加減なんかしない。まとめて地面を舐めてもらう。


ここでどのような研究が行われてて、自分たちが何を守っていたのか。知らないとか言われても、納得できるはずもない。

さっき発散できずに溜まった憎悪。あんたらで、晴らさせてもらう。


「っ、遠くからの精霊術なら――――「魔神拳!」っ、いやぁ!?」


拳から発したマナの塊で、前衛もろとも術師を吹き飛ばす。その程度の精霊術なら当たってもそれほど痛くないし、

意味はないんだけど――――ムカつくから優先して叩く。


と、背後にまた強大なマナを感知。



「シルフ!」


風の塊が"障害物"をなぎ倒していく。

というか、マナが大きすぎるから、そっちの方に驚いてしまう。


(四大を統括する精霊にして偉大なる大精霊、マクスウェル様か)


実際に眼で見る前なら、一笑に付していただろう。でも、あのマナと四大を使役する姿を見せられたら、納得せざるをえない。


(それにあの傍若無人っぷりも。あんなに容赦なく人を薙ぎ倒せるような女性なんて、他に知らな
 ………あれ、結構いるね?)


取り合えず3人の顔が浮かび上がった。それが誰かは、あえて言うまい。


(って、なんだ。女性ってそういうものだよね)


別のベクトルだけど、理不尽の塊だよね。

女性(笑)ってつきそうだよね。師匠以外は。


「………いま、なにか不愉快なものを感じたのだが?」


前方の的を全て倒したのだろう。振り返って、そんなこと言ってくるミラ女史様。

そういう妙な所で勘に鋭いのもマクスウェル様の特権か………いや、師匠もレイアもそうだったな。ナディアも。


「つまりは普通の女性――――っと、これでラスト!」


お茶をにごした返事をしながら、最後の的を殴り倒す。

腹を打たれた最後の衛兵は、打たれた箇所を抑えながら地面へと倒れこむ。


「うし、これで取り敢えずは状況クリア。あとは研究所の奥まで前進あるのみだね」

「………そうだな。いや、戦闘せずに済んで良かったよ」


お互いにね。力量差はほとんどないから、どう考えても手加減抜きの殺し合いになってたし。



「取り敢えずは増援が来た方に進みますか」
















増援倒した奥のドア。開くと、またおかわりの増援の一団が襲ってきた。

でも特別強い個体がいるわけでもなし、さっきと同じようにボコにして適当に片していく。

「で、はいしゅーりょー」

「………分かってはいたが、君は本当に容赦ないな」

「ノームでなぎ倒すマクスウェルさんには言われたくないねー」

「固まっている団体を鋭い回し蹴りでなぎ倒す君にも言われたくはないが?」

「僕はあくまで常識的な範疇でしょ。ていうか、本当にマクスウェル? いや、あれ見せられたから納得せざるをえないんだけど」

「私はマクスウェルだ。それよりも、君は………何故、精霊術を使わない?」


あー。

やっぱ、そう来ますか。

「非力な人間の身でも、君は上位の部類に立つほどの腕だろう。それほどの腕を持つ人間なら、戦闘に精霊術を戦闘に盛り込んでいると思ったのだが?」

「………それは、まあ」


って………正直に、答えてもなあ。


まず、信じないだろう。なにせ相手は4大の上位。嘘を言っていると思われるのがオチだ。

というより、初対面の相手に誰であろうが、『私は精霊術を使えません』なんて言いたくない。

それに、相手はこっちを完全に信用してない。変な事を言えば、怪しまれるかもしれない。ここでまたガチの殺し合いはごめんである。


(精霊術のこと、使えないこと………その原因に心当たりがないかを、大精霊に聞きたいんだけど)


この場でいきなり聞けるようなことでもない。さっきのやり取りと今のこの距離を見て分かるように、マクスウェル子さんはこっちをまだ疑っている。

それはまあ、当たり前なんだけど。でも、だからこそこの場でうかつな事は言えない。逃げられたりしても困る。

これを逃せば、ひょっとすれば二度と会えないかもしれないのだから。なんせマクスウェルが人間の形を取っているなんて、はじめて聞いたし、見た。

きっと普段は存在しないとか、未踏の秘境に閉じこもっているのに違いない。ここは慎重にならねば。落ち着いてからでも遅くはない。

もしかすれば偽物かもしれない。天才精霊術師とかで、4大をそれぞれ召喚できる人間であるかもしれないし。


「ふむ、どうした?」


だから、差し障りない範囲で言い訳をするのが吉か。


「精霊術は苦手なんだよ。それよりも相手を殴る方が上手だから」

「殴る方が………それは、なんとなく君らしいな」

「……ノーコメントで」

納得はええな、おい。まー誤魔化せたからいいか。

「では医療術を使えないのも」

「………あー、あー、聞こえないー」


―――なんとか。なんとか、踏みとどまる。知らないから聞いてるだけだろうし、ああくそムカつくけど。

ムカつくけど、我慢する。だってそれは当然のことなんだから。医学生でも、医の道を志すものが医療術を使える、なんて当たり前のことなんだ。

………いや、話題を変えよう。このまま行くとまた戦わなければならない事態になるような気がする。

具体的には喧嘩を売ってしまいそう。


「えーっと。それよりさっきのカードキーなんだけど」

唐突に「使い方は分かるか」とか聞いてきたけど、マクスウェル特製の万能鍵とかあるのだろうか。

聞いてみると、マクスウェルさんは首を横に振った。

「そんなものはないさ。これは、君と戦う前にやり合った手練の衛兵が持っていたものでな。戦った時に落としていったので、拝借した。卓越した火の精霊術を使う奴だったよ。女にしては口が悪かったのが印象的だったな」

「えっと………もしかして銀髪? ソバカス?」

「――――その通りだが、もしかして知り合いなのか?」

ちょっと警戒の意志を感じる。

だから、断言した。そこいらの衛兵なら、警戒するに値しない。

そんでもって――銀髪でソバカスで火の精霊術強い奴なんて、一人しか思い当たらない。

「いやあ――――あいつは敵です、誰よりも。で、殺したとか言わないよね」

「………最後には撃ち合いになってな。あちらはイフリートを受けとめたようだが、威力は殺せなかったようだ。そのまま出口から吹っ飛んでいったよ。『ぶっ殺す、必ずだ!』とは叫んでいたから、死んではいないだろうが」

「あー」

うあ、かなり物騒だな。でもあの貧乳らしいというかなんというか。


(それより、やっぱりここに居やがったか)

何を企んでやがるのか。

で、そんな事を考えているとマクスウェルさんが念押しに聞いてくる。

「本当に、友人ではないのだな?」

「むしろ宿敵かなあ」

譲るものなど一つもない、正真正銘の敵。そう説明すると、マクスウェルさんはそうかとだけ返してきた。

興味ないといった感じだ。冷たいというよりは、超然とした。
それでいて何処か歪なものを感じるのは、彼女が人の形をしているからか。


って、今は考えている場合じゃない。


(それより、リリアルオーブを使いこなせてないなあ)


見る限り、リリアルオーブの補助は満足に得られていないようだ。
オーブの発光が薄いし、感じられる力も弱い。それでもこの速さってのは恐ろしいけど。

でも、剣術に関しては完ぺき素人だな。剣速は速い、間合いも理解できているけど、ただそれだけ。

剣筋に工夫が見られない。切り返しの時の腕と手首の使い方を見ていれば分かる。あれは腕力にものを言わせた剣そのものだ。

それでも生き残れたのは………圧倒的な身体能力と精霊の補助、あとは戦闘経験のおかげか。自分より圧倒的に強い相手と戦ってきたことはないと見た。

それに、メインとしていたのは恐らく精霊術。あの威力を見れば、納得もできるけど。


「ふむ、恐らくここだな」


ようやく、到着らしい。何やら難しい顔で、左の通路にあるドアを睨んでいる。



「えっと、この先が?」

「目的地だ。あれの気配がする」





言うと、警戒も無しにマクスウェルはドアを開いた。




「………でけえ」



最初に抱いた感想はそれだった。入り口からかかる橋の先にある、広大な空間の中央に座する台座。

その上にあって。その場所を支配するように、"それ"は鎮座していた。



「やはりか………黒匣《ジン》の兵器」


「ん?」


何事かつぶやいたようだが、聞こえなかった。

だけど、その声質は分かる。



この声は、敵に対する者に向けるものだ。

ともあれ、調べてみるに限る。壊すのはその後だ。

もしかすれば、ハウス教授が戻ってくるかもしれない。


そう思ってこの大掛かりな装置らしきものを操作するパネルをいじっていると、名前が出てきた。




「賢者《クルスニク》の槍………?」


クルスニク。確か、創世記の賢者の名前だ。





「ってぇ!?」




ふと、背後に強大なマナを感じた。

振り返れば、マクスウェルが精霊術を使うための方陣を組んでいる。





「何を!?」


「クルスニクを冠するとは――――これが、人の皮肉と言うものか」



声には怒りがこめられていた。

激昂ではない。静かな憤怒が、彼女の声の底と瞳の奥で燃え盛っている。



「やるぞ! 人と精霊に害為すこれを、破壊する!」


「っ、四大を全部、まとめて召喚!?」


イフリート、ウンディーネ、シルフにノーム。

具現化できるほどに集められた、4代の系統の長。

それぞれが、命じられるままに、破壊すると宣言した槍の周囲に展開していく。



「マクスウェル………!!」



ここに、確信を得た。


コレほどの規模、これだけのマナを制御しきるとは、ただの人間では有り得ない!




「はああああああっ!」




四方に展開した四大。それを四半点として、宙空に円の方陣が組まれる。

円の中央には、わずかに紫。かつ強大な、見たことのない程のマナの塊が集中していく。







―――だが。







「許さない…………うっざいんだよ!」





聞き覚えのある声が、装置の所から。






「ナディア!?」



「っ、ジュード!? なんでテメエがここに………!」




驚いているようだ。視線をこっちと、精霊術を行使しようとしているミラとを、交互に行き交う。


次の瞬間、その顔は火山のように赤く、怒りを持つそれに変わった。




「お前らまとめて死んじまえ!!」


「何を!?」



止める暇もない。何故か狂うかのように顔を歪めたナディアは、装置のすぐ横にある、操作パネルをいじりだした。


まもなくして、槍のような巨大な兵器の先端が開いた。光が溢れ、その槍のような先端の前に、フラスコを十字に組み立てたようなものが出てきて。


――――直後に、展開していた方陣を“マナごと吸い込んでいく”。




「マナが………吸われる!?」


「これは………!?」



こっちの体からも、マナが吸い込まれていく。

全身から、何か大切なものがどんどんと無くなっていく。


「霊力野《ゲート》に作用して………」


言おうとして止める。そんなはずがない。

もし、そうならば。



―――霊力野《ゲート》が無い僕から、マナを吸えるはずがない。



「バカ者、正気か!? お前もただでは済まないぞ!」



隣からは、マクスウェルの叫ぶ声がする。

そうだ。こんな距離にいて、あいつも巻き込まれないはずがない。

四大も封じ込める、こんな馬鹿げた性能を持つ規格外の兵器だ。ひとりだけ無効化なんて、できるはずもない。


(………いや、ちょっと待て)


「アハ、アハハハ! みんな、まとめて死んじまえ!」


狂った笑い声。いや、それはいい。こいつは時たまこういう笑いをする。



(だけど、ちょっと、待ちやがれよ)





こいつ、マナのことを知ってやがる。装置のことも。




この女《アマ》ァ、もしかして………!





「く、マナの使い過ぎか………このままでは………!」

膝をつくマクスウェル。だけど、そんなの知ったこっちゃねえ。




僕は、聞きたい事を叫んだ。


「ナディアァァァァァァッッ!!」

「はっ、なんだい糞野郎!」


殺気を、乗せられるだけ声に載せて。偽ることは許さないと、問う。



「ハウス教授を殺ったの、テメエかぁ!?」


「ッッ!?」



見られたのは、驚いた顔。



「っ判断つかねえ………どっちにせよ、これ止めてからだ!!」


どうやれば止まるのか。考え、正面を見ればマクスウェルがよろけながら前へと、装置に向かって歩を進めている。


(あれか!)

装置の鍵のようなものが見える。あれをどうにかすれば、装置は止まるかもしれない。

だけど、マクスウェルが膝をついた。


「くっ、こんな………所で!」


マナの使いすぎで、動けなくなったようだ。


―――それはそうだろう、僕とあいつと連戦して、その上で先ほどのような4大を召喚する馬鹿げた規模の精霊術を使ったのだ。

まだ人間の形を保っているのがさすがのマクスウェルと言った所だけど、さすがにこれ以上の無茶はできないらしい。

こっちも同様だ。



「阿保な兵器作りやがって………!!」


吸い取られる速度が早過ぎる。体内のマナが制御できないから、体もうまく動かせない。

今から歩いて、あそこまでたどり着くのはかなり危険な賭けになっちまう。


でも、今ならば。



この場所からなら、なんとかなる。


背後までたどり着いた後、短いその名前を叫ぶ。


「ミラ!」

「っ、何だ!」

「足ぃ上げろ!」

「何を?! っ、そうか!」


中腰に構えて腕を組む体勢のこちらを見て、やりたいことを理解してくれたのだろう。

なんとか、といった調子で足を上げると、こちらに全体重を載せてきた。


これで、用意はできた。あとは―――


「いっせーの――――」

「今だ!!」


跳躍に合わせ、腕を思いっきり持ち上げる。


直後、ミラは宙へと飛んだ。そのまま、パネルの上にある物体をつかむ。


「くっっ!!」




だけど、何かの反発を受けているようで、あと一歩で届かない。


そして、僕の足の下から、光るリングが出てきて、それが体を拘束する。





「くそ………!」






体も動かない。見れば、ミラも同じように動きを封じ込められている。


(―――終われるか、こんな所で…………っ!?)





かくなる上は、命を賭しても。と、考えた時、脳の奥の何かがはじけて声が聞こえた。




兵器の音も聞こえない。自分の鼓動の音も聞こえない。


正真正銘の静寂の中、声は言う。



『に……げ…』


(っ!?)


誰だ、と問う前にそいつは言葉を続けた。



『さ………ち……ら………使……』


『あ………子………そばを…………離………ど』



(これは………四大精霊!?)



少年のような声に、トボけた男の声。凛とした男女性の声が聞こえる。


そして最後に、男の声はこう告げた。



『ミ……を………連………逃…ろ!』





直後、四大の周囲から風が生まれた。突風が室内を吹き荒れ、そのまま僕は後ろへとすっ飛ばされ、
入り口前にある橋まで転がる。



「四大が!?」



兵器の中へと吸い込まれていく。


直後、ミラはまた立ち上がった。


拘束を力任せに引きちぎり、マナの吸収をもねじ伏せ、パネルの上にある円筒状の“それ”に手を伸ばす。



(――――)



心の中が真っ白になる。辛いはずだ。今にも倒れたいだろう。

なのにマクスウェルは、ミラ=マクスウェルは膝をついたままでいない。

賢明に立ち上がって、やがては――――


「う、あっ!!」



装置の部品らしき円筒状の何かを、声と共に引きぬいた。同時に、装置が止まる。




しかし直後に、また突風が部屋を蹂躙する。


ミラは完全に油断していたのか、その体を吹き飛ばされ、さきほどの僕と同じように橋の上に倒れる。






「っ、足場が!?」




二度の突風に、振動。足場は耐え切れなかっただろう。音を立てて橋の継ぎ目が外れていく。

気づいた僕は、とっさに崩れ行く足場を蹴って跳躍し、通路の上まで避難する。


ミラも体を起こし、尻餅をついたまま手に精霊術の陣を展開させた。

色は緑だ。シルフを呼んでどうにかするつもりだろうと思ったのだが―――――


「っ!?」


だけど、その陣はすぐに霧散して無くなった。



「ちょっ」




そして、驚く暇もない。足場は完全に崩れ、ミラも一緒に落ちていく。




――――金の髪が、翻って下に落ちていこうとして。





「――――っ!!」






気づけば、僕は跳躍していた。




「君は、何を………!?」


「手ぇ伸ばせぇ!!」




怒鳴り声に反応したのか、ミラが手を伸ばす。


掴み、引き寄せると同時に、こちらに向かって降ってきていた足場の板材を蹴り飛ばし。







「厄日かちくしょぉぉぉぉおぉ!!」





僕とミラは、そのまま下へと落ちていった。





[30468] 7話 「王都脱出」
Name: 岳◆3d336029 ID:0347f440
Date: 2011/11/14 00:38
「ぷはっ!」

ミラを抱えて、水から上がる。そのまま、かぶっていた面を取り、抱えていたミラを引き上げる。

ああもう、ただでさえ服が重くてきついってのに、こいつは!

「げほっ、げほっ………く、助かったぞ」

礼を言ってくるが、かなり苦しそうだ。

それも仕方ないだろう。まともに水を飲んでたからな。

いや、しかし焦った。川に落ちた直後にまた精霊術を使おうとして、落ちる前と同じに術は発動しなくて。

ミラは、それに驚いたせいか盛大に口から気泡を吐き出したのだ。危うく溺死する所だった。

「ってーより、何で泳げないんだよ精霊の主………」

まさかあそこまで泳げないとは思ってなかったぞ。

そんなお騒がせな精霊の主は、落ち着いてからこっちを見てぼやく。


「流石に、ウンディーネのようにはいかないものだな」

「いや、当たり前だろ人間なんだから………ん?」


ちょっと待て。考える暇無かったからあれだけど、ミラって人間だよな。

なんで精霊の主様が人間? 大精霊ってのは、あの四大のようにそれぞれの系統の精霊が集まって形をなすものじゃあ。

いやでも人間の精霊ってなんだろう。


悩む僕をよそに、ミラは呼吸を整えられたようだ。

息を吐いたあと、こちらを向いて言う。

「ふう………助かったぞジュード。いつもはもっと泳げるはずなんだが………」

「いつもはもっと? ………もしかして、通常はは四大の力を借りて体を動かしているのか」

「あくまで補助だがな。水の中でも、空を飛んで移動する時にも四大の力を使っている」

「まじですか」

ていうか、空を自由に飛べんのか。うわ、乗せてもらいたい。



っつーかこの服で飛んだら下からのナイスアングルがパンモロ!


(………じゃ、なくて)


止まれよ本能。問題はそこじゃない。今考えるべきは、何故四大の力が使えなくなったのかだ。

そういえば突風が吹いた後、あの槍の中に四大が吸い込まれたように見えた。


大きい気配が消えた感じも。と、いうことは―――もしかして、あれは目の錯覚じゃなかったのか。


「なあ……ミラ?」

「………ああ。四大の力を感じない………あの装置のせいだろうな」

ミラも見ていたようだ。同意しながら立ち上がると、濡れた髪を横に振る。

いや冷てーな、おい。

「………ふむ」

ジト目で睨む僕をよそに、彼女はじっと正面を見据えている。視線の先は研究所の方だ。

いや、まさか研究所に再突入はしないと思うけど………何やら心配だなこのマクスウェル子さん。


「分かっているとは思うけど………四大の力が無いと、あの槍は到底壊せそうにないぞ」

「それは、そうだな」

返事をしながら、また考えむ。

いや、僕もあの兵器を壊す方法を考えるべきか。まさか地道にどかりどかりと殴って壊すわけにもいかんだろうし。

その前に拳の方がいかれる。


そうして、しばらくした後。ミラは思いついたように顔を上げて、何事かを呟いた。


「あいつらの力、か………そうだ、ニ・アケリアに戻ればあるいは」


と、納得したように頷くミラ。


すぐさま振り返ると、こちらの目をまっすぐに見てくる。


その目に、落胆の色は毛程にも無かった。


「世話をかけたな、ジュード。手助け、感謝する………それではな。君は家に帰るといい」

「あ、ああ………」


すっぱりな感謝の言葉に、返事をして。


階段を登って、去っていく彼女の背中を見ていた。後ろ姿も綺麗だが――――考えるべきなのは、そこじゃない。


(………なんだ、この感覚は)


違和感、という程にはっきりとしてものではない。だけど、今のあの瞳は何だ。

かなり大きな失敗をしたというのに――――欠片ほどにも、気落ちした様子が見られない。

(………迷いのない瞳は、綺麗だ。だけど、あれは何か違う)


これは彼女が精霊の主だからか。いや、もっと根本的な所で―――マクスウェルの"あれ"は違う。

立ち直りが早過ぎるとか、そういうレベルにない。


あの意志の強さには、どこか狂気を感じさせされる。


先ほどの瞳を思い返すと、どこか寒気を覚えるような。


そんな時、階段の先から何か声が聞こえた。



「これは、悲鳴?」



階段の上から、女性の悲鳴が。


って、おい。



「ずいぶんと、聞き覚えのある声だったなぁ、畜生!」



その方向へ走る。で、階段を登った先にあるのは、研究所前の広場だ。

そこには、ミラと――――衛兵がいた。

ミラは剣を、衛兵は長い棒を。互いに武器を構え、戦闘に入っている。

(一対四か)

数にして4倍の兵力を持つ衛兵は、ミラを囲むような陣形を取っている。対するミラは―――足を怪我していた。

痛みに顔をしかめながら、足をひきずるようにして、何とかといった調子で応戦している。


(逃がさないように、か)


衛兵の目論見は、恐らくそれだ。どうあっても逃げられないように、まずはミラの機動力を封じたのだろう。上からは捕縛でも命じられているのか。

他に外傷が無い所を見れば、その推測は正しいように思える。


しかし、ミラは何故にそんな一撃を食らったのか。どう見ても研究所の中に居た衛兵と同レベルだ。

まともに食らったとして、そんなにダメージを受けるような強さじゃない。

その疑問の答えは、すぐに分かった。


「はあっ!」


ミラは、足をひきずりながら間合いに入った衛兵に剣を振る。


―――否。剣に、振り回されていた。

まるでか弱い女性のように、剣の重さに振り回されている。

剣速はお粗末にも程がある。最底辺の傭兵のレベルにも達していない。当然に剣は防がれ、ミラは衛兵の反撃を食らう。


「………あー、そういうことね」


四大の恩恵は無くなって。

つまりは、これが彼女の素の実力ということだ。


そうしている内にも、また衛兵の数は増えていく。



対するミラは――――足音に気付いたのか、こちらをちらりと見た。





整った顔立ち。綺麗な瞳が、まっすぐとこちらを捕らえて。



しかし、直後に視線は逸らされた。





彼女は、先ほどまで共同戦線を組んでいたこちらに、しかし何も言葉を発さず。




おそらくは本格的に巻き込んでしまうことを避けるために、声をかけず。ただ無言で、敵のいる正面に向き直った。



一言も。

弱音も。

助けも、乞わないで。



ただ、自分の力のみで状況を打破せんと、剣を構える。

僕はそれを見て―――――ため息が出た。


研究所で対峙した時を思い返すに、彼女の戦闘経験はかなりのものだろう。

それゆえに、自分と敵との現時点での実力差も、この絶望的な戦況も理解していると見ていい。



それでも、僕を巻き込まず、ただ一人で戦おうとしている。



その背中は、眩しい程に気高くて。



「あー、うー、もー!」




訳のわからない感情と共に、頭をかきむしる。




「だらっしゃぁぁっ!!」




そして、前へと走った。




「貴様―――なっ!?」

「セイヤっ!!」


まず、先頭にいる衛士を一撃。腹に拳を叩きこんで、その場に昏倒させる。


「何者――――」

と、相手側は突然の乱入者に驚き、戸惑っているようだが、なにもかもが遅い。

殴った衛士が倒れるより先に、ワンステップで踏み込み。


二人が固まっている場所、その中間の位置にステップイン。

右の前回し蹴りで一人目を、続く左後回し蹴りで二人目を蹴り倒し。


「魔神拳!」


正面、直線上に居た二人を魔神拳でなぎ倒す。

残すは後方にいる3人のみ。だけど、こいつらに構っている暇はない。


そのまま振り返ると、ミラへと近づく。


「ジュード!?」


「いいから、こっちだ!」



何か言おうとするミラの腕を引っ張る。


「痛《つ》っ!」

「―――くそ、背中に乗れ!」



足の怪我を思い出し、咄嗟に背中を出した。

ミラは一瞬だけ戸惑ったようだが、背中に乗ってくる。


僕はそのままミラを背負い、唖然とする衛兵をその場に残して撤退を開始した。






「ジュード!」

「名前はやめて欲しいなあ!」

いや、さっき研究所でナディアに叫ばれたからもう無理か。

「君は………いいのか? このままじゃお尋ね者になるぞ!」

「いいから、全部後だ! このまま海停から船に乗って、ア・ジュールに脱出する!」


ごちゃごちゃと背中から聞こえる声を無視する。それに、あいつらは倒すべき敵で教授の仇だ。殴っても何も問題はない。

だが、一人では流石に如何ともしがたい。ここは脱出すべきだろう。このまま、ラ・シュガル国内に留まるのは、絶対にまずい。

あるいはここ、大都会であるイル・ファンの裏路地に潜伏することも考えた。だが、それは無謀だと言わざるをえない。

時期に出口となる場所は完全に封鎖されるだろう。
それは国の手が届く場所全てに言える。つまり、ラ・シュガルにある街は全てだめなのである。

それに、このイル・ファンから陸路でたどりつける街は少なすぎる。

まさか、あの難攻不落のガンダラ要塞や、自然の要衝であるファイザバード沼野を抜けるわけにもいかない。


ああ、流石は天然の要害、"輝きし王都イル・ファン"ってか!

愚痴りながらも突っ走り続ける。

間もなく、広場の向こうにある海停の前まで辿りついた。

道中、通行人からの視線が痛かったがそんな視線には慣れている。

「ジュード、あれだ!」

「あれは―――しめた、イラート海停行きか!」


ア・ジュール所有の船だ。いざ船が出航してしまえば、ラ・シュガルには止められまい。その権限も無い。

このまま、走って飛び乗るか。そう考えた時、目の前に衛兵が立ちふさがった。

情報が速い、もうお尋ね者にされているのか。衛兵は、確信を持って進路に立ちふさがった。

止まれと叫んでいる。だけど、止まれと言われて止まるお尋ね者は居ない。

むしろ加速したまま跳躍し、衛兵たちの頭上を飛び越す。


しかし、相手も考えていたようだ。飛び越した先、予想着地点の周囲には、衛兵の団体さんが展開している。

殺気飛び越した奴らのせいで、見えなかったのだ。見れば、先ほどまでとは1ランク違う衛兵もいる。


「ちいっ!!」


宙空で舌打ちをする。一人ならどうとでもなるが、ミラを背負ったままでは無理だ。

だけど、留まる方が危険だ。国も、軍事機密を見た僕達にかける慈悲など無いだろう。

捕まれば、ともすれば問答無用で処刑される。

ならば、いっそ玉砕覚悟で突っ込むしかない。


そう思った時、横から何かが飛んできた。

次々に飛んでくるそれは、石のように小さい。

その礫のようなものが、待ち伏せしていた衛兵達に当った。衛兵たちが痛みに体勢を崩す。


「行け、そのまま走れ!」

「っ、分かった!」


飛び込んできた若い男の声。見れば、20過ぎの男がいた。何やら洒落た格好をしている。

かなり胡散臭い風体だが、今は確認している隙がない。考えているよりも行動すべきだと判断し、着地直後に限界まで加速した。

乱入者の攻撃に怯んでいる衛兵達の、その脇を駆け抜ける。



「船が出るぞ!」

「いや、この距離なら! しっかり掴まってて!」

「ってえ、置いてくなって!」


マナを足に集め、強化。限界まで加速し、乗り場の門をくぐり抜ける。


「待て!」


後ろから衛兵の声が聞こえるが、無視。

「背負ったまま行けるか、無理なら代わるぞ!」

「こんな役得、譲るわけにはいかんでしょ!」

非常時にあれだけど、背中の感触がごちそうさまです!

「………役得?」

「よっしゃ口チャックだミラ! 舌を噛むぞ!」


追求を誤魔化し、正面にある木のコンテナに飛び乗る。

その上を走り、更にクレーンに吊るされた木材に飛び乗り、最後に思いっきり船に向けて跳躍。


船の甲板の上に着地。


衝撃を膝で殺し、背中のミラへ伝わる衝撃をできる限り少なくする。


でも、衝撃を完全には殺せず、ミラの姿勢が前へと傾いてくる。


(凄まじい弾力でごわす!)


何処か別の世界の電波が飛んできた。

自重。



その隣では、一緒に飛び移った、先程助けた男が着地にミスったらしい。

勢いそのままにコンテナに頭から突っ込んで、もがいていた。

何という芸人。素でこれだけの事をやってのけるとは。



「ビューティフォー」


「いや、助けろよ!」




男のツッコミが、出航する船の甲板上に響きわたった。





[30468] 間話の1 「暗躍者」
Name: 岳◆3d336029 ID:0347f440
Date: 2011/11/11 00:57
「――様。マクスウェルが、ここイル・ファンから逃げ出したようです」

「………そうか」

様付けで呼ばれた男。報告に来た兵士の上司は、何の感情も持たずただ現状だけを把握した。

「それで、四大精霊は?」

「あの槍に囚えられたとのことです。担当の者が、マクスウェルで無い方の侵入者に倒されていたようですが、代わりとしてあの女が」

「………ふん、取り敢えずは予定通りにいったか。それで、そのもう一人の侵入者は?」

「は。名前をジュード・マティスと。タリム医学校の医学生とのことで。処理したハウス教授の助手とのことでしたが………どうしました?」

「………いや。皮肉なものだと思ってなぁ」


男は、何かを嘲笑う顔を浮かべた。口からは、押し殺した笑い声がこぼれ出ている。


「"マティス"………まさかあの腰抜けが今更出張ってきたことは、ないだろうが」

「あの、首領………?」

「なんでもない。それよりもマクスウェルの方は?」

「………精霊の里とやらに戻るでしょう。ジュード・マティスとあともう一人、こちらは我らの武器を使う者のようですが、如何致しましょう」

「放っておけ。既に盤石は成った」

「指名手配はせずとも?」

「ポーズは必要だ。だが、名は伏せておけ。あの落書きのような手配書を書かせればそれでいい。しかし、ジュードか………そういえば、ハウス教授は一つのふざけた研究をしていたな」

「はい。何でも、霊力野《ゲート》を持たない人間が、精霊術を使うためにはどうすれば、と。そういう題目の一つでしたが」

「ずいぶんと面白い事を考えるものだな………ふむ、余計に放っておけ。手は出すな。マクスウェルに関しては、いずれ必ず見えることになる。それからでも遅くはない」

「承知いたしました」



そうして、部下が去っていった後。

男はこらえ切れないと、笑みを浮かべる。




「二十年………二十年の時を経て、ようやく始められるか」




愉悦。歓喜。男の顔には、それが浮かんでいる。




「卓は用意した。駒も揃えた。届くべき手段も整えた。ようやくだ。こめるべき弾の中身は今ここに創造された」



抑え切れない喜び。裏には狂気が潜んでいる。何より、望みそのものがまっとうなものでない故に。



「――――アルベルト、お前が何を考えているのかは知らん。介する必要もない、ただこちらの望みのままに働いてもらう。もとより、お前にとっての悲願だろうしな」



虚空に向けて話す男。その目には、異常たる何かが含まれている。




「精霊の世界の住人よ。お前たちにも協力してもらう
 ―――――我々が生きるための、餌として」




暗闇で。ただ、男の笑い声が響く。




[30468] 8話 「方針決定」
Name: 岳◆3d336029 ID:0347f440
Date: 2011/11/11 00:58
逃げて走って、船に乗り込んだ後。

それからまあ、色々あった。

木箱に頭ツッコンだせいで額から血を流している傭兵と、足を怪我しているミラの手当をしたり。正直もうちょっと背負っていたかったが、怪我をそのままにするのは不味い。

交易品の中から傷薬になるものを売ってもらって、それを調合して傷口に塗った。明日ぐらいには治っているだろう。

あとは、船長。急な乗船認めません、それよりも何で追われてた尋問するぞゴラァと詰め寄ってくるヒゲ船長に
「あれー尋問なんかされるとうっかり超ヤバイ機密喋っちゃいそうー………それでも聞きたい?」と脅迫したり。

引きつった顔されたが、何でだろう。善意で言っただけなのに。

「あーあー、世知辛いなー、空も海も青くひろいのに、人の心は狭いのなー」

「いや、笑顔で脅迫されたら引くだろ普通……お前さん、見た目に反して無茶苦茶な奴なのな」

疲れた顔でそんなこという傭兵。額の絆創膏が痛々しいな。

で、この芸人じみた落ちを見せてくれた傭兵さん、名前をアルヴィンというらしい。

僕達をたすけてくれた理由は、「その方が金になると思ったから」らしい。うん、正直な所は好感が持てるね。

軍部に喧嘩を売るだけの理由にも思えないけど。


「そっちこそ。奇襲のタイミング完ぺきだったよ。腕もいいようだし、なんで傭兵なんかやってんの? その力量なら士官しても良いところまで行きそうなのに」
この傭兵、飄々としているけど、腕は良いと思う。身体強化の度合いといい、期を見る目といい。

「いや、入らねーさ。俺って縛られるのが嫌いな奴なのよ。それに軍なんて硬いしめんどくさいし、やーな命令には従わなきゃなんねえし………なあ?」


分かるような気がする。でも、何で同意を求めるかな。確かに僕も、誰かに命令されるのは嫌いだけど。
そういう意味では、兵士には向いてない。まあ、愛国心がある奴なら良いんだろうけどな。


「でも、まあ、働ける人なんでしょ? ああまで良いタイミングで援護してくれたし、情報収集も得意なんだろうね」

「まーな。傭兵にしても、情報が命でしょ。事情を隠して依頼する奴なんてザラだしなあ」

「ああ、それは言えてる」


それはそうだ。僕も今まで傭兵みたいな仕事をしたことはあるが、5割は依頼の内容に虚飾を混ぜていた。
後で問い詰めると、「知らなかった」の一点張り。特に商人に多かった。あいつら口がうまいし、いつの間にか丸め込まれてしまう。

騙される方が悪い、らしい。それで傭兵を怒らせて、逆に命を落としたバカもいるらしいけど。
それも、情報収集が足りないから、らしい。事前に傭兵の評判を調査しなかった馬鹿、ということで商人の間からは間抜け扱いされていた。


(アルヴィンという名の傭兵は、聞いたことがない。でも腕は立つんだろうな。情報収集もできる)


それでもあの速さはおかしいと思うんだけど………いや、勘の良い奴なら分かるか。
僕達の立場で考えれば分かる。まず、王都にはとどまれない。次にどうやって逃げるか、と考えれば答えは2つだけ。

街道を突っ切るか、船で国外に脱出するか。その賭けが当たった――――ということにしておこう。
イマイチ胡散臭いし。それに、こういう悪意を見せてこない奴は厄介なのだ。得てして何かを隠している場合が多い。

表向きの関係を続けるのが吉だ。裏切られてもいいように。

それに、見たことがないあの武器。研究所でぶちのめしたあの衛兵と同じような武器を使っているのは、きっと無関係ではあるまい。
尻尾を出せば即座に捕まえてくれる。

なに、表だけの関係を続けるのは得意だ。
伊達に門番ことモーブリアさんから「外面完ぺき詐欺無敵医学生」とか言われてない。

でも、この先どうするのだろうか。
アルヴィンにはまだ聞いていないが、今の状況では………出来るならついてきてほしい。

今のミラは、戦力には数えられない。彼女を守りながら旅をすることになるが、正直、それはきつい。
研究所のような狭い場所ではない、広い場所。例えば平原などでは、後ろを取られる可能性が高くなる。

マナの強化といえど、万能じゃない。特に背後からの攻撃は防御しにくく、当たり所が悪ければ致命傷になりうるのだ。

痛みも凄まじく、思わず「うわぁ!」と叫んでしまうほどきつい。

そんな痛みの危険も、落命の危険もできるだけ回避したい所だが。


(でも、どうするかなあ………ん?)


そんなこと考えている途中、ミラが甲板に出てきた。

無事な方の足と、木材を借りて即興で作った杖に体重をかけて歩いている。

「具合はどう?」

「まだ痛むが、かなりマシになったよ」

「まあ、もともとそれほど大きな怪我じゃなかったしね。明日には完治していると思うよ」

「それは重畳………って回復はえーな、アンタ」


アルヴィンが驚いている。
その理由も分かるけど。自己治癒のスピード速いもんね。マナの量が豊富なせいか、羨ましい限りだ。
何というか、見たこと無いぐらいに速い。流石は精霊の主ということかな。


そのミラは、アルヴィンに自己紹介をしていた。アルヴィンも同じで、互いに名乗りあう。

ミラの方は、今の状態でフルネームを教えるのはまずいと思ったらしい。マクスウェルの名は隠し、ミラとだけ名乗っていた。


で、落ち着いた所でこれからどうするのか聞いてみた。

ミラはふむ、といい、あの時思いついたと前置いて言う。


「ニ・アケリアに帰ろうと思う」


なんでも、ミラの故郷であるニ・アケリアは精霊の里と呼ばれる所で、そこならば四大を再召喚できるかもしれない、らしい。
ただ、その精霊の里はア・ジュールの奥地にあるので、徒歩で行くならばかなりの距離になるだろう、とか。


それにしても、精霊の里か………そういえばハ・ミルでそんな話を聞いたような。
で、詳しい場所をミラに聞いてみると、ドンピシャだった。ニ・アケリアは、山奥の村のハ・ミルの更に奥地にある、キジル海瀑を越えた先にあるらしい。

「遠いな………歩いて4日はかかるぞ」

「モンスターもいるだろうし、それなりに準備してからの方がいいね」

「ジュード? その言い方ぶりからすると、もしかして私についてきてくれるのか」

「まあ、ね。何よりあれぶっ壊さなきゃならんし」

教授の仇もあるけど、教授の研究成果が軍事転用されていたのはなあ。
夢見が悪いというか、納得いかないというか。

夢の道も断たれたし。この感情をぶつける相手が欲しい。
例えそれが国相手でも。

「剛毅なことだ。それで、私か」

「あれは僕一人じゃ壊せない。警備も強化されているだろうし」

だから、僕、守る人。あなた、壊す人。
告げると、ミラは納得したように頷いた。

「願ったりだが………君には世話をかけるな」

「自分の事情で動いているだけだから」

あくまで自分で決めたことだ。そりゃあ、何かに振り回されている感はあるけど。

昨日のこの時間は、晩御飯を食べながら勉強していたのになあ。
今日にこうなるなんて、思ってもいなかった。本当に、今でも現実とは思えない。

だけど、道はわずかながらに繋がっている。
四大と会えるなんて思ってもみなかった。彼らがよみがえれば、聞きたいことも聞けるだろうし。

ともあれ、今はミラを守らないと。

「それで、アルヴィンには頼みたいことがあるんだけど」

頭の後ろに手を組んで傍観していたアルヴィンに、事情をぼかして依頼する。

ミラに、剣を使う術の、その基礎を教えて欲しいと。

「それは………構わねーが、なんでわざわざ俺に?」

「僕は剣使えないし。アルヴィンならやれるでしょ。剣術そんなでかい剣使ってるなら、基本はひと通り理解しているだろうし」

見た所、アルヴィンが背負っている大剣はかなり使い込まれていた。

こんな大きな剣を長期間使える、ということは間違いなく剣の振り方を知っているに違いない。

力だけで使えるような大きさじゃないからな、これ。

振る時に刃筋も立てられない剣など、ただのムダに重たい鉄の塊だ。使えないならば、そもそも使わないだろう。きっと違う武器を選んでいるはず。

「その年で良く知ってるな………分かった。俺でよければ教えるぜ」

「アルヴィンも、すまんな」

「傭兵だからな。依頼料は坊主から貰えそうだし、問題ない。それに、正直役得だしなあ」

「………役得? ジュードも言っていたが、何のことだ?」

「あー、まあ、いや、あはは」


誤魔化すように笑うアルヴィン。まあ、気持ちは分かる。



(だって、剣振ってる時のミラってば――――胸がたわわに揺れてらっしゃるもんね!!)


視覚攻撃とはああいうのを言うのだろう。落ち着いた今になって改めて見てみるが、これはスゴイ。

思わず様をつけてしまいそうになるぐらいには。


「でも教える時は真面目によろしく」

「わかってるさ、これでもプロだからな。でも………正直すごいよな」

頷く。男ならば、黙っていられまい。

「それで、あれを背中で堪能した少年としての感想は?」

からかうように問うてくるが、それで顔を赤くするような僕ではない。


何故ならば、背負っている途中にこの世の至高を垣間見たが故に。


で、感想を率直に告げた。


「この世に楽園があるのなら―――きっと、あの胸の奥に詰まっているのさ」

「断言したよおい!?」

羨ましい、とか素の本音を零しているアルヴィン。いや、その気持ちは分かるよ。

緊急事態ゆえ致し方なしのあの事態。だが、副次効果が得られるとか思ってもみなかった。

思わず背負った時のあの感触。


いや、まじですごかったよあの双丘。


「どうしたのだ二人共?」

「「何でもないよ(さ)、ミラさん」」




首を傾げる様子が、ちょっと可愛かった。









で、翌日に船は目的地に到着した。

船が到着した場所は、イラート海停。ア・ジュールにある港だ。幸いにしてハ・ミルへと続く街道があるので、また船に乗る必要もない。

そして、降りてからすぐに特訓が始まった。とは言っても、剣の握り方や振り方、戦闘中に注意すべきことを教えただけなのだが。

あとは、リリアルオーブについて。ミラは、今回の旅に出る直前に、これを持たされたようだ。


人間の潜在能力を引き出すという、戦闘者ならば必須な能力を持っているこの道具。

使いこなせれば、百人力となる。



「二人共も、これを持っているのか?」

「かなり前にね。師匠から持たされた」

「俺も、だな」

見れば、アルヴィンは一枚目の5層目にまで花弁が開かれている。

前はもっと開いていたはずだけどな、とアルヴィンは苦笑するが、まあそれはそうなるかもしれない。

このリリアルオーブだが、戦いの中に身を置き続けないと、その効能を保てない。

実際の戦闘を行わない、臨戦態勢を保たない、そういった"何もしない"期間が長ければ長いほど、その花弁は少なくなっていくのだ。


「その点、お前さんは異常だけどな」

「いや、これも修行だし。常在戦場は武人の常ってね」

「お前は医学生ではなかったのか? そういえば、私達を治療する時も治療術を使わないでいたが」



あー。やっぱり、そういう感想抱くよね。

でも、ここで真実言うのはなんか嫌だ。というか、わざわざ説明したくもない。

けど、そのままじゃあすまないか。よし、言い訳しよう。

「僕、精霊術は苦手なんだよ。それよりも相手を殴る方が上手だから」

「殴る方が得意………それは、なんとなく君らしいな」

「……ノーコメントで」

まさかそんなに早く納得されるとは思わんかったよ。あと、気を使ってくれてありがとうアルヴィン。

ていうか、それ何か医学生として致命的じゃね? 格闘やってる方が向いているって、でもいやなんか複雑なきもち。

「謙遜することはなかろう。君の体術は見事だった。しかし、最近の医学生は君のように武術を修めているのか?」

「うん、割りと。ほら、医術は戦争だって言うじゃない?」

「………そうなのか」

真顔で顎に手を当てて悩み始めるマクスウェル子さん。いや、冗談なんだけど。

横にいるアルヴィンは、無言で手を横に振っている。ツッコミたければ突っ込めばいいのに。

で、このままじゃなんだから、嘘だと説明すると、ミラは驚いたような顔を見せる。

「嘘? ………君は、私に嘘をついたのか」

「いや、分かるでしょ普通。あのお綺麗な医学校の中に、僕みたいなのが数百人いると思う?」

「それは………嫌だな」

「ああ、それには同意するぜ」

「あれ、二人共酷くない? 何か言葉の刃が突き刺さるんだけど」

涙がちょちょ切れる。まあ、慣れているからすぐに復活できるけど。

「いや、私は嘘が嫌いだからな。その意味では、君の方が先に言葉の刃をぶつけてきたのだろう」

「普通は冗談だと取ってくれるって………つーかさあミラさん」

か、顔が怖いって。何で怒るかなー
っつーか自分で言うのも何だが、僕みたいな医学生が他にいるわけないでしょ。
いや、本当に自分では言いたくないけど。

「ふむ、つまり君は………意地が悪いのだな。それとも、研究所でぶつけたイフリートの一撃の意趣返しか?」

「いや、単なる冗談のつもりだったんだけど。ていうかマクスウェルさんって真面目すぎるって言われたことない?」

反応が正直すぎる。傭兵相手に時にはシモネタのやり取りをしていてこちらとしては、何というか扱いに困るレベルです。
その傭兵は、「イフリート?」とか言いながら顔をしかめている。

「そういうのは、とんと言われたことがない。それに………いや、私は………私に対する冗談というものは、あまり聞いたことが無い」

考えこむマクスウェルさん。それなりに人付き合いがあるような口ぶりだけど、冗談を言われたことがないとは何事か。
いや、言わないか普通は。いわば信仰対象だもんな。

奉じるべきは精霊の主。この世に現界した、偉大なるマクスウェル。リーゼマクシアを創りたまりし君。

――――つまりは。

「だったら、ミラ様と呼んだ方がいい?」

「やめてくれ」

返答は速かった。

「その呼び方をされると誰かを思い出してしまうし―――何より君に様付けで呼ばれるとな。正直、鳥肌が立つ」

「あはは、ひどいなあ」

そんな嫌な顔をするなんて。

(―――いいことを聞いた)

そう思ってしまうのは、僕の性格が悪いからだろうか。

でも、何ていうかこんなに感情を顕にしてくれるなら、それも悪くない。

「いや、坊主も複雑な奴だな」

ぼそりとアルヴィンが何事かつぶやいているが、聞き取れなかった。

それでも、前よりは余程近しいものを感じられる。力が無くなったからか、その圧倒的な雰囲気が消えたからか。

少なくとも今のミラ=マクスウェルは、話していて不愉快にならない。四大がなくなって、戸惑っているのもあろうが。


だけど、口調は――――ほんの少しだけど、人間味を帯びたような気がする。

昨日、四大を従え。超然としていた時よりは、余程に。



「ん、何か言ったか?」

「いや、何も」



笑顔で答える僕の、その横でアルヴィンが呆れた顔をしていた。




[30468] 9話 「生物本能三大欲求、人間本能四大欲求」
Name: 岳◆3d336029 ID:0347f440
Date: 2011/11/11 01:00
はっきり言おう。今、僕は激怒している。

「ちくしょうが」

言葉に溢れる。ああ、ちくしょうめ。それぐらいに、許せないことがある。

我ながら自制は効く方だとは思うが、今はその限界を越してしまっている。
包丁を持つ手が震えているのが何よりの証拠だ。

だから、やらなければならない。以前にこの身に受けたイフリートの炎よりも熱く、濃い。
許せないという思いを基礎とする怒りが爆発する前に。

思い知らせてやれ。その選択を突きつけ、疑問さえも浮かばせなかった周囲に。
その気概を持って挑めば、ああ彼女も満ち足りるだろう。

ゆえに、振り下ろす。赤い飛沫が、大気に舞った。


「ク、クククク」


笑う。笑う。笑う。笑って刃をひるがえす。

よく切れる包丁だ。これならば、できる。満足ゆくものまでに仕上げられる。

できないはずがあろうか。最初にこれを覚えてより、8年。
絶え間ない修行の後に至った位階は、そこらの素人ならば薙ぎ倒せる程に。

ああ、我は無知を憎む一人の戦士ゆえに。
知識あるゆえに許容できないことを知った、一人の賢者であるがために。


さあ、戦おう。

足止めは用意している。メインディッシュが来る前の前菜。だが、決して手を抜いてはいない。

きっと喜んでくれていることだろう。そして、それを越えるメインを今より創り上げる。


――――敵はいざ、まな板の上にあり。



「美味、すなわち戦争なのだよ」



故に我、これより修羅に入る。



風と水しか味わったことのない、ただの一人の存在の。あるべき欲求の三分の一を埋めるために。











「ってこれマジでお前が作ったの?」

「当たり前でしょ」

「いや………美味ーよ、これ。完成度たけーよ、おい」

出された料理にがっつくアルヴィンを見ながら、僕は満足の息をはいた。
下ごしらえもなしに、30分。待たせてはならぬと作り上げた一品は、どうやら満足に足るものだったようだ。

「最初の、レタスとチーズとトマトを挟んだパンも美味かったけどな。いや、これも大したもんだ。肉は少ないってのに、ばかに味わい深い。なんか、魔法の調味料とか入れたのか?」

「料理に魔法は通用しないと心得ております」

研鑽を上回る調味料なし。あとは愛とか、心とか、想いとか。取り敢えず全部こめてやった。いや、捧げたと言ってもいい。
この、無言で料理にがっついている彼女。ミラ=マクスウェルの――――生涯初めてという食事のために。

決してアルヴィンに向けてじゃない。そこんとこよろしく。

いや、でも僕も驚いたよ。
先ほどまで、ミラの力量と、各々の力量、そして連携の確認具合を見るために受けた依頼をこなしていた。
街道横のモンスターを退治して欲しいという依頼を達成して。

その後直後に、ミラは倒れたのだ。
曰く、腹が空いたと。

それはまあ、いい。僕も腹が減っていたし、アルヴィンだってそうだろう。

だけど、続く言葉に度肝を抜かれた。なんと彼女、今まで食事をしたことが無いという。
シルフとウンディーネより、必要な栄養分を与えられていたので問題はないと言うが。

――その時に抱いた衝撃を、僕はこの先ずっと忘れないだろう。
食欲というのは、人の三大欲求の一つと親父から聞かされている。食、睡眠、性。この3つを満たすことで、人は生きていることを実感するのだとか。

事実、そうだと思う。特に前者2つは必須だ。それでいて、この欲を解消する時の“質”が高ければ、それだけで人は満足するだろう。
例えば、美味しい料理。例えば、陽の光が匂うふかふかの布団。

良き食事も、良き睡眠も、考えるだけでワクワクしてくる。味わえば、至高だ。

実際、そうだと思った。だから考えてしまった。
では、その一つが欠落している彼女は、そのひとつをずっと満たされないままでいたミラは、一体どれだけ満たされない人生を送ってきたのだろうと。

ああ、人では無いかもしれない。だけど、まるきり人ではないとも考えられない。
見せる意志。戦う姿。発する言葉。そのどれを見ても、理解できない存在とは思えない。

なればこそ許せないのだ。人には、あるいは食のために人生を捧げる者がいる。
例えば、店長のような料理人がそうだ。彼らは食を尊敬し、だからこそ料理を作る事に誇りを覚え、自らの時間を費やすことを厭わない。

その数は決して少なくない。それは、他者がその想いに共感していることの証拠とも言えよう。

それほどまでに大事な食というもの。しかし齢にして20に近いと思われる彼女は、それを知らないと言う。

許せない。到底、許容できることではない。だから、海停にある宿に走った。
必死の説得により厨房を借りて。そして戦うことを決意した。

前菜はパン。空かせている腹を取り敢えずは満たすもの。だけど、買った食材の中から厳選し、短時間で出来る工夫をこらしたものだ。
アルヴィンの同意を得られたように、簡単なものではない。

慣れていることもある。修行と勉強の合間、それでも治療院の仕事が忙しい二人よりは時間がある僕が、夕飯を作ることが多かった。
だから、短時間で作る料理は知り尽くしている。

「それでも30分は早いと思うけどな」

アルヴィンが言うが、それは確かだ。複数を作るならば、少なくとも2時間はかかる。
だから捨てた。待たせてはならぬと、前菜一つにメインを一つで勝負することにした。

前菜は、簡単サンドイッチ。パンはロールパンで、中身はレタスとトマトとチーズに少量の胡椒とマヨネーズを入れたもの。
最後に少し焼くのがコツだ。アルヴィンが言うに、それもなんかスゴイ勢いで完食したらしい。

二人に2つずつ、4つ作ったけどアルヴィンが食べられたのは一つだけだとか。
なんでも、ミラは電光石火の如く自分の分を完食。後に、アルヴィンの分も凝視していたらしい。
餓狼のような眼光に負けたアルヴィンは、自分の分の一つを分けたとか。
でも、あげると言った時の顔はすげー可愛かったらしい。くそ、僕も見たかった。

メインディッシュはミートパスタ。トマトをベースに、牛ミンチと刻んだ野菜を煮詰めたもの。
フライパンの上にミートソースに使うトマトを入れ、肉を入れ、細かく刻んだピーマンと椎茸と玉ねぎと人参を入れて30分ほど加熱したもの。

最後にマカロニを入れて完成。本来ならばスパゲッティを使いたいことだが、今は無いとのことなのでマカロニで代用した。
メインの味はトマト。かの赤き宝珠の如き野菜、その旨味成分は尋常でない。煮ることでまた味が代わる優れものである。
その旨味あふれるメインの中に、牛ミンチはジューシーさを、刻んだ野菜はそれぞれの旨みを、遠慮なく容赦無く染みこませていく。

玉ねぎと椎茸と人参はそれぞれ違った旨みを。ピーマンはアクセントに。

混ざり合えば、それこそ至高。地面より取れる豊穣の恵みとも言える野菜の"味"は、時に肉をも上回る。
なるべく多くの旨味と甘みを味わってもらおうと作りあげたが、どうやら成功だったようだ。

ミラさん、もう完食している。というか、満足した顔の後に突っ伏した。疲れたのだろう。
というか早すぎるな、3人前はあったはずなのに。

「美味しかった?」

「ああ!」

ちょー眩しい笑顔でそんなこと言う。
通常の、凛とした表情ではなく。崩れ、輝かしいばかりに笑うその顔はまるで子供のようだ。

(やべー、顔が整っているのは分かっていたし、凛とした顔も悪くなかったけど)

だけど、この笑顔は反則だろう。
初めての料理、初めて知る美味というもの。それに出会えて歓喜しているのだろうが、その顔は無防備にすぎるだろう。

無防備な美女が、こんなにヤバイものだとは。見れば、アルヴィンもその顔を凝視している。
うん、これはちょっと、男として眼福すぎるよね。

(というか、何だろうこれは)

感謝、というものをされた事は少ない。あっても、表向きだけ。
門番さんはちょっと違うが、それでもこれほどまでに真正面から、何の含みも無く感謝を示されたことは、無い。

それは、あの日精霊術を使えなくなった時から。故郷は言うにおよばず。
イル・ファンでも、僕が精霊術を使えないと知っている者は、また別の眼で見てくる。

汚れた者を扱うように。はれものを扱うように。
銀髪バカはまた違うが。あいつが笑顔でありがとうとか、まじでありえんし。

ともあれ今、僕の中の鼓動がヤバイ。
そんな笑顔を向けるな。そんなにまっすぐ、笑顔を向けないでくれ。



三大欲求とは違うものが、満たされていくけど。

何かが解けていくと同時に、何かが締め付けられるんだよ。



「ん、どうしたジュード」

「いや………」

笑わないでくれ、と言おうとしたが、止めた。
言える雰囲気でもないし、言われた方も、意味が分からないだろうし。

だから、首を振った。そんな僕にミラは、童女のような顔をしたまま、興奮したように言う。

「食事というものは良いな! 人は、こういうものをもっと大事にすべきだと思う!」

「いや、大事にしてるんだけどね」

力説するミラに苦笑を返す。なんかテンションが振りきれている。
それほどに美味しかったか。

「ウンディーネもシルフもひどいな! ああ、もっと早くに教えられていれば、もっと味わえただろうに」

「それには全面的に同意する。マジで酷過ぎるだろ、それは」

というか、傍に居る人はなんも言わなかったのか?
食事というものについて。旨い飯があれば、士気も上がるだろうに。

なんていうか、歪だ。人間じゃないから、と彼女は言うかもしれないが人間の形をしている以上、人体の理に従うべきだと思う。
いち医学生として、そう考えてしまう。あるいは食事も、人格形成のひとつであるかもしれないのに。

そんな事を考えていると、隣に居るアルヴィンがミラを凝視していた。
驚いているようだけど――――あ。

(ちょっと話す必要があるな)

それから、食事を済ませた僕は、食器を厨房へと持っていった。

で、戻ってくるとミラは寝ていた。テーブルに突っ伏している。

「かなり疲れていたみたいだな」

「ああ、そうだろうね」

今に至るまで、大精霊の補助を受けられないまま活動することなんて無かっただろうし。

「それで………さっきの事について聞きてーんだけど、少年?」

「ご想像にお任せするよ」

おそらくは知っているだろうし。港で情報を集めたというなら、わかっていないはずがない。

(ミラもなあ。研究所内で大精霊をブッパしすぎだろ)

あれでバレない訳がない。情報が漏れない理由もない。

「じゃあ、彼女が………“あの”マクスウェルだってのか?」

「どの、かは知らないけどね」

というか、なんだ今の口調は。精霊の主マクスウェルというのは、リーゼ・マクシアに住まうものから見れば、絶対的な存在に近い。
それなのに、アルヴィンの口調からは、もっと別の何かを感じる。

(やっぱり、胡散臭いな)

通常の反応ではない。でも、何だろうこの感覚は。


この時の僕はアルヴィンに対して、何か近しいものを感じていた。

同じなような、決定的に違うような。





―――その理由が判明するのは、ずっと後になるが。





「………いや、いいさ。それより、寝ちまったお姫様を部屋まで運びますか。このまま寝かせておくわけにもいかんしな」

「あ、それじゃあじゃんけんね。三回勝負で」

「………独り占めは良くないと思わないか、ジュード君?」

「だって少年だし。まだわんぱくなお年ごろだし。15才だし。青春まっただ中だし」

「自分で言うなよ!」


ツッコんでくるが、無視。

青い春の欲は、それこそ蒼天のように無限大なのだよ。



――その後のことは、まああれだ。

三回勝負の激闘の末。アルヴィンが勝った。ムッツリめ。

だけどミラは、僕達の勝負が終わる前に自分で部屋の方に戻っていたらしい。
気づけば、こつ然と姿を消していた。

「………うるさくしすぎたのが不味かったか」

「起こしてしまったようだね。って、あれ、宿屋の主人が、鬼のような形相で、こっちに――――」



その後。

僕とアルヴィンは怒れる鬼神から、仲良く説教を受けましたとさ。











・補足
料理の材料に関してはツッコミなしで。
テイルズ世界にはシチューやら牛丼やら、同じ料理が多々ありますので。

・補足の補足
でも、サイダーだかソーダだか、炭酸飲料ひたした飯だけは認めんよ?
いや、序盤はお世話になったけど、絶対に認めんよ?
いち日本人としてどうかと思うよ? 
ていうか、考えた奴出てこいってレベル。
『OH!MYコンブ』じゃないんだから。



[30468] 10話 「出発といざこざ」
Name: 岳◆3d336029 ID:0347f440
Date: 2011/11/11 01:00
明け方、僕らは出発した。港町だからだろう、朝から潮の匂いを嗅ぐことに鳴るとは。

なんか、故郷を思い出して切なくなった。腹が立っているというのに、なんだろうねこれは。

「で、本当に行くの?」

「ああ。弁当とやらももったしな」

「いや、ミラさん………さっきあれだけ食べて、もう心は昼食にいってるんすか」

喜色満面なミラを見て、思わず呆れる声がこぼれ出てしまう。
昨日の料理の衝撃が、よほど強かったらしい。
少なからず感じていた壁も、今ではだいぶ薄まっているみたいだ。

で、そんなに食事が楽しみですか。

「ああ、楽しみだな」

「いや、そんなに不敵に笑わんでも」

なにこのムダな格好よさ。威厳があった精霊の主が、今ではまるで飢えた狼のようです。

「いや、原因は少年のせいだよなあ?」

「ノーコメントで」

ていうか、料理作っただけであそこまで喜ぶなんて、誰が思うか。

「でも、慎重に行こうって意見は聞いてくれないのな」

「それは、それだ。私は一刻も早くニ・アケリアに帰らねばならない」

「中途半端な腕の時が、一番危険なのになあ」

ミラは昨日の実戦でコツをつかんだらしく、剣を振る様もそれなりに形になっていた。
マクスウェルとしての力を失う前までの感覚を、少し取り戻したのだろう。

それでも、強行軍ができるような腕にはなっていない。

「大丈夫だ。初歩だけだが、精霊術もいくらかは使える。それに、お前たちが居るのだから多少の無茶はきくだろう」

「あー、まあそうだけど」

「だーいじょうぶだって。医療術は使えないらしいけど、薬草があるじゃねーか。昨日の内に買い込んでたんだろ?」

いいながら、肩に手を乗せてくるアルヴィン。馴れ馴れしい仕草を横にそっと移動して避け、反論する。

「それでも危ないって言ってるんだ。薬も万能じゃない。速いほうがいいってのは分かるけど、せめてもう一日は連携の確認をした方が良い」

怪我してからじゃ遅い。もし大怪我をすれば、余計に時間を取られるってのに。

「………駄目だ。連携の確認は、移動しながらでもできる。それにな、ジュード」

「なんだよ」

「私を守ってくれるんだろう?」

じっと眼を見ながら、言う。一切の遊びがない、真剣な眼差し。
約束したのだろうと、眼で訴えかけてくる。

「………はい、はい、わーかりましたミラ様ー。降参降参」

「様と呼ぶなと言うのに」

手をあげて巫山戯る僕に、むっとするミラ。

見ていたアルヴィンが、手を叩きながら仲裁してくれる。

「はいはい、喧嘩すんなって仲良くしろよー。連携が鈍って怪我すれば、どっちの主張も通らないぞ。どっちも負け。そういうの馬鹿みたいだろ?」

「………分かったよ」

正論で、その通りだ。それに約束したのも事実。

だから僕はアルヴィンの言葉に頷くと、手持ちの装備を確認することにした。

「それは………」

僕の手にあるナックルガードを見て、ミラが息を呑む。

それはそうだろう、今まではもっと安いやつ使ってたからな。でもこれからは本格的な戦闘になるだろうし、用意しておくにこしたことはない。

まあ、この街道の敵は弱いから相手にはならないだろう。だけど、ラ・シュガル兵や雇われた傭兵が僕達を追ってこないとも限らない。

だから僕は、今までは使わなかった自分の武器を装備した。

「そのナックル………“グランフィスト”か。いいもの持ってんな」

「まあね」

修行中の素材の大半はショップに持っていったからな。

ちなみにショップで売っている武器は、装備者のマナを増幅させる効果がある。

精霊術を使うものならば、その威力を。肉体強化して戦う者ならば、そのマナの強度を増幅してくれるのだ。

アルヴィンで言えば大剣。これは“バスタードソード”だったか。それなりにいい装備をしているな。

「そんないい装備もってるとはな。なんだ、血に汚れるから使わなかったとか?」

「いや、これ装備してるとな。修行になんないし、何より警備兵みたいな一般兵レベルだと――――打ちどころ悪ければ殺してしまうから」

進んで殺人をやる気はない。アルヴィンは察したのか、なるほどなと頷いている。

「そういえば、アルヴィンは剣を持っていないのか?」

横からミラがアルヴィンに訪ねる。予備の装備でもあれば、貸して欲しいと言うつもりなのだろう。

実際、ミラが持っている剣はちょっと鈍らな数打の剣だから。

「いや、剣は持ってない。それに、最初の内はその剣を使った方がいいって」

「何故だ?」

安物の剣を見ながら、ミラは不思議そうに言う。

「最初に強すぎる武器を使うのは良くないからな。武器に頼ってるようじゃ、いつまでたっても半人前は卒業できないぜ?」

「………つまりは、性能に頼るなと言っているのか?」

こちらを見るミラに、僕はああと頷いた。

「強くなりたいなら、痛い思いをしないとね。それに武器によりかかってもらうのも困る。もし武器が壊れでもしたり、弾き飛ばされたりした時を想像してみなよ」

そんな機会は、いくらでもある。それで、失ったの時にショックを受けて硬直されてもらうようじゃあ困るのだ。

命を賭けた戦闘をすると言うのなら。今までは圧倒的な力で粉砕していたかもしれないが、これからはそうはいかない。

「そう、だな」

そう言うと、ミラは精霊の力があった頃を思い出しているのだろうか。神妙な面持ちで頷くと、自分の剣を握った。

(いや、本当に強い女性《ひと》だな。それに女らしくない気性を持ってる)

説明して、その理屈に納得すれば頷き、肯定する。女性は割りと感情で動く人が多いと思ってたんだけどな。
使命があるからか、芯が揺らいでいない。確固たる自分を持っている、というのか。

その分、強情になってるけど。

(これなら大丈夫かもな)

一番恐れていたのはパニックになって怪我をすることだ。混乱している時、心が弱っている時にそれが起こりやすい。
だから今は様子を見るべきだと考えていたのだけど、この調子じゃあ心配はいらないみたいだ。

――――そうだ。ミラは、精霊の力を失っている。恐らくは10年以上、連れ添ってきた相手を失っている状態だ。

常に傍にあったものが失う。それはどれほど痛みを伴うか、僕には想像もつかない。

だから、強く見える彼女の心中も、小さくなく揺らいでるだろうと考えていた。

だが、それは杞憂のようだ。


(それも、歪な事だと思えるけど)


それでも、ここで延々と問答してても仕方ないか。

「じゃあ出発するね。先頭はミラでよろしく。ああ、昨日と同じく、“合図してくれたら”後ろの方はフォローするけど………前の敵は絶対に倒してね」

だけど今は、ミラの剣の腕を上げることに専念すべきだろう。強い志があるならばそれに沿うだけ。

いつか僕達は、イル・ファンに特攻するのだ。その時にミラが弱いままじゃあ、色々と取れる選択肢が狭まる。

強くなってもらわなければ困るのだ。だからの雑魚街道の道中、僕とアルヴィンが無双しても意味がない。

「了解だ」

「じゃあ行こうか」






で、意気込んだ割には道中なにもなかった。
ミラも、戦う度に剣の腕が成長していく。感覚を思い出しているのか、あるいは成長しているのか。

剣速は定まらないが、剣にこめる意志は揺らがないでいる。戦う者としての気構えは、あるいは僕以上かもしれない。
それにしても上達が早過ぎる。なんにせよ、あれだ。


「天才って居るんだよねどこにでも。このままの調子でいけば、半年程度で追いつかれそうだなあ………凹む」

こちとら5年も血に汗に流して頑張ったっていうのに。

「いや、数カ月間戦い続ける、ってそんなこと有り得ないだろ。なんだ、戦争でも起きんのか?」

「修行は戦争だよ?」

「いや、ねーよ。まあ少年も大したもんだと思うぜ? 何か格闘術でも習ってたみたいだが、かなり出来る師匠についたと見えるね」

「あー、近所に居る地上最強の主婦からちょっと教えを」

師匠、元気にしてるかなあ。僕はいつの間にか夢破れ、追われる身になってしまいました。
思い出す度に何かを捻りたくなる。今は目の前の魔物に拳を向けてるから大丈夫だけど。
で、アルヴィンは地上最強発現を冗談だと思ったのか、またまたご冗談をって顔になってる。

ちっとも嘘じゃないのに。でも説明しても信じてくれないだろうから、別の話題をふった。

「アルヴィンって、それ。面白い武器もってるね?」

「ああ、これか」

言いながら、何か礫を高速で射出する武器を見せる。

「火の精霊術のちょっとした応用でな」

「聞いたこと無いけど、どこにでも売ってんの?」

「貴重なものなんで、ツテが無いとちょっと無理だな。なんだ、欲しくなったのか?」

「いや、いらないけど――――っと」

そこで、リンクからミラの危機を察した僕は、すぐに駈け出した。


リンク。リリアルオーブが持つ特殊能力で、組んだ相手とある程度の意思疎通を可能とするもの。

(後ろの事は気づいていたか)

ミラの合図が無ければ、追いつけなかった距離だ。
合図がなければ、昨日の戦い始めのように、後ろから攻撃を受けていただろう。

(昨日のはわざとだけど)

戦いの最中に後背を気にしない、というのを実地で知ってもらったつもりだが、良い具合に学んでくれたようだ。

今日の戦闘はこれで10度ほどになるが、戦い始めてから二度目ぐらいには、もう後ろに注意を払えていた。

一歩でトップスピードに、二歩目には敵を間合いの内に捉えている。
ミラを背後から襲おうという、狼の魔物の背後を。

「しっ!」

踏み出し、体重を載せた右拳の一撃が相手の肉にめり込む。

会心の一撃を後ろの受けた狼は、血反吐を吐きながら飛んでいった。

(次―――)

右後方からミラを狙っていた植物の魔物の方を向き、踏み出す。

こちらに気づき、迎撃の蔦を鞭のようにして攻撃してくるが、遅い。

顔面に迫る鞭を左手で打ち払い、その勢いで回転。右の回し蹴りから体を回転させ、左の後ろ回し蹴り、最後には右の足刀を相手の頭らしき部位に叩きこむ。

「――――飛燕連脚、っと」

技の名前を後には、魔物は塵へと還っていた。

ミラの方も、狼の魔物を倒せていたようだ。死骸が塵になっていくのが見える。














「………じゅるり」

「先生! ジュード先生! 何やら麗しき女性一人がよだれを垂らしております!」

「いやアルヴィン、落ち着いてよ。あと先生言うな」

慌てるのは分かるけど、あんたキャラ崩壊してるがな。ミラも、女性としてどうかと思うよ。
なんだ、昨日の食事で美食道に覚醒してしまったのか?

「食い意地が張っているというか。まあ、気持ちは分かるけどね」


なんせ、前方に見える村から、漂ってくるのだ。

それはもう、本当に美味しそうな香りが。



「甘い甘い果物の香り………ナップル、か。そういえばそんな季節だったな」


前に来たのは、ちょうど一年前。色々と旅に修行に研究に、忙しかった時期だ。



(そういえば、あの妙な幼女は元気にしてるかなー)



僕は前にあった奇妙な少女の事を思い出しながら、足を早めた。



山奥にある小さな村、ハ・ミルへと。




[30468] 11話 「山奥の村の少女」
Name: 岳◆3d336029 ID:0347f440
Date: 2011/11/13 22:52
ハ・ミルに到着してすぐ、僕達は村の人々に歓迎された。迎える相手は僕だという。

ああ、以前にこの村に来た時、果樹園の方でけがしていた人達を、僕が治療したからだろう。感謝の証ということだ。

よそ者を嫌う傾向がある村民でも、仲間を助けてくれる人は別。

何でも頼んでくれと言われたので、ひとまず宿を借りることにした。

招待されたのは空き家だった。

が、掃除が行き届いているし、なかなかに洒落た内装をしているようで、悪くない。

窓の外からは夕暮れが見える。そういえば、前に来た時もずっと夕暮れ時が続いていた。

霊勢が偏っているのが原因だろう。イル・ファンは完全な夜域で、24時間空は夜に固定されていたが、ここは黄昏時に固定されているようだ。


と、ミラに確認してみるが、どうやら彼女は霊勢について知らなかったようだ。

リーゼ・マクシアでは一般常識なのだが………さすがは精霊の主と言った所か。

そう言うと、「人間が定義した言葉、その全てを知っているわけではない」とのこと。
でも精霊の力のバランスから成り立っている現象だから、把握していてもおかしくないと思うんだけど。

いや、あるいは別の視点で把握しているのかもしれない。表現する言葉が違うとか。

精霊と人では日常からして違うのだから、それもあり得るだろう。

名付けることすら必要のない、当たり前の現象なのかもしれない。

まあ、精霊の世界など知らない僕にとっては、そのあたりは全く分からないことなんだけど。


だから、取り敢えずはこの美しい夕暮れを楽しむことにした。


なかなかに綺麗だ。この村自体、かなりの高台にあるからだろう。

はっきり見える夕陽がキレイだ。

しかし、知らないうちにここまで登ってきたのか。


その後、僕達はひとまず荷物を置いてから、村を歩きまわった。

ナップルの甘い香りがして、またミラがよだれを垂らそうとしていた。

ので、今日はナップルを入れたソースを使おうと決めた。

時間があれば、明日の朝にデザートとして出せるだろう。

幸いにも、お金はある。


で、食料品屋で肉も買いつつ、また街を回った。

そして、面白いものを見つけた。

入り口から入って、少しした所にある樹の中に、なにやら紫色の水晶みたいなのが埋めこまれているのだ。

そのままじゃ届かないので、マナで脚力を強化しながら飛ぶ。

で、触ってみると紫色の水晶は、まるで宝箱のように開いた。中からお金が出てくる。

「え、これって村長のへそくりか?」

「うわ! すごいや兄ちゃん、それ開けられたんだ!」

いや、普通に開いたけど。

「いや、どんなことしてもそれ、開かなかったんだ。大人の人達が色々と叩いてたけど、うんともすんともいわなかった」

なら、マナのせいか。脚力を強化すると同時、一応手にもマナを巡らせていた。

結構なマナを発しながら触ったから、それが原因と思われる。

で、中から文字が書かれた手紙のようなものが出てきた。なんでもこれは大海賊アイフリードの宝らしい。

大海賊と言う割には、金額がしょぼいが。てか、名前負けしている。

ひょっとして自称なのか?

つーかもっと、こう、輝くような黄金でも入れとけってんだ。世界各地にばらまいたらしいが、どうにも期待できそうにないぞ。

まあ、あって困るもんじゃないし、見つけたら取りあえず拾っときますか。


で、しばらくして食事の時間になった。

宿には調理できるキッチンがあったので、助かった。

今日はチキンのナップルソースがけと、ポテトサラダでございます。

サクっと作って出すと、ミラは先日と同じように、電光石火の速さで食らいついていく。

道中、いくらか注意したマナーを意識しているのせいか、昨日よりは遅い。

ていうか、前よりマシだけど口の端に食べかすがついているよお嬢さん。

まるで子供だ。でも、こうも食べてくれると嬉しい。いっそ清々しいものがあるし。

「そういや、ここってワインも作ってるんだよな」

「ああ、パレンジの実で作られているって聞いたけど、明日に響くから飲酒は却下ね」

「即答かよ………変なところで真面目だねえ、優等生?」

「そう言われたのは初めてだな」

「まあ、そうかもな」

アルヴィンが苦笑している。というか、一人旅に飲酒は禁物だろうに。こうして護衛を抱える身としては、もっと駄目なものだ。

それに、なるべく酒は飲まないようにしてるんだよ。

前に飲んだ後のことだ。飲んだ直後の記憶が無くなっていて………その場にいたナディアからは、「お前は金輪際酒を飲むな。酔うな。次は殺す。絶対に殺す」とか顔を赤くしながら言われた。

かなりヤバイことやっちまったんだろう。見たことがないほどに顔を赤くしていたし。

なんにせよ、記憶が無くなるってのは何となく面白くないので、あれからはアルコールは取らないようにしている。

「ま、雇い主の意見に合わせますか。で、俺はこのまま休むけど?」

「あー、僕はちょっと外に出てるわ」

ちょうどいい。前に聞いた、ベストスポットとやらに出かけますか。













「………確かに、美事だなあ」

村外れにある果樹園。その上に、僕はいた。果樹の頂上付近にある実を取るために作られたのだろう、高いところにある足場の上で、一人で夕焼け空を眺めている。

以前にこの村に来た時、治療した相手から教えてもらった場所だ。

いわく、ここの景色が一番良いと。

高台の更に上に位置する、極めて高所に位置する場所から見下ろせる景色は、それはもうスゴイらしい。


で、その言葉は確かだった。


予想よりもかなり高い所まで梯子は伸びていたが、すぐに頂上まで登り切った後。

開けた視界から見えたのは、圧巻の一言。

まず、空が見えた。次に、大きすぎるほどの夕陽。

広い空。遮るものはなにもなく、遥か彼方まで見渡せる。


綺麗だ、と陳腐な表現が心に浮かぶ。陳腐だが、コレ以外に現しようがないのではないか。

いつもは何の気なしに眺めている夕焼けも、こうしてみれば壮大なスケールで行われている現象だと分かる。


と、風景に見惚れていたその時である。


「あ………」

高台の奥の方から、幼い少女の声が聞こえた。

いったいこんな場所に、しかもこんな時間に誰がいるのか。あるいは同じ目的で、ここに上がっているのだろうか。


そう考えている最中に、少女はこちらに近づいてきた。


とて、とて、と確かめるように歩く少女。

観察して分かったが、何とも儚い、寂しいといった印象を思わせる少女である。


目は下を向いているのでわかりにくいが、顔は整っている方だと思われる。あるいは、美少女の域に入るのではなかろうか。

綺麗というよりは、可愛い。セミロングで、髪の色は金。だけど、ミラほど輝かしくはない。見た目の性格のような、抑えた金の色である。

年は10かそこらだろう。それなりに整った顔だが、幼さがはっきりと残っている。

そして、見た感じミラのような活発さを感じさせる印象はない。

そのせいか、特徴的な紫色の服が似合っている。レイアともまた違う感じだ。

少女然としていると言えばいいのか。とにかく、付き合ったことがないタイプだ。


(ああ、思い出した、彼女がそうだ。一年前にここに来たあの日から、ちっとも変わっていないな)

果樹園で治療している最中、遠目に見た時の姿そのままだ。胸に抱いている人形もそのまま。

不気味なデザインの人形だけど、余程大切なものなのだろう。

まるで人間を相手にするような力で、優しく抱きしめている。

抱かれている人形は、眼を閉じたままだが。


(………ん、閉じて?)


なにやら違和感があるが、取り敢えずはその違和感を無視し、僕は少女に話しかけた。


「えっと、僕に何かようかな」


取りあえずは営業スマイルで牽制する。

なんていうか、この少女からは威圧感を感じるのだ。はっきりとしたそれではないけど。

そう聞くと、少女は視線を左右に逸らしはじめる。

焦っているのか、慌てているのか、それとも戸惑っているのか。

混乱した様子を見せている。

(おとなしそうな子だな………)

今までが今までのせいか、異世界人を相手にしているような感覚が。

いや、珍獣というか。ともかく、相手にしずらい。

どうしたものか。そう思っていると―――――――いきなり、爆弾が来た。


正面。抱かれている人形が、いきなり眼を開けて――――!?


「やあ! こんにちわぁァ!!」

「へあっ!?」


あまつさえ、自己紹介をしやがりました。

しかも、何故か力の入ったお言葉で。

全くの予想外、かつ不気味な外見とその口に驚いた僕は、瞬間的に間抜けな声を上げて、飛び退り――――



「あ………!」



少女が焦った顔をする。それもそうだろう。





なんせ、今の僕の足元には。



足場が、存在しないのだから。







「あああああぁぁぁぁぁァァ」





僕は間抜けな声を出しながら、高台から真っ逆さまに落ちていった。
















「天狗じゃ! 天狗の仕業じゃ!」

急いで宿に戻るなり、僕はミラとアルヴィンに向けて叫んだ。

悪魔のような魔物が現れたと。

一刻も早くここから逃げなければならないと。

さっき高い所から落ちたせいか、着地した足がしびれているが、そんなことを気にしている場合じゃない。

ああ天狗じゃ。この美しい黄昏の世界を侵略しようとする悪鬼羅刹、すなわち天狗が現れおった!

でも返答は切なかった。

「あー………えっと、ジュード? もう朝か? 朝ごはんはデザートとやらに、ナップルが欲しいぞ」

寝癖が激しい、寝ぼけているミラ。なんて言うか、空気が一気にしぼんだ。

「ってミラ、よだれが! 一端起きろって! いくらなんでもそれはまずい! あと、少年は取り敢えずそこに座れ!」

落ち着かせようと声をかけてくるアルヴィン。こっちは大人の余裕を感じました。



で、僕は深呼吸をしながら気を落ち着かせると、見たものを二人に説明した。



「ぬいぐるみ………それは食べられるのか?」

「よし分かった。いいからミラは寝ててくれ」

精霊の主は昼の戦闘がきつかったせいか、役に立たない。

語尾に(笑)がつきそうなお人は、ひとまず寝ててもらおう。一向に話が進まん。

「で、それはマジもんか少年」

「ああ。可愛い顔してあの娘、やってくれるもんだね。まさか大人しい外見を囮にして奇襲を仕掛けてくるとは………」


また一つ、女性の恐ろしさを学んだ僕であった。

それから対策案などを話していると、ふと背後に気配が。


「あの………」


声がして。振り返れば、奴がいた。


具体的には、先ほどの金髪の美少女が入り口の所に立っている。


「お前は、天狗の!?」

「………天狗、ですか?」

「落ち着けって少年………どうみても悪い娘じゃなさそうだぞ」


カオスになりそうな場は、アルヴィンの一言でひとまずの沈静化をみせた。



















「じゃあ、それはただの喋るぬいぐるみだと?」

「そうそう! いきなり驚いて失礼しちゃうな~」

「黙れこの謎生物Xが。というかぬいぐるみが言語を解するか。この雌雄同体。ってか、性別という概念があるかどうかも怪しいわ」

取り敢えず説明してくれたが、この物体はなんなのだろうか。害する意図がないのは分かるが、こうも正体不明ではこちらが不安になってくる。

さきほどは緊張していたせいで声が上ずってしまった、と言うがそんなこと誰が信じるか。

でも、実際の所は判別がつかないでいる。

というか、見れば見るほどわからない。いったい、この目の前の物体は、何科の何類に該当するのだろう。

生物学的にもおかしいとこだらけだ。いや、生物じゃないだろう。見た目は人形というか、獣を模したぬいぐるみそのものだし。

だけど、自律して動いているようにも見える。腹話術じゃないし、宙に浮遊している。

うん、見れば見るほど怪しい。

でも確かに、悪いモノじゃなさそうだな。


「あの………わたし、エリーゼといいます。エリーゼ・ルタス」

「僕はティポ。エリーの親友だよ~」


なんか自己紹介をしてくる美少女+α。僕はアルヴィンを顔を見合わせる。

意外そうな顔をしている。僕も、きっとそういう表情を浮かべているのだろう。

まさかここで、礼儀正しく対応されるとは思わなかったからだ。

見れば、少女の方は若干身体が震えている。ちょっと騒いだのが怖かったからだろうか。

僕はそこまできて、ようやく自分の状態を把握した。この少女を、怖がらせていることも。


だから、苦笑しながら自己紹介をすることにした。

若干の謝罪も含めて。

「ごめん、僕はジュード。ジュード・マティス」

「俺はアルヴィンだ。よろしくな、将来が楽しみそうなお嬢さん」

「で、こっちで寝ているのがミラ。美食に目覚めた女狼と言ってやってくれ」


そこからは、互いの誤解を解いたあと。ひとまず、解散することとなった。

エリーゼの方は、まだ何かを話したがっていたようだが、夜ももう遅い。

空は相変わらず黄昏で、夜というものを感じさせないが、腹時計から言って時刻はもう夜半過ぎになっている。

明日の出発に差し障ると思った僕は、少女エリーゼに帰宅を促した。










――そうして、翌日。


僕は朝食をしている最中、ミラに昨日のことを話した。

が、彼女は全く覚えていないようだ。ナップルの実を食べながら、首をかしげて「そんなことあったか」と言いたそうな顔をしている。

まあ、ミラも昨晩はかなり疲れているようだったからな。



で、朝食後の食器を洗っている最中だ。ミラが、村の入り口か奥に続く、大きな通りで何をするわけでもなく佇んでいるのが見えた。

僕も食器を洗った後、通りに出てみる。そこには、朝から働いている村人の姿があった。


ミラは、そんな人達を、眩しそうな顔でじっと見つめている。昨日の駄目っぷりが嘘のようである。

威厳あふれる精霊の主。そんな単語が脳裏に浮かぶ。

僕は何か、話しかけるのも躊躇われたので、取り敢えずは少し離れた場所に、同じように立った。

手に持っているナップルをかじりながら、黙る。

(そういえば、なあ)

思えば、こうして落ち着いて二人で居るのは初めてのことだ。


だから僕はミラに、かねてから確認しておきたかったことを聞いた。


色々とあるが、本当に聞きたいことは一つ。


研究所にあった、兵器。全ての事態の中核らしきもの。

――――黒匣《ジン》と呼ばれるもの。

そう、賢者《クルスニク》の槍に使われていたものについてだ。

「………あれは、人が手にしてはいけないもの。人の手から、離さねばならないものだ」

「それは、あの兵器が危険なものだから?」

四大を捕らえうるほどの兵器。マナを吸い取る、殺傷兵器。

なるほど、それならば確かにそうだ。どういう原理でできているかは分からないが、あれは人の手にあまる。

ともすれば、無差別に多くの人間を殺傷する兵器にもなりうる。


だけど、それは剣も同じだろう。槍も。人を殺傷する存在としては、刃物も弓矢も似たようなものだ。

あれだけが特別な意味が分からない。わざわざ精霊の主が出張るほどのものなのか。


「あれは、特別なものだと?」


推測をまじえて、問う。だが、ミラの返答はにべもなかった。

今度は突き放すような口調で、答えを返してくる。


「君が、その理由を知る必要を感じないな………」

「それは、言えないってこと?」

問いながらも、わかっていた。なんというか、崩せない壁のようなものを感じる。ここだけは退けない、というような。

確かに、あれが危険なものだというのは分かる。なにせ兵器だ。

明記も明示もされていないが、あれを平和利用するなどありえないことだろう。

兵器は兵器以外の存在には成り得ないからだ。その名を冠されたものは、全て等しく、何かを傷付けるために存在する。

だから壊すのだと、そう言えばいい。

なのに、言えない。言わないのか、言えないのか。


「………刃物と同じようなものだ。それだけではない。あれは、存在してはいけないもの。理由は関係ない、壊さなければいけない、使ってはいけないものなんだ」

「理由は教えられないってこと?」

「君も、赤子が刃物を手にしていたらどうする? 説明する前に、まず取り上げるだろう。そういうことだ」

ミラにしては珍しく、歯切れの悪い言葉。少しだが………言葉を選んでいるような。

本当は、一言でばっさりと切り捨てたいのだろう。黒匣《ジン》とやらに対して、目に見えるほどの嫌悪感を持っている。

だから、分かった。

なにか――――誤魔化そうとしているのが分かる。

「赤子、ね。まあ、精霊様から見たら、そういうものなのかな………でも」

僕だったら説明して欲しいと考えるよ。ミラに、そう告げる。

「赤子だからと言って――――子供だからといって、頭ごなしに言われる覚えはない。
 
 子供は子供で、必死に考えているんだ。そりゃあ、一人前の大人と比べられれば、幼く、稚拙かもしれない。

 だけど、明確な一個の存在としてここに居る」

だから、一方的に頭を抑えつけられる覚えはない。言うと、ミラは困ったような表情を見せる。

「そういう意味で言ったのではないのだが………」

眼を閉じて、考えている。

そうして、数秒はそのまま黙っていただろうか。その後、やはり眼を閉じながらミラは言う。

「上手くは言えない。だが、あれは絶対に壊すべきものなのだ。そのために、私は存在している…………」

ゆっくりと、確認するかのように。やがて、ミラは眼を開いて、告げた。


「それこそが、私の使命だ」


告げながら、向けられた視線の先。


そこには、平和に暮らしている村人の姿があった。




「使命、ね………ん?」





そうして、感慨にふけっていた時。平和なはずの村人の顔が、緊張するものに変わった。

何があったのかは、一目瞭然だった。村人達の視線が集中する先は、村の入り口で。


そこに、ラ・シュガルの正規兵が居るのだから。




「正気かよ………!」


ここはア・ジュール国内だ。いわば敵国。国境の先に、しかもこんなに早くやってくるとは。

用心はしていたが、本当にこんな所まで兵を向かわせるとは思っていなかった。

この兵は、僕達を追ってきたのだろうか。わからないが、聞いて確認するわけにもいかない。


「見つかる前に村を出ようか。キジル海瀑は村の奥、西に抜ける間道の先にあるから」

「……分かった」

見つかれば、ここは戦場になる。巻き込めば後々面倒くさいことになるだろう。

そう判断した僕達は、そのままアルヴィンを連れて村を出ようとする。


だが、村の奥。海瀑に続く街道の前には、すでにラ・シュガル兵が配置されていた。

山の横からか、あるいは街道の横からか。なんにせよ、先回りされていたようだ。


「どうする………?」

「殴り倒していくか。いや、でも村に迷惑がかかるかもな」

至極まっとうなアルヴィンの意見。それを聞きながらも僕は強行突破を考えていた。

補足される前に、顔を見られないままぶち倒すのが最善だと。


だけど、後ろから聞こえた声に、思考を中断させられた。


「あの………なにしてるんですか?」

「あ、エリーゼ」

見れば、いつの間にやら昨日の少女がいた。

「ふむ………邪魔な兵士をどうしようか、考えていたのだが」

直球なミラの意見。聞いて、僕は思いついた。


「そうだ謎の物体。いっそのこと、あの兵士を食べてくれないかな」

「りょーかい~!」

「喋った!? って、食べる!?」

ミラが驚いている。だけど、昨日の僕ほどには取り乱していない。

そんな僕達をおいて、ティポと名乗る遊星からの物体Xは兵士に突入。

なんかの儀式のように、兵士たちの周囲をグルグルと回りだした。

その兵士二人と言えば、恐怖のあまり頭を抱えて震えている。


「やるじゃねえか………」

親指をぐっと上げる。隣の二人は若干顔をひきつらせているが、これをチャンスと思いねえ。

このまま突入しようと、顔を見合わせる。

だけど、また声により行動は遮られた。


「ここで何をしておる」


僕達の背後。そこには、いつの間にだろうか、巨体が立っていた。

一言で表せば、ジャイアントおっさん。ヒゲはもじゃもじゃ。

衣装はどこかの部族のものだろうか、特徴のある柄をしている。

というか、とにかくなにもかもスケールが違う。上にも横にもでかすぎるし、持っている武器もでかい。


「これ、娘っ子。小屋を出てはならんと言うに」

「っ………」

言われたエリーゼは、少し顔を逸らしたまま口を閉ざす。

それもそうだろう。このおっさん、ただのおっさんじゃない。

体格もあるが、それ以上に――――


(マナの気勢が、気配が鋭い)



あまり感じたことがないぐらいに。

実際、おっさんは道を塞いでいる兵士を見るや、「ラ・シュガルもんめ、勝手な真似を」と言った後。

近寄るやいなや、手に持っているハンマーでぶっ倒した。

頭をかじられていた兵士は為す術もなく吹っ飛ばされ、壁にたたきつけられた後、地面に倒れる。

「………あの二人、ついてなかったな」

アルヴィンが言うが、全くその通りである。正体不明のぬいぐるみに襲われてホラー。

視界を防がれた後、怪力のバイオレンスである。

それなんてスプラッタ。いや、兵士さんは死んでないみたいだけど。


「ともかく、助かった…………?」


ぬいぐるみ攻撃の礼を言おうとする。だが、エリーゼはすでにそこにはいなかった。

見えたのは、小屋へと走り去る小さな背中だけ。


「礼は………いいか、帰りにしよう」


槍を壊すなら、ニ・アケリアの帰りに寄ることになる。

その時でいいかと、アルヴィンとミラに視線を向ける。


「分かった、行こうか」

「留まるのもまずいしな」



二人の同意を得て、僕達はまた出発を開始した。





[30468] 12話 「キジル海瀑にて」
Name: 岳◆3d336029 ID:0347f440
Date: 2011/11/13 22:29


ハ・ミルを脱出して、5時間ほどが経過しただろうか。ガリー間道を進み続け、昼を少し過ぎた頃。
僕達は間道が終わる場所、その手前までやってきていた。
もう少し進めなキジル海瀑。で、そこを越えれば精霊の里とも呼ばれる村、ニ・アケリアがあるらしい。

「でも、今日はひとまずここでストップね。野宿して、早朝に出発しよう」

「ああ、そうした方が賢明か」

「何………?」

アルヴィンは分かってくれたが、ミラの方は何故このまま行かないのか、と言いたそうな顔をしている。
いや、そりゃ無理ってもんでしょ。

「突っ切るとしても、所要時間が不明だし。それに、海のように水が大量にある所に強行軍するのはね。そこに徘徊している魔物の強さも分からないし、迂闊に進むのは危険だから」

せめてどのくらいの距離かがわかれば、あるいは魔物の強さが分かれば。どちらかの情報を得られていれば、このまま進んだかもしれない。
だけど、"シルフで何時間か~"とかいうはっきりとしない情報を頼りに進むのは危険すぎる。

夜になれば足場も見えなくなる。滑って転んで水の中に落ちるのは本当に危険なのだ。
特にミラ。泳げない彼女を抱えて陸まで運ぶ作業は、もう二度とごめんである。あの時はぶっちゃけ溺死するかと思ったし。

「お前たちでも無理なのか?」

「無理というよりは、やりたくないかな。何よりミラが危ないし」

「あー、濡れている岩場は滑りやすいしなあ。いくらマナで防護していると言っても、岩場でこけると危ないぜ?」

それに、油断したまま浅瀬に落ちたとしよう。そのまま気絶でもしたら、死ぬことも十分にありえる。

と、いう風に、アルヴィンと一緒に未だ納得いかないような顔をしているミラ姫へ説明を繰り返していく。


そして苦節10分の説得の後、彼女は、ようやく納得してくれた。


「それならば………仕方ないか」


渋々という顔をするミラ。まあ、シルフで移動する時の速度を自覚していない、ってのも強行できない理由になっているからな。

今度はちゃんと距離を把握しておきましょう。そのふてくされる様子は、何かスゴイ可愛くみえるから良いんだけど。


それから、休める所を探した。魔物が襲ってこないような、高台が最適だ。
こういうものは、探せば見つかるものだ。そして、探さなくても見つかる場合がある。
代表的な例で言えば、近くの場所に別の冒険者や傭兵がいる時だ。一足先にここらにやってきていて、同じように休む場所を探している時。


――――例えばそう、右斜め前にある高台の上にあるような。


「ってあそこじゃん」


見あげれば、煙が上がっている場所があった。煙の色と、漂ってくる良い匂いからして間違い無いだろう。

登ってみると、思った通りに傭兵と行商人の一行がいた。

あちらからも僕達の姿は見えていたようで、登ってきた所に近づいてくる。


「お前らは………盗賊って面でもないな、旅人か?」

「そんなところです。僕とこっちの男は傭兵ですね。彼女に雇われたんですよ」

と、後ろにいるアルヴィンとミラを指す。

「へえ~………」

傭兵らしき男が僕達を見る。って、特にミラの方を見ている。
全身を舐め回すような視線だ。しかし対するミラは動じない。
腰に手を当て、何を見ているんだというように見返すだけ。

気にもしていない、ということだろう。
だけど僕がムカツイた。男として気持ちが分かるが、ムカつく。

「っとお、怖い怖い。じゃあこっち来なよ。困った時はお互い様ってな」

傭兵の男が笑う。そこまで悪辣な傭兵じゃないようだ。
で、連れられた先には、行商人の一行と傭兵達がいた。傭兵の7人は、団を組んでいるらしい。

行商人は3人だろうか。荷物と立ち方から見るに、たぶんそうだ。
しかし、傭兵の方はあれだな。言えた台詞じゃないが、眼つきが良くない。得にミラを見る眼が。
傭兵の一人。恐らくはリーダ格であろう、整った顔に高い鼻を持つ色男が、ミラを眺めながら何事かほざいた。

「へえ~………上玉じゃん。初めて見たよ。あらかたの美人は知り尽くしたつもりだったけどなぁ」

先ほどと同じ、舐め回すような視線。特に胸のあたりに視線が集中している。
対するミラは、腰に手を当てながら何でもない顔をしている。それを見た傭兵は、「度胸もあるじゃん」と口笛を吹いた。

「護衛が必要ってんならよ。そんな貧弱そうな奴らより、俺らを雇わねえ?」

「いや、断る」

ずっぱりと。まるで刃物のような口調で、ミラは告げた。

「お前たちと居ると、敵とは別に自分の身を守る必要が出てきそうなのでな。それに、今は別の雇い主が居るのだろう。不義理を働くような傭兵を雇いたいとは思わない」

「はっ、そりゃごもっともだな」

傭兵のリーダー格は、まいったと額を叩く。器はでかいようだ。

統率もとれているらしい。まあ、喧嘩にならなくて良かったよ。負けるとは思わないけど、後々厄介なことになりそうだからな。

で、僕達は休憩する場所を確保した後、行商人の一行と情報を交換しあった。こちらから出す情報は、彼らがこれから戻るであろう、ハ・ミルのこと。

「なんだって? ………ラ・シュガルの兵がハ・ミルに? とうとう国境を越えてきたのか、ラ・シュガル側は」

とうとう、という言葉。

引っかかりを感じて聞いてみると、行商人は「嫌な情報だがな」と、顔をしかめた。

「ここ数年の動きだけどな。ラシュガル軍部の中で、どうにもきな臭い動きをしている一派がいるらしい。ア・ジュールもそれに対応して、新たな研究を進めているとのことだ」

確定情報ではないがな、と。噂と同じような確度らしいが、一応気にしておく必要があるだろう。

あの研究所の件もある。あの巨大な槍は、どう考えても対軍用。戦争に使われる類のものだったし。

「だが、ア・ジュールの方が有利かな」

「へえ、何で? 20年前の開戦では、ラ・シュガルの方が優勢だったって聞くけど?」

アルヴィンの問いには、傭兵のリーダーが答えた。

「王の差さ。ラ・シュガルのナハティガル王も、兄王を蹴落として王位についた傑物だが………ガイアス王はそれ以上の化物だぜ?」

「へえ、妙に具体的だな。アンタ、もしかしてガイアス王を実際に見たことあるのか?」

「ああ、両方の王にな。で、俺は思ったわけよ。ガイアス王の、あの刀の前に立ちふさがるなら――――単独でファイザバード沼野一昼夜越えをした方が、万倍マシだってこと」

言っているリーダーの顔色が悪くなっていく。他の団員達も同じ意見のようで、全員が頷いていた。

って、比べる対象が突き抜けている。あの沼を一日で越えようとか、自殺と変わりない。

一介の傭兵と言えど、実際に戦っていない相手にここまで言わせるとは。ガイアス王とは、一体どんな王なんだろうか。

「ああ、そういえば20年前の………ガイアス王はまだ12才だったって話だが。それでも会戦でかなりの活躍をした、って聞いたぜ?」

「半端ねえな、おい」

アルヴィンが呆れ顔だ。僕も同意する。12才て。あのエリーゼと同じぐらいの年で、戦場で無双したって?

一体どんな化物だ。


そこからは、目新しい情報もなかったので、休むことにした。










―――翌日。

まだ薄暗い時に、僕達は出発した。行商人達には、昨日の内に出発する時刻を告げていたので問題ない。
キジル海瀑に到着したぐらいで、普通の朝になった。

「おお、綺麗だな」

砂の平原が広がっている。その奥には海のように拾い湖が。そのまた奥には、見上げるほどの大きさの崖があり、上からは水が流れ出している。
歩ける場所は、砂浜か、岩場の上か。魔物も居るようだ。

「見蕩れてないで、さっさと行くか」

「うん、夕方までには突っ切りたいしね」

「確かに、夜のここは歩きたくないな」


確認しあい、隊列を組んで先に進んでいく。
だが幸いにして、このキジル海瀑に出現する敵の強さはそれほどでもなかった。
砂場や濡れた岩場など、格闘術を使う僕にとってはかなり辛いフィールドになるが、それでも問題なくすすめるぐらいだ。

お荷物になるかと思ったミラも、かなり成長している。だんだんと剣筋が冴え渡っていくのが、目に見えて分かるぐらい。
だけど、リリアルオーブのリンクはミラとつないだままにしている。成長して、守る必要が無いとはいえ、万が一ということもある。
出現する敵も、その全ては把握できなていない。今までの街道とは違う、未知の場所ということもあるので、今回は慎重に行くと昨日の内に決めたのだ。

そうして、慎重に。うまく連携しながら、敵を順繰りに打倒していく。

「っとお、また団体さんが来たぜ!」

「僕は援護を!」

「私は左だな―――はっ!」

気合と同時に振り下ろされたミラの剣が、魔物に突き刺さる。
しかし、また致命傷ではないようだ。そこに、ミラは追い打ちをかけた。

「ファイアーボール!」

火球が怯んでいる敵に直撃。まともに食らった敵が、たまらずに吹き飛んだ。
そのまま、マナへと分解されていく。

「おっとぉ、こっちを忘れてもらっちゃ困るぜ!」

アルヴィンの武器―――ガンというらしい。火の精霊術を応用したというらしいそれが、文字通りに火を吹き、弾丸が瞬く間に突き刺さる。
攻撃を受けた亀がひるむ。そこに、大剣の一撃が決まった。
しかし、横合いから別の敵がアルヴィンに襲いかかる。なるほど大剣を振るった後、アルヴィンの身体は隙だらけに見えたが――――

「油断大敵だよ!」

それは誘いだった。不用意に近づいた魔物が、アルヴィンのガンで迎撃される。

(なるほど、ああいう使い方もできるのか)

小回りのきくガンは、あくまで牽制用というわけだ。相手の体勢を崩したり、今のように大剣攻撃の隙を埋めるための武器。
大したものだ。一人で戦っても生き残れる装備だろう。

(こっちも負けていられない)

拳打も蹴撃も足場が命。いくらマナで強化しているとは言え、体重が乗っていない拳や蹴りなど気の抜けたソーダと同じだ。
でも、僕が使える技はそれだけじゃない。師匠から教えを受けたのは、護身を元とする格闘術。環境がどうであれ生き延びるという、生存術にも似た武術なのだ。
それに、この程度の足場なら何度か経験したことがある。

だから、ミラへの魔神拳での援護の間隙を縫って。僕の方に近づいてきた魔物に、してやったりの笑みを返す。

「行くっ!!」

カニ型の魔物を足で掬い上げ、宙に浮かんでいる足を掴み。ふりまわして岩場に叩きつけると同時、拳を叩き込む。

「ガアッ!!」

消えていく魔物。だが、背後からまた別の魔物が襲いかかってきた。
僕は咄嗟に前へと飛び、岩場を足場にして跳躍、敵の攻撃を回避しながら、攻撃の体勢に入る。

「飛天翔駆!」

脳天へ双足蹴りを叩き込まれた魔物が、声もなく絶命する。

それを足場に、更に飛び上がり、また別の魔物へと蹴りを叩きこむ。

「おー、やるねえ少年!」

「ずいぶんと身軽だな!」

ミラとアルヴィンの声が聞こえる。どうやら、二人とも周辺に居る魔物を倒し終わったようだ。



僕達はそんな調子で次々に襲い来る魔物達をたいらげながら、キジル海瀑を進んでいった。


ミラも、街道で戦っていた頃よりは、幾分かマシになっている。剣も、そして精霊術の使い所も上達しているのだ。
近距離から遠距離まで、間合いを選ばない戦い方ができている。
それでも慣れない戦い方や、経験をしたことがない徒歩での旅に疲れを感じているだろう。それなのに、愚痴の一つもこぼさないとは大したものだ。

途中、妙な形の岩がたくさんある所があり、そこはちょっと進むのに骨がおれたが。ミラは望むところだとばかりに登っていく。
ちょっとパンツが見えかけてドキリとしたのは秘密だが。

「ふむ、この岩は………精霊の影響を受けているな。精霊たちが集まっているのか」

なんでも、精霊たちが集まる場所には、こうした岩が多いらしい。ニ・アケリアの近くにある、精霊が集まる山とやらに似ているそうだ。

「つまりは、この先が?」

「ニ・アケリアで間違いなさそうだな」

少し疲れた顔をしていたミラの顔が、明るいものにかわる。故郷に帰られる事が、嬉しいのだろう。


そのまま少しすると、また開けた場所に出た。大きな湖面があり、その中央を岩の足場が通っている。
安定した足場だ。敵もいないので、ちょっと気晴らしにと雑談をしてみた。

「もうすぐミラの故郷か。精霊の里、って言うけど、いいところなの?」

「うむ、私は気に入っている。瞑想すると力が研ぎ澄まされる気がする。落ち着ける所だ」

「へえ~」

アルヴィンが感心したように頷いている。

それより、座禅を組むとミニスカがいけない感じになるなーとか、そんな事を考えてしまう僕は駄目なのだろうか。

「ふむ、何やらまた不愉快な空気が………」

「ちょっと休憩しようか! 座ろうよ! 硬い岩場歩いたせいか足も痛いし、疲れたままだと危ないしね!」


誤魔化しの言葉だが、二人も疲労がたまっていたのだろう。

頷き、提案に乗ってくれると足を止めた。







「いや~少年も少年っぽい所残ってるんだな」

「失礼な。どこからどう見ても普通の少年だよ、僕は」

「そう振舞いたいだけなのかも………っと、怖い顔で睨むなよ」

まあ、そっちの方が素に見えるがね。アルヴィンはそう言いながら、意味深な笑顔を向けてくる。

「何が言いたい?」

それにイラッときた僕は、思わず口調を取り繕うのをやめてしまう。
だがアルヴィンは予想通りだと、また笑みを深くする。

「やっぱり猫かぶってたか。なにか、違和感があると思ってたぜ」

「で、猫剥ぎとれて満足か?」

何が目的か。身構える僕に、アルヴィンはいや、と肩をすくめる。


「猫かぶったままなんて寂しいじゃねーか。俺だってお前とは仲良くしておきたいんだぜ?」

「よく言うよ。それならその全身から漂う胡散臭さをどうにかしてくれ」

「ははっ、素のお前さんは顔と違って辛辣だな。眼つきも悪い」

「よく言われる」

返すが、どうにもアルヴィンは動じない。一体なにがしたいというのか。

訝しる僕に、アルヴィンは「話は変わるが」と前置いて、言った。


「今日、動き良くなかったな。もしかしてハ・ミルのこと気にしてんのか?」

「………そういったつもりは、ないけど」

村人でどうにかするだろう。むしろあのおっさん一人でどうにかなるレベルだ。

「本格的な追跡部隊が編成されるには、まだ時間がかかる。あれは僕達を追うための兵じゃないと思うけど?」

「それには同意だな。で、別に懸念すべき事項はないと?」

「ああ………いや、エリーゼという少女な。たすけてくれたし、一言だけ礼を言わんと」

どうにも、寂しそうな。別れてからだけど、そんな印象を抱かせる少女だった。

謎生物は不気味だけど、まあよくよく見れば面白い存在だ。

それにしても、何故あんな所に一人でいたのか。もしかして、友達がいないのだろうか。

(かつての僕と一緒で、と………いや、そうかもな)

そこまで考えて、なんとなく分かった。話しかけてきた理由も、あの後僕を追ってきた理由も。

「………話し相手が欲しかったのかもな」

僕と一緒で。あの人形のせいか、妙な威圧感のせいか。エリーゼは、あの村の中での居場所を持っていないのかもしれない。
だから、村の外の人間である僕達の手助けをしたのかもしれない。

一言、お礼の言葉を聞きたくて。もしかしたら、会話だけでもしたくて。

「どうした、なんだ藪から棒に。それに、何か………変な顔だぞ」

「ほっとけ。こっちの話だから」

初日のは、話し相手が欲しかったのかもしれない。

すぐに追いかけてきたし、妙に追いつかれるのが早かったし。それだけ必死だったのかもしれない。

でも、あれ、ちょっと。

(梯子で降りたにしちゃあ、追いつかれるのが早すぎたような)

もしかしてあの高さから、飛び降りたとか。

いや、見た目あの華奢な身体で着地の衝撃に耐えるなら、どれだけのマナ補強が必要になることやら見当もつかない。
まあ、それも今度お礼を言う時に確認すればいいか。

お礼を言うのは確定だし。もしあの場で強行突破してたら、ラ・シュガル側に僕達の居場所がばれていたかもしれないし。


「まあ、何にしてももうすぐ到着だ。このまま何も無ければ―――――って」


あっちで休んでいるはずの、ミラの声が聞こえた。

それは、何か苦しさを感じさせるような声で。僕はアルヴィンを顔を見合わせると、そっと近づいていった。


で、岩場の向こうにまでたどり着くと、予想外の光景が広がっていた。



建物の2階ほどの高さがある岩場の上。そこに、ミラに勝るとも劣らないナイスバディなお姉さまが立っていた。

およそ女性として理想的であろうラインを描いている尻に、動物な尻尾のようなものがついている。
服も大胆だ。太もも、そして胸元から下腹までに肌を隠すものはほとんどない。申し訳程度に、網のような布で覆っているだけ。

顔もキレイだ。冷たい感じを抱かせるが、メガネをかけているその顔は、ミラとはまた違うタイプだけど、はっきりと美女だと言える。

そんな、見た目痴女な格好をしている美女が、大きな本を片手に。

見たこともない精霊術のようなものでミラの身体を拘束したまま、その身体をまさぐっている。


端的に言って桃源郷だった。

小声でちょっとアルヴィンと話し合う。

『すごいエロスを感じるね』

『あいつは………いや、そうだな。なんだ、お楽しみの最中か? 何にしても眼福だな』

『いや、違うでしょどう見ても。超眼福なのは同感だけど………くそ、この距離じゃ何話しているのか分かんねーな』

アルヴィンの言葉にひっかかるものを感じたが、スルーする。

と、何やらミラの胸の中から、コースターのようなものが出てきた。

『え、なにあれ。マイ・カップならぬ、マイ・コースター? 僕のいない間にハ・ミルで買ったとか?』

『いや、俺に聞かれても分からねえけど』

『ちっ、アルヴィンって使えねー男なー』

『お前さん、素だとホントきついし嫌な性格してんのな』

『胡散臭いアルヴィンよりはマシだよ。でも――――』


ともあれ、ミラを助けなければいけない。

岩場の裏から回り込み、二人同時の奇襲をしようと考えた。


が、遅かったようだ。


「出てきなさいよ」


僕達が覗いていること、もう悟られていたようだ。というより、僕達が居ることを見越しての奇襲だろうしね。

ミラを人質に取られているも等しい状況だから、このまま隠れているという選択肢は有り得ない。

取り敢えずは言うとおりにすることにした。


すると、美女がアルヴィンの方に視線を向ける。


「………あら、今度はこの娘にご執心なのかしら?」

「放してくれよ。どんな用かは知らないが、彼女、俺の大事な雇用主《ひと》なんだ」

「――――近づかないで。どうなるか、わからないわよ」


えっと、アルヴィンの方もあの痴女を知っているようだったけど、この雰囲気は何か。

もしかして、元カノか何か? これって痴話喧嘩?

目の前のワイルドえろえろねーちゃんってば、アルヴィンの言葉に、えらい怒ってるように見えるんだけど。
ともあれ、どうするか。彼我の距離間は20歩程度。おまけに相手には高所の利がある。

この距離じゃあ一足飛びってわけにもいかないし。

(アルヴィンのガンなら………いや)

確認できないが、もし彼女が知り合いというなら、アルヴィンの武器も知られている可能性が高い。
もしかすれば、ミラを盾にされるかもしれない。

だからまず、ミラに向いている注意を逸らすか、彼女を拘束している術をどうにかするべきなのだが。

(だけど現状、僕とアルヴィンだけじゃあ無理)

打開策の材料には、足りない。

ならば、簡単だ。


『一度戦って、生き残りたいと決めたのなら、周辺の環境も味方につけろ』という師匠の教えに従い、他に使えるものを探すだけだ。


そして幸運なことに、“それ”はすぐに見つかった。

それを軸とした、簡単な作戦も思い浮かぶ。


僕は数秒でそれをまとめると、小声でアルヴィンに話しかける。


『アルヴィン、そのまま聞いてくれ………右上にあるあの大岩、それで撃てるか?』

『………この距離ならまず外さないな。何か策があるようだが、タイミングは?』

『一射目はすぐに。で、合図するからその時にニ射目を。彼女の足元にある岩場を撃ってくれ』

『―――了解!』



これ以上話しあっている時間もない。


まずアルヴィンが、ゆっくりとガンを構える。



「あら、可哀想。この娘は見殺し?」


ガンを見据えながらも挑発してきた痴女を無視し、目標を右斜め前にそえる。

女は油断しているようだ。しかし、この武器をみて動揺もないということは、アルヴィンについてはある程度は知られているということか。

それが、この場では上手く作用する。もしガンを知らないものとして捉えていたのなら、敵の警戒は深まっていただろうから。


そして、アルヴィンが見据える先には、崖に張り付いている岩で。

引き金が引かれると同時、数発の弾丸が岩に直撃した。



直後に、“それは起きた”。


衝撃を受けた大岩。



―――その横から突如、大きな足が生える!



「なっ」

拘束している痴女が驚きの声を上げる。それはそうだろう。

なにせ、岩だと思っていたものから足が生えて、突然動き出すのだから。

(よし、予想通り!)

マナを注視すれば分かる。あの大岩は、巨大な魔物が擬態していたものだったのだ。

前に文献で読んだことがある、突然変異種の大型魔物。

生態は分からないので何故あの場所でじっとしていたのかは不明だが、恐らくは眠っていたのか、ただ動くのが面倒くさかったのか。

だが、撃たれたショックはかなり堪えたのだろう。覚醒し、何やら物騒なマナを出し始めている。

「今!」

そして合図と同時、僕は走りだした。

合図を受けたアルヴィンが撃つ。

弾は彼女の足場となっている岩に命中し、敵の女はそれに驚いた。

集中が乱れたせいか、ミラを拘束していた術が解かれ、宙に身体を縫いとめられていたミラが、そのまま下の地面へと落ちる。

「ミラ、こっち!」

着地するミラの手を引きながら、即座にその場を離脱する。

そして、間一髪。


先ほどまで立っていた場所を、魔物の巨大な足が踏みつける

軽く、地面が揺れた。

その中で僕はミラの手を引きながら、ひとまずアルヴィンが居る所まで退避する。


「上手くいったな………っと、どうやらこっちに来るみたいだぞ!」

見れば、あの痴女はどこかに行っていた。逃げたのか、吹き飛ばされたのか。

どちらにせよ、目の前の魔物をどうにかするのが先決だ。


距離は開いている。この巨体、そして先ほどのような機動力を見るに、注意すべきは突進の一撃。

まずはそれを避けてから懐に………


「って、ミラ!?」


横目に、ミラの視線が地面へとそれたのが見える。


目の前の魔物から、彼女の足元にあったコースターのような、円盤形状のなにかに視線を向けて――――



「ば、前を、危な」



と言いながらも魔物のマナが膨れ上がるのを感じ。僕は、言葉では間に合わないことを悟って。



だから一歩、僕は注意を逸らしたミラの前に踏み出した。



予想通りに突進してきた巨体の前に立ちふさがるが――――――




「っ、ジュード!?」




巨体の体当たりをまともに受けた僕は、ガードした腕ごと、ボールのように吹き飛ばされた。


















おまけ


・突発的な声優ネタその1

リアラ「ねえ、◯ルルゥの声で“栗”って言ってみて?」

ミラ「………くり」

デューク・リアラ「あはははははは!」










・ボツにしたIFネタ

ジュード「お前は…………アルヴィン・H・ダベンポート少尉!?」

アルヴィン「いや会社同じだけど作品が違うから!」









・突発的な声優ネタその2

アルヴィン「ピッピッピッピー………もう止まっちゃえよ時間」

ジュード「あ、DJ◯ンドルさん、コ◯ドルワー。ぶるっきゃおうぶらむにー」

アルヴィン「ハーイ皆さんコン◯ルワーって人のネタパクってんじゃねーよブッ殺すぞこの野郎! ってあーぶるっきゃおうぷらむに、ねーって間違えてんじゃねーかこのボケ!
 ってこれは流行るよ絶対うけるってモニターの前のちびっ子諸君も暇があったら叫ぶんだ、ハイ――」




[30468] 13話 「戦いのあと」
Name: 岳◆3d336029 ID:0347f440
Date: 2011/11/14 23:18

急速に視界が変動していく。それだけの勢いで飛ばされているのだ。

だけど僕はやるべき事を優先した。リリアルオーブのリンクで、ミラへ『逃げて』と送る。

(――――よし)

強く念じたからだろう。ミラは即座にその場から飛び退いた。

間に合ったのは、ガードの瞬間に僕が踏ん張ったから。魔物の突進の速度はかなり緩まっていたから、回避できたというわけだ。

考えながらも、僕は背中にマナを回す。直後に岩へとぶつかった。

一瞬だけど、呼吸が止まるような衝撃が背中を襲う。数カ所だが、岩肌にぶつかって切れたようだ。

血が肌を流れていくのを感じる。


「ジュード!」

「無事か!」


二人の叫び声。それに対し、親指を立てて返答。ミラには『大丈夫だから前に集中して』とリンクで念を送る。

確かに今の一撃で負傷はしたが、この程度なんということもない。怪我のうちにも入らない。

せいぜいが打撲といった所だろう。魔物の一撃も弱く、正面から受け止めたわりには痛くない。

だから反撃に出ることにする。


―――何より。


(借りは、返さないとなぁ!)


痛いものは痛いのだ。痛いし………本気でムカついた。

強敵ならば戦意を奮っていただろうが、こいつは弱い。違うからムカつく。

自分に対しても、だ。弱い相手に足をすくわれるほど、苛立つことはないから。

フラストレーションが溜まっていたせいもあるだろう。今の僕の胸中は、怒りの火で煮えたぎっている。

ああ、先日の傭兵の分も、このクソ魔物にぶつけてやるか。



丁寧に、丹念に――――拳と蹴りを、骨身に染み渡らせてやる。


「いくぞぁ!!」


僕は笑いながら、着地と同時に魔物へ向けて走りだした。


『ミラ、ファイアーボールを!』


同時に、ミラに指示を出す。

援護を受けながら、まずは一撃、鼻っ柱に叩きこむために。

だが、そう簡単にはいかなかった。


「ジュード、右だ!」


アルヴィンが叫んだ方向から、巨大な腕の一撃がうなりをあげて襲いかかってきた。

「甘え!」

腰を落とし、拳を横薙ぎに振りぬく。

マナで固めた裏拳が、巨腕の一撃を打って落とした。この程度のマナなど、物の数ではない。

(でも、リーチが長いな!)

だけど間合いでいえば、あちらの方が圧倒的に有利だった。

剣やガンといった中距離武器や、飛び道具。または精霊術があれば違ったのだろうが、その全てが僕には扱えないもの。

いや、魔神拳はあるのだが、それよりも殴りたいのであって。

なにより、直接殴った方が威力も出るし。


「業火よ、爆ぜよ………ファイアーボール!」


ミラの精霊術が炸裂する。だが、相手は怯むだけにとどまった。

単純に火力が足りていないのだ。四大の力を失う前であれば、もっと威力は出ていたのだろうが。

「言ってる場合じゃないか、魔神拳!」

ミラの、術後の隙を埋めるように、マナの塊をぶつける。相手が怯み、その間にミラはまた距離を取った。

(それにしても、危なっかしい)


失った直後よりは、かなりマシになっているが、それでも間合いの取り方が大胆すぎる。

フレアボムにウインドカッター、無詠唱の精霊術を使いながら、なんとか戦えてはいる。

だけど、ちょっと相手に近い間合いで戦い過ぎている。あれじゃあ、いつ死角からの不意打ちを食らうか分からない。

相手の腕は大きく、その気になれば背後から抱き込んで潰すような攻撃も可能だろう。

あるいは、また突進の一撃を受けかねない。


(まずは僕に惹きつける。その後、撹乱しながら殴り合うか)

ひとまず初撃をぶち込み、こいつに僕を意識させなければならない。

その後でなら、ミラを援護しながらでも戦える。守りながらでもこいつを叩き潰せる。

アルヴィンは一人でも問題ないだろうし。

だが、どうやって僕を意識させるか。

強烈な一撃を叩きこめるのであれば話が速いが、この状況じゃあそれは難しい。

助走しながらの一撃は無理だ。

間合いまでたどり着くのが難しすぎる、絶対に途中で邪魔をされて、勢いが殺される。

不発に終わるだけだろう。

とはいえ、近寄った上で、腰を落ち着けて拳を叩きこむというのも時間がかかる。

ミラは、あ、ちょっと、危ないって。

(早く。何か、利用できるものは………って、発見!)


視界の端に、アルヴィンが大剣を切り上げているのが見えた。

そこで、先日話し合った例の技を思い出した。


普通に飛んでも叩き落されるだけだろうが、あの技ならば問題ない。


僕はミラとのリンクを切って、アルヴィンのリリアルオーブとリンクすると同時、叫んだ。


「ミラ、今は一端下がって! 僕に注意を向けるから、またファイアーボールを頼む!」

「っ、分かった!」

リンクを切られた時に、少し動揺したのか。気を取りなおしたという風に答えると、指示の通り、後ろに下がった。

『アルヴィン! いくぞ、僕の踏み台になれ!』

『いきなり何を――――』

「共鳴術技《リンクスキル》だ! 前に話した! その剣で僕を………」

手早く説明。下地はあるので、分かってくれるだろう。

「なるほど、そういうことか!」

作戦を告げると、アルヴィンはすぐに納得してくれた。

「じゃあ牽制の後、行くぞ!」

言いながら、アルヴィンはガンで相手を牽制しながら、僕が近づくのを待つ。


そして、僕がその範囲内に入ったと同時、大剣を構えた。


「ミラ、詠唱準備! 僕が“蹴った”直後に、お願い!」


「分かった!」


「行くぜ、ジュード!」


そして、アルヴィンが剣を斬り上げた。僕はその上に乗り、自分の跳躍力をプラスして、空高く舞い上がり。

落下する勢いに、マナの威力を加えて。


「「飛天翔星駆!」」



敵モンスターの巨大な背中へ、右足で蹴りを叩き込んだ。




『ガアアアアアッ!!』


魔物の悲鳴がする。しかし、構うものか。そのまま僕は背中に捕まると、立ち上がる。

背中に乗っている僕を、魔物は叩き落とそうとする。


だが、それもワンテンポ遅いよ。


「業火よ―――」


そう、僕に意識が集中しているのなら。


「爆ぜろ! ファイアーボール!」


ミラの術を止められない。その上、意識の外からの攻撃なので、不意打ちにもなる。

そして、狙い違わず、ミラが放った火球が魔物の頭にぶち当たった。

火が弱点なのか、あるいは不意をつかれたからか。


魔物はたまらないといった感じに、また怯む様子を見せて。


(隙あり、だ!)


機は我にあり。

立ち上がり、腕を交差。直後に力いっぱい振り上げて。


「これでも―――」


そして赤くなるほどにマナを、拳の先に集中させて!


「喰らえっ!!」


渾身の力で、振り下ろす。硬化したこの振り下ろしの下段突き、"烈破掌"は本気で打てば岩盤をも打ち砕く。

その一撃は、見事に芯まで通ったのだろう、直撃した拳の先から、確かな手応えを感じた。


その証拠として、魔物が悲痛な叫び声を上げて暴れまわる。痛がっているのだろう。


「っとぉ!」

流石に乗っていられなくなったので、跳躍し、砂浜へ。

詠唱を終えたミラの前に、守るように着地する。

「よし、援護ありがと!」

「………本当に無茶をするな、君は」

「無茶じゃないさ。それにこの魔物は弱い」


威圧感なんて感じない。あの時のミラの方が、万倍は怖い。

だから、無茶でもなんでもないと答えると、ミラは苦笑を返した。

まあ、言葉にこまるか、今の発言は。

「なんにせよ助かった。いや――――先ほどの礼は、こいつを倒してからにするか!」

「いいええ、戦闘前に良いモノ見れたから、それで良し!」

「ちょ、正直すぎるぞジュード少年!?」



まあ、そんなこんなあって。

あの一撃に恐怖を覚えたのか、僕の撹乱にあっさりとペースを乱された巨大な魔物は、ものの40秒で僕達に倒された。






倒れて、マナに還元されていく魔物を見ながら、僕はすっきりしていた。

鬱憤も晴れたし、ミラも無傷だし、貴重なエ………げふんげふん。

「ま、言うこと無いぐらいの快勝だね?」

「しかし、案外脆かったな………いや、それでも油断していたら、どうなっていたことやら」

「まあ、運が悪ければ………死にはしないまでも、足止めされるぐらいの負傷はしていたかもね」

そう言うと、ミラは真剣な顔で頷きを返す。

「確かに、正面からあの一撃を受ければ………あのタイミングでは、私では防御しきれなかった」

「まあ、僕もね。ああいうのを得意としているから」

僕は、精霊術は使えない。だから、精霊術の修行をしたことがない。

だけど――――マナを扱う技術なら、師匠を除く誰にも負けない自信がある。

細かさなら、レイアに一歩劣るだろう。

だけど、防御や攻撃といった、咄嗟の対応が必要になる場合の“確度”と“精度”。

五体を武器として使うので、そのあたりはとことんまで鍛え上げた。

今の僕ならば、常人の数倍の効率で、その結果を導きだすことができるだろう。

(それでも、あの一撃はぎりぎりだったんだけどね)

――――と、いうよりも。

「まさか、あそこで目の前の敵から意識を逸らすとは思わなかったよ」

あの瞬間は、本気で焦った。そう告げると、ミラは少し申し訳なさそうな顔をする。

殊勝な表情だ。なんか、見たことない顔をしてる。

「それについては、反論のしようがないな………助かったよ。あれも無事回収できたんで、結果はOKなのだが………」

自分の胸元を軽く叩くミラ。

(いや、パネエっすね!?)

シリアスが吹っ飛んだ。

てか、叩くとそのでかいのが………少しだけど、ぷるんと揺れます。

(く、興奮したせいで背中が!?)

ちょ、止めてくれませんかね。

こっちも色々とあるんですよ。血流が早くなると、背中が痛くなるじゃないですか。

思わず敬語になってしまった僕だが、ポーカーフェイスで我慢しつつ、何とか気をとりなおした。

で、水面下でどたばたしている僕の目をみながら、ミラは言う。

「先ほどは………すまなかった。岩にぶつかっただろう。どこか、怪我をしたのではないか?」

「いや、怪我は無いよ。まあ、僕が提案した休憩ってのもあるし。自業自得ってのもあるから」

怪我はないというのは嘘だが、僕に原因があるのも事実。

でも、こんなの大した怪我じゃないし。というか、守ると決めたのは僕だ。なのになんで、ミラは僕なんかのことを心配しているんだろうか。

わけが分からない。それに、欲しいのはそんな言葉じゃない。

「………ミラ。こういう時は謝るんじゃなくてさ」

言うと、ミラはきょとんとした顔をした後、その顔を微笑にかえた。

「ああ―――ありがとう、ジュード」

「どういたしまして」

うむ、受けるなら謝罪より感謝の方が気持ちいいよね。あと、笑顔の方が眼福だよね。

そんな風に、余韻を味わっているというのに、アルヴィンが横から乱入してきた。

「いやー、ジュード君………俺とミラにする態度、あまりにも違わなくねえか? っつーか、王様と一等兵ぐらいの扱いの差だと思うんだけど?」

「それは自然の摂理だよ」

笑顔で言い切ってやる。何もおかしいところはないじゃないか。

野郎と美女。胡散臭い男と、キレイかつなんか可愛いおねーさん。

対応が別になるのが、世界の真理だ。一緒にする方が失礼だろう。主に世界に対して。

「ミラだって女性なんだし。美女を守れるなら、怪我なんてなんのそのって考えるでしょ………って、ミラ、変な顔してるけどどうしたの?」

「いや、私を女性扱い………は分かる。だが、私を守る者扱いにすると?」

「うん。約束したし」

即答すると、また不意をつかれたように、目をぱちくりとさせるミラ。

その後、口を押さえて、くすりと笑った。

「えっと、どうしたの? ………まさか実は男とか!?」

そんな立派な双子の山を抱えているのに。驚いていると、こつりと頭を叩かれた。

「誰が男だ。いや、君は私を人間のように扱うのだな、とな」

微笑むミラ。

―――その時の顔は、何というか、今までとは違っていて。料理の時とは別に、別の感情から笑っているように見えた。

それが、本当に綺麗な顔で。

だから僕は、思わず動揺して、余計なことを口走ってしまった。

「いや……だって、さあ。見た目人間だし、さっきみたいに触れると変な感じをしているのが見て取れたし。女性なんだなあ、って思って…………あ」

気付いた時には、遅かった。

「………さっき、触れられる? ………なるほど」

綺麗なはずの笑みが、恐ろしいものにかわる。声が、その、笑顔なのに低くなってるんですが。

「ふむ、眼福と言った意味がわかったぞ………先程の一部始終を見ていたのだな? すぐに動かないで、じっと観察していたと」

「いや………チガイマスヨ?」

目を逸らす。でも、威圧感は消えてくれない。

そんな中、何とか誤魔化そうと口を開こうとした時。

「で、少年。あの場を見た感想は?」

「ぶっちゃけ混ざりたかった、って痛え!?」


ごつりと、今度はゲンコツが落とされた。

(つーかアルヴィン、その横槍はナイスタイミングすぎるだろ!)

これ以上ない間で話しかけられたから、思わず素直に答えてしまったじゃないか。

ひょっとして復讐か。差別に対する復讐なのか。あれは区別だというのに。


「まったく………昨日の傭兵といい、君といい。男というものは皆、そんなモノなのか?」


呆れたような、怒っているような。

そんな口調で、ジトりとした目で睨まれながら、叱りつけられました。

怖いから反論もできない。



で、数分後。

そのあとは、ミラを襲っていた痴女について話した。

一体何者なのか。何故、ミラを狙ったのか。

「………実はレズビアンの変態、とか」

初っ端から爆弾発言を投下。しらばっくれそうなアルヴィンに対してのそれだったのだが、胡散臭男《うさんくさお》は華麗にスルーした。

で、ミラにはジト目で見られた。そんでもってまた怒られた。

おのれアルヴィン。戦う前もなんかムカつくこと言ってたし、いつかヤってやる。


「………何にしても、見たことのない精霊術を使うやつだったな。腕も、相当たつと見たけど、どう思うよ」

「ああ………確かに、な。地面に方陣が浮かんだかと思うとな。次の瞬間には、マナの輪が出てきて、すぐに捕らえられてしまった」

「一瞬で、か」

なるほど、見事な腕だ。とすれば、逃げたのだろう。道中の戦いを見られていたと仮定するなら、こちらの力量も計られていたと見て間違いない。

「そうだなあ。直接の戦闘力は分からないけど、見た目―――ソバカスの銀髪チビぐらいのマナは持っていたようだし。まあ、スタイルは天と地ほどの差はあったけど」

「それはもういい。だが、銀髪チビとは………研究所にいた、あいつか。なるほど、それぐらいの力量はあったろうな」

「いや、銀髪チビって誰?」

「年中発火している危険な野犬だよ。なんか酔っ払いみたいな歩き方してるから、見れば分かると思う。力量は………僕よりちょっと下ぐらい、かな。なんにせよ厄介な敵だよ」


性格はともかくとして。あいつの力量は断じて舐めてかかれるレベルじゃない。

一人ならともかくとして、今のように誰かを守りながら戦う状況とかは、考えたくないぐらいに。

きっと決死の戦いになる。


「だから………早く出発しようか。ミラが四大の力を取り戻せたのなら、話もまた違ってくるし」


取り戻せるかどうかは分からないが、力が戻るならそれに越したことはない。

僕の提案に二人は頷いて、荷物をチェックし始める。


「しかし、とんだ休憩になったね………」

「だが、もうすぐだろう。周囲を警戒したまま進むとするか」


そうして僕達は、またニ・アケリアに向けて歩き出した。








それから、雑魚の魔物を蹴散らしながら進んだ。

道中、雑魚を相手に。さきほどアルヴィンと使った共鳴術技を披露した。

ハ・ミルで考えたそれを、何パターンか試して、ミラに解説しながらどんどんと歩を進めていく。

「では、先ほどの技が?」

「“飛天翔星駆”ってね。僕がよく使う技、“飛天翔駆”の強化版だ」

案はあって、アルヴィンにも話していたのだが、練習はしたことがない。

ぶっつけ本番だったが、よく上手く当たったものだ。着地点を間違えば、間抜けなことになっていただろう。

「二人で行うのか………コンビネーションが肝になるな。ああ、だからリリアルオーブを?」

「戦闘中に余った、余剰マナを貯めてからね。互いのリリアルオーブの余剰マナを共鳴させた後、意識を深い所でリンクさせた上で、初めて使えるようになる特殊技なんだ」

「便利な技だな………だが、私には説明しなかったのは、どうしてなんだ?」

「まあ、基本の戦い方を知らないうちは、ね。取り敢えずは、まともに戦えるようになってからって思ったんだよ。集中も途切れるし、逆効果になる可能性が高いしね。でも、リリアルオーブもかなり成長してきたようだし………」

いくらか、動作補助のみだけど、オーブの種は咲いていた。
このリリアルオーブに示されている種は、その色ごとに、マナの運用効率を高めてくれるのだ。

花は自然に咲いていく。リソースは限られていて、そのオーブの出来る範囲にも限りはあるけど。

だが、マナによる腕力増強、脚力増強、敏率増強。マナによる防御硬化、精霊術行使時の変換効率改善、精霊術防御に使うガードの効率改善。

そして、マナ総量の底上げや。
自分の使う技を登録すれば、その精度や威力を上げることもできる、優れもの。

戦う者にとっては必須の、本当に重要な道具なのだ。
今では、作る技術が失われているせいか、かなりの貴重品になっているのだが。

「で、ミラも………自分の使う剣技を、いくつか考えたんでしょ?」

「ああ。力を失うまでを含め、今まで培ってきた戦闘経験からな」

「なら、早めに登録した方がいいよ。その上で、数をこなした方がいい。その上で、共鳴術技を考えようか」


そんな風に戦闘談義をしながら。

それでも周囲の警戒を怠らないまま歩いて、一時間ほど経過した後だろうか。


「あれは………」


ようやく当初の旅の、最終目的地が見えた。


砂浜の終わりに、村の門なのだろう、大きめの建造物と。

その前に立っている、村人らしき人の姿が見える。


「あそこが、ニ・アケリア?」


「………そうだ。入り口から出入りしたことはないが、あの門の形状と、表面に描かれている模様には見覚えがある」


なるほど、ならばここが正真正銘の精霊の里というわけだ。


と、ミラの声の中に、少し違う感情が含まれていると、そう思えた。


「ミラ? えっと、何か変な所があるとか」

「いや、ここが私の故郷だよ。だが、徒歩で戻るのは本当に初めてなのだ。だから、かな。道中、辛かったというのもあるが………」

確かに、シルフで移動するのとは、理由が違うだろう。坂道も多かったし、慣れない状態で魔物との戦うこともあった。

最後に、大型の魔物と戦って。道中、優しい旅ではなかった。

そのせいだろう、ミラの声は、凛としたそれではなく。

どこか、普通の子供のようなものを感じさせる声で。


「何か、胸を動かされるものを感じてな。本の知識で知っていたが――――これが、帰郷というものなのか」


「………そうだよ」


感動を覚えている。つまりこの故郷は、彼女にとっては、本当に大切な場所なのだろう。

故郷が大切なのだ。僕とは、違う。



だって、ル・ロンドには、思い出したくないことが多すぎるぁら。

師匠は好きだ。レイアも、まあ幼馴染だ。母さんも、嫌いじゃない。

だけど、記憶の底にこびりついて、拭っても消えてくれない奴らの顔が多すぎる。


あそこは以前の僕が“亡くなった”場所だ。夢が砕かれた場所だ。

だからきっと、ミラみたいな顔で戻ることはできないだろう。長年過ごした、生まれ故郷なのに。



(嫌だなあ。背中が痛いはずなのに)



―――今は、胸が痛い。



喜びの念を全身から発しているミラの背中。

それを複雑な心境で見守りながらも、僕はミラの故郷であるニ・アケリアへと足を踏み入れた。







[30468] 14話 「ミラと謎」
Name: 岳◆3d336029 ID:0347f440
Date: 2011/11/17 18:47

ニ・アケリア、精霊の里。目的地に到着したというのに、僕は達成感は感じられないでいた。

奇妙な感情に襲われているのだ。意外と普通の村だった、とかそんなことではない。

原因は、村人の行動だ。

「すまない。イバルはどこにいる?」

ミラは、村に入ってすぐの正面にいる老人に話しかけた。

「ん? イバルなら、マクスウェル様を追って………」

返事をしながら立ち上がる老人。だけど、ミラの姿を視認してからの態度は違った。

劇的に変化した。まとう気配も変化していく。

「今、帰った。遅くなったな、長老」

ミラが、ニ・アケリアの長老とかいう人物に言う。祈るように膝をついているその長老は、ミラの問いかけにしかし答えない。

祈っているだけ。「よくぞ帰って来られました」などといった、歓迎の言葉もない。

驚き、すぐにひざまずいてしまって、それきりだ。

(………“わたし何かにお声をかけてくださるなんて”、か)

ミラの言葉に対して、長老の言葉はそれだけ。これでは、会話になっていないではないか。

他の村人も同じだ。確かに、村人は集まってきている。尊敬の念をこめているのか、目を輝かせて彼女のことを見ている。

だけど、また労いの言葉も何もない。

「………やっぱ、本物なんだよな」

「うん。だけど………」

アルヴィンの言葉に、いつもの嫌味は含まれていなかった。歯切れが悪い。

僕と同じだ………この光景を前に、何といっていいのか分からないでいる。


ひとつだけ言っておくと、村人たちの顔に負の感情なんかは含まれていない。

――――でも、その表情はあるいは憎しみよりも“酷く”思えるのだ。

何と言えばいいのだろうか。どう表現すれば良いのか。

ミラは確かにここに存在している。彼女のマナはここにある。

なのに、村人達は“ミラ”を見ていない。それはまるで、遥か彼方の星を見るような視線。

遠くにあって届かない輝きをとらえるかのような目だ。

困った表情で村人たちを眺めているミラ。

以前、彼女は信仰の対象ではなかろうかなんて考えいたが、それは間違っていなかったようだ。

実に神様らしい。遠くにあって君臨する者そのままの所作で、彼女はそこに認識されている。

(………なのに、この感情はなんだろう)

僕はミラの事を色々と見てきた。イル・ファンからの短い旅だったが、それでも薄い付き合いじゃない。

まず、研究所で戦った。黒匣《ジン》とかいう兵器に対して憤りを感じていた。

イラート海停では、美味しそうに食事をしていた。その時のミラは、人間そのものだった。

ハ・ミルでは、疲れているせいか、あまり元気がなかった。

先ほどのキジル海瀑では、不用意な発言に対して怒っていた。男はみなこうかと、呆れてもいたけど。

………なんてことはない。彼女は、感情のある人間だった。

使命にひたむきであることは分かる。それが、マクスウェルとしての責務なのだろうから。

でも、それとは別に“ミラ”という存在は確かにここに在るのに。


――――“こっちに来られないで下さい”なんて風に、崇め奉られて遠ざけられるような存在じゃないのに。


(ああいう顔を見せたことがない、んだろうけどなあ)

違和感は消えない。

あるいは巫子とやらも、あんなミラは見たことがないのかもしれない。そのことに僕は、どこか優越感を感じていて。

同時に、どうしようもない哀しさを感じている。主に、ミラへの対し方についてだ。

「緊張するな。普段の通りに接していればいい」

ミラが、困ったように長老に言う。だけど長老や、村人たちは顔を上げない。

ただ、こう言うだけだ。


「私なんかに、お声をかけてくださるなんて」

馬鹿の一つ覚えみたいに、繰り返すだけだ。

(きっと、これが普通なんだろうな)

普段からこうなのだろう。ミラと長老の言葉とやり取りから、いつもこういったやり取りが行われているだろうことは、容易に推測できる。

わからないのはミラだ。話しかけたとして、こうした受け答えが返ってくるということはわかっていたはずだ。

なのに、違うと言いたそうに彼女はずっと長老に向け、言葉を発し続けている。


「………分かった」


そうして、数秒の沈黙の後。


困った風な顔が、本当に一瞬だけ――――泣きそうな顔に変化する。

すぐにそれは戻ったが。気丈なミラに。


「では、イバルは外に出ているのだな?」


言うが、頷くだけ。イバルとは誰だろうかなんてどうでもいい。

最後までこうなのか。今の里の人達の視線を理解できない。

人であるのに、人外を見るかのような視線に対し、納得することができない。

そんな僕の心情はさておいて、会話と呼べない会話は終わった。


「手を止めさせて、すまなかった」


それだけを告げて、歩き出すミラ。付いてきてくれといいたげに、こちらを見る。

顔は元に戻っている。だけど、どこか裏に影を感じる顔だった。

そんな顔をされたら、無言で頷かざるをえないだろうに。


「行こうか。私は、これからすぐに社に向かい………そこで四大再召喚の儀式を行う」


ミラは僕とアルヴィンに喋りながら、村の奥へと歩いて行く。そして彼女が近づく度に、村の人達は平伏していく。

まるで古の時代の王だ。偉大なる王にひれ伏す民のように扱われている。

だけど、それは畏怖ではないと見て取れる。敬意であり、そして義務だ。

まるで自然現象にするような態度で、村人達はその場にひざまづく。

(子供達は、また違うようだけど)

だけど将来は大人たちと同じようになるのだろう。“マクスウェル様”に対する接し方は、親から叩き込まれるはずだ。

無礼のないように。星の輝きに手を組んで祈るように。所作を仕込まれ、誰もがやっているからそれは正しいもので、だから子供はそれを疑いもせず。

(じゃあ、ここに居るミラはなんだよ?)

“マクスウェル”は居る。だけど、そこには“ミラ”は存在しないのではないか。

事実、彼らは見ていない。マクスウェルを崇めているだけ。使命を果たさんとするマクスウェル様を尊敬の眼差しで。

ミラなどどこにもない。ミートソースをほっぺたにつけながら、美味しそうに料理を食べているミラなど、想像もしたことがないはずだ。

もとより食事など取ったことがなかったと彼女は言っていた。ああ、これならば納得もできるじゃないか。


星は星だから輝いている。そこに疑問の入る余地はない。

誰もが、星の性格など。星が何かを食べるなんて、そんな事思いつきもしやしないんだから。


「………ジュード、どうした? ……巫子が不在のようなので、手伝ってもらいたいと言ったのだが」

「………あ?」

「おいおい、少年。安心するにはまだ早いんじゃないのか?」

アルヴィンの呆れたような声。全く聞こえていなかったので、もう一度聞き返す。

「村にある、四つの祠。そこにある石………世精石《よしょうせき》を、社に運んでもらいたいのだ。巫子のイバルが不在のようなのでな」

「えっと………それ、僕達にもできるの? 村の人でなければできない、とか」

先ほどの様子を見るに、この村のしきたりというか慣習。特にマクスウェル様関連は、特に厳しいと思うのだが。

「いや、そんなことはない。他の者は………見ただろう。普段は、巫子以外は私とあまり接していないのでな」

話にならない、とミラは言う。それは、どのような意味なのだろうか。

会話にならないから、と言いたそうに見えるけど。

(………まあ、今は儀式を優先させようか)


ごちゃごちゃ考えていても埒があかない。それに、最重要目的は帰郷しゃない。ミラがマクスウェルとしての力を………四大精霊の加護を取り戻すことだ。

なら、手伝わないなどという選択肢は有り得ない。

それに、力仕事は男の仕事だ。先の戦闘の怪我は塞がっておらず、背中の痛みはまだ収まらないが、それでも石を運ぶくらいはできる。


ここで断る、なんて。

心情から言って、そんなことは絶対にできないし。



「分かった。それで、社の場所は?」

「村を抜けた先だ。ニ・アケリア霊山のふもとにある」







運び、社に向かっている途中、気分転換も兼ねて様々な話をした。

それから得られた情報は、意外なものが多い。

「じゃあ、その服は巫子のイバルって人が?」

「デザインして、仕立ててくれた。手先が器用なのでな」

このデザインは動きやすさを重要視した結果、らしい。
それでも大胆すぎるんですが、なんて無粋なことは言わない。

(ただ、ジュードは巫女のイバルとかいうお方にグッジョブ、と惜しみない賞賛を送らせていただきます)

というか、他の村人の服装と違うんだけど、との問いに、そんな答えが返ってくるとは思わなかった。
その他、家も特徴的なデザインをしている。村人達は牧歌的、というか、先程の光景がなければ、普通の田舎町に見えたことだろう。
農業に、畜産に、はたまた装飾品を作ったり。普通の生活を送っているように感じられる。

そんな風に周囲を観察しながら、石を集めていく。石は大きく、両手で持たなければもてないほどの大きさだった。

マナで腕力を強化しているので問題はないが、一気に持ってはいけない。アイテムパックもいっぱいだ。


だから一つはアイテムパックに、一つは手で持って運ぶことにした。


「というかミラ、これって石というよりは岩………」

「うむ、頼んだぞ男の子」


にべもなかった。





それから、出発前の準備に入った。僕達は一端解散し、それぞれに必要なものを買い出しにいくことにした。

ミラはなにやら長老を話があるようだ。アルヴィンは「私用」らしい。特に追求しても躱されそうなので、追求はしなかった。


僕は行商人からはアイテムと食材を、近くにあった食材屋からは新鮮なブウサギの肉をもらった。

これがあれば、3時のおやつ………というよりも、間食としてだが、良いものを作れるだろう。香辛料も良質のものが売っている。

買い揃えながら、替えの肌着を買った。一番下の肌着は、血で塗れているのでもう洗っても着れないだろうから。


そうして、休憩時間が終わり。

集まった後、ニ・アケリアや村人について、休憩がてら話をしていると意外なことが聞けた。

ミラの出生について聞いた時だ。

彼女には親が存在しないという。20年前、四大を伴ってあの村に現れたと。
その頃はまだ赤ん坊だったらしい。3才ぐらいまでは、四大が村の人達に世話をするよう命じたのだとか。
ミラも、生まれた当初は、四大に触れることすらできなかったらしい。

それもそうだろう。四大はそれぞれの系統に属する精霊を集め、それを媒介として現世に形を成している。
マクスウェルとしての力が無ければ、触れられるだけで大怪我をしてしまうとのことだ。

実に不便なことだと思った。

ちなみにマクスウェルはそれぞれの系統の精霊を媒介にするのではなく、人間を媒介にするらしい。
よっつの精霊、それが最も集まり、バランスよく調和がとれているのが、人間の身体なのだと。


それにしても衝撃的事実だ。

20年前、四大が消失した大事件―――大消失《グラン・ロスト》。四大が召喚できなくなったというその原因が、育児休暇だというのだから。

ミラのお守りをするために。専念するために、姿を消したのだという。

なんと荒唐無稽な話か。常識が吹っ飛んでいく。

同じ20年前には、ファイザバード沼野の会戦――――ラ・シュガルとア・ジュール間で戦争が起こったが、もしかしてあれにも関係しているのではなかろうか


(いや、それは違うかな)


戦争の原因はまた別だろう。あれは戦争で、純粋なる人間の世界の話だから。


女神の誕生と、戦争とに関わりがあろうはずがない。


(精霊の主――――美女の姿をするマクスウェル。ぶっちゃけ女神………ん?)


と、まあふざけたことを考えている最中………根本的な疑問に行き着いた。

それは、何故ミラは女性の姿をしているのだろうかということ。人間ならば考えるだけ無駄なことだが、ミラは違う。


(想像上の話だけど、マクスウェルとはもっとこう………じじむさいような)


主だからして、ヒゲの生えた長老のような容姿をしていると。勝手な話だろうが、そんな姿を想像していた。

それがなんで、こんな美人に生まれたのか。カモフラージュか、カモフラージュなのか。あるいは視覚心理戦のためか。

確かに、この容姿とスタイルに、あの服は反則と思う。


(………それはまあ、誰かの趣味だから、ということで納得ができる………かも?)


男だからとして納得もできよう。ウンディーネ以外は男なのだから。

精霊とは言え、野郎はみな兄弟。四大が結託することがあれば、それもありうる………?


(ん…………ちょっと待てよ?)


何気なく、またふざけた思考を走らせている最中だった。なにやら、納得できない………引っかかった所があることに気付いたのは。

同時に発生する、どうしようもない違和感。僕は、それを掘り下げることに専念した。考えるのが最善だと判断して。

物事を論理だてて順序的に組み立てるのは得意だ。小さい頃から現在まで、精霊術を使うために、色々な事を考えてきたから。


その経験を活かし、組み立てる。出生。生み出すもの。ミラの姿。四大の性質。

手持ちの情報を組み合わせていき―――気づく。


ミラが生まれて、現在に至るまで。

どうしても、必要となるピースが欠けているように思えるのだ。



それは端的に言えばこうである。



(――――誰が、ミラを生み出したのか)



四大がミラを生んだ? 

………違う。四大が力を合わせて、主であるマクスウェルを造るなんて、理屈にあわない。四大はマクスウェルに従属する精霊のはず。

ならば、誰が産み出したのか。


(………ミラは、そうだな………名言はしていないけど、20年以上より前の記憶を持っていないだろうな。だって、“老人くささがない”)


知識としては持っている。だが、体験はしていない。そんな感じを思わせる。

少し事情が違うのかもしれない。だけど、間違っていないように思える。

先の表情もそうだ。

なんせ、“反応が初心すぎる”のだ。とても、何千年も生きているような存在に見えない。

(今は力を失っているから?)

それは否、だ。世界を作ったというのなら、世界を知り尽くしているはず。

故に、もっと泰然としているべきなのだ。料理で一喜一憂している様は、眩しいがおかしい。

事実、僕は………ミラが偉大なる精霊の主なんて、そんな高等な存在として捉えられなくなっている。これはちょっと、致命傷なのではないか。

“男とは~”の発言も、疑って考えれば実におかしい。

もっと、世界の全てを………それこそ、腐るほどに熟知しているのが当たり前なのだ。

世界を作った。ならば、知らないことはないだろう。それ故に管理できるのだ、と。

複雑な感情抜きでいえば、それが偉大なる精霊の主として最も相応しいあり方だから。そのあり方から外れる道理もない。

(でも、僕は………ミラの事を、神様なんて。そうは見られなくなっている。ここが、どうしても引っかかる)

マクスウェルとして、ではなく――――ミラとして。

一人の女性としか思えなくなっている。


(あるいは、僕がオカシイだけなのかもしれないけど)


楔として胸に残る痛み。脱落者としての自分だから、そんな事を考えてしまうのかもしれない。

事実、精霊の理なんて、精霊術を扱えない僕にとっては、ある意味医術所より難解なものである。

精霊に対したことがない僕だから、精霊のことが分からないのかもしれない。

(………どこまで行ってもつきまとう、か)

精霊のこと、霊力野《ゲート》についての問題が、ここに来て絡まってくるとは思わなかった。


(でも、おかしい点が多すぎるだろう?)


生誕の謎。ここにきて、結論が出ない。四大が集まって、相談して決めた?

――それは、違うだろう。

四大は均等で、対等だ。その四大の全てが、目的を一緒とすることに違和感を覚える。

音頭をとる人物がなければ、実現しないだろうに。




つまるところは、一つ。


あるいは――――マクスウェルのもう一つ上に。



彼らを統率者する者が居なければ、ミラが生まれることについての、説明にならないような。



しかし、今現在の手持ちの情報ではそこが限界。それ以上は分からない。


そこで、僕は出発する直前、出口付近にいた長老に話を聞いてみることにした。


「貴方は………」

「ミラの護衛、ですかね」

僕がミラを見ると、ミラが頷いた。その後、話を聞いてみることにする。

まずは、この世界を何千年も前に作ったマクスウェルについて。


直接聞いても答えてはくれないだろうから、遠くから聞いてみることにしたのだ。

何か、他所では聞けない話を聞けるのかもしれない、と。


聞くと、長老は嬉しそうに話しだす。


まずは世界の創世記について。このリーゼ・マクシアは、かの偉大なる精霊の主に作られた。それは一般常識だ。その話に関して、齟齬はない。

だが、その内容が微妙に違う。

創世記には、マクスウェルともう一人の人物を欠いては話せない。

その人物こそがクルスニク。世界を創生するマクスウェルを補佐した、偉人。類まれなる知識を持っていた賢者。

普通の創世記には、そう記されている。


だが、長老の話は違っている。クルスニクは、マクスウェルを補佐した者ではなく。

“マクスウェルに従った最初の人間”が、賢者・クルスニクと言っているのだ。

まあ、槍のことはおいといて。この村の者が、クルスニクの末裔であるらしいが、それも特にどうでもいい。


“従った最初の人間”とはどういうことだろう。

世界に広まっている創世記とは、異っている。


(内容が、解釈が、少し異なっているか………どちらが正しいんだろうな)

創世記だからして、多少の違いはあるだろう。

しかし後者である場合。もし長老の言う内容が正しいとすると、腑に落ちないことがある。

世界を作ったのが、マクスウェル。ならば、人はそのマクスウェルに従って当たり前だ。

なのに、“最初に従った”とはどういうことだろう。

その物言いは、まるで………“世界が作られる前に、マクスウェルに従わなかった者がいる”ことを思わせるが。

(いや、そんな存在は有り得ないだろう)

精霊術無くして、リーゼ・マクシアは成り立たない。生活の一部、人間でいえば臓器そのものと言っても過言ではない。

無くして生きられる者はいない。ゆえに、精霊を必要なものとして、最重要なものであるとしている。だからマクスウェルのことを、偉大なる精霊の主と呼ぶ。

創生の頃から変わっていないはずだ。歯向かう人物なんて、生まれさえもしないはず。

(どうにも、おかしな点が多すぎる)


あるいは、ミラ=マクスウェルが、問答無用で破壊すべきと主張するもの。


“人と精霊に害為すもの”と、マクスウェルである彼女が断言するもの。


―――黒匣《ジン》。


全ては、その先に答えがあるのかもしれない。

あの槍の秘密の、その向こう側に。



(だけど、今は目的を果たすべきだろうなあ)


そう考えて話を切ろうとしたのだが、長老さんがなにやらヒートアップしていた。

長老も、村の外の人間、いわば他所の人間に偉大なるマクスウェル様のことを説く機会が少なかったからだろうか。

そこからはマクスウェル賛歌が続いた。

食事も睡眠も取らずに成長した、とか。使命を果たすべく、昼夜を問わず動いてくださる、とか。

クルスニクの末裔である私達を守ってくださる、とか。

「………ちょっと待って。クルスニクの末裔は自分たちだけ?」

前言はムカツイたが、それはいい。だけど、ラ・シュガルの六大貴族、"六家"こそがクルスニクの末裔じゃあ。

それが違うと? ………彼らはマクスウェルに付き従った6人の子孫であるとされているけど。

ア・ジュールはそのことを信じていない輩が多いが、それは信憑性の高い情報だ。身分の高さが証明しているようなもの。

だから、世間一般からは、“六家がクルスニクの縁者の末裔だなんてものは嘘”だと主張する者は、
ラ・シュガルの六家を陥れる詐欺師か、蛮族と言われる部族が多いア・ジュールの馬鹿。どちらかであると認識されている。

それをばか正直にアルヴィンが言うと、長老が沸騰した。

反論した長老は、静かに叫ぶ。

「その伝承の方が怪しい! ………事実、六家はマクスウェル様から“世界の秘密の守護”を託されていない。それが、何よりの証拠だ」


「………世界の、秘密?」


秘密ってなんだ。世界の秘密。それは、あるいはミラに繋がることではないかと思って。


僕は、もっと話をと一歩踏み出して――――ミラに手で制された。


まるで、それ以上は許さないと告げるように。


「ジュード………長老も」

「っ! これは、わしとしたことが………お許し下さい」

また平伏する長老。だけど、今はそうした方が正解だろう。


ミラの声は、それほどまでに低く。少量だが殺気さえ混じっていた。


「えっと、ミラ?」

「………なんでもないさ。それより、石は集まった………出発するとしようか」


その声は、反論を許さないというような口調で。さっさとミラは歩き出してしまった。残されたのは、じっと地面を見ている長老と僕達だけ。

僕はアルヴィンと目を見合わせると、互いに肩をすくめた。

「おっかないね。顔色も、表情も………悪い」

「まあ、仕方ないと思うがね」

帰ってきてから。そして今の話を聞いて、気分が悪くなっただろうことは、推測できる。

僕の立場であってもそうだろう。ミラだけが特別、人間からかけ離れているなんて、そんな風には思えない。


「行こうか。お姫様がお待ちだぜ?」

面白くなさそうに言うアルヴィンの言葉に頷き、僕もミラの背中を追って歩き始めた。





そうして、社の前にまで来た。魔物はそれほど強くなく、石を運びながらでも対処できるぐらいだった。

道中、たむろしていた魔物をボコったり。共鳴術技の発案をして、その練習をしたり。

特に危険はなかったので、さくさくと進めた。

「さくさく、ね………君が世精石をもったまま戦おうとした時は、本当にどうしようと思ったが」

「いや、世精石アタックって………素敵じゃん?」

それぞれに四大の系統が宿っているらしいし。ぶつけたら火とか風とか出そう。

ちょっとした精霊術気分を味わえるじゃないですか。そう言うと、ミラは呆れながらため息をついた。

「その発想は無かったよ………しかし、肝が冷えるのでやめてくれ。本当に君は………何をしだすか分からないな。まるで本で見たびっくり箱とやらだ」

「いや、場を和ます冗談のつもりだったんだけど」

「場が凍ったぞ。まったく心臓に悪い………」

「お詫びに特製のサンドイッチをプレゼントしたでしょ。まあそれで手打ちに………」

「―――ああ、あれは美味かったな。味付けもさることながら、肉の旨味が格段に違った。深みがあるというのか。
 野菜もしゃきしゃきとしていて、歯ごたえも抜群だった。あれは………もしかして、ニ・アケリアで売っていた材料を使ったのか?」

「かなり質が良かったんだよ。ちょっと田舎だけど、舐めてました自分」

お詫びにと差し出した特製サンドイッチ。

ブウサギの肉を味付けした後、野菜と一緒に挟み込んだ特製サンドイッチ。

故郷の味だからか、ミラのほっぺたは落ちそうになっていた。それほどまでに美味しかったということだろう。

しかし、ミラは何かに気付いたのか、ジト目になっている。

「………君は、あれか。美味しいものを差し出せば、私が引き下がるとか思っていないか?」

「そうでしょ?」

「………違う。と、思う」

ミラは馬鹿正直だった。くくく、順調に餌付けは進んでおるわ。

そんな顔をしていると、ミラに見つかった。やべえ。

「全く………君は思っていたより意地が悪いな」

「っ、照れるな」

「いや、間違いなく褒めてねーぞ少年。あと、ミラはその剣を抜いてもいい」

そこにアルヴィンが乱入してきた。さっと、視線を交わす。

「………なっ、裏切ったな胡散臭い男、略してウザ男!」

「いや、略せてねーから。あと、さり気なく悪口追加すんの止めてくんないかな? 俺って実は心がよえーのよ。滅茶苦茶繊細なハート持ってんのよ」

と、胸を抑えるアルヴィン。嘲笑を浴びせてやろう。

「ふ、本当の事を言って何が悪い! ………あと、最後のはツッコミ待ちか? そうなのか? つまりは覚悟完了か?」

「やめろ、って目がマジに!?」

「うるせー大岩ぶつけんぞ! 大岩だ、また大岩だ、って連投も可能だぜ?」

あの怪しいねーちゃんとも知り合いっぽいからってよう。

いくらか追求するけど説明しやしねえ。

ガンに関しても、だ。するりするりと追求を躱しやがる。
本人も自覚しているんだろう、ニヤニヤと笑ってやがるし。

そのあたりの苛立ちをぶつける意味“も”あって。

アルヴィンに鬱憤含めた意念をぶつけてやりあっていると、隣からミラの笑い声が聞こえた。


「えっと、ミラ?」

「いや、すまない………その、なんだ」


口を抑えながら、おかしそうに言う。


「お前たちは見ていて飽きない。なぜか、そう思ったのだ」

ミラが、笑いながらいう。

「………ちっ」

「なんでこっち見て舌打ちすんだお前はぁ!」

「一緒にすんなってポーズだよ。なに、僕の猫を無理やり剥がした貴様が悪いのだよ」

「猫? ………剥がすとはまた猟奇的な」

「ひどいよねー」

「咬み合ってねえ………あと、少年はもう少し年上に対する話し方ってのを学ぼうな」

「いや、冗談だって。ほら握手握手」

岩を置いて握手を求める。しかし、アルヴィンは半眼になった。

「なんか、掌が赤いんだけど? マナが唸ってるんですけど?」

「いけない、ついまなをこめてしまったー。ぼくっておちゃめさん」

「棒読みかよ! ………ってそれ、あのでかい魔物に喰らわせてたきっつい技じゃねーか!」

「流石はプロの傭兵。一度見た技は、忘れないんだね」

「………ひょっとして、こいつがこの旅の最大の強敵なんじゃねーか?」

アルヴィンがぼそりと呟いた。

「………失礼な、こんな良識な一般人をつかまえて」

「ちょっと待て。いい加減に反撃するぞ、俺も」


そんなこんなで漫談を続けていると、ついにミラはおかしくなったのか笑い出す。


「っ、いつの間にか………仲良くなったのだなお前たちは」

「「いや、ねーよ」」


「ほら、息もぴったりだ」


くすりと笑うミラ。

その顔は、ニ・アケリアに到着する、その寸前のものに戻っいた。

あそこを出発する時の顔でも、長老や村人達に対して向けていた顔は、どこにもない。


それを見て、僕はアルヴィンに視線でサインをする。


(ありがとう)


―――実はというと、村からここまで。歩いている時のミラの顔は、なんか見たくない“色”をしていて。アルヴィンに、それとなく視線でサインを送っていて。

(ちょっとわざとらしかったがな)

アルヴィンは、それに乗ってくれたのだ。

まあ、言いたいことは言ったのだけど。


結果はオッケーだ。ミラの顔が、元に戻った。

これで気兼ねなく前にすすめるというもの。


(―――ああ、そうさ。世界に対する謎。興味深いし、考える価値もある。疑問点も謎もひどく魅力的なものだ)


それは確かだ。僕だって一端の知識人。

世界の謎なんてロマンを前にして、魅力を覚えない方が嘘というものである。


―――あるいは、精霊術が使えないという僕の特殊体質が、分かるかもしれないから。

それは本能に刷り込まれたものだ。このリーゼ・マクシアで人として生きるに必須な技術。

人として生きられる、最低限のラインを越したい。それならば、片足片目、片腕さえも献上しよう。

それほどに、僕は渇望している。旅の目的の一つでもあって。ミラについてきたのも、その目的を達成するためだ。



だけど同時に、譲れない想いがある。



それは――――ミラがそんな顔をしているのが嫌だと。笑わせたいという、そんな単純な想いだ。


綺麗な顔が曇っているのが嫌で。

四大を従えていた時のような、無機質な暴君を思わせる表情に戻っていくミラが、嫌でたまらない。


村人にしてもそう。食事も睡眠も? 

――――ふざけている。独りよがりと言われるかもしれないが、気に食わないという考えは止められない。


探究心が、ある。だけどそれとミラの事、その想いの強さは今は等号で結ばれるようになった。


その両方を知りたいと思う自分がいる。

精霊術のこと。そして、ミラのこと。その奥にある秘密も。


(興味がある、っていうのか)

どちらかは、判別がつかない。謎と彼女自身のこと、そのどちらに惹かれているのか。


わからない。だけど、あの顔は――――もう二度と、させない。

変えよう。嫌なものは、自らの手でどうにかするべきだから。


だから僕は、笑わせるためにも動くべきなのだ。師匠や、レイアに対するように。

あるいは、もう一人。僕と同じような、願っても届かなくて、一度壊されて。
そんな痛みを抱えながらも、どうしようもないと叫んで。
発散させないと臓腑を焼くというのに、無理に溜め込もうとしていたどこかのチビに対するように。


(って何を考えた、僕は)

今は、ミラだ。“マクスウェル”だけど“ミラ”な、ミラを。

我ながらミラミラ言っているとは思うが、止められない。
だから、それを何とかして変えるべく動いた。

石ぶつけようとしたりして、慌てさせて。食事で機嫌を取って、喜ばせて。

感情を揺れ動かせば、ミラが戻ってきた。アルヴィンと即興でコメディを展開したのも良かったようだ。

ある意味で本気が混じった一芝居だけど、上手くいった。


アルヴィンも満足だろう。

僕と同じように、ミラを見ながら、微妙な表情を浮かべていたし。


(しかし、この男も分からないなあ)


胡散臭いを人形にすればこのような男が出来上がるのではなかろうか、それぐらいに得体が知れない傭兵。


実力を隠している可能性が高い。そうでなければ、あの場面であの共鳴術技は決められないから。



けど、嫌なものばかりでもない。短い付き合いだけど、それははっきりと分かる。



隠している実力を見せること、わかっていたはずだ。それなのに、僕達を助けるためにだろうか、隠したままでいなかった。

こうして、漫談に付き合ってくれてもいる。怒らずに、合わせてくれた。


それだけの男気は持っているのだ。



だから、礼を言うことにした。





ミラが少し前に行った後。彼女に聞こえないように、小声で伝えようと。


対するアルヴィンは――――来ましたか、とばかりにまた厭らしい笑みを浮かべている。


読まれているのだ。


僕はそんな仕草に、“このやろう”と思いながら。






それでも僕は礼の言葉を口にした。






『サンクス、中年』





「――――お前な!!」





「え、なんで怒る?」




「不思議そうな顔をするなよ!」




なんでそんなに大声を。前にいるミラが驚いてしまっているじゃないか。

告げると、アルヴィンは手をわなわなさせた。




「はあ………馬鹿らしい。少年、素直に礼を言うのが照れくさいんなら、最初から言うなよ」


「はぁ、誰が照れ隠しだ!? 一体僕がいつ照れたって証拠だよ! このおっさんが!」


「てめっ………お前、本当に面倒くさい性格してんのな。というか中年はよせ、おっさんじゃない! 俺はまだ26だぞ!?」


「え、おっさんじゃん」


「…………お前とはいつか決着をつけなきゃならんようだな。というか、お兄さんと呼べ」


「いや、アルヴィンがもう少し秘密を打ち明けてくれたら………って、呼んでるよ」







ミラが僕達を呼ぶ声が聞こえる。





前を見ると、社へ続くのだろう、長い階段が見えた。





恐らくはあれがミラの社に続く道なのだろう。



もうすぐ到着だと、僕はアルヴィンより先にミラへと駆け寄っていく。








「ほんっとに似てねえなあ、少年…………………あの生真面目な“お医者さん”とは、大違いだぜ」







そんな、後ろでつぶやかれたアルヴィンの声を聞き逃したまま。






[30468] 15話 「巫子登場」
Name: 岳◆3d336029 ID:0347f440
Date: 2011/11/19 18:27

霧が濃くなっている街道。その奥に、階段はある。
樹に包まれるようにある長い石の階段が、森の奥へと続いてく。

それを登って数分。登り切った先に、大きな建物が見えた。
向こうには、ニ・アケリア霊山が見える。
そのふもとに、でんと大きい一軒家が霊山に続く道を遮断するように建っている。

「ここが、ミラの社?」

「そうだ」

「へえ。じゃあ、ミラはここに住んでたんだ」

「住んでいる、か。考えたことはないが………そういうことになるのだろうな。人の生活とはまた違うものだと思うが」

「何もない所だな。こんな所で、退屈しなかったのか」

アルヴィンが言うと、ミラは腰に手をあてながら答える。

「別に、気にすることもあるまい。私の使命においては何の問題もないからな」

「生活は必要ないって?」

「そうとは言わないが」

ミラの言葉に、ふと思いついた。

「生活とはまた違う………生息していた?」

「魔物か私は」

「痛っ」

ミラのツッコミがずびしと頭に入る。

「何か、どんどんマクスウェル扱いされなくなっていくな………」

「そんなことないよミラ様」

ただミラ=マクスウェルとして見ているのであって。

マクスウェル分が村で補充されたようだから、僕はミラ分を補充しようかと思って。

そう思っている時、ミラはまた巫子を思い出したのか、何ともいえない顔をしている。

「よせと言っているだろうジュード。それとも君が巫子の代わりを努めてくれるのか?」

いたずらっ子のような口調。ミラは笑うと、社の方を向いた。

僕は望む所だ、と石を両手に運び出した。




社の中には何もなかった。奥に別の部屋があり、そこに書棚などあるという。

儀式には広場を使うという。奥にある玉座みたいなものは、今回は使わないらしい。

「………で、これでいいの?」

指示通り、広場の床に書かれている四色の紋様。

その上に、それぞれの石を並べ終わる。


これで、四大を呼び戻す儀式の準備は完了したらしい。




世精石を四方に、その中心の座にミラが座る。


「………では、始めるぞ」



「………っ!」


場が一気に緊迫する。


(パンツは見えない)


残念無念。

アルヴィンに視線を送るが、首を振る。どうやらアルヴィンにも見えなかったらしい。

おのれ絶対領域。




と、煩悩まみれの僕をさておいて、ミラは真剣な顔で儀式を続けている。

最初の構えは、クルスニクの槍を破壊しようとした時と同じだ。

弧を描いた手に方陣が現れ、同時にミラの中から、マナが溢れでた。

それは一つの流れとなり、ミラの意志の元に、一定の方向へと荒れ狂っていく。

まるで嵐を制御しているかのよう。世精石の力のお陰だろうか。四つの系統だろう、四色のマナが生まれ、ミラの方陣の中へと収まっていく。





――――しかし。






「くっ!?」

「ミラ!」





石は砕けてしまった。ミラは倒れそうによろめいた。



その時、背後から気配が近づいてくる。






(奇襲!? こんなタイミングで――――)



かなり早い。僕は振り向きざま、気配に一撃を加えようとして、








「ミラさげふゥァ!?」






走ってきた銀髪の男に、ラリアット。


首にカウンターの一撃をくらった男は、縦に一回転した後、顔から地面へと着地した。







「イ、イバル!?」

「少年………ついにやったな」

「ついにって何!?」




あと、二人の責めるような視線が痛い。


ってイバルって名前は………たしか、巫子の名前だったような。



「えっ、巫子って女じゃなかったの」

「女と言った、覚えはないが」














そんなこんなで、脳震盪を起こして気絶しているイバルを起こすことになった。

とはいっても時間がもったいない。きつめ気付け薬を嗅がせると、すぐに覚醒させた。

ほら、こんなに巫子が元気に飛び跳ねて!

「やったね、アルヴィン。ってなんでそんな恐ろしいものを見る目で?」

匂いは広がらないようにしてるから大丈夫なのに。

「いや、何でもねーわ。でもその薬を俺に使うのはやめてくれな」

ちょっと引くアルヴィン。

「お前! よくもやってくれたな!」

「いや、本当にすみません。この通り」

さておいて、イバルは巫子。つまりはミラを心配して駆け寄ったのだろう。

そこで、僕が昏倒させてしまった。これは謝るしかないだろう。

薬に関してはアレ以外の方法が無かったし。

「ジュードは、敵襲だと勘違いしたのだろう。あまり責めないでやってくれ。それよりもイバル………綺麗に一回転したようだが、大丈夫か?」

「あれしきの攻撃、私には通じません! そんなことよりミラ様、心配致しました………と、これは。四元精来喚《しげんしょうらいかん》の儀?」

何故今このような儀式を。

巫子のイバルは儀式の内容を把握した後、しかめっ面で立ち上がり――――ちょっとよろけながら、虚空に向かって呼びかける。


「イフリート様! ウンディーネ様!」

きっと、いつも呼べば姿を現してくれたのだろう。しかし、イバルの声に呼ばれた四大は応えない。


「ミラ様、いったい何が………」





問われたミラは、少し黙り込んだ後、イバルに向かって説明した。

イル・ファンで起きた事。そして、今現在何を目的として動いているのかを。

アルヴィンに聞かれてしまったが、それも仕方ないだろう。どうせ予想はついてたろうから。

「んで、精霊が召喚できないのって、そいつらが死んだってことか?」

「バカが、大精霊が死ぬものか!」

「………あれ、常識?」

「僕に聞かないでよ」

死んだ精霊は化石になるって話は聞いたことがある。だけど、その実どうかなんて僕が知れるはずがない。

で、イバルが言うには、大精霊も死ねば化石になるという。ただ、力だけは代替わりするらしい。

記憶は受け継がれないらしいが、力だけは次の大精霊へと継承されると。

「ふん。存在は決して死なない、幽世《かくりよ》の住人………それが、精霊だ」

「だったら………」

ドヤ顔でポーズを決めるイバルはおいといて、僕は結論を口にする。


「やっぱり、あれは見間違いじゃなかったのか」


最後、四大精霊はあの槍の中に吸い込まれていくように消えた。

もしかして死んだとも思ったが、再召喚の儀式に応じないということは違うようだ。

代替わりしていない。だけど、呼びかけに応じない。

つまりは、だ

「四大精霊は、今も賢者《クルスニク》の槍にいる。捕まっているんだ」

「バカが! 人間が四大様を捕らえられるはずが無い!」

「じゃあ………えっと、イバル。巫子のイバルとしては、どう考えているんだ?」

「それは………」

押し黙るイバル。考えているのだろう。だけど、それ以外の回答があるとは思えない。

主であるミラの呼びかけにも応えない理由なんて、出られない事情があるから。他には考えつかない。

まさか四大精霊がストライキを起こしたと思えんし。

「………何もない空間で、卵がひとりでに潰れた場合。その原因は、卵の中にある。『ハオの卵理論』ってやつだよな?」

ちょっとドヤ顔のアルヴィンが――――学生ならば誰もが知っていることを口に出す。

「僕の、嫌いな理論だけどね」

「へえ、どうしてだ?」

「前提として、条件を決め付けるのが嫌いなんだ。それに、夢がないじゃないか」

もしかしたら未知のパワーが働いたかもしれないじゃないか。既定の視点に囚われていて何になる。

そう言うと、捻くれてるよなあ、とアルヴィンに言われた。


なにさ、夢をみたっていいじゃないか。

こちとらアルヴィンと違って、夢多き少年だもの。



それに、そんな荒唐無稽な話を――――信じられなければ。

霊力野《ゲート》の無い人間が精霊術を使うなんて、夢みたいな目標を追っていられないじゃないか。

しかし、槍の力はそれほどだったとは思わなかった。最後の一撃の時に見た、四大を束ねる大精霊達。

桁が違う存在を逃さない。つまりはそれほどの拘束力を持っているということ。

マナが吸収されていく、その勢いも尋常じゃなかったし。


「四大を捕らえられるほどの黒匣《ジン》だったというのか………」


ミラの落ち込んだ声に、僕とアルヴィン、そしてイバルもはっとなる。

3人とも、俯いているミラを見た。


「あの時…………私は、マクスウェルとしての力を失ったのだな」

「ミラ………」


弱々しい声。研究所を脱出した直後も、そんな顔は見せなかったのに。

ミラは立ち上がると、こちらに背中を向けた。顔を見られたくないのだろう。

「ミラ………」

「今はいい。一人にしておいてくれ」


励ましの言葉をかけた方がいい、と思うけど。

考えたいこともあるだろうし、ひとまずは落ち着いて


「そうだ、貴様達たちは去れ! ここはミラ様の社、ニ・アケリアの中でも、最も神聖な場所だぞ! ミラ様のお世話をするのは、巫子であるこの俺だ!」

ってな空気を完全に無視し、ポーズを決め、ドヤ顔で歯を輝かせながらイバル。

視線でアルヴィンにサインを送るが、首を横に振った。僕と同じ感想だ。つまり処置なしということ。


で、落ち込んでいるミラもそれを聞いていて。


「イバル。お前もだ。もう帰るがいい」


「………は?」


全くの予想外って声を出すイバル。

ってバカやめろ。背中から不機嫌のオーラが出ているのが分からないのか。

凹んでいる時にそんな事して、怒るに決まっているだろうに。


「ミラ、様?」

「イバル」


名前を呼ぶミラ。しかし目が危ない。ジト目じゃない、混じりっ気なしのマジ睨みだった。

目が見たこともないほどに釣り上がっている。

イバルも同じなのか、思いっきり腰が引けているな。


その、たじろぎ気味のイバルに、ミラは容赦なく告げる。




「有り体に言うぞ――――――――― う る さ い 」





死刑宣告のような端的な言葉に、イバルは音もなく膝から崩れおちた。














「かくして、巫子・イバルはこの世から去ったのであった………」

「っ、勝手に殺すな!」

「おや、生きてたんだ」

乾燥したワカメみたいになってたのに。
瞬時復活するイバルを見て、僕は味噌汁にワカメを入れすぎた時のことを思い出していた。
まあ、今はワカメよりイバルだ。

「どうしてミラ様はあんな言葉を………」

「いや、凹んでる時に騒がしくされたんだ、そりゃムカつくでしょ。まあ、そう落ち込むなってワカメ」

あと、首大丈夫? って聞くが、何やら睨まれた。

「誰がワカメだ! この、貴様らがしっかりしていないおかげでミラ様があんな事に!」

手を上下左右に動かしながら喚くイバル。何か奥義を繰り出すようにじたばたと動きながら、八つ当りしてくる。

しかも文法間違ってるし。正確には“おかげ”じゃなくて“せい”だろう。事実を言えば、それも違うのだが。

「くそ………俺がついていっていれば」

「二秒で敵に発見されたろうなー」

さっきから手をバタバタと動かして、うっとうしいやら騒がしいやら。じっと見ていると面白いのだが、こんな騒がしい男を隠密行動なんかに連れていけないだろう。

研究所内で四大をぶっ放しまくるミラもミラだけど。

はっ、つまりは似たもの同士………隠密より侵略をってか。


あなどれんな、奥が深いよニ・アケリア。さすがは精霊の里。

と思っていると、アルヴィンの呆れ顔が見えた。おっさんには、この騒がしさはきつかろうよ。

「なんか無礼なこと考えられてるような気がする。だけど、マジで短気な奴だな………で、これからどうするよ、少年」

「僕はここで待ってるよ」

やるべき事は話し合うとして、まずは休憩だ。一区切りもついたし、これからのことを決めていかなければならない。

槍を破壊するという目的は変わっていないのだから。

それに、もうすぐ夜だし、ミラもお腹が空いたら戻ってくるだろう。

そう思っての発言だったが、イバルはいたく気に入らなかったらしく、何やらつっかかってきた。

「いいか! これからも、ミラ様のお世話は俺がする! ぽっと出の、どこかの馬の骨かもわからん奴が………余計なことはするなよ!」

「世話、ねえ………それって食事も?」

「ミラ様は食事をしない! 四大様からマナを…………っ!?」

そこで気付いたのだろう。イバルが、驚いた顔になる。

四大がいない今、ミラは食事をしなければ生きていけないってこと。

「今まで通り、僕が作るって。さっきも美味しそうに僕の作った料理を食べていたしー」

「な、ミラ様が食事を!?」

「食べなきゃ死ぬっての。それよりもなにか。食事をするぐらいなら、いっそ飢えて死ねと? それも余計なことだって言うのか?」

ちょうどいい。お世話をしている巫子様に、一度聞いてみたかったんだ。

「なんでミラは食事をしたことがない? 旨いもん食べればやる気も出るってことは、そこらへんのガキでも知ってることだろ」

それが、どうしてだ。聞けば、眠ったこともないという。何故、二大欲求を封じ込めるのか。

不必要だったはずがない。食事の匂いを嗅いだことがないなんて、あるはずがない。だけど必要ないものとして育てられた。
自らを使命に捧げていたからか。ミラをマクスウェルとして“扱っていた”からか。

「おいおい、落ち着けよジュード。ミラにはミラの事情があるし、こいつにも事情がある。習慣もなにもかもが違うんだ。俺たちとは、視点そのものが違うって可能性もあるだろ」

だから、それを責めるのも決め付けるのも早急だし、間違っている。

アルヴィンが言うが、それでも僕は納得できない。


(………でも、確かに)


頭ごなしに責める問題ではないのかもしれない。ミラもこいつも、今までの生活があったのだ。

だから、ちょっと。落ち着いて、軽く謝ろうとしたのだが――――


「その通りだ! それに、ミラ様は今まで食事をしなくとも、使命を果たしてこられた! これからは………食事を作るが、それでも出会ったばかりのお前に責められる筋合いはない!」


「んだとこの増えすぎるワカメが。やんのか海藻類」


カチンときた。特に最後の言葉。時間がそんなに大切か、あとドヤ顔すんじゃねーよ。

ぶっ飛ばすぞこの野郎。

「ふん、俺は強いぞ。お前のような、子供じみた顔している奴には負けない」

ふふん、という顔をするイバル。


「けっ、ラリアットの一撃で昏倒したくせに、よく言うよ」

「ぐ、あれは汚い不意打ちだったからだ! 正面からやれば、お前のようなチビにやられるか!」

「ぐ、お前だって僕とそう変わらないじゃないか!」


イバルは髪の毛が立っているからか、背は高く見える。だが、素の身長は誤差の範囲だろう。

事実―――こうして、正面からメンチの切りあいになると、視点があうのだ。

こいつも、僕も………ミラよりは背が低いけど。




その時、横からアルヴィンの声がする。




「………どんぐりの背比べ」


「「何か言ったか?!」」


「いーや」



両手を挙げ、降参ーと言うアルヴィン。


ちっ、このおっさんはほっとこう。




でも、このままじゃ埒あかねえ…………間違っている云々はともかく、こうまで言われて黙っている僕じゃない。





――――ここは分かりやすく男らしく決着をつけようか。








「………階段の下、草原でぶっ飛ばしてやるよ。一対一の勝負だ」



要約すると“表ぇ出ろやコラ”。



「ふん、ミラ様に迷惑がかからないようにか………望む所だ!」




逃げない所は褒めてやろう。





さあ―――――野郎同士、拳で語り合おうじゃないか。










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