鶴竜と稀勢の里の一番で、五日目の稀勢の里が受けた傷がどの程度のものなのかを読み取れる。そんな心積もりで見ていたのだが、案じていたほどに深い傷を受けている気配はなかった。
これなら、立ち直るのも早かろうと、安心したところである。なぜそんな心配をしたかというと、稀勢の里には、受けた傷を必要以上に重大なものと受けとるという悪い癖がある。
この妙な性癖に振り回され、何度か大きく脱皮するチャンスをつかみ損ねてきている。今度のチャンスもめったに訪れない種類のものだけに、なんとかそれをつかみとって、飛躍につなげてほしい。そう考えているのは私だけではないだろう。
それは常に稀勢の里一人の出世につなげて多くのファンに意識されているだけのものではない。少々大げさないい方になるが、大相撲の将来にも関係のある問題ともいえる。この関脇はそうなる可能性を秘めているからだ。
そう思うから、序盤戦の一敗などで、これまで何度か繰り返した挫折の中に落ち込んでほしくなかったのだ。
しかし、鶴竜との一番は、この大関候補の新しい面を見せるものになってきた。これまでの、どちらかといえば不細工な攻撃が顔を出さずに、理詰めな攻めが前面に立ってきたのだ。
これは大きな変化だといえる。もともと馬力のある力士なのだから、攻撃にチェンジペースがまじってきたら効果も二倍三倍になると思っていたのだ。
六日目の相手はそういう変化を織りまぜる攻めを自在に操り出す鶴竜だから、どうなることかと案じていたところもあるのだが、生一本な攻めにおちいることなく左右の使い方、そして緩急をまぜた案配も見事なものであった。
当面のライバル琴奨菊と一対一の対決は、このままで行けば近々に組まれるものなのだから、心理的に楽な立場を占める側が優位に立つ。私はそう考えている。だから、六日目に見せた稀勢の里の自在な戦い方は琴奨菊にとっても大きな味方になる。私はそんなふうに考えている。 (作家)
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