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作品名:ゾンビとアイドルが出てくる小説。でもアイドルだからと言って特に意味があるわけではない 作者:ジョイントスターズ

第2回 2
2015年8月2日 南西諸島 雛間島

1.とあるアイドルのマネージャー

「えっ、撮影中止ですか!?」

 目の前の少女が俺の言葉に随分驚いた様子でそう叫んだ。
 まあ、無理もないか。アイドルとしてデビューしたばかり、初めて新曲を歌わせてもらえることになってわざわざ南の島までやってきてPVを撮影しようかということになったその前日に、撮影中止と言われたのだから。

「すまん、なんだかうちの社長から電話がかかってきてな、ヨーロッパの方でなんだか大変なことが起こってるとか何とかで……」
「え? ヨーロッパとうちとが何か関係あるんですか?」

 不思議そうにそう尋ねてくるが、俺だってよく分かってるわけではない。社長に尋ねようとしたが要領を得ない答えばかり返ってきて、早々に電話を切られたのだ。

「たしかヨーロッパの方で新型ウイルスが発見されたとかで騒ぎになってるらしい。それで何故かは知らないが日本も非常事態宣言とかで出入国の大幅制限とかをしているらしい、んだが」
「新型ウイルス? また鳥インフルエンザとかですか?」

 少女の口から出たのは数年前に大騒ぎになったウイルスの名前だった。あの時も大変な騒動になった記憶があるが、さすがに明日に迫った撮影日を取り止めて帰ってこいなんてことは言われなかったから、今回のはそれ以上の騒動なのだろう。
 さらに少女はしつこく尋ねてくるが、とりあえずその場はお茶を濁して宿の自室に戻って帰る準備をするように伝えると、俺も自分の部屋へと戻る。
 自分に割り当てられた部屋を見回すが、テレビは設置されていない。南の島の離島であるこの雛間島ではテレビの電波が届かない地域にあるのだった。
 そこまで長い期間滞在するわけではないからテレビはなくてもかまわないかと考えて安宿を取ったのだが、こんな事態になると知っていたら衛星放送ぐらいは見れるところにするべきだったか、と今更ながらに後悔してしまう。

「そういえば、この宿にイギリスから旅行しに来たとかいう人が泊ってたっけ」

 この宿に泊まった初日のことだが、その日の仕事を終えた夜、宿の外に出て煙草を吸っていた所にやたら日本語の達者な五人ほどの外国人グループに話しかけられたのだった。彼らは日本のことが大好きな人たちが集まって出来たグループで、皆日本に来たのは初めてらしいのだがグループのメンバーで一緒に勉強したという日本語を誉めると大層嬉しそうにしていたのだった。

「ちょっと話でも聞いてみるか」

 大した荷物もなく、荷づくりもすぐ終わってしまったため、少女の方の支度が終わるまで日本に来る前に何か変わったことでも起きていなかったかどうかを聞いてみようと彼の部屋へと向かってみる。

「ここか。おーい、居ますかー?」

 十五号室と書かれたプレートが貼り付けられているドアを何度かノックしてみるが、返事は無い。
 観光でもしてるんだろう、と思って引き返そうとすると、部屋の中で何か大きなものが倒れる音がした。

「どうしたんですか!?」

 まさか中で倒れていたりしたら大変だ、と思いきってドアノブを回すとあっさりとドアは開いてしまった。
 急いで部屋の中に踏み込んだ俺の視界に入っていたのは、血まみれになってうつ伏せに倒れている人間の姿だった。
 あわてて彼に駆け寄り、意識があるかどうかの確認をしようと顔を覗きこもうとしたその瞬間、不意に彼が起き上がり、俺の首筋へと噛みついてきた。

「うわっ! 何すんだお前!」

 あわてて組みついてきた彼の体を蹴飛ばして距離をとって構えてみたものの、相手は体格に恵まれた欧米人、こちらは最近はデスクワークばかりでろくに運動も出来ていない貧弱な日本人。
 まともに殴り合って勝てる見込みなど無い、などと考えて逃げ出そうかと思ったその瞬間、後ろから別の血塗れの外国人に組みつかれ、地面に引き倒されてしまった。

「しまっ……!」

 とっとと逃げるべきだったな、などと襲われている最中だというのにやたら落ち着いた考えが頭の中を巡りだした。それでも俺の意識が失われるまで、そう長い時間はかからなかった。



2.新人アイドルの少女


「マネージャー、どこにいるんだろう」

 荷造りを終えてマネージャーの自室へとやってきたが、肝心のマネージャーが見当たらない。いきなり仕事がキャンセルになって色々とやらなきゃいけないことがあるのかな、などと思い、マネージャーが帰ってくるのを待つことにしたのだが、少々時間がかかり過ぎている。

「この島の移動手段は一日二便の定期船に乗るしかないから、絶対遅れるなよって言ってたのはマネージャーなのに」

 このままだと今日のうちにこの島を出ることが無理になる可能性も出てくる。先ほどから何度も携帯に電話をかけているのだが一向に出る気配がない。
 部屋の中にまとめられたマネージャーの荷物があったから戻って来るものだと思っていたのだが、さすがに遅すぎるため探しに行こうと部屋の外に出ると、不思議な臭いがすることに気がつく。

「なんか鉄臭いっていうか……もしかして、血の臭い?」

 女である以上は月に一度は嗅がなければいけないあの臭いが宿の中に漂っている。あまりいい気分ではないが、その臭いの元と思われる方へと歩いて行ってみると、一つの部屋へとたどり着いた。

「十五号室……ここね」

 辿りついたその部屋はドアも少し隙間が開いており、鍵がかかっていないことが簡単に分かった。不用心だな、と思うと同時に、何か大変なことでも起こったのかもしれないと思い、思い切ってドアを開けてみる。

「なにこれ、酷い有様……」

 部屋の中へとはいってみると、壁や床には血がべったりと張り付いており、家具なども散乱した酷い状態であった。その中で私の眼はあるものに引きつけられた。

「これって、マネージャーの携帯電話じゃない!」

 べっとりと血がついた酷い状態ではあったが、床に落ちていたその携帯電話は間違いなくマネージャーの使っていたものと同じものであった。
 開いて中を確認してみると、私からの着信履歴が残っており、間違いなくマネージャーはこの部屋にやってきており、ここで何らかの事件に巻き込まれたのだ、という事が確信できた。

「この部屋で何が……」

 部屋の中を見渡すと、窓ガラスが割られており、外へと数人分の血の足跡が続いているのが分かった。
 とにかく警察に連絡しようと電話をかけてみるが、繋がらない。宿の人にこの部屋の惨状を知らせようと宿の中を見て回ってみたが、十五号室と同じ惨状が他の部屋でも起きており、宿の中は人のいない状態になっていることが、今更ながらに分かった。
 なにか、大変なことが起きている気がする。あまり外を歩き回るのはマネージャーにいい顔をされなかったため、外の様子はよく分からず、いつからこのような状態になっていたのかは分からないが、固まりきっていない血の状況などからそこまで前の出来事で無いとは考えられる。
 そのとき、脳裏に浮かんできたのは先ほどのマネージャーの言っていた言葉。

「たしか、新型のウイルスがヨーロッパで広がっていて、そのせいで日本も出入国の制限をした……」

 最悪の想像が思い浮かぶ。
 つい最近まで知られていなかったウイルスがヨーロッパで発見され、それとほとんど間をおかずに日本政府が出入国の制限をする。

「つまり、それほどの危険性があるウイルスという事。もしそれほどのウイルスが、出入国の制限が間に合わずに日本に入ってきていたら……」

 自らの想像に思わず身震いしてしまう。
 しかし、この宿、あるいはこの島が尋常じゃない事態にあるのは間違いない。
 事態を把握するため島の中心部へと向かうか、あるいはこの宿に引きこもって助けを待つか。少女は、選択を迫られていた。




3.剣術家の娘

 雛間島にある剣術道場の中、娘は一人、黙想していた。

 彼女は自分の心を落ち着かせようと、必死だった。

 何故なら、離婚した自分の父親が自分の元を訪れてくるという知らせを受けたためであった。

 彼女の父親は剣術家であり、この道場も元はと言えば彼女の父親が受け継いだものだったのだが、父親が母親と離婚して家を出ていく際に取り残されたものの一つであり、娘は父親がいなくなった後もまるで父親の影を追い求めるかのようにこの人のいない道場の中、独りで剣術の修練に励んでいたのだった。

 ある意味では、少女の行いは現実逃避だったのかもしれない。幼いころから父親に剣術を仕込まれ、剣術が上手くなると父親は誉めてくれ、逆に剣術を疎かにすると父親は娘を叱った。

 父親がいなくなった後、彼女が剣術の修練に没頭していたのは、頑張った自分の姿を父親に見せて誉めてもらいたかったためか、剣術にのめり込むことによって父親の喪失感を紛らわすためか。

 母親が病気で亡くなった時も、彼女は修練を怠らず、父親は葬式にも姿を見せなかった。養育費は毎月彼女の元へと振り込まれるようになったが、それでも娘と父親の間は連絡一つしない、冷え切った間柄のままだった。


 それが、今になってどうして。


 いくら座禅を組んで心を落ち着けようと努力しても、彼女の心の中にはその言葉ばかりが渦巻いていた。

 少女はふと空腹を覚え壁に掛けられた時計を眺めると、いつもなら既に夕食を食べ終わっている時刻を時計の針は指し示していた。

 こんな状態で座禅を続けても効果は無い。

 そう思い直した少女は近くのスーパーへと夕食の材料を買いに行くことにした。
 この時間ではあまり新鮮な食材は残っていないかもしれないな、と少女は嘆息するが、閉店する前に気付けたのは不幸中の幸いだった、と思いなおし長く使い続けたためにすっかりぼろくなってしまった愛用の自転車を引っ張り出し、各所から軋む音を立てながらスーパーへと向かって行く。

 郊外の剣術道場から結構な時間をかけてスーパーへと到着するが、少女は何やら辺りの様子がおかしいことに気がつく。
 ガラスが割られたスーパーの窓、地面の上に散らばっている赤い液体、周辺に充満する血の臭い。
 風通しのよくなった窓からスーパーの中を覗いてみると、無数の影がうごめいているのが見て取れた。
 強盗か、と思い携帯電話を取り出してみるが、警察につながる様子は一向に無い。

 どうするか、と自転車のそばに立って思案していると、照明に照らされた少女を見つけたのか、スーパーの中から一つの影が出てきた。
 明かりに照らされる場所にまで出てきたそれを見て、少女は戦慄した。
 一見すると見た目は普通の人間と変わりはないようには見えた。が、大きく変わる所を一つ挙げるとすれば、全身が血に塗れ、まるで映画にでも出てくるゾンビのような姿をしている、という所であろうか。
 そのおぞましい見た目に一瞬動けなくなった少女だったが、目の前の人間らしきものが自分に向かって全力で駆けてくるのを見て我に返り、あわてて横に跳び退り、それの跳びかかりをなんとかかわした。

 ふと気配を感じスーパーの中に目を向けると、先ほどの影と同じ血塗れの人間らしきものが多数、自分に目を向けているのが見えた。
 それらが一斉にこちらの方へと向かってくるような様子を見せた気がして、少女はあわてて先ほどの交錯で地面に倒れていた自転車を起こし、それに跨って一目散に道場へと逃げ帰った。

 門を固く閉じ、家の中の鍵がかかる部屋へと閉じこもり、布団をかぶって朝の訪れを待つ。もはや食欲など消え失せていた。
 寝て起きたらさきほどの出来事は全て夢で、変わり映えのしない日常が訪れることを祈りながら眠ろうとするが、一向に眠くならない。寝ていたらいつの間にか先ほどの化け物が鍵を打ち破って自分に襲いかかって来るのではないかという想像が、彼女を眠りに就かせることを許さないでいた。

 結局、彼女は一睡もせずに夜を明かすことになる。


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