-プロローグ-
「おにいさん、こちらの娘はどうですか?」
「この身体、みて下せい、壁にもってこいですぜ」
「剣術の腕は確かですよ」
通り過ぎる度に、あちこちから声が掛かる。
それは、中央の市場と同じ威勢の良い商人達の掛け声だった。
幅五メートル程の通路がそれほど広く感じられない。
いや、呼び込みの掛け声を上げる商人達が指し示す商品のせいで、更に狭く感じる。
何せ商品が大きい。
中には二メートル近いモノまで引き摺り出されているのだ。
「アッ!」
小さな悲鳴と共に、女性が俺にすがり付いて来た。
ムニュっと腕に当たる生乳の感触にニヘラと笑みを浮かべそうになる。
「コラッ!しっかり立っとれ! お客さん、済みません」
商人がわざとらしく、彼女を叱り付けている。
よろけた女性は、つぶらな瞳を潤ませペコペコ頭を下げている。
「ちっ、仕方ねえな! 後でお仕置きだ、テメエ!」
商人の言葉に、彼女ーそうこの通りで売られている商品ーは、真っ青になっていた。
ああ、判ってるさ、彼女の後から押したのがこの商人だって事ぐらい。
それが手立てだと言うのはいくら俺でも気が付く。
王都の南西のレグレジアストリート。
ここは、王国有数の奴隷市場。
そして俺が奴隷を買いに来ている位、ここいらの商人には一目瞭然なんだろうなあ……
「旦那、申し訳ございません。お詫びにこちらでお茶でも如何でしょうか?」
ほら、店に取り込もうとしてるし。
まあ良いさ、どうせ何処かの店に入るつもりだったんだ。
入り口に護衛のように立ち並ぶ戦士風の奴隷を見ながら中に入る。
幾つかの接客コーナーとカウンターがある。
何かあちらの世界の不動産屋みたいだ。
俺はその奥の扉の方に連れて行かれる。
うん、店長室って感じ。
一見さんに対しては破格の対応だな。
それほど上客に見えたのかね?
二人がけのソファーに案内され、腰を下ろす。
「本当に、当方の奴隷が失礼致しました」
頭を下げ、向かいに腰を下ろす商人。
「失礼します」
タイミングを計ったように後ろの扉が開き、トレイに飲み物を載せた女性が入って来る。
彼女はテーブルの上にカップに入った飲み物を並べて行く。
ヘエー……
流石にこれには驚かされた。
先程、俺にすがり付いて来た美少女ではないか。
先程とは違いエプロンを身に付けてはいるが、それだけだ。
自然、視線がその胸元に向いてしまうのも許して欲しい。
腕に当たったあの感触が甦る!
並べ終わった彼女が、膝を付けながらこちらを向く。
「先ほどは、失礼致しました」
そう言いながら深々と、頭を下げて来る。
彼女が、微かに震えているのが判る。
な、なんと……
なんと言う破壊力!
クッ……
落ち着け、落ち着け……
何とか魅了の誘惑から我が身を取り返し、飲み物に手を延ばすのだった。
「大したものです」
商人が感心したように、俺に告げる。
俺は訳が判らず眉を上げ彼を見つめた。
「これは失礼致しました。商人のピーノと申します」
「ああ、俺はコウ、ハンター……かな?」
今度はピーノと名乗った商人が怪訝そうな表情を浮かべた。
「ところで、何が大したものなんだ?」
俺はそんなピーノの疑問には応えず、聞いた。
「イヤイヤ、彼女の誘惑に自制を示された点ですよ」
ピーノは滔々と説明してくれた。
ここの通りに来た以上、奴隷を見に来てられているのは間違いない。
彼女がぶつかった時の様子から、俺が女奴隷を物色しているのも判ったとのこと。
そんなに判り安かったかと、少し反省。
かと言ってプロの目を誤魔化せるモノではないわな。
とにかく俺に脈有りと視て、中に誘ったとの事。
そしてその身なり、態度から上客と判断させて頂き、此方にお通ししたと。
更に彼女に扇情的な格好でお茶をサーブさせる。
驚かれた様ですが、慌てずお茶に口を付けた態度に感心したとの事だった。
「いやあ、コウ様とでしたら良い商取り引きが出来そうです。今後とも宜しくお願いします」
そう締め括り頭を下げるピーノ。
参ったとしか言い様がない。
此方がある程度気付いている筈と当たりを付け、全て話して来るとは!
どの世界でも凄い奴はいるものだ。
まあもっとも俺が判り易いのかも知れないが。
「参りました! 此方こそ宜しくお願いします」
こうまで言われたら素直に白旗上げとこう。
それに、精霊様の印象も悪いモノじゃないしな。
どう言う訳か、精霊様は悪意に敏感だ。
お陰でこの世界に来てから、大きく騙される事はない。
「ああ、コウ様はお客様なのですから、頭をお下げにならないで下さい」
慌てて取り成して来るピーノ、それが商人の手管としても、俺は悪い気はしなかった。
「それで、どのような奴隷をお捜しですか?」
「ああ、仕事の報酬に屋敷を手に入れたので、その維持管理も出来る奴隷を捜している」
流石に俺の言葉には驚いたようだ。
うん、ピーノが固まるのを見れたのは、一矢報いた気分だった。
「屋敷……ですか?」
「そう屋敷♪石造りの二階建て、元々はギルドの別邸だったそうだ♪」
少し調子に乗ってたんだろうな、俺は嬉しそうに答える。
「コウ様、そのような事は軽々しく口にすべきではないですぞ」
ピーノが真剣な顔で言って来る。
あれ?
俺は少し驚いた。
まさか諌めて来るとは思ってもいなかったのだ。
寧ろ更に上客だと思わせ、より良い奴隷を得ようと考えた程度だった。
「私ども商人の前でそのような事を漏らされれば、良い鴨とばかり、全てむしり取られますな」
「あ、ああ、忠告、ありがたい」
困惑が表情に浮かんでいたのだろう。
「ちなみに、私も商人ですから、早速活用させて頂きます」
澄ました顔で応えるピーノ。
敵わないなあと、俺は苦笑いを浮かべるだけだった。
「それでは、家宰等も必要ですかな?」
「いや、それは遠慮したい。まあ、三人いや五人もいれば回るだろう」
オイオイ、何処の貴族様だよ。
流石に屋敷を管理する家宰までは置く積もりはない。
第一、ノイローゼになりそうな奴を買う必要はないわな。
「そうですか、すると掃除、洗濯、料理もこなせてと言う処ですかな?」
ピーノが困ったような表情を浮かべる。
何か問題あるのか?
「流石に、妙齢の女性奴隷にそこまでの高いスキルを求めるのは……」
ピーノが残念そうに首を左右に振るのだった。
「いないのか?」
「ハイ、残念ながら、私どもだけでなく、王都、いや、大陸中捜しても……」
うーん、そう言うものなのか……
ピーノの言うには、見目麗しい奴隷にそのような躾をする者はいない。
逆に家事全般を求める奴隷は、残念ながら、些か容姿や年齢に劣るとの事。
人の命が安いこの世界、一人より複数が常識なのだ。
「まあコウ様が、どなたかご購入されて、一から仕込まれると仰るのであれば……」
上手い事言うなあ……
俺は商売の巧さに、感心させられるのだった。