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[30300] コウの子育て奮闘記(その4-5 改変版に差し替えました)
Name: shin◆d2482f46 ID:51e653ed
Date: 2011/11/18 19:49
-プロローグ-

「おにいさん、こちらの娘はどうですか?」
「この身体、みて下せい、壁にもってこいですぜ」
「剣術の腕は確かですよ」

通り過ぎる度に、あちこちから声が掛かる。
それは、中央の市場と同じ威勢の良い商人達の掛け声だった。

幅五メートル程の通路がそれほど広く感じられない。
いや、呼び込みの掛け声を上げる商人達が指し示す商品のせいで、更に狭く感じる。

何せ商品が大きい。
中には二メートル近いモノまで引き摺り出されているのだ。


「アッ!」

小さな悲鳴と共に、女性が俺にすがり付いて来た。
ムニュっと腕に当たる生乳の感触にニヘラと笑みを浮かべそうになる。

「コラッ!しっかり立っとれ! お客さん、済みません」
商人がわざとらしく、彼女を叱り付けている。

よろけた女性は、つぶらな瞳を潤ませペコペコ頭を下げている。


「ちっ、仕方ねえな! 後でお仕置きだ、テメエ!」
商人の言葉に、彼女ーそうこの通りで売られている商品ーは、真っ青になっていた。

ああ、判ってるさ、彼女の後から押したのがこの商人だって事ぐらい。
それが手立てだと言うのはいくら俺でも気が付く。



王都の南西のレグレジアストリート。
ここは、王国有数の奴隷市場。

そして俺が奴隷を買いに来ている位、ここいらの商人には一目瞭然なんだろうなあ……



「旦那、申し訳ございません。お詫びにこちらでお茶でも如何でしょうか?」
ほら、店に取り込もうとしてるし。

まあ良いさ、どうせ何処かの店に入るつもりだったんだ。
入り口に護衛のように立ち並ぶ戦士風の奴隷を見ながら中に入る。

幾つかの接客コーナーとカウンターがある。
何かあちらの世界の不動産屋みたいだ。

俺はその奥の扉の方に連れて行かれる。
うん、店長室って感じ。

一見さんに対しては破格の対応だな。
それほど上客に見えたのかね?

二人がけのソファーに案内され、腰を下ろす。


「本当に、当方の奴隷が失礼致しました」
頭を下げ、向かいに腰を下ろす商人。

「失礼します」

タイミングを計ったように後ろの扉が開き、トレイに飲み物を載せた女性が入って来る。
彼女はテーブルの上にカップに入った飲み物を並べて行く。

ヘエー……

流石にこれには驚かされた。
先程、俺にすがり付いて来た美少女ではないか。

先程とは違いエプロンを身に付けてはいるが、それだけだ。
自然、視線がその胸元に向いてしまうのも許して欲しい。

腕に当たったあの感触が甦る!
並べ終わった彼女が、膝を付けながらこちらを向く。

「先ほどは、失礼致しました」
そう言いながら深々と、頭を下げて来る。

彼女が、微かに震えているのが判る。


な、なんと……

なんと言う破壊力!

クッ……
落ち着け、落ち着け……

何とか魅了の誘惑から我が身を取り返し、飲み物に手を延ばすのだった。



「大したものです」

商人が感心したように、俺に告げる。
俺は訳が判らず眉を上げ彼を見つめた。

「これは失礼致しました。商人のピーノと申します」
「ああ、俺はコウ、ハンター……かな?」

今度はピーノと名乗った商人が怪訝そうな表情を浮かべた。

「ところで、何が大したものなんだ?」
俺はそんなピーノの疑問には応えず、聞いた。

「イヤイヤ、彼女の誘惑に自制を示された点ですよ」

ピーノは滔々と説明してくれた。
ここの通りに来た以上、奴隷を見に来てられているのは間違いない。

彼女がぶつかった時の様子から、俺が女奴隷を物色しているのも判ったとのこと。


そんなに判り安かったかと、少し反省。
かと言ってプロの目を誤魔化せるモノではないわな。

とにかく俺に脈有りと視て、中に誘ったとの事。
そしてその身なり、態度から上客と判断させて頂き、此方にお通ししたと。

更に彼女に扇情的な格好でお茶をサーブさせる。
驚かれた様ですが、慌てずお茶に口を付けた態度に感心したとの事だった。



「いやあ、コウ様とでしたら良い商取り引きが出来そうです。今後とも宜しくお願いします」
そう締め括り頭を下げるピーノ。

参ったとしか言い様がない。
此方がある程度気付いている筈と当たりを付け、全て話して来るとは!

どの世界でも凄い奴はいるものだ。
まあもっとも俺が判り易いのかも知れないが。


「参りました! 此方こそ宜しくお願いします」
こうまで言われたら素直に白旗上げとこう。

それに、精霊様の印象も悪いモノじゃないしな。

どう言う訳か、精霊様は悪意に敏感だ。
お陰でこの世界に来てから、大きく騙される事はない。


「ああ、コウ様はお客様なのですから、頭をお下げにならないで下さい」
慌てて取り成して来るピーノ、それが商人の手管としても、俺は悪い気はしなかった。

「それで、どのような奴隷をお捜しですか?」
「ああ、仕事の報酬に屋敷を手に入れたので、その維持管理も出来る奴隷を捜している」

流石に俺の言葉には驚いたようだ。
うん、ピーノが固まるのを見れたのは、一矢報いた気分だった。


「屋敷……ですか?」
「そう屋敷♪石造りの二階建て、元々はギルドの別邸だったそうだ♪」

少し調子に乗ってたんだろうな、俺は嬉しそうに答える。

「コウ様、そのような事は軽々しく口にすべきではないですぞ」
ピーノが真剣な顔で言って来る。


あれ?


俺は少し驚いた。
まさか諌めて来るとは思ってもいなかったのだ。

寧ろ更に上客だと思わせ、より良い奴隷を得ようと考えた程度だった。

「私ども商人の前でそのような事を漏らされれば、良い鴨とばかり、全てむしり取られますな」
「あ、ああ、忠告、ありがたい」

困惑が表情に浮かんでいたのだろう。

「ちなみに、私も商人ですから、早速活用させて頂きます」

澄ました顔で応えるピーノ。
敵わないなあと、俺は苦笑いを浮かべるだけだった。


「それでは、家宰等も必要ですかな?」
「いや、それは遠慮したい。まあ、三人いや五人もいれば回るだろう」

オイオイ、何処の貴族様だよ。
流石に屋敷を管理する家宰までは置く積もりはない。

第一、ノイローゼになりそうな奴を買う必要はないわな。


「そうですか、すると掃除、洗濯、料理もこなせてと言う処ですかな?」

ピーノが困ったような表情を浮かべる。
何か問題あるのか?

「流石に、妙齢の女性奴隷にそこまでの高いスキルを求めるのは……」
ピーノが残念そうに首を左右に振るのだった。

「いないのか?」
「ハイ、残念ながら、私どもだけでなく、王都、いや、大陸中捜しても……」

うーん、そう言うものなのか……

ピーノの言うには、見目麗しい奴隷にそのような躾をする者はいない。
逆に家事全般を求める奴隷は、残念ながら、些か容姿や年齢に劣るとの事。

人の命が安いこの世界、一人より複数が常識なのだ。

「まあコウ様が、どなたかご購入されて、一から仕込まれると仰るのであれば……」
上手い事言うなあ……

俺は商売の巧さに、感心させられるのだった。



[30300] その1-1 -王都にて-
Name: shin◆d2482f46 ID:51e653ed
Date: 2011/11/03 19:37



へー、やたら立派な建物だなあ。
流石王都と言うべきか、ハンターギルドの本部も石造りの重厚な建物だった。

さて、どうしたものか?

荷台の上から辺りを見渡す。
いくらなんでもこんな処に荷馬車を止めて中に入る訳にも行かない。

「おい、そこのガキ、こっち来い!」

俺は唖然として荷馬車を見ている群集の中に、ストリートチルドレンらしいガキを見つけ声を掛けた。
ガキは呼ばれたのに気付き、探るような目付きをしながらも近付いて来た。

「ホラよ!」

俺はポケットから銅貨を一枚投げ渡す。
ガキは慌てて受け取りビックリしたように、俺を見る。

「ギルドの中に行ってだれか呼んで来てくれ! そしたらも一枚だ!」

うん、瞬間移動が出来るらしい。
あっという間に駆け出して行った。

まあ、後は誰か出て来るまで待ってりゃ良いか。


流石に人通りが多い。
ただ、注目の的になっているのは仕方ないか。

なにせ荷馬車を引いているのは、ドラゴンホースだ。
馬の倍以上の大きさの竜種の亜種。

気性が荒くて、通常は一頭立てでしか使われない大型の牽引種。
だが、俺の荷馬車ーこれも通常よりでかいーは二頭立てなのだ。

二頭同時に繋ぐとお互い殺し合うと言われているのに、まるで驢馬か何かのようにおとなしいのだ。
それに、馬車のサイズも規格外れだ。

まあ目立つわなあ。




待つこと暫し、ギルド本部から女性が走り出て来た。
彼女も二頭立てのドラゴンホースを目にして、驚いたように立ち止まる。

だが、慌てて首を振り俺の方に掛けて来た。


「ハンターの方ですね」
「ああ、済まない、収集物を運んで来たのだが、量が多くてな、どうすりゃ良い」

彼女は荷台を見て、納得したように頷く。

「あの、大型種の買い取り所は少し離れた処にあります。同乗させて頂ければ案内します」
確かに、捨てる処のない魔獣もあるから、ちゃんとそれようの施設もあるわな。

「あー、別に大型種と言う訳じゃないんだが、種類が多くて……」
エッと驚きの表情を浮かべる彼女。

「ああ、大丈夫です! 彼方で普通の買い取りも行ってます!」

それならば、問題ないか。
俺は軽く頷き、彼女を御者席に引っ張り上げるのだった。



「で、ガキ!なんでお前まで乗り込んでんだ?」
ふと気付くと反対側からストリートチルドレンのガキが御者席に上がり込んでいた。

「まだもらってない!」

大声でそう叫びながら、手を差し出すガキ。
ああ、そうか、駄賃をやるって言ったんだ。

「ホラよ」
俺はポケットからもう一枚銅貨を取り出し渡す。

「へへっ♪」
嬉しそうに握りしめニヘラと笑うガキ。

「ほら、降りた、降りた」
しっしと手を振りガキに降りるように急かす。

「ヤダ!」

エッ?
何言ってんのこいつ?

「僕、やくにたつ!」
「つれてけ!」

そう叫びながら、必死に荷台にしがみ付くガキ。

「おっさん! 一人だろ! にもつみててやる! さっきみたいに、人よびにいく!」
俺は唖然としてガキを見る。

もう涙で顔がぐちゃぐちゃだ。
それでも呪文のように、役に立つと唱えながら必死に荷台にしがみ付いている。

「あの……お連れじゃ……ないんですね」

ギルドのお姉さんが呆気に取られていた。
な、何? 俺、悪者?

可哀そうと言う無言の圧力が彼女から感じられます、ハイ。


「あーっ、判った、判った、乗っとけ」
「ほんと!」

こら、ガキ!
嘘泣きか?

そんな嬉しそうに顔耀かせて!
まあ良いか、確かに街中では何かと不便なのも事実だしな。

「その代わり、ちゃんと働いて貰うぞ!」
「おう! まかせろ!」

偉そーに小さな身体で精一杯胸を張るガキ。

「おら、手綱を持て」
俺はドラゴンホースの手綱をガキに預ける。

「ヘッ! エエッ! えエエッ!」
綱を握りしめ、硬直したように慌てるガキ。


ザマア♪


俺が指示を出すと、ドラゴンホース達はのそのそ動き出す。


「あっ、ちょ、ちょっと、おっさん、おっさん!! うごいてる!」

動転したガキは渡された手綱を何とか操ろうと力を込めて色々動かすが、ドラゴンホースは全く動じず、歩み続けるのだった。
ああ、ちなみにドラゴンホース達への指示は精霊が出しているのだ。



ギルドのお姉さんの案内でやって来たのは、王都を囲む城壁の外だった。
これだったら、わざわざバカでかい荷馬車を門衛と揉めてまで中に入れる必要はなかったのだ。

少し落ち込みながらも、木の柵で囲まれた空き地に荷馬車を回す。
端に幾つかのテントが並んでおり、その前辺りに荷馬車を止める。

「今日は空いてますよ、良かったですね」

マリンと名乗ったギルドのお姉さんが嬉しそうに言う。
混む時は、何台もの荷馬車が並ぶそうだ。

ハンターギルドは大陸でも有数の組織だが、全ての村にギルドがある訳じゃない。
何よりも、素材の引き取り価格は地方のギルドより、大きな街の方が高いのだ。

結局辺境に行けば行くほど魔獣との遭遇率は高いが、その代わり素材の需要は少ない。
大きな街、特に王都となれば加工業者も多く、加工品に対する需要も大きい。

現に今も俺の荷馬車が止まったのを見て、テントの奥から何人かの商人らしい連中が、三々五々に出て来ていた。


「ほおーこれは、これは」
「中々期待できそうですな」
「そうですなー」

商人達は俺の馬車の大きさで既に、期待を込めてこちらを見ている。
へへ、驚くなよ……

俺も別の意味で期待を込めて、御者席から飛び降りた。

ちなみに、ドラゴンホースが二頭立てで引く馬車である。
その意味では、後ろの馬車もでかい。

通常の六人乗り程度の馬車の有に三倍はあろうかと言う大型だ。
色々手を加えてあり、俺様自慢の一品である。

まあもっとも、王族や帝国貴族のお姫様等が長距離移動に使う大型馬車に比べればまだまだ可愛いもんだ。
ちなみに、御者席の真後ろが一部客席になっており、移動中はここで寝泊り可能だ。

あちら風に言えば、キャンピングカー付きの大型トラックか。




そのまま歩いて、馬車の後ろに回る。
商人達もゾロゾロついて来る。

その様子を確認しながら、俺は荷台の垂れ幕を引き上げた。


「おお、これまた大量ですな」
「ふむ、魔獣の皮ですか、中々質は良さそうですよ」

良し、掴みは十分だ。
俺は尚もほくそ笑む。

「ああ、悪いがどこに運べば良い?」
「それでしたら、あちらのテントに運ばせますよ」

商人が声を掛けると、屈強な男達が集まって来る。
全員、上半身裸と言うのは暑苦しくていけない。

これが、可愛い女の子……
いやいや、関係ないか。

とにかく、彼らは奴隷だろう。
全員首輪かブレスレット等が着けられている事から間違いあるまい。

俺の指示で、順番に毛皮が下ろされ、テントの下に運ばれていく。

「おおっ! こ、これは!」
「えっ、こ、これも!」
「おい、こっちのは!」

商人が毛皮を手に取り驚いている声が聞こえる。
中々気分が良いものだ。

大体、アーケオドラゴンやレズレイリドラゴンの毛皮や部材なんて、普通は手に入らないよな。
空を飛んだり、水中を自由に闊歩している連中なんだ、貴重品なんてもんじゃねえ。

一体幾らになるか、楽しみで仕方ない。


「コウさん、い、一体どこでこれだけの品を……」

俺が運び込んだ部材に群がる商人の間から抜け出て来たギルドのマリンさんが、聞いてきた。
心なしか顔が青ざめている。

まあ、希少価値の高い部材ばかり、これだけの量があるのだ。
聞きたくなるのも仕方ないか。

「うん? ああ、色々な所を回ってな」
「そ、そうですか……」

ギルドとしては、捕獲場所を知りたがるのは当然だろう。
だが、教えてやんね。

まさか、精霊が教えてくれたなんて口が裂けても言える訳ないもんなあ……



「あ、あの、お、お待たせしました」
かなり時間は掛かったが、マリンさんが青い顔のまま、紙を持ってやって来た。

「で、幾ら?」
「は、ハイ! アーケオドラゴンの毛皮が傷もありませんので、1枚白金貨5枚の値がつきました。
 それが12枚ですので……」

「あっ、ごめん、詳細は後で見せて、今は全部で幾らになったか教えて」
マリンさんが細かい説明をしようとするのを遮り、知りたい事を伝える。

なんせ、この半年の成果だ。
中途半端な金額ではないのは間違いないのだ。

どこまで行ったか早く知りたいのは許して欲しい。

「あっ、判りました。 ぜ、全部で白金貨495枚、金貨10枚です」
おおっ、綺麗なお姉さんが真っ青になっている。

確かに、尋常な金額を超えてるのは判るが、そこまで凄い金額なのか。
大体、銅貨1枚が200円程度とすると、白金貨は、その百万倍だから……

ヒュウッ~
俺は思わず口笛を吹いていた。

やったね、俺、確実に勝ち組だね。
まあ単位はかなりいい加減だけど、白金貨が500枚近いとなると、単純に考えて10億近い金額だ。

この世界に来て三年!
俺は今、新たな階段を登るんだ!

周りがあっけに取られているのも気が付かず、俺は一人喜びをかみ締めるのだった。




あっ、ちなみに、計算間違ってた。
後で気がついて、気を失いそうになったのは、秘密です。

オレ、1000億円ものオカネをカセイダソウデス……



[30300] その1-2 -ゴブリン、ゴブリン、ゴブリン-
Name: shin◆d2482f46 ID:51e653ed
Date: 2011/10/29 09:31








「なんじゃ、こりゃ?」
俺がその依頼を見つけたのは、偶々だった。

何時ものようにケイトを引き連れて、王都観光がてらギルドに依頼の確認に来ていた。
ああ、ケイトと言うのは、あの悪ガキの名前だ。

まだ十歳の立派なストリートチルドレン。
ガリガリに痩せて髪の毛もボサボサだったので気がつかなかったが、何と女の子だった。

まあ十歳のガキに色恋を覚える程ロリコンじゃない俺は、驚いただけだが。

フフフ、お金持ちはより取り見取りなんですよ。
無理して光源氏計画を発動する必要なんて、これっぽっちも無いんですよ。


と、とにかく、金が手に入った以上、王都に家を持つ目的でギルドに斡旋依頼を出しているのだ。
確認まで暇つぶしに掲示板を見ていたのだが、それはまだ張り付けられたばかりの新しい依頼だった。

依頼内容はまあ普通の討伐。
ゴブリンキングを含むゴブリンの一団の掃討だ。

まあ一流と言われるハンターグループが複数で受けても可笑しくない難易度。
急ぐようなら傭兵団、まだ余裕があるなら巡回中の騎士団に依頼する事が考えられる依頼だ。

しかしそれには当然ながら、相応の報酬が要求される。
よっぽど金が無いんだろうなあ……

報酬が『当家下屋敷』とは、中々珍しい。
下屋敷を売りに出してその報酬で傭兵団を雇う時間的余裕も無いのか?

いや、きっと下屋敷その物か、ボロボロで値段が会わないのだろう。
だが、新たに王都に本拠を持ちたいハンターグループなら案外受けるのではと依頼を出したのだろう。



面白い♪



俺はその依頼用紙を掲示板から剥ぎ取り受け付けカウンターに向かうのだった。



「ガキ! この場所を確認しておけ! 俺は依頼をこなして来る」
「エッ? だいじょうぶ? 何日かかるんだ?」

ガキ-ケイト(十歳、女児)-が、心配そうに俺に聞いて来る。
まあこいつの心配は、自分の食事が中心だろうが。


「行きに2日、現地で3日掛かっても精々一週間だな。まあその間ドラゴンホースと荷馬車を宜しくな」

ケイトが目を白黒させている。

こいつ、飯は食わしているが、住まいまで面倒見てない事になっている。
と言っても、毎晩宿の馬屋に預けてある荷馬車に潜り込んで寝ているのを知っているがな。

食事の時も頼んだものを全部は食べないで、本人はこっそり机の下の袋に隠しているつもりだが、バレバレだ。
多分、何人かでこっそり荷馬車に忍び込んでいるのだろう。

まあ、荷馬車が汚れなきゃ、俺には関係ない。
汚したら?

盛大掃除でもしてもらうさ。
言うだろ、金持ち喧嘩せずって。


「宿は1ヶ月金は払い込んである。1ヶ月経って俺が帰って来なきゃ、荷馬車とドラゴンホースは餞別にくれてやる」
更にガキの顔が呆気に取られている。


中々面白い♪


「あっ、で、でも、ちゃんとかえって来るんだよな」

ウンウンと頷くガキ。
それでは、も一つ驚かせてやるか。


「たりめぇだろうが。ああ、後宿屋の部屋と食事な、もったいないからお前が使っとけ、汚すなよ」
俺はそう言うと、ポカーンとしているガキを尻目にギルドを後にした。




慌てて宿に戻って来たケイトから、場所の地図や依頼関連の書類を受け取る。
心配そうにこちらを見てくるガキだが、中々役に立つ。

用意を整え俺は不安顔のケイトと、宿の看板娘メリーさん(独身、胸は凶器)に見送られ南門を目指した。
王都の門衛に手を振り、南へ向かう。


暫くは大人しく自分の足で歩き、周りに人がいなくなった事を確認。

それじゃ、お願い出来るかな?
周りを飛び交う精霊達にお願いする。


マカセテ、マカセテ♪
トブヨ、トブ♪
ビューン♪

フワリと身体が浮き上がると、そのまま猛烈な速度で飛び出す。
俺はもう少し高度を上げるようにお願いし、一路南へ向かう。

これが、俺の規格外の強さの秘密だった。
そう、この世界ではまずありえない程、精霊に好かれているのだ。

初めて経験した時は、かなり焦ったが、今では慣れたものだ。
本当に精霊様様だな。


そのまま、街道に沿って幾つかの村をやり過ごす。
途中適度に休息を挟みながら2日、どうやら目的の村が見えて来た。

流石に空から降り立つのは目立ち過ぎる。
まあ、飛んでいる最中は目撃されているだろうが、俺の知ったこっちゃなねえ。

周りを囲まれて質問攻めにされなきゃそれで良い。
村から見えない地点で下ろして貰い後はのんびり歩いて村を目指す。

町と言う程ではないが、やや大きめの村だ。
一応周りを木の柵で覆われており、見張り台のような処に衛士らしき人影が見える。

俺が近付いて行くと、連絡が行ったのか、木の扉が開かれ三人程飛び出して来た。


「おい! あんた! 危ないぞ!」
慌てて駆け寄った三人が、辺りを気にしながら俺を取り囲む。

「とにかく、中へ!」
「話は後だ!」

引き摺り込まれるように、柵の中に連れ込まれ、後で扉が閉じられた。





「で、こんな処に独りで歩いて来た貴兄は何者だ? 全く、警報も知らないのか?」

目の前には、普通の衛士よりは偉そうなおっさんが、しかめっ面で立っていた。
ああ、これなら派手に空から降り立った方が良かったのかな?







「来たぞ、あれが連中だ」

ひと悶着あったが何とか納得して貰い、簡易櫓の上からおっさん-衛士長のマイケルと言うそうだ-と一緒に森からワラワラと湧いて出て来るゴブリンの集団を見ている。

「多いな……」

こりゃ、騙されたかな?
確かに依頼内容には数は書いてなかったっけ。

ゴブリンキングとゴブリンと言えば普通は30~40匹、多くても50を越える事はない。
だが、見ている限りそのような集団が三ヶ所から飛び出して来ている。

「少なくとも5グループはいる」

衛士長の言葉に俺は思わず口笛を吹くように口をすぼめた。
そうだとすると、少なくとも二百はいるだろう。

「ロードもいるのか?」
「ああ、まだ見てないが多分」

ゴブリンキングがゴブリンの親玉だとすると、ゴブリンロードと呼ばれるのはその下の将軍連中に当たる。
通常王と一兵卒しかいないグループなのだが、そこにロードが加わると強さが格段に上がるのだ。

何せ、王一人だとゴブリンを突っ込ますしか戦う方法が無いが、ロードと呼ばれる高級士官が間に入る事で、指揮系統が確立されるのだ。
要は幾つもの部隊に分かれて敵を攻める事が可能となり、それだけに対応も厄介なのだ。

そりゃ、地方領主の衛士隊では荷が重いわ。
精々2、30人の兵では、防衛戦に成らざるを得ないわな。

まあ、所詮ゴブリンはゴブリンだ。



俺には関係ないな♪



「そろそろ、殺るぞ」
どうやら後続はいないようだ。

「頼む!」

ほい、精霊魔法使いの恐さをたっぷり教えてあげましょうか♪

「クニヤブレテサンガアリ~」

うん?

何か呪文を唱えた方がらしく見えるのだ。
実際は精霊達にお願いするだけなのだがね。

まずは、土の精霊達にゴブリンを囲むように、地面を隆起させて貰う。


マカセテ、マカセテ♪


ボコボコと地面が盛り上がり、大量のゴブリンを取り囲む塀が形造られて行く。

「シロハルニシテソウモクフカシ~」

次は風の精霊達にお願い。


デバン、デバン♪
マカセテ♪


風が巻き起こる。
まあ、ビジュアル的には分かりにくいが、今あの中心に向けて四方から風が流込んで上方に吹き上がっている。

その証拠に、ほらゴブリンが倒れ始めた。
うん、酸欠だね。

このまま時間を掛けて全部倒れるのを待っても良いのだが、それだとインパクトに欠けるわな。



「トキニカンジテハ……ハナニモナミダヲナガシ~」

ウンウン、溜めも十分だ。
火の精霊達にお願い、精々派手にね♪



ヨッシャ~
ハデハデ♪



突然大きな火球が中央上空に現れる。
しかもそれは、段々大きさを増して行く。

その上、益々眩しく白熱して行くのは高温の印だ。



「ワカレヲオシミテ……トリニモ……ココロヲ……オドロカス~」

ハイ、ゴブリンのローストの出来上がり♪

白球がゆっくりと囲いの中に降りて行く。

まあ、精霊達が頑張ってくれたお陰でこれだけ離れていても熱を感じる程なのだ。
残念ながら、骨すら残らないだろう。


「スベテシンニタエザラントホッス~」

最後の仕上げは水の精霊。
大量の水が、高温に焼けた地面に降り注ぐ。

白い水蒸気が消えた時には、ゴブリンの欠片も残っていなかった。



「後はゴブリンキングと彼奴等の巣の破壊だな」

如何にも大変だったと出てない汗を肘で拭いながら、俺はあっけに取られているマイケルさん以下衛士のみなさんに微笑むのだった。



[30300] その1-3 -報酬はトラブルと共に-
Name: shin◆d2482f46 ID:51e653ed
Date: 2011/10/30 20:12




結局王都へは5日で帰って来れた。
何とかと言う領主が引き止めようとしたが、下屋敷の権利書だけ受け取ってさっさと帰って来たのだ。

まあ多分ボロボロの下屋敷だろうから、領主にすればかなりお得な取り引きだった筈なのだが。
それにしてもかなり渋っていたのが少し気になる。


案外価値のあるものなのか?
とにかく、とっとと見に行こう。



その前にギルドに顔を出し、権利を確定しておかなきゃ。


「コウ!コウ!」
ギルド本部が見える処まで歩いて来ると、目敏く俺を見つけたガキが駆け寄って来た。

「おおっ、熱烈歓迎、ありがとよ」
何か嬉しいな、こうやって待ち受けてくれてるのは。


「ああ、ガキ! 戻ったぞ。 ちゃんとドラゴンホースの面倒見てたか?」
俺はガキの頭をワシャワシャかきまぜる。

「たりめぇだ! 僕、やくにたつ!」
うん、こいつはこうでなきゃな。

嬉しそうにまとわりつくガキを連れて、本部に入ると、奥のカウンターからマリンさんが走り出て来た。



「コウさん!ご無事でしたか、良かったです」

マリンさんは、最初に王都に着いた時から世話になっている気の良い受け付けのお姉さんだ。
だが、ここまで歓待される程親しかった覚えはない。

俺は怪訝な顔でガキを見る。

「コウが行ってすぐ、でんれいがきた!」
ああ、成る程、正確な情報が上がって来たのね。

「いくら何でも、ゴブリンロードもいる討伐ですから、ギルドも焦りました」
安堵したように、マリンさんが話続ける。

「慌てて伝令を送ったのですが、良かったです、間に合って」


うん、伝令?


「いや、伝令なんか知らんぞ?」
「エッ?でも、ちゃんと引き返して来られたのでは?」

「いや、依頼が済んだから帰って来たのだが?」
「エッ?でも、でも、えエッ!」

俺は領主に貰った依頼終了の書類を彼女に渡した。
マリンさんは、それを食い入るように見ている。

「で、報酬の下屋敷の権利書だと思うのだが、その辺りの手続きが判らん。 ギルドにお願い出来るかな?」
マリンさんが、驚いたまま終了書と権利書を交互に見詰める。

なんだこれは?
俺は目線でガキに問う。

わかんねと、ガキも首を捻るだけだった。






「お待たせしました、ギルド長のガリウスです」
オイオイ、何でこんな偉いさんが出て来るのかな?

あの後、復活したマリンさんに本部の二階の応接室らしき部屋に通された。
茶菓子を出され、暫く待ってて下さいとのことだった。

ガキは喜んで茶菓子を頬張っていたが、俺にすれば厄介事の匂いしかしない。
で、案の定偉いさんの登場である。

「ハンターのコウだ、宜しく」

まあ、俺も立場はわきまえている。
こう言う時はちゃんと頭を下げる。

「まずは、依頼の達成、御苦労様でした」
ガリウスが、頭を下げて来る。

ヤバイ、ヤバイヤバイ!
こんな偉いさんが下手に出るなんて、絶対普通の状況じゃない。

「いえ、そんな事、頭を上げて下さい。 こちらが恐縮してしまいます」
慌てて、身振りを込めてお願いする。

「いやいや、頭を下げねばならぬ事が出来たのじゃ」


きた!


一体何が起こった!


ギルドの偉いさんが言うには、依頼内容と現実の解離が大き過ぎた為、トラブルになっているとの事だった。
依頼主が、なるべく簡単な依頼だと思わせて費用を抑えたがるのはこれまでも多々あった。

だが、今回の依頼は度が過ぎている。
ゴブリンキングとその一団ならば、俺のような精霊使いや、ある程度凄腕のハンターグループでも対処可能だろう。

しかし、ゴブリンロードまで引き連れた通常の数倍規模となると普通は無理である。
ギルドも、依頼の虚偽に気付いた時点で、依頼の取り消しと複数のハンターグループや傭兵団への依頼へと動いていた。

「そんな中、君が依頼を終えて帰って来たのだ。しかも、誰も予想も出来ない程早くにだ」
ギルド長が、困りきった顔でため息を吐き出す。

「オイオイ、それじゃ無事依頼を終えた俺がワルモノみたいじゃないですか」
ギルドの都合を話されても俺には関係ない。

「あっ、いや、済まん、お主のせいでは無いのは重々承知しておる。むしろお主も被害者だ」

おっさんが取り成すように言って来る。
たく、どこまでそう思っているのか怪しい限りだぜ。

「で、俺は何をすりゃ良いんだ?」
ギルド長の眉がもの問いたげに、軽く上に上がる。

「ああ、そこまで俺に話す以上、何かお願いがあるんだろ」

俺は身振りで手を振りじい様の先を促す。
まあ、こんなところで腹の探り合いをしても始まらない。



ガリウスの言いたかった事は結局下屋敷を諦めろと言う事だった。
ギルドとしては、今回の何とかと言う領主の違反を重く見ていた。

コウは無事依頼を終えて戻って来たが、ギルドにすれば下手をすればエース級のハンターすら失う危険性すらあったのだ。
それ故に国をも巻き込み、領主を弾劾しようと準備を整えていたのだ。

まあそこに俺が依頼を達成しましたよ~
報酬も貰って来ましたよ~

そりゃ、都合が悪いわな。

「イイっすよ、だけど、俺の見返りは?」
うん、ギルド長、満面の笑みを浮かべて条件を並べてくれました。







「ここだよ~」

ケイトが、ブンブンと手を振っている。
王都の商業区から、小一時間程歩いた辺りの閑静な高級住宅街と言う処か。

高い塀が続いており、その中は伺えない。
ただ、このエリアに入ってから歩道と車道が別れ出した事から、と言うかそのせいで高級住宅街だと思ったのだけどね。

指定された家を囲む塀は周りと比べても遜色のない、否むしろ立派な部類だろう。
まあ、領主の別宅と言うのは無理があるが、こんなもんだろう。

俺は本来の報酬で貰う筈だった屋敷と比較してみる。
と言っても、実物を見た訳じゃないから、あくまでも想像レベルだが。

それに体よく廃屋を押し付けられていたかも知れないのだから、比較するだけ無駄だろう。


「コウ!早く入ろう!」

ケイトが、期待に目を輝かせ急かして来る。
しかしこいつ、自分もここに住む気満々だなあ。

まあ良いけどね。



「うわっ!」
開け放れた門を越えて中に駆け込もうとしたカイトが弾き飛ばされ転がって来た。

「あー、すまん、すまん、侵入者避けだ」
カイトを立たせながら、苦笑を浮かべる。

「コウ!僕入れないの?」

おお、涙が目に一杯だ。
うん、捨てられた子犬ってこんな感じか。

「ちと待て」

ギルドで登録したので、俺はこれに引っ掛からない。
第一所有者を排除したなら、クレーマーになってやる。

精霊に解除出来るか聞くと、アッと言うに解除してしまった。
改めて精霊様特製の侵入者避けを設定して貰う。

何せギルドが設定していたものだ。
絶対、セキュリティホールがあってもおかしくない。

ギルドマスターを優先とか平気でやってそうだ。


ついでに、精霊様にお願いして、屋敷内にある様々な術式も書き替えて貰っといた。
まあ、精霊様にお願い出来る奴が来ればややこしくなるが、そうは居ないらしいから大丈夫だろう。

「コウ……」
「あー、終わったぞ、入れるぞ」

「ホンと!」
嬉しそうに顔を綻ばせるケイト。

ホンとにガキはコロコロ表情が変わって面白い。
今も真剣な顔に変わると、ソロソロと門を越えようとしている。

「はいれた!」
中に入ったら入ったで、門の処を出たり入ったり忙しいこって。

「そろそろ行くぞ」
「あっ、まって、まって!」

歩き出した俺に必死に付いてくるケイト。
俺は苦笑を浮かべるだけだった。



立派な玄関の扉、流石に鍵が掛かっている。
まあ、渡されてた鍵で扉を開いて中に入る。

「へー」
「なになに?」

ケイトは目を輝かせ、俺の足許からスルリと中に入る。

「うわー、広いねー」

左右にクロークのある通路を抜けるとそこは二階まで吹き抜けになったロビーのようなスペース。
二階に上がる階段が左右に見える。

広い部屋に何もない状況そのものが気に入ったのか、ケイトが走り回っている。

ここに、ソファセットでも置けば丁度良さそうだな。
突き当たりをカウンターにすれば中々洒落てそうだ。

「ね、あっち見に行っていい?」
ひとしきり、走り回っていたケイトが、端の扉を指差している。

「ああ、好きにしな」

「ほーい!」
ケイトは、ガチャガチャ扉を開けると掛けて行く。

さて、どうしたものか?
急に静かになった部屋を見回して見る。

ギルドの説明では、元々上級レベルの冒険者グループが、王都の活動拠点として使っていた屋敷と言う事だった。
二階には、それぞれの個室が八部屋と談話室に図書室。

個室毎に簡単なバス、トイレまで付いている。
一階にはケイトが駆けて行った奥に食堂、厨房、風呂場とトレーニングルームまである。

地下には武器庫や食料品や備品をしまっておく倉庫。
裏手に厩舎まであり、至れり尽くせりだ。

まあ一人、いやケイトを入れても二人で住むには広すぎるかな。
とにかく王都に家を持ち、のんびり暮らそうと言う俺の計画には充分だ。

うん、楽しくなりそうだ。
ガランとしたロビーで俺は独りニヤニヤ笑みを浮かべるのだった。





「コウ、あのいえにひっこすの?」
「ああ、準備が出来たらな」

宿に戻り、晩飯を食べてると、ケイトがおずおずと聞いて来た。
流石に今日は下見だけで家具も満足に揃ってない家には直ぐには住めない。

まあベッドはあったが、も少し良いのが欲しいしな。
自炊は出来るが、食材の調達から保存なんかを考えるとどうしたものかと悩んでしまう。

とっとと維持管理出来る人を雇ってしまえば良いのだが、この世界の常識で管理されるのは願い下げだしなあ。


うーむ、家を手に入れるのを目標にしてたが、実際に住むとなると、色々めんどいもんだ。


「……コウ、コウ!」

「うん?ああ、すまん、で、どうした?」

いかん、いかん。
考えに耽ってしまい、ケイトが何か言おうとしているのを聞いてなかった。

「ひっこしたら、僕はおやくごめん?」

おお、真剣な顔で聞いて来た。
そりゃそうか、こいつ役に立つって言って食事と銅貨数枚で俺に雇われてたんだ。

領主の依頼で留守の間、宿使って良いと言っといたのだが、部屋には入らなかったみたいだ。
まあ飯は食ってたみたいだが。

宿のメリーさん(看板娘、胸がスゴイ)曰く毎朝朝食を食べに来て一日中ギルド本部の前で俺を待っていたそうだ。


『晩ごはん食べると、半分くらいは残してそれ持ってどっか行っちゃうんだよ~』
ああ、確かツレがいた筈だ。

荷馬車は宿に置いたままだから、そこを寝ぐらにしたままなのだろう。
なるほど、それで宿は使わなかったのか。

ツレも含めて泊まるのは気が引けたってとこか。
小心者なんだな。

あっ、そうそうお役御免かどうか聞いて来たのだな。
なるほど、まだ心配そうな顔で俺を見てる。

「うん? 別に良いぞ、なんならあの家に住み込みで働くか?」
「えっ! よいの! あっ、でも……」

パッと喜んだかと思うと、直ぐに落ち込む。
ホンとガキって感情豊かだな~

「ぼ、ぼく、すみたい……だ、だけど……」

おお、困り込んでる!
あんまり、追い詰めるのも大人気ないしな。


「ああ、ツレがいるんだよな」
「へっ?」

なんで知ってんのって顔で驚いてやがる。
バーロー、大人を嘗めんな。

「良いぞ、連れて来い。 ケイトが面倒見るなら問題ないぞ」
「ほ、ホンと!」

真ん丸な目玉が更に大きくなった。
うわッ、可愛いじゃないか。

こいつ、後五年か10年経てばゼッテー美人になるぞ。


「ああ、彼処に独りで住むには広すぎるからな」

「あ、アリガトウ……ウェーン!!」

あっ、こら、泣くな!
突然泣き出すケイトに、俺は宥めるのに必死になった。

周りの視線が痛い。
メリーさんなんか、何子供泣かせてるのと睨んでます。

「あー、とにかく、明日、ツレを連れて来い。 ほら、泣くな、泣くな!」



グズグズ泣き続けるケイトに、俺はおろおろするばかりだった。



[30300] その1-4 -三十ウン才独身、子供多数ー
Name: shin◆d2482f46 ID:51e653ed
Date: 2011/11/03 19:40






翌朝俺の惰眠は、けたたましくドアをノックする宿の看板娘メリーさんによって脆くも崩れさってしまった。

「たくっ、あれで胸がなければ、文句の1つや3つ言ってやるのに……」
ぶつぶつ呟きながら、普段着に着替え扉を開ける。

「あっ、お早う、今日も素晴らしい♪」
「ちょっと! どこに挨拶してるのよ」

慌てて、胸元を隠すメリーさん。
うん、朝からえーもん見せて貰いました。

「そんな事より、コウ! あんた、ケイトに何て言ったの!」

「へっ? ケイト?」
俺はキョトンとするばかりだった。

「あー、もう! 来なさい!」
メリーさんに引き摺られ、一階まで降りる。



「あっ、コウ! おはよう!」
俺が降りて来たのを目敏く見つけたケイトが素早く駆け寄って来る。

「あ、ああ、おはよう……」
俺は唖然としながら、辛うじて返事を返せた。

だってほら、ここ、宿の一階の食堂だった筈。
だけどね、今はカオス。

ざわざわと煩い位の甲高い声。
中には泣き声も聞こえる。


そう、ガキ……



見渡す限りガキばかり。



「あー、ケイト!」
「うん? 何?」

「これ、お前のツレ……なんだよな?」
「そうだよ、きのうコウがつれてこいって、いったでしょ? あ、ちがったの?」

ケイトの顔が歪む。
何か間違ったのかと、不安が顔一杯に広がる。

ウン、間違ったんだよ……
だけど、まあこの状況で言える訳ないよなあ。

「いや、間違ってない。 ただ、俺が勘違いしただけだ」
「あっ、そうなの。 良かった……」

安堵のため息を吐くケイト。
俺がため息吐きたいよ、たくっ……

「ちなみに、何人いるんだ?」
「うーんとね、いっぱい。 よにんとごにんとさんにんとごにんとさんにん? あれ? ちがった、えーとね……」

「ああ、良いや、一杯いるんだな」
「うん!」

はいはい、両手で足りない人数がいる。
ざっと見て、二十人前後か。


「メリーさん、悪いけど朝食のパン、三十人分貰えるか?
 こいつらに一つづつ渡して欲しいんだが?」

「えっ、パンならあるけど、ここで食べさすの?」
メリーさんに困惑が見える。

そりゃそうだ。
ストリートチルドレンに店を占領されるようなものだからな。

「ああ、それはしない。 連れて行く。 その為のパンだ」
「ああなるほどね、判った。 ちょっと待ってね!」

うん、中々の看板娘、胸も凄いが機転も凄い。
じゃ、俺もとっとと対応するか。


「はい! 全員注目!」
ざわめきながらも、ガキ共が俺を見る。

「これから、パンを配るから、受け取ったら俺について表に集合!
 お前らの住む家に向かうぞ! パンは食べるなよ! 家に着いてからだ!
 判ったな!」

ガヤガヤと返事らしいものが聞こえる。
取り敢えずは納得したようだった。

「ケイト、この中で機転の利く奴らを三人選んで連れて来い!」
「あっ、はい!」

慌ててケイトが中に入って、何人かを引っ張って来た。
うん、思った通り比較的年齢の高い連中だ。

しかし、このガキ共みんな十歳未満だろう。
どうして、こんな連中だけケイトに付いて来たんだ?

「コウ、つれてきた。 アバとカリサ、ファビオ」
「おし、お前ら、カリサ以外はケイトについて出店で飲み物とおかず買って来い、全員分だぞ」

そう言って俺は銀貨を渡そうとして手を止める。
ストリートチルドレンが銀貨を持ってたら、揉め事にしかならないわな。


俺はさっきから、ニヤニヤとカウンター越しに見ていた宿のおかみさんの所へ向かう。

「パン30本の代金を今払う」
「ああ、良いよ、たまには施しもするさ」

おかみさんが、手を振ってそう言って来る。
ホンとここは良い宿だぜ。

「ああ、パン以外を買ってこさすんだ、銅貨がいる」
俺はカウンターに、銀貨を置いた。

「そう言う事かい、じゃ、お釣りだね」

おかみさんが、銅貨を並べて行く。
十枚一組にして、計90枚の銅貨が並んだ。

「ありがとう」

一瞬手が止まるが好意は受けとこう。
三十個のパンの代金としては銅貨十枚は少ないだろう。、

「あんた、この子らどうすんだい?」
おかみさんが、心配そうに聞いてきた。

「ケイトと約束しちまったからな、全員雇うさ」
苦笑いしか浮かばないが、仕方ない。

「そうかい、頑張っておくれ。 この子達も好きで浮浪児になった訳じゃないんだからねえ」

うんうんと頷いているおかみさん。
まあね、一般人じゃ可哀そうと思っても無理だもんなあ……

「それと、この子達みんな小さいし痩せてるだろ。 きっと上の子に搾取されてたんだろうねえ。
 昨晩、あんたがケイトに連れて来いって言ったから、みんなに声掛けたんだろうね」

成る程、そう言う経緯があるのか。
そういやケイトより大きそうなガキはいないな。

となると、下手にこいつらを外にも出せないか……
色々考えなきゃいけないようだな。

「ありがと、参考になったよ」
俺はケイトたちを呼びながら、おかみさんに礼を言うのだった。





ケイト達は、銅貨を受け取ると三人で飛び出して行く。
俺は一人残したカリサに、メリーが運び込んで来たパンを一人一人に渡して行くのを手伝わせる。

その間に出掛ける用意を済まし、俺は宿の表に出た。


ガキ共が、パンを手に表に出てくる。
一人一本のコッペパンみたいなパン。

食べたいのか、じっとパンを見つめたまま歩いている危なっかしいガキもいる。
まあ、こいつらにすれば、丸々一本分のパンを持つ機会なんか早々は無かっただろうから仕方ない。

俺は精霊様に、ガキ共がこけたりしないように、注意して貰うようにお願いする事にした。


ワカッタ、ワカッタ
ガギノセワ、ウザイ~

うーん、精霊様の言葉遣いが悪くなっているような気がする。
俺の影響か、影響なのか?

頭を振りながら、精霊様達が、出てきた子供達に纏わり付いて行くのを見ていた。


「アッ……」
うん?

一人のガキが、丁度出て来た所を精霊様に纏わり付かれ声を上げた。
そりゃ、突然精霊様が自分の周りを覆うように現れれば声も出るよな……



うん?




ちょっと、まてい!!!


俺はそのガキから視線が外せなかった。

「わあ~」

ガキは周りをキョロキョロ見ながら、嬉しそうに声を上げていた。
精霊様も、そのガキの反応に気付いたのか、他のガキ共よりも多く集まりはじめている。

普段精霊様は、光の粒子のようにキラキラした存在として俺には見えている。
そして、精霊様が一箇所に大量に集まると……

ほら、ガキがペコリと挨拶をしたじゃないか。
そう、ティンカーベルの登場だ。


なんとまあ、ケイトの連れて来たガキ共の中に精霊使いの素質を持った者がいるなんて。
普通なら、こんな大都市の真ん中で起こり得ない事象が起こってしまったのだ。

俺と言う精霊使いがいて、精霊様にガキ共の加護をお願いした。
何せ三十人近いガキ共だ。

加護の為に呼び出された精霊様の数も半端じゃない。
そうすると、見える素質を持った者にもはっきりと認識出来る程精霊様がいる事となる。

通常精霊様は清浄な雰囲気を好み、森林の中の泉の辺りに多く見られる。
ちなみに、俺が初めて精霊様を認識したのもそんな場所だ。

素質があれば一度認識すると、結構はっきり見えるようになる。
だが、精霊様自体が一箇所に多く留まる事は無い為、キラキラ光るものが見えても気の迷いと思ってしまうのだ。

それに手で振り払うと、精霊様も嫌がってしまい、拡散してしまう。
だが、今の状況は俺のお願いを聞いている状況なので、拡散せず集まったままなのだ。

そして気付いたガキは、どうしても目で追ってしまう。
しかも大人と違い違和感を感じず、喜びを見出す子供は精霊様も集まり易い。

ワアワア喜ぶガキを面白がり、周りの精霊様も更に集まり出す。
そして、精霊様の密度が一定以上に達すると、全体意思的なものが発動するのだ。

俺はディズニーのアニメから、その存在をティンカーベルと勝手に呼んでいる。
そう、会話の通じる精霊様の登場である。

そんな状況で精霊様と会話をし、名前を呼べばパスが通じる。
パスと言うか、経路的なものが精霊様と出来てしまうのだ。

そこまで行けば、精霊使いの卵の誕生である。
後は、名前を付けた精霊様と親密度を増やして行けば、言う事を聞いてくれるようになるのだ。

ちなみに俺の場合は、無条件に気に入られているらしい。
だから、不可能でない限り大概の願いは適えてくれる。

普通の場合は、精霊様が気に入った内容のみ適えてくれるらしい。
それも結構適当に。

だから、精霊使いの魔法は上手くいかない場合もあるのだ。
その意味では俺以外の精霊使いがいても、優先度で勝てるのであまり気にする必要はないらしい。

ああ、これらの内容は精霊様から直接教わった事だから、まず間違いは無いだろう。
とにかく俺は目の前で精霊使いが誕生する所を目にした訳だ。




「おーし、全員集まったな~」
看板娘メリー嬢から余りのパンを受け取り、出発する。

目指すは俺の新しい屋敷。
さてはて、どうやってこいつらの面倒を見たものか……



[30300] その1-5 -いざ行かん、レグレジアストリート-
Name: shin◆d2482f46 ID:51e653ed
Date: 2011/10/29 09:32



結局ガキ共は総勢26人だった。
内訳は男のガキが12人、女子が14人だ。

屋敷に着くまでにケイト達も合流し、食堂で飯を食いながら聞き出した。


宿のおかみさんが言った通り、年上の連中のおこぼれで食い繋いで来たようなガキばかりだった。
まあ幸か不幸か金だけは腐る程あるから、この程度の人数が食いっぱぐれする事はない。

とは言え、ただ飯喰らいで一生終えさす訳にも行くめえ。
まるで孤児院の院長にでもなった気分だぜ、ホンと。



いや、それよりも悪いか。
ガキ共が幼すぎる。

一番年上と思しいのが、男ならドナトとファビオで十歳。
女なら、十歳のケイト、アバ、カリサの計五人。

お使いや掃除、洗濯程度は可能だが、食事の支度等は今までやった事無い以上直ぐには出来ない。
まあこちらの世界では十二歳位から一人前の仕事をさせられるそうだから、覚えれば出来るだろう。

まずはここでの生活の基盤を整えねば。
何せ、全員のベッドすらないんだからなあ……




「おしっ! 順番に身体を洗うぞ! まずは手前の五人! 俺について来い、ああケイトもだ」
うだうだ考えても始まらない。

取り合えず動こう。
五人を連れて風呂場に向かう。

ここの風呂は結構大きいが、今は水も何も入っていない。
服を着たまま、ケイトも含め六人を風呂場に連れて行く。

ちくせう、可愛いお姉ちゃんとアレやコレや楽しむ予定の場所なのに、どうしてこんなガキ共なんだよ……
六人が揃った所で、精霊様にお願いする。

最初に、全員の身体の穢れを精霊様に払って貰う。
これは、身体の怪我や病気を無かった事に出来るまあ、魔法だな。

あちら風に言えば、身体中の全細胞を活性化して細胞単位での異常を取り除くとでも言う所か。
まあ、俺が勝手にそう思っているだけだけどね。

これに関しては人数を限定する必要が無いので、範囲はこの屋敷の敷地内にいるガキ全て。
一発で元気になるなんて、流石に精霊様である。

では、ガキ共の洗浄だ。
まずは水、と言っても適温に加熱したお湯だ。

ハイヨー
イクゼヨ~

「キャア!」
「ウワア!」
「ビエーン!」

ガキ共の頭の上からお湯が被せられる。
悲鳴を上げようが、今は無視だ無視。

そのままの勢いで、今度は服も含めて体中に付いたゴミや埃を吸い上げて貰う。

イクヨー
ヤッタネ~

「ヘッ?」
「ウわっ!」
「ビエーン!」

あっという間に、汚れが取れて行く。
最後に、身体や服に付いた水分を取り除いて貰えば、一瞬で乾燥終了だ。。

「ハイ、おしまい! ケイト、次の五人を連れて来い!」
「あっ、ハイ!」

ぽかんとした五人を追い出し、ケイトが連れて来た順に同じ事を繰り返す。
ホンとならばちゃんと風呂に入れてやりたい所だが、今はその準備も出来ていない。

あっという間に、襤褸切れを纏っているが、綺麗なガキの出来上がりだ。


最後の五人を連れて食堂に戻る。
流石にガキ共全員が怯えている。

そりゃ突然頭からお湯を浴びせられれば、怯えるわな。
しかしそんな感情は、今は無視、無視だ。



「いいか、ケイトがお前達のリーダーだ。何かあったらケイトに聞け!」
アワアワとケイトが慌てているが、仕方あるまい。

「次に、ドナト、ファビオ、アバ、カリサ、それにケイト、お前達がチームリーダだ。
 それぞれに四人から六人のチームとなる。ああ、ケイト、お前のチームはダリアが補佐とする」

「えっ?」
うん、まるで判りませんと言う顔だね。

「おーし、チーム分けするぞ!」
俺は、先程聞き取った名前の書いた紙を見る。

一応ケイトを傍に呼び、ケイトが特に親しいのはどの子か確認する。
いくら、このガキ共がケイトのツレとは言え(まあ、ホンとかどうかは聞く気もないが……)、流石に全員があの荷馬車に寝泊りしていたとは思えない。

「エーと、僕といっしょなのは、エレとパトだよ?」

ふむ、エレ?ああ、エレナか。
そうすると、パトはパトリシアだな。

フムフムと頷きながら、疑問符一杯のケイトを無視したまま、班編成を弄くる。

「よし、出来た!」

俺が顔を上げると、全員が注目している。
意味が判らなくても、自分たちに係わる事だと思っているのかな。


「ドナト、ギード、ヘナロ、ルカ、ピノ、ロベルト、これが男子一班!
 呼ばれた連中はドナトの所に集まれ! ドナト、端に移れ!」

慌てて動き出すドナト、呼ばれたガキがそのドナトについて行く。

「次、男子二班、ファビオ、エルナン、リノ、ミゲル、リコ、シモン。
 ファビオ、離れて立て! そこに呼ばれた者は集まる!」

勢いで、班分けをどんどん進めて行く。

「次、女子、ケイト、ダリア、セリナ、エレナ、パトリシア、女子一班」

ケイトが判ったのか、言う前に少し離れて行く。
他の女子も呼ばれた者がそこに集まる。

小さい子は、上のガキがちゃんと誘導しているのが大したものだ。

「次、アバ、チャロ、ダニエラ、アドラ、エリシア、女子二班」

「最後、女子三班、カリサ、アデリア、グロリア、リタ」

どうやら、それぞれまとまったようだ。

「班分けに不満があれば、リーダーに言う事。
 後で編成を考慮する。
 チームリーダー、自分のチームのガキを覚えろ!
 服買いに行くからな!」

全員が必死に話しに追いつこうとして目を白黒させている。
もっとも小さいガキはポカンとしたままだが。

とにかく、少し時間を取りお互いの顔を覚えさせる。






もう良いか、どうせまた時間は取れるしな。

「おーし、チームリーダーは玄関前に集合!
 後のガキ共、お前達は留守番だ!
 鍵の掛かってない部屋以外は好きに探検していて良いぞ!
 後、この屋敷の敷地から外には出れないからな!」

それだけ言うと俺はとっとと玄関に向かう。
全く、なんでガキの御守をしているんだろう。









屋敷を出てからが大変だった。
五人のガキを引き連れてお店回り。

最初に向かったのは古着屋だ。
とにかく綺麗にしたとは言え、五人とも羽織っているのはサイズや季節感なんぞ関係ない服装だ。

しかも、穴やほつれは衣裳の一部って言う位のボロ。

ケイトが着ているのが、唯一まともな服装だ。
こいつの場合、最初に金渡して見られる格好に替えさせたからな。

まあ、その時も多分一番安いのを手に入れて残りの金はツレ達に使ったのだろう。
サイズが全く合ってねえ。

とにかく、そんな経緯もあったので、連れて行ったのは中流レベルの古着屋だ。
適当に自分達の服を選ばせ、その場で着替えさせた。


ちなみに、その時初めてこいつら下着をなーんも着けてない事に気付いてしまった。
ひょっとして、トイレで拭くって習慣さえ知らないのじゃないか不安になる。

うーん、下の世話や生理になったら、俺じゃ対応出来ん。


やはり、誰か雇うか?


でもなー、人雇っても、俺自身の常識とこの世界の常識が違いすぎるからなあ。

一々説明してこいつらに、覚えさすとなるとめんどいしなあ。
四六時中見てる訳にも行かないから、ガキ共を苛められてもめんどい。

なにせ階級社会だ、元ストリートチルドレンなんて一般人からしたら、完全に見下す対象なんだよね。
そうなると、奴隷を買って、こちらの指示通りに動かす方がまだましなんだよね。



だけどなあ、奴隷はなあ……



いや、モラルがどうのこうのと考えている訳じゃねえ。
ガキ共の世話で奴隷を買ったら、俺のウハウハ生活が……



ええい!



どうせ、30人近いガキ共の面倒見る事になったんだ。
今は諦めて、後で買いに行こう。








新しい古着-なんか変だが-に着替え戸惑っているガキ共に、自分のチームのガキの分の服を選ばせる。
その間に、近所にあった道具屋みたいな店で適当なリュックみたいな袋を5つ買って来た。

袋にそれぞれの古着を詰めて背負わせ次に向かう。



取り敢えずガキ共の生活に必要なモノを手当たり次第に買って行く。
途中に荷馬車を借りれたのはラッキーだった。

馬車に載るとなると、買い物は一挙に加速して行く。
大体30人近いガキ共が、生活に必要なモノってどんなものがあるか、想像つくか?

古着から始まり、下着、タオル、ベッドはまだないが、寝る為の毛布-これも一人二枚は欲しいが今は一枚だけだ-。
鍋、釜、包丁等の台所用品、銅製のカップ、食事のプレート、スプーンにフォーク、エトセトラ、エトセトラ……

とにかく、目に付くものは手当たり次第に買って行く。
ガキ共は目を白黒させて、自分のチームメンバーの分を必死に選んで行く。

更には三十人の食材も必要と来たもんだ。
こちらは、今晩と明日の分程度、それでも人数が人数だ。

量は半端無い。
馬車の荷台が軋み出したので、そろそろ切り上げる。



「よーし、ケイト! 全員連れて屋敷に戻ってろ!」
「えっ、コウはどうするの? それに、ばしゃは?」

「馬車は、良し、ドナトお前が御者台に乗って帰れ、後の者は適当に乗っかれ!」
「えっ!あ、あの、ボク!ええっ!」

ドナトがアワアワと焦っている。
大丈夫、精霊様にお願いしているので、ほっておいても馬達は大人しく屋敷まで向かってくれる。

「大丈夫だ、そう言う魔法を掛けて置いたから、手綱を握っていれば勝手に進んでくれる。
 ケイト! 俺はまだ寄る所があるから、別行動だ。
 屋敷に着いたら、荷物を降ろして、食材は厨房、個人が使うものはそれぞれのチームメンバーにちゃんと分けろ。
 後で確認するからな。
 よし! 行け!」

ガキ共が、慌てて荷馬車に乗り込む。
こう言う時は勢いがモノを言う。

下手に考えさせると、行動できなくなるからな。
全員が乗ったのを確認すると、俺は馬のお尻を叩いた。

心配そうに、こちらを見ているケイトに手を振り俺は歩き出す。
レグレジアストリートに向かって。


いよいよ奴隷を買うのだ。
目的は、微妙に変わってしまったけど、良いんだ、泣かないもん……



[30300] その2-1 -商人は人を見抜いてなんぼや!-
Name: shin◆d2482f46 ID:51e653ed
Date: 2011/10/29 09:35




レグレジアストリートは、噂通りの奴隷市場だった。
両側に、ある程度着飾った妙齢の女性奴隷-猫耳の獣人までいる-や屈強な戦奴隷まで並んでいる。

さても、どこの店にするべきか……
少なく見積もっても十軒以上の店が軒を並べているのだ。

精霊様に様子を伺っても、真っ黒な店は指摘して貰えるのだが、多かれ少なかれ黒いらしい。
まあ、奴隷を扱っている以上、真っ白な奴はいないだろうが……

取り合えず、通りを物色しながら進むと、周り中から勧誘の声が掛けられる。
さても困ったもんだ……


「アッ!」
後ろから押されてよろけた女性奴隷が俺にぶつかって来る。

まあ判っていたが、中々美しい女性奴隷だったので、よろけそうになる彼女を支えてやる。
薄絹越しに、胸の感触を楽しめたのは役得、役得。

「コラッ! しっかり立っとれ! お客さん、済みません」
オイオイ、お前がぶつけたんだろうが……

髪の長い中々好み、いや可愛い、違う、美少女はペコペコ頭を下げている。
うん、もう泣きそうな顔が抱きしめたく、違う、違う!

「ちっ、仕方ねえな! 後でお仕置きだ、テメエ!」
その言葉に真っ青になる彼女。

出来レースだとは判るが、ちとやり過ぎなんじゃね……




お詫びだと店に通され、結構豪華な一室に案内された。
ソファーに腰を下ろすと商人がすぐさま謝って来た。

精霊様の雰囲気もそれ程-あくまでも他と比較してだが-悪くない。
ここで買うか……


「失礼します」
そんな事を考えていると、先程の少女がお茶を運んできた。

オイオイ、それはやりすぎじゃないかい?
いや、大好きだけどね……

裸エプロンです。
男のロマンです。

まさか、こんな異世界でそれを目にするとは。
目じりが下がってしまうのも、許して欲しい。

ゆっくりと飲み物を並べて行く彼女を思わずガン見している俺がいましたよ。

「先程は、失礼しました」
そ、そんな、目の前で頭を下げられちゃうと……

ほーら、エプロンから溢れんばかりの憧れの双球が。
ウン、彼女を買おう!

いや、違う、違う。
俺は出された飲み物に口を付け、クールダウンを図るのだった。




「大したものです」

へっ?
何言ってんのコイツ?

「これは失礼致しました。商人のピーノと申します」
「ああ、俺はコウ、ハンター……かな?」

うん、金を稼いじまったので、職業=無職が正解かもな。

「ところで、何が大したものなんだ?」
怪訝そうに俺を見るピーノを無視して疑問を口に出す。


「イヤイヤ、彼女の誘惑に自制を示された点ですよ。
 私共も長年こう言う商売を行っていますから、お客様が奴隷を購入にお見えになった方だというのは、最初の時点から気が付きました」

ああなるほどな、ぶつけて客の選別をするのか。
何と言う商法だよ、たくっ……

だけど、鼻の下伸びてたのは間違いないわな。
気をつけなければ…………



無理かも……



「そのお召し物も上物ですし、風貌も中々のもの。
 私共としては、このような上客を逃す訳にはまいりません」

うんうんと頷いているピーノ。
まあ、良いけどね……






あんまし、良くないか。



「更には、誘惑的な彼女の装いを見られても、悠然とお茶を飲まれる態度。
 いやいや、中々出来る事ではありません。
 不祥ピーノ、感心させられました」

上手い事言うなあ……
でも決して褒めてないよなあ……

「いやあ、コウ様とでしたら良い商取り引きが出来そうです。
 今後とも宜しくお願いします」

あーあ、頭を下げられても何にも言えませんよ、はいはい。
流石に商人、凄いもんだなあ。

全部話した上でこう言う風に頭下げられたらどうしようもない。


「参りました! 此方こそ宜しくお願いします」
ハイハイ降参、降参。

精霊様の印象からも悪意は感じられないしな。
精霊様は悪意に敏感だ。

お陰で、俺を騙そうとする人間は早期に教えて貰えるから助かっている。


「ああ、コウ様はお客様なのですから、頭をお下げにならないで下さい」
上手いなあ、こう言われては気分を害している事も出来やしない。


「それで、どのような奴隷をお捜しですか?」
「ああ、仕事の報酬に屋敷を手に入れたので、その維持管理も出来る奴隷を捜している」

うん、嘘は言ってないさ。
その維持管理に26人の悪ガキ共の面倒も含まれる事は言ってないけどね。

しかし見事に商人様が固まったな。
ちと気分が良いぞ。


「屋敷……ですか?」
「そう屋敷♪ 石造りの二階建て、元々はギルドの別邸だったそうだ♪」

良し、ギルドの名前を出す事で、更に驚かせてやる!
これで、俺の評価が更に上がる筈!


「コウ様、そのような事は軽々しく口に出すべきではないですぞ」

あっ、間違えたかな?
真剣な口調で諌めて来るピーノ。

「私ども商人の前でそのような事を漏らされれば、良い鴨とばかり、全てむしり取られますな」
「あ、ああ、忠告、ありがたい」

いやあ、困った、まさか怒られるとは……



「ちなみに、私も商人ですから、早々活用させて頂きます」

そこで、そう言うオチですか。
参りました、ハイ。

俺では商人にはとてもたちうち出来るもんじゃないわ。



「それでは、家宰等も必要ですかな?」
「いや、それは遠慮したい。
 まあ、三人、いや五人もいれば回るだろう」

家宰って、あれか、貴族の屋敷を管理する実権を任されてる奴だよな。
いらんわ。

そんなの雇ったら、多分この世界の常識から逸脱する俺を見てノイローゼになるぞ


「そうですか、すると掃除洗濯料理もこなせてと言う処ですかな?」

ピーノの表情が険しくなる。
あれ?

いないのかな?
これだけ奴隷を売買しているのだから、それはないよなあ……

「流石に、妙齢の女性奴隷にそこまで高いスキルを求めるのは……」

ああ、なるほどね。
どうやら、大人の楽しみ優先と言う訳ですね。

でも、その場合でも……


「いないのか?」
「ハイ、残念ながら、私どもだけでなく、王都、いや、大陸中捜しても……」

うーん、そう言うものなのか……

「通常奴隷を買われる場合、その容姿、年齢を重視してご購入される方々。
 勿論その目的は、炊事洗濯等の雑用を行わす為ではございません。
 従いまして、お値段の方もそこそこの値が付けられております」

フムフム……

「逆に、容姿、年齢を問わず、実務を要求してお買いになられる方々。
 このような場合ですと、健康で人の言葉が理解できれば大概は納得されます。
 結果、お値段も非常にお手軽となっております」

「だけど、その場合だと奴隷二人分の値段が必要となるのではないのか?」

「イエイエ、両者のお値段は桁が違います。
 言わば、妙齢の奴隷を買うついでに、雑用係をお買いになるのが一般的かと……」

なるほどねえ。
確かに人の命は、この世界では二束三文だからなあ。

一人より二人、そう言う事なんだろうなあ……



「まあコウ様が、どなたかをご購入されて、一から仕込まれると仰るのであれば……」

さり気なく、あくまでもさり気なく先程の美少女奴隷が出て行った方に視線をやるピーノ。
はいはい、納得です。

やはり、このおっさん侮れない。
上手い商売するもんだよ、ホンと。





「では、どのような奴隷をお求めですか?」

襟を正して改めてピーノが話しかけて来る。
さて、こちらもちゃんと答えなければなあ。

基本、容姿は優れていた方が俺自身としては嬉しいわな。
元々は、ムフフな事を企んでいた身としてはそれも捨て難い。

いや、真面目に考えよう。
いくら奴隷とは言え、あんまりお堅い人間は願い下げだ。

特に俺にへりくだるだけならまだしも、その勢いでガキ共にも強要するならアウトだしな。
いやあ俺もね、出来たら何でも出来る奴隷を買いたかったよ。

でもね、あいつらの為にも同じ目線で見れる奴が良いよな。
ウンウン、理論武装は完璧だな。




「それならば、年齢は15歳から、上限は二十五歳位かな。
 可能ならば料理の経験があるのが望ましい。
 人数は、全部で五人。 値段は……
 まあ、相談だな」

「成る程、了解しました。
 ちなみに、全員女性で間違いはございませんね。
 種族等にご要望はございますか?」

種族?
ああなるほど、人族以外か。

獣人とか、魔人もいない訳じゃないが、エルフなんて奴隷になっているのかね?

「人族以外もいるのか?」
別に何族でも良いのだが、一応聞いとこう。

「はい、理由は様々ですが、そう言うのを好みのお客様もいらっしゃいます。
 流石に神族や魔族の奴隷はおりませんが、当店で現在在庫しておりますのは、獣族ならばスリカータとワルフ。
 幻想族としては、値段がお高いですが、エルフの娘もおります、はい」

えーっと、スリカータって確か猫族、ワルフが狼族だっけ。
エルフがいるのは凄いな。

しかし、エルフとなると年齢が上だろうから関係はあるまい。
猫族か……

うん、中々憧れるものがあるな。
猫耳、犬耳、どちらも素晴らしい……

「獣族って、やっぱり戦闘用?」
「はい、その通りでございます」

そうだよねー
ウンウン、今回は残念だけど、非常に残念だけど……、パスだな。

「それじゃ、人族の中で」
「了解しました。 きっとご満足頂ける奴隷がいるものと信じております。
 暫くお待ち下さい」

ピーノは頭を深々と下げ、部屋を出て行く。
何だがスキップする位嬉しそうに見えたのは気のせいじゃないな。

在庫一掃大バーゲンセール…… までは行かないだろうが、儲け話なんだろうな。




俺は飲み残していた飲み物に口を付ける。
ふうっとため息が出るのは仕方ないだろう。

奴隷を買って、ウハウハ生活を憧れていたのに……
猫ミミって良いよね、素晴らしいよね……


でもなー、十歳以下のガキ共が二十六人いるんだぜ。
そんな中で、ウハウハ生活なんて……

俺はため息を吐きながら、一人黄昏るのだった。





「あのー」
「うん?」

ああそうか、彼女は一人残ってたんだ。
折角の麗しい美少女、しかも結構大胆な服装の美少女がいるのをすっかり忘れてた。

「お飲み物の御代わり如何ですか?」
「あっ、ああ、お願いする」

気付いてしまったものは仕方ない。
そうだ、こんな機会なんてめったに無いんだ。

何、相手は奴隷だ。
俺がガン見した処で問題にもなるまい。

あれっ?
も一度彼女の晴れ姿を見ようと顔を上げた時点で、彼女は扉を出て行く処だった。

あっ、そうか、飲み物ね、御代わりを取りにいったんだよね。
でも、帰ってくるもんね。

そしたら、今度はしっかり頭に納めよう。
メモリーをフルに使っても細部まで詳細に頭のハードディスクに書き込もう。



カチャリと扉が開き、彼女が新しい飲み物を持って帰ってきた!









チクショー!!!!!!!!!!





そりゃ御代わりどうかって聞いて来るよなー
うん、しっかり管頭衣のような服装に着替えて戻って来るよなー

くそっー、こんなオチイラネー



[30300] その2-2 -われ、なめとんのか-
Name: shin◆d2482f46 ID:51e653ed
Date: 2011/10/29 10:43




「お待たせしました、こちらにお越し願いますか?」

御代わりの飲み物を飲み干した頃漸くピーノが戻って来た。
立ち上がり、彼に続き建物の奥へと向かう。

裏口のような処から外に出ると、結構広い空き地になっている。
俺はそこに並んでいる女性達を見て、思わず足を止めた。

「ピーノさん、彼女達が……」
ざっと見た所二十人位の女性が並んでいた。

「ハイ、コウ様のご要望に答えるには、うちだけでは不十分でしたので、他の商人にも声を掛けさして頂きました。
 お陰でこのように多数の商品をお見せ出来る事となり、嬉しい限りです」

うわあ、すげー
商売人って怖いわ。

気に入った奴隷がいなければ、俺は当然周りの商人に当たる事となる。
それを最初からピーノが声を掛ければ、どの奴隷を選ぼうが手数料位は彼に手に入るのだろう。

しかし、これだけ集まると言う事は……







「ピーノさん」
「は、ハイ」

「私の事、調べられましたか?」
彼の顔が心なしか青くなったような気がする。

「は、はい…… 一応……」

ギルド辺りに人を走らせ、少し聞き込みすれば出てくるだろう。
それに、俺はドラゴンホース二頭立てと言う非常に目立つ格好で王都に現れたのだし。

大量の貴種の毛皮を王都に持ち込んだ凄腕ハンター。
うん、それ位は短時間で噂程度なら調べられるだろう。

いや、それ以前に商人間で話題に上がっていた可能性すらある。


「それでは、毛皮を持ち込んだ事もご存知ですよね」
「えっ、は、はい……」

ピーノの顔が益々強張る。


「それじゃ、あのアーケオドラゴンやレズレイリドラゴン、私が一人で倒したって信じられます?」
「えっ、そ、そうなのですか! いや、し、しかしそれは、また……」

うん、効果はばつぐんだ……

「信じた方が良いですよ、お互いの為にもね。
 私は普段温厚な方ですが、あまり調子に乗られると自分でも抑えきれない時があるんですよ」

ピーノが真っ青になっている。

「どうやら、良さそうな人柄と思いましたが、見誤りましたかね」
可能な限り冷たい視線で、ピーノを見る。

「私はね、自分の情報をペラペラ喋る人は許せないんですよ」
爽やかな笑みを浮かべるながら、腕をゆっくり振り上げる。

ひそかに精霊様にお願いして、腕を光らせるのも忘れない。
ピーノさん、ガタガタ震えて今にも倒れそうだ。



ありゃ、やり過ぎたか?
ここで、すがり付いて来る事を予想したのだが。

固まったまま、ピーノさん動かん……
こ、困った……



はあ、仕方ない。


俺はゆっくり振り上げていた腕を下ろし、精霊様にお願いし纏っていた光も消す。
目を閉じ、自分を落ち着かせるように息を深く吸い込む。


「失礼した。つい怒りで我を忘れそうになってしまった。申し訳ない」
はあ、また一から交渉かよ。

これだけ派手なパーフォーマンスやっちゃったら下手したら王都で奴隷買えないかもなあ。
一応中二病的対応はまだ続いてるので、憤懣やるせないと言う表情は保ったままで、この場を去ろうと歩き出す。

本音は肩を落としてトボトボ歩きたい位なんだよね~



「お待ち下さい、殲滅の魔導師殿」



えっ!
なにそれ?

俺?
俺の事かよ!





ウワァハズカシイ!





「なんでしょうか?」
取り敢えずちゃんと返事を返せた俺を誉めてやりたい。

あっ、でも、返事しちゃったぜ。
と言う事は、俺に二つ名ついたって事?

『殲滅の魔導師』認めちゃったワケ?

ウワァ、ハズイ!



「ピーノがお主の情報を話したのではない。儂等が勝手に気付いたのじゃ」
「それはどう言う事でしょうか? ご老人?」

良かった、引き留めてくれたぜ。
あんたが誰だか知らんが、本音は嬉し涙だよ、ホンと。

「これは失礼した。儂は王都のスレイブギルドを束ねるロランド バランタインと申す」
キター、大物キター!

ギルドの親玉だよ、凄いよね。
まあ、瓢箪から駒だな、これは。

今後の付き合いを考えれば、ロランドさんと御近付きになっておいて悪い事は無いわな。


「これは、これは、そのような御方とは知らず失礼致しました」

うーむ、しかし会話のランクが一挙に上がってしまったじゃねえか。
これは、気を入れて話さねば……

しっかし、何やってんのかね~
ホンと奴隷を買いに来ただけなのに、どうしてこんな大物が、姿を現すんだ。


「ピーノは良い鴨が来たと回りに触れただけじゃ」
良い鴨って、そのままじゃんかよ!

「この時期に女奴隷を一挙に購入しようとするハンターとお主を結び付けたのは儂等自身じゃ。ピーノのせいでは無い」
俺はピーノを見る。

必死にコクコク首を縦に振る所を見れば本当なんだろう。
俺は苦笑が浮かびそうになるのを必死に堪えた。


「そんな簡単でしたか」

無理くり作り出したのは少し驚いたような表情。
上手く出来たか自身なんてないがな。

「そりゃそうじや、あれだけ派手な馬車にドラコンの毛皮なんぞ山程載せて現れれば子供でも知っとるぞ」
俺は晴れて苦笑を浮かべられた。

「そう言うものですか、いけませんなあ、王都を嘗めてました」

頭の一つでも掻いて恥ずかしがれば完璧なんだろうが、そこまで考えは回らなかった。
恥ずい記憶はとっとと封印してとにかく、そろそろ納めないと奴隷が買えん。

「改めてピーノさん、申し訳ない。
 私の暴走でご迷惑お掛けしました」

「あっ、コウ様、わ、私の方こそ勝手に話を広げてしまい」
ピーノも慌てて頭を下げて来る。

「さあさあ、もう良いじゃろう、お主、奴隷を買うのじゃろう。
 早く撰んでやれ。
 奴隷達も真っ青じゃ」

爺さん、メチャ良いタイミング!
仲裁で両方に貸しを作れた訳だから爺さんの機嫌も良さそうだ。

危なく奴隷を買い損なう処だったが、上手く収まった。
ホンと一時はどうなるかと、焦ったぜ。



[30300] その2-3 -選択は神頼み-
Name: shin◆d2482f46 ID:51e653ed
Date: 2011/10/29 10:51
改めてピーノの仲介で奴隷達の選別を始める。
しかし、一人一人の説明を聞きながら見ていると良くまあ綺麗どころばかり集めたモノだと感心してしまう。

うん、年齢制限に当てはまる王都にいる女奴隷を高い方から集めたのに違いない。
まあ良いけどな。

「全員料理の経験はあるのですか?」
説明を続けるピーノの言葉を留め、尋ねる。

「勿論です、コウ様」

勢い良く答えを返して来るピーノ。
まあ、ギルドの親玉が横で見ているだけに、その必死さが伺える。

「そうですか、皆さん綺麗ですから簡単には選べませんね……
 そうだ、年齢の上限を20歳まで下げましょう」

三分の一程の奴隷が列から外される。
へー、結構若い奴隷が多いんだな。

まあ、良い女は若い内から買われて行くって事か。
その代わり外された女性達はどの娘もオトモダチになりたい綺麗どころばかりだった。

まあ、あれだけの美貌の持ち主と言う事で、値段が高すぎて中々買い手がつかないってところかな?
今の俺だと余裕で買えるのだが、ガキ共の世話は無理っぽいな。

うーむ、少し、いやかなり残念だが今回は見送りだ。
取り合えず数を減らそう。



「まだ、多いですね、じゃ、この中で子供が好きな娘は手を上げて下さいませんか?」

奴隷達はお互い顔色を伺いながら、何人かが手を挙げた。
大体10人位か、丁度良いな。

「はい、手を挙げた娘は残って下さい」
うん、後はこの中から選ぼう。

「それじゃ、この中から五人選ばせて頂きますね。構いませんか?」
「あっ、ええ、どうぞ」

ピーノもそうだが、爺さんも少し驚いたような表情を浮かべていた。
そりゃそうだろう、若い女奴隷を買うのにその基準が子供好きだというのだから。

知らん、知らん、とっとと五人に減らそう。
後は、精霊様と相談だっと♪

うん、判り易い。
精霊様にお願いして、気に入った女性の周りに集まって貰った。

精霊様が気に入るイコール邪心の少ない娘ってね。


「それじゃ、この娘とこの娘、こっちの娘、後端の二人の五人でお願いします」
「は、はあ……」

女性に話を聞くでも無く、また身体の様子を見るでも無くヒョイヒョイと選ぶ俺にあっけに取られるピーノ。
まあ、普通はきっとも少し話しを聞くなりするのだろうな。

でも俺には問題ない。
みーんな可愛いし、精霊様の多く集まっている娘から選んでいる以上、悪い娘はいないだろうしな。






「それじゃ、失礼します」
「ありがとうございました」

俺は五人を連れて、ピーノが貸してくれた馬車に乗り込む。
勿論、既に五人の奴隷も中に乗せている。

ピーノは深々と頭を下げていた。
実際、五人の女奴隷に白金貨2枚(お釣はなし)払ったのだから、ピーノの対応も相応だろう。

何せ、この世界では人の命は安い。
奴隷にしても、ガキならば銀貨20枚程度から手に入る。

成人男性で、銀貨60枚、金貨1枚も払えばかなり屈強な若者が手に入る。
女性の場合、まあアッチの対応をする事も考えれば男性よりも少しは高いが、それでも金貨1枚位からだ。

それに対して、彼女達は多分王都でも綺麗どころばかりだ。
最低ラインとして、金貨10枚、いや20枚以上はする。

全部で白金貨1枚と金貨75枚と言ってきたのを、白金貨2枚渡したのだから、そりゃピーノの機嫌は最高潮だわな。
喜んで馬車も貸すだろうよ。



馬車が動き出すと俺は改めて五人を見る。
全員視線が落ち着かないのは仕方あるまい。

着ている服装は、お揃いのワンピース?
いや、違うなバスタオルを二つ合せて紐で縛ったような管頭衣だ。

そういや、お茶を持ってきたエッチな奴隷さんもこのような服装だったような気がする。
も少しまともな服装は無いのかね……




…………うん?




「あー、お前ら、ひょっとして下着は履いてない?」
「えっ」、「ひゃい」、「あっハイ……」、「はい……」、「あ、あの……」

うわあ、女性に聞く質問じゃねーよ。
だけど、仕方ないじゃないか、気になったんだよ。

返事は返ってきたが、全員顔が赤い。
まあ、二人ほどその地肌が赤銅色の娘がいて判りづらいが、それでも視線を下に向けて恥ずかしそうだ。

ああ、なるほど流石に身体に自信のある高額商品だけあるわ。
一応、ボディチェックが直ぐに出来る服装なのね。

ふむふむと一人納得したが、これはこれで不味いな……
幾らなんでもガキ共にこの格好のまま接せられるのも教育上良くない。

それに、俺としても、も少し潤いのある格好をさせたいところだ。
うん、何れは全員メイド姿も中々良いのでは……

ご主人様、お帰りなさい……
うん、五人に並ばれてそう挨拶されたら、間違いなくお持ち帰りだよな~


ハッ……


いかん、いかん、意識が飛んでいた。
五人が怪訝そうな表情で俺を窺っている。

取り合えず、屋敷に帰る前に寄る所が出来てしまったわな。
俺は御者に声を掛けるのだった。



[30300] その2-4 -男は黙って野菜炒め-
Name: shin◆d2482f46 ID:51e653ed
Date: 2011/10/30 05:36





屋敷の門の前で、馬車を返し中に入る。
五人はおどおどしながら、俺について来る。

まあ、若い兄ちゃんが王都の綺麗どころの奴隷を五人も買ったのだから、不安もひとしおだわな。

キャー、野獣になるのかしら~
若い人だから、五人も必要なのね~

止めよう、考えるだけ、空しい……







「おかえり、コウ!」
「おかえりなさーい」
「おかえり~」

扉を開けると、ガキの声が飛び込んで来る!
しかも、奥の食堂にいたのか、後から後からワラワラとガキ共が飛び出してくるのだ。

五人の娘さん達の顔が、面白い事になっている。
唖然としたような、何とも言えない表情。

まあ、なーんも説明しない俺が悪いんだが。
良いよな、めんどいもんな……

ガキ共は俺と一緒に入ってきた五人を見て、怯えるもの、興味津々で傍に寄って行くものと様々だ。


「おしっ! 全員食堂に集合!」
俺は、そんな反応を無視したまま食堂に向かうのだった。



「コウ、コウ、この人達は?」

食堂に集まったガキ共が不安そうに俺を見る中、ケイトが質問して来る。
うん、しっかりリーダーを務めているな。

「今から説明する! 全員いるか!」
ガキ共がキョロキョロ辺りを見回しているが、良く判っていないのが丸判りだ。

「仕方ねーな、よーし、男子一班 ドナト! 全員いるか?」
「えっ、あっ、は、ハイ…… い、います」

「男子二班、ファビオ!」
「い、います!」

「ケイト!」
「いる!」

「アバ!」
「あ、あの、エリシアとチャロが……」

アバはキョロキョロ辺りを見回し、パニくっている。
精霊様に確認して貰うと、二階の談話室に二人いるのが判った。

「二人は二階の奥の部屋だ! アバ! 行って連れて来い!」
「うん、判った!」

アバが慌てて走って行く。
中々こいつら、動きが機敏で助かる。

「カリサは?」
「みんないるよ~」

アバが足りない二人を連れてくる間に、俺は五人を正面に呼び寄せる。
一列に並ぶように指示すると、ガキ共は興味津々と言う顔でそれを見ている。

しかし、やはりガキ共だけでは、ここの維持も難しいのを改めて感じさせられた。
色々買ってきたモノは、一応指示通り中に運び込んだようだ。

だけど、一緒に買ってきた食材は、食べ散らかしたまま、食堂のテーブルの周りに散らかっている。
『まわり』だ。

決して机の上だけじゃ無い。
誰のか判らないが、マグカップが転がっているのも見える。

まあ彼女達を買ってきたのはきっと正解なんだろう。



そんな事を考えている間に、アバが行方不明の二人を連れて戻って来た。
ケイトを呼び寄せ、今後ケイトが全員の所在を確認するように指示しておく。


「それじゃ、説明するぞ!」
手を叩きながら、ガキ共の視線をこちらに向けるのだった。


「いいか、てめえら!このお姉ちゃん達がそれぞれのグループに一人づつ付く!」

ポカンとバカみたいに口を開けて俺を見詰めるガキ供。
ああ、まあ訳わかんねえわな。

「お前らの世話人だ」

うん?
何人かは少しは理解したか。
イヤ、無理っぽいな。

「あ~、両親?いや、てめえらの親代わりに、面倒を見てくれる人だ」

ふむ、少しはましかな。
すると、最年少のリタが、オズオズと前に出て来た。

「お母さん?」

「あ~、もうそれで良いよ。とにかく、五人一組で面倒見て貰うから、仲良くしろよ」
お互い顔を見回してざわつくガキ供。

「判んなくても、その内に慣れる!と言うか、慣れろ!判ったな!」
何となく俺の雰囲気を察したのか、コクコク頷くガキ供、うん、これで良い。

「てめえらは、先にここの片付けだ!ちゃんとしないと晩飯抜きだからな」
俺はそれだけ告げると五人に目で促し食堂を後にした。



レグレジアストリートからの帰り道で購入した衣類を持たせて、俺が向かったのは風呂だ。

「ちょっと待ってろ」

ガキ供ならば、そのまま水を掛けて乾かせば良かったが、一応うら若き乙女達だ、そうも行かない。
俺は風呂場の脱衣所に彼女らを待たせて、一人風呂場に入る。

風呂場は大きな湯船があり、五人ならば一度に入れそうだ。
ただし、今は水も入ってない単なる石の箱だ。

表に井戸もあり、お湯を沸かすボイラーらしきものもあるみたいだが、まだ試す余裕もない。



たくっ、俺何してんのかね?



考え込むとろくな事ないから、とっとと試そう。
精霊様達と相談すると、大丈夫だと言う事だ。

取り敢えず水を湯船に満たしてもらう。
そのまま、渦を巻くように回転して貰い内部を簡単に洗う。

ハヤイ、ハヤイ♪
マワル~



「ホットウォーター」
頭の中で適温のお風呂を想像し、呪文ぽく唱えて見る。

アタタメ、アタタメ♪
アツク、アツク♪

手を入れると温度が瞬く間に上がっ来る。
ホンと、どうなってんのだか……

水を出してくれと思えば水、お湯が欲しいと思えばお湯が出てくる。
本当に、不思議な精霊様達である。

まっ、お願いしたら叶えてくれる有難い精霊様に文句はない。



「おっと、ストップ!」
うん、こんなもんだろう。

俺は風呂桶から少し離れ、一旦お湯を捨てる事をお願いした。
すると、まるで水が生き物のように、風呂桶から溢れだし、排水溝へと流れて行く。

おかげで、洗い場の簡易洗浄も終了だ。
再び風呂桶にお湯を満たして貰い風呂の準備は完了。

ホンと、ここで俺も一緒に裸になってウハウハしたいところだが、そうもいかん。
まだガキ供の面倒も見なきゃ行けないしな~

風呂場を出ると五人の娘さん達は困惑したまま、肩を寄せ合っていた。
説明してやりゃ良いのだろうが、メンドイ。

まあ、その内に慣れるだろう。



「おーし、並べ~」
五人を一列に並べ、精霊様にお願いだ。

「アッ……」、「ヒャん!!」、「キャ!」、「な、何?」、「エッ?」
反応はそれぞれ、一応精霊様に五人のあらゆる穢れを落として貰ったのだ。

ほぼこれで五人供健康体になった筈。
うん、少なくとも怪我や病気は治った筈だ。

「それじゃ、みんな風呂入って体の汚れを落として新しい服に着替える事。 頭もちゃんと洗えよ」

俺は五人を見回す。
エーと、最年長のダフネが二十歳。

ブルネラが十八、エミリアが十七、アニタが十六だっけ。
カルディナが十五で一番若い。

誰をどのグループに付けたもんか、悩み所だな。
ちなみに、アニタがまだ若いくせに、将来有望なモノをお持ち。

全体のプロポーションでは、ブルネラが一番かな。
だけど、ダフネも捨てがたいな。



いや、違う、違う、それはまた何時かだ。


「ああ、風呂上がったら、ちゃんと渡したタオルで体拭くように。今着ている服、使ったタオルは自分達で管理する事!」

全員を再び見回す。
困惑と怯えしか見えんな。

「それじゃ、風呂上がったら、またさっきの食堂に集合!」
俺はそれだけ告げると、呆気に取られている彼女らを残して厨房に向かうのだった。





さあて、晩飯作ろかね。



厨房の調理台の上には買って来た食材が雑多に載せられていた。
少なくともガキ共は、そのままでは食べられない食材までは食い散らかさず、ちゃんと運んで来たようだ。

うん、感心、感心。
骨付き肉の塊、色とりどりの野菜、卵、訳の判んね香辛料、岩塩の塊まである。

瓶詰めの野菜-多分酢漬けだろう-何かのソース、オイルの瓶……
適当に見繕って買ったからなあ。



幸い食材はあちらの世界と似たようなものがあるのは幸いだ。
スープと野菜炒め、後は肉を焼きゃ良いか。

まあ、それ以上の料理は今後の五人に期待するしかねえ。



よし、取り合えず、スープだ!



鍋やフライパンも買って来たが、肝心のかまどの火はどうやって起こすんだ?
かまどらしいものは、全部で三ヶ所。

厨房の端には大きな水瓶、但し水は入ってない。
導管が来てる以上、何処かに供給用のタンクが有りそうだがまだ調べる暇もない。

ええい、メンドイ!!
精霊様にお願いしよう。

まずは大きな水瓶に水を満たして貰う。
厨房の水周りだけは、明日の朝一番でチェックした方が良いな。

肉の塊から、見た目が燻製ぽい肉を選び、大きな鍋にぶちこむ。
精霊様にお願いし、適当なサイズに切り分けて貰う。

まるで、塊が放り込んだ途端バラけるように適度な大きさに解れて行く。
豚肉っぽい肉の脂身もナイフで削ぎ放り込む。

精霊様に鍋を直接熱して貰う。
まるで、IHヒーターだな。

火加減はさすがに覚えた。
野営で鍋が溶けたのは今では悲しい想いでにしか過ぎない。

ジュージューと肉が焼ける音に併せて鍋を適当に揺する。
だが、大鍋過ぎて殆ど動かない。

こんなこともあろうかと、木へらを買っておいた自分を誉めてやりたい。
俺は鼻歌交じりで、鍋の肉を炒めるのだった。



「コウ!なにしてるの!」
肉の焼ける匂いに連れられたのか、ケイトを先頭にガキ供が厨房に駆け込んで来た。

「おう!ケイト、食堂は片付いたか?」

「あっ、も、もうすこし……」
ケイトが目を逸らして、答えてる。

ちっ、やはりダメだな。
早く五人娘を戦力化しないと。



「そ、それより、コウ!なにしてるの?」
「うん? 飯の用意だが?」

何を聞いてくるんだこいつは?
見りゃ判るだろ。

「えっ?コウ、コウ! コウはえらい人なんでしょ。 飯のよういなら……」

さっきの奴隷と言い掛けて慌てて口をつぐむケイト。
俺が睨み付けたからだ。

「いいか、あの五人はてめえらの世話役だ。 それを忘れるなよ」
コクコクと頷くケイト。

後ろのガキ供も俺の剣幕に、同じように頷いている。
たくっ、一緒に暮らすのに、下手な身分関係なんか持たれたらややこしい。

俺様、その他で十分なんだよ。



「今日はまだ慣れてないから、飯は俺が作んなきゃな」
俺は雰囲気を変えるように木へらを振りながら、話しかける。

へ~、ほ~と言うざわめきがガキ供から聞こえ来る。
さすがに苦笑しか浮かばない。

確かに野営では、一応『食える』もの作ってたつもりだが、美味しいかと言われれば……
うん、今日の晩飯は宿で食べる事も選択枝の一つだな。



「コウ、コウ、僕てつだうよ」
ケイトが、悪いとでも思ったのか話し掛けて来た。

「ガキ、飯作った事あるか?」
さてはて、ケイトは何と答えるのか。



「あっ、ない!」

突然それに気付いて唖然とするケイト。
まあ、ガキなんてそんなもんだ。

「良いって、良いって。 それより、食堂を片付けて、飯食えるようにしてくれ。 宜しくな」
「ウンッ!! わかった!」

慌てて他のガキ供を連れて食堂に戻るケイト。
ウンウン、仕切りが上手く出来ている。

俺は飯作りに戻るのだった。



[30300] その2-5 -アーキコエナイ、キコエナイー
Name: shin◆d2482f46 ID:51e653ed
Date: 2011/10/30 20:02




野菜を切ってスープに放り込んでいると、今度は五人の娘さん達が慌てて入って来た。
風呂に入って着替えたお陰で全員さっぱりとした感じだ。

まだ髪が濡れている娘もいる。
俺は精霊様にお願いし、手を振った。


「えっ?」


五人は驚いたように髪に手を当てている。
まあ、魔導師様だそうだから、慣れてくれ。

「よーし、飯の準備手伝えるな」
「あっ、は、ハイ」

あたふたと此方に近付く五人。
風呂上がりの何とも言い難い良い香りが俺の鼻腔を刺激……しない?



あれ?


見た目はさっぱりとしているのだが、この何と言うか風呂上がりの女性なら、そう、石鹸の香りがね……
あっ、ひょっとして。

「あー、お前ら、風呂で石鹸使ったか?」
「えっ?石鹸?」

ブンブン首を振る娘もいる。
確か風呂場の入口に置いてあった筈だが?

「石鹸、知ってる?」

俺は、そこから心配になり聞いて見た。
お互い顔を見合せている。

「あ、あの、使うって? 石鹸は知っていますが?」
最年長のダフネがどうやら全員の代表に選ばれたようだ。

と言っても二十歳だが、俺から見ればヤッパまだまだ子供だね。
うん、やっぱり、ボッキュンなお姉さんですよ。

「あ、ああ、石鹸で体とか洗わないのか?」
「えっ?洗いますが?」

怪訝な顔で聞き返すダフネ。
うん、何を馬鹿な事を聞くんだと言う顔ですね、ワカリマス。

「あー、判った。俺のミスだな。
 風呂場の入口の横に置いてあったのだが、気付かなかったのだな。
 今度から使うように」

良かった、石鹸の使い方から教えないかんのかと心配したぜ。
いくら口で子供だと言っても、そんな美味しい状況に陥ったら、うん、間違いなく手を出す。

危ない、危ない。


「おしっ、飯の支度だ。
 ガキ共が全部で26人、大人が俺を含めて6人、全部で32人分の食事を作る。
 メニューはスープと野菜炒め、それとステーキだな。
 かまどはまだ使えんので、焼き物は俺が直接行う。
 野菜の下準備だが、全員包丁は使えるか?」

一気に捲くし立てる。
一応全員が頷いたので、刃物は大丈夫だと信じたい。

「カルディナとアニタ、そこのジャガイモ15個の皮を剥き、適当な大きさに刻んで、スープ鍋に投入。
 エミリアとブルネラは、炒め物に使える野菜を洗って刻んでくれ。
 ダフネは、焼く肉を適当な大きさに切り分け、俺に渡す。
 判ったな、じゃ、始めるぞ」

早速、全員で食事の準備に取り掛かるのだった。



俺が火を使わずに、炒め物や焼き物をこなして行くのに目を丸くしていたが、概ね順調に食事の用意は進んだ。
ケイトが様子を見に来て、その様子に驚いていた。


唖然と見ていたケイトだが、ちょこちょこと俺の傍に走りより、服を引っ張った。

「コウ、食堂はかたづいたよ。 だけど、椅子がない!」
「うん?」

椅子って、置いてなかったっけ?

「椅子、両手二つ分ある。だけど、みんないっぱいいるから足りない!」
ケイトが必死に説明してくれる。

ああ、なるほど、椅子の数が全く足りないのか。
そう言えば、全員が一同に座る程大きな机も無いか。

仕方ないな、バイキングで地べたに座って食うか。

「大丈夫だ、椅子を使わないで、食事にするから」
「うん! 判った! コウ、何かてつだう事ある?」

そうだなあ、もうそろそろ飯が出来るしな。

「おーし、それじゃ、ガキ共にコップを持って来させろ。
 ダフネ、アニタとカルディナ、三人でガキ共がコップを持って来るから、軽く洗って、スープを入れてやれ。
 ああ、熱いから、向こうの机までお前たちが運んでやれ」

「うん、みんなよぶね!」
ケイトが隣の食堂に駆け込んで行く。

「おっし、肉終了~」
大きな皿に、野菜炒めと肉を盛り付け、運んで行く。

スプーンとフォークは、人数分以上買って置いたので、それらをまとめて、ブルネラとエミリアに洗わす。
ガキ共はワクワクした顔で走り回っている。

なるほどね、温かい料理なんてこれまで食べた事あるのか、怪しいもんだ。


「おーし、全員スープは行き渡ったか。 野菜炒めと肉は、お姉ちゃんに頼んで取り分けて貰え。
 ダフネ、全員に行き渡るように、監督しろ。
 ケイト、ガキ共が争わないように、グループ長と一緒に順番決めろ。
 後、パンは一人一個だ。
 今日はそれ以上無いからな!
判ったかー」

「ハーイ!!!」
嬉しそうな声が響く。

「おーし、それじゃ、頂きます」

あれ?
誰も唱和しないぞ。

「あっ、これは食事の挨拶だ! 俺が頂きますっていったら、全員同じように言うこと。
 いいか、も一回やるぞ! 『頂きます!』」

「「「「い、頂きます……」」」」
「マス……」

ううん、まだまだだな。
だけど、食事の時くらい、ちゃんと挨拶が出来るようにしてみせよう。

これは俺に対する挑戦だ!
うん?

全員、俺の様子を伺っている。
あっ、そうか、これで良いのか、食べて良いのか判らないのだな。

「ホラホラ、食え、飯だ、飯」
俺が態度に示すと、嬉しそうに食事を頬張るガキ共がいた。



「良い、パトはここに座って。
 そうそう、スープはしっかり持ってね。
 エレはその隣よ。
 ダリア、パトのお皿をとって来て。
 エレの分は僕が行くから。
 セリナ、いっしょに来なさい」

ケイトが自分の班のメンバーの食事の面倒を見ている。
中々微笑ましいもんだ。

しかし、ケイトのやり方を見習うように、他の班もそれぞれのリーダーが小さいガキの面倒をちゃんと見ている。
男の班の方は……

まあ、乱暴そうだが、何とかなるだろう。
男子一斑の班長のドナトが口に頬張りながらも、更に料理を持って自分の班員の所に運んでいる。

二班のファビオは全員を引き連れて、肉料理の列に並んでいる。
ありゃ、小さなガキは皿を受け取ったらこぼしそうだな。

それを思ったのは俺だけでは無かった。
配膳に協力していたブルネラが一番小さなシモンとリコに付き添うようにしながら一緒に運んで行く。

ガキ二人を座らせ、皿を持たせると行こうとするブルネラの裾をつかんで離さないシモン。
あっ、リコもそれを見て反対側を掴んでいる。

さてはて、どうするのかな。
諭すように何か言うが、二人はフルフルと顔をふるだけで離さない。

仕方ないわねと言う顔で、二人の間に腰を下ろすブルネラ。
あどけない手で、フォークを使いお肉をブルネラに差し出すリコ。

おお、女性に「あーん」なんて、中々高等テクニックを使うガキだ。
うん?

ブルネラと目が合った。
慌てて、視線を逸らすブルネラ。

どう言う事だ?
俺は怪訝に思い、他の四人の様子を見る。

あっ、そうか……
五人とも一切食べて無いのだ。

そうか、そうか一緒に食べて良いかどうか判らないってとこだな。
俺は机の上のパンを手に取り、配膳を行っているダフネの傍に行く。


「ダフネ、お前達も食べろ。 無くなる」
「えっ、あ、ありがとうございます。 でも……」

きっと、私たちは奴隷ですからと言う台詞でも続けようとしたんだろうな。
俺はブルネラを指差した。

「ほら、ガキ共が食べろと言っている。
 お前が食べ始めないと、ブルネラも食べれない」

そう言いながら、俺は肉をフォークに突き刺す。

「ほい、あーん」

ニヤニヤしながら、ダフネに肉を突き付ける俺。
おお、おお、赤銅色の肌が更に赤くなるなんて、初めて見たね。

おろおろしながら、辺りを見回すダフネ。
だけど、味方はいない。

ガキ共も全員、その様子を注視しているのだ。

「は、はい…… 頂きます……」
囁くような小さな声で返事をして、口を開くダフネ。

俺はなるべく、平気な顔で、彼女の口の中に肉を放り込むのだった。
ちなみに、内心はドキドキだけどな。

ちくせう、可愛いじゃナイカ……

「ガキ共、お前ら自分だけ食べてんじゃねえぞ、お姉ちゃんにも食べさせてあげろよ」
気を取り直して、全員に叫ぶ。

ほら、嬉しそうなガキ共の五人に対するアーンの嵐が始まるのだった。





食事も無事終わり、ガキ共に手伝わせて五人に後片付けを任せて俺は二階に上がる。
とにかく、まだ一日は終わらない。

ホンとに、長い一日だぜ。
取り敢えず、ガキ共の寝床の用意だ。

毛布は用意したので、元々ストリートチルドレンのガキ共だ。
いざとなれば床で寝るのも可能だが、ここまで面倒を見てると、何とかしたくなるじゃないか。

二階に上がれば、左右にドアが並んでいる。
手前から左右の四つ目までは、確かハンターグループの個室となっていた筈だ。

俺は一番手前の部屋に入る。
風呂とトイレ付きの個室だと言うだけあって、あちらの少し高いビジネスホテルの一室のような部屋だった。

幸い、部屋の真ん中を占めているのはシングルベッドが二つ。
一部屋で二人、全部で16人泊まれるようになっているのだ。

シングルベッドを二つくっつければ、ガキ共だから、何とか五人は寝られるだろう。
早速、ベッドを動かす。

ああ、勿論精霊様にお願いしてだ。
まあ、木のベッドだが、毛布を使えば地べたで寝るよりはましだろう。

よし、これで五人分の寝床は確保出来た。
俺は次の部屋の移るのだった。

八つの個室の内、手前の五つの部屋のベッドを調整して、計25人分の寝床を完成させた。
俺は改めて班編成を書いた紙を見る。

女子三班は問題無い。
ケイトの一斑でも五人だ。

問題は男子の二班だな。
それぞれ6人で一グループ。

まあ、まだ三部屋あるから、ベッドの数は全部で六個残っている。
一番奥の個室に入り、ベッドを運び出す。

ちょうど右側が二部屋なので、それぞれの部屋にもう一つのベッドを入れて行く。
男子の二班の部屋は6人用として取り敢えずベッドを三つ。

しかしまあ、おかけで部屋の中はベッドしかない。
これで残りは二部屋、ベッドは四つ。

一番奥の反対側の部屋からベッドを一つ取り出し、隣の部屋にベッドを運び込み、この部屋もベッド三つに変えた。
おーし、完成。

二階にあがり左側、手前から三つが女子班の部屋、それぞれベッドが二つくっついた状態。
一番奥が俺の部屋、ベッドは一個だけ。

反対側の右側、手前の三部屋はベッドが三つ。
手前の二部屋が男子班の部屋で、最後の部屋が一応五人娘用。

まあ、担当グループの連中と一緒に寝るかもしれんが、一応当面の措置だ。
おお、見事にベッドも使い果たしてしまった。

うんうんと頷きながら、俺は下に降りるのだった。





食事の片付けも終わり、ガキ共も含め全員食堂で佇んでいた。
小さい連中は、最早隅っこで寝ているガキもいる。

「おーし、ガキは寝る時間だ! 全員、二階に上がるぞ!」
本当はちゃんと風呂に入れたいのだが、今日はもう諦めよう。

ぞろぞろと全員を引き連れ、二階に上がる。

「女子三班、カリサ、アデリア、グロリア、リタ。
 それと世話係として、カルディナ。
 ここがお前達の部屋だ。
 ガキ共は入った、入った」

名前を呼ばれた四人が部屋に入って行く。

「カルディナ、この四人がちゃんと寝るまで付き合え。
 一緒に寝てもかわまわんぞ」

「ああ、まだベッドは人数分は無いから、二つもしくは三つのベッドをくっつけた。
 上手く寝ろ。 後、毛布はまだ下だから、自分の分一枚取って来いよ」

それだけ言うと俺はさっさと次の部屋に向かう。

「男子二班、ファビオ、エルナン、リノ、ミゲル、リコ、シモン。
 それと世話係は、ブルネラ、宜しく」

「次は男子一斑、ドナト、ギード、ヘナロ、ルカ、ピノ、ロベルト。
 世話係は、エミリア」

「こっちは、女子二班、アバ、チャロ、ダニエラ、アドラ、エリシア。
 世話係、アニタ」

「最後は、女子一斑、ケイト、ダリア、セリナ、エレナ、パトリシア
 世話係、ダフネ」

「後、こちらの部屋が、世話係のお姉ちゃん五人専用の部屋だ。
 で、反対側のこの部屋が俺の部屋、間違えんなよ。
 よし、後は毛布を取ってきて、各自寝ろ!
 お休み」

ガキ共がわあわあ騒ぎながら、自分のベッドを確保したり、お互いの部屋を覗いたりしている。
いずれ、世話係が何とかしてくれる、と良いなあ……


俺は馬鹿な考えを頭から振り払い、ケイトとダフネを呼ぶ。
二人は、直ぐに俺の前に駆けて来た。

「俺はちょっと出かけて来る。二人はガキ共を寝かせろ。
 ダフネ、五人の世話係のリーダーだ。
 ガキ共のリーダーがケイトだから、色々ケイトから教わるように。
 もう薄々気づいているだろうが、五人の主な仕事はガキの世話だ。
 俺の世話じゃない。
 ああ、二人とも先に寝てろよ」

それだけ言うと俺は、屋敷を後にするのだった。
取り敢えず、宿に行って、飯を食うか。





ホンと、一体俺、何してんのかなあ……




新しい住まいを手に入れ、同時に大量のガキ共も手に入れた。
そんなこんなで、走り回っているのはきっと何か間違えているんだろう。

だけどなあ、それも楽しいから良いんだけどね。






三年前、どう言う訳か、この世界に流れて来た。
半年はサバイバル生活。

一年は夢中で生きた。
それから一年半、ようやく余裕を持ってここでの生活を楽しめるようになった。

あの世界へ帰りたくないのかと言えば、嘘になる。
だけど、今はどうだろう。

頑張って、莫大な資産を手に入れた。
それもこれも精霊様の莫大な加護のおかげだ。

あちらの世界では、可も無く不可もない人生だった。
そろそろ結婚も考えなきゃとは思っていたが、具体的な相手がいる訳でも無い。

三十路を過ぎて役職にもついて、両親も他界し一人で生きて来た。
一人っ子の俺に他の係累もいなかった。

果たして帰りたいのか?
この世界で優雅に暮らせる土台も出来た。

だけどなあ……
どうしても、不安になる事がある。



『何故俺なんだ?』


ある日突然、この世界に飛ばされた。
しかも、例外的な特典付だ。

当然理由がある筈だ。
いや、もしかしたら単なる偶然かも知れない。

だけどなあ……
そんな甘い考えに浸れる程、若くも無いしなあ……


ケイトと言う気に入ったガキを内輪に取り込んだ事から、突然大量のガキを抱え込む羽目になっている。
それもこれも何か目的があるのかと考えてしまう俺がいる。


まあ、考えて結論が出るのなら、三年前に結論は出てるだろう。
俺は、俺なりにこの世界で好きに生きて行けば良いんだろう。



「ヨコシマはヨコシマなりに……」
うん、どこかで聞いた言葉だな……












あっ、俺の名字は「ヨコシマ」じゃないから、念の為。



[30300] その3-1 -懐かれちまうわな(閑話)-
Name: shin◆d2482f46 ID:51e653ed
Date: 2011/11/01 05:14
「あっ、う~ん……」
まだ目覚めない。

だけど、何時もの警戒心が、早く起きろと急かして来る。

偶々早く起きてしまったり、逆に徹夜していたやつがいると、朝方の寝込みを襲って来る事もあるのだ。

だから、目が覚めたらさっさと起きないと……
でも、何だか暖かい……



も少し寝てても……



えっ?



暖かい?
まだ寒くて震える事はないけど、それでもこの包み込むような暖かさは何?

あっ、毛布だ!
コウに貰った毛布だ。



ああ、無理して起きなくて良いんだ。
ここはコウの新しい屋敷。

今まで着たことの無い綺麗な服着て、暖かい毛布にくるまれて、ベッドー決して土の地面じゃないーに寝ている。



気持ちいい……
夢みたい。



夢!?



目を開けたらみんな消えてしまう!
そ、そんな……

僕はぎゅっと固く瞼を閉じる。
違う、夢じゃないよね。

手に触れる毛布の感触は確かにある。
そう、これがげんじつ。

そうよね、うん、間違いないよね。



それでも怖い。

もしこれが夢だったら、目を開けて厳しい世界が広がっていたら……
そう思うと怖くて怖くて瞼が開けない。

どうしよう、どうしたら良いの?






「ケイト、ケイトちゃん」
身体を軽く揺すられ、慌てて目を開けていた。

目の前で心配そうに、僕を見詰める綺麗な顔。
ああ、そうだ、昨日コウが連れて来たダフネ さんだ、僕達の班の世話役。

夢じゃなかった~
思わずダフネさんに抱き付いてぽろぽろ泣き出すケイトだった。












考えて見ればコウは不思議な人だった。
初めて見たのはハンターギルドの本部の前。

僕のようなまだ幼い子供は流石にハンターとしては仕事はさせて貰える訳も無い。
だけど、ハンターは一寸したお使い等でストリートチルドレンに声を掛ける。

元々王都の住民で無いハンター達にとって、ほんの僅かな報酬で雑用をこなしてくれるストリートチルドレンは中々有難い存在なのだ。

ガキと言っても、年長の者は中々こすっ辛く、隙有らば盗みや裏切りに会うことが多々あるが、ほんの十歳前後のガキならばその心配も少ない。

僅かな小遣い程度で簡単な道案内、伝言などは、喜んでこなしてくれるのだ。
中には特定のハンターに贔屓にされ、そのままハンターグループに迎え入れられるケースさえある。

勿論そんなケースは、殆ど希だ。
だがケイトのような力も持たない、特に非力な女性となれば、そんな僅かな可能性ですらすがってしまうのが王都の現実だった。






その日も僕はお腹を空かせて、ハンターギルドの前でうろうろしていた。
一緒に暮らしている僕より小さなパトやエレは、あちこちのゴミ箱を漁りに行っている。

王都の食生活は豊かだ。
それ故、選り好みしなければ、何とか食える程の残飯は手に入るのだ。

但し、集めて来た残飯の中から良いものを奪う年長者達に見つからなければだが。
それに残飯漁りでは、現金は手に入らない。

銅銭一枚あれば、誰もかじっていないパン、腐っていない果物すら手に入る。
お金さえ持っていれば、ストリートチルドレンと言っても買い物は出来るのだ。



ハンターさんに雇って貰えるかもしれない……
それが、虚しい望みだと知りながら、その日もケイトはハンターギルド本部の前をうろうろするのだった。

お腹空いたな……
空腹で少しふらふらしながらも、僕はぼおっと城門から通じる道を見ていた。

通常王都に初めて来るハンターはこの道からやって来るのだ。
すると、向こうの方から大きな馬車が進んで来るのが目に入った。

うわ、大きな馬車!
それに、何だろ、大きなトカゲが二頭その馬車を引っ張ってる。

王都の中、しかも魔獣退治を生業にするハンターギルド本部の前だ。
特にに恐怖は覚えず、僕はぽかーんとその馬車を見詰めていた。



「おい、そこのガキ、こっち来い!」
突然の声にはっと我に帰る。

黒一色の服装の男の人が、僕を見ていた。
ハンターだ!

慌てて男の人の側まで駆け寄り、遥か高みから見下ろすハンターを見る。
これが、コウとの出会いだった。

見るからに怖そうな表情、そして辺りを見下したような視線。
決して僕達のようなストリートチルドレンが持ち得ない勝者の余裕。

一瞬でそれを感じた。
だから、不思議だった。



どうして怖く無いのだろう?



今までならば足がすくみ、ビクビクしながら顔色を伺って何時でも逃げ出せるように構えていた筈なのに……
男の人は、僕にギルドの職員を呼んで来いと、銅貨一枚を投げ渡して来た!

しかも呼んで来たらもう一枚くれるって!
それで十分だった。

だから、走った。
必死にギルド本部に駆け込み、受付の人に事情を話した。

受付の人は半信半疑だったけど、奥に伝えてくれて、ちゃんとギルドの人を連れ出せた。




やった!
銅貨が二枚だ!



これで、パンが買える。
大きなパンが二個。



僕達三人が二日は餓えなくて済む!!



僕がそう思っていると、ギルドの人の話が終わったのか、彼女を御者席に引き上げようとしている。



えっ?



何?



置いてかれる!
ダメ、ダメ、ここで別れちゃ。

心の中で何かが叫んでいる。
僕は慌てて反対側から御者席によじ登るのだった。




直ぐに男の人は、僕に気付いて怒って来た。
だけど、今まで見たいに引き下がってちゃダメなんだ。



「まだもらってない!」

だから、必死に叫んだ!
銅貨もう一枚くれるって言ったじゃないかと。

男の人は思い出したように、もう一枚銅貨を渡してくれた。
顔が綻ぶけど、それだけじゃない。

この人、僕のような者にも約束を守ってくれたんだ。
気分を害して、蹴り落とされても不思議はないのに。

だから、も一度必死に叫んだ。
降りろと言う男の人の言葉に逆らって。



「ヤダ!」
「僕、やくにたつ!」
「おっさん!一人だろ!にもつみててやる!さっきみたいに、人よびにいく!」

ここで離れたらきっと二度目はない。
だから、必死に、涙が溢れて来ても尚叫んだ。



「あの……お連れじゃ……ないんですね」
ギルドのお姉さんの声に男の人態度が変わる。

「あー、判った、判った、乗っとけ」

えっ?

良いの?

本当に!



「その代わり、ちゃんと働いて貰うぞ!」
歓喜が全身に走り抜けた。

「おう!まかせろ!」
思わず生意気な声で返事を返す。

やってやる!
ぼ、僕が役に立つ事をこの人に見せてみせる!

「おら、手綱を持て」



えっ?



手綱?



「あっ、ちょ、ちょっと、おっさん!うごいている!」

無茶です。
こ、こんな事したことない!

決心が急激に萎んでしまいそうだった。









それから毎日僕は頑張った。
王都の道案内、ギルドへの伝言、服の修理、あれやこれや、言われた事は全てこなした。

毎回走って用事をこなし、帰ってくる。



「ほれ、今日の駄賃だ」
雇っているからなと、例え仕事が殆ど無くても一日銅貨5枚貰える。

朝早くから宿の一階で待っていると朝食を食べさしてくれる。
コウと一緒の時は、昼ご飯、そして晩ご飯まで食べさせてくれた。

雇われているのだからとお金を渡され『まとも』な服も買って来させられた。
勿論一番安い服を三着買ってみんなで着替えて本当に嬉しかった。

袋を用意して食事の半分は二人の為に持ち帰るのも忘れない。
幸いコウは出不精で面倒な事は嫌いだったから、荷馬車を宿に預けると面倒見とけと僕に世話を任せてくれた。

荷馬車を隅から隅まで磨き上げ、僕達の新しい住まいまで提供してくれた。
(コウは知らないけど……)



僕達は幸せだった。



僕、そしてパトとエレ、三人は誰も襲って来ないコウの荷馬車を根城にして、毎日美味しいものを食べられるのだ。



だけど、少し心が痛む。



他のみんなはどうだろう。

僕と同じようなストリートチルドレンは他にも大勢いた。
年上の連中は徒党を組んでそれぞれの縄張りを持ち王都の闇に潜んでいる。


だけど僕達のような小さい子どもはその隙間を縫うように、こそこそ暮らしているのだ。
ホンとは皆と一緒に暮らせれば楽しいのに……

僕達年少者が固まると簡単に見つけられて全てを奪われるのだ。
だから、せいぜい三人か四人位しか一緒に暮らせない。

元々捨てられたり孤児院から逃げ出したりした僕達が安心して暮らせる処なんて、何処にもないのだ。



それだけに、今の僕の境遇は比較にならない位素晴らしいものだ。

それだけに、他の仲間の事が気に懸かる。



余分な服なんて何処にもないのに、エレが寒いだろうと着るものを分けてくれたアバ。
同じようにお腹が空いている筈なのにオレお腹一杯だからと、パトに半分分けてくれたドナト。

年長者にぼこぼこにされながらも、僕達を逃がしてくれたファビオ。
この数年だけでも、回りのみんなで助け合って来たのに。



それだけに、心が軋む。



自分達だけ、幸せになって良いのかと……






だけど、そんな僕の心の痛みなんかまるで意味がなかった。
幸せだと感じたのは、ホンの一瞬の幻だったのかもしれない。




そうコウはハンターなのだ。
ある日、ハンターギルドでコウが依頼を受けたのだ。

依頼はゴブリンキングとその一団の討伐。
報酬は王都南西部にある下屋敷。

コウは勇んで出掛けて行った。
大丈夫かなと心配したけど、ドラゴンを狩るコウなら何とかなるんじゃないかなと思い帰還を待つ。

宿は泊まって良いと言われたけど、流石に三人でお邪魔するのは気が引けたので荷馬車暮らしは変わらない。
だけど朝晩の食事は美味しく頂く事にした。

朝食を頂き、半分を二人に持って行きそのままギルドに行く。
ギルドでは僕がコウに雇われているのはみんな知ってるから、ホールにいても追い出されない。



だけど、その日は何だか様子が違った。



「ねえ、ケイト、コウさん、もう行ったわよね?」

そう声を掛けて来たのはマリンさんだった。
僕が行ったと返事をすると、酷く浮かない顔をしている。

「ケイト、コウさんが受けた依頼なんだけど、酷い過小申請だったの」
マリンさんが、僕に説明してくれた。

ゴブリンキングに、ゴブリンロードが率いるゴブリンの大集団。
普通なら大きな騎士団が出撃しても可笑しくないような難敵だそうた。

ハンターにしても、凄腕のハンターグループが最低五つは必要だと言われた。



えっ?



コウは一人だよ!

そ、それじゃ……
コウは……






天罰だ……
僕が、僕が、自分達だけ幸せになろうとしたから……




翌朝から、僕はハンターギルドの前の道で一日中城門に通じる道を見ていた。
初めてコウが荷馬車に乗ってやって来た道。

コウと初めて会ったこの場所。
これからどうすれば良いのか、まるで分からない。

幸い宿の宿泊費はコウが一ヶ月分払ってあったので、追い出されるまで時間は十分以上にある。
コウは帰ってこれなきゃあの荷馬車を僕にくれるって言ってたけど、そんな事信じて貰える筈もない。

第一あんなもの貰ってもどうして良いのか分からないし、嬉しくもない。



「コウ……帰って来てよ……」

僕は暗くなるまてそこにいて、宿に戻るのだった。



コウが出掛けて五日目、戻って来ると行った日数まで後二日。
昨日と同じように、ハンターギルドの建物の前で道を見詰める僕。

考えれば考えるだけ、気が重くなるだけだった。



いけない、いけない。



うん、きっとコウの事だ、飄々と人を見下す表情で、あの道の向こうから歩いて来るに違いない。
全身黒一色の服装で、のんびり歩きながら……

うん、あの男の人見たいに……









えっ?





黒一色の服装?

ええっ?






「コウ、コウ!」

僕は走り出していた。

どういう訳か、その姿は涙でハッキリ見えないけど。
だけど、間違いない!



コウだ!
コウが、帰って来たのだ!!



「おおっ、熱烈歓迎、ありがとよ」



何かコウが言ってたけど、全く耳に入らない。

ただ、僕は夢中でコウに抱き付くのだった。



[30300] その3-2 -オムレツにチーズが無い! または蛇足-
Name: shin◆d2482f46 ID:51e653ed
Date: 2011/11/01 22:04
「コウさん、コウさん」

誰だ、こんな朝早くから俺を起こすのは!
折角の快適な眠りが一挙に逃げて行く。

「早く起こしてくれって、頼んだのはあんただよ!
 起きないと回りのお客に迷惑だろ!」
おおっ、ベッドの横でそびえる豊かな双球は、メリーさん(宿の看板娘、実は彼氏あり)じゃないですか。

「あんた、いい加減にしなよ、たく、何時もなから、人の顔見て話出来ないのかい?」
「あ、ああ、すまん、余りにも見事な」

「あー、もう良いよ、ホンとに!」
俺は改めてメリーさんのご尊顔に目を向けた。
うん、怒ってますな。

ヤバイ、ヤバイ。

「すまんね、寝起きが悪くて」
「何言ってんだい、あんたは何時もだろ。それより、用意出来てるから、早く持って行きな!」

有無を言わせず大きな袋を俺に押し付け、部屋から叩き出すメリーさん。
全く、俺は客だぞ!



多分……



俺はブツブツ呟きながら、一階に降りる。

「頑張りな!」
おかみさんの声援に手を降り宿を出るのだった。

うーむ、確かに朝だ……
だが、俺が王都に来てからこんなに早く起きた事あっただろうか?

断言しよう、少なくとも日の出を見れる時間なんて、初めてである。
威張って見ても何も始まらん。

当たり前だ、誰もいやしない。
あーあ、ホンとお人好しだよな~



俺は精霊様にお願いし、屋敷に向かって飛び上がるのだった。




とっ!
屋敷の門の前に降り立った。

早々に精霊様に中の様子を確認して貰う。
うん? これは……

こんな早朝から、二人ほど起きているそうな。
一人は、ああエレナか、精霊様が騒いだので目覚めたようだな。

おっ、納得したのか、も一度寝るようだ。
も一人はダフネたな。

ほ~、一応各部屋の様子を見て回っていると。
感心、感心。

流石最年長。
じゃ、とっととなか入りますか。



厨房でちゃんと洗って重ねてあった皿を並べ、マリーさんに貰った袋の中身を並べて行く。
そう、昨晩飯を食いながら相談した処、快くパンを35個用意してくれたのだ。

ちなみに、明日からは人を雇って届けてくれる事になっている。
ー今日は流石に間に合わないので、朝早くから叩き起こされてしまったがー

うん、人情未だ廃れず。
やっぱり金と巨乳は偉大です、ハイ。




「お、おはようございます!」
「ああ、おはよう。よく眠れたか?」

どうやら、ダフネは鋭い娘のようだな。
俺が下でゴソゴソし出したのに気付いて降りて来たようだ。

「あっ、は、はい……」


うん?


よく眠れたかと聞いたのだが、返事が曖昧だな。
色々気になってちゃんと寝れなかったのか?

イカンなあ、若い女性に寝不足は大敵だぞ。
まあ、判らんでもないが。

「丁度良かった、朝飯の用意、手伝ってくれ」
「えっ?あっ、ハイ!」

慌てて側に寄るダフネ。
ああ、ガキ共もそうだが、彼女らも着替えを買わなきゃな。

俺みたいに、一日一回精霊様にリフレッシュして貰う訳にもいかんからなあ。
いくらなんでも、毎日精霊様に、汚れや穢れを払って貰い、後は埃を払ってお仕舞いじゃ流石に婦女子の生活としては不味いわな。



ちなみに、これは別に俺が精霊様にお願いしている訳じゃない。
単に精霊様が綺麗好きなせいだ。

お陰で俺の服装は何時でも滲み一つない。
これで問題なのは、ある日突然服が壊れる。

破れるんじゃない、突然バラバラになって嬉し恥ずかし真っ裸になるのだ。
要は精霊様が生地の耐久度ギリギリまで維持してくれているらしい。

その結果、限度がくればホンとにみんな壊れてしまうのだ。
いやあ、あの体験が、森の中で良かったよホンと。

お陰で荷物に入れてあったコート一枚と言う変質者ルックで街まで飛んだのは思い出したくない思いでだね。



話がそれたが、ダフネは慌てて皿を並べてくれている。
その皿に俺がパンを載せていっている訳だ。

何か言いたげにチラチラとこちらを伺っている所を見ると、色々溜まっているんだろうなあ。
仕方ないな、聞いてやるか……



「で、何か聞きたい?」
卵は人数分は無いな、オムレツでも作るか。

「あ、あの、ご主人様は、私達をどうするおつもりですか?」
おお、『ご主人様』だよ。

うん、やっぱり良い響きだよね。
『お帰りなさいませ、ご主人様(ハートマーク!)』

そんな事言われたら、果たして理性が持つかどうか。
俺は、ボール代わりの鍋に卵を割りながら、ちと夢を見てしまった。

「ああ、どうするつもりって、ガキの世話だけど?」
「えっ、あ、あの……」

ミルクが少しあった筈だが、おお、あった、あった。
俺は鍋にミルクを垂らしこむ。

あまり入れ過ぎると上手く固まらない。
だが、少なすぎると卵卵し過ぎるから、加減が難しい。

「あ、あの、ご主人様! わ、私達は、あ、あの……」

塩を少々、胡椒も少々、うん、こんなもんだな。

「うん? ああ、今の所、襲う予定はないけど?」
フライパンにバターを乗せて、精霊様に加熱して貰う。

「えっ、で、でも……」

バターが焦げる寸前で卵を流し込み、一旦かき混ぜる。
この時、溶けたバターをなるべく卵に取り込むようにかき混ぜるのがコツだね。

「今は、ガキ共の生活の基盤作りが第一。
 なんせ、見た通り、十歳以下のガキばかりだからなあ」

へらを使わずに、上手く形が整えられれば、一人前だが、そこまで上手く出来ない。
仕方なく、へらで形を整えながら、オムレツに形成して行く。

「そ、そうですか……」
ダフネはため息を吐いている。

「うん? 襲って欲しい?」
皿に載せて、三等分すれば出来上がり。

後これを十回繰り返すのか、結構手間だな。
人数が多いと一人じゃ無理があるな。

早く竈の火の起こし方を見つけて、娘達にやらせないと……
俺は再び卵を鍋に割るのだった。

「あっ、そ、それは……」
おやおや、固まっちまってるなあ。

卵が固まるのは困るが、若いお姉ちゃんが固まるのも困るな。
うん、感触として昨晩あたり、襲いに言っても問題無かったような気がするぞ。

だけど、まだ無理だね。
流石に、家を手に入れて、さあ小づくりだと浮かれる気は無い。

その前に、二十六人の子持ちになっちまったんだけどね。
あれ、目に汗が入ったのかな?

おーし、頑張ってオムレツ作るべ。






ダフネに野菜を切らせて、一応全員分の朝食が出来た頃には、ケイトも起きて来た。
ケイトがダフネに、コウが起きてるのなら私も起こしてと怒っていた。

うん、何だか二人ともやけに仲良くなっているみたいだな。
まあ、世話役とリーダーが仲良い事は良い事だ。







さてと、全員起こして飯にしますか。







--------------------------------蛇足です(一応15禁になるかな)-------------------------------------

>今回は短いです。
>最初は以下の文が入っていたのですが、縛りがあまりに強力すぎるので、泣く泣く外しました。
>精霊様を排除する方法がどうしても思いつかなかった……
>本編では精霊様はここまでコウには構いません。






だけどなあ……
俺がこいつらとムフフな関係にならないのは、ガキ共がいるせいばかりじゃない。

なんせ俺は精霊様に何故か猛烈に好かれているのだ。
で、精霊様は穢れを嫌う。



でね、俺がその方面のお店に行くでしょ。
相手によっては、全面的に拒絶する場合もあるのよ。

いや、マイサンは元気なんだけど、精霊様がね、穢れていると寄せ付けない場合もあるのよね。
だけど中には、心も綺麗な娘さんもいるわね。

まあ、精霊様が嫌がらないから、これ幸いとムフフな関係に持ち込んだのさ。
そしたら、うるさい、うるさい。

『ガンバレ!』、『ソコダ!』、『イイゾ、モット!』

何この声援?
どうして、じっくり大人の時間を楽しめないの?

いやあ、一気に元気が失せて行くのだよね~
それでも、俺は頑張ったさ。

折角の機会だし、そりゃね相手の女の子には聞こえてないから、怪訝な顔されても、誠心誠意努力しましたとさ。
で、フィニッシュ。

なーんか物凄く良くない予感、いや悪寒を感じて、中には出しませんでした。
そうすると、怖い、怖い。

女の子は訳も判らず、気配だけで気絶しました。
精霊様達のお怒りです。

前にチラッと言ったけど、精霊様が集まると意思の通じるティンカーベルになるんです。
それがね、一挙に増えるのですよ。

そして、一つになると、お怒りの大精霊様とでも言うべき存在として俺の目の前に現れたんですよ。
大精霊様曰く、俺は大切な存在らしいです。

そして、その大切な存在が子孫を作ることで増えるのは精霊様達にとって、とってもめでたい事なんです。
ああ、それなのに、俺ってやつは……

『その行為をしながら、最後のフィニッシュを外に出すなど、正に外道!』

いや、俺が言ったんじゃないよ、大精霊様のお言葉ですから。

折角、折角、子供が出来る機会に、何と言う事をするのか!
延々怒られました。

朝まで説教です。
女の子は寝たまま-ああ、大精霊様に眠らされてました-です。


『も一回やれ、必ず出来るから、その方が嬉しい』


んな事言われても、出来るわけねーです。
第一、百発百中にすると言われても、嬉しくねーです。


散々な目に会いながら、その場は何とか諦めて下さったけど、それ以来結構大変だった。
精霊様に少し離れて貰い、その筋の女性と接する。

暫くは精霊様達も、俺のお願いだから聞いてくれるんですけどね。
だけどね、俺がフニッシュに達する頃にはまた集まって来たり。

いざ、はじめようと思った時点で、穢れているとその女性から強制的に離されたり。
いや、見事吹き飛びましたよ、うん、俺が上だったので、俺がね。

とにかく、散々な目に会ったのも今では良い思いで……な訳無い。
俺は、今日も精霊様と未だ見ぬ桃源郷を目指して、激しいバトルを繰り返すのでした、マル。



と言う訳で、ダフネの感触だと、奴隷と言う事もあり、拒否はしないのだろうなあ。
それに、選ぶ時に精霊様に助けて貰っているから、ダフネ達も穢れは無いのだろう。

それは良いんだけど、問題は俺にあるんだよね。
何せ精霊様のお陰で百発百中のマイサンを持っている訳だから、子供が出来る事前提に襲わなきゃいけない。



[30300] その3-3 -しまった、後ろを取られた!-
Name: shin◆d2482f46 ID:51e653ed
Date: 2011/11/03 19:45

「ケイト、各班のリーダー呼んで来い。 ダフネ、残りの世話役集めれ」
飯を食いながら、ケイトとダフネに指示を出す。

食堂の中、それぞれが自分のグループに別れ思い思いの場所で座って飯を食っている。
ケイトが一通り声を駆けると、リーダーが集まってくる。

世話役は、その様子を見て直ぐにこちらに集まってきた。


「おーし、全員揃ったな。 今日はここの整備と買出し、ガキ共の世話の三つの事をするからな」

全員を見回し、そう告げる。
うん、世話役も頷いている所を見ると、昨晩からで大体の様子は判ったみたいだな。

「まずは、ガキ共の世話。 ついでに食事の用意と後片付け、各部屋の掃除、洗濯もだ。
 これは、えーと、女子二班と女子三班、世話役はアニタとカルディナだな」
俺は、チーム分けを記した紙を見ながら全員を見回す。

うん、女子二班のリーダーアバと三班のカリサがお互い顔を見合わせ、頷いている。
アニタとカルディナは大丈夫みたいだな。

「ちなみに、これは今日から持ち回りで行ってもらうから。
 明日は女子三班と、男子一斑、アリサとドナトの班が担当。
 明後日は、ドナトの班と、女子一斑、ケイトの班。
 その次が、女子一斑とファビオ、お前の男子二班だ。
 そして、その次の日は、ファビオと女子二班、アバの班に戻る」

最初に男子一斑にやらすのは、一応不安が大きいからな。
ケイトは、買い物に行って貰うので、まずは女子二班からだ。

「まあ、毎晩寝る前に引き継ぎをするので、それで覚えるように。
 次に買出し、これは女子一斑があたる。
 食材の買出しと、備品類の補充だな。
 ああ、何か足りない物はないか?」

俺がそう言うと、お互い同士顔を見合わせるだけだ。
そりゃそうか、突然言われても、思いつく筈もないか。

「ああ、後で思いついたら、ケイトに言っとくように。
 最後に整備だが、残りの男子一斑、二班が担当する。
 まあ、基本俺について屋敷の内外を確認する作業だ。
 詳細は後で説明するから、俺の所に集まるように」

目を白黒させているガキ共。
まあ、世話役も似たようなものか。

おいおい覚えさせれば良いわな。

「おーし、取り敢えず、飯の続きだ。
 全員が食べ終わったら、始めるぞ、解散!」

ほれ、ちれ、ちれ。
俺は手を動かし、固まっているガキ共を散らばらす。



良く判らないまま改めて飯を頬張るガキ共。
おっ、ケイトが猛烈な勢いで、残りをかき込みはじめた。

何か聞こうとしているのだな。
ふむ、何が疑問なんだろうか?

まあ、直ぐに判るだろう。
待つほども無く、ケイトが駆けて来る。


「コウ、お買い物って何を買うの?」
それを見て、ダフネも隣に寄って来た。

「ああん、てめえら食べるだろ、食材に決まってるだろ」
ああ、なるほどとウンウン一人頷くケイト。

「それと、全員分の着替えだな。
 一人二三着はないと、洗い物も出来ないからな。
 後、タオルももう少し用意しないと、足らんだろ。
 それと、シャンプーが欲しいな、あるのか?」

俺はダフネに話を振る。

「あっ、た、確かにシャンプーはありますが……
 高いのでは……」
恐る恐ると答えるダフネ。

ほお、一応その方面の知識もあるのか。
まあ、二十歳にもなっているのだから、いくら奴隷になってても、元々はそこそこの暮らしだったのかね。

「まあ、値段は気にしなくても良い、金だけは嫌と言うほどあるからな」
「そうだよ! コウは凄腕のハンターなんだから!」

おお、ケイト、援護ありがとよ。
うん、凄腕のハンターか、良い響きじゃないか。

まあ、精霊様に好かれているおかげなんだけどね。
今のレベルはBランクのハンター様だ。

しかし、精霊様に好かれてなきゃ、せいぜいEレベルかもな。


「あのね、コウは、ドラゴンも倒したんだよ。
 ここのやしきもゴブリンキングを倒して手に入れたんだよ!」

おおっと、いつの間にかケイトの自慢大会になっている。
ダフネだけじゃなく、他の世話役も耳をそば立てて聞いているな。

「はいはい、それはまた今度ゆっくり話してやる。
 今は買い物だ」

「問題は、どの店が良いかだ。
 俺は王都に来てまだ間もない。
 ダフネ達はどうだ?」

「あっ、あの、私、知ってます!」
手を挙げたのはブルネラだった。

「わ、私……王都出身なので……店は大抵……知って、ま、す……」
みんなからジロジロ見られ、途中から声が小さくなったブルネラ。

折角のプロポーションなのに、実に惜しい。
いや、性格とプロポーションは関係ないか?

「それじゃ、ブルネラ、配達の出来る店で品物が間違いない所は判るか?」
「あっ、はい! そうですね、ラウシッタ通りのお店なら良いかと」

「ケイト、判るか?」
「えっ、ラウシッタ通りなら判るけど、どのあたり?」

ケイトが直接ブルネラに聞いている。
場所は二人に任せておけば大丈夫そうだ。

「ああ、ブルネラ、シャンプーが買える店は知ってるか?」
「えっ、ハイ、ラウシッタ通りからそれほど離れていない所に、化粧品を置いている店があります」

「おーし、その場所もケイトに教えろ。
 次、アニタとカルディナ!」
「は、ハイ!」、「へっ、私?」

びくっと飛び上がったように驚いているのが、危険な胸の持ち主、アニタ。
突然自分が呼ばれた事に、訳が分らないと言う風なのが、カルディナ。

「お前ら二人は、今日の食事当番だろ。何を作るか二人で相談しろ。
 で決まったら、必要なものをダフネに報告、分ったか」
「「は、ハイ!!」

「ダフネ!お前、買い物の経験は?」
「ありますけど、王都ではまだ……」

へー、ダフネは王都出身じゃないのか、どこから来たのかね。
ま、おいおい分るだろ。

「おーし、それじゃ大丈夫だな。
 ケイト、金はダフネに預けるから、お前ら二人で買い物だ。
 後誰連れて行くかは、自分で選べ!」

「うん、判った!」

ホンと、ガキは元気だね。
まあ、グズグス泣かれるよりはよっぽどいいわさ。

「買い物は、用意が出来たら、なるべく早く行って来い。
 今日の食材を持ち帰る分、明日以降の為に届けてもらう分に分けて来いよ」

後、何か忘れ物無いか?
まあ、俺がそこまで気にしなくても大丈夫かな。

「それじゃ、ダフネ、取り敢えず買い物用にこれだけ持って行け」
俺は銀貨が20枚程入った巾着をダフネに投げ渡す。

「えっ、私が持つのですか?」

驚いた顔のダフネ。
ま、気持ちは判るがね。

昨日買ったばかりの奴隷に金を持たして街に放つ。
これじゃ、逃げて下さいと言っているようなもんだわな。

「いやか、じゃ、ケイト、お前が持つか?」

ブンブン、ブンブン、頭を振って否定するケイト。
中々リアクションが面白いんだよな、こいつ。

「と言う訳で、ダフネ、お前が持ってけ」
「はあ……」

一体何を考えているのかと言うのが丸判りなんですよ、ダフネさん。
だけどな、どこかで信用しないと俺の仕事が増えまくりなんでね。

「おーし、それじゃ、自分が使った食器は自分で厨房まで運ぶ事。
 それが済んだら、各自動いた、動いた」

俺の号令で、ガキ共が慌てて食器を抱えて厨房に向かう。
うん、これだけは何時やっても気持ち良いもんだ。

だだし……




「ガチャーン!」



誰かが、皿を零さなきゃね……






「ああ、ケイト、ちょっと」
ケイトが慌てて走ってくる。

「買い物には、必ずエレナを連れて行け、判ったな」
ケイトは、怪訝そうな表情を浮かべるがコクリと頷く。

「エレナは、俺と同じ精霊使いの素質がある。
 だから、万一何かあっても、彼女が一緒ならば俺には判るんだ。
 一応、安全の為だ、判ったな」

別に説明しなくても良かったのだが、何か俺も甘くなったもんだ。
ほーっと驚いた顔を向けるケイト。

「ああ、誰にも言うんじゃないぞ、特にエレナにはな」
「えっ、言っちゃダメなの?」

「ああ、まだエレナは小さいからな、他人に知られると攫われかねないからな」
コクコクと頷くケイト。

本当は、エレナが精霊使いになれるかどうか判らないからだ。
精霊様は、喧騒も嫌う。

それだけに、エレナが騒がれてしまうと、精霊様がエレナから離れてしまうかも知れない。
少なくとも、彼女が精霊様に名前を付けてパスが確立するまでは、そっとしておきたいのだ。



「判ったな、じゃ、とっとと確認取ったら行って来い」
俺はそう言って、ケイトの頭をグリグリ撫でる。




ハッ、ナデポかこれは!
ニヘラと笑うケイトを見て、あちらの世界の馬鹿な法則を思い出す俺だった。



[30300] その3-4 -ダメだ! 挽回出来ない!-
Name: shin◆d2482f46 ID:51e653ed
Date: 2011/11/07 23:00
買い物に出掛けるケイト達を見送り、俺は残りのガキ共を連れて庭に出る。
と言っても女子二班と三班は後片付けと掃除を言い渡してあるので、男子の一斑と二班だけだ。

ああ、一応世話係が付いているから、エミリアとブルネラも一緒だ。
しかし、ブルネラは気配りの出来る良い女と言う感じなのだが……

エミリアはも一つ掴み所が無い。
どうやら、王都出身ではないらしい。

少し王都関係の話題を振っても、あいまいにしか答えない。
うーむ、今の境遇に不満を持っているのかなあ。

その割には、こけそうになった小さな男の子ロベルトを抱え上げるやさしさはある。

「なにか?」
「いや、別に……」

おうおう、三十路の俺が、十七の小娘に睨まれて、ビビッてますよ。
何とまあ、勇ましいお姉さんだ事。

俺は苦笑を浮かべながら、屋敷の裏に回りこむのだった。


「へー、立派なもんだ」
「りっぱだね」、「うん、すごいね」、「うわあ……」

俺の感嘆に合わせるようにして、口々に感想を述べるガキ共。
確かに、こんな物があるなんて思いも付かなかった。

目の前には、屋敷より高い位置に大きなタンクを設けたいわゆる給水塔がそびえていた。
なるほどあそこまで水を汲み上げれば、各部屋に給水する事も可能だろう。

しかし、問題はどうやってあそこまで水を汲み上げているのか。
それと、後お湯の供給もしている筈なのだが、その仕組みはどうなっているのか。

「ちと、てめえら、ここで待ってろ」

そう言い残して、俺はゆっくりと給水塔のタンクの高さまで浮き上がる。

「ふわぁ」、「飛んでる~」、「凄いね~」、「うわ、うわ!」
うん、声援ありがとう。

石積みの塔の上部には当然ながら、何処にも入り口は無かった。
精霊様に頼んで、中を見て貰う。

へー、水槽が二つに分かれているんだ。
と言うことは、片方が水、も一つがお湯と言うことか。

ゆっくり中を精霊様に教えて貰いながら、下まで降りる。

「なになに?」、「どうなってるの」
ワイワイ騒いでいるガキ共を放置したまま、塔の下の扉の前に回り込んだ。

鍵は掛かっていたが、これぐらいならそんなに苦労しなくても開けられる。
針金二本を使い、精霊様の教導で、鍵を開き中に入った。

なるほどね~
大体見せて貰ったから判るが、この給水塔そのものが、ちょうど井戸の上に作られているのだ。

そして井戸から伸びるパイプが、何らかのボイラーのような『魔道具(多分)』へと伸びている。
もう一本別のパイプは、真っ直ぐ上の給水タンクへと伸びている。

「こんなものまで、この屋敷にはあるのですね」
ガキ共と一緒に、中に入って来たエミリアが、独り言のように言う。

「うん、エミリア、この使い道が判るのか?」
「ええ、判ります。 これは給水の為の魔道具ですわ」

こちらの井戸の中から魔法で水を汲み上げる。
そして、この魔道具-多分、魔石が入れてあるのでしょうね-で水を沸かしてお湯にするのでしょう。

「水を汲み上げるのは、魔法?」
「あら、コウ様ならば出来るのではないのですか?」

それ位当然でしょと言う感じで返してくるエミリア。
おお、エミリアってこんな娘なんだ。

「ちなみに、魔石って?」
「マナウスの山々で大量に手に入るものですわ。 南イスリアでは、ヘサリバスがその産地として有名です。
 サンタレンですと、どこかしら?」

「ああ、すまん、産地じゃなくてその効果はどうなるのだ?」
「えっ、魔石の効果ですか?」

そんな事も知らないのですかと言う感じで聞いてくるエミリア。
ちと、カチンと来るが、ここは我慢、我慢。

何せ、俺の場合精霊様にお願いして大抵の事が済んでしまうので、魔石を使ってどうのこうのと言う経験すらないのだ。


「通常は、ただの石ですが、水を掛けると発熱するので魔石と呼ばれていますわ。
 ちなみに、この屋敷ではかまどにも使われていますわね」

おお、そんな便利なものがあったのだ。
全く気がつかなかった。

なんとまあ都合の良い魔石なんてものがあるもんだ。
水を掛ければ発熱する素材はあちらの世界でもあるが、それがこんな形で存在するなんて。

取り合えず、魔石を買って来なきゃなんねえな。
その前に、水を貯めておくか。



一応水を吸い上げる魔法は有るらしいが、俺はそれを知らない。
それだけに、精霊様に頼むのも慎重にせねば。

まず、上の二つのタンクの強度を上げて貰う。
突然水の圧力が懸かるだろうから、それに耐えて貰わないと。

で、次は水、ここから見る限り右側のタンクが普通の水だな。
俺は精霊様にお願いした。



何時もながら、不思議なものだ。
一瞬でタンクは水で一杯になる。

次は左のタンク、こちらはお湯だ。
どの道冷めるだろうから、少し熱め。



うん、これで良い。

さてと、
「ドナト、一班の連中で、屋敷内の水道から水が出るか確認して来い。
 いいか、水出したら最初は汚れた水が出る筈だ。
 そのまま暫く出してて綺麗な水になったら、止めろ。
 お湯も一緒だ」

「ハイー!」
そう言うや否や走り出すドナト。

「こら! 他のガキも連れてけ、エミリア、フォロー宜しく」

「はいはい」
仕方ないわねと言う顔で、付いて行き損ねたピノとロベルトを誘うエミリア。

それぞれの手を握り歩く姿は妙に似合っている。
まあ、きっとエミリア本人に言えば怒るだろうから言わないが。



「残りは付いて来い、他を調べるぞ」
俺は残り二班のガキを引き連れて、次の場所に向かうのだった。


裏手に大きな門があった。
なるほどね、ここから馬車を入れるのか。

こっちの門は大きな関貫が掛かっていて内側からしか開かない。
まあ、一応俺の荷馬車も通るな。

しかしあのドラゴンホースをどうしたものか。
俺は門の前で考え込むのだった。



何せデカイ。
今は宿に預けてあるので、世話はしてくれている。

やっぱり此方に連れて来るとなると、世話役が必要だなあ。
まあ、ガキ共に世話させると言う手もあるか。

しかし、飼い葉の用意だけでも大変だぞ、あいつら。
うーむ、厩舎の番だけでも雇うかな……



「コウさん、コウさん」
「うん?なんだ、ファビオ?」

「あっちに、建物ある」
「ああ、厩舎だな」


「見に行って良い?」
「かまわんぞ、俺も行く」



煉瓦作りの建物が、裏手にある。
確か厩舎の筈だが、思ったよりデカイな。

馬小屋だけなら、馬が30頭は入りそうだ。



なるほどね、ここに使用人を住まわすのか。
厩舎の部分は全体の三分の一程度。

後は小さな部屋がいくつも並んでいた。



「使用人の住居でしょうか?」
ブルネラが遠慮がちに話しかけてきた。

おお嬉しいな、エミリアと普通に会話したのが効いたかな。

「そうだな、こんなもんまであるとは思わんかったが」

へ~って感じで、手前の部屋を覗き込むブルネラ。
その足元にまとわり付くようにしながら、一緒に覗き込んでいるシモンとリコ。

おうおう、完全に保護者だな。

「おーし、てめえら、全部の部屋に異常がないか調べて来い!
 なんかあったら、ブルネラに報告!」

わーっと言う勢いで中に雪崩れ込むガキが四人、シモンとリコはまだブルネラの裾にまとわり付いている。
さ、行ってきなさいと、ブルネラに背中を押され前に出る二人。

いやあ、癒されますなあ。
暫く黙って見ていると、部屋一つ見る度にガキ共一人一人が、ブルネラに報告しに来てる。

ベッドがあった、タンスの中になんもないとかが、繰り返されるのをニコニコしながら相槌を打つブルネラ。
へ~、ブルネラって母性の塊って感じだな。


「御主人様?」


ウンウン頷いている俺に何かあったのかとブルネラが聞いてくる。
何でもないと手を降りながら俺は外に出る事にするのだった。

まあ、荷馬車とここの使い方は追々考えよう。
当分はガキの遊び場で良いな。



屋敷は王宮が北にあり、南北に走る通りに面して東側に建っている。
王都を大まかに区分けすれば、ほぼ中央に王宮があり、そこから北側は王国関連の施設。

騎士団等の施設もそちら側だ。

王都の南側半分を更に東西南北の四つの区画に分ければ、その東南の区画にこの屋敷はある。
王宮に向かって左、北西の区画は主に降嫁した王族や上級貴族が住んでいるそうだ。

反対側の北東の区画が、普通の貴族の住まい。

下半分、南西の方角は商業区域だな。
一般人の住宅もこの辺りに広がっている。

街が複雑に入込んでいる区域でもあるな。
そして、俺の屋敷のある南東の区画。

貴族の下屋敷や、豪商の邸宅等が立ち並ぶ地域だ。
流石に金がある連中が中心のせいなのか、この地区の邸宅はみんな大きい。

広さから言えば一番広いのは北西部の上級貴族の邸宅区域。
その次に大きな屋敷が多いのは、この南東部だ。

それだけに、この屋敷も敷地の広さはかなりのもんだった。
西向きの正面玄関に、東向きの裏門。

西側に屋敷そのものが建っており、その後ろ東側の南隅が今いる厩舎の前だ。
一応、木々で覆われて、屋敷からは視認し難くなっている。

じゃ、東側の北側には何があるのか。
おお、運動場……じゃ、ないよな。

裏門から厩舎に続く道を横切り、雑木林を抜けると空間が広がっていた。
結構広い。

小さな小学校の校庭程度の広さがあるな。
ほぼ平坦に均されていて、所々青い草が生えている程度。

こりゃ、サッカーが出来るな。
どこかでボールが手に入らないだろうか。


「うわー、ひろいね~」
「コウさん、コウさん、あっち行って良い?」

いつの間にか後を付けてきたガキ共が俺に聞いてくる。
良いぞと許可を出すと、一斉に走り出して行く。

大概ガキってやつは、広場に出ると走りたがるもんだな。
まあ、元気があって良いがね。



「ふあ、広いですね~」
「ああ、教練場か何かだな」

最後に現れたブルネラの呟きに応える。
ハンターグループもパーティーレベルの5名程度のグループから、200名前後を抱える有名グループまで様々だ。

まあ大きなグループは、その本拠地を王都の遥か南西部、所謂南マナウス地方に構えがちだ。
なぜなら、ハンターグループの生計の元であるのは魔獣退治だからだ。

一般的に、魔獣はマナウスの西に広がる山脈から湧き出てくる。
その為、迎撃しやすいマナウスに本拠地を構えるのが常だ。

ただギルドの説明によれば、この施設そのものが元有名グループの王都での本拠地だったとの事だ。
だからだろう、訓練用のフィールドが設けられていたり、厩舎も大型のものが据えられているのは。

そう考えると、俺が行ったゴブリンキング以下の退治はかなりの金額が掛かかったものだったのが判るな。
まあ、ハンターグループを四つも五つも雇って対応する事だから、金は掛かるのは予想が付くが。

それを一人で倒してしまったのだ、報酬も破格にならざる得ないか。
ああ、後オリジナル依頼の報酬、『領主の下屋敷』に比するものである必要もあるか。

『我々は、結局コウにこのような屋敷を渡さねばならなかったのですぞ、どうしてくださるんです』
ぐらいはあのギルド長ならお上に言いそうだな。



「ところで、ブルネラ、あの厩舎になんかあったか?」
ガキ共が走り回っているのをハラハラ見ているブルネラに問い掛ける。

「あっ、特には、あっでも、こんなもの落ちてました」
そう言って差し出されたのは錆びたナイフ。

「どこに?」
へえー、誰か捨てていったのかな?

「それがですね、ベッドの下なんですよ」
何が可笑しいのか、クスクス笑うブルネラ。

「あっ、す、済みません。 み、見つけたのは多分ミゲルだと思うのですが、ベッドを動かしてエルナンが持って来たんです」
お陰で、ミゲルが大泣きだったとの事だ。

うーむ、「僕が見つけたのにー」とか叫んでいるミゲルの想像が付くな。



「じゃ、今度食事当番の時に、ミゲルになんかデザートでも付けてやれ」
「はい! そうしますね!」

嬉しそうに笑う、ブルネラ。
ちくせう、プロポーション抜群のブルネラのブルネットの髪の間からこぼれる輝くばかりの笑顔。






『惚れてまうやろーーー』






馬鹿な考えに、頭を振りながら、ガキ共を呼び集め屋敷に戻る。
ガキ共は流石に飛び跳ねていたので、靴が汚れているだろう

そう思い厨房横の入り口に回る。
入り口の所に水道の蛇口があったので、代わる代わる靴を洗おうと考えたのだ。

「ありゃ!」
ガキ共、まともな靴も履いてなかった。

これは迂闊だった。
服は新しくしたが、靴はすっかり忘れていたのだ。

そう言えばブルネラも履いているのはサンダルのような靴だ。
そうそう彼女達の足回りも揃えねばいけない。

また買いに行くものが増えたなと思いながら、取り敢えずガキ共は全員靴っぽいものを脱がして、足を洗わせる。
新しい靴を買ってくるまで、全員裸足だな。



「おーい、誰か!」
「ハイー!」

走ってきたのは女子三班の世話役のカルディナだ。
後ろに、三班のガキ共も一緒だった。

「悪い、タオルを一枚持って来てくれ」
「あっ、ハイ、グロリア、取って来て」

コクリと頷くと、グロリアが走って行く。
へー、自分で行かずに、ガキに行かしたか。

「あの、どうかしたんですか? ご主人様」
「何、大した事じゃない。ガキ共が外にいたので、足が汚れただけだ」

なるほどと納得するカルディナ。

「そういや一斑、エミリアが世話役のガキ共も家に入ってただろう。
 あいつらの足は大丈夫だったのか?」

「それなら、エミリアさんが全員の靴を取り上げてました」
へー、エミリアって結構気が利くな。

後はブルネラとカルディナ二人に任せて、今度は屋敷内の探検に向かうのだった。



二階の談話室と図書室、それと一階の奥にあるトレーニングルーム、地下の武器庫や倉庫の確認を終える頃には買い物に行っていたケイト達も帰って来ていた。
ちなみに、談話室にはソファが無く、図書室には一冊も本が無い。

地下の武器庫もガランとした空間が広がっており、倉庫も何も入っていない。
まあ、引っ越してきた家だから当然だが、少し寂しいもんだ。






「コウ! 買い物してきた!」

元気一杯に、返事をしてくるケイト。
後ろから、ダフネが頭を下げている。

「よし、何か問題は無かったか?」
「だいじょうぶ、ちゃんとした!」

ケイトが自慢げに胸を張る。
後ろにいるダフネに目線を向けると、頷いている所を見ると問題は無さそうだ。

「おーし、それじゃ買ってきた素材も使って、何か昼を用意して皆で食べろ。
 今度は俺が出掛けてくるから」
「えっ、コウが行くの。 じゃ、僕も!」

「バーロー、ケイトは皆の世話があるだろ。
 留守番、留守番」
「えー、コウだけ、ズルイ!」

「今回は諦めな」
まだ、ブーブー文句を言うケイトを宥めながら、俺は屋敷を後にするのだった。



[30300] その3-5 -愚か者め! 脇が甘い!-
Name: shin◆d2482f46 ID:51e653ed
Date: 2011/11/07 22:59






さて、とっとと用事を済ませねば。
最初に向かったのはハンターギルド本部だ。

幸い、マリンさんがいたので、用件を伝える。
ギルドお勧めの建具師を紹介してもらうのだ。

ベッドにしても食堂のテーブル、椅子等も出来合いのものを揃えるのは手間が掛かる。
それよりも、一から作った方が楽なのだ。

直ぐに名前と場所を教えてもらったのだが、ギルド長が合いたいとの事で、とっつかまってしまった。
俺は別に会いたくないのだが、仕方ない。






二階の応接室に通され、お茶を飲んでるとガリウスの爺さんが入ってくる。

「奴隷を買ったそうだな」

簡単な挨拶を済ました後、直ぐに爺さんが聞いて来た。
何とまあ、長い耳をお持ちですなあ。

「ええ、王都の綺麗どころを五人程、買いましたが?」

どうせ知られている以上、隠しても始まらん。
それならば、何か文句でもあるのかと言う態度を言外に含めておこう。

「ああ、購入が悪いと言う訳じゃないのだ。
 ただ、君に対する問い合わせが、色々な方面から来るものでな」

「へー、それはいらぬご迷惑をお掛けしました」

軽く頭を下げる。
そんな事、チーとも思っていないのは丸判りだろうなあ。

「何、大した手間でもない。
 ただの、あまり金遣いが荒いと、色々文句を言う手合いが多くての」

「文句と言いますと?」

誰が文句を言うのかなんて野暮な事は聞かない。
どうせ、政府の役人だろう。

「彼が本当にゴブリンキングを倒したのか?
 口止め料を払って、ギルドは事実を誤魔化しているのでは?
 とかの文句をの」

あー、なるほどね、そう言う事ね。
領主の過少申請を有耶無耶にしたい連中がいるってことね。

よっぽどあの領主からおいしい蜜を吸ってたんだろうなあ。



「しかし、それには俺から何も言えませんね」
証拠すら捏造されたら、確かにどうしようもないしな。

「確かにな、ただの、君が実力を示して貰えれば、そう言うつまらん雑言も消えるのだが?」

へー、そう来ますか。
実力を示せって、何か倒すのか?

「何を相手にすれば良いのですか?」
「アーケオドラゴン、4頭程入用なのじゃ」

「へっ? アーケオドラゴンですか?」
アーケオドラゴンって、この前一杯持ってきたじゃないですか。

「君がアーケオドラゴンやレズレイリドラゴンを倒したのは存じておる。
 君が倒した毛皮12枚は全て近衛騎士団が買い取った。
 あの毛皮を使って近衛は38枚のマントを新調できたのじゃ。
 お陰で、近衛騎士団長から、大隊副官までマントが新しくなった」

ふむふむ、偉いさんから順番に、マントを新調出来た訳ね。
めでたいじゃないですか。

「だがの、新しいマントが4枚余っており、後12枚マントがあれば、丁度それぞれの支隊長までマントが新調出来る」

うーむ、近衛がどういう組織になっているか良く判らんが、少なくとも後12枚あれば良い訳ね。
確かに、後アーケオドラゴン4頭手に入れれば可能だわな。

そうすれば、俺の実力も近衛のお墨付きが得れるし、ギルドも多大な恩がうれるっと。
上手い事考えるね~

「期間は?」
「二ヶ月、いや可能ならば一ヶ月でお願いしたい。 出来るか?」

「ドラゴンに聞いて下さい。
 あいつ等が群れを組んでいれば可能でしょうが、中々そう言う機会もないでしょう」

そうなのだ、アーケオドラゴンは産卵期以外は常に単独でテリトリーを守っているのだ。
その滑空能力で、一匹一匹が広範囲のテリトリーを押さえ、何も寄せ付けない。

そう、エリアには他の魔獣すら入らせないのだ。
そのお陰で、俺が12匹のアーケオドラゴンを倒すのに、半年も掛かったのだ。

「頑張っても二ヶ月が限度でしょうね。
 それも多大な運が必要でしょう」

「判った、それで良い。 頼む」
ガリウスの爺さんが頭を下げてくる。

「いや、頭を上げてください。
 これはあくまでも依頼に対する正当な報酬がある契約でしょう」

「君の屋敷とその庇護者の安全」
「へっ?」

思わず声を漏らしてしまった。



安全?



ガリウスのじいさん寝ぼけているのか?
ガキ共や五人娘は今現在、精霊様の加護の下なんですよ。



「判らんか……」

これ見よがしに大きく溜め息を吐き出すじいさん。
いや、それメチャメチャ傷つくんですけど。

「君は何を買ったのか、理解してないようだな」
「えっ? 奴隷の事ですよね」

全くこいつ、判ってないと言う顔付きで可哀想な目で俺を見るなよ~



「王都で一二を争う『高額な奴隷達』じゃ」



「あっ……」



俺は五人娘をガキ共の世話役として手に入れた。
だけど、そんな事は本人ら以外には関係の無い話である。

その金額は、ハッキリ言って桁外れのものだ。
俺は全く頓着してないが、五人の奴隷に白金貨二枚は世間の耳目を集めるには十分過ぎる価格なのだ、

『高額で、五人もの若い女奴隷を買ったハンターがいる……』
『屋敷にソイツと女奴隷、後はガキしかいない……』

こちらの世界では、経験の有無なんて誰も気にしない。
何せ、どこぞの一神教がブイブイ言わしている訳じゃないから。

まあ、男女関係なんて割りと大らかな世界なのだ。
お陰でね、俺も旅をしている最中に、良い目はイロイロありました、ハイ。

あっ、逆に斧を持って追い掛けられた事もあったなあ……
違う、違う、あの五人娘は、俺に買われた位じゃ、価値が下がらないだけの美貌の持ち主なのだ。

それが、たった一人のハンターしか守るものの無い屋敷に住んでいる。



うわあ、カモネギじゃないか……



しかも、俺、午前中にダフネとガキ共だけで買い物に行かせたわな。
幸い襲われなかったが、背中に嫌な汗が滲んで来る。

確かに、襲われても精霊様の加護があるから、どうにもならなかっただろう。
俺も直ぐに現場に行くだろうし。



だけど、外から見る限りそんな事判る訳もない。

『警備らしい警備もされてないぞ』
あちゃー、絶対そう見られているよな。




『ガキを拐え』、『上手く誘き出して、同時に襲撃だ』
仮に、撃退したらしたで、襲撃方法が悪辣になるだけだろう。



「どうやら、判ったようだな」
俺が顔を青ざめるのを見てじいさんが言う。

「それで、安全保障と引き換えですか」
「そうだ、具体的にはA ランクのハンターグループ二つに依頼し、君の屋敷と住人の護衛に就ける」

なるほど、大型の有名グループが護衛に付いているとなると、襲撃する連中も躊躇うわな。
しかも、二つのグループが絡んでいるとなると、ほぼ襲撃はされまい。

「ちなみに、どちらのグループを考えてられます?」
「うん? 打診しているのは、『リオジャバリ』と『リオブルース』だか?」

へ~、凄いじゃないですか。
リオジャバリは、200名以上のメンバーを有する老舗の大規模ハンターグループだ。

リオブルースはリオジャパリよりも知名度は低いが、やはり大規模ハンターグループの一つだ。



「『リオジュタイー』にも打診して頂けませんかね?」
「それは構わんが?」

「半年ほど世話になってました」
「ほお、そうか」

あっ、絶対調べる気だね、これは。
確かに突然王都に現れて、ドラゴンやゴブリンキングを倒す凄腕ハンターなんて怪しさ満載だもんな。

まあ探られても彼らが知っている以上の事は出てこないから問題ないけどね。
突然リオジュタイーの前に現れて、ドラゴンやゴブリンキングを倒す凄腕ハンターなんだけどさ。

ま、頑張ってね。



その後、ハンターグループが俺の屋敷に到着して警備を開始次第、アーケオドラゴンを確保に出ることを約して俺はギルド本部を後にするのだった。



[30300] その3-6 -なんと! 弾んだ!-
Name: shin◆d2482f46 ID:51e653ed
Date: 2011/11/07 23:09
さても、困ったもんだ。

そうだよな~
世間の常識ってもんからすれば、完全に外れているんだろうなあ。

やはり、世話係を普通に雇うべきだったのかねえ。
でもなあ、ガキ共の面倒を見る奴に下手なおばちゃんを雇ったら……



『子供達が旦那様を疎かにし過ぎです』
『ちゃんと自分達の立場を分からせなければなりません』
『しかし、それは』、『ですが、旦那様』




うん、文句しか言われない俺の姿しか思いつかん。
それに、俺にも潤いは欲しいよな~



取り合えず、ドラゴンを狩りに行く間は、なるべく屋敷から出さないようにしなきゃな。




おっと、ここかな?
そんな事をつらつら考えながら歩いていると、どうやら教えて貰った建具屋らしい店にたどり着いたようだ。

表からも広い間口で、幾つか作りかけのタンスのようなものが見える。
俺はフラリと店に入った。



店の真ん中で机を磨いているのか、中年のおっさんが作業している。



「じゃまするぞ」
「じゃますんなら、帰ってくれ!」



おっさん、こっちを見ないで直ぐに切り返して来た。
えっ?
何この三文コント?

「いや、家具が欲しいのだが?」
「あっ、すまねえ!てっきりドミンゴかと思ってな」

おっさん、慌てて振り返りびっくりして頭を下げる。
うーむ、見事なドワーフさんです。

まるで指輪物語に出てきそうなおっさんドワーフ。
髭そり大変だろうな、いや、剃らないか。

とにかくずんぐりむっくりの体型に、全体が毛深い正真正銘のドワーフ族のおっさんでした。



この世界、俺が今までウロウロしてきた南マナウスからサンタレン地方では、種族差別は存在しない。
大陸の中央を東西に流れるザモナ川を境に、南と北では、人の有り様が全く違うらしい。

俺はまだ行った事ないが、幅1㎞は有ろうかと言うザモナ川の北側は人族の世界だそうだ。
人族が幾つもの国を作り、お互いに争いを繰り返している世界だ。

あちらでは、他の種族は人族より下に見られ、迫害の対象だ。
だが南側は、ここサンタレン地方に唯一の統一サンタレン王国があるだけで、人族以外の獣人、ドワーフ、エルフ等の間に特に差別は存在しない。



そう、種族等しく平等に魔獣からの迫害に立ち向かっている世界なのだ。



魔獣はマナウスの西の山脈からやって来るのだが、ザモナ川の南側にそのほとんどが降りて来るのだ。

まあ南北に連なる山脈自体が北に行くほど火山地帯となるため、魔獣も寄り付かない。
ザモナ川の全域に渡って、ハングリーフィシュと言う大抵の物を食べてしまう怪魚が生息しているため、魔獣ですら容易に渡れない。

等の条件が重なってこうなっているらしい。

ちなみに、人族は元々北側で主に繁栄していたそうだ。
とある魔導師が、普通の人でもザモナ川を渡れるようにと、当時から大国であったバリンテス王国に働きかけ橋を架けたおかげで、南側にも広がったと言われている。

俺もこの橋は見に行ったが見事な石造りの大きな橋が1キロ以上に渡り連なっているのだ。
石の橋脚には精霊様がまとわり付き、ハングリーフィシュの被害を免れている。

まあ、普通の石造りの橋脚ならば怪魚は平気でかじってしまうからなあ。
年に一度、橋の両側からそれぞれの国の魔導師や聖職者が精霊様に橋の強化を祈るイベントは、大きなお祭りになっていてなかなか楽しめた。



話はそれまくったが、とにかくドワーフ族のおっさんが建具屋らしい。
普通採鉱や金属加工が得意な種族だと聞いていたのだが、木工加工もお手のものなのだろうか。



「で、何が欲しいんだ?」
ドワーフのおっさん、名前をアントンと挨拶した後直ぐに聞いて来た。

うん、商売熱心なのは良い事だ。
俺は食堂に必要な35名分の椅子とテーブル、ガキ共と世話係用に二段ベッドが欲しい旨を説明する。



「そりゃ、現場見た方が良さそうだな」
サイズを聞いて作りました、部屋に入りませんじゃ話にならんだろうとの事。

一つ位ならその場で調整して入れてしまうがなと豪快に笑うアントン。
うーむ、典型的な職人気質なのかなあ。

とにかく、大量の椅子や机、二段ベッドの件は明日朝から屋敷に見積もりに来る事で話がついた。



「ところで、ベッドマットはどんなものがありますか?」
「うん? ベッドマット? なんじゃそれ?」

やっぱり無さそうだな。
俺は此方に来てから、どんな宿でも布団のような物しか出くわしてなかった。

基本大きな袋に鳥の羽を山ほど詰めたのが、ちょっと上等な宿屋の敷き布団。
通常は藁を詰めたような物だ。

まあ、木の土台の上に何枚か布を重ねたベッドなんて物も普通にある。



「スプリングなんて、無いですよね」
「なんじゃ、そのスプリンって?」

「ばねはありますか?」
「羽なら、斜め向こうに装飾品売っている店があるぞ」

うん、確かに全く無さそうだ。
まあ、家を買ったらちゃんとしたベッドを手に入れるのが夢だったから、分かってはいたんだけどさ。

「それじゃ、近所に加工が得意な鍛冶屋はありますかね?」
「うん? 鍛冶屋ならココじゃ」

「えっ? 建具屋じゃないんですか?」
「おお、建具屋だぞ!」



あれ?



ひょっとして兼業?

疑問符を浮かべる俺をおっさんは奥へと誘う。
大きな扉を開けるとムッとする熱気が飛び込んで来た。

「ブルーノ! 邪魔するぞ!」

アントンが声を掛けると、更にドワーフ、ドワーフしたおっさんが出てきた。
(注、更に毛深い)

「弟のブルーノだ、鍛冶屋をやっている」
嬉しそうに紹介するアントン、なんだ二人で店やっているのか。

それならそう言ってくれれば良いのに。

少し疲れる俺だった。



しかし、なんだい『アントン & ブルーノ』って。
カールとかクラウスとか言う弟がいても、俺は驚かないね。









気を取り直して、さっそくバネの見本を作る事にする。
幸いな事に、鍛冶屋と建具屋の共同店舗なので、必要な材料は全て揃っていた。

大きさの違う手頃な丸太をアントンから、棒状の鉄の塊はブルーノから買った。
いや、貸してくれつったら、渋るので買うしか無かったんだよね。

後は精霊様に手伝って貰って何とかなるだろう。
まずは、棒状の鉄の塊を加工して行く。

軽く押すだけで、段々と細い棒のように変化して行くのを二人が驚いている。



「あ~、魔法を使ってるから」



「ふう、魔法か、びっくりさせるなよ」
「ああ、どんだけ怪力かと思ったぜ」

二人ともホッとしたように感想を述べる。
しかし、魔法だと言うと納得しちゃうんだよね、こっちの人って。

とにかく、バネを作るのに必要な細さの棒は出来た。
今度はそれを丸太に巻き付けて行く。

勿論針金のような柔らかな材料な訳無いので、これも精霊様にお願いだ。
三重ほど巻き付けて、丸太から外す。

確かベッドのスプリングって、真ん中で輪の部分が小さくなっていたと思うんだよな。
で、今度は一回り小さな丸太に二重に巻き付ける。

最後にもう一度太い方の丸太に三重に巻き付けて一個出来上がり。



ふうん、まだかなり鉄の塊があまったな。
せっかくなので、細い方の丸太に今度は広い間隔で巻き付ける。

まあ、何の変徹もないバネだね。
説明には丁度よいか。

ハンスに頼んで、二つの焼き入れをお願いする。
幸い炉に火が入ってたので、それほど待たずに済んだ。

ジューって感じで水に浸けると白い蒸気が出て完成だ。




「で、これがバネ?」

二人とも神妙な顔で出来たバネを見てる。
まあ、今まで無かったもんだから、使い方の想像もつかないようだな。

「こっちは、一般的なバネの見本。
 俺は形状が一般的な方を叩きながら言う。

「バネは、こう円形に伸ばして行く事で衝撃が吸収出来る」

うん、厚みも問題なかったようで、立てた上から力を加えると適度に跳ねる。

「この弾力で強い力を吸収出来るんだ。
 ああ、鉄の厚みや長さなんかを替えると色々弾力が変わるんだ」

俺はバネを持ち上げ、横に引っ張る。
流石に太く作りすぎたのか、それほど伸びない。

「まあ、気が向いたら試してみてくれ」
へーとかほーとか頷いている二人を放っといて、ベッドスプリングの説明を始めるのだった。



まあ、サンプルに作ったバネを幾つか並べて四角い板で固定するなんて説明はひたすら面倒だった。
何度も疑問をぶつけられながらも、何とか納得してもらう頃には夕方近くになっていた。

取り合えずマットレスの試作は作ってくれる-但しそれ相応の制作費は請求されたが-事になり、俺は慌てて店を出るのだった。



あっ、ちなみに、鍛冶屋では魔石を使っていた。
何処で手に入るか聞いた処、鉱石の仕入れと一緒に仕入れているとの事。

一般の家は鍛冶屋に買いに来るそうだ。
何せ火種だけに、大量に保持するのは中々危険な物なので必要な分だけ買って行くのだ。

俺も少し分けて貰い、とっとと屋敷に帰るのだった。









余談になるが、マットレスは数回の試作の後に半年後無事完成した。
その後、アントン & ブルーノはバネとマットレスで有数の店になったそうだ。

A & B マットレスって言うんだって……



[30300] その4-1 -必殺技は「10まんボルト」?-
Name: shin◆d2482f46 ID:51e653ed
Date: 2011/11/10 22:18
遅くなったので、心配しながら俺は屋敷に戻った。

屋敷そのものは精霊様にお願いしてよそ者は誰も入れないから、襲撃等の心配はない。
それに、何かあれば精霊様が教えてくれる。

それよりも、ガキ共と五人の娘っ子を夕方まで放っといた方が不安だ。
何せ既に辺りは少し暗くなり出している。

一応昨晩はちゃんと精霊様に頼んで明かりは灯して貰っていたが、今日は頼んでいない。
ガキ共プラス暗闇イコール、パニック。

うん、これは良い公式だ。



ちょっとドキドキしながら、玄関の扉を開く。

「あっ、おかえり~」
「かえり~」

玄関ホールにガキが三人。
ケイトのグループのセリナとエレナそしてパトリシアだ。

年上のセリナが直ぐに食堂の方へ走り込んで行く。
へえー中々連携が取れているな。

多分ストリートチルドレンとしての経験値が高いのだろう。
確か七歳だった筈だが、実際どれだけ悲惨な生活をしていたんだか。

食べ物を漁っている時などに、誰かが来ないか見張りに立ったりしてたんだろうなあ。



俺がそんな事を考えているのと裏腹に、残っていたエレナとパトリシアは俺に纏わり付いて来る。
まあケイトの一番親しい二人だけに、俺に警戒心は殆ど持ってないからな。



それよりも、なんだ?
明かりが点いてるじゃないか。

ガキ二人の頭を撫でながら、俺は驚いて辺りを見回した。
本来ランプが吊るされる所に、精霊様特製の明かりが灯っている。



どうして点いているんだ?



ツケタ、ツケタ~
ピカピカ~
エレニタノマレタ~


はあ?
エレナに頼まれただって?

俺は精霊様の答えにあっけに取られる。
幾らなんでも早すぎないか?

自分の事は棚に上げるにしても、普通精霊使い、所謂魔導師となるにはそれ相応の時間が掛かるそうだ。
小さい頃より精霊様の存在を認識し、長い時間を掛けて信頼関係を構築する。

そして名前を望まれ、初めて精霊様は言う事を聞いてくれる。
イレギュラーな俺ですら精霊様の存在に気づいてから、意思疎通まで一週間掛かっている。

ちなみに名前を付けたのは、それから三日後だったが。
少なくともたった二日でそこまでの信頼関係が築けるなんて、おかしくないか?



「お前が点けたのか?」

俺はしゃがみ込んで、エレナと目線を合わせ話しかけた。
うん、ガキと話す時の基本だね。

「うん!」

嬉しそうに笑みを浮かべるエレナ。
何処と無く得意な様子だ。

「あのね、あのね、エレくらいのキライなの」

フムフム……
まあ、ガキならばそうだろうな。

「そしたらね、ピカちゃんが、ピカーってつけてくれたの」

ピカちゃん?
なんだその名前は!

「ピカちゃん?」
「うん、ピカちゃん!」

コクコクと頷くエレナ。
顔は真剣そのものだ。

だけど、何処と無く不安そうな顔色で俺の様子を伺っている。
多分他の誰に話しても信用してもらえなかったのかな。

俺は精霊様に話したいと呼びかける。
それに応えるように、部屋の中でキラキラ輝いていた精霊様のかけらが一点に集まり始める。



「ふあ……キレイ……」



口をぽかんと開けて、光の粒子のような精霊様が更に輝きを増しながら特定の形態へと変化して行くのを見つめるエレナ。
まあパトリシアは、きょとんとしているがな。

光の粒は、直ぐに一つの形に収束する。
そう腰に手を宛がい、偉そうにふんぞり返る身長二十センチ程の美少女、ティンクに。



「フン! コウ、何だ、何だ?」
「お前、ピカちゃん?」

俺はティンクを指差し、笑いそうになるのを堪えながら言った。
なんせ、ピカちゃんだもんな、良かったな『チュウ』じゃなくて。

「ふ、ふざけるな! あいつと一緒にすんな!」

おお、ティンクが怒っている。
ポカポカと俺の頭を小さな手で叩いている。

まあ、痛くもなんともないけどな。
ああ今更だが、ティンクは俺が精霊様に付けた名前だ。

勿論由来はティンカーベルからだ。
金色に輝くワンピース姿で、小さな羽根を動かし飛び回る可愛らしい精霊様だ。

うん、はっきり言って言葉にすると、やばいぐらい某ネズミ様の方からきっと文句が来るだろう。



あれ?



ひょっとしてこの世界でも、あいつらなら次元を超えて『肖像権の侵害だあ~』ってやってきそうだな。
そうすると、それを利用して帰れないかな?

俺は慌てて頭を振った。
そんな馬鹿な話なんてある訳ないだろう。



「ああ、スマン、スマン、ティンク、ピカちゃんって何?」
「ピカちゃんは、エレナの精霊様だ! それ位も判らんのか、やっぱコウは馬鹿だな」

胸を張って威張るティンク。
でもな、幾ら偉そうにされても全然怒る気にもならんのだよ。

「精霊様って、何か違いがあるのか?」

「かーっ、これだから素人は恐いね。
 良いか、精霊様は一であって多、多であって一の存在だ!
 精霊様はこの世界の大気中、どこでも存在するもの。
 言わば、大気そのものと言っても良いだろう……」

おお、ティンクのりのりだ。
いつの間にか、服装がスーツに変わり、何とメガネまで掛けている。

やっぱり説明ならば、こう言う格好がデフォなんだろうな。
ああ、ちなみにこのような姿は精霊様自体が、俺とのパスを通して俺のイメージの中から最も適切なものを選び具現化している。

あまりにもこの世界ではありえない格好で出てくるので、最初に聞いた事実だ。
うん、俺のイメージ?

俺は精霊様をティンクとして認識しているが、エレナにはエレナのイメージがあるのか?
それが『ピカちゃん』なのか。

「ちょっと、ティンク、ひょっとしてそれぞれのパスの相手によって見えるものが違うのか?」
俺は尚も訳の判らない説明を続けるティンクの話を遮って尋ねた。

「その結果、レセプターたるβ……
 うん? あたり前だろ」

「じゃ、エレナがティンクを見たら、ピカちゃんに見える訳か」

「あほう! ティンク様はティンク様に決まっている。
 エレナにも同じように見えるわ!
 なんせ、ティンク様はせ・ん・め・つ・の・ま・ど・う・し・さ・まのイメージなんだからな」

ああ、腹の立つ!
絶対判ってて言ってやがる。

だから、話せる精霊様を呼ぶのは嫌だったんだ。
そのままお願いしている時は素直なんだが、会話出来る様にお願いすると、毒舌家の精霊様が現われるんだ。

『殲滅の魔導師様』
ぜってー、馬鹿にしてやがるな。



「コウ、コウ」

俺が熱くなっていると、エレナが裾を掴んで来た。

「うん、どうした?」
「あ、あの…… コウは見えるの?」

おお、期待に目がウルウルしている。
初めて見たな。

「あ、ああ、俺は精霊使いだからな」

「せいれいつかい?」

「そう、精霊様に色々な事をお願い出来る人かな?
 エレナがやったように、灯りも点けてもらえるぞ」

「エレナも?」

「うーん、大きくなったらな」

「そっか…… エレナもなれるのか……」

うん?
下を向いて何か言っているが、良く聞こえん。

「あー、エレナ、ティンクが見えるよな」
「えっ、ティンク?」

きょとんと俺を見るエレナ。
ああ、説明しないと判らんわな。

「俺の精霊様のイメージ、ここにいるのがティンクだ」
「こらっ! ティンク様だろうが!」

「あっ、こ、こんにちわ、エレです」

ぺこりと頭を下げ挨拶するエレナ。
ああ、やっぱりはっきり見えているな。

しかも、ピカちゃんじゃなく、ティンクとして認識されている。
そうか、俺の方がパスがでかいから、ティンクの存在が前面に出ているって訳か。

てっ、あ、あれっ?

俺は目をゴシゴシ擦った。
何と、今度はエレナの横に別の精霊様が浮かんでいる。

何だか猫と言うか狸っていうかピカチ●ウな精霊様だ。
モフモフでしかも光っている。

「ピカちゃんです。 よろしく」
おお、エレナがティンクに紹介している!

えっ、と言う事はそれぞれの精霊様が出来るって事なのか?
話が出来る精霊様はそれぞれパスを繋いだ相手のイメージで具現化出来るって事なのかな。

「ふん、やっと判ったのか、アホだの」
ティンクが耳元で囁いてくる。

「一にして多、多にして一
 全て繋がり、全て個々
 それが精霊様だ!」

あー、ソウデスカ。
今まで他の精霊使いなんて見たこともあった事も無いから気も付きませんでしたよ。






「コウ……」

ふと我に返ると、食堂への入り口からガキ共が覗いていた。
先頭に立つ、ケイトが不安そうにこちらを見ている。

「おう、ケイト、帰ったぞ」
「あっ、おかえり!」

お帰り、お帰りとガキ共のくぐもった声が聞こえる。



うん?

どうしたんだ?
何だが、恐る恐ると言う感じだな。

「コウ、今のは何?」
「えっ、今のって?」

俺は訳が判らず、聞き返す。



「コウが帰ってきたってセリナに聞いたから、いそいで来た。
 そしたら、パーってひかって、びっくりした」

おうおう、ガキ共がみんなウンウン頷いている。
そうかティンクを呼んだので、驚かしてしまったようだな。

悪い事したな……










まてい……






『パーってひかって、びっくりした』……



『パーってひかって』……



『ひかって』……



何故に『見えた』?



「あー、パトリシア」
「うん?」

俺は未だエレナの横できょとんとしているパトリシアに話し掛けた。

「お前、何か見えたか」
「うん、まぶしかった……」

コクリと頷くパトリシアだった……



「おい、ティンク?」
俺は頭の横にフワフワ浮かぶティンクに問い掛ける。

「何?」
ニヤニヤと笑いながら応えるティンク。

「どうして見えるんだ?」
ギギキと音が聞こえそうな位、硬直した動きで俺はティンクを見つめる。

「何、別段不思議でも無いだろ。
 昨日から、一日中これほどの大量の精霊様のいる空間で過ごしているんだから。
 見えるようになるのも当然だな」

なるほど、通常ではあり得ない環境と言う訳か。
精霊様の守りの為に、この屋敷の敷地内は普通ではあり得ない程の精霊様が集まっている。

そんな環境で、一昼夜以上過ごしているのだ。
今まで気が付いてなかった精霊様の存在もある程度は認識出来ても不思議は無いかと……






精霊様が集まっている?
確かに、俺は精霊様に屋敷の守護をお願いしているが……




「ちなみに、今後の予定は?」
「うん、順調に認識が広がっているな。
 このまま行けば、恐らく大多数とのパスも繋げる事が出来る!」

「順調?」
「そう、まさかここまで上手く行くとは思っていなかったけどね」

「最初から、予想していたと……」
「そりゃそうだよ、何せコウは『せ・ん・め・つ・の・ま・ど・う・し』様だからな。
 過去コウほどパスが強固な固体は存在しなかったからね。
 それだけに、期待はしていたよ!」


やっぱり、わざとか……


「ティンク?」
俺は白けた目でティンクに問い掛ける。

「俺に何をさせたいのだ?」



[30300] その4-2 -ええい! 塩まいとけ!-
Name: shin◆d2482f46 ID:51e653ed
Date: 2011/11/11 20:20
ガキ共を一箇所に集めて、精霊様の存在を認識させる。
これにより、俺以外にも多くの精霊使いが生まれて来るのだろう。



精霊使いの数そのものは、非常に少ない。

精霊使いとは『魔導師』、『万能の魔法使い』と呼ばれる存在なのだ。
まあ一般人には、こんな違いはほとんど知られていない。

普通の人にとって、『魔法が使えれば魔法使い』なのだ。

通常、魔法を使うのはこの世界ではそれほど難しい事ではない。
極端な話、特定の魔法が発動可能な杖なり剣なり-所謂魔道具-を持ち、必要となる呪文を正確に唱えられれば魔法は発動するのだ。

ある意味特製の魔道具を使うことで、幾つかの魔法を使える者が魔法使い。
何も無くても、精霊様にお願いして魔法を使うことが出来る存在が、精霊使いである。

それ故、精霊使いは『魔導師』や『万能の魔法使い』と呼ばれるのだ。



ちなみに魔道具には、杖や聖剣、魔剣のように、予め精霊様にお願いするルールを組み込まれたものから、必要に応じてルールを記述する魔方陣がある。
例えば『ファイヤーボール』と言う魔法は、精霊様にお願いしてある特定の地点に火の塊を発生させ、それを相手にぶつける魔法である。

精霊使いならば、その旨を精霊様に直接お願いすれば実現出来るが、魔法使いは違う。
予め、ファイヤーボールが組み込まれた魔道具を用意し、それに起動キーとなる呪文を詠唱するのだ。

これにより、近隣の精霊様が頼まれた事を実行する訳である。
この事から想像がつくように、この世界ではマナがどうの、本人の資質がどうのと言う問題は魔法使いには無い。

如何に効率良く魔道具を使いこなし、正確に呪文を詠唱出来るかが必要な資質なのだ。



だが、精霊使いは違う。

精霊様を認識出来、お友達になり名前を付けてパスを繋ぐ。
そこまでの過程を経なければ精霊使いは生まれて来ない。

普通精霊様はあらゆる所に遍在する。
だが、お友達になる為にお互い意思疎通出来るレベルまで精霊様が密集している地点は極端に少ない。

清浄な空間であり、穢れが少ない地点。
森の中の昏々と湧き出る泉の畔、樹齢千年以上の大木の裾野等がこれに当てはまると思われている。

現実にはそのような場所はめったにある筈も無い。
またあったとしても、人が集まれば精霊様は霧散してしまう。

その為に、精霊使いが生まれるには多分に偶然の要素が必要となる。
それ故精霊使いの数は極端に少ないのだ。



それが、俺と言うイレギュラーの登場で大きく変わった。
俺がガキ共を引き取り、屋敷そのものの警護を精霊様に頼んだ。

俺の願いは何故か精霊様にとり、優先順位ナンバーワンの事象だ。
結果、更に多くの精霊様がこの屋敷に集まる事となった。

そうエレナが、たった一日で名前を付けれる程濃密な精霊様がいる空間の出来上がりである。

そして、十歳以下のガキ共。
しかも、まともな教育なんて受けてないストリートチルドレン達である。

教育を受けてない事は、同時に固定概念に染まっていないと言う事なのだ。
しかも、こいつらは俺を見ている。

魔法使いだ、精霊使いだと驚いているのだ。
目の前でその実物があれば、人はどう思うだろう。

『あれは特別な人なのよ』
『我々とは違う』
等とほざく親も大人もいない状態で。

どうして見えないのと問うて来るエレナと言う先行者もいるのだ。



何か見えるのだろうか?
コウは見えるのかな?

エレナが見えない何かにお願いしたら、明かりが点いた。



僕も見たいな。
私も見えるかな~

こうガキ共が考えるのも不思議なことではない。



それだけの土壌が出来ている状況で、俺が帰って来たと出迎えに玄関に向かったガキ共。
きっと、最初に叫んだガキもいたんだろうな。

『何あれ』ってね。
『うわっ、眩しい』なんて言うガキがいたら完璧だろう。

えっ、何が見えるの?
まぶしいもの?

隣のガキが見えるのだから、自分も見える筈だと思うのはおかしい事ではないだろう。
『そんな、見える訳ないよ』、『何言ってんだよ』等と言う否定的な考えが頭に浮かぶ筈も無い。



うん、十分だ。

そして、精霊使いの卵の出来上がりである。









「で、俺に何をさせたい?ティンク……」



「そんなに構えなくてもいいじゃないか!」

えっ?
俺が怒られるの?

ティンクは、私は怒ってますと、頬を膨らませている。

「コウは好きにすりゃいいんだよ!
 あのね、ティンク様は末端なの。

 精霊様の意思なんてな~んも判りませんね。
 そんな事も判らないなんて、やっばコウはバカなんだね。

 死んだら、いや、死んで、お願い!」
一気に捲くし立てるティンク。

なんて言われようなんだ。
俺は呆れて二の句がつげない。



「じゃ、何で上手く言ったって喜んでたんだ?」
「そんな事も判らないんだ。 ほんとーに、あほなんだ」

こら、可哀想なモノ見るような目付きて下げずむな。
メチャメチャ傷付くぞ。

「あのね、精霊様は人に使われてなんぼなの。
 コウの仲間で使い手が増えればもっと一杯使って貰えるの。

 分かる?

 需要と供給の関係って知ってる?
 ああ、コウには難しすぎたかな。

 ケインズなんて聞いた事ないよね、ゴメン、ティンク様がバカだった」

思いっきり人を貶してくれるな、この精霊様は。
しかも、態々両手を上げてお手上げの格好まで取りやがって。



「判った、判った。俺がバカだった。
 もう良いよ、消えろ!」

たちまちティンクはキラキラ光る粒に戻って行く。
上手くはぐらかされた気もするが、少なくとも今は教える気がないのは判った。

仕方ない、今は出来る事をしよう。



「ああ、ガキ共!
 驚かせて済まんな。

 精霊様に質問してたんでな」
俺はパトリシアの頭を撫でながら、玄関ホールを覗き込んでいたガキ共に説明する。

「精霊様?」
「せいれい?」
「あっ、まほう?」
「ごはん……」

ひそひそと小声で囁き合うガキ共。
お互い顔を見合わせて頷き合っている。

「そ、それって、エレになにかあったの?」
ケイトが心配そうに聞いて来た。

「いんや、大丈夫だ。
 エレナは、まあ……

 うん、精霊使いになったな」

話すべきかどうか一瞬迷ってしまった。
だが、この先黙っていてもエレナの行動に変な目を向けられるだけだろう。

「おーし、てめえらにちゃんと話さなきゃいかんからな。
 取り合えず飯食ってからだな。

 食堂に集合!」

わーっと勢い良く食堂に戻るガキ共。
俺は残っていたエレナとパトリシアの背中を押してその流れに乗せるのだった。



ガキ共が食堂に駆け込んだ後には、ケイトだけが動かずに俺を待っていた。



「コウ……」
まだ幼い顔には、私不安ですと大きく書いてあった。

エレナがどうなるのか?
コウはどう思っているのか?

色々な思いが渦巻いているのだろう。
俺はケイトの頭にぽんと手を載せる。



「心配すんな、俺がついている。
 ケイト、お前が言ってたよな。

 俺は最強の魔法使いだって」

頭に載せられた俺の手に、小さなケイトの手が添えられる。
まあ男の無骨な手だが、ケイトはその感触を確かめるようにしっかりと握り締めて来た。



「さあ、飯だ、飯。
 説明はそれからだ!」

「ウン!」

ニコッと笑い俺を見上げ、歩き出すケイト。
それは、惚れ惚れするような良い笑みだった。






あーあ、ぜっていコイツ、将来美人になるんだろうなあ……






「お父さん、ケイトさんと結婚させて下さい。
 ヴぁかもん! お前みたいな、どこの馬の骨とも判らんやつに、娘をやれるか!」



はっ!
なんだ、今のは……



やらせんぞ、やらせんぞ!



[30300] その4-3 -うそ! まだ増えるの!-
Name: shin◆d2482f46 ID:51e653ed
Date: 2011/11/14 22:28
さてもはても色々あり過ぎて忘れそうになるが、まだ晩飯前なんだよな。
こいつら、ちゃんと飯の用意出来たのかね。

不安になりながら、ケイトと食堂に入る。



ほー、まともじゃねえか。
端に寄せられた大きなテーブルの真ん中に鎮座する大きな鍋。

その周りには必要な皿が並べられている。
その横には、大量のパンの山。

まあ、三十人を超える人数が食べるのだ、量も多いわな。
どこから持ってきたのか、大きなピッチャーには飲み物-多分オレンジジュースみたいなもんだろう-が湛えられており、その周りには幾つものカップが並んでいた。

六人の世話役が一列に並び、ガキ共はその向こうでワクワクしながら俺を見てる。
なんとまあ、立派なもんじゃないか。

鍋の中身が楽しみだ……な……


六人?

俺は慌てて、世話役の娘達を見つめた。
俺から見て一番右端、部屋の隅の方で、見事な双球が腕を振っている。



うん、何時見ても破壊力抜群のモノをお持ちですねメリーさん。
てか、どうやって入ったんだ中に。



パン、パンモッテキタヨー
コウノナカマー



ああそうか、宿からパンを送ってもらうから、精霊様に入れるようにお願いしたんだ。
俺が許可出してたのね、とほほ。

「メリーさん、パンを持ってきて下さったのですね。
 ありがとうございます」

俺はちゃんと頭を下げて挨拶する。
勿論、たゆんたゆん揺れる至宝から視線は外さない。

「あんたね、いい加減その視線止めないと、子供達に悪い影響が出るでしょ」
おお、至極まともな意見だ。

いかんいかん、今度からガキ共がいない時だけにしなければ。
俺は改めて、メリーさんの顔を見る。

美人と言うならば、五人の娘っこの方が美人であるのは間違いない。
しかしながら、メリーさんの顔は愛嬌があると言うのか憎めない顔である。

まあ、宿のおかみさん譲りの美貌と言うのが良く判る美人なのだ。
彼氏がいると言うのが唯一にして、決定的な欠点なのだが、それさえなければ俺だってと思わせる程度には美人なのだ。

まあ彼氏がいる以上、俺は至宝しか興味はないけどね。



「それで、メリーさんどうしてそこに並んでおられるのですか?」
パンを持ってきてくれた事はありがたい。

元々朝一回の約束の筈だが、夕方に今日の夜の分として別に持ってきてくれたんだろう。
非常に助かる。

そうじゃなきゃ、夜はパン抜きの可能性すらあった。
もう少し早く戻れていれば、大量に買った小麦粉と卵を使ってペンネでも作っただろうが、この時間だとそれも無理だ。



「ああ、あんたにチョッと相談があってね」
ああ、なるほどそれでか。

「じゃ、折角ですから、晩御飯をご一緒に食べて行かれませんか?
 ああ、味の方は……」
ちらっと、ダフネを見る。

黙って頷くダフネ。
良かった、ちゃんと食べられる物が出来ているようだ。

何せ食事当番に任命したのは、アニタとカルディナの二人の班だ。
アニタが16歳、カルディナが15歳と五人の中で一番若い。

元々手伝う積りだったのだが遅くなってしまったので、味は不明なのだ。



「ああ、味なら私が見たから大丈夫、旨いもんが出来てるさ」

「そうですか、ありがとうございます」
料理の手伝いまでしてくれたのか、これじゃ相談事も真剣に聞いて上げなきゃいかんな。

とにかく、ガキ共は今か今かと待ち受けている。
これ以上、待たすのも可哀想だ。

「じゃ、話は食べてからで」

ウンウンと頷く至宝じゃない、マリーさん。
危ない、危ない、思わず視線がそちらに行きかける。



「おーし、ガキ共、手は綺麗か!」

「ハーイ!」

おお、一斉に元気な声が帰ってくる。
どうやら本当に楽しみで仕方ないようだ。

「それじゃ、頂きます!」
「頂きまーす!!!」、「きまーす!!」

ちゃんと唱和するガキ共。
うんうん、着実に進歩しているな。

おとうさんは嬉しいぞ。



わらわらと鍋の周りにガキ共が並び、アニタとカルディナから皿にシチューらしきものをよそって貰っている。

その横ではパンを取ってすぐさま口に入れようとして、リーダーのアバに怒られているダニエラ。
アバに言われ、ダニエラは手にしたパンをアドラとエリシアに渡している。

ちゃんと自分の班の年下の面倒を見させるなんて、偉いぞアバ!
俺は、そんな様子に思わず頬を緩めてしまう。



「へー、あんたもそんな顔できるんだねえ」

メリーさんが、珍しいものを見たような表情で、俺に話し掛けてきた。
手には、シチューのようなものが乗った皿を持っている。

「はいよ! あんたの分!」
「人を何だと思っているのですか。
 ああ、ありがとうございます。
 あっ、ちょっと待って下さいね」






一旦皿を受け取るが、それをテーブルに置く。
メリーさんがいるせいなのか、また五人娘は食べようとしていないのだ。

「おーい、各班リーダー、世話役のお姉さんも一緒にご飯を食べさせてあげろ」
「ハーイ!」



よしよし、ドナトがエミリアを、ファビオがブルネラを、ケイトやアバやカリサがダフネ、アニタ、カルディナに声を掛けて自分の班の所に引っ張って行く。
ダフネは流石に、チラチラとこちらを気にしていたが、俺が頷くのを見て安心したように頭を下げる。

良し、彼女達も食べだしたな。
ようやく飯だ、飯。

そう思いながら、テーブルに戻る。
全員分の椅子は無いが、俺の座る席だけは用意してくれている。

ありがたくそこに腰を下ろし、シチューを頂くことにする。
うん、中々旨いじゃないか。



「アニタ、カルディナ、旨いぞ!」
「は、はい!ありがとうございます」


「ありがとうございます。あっ、でも味付けはメリーさんにして頂きましたから」

二人は慌てて立ち上がり、頭を下げる。

「良いって、良いって。手伝って貰ったにしても、これだけ出来れば十分だ。
 てめえらも、お姉ちゃんにちゃんとお礼言っとけよ~」

「ありがと~」、「おいしいよ~」、「おかわり~」

ガキ共が、次々に声を上げる。
残念ながら、誰かが最後に言ったおかわりの声で、二人は鍋からシチューを注ぐのに忙しくなってしまった。

ま、そんなもんだろう。
俺は改めて食事に専念するのだった。







「さて、マリーさん、お話を伺いましょう」
食事を終えて、女子二班と三班は片付け。

男子の一班と二班は風呂に入っている。
女子一班は、世話係のダフネとケイトだけ残り、後は片付けを手伝っている。

「ああその前に、あんたその口調、どうにかなんないかね?」
「うん? 丁寧語はお嫌いですか?」

折角お世話になった人から教えて貰ったのに、残念だ。

「うーん、だねえ、落ち着かなくてさ」
「じゃ、仕方ないな。
 全く折角の人類の至宝に敬意を示しているのに、残念だ」

「あんたねえ……」
頭を抱えて項垂れるメリーさん。



うん、どうした?
具合が悪いのか?




「はあ、もう良いや。
 あんた、あたしを雇いなさい!」

「どういう事だ?」
メリーさんが、話だした。

彼女が屋敷に来たのは昼過ぎだったらしい。
俺が出掛けて二時間後位か。

門は開いていて、勝手に中に入れたそうだ。
無用心だねえと思いながら、玄関まで来たが誰も出て来ない。

呼び鈴を鳴らすと、ようやく扉が開いてケイトが出て来た。
それは良いのだがケイトも何だか疲れているようなのだ。

どうしたのかと、持って来たパンを抱えて中に入って驚いたね。



「あんた、何があったか分かるかい?」
「ああ、カオスだろ」

「ちっ、分かってたのかい?」

「何、想像はつく。
 一番年上が、二十で十歳以下のガキが26人だ。

 纏まるもんも纏まらんだろう。
 正直帰って来た時は逆に驚かされた位だ。

 迷惑を掛けたな」

「ああ、それは良いよ、あたしも好きでやった事だ」
メリーさんは、全員を集め事情を聞いたそうだ。

班編成や当番制、世話役の五人娘の事を確認するや、皆に指示をし始めた。
今日の問題は男子の二つの班だった。

「あんたが、ちゃんとやる事指示してかないから、こんな事になるんだよ!」
俺はメリーさんだけじゃなく、ケイトやダフネにも謝る羽目になった。



午後からの指示のなかった男のガキ共は、手伝おうと言う意欲だけが空回りする状態だった。
拭き掃除をすると言って床をびしょびしょにしてしまうわ。

風呂洗いだと言いながら、水遊びをしだすわ、大変だったそうだ。
それが、昼飯後の一時間の間に起きるのでてんやわんやの騒ぎになっていたとの事らしい。

ちなみに、世話役のブルネラやエミリアはその間食堂で、皿洗いを手伝いに来たちびどもから皿を守っていたそうだ。
メリーさんは、男のガキ共は庭の掃除を命令し、女子の二つの班には掃除を続けさせ、残りの一班には風呂洗いに専任させたのだ。

ダフネ達もやろうと思えば出来る事だが、まだ遠慮がある彼女達にはそこまで頭ごなしに出来なかったようだ。
それよりメリーさん、ここからが凄い!

合間合間に五人の娘から、彼女達が何が得意か聞き出し次に備えていた。
ブルネラが、算術が出来ると分かると彼女にエミリアを付け、ガキ共に算術を教えさせたのだ。

「本当は文字でも覚えさせようと思ったんだが、白板も何も無いからねえ」
とにかく、ガキ共に何かさせておくとの方針で、夕方まで大人しくさせたのはさすがだ。

「あたしは七人兄弟の長女なんだよ。
 しかも下は皆双子でね」

俺が何でそんなにガキのあしらいが上手いのか聞いた答えだった。

「でだ、コウ!
 これだけガキがいて、その世話役が彼女達のように、若い娘なら大変だろ。
 あたしを雇いなさい!」

メリーさんは至宝を突き付けて宣言するのだった。





「ちょ、ちょっと待て!」
俺は思わず手をかざして視線を遮った。

危ない、危ない。
至宝の輝きに無条件で、イエスと言ってしまうトコだった。

ホント強烈な兵器だよ、全く。



「メリー、あんたはあの宿の看板娘だろ。
 どうすんだ?」

「ああ、大丈夫。辞めた」
「や、辞めたぁ!」

「いや、お前、娘だろ」
「だって、シモンとの結婚に反対するんだから」

そう言って膨れたまま横を向いてしまうメリーさん。



なんだ、これは!
いや、それって良くある親子喧嘩じゃないか。

親が結婚認めない、じゃ家を出ます。
シモンってパン屋の奉公人だよな、メリーさん嬉しそうに言ってたじゃないか。

店を持ったら結婚するんだって。



「シモン、店を持つのはまだ無理だって。
 コウ!聞いて!

 あたしも、来年は二十五なんだよ!
 みんな子供の一人や二人はいる年齢なんだよ!」

ぽろぽろ涙を流すメリーさん。
ケイトもダフネもウンウンと同情的な視線で見ている。

判った。
メリーさんが大変なのは良く判った。

彼氏さんと結婚できないのは理解した。
だけどな、どうしてそれを俺の屋敷まで来て言う!






ちくせう、なんでこんな目に合わなきゃいけないんだよ。
全く、俺が泣きたいよなあ……






[30300] その4-4 -無害と判定されたのか?-
Name: shin◆d2482f46 ID:51e653ed
Date: 2011/11/14 22:29
統一サンタレン王国、王都サンタルジア。
ザモナ川を挟んで南側、魔獣が横行するサンタレンや南マナウス地方唯一の王国の王都。

王都は大きな円形の都でその北半分には王宮や騎士団営舎、王族の住まう宮殿等があるらしい。






*****************************************************************



詳しくは知らないよ。
あたしのような、平民には全く縁が無いからねえ。

あたしはその王都の南西部にある宿屋、『双子のやすらぎ亭』の長女として産まれたのさ。
うん、場所かい?

いいかい、王宮から衛門に延びる通り、キングアレンケル大通りがあるだろ。
衛門から三分の一程行った所に、西に向かうビトリア通りがあるねえ。

そうそう、ハンターギルド本部なんかもある一大商業ストリートだ。
うちの宿は、うん丁度ハンターギルドを越えて二ブロック程西に行った所にある、セラテヒア通り沿いさ。

セラテヒア通りに入って二件目の宿屋だから、迷うこともないさ。
今後もご贔屓に、てね。

まあ小さい頃は宿の名前は『やすらぎ亭』と言ったそうだが、あたしが三歳の時に妹達が双子で産まれたのを記念して名前を変えたそうさ。
まさかその後その下の弟や妹達まで双子で産まれて来るなんて、親も思ってもいなかったんだろうがね。

精霊様のお導きなんだろうね。



親が店をやってるお陰で小さい頃から下の兄弟の世話はあたしの仕事でさ、お陰で子供のあしらいは上手くなったもんだよ。
そのせいで弟や妹達が手が掛からなくなる頃には、店の看板娘としてちょっとしたもんだったんだ。

だってさ、店に来る客なんて弟や妹達に比べりゃ、そりゃもう可愛いもんだわ。
ちょっとキツイ調子で話し掛ければ言う事聞いてくれるんだもんね。

弟や妹達と来たら、少し目を離すと何をするか分かったもんじゃなかったもんねえ。
それにさあたしもこの美貌だろ、ボッキュンボンのこの身体で迫ればちょろいちょろい。

みーんな、メロメロさ。



おっと、勘違いしないで欲しいね。
別に色仕掛けで客を垂らし込んでた訳じゃ無いからね。

これでもあたしは身持ちは堅いんだよ。
幼なじみのシモン一筋さ。

シモンってパン屋に奉公してるんだけどさ、優しくってね。


えっ? 何?
シモンの事は良いからって、あんたね、あたしの大事な人を馬鹿にするのかい?



ああ、違うって、コウとの出会い?
分かったよ、仕方ないねえ、全く。

そうそう、コウの事だね。
最初見た時はまあ粋がってるチンピラかと思ったものさ。

だってさ、着ている物が上から下まで真っ黒なんだよ!
革製のジャケットに、革製のベスト、まあその下のシャツは白っぽかったけどね。

ズボンも丈夫な革製品、勿論編み上げのブーツまで黒さ。
ほら、良くいるじゃない、ハンターになってさ、カッコ付けたがるヤツが。

普通さ熟練のハンターって、そんな格好していてもどことなく風格ってもんがあるじゃないか。
だけどさ、コウって何時見ても綺麗な服装なんだよね。

こう、服も何処と無く渋くてさ、上級者って所々取れないような汚れがあるもんだよねえ。
それが全くないんだから、あたしがそう思っても不思議はないよね。

そんな粋がったガキが、ケイトに連れられて店に入ってきたんだよ。
あたしは思ったね、ケイトも悪い奴に気に入られちゃったもんだって。



うん、ケイトを知っているのかって?
ああ、近所でうろうろしている通りの孤児だね。

あたしも子供は嫌いじゃないからね。
あいつらが、宿の残飯漁っているのも知ってたよ。

まあ、世話までは見ようとは思わなかったけど、食べやすいように残飯を分けて出す位はみんなしてたよ。
この辺じゃ、ああ言う孤児が多くてね。

そっちも何とかしてやれば良いのにねえ。
だけど大概お金だけとって、まともな世話をしない下種ばかりだからねえ。

大体、この間だって……
えっ、ああごめんね、コウの話だったよね。



とにかく失礼な奴だったよ、あいつは。
宿に入ってきて、あたしと目が合ったんだよ。

そりゃ、あんたも含めてみーんな視線が顔から下にさがりがちなのは判っているさ。
だけどねえ、普通は節度ってもんがあるだろ。

チラチラとこちらを見ているのは良くある話だけど、あたしも特に何も言わないよ。
それだけ、あたしに魅力があるということさ。

コウってどうしたと思う?
ガン見さ。

あたしの胸に視線を据えたまま、動きもしないんだよ。
かあちゃんが泊まりかいと聞いても、こっちを見たままカウンターに金貨を置いて、無くなったら言ってくれて平気で言うんだよ。


かあちゃん金貨で支払う上客だから、苦笑いするだけで文句も言わないし。
あたしに、部屋の案内をするように言うんだから呆れ返るしかないわな。

渋々案内しようと傍寄ったら、あいつ何したと思う。
丁寧に頭を下げて、名前を聞いてきたのさ。

ずーーーっと、あたしの胸に視線を向けたままね!


思わず持っていたお盆で、思いっきり叩いたあたしは悪くないよね。






とにかく失礼な奴だったけど、実力はあったみたいだね。
あたしも弟達が騒ぐので、厩舎に見に行ったんだよ。

ドラゴンホースだよね、初めて見たよ。
あいつらハンターに倒されると、服従する場合があるって聞いてたけど本当なんだね。

しかも二頭立てなんて、あり得ないって言うのがディノの言葉だからね。
うん、ああ、ディノは弟だよ。

とにかくディノの言うことにゃ、ダークホーンやライトホーンなんかの魔獣よりもより凶暴なんだそうだ。
それが、全く大人しいもんなんだよ。

あっ、ドラゴンホースってホーンみたいな馬の魔獣じゃなくて、全く別の魔獣だよ。
何、知ってるって?

ああ確かに、あんたらなら知ってても当然だよね。
とにかくお陰で、厩舎にいるライトホーンまで大人しくなっちゃって。

凄い人が来たと弟達が騒いでいるのを白い目で見てたもんだよ。



だけどねえ、毎日顔合わせてると素顔も見えるってもんだわね。
ケイトに対しても良くしてくれているみたいだし。

あの娘も、仲間を連れてコウの荷馬車に住んじまったけど、文句も言わないしね。
ああ、荷馬車に寝泊りしているらしいと言うのを匂わせてみたんだけど、別に良いって言ってたしね。

まあ、最初はあれでも結構真剣に口説いて来たんだよ。
だけどさシモンの話をしたら、それ以降きっぱり口説かなくなったので少し見直した部分もあるしね。

でもねえ、あの丁寧な口調で、あたしの胸に語りかけるのだけは止めないんだよねえ。
屋敷で働くようになって初めて止めてくれたけど、うん、あいつって根っからのスケベなんだろうねえ。



とにかく、コウがあの屋敷を見に行った翌日、ケイトが知り合いの孤児達をみんなうちに連れて来たのさ。
流石にあたしもびっくりだよ。

そりゃ何人かは見た事あったけど、二十人以上も孤児がいるんだもんねえ。
あんたらも、もう少し考えてくれたって、罰は当たらないと思うんだけどねえ。

ああ、戻ったらその方面に伝えてくれるのかい。
どうなんだろうねえ。

どの道形だけしか対応してくれないだろうね。
いや、下手に言わない方が良いね。

ああ、ありがとう。
これ以上悪くなったら、孤児共にも悪いからね。



それで、どうなったのかって?
あたしは、慌ててコウを起こしに行ったさ。

流石にあの男も驚いていたよ。
本当さ。

だけどね、凄いのはケイトを責めなかった点だね。
後で帰ってきてぼやいてたよ。

俺がケイトに許可出しちゃったからなあってね。
うん、男だね、あんたらも見習いなさいよ、ホント。

後は、あんたらも知っている通りだよ。
あの屋敷で、世話役を手に入れて、あたしも働いているって訳さ。



何?
どうして、あたしが働いているのかいって?

いや、コウに頼まれた訳じゃないさ。
あたしの事情だねえ。

それも知りたいって?
そんな大した事じゃないけどねえ。



まあ良いさ、どうせ黙っていても誰かに聞けば直ぐ判る事だしね。
あたしは、おかあちゃんと喧嘩して家を飛び出したのさ。

その時にね、コウにパンを届けるって約束してたんで偶々さ。
屋敷に行ったらコウがいなくて、子供達が世話役さん達と右往左往しているのを見てしまってね。

そんなの見たら放って置けないだろ。
それに、丁度喧嘩して飛び出してたから、行く当ても無かったからねえ。



それじゃ、コウを裏切る気はありますかって?
あんたらも物騒な事聞いてくるねえ。

ごめんだね。
そこまでの義理も王様には無いよ。

それに言っただろ、話した事はコウに伝えるからって。
それでも聞きたいって言ってきたのはあんたらだよな。

そうかい、冗談なんだね。
本当に、たちの悪い冗談だねえ。

じゃ、もう良いかい?
あたしもそろそろ帰らないと、仕事があるんでね。



ああ、コウにはちゃんと話しとくよ。
宜しくって、あんた本気で言っているのかい?

恐いねえ、お上って。
じゃ、出来たら二度とは会いたくないねえ。




失礼するよ。



***** 元『双子のやすらぎ亭』看板娘、A級ハンター コウ 使用人 メラニア(通称メリー)の話 *****

調査者:王都騎士団 第五 百人隊  隊長 エリーアス・アスナール
  同 隊士 マウロ・ブロントス










「隊長~、これ何ですか~」
「ああ、先日ドラゴンの革を大量に持ち込んだハンターいただろう。
 そいつの調査だ」

「へ~、何か問題でも?」
「いんや、別に」

「じゃ、これどうすんですか~」
「ああ、そこの棚の封筒にでも突っ込んどいてくれ」

「アイサー」



統一サンタレン王国に於ける王国騎士団は、その役割から近衛騎士団、王都騎士団、第一、第二王国騎士団の四つの騎士団に分けられる。
近衛騎士団は、総勢250名程度で、王族の護衛、王宮の警備を請け負っている。

第一王国騎士団と第二王国騎士団は、それぞれが四千人程度の騎士及び従士からなり、王国領内での魔物の討伐を受け持っている。
そして五百人程度の王都騎士団が、王都そのものの警護を実施している。

五つの百人隊が持ち回りで王都内の巡回、緊急時の召集に対応し日々の王都の安全を担う存在である。
ただ、王都騎士団の中で第五 百人隊が、王都内の不審人物等の調査を受け持っている事を知るものは少ない。

彼らの地道な努力が今日も王都の平和と安全を守っているのである。

頑張れ、王都騎士団。
負けるな、第五 百人隊。



[30300] その4-5 -これさえなければねえ~(改変版)-
Name: shin◆d2482f46 ID:51e653ed
Date: 2011/11/18 19:48
ドンドン、ドンドン!
誰かが扉を叩いてる。

「コウ! コウ! 朝だよ!」
誰かが俺を呼んでいる。

「入るよ! 起きて!」
誰かが扉を開けて部屋に入って来る。



「コウ! 起きて!」



ウゴッ!
だ、誰かがベッドにフライングアタックをかまして来る。

ああ、そうだよな、ソロソロ起きなきゃ……
しかし、そこで素直に起きなかった俺が愚かだった。

「コウ、起きる!」
トスンと体の上の重みが増えた。


ヤバイ!


それほど重たい訳じゃない。
だが、これは単なる前兆にしか過ぎない!

慌てて起き上がろうとしたが、既にその機会は失われていた。



「起きろ~」
ドスンと腹に突入する頭。

「起きて~」
ペチペチと足首を叩く手。

「朝だよ!」
ワシャワシャと髪を掻き乱す小さな手。

目を開ければ更に後続の戦闘要員が、部屋に突入しようとしている。



「まて! 判った、起き……」
最後まで言葉を発する機会は与えられなかった。

「起きろ~~~!!」
ワラワラと群がるように、ガキ共がベッドの上に押し寄せて来るのだった。






「もう! コウ、ちゃんとおきないから、ダメなんだよ!
 僕たちもいそがしいんだからね!」

「ハイハイ、すまん、すまん」
ガキ共を引き連れて階段を下りる横で、偉そうに俺に説教するケイト。

うーむ、段々起こしに来る人数が増えてないか?
まあ、最大26人だが、ベッド壊れないかな?

あっ、でも五人娘も加わったら31人か。
うん、それはそれで嬉しいかも……



「コウ、ちゃんと聞いてる?」
いかんいかん、顔が弛んだのを気が付かれたかな。

「判った、判った」
俺はケイトの頭に手をやり髪を掻き乱すのだった。

更々の赤毛が心地よい。
うん、ちゃんとシャンプーも使えるようになったようだな。

精霊使いも更に三人増えて髪を乾かすのも簡単になったって、ダフネが言ってたしな。
しかし良いのか、良いんだろうなあ。

精霊様とパスを繋ぎたい理由が、髪を乾かす為って。
エレナが頭を洗った後に精霊様にお願いして髪を乾かすのが、羨ましいからなんだよね。

「おねがい!」ってエレナが頼めば、一瞬で濡れた髪がサラサラに乾くんだから。
確かに、精霊様って凄いよね。



でもなあ、エレナにパトリシアにリタ、そしてシモン。
この四人の精霊様の呼び方がなあ……

ピカちゃんにドラちゃん、にゃん吉、コッコ。
いや、精霊様に名前を付けるのはそれぞれの自由だよ。

だけどさ、てめえら大きくなって後悔しても知らんぞ。



「もう、せっかくきれいにしたのに……」
ケイトがブツブツ文句を言ってるが、まあ顔は嫌がってないから問題ない。

何時もの事だと諦めて貰うべ。
そんな他愛も無い事を考えながら食堂に入る。



「おう、コウ起きたね、みんなご飯だよ!」
メリーさんの号令に合わせて、わーっと言う感じでガキ共が席に着く。

食堂にはテーブルが全部で6つ。
三人掛けの長椅子が二つ付いた、六人用のテーブルだ。

建具屋のアントンが、丁度良いのがあったと運んで来たテーブルと椅子だ。
元々どこかの店に納品する予定だったそうだが、キャンセルになったと喜んで運んで来たのだ。

この世界、机や椅子等の家具はオーダーメイドが普通なのだ。
それだけに、キャンセルなんて余程の事がない限りあり得ない筈なんだが……

うん、詳しい事情は恐くて聞いてない。
何せスプリングの件で偉く気に入られているらしいから、裏で何があったなんて知らない。



とにかくそれぞれのガキ共のグループに1つのテーブル。
それに、一人用の椅子を一脚付けて世話役の娘が座る。

残る1つのテーブルが俺様用。
と言っても同じテーブルだけどね。

まあ椅子だけは一人用のを使っているが、朝食の内容は他のテーブルと変わらない。
ここに俺とメリーさん……プラス後三人が座ると朝食の仕度は完成だ。



「ダメ、ちゃんと挨拶してからよ!」
世話役のエミリアに怒られているのは、ヘナロか。

多分パンに手でも伸ばしたんだろう。


「おーしガキ共!、今日も元気かー!」
「はーい!」、「おー!」、「げんきー」

ウンウンお父さんは満足です。

「それじゃ、頂きます!」
「いただきまーす」、「まーす」、「あっ、それぼくの……」

全員での唱和も板に付いてきた。
まあ一部違うような声も聞こえた気がするが、世話役の娘に怒られているから問題ない。

俺は満足気にパンに手を延ばすのだった。



パンはクロワッサンだ。
うん、中々香ばしく焼けていて旨い。

メリーさんの彼氏、シモンに頼んで作って貰ったのだ。
これまでこちらで食べたパンは、基本白いパンが中心だった。

普通中世ぽい世界だと、白いパンなんてお貴族様位しか食べらないとか言うがこの世界は違う。
いや、少なくともこの国では食糧事情がかなり良い為、王都や旅の途中の宿屋、更には村で宿をお願いした場合でもパンは白いのだ。

小麦の種類がどうこうと言うのは知らんが、少なくともボソボソの黒パンみたいなものは食べた事なかった。
だけど、パンそのもののバリエーションがもう一つだった。

いや、ロールパンみたいなもの、食パンぽく見えるもの、パタールみたいなフランスパンぽいのもある。
だが、パンに何かを入れると言う発想は見当たらなかった。

だから、バターをたっぷり使うクロワッサンは無かったんだよね。
で、家でパンを焼けるとなってから、パン生地にバターをたっぷり塗ってクロワッサンを作って貰った。

うん、大豆見たいなものも砂糖もあるから、今度はアンパンに挑戦して貰おうかな~
あれ、小豆と大豆って違うのかな?

ま、いいやそこまで詳しくは知らないが、餡子っぽいものは出来るだろう。
俺は、機嫌良くクロワッサンの欠片を口に放り込むのだった。






「あんた、こっちを食べてみて」
「うん、おいしいよ」

「でしょー、でしょー、これあたしが作ったのよ」



これさえ無ければな~
俺は隣の席の二人を見つめ、大きくため息を吐くのだった。






「姉さん、姉さん、あんまりベタベタしない」
「そうだよ、コウさんの機嫌が悪くなるんだから」

いや、俺の機嫌がどうのこうのよりも、節度ってもんを持って欲しいもんだ。

「なんでよ?
 いいじゃん、単にシモンにオムレツ勧めているだけじゃない」

ねえって顔で俺を見られても、返事に困るんですよメリーさん。
横で申し訳ないって頭を下げるな、シモン!

世界の至宝を独り占め出来る立場なんだろ、お前は!
そんなこっちゃ、何時までたってもメリーに頭上がらないだろ。

羨ましいぞ、この野郎!



「ああ、コウ!
 また碌でも無い事考えてるでしょ。
 シモンは悪く無いんだからね!」

シモンを抱き抱えるように立ち上がるメリーさん。
こらっ!

ドサクサに紛れて見せつけるな!
ガキ共の教育に悪いだろうが!

決して、シモンが羨ましいなんて、少ししか思ってないぞ!
全く……



間違えたかなあ……









結局、メリーさんに押し切られ彼女を雇うことになってしまったのだ。
まあ、ガキ共と五人娘の混乱を収めた手腕は、十分認めてたからね。

だけどね、給金は月額銀5枚が良いなあって言われてもねえ。
態々後ろを向いて、シャツのボタンを一つ外してからお願いって言われても……

ふ、二つならって思ったのは秘密だ。
全く実家が宿屋で、看板娘を張ってただけあって、その交渉術は恐れ入りました。



この世界、労働力に対する対価は安い。
普通の宿屋や食堂のような所で働いても、一ヶ月銀貨5枚稼げれば御の字だろう。

しかもこの屋敷で働くとなると住み込みが基本になるので、銀貨5枚は若干払いすぎなんだよね。
三食付きだし。



「だ、だけど、あたし看板娘だったから、お客さんからの心づけもあってもう少し稼いでいたのよ!」

そう言いながら、シャツのボタンを外そうとしないで下さい。
慌てて銀貨5枚を認めてしまった俺は、ヘタレなんだろうなあ。

いや、あくまでもガキ共への悪影響を避けた為だと思いたいとこだ。
ちなみに、やったあって言って、手を出されても働いてもいないのに払える訳ないじゃないですか。



「えーっ、支度金は出ないの?」
プーって膨れられても、金持ちなのにってプツプツ言われても、そんなもん出る訳ないでしょ!



外にある煉瓦作りの厩舎に住んで貰うと言うと、早速見に行くメリーさん。
まあ、俺も確認はしてたのでベッドと箪笥があるだけのシンプルな部屋だが、問題は無い筈だ。



それなのに、帰ってきたメリーさんに怒られてしまいました。
あれはなんだってね。



「あんな立派な厩舎があるのに、なんであんた自分の馬車を『双子のやすらぎ亭』に預けてんだい!」
「全く、いくら金持ちだからって無駄に金使うんじゃないよ!」

はい、ごもっともです。
重々承知しています。

「ああ、それは判っているんだが、世話する人がいないからなあ」

うん、誘導尋問でした。
それじゃ、家の弟なんかどうだいって、嬉しそうに話してくれました。

メリーさんには、下に六人の妹弟がいるそうです。
みんな『双子のやすらぎ亭』で働いているんだが、はっきり言って従業員が多すぎるそうです。

次女のレティシアと三女のリディアは、メリーさんが抜けたから看板娘としての仕事が増えたそうです。
だけどそれでも四女のドリナが働く程、十分な仕事がある訳じゃないそうです。

それよりも問題なのは長男のチコ、次男のディノ、三男のセリオの男どもだった。
ちなみに、次女のレティシアと三女のリディアが双子。

長男のチコと四女のドリナが双子、でその下にディノとセリオが双子だそうです。
まあ関係ないけどね。

とにかく弟ども三人は、宿の外回りの仕事と厨房のサポートをしているのだが、どう考えても人手が多すぎる状態なのだ。



「ディノがね、あんたのドラゴンホースを偉く気に入ってね、ほとんど付きっ切りで世話してんだよ。
 まああたしらは、ディノのやる仕事なんて代わりが幾らでもいるから、それでも問題は無かったんだけどね」

だから厩舎の世話係としてディノを雇わないかいとの事でした。
うん、渡りに船でした。

俺もそろそろ宿から荷馬車を引き取らなきゃ、と思っていたのも事実だったし。
それに買い物用に一台荷馬車と、それ用のライトホーンが欲しいなあとも思っていたしな。

あっ、馬じゃなくて魔獣系のライトホーンなのは、そっちの方がドラゴンホースに慣れ易いんだよね。
まあ当分はガキ共も五人娘も、安全の為買い物にも行かせられないけどね。



良いよって言うと、パアッと顔一杯に笑みを浮かべてハグしてくれました。
うん、このハグだけでも何でも言うこと聞いちゃうね。

世界の至宝の圧迫感は、経験したもの以外理解出来ないかもしれないけどね。
あれは、良いものです。



翌日早速、メリーさん俺の荷馬車に二頭のドラゴンホースを繋いで屋敷まで連れてきました。
御者席には、満面の笑みのディノ君十七歳が座ってましたよ。

て言うか、あのドラゴンホースが俺以外の人の言う事を聞いているのにビックリです。
挨拶の時に、一応家の五人娘やガキ共に悪さしないかチェック入れたけど、ディノ君そんな心配とは無縁のような人物でした。

だってさ、屋敷に着くと俺の手を握って感謝の言葉を述べて来るんだぜ。
しかも、言っている内容をちゃんと聞いてみると、如何にドラゴンホースが素晴らしいか延々と語っているようだ。

何れはライトホーンも買う積りだと話すと、有れも中々良いですがドラゴンホースには勝てませんってまた話が戻る。
いやまあ、ムツゴロウさんみたいな若者でした、ハイ。

あっ、ちなみに給金は月額銀貨5枚にしました。
メリーさんが、何でそんなに払うんだって怒ってましたけど関係ないですね。

「そりゃ、専任の厩舎長なんだから、それ位は必要だろ」

まあ、厩舎長って言っても今の所はドラゴンホース2頭しかいないんだけどね。
うん、有能な人材への先行投資の積りです。

ディノ君、大喜び。
メリーさん涙目です。

まあ、七つか八つ下の弟と同じ給金だったのはかなりショックを受けているようでした。
ちょっと可愛そうになり、メリーさんにこっそり支度金を渡した俺ってホンと至宝に弱いんだよね。






ちなみに、四女のドリナさんも雇う事になりました。



五人娘とケイト、そしてメリーさん達には狙われる可能性がある事を説明したんだよね。
まあ、五人娘はなるほどって納得していたけど、ケイトが不満そうに文句を言っていた。

「コウはすごうでのハンターなのに、そんな敵、やっつけちゃえ!」
いや、ケイトのキラキラ光る瞳が眩し過ぎます。

まあ、それはそれとして、当分は外出を控えるようにと話をしときました。
その場はそれで済んだんだけど、二三日もすれば問題が明らかになって来た。

ちょっとした用事をこなす為に、外出出来る人間がメリーさん位しかいないのだ。
いくら外出を控えろって言っても、食材の仕入れや生活用品の補充の為最低限の買い物は必要になる。

そうすると、メリーさんに行って貰うのが屋敷のメンバーの中では一番安全なのだ。
まあ買い物なんかは彼女に頼むのは本人も嫌がってないのだが、いや、喜んで行ってくれるんだけどね。

何でも店先で如何に安く買い叩けるかが、買い物の醍醐味だそうだ。
やっぱりボタンを外す攻撃を、鼻の下を伸ばした八百屋のおっさんに仕掛けているのだろうか?

いつか見てみたいもんです。
話は逸れたけど、要はちょっとした伝言を伝える者がいないと言う点だった。

メッセンジャーボーイだね。
本来ならば、ガキ共にやらせるべき役目だ。

実際、ケイトを雇っていたのも半分はそれが理由だしな。
ちなみに後の半分は、話し相手だな。

俺も半年以上、一人で魔獣を狩り続けたので、寂しかったんだよ。
なんせ全く知らない世界だからなあ……

まあ、そのメッセンジャーボーイ&ガール達も禁足中なので、細かいことが不便なのだ。
建具屋のアントンさんから都合が付いたらスプリングを見に来て欲しいって連絡受けても、何時行くかの連絡が出来ない。

メリーさんに頼もうと思ったら、彼女も買い物に行ってしまっているなんて事が起こるんだよね。
それに、メリーさんに買い物行かすと結構時間が掛かる。

至宝の持ち主だから、顔が広くて市場なんか行けば間違いなく全ての店から声が掛かるそうだ。
まあ、それに笑顔で答えて値引きさせるんだけどね。

買い物ならまだ仕方ないが、伝言頼んで時間が掛かるのも問題だしなあ。
厩舎にメリーさんの弟のディノ君がいるのだが、こいつドラゴンホースの側から離れそうに無いんだよなあ……



「と言う訳でメリーさん、妹さんのドリナさんを当面雇いたいんだけど?」
「ちょっとコウ、と言う訳って言われても、何の説明もして貰ってないんだよ」

まあそんな冗談はさておいて、一応メリーさんに考えをぶつけて見た。
メリーさんは良くやってくれているが、外との繋ぎや買い物に行っている時のフォロー役が足りない。

メリーさんも雇用者なので、休みも取るだろう。
その時の代理のサブがいないと困る。

今は俺がいるから問題は大きくならないが、今度ハンターの仕事で最低二ヶ月外出する事となる。
一応屋敷の警備は、ギルドから大手ハンターグループの人間が来る事となっている。

とは言えその間は、ここの管理をメリーさんに任せる事となる。
五人娘は基本奴隷なので、メリーさんが外出したりして留守になったらその間の代理が必要となる等々……






「判った、あんたが良いって言うなら、妹を雇ってくれるかい?
 だけど、良いのかい?」

「えっ、何がですか?」

「あんたのいない間に、あたしがこの家を乗っ取っちゃうかもしれないよ」

「ああ、その事ですか。
 どうぞ乗っ取って下さい。
 但し、二十六人のガキ共も一緒にお願いしますね」


「ははは、任しときな!
 あたしもガキは嫌いじゃないからね」

笑いながら背中をバンバン叩いて来るメリーさん。
うん、流石気風の良さは姉御肌です。

悪かあないよなあ、だけどハグを期待した俺が甘かったのか?
至宝を揺らして背中を叩くのも捨てがたいけどね。






と言う訳で、翌日にはメリーさんの妹さん、ドリナさん十九歳がやって来ました。
ちなみに、『双子のやすらぎ亭』のおかみさん-メリーさんやドリナさんディノ君のお母さん-も一緒に来られました。

マルタさんと言うおかみさんの名前を教えて貰いましたが、体形を現しているのかなと思ったのは絶対口が裂けても言えません。
ありがとうございますって何度も何度も頭を下げながら、帰って行かれました。

単なる雇用関係の積りが、滅茶苦茶気恥ずかしくなるもんだね、ホンと。



ちなみにドリナさん、メリーさんやマルタさんのように愛嬌のある顔で、まあまあ美人。
流石に至宝には適わないけど、中々立派なモノをお持ちです。

これなら月銀貨5枚って言いそうになったけど、流石にメリーさんの目が恐い。
無難に三食住み込みで、銀貨3枚に落ち着きました。



メリーさんもウンウン頷いていたから、そんなに高いものでもないと思っておこう。
元々大金を稼いでしまった俺だけに、貨幣価値は実感がないんだよね~

三人全部で、月銀貨13枚。
一年で、銀貨156枚。

金貨2枚にも満たない金額って感じなんだよね、困ったことに。
なにせ、白金貨一枚あれば、三人を50年間雇えるんだよね。

購入した五人娘に使った金も白金貨2枚程度。
あっ、『程度』って言っている時点で、金銭感覚麻痺しちゃってるな。

なーんか、何時かこれで痛い目に会いそうな気もするなあ……










と言いながらも、自重しない俺。
最後はメリーさんの思い人、シモンさんです。



シモンさんは、パン職人です。
十二歳の時から今の親方に弟子入りし、既に15年間パンを焼き続けている人です。

今では、親方の店でパン焼きのチーフです。
ちなみに、『双子のやすらぎ亭』のパンはシモンさんがみんな焼いてます。

お陰で、屋敷に届けられるパンも全部シモンさん監修だそうです。
パンは中々おいしいです。



メリーさんにプロポーズしたのは、シモンさん二十歳、メリーさんが十八歳の時です。
小さい頃からお兄ちゃんとして仲良くしていたメリーさん。

待ってました、逃がすものかと即オッケー。
そのまま、結婚して小さなパン屋を開いて世界の至宝を独り占め……とはならなかったそうです。

いずれ親方から独立して、店を持ったら結婚してくれと言うプロポーズだったのです。
それから二年、三年、五年……

メリーさんが待てど暮らせど独立しません、出来ません。
来年こそはと言われたのが、一昨年の事でした。

だけど一年経っても、やっぱり独立はさせてもらえませんでした。
メリーさんも流石に切れました。

『もう良い!』
『もう待たない!』
『シモンの知らない所で幸せに暮らしてやる!』



そう言って、暴れる娘を宥め透かして落ち着かせたのはマルタさん。
そうメリーさんのおかあさんでした。

シモンもお前と結婚したいんだよ。
だけどね、あの親方がねえ。

聞けば親方、倒れてしまったそうです。
脳梗塞でしょうか?

寝たきりになったそうです。
シモンさんの腕を買っていた親方も、流石に引き止めるのは無理だと思い独立準備も進んでいたそうです。

だけど倒れてしまった親方。
流石にシモンさんもそんな店を放って置いて、独立出来なくなりました。

『一年、後一年待っておやり』
マルタさんにそう説得されて、メリーさん我慢しました。

本当は、シモンさんが今の状況でも結婚してくれれば、あたしは付いてゆくのに……
メリーさんはそう思っていたのですが、プロポーズの言葉がシモンさんを縛り付けているのです。

店も持たずに、メリーを幸せには出来ない。
親方が倒れたこの店を放り出して、俺だけ幸せにはなれない。

男ですシモンさん。
哀れメリーさんは、結婚できる日を夢見て毎日健気に『双子のやすらぎ亭』で働くのでした。





「で、そんな健気な働き者のメリーさんってどこにいるんだ?」

「何言ってんだいコウ!
 あんたの目の前にいるだろうが!」

至宝を揺らしてガハハと豪快に笑う、メリーさん。
うん、双子のやすらぎ亭で俺がフラフラしている時に聞いた話でした。






時は移って俺の屋敷。
食事の後の、のんびりとした時間。

テーブルの向こうには、一休みと休息するメリーさんとその妹のドリナ。
俺は、カップに入っている紅茶(だと思う飲み物)を一口飲み、メリーさんに問い掛けた。

「それで、何でマルタさんと喧嘩したんだ?
 まだ一年経ってないだろう?」

うーんと唸って黙り込んでしまうメリーさん。
横のドリナはそんな姉を見て、苦笑している。

俺は目で、ドリナに問い掛けた。


「あのね、シモンさんの勤めるお店の親方が亡くなっちゃったのよ」
ドリナも姉の顔色を伺いながら、話し始める。

親方が倒れてから十ヶ月、シモンさんも必死に店の運営を行っていたそうだ。
どうも親方、腕は良いがかなり散漫経営だったようで、所々辻褄の合わない借金なんかもあり、それはそれはシモンさんも大変だったようだ。

で親方には悪いけど、亡くなった時はホッとしたのも事実らしい。
まあメリーさんにすれば、これで結婚できるって喜んだのも否定出来ないとの事だった。

弟子の筆頭がシモンさんだけに、上手く行けばそのまま親方の店を譲って貰える。
悪くても一応暖簾分けの形で、小さな店は開ける筈だった。

徒弟制度としては、割と日本の江戸時代と似たような形で、通常の報酬はひたすら安い-成人の大人で銀貨1枚~3枚程度-のだ。
その代わり、親方が独立を認める時には、最低限の店が持てるように準備して送り出す形を取っている。

親方も一応その積りで、独立資金を貯めてくれていたらしい。
だが、親方の死亡で状況が一変した。

借金取りが群れを成して現れたのだ。
なんとこの親方、王都でも有数の高級歓楽店に入れ込んでいたのだ。

ああ、なるほどと頷きながら、

「それで、シモンの独立も遅れたと」

と言葉を挟む俺。
ウンウンと悔しそうに、メリーさんが相槌を打ってくれる。

ここ十年の間、高級歓楽店の特定の美しい娘さんにでも熱を上げたのか毎晩のように通っていたらしい。
ああ言う店に通うには白金貨が必要だと言うのは、何気にこっそり行った事のある誰かの話だ。

うん、あくまでも『誰か』だ。



と、とにかく、親方かなり無理をして通っていたみたいで、借金も馬鹿にならなかった。
シモンが気付いた時には、店の権利から彼の為の開業費用に到るまで全て借金のかたに取られてしまったらしい。

独立する目処も立たず、それどころか新しい就職先が直ぐに出てくる訳も無く、シモンは結局その店で今でも働いている。
まあ、給金は徒弟では無くなったので、少しは上がったそうだ。

で、メリーさんとマルタさんの喧嘩の原因に戻って来る。



聞いて、聞いてと俺に詰め寄るメリーさん。
いや、そりゃ至宝が迫って来るのは嬉しいですが、少し恐いです。

「親方が倒れてシモンが独立出来なくなったとき、おかあさんがあたしを止めたのよ。
 あの時、あたしが飛び出していればシモンも店よりあたしを追いかけて来たかもしれないじゃない!」

そうすれば、とうに結婚出来てたわよね!
ウガーって叫ばれても、タジタジになるしかないです。

どう?
怒る理由判るでしょっと胸を張るメリーさん。

いや、流石にそれは八つ当たりではないでせうか?
とは恐くて言えませんでした。




とにかくだ。
気を取り直して、真面目な表情を俺は浮かべる。

「と言うことは、今はシモンさんは単なるパン職人なんだな」
目がキラリと光っているだろう、うん、きっと。

ガタッと椅子を倒すような勢いで立ち上がるメリーさん。

「違うわよ! 王都一のパン職人よ!」
力一杯拳を振り上げて叫ぶ声は、隣の台所で片付け物をしていたガキ共まで驚いて覗き込んで来る程だ。


アーはいはい、王都一、王都一。
ちとうんざりしながらも、も一度気を取り直して言葉を続ける俺。

「うちでパンを焼いて貰えないだろうか?」

俺の言葉に、驚いたように固まるメリーさん。
妹のドリナさんも、飲みかけの紅茶を手にしたままこちらを見ている。

うん中々気持ち良いね、至宝と準至宝が固まる姿を見るのは。





と言う訳で、屋敷の使用人が四名揃いました。
全体管理も含めて、屋敷の維持管理担当長のメリーさんことメラニアさん。

その補助及び屋敷の維持管理担当のドリナさん。
厩舎長を務めるディノさん。

そして新たに厨房詰めパン焼き担当のシモンさん。
うん、四人ともメリーさんの関係者だ。



こちらがしっかりしていないと、本当にメリーさんに屋敷を乗っ取られかねないね。






ちなみにシモンさん、お願いしたパンも色々工夫して焼いてくれるので、俺個人としてはとても嬉しい。
それにガキ共で興味あるやつには、パンの焼き方を教えてやってくれと言ってある。

将来、手に職を持つ事は良い事だと思うからな。



『コウ、コウ、これ私が(僕が)焼いたパン。 食べて!』
いやあ男親としては、憧れのシチュエーションじゃないですか。



「はい、シモン、アーン」
「おいしい? おいしいでしょ?」


うん決して隣で劇甘トークをしているのなんて、聞こえないって言ったら聞こえない。
俺は、クロワッサンの甘みをしっかり噛み締めるのだった。








―追記―
 帝都サンタマナウスは、旧統一サンタレン王国以来の首都として長い歴史を誇っている。
現在の帝都は、帝国首都として常に変わり続けている為、その当時の面影を探すのは中々難しい。

南から伸びる統一大通りを、三分の一程進んだ所にあるビトリア通りを西に進むと、今でもハンターギルド本部があるのをご存知の方も多いだろう。
建物自体は統一戦争前後に立て替えられた為、往時の面影を偲ぶ事は難しいが、それでもギルドそのものは当時から変わらずにある組織である。

そして、ギルド本部から一ブロック西側にあるセラテヒア通り。
ここには、当時から営業を続けている宿屋が多く見られる有数の通りだろう。

その宿屋の中で、ビトリア通りから数えて二件目の宿屋『双子のやすらぎ亭』もそんな歴史の続く宿屋の一つである。
だが、諸兄に注目頂きたいのは、その宿屋の隣に小さく店を出すパン屋である。

名称は恐れ多くも、『コウノパン』と名付けられている小さなパン屋であるが、サンタマナウスを訪れた際は是非訪れて頂きたい。
店先の棚に並べられたパンは、何処にでも見受けられる普通の『シモンパン』にしか見えないだろう。

だが驚く無かれ、この店こそ統一戦争前後から帝国いや大陸中に普及したシモンパンの発祥の地なのである。
お勧めは、シンプルなクロワサン、そしてアモンドクロワサンやアパンも捨てがたい味わいである。




如何であろう。
往時を偲ぶのに、口に入る小さなパンで感じて頂ければ、それはまた趣のある事ではないだろうか。



[30300] その5-1 -ちゃぶ台がえし~~~-
Name: shin◆d2482f46 ID:51e653ed
Date: 2011/11/18 19:52
その日、衛門を潜る大きな馬車があった。


「またかよ……」

衛門の衛士は、遠くからその馬車を見つけうんざりしたように呟いた。
確か2ヶ月程前にもあのような大型の馬車がやってきたのだ。

「全く、何時からドラゴンホースはあんなに大人しい魔獣になったのかね?」
今回もドラゴンホース二頭立ての馬車だ。

ドラゴンホースが曳く馬車そのもの自体、王国騎士団の行列以外では今まで見た回数を数えられる程なのだ。
しかも、気性が荒くて二頭立ては出来ないと言われていた彼の常識が崩壊したのは、ついこの間の事だった。

今でも信じ難いのに、ほんの数ヶ月で二台目ともなると驚くよりうんざりする彼の気持ちも分からんでもないだろう。



ゆっくりと衛門に近付く馬車の前に立ち、衛士は立ち止まるようにと手を上げるのだった。

「通行証はあるのか?」
御者席に手を振り、衛士はそこに座る男に声を掛ける。

「ほう! 驚かんのか?」

がっしりとした体格に貫禄を感じさせる中年の男が口髭を触りながら問い掛けて来た。
いかつい顔には面白がるような笑みが浮かんでいる。

「ああ、二度目ともなるとね。 それより通行証は?」
衛士は苦々しく前回の荷馬車を思い出しながら、ぶっきらぼうに返す。

なんせ前回は、通す通さないでかなり揉めたのだ。
大体あの男がとっとと、ハンターグループの身分保証を見せればあんなに揉める事もなかったのに。



「ほら、これだ」
ハンターギルド本部のギルドマスターからの召喚状と有数ギルドグループの身分証だった。

「リオジュタイーだな」
やっぱりと溜め息を吐く衛士。

その表情の変化に、御者席の男の眉が少し上がったのに衛士は気付かなかった。
前回の確かコウと言ったハンターも持っていたのは『リオジュタイー』からの身分保証だったのだ。

ただ前回が保証だったのに対して今回はギルドグループのメンバーそのものだ。

「よし、通ってよいぞ」
「ああ、ありがとう」

御者席の男は手綱を操ろうと手を動かす。

「なあ、あんたらドラゴンホースの飼育方法見つけたのか?」
「いや、そうではないが?」

「じゃ、後何頭いる?」
「うん?」

「いや、これ以上俺の常識に喧嘩売るヤツが来るのかと思うと、な」
御者席の男は、それを聞いて大きな声で笑う。

「ああ、すまん、すまん。
 心配するな、多分あんたが見ただろう二頭とこの二頭で全部だ」

ホッとした顔の衛士を残して、馬車は王都に消えて行くのだった。





王宮へと続く真っ直ぐに延びるキングアレルケル大通りを馬車はゆっくり進んで行く。
道行く人々はみな驚いた顔で馬車を見詰めている。

すれ違う馬車は、急に怖じ気づくライトホーンや馬を御するのに一苦労している。
ふむ、なかなか気持ち良いものだな……

無理矢理御者席に座った価値はある。
フムフムと独り機嫌良く頷くおっさん。

誰が思うだろう、これが今売り出し中のハンターグループ『リオジュタイー』の二代目リーダー、トリスタン・ベナビデス本人だと。
まあ、誰も知らなくても不思議はないんだけどね。



馬車はビトリア通りとガスティス通りが交わる地点で一旦止まる。
使いの者をビトリア通り沿いにあるギルド本部に送り出すと、ゆっくりとガスティス通りに入って行くのだった。

ラウシッタ通りがどの辺りにあるか、判らなかったがアルマの指示で無事そちらに進む事が出来た。


「ここですね」
そのアルマが、屋敷を見上げながら唸るように言う。

「凄いのか?」
「えっ、ええ、私もここまで精霊様が集まっているのを見るのは生まれて初めてです」

「お前が初めてって言う以上、ありえねえって事だよなあ!」
馬車の後ろから声が掛かる。

色々荷物を背負い、まるで達磨のようになった男が既に馬車から降りていた。
顔一杯に生える髭面から、彼がドワーフ族だと言う事が判る。

パンパンと身体の埃を払いながら、楽しそうに屋敷を眺める男。
何だか払った筈なのに、更に埃が舞う様で顔を顰めるアルマ。

「もう、パウル、珠には風呂ぐらい入りなさい。
 くさいですよ」

「そうか? スマンな、先日入ったんだがなあ」
「先日って言っている時点で、ダメですね。
 コウは風呂好きですから、さっさと借りてくださいね」

腰に手を当ててドワーフのパウルを睨みつけるアルマ。
長い髪から飛び出す耳も特徴的なエルフの姉御の氷の微笑みに、ウンウン頷くパウルだった。



「あっ、誰か来ますね」

そのアルマが、閉まっている扉の方を向いて言う。
待つ程も無く扉が開かれ、小さな頭が二つ顔を出す。

「どなたさまですか?」
「さまですか……」

「まあ、可愛い!
 貴女、名前はなんて言うの?
 あっ、お姉さんはアルマ・マーヒネンって言うのよ。
 アルマ姉さまって呼んでくれたら嬉しいわ」

ニコニコしながら、顔を出した二人の小さい方に駆け寄るアルマ。
それを見て、必死にケイトの後ろに隠れようとしているエレナだった。



「ああ、スマンね。 我々はハンターグループ、リオジュダイーのものだ。
 ハンター コウに、リオジュタイーのトリスタンが来たと伝えて貰えるかな」

アワアワと少し涙目になりながら、必死にエレナを庇おうとするケイトに優しく声が掛けられる。
だけど、強持てするようなトリスタンの顔に、ケイトは更に怯えてしまう。



「は、はい…… わ、わかりました……」
後ずさりながらも、そこまで言えたケイトをコウが見れば褒めてやりたいと思うだろう。

だけど、我慢もそこまでだったようだ。
ぱっと後ろを向くと、そこにいたエレナを抱き抱えるようにして、走り去って行くケイト。



「あら? 嫌われちゃったのかしら」

どうしていなくなったのか、不思議そうな顔で呟くアルマ。
トリスタンも、訳が判らないのか怪訝な表情で髭を弄っている。

「いや、頭、あんたの強持ての顔と姉さんの迫力だと、ああなるのは仕方ないんじゃないか?」
こいつら、自分の事判ってねえと密かに呟くパウルだった。



「あっ、コウが来ますね」
「そうか、話は通じたんだな」

ウンウンと頷くトリスタン。
だが、その横で違うだろ、不審者に驚いただけじゃないのかと疑いの眼を向けるパウル。



「頭! 何であんたがここに!」
慌てて駆けつけたコウは、三人を見て思わず固まる。



ケイトが慌てて駆け込んで来て、ジュタのトリが来たと叫んでいたが、まさかリオジュタイーのリーダー トリスタン直々にやって来るとは。
しかも、一緒にいるのはジュタイーの幹部二人。

ここに、副リーダーのアーロンがいればリオジュタイーの主要メンバーが揃う事になる。
そんな事は、普通はあり得ないのだ。

リオジュタイーそのものは、百五十人強の人員を抱える有力ハンターグループなのだ。
普通はそのリーダーや幹部は、それぞれ部下を引き連れて魔獣狩りをこなしている。

何せ彼らの仕事は、魔獣狩りそのものなのだ。
通常彼らが常駐する南マナウス地方のジュタイー川領域から遠く外れた王都まで、幹部連中が態々来るような事態なのか。

一体何があったのだ。
コウは背中に冷たい汗が流れるのを感じる。



「やあコウ、元気か?」
帰ってきたのはそんな緊張を一挙に消し去るようなリオジュタイーリーダー、トリスタンの挨拶だった。






「で、護衛の仕事を引き受けて、パウルさんがこなす事に決まったんだな」
取り敢えず、三人を引き連れて屋敷に入る。

馬車の取り回しはディノに任せた。
またドラゴンホースだあと嬉しそうに叫ぶディノの姿は見なかった事にしよう。



全員を食堂に入って貰い、説明を聞こうとするとパウルさんが話してくれた。
ハンターギルドからコウの屋敷の護衛の依頼が送られてきた事。

誰が行くかで少し揉めたが、結局手の空いていたパウルが行くことになったそうだ。
で、出発しようとしたら、馬車に乗り込んで来るリーダーのトリスタンとアルマの二人。

リーダーは至急王都に行く用事が出来たそうで、仕事はアーロンに任したとのたまい。
アルマ姉さんは仕事は片付けたので、折角だから精霊使いとしてのコウの様子を見たいと偉そうに言ってきたと。

俺は二人をジロリと睨みつける。
全く、アーロンの苦労も考えやがれ。

こいつら絶対俺がどうしているのか見に来ただけに違いない。
まあ、アルマ姉さんは来てくれて丁度良かったが……



「コウ、信じられるか?
 この二人、俺の部下二人を追い出して馬車に乗ってきたんだぜ。
 道理で折角王都に行くなら、ドラゴンホースを見せびらかして来いって言う筈だよなあ」

パウルはここを先途と、二人の愚痴を俺にぶつけてくる。
小さくなってそれを聞いているリオジュタイーリーダーと女幹部。



はあ、まあ来てしまったものは仕方ない。
俺は、一人現地に残った副リーダー、アーロンの冥福を祈るのだった。



「で、コウ、俺達と別れてからどうしてたんだ?」
パウロがもう十分かと、話題を変えて来た。

リーダーののトリスタンとアルマ姉さんも興味津々で身を乗り出して来る。
二人ともさっきまでの態度はどこにいったのか、目がワクワクしている。

俺はこれまでの経緯を話しだすのだった。







「で、俺達の所を出てからひたすらドラゴンを倒したと」
「ああ、そうだ、アーケオドラゴンにレズレイリドラゴン、後ライノセロスやパンセラーやアルセスなんかだな」

パウルの質問に、俺は具体的に魔獣の名前を挙げて答える。
ちなみに、アーケオドラゴンを倒す為に考えついた方法は、少し変えればレズレイリドラゴン-所謂水竜-にも通用した。

ライノセロスは、サイだな。
パンセラーは虎に近いか。

アルセスはヘラジカだ。
後アルマジロのようなカバッサスや翼竜みたいなケッツァルコアなんかも倒したけど、まあいいや。



「で、荷馬車が一杯になったから王都に売りに来て、全部で白金貨495枚になったと」
「あー、正確には白金貨495枚と金貨10枚ですね」

リーダーの少し呆れた声での質問に正確に答えたのに、更に呆れたような顔をされてしまった。
何か間違えたか、俺?



「それで、屋敷を買おうとしたら、ゴブリンキングの討伐依頼を見つけて、すったもんだの末この屋敷を手に入れて……」
アルマ姉さんまで呆れた顔で周りを見回しながら、俺に言ってくる。

「屋敷に住もうとしたら、何故か雇っていたガキが仲間を連れて来て……」
パウルまで呆れた声で言ってくる。

何故だ、何故なんだ?

「その世話させるのに王都でも有数の高額奴隷を五人も手に入れて……」
ううっ、アルマ姉さんの視線が痛い。

「しかも更にはその世話をするのに、何故か押掛けて来た娘とその恋人、妹弟を世間様が呆れるような好条件で雇ったと……」
いや、あれは成り行きでして……

しどろもどろに答えようとする俺に対して、三人はお互いを見合わせて頷いている。
な、何だ、ヤバイ!






「「「この!!! 大バカもの!!!」」」






ヒィツ!
絶対建物が揺れた!

間違いない!
そう思うほどの大声で怒られた俺は、ひたすら頭を下げるのだった。






------------------- なかがき ---------------------------

いつもご愛読ありがとうございます。

先日投稿致しました前話「その4-5」を改変版に差し替えました。

宜しくおねがいします。

shin


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