Side Asuka
アタシにとって、シンジは相棒のようなものだった。
4歳の時、アタシのパパとママが離婚して私はママに引き取られる事になって日本にあるママの実家に引っ越した。
そしてママの実家は偶然にもシンジの家の隣だった。
アタシはママに連れられてシンジの家に引っ越しのあいさつに行き、アタシはシンジと出会った。
ママの影に隠れてアタシをオドオドと見つめるシンジを見て、アタシはこんな情けない子と友達になるのは無理だと思った。
だけど、幼稚園に通うようになってアタシは孤独を感じてしまう事になる。
まず、ドイツ育ちのアタシは他の子と言葉が通じない、意思の疎通が難しい。
それに、ドイツ人と日本人の混血であるアタシは見た目が少し違う。
真っ赤な髪なんて、奇異とからかいの的だった。
小さな子供はグローバルなんて考えを持つはずもなく、残酷なのだ。
どうしてアタシの言う事を解ってくれないの!
周囲の子に苛立ちを向けて、アタシはどんどん遠ざけられて行く。
そのアタシの味方になってくれたのがシンジだった。
シンジもアタシの言葉が解らないはずなのに見捨てないで根気良くアタシの言いたい事をシンジが解るまで聞いてくれた。
そしてアタシの言いたかった事を意訳して他の子に伝えてくれる。
シンジのおかげでアタシは何とか心を閉ざしてしまわずに済んだのだ。
だけど、シンジはアタシの通訳をするためにずっとアタシの側に居なくちゃいけない。
そのせいで今まで仲の良かった子とも遊べないでいると知って、アタシはシンジに申し訳ない気がした。
だからアタシも自分で他の子達とコミュニケーションが取れるように努力をしたわ。
しばらくしてアタシはみんなの輪の中に入れるようになったけど、周囲の子達からはアタシとシンジは常にセットに見られるようになってしまっていた。
「あのね、僕の従兄妹にレイちゃんって子がいるんだけど」
幼稚園にも慣れて来た頃、アタシはシンジに相談を受けた。
シンジの従兄妹のレイちゃんと言う子は体が弱くて幼稚園に通う事ができなくて、このままだと小学校にもいけないかもしれないらしい。
幼稚園に通っていないので、当然友達も居ないからどうしてあげたら良いんだろうとシンジはアタシに尋ねる。
アタシも孤独の辛さは十分知っている。
だからシンジに、ママに頼んでなるべくレイちゃんの所に遊びに行ってあげるようにしなさい、と答えた。
「でも、僕は女の子の遊びとか解らないし……」
「グダグダ言ってないで、お飯事でも、お人形遊びでも付き合ってあげなさい!」
シンジはアタシの言う事を聞いて、休みの日には自転車でレイの家に行くようになった。
それから小学校に上がるようになると、シンジのママの仕事が忙しくなって、アタシはシンジのママにシンジの事を任されるようになった。
まず、シンジが寝坊しないように毎朝起こしてあげる。
のそのそとしているシンジに早く服を着替えてご飯を食べて顔を洗って歯を磨くようにどやしつけて、毎日遅刻しないように一緒に登校してあげる。
シンジはお節介だって言うけど、アタシはシンジのママにシンジの事を任されたのよ!
それにシンジには小さい頃に受けた恩返しをしなくちゃ、アタシは借りっぱなしじゃ済まない性格なのよ。
だけど、だんだんとアタシは自分の都合でシンジを振り回すようになって来てしまった。
見たい映画があるからってレイとの約束をキャンセルさせてしまった事もある。
レイも体力がついて来て、いつでも図書館に行けるようになったんだからそれぐらい構わないとアタシは思った。
小学校も高学年になると、シンジはレイの事を綾波と呼ぶようになって、そんなにレイの家へ遊びに行く事もなくなった。
たまに将棋やチェスをしたり、本の事を話したりする事ぐらいなんだってさ。
アタシもシンジや他の子達と一緒に遊ぶ事が日常化して行った。
中学の入学式の日、アタシは風邪がひどくなって初日から学校を休む羽目になった。
春休みの最後の日にやんちゃなアタシはうっかり池に落ちてしまったのだ。
今まで風邪らしい風邪も引いて来なかったアタシは、病気になるのがこんなに苦しいとは思いもよらなかった。
そんなアタシの所にシンジがレイを連れてお見舞いにやって来た。
アタシに向かって頭を下げて自己紹介するレイの姿はとても儚げに見えた。
全く日に焼けていない白い透き通るような肌もその印象を強めたのかもしれない。
だから、アタシは小さい頃病気がちだったレイに深く同情した。
風邪から回復したアタシはレイの体を病気に負けないように鍛えてあげる事にした。
シンジに言わせればまたアタシのお節介らしい。
だけど、今まで本を読んでばかりで居たレイの姿を見ているとアタシも口出しをせずには居られないのよ。
アタシはレイに遠足や水泳、音楽やスキー、スケートの楽しさを教えてあげた。
シンジはアタシが2人を強引に振り回しているって言うけど、アタシが一緒に楽しんだって別に構わないじゃない。
中学1年の学校生活を過ごしているうちに、アタシにとってレイは親友であり、妹のような存在になりつつあった。
だけど中学2年の秋、レイがアタシに言った一言でこの関係が揺らいでしまう事になる。
「私……クリスマスにこのマフラーを碇君に渡して告白しようと思うの」
レイがクリスマスに向けてマフラーを編んでいるのを見て嫌な予感はしていた。
シンジはレイが父親へのプレゼントだと言ったウソにあっさりと騙されたけど、アタシはそうだと思っていた。
「そっか、やっぱりね」
かろうじてそう答えられたアタシは心の動揺を抑えるために深呼吸した。
アタシはレイにとっては優しい親友でありたかった、だから精一杯の虚勢を張る。
「まあ、せいぜい頑張りなさい」
アタシの言葉にレイがどんな顔をしたかは見れていない、アタシの心の中では混乱が渦巻いていた。
顔を伏せたままアタシはレイに用事があると告げて走り去った。
アタシの頭の中にレイとシンジが手を繋いで歩いて行くイメージが浮かぶ。
置いておかれたアタシは独りぼっち。
アタシがいくらシンジを呼んでもシンジは笑顔でレイと見つめ合うままで振り返ってくれない。
そしてシンジの背中は小さくなって遠くへ消えてしまう。
「そんなの、嫌っ!」
アタシは急にシンジに会いたくなった。
管弦楽部にいるシンジを強引に連れ出して人気のないプールへと引っ張って行く。
アタシの迫力にシンジは黙ってついて来ていた。
プールに着いた所でシンジはアタシに声を掛ける。
「どうしたのアスカ、そんな怖い顔をして? 何かあったの?」
「シンジ、アンタはアタシと一緒に居てくれるわよね?」
「えっ?」
「アンタがアタシから離れるなんて、絶対に嫌っ!」
アタシはそう言うと、シンジの顔を引き寄せて唇を重ねた。
絶対に離さない、アタシの心をシンジに刻み込んでやると意地になって長い間離さなかった。
「ぷはーっ、アスカ、いったい何をするんだよ」
シンジから離れると、アタシの頭を浮かれさせいた熱も引いて冷静な思考が戻って来た。
アタシは勢いに任せてなんて事をしてしまったのだろうとシンジに謝る。
「ごめん……アタシってば、アンタが好きって気持ちを急に抑えきれなくなって……」
「だからって、急すぎるよ」
シンジは困った顔でそう言うと、アタシの前から走り去った。
それはそうだろう、アタシはシンジの気持ちも聞かずに強引にファーストキスをしてしまったのだから。
シンジに嫌われてしまっても仕方が無い。
「帰ろう……」
プールでしばらく立ちつくしていたアタシが正面玄関で靴を履き替えていると、雨が降り出してしまった。
そういえば、天気予報で雨が降るかもって言っていたっけ。
降水確率30%だなんてあいまいな数字だったから、アタシは傘を持って来ていなかった。
シンジはそういう所だけは心配性だから、折り畳み傘を持ってきているんだろうな。
「綾波、先に帰っちゃったみたいだね」
呼ばれたアタシが驚いて振り返ると、そこには顔を赤くしたシンジが立っていた。
そしてシンジはアタシに折り畳み傘を押し付けようとする。
「アスカ、傘を持っていないだろう? 貸してあげるよ」
「シンジはどうするのよ?」
「僕は走って帰るよ」
「ダメよ、それじゃあシンジが濡れちゃうじゃない。悪いのはアタシなんだから」
しばらく押し問答が続いた後、アタシとシンジは1つの傘に入って帰る事になった。
帰り道、アタシはシンジに自分の気持ちを話す。
「あのね、アタシは今までずっとシンジと一緒だったから、これからもずっと一緒にシンジとこうやって一緒に歩いて行きたいと思ったのよ」
「うん……でも、僕もアスカから突然告白されて、気持ちの整理が着いていないんだ。だから返事は少し待ってくれるかな……」
その後、アタシとシンジは家に着くまで会話もなかった。
眠れない夜を過ごしたアタシが次の日シンジと少し微妙な雰囲気で登校すると、レイが風邪で学校を休んだ事を知らされた。
「綾波、どうしたんだろう? 最近は風邪もあまり引かないで元気だったのに。寒くなって来たからかな」
アタシも最初はシンジの言う通り、普通の風邪だと思っていた、いいや、願っていた。
だけどレイの欠席日数が3日4日と長引くうちに、アタシはレイは風邪以外の病も患ってしまったのだと思った。
ただの風邪ならすぐに治っているはずだもの。
シンジは一緒にレイのお見舞いに行こうと言い出したけど、アタシは誘いを断った。
だって、レイにショックを与えてしまったアタシは何と言ってレイに謝って良いのか解らなかったもの。
そして何より、シンジの前でアタシがレイを裏切って抜け駆けしたズルイ女だと暴露されるのが怖かった。
でも、レイは何もシンジにアタシの事を言わなかったみたい、シンジはアタシとレイがちょっとケンカをしたぐらいに思っているようだ。
アタシはレイの心遣いに何よりもホッとして感謝した。
けれど、やっぱりアタシはシンジの事を離したくないの。
レイはきっとマフラーを編み上げてシンジに告白するはず。
シンジはアタシとレイ、どちらの告白を受け入れるのだろう。
今年は3人で仲良くクリスマスと言うわけには行かないわね……。
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