どうしても気になる事がある。
それは、会合中(以外でも)
「この書類を下(お)ろします」
「上からこんな連絡が下(お)りてきました」
「上から連絡が下(お)りてきたら、すぐに下(した)へ下(お)ろします」等々。
現在の組織について初めて聞く言葉だった。
「えっ!いつも使ってるよ」と言う方もおれられるかもしれないが、
少なくとも派遣、引越し等で、いくつか組織を変わってきた私は、
このような言い方、言葉遣いを聞いたことがなかった。
それは地区であれ、支部であれ、本部、圏の会合でも、
あまりに”下(お)ろす” ”下(お)りてくる”を連呼するものだから、
こちらで初めて会合に参加した時、
思わず
「あんたらは恐山のイタコか!」
と心の中で叫んだのと同時に、不快感を覚えた。
あなた達はいったい何様だと思っているのか?
(ちと言いすぎか)
誰が上で、誰が下なのか?
会社組織の中でも死語となっている言葉である。
以前いた組織でも、また私自身も「みなさん(部員さんに)に、
こう言う連絡をします」
「本部、支部より、連絡が入りました・流れてきました」と、
決して”下(おろ)す” ”下(お)りてきた”とは言ったことがない。
壮年、婦人だけでは無く、青年部の話の中でも聞く。
(何を勘違いしているのか!)
これは権威主義の表れではないのか?
もちろん何気なく使っているかもしれないが、
即刻改めるべきである。
人間そのような言葉を繰り返し使用していると、
潜在意識にインプットされて、
知らず知らずのうちにそのような命になっていく。
皆さん、よくご存知のように
学会の役職は責任職であり、名誉職ではない。
また、役職とは一方便である。
日常的に○○長、○○長と呼ばれているので、自分が偉くなった
ように勘違いしている幹部を、私自身たくさん見てきた。
もちろんそんな幹部は、誰からも相手にされず、なかば退転状態になっていったが……。
幹部=偉い 役職=信心がある では絶対にない!
過去に、折伏を一度もやらず、要領だけで最高幹部になり、
退転した人間もいたではないか。
私は役職で判断しないようにしている。
その人の信心の姿勢、考え方、柔軟な指導力等で判断する。
ましてや、青年部時代の役職など……。
言葉というものは非常に大事である。
私のうかがい知れない上層部で使われているのかどうかは知らないが、
役職もなく地道に広宣流布のため斗っている方々、
活動にエンジンのかからない方々に
対しても、また
”学会員以外の方が聞いたらどう思うだろうか”
”偉そうに聞こえはしまいか”
”不愉快な思いはしないか”等、
細心の心配りが必要だと思う。
私は、聖教新聞に掲載されている記事内の
”暴力的な言葉” ”あまりにも汚い言葉”にも不満を抱いている。
学会員以外の方からも、
”あの記事は本当にあのような会話がされているのか”
”悪を糾弾するのは理解できるが、
それを管理していた側(者)の責任には
一切触れず、あの言葉遣いはどうかと思う”
等の質問をされる。
私自身、弁解の言葉も見つからない。
※もちろん素晴らしい幹部がたくさんおられます。役職を否定するものではありません。