Side Rei
私は小さな頃からシンジお兄ちゃんの事が大好きだった。
最初に私とシンジお兄ちゃんが出会ったのは、私が4歳でシンジお兄ちゃんが5歳のころ。
肺炎にかかってしまって入院していた時に、ユイおばさんがシンジお兄ちゃんを連れてお見舞いに来てくれたの。
シンジお兄ちゃんは最初は照れ臭そうにモジモジしていたけど、私の話相手になってくれた。
歳は半年しか離れていないけど、私は「お兄ちゃん」と呼んでしまった。
だって本当のお兄ちゃんのように感じられたから。
母さんはシンジお兄ちゃんは私の従兄妹なんだって教えてくれた。
それなら別にお兄ちゃんって呼んでも問題無いよね?
小さい頃の私は体が弱くて、病院の入退院を繰り返していた。
幼稚園や小学校もあまり通う事ができなくて友達もできなかった。
そんな私の心の隙間を埋めてくれたのがシンジお兄ちゃんだった。
私とシンジお兄ちゃんの家は少し離れていたけど、シンジお兄ちゃんは休みの日に自転車でやって来てくれた。
シンジお兄ちゃんは特別な事をしてくれるわけじゃないけど、私は話したり、遊び相手になってくれるだけでも嬉しかった。
でも、甘えてお飯事の相手をさせてしまった事もある、まだ小さな頃だったけど。
私とシンジお兄ちゃんは将棋やチェスもよく遊んだ、シンジお兄ちゃんは私が強いって感心していた。
それには理由がある、私はほとんど家の中に居たからじっくりと良い手を考える事ができるのだ。
私はシンジお兄ちゃんから学校の話を聞いているうちに、シンジお兄ちゃんが悩んでいる事を知った。
シンジお兄ちゃんは隣に住んでいる同い年の「アスカ」って子にお節介をされて迷惑を掛けられているみたいなの。
学校のある日は毎朝シンジお兄ちゃんはその子の怒鳴り声で起こされて、ウンザリしているんだって。
他にも早く制服に着替えろとか、ユイおばさんより厳しいみたい。
それでいて、いつもワガママでシンジお兄ちゃんを振り回しているなんて。
「もしレイみたいな可愛い妹が居て、優しく起こしてくれたら嬉しいんだけどね」
シンジお兄ちゃんの言葉に私は胸がドキリとした。
私だって本当の妹になって、一緒の学校に通いたい……!
それから私は少し頑張って病気に負けない体力を付けようと努力を始めた。
しばらく経って、私は少しの時間だけどシンジお兄ちゃんと外出できるようになった。
初めて出掛けた場所は図書館。
でも2時間しか居られなくて、読みたい本がたくさんある私は残念だった。
そんな私にシンジお兄ちゃんは私のために図書カードを作ってくれた。
きっと1人だったら私は誰にも声を掛ける事ができなくて帰ってしまったと思う。
だからシンジお兄ちゃんの気遣いがとても嬉しかった。
シンジお兄ちゃんは私のためにたくさんの本を抱えて家まで付き合ってくれた。
今は電子図書と言う便利な物があって図書館で本を借りなくても色々な本を読む事が出来る。
私が図書館で本をたくさん借りた話を聞いたお父さんは電子図書を買ってくれるって言ってくれたけど、私は断った。
ちょっと、お父さんにはかわいそうな事をしたかな。
でも私は本を読む事も好きだけど、シンジお兄ちゃんと図書館に行くあの時間も楽しみたいの。
それから月に2回ぐらい図書館に行くのは私とシンジお兄ちゃんとの約束事になった。
だけどその約束もたまにできなくなってしまう時もある。
アスカって子が休日もシンジお兄ちゃんと遊ぶ事が多くなって来たからだ。
初めて聞かされた時、私の中にアスカって子を憎む黒い感情が芽生えたのは覚えている。
私もシンジお兄ちゃんと同じ学校に通えたらいいのになと欲が出て来た私は、今まで休みがちだった学校に通えるようになった。
けれど、大きくなるにつれて私とシンジお兄ちゃんの距離は少しずつ開いて行った。
呼び方も碇君と綾波になって、図書館へも一人で行けるようになってしまった。
でも、将棋やチェスの手を考える事や碇君と同じ本を読む事は欠かさない。
これは碇君と私の大事な絆だから。
中学校に上がる時になって、私は第壱中学校に進学した。
これからは碇君と同じ学校に通う事が出来るのね。
学区割りを知った時、私はお母さんの前で飛び上がってしまうほどに嬉しかった。
入学式の日、私は碇君に迎えに来てもらって一緒に学校へ登校する。
「綾波、体は大丈夫?」
「うん」
優しい碇君は私の事を気遣ってくれた。
碇君のお隣さんの惣流さんが風邪をひいて休む事になったから、なおさら碇君は私の事が心配になったみたい。
4月は暦の上では春だけど、まだまだ寒い日が多いものね、私も気をつけなくちゃ。
学校の正面玄関には新入生のクラス分けが張り出されていて、人が集まっていた。
「僕達、同じクラスになれると良いね」
「そうね」
私はドキドキしながらクラス分けの掲示を見上げた。
すると、五十音に並べられた『綾波レイ』と『碇シンジ』の名前が続けて載っていた。
と言う事は私と碇君は同じクラスだ。
「うわあ……」
私は嬉しくて思わず声を上げてしまった。
「あっ、アスカも同じクラスみたいだ」
碇君の言葉を聞いて驚いて再び掲示板を見ると、惣流さんも同じクラスだと分かった。
途端に私の喜びは半減してしまった。
どうして私はこんなにガッカリしてしまうのだろう……答えは解っていた。
今日は入学式だったので、学校は半日で終わり。
私は図書館にどんな本があるのか気になると言う口実で、碇君を誘った。
でも、碇君は困った顔になって首を横に振る。
「今日は早く帰らないと」
「惣流さんが風邪を引いてるから……?」
「うん、ごめんね」
「私は別に……」
私は碇君の言葉に対して首を左右に振った。
もしかして、私も病気がひどくなって碇君がお見舞いに来てくれた時、惣流さんも碇君との約束を我慢したのかもしれない。
そう考えるとお互い様だった。
「ねえ、私も惣流さんのお見舞いに行って良いかな?」
「えっ、でも綾波に風邪が移っちゃうと大変だから……」
困った顔になった碇君に私は強く頼む。
「お願い、私はもう大丈夫だから」
「分かったよ」
私は碇君と一緒に惣流さんの家へと向かった。
今まで友達が出来なくて人見知りだった私が顔も見た事の無い子の家へ行くなんて、思ってもみなかった。
碇君が惣流さんの家の玄関の鍵をためらいも無く開けた事に私は驚いた。
「シンジ?」
「アスカ、起きちゃダメだよ」
碇君が部屋に入って来た気配に気が付いた惣流さんはベッドから起き上がった。
そして私に気が付くと、不思議そうな顔をして碇君に尋ねる。
「あの子、誰?」
「えっと、僕の従兄妹の綾波だよ」
「綾波レイです」
私は惣流さんに近づいて頭を下げた。
「そう、アンタが……」
惣流さんも碇君から私の話を聞いていたみたい。
どんな風に思われているんだろう、嫌われていたらどうしようと思いながら惣流さんを見つめると、惣流さんの眼差しは優しかった。
そして穏やかな感じで私に声を掛けてくれる。
「アンタもこんな苦しい思いをして、今まで辛かったんでしょう? さあ、風邪を移すといけないわ」
碇君から聞いていた印象とまるで違うので、惣流さんに会うまでは怖かったけど、会ってみて良かったと思った。
惣流さんも同じクラスだからこれから学校に行くのが楽しみになった。
「アスカはね、いつもはパワフルなんだけど久しぶりに風邪を引いたから弱気になっているんだよ」
碇君が私を家に送って行く帰り道、碇君は苦笑しながら私にそう言った。
その言葉通り、惣流さんが元気になって学校に登校してくるようになると碇君や私は惣流さんに振り回されるようになった。
春の遠足では惣流さんが先頭でドンドンと進んでしまって迷子になりかけてしまったり、夏休みは海に泳ぎに誘われて、秋は文化祭でバンドを組む事になったり、冬はスキーやスケートを教えてもらった。
私は惣流さんに感謝していた、惣流さんのおかげで本を読む以外の楽しみも知ったし、友達もたくさん出来たから。
楽しい中学1年の学校生活が過ぎて行って、今年も同じように楽しく過ぎて行くのかと思っていた。
だけど夏休みが過ぎて秋も深まった頃、私の中で碇君に対する想いはどんどん強くなって来て、友達のままでは我慢できなくなってしまった。
だから私はクリスマスに向けて碇君にプレゼントをしようと考えたの。
裁縫の本を買って来て、私はマフラーを編み始めた。
初めての裁縫に四苦八苦した私だけど、お母さんに教わって編み進めて行った。
でも夜遅くまで起きているとお母さんを心配させてしまうから、家に居る時間だけじゃ編む時間が足りなくなってしまった。
仕方無く私は学校の休み時間や昼休みを使って編む事にしたわ。
惣流さんや碇君に見られてしまうのは恥ずかしいけど、クリスマスに間に合わないよりは良いもの。
碇君にはお父さんにあげるプレゼントだとごまかした。
けれど、私は惣流さんにはウソをつきたくなかった。
「私……クリスマスにこのマフラーを碇君に渡して告白しようと思うの」
「そっか、やっぱりね」
惣流さんは納得した様子でため息をついた。
やっぱり、バレバレだったのね。
「まあ、せいぜい頑張りなさい」
私は惣流さんの言葉を聞いて驚いた。
惣流さんが碇君にお節介を焼くのはやっぱり惣流さんが碇君の事を好きだからだと思っていたから。
それともいつも惣流さんが言っているように、惣流さんは体育の加持先生の事が好きなのかな。
「じゃあ、アタシは用事があるから」
「うん」
惣流さんと別れた私は図書室へと向かった。
放課後の図書室は人もあまり居なくて読書に集中できる。
学校の校庭を一望できるこの場所が私のお気に入り。
「もし惣流さんの用事が長引くなら、今日の帰りは碇君と2人きりになれるのかな……?」
私は碇君に家まで送ってもらっているから、いつもより長くいられる。
たくさん話が出来るけど、最近は照れてしまって碇君の顔を直接見れ無くて困っている。
私がそんな妄想をしていると、惣流さんが碇君を連れてプールの方へ行くのが見えた。
今は晩秋、水泳部もプールを使う事は無くて、プールは人気が無い。
いったい2人きりで何の話をしようとしているんだろう?
嫌な予感がした私は図書館を出てプールへと向かった。
そこで私は見てしまった。
惣流さんと碇君が唇を重ねているのを……!
「えっ……どうして……?」
私は自分の見たものが信じられなかった。
でも、惣流さんと碇君はまだ顔を離さない。
こんな長い間くっついているなんて、2人とも愛し合っているとしか思えない。
私は吐き気のようなものを感じて、口を手で押さえながらプールを立ち去った。
頭の中でさっきの惣流さんと碇君のシルエットがグルグルと回転している、まるで悪夢を見ているようだ。
図書室に駆け戻った私は、鞄をひったくるように持ち去ると学校を走り出た。
この場所から一刻も早く逃げ出したかった。
「惣流さんは私の気持ちを知っているはずなのに……応援してくれるって言っていたのに……」
家への帰り道、ついに私の目から涙があふれ出した。
そんな私の涙を洗い流すかのように雨が降り始めた。
そうだ、今日は雨が降るかもしれないってお母さんが折り畳み傘を持たせてくれたんだっけ。
だけど、私は傘を差す気にはならなかった。
さらに私は惣流さんが今日は傘を持って来ていない事を思い出してしまう。
「もしかして、惣流さんは碇君と……!?」
私の胸の中に、今までにない黒い感情が湧きあがって来るのを感じた。
いつもは理性によって押し止められているのに、今の私には止める事ができない。
ずぶ濡れで家に帰った私の姿を見てお母さんは驚いて、私にすぐにお風呂に入るように促した。
私は人形のように服を脱がされて行った。
お風呂場の鏡に映し出された私の顔は、鬼のように歪んで居る。
明日から私はどんな顔をして惣流さんと会えば良いの……?
笑顔で惣流さんに話し掛けるなんてできない……。
助けて碇君……。
私はお風呂場で倒れてしまい、お母さんに助けられた。
風邪を引いてしまった私は、その日からしばらく学校を休む事になってしまった。
心が重たくなってしまった私は、食べる事もできなくなって、回復は遅れた。
お見舞いに来てくれたのは、碇君だけだった。
よかった、惣流さんが来たら、私はどんな顔をしていいか分からないもの。
「ねえ、アスカと綾波の間で何かあったの?」
碇君に聞かれて、私はドキリとした。
私は出来るだけ平静を装って碇君の質問に答える。
「別に何も無いわ」
「そう、もしアスカとケンカしていて悩んでいるのなら僕に教えてよ、力になるから」
碇君の言葉を聞いて、私は崖の底から突き落とされる思いがした。
碇君は私の好きだと言う気持ちにまるで気が付いていない……!
「ど、どうしたの綾波、僕は何か悪い事を言った?」
「帰って、碇君……!」
「えっ?」
「帰って!」
いたたまれない気分になった私はせっかくお見舞いに来てくれた碇君を追い返した。
これじゃ、碇君もお見舞いに来てくれなくなるじゃない……。
何をやっているんだろう、私は……。
後悔と共に深いため息をついた私の視界に部屋の片隅に放置されていた編みかけのマフラーが入った。
そうだ、まだ私は碇君と惣流さんが付き合ったと聞いたわけじゃない。
マフラーを編み上げて、碇君に自分の気持ちを伝えるんだ。
私に再び闘志がわき上がるのを感じた。
でも、今年のクリスマスは私の気持ちが受け入れられても、惣流さんの気持ちが勝っても、去年のように楽しいクリスマスにはならないのね。
そう考えると、私の胸に憂鬱な気分が広がる。
だけど、私は惣流さんに対して引いちゃいけない。
そんな事をしたら、ずっと後悔する事になるから。
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